DISTANCE ―距離―

1 名前:U 投稿日:2003年05月07日(水)06時02分12秒
こんにちは。Uと申します。
拙い文章ですが、よろしければ読んでみて下さい。
後藤の一人称で進む、ごこん小説です。

5期のメンバーが加入した後、後藤が卒業する前からスタートです。
また、多少実際あったことと異なる、もしくは矛盾するエピソードがあるかもしれません。
ご了承下さい。
2 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月07日(水)06時03分42秒

気がつくとはまっていた。
それが一番正確だと思う。

気付いたら、視線で追っていた。
気付いたら、存在を探していた。
気付いたら、声を拾っていた。
3 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月07日(水)06時04分18秒
十人を越えた大所帯となったモーニング娘。では時々点呼を取らないと、誰がいないのか分
からない時がある。
だけど、彼女がいないときは、点呼を取る前に真っ先にそのことに気付いたし、当たり前のよ
うにどこにいるのかを考えていた。

「紺野がいないよー。誰か知らない?」

なっちの困った声にあたしは軽く手を上げる。

「ちょっと探してくるー」

「あっ、後藤、携帯持って行って。もうリハまで時間がないんだから」

現リーダーであるカオリンの声に、あたしは、はぁい、と携帯を片手に控え室から廊下へ出た。
紺野はあたしと似ている部分がある、と圭ちゃんが言っていた。
すごくマイペースなところや、ぼーっとしているところがそうらしい。
あたしとしては、あまりそうは思わないんだけど、似てると言われて悪い気はしなかった。
4 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月07日(水)06時10分43秒
さーて、どこから探そう…。
リノリウムの廊下を歩いて、自動販売機の前を通って、空中庭園へ続く経路が目に入る。
あ…、ここかな?
空中庭園といっても、そんなに立派なものじゃない。
僅かな緑とベンチがあるくらい。ガラス張りの天井から今日は日光が差し込んでる。

近付くと、ガラス越しに紺野の姿が見えた。
ベンチに座ってぼんやりしている…ようにしか見えない。
しょうがないなぁ。
あたしは苦笑しながら扉を開いた。
先輩としては怒らなければいけないんだろうけど、そんな気にはなれなかった。
それに、あたしも娘。に入ったばかりのころは、こうして一人ぼんやりしていた経験があったから。
加えて、どうせ後からカオリンに説教されるのは間違いないだろうから。
5 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月07日(水)06時11分27秒
「紺野ー」

呼びかけると、これまた笑えるくらい紺野はビクッとして振り返った。

「あ……。…っ、ごめんなさいっ!!」

あたしの顔を見たとたん、はっきりと分かるくらい顔色を変えて立ち上がる。
どうやら自分が遅刻していることを思い出したらしい。
忙しなく瞬く瞳や、あどけなさの残る顔が強張る様子に、あたしは素直だなぁって思った。

「んー。いくよー」

おいでおいで、と手招いて、そしてさすがに早足で来た道を戻る。
後ろからパタパタと響く紺野の足音が、なんだかくすぐったくて、あたしも先輩になったんだ
なぁとか考えてしまった。

控え室に戻ると時間はギリギリ。
なんとかリハに間に合い、紺野はリハの後、やっぱりというか何と言うか、説教されていた。
6 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月07日(水)06時12分00秒
「ねーねー、ごっつぁん」

部屋の片隅でカオリンに説教されている紺野を何となく見遣りながら、パラパラと台本をめくっ
ていたら、不意に矢口が顔を覗き込んできた。
それも、やけにニヤニヤしながら。

「んあ、何?」

「いっつもさぁ、いい勘してるよねぇ」

面白がるような声は、ナイショ話をするみたいに、耳元で囁かれる。
へ? 何が…?
あたしはきょとんとして、矢口の顔を見つめ返した。

「紺野のことだよー。あのコが行方不明になったとき、かなりの高確率でごっつぁんが見つけてくるよねぇ」

「……そうだっけ?」

本当にそんな感じだった。
言われてみればそうかなぁってくらいで、意識したこともなかったし。

「なんだよー、自覚なしか。面白くねぇのー」

ぷぅっと膨れた矢口は、興味をなくしたように去っていく。
7 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月07日(水)06時12分56秒
自覚? 自覚って…何の自覚だ?

台本に目を落としても、全然頭に入ってこない。
仕方なく、部屋の隅にいる紺野たちの方を見た。
紺野は可哀想なくらい俯いて縮こまっている。

そういうところが、あたしと決定的に違うよなぁ…。
でも、可愛げがあっていいよなー。
守ってあげたいというか、もっとからかいたいというか…。
庇護欲と嗜虐心が同時にそそられ――…って!

あたしははっとして、紺野から目を逸らした。
なんというか…メンバーに対する気持ちとはちょっと違うものを感じてしまったのだ。

一人で焦っているうちに、どうやら説教は終わったらしい。
涙ぐんでいる紺野に真っ先に近付いたのは高橋だった。
新メンきっての優等生。
高橋は紺野の肩を抱いて、慰めの言葉をかけながら廊下へと誘っている。
水分補給に自動販売機に行くらしい。
少し訛りの残っている声を聞きながら、あたしはなんだか面白くないなぁって思った。

コイゴコロの自覚。幕開けはこんな感じだったのだ。
8 名前:名無しミトコンドリア 投稿日:2003年05月07日(水)20時31分34秒
大期待です。
ごまこんは好きですし、文体もけっこう好きな感じで気に入りました(w
これからもがんばって下さいね!
9 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時45分16秒
その日、予定より少し押してテレビ番組の本番は無事終了した。
表情の硬かった紺野がNGを頻発したため。
まぁ、新人ということでスタッフも予想していた範囲だったのだろう。
収録時間は常よりも多めに取られてあった。

説教するタイミングが問題だったんだろうなぁ。

控え室で帰る用意をしながら、チラリと紺野の方を見た。
同期のメンバー四人で何やら話しをしている。
俯いている紺野に高橋と小川が明るく声をかけているのが印象的だった。

麗しい同期愛(そんなもんあるのかどうかは知らないけど)の一面って感じ。

視界の端で密かに様子を窺っているよ、そこに梨華ちゃんとよっすぃーが加わった。
二人はどうやら先輩として、フォローと励ましの声をかけているらしい。
10 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時46分15秒
ようやく紺野の表情にも笑顔が戻って、よかった…と思っていると、テーブルの上に出しっ放し
の携帯が震えた。
メールの着信。
ボタンを操作すると、やぐっつぁんからのメールだった。
やぐっつぁんの方を見ると、彼女は携帯片手に圭ちゃんと話している最中。

『お疲れー! 今日はこの後暇? 矢口の部屋、来ない?』

やぐっつぁんがわざわざこうしてメールで尋ねてくるということは、二人っきりで、出来るだけナ
イショで会おうねっていうこと。
暗黙のお約束事だった。
どうしようって悩んでいると、耳に高橋の声が届く。

「………、じゃ、あさ美ちゃん、ご飯食べに行こうよー!」

思わず耳を澄まして、紺野の返事を意識的に拾った。
というか、そうでもしないと彼女の声は聞き取ることができないし。

「いいよー。真琴も行こう。里沙ちゃんも」

………いってらっしゃーい。

やっぱりなんだか面白くない。
変だなぁって思いながら、あたしはやぐっつぁんに返事を送る。

『いいよー。じゃ、別々に出て、やぐっつぁんの部屋の前集合ということで』
11 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時47分14秒
カバンの中に携帯を入れて、忘れ物がないか確かめてからあたしはサングラスをかける。

「お疲れさまでーす」

大きめの声で挨拶して、部屋を横切って扉から廊下へ出た。

「お疲れー」
「お疲れ様です」
「ごっつぁん、お疲れ」

返された賑やかな声の中に、紺野の声を聞き取ることは出来なくて。
当然といえば当然だけど。あのこ、声小さいし。

◇  ◇  ◇
12 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時47分56秒
やぐっつぁんのマンションのオートロック番号は教えてもらっていた。
だからすんなりエントランスはパス。
部屋の前までエレベーターで上がって、ピンポンと鳴らすと、程なくして鍵の開く音が響き、扉
が開いた。

「いらっしゃーい。遅かったね」

「お邪魔しまーす。うん、ちょっとCD屋さんに行ってた」

「なんだか珍しいなぁ、ごっつぁんが。何か探してんの?」

「や、何となく」

やぐっつぁんの背中を追うようにしてリビングへ向かった。
1LDKの部屋のリビングには大きなソファが置かれていて、こまごまとインテリアが飾られてい
る。賑やかで、おもちゃ箱みたいな部屋。

本当は、ちょっと頭を冷やしたくてCD屋さんに寄ったのだ。
何ていうか…、よく分からないけど、紺野のことを頭から追い出すために。
13 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時49分43秒
なのに。

テーブルの上に簡単な料理を並べて、ミネラルウォーターのグラスを手にしたやぐっつぁんは、
あたしの横に座りながら言ってくれた。

「高橋たちに嫉妬したの、落ち着けるためー?」

はぁっ?!
いきなり何を言い出すんだ。嫉妬…?

やぐっつぁんは、面白そうな表情をしてあたしを見ている。
あたしはごくりと水を飲んで、おもむろに首を横に振った。

「つーかさ、今日、控え室でもそんなこと言ってたよね?」

「あぁ言ったさ。ごっつぁん、鈍いよ。しょっちゅう紺野たちのこと見てるじゃんか」

冷凍のピザを手に取ってやぐっつぁんは肩をすくめる。

見てる…? 見てるかな。見てるような気はするけど。

「――だってさぁ、なんか放っておけないじゃん、あのこ」

「んー、それは分かる気がする。けど、他人に無関心なごっつぁんが、そうやって気にかけるだ
けでも、特別な気がするんだ、おいらは」
14 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時51分12秒
少し遅めの夕食はゆっくりと減っていく。
冷凍のピザとお惣菜。プラス水。
やぐっつぁんは、食事をしながらも、話題を変えることはしない。
あたしは、曖昧な心の中を覗きながら、一言二言返事をする。
だって、紺野に対してやぐっつぁんが言うように恋愛感情を持っているとは思えなかった。
特別といえば、特別かもしれないけど…。出来の悪い妹がいるような気分。
時折感じる、面白くないなぁって感情には、無理矢理蓋をした。
だって、本当に分からないから。

やぐっつぁんは、あたしの言葉を全て信じたわけではなさそうだった。
だけど、一向に発展しない会話に諦めたのだろう。
ようやく、紺野のことから話が逸れた。

「うん。ごっつぁんがそう言うならいいけどさぁ。――本気で恋愛するんだったらさ、もう誘わな
いから、それだけは覚えといて」

そんな言葉を締めとして。
あたしは、無言で頷いた。
15 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時51分42秒
夕食はとっくの昔に終わっていて、やぐっつぁんは食器をキッチンに運ぶ。

「シャワー、先浴びておいでよ」

「んー。ありがとー」

いつもの流れで、ナイショで約束を交わした日はお泊り。
もう何度も続いたパターンだった。
頻度としては結構むらがあったけど。
あー、なんだか久々かも。
やぐっつぁんと同じ香りがするシャンプーを使いながらふと思った。

シャワーを終えると、ドライヤーで髪を乾かして、ベッドの上でぼんやりとする。
リビングの明かりはすでに落としていて、今はやぐっつぁんがシャワー中。
16 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時52分14秒

あたしとやぐっつぁんの関係を表す的確な言葉を知らない。
恋人ではないし、セックスフレンドというわけでもない。
なんだろ。手を繋いだり、抱きついたりする友情の延長線。そんな感じ。

あたしがモーニング娘。に入って、慣れないハードスケジュールと、一人だけの加入というプ
レッシャーと、なかなか覚えられないダンスや上手くならない歌に苦しんでいた頃のこと。
やぐっつぁんが、どん底に落ち込んだあたしを慰めてくれたのだ。

「矢口もね、入ったころはしんどかったよ」「大丈夫、ごっつぁんは出来るって」「矢口が保証す
る」「ほら、ごっつぁんは笑った顔が可愛いんだからさぁ」

この部屋で、一緒にご飯を食べて、泣きついて、愚痴を言って、宥めてもらって、慰めてもらっ
て…。気がついたらキスしてた。
涙の痕が残る頬に、額に、髪に、やぐっつぁんは優しいキスをくれた。
そして、唇にも……。

「嫌じゃない?」
って囁かれて、あたしはやぐっつぁんの唇にキスを返すという返事をした。
それから、一緒にシャワーして、ベッドに行って…―――。
17 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時54分14秒
「お待たせー、セクシー矢口の登場ー!」

明るいやぐっつぁんの声に、あたしははっと顔を上げた。
いつの間にか過去に浸っていたらしい。

「わぁーい。やぐっつぁんだぁ」

にこりと笑って、あたしは両手を広げてやぐっつぁんを招く。
バスタオルを巻いただけのやぐっつぁん。
腕の中に閉じ込めると、本当に可愛いなぁって気持ちになる。

ちゅって音を立てながら、やぐっつぁんの頬にキスをした。

「今日はどーしたのー?」

膝の上に座るやぐっつぁんの覗き込んで尋ねると、ベーと小さく舌を出された。
こういう表情、メチャクチャ似合っている。悪戯っぽくて、ちょっと小悪魔っぽい表情。
じゃれるように唇にキスをして、ベッドの上にやぐっつぁんを横たえた。
あたしは覆い被さるようにして、首筋にキスをする。

「んー…。ちょっと、疲れたのさ。…年かねぇ」

目を閉じて、呟くみたいにやぐっつぁんが言う。
18 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月09日(金)00時54分54秒
初めて関係を持ってから、落ち込んだり、寂しかったり、何かあったらお互い慰め合ってきた。
あたしもやぐっつぁんに慰められたし、やぐっつぁんが落ち込んだときは、精一杯慰めた。

「じゃー、ごとうが若いパワーをおすそ分けしましょー」

「わははは。いいねぇ、若いパワー。奪い取ってやるー」

笑いながらやぐっつぁんはあたしの頬を両手で包み、キスしようって無言で合図してくる。
あたしは勿論喜んで顔を上げ、唇を重ねた。

体温を分かち合うような、一人じゃないことを確かめ合うような、そんなセックス。

そして、お互いに抱き合うようにして眠りに落ちた――。
19 名前: 投稿日:2003年05月09日(金)00時57分55秒
>>8
レス、ありがとうございます。励みになります。
今回は紺野の出番が少なくて…。ごまこんっぽくないですが、今後を見守って下さると嬉しいです。
20 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月10日(土)11時31分47秒
続き期待してます
21 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月11日(日)00時26分10秒
なんだかキレイな文章で読みやすいです。
これからに期待ッス!
22 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月11日(日)05時56分17秒
こんごまやぐって面白い組み合わせですね
文体も上手くて引き込まれます
23 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時29分48秒
その後も、あたしの生活は別段変わりなかった。
仕事をして、帰って、眠って…。
相変わらず紺野のことは気に掛かっていたけど、具体的に行動を起こすことはしなかった。
最近では、紺野の行方不明も少なくなってきたしね。
マイペースだなぁとか、幸せそうに食事するなぁとか。そんなことを思ったくらい。
24 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時30分41秒

「紺野はさぁ、ごっつぁんにそんな目で見られてるって知ってんのかねぇ」

そんなある日、セットの変更を待ってる時間に偶然やぐっつぁんと二人っきりになった。
スタジオの隅に腰を下ろしたあたしの横で、立ったままのやぐっつぁんがポツンと呟いた。

「んぁ…? やぁー、知らないっしょ」

膝の上に肘をついて顎を支えながらあたしは小さく笑う。
紺野はちょうど対角線上に位置する場所にいる。
一生懸命台本を見ている顔は、真剣そのもの。
可愛いなぁって目を細めながら俯き加減の顔を見つめた。
やがて小川が傍に来て、二人で小さく手足を動かして振り付けの練習を始めた。
真面目だなぁって思う。五期のメンバーは全員真面目だ。
頑張れーって心の中でちょっとエールを送ってみた。
25 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時31分16秒
するとやぐっつぁんが、は…と吐息だけで笑うのが聞こえた。

「どーしたの?」

ひょいと視線を斜め上に上げてみる。
やぐっつぁんは、苦笑するような、呆れたような、そんな顔であたしをじっと見つめていた。

「ごっつぁんの、紺野を見る顔つきって、ひどく優しいよねー」

「は…?」

「ジアイに満ちてる」

ピ、とやぐっつぁんの指があたしの顔を指した。
あたしは一瞬彼女が何を言ったのか、分からなかった。
ジアイ…? 自愛…。慈愛……?!
慈愛って……!!

「……っ、あはははははっ…!!!」

ジアイの意味を理解すると同時、あたしは爆笑していた。
体を二つに折って、お腹を抱えながら込み上げる笑いに肩を震わせる。
26 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時32分07秒
な、なんでそんな大袈裟な言葉使うのかなぁ、やぐっつぁんってば。
慈しみの愛って、なんだそりゃ。
仏様や神様みたいな、そんな大技、あたしには無理だって!

スタジオに響くあたしの笑い声に、皆の注目が集まるのを感じたけど、ツボにはまった笑いは
なかなか止められない。

「――ごっちん、何が可笑しいのー?」

ぽんって頭に手が乗せられて、笑いすぎて涙目になった顔を上げると、なっちが首を傾げて
立っていた。

「矢口ー、このコ、何バカ笑いしてんの?」

「―――知らない。バカだから、バカ笑いしてるんっしょ。……飲み物もらってくる」

え…?
上から降ってきたやぐっつぁんの声は、滅多に聞けないくらい冷ややかだった。
笑いも一瞬で収まって、あたしは慌てて顔を上げる。
27 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時32分37秒
「やぐっつぁん……?」

背中に呼びかけると、やぐっつぁんはひらりと片手だけ上げて、でも振り返りはしなかった。
そのままスタジオから出て行ってしまう。
多分、控え室へ行ったのだろうけど…。

あたし、やぐっつぁんを怒らせた?
バカ笑いしてしまったのか、気に障ったのかな。
でも、だって……。

途方にくれた心地で、正面に立つなっちを見上げると、彼女はあたしを見つめて首を傾げたま
まだった。

「――何、怒らせたの?」

問い詰めるとかじゃなくて、疑問符だけを乗せた問い掛け。
いつものなっちの声だった。
柔らかくて穏やか。

「……あ、やっぱ怒ってた…よね?」

「うん」

速攻で肯定してくれる。
28 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時33分11秒
「え……何でだろ。ごとう、分かんないや」

「まぁ、ごっちんは自分に対する感情に鈍いからねぇ。理解できたら、ごめんなさいって伝えれ
ばいいよ」

スパリと言い切られてしまった。
にこりとした、いつもの百点満点の笑顔のままで。
ちょっとだけムッとする。

「なっちは…なんで、やぐっつぁんが怒ったのか、分かるの?」

「……だいたいはねー」

ガシャガシャとなっちがパイプ椅子を引きずってきて、あたしの横に腰を下ろす。
両手を膝の上に置いて、行儀いい姿勢であたしを覗き込んできた。

「な、何?」

つられてあたしも姿勢を正してしまう。
29 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時34分11秒
「ちょっと昔話をしようか。ごっちんが娘。に入ってきて数ヶ月したころさ、わたし、ごっちんに
“ダンスのコツを教えてちょうだい”って頼んだの、覚えてる?」

なっちは真剣な顔つきだった。
穏やかだけど、そこに冗談はないって感じがひしひしと伝わってくる。
一人称がわたしになっているのもその証拠。

あたしは静かに頷いた。
あれは『恋のダンスサイト』の頃。
ダンスレッスンの後、一人で練習しているあたしになっちが近付いてきた。
その頃、あたしはようやく娘。の今までの歌とダンスをマスターしたばかりで、遅れを取りたく
ない一心で復習には余念がなかったのだ。
30 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時34分46秒
なっちに、ダンスを教えてって言われたときは本気で驚いた。からかわれてるのかと思った。だって彼女は完全にマスターしてたし、歌だってメインが多くて…。
あたしが何を教えるの?!って気分だった。
あたしは結構過去の出来事を忘れるというか、流してしまうタイプだけど、あの件はびっくりし
すぎてちゃんと覚えている。

あたしはあの時、なっちの言葉にきょとんとした後、笑いながら首を横に振ったのだ。
「何、冗談言ってるんですかー。あたしが教えて欲しいっす、センパイ」
冗談交じりの敬語とともに返事をして……。
そしてあたしは練習を始めた。
なっちはしばらくあたしを見てて、そのうちそっと帰っていった。
31 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時35分46秒
「じゃ、ごっちんがなんて返事したかも覚えてるよね?」

なっちは淡い苦笑を浮かべながら静かに尋ねる。

「うん……」

覚えてる、けど……?
それがどうかしたんだろうか。

「あれはさ…、わたし、すごく本気だったの。ごっちんが入ってきて、娘。が活気に満ちて、ミリ
オン達成して。ごっちんは、意識してないのかもしれないけど、歌もダンスも上手だよ。ただ上
手ってだけじゃなくて、華がある。なんだか知らないけど、注目を集めるの。あの頃からそう
だった。今は、もっとそれが顕著だけどね」

「………なっち?」

褒め言葉に面食らった。
茶化して笑ってしまいたいけど、そうできない空気がある。
32 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時36分16秒
なっちはあたしにちょっと笑顔を見せて、言葉を続けた。

「わたしには、その華がないことは知っていた。だからあの時、やっぱりすごく焦ったし、ごっち
んに追いつきたいって思った。教えてって頼むのにも、随分悩んだんだよ? 先輩としてのプ
ライドもあったからさ。――だから、やっとの決心を冗談で流されて、でも、ごっちんに悪気はな
いんだっていうのはよく分かって。すごく、ショックだった……」

ふっとなっちの表情が真顔になる。
声が低く小さくなる。
あたしは体を強張らせた。

そんなこと…思いもしなかった。想像もしなかった。
あたしは、なっちのすごく真剣な思いを、行動を、何も気付かないで踏み付けたんだ。

「ご……ごめん」

喉を押し開くみたいにして、言葉を絞り出す。
なっちは、はっとしたようにあたしを見て、そしてくすっと笑った。
不自然じゃない、穏やかな笑み。

「いいよ、もう。過去の話だし、なっちはその悩みから脱出したしさ。歌やダンスじゃごっつぁん
に負けるかもしれないけど、なっちのこのスマイルは負けないもんねー」

要は向き不向き、となっちは明るく笑う。
33 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時36分59秒
あたしは負けたと思った。
何ていうんだろう。
アイドルとしての適正は、きっとなっちの方が上だ。
可愛く笑ってトークをして。愛嬌があって、一生懸命で。見ているだけで幸せになれるような、
そんな空気。

「歌もダンスも、手を抜くつもりはないよ? でも、ごっちんにそれで勝つのは諦めた。代わりに
なっちは、なっちの得意分野を磨く」

いたずらっぽく笑うなっち。
一見しただけでは分からない、心の強さと、負けず嫌いの精神を垣間見た気がした。
34 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時37分42秒
「ん? 話が逸れたね。あぁ、でね、そのときなっちは思ったの。このコは、きっと、自分に寄せ
られる思いに鈍いんだろうなって。マイペースすぎて、気付かないんだろうなぁって。でもま、そ
の時は、それ以上頭下げて頼み込むには、無駄なプライドが邪魔をしてたし。かといって、そ
れを伝えてあげようって思うほど、優しくはなれなくてさ。……その後も改めて伝えようって思う
場面もなくー。忘れかけてたんだけど、今ちょっと思い出した」

えへへってなっちは笑う。

「無自覚は免罪符にならないよー。場合によっては、ものすごくタチ悪いよ? ごっちんはさ、
それが魅力でもあるんだけど、そろそろ自覚しなきゃね」

すくっと立ち上がると、なっちはひらひらって手を振ってスタジオの奥へ歩き出した。

「あっ…。なっち、ありがとう!」

慌ててあたしがお礼を言うと、なっちはにこっと笑顔をくれる。
35 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月16日(金)01時38分14秒
とても大切なことを言われた。
考えもしなかったことを言われた。
どんな思いを寄せられているか……?
そんなの……。
でも、分からないよ。
あたしは考えるのが苦手だ。

「後藤さーん。メイクに入ってください」

スタッフの声にあたしははっとする。
思考は一時停止だ。

スタジオの隅では、紺野と小川と、そして高橋が三人で踊っていた。
無心に踊っている様子を見て、ちょっとだけ羨ましいって思った。
36 名前:U 投稿日:2003年05月16日(金)01時40分32秒
>>20 >>21 >>22
レスありがとうございます。とても嬉しいです。
一纏めでのレス返しの失礼、お許し下さいませ。
37 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月17日(土)10時40分32秒
更新お疲れ様です。
非常に読みやすい小説ですね。
読んでいて全然飽きません!!
これからも頑張って下さい
38 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時34分07秒
その日の撮影が終わった控え室で、あたしはやぐっつぁんをつかまえた。
なっちから言われたことは、分かったような分からなかったような…。
でも、あたしの鈍感さがやぐっつぁんを傷つけたらしいということは分かった。

「やぐっつぁん!」

「…………何?」

彼女は俯いてカバンの整理をしている。視線すら上げてくれない。

「ごめんっ!!」

イスに座っているやぐっつぁんの横で、あたしは立ったまま深く頭を下げた。
控え室にはメンバー全員が残っている。
何事?という視線を一身に浴びるのを感じながら、あたしは自分の足先と床を見つめていた。

「ちょっと……、ごっつぁん………」

気配でやぐっつぁんが顔を上げたのが分かる。
驚いたような、焦っているような声。
39 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時35分53秒
「ごめん、やぐっつぁん!!」

「や、ちょっと待ってよ。やめてよこんなとこで」

あたしの肩にやぐっつぁんの小さな手が掛かり、そっとそこに力が加わる。
促されるままに深く折った体を起こすと、あたしを見ているやぐっつぁんの顔があった。

「……ごめんね、やぐっつぁん」

「――別に…。勝手に苛立ったのは矢口だし」

背後でなっちが何事もなかったように話し出すのが聞こえた。
多分、なっちの気遣い。
ありがとうって心の中でお礼を言った。
なっちにつられて、皆の視線が解けていく。

あたしは、ほっと息をついて、やぐっつぁんの足元にしゃがみ込んだ。
上目遣いに彼女を見上げると、まだ少し憮然としている素直なやぐっつぁんの表情が見えた。

「ごめんね」

あたしはさっきからそればっかりを繰り返している。
40 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時37分16秒
「―――なんで矢口が苛立ったか…分かったの?」

「ごとうが鈍いから、でしょ?」

答えると、やぐっつぁんは軽く目を見開く。
大きな目がもっと大きくなった。
そして微かに強張った表情。
あたしはどうしたんだろう、と思いながら唇を開いた。

「ごめんね、ごとう、自分が鈍いって分かんなくて。でも、やっぱりごめん。原因があたしの鈍
さっていうのは分かったけど、何に対して鈍かったのか分かんない。だから…やぐっつぁんが
どうして怒ったのかも分かんない。――けど、怒らせてごめん。ごとうのせい、だよね?」

「………はぁ?!」

一息二息する分の沈黙。そしてやぐっつぁんは、思いっきり声を張り上げてくれた。
信じられないって顔をして。呆然としたようにあたしを見ながら。

「う……、ごめん。やっぱり……ダメ? 許してくれない?」

おずおずと窺うあたしの前で、やぐっつぁんは次の瞬間笑い出していた。
高いよく通る声を響かせて、賑やかに笑い声を振りまく。

「マジでー? つぅかさぁ、マジであんた鈍いよ! 鈍すぎ!! でも…それたごっつぁんなん
だよねぇ」
41 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時38分38秒
今度はあたしがびっくりする番。
……理由が分からないところで笑われるのって、居心地が悪い。
あぁ、やぐっつぁんもさっきこんな気分だったのかな……。
そんなことを考えた。

「あのさー、やぐっつぁん?」

「あー、悪い悪い。……もういいよ。ごっつぁんはさ、本当に鈍いってことが分かったから」

ようやく笑いを収めると、カバンを手にやぐっつぁんは立ち上がった。
あたしもしゃがみこんでいた床から立ち上がる。

「ごっつぁん。紺野誘って食事にでも行けば? 電信柱の影から見つめるだけのお姉ちゃんは
時代遅れだよ」

こそっと耳元にそんなことを囁かれる。

……紺野?

唐突な話題転換にきょとんとすると、やぐっつぁんは微苦笑を浮かべて肩を竦めた。

「矢口帰りまーす。お疲れさまぁ!」

「お疲れー……」
42 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時39分10秒
控え室を出て行くやぐっつぁんの背中に挨拶の言葉を投げて、あたしは紺野へ視線を向ける。
紺野はいつものように同期の4人で、控え室の隅の方に固まっていた。

紺野と食事かぁ。そういえば、あんまりオフで会ったことなかったっけ。
美味しそうに食事するコだっていうのは知ってる。

あたしの足は、いつの間にか紺野の前まで来ていた。
気配に気付いて紺野はあたしを見上げる。
律儀にイスから立ち上がる様子にちょっと笑ってしまった。

「こーんの」

「は、はい…っ!」

大きな黒い瞳と、緊張を浮かべた頬。
一途な眼差しはやっぱり可愛い。
あたしは自分の頬が緩むのを感じた。

「紺野、これから暇? 食事、一緒に行かない?」

するりと誘い文句が唇から零れ出る。
……と、紺野以外の視線を感じてあたしはちょっと視線をずらした。
43 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時42分15秒
―――うわ…。5期の皆さん全員での注目だよ。
てか、この状態で紺野だけを誘うのはナシ?

「あー…、高橋も、小川も、新垣も……時間があったら一緒しない?」

先輩としては、そう言葉を続けるしかなかったような気がする。
あたしは、積極的に後輩に関わろうとはしてこなかった。
取りあえずあたしがこうして後輩を食事に誘うのは初めて。
圭ちゃんや、なっちがちょくちょく誘ってるのは知ってたし、加護や辻とは友達同士のように遊
ぶ約束をしているのも知ってたけど。

紺野以外のコと食事するのは予定外というか、考えもしなかった。
だから、心の中でこっそり断って欲しいなぁと思った。
でも次の瞬間、他のメンバーが断ったら、たぶん紺野も断るんだろうなぁと思いついて、結構
複雑な気分にさせられる。

一番に口を開いたのは高橋だった。
にっこりと、お手本のような笑顔であたしを見上げ、

「ありがとうございます。喜んで」

それにつられるように、それぞれが参加の旨を告げてきた。
もちろん紺野も。
44 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時43分29秒
あたしは多少引き攣ってるであろう笑顔を浮かべながら控え室を見渡して、興味津々にこっち
を窺っている梨華ちゃんとよっすぃーを見つけた。
即座にあたしは二人を誘う。

「ねぇ、よっすぃーと梨華ちゃんも行こうよ」

一人で、5期のメンバー4人の相手は出来ないよ。
そもそも、あたしは自分から話題を振りまけるタイプじゃないし…。
あたしのヘルプを感じ取ってくれたのか、もしくはただ面白そうだと判断したからなのか。
二人はにっこり笑ってOK。

「珍しいシーンを見た気分だよ」

「ねー。ごっちんがねぇ。先輩になったねぇ」

「あのねー、梨華ちゃん? あたしこれでも梨華ちゃんよりも先輩なんだけどー」

あたしたちのやり取りを聞きながら、小川と新垣が控えめな笑い声を零すのが聞こえる。
45 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年05月27日(火)03時44分16秒
やぐっつぁんに紺野を誘えって言われた時点で、あたしの脳内では自然と二人っきりの予定
が組まれていた。
ところが蓋を開けてびっくり。参加人数総勢7人。

うーん予定外。まぁ…別に二人っきりの必要性はないんだけど。
なんか……。ちょっと、残念。
―――なんでだろうな。予定が狂ったせいかな?

あたしはそんなことを思いながら、帰る用意を済ませた。
紺野と初めてのオフでの食事が始まろうとしていた。7人で。
46 名前: 投稿日:2003年05月27日(火)03時45分46秒
>>37
レスありがとうございます。とても嬉しいです。
47 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月28日(水)23時26分45秒
二人がどういう風に近づいていくのか、
過程が楽しみです。
続き期待してます。
48 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月01日(日)14時22分18秒
更新お疲れ様です
ちょっと強引じゃないごまがおもしろいですね。
コンコンは後藤さんが近づいてゆくにつれてこれからどういった反応を見せてくれるのか楽しみにしてます。
頑張って下さい!
49 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時49分36秒
十代の女の子が7人いれば、賑やかになって当然。
店の奥に用意された個室で、あたしたち7人の食事が始まった。
この店を選んだのはよっすぃーだった。
お惣菜が美味しい店らしい。
和装の店内は落ち着いた感じで、居酒屋と食事処の中間っぽい雰囲気。
もちろんあたしたちの席にアルコールはなし。

あたしは、右隣に紺野、左隣に高橋という場所に座ることになった。
向かい側は、紺野の前に小川、そしてよっすぃー、梨華ちゃん、新垣と並んでいる。

「紺野、何が好き?」

メニューを開きながら問い掛けると、紺野は目を輝かせて筆書きされたメニューを眺めていた。

「えっと……。やっぱり肉じゃがは基本だと思うんですね。それから南瓜の煮つけと、蒸かし芋も美味しそう
です。あぁ、鯛めしもいいですねー…」

うっとりとした声で答える紺野。
いつもの何倍も台詞が流暢だ…。
50 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時50分23秒
「――後藤さんは何が好きですか?」

微笑ましく見つめていると、不意に紺野が顔を上げた。
大きな瞳で真っ直ぐ見られて、あたしは少しだけ動揺してしまった。

「え…えっとねぇ……」

紺野の視線から逃れるようにメニューに視線を落とす。

「――春雨」

和洋折衷なメニューの中から目に飛び込んできた好物を挙げた。
紺野はあたしの答えを聞くと、ほわんと微笑んで、美味しいですよねーと頷いてくれる。

……本当に食べることが好きなコだなぁ…。
51 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時50分55秒
食事は滞りなく進んでいった。
それぞれ好きなものを注文して、運ばれてきた料理を皆で食べる。
よっすぃーと梨華ちゃんが、楽しい雰囲気を盛り上げてくれた。
あたしはそういうムードメーカ的なことは苦手。
でも、賑やかな雰囲気は嫌いじゃない。

「あっ! 里芋!!」

紺野の声は不思議とあたしの鼓膜に響いてくる。
たぶん小さな声だったんだろうけど、やっぱりあたしは聞き取っていた。
テーブルの上を見ると、小さな器に盛られた里芋の煮っ転がし。

「んー? 紺野、里芋食べる?」

ちょうど紺野の位置からは届きにくいところにある器を引き寄せながら、あたしは小首を傾げて尋ねていた。

「は、はい!」

こくこくと紺野の首が縦に振られる。
あんまりに可愛くて無邪気で、あたしはちょっとした悪戯心が沸き起こってくるのを感じた。

自分の箸で里芋をひとつ取ると、ひょいと紺野の口許へ差し出した。

「はい、あーん」

「えっ!?」

白い紺野の肌が一瞬で桃色に染まる。
忙しなく瞳を瞬き、少し挙動不審になりながら、里芋とあたしの顔を見比べていた。

どうしよう、可愛すぎるっ!
ペットみたい。もっと構いたいよー。
52 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時52分10秒
「きゃー、ごっちんってば大胆〜」

語尾にハートマークが付いてそうな勢いで、梨華ちゃんが高く甘い声を張り上げる。

「こーんの。…いらないの?」

益々紺野の顔が赤くなっていくのを見ながら、あたしはわざと問い掛けてみる。
心境はすっかりいじめっ子。

「……ぁ……、ありがとう、ございます…」

あーんと紺野の口が小さく開けられた。
あたしはその中に箸先を入れて、里芋を食べさせる。
ぱくり、と紺野が口を閉じて、もぐもぐと頬を動かした。

「――美味しい?」

「――はぃ……」

覗き込んでみると、大きな黒い瞳を伏し目がちにして、紺野はこくんと頷いた。
未だに仄かに紅潮した頬と、戸惑っている雰囲気に、あたしはちょっと感動を覚えていた。
擦れてない彼女の傍にいたい。
もっと色んな顔を見たい。
そんなことを思いながら。
53 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時52分46秒
「はぁー……ラブラブですねぇ…」

新垣の関心したような声に、小川の同意が重なった。
よっすぃーと梨華ちゃんは、何やら複雑な吐息を零していた。

「ごっちんってさぁ、ヤるときゃヤるよねぇ」

「うん。チャーミーちょっとびっくりー」

あたしは、ペロリと舌先を覗かせておどけてみせる。
と、さっきから静かな高橋がちょっと気に掛かった。
紺野と逆側の横を見ると、高橋は黙々と食事をしている。
54 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時53分43秒
賑やかな食事の時間も終わり、あたしたちは店先で別れた。
5期のメンバーは4人でタクシーに乗り込む。
あたしたち先輩メンバーはそれを見送った。

「ありがとうございました」
「ごちそうさまです」
「おやすみなさい」
「お疲れ様です」

口々の挨拶と会釈。
あたしは紺野の姿を見ていた。
会釈をして頭を上げた紺野がふとあたしを見る。
視線が絡んで、紺野はぱちぱちと瞬きしてから、ふわりと微笑みを浮かべて、今度はあたしにだけペコンと
会釈をくれた。

「オヤスミー。気をつけてね」

あたしの声は、きっと全員に向けられたものだと思われただろう。
バイバイと軽く手を振る。

紺野がタクシーの後部座席に消えて、最後に残ったのは高橋だった。

「失礼します」

礼儀正しい優等生の彼女は、はきはきとした声で挨拶をくれた。
あたしも彼女に視線を向ける。
すると、まるで待ち構えていたように視線が交わった。

え…?

今度はあたしが瞬く番。

高橋は、やけに強い眼差しであたしを見つめてから、何事もなかったかのようにタクシーに乗り込んだ。
やがて繁華街の夜にテールランプが溶け込んでいくのを見送って、あたしはほっと吐息をつく。
55 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時54分15秒
「ごっちんお疲れ」
「お疲れ様。珍しかったよね、今夜のごっちん」

振り返ると、よっすぃーと梨華ちゃんが微笑んでいた。

「―――…そう?」

「ん。いつもより、楽しそうだったよ」

「つか、ごっちん、紺野のことお気に入り?」

ぐいってよっすぃーに肩を抱かれて、にやっと笑った顔で見つめられた。

「や、可愛いじゃん、彼女。あんな妹が欲しいなぁ」

「………妹かぁ。うん、分かる気はするよ。何かぽーっとしてて放っておけない雰囲気はあるよね」

梨華ちゃんの同意に、あたしは取らないでよ?って言いそうになって、慌ててその言葉を飲み込んだ。
取るも取らないも…紺野はあたしのものじゃないし。
56 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月03日(火)10時54分47秒
その夜、部屋に帰りついたあたしは、紺野の真っ赤に染まった顔を思い出して、くすくすと思い出し笑いをし
てしまった。
7人で行くと決まったときはどうなるかと思ったけど、賑やかで楽しかったなぁ。
紺野との距離が少し縮まったような気がするし。
うん、よっすぃーや梨華ちゃんにも感謝。

今夜は幸せな夢を見られそうな予感――。
57 名前: 投稿日:2003年06月03日(火)10時58分06秒
>>47 >>48
レスありがとうございます!
期待にそえるよう、出来る限り頑張りたいです。
励ましのお言葉、とても嬉しいです。
58 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月03日(火)11時32分36秒
はぁ〜。コンコン可愛いっすね。
会社で読んでて自然とにやけてしまいました。
高橋…うむむ。後藤のライバルとなるのか?それとも…
更新楽しみにしてます
59 名前:みっくす 投稿日:2003年06月04日(水)00時01分59秒
こういうごっちん好きです。
あいきゅんは、ごっちんor紺野?
おいらはごっちんだと思うのだけど。
今後の展開をたのしみにしてます。
60 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月04日(水)19時01分25秒
ああ、こんこん。。。
一押しCPは高紺。2番目が後紺・・・の私、どっちにしろ、更新が楽しみです。
61 名前:読者です 投稿日:2003年06月09日(月)00時29分34秒
初めて読みました。面白い!
更新楽しみにお待ちしてます。
62 名前:忠告 投稿日:2003年06月09日(月)18時05分55秒
>>60-61
感想は一応sageでお願いします。
更新されたのかと思ってしまうので。
63 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時00分35秒
そんなある日。
メンバー全員でのダンスレッスンがスケジュールに組み込まれた。
今度の新曲、「Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド〜」の振り付け。

朝の道をスタジオまで急ぐ。
娘。メンバー全員が集合できる時間も、あたしが加入した当初に比べると、だんだん短くなっ
てきている。
ユニットだとか、ソロだとか…個別スケジュールがそれぞれ忙しいせいだ。
だから、たぶん今日一日で全ての振りを覚えるハメになるのだろう。
朝から夕方までのダンスレッスン。
今日も夏センセイの怒鳴り声を聞くことになるんだろうなぁ…。
とか何とか思うわりには、あたしは結構気分よくスタジオへ辿り着く。
ダンスは好きだ。厳しくても、難しくても、やっぱり踊っていて楽しいと思える。
ただし、朝の眠さについてはちょっと話は別だけど。

ふわぁ…と大きな欠伸をしながら、スタジオの防音扉を押し開けた。

「はよーございまーす…」

半ば惰性での挨拶。
地下にある広いスタジオには、煌々と電気がついていて、磨きこまれた床に明かりが反射し
ている。
が…。
64 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時01分40秒
あれ? なんで――?

スタジオにいたのは紺野一人だった。
壁一面の鏡の前でバーを使ってストレッチをしていた紺野は、あたしの声にぱっと振り返る。
きょとんと目を見開いたあたしと、これまた驚いた表情の紺野の視線が交わった。

「お、おはようございますっ!」

ぺこりと紺野が頭を下げる。
二つにくくられた髪は少しだけ乱れていて、頬がうっすら上気しているのが分かった。
頭を起こした彼女の髪がぴょこんって揺れた。

「おはよー…って。紺野一人?」

見渡しても、他のメンバーの荷物は見付からない。
あたしはカバンを肩にひっかけたままで、紺野へと近付いた。

「はい。……あの、まだ集合時間一時間前ですし………」

「あーそっか、一時間前……――はぁ?!」

床にカバンを置いて頷きかけたあたしは、びっくりして壁時計を見上げる。
時刻は9時前。
あたしの脳内スケジュールは、9時からダンスレッスンなんですけど…。

「……9時集合じゃなかったっけ? え、10時集合?」
65 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時02分22秒
「――はい、10時集合ですよ……」

ガクリとあたしは脱力した。
ズルズルと鏡に背中を預けてしゃがみ込んでしまう。
紺野の勘違いだと思いたかったけど、今、他にメンバーがいないのが何よりもの証拠だ。

「えと……。あの、後藤さん?」

呼ばれて顔を上げると、目の前に紺野もしゃがみ込んでいた。
大きな瞳で心配そうにあたしを見つめている。
あたしはへらりと笑ってみせた。

「大丈夫ー。早起きは三文の得って言うし。こうして紺野に会えたのが、三文分の得かなぁ」

瞬間紺野はぱちくりと目を見開いて、そして真っ赤になってしまった。

「あの、あの……。そんな、わたしに三文の価値なんて」

パクパクと言葉なく開かれる唇が可愛い。
汗で額に張り付いた髪も何だか可愛い。

いやいや、三文以上の価値は十分……って、三文っていくらなんだろう…?

連想ゲームのように浮かんだ疑問に、ん?と首を傾げて、尋ねてみようと紺野へ視線を向け
たあたしは、ふと違和感を感じた。
66 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時02分56秒
え、汗……?
薄っすらと滲む汗が人工的な光を反射している。

「てかさ、紺野? 何してたの、集合一時間前から。自主トレ?」

「―――……はい、そんなものです。……なかなか、完璧にならなくて」

すっと紺野の顔が憂鬱そうに翳る。
伏せられた眼差しと、辛そうに寄せられる眉。

あぁ…とあたしは思い当たった。
紺野はダンスが苦手だ。もっといえば、たぶん歌にも苦手意識を抱いている。
補欠合格でスタートしたことに対する負い目とか、あと色々…。
頑張っているのは傍目からでもよく分かるんだけど、それが今は結果に結びついていないん
だ。
夏センセイに怒られるたび、紺野は萎縮してたっけ。
あたしは、もう少しすると紺野は花開くと思っている。
高く飛ぶためには、深く身を屈めなきゃいけないって、そんな言葉をどこかで聞いた。

さて、どうするかな…。
自分で言うのもなんだけど、あたしは慰め役には向いていない。
67 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時03分29秒
「こーんの」

あたしは表情を和らげて、くしゃっと二つにくくられた紺野の髪を撫でた。
彼女はびっくりしたように、大きな瞳であたしを見上げてくる。

「ほら、笑え。紺野、せっかく可愛いのに、そんな顔してたらもったいないよ?」

言いながらふっくらした頬をふにって摘んでみた。
あたしの行動は予想外だったのだろう。
彼女は面白いくらいに真っ赤になって、目を白黒させている。
うわ、なんて素直な反応なんだろう。

「ごっ、……後藤さん……っ」

「んー? やぁらかくて、気持ちいいー」

ふにふにふに。
あたしはセクハラオヤジのごとく、後藤の頬を突っついて摘んだ。
あたふたする彼女が面白くて、くすくす笑いながら悪戯してしまう。
ヤバイ、クセになりそう…。
いやいや、そうじゃなくって…。ん、落ち着いてきたかな?
頃合いを見計らってあたしは手を離し、ペタンとその場に座り込んだ。
68 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時04分05秒
「ほら、紺野、こっち来てもたれてみ?」

ペタペタと傍の床を手の平で叩いた。
紺野は両手で自分の頬を押さえながら、向かい合った位置から横並びの位置へとずれてくれ
る。
あたしは鏡にもたれて、横目でそっと戸惑った様子を見つめた。

「ねー、エーデルワイスって知ってる?」

あたしの唐突な問いに、不思議そうな表情をしながらも頷いてくれる。
その様子にはさっきまでの緊張はない。
少しだけほっとして、嬉しくなった。

紺野を見ていたら、不意にエーデルワイスを思い出したのだ。
鮮やかな緑と白の対比が美しい花。
しっかりと根を張って、つつましく、清楚に咲く花。

「花、見たことあるー?」

「あ…いいえ。サウンドオブミュージックで曲は知ってるんですけど、花は……」

「ごとうもねー、図鑑とかでしか見たことないんだけど。なんかね、好きなんだ」

不思議なほどゆったりとした気持ちになっていた。
紺野は顔だけを横向けて、真っ直ぐにあたしを見ている。
69 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時04分36秒
「えと……。今度、見てみますね」

紺野からの言葉に、あたしはちょっと驚いた。
うぬぼれじゃないなら、そこに社交辞令の色は全くなかったから。
ふんわりと笑った笑顔。柔らかな表情。穏やかな雰囲気。
えへへって照れ臭さを隠しながら笑い返した。
だからへろって壁にもたれて、頭の中に浮かんだメロディを口ずさむ。

「♪Edelweiss Edelwiess every morning you greet me ……」

チラリと紺野を見た。
歌えるんだったら一緒に歌おうよ。
そんなメッセージを込めて。
紺野はにこりと笑って、細いけど綺麗な声を重ねてくれた。

「♪……Small and White Clean and Bright You look happy to meet me」

後頭部を壁鏡に預けて、目を閉じて歌を歌う。
あぁ、すごく気持ちいいなぁ…。
紺野の声、綺麗だなぁ。
落ち着くなぁ…。
そんなことを考えながら、あたしはリピートしてもう一度始めから歌う。
紺野もごく自然にそれに付き合ってくれた。
70 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時05分09秒
彼女のいい所は、もしかすると、テレビに映りにくいのかもしれない。
彼女の持つ長所は、もしかすると、芸能界で一気に注目を集められるものじゃないのかもしれ
ない。
でも、このコの持つ雰囲気は貴重だと思う。
おっとりとしていて、傍にいるだけで、優しくなれそうな気がする。
素朴で温かい笑顔。細いけど、綺麗な声。素直な感性と表情。
苦労するかもしれないけど、いい所を失わないで、成長してほしいなぁって願った。
いつの日か、きっと花開く。紺野の美点に皆気付く。その日まで…頑張ってほしい。

薄く目を開けると、瞳を閉ざして仄かな笑みを浮かべながら歌っている紺野が、目に飛び込ん
でくる。
ふっくらとした唇が小さく動くのを見て、ドキンとしてしまった。

ちょっと待て、落ち着けあたし。
なんでときめいてるんだ?
こら、耳が熱くなってるのはなぜだ?

おそらく紺野の完全に無防備な表情。
あどけなさや、いつもの一生懸命さが消えると同時、びっくりするくらい大人びた雰囲気を感じ
取ってしまったのだ。
意外…だけど、もっと見たい。
もっと紺野の色んな面を見てみたい。
71 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時05分45秒
そんなことを考えていたら、ふっと歌声が小さくなってしまった。
まぁ当然。無我の境地から煩悩の世界へと、もろ切り替わったのだから。

「―――後藤さん?」

紺野がゆっくりと瞳を開けた。
歌声はやんでしまって、妙な静けさに再びドキンとしてしまう。

「―――どうしたんですか?」

間近に迫る紺野の黒い瞳。
不思議なほどの吸引力。
あ、分かった、黒目が大きいんだ……って違う!

その時。

ぐぅ〜〜〜。
72 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時07分07秒
絶妙のタイミングで、あたしのお腹が鳴った……。
さすがにあたしは顔を赤くしてしまう。
てか、なんでだよ、あたしのお腹…。確かに朝急いで、朝食抜きだったけどさぁ。
いや、ある意味助けられたのかな。よく分かんないや。

紺野は大きな目をもっと丸く見開いて、そして俯いて、でもしっかりと肩を震わせている。

「―――…。こーんの、笑ってるの、マジ分かりやすいから」

あたしも笑いながらくしゃりと紺野の頭を撫でる。

「ご、ごめんなさい…。………あ、そうだ。サンドイッチ食べますか?」

「マジ? いいの? でも紺野の昼ごはんなんでしょ?」

言ってからあたしは名案を思いついた。

「あ、じゃあさ、それもらえるかな? んで、昼ごはん、ごとーが奢るよ。一緒に食べに行こ
う?」

紺野に言葉を挟む隙を与えず、あたしはまくし立てるように言葉を繋いだ。
わくわくするような気持ち。
73 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時07分42秒
どう?って大きな瞳を覗き込むと、彼女ははにかむように微笑んで、ひとつ首肯を返してくれ
た。

「えと……。いいんですか?」

おっとりとした細い声で尋ねながら、カバンから取り出したサンドイッチを差し出してくれる。
家族の手作りなのだろう。大判のハンカチで包まれた、いかにもなお弁当箱。

「もちろん。つっても、ダンスレッスン中だったらちゃんと食べる時間もないだろうなぁ。ケータリ
ングかな。だったら夕食もご馳走ということで」

にっこり笑って、ピンと人差し指を立ててみた。
あたしの主張に紺野はまたもや大きく目を見開く。
紺野のびっくりした顔、めちゃくちゃよく見てる気がする。
可愛いから全然OKなんだけどねー。

「やっ、それは悪いです。そんな…大したものじゃないし……」

遠慮する紺野を強引に説き伏せながら、あたしは差し出されたお弁当箱を受け取った。
いいの?いいの?って何度か聞いてから蓋を開ける。
並んだ手作りのサンドイッチに軽い感動を覚えた。
そして、それが紺野のお母さんの手作りだと思うと、何やら感慨もひとしおである。
74 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時08分24秒
遠慮なくサンドイッチをぱくつきながら、カバンからペットボトルを取り出した。
ストレートティのボトル。
一口飲んでから、ふと思いついて紺野に差し出してみる。

「飲む? 甘くないけど…」

別に間接キスとかよこしまなことを考えたわけじゃなく、単純に汗をかくくらいトレーニングして
たんだったら、喉渇いてるかなぁって思ったから。

「あ………、はい、…ありがとう、ございます――」

暫しの逡巡の後、紺野は両手であたしの手からペットボトルを受け取って、コクコクと喉を潤し
た。
会釈とともにボトルを返されて、少し濡れた紺野の唇を見たときに、あたしは今更ながら間接
キスという単語を思いつく。

とはいっても、娘。のメンバー間では間接キスなど珍しくもなんともない。
ハグやチューですらコミュニケーションの一環だと定着しているから。
なのに。あたしは少し鼓動が高鳴るのを感じた。
エーデルワイスを口ずさんでいた、無防備な紺野の顔を思い出す。
75 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時09分01秒
………独り占め、したいな。
ふんわりとした笑顔や、ボケたキャラは皆が知っている。
彼女のいい所を、もっと伸ばしてあげたい。
だけど。
無防備な表情や、照れて頬を染める顔は、独り占めしたい。

沸き起こった独占欲に驚いてしまう。

あたしは他人に対して独占欲を抱くことは滅多になかったから。
来るもの拒まず、が基本スタンス。
そりゃ、親しくなる、ならない、はあるけど、人に執着した記憶はあまりない。

「―――後藤さん?」

小さな声でも他にだれもいないスタジオでは大きく聞こえる。
あたしははっと顔を上げた。
サンドイッチを口に咥えたまま、考え込んでいたらしい。
てか、傍目から見れば、ぼーっとしてたようにしか見えなかっただろう…。
76 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月10日(火)17時09分39秒
「どうかしました? ――お口に合いませんでしたか?」

心配そうに覗き込まれ、慌てて首を横に振る。
サンドイッチは、すでに半分あたしの胃に収まっていた。

「んーん、美味しい。本当に、美味しいよ」

「よかったぁ……」

紺野は嬉しそうに表情を和らげた。
とてもとても可愛いと思った。
―――ぎゅってしたくなった。しなかったけど。
77 名前: 投稿日:2003年06月10日(火)17時14分15秒
>>58-61
レスありがとうございます。
大変励みになっております、感謝です!

もし感想を頂ける場合、よろしければsageでお願いしたいです。
今後ともお付き合い頂ければ幸いです(礼)
78 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月10日(火)19時24分19秒
めっちゃ良いです。
ほんのりってゆうか、温かいこの二人の空間が好きです。
自分の後藤と紺野のイメージと、作者さんの書くこの作品はぴったりなんですよね。
これからも頑張って下さい。応援しています!
79 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月10日(火)21時56分28秒
読んでいる間、顔がニヤケっぱなしになっちまった♪
すごくイイ!
80 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時33分25秒
紺野のお弁当を食べ終わってしばらくした頃。
続々と他のメンバーたちがスタジオに現れ始めた。

「おはよーございます。ってあれ? 後藤さん、えらい早いやないですか」

加護がびっくりしたように目を見開く。

「今日は雨ですかねー」

一緒に来た辻が悪戯っぽく笑った。
81 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時33分55秒
あたしは一時間勘違いをしていたことは黙って、ただ笑い返す。
なんとなく、今までの時間をナイショにしたかったから。
なのに、加護はあたしと紺野を見比べながら減らず口を叩く。

「もしかして、紺ちゃん、苛められとったん? 辛かったらうちに言いや。いつでも後藤さんをシ
メたんで」

「加護ーっ! 朝から可愛くないぞー」

うりゃーとか言いながら、加護の頭をぐしゃぐしゃにしてやった。
加護は、ひどーっと笑いながら叫び、ご機嫌に笑う。
辻は、そんなあたしたちを見ながらけらけら笑っていた。
紺野も遠慮がちに、でもしっかりと笑っている。

「朝からテンション高いっすねー」

テンションの低い声に顔を上げると、よっすぃーが呆れたように突っ立っているのが目に入る。
彼女は今回の曲のメイン。
今日、恐らくもっとも夏センセイにしごかれるヒト。
そりゃテンションも低いだろう。
あたしは、あははっと笑って、ひらひらと手を振って挨拶を返した。
頑張ろうねーって意味も込めて。

「はーい、集合!!」

カオリの声に、あたしたちはじゃれあいを止めて移動する。
時刻は10時過ぎ。
最後にポンって紺野の頭に手を置いた。

「行こっか」
82 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時34分25秒
緊張を浮かべていた紺野は、あたしを見上げて、そして微かに表情を和らげてくれる。
それだけで十分だった。
頑張ろうね、とか、緊張しなくていいよ、とかの言葉は掛けられなかった。
だって多分もう本人が一番分かっている。
それ以上言うのは、かえってプレッシャーになりそうだったから。

だからあたしは、せめてと思って、出来るだけ柔らかい笑顔を紺野に向けたのだ。
83 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時34分55秒
いざ夏センセイが来てレッスンが始まると、自分のことで手がいっぱいだった。
全体の振り付けが終わってから、よっすぃーとなっちとあたしで、ソロパートの振り付けを受け
る。

「もっとシャープに! キレが悪い!」
「何恥ずかしがってんだ。半端な動きは余計みっともないよ!」
「大きく動いて。男役なんだよ」

すぐに汗だくになっていく。
一番注意を受けているのは、やっぱりよっすぃーだったけど、あたしもいっぱいいっぱい。
鏡に映る自分と、夏センセイの動きを見比べて、動きを体に叩き込む。

昼食の休憩は、あたしたち三人だけ後回しになった。
他のメンバーが隣の部屋で、スタッフの用意した食事を済ませている間、あたしたちは徹底的
にしごかれる。
一時間後、食事を済ませたメンバーが戻ってくると、入れ替わりで一時間の休憩が与えられ
た。

タオルをかぶって隣の部屋に行く。
マネージャーさんがスポーツドリンクを渡してくれた。

「お疲れ様」

「ありがとう」

ドサリと椅子に座って一息で飲み干す。
84 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時35分26秒
「くっそー、覚えられねぇ!」

よっすぃーの悔しそうな声がした。

「まだまだこれからだよ。ちゃんと食べて、午後からも頑張ろう」

なっちの前向きな声。

食べ過ぎないように、でもしっかり食べて、水分も補給して。
あたしたち三人はスタジオに戻る。
そこでは、最初から最後まで通しのレッスンをしているメンバーがいた。

あたしの目は紺野を追ってしまう。

ぎこちないなりに、一生懸命頑張っている紺野。
今回彼女のパートは目立たない。
だけど。

「紺野! 迷うな。一人の動きが迷えば、他のメンバーに迷惑が掛かるんだよ!」

そう。人数が多いと、ちょっとしたミスでもぶつかったりしてしまうのだ。
唇を噛み締めて俯く紺野に、夏センセイの厳しい声が飛ぶ。

「返事は!」

「はいっ、分かりました…っ」

上擦った紺野の返事。
泣きたいのを堪えているのか、悔しいのを堪えているのか。


「ごっちん。さっきの続き、やろう」

なっちの声に促されて、あたしたち三人も、それぞれのソロパートを練習した。
85 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時35分56秒
日が沈んだ頃、レッスンは終了した。
なんとか全員で揃って最初から最後まで通せるようになった。
でも、細かいところはまだまだ甘さが残っている。

「各自しっかり覚えてくること。いいね?!」

容赦ない夏センセイの言葉に、あたしたちは「はいっ」と揃った返事を叫んだ。
解散の声に、「ありがとうございましたっ」と挨拶を返し、頭を下げる。
そして、シャワールームへ移動。

あたしはちらりと紺野を見た。
俯いている紺野は、どうやら落ち込んでいる。
傍には高橋がいて、色々と声を掛けていた。

シャワーを浴びてドライヤーで髪を乾かしているうちに、帰る用意を済ませたメンバーたちがど
んどん姿を消していく。

「お疲れ様ー…」
「お疲れ様です」
「また明日ー」
「ラジオ行って来まーす」
「頑張ってねー」
86 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時36分31秒
カチ…とドライヤーを止めると、残っているのは紺野と高橋の二人。
しかもレッスンが終わった状態のまま。

「…二人ともー? シャワー、浴びないの?」

声を掛けると、二人が顔を上げてあたしを見た。

「あ、はい。高橋、もう少しレッスンやって行きます」

隣で紺野も真剣な顔をして頷いている。

「ごめんなさい、後藤さん。わたし、全然覚えられてなくって…」

だから、あたしは誘う言葉を飲み込んだ。
レッスンに付き合うことも考えたけど、多分いない方が集中出来るんだろうって思った。

「そっか。……無理しすぎないようにね。明日も仕事だからね」

「はい…!」

紺野の返事を聞きながら、あたしは立ち上がって鞄を肩にかける。

「じゃ、お疲れ様ー」

「お疲れ様です」
「お疲れ様です」

二人の声を背中に受けて、あたしはスタジオを後にした。
87 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年06月24日(火)18時37分03秒
………少しだけ、寂しい気分。

ま、いいか。サンドイッチの恩は、次の機会にしっかり返すことにしよう。
高橋は…紺野に付き合って残っているんだろうな。
同期の絆か。
羨ましいな……。
88 名前: 投稿日:2003年06月24日(火)18時39分52秒
週一での更新を目標にしてましたが、2週間ぶりとなりました。
ゴメンナサイ。

>>78-79
レスありがとうございます! とても嬉しく思っております。
励まされております(感謝)
89 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月24日(火)21時25分18秒
更新お疲れさまです。
この二人はほほえましいですね。
いろいろ考えて行動する後藤さんが珍しくて好きです。
90 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月25日(水)13時11分27秒
たかはすぃーはどっちなんだろう
91 名前:みっくす 投稿日:2003年07月08日(火)05時37分22秒
更新おつかれさまです。
ごっちんと紺ちゃん良い感じですね。
続き楽しみにまってます。

あと、この小説をおいらのHPで保存&掲載させていただきます。
よろしくです。
92 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時38分40秒
新曲『Mr.Moonlight〜愛のビッグバンド〜』のリリースが近くなるにつれて、スケジュールは
ハードなものになっていく。
雑誌の取材、テレビの収録、関係各位への挨拶回り、そしてリハーサル。
もちろん、その間にもレギュラー番組はこなさなくてはいけなくて。
まさしく仕事漬けの毎日。
あたしはともかく、5期メンバーは大変だろうなぁって思う。
この忙しさを体験するのは初めてなのだから。
紺野も高橋も小川も新垣も、寸暇を惜しんでは、一生懸命台本を読んだり、振り付けの確認を
したり。
もしくは、楽屋や控え室の隅で眠っていた。

その日もTV番組の収録で、控え室には娘。メンバー全員集合となっていた。
めいめい鏡で自分をチェックしたり、進行を確認したりしている。
そして、カオリはリーダーとして5期メンバーの前に立っていた。

「しんどいのは分かるけど、プロならちゃんと笑わないとダメだよ」

カオリの言葉に真剣に頷く4人。
あたしは、いつものようにぼーっとしながら、そんな風景を眺めていた。
93 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時39分34秒
「ごっつぁん。疲れてんのー?」

ヒヤリと頬に冷たい感覚が生まれる。

「んぁー…。やぐっつぁんかぁ」

「矢口で悪かったねー」

ペットボトルをあたしの頬に押し付けて、やぐっつぁんがベッと舌を出していた。
明るい色の髪がサラリと揺れている。
やぐっつぁんは、さすがと言うべきか、疲れなんて微塵も見せず、いつものように屈託なく微笑
んでいた。

「悪いなんて言ってないよー。ごとうにくれるの?これ」

あたしはへなって笑い、手を伸ばしてペットボトルを受け取った。
お茶のボトル。

「ん。あげる」

ペットボトルから手を離したやぐっつぁんが、あたしの膝の上へ座ろうと移動してくる。
あたしはイスに深く座りなおして、やぐっつぁんの腰に緩く片腕を回した。
別に珍しい風景ではない。
部屋のもう片隅では、辻がなっちの膝の上で遊んでいるし。

あぁ、それにしても、やぐっつぁんの小ささって可愛いねー。膝の上サイズ。
94 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時40分12秒
「いやぁ…やっぱこの時期は忙しいよねぇ」

足をブラブラさせながら、やぐっつぁんは首を捻ってあたしを見上げた。

「だねー。コンサートとかの忙しさとは、また別物だしね」

「耐久ものの企画もつらいけどさぁ。……新メン、辛そうだなぁ」

「んー。ごとうも娘。に入ったばっかは辛かったし。一度は通る道だと思うけどね」

言いながら部屋の隅へと視線を向けると、カオリの話から解放された4人が固まってソファに
座っていた。
流石に口数も少なく、疲労の色も濃い。
紺野は、高橋の肩にもたれるようにして眠ろうとしていた。
高橋はそんな紺野を黙って見つめ、肩をかしてあげている。
――自分だってしんどいだろうに…。

「……高橋ってさぁ…」

ぼそっと小さな声でやぐっつぁんが呟いた。

「紺野と仲いいよね」

「――うん」

あたしは頷く。
本当にそうだから。

「――――妬ける?」

「…………分かんない」

「ふぅん」
95 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時40分45秒
やぐっつぁんは、それ以上聞いてこなかった。
あたしに後頭部を向けている彼女がどんな顔をしているのかも見えない。

そう、分からない。
前までなら、別にって答えていたと思うけど…。
エーデルワイスを一緒に口ずさんだ頃から、分からなくなってきた。
高橋が羨ましいと、時々思う。
ごく自然に傍にいて、励ましてあげれる関係が羨ましい。
あたしが話しかけると、どうしたって紺野は“先輩”に対する態度になっている。
その距離がもどかしかった。
これは、妬いているっていうのかな……。

サンドイッチのお礼をする時間も取れないまま、忙しい毎日が過ぎていく――。
96 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時41分15秒
そんなある日、事件がおきた。正確には事故――。
TV番組の収録の最中に、紺野が怪我をした。

「紺野…っ!!」
「こんちゃん……! 大丈夫?!」

スタジオの空気が凍りつく。
スタッフとメンバーが紺野に駆け寄った。
紺野は顔を顰めて、唇を噛み締めていた。
慌しく空気が動いていく。
紺野の様子はただことではなさそうだった。

新垣や小川はショックのあまりか涙ぐんでいた。
なっちややぐっつぁんも、少し青ざめている。
あたしたちは、身体が資本だ。
風邪や怪我は厳禁。体調管理は最も大切な仕事のひとつ。
そう教え込まれた。

そしてあたしは、そんなどうでもいいことを考えながら、うまく動くことが出来ずにいた。
97 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時41分49秒
紺野が、紺野が……怪我?
あんなに頑張ってきたのに、ここに来て怪我?
血痕が網膜に焼き付いた。
変に頭が冷静で、でもふわふわしているような奇妙な感覚。
もうすぐ、ツアーが始まるのに。
初ステージに向けて、あれだけ特訓を重ねたのに……?

夏センセイに怒られながら頑張っていた紺野。
一人で朝早くから、夜遅くまで汗を流していた紺野。
おそらく、あたしの見えていないところでも努力していたのだろう。
ダンスは日を追うごとに上達していた。
まだまだ足りないものはあるけれど、着実に前進しているのが分かった。

時々不安な表情を見せて、それを押し殺そうと懸命になっていた紺野。
そんな中でも、ふんわりとした笑顔は健在で。
あたしはそれが嬉しかった。
同期の…高橋の支えの賜物だとしても、あたしは嬉しかった。
あたしが、上手になったよ、と声を掛けたとき輝くような笑顔をくれた、それだけで十分だった。

それが、なのに、ここへ来て…?!
98 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時42分22秒
マネージャーさんが、紺野は病院へ運ばれたと、スタジオで待つあたしたちに伝えてくれた。
泣きじゃくる、同期のメンバー。
そして、収録再開。

―――あたしは、自分がどんなふうに仕事をしたのか、覚えていなかった。
気付いたら、全てが終わった控え室だった。

「ごっつぁん? 大丈夫?」

やぐっつぁんに覗き込まれて、あたしは、初めて視界の焦点が合ったような気になった。

「………あ?」

「―――顔色、悪いよ。…今日、矢口の部屋に来る?」

やぐっつぁんの眉が心配そうに寄せられているのが見える。
気遣いと労わりを含んだ声。

「えと…。あれ、ねぇ、ごとう、ちゃんと仕事出来てた?」

「うん。大丈夫、プロだったよ。多分、メンバーも気付いてない」

皆紺野のショックが尾を引いてるからね…。
そっとやぐっつぁんは付け足して言った。

あたしはほっと息をつく。
そして、やぐっつぁんだけは、確実にあたしのショックの大きさを見抜いていることに気付いた。
99 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時42分53秒
「鋭いねぇ、やぐっつぁんは…」

あはってあたしは笑ってみせた。
やぐっつぁんは、少し眉をしかめて、何か言いたげな顔をしてる。
ん?って首を傾げると、やぐっつぁんの呟きが聞こえた。

「別に…全員に対してこんなに鋭いわけじゃないよ」

へ?
ぱちりと瞬いて、その意味を聞こうとしたあたしの背に、やぐっつぁんの手が触れる。

「ごっつぁん、無理して笑わなくてもいいからさぁ」

「――サンキュ」

やぐっつぁん…相変わらず優しいなぁ……。

「今日は矢口の部屋においでよ」

誘われてあたしはちょっと考えた。
やぐっつぁんは、純粋な厚意で言ってくれているんだろうけど…。
今のあたしの感覚は、心臓が押し潰されそうな感じ。
すごく、ものすごく、不安……。
やぐっつぁんの気持ちは嬉しいけど、やぐっつぁんの部屋へ行ってもこれは収まらないような気
がする。

どうしようかと返事を迷うあたしの耳に、カオリの声がやけに鮮明に飛び込んできた。
100 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時43分55秒
「紺野の病院へ、見舞いに行っていいって」

あたしはカオリをぱっと振り返る。
控え室の扉の前に立って、メンバーの顔を見渡している。

「行く…!」

考えるより先に、体が動いて声が出た。
で、初めて他のメンバーが全員控え室に残っていることに気付いた。

カオリはちょっと意外そうにあたしを見て、うん、と頷いてくれる。

「行きます! あたしも、高橋も行きますっ」

部屋の対角から切羽詰った声が上がった。

高橋……。
可哀想なほど、蒼褪めていた。
そんな彼女の横で、小川と新垣も真っ直ぐ…縋りつくような目でカオリを見つめている。
あぁ、泣いた跡がある。
同期のメンバーとして、一緒に今日まで苦楽を共にしてきた仲間として、心底心配してるんだ
なって分かった。
101 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時44分27秒
「……矢口も行くよっ」

あたしの後ろで声が跳ねた。
あ…誘われていた最中だっけ…。

「やぐっつぁん、そういうわけで、お泊りはまた次の機会にしよう」

振り返って伝えた後、答えを待つ時間ももどかしくて急いで荷物をまとめた。
紺野に会える。
紺野の無事を確認できる。
それだけしか頭にない。
それだけしか考えられない。
そして、それまで痛いくらいに感じていた不安が、少し影を潜めたのを感じていた。
102 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時45分40秒

お見舞いに押しかけたあたしたちは、病院のベッドの上の紺野から、12針縫ったことを聞かさ
れた。
そして、ツアー初日には間に合わないと……。

紺野は、少し眉尻を下げて、泣きそうな、そして申し訳なさそうな顔であたしたちを見た。

「ごめんなさいっ!」

細い紺野の声。
ベッドの上で頭を下げている紺野の顔は、髪に隠れて見えなくなった。

「紺野、これはアクシデントだからね。それより怪我、大丈夫?」
「心配したよー。……早く治して、一緒のステージに立とうね」
「こんちゃん、こんちゃん。のの、次のお見舞いの時は、美味しい食べ物持って来るよ」

メンバーたちがベッドを囲んで口々に声を掛ける。
紺野はありがとうございますとごめんなさいを何度も繰り返していた。

あたしは…、無理して対応しなくていいよ。あたしたちに気を遣わないで、と言いたくなってい
た。
悔しいの、ぶちまけていいんだよって…。
でもそれは言えない。紺野だって、こんな全員の前で悔しさを露わにするのは嫌だろう。
103 名前:DISTANCE ―距離― 投稿日:2003年07月09日(水)06時46分14秒
「あさ美ちゃん…! 大丈夫? 痛くない?」
「あさ美ちゃん、あさ美ちゃん…っ」

……5期メンバーたちだった。
少しあたしたち先輩に遠慮する素振りを見せたものの、ベッドの傍最前列で紺野の手を取り、
泣きそうな顔で覗き込んでいる。
もちろん、あたしたち先輩も咎めるはずはなく――。

「心配かけてごめんね」

と紺野が小さな声で呟くのが聞こえた。
高橋と小川と新垣に向けての言葉。
あたしたちに対しては、不注意で怪我をしてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい…なの
だ。
それは無理もないことだと分かってるけど。
どうしよう、すごく…すごく…寂しい。

もっと傍で支えてあげたい。
もっと素の顔を見せてほしい。

あたしは、出来るだけ柔らかく優しく微笑みながら、当たり障りないお見舞いの言葉を紺野に
掛けて、皆と一緒に病室を跡にした。
心の中で、近いうちに絶対に一人でお見舞いに来ようと決心しながら。
104 名前: 投稿日:2003年07月09日(水)06時50分44秒
>>89-90
レスありがとうございます。とても嬉しいです。
感謝いたします!

>>91
ありがとうございます。
ホームページでの掲載の件、拙作でよろしければ喜んで。
105 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月09日(水)22時40分38秒
まだ二人の距離は、遠いな・・・
がんばれ、ごま!!
106 名前:みっくす 投稿日:2003年07月10日(木)13時10分10秒
更新お疲れ様です。
ごっちんの想いはなかなか伝わらないみたいですね。
がんばれごっちん。

掲載の件どうもです。
早速載せさせていただきました。
107 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月03日(日)00時57分27秒
  ほぜん
108 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)22時14分09秒
109 名前:みっくす 投稿日:2003/11/05(水) 18:04
保全
110 名前:みっくす 投稿日:2003/12/05(金) 21:43
保全
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/12/11(木) 17:21
ho
112 名前:みっくす 投稿日:2004/01/03(土) 06:20
保全
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/17(火) 19:00
続き楽しみにしてます
114 名前:なんとなく 投稿日:2004/03/03(水) 23:27
こういう感じの話好きです。頑張って下さい
115 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/05/06(木) 19:33
こんごま大好きです!!
頑張ってください!!
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/08(土) 13:38
117 名前:シィさん 投稿日:2004/05/14(金) 20:15
早く続きみたいです!!
お気に入りに登録してあるので・・・。
二人の距離が縮まってることを期待して・・・ね。
118 名前:七誌さんデス 投稿日:2004/07/12(月) 21:27
更新・・・ですか?やっと来ましたか・・・?
ま、いいです。もっと見たいです。
119 名前:七誌さんデス 投稿日:2004/07/13(火) 22:09
あれ・・・?削除されてる・・・?
120 名前:名無しさん 投稿日:2004/08/17(火) 16:18
hozen
121 名前:ほしお 投稿日:2004/08/18(水) 13:38
まってます!
122 名前:1ファンさん 投稿日:2004/10/23(土) 12:45
全部読みました。
次回更新まってまーす。
123 名前:七誌さんデス 投稿日:2004/12/15(水) 18:38
放棄だけはお願いですからしないでください。
あと読者のみなさんに返事をかいてあげてください。

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