小説・後藤真希。
- 1 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時26分06秒
- ごっちんの小説を連載します。更新は、これから毎週土・日に行いたいと考えています。
CPは、第一部 なし
第二部 なちごま、いちごま
第三部 よしごま、いしごま
の予定です。
花板「Goodbye! My Pride」の連載が終了したのでこの板に移ってきました。
この小説を読んでくださった皆様ありがとうございました。今後もお読みいただける方がいれば
幸いです。
- 2 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時28分08秒
- 第一部
赤いランドセルをしょって、真希は川のほとりまでやってきた。
川辺では真希と同じクラスの男女が遊び回ってる。季節は、春で今まで感じていた一瞬の寒さもない。
「真希!遅いって!川辺でドッチボールやろ!って言ったの真希でしょー!」
その中の一人の女の子が大声で叫んだ。真希と大の仲良しの恭子だった。
「あはっ。ごめんー!」
真希は、そう言うとランドセルを放り投げてみんなに加わった。
真希が加わったことでみんなに歓声が上がる。
後藤真希とその同級生は、今日が小学校の卒業式だった。小学校最後の思い出にみんなでドッチボールをやろうと真希が提案したのだ。
- 3 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時29分00秒
- 「真希がいないと何か締まんなくてさ。」
「そんなの、いいじゃん。楽しければさ。」
真希は言うと近くの男子にボールをパスした。
「それっ!」」
男子があさっての方向にボールを投げてしまった。ボールは案の定フェンスを越えて川の真中にぼちゃっと落ちた。
「あれっ!わりぃ!」
「あーあ、あんなとこ落としたらもう取りにいけないじゃん!どーしてくれんのよ!」
気の強そうな女子がその男子に食って掛かる。
「んなこと言ったって、あんなとこ取りにいけないしよ。」
ボールを投げた張本人は、困ったようにみんなを見つめた。
- 4 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時30分17秒
- 「いいよ!あたし取ってくる!」
当たり前のように真希が言った。その言い方があまりにもさらりとしていたので他の全員は唖然とした。
「は?どーやって?」
川には高いフェンスがあってとても小学生が上れる高さじゃない。
それに当のボールは川の真中でぽかぽかと浮いていた。真希はそんなこと気にもとめる様子はない。
「せーの!」
真希は、そう叫ぶと一気にフェンスに向かってジャンプした。
足場もないフェンスを真希はスカートをまるで気にしないでするすると登る。
みんなが呆気に取られている中を真希はフェンスの向こうに着地した。
川辺にはレジャー用のボートが無数に接岸している。
真希は、その中の船についているロープを手繰り寄せ始めた。
「おい!そんなことして大丈夫かよ!」
みんなが口々に言う。
「大丈夫だって!」
真希は、にっと笑うと手繰り寄せた船に飛び乗った。
そして船についているロープを外して岸を蹴り上げた。
- 5 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時31分16秒
- 船がゆっくり川の真中に動いていく。真希は、大きな船の中、駆け回ってどうにかボールの方向に船を持っていこうとした。
その姿は、まるで漁師さながらだ。
「すげぇ!真希!頑張れ!」
みんなの心配が次第に応援に変わっていった。ついに真希の乗った船が川の真中のボールの側まできた。
真希は、手を伸ばして懸命にボールを取ろうとする。
ただ、小学生のしかも女の子の手では水面にだって届かなかった。
「真希ぃ!がんばれぇ!」
岸辺ではなおも声援が続いてる。あともうちょっとなのに。真希は歯噛みした。
こんなにみんなに注目されてるとこであきらめるなんて絶対できない。真希のいつもの性格だった。
真希は、さらに大きく身を乗り出した。あと、少しでボールに手が届く。
そんなところで真希は、一瞬バランスを崩した。
- 6 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時32分15秒
- 「あっ!危ない!」
みんなが言うと同時に真希はドボンと川の真中に落ちてしまった。
「あーあ。やっちゃった。」
真希はそうつぶやくとゆらゆら浮かんでるボールを取ってゆっくりと船に上がる。
服とスカートが体に張り付いて重かった。
その時初めて真希は岸辺が大騒ぎになっていることに気付いた。
女子達が悲鳴を上げている。男子は、近くの真希の家に人を呼びに行ってしまった。
その他の子も青ざめた表情で真希と船を見つめていた。
真希は慣れたように、外していないもう一本のロープを手繰り寄せると船を岸辺につけた。
そして全然気にしていないようにみんなに笑いかけると、ボールを投げた。
「真希!大丈夫?」
恭子が泣きそうになって聞いてきた。
- 7 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時33分16秒
- 「てへ。失敗しちゃった。でもだいじょぶだよ、こんくらい。」
真希は、平然と言った。幼いときから川遊びに慣れてた真希は、このぐらいは全くへっちゃらだったのだ。
その時、隣のクラスの子達が川辺を通りかかった。
その中に一際美人で中心を歩いていく女の子にみんなの視線が注がれる。
「あ、桃香軍団だ!」
誰かが叫ぶ。川岸の上の道路を小学生の集団が通りかかっていた。
集団の中心にいる桃香は、隣のクラスで人気があって、桃香軍団と真希のクラスでは言われていた。
「やーね。野蛮な子は。もうちょっと可愛らしくオシャレにできないのかな。」
桃香は、ずぶ濡れになった真希を見下すように言った。
そしてじっと真希の姿を楽しむようにじっと見つめた。
桃香は、ませた子で小学生にも関わらずマニキュアや化粧をしていた。
「ケバイ女にそんなこと言われたくねーよ。」
誰かが言う。
- 8 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時34分04秒
- 「そうよ。超感じ悪いあの子。」
恭子が続いていった。
真希は、しばらくその桃香を見つめていた。
やがて、「ふん。あんなの。オシャレなんて言えない。」断言するようにつぶやいた。
でもその表情は、悔しさのあまりに赤くなっていた。真希の家からは姉の由希が飛んできた。
「全くアンタあんなこと誰に習ったの?」
帰り道、由希が真希があまりにもうまく船を扱っていたことにあきれたように言った。
「ケン兄に習った・・・。」
真希は、ぼそっとつぶやいた。
「あぁ。早希の彼氏の。あの二人真希にろくなこと教えないんだから。」
由希が怒ったように言った。早紀は真希の2番目の姉だった。
早希とその彼氏のケンは真希を特に可愛がっていてよく真希を一緒に連れまわしていた。
- 9 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時34分59秒
- 真希の家には父親がいない。
6年も前に父は登山中の事故で亡くなってしまっていたのだ。
それゆえ由希は、父親のいない家庭で真希の面倒をよく見てくれる早希に感謝しながらも心配もしていた。
早希は、地元の定時制の高校に通う女子高生で、ガングロにルーズソックス、白いアイシャドウを塗り捲った典型的なコギャルだった。
対する彼氏のケンも、昼間は左官のアルバイト、夜は高校に行くかバイクで近くを走り回っているかどっちかのヤンキーだった。
とてもちゃんと妹の面倒を見てくれている立派な男女には見えない。
それでも、家には真希の弟の末っ子ユウキもいた。
母が一人で小料理屋を開いて必死に頑張っていることを考えたら自分と早希で真希とユウキの面倒を見ていかなければならないとも思っていた。
- 10 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時35分40秒
- 「でも、あたし早希ちゃんとケン兄大好きだよ。ケン兄ってバイク乗ってるとこすっごいカッコいいんだ。早希ちゃんをバイクに乗せたと思ったら一瞬でいなくなっちゃうんだよ。」
真希は、ケン兄のことを話した。
「そりゃあ・・・暴走族だからね。バイクの扱いはうまいんじゃない。」
由希は言う。
「でも、ケン兄自分は暴走族じゃないって言ってた。暴走族ってちんたら走って周りの人に迷惑かけるけど、俺はスピード派だから他人に迷惑をかける間もなくいなくなってるって。だからどっちかっていうと激走族って呼んでほしいって。」
真希は、ケンがよく言ってたことを思い出して言った。
「ゲキソウゾク!?だからって無免許で道路180キロで走っていいって法律は、どこにもないと思うけど。でもあの子もほんっとおもしろいこと言うな。」
由希は、おかしくって笑いながら言った。
- 11 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時36分50秒
- 由希にしても早希とケンが好きなことに変わりはなかった。
真希が二人によくなつくのが分かる。
ケン兄と早希は、格好さえ除けば人がよくって優しい普通の高校生カップルだということを由希はよく分かっていた。
「真希ぃ、あんたケンの真似して船かっぱらおうとしたんだって?近所じゃ有名だよ。」
早希が、愉快そうに訊いた。
「違うよ。ボール取りにいこうとしただけだよ。」
真希は、さも理不尽そうに答えた。
真希は、早希とケンの運転する車に乗っていた。
「おんなじだってぇ。それよか、気をつけなよ。ケンそれで一回補導されたかけたんだから。」
早希が運転してるケンの肩をポンとたたいて言った。
「補導じゃなくて逮捕だけどな。」
ケンは言った。その言い方があまりにもバツが悪そうだったので思わず二人は大笑いした。
真希は、この二人のものすごくざっくばらんとしたところがすごく好きだった。
- 12 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時37分36秒
- 「この辺、ヤンキー車多いなぁ。治安悪そ。」
ケンがさっきの恥かしさを隠すように言った。
「てか、うちらもそうじゃん。」
早希がすかさず言う。真希達は、千葉県のすぐ近くの東京の下町に住んでいた。
お世辞にも品がいいとはいえない街だ。
ヤンキーも不良もたくさん街を闊歩している。
でもみんな優しくて真希もよくアイスクリームやお菓子をもらっていた。
この街のいいところは、豪快な人が多くて人情味があるところだった。
真希は父親もいない寂しさとそれゆえに、人一倍負けず嫌いなところがあった。
でもそんな暖かな環境が一面に真希を包んでいた。
- 13 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時38分20秒
- 「ねぇ、早希ちゃん。あたしにメイキャップの仕方教えてよ。」
ある時、真希は早希に言った。真希にとって川辺で桃香に馬鹿にされたことが今でも心に残っていた。
オシャレ!?オシャレって何さ。あたしにだってそんなことぐらい出来る。
恭子だっていつもあたしの服のセンスがいい!ってうらやましがってた。
それだったら、メイキャップだって簡単なはずだ。
「おまえまだ小学生だろ。色気づくの早いんじゃねーの。」
横でぐだっと横たわっていたケンが代わりに答えた。
ケンは、よく真希の家に入り浸っている。
「あたし、もう中学生だよ。小学生なんかじゃない!」
真希がケンに食ってかかるように言った。ケンは、「わりぃ」というように手を振るとまた逆側に寝転がった。
- 14 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時39分14秒
- 「でもおもしろいかも。あたしも人のメイクもちょっとしてみたかったんだ。」
早希は、思いついたように言った。そして家のメイク台の前に真希を座らせるとおもむろに自分の化粧道具を取り出した。
白いアイシャドウにピンクの濃い口紅。早希は、中学生にするにしては、どう考えても無茶なメイキャップをし始めた。
最初はおもしろ半分でどんどんフェイスカラーをぬっていく。
でも、そんなメイキャップを融合させるように真希の顔は輝き始めた。
「嘘!?超可愛い・・・。」
早希は、本当にびっくりした。真希が自分の妹とは思えないほどに美しくなっていたのだ。
「早希ちゃん。ありがと。」
真希は、そう言うとにこにこして鏡を見ていた。
- 15 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時39分52秒
- 「ねえ、ケンさ。このままこの子渋谷連れてってみない。妹だってつったらみんなびっくりするよ。」
早希はさもおもしろそうに言った。
「渋谷・・?」
真希は、驚いたようにきょとんとして言った。
真希は「渋谷」なんて行ったことはない。
早希がケンとよく遊びに行ってることは知っていたが、人ごみだらけでゴミゴミしたとこだって印象をずっともっていた。
真希が住んでる下町とはあまりにも違った街だった。
- 16 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時40分26秒
- 「そう。渋谷。おもろいとこだよ。アンタと同いぐらい子だってたくさんいるんだから。」
早希は自慢そうに言う。
「でも、あんな街真希に見せないほうがいいんじゃねぇか?おれも危ない目に何回もあったしよ。」
ケンが横から口を挟む。
「何いってんの?アンタは、自分から危険つくってんでしょ。さ行くよ!」
早希は、勝手に外に出るとケンのとんがったヤンキー車に乗り込んだ。
「つーか。お前学校はー?」
ケンが追いかけながら言った。
「さぼりー!」
早希が元気よく答えた。
- 17 名前:Easestone 投稿日:2003年05月17日(土)10時41分25秒
- 今日の更新を終了します。
感想とかありましたらお願いします。
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月17日(土)12時55分59秒
- おもしろそうです
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)01時09分54秒
- 前作面白かったです
今回も楽しみにしてます
一部、二部、三部は別の物語なのかな?
- 20 名前:Easestone 投稿日:2003年05月22日(木)22時32分32秒
- >18さん レスどうもです。
>19さん
前作も読んでいただいてありがとうございます。
今回は、1部も2部も3部も全部同じ物語です。ただ今回は一応リアルもので
いしよしは登場が遅いので3部になってるだけです。
またよろしくお願いしマース。
- 21 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時33分18秒
ケンの車に乗り込んだ真希は、何故だか胸が高鳴った。
渋谷っていう街には何だか不思議な魅力があったのだ。たくさんの人が集まっててごった煮になってる。
ちっちゃい頃は、空気が汚いだけの街に思えた。
でも今はそういうところへ自分が飛び出したらどうなるんだろう。そんな気持ちが真希の中にうずまいていた。
車は、大きな川を渡ってぐんぐん都心に向かっていった。
ケンと早希はガード下に車を止めると、慣れたように周りにいるヤンキーどもにひょいと挨拶して歩き始めた。
渋谷には無数の人がいて思い思いに目的の場所へ歩いてる。誰も知らないし誰も気にとめない。
でも、ひとを惹きつける華やかさがあった。人をひきつければ群がり、興味がなくなると去っていく。
「でもおもしろそうじゃん。」と真希は思う。
渋谷は初めてのゲームを買い与えられたかの子供ように真希の心をつかんでいた。
- 22 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時34分42秒
- 「ここ、あたしがいつもたまってるとこ。」
早希は、NHKホールまで来ると言った。
確かに早希と同じ格好をしたガングロにルーズソックスの女子中高生がたむろしていた。
「ちぇっ。うるさそうだなぁ。」
ケンがげんなりしたように言った。その時
「よぉ!早希!」
その中で一際目立つ格好をした女の人が近づいてきた。
「あ、カオおひさ!」
カオルと名乗るその女は、カーキ迷彩色の服を着ていて他のコギャル達の格好とはまた一味違った雰囲気をかもし出していた。
カッコイイ!
ここにいる子達も奇抜な格好が多いけどこの人のファッションはいけてる!真希は瞬時にそう思った。
「何?この子、オーディションに来たの?」
そのうちにカオルは、真希に気付くとそう言った。
- 23 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時35分23秒
- 「オーディション?」
真希は聞き返す。
「違うって。この子はあたしの妹!今日ちょっと連れてきてみた。」
早希がかばうように答えた。
「へぇー。なかなかいかすじゃん。」
カオルは、アイシャドウで塗り固めた真希をまじまじと見て言った。
「オーディションって歌手の?あたし受けれる?」
真希は、臆することもなくカオルに聞いた。
真希は歌手になるっていうことがずっと夢だった。
でも漠然と思っていたことが、急に目の前にやってきた感じがした。
「受けれるわけねーだろ。中坊が。」
ずっと黙っていたケンが間から言った。
「何言ってんの?この子マゴギャルでしょ?遅いくらいじゃん。」
カオルは、まるで意に介しないように言った。
「ここじゃデビューする前からファンがついてるアイドルだってたくさんいる。中学だろうと小学生だろうと関係ないよ。有名になりさえすれば後は、スポンサーがつきゃいいんだから。ここでジャニーズ張ってる子達も大半がそっち系じゃないかな。」
カオルの言葉があまりにも威厳あるように聞こえて、真希とケンと早希の3人はぽかんと口を開けていた。
- 24 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時36分15秒
- 「きゃーーー!!」
一斉に黄色い声があがった。NHKホールから誰か有名タレントがでてきたようだった。
全員が、我を構わずその方向へ突っ込んでいく。
そこには、普段の生活も悩みもない。ただ単に、その瞬間を生きてる。
真希は、そんな気がした。
試しにこの中に入ってみようか。追っかけなんてできなくてもいい。
ただ、目が回るくらいに変化する街と一瞬一瞬の間に存在する人間の中に入ってみたかった。
それから真希は渋谷の虜になった。
真希は、自分で化粧もファッションも考えるようになったし、渋谷ではそれを自然に見せ合うことができた。何人かも仲間もできたし、その子からや新しいファッションの情報や流行の情報が何でも入ってきた。
とにかく時の流れが速かった。
- 25 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時37分04秒
- 昨日の情報は、古くなるし1時間後には、新しい情報が入ってくる。
真希は、毎日のように渋谷へ通った。そのおかげで真希の格好は随分と変わった。
髪の毛は金髪だったし、服装もまるで高校生が着るようなアメカジ系のファッションをするようになった。
「真希、何だよその頭?お前らしくないんじゃない?」
「いや、全然普通だって!うちの周りのお姉ちゃん達みんなそんな髪だよ。」
中学のクラスメイトが口々に真希に言った。
いくら渋谷に通ってても、いくらませたファッションをしてても真希にはまだ中学生という現実があった。
髪の毛を金髪にした真希には当然、周りからの注目を受ける。
不良みたいな子が多い下町にあって中学から髪の毛を染めまくって夜遊びしてる中学生はざらにいた。
それでも、真希のように毎日のように渋谷に通ってファッションセンスを磨いている子は珍しかった。
- 26 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時37分56秒
- 「あたしは、真希のそのファッション大好きだな。真希のファッションセンスってそこらの不良とは全然違う。あたしには到底真似できないけどね。」
恭子ははっきりそう言ってくれた。
真希にとって一番の救いだったのは、仲良しの恭子をはじめ、小学の時同じクラスだった仲間と中学でもそのままほとんど同じクラスになれたことだった。
でも、中学になると、お互いの仲間意識や友達の意識は確実に変化していた。
真希を含め、みんな人からどう見られてるかとか誰が人気があるかをものすごく気にするようになった。
可愛かったりカッコよかったりしただけで、周りには人が集まっていたし、何かスポーツや定期テストがある度に、競争意識というのものを常に感じさせられた。
「桃香って子可愛いよな。彼氏いるとか知ってる?」
「いや、知らねぇ。でもそんなんじゃなくいいから一度だけでも話してみたいよな。」
ある時、同じクラスの男子が前に川のほとりで真希を馬鹿にした桃香について話しているのを聞いた。
- 27 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時38分54秒
- 桃香は、中学に上がってからは驚異的に美しくなった。
黒くて長い髪がとても清純そうで、どちらかというと髪を染めたヤンキーの多い真希の中学では大人気となっていた。
小学校の時、あれほど真希の味方だった男子達もみんな口々にそう言っている。
女子にしてもそうで、男子に人気がある桃香にみんなでちやほやしていた。
真希は、別にあれから桃香に何を言われたわけでもない。
だけど、それを意識しないではいられなかった。
「悔しい。」
そんな負けず嫌いな感情が真希の中に渦巻く。
でも、人気があるってだけでそんな感情を抱かなければいけない自分自身の感情も嫌だった。
「それに比べたら渋谷がいい!」って真希は思う。
あそこには、そんな余計な感情はない。追っかけやってる子は、目当ての子にいつ会えるかしか考えてない。
歌手になりたければ、ボイストレーニングやオーディションのことしか頭にない。
真希は小学校の時と中学校で微妙な違い、そして日常と渋谷の雑踏との違いを確実に感じ取っていた。
- 28 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時40分06秒
- 真希は、渋谷の街を仲間と歩いていると初めて渋谷に来た時に出会ったカオルがスタジオでライブをやるという噂を聞いた。
カオルの話は渋谷ではよく聞いた。ジュニアの○○君とつきあってるという噂もあったし、タレント事務所にスカウトされたとかいう噂もあった。
とにかくカオルはこの辺じゃ有名人らしかった。
ジャニーズの追っかけから上へ上り詰めているカオルは、渋谷で遊んでるコギャルには憧れの的だったのだ。
真希は、噂で聞いた貸しスタジオにそのまま直行した。
そのスタジオは地下にあって普通の人じゃなかなか入れる雰囲気にない。
真希は、そんなこと気にする様子もない。どんどん勝手に中に入っていく。
スタジオの中は薄暗がりで、数人の男女がまだ何かを準備していた。
「カオルちゃん。あたし、前に会った真希だよ。」
真希は、勝手にステージの上までやってきてカオルに話しかけた。
全員が、「この子誰?」という表情をしている。
カオルも最初はん?という表情をしていた。
やがて真希に気付くと「あぁ。早希の妹か。」とぶっきらぼうに言った。
- 29 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時41分41秒
- 「カオルちゃんて歌を歌うの?」
真希は聞いた。
「あぁ、そうだよ。」
カオルはさもめんどくさそうに答える。
一緒に器材準備をしていたが仲間が相手をしてやれと目配せしたからだ。
「じゃ、カオルちゃんて歌手なんだ!すごい、すごいなぁ。あたしもこんなところで歌ってみたい!」
真希は、はしゃいで言った。
「真希ちゃんは、歌手目指してるの?」
そのうちにカオルの仲間らしき女の人が真希の側にやってきて言った。
「うん。だって歌ってお金稼げるって最高。」
真希は答える。
「ふうん。おもしろそうじゃん。だったらリズム合わせでこの子歌わせてみようよ。」
その女の人が調子良さそうにカオルに言った。
「は?だってまだこの子13だよ。何ができんの?」
まるで怒ったようにカオルは言った。
- 30 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時42分35秒
- 「いいじゃん。別にちょっと歌わせるだけなんだから。アンタもさ、早希にずいぶんとお世話になったんじゃないの?それに、歌手に年齢なんて関係ないっていつも言ってんの。アンタでしょ。」
その女の人は、ギターを抱えてひく真似をしながら楽しそうに言った。カオルもその人の両方とも女子高生だったが、まだ中1の真希にはずいぶんと大人に見えた。
「あたし、歌いたい!」
真希の一言がきいた。
「よっしゃ。そうと決まれば真希ちゃんの歌声聞かせてもらおうかぁ。」
ドラムにずっと座ってた男が言った。
真希は、流れる音楽とともにアムロの「I have never seen」を歌った。
歌が、不思議な鼓動をして響く。スタジオ独特の音の反響だった。
真希にはこんなスタジオのようなところで歌う経験なんてない。
せいぜい親戚が集まった宴会でみんなを前に歌うぐらいだった。
だから渋谷のこのスタジオのようなところで歌うってことが真希にとって、新鮮というかそれ以上の衝撃だった。
- 31 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時43分47秒
- 「すげぇ。やるじゃん。俺うまいと思うよ。」
歌い終わった真希にドラムを叩いてた男が言った。
真希にとって全てが初体験で真希の気持ちは舞い上がる一方だった。
ただカオルだけがじっと真希の姿を見ていた。
その後、真希はずっとスタジオにいた。
スタジオではカオル達のバンドのライブが行われていた。
ほとんどが高校生ばかりで中学生は真希一人だった。
それでも、真希は回りにあわせるようにリズミカルに曲にあわせてずっと手を叩いていた。
ヒュー!ライブが終わると、観客からクラッカーが飛んだ。
カオル達は、観客に向かってVサインをしたりしている。
ものすごく歌う側と聞く側の距離が近かった。
「すっご。カッコイイ。」
真希は、カオル達を羨望の眼差しで見た。
真希は、よく姉に連れられて有名なアーティストのコンサートに行ったことはある。
でもその時は、あまりにも観客席から遠くて望遠鏡でもなけりゃ見えないほどだった。
でもこのライブは歌手と観客とが一体化していた。
だから真希には、「歌ってやっぱりそうじゃなきゃ」と思うところがどうしてもあったのだ。
- 32 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時44分58秒
- ライブも終わって帰ろうとしたところで、真希は誰かに肩をつかまれた。
こんなガラの悪い高校生だらけのとこだ
度胸のある真希もさすがにびくっとして振り向いた。
そこにはカオルが立っていた。
「ちょっとついてきな。」
カオルは言う。
カオルは、何も言わずにそのままスタジオを出ると駅のほうにすたすたと歩いていった。
「どこに連れて行ってくれるんだろう」好奇心旺盛な真希は、はや歩きで歩いていくカオルを必死で追いかけた。
カオルは、渋谷駅までくるとそのまま電車に乗った。カオルは、今までのライブの興奮が全くなかったかのように冷静だった。
そして電車を乗り換えてすぐにカオルは駅を降りた。着いた駅は「麻布十番」だった。
下町育ちの真希にはなじみのない街だった。
カオルは、駅から出るとすぐ前にある大きなビルの前に立った。
ビルの看板にはミュージックスクールとある。
- 33 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時45分42秒
- 「アンタみたいなええカッコしいのガキは、ここで歌い方じっくり勉強した方がいい。」
真希は、最初カオルが怒っているのかと思った。
でもその後カオルは急に優しい表情になって言った。
「安心して。ここのスクールは教え方も技術も一番しっかりしてる。真希が歌手目指すんだったら、ここでちゃんと勉強した方がいいと思うんだ。」
その言葉を聞くと真希は、じっとその音楽スクールを眺めていた。
考えていることは一つ。「お母さん、許してくれるかな・・・。」
「駄目だね。まだ中学生なんだし、あきらめなさい。」
猛烈に反対されはしなかったけど結果はやはり駄目だった。
近頃は、真希は夜まで家に帰らないことも多かったし、当然と言えば当然の結果だった。
- 34 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時46分44秒
- それに真希の格好は、とても中学生といえる格好ではない。
金髪の髪に高校生でも着ないようなだぶだぶのズボン。
渋谷でこそオシャレともいえたが普通の大人が見たらとてもまともな子供には見てくれないだろう。
でも真希自身もそのことは気付いていた。
「アンタがどんな格好しようとあたしは自由だと思う。でもそういう格好したらまわりからどう思われるか自分で考えなさい。」
真希の母は、いつも言っていたのだ。
母親は真希にいつも自分で考えろって言う。
渋谷へ毎日遊びにいくのも何も言わなかったし、髪の毛を染めても化粧をしても「それは自分の問題だから」と言った。
だからこそ真希はいつも自分の置かれている状況はよく考えるようになった。
だから、今回の音楽スクールの話も自分で考えて決めたことだっただけに母には認めてもらいたかった。
でも口で言っても母には、絶対にかなわない。
そのことが分かっていた真希は、もう何も言えなかった。
- 35 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時47分36秒
- その夜真希は、小学校の頃よく遊んだ川べりにきてため息をついた。
子供の頃遊んだ公園や川にくると、いつも落ち着けた。
昔は、ただ無我夢中で遊ぶためにここに来たのに、今は、悩んだ時にくるなんて。
真希は成長することの苦々しさを感じた。
コンクリートの壁に背中をつけてしばらくぼーっとした。
空には満点の星が光り、負けじとすぐそばの煙突の光が点滅していた。
最近出来た清掃工場のその煙突はものすごく高くて、夜見ると天空の城のようだった。
「昔、ここでよく遊んだよね。」
どこからか声が聞こえて真希は、はっとして振り返った。恭子だった。
「恭子?」
「あたしもよく来るんだここ。」
恭子と会うのは、何だか久しぶりのような気がした。
小学校の頃は、あれだけ一緒に遊んでいたのに、今では真希はほとんど渋谷へ行っていたし年上の早希やケンと遊ぶことが方が多くなっていたのだ。
- 36 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時48分12秒
- 「あたし、昔と変わちゃったなぁ。」
恭子が言った。黒い髪が風で揺れる。
真希は、自分が思っていたことを言われてちょっと驚いた。
「恭子は全然変わってないって。あたしと毎日泥だらけになって遊んでた恭子だよ。」
真希は言った。
「ううん。昔だったらね。ただ夢中で遊んでいられたんだけどね。駄菓子屋で買った竹とんぼ飛ばして新記録―!ってやったりしてさ。あの頃は、ほんと楽しかった。でも今は違うな。人がやってること、人があたしをどう思ってるかとかが、ものすごい気になるんだよね。真希がどんな格好やファッションしてるとか。乗り遅れてるとかさ。」
真希は、恭子の言葉をうなずきながら聞いていた。
それは、全部真希にもあてはまることだったから。
「あたし、今でもあの竹とんぼ飛ばせるよ。お化粧全部落として泥だらけで走り回って元に戻りたいって思う。でも、でもさ。こうなりたい!っていうのが自分にあるとそれに向かって行きたいんだ。だからあたしもどんどん変わっちゃうんだ。」
真希は、考えていたことをかみ締めるように言った。
- 37 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時49分04秒
- 「真希ってさ。昔から変わらないね。格好だけどんどんきれいになって中身は昔のまんま。でもそれが分かってホント良かった。どんなにあたしが変わっても真希だけはずっと友達でいれそうだから。」
恭子が笑って真希もつられて笑顔になった。小学校が中学校になっても何も変わることなんてない。川は、よどむことなく流れて公園にはまた何人も子供が集まってはしゃぎまわる。あたし達が、育ったこの町は気を使うような町じゃないんだ。
しばらくたった頃、真希の家にとってもきれいな黒い髪の女の人がきていた。
部屋でその人を見た真希が、母親に「お客さん?」と聞いた。
そしたら、台所で料理をしていた母と由希が耐えられないと言った感じで笑いをかみ締めていた。
どう考えても様子がおかしい。
「どこの人?親戚の人?ちょっと見たけどきれいな人だね。」
いらついた真希は、たたみかけるように二人に尋ねる。
- 38 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時49分54秒
- 「ぷっ。あはははっははっは。」
二人は耐え切れずに笑い出してしまった。
「笑うなー!」
その人が部屋から台所に来てすごい剣幕で言ったからびっくりした。
「早希ちゃん!?」
真希は、言葉を失った。その美少女は早希だったのだ。
あれほどガングロに金髪だったのに髪は、真っ黒に戻り化粧もナチュラルメイクだ。
そう言えば早希のすっぴんなところを真希はあまり見たことがなかった。
「早希ちゃんてそんなきれいだったんだ。」
真希は、思わず言ってしまった。その瞬間また、母と由希が大笑いする。
「言ったわね。真希!ちょっと来なさい!」
- 39 名前:第一部 投稿日:2003年05月24日(土)12時50分29秒
- 早希は、ぷっとほっぺたをふくらませると真希の腕をつかんで無理やり2階に真希を連れて行く。
でもその表情さえも可愛くて真希は驚いていた。
2階の早希の部屋までくると早希は急に優しい表情になった。
そして机の引出しからパンフレットのようなものを取り出した。
それは、真希がずっと行きたい!って言っていたミュージックスクールのパンフだった。
「ここ、真希行けることになったからね。しっかり歌の勉強してね。」
そう言う表情は、いつも真希に見せてくれる優しい姉の顔だった。
- 40 名前:Easestone 投稿日:2003年05月24日(土)12時51分11秒
- 今日の更新を終了します。
感想等ありましたらどうぞ。
- 41 名前:くり 投稿日:2003年05月30日(金)15時48分52秒
- こういうの好きです!
第二部、第三部も期待してます!(特になちごま)
更新がんばってください!
- 42 名前:Easestone 投稿日:2003年05月31日(土)15時01分10秒
- くりさん
気に入ってもらえてうれしいです。なちごまは、初挑戦なのでご期待に沿える
かどうか分かりませんが、頑張ります!
- 43 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時40分59秒
- 「え!?でも、どうして?」
真希は、訳も分からず尋ねる。
「あたしが、お母さんの手伝うことにした。別のアルバイトもきちんとするし、学校にもちゃんと通うってことにした。
そしたらお母さんのお許しでたよ。真希にここのスクール通わせてもいいって。」
早希は、金色の真希の髪を優しく撫でながら言った。
「早希ちゃんが?早希ちゃんが頼んでくれたの?」
真希がなおも半信半疑で尋ねる。
「だって二人でコギャルになってもしょうがないでしょ。
うちの家訓は自分で決めて自分でやり遂げる!」
早希は、そう言うときれいな黒髪が揺れていた。
「やったぁ。ありがと。お姉ちゃん大好き!」
真希は、そう言うと早希にとびついた。
- 44 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時42分04秒
- 「あははは。でも、このことホントはカオルに頼まれたんだよね。」
「え?カオルちゃん?」
真希の頭にカオルが思い浮かんだ。
とてつもなくクールであんまり人のことを考えていないような人だと真希は思っていた。
「カオルに真希がスクールに通えるようにしてくれって頼まれた。あの子は絶対にものになるんだからって。一万出して一億になって返って来るんだって。アイツ歌手って夢があるくせに妙に現実的なんだよね。」
早希は、言った。
カオルって人はどんな人なんだろう。どんな気持ちで歌歌ってるんだろう。
スクールで一番になったら本当に歌手になれるのかな。真希の中をはやる気持ちが駆け抜けていった。
「でもあたしは、真希がどんな才能もってるか知らない。
でもさ、歌ってる真希ってすごい楽しそうなんだもん。頑張れ。それ以外ってあたしには言えないなぁ。あたしってばかだから。」
早希は、ほどけたような優しい視線を真希に向けて言った。
- 45 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時43分26秒
- 真希は、それから放課後の渋谷通いにミュージックスクール通いと大忙しだった。
何だか普通の中学1年生とは違った生活。
傍からみれば、好き勝手やってる不良中学生の一員に見えた。
でも好きなものに打ち込めてる。そんな生活が真希にとって楽しかった。
渋谷では、相変わらず巷で大人気だったカオルが歌を歌いつづけていた。
いつかああいうふうになりたい!絶対に追いついてやる!真希はいつも思っていた。
スクールに通ったおかげで真希の歌は驚異的にうまくなった。
地元に戻ったら恭子や友達によく歌をカラオケで歌って喜ばせていた。
あたしは、歌手になれるかもしれない。
そんな気持ちが真希の頭に浮かぶようになっていた。
突き進むしかない!そんな気持ちで真希は突っ走っていたのだ。
- 46 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時45分18秒
- 「あのですね。お宅のお子さん、素行がちょっと。いや何かしたってわけじゃないんですけど。遅刻は多いですし、何よりあの格好でしょ?まぁ、うちの学校じゃ髪染めてる子も多いですし。黙認って形になってますけど。一応ルールはルールで。」
学校の先生はやっぱりお馬鹿な常識人だと真希は思う。
真希は、学校に親子同伴で呼び出された。
真希の学校ではそれほど珍しいことではない。真希の中学では警察沙汰のあと学校呼び出しってパターンが一番多かったのだ。
でも、母親が学校に呼ばれるのはよほどのことではあったし、真希にもショックではあった。
- 47 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時45分51秒
- 真希は、何をするにしてもいつも考えて行動していた。だから他人からあれこれ言われるのは、筋が合わないと思った。
「うちの子がご迷惑をおかけします。うちは、どんな格好してもいいけど、そうしたらどう思われるかはきちんと考えなさいと言ってます。遅刻や生活態度は改めるように言いますから。」
母は、先生に必死に謝り口調だ。そんなに謝る必要なんてないのに。真希は心の中でそう感じていた。
中学では、先生だけじゃなく生徒にも真希を不良みたいに見てくる子がいる。
でももしそんな子がいたとしても、真希にはそれを跳ね返す自信をもっていた。
- 48 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時46分53秒
- 渋谷で、カオル達のバンドグループが解散するという話を聞いたのはそんな時だった。
解散して一体どうするんだろう。真希は、不思議だった。
カオル達のバンドはバランスは抜群だったし、解散してどうやって音楽を続けていくつもりなんだろうかと思った。
そう思いながら、いつもカオルがいるスタジオに足が向いていた。
とても風が強い日だった。生暖かい風がぴゅうぴゅう吹いている。
春がきて、真希は中学2年になっていた。
スタジオには、前と違ってもう人がざわざわといた。
カオル達のライブがいつ始まっていつ終わるのかなんて真希はいつも把握していなかったのだ。
適当に始まって適当に終わる。そんなラフなライブが真希はとても好きだった。
「あ、真希じゃん。」そのうちにドラムのタカシが声をかけた。
カオルのライブはもう何回も見にきていたから全員と知り合いになっていた。
「ちょうど客もいるし。最後にいっちょ歌ってみるか。スクールの成果見せてもうおうじゃん。」
タカシが言った。
- 49 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時48分42秒
- 「ちょっとタカシ!そんな言い方したら真希可哀相じゃん。真希、どうする?」
ミカが間から口を挟んだ。でも、カオルはじっと宙をみたまま何もしゃべろうとはしなかった。
真希は、カオルのことが気になったけど歌いたいと思った。
真希にとって歌ってと言われて歌わないなんてありえない。
バンドの演奏に合わせて歌っていたら何だかどんどん観客の数が増えてきた。
「ヒュー!!!」という声や拍手がたくさん聞こえた。
自分の感情が歌にあわせて激しく高まっていく。
真希にとってスクール以外で大勢の前で歌うのは初めてでものすごく興奮することだった。
麻布十番のスクールに通い始めて半年。真希の歌は飛躍的にうまくなっていた。
あれで中学生かよ。そんな声が真希に心地よく聞こえた。
だけど、真希はその応援が何だか自嘲的なのを感じ取っていた。
今日、バンドは解散して全員が音楽をやめる。
真希がそれを知ったのは、カオルのライブが終わりかけた頃だった。
カオル自身がファンを目の前に言ったのだ。
- 50 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時49分45秒
- 「私達は、もう音楽と関係のない道を進みます。いままで応援してくださってありがとうございました。」
その言葉は、真希にとってショックすぎるぐらいショックだった。
好きなものをやめる。
その感覚が真希には分からなかった。
渋谷は、好きなものをただみんな追い求めてる。そういう街だ!って信じてきたのに。
真希は客が何で自嘲的に感じたかが分かった。
でもそれに抵抗するようにカオルの歌声が響いた。
ひたすら悲しいくらいに強い歌声だった。
いつものカオルの歌声じゃないみたいだった。
カオルだけは、ライブが終わると客を掻き分けて逃げるように外を出ていった。
カオルは、もう薄暗いセンター街で金属の街灯にもたれかかっていた。
そしてポケットから煙草を取り出して火をつけた。その顔は、ものすごく厳しい顔をしていた。
「カオルちゃん。音楽やめてどーすんの?お願い!やめないで。あたし、せっかくこれからカオルちゃんに音楽教えてもらおうと思ってたんだよ。」
臆することなく真希は、カオルに言った。
- 51 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時50分51秒
- 「昨日、早希にも同じ事いわれた。全く姉妹そろって説教?」
カオルが低い声でうめくように言った。真希は、それを聞くと黙りこくってしまった。
ぽつぽつと雨が降り始めてきた。
昼間の生暖かい風は、湿気を含んであたりにたまってる。
街灯に黒い染みがつきはじめて、ますます空気を重苦しくしていた。
「ねぇ、真希。好きなものってずっと続けていけばいいと思うよ。結果なんて気にせずにさ。でもさ、高いお金出してスタジオ借りてさ、音楽器材買って、ギター修理して・・・。親からお金出してもらえれば出来ると思うよ。でもそんな金持ちのボンボンがやるようなことして音楽やってるって言える?」
真希は、何も言えなかった。ただカオルの言うことを、先生に叱られているようにじっときいていた。
「プロになったってそうだよ。売れもしないCDは出ない。売れもしない歌手にお金は出ない。分かるよね。」
いつもぶっきらぼうなカオルがゆったりと言った。
- 52 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時52分37秒
- 「でも、あたし歌手になりたい。音楽やりたい。お金なんてないけど・・・。」
消え入るような声で真希は、言った。
「じゃあね。やることは一つ。真希の歌を認めてもらうことだよ。あんまり時間、ないよ。」
それが、最後のカオルからの言葉になった。
それ以来、カオルの姿は渋谷で見かけなくなった。
春一番の風のような人だったと真希は思った。
それから、真希はありとあらゆるオーディションを受けまくった。
歌手やタレント募集の広告を見ては、全てに応募した。デモテープや写真も何回も送った。
でも戻ってきたのは書類での不採用の通知ばかりだった。
どこのプロダクションも真希の歌うところを見てくれない。
写真やテープだけで落とされるのは真希にとって納得がいかなかった。
- 53 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時53分38秒
- 「後藤、お前何回遅刻したら気がすむんだ。授業中も全部寝てるじゃないか。」
この頃先生からさらによく説教される。それもそのはずだった。
渋谷通い、にミュージックスクール通いにオーディションまで重なれば学校に行く時間だけで精一杯だったのだ。
「いいんだ。自分で決めたことだから。」
でも真希は、そう思っていた。
真希は、自分で決めた道は突き進む自信があったし納得できないことなんてやろうとは決して思わなかった。
「真希、そろそろオーディションもいい加減にしなさいよ。」
度を過ぎると母もそう言ってくる。
真希には、焦りも動揺もあったがやはり歌手になりたかった。
歌手にならなかったら今の生活にもいつかは区切りをつけなければいけない。
そのことは、真希自身もよく分かってきていた。
とにかく誰にも負けたくない!走りつづけたかった。
- 54 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時54分55秒
- バスケットボールが中に舞う。
思いっきりジャンプしてボールを叩き落すと、真希はものすごい勢いでゴールに向かってドリブルをした。
「真希!こっち!」
恭子の位置を冷静に見ていた真希は、すばやく恭子にパスを繰り出した。
恭子はかるがる真希のパスを受け取るとリングを揺らした。
「よっし。この分だったらあたしの最後のクラスマッチは優勝かな。」
恭子は言った。恭子は2学期から長野県の中学に転校することになっていた。
オーディションはうまくいかない。
さらにそのことで母親や先生とギクシャクしていた真希は、恭子の転校ははっきりいってショックだった。
「もちろん!恭子送り出すクラスマッチで惨めな結果で終われるわけないじゃん。」
真希はそう明るく恭子に言った。真希は、情緒不安定な今の自分を誰にも見せたがらなかった。
ここで弱音をいっても駄目。真希は自分に言い聞かせていた。
- 55 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時55分34秒
- 次のクラスマッチでは、桃香達のクラスとの因縁の対決があった。
真希と恭子のクラスは、桃香のクラスだけにしか負けたことがない。
過去の対戦は1勝1敗。さらに桃香は、美貌であるだけでなく運動神経も抜群だった。
真希は、成績も良くて人気者の桃香に単純に負けたくない気持ちが強かった。
真希が、家に帰り着くと真希宛に封筒が着いていた。
「はぁ。また落選。」
真希は、封筒の中身を確認するとそう呟いて自分の部屋へ戻ろうとした。
「真希ぃ。ちょっと待ってよ。封筒もう一個届いてるよ。」
横から早希からひょこっと顔を出した。
「早希ちゃん。もういいって。どうせまた落選だから。」
真希が恨めしそうな顔で早希を見た。
「えー?でもそんな感じじゃないけどな。」
早希は、そういうと青い封筒を真希に差し出した。その封筒はチケットが入ってるみたいに軽かった。
- 56 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時56分34秒
- 「モーニング娘。第3期メンバーオーディション 1次審査合格のお知らせ」
中の書類にそうかいてあった。
「モーニング!?何のオーディションかよくわかんないけど・・・。とりあえず進めたー!やった。」
真希は、素直に喜んだ。
ただ真希は、ありとあらゆるオーディションを申し込んでいたからどれがどのオーディションかもよく分からなくなっていたのだ。
進んでさえいれば歌手の夢はつながる。真希は、この結果を母にも知らせたくて近くの商店街を走った。
「真希ちゃん今日も元気そうだね。」
真希を子供の頃からよく知ってる魚屋のおじさんが顔を出した。
「あ、おじさん、後で魚買いに行きます!お母さんに頼まれてるんでー。」
走りながら元気よく真希が答えた。
子供から大人になっても何も変わらない。
格好がどんなになってもいつも一緒。子供の頃からよく知っている商店街は、真希にいつもと変わらない表情を見せていた。
- 57 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時57分37秒
- ピー!笛が鳴り響いた。1学期最後のクラスマッチがやってきたのだ。
真希は、学校にいるときは、バスケやってる時が一番充実していると思った。
中学になって考え込んでしまうこともバスケやってれば忘れることができた。
それにあの集中してる時間がたまらなく良かった。
何だかダンスや歌を歌っているのと似ていると思う。
真希は、ドリブルしながら正確なパスを味方に出した。
恭子が最後にボールを受けてシュートを決める。また笛が鳴り響いた。
真希は日頃、何を考えているのか分からないような子とも、バスケやってれば通じ合えるような気がしていた。
実際、いったん真希がボールをもてばおもしろいようにボールがつながる。真希達のクラスは、あっという間に決勝まで上り詰めた。
決勝の相手はやはり宿敵の桃香のクラスだった。
「あと、一勝。」
恭子が真希にタオルを渡した。真希から自然に笑みがこぼれる。その時だった。
- 58 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)15時58分31秒
- 「あんな不良だらけの貧乏クラスに負けるわけないじゃん。」
誰が言ったのかは分からない。桃香のクラスの子かもしれない。
でもその言葉が真希の心を貫くように聞こえてきた。
真希にあの川辺でずぶ濡れになって桃香に笑われた時の記憶が一瞬にしてよみがえってきた。
あの時、真希は自分だけじゃなく仲間全体が笑われたような気がしたのだ。
「絶対に負けたくない!」
真希の中をこの言葉が駆け巡った。
桃香は、容姿端麗で成績抜群のお嬢様。真希の中学では人気抜群だった。
それに家もお金持ちで、片親で兄弟で助け合いながら生きている真希とは正反対の人生を送っているようだった。
真希は、いつも自分の人生は自分で決められればいい。
人は関係ないと言い聞かせていた。でも長い間のコンプレックスがついに静かな闘志となって爆発していた。
- 59 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)16時00分20秒
- しかし、その闘志は実際の試合ではあだになった。
自分で決めようと余計な動きをする。
そうするとパスをする場所がみつからない。
焦れば焦るほど元には戻らない。完全に真希の一人相撲だった。
「真希、こっちだよ!」
それでも恭子は、懸命に真希をカバーしてパスをつなげようとしていた。
でも恭子のパスもつながらず、桃香にボールは渡る。
真希がガードしてたら、目の前を桃香がドリブルして近づいてくる。
一瞬桃香と視線が合う。ふっと桃香が笑ったような気がした。
桃香は、一瞬にして真希を抜き去り一気にシュートを決めた。
歓声が体育館のいたるところから響いてきた。
真希は、何も力を発揮できず、何もできない。
ついには桃香のドリブルに翻弄されて、倒れて尻餅をついてしまった。
「だいじょーぶ?」
桃香は、にこっと笑って真希を助け起こそうとした。
真希は、その手を振り払うようにしてコートに戻った。
その瞬間に試合は終わった。
もう心は悔しさの限界を超えていた。真希は、何も言わずに体育館を離れた。
- 60 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)16時01分16秒
- 「悔しい。悔しいな。」
そう思うと同時に恭子との別れがつらかった。自然に涙がこみあげてきた。
「真希、何泣いてんの?」
後ろから追いかけてきた恭子が真希にタオルを渡して明るく言った。
真希は、それを顔におしつけて嗚咽する。
「ごめん。負けちゃった。あたしのせいだよね。ごめん。恭子とやれる最後のバスケ絶対勝ちたかったのに。」
「ほーら。泣かない。もう真希は泣き虫だな。」
恭子は、ずっと真希を慰めたけど真希は泣き止みそうにない。
「じゃあさ。真希、もう負けないでよ。
そんなに悔しいんだったら早く歌手になって。
テレビで真希が歌ってる姿、あたしに見せてよ。そうすればもうそんな涙ながす必要なくなるよ。」
恭子は言った。恭子の言葉が、悔しさで渦巻いていた真希に静かな励ましとなって心に響いた。
その言葉で真希はようやく泣き止んだ。
- 61 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)16時01分49秒
- 「あたしは、もう真希の側にいることはできないけどさ。これからも真希にはたくさん出会いがあっていろんな経験していくんだろうな・・・。」
恭子は、真希が泣き止んだのをみて安心したように言った。
「そんな突き放した言い方しないでよ。」
真希は、鼻をすすりながらつっかかるように言った。
「ごめん。でもあたし本当は真希にずっと嫉妬してた。中学になってどんどんきれいになって自分の夢も目標がある真希がうらやましかったな。それにさ・・・。」
そこまで言うと恭子は押し黙った。
- 62 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)16時02分42秒
- 真希は、不思議な感覚だった。恭子に嫉妬されるようなことは何もないと思っていた。
「真希ってさ。幼なじみだし小学校の頃からいつもあたしと一緒だったから、中学になって真希がどんどん離れていっちゃうようで気が気じゃなかったな。」
恭子が言った。その言葉に真希は今まで同性を感じていたのと違う感覚。
仲の良い友達が別の友達と仲良くしてるのを見て嫉妬する。
それ以上の感覚を感じた。
「でも、真希はそんなうるさい周りなんて全然関係ないみたいに自分の道を突き進んでた。それを見たらあたしも負けてらんないなって思ったんだ。」
恭子は静かに言った。
真希には逆に様々な思いが駆け巡った。恭子とのこと。
桃香に負けて悔しかったこと。
歌手になれるかどうかなんて全く分からない不安な毎日。
1学期が終わって夏休みになった。
休み中に引っ越す恭子との別れは日増しに近づいていた。
真希は相変わらずオーディションと渋谷通いを続けていた。
- 63 名前:第一部 投稿日:2003年05月31日(土)16時03分18秒
- 今日の更新を終了します。
第一部は来週で終了します。
- 64 名前:くり 投稿日:2003年06月03日(火)11時26分16秒
- 更新まってました!
第一部もうすぐおわりですね。これからもがんばってください!
- 65 名前:Easestone 投稿日:2003年06月07日(土)09時00分13秒
- くりさん。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
週1更新は必ずしていこうと思ってますのでよろしくお願いします。
- 66 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時01分54秒
- 真希の乗った地下鉄が静かに動き出す。
途中で川を渡るときだけ電車が地上に顔を出した。
製薬会社の大きなビルを赤い夕日が照らしていてとてもきれいだった。
「あたし、有名になりたい。」
その時、真希はさらに上の空を見て思った。
有名になれば、今自分が持っている漫然としたような不満、何かしたくてもしたりないような鬱憤が晴らせるんじゃないかって思えた。
モーニング娘。になれればもしかして有名になれる?何となく勝ち進んでいるオーディションを考えて真希は思った。
夜のしんしんとした静けさが真希を包み込む。
オーディションには泊りがけで受けなければならないものもある。
このオーディションに合格しなかったら、もうオーディションは受けられなくなるだろうと思う。真希は分かっていた。
母親からはもういい加減にしなさいとかなり強く言われていた。そんなに周りに迷惑をかけてもやりつづけるってことはもう出来ない。
真希は布団に潜り込んだ。ただ心に強く念じた。
- 67 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時02分55秒
- 「明日、頑張ろう。合格するのはこの中から2人だけ!」
世界は、いつもと全く変わらなかった。
劇的なことが起きる時って高校野球の9回裏みたいにみんなが息を飲んで、そして自分もそうなんだろうと真希は思っていた。
ただ現実はあまりにもすっきりしていた。
「合格は、後藤だけ。」
次の日、真希は、あっさりとした合格通知を聞いて「モーニング娘。」のオーディションを終えた。
あぁ、何だかめちゃくちゃ怒られたな・・・。そんな感覚しか残っていなかった。
やたらきびきびした女の人にダンスでしごかれ、自信のあった歌はぼろくそに言われた。
でも夢はつながった。つらかったぁ・・・。でもよかった。真希は素直に思った。
- 68 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時03分48秒
- 「あ、ケン兄!」
商店街を歩いていたらケンがいたので真希はおもわずかけよった。
ケンは、商店街で真希もよく知ってる魚屋のおじさんと話していた。
「おう!真希ちゃん。いやぁ。商店街中ひと安心だよ。ケン、真面目に働いて勉強することにしたってよ。」
おじさんは、笑いながら言っていた。ケンを見ると照れくさそうに笑ってる。
「そんな、刑務所が出てきたんじゃないスからね。勘弁してくださいよ。」
ケンは言った。確かにケンの格好は前のヤンキーからほんの少し変わってるような気がした。
「早希も頑張ってるしよ。ここで俺が男見せないわけにはいかないじゃん。それにあの早希を見てまた惚れ直したっつーか。」
ケンは、商店街を歩きながらバイトして建築士を目指す話を真希にした。
その話し方があまりにも照れくさそうに話すから、緊張しっぱなしだった真希の顔がほころんだ。
- 69 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時04分23秒
- 「ケン兄って早希ちゃんと結婚するの?由希ちゃんはもうゴールインするみたいだよ。」
真希は最近、結婚が決まった由希のことを思い出して言った。
ケンは、またうなずいた。まだ照れくささが尾をひいていた。
「そうなんだよな。由希ちゃんももう結婚か・・・きれいな人だしな。相手の男もなかなかだった。俺も負けてらんねぇ。」
ケンが握りこぶしをつくって言った。
「それよかさぁ。お前テレビで見たぞ!すげぇな!モーニング娘。かよ。」
ケンが大きな声を出して言った。
「へへ。合格しちゃった。」
真希は得意げに言う。
- 70 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時05分14秒
- 「まったくあの魚屋の馬鹿オヤジも俺のことばっか言ってねーでおめでとうの一言でも言えよなー。気のきかねぇおやじだ。」
ケンが真希の頭を優しく撫でながら言った。
どんなことが真希に起ころうとも真希の生まれた地元だけは何も変わらず温かいと思った。
そして新しいことがいろんなところで始まろうとしていることに胸が高鳴った。
家に戻ると案の定、みんな真希の合格を知っていた。
「まきぃ!おめでとー!」
早希が真希を見ると抱きかかけるようにぶつかってきた。
「お姉ちゃん!!痛いって。」
あまりにも強く抱きしめられて真希はびっくりして言った。
でも実感の湧かなかったモーニング娘。入りがだんだんうれしさとなって真希に湧き上がってきた。
- 71 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時05分49秒
- でも真希にはあともう一人この思いを伝えないといけない人がいる。
「恭子に言わなきゃ。」
真希は合格したことを恭子には直接で伝えたいと思った。
恭子が地元からいなくなってしまうまでもうほとんど時間は残されていなかった。
恭子に電話をかけるとあまりに騒々しくてよく恭子の声が聞き取れない。
「うちで、何かさー!真希が芸能界に入るってっことで近所中が集まってお祝い騒ぎなんだ。どうせ騒ぎたいだけのおじさんが集まってるだけなんだけどー!家で話すの無理だから川べりまで来れるー?」
恭子が電話口で叫ぶように言った。
「え、いいけど。あたしのことお祝いしてくれるんだったら、あたしそっち行かなくていいのかな?」
真希は恭子に聞いた。
- 72 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時06分36秒
- 「来てもいいけどぉ。いっぺんで来たら料理食べ尽くすまで帰してもらえないよ!」
恭子は笑いながら答えた。
いつもの川べりは、少し変わっているように思えた。
船が整然と静かに並んでいて、対岸の家並みがとても近くに思えた。
それでも真希には、ここでドッチボールをみんなとやったのがついこの間のように感じていた。
「やっほー。真希!」
恭子が真希に手を振りながらやってきた。恭子の姿が少しだけ大人に見えた。
「この辺もだんだん変わってきたな。」
恭子はつぶやくように言った。
確かに川べりの道路は舗装されて近くの空き地にも次々と大きな建物が建てられようとしていた。
- 73 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時07分25秒
- 真希は、空を見た。新しいことが始まろうとしている。
別れも出会いもこれからたくさんあるんだと思う。
そして恭子とは少なくともお別れなんだ。真希は、そう思うと急に泣きそうになった。
「何しんみりしてんの?真希はすごいことやったんだよ!モーニング娘。でしょ。」
恭子は、いつもの調子で真希に言う。
「だって、恭子ともうお別れなんて寂しいよ。」
真希は恭子を見て言った。
「あたし、テレビで応援してるよ。それに楽しみだな。真希がこれからモーニング娘。に入ってどーなんのか。」
恭子は、真希の落ち込みなんて気にしてないように言った。
「そんな、人事みたいに。」
真希は不満そうに恭子を見た。
- 74 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時08分16秒
- 「大丈夫。真希って先輩とか年上の人には絶対可愛がられるタイプだから。新しく入るのって真希一人でしょ?だったら絶対大丈夫だよ。」
恭子は確信してるみたいに言った。
「一番問題なのはさ。桃香みたいなライバルが現われたときだと思うよ。それとあたしみたいにひそかにメラメラ対抗意識もってる人間とかね。」
恭子は言った。それは、真希の将来を強く暗示してるみたいだった。
「確かにあたしって負けず嫌いだからね。」
真希も納得するように言う。
「それに、あたしにだって夢があるんだ。」
恭子は言った。街灯に船が照らされてゆらゆら揺れていた。
今、あたし達は夢と幻想に挟まれた不思議なところにいる。真希はそんな気がした。
- 75 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時08分53秒
- 「何?恭子の夢って。」
「あたし、小説家になる!」
恭子は力強く言った。
「そして、いろんな人の話書いてみたいんだ。」
「へぇ。でも恭子活発そうなのにそんな夢持ってるなんて以外だな。」
真希は、不思議そうに言った。恭子は、小さい頃からの泥遊びからバスケットまで何でも真希と一緒にこなした。いつも真希の側にいてくれた。
「活発じゃないとついていけないよ。今のあたしの物語の主人公は後藤真希だよ。」
恭子はそう言うと小石をつかんだ。
「夢見る天才少女のサクセスストーリーの始まりだ!」
そう言うと恭子はつかんだ小石を川に水平に放り投げた。
- 76 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時09分44秒
- 石が光りを放ちながら水面を滑っていった。
石が跳ねていくのがすごくきれいで真希と恭子は二人で石をじっと見ていた。
「頑張れ。真希。」
「負けるな。真希。」
「我慢だよ。真希。」
恭子は繰り返して言った。
その言葉を聞いて真希は耐え切れなくなって泣き出してしまった。
「あたし真希に出会えて本当に良かった。ほら、明日からのスタジオ行くの早いんでしょ。泣いてちゃ駄目だって。」
恭子は、真希の頭をぽんぽんっとたたいた。
- 77 名前:第一部 投稿日:2003年06月07日(土)09時10分33秒
- 「じゃあ、あたしに出来ることはここまで。グッドバイ!真希。」
恭子はさらっと真希の髪を撫でると川岸の階段を上がっていった。
「ねぇ、恭子!」
真希は恭子の後姿に叫んだ。
「ん?」
「買ってよね。あたしのCD出たら。」
真希は、笑顔を無理やりつくって言った。
「もっちろん。」
恭子はそう言うと大きく手を振った。
それは、今まで見てきた恭子と同じまぶしいばかりの笑顔だった。
- 78 名前:Easestone 投稿日:2003年06月07日(土)09時12分09秒
- 今日の更新で第一部を終了します。
- 79 名前:くり 投稿日:2003年06月07日(土)10時13分41秒
- マジ感動しました!第一部おわっちゃったのは、かなしいけど
第二部からも期待しています!更新がんばってください!
- 80 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月07日(土)14時32分04秒
- これまでこのような視点でごっちんが語られることはほとんどなかったように思
います。とても新鮮です。
- 81 名前:Easestone 投稿日:2003年06月14日(土)12時09分48秒
- くりさん
いつもレスありがとうございます!次からはなちごま登場でぷれっしゃーですけど
読んでいただけるだけで幸いです。
80−名無しさん
自分でも何となくこういう小説ないなぁと思って書き始めた小説なのでそういって
いただけるととてもうれしいです。今後ともよろしくお願いします。
- 82 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時18分50秒
- 「よろしくお願いします!」
ジャケ写撮影前の挨拶に足が震えた。
真希は、何と言っても今日がモーニング娘。のメンバーと初めての顔合わせだったのだ。
リーダーの中澤さん、飯田さん、保田さん。全部名前覚えきれてないよ。
どうしよ。矢口さんのこと知さんとか読んで、あれテレビで絶対放送されてるよな。失礼だったかも。
そんな気持ちがどうしようもなく真希の頭の中に渦巻いた。
写真をとる合間の休憩時間、真希は一人でテーブルに座っていた。
スタッフの人が忙しく立ち働いている。
そんな中で自分が一人でぼうっと座っているのは何だか申し訳なくて居心地が悪かった。
「あはは。なっち何言ってんのー?」
「矢口がいつも言ってんじゃん。」
- 83 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時20分13秒
- 娘。のメンバーの話し声が響き渡ってる。
みんなめちゃめちゃ元気だしすごい自信がありそうだ。
みんな、真希が一人で座っていることには気がついていたが、話しかけずらそうだった。
あたし、何か金髪だし怖がられてるのかも。真希は思った。その時だった。
「あたし、安倍なつみ。なっちって言うんだ。よろしくね。」
最初に真希に話しかけたのは安倍なつみだった。
ジャケ写の時、隣にいた人だ!真希は思った。
「後藤真希だから、ゴマちゃんかごっちゃんだよね。可愛い〜。」
なつみは、にこにこ笑って真希に話しかけた。
「あ〜!矢口が最初に話そうと思ってたのに〜。」
すぐに真里がそばにやってきた。
なつみと真里は、真希のファッションや髪型に興味津々でいろんな話を真希にしてきた。
特になつみは、北海道独特な訛りが残っていて話し方も聞いてて和む。
真希はそのおかげでふっと力を抜くことができた。
モーニング娘。だって普通の優しいお姉さん達。真希はそう思えて安心した。
- 84 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時21分28秒
- 「ごっちゃん、まだ中2なんでしょ。何でも出来ないのは当たり前なんだからあたし達の見てゆっくりやればいいよ。」
なつみは優しく言った。
その日、真希は、メンバーによるサマーナイトタウンの振り付けを見学した。
なつみは練習が始まる直前まで真希の側にいて、ずっといろんな話をしてくれた。
モーニング娘。が結成された時、コンサートの時、嬉しかった時悲しかった時、でもそんな話の節々で真剣に話すなつみがおかしくて、真希はずっと笑っていた。
なつみは、真希にとって一番最初の頼れる先輩になった。
なつみは、いよいよサマーナイトタウンが始まるとさっと席を離れていった。
メンバーの雰囲気はがらりと変わる。
特に安倍なつみの変化は一番だった。にこにこ笑ってるあの目は、真剣そのもののまっすぐとした瞳に変わる。
なつみのダンスはひたすら前に前に迫ってくるみたいに感じられる。
それが、モーニング娘。でセンターポジションをずっと守ってる安倍なつみ本来の姿だということは、真希も気付いていた。
だけど、なつみは自分と近いかもしれない。
たった一回のダンスだったけど真希はそう思った。
- 85 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時22分14秒
- 「あたし、市井紗耶香。後藤の教育係やることになったから。よろしく。」
ダンスの見学が終わってその先輩は突然真希に話しかけてきた。
少し怖そうだけどきりっとしてりりしい人だなって真希は思った。
「ここの世界って歌やダンス以外にも礼儀も作法もあるし。結構厳しい世界だよ。いくら中2だからって許されないこともたくさんあるから。でもあたしがそれを教えていくからね。」
「はい。」
紗耶香の厳しい言葉にも真希は素直に答えた。
紗耶香の視線があまりにもまっすぐでそれしか言えなかったのだ。
「紗耶香さ。いちいち細かいことは言わなくていいよ。入ったばっかでいろいろ言っちゃかわいそうっしょ?」
なつみが間から口を出した。
「でも、教えなきゃ後藤が困る事だって多いし。」
紗耶香は言った。
- 86 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時23分23秒
- 「紗耶香は、2期メンだし後輩入ってくるの初めてだから。いろいろプレッシャーかかってんの。だからあんまり気にしないでいいさ。」
なつみは、小声で真希に言った。
紗耶香は、あの渋谷で出会ったカオルに似てる。真希はそう感じた。
少し強がってそうだけど、本当はとっても優しい。本当に大事なことを教えてくれる。そんな人に思えた。
対して安倍なつみは、友達のようで気を使わないですむ先輩だと真希は思う。
その日は、真希はほとんどのメンバーと話せた。
中澤さんが少し怖そう。それを除けば真希は、ほとんどのメンバーは優しくて親切そうな人ばかりだと思った。
これならやれる!真希はそう思った。後は、メンバーについていけるようになればいいんだ。
そしたらどんどん有名になれる。真希の夢は広がるばかりだった。
モーニング娘。に正式に加わってダンスレッスン、歌の収録をメンバーと一緒にするようになった。
次のコンサートまで「サマーナイトタウン」だけはマスターしないといけない。
真希は、とりあえずこの1曲をマスターすることになっていた。
- 87 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時24分23秒
- 「後藤!あれほど1曲だから覚えてきなさいって言っただろ!」
振り付け担当の夏先生が怒鳴り声を上げた。
たった1曲の歌だって覚えきれない。真希にとって1曲の振り付けが深い闇のように膨大だった。
あたし、こんなダンス出来なかったんだ・・・。真希は自分のダンスの下手さにもショックだった。
「1,2,3,4そこで手を顔の高さ!回る!」
いきなりその場で言われても分かんないよ!だって家で練習してきたのと違うんだもん。
真希は、休憩時間になるとレッスン場のすみに倒れこんだ。頭の中を曲とリズムが駆け回ってる。
「ごっちゃん。大丈夫?」
なつみが、真希のそばにやってきて言った。
なつみは、ダンスを覚えるのがとてつもなく早い。それに一旦練習が始まった時の集中力がものすごい。
なつみは普段はこうやって近くにいてもダンスや歌のときははるか遠くへ行ってしまってるような気がした。
「なっちぃ。もう、疲れた。とても出来ないよ。」
真希は、情けない声を出した。
- 88 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時25分15秒
- 「入ったばっかでそれぐらいやれれば十分だって。ゆっくりやろ。それよりさ、あたしアイス買ってクーラーボックスに入れてあるから後で一緒に食べようよ。」
なつみは、真希にそう言った。なつみが真希にかける言葉は常に甘い。
「ダンスはその場で理解してやってもちゃんとできるものなんだよ。後藤、さっきのステップもう一回やってみて。」
紗耶香がやってきて疲れて寝転んでる真希に言った。
「えー。でも休憩中じゃないですか?」
真希は、不服そうに言う。
「休憩終わったらまた夏先生にめちゃくちゃに怒られるよ。そうなるの後藤もいやでしょ?」
真希は、なつみを見たけどなつみもどうしようも出来ないって表情をしていた。
だから真希は、しょうがなく紗耶香のレッスンを受けた。
紗耶香のダンスに対する態度は真面目そのものだと思った。
「後藤、甘えてちゃ駄目だよ。歌、好きなんでしょ?」
確かにそのとおりだと思う。
- 89 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時26分21秒
- 紗耶香と一緒にいるといつも上へ上に目指したくなる。
目の前にあることをなおざりには出来ない。歌やダンスに対するプライドはなつみも他のメンバーももっている。
でもそれを真正面からぶつけてくる紗耶香は、真希にも新鮮だったし魅力的だった。
ただサマーナイトタウンは難しく、それどころか娘。の他のメンバーと同じ踊りをするのがそれより難しくてコンサートの前日になろうとも当日になろうともできなかった。
「後藤、そこ間違ってる。出来ないんじゃない。分かんないだけだろ。だったら今覚えて。」
リハーサルのたんびに振付の夏が壇上に舞台に上がってまで真希に教えた。
真希は、前に娘。のコンサートを見学した。アイドルのコンサートなんて行ったことがなかったからその熱気に驚いた。人が多すぎる。
考えている以上にコンサートがすごいことが分かってプレッシャーに押しつぶされそうになった。
無難にまとめようとしたってそれ以上に他のメンバーがそれ以上にすごいからどうしようもない。
とにかく真希は必死だった。
- 90 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時27分26秒
- 楽屋に入っていったん椅子に座ると流れるように汗が零れ落ちた。もう限界。これ以上は無理。真希は思った。
「大丈夫?リハの時、もうあたしひやひやだったよ。ごっちゃん倒れないかって。」
なつみが来て真希の横に座った。なつみは昨日からホテルの部屋が一緒で真希がしょっちゅう腹痛を訴えてたから心配でしょうがないようだった。
「あたし、ホントにやばい。」
真希は、リハを思い出してぽつりといった。
今は腹痛のことなんて考えられなかった。全くダンスになってなかったのだ。
なつみは何か言おうとしたがそれを制止するように紗耶香が言ってきた。
「あれでいいんだよ。後はお客さんのこときちんと考えて歌うこと。今日は、後藤真希を見るためにここに来てる人だってきっといるんだよ。」
後藤真希を見るために。本当にそんな人がいるんだろうかって不思議に思う。
モーニング娘。のことなんてテレビを通してしか放送されないから自分がどう思われてるかなんて全く分からない。
でも娘。で一番人気者になりたいとは真希も思っていた。
- 91 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時28分30秒
- 渋谷で追っかけられてるタレントを見てきた。
追っかけやってる仲間もたくさんいた。やっぱり追っかけられる存在になりたいとずっと思ってきた。
だからオーディションもたくさん受けてモーニング娘。になった。そしてきつい練習を繰りかえしているんだ。
そう思ったら紗耶香の言葉で何だか真希に闘志が再び沸いてきた。
ただ、その時口を挟んだからか、紗耶香を見つめるなつみの表情が曇っているのが何となく気になった。
コンサートは昼の部はやはり間違えまくったけど夜の部で何とか巻き返した。
昼の部は立ち位置まで間違えていて、真希自身も救いようがないと思った。
だけど夜の部は観客の声に押されるように歌えた。
「よかったんちゃうかな。とりあえず今日はお疲れ!」
つんくの言葉を聞いて真希はやっと力が抜けた。
コンサートが自分をこんなに爽快な気分にさせてくれるなんて思わなかった。
やっぱ大勢の人の前で歌うことが最高なんだって真希は思った。
- 92 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時29分43秒
- その夜はなつみに誘われてホテルを抜け出して中華街に遊びに行った。
なつみと仲の良い真里も一緒だった。
「メンバーだけで勝手に抜け出していいんだっけ?」
「いいって。そんなの守ってらんないよ。」
真里が答えた。
「そうだよ。そんなの守ってんの、真面目でがちがちの紗耶香だけじゃない。」
なつみが真希を見て言った。そうか。市井さんてやっぱがちがちに真面目なんだ。
でもなつみの言い方に何となく毒が入っているみたいで真希はまた気になった。
「ま、まあ今日でライブも一段落したことだし。ぱぁっと遊ぼ!」
真里が二人に行った。真希は、真里は最初は服装も派手だし、髪の色のことやいろいろと真希につっかかってきたから目立ちたがりでわがままな人かなと思っていた。
だけどそれはだいぶ違った。自己主張の強い娘。達のなかでいつも真里はいつも人の間に立っていた。
それでいて自分の意見をきちんともってる。真里が娘。の中でそんな貴重な存在だと言うのは真希にも分かってきた。
- 93 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時30分53秒
- 夜の中華街は幻想的な宝石のようだった。ぴかぴかと物が光っている。
真希は、はしゃいでなつみの腕を引っ張りまわしてあちこちの店に入った。
「なっちにこのマタニティリングプレゼントする!これすごい似合うよ!」
真希は、アクセサリの店で見つけたシルバーのペンダントを取って言った。
「ホント?あたしに?」
なつみは、本当にうれしそうに笑った。
なつみは、感情が出ると必ず地元の北海道の言葉になる。なつみは、真希が買ったペンダントをすぐに身につけてくれた。
「なっち、何かすごい似合ってんじゃん。これって明るい色だからつける人選ぶよね。」
真里が言った。
ペンダントが夜の街灯で銀色に光っていた。
なつみは、4つも年上なのに子供っぽい。
だから少し明るい色でも十分似合うと真希は思っていた。
モーニング娘。のセンターの安倍なつみが、自分が買ったペンダントをつけている。
そのことだけでもすごいことだと思っていたが、それ以上になつみは真希にとってなくてはならない存在になっていた。
- 94 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時31分44秒
- 真希からプレゼントをもらったせいか、なつみはそれからひどく上機嫌だった。
身に付けたリングを見ながら真里と冗談を言い合っている。
「まりっぺ。そんなことないべさー。」
その姿は普通に友達と遊んでるごく普通の女の子の姿だった。
真希は、ダンスや歌の練習のときのなつみとは全然違うと思った。
そして、真希に話しかけてくる時は決まってこの普通の時だ。
なつみは第一に、練習している最中になると真希には全く話しかけてはこない。
夏先生に振り付けを確認するか、カオリや圭と真剣な話をしてる。それがプロなんだろうな。真希はその時漠然とそう思った。
「あ〜。やぁっとなっちもライブの緊張感から開放されてんな。あの子、ライブになると神経張り詰めっぱなしなんだよね。」
なつみがいない間真里がぽつりと真希にそう言った。
「なっちが?なっちって楽屋でもいつも余裕じゃん。」
真希は言った。
- 95 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時32分51秒
- なつみは、どんな状況の時だっていつもににこにこと余裕の笑顔を見せて周りをいつも和ませている。
やっぱりセンターで歌う人ってそれぐらいすごくなきゃいけないだと真希は思っていた。
「そう見せてるだけだよ。なっちだって普通の女の子だよ。でも娘。の中で一番目立つ存在だったからいつもそうやって自分を追い込んできたんじゃないかな。」
真里の言葉は真希にとって意外だった。
モーニング娘。ってどんな難しい歌もダンスも簡単にこなすスター軍団だと思っていた。
「でもごっつぁんのペンダント、よっぽどうれしかったんじゃないかな。あんなうれしそうななっち久しぶりに見たよ。」
「あたしが買ったペンダントなんかで喜んでもらえたのかな。なっちってすごい有名人なんでしょ?だったらもっと高いものばっかつけてるのかと思った。」
真希は言った。
- 96 名前:第二部 投稿日:2003年06月14日(土)12時33分35秒
- 「あはは。そんなことないって。なっちはさぁ。普通の女の子でしかもすごい寂しがり屋さんなんだよ。だから可愛い妹からプレゼントされたみたいでめっちゃうれしいんだと思うな。」
「お待たせー!」
なつみが買い物袋をたくさん抱えて店から出てきた。
「なっち。そんなに買ってどうすんの?」
「ん?北海道に送る。」
「しゅうがないなー。あたし半分持つよ。」
真里がそう言うと、なつみの荷物を半分もった。真希は、年下の真里に世話を焼かれているなつみがおかしくて思わず笑ってしまった。
横浜の中華街はどこまでも明るくてにぎやかだった。
- 97 名前:Easestone 投稿日:2003年06月14日(土)12時34分40秒
- 今日の更新を終了します。
感想等ありましたらお願いいたします。
- 98 名前:くり 投稿日:2003年06月14日(土)15時30分46秒
- 更新おつかれさまです!やっぱ最高!なちごまいいですね。
これから2人がくっついてくれることを、いのってます!
つぎの更新もがんばってださい!
- 99 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月15日(日)00時51分58秒
- 潔い文体が好きです。続きが楽しみ
- 100 名前:とれぜげ 投稿日:2003年06月15日(日)01時45分30秒
- こういう感想が本末転倒なのは、分かっているが、Easestoneさんの話を
読んで、「後藤さんの実際の教育係は安倍さんだった」という話を思い出
した。そして、楽屋入りで待ち合わせる安倍さん矢口さん後藤さんの写真
とか。後藤さんの「娘。で楽しかった頃の話」って、この頃の『娘。末っ子
時代』の話が圧倒的に多いんだよなぁ・・・とも。
ピンチランナーメイキングとか昔の市井さんの連載とか読むと分かるけど、
この頃、3バカトリオ(とスタッフ、メンバーに言われていた)として常に
ふざけてうるさがられていたのが安倍さん市井さん矢口さんでもある。
そんな緊張感と高揚感と華麗さがごっちゃになったような4人の関係が、
小説の中でどのように描かれていくのか、かなり楽しみだ。
- 101 名前:Easestone 投稿日:2003年06月17日(火)22時23分09秒
- くりさん。
いつもレスありがとうございます。
2部は安倍さん、市井さんが主なので頑張ってもらうつもりです!
今後ともよろしくお願いします。
99ななしさん。
レスありがとうございます。どうも私は淡々としたような文しか書けないようで。。
でも気に入ってもらえたならうれしいです。
とれぜげさん。
長い感想をどうもありがとうございます。こんなに長い感想をもらえたことなかった
ので正直びっくりしてしまいました。でも後藤さんが加入した当時のことをこの小説
で思い出していただけたなら、リアルを書いてる作者にとってこれほどうれしいことは
ないです。感想から考えるととれぜげさんの方が私よりもよっぽどリアルな世界
を知っているように思えますので期待に添えるかどうか分かりませんがこれからも
お読みいただけると幸いです。
- 102 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月19日(木)02時06分33秒
- 作者さん、城東地区にお住まい?
描写がリアルですね。
- 103 名前:Easestone 投稿日:2003年06月21日(土)10時56分40秒
- 102さん。
私は、城東地区には住んでないですがそれ以上に描写を誉めていただいて
ことがりがうれしいです!レスありがとうございます。今後ともよろしくです。
それでは、6回目の更新をします。
- 104 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)10時58分30秒
- 夏のコンサートが一段落すると、落ち着く暇もなく新曲が発表された。
題名は「LOVEマシーン」。この曲って普通の曲とは全然違う。
第一印象で真希はそう思った。
「この曲は間違いなくお前らを一流のアーティストにする歌や。」
つんくの熱の入りようも相当なものだった。でも真希にはそんなこと頭に入れている余裕はなかった。
当然だけど、本当にモーニング娘。の一員になるためには今までの娘。の曲を全て踊り、歌いこなさなければならない。
それも10日で15曲。サマーナイトタウンだけであれだけ苦戦したのだ。地獄になることは間違いなしだった。
真希は、朝だろうと昼ご飯の時も家でも曲の練習をした。せっかくここまで来れたのにここでへこたれたくなかった。
「後藤、そこまた間違ってる。残りの日にち知ってるんだよね。じゃあ今日はどこまで完璧にしなきゃいけないってのは分かるよね?」
夏の言葉が頭に響く。一日に1.5曲なんて覚えきれるはずがない。
- 105 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)10時59分31秒
- 他のメンバーだってなつみを含めて自分のパートに必死で真希を教える余裕がないみたいだった。
「他のメンバーを頼ろうとしないで。ここはみんな一人一人が勝負してるの!あんたのためにどれだけ他のメンバーが迷惑してると思ってるの!」
大変なのに振付師の夏は分かってくれない。真希は泣きそうになった。
「市井さん。あたしもう出来ないです・・・。一度にこんなのって無理。いくらすぐにツアーが始まるからって。」
真希は、教育係の紗耶香に泣きつくように言った。
「後藤、それは分かってるって。でも出来るだけやってみよ。あたしも教えるから。」
紗耶香は、真希に優しくそう言った。
紗耶香だけは、自分の時間を割いて真希に振り付けや歌い方何でも教えてくれた。
でも真希は、それをつらいとしか思わなかったし、それを考える余裕もなかった。
家に帰ってもやばい。やばい。やばい。そんな言葉が真希の頭をいつもいっぱいにしている。
- 106 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時00分39秒
- 「マキ、元気に頑張ってる?あんたってばまたすっごいぶっきらぼうにテレビ出てるね〜。でもそれがいい感じだよ。ファイトマキ! キョウコ」
恭子からのメールがきていた。
すぐにメールを返そうと思った。でもなかなか元気な返事ができない。あーもう泣きそう。真希は思った。
はっきり言ってついていけないよ。自分の部屋で練習するのにも疲れて真希は外へ出た。
いつもの川べりはとても静かに水面をたたえている。
ここにはもう恭子が来ることはもうないんだな。そう思ったら寂しくてたまらなかった。
「キョウコ、元気でやってるよ。みんなも優しいし。でも昔とは全然変わっちゃったし学校でももう元の生活はできないんだ。キョウコがいないとさびしいよ。」
川べりの静かな風にあたりながら恭子にそう返した。
学校では、真希はもう特別扱いされている。
それに比べたら前にもてはやされてた桃香なんてもう比べ物にならない。
でも真希はまだ勝った気にもなれないでいた。
- 107 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時01分59秒
- 今日のスタジオ練習は、夏が別の振り付けの仕事でいなかった。
別な仕事が入って、いないメンバーもいた。
残ったメンバーと夏のアシスタントで振り付けを合わせる。
真希を教えるのは紗耶香がいなかったからなつみが教えることになった。
「今日ぐらいゆっくりやんないとね。」
なつみはやさしそうに言う。
真希はそれで少しほっとしていた。
何たって一番厳しい夏がいなかったし、紗耶香はその次に厳しかったから。
それに比べたらなつみなんて友達みたいなもんだと真希は思っていた。
「ふるさとはさぁー。ほとんどがなっちのソロなんだ。あんま売れなかったけどね。なっちが悪いのかなぁってすごい思ったりしてさ。」
なつみが、教えることはほとんど世間話になっていた。
いつもの緊張感が張り詰めた練習とは全然違う。
他のメンバーもそんな雰囲気だった。
- 108 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時02分54秒
- 「ごっちゃんもセンターとかソロで歌いたいとか思ってる?」
「うん。あたしもいつかはセンターで歌いたい!だってなっちすっごいカッコいいもん。」
真希は答えた。
「えー。そう?」
それを聞くとさすがに安倍も照れ笑いを浮かべる。
「もう、なっちさぁ。紗耶香にも頼まれてんでしょ!ちゃんと教えてやんなよ。」
なつみと真希が無駄話をしてるところを真里が口を挟んだ。
「もう、うるさいなぁ。そんなこと分かってるさ。」
なつみは、そう言うとやっと振り付けのテンポの取り方から教え始めた。
でも結局なつみの教え方は楽勝でしかもほんの少しで終わってしまった。
その後真希は、足りなかった分を家で練習しようと思ったけど、なつみに食事ごちそうすると言われて連れ出されてしまった。
- 109 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時03分32秒
- 「ねえ、ごっちゃんって料理得意なんしょ?何作るの?」
なつみは、興味津々に真希のことを聞いてくる。
「うーん。お菓子系が多いかな。家帰ると何となくつくっちゃうんだよね。」
「へーえ。あたし食べてみたいな。ごっちゃんのお菓子。」
「じゃ、なっちさぁ、今度家来る?作ったげるよ。」
「え、本当にいいのかい!」
なつみの目が輝いた。
「もちろん!でもうち兄弟多くてうるさいけどね。そんなんでよかったら。」
真希は、にぎやかな家を思い出して言った。
「いいなぁ。そういう家族がずっといて。あたし家族北海道にいるからさぁ。そういうのうらやましいな。」
なつみがぽつりと言った。
- 110 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時04分43秒
- やっぱいくら娘。のエースのなっちでも寂しいんだ。
真希はそう思った。
最初は、なつみは娘。に入ってきて不安そうな自分を親切心から優しくしてくれたんだと思っていた。
でも今は、それだけじゃないような気がしていた。
それでも真希にとってなつみといる時間は、とても心がほぐれる瞬間だった。
安倍なつみは、裏表のないすごくきれいな心を持ってる。真希はその時思った。
翌日の練習は、予想はしていたけど最悪だった。
夏には、これまで以上に叱られたし半ばあきれ気味だった。
「後藤、お前ツアーが始まるまでどこまで自分を持っていこうとと思ってるの?この状態からどう変わるの?」
そんなこと言われても、答えようがない。
真希は、泣くのをこらえるので精一杯だった。
しゃがんでうずくまっている真希に紗耶香が近づいて言った。
- 111 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時05分35秒
- 「疲れてると思うけど今日、終わった後すこし一緒に練習しよ。ね。大丈夫だから。」
真希は無言でうなずいた。
紗耶香は、真希が今日どんなに散々な出来でも何も言わなかった。
それから紗耶香は、すっとなつみの側まで行くと言った。
「なっちさ。もうやめてくれないかな。後藤の邪魔すんのは。そんなに後藤の事が怖い?そんなにセンター取られたくない?」
紗耶香の言葉はあまりにも毅然としていた。
なつみは、最初意味がわからないといった表情をしていた。
「はぁ?何言ってんだべ?」
なつみは、意味も分からず答える。
「だからさぁ。意味もなく後藤を甘やかしたりさ。そういうのが後藤にとってよくないって言ってんの?後藤は、なっちの妹の代わりじゃないんだよ。大勢のファンがついてるモーニング娘。なんだよ。」
- 112 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時07分04秒
- 「さやかさぁ。言い過ぎだよ。なっちだってごっつぁんのこと駄目にしようなんて思ってないよ。」
真里が言った。
「なっちが。なっちが全部悪いっていうのかい?あたしがごっちゃん可愛がってそんなに悪いのかい?」
なつみは、真里が言葉を言い終わらないうちに言った。
場の雰囲気が一変した。明らかにメンバーの雰囲気が悪くなってる。
「でも、さやかの言うことも一理あると思う。なっち昨日だってさ。全然後藤のこと教えようとしなかったし。そうなったら後藤がまたどれだけつらいか分かってるんじゃないの?」
今度は、普段あまり意見を言わない保田がそう言った。
「もういい。もういいべさ!みんなあたしがセンター守りたいからごっちゃん可愛がってると思ってるんでしょ?もういい!」
「なっち!ちょっと待ってよ。」
矢口の制止を聞かずなつみはそう言うと部屋を出て行った。
- 113 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時08分04秒
- 真希はどうすることも出来なかった。ただ訳のわからない思考が頭をうずめく。
なっちがあたしを怖れてる?センターをあたしにとられるかもしれないから?そんな馬鹿な。
今のあたしがセンターなんて出来っこない。出来るはずないよ。何でみんなそんなこと言ってるの?
真希は訳が分からなかった。
家に戻ると疲れて畳の部屋でひざをつく。
時間もないし、メンバーの雰囲気もあたしのせいで悪くなってしまった。
真希にはどうすることも出来ない。
「やめたいな・・・。」
真希はその時始めてそう思った。
このまま続けたってあたしは、みんなと同じように歌えるようにはならない。
それだったらもう投げ出してしまいたい。
- 114 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時08分57秒
- 「何だ。もうへこたれてんじゃねぇだろうな。」
「あぁ、ケン兄。」
ケンが部屋でうなだれている真希の肩をこずいた。
「だって・・・。もう無理だよ。日本中全部を楽しませるように歌うなんて。」
「何言ってんだよ。お前がずっと一番だって思ってりゃいいんだよ。俺なんか、中学の卒業式どっかんどっかんってまじすごかったよ。」
「どっかんどっかん?」
「そう。笑いが。」
ケンが大威張りで答えた。
「アンタのは恥さらしの笑いでしょうが。」
早希が入ってきて言った。
「でもあたし正直うらやましいな。中学校2年生で日本中を楽しませなきゃなんて思えるの。だから変に励まさなくていいの。真希はそのままで。今のまんまでいいんだよ。」
早希は言った。
- 115 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時09分33秒
- 「そうかぁ?俺はやっぱどんどん成長して日本一になって欲しいけどな。それにしても恥さらしはねぇだろー!」
「アンタあの時あたしがどれだけ恥かしかったか分かってる?」
早希とケンはいつもの夫婦喧嘩を始めた。
でも早希とケンの喧嘩はいつもおもしろくて真希はおかしくて笑ってしまう。
その後、ケンが近くのカキ氷を家族分買ってきてくれて、みんなで食べた。
真希がどんな所に行こうとも何になろうとも、ひたすら温かい。
この家は家族は少し増えただけで何も変わるところはなかった。
- 116 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時10分57秒
- 曲の練習は、相変わらずうまくいかなかった。それでも日にちはあっという間に立ってしまう。
運命のツアーの始まりはもうすぐだった。
「後藤、間違えても間違えたって顔別にしなくても分かるから。そんな必要ない!」
夏の激が飛ぶ。家での練習も、もう限界。ここまで来ると真希には悔しさが心の中で滲んだ。
自分の体から抜け出したくなる。何で出来ないんだろ。分からない。でも悔しい。
今日は、つんくとの歌の収録だった。
「ふうん。おもろいやん。ラブマのここ。後藤のソロでいこう。」
突然全員を前にしてつんくが言った。
また無理難題が真希にのしかかった。なつみが驚いた顔でつんくを見た。
紗耶香は一瞬不安そうな真希を見ると助けるように言った。
「そんな!後藤は今までの曲をマスターするので精一杯なんです。いきなりソロなんて無理です。」
「そやけど、そんなん関係ないやろ。お前らだって全員必死なのは一緒やろ。そんなかで個性を出したやつにチャンスがあるんや。」
つんくは言い切った。
- 117 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時11分57秒
- 「後藤、お前な。オーディションの時、絶対受かりたかったやろ。死んでも有名になりたいと思ってたやろ。そりゃ曲の振り付けやら収録やらいろんなことが始まって心境がどんどん変化していくのは分かる。でもな。最初の目的は同じはずや。歌やめようと思わん限りな。」
つんくが真希が個室に入ってきたときに言った。
あの時は、確かにそう思ってた。
桃香っていう隣のクラスの子が妬ましかったり、そんなことを思ってる自分が嫌だったりした。
渋谷でカオルに会って本気で音楽目指したいと思った。そんな気持ちを全部ぶつけられたのがオーディションだったのだ。
でもあの頃とは全然状況がちがう。力なんてでない。
ツアーが始まる当日、真希はそんな思いと不安感がからみあって最悪の気分だった。
あれからなつみとは気まずくなっていたし、歌や踊りの不安感は増す一方だった。
どうせ失敗してしまう。誰も助けてくれないんだ。
不安が折り重なっていつのまにかだらだらと涙が流れていた。
- 118 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時12分52秒
- 「ちょっと!ごっつぁんどうしたの?」
真里が放心状態で涙を流している真希を見つけていった。
「もう、分かんない。何をすればいいのか。」
真希は言った。楽屋でいろんな人がいろんな励ましの言葉を真希にかけていた。
「あたしがもうちょっとしっかりしてて、後藤を教えられたらよかったんだね。ごめんね。後藤。」
紗耶香の言葉が耳元に響いた。紗耶香まで泣いてるみたいだった。
「違う。市井ちゃんのせいじゃない!市井ちゃんは一生懸命教えてくれたよ。」
真希はそう思ったけど言葉にならなかった。
ついに夏までもが楽屋にとんできた。
みんなが真希を口々に励ましてくれる。
「アンタは1万1千人の中から選ばれたんだ。それは自信もっていいことだよ。」
夏が言った。
まさか追加メンバーがこんな出来そこないだってみんな思わなかったよね。
真希は流れる涙の中でそう思った。
- 119 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時15分26秒
- 真希は、昼の部が始まるまでずいぶんと泣いてしまった。それでも泣きはらしたその顔には、あきらめに近い決意が生まれていた。
「とりあえずステージには上がろう」そう思った。
「今、これからやるステージがごっちゃんにとって最高のものなんだよ。そう思って。」
声のほうを振り返るとなつみがいた。
真希は、なっちと話すのは、久しぶりな気がした。
なつみはあの日、紗耶香と大喧嘩をしてから真希とも気まずくなっていた。
「うん。」
真希は、ぶっきらぼうにそれしか答えることができない。
「ずっと何て声かけていいか分かんなかった。でも、一緒にステージ上がろうよ。」
なつみの顔はいつもの柔らかな笑顔だった。真希は今度は大きく頷いた。
大歓声が真希を包んだ。
真希の歌うたんびそれ以上に大きい反応が返って来る。
踊りのの一つ一つに対しても観客が声援を送ってくれるような気がした。
今だったら夏が何故あんなにうるさかったのか分かるような気がする。
真希の大号泣とは裏腹にライブは大成功した。
ここに後藤真希の本当の力が、あふれるような才能が見事なまでに開花していた。
- 120 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時16分45秒
- 「後藤、やればできるじゃん!」
最初に紗耶香がうれしそうに声をかけてきてくれた。
最近の紗耶香は、真希の練習をずっと教えてきたせいかあまり笑顔を見たことがない。
「後藤、よかったよ。」
「ごっちゃん完璧!」
メンバーが今度は、真希の顔をしっかり見つめて言ってきた。
その後、真希の中に抑えきれない感情の渦が一気に膨れ上がってきた。
「うわぁーーん。」
真希は、そのまま楽屋でまた泣き崩れた。
楽屋でおお泣きしてからホテルに帰ってもう一回泣いた。
とにかく真希は泣きたかった。
「よかったぁ。本当に良かったよぉ。」
真希は紗耶香にすがりつくようにそう言っていた。
同室だった紗耶香は、ずっと真希をあやしてくれた。
- 121 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時19分03秒
- 「後藤はさぁ。本当によく頑張ったよ。」
泣いてる間紗耶香はずっとそう言っていた。
それから紗耶香は、真希に自分の夢やモーニングのことをぽつりぽつりと話してくれた。
真希は紗耶香と今まで練習以外のことを話したことがなかった。
真希の練習につききっきりで紗耶香には、他のことを話す余裕がなかったのだ。
「音楽って中途半端にやれば本当にやれちゃうもんなんだ。最近それが怖くってさ。でも後藤が入ってからそれが怖くなくなった。」
紗耶香が言った。
「後藤の歌やダンスはそんな怖れ、なーんも関係ないよ。って言われてる気がする。」
「えー!だって市井ちゃんあたしのダンス駄目だしばっかじゃん。」
真希は不服そうに反論した。
「それは、テンポどりとか技術的なことでしょ?音楽やダンスってそれが全てじゃないよ。」
紗耶香がさらりと言った。真希は、紗耶香ははっきり言ってかっこいい!と思った。
年齢なんて自分と2つしか違わないのになんでこんなにかっこよくなれるんだろう。
- 122 名前:第二部 投稿日:2003年06月21日(土)11時20分07秒
- 「モーニングだって先輩後輩関係なくそういう歌や踊りやってるはずなんだ。だから一人一人がプロのはずなのに後藤を妹扱いしかしてないなっちがちょっと腹たったんだ。あたしの勘違いかもしれないけどね。」
紗耶香は言った。
「でも、でもなっちはすっごい優しいよ。」
真希は、最後のコンサートで声をかけてくれたなつみを思い出して言った。
なつみが真希に話す時はいつも笑顔を絶やさない。先輩メンバーに怒られたことは結構あったけどなつみに怒られたことなんて今まで一度もなかった。
「それは、分かってる。あたしにだってなっちが天使みたいに優しいのは知ってるんだけどね。」
紗耶香は、そう言うとホテルの窓際に立って後藤に背を向けた。
紗耶香の後姿がその時だけ何だかはかなげに見えた。
- 123 名前:Easestone 投稿日:2003年06月21日(土)11時21分18秒
- 今日の更新を終了します。
感想等ありましたらお願いいたします。
- 124 名前:ROM読者 投稿日:2003年06月24日(火)15時21分10秒
- あまりリアル過ぎて恐怖さえ感じます。
きっと、こつこつと集められた膨大な資料と格闘しつつ
創作されているのでしょう。先は長いと思いますが無理
せず頑張ってください。
- 125 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月26日(木)09時46分10秒
- なんかすごいです!作者さんの書かれる情景が
目の前にまざまざと浮かんでくる感じがします。
目が離せません。これからも頑張ってください。
楽しみにしています。
- 126 名前:Easestone 投稿日:2003年06月28日(土)13時17分37秒
- 124 ROM読者さん。
感想ありがとうございます。リアル物でリアルと言われるほど光栄なこと
はないですね。本当にありがとうございます。先は長いので頑張ります。
125 ななしさん。
実は、情景描写はあまり自信がないのです。それをそのように言ってくださると
とても勇気付けられます。少しずつでも精進していきますのでよろしくお願い
しますね。
それでは第七回の更新をします。
- 127 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時19分36秒
- 真希がセンターとなって「ラブマシーン」は売れに売れた。
オリコン初登場1位に加え、過去のモーニング娘。の記録を次々に破っていく。
ものすごい力で自分が上昇していく感覚・・・真希の感情はこれまでにないほど高まっていった。
さらに、10月に入ると真希は、市井紗耶香、保田圭とともにプッチモニを結成した。
次第に真希が紗耶香とすごす時間は増えていった。
真希は、奔放な少女時代を送ってきただけあって紗耶香みたいなまじめなタイプは本来苦手なはずだった。
「そんなこと、どうだっていいじゃん。」そうやって今までやりすごしてきた。
でも娘。に入って苦労するごとにそれが違うことが紗耶香を通して分かりかけてきていた。
「でも基本は変えなくていい。歌が大好きだったらそれで大丈夫!」
メモをとれとか言葉遣いとかいつもうるさかったけど、紗耶香はそう言ってくれてるような気がしていた。
「市井ちゃん、次のプッチの収録楽しみだねぇ。」
「プッチ気楽だしね。」
つい、紗耶香も本音が出て真希は笑った。
- 128 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時20分45秒
- 真希は、プッチモニでいる時が一番楽しい時間になっていた。
保田は、さばさばした性格でつきあいやすいし娘。みたいにあれこれ気を使わないですむ。
そして何よりも紗耶香と一緒にいることが真希に恍惚とした感情が湧き出ていた。
「安倍と後藤は向かい合って、そこで二人ともセンターに出てきて!」
モーニングでは相変わらず厳しい練習が続いていた。なつみと視線が合う。
なつみは、いつもにもない厳しい目をしていた。
スポーツ新聞では、人気をとられた安倍と後藤は犬猿の仲とか安倍が後藤をいじめているといった記事が多く載るようになっていた。
自然と二人の間にも気まずい空気がかもし出される。
「なっちがあたしにそんなことするわけないじゃん。ばっかみたい。」
真希は思った。でも、なつみは、楽屋では真希に軽く話しかけることはあっても、練習中はほとんど話もしなくなっていた。
それがプロなんだろうと思うけど、あれだけ自分を可愛がっていたなつみと遊びにいくことも少なくなって真希は寂しかった。
なつみが真希を家に誘ったのはそんな時だった。
- 129 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時21分42秒
- 「うちで料理つくるんだけどさ。だーれも食べる人いないから食べにきてよ。それともまだ紗耶香がまだ練習、練習ってうるさいの?」
なつみは、不安そうな顔で真希を眺めた。
「ううん。そんなことない!行くよ。」
真希は即答した。やっと娘。もプッチモニにもなれて余裕ができた頃だった。
それにメンバーの家に行くなんて初めてでワクワクした。
北海道出身のなつみは、都内のマンションで一人暮らしをしている。
真希は、なつみの家の近くのスーパーで買い物につきあった。
例によってなつみは、様々なものを買い込んでいる。
「これ、全部使うの?」
真希は、大量のスーパーの袋を見て目を丸くした。
「ううん。分かんないけど。念のため。」
「えー!念のためでこんなに買わないでよー!」
真希が、悲鳴のような声をあげた。
にんじん、大根、つけもの、こんにゃく、デミグラスソース、ホワイトソース、買い物袋の量が尋常じゃなかったのだ。
- 130 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時22分45秒
- 「ごめん。ごめん。いつも癖でさ。普通だったらまりッペに手伝わせるんだけど。」
なつみは言った。
やぐっつぁんはこんなに大変な思いをいつもしてるんだ。真希は感心してしまった。
「あすかがいる時はさぁ。餃子が好きだったからいつも餃子の材料買いこんでたなぁ。餃子パーティー!とかいってさ。」
なつみがぽつりと言った。
「あすか?」
真希が聞き返した。
「あぁ、そうだ。ごっちゃん知らないんだっけ。元メンバーだった福田明日香。」
なつみが言った。真希は、何となくその名前は聞いたことがある。
1期の時からのメンバーで相当人気者だったように思う。
「あたし、あすかの卒業が一番ショックでさ。そんとき、まりっぺがすっごいなぐさめてくれたんだ。」
なつみは言った。
- 131 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時23分48秒
- 卒業・・・か。真希は思った。すでにメンバーには石黒彩の卒業が伝えられていた。
やっぱり大人数でモーニング娘。やってる限り新しい人が入ったり、誰かが卒業してしまったりというのはあるんだろうなと思う。
自分もいつか卒業するなんてあるんだろうかと思う。
でも今はそれはありえない。真希にとって今はいろんな人に可愛がられて、見守られる環境が必要だった。
秋風が顔のすぐそばを流れる。
「ふぅ。一休みしようか。」
なつみが道の真中で突然真希に声をかける。
なつみは、たったまま買い物袋を地面におろしてぼぉっとしていた。
なっちは、ものすごくマイペース。そういうところが、自分とすごく似ていて真希はくすくす笑ってしまった。
「さぁ。入って。」
少しの距離をものすごい時間をかけた二人はやっとなつみのマンションに辿りついた。
中は、広くて整ってはいたけどひどく乱暴に片付いていた。
「なっち、ここ速攻で片付けたでしょ?」
「やっぱばれた?」
4つも年上のなつみが決まりの悪い顔をした。
- 132 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時24分25秒
- 「だってあたしと同じなんだもん。見た目だけよくしようとするところが。」
真希は、げらげら笑って言った。
「さぁーって。何作ろうかな。」
なつみは、気分を一新するように恥かしさを覆い隠した。
「あたし何かてつだおーか?」
「大丈夫。ごっちゃんは適当に休んでて。」
そういわれたけど、真希は一人暮らしの部屋に興味津々でいろんなところを見て回る。
「変なとこみないでよー。」
なつみは、フライパンを火であぶりながら言った。
「ねぇ。なっちさぁー。」
真希は、戸棚をいじりながら言った。
「何―?」
なつみは、フライパンで米をバターで炒めている。
「一人暮らしってさみしくない〜?」
「さびしー。だからこうやって人を連れ込んでるんだー。」
「そっかー。うわぁぁぁぁぁっ。」
真希が突然叫び声を上げた。
- 133 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時25分33秒
- 「何!?ごっちゃんどーしたの?」
なつみが驚いて飛んできた。真希が戸棚の前で尻餅をついている。
「なっち!!きのこ・・・きのこが生えてるよぉ!!!」
真希は、なつみに抱きついて言った。
真希が開けた戸棚の中に何やらどす黒い不気味なきのこが2本生えていた。
「あっちゃー。スープこぼしたマット、洗おうと思ってこのままにしてたんだ。ごめんね。驚かせて。」
なつみは苦笑いをしている。いくらあたしでもここまではいかないな。
でもなつみは、出来そこないのお姉さんみたいで可愛いと真希は思った。
でもなつみの料理の腕前だけは一流だった。
食卓にはトマト風味のリゾットをはじめ、マッシュポテト、スープなどが次々と並んでいく。
「おいし!なっちなかなかやるじゃん。」
真希は、なつみの料理を食べながら言った。
リゾットは野菜の風味とバターが絶妙にからみあってる。スープも舌ざわりがなんともいえずいい。
「ほんと?やぁー、ごっちん味にうるさそうだから心配だったんだけど。よかったぁ。」
なつみが子供のような笑いを浮かべた。
- 134 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時26分43秒
- 「でもキノコがあったなんて、誰にも言っちゃ駄目だかんね。」
なつみは念押しするように真希に言った。
「分かってるって。そんなこと言ったらさ。衝撃!安倍なつみ!毒キノコで後藤真希を毒殺!?なんて記事に載るかもね。」
真希が冗談を言う。
「もう〜。週刊誌はこりごりだべさ。」
なつみは言った。週刊誌が書くことなんて嘘だらけ。
こうやって二人が楽しくご飯食べてても週刊誌は絶対に信じてくれないだろうなと真希は思う。
食事が終わって真希は、ソファで寝転がって雑誌を読んでいた。窓から心地よい風がふいてくる。
こんな都会のど真ん中なのにこんなに気持ちのいい風ってあるんだ。真希は思った。
思わずうとうとして眠りそうになる。なつみは、そんな真希の姿をじっと見ていた。
「ねぇ、ごっちゃんさ。あたしとさやかどっちの方が好き?」
「え?」
唐突ななつみの言葉だった。
- 135 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時27分43秒
- 「どっちか一人選ぶとしたらどっち選ぶ?」
「そんな。選べるわけないじゃん。なっちだって市井ちゃんだってすごい優しいし。」
真希にはなつみが何でそんなことを聞くのかさっぱり分からなかった。
でも真希にも紗耶香となつみがあまりうまくいってないことは、少しずつ感じ取っていた。
「さやかって、優しいかもしれないけどさ。少しおせっかいじゃないかい?」
なつみは口調を少し荒げて言った。
「え?そんなことないよ。」
真希は、答える。
「ごっちゃんて、もう一人前なんだしさ。ラブマの見てたらさやかなんかよりよっぽどうまいべさ。それをあれこれ、さやかがごっちゃんに口出しすることなんてあるの?」
「やめて!市井ちゃんを悪く言わないでよ。」
真希は思わず言った。さやかは、自分の方がうまいから教えるみたいなことは絶対にしない。
「後藤にとって必要だから教える。」紗耶香はいつもそうだ。それは、真希は断言できた。
- 136 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時28分39秒
- 「ごっちゃんの気持ちは分かるけどさ。やっぱこの業界ってうまい下手だからさ。何でもかんでも教えればいいってわけじゃないと思う。あ、でもごっちゃんが悪いって言ってるわけじゃないからさ。」
なつみの言葉は直接真希のことを言ってるわけじゃなかった。でもさやかが責められてることは自分が責められてるのと一緒だった。
「なっちが言ってること、全然違うよ。娘。の中だったら市井ちゃんが一番カッコいいじゃん。」
真希には、なつみが言ってることはどうやっても理解できない。
あれほど音楽に情熱をもって娘。をやれてる人はいないと思った。
それをさらっと感じさせながら歌や踊りをやってる。その姿が真希にとって恍惚となるぐらいあこがれだった。
そしてさやかが語ってくれる音楽や業界のこと、音楽への情熱のこと。
そんなことを真希に真剣に教えてくれる人は紗耶香しかいなかったのだ。
- 137 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時30分13秒
- 「ふうん。あたしには分かんないけどな。」
なつみは答えた。なつみは日頃、真希のどんなわがままも文句も簡単に受け入れてくれた。
だけどこの時だけは違った。あとは、真希が何を言っても話は平行線のままだった。
なつみの首筋には真希がプレゼントしたマタニティリングがきれいに光っていた。
なっちにとってあたしって何なのだろう。真希は考えた。
市井ちゃんは、あたしに本当の歌手を教えようとしてる。でもそれだけじゃない。
娘。である真希。普段の真希。それをひっくるめて紗耶香は真希に全てをぶつけてくる。
そんな紗耶香が真希は大好きだった。なつみも紗耶香と同じように、いや紗耶香以上に真希のことを可愛がってくれた。
だけどなつみは、娘。である真希、アーティストとして真希を見てくれたことはほとんどなかったと思う。
真希となつみは、仕事の時はいつも同じセンターポジションで一番近い距離にあった。
だけど、仕事中になつみが言ってくることなんて二人がポーズをあわせるタイミングとか出て行く歌い始めを合わせる以外は何も話してくれない。
- 138 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時31分08秒
- 「やっぱなっちだってあたしを妹ぐらいにしか思ってないんだよ。だって何も教えてくれないじゃん。」
真希は、そうなつみに言いたかった。
「あ〜。今日はごっちゃん来てくれて楽しかったさ〜。」
なつみはそう言うと真希の頭をくしゃくしゃっと撫でた。そんななつみの表情はいつものふわりとした笑顔に変わっていた。
いつもの優しいなっちの笑顔。憎めない。悔しいけど真希はそう思った。
この笑顔でメンバーだけでなく全国のファンを虜にしてる。
やっぱり安倍なつみは、真希にとって大切な存在であるだけじゃなく、娘。のセンターにいるべき人だった。
「このマタニティリングありがとね。これつけてるとなーんか調子いいんだ。だからずっとつけてるんだ〜。」
帰るときに玄関先に立った真希になつみは言った。
「いつかお返ししないとね。」
- 139 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時31分50秒
- なつみは、いとおしそうに手を真希の首にまわした。そして首筋に顔を近づけると軽くキスをした。
そうされるともう何も言えない。真希は、さやかへの言葉でなつみに文句が言いたかったがそれも言えなかった。
外に出るともう秋色の風が少し冷たく感じた。
- 140 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時33分53秒
- モーニング娘。は紅白への出場も決まっていた。来週からさっそうと紅白の振り付けの練習が始まる。
ラブマの大ヒットでテレビの仕事も大幅に増えた。休む暇もなんてない!そんな感じだった。
いつも、元気いっぱいのメンバーもさすがに仕事がたてこむとピリピリするようになっていた。
「年末からとりあえず正月抜けたら落ち着くと思うから。それまで頑張って!」
スタッフの人は言う。
いつもだったら元気よく返事をするのに、みんな気だるそうにうなずいた。
特になつみは、気分悪そうに下を向いてうつむいている。
「みんなさぁ、その態度はないんじゃない?」
紗耶香が突然言った。
「あたし達だけが疲れてるんじゃないと思う。休みがないのはスタッフの人だって同じ筈だよ!それをあたし達が少しでもほぐしていかなきゃいけないんじゃないの?」
紗耶香の声が強く響いた。場の雰囲気が静まり返った。
- 141 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時34分30秒
- 「さやかが言ってることは理想だよ。」
なつみがぽつりと言った。
「そりゃあたし達だってさぁ、いつも笑顔でいたい!元気で人を励ましていたい!って思うよ。でもさ、それが出来ない時だってあると思う。つらくて耐えてるのが精一杯!って人もいると思う。いつもさやかが言ってるとおりになんてなるわけない!」
いつも温和ななつみがヒステリックな声を出した。
「あたしは、そういうこと言ってるんじゃない。あたしが言いたいのは、そんな投げやりな態度とったって仕方ないってことだよ。」
「投げやり?あたしがいつ投げやりな態度とった?」
なつみが紗耶香をにらみつけた。
日頃から溜まっているうっぷんが爆発したみたいだった。それから、なつみと紗耶香はずっとお互いを睨みつけていた。真希は、ずっと目を見開いてその光景を見ていた。
「悲しいな・・・。」
そう思った。
- 142 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時35分24秒
- 前から少しは気付いてることだった。安倍なつみと市井紗耶香の対立はもう決定的だった。
なつみと紗耶香は、自分を一番可愛がってくれてる。
その二人が実は一番仲が悪いなんて。
週刊誌の「誰と誰が仲が悪い」とかそういうのは、全部嘘だと思ってきた。
みんな優しくて仲が良くて一丸になって、大変なことに挑戦してる。
でもこんな雰囲気じゃ週刊誌の思う壺だ。真希は思った。でも、どっちが正しいかなんてまだ真希には分からなかった。
なつみもさやかもいつも、みんなのことを考えて行動してる。
いつもわがままや文句を言ってる真希とは正反対の二人だってことは、真希にもよく分かっていた。
だからこそ、真希は訳も分からずに悲しかった。
深夜2時。やっと一日のスケジュールが全て終わった。
「お疲れ。」
「お疲れ様。」
みんな言葉少なげに帰りの車に向かっていった。
「後藤、ちょっといい?」
紗耶香が真希を呼び止めた。
駐車場の角に紗耶香は真希は立った。冬の凍るような寒さが一段と激しかった。
- 143 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時36分10秒
- 「ごめんね。寒いのに。」
紗耶香が無理に笑顔をつくって言う。
「さっきは嫌な思いさせちゃったね。ごめん。」
さやかはぺこりと頭を下げた。
「?市井ちゃん、あたしに謝ることなんてない。市井ちゃんはみんなこといつも考えてる言ってるじゃん。」
真希は言った。
「ううん。あれは、あたしが間違ってた。なっちの方が正しいよ。後でなっちにも謝ってきた。許してもらったって感じじゃなかったけどね。」
紗耶香が言った。
「どうして?」
「あたしが、あんなこと言わなきゃあんなにみんなを疲れさせずにすんだかもしれない。特になっちは今日、朝から体調悪いって言ってたしね。あたしが馬鹿だった。後藤にもみんなにも悪いことしたなって思ってる。」
紗耶香が空を見上げて言った。
紗耶香は、最近そういう悲しそうな表情をよく真希に見せるようになっていた。
- 144 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時37分03秒
- 「そんな、ことないよ・・・」
真希は、それしか答えることができない。
「後藤のことだって。なっちに言われた。ラブマの大ヒットだって後藤が作り上げたようなもんだってなっち言ってた。それをあんたがあれこれ、教えることなんてあるの?って。確かにそうだと思う。今の後藤はあたしなんかよりもずっとすごいよ。」
「なっちが言ってること間違ってる。なっちはあたしの歌もダンスも認めてくれたことなんてない。それを市井ちゃんにだけ言うなんて。」
真希が紗耶香に言った。
「それは、当然だよ。後藤となっちは今センターを争ってるライバル同士だよ。お互いいろいろ言い合うよりフェアな勝負がしたいんじゃないかな。」
紗耶香は落ち着いて言った。
でも少なくとも真希にはそうは思えなかった。
紗耶香がずっと前に言ってたみたくなつみは、真希を妹扱いにしかしてくれない。
それどころか最近は、紗耶香から自分を引き離して真希を独占しようとしていた。
それがライバル同士って関係とは到底真希には思えない。
- 145 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時37分39秒
- 「なっちは、何でも自分の思い通りにしたいだけだよ。なっちはすごい優しくて好きだけど市井ちゃんに対する態度だけは、あたしおかしいと思う。」
真希ははっきり言った。
「後藤。なっちのことそんな風に言ったら駄目。なっちは、後藤のことが大好きなんだよ。それは今日話してみてよく分かった。でもそんな子とライバル同士として競争しないといけない。後藤と争わないといけないっていうなっちのストレスがどんなもんか後藤に分かる?」
紗耶香は言った。
「そんなこと知らないよ。勝手になっちが言ってるだけでしょ。あたしは、市井ちゃんが教えてくれたみたいに歌もダンスも何でも出来る歌手になる!」
真希は、叫ぶように言った。
- 146 名前:第二部 投稿日:2003年06月28日(土)13時38分34秒
- 「市井ちゃん。なっちに気を使う必要なんてないよ。あたし、次会ったらなっちに文句言ってやる。そんなに市井ちゃんのこととやかく言える立場なわけ?って。」
真希は、なつみのことになると遠慮はなかった。真希は分かっていた。
なつみは多分自分を手放そうとは思ってない。
なつみは、自分に詰め寄られたら多分何も言い返せない。
「後藤。なっちにそんなこと言ったら駄目だよ。」
紗耶香は今度は弱々しく言った。
「何だか今日の市井ちゃん。市井ちゃんらしくない。前みたいにさ。なっちがあたしに何言っても、なっちあんたの言うこと間違ってるって言ったらいいじゃん。後藤の教育係は、市井ちゃんなんだよ。それじゃなきゃ市井紗耶香じゃないよ。」
真希は前に練習の休憩中になつみに捕まっている自分を一言、「練習しよ。」と言って自分を連れ去った紗耶香を思い出した。
あの時の紗耶香はカッコよかった。
真希は、紗耶香の気持ちとは裏腹にのんきにそんなことを考えていた。
- 147 名前:Easestone 投稿日:2003年06月28日(土)13時39分16秒
- 今日の更新を終了いたします。
来週で第二部を終了する予定です。
- 148 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月28日(土)22時08分48秒
- なんか・・・あんまりなっち良い役じゃないね。
- 149 名前:Easestone 投稿日:2003年06月29日(日)20時58分23秒
- 148さん。
レスありがとうございます。安倍さんは、悪い役にするつもりは全然ないのですが。
ただ、自分の描写力不足でそういう風に感じられても仕方ないなとちょうど思っていたとこ
ろです。近頃は某所において別の作品で辛い評価をいただいたりして自分としても反省しな
ければと思っていたところで。なんか最近は確かに安直に文を書きすぎていたような
気が自分でもしています。Storyとしては変更はしないですが、もっと精進して書きたい
と痛切に思っています。
こういうことを書く機会を与えてくださってありがとうございました。
- 150 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月29日(日)21時07分44秒
- 相当おもろいです。
リアルすぎて普通の目でなっちを見れなくなりそう(w
- 151 名前:とれぜげ 投稿日:2003年07月02日(水)01時18分52秒
- 本当は第2部終わってから感想を書こうと思いましたが、どうもおかしな雰囲気
なので、ちょっと言わせて下さい。
作者さんがあまりにもリアル、リアル強調しすぎているせいかもしれませんが、
あくまでこれが作者さんの中だけでのリアルなのだということを分かって読んで
る人ってどのくらいいるのでしょうか?まあ、全員そうだと信じたいですが。
ある意味、錯覚を起こさせているという時点で作者さんの勝ちなのだとは思い
ますが、果たしてそれを更新後のレスにまで徹底する作者さんはどうかなぁと
思います。
文中の誤りや故意の嘘なんていくらでも指摘出来ますし、人物造形に脚色が過ぎて
うんざりするところもあります。ただ、それは娘。ものについてまわるお約束
なので構いませんが、ただひとつ忘れないで欲しいです。それは、これがあくまで
本人たち(を分かって描写しているもの)では無いということです。それを
踏まえた上で楽しく読めたらいいんじゃないかなと思います。
- 152 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月02日(水)01時57分32秒
- >>151
そう思って読むのはべつにいいと思うけど、それはあなたの中での認識であって
わざわざここで主張しなくてもいいんじゃないかな。
横からスミマセン。
これからも作者さんの思うように書いていってほしいです。
初レスですが、いつも楽しく読ませていただいてます。
- 153 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月02日(水)07時53分28秒
- >>151
ここには小説を読みに来てるんであって、お前の感想なんざどうでもいいんだよ。
ここの小説がお気に召さないのなら読まなければいいだけの話だろ?
たまにいるよな、こういうどうしようもない阿呆が。
- 154 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月02日(水)08時44分18秒
- >>153
ん?感想書いてだめなの?
- 155 名前:Easestone 投稿日:2003年07月02日(水)09時07分50秒
- 皆さん方、私の不用意な発言からこうなってしまい、申し訳ございません。
とれぜげさん、すいませんです。今はまずいようなので
レスはまた改めてします。
150さん152さん
153さん、154さん
感想は何でもOKですので
よろしくお願いいたします。
お気遣いありがとうございます。
いったん落としますので荒れないようにご協力をお願いいたします。
- 156 名前:Easestone 投稿日:2003年07月05日(土)11時41分47秒
- とれぜげさん
確かにそうですね。でも私は、リアルといっても2種類あると思っています。
一つは娘。小説の分類する上でのリアルとアンリアル。もう一つは、本当にこの
小説の作者同じような体験したんじゃないかって思えるようなリアル。私は、描写
力を上げるという意味で後者のリアルを求めていて、さらにこの小説は分類上
リアルです。って言ってしまったのでちょっと誤解を招くようなことになってし
まったようです。でも確かにとれぜげさんへのレスはもろに勘違いを招いてしまい
ますね。確かにリアルリアル強調しすぎてますし。今後は気をつけます。
まだ修行不足なのでえらそうにこんなコメントをかける立場でもないですが
頑張ります。
とれぜげさん。今後、批判的な内容をちょっと含んでいてここのスレだとレスしに
いくようでしたら、メールでも結構ですので感想くださいな。
それでは、第8回目の更新をします。
- 157 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時43分33秒
- その頃から、テレビやマスコミの真希に対する対応は完全に娘。の中心として取り扱われるようになっていた。
取材の時でも、何でも真希は真中だ。ぶっきらぼうで無口。
でも人気絶頂ののNo1娘。そんな真希の一言一言を週刊誌は興味深そうに書き立てる。
振り付けもダンスもメンバーの中で覚えるのが一番早くなっていた。
真希自身も、新曲が入る。振り付けを覚える。音符でキーを合わせる。
そんな歌手としての一連の流れに手ごたえを感じていた。
最年長の中澤に振り付けの間違いも指摘する。
「そう。そこは、後藤が一番良く出来てる。いいよ。それで。」
最近はあまり迷惑をかけなくなった夏が、中澤と真希に言った。
「いや〜。ついに後藤にも間違い指摘されるようになってもうたわ。大物やな。後藤は。」
中澤は、笑いながら言った。
「あたしは、後藤の成長がここまでみれたのがうれしいよ。もう泣き虫さんじゃないよね。あたしも心置きなく卒業かな。」
来週の公演で卒業を控えた彩が言った。
- 158 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時45分54秒
- 「テレビで真希見てたら、何か彗星みたいだった。ちょっと前はただのあたしの親友だったのにね。恋のダンスサイトってあたしも大好き!がんばれぇ! キョウコ」
恭子からのメールだった。
真希は、今が一番充実していた。歌って踊ることがものすごく楽しかった。チャンスはどんどんきた。「恋のダンスサイト」も続けてセンターに抜擢された。
とにかく歌って踊ることが一番楽しかったし、それに続けて人気もうなぎのぼりに上がった。
ここまでくると、なつみも真希の実力を認めざるを得ない。
後藤真希は人気も実力もしだいに安倍なつみを凌駕していった。
「ごっちゃん、あんなステップ一日でマスターするなんてさ。どのくらい練習してんの。」
練習で疲れたなつみが真希に言った。
「今回のやつは特にしてないよ。ダンスステップ前のやつとちょっと似てるじゃん。あたしこういう系好きなんだぁ。」
無邪気に真希が笑う。
「そっか。あたしもがんばんなきゃ。でもなっち、運動神経鈍いからな・・・。」
いつも笑顔のなつみに初めて不安げな表情が覗いた。
- 159 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時47分43秒
- 「大丈夫だって。ダンスは運動神経じゃなくて、いかに自分をさらけ出すかだって夏先生言ってたじゃん。」
真希は、なつみが真希の実力を認めてはじめたことが単純にうれしかった。
でもそのことが、なつみにとって強いストレスになっていた。
今、なつみをじくじくするような不安色で覆っているのは追いつかれて追い越される焦りと挫折感。
そのことは、メンバーのほとんどは気付いてたけど真希には到底分からなかった。
突き上げるようにしたから羽ばたいていく自分の力。そして踊って歌いつづけることをめいいっぱいに楽しんでいた。
真希はそのうれしさを紗耶香に伝えずにはいられなかった。
「市井ちゃん、最近やっとなっちもあたしのこと認めてくれた!全部市井ちゃんが教えてくれたおかげだよ。」
真希は、もううれしくてたまらない。
「そんな、あたしが教えたことなんてほとんどないよ。全部後藤の実力だよ。」
紗耶香は、真希の期待に反して静かにそう言った。
いつもだったら、もっともっと真希を勇気付けてくれるはずだった。
- 160 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時49分47秒
- 市井ちゃんらしくない。真希はまた思った。やっと紗耶香にも追いつけるようになったんだ。
これからは足を引っ張らずに紗耶香と一緒に歌とダンスをやっていける。
真希は自分と紗耶香の未来にひたすら希望をみなぎらせようとしていた。
「もう、あたしが教えることなんてないのかな。あたしは、もっと別の道を考えたほうがいいのかもしれない。」
だけど、返ってくる紗耶香の言葉は、まるで自分に冷や水をかけるようにネガティブだった。
特に自分のことになると殊更だ。
「市井ちゃん、何言ってんの。市井ちゃんは、プッチのリーダーだよ。ずっと後藤の側にいてくれなきゃ。」
真希は、紗耶香が言ってるのずっと冗談だと思っていた。
だって真希が歌やダンスをしている時に、一番真剣に見てくれているのは、今も昔も紗耶香だったから。
そして音楽に対する情熱はすこしも衰えてはいないことは真希にも感じ取れた。
- 161 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時54分17秒
- 「へぇー。これが、後藤が生まれた町なんだ。何か東京っぽくなくていい。」
「でしょ?ここすっごい下町だから。」
今日は紗耶香が、真希の地元の町まで遊びにきていた。
真希が娘。のメンバーを地元に案内したのは紗耶香が初めてだった。
二人は神社から商店街を抜けてずっと川の方まで並んで歩いた。
着いた途端に砂の白に草の緑が点在する2色の土手が現われる。
「何かが違う。」
真希は不思議な感覚に囚われた。みんなとドッチボールたくさんやった土手なのに。
恭子と二人でよく悩みを打ち明けた土手なのに。
娘。に入ってから家で練習に行き詰まったらよくここにため息つきにやってきた・・・。
でもこの土手はもうその役割は終わったよって言っている気がした。
昔のものがどんどん新しく生まれ変わっていく感覚。
そう。土手じゃなくて自分がそうなのかもしれない。真希はそう思った。
紗耶香も真希と同じように不思議なものを見る目をしていた。
「ここ、あたしが小さい頃からずっと遊んでた川。川の向こうはもう千葉県なんだよ。」
真希が言うと紗耶香はまだ物珍しそうに川岸を眺めていた。
- 162 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時55分46秒
- 「いいなぁ。こんなのどかで。あたしの地元なんて千葉なのにもっとごみごみしてるよ。」
紗耶香が真希に合わせるように軽く笑顔を見せた。
「でも、今日ここに来れて良かった。あたしいっぺん後藤がどんなところで生まれてどんな町で育ったのか見てみたかったんだ。だって今まで娘。のことばっかだったじゃん。あたしが言ってんの。」
真希は、その言葉を聞いて一瞬嫌な予感がした。
「うぅん。そんなことない。でもまた、何回でも来ればいいじゃん。今度はあたし市井ちゃんのために何か料理つくって待ってるよ。」
真希はさっきの嫌な予感を吹き飛ばすために言った。でも言った言葉だけじゃ不安さはぬぐいきれない。
真希が市井の腕に抱きついて、「何かデートしてるみたい」と言った。
「こら、そんなにくっつくなってば。」
紗耶香もふざけて真希をひきずるように歩いた。
「あはは。市井ちゃん大好き〜。」
- 163 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時57分06秒
- 真希は久しぶりに紗耶香に甘えた。娘。に入って人に甘えてちゃ駄目なんだってことがよく分かった。
自分で切り開いていく楽しさを知っていた。でも今は紗耶香に甘えたい。
紗耶香との時間を赤ん坊を抱きかかえるぐらいに大切にしたかった。
次第に太陽が沈み、じんとした寒さがまたやってきた。
戯れる二人にも別れの時間が近づいていた。
「今日は楽しかった。後藤の家族にも挨拶できたし。」
紗耶香は駅に向かって歩きながら言った。
「後藤さ。今からあたしの言うことをちゃんと聞いて欲しい。」
真希にまた嫌な予感が走った。真希が一番怖れていること。
夕刻の街灯がぴかっと光ってまた消える。
「あたし、やっぱりモーニング娘。をやめようと思う。」
その予想が的中した。
何で!?何で!?叫ぶように言う真希を紗耶香は冷静に制止した。
「あたし、自分の音楽を自分で目指したい。自分で作曲勉強して、それに合わせて歌のスタイルを自分でつくっていきたいんだ。」
- 164 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時57分38秒
- 紗耶香は、真希に言い聞かせるように言った。
「でも、あたしはモーニング娘。に入ったこと後悔してるわけじゃ全然ない。娘。に入っていろんな人に出会って、そして後藤真希っていうすっごい可愛くて純粋で大切な子に出会えたから自分を変えることができたんだ。」
いやだよ!そんなのぜったいやだ!
泣き叫ぶ真希を紗耶香は軽く抱きしめた。
「ごめん。あたし、もう後藤の面倒みれないや。」
紗耶香はため息をつくようにそう言った。
- 165 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時58分43秒
- モーニング娘。の4期メンバーの加入が発表されたのは、ちょうどそんな時期だった。
楽しい時期って何でこんなに続かないんだろうと思う。真希は、悔しくてしょうがなかった。
「でも、あたしは信じてる。後藤はあたしがいなくても絶対にもっともっと上にいけるよ。」
さやかの言葉は、もう自分の事から真希の未来へとばかり向かっている。
自分の事なんてどうでもいい。「後藤真希」が娘。で楽しくやってくれたら。そんな思いでいっぱいだった。
「市井ちゃん。あたしどうしたらいい?どうしたらやめないでくれる?」
真希は、そんな紗耶香の言葉なんて意に介しない。
どうしたら紗耶香は思いとどまってくれるんだろう。
どう言ったら娘。に残るしかない状態にできるんだろう。真希はそのことばかり考えた。
「なっちもやぐっつぁんも何とかしてよ。このままじゃ本当に市井ちゃんいなくなっちゃう。」
真希は、すがるようになつみと真里に言った。
- 166 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)11時59分42秒
- 「分かってる。おいらもつんくさんと相談してみて考え直すように説得するよ。紗耶香はあたしの同期。絶対に簡単にやめさせたりはしない。だから大丈夫。心配しないで。」
真里が真希を励ますように言った。でもなつみは、その言葉に納得できない様子だった。
「でもそれはさ。さやかが自分で決めたことだよ。あたし達にはどうすることも出来ないんじゃないかな。」
なつみは言った。
真希の頭の中で強靭な弓の弦がびしっときれたような気がした。無責任だと思った。
なつみは、あれだけ真希のことでさやかに口出ししといて、やめるって言ったらそのままなんて。
「市井ちゃんがやめるきっかけってなっちにもあるんじゃないの?」
思わず真希はそう言った。
「あたし?あたしは、ただごっちゃんは紗耶香なしでもちゃんとやっていけるって言っただけだよ。」
なつみは、真希が言う意味の重さに気付かない。
- 167 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)12時00分56秒
- 「それがおせっかいだって言ってんの!」
真希が急に怒鳴るように言った。もうたくさんだった。
「なっちはいつもあたしのことで市井ちゃんにつっかかってばっかり!あたしに文句があるんだったらあたしに言えばいいじゃん。市井ちゃんに言うなんて卑怯だよ。」
急になつみが青ざめた表情に変わる。
「そんな・・・。あたしごっちゃんに文句なんてないさ。ただ心配してたから・・・。」
「だから、そんな心配いらないって言ってんの!」
真希が、側にあった積んである椅子を力任せに持ち上げた。
全身に力が入って、それがかっとなった頭に直に流れていく。
もう感情のままだ。真希は、それを何の躊躇もなくなつみに向かって投げとばした。
なつみの泣き声のような悲鳴が響いた。
直撃はしなかったけどなつみは座り込んで打ちふるえている。
真希はもう気が動転していた。
「ちょっとごっつぁん、なっちに謝んなよ!」
真里は言ったけど真希にはそんなのお構いなしだった。
- 168 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)12時02分12秒
- 「市井ちゃんがやめるの。なっちのせいだ!あたし絶対許さないからね!」
真希は、そういい残して部屋を出た。歩きながら涙が出た。
やっとモーニング娘。の一員であることにもなれてきた。厳しいレッスンや踊りをこなしていく自信もつきかけていた。
そして何より優しくて温かいなつみ、カッコよくて頼れるさやかと一緒にいることが一番楽しいと思ってきたのに。
「こんなの。最悪じゃん。」
真希は泣きながらそう思った。
それから真希にとってメンバーの雰囲気は最悪になった。
紗耶香の脱退表明に加え、なつみは、その後過食症のようになっていた。
何でもかんでも常にものを食べている。
真希に言われたのがよっぽどショックだったらしい。
そんな原因をつくった真希にメンバーからも冷ややかな視線が向けられてるのが分かった。
- 169 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)12時04分23秒
- 「ごっつぁんさ。いい加減なっちのこと許してあげようよ。なっちショックで過食症なんだよ。あたし可哀相で見てらんないよ。」
真里が再三真希にそう言ってくる。
「あたしは、もしかしたらひどいことしてるのかも。」
真希は、そう思うこともあったがそんなことを考えている余力もなかった。
紗耶香の脱退、なつみとの喧嘩、4期メンバーの加入が重く真希にのしかかった。
- 170 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)12時06分13秒
- いつも時の流れは、人の感情や状態になんて全く構いやしない。
「今度の新メンバーは、大物ぞろいやで。」
つんくが、自慢そうにメンバーに語った。
石川梨華、吉澤ひとみ、辻希美、加護亜依の4名。辻と加護は、まだほんの子供みたいだったが、吉澤ひとみは同い年、石川梨華に至っては真希より年上だった。
今まで真希に向けられていたメンバーの視線が次第に4期メンバーに向けられているのが分かった。
それに真希がなつみにひどいことをして、そのせいでなつみが激太りするぐらい傷ついてることは先輩メンバーにも薄々感付かれていた。
なつみが、温かくて優しい性格の持ち主だということは、真希にも痛いぐらいに分かってる。
それだけ他のメンバーからの視線は痛かった。
そんな真希の気持ちとは裏腹に、真希がセンターで「ハッピーサマーウェディング」の振り付けやPV撮影も行われていった。
映画「ピンチランナー」の撮影もはじまる。
でも真希は、そんな仕事やメンバーとの関係を考えている余裕なんてなかった。
紗耶香との別れの時期は、刻一刻と迫っていた。
- 171 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)12時07分49秒
- 「まっさか、二人もいるとはな。」
最近の紗耶香は、もう吹っ切れている。ぴょうぴゅう風が吹いていた。
ピンチランナーロケ現場だった静岡の風は、何故だか生暖かい。
紗耶香の最後の仕事は映画の撮影だった。
「何が。」
真希が、そんな紗耶香の姿をあきらめたように見て言った。
離れたくないけどもう離れるしかない。言いたいことは言い尽くした。そんな感覚だった。
「後藤のライバルになりそうなやつ。」
紗耶香は、風が目にあたるのか目を細めて言った。
その視線はあまりにも遠くてずっと未来を見ているようだった。
「石川梨華と吉澤ひとみ。」
真希は、何となく言ってみた。
こんなに年齢が近いメンバーなんて初めてだったから。でも二人のことは、よく分からない。
真希は最近は、紗耶香のことしか見ていなかった。
「あたし、次入ってくるメンバーは確実に後藤と同いぐらいの子が入ってくるとは思ってた。あんたは、すっごい若い時に娘。に入ってきたから。後藤の本当の勝負はその子に勝てるかどうかだと思ってた。」
紗耶香は言った。
- 172 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)12時08分46秒
- 真希は、どっかで同じようなこと言われた記憶があると思った。そう。恭子がそんなこと言ってたかもしれない。
そして紗耶香に良く似てるカオルも別れ際にそう言っていた。
「でも、それが二人いるなんてな。多分、今の4期は将来娘。の中心に確実になる。あたしがずっと娘。にいたってすぐ追い抜かれるだろうし、多分なっちもマリッペも追い抜かれるのは時間の問題だと思うな。でも、後藤あの二人には気をつけな。特に吉澤は後藤を見てる目が普通じゃない。」
「市井ちゃんさ。石川さんと吉澤さんのことずっと見てたけどそんなことが考えたの?」
真希は、あきれたように言った。真希も紗耶香のようにぼっと遠くを見た。
高校の屋上に二人ともいたから、遠くまでよく見えた。
「あたしのことがそんなに心配ならずっといてよ。お願いだから。」
真希の声は、風にかき消された。
「今のメンバーで4期に対抗できるのは後藤、お前だけだよ。」
そう紗耶香が言った。
- 173 名前:第二部 投稿日:2003年07月05日(土)12時09分42秒
- 別に運命とか定めとかどうでもいいと真希は思う。そんなの心の持ちようでどうにだって変わってくる。
でも人を失うって感覚だけはどうにもできない。
紗耶香が娘。からいなくなることやなつみや真里とぎくしゃくしてるのは、真希に今まで味わったことのない喪失感を感じさせた。
モーニング娘。のセンターの安倍なつみも、一番カッコイイ市井紗耶香も自分の事が一番好き。
いつも、自分を中心に星は回ってる。そんなのは嘘。それは、分かりきってるはずだったのに。
真希の目は涙をいっぱいに溜め込んだ後、その大きな一滴が落ちた。
「あたしって若かったんだな。」
紗耶香が去った後、真希はふとそう思った。
「第二部完」
- 174 名前:Easestone 投稿日:2003年07月05日(土)12時11分11秒
- 今日の更新を終了します。
来週から第三部に移行します。感想等あればよろしくお願いします。
- 175 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月05日(土)23時55分04秒
- 「なちごま」にも「いちごま」にもなってない気がするのは自分だけっすか?
- 176 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月06日(日)00時43分13秒
- >>175 CPというより絡み・・・って感じですかね?
横レスすいません;;
かなり面白いです。文章に引き込まれますね。
ごっちんがんばれ〜〜。作者さんも頑張ってください。
応援してます。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月06日(日)07時41分10秒
- 誰が悪いのでもなく傷ついて、傷つけて……。
こういう解釈もアリだなぁって思えます。
第三部、頑張ってください。
- 178 名前:とれぜげ 投稿日:2003年07月10日(木)00時08分28秒
- 後藤がモーニング娘。に入ってからずっと苦労した過程がすっぽかさているから、
主人公である後藤が単なるスーパーガールになっている。
結局安倍と市井が狂言回しにしかなっておらず、登場人物として魅力的でない。
これは言ってもせんないことかもしれないが、当時のモーニング娘。の状況を
中途半端に聞きかじったって感じでしょうか?作者さんは。
もっと上手い嘘をつくか、読者の望みを叶えてあげるか、どっちかがいいと思い
ます。第三部は、おそらくこうならないのでしょう。期待しています。
- 179 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月10日(木)11時42分44秒
- >>178
いい加減しつこいねアンタ。
さっさと消えてくれ。粘着過ぎて気持ち悪い。
コイツは他スレでもこんなことしてんのか?
- 180 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月10日(木)12時01分13秒
- 感想だからいいのでは…?
- 181 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月10日(木)13時22分03秒
- 感想だけならいいが、作者さんにこう書けとか、第三部はおそらくこう
ならないのでしょうとか明らかに不快感を感じるよ。
作者さんが気分を害して更新が止まったりしないか心配です。
この流れで4期加入の3部、楽しみにしております。
- 182 名前:Easestone 投稿日:2003年07月10日(木)22時31分34秒
- 皆さんレスありがとうございます!
176さん。
横レスありがとうございます。こちらとしても何とお答えしてよいのかわからなか
ったので助かりました。そうですね。今回はCPというより絡みでしょうね。
177さん。
レスありがとうございます。ちょっと面白い解釈と思っていただけたらなら光栄
です。3部も頑張りますのでよろしくお願いいたします。
- 183 名前:Easestone 投稿日:2003年07月10日(木)22時44分04秒
- とれぜげさん
またもや長い感想をいただいてありがとうございました。
ちょっと1点だけ確認したいのですが、後藤が娘。に入って苦労する設定は入った
ばかりのころで描いたつもりですが、それだけでは不十分だったでしょうか。
その後は、天才っぽくスーパーガールにしたてあげたつもりです。
その後の、安倍さんと市井さんが狂言回しになっているということや、当時の
モーニング娘。を聞きかじっただけという感想がでるのは理解できます。詳しく
書いてしまうとネタばれになってしまうので書けませんが、3部にもっていく
ためにそうなっているというのもありますし、小説に深みがないという反省
もしてます。
とにもかくにも役に立つ感想でした。ありがとうございます。
またぜひお願いします。
(小説に関する感想なので私は全然問題ないのですがとれぜげさんの感想に対して
ご批判をされる読者さんが多いようです。のでよろしければですが
次回はメールで感想をいただくわけにはまいりませんでしょうか?作者の勝手なお願いでスイマセン。)
- 184 名前:Easestone 投稿日:2003年07月10日(木)22時54分00秒
- 179さん、181さん
お気遣いありがとうございます。
とれぜげさんの感想ですが、小説に関する感想でしかも長文でいただけているので
私としては、全く構いません。それに私自身、荒れたりしなければ感想が気に入ら
ないので更新ストップをすることはありえません。
第三部に関しましては、定期更新を守るため製作はずっと先をいっている
ので現在の感想で第三部は大きくは変えられなくなってます。ので大丈夫です。
でも読者さんからのご感想はとても重要だし、めちゃくちゃ参考にしたいとは思って
ます。私は短編コンペで「SENRIGAN」を出品してますが、見ての通り不評でまだまだ
直すべき点はたくさんあるのは結果をみれば一目瞭然です。それで、少しでも良い
方向に自分の小説を変えていくのに感想をいただけたらなと思っております。
- 185 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時05分30秒
- 4期メンバーが加入してから楽屋はとてつもなくにぎやかになった。辻と加護のお子様メンバーが入ったからだ。
ちょっとのことで叫び声とも金切り声とも分からない声を上げる。
何でもないことですぐ喧嘩する。
子供が回りの注目を集める力は天性だ。先輩メンバーも真希のことより新メンの面倒を見るのに奔走している。
当たり前のことだったけど真希は嫌だった。
みんなの注目が自分から新メンバーに移っていくことが。それでも、自分だって教育係の一人だ。
「あ、加護!もう撮影直前だから遊んでないで自分の衣装チェックして。」
真希の声はだるそうでしかも自信なく響いた。
真希は、面倒を見られるのは慣れていてもその逆はさっぱりだ。
弟のユウキは、ほとんど姉のどっちかが面倒をみていて家でも娘。居ながらにしても真希は末っ子的な存在だったのだ。
- 186 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時06分33秒
- 辻と二人で遊び回っていた加護はその不器用な声にぎょっとして真希の方を見る。
自分としては普通に指示しただけだと思った。
でもそれは、加護にしてみればどう反応していいのか分からないきつい言い方だったみたいだった。
怖かったのか加護は何も言わずに梨華の後ろに隠れてしまった。
「加護ちゃんさ。撮影の前は自分の衣装チェックしないと駄目でしょ。後、後藤さんに何か言われたらちゃんと返事しないと駄目。」
梨華はまといつく加護の肩に手をおいて言った。
加護は、梨華の方だけ向いてうなずく。そうすると、さっさと衣装チェックに行ってしまった。
「すいません。後で私からちゃんと言っておきます。」
梨華は言った。その言い方は慣れきったような言い方だ。
多分、梨華は部活でもこんなふうに先輩をたてて後輩をかばってきたんだと思う。
- 187 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時07分52秒
- だけど、真希は部活になんて入ったことなんてない。
周りがそんな雰囲気じゃなかったし、やりたいことが山ほどあったから。
それを風のようにやり切って、自分はこの立場を手に入れたんだ。
そうは思ったけど、普通の中学生の部活の礼儀を当然のように芸能界に持ち込む梨華に何だか気後れを感じて嫌だった。
梨華の過去は、真希が過ごしてきた流れるような渋谷のセンター街の記憶とも、屈折しそうになりながらも励まされてきた地元の生活とも全く違うような気がした。
梨華は、普通のまじめな中学校に入って普通に部活に入った。でもあまりにも美しい美貌のために、ものすごい注目を集めた。それだけじゃないかって思う。
- 188 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時08分44秒
- そういう人まで娘。に入られたら、何で自分がモーニングに入れたのか真希は分からなくなると思った。
真希は、ただ歌だけのために中一の時から一瞬一瞬をすごしてきたのだ。
髪の毛の金髪だったし化粧もしたしオシャレもした。渋谷を仲間と一緒に駆け回った。
とにかく、誰よりも早く突き進みたかった。
梨華を普通の可愛い女の子の代表ならあの同級生だった桃香も同じくモーニングに入れたんじゃないかって真希は思う。
きれいで美人で頭が良くて規則が守れたらそれで全てがうまくいくとしたら。
真希はそれを考えるのが嫌でしょうがなかった。
- 189 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時09分47秒
- さらに真希は4期メンバー自体にあまりいい印象をもっていない。4期には、梨華とお子様を除いても吉澤ひとみが残っている。
ひとみについては、何にも分からなかった。ひとみは、同い年のくせに真希と全く話そうとしない。
その癖、PV撮影の時なんかは真希のことを穴があくぐらいじっと見ている。
まるで獣が獲物を狙っているかのように恐怖心さえ真希は感じた。
桃香は、姿が石川梨華で目が吉澤ひとみだ。真希は思った。
梨華はタンポポに加入し、吉澤ひとみはあろうことかプッチモニへの加入が決まってしまった。
真希はプッチへのひとみの加入は自分の聖域が踏みにじられた思いだった。
「市井ちゃんと保田さんとあたしがプッチモニだ。吉澤ひとみがプッチモニなんて絶対認められない!」
「絶対負けらんない!」
そんな真希の思いはますます強くなった。
ただ、当のひとみは気にする様子もなく、ずかずかとプッチモニに侵入してきた。
- 190 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時10分45秒
- ひとみは、梨華や4期メンにしか笑顔を見せない。黒髪のミステリアスな美少女だった。
4期メンは、紗耶香が認めてただけのことはあって器用だった。
新人の癖に歌の収録もダンスも次第に難なくこなしていく。
4人は団結していたし、先輩からの受けも良かった。
何もかも真希の時とは状況が違った。自分だって、同じ状況だったらもっともっと出来るのに。
真希は一人そう思う。
そんなことを思っても紗耶香もいない娘。には言うべき人もいなかった。
こんな時、もし市井ちゃんがいたら何て言ってくれるんだろう。
真希はこの頃よく思う。
本気で怒ってくるかもしれないし、ただ気楽にやればいいよって言ってくれるかもしれない。
それは真希にはまだ分からなかった。
分からない自分が悔しい。
そして、途中からいきなり入ってきて自分達なりに勝手にやってそして誉められてる4期メンバーが真希にとって歯がゆかった。
- 191 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時12分13秒
- 真希は、夜に家の近くの道路をひたひたと歩いていた。
右手にどすぐろく大きな建物が見える。
針のような棒が何本も不気味に突き出していた。建設中の高層マンションだ。
真希の状況がどんどん変わっていくにつれ地元の町並みでさえもお構いなしに変わっていく。
「恭子、モーニング娘。のずいぶん変わっちゃったよ。何かあたし最近、自信ないんだよね。」
恭子にメールを打った。たまに打つ恭子へのメールが何だか弱気な自分を表しているような気がする。
ぎぃぎぃ船が波に揺られて泣いているように聞こえた。
この頃よく真希は、家の近くのいつもの川べりに来る。
9月の夜はものすごく暑い。太陽もないのに湿気だけで体が汗ばんできた。
「もしもし。」
真希は、恭子からの返信が返ってこなかったからとうとう電話をかけた。
「あ、真希?ごめんごめん。今メール打ってた。」
真希は、恭子の元気そうな声を聞いて思わず顔がほころんだ。
- 192 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時12分57秒
- 今ね。あの川の側にいるんだよ。ここに来れば恭子に会えるような気がしてね。」
「うん。あたしも今、その川べりにたってるような気がする・・・って、あたし亡霊じゃないんだよ!」
電話の向こうで恭子の笑い声が聞こえた。
「ついに現われた?桃香が。」
恭子は、真希が考えていたのと同じことを言った。
「石川梨華と吉澤ひとみ。」
真希は、つぶやくように答える。
「いやなやつなの?」
「分かんない。あんまり話したことないから。」
「そっか・・・。でも真希は、言い意味でも悪い意味でもあの二人と深く関わらなきゃいけない気がする。何となくそう思うんだ。」
「どういう意味よ。」
真希は言葉の奥で恭子が言ってる意味をはかりかねていた。
- 193 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時13分37秒
- 「ねぇ、真希、そこから市川の方に向かって思いっきり石投げてよ。あたしちょっと何かに行き詰まった時いつもそこから思いっきり石投げてたんだ。」
恭子は、自分の言った意味を教えてくれなかった。
「恭子、あたしとおんなじことしてたんだ。」
自然に真希が笑った。
「恭子、見ててよ。二人分の石とばすからさ。」
そう言うと真希は、握りこぶしぐらいの大きな石を思いっきり投げた。
石が月に照らされて青白く光った。その光景は光る球が隕石のように落ちていくみたいだった。
真希は決心した。新メンバーなんかにはぜぇったいに負けない!
- 194 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時14分39秒
- 「後藤さんのダンスって他の人とは明らかに違いますよね。モーニング娘。のダンスって子供から大人まで楽しめるようなダンスだって思います。けど後藤さんのダンスだけ何か感じるものが違うんですよね。真似できない気がするんです。後藤さんのダンスだけ。」
梨華が真希の隣にやってきて言った。最初は、梨華は自分に取り入ろうとしているのかと思った。
でもどうやら違う。梨華の目はじっと真希の目を捉えている。
「あたし、テレビで後藤さん見てたらがむしゃらに上にむかって突き進んでる人かと思ってました。でも全然違った。音楽もダンスも王道行ってるんですね。やっぱり市井さんの影響ですか?」
梨華は髪の毛を掻き分けながら言った。
うすいと思っていた目は、近くで見ると大きくてきれいで自分の美しさを心の底から誇っているようだった。
真希はむくむくと起き上がったライバル心を抑えようと必死になった。
でも梨華の言ったある人の名前にはいやおうでも反応せざるを得なかった。
- 195 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時16分13秒
- 市井ちゃん?梨華は不思議な奥の深いことをよく言う。ただ興味本位で真希に話しかけてるわけじゃない。
梨華はまだ幼い顔をしてる癖にずいぶんと大人っぽかった。
「石川ってさ。入ったばっかの頃の紗耶香に似てるよね。」
先輩の誰かが言ってるのを聞いたことがある。
確かに、似てるかもしれない。
ずっとずっと深くまでいろんなことを考えていそうなところが。
そしてきちんと人を見ているところが。でも決定的に違うことがある。
梨華は紗耶香みたいに不器用じゃない。と真希は思う。
梨華は人を全部包み込んで、それを丸め込んでしまう。そんな器用な力をもっている。
「あ、ののまたいなくなってますね。あたし飯田さんに辻ちゃん見とくように言われてたんですけど。ちょっとごめん。」
梨華が真希の目をまたはっきり見つめた。
そして「辻ちゃーん!」と叫びながらスタジオを出ていった。
そういえば梨華は4期同士で固まっている時以外は必ずといっていいほど真希の側にいた。
それが何が目的なのかは分からない。
ただ年齢が近いから自然と側にいる。そんな様子に見えた。
- 196 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時16分56秒
- 真希は、梨華と会ってると不思議な感覚がした。
家族以外で自分の前でこんなに自然体な人がいただろうかと思う。
今まで真希と出会ってきた人は、真希の前で何となく不器用だった。
恭子もカオルもなっちも紗耶香も。
みんな自分の前では何かを取り繕おうとして、そしてみんな何かに悩んでいた。
ただ梨華は、真希の前では微動だにしない。何もかもが自然体なのだ。
「ごっちん。」
呼ばれたこともない甲高い声で自分の名前が聞こえた。
「やっぱりひとみちゃんのことで悩んでる?」
振り向いたら梨華がいた。そういえば、さっき敬語はもうやめてって言ったっけ。
「ひとみちゃんて今、あまり話さないでしょ。慣れるまでなかなか話さない子なんだ。お寺合宿の時もそうだった。」
梨華が今度はさばさばとした口調で話し始めた。
「じゃあ、今のところ吉澤さんが心開いてるのは梨華ちゃんと辻加護ぐらいのもんなんだ?」
初めて真希が梨華に答えた。
- 197 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時18分10秒
- 梨華が自分に興味を持ってる。しきりに話しかけてくる、真希にはそれが正直うれしかった。
「そう・・・。でも矢口さんとは、めちゃくちゃ仲いいよ。矢口さんて人の心の中に入ってくるのがすごいうまい。だからああいう先輩がいてくれるとすごい助かるんだ。」
梨華は言った。
真希は複雑な感覚がした。
ここまで娘。の状況を正確に把握している梨華は、敵なのか味方なのか。
敵だとしたら梨華はもう自分の側にはいなくなるのだろうか。
「でも、ひとみちゃんは一旦はじけたらすごいよ。もしかしたらごっちんのライバルになれるかも。」
梨華はクスっと笑いながら言った。
ライバル・・・。4期、それも石川と吉澤に対抗できるのは後藤しかいない。
今の4期は、確実に娘。の中心になっていく。
紗耶香の言葉を思い出した。
今何故さやかがそういうことを言っていたのか分かるような気がした。
- 198 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時19分09秒
- 吉澤ひとみは分からない。でも石川梨華はライバルにすると確実に手ごわいと真希は思う。
梨華は、冷静に自分を見ている。自分だけじゃない。
真希の周りを、梨華は興味を持って確実に把握していると真希は思った。
歌やダンスだってそうだ。上手い下手じゃない。
梨華は、真希の歌を聞こうがダンスを見ようがそれと比べてどんなに自分が下手でも動揺一つ見せないのだ。
「ごっちん、13歳で一人娘。に入ってさ。不安じゃなかった?」
梨華は、さらに気兼ねなくなく真希にそう言った。
そりゃ不安だった。でも歌手になりたい!何だか胸にもやもやしたものを一気に取り去りたかった。
そんな思いが真希の中にあった。
「別に。」
真希は警戒心を持って答えた。
それだけ自分が心は揺れ動いていた。
今はそれを出来るだけ隠しておきたかった。
- 199 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時19分55秒
- 「あはは。そうだよね〜。あたしごっちんの姿、テレビでしか見てなかったからよく分からない。でもあたし、ごっちんと同じ年の時同じことが出来たかって考えたら絶対出来なかったと思う。あたしは、内気で弱気でそんな自分を変えたかったからこの世界に入ろうって思ったんだ。だから自分で自分を変えようって悩んでる時間の方が長かったかな。」
「歌手に。歌、歌いたいと思って入ってきたんじゃないの?」
反射的に真希は言った。
「そう言われると思った。」
梨華は、にこりと笑った。真希は、一瞬梨華に吸い込まれた気がした。
石川梨華という人間自体に。
「そりゃ歌、大好きだし歌手になりたいよ。でもさ、あたし達まだ中学生だよ。歌を歌うってことが本当はどういうことなのかあたしにはよく分からない。それが本当に分かってるのは市井さんとごっちんぐらいじゃない?」
思考が戻ってくるまでに時間がかかる。
- 200 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時20分52秒
- 歌を歌うってこと。市井ちゃん。梨華の言葉の一つ一つが頭にころころと入ってくる。
とにかく梨華との会話についていかなきゃ。
そう思った瞬間真希は考え込んでしまった。
梨華が言ってることは何だか難しい。
あたしが、歌を歌うってことがどういうことか分かってる。ってどういう意味だろ。
あたしが、ミュージックスクール通ったりオーディション片っ端から受けたことを梨華は知ってて言ってるんだろうかと真希は思う。
違う。そうじゃないと思い直す。
歌を歌うっていうのはそういうことじゃない。
真希はカオルの言葉を思い出した。
歌ってて気持ちいい。それだけじゃ意味がない。
CD何枚売って有名になって・・・。だから歌が歌えるんだ。
でもそのために歌を歌ってもイメージなんて絶対伝わらない。
歌を歌う。
音楽をやるってことはとてつもなく難しい。
梨華によって真希は自分の昔の記憶が甦ったことに驚いた。
- 201 名前:第三部 投稿日:2003年07月12日(土)12時21分49秒
- 「あたし、歌手になりたい。出来ればソロでやってみたいんだな。」
長い間思ってたことを初めて梨華に口にしてみた。
何故、突然そんな素直な言葉が出てきたのか当の真希も分かりかねた。
「ソロの歌手か・・・。あたしにはまだまだだな。」
梨華がため息をつくように言った。その言葉で真希の側にやっと余裕が戻る。
後藤真希にいつものゆっくりとした心が戻った。
いくら何でもソロの歌手にまでなれば、梨華にもひとみにも勝てる。
真希は思った。何と言っても自分は経験が一番長いのだ。
とりあえず今はソロを目指そう。そうすれば、当面は梨華やひとみより上にいれる。
娘。に入って一年が経過し真希は次の目標を決めた。
- 202 名前:Easestone 投稿日:2003年07月12日(土)12時22分41秒
- 今日の更新を終了します。
感想等あればよろしくお願いします。
- 203 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)21時05分00秒
- 作者さんの言葉の選び方とかほんとにうまいと思う。
石川さんの描写とかなんだかぞくっとしました。すごい。
今一番楽しみな小説です。
- 204 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時28分44秒
- 203さん。
レスありがとうございます。
新作もぞくぞくとあるでしょうに今一番楽しみな小説っていってもらえるのは
とてもうれしいです。これからもよろしくです。
では、10回目の更新をします。
- 205 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時30分36秒
- 「後藤さん。ここの振り付けって分からないですけど。」
「あ、そこはー。」
秋になって真希とひとみはやっと話せるようになった。
ただ話せるようになっただけ。
お互いに何を考えているのかはよくは分からない。
それでもひとみはプッチの振り付けはいつも圭ではなく真希に聞いてくる。
ひとみのダンスはぎこちなくて1から10まで全部教えないといけない。
それも圭は、悩み相談はしょっちゅうやるくせに技術的なことは何も教えないのだ。
それじゃ一時期のなっちと同じじゃん。
真希は思ったけど、それが今のプッチの流儀なのだ。
歌もダンスもかなり自由。娘。の時と違っていろんなことが試せる。ある意味好き勝手に出来た。
紗耶香がいた頃とは明らかに違うプッチが出来上がろうとしていた。
プッチモニ。モーニング娘。と違ってある意味、「適当」で「自由」なグループ。
「それもいいかもしんない。」
この頃真希は、そう思う。圭は特にむちゃくちゃやらない限り何も言ってこない。
ひとみは、最初はあまりにも視線が鋭くて怖かったけど慣れれば大人したことはない。
プッチモニははっきり言って楽だ。
- 206 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時31分30秒
- 「梨華ちゃんとよっすぃーそこのタイミングおかしくない?みんなに合わせるんじゃなくて二人が一緒にタイミングとって出て行くとこなんだから。自分で決めて出てかなきゃ。」
真希が、梨華とひとみにダンスのアドバイスをした。
「あ、そっか。ありがと。」
梨華の言葉はひどく頼りなく聞こえる。
最近は、梨華もひとみも元気なさげだ。
歌番組にしてもトーク番組でこの2人はうまく話せないのだ。
その不安が歌やダンスにも現われている。
歌は聞かせるために歌ってるし、ダンスは見せるために踊ってるんだ。
その自信が戻らない限り、いくら教えても駄目なんだろうと真希は思う。
真希はトーク番組でしゃべれなくても気にしない。
「あたしは、音楽をやっているんだ。バラエティで話すためにテレビ出てるんじゃない。市井ちゃんに教えられたことを守っていくだけだよ。だから、なっちと話せなくなっても先輩達の興味が4期にいってても気にしないよ。」
真希は、そう自分に言い聞かせていた。
- 207 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時32分17秒
- 「ごっちんが教えてくれたおかげでだいぶましになった・・・。けど夏先生のしごききついよ。」
梨華が喘ぐように真希に言った。
「あれでも、だいぶ丸くなった方だよ。あたしが入った頃なんて今の比じゃなかったんだから。」
真希は先輩らしく自慢そうに答える。
「え・・・。そうなんだ。」
梨華は絶句するようにつぶやいた。
「だ・か・ら、まだましってこと。じゃ、あたし明日早いから帰るね。」
真希は調子よく梨華にそう言った。
「あぁ、ちょっと待ってよ。」
梨華は真希を呼び止めた。
「何?まだダンスで分からないとこある?」
「違うって。えっと、あたし安倍さんと一緒に買い物に行ったんだ。」
突如として声のトーンが落ちる。
いつも話してる梨華と違う。真希はすぐそれに気付いた。
- 208 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時33分37秒
- 「なっちと買い物?へぇー、それで。」
真希は、きょとんとして梨華の話を聞いていた。
「でさ、ごっちんに誕生日プレゼント・・・買ってきたんだ。あたしと安倍さんから。安倍さん自分で渡せばいいのに、梨華ちゃんから渡して!ってうるさいから。全員からのプレゼントはまた別にあるんだけど。」
梨華は何だか恥かしそうで言いづらそうだった。
顔の表情も微妙に赤くなっていて真希は、何だか告白でもされているような気分だ。
梨華っぽいディープピンクのリボンと赤のリボンのなつみのプレゼントを梨華は大事そうに持っていた。
メンバー全員から何かプレゼントがあるのは知ってたけど梨華となつみが特別にプレゼントを用意していたなんて真希は知らなかった。
「ごっちん、15歳の誕生日おめでと。あと、安倍さんからはメッセージが入ってると思うから。」
梨華が目が細めて白い歯がくっきりと現われた。
「あ、ありがと。」
思わずどぎまぎしながらも真希はプレゼントを受け取った。
- 209 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時35分04秒
- 真希は、包みをその場で開けようかと迷ったけど結局そのまま家まで持って帰った。
何だかそのプレゼントにはとてつもなく大事なものや気持ちが詰められてる。そんな気がしていた。
家に帰って自分の机の上で真希は最初になつみのプレゼントの包みをあけた。
中からは何だか古めかしい袋が何重にも出てきた。
きっと自分で包んだんだなと思った。
なつみは、変に几帳面でいつも気を使ってくれてて、でもいつも不器用だった。
そして最後の袋の中から、ペンダントが出てきた。
「あ、これって。」
真希は、思わずつぶやいた。
その先のペンダントの先はは真希が前になつみにプレゼントしたマタニティリングとお揃いみたいだったのだ。
そのリングは似てるけど形が微妙に違っていた。
「きれい・・・。」
リングは、電灯に照らされてシルバーとゴールドの混ざった仄かな光を放っていた。
内側からじわりと力を放っている。
- 210 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時35分34秒
- 探すの大変だっただろうなと思う。
これを買ったのは確か中華街の雑踏の中だ。
同じ店なんて見つかるもんじゃないと思う。
そう思っていたら1枚のメッセージカードが机の上に落ちた。
- 211 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時37分22秒
- ごっちん。本当はあたしからあやまらないといけないのは分かってた。
でもあたしってバカだから何にも自分で言い出せなかったんだ。
あたし、ごっちんのことが大好きだった。本当だよ。
でもさやかにどんどん引き込まれていってるごっちん見てたら、あたし耐えられなくなっていつもさやかにばっかりあたってたかな。
あたしの単なる嫉妬。バカだよ。あたしってホント。
自分なんてごっちんからもらったペンダントなんてつけてる資格なんてない。
ごっちんに返そうと思ってた。
- 212 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時38分07秒
- でもそしたらさ、リカちゃんが言ってくれたんだ。
そんなに悪いって思ってるんだったらペンダント返すより、ごっちんが欲しそうなもの10個でも20個でも買ってあげたらいいじゃないですか。
何なら家一コでもプレゼントしたらどうですかって言うんだよ。
梨華ちゃんておもしろい子だよね。
いつもごっちんの側にいるからどんな子なのかなって思ってたらごっちんのことすっごい考えてくれてるいい子だったよ。
とりあえずこのペンダントプレゼントです。(探すの大変だったぁ・・)
ごっちん今まで本当にごめんね。そんで誕生日おめでとう。
なっち
- 213 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時39分31秒
- それを読んで泣きそうになった。涙で目の前がぼやけてくる。
薄れていく視野でそのリングはますます輝きを増した。
真希の体からサボテンのような鎧ががらがらととれていくのを感じた。
何も今まで真希は別にいじけているわけでも突っ張っているわけでもない。
でも新メンが入ってきて闘争心が一際強くなっていたのも事実。
先輩達の視線が新メンばかりにいくようになって不安だらけだったのも事実だった。
そして何よりも自分の事を一番可愛がってくれた紗耶香となつみが、紗耶香は卒業でいなくなり、なつみとは気まずいまま。
その状態がどれだけ真希に重くのしかかっていただろう。
真希はうれしいのと同時に今、そこから開放されたような気分になっていた。
梨華からもメッセージは入っていたが内容はいたってシンプルだった。
安倍さんとあまり話したことないし、一緒に買い物なんて行ったことなかったから緊張したということ。
だから少しはあたしの苦労もねぎらえっということ。
そしてその見返りじゃないけど吉澤ひとみとも仲良くしてあげてほしいということ。
そしてメッセージとともに、ハート型のチャームがざらりと出てきた。
- 214 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時40分32秒
- 「あたしって、チャーミングだからごっちんにチャームのプレゼント!なーんちゃって。」などと訳の分からない言葉が一緒に貼ってあって笑えた。
梨華は、自分となつみの仲がぎくしゃくしてることに気付いていたに違いないと思う。
だからわざわざなつみと一緒に買い物に行ったのだ。
「あたしの負けだなぁ。梨華ちゃん。」
真希は思った。
石川梨華はただのライバルなんて思ってたけどそんなことで済ませられるような存在じゃない。
自分に余裕一つないのに何でこんなに人のことに構っていられるんだろう。
あんなにきゃしゃで、可愛らしくて苦労も何も知らなさそうなのに。
それが石川梨華の力なんだろうか。
真希の中に疑問ばかりが生まれる。
でもその疑問を考えるごとに確実に真希は梨華に引き込まれていった。
梨華のために何かをしたい。生まれて初めて真希はそんな心境になった。
- 215 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時41分17秒
- 梨華が仲良くてほしいという吉澤ひとみのことは、別に嫌いなわけじゃない。
自分の事をライバルって公言してた癖に実際はプッチで自分と張り合うことなんて全然ない。
穏やかで大人しい女の子だった。
ただ真希にとってはプッチモニは、紗耶香と一緒に作り上げてきたものだから、どうしてもそれが心にひっかかってしまうのだ。
だから、最初はひとみは自分と紗耶香の間を引き裂きにきた人間のように思えた。
でも当人にとってはそんなことは何も思っていないことは今となってははっきりわかる。
「今度、一緒にご飯でも誘ってみようかな。」
真希はペンダントとチャームを手のひらにのせて思った。
二つの宝石が鮮明に見える。
梨華のチャームは嫉妬やねたみなんて自分には関係ない。
そう主張しているかのようにどうどうと強い光を放っていた。
- 216 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時42分11秒
- 「かーごーちゃん!番組の収録前にあんな食べるから調子悪くなるんでしょ!」
番組収録前に突然、おなかが痛いと言い出した加護に梨華が言った。
4期で一番年上の梨華は相変わらず責任感が強くて年下メンバーの面倒をよく見ていた。
「もぉええって。大したことない。うち、梨華ちゃんよりごっちんの方が好きや。いろいろうるさいこと言わへんし。」
「ごっちんは下に甘すぎるから。」
梨華はぶつぶつつぶやいている。
実際、真希は加護に何かを教えることはあまりなかった。
ただ一緒にいて手をつないでいたり、ロケの時に一緒に行動するだけだ。
最初は礼儀を教えようかと思ってたけど敬語で話されるとやりにくいし、普通に話すんだったら別に礼儀なんていらないかと自分でも思ってしまった。
それにスタッフやプロデューサーへの礼儀は、梨華の方がよっぽど心得てる。
「ごっちん、教育係なんだからさ。もっと加護ちゃん、叱ったりとか指導したりとかしてよね。」
「う〜。それは梨華ちゃんにまかせるよ。」
真希が口をへの字に曲げて甘えたような表情を見せた。
- 217 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時43分26秒
- まるで梨華に全部まかせると言わんばかりだ。
真希が梨華にそんな顔を見せるのは初めてだった。
「あ〜。もうしょうがないな。ごっちんにはかなわない。」
しばらく、ずっと真希を見ていた梨華はそう言った。
口ではそう言っても何だか梨華は楽しそうだった。
梨華は、真希の髪を優しく触ってきた。
「ごっちんって。ホンッとに可愛いな。アイドルとかそういうの抜きにして。」
それから梨華は、真希が頼んだことは何でも聞いてくれた。
梨華は真希にとって後輩なのにまるで姉のような存在になっていった。
「じゃあ、代わりにプッチでひとみちゃんのことは頼むよ。」
梨華はそう言ってひとみのことを頼んでくる。
「でもよっすぃーって圭ちゃんが何回も誘ってもご飯とか来ないしなぁ。でもその潔さがあたしはいいと思うんだけど。」
「じゃあさ。ごっちんが誘ってみてよ。来てくれるかもよ。」
「まぁね。自信ないけどやってみようか。」
真希は、梨華に答えた。
- 218 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時44分31秒
- 真希は、人をご飯に誘ったり自分から進んで人の心に入り込むようなことがあまり得意じゃない。
いつも、そういうことは向こうからしてくるものだと思ったし今まで出会ってきた人は、みんなそうだったと自分では思っている。
でも今回ばかりはそうはないかない。
それにひとみがどんな人なのかは真希自身も知りたいとは思う。
娘。の仲で唯一の同い年だし、服装やファッションセンスは何だか似たようなものがあると思う。
ただひとみはいつもすました顔でりりしく座ってて話し掛けづらいんだよな。真希は思った。
- 219 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時45分26秒
- 道路の街路樹も秋色から次第に冬の枯草へと色を変えていった。休みの日曜日の午後、真希は渋谷のお気に入りのShopに向かっていた。
「はぁ、ちょっと時間があるのも今のうちだろうな。」
真希は、思った。紅白が近づいてくればその振り付けだってあるしまた年末には娘。の特番も去年とは段違いに増えるって話を聞いた。
歌やダンスだけずっとしてるってわけにはいかないのかな。と真希は不満に思う。何もかもやらされたのでは体がもたない。
「よし!もう今日は、ストレス解消に買い物しまくるぞ!」
真希は、そう決心して店に入っていった。
店の中は、いつもより人が少なかった。いつも女子高生で中はごった返してるはずだった。
真希は、目的のコーナーまで来るとカーキ色の服を手にとってデザインやカラーリングを見ていた。
「あの〜。このお店モーニング娘。の後藤真希さんがよく来てるって聞いたんですけど。」
隣で服を選んでる女の子が店員に聞いていた。
ファンの子かもしれない。
自分のファッションを真似て店まで追いかけてきてるなんて。
真希は、驚いたと同時にうれしかった。
- 220 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時46分20秒
- 出来ればどんな子なのか見てみたい。
真希は、その子を驚かせないようにそろそろと近寄っていった。
「そうですね。前、後藤さんこのような服を買っていかれたと思うんですけど。」
真希をよく知った店員が真希が前に買ったのとよく似た服を取り上げていた。
「これか〜。そういや、前のロケの時はこんなの着てたな。」
その子が言った。
「ちゅーか。よっすぃーじゃん!?」
真希が叫ぶように言った。
サングラスをしてカラフルな布を頭にまいて変装はしていたけど、どっからどう見ても吉澤ひとみだった。
「あ、あのお友達なんですか?」
店員が驚いたように言う。
「ごっちん!?」
ひとみの顔が一気に綻んだ。
まるで久しぶりに古い友人に出会えたような笑顔だった。
真希が、ひとみの笑う顔を見たのはこれが初めてかもしれないと思った。
- 221 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時47分20秒
- 「てへへ。いつもごっちんのファッションってカッコいいから真似しちゃえってこのお店にきてたんだ。でもまさか本人にばれるとは思ってなかった。だって芸能人になんてなかなか会えないっつーじゃん。」
よっすぃーってこんなしゃべり方するんだ。今まで半年近く一緒にプッチモニやってたのにそんなこと全然分からなかった。
ひとみは相変わらずにこにこ笑ってる。普段は仕事の時は、絶対見せない表情だった。
今だったらひとみと何でも話せそうな気がした。
「ね、よっすぃーってさ。圭ちゃんがどんだけご飯とか誘っても絶対来ないじゃん。あれ、何で?」
真希は聞いてみた。
「ん?あれ別に何でもないって。だって保田さんっていろいろ話長そーじゃん。普段話し聞いてるし。もういいかなって思うんだよね。」
あっさりとひとみは言った。思わず真希は笑ってしまった。確かにそうだ。
真希は、自分の性格をあっさりしてて男っぽいと思っていたがひとみは、それ以上にさばさばしてる。
「じゃあ、あたしとだったらさ、ご飯ぐらいつきあってよ。」
真希がそう言うとひとみの顔がみるみるうちに輝いていく。
- 222 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時47分58秒
- 「ごっちん、あたし誘ってくれるんだ!いいよ。あたしごっちんとだったらどこ行ってもいい。」
ひとみは言った。
その後、ひとみとの食事しながら1年分ぐらい真希は笑っていた。
あの梨華がなつみのことを「あの田舎弁はいつになったら治るんだ。」というようなことを言っていたこととか。
ひとみはいろんなメンバーの真似をする。それが、真希の壺にはまりすぎていた。
「もう、よっすぃーそんなに笑わせたらご飯食べられないじゃん。」
真希は、あまりにも苦しくて言った。
「じゃあ、そうならないようにゲームしようか。」
ひとみが言った。
「次、お互いにおもしろいことを言ってどちらか先に笑った方が負け。負けたら罰ゲームとして次、一緒にご飯行った時おごりね。」
ひとみは、楽しそうに言った。
- 223 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時48分53秒
- 案の定、真希は連戦連敗。ひとみの言うこともおもしろくておかしくてどうにも笑うのを我慢しきれない。
何せ今まで見てきたのが、無口でクールな吉澤ひとみだったのだ。
はじけたひとみは、あまりにもイメージが違いすぎる。真希はすっかりひとみに術中にはまっていた。
「じゃあ、来週ごっちんのおごりでご飯一緒に行こ?いいよね。」
「そんな時間あるかな。」
真希は答えた。
来週は予定がぎりぎりいっぱいまで詰まってる。それは、スケジュールが全く同じひとみも一緒のはずだ。
「だーめ。来週は必ず行くよ。その次の週はまた別の勝負するんだから。」
ひとみは、今度は強い調子で言った。
「別の勝負?」
「そう。歌でもダンスでも何でも。競争意識もった方が、お互いにいいじゃん。」
ひとみは、軽く言った。真希は不思議だった。
- 224 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時49分45秒
- 吉澤ひとみは人との勝負とかどっちがうまいとか全く気にしない性格のはずだった。
少なくとも今まで見てきたひとみはそうであるはずだ。
でも競争したりするのは真希は嫌いじゃない。
「いいよ。よっすぃ相手だったらあたしはどんなことも負けない!」
「そうこなくっちゃ。」
真希が言うとひとみはうれしそうに笑った。
それから、ひとみは事あるごとにダンスをいつまでに覚えられるかとかだの間違えずに踊ることだので真希に勝負を挑んでくる。
ほとんどは真希が勝っていたけど、勝とうが負けようがひとみは罰ゲームと称して真希を食事に連れて行ったりゲーセンに連れまわしたりしていた。
それでも、ひとみといると真希は十分に楽しかった。
- 225 名前:Easestone 投稿日:2003年07月19日(土)10時50分34秒
- 今日の更新を終了します。
感想・ご意見があればお願いします。
- 226 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月20日(日)13時40分41秒
- 85年組がきっかけで娘を好きになったので面白いです
娘達の心情描写がリアルで引き込まれますね
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月21日(月)22時06分56秒
- この中のごっちんがなんだか可愛くてしょうがないです。
これからも楽しみにしてます。
がんばってくださいね!!
- 228 名前:Easestone 投稿日:2003年07月27日(日)15時31分05秒
- 226さん
私もその口です。これからも3人トリオのお話でいくので
お楽しみいただければ幸いです。レスありがとうございます。
227さん
レスありがとうございます。
主人公が推しメンだとなかなか書きにくいものがあって不安なのですが
そう言ってもらえてありがたかったです。今後ともよろしくお願いします。
11回目の更新です。
- 229 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時32分01秒
- 真希とひとみが仲良くなったことはやはり娘。の中では意外に受け止められた。
ほとんどの先輩メンバーは3期と4期の対立を一番心配していたのだ。特になつみはそうだ。
「良かった。ごっちん、梨華ちゃんとよっすぃーとも仲良くなれてさ。あの二人結構頼りになるしね。あたし結構安心したよ。」
「もう、なっちいつもあたしのこと心配しすぎ。もうあたし新メンバーじゃないんだよ。後輩だっているし。」
「あはは。そうだね。もうあたしはごっちんのことでそんなに心配しない。あたしにはちょっと寂しいけどごっちんはすごい成長したもんね。」
なつみが真希に言った。
梨華のおかげでやっとなつみとは普通に話せるようになっていた。
春には、真希がソロとしても歌を歌っていけることが決まった。
真希にとってこれからはぐんぐんと希望がみなぎっていた。
それでも真希にとって気になることが一つだけあった。梨華のことだ。
- 230 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時33分00秒
- 梨華は、真希とひとみが一緒にいることが増えるにつれ前の時のように側にいてくれなくなった。
最初梨華は、真希がどんなにふてぶてしい態度をとってもちゃっかり真希の隣にいた。
それは、真希が一人で寂しそうだからいてくれたと思いたくはなかった。
誰も彼もが自分の事を一番気にしてて心配してると勝手に思う。
そして近くにいれば気にしない。遠くに行かれると追いかけたくなる。
それは自分の悪い癖だと真希自身も気付いてはいた。
でも梨華だけは何か深いところでつながっている。そう思いたかった。
ひとみがいないとき、真希は思い切って梨華に話しかけてみた。
梨華はすました顔でずっと雑誌を眺めている。
「あたしやっとよっすぃと仲良くなれたかな。」
梨華の反応を確かめたかった。
「よっすぃてさ。ごっちんのこと絶対狙ってるよね。」
唐突な梨華の声。梨華は、雑誌から目を離さなかった。
「え?」
あたし、狙われてる?最初は意味がよく分からなかった。
- 231 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時33分58秒
- そして、その意味が少しわかって真希は動揺した。
だってひとみと仲良くするように真希に言ったのは梨華自身なのだ。
そんなことを言われるのは理不尽だと思う。
梨華は、ゆっくりと雑誌をテーブルに置くとひょいと真希の方を見た。
真希は、そのまま不服そうな顔をして固まっていた。梨華は、それを見ると満足したように笑った。
「やっぱごっちんって何か先輩には思えないんだよねぇ。」
梨華は、優しく撫でるように真希の手をとった。
真希にとってはますます訳が分からなくなる。
「梨華ちゃんさ。あたしに何か言いたいこととか文句があるんじゃないの?それだったらはっきり・・」
「ないない。そんなことありませんよ〜。」
梨華は、子供に言うようにそう言って、立ち上がって部屋を出て行った。
何か肩透かしをくらった感覚だった。最近、何だか梨華のことが気になって仕方がない。
梨華と入れ替わるように今度はひとみが慌しく真希の元へやってきた。
- 232 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時34分42秒
- 「お。ごっちんこんなとこにいた!今日終わったらさ。一緒にご飯食べに行こうよ。」
「え〜。でも近場はもう飽きたよ。」
駄々っ子のように真希は答える。もうこの辺のレストランはひとみと行き尽くしてしまっていた。
「分かってるって。だからごっちんのためにいいとこリサーチしてきたんだって。」
「え?どんなとこ?おいしい?」
真希は思わず尋ねる。
「それは、ひ・み・つ」
ひとみの言い方がおもしろくて真希はいつも笑ってしまう。
「よっすぃーといるといつも楽しい。」
真希はそう思う。
ファッションや洋服の店は真希の方がずっと詳しかったけどおもしろそうなゲーセンやカラオケや食べ物屋に連れて行ってくれるのはいつもひとみの方だった。 「最近、梨華ちゃんチャオーとか言ってさ。きぃ持ち悪いよね〜。」
ひとみが電車で移動中に言った。
「梨華ちゃんは、自分のイメージ変えようと必死なんだよ。」
真希は、ひとみの毒舌に苦笑いしながら言う。
- 233 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時35分32秒
- 「あたしは、何もしゃべれなくて、あたふたしてあたしを頼ってきた前の梨華ちゃんの方が好きだったんだけどな。」
ひとみが言った。「好き」何故かその言葉が真希にひっかかった。
梨華は、どんな風な人が好きでどんな恋をするんだろう。
自分がいない間ひとみとはどんなことを話しているんだろう。
そんなことばかりが気になった。
「ここの屋上なんだ。今日行くとこ。」
ひとみは高層ビルに入るとエレベーターのボタンを押した。
エレベーターが無限にあるような階数を一気に上がっていく。
エレベーターには二人しか乗っていない。
うぃんと機械の音だけが聞こえる。急にあたりが静かになった。
なにも話さないひとみは、鋭い眼光とその美しさだけが強調される。
ひとみが大きな目でじっと真希を見つめていた。
長い睫毛が瞳から突き出している。
まるで人間界ではおさまりきれない魔性の眼力。
ひとみの眼光は強すぎて動物が放つような単純で本能的な意志のようだった。
- 234 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時36分13秒
- エレベーターの外は、本当に外だった。
室内なのに南国の植物が生い茂っている。
植物達の原色の赤と緑が調和してエキゾチックな雰囲気に調和していた。
室内には生暖かい微かな香水のような空気が漂っている。
予想も出来ない光景だった。
「わぁ、ここなんだ。よっすぃーが言ってたとこ。」
真希がはしゃいで言う。
「そう、ここ全体が植物園になってるんだ。全面ガラス張りで眺めもいいし。」
植物の隙間から夕暮れに染まる無数のビルディングが見えた。
植物園の中にはカフェテリアのようなレストランもあって、そこで真希とひとみは向かい合って夕飯を食べた。
「あ〜。こんなとこでずっとのんびり暮らせたらいいのにな。」
真希はすっかりリラックスしていた。
「へぇ。ごっちんでもそんなこと思うんだ。ちょっと意外。」
「え、何で?」
真希が尋ねる。
「だってごっちん歌もダンスもいっつも一番目指して突っ走ってるから。のんびりなんてしたくないのかと思ってた。」
ひとみはゆっくりと言った。
- 235 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時36分50秒
- 「だって歌とかダンスとかってやっぱ夢だからさ。でもそれは、よっすぃーだって一緒じゃん。あたしが練習してる時、よっすぃーってカケとか言ってあたしといつも勝負しようとするじゃん。そんであたしを追い抜こうと必死にやってた。こっちがめちゃくちゃ焦るぐらいにね。」
真希は、最近プッチでも猛烈に存在感を増しているひとみを見て言った。
「それは、ごっちんとは違う理由だよ。」
でもひとみは、そう言い切った。
「どんな理由?」
「後で言う。」
そしてひとみがにっこり微笑んだ。
食事の後うっそうと生い茂る南国植物の中を真希はひとみと一緒に歩いた。
人はまばらにいたけどみんな雰囲気を楽しむように黙って歩いていた。
都会のど真ん中にいるのに南国のジャングルに意識をふっとばされた。そんな感じだった。
「ねえ、ごっちんさ。」
ひとみが口を開いた。
- 236 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時37分36秒
- 「あたしが何で練習中にかけとか勝負とかごっちんとしてたか分かる?」
「んー。負けず嫌いなんじゃない。よっすぃーって。」
真希は、適当に答えてしまった。
でもひとみが誰が人気があるとか自分の方が歌がうまいとか全然気にしない性格だということは真希にも十分分かっていた。
「ごっちんと一緒に遊んだり、ご飯食べに行ったりする口実が欲しかったんだ。」
その時、ひとみは怖いぐらいに今まで溜め込んでおいた大きな瞳の力を真希に向けた。
弓の弦を精一杯にひいてから放たれるマグマの吹き溜まりのような熱力。
大きな力が押し迫ってくる感覚。真希は天敵に見つめられたように身動きひとつとれなくなった。
「あたし、ごっちんのことが死ぬほど好き。好きで好きでたまらないんだ。」
そう言った瞬間ひとみは真希の唇を奪っていた。
正真正銘の真希のファーストキスだった。
- 237 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時38分50秒
- 真希の体の中にキスの感覚が渦巻く。それと同時にシヌホドスキ。スキデスキデタマラナイ。
そんな言葉が反芻するように頭の中に響いた。
それは、真希が自分自身に今まで隠し続けてきた大きな秘密をはっきり認識させた。
真希が実は女の子が好きだということ。
そして叶わずして真希の前から去っていった紗耶香への初恋。
いや恋って言うんだったらもっと前からかもしれない。
以前、恭子にも同じ感情を真希は抱いていた。
そして今その対象は梨華に向けられている。
「自分っておかしいのかも。」
何回も真希は思っていた。でも目の前に平気でそれをやってしまう人がいる。
「ごっちん、今のあたしからの告白だったんだけど。ちゃんと分かってくれた?」
ひとみの顔は優しく微笑んでいる。何て強い人なんだろうと真希は思う。
自分だったら告白した後にこんな余裕は絶対出せない。真希は押し切られるようにうなずいてしまった。
「ちゃんと考えてよね。梨華ちゃんだけじゃなくてあたしのことも。」
ひとみはまるで真希の気持ちを見透かしていた。
- 238 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時40分05秒
- ひとみの顔は図星でしょ?と言わんばかりだ。大変な人を相手にしてしまったと今初めて気付いた。
でももう逃げ場はない。
自分の中で梨華の存在がどんどん気になっていくと同時にひとみの存在も大きくなっていた。
真希は、もうひとみも梨華もライバル関係なんて簡単な関係で済ませられない状態に自分が嵌り込んでいた。
ひとみに見られてる。そのことは前から気付いていた。
仲良くなる前もその後もその視線は、自分をライバルとして自分を見ているのだと真希はずっと思っていた。
だからこそ自分とひとみの歌の違いをダンスのレベルの違いを見せつけるようにに真希は練習を続けていたのだ。
でも今はそれが違う。ひとみに見つめられる度に体が思うように動かない。
「後藤らしくないじゃん。どうしたの?」
保田はミスを連発してる真希に言った。
今更吉澤のせいだなんて言えるはずがない。
そもそもダンスや歌は人に見られるためにやっているのだ。
- 239 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時40分57秒
- 「次、ミスったらあたしの勝ちだね。今週末、楽しみだなぁ。」
ひとみに耳元でささやかれた。
たかが、二人で週末に新宿にいってカラオケ行って遊んで帰ろうっていうだけのことなのだ。
あの告白の次の日、ひとみの誘いに真希が週末ちょっと忙しいとひとみに言った。
「じゃあさ、次のダンス勝負で間違えた回数があたしの方が少なかったら無理でも時間作ってよ。あたしが負けたら今回は中止。これでどう?」
「それとも、あたしと一緒にいるの。そんなにいや?」
「そんなことないよ。よっすぃーといると楽しいし。」
その真希の気持ちに間違いはない。
でもひとみの次の一手が怖い。それが真希の正直な気持ちだった。
「そっか。じゃあいいよね。」
その時のひとみの目は計算し尽くされたようだった。
「あぁ、こうじゃないや。」
真希の二つ連続のミス。勝負は簡単についた。
- 240 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時41分40秒
- 「ちょっとごっつぁん!それじゃ吉澤の見本にならないでしょ。んもう今日は何だか駄目だね。もうあがろっか?ごっつぁん、この頃疲れてるし、吉澤と一緒に羽伸ばしてきたら。二人とももう仕事ないでしょ?」
後藤のダンスを見てあきれた保田が言った。
「保田さん、話わかりますねー!」
吉澤一人がうれしそうに声を放った。
外へ出たらまだ太陽が明るく光っていた。
街全体がまだまだ一日を終わらせないって言ってるみたいに活気付いている。
こんな時間に仕事が終わるのなんて久しぶりだった。
喜び勇んで真希の手をとって歩いていくひとみにすごすごと真希はついていく。
「ごっちん、どこ行きたい?」
「んー。よっすぃーにまかせるよ。」
「じゃ、ホテルかな。」
「ホテル?」
真希が驚いて聞き返したのと同時にひとみは真希の唇を奪った。
ほんの軽いキスだった。
- 241 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時42分16秒
- でも真希にはそんなものに免疫などない。
あまりの恥かしさに真希は下を向いてしまった。
「もう〜。ごっちんってかっわいー。冗談だって。いつもみんなで行ってるサウナでも行こ。」
ひとみが人差し指で真希の顔をそっと撫でた。
こういうの弄ばれてるっていうんだろうか。
ひとみの透き通るような笑顔を見ながら真希は思う。
「よっすぃー、あたしまだ答えだしたわけじゃないよ。」
真希は最後の抵抗にでた。
「ん?何の?」
「よっすぃーの告白の。」
強い声で真希は言う。
「だからつきあう前にキスなんて。」
「早すぎる?もっとじらした方がいい?」
でも会話のペースは相変わらずひとみペースだ。
- 242 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時43分02秒
- 「だけどねぇ。ごっちん、恋人同士のキスなんてあんなもんじゃすまないよ。」
ひとみは左手を真希の肩にゆっくりと置いて言った。
ひとみの左腕にはブレスレットにチャームがついていた。
真希が梨華からもらったのと色違いだ。真希は一瞬にして気付いた。
思わずそのチャームに目がいってしまう。
「あ、これ?梨華ちゃんにもらったんだ。ごっちんのとお揃いでしょ。でもね。これそれだけじゃないんだよ。」
ひとみは、そのチャームを裏にひっくり返した。
それを見て真希は驚いた。
何個もある小さなチャーム全てにRika to Hitomiとかかれている。
真希がもらったものには何もかかれてはいなかったのに。
「一個一個全部頼んだのかな。梨華ちゃんもよくやるよね。」
ひとみは言った。
でも真希には、一つ一つにひとみの願いを込めて文字を刻んだ梨華の姿が目に浮かんだ。
石川梨華はそういう人だと真希は思う。でも真希には抑えきれない感情が胸の底から浮かんできていた。
- 243 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時43分57秒
- 「あたしだけへの特別なプレゼントじゃなかったんだ。」
ひとみは真希の表情に満足したようにうなずくとそのまま真希をサウナに連れて行った。
それから真希は、歌にしてもダンスでもひとみとの勝負に全然勝てなくなった。
それは、ひとみとの勝負だけの話しじゃない。
人気も知名度もひとみは格段に上がってきたのだ。さらにそれは、ひとみだけの話じゃなかった。
「チャオーちゃーみー石川でーす。」
自分のキャラクターをうまくつかんだ石川梨華は、ひとみ以上に人気も上がっているかもしれない。
4期メンバーは紗耶香が言ってた通り、ついに本当の実力を出し始めたのだ。
こんな状態でソロ始めたってうまくいくんだろうか。真希の不安はどんどん増していく一方だった。
ひとみの告白へだって真希はまだ答えてない。
「あたしって一体何なのだろう。ひとみへの告白にも答えないで、ただわがままばっかり言ってるだけのアイドルなんだろうか。それだったらカオルが言ってたボンボンのアーティストと何も変わらない。」
- 244 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時45分08秒
- こんな時にだってすがる相手だってやはり梨華かひとみしかいない。
「ごっちん、よっすぃーにとうとう火つけちゃったね。」
梨華が真希にそう言った。
「火をつけた?」
真希は梨華の目を見つめる。
「今のよっすぃーにはごっちんはどうあがいたって勝てないよ。」
梨華は真希が一番気になっているところをいきなり断言した。
「分かんないよ。そんなことまだ。」
真希は、少しむっとして言った。真希には先輩としてのプライドがある。
「今のよっすぃーの力の源知ってる?」
「よっすぃーの力?あたしへの対抗心じゃない?」
真希は、言った。ひとみの告白への答えを真希はまだ言ってない。そのことをひとみは怒ってるにちがいないと真希は思っていた。
- 245 名前:第三部 投稿日:2003年07月27日(日)15時45分40秒
- 「違うと思うな。よっすぃーの元気の素は、ごっちん自身だよ。丸ごとのごっちんをひっくるめてよっすぃーの力になってるんだ。」
梨華の言い方は全てを分かりきっているようだった。
「だから、ごっちんが頑張れば頑張るほどごっちんは勝てないんだよ。」
梨華はそう言って笑った。
「でもうらやましいな。そんなに人を惹きつけられるのって。」
梨華はぽつりと言う。
あなただって十分目の前の人を惹きつけてる。
自分がその力を還元できないだけ。真希はそう思った。
- 246 名前:Easestone 投稿日:2003年07月27日(日)15時47分26秒
- 今日の更新を終了します。
感想・ご意見があればお願いします。
- 247 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月29日(火)12時45分07秒
- もう、めっちゃめちゃひきこまぇます!!!!
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)01時12分42秒
- まあ、もちつけ。
- 249 名前:Easestone 投稿日:2003年08月03日(日)17時53分33秒
- 247さん
レスありがとうございます。
長い第三部ですが、よろしくお願いします。
では12回目の更新を。
- 250 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)17時55分05秒
- 目の前を人が流れている。人の動きがただ果てしないように見える。
真希は、渋谷のお気に入りの茶店で、一人考えていた。
「恋か。恋なんて・・・。」
真希がこんな気持ちになったのは初めてだった。
欲しいものは、頑張って手に入れよう!そう思って一直線に走ってきたつもりだった。
だけど恋愛になるとあまりにも勝手が違う。事態が複雑で、真希自身がどうしようもないように感じてしまう。
からん。コーヒーフロートの氷が溶けた。
どうしたらいい。結論をいそぐ自分がいた。
「好き。欲しくてたまらない。」
「嫌い。梨華をとられたくない。」
「ライバル、負けたくない。」
梨華とひとみに対して様々な感情が湧きあがった。
でもそれに一々答えていたのでは自分の体がもたない。
梨華に対しては恋愛感情とライバルとしての対抗心が両方ある。
でもひとみには、梨華を巡ってのライバル心だけが燃え滾っているはずだった。
だけどたった一つの言葉が真希のその力を完全に封じ込めてしまった。
- 251 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)17時56分57秒
- 「好き。ごっちんのことが好きでたまらない。」
まさか吉澤ひとみが自分の事を好きになるなんて。
この吉澤ひとみの言葉によって真希の力は完全に封印された。
封印を解くためには梨華の気持ちを知る以外にない。
とにかく二人のことが頭から離れない。
渋谷の街はひたすら薄暗くモノトーンに見えた。
真希はその雰囲気を振り払うようにサングラスを外した。
手帳の紐をはずしてばらばらとページをめくった。
ひとみとの予定がぎっしり詰まっていた。
今、ただ予定を見て満足したいのか、それとも違うのか自分でもわからない。
ひとみ以外との予定は、再来週の日曜の梨華との予定一日だけ。
自分は、それを頼っている。ただそれだけを頼りに、たまにひとみに倒れこみそうになってしまう自分を奮い立たせていた。
次の日から、ついに真希の「愛のバカやろう。」のソロ活動が加わった。
自分の夢だったのに関わらずあまり実感はない。
自分がモーニングから離れてる間は、梨華とひとみはいつも一緒にいるに違いない。
ソロの実感は薄っぺらなのにそんな確信ばかりが胸を厚くした。
- 252 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)17時59分15秒
- 梨華がひとみにどんな言葉をかけているのか、それに対してひとみはどう答えているのか気になって気になってしょうがなかった。
さっさとモーニングに加わりたくて、必然的に娘。の収録の集合時間より早く、真希だけが先に楽屋に入っていた。
でもひとみは、そんな真希の行動を先回りするようにいつも梨華とお揃いで集合時間に現われた。
「梨華ちゃん。よっすぃーおはよー。」
真希は、あたかも仲良しグループに入っていくように、強引に二人の中に入っていく。
いつも仲よさげな3期と4期の間でこんな熾烈な闘いが繰り広げられていることは誰も知らないに違いない。
だけどその日だけは違った。ひとみが一人で早い時間に楽屋入りしたのだ。
ひとみの額は少しだけ汗で濡れていた。
「ごっちん、一人?」
「うん。まだ誰も来てない。」
ひとみは、髪の毛を茶色に染めて三編みが可愛くほどこされていた。
この頃、ひとみは髪を染めてから毎日のように髪形が変わる。
- 253 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時01分13秒
- 「髪型また変えたんだ。」
「うん。ごっちんの髪型いつも可愛いからちょっと真似てみたんだ。」
ひとみは、そういうとずんずん真希に方に近づいてきて隣に座った。
いつもそうだけどひとみの目の力は魔力がある。
ずっと見つめられたらたちまちに主導権を握られてしまうのだ。
「ねぇ、ごっちん。」
ひとみは、突然真希の手の甲に指をからませた。
そして真希の指の甲を優しく一つ一つ撫でていた。
ひとみの手から吸い付くような念力を感じる。何かしてくるつもりだ。
真希は直感的に感じた。
「あたしのこと、どう思ってる?まだ梨華ちゃんのこと好きなんだ?」
まずい。ひとみとの間合いがどんどん狭くなる。真希は追い詰められていく一方だった。
「ごめん。あたしまだ・・・」
「まだ答えなくていいよ。」
ひとみは命令するように真希に言って、あたかも当然のように真希に唇を重ねてきた。
何で簡単にこんなことができるの。真希には不思議でしょうがない。
そのうちに真希の体はひとみに抱きすくめられてがっちりと固定されてしまった。
ひとみが不敵な笑いを浮かべた。一瞬真希に嫌な予感が走る。
- 254 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時02分42秒
- ひとみの舌が歯列の間をからめとるようにゆっくりと動いてきた。
繊細で大胆に真希の口の中を蹂躙している。
ひとみの手は、真希の全身の力が緩んだことを確認すると胸や腰を自由に移動する。
真希は必死に抵抗を試みたけど慣れたひとみの手つきには到底かなわなかった。
もう逃げられない。真希の目に涙がうるんだ。
「ちょっとよっすぃー!!何やってるの!?」
その時甲高い梨華の声が聞こえた。
ひとみは最初からそのつもりだったのだ。
ひとみは、梨華に二人の関係を見せつけるためにこんなことをわざわざしこんだに違いない。
梨華は、稲妻のように走ってくると真希とひとみを引き離して真希の前に仁王立ちのように立った。
「ごっちん、嫌がってるじゃない?何でこんなことするの?」
問い詰める梨華の後ろで真希は縮こまった。
「ごめんごめん。最近なかなかごっちんと二人きりになれなくてさぁ。」
ひとみは、余裕で切り返す。
こう返されると梨華も何もいいようがないようだった。
梨華が後ろで泣きそうになってる真希を見つめた。ひとみは、まだ笑ったままだ。
- 255 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時03分48秒
- 「ひとみちゃん、ごっちんのことは大切にして。」
弱々しく梨華が言った。
「悔しい。」
真希は思った。後輩である4期にここまで弄ばされて助けられなきゃいけないなんて。
歌やダンスだったら絶対負けないのに、人気だって負けてないのに。
でも二人には敵う気がしない。まさに二人は真希にとって天敵のような存在だった。
「さあ、気分転換に料理でも作ろっかなぁ。」
この頃、真希はふっきれたように生活しはじめた。
あまりにもひとみにも梨華にも連戦連敗でどうにもならない気分。
まさかこんな感じで自分が負けていくとは思いもよらなかった。
「ねえね、何かつくってくれるの〜?」
家に帰ると由希の子供は真希になついてよく話しかけてくるようになった。
「そうだよ。何作ってほしいかなぁ〜?」
真希はちっちゃな子供の頭を撫でながら優しく言う。
あぁ、この子みたく梨華もひとみも自分の思い通りになってくれればいいのにと真希は思う。
- 256 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時05分39秒
- まぁいい。とりあえず行動あるのみだ。一筋縄でいかないならじっくり攻めたらいい。
明日の休みは、梨華と一緒にクッキーを作って娘。のみんなに持っていくことになっていた。
ひとみはこのことは知らないはずだ。ひとみが勝手きままにやるんだったら自分もそうしたい。
真希はひそかな逆襲を心に決めていた。
ひとみと梨華の関係は怪しい以外の何物でもないと真希は思う。
男っぽいひとみと優しくて女の子らしい梨華はじゃれあってると本当のカップルのように見える。
それに二人は真希がいないと普段と全然違うような気がする。
自分といる時の梨華はすごくお姉さんなのにひとみと一緒にいるときは駄々っ子のようになる。
ひとみは、普段は優しくておもしろい。でも迫ってくるときだけ異様に意地悪だ。
でも梨華といるときのひとみは梨華の駄々を受け入れるとてもいい人になっている。
真希はひとみを普通にいい人だなんて思ったことは一度もない。
自分の事を好きだと言っているからかもしれないけど隙をみせたら自分の全てを奪われそうなハイエナいや、狼そんな気がしていた。
- 257 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時06分47秒
- 曇り空にいつもの地元の駅。自分はもうこの街に溶け込んでいるからいいと真希は思う。
でもとてもこれからモーニング娘。のトップアイドルが現われるなんて思えなかった。
石川梨華は、顔かたちに全然似合わない趣味の悪い洋服を着て待ち合わせに現われた。
ピンクの帽子にピンクのふりふりのワンピース。そして真っ赤な厚底サンダル。
流行に合わしてるのかどうかが分からない。真希は心の中で苦笑いした。
「ごっちん、この街で育ったんだ。」
梨華がサングラスを外すとぎょっとするくらい美しい梨華の顔が現われた。
変装した天使が突然地上に降り立ったよう。
「そう。ごみごみした汚い下町でしょ?」
真希が言うと梨華は大きく顔を横にふって言った。
「そんなことない。だってごっちんはここで友達とかといっぱい遊んで、悩んで育ってきたんでしょ。」
梨華が真希を見つめた。
梨華の目はひとみとは違って間の抜けたような大きな瞳になっていた。
ちょっと前まで桃香に似てる。とか考えて毛嫌いしていた自分がバカらしくなる。
- 258 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時07分31秒
- 「そしてこの町で歌が好きになって娘。に入ったんだ〜。」
梨華は頭をきょろきょろさせて言った。
「そう・・・かな。」
真希は、梨華に言われて娘。に入る前の自分を思い出した。
歌手になろうって決めてから娘。に入るまで短かったけど結構悩んでたなって思う。
悩んでたっていうより悔しがってた。
それを考えたら今の状況って一番その時に近いのかもしれないと真希は思った。
「ごっちん、本当にお菓子作るの好きなんだね。」
真希がボールをかき回していたら突然梨華が口を挟んだ。
「見ただけで分かるの?」
「分かるよ。ごっちんって好きなことやってる時目が違うもん。その変わり自分の興味ないことだったらいつもだら〜ってしてるし。」
「あはは。梨華ちゃん、そんなにあたしのこと見てくれてるんだ。」
真希は心の奥に嬉しさを感じた。
「ごっちんてさ。不思議だよね。」
改まったように梨華が言った。
- 259 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時08分53秒
- 「最初に会った時、ごっちんて自分が今まで生きてきたことと全然違う経験してて音楽の才能も格段に上で、会いたいと思っても会えない。話したいと思っても話せない。そんな遠い存在に見えたんだ。」
梨華が語りかけるように言った。
「でも実際のごっちんはすごい無防備だった。」
「無防備?」
真希は言われたこともない言葉を聞いて少し動揺した。
「だって、今日後藤さんと話したいなって思ってたら話せるようになってた。友達になりたいって思ってたらもうその瞬間には友達になってた。隣にいたいと思ってたらすぐ側にいさせてくれた。」
梨華は、それがまるで不思議であるように言った。
「そんなの当たり前じゃん。それのどこが無防備なわけ?」
「分かんない。でもあたし今でもそのごっちんの無防備さが夢みたいに思えるんだよね。」
梨華は言った。
「夢?」
「そう。今でもあたしほっておいたらごっちんがどっか遠くまで行っちゃうんじゃないかって。明日起きたら、今までごっちんと仲良くして来れたのは全部夢になってるんじゃないかってね。」
- 260 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時10分39秒
- 「梨華ちゃんがあたしの家まで来てるっていうのに?あたしが梨華ちゃんからもらったチャームずっとつけてるのに?」
梨華の言葉に真希は怒ったように言った。
「あはは。確かにそうだね。ごめん。でもだから思うんだ。ごっちんにはずっと側にいて欲しい。」
「え?」
梨華がそれを言ったとき、真希ははっとして息を呑んだ。
「あたし、本当はよっすぃーの事がすごく好きなんだ。絶対誰にも渡したくないって思ってた。でもごっちんだったら渡してもいいかなって思う。あたし、こんなとこで変な三角関係つくってごっちんを失いたくないよ。」
梨華が、滲むような瞳で真希を見ていた。
「どういうこと?」
真希は、唖然と立ち尽くしていた。
「だから、あたしはよっすぃーから手をひくってこと。」
「あたしのために?」
「そう・・でもごっちんを側に置いときたいってことだから自分のためでもあるかな。」
決定打だった。梨華の気持ちは自分には向いていない。
真希はそれを確信して愕然と頬を打たれた。
「だから、ごっちんはもう何も心配しなくていいんだよ。」
- 261 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時13分50秒
- 真希の気持ちなどつゆも知らない梨華は真希を安心させるように言うだけだった。また梨華は、ボールで材料を練り始める。
「ごっちん何個つくる?」
「二人で50個ぐらいかな。」
「明日、メンバーに持っていくとき、辻加護に全部食べられないようにしなきゃだね。」
梨華は、うまくかたどられたクッキーを真希に目の前に近づけて、そして笑った。
人の気持ちって動くことはないのかな。あたしにはもうチャンスはないってことなんだろうか。
そんな会話を裏腹に真希の気持ちはクッキーなんかにはなかった。
ただ波のように打ち寄せられてくる悲しみと戦っていた。
紗耶香が来た時もそうだった。故郷のこの街はいつでもこんな苦くてつらい思いをさせる。
家族や町の人はものすごく温かいのに。
川は、3年前にクラスのみんなとドッチボールをしたそのまんまだったし、まだ今でも桃香に馬鹿にされて悔しい感覚は手のひらに十二分に残っていた。
でも故郷ってそんなものなのかもしれないと真希は思う。
- 262 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時15分01秒
- モーニング娘。のエースとして、センターとして活躍してる自分が夢みたいなもので、自分はこの場所でだけはっきりとした強い現実に戻ってこれるのかもしれない。
「よっすぃーって今何してんのかな。」
真希は携帯のメールを打った。
梨華が帰ったあとの寂しさを今度はひとみに転嫁させようとして、真希はまた余計に複雑な気分になった。
次の日、真希は午後からスタジオ入りした。スタジオに控え室に着くと、梨華が昨日作ったクッキーをお皿に移していた。
ただ数が随分少なくなってる。
「あぁ、ごっちん。」
梨華が困ったような顔で真希を見た。何故だか側でひとみが満足そうに笑ってる。
「クッキーなんだけどさ。ごっちんが作った分全部よっすぃーが食べちゃってなくなっちゃったんだ。何でごっちんの分だけなわけ?本当にもう!」
梨華はそう言うとひとみを睨んだ。
- 263 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時15分57秒
- 「だってごっちんのクッキーの方がおいしそうなんだもん。」
ひとみが意地悪な笑顔を浮かべた。目の前のクッキーを入れたお皿には自分の作った分がきれいになくなっている。
その時、たった一瞬だけど真希は、ひとみの顔を見たら悔しくてしょうがなくなった。
何故か、涙がぼろっとでる。
「ひどい。ひどいよ。よっすぃー。」
何がひどいのか真希自身も分からなかった。
クッキーのことを自分が考えてるのか分からない。
ただ梨華の気持ちは今自分に意地悪そうに笑ってるひとみに向かってる。
そのことだけが心に覆い被さっていた。
「あ〜。よっすぃーがごっちん泣かした〜!」
たまたま早く来ていた加護が、はやしたてるように言った。
「ちょっとごっちん、大丈夫。」
梨華がすぐに真希に駆け寄ってきた。また涙が出てその場にいられなくなった。
真希は人目をさけるように部屋を出た。目をこすりながら、廊下を歩く。
- 264 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時16分57秒
- 誰もいない廊下で立ち止まって真希は、涙を必死にふいた。
その後でやっと真希は「何で自分は泣いてんだろ。」と思った。
そう思った瞬間に涙は止まっていた。クッキー食べられたからってあたし泣いちゃったんだ。
そう思ったら逆に自分のことがおかしかった。
でも涙の原因は昨日の失恋だとうことは真希も気付いていた。
そんなことでひとみに八つ当たりしたってしょうがない。
「あたしって結構ずるいな。」
そんなことを思って廊下から窓の外を眺めた。
すぐ側の花壇に植えられたちっちゃな青い木が風で揺れている。
透ってくる風が濡れた目の下にあたって何となく気持ちいいなと思った。
「ごっちん?大丈夫。」
振り返ると心配そうに真希を見てる梨華がいた。
「あぁ、全然。てかあたし何で泣いちゃったんだろ。」
その時にはもう完全に真希は元に戻っていた。
「やっぱり。ごっちんがあんなことで泣くわけないと思ってた。」
梨華がくすりと笑った。
- 265 名前:第三部 投稿日:2003年08月03日(日)18時17分46秒
- 「それより大変だよ。加護が、安倍さんによっすぃーがごっちん泣かしたって言いつけちゃって・・・安倍さんがよっすぃーにまじぎれなんだから。」
梨華がさも大げさに言う。
「え、なっちが。本当?」
真希は梨華が驚かすように言ったから半信半疑で聞いた。
「本当だって。あたしもあんなに怖い安倍さん初めてみた。」
梨華は人事のように感心して言ったけど真希にしてみれば人事ではない。
真希は廊下を駆け出した。「もう手遅れだと思うけど。」梨華の声が後ろに続いた。
- 266 名前:Easestone 投稿日:2003年08月03日(日)18時18分16秒
- 今日の更新を終了します。
感想等あればお願いします。
- 267 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月06日(水)20時13分28秒
- お、久々になっち登場?
続き楽しみです。
- 268 名前:Easestone 投稿日:2003年08月10日(日)12時39分05秒
- 267さん
レスありがとうございます。
ゴメンナサイ。登場ではないのです・・・
- 269 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時40分35秒
- 急いで控え室を覗いたけどひとみの姿は見えない。
真希はスタジオ中駆け回ってひとみを探した。
真希のクッキーを食べてしまったひとみに悪気があるとは到底思えない。
むしろ自分が作ったクッキーだから食べてくれたんだと思う。
真希は昨日、ひとみにクッキーを作って持っていくことをメールしたのを思い出した。
「ごっちんの作ってくれたクッキーが一番食べたい!」ひとみはすぐに返してくれたんだった。
「よっすぃー・・・」
真希はスタジオの隅で佇むひとみを見つけた。
「あぁ、ごっちん。さっきはごめん。本当にごめんね。つい調子にのっちゃった。」
ひとみの顔が何だか青白かった。
「安倍さんにむっちゃくちゃ怒られちゃった。そりゃそうだよね。安倍さんは本当にごっちんのこと可愛がってたから。」
ひとみは、わざと作り笑いを見せて言った。
ひとみはいつでも真希に悲しい顔を見せたりはしない。
その笑顔が少し痛かった。
- 270 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時41分30秒
- 「あたし、反省する。だから、これからは・・・」
「待って。」
真希はひとみの言葉を遮った。
「あたし、よっすぃーの告白受け入れるよ。よっすぃーの彼女になる。だから今回のことはこれで許して。」
真希の言葉にひとみの大きな目はますます大きくなった。
「本当?」
ひとみの顔は半信半疑だ。
「本当。」
真希はうつむいて答える。これでいいんだ。
梨華だってこうなることを望んでる。そう自分に言い聞かせていた。
ひとみはその言葉を聞くといきなり真希を強く抱きしめた。
あまりに強い力で真希は窒息しそうになる。
「あたしのものなんだ。へへ。やったね。」
耳元でひとみが言った。その声は、いつもひとみが迫ってくる時の意地悪な声だったから、一瞬不安な気持ちが真希に走る。
「で、でもさ。あたしまだよっすぃーのことが本当に好きかどうか分からない。だから・・・。」
真希は、ひとみの力があまりにも強くてかすれたような声になった。
- 271 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時42分08秒
- 「だから、何?」
ひとみは、両肩をがっちりと掴んで簡単には離してくれなさそうだ。
「・・・。キス以上はよっすぃーの望んでることには答えられない・・・と思う。もし、よっすぃーがそれでいいんだったらだけど・・・。」
しどろもどろの真希の言葉だった。
「相変わらず、可愛すぎるなぁ。ごっちんって。いいに決まってるじゃん。ごっちんがあたしのものになってくれるんならさ。」
軽くひとみが言った。
つきあうって事は誰かのものになるってこと。
ひとみの言葉はあまりにも軽く聞こえたけど実はものすごく重いようにも真希は感じた。
「でも今日は、地獄に落ちたり天国に上ったり忙しかったぁ〜。」
ひとみは、晴れ晴れとしたような笑顔を取り戻して言った。
「ごめんね。あたしのせいで。」
- 272 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時42分54秒
- 「いいよ。悪いのあたしだから。でも怖かった〜。安倍さん、ごっちんイジメルのいい加減やめれや!って言ってものすごい迫力だったんだから。あの安倍さんがだよ〜。」
ひとみがなつみの真似をして言った。ひとみの言葉にまた真希はまたいつものように吹き出してしまった。
「でもさぁ、ごっちんって本当に先輩達から可愛がられてるよね。」
ひとみは、無邪気に笑ってる真希を見つめて言った。
「昔はね。そうだったかもしれない。でもよっすぃー達が入ってからはあたしも先輩になったから、今度はよっすぃ達に視線が向けられるようになってあたしもそれで随分嫉妬したかも。」
真希はやっと笑いを抑えて言った。
「ううん。そんなことないよ。先輩達にとってごっちんっていつまでも可愛い末っ子のごっちんなんだよ。うちらは、まだ手がかかるから面倒みてもらってるだけだよ。ごっちんはもう人気も実力も先輩達超えちゃってるじゃん。」
ひとみが何の拘泥もなくそう言う。
- 273 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時43分37秒
- 「今日、ごっちんのこと言ってたの安倍さんだけじゃなかった。ごっつぁんは、ファンの子からもぶっきらぼうとか家庭的に料理なんてしそうにないとか言われてるのすごい気にしてるんだ。だから少しでもそんなイメージ破っていこうと頑張っているんだ。だから少しでもそれを応援してあげてよ。とかね。みんなそう言ってた。」
「みんな・・・そんなこと言ってくれてたんだ・・・。」
まだみんながそんなこと思ってくれてるなんて思ってもみなかった。
真希は、まるで4期が入ってからは先輩達から手放されたような気分だったのだ。
「でも、そんなにいろんな人に思われてるごっちんますます好きになっちゃったけどね。」
ひとみが、何の飾りもない静かな視線を真希に向けて、また真希を抱きしめた。
ひとみのその視線はまさしく子犬のようで、オーディションの時の天才的な可愛さそのままだった。
ひとみとの生活は、真希にとって普段とはあまり変わらなかった。つきあっていてもいなくてもひとみは、真希にいつもと同じ表情を見せていた。
「おっ。このゲーセン今だったらいける!」
ひとみが真希の腕を引っ張ってぴゅうと二人で走る。
- 274 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時44分54秒
- 「そぉれっ!」
ひとみがボクシングゲームで思いっきりドカンとたたいた。
「やったぁ。最高得点!」
ひとみは、やはり女性にしてはものすごい腕力だった。
真希自身も筋力には自信があったけどとてもかないそうにない。
自慢そうにゆらめくひとみの視線の前で、真希は思いっきり腕を振りぬく。
でも、ひとみの記録には到底及ばない。というよりひとみの記録がすごすぎるのだ。
「ごっちん力ないなぁ。」
同性にそんなことを言われたのは初めてだった。
真希は、バスケの時に味方のゴールエンドから敵のゴール近くまでものすごい速さでボールをぶんなげて恭子にめちゃくちゃ驚かれたことがある。
「可愛いくせに馬鹿力」って言われた。
でも今、隣で天真爛漫に笑ってる美少女はそんなことはおかまいなしだ。
真中からきれいにまとめてある三つ編みは、思わず見つめてしまうぐらい可愛らしい。
その癖、大きな目と一本一本強調されているまつげは、天性的にオシャレだ。
こっちが真似したくてもパーツがないものは真似ができないと思う。
「可愛いくせに馬鹿力」は、ひとみの方だ。
- 275 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時46分00秒
- 「まぁ、女の子なんだしごっちん華奢な体してるもんね。」
ひとみは、確信犯で真希の両肩を掴んで優しく抱きしめる。
まるで壊れやすいものを扱うようにひとみの手の動きは柔らかだった。
パワーだったらひとみには絶対かなわない。
でも可愛さを競うんだったら今度は梨華にはかなわないかもしれない。
娘。を競争の場と考えるなら、真希はそんなひとみと梨華に挟み撃ちにあっている。
そんなことが分かっていても真希は、とりあえず今の生活を楽しもうと思っていた。
「ごっちん!人集まってきたから次行こ!」
ひとみがさっと真希の手を握ってエスコートするようにゲーセンをさっと出た。
ドカンやっといて、人が集まりそうになったら風のように逃げる。
ひとみにも真希にもアイドルの常識なんてない。
お互いに、普通の女子高校生の放課後だった。
真希自身、自分が有名人になった後でこんな普通の遊びが出来てる自分がうれしかった。
そして何よりもひとみは、魅惑的で優しい。
梨華にはふられたけどその梨華が好きなひとみは、自分のもんだ。
そんな優越感も真希にはあった。
- 276 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時46分57秒
- そうこうしてる間に娘。にはまたニュースが飛び込んだ。
新曲「ザ☆ピース!」で石川梨華がセンターを務めること。
第五期メンバーの募集がはじまることだった。
新しいメンバーが入ってくることは、4期の加入を経験済みの真希はそんなに動揺することはなかった。
ただ梨華にセンターをとられたことはさすがに真希にはショックだった。
確かに梨華が人気も実力も、ものすごい勢いで上昇してるのは事実だった。
でも総合力で自分が劣るとは到底真希は思えい。
せっかく3人のトライアングルゲームに自分が勝とうしていたのに、一番大事な仕事で負けては意味がない。
真希は、憧れとライバル心が入り混じった複雑な視線を梨華に向けるようになった。
ザ☆ピースの振り付けはいつものようにぎりぎりに始まった。
娘。の新曲の準備はいつもツアーぎりぎりになる。
真希はラブマの時に自分が同じ目にあったのを思い出して苦笑いが出た。
- 277 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時48分13秒
- 「とりあえず、そこ安倍と後藤はいいや。石川はちょっと残って。」
「はい。すいません。」
運動神経の良い梨華もさすがに初のセンターとなるとプレッシャーに押されまくりのようだった。
「えっと何からやろう・・・とりあえず・・。」
夏の同情の入り混じった困ったような声が梨華に発せられた。
昔と違って夏は振り付け指導につきっきりではこれない。
ほとんどアシスタント任せになっている。
その状態を何度も事務所に抗議しても受け入れてくれないようだった。
最近夏はよくそんなことを真希にこぼしていた。
センターは真希が経験もしたし苦労したところだった。
何とかそれで梨華を助けてあげれば。
思いはしても実際どうアドバイスしたらいいのか真希には分からない。
というのも梨華は、自分の余裕がなくなると真希の側にいることはほとんどいないのだ。
- 278 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時49分11秒
- 自分がお姉さんのなのに、真希に弱音や愚痴は絶対にこぼせない。
そう思っていたのかもしれない。梨華の側にいつもいるのはひとみだ。
真希にとってそれは、逆に腹立たしくも感じた。
ひとみは、真希を自分のものにすることしか考えていない。
ひとみは、遊んでる最中はおもしろくて優しいけど、迫ってくる時には途端に意地の悪いひとみに変身する。
それなのに梨華に対するひとみはすごく人の良い優しい空気が流れているような気がするのだ。
真希はまだそれを味わったことがない。
真希は、梨華とひとみが一体どんな会話をしているのか知りたかった。
でも梨華とひとみが一緒にいるところに真希がいても、二人の本当の会話が聞けない。
二人は真希がいると梨華は姉のように、ひとみは恋人にあっというまに変身してしまうからだ。
どうしても聞きたい。二人の会話が。
そして二人の本当の姿が知りたい。
それは、同期が誰もいなくてただ寂しさから来る真希の正直な気持ちでもあったし、
梨華とひとみにはまだ自分には見せていない部分がたくさんあるように思えてならなかった。
- 279 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時49分58秒
- 真希は、梨華に対してはひとみのことをひとみに対しては梨華のことをよくメールするようになった。
そうすれば少しでも二人の本音が聞けるかもしれないと思った。
「そういえば最近、梨華ちゃん元気ないよね。どうしたのかな?」
「そう?あたしにはうるさいだけだけど?まだ梨華ちゃんのことが気になるわけ?」
「そんなことないけど・・・」
「最近、よっすぃ〜こあたしに構ってくれない。何かあるのかな。」
「そうなの?それ聞き捨てならない!あたしからよっすぃーに言っとこうか?」
「いいって。あたし達の問題だし。」
「ホントに?」
二人には何をメールしてものれんに腕押しだった。
ひとみには、メールすればするほど逆に突っ込まれそうだし。
梨華にメール打つしかない。
「今日、たまには3人でご飯食べない?勿論鳥はぬきで。」とメールしてみた。
- 280 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時51分20秒
- その瞬間、誰もいない楽屋で隣の梨華の鞄からブーンという音が鳴った。
あぁ、携帯置きっぱなんだ。当たり前だ。振り付けに携帯持っててもしょうがないし。
真希は練習中の休憩を一人で取っていた。一瞬誘惑にかられる。
「自分のメールがちゃんついてるか確認するだけだ。」
そんな都合のいい言い訳が勝手に思いつく。
真希は何のけなしに梨華の携帯を手に取った。
梨華らしい可愛らしい人形がたくさんついている。
プライベートの梨華の携帯だ。軽くひとつボタンを押す。
「From ごっちん 今日、たまには3人でご飯食べない?もちろん鳥はぬきで。」
あまりにも見慣れた自分のメールがそこにあった。Backボタンで戻る。
途端にメール一覧が表示された。胸の鼓動が高まる。
今誰か来たってそしらぬ振りして携帯を元に戻せば誰も気付かない。
そもそもメンバーは誰も人の携帯見たってしょうがないと思ってるに違いない。
真希の頭にはもうGOサインの点灯しかなかった。
次に気付いたのは一覧に羅列された文字だった。
- 281 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時52分27秒
- From ヒトミFrom ヒトミFrom ヒトミFrom ヒトミ・・・自分のメールが途中で少し混じってて後はほとんどひとみからのメールがあった。
しかも自分とひとみがメールしてる量よりも圧倒的に多い。多分10倍以上はある。
「○○さーん。出番です。あっはは。そうですね。ホントにお疲れす。」
突然スタッフらしい声が廊下に響いてドキッとした。
でももう真希は止めることはできなかった。送信一覧は?
ほとんどひとみ宛だ。この二人は一体何をこんなにメールする必要があるんだ?
もしかしたら二人は、自分に隠してる怪しい秘密がある。真希はそう思った。
真希の最近のメールから一件、一件メールをチェックし始めた。
「ザ☆ピースの振り付け。つらい。あたしには無理。」
「また、今日もうまくいかなった。あたしどうしたらいい?」
梨華の送信メールはやたらネガティブで、やたら自分を突き放したような書き方だった。
こんなメールが真希に届いたことなんて一度もなかった。
真希に映る梨華はいつも優等生だった。
こんなメールは完全に相手を信頼してなきゃ絶対に送れない。
- 282 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時53分06秒
- 「梨華ちゃん。平気平気〜。梨華ちゃん駄目だったらこのあたしはどーすんのさ。ただぬぼっと背が高いだけじゃん。」
「今日のあたしに比べたらましだよ。あたし何回転んだと思ってんの?でも一番はしっこだから夏先生も気付かなかったりして(笑)」
ひとみからのメールは自分をネタにして思いやりにあふれている。
自分が同じ状態になったら果してひとみは同じようなメールをくれるのだろうか。
真希は不安になるくらいだった。
「最初からごっちんみたいに出来るはずないじゃん。ごっちんは特別なんだからさ。」
途中から話題が真希のことに変わっている。
- 283 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時53分42秒
- 「ごっちんあたし達のことを怪しんでるかな。」
「大丈夫じゃない?そんな怪しまれることしてないし。」
「でも時々、二人でよく買い物に行ったりするじゃない?」
「でも、それはそういう間柄じゃなくてメンバー同士として行ってるわけだから関係ないよ」
「でもあの子勘するどいから、少しでも怪しかったら・・・。」
「でも、梨華ちゃんだよ。つきあうとか恋人とかそんな関係なしに一緒にどこか行こうって言い出したの。」
「そうだけど・・・」
「今日は楽しかった。また一緒に行きたい。」
「よかった。梨華ちゃん最近、疲れてるからさ。ずっと心配だったんだ。」
その後、二人で青山や代官山に行ったことが楽しそうにメールされていた。
梨華からひとみへのメールは、痛々しいまでの片思いの気持ちであふれていた。
それを気遣うひとみからのメール。二人のメールのやりとりは、まるで結ばれることのないはかない恋のシーソーゲームを見ているようだった。
- 284 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時54分28秒
- 裏切り者。
影でこそこそ二人で会ってるなんて。
すでに真希の中では、他人の携帯を勝手に見ているなんて罪悪感は消えうせてる。
それよりも真希の中の二人への感情が押し切れないぐらいに高まっていたのだ。
- 285 名前:第三部 投稿日:2003年08月10日(日)12時55分11秒
- 梨華はそこまでしてひとみと会っていたいのだろうか。
だとしたら自分は、梨華にとってはただの恋敵でしかない?
自分に異常なぐらい優しいのもひとみを真希に譲るとまで言ってくれたのも全部作戦?
梨華への狂おしいまでの切ない気持ちとは裏腹に心に疑心暗鬼の気持ちが跋扈する。
ひとみは、梨華の前では何でこんなに「いい人」なのだろう。
誰でも彼でも口説き落としたい。
そして相手をいかにものにするか。
そんなことばかり考えてる「悪者な吉澤ひとみ」でいてくれた方がまだましだと真希は思った。
自分には見せてくれない面を他の人に見せている。そのことが真希にとって何より嫌だった。
- 286 名前:Easestone 投稿日:2003年08月10日(日)12時55分57秒
- 今日の更新を終了します。
ご意見・感想あればどうぞ。
- 287 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月10日(日)16時35分09秒
- なんか、ごっちんがかわいそう。
- 288 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月10日(日)21時05分44秒
- ごっちん!がんばれ〜〜〜!!
作者さんの文章ってすごいしっかりしてて安定してるので、
安心してドンドン読める感じがします。
今後の展開が楽しみ!!
- 289 名前:Easestone 投稿日:2003年08月14日(木)22時25分06秒
- 287さん、288さん
レスありがとうございます。
文章が安定していますか。ありがとうございます。
あんまりそのようなことを言われたことがないもので
素直に嬉しいです。ただもっと精進します。
今週は盆休みのため更新をお休みいたします。
- 290 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月18日(月)03時38分31秒
- 花板「Goodbye! My Pride」先程読ませて頂きました。素晴らしい、の一言に尽きます。
僕も今小説を書いていますが、自分もいつかこんなカッコイイ作品を書けるようになりたいと頑張っています。
これからも頑張って下さい☆
- 291 名前:Easestone 投稿日:2003年08月24日(日)10時42分43秒
- 290さん
Goodbye! My Prideを読んでいただいてありがとうございます。
これは、My Fabulos Girlという短編を基に長編をかいたものです。
よろしければこちらもどうぞ。レスありがとうございました。
- 292 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時05分47秒
- 渋谷のスクランブル交差点はいつもにも増して人が多かった。
真希は、大胆にもサングラスを外して胸ポケットにしまった。
人だかりに溶け込むみたいに人の流れに巻き込まれていく。
誰も真希に気付く人はいない。今日は、誰にも気付かれない自信が真希にはあった。
真っ黒なさらさらの髪。真希は、ドラマのために髪を黒に染め直していた。
道玄坂のSHOPのショーウィンドウに自分の姿がさらっと見えた。
柔らかそうな髪にやたらと純粋そうに見える瞳が見えた。
まるで初めて渋谷にきた田舎の高校生みたいで真希は苦笑いをした。
坂を登りきる途中にまだいったことのないオープンカフェがある。
フルーツいっぱいのデラックスパフェがあると誰かメンバーが言っているのを聞いたのだ。
中に入ってデラックスパフェを注文して窓際の席に座った。
久しぶりに誰とも予定の入っていないオフの日だった。
それもそのはずだ。今日はひとみと梨華は二人でショッピングに行っている。
このことを知っているのは、メールを盗み見た自分だけだろうと真希は思う
- 293 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時06分49秒
- 真希は、わざとひとみを強引に誘って困らせてやろうかとも考えたけどそれはしなかった。
どうせひとみ一流の口説き文句と言い訳に説き伏せられてしまう。
でも、二人が楽しんでいる間に家にこもっているなんて到底真希には出来なかった。
二人はあくまで、形上は友達として遊びに行っている。
メールでもそう書いてあったし多分そう思っていると思う。
でも梨華がひとみに恋愛感情を抱いているのは確実だ。
もうその時点で、二人がどういう関係で遊びに行こうとも真希には大差はなかった。
悔しい。
正直真希は、そう思った。
梨華が自分に振り向いてくれないことが。
ひとみが100%自分に向いているわけじゃないことが。
梨華とひとみの問題は考えれば考えるほど解決しない。
- 294 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時08分21秒
- 「あの〜。すいません。後藤真希さんですよね?」
突然弱々しい男の人の声が聞こえた。見ると遠慮深そうに数名の男の人が真希の周りに立っていた。
真希に話しかけてきたのは30代後半ぐらいの男の人。
Tシャツにジーンズをはいててラフな格好をしている。
その割には妙に丁寧でよそよそしかった。真希は、騒々しい若者でなくてほっとしていた。
相手の緊張が手にとるように分かる。
「あ〜。すいません。今オフなんで。サインとかそういのはちょっと。」
真希は、なれた言葉を発した。
前に、渋谷のマックでサインしてたら女子高生に囲まれてえらいことになりそうだったのだ。
「えーと。違うんです。僕達、石川梨華ちゃんのファンをやっている者でして。」
「は?」真希は頭の中でこの言葉だけが浮かんだ。
何か馬鹿にされたような感覚を覚え、思わずむっとした。
「でも、とりあえずうれしいです。いくら仲が悪くても梨華ちゃんと同じもーむすに会えたってだけで。」
「は?仲が悪い?」
今度は言葉に出た。
- 295 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時09分12秒
- 「雑誌にいろいろ書いてありますよね。でも僕達、そういうの全然気にしませんから。後藤さんは、梨華ちゃんにとって絶対に超えないといけないものっていうんですかね。そんな存在でいてくれればいいんですよ。」
その男はまるで全てを知っているかのように言う。やたら白いだけのTシャツを着ているのが鼻についた。
「じゃ、僕達失礼します。オフなのにすいませんでしたね。」
話し終えた男にさっきの緊張感はなかった。
何?梨華ちゃんのファンだからあたしには興味0ってこと?そう思ったら一人で渋谷のカフェにいる自分が急に惨めに思えてきた。
それで真希は、去っていく男達の後姿に思わず言ってしまったのだ。
「梨華ちゃんに。梨華ちゃんに会いたくないんですか?」
案の定、男はぎょっとしたような表情で振り向いた。
同時に後ろの方で、もじもじしていた二人の表情も変わる。
「もしかして。会わせてくれんの?」
「会わせることはできないけど。どこにいるかなら知ってる。」
- 296 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時10分05秒
- 梨華とひとみを驚かせてやれ。真希は、今度は、最高潮にいたずらっぽい表情を見せた。
その男はおもむろにペンと手帳を取り出す。
なにやらライブの情報とかがぎっしり入っているようだ。
「今日は代官山のXXっていうお店。吉澤ひとみも一緒にいると思うよ。あとこの日、来週の火曜もオフなんだ。その日は、渋谷。スペイン坂にあるYYっていうお店。時間はわからないけど梨華ちゃん、お母さんと一緒にこの店来るんだってさ。」
真希は覚えていたメールの内容をすらすらと言った。
自分の目を盗んで逢引している二人には何かしてやらないと気がすまない。
「でも、サインとかそういうのだけにしてくださいね。こういうの普通絶対教えないんですから。」
さすがに真希も少し不安になって言う。
「大丈夫です。馬鹿にしないで下さい。僕たちは正真正銘の梨華ちゃんのファンですよ。」
男はそういい残すとものすごい勢いで店を出て行った。
後には、ただ一人真希が取り残された。
ここまで自分に興味がないファンも珍しい。
- 297 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時10分54秒
- 「髪型、変えたせいかな。」
そんな自分への言い訳しか思い浮かばなくて真希は、暗澹たる気持ちになった。
窓から見える景色はとてつもなく明るい。道玄坂に植えてある木の緑が店の中でもはっきりと伝わってきた。
その明るい風景にショッピングをしている梨華とひとみの笑顔が重なった。
次の週から夏のコンサートに向けての振り付け・練習で忙しさは増した。
時間はないし、一つ一つの曲の練習を密度の濃いものにしないといけない。
だからいっそう疲労感は増す。なかでもセンターを任された梨華の頑張りようは見て痛々しくなるぐらいだった。
「あたしが頑張らないと」
「あたしがいけないからみんなの足引っ張っちゃうんだ。」
そんな梨華の思ってる言葉が伝わってくるぐらいだった。
- 298 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時11分37秒
- 典型的なスポ根少女。それにしても梨華のいつもの朗らかな顔の表情やいつも着てくるピンク色の服。
どっからどう見ても運動なんて絶対しないお嬢様なのに・・・。
でもそのギャップがまたより強く真希をひきつけた。
また梨華がひとみの元に駆け寄って深刻そうに何かを相談していた。
今みたいに梨華が追い詰められいるときに頼るのは絶対、絶対的にひとみなのだ。
片思いの相手。
それが究極に追い詰められた時に一番頼ってしまう人なのかもしれない。
だから真希は、もう歌やダンスの時はもう自分の仕事に集中するようにした。
今、変に梨華のそばに行ったって相手にされないかもしれない。
何せ梨華のそばには恋愛に関しては自分の天敵でありながら、恋人でもある吉澤ひとみがいるのだ。
- 299 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時14分03秒
- クーラーの流れる音。役目を終えたガラスのボールがびしょびしょに濡れてテーブルに置かれていた。
ひとみと一緒につくったフルーツポンチのボールだ。
さくらんぼがひとつ寂しそうに浮かんでいる。
ひとみは真希の部屋のベッドで堂々と寝転がっていた。
「ねえ、よっすぃーさ。最近、いつも梨華ちゃんと一緒にいるよね。」
「悪い?」
ひとみは悪びれた少年のように手を頭の後ろで組んでいた。
ひとみの顔は横から見るとセーラームーンの「月野進悟」に似ていて可愛いと真希は思う。
「なーんてね。冗談冗談。ひょっとするってーと、ごっちん嫉妬してるの?」
「そんなわけじゃないけど。」
「じゃあ何さ。」
「最近、梨華ちゃん。元気ないじゃん?だからよっすぃーがそばで励ましてんのかな〜って。そう思っただけ。」
「やっぱ。そっか。」
ひとみは何でもないように答える。
最近のひとみの鋭さは磨きがかかっている。おたおた本心なんて言えやしない。
- 300 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時14分46秒
- 「んー。こんなこと今話してもしょうがないんだけど。どうしよっかな。」
ひとみは、珍しく真面目そうに考えるそぶりをしていた。
「何?」
「梨華ちゃんのことなんだけど。」
ひとみは、上を向いたまま表情を変えずに言った。
「何?話してよ。」
梨華のことと言われて真希はほっておくことなんて出来ない。
例えそれがどんな罠でも引っかからずにはいられない。そんな気持ちだった。
「梨華ちゃんさ。家の電話、盗聴されてたかもしれないんだって。」
ひとみはゆっくりと落ち着いた声で言った。
「盗聴!?誰?誰がそんなことしてんの?」
真希の心が一瞬にしてあつくなった。
「分かんない。でも明日、週刊誌に載るかもしれないらしいよ。」
普通だったら平和に田舎で高校に通ってる可愛い女子高生だったはずだ。
それを大人の興味がずたずたに彼女を傷つけようとしている。
もしそれが本当だとしたら犯人を許せないと真希は思った。
- 301 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時15分49秒
- 「よしこは何でそんなに冷静なの?梨華ちゃんがこんなに傷つけられてんのに。」
まだベッドでじっと天井を見ているひとみに真希が言った。
「まだ、分かんないから。マスコミが騒いでるだけかもしんないし。」
ひとみはあくまで冷静だった。
「でも、今梨華ちゃんすごい不安なんじゃないの?二人でフルーツポンチ作ってる場合じゃないじゃん。」
真希は、ひとみのひじを持ってゆすりながら言った。
「んもう。ごっちんは、あわてんぼうだなぁ。だから梨華ちゃんもまだ盗聴されたかどうかわかんない状態なんだってば。それより梨華ちゃん、今大変なのはセンターの振り付けでしょ。今日、必死こいて練習してんじゃない。うちら会いに行ったって邪魔なだけだって。」
「うん・・・。」
ひとみに言われると真希も黙るしかない。
ひとみは、また天井をじっと見て考え事をしていた。
次の日、案の定スポーツ新聞の一面に「モー娘。石川梨華が盗聴されていた!?」という記事がでかでかと載った。
真希は、楽屋その記事を一目見て放り投げた。梨華の元へと必死に急ぐ。梨華の周りにメンバーが集まっていた。
- 302 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時20分28秒
- 「ごめん。」
「ごめんなさい。」
梨華が必死に謝る声が聞こえた。「何だ。だったら何でもないじゃん。」とか「石川、気にすることないよ。」みんなが慰めていた。
でも梨華は下の方を向いてうつむいているだけだ。
梨華は、一目真希がやってきたのを見ると一瞬微笑んだような気がした。
でもまた梨華は、寂しく落ち込んだ表情に戻ってしまった。
「ごっちんにはちゃんと話しておくよ。」
梨華は真希だけを違う部屋へ連れて行った。
「まだあたしもはっきりしたことが分かんないんだ。」
「どういうこと?」
「思い当たることといったら。何か前ね。よっすぃーと一緒に買い物行ったときネットで情報見たとかいうファンがあたし達に先回りして店にいた。あと、お母さんと買い物に行ったときもファンの子に先回りされてた。さすがにそん時はすごい気持ち悪かったけどそれからは何もないし。」
真希はぎくりとした。自分が仕組んだこと。
緊張感で胸の奥がつっかえるように感じる。「それで盗聴されてるんじゃないかって家調べてもらったんだ。」
- 303 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時21分58秒
- 「見つかったの?盗聴器!?」
「結局、何も出てこなかった。でもそのこと話したら警察の人が何回も来て調べてくれて。それでマスコミの人にばれちゃったんだ。」
「でもあたしのせいだよね。こんなに大事になるなんて思わなかった。みんなにもすごい迷惑かけちゃったし。芸能界ってやっぱ怖い。」
梨華の目の表情が悲しく歪んだ。
やっぱ自分だ。自分のせいだ。どうする?嫌われるよ。もし正直に言ったら。
でも何かしゃべんないとおかしい。梨華はこんなに傷ついているのに。
梨華は小さな可愛い口を真一文字に結んで耐えていた。
湧き出てくるいろんな感情から。
いまいちキャラクターを発揮できない梨華は、売名行為でこんなことをしていると一部のスポーツ新聞の記事にのっていた。
梨華が最高に傷つく内容と言葉で。
目の前がぼやけた。涙が出てきた。
もう真希には頭の中で選択肢を選ぶことはできなかった。
「梨華ちゃん。」
「あたしだよ。犯人は。」
喉がつぶれたような声だった。
今まで押し殺していた感情が堰を切ったように体に流れた。
- 304 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時24分07秒
- 「梨華ちゃんのことが好きだったから。どうしてもあきらめきれなかったから。あたし梨華ちゃんとよっすぃーがどんなメールしてんのか知りたかった。だから梨華ちゃんの携帯勝手に見ちゃったんだ。そして梨華ちゃんがよっすぃーと二人で買い物とか遊びに行ってること知った。あたし梨華ちゃんのこと責めてるんじゃないよ。でも悔しかった。悔しかったから渋谷で梨華ちゃんのファンだっていう男の人に梨華ちゃんの居る場所教えちゃった。だからあたしだよ。悪いのぜーんぶあたしだよ。」
こんな状態で告白しなきゃいけないなんて。真希の気分は最悪だった。
史上最低の強行突撃は、梨華の一言でかき消された。
「なーんだ。だったらいいや。」
梨華は、気が抜けたみたいに笑っていた。
「てっきり、誰かが嫌がらせをしてるんだと思った。でも、そっか。気付かなくてごめんね。」
梨華はそう言って真希の背中をぽんぽんと叩いた。
真希は、声ともつかぬ泣き声をあげて梨華に抱きついてしまった。
梨華の体は細くて小さいと思っていたのに、体の真中に温かくて力強い芯が一本通ってるみたいに感じた。
- 305 名前:第三部 投稿日:2003年08月24日(日)11時25分40秒
- 「でもまだあたしは・・・」
梨華はゆっくり真希を抱きしめながら言いはじめた。
その時梨華は、まるで子供を安心させるように柔らかく真希を腕の中で揺らしていた。
「ふーん。やっぱりそうなんだ。」
突然のひとみの声で梨華は遮ぎられた。
ドアのところの壁にひとみがもたれかかっている。まるでサスペンスドラマの探偵のような登場の仕方だ。
突然のひとみの登場に真希は蛇に睨まれた蛙だった。
やっぱりひとみは天敵だ。こんな事態になって初めて真希はそれを再確認する。
「あたし達のメール見てたってことはあたしも被害者なわけだよね〜。」
ひとみは、犯人を追い詰めた探偵のように梨華と真希に近づきながら言った。
- 306 名前:Easestone 投稿日:2003年08月24日(日)11時26分49秒
- 本日の更新を終わります。
- 307 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)22時55分38秒
- ひええええ〜〜〜!
よしこ怖いですっ!ごっちんに幸あれ。
更新楽しみに待ってます。
- 308 名前:Easestone 投稿日:2003年08月31日(日)21時57分02秒
- 307さん
レスありがとうございます。
最近はレスも少なくなりかなり落ち着き気味になってしまっているので
とてもありがたかったです。
では更新します
- 309 名前:Easestone 投稿日:2003年08月31日(日)21時57分42秒
- 「ちょっとよっすぃー?何のつもり?」
梨華が食い下がるように言った。
でもひとみは、歩みを止めない。探偵と犯行が確定してる犯人。
強者と弱者の関係ははっきりしていた。
「よっすぃー、あたしどうすればいい?」
覚悟を決めたように真希は言った。もう泣いてる場合じゃなかった。
「うーん。どうしよっかな〜。」
ひとみがわざと意地悪そうな声を出した。真希にはその声は慣れっこだった。
でも今は何も抵抗はできない。
「ごっちん正直に謝ってくれたんだよ。第一よっすぃーに何も迷惑かかってないじゃん。被害者ぶる必要なんてないでしょ?」
相変わらず梨華は真希の前に立って必死に真希を守ろうとしていた。梨華が今の真希を守れるはずはないのに。
「梨華ちゃんさ。そんなこと言える立場?これは、あたしとごっちんの問題なんだからね。」
ひとみは、深く意味をこめて梨華に言った。梨華とひとみの間にもまた深くつながる絆がある。
それがどうなってもいいの?ひとみはそう言ってるみたいだった。
- 310 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)21時58分47秒
- 「分かってる。よっすぃーにはちゃんと償いはするよ。あたし何すればいい?」
「あはは。償いなんて。そんな大げさなことはしなくてもいいよ。でもそうだなぁ。あたしの一人暮らし新居、まだ来てもらってないよね。明日一日うちに遊びに来て。思いっきり楽しいことしようよ。それで全部許したげる。」
ひとみがそう言った瞬間、梨華はずんずんひとみに向かっていくと、ひとみの背中を押して側の席に座らせた。
さすがのひとみもあまりに突然の梨華の行動に、圧倒されていた。
「何するつもり?ごっちんに。」
梨華は、椅子に座ったひとみを見下ろすように言った。
梨華の目は、ものすごく鋭かった。
「あは。それってあたしに対する嫉妬?それともごっちん?」
「両方だよ。」
梨華は断言した。
「ねぇ、ごっちんをどうするつもり?」
今度は、梨華はすがりつくようにひとみに尋ねた。
- 311 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)21時59分30秒
- 「でもねぇ。ごっちんはあたしの彼女なんだからどうしようとあたしの勝手じゃん。」
ひとみの言葉に真希はむっときた。自分だって今の状況でひとみの部屋に行ってただで帰って来れるはずはない。
それぐらいは覚悟はできてる。
梨華とひとみの間でにらみ合いが続いた。
「しょうがない梨華ちゃん。」
ひとみが笑った。ひとみの顔はふてぶてしいぐらいに余裕だ。
「もういいよ。二人とも。あたしがよっすぃーの言うこと聞けばそれですむんだから。梨華ちゃん。よっすぃー。ごめん。本当にごめん。あたしが自分勝手でばかだった。こんなこと今更言ってもしょうがないだろうけど。」
真希の声が二人を制止させた。自分のせいで喧嘩になった紗耶香となつみ。
真希はそれを繰り返したくはなかった。それに梨華はひとみのことが好きなんだ。
だったら自分が犠牲になればいい。
- 312 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時00分24秒
- 「さぁてと。」
ひとみが梨華から目を離して立ち上がった。一瞬ドアの方を向いてひとみの顔が見えなくなる。
「ごっちん?」
振り返ってひとみが真希を呼んだ。普段ひとみが真希を呼ぶ声だった。
「何?」
また真希の顔がひきつる。
「やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ。ちょっと梨華ちゃんをからかってみただけなんだから。えっと明日CD3枚返さなきゃだよね・・・。漫画はもう返したし。あと何か返さなきゃいけないもんある?あたしごっちんからもの借りまくってるからなー。」
「ブレスレット、ティファニーのやつ。あと先週のビデオとってくれた?頼んでたよね。」
すらすらと自然に言葉が出てくる。
「あぁ、そうだった。OK!じゃ明日待ってるから。梨華ちゃんもこんな記事ぐらいで気にしない!」
真希は驚いた。ひとみの人を励ますようないつもの笑顔が弾けたのだ。
今までの脅しのような会話なんてなかったみたいに。
- 313 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時01分01秒
- 「分かってる。」
梨華は一言答えた。ひとみにペース握られてるのは梨華も一緒みたいだった。ひとみは二人に手を振るとどたばたとコミカルな動きをして部屋を出て行った。
「大丈夫?」
梨華が唖然と突っ立っている真希に駆け寄って言った。
これだけひとみの2面性を強く見せ付けられたことはなかった。
「よっすぃーっていつもあぁなの?」
梨華が、なんともいえないような顔をしている真希に尋ねる。
「うーん・・・。」
迫ってくる時はいつもそう。そんなことを考えていたけど、とてもそれを梨華に答えることはできなくて真希は押し黙ってしまった。
「あたし、分かってた。」
梨華が、ぽつりと言った。突然の意味深な言葉を梨華が放つ。
「よっすぃーがごっちんにひどいことしてるって。」
「ひどいこと?」
- 314 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時01分46秒
- ひとみにひどいことされたこと。は特にない。
多少強引なところはあったけど。それはそれでいつものひとみだ。
真希は正直そう思った。梨華は、すまなそうに悲しい目を真希に向けた。
さっきとは違った悲しみが梨華に映った。
「でも、そんなことよっすぃーに言ったら、嫉妬深い自分がそのまま自分の表に出てくるみたいですごく嫌だった。そうじゃないとごっちんとよっすぃー別れさせてよっすぃーを自分のものにするってそのままの感情で動いちゃいそうだから。だからよっすぃーがごっちんに何したってほっておくしかなかった。でもあたしは、よっすぃーが好きだったから。ごっちんに内緒でたまによっすぃーに会ってた。だからごっちんには恨まれてもしょうがないと思う。だから今回のことは本当にあたしの自業自得だよ。」
少し前のネガティブな石川梨華が頭をもたげていた。
梨華のひとみに対する思いがそのまま痛みとなって真希に突き刺さる。
- 315 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時03分10秒
- 「恨む?あたしが梨華ちゃん恨む訳ないじゃん。別に二人は浮気して会ってたわけじゃなかったわけだし。」
真希の言葉は、何も影響もしない空気みたいに流れ去っていった。
「よっすぃーさ、ごっちんのことになると普通じゃなくなるんだ。」
梨華は、重い言葉を発した。
「普通じゃなくなる?ってどういうこと?」
「ごっちんの予定表や番組のスケジュール、着てくる服とかメーカーとか全部チェックしてる。それにあたし、見ちゃったんだ。よっすぃーの財布や定期入れ、ごっちんの写真が何十枚も入ってる。」
梨華の言葉に真希は驚いた。ひとみとの付き合いはそんなべたべたしたものじゃなかった。普通の友達感覚。時にライバルとして火花を散らすような。そんな関係だった。
- 316 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時04分21秒
- 「だから、よっすぃーの心にあたしが入っていけるような隙間はなかった。でもそれ見てたら、ごっちんがどんな勢いでよっすぃーに追い詰められて行くかはよく分かった。助けようと思ったら助けられたかもしれない。けど自分に都合にいいようにばっかり持っていくみたいで・・・。出来なかった。結局あたしがしたことは、ごっちんの目を盗んでこそこそよっすぃーに会って。」
「もういいよ。梨華ちゃんの気持ち分かったから。」
このまま梨華に話させたらどんどん深みにはまりそうだった。梨華も真希自身も。
真希にとっては梨華の拒絶の言葉を延々と聞かされるのと全く同じ事だった。
「全部あたしのせいだよね。ごっちんによっすぃーと仲良くしてって言ったのあたしだし。」
「もういいって。あたしが何とかするから。」
真希は叫んだ。よっすぃーが何だって言うんだ。
向こうがあたしのこと知り尽くしてるんならあたしもよっすぃーのことぐらいメンバーの中で一番知ってる。
別に何も怖れる必要なんてない。よしこと大喧嘩して別れたって別に構いやしない。
仕掛けてきたのはむこうなんだ。
真希はさっきの普段と変わらないさっきのひとみを思い出してそう思った。
- 317 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時05分52秒
- ひとみは、すごくオシャレなところに住んでいて駅のすぐそばだって話は誰かから聞いていた。
ひとみは、わざわざ地図まで書いてくれたけど、真希はめんどくさくて地下鉄の駅を登るとさっさとひとみに電話をかけた。
「もう駅なんだ。早いね。えっとねー。横断歩道渡ったところにコンビニ見えるでしょ。そこ、そのまままっすぐー。」
うきうきしたひとみの声が聞こえた。
ひとみの指示どおりに歩くと、下がレンガになっているオシャレな通りに出た。
絵に描いたようなきれいな通りだった。街路樹が古風なオープンカフェや高級そうなスーパーマーケットと完璧にマッチングしていて、まるでシャンゼリゼ通りだった。
やっぱり噂どおりの芸能人が住んでそうなところだ。
「東京タワー見える?ここから夜見るとめっちゃきれいなんだ。今日の夜一緒に見ようね。」
ひとみのマンションに近づくにつれ電話口のテンションはずんずん上がっていく。
確かにビルの合間から真っ赤なタワーがものすごい存在感で突き出していた。
- 318 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時08分03秒
- 「すごい。」
真希は、おもわず口に出して言ってしまった。
ひとみのマンションは東京タワーのすぐ近く。
超高層・高級マンションの最上階。最近、引っ越してきて妙に自慢げに話す理由がやっと分かった。
真希は、ひとみに部屋番号を聞くと一目散にマンションにに突入して、エレベーターにのると最上階を押した。
33階でエレベーターを降りるとひゅいっと風の音がした。
眼下に真っ白くて鮮明なビルが何個も見えた。
壁や天井が吹き抜けになっていて町のいたる部分が一望できる。
まだ作られてまもないガラス張りがダイヤモンドみたいに太陽に照らされていた。
真希は、いったん周りを見回すとすぐに部屋番号を探しながらひとみの部屋に直行した。
一つ目の部屋が随分長い。一体何個部屋があるんだと思ってしまう。
二つ目がひとみの部屋。真希は覚悟を決めたようにサングラスを外した。
インターフォンを押した瞬間ドアが開いた。
「ごっちん!いらっしゃい。待ってたよ。」
待ち焦がれていた人が来てくれた。そんな風だった。
でも真希はひとみに返す言葉もなく、ひとみを残して勝手に部屋の中に進んでいった。
- 319 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時08分45秒
- 「ちょっと!ごっちん!?」
後ろから追いかけてくるひとみの声が聞こえる。焦ってるひとみの声を聞くのは久しぶりでそれはそれで気持ちよかった。
リビングの隣の部屋を開けるとやっと目的の部屋を見つけた。
寝室に大きなダブルベッドが置かれている。カーテンが半分閉められていて薄暗い。
そんな寝室は何だか淫靡に感じる。真希はそばにバッグを落とすとベッドにダイブした。
そのまま仰向けになって体を大文字にする。
「ごっちん、何のつもり?」
怒ってるふうでもないひとみのあきれた顔が見えた。
「好きにしていいよ。最初からこうするつもりなんでしょ。」
真希は、反抗期の少年のようにひとみを睨みつけた。
ひとみの表情が一瞬にして変わる。
「ふーん。そういうこと〜。」
ひとみは、ゆっくりベッドの周りを周回する。まるで肉食獣が獲物を狙うようだ。
- 320 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時09分58秒
- 「あたし、料理すんの下手だからなぁ。どうしよっかな。」
そういうとひとみは手を合わせてボキっと音を鳴らした。
真希はその音を聞いて、ぞっとした。おもわずひとみから逃げるように体をのけぞらしてしまった。
その光景と音はあまりにも怖かったのだ。次にひとみは、お構いなしに真希に近づいてきた。
ひとみはベッドにのると凍りついたように動けなくなっている真希を一瞬にしてつかまえた。
ひとみは何も言葉を発さない。ひとみは人差し指を真希のほおにあてた。
そのまま人差し指が流れるように真希のボディラインを這った。
真希は思わず目をつむった。
「あたしに無理やり抱かれて、それを代償にして別れるつもりでしょ。そうはいかないんだから。」
ひとみからの言葉が聞こえてきた。目をあけたら間の前にひとみの顔がある。
ひとみはまるでコンサートでファンにするようなウインクを真希の目の前でした。
一体ひとみが何を考えているのかさっぱり分からなくなる。
真希はじっとしてひとみの言葉を待った。
- 321 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時10分43秒
- 「ごっちん、今の状況分かってる?ここには、市井さんも安倍さんも梨華ちゃんもいない。誰もごっちんのこと、助ける人なんていないんだよ。」
ひとみが真希の上に馬乗りになって覆い被さるようにした。両腕をつかまれているので身動きもとれない。
「いいよ。あたし、よっすぃーに話があってきたんだから。誰の助けもいらない。」
ここで言わなければずるずると同じ事のくりかえしになる。今のひとみにだったら言える。真希はそう決心した。
「あたし梨華ちゃんのことが好きだからよっすぃーとはもうつきあえない。だからあたしを好きにしたらあたしとはもう別れて。」
「ふーん。でもお断りだね。」
真希の言葉にひとみはあっさりと答えた。
「お断りって・・・でも。」
真希は信じられないと言った顔でひとみを見た。
ひとみはしばらく真希の顔をじっと見ている。
まるで次の罠を考えているようで真希は何だか怖かった。
- 322 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時11分17秒
- それでなくともひとみは真希の上にのっかられた状態で動いてくれそうもない。
「じゃ、こうしようか。ごっちん、もし梨華ちゃんに告ってうまくいったら梨華ちゃんとつきあってもいいよ。でもあたしにもごっちんを半分残しといてよ。半分で梨華ちゃんとつきあって半分あたしとつきあえばいいじゃん。」
「それってあたしに無理やり二股かけろってこと?」
真希は、ひとみの言ってることが信じられなかった。恋人に無理やり浮気させるのなんて聞いたことがない。
「そうだよ。それだったら我がままなごっちんも納得でしょ。」
「いやだ!絶対嫌!、第一そんなこと梨華ちゃんが許すはずがないよ!」
「だったらこっちにも考えがあるけどね。」
ひとみが真希の体をぎゅっと締め付けた。
「いいよ。何してこようと徹底的によっすぃーと戦ってやる。」
真希はひとみの強い力に耐えて言った。
- 323 名前:第三部 投稿日:2003年08月31日(日)22時14分13秒
- 「ごっちんがどうしてもあたしと別れるって言うんだったら、あたしは梨華ちゃんとつきあっちゃお。それで、もうごっちんとは話しもしないでって頼もうかな。」
好きな人と話せなくなる。真希に予想もしない衝撃が襲った。
「そしたらごっちん、もう梨華ちゃんとはクッキーも一緒に作れないし買い物も出来なくなると思うけど〜。いいの?それで。」
「・・・・。」
真希は、黙りこくった。ひんやりしたベッドからひとみの匂いがする。
真希がひとみの誕生日に買ってあげたChanelの香水の匂いも入り混じって微妙なアクセントになっていた。
自分とひとみが入り混じっている、どこか淫欲的なその香り。
それをかぐたびに「逃がさない」というひとみの強い意志に包み込まれる。
そしてひとみの世界へ完全に自分が囚われようとしていることに真希はやっと気付いていた。
- 324 名前:Easestone 投稿日:2003年08月31日(日)22時15分30秒
- 今日の更新を終わります。
感想意見等ありましたらお願いします。
- 325 名前:名無し読者 投稿日:2003年09月04日(木)02時40分45秒
- 吉澤さんストーカーみたいで恐いですねw
後藤さんどうなるんだろう
期待してます
- 326 名前:E.S. 投稿日:2003年09月07日(日)12時13分59秒
- 325さん
レスありがとうございます。物語もかなり終盤ですが期待に添えるように頑張り
ます。
- 327 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時14分49秒
- 「やっと分かった?ごっちんにとっての悪魔のトライアングル。」
ひとみは、やっと真希を締め付けていた力を緩めた。
真希はやっと自由になった体を横にしてひとみに背を向ける。
「トライアングル?」
「そう。ごっちんは梨華ちゃんが好き。梨華ちゃんが好きなのはあたし。あたしはごっちんのことが好き。おもしろいよね。最高のトライアングルゲーム。あ、でもこれ意地悪で言ってんじゃないよ。ただそうなってる。それだけのことだから。」
ひとみは、真希の後ろに静かに横になると後ろからゆっくりと抱きついた。手を前に回して真希に体を密着させた。ひとみの息遣いが耳のすぐ後ろで微かに聞こえてきた。
「あたし全部知ってるんだよ。ごっちんがあたし達に出会う前の話も。」
「よっすぃーと梨華ちゃんに出会う前のこと?」
「そう。ごっちんが市井さんのことが好きだったこと。安倍さんがごっちんのこと好きだったこと。全部知ってるんだよ。」
- 328 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時15分30秒
- ひとみなら確かに知っていておかしくない。自分のスケジュール、着てる服のメーカー今何をしていてどこにいるかに至るまで全部ひとみは把握している。なっちや市井ちゃんのことを知っていてもおかしくはないと思う。でも改めてひとみに丸裸にされてるのは悔しい。仮にも梨華を巡ってはひとみとはライバルでもあるのだ。
「何で、何でそんなこと知ってるの?」
真希は、唇をかんだ。勝手に自分の知らないところですべてを動かしてる。
ひとみは裏の部分を持ちすぎだ。
「ごっちんが市井さんのこと好きなのは、見てればすぐ分かった。でも卒業してから市井さんからの連絡ってほとんどなくなってるんじゃない?」
「そんなことないよ!たまにメールのやりとりだってしてるし!」
真希は、思わずひとみの方に体を回転させた。目の前でひとみは優しそうに笑ってる。
「好きだった人のことになるとすぐむきになるんだから。あたしにもそれ、ほんの少しでも言いから分けてよ。」
ひとみは言った。
- 329 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時16分13秒
- 真希は、否定はしたものの心のつっかかりはとれない。確かに紗耶香は思ったほどは連絡はくれない。
向こうだって忙しいのだ。そう言って自分を納得させてはいた。
「何でそんなこと言うの?市井ちゃんそんなこと言ってたの?」
「分かったから。ごっちん落ち着いて。」
ひとみは、ベッドで真希と抱き合うような形になってさすがに真希をどうしていいか分からずあたふたしていた。
「市井さんさ。最後にあたしに言ったんだ。あたしみたいなメンバーが入ってくるんだったら卒業するんじゃなかったって。このまま卒業したら後藤をピラニアだらけの川に残していくようなものだってね。ピラニアって多分あたしなんだけどね。だからごっちんに対して後ろめたさみたいなのがずっとあるんだと思う。」
真希は、紗耶香がずっと自分のために4期メンのことを考えてくれてたことを思い出した。自分はいつも2の次。どうでもいいこと人のことばかり気にして。気がついたらもういない。真希は高まる感情に抗えなかった。
- 330 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時17分05秒
- 「勝手な人だよ。市井ちゃんは。勝手にあたしのことばっかり心配して勝手に罪の意識なんて感じちゃって。あたしにどうして欲しいとか何も言わないでさ。おかげであたしは市井ちゃんにしてもらってばっかりで市井ちゃんにしてあげられたこと何一つないよ。」
真希は、紗耶香に言うかわりにひとみを睨みつけていた。
でも真希の眼力はひとみに吸い寄せられて吸収されていった。
ひとみはそ真希の視線を堂々と受け止めていたのだ。
「でもごっちんさ。それ市井さんに一度でも言った?向かい合って一度でも文句言い合ったことあるの?」
ひとみは冷静にすました顔で言った。
真希は一気に瞳の力をなくしてうつむいた。
真希は紗耶香に一度も言えなかった。紗耶香にはいつも甘えていたけどそれは表面上のことばかりだった。
一度だって心の底からの欲求、「好きだ」って気持ちを伝えたことはない。
「安倍さんだってそうだよ。本当の気持ちを言えない安倍さんも安倍さんだけどさ。ごっちんも市井さんが好きだから安倍さんとはつきあえないってこと一度も言ってないでしょ。」
ひとみの言葉に真希は怒られてうなだれてる小学生のように縮こまってしまった。
- 331 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時17分54秒
- 「ねぇごっちゃん、あたしとさやかどっちが好き?」
不器用になつみは聞いて来た。その時、自分は何て答えただろうか。真希はそんなことも覚えていなかった。
「よっすぃ〜?あたし、全部悪いのかな。あたしそんなに周りを傷つけてるのかな。」
真希は、ひとみが真希を逃さないようにつかんでいた両腕を逆に掴み返してきた。
「ごっちんは悪くないし、だれも傷つけてないよ。ただ・・・安倍さんも市井さんもごっちんのことがすごい好きだったからごっちんに本心を言えなかった。優しすぎたんだね。二人とも。そしてごっちんも誰も傷つけたくない。そんなことだから隙だらけになるんだよ。」
「隙だらけ?」
「そう。出会った頃のごっちんも今も隙だらけ。あたし、簡単につけこめると思ったよ。だってあたしは、安倍さんや市井さんみたいに甘くない。ごっちんが幸せかどうかなんて考えてない。どうしたらごっちんが自分のものになるかそればっかり考えてる。だからあたしはピラニアなんだよ。もう、今さらごっちんを逃がすつもりなんてないしね。」
- 332 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時18分46秒
- ひとみの目はまた爛々と輝く。ひとみは、真希の反応を待っていた。
追い詰められた小鹿がどう反応するのか知りたくてしょうがない様子だった。
真希はひとみに対峙した。
「ふ〜ん。よっすぃーってさ。そんなにあたしのこと好きなんだ。」
真希は、追い詰められてなんていなかった。
「へ?」
あれだけ優位だったひとみはあまりの動揺に対処が追いつかなかった。
「好き・・・だよ・・・ごっちんのことは。ずっと」
言うだけ言った。でもひとみは気まずくなって真希から視線をそらそうとした。
そしてまた子犬のように小さい存在となって真希を伺った。
それを見て真希は、ふにゃりと笑う。
「そっかぁ。じゃあしょうがないな。」
真希は、そう言ってがばっとベッドから体を起こした。ブロード色の長い髪が束になって揺れる。
- 333 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時19分45秒
- 「どういうこと?」
ひとみは怪訝そうに聞いた。
「今さらよっすぃーに別れてくれなんて言える立場じゃないしね。それにうれしいじゃん。あたしのこと好きだぁなんて言ってくれるとさ。だって面と向かってそんなこと言ってくれるのよっすぃーだけなんだよ。」
今度は、真希が照れてひとみの目から視線を外した。ひとみはまだ意味が分からない表情をしている。
ずっとさっきの体勢でベッドに寝転んだままだ。
真希は、ベッドから立ち上がって寝室のカーテンを思いっきり開いた。
一瞬にして暗く淫靡な寝室が健康的な光で満たされる。
真希は、それにあき足らず、窓の鍵を外すとがらがらと窓も全開にしてしまった。
海辺で聞こえるようなびゅうという音が風と一緒に寝室の中に入ってきた。
「きぃもちいい〜!いいなぁ、よっすぃーこんなとこ住んでて!」
風に抵抗するみたいに真希の声が窓から出て行った。
真希の髪が風にエスコートされ楽しそうに踊ってる。
真希は風を見ていた。
捉えどころのない真希の視線にひとみは真希の顔とその先の空を行ったりきたりしていた。
真希は、同い年とは思えないぐらい大人びた表情をひとみにたきつけていた。
- 334 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時21分00秒
- 「あ、あの建物なーんか見たことあるんだよなぁ。」
そのうち真希はある一つのビルを指差していった。
「あぁ、あそこは・・・。」
ひとみは、やっとベッドを抜け出して真希に駆け寄る。
「「ミュージックスクール」」
二人の声が重なった。そこは真希がオーディションを受ける前からずっと通っていたミュージックスクールだった。
「あそこから後藤真希が生まれたんだよね。」
ひとみがやっと勢いを取り戻していった。
「ううん。あそこからだけじゃない。よっすぃーを含めて今まで出会った人全部からあたしは生まれたんだよ。」
真希は言い返した。
- 335 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時22分27秒
- 「そっか。」
ひとみは何も言い返せなかった。
その後、真希は二人で近くのイタリアレストランでパスタを食べた。
夕暮れになって夏だというのに随分心地よい温度になっていた。
むっとする湿気が足元のレンガから沸きあがってきたけど今は返ってその方が気持ちよかった。
「よっすぃ?」
「何?」
「今日はありがと。」
真希の言葉を聞いてひとみはクスクス笑った。
「何で笑ってんの。」
「だってお礼なんていうからさ。」
「おかしい?」
「・・・だってあたし、今日ごっちんをどんな罠で落とそうかずっと考えてたんだよ。ごっちんを追い詰めるためにね。」
ひとみは、ついに観念したように言った。
- 336 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時23分14秒
- 「分かってる。でもいいんだ。よっすぃーがあたしのことが本当に好きだからそうしてることが分かったから。今日は、よっすぃーにいろんなこと教えてもらっちゃった。だからお礼言ったんだよ。」
真希の中にはある意志が芽生えていた。
その意志そのままに視線をひとみにぶつける。
「よっすぃ。一緒に頑張ろうね。」
「ん?」
ひとみは真希を見つめ返した。
「よっすぃは恋人だし、恋敵だし、最高の味方だけど最強の敵だから。どうなるか分からないけど。でも絶対あたしはよっすぃのそばにはいるはずだからさ。」
真希は自分の中に湧き上がる力を込めて言った。
その力に圧倒されてひとみは少し後ずさりしてしまった。
「よっすぃだっていつもあたしのそばにいる。そのつもりでしょ?」
真希の方が自信万満だった。
それに押されてひとみがうなずく。
- 337 名前:第三部 投稿日:2003年09月07日(日)12時24分28秒
- かさっと風が吹いた。弱々しいそよ風。でもその風は確実に真希の後ろからやってきて耳元で一回転する。
そして装いを変えて堆く空に向かって飛翔していった。
「あたし生贄になったげるよ。だからって別に好きにしていいってわけじゃないけど。」
真希は風の行く先を見ていた。ひとみの目が初めて眩しそうだった。
「だってあたし我がままだからさ。このままいくはずないもん。だからもういいんだ。トライアングルの生贄で。」
紫色の空が真希の心に入ってきた。頭の中の感情が胸に染みてきて、それは心地よかった。
真希は、自分のすべきことをはっきりと見ていた。
そして通り過ぎる夕暮れの風に次のライブへの誓いをのせた。
- 338 名前:E.S. 投稿日:2003年09月07日(日)12時26分46秒
- 今日の更新を終了します。
- 339 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月08日(月)22時09分58秒
- ごっちん強くていい子だなあ・・・・。
胸を打たれます。
もうこの物語も終盤というのが寂しいです。
ずっと続いて欲しい!!
- 340 名前:a 投稿日:2003/09/12(金) 21:59
- ごまたか書いてくれへん??
- 341 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/13(土) 09:27
- >>340
スレ違いの、それもageレスはやめよう。
- 342 名前:E.S. 投稿日:2003/09/13(土) 15:30
- 341さん
どうもです。
340さん。
申し訳ないですが、今のところごまたかのアイディアはないです。
- 343 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 21:54
- 華奢な体のセンターボーカル。荒れ狂う大歓声の前で石川梨華は立っていた。
真希は梨華の横にいた。楽屋でも本番でもセンターの横。
それはラブマやダンスサイトの時のなつみの位置だったことに真希は初めて気付いた。
なつみが練習中に何も話さなかったように、真希も何も余計なことは話さなかった。
ツアー中、センターを奪われてストイックになっている自分をひたすら演じつづけた。
「真希ちゃ〜ん。今日の夜つきあえよぉ。」
ひとみの言い方は、酔っ払いが因縁をつけたみたいだった。
コンサートの夜はいつものようにひとみに引っ張りまわされた。
梨華は、コンサートで真中に立つことに、センターであることにひたすら集中している。
けたたましい変化を続けている梨華にさすがにひとみも出番はないようだった。
「いいよ、行こう。どこ行く?」
そう言っただけでひとみは笑顔になる。
真希は、ひとみの手を引っ張って外へ出た。
外といってもホテルの側に公園があって観光客がまばらにいるだけ。
単なる散歩にすぎない。
- 344 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 21:55
- 空を見上げたらムーンライトのオレンジ色が濃く目に入ってきた。
夜風が二人の間を流れる。
芝生の合間に立つ木々の影が微動だにしない精緻な置物のようで美しかった。
「駆け落ちしてるみたいで気持ちいい。」
ひとみが言った。
「駆け落ち〜?今は梨華ちゃんの方が気になるんじゃないの?」
真希が、木々の合間を適当にぬいながら散歩コースを先導する。
「分かんない。」
ひとみの正直な言葉に思わず真希は笑った。
「よしこ、大丈夫だよ。今は梨華ちゃんに頼りにされなくても。梨華ちゃんは今最後の最後まで突っ込んでいきたいんだと思う。」
「あたし、ごっちんみたいに強くないからさ。そんな時の人の気持ちなんて分からない。人の気持ちに答えられてるかどうかなんて。」
ひとみの言葉は真希にとって自暴自棄の言葉に聞こえた。
- 345 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 21:56
- そんなこと言ったら自分はどうなるんだろうと真希は思う。
あたしは、自分に全てを託そうとした紗耶香の強い願いに答えているんだろうか。
そして優しいなつみの笑顔に少しでも答えようとしてきたんだろうか。
そう思ったら心細くてひとみの手を離せなくなった。
- 346 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 21:57
- 梨華の右腕が数万人の観客席に掲げられた。
あまりの歓声に真希は思わず自分がその場に突っ伏してしまうかと思った。
360度方向から音が響いた。ザ☆ピースの梨華を見て、フラッシュバックのようにラブマの時の自分が甦った。
真希のまさにすぐ側から発せられる無限大のオーラ。
梨華は熱いピンクの光と音の司令塔だった。
そして夏のツアーの主人公となっていた。
最終日が終わって真希は一人、ホテルのベッドに横になっていた。
思わず梨華の真似をして手を伸ばした。
コンサートの時の梨華の手と今の自分の手の動き。
それが全然違ったように感じて笑いがこみあげる。安堵の笑いだった。
ドアの音がして同部屋の梨華が帰ってきた。
「お帰り〜。」
「ただいま。」
すました顔で戻ってきた梨華が真希を見て急に表情を変えてきたような気がした。
少し危険な感じがする。と思うやいなや梨華は思いっきり助走をつけてベッドにダイブしてきた。
- 347 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 21:57
- 「うげ。」
梨華の体がぶちあたって真希の悲鳴が響いた。さっきまでひとみと部屋で騒いでいてへとへとだった。
変なことはされなかったけどプロレス技みたいなのをかけられて体はぼろぼろだったのだ。
「やっぱ柔らかいな。ごっちんの体。」
やはり梨華は悪びれもしなかった。
「痛い。」
真希はそれだけ言ってベッドにうつぶせになって倒れこんだ。
「あたし、やっぱだめだぁ。」
急に梨華は、そう言って真希の横で大の字に寝転がった。
「あたし、ごっちんにとって市井さんの代わりになろうとしたんだ。だけどやっぱり駄目だった。とてもごっちんのお姉さんになんてなれないよ。」
「市井ちゃんの代わり?」
梨華の言葉に反応して真希は体を起こした。
「そう。そうすれば娘。の中でもどんどんごっちんが大きくなれるんじゃないかって思ったんだ。あたしには娘。の中のごっちんて少し窮屈に見えたから。」
- 348 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 21:59
- 真希は娘。を窮屈だなんて感じたことは一度もなかった。でも梨華がそういうからにはそれを思わせるだけのことはある。
石川梨華をずっと見てきた真希はそう感じた。
「ごっちんは、娘。からの卒業をそろそろ考えた方がいいかもしれない。」
梨華は、真希に深く考える時間を与えなかった。
「は?そんな。あたしよりも先に入ったなっちとかたくさんいるじゃん。あたしが先に卒業になんてならないよ。」
「でもさ。ごっちんだってやりたいことたくさんあるでしょ。いろんな仕事経験したいでしょ?人が出来ないようなことやらないとやっぱりアイドルじゃない。」
「そんな勝手に言われても。」
真希は、怒るわけにもいかず我慢して梨華の言葉を待った。
「ごめんね。あたし出来そこないのお姉さんで。でも、あたしはもうごっちんに追いつけないって分かっちゃったから。今度はずっと、学校の親友みたいにさ。仕事が何も関係なくても側にいる。ごっちんにとってそんな存在になりたいんだ。」
- 349 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:00
- 「恋人として?じゃないよね・・・」
今の自分だったら、今の梨華だったら何でも言えるような気がした。
「ごめん。今でもあたしよっすぃのこと好きだから。」
それでも吉澤ひとみの壁は断崖絶壁に等しく高かった。
「でもあたしは、ずいぶんずうずうしくなったよ。よしこのことも好きだけどあたしはごっちんのことも好き。手放したくないよ。出来ればずっと娘。にいてほしい。だけどさ、ごっちんにはソロだけでやる準備をしてて欲しいんだよね。」
「何で。」
「ごっちんがあたしに初めて正直に言ってくれた言葉がソロやりたいってことだった。4期になんて負けてたまるかのごっちんがさ。初めて正直にあたしに言ってくれた。うれしかった。ごっちんの歌聞いて初めて気付いたんだ。芸能界も競争じゃないって。人のために歌う歌もあるはずだってごっちんが教えてくれたんだよ。」
「梨華ちゃんに・・・梨華ちゃんにそこまで言ってもらえるほどあたしなんて大した存在じゃないよ。あたしはただ我がままなだけだよ。」
真希は梨華を見つめて答えた。
- 350 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:01
- 「あたしは、歌を歌うことは意識してたけど、人のためなんて思ったことなんてない。ただ悔しかったんだ。有名になる前は有名じゃないことが悔しかった。娘。に入った後は1番じゃないことが悔しかった。踊れなくて歌えない自分が悔しかった。梨華ちゃんの目を100%あたしにひき付けていないと悔しかった。そんでよっすぃだってあたしからもし離れていっちゃったらそれも悔しがってたと思う。」
梨華がベッドから起き上がると明りの弱い洋室に梨華の影が動いた。
そして備えつけの椅子にゆっくり腰掛けて真希を見た。
「ごっちん、市井さんと同じなんだね。」
梨華にそう言われて空気が少し動いた気がした。
微弱なオレンジ色の光に照らされて梨華の美しい輪郭がはっきり映った。
- 351 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:02
- 「市井さんもずっとそうだったんだって。気弱で何も言い出せない自分が嫌で悔しくてしょうがなくて。とにかくがむしゃらに歌って踊ったって言ってた。そんな時にごっちんが現われたんだよ。市井さんと同じように鬱憤や悔しさをばねに歌えるひと。後藤真希にね。でもそんなネガティブなものを抱えて歌ってるのにごっちんは、信じられないくらいきれいだったんだって。瞬きするのも惜しいぐらい。市井さんは何故だか理由は分からないけどって言ってた。ただ分かったのは、そんなごっちんを見て歌うことにも踊ることにももう満足しちゃったんだって。」
梨華の言葉を聞いて、真希はうな垂れてベッドのシーツを見た。
梨華のせいでシーツはしわだらけになって、山脈の影みたいに黒い地平線を映していた。
「何で、市井ちゃんはあたしにそういうこと言ってくれなかったんだろ。市井ちゃん、よっすぃにもいろんなこと話してたんだよね。」
真希は、うつむいてシーツのしわを指で広げながら言った。
- 352 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:02
- 「好きだったんじゃない。ごっちんのことが。」
「みんなそう言うかもしれない。でももう今になったら市井ちゃんの気持ちはもう確かめようもないしさ。でもそれは仕方ないんだ。あたしが何もいえなかったから。」
「市井さんがごっちんのこと好きだったのは間違いない。だって市井さんごっちんのことでよく話し掛けてきたけどいつも脅えてた。あたし達にごっちんを人質にとられてるみたいで可哀相だった。」
真希は、何も見えていなかった自分がもどかしかった。
あの時まで時を駆けることが出来れば何かが出来たかもしれない。
市井紗耶香の脱退を止められたかもしれない。
でも真希が紗耶香にいえたことは寂しいから側にいてほしい。それだけだったんだ。
- 353 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:05
- 青空に広がる一面の雲、入道雲、羊雲、動物の形をした可愛い雲を早送りしてるみたいに目の前の場面は走っていた。
夏が終わっても娘。の新曲は次々発表されセンターも代われば5期が入ってメンバーも増えた。
全力疾走で自分は確実に走ってる。それは、果たして得なんだろうかとか思うと真希は考え込んでしまう。
この熾烈で意地悪なスピードにのせられて、普通の人と同じ価値観と感覚をもっていられるのだろうか。
でもいつもそばには確実に同じスピードで同じ距離を走っている仲間がいてくれた。
真希には分かりかけていた。梨華とひとみは、真希にとって全然違う存在だったけど一つだけ二人は共通する同じ価値観をもっている。
自分はこうあるべきだとはっきりそれを描いて二人は努力する。
そしてその二人の近くにいる人、「あたし」という個人にはいつも情け容赦ない要求をしてくる。
娘。の中で後藤真希」という個人にこれだけつっかかってくる人はこの二人だけだということだ。
- 354 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:09
- 真希はおぼろげながらに自分を理解した。
娘。の中で自分は一際ソロ願望が強い人間だと思ってきた。当たり前だ。元々そう思ってこの業界を目指したのだから。
でもグループの娘。に一番依存してきたのは自分だったのだ。
グループの中の自分。それをどう表現して強調していくか。そればっかり考えてたような気がする。
完璧に隔てられた外の世界。
真希はそれを見ようとしていなかった。
グループの外にも音楽や芸術はあるはずなのだ。
真希はそれから外を見た。
でも外に向かう自分には残りの時間が足りなくて、ひとみや梨華とすごす時間があまりにもかけがえがなかった。
メンバーのために自分が出来ることは悔しいくらい足りなかった。
真希が、いつもライブで思い出すのはメンバーの笑顔。
そしてメンバーの名前を叫んでくれるファンの声と、無数のペンライトだった。
熱気と湿度を抱えた巨大な空気。その中で真希は走った。
例え自分がセンターでなくとも、真希のダンスはいつも正確無比だった。
爆発のような歓声の中、真希の周りに重力が集中してメンバーの中に不思議な緊張感をかもし出していた。
- 355 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:11
- それから夏がきていた。
「梨華ちゃんは?」
真希はひとみに尋ねた。
「もうすぐ、もうすぐくるんだって。」
ひとみは、ベーグルとショートケーキをいくつかもって席に戻ってきた。
「そっか。」
真希は、紅茶をごくりと飲んだ。
「ごっちん、しごといつから?」
「ん?とりあえず3日間お休み。」
「あ〜。うまく休み重なんないな。」
ひとみのちょっぴり残念そうな顔が真希にはうれしかった。
「カラオケなんていつでもいけるじゃん。」
真希の声がよく通った。
「びっくりしたよ。」
真希は続けてつぶやく。
「何が?」
「最後のステージ。」
「あたしのミスムン?」
「違うよ。」
「分かってるって。」
ひとみが首を傾げるように笑った。
- 356 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:12
- そうは言っても真希の脳裏には、はっきりとここ1年間の「歌」が甦っていた。
ありとあらゆる歌と踊り。それは詩のように静かな力があった。
人の成長は声のない叫び声だった。あたしは、二人に牙を抜かれてしまったんだろうか。
今ではステージのどこにいようとみんなと歌って踊ることが楽しくてしょうがなかった。
でも真希が卒業してそんな瞬間はもう訪れることはない。
「でもミスムンのごっちんはすっげぇカッコよかった。」
ひとみの声が真希の思考を裂いた。
「は?あの曲はよっすぃでしょうが。」
「そういうことじゃないよ。あたし、不器用だからさ。そういう言い方でしか言えないんだ。ごっちん、今まで本当にありがとうってね。」
「それで不器用なんてよく言うよ。よっすぃー。」
ひとみの言葉に真希は苦笑いした。
- 357 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:14
- ひとみが初めてのセンターをやったミスタームーンライト。あの時、
「あたし、センターのよっすぃーが大好き。どんな熱狂的なファンがいたってあたしが一番よっすぃーのこと思ってるんだから。」
だなんて目を潤ませてよく言えたもんだと真希は思った。
でもそれしかなかった。あの時、プレッシャーに押されてすっかり落ち込んでいるひとみをのせられる言葉なんてそれしか思い浮かばなくて。
それともあの時自分は、ひとみの策略にのせられて言ってしまったんだろうか。
でも今となっては真希はどっちでもよかった。
「で、何がびっくりしたの?」
「え、あうん。」
真希は、ひとみのベーグルに見とれていた。
「最後のステージ。思いっきり真希ちゃーん!なんて言うからさ。」
「あはは。照れた?そう言いたかったんだ。」
ひとみはくしゃっと顔を縮めて笑った。
その時のひとみの顔が真希にはっきり映った。
いつも梨華をいたわっているときのあの顔だ。
ひとみの表情はマリア様だった。
- 358 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:15
- 「でもうれしかったよ。それによっすぃと梨華ちゃんは約束通り泣いてなかったし。」
真希は、卒業コンサートでは絶対に泣かないと3人で誓い合ったことを思い出した。
でもそれは結局自分だけ守れなかった。
「だって梨華ちゃんは泣いたら嘘でしょ。真希を追い出した張本人なんだからさ。それにしても、もう先輩メンバーは泣き方はすごかった。特に安倍さん。」
そう言ってひとみはまた笑った。
なつみは楽屋に戻った後、倒れこんで堰を切って泣き始めたのだ。
「よかったぁ。これでちゃんとさやかに謝れるよ。」
なつみの言葉を思い出した。
- 359 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:16
- 「なっち。気にすんなって。」
泣いてるなつみに紗耶香が声をかけたのだ。
その瞬間確かに、市井紗耶香と安倍なつみと後藤真希が同時にいた。
紗耶香の卒業の時、なつみと紗耶香は喧嘩状態だった。
それなのに紗耶香は卒業前に、「後藤のことだけは頼む」と土下座する勢いでなつみに言ってくれたのだった。
「よく喧嘩したね。なっち。」
紗耶香の言葉は時間の経過なんて感じさせなかった。
「もう喧嘩仲間なんていないよ。あたし。」
なつみは、そう言って少しむせたようだった。
「だろうね。もう後藤が卒業しちゃうぐらいだもんな。」
あの時の紗耶香となつみは、真希とは違う場所と時間に立っていた。
紗耶香の卒業の時、やはり自分はちゃんとした自分の場所に立っていなかったのだ。
その状況が今また再現されて、真希は唇を少しかむ。
時間を潮流して、走り出したかった。
それでも真希を包んでいたのは穏やかで晴れやかな悔しさだった。
「時を駆ける少女」のようにはいかないよなと苦笑いする。
そんな真希の笑顔でも、紗耶香となつみをもう一度笑わせるのに十分だった。
- 360 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:17
- 「後藤。」
「ん?」
「思った通りだったろ?石川梨華と吉澤ひとみ。」
「あ、最大のライバルってこと?」
「そう。」
「んー。ライバルっていうか本当に心配させたし、心配させられたよ。あの二人には。」
「何だよ。年寄りみたいな言い方だなぁ。」
紗耶香は穏やかな笑顔を見せた。
真希の卒業ステージの日。
いろんな時間といろんな空間がそこにはあった。
それぞれが風船玉みたいに浮かんでいろんな人を映している。
その風船球の一つ一つが、出会いが、あまりにもかけがえがなくて真希は、思わずそれに見とれてしまっていた。
- 361 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:19
- 真希は、紅茶をまた口に持っていった。
その時にむこうからどたばたと走りこんでくる梨華が見えた。
真希は嬉しそうに梨華を指差した。
「あ〜。ごめんごめん。遅れちった。よっ。元気?お二人さん。」
梨華は、威勢良く右手をあげて言った。
「元気じゃねぇっつーの。まったくどれだけまたせりゃ気がすむんだよ。」
ひとみが足をあげて言った。
「何さ。あんたにいわれたかないね。あたしはごっちんに会いにきたんだから。」
「うっせぇ。ぶーす。」
「は?この男女!」
二人がやってるのは漫才かけんかなのか区別はつかない。
真希がケラケラ笑い始めた。同時に周りの空気がゆっくりと流れ始める。
「梨華ちゃん。好きなものとってきたら。ここ今食べ放題だから。」
スポーツクラブの休憩ホールが今夜はバイキングをやっていた。
汗を洗い流したあとのみずみずしくて新鮮な空気がホールに満ちていた。
押し迫ってくる緊張感も怒涛のような時の流れももう真希は感じない。
石川梨華と吉澤ひとみと後藤真希の居る場所。
ここも新たな場所であり、かけがえのない空間になりつつあった。
- 362 名前:第三部 投稿日:2003/09/14(日) 22:20
- 「さぁて次の仕事からごっちんいないしなぁ。どうしよっかなぁ。」
ひとみがベーグルを食べ終わって伸びをしながら言った。
「どうするもこうするもないでしょ。あたし達は何も変わらないよ。」
「やる気でないかもねぇ。」
「何言ってんのよ。」
真希は、二人の会話を聞いているうちにこのホールの空気に吸い込まれそうになった。
心地よい空気に二人の声が振動する。
3人が出会っているこの風船玉は、もっとも安定したあるべき位置に落ち着こうとしていた。
- 363 名前:エピローグ Maki to Kyoko 投稿日:2003/09/14(日) 22:22
- キョウコへ。
あたし、手紙を書くのって中学の合宿以来だからどう書けばいいかよく分からないんだけど。
でもメールとか電話よりもさ。キョウコに今の自分の気持ちを一番はき出せそうなものって言ったらやっぱ手紙かなぁなんてちょっと思っちゃったんだ。
何か照れるね。今の心境、一言で言ったらめっちゃやる気あるんだけど力が抜けてるって感じかな。
でもここ一番の時にまた思いっきり力をだせそうなそんな気がするんだ。
娘を卒業していい感じになってきたよ。だいぶ。
あたし、正直に言ってキョウコの目から見てあたしがどう映っているかすごく不安だった。
だからキョウコにこう思われたいとか見られたい!ってのがすごくあって、生意気だったしわがままだったと思う。
でもなんだかモーニング娘。に入っていろんな人に出会って言いたい放題言ってるうちに、あたしの親友やるってもしかして大変?とか最近になって気付いたんだよね。最近だよ!最近。遅すぎるよね。
でもそれに気付いたからお礼をかかせて。それとちょっと宣言!
今、あたしはいろんなファンや人から別にどう見られたって構わない。
でも何をどういう風に成し遂げるか。それだけは見て欲しい。今そう思ってる。
てなわけで今までごめん、ありがとう。そんでこれからもよろしく。
マキ
- 364 名前:エピローグ Kyoko to Maki 投稿日:2003/09/14(日) 22:25
- Dear Maki,
天下の後藤真希さんからじきじきに手紙が来るなんてびっくりしました。
なーんちゃってね。最近、メールこないと思ってたらこんなことを考えていたんだね。分かるよすぐ。
マキってさ、テレビでうれしそうな顔してるとか思ったら「うれしかった」なんてメールが後ですぐ入ってくるから分かりやすいんだよね。
小学校の時からずっとだよ。照れ屋さんなのに、何考えてるのかすぐあたしには読めちゃうんだよ。
だから正直、マキのわがままなんてあたしには全然気にならなかった。
分かるよ。マキその気持ちすごく。って肩おさえて言ってしまいたいぐらいだった。
でもそういえば、バスケの試合でこの試合負けたら、マキぶちきれるんだろうなぁとか薄々気付きながらゲームしてたことあったな。
本当に負けてあたしそっこー消えてたけどね。
後で戻ってきたらマキ悔しくて泣いてるんだもん。その時はそばにいてあげればよかったなってすごく反省したよ。
こんな話がモーニング娘。の歴史のたくさん残ってるんだろうなってマキの手紙を読んで思いました。
マキの手紙の内容いつものようにあたし受け止めるね。マキが今からどんなことをして、何をやっていくかずっと見て応援してます。
悪友より。
キョウコ
PS.
小説・後藤真希。完
- 365 名前:E.S. 投稿日:2003/09/14(日) 22:28
- 連載開始から4ヶ月もかかってしまいましたが、この小説もようやく完結
させることができました。このような駄文であっても温かいレスをいただ
いたりして、とても勇気付けられました。
今まで読んでくださった読者の皆さん。
レスをつけていただいた皆さん、どうもありがとうございました。
Easestone
- 366 名前:名無しですが。。。 投稿日:2003/09/15(月) 00:25
- 面白かったです。ありがとう
- 367 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/15(月) 08:18
- お疲れさまでした。
自分の中とは違う後藤真希像で、それが逆に良かったです。
エピローグのメールも印象的でした。
- 368 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/15(月) 12:54
- 完結お疲れ様でした。
大変、おもしろかったです。
今後はどうされるのでしょうか?期待してしまいます・・。
- 369 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/15(月) 20:29
- 完結お疲れ様です
懐かしいような寂しいようなホッとしたような
不思議な気持ちになりました
- 370 名前:sage 投稿日:2003/09/18(木) 00:24
- ずっと目が離せませんでした!!
素敵な作品をどうもありがとうございました。
更新が一定して行なわれていたのもすごくうれしかったです。
作者さんのキャラの心情描写にホント、引き込まれてました。
- 371 名前:370 投稿日:2003/09/18(木) 00:25
- すいません、あげてしまいました!
ごめんなさい・・・・。
- 372 名前:E.S. 投稿日:2003/09/20(土) 21:31
- 皆様最後に温かいレスをありがとうございます。
HPを作ってましてこちらからのレスが遅れてすいません
サイトアドレスはhttp://easestone.hp.infoseek.co.jp/です。
まだ工事中でとても人様に見せられるものではありませんが
遊びに来ていただければ幸いです。
366さん
長い間読んでいただきありがとうございました。
367さん
ありがとうございます。ごっちん像は、一連のいしよしごま小説で同じキャラクター
を使いました。よろしければ367さんの中での後藤真希像も教えていただけると
うれしいです。
368さん
ありがとうございます。この小説を最後に「いしよしごま」という形での小説
は大体書き終えました。次は、「れなさゆ」がアイディアにあります。
ただ、次回からは連載スピードを上げていきたいと考えていますので公開はずっと
後になると思います。HPでもそのへんのことは書いていきたいとは思います。
369さん
「懐かしいような寂しいようなほっとしたような感じ」ですか。
書いてる私も書き終えたときはそんな気分になりました。結構長かったですから
ね。そしてこのような読後感を抱いていただけたならとてもうれしいです。
今後ともよろしくです。
370さん
いえいえ、気になさらず。
レスありがとうございます。目が離せないような他の作品も多くあったにも
関わらずありがたいお言葉です。今後も娘。小説は書いていきたいと思ってます
のでよろしくです。
では。しばらくさようなら。
- 373 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/22(水) 02:16
- ho
- 374 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/20(木) 23:58
- 新作まってますホゼン
- 375 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 23:36
- ほ
- 376 名前:Easestone 投稿日:2004/02/03(火) 22:49
- 今、新作を考えていてもしかしたらこのスレをまた使わせてもらうかも
しれません。なのでしばらく倉庫行きは待ってもらえると幸いです。
使う可能性がなくなればまたその旨カキコします。
よろしくお願いします。
- 377 名前:Easestone 投稿日:2004/02/03(火) 22:55
- 皆様方今までわざわざのホゼン本当にありがとうございました。
- 378 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/22(日) 22:58
- ホゼン
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/18(木) 22:50
- ホゼン
- 380 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/07(水) 13:31
- hozen
- 381 名前:ES 投稿日:2004/05/09(日) 23:14
- 投稿できなかったリテイクの小説を書きます。
一応、花火の回の「SENRIGAN」のリテイクです。
- 382 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:15
- 「雨女」
- 383 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:16
- 撮影用の雨がかさかさと舞い降りていた。
円錐形をした水滴が窓の格子にはりついてそこかしこに伸びている。
あたしは部屋の中でちょうど窓の傍の椅子に座っていた。
雨の音は聞こえない。
外の芝生の緑は、雨に勢いを奪われ次第にくすんだ灰色になった。
セピア色の風景は何だか絵画に見える。
外の自然はあたしにとって人工物に見えた。
そして室内にはあまりに自然とはアンバランスの緊張感が漂っていた。
収録中のドラマのタイトルは「仔犬のワルツ」。
安倍なつみさんが主演の盲目の天才ピアニストの物語だった。
あたしは、施設で目の見えない安倍さんを徹底的に苛め抜く役をやる。
- 384 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:18
- 薄明かり用のサーチライトが顔の表面を照らす。
部屋の半分はくり抜いてあって、そこから照明と無数のカメラと音響用の機材が覗いていた。
人が機械に集中し機械が緊張を伝えてきた。
不意に不安になる。
きちんと芝居用の声はだせるのだろうか。
顔が重たくて仕方がない。
たっぷりと時間をかけたメイクがぴったりとくっついているようだった。
目の前正面の椅子に安倍さんが座っている。
安倍さんのわずかにつりあがった目を見た。
それは演じることに身を挺していると感じさせた。
こうやって緊張感に足を震わせているといつもにこやかな安倍さんだって何だか別人に見えた。
- 385 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:19
- これからのドラマの展開は正直知らない。
まだ先の台本を渡されていないし、これからのあらすじを知らないことで演技に恣意的なわざとらしさを打ち消す効果もあるのだろう。
事実、あたしは「安倍さんをとてつもなく憎いと思うこと」そして「視聴者にとてつもなく憎いと思われること」。
この二つに集中できていた。
一人での台本の予行演習はもう何十回も繰り返された。
今は、その練習があたしの表情となりあたしの空気となった。
自分のなかで台本も脚注も何度となく詳細に反復され復習され一つ一つの動きにまでそれは還元されるはずなのだ。
耳に雨の音が聞こえてきた。スタッフの声とともに物語は開始される。
- 386 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:21
- 食事が始まり盲目の少女は大きく目を見開いた。
安倍さんの視線はまっすぐ正面。
それはぎりぎりあたしのほおの横にそれて後ろの壁につきささっていた。
その目線のまま右手は真下のお味噌汁の位置をぎこちなく確認し左手はご飯の位置を確認した。
安倍さんが箸を手に取る。
あたしは共演者の大村さんに合図して意地悪で悪魔的な笑顔を浮かべた。
安倍さんがご飯を手に取った隙にあたしは小さな赤銅色の壷を手に取った。
中は真っ赤な粉が入っている唐辛子の壷だった。
あたしにとってそれはあらゆる種類の香辛料が入っているように思えた。
これまでの安倍さんの演技は完璧だ。
あたしがそれを安倍さんのお味噌汁に入れればこのシーンは終わりだった。
あたしが香辛料を味噌汁に混ぜるという行為が不幸なピアニストの悲しみへと転化させる根源となればよい。
後の芝居は安倍さんの仕事だった。
- 387 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:22
- あたしの動きに躊躇はない。
手はそのまま迷いなく澱みなく味噌汁の上へと動いた。
ここでぶれはあってはならない。
あたしは壷をもった瞬間に腕に妙な迷いを感じた。
何故だろう。
味噌汁の真上でその感覚は強くなりそれは手の脱力へと転じた。
はらりと落ちた壷は重い音をたててテーブルにぶつかり連鎖的に赤い粉は渦を巻いて飛び散った。
あたしは思わずその劇作的な情景に見とれてしまった。
- 388 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:22
- 「はいすいません。止めます。」
正当でごく機械的な第三者の声が割って入った。
がやがやと機械と人が動く。
「すいません。」
あたしの声は見事にかき消されていた。
「梨華ちゃん?」
安倍さんは突然の事故に声をあげることなく驚くこともない。
NGに際して発した言葉はあたしの名前だった。
安倍さんは心配しているような不思議な顔であたしを見ていた。
あたしはやっと巡ってきたドラマの出演という機会に作為的に収録を止め、進行を邪魔したのだった。
- 389 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:24
- あたしは福祉系の専門学校に行ってる時にオーディションを受けてある事務所にタレントとして採用された。
ずっと女優とか演じる人になりたかった。
専門学校に行ってるときは何かを学びたかったわけじゃない。
高校生の頃あたしには当然のように進路として並んでいる「理系」にも「文系」にも興味がもてなかった。
結局あたしの頭のレベルであたしが家から通える場所に社会福祉系の専門学校があっただけだ。
学校での生活はつまらなかった。
興味のないレポートや授業や課題に追われた。
人に流されて適当にドトールでバイトしていた。
そんなとき、また友達に誘われて身体障害者へのボランティアを始めてみた。
特に理由はなかった。
- 390 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:25
- 「明日は一限からあるんだっけ。介護保険のレポートは来週までと。午後はバイトあるから。」
あの頃のあたしはいつも意味もなくスケジュールを確認していた。
あたしの目指している女優への道はあまりにも途方もなくていつも現実から乖離しているように感じた。
だから時間に忙殺されて不満をこぼし、夢から離れることにかえって安心を得ていた。
ボランティアだってそのために始めたようなものだった。
ボランティアしながら福祉系の専門学校に行っているあまりにもありふれた自分。
考えてみればあたしは、少し夢見がちな普通の少女をテレビドラマの女優のように演じようとしていたのかもしれない。
しかしそういう風に自分が意味も無く人に流され、染まっていくことには罪悪感しか感じられなかった。
ボランティアに罪悪を感じていたのは恐らくあたしだけだったろう。
- 391 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:26
- あたしがすることになったボランティアはあたしと同い年の目の見えない少女の話相手をすることだった。
彼女は名前を「後藤真希」と言う。
適当に言葉を交わして、彼女の親の帰りが遅くなるときは食事を作ったりする。
いわばボランティアというより家政婦に近いものがあった。
- 392 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:27
- 彼女の家に行く道のりはいつも不愉快な雨が降っていた。
冬の雨は傘をもつ右手を凍てつかせ、梅雨の季節はスカートから下着までぐっしょりと肌にはりつかせた。
そのときのあたしはひたすら機械を志向していた。
不器用で能力のない(できの悪い)人間に思われたくなかったし、やる気のない趣味にも等しい(冷やかし交じりの)ボランティアにも思われたくなかった。
そう思われないためにはひたすら機械がよいのだとあたしは思っていた。
決められたことを確実にこなせば誰にも気づかれない。
余計なことをしなければあたしは正体を見破られずにすむ。
あたしの罪悪も夢も両方同程度にあたしは恥じていた。
- 393 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:28
- あたしは雨の中を早歩きで歩いていた。
歩きながら今日、真希に話すことを考えた。
目が見えない人には見たことがなくても想像しやすい話がいい。
聴覚に訴えるもの−音楽。味覚―料理。そして家族や友達の話。
その3つが中心だ。
そして食事を作ることになった場合の冷蔵庫の中身を想定していた。
真希の家は最寄の駅から延々と続く坂道の上にあってたどりつくまでゆうに20分以上はかかる。
真希の家までの行軍時間はひたすらそれを考えることに費やされた。
- 394 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:29
- 預かっている鍵で真希の家の玄関を開ける。
真希の家はもう自分の家同然に知り尽くしていた。
真希の親はあたしが行った時にはいないことがほとんどで、仕事で帰りが遅くなる母親が帰ってくるのと入れ替わりにあたしが家に帰るというのが習慣化されていた。
だからあたしはいつも気兼ねなく真希の家に入った。
彼女の親も家に他人がいて余計な気を使うより自分達がいないときに無料で娘の面倒を見てくれるあたしが都合の良い存在なのだろう。
「梨華ちゃん。」
奥から真希の声が聞こえた。
異様なほど聴覚が発達しているのか真希は音だけであたしが来たことが分かった。
それは真希の母親だろうとたまにしか帰ってこない姉だろうとたちどころに聞き分けてしまう。
- 395 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:30
- 「ごっちん。今来たよ。」
その明敏な聴覚のせいで真希との二人きりの生活はあたしにある種の緊張感をもたせた。
あたしは偽りのボランティアであることを見抜かれることを最も恐れていた。
だから真希の鋭敏な感覚を意識するたびこの盲目の身体障害者はあたしにとって弱者という観念からは逸脱した存在にも思えた。
「今日もごっちんのお母さん遅くなるよね。晩御飯何食べたい?あたし買い物行ってくるよ。」
「ううん。冷蔵庫にあるものでいい。」
真希は常に我侭を言わなかった。
「そう?遠慮しなくていいよ。」
「いいよ。梨華ちゃん。それよりこっちきたら。」
真希はいつも縁側の椅子に腰掛けている。
わずかに感じられるという光を求めているのだろうか。
それともその鋭敏な聴覚で外の様子を感じ取ろうとしているのだろうか。
- 396 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:31
- 「お。気分よさげだねー。」
「雨の音が心地いいんだ。」
あたしが傍にやってくると真希がそう言って笑った。
彼女は穏やかな顔をして縁側の木の椅子に座っていた。
椅子には様々な毛布やエプロンや服のようなものが無造作に被せてあった。
こうして見ると真希はまるで置物の人形だ。
彼女は身に付けている服と共に椅子に吸い取られるように同化していた。
「梨華ちゃん。手を貸してみて。」
真向かいの椅子に座ったあたしに真希が言った。
- 397 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:33
- 「また?何よ。」
あたしは、少し面倒だった。
真希は人の手を触って、その人が今楽しい気分でいるとか悲しんでいるとか当てようとする。
その真希の推測に話を合わせるのが面倒、というよりマニュアルどおりのこちらの話しにうまく持ち込めないことが嫌だった。
「また、雨が降ってうざーい。とか思ってるでしょ。それに・・・」
フランス人形みたいな真希の顔がわずかに笑った。
すごく美しい。すごい可愛い。
なのにあたしは思うのだ。
それは要するに目が見えないという能力の欠如の代わりにいろんな能力を自分の中に求めているにすぎないと。
いやその能力があると思い込み、他人にもそれを認めさせようとする。
そういう身体障害者の心理だろう。
そうなのよ。外の雨が・・・あたしは言葉を発しようとした時だった。
- 398 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:33
- 「梨華ちゃん少し髪、のびたね。」
真希があたしを見て言った。
あたしは少しぎょっとなったが、それがまた例の擬似超能力者的な感覚なのだろうと思い直した。
彼女は目が見えない。
程度は光をやっと感じとれるぐらい。
人がそこにいるかどうかさえ分からないはずだ。
「見えるの?」
「見えない。分かるだけ。」
「そっか。」
- 399 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:35
- 真希は、分類すれば情緒が安定していて抜群に聞き分けがよい優等生の身体障害者だ。
こういう人たちは本来なら社会を憎み世の中に絶望して暴れ回るのだ。
あたしたちは冷静にそれを諭し話しを聞いてあげ、服を着せ、物を食べさせ寝かしつける。
それが仕事だ。
そしてあたしにとってそういう任務である限り何の違和感もなかっただろう。
しかし真希は少し違った。
真希は何か自分を特別な能力があると思わせて人の気を惹こうとする。
これは、身障者にありがちな傾向だ。
だけどそれをあまりに自然に話す上に、逆に人の気持ちにも入り込もうとする。
それはあたしが一番恐れていることだ。
だから雨の日、とりわけ真希の家に行くときはボランティア活動をするというのと違った意味で気が重いのだ。
- 400 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:37
- 「人に触れたら何となく分かるんだ。それと梨華ちゃん最近疲れてるって。学校に行く以外はバイトでしょ。ここに来るのだって疲れるよ。ボランティアだって仕事でしょう。」
真希はあははと笑った。
「それにさ。前言ってた舞台劇のオーディションどうだった?本当はこんなことしてる場合じゃないんでしょ。」
あたしは目をつぶった。
真希のいる黒い絶望の世界を見て自分自身を落着かせようとした。
真希は、その世界を逃れるためにわざと余裕を見せている。
真希に健常人を心配する余力はないはずだ。
だけどあたしにはあまりにも軽薄で現実味の薄い自分のまぶたの裏が見えただけだった。
- 401 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:38
- 「梨華ちゃんは女優になれるよ。女優になるためだったらここに来る時間だって減らしていいよ。あたしは目が見えなくても何だってできるんだから。」
真希の言葉は限りなく唐突だった。
真希の顔にまた微かな笑いが浮かんでいる。
でも笑いには強い意志を含んでいた。
真希の顔の表情は目が見えない分何か有機的な意味を持っている。
「あたし、買い物行って来る。」
あたしはついに耐えきれなくなってそう言った。
「だからいいって。」
「いや。買い物行って来てっておばさんの書き置きがキッチンのテーブルにあった。」
「書き置きはないよ。」
あたしは真希を無視して席を立った。
真希の言うとおりそんなものはあるはずがない。
あたしは真希から逃げようとしている。
そして自分の夢からも逃げ出したいと思った。
- 402 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:39
- 電気をつけていないせいで台所はすっかり暗くなっていた。
目の前に食器棚が暗く静謐にたたずんでいた。
自動車のライトだけが窓に乱反射して時々光の棒を動かしている。
しんと静まり返っている部屋。
あたしはふとそのままテーブルの椅子に座った。
勝手に人に家に入り込んで見知らぬ住人の家族のようにあたしは振舞っている。
あたしは一体何をしているんだろうか。
そう思って両手をテーブルの上に投げ出したときにざらざらした紙のようなものが指に触れた。
まさか本当に書き置きがあったのだろうか。
しかし、それは書き置きの紙にしてはあまりにも分厚くて大きなものだった。
それは1枚の大きな画用紙だった。
- 403 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:40
- カチ。音がして台所に光が広がった。
蛍光灯のスイッチのところに真希がぼうっと立っていた。
あたしはびくっとして後ろにつんのめった。
同時に画用紙の中の絵が鏡になってあたしの頭の中へ飛び込んできた。
真っ黒な髪の女の子が映っている。
みまちがえる筈もない。それはあたしを描いた絵だったのだ。
「それ梨華ちゃんなんだ。いつも雨の時ばっかりやってくる。不思議な優しい女の子。梨華ちゃんが来るまで暇だったからいつも梨華ちゃんを想像して描いてた。」
驚いたことに絵の中のあたしはあたしにそっくりだった。
そして万面の笑みを浮かべていた。
笑顔が赤と黄色とカラフルに見事に表現されている。
バックは薄暗い雨雲が描かれているというのに。
「だからあたしは雨が好きなんだ。」
真希は言った。
- 404 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:42
- 耳の中だけで雨の音が聞こえる。
盲目の天使はピアノを弾く。
あたしの役柄は・・・。あたしは演じなければいけない。
真希と約束したのだ。
気がつくと撮影用の雨は止まっていた。
くすんだ緑は華やかさを取り戻していた。
あたしは休憩用のテーブルに突っ伏していた。
ここのロケ現場で撮影するのはもう後何回かで終わりだろう。
あたしの出番は終わり、安倍さん達は東京で収録の続きをすることになる。
さっきの撮影シーンは結局あのNGの後、機械の調整をするとかでついでに休憩となってしまった。
あたしは目を閉じて、少し動転していた自分を反省し冷静さを取り戻す。
台本を片手に今度こそきちんと演じようと必死に自分に念じた。
「お疲れ様。梨華ちゃん。」
最近仲良くなれた安倍さんが話し掛けてきた。
目を強くつむっていたせいかうまく対応ができない。
- 405 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:43
- 「やっぱり目が見えない人相手って難しい?」
「え?」
あたしは慌てて首をふった。そして軽く鼻をすすった。
「さっきテーブルのシーンで何かやりにくそうにしてたからさ。」
「そんなことないですよ。」
続けて「ただの演技ですから」と言おうとして口が塞がった。
演技するのに「ただの」なんて言葉はつけられなかった。
そのためにあたしはあらゆる苦労と努力をしているのだ。
「そういえば梨華ちゃんて目が見えない人のためにボランティア活動してたんだってね。だからそういのでやりにくいのかなぁって。」
安倍さんは天真爛漫に聞いてくる。多分悪意などないのだろう。
「演技するのに個人的な過去の経験とか気持ちとかって入ってきていいもんなんですか?」
あたしは安倍さんに食って掛かるつもりはなかった。
だけど結果として出てくるものは刺のある言葉になる。
- 406 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:44
- 「んー。そうだな。」
安倍さんが考えるのをあたしは伏目がちに見ていた。
「あっていいんじゃない。例えば雨が降りの日に失恋したりすると雨の音聞いただけで何となく憂鬱になるとかさぁ。そういう中で演技することだってあるのかも。でもあたしそういう経験ないしなぁ。あはは。あたし自分で何言ってるんだろうね。」
安倍さんの言葉を聞いているうちにあたしの顔は次第に下がり、うなだれて完全に下を向いてしまった。
いつもいつもあたしは仕事場では自信満々に目を見開いていた。
だけど今は目を開けられない。前を向けなかった。
「梨華ちゃん。どうかしたの?」
- 407 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:46
- あたしの脳裏にははっきりと真希の顔が映し出されていた。
あの頃、真希に勇気付けられてオーディション必死に受けるようになった。
素直になりたいものに向かえるようになった。
自分自身を演じることをやめてついにあたしはテレビドラマで演じれる女優になれたのだ。
あたしの完璧なまでの努力も女優であることの強い意志も全ては真希につながっている。
でもどうしても唐辛子を入れる勇気は出せなかった。
雨の音のせいかもしれない。
安倍さんの演技に圧倒されてリアルさがあたしを止めているせいかもしれない。
とにかく安倍さんが真希と重なるのだ。
真希が食事をしているときに唐辛子を入れることなんてあたしにはできない。
あたしの何度となく繰り返された演技への練習が無力だった。
何故だか涙があふれてきた。
「あたし、出来ないんですよ。唐辛子を入れるだけなのに。」
弱々しくもあたしは言った。
共演のタレントはみなライバルだ。
そう言い聞かせてきた。
だから共演者が演技をしやすいように振舞うことはあっても弱音を吐くことなんてない。
まして今は、撮影の真っ最中なのだ。
- 408 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:48
- じっと安倍さんを見た。
安倍さんは無表情でなんて答えていたらよいのか分からないようだった。
それはそうだろう。
テレビドラマに出る女優が絶妙の表情が出せずに悩むことはあっても唐辛子の粉がふりかけられないなんてことはあるはずがない。
本来ならあたしはここにいるべき人間じゃないのかもしれない。
「出来るよ。だってこの赤い粉甘いもん。」
安倍さんがあたしに言った言葉は恐ろしいほど単純な解決策だった。
「え?」
「なめてみ。」
安倍さんが手に取っているドラマ用の赤黒い壷をあたしに差し出した。
安倍さんは平気な顔で粉を指につけてなめている。
あたしは、恐る恐る赤い粉を人差し指につけるとそれを舌に少しだけつけた。
- 409 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:49
- 仄かに甘くて昔駄菓子屋で食べた固形ラムネの味を思い出した。赤い粉はあたしの想像からは際立って離れてむしろ小さい頃、夢を見ていた頃の懐かしい感覚さえ思い出させた。
「でも、これお味噌汁に入れたらまじーだろーなー。」
安倍さんが続いて辟易とした表情を見せた。
まん丸とした瞳に口をとんがらせてまるで不良の真似をしているみたいだった。
だからあたしは思わずおかしくなって笑ってしまっていた。
「うん。その笑顔だよ。」
安倍さんは言う。
「梨華ちゃんは笑顔がいいからなぁ。その顔が出せてるときの演技は大丈夫だよ。」
あたしは、安倍さんに言われて自分の部屋に大切に飾ってある自画像を思い出した。
それはあの雨の日、真希にもらったものだ。
真希はあの時一度も笑ったことがないはずのあたしの笑顔を描いた。
その時からその絵の笑顔があたしの目標になっていた。
真希は未来の可能性を見ることができるのだ。
- 410 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:50
- あたしは安倍さんにお礼を言うと思わずスタジオから外に駆け出した。
外の空気を思いっきり吸って深呼吸する。
さっきの青々とした緑が広がっていた。
だけど天気だけはいまいちで、少し濃いめの雲が太陽をさえぎっていた。
今にも雨が降り出しそうだ。
当然かもしれない。
あたしは究極の雨女なのだ。
だけどそれでもよかった。
あたしの中では全てが晴れている。
今回の役で晴れた空の下で思いっきり悪態をつかれる役を演じきりたい。
そして雨の下で思いっきり笑っていられる人になりたいとあたしは思った。
あたしは女優となった今でも雨の中、真希の家に通いつづけている。
- 411 名前:雨女 投稿日:2004/05/09(日) 23:51
- 「雨女」 終わり
- 412 名前:ES 投稿日:2004/05/09(日) 23:52
-
- 413 名前:ES 投稿日:2004/05/09(日) 23:53
-
- 414 名前:名無し 投稿日:2004/05/22(土) 13:02
- 前回のSENRIGANも良かったですが
今回の雨女も、読んでいて最後あたたかい気持ちになりました。
- 415 名前:ES 投稿日:2004/05/25(火) 23:05
- >414
レスありがとうございます。
読者さんも減って閑散としたスレでしたが少し勇気がでました。
またどこかで小説を書くつもりでいます。
Easestone
- 416 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/26(水) 19:20
- レス苦手でカキコためらってしまいましたが、自分も読ませていただいてます。
作者さんの小説大好きです、HPも覗かせていただいてます。
作者さんを勇気付けたい気持ちが溢れているのにこんな間抜けなレスしかでき
なくてごめんなさい。次作も楽しみにしております。
- 417 名前:ES 投稿日:2004/05/30(日) 21:25
- >>416
レスありがとうございます。
全然間抜けなレスじゃないですよ。
私も1年以上も飼育で小説書いてますがレス返しが苦手で、でも毎度
温かいレスをもらえてうれしく思ってます。
またよろしくです。
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