HA−F

1 名前:vegetable 投稿日:2003年05月19日(月)15時25分17秒

どこでもないどこか。いつでもないいつか。
2 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)15時26分14秒
今から約11年前、日本に「HA−M」「HA−F」という町が作られた。
「HA−M」とはHomosexual’s asylum−maleの事で、日本語で言えば「男性同性愛者収容所」である。
そして、「HA−F」とはHomosexual’s asylum−feminineであって「女性同性愛者収容所」を指す。
つまりそこは同性愛者の者が世間一般との接触を断ち生活していく場所。
一見、擁護的なものなのかと思うかもしれないが、紛れもなくここはパラダイスなどではなかった。
ここに収容される者は、相当激しく同性愛を肯定する発言や行動をとったか、もしくは表立って同性愛行為をした者に限られている。
ここにくる者には住民票も市民権も与えられない。最悪の場合、収容された時点で死亡届が受理されてしまっている事もある。
もっとも、一度ここに入れば二度と出る事は出来ないとされているため、外の世界では死んだも同然なのかもしれないが。

3 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)15時27分12秒
現在、「HA−M」には約120人、「HA−F」には約100人が収容されていると言われている。
どちらの町にもトップとされる者が存在し、ここ独自のルールもある。
町自体は外の世界と何ら変わりない普通の佇まい。
収容以前の職業を元に、簡易ながらも医者や警察も配備されている。
国の配下にあるが、軍人が入るのも収容人を連れてくる時くらいで、あまり監視されているという訳ではない。
いわばここはゴミ処分場という価値観だから。進んでゴミ山に足を運びはしないだろうという事。
だから、ここで生きていくと覚悟を決め諦めがつけばそこそこ快適に暮らしていく事も可能ではあった。

無造作に立ち並ぶ民家の他、学校、病院、スーパー等があり、小さいながらも湖や森もある。
ないものといえば、人間以外の動物、それくらいだろうか。

そんなここ「HA−F」に今日もまた、新人がやってくる。
半年に一度、4月1日と10月1日は国が決めた送還日だった。
第23期収容者となる4人を乗せた護送バスが、もうすぐ到着しようとしていた。

4 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時27分51秒
∧∨∧∨∧

午後2時を回った頃、町の真ん中ほどにある集会所にぞろぞろと人々が集まり始めた。
新しい人がくる時は全員で出迎える事、という現在のトップ、真矢みきさんの指示のかいもあってか、
ほぼ全員がバスの到着を前に集合しとった。

「あ。車の音がした」

誰かがそう言うた直後、軍服を来た男が4人を連れてやってきた。

「20××年4月1日付で収容される事になった者たちだ。
 資料はこれだ。くれぐれも問題を起こさないように注意をすように」

目深に被った帽子から覗く目が、明らかに私らを見下してるもんやというんを感じた。
相変わらず、嫌なやつらやわ、ほんまに。

そいつはみきさんに資料を渡すと、早々にここを後にした。

5 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時28分33秒
「んー…。
 じゃ、まずは4人に自己紹介してもらうわね」

資料にざっと目をやって、左端におる子の方を見た。
それに促されるようにその子が口を開いた。

「紺野あさ美です。よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げる。
なかなか出来た子みたいやん。

「高橋愛です。今日からお世話になります」

この子もはっきり喋るなぁ。
何や今度の新人さんはしっかりしとるなぁ。

「辻希美れす。よろしくおねがいします」

お。何ややっと新人らしい子が出てきてほっとするわ。
どうも最近の子は出来すぎでかなんからなぁ。

「矢口真里です。よろしくお願いします」

ちっちゃ〜。
けど顔は他の子より大人っぽいからもしかしてこの子が4人の中では最年長なんかなぁ?
いやぁ〜世の中不思議が一杯やわ。

6 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時29分05秒
「で、裕子。
 話聞いてる?」
「え。あ、はい?」
「…もぉ。
 この子たちに町を案内してあげてって言ったのよ。
 もうたらし込む作戦練ってたの?相変わらず手だけは早いんだから」
「ちょっ、みきさんっ。
 私、そんなイメージなんですか?」
「そうよ。ねぇ?」

―いやいや。
そんなみんなして一斉に頷く事ないやんか。

「分かったらさっさといく」

びしぃっと入り口の方を指差されたからにはもういくしかない。
みきさんには逆らえんからなぁ。

7 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時29分43秒
「…しゃーない。
 ほな、いくで?」

極力自然な笑顔を振りまいたつもりやったのに、4人ともの顔が脅えとったような気がしたんは何でやろうか。

それは気にせん事にして、真面目に町を案内した。
って言うても小さい町やからぐるっと一周して回っても一時間ちょっとあれば歩いてしまえる距離なんやけどな。


「何か質問とかあったら言うてや〜」

大人しく私の後をついてきてる4人に向かって問いかけてみる。

「…」

…私が一体何をしたって言うんや。

8 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時30分24秒
「あ、で。
 電気の供給時間っていうんがあるんや。
 朝の6時から夜の9時までしか電気つかんから、9時には寝てまうんが得策やで。
 水とかガスとかは一日中使えるんやけどな。電気は町中がシャットダウンされてまうから」

って、なぁ私の話聞いてますか?お嬢さん方。

結局一周して集会所に戻ってくるまで4人の声を聞く事はなかった。

「おかえり〜。
ごくろうだったねぇ」

出迎えてくれたんはみっちゃん。
私より一期後に入ってきたんやけど、ほんまええ子なんよなぁ。
ごっちんっちゅー彼女をこそこそ作ってもうた事以外はな。

9 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時31分01秒
「まだおったん?
 まさか裕ちゃんの帰りを待ってたとか?」
「んな訳ないですやんか。
 その子らの今日の宿決めをしてたんですよ」
「宿決めなぁ…。
 まぁ、今日の今日で住むとこ捜せっちゅーんは酷な話やもんなぁ」

この時点では他人事やったんやけど…。

10 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時31分51秒
「で、決まったん?」
「ええ。
 高橋さんはごっちんのとこ。
 紺野さんはなっち。
 辻さんが私んとこで、矢口さんが裕ちゃんのとこですわ」
「…。
 はい?!」
「しゃーないですやん。
 平等にくじで決めたんですから」
「私、案内係やったのにまだ業務命令があるんや…。
 みきさーん…」
「ダメよー。
 18歳以上の人間全員でアミダしたんだから。
 運の尽きよ、諦めなさい。
 むしろ矢口さんが諦めてって感じだけどねぇ」
「なっ、まるで私が手ぇ出すみたいに言わんといてくださいよっ」
「分からないじゃない?
 だって裕子だもの」
「…」

11 名前:HA−F 投稿日:2003年05月19日(月)23時32分35秒
何かもう気力失うわ。
この人をいっぺんでええから言い負かしたいと思てんねんけど、まだ一回も勝ったためしがない。

「じゃ、よろしくね。
 あ、明日、4人とも新人の子たち連れて私の所にきてね。
 住む場所、話合うから」
「はーい…」

そう言うたらみきさんは足早に帰っていってしもた。

12 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)01時15分22秒
もしや、やぐちゅー?
更新、お待ちしております。
13 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月20日(火)21時08分40秒
ち、ちなみに高紺期待しちゃっていいですか?
14 名前:vegetable 投稿日:2003年05月20日(火)23時58分20秒
>>12さん
やぐちゅーです。
やぐちゅー書きたい発作に負けてスレ立てちゃいましたw
>>13さん
高紺ですか。
う〜ん。
他CPも書く予定ですがまだ何を書くか決まっていないので何とも…。
15 名前:HA−F 投稿日:2003年05月20日(火)23時59分07秒
「ほな辻さんいこか」
「…はい」
「裕ちゃんお先失礼します」
「はいはい。泣かしたらあかんで」
「そんな事しませんって」
「どうだか」

「あ、へーけさん帰るの?
 ごとーも帰るぅ。
 愛ちゃん、いこっ」
「は、はい」

「じゃうちらも帰るべ。
 紺野さんいこっか」
「はい」
16 名前:HA−F 投稿日:2003年05月20日(火)23時59分55秒
それぞれにさっき案内する時に置いていった荷物をそそくさと拾い上げて出て行ってしもた。
あっという間に取り残される事になった。
…何かみんなして冷たいなぁ。

「えーっと、矢口さん?
 嫌やろうけど、今日は私んとこで我慢してな。
 一日だけやからさぁ」

私の言葉にこくんと頷く。
よう考えたらちょっとそれはそれで失礼なんちゃうか?とも思たけど、そん時は何かカワイらしいやんって思った。

17 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時00分44秒
家に着いて、お茶を出した後、とりあえず何とか心を開いてもらえんもんかと思って話をする事にした。
さっきの事もあるからまぁ返事に期待は出来んなぁとは思てたけど。

「矢口さんは今いくつ?
 17・8くらいか?」
「…ハタチ」
「えっ?」

返事がちゃんと返ってきたんにも驚いたけど、まさかこの愛らしさで大人の歳やとは思わんかった。

「…見えないの、知ってるから」

驚きを隠せんでおる私に溜め息っぽく呟いた。

「あ。ごめん。
 そんなつもりやなかってん。
 ほら、そんなカワイイから高校生くらいなんかなぁって思ってたから…」
「…」
「あ、私やってこう見えて29やねんから。
 全然そうは見えんやろ?」
「…」

くすっと笑ったんが分かった。
自滅行為やったなぁと後悔する直前やったから、まぁえっか、て後悔せんで済んだ。

18 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時01分34秒
「…中澤さん、子供みたいですね」
「はい?」

いや、っていうか名前ちゃんと覚えとってくれたんやなぁ。
道すがら自己紹介した時は4人とも反応なかったから聞いてないんやと思てたんやけどな。

「くるくる表情が変わる」
「…まぁ、人間やからな。
 それよりその敬語、使わんでええで。
 裕ちゃんて呼んでくれてかまんし」
「でも…」
「たった100人程度しかおらんとこやねんから、仲ようしたいやん?
 それに最近中澤さんや呼ばれる事なかったからそっちの方がテレるんよ。
 私も矢口って呼ぶからさ、そう呼んでや」

少し私の目を見つめてから頷く。

あかん。やっぱこの子カワイすぎっ。

19 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時02分20秒
「…なぁ、さっき何で一言も喋ってくれんかったん?」
「…。
 その…美人だなぁって見とれてたのもあるんですけど、カラーコンタクト、恐くて…」
「はぁ?
 何で?ええ色やと思うんやけどなぁ…。
 それに今言うたとこやのに敬語使っとるし」
「あ。ごめんなさい」
「ええけどな。
 確かに初対面の人には脅えられがちやし」
「けど、良かった」
「ん?」
「思ってたよりいい人そうで」
「いい人か。
 それ、あんまつこたらあかんよぉ?
 ここ、みんながみんな全員が全員の恋愛対象なんやから、もし私が矢口に一目ぼれでもしとったら相当傷つく言葉やで〜。
 気ぃつけやぁ」
「そ、そうなの?」
「いい人は都合にいい人やからなぁ。
 それ以上先には進めんって言われてるんも同然やからキツイで〜」
「…ごめんなさい」
20 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時04分03秒
「…式、挙げるとか?」
「ん、いや違うで。ここには教会やないからなぁ。
 こう、二人とも上下白の服着てな、メインストリートを手繋いで歩くんよ。
 だいたい事前に告知するから、大勢に祝ってもらえるんやでぇ。
 まぁ、冷やかしも盛大に受けるはめにはなるけどな。
 それが嫌な人とかはたまに真夜中にやったりするんやけど
 トップに、あー…今やったらみきさんに報告せなあかんのよ、これは必須な。
 事前でも事後でもええから必ず報告する事。
 せぇへんかったら結婚が認められんからみんなちゃんとしよるみたいやわ」
「ふーん…」
「まぁ、結婚せんでも大っぴらにいちゃつけるし、そんな大差ないねんけどな。
 やっぱ、紙切れ一枚でも、何でもええから証拠が欲しなるんやろうなぁ。
 この人は私のもんですっていう証拠が」
「…裕ちゃんは、結婚してないの?」
「残念ながら」
21 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時05分03秒
「結婚かぁ…」
「何や?感慨深そうに」
「あ、ううん。何でも…」

何でもない事ないやん、その顔。目泳いでるで。

「ど、どれくらい前からここにいるの?」
「私?」
「うん」
「えーっと…3年、かなぁ」
「…最近、だね。結構」
「まぁなー。
 気付くんが遅かったっていうか、高校卒業するまでは自分の事ノーマルやと思ってたくらいやしな」

声のトーンを上げて陽気に言うたつもりやったんやけど、矢口の目線は床を捉えて放さんかった。

22 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時05分44秒
「…けど、自覚してしもたんよなぁ…。
 会社の同僚にな、惚れてしもたんよ。
 それまでも何度かそういう事あったんやけどな、そん時は別やった。
 今まではほとんどそれを口にした事なんてなかったし、そうするつもりもなかった。
 でもそん時は、どうしてもその人の事が欲しくなってん。
 見てるだけじゃ満たされんくらい好きになってしまったんよ」

私の話を聞く横顔が沈んでいくんが分かった。

23 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時06分29秒
「…好きやって言うたら…きょ」

最後まで言えんかったんは、矢口の体に覆われたから。
小さい体に抱きしめられてた。

「…いい…言わなくていいよ…そんなの…。
 何で矢口にそんな事話してくれるの?
 矢口が裕ちゃんの事警戒してるから?
 ”みんな仲良く”のために自分の事犠牲にしてるの?」

24 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時07分25秒
何やえらい真っ直ぐな子やなぁ。
その外見、損してるんとちゃうか?

「”みんな仲良く”っていうよりかは、私が矢口と仲良くなりたいから言うたんかもしれん。
 …大丈夫。もうあれから3年も経ってんねんで?泣いたりせぇへんから。
 やから、息し辛いから力緩めて?」
「ご、ごめんっ」
「そんなあっけなく放されても寂しいけどなぁ?」
「…裕ちゃんってモテるでしょ?」
「ん?そんな事ないと思うけど」
「誤解されるタイプだよねぇ。
 っていうか裕ちゃん自身が故意に誤解させてるのかもだけど」
「ひどい言い草やなぁ」
「…ごめん」
「…なぁ、そんな謝らんでええって。
 悪気があって言うてる訳やないんやろ?
 せやったら謝る必要ないから。
 そんな沈んだ顔される方が嫌やからさぁ」
「…ん」
25 名前:HA−F 投稿日:2003年05月21日(水)00時08分22秒
…やばいなぁ。その顔に弱いわ、私。
ってもう夕方やん。窓の外めっちゃ黄昏ていってるし。
慌てて自分を取り繕った。

「もうこんな時間やわ。
 ご飯作るから、適当に時間潰してて。
 もし外行くんやったら言うてからいってな?」
「…いかないよ。
 手伝う」
「ええって。矢口はお客さんなんやから」

立ち上がってた私の腕に、すっと伸ばされた矢口の手が触れた。

「じゃぁ見てるだけにするからさぁ、一緒にいていい?」
「…ええよ」

ハタチや言うてもまだ子供なんかなぁなんて思った。
まぁ初めてきたとこで一人にされても不安に思うんは仕方ない事やろうけどな。

それから矢口は椅子に座って、料理をしてる私の方を見てた。
頬杖ついてぼんやりとって感じにやったけど。
26 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月23日(金)00時14分47秒
おもしろいです〜〜
やぐちゅー大好きなので、続きも期待してます〜。
27 名前:vegetable 投稿日:2003年05月24日(土)06時03分50秒
>>26さん
もうハチャメチャに始めちゃった感があるので
おもしろいと言ってもらえると救われます。
28 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時04分29秒
7時を回った頃ご飯が炊けて、向かい合って食べた。
何かの集まり以外で誰かとご飯を食べる事は久しぶりな気がした。
「いただきます」も「おいしい」も久しく聞いてなかったはずやったから、矢口がそういうて笑うんを見るんが嬉しかった。
食べながらも会話が弾む。

29 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時05分07秒
「ここなぁ動物おらんのよ。
 だから肉は食べれんからなぁ」
「食用だけじゃなくて、いないの?」
「せや。人間以外何もおらん。
 やから牛乳も飲めんで…て、あっても飲まんっぽいけどな」
「…飲めないけど」
「やっぱり」

「森はあるからそこそこ果物はあるんやけどな。
 初めて森にいった時は不思議な感じやったでぇ?
 小さいとは言え森やん?けど鳥一羽すらおらんのやからなぁ。
 あれには驚くで。今度いってみぃな」
「うん」
「迷子んなっても襲ってくるもんがおらんから野宿しても大丈夫やし」
「ええっ。捜しにきてくれないの〜?」
「気が向いたらな。
 って迷子になる気満々かいな」
「あ」
30 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時05分43秒
何で話が尽きる事がないんやろう。
私、結構人見知りするはずなんやけどなぁ。
矢口をお風呂に案内して後片付けをしながらそんな事を考えよった。

「…ぽかぽか」

お風呂から戻ってきた矢口は独り言みたいに呟く。

「頭ちゃんと拭きなや?
 ドライヤーその奥の部屋の鏡んとこにあるからよう乾かすんやで」
「はーい」

頭ん中までぽかぽかなんかしらん、矢口はぼーっと返事を返す。
けど、時間もない事やし矢口をリビングに残したまま私もお風呂場に向かった。

31 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時06分29秒
私がここにきたんも4月1日やったんよなぁ…。
あん時の私は人生の終わりみたいな顔してたんよな、確か。
みきさんに後から聞いた話やけど随分目が濁ってたらしいし。
それに比べたら矢口もあとの3人も真っ当な顔してたよなぁ。
…あの人と離れるんが嫌で、泣いたっけな。
もう、3年か…。もう一生会われへんねんやろうなぁ…。

天井から時折滴る水滴の音だけが響いてた。

こんなん思い出す事やこの2年近くなかったのに、どうして急に…。

32 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時07分14秒
「裕ちゃん。
 もう8時半だよ?
 9時に電気落ちちゃうんでしょ?大丈夫なの?」

思わず泣きそうになってしもてたんを救ってくれた矢口の声。
2枚扉を隔てた先から飛んできたその声は何でかきれいに耳に届いた。

「分かってるって。もう出るから」

そういや前にいっぺんお風呂に入っとる時に電気落とされた事があったなぁと思い出した。
危うく同じ失敗をするとこやったわ。冬やったから髪乾くんに時間かかってなかなか寝れんかったんよなぁ。

―ってまたトリップするとこやった。
あかんあかん。はよ上がろ。

33 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時07分58秒
お風呂から上がってリビングに戻ったら矢口はその足音に気付いたみたいで振り返ってこっちを見た。
ソファーの隅っこにちょこんと体育座りして、首だけで私を見る。

「どしたん?」
「…んーん、何でもない」

そう言うてぱっと視線を逸らして顔を膝に沈める。

「…。
 ドライヤーするからちょっとうるさいけどごめんな」

それを気にせんかった事にして、寝室の鏡の前に座って髪を乾かし出した。

ドライヤーの風が空気を駆けてく音だけが耳に聞こえてた。

34 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時08分38秒
乾かし終えて矢口のおるとこに戻ったら、さっきの体勢のまま眠ってしもたらしくてぴくりとも動かんようになってた。

「…矢口。
 こんなとこで寝たら風邪引いてまうよ」

小さく呼びかけてみる。

けど返ってくるんは規則正しい寝息だけやった。

「…はぁ。
 もぉしゃーないなぁ…」

35 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時09分13秒
ちっちゃいから大丈夫やろう。

「いけるかなぁ…」

私は矢口を起こさんようにそっとその体を持ち上げようと試みた。
こんなとこで寝かす訳にはいかんからなぁ。

「よっ…」

お姫様抱っこは無理。
腕に力ないから持ち上がらん。

なら、ちょっと無理矢理やけど正面から…

「んー…裕、ちゃん?」

しもた。

36 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時09分57秒
「ごめん。起こしてもうたなぁ。
 ここで寝たら風邪引くかもしれんからベッドまで持ってこうと思ったんやけど…」
「ん。
 自分で歩くよ…」
「そうか」

ソファーから立ち上がった矢口はペンギンみたいによちよち歩いていく。
頭ん中は完全に夢ん中やなぁ、これは。

「…」

ドアんとこまで進んで、何でか立ち止まった。

「…裕ちゃんは…?」
「私?
 え、あ、ここに布団敷いて寝るから…」
「…一緒に寝てくれないの?」
37 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時10分44秒
自分の心臓が跳ね上がるんを感じた。

「さ、寂しいんな?」

声、上ずってないやろうか。

「…だって、明日から毎日一人で寝なきゃいけないんでしょ?」

ここに泊まるんは今日だけやから。

「だったら今日は一緒に寝て…。
 ダメ?」

そんな事言うん反則やで。

「…ダメや言うたらどないするん?」
「…無理矢理引きずってでもベッドに連れ込む」
「こらっ。真顔でそんな事言うなやなぁ」
「じゃあ、裕ちゃんの意思でそうしてよ」
「…分かったわ。
 一緒に寝ればええんやろ。はいはい…」
38 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時11分16秒
そっちは9つも歳離れとったら恋愛対象やないんかもしれんけどな、私はめっちゃストライクゾーンやっちゅうねん。
あーぁ…絶対今日寝られへんわ。
そんで明日その寝不足なんを目ざとくみきさんやらみっちゃんやらに見つけられて笑われるんやわ。
はぁぁ…憂鬱やわ、ほんま。

「どうし…」

あっ。

――。
39 名前:HA−F 投稿日:2003年05月24日(土)06時11分57秒
「…落ちちゃったね…」
「やな。
 …見える?」
「うーん…微妙」
「ちょお待ちぃな。
 そっちいくから動いたらあかんで」
「うん…」

私は自分ちやから暗ぉてもだいたい分かるけど初めてここにきた矢口にはキビシイやろうからな。

「手、出して」
「ん」
「躓かんようにな」
「うん」

矢口のとこまで行ってその手を繋いでベッドに誘導した。

40 名前:マコト 投稿日:2003年05月24日(土)10時52分36秒
面白いですねぇ
今後どうなっていくのか楽しみです!!
41 名前:vegetable 投稿日:2003年05月26日(月)14時34分37秒
>>40さん
今後どうなっていくんでしょうね、ほんとに。
まあなるようになれって感じで。
42 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時35分13秒
「狭いけどええん?」
「いいよ」

被った布団の冷たさが、隣にある自分のもんやない体温をいっそう感じやすくさせてるみたいやった。

このままやとほんまに一睡も出来んようになりかねん。
そう思って矢口に背中を向けて眠ろうとした。
寝なあかんって自分に言い聞かせるようにぎゅっと目を瞑ったのに、それを許さんみたいに矢口の声がした。

「…こっち見てくんないの?」

向きを変えんでも分かった。
今矢口は私の方に向いてるっていうんが。
43 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時35分47秒
「…右が下やないと何か寝れんのよ…」

苦しい言い訳やな。
自分でも笑ってしまいそうやわ。

「…じゃぁ、手だけ繋いでてもいい?」

そう言うて私の答も聞かんと矢口の右手に左手を繋がれた。

「…ええよ」

そんなんもうそうとしか答えようがないやんか。

落ち着けって言い聞かせても、心拍数がだんだんだんだん上がっていくんが自分でも分かる。

「おやすみ」
「…おやすみ」
44 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時36分23秒
けど、十数分して私の手を握る矢口の手の力が緩まっていくと心も落ち着いてきた。

ちょっとだけ体を捻って矢口の顔を見てみた。
少し薄めのカーテンから差し込む月の明かりで微かにその表情が見える。

起きてる時は口調のせいもあってかそこそこ歳相応に見えてたけど、寝てる顔は完全に子供のそれやった。
閉じた目蓋にかかる前髪が呼吸をするんに合わせて微かに震えてる。
子供って呼ぶには足りんもんて言えば元気くらいやろうか。
ハタチってそんな大人やったっけ?そう考えさせられてしもたんや、何かな。

けど、それは矢口が大人やからとかやなくて、もっと別の何かが矢口から元気を奪ってしもてるんやというんを知ってしもた。

隣に矢口がおるっていうんにもだいぶ慣れてきて、繋いだ手にも神経を集中してなくても心臓が暴れんくなってきて、
ちょっとうとうとしてきてた頃やった。
月がもう窓からは見えんようなとこまで昇っとったから結構深い時間になってたんやろうと思う。

45 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時37分06秒
隣で眠っとるはずの矢口は誰かの名前を零しながら泣いてた。


ここにくる時、誰と離れるんが嫌やったんや?
誰のために泣いてるん?
誰にもう会えんのが辛いん?
誰の事を想って泣くん…?
大人でも子供でも、それは一緒なんやろう。

―まるで、あの日の自分を見てるみたいやった。
ここにきた時、私はもう26にもなってたけど、やっぱりあの人のおらん世界にいくんが嫌で泣いてた。
毎日、毎日、泣いて、泣いて、どんだけ泣いても涙が涸れる事はなかった。

今あんたはあの日の私とおんなじように、誰かへの想いを失くしてしまえんで苦しくて泣いてるんやんなぁ…。

46 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時37分41秒
あの時、みんなが一杯救ってくれた。
一杯話を聞いてくれて、ここにきたからってあんたは一人なんかやないんやからって一杯支えてくれた。
そのおかげで私は何とかこうして笑えるようになったから。
やから、矢口。あんたの事はきっと私が助けてあげるからな。
毎日毎日泣いたりせんでええように一人になんかせぇへんから。

私はそう決めた。
47 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時38分16秒
∧∨∧∨∧

翌朝。

目が覚めた時に矢口の方を確認してみたらちゃんと眠ってて安心した。
繋いでたままやった矢口の右手からそっと自分の手を抜いて今度は起こさんようにベッドから出る。

顔を洗ってから朝ご飯の支度を始めた。
朝ご飯と言えば白いご飯にお味噌汁があれば上等って思うようになったんは、そういえばここにきてからやったなぁと思い出した。
動物が存在せぇへんって事はもちろん玉子もないってつまり事でパンも作れんって事やからなぁ。
パン屋さんの建物はあるけど、そこん中は普通に人の家やもんなぁ。
矢口は若い子やからなぁ朝からご飯なんて食べんのかもしれんな。
まぁけどしゃーないわな。
ご飯以外に食べるもん捜す方が難しいとこなんやから。

テーブルに2人分のお味噌汁と焼き鮭を並べて、矢口を起こしに寝室に戻った。

48 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時39分01秒
うん。
相変わらずぐっすりやな。
起こすん億劫になるなぁそんな寝顔見せられたら。

「…矢口〜。
 朝やで。起きてやぁ」

自分の名前に無意識に反応したんか眉毛がピクッと動く。

「矢口」
「……ん…」

起きたか?

「…ううー…」

呟くようにうめきながらゾンビが蘇えるにみたいに体を起こす。
―なぁ、いつもそんな起き方してるん?
背中から起きるやなんて相当器用やと思うで。
49 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時39分58秒
「…んー…あ。おはよう、裕ちゃん」

っ!

何?その全開の笑顔。
ちょっとっ無防備スマイルは反則やって。
あんた年上キラーやな。それ無意識に見せてるんやろ?
あかんてほんまに。

―て、私も落ち着け。
昨日から翻弄されすぎやで。

「おはよう。
 目ぇ覚めた?」
「うん…」
「なら、朝ご飯作ったから一緒に食べような。
 顔洗っといで」
「はーい…」

大丈夫、やな?
昨日泣いてた事覚えてない訳はないんやろうけど、私が思てたより引きずってないみたいやな。
50 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時40分47秒
「何で起きる時一緒に起こしてくれなかったの?」

私の心配をよそにご飯をちゃんと食べながらそんな事を言うてくる。

「何でって、何で?」
「矢口もご飯くらい作れるのにさぁ、何か何も出来ないみたいじゃん。
 それに、泊めて貰ったのにお礼何もしてないし…」
「そんなん気にせんでええって。
 私も久しぶりに1人でご飯食べんでよかったからいつもより美味しく感じたしな」
「…じゃあさぁ、今度は矢口がご飯作るから一緒に食べよ?
 いつでもいいからさぁ」
「そうやな。ええよ」
「約束だからね」
「分かったって」

昨日は敬語はええって言うた後もちょっと考えながら話してるっぽい感じがしてたけど、
今日はすらすら言葉が出てきてるみたいや。
何や、嬉しいやん。
51 名前:HA−F 投稿日:2003年05月26日(月)14時42分05秒
「あ、そうや。
 この後、みきさんとこいくから出かける用意してな」
「…うん」

あぁ、やっぱまだその表情失くせれんのやなぁ。
その悲しそうな顔、どうしたら消してしまえるんや?

「…歳近い子もそこそこおるし、そのうち慣れるって」

そんな事が矢口にその顔させてる原因やない事は分かってる。
けど、たぶん私がそれを分かってるって知ったらもっと困った顔するんかもしれんから。
やから知らんふりさせて貰うわな、矢口。

「そうだね…」
52 名前:つかさ 投稿日:2003年05月26日(月)23時33分23秒
やぐちゅー新作発見♪
矢口さんの過去の相手は・・・。
姐さんの過去の相手は。
そして姐さんは矢口さんを泣かせてあげることができるのか?
期待して待ってます。
53 名前:vegetable 投稿日:2003年05月29日(木)01時17分06秒
>>52さん
矢口と姐さんの過去の相手・・・
ほんと、誰なんでしょーねー(ニガワラ
ではちょっと更新です
54 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時17分44秒
昨日言われた通りみきさんの家に行ったら、もう既に他の3組は到着しとった。

「遅ーい、て言いたい所だけど、昨日私も時間指定するの忘れてたからチャラにしてあげるわ」
「それはどうも」

「矢口さん。
 裕ちゃんに何もされなかった?」
「正直に言うてええんよ。
 裕ちゃんがこんなカワイイ子相手に何もせん訳ないんやから」
「ごとーもそう思うー」
「こらぁ。
 あんたらいっつもそうやって私の評判下げてくんやから。
 もういい加減やめてやな」
「何言ってるんだべぇ。
 裕ちゃんが誰よりも手ぇ早いのはもう皆知ってる事だべ」
「…なっち。
 後で裕ちゃんと二人っきりで話しよな」
「…」
「あーあ、ご愁傷様、なっち」
「後で何されたかごとーに教えてね」
55 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時18分41秒
「ほら。
 もう、4人とも引いてるじゃないの。
 裕子の話はハードだからよそでやりなさい」
「みきさんまで…」
「話進まないから仕方ないでしょ」
「…はい」

「じゃあ本題に入るわよ。
 昨日も言ったんだけど、住む家決めなきゃいけないのよねぇ。
 で、今空いてる家を調べて貰ったんだけど、全部で20くらいあるの。
 マンションとか学校とか共同で住んでる所も入れればもうちょっとあるんだけど」
「全部見て回るには時間かかりそうですねぇ」
「そうなのよ。
 それに見ただけじゃ住み心地なんてよく分からないと思うしね」
「ですねぇ」
56 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時19分20秒
「前はどうやって決めたんでしたっけ?」
「あー…確か半年前は2人しかいなくて、2人とも13歳くらいだったから大人のいるマンションに入ったんじゃなかったっけ?」
「そうそう。
 安倍さん物覚えええなぁ〜」
「って、加護ちゃん。
 何でおるんや?びっくりしたわ」
「すんません。
 実は昨日私んとこ辻ちゃん泊まったやないですか?
 その時一緒に加護ちゃんも泊まりにきたんですよ。
 で、そのままついてきました」
「ええーっ。
 へーけさんあいぼん泊めたのぉっ?
 ごとーが泊めてって言ってもなかなか泊めてくれないのにぃ〜」
「ほら、また主旨ずれてきてるじゃない。
 あなたたちには成長するって言葉はないみたいね」
「…すいませーん」
「あの〜、真矢さん」
「なぁに?加護ちゃん」

…みきさん絶対加護ちゃんの事気に入ってるんやろうなぁ。
声が母親みたいになってるし。
57 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時19分59秒
「加護、ここにきた時も1人やったし、同い年の子とかもあんまりおらんかったからののがきたんすごいうれしかたんですよぉ。
 だから、その、加護、ののと一緒に住んじゃダメですかぁ?」

加護ちゃん、その上目使いどこで覚えてきたんや?
それ確実にみきさんに効果あると思うわ。

「うーん、辻さんもそうしたい?」

みきさんと目が合うたんがテレ臭いんか俯き加減で答える。

「えっと、辻もあいぼんといっぱい話して、楽しくて、だから、いっしょに住みたいれす」
「そう。
 じゃあ、加護ちゃんのとこで一緒に住んでいいわよ。
 けど、一つだけ私と約束出来るんだったらね」

―みきさん、私の加護ちゃんに手ぇ出すなとか言いませんよね?まさか。
58 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時20分38秒
「他の子とも友達になる事。
 約束出来る?」
「はいっ」
「いい返事ね。
これで辻さんは決まりね」

「…みきさんがまともな事言いましたね…」
「…ほんまやな、みっちゃん…。
 私、ちょっと自分の耳疑ぅてしもたわ…」
「私もです…」

どうもみきさんはあの年頃の子にはよきお姉さんでありたいらしい。

59 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時21分18秒
「次は…紺野さんは…」
「あの…私、実験とかしたいので夜とかうるさいかもしれないのであまり回りにお家がない方が…」
「じ、実験…。
 爆発とかしないわよね…?」
「あ、それは大丈夫です。
 そんな爆弾作りとかはしませんから」
「ならいいんだけど」

みきさんは空き家リストに目をやって考え込む。
60 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時21分56秒
「んー湖のほとりにある家があるけど、夏になると蚊が繁殖する地帯だからねぇ…」
「あ、それなら平気です。
 そういうのも作ったりするので」
「…。
 そう?その言葉信じるわよ?
 じゃぁ、なつみちゃん、紺野さんを案内してあげてくれる?
 場所、ここに書いてるから」
「いいですよ」
「お願いね」

あの子、一体何するんやろうか…ちょっと興味あるわぁ。
変わった子やなぁ、見た目普通の子っぽいのに。

61 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時22分41秒
「高橋さんはどうする?」
「あたしは、賑やかじゃないとダメなタイプなんで、郊外じゃなければどこでもいいです」
「都会っ子だねぇ。
 私は静かじゃないと落ち着かないけどなぁ」
「みきさん、それは隠居…」
「裕子。
 度胸ある発言するじゃない?
 次も案内役、あなたのために取っておくわ」
「えぇっ」
「じゃあ、高橋さんはこの3つから好きなの選んでいいわよ。
 真希、連れていってあげてね」
「はぁい」

62 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時23分18秒
「残るは矢口さん」

…。
そういやここに着いてからまだ一言も喋ってないなぁ。

「…」

しゃーない。覚悟決めるか。

「みきさん」
「何?」
「矢口、もうちょいウチで預かっても構いませんか?」

「うあーっ裕ちゃんそれって告白ぅ〜?」
「やっぱ昨日何かあったんですか?」
「ごとーも聞きたい。ごとーも聞きたいぃ」

「何とでも言え。
 あきませんか?みきさん」
「…理由、聞く権利くらいは私にもあるわよね?」
「…」

どうする?私。
63 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時24分08秒
矢口の方を見たら戸惑ったようなどうしてっていうような目をして私を見てた。

ここでほんまの理由を言うんは出来んなぁ…。

「いやぁ、久しぶりに自分のためだけやないご飯作って、気分がええんですよねぇ。
 矢口、美味しいとか言うてくれるし。
 この快感をもうちょい味わっときたいなぁ、と」
「…」

お願いしますって。
後でなんぼでも文句聞きますから今はそれで了承してくださいってっ。

「矢口さん。
 こんな節操なしと一緒でも構わない?」

…節操はありますぅ。

「…はい…」

良かったぁ。
これで矢口に振られたら立ち直れんとこやったわ。

64 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時24分47秒
「なら、裕子の気が済むまで一緒に暮らしてあげてね。
 何かされたら私とかみちよとかに言ってくれたらいいから」
「…ありがとうございます」

「…何で矢口さんがお礼を言うんやろうなぁ、裕ちゃん」
「…。
 さぁなぁ」

みっちゃん。いらんでええとこで感良すぎやで。

「じゃあ、解散していいわよ。
 なつみちゃんと真希はちゃんと案内するのよ?
 加護ちゃんと裕子も責任持ってやっていってよね?」
「はい」
「よし、みんなお疲れ様。
 朝早くからご苦労様でした」
「お疲れ様です」
65 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時25分25秒
「ごっちん、私も一緒に行くわ。
 高橋さん構んかなぁ?」
「あ、はい」
「やったぁ。
 へーけさんと一緒だぁ」
「こらっごっちん。
 抱きついたらあかんって」
「いいじゃないですかぁ。
 愛情表現なんだから」

「のの、行こう」
「うん」
「あ、友達も紹介するわなぁ。
 よっすぃー言うて変わった人おんねんで」
「おもしろそう」
「な。会っていこで」
「そうしよぉ」

66 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時26分13秒
みんながばらけ始めたんを見てみきさんに声をかけた。

「みきさん」
「何?裕子」
「さっきの、あんな理由でOKして貰ってすいません」
「いいのよ。
 何か言い辛い事だったんでしょ?」
「…。
 昨日、泣いてたんですよ、矢口。
 何か、誰かの名前呼びながら泣いてて…」
「それが気になって預かる事にしたの?
 まぁ、私は裕子の事信頼してるから任せるけど、あなたも無理しちゃダメよ。
 困ったらちゃんと言いにきなさいよね」
「はい。ありがとうございます」
「いいわよ。
 それより早く戻らないとあの子、不安になるんじゃないの?」
「あ、すいません。
 じゃあ失礼します」

やっぱりみきさんにはお見通しやったなぁ。
けど、良かった。
みきさんがトップで。
67 名前:HA−F 投稿日:2003年05月29日(木)01時26分56秒
「ごめんな、待たしてしもて」
「ううん」
「ほな、帰ろか」

手を差し出してみる。
その手を取ってはくれたものの、足を前に踏み出してくれんからその場から動く事が出来んかった。

「…。
 何で一緒にいてくれるの?」

そしたらそんな事を訊かれる。

「違う。
 私の方が一緒におりたいなぁと思ったからや」

嘘ではないで。

「…ありがと」

お礼を言われたい訳やないんやけどな。
って考えよる隙に矢口の足が前に踏み出されてひっぱられるようにして歩き出した。

昨日初めて触れたはずのそのてのひらが何ていうか、よく私の手に馴染む。
ずっと、私のこの手は矢口のその手を握るためにあったかのように。
68 名前:sennju 投稿日:2003年06月01日(日)07時43分46秒
良い!
69 名前:vegetable 投稿日:2003年06月02日(月)03時34分22秒
>>68さん
ありがとうございます
その一言がうれしいです
70 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時35分01秒
∧∨∧∨∧

それから何日かが過ぎた頃、ちょっと用事があって家を空けてて、それから帰ってきたらその家の中に矢口のはなかった。
出て行ったんやろうか?とも思ったけどその考えは矢口の残していった置手紙が否定してくれた。

『裕ちゃんへ
 ちょっと森に迷い込んでくるね。
 日が落ちる前には帰ってくるから。
                 矢口』

ちょっとだけ癖のある字でそれは書かれてて、その文字さえも矢口っぽくて笑えた。

日が落ちる前に、か。
いつ頃これを書いたんやろうか。
今の時間はもうすぐ5時。
そろそろ帰ってくるんやろうか。
71 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時35分57秒
って、ハタチの子相手に過保護になってるなぁって気が付いた。
心配せんでもええって。背はちっちゃくても立派に大人なんやから。

こうやって自分に言い聞かせるんは、一体何回目になるやろうか…。

そのうち帰ってくる。そしたらすぐご飯に出来るように準備しとこ。
出来るだけ明るく振舞ってみる。別に誰も見てないっていうのに。

理由は簡単な事。
ほんまはもう知ってしもてるから。
私の心ん中で矢口がどんな存在になろうとしてるんかを。
72 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時36分42秒
時計の針が6時を回った。
それやのに矢口はいっこうに帰ってこん。

何かあった?
いや、けどここの森はたぶん日本で一番安全な森やで?
何かって何があるっていうんや?

テーブルに並ぶ煮物から湯気が消えてしもた。
ひっくり返して置いたお茶碗がやけに無機質で、そこにおらん矢口の存在を大っぴらにアピールしてるみたいやった。

―あかん、限界。

みっちゃんやが知ったら裕ちゃん惚れましたなぁとかって言うんやろう。
けどもうそれでもええわ。

私は自分に言い訳するんをやめて矢口がおるはずの森に向かった。

73 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時37分24秒
どこまでいったんかが分からんからとりあえず歩ける道を真っ直ぐ昇っていく事にした。

小さいとは言え森は森。
足元は万全やないし、無造作に伸びたい放題伸びた枝も道を邪魔してくる。

こんなとこ、一人で探索にきても楽しないやろう…。
なっちとかとも大分仲良くなってきてたみたいやし一緒にきたらええのに。
なっちやったら嫌とか言わんで笑顔で賛成するはずやのに。

74 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時38分09秒
…そうか。
一人できたかったんか。
誰にも会わん場所が欲しかったんやな。
私の前では極力何にもないような振りして過ごして、なっちらと遊んでは毎日楽しいんやって自分に言い聞かせて。
それに疲れてしもたんやろ?

じゃあ、今こうやって私が捜してるんも迷惑なんかなぁ。

―なぁ、どうして欲しいん?
私に見つけて貰わん方がええんか?

どうしたらええんかも決めれんうちに、矢口を見つけてしもた。
意外とすんなり。

曲がり道のその角で立ち止まってるから。
夕日でちょっと眩しいけど、それは確実に矢口の後ろ姿やって分かる。

75 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時38分52秒
見つけてしもたもんはしょうがない。

私はゆっくりと矢口に歩み寄って声をかけた。

「…矢口」

肩がその声に反応してびくんと揺れた。

「裕ちゃん、心配性やから捜しにきてしもたわ。
 ごめんなぁ…」

矢口の一歩分後ろに着いたところで歩くんをやめた。

「おせっかいでごめんな」

両腕にすっぽり収まってしまうその小さい体を抱きしめた。
顔を見んように後ろから。
76 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時39分33秒
腕の中で矢口の体が小刻みに震えてた。
その体の前で交差してる私の手に時折冷たいもんが降ってくる。

「…帰りたい…?
 辛い?悲しい?寂しい?」

当然返事は返ってこん。

「もう、この夕焼け、向こう側からは見る事ないからなぁ…」

ただ鼻を啜って押し殺しきれんかった声をしゃくり上げる音だけをさせて。

77 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時40分20秒
「けどな、100人程度しかおらんけどな、みんな、家族で友達やからさ…。
 誰にでも、甘えてええねんで?
 大体みんな、そういう痛み、経験してるからさぁ、ここに入ったばっかりん時に。
 全部は分かってあげれんかもしれんけど、なんぼかは分かってあげれるから。
 一人で抱え込まんでええんやで…」

矢口を抱く腕に少しだけ力を入れた。

このまま、消えてしまいそうやったから。

「お姉ちゃんも、妹も、お母さんも、一杯おるからな。
 一杯、甘えたったらええねんで」

そのちっちゃい体ん中一杯に溢れてる気持ちが誰に向けられてるんかは知らん。
それから救って欲しくて打ち明かす相手に誰を選ぶんかも分からん。

けど私は矢口にそんな顔さしたくない。
それだけは確かやった。
78 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時40分58秒
―私は、矢口の事が好きなんや。
そう認めたんや。

79 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時41分43秒
どれくらいそうしてたんか目の前にあったはずの太陽がもうどこにもおらんようになってしもてた。

もう私の手に降ってきてたものも止んでた。

「…もう真っ暗になってしまうな。
 帰ろか?」

絡めてた腕を解こうとしたら矢口の手がそれを制してきた。

「どしたんや?」
「…裕ちゃん…」

掠れた声で名前を呼ばれる。
矢口にバレるんちゃうかってくらい心臓が波打ったんが分かった。

80 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時42分31秒
「裕ちゃんも、泣いたの…?」

矢口は私の腕の自由を返しながらゆっくりと振り返る。

「…この前言ってた人の事、想いながら…」
「泣いた。一生分泣いたわ。
 もうあんなに泣く事ないやろうなってくらい泣いた。
 見込みやゼロになってる言うのに何がそんなに悲しいんやって自分でも不思議に思うくらい泣いた」
「…そっか…」

一言そう呟いた矢口はおもむろに私の服の胸元に顔を埋めて頭を左右に振る。

81 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時43分14秒
「――。
 こらっ人が真面目に答えよるいうのに何で人の服で涙拭いてんねんなっ」
「バレたか」

舌を出してニカッて微笑む。

「バレるわ、そら」
「へへ…。
 あ、裕ちゃん、矢口おなか空いちゃったよぉ。
 早く帰ろう」

それ、無理してない?大丈夫か?

「せやな。
 ちゃんともう作ってあるからなぁ。
 後は白いご飯よそて、矢口が正面に座って美味しいって言いながら食べてくれるだけになってるからな」

82 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時44分06秒
歩き出した矢口の後を追って私もきた道を戻る。

「さすが裕ちゃん。
 でも美味しいかどうかはまだ分かんないじゃん」
「いぃや分かるって。
 私が作るもんが不味い訳ないやん。
 それにもし不味くても矢口は美味しいって言うてくれるやろ?」
「何だよぉそれはぁ。
 自惚れすぎだし、買い被りすぎだよぉ」
「買い被りはしてるけど自惚れてはないですぅ」
「何だよぉ可愛くないなぁ」

空元気でもええわ。
それでも元気ぶれるだけの気力があるって事やろうから気付いてない事にするわ。

けど、いつかちゃんとほんまの矢口の笑顔見せてな?
これっぽっちも曇ってないほんまの笑顔を。

83 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時44分51秒
「はぁぁぁ疲れたぁ。
 やぁっと帰ってきたよぉ…」

家に入るなり玄関でしゃがみ込んで矢口は力一杯声を漏らす。

「それはこっちの科白や。
 それにそんだけ声出たらまだ大丈夫やろ」
「若いと筋肉痛がすぐにくるの。
 だからもう限界ぃぃ」
「分かったからとりあえず手ぇ洗ってご飯にしよ、な?」
「うー…分かったよぉ」

よいしょって言いながら重い腰を上げる。

84 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時45分33秒
「何作ったの?」
「煮物。
 人参とかジャガイモとか牛蒡とか…」
「煮物かぁ…矢口も作った事あるけど味付けは市販のすき焼きのタレだったよ…」
「あぁ、確かにあれで作ったら無難に旨いよなぁ。
 けど、裕ちゃんは違うで?
 ちゃーんと自分で味付けしたからな」
「うぁ、さすがオトナぁ」
「今度一緒に作ろか?」
「え、あ、うんっ。
 絶対だよ?」
「絶対な」

そういう顔してくれると安心する。
ちょっとは私の存在役に立ってるんやろうかなって思えるし。

85 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時46分21秒
「あ、そういやここ置きっぱなしやったからもう冷えてしもてるけど、温める?」
「んー…いいや。
 おなか空いて死にそうだから」
「そうか?
 まぁ、冷めても十分美味しいからな」
「あーはいはい」
「ん?何やその気のない返事は」
「もーいいから早く食べよう」
「…はいはい」

ご飯をよそって、もう既に着席してスタンバイオーケーな矢口に手渡す。
それから自分の分もよそって席につく。

「いただきます」

「うんっ美味しいっ」

矢口の口からこの2つの言葉を聞く瞬間が今の私にとって一番の至福の時かもしれんなぁ。

86 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時47分07秒
「そういばさぁ、矢口、裕ちゃんにご飯作ってあげるって約束したのにまだ作ってあげてない。
 いっつも裕ちゃんがテキパキやっちゃうからさぁ…」

お箸で蒟蒻をつまみながら矢口は考えるようにそう言う。

「んー、作りたいん?」
「いや、っていうか作ってあげたい、かな?」
「嬉しい事言うてくれるやんか」
「そう?
 ねぇ、じゃあ明日、明日矢口が晩ご飯作るからさ」
「ええよ。楽しみにしとくわな」
「うんっ」
87 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時47分45秒
弾むような声で返事をして嬉しそうにご飯を頬張る。
―そんな顔されると、正直ちょっと困るんよなぁ。
その笑顔が本物やないって知っててもそれを失くすんが恐い。
もう一歩その心に踏み込んだら最悪、その顔すらもう私は見る事がないんかもしれんって不安になる。

「…裕ちゃん、どうかした?」
「え?
 …いや…」

けど――

88 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時48分36秒
「なぁ、矢口」
「ん?」
「…後で、ちょっと話しよか」
「…いーけど…今じゃダメな話?」
「や、そうやないけど…ほら、はよお風呂入らんと落ちてまうから…」
「…いーよ」

私は見たいから。
矢口がちゃんと笑った顔を。
89 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時49分28秒
後片付けとお風呂を済ませてリビングに出ると、ソファーに矢口の後ろ姿がある。

いつも矢口はそうやって私が出てくるんを待ってる。
先寝ててええよって言うても、何でか出てくるまでそこで座ってるんよなぁ。

「…ごめんな、待たして」
「んーん」
「髪乾かすからもうちょっと待ってな」
「ん」

そう言うて寝室に向かった。
いつもはそこで大人しく座ってるはずやのに、ドライヤーのスイッチを入れた直後、鏡越しに矢口が入ってくるんが見えた。

どうかしたん?って訊きたいとこやけどうるさくて聞き取り辛いんは分かってるから呑み込んだ。

90 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時50分19秒
ドライヤーのスイッチを切ってベッドに腰掛けてる矢口の隣に座る。

「…うるさかったやろ?
 向こうで待っててよかったのに…」
「うん…。
 けど、何か…ついてきちゃった」
「まぁ、かまんけどな」

一つ息を吐いて自分を落ち着かせる。

「あんな、話なんやけどな…」

矢口と目が合う。
その目には不安の色が滲んでるように見えた。

91 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時51分03秒
「ここきた時、最初の日に、矢口泣いてたやろ?
 それ、見てたっていうか、起きてたから知ってるんよ、私」
「…」
「それで…何て言うてええんかよう分からんのやけど、同情とかやなくてな、
 上手く言えんけど、傍におってあげたいって、そう心が言うてたんよ。
 やから、ここにもうちょっとおって欲しいって言うた。
 …ごめんな、黙ってて…」
「…。
 だから、優しかったんだ…」
「…誤解せんといてや。
 私はほんまに矢口の事…」

ほんまに矢口の事…、何やって言うんや?

「…やぐちのこと…」

言葉が咽で詰まって声にはならんかった―
92 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時51分50秒
∧∨∧∨∧

翌日。

「私これからみきさんとこ行ってくるから。
 出かけるんやったら鍵持って出てええから」

昨日一晩考えた。
けどどうしたらええんか結論が出んかった。
やから、気は進まんのやけどみきさんに相談する事にした。

何か自分から安全牌やない方に向かって行ってる気がしてならんのやけどな。
けどまぁここで一番頼りになるんはみきさんのはずやし、みっちゃんやに相談したらええおもちゃにされるだけやしな。
仕方ないわ。

93 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時52分34秒
私んとこからみきさん家までそんなに時間はかからんから、ぐるぐる訳分からん考えを巡らせよる間に着いてしもた。

「…」

別に答を貰う訳やない。
みきさんかてそんなん答えるつもりやないやろうし。

ただ、この心ん中にある変な感じを、ムズムズしよるそれを緩和出来る術を教えて貰うだけや。
そう自分に念を押して、ドアをノックした。

「みきさーん。おいでますか?
 中澤です」

よう考えたらこんな真昼間にトップさんが家におるんか?
いつもは召集命令があるからそんなん考えんできてたけど。
94 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時53分15秒
「いらっしゃい」

私の不安をよそにみきさんは玄関に姿を見せた。

「こんにちは」
「…入って」
「はい。お邪魔します」

たぶん気付いてるんやろう。
私が今日どんな用事でここにきたんか。
95 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時53分55秒
部屋の奥に通されて椅子に座ると、手際よくお茶が差し出された。
それはもう、まるで今日私がくるんが分かってたみたいに。

「すいません。ありがとうございます」

グラスで揺れる氷を見ながら一口体に入れた。

「何か、あった?」

興味本位って訳でもなく心配する感じでもなくごく自然にさらりとみきさんはそう訊いてきた。

96 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時54分35秒
「…何て言うか…。
 もう、分かってはいるんです。
 自分の気持ち、ちゃんと認めれてるんです。
 けど…」

その気持ちを自覚すればするほど不安が増してく。
広い広い闇が駆け足で近付いてくるような感覚になる。

「裕子。
 ええ歳して9つも年下の子に惚れるなんてありえんよなぁっとかって思って、
 自分押さえ込むのは禁止よ」
「…はい…」
「それと、相手の事ばっかり気にかけるんじゃなくて、自分自身の事も気にしなしゃダメよ。
 今言ったら卑怯かなとか、言ったせいでもっと苦しむんじゃないかなとか、
 それも大事だけど、もっと一番大事にしなきゃいけないのは自分の事よ。
 私の言ってる意味、分かるわよね?」
「…分かります…」
97 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時55分21秒
みきさんはいつも何でか私の事をよぉ知ってくれてる。
勿論、私の事だけやなくてみんなの事をやけど。

「言わなかったら後悔するのは誰?」
「…私、です」
「私は無理強いするつもりはないのよ?
 でも、ここにきたって事は、後一押しが欲しかったからだと思うから…」
「はい…。
 ありがとうございます」
「いいのよ。
 というか、裕子がそんな素直だと何か調子出ないわ」
「えぇー、何でですかぁ?」

そんで、こうやって背中を押してくれる。

「冗談よ、冗談」
「もぉ〜…」

笑顔にしてくれる。
98 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時56分01秒
それから、他愛ない話をいくつかしてみきさんの家を出た。
空の高くで少し日が傾いき出してるみたいやった。
思ってたよりも話し込んでたらしい。

行きしよりも気持ち早足になって家に向かう。

決心が鈍るとかそんなんじゃない。
どっちかって言うと、ずっと心に蓄積されていってた想いがもう収まりきらんで溢れそうやったから。
昨日すりきれ一杯まで溜まった感情が今もう抱えきれんようになって道端に転げ落ちてしまいそうで、
そうならんうちに全部を矢口にあげたいって思ったから。突き返えされても構わん。
結果がどうって言うより、伝えたい、そう思った。

昨日あんなに躊躇ってたんが嘘みたいや。
99 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時56分47秒
玄関を開けたら何か作業をしてるらしい音が聞こえてきた。
その音のする方に歩いていくと、台所で矢口が料理をしてた。

あんまり見慣れんその後ろ姿。
いつも見てるソファーからちょこんと覗く後頭部とは違う。
ちっちゃい体が背伸びしたりしながらせっせと料理をしてる。

どうやら夢中になってるらしくて私が帰ってきてるんにも気付いてないみたいやった。

100 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時57分32秒
「…矢口」
「え?」

私の声がしたんに驚いたんやろう、勢いよく振り返った。

「ただいま」
「おかえり」

屈託なく笑う、ように見えたんはきっと私の心が浮き足立ってるせいなんやろう。

「あ、ねぇ。
 今さぁ豆腐ハンバーグを作ってるんだけどさぁ、なかなか手強いんだよねぇ。
 言う事聞いてくれなくてさぁ…」
「…」
「けど、もうちょっとで出来るはずだから待っ」
「好きや」
101 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時58分21秒
「私は矢口が好きや。
 別に何も望んでへんから、ただ、この気持ち知って欲しかっただやから…」

一生懸命に話す矢口を見てたら勝手に口を突いて出てた。
もう後には引けん。最も、引く気もないけど。

「…。
 あのさ、裕ちゃんが出かけてる間にさぁ、平家さんとなっちがきてたんだ」
「え?あ、うん…?」

せっかく覚悟決めたいうのに、矢口が返す言葉はどう考えてもその答とは呼べんものやった。

「何かさ、裕ちゃんはいい人だからとか、不器用だからすごい遠回りしちゃうけどやる時はやるからとか、
 とにかく必死に裕ちゃんの事矢口に薦めてくるんだよねぇ」

なっ…あの2人、人がおらん間にそんな事しよったんか。

102 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)03時59分07秒
「けど、矢口、ちゃんと知ってたよ?」
「…ん?」
「裕ちゃんのいいとこ、一杯知ってる」

矢口はきちんと私の方に向き直って微笑む。

「綺麗で、優しくて、心配性で、料理が上手くて…。
 矢口の事、真っ直ぐ見ててくれる…」

それは、矢口が真っ直ぐな子やからやんか。

「…もう、泣かなくていいようにしてくれる?」

103 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時00分13秒
「…え…?」

―今、何て言うた…?

「あ、矢口…、それって…」
「そーゆー事だよ」

力一杯抱きしめた。
壊れてしまうかもしれんくらい、目一杯。

「ちょっとぉ裕ちゃん、痛いって。
 加減してよぉほんとにさぁ」
「好きや」
「分かった、分かったから」
「もう、放さんから」
「もぉ〜…」
104 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時00分50秒
まだ抱いときたかったけどいい加減放さんと本気で怒りそうやったから仕方なく解放した。

「力入れすぎ…」

ぶつぶつ文句を言いながら料理を再開する。
けど、その憎まれ口もテレ隠しなんやと思ったらカワイくてしゃーない。

「…あんま見ないでよ…」
「ん、何でや?
 ええやん減るもんでもないんやし」
「矢口の気が散るのっ」
「…そんなん背中越しに言われてもなぁ。
 あんたの方が私の事意識しすぎやでぇ?」
「…もぉいい」

それから黙々と矢口は豆腐ハンバーグを作って、私はただその姿を見てた。

105 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時01分39秒
テーブルの上にそのハンバーグと一緒にワカメと玉葱のお味噌汁が並べられた。
ご飯をよそう矢口の横顔が妙に新鮮なものに思える。

「ちょっと久しぶりだからあんま自信ないけど…」
「大丈夫やって。
 あんたが作るもんが私にとっては一番のご馳走やから」
「…。
 すごい口説き文句使うねぇ…」
「惚れた?」
「…いやもう惚れてるから」
「…」
「いただきます」
「あ、ずるいで。
 一緒に言わなあかんのに」
「何言ってるの?
 早く食べてよぉ」
「分かったわ。もぉ。
 いただきます」
106 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時02分20秒
ハンバーグを口の中に放り込む。
私のために矢口が作ってくれた、それだけで5割増しくらいにはなってるんやけどな。

「…」
「…ど、どう?」
「…」
「もぉっ何か言ってよ」
「ん、美味しいで」
「ほんと?」
「ほんまやって」
「あぁっよかったぁ〜」

一気に脱力したみたいに背もたれにもたれ掛かった。

「矢口もはよ食べなや」
「あ、うん」

私が美味しいって言うたからか安心して箸を伸ばす。

何かこうしてると昨日矢口が泣いてた事も私が好きやって言えんで悶々としとった事も遠い昔の事のように思えるくらいやった。

107 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時02分56秒
その後、交互にお風呂に入っていつものように同じベッドで床に就いた。
隣で目蓋を閉じて眠る矢口の体温が今日はちょっとだけいつもと違う、特別なもんのように感じた。

まだ、全部が全部上手くいってるって訳やないけど、昨日と今日は違うって思ってもええよな?

これから先、私は絶対あんたの事を泣かしたりせぇへんし、悲しい顔もさせん。
ここにくる以前の事を思い出しても胸が痛くないようにさしてみせるからな。
一杯笑い合えるようにするから。約束やからな。

おやすみ、矢口――
108 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時03分44秒
∧∨∧∨∧

次の日。

私は矢口と一緒にみきさんのとこに足を運んだ。
理由は一つ。

「今日はどんな御用かしら?
 …まぁ、だいたい想像はつくけれどね」

玄関先で私と矢口の姿を見るなり、そんな事を言いながらみきさんは微笑む。

「…私も改まって言うのは何か恥ずかしいんですけど」

言わなくても分かってる事を何で念を押すように自分で言わないかんのかなぁって思うけど、
みきさんの性格上、私の口から聞かん事には承諾せぇへんつもりなんやろう。

「…。
 矢口の事、正式にうちで引き取る事にしました。
 その…」
「何ぃ?聞こえないわよ〜」

やっぱり、性格悪い、この人。
109 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時04分18秒
「…ずっと、矢口の傍にいます。
 ずっと、これからも一緒に暮らしていきます」

ようやく声に出来た私の言葉の背中を矢口が押す。

「…好きだから…」

顔を真っ赤にしてそんな事を報告する私たちの姿がよっぽど可笑しいんか、みきさんはさっきからずっと、
こう言うたら何やけど、締まりのない顔をして私たちを見てる。

「分かったわ」

一瞬、”ここのトップ”の顔になって、けどすぐにまた”みきさん”に戻る。

110 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時05分02秒
「みちよたちには言ったの?」
「いえ、これからです」
「そう。じゃあ早くいきなさい。
 当分冷やかされるでしょうけどね」
「…みきさんもそれに参加するくせに」
「当たり前じゃない」
「…はぁあ」
「裕子ほどからかいがいのある人はなかなかいないんだから」

そんなん真剣な顔で言われても困る。

「…じゃあ失礼します」
「はいはい」

踵を返す私にひらひらと手を振る。
矢口はみきさんに一礼して私の後を追いかけて小走りで駆けてくる。

その姿がとてつもなく愛おしかった。
111 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時05分49秒
みきさんの家から5分ほど歩いた所で小さな公園に差し掛かって、そこで偶然みっちゃんたちと出くわした。
…まぁ、偶然と思てるんは私の方だけなんかも知れんけど。

「あ、裕ちゃん。
 それにやぐっちゃんも」
「こら、みっちゃん。
 あんたいつから矢口の事そんな呼び方するようになったんや?」
「まぁまぁええやないですか」
「よぉないから言うてるんやっちゅーねん」
「心狭いなぁ。
 それよりやぐっちゃん、今日はどないしたん?」
「そうだよ。
 裕ちゃんと一緒にいるのって珍しいよねぇ?」
「裕ちゃん、孤独を愛する人だからねぇ」
「ごっちん、それは聞き捨てならんなぁ。
 っていうかあんたら昨日余計な事したらしいやん?」

このままや埒が明かん。
とっとと切り出してさっさと退散しよう。それが得策やわ。
112 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時06分36秒
「何言うてますの。
 ナイストスやったんちゃいますのぉ?
 せやから今日こうしてお二人でいてはるんでしょ?」
「そうそう。
 なっちとみっちゃんが頑張って数少ない裕ちゃんのいい所を捜して教えてあげたんだからさぁ」
「…あー…もうええ」

この子らと会話が成立する方が難しいんやから…。

「今、みきさんとこいってきた。
 で、これからも矢口と一緒におるって言うた。
 やから矢口に手ぇ出したらあかんからな」

あまりにストレートに言うたもんやから呆気にとられたんかみっちゃんもごっちんもなっちも黙ってしもた。

113 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時07分31秒

「…ありがとうな、3人とも」

「いこか?」
「あ、うん…」

矢口は私が差し出した手を取って、3人に手を振ってから歩き出した。


同じように踏み出される一歩一歩が、すごく心地良かった。

114 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時08分12秒
そのまま、手を繋いだまま家へと帰ってきた。
私と矢口との家に。

「…ただいま」
「何や、それ?」
「いや、言ってみたいなぁって」
「誰によ。
 私も今帰ってきたのに返事する相手おらんやんか」
「ん、いいの。
 言いたかっただけだから」

手を解いて中へと入ろうとする矢口の手をもっかい掴んでそれを制す。
そして先に中に入る。
振り返ったら不思議そうな顔してる矢口と目が合う。

「…おかえり」
「…ただいま」
115 名前:HA−F 投稿日:2003年06月02日(月)04時08分56秒
―私、今めっちゃ幸せやで。
やからな、矢口の事もそれと同じくらい私が幸せにしてみせるから。
絶対。約束するからな。

116 名前:第一部やぐちゅー編 投稿日:2003年06月02日(月)04時09分52秒
117 名前:vegetable 投稿日:2003年06月02日(月)04時11分11秒
以上で一部終了です。
次回更新から第二部に入ります。
118 名前:vegetable 投稿日:2003年06月02日(月)04時14分22秒
一応第三部まで予定しています。
その第三部ではやぐちゅーの続きと言いますか2人の過去も絡めた話を書くつもりです。
第二部のめどが立ち次第再開しますので。
119 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月02日(月)19時18分50秒
更新お疲れさまでした。
やぐちゅー好きなので楽しく読ませてもらってました。
第三部で続きということは次回は違うんですね。
誰メインになるのか楽しみにしてます。
120 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月12日(木)17時18分08秒
第一部お疲れ様でした。
やぐちゅーすごい良かったです。
第二部も楽しみに待ってます!!
121 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月19日(木)23時16分55秒
第一部、完結お疲れ様でした!!!
今日、初めて見つけたんですけど、すっごくおもしろいです☆☆
今頃気付いたのがすっごく悔しいっス(>_<)
第二部が待ち遠しいです!(^^)! 楽しみに待ってますね♪
122 名前:vegetable 投稿日:2003年06月25日(水)04時28分53秒
すいません今気付いたんですけど>>20の頭の会話ひとつ飛ばしてました。

「何か、さっきから謝ってばっかりやな。話変えよか。
 そうや、さっき言い忘れとったんやけど、ここ、一応結婚出来るから。
 っていうても正式には無理やねんけどな」

が入ります。
意味通じない文になってしまっていました。すいません。

第二部の方は今書いていますのでもう少し待ってもらえるとありがたいです。
レス返しは更新の時にします。
123 名前:vegetable 投稿日:2003年06月26日(木)05時20分47秒
>>119さん
今回のメインはこの二人です。
初めて書くCPなので不安もありますがとりあえずいってみたいと思います。
>>120さん
やぐちゅー、褒めてもらえて嬉しいです。
第二部も楽しんでいただけるよう頑張りたいと思います。
>>121さん
気付いてもらえてよかったですw
大変長らくお待たせしてしまいましたが、さくさく更新できるよう頑張ります。
124 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時21分46秒
護送バスに揺られて駆ける道のりは最高裁で有罪判決を受けた直後のような気分にさせる。

HA−Fへ辿り着くまでには重い扉を何枚も潜らなければならない。
車は何度か停車し、そのたびにワイヤーの巻かれるような音がする。
動き出した車の後方で鎖されていく重厚な音が響いている。
それは、ここへやってくる誰もがもう戻る事は出来ないんだと強く実感する瞬間だった。
125 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時22分28秒
町を囲う高い鉄壁は外側の世界への未練や希望を鎖すには十分事足りる。
頭上遥かまで続くその壁の終わりには有刺鉄線が張り巡らされその上赤外線センサーも備え付けられている。
中から見上げるその景色はまるでここは刑務所なのだろうかと見紛う程のものだった。




けれどそれでもここは時として誰かにとってのパラダイスなのかもしれない。
126 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時23分13秒



    第二部
127 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時23分58秒
∧∨∧∨∧

言葉を発する事も許されず、抵抗する事も許されず、ただ自分と同じ血が流れる男を受け入れるしかない。
畳に押さえ込まれた腕には摩擦で出来た赤い傷跡。
散乱した制服がまるで責めるように睨みつけていた。
心臓が脈を打つたび、体の奥へと侵入するものに吐き気を催す。
聞きたくもない荒い息使いが耳元でして脳内をごちゃごちゃにする。
もう流れる涙も残ってはいなかった。
痛みも苦しみも哀しみも辛さも、とにかく何もかもを感じないようになっていた。
自己防衛本能がそうしたといってもいいのかもしれない。

それで何かが解決した訳ではないのだが、事態はより最悪な展開を用意していた。
128 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時24分49秒
寒い冬の寒い夜。
実の父親の精液に濡れ、放心気味の後藤の目の前に母親が姿を見せた。
気配を感じながらも後藤の目は母親の方へとは向けられない。
もはやそんな気力さえ残されていなかった。
唯一正常に機能する耳に届いた母親の声。

「全くあの人ったら自分の子供とやって何が気持ちいいんだか」

母親は知っていた。
後藤が父親に性的虐待を受けている事を。
知っていて何も言わなかった。
助けようともしてはくれなかった。
それどころかひとかけらの心配もしはしなかった。

この瞬間、後藤は大人という生き物を信じたり頼りにしたりはしないと心に誓った。
129 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時25分34秒
春の訪れと共に家を出た。
強制送還という名の脱出。

HA−Fへ向かう道中、後藤は思い出していた。
この3月まで通っていた中学の事を。
父親に母親に心を鎖し、唯一心のより所だった場所が学校だった。
自分と同じ年頃の女の子がいて、父親のような野蛮な生き物がいない場所。
ほんの僅かな窮屈さを受け入れさえすれば、母親のような冷酷な人間にも出くわさない。
けれど、確実な、半永久的な安息の地ではなかった。
だから後藤は中学を卒業と同時にHA−Fへ入る決意をした。

抱いてなどいない恋心を同級生の少女に告げ、求めてなどいない見返りを請い、
流れる理由などない涙を流し、ひとかけらも存在しない無様な愛で縋った。

後藤の思惑通り、それは瞬く間に政府の耳に入り後藤は翌4月のHA−F収容者として送還される事となった。

あの子には悪い事をしたな、とは思ったがもう二度と会う事もないだろうからそう負い目を感じる事もない。

加害者は後藤。
被害者のいない事件の加害者は後藤――
130 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時26分20秒
乗り込んで以来光を遮られていた護送バスに光が差し込んだ。
頑丈な扉が開けらる。

バスは目的地HA−F内に到着し、軍服の男が後藤達に降りるよう促す。

紙切れ一枚でここでの生活を許可される。
逆に言えば、その紙一枚でこの中に一生閉じ込められてまう。
後藤にとってみれば前者の意味合いが強いのは明白だが。
131 名前:HA−F 投稿日:2003年06月26日(木)05時27分15秒
町の風景も見上げる青空も今まで住んでいた町と大差ないようなこの町で新しい日々が始まる。
人生のリセットが完了して、再スタートを切れる。

心には期待だけが溢れていた。
132 名前:紅屋 投稿日:2003年06月27日(金)06時56分59秒
ぐはっ(吐血)
文体とか設定とかがストライクど真ん中w
第二部も始まったようでかなり楽しみです。がんばってください。
133 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月27日(金)16時25分25秒
更新お疲れさまです。
辛い目ばかり遭ってきた彼女には新しい土地で幸せになってほしいです。
住人の誰が関わってくるのか楽しみだなー。
134 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月28日(土)22時59分03秒
更新お疲れ様です。
出だしから痛いですね(苦笑
むっちゃ続き楽しみです!!
135 名前:vegetable 投稿日:2003年07月01日(火)07時56分51秒
>>132さん
ストライクど真ん中…
そう言ってもらえると嬉しいです。
>>133さん
お相手は今日の更新で無事登場です。
まあ第一部でもちょこっと出てましたけどね。
>>134さん
甘いのだけが恋じゃないぞってことでw
甘いの好きなんですけどねぇ。
136 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)07時57分43秒
∧∨∧∨∧

「後藤さん。初めまして。
 えーっと、平家みちよです。よろしく」

後藤が平家と初めて顔を合わせたのは、収容初日の事だった。
案内係の者に一通り町を案内され、戻ってきた所で聞かされた後藤の今日の就寝場所の提供者が平家だった。

「あ…、はい、こちらこそよろしくお願いしますっ」

あれ以来、年上の女の人を苦手に思うようになっている後藤だったが、21歳の平家は後藤にとって
「オトナ」という区分には分類されなかったらしく、お辞儀から起き上がってきた顔に浮かぶ笑顔は引き攣ったものではなかった。
137 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)07時58分30秒
「後藤さん、友達とかには何て呼ばれてたん?」
「え、と…。
 ごっちんとか…」
「ごっちん!
 ええなぁ、ほな私もそう呼んでええ?」
「あ、はい…」

平家の家へと向かう道中、きさくに話しかけてくる平家の勢いに少し圧倒されながら後藤は返事をしていた。

「…何か、引いてる?
 うるさい?私」
「いえ、そんな事は…」
138 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)07時59分14秒
覗き込まれた顔が、とても珍しく感じた。
学校や家で会う人はみな後藤と同じ年頃か、10や20も年の離れた者ばかりだったから
平家のように5.6歳の年の差がある人とこんな風に並んで歩いた事などなかったように思えた。

「…ごっちん?」

ぼんやりと平家を見つめる後藤に不思議そうに声をかける。
今まで何度となく呼ばれたその呼び名すらが異空間から届いた言葉のような錯覚を与える。

「あ…、何でもないです」

一歩踏み出す。

「そう?」

平家もそれに続く。
139 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)07時59分58秒
不思議な感覚。
踏み締める一歩一歩から込み上げてくるざわめきのようなもの。
それが何なのかは後藤自身にもまだ分からない。

けれど今まで味わった事のないもののように思えた。
140 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)08時00分44秒
”やさしそうなお姉さん”
後藤が平家に持った最初の印象はこれだった。
初日以来、何かと気を使ってくれて気に止めてくれる。
他の人もそれなりに親切ではあったが、最初に話をした相手という事もあってか後藤は平家に懐いている風だった。

間もなくして、後藤はある事に気が付く――
141 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)08時01分36秒
「…へーけさんて、裕ちゃんの事好きなの?」

何気なく見上げた青空を伝わって届いた言葉。

「…な、何で?」

何故急にそんな事を訊いてきたのか、何故中澤だと思ったのか、平家は不思議に思いながら
後藤の方に向き直り訊き返した。

「んー、だって、裕ちゃんと話す時だけ女の子っぽくなるなぁって思って」

微笑む訳でもなく至って普通な顔をして後藤はそう言う。

「…そっか…」

平家は再び空を見上げる。

「…うん。
 好きや」

少し苦笑しているような声で答える。
142 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)08時02分20秒
「…。
 そうですか…」

後藤のふたつのてのひらが握り締められる。
その視界には平家の足元が映っていた。

「…。
 聞いてくれる?」

後藤が自分の胸で動き出したこの一種異様な感情は何なのだろうかと考えていると平家にそう投げ掛けられた。

「…何を、ですか?」

顔を上げると、目が合った。
143 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)08時03分05秒
「…私な、ずっと女子校におったんよ。
 そこに通ってる時は、モテたって言うたら語弊があるかもしれんけど
 下級生の子にな、告白されたりとかしてたんや」

よくある憧れの先輩。

「それ、別に気分悪いって訳やなかったから、その子らの夢っていうんかなぁ
 その子らのイメージしてる私でい続けてあげようって何か義務感みたいなんがあってな、
 高校卒業するまで、結構無理しとったんよ。
 年下の子相手に気ぃ使ったとかしてな。
 何か、無理して大人な自分、年上っぽい自分を演じててな、しんどかったんや」

平家の言葉に後藤は小さく相槌を打ち、静かに聞き入っていた。
144 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)08時04分02秒
「そんでここきて、タガが緩みすぎたんかなぁ、ボカーンって一発爆発したみたいでな、
 いや、たぶん裕ちゃんがそうなるよう仕組んでくれたんやろうけどな、今思えば。
 やから、何か、無理せんようになったんよ、だいぶ。
 裕ちゃんとおるとな、普通の、ほんまの平家みちよでおれるんよ」

中澤といる時の平家が本物。
だとしたら?

「…じゃあ、ごとーといる時は?」

何気なく聞いた言葉が何故かビリビリと左胸のあたりを痺れさせた。

「…偽者っぽい?」

平家は笑った。

「…本物かどうかなんて、ごとーには分かんないよ…」
145 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)08時04分53秒
揺れる。
心の草原で草木が風に吹かれ揺れ始めた。
強い強い風がはなびらを奪いながら吹き荒れている。

「…本物が、見たい…」

目の前にいる平家が本物かどうかは分からないけれど、今見ている平家が本物かどうかは分からないけれど、
でも、見たいのは本物の方。

「…私、ごっちんが思てるような人やないかもしれんよ?」

困った顔をしている平家。
その顔をさせているのは自分だと後藤は気が付いていない。
146 名前:HA−F 投稿日:2003年07月01日(火)08時05分45秒
「…いいよ、大丈夫だよ。
 だって、偽者のへーけさんとどれだけ仲良くなっても本物のへーけさんと仲良くなれないんなら意味ないし。
 ごとーは、へーけさんと仲良しになりたいんだもん」

言っている言葉は子供染みたものだけど、顔に浮かぶ表情は思いの他大人びていて、
それが平家にあんな顔をさえている事を後藤は知らない。
147 名前:紅屋 投稿日:2003年07月05日(土)13時54分04秒
なんだか切ない。そんな印象でした。
本物の平家さんとは一体・・・。
148 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月09日(水)02時05分12秒
後藤さん積極的ですね〜。
微妙に切ない感じで……みっちゃんの本物って…
149 名前:vegetable 投稿日:2003年07月09日(水)04時55分20秒
>>147さん
一応、切ないを専売特許にしてた頃もありますのでw
本物っていっても大した物は出てきませんが…(汗

>>148さん
後藤さんって積極的ってイメージですからねぇ
みっちゃんの本物…ヌイグルミの被り物してましたとかってオチではないのでご安心を。
150 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)04時56分07秒
∧∨∧∨∧

後藤がここへやってきてから一ヶ月程が過ぎ去ったある日。
後藤は平家と共に町の中心部近くにある公園に来ていた。
いつの間にかお馴染みのメンバーとなりつつあった中澤と安倍の4人で、いつものように他愛ない話に花を咲かせていた。

ブランコに座り小さく揺れる後藤の視界には平家と中澤の姿が映っている。
二人とも実は実年齢よりもかなり幼い性格をしているらしい事も知った。
互いを指差し合って笑う、そんな二人の姿を楽しげに見つめる後藤に安倍が声を掛けた。

「いっつもあんな調子だねぇ、あの二人は」
「だねぇ」

安倍は平家と同様に後藤の一期前の収容者で、平家と同じように後藤を気にかけてくれる人だった。
平家の時よりは少し時間がかかったが、それでも彼女と仲良くなるまでにもそう時間はかからなかった。
それは後藤が自分に向けられる無償の愛に飢えていたからなのかもしれない。
151 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)04時56分48秒
「ごっちんは年の割りに腰重いよねぇ?」
「んー…そっかなぁ?」
「今だってこーんなにのんびりブランコなんかに腰掛けちゃってさぁ、何かごっちんの後ろに縁側が見えるんだよねぇ」
「ごとーもなっちの向こうに縁側が見えるよぉ?」
「見えないべさぁなっちは若者なんだから」
「んじゃあそーゆー事にしとくぅ」
「何なんだべぇその言い方はぁ」

溜め息混じりにそう言う安倍を横目に、平家を視界に収める。
152 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)04時57分34秒
「…」

安倍も後藤の隣のブランコに座り小さく漕ぎ出した。

「…裕ちゃんさぁ、結構モテるんだよねぇ…」

独り言のように呟いた。

「そーなの?」
「ん。
 ほら、裕ちゃんてさ、大人だけど子供っしょ?
 だからね、年上にも年下にもモテてる」

そう話す安倍の顔に浮かぶ表情を見て後藤は疑問を口にする。

「…なっち、裕ちゃんの事スキとか?」
「ん〜?違うべさぁ」
「ふーん…」

大きく否定する訳ではない。
それはきっと本当に違うからなのだろうと後藤は思った。
けれどだとしたらさっきその顔に浮かんでいた表情は何だったんだろうと別の疑問が浮上する。
153 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)04時58分19秒
「…ただ、みっちゃん前途多難だなぁって思ってさ」
「あぁ、確かにそーだねぇ。
 ドンカンそーなのにその上モテるなんて大変そー」

その疑問も解け、すっきりとした後藤に安倍が投げ掛ける。

「…ごっちんもね」

「ん〜〜?」
「ま、いいけど」

安倍は足をつけブランコを止めて立ち上がる。

「みっちゃんのハッピータイムでもジャマしてこよーっと」

そう言って駆け出し、未だ戯れる二人の元へと飛び込んでいく。
154 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)04時58分55秒
「…」

五月晴れの空があまりにも自分には似つかわしくないな、などと思いながら重い腰を上げる。
ひとつ大きく伸びをして息を吐く。

「ごとーもジャマするぅ〜」

言うが先か駆け出すが先か。
後藤も安倍の後を追うようにして二人目掛けて足を踏み出した。
155 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)04時59分46秒
そんな風にして数時間が経過した頃、日も傾き始めそろそろ帰ろうかと話をしていると、中澤が平家の手を取り言った。

「私らちょっと話あるからみっちゃん拉致って帰るから。
 自分ら真っ直ぐお家帰るんやで?」
「うちら小学生じゃないんだからさぁ…」
「見かけは大差ないけどなぁ」
「裕ちゃん…」

たてつく安倍を尻目に、平家共々足早に去っていく。

「…あーぁ…。
 ごっちん、うちらも帰るべ?」

二人の姿を見送って振り返った安倍の目に映った後藤は、何故か顔を歪めていた。
156 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)05時00分24秒
「…ご、っちん…?」

一度名を呼んでみる。
けれど反応はなく、声のボリュームも大きくなった何度目かのそれにようやく反応した。

「…え…あ…何でもないよ…。
 大丈夫…」
「ほんとに大丈夫かい?」
「うん、だいじょーぶだから…」

不自然な程にっこりと笑う後藤に安倍は次にかけるべき言葉を持ち合わせてはいなかった。

「…。
 んじゃあ、帰ろっか」
「うん」
157 名前:HA−F 投稿日:2003年07月09日(水)05時00分59秒
どうにかそう言って帰路につく。
間もなくして別々の道へと分かれて、「ばいばい」と手を振った後も何度か後藤の姿を振り返り見た安倍だったが
何度振り返ろうが、後藤の足が止まる事はなく、そのたびに姿が小さくなっていっていたため、安倍も振り返るのを止め
歩き出した。

それを知ってか知らずか後藤の足は本来の家路ではなく、別の方角へと歩みを進めていく。
後藤の意思とは関係なく。
無意識の意識が足を家へとは行かせなかったとでも言うべきだろうか。
158 名前:紅屋 投稿日:2003年07月10日(木)01時34分04秒
ごっちんはどこに・・・。
なっちの言動も気になりました。
うーん、どうなるのだろう。
159 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月10日(木)16時29分59秒
今日始めて読みました。
おもしろい!今まで見てなかったことを後悔。

作者さん、がんばってください!
160 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月11日(金)00時31分14秒
中澤さんとみっちゃん、それと後藤さん。
三人の動向が気になります、後藤さんとみっちゃんはどうなるのか…
続き待ってます。
161 名前:vegetable 投稿日:2003年07月13日(日)04時19分05秒
>>158さん
あ、安倍さんは特にこれといって何も考えてな(ry
いや、少しは考えてるはずなんですけどね…。
>>159さん
ありがとうございます。
ごちゃごちゃしてる話ですけどよろしくお願いします。
>>160さん
その3人を軸にしてますから、気にかけて貰って一安心だったりしますw
後藤さんと平家さんは…こんな感じになりましたが…。

と言う訳で更新します。
162 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時19分43秒
「どこまでいくんですか?」

鉄壁沿いに黙々と歩く中澤に平家はようやく声をかけた。
すでに公園からもお互いの家からも随分と離れてしまっている。

「…なぁ、みっちゃん」

平家の声に立ち止まった中澤の背中が名を呼ぶ。

「はい」
「…しんどい?」
「何が、ですか?」
163 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時20分15秒
振り返らない背中は、少し肩を落として続ける。

「さっき、また無理して笑ってたやろ?
 …んー…、ごっちんとおるんしんどいん?」
「…」

言う事を躊躇うような溜め息が何度か聞こえ不安になったのか中澤は平家を見返った。
今にも泣き出しそうなけれど困ったような表情の平家。

「っていうか、ちょっと、似てるんですよ…。
 覗き込んでくる、目とかが…」

出来る事ならもう触れる事なく生きていきたかった思い出の中にいる少女に。

「大丈夫。あれはごっちんや。
 あの子とは違う」

小振りのてのひらで頭を撫でながら中澤はそう言う。

「うん…分かってるんですけど…」

夕焼けの町中で俯かれてしまっては全く表情が見えなくなってしまう。
164 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時20分52秒
安倍は、走っていた。

あの後一旦は自分の家の玄関のノブに手をかけたのだが、どうしても後藤の事が気にかかり
道を引き返すようにして後藤の家まで駆けてきた。
けれどやはりと言うべきか、後藤はそこにはいなかった。
踵を返し、休む間もなく中澤と平家が向かったと思われる方へと駆け出した。

人工の境界線に沈んでいく太陽が足元から影を連れ去ろうかという頃、無造作に生え育った茂みの中にいる
後藤の姿を捉えた。
後ろ姿の後藤越しに見えるのはふたりの姿。
やはり後藤は平家の後を追ってきていたのだ。
165 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時21分26秒
微動だにしない後藤にゆっくりと近付き声をかけた。

「…ごっちん…」

隣から顔を覗き込むようにして。

安倍に気付いていないのか、返事はおろか視線さえ向けられはしない。
けれど特別変わったような雰囲気ではなかった。
例えば泣いている怒っているといった様子もなく、ただ、ふたりの話に耳を欹てているといった感じだった。

それに安心して、という訳ではないが、安倍も後藤の視線の先にいるふたりの方に目線を移した。
166 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時22分32秒
「…何か、あった?」
「…。
 ん、いや…。
 何か、えらい真っ直ぐな子で、別に何も期待されてへんって分かってるつもりなんやけど
 でも、何か、違うんですよ…。
 本物の私やない方がカオ出して勝手に喋ってんねん。
 あの子は自分の目の前におる私が本物かどうかや分からんって言うてたけど、
 そのうち気ぃ付いて、そしたら私の事、どうな人やと思うんやろうって…」
「…ごっちん、ええ子やと思うで。
 きっと待ってくれるって。
 みっちゃんが自分から今ここにおるみたいなみっちゃん見せてくれるまで」
「…うん…けど、ええ子やから、何か…恐いねん…」
167 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時23分26秒
「…ごっちん」

もう一度後藤の方に向き直り声をかけると明らかにさっきのとは何かが違っている事に気が付く。

「ごっちん」

肩を掴み揺らそうとした寸前、掴んでいたはずのてのひらから後藤の肩が消えた。

「え…?」

崩れ落ちるというよりも倒れ込むようにして後藤が安倍の足元に沈んだ。

「ごっちんっ」
168 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時24分06秒
安倍の声に気付き、中澤と平家が大きく振り返った。

「なっちか?
 どうしたんや」
「ごっちんが…ごっちんが何か、いきなり倒れて…」

ふたりが駆け寄るとうつ伏せに倒れている後藤がいた。

「みっちゃん、みきさんに報告して。
 あんま動かしたらあかんやろうからとりあえず何か運べるもんと人手探してくるから。
 なっち。あんたここでごっちんの事見ててや。出来るな?」
「…う、ん…」

何とか頷く安倍を残し、ふたりは薄暗がりの中に駆け出して行く。
169 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時24分50秒
それから十数分後、真矢を始めとした大人が何人か駆けつけて、搬送用の担架に後藤を乗せ
町内唯一の病院となっている保田の家へと搬送した。

かすり傷をいくつか作ったものの、取り立てて気にかかる外傷はなかった。
それよりも気がかりなのはやはり突如倒れた理由。

「なっち、話出来る?」
「うん…」

後藤が倒れた時にその場にいた3人と真矢、保田の5人は後藤が眠る部屋から離れその時の状況から
推測しようと話し合いを始めた。
170 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時25分29秒
「…裕ちゃんと、みっちゃんの会話を聞いてたの。
 ん、と…。
 その前に公園で4人で遊んでたんですけど…ちょっと様子がおかしくて、
 それで一旦は別れたんですけどやっぱ気になって追いかけてきたんです。
 ごっちん、ふたりの事じっと見てて、少なくともなっちがごっちんを見つけた時点では
 そんな兆候はなかったと思うんです。
 けど、何か、突然、ほんと突然倒れて…」
「公園にいた時、様子がおかしかったって?」
「はい。
 …裕ちゃんが、みっちゃん連れていったでしょ?
 その時にちょっと、あ」
「え?」
「そうだ。
 あの時も倒れる前とおんなじ顔してた。
 なっちが声かけても聞こえてないっぽくて、何か、目だけが機能してて
 他の全部止まっちゃってるみたいな感じで…」
171 名前:HA−F 投稿日:2003年07月13日(日)04時26分11秒
「…。
 私、ごっちんに訊いてみます」
「え、でもまだ目醒ましてない…」
「醒めるまで待つわ。
 圭ちゃん、構んかな?」
「あ、うん…いいけど…」

自分のせいだと決め付けている訳ではない。
ただ、その可能性を捨てれはしないから。
平家は後藤の眠る部屋へと戻っていく。

「…みっちゃん、大丈夫かなぁ…」
「…ごっちんも心配やけどみっちゃんも、な…」
「…」
172 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月13日(日)23時44分34秒
後藤さんはどうしたんでしょうか……
みっちゃんの過去も気になります、『思い出の中の女の子』と何があったのか。
どーなっていくのか、続き楽しみにしてます。
173 名前:vegetable 投稿日:2003年07月15日(火)11時03分55秒
>>172さん
後藤さんについては今回の更新でいくらかお分かり頂けるのではないかと思います。
平家さんは…。

内容はあんまり…ですが、ちょっと多めに更新します。
174 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時04分31秒
∧∨∧∨∧

「ごっちんは彼氏とか作らないの?」
「うーん…あんまり興味ないっていうか…」
「えぇー、ごっちんモテるのにぃ?」


『ゃっ、やだっやめっんんっ』
『っるせぇな。
 近所に聞こえるぞ』
『ん゛ん゛っ』


「でもまだ15だしねぇ」
「まぁねぇ。
 高校生になったらオトコ何人も作ってたりしてー?」
「まさかぁ、しないよぉそんな事」


『んっああっ』
『ん゛ーっ』


「まぁ、今は私もごっちんとかと遊んでる方が楽しいし」
「だねぇ」
175 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時05分05秒
押し寄せては引き返す記憶。
忘れようとしては甦り、それを掻き消すかのよ如く割り込んでくる記憶。

真暗闇の世界で眩しく光る巨大スクリーンを見上げているような感覚で
何度となく切り替わるかつての記憶を見せられていた。

一方は、あの頃の自分にとっての唯一の安息地だった友達の隣。
一方は、もうずっと以前に記憶する事すらを拒絶したはずの経験。
176 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時06分08秒
あぁ今夢を見ているんだなぁと他人事のようにそう思った後藤。
夢の中にいるという事はいつか目醒めなければならない。
そうしたら必ずはっきりと実感するだろう。
蓋をしたはずの記憶と向き合わなければならない事を。
もう一滴も残っていないはずの涙と何故かまた再会してしまうのだと。

だったらもう目醒めるのはよしてしまおうか。
そんな風に思っていた。
それがいいと思っていた。
そうしてしまおうとそう思っていた。
177 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時06分44秒

―――ごっちん。
178 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時07分15秒
目に飛び込んできたのは白い天井と光を持たない蛍光灯。
今一現状を把握する事が出来ない。

体を起こそうとしたが、言う事を聞いてはくれない。
仕方なくベッドに横たわったまま周りを見回す。
見覚えのない壁。赤やオレンジの布が本来白いはずの壁一面をアジア東部の雰囲気に塗り替えていた。
アジアンチックな家具が部屋の至る所にあり、異国にいるような感覚を覚える。
その全く見慣れない見晴らしの中に、見覚えのあるものを見付けた。
瞳に映るもの全てが涙で滲んで時々ぼやけたりはするが、それを見間違うはずはなかった。


「…へーけさん…」
179 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時08分18秒
一体何時間振りに声を出したのだろうか。
後藤の声はひどく嗄れていた。

後藤を見つめる平家は眉間に皺を寄せていた。
困っているような顔。
その原因は、平家自身にあるのかそれとも後藤にあるのか、或いはそのどちらにもあるのかもしれない。
そして、そうだとすればそのどちらの要因も排除しなくてはらない。

「…おはよう…ごっちん…」

申し訳なさそうな笑顔とともに掛けられた言葉。
その声はさっき夢の中で、夢の終わりに聞いたものによく似ていた。

「…おはよう…ございます…」

そう返すと、後藤の額に平家のてのひらが触れた。
180 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時08分52秒
座っていた椅子から立ち上がり覗き込むようにして後藤を見つめ、ぎゅっと目を閉じる。
噛み締めるように。

「良かった…」

その言葉を強く心で噛み締めるように。
一瞬、平家の顔が和らいだように感じられた。
それは、きっと本当に心配してくれていたんだろうと後藤自身もそう思えるものだった。
181 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時09分25秒
額に触れていたてのひらが、静かに流れ続ける涙の筋を拭っていく。
涙の膜に覆われた瞳で平家を見つめる。
やさしい指と、何処か相対さないような表情。
何も、見えない。
後藤の涙の真意を推し測ろうとはしていない。
倒れた理由を問い質そうとする気配もない。

「…あ…そういえば…。
 ここ、どこですか?」

後藤の家でもなければ一度だけ泊まった事のある平家の家とも違う。
182 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時09分57秒

「ん…病院、かな。
 一応、この町ん中ひとりだけおるお医者さんの家」
「…そっかぁ…」
「…声、えらい事なってるな。
 水でも飲む?持ってくるから」
「…いいです…大丈夫…」
「…。
 聞いてる私が辛いわ」

そう言って平家は部屋を出た。
183 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時10分36秒
「…はぁ…」

ひとりきりになってしまうと、急にざわざわと体の中心部から全身に浸透していく悪寒。
だから目醒めたくなかったはずなのに。

ひとつ、ふたつ…。
息をする事さえも自然に出来ない。
意思を持って息を吸い、吐き出す。
荒々しくなっていく心音に拍車をかけるように涙が勢いよく零れていく。
つられるようにして体が震え出す。
184 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時11分07秒
「ごっちんっ?」

戻ってきた平家は慌てて後藤に駆け寄り声を掛ける。

「ごっちんっ、どうしたん?ごっちんって」

両肩を押さえ、正面から後藤を見る。

「ごっちん」

聞こえていないのかもしれない。
安倍から聞いた話を思い出し、声を張って呼びかける。

「落ち着いてって。
 大丈夫やから。
 なぁ、ごっちんっ」
「…や、だ…やだよぉ…」
「ごっちんっ」
185 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時11分42秒
「ごっちん…なぁ、私やって。
 分からん?
 それとも私があかんの?
 なぁ、ごっちん…」

絞り出すように呟いて、後藤の肩の近くに頭を沈める。
どうしたらいいのかが分からなかった。

「…教えてや…。
 どうしたらええん…私は…。
 教えてや、ごっちん…」

以前本物の平家が見たいと言った後藤だったが、今は平家が本物の後藤を捜していた。
186 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時12分17秒
「…んっ」

どれくらいかして、短い息が漏れて、体の震えが弱くなっていって、消えるように治まった。

近くで感じる平家の匂いを一度深く吸い込んで、自分の体から数センチ浮かされているその体を抱きしめる。

「…へーけ、さん…」

相変わらず声は喉に引っ掛かる。

「…も、だいじょーぶ、です…」

ゆっくりと頭を起こして後藤の顔を見る。
確かに幾分落ち着いているように感じられた。
187 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時12分53秒
「…今、ごっちん本物?
 私とおる時のごっちんは、本物なん…?
 …分からんのよ…分からん…。
 昨日倒れた時も、私と裕ちゃん見ててやったみたいやし…。
 私、何か…」
「…ごとーがね、いけないだけだから。
 へーけさんは悪くないよ…。
 さっきも、目が覚めたのはへーけさんのおかげだもん。
 …へーけさん。
 へーけさんといる時のごとーは本物だよ?
 誰といる時よりも一番本物。
 けど…」

捕らえられていた体が解放される。
起き上がろうとする後藤を見て平家も体を起こし手を貸す。
188 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時13分26秒
「…たぶん、ごとーはへーけさんの事が好きなんだと思う」

ベッドに背中を凭れさせ、椅子へと腰を下ろす平家を見ながら後藤はそう言った。
それは告白と呼ぶには不完全なものだった。
出だしの「たぶん」は後藤自身半信半疑である若しくはふと思った事を口にしただけという事の表れだろう。

「だから、ごとーは、へーけさんに聞いて欲しい事があるけど、
 へーけさんが聞きたくないって思うんだったら、言わないです…」

昨日の訳か今日の訳か。
どっちにしろ平家の答は決まっていた。

「…聞くよ…。
 私でええんやったら、なんぼでも聞くから…」
189 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時14分03秒
「…いーの…?」
「うん、聞くから…」
「…ごとーは…へーけさんに助けてもらいたいんです…。
 だから、聞きたくないような事、聞く事になりますよ…?」
「何今更そんな事言うん?」
「……。
 へーけさんじゃないと、言わなかったと思います…。
 それだけ、覚えててもらえますか?」
「…ええんやな?私で」
「うん…」
「…。
 覚えとく」
190 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時14分36秒
少し、決心をするような間を空けてそれから平家の方へ視線を向けて息を吸った。

「…ごとーがここにきた理由、知ってますか?」
「え…と、確か、同級生の子に告白してって、あんまり詳しくは知らんけど」
「うん…。
 それ、ごとーは別にその子の事、好きでも何でもなかったんですよ」
「…どういう、意味…?」
「…ごとーは元々男の子とかにはそんなに興味なかったし、
 女の子の友達と一緒にいる方が楽しかったけど、でも、好きって言った時、
 あの時のごとーは女の子の事も恋愛対象じゃなかったんです。
 …ウソっていうか…」

平家の顔が濁った。
ここは、HA−Fなのだから。
その名の通り女性同性愛者のみが収容される場所のはずだから。
191 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時15分12秒
「あ、けど。
 ここにきて良かったって思ってるんです、ほんとに。
 へーけさんに出会えたし。
 …さっき、好きだと思うって言ったのは、ほんとですから。
 ただ、人の事、そーゆー風に好きになった事ないから、自分でもよく分からないんですけど…」

足元に掛けられた布団の上で絡ませている両手に視線を落とす。

「…。
 疑ってる、とか、そんなんやないから」

後藤は非難されてもやむをえないと思っていた。
けれど平家はそうはしなかった。
確信があったのかもしれない。
後藤は自分には嘘をつかないという確信が。
実際、後藤の言葉に嘘はない。

だから、馬鹿にされている一線を引かれている等といった考えが一瞬過ぎったものの、すぐに
自分自身で否定出来た。
192 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時15分47秒
「…ここに、きたかったんです。
 ごとーは逃げたかったんです。
 そのために、告白したんです…」

逃げたかった。
HA−Fに収容される者のほとんどは、追い遣られた、隔離されたと思っているはずの中、
後藤は逃げたかったとそう言った。
鎖された世界は時として誰かにとってみれば望んでやってきたいと思うような場所にもなる事を知り
不思議そうに平家は後藤を見つめた。

「女の子も恋愛対象じゃなかったけど、それ以上に男の子との方が恋とかする気になれなかった…」
193 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時16分20秒
眉間に皺を寄せて堅く目を閉じる。
終わりのない波のように寄せてくる記憶を感じながら。
一度は逃げ出してしまったけれど、今度は逃げる訳にはいかなかった。

そんな後藤の手を平家のてのひらが包んだ。

何も言わず何も訊かず。
後藤の口が自らの意思で言葉を告げるまで待つからと言うように。
194 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時16分57秒
「…はあ…」

小さな溜め息を漏らして瞳が開いた。
平家の手を握り返し、心の中で、大丈夫だと言い聞かせる。

「…自覚したのは、小学校高学年になってからなんだけど…
 たぶんもっと前からだったと…思…」

重たそうにしゃくり上げた。

「…っ」

顔をしかめ涙を堪えようとする後藤の手を一層強く握りしめる。

「…ごっちん…。
 無理、せんでもええんやからな」

平家の言葉に首を横に振る。
今日言えなければ何時言えるのか分からない。
もしかしたらもう言えないのかもしれない。
195 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時17分34秒
何度も、何度も首を振る後藤の目に浮かぶ涙を止めてあげる術を平家は知らない。
こんなにも自分は無力なんだと思い知る。

「…へーけ、さぁん…」

後藤が名を呼ぶから。
抱きしめたから名を呼ばれた。
どちらが先だったのかよく覚えてはいない。
けれど気が付いた時にはもう体が勝手に抱きしめていた後だった。

「…ごめんな…。
 私、どうしたらええか分からんわ。
 けど、ごっちん、泣いてるごっちん、見たくないから…」
196 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時18分06秒
「…だいじょーぶ、です。
 だいじょーぶ…」

平家にそう告げ、自分にも再度念を押す。

「…。
 父親に…や、…」

脳内で再生される映像。
憎たらしい程に鮮明に映し出される。

「…やら、れ…」

胃の中にある物が全部逆流してくる感じがした。
それどころか内臓が機能を停止するような気さえした。
これ以上考える事を拒絶し、それを続けると言うのならば生きる事を止めると言わんばかりに。
197 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時18分41秒
乱れた心音と止まらない映像。
震え出す体と言葉に出来ない苛々が募る心。
声にならない気持ちと迫りくる恐怖。
戦場で陸上大会をしているような、兎に角色々な事が入り混じってごちゃごちゃになってしまっている頭と心。

その全てのリセットボタンを押してこの世界へ引き戻したのは、自分のものではない押し殺した泣き声だった。
198 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時19分16秒
「へーけさん…」

いつだってそうだった。
ここへきてからの後藤の事を支えていたものはいつだって彼女だった。
いつも後藤を救ってくれていた。
もう既に何度となく平家に救われていた事に気が付いた。

「…ごっちん」

平家に名前を呼ばれる事が好きだった。
誰にも似ていないその声で名前を呼ばれると、何処にいても聞こえる気がした。
実際、夢の中でさえ聞こえたのだから。
199 名前:HA−F 投稿日:2003年07月15日(火)11時20分11秒
「…それでね…」
「私、きっとごっちんの事、全然、分かってあげれん…。
 ここに入る前、それなりに、辛い事とかあったけど、
 身ぃ引き千切られるような思いやせんかったから。
 ごっちんから見れば、平和な生活そのものやったんかもしれん…。
 ほんまに私でええん?
 ううん、違うわ。
 聞くだけしか出来んで?
 分かってはあげたいけど、たぶん、それは無理やんか…?
 話して、ちょっとでも楽になるって言うんやったら聞くけど、
 それ以外、なんも出来んよ…」
「ん…。
 だいじょーぶ。
 だってそれは仕方ない事でしょ?
 ごとーとへーけさんは別の生き物だもん。
 ごとーだって、へーけさんの事、たぶん分かってあげれないと思うし。
 けど、いーの。
 へーけさんは名前を呼んでくれればいいんです。
 ごとーがどっか行きそうになったら呼び戻してくれればいいんです。
 どこにいても、聞こえるから」

辛いのは後藤のはずなのに平家の方が励まされていた。
200 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月19日(土)13時47分25秒
みちごま発見!!
なんで今まで気づかなかったんだろう?
かなり面白いです頑張ってください。
201 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月19日(土)17時00分07秒
やぐちゅー、みちごまサイコ〜〜〜(^Q^)/~~~
ずっと応援してますから、これからも頑張って下さい♪♪
202 名前:紅屋 投稿日:2003年07月21日(月)01時13分16秒
うう、切ないっすね。
みっちゃんの優しさがしみました。
203 名前:やぐちゅー中毒者セーラム 投稿日:2003年07月25日(金)02時14分10秒
やぐちゅー発見した〜!
みちごまも楽しみに待ってます
(^0^)ノ
204 名前:vegetable 投稿日:2003年07月27日(日)04時54分46秒
>>200さん
おおっ。みちごまで人が釣れるとはw
有難う御座います。頑張ります。
>>201さん
やぐちゅー…そろそろ練るべきですよね(ニガワラ
みちごまも終わり見えてきてるので頑張らせてもらいます。
>>202さん
書いてても重いなぁって滅入ってきたりしますが。
あと少し、切ないのにお付き合い下さい。
>>203さん
すいません。やぐちゅー中毒者さんなのにみちごま真っ只中で。
禁断症状が出る前には三部に入ると思いますんで。たぶん。

展開が急な気がしますが…行きましょう。
205 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時55分20秒
小さく、小さく微笑う後藤を抱きしめていた手を緩めその代わりに隣に腰を下ろす。
ベッドの軋む音が僅かに響いた。
平家の右手と後藤の左手が繋がれる。

「…何度でも、呼んであげるから」
「…うん」

かつて平家の人生においてこれほどまでに誰かに自分の存在を大切に思われた事があっただろうか。
必要とされる事は必要とする事に似ていると平家は感じていた。
206 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時55分50秒
平家のてのひらの体温を感じながら、後藤が先刻言いかけた言葉を口にする。

「…その、そーゆー事、ずっと、だったから、もう辛くて…。
 それで、いつからなのかはっきりとは覚えてないんですけど、記憶するの、やめちゃったんです」

さらりと耳に届き、すっと脳内に溶けてしまいそうなくらい波動なく聞こえたが、その直前で引っ掛かった。

「…記憶するんを、やめた…て…?」

哀しそうな顔だった。
後藤を見る平家の顔も。
見つめ返す後藤の顔も。
207 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時56分25秒
「…痛くて…辛くて…悲しくて…。
 涙が止まらなかった…。
 吐き気がするし、鳥肌もすごい立って…、何て言うか…
 ずぅっと鈍器で殴られ続けてるみたいな感じがして、頭の中がくらくらしてきて…。
 もう訳分かんない感じになって…でも、声、とか、何か、はっきり、聞こえて、て…」

平家の手を力強く握り直す。
その手は、後藤の知る手とは違う。
自分の事を掴み、押さえ込む手とは違う。
散乱した服を汚らしげに摘み上げる手とも違う。
彼女の手は、やさしい。
208 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時56分59秒
「ごっちん…」

彼女の声は、やさしい。

「…初めて、知ったんです、その時…。
 人って、悲しみとか、辛さとか、受け入れられる限界があるんだなぁって…」

後藤の精神は、思考は、その限界まで到達したのだろう。

「そしたらそこで、…何て言うのかな?
 ぴんと張ってた糸が切れるみたいにね、真っ白になったの。
 ぷっつり途切れたんだ…」

そう言うと後藤はゆっくりと俯いた。
平家はその横顔を見つめ、言葉を捜す。
209 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時57分34秒
後藤が求めている言葉をもしかしたら平家は持ち合わせていないかもしれない。
彼女の人生において今まで出動する機会のなかった言葉だろうから。
それでも、捜していた。
それでも平家は後藤の力になりたかった。
それは愛情なのか友情なのかそれとも同情か。
答は平家自身にもまだ分からないけれど。

「…お母さん…。
 小さい頃は、大好きだったのに…。
 けど、お母さんもごとーの味方なんかじゃないんだって、気が付いて…。
 すごく、悲しかった…」

平家よりも先に後藤が口を開き、話を続ける。

「何でそんなに嫌われちゃったんだろーって…」
210 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時58分07秒
後藤は恋愛感情の好きがどういうものかを知らないと言っていた。
そんな風に誰かを好きになった事がないんだと。
平家にはその理由がここにあるように思えた。
普通子供は親に愛されて育つもので、その中で愛される事を知り、愛する事を知るはずが
後藤にはその経験がなかった。
愛されて育ったとはお世辞にも言えないような毎日の中、後藤は愛される事愛する事のそのどちらも
知る事なく生きる事を余儀なくされていたのだろうから。

「たぶん、そのせいだと思うんです。
 へーけさんの事見てて、倒れたのは…」
「え?」

突然告げられた自分の名前に驚いてしまう。
211 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時58分44秒
「拒絶、て言うのかなぁ。
 嫌われてるっていう事実を受け入れる事をね、拒絶しちゃうんです。
 特に、年上の女の人相手だと…」
「あ、私はごっちんの事…嫌いじゃないよ?
 ただ、ちょっと…、どうしたらええんか分からんかったんはほんまやけど…」
「…うん…」

果敢なく笑う。
何度となく見せられるこの笑顔。
今のこれも本物なのか、その真意を見極める事が出来ない。

「…ごっちん…」
「…手」
「ん…?」
「この手、信じても、いいですか?」

繋がれたふたりの手を軽く上にあげ、首を傾げて訊いてくる。
212 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時59分19秒
後藤は信じたいと言う。
平家のこの手を。

「…なら、私は、ごっちんのその顔、信じてもええん?」

ここにいる後藤は紛れもなく本物だと。
彼女が言うように平家の前にいる後藤はいつでも本物なんだと。

「もぉ、ずっと言ってるでしょぉ?
 まだ信じてなかったんですか?」
「…信じる、から。
 私の事も、信じて。
 嫌いじゃないよ、ごっちんの事。
 嘘じゃない。
 今言うてる事も、この手も」
「…うん。
 へーけさんが信じるなって言っても、信じちゃいますけどね」
「言わんよ、そんなん…」

微笑んだ後藤に苦笑する平家。
213 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)04時59分55秒
「…けど、分かった事もあったんです。
 ごとーの中で、へーけさんて特別なんだって、ほんとよく分かった。
 特別だから、嫌われる事に耐えれないっていうか、うん…、
 デジャブーって言うのかな、似てて、あーなっちゃった…」
「…大丈夫なん?今」
「…んー…だいじょーぶ、です」
「辛くない?」
「…ちょっとだけ、ぎゅーってなるけど、だいじょーぶですよ」
「…」
「ごとーは…、へーけさんや裕ちゃんやなっちや、みんなと笑ってたい…」
「そうやな…。
 一杯、色んな事して、楽しい事一杯経験しよ」
「うん…」

ここでの記憶が過去の記憶より勝るように。
ここでの記憶が過去の記憶を色褪せさせるように。
これから先何度か思い出すかもしれないけれど、その度に泣いたりしなくてもいいように。
あわよくばもう、過去を顧る暇もないくらい日々が充実するように。
けれどそれでも。
214 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)05時00分29秒
「けど、何かあったら言うてくれてええから。
 ちゃんと聞くし」
「…へーけさんがいい人に見えるぅー…」
「私はいつでもいい人やんか。
 何を今さら…」

後藤は不意に平家の懐に抱きついた。

「っちょぉ、ごっちんっ。
 痛いやんかぁ〜…」
「…忘れても…いいですよね…?」

下腹部あたりに沈む頭から篭った声が聞こえる。

「…忘れられるん?」
215 名前:HA−F 投稿日:2003年07月27日(日)05時01分03秒
鎖していたはずの扉が開け放たれ、もう出逢う事がないようにと祈っていた過去と期せずして再会した。
失くしたと思っていたはずの過去を再度手にしてしまい、それをまたゼロに戻す事は容易ではないと
後藤自身も知っているだろう。
しかし、今度のは違う。
以前蓋をした事とは違い、その傷を隠すのではなく癒そうという意味だから。
時間はかかるかもしれない。
またいつか泣いてしまうかもしれない。
けれどここで過ごす日々がきっとそれを癒してくれる。
後藤にはそれが実現可能な事のように思えた。
ここへ来た時も、今も、変わらずここは彼女にとってパラダイスなのだから。
216 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月07日(木)06時22分05秒
更新期待sage
217 名前:vegetable 投稿日:2003年08月14日(木)04時32分40秒
>>216さん
有難う御座います。
長い間お待たせしましたが、今回で第二部終了です。
218 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時33分19秒
「…うん…。
 へーけさん、いるし…」

腰を抱く腕に力を込める。

「いっぱい、いっぱい、苦しかったけど、だいぶ楽になったんで…」

艶やかな黒髪をそっと撫でた。

「…へーけさん」
「…ん?」

その指に添うようにして後藤は顔を上げる。

「…好きになっても、いいですか…?」

視線がぶつかって、真っ直ぐにその言葉が耳に届いて、胸の底に一気に到達した。
219 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時33分56秒
「…。
 何で私なんかがええんかよぉ分からんけど、かまわんよ、別に」

思っていたよりもすんなりとそんな言葉が出てきた。

「へーけさんも、ゴトーの事、好きになってくださいよ…」

照れ臭いのか、再び平家の懐に顔を埋める。

後藤は愛される事を知らなかった。
だから愛する事も分からなかった。
ならば、自分は――?
220 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時34分37秒
「…。
 あ、私、圭ちゃんたちに報告してくるわ。
 ごっちん目、覚めたって」
「…はい…」

名残惜しげに体を起こす後藤。

「…へーけさん」
「ん?」

立ち上がった平家の横顔に声をかける。

「ありがとーございました…。
 その、聞いてくれて…」
「ううん…全然…」

てのひらでくしゃっと後藤の頭を撫でて、笑顔を見せた。
221 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時35分20秒
「…ほな、ちょっと行ってくるから」
「いってらっしゃい」

背中を見せられて、少し不安になったが、呼び止める事なくそれを見送った。
扉が閉じられていくのを見つめながら、さっきまで平家に触れていたてのひらをぎゅっと握り締めた。

「…。
 うん…だいじょーぶ、だ…」

あいている方の手を左胸に当て、鼓動を刻む波は少し速いが、冷静さを失う程ではない事を確認し、ひとつ息を漏らした。
222 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時36分06秒
平家は、扉を閉めた後、一旦は保田らのいる方へと足を踏み出したが思い止まり立ち止まった。

「…。
 私は、知ってるんかな…?
 愛とか…」

学生時代、平家は、自分に憧れていると言った後輩の一人に知らぬ間に恋をしていた。
ある日、平家は意を決しそれを告げたが、その少女は平家に言った。
私は先輩に憧れています。けど、それは恋とは呼べないものです、と。
その時は、勇気を打ち砕かれ、恋を失くし、泣いたけれど、今、思う。
もしかしたら自分が中澤に抱いている感情も、あの日彼女が言ったのと同じように、恋ではなく憧れなのかもしれない、と。

あの頃の自分に憧れていた少女たちと同じように自分も中澤に「憧れ」、「疑似恋愛」をしていただけなのではないだろうかと。
当時の自分自身が最も嫌っていた「恋愛」にはなれない「疑似恋愛」。

平家の中澤への想いが恋愛感情なのかそれとも憧れなのか、その答は無理に探し出す事などせずとも
そのうちに露になるだろう。
223 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時36分49秒
「…はぁ。
 圭ちゃんらに、言いにいかな…」

今度は停止する事なく廊下を進んでいく。

もしかしたら平家は観念していたのかもしれない。
この恋と呼んでいる感情の結末がどんなものなのか。
それを薄々感じていたのかもしれない――
224 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時37分28秒
それから数分後。

平家とともに保田、中澤、安倍、真矢の四人も後藤の元に姿を見せ、安堵の表情を浮かべた。

「ごっちん、ほんま心配したんやで…」
「うん…ごめんね…」
「もう大丈夫なの?」
「はい」
「けどもう一日安静にしててよ。まったく…」
「えぇーー…」
「文句言わない」
「…はーい…」
「良かった…良かったね…元気そうだ…」
「うん、元気、だよ」
225 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時38分07秒
∧∨∧∨∧

翌日。

正午前に保田の家を出た後藤。

「あっつーぅ」

一面の青空に文句をひとつ飛ばした。

「もうすぐ夏かぁ〜」
「その前に梅雨やろ?」
「梅雨かぁ〜…。
 じゃあ、相合傘しましょうよ、相合傘」
「気が早いなぁ」
「だって予約しとかないと」
「…。
 気が向いたらな」
「いいですよ〜。
 向かせますから」

平家の腕に自分の腕を絡ませ、笑みを零す。
226 名前:HA−F 投稿日:2003年08月14日(木)04時38分46秒
「じゃ、行きましょー」
「行くって、どこに?」
「裕ちゃんとなっちのとこ」
「…好きやねぇ」
「うん、好き。
 裕ちゃんもなっちも。
 けどへーけさんが一番好きですよ〜?」
「はいはい」

そして今日もいつもと同じ公園で、後藤は平家と中澤と安倍といつものように他愛もないお喋りに花を咲かせている。
227 名前:第二部みちごま編 投稿日:2003年08月14日(木)04時39分36秒
  完
228 名前:vegetable 投稿日:2003年08月14日(木)04時41分08秒
と言う訳でボロがありそうですが何とか終了に至りました。

お気付きでしょうが、第二部は第一部よりも過去の話でした。
矢口が23期で後藤が19期なので約二年前になります。
229 名前:vegetable 投稿日:2003年08月14日(木)04時41分56秒
第三部は予定通りやぐちゅー編でいくつもりです。
めどが立ち次第再開します。
230 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月14日(木)12時12分13秒
みちごま良かったです。

第三部はやぐちゅーだそうで・・・
この頃、めっきり減ってるので・・・読むのすごく楽しみです。
231 名前:やぐちゅー中毒者セーラム 投稿日:2003年08月16日(土)02時40分14秒
やぐちゅー。楽しみに待ってます
232 名前:名無し読者。 投稿日:2003年08月31日(日)18時50分58秒
vegetableさんの小説大好きです。

続のやぐちゅー楽しみで待ちつづけてます(w
催促ではありませんのであしからず(w

なかよし&ごまゆーも・・・読みたいな〜♪。(苦笑
233 名前:vegetable 投稿日:2003/09/13(土) 16:08
>>230さん
確かに最近あんま見ないですねぇ。
けどちょっとだけ復活してるような…自分も頑張ります。
>>231さん
待たし過ぎですね。申し訳ないです。
>>232さん
あー…なかよしはいずれまた書くつもりですが。
ごまゆうは…予定がなかったり(汗



234 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:09
いつもの公園。
夏の日差しの下にはいつものように中澤の姿があった。
けれどいつもと違うのは、その隣に矢口の姿も平家達の姿も見えない事だった。
その代わりにと言うべきか吉澤がそこにいた。

少し錆びたブランコに腰掛け、何か言いたげに、けれど躊躇い言葉を飲み込む吉澤。
ただただ吉澤の漕ぐブランコの振れ幅が大きくなるばかりで。
中澤はそんな吉澤の隣でいつとも分からぬ彼女から発せられる言葉を待っていた。
235 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:09
青い空に飛び込む事をやめて、吉澤が中澤の方に向き直ったのは、数十分が経過した後だった。

「…あの」

真っ直ぐに中澤を捉えるその顔には、汗が滲んでいた。

「うん?」
236 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:10
一方、指定席であるはずの中澤の隣を吉澤に明け渡してしまっているとも知らず
家でお茶を啜っている矢口の目の前には石川の姿が。

よく考えてみれば中澤がいない間に誰かをこの家に上げたのは初めてだったかもしれない。
その相手は安倍でも後藤でもなく、最近ようやく話をするようになった石川。
矢口自身、何故今そんな状況に至っているのかあまりよく理解出来てはいなかった。

「…あの、さ、梨華ちゃん。
 何か矢口に話があるんだよね?
 黙ってたら分かんないよぉ…」

恐る恐る声をかける。
237 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:10
「…あたし…どうしたらいいのか、分からなくって…」

テーブルに乗ったグラスのお茶でもそのテーブルでもなくもっと下、フローリングの床に
まで視線を落とし、石川が言葉を紡ぐ。

「…順番に言ってくれないとさ、矢口も何言ってるのか分かんないよ。
 …ねぇ、何かよく分かんないけどさ、矢口でいいの?言う相手。
 だったら、ちゃんと聞くし…」

矢口の言葉を肯定するものか、それとも自分の意を再確認するものか、
石川は小さく頷き、視線を少しだけ引き上げた。
238 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:11
「…今、好きな人がいるんです。
 でも、その人は絶対好きになっちゃいけない人で…」
「好きになっちゃ、いけない人…?」

石川の言葉に矢口は首を傾げた。

「好きになっちゃいけないって、そんな人、いる訳ないじゃん。
 誰を好きになってもそれは自由なはずだよ。
 ましてここにいる人なんでしょう?
 だったら尚更そんな人いる訳ない…んじゃないの…」

言っている途中で言葉に詰まったのは、石川が悲しげに首を横に振るからだ。

「…ダメなんです…好きになっちゃダメなのに…。
 けど、好きなの、やめられなくって…」
「梨華、ちゃん…」
239 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:11
胸が締め付けられた。
ここに入る以前に、程度は違えどきっとここにいる誰もが経験したであろう気持ち。
好きになってはいけないと言い聞かせば言い聞かすほどに募る想いが、矢口の胸の中で
甦ってくるようだった。
240 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:11
青い空よりも澄んでいた。
彼女の言葉に翳りなど微塵もなかった。

「そうか。
 応援するで、吉澤の事」
「…有難う御座います」

けれど中澤の言葉に吉澤は複雑な笑顔を返した。

「…ん?」

それに気付き疑問符を投げ掛けた。

「…けど…」

ブランコの鎖を握っていた両方のてのひらを体の前でひとつにし、曇りががった表情を浮かべる。

「…あぁ、そういやここにきたんて…」
「えぇ、梨華ちゃんと…」
241 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:12

第三部
242 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:12
∧∨∧∨∧

「なっちってさぁ、好きな人とかおるん?」

そう問いかける中澤の口調はいたって真剣で安倍は言葉に詰まった。

少し離れた所では矢口が平家たちと談笑している。

「…裕ちゃん…?」
「あ…。
 いや、その、な…」

安倍の視線が矢口の方を見たのが分かったのか少し罰の悪そうな顔をして言葉を濁らせる。

「ごめん、今のなし。忘れて」

中澤は顔の真前で両手を合わせてそう告げてこの話を終わらせようと試みるが、
予定外にと言うべきか、安倍の答が返された。
243 名前:HA−F 投稿日:2003/09/13(土) 16:13
「…いないよ…」

それが本心なのかそれともそうじゃないのか安倍の表情から読み取る事は出来なかった。

「…そう、か」

だから中澤もそう答えるしかなかった。


そしてこれが全ての事の発端だったのかもしれない。
244 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/26(金) 22:31
そろそろ続きを・・・
245 名前:vegetable 投稿日:2003/10/04(土) 08:53
>>244
ほんとすいません。
書けないのでもう少し待ってください。
本当に申し訳ないです。
246 名前:HA−F 投稿日:2003/10/07(火) 06:32
∧∨∧∨∧

「へ?」
「いやさ、だからね、裕ちゃんがそう聞いてきたんだよねぇ…」
「なっちに?」
「なっちに」

太陽の照りつけるアスファルトの上で矢口の歩みが停止する。

「…なっち、裕ちゃんの事たらし込んだの?」

真面目な顔をして矢口はそう言った。

「…んな訳ないっしょ」
「…だよね」

ふたりは小さく溜め息をついた。
お互いが自分と同じように溜め息をもらしたとも知らず。

「…何かさ、ここんとこあんまり裕ちゃん構ってくれないんだよねぇ」
「…喧嘩したとかじゃなくて?」
「うーん…矢口的にはいつもと同じなんだけどさ。
 何て言うか、矢口に構ってる暇がないみたいな感じがしてるんだ…」

仰いだ空の青さが目に眩しい。
247 名前:HA−F 投稿日:2003/10/07(火) 06:32
「…。
 大丈夫っしょ、きっと」
「…何か、なっちやさしい。
 ちょっと恐いぞぉ」
「何言ってるのさ。
 なっちはいっつもやさしいっしょぉ」

伸びてきた安倍のてのひらがくしゃくしゃと矢口の頭を撫でる。

「ね?
 信じなきゃ駄目だよ、裕ちゃんの事も自分の事もさ。
 て、なっちが不安の種に水まいちゃったみたいだからこんな事言える立場じゃないんだけどね」
「ううん…うん、頑張る。
 信じてみる」

矢口は思う。
こんな時、背丈も歳もさほど違いはしないが紛れもなく安倍も自分より大人なんだと。
248 名前:HA−F 投稿日:2003/10/07(火) 06:33
「まだ2ヶ月…か3ヶ月だっけ?
 目と目じゃ分かりきれない事もあるはずだし、話するのが一番だと思うよ。
 もしかしたら裕ちゃんの方だって矢口の態度がおかしいって思ってるかもしれないでしょ?
 違うかもしれないしそうかもしれない。
 聞かなきゃ分かんない事一杯あって当然だと思うよ」
「うん…。
 なっち、ごめんね。
 さっきは疑っちゃって」
「いいよ。
 って、やっぱり本気で疑ってたのかい?」
「あ。ばれちゃった」
「矢口ぃ〜。
 そんなになっちの事信用してないのかい?」
「してる、してるって」

駆け出した足取りが少し重たい事は、言わないでおこう。
きっと大した事はないはずだから。
矢口は自分にそう言い聞かせた。
249 名前:HA−F 投稿日:2003/10/08(水) 01:51
玄関の扉を開けると、視界の向こう側に中澤の色素の薄い髪が僅かに覗いていた。
矢口は足音を押し殺し静かに歩み寄る。

「…ただいま」

あまり見慣れないその頭に声を降らせた。

「ん?あぁ、おかえり」

小さくなってソファーに沈んでいた中澤は抱えていた両足を下ろして笑顔を見せた。
その笑顔はこんなにもやさしい。
いつもと同じ、矢口だけに見せられるその笑顔。

「早かったなぁ」

てのひらをひらひらさせ、矢口を呼び込む。

「…そっかな?」

そのてのひらに促されて中澤の隣に腰を下ろした。
250 名前:HA−F 投稿日:2003/10/08(水) 01:51
「汗かいてるやん。
 外、そんな暑かったん?」

額にへばり付いた前髪を、どこか可笑しそうに掻き揚げてくれる。

「あ…ううん。
 ちょっと、走ったから」

車が走っていないからかそれともエアコンが一台も稼動していないからか、ここの気温は外側よりもいくらか低いように感じる。
あくまでそれは矢口が暮らしていた場所に比べて、ではあるが。

「裕ちゃんは、何してたの?」
「うーん、そうやなぁ…。
 考え事、かな」
「…ふーん…」

誰の事を考えてたの?なんておおよそ自分のためになどならなさそうな言葉が浮かんできたがそれは口にするより先に飲み込む事が出来た。
251 名前:HA−F 投稿日:2003/10/08(水) 01:52
「…ねぇ」
「うん?」
「…。
 好き?」
「は?何が?」
「…矢口の事、好き?」
「ど、どないしたん?」

見開いた目が少し怪訝そうに矢口を捉えていた。

「…だって」
「うん?」
「最近さ、裕ちゃんの中に、矢口はちゃんといるのかなぁって、なんか、不安て言うのかな…。
 その、矢口ばっかり裕ちゃんの事好きで、裕ちゃんは矢口の事、そんなに好きじゃないのかなぁって…」
「そんな事ないよ。
 私も矢口の事めっちゃ好きやで?」

中澤の右手が矢口の後頭部に添えられてそのままゆっくりと引き寄せられ、お互いの額と額との距離がゼロになった。
252 名前:HA−F 投稿日:2003/10/08(水) 01:53
「…私、何か矢口の事不安にさせるような事してしもたん?」
「…」

否定も肯定も出来ず、矢口は小さな両手で中澤の服の裾を握り締めた。

「…分かんない。
 矢口は、裕ちゃんの事、ほんとは全然、何にも知らないんじゃないのかなぁって思う事、あるし、
 裕ちゃん、誰にでもやさしいから、矢口に見せてくれる笑顔も、矢口が思ってるような特別なものじゃないのかもって
 思う事も、あって…」

せっかく安倍が拭ってくれようとしていたのに、結局、矢口の中にある不安を蹴散らす事は出来なかった。
彼女が蒔いた最後の種はふたりが思っていた以上に大きな種だった。

「…もっと、自惚れてええねんで?
 もっと、自信持ってや…」

目の前で中澤は微笑んでそういうけれど。

「…なんで、最近矢口といても他の事考えてるの?
 なんで、なっちにあんな事訊いたの?」
253 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/09(木) 02:15
更新されてる〜!!!
待ってました。(w
254 名前:vegetable 投稿日:2003/10/11(土) 02:08
>>253さん
有り難いお言葉を…。
待ってくださってる方がいるとやはり励みになります。

では、今日もさくっと行きましょう。
255 名前:HA−F 投稿日:2003/10/11(土) 02:09
「…」

中澤はいくらか考え込むように黙り込んでしまった。

「…裕ちゃん…」
「…」
「…」
「…ほんまは、言いたないねんで。
 私にも人としての道理っちゅーもんがある訳やねんからな」
「…う、ん…?」

何かを諦めたように深い溜め息をひとつ漏らし、矢口の目を見つめる。

「…全部言うけど、聞いたら忘れるんやで?
 聞いた事全部、聞かんかった事にしてや?」
「…分かった…」
256 名前:HA−F 投稿日:2003/10/11(土) 02:10
中澤の真剣な表情に矢口の顔も自然と引き締まる。

「…相談、されてん…。
 …あー…せやな…えっと…」

話し出した中澤はその途中で何か少し面倒臭そうに言葉と息を吐き出した。

「…」
「…吉澤と石川がここにきた理由、知ってる?」
「え?
 …ううん…知らない…けど…?」

突然出た石川という名前に反応してしまいそうになる。

「…ふたりとも、二年前の10月にここにきたんよ。
 同じ所から…」
「…同じ、所って…」
「…吉澤の方は比較的その事について話せるようになってるんやけど、石川の方はまだちょっと傷が深いっちゅーか…」
「…ねぇ、裕ちゃん。
 矢口、言ってる意味がよく分からないんだけど…」
「…。
 付き合ってたんや、ふたりは」
257 名前:HA−F 投稿日:2003/10/11(土) 02:10
「…え…と」
「詳しい事は流石にあんまり分からんけど、何か結構派手に言い合いしたらしくてな、
 あっけなくここに強制送還されたらしいんよなぁ…」
「…ほんと…?」
「嘘言うてどないするんな」
「…」

矢口の中で、薄く、点と点とが繋がった。
数日前、石川は好きになってはいけない人を好きになのだと矢口に言った。
石川の口からその相手の名前は聞かなかったが、それはたぶん、吉澤の事を指すのだと気付いた。
そうだとすれば石川の言った言葉の意味が繋がる。

「そのせいかどうかは本人に訊きでもせんと分からんのやけどな、ここに来てから今までいっぺんもまだ
 吉澤が誰々を好きやとか付き合ってるとかって聞いた事なかったんよ…」
「…へぇ…」

曖昧に相槌を打つ矢口の心と頭の中は石川の事で一杯だった。
258 名前:HA−F 投稿日:2003/10/11(土) 02:11
「やけど、こないだ初めて本人の口から聞いたんや。
 今、好きな人がおるっていうんを」
「…そ、それってもしかして…」

思わず思考を止めて顔を上げた。
話の流れ上、矢口にも簡単に理解出来た。
吉澤が好きな相手とは誰なのかが。

「なっちや」
259 名前:HA−F 投稿日:2003/10/11(土) 02:12
矢口は吉澤とはさほど面識がなかったがそれでもこの狭い町の中、知らない人、と呼べるほど他人という訳ではなかった。
石川の恋を応援してあげたいと思った。
自分が力になれるのなら手を貸してあげたいと。
吉澤とは石川ほど親しくはないが、それでも彼女の恋の行く手を遮るような事はしたくはないと思う。
それに吉澤の思い人が安倍とくれば尚更。
中澤が吉澤の浮いた話を聞いた事がないのと同じように矢口も安倍の恋愛話を耳にした事はなかったから。

「…」

視線を泳がせ考えを巡らせている矢口に気付き、中澤は目を覗き込んだ。

「…矢口?」

考えが纏まらない。

「…どう、しよう…」
「ん…?」
「…矢口は、どうしたらいいんだろ…」

困り果てた顔をして中澤を見つめる。
中澤に答を求める風ではなく、どこか遠くに置き忘れた物を探すかのように。
260 名前:HA−F 投稿日:2003/10/11(土) 02:12
「…なっち、いつもさ、矢口と裕ちゃんとか、ごっちんとみっちゃんとかと一緒にいる時も、何か、
 一歩後ろにいるみたいに思えてさ…。
 それ、気、使ってるのかなぁとか思ってたんだけど、けど、何か違うんだよね…きっと…。
 矢口は裕ちゃん達ほどなっちの事分かってないかもしれないけど、でも、最近、思うんだ。
 なっちはここにきてからまだ、誰の事も好きになってないんじゃないのかなって…」

そう話す矢口は時折不安そうに自分の両手を繋ぎ合わせてきつく握り締める仕草を見せる。

「だから、よっすぃーに頑張ってもらって…。
 一番いいのは、よっすぃーの事、好きと思えればいいんだけど…。
 そうじゃなくても何か、きっかけになればいいなぁって思う。
 思うんだけど、けど…」
「…。
 何か、あかん事でもあるん?」
261 名前:HA−F 投稿日:2003/10/11(土) 02:13
「…」

ひとつテンポを遅らせてその言葉を肯定するように頷いてみせた。

「矢口がよっすぃーを応援したら、梨華ちゃんの事、裏切る事になっちゃう…」
「…石川の事を?」

もう一度頷く。

「そら、確かにここ来る前は付き合ってたし、その後もちょっとはお互い未練…ていうのは適切な言葉じゃないかもしれんけど
 お互いに気持ちがあったかもしれんけど、それでもいっぺんも復縁してへんかったみたいやし、今は関係ない事なんやないん?」
「だって…」

石川が矢口にだけ打ち明けてくれた事を中澤に告げてしまうのはルール違反かもしれない。
けれどそれならば中澤も自分に吉澤の話をしてくれた時点で同罪なのだから。

「…。
 梨華ちゃん…まだ…よっすぃーの事好きなんだよ…」
262 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/10/11(土) 02:24
うわぁ…一気に切ないなぁ…。
密かに待ってます。(w
263 名前:vegetable 投稿日:2003/10/18(土) 04:19
>>262さん
思いつきで書いてるっぽくなってきましたよね(苦笑
でも、終わりは見えてますので。
密かでも心の中でだけでも待って頂けていると有り難いです。
264 名前:HA−F 投稿日:2003/10/18(土) 04:19
矢口の言葉に中澤は息を呑んだ。

「…。
 梨華ちゃん、すごい深刻な顔してて…聞いてる矢口の方が泣きそうになるくらいにさ…」
「…石川、まだ…。
 そう、か…」

天井を見上げ、深い息を吐いた。
自分の頭をくしゃくしゃと掻き、一言、まいったなぁ、と漏らした。

「…矢口は、石川の口からそれ聞いたんやろ?」
「うん…」
「私は吉澤から聞いた。
 まあ、お互いその時ふたりがどんだけ真面目な顔して言うてたか一番よぉ知っとる訳やし、
 そっちに情入ってまうわなぁ…」
「…」

しかめっ面の矢口の頬に手を添えて、自分と目を合わすよう促す。
265 名前:HA−F 投稿日:2003/10/18(土) 04:19
「なぁ。
 物は相談なんやけどな」

苦笑いのような笑みを浮かべていた顔を急に真剣な表情に変える。

「聞かんかった事にせぇへん?」

中澤の言った言葉を理解するのに少し時間を要した。
何故今、吉澤の事を話し始める前に聞いた言葉を再度言われているのかが分からなかった。

「え…?
 そりゃぁ、よっすぃーの事は聞かなかった事に…」
「じゃなくて」
「…?」
「そもそもそれを」
「そもそもそれを?」
「正直、私、結構おせっかい焼きやからたぶん矢口から石川の事聞かんかったら
 なっちと吉澤の事に手ぇ挟んでたと思うんよな。
 不自然に自然装ってふたりきりにしたりとか?」
266 名前:HA−F 投稿日:2003/10/18(土) 04:20
それは矢口も同じ事だ。

「けど、石川の気持ちも知ってしもたから、それを聞かんかった事にして
 吉澤の事だけ応援するっちゅーんは気が引ける。
 矢口もそうやろ?」
「うん…」
「やから、私は吉澤からなっちを好きやって聞いた事を聞かんかった事にする」

時々、本当にごく稀にではあるが中澤は矢口が予想だにしない事を口にする。

「けど…」
「吉澤と石川がより戻すんも、石川が吉澤の事諦めるんも、なっちが吉澤を好きになるんも
 全部自然に任せようや。
 元々上手く行くもんはほっといてもそのうちそうなるって」

まるで自分に言い聞かすように呟く。
267 名前:HA−F 投稿日:2003/10/18(土) 04:20
「吉澤も石川も誰かに聞いて欲しかっただけやろ。
 どうこうして欲しい訳やないって、きっと」
「…裕ちゃんてさ、時々すごいよね…」
「ん?何がや?」
「誰の事を応援しても100パーセント頑張れって言えないなら誰の事も応援しなければいいじゃん、て事でしょ?
 よくそんな結論出せるよね…」
「そうか?
 けど、矢口やって人伝いに私が矢口の事好きやって言いよったって聞くより
 直接私に好きやって言われた方が嬉しいやろ?」
「…うー…そりゃあ…そう、だけど…」

こんな風に言われるとどこか言い包められたような気分になってしまう。
268 名前:HA−F 投稿日:2003/10/18(土) 04:20
「はい。もうこの話は終わりな」

眉間に皺を寄せている矢口の頬に触れていたてのひらで小さくそこを弾いた。

「…」

中澤はソファーから腰を上げ、台所の方へと足を踏み出す。
その背中越しにぽつりと聴こえてきた矢口の呟き。

「…好きだった人が、ここにいるのって、どんな気持ちなんだろうね…」

弱々しい声に思わず振り返る。

「梨華ちゃん、辛いだろうね…。
 もし、なっちとよっすぃーが上手くいったら尚更…」

矢口の言葉に返してあげられる言葉が見付からない。
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/10/19(日) 03:08
面白いです。
270 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 05:43
同じく。更新待ってます
271 名前:vegetable 投稿日:2003/11/19(水) 04:01
>>269-270さん
有難う御座います。
言い訳する言葉も御座いません。
272 名前:HA−F 投稿日:2003/11/19(水) 04:02
「…矢口は、耐えれないと思う。
 ずっと、勝手に好きだっただけだったけど、誰かと付き合ってる姿なんてそんなの、見たくないし…。
 ましてや、男の人となら泣きまくっても、諦めがつくかもしれないけど、
 ここで、自分と同じ女の人と付き合い出したら、やりきれないと思う…」

泣き出してしまいそうな声だった。

「矢口…」

そっと近付いて、その頭を抱きしめる。

「そうやな…」

中澤はそう呟くと、少し考え込んで次の言葉を紡ぎ出した。

「私が好きやった人はな、コピーもろくに出来んような人で、渋ーいお茶汲む人やったんよ。
 愛想笑いは上手やったけど、お世辞はよう言えんで、敵ばっかり作るような人」

突然そんな事を話し出した中澤の顔を、矢口は不思議そうに見つめる。
273 名前:HA−F 投稿日:2003/11/19(水) 04:02
「けど、今は…もう今年で26とかになるはずやし、結婚して、家庭持って、幸せに暮らしてるんやろう、と思う」
「…」
「それを知らんで済むんは、ええ事なんかどうかは、よぉ分からんけどな…」

くしゃっと、困ったように笑う。

「ゆ、裕ちゃんも、矢口と幸せになるんだからっ」
「…うん…」

その表情のまま矢口を抱きしめる。

「なぁ、矢口」
「ん、なぁに…?」
「矢口が好きやった娘と出会って、どれくらい一緒におった?」
「一年…。
 大学で、出会ったから…」
「そっか」

中澤は、一旦ぎゅっと腕の中の矢口をきつく抱きしめ、その腕を緩めて解放する。

「矢口。
 あんたが、その娘と過ごした季節の数を、私と一緒に過ごす季節の数が越えたら、
 私の話、聴いてくれるか?」

急に真剣な顔をして中澤がそう言ったからか、矢口も真面目に返事をした。

「え、は、はい」
274 名前:HA−F 投稿日:2003/11/19(水) 04:02
∧∨∧∨∧

照り付ける太陽の日差しを避けて木々のふもとに身を寄せる5人の姿を吉澤はぼんやりと見つめていた。
相変わらず今日も、声を掛けるきっかけは手に入りそうもない。

「…暑ぅ」

鉄壁をも越えてどこまでも続く空の青を仰ぐ。

不意にその青を、小さめのてのひらが遮った。
指と指の間から注ぐ太陽の光が先程よりも一層眩しく思えた。

「よっすぃー、何やってるの?」

声の主は、いつの間に近付いてきたのか、ついさっきまで吉澤が見つめていた視線の中心にいた人物だった。

「あ、いえ…その、別に…」
275 名前:HA−F 投稿日:2003/11/19(水) 04:03
「…なっちもなぁ…酷な事するよなぁ」
「…」
「まぁた、目に見えて複雑そうな顔するなや」

腕の中にすっぽりと矢口を収め、苦笑する。

「…よっすぃー、もしかしてなっちの事…」
「好きだと思いますよ、たぶん」

平家の腕に自分のそれを絡ませている後藤はあっさりとそんな風に言ってしまう。
中澤は耳だけで後藤の言葉を聞きながら、この年代の子たちはその手の事には鋭いなぁと一人感心していた。
276 名前:HA−F 投稿日:2003/11/19(水) 04:03
視界の少し先で、吉澤が笑う。安倍が笑う。
中澤は思う。
例えば恋にならないとしても、ふたりにはもっと仲良くなって欲しいと。
抱え込んでいるものを誰にも見せず、自分の中にのみ溜め込んで、周りに気を遣って明るく演じているような
そんなふたりだから。
どこか、似ているふたりだから。
277 名前:vegetable 投稿日:2003/11/21(金) 04:17
――水鳥さえいない湖は、波紋さえ立たない。
それを囲うようにして聳える木々が、風さえ阻み、波のひとつさえ作らせない。

ここ数日、毎日のように石川はこの湖に姿を見せていた。
青々と生い茂った草の上に腰を下ろし膝を抱えてその穏やかな水面をただじっと見つめる。

その畔に住む紺野と、頻繁にそこへ足を運ぶようになっていた高橋は、窓の内側からそんな石川の姿を見つめていた。

「…石川さん、今日もきてるね…」
「うん…」
278 名前:HA−F 投稿日:2003/11/21(金) 04:17
ふたりの目に映るものは太陽の日差しが反射してきらきらと光る水面が大半を占めているけれど、
その奥に、ちょこん、と、消え入りそうに座る石川の姿も何とか捉えられる。

「…愛ちゃん」
「何?」
「…あたし、ちょっと行ってくる…」
「え?」
「…放っておけないし」

そう言うと紺野はドアから出て階段を下り始めた。

たんたんたん、と規則正しい足音が遠くへ、遠くへ、と響いていく。

「…もぉ、待ってやあさ美ちゃん。
 あたしも行くって」

迷った挙句、その足音が聞こえなくなる寸前、高橋も紺野の後を追って部屋を出た。
279 名前:HA−F 投稿日:2003/11/21(金) 04:17
膝丈ほどに伸びた草を分け入って、その後ろ姿を視界の真ん中に収めた。
自分よりも3つほど年上の石川を相手に紺野はその背中に頼りなさを感じてぐっと息を飲み込んだ。

石川と話した事は数えられる程度にしかない。
それでも紺野は知っている。
誰と話す時でも、それが自分のような年下が相手であっても、彼女はいつも笑顔だった事。
280 名前:HA−F 投稿日:2003/11/24(月) 13:09
幾度か躊躇った後、紺野は口を開いた。

「…あの、石川さん」

音ひとつさえ立てず、ゆっくりと振り返る。

紺野の後ろでは肩で息をする高橋。

「どうしたの?紺野に、高橋」

ふたりの姿を確認して、石川はいつものように微笑んだ。
途端、紺野は石川の肩を掴み、詰め寄る。
ぐっと眉間に皺を寄せて、重たく、言葉を紡ぐ。
281 名前:HA−F 投稿日:2003/11/24(月) 13:09
「最近、らしくないですよ。
 その、石川さんの事情とか、全然よく分からないですけど、でも、
 人知れず溜め息ばかりついて、無理して笑って…そーゆーのは似合わないです」

普段は比較的表情を変えない紺野が、怒りのような嘆きのような顔をしている。

「別に、無理なんてしてな」
「あたしがこんな事、言うべきじゃないんですけど、本当は…。
 喉に刺さった骨は、早急に取り除いた方がいいですよ…」

石川はふと困ったような笑みを零した。
いつの間にか自分でも気付かぬうちに、人に問われる程に自分は弱ってしまっていたんだ、と知らされたようだったから。

「…うん…。
 ありがと」
282 名前:ヤグヤグ 投稿日:2003/12/04(木) 23:28
昨日今日で全部読ませていただきました
何か切ない話だなぁ・・・
更新楽しみに待ってます
283 名前:vegetable 投稿日:2003/12/16(火) 09:34
>>282さん
有難う御座います。
今年中に完結出来れば、と思っていますので…。
284 名前:HA−F 投稿日:2003/12/16(火) 09:35
∧∨∧∨∧

夏の終わりを惜しむように町の外の世界では花火が打ち上げられていた。
夕闇に飲み込まれてしまった空に、クレパスをばら撒いたように無数の色が飛び散って、消えていく。
耳の奥で僅かにこだまする打ち上げ音。
この町の中で見上げる空は、その音に同調する気配もなく、青と黒と灰色とが混ざり合ったような色をしている。

目を閉じて耳を澄ませる。
空を仰いで目蓋の中に空を思い描く。
弾ける音に合わせてその空に花火を散らす。

きっともう二度とこの目で花火を見る事はないだろう、と思いながら。
285 名前:HA−F 投稿日:2003/12/16(火) 09:35
どれくらいそうしていたのだろうか。
気が付けば耳の奥で響いていた音が届かなくなっていた。
秋を揺すり起こすような温度の風が、吉澤の体の周りを駆け抜けて行った。

ゆっくりと目を開けて、僅かな星の光をその中に映し込む。
耳だけに傾けていた神経を解き放つと、ふと自分の後方に人の気配を感じ、振り返る。

「…」

言葉に詰まった。
286 名前:HA−F 投稿日:2003/12/16(火) 09:35
「…梨華、ちゃん…」

複雑そうな顔をする吉澤。
それとは裏腹に、久しぶりに彼女の口から自分の名を聞き、小さく笑みを零してしまった石川。

視線を揺らし続ける吉澤の顔を見つめていると、どこか懐かしさのようなものが込み上げてくる。

「あ…久し、ぶり…」

虚空を掴むような言葉。

「うん…」

こんな距離で吉澤を見るのはどれくらいぶりだろうか。
287 名前:HA−F 投稿日:2003/12/16(火) 09:36
星の光で微かに影が落ちる足元。
服の裾を小さくはためかせる風。
静かな、町。

「あの、ね」
「え、うん…」
「私、好きな人がいるの」
「へ、ぇ…」

揺れる視線は、暗い道の上で止まる。

「ずっと、好きで…。
 好きなの、よっすぃーの事…」
288 名前:HA−F 投稿日:2003/12/16(火) 09:36
ば、と、視線が上がる。
驚いているようにも困っているようにも見える顔。

吉澤の中では石川との日々はもう過去のものになっていたけれど、石川の中では未だにずっと続いているものなんだ、と知らされる。
嫌いになった事なんて一度もない。
ただ上手くはいかなかっただけで―。
289 名前:HA−F 投稿日:2004/01/10(土) 01:09
吉澤の視線が、ゆっくりと石川の目を捉えて停止する。

「…あの、さ…」

石川の視線が、静かに次の言葉を待ち受ける。

「あんな別れ方になっちゃったけど、梨華ちゃんの事、あの時のあの瞬間も、ちゃんと好きだったんだ…。
 大好きだったよ…。
 けど、ごめん。
 今は…、他に好きな人がいるんだ…」
290 名前:HA−F 投稿日:2004/01/10(土) 01:09
吉澤の視線は真っ直ぐだった。
その想いに嘘なんてないとそう言っているかのように。

石川は俯いた。
けれど。

「そっか。
 うん…分かった。ありがと…」

もう一度吉澤を捉え、そう返す。
胸の中に、霧は立ち込めなかったから。
痛みは当分消えないかもしれないけれど、きっとそれは時間で解決出来るものだろうから。
291 名前:HA−F 投稿日:2004/01/10(土) 01:10

ふたりの上には、いつの間にか月が姿を見せていた――


292 名前:HA−F 投稿日:2004/01/24(土) 17:29
∧∨∧∨∧

花火大会が終わると季節はあっと言う間に秋。
森の木々たちが冬への準備に入ろうとしている頃、町の中で一組のカップルが晴れの日を迎えていた。

右手と左手を繋いで歩くふたり。
一番高くへと辿り着いた太陽がふたりの纏う真っ白な服を照らし輝かせている。
人垣を切り裂くようにして真っ直ぐに伸びたアスファルトのバージンロード。
293 名前:HA−F 投稿日:2004/01/24(土) 17:29
窓越しにその風景を眺めながらぼんやりとした声で矢口は呟く。

「…すごーい…。
 何か、可愛いね」
「んー。
 そーやなぁ」

矢口の声に引かれるようにして中澤も視線を窓の外へと向ける。

「何や、ふたりともスカートやん。
 …あの子等らしいなぁ…」

自然と口許が綻ぶ。

「…幸せそう」
「そうやな…」
294 名前:HA−F 投稿日:2004/01/24(土) 17:29
色褪せていく緑色の木の葉が、赤く染められていく木の葉が、ふたりを祝うように風の中を舞う。
スカートの裾が、ふたりの心を反映しているかのように軽やかにダンスする。

一方の少女が視線の先に石川の姿を捉えた。

「…おめでとう」

こんな風に笑って言ってくれるのは、彼女の性格の為せる業と知っているから、少女も微笑み返して応える。

「うん、ありがとう」

繋いだてのひらの先で、もうひとりの少女が小さく会釈をする。
ふたりが前を向く。
一歩、二歩、背中が遠ざかる。

自分にもいつかこんな日が訪れるのだろうかなんて今はまだ考えられはしないけれど――
295 名前:HA−F 投稿日:2004/01/28(水) 03:39
――風が強くなっていた。
波のように押し寄せるそれは少し、肌寒さを携えている。

窓を閉めようと手を伸ばした先に、見覚えのある姿が映った。
ぱたぱたと足音がしそうな歩き方。横顔だけでも分かるしかめっ面。
なんとなく声を掛けたくなり、真矢は窓にかけた手を止め、名を呼んだ。
296 名前:HA−F 投稿日:2004/01/28(水) 03:40
「矢口さん」

呼ばれた側はびくっとして足を止め、左右をきょろきょろと見回す。

「ごめん、驚かせちゃったわね?」

ようやく声の主を見つけ、先程と同じようなけれど少しだけ軽い足取りで駆け寄ってくる。

「今日和」

零れんばかりの笑顔に、思わず真矢の方も笑顔になる。
297 名前:HA−F 投稿日:2004/01/28(水) 03:40
「今日和。
 今日は裕子と一緒じゃないのね?」
「あ、はい…」
「ん?
 何かあったの?」
「あ、いえ。
 裕ちゃんとは、何も。ただ」

見る見るうちにしかめっ面に逆戻りする。

「そのー…ちょっと、自分の性格に嫌気が差したと言いますか…」

視線を揺らし、口の中で言葉を濁す。

「…。
 何でこんなにお節介なんだろ…でしゃばりなんだろ…」

深く溜め息をつく矢口を見て、笑い声が漏れてしまう。

「相変わらず可愛い事言うわねぇ」
298 名前:HA−F 投稿日:2004/01/28(水) 03:40
「…それで、何か不味いこと言う前に…」
「姿を消してしまおう、と?」
「…はい」
「…らしい発想ねぇ。
 じゃあ暇してるってことよね?
 上がってお茶でも飲んでいってくれない?
 たまには誰かとお話しながら飲みたいなぁって思ってたのよね」
「…いいんですか?」
「そうしてもらえた方が有り難いわ」
「…じゃあお言葉に甘えます…」

真矢の笑顔に誘われるように頷いた。
299 名前:HA−F 投稿日:2004/01/28(水) 03:40
真剣なのかそうではないのか。
中澤は、自分をみつめる四つの瞳を見つめ返しながら、困惑していた。

「…自分ら、さっきから人のこと前傾姿勢でじっと見てきてるけど、何なん?
 何か言いたいことあって私のこと拉致ってんやろ」

ふたりは顔を見合わせ、目で何やら押し付け合いをしている雰囲気だった。

「はよ言うてくれな、延びたら延びた分だけ機嫌悪なるでぇ」

椅子に座っている格好から、身を乗り出し、脅しを入れてみる。
300 名前:HA−F 投稿日:2004/01/28(水) 03:41
その言葉に引っ張り出されるように声を出したのは、高橋の方だった。

「あの…」
「何や?」
「中澤さんしかいないんです」
「…簡潔に言いすぎ。
 せめて主語くらい言おうな」

高橋は、前のめりになっていた体を一度起こし、ひとつ深呼吸をした。

「石川さんのこと、なんですけど…」

上目遣いでそう言う高橋に、ぐっと歯を食い縛り、見つめてくる紺野。

「…石川のこと、ねぇ…」

前髪を掻き揚げ、視線を外す。
301 名前:HA−F 投稿日:2004/02/14(土) 00:51
そういえば。
吉澤とその後、進展があったのかどうかということ以前に、最近姿を見かけていないなぁと思う。

「…自分ら、最近石川見た?」
「え、あ、はい。
 見かけますよ、よく」
「…へぇ…。
 どこで?」

意外な返答に引き戻されるようにして、再度高橋に視線を向けた。

「そこです」
「そこ?」

オウム返しをして、高橋の指先が指す方を見る。

「…窓…?」
「の、外、です」
「…」
302 名前:HA−F 投稿日:2004/02/14(土) 00:51
この窓の外に一体何があっただろうか、と疑問を抱えながら、立ち上がって窓の傍へと歩み寄る。

「……。
 あぁ、そうか。
 紺野さん家か、ここ。
 湖のとこに住んでるって、そうかそうか…」

独り言のように呟く中澤の背中に向けて紺野が言葉を補う。

「その畔にいるのを、よく見かけるんです。
 一時期、と言っても数日なんですけど、見かけなくなって。
 だけど最近また、見かけるようになって…」
「…私に、なんとかして欲しいって?」

紺野は頷かなかった。
けれど、それはその言葉を肯定しない、という意味ではない。
303 名前:HA−F 投稿日:2004/02/14(土) 00:51
「元気にしてくださいとか、そんな無理なお願いをするつもりはないんです。
 ただ、あたし達じゃ、駄目なんです。
 背中を押すことは出来ても、手を差し伸べることは出来ないんです」
「…。
 なんや、石川、愛されとるんやなぁ」

何か嬉しくなって、微笑んでしまう。

「分かった。
 ちょっとだけお節介してみるわ」
「ほ、ほんとですか」
「けど。
 あんま期待せんといてや」

ふたりは目を合わせて微笑み、何度も頷いた。
304 名前:HA−F 投稿日:2004/02/14(土) 00:52
風が木々を揺する音とは違う、木の葉同士の擦れ合う音、落ち葉を誰かが踏み締めている音が響いてくる。
つい最近、よく似た事があったなぁと思い出しながら、何となく振り返る。

「…な、中澤、さん」

呼びかけたとほぼ同時に、足音が消える。

「微妙に久しぶり、やな」
「そう、ですね…」

中澤は一歩前へ踏み出し、隣に並ぶ。

「最近、どないしてるんかなぁって気にはなっててんけどな…。
 私より心配しとる熱心なファンの子が、ふたりもおるみたいやん?」
「…何の事ですか?」
「ん、いや。
 あの家に住んどる子と、そのお友達、石川の事えらい気にかけとったで」

中澤の言葉に視線を上げて、湖の向こう岸に見える家を見上げる。
305 名前:HA−F 投稿日:2004/02/14(土) 00:52
「…石川」
「は、はい」

振り返り、中澤の横顔を見上げる。
中澤は微笑んで、その頭を撫でてくる。
こんな時、中澤には申し訳ないとは思うけれど、どこか母親のような感じがする。

「…容易く言うてるように聞こえるかもしれんけど…」

細めた目が、少しだけ困った風に見える。

「…よぉ頑張ったな」

その言葉が容易く発せられたものではない事くらい、石川にも分かる。
頭を撫でていたてのひらを後頭部へと回しながら、同じ視線になるよう腰を下ろして、その頭を引き寄せる。
306 名前:HA−F 投稿日:2004/02/14(土) 00:52
鼻の奥がむずむずとしてくる。
目蓋が重い。もう一度瞬きをしたら、涙の雫が零れそうだと自分でも分かる。

307 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/25(水) 22:05
続きチソチソ
308 名前:vegetable 投稿日:2004/03/16(火) 02:17
自己保全
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/22(木) 18:55
待ってますよー!はやくぅ!

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