震える将星(下)

1 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時35分10秒
はじめに、管理人様にお願い申し上げます。
この小説は「青板」で書いていたものなのですが、自分でも予想外の長編となってしまい、
容量制限の中では完結しなくなってしまいました。
そこで、こちらへ「下」として続きを書かせて頂こうというものです。
前スレ→
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/blue/1048262066/l100
ルールを守れず申し訳ありませんが、どうか御容赦のほどを宜しくお願い致します…。
2 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時37分30秒
それでは、簡単ですがここまでの「あらすじ」を書き込ませていただきます。


「震える将星」のこれまで

アメリカに拠点を構えるバウンティ・ハンター=賞金稼ぎの俺・高科穣也は、久々の
日本で元同僚と痛飲した翌朝、ひとりの少女の拉致現場に遭遇した。
二日酔いの身体で4人の犯人に立ち向かったものの3人目に倒され、まんまと
誘拐されてしまった。

問題は、連れ去られたのがモーニング娘。の石川梨華だったことと、プロとして
あるまじき失態を自分のプライドが許さないことで、結局UFAに乗り込んで「プライドを
通させてくれ」と依頼する破目になってしまった。

石川誘拐の直前まで一緒に居た事で誘拐を「自分のせい」と責任を一身に背負う
吉澤をはじめとしたモーニング娘。の年長組を部下として迎えて開始した捜査は、
年の功(?)か俺でも驚く推理の冴えを見せた中澤や、それぞれの特技を活かした
ことによって順調なスタートを切った。
3 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時38分23秒
二日目には元センター・後藤真希も加わり、彼女の活躍と裏の情報屋である町医者
「教授」の助力もあって犯人像が明確になるとともに、捜査網が徐々に小さくなって
行くかに思えた。
ところが、内通者として誘拐の手引きをしたと思われるUFAの受付嬢・三輪祥子と
誘拐の黒幕と思われていた広告会社の次期取締役・正田との間に直接のつながり
がない一方、二人に近い人間がほぼ同時に事故で死亡していたことで、事件の
全貌が思ったより奥深いことが判明。
さらに、元同僚で現在は検察庁の人間である津村涼子からもたらされた情報で
正田が何者かに脅迫されているという事実が浮かび上がり、捜査は瞬く間に
難解な局面へと突入してしまった。

俺はいま、次々と判明した事実の整理と推理の構築を最初からやりなおしている
ところだ。
メンバーたちが事件の漏洩を防ぐために押し込まれたホテルの地下駐車場に停めた
車の中で、石川の身を案じて寝言を漏らしつつ助手席でうたた寝する吉澤を横目に
見ながら、必死に頭を回転させている。
正田の尻尾を掴もうと潜入したパーティーで、持ち前の美貌を活かして囮役を務めた
吉澤がやたらと突っかかってくるのも、捜査とは別の悩みの一つだが…。
4 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時39分50秒
これより、本編をはじめたいと思います。
宜しくお願い致します…。


『震える将星』

#7 過去−4


袴田が戻ると、銀香が瞑想していた。
例によって、奥へと続く通路に座って、である。
その前を通り過ぎようとしたとき「遅かったな」と声をかけられた。この寡黙な男にして
は珍しい。
「起きていたのか」
「夜間の警護も、契約事項の中に入っている」
「そうだったな。異常は?」
「ない」
短い返事だけに愛想がないことおびただしいが、逆に信頼が置ける男ともいえた。
5 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時40分34秒
「動きが芳しくないんでな。少し突ついて来た。この二・三日が勝負になると思う」
「ボディ・ガードとやらは、まだ付いているのか?」
「ああ。あれでは半径5m以内には近づけないな。しかし、直接となったらそうも言って
られない。その時は頼む」
「承知した」

それだけ話すと、銀香は再び眼を閉じ、袴田は居室へと消えた。
脇の通路に、少し前にトイレに立った梨華が息を潜めていたとは、気付かなかったよう
だ。
「あの…ありがとうございました」
梨華は小声で言い、銀香に頭を下げた。

銀香は片目だけを開いて彼女を見ると「袴田が外で何をしてきたのかを確認しただけ
だ」と言った。
6 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時41分06秒
(ブアイソだけど、きっとこの人は私をかばってくれたんだ)梨華がそんなことを考えて
立ち尽くしていると、銀香が珍しく片目だけを開いて彼女を見た。
「何だ?」
「いえ。素直じゃないなと思って」
「余計なことは考えるな。用が済んだのなら早く寝室へ戻れ」
冷たい口調は変わらない銀香に、部屋へ戻ろうとした梨華の背を
「よく睡眠をとっておけ。今日か明日にでも、君も一緒に動いてもらうことになるかも
しれん」
という声が追った。

振り向いて「なんで?」と訊こうとしたが、答えなど期待できないと思い直し「はい」と
だけ返して、梨華は居室へ戻った。
稲生に手錠を外してもらい、ベッドに入る。
(何かわからないけど、あの人なら悪いようにはしないよねきっと…)
そんなことを考えているうちに、彼女は安心しきった顔で眠りに落ちていった。
7 名前:新人 投稿日:2003年05月25日(日)22時42分04秒
今夜の更新を終了します。
こんな稚拙な小説でも読んでいただいている皆様、今後とも宜しくお願い
申し上げます。
8 名前:(黒^▽^) 投稿日:2003年05月28日(水)21時02分54秒
初レスいたします。
偶然発見して一気に読まさせていただきました。
表現の仕方がとても上手で読みやすいですね。
これからもがんがってください。
9 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)21時59分18秒
>>8 (黒^▽^) さん
初レス、ありがとうございます。拙い小説ですが、がんがりますので宜しくお願いします。

時間がとれたので更新します。 といっても、以前前置きした通りサイド・ストーリー的
部分となりますので、飛ばしていただいても大丈夫なように配慮したつもりです。
10 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時00分01秒
『震える将星』

#7 過去−4


吉澤が「あんなこと」と表現したのは、つい1時間ほど前に話し終えた「過去」のことで
ある。忘れたくても叶わない、警官時代のエピソードだ。


津村涼子は、2期下にあたる警視庁捜査一課の後輩だった。
何度か名前が登場している逢坂は、同じ職場の同期である。
大げさを承知で言えば、三人は若手三羽烏ならぬ、一課のドリ・カムと呼ばれ
ても、おかしくないトリオだった。

俺と逢坂が一課の同じチームに配属された一年後、彼女はやって来た。
一課に配属になるまでに二年を要した俺たちと違い、日本の最高学府を卒業
した才媛は、警察学校卒業後半年と経たず配属になった。
いわゆる「キャリア」というやつで、将来は警部から警視正、そして管理官へと
上っていくであろう彼女は、はた目には無表情で俺たちを見下しているように
見えた。
先輩刑事の何人かは「お高くとまりやがって」みたいなお約束を、声高に言っ
ていたものだ。
11 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時01分34秒
前途多難なスタートだったが、何日か経つと彼女の歓迎会が企画された。
その席で、酔っ払った逢坂が彼女の手をとり「一発ヤらせてくれ」と迫るのを
ド突き倒したところ、ようやく氷のようだった彼女の表情が崩れた。

実は彼女と打ち解けようとする猿芝居だったのだが、本人に聞けば何のことは
なかった。誤解だったのだ。
涼子は、男ばかりの職場へ配属され、緊張の余り無表情を装っていたので
ある。
何しろ、日本最高峰の法科を現役ストレートで卒業した才媛だ。男ばかりの
現場に、これまでと違う緊張感を解くことができないのは当たり前だったかも
しれない。
とにかく、月並みな表現をさせてもらえば、これを境に三人は急速に仲が良く
なり、三人で朝までなんてこともしばしばだった。

もちろん、組んで解決した事件も枚挙に暇がない。
力押しの俺、博識を活かす逢坂、そしてブレーンとして解決のヒントを発見す
る涼子。
そんな俺たちを「捜査一課のドリ・カム」と呼ぶ奴がいたかどうかは、実は定か
ではないのだが、とにかく名トリオだったのである。
12 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時03分28秒
そんなトリオも、俺がある事件がもとで自主退職して解消となった。
探偵社のエージェントを経て米国へ渡ることを決めた俺を成田空港まで見送り
に来てくれたのは、教授と美弥子、逢坂だけで、涼子は来なかった。

だが、危険極まりないバウンティ・ハンターを再度の転職先に選んだ元同僚を、
最後まで止めるよう涼子が逢坂に懇願していたと知ったのは、米国に拠点を
構えた頃に届いた、逢坂のEメールによってだった。


「ジョーさん、エリートだったんだ」
「まさか。何かの間違いで配属されたんだ。俺はただの体力バカさ」
「どうして刑事を辞めたの?」
「そんなことを聞いてどうする」
俺は大真面目な顔をした。

吉澤は一瞬、躊躇したが
「だって気になるじゃん、『ある事件』とか言われると」
何でえ、「あなたのことは何でも知りたいの」とか言うなら、抱きしめてキスの一つでも
してやろうと思ったのによ。

「聞きたいか?」
「うんできれば」
「後悔しないな」
「・・・しない」
いい度胸だ。
「みんなには、秘密にできるな」
「絶対に言わない」
お互いに頷き、話は続いた。
13 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時04分32秒
涼子がやってきて1年も過ぎた頃、俺にも恋人と呼べる存在ができた。
正確には、紹介してもらった、だろう。
名前は琴美。5つ年下で、当時はまだ大学生だった。
誰に紹介してもらったかというと、「姉」である涼子だった。
三人で酒をしたたかに飲み、転がり込んだ涼子のマンションで、クスクス笑い
ながらコップの水を差し出してくれたのが、彼女だった。

完全に俺の一目惚れで、涼子を拝み倒して交際を打診すると、返事は何と
OKであった。
彼女は、弾けるような笑顔と底抜けに優しい母性を持ち合わせており、何より
姉が選んだ「刑事という仕事」に対する理解があった。
仕事で約束を破ることも少なくなかったが、彼女が嫌な顔をするのを見たことが
無いほど、慈愛に満ちた女性だったのである。

手料理は、家事一切が苦手の姉の50倍はうまかった。料理に込められた愛情
に癒される瞬間は、このうえない幸せと言えた。
琴美を嫁さんにしたら、誰でも幸せになれただろう。
知り合ってから半年、彼女は卒業を控え、就職も決まって何一つ不自由のない
生活を送っていた。
正直、俺はプロポーズのタイミングをはかっていた。
しかしある日、突然の悲劇が彼女を襲う。

俺たちのチームはその頃、ある事件を追っていた。
東京23区内を中心に、同一犯人によるものと思われる、連続婦女暴行事件
であった。
14 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時05分50秒
「ちょっと待って」
吉澤がやや青ざめた顔で話を止めた。
「どうした」
「・・・続けて」
おそらく、彼女にはわかったのだろう。
俺の顔に領域を広げつつある色が、悲しみのそれであると。

その日、例によってデートに遅刻して行った。1時間以上もだ。
以前に2時間近く遅刻した挙句、ラスト・オーダーを遥かに過ぎて予約がフイに
なっても「よかった来てくれて」と微笑んでくれた琴美だから、怒って帰ったりは
しないと思っていた。
しかし、その日に限って待ち合せ場所に、彼女の姿はなかった。

そして俺は、携帯に入った逢坂の連絡により、俺が到着する10分ほど前に
琴美が近くの交番にボロボロの衣服と裸足で現れ、救急車で病院へ運ばれ
たことを知った

「そんな…じゃあ琴美さんは」
「俺たちが追っていた暴行魔の手にかかったんだ」
「ひどい」
「今ごろ気づいたか。実は酷い男なんだ」
「・・・違うよ」

何が違うというのだろう。
あの冷静な涼子が我を忘れて掴みかかり、田舎から上京した親父さんは、
何度も何度も、俺を殴った。
その日、遅刻さえしなければ。いや待ち合せを別の場所にしていれさえいれば、
琴美の笑顔は失われずに済んだかもしれないのだ。
15 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時07分20秒
俺は、狂ったように犯人を追った。
他の事件には目もくれず、徹夜で目撃者を探すなどして、ついに追い詰めた
犯人は、21歳の予備校生だった。受験のストレスが動機だ。
証拠を掴むや、事件のショックから痴呆状態が続く琴美に病室の外から報告
し、犯人逮捕へ向かった。

その夜、病院から行方不明となり、東京湾に浮かんでいる琴美が発見された
のは翌朝のことである。


「!」吉澤が口に手を当てた。その瞳には、なぜか涙が浮かんでいた。


逮捕されたその場で犯人は病院送りになった。
両手足をヘシ折られ、肋骨と胸骨を入れれば全身で10ヶ所以上の骨折を
負わせたのが誰であるかは、言うまでもない。
それは逮捕に必要な行動ではなく、私怨による『制裁』だった。

当然ながら、行き過ぎた暴力行為を咎められ、現場を外され内勤の辞令を
受け取った。
しかし、俺にはもう警察組織に留まる理由も価値も見出せず、辞表を出した。
最後の日、琴美の死以来、口をきく事もなかった涼子が「ごめんなさい」と
言って来たが、何も返せなかった。
原因は、涼子ではなかった。もちろん、琴美でもない。

本来なら、婚約者が自殺する原因を作った男など、その場で射殺しても
おかしくなかった。
だが正当な裁きを受けさせるために、俺は犯人の頭を殴らなかった。
いや、殴れなかった。
そんな「警察官」である自分が、嫌になったのだった。
16 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時09分12秒
「以上だ」とだけ言い、深く息を吐き出した。
吉澤は無言だった。しかし、その瞳にたまった涙は、ついにこぼれなかった。

「さあ、風呂に入って早く寝ろ」
「うん…」
それからベッドに入ってメイン照明を消すまでの間、二人が交わした会話はそれだけ
だった。



その1時間と少しあと、浮かぬ顔のアイドルは、それを浮かべさせた張本人を起こした
のである。
寝る前と変わらぬ暗い表情が気にはなったが、話の内容が内容だからしょうがない。
話せと言ったのは向こうだし、気にしないよう努めたのだが…なぜこいつが落ち込む?
ワケわからんが、とりあえず謝っておこ。

「嫌な思いさせたか。なら謝る」
「そうじゃなくて…わかったような気がしたんだ」
くそ、言ってることがっぱり分からん。これがジェネレーション・ギャップってやつなのか。
「ジョーさんがなぜ、あたしを相棒にしてくれたのか」
無理にそうしようと思ったわけじゃないんだが。
17 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時11分24秒
「あたしの大切な親友が、危険な目に遭ってる。ショックで、他のこと何も考えられなか
った。けど、ジョーさんが捜査に加わることを許してくれたから、何とかここまでやって
来られたと思う」
俺は黙って聞いた。彼女の言いたいことは想像がついていたが、話の腰を折るほど
馬鹿じゃないということだ。

「どうしてかな、と思ってた。あたしなんか、ただの足手まといじゃない?」
「それは違…」と言いかけてやめた。
「ジョーさんは、あたしなんかより何倍も辛い経験をしたんだよね。だから放っておけな
かった。一人にしておいたら、何するかわからないから。違う?」

肯定も、否定もできなかった。
恋人と親友の違いはある。心配であり辛いのは、他のメンバー達も同じのはずだ。
しかし、屋上に立つ彼女を見たとき。
「あたしも連れてって」と言った彼女の悲壮な決意を、その表情に見たとき。
俺はこの娘を、けっして一人で泣かせてはならないと思ったのだ。
18 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時12分42秒
彼女は、黙ったことで満足したようだ。
ニッコリすると「それだけ」と言った。
「それだけか。なら寝ろ」
「はあ?」
「また6時起きなんだぞ。気が済んだら早く寝るんだ」
「ちょっと酷くない?すっごい勇気いったのに」
「じゃあ何か。『俺の気持ちを分かってくれるのはお前だけだ』とでも言って、抱きしめて
ほしいのか。それなら今すぐやってやる」
「あったま来た!」

吉澤はフン!と後ろを向いてしまった。
ちょっとやり過ぎたか。
「ありがとうな」
「何よ」
「正直、ちょっと自己嫌悪だったんだ。あんな話、お前に聞かせちまって。わかってくれ
て、ありがとよ」
「うん」と彼女は背を向けたまま答えた。表情まではわからない。

「もう寝るぞ。寝坊しても知らんからな」
吉澤からの返事はなかった。
しかし、布団を掛けなおして目を閉じた俺の頬に、温かいものが触れた。

彼女なりに「おやすみの挨拶」に、カッコをつけたかったのだろう。
19 名前:新人 投稿日:2003年05月30日(金)22時14分01秒
少ないですが、今夜の更新を終ります。
日曜にもう一度更新できるようがんがります。
20 名前:みっくす 投稿日:2003年05月31日(土)02時28分46秒
更新おつかれさまです。
相変わらず、文章の中に引き込まれます。
続き楽しみにしてます。
21 名前:丈太郎 投稿日:2003年05月31日(土)06時20分49秒
待ってました!
更新お疲れ様です。ジョーもよっすぃーが好きになりはじめてるのかな。
そうじゃない相手に暗い過去を話したりしないですよね(^^;)
あまり無理せず、これからもがんがってください!
22 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)19時55分09秒
『震える将星』

#8 賭事−1


翌朝、メンバー達が集まるまでの間、俺はパソコンのEメールで教授からの情報を再度
チェックし、推理を組み立てなおした。
迷いが生じたときは、原点に帰る。経験上、それがベターな選択だからだった。

つんく♂から伝え聞いた最初からの状況整理を行い、さらに涼子の推理を重ね合わせ
ると、おかしなことが幾つか見つかった。

例えば、石川の部屋だ。家具類が倒され、クッションが破れ羽毛が散乱していたのは
不自然ではないか?
犯人は4人、しかも全員が男だ。その気になれば、一瞬のうちに拉致できたはずだ。
事実、公園で俺を倒したあと、彼らは薬物を使って意識を奪い拉致に持ち込んでいる
ではないか。
ならば何故、最初からそうしなかった?大の男が4人もいて、一旦は彼女に逃げられた
のは、あまりにも稚拙ではないか。
23 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)19時56分30秒
まだある。最初の犯行声明と身代金要求以後、奴等は何も連絡してきていないのだ。
普通の営利誘拐なら、一日に何度もかかってくるはずだ。犯人がかける電話には、
警察に届けていないかどうかを確認する意味もある。

これは、奴等が「別の目的」の方に神経を使わねばならない事態が起こりつつある、
という証左ではないか。
そして、教授と涼子があげた「正田と祥子の接点」である。
片や、業界3位のCM制作会社の統括制作部長。次期取締役とも言われている、現役
バリバリの、広告マンの親玉である。

対して祥子は、上京してスカウトされた田舎娘。予備軍としてタレント修行をした後に
挫折、事務所の温情で職場を得た。芸能プロダクションとはいえ一般職である。
人脈も何もあったものではない。正田が祥子を使うとして、どう接触を持つというのか?
市野を通してでは、あからさま過ぎる。

ここで浮上したのが、教授が二人を洗う途中で出てきた、奇妙な偶然である。


『正田の周辺で、ひとり映画監督兼脚本家が死んでおる。袴田幸作という男じゃ。
一方、祥子も上の兄を亡くしている。三輪行雄じゃな。名前は違うが、双方ともに
八ヶ月前。死因も同じ事故死。これは偶然かの?』


この二人が、同一人物だとしたら。
映画監督がその作品を上梓するとき、本名を使わないのはよくあることだ。
もし祥子の長兄と正田との間に軋轢があり、その死の原因が正田だったとしたら?
24 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)19時58分23秒
今朝届いていた教授のEメールには、判明した新たな事実が記されていた。


『次兄の順次は、半年前に会社を辞めている。元は東陽エージェンシーが
広告を出稿している出版社に勤めていた』

そして

『盗作疑惑は本当で、死去した三輪行雄の遺作であったという噂が、業界の
一部で流れている』

さらには、後藤・美弥子コンビと中澤の至近に現れた「黒いブルーバード」の持ち主まで
付加されていた。
「稲生佐喜雄」という、番組制作会社のディレクターだ。モーニング娘。との関係はとも
かく、またひとり業界の人間が絡んできたことになる。

これらは俺の中で形を整え始めていた、新たな事件・犯人像を明確ならしめる、重要な
ファクターとなった。
正田が脅迫されているらしいという情報は、決定打に近いものがある。涼子からもたら
された、憶測とは程遠い情報ならばなおさらである。


はっきりしていること、明確ではないが現実にありそうなこと。それをはっきりさせるには
ある種の賭けも必要だ。
どうやら今日とるべき行動がはっきりしつつあることに若干の光明を見つけ、煙草に
火をつけて時計を見ると、もう7時近くになっていた。そろそろ、メンバーが集まってくる
時間だ。
25 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)19時58分59秒
「おはようございますジョーさん。よしこ、おはよー」
まず飯田と安倍がやって来た。飯田が妙に元気だ。
「おはよ、ジョーさん。ん、どしたの?」
安倍が不思議そうな顔していた。
どうやら、活き活きとした飯田を目で追ってしまっていたようだ。
吉澤はそれを見ても平然と、ゼンに何事か話しかけていた。

「昨夜のアレが効いたかな」
「何だべ、アレって」
首を傾げる姿が愛らしい安倍に微笑みかけながら、今日の段取りを打ち合わせる。
といっても午前中だけになるが。
この二人は、このあと祥子のマークについてもらう。アパートまでは、この時間ならば
タクシーで20分ほどだ。
祥子が家を出たら徒歩での尾行になるが、一般人に化ける(?)為の小道具は、昨日の
うちにつんく♂に用意してもらい保田が持って来てくれている。

正田の方は、今朝になって「会社に入るまでなら、診察時間外ですから」と電話をして
きてくれた美弥子に任せた。
入ってしまえば柚木専務秘書の涼子がいるから、心配ない。
市野は、トレーサーで充分だろう。

ついで部屋に入ってきた中澤と保田は、今日は僅かな空きがあるのみでスケジュール
は一杯いっぱいだ。
中澤は夜の祥子マーク、保田はネットと皆のサポート、これは変わらない。
26 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)19時59分45秒
「そのことなんだけど…」安倍が少し遠慮がちに口を開いた。
「どしたい安倍?」
「ネットの書き込み見てて思ったべさ。もしかして、黒幕は別にいるんじゃないかって」
「うむ。根拠は?」
「あのレス、ひょっとして本当のコト書いてるんじゃないかって思うべさ。やけに内容が
詳しいし、それに普通、圭ちゃんの方を煽るものだとと思うけど、自分が知ってるらしい
ことばっかり、レスしてるべさ」
安倍に涼子が情報戦を仕掛けていることは伝えていない。
自分一人か、もしくは保田か飯田と二人で、いま言った仮説を弾き出したのだ。

「つまり、奴は逆に告発される側で、そっちからも情報戦を仕掛けられてる、ってことか」
「うん。誘拐犯は別にいるような気がするの」
これで決まった。全く予備知識のない安倍が真を突いてくれたことによって、俺はある
決意を固めたのである。

「わかった。実はそんな気がしてた。時間がない、着替えてこいよ」
「アイアイ・サー」
二人は着替えを持って浴室へ入った。
27 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)20時01分14秒
「なっちも結構やるやんか」中澤が不敵な笑みを浮かべた。
「まさか、お前も?」
「ひとつの突飛な仮説にすぎん思ってたが、アンタとも同じとは思わんかったわ。それに
なっちまでなあ」
これじゃあプロの面目丸潰れだ。失地回復しなくちゃならん。
中澤にああ、と答え、保田を呼び新たな依頼を出した。もちろん、ネットに関してである。

「ちょ、そんなことしていいんですか!?」
「かまわん。派手にやっちまえ」
「そのあとはどうするんです?本ボシが動くかどうか、五分五分じゃない?」
「ま、そこんとこは企業秘密だ。頼んだぞ」
と、まだ怪訝そうな保田の肩をポンと叩き、中澤に今夜から明日が勝負と耳打ちして
打ち合わせを終わる。
「わかった。やるしかないわな」
ドアへ向かいながら自分に言い聞かせるように呟いた中澤は、最後に振り返りウインク
してみせた。本当に掴みにくい女だ…。

中澤と保田を送り出すのと入れ違いに、矢口と後藤が入ってきた。
「おはよー」
「よっすぃー、おはよ」
「おっはよー!」
吉澤は傍らのゼンがビクッとする程の大声を出した。
矢口は「バカに元気だな」という顔をして、俺のところへ来た。
28 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)20時02分08秒
「何かあったの吉澤のやつ。妙に明るいじゃん?」
「さてな。何だぁお前ら、完全に寝不足の顔じゃんかよ」
「あはは。ごっちんと相部屋なんて久しぶりだったから、ちょっと話し込んじゃってさ。
でも大丈夫、仕事も捜査も、ちゃんとやるよ!」
ガッツのある娘だ。


「あいつ、そうとう無理してる思うわ。気遣ってやらな」
今年の正月、保田・石川・矢口がそれぞれの家族と共に温泉旅行へ行ったと聞いたの
は、昨夜だった。
つんく♂が言ったのは、皆で家族旅行に行くほど、吉澤とは別の意味で仲が良い石川
が危険な目に遭っているのに明るさを失っていない矢口には、報いてやらなきゃ、とい
う意味だと思われた。

確かに。電話でもそうだったが、テレビで見る元気な矢口と、表面上は全く変わりない。
自分が変に沈んで周りに及ぼす影響が想像できる頭のいい娘だから、必死に明るく
ふるまっているのだ。
「ミニモニ。」や日本テレビの子供向け番組で年下のコ達と一緒に仕事する機会も多い
彼女は、子供たち(加護や辻がそうとは言ってない)の敏感さが時として大人のそれを
軽く凌駕することを考えて、そうしているに違いなかった。
29 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)20時03分46秒
「顔に何か付いてる?」
ジッと見ちまったか。
「今日は何時までだっけ?」
「一応3時には、事務所に行けると思うよ」
「中澤がフリーになる夜までは祥子を頼むぞ、と言いたいところだけどな」
「なに?」
「実はな…」

矢口にちょっと待て、とジェスチャーで示し、出かけようとしている後藤を見送った。
「今日は手伝えないけど、夜は合流するからさ。頑張ってね」
そう言って彼女は、ゼンの頭をひと撫でして出て行った。

続いて、着替えを終えた飯田・安倍の道産子コンビも出撃して行く。
ウイッグや伊達眼鏡といった変装グッズを完全装備しているうえ、思い切り普通の服と
ノー・ブランドのバッグがお供だ。ヴィトンやシャネルがサマになってちゃ、学生にゃあ
見えんからな。
かといって、OLよろしくスーツを着せるには飯田はともかく安倍が…。
30 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)20時05分50秒
「童顔てなぁ、このことだなや」
「何か言ったべか、ジョーさん?」
先に立って部屋を出る飯田に続こうとした安倍が振り向き、不思議そうな顔をした。
やべ、聞こえたか。

「いや、安倍はどんな服着ても可愛いなあって、さ」
本当は子供っぽいというか、田舎者の匂いがするというか…
そんな俺の真意など全くお構いなしに
「やだ、そんな本当のことー。よっしゃ、頑張っていきまっしょい!」
と本気なのかボケでいるのかわからないが、やる気みなぎる大股で出て行く安倍を
見送り、師弟コンビの二人に声をかけた。

「さあて、飯でも食いに行くか。まだ時間あるんだろ矢口」
「うん平気だけど。何よ、早く教えてよ」
「まあまあ。吉澤、行くぞ」
「うん。やぐっさん行こ!お腹ペコペコだよー」
その足元では、置いてけぼりを食らうゼンが極めて不満そうな顔をしていた。
31 名前:新人 投稿日:2003年06月01日(日)20時10分03秒
作者です。
今夜の更新は、以上です。

>>20みっくすさん
そんな風に言っていただいて光栄です。がんがります。

>>21丈太郎さん
さて、どうなんでしょう。書いているうちに、二人の関係が予定とは違ってきつつある
のが、私としても気がかりです…。

では、これからハロモニのVを観ますので(w
皆様のご感想をお待ちしております。
32 名前:つみ 投稿日:2003年06月02日(月)23時01分17秒
はじめから全部読んだが・・・久々のヒットだなこれは・・・
33 名前:新人 投稿日:2003年06月03日(火)21時26分23秒
作者です。
>>32 つみさん
ありがとうございます。ヒットだなんて、こんな駄文なのに…。
今週末の更新を目指して頑張ってます。今後もよろしくお願いします。
34 名前:つみ 投稿日:2003年06月05日(木)23時39分53秒
待ってます。
35 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時31分31秒
つみさん、レスありがとうございます。
暑くなってきた思ったら、火曜か水曜には入梅しそうですね。
体調を崩しやすい次期です。かくいう私も、喉の痛みだけという特異な風邪を
ひいてます。みなさん、お気を付けください。

では、裕ちゃんの卒コンをBGVに更新します。
36 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時32分30秒
『震える将星』

#8 賭事−2


「何か企んどるな」
「えっ何?」
中澤と保田は、同じタクシーで事務所へ向かっていた。
そこからそれぞれ別の車に乗り換え、現場へと向かうのである。

「ジョーさんや。腹に一物、持ってる顔やったと思わん?」
「例の秘策ってやつ?」
保田の大きな瞳が、驚愕と期待をミックスした光を帯びる。

「今までの捜査は、石川の行方を探すんもそうやけど、『容疑を固める意味もあった。
けど、今日からは違う』言うてたわ。昨夜な」
「ってことは?」
「ってことは…」
「まさか、正田に直接、仕掛ける気?」
「いや、そうとも違うとみたで。『いつでも動けるようにしとけ』やからな。SPが相手じゃ、
ウチらじゃ勝負にならんやろ」
「うーん…」
ここへ来ての方針転換は、致命傷になりかねないけど…期待していいはず。あの人の
『秘策』なら。
声には出さなかったが、二人ともそう考えていた。
37 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時33分29秒
一方、こちらは飯田・安倍の道産子ペア。同じくタクシーの中である。
「なっちさあ、よくあんなこと言えたね。プロだよ、ジョーさんは」
先ほど、安倍がジョーに「意見」したときのことを言っているらしい。

「あは。そんなこと考えてなかったべさ。だってジョーさん、よく電話してくるし、何だか
ずーっと前から知り合いのような気がして、つい思ったとおりのこと言っちゃったー」
(言っちゃったぁ、じゃないよ、もう)
飯田は屈託なく笑う安倍を、呆れるというより微笑ましく思った。
(昔からそうだったけど、この無邪気さもなっちなんだよね。昨日の夜とはまるで別人)

「それより圭織、この後だべさ、このあと」
「うん、こんな服や小道具まで用意してもらったんだもん。うまくやらなきゃねっ」
「道産子魂、見せてやるべさー」

特別に体力が必要なワケでもないのに、妙に気合が入っている二人なのだった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
二日目の朝である。昨日と同じラウンジで、昨日とは違う和食バイキングの朝食を俺は
選んだ。
矢口は洋食を選び、吉澤もパン・ゴンドラの中にベーグルを発見して狂喜し、二日連続
の洋食だ。
「で(モグモグ)…何、オイラに(モグモグ)話って(ズズーッ)…あ、うめこのコンソメ」
「食べてから話す。ゆっくり食え」
「ほひ」
こうして見ると、矢口はなかなか愛嬌があるな。
38 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時37分41秒
逢坂に語らせるとこの3年で一番変わったのは辻で、その次あたりに石川だそうだが、
目の前にいるノー・メイクの矢口は、記憶に残る最新の彼女を少し大人っぽくしただけに
見えるが、内面的にはかなりの変化を見せていると思われる。
実際に接してみると歳相応の思慮深さと落ち着きがあるし、加えて大人の色気みたい
なものを微かに感じるファンも少なくないはずだ。

もっとも、昨夜の吉澤の変身ぶりには敵わんがな。ありゃ、吉澤を知ってる奴が見たら
「いままでの『よっすぃー』は何だったんだ!」ぐらいの衝撃だった。デジカメで記録に
残しておけばよかったぜ。

そんなことを考えているうちに、吉澤は山盛りベーグルを全て腹に収めて紅茶を飲み、
矢口もすっかり平らげ俺の膳に残ったおしんこをくすねてポリポリやっていた。
そろそろ頃合か。

「矢口、実はひと芝居うってもらいたいんだ」
「どんな?」
隣の吉澤も、好奇心を全身から吹き出すかのように身を乗り出した。
別に告白するんじゃないんだから、そんな眼を爛々と輝かすやっつーの。
39 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時40分25秒
「えーっ!そんなの…うーん」
矢口は考え込んだ。頭の回転がいい彼女でも躊躇するほど、俺が伝えた『芝居』は難し
いのか。しかし、ここは飲んでもらわにゃならん。
「頼むよ。お前ぐらいしかできないと思うんだ、この役」
「そーだよ!きっと出来るよ、やぐっさんなら」
おや?この場面じゃ「どーしてあたしに振ってくれないのよ!」って激怒してもおかしく
ないのに…吉澤め、成長したもんだ。

部屋へ戻る間も、矢口は考え込んでいるようだった。女優としてTVドラマのレギュラー
経験がある安倍とは異なり、演技は彼女の本職ではないかもしれない。しかし、彼女に
しか頼めないのも確かなことであった。
「どうする矢口。俺ぁ、お前なら出来ると思うがな。それともやっぱ安倍に頼むか?」
部屋へ戻るなり、決断を迫った。
「んー、わかったよ。やってみる」
きりっとした表情で、矢口は引き受けてくれた。
よし。これであと必要なキャストはコネで何とかなる。
40 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時41分15秒
「で、タイミングは?」
「そうだな。事務所から電話させるよ。『緊急用件がある。電話じゃ話せないから、すぐ
来い!』どうだ?」
「いいかも。じゃあオイラは、なるべく収録が早く終わるように頑張るねっ」
「マネージャーも騙すみたいで悪いが、安倍だとちょっとな」
「キャリアあるけどねえ。よし、矢口に任せときなさい!」
頼もしい限りである。
そして矢口は、吉澤と「頑張ろうぜい!」「頑張りましょー」とハイタッチをかわして仕事
に出掛けて行った。
41 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時43分18秒
『震える将星』

#8 賭事−3


携帯に電話がかかってきた。
「あ、なっちだ。もしもーし」
『圭織ぃ、そっちはどうだべさー』
「まだ来ないみたい。なっちの方は?」
『こっちもだべさ。見落としてはいないと思うんだけど』

飯田は、祥子のアパート近くのコンビニで『待ち伏せ』していた。
一方、安倍は最寄駅の改札で待機している。
二人でいると目立つと考え、二段構え戦法をとったのである。
つまり、コンピニにいる飯田が見失っても、駅の改札にいる安倍がそれをフォローできる
というわけだ。ジョーに「思う通りやってみろ」と言われて、二人で考えた作戦であった。

時刻は7時半を過ぎていた。会社まで1時間近くかかることを考えると、もう出てきても
いい頃だ。
「そろそろだと思うんだ。来たらすぐ知らせるね」
『うん、頼むね〜』
食いしん坊のなっちには、ちょっと酷だったかな…と思いながら電話を切った。
安倍が寒い屋外で自分がコンビニの店内と、ジャンケンで決まったからではない。
北海道出身の二人は、東京の寒さなどへっちゃらである。
飯田は、ホテルで食べ損ねた朝食をイート・インのあるコンビニでとっているのだった。
42 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時45分07秒
(まっ、いいか。あとでコーヒーでもおごろ) 腹の虫と戦いつつ改札ではりこむ安倍を想像
して微笑みを浮かべたそのとき、飯田の目の前を見覚えのある女が寒風に身を縮め
つつ、ガラス越しに通り過ぎて行った
(祥子だ)
飯田は残ったサンドイッチを口へ放り込み、ひと呼吸置いてから立ち上がった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
皆を送り出したあと、「まだ出掛けないの」という顔をする吉澤を尻目に、教授に電話を
かけた。

「今日の午後、時間を作ってほしい」
作れるか?ではない。
こんな風に頼むのは、いつ以来だろう。
「今日は休診日ではないぞ」
「矢口に会えるんだがな」
「ふむ、3時で診察は終わるが…」
最初は渋っていたが
「生写真のチャーンス!」
「それは悪くない話じゃな」
この一言で態度が明らかに前向きに変わった。

「あと30分、早くならんか?美弥子もだ」
「休業保障は高くつくぞい」
「美弥子の給料まで面倒見るよ」
「プラス、ごっちんのサイン入りDVDじゃ」
これで決まった。

詳細はEメールで送ることにし、もう一本電話をかける。相手はスペンサーだ。
「フフ…そいつは面白そうだ。教授とも久し振りだ。やらせてもらおうか」
「誰と久し振りだって?相手が違うだろ」と笑いを含んだ声で言ってやった。
43 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時51分45秒
「何だそれは。とにかく、アドリブでいいなら引き受けよう」
「任せる。教授となら、5分も打ち合わせすれば充分だろうからな」
頼むぞ、と結び電話を切った。
スペンサーも俺と同じく教授とは旧知の仲である。コンビネーションは問題ないはずだ。


「ねえ、教授やスペンサーさんも頼んだの?」
「矢口のサポートさ。いや、ダブル主演かな」
「やぐっさんとダブル主演?ふーん…何だか大掛かりになってきたね」
吉澤はこの仕掛けに参加できない理由を理解しているようだ。
俺は面が割れているし、思いっきり作り話だが、彼女は入院中の身である。
相手が相手だから、演出家に徹するしかないのだ。

ふむ。少しずつだが、パートナーシップみたいなものが築けて来ているような気がする。


続いて、尾行中の美弥子・飯田・安倍から電話が入った。
「正田は普通に出社しました。SPも一緒です。家から会社までどこにも寄らず、誰とも接触
しなかったようです」
44 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時52分34秒
残念そうな声で連絡を入れてきたのは、自らも出勤前の貴重な時間を割いてくれた
美弥子である。
正田におかしな動きが見られなかったことを、まるで自分の責任と思っているようで
あった。
この美弥子という女性は、相手の精神に同化して感情を共有できるところが凄い。
それによって相手は癒され、あるいはポジティブに変化していくのである。もっとも、当の
本人がそれに気づいているかどうかは定かではないが。
教授とも一致している人物評とでもいおうか。あの教授がただ美人なだけで助手として
雇用しているわけがない。


「まあ、そう落ち込むな。午後には別の手を考えてある。教授も承知してくれた。そっち
を手伝ってくれ」
「はい…わかりました。これから診療所へ参ります」
「そうしなよ。スペンサーも来ることだしな」
「…!」
電話の向こうで、美弥子が動揺するのがわかった。
彼女とスペンサーが微妙な関係であるのは、教授と俺だけが知っている。
「お疲れさん。じゃあ午後も頼むぜ」とだけ言って、吉澤にウインクした。
それを受けて目を白黒させる吉澤の反応を楽しみながら、飯田の携帯による報告を
受けた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「なっち、あれ…怪しいよね」
「どしたべさ?ん…」
飯田・安倍の二人は、祥子を追って電車に乗り込んでいた。
既に通勤時間帯で車内はかなりの混雑となっており、あまり気を使わずに祥子を監視
できたのは幸いだった。
45 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時55分34秒
問題の男が乗りこんできたのは、隣駅からだ。
男は満員に近い乗客の中を泳ぐようにして祥子の隣まで辿り着くと、今度は窓の外を
じっと見て動かなくなった。
祥子も外を見たまま、電車にゆられているようだが…

「何か話してるように見えない?」
「…うん。口が動いてるみたい」
それに、電車の揺れに合わせて耳に口を近づけているようにも見えた。声は当然聞こえ
ないが。
こんなに混んでいるのなら、もっと近くに乗っても平気だったかもしれない。悔しいな。

祥子が降りる予定の駅が近づいた。
男はそのまま乗りつづけるようだ。

「どうする圭織?」
「うーん。男の方を追いたいけど、何かあったらマズいっしょ」
危険なことは避けろと言われていることもあり、二人は祥子の尾行続行を選択した。
「ジョーさんに報告しとこう」
電車を降りると、祥子を追いながら飯田が携帯を取り出した。


「そうか、わかった。ありがとな。仕事は何時からだ?」
「私は11時にはスタジオ入りだけど、なっちはもう少し平気です」
「わかった。ちょっと安倍に代わってくれるか。頼みたいことがある」
「了解しましたっ」
46 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)20時59分55秒
安倍に用件を伝えた後、吉澤とゼンを伴い車で出かけた。
今回の仕掛けに必要なものを仕入れなくちゃならない。
吉澤は車外を流れる風景を見ながら、何事か考えているようだ。
この急な転進だ、無理もない。

信号待ちで、サスペンド状態だったパソコンを開く。画面は教授のメールのままだった。
教授は、俺の推理とほぼ同様の自説を書き添えていた。それに安倍と中澤の推理も
加わり、今日の仕掛けが動き出したのである。
見てみろ、と向けてやった画面を食い入るように一読すると、彼女はやや青ざめた顔で
シートの背に体重を預けた。

「これって、もしかして祥子には動機があるってことじゃ…」
吉澤には祥子の兄と正田と交友関係のあった映画監督が同一人物という仮説は
もらしていない。
それなのに、理解したようだ。

「勘はカンでも、行きすぎた先入『観』は禁物ってことさ」
「正田には、まだいろいろありそうだね。まさか、こういう繋がりとは思わなかったよ」
またも驚くべきセリフを発する吉澤に笑いかけつつ、車を駐車場に入れた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ほらほらぁ、みんなちゅうもーく!はい、ADのお兄さんを見てー。いまから説明する
からねーっ」
矢口は、キッズの子供たちを相手に声を張り上げていた。
何としても収録を予定通りに、いや出来れば早く終わらせたい。でないと、もっと大事な
「仕事」に間に合わなくなっちゃう。
47 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)21時01分20秒
「こらそこぁ!おしゃべりしないの。お兄さんが困ってるでしょ?」
怒られた二人は、しょぼんとした顔でADに向き直った。
よしよし、真里おねえさんだってね、やるときゃやるのよ。
どうにか予定より早めに進んでいることを確認し、矢口は一人で頷いている。

(どうしたんだろ、矢口さん。なんか妙に焦ってるみたい)共演の高橋が、矢口を不思議
そうに見ていた。
「矢口さん、どうしたんですか?やけに時間を気にしますねー」
「ん?いやちょっとね。このあと急に予定が入っちゃってさあ」
笑って誤魔化したが、内心は冷や汗だ。

「予定て、彼氏さんですか?」
「ちょっと高橋ぃ、こないだ別れたばっかのオイラに聞くかなあ、そういうコト」
(いけね、そうだった)高橋は心の中で舌を出した。
「ははははは、いや矢口さんなら、もう次の彼氏が出来てても不思議はないかなー、
なんて」
「まあねー。モテるからねーオイラは、って何言わせんのよ!」
(何とかなったかな)矢口は胸を撫で下ろした。

「さあ、あんたも頼むよ、NGは、んー2回までね。それ以上は勘弁だかんね」
そう言うと、矢口は高橋の手を取り、チーフのところへ打合せに向かう。
高橋は(2回なんて無理やよー)と半泣きになっていた…。
48 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)21時02分22秒
『震える将星』

#8 賭事−4


必要な機材…超小型で強指向性の、トランスミッター付き集音マイクが二つ。それを
受信可能なチューナーと録音用機器がそれぞれ1台。ヘッドホンが二つに、特定小電
力トランシーバーが2台。
これだけ揃えてUFAへ戻るのに、3時間近くを要した。

帰路に車の中から安倍へ「やってほしい事」を伝え、車をビルから遠い駐車場へ入れる。
万が一でも祥子に気取られてはならないので、遠い駐車場から歩き裏口から入ること
にしたのだ。

車が完全に停止すると、安倍の依頼で待機していたUFAの「若い衆」が、すぐさま機材
を運び出した。
俺と吉澤は、用意された部屋へ入り、運んでもらった機材をセッティングする。
部屋は、UFAの真下にあたる空きテナントを管理人に無理を言って貸してもらった。
普通なら考えられないだろうが、安倍が「なっちスマイル」で管理人を篭絡した。
アイドルの武器とは、かように恐ろしい…。
49 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)21時05分29秒
「どうかな、聞こえる?」
受付近くの観葉植物にマイクをセットし終えたらしい、安倍の声が明瞭に入った。受信
感度は問題ない。
そけを受けて「うん大丈夫、よく聞こえますよー」と吉澤がトランシーバへ返答した。

「中の方はどうかなあ」
「ちょっと待って、んしょ」
どうやら、マイクは観葉植物のてっぺんに仕掛けられたらしい。
しばらく間が空き「オッケー、ちゃんと見えるよー」とセッティング完了が告げられた。
これから始まる大仕掛けの進行状況は、これで手にとるようにわかる。

つまり、受付に近い所に集音マイク。応接室の一つには、元々設置され常時稼動して
いる防犯カメラのモニターを繋いだのだ。
マネジメント部の頭に安倍が頼み込んでくれた結果、石川の二の舞を防ぐという名目で
OKとなった。
なに、大部分の社員は、応接室での出来事なんぞに興味はない。UFAのような芸プロ
は、互いの部署が干渉しあうと機能が低下するため、自分の仕事だけに集中するよう
タレントだけでなく社員もマネジメントされているはずだ。
50 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)21時09分32秒
これであとは、劇団の到着を待つばかりである。演目は観てのお楽しみだ。
ちなみに、祥子はいま昼食休憩で外出中であった。
「お疲れさん。もう時間だろ、仕事に遅れないように行きな」
「あはは、マネージャーみたいなこと言うべさジョーさん。うん、そろそろだから行くね」
余裕をかましている場合ではなく、やや押してるはずだ。今朝の推理といい、安倍には
かなり助けられてるな。
出来る限りの状況を報告すると約束し、安倍は仕事へと出かけて行った。

劇団の到着を待つ間、俺は軽い食事のあと一服して居眠りをかますほど余裕があった
が、それを後頭部を張ることで起こした吉澤の顔には、このあと展開する事態への期待
と不安が交互に見え隠れしていた。
いつの間にか時間が近づいて来た。既に祥子も仕事に戻り、午後の来客数組をさばく
音声をマイクが拾っている。

吉澤はときどき身体を動かして落ちつかない。情けないな、バディ(相棒)候補が。
よっしゃ、ちとほぐしてやるか。
「おい、そんなに固くなるなって。俺たちはここで聴いてりゃいいんだ。むしろ大事なの
はその後だ」
51 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)21時10分28秒
「わかってるよ。でも何かこの…わかるでしょ」
「主演は教授と矢口だぞ。うまく行かないはずないだろ」
「うん。でも、何か緊張しちゃってさ」
「緊張?おまえ、正月のかくし芸大会だっけ?あれで緊張のかけらもしなかったらしい
じゃないかよ」
「むー、あれは皆と一緒だったから。それに、台本もないし」…違いない。

「俺が一緒でも心細いか」と肩を抱き寄せようかとも思ったが、張り手が飛んでくるのが
確実なのでやめた。
ふと、ゼンが耳をピクリとさせて立ち上がった。
「お…」
「来たね」
エレベーターの扉が開く、微かな音。
「おっほん」という咳払い。

さて、お手並み「拝聴」と行きますか。
52 名前:新人 投稿日:2003年06月07日(土)21時11分44秒
今夜の更新を終ります。
皆様のご感想をお待ちしております。
53 名前:みっくす 投稿日:2003年06月07日(土)22時50分45秒
更新おつかれさまです。
やぐちぃがどういう演技を見せてくれるのでしょうか?
たのしみにしてます。
54 名前:つみ 投稿日:2003年06月07日(土)23時37分58秒
更新きましたね・・・いよいよクライマックスですね。楽しみにしてます。
55 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)18時37分05秒
『震える将星』

#8 賭事−4


やけに狭かったエレベーターを降りると、教授とその後ろに佇む儚げな女性をチラリと
見やり、スペンサーは受付に声をかけた。
高科が店を訪れたときとは違い、イタリア製のスーツを着こなしている。ハンターあがり
にしては、ピタリと体躯に馴染んでいた。

「社長にお会いしたい」
祥子は手元の予定表に無い来訪者に、少し慌てて「失礼ですが、どちら様でいらっしゃ
いますか?」と応じた。相手はどう見ても、どこかのお偉いさんだ。失礼があってはなら
ない。

「創叡エンタープライズの渡と申します。こちらは会長の加来。その秘書の和久井です」
「しょ、少々お待ちくださいませ」
『会長』と聞き、祥子は焦って内線電話を取った。
しかし、社長は不在のはずだ。

「…はい、そうですか。かしこまりました」
電話を切ると、心の底から申し訳なさそうな顔をする。その辺は先輩から十分に仕込ま
れていた。
「申し訳ございません。山崎はただいま所用で外出しております」
「外出?」
「は、足をお運びいただきまして、誠に失礼かとは存じますが、後ほどこちらからご連絡
さしあげますので、この場はお引取りいただけないでしょうか」
常套文句を持ち出した祥子だが、次の一言には凍りついた。
「どなたか、映画の話ができる方はおらんのかな?」
と教授が威厳たっぷりに退けたのである。
そこへ…。
56 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)18時38分58秒
「これは…おはようございます」
エレベーターを降りてすぐに一行を認め、驚いて挨拶をした者がいる。
「加来会長?渡専務に和久井さんまで」
つんく♂だった。
とっておきのサポート・メンバーである。彼の存在感は、事態を真実ならしめる最高の
スパイスだ。

「これは寺田さん、よい所へ。社長と映画の件を話しに来たのだが、この方が不在だと
言うので困っていたところなんですよ」
スペンサーが口にした『困っている』がミソだ。
祥子に罪悪感を植え付け、今後の動きに神経を尖らせるように仕向ける、外してはなら
ない台詞である。

「映画ですか…何か不都合でも?」
つんく♂が申し訳なさそうな顔で言う。
さあ、頼むぜ。ここからだ。

「石川梨華さんが重病というのは、事実ですかな?」
教授だ。こんな重厚な声色を使えるとは知らなかった。
「石川が?いや、ただの過労ですよ。一週間で復帰できます」
「ところがですね、今朝になって実は長期入院が必要だという説が浮上しまして」
と、これはスペンサーだ。クク、うまいうまい。
「既に3日分の撮影が遅延しています」美弥子も参加した。おそらく、彼女はアドリブで
手帳をめくっているだろう。
57 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)18時39分56秒
「もしも話どおりなら、損害賠償の請求も考えなくてはならんのでな。スポットの制作は
終了しておる。販促費はちと高くついておりますでな」
さすが年の功、教授の名演技だ。
「会長、それは…」
こんな場所でする内容ではありません、というのを飲み込む秘書の美弥子。これも祥子
の罪悪感を加速度的に増加させるだろう。
ここでようやく、蒼白になっている祥子に気付き、つんく♂が「立ち話も何ですから、どう
ぞ中へ。いま部屋を用意させますので」と言い、四人が中へと移動する気配が続いた。


「どうだ様子は?」トランシーバーでの問いかけに、スペンサーの声が
『うまく行ったようだ。固まってるぞ…いや、携帯でメールを打ってる』と応じた。
彼らは既にモニタのある応接室に入っているはずだ。
誰宛のメールだ?もし主犯格にしているのなら、思うツボなのだが。

「それにしても、お前といい教授といい、名演技だぜ。どっから聞いても、映画配給会社
のトップだ」
『ほほ、お安い御用じゃわい』
声が教授に変わった。
「おお、これは日本のショーン・コネリー。アカデミー賞は決まりだな」
『バカも休み休み言え。ワシゃ健さんが目標じゃ』
アカデミー主演男優賞の世界的名優より、高倉健かよ。
58 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)18時59分27秒
『あとは矢口やな』
今度はつんく♂の声に変わった。
「そうだな」
矢口には教授たちの到着から、20分後に来いと言ってある。そして先ほどつんく♂から
マネージャー宛に「嘘の呼び出し」がかかっているはずだ。
『さっき電話したら、予定どおりに来れるそうや』
その声には若干の不安もブレンドされているようだが、俺は大船に乗った気分だった。

様々な才能が集う「モーニング娘。」にあって、その引き出しを最も多く持っているのは
矢口…逢坂の力説を思い出すまでもなく、俺は米国に渡る前から、そう感じていた。
「こうやってほしい」と伝えただけだが、彼女ならばうまくやる。

「矢口さんなら大丈夫。あたしの師匠だもん」
吉澤も、緊張していながらも作り物ではない笑顔を見せる。
そうだとも。スカウトを本気で考えるこの娘を、加入当時に教育したのは矢口真里だ。

俺は「師匠」と言った吉澤が可笑しくて、少しニヤけてしまった。
「何を笑ってんの?緊張感ないなあ」
確かに、適度には必要かもしれん。
「まあそう言うな。俺たちが硬くなっても、どうにも…」
「あ」
二人の携帯に、同時に矢口からのメールが入った。

これは、昨日になって手に入った、捜査班専用の番号とアドレスである。
新たに取得したもので、ハードも最新型だ。
返信の代わりに、最後の確認を直電で済ませた。
59 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)19時01分34秒
「オッケー、頑張るぜい!」
電話の向こうで、力瘤を作る姿が浮かぶ。
その声は、緊張はしていてもアがってはいなかった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
矢口は携帯を閉じると、ビル内へ入っていった。
二日前は、まさかこんな展開になるとは思わなかったなあ。
まあでも、演技にはちょっと自信あるからいいけどね。
「よし、行ってみっかあ!」
エレベータが最上階に近いところに止まっているのを確認すると、矢口はダッシュで階
段を上り始めたのであった。


ゼンが鼻を鳴らして、部屋の外を気にする仕草を見せた。
そういえば、何やら階段を凄い勢いで登って行く足音がしたような気がする。
その気配と匂いにゼンは反応したのだ。
「矢口か…」
吉澤が「どしたの?」という顔で俺の顔を覗き込んだが、何も答えずに微笑んでやった。
やっぱ、君の師匠は凄い女優だぜ、ひとみちゃん。


「そろそろやな…」
60 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)19時02分30秒
「お」
「来ましたね」
「ほほ、肩で息をしておるわい。あれなら、誰でも大至急呼ばれたと思うじゃろう」
応接室では、矢口が本当に走ってきたとは知らない面々が、お手並み拝見を決め込ん
でいた。


「ハァハァハァ…。お…ようご…うっ…います」
矢口は階段を一気に上り切り、本気で息を切らしていた。
(マジになりすぎた。うぇ、苦しー)
「どうしたんですか矢口さん?そんなに息切らして」
祥子が恐る恐る声を掛けてきた。
「何か…急に、事務所…来いって…んくさんに呼ばれ…おえっ」
最後のは演技ではなかった。マジで吐きそうだ。

「いる…ょね、つんくさん?」
「はい、いらしてます」
「じゃ…」
矢口はワザと、でもないが、多少ふらつきながら扉を開け倒れこむように入っていった。
「矢口です。入ります」
短いノックのあと、彼女は応接室のひとつへと歩を進めた。
61 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)19時03分42秒
『震える将星』

#9 追跡−1


(どうしたのかなあ)
目の前で、国男が遠い目をしていた。
一番のお調子者である彼がそうなのだから、他の3人の様子も推して知るべしである。

「国男さん、顔色悪いですよ?」
思い切って訊いてみた。
「えっ?そうかな」
「おかしいですよ皆さん、今朝から」
「そんなことないッスよ」

梨華には分かっていた。
今朝方、袴田が再度の外出から戻ったあと、にわかに男達の表情が険しくなっていった
のだ。
「あの…あたしに出来ることがあったら、言ってください」
「ははは。いいんスよ、梨華ちゃんはそんな心配しなくて」
(この人だけは、梨華って呼ぶんだよね)
そのせいだろうか、感じる親近感は国男が最も大きかった。

「けど、もしかしてここをひき払うかもしれないから、必要なものをまとめて持てるように
しておいてくれる?」
62 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)19時06分30秒
梨華には下着を含めた衣服が数日分と、コスメ用品までが与えられていた。ボストン
バッグ1個分ぐらいは楽にある。
(ひき払う?あの人も同じこと言ってたなあ)
昨夜の銀香のことだ。
考えてみれば変な会話だね、と笑うその顔に浮かぶ僅かな翳を、梨華は見た。
(やっぱり。何かあったんだ)

隣から藤田が難しい顔で国男を呼んだ。銀香を除く3人がいるはずだ。
「うっス」
国男は梨華にウインクし「じゃぁね」と言って席を立った。

(ひょっとして、あの人が言ってた「決着」なのかなあ)
彼女なりに、何か大変なことが起きようとしていることを感じている梨華であった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
遠くで携帯が鳴っているような気がした。しかし、その程度で居眠りから覚めるような
彼女ではない。
テレビ番組収録の待ち時間である。いつでもどこでも、少しの時間さえあれば寝る。
それが彼女の特技であり、娘。時代からの「待ち」スタイルであった。
(昨夜は久しぶりにやぐっつぁんと話し込んじゃったし、眠いよやっぱり)
着信音に耳は反応しても、身体が睡眠を欲している後藤真希であった。

「真希、鳴ってるわよ携帯」
「んぁ」
マネージャーに肩を揺すられて、やっと起きた。
(?)
バッグから取り出した携帯の着信名を見て、眉をひそめた。
(こんな時間に?らしくないなあ)と思いつつ、通話ボタンを押す。
眠そうなのは相変わらずだ。
63 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)19時08分17秒
「もしもーし」
『あ・・・仕事中にごめん。いま平気?』
何か矛盾してるなあ…。
「うん、へーきだよ(本当は寝てたけどね)。どうしたんですか市野さん?」
『実は、ちょっと話したいことがあって』
「なあに?」

携帯を耳に当てていた後藤の表情が、寝起きから驚愕のそれへと変わっていく。
「うん、わかった。2時間ぐらいなら平気だよ。事務所の1階に喫茶店あるから、そこで
いい?」
市野が承知して電話を切ると、後藤は携帯メモリーにジョーの名前を探した。
「あれ、ないなあ。入れたよね確か」
確かに登録してはあったが、『ジョー』ではなく、『火の玉ジョー』で登録したことを、すっ
かり忘れている後藤であった…。
64 名前:新人 投稿日:2003年06月10日(火)19時14分23秒
作者です。少ないですが、更新しました。
今週は週末に更新できるか不透明なもので…。

「本池上署」に、また矢口が出演するみたいですね。
最近、彼女が綺麗になってきたな、と思うのは私だけでしょうか(w
65 名前:つみ 投稿日:2003年06月11日(水)00時41分31秒
更新お疲れ様です。私も矢口がこのごろ綺麗に見えて仕方がないですわ!!
66 名前:コルク 投稿日:2003年06月11日(水)19時54分02秒
どうもコルクです。
最近私用で来れなかったのですが
もうすぐクライマックスですかぁ〜
うれしい反面ちょっと悲しいです。
ちなみに自分も最近の矢口さん好きです。
67 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時29分23秒
作者です。
皆さんの思いを裏切らなければ良いのですが…。
ともかく、更新します。
68 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時30分22秒
『震える将星』

#9 追跡−1


矢口は応接室に入っても、まだ肩で息をしていた。
「おお矢口、名演技やないか。ホンマに急いで来たーって感じ、出とるで」
(本当に階段を走って上ったんだよぉ)と心の中で舌打ちしながら
「えへ、そっすかねえ。つんくさん、この人達は?」と教授一行を見た。
「そやったな、実は俺も今日、初めてなんやが・・・」とつんく♂が3人を紹介する。

「へえ、おじいちゃんが『教授』かぁ。矢口です。はじめまして」
礼儀正しく頭を下げる彼女を、教授は好々爺の眼差しで見ていた。
「ごっちんから聞いたよ。面白いおじいちゃんに会ったって」
「ほほ、そうかそうか。あとで一緒に写真撮ってもらえるかな、D.J.マリー」
「げっ、MUSIX見てたの?」
今はもう終わったが、『マリー』という名前は番組の中で彼女が持っていたコーナーの
キャラクター名だった。

「ロリコンだとは知らなかった。恥を知れ」
スペンサーが冷やかす。
「こら、ロリコンとはなんじゃ。マリーはもう大人じゃぞ。なぁ」
「あはははは、今年成人式でした」
「そうなのか?すまん、あまり詳しくないのでな」
バツが悪そうなスペンサーを見て、美弥子が微笑した。

それぞれに自己紹介し合い、矢口の芝居の話をしている。何気に評判がいいようだ。
69 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時31分04秒
ほのぼのとした雰囲気だが、しかし、誰も眼は笑っていない。
(へえ、これがジョーさんの人脈かあ。何か一癖も二癖もありそう)
彼らが只者でないと気づく矢口も、凡庸なアイドルではなかった。

『こら、何をホーム・ドラマやってんだ。時間を考えろ』
トランシーバーからジョーの声がした。
「あ、いけね。そろそろいいかな」
「ええやろ。思いっきり行けや」
つんくがGOサインを出した。


「ったく、教授のペースに乗せられてんじゃねえ」
「まあまあ、怒らない怒らない。リラックスさせるためかもしれないじゃん」
ぶつくさ言いつつヘッドホンを付けるのを、吉澤がたしなめた。
「何だお前・・・」
教授へつくのか?と続ける前に、脳内を矢口の絶叫が駆け巡った。

『えーっ!?』
凄い高音だ。耳がキンとする。吉澤も「うわちゃー」という顔で片目を瞑っていた。


「えーっ!?」
矢口は得意のソプラノを今だかつてないフル・ボリュームで解放する。
皆が耳を押さえていた。
(へへ。これぐらいならなきゃ外には聞こえないって)とニヤリとすると
「だいやく〜!?」
さらに凄まじい声量で怒鳴った。
70 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時31分41秒


「あらためて聞くと凄いなあ。矢口さんの高音…」
ヘッドホンを外してもまだ耳に残る矢口の絶叫。やはり正解だった。
これなら、外にいる祥子の耳にも届いているはずだ。
この仕掛けに必要な、ドア2枚を通しても祥子の耳まで届く高音であった。

別に代役を矢口が演るというわけではない。
石川が降板せざるをえない事態となったいま、代役を立てたとしてモーニング娘。本体
はどうすべきか。その前に、そもそも代役を出すことは可能なのか?
メンバーの総意をまとめるべく、まず年長組と意見交換しなければならない。

実は、安倍に機材のセッティングを頼んだのもその伏線だった。
そして、娘。の司令塔とされる矢口が呼ばれるのは、当然と言えた。
彼女が本来、受けるはずの衝撃も、また。

外にいる祥子の耳へ届かせるには、声量に加えてある程度の演技力が必要とされる。
アウトラインだけの脚本で、台詞は全てアドリブだ。いち早く最も効果的な台詞を作りだ
す頭の回転の早さも必要不可欠である。
そして、声の質が最も重要だ。安倍の演技力は捨て難いが、その声は軟質でソファや
絨毯に吸収されてしまう。
それを突破するにはただ高いだけでなく、硬質な響きを持っていなければならない。

この舞台こそ、メンバー中随一の高音と多才を誇る矢口の見せ場だ。
そして、人選は正しかった。
71 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時32分23秒
まだ耳に残る絶叫を、ヘッドホンを外して頭を一振りすることで払い、トランシーバーの
通話スイッチをONにした。
『よし、第二段階だ矢口』


トランシーバーからジョーの声が聞こえると、矢口は半ば呆然とする教授一行に向かい
「へへん、どんなもんだいっ」
と胸を張って応接室を出た。後に残った一行は
「すごいですね矢口さんの声」
「あれは生体音波兵器だ」
「年寄りの鼓膜はモロいんじゃがのう」
などと感想を洩らしている。ほとんどソニック・ブームの直撃を受けたに等しかった。

「矢口の武器は、あんなもんやないですよ」
と言うつんく♂だけが悠然と、矢口の後姿を捉えるモニターに視線を注いでいた。


放心状態に近い矢口が、受付前を通りかかった。
その瞳は虚ろに沈み、いつもの元気な彼女ではありえない。もちろん演技だが。
72 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時32分50秒
「どうしたんですか?顔色悪いですよ…」
受付の祥子から声がかかった。
(やりぃ!誘いに乗ってきたぞお)と心の中で派手なガッツポーズをしながらも、空虚な
表情は崩さない矢口である。
「ちょっと外の空気吸ってくる・・・はあぁ、どうすんだよこれから…」
最後はわざと声量を抑えた。

エレベーターが上がってきた。屋上のボタンを押しながら祥子を見ると、明らかに表情が
曇っていた。顔色も冴えないようだ。
「ふふん。悪く思わないでよね。あんたらが石川を誘拐なんかすっからだかんね」
屋上から階段を使い、ジョー達がいる部屋へ向かいながら独り言を言う矢口であった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
73 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時34分16秒
『震える将星』

#9 追跡−2


俺は、あらためて矢口の才能に感服していた。凄い芝居と、声だ。
彼女が外へ出てエレベーターの中へ消えたあと、明らかに祥子の様子が変わった、と
スペンサーが伝えてきた。
奴も「あの娘は、ただのアイドルではあり得んな」と驚いている。

「さすがだったね」
「ああ。モーニング娘。の司令塔と言われるだけのことはある。ん?」
最後のは吉澤に対してじゃない。
開きっぱなしのパソコン画面を、ゼンが見つめているのに気付いたための疑問符だ。
はて、確か画面は発信トレーサーだったはずだが。いくらコイツでも文字は読めないと
思うが。

「おい、どうしたゼ…」
隣へ行って画面を覗き込み、絶句した。
UFAの入居するビルへと、光点が近づきつつある。
速度からして、移動手段は徒歩だろう。

だが、そこに明滅している文字は『ICHINO』と判読できたのである。
74 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時35分56秒
なぜ、このタイミングで市野がここへやって来る?誰かにアポイントがあるならば、事前
に俺たちの耳にも入るはずだ。
ならば祥子か?そうだとしても、自分も勤務時間中であるのにわざわざ恋人の勤務先
まで来るか?

混乱の最中にある頭を救う音が響いた。
『後藤』と表示される携帯に飛びついた。
「高科だ」
「ごとーです。何かね、市野さんが話あるんだって」
「タイミングが良すぎるな。何の話か聞いてみたか?」
「それがね、梨華ちゃんのことらしいんだ」
「!?」
どういうことだ。市野はパイプ役に見えて実はそうではない、スケープゴートの筈だと、
俺と教授の意見は一致していた。よもやそれが外れるとは。
75 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時39分04秒
後藤によれば、いま彼女は番組収録の待ち時間のため2時間ほどなら抜けられるので
UFAのビル下にある喫茶店で会うことにしたという。
「よし、俺も同席する。石川のマネってことにしてくれ」
「わっかりましたぁ」
トレーサーを見ると、ビルまであと300mを切っていた。ぐずぐずしちゃおれん。

吉澤に事情を説明し、5分後にお前も来いと言って部屋を出る。
「あたしが行ってもいいの?」と訝ったが、かまわんと返した。
市野が爆弾を抱えているとして、その信管を作動させるには外部からの刺激が必要と
みた。この際、入院しているはずの吉澤が姿を現した方が、インパクトがある。


エレベーターを待っているのももどかしい。SIGの感触を確かめながら階段へ向いかけ
たとき、ちょうど矢口がやって来た。
「どこ行くの?オイラの名演技、ちゃんと聴いててくれたぁ?」
「おお、さすがだったな。詳しい感想はあとだ。行き先は吉澤に聞け」
とだけ言って階段へ急ぐ。
後から「何じゃそりゃあ!」だの「オイラ置いてけぼりかよー」等という声が頭上から降っ
てきた。

(To be continued...)
76 名前:新人 投稿日:2003年06月12日(木)22時56分55秒
今夜の更新を終ります。

>>53 みっくすさん
矢口の演技、いかがだったでしょう。でも、彼女はこれで終わりではありません。
まだまだ行きまっせ(w


>>54,65 つみさん
ね、矢口はやっぱり綺麗になってきてますよね。ドラマで大人の役者さんに触れたのが
良かったのでしょうか。この小説の中では、まだつぼみのままですが(ww

>>66 コルクさん
忘れないでいていただいて、ありがとうございます。物事にはいつか終わりがある
ものですから…。続編は書けそうにないですし、この小説に全力投球しますので、
よろしくお願いします。

それではまた、次回の更新にて。
See you again...(元ネタがわかる方は元アニメヲタ)
77 名前:つみ 投稿日:2003年06月13日(金)00時04分01秒
更新きましたね・・やぐちも大役おつかれさまっす!!
78 名前:みっくす 投稿日:2003年06月13日(金)15時06分14秒
やぐちぃ、はまり役って感じですね。
たしかにこの役はやぐちぃにしかできなさそうですね。
まだまだ、やぐちぃの働きに期待大です。
79 名前:新人 投稿日:2003年06月17日(火)01時21分48秒
作者です。
先の週末は時間がとれず更新できませんでした。
申し訳ありません。
水曜には出来ると思いますので、いましばらくのご猶予を…

ところで一昨日の夜のことなんですが、この小説のドラマ化オファーが来る
夢を見ました。しかも長時間の前・後編で。そうなればいいなぁ…。

すいません言い過ぎでした(__)
80 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時37分11秒
『震える将星』

#9 追跡−2


1回の喫茶店には、既に後藤が到着していた。
「市野は?」
「すぐそこみたい」
幸いにして、この時間だから客は少ない。
「来たよ」と後藤が袖を引っ張ったのに反応すると、入口付近で市野が店内を見回して
いた。
その顔には、翳。

「市野さぁん」
後藤が立ち上がり小さくてを振る。俺も立って軽く会釈し、石川のマネと名乗った。

「何か、梨華のことでお話があるとか?」
汗をふきつつ着席した市野は、ストレートな問いに驚きの色をその顔に浮かべた。
名刺交換も忘れるほど動揺している。
81 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時38分08秒

後藤が「大丈夫だよ、安心していいから」と言うと、ようやく二人の顔を交互に見ながら
話し始めた。

今朝になって、二日前に入院と報じられた石川梨華に、重病説が出た。
早期復帰が難しい程で、春のツアーは石川抜きの体制を強いられるのでは、というもの
であった。
当然、主演映画の撮影スケジュールも停滞する。
長引けば、製作そのものが頓挫する可能性もないとはいえない。

これは保田が流した偽情報だった。今度は掲示板ではなく、マスコミ各社にメールの
つるべ打ちをやれという指示を出したのだが、それが効果をあげたのだ。
思惑どおりというか、噂が憶測を呼び、「情報」に変わるまでの時間は僅かなものだっ
たらしい。
事の真偽はともかく、芸能マスコミの対応スピードは大した物である。おそらく、UFAは
怪情報の裏を取るべく殺到した電話への対応が大変だったろうな。今は静かなもんだ
が。
82 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時38分47秒

そんなことは知るはずもなく、CMタレントとして起用し一緒に仕事をしたこともある市野
は心配することはしていたのだが、デマだと受け流していた。
ところが、午後になって驚くべき事態となったのである。

「携帯にメールが届いたんです」
そう言って市野画面を開き、俺達に見せた。

『映画の配給会社の人が会社に来たよ。何か損害賠償がどうとか、
代役の話とかしてる。これ以上、私達のことで何か起きるのなんて
耐えられないよ…。梨華ちゃんに何て謝ったらいいの?』

「これは…」
「祥子からのメールです」
おそらくは主犯級の人間へのメールを、焦りのために恋人へ打ってしまったのだ。
市野は、苦いものを吐き出す表情になっていた。
83 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時39分48秒

そこへ、吉澤が走り込んできた。ベストのタイミングだ。
「ごっちん!本当なの、梨華ちゃんの消息が分かりそうだって!?」
しかも、一芝居ちゃんと入れている。この状況判断と対応力は、急速に動き出しつつ
ある事態に呼応するかのように、彼女自身も動き始めているということだ。

「吉澤さん!?」
市野が驚愕の表情を作った。
「驚かれましたか。ご覧の通り、吉澤は入院などしておりません。実は、行方がわから
ない梨華を、一緒に探してくれていたのです」
話しながら市野の顔色をうかがう。青ざめていく狭間だった。

「3日前の夜、吉澤と食事をして別れてから、連絡が取れないのです。私は少し前に
担当になったばかりでしたので、彼女のプライベートまでは立ち入ってはおりませんで
したから、動転してしまって…吉澤に頼んで一緒に梨華のマンションに行ってもらいまし
た」
当時の衝撃を思い出したのか、向かいに座った吉澤の顔が曇った。
84 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時41分36秒

辛いかもしれないが、堪えてくれと祈りつつ、話を続ける。
「まさかあんなことになっているとは思いませんでした。部屋がまるで強盗にでも遭った
ように荒らされていました。玄関の鍵は開け放し、キッチンには作りかけの朝食がその
ままになっていました。まるでマリー・セレスト号です」

市野の眉が動いた。知っていたか。
ミステリーあるいはSFファンなら誰でも知っているが、市野もそうだったとみえる。
俺が例えに持ち出したのは、1872年ポルトガル沖の大西洋で起きた、帆船「マリー・
セレスト号事件」のことだ。


この麗しい女性の姿を想起させる名を冠した帆船は、百数十年を経たいまも語り継が
れる第一級海難事件の一つに遭遇した。
ニューヨークの港を出航した直後に消息を絶った一ヶ月後、別の英籍帆船によって発見
された船内には、何の異常も発見されなかった。
船長以下の乗組員全員が不在の状態であったことを除けば、である。
水も食料も充分。船長室のテーブルには、船長夫妻のものと思われる調理されたばか
りの朝食が並べられ、航海が静寂な洋上でのみ行われていたことを物語っていた。
85 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時42分24秒

机の引出しには船長婦人所有の宝石類が、荷室には商用航海の糧だったとされる
アルコールの樽が、全く手付かずで残されていた。
船内には血痕ひとつ見当たらず、乗組員の所持品も、髭をこびりつかせたカミソリを
筆頭に通常と何ら変わらない生活感を漂わせたままだった。

大嵐に遭って波にさらわれたのではない。海賊の襲撃を受けたとも思えない。ならば、
ほんの数分前まで営まれていた洋上生活を放棄して、乗員たちはいったいどこへ消え
てしまったのか?

ただひとつ、通常と違うものといえば、発見されたのと同じ日付が記された航海日誌に
非常に慌てた、船長のものと思われる筆跡で残された走り書きである。

『わが妻ファニーが』

これが何を意味するのか、130年経た現在も未解決であることから分かるように、当時
船内にいた者でなければ、あるいは続きを書こうとした船長を邪魔した者でなければ
わからない。

86 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時43分47秒

もちろん、石川の部屋をこれに例えたのは大げさである。直後の現場に戻った本人が、
目の前で市野の横顔を見つめているのだから。
しかし、石川の失踪がモーニング娘。のメンバーたちに与えた衝撃は、マリー・セレスト
に近いものがあった。
そう印象づけるための表現であった。

果たして、市野へのインパクトは小さくなかったようだ。
「市野さん、もう一度メールを見せてもらえませんか?」
彼は沈黙を保ったまま携帯を取り出した。
「これを見る限り、三輪さんが梨華の失踪に何らかの関係があるとしか思えません」
携帯をテーブルの真ん中に置いて言うと、再び沈黙した。
87 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時44分35秒

「…」
市野の中で葛藤が渦巻いているのが、手に取るように分かる。
唇を噛み締め、眼を閉じ、天を仰いで決断を迷っている。
「市野さん、お願い。何か知っているなら教えてください」
これは演技ではない。吉澤は本気で懇願していた。後藤も悲しげな瞳で凝視している。

二人にこうまでされて、抗える自信は俺にも無い。
数瞬後、市野は眼を開き、語り始めたのだった。

88 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時45分58秒
『震える将星』

#9 追跡−3


「うわ…ダメ押ししてらぁ」
ヘッドホンが矢口に伝えてくる音声は、映画配給会社ご一行様が帰る場面だった。
「でもまあ、これぐらいやらなきゃね」

「では会長、代役の件は一両日中に」(ホンマはこんな場所で言ったりせえへんことやけ
どな)つんく♂は申し訳なさそうな顔を作りつつ、そう考えていた。
「連絡を待っていてよろしいのかな?もし立てるなら、相応の費用が発生するが」
教授もノリノリだ。
「ええ、それはもう承知しております。社長と協議しますので」
エレベーターの扉が閉まると、つんく♂はちらりと祥子の様子をうかがい、俯いている
のを見て安堵した。
彼は、祥子の身体が小刻みに震えているのにまでは最後まで気付かず、事務所へと
戻って行った。
89 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時47分12秒


矢口は機材を適当に片づけた後、自販機でドリンクを買い、それをちびちびやりながら
事務所へ戻ってきた。気分転換には成功した、という芝居も忘れていない。

(さあて、あとは祥子があがるのを待って…)
受付を見て眉を寄せた矢口の視線の先に、祥子の姿は無かった。
(トイレかな?)トイレはフロアの奥にある。その外まで行ってみたが、人の気配が全く
感じられなかった。

まさか…嫌な予感を覚えた矢口は、事務所のスタッフを捕まえた。
「ねえ、三輪さんは?受付の!」
何やら凄い剣幕で詰め寄る彼女に、スタッフは怪訝な顔をしながらも答えた。
「三輪さんならいまさっき、早退しましたよ。具合が悪いって」
90 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時48分09秒

「うっそぉー!?」
(しまった!まさかこんなに早く動くなんて!?)
教授たちプラス矢口の芝居にまんまと引っ掛かったのはいいが、何と誰にも気に留め
られることなく、祥子は早退してしまったのである。

(ちぃっ、効果ありすぎた)一瞬で追跡を決断した矢口は、応接室から財布と携帯だけを
手にすると、猛然とダッシュした。
ホールへ飛び出すと、恐らく祥子が使ったのだろう、エレベーターは一階で止まってい
た。
「くそぉ、また階段かよー!」
叫びつつ矢口は階段へ突進した。

91 名前:新人 投稿日:2003年06月18日(水)10時58分39秒
作者です。

ひとまず更新を終わります。
92 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時33分20秒
『震える将星』

#9 追跡−3


自分が知る全てを話し終えると、市野は震える手でコーヒーを一口飲んだ。

誰も口をきかなかった。吉澤も、のほほんとした雰囲気が持ち味の後藤までもが、おし
黙っている。
「よく話してくれました。今のところ、警察に届けず我々の手で解決するつもりでおりま
すから、安心してください」
俺が沈黙を破ると、吉澤と後藤が次々に怒りを露にした。
「あたしたちの周りにそんな奴がいたなんて」
「許せないよ…」
93 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時34分03秒
事実に加え、彼自身の推理も加わった市野の話には、ひとつ決定的なファクターが欠け
ていた。それは捜査開始当初から、俺の胃の腑にもわだかまっていた疑問であった。
顔を正面から見据えて口を開こうとしたそのとき、視線の隅に黒い物体が踊るのが見え
た。

「ゼン!?」
俺が確認するより早く、吉澤が気づいて叫んでいた。上の部屋に残してきたはずが、
何故ここに!?
ゼンは周囲の目もいとわず、猛然と吠えていた。
携帯が鳴った。矢口だった。
「どうした?」
「祥子が動いたよ!早退して、いま駅に向かってる!」
「しまった!」思わずその場に立ちあがった。テーブル上の飲み物が倒れた。
まさかこうも早く…矢口と教授たちの芝居は、思惑以上に祥子を動揺させていたのだ。
94 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時34分41秒
「何とか追いついたから、このままついてくよ!また電話するっ!」
と矢口の声が叫び、電話は切れた。
どうやらゼンは矢口が機転を利かせて解放したものらしい。おそらく一緒に下へ降りた
のだろう。

「三輪さんが早退しましたよ」
これを聞いたときの市野の表情は、落胆を通り越して自殺志願者のそれに近かった。
恋人が単なる内通者ではなく、誘拐の主犯であることが半ば決定的になってしまった
のだから無理もない。
「彼女を追います。あなたは会社へ戻って、普通に仕事をしていてください。彼女から
連絡があったらすぐに後藤へ。よろしいですね」
返事を待たず「後藤、仕事へ戻りなさい。吉澤、行くぞ!」と立ちあがり、外へ出たところ
で矢口に電話する。
95 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時36分11秒
『おかけになった電話は、電波の…』
「くそっ!」
「どしたの?」
「電波が届かん」
「えーっ!?」
これには参った。まだ行く先も、右か左かも聞いてないってのに、携帯が通じないとは。

アスファルトを睨んだまま無言の俺に、吉澤も言葉を失う。
祥子を揺さぶったのは、失敗だったのか?
今更ながら、車をビルから遠く離れた駐車場に置いたことを後悔していた。動くとしても
早くて今夜と考えていたのだ。

このままでは、祥子を尾行する矢口を追ったとしても追いつけないどころか、距離を縮め
られもしない。
公園で犯人とやり合ったときよりも始末が悪い窮地だ。
だが、何もしないわけには…。
96 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時37分02秒
「ついて来い」
しかし、何処へ?
矢口は駅へ向かっていると言った。なら、こっちだ。
『駅』という単語のみを頼りに走り出した、そのときだった。
派手なタイヤの音を響かせて停まったBMWから、聞き覚えのある京都弁が俺たちの
名を呼んだ。
97 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時38分48秒

「矢口から聞いたで!地下鉄に乗った、早く!」
「中澤!?」「中澤さん!?」ほぼ同時に救世主の名前を叫び、開いたドアへ飛び込むと、
中澤はスキール音も高らかに車をUターンさせた。

「お前、どうして?」
中澤は左へ急ハンドルを切りつつ言った。
「ついさっきな、これから乗るところやて電話があったんや。確か兄貴が隣駅に住んどっ
たな?」
その通りだ。祥子はまず間違いなく、主犯・・・兄の順二と会うために早退したのだ。
「中澤さん、仕事は?」住宅街へ入り、田園都市線と平行して走る道を選んだ中澤は、
事情を説明してくれた。

今朝のミーティングでわざわざ矢口を残したことにただならぬものを感じた彼女は、午後
に入っていた仕事の打合せ場所を、会社近くに変更していたのだ。
祥子の退勤後、尾行につく矢口に事を起こさせるとしたら、事務所しかない。
その読みがズバリ当たった。矢口からの連絡を受け、マネージャーから車のキーを強奪
して駆けつけたのである。
その行動力には脱帽するしかなかった。

98 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時39分40秒

「いま『桜新町』で降りたよ!商店街を北へ向かってる」
そう矢口から連絡を受ける否や、車は右折できる道を探して玉川通りへと躍り出た。
僅かな車間を見つけ、強引に割り込んだのは言うまでもない。

駒沢大学駅付近で斜めに右折し、桜新町の駅前にさしかかったところで、再び矢口か
ら電話が入った。
「見失っちゃったよぉー」半泣きだった。
世田谷通りへ抜ける直線道路の反対側を平行して追跡していた矢口は、祥子の右折
に合わせて道路を渡ろうとしたところを、車の流れに遮断されてしまったのだ。

地図を見ると、小学校などもある住宅街のようだ。
「安心しろ。絶対に逃さん」
俺は電話を切ると車を停めさせ、ゼンを外へ出し例のリボンをその鼻へ押しつけた。
これだけで、ゼンにはこのあと何をすればよいのか理解できるはずだ。

99 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時40分14秒

「頼んだぞゼン、FORWORD!」
頼もしい相棒はアスファルトに鼻をつけ、祥子が消えた方向へと正確に進み始めた。
反対車線になるが、ゼンは舗道をゆっくりと追っていく。通行人たちが不思議そうに彼を
避けてすれ違っていた。中には「ワンちゃんだ」と近寄る子供もいたがゼンは意に介さず
祥子の匂いを追い続ける。さすがだ。

「凄い犬やなあ」
運転を代わった助手席で、中澤が感嘆する。確かに。
警察犬だって、担当官とリードで結ばれている。
しかしゼンには、そんなものは必要ないのだった。

左斜め後方から彼を見る形で続いていた俺たちの視界に、角に立つ矢口が見えた。
祥子が曲がった角だろう。
ふと顔を上げ、矢口を見てから右折するゼン。気づいた矢口は、周囲を見回すと車を
発見し、駆け寄ってきた。

100 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時41分02秒

「お疲れさん。すまなかったな、一人で心細かったろ?」
「いやー、心細いっていうより、すげー疲れたよぉ」
「また曲がりよったで」
ゼンが角を左に折れた。住宅街の奥深くだが…
「ねえ、ここって」吉澤も気付いたか。
このあたりは、ベンツを塗装した工場から遠くない。吉澤が聞き込みをした一帯だ。

あのとき目撃者が見つからなかったということは、移動は闇にまぎれる夜間か、人目の
少ない早朝のみに限って行われたことになる。
くそ、逃走の痕跡といい、何だか犯人グループに操られてるような気がしてきた。

101 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時41分38秒
『震える将星』

#9 追跡−4


ゼンが止まった。右手に中程度の規模のマンション。左手には高い塀が続く屋敷。
「あ、あれ」双眼鏡を覗いていた吉澤が、行く手に見えるものに気付いた。
数人の男女が車に乗り込もうとしているその助手席側に立っているのは・・・祥子だ!
後席には石川らしい頭も見えた。ズラかる気だ!

運転を頼む、と中澤に言いかけたとき、吉澤が叫んだ。
「梨華ちゃん!!」
同時にゼンも、猛ダッシュをかけていた。
「わっ、こら!」
遅かった。無事な梨華の姿を視認した吉澤は、絶叫とともに外へ飛び出し、先行する
ゼンに追いつかんばかりのスピードで疾走を始めたのである。
「ちっ!」車を路肩へ寄せ、中澤と矢口に眼で合図すると自分も飛び出した。
102 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時42分11秒

「ガァァーッ!」ゼンの怒声が響いた。この声はマジだ。
最後に乗り込もうとした男が、突進してくるゼンと後方の吉澤に気付いて硬直した。
それほど、彼らの形相が凄まじかったのだ。
「梨華ちゃん!!」「ゴアァー!!!」
吉澤の絶叫と、ゼンが犯人のひとりへ襲いかかる怒声は、同時に聞こえた。


「梨華ちゃん!!」後部座席で両側を稲生と袴田に囲まれていた梨華はひとみの声が聴こ
えたような気がして、はっと顔を上げた。
「よっすぃー?」
振り向いたとき、最後に乗り込もうとしていた藤田に黒いものがぶつかるのを見た。

103 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時43分10秒

「ガガァ!」
あっという間に脚に噛みつかれ、藤田は動転してその場に倒れ込んだ。
「な、なんだ…!こ、こいつ、ぐわっ」
必死で犬を払おうとするが、予期しなかった事態に対する恐怖と犬の波状攻撃が凄ま
じく、両腕をクロスして顔面を守りつつ脚を使うのが精一杯だった。
その程度では、猟犬であるラブラドール・レトリバーを突き放すことはできない。


「梨華ちゃん!!!」
今度は、はっきり聞こえた。リア・ガラスの向こうに、懸命に駈けてくる吉澤ひとみと、
その後方を追ってくる「あの人」の姿を見た。
「よっすぃー!!!」
梨華は必死に叫んだ。よっすぃーが助けに来てくれた!あの人もいる!

104 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時45分16秒

「俺にかまわず行け!」
黒い犬と格闘を続ける藤田が必死の形相で叫んだ。
「行け!追いつかれる!!」
「稲生、出せ」袴田が決断した。形相は鬼に近い。
「し、しかし」
「出せと言ったら出せ。ここで全員捕まるわけにはいかん!」
返事の代わりに車は急発進した。袴田がドアを遅れて閉める直前、ひとみの声が再び
耳に飛び込んできた。

「いやーっ!梨華ちゃん!」
悲鳴だった。
(よっすいー…)
美しい顔を歪めて車に追いすがろうとするひとみを見た梨華の瞳から、大粒の涙が溢れた。


105 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時46分44秒

追いつく前に、ゼンに襲いかかられた男が「行け!」と叫ぶのが聞こえた。いかん、
犠牲になって逃がすつもりだ!
「中澤!」彼女と矢口のBMWは、振り向いたときにはもう、発進していた。
それを確かめて、まだ格闘中のゼンと犯人の一人へ駆け寄りざま、男の首筋へ手刀を
叩き込み昏倒させた。

脇をBMWが通過する。この分なら何とか追いつく。
しかし、悲鳴のようなタイヤの摩擦音と共に、追撃はストップした。
理由は、すぐに分かった。前方に、長身痩躯の男が木刀を片手に立ちはだかっていた
のである。

「おかしなところで会うな」とそいつは言った。
「全くだ」と俺は返した。

俺は3年ぶりの東京で、最も会ってはならない男との再会を果たしたのであった。



(To be continued...)
106 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)00時48分32秒
作者です。
本日の更新は以上です。

いま最後の場面を書いてまして、セリフをひねり出すのに苦労しています。
なかなかドラマのように粋なのは出てこないです…。
107 名前:名無し 投稿日:2003年06月19日(木)00時53分42秒
更新乙!!はじめてリアルタイムに立ち会った記念。
いままでひたすらROMってたよー。
いつも楽しみにしてるからこれからもがんばるべさ♪
108 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)01時11分46秒
追記
本日の更新の前半部分で、菊地秀行氏の小説「エイリアン妖山記」を一部参考と
させていただいた部分があります。
関係者の方には無断でこのような真似をしまして、申し訳ありませんでした。
109 名前:新人 投稿日:2003年06月19日(木)01時26分50秒
>>107 さん

初カキコありがとうございます。「頑張るべさ♪」何よりの励みになります。
なっちの初ソロは、CDもDVDも予約しちゃいました。別にヲタってわけ
じゃないのですが、義務感みたいなものを感じちゃいまして…

あとは矢口の写真集をどうしよう。

では
110 名前:つみ 投稿日:2003年06月19日(木)08時23分36秒
おもしろくなってきたべさ〜
111 名前:みっくす 投稿日:2003年06月19日(木)11時06分57秒
更新お疲れ様です。
いよいよクライマックスも近くなってきましたね。
でも、逃げられちゃったし、もうちょとかかるかな。
112 名前:丈太郎 投稿日:2003年06月19日(木)22時08分57秒
更新お疲れ様です!久しぶりに来たら凄く進んでいたのでビックリ
しました。謎解きが始まってるみたいだし、もうすぐなのかな…
113 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時29分27秒
こんばんは。作者です。

少しですが更新します。
114 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時30分33秒
『震える将星』

#9 追跡−4



袴田は当惑していた。
危うく捕まりかけた現場から離れつつある車内では、石川梨華が涙を拭うこともせず
泣き続けていた。
自分達に拉致されたときも、潜伏に使ったマンション内でも、一度も涙を見せなかった
彼女がである。手錠をかけられた両手は、膝の上で固く握り締められていた。

原因は、あの娘だ。モーニング娘。同期の吉澤ひとみ…彼女は梨華の名前を叫んでい
た。誘拐という現実が、彼女の中に大きな穴を穿ってしまったのかもしれない。
115 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時31分24秒

吉澤の後ろから追ってきていたのは、あの男だった。公園で倒した、拉致の間に割って
入った男。
祥子が奴の姿を見て「あの人だ!」と叫んだことからも、UFAを犬連れで訪れたのは、
俺達があの朝に遭ったバウンティ・ハンターだ。

「すまない」と袴田は頭を下げた。稲生は黙って運転を続け、祥子は肩を落として足元
を見つめていた。
「帰してあげたいが、もう少しだけ我慢してほしいんだ。奴に制裁を課すために、君が
必要なんだよ」
「ひっく…うっ…ひっく…あ…たしが?」
「そうだ。君は我々の切り札なんだ。力を貸してくれないか」
「だったら、ちゃんと説明してください」
初めて耳にする強い口調に、袴田は硬直した。
116 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時32分55秒

既に梨華の頬に光るものは消え失せていた。
よっすぃーや、あの人が探してくれてるんだもん。あたしもしっかりしなきゃ。
「もう話してくれてもいいんじゃないですか?」

この人達、本当は悪い人じゃない。部屋に来たときもそうだった。
あのとき、袴田さんは何かあたしに訴えようとしてた。パニックになっちゃって聞けなか
ったけど、あたしを必要としているんだ。
「みなさん、お金が目的って言い張ってるけど、本当は違いますよね。そうですよね!」

梨華は切実な、そして強い光を放つ瞳で袴田を見つめていた。

117 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時34分25秒
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

俺は中澤・矢口が乗ったBMWと立ち尽くす吉澤を背に、追走を邪魔した男・銀香と
対峙していた。

「なぜ加担する?誘拐犯だぞ奴らは」
「確かにそうだ。しかし、目的は金ではない」
やはりそうか。
「彼らには、彼らなりの正義がある。やり方は関心せんが、彼女には連れ去ったときを
除いて指一本、触れてはおらん」
「吉澤…たちにこんな思いをさせて何が正義だ。金だけでは動かんという評判は、眉唾
を通り越して大嘘だったな」

118 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時35分06秒

今やヘタリこんで放心状態の吉澤をチラリと見た銀香は、それでも眉一つ動かさなかっ
た。
米国で組んだときもそうだったが、この男は「感情というものが欠如しているのでは」と
疑わせるところがある。
それ故に手強いのだが。

「中澤、そいつを車へ運べ。矢口、ゼンを頼む」
「はいっ!」「任せてっ!」
アスファルトに伸びた男。格闘で男にやられたのか、額から血を流してうずくまるゼン。
どちらも放ってはおけない。

119 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時37分01秒

しかし二人が車から降りても、吉澤はまだ動かなかった。
「吉澤…」
銀香から眼を離さず呼んだが、反応はない。
手が届きかけた石川が、再び連れ去られた。しかも、今度は目の前で。
無理もないが、この娘こそ放ってはおけなかった。

「吉澤あっ!」
「…え」
やっと我に返った吉澤に「中澤を手伝え。早くしろ!」と叫び、右腕を一振りした。
袖の中に隠してあった特殊警棒を右掌に握る。
「ほう」
くそ、これでも無表情か。
「お前とは一度、本気でやってみたいと思ってたんだ。いい機会に恵まれたぜ」
言いながら、ロックを解除してロケット式の2段目を出し、再びロックする。奴の木刀には
長さで及ばないが、破壊力では特殊合金のこちらが勝る。要は間合いだ。

120 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時37分37秒

「アルバカーキのハイウェイで会って以来の再会がこんな場面とは、君とは相性が悪い
のかもしれん」
「うるせえ」
中澤と吉澤の二人は、昏倒した男をどうにか車へ運んでいる。
矢口がその小柄な体躯に見合わぬ力で30kg近くあるゼンを抱え上げ、車へと向かい
つつあるのを確認し、銀香へ宣言した。

「手加減は抜きだ」
「よかろう」
俺が警棒を地面と水平に右構えするのと同時に、奴の木刀も動いた。
構えは青眼。隙の無さが、相当の使い手であることを示している。
初めて奴と一戦まじえた時のことを思い出した。

121 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時38分33秒

銀香とは、かつて米国でのハンター仲間だった。
ロスのチャイナ・タウンに拠点を置いていた奴は、国籍・年齢とも
不明ではあるが、凄腕としてその名が通っていた。
何を隠そうこの俺も、組んだときに見せつけられたその水際立った
仕事ぶりから、一目置く存在だったのである。

だから、奴がハンターを廃業し、用心棒に成り下がったという噂が
仲間内にたちこめるようになったときも、俺は信じちゃいなかった。
しかし、スピード違反で切符を切られかけて逃走し、殴り倒した警
官が打ち所悪く亡くなったために賞金首となった男の事件を扱った
とき、自分の見立てが大間違いだったことを思い知らされた。

122 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時39分20秒

逃亡の果てに男を追い詰めた土壇場で、同行してガード勤めていた
奴が現れたのだ。
「彼には、特別な理由があった。情状酌量を知らん警官など、同情
に値しない」
そう言った奴の木刀は左手首に食い込み、賞金首を逃すとともに
半月もの間ハンドルをも握ることが出来ないダメージを俺に刻んだ
のである。不思議と骨折は免れたが。

かつての同業を退けて逃がした男が、母親の葬儀を終えて警察に
出頭したと別のハンター仲間から知らされたのは、3日後のことだ
った。

123 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時40分34秒

あのときと同じ木刀を手にした銀香は、その時とは違う殺気を放っていた。
仕掛けるタイミングをはかるなか、ゼンを後席に寝かせ
「ごめんよ、ちょっとの間がまんしてね」
と泣きそうな矢口の声が聞こえた。…これだ。

「矢口、左のポケットにワッパ(手錠)が入ってる。これで男を拘束しろ」
「ん…わかった。ぐすっ」
額から血を流すゼンに涙していたらしい矢口が上着の左ポケットからワッパを抜き取る
と同時にダッシュした。

「であああぁぁぁぁぁ!裂帛の気合いと共に突進し、右肩に背負った警棒を袈裟懸けに
振る背後で、矢口が呆然としていた。
誰もが予期せぬタイミングだった。ただ一人を除いては。

124 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時41分29秒

右から袈裟懸けに打ち下ろせば、奴は左に動いてそれをかわす。
そこまで計算して振り向きざま横に薙ぎ払った警棒に、手応えはなかった。

頭上に凄まじい殺気を感知し、無意識に警棒をかざした。
キン!という乾いた打撃音とともに、両腕が痺れた。
銀香は、横に薙いだ俺の一撃を宙へ飛んでかわし、そのまま打ち下ろしたのだ。
ボディ・バランスがずば抜けていなければ、思いつくことさえ叶わぬ攻撃と言えた。

3mほど離れて再び対峙した。迂闊に動くとやられる。
背中を冷たい汗が流れるのは、あまり歓迎できる感覚ではなかった。
「ジョーさん!」「あかん!」
男を車へ乗せ、こちらへ走り寄ろうとした吉澤が、中澤に後ろから羽交い締めにされて
いる。

125 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時42分29秒

「中へ入れ!」叫んだ瞬間に銀香が動いた。そのスピードに驚愕し僅かに反応が遅れ
た頭上に、再び打ち下ろしの木刀が迫る。
しまった、間に合わん…
次の瞬間、トン、と左肩が蹴られた。
「!?」振り向いた視界に、銀香の姿は映らなかった。

「やはり君とは相性が悪いようだ。ここは私が引こう」
という声は、右手の塀から聞こえた。上部の僅かな幅をものともせず、悠然と銀香は
こちらを見下ろしていた。

126 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時43分33秒

変わらず淡々とした口調に、焦りも嘲りも感じられない。
「ふざけるな。降りてこい」
銀香は答えず
「明日の朝7時、東北沢の湯来工業へ来るがいい。それまでは彼らを君に渡すわけに
はいかん。だが、そこで全ての決着がつくはずだ」
と言うが早いか、塀の上で跳躍を繰り返し、瞬く間に交差する通りの向こうへと消えた。
リベンジは次回へ持ち越しか。あまり自信はないがな。

だが、気を抜くのはまだ早かった。
警棒を収めた俺に吉澤が歩み寄って来るのを確認して車の方へと向かいかけた後方
から、バイクのものらしいエンジン音がけたたましく耳を打ったのだ。
振り向くと400cc級の中型バイクが疾走してきた。俺と吉澤の間を割ろうとしている。

127 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時44分05秒

「吉澤!」身を翻しざま叫んだ。俺は当然だが、吉澤も見事な体術で狂気の突進をかわ
していた。

車に乗ろうとしている男は、捕獲した奴を含めて3人だった。残る一人が、いまのバイク
野郎だ。
体制を立て直してSIGを抜き、その将星にバイク男の背中を捉えた。しかし…
「だめえっ!」
吉澤が右腕にすがりついた。

128 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時44分53秒

「だめ、だよ…ここで撃っちゃ」
荒い息を吐きながら、彼女はそう言った。
住宅街で銃声が響き、警察に通報されるのを未然に防いだファイン・プレーだった。

なぜなら、手が届く寸前の石川を再び連れ去られたうえ、銀香の前に一敗地にまみれ
たことによって瞬時に沸点へと達したフラストレーションは、自身の指に引き鉄を引けと
命じていたからであった。


(To be continued...)
129 名前:新人 投稿日:2003年06月21日(土)22時51分48秒
今夜の更新を終ります。

産みの苦しみ…皆様に良いものをお届けできるよう頑張ってるつもりですが、
もし更新ペースが落ちたらごめんなさい…。
130 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時19分13秒
『震える将星』

#10 勇気−1


(あら?)津村涼子は、誰もいないはずの総務部から人の声が聞こえたような気がして
足を止めた。
柚木専務の指示で、隣の経理部へ明日の出張旅費を受領しに行った帰りである。
今日は部員の歓送迎会で、総務部長ともども全員が定時で退社して飲みに行っている
はずだった。

「そうだ、明日の朝だ。奴らめ、ついに動き出しやがった。人の弱みにつけこみやがって
…思い知らせてくれる」
(正田だわ)電話に向けて怒鳴っているのは、確かに制作部の統括部長であった。
「ふざけるな!居場所がわからんだと?みすみす罠にかかれと言うのか貴様ら!」
ひどく興奮しているようだ。それにしても話題が穏やかではない。
131 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時19分53秒

「今日はおかしな雑誌の記者も来やがったんだ。記事にされる前に話をつけなくては、
スキャンダルどころではすまないんだぞ」
(どういうことかしら?まさか高科君の追ってる…)
「明日の朝だ。だがその前に…何の為にお前達を雇ったと思ってるんだ?そうだ。しっ
かり頼むぞ」
と言って正田は電話を切ったようだ。

132 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時21分01秒

涼子は素早くその場を離れ、エレベーターに乗った。
相手はどうやらSPだったようだが、奴等が動いただの弱みだのと危険な単語が発せ
られていた。ひょっとして、誘拐事件と本当に関わりがあるのかもしれない。

柚木専務に旅費を渡して明日の飛行機を確認すると、退社する上司を見送ってから、
携帯を取り出した。
「いずれにしても、明日は何か起きるわね」
と独り言を洩らしつつプッシュした番号は、ジョーのものであった。

133 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時23分16秒

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
車の中からつんく♂に犯人の一人を拘束したと報告し、事件の解決まで軟禁状態に
できる場所と監視役を用意してくれと頼んだ。
心配しているであろう後藤にも知らせてやる。彼女は石川を取り戻せなかったと知り
悔しがったが、責めたりはしなかった。

次いで、中澤に行き先を耳打ちする。
「ホテルやないんか?」
そう言いながらも彼女は表情を崩さなかったが、矢口には何となく分かったようだ。ゼン
の頭を膝に抱えて止血しつつ「大丈夫なのかなあ」という顔をしている。
それにしても、警察じゃないのかと口走らないところを見ると、中澤も俺と同じく、捕らえ
た男をそのまま拘束することを考えていたようだ。
134 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時24分37秒

「さて、と…よっ」もと来た道を玉川通りへと戻りながらツボを突いて無理やり覚醒させた
男は、もはや抵抗する気も無いようで、ただ黙りこくっていた。
潔いじゃないか。暴れたら今度はSIGを突きつけようかと思ったが。
「さて、話してもらおうか。なぜ石川梨華を誘拐した?お前達の真の目的は何だ?」

「…」男は無言だ。簡単に仲間を売るようじゃ、アイドルの誘拐なんてしやしないか。
「質問を変えよう。逃げた3人と石川はどこへ行った?ただアジトを変えただけなのか?
金目的でそこまでやるのか、おい」
やはり反応はない。ダッシュボードを見つめているきりだ。

135 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時25分40秒

「話す気はないか。では、そうせずにはいられなくしてやろう」
助手席の矢口が息を飲んだ。男を挟んでこちらを注視する吉澤も眉を寄せた。
手錠を嵌められた男の腕を取り、右手で無造作に肘を掴んだ。

「!」
途端に、奴の顔に脂汗が吹き出て来た。全身が震え、歯を食いしばっている。
肘の急所を凄まじい握力で掴まれ、激痛に耐えかねてようやく
「お…おれ…たち…は…金な…ど取る…気…はない」
とだけ言ったのに構わず、さらに力を込める。握力は、左右とも70近い。

136 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時26分47秒

「金目当てじゃないだと?3億円の要求はどういうことだ」
「……ふつ…うの…誘拐と…思わ…せるため…だ」
「ならば聞こう。石川を拉致して、お前達は何をしようとしている?」
冷酷そのものの声に、ハンドルを握る中澤は硬直し、矢口も彫像のように動かない。

だが、奴はそれきり、口を固く結んで黙ってしまった。
何も喋らずただ激痛に耐えることで拒否の意思を示した誘拐犯に、少し感心した。
右手を肘から外し、じっと男の顔を見る。
「正田のことは知ってる。貴様たち、実刑は免れんが、俺が証言して減刑に持ち込んで
やる。だから…」

137 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時27分30秒

だから、本当の目的を話せ、と問う前に携帯が鳴った。
見覚えのある番号だ。
「涼子か」
『高科君、ビッグ・ニュースよ。いくらで買う?』
「内容次第だな」
『高くつくと思うわよ。正田が動き出したわ』
「!?」
涼子によると、誰も居なくなった部屋で隠れて電話をしていた正田の口から「罠」「明日
の朝」「しっかり頼む」という言葉が聞こえたという。

逃げた連中の目的とは、これか。
138 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時28分16秒

『そちらの事件のことじゃなくて?私の推理は外れたみたいね』
「あながちそうとも言えんぞ。ま、4年ぶりの再戦はドローってやつだな」
『どういうこと?』
「終わったら話す」
何か掴んでるわね、と喚く電話を切った。
中澤が「着いたで」と知らせたからである。
「ここ…」吉澤が、見覚えのある風景を見て呟いた。

4人と1匹を乗せたBMWは、全ての発端である石川梨華のマンションに到着していた。

139 名前:新人 投稿日:2003年06月24日(火)00時29分37秒
作者です。
今夜の更新を終ります。
明日また出来ればと思っています。

「本池上署」に紺野が出てたんですね。ビデオ録っておけばよかったな。

では
140 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時46分23秒
『震える将星』

#10 勇気−2


祥子は電話に出なかった。市野哲哉は受話器を置くと、椅子の背もたれに体重を預け
天井を見つめた。
30分ほど前、祥子を追った石川のマネージャーから後藤を通して

「石川梨華および誘拐犯と思われる男たちと遭遇し、藤田という男の身柄を
拘束したこと」
「残りの犯人たちは、石川を拉致したまま逃走したこと」
「その中に祥子の姿もあったこと」

を知らされ、以来ずっと祥子の携帯に電話をかけていたのである。
だが、着信拒否や留守番電話にこそなっていないものの、彼女が電話に出ることはな
かった。
犯人たちを寸前まで追い詰めた場所が「桜新町」と聞き、彼は落胆していた。桜新町は
祥子が一人暮らしを始める前に、かつて兄たちと同居生活を送ったマンションがある町
だったのだ。
(祥子やっぱり君が…どうして待てなかった?)あと少しの辛抱だった…はずなのに。
141 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時47分17秒

その時であった。頭を抱え込み打ちひしがれる彼を呼ぶ声が、誰もいないオフィスを静
かに漂い、その耳へと届いた。

「市野さん。市野さんですね?」
声が流れてくる方へと向いた市野は、濃いグレーのスーツがよく似合う美女が微笑を
投げかけている姿を眼にした。
この女は確か・・・2ヶ月ほど前にやってきた、柚木専務の秘書じゃなかったか。

「私に何か?」
「よかった。私、津村と申します。柚木専務の秘書を勤めさせていただいております」
と彼女は会釈した。
(やっぱりだ。何の用だろう・・・)会釈を返しながら「津村さん。申し訳ありませんがちょっ
といま・・・」
手が離せない、といいかけた彼を、津村秘書の言葉が遮った。

「正田部長のことで、お話があるんです」

142 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時48分12秒

ギクリとした内心を表に出さないように苦労した。
「部長がどうかしましたか」
「はい。最近、様子がおかしいとは思われませんか?」
「はあ」
「部長宛に、脅迫状まがいの郵便物が届いたという噂が、総務の方で流れています。
何か心当たりはありませんか?」
「そう言われても・・・」
内心、市野は焦っていた。まさかこの女、知っているんじゃ?

143 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時48分44秒

「私には何のことだか分からないですね」
「そうでしょうか。部長には、社外での行動に限ってですが、自費で雇われたSPがつき
始めました。ある日突然です。下の方たちは皆さん驚かれたでしょうね。でも一人だけ
そうではない人間がいたはずです。なぜなら、SPをつけなければならない理由を「彼」
は知っているからです」

涼子はそこで言葉を切り、様子をうかがった。
(・・・震えてる)彼女は、表面上は淡々と無関心を装う市野の拳が固く握られ、わずかに
震えているのを見逃さなかった。

144 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時50分07秒

「僕がその、知っている男だとおっしゃるんですか?」
「そうは申しておりません。ただ、正田部長の動きが不穏なもので」
「不穏?」
市野の態度が明らかに変わったのに気付き、涼子・・・検事・津村涼子は微笑んだ。

「ですよね。どうでしょう、このあと、ちょっと飲みにでもいきませんか?そのあたりのこと
を、もっと詳しくお話ししたいですね」
市野は、誘いを受けた。祥子のことは心配だが、こちらも大事だ。何せ俺は…

「わかりました。30分後に、下で」
「承知いたしました。楽しみですわ」
涼子は再び会釈し、部屋を出て行った。
(何もかもが動き出したな。俺も、もう止まることはできない)後姿を見送りながら市野は
動きだした事態の激流に巻かれようとしているのを感じていた。

145 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時50分37秒

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

チャイムを鳴らすとドアの向こうで物音がした。覗き穴からこちらをうかがう気配が続き、
すぐに開いた。
「ジョーさん・・・」
「よっ、腹減ったろ。晩飯買って来たぜ」
靴を脱いであがった俺に、吉澤はなにも言わなかった。ただ黙って、顔と左手の荷を
交互に見ていた。

「不用意だぞ。俺とわかったからって、すぐに開けるな。せめてチェーンをかけたままに
しろ」
一瞬の「え?」という表情のあと、吉澤はすぐに「そうだね。後ろに変なのが隠れてるか
もしれない。うかつだった」と笑顔を作った。
返答は合格点だが、やけに素直なのが気にかかる。こりゃ戻って正解だったか。

146 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時51分49秒

この少し前…

藤田から求める答えを引き出したあと、中澤と矢口を呼んでそれを伝え、つんく♂が手
配した「監視役」の到着を待って引き渡した。
全て話そうかと思ったが、二人が被る衝撃の大きさを考えると、ここは俺と吉澤の胸の
中だけに留めておくべきだろう。

二人の男が迎えにやって来たが、どう見ても「その筋」の者に間違いなく、物腰は柔ら
かいものの目だけは「怖いもの」を秘めていた。
「手荒に扱うなよ。今度は俺たちが監禁暴行の罪に問われちまう」
「その辺はお任せを。寺田さんからも、よく言われております」
そう答え、二人は藤田を車へ押し込んだ。お約束のベンツSクラスは、瞬く間に角の
向こうへと消えた。

147 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時52分33秒

ホテルへ戻って明日の戦略を練りたかったが、吉澤が意外なことを言い出した。
「あたし、今夜はここに泊まります」

矢口は「何言ってんの?ダメだよそんなの。帰るよホテルへ」と旧教育係らしくたしなめ
たが、中澤が「ええから。思うようにさせてやりぃな」と話の分かるところを見せた。
姉以上に慕う元リーダーが肩に手をやると、矢口はその顔をちらと見て「わかったよ。
吉澤、無茶すんなよ」としぶしぶながら賛成した。

俺もBMWに乗りかけたのだが、何となく気になった。ほんの数m先に手が届きかけた
次の瞬間、石川とまたしても引き裂かれた吉澤。よく耐えて取り乱しこそしないが、そ
の心中は察するに難くない。一人で残すのは、ちと不安だ。

148 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時53分04秒

「俺も残るわ。皆に会ったら、状況報告をしてやってくれ」と回れ右をした。
中澤が「頼んだで」と言うのに頷き、テールランプを見送ったのである。
ここで動いておかしな輩にキャッチされでもしたら、全てがブチ壊しになる、そう考えて
残ったまでのことだ。

近くのコンビニ(おそらく二日前の朝に、吉澤が買い物に行ったはずの店だ)へ行き、
弁当やら飲み物やらを買い込んで部屋へ戻った。
そしていま、俺と吉澤はテーブルを挟んで気まずい空気をどちらが打開するか、互いに
タイミングをはかっているのだった。

149 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時53分34秒


「さあ、食うべ食うべ。腹ペコだぎゃあ」と袋の中身をテーブルに広げる。俺の方が先に
折れた。
買ってきたのは普通のコンビニ弁当だ。あいにくベーグルは売ってなかった。
「じゃ、お茶入れるね」
ほう、笑顔か。つい2時間ほど前、石川が再び消えた方向を虚ろな眼で見つめてヘタり
こんでた奴とは思えん。変に開き直ったのでなきゃいいが。

お茶といっても、石川が好きだというタージリン・ティーだったが、弁当の温めも含めて
用意ができると、向かい合って座った。
吉澤は微笑を浮かべていたが、何も話さないのが変だ。
こいつとサシで食事をするのは都合3回目だが、今が一番静謐な表情をしている。
状況と裏腹の静かな雰囲気に、不安が徐々に増していく。

150 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時54分15秒

「よっしゃ、いっただきまーす」
とりあえず、食えば会話も生まれるだろう。
「いただきまーす」
しばらくは二人とも黙々と食べた。俺は当然だが、吉澤も普通に食べていた。
会話といえば
「ねえ、ジョーさん」
「ん?おかわりならあるぞ。遠慮するな」
「もお!わかったよ、食べ終わってからにする」
ぐらいのものだった。
嫌な予感がして流そうとしたら、怒られちまった。

食べ終えたあとすぐに話すのかと思いきや、紅茶をおかわりしてリビングでまったりし
はじめた吉澤は、時々チラリとこちらを見るきりで何も話そうとしない。
ベランダで煙草に火をつけ、向こうから言い出すのを待つことにした。

151 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時55分31秒
『震える将星』

#10 勇気−3


2本目の煙草に火をつけ、今日一日をふりかえる。ハンターたるもの、反芻と深慮の姿
勢を失ってはならない。
一時はどうなるかと思ったが、何とか事件の全貌は掴めた。誘拐犯グループの目的と
その要因が、この部屋で明らかになったからである。
もっとも、吉澤達には刺激が強すぎたフシはあるが。

石川を拉致した部屋へ藤田を連れこんだのには、理由があった。
よく捜査用語で「犯人は必ず、もう一度現場へ姿を現す」というのがあるが、あれはドラ
マ用でも何でもない。重大な犯罪を犯した奴は、低くない確率で現場に戻るのだ。
「犯行を誰かに見られていたのではないか」
「何か証拠を残してしまったのではないか」
警察の動きが分からなければ尚更、その疑心暗鬼は深まっていくものなのである。
152 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時58分13秒

蹴飛ばされてリビングの床に転がった藤田は、拉致した現場(実際には
逃げられかけたが)へわざわざ来たことに、小さくない不安を感じている。
せわしなく部屋を見まわして、落ち着かない。
このように、現場へ強制的に戻して精神を不安定にさせるのが目的だった。

そして、もう一つ。
ここは、密室だ。
「もう一度聞こう。なぜ石川梨華を誘拐した?」低い声で訊いた。
藤田を含め、全員が凍りついた。
初めて見てしまい、そして聞いてしまったからだ。
仕事用の顔と、声とを。

153 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時59分25秒

しかし、藤田は答えなかった。いや、答えられないのだろう。俺の全身から
吹き出るものに、精神がその扉を閉じかけているのだ。
懐からわざとゆっくりSIGを取り出した俺を、脂汗いっぱいの顔で凝視して
いる。

パラパラ…SIGのマガジンから取り出した弾を、わざと目の前で絨毯の敷
かれた床へ落とした。
その中から一発だけを再び戻し、薬室へ装填する。小気味良い音がした。
何を考えているのか分からないとでもいうように中澤たちはその一挙一動を
追っていたが、次の一言に息を飲んだ。

「一発で充分だ」
154 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)20時59分59秒

矢口がゴクリと唾を飲み込む音さえはっきり聞こえるほど、室内は静寂を
保っていた。
ただ一つ、荒くなり始めた藤田の息を除いて。

「お前などいなくても、石川梨華に辿り着ける。残念だったな」
プロならば、撃つのに否はない…脅しを通り越して殺人予告に近い。
その額へSIGを押し当て、息を殺す吉澤たちへ
「外へ出ていろ」とジェスチャーで示す。
中澤と矢口は頷くとすぐに背を向けたが、吉澤は腕を引かれても動かな
かった。
見届けようってのか。いい根性だ。

155 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)21時01分01秒

諦めて外へ出た二人が戸を閉めるのを待ってから、藤田へ顔を近づけ、
人差し指に僅かな力を込めた。手首に浮かんだ筋肉の動きがわかった
のだろう。藤田の息がさらに荒くなり、そして。
「や…めて…く…れ……言う…から……銃…を…」
「話すのが先だ」とさらに額へ強く押しつける。

「ひっ…わか…った………あの…娘…は…切り札…な…んだ」
やはりな。
「対正田のか?」
恐怖に歪む顔に驚愕の色が混ざったのを確認し、SIGを遠ざけた。
同時に藤田が安堵の息を大きく吐いた。
吉澤と顔を見合わせ、互いに頷く。誘拐犯達の目的が、霞んでいたその
輪郭を明瞭に見せ始めていた。

156 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)21時02分21秒

「誘拐直後の部屋の状況を聞いたとき、おかしいと思ったんだ。お前たちは
ここへ押しかけた。その気になれば、公園でそうしたように一瞬で彼女を
拉致できたはずだ。男4人だからな。だが、彼女の部屋には抵抗した跡が
あった。これは、犯人が彼女に抵抗する余裕を与えたことに他ならない」

藤田の驚愕が、その大きさを増していく。
彼らは、躊躇したのだ。あるいは、説得して「同行」させようとした。
いずれにしても、営利誘拐では考えられないことだ。

「逃走の痕跡をわざと残したんだろうが」
「…そうだ。グループの中心にいるあの娘が誘拐となれば、UFAは必ず
極秘裏に動く。あんたのような人物に依頼する。そう考えた」
そして、情報戦を仕掛けた。捜査の眼が正田へ否応無しに向くのを誘導
したのだ。

157 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)21時03分19秒

「袴田って映画監督さん、あんたの身内よね」
吉澤が尋問に加わった。
「ああ。三輪さん兄妹だけじゃない。おれたちも兄同然に慕ってたよ」

藤田は唇を噛み締め、涙を堪えているようだった。やはり同一人物か。
それから俺たちの推理を話して聞かせる間、僅かに相槌をうつのみで、
視線は下を向いたままであった。

「明日、正田と直接やり合う気なの?」
藤田はようやく顔を上げ、頷いた。
「東北沢にある湯来工業」銀香の捨て台詞が甦った。
「そうだ。袴田…いや、三輪さんたち兄弟が上京したとき、初めて仕事に
ついた町工場だよ。いまはもう倒産して、建物ぐらいしか残ってない」
「そこへ呼び出したのか?SPも来るぞ」
「銀香が何とかしてくれる」

どうやら、銀香が犯人達と同行しているのは、SPに対抗するためらしい。
確かに奴なら、護衛用格闘技や、せいぜい俺のより数段チャチな警棒しか
装備しない民間のSPなど、赤子の手を捻るも同然である。
「何とかする」どころの騒ぎじゃない。確実に病院送りだ。

158 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)21時04分23秒

「梨華ちゃんが切り札ってどういうことよ。映画のことがあるから?」
吉澤の問いに、藤田は僅かに逡巡する素振りをみせたあと「それも
ある。あの娘は、正田にとっては弱点みたいなものなんだ」と答えた。
「弱点?」吉澤が首を傾げるのも無理はない。
「おい、CM以外に接触したことはないはずだぞ」だからだ。

藤田はひとつ大きなため息をつくと、必死に記憶をひも解くアイドルへ
ヒントを放った。
「吉澤さん、グループに加入して間もない頃、大騒ぎになりかけた事件
を忘れてはいないよな?」
「入ってすぐ…」
それを受けた彼女が、驚愕にその瞳を大きく見開くのにかかった時間
は僅かなものだった。

159 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)21時05分29秒

「まさか…」
「そう。そのまさかだよ。奴は歪んだ欲望を、石川梨華に向けて解放
したんだ」
俺にも思い当たる節はあった。
初期報道の衝撃は、アイドル好きの逢坂ならずとも小さくないものだ
ったからである。

誰が、いつ、どうやって?
業界の人間は皆、こぞって続報を待っていたはずだ。
しかし、それはどのマス・メディアからも活字および映像とはならず、
事態はいつのまにか沈静化へと向かって行ったのだ。

160 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)21時06分00秒

「嘘や言い逃れじゃないでしょうね」
胸中の整理ができたものか、沈黙のあとに吉澤が訊いた。
「ああ。あとは、あんたたちの推理どおりだと思ってもらっていい」
「そう…」


それきり吉澤は黙ってしまった。聞きたがる中澤と矢口を無視して考え込んでいた。
胸中は察してあまりあるが、初日に中澤と二人して危惧していた「暴走」とは紙一重に
見えた…。

161 名前:新人 投稿日:2003年06月26日(木)21時07分56秒
To be continued.
Next time as SectionW.

See you again and good luck!
162 名前:つみ 投稿日:2003年06月26日(木)23時52分41秒
↑どういう意味?
163 名前:みっくす 投稿日:2003年06月27日(金)00時05分35秒
更新おつかれです。

↑は簡単にいえば、
次回に続く
次は#11
楽しみに待っててね。かんじですかね。
164 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時32分22秒
こんばんは。作者です。
27時間テレビ、皆さん観てますか?
松雪泰子はきれいだけど、娘。たちが出てないので更新します。
165 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時33分11秒
『震える将星』

#10 勇気−4


「ちょっと疲れたね」いつのまにか吉澤が隣に並んでいた。
「そうか。原因は俺だな。後半は完全な作戦ミスだ。スマン」
「でも、おかげで梨華ちゃんの無事、確かめられたよ。最後はちょっと危なかったけど」

バイク男を撃ちかけたことを言っているのだろう。…確かに。
「よく止めてくれた。本気だったからな」
「あたしも少しは役に立つでしょ、あんな場面でも」
…やっぱり、その話か。聞くしかないな。

「冷えてきたな。入るべ」わざと素っ気なく言ってソファへ移動した。
吉澤は無言で窓とカーテンを閉め、クッションを抱いて絨毯の上に座りこんだ。
部屋はマネ達によってすっかり片付けられ、誘拐の痕跡はひとつも残っていない。
吉澤が抱いているのも、新しく用意されたクッションだ。
166 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時33分49秒

「何が言いたい」
「決まってるでしょ。アメリカ」
「本音を言うぞ。後悔しないな?」
見つめることで返事をする彼女へ、努めて冷静に話し始めた。


今回の捜査で、モーニング娘。のメンバーたちには「元」の中澤を含め、驚かされること
が少なくなかった。それも、初日からだ。
飯田画伯の似顔絵がなければ聞き込みは成功裏に終わらなかっただろうし、保田の
文章力はネットの世界を一人歩きするだけの威力があった。
安倍と吉澤の動きには無駄がなく、中澤と矢口の推理によって祥子の疑惑は容疑へ
と近づいた。

167 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時35分14秒

昨日の後藤の手柄が無ければ、市野との接見がスムーズに行ったか心許ない。
安倍は意外にも鋭い推理をみせてくれたし、今日は正直、矢口の機転に助けられた。
中澤の行動力も特筆ものだ。中澤×矢口コンビなら、バウンティハンターとまではいか
ないまでも、探偵事務所ぐらいは楽に営んでいけるだろう。
しかし、吉澤の資質は、そんな彼女達を凌駕する。

初日夜の車中では、ハンターとして歓迎されざる精神面の弱さを垣間見せたと言えよう
が、直後の「痒いところに手が届く」動きは特筆ものだ。
成果があがらない中でも腐らず、あと少しで手が届くはずだった石川が再び連れ去られ
ても、俺の暴走を阻止できるだけの、バイタリティと精神的スタミナ。
もともと体力はあるようだし、スポーツをやっていた為か体術も並以上だ。展開推理力
は急激に芽吹き、既につぼみを開花させんとしている。これに事務処理能力がつけば、
理想のパートナーに近づいていくに違いない。

だが…
168 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時36分04秒
「あとどのぐらい芸能界で稼ぐつもりなのか知らんが、安易な再就職先だなんて思われ
ちゃ困るんだ。今回みたく命の危険が少ない事件なんざ滅多にお目にかかれんし、
そっちの面倒までは見られないんだぞ」
僅かに眉が動いたような気がしたが、構わず続けた。

「それにな、たとえ引退しても『モーニング娘。のメンバーだった』という事実と過去は、
永遠について回るんだ。メンバーとの関係も、想い出もな。けどな吉澤、向こうでハンタ
ーをやるなら、それは役に立たないんだよ。皆との関係も、途絶えちまうかもしれないん
だぞ。それに耐えられるか?」

厳しい物言いかもしれないが、いままでの人生と全く違う道を選択するには、これぐらい
のことを越えられなきゃいかん。
聞き終えた吉澤は、僅かに視線を落として俺の話をかみくだいているように見えた。
その横顔は、まるで人生最大の決断を迫られているかのようだった。

169 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時36分59秒
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

中澤と保田の部屋では、最後に仕事を終えた安倍の到着を待って、矢口が報告を始め
ていた。
「ホントさあ、怖かったよ。目の前で、木刀と警棒で打ち合ってるんだよ、信じられる?」
矢口は小さな身体を目一杯つかって、飯田・保田・安倍・後藤の4人に伝えようと奮闘し
ていた。

「あのあともヤバかったけどな」缶ビール片手の中澤が付け加えた。
ジョーが拳銃を撃ちかけたこと。そして、石川の部屋での尋問。
「そうなの?あの人がね…プロの仕事ってやつかな」情報戦の功労者である保田だが
驚きの表情は皆と同じだった。

170 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時37分54秒

「大変だったけど、明日にはどうにかなりそうだし、石川の無事も確認したし、解決が
こう、ググッと近づいた感じ、するよね」
そう言う矢口だけではなく、皆の顔から翳が消えていた。また連れて行かれちゃった
けど、捕まえた男の話だと、無事に帰してはもらえそうだ。

「すごいべさー、大活躍だったんだね真里っぺ」
安倍が矢口の頭を撫でる。「えへへへ。裕ちゃんもだけどね」と照れる矢口。
しかし、話を振られた中澤は、何か考え込んでいるように見えた。
「どしたの裕ちゃん?」後藤がそれに気付いた。

171 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時39分11秒

中澤は煙草をもみ消し、残りの缶ビールを飲み干すと「いやな、切り札って何の事かな
思うてな」と言った。
彼女は、拷問に近いジョーの責めに遭った末に絞り出されたという、藤田の言葉が気
になっているらしい。

『石川梨華は切り札なんだ』

「正田の悪事はだいたい分かった。せやけど、それを明るみにするのに、何で石川が
必要やねん」
しきりに首を捻る彼女に、飯田が「ジョーさんは何て?」と聞いた。
「言ってくれへんかった。吉澤に聞こうにも、石川の部屋に残ってしまいよって…」
「何かまだあるんじゃないの正田に。それ、オイラたちに知られたくないのかもよ」
矢口が腕組みしながら言う。
「う〜ん」
中澤が想像つかないのだ。飯田たちに正解を言えというのも無理な話だった。

172 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時39分56秒

その時であった。中澤の足元で丸くなっていたゼンが立ちあがり、ドアの方へと歩いて
行くとまだ完全に回復していない身体で跳びかかった。レバーには届くが、ロック用の
ヒンジには及ばず、ドアは開かない。
それでもゼンは、何とか外へ出ようともがくのだった。
「ゼン!?」慌てた矢口が駆け寄り、抱きついて止めようとする。
「だめだよ!まだ血が止まったばっかなんだからっ!」

「心配なのかな、二人が」飯田が鼻をすすっている。
「きっと、明日の朝に何かあるのを感じてるんだ」後藤が悲しそうな声で同意した。
「まだ動ける身体じゃないよ…」安倍は眼に涙をためていた。
三人とも、ゼンが身体を張って犯人の一人を止めたと、聞かされていたのである。

173 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時40分51秒

格闘の最中に何度か殴られたらしく、頭には2箇所の裂傷が出来ていた。
切られたものではないだけに、彼の痛みは想像に難くない。
それなのにゼンは、傷つき消耗した身体を引きずって行こうとしていた。

明日の朝、最後の舞台へ赴こうとしている二人の元へ。


「ゼン!いい加減にしなよ!」矢口の絶叫が響いた。「そんな身体でどこへ行こうって
の!役になんか立てない、まだ動いちゃダメだってば!」
彼女はゼンの正面に回り、顔をくっつけるようにして怒鳴った。はらはらと涙を流し「オ
イラだって…悔しいんだから。肝心な時に何もできなかったもん。ぐすっ……うっく」
と嗚咽をもらした。

174 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時41分28秒

彼女の活躍は、悲観すべきようなものではなかった。機転を利かせて祥子を追ってい
なければ、石川の姿を確認することすら、かなわなかったに違いない。

しかし、石川の姿を目にした吉澤が車から飛び出したときも、逃走する犯人と石川の
車を追う自分たちを銀香が遮ったときも、矢口は後席で身を固くしているしかなかった。
想像もできなかった事態に直面したとき、手も足も出せなかった自分に、激しい後悔と
嫌悪を感じていたのである。

「オイラが…オイラがもう少し…。悔しいよ…あと少しで石川を取り戻せたのに。どうして
あのとき…」
「真里っぺ…」安倍の頬に涙が伝う。中澤も目頭を押さえていた。

175 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時44分34秒

「ク…ン」矢口は頬をペロリと舐められ、はっとした。気がつくと、ゼンの身体から力が
抜け、「お座り」をしていた。
「クゥーン」ゼンは矢口に身体をすり寄せて甘えた。どうやら「ゼン…わかってくれたんだ
ねっ」らしい。
微笑む矢口から離れ、中澤の向かいのへソファ歩いていき、その上で丸くなった。
かろうじてそれができるだけの体力には回復したようだ。

「凄い…やぐっつぁんの言った事、通じたんだ」後藤が驚いていた。
「へへ…犬はね、人の表情を見て誉めてるのか怒ってるのか、判断するんだよ。ねー
ゼン」その背を撫でてやりながら顔を覗きこむ矢口。
ゼンは「ごめんね」とでも言うようにもう一度、顔をペロリとやってくれた。

「何だよー慰めてくれてんのかー生意気だぞコイツぅ」一人と一匹が無邪気に戯れるの
を、みんな優しい笑顔で見ていた。
「さあっ、今夜は解散や。明日は朝から仕事なんやから、みんな」
中澤が明るい声で宣言した。

176 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時45分24秒

「そうだね。なっち、行こっか。お風呂入ろ」
「だべね圭織。今日は早起きだったしねー。じゃっ、おやすみ」
祥子を追い、電車の中で接触してきた謎の男をジョーに知らせた二人が、肩を組んで
部屋へと戻って行った。彼女たちが気付いた男を犯人の一人だと判断したジョーが、
今日の作戦にもう一捻り加えた結果、解決が近づいたことを知る由もない。

「裕ちゃん、ゼンは連れて行くよ。いいよねごっちん?」
「もちろん。一緒に寝よーねゼン」
矢口と後藤も腰を上げ、二人でゼンを抱える。彼は大人しく抱かれた。

「アンタら、あんまり夜更かししたらアカンで。つんくさんとの約束、忘れんなや」
できるだけスケジュールに穴は空けないこと、それが捜査開始当初の約束だった。
「わかってるよぉ、子供じゃないんだから。おやすみー」
矢口は口を尖らせ、ドアの向こうへ消えた。

177 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時46分03秒

「ふう。よかったよ…解決が見えてきて。でもさぁ、正田って奴、マジで悪党だね」
残った保田が呟く。
「芸能界の裏を暴くみたいで、何やせつない部分もあるけどな…それだけやあらへん
と違うかな、やつの場合。さあ、ウチらも一杯飲って寝よや」
「まだ飲むの?だってさっき…」
「風呂に湯が溜まるまでや、ええやろ」
「う・うん…」

保田は(変だな裕ちゃん、石川が無事だったのに浮かない顔…)と思いつつも、バス・
ルームへ向かった。
入口で振り返ってみたが、再び火をつけた煙草の紫煙が立ち上る向こうに中澤が何を
見ているのか、ついにわからなった。

178 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時47分06秒
『震える将星』

#10 勇気−5


「なるほど…そう来たかぁ」
沈黙を破ったのは、吉澤の一言だった。プラス、何かを悟ったような微笑。
「再就職だなんて思ってないよ」
彼女は静かに話し始めた。
「正直、いつまで娘。を続けてくのか、自分でもよくわかってないんだ今は。やらなきゃ
いけないこと、たくさんあるし」吉澤は澄み切った眼をしていた。


自分でも中途半端なのはわかってるつもり。何でも器用にこなすって言えば聞こえは
いいけど、実は何も出来てやしないんだ。
つんくさんに曲を書いてもらえない「プッチモニ。」がそれを象徴してる。

179 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時49分27秒

変わりたい、っていつも思ってる。でなきゃ卒業してったり、していく人たちを見送る意味
がない。
けど、じゃあその先に何があるの、って言われたら、すぐには答えられない。
私はゼロからの出発じゃなくて、既に型があるところへ入って来た人間。それなりに難し
いところもあったけど、敷かれたレールの上を突っ走るだけでよかったから。

飯田さんや安倍さんたちは違う。何もないところを、自分たちの手で切り拓いてきたから
絶対的な強さがあるし、その過程で育った才能が武器になってる。
自分には飯田さんの芸術センスも、安部さんが持つ演技の才能も、矢口さんのマルチ・
センスなんかとてもじゃないけど無いし、頑張ってるつもりだけど現実は厳しい。
モーニング娘。を辞めたら、きっとどうしていいかわからないと思う。

180 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時52分12秒

彼女はそういう意味のことを、言葉を選びながら話した。
今夜で3日目になるが、どうしてこうも夜は話し込んでしまうのか、さっぱりわからない。
俺はそんなことを漠然と考えていた。
「ちゃんと聞いてる?」ちょっとムクれたようだ。

「聞いてるよ。で、辞めたらどうするんだ?」
「うん…。自分だけじゃ何もできない気がする。芸能界に残れるかどうかもわかんない。
卒業したあとだんだん仕事が減って行って、消えるように引退して、結婚かな。普通の
人生に戻っちゃうのかも」
「それじゃダメなんか?アイドルの中にゃ、結婚引退して普通の主婦になったのなんて
五万といるぜ」
「あたし、そういうの嫌。いま誰にもできない経験してるんだから、それが役に立たない
なんて、生きてく意味ないよ」

181 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時52分48秒

怒ったような顔も魅力的だ。一時はかなり太っちまって大変だったらしいが、見たところ
最近は元に戻りつつあるようだ。
完全に戻りさえすれば、つんく♂が「天才的」と称賛した美貌を武器に、女優やモデル
として活躍していけるとも思うのだが。

「この3日間でそれが見つかった気がするんだ。少ない手掛りを推理で補って…すごく
大変だけど、充実感あった。梨華ちゃんには悪いかもしれないけど、楽しかった。違う
経験、いろいろ積めたし」
「それが何でアメリカ行きって話になるんだ?」
「誘ったのはそっちじゃん」
「けどなあ、モーニング娘。のメンバーと離れるのキツくないのか?日本にいれば、少な
くともお互いの存在ってものを感じていられる。すぐに逢うこともできるしな。だからこそ
次の道でも頑張れる。違うかい?」

182 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時53分40秒

吉澤は少し迷うそぶりを見せた。「離れる」の一言が効いたか。
「離れたら、関係も変わっちまうぞ。アメリカは遠いんだ」
追い討ちをかけたつもりだ。
吉澤の顔は物憂げに俯いているように見えた。夢と現実は違うことを、わかってくれた
かに思えた。

しかし、「ほれ見ろ」と言いかけたのを制した彼女は、惚れ惚れするような澄み切った
笑顔に変わった。

「変わらないよ」
この勝負、負けのようだ。俺は大切なことを忘れていた。

「どこにいようと、変わらない。変わるわけないよ。だって、あたしたちはモーニング娘。
だもん」
183 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時56分28秒
負け惜しみのひとつも返させない響きを、吉澤ひとみの言葉は持っていた。

彼女達には、安っぽい感傷的な言葉では表せない、何かがある。
俺はこの3日間をこの娘と過ごしてきて、そんな印象を持っていた。
彼女たちの誰一人として例外なく、夢を現実にしてきた人間には、新たなそれを掴みに
行く資格と、勇気を備えているのだった。


「ったく、強情なやつだな」
「そっちもね」
「アメリカに固執せんでも、探偵なら日本でだってなれるべ」
「はぁ?ここまで言ってまだわかんないの、鈍感!」

184 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時57分02秒

ぶんムクレでそっぽを向いちまった。意地悪しすぎたかな。
「明日で全ての決着をつけてやる。そしたらゆっくり話そうや、その辺のことは」
と言ってやった。
「それ…ずるい」とうめいたものの、機嫌は直ったようだ。
こっちは大人なんだ、少しは歩み寄らなきゃな。

「寝るぞ」
「うん、おやすみ」
明日に備えて、なんて殊勝なもんじゃないが、俺たちはその夜、これまでよりも早くに
寝た。

あとは石川梨華を取り戻すだけだった。

185 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時57分36秒
『震える将星』

#10 勇気−6


表へ回ってみると、垣根のすき間から様子をうかがっている男がいた。
雨戸は閉まっているが、中に人の気配があるのを確かめると男は玄関へ回り、ドアの
前で懐に右手を差し込み表札を確認する。
表札には「稲生」とあった。
(悪く思うなよ)ひと呼吸置き、左手を添えて前方へ差し出された右手には、現代の東京
では最もポピュラーなオートマチックが握られていた。

186 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時58分36秒

「この時間に使って穏便に済む代物ではないな」
背後からの声に愕然としつつ振り向いた右手首に”ビシッ”という音が響き、男は拳銃を
取り落とした。
「ぐ…貴様」
「明日の朝と通達されているはずだ。今夜ぐらい、そっとしておいてやろうとは思わんの
かね」
「おまえは三輪順二の…ぎぅっ」
護衛か、とは継げなかった。最後の苦鳴は木刀の柄が鳩尾に食い込んで漏れたもの
であり、柄ではなく切っ先が向けられていれば胸を貫いていたであろう、銀香が放った
神速の突きによるものであった。
昏倒した男を緊縛して駐車場の隅に放り出すと、銀香は部屋へ戻った。

187 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)22時59分12秒

「やはり来たか」袴田=三輪順二が迎えた。
「正田の手の者だ。ここも安全とは言えん。移動した方がいい」
「わかっている。しかし、もうあてがない」
ここを嗅ぎ付けられたとなると、藤田や国男の住居も危ない。
「車の中でやり過ごすしかないか…」自分たちは平気だが、祥子と梨華にはかなりの
負担を強いることとなってしまう。だいいち、いま二人とも寝ついたところだ。

「心当たりがある。私に任せてもらえるか」初めて耳にする優しげな口調に、三輪は眼を
剥いた。奥から出てきた国男と稲生も驚きを隠せない。
「電話を借りるぞ。二人を起こして車を出せ」
言われるままに、三輪は二人を起こした。国男は荷物をまとめはじめ、稲生は駐車場へ
ダッシュしていった。

188 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)23時00分02秒

「うーん、どうしたんですかぁ」寝入りばなを起こされた梨華は、ちょっとご機嫌斜めの
ようだ。
「すまない。正田の手先がやって来た。ここも移動しなきゃならないんだ」
「えー、本当ですかぁ。もうっ、安眠を邪魔するなんて、どこまでヒドイ奴なのー」
「ごめんね梨華ちゃん。あたしたちの為に」祥子が涙目になっているのは、起こされた
せいではなさそうだ。

「あ、そんな。いいんですよぉ。いまこうしてるのは私の意思なんですからっ」
梨華は事件の全貌を知らされて、すっかり三輪たちに同情してしまった。
協力を快諾したうえ、正田を懲らしめてやるんだと妙に気合が入っていた。恨まれても
仕方ないとしょげかえっていた祥子とは、立場が逆転してしまっているほどだ。

189 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)23時01分02秒

「…すまんな。礼はいずれする。30分もかからずに着く。話はそれからにしよう」
電話を切ると、銀香は「話はついた。急げ」とだけ言い、警戒のため再び外へ出た。
まだ他にも、正田の刺客がうろついていないとも限らない。

三輪順二はそんな用心棒を頼もしく思い、自分たちに協力を申し出てくれた石川梨華に
深い感謝の念を抱きつつ「急ごう」と二人の荷物を持った。
その眼に光るのは、涙か、それとも…。


15分後、彼らは代々木にある高層マンションのエントランスに立っていた。
「すげぇ…こんな所に知り合いが?」国男がうめくように言った。
どう見ても4LDK以上はある。代々木という立地からみて、億は下らないはずだ。
「12階だ」銀香はそれだけ言うと、スタスタと先に立ってエレベーターのボタンを押した。

「何をしている?明日のために少しでも睡眠をとるべきだ」
「あ、ああ。おい」三輪が三人を促し、一行はようやく歩き出した。
エレベーターを降りると、銀香は「1206」と表示されたドアのベルを押した。
表札には「KONDO.L」と書かれている。

190 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)23時02分26秒

間もなく開いたドアから「早かったね。どうぞ、お入りなさいな」と笑顔を見せたのは、
三輪と同年代と思しい女性であった。
「すまんなこんな時間に」
銀香が詫びるのを、同行者たちは初めて見た。
相手の女性が「まったくよ。もう寝るとこだったんだからね」と減らず口をたたくところを
みると、どうやら旧知の間柄らしい。まあ、そうでなければ深夜に自分もろとも連れを
泊めてくれ、などと頼んだりしないだろうが。

「申し訳ありません」「お世話になります」「すいません本当に」詫びと礼の入り混じった
挨拶をしつつ入室していく一行を微笑しつつ迎えていた家主だが…
「お邪魔しまぁす」
と一人場違いな挨拶をした少女を見て、その表情は驚愕へと変わった。

191 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)23時02分59秒

「あ…あんた、何で石川梨華と一緒なの?」
「事情があってな。明日いっぱいは護衛を勤めることになっている」
「護衛?…ま、いっか。ちょっと、布団は女のコ二人の分しかないからね。男は居間で
雑魚寝よ」
リーシャ・近藤は、シックながら調度品は一流のそれと分かる居間で立ち尽くす4人に
声をかけた。
「充分です。感謝します」と三輪が頭を下げたのに微笑を返し、リーシャは銀香へ向き
直った。

「ったく、これが2年ぶりに会う妹への手土産なの?」
「不満なら、拳銃を持った輩を呼んでもいいが」
「よして。そういうのはジョーと兄貴だけでたくさん」
「会ったのか?」
「昨日ね。吉澤さんのメイクを頼まれたのよ」
「ほう」
「あんたたち二人とも、モー娘。と絡んでたとはね…」
「余計な詮索は」
「わかってるわよ。関知しないから、勝手に出てってね。おやすみぃ」
リーシャは後ろ手にバイバイをすると、寝室へ消えた。

192 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)23時05分36秒

祥子と梨華は用意された和室で床につき、男二人はそれぞれソファに寝場所を求めた。
といっても、エアコンが効いているうえに夏用のタオルケット付きだ。ADあがりの国男
など、ホテル並に感じるに違いない。
兄からの突然の申し出を受けたリーシャが、ぶつくさ言いながらも押入れから引っ張り
出しておいてくれたのだ。

(できた妹だと感謝すべきかなのかもしれんな)妹が消えたドアを見やり、銀香は木刀を
片手に、三輪のマンションでそうしていたように通路での見張りに立った。
時計は、午前0時を回っていた。




To be continued...
Next time as start for final stage.

See you again and good luck!
193 名前:みっくす 投稿日:2003年06月28日(土)23時08分50秒
大量更新お疲れさまです。

いやー、リアルタイムで読んじゃいました。
次はいよいよ最終章ですね。
楽しみにまってます。
194 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)23時10分33秒
>>162 つみさん
文法的には間違ってると思います。テキトーに意訳してください(w

>>163 みっくすさん
そう!そんな感じです。さすがですね!

この小説も、いよいよ…アイディアも枯渇しましたし、完結したら虚脱状態に
陥りそうですがあとひと踏ん張りがんがります。

では…
195 名前:新人 投稿日:2003年06月28日(土)23時12分35秒
わわっ!
みっくすさん、リアルタイムで読んでいらしたんですか!
さては、27時間テレビがつまらないんですね(w

ご期待に応えられるかどうか不安ですが、がんばりますです。
196 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年06月28日(土)23時38分49秒
作者様
更新お疲れ様です。
仕事に追われながらROMってました。
よっすぃ〜はアメリカにいっちゃうんでしょうか?
いよいよクライマックス!!続きも楽しみです。
197 名前:丈太郎 投稿日:2003年06月29日(日)10時33分33秒
更新お疲れ様です。次章がファイナルなんて…惜しいけど楽しみ。
て、どっちやねん!あと少しだ頑張れ新人さん!
198 名前:コルク 投稿日:2003年06月30日(月)00時09分17秒
どうもコルクです。
次で最後ですか!?かなりショックな感じです。
悲しいけど次も楽しみにしてます。それでは!
199 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)20時56分18秒
『震える将星』

#11 陥穽−1


目覚まし代わりの携帯を止めると、吉澤もすぐに起きてきた。充分な睡眠をとれた顔を
しているばかりか、その表情にはある種の余裕すら漂っていた。勢いよくカーテンを
開いて伸びをする背中にも、プレッシャーや気負いは感じられない。
昨夜のうちに教授から送られてきた誘拐犯と思われる男たちの写真と名前を頭に叩き
込み、腰をあげた。
「少し早いが出かけるぞ。支度しろ」
「うん」
これだけで終わりだ。お互いの行動の全てを了解しているとでもいうように。

200 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)20時57分36秒

タクシーを捕まえ、現場へ向かう間もずっと無言だった。お互い何を考えているかはわ
かっている。
三輪たちは「梨華を無事に帰す」と言っていたが、切札として登場する彼女の、身の
安全が保証されたわけではない。
正田の容疑が俺たちの推理どおりだとすると、奴が武力でそれを隠蔽にかかる可能性
は低くない。
つまり、邪魔者は…。

「なに考えてるの?」
「いや…くだらんことだ」
「ふうん…」
くだらないこと?違う。
昨夜、捕らえた男・藤田が打ち明けた、事実の数々。
彼らが正田に対して通したい正義。

201 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)20時58分08秒

「ええと、ここでいいですかね。そこを曲がれば、工場だと思うんですが」
運転手に言われ我にかえった。注文通り、最後の角の手前で止めてくれたようだ。
「そうすか。じゃここで」
アスファルトを踏みしめた瞬間、全身が妙な感覚で包まれた。不思議そうに俺を見る
には、わからないだろう。廃工場の入口に立つと、それはさらに強くなった。
この肌にまとわり付くむず痒いような感覚は…殺気だ。

「あの車」吉澤が左手に停められたベンツを発見する。そして敷地内の右手には国産の
セダン。見覚えがあった。
「チャリッ」という音をたてて右手の獲物を戦闘態勢に移した俺を見て、吉澤も唇をキッと
結んだ。出撃準備といったところか。だが

202 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)20時59分25秒

「お前はここで待て」
「どして?あたしも行くよ」
「だめだ。正田の護衛が丸腰でここへ来てると思うのか?」
「その警棒、貸してよ。ジョーさんには拳銃があるじゃん」
納得しないのは分かっていた。SPが攻略部隊に変わっているのも、人数が増えている
のも織り込み済みだった。しかし…

「アイドルが踏み込む場面じゃない。ここで大人しくしてろ」
「それって偏見じゃない。人種差別反対」
ふざけてるのか本気なのかいまひとつ掴めないが、納得させるしかない。

203 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)20時59分55秒

「とにかく、連れては行かんぞ」
「強情だなあ。行くって言ってんじゃん」
「ダメって言ってるじゃん」
「ワケぐらい教えてよ!」
ついに切れたか。だが、答えは同じだ。

「理由は自分で考えろ」
「わかんないから訊いてるんでしょ?」
「なら、余計にダメだな」
「ふざけないでよ、ここまで来て!」
言えるかよ、パートナー候補の芽を摘みたくないなんて。
「答えられないの?だったら行くよ。この手で梨華ちゃんを…」
「取り戻す」という宣言と「吉澤、やめな」という右手からの声が重なった。

204 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時01分06秒
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

だしぬけに鳴った携帯に「誰よこんな時間に」と文句を言いつつ津村涼子は応答した。
「はい津村ぁ。はふ・・・」
欠伸が出るのも無理はない。昨夜は市野を飲みに誘っていろいろと聞き出したが、敵に
酔いが回らず自分も付き合ってかなりの量を飲んでしまい、解散した時間も遅かった。
しかし次の瞬間、耳へ飛び込んできた内容に眠気と二日酔いは霧散した。

「正田が消えました」

不穏な動きを感知してマークに付けた部下であった。
6時前に一人で出かけた正田を車で追ったものの、念のため間に入れた一台が首都高
の料金所でエンストし、先に通過した正田の車を見失ったと、部下は報告した。

205 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時01分53秒

(しまった)昨夜、ジョーが漏らした意味ありげな一言。
「そっちにも大いに関係あるかもしれん」
おそらく、料金所でエンストしたのはSPの車だろう。尾行を察知して、2台の引き離し
工作を行ったのだ。

「わかったわ。正田の足取りは私の方で何とかする。あなたは礼状を取ってちょうだい」
「こんな時間に!?それに土曜ですよ今日」
「それ、本気で言ってるなら、月曜に辞表を出して。とにかく急いで!」
電話を切ると、昨夜と同じ番号をプッシュした。

「・・・・・・・・・・・・・・・何で出ないのよ!」
何てこと!この私が、相手に裏をかかれたですって!?おまけに高科君も電話に出ないな
んて。
「・・・そうだ。逢坂君!」
親指の爪を噛んで脳内のインデックス・ページをめくっていたらしい彼女は、かつての同
僚に約半年ぶりの電話をかけた。

206 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時02分30秒
『震える将星』

#11 陥穽−2


「吉澤、やめな」
「保田さん!?」
「だめだよ、よっすぃー」
「ごっちゃん…」
俺たちが曲がった角に立ち、殺気が渦巻く敷地内へと今まさに乗りこまんとする吉澤を
止めた、先輩と親友。黄金時代を彩るプッチモニの二人。
保田と後藤は、ゆっくり歩み寄ってきた。その足元には
「ゼン・・・」

「そっから先は、あたしたちが入っちゃいけない領域だよ」
保田の表情は厳しいものだった。
「いくら吉澤ひとみでも、ダメなものはダメなの。わからないアンタじゃないでしょ」
その身に迫った危険を、自力で排除できない吉澤が邪魔になると理解しているのだ。
「そうだよ。ここはジョーさんと、ゼンに任せよう」
後藤がチラリと俺の顔を見たあと、ゼンに笑顔を向けた。

207 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時03分12秒

「ゼン…来たのか」
「ずこかったんだから、4時にあたしとやぐっつぁんを起こすんだよ『連れてけー』って。
眠いのにさぁ」
後藤が本気で不満そうな声を出した。
聞けば前夜にも外へ出ようとして、必死の矢口がどうにか止めたらしい。それで諦めた
と思いきや、無視して眠る矢口と後藤のパジャマを引っ張って起こすと、外へ出せと猛
アピールしたのだそうだ。

「さっき教授に診てもらったんだ。血は完全に止まってるし、体力も問題ないだろうって。
凄い回復力だって驚いてた。『わしゃ人間専門じゃ』って怒られちゃったよ」
「そうか…」
ぶつくさ言いながら聴診器を持ち出すパジャマ姿の教授が浮かびかけたが、いまは
和んでいるときじゃない。

208 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時04分48秒

「よっすぃー、待とうよ。あたしも我慢する。みんな同じ気持ちだよ」後藤の口調は穏や
かだったが、危険をいとわない親友を叱っているようにも聞こえた。
それきり、四人とも口をつぐんだ。結論を出すのは、吉澤以外の誰でもありえなかった。

「・・・・・・・・・わかった。待ってる」
やっと折れたか。
「約束して。梨華ちゃんと二人、無事でここに戻ってくるって」
「わかった」
「絶対だよ」
「信じられんというのか?ならパートナーの話はなしだ」
言いながら旧湯来工業の入口を向いた。僅かな風にまぎれ、殺気が運ばれてくる。

209 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時05分27秒

「終わったら連絡する。祝杯の用意をしとけ」
「待って。裕ちゃんからの伝言」
保田が踏み出そうとした脚を止めるように言った。

「石川と二人、必ず無事に帰ってくること。以上」
吉澤と同じだ。この二人、精神構造は似ているらしい。
片手を上げて歩き出した。

背中に感じる三人の視線を手土産に廃工場へと歩を進める間にも、徐々に肌の痛痒感
が強くなってきた。
後に続くゼンも、警戒心を表に出している。
敷地内へ入ってすぐの建物はかつて事務棟だったらしいが、窓から中が空っぽなのが
見えたので無視した。これだけ窓があっては、隠れての奇襲もできまい。

210 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時06分46秒

問題は、奥へと続く敷地内道路に直角に建つ作業棟だ。全部で3つある。
三輪兄妹と石川が本陣を構えるとしたら、一番奥よりも真ん中か手前だろう。
もし正田の刺客に襲ってきたとき、奥ほど逃げ場がない。
そう踏んで手前に入ろうとした。ふと見ると、ゼンが鼻を地面につけ辺りを嗅ぎまわりは
じめていた。

…やはり、いる。虎穴に入らずんば虎児を得ずか。
慎重に気配をうかがい、一歩足を踏み入れた瞬間、左手から殺気が吹きつけた。
反射的に床へダイブした。
「ゴッ」と鈍い音を立てて木刀をコンクリートへ叩きつけたのは紛れもなく、パーティーで
周囲をガードしていた正田のSPだった。

211 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時07分54秒
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

偵察に出ていた国男が報告を終えると、袴田=三輪順二はその顔にこれまでには決
して見せなかった色を浮かべた。
苦悩と、若干ではあるが恐怖がブレンドされた表情は、これから想起するに違いない
事態を、正面から受け止める危険の計算中に違いない。
そして、答えは甚だ不利だ。
正田がSPを送り込んで来るのは予想していたが、倍に増員されているとは。
いかに銀香といえど、散開して襲いかかるに違いない4人をも撃退できるだろうか?

212 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時08分51秒

「あのー」奥から梨華が出てきた。
「どうした?」
「あたしにも何かできることないですか?」
「今のところは。心の準備だけしておいてくれればいい」
「でも…」梨華はすまなそうな顔で俯いている。廃工場へ着いて以来、祥子は別として、
銀香は木刀を片手に「私一人で十分だ」と言い残してその場を離れ、三輪を除く二人の
男もそれぞれ偵察に出て、緊迫した空気が満ちていた。
こうなると、自分もジッとしていられないのが彼女である。

213 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時09分38秒

「正田がこの場へ現れたら勇気を出してほしい。それだけ頼んでおくよ」
「はい。覚悟はできてます」
「すまないね」
「もう、そんな謝まんないでくださいよー。石川、頑張りますから」
「わかった。いいかい、何が起きても呼ぶまで出てきちゃダメだよ?」
梨華は素直に頷き、再び奥へと消えた。
(誘拐までした俺たちに…いい娘だな本当に)三輪は視線を宙へ泳がせながら、事情を
理解したうえでとはいえ、憎むべき自分たちに力を貸してくれる彼女に感謝していた。

214 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時10分20秒
『震える将星』

#11 陥穽−3


保田と後藤は、もと来た道を戻り始めていた。
吉澤は「行くよ」という保田の声にも微動だにせず敷地内を見つめていた。
何度よびかけても反応を示さない吉澤を、しぶしぶながらその場に残したのである。

(あんな強情な吉澤、はじめてだな…)保田は、ジョーと言い争っていた吉澤を目にして
驚きを隠せなかった。性格が穏やかでないのは確かだが、納得の行かない結論に至っ
ても自分の中でそれを消化しようとするのが、吉澤ひとみだ。
お笑い担当の裏に潜む、意外に細やかで、一歩引き下がる姿勢。考えようによっては
損かもしれなかったが、それが変わり始めていた。

215 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時10分52秒

角を曲がると、二人をここまで送ってきてくれた人が待っていた。足元には吸殻が二つ。
「裕ちゃん、あれでよかった?」保田は(自分が行けばいいのに)と思いながら、中澤に
問いかけた。
「吉澤はあたしが見てるわ。アンタらは仕事へ行きぃな」
「うん…でも」保田は何となく釈然としない。
「大丈夫だよ圭ちゃん。裕ちゃん、よっすぃーをお願いねっ」
「人が動き始めたら大変やで。見つからんうちに早よう」
「うん。終わったら知らせてね」

216 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時11分34秒

後藤は小さく手を振ると、保田の手を引いて歩き出した。
「ちょっと、ごっつぁん?」
抗議の声を上げる保田に構わず、ずんずんと離れていく。
「やっぱ変だよ、裕ちゃんも、ごっつぁんも」
「そんなことないよぉ。圭ちゃんマジでわかんないの?」
まったく、メンバーの悩みにはすぐ気付くくせに、こういうことになると鈍いんだなあ圭ち
ゃんは。でもそこがいいんだよねまた。
後藤は微笑を浮かべつつ、来るときとは段違いの足取りの軽さで去っていった。

217 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時12分29秒
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

鈍い音と共に床に木刀を食い込ませたのも一瞬、右八双に構えて静止したのは、あの
パーティーで正田をガードしていたSPの一人だった。
「何のつもりだ」正面で相手の眼を見据え、低く抑揚の無い声で言い放った。
これは戦闘態勢にあるときの癖である。

自分が放つ殺気を、尋常ではない、これもまた殺気ではね返した俺を見て、SPは固い
声で「ボスから、侵入する奴はすべて排除せよと言われている」と言った。
それなら話は早い。警棒をゆっくり青眼に構えた。馬鹿め。この程度の心理戦で遅れを
とる奴に、ハンターの相手が務まるとでも思ってやがるのか。

「来い」
返事はなく、男は構えを保ったまま突進した。上半身に揺れがまるで見られない、かな
りの修練を積んでいると見える動きだった。しかし…

218 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時13分40秒

「!」
1mまで近づいたところで標的がいきなり左へ倒れたのには対処できなかったようだ。
俺は受身をとりつつ半回転し、脹脛の部分に躓いてその体制を崩したと見るや、0.5秒
で立ちあがりその背に後ろ回し蹴りをかました。
バランスをさらに崩されて床へ転がった男が仰向けになってはね起きようとした時には、
その喉元に警棒の切先を突きつけていた。

「悪いが、雑魚にかまっている暇はない」
ぼんのくぼの急所をひと突きして意識を奪い、さらに奥へ進もうときびすをかえした俺に
声がかかった。
「伏せろ」
「!!」
その場へ伏せるのと銃声は同時にした。左手の物陰まで転がり、2発めの銃声をやり
過ごして体制を立て直すと、通路を挟んだ反対側に同じく空コンテナの陰に身を隠す元
ハンターと眼が合った。

219 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時14分37秒

「まさか敵に助けられるとはな」
「心外だ。敵に回った覚えはないが」
銀香は無表情を崩さず言った。そんなことわかってるわい。けど、仲間とか言いにくい
じゃんか。
この状況を打開するには心強いが、態勢は不利だ。弾が飛んできた方向こそはっきり
しているものの、発砲した野郎が同じ場所で息を潜めているわけがない。
おそらくは、俺たちのどちらが飛び出しても有利に狙いをつけられる位置へと移動して
いるはずだ。
いやそもそも、弾が飛来した方向が同じだからといって、一人なのかどうか。

220 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時16分14秒

「ハッハッハッ…」そうか、ゼンがいた。俺の突拍子もない動きにちゃんと反応し、この
状況にも傍らに悠然と寝そべっている、漆黒の相棒。
「っしゃ」腰をあげた飼主に、ゼンは前足だけを立てることで反応した。
俺はゼンの目の前で人差し指を一本立て、ゆっくりとコンテナの上を指差した。ついで
指笛を吹く真似をし、左掌に右拳をパン、と打ちつける。
ゼンの荒い息が、徐々に収まっていった。アドレナリンの分泌が始まり、戦闘態勢を
整えてきた証拠である。こういうのは久し振りだ。

SIGの安全装置解除と初弾の装填を確かめる横で、ゼンはコンテナの僅かな段差を
足がかりに駆け上がっていった。いつでもGOサインを出せる。
通路を挟んだ反対側で気配を絶っている男へ、淡々と声をかけた。
「囮は引きうけた。早いとこ始末してくれや」

「承知した」という返事を待たずに通路の中央めがけて跳躍した。
ほぼ同時に、再び銃声が轟いた。



To be continued...

See you again and good luck!
221 名前:つみ 投稿日:2003年07月01日(火)21時18分36秒
佳境っすね〜
222 名前:新人 投稿日:2003年07月01日(火)21時18分49秒
作者です。今夜の更新を終ります。

CXの27時間テレビ、きょう早送りしながらチェックしたのですが、娘。たちが
画面に映っていた時間の少ないこと…。この小説並でしたね。
明治座の千秋楽に鶴を折らせてまで出演する意味、あったのでしょうか。

では皆さん、また次回の更新で
223 名前:つみ 投稿日:2003年07月01日(火)21時21分12秒
27時間テレビ<<<<この小説
224 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月01日(火)21時23分50秒
更新お疲れさまです。つみさん、レス早過ぎ!って俺もか。

27時間テレビ、同感です。夜中は石川がいい壊れ具合で、よっすぃーも楽しそうだったから面白いとこもあったけど…。

次も楽しみに待ってます!
225 名前:みっくす 投稿日:2003年07月01日(火)22時30分47秒
更新おつかれです。
いよいよ対決ですね。
続き楽しみにしてます。
226 名前:新人 投稿日:2003年07月02日(水)22時09分08秒
作者です。更新ではないのですが、皆様の書き込みに感謝の念を抱きつつレスさせて
いただきますです。

>>196
ななしのよっすぃ〜さん
お忙しいのにHPの更新、ありがとうございます。こんなに長くなっちゃってすいません。
登場人物たちが勝手に動くものですから…。

>>197,224
丈太郎さん
この間、ある作家さんのHPで名前をお見かけして、びっくりしました。
読んでらしたんですね…。あのシリーズを読んでいたとなると、私の小説なんて
子供騙しみたいなものと思いますが、いつもレスありがとうです。
ところで、あの小節の完結編はサブタイが「矢口死す(仮題)」…ショッキングな
一編になりそうですよね。

>>198
コルクさん
ショックだなんて大げさな…ラストがご期待に応えられるものかどうか
自信ありませんが、がんがりますので今後ともご指導・ご鞭撻のほどm(_ _)m

>>221,223
つみさん
昨夜は更新したあとすぐに回線を切ってしまったのでレスできませんでした。
いつもありがとうございます。丈太郎さんも書いてますが、ほとんど銀香の
太刀筋なみの早さですね。嬉しいです。27時間テレビより上(?)の評価を
いただいて光栄です。

>>225
みっくすさん
ここへ来る前にHP見てきました。小説館の更新ありがとうございます。対決シーンでは
大小織り交ぜて仕掛を用意してあります。お気に召すと良いのですが…。


今週の更新は、明日か土曜になるかと思います。しばしお待ちを…。
では。


227 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)22時52分14秒
『震える将星』

#11 陥穽−4


工場内からの銃声に、足元のアスファルトに向けていた視線を敷地内へ戻した。すぐに
もう一発…まさか今のは?
すぐにでも飛び込める態勢にはあったが、吉澤はそれでも、踏み出しかけた脚を懸命に
その場へ留めた。

あの人は「ここで待て」と言った。梨華ちゃんと二人で、無事に戻ると約束した。
あたしは信じることにしたんだ。ただ二人の笑顔を待ってればいい。

吉澤は眼を閉じ、二人が戻ったあとに待つ歓涙のときを想像しようとした。
しかし、浮かんで来るのは3日間を共に行動したバウンティ・ハンターが作って見せた、
初めて経験する空間。
228 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)22時53分31秒
そして、数発の銃弾に全身を朱に染めながら、石川梨華を求めて進もうとする壮絶な
姿であった。
「あたし、何を考えてるんだろうこんなときに」我知らず呟いたその耳に、聞こえてはなら
ない音が届いた。

パン
パン
パン
パン

4発続いた銃声は、僅かに残っていた彼女自身の行動抑止力を決壊させようとしてい
た。しかし…
「待ちいな」
耳慣れた京都弁が、その足を止めた。
229 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)22時55分14秒

「中澤さん…」
「覚悟はできてるんやろね」
「覚悟…?」
「そや。たとえ無事に戻れても、また皆と一緒に笑えるかどうか、のやな」
覚悟という単語に込められる意味。それは、吉澤が今朝から何度もその脳裏に浮かべ
そして振り払ってきたことであった。

「あたしかて、耐えとるんよ」
中澤は自嘲気味に言った。
「警察に任せた方がええんちゃうんか。アンタが命の危険を犯してまで行く事ない。
プライドを通すためだけになんてアホちゃうの?…多分、そう言って引っ叩いとったわ、
顔見たらな」
「中澤さん…」
「それでも「行く」言うたら、アタシもついて行ったかもわからん。けどな、それは私らの
することやない。圭も言うてたやろ」

230 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)22時58分34秒

中澤はそこで言葉を切り、反応をうかがった。
吉澤は、僅かに下を向いて逡巡しているように見えた。
拳銃の発射音が響く場内に飛び込むということは、少なくともこれまでの自分との決別
を意味する。
硝煙たなびく最中へ身を投じた後、果たして自分がどうなってしまうのか。

だがそれは、先々のことを考えて一歩引いてしまう自分を棄てるためには、必要な経験
でもあった。
顔をあげて再び、尊敬するかつてのリーダーを見つめ返した瞳には、決意だけが輝き
を放っていた。

「…そうか。強くなったな」
「すいません」
「謝らんでええよ。行かん言うたら、殴ってた」
「えっ?」
眼と眼で会話をかわし、背を向けた吉澤を「二人のこと、頼んだで」という中澤の言葉が
見送った。

231 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時00分37秒


俺は通路の反対側めがけて転がりつつ、SIGを4連射した。
狙いを定めたわけではない。態勢的に有利な敵をかく乱し、ゼンと銀香に余裕を与えら
れればそれでいい。
反撃が無かったところをみると、盲滅法の乱射もそれなりに効果があったようだ。遮蔽
物に身を寄せて態勢を立てなおすと同時に、ゼンに合図の指笛を吹こうとした。

「ガァーッ!」
号令は必要無かった。まるで俺の行動を予測していたとでも言うように、ゼンはSPの
頭上を跳躍し、反撃の拳銃を向けんとしていたその腕に牙を食い込ませた。
「うおっ」「ウゥーっ」
もつれあう二者の右手から、滑るように接近して行く影があった。それを見留めたゼン
がサッと離れる。

232 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時03分48秒

SPが「ぎゃっ」という声をあげて崩れ落ちるのを待たずに、俺は歩み寄って行った。
「なかなかやるな」先に口を開いたのは銀香だった。
「どっちのこった」
「両方だ」
先にゼンを見たのがイマイチ気に入らんが、一撃で急所を突く手練の男にコンビネーシ
ョンを誉められて悪い気はしない。

「あと何人だ」奥へと進みながら訊いた。ゼンは「ビハインド」の命令を待つまでもなく、
後ろを付いて来ている。
「君とあわせて三人倒した。昨夜にも一人。あの車は五人乗りだ」
「昨夜?」正田め、先制攻撃に失敗したな。夜にこの男と渡り合うには、フル装備の
一個小隊で見合うかどうかだってのに。
銀香の言葉が真実だとすると、あと一人、何処かに潜んでる可能性がある。
「三輪たちは?」
「次の作業棟だ」
予想どおりだ。二つの建物をつなぐ渡り廊下の前で左右に放った殺気への反応が無い
ところをみると、正田と残るSPもこの先だろう。

233 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時06分57秒

ゼンが警戒心を露にしていないのを確かめ、先へと進んだ。
建物へ入ってすぐのホールを、先行する銀香が左へ折れた。この先に三輪たちと石川
がいるらしい。
「石川梨華の安全は確保できているのか?」
「鍵のかかる部屋に待機している。無理に開けようとしても、その間に私が駆けつけ
られる強度だ」
ドアと鍵の両方を意味すると、俺は判断した。

「それなら少しは…」
余裕があるな、と続けようとしたが、口をつぐまざるをえなかった。
銀香も同じく止まっていた。
空耳じゃない。

奥から聞こえてきたのは、祥子のものらしい悲鳴と、三輪たち男3人のうちの誰かが
発したものと思しい苦鳴であった。

234 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時08分32秒

『震える将星』

#11 陥穽−5


津村涼子は、いまも警視庁捜査1課に勤務する元同僚・逢坂刑事から連絡を受け、車
を飛ばしていた。
「東北沢の廃工場から銃声が聞こえた」という通報が、所轄にあがったというのだ。
他にも情報はもたらされていたが、タイミング的にみて最も怪しいと睨んだのである。

さらに、パーティーで高科は何も言わなかったが、ここ二、三日のうちに正田のSPたち
の上半身を包む上着が、不自然な形に歪んでいるのを涼子は見逃さなかった。
携帯に着信があった。ボタンをひと押しすると、車内に設置されたハンズフリー・スピー
カーから逢坂刑事の声が呼びかけてきた。

235 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時10分12秒

『さっきの工場から、今度は連続発射音だそうだ。間違いないだろう』
「そう。どうするのチームとしては」
『一度なら空耳と笑えるが、二度目が4発ときちゃあな。この時間だが、動かせる奴を
集める』
「わかったわ。高科君のことだから心配ないと思うけど、なるべく急いで」

お前は手を出すな、と釘を差す電話を切り、ひとつため息をついた。
あらゆる可能性を瞬時にフィルターにかけ、正しいと思われるものを選択する彼女の
刑事時代からの癖は、ここでも活きていたのである。

拳銃の連続発射は、強行突入時の高科の常套手段だった。相手に一瞬の躊躇と恐怖
を誘発し、こちらの有利な態勢を保ったまま飛び込める。そう譲らない高科だったが、
おかげで彼らのチームは弾丸消費量が他の三倍という実績をつくりあげ、上司は渋面
を作っていたものである。


236 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時10分52秒

それでも逢坂・高科・津村の3人がとてつもなく強力で、難しく手荒な事件ほどその力を
発揮していたから、査問委員会にかけられずに済んでいたのだ。
高科穣也はもと同僚だったが、逢坂鷹司とともに彼女を一人前の刑事にしてくれた師匠
でもあった。生意気な口を叩く後輩女性刑事の意見を、無下に却下することなく聞いて
くれた兄貴分。
「せやぁっ!」と気合を放ち突入する背中を、妹のためにも怪我しないでと願い見送っ
た事が、何度あったことだろう。

「防弾チョッキは無いんだからね」無理をしたら怪我では済まない。
赤信号が変わるのを待たず、元捜査一課の腕利きである女性検事は、深くアクセルを
踏み込んだ。

237 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時11分32秒

吉澤は事務所棟の脇に転がっていた角材を拾うと、いつでもそれを振れるよう構えつつ
歩を進めた。この状況でも、工場に巣を作った鳥の雛がさえずる声を関知可能なほど、
その感覚は研ぎ澄まされていた。
ハンターたるもの、あらゆる危険の可能性を、常に頭に置いておかなくてはならない。
彼女はジョーの教えを確実に身につけていた。

工場の一つだったらしい次の建物に入ったとき、床に伸びる男を見て身を固くしたもの
の、スーツ姿であることに胸を撫で下ろした。
(そうだよ。あの人がやられるわけない)再び前進を開始した吉澤の耳に、人の声らしき
音が微かな風に運ばれてきた。

(まさか…梨華ちゃん!)
心の中で叫ぶや、ダッシュをかけた。もう一刻の猶予もならない。味方についた銀香と
ともに先を行くジョーとゼンが、いまの声を無事にその耳にしたと知る術のない彼女が
過剰に反応するのは、無理もなかった。

238 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時12分08秒


疾走に移った俺と銀香の脇を、ゼンが追い越して行った。四足歩行であり、筋肉の塊
の彼に敵うはずはないが、その後姿を並んで追う銀香が自分並の走力であることに
安堵した。俺はとことん器が小さいらしい。
最悪の修羅場には間に合ったようだ。
陽光が漏れる壁の切れ目から室内へ飛び込んだ俺たちが眼にしたのは…

左肩の負傷をカバーしようとしている、誘拐犯の一人。確か国男とか言ったか。
その上半身と傷口をハンカチで支えつつ、憤怒と悲哀をその顔に浮かべる女、祥子。
場違いなほどの無表情でねめつける、三輪順二。
そして、その対象となっている、脇腹をおさえ荒い息をついている正田であった。

239 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時17分07秒

正田の至近には、低い唸り声とともに牙を剥くゼンの姿。少し離れた床には、僅かに
血をこびりつかせたナイフが転がっていた。
察するに、血迷った正田が三輪たちの隙をついて襲いかかったらしい。正田との格闘戦
に陥り傷を負った国男を、ゼンが救ったのだ。
頭部の負傷をかばいもせず、全力で正田に体当たりしたのだろう。いつもは忠犬のくせ
に、こういうときだけ飼主の想像を超える働きをするのが、ゼンという犬だ。

「ほう」
銀香が洩らした感嘆の声は、警戒網を突破して攻撃にこぎつけた正田に対してか。
それとも俺の号令がない為に第二撃を控えているゼンに対してのものだろうか。ま、
ゼンには昨日の前科があるがな。

240 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時18分17秒

「いい加減にしろよ、正田さん」
こちらをチラと見、三輪が口を開いた。
「兄貴を殺しただけじゃ物足りないのか、この悪党が」
吐き棄てるように言う順二に、祥子が加勢した。

「あんちゃんは、お酒なんか飲めない人だった。あの日、『話をつけてくる』って言って
出掛けたあんちゃんが、泥酔して事故に遭うなんて想像もできなかったよ。アンタを知る
まではね」
祥子の声は爆発寸前だ。
それを聞いた正田は血相を変えた。
「ば、馬鹿を言うな。あれは事故で片がついているはずだ。それに、俺はあの日、会議
で夜遅くまで会社に詰めていたんだ。三輪の事故には関係ない!」

俺の脳裏には、藤田から聞き出した真相が甦ってきていた。





To be continued...

See you again and good luck!
241 名前:新人 投稿日:2003年07月03日(木)23時19分41秒
作者です。

仕事で遅くなってしまったので、最終チェックが済んだ分だけ更新しました。
といっても、誤字や脱字があると思われます。
どうか御容赦を…。
242 名前:つみ 投稿日:2003年07月04日(金)00時06分02秒
ああ・・よっすぃ〜が・・・
243 名前:みっくす 投稿日:2003年07月04日(金)05時04分40秒
更新&お仕事遅くまでご苦労様です。
いよいよ真相が明らかになりますね。
梨華ちゃんの出番はあるのかな?
続き楽しみにまってます。
244 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月04日(金)13時20分27秒
更新お疲れ様です!
スピード感があって読む方も緊張しちゃう展開ですね。
よっすぃーが突入しちゃって、作者さんが言う「仕掛け」が気になります。
245 名前:コルク 投稿日:2003年07月04日(金)22時03分05秒
どうもコルクです。
更新お疲れ様です。
よっすぃ〜いちゃったようなのでちょっと心配です。
次の更新も楽しみにしています。それでは!
246 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)05時56分09秒
おはようございます。作者です。

みなさん、書き込みありがとうございます。
今夜、できたら更新したいと思っています。
あと3回ぐらいで完結の予定ですので、宜しくお願い致します。
247 名前:つみ 投稿日:2003年07月06日(日)08時45分43秒
地味に待ってます!!
248 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時47分08秒
こんばんは。作者です。

今朝は3回と申し上げましたが、「2回」でした、量的に…。
お別れも近づいて来たので、製作秘話(?)を。

きっかけは、古本屋で手にとった一冊の文庫本でした。
作者は赤川次郎氏。「殺人はそよ風のように」というタイトルの作品でした。
氏の作品は「三毛猫ホームズ」ぐらいしか読んでいないのですが、ともすれば
重くなる内容が軽妙なタッチで描かれるのは皆さんもご存知の通りです。
「殺人は−−」も、そんな赤川氏の魅力全開で、殺人を目撃してしまった主人公と
故人の関係者である現役トップ・アイドルが事件を解決に導く物語…そんな感じ
です。
以前から「娘。小説」を書いてみたいと思っていた私は、これをモチーフにあらす
じを考えました。といっても、内容は完全オリジナルです。男視点の小説はどこか
現実味に乏しく、面白いとは感じても感情移入できない(例外は「えいじ」君と
中澤姉さんの物語ぐらい)と思っていたので、まず書き手の自分がそうなろうと
考え、傍観者の観点を残しつつ主人公に語らせてみました。
「殺人は−−」のラスト・シーンで、主人公とヒロインが軽〜いキスをかわすの
ですが、これがとても印象深くて、まず最初にラスト・シーンを思いつきました。
吉澤をヒロインに選んだのは、単純にメンバーの中で一番好きだから。ただし、
基本的に娘。自体のファンなので、他のメンバーにも活躍の場を用意したつもり
です。
レスをいただいた皆様には、本当に勇気づけられました。小説を通しての交流も
残り僅かとなってしまいましたが、感謝の気持ちでいっぱいです。
どうか、最後までお付き合いを…。
249 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時48分38秒

『震える将星』

#11 陥穽−6


三輪行雄は長い雌伏のときを経て、映画監督としてその才能を開花させんとしていた。
もともと高かった資質が作品に宿った彼の映画は、業界人の賞賛を集めた。
ただ唯一、残念であったのは、彼の監督作品が業界内外で高い評価を受けながらも、
興行的には失敗に終わったことだった。
玄人受けする作品は作れても、巷で話題となるものは撮れない。市場でそう評価され
たものか、処女作以後は一件のオファーも届かず、彼が持ち込む企画と脚本はことご
とく業界に拒絶され続けていた。

250 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時49分23秒

彼は悩んだ。映画の興行成績が良くなかったのは事実だ。自分のみならず出資者も、
負債を抱え込んでしまった。
しかし、とある映画コンクールの表彰式に出席したとき、彼は自分を支援してくれる様々
な声を耳にしていた。中には、すぐにでも具体的に動き出せるという話もあった。
それらの全てが真実だったとは思わないが、こうもあからさまに締め出しを食らうとは、
考えもしなかったのである。
それでも三輪は、諦めずに脚本を書き続け、企画を持ち込み続けていた。

ところがある日、彼の耳にとんでもない話が飛び込んできた。

251 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時50分16秒

「三輪の作ったものには、一切の関与を禁じる」

業界内にそう通達を出していたのは、資金援助を申し出ていたはずの正田だったのだ。
それを聞きつけた三輪は独自に調査を開始し、正田の妨害が真実であることと、かつて
「こんなもの商業映画になんてなりゃしない」と一笑に伏された脚本を、正田が自分の
ものとして上梓しようとしている事実を掴んだのである。

それだけではなかった。正田は自ら映画人を標榜していたが、祖父と実父から譲り受け
た業界内での実力を誇示し続けるためには、犯罪も厭わない男だった。
不正に得た会社の金を流用して映画を作り、ぬかりない隠蔽工作で事実をひた隠し続
けていたのである。私腹を肥やすにもほどがあるというものだ。
自分だけではない大問題に直面した三輪は、事故に遭った日、周囲に「話をつける」と
言い残して出掛けて行った。その後姿は、怒りよりも正義感に満ちていたという。

252 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時51分50秒

いま、事件の根幹となったとある映画監督の事故死に隠された深謀が、白日のもとに
さらされようとしていた。
「俺も信じられなかったが警察も事故死で矛盾しないって断定したし、諦めるしかなか
った」三輪順二は、当時の断腸の思いを今でも忘れていないだろう。

「あたりまえだ。俺は何の関係もないんだからな」あくまで否定を貫く正田の声が掠れ
かけている。
「最初はそう思ったよ。葬式にも来てくれたし、『何かあったら力になる』と言ってくれた
もんな。それは間違ってた。いや、そう気づかされたんだ。ある人から、横領・脱税・妨
害工作…あんたが今までしてきたことの全てを聞いたときに」

若造の戯言と軽くあしらおうとしていた正田の顔から、余裕がなくなっていった。
「それは…誰だ?誰なんだ!」
「私ですよ」
「哲哉さん!?」
祥子の驚愕に迎えられ、渦中の人物が俺たちのちょうど向かいにあたる出入口から
姿を現した。
革靴の音を響かせつつ歩み寄ってきたのは、市野哲哉であった。

253 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時52分44秒
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

声のする方へ進んで行くと、そこだけ光が漏れる壁際に、存在を隠匿しながら中を覗き
うかがう男の後姿があった。
背格好と衣服からして、ジョーや銀香ではない。というよりも、見覚えがあった。
(SPだ)吉澤は息を殺し、足音を忍ばせて接近を再開した。

SPがうかがう室内からは、追い詰められた男の裏返りかけた声と、追いこんでいく声
とが交互に聞こえていた。

254 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時54分10秒

「市野!貴様、裏切るのか」
「裏切る?あなたに騙されて警察にアリバイ証言をしてしまったことを言っているのなら
それこそ、私の順二君と祥子への裏切りかもしれません」
「何を馬鹿な。お、俺はあの晩、皆と会議に出席していたじゃないか」
「確かに。『具合が悪い』と席を外した時間を除いてはそうでしたね。正田さん、会議室
の時計が一時間進んでいたのを思い出すまで、私も信じていました」

市野は淡々と上司を追い詰めていた。意外にも肝がすわっている。
正田の顔が急速にその色を失っていった。握り締められた拳が、僅かに震え始めてい
るのに、俺と銀香以外の人間は気づいていただろうか。

「市野さん、どうしてここへ」三輪が当然の疑問を口にした。
「上司の背任行為を告発した者として、見届けなければならないと思ったんだ」
市野は、既に『元』になりかけている上司に、死刑宣告をしにやって来たのだ。

255 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時55分24秒

「あなたと三輪さんが会っていた店のバーテンが、証言してくれました。三輪さんには
強い酒を出し、自分には水割りとみせかけた烏龍茶を出してくれと頼んだそうですね。
最初からそのつもりだったんですか?」その=殺す、と俺は解釈した。
市野は昨夜、その店が看板になるのを待って話を聞いたのだという。口の堅いバーテン
だったが、市野は熱意で押し切ったのだ。
「逃げられないのは、わかっているはずです。いずれ会社に対する犯罪も明るみになる
でしょう」
「…」正田は無言だった。観念したか…
いや、違う。俺は今までに、これと似た流れが殺意の狂奔へと変わって行くのを何度か
経験している。
これは危険な沈黙だ。SIGを抜こうとしたとき、背後で怒声があがった。

256 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時56分09秒


あと3m。SPは会話に耳を奪われ、接近を続ける吉澤に気づいていない。
しかしその右手が懐へ滑り込むのを見て、一刻の猶予もならないことを吉澤は悟った。
再び姿を現したその手に何が握られ、その標的となるのが何であるのか。
答えを出す前に、突進していた。

「このやろーっ!」
絶叫と共に振り下ろした角材は、狙い違わず後頭部へ叩きつけられた。
「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げて床へ転がるSPの首筋へ、今度は角材の断面を打ちつけ
た。
非力な彼女でも、獲物の自重を利用すれば、ジョーの手刀と同等の威力を発揮する。
意識を奪ったSPの拳銃を蹴り飛ばしてひと睨みすると、吉澤はジョーへ駆け寄った。

257 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)19時57分46秒
『震える将星』

#11 陥穽−7


「・・のやろーっ!」
「ぐぇっ」
背中を打った怒声と苦鳴に振り向くと、吉澤が「ジョーさん!」と叫びつつ走り込んで
きた。このバカ!いくらなんでも…
「どうして来た」当然、厳しい顔で出迎えた。
「だって…」
「約束したはずだ」
ただ「破った」では済まない。こんな修羅場へ素人が身を投じるなど、アイドルでなくても
狂気の沙汰だ。
背後の正田や三輪たちは、考えもしなかった人物の乱入に言葉を失っていた。

258 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時01分05秒

「…危なかったよ、いまのやつ拳銃持ってた」
「そういう問題じゃねえ」
頬を張ろうと振り上げた掌を、銀香が止めた。
「何しやがる。止めるな」
「やめたまえ。彼女は称えられるべき勇気を、君のために発揮した」
振りほどこうと力を入れても、びくともしない。俺より10キロは軽いくせに、何てえ力だ。
「怒りを向ける相手が違うのではないかね」
「わかったから放せ」
ようやく解放された手首をさすりさすり眼をやると、吉澤は俺たちなど見ちゃいなかった。
その視線の先には…

259 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時02分01秒

「傷害、いや殺人未遂に教唆か。5年以上だな。いや兄貴の分もあわせると15年」
「殺すつもりなどなかった。三輪があんまりしつこく謝罪と自首を言うもんだから、ちょっ
とこらしめてやろうと思ったんだ」殺意を認めた。かなり危い。
「それだけで酔った相手を道路へ突き飛ばすのか」
「ほんの少し強く押しただけだ」

危惧を裏付けるように、激昂してもおかしくない会話が妙に静かだ。
「…そいつを、この人の前でもう一度言ってみろ。…おい」
怒りに赤く染まった顔で、三輪順二が背後に声をかけた。
奥から、稲生とともに一人の少女が姿を現した。

260 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時02分36秒

「梨華ちゃん!」
吉澤の絶叫が響く。駆け寄って抱きしめたいだろうに、それを自制したのは大した精神
力だ。
「よっすぃー、心配かけてごめんね。このとおり、元気だから」
微笑む石川の顔に、翳が宿っていた。彼女も事実を知らされているらしい。

「悪いのはこの男なの!三輪さんたちは…私に協力してほしくて、でも会う機会なんて
あるわけなくて…。だからあの日、部屋へ来たの。私、すっごくよくしてもらったんだよ。
誘拐なんて嘘だと思った。みんな優しかったよ。だから…」
石川の言うことは本当だろう。切り札としていた三輪たちは、形として誘拐することにな
ってしまった彼女に、必要以上の気を使ったはずだ。

261 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時04分31秒

「梨華…」
正田の声はほとんど苦鳴に等しかった。
梨華?違和感を感じた俺は、思わず銀香を見た。すまん、無駄だった。

「さあ、言ってみろ。誓ってみろよ。石川梨華の目の前で『俺は悪くない』と」
「汚いぞ貴様。梨華に何をした」
「悪いことをしたと思ってる。けど、あんたに比べれば、な」
正田がなぜ石川を「梨華」と呼ぶのか、イマイチ判然としない中、当の本人が一歩前へ
出た。シナリオには無かったのか、三輪たちが驚いている。

「あなたがしたこと、ぜんぶ聞きました。亡くなったお兄さんに何をしたのかも、私たちの
映画のことも。盗作疑惑なんて…やったのはあなたじゃないですか!」
石川の瞳が憤怒の炎を噴き上げている。

262 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時06分02秒

「私、あなたに名前を呼んでほしくなんかありません!人殺しなんかに!」
「違う!」
「何が違うんですか?あの盗聴もですか!」
「梨華ちゃん!?」

そこまで知っていたか。
3年ほど前、オーディションを経て加入を果たしたばかりの新メンバーに、何の前触れも
なく襲いかかった恐怖。
組織的な犯行と目されながら、深く追求されることなくいつまにか沈静化した報道。
その先にあったものは、果たして真実なのか、それとも欺瞞なのか。

263 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時07分27秒

「何も言えないだろう。え?」
重い空気を切り裂く三輪の声が、やけに大きく聞こえた。
「あの盗聴事件の裏で糸を引いていたのはあんただ。取材を中止しないと一切の広告
出稿を差し止めると通達してきたのも、当時はまだ親父さんの威光を武器にしてた正田
部長さんだよな」
三輪がある雑誌のスクープ班に属していた頃、盗聴事件の主犯として名前が上がって
いたのが正田だという。さらに取材を深耕しようとした矢先、大広告主を通じて規制が
かかったのだ。

石川を守るようにその前に立ち、三輪は続けた。
「彼女は若いときに亡くなった妹さんと瓜二つらしいが、そんなもの理由にはならんぞ。
だいたい自殺の原因を作ったのはあんただろうが!」
妹の自殺の原因が兄である正田?頭の中を、藤田が言っていた「歪んだ欲望」という
言葉がサークリングした。この男、まさか。

264 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時08分16秒

「その事も公表してやる。誰が何と言おうと犯罪だ。これで塀の中は何年になるかな」
刑務所行きを意味する一言が決定打となった。正田はその場にヘタり込み、俺はふん
じばろうと歩み寄った。吉澤は石川へ駆け寄って行った。
「梨華ちゃん!」
「よっすぃー」
視界の右隅に固く抱き合う二人をとらえながら、ワッパをかけようと後ポケットに手を
突っ込んだ瞬間。

「うらあっ!」
窮地に追い込まれた悪党は、その一瞬を見逃さなかった。膝だけを立てたその態勢か
ら、ショルダータックルをかけてきたのだ。
「おわ!」完全に不意をつかれた。おそらく、三輪に握手を求めようとしていた銀香も同
じだったに違いない。

265 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時09分42秒

「ジョーさん!」
吉澤の絶叫をバックに、俺は正田に組みつかれ床でもつれあった。
「気をつけて!そいつは柔道の有段者だ!」
負傷した国男が叫ぶ。任せろ、ここは青畳の上じゃねえ。
だが、悪党の目的は腕力で組み伏せようとしたのではなかった。どこで身につけたもの
か、ホルスターのロックを外していつでも引き抜ける状態だったSIGに、左手を伸ばして
きやがった。しかも格闘中に。

「遅い!」懐へ手を入れるということは、瞬間の隙を意味する。俺はそれを逃さず、巴投
げを放った。正田は手にしかけたSIGを飛ばし、床へ叩きつけられた。
馬鹿め。国内の有段者が、海外で実戦格闘技の場数を踏んできたやつに敵うかよ。
それでも咄嗟に受身をとって立ちあがったのには少し感心したが、次の瞬間に正田は
凍りついた。

266 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時11分06秒

「ひとみちゃんやめて!」
石川の絶叫が響いた。巴投げに中を舞う正田が手放したSIGは、吉澤の手に握られて
いたのである。
そして、将星に捉えられたのは言うまでもなく…。

「この悪党。3年前、梨華ちゃんがどれだけ苦しんだかわかってんの?メンバーだって、
…自分もされてるんじゃないかって、みんなノイローゼになりかけたんだ」
今朝から様子がおかしいと思っていたが、吉澤は自分の手で制裁を課すことを考えて
いたのだ。おそらくは、昨夜の夢の中でも。
よりによってその足元に、格好の「道具」が届けられた。

267 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時12分16秒

「やめろ吉澤!そいつを渡せ!」
安全装置を解除したままだったことを悔やみながら叫んだ。
「あんたのせいで…梨華ちゃんは誘拐までされて」
くそ、聞いちゃいねえ。
「違うのよっすぃー!罪を償わせなきゃいけないの!だから三輪さんたちは」
「横領…脱税…それに殺人だって?妹さんに何をしたの?」

はじめて手にする拳銃の重さに耐えているのか、それとも怒りが全身を蝕んでいるのか
…SIGを握り締めた吉澤の両手は、微かに震えていた。
そして、一番聞きたくないことを、その唇が紡ぎ出した。

「あんたはいま、私が殺してあげる」




To be continued...

See you again and good luck!
268 名前:新人 投稿日:2003年07月06日(日)20時13分27秒
今夜の更新を終ります。

さて、ハロモニのV観よう〜♪
269 名前:つみ 投稿日:2003年07月06日(日)20時58分16秒
すげえ・・・!
270 名前:みっくす 投稿日:2003年07月06日(日)21時49分00秒
うおおお〜〜〜〜。
すげ〜〜〜〜〜〜〜。
よっし〜が。
でも、自分がよっしーの立場でもやりそうな気がします。
相変わらず物語りにひきこまれます。
271 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月07日(月)06時08分57秒
更新お疲れ様です。

まさかまさか…!
撃つな、よっすぃー!
272 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時42分00秒
作者です。

この小説も、最後の更新となりました。
全てを書き込み終えましたら「あとがき」を入れたいと思います。
批判、不平、不満の堰を切ってください(笑)

では、長くなりますが最後まで一気に行きます。
273 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時45分00秒
『震える将星』

#11 陥穽−8


見守る者の背中を流れる、嫌なものを知らず、吉澤は続けた。
「1秒もかかんない。眼を閉じなよ」
棒読みに等しい口調は、危険この上ない精神状態を表している。

正田がヒッと短く小さい悲鳴をあげた。本気だとわかったのだ。必死に遠ざかろうとして
もがくが、腰が抜けてでもいるのかその場でジタバタするだけだ。
この後に及んでも悪あがきを試みる悪党に、吉澤の瞳が徐々に細まり冷酷な光を湛え
はじめた。
一刻の猶予もならない。

274 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時46分34秒

「やめるんだ。こんな野郎、殺すにも値しない。刑務所の臭いメシと空気がお似合いだ」
俺みずからが将来を嘱望するトップ・アイドルに、殺人を犯させるわけにはいかない。
「屑野郎は、出所しても手を廻して社会から抹殺してくれる。だからそいつを返せ」
吉澤は微動だにしない。そもそも、怒りに震えるその耳に俺の声が届いているかどうか。
ええい、こんなに思いつめる気質だったとは。

涼子が余計な気を回したか、それとも教授が俺たちの身を案じたものか、まだ遠いが
サイレンが接近しつつある。この場を凌ぎさえすれば、正田の身柄は尋問可能なまま
警察に渡るはずなのだ。

「やめろ、ひとみ」はじめてファースト・ネームを呼んだ。
冷酷な表情に、微かな変化が見えた。

275 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時47分35秒

「アメリカで修行すんだろ。こんなゴミ同然の男を殺して、何年遅らせるつもりなんだ。
断っとくが、長くは待てんぞ『ひとみ』」
もう一度、名前を呼んでみた。
「ジョーさん…」
「あとは警察の仕事だ。親友が捜査一課にいる。やつに任せよう」

ようやく銃口がさがりかけた。ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、ゼンの怒声が耳を
打った。
「ガアァ!」誰に向けられたかは、馬鹿でもわかる。吉澤が思いとどまったことに乗じて
逃走をはかった正田に対してであった。その牙は、左腕に食い込んでいた。

「ぐわ、は、放せ。放さんかこいつ!」
「ゼン、無理するな!」
既に銀香が静かに歩み寄りはじめていた。木刀の一撃で大人しくなる。
だが

276 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時48分44秒

「この…どこまで」深い怒りと悲しみをブレンドした声に振り向くと、一度下がったはずの
SIGの銃口が、再び正田を捉えていた。
「ひとみちゃん、だめぇ!」再び響く石川の悲鳴を意に介さず、素人にしては見事な射撃
姿勢をとり、吉澤は静止していた。
銀香も初めて見せる驚愕の表情を浮かべ、その歩を止めた。

震えは止まっちゃいないが、素人でも外しようのない距離だ。何よりも、先ほどとは逆に
大きく見開かれたその瞳が、臨界点に達した怒りを殺気に変えて放っていた。

277 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時49分59秒

「撃ってはいかん」と銀香が止めた。
「お願い、やめてっ!」石川が泣いた。
そして俺は。
「ひとみ!」
かつて経験のない声量で叫び、割って入った。

ドン

馴染みの深い銃声。右の鎖骨付近を貫く衝撃。吹っ飛ぶ自分が、滑稽に思えた。

278 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時51分06秒

「きゃあーっ!」
石川と祥子の口から同時に放たれた悲鳴すら、耳に心地よい。死ぬときってな、こんな
もんなのかね…いかん。何を考えてる。

「うっ、撃ちやがった。撃ちがったあぁぁぁぁ!」
薄れる意識を必死に保とうとする背後で、正田が奇声をあげた。
「静かにしろ」これだけはいつもと変わらない銀香の声がかろうじて聞こえ、「ぐっ」という
くぐもったうめきを発して正田が崩れ落ちる気配が続いた。


「ジョーさん!」吉澤が駆け寄ってきた。硝煙を吐くSIGは、その場に落としてきたようだ。
「ばか…やろ…う。ほ…とにうちや…って」唇がうまく動かなかった。
「しっかりして!どうしよう、あたし…ジョーさん!」

279 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時51分54秒

吉澤に抱えられた俺の傷を、銀香が確認した。
「貫通している。動脈が傷ついていなければいいが」
確かに。貫通創自体は大したことないが、弾丸はホルスターの皮ベルトを通した分、
身体の中で方向を変えたようだ。兆弾による二次殺傷は防げたものの、この背中から
の流出感は…。急速に全身を浸す脱力感に、意識が遠のきかけた。

「やだぁっ!あたしをハンターにしてくれるんでしょ?アメリカで鍛えてくれるんでしょ?
約束したよね!やだあぁぁぁぁ」
吉澤は俺の首を抱いたまま、イヤイヤをしやがった。痛え、揺らすな。
「いた…けが……・・にん……・・ていちょ…うに…あ…つ…かえ」
どうにか意識を失わずに済んだが…約束なんてしたっけかな。

280 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時53分34秒

おかげで、必死の形相で駆けつけた中澤と、泣きそうな表情で「ひとみちゃん…」と
傍らにしゃがみこむ石川を認識できた。ゼンも心配そうな顔で寄って来ていた。
「なん…だ……あ…ねさん…ま…でき…たのか」
「阿呆!しゃべったらあかん!」
「へ………・・いきだって…・こ……・・ぐら……・・い」
無事なほうの手でVサインを作ろうとしたが、ロクに腕が上がらなかった。
「じっとしてて!」吉澤は涙でグシャグシャの顔をしている。
中澤の後方から「高科君!」と呼ぶ声が聞こえた。こんな呼び方をするのは、涼子しか
いない。すると、サイレンの主は逢坂だな。あの二人なら任せられる。

281 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時54分46秒

「し…んぱ…いする…な。おま…えをのこ………て…しにゃし…ねえよ」
何とかそう絞り出し、微笑を吉澤に向けた…つもりだが、そう見えたかどうか。血の気が
失せている顔でどれだけ動揺を抑えられるものか、甚だ疑問だ。そら…

「ぐすっ…ジョーさぁん」
泣き笑いの表情が妙に似合う吉澤にありったけと思われる力で抱きしめられ、今度こそ
本当に、俺は意識を失った。

282 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時55分30秒
『震える将星』

終章



白い世界だった。眼を開けているのかどうかも、よくわからない。目に映るのは、微妙な
陰影はあるものの、白ただ一色のみだった。ここは…あの世か?
もしそうだとしたら、俺が送りこまれたのは地獄だろうか、それとも。
ふと、視界の隅に黒いものが映った。首を傾げてそちらに目を凝らすと、そいつは大きく
なってきた。

「ゼン、お前か…」何でお前まで『あの世』にいるんだ?問いかけようとしたとき、景色が
急速に本来の色を整え始めた。
アイボリーに塗られたベッドの鉄パイプ。やや緑色がかった、微風にそよぐカーテン。
その向こうの、青い空…。
視力をほぼ完全に取り戻せたようだった。どうやらここは病室、しかも個室らしい。
ベッドの左手側には、ゼンがお座りをして布団の縁に頭を乗せていた。ずっと付いてい
てくれたのだろうか?
「ゼン、ありがとな」頭を撫でてやると、彼は安心したように目を半分閉じてみせた。

283 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時56分48秒

(?)
ベッドの右側、腰あたりに、一人の少女が突っ伏して目を閉じていることに、気づくのが
遅れた。寝ているらしい。まさか…この娘も?
「吉澤…痛っ!」頬に触れようと動かした右肩に、鋭い痛みが走った。

「ん…」目を覚ましてしまったようだ。悪いことをした。
「よお。心配かけたな」
「よかった。気がついたんだね」彼女の瞳には、うっすら光るものがあった。
ゼンがベッドを離れソファの方へ移動した。気を利かせたつもりか。ここまで人間に近い
と、ある意味嫌味だな。

「あれから何日たった?」
「三日だよ」
「ずっと側にいてくれたのか?」彼女は頬を赤らめ「うん」と答えた。

284 名前:新人 投稿日:2003年07月07日(月)23時58分03秒

あの廃工場でのクライマックスから、早3日が経過していた。
三輪順二たち犯人グループは、既に俺達の手に落ちた一人も含めて、4人とも抵抗す
ることなく逮捕された。すぐに始まった取調べでは、事実を隠さず自供しているらしい。
三輪祥子も兄たちと共に連行され、素直に聴取に応じているそうだ。一日も欠かさず
市野が面会に訪れ、彼女を励ましているという。祥子の出所後に結ばれることを祈りた
いものである。

一方、銀香に意識を奪われた正田は警察に連行されたあとにそれを取り戻した。一転
して殺意を否認しているらしいが、逢坂は陥しの名人だ。そういつまでも抵抗できるもの
じゃない。
三輪行雄に関する件は、過失致死から傷害致死、そして殺人へと容疑が変わっていく
だろう。容疑は一つではない。15年以上の実刑は免れまい。
横領と脱税の証拠が固まり次第、涼子の方も起訴の手続きを取るはずだ。あの女、
こういう輩は徹底的に叩くからな。

285 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時00分51秒

石川は気丈にも、翌日から元気に仕事に復帰した。
保護されたあと一応は病院で診察を受けたのだが、精神的にも肉体的にも、健康その
ものと診断されたのである。おかげで、家族に誘拐の事実を隠しとおすことができた。
盗聴事件の主犯を自ら問い詰めたことからも、彼女は意外な芯の強さを持っていたの
である。ある意味、吉澤たち以上に驚いた。
それどころか、三輪たちの公判で証人席に立ち、彼らの弁護をすると言い張っている
らしい。彼女なら本当にやるだろう。
「私、誘拐なんかされてません!本当に悪いのは、正田一人だけなんです!」と涙なが
らに訴え、困惑する検察と裁判官の顔が眼に浮かぶようだ。いや、弁護人もだな。

もっと驚いたのは、石川がさらに「あたしも、引退したら一緒に米国へ行く」と言い出し、
吉澤を困らせていることだった。
今回の件で吉澤の大切さをあらためて感じただろうし、彼女の性格からするとあながち
勢いだけとも言いきれない。ま、賑やかでいいやね。

286 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時01分37秒

「銀香はどうした」
「わかんない。気が付いたら、もういなかったから…」
野郎、最後まで神出鬼没か。どうしてこの件に関わったのか、ついに分らず終いだ。
次に会った時こそ、完膚なきまでに叩きのめしてくれる。…自信は全くないが。

「そうか。で、お前は…」
「あたし?うーん、ジョーさんの意識戻ったし、明日から仕事に出ようかな」
「そうしろ。ファンはお前を待ってるはずだ。石川より丈夫なはずのお前の方が、入院が
長引いちまってるんだからな」
?憎まれ口のひとつも返してよこすかと思ったら、うつむいちまった。

287 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時02分41秒

「ジョーさん、…………だよね」
「はん?」
「もう、だめだよね」
言いたいことが分からなかった。

「何がだよ」
「その、あたしが芸能界を引退したら、アメリカでハンターの修行するって話。もう呼んで
くれないよね」
そんなことか。
「来ればいいじゃん。5年後か、10年後か?待っててやるよ」
「いいの!?」
「だ・か・ら、どうしてだ、っつーの」

288 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時03分46秒

「だって、…撃っちゃった」
しばしの沈黙のあと、彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「お前は悪くなんかないよ」慰めたつもりだが、その涙は止まらなかった。

「気にするな。あれは俺が安全装置をかけ忘れたからだ。それに、スカウトしようとした
のは石川を助けようと必死に頑張ってた吉澤ひとみだ。あのときの、頭に血が上って
ワケわかんなくなってたお前じゃない。そんなのは場数を踏めば自然と出なくなるさ」
優しく言ってやった。もう仕方ない。認めよう。

「本気なの?」
「ああ本気だとも。だから、もう泣くな吉澤、な」
「うん」
やっと笑ってくれた。

289 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時04分31秒

「ちょっと喉が渇いたな。吉澤、何かないか?」
あらら…今度は、ふん、とそっぽを向きやがった。
「どうしたんだよ吉澤ぁ」
「ちゃんと呼んでくれたら、飲ませてあげる」
「何だそりゃ?」
「あのときは呼んでくれたじゃん。『ひとみ』って」
またかよ。

「別にいいじゃんか。頼むよ吉澤」「呼んでくれるまで絶対にあげない」「わかった、もう
いい。自分で」取る、と体を起こしかけ、全身を駆け巡る激痛に絶句した。
「ほらぁ、まだ無理なんだからっ。強情はらないで」
「うるさい。寝る」と布団を引っ被った。
「ケチ!」
悪いがかなり痛むし、これ以上の言い争いは回復にかかわる。

290 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時05分20秒

「はぁ…何でこんな強情なのを好きになっちゃったんだろ」
「何ぃ?」顔だけ出した俺を見て、
「あ…」吉澤は真っ赤になった。

「いま何ってった?」
「ううう、うるさいわね。流してよあれぐらい」
動揺してやがる。へへ、そうはいくか。
「よく聞こえなかった。麻酔の影響で耳がな」
「うそばっか。そんなの聞いたことないよ」
「いいから、もう一度言ってみろよ『ひとみ』」
「え?」
こっちだって恥ずかしいんだ。何度も言わせるな。

291 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時06分02秒

「お前の気持ちを確かめなきゃ、俺の方も決まらん。ひとみ、もう一度言ってくれ」
「ジョーさぁん!」
「痛ぇバカ、抱きつくな」
「ご、ごめん。あたし…」
自由な左手で頭と頬を撫でてやった。
そして、ひとみの顔がゆっくりと近づいてきた…。


「ぐほっぐほっ、んんんんんん!」
「あ?」「ひゃっ!」
ひとみはマッハで俺から離れた。

292 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時06分40秒

入口のドアに並んでいたのは、教授・中澤・後藤、そして…
「逢坂!てめえ、いつからそこに居た!」
「あー、『いま何てった?』のあたりからかな。駄目だよ教授。せっかく感動のラブシーン
が生で拝めるところだったのに」
「そんな前からか!」
ひとみは真っ赤になって固まっている。少しは反撃しろよ、パートナーだろ。

「全国のよっすぃーファンにかわって、不埒な行いを未然に防いだだけじゃ」
「うるせえ。何が『不埒』だ?時々、美弥子の着替えを覗いてるのを俺が知らないとでも
思うのか?」
「なっななななななな何を言う」
おっ、口からでまかせだったが、こりゃヒョウタンからコマか。

293 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時08分11秒

「まあまあ、そこまでにしとけ。今日は話があって来た。お前が意識を取り戻しててよか
ったよ」話?逢坂が俺に…まさか。
「逢坂さん、あたし」
ひとみが顔を上げた。ばか、余計なこと言うな。

「どうしたの?いつも元気な君がそんな顔して。ははあ、看病疲れだな」
「いいんです気を使わなくて。行きましょう。覚悟は出来てます」
「覚悟?今夜は大目に見るぜ。そんな野暮じゃないって」
ひとみは眉を寄せた。話がかみ合わない。
「あの…あたしを連行しに来たんじゃ?」
「連行?」

294 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時09分16秒

一瞬の沈黙のあと、逢坂は腹を抱えて笑い出した。
「ははははっ、いやそうか、そういやそうだ。俺が悪かった。思わせぶりな言い方をして
ごめん。いや、しかし、ぶわっはっはっははははは」
「セッカチいうか、早とちりいうんか…アンタ性格変わったんちゃう?」
中澤があきれたように言う。
「よっすぃー、違うよぉ」
後藤が笑顔になっている。
「逮捕しに来たんじゃないのか?」
俺にはさっぱりだ。

「はは、お前が撃たれた件か?ありゃお前、正田のガードが持ってた銃なんぞを、かっ
ぱらって使おうとするからだ。食うのに困ったチンピラの銃だぞ。ろくに整備なんかしちゃ
いない。暴発するわけだ、阿呆」
最後の一言は気に入らなかったが、ひとみが発砲し俺に傷を負わせた件は、内密に
処理してれたらしい。
「あのモデルガンな、持ち主に返しておいたぞ。見栄を張るのも大概にしとけ」
SIGのことだ。

295 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時09分51秒

「すまん逢坂。いつか礼は必ず」
「ありがとう」
ひとみと俺は顔を見合わせて微笑みをかわした。
彼女の手は、俺のそれに重なっていた。
「ひゅーひゅー」
後藤が茶化したが、ひとみは「ごっちゃん!」と口を尖らせただけで、溢れる笑みを抑え
ようとはしなかった。

「じゃあ今日は何だ?」
「チャーミーとよっすぃーの復帰祝いをの、何とこちらの刑事さんがやってくれるそうじゃ。
お前さんは人工呼吸器も外れたから、別によっすぃーが付いてる必要もなかろうて。
見舞いも兼ねて彼女を呼びに来たんじゃよ」
教授が言った。おや、久々にマジだ。
きっと、飯田・保田・安倍・矢口も来るのだろう。教授と逢坂の考えそうなこった。

296 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時10分29秒

「そうそう、復帰祝いを…ちょっと待った教授。俺がって何だい?折半って約束だろ」
「わあっ、逢坂さんカッコイイ!」
「ぐっ…汚いぞ教授、ごっつぁんを懐柔したな」
「はて、何のことじゃ?」
「あたしも逢坂さん素敵や思うてたんですよ。今夜はパーッと行きましょ!」
「しまった…姉さんまで」
病室内に爆笑が渦を捲いた。


「じゃあな。退院したら祝ってやるよ、俺一人で」
「よっすぃー、下で待ってるよぉ」
「大人しく寝てなさい。アンタの分も飲んだるからな」
「ゼン、お主も久々に飲るか?」
『オン!』
連中は賑やかに病室を出て行った。

297 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時11分14秒

後には、俺たち二人が残された。
「逢坂さん、いい人だね」
「ああ。何か礼をしないとな。警察に借りを作ると、後が怖い」
「あはは、そうかも」

ひとみは、じゃあ、あたしも行って来ると言って立ち上がった。
「おお。今夜はもういいからな」
「へ?」
「お前がいると、看護婦さんを口説けないだろうが」
「…」

ひとみはソファにあったクッションをぐわっと掴み、バンバン叩き始めた。標的は無論…
298 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時12分58秒

「もうっ!信じらんない!」
「こら、けっ、けが人に何をする!」
「うっさいよ!人にあんなこと言わせておいてえ。悔しい、このっ」
「わ、わかったわかった。言やいいんだろ!好きだから!」

途端に、ピタッと止まった。
ひとみの手から、クッションが落ちた。
「よく聞こえなかったな。もう一度言ってよ」
「病人に何度も言わすな。あとはアメリカへ来たときだ」
「…ケチ」

そして再び、顔が近づいてきた。
299 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時13分55秒
CAST


吉澤ひとみ


石川梨華


飯田圭織

安倍なつみ

矢口真里

辻 希美
高橋 愛
(以上モーニング娘。)

UFAのマネージャーたち ☆ UFAの内勤社員


加来「教授」
和久井美弥子

リーシャ近藤
スペンサー渡

津村涼子
逢坂鷹司


銀香


つんく♂(特別出演)


三輪順二
三輪祥子
稲生 ☆ 藤田 ☆ 国男

市野哲哉
市野の同僚社員
正田浩

飲み屋の男たち ☆ 自動車屋のオヤジ
正田のSPたち ☆ 雑誌記者
受付嬢・星野 ☆ 涼子の部下
パーティーの出席者たち


ゼン(ラブラドール・レトリバー)


保田 圭


後藤真希


中澤裕子
300 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時15分32秒

エピローグ



また電話が鳴った。今朝からもう何本目だろう。
「あーもう!忙しいなあ。ゆっくり掃除もできないじゃない」
と一人で怒りをぶちまけると、彼女は電話をとった。

「Hellow.This is detective office takashina. ……Aha……
huhu…OK! We will coll back for…3hours. Good-ciao!」
電話を切ると、彼女はメモを破ってデスクの上に置き、時計を
見た。
「あーあ、もうお昼過ぎだよぉ。遅いなあ…午前中で終わるって
言ってたのにぃ」
とため息をついた。

301 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時16分11秒

ふと彼女は、キッチンの方を見た。
テーブルの上には、23本の蝋燭がその時を待っている。
あとはケーキが焼きあがるのを待つばかりとなっていた。
「もう、ケーキ焼けちゃうよぉ。硬くなっても知らないからっ」
と言ってぷーっとふくれると、次の瞬間、彼女は笑顔に変わった。
「まっ、仕方ないっかぁ」

石川梨華は、鼻歌と掃除を再開した。

302 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時17分02秒
「Get out!! Go away!!」
男がわめき散らしていた。

「ねえ、さっきからあればっかだよ。ラチあかないんじゃない?」
「そうだな…踏み込むか」
「よっしゃ!そうこなくちゃ」
「ここで援護しろ」
「はぁ?何でよ」
「お前はまだ若葉マークだ。ここは俺とゼンでやる」
「あたしを信用しないっての!」
「そうじゃない。せっかくの誕生日なんだ。怪我したら最悪だろうが。梨華も悲しむ」
「ジョーさんがやられたら、結局サイアクだよ?」
「ダメだ。残れ」
「い・や・だ」
「ったく強情な女だな…5年前と少しも変わってない」
「そっちもね」
『クォン!』
「「プーッ!」」
これで決まった。

「青春時代…」
「くすっ…ワン」
「ツー」
「ス…」「おおりゃあ!」
「わっ!待って!!」

ひとみとのコンビネーションは、まだ完璧とは言えない…。



『震える将星』 -Hitomi as pursuit abductors.


THE END.
303 名前:新人 投稿日:2003年07月08日(火)00時20分48秒
あとがき

以上をもちまして「震える将星」を終了します。
思えば、前スレを立てた当時はまだ早春。
吉澤と辻の誕生日を経て、もうすぐ梅雨も終わります。
長い間(かな?)おつきあいいただいた皆様、本当に
ありがとうございました。
私のような新参者にとっては、皆様のレスが何よりの
励みでした。

名無し読者さん、コルク(るしあ)さん、
丈太郎さん、黒さん、つみさん。
そして、HPに保存までしていただいた、名無しのよっすぃ〜さん
みっくすさん。
中澤の言葉を借りれば「本当にありがとう」としか言いようが
ありません。


さて、病室のシーンですが、最後まで入れようかどうか迷いました。
長くなりすぎて全体の5分の1ぐらいを切ったのですが、この場面だけは
最後まで切れませんでした。
自分を投影した高科に、最後まで無償の力を注ぎ続けたジョーに
報いてあげたかったのかもしれません。

「震える将星」としては、持てる力を出し切りました。
誤字・脱字や、一本調子なところ、表現が凡庸すぎたところなど、
直したいところはたくさんありますが、悔いはありません。

ジョーと吉澤のコンビ、このまま終わらせるのはもったいないと最近に
なって思い始めてます。
もしかしたら、続編は無理でも「外伝」などでまた、お目にかかるかも
しれません。
そのときは、どうぞよろしくお願い致します。

最後に、いま一度。

読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。


2003年7月8日 「おれがあいつであいつがおれで」を観ながら

新人
304 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月08日(火)00時25分27秒
更新乙でした。
外伝も期待。
305 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月08日(火)00時56分18秒
お疲れ様でした!
リアルタイムで読んじゃいました。最後がとてもジョーとよっすぃー
コンビらしくて、笑みがこぼれちゃいましたよ。
新作、期待してていいのかな。名前を変えてもすぐわかりますよ。
私は嗅覚が良いので(w
再会を楽しみにしてます。とにかくお疲れさまでしたっ!
306 名前:みっくす 投稿日:2003年07月08日(火)05時03分31秒
お疲れ様でした。
最後は良い感じで終わってよかったです。
アメリカでの活躍等の外伝期待してまってます。
307 名前:コルク 投稿日:2003年07月08日(火)13時56分19秒
新人さんお疲れ様でした。
どうもコルクです。
ついに終わってしまった・・・。
今の心境としては「もっと続けてほしいー!」って感じです。
でもラストはかなりよかったけどちょっと笑ってしまいました。
それでは次回作があることを願いながら。お疲れ様でしたー!
308 名前:つみ 投稿日:2003年07月08日(火)17時01分16秒
長い間お疲れ様でした。
今までで、こんなにのめりこめる小説は初めてでした。
もちろん、外伝もいつまででもお待ちします。
本当にお疲れ様でした。
309 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月09日(水)20時41分54秒
かなり前に名無しでレスった者です。

色々言いたい事はあるんですけど無茶苦茶長文になりそうなんで短く(笑)

娘。小説の世界にてある意味タブー視されている男主人公もので
ここまで我々読者を魅了する作品は今まで出会ったことはありません。
さらに読者を飽きさせず裏切らない定期的な更新に
作者新人さんの謙虚で礼儀正しい態度。

まさに完璧です!

外伝があるとのことですが無理だけはしないように
ひっそりと期待しながらお待ちしています。
310 名前:とこま 投稿日:2003年07月10日(木)21時34分25秒
お疲れ様でした。
最初から読ませて頂きました。
最高です!
外伝も待っております。
311 名前:新人 投稿日:2003年07月10日(木)23時45分03秒
みなさま、こんばんは。作者です。
あたたかいレス、本当にありがとうございます。
過分なお言葉ばかりで…それに、あとがきに思わせぶりなことを書いて
しまったので、次を期待されるコメントまでいただいてしまい…。

本当は、この一編だけで終わらせるつもりでした。
それにしては、名前だけしか出てこなかったメンバーもいるし、名前すら
語られなかったコたちもいます。
娘。小説を標榜するからには、それに名無しさん(「つんくが悪者でない…」って
書いてくれた方でしょうか)もおっしゃってますが、タブーとされる男視点の小説
としても、甚だ不完全なものとなってしまった感があります。

そして何より、ジョーと吉澤が頭の中で騒ぐんです。
「まだまだ、暴れさせんかい!」

書き終えて一度は虚脱感に包まれましたが、モチベーションが復活しつつあります。
で、予告ではないのですが…。

次もやるぜ!
いつとは申し上げられませんが、ジョー×よっすぃーコンビは復活します!
まだアイディアが浮かんだだけで、どういう話にするのかも決まっていませんが…。
近いうち、このコンビでまた、お目にかかりたいと思います。
それまでこのスレが生きていれば、ここで。倉庫に入っていれば新しくスレを
立てます。
そして、朧げなパートナーシップから、少し形を整えつつある二人で。

それまで、しばしのお別れです。
繰り返しになりますが、読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
いつか、また。
312 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月11日(金)22時17分23秒
誰もレスしないので…
作者さんモチベーション復活おめ!
待ってます新作!

でもってage!
313 名前:つみ 投稿日:2003年07月11日(金)22時31分59秒
よし来た!!待ってるぞ!
314 名前:みっくす 投稿日:2003年07月12日(土)19時55分31秒
待ってますよ。
よっしーが日本を離れるところあたりから
読みたいです。
315 名前:コルク 投稿日:2003年07月12日(土)21時16分13秒
どうもコルクです。
マジですか!?
待ちます!待ちますよー!待ち続けます!
それでは!
316 名前:新人 投稿日:2003年07月14日(月)22時52分10秒
〈シャッフル大健闘&新春ドラマDVD発売記念カキコ〉

…そのまんまや。

みなさまこんばんは。
タイトルの二つの出来事がとても嬉しい作者です。

>>314 みっくすさん
驚きました。次作のプロローグは、引退直後の吉澤に語らせようと思いプロットを起こし始めて
いたので。
ところが。

どう考えても、前作より短くはならない!

さらに

資料集めが超大変!…舞台はロスになりますので

前作が、書き始めから連載開始までに3ヶ月。完結までに要した時間と、次回はミスを少なくして
読みやすくしたい、ということを考えますと、かなり先の話になってしまいそうです。
次もやるぜ宣言をした手前、あまりお待たせするのも申し訳無いと思っています。

そこで、『震える将星』とは別に娘。小説として暖めていたアイディアを、ジョー×よっすぃー
コンビ用にプロットを起こし直し、番外編として上梓させていただきたく思います。
タイトルは【震える将星−She's lost in blue.−(仮題)】昨夜プロットが固まりましたので、
明日ぐらいから書き始めようと思っています。
もちろん、遠い(?)未来を舞台とした新作の準備も進めてまいります。

みっくすさんや、成長したよっすぃーの活躍を期待されている皆様には申し訳ありませんが、
次回は処女作の半分程度の番外編でお会いすることになりそうです。

今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。
317 名前:みっくす 投稿日:2003年07月14日(月)23時37分50秒
次作本編は気長におまちしています。
ロス等の資料集め頑張ってくださいね。
番外編を楽しみにして、明日が来るのを待つことにします。
318 名前:新人 投稿日:2003年07月15日(火)01時00分24秒
あ…
すいません
私の中だけの話しでありまして…
とりあえず更新はできないです

重ね重ね申し訳ありません、みっくすさん。
頑張りますから、しばしお待ちを
319 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月15日(火)01時12分58秒
あらら?喜んでたのに。マターリ待ってますけどね。
320 名前:とこま 投稿日:2003年07月16日(水)20時26分10秒
楽しみに待っております。
321 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月17日(木)22時53分59秒
いま気付いたんだけど…「年末」じゃぁ…
322 名前:新人 投稿日:2003年07月18日(金)00時16分01秒
ぐえ
記憶が混濁してます。

えー、番外編なんですが、五分の二ぐらいまで進みました。
例によって、登場人物が勝手に動きやがりまして、自分でも意外な展開に(w

では…
323 名前:つみ 投稿日:2003年07月18日(金)07時28分51秒
むう・・・・
324 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月18日(金)08時45分41秒
↑つみさん、唸ってどうしたの?
325 名前:つみ 投稿日:2003年07月18日(金)22時46分06秒
むう・・・
「書かぬなら書くまで待とうホトトギス」
                 銀香
326 名前:名無し読者2 投稿日:2003年07月19日(土)00時12分45秒
うまい!
銀香ならマジに言いそうだ。
作者さん、そろそろ書こうよー
327 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時44分48秒
こんばんは。作者です。
これより、番外編を始めたいと思います。

ただ、最初にお断りしなくてはならない事があります。
前作よりも、少量更新で、かつペースが遅くなると思います。
ちょっとした事件が起きまして、あまり書く時間がとれなさそうでして…。

あまりお待たせするのも悪いですし(待ってる方がいれば、の話)、少し
ずつですが更新して行きます。
前作同様、ご感想はご遠慮なくどうぞ。それが、私の最大の活力です。
328 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時45分47秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


プロローグ

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
知り合ったのは私の方が先ですが、彼が好きになったのは
あなたの方が早かったと思います。
彼は私と付き合い始めてからも、ずっとあなたのことが好きだった
ことは、承知しています。
私に黙って、あなたに逢いに行っていたことも。
これを二股とは思っていません。
彼が二人とも本当に愛していると思うからです。

329 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時46分59秒

私の周りには、事を荒立てれば潰れるのはあなたの方だという
無責任な人もいます。
それは間違っていると思います。
あなたも真剣なのですから。

だけど、私にはあなたに負けないものがあると確信しています。
ひとつは、彼を幸せにする自信。
そしてもうひとつは、いつでも側にいられるということです。
彼もそれを理解してくれていると思います。
だからプロポーズしてくれたのだと信じています。

330 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時48分07秒

この秋に式を挙げることはご存知だと思います。
もしも、あなたが真に彼の幸せを願うなら。
彼の幸せな笑顔を再び見たいと思うなら…。
どうか、もう逢わないでください。

はじめての手紙なのに、こんなお願いをしてごめんなさい。
それでは、お仕事がんばってくださいね。




すごいなあ。私には絶対無理だ。強いひとなんだな…。
もう一度、最初から手紙を読み返しながら彼女は考えた。

331 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時49分30秒

かなうわけないな。
やっぱり、私が好きになっちゃいけない人だったんだ。
はっきり言おう。
あなたとはもう逢わないと。
幸せを願っていますと。
これからも迷惑をかけ続けちゃうからって。
あなたの側だけにいることは、今の私にはできないって。
幸せにする自信がないって…。

332 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時50分49秒

気がつくと、じっと見つめられていた。あわてて手紙をバッグへしまった。
「こんなとこで何してるの。みんな待ってるよ」
「え?別に。ちょっと疲れただけだよ」
「珍しいね、疲れたとか言うの」
「そっかな。行こ、みんな待ってるから」
「何言ってんの、もう。私が呼びに来たんじゃない」
「あはは。ごめんごめん」

彼女は荷物を手にすると、後輩のあとを追う前に周囲を見回した。
そして、ため息をひとつついて歩き出した。
「彼」の姿が、あるはずもなかった。
333 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時56分57秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#1 沈潜−1

ドアを開けると、部屋の中央より少しだけ窓寄りに置かれたテーブルの上で、ウェルカム
フルーツが部屋の主を迎えた。
「わぁっ!いっただきまーす!」
辻が食べ物を見つけたときのダッシュは、いつも見事だ。
「ねー食べてもいい?」
ふりかえったその表情は見慣れているとはいえ、笑顔がとても魅力的だった。

「もーしょうがないなあ。荷物ぐらい置きなよ」
辻は肩からバッグを下げたままで、どれから食べようか目移りしている。
「ねーねー、これ何て読むの。英語わかんない」
差し出されたカードを取り(おいおい、高校生になったんだろ)と思いながら目を通した。
それは、ウェルカム・フルーツの間に差し込まれていたメッセージ・カードだった。

334 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時57分48秒

「んーと…ようこそ『ハレクラニ』へ。滞在中、皆様に寛ぎと快適な時間を提供できますよ
うにスタッフ一同、心からのおもてなしをお約束いたします。って感じかな」
「さっすが!よっすぃー勉強してるねえ」
辻は何かを冷やかすような悪戯っぽい目になった。

「どういう意味だよ」
(そう来ると思ったよ)と思いながらも努めて冷静に答え、吉澤は荷物をベッドの脇に置
いた。
「へへー、わかってるく・せ・に」
辻はあくまで茶化そうとする。
「夜ご飯が入らなくても知らないよ」
「別腹、べつばら〜」とパインをパクつく辻に若干の呆れを感じながら、吉澤は荷物の
整理にかかった。

335 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)21時59分51秒

ここは、オアフ島随一と世界的に評価の高い、とあるホテルの一室。
前日までのイベントを終え、彼女達は短い休暇をとるために、前日まで泊まっていた
ホテルから、ここへ移動してきたところである。
当初はすぐに帰国するはずだったが、ツアー半ばにしてスタッフから「最高級ホテルで
2泊3日」の休暇を知らされたときのメンバーの狂気乱舞といったら、凄まじいものだった。

「いやったーい!」とハイタッチする矢口と飯田、「うおおぉぉぉぉー」と派手な咆哮をあげる
加護と辻。
「夢じゃないよね…」と祈りのポーズで天を仰ぐ石川、下向きで肩を震わせながら泣いて
いるのかと思ったら、「うっふふふふふふふ」と気持ちのあまり良いとは言えない含み
笑いを洩らしていたのは安倍だ。

336 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)22時00分51秒

吉澤もホテルの名を聞いて飛びあがった。ハワイ通のスタッフから「泊まるならあそこに
限る。他のホテルとは次元が違う」と聞かされていた、世界的に有名なホテルだからだ。
旅行会社と所属事務所が企画した「ファンと行く」ツアーでは、「ワイキキ・ビーチコマー」
というホテルに、彼女たちは泊まっていた。
インターナショナル・マーケット・プレイスが隣にあって買い物には便利だったし、料理も
女の子向きで美味しかったけど、グレードとしては中の上といったところで部屋はこぢん
まりとしており、快適度100%とはいかなかった。
もっとも、ビーチ・アクセスにバスを使わねばならず、附帯施設も必要最小限のホテルに
押し込められていたファンたちよりは、ずっとマシだったが。

MDやら、化粧ポーチやら、とりあえず必要なものをベッドの上に放り出しながら、この
急な休暇が決まった裏にあるものを考えようとした彼女の思考を遮断するように、傍ら
の電話が鳴った。

337 名前:新人 投稿日:2003年07月21日(月)22時01分58秒
今夜の更新を終了します。ホントに短っ。
では、ご感想をお待ちしております。
338 名前:つみ 投稿日:2003年07月21日(月)23時09分09秒
番外編きましたね!!
これからもずーーっと見ていくんで
よろしくお願いします!!
339 名前:コルク 投稿日:2003年07月21日(月)23時43分22秒
どうもコルクです。
番外編ついに始まりましたね。
待ってましたよ。これからも楽しみにしています。
それでは!
340 名前:みっくす 投稿日:2003年07月22日(火)03時03分38秒
おつかれさまです。
ついに番外編はじまりましたね。
又掲載させていただきますね。
341 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月23日(水)08時24分11秒
作者さん更新お疲れさまっす!
祝・番外編開始!
…遅いって(w 正直、油断してました。楽しみにしてますけど、あまり無理はなさらない
ように…。
342 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003年07月23日(水)22時58分25秒
作者様、更新お疲れ様です&外伝開始、楽しみに待っておりました!!
前作同様今回も楽しみに読ませていただきたい思います。また、今回も引き続き保存作業させていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
今回のタイトルもカッケ〜ですね。
乏しい英語力を頼りに勝手に想像して訳すと、
『紺碧に沈め悲恋』ってところでしょうか?
英語の成績がばれそうです。(泣)
では、次回更新も楽しみに待ってます。

343 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時45分05秒
こんばんは。作者です。
みなさま、レスありがとうございます。お待ちいただいていたかと思うと、
嬉しいのとともに申し訳ないです。
がんがりますので、今後ともm(__)m
344 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時46分56秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』



#1 沈潜−2


「もしもーし。よしこ、メッセージ・カード見たかい」
電話の主は、イベントを無事に終了させた安堵が声に滲み出ていた。
「カード?ああ、見ましたよ」
「どう思う、これ」
「どおって…別にフツーなんじゃないすかねえ」
「これがぁ!」
何を驚いてるんだろう飯田さん。こんなの海外のホテルじゃ常識なのに。

「ここぐらいのホテルじゃ、珍しくないと思うけど…もしかして英語読めないとか」
「何言ってんの。日本語じゃんこれ」
「はぁ?」
「ちょっと貸してよ」
「おーい、フルーツのじゃないぞぉ。枕元見てみろ枕元」
声が矢口に代わった。
「枕元?」ベッド・サイドに置かれたテレフォン・デスクのことか。
「ちょっと、つーじー、残しといてよあたしの」
まだ食べ続ける辻に釘を刺し、吉澤はそのカードを手に取った。

345 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時48分42秒

『モーニング娘。の皆様、お仕事お疲れ様でした。慣れないイベントで、さぞやお疲れの
ことでしょう。つきましては、ささやかな宴をとりおこないたく、ご招待申し上げます。
本日午後6時。3Fバンケット・ホールへお越し下さい』

差出人の名は無かった。素っ気無い表現で短いが、内容は十分伝わる。
ファンとのツアーという、ライヴとはまた違ったパフォーマンスを要求されるイベントで、
彼女たちは心身ともに疲れ切っていた。大枚をはたいて参加したファンに共通する要求
として、ライヴやテレビ等では見せない、素の『演技』を強いられたのである。

もちろん、大半はそれで通せたが、中には不躾な要求をあからさまにしてくるやつも
いた。そんな我侭な連中にも、彼女達は笑顔で通さねばならなかった。
ある意味、ライヴよりもキツいツアーだったかもしれない。
メッセージの主は、そんな娘。たちの疲れを癒してあげたいらしい。でも、誰が?

346 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時51分18秒

「うーん…何か陰謀の匂いがしますねえ、なんて」
「ギャグになってないぞそれ。マジに怪しくないか」
「あれじゃないすか、テレビの『ドッキリ!』あ、終わってるか」
「まさかあ。ここどこだと思ってんだよ」
確かに。いったいいくらの制作費を使えば、この世界に名を轟かせるホテルでロケを
敢行できるのか、考えただけで身震いする。もしかしたら、自分たちの年収とまでいか
なくても、半分ぐらいは楽に吹っ飛ぶんじゃないだろうか。
「危険はないと思うけど…空港も凄かったし、ここのロビーにもいたじゃないすか」

吉澤は厳しかった空港のチェックと、「天国の館」を意味するこのホテルには似つかわ
しくない制服姿を思い出した。危険な輩が入り込む可能性は、ゼロに近い。
彼女たちにとっては、ファンの暴走の方がテロ行為と言えるかもしれなかったが、幸い
にも考えなくてよいセキュリティのレベルだ。

347 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時52分24秒

「だよね。オイラもそう思うんだけどさ。カオリが心配性でこま…まてよ」
矢口は何か思いついたようだ。
「やぐっさん?」
「へへへ。まさかね。んじゃ19時だかんね、遅刻すんなよ」
「ちょっと待ってくださいよ」
抗議の途中で電話は切れた。まったく、自分こそ遅刻魔のくせによく言うよ。
心の中でちょっとした悪態をつき、辻とのフルーツ争奪戦に身を投じた。

自分の分まで食べられてしまっているのを覚悟していたが、辻はちゃんと吉澤の分を
残しておいてくれた。以前なら欲望に任せて暴走する食欲を抑えられなかった辻も、
いつまにか16歳になって、心身ともに大人への階段を着実に昇り始めていた。
「ん、マジで美味いじゃんこれ。さっすが超一流ホテルは違うね」
「だよね!」

348 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時53分07秒

パインやらライチやら、日本では食べたことのない次元の味に舌鼓を打っていると、
今度はチャイムが鳴った。
「ほーい」
「ちゃんと穴から見てよー」
これも経験則からだ。既に5ヶ月近く経つが、まだ鮮明に思い出すことができる。
(どうしてっかなあ)遠い目になりかけた吉澤の耳に「よっすぃー、お散歩行こっ!」と
アニメ声が届いた。

「えー、もぉ行くの。もうちょっとゆっくりしようよー」
「そんなこと言ってたら、すぐ夜になっちゃうよぉ」
石川は若干ふくれっ面で側までやってきた。
「せっかく休みもらったんだからさ、時間は贅沢に使わなくちゃ」
とりあえず『却下』し、フルーツへ向き直る。
「もう!」言葉とは裏腹の楽しそうな微笑を浮かべてベッドに座った石川は、普段は身に
着けたことのないワンピースを、そのしなやかな肢体にまとっていた。

349 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時54分19秒

「あいぼんは?」
「疲れちゃったみたい。『夜ご飯まで寝る〜』だって」
石川は加護と久しぶりに同室になっていた。吉澤と辻も、普段はなかなか無い組合せ
である。
他のメンバーは、飯田・矢口、安倍・高橋、藤本・紺野、小川・新垣に、6期の中学生は
3人相部屋となっていた。

「ふう〜食ったぁ。ごちそうさま」
皿には見事にひとつのかけらも残っていない。この二人にかかると、いつもこうだ。
「さっ、食べたら行くよ!」
「えーマジでぇ」
「行こうよぉ。楽しそうじゃない、このホテル」
「もーしょうがないなぁ。つーじーはどうする?」
「あたしお風呂入る〜」辻は既に、衣服を床へ落とし始めていた。
「こらっ、カーテンぐらい閉めなさい」
「へーきだよ、こっち海だもん」

350 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時55分57秒

昨年の後半あたりから大人っぽくなった辻だが、奔放な妹キャラは相変わらずだ。
相方の加護もしかりである。
「じゃあ、行ってくっから」「いってらっしゃぁい」下着姿でバイバイする辻を部屋に残し、
恋人同士のような二人は部屋を出ていった。



(ここか…)男は、目の前にそびえ立つ建物をみてため息をついた。自分の財力では
宿泊不可能な次元にあるホテルだ。
ほぼ全室がオーシャンビューのうえプライベート・ビーチまで備わっており、日本では
まず考えられないレベルとセンスのサーヴィスは、世界にその名を轟かせている。
(出られるかな…)微かな不安を感じながら、携帯をプッシュした。

351 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時56分46秒

「もしもし」幸い、3回のコールで出てくれた。
「僕だよ」
「あ…いまどこですか」
「すぐ外にいる。出てこられるかい」
「いまはちょっと…まだ明るいし」
「そうだな。変わったことはない?」
「はい」
「同室のコは?」
「外へ出てます。あの、ホントにこっちへ残ったんですね」
「ああ。ちょっと遠いが、安いホテルがとれたんだ。これでもう少し、側にいられる」
「そんな…そこまでしなくても」
「僕以外にも、こっちへ残っている人間はいるよ。どこから洩れたのか、3日間休暇を
もらったと知ってる奴らが。そいつらも心配だが、君の事はもっと心配だから」
「………今夜、部屋を出るとき電話します」
「待ってるよ」

352 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時57分34秒

男は携帯を閉じると、もと来た道を戻りだした。声を聞くだけならばホテルの部屋でも
よかった。そのために、携帯会社を変えて海外で通話可能な契約を結んだのだ。
この3日間、皆が寝たのを見計らって外で逢ってはいたのだが、なぜか焦燥感がつの
っていた。
彼女の様子が少しおかしい。いつもの愛くるしい笑顔なのだが、何か違う。
それを、あと3日間で何とかしたい。その為に夏期休暇の残りを使って残ったのだ。

そう考えながら、男はレンタカーを停めてある場所へと急いだ。





To be continued...
Next time is start at chapter3.
See you again and good luck

353 名前:新人 投稿日:2003年07月25日(金)22時58分23秒
今夜の更新は以上です。
皆様、おやすみなさい…
354 名前:つみ 投稿日:2003年07月25日(金)23時15分11秒
ほう・・?何か謎めいてきましたね!
文章の流れからすると辻か加護・・・?
355 名前:みっくす 投稿日:2003年07月25日(金)23時35分17秒
おつかれさまです。
う〜〜ん。誰が主役ですかねぇ。
356 名前:丈太郎 投稿日:2003年07月26日(土)06時45分54秒
更新お疲れ様です。誰が主役か、気になりますね。書こうと思って
た答えを先に言われてしまったので…奇手かもしれないけど、高橋
愛で勝負(w
357 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時48分32秒
こんばんは、作者です。
別に誘導したつもりではないのですが、主人公当てクイズになってますかね(w
どしどしご応募下さい?

では、今夜の更新をしたいと思います。
358 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時50分17秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#1 沈潜−3


(まただ。どこからだろ)ロビーで寛いでいた吉澤は、顔をあげた。このツアー中、イベント
の最中でもそうだったが、自分たちに注がれるファンのものとは違う視線を感じていた
のである。
それは、金を払って参加した以上は目的を完遂せんと血眼になっているファンとは違い、
慈愛に満ちたものであり、視線というよりも、見守られているような感覚だった。
つんく♂のものと似ているようにも感じたが。

気付いたのは彼女だけではなかった。洞察力に優れた矢口も「やっぱ気付いた?何者
だろうね」と言って来た。何も話していないのに、吉澤が不思議そうに周囲を見回して
いるだけで看破したらしい。司令塔健在なり。
359 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時52分00秒

「事件の前触れですかねえ」
「おいおい、預言者かっつーの。考えすぎだろ、おたがい」と戯れて終わったものの、
いままたその視線が注がれていることに気付き、吉澤は僅かな不安が沸きあがって
くるのを自覚した。

「よっすぃー、お待たせぇ」
買物してくると言ってショップを物色していた石川が戻ってきた。
あっちへ行こう、こっちを見ようと館内を引っ張りまわされ、その果てしない好奇心
パワーにはついていけなかった。吉澤は、ロビーのソファで「梨華ちゃんひとりで
行ってきて。あたし休んでる」とネを上げてしまった。
「もう!何かオソロの買おうと思ったのに」と不満を露にして背を向けた石川だが、
両手に買物袋を下げ、満点の笑顔をおまけにつけて戻ってきたのである。

360 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時53分42秒

「そんなに買ったの。明日だってあるのに」
「やっぱり違うねここのは。すっごい可愛いのがたくさんあったよ。飯田さんとオソロで
買っちゃった」…聞いちゃいない。
屈託なく笑う石川は、もともと小麦色に近い肌が、塗りたくった日焼け止めを無視して
肌を焼くハワイの日差しに若干、その深さを増していた。白地にハイビスカス柄(当然
ピンクだ)のワンピースがよく似合う。後で束ねた髪と白い歯によって、魅力倍増状態
である。
イベント終了後に二人で外出すると、よく男に声をかけられた。そのほとんどが地元の
『若いの』で、明らかなナンパだ。
多少は英語のわかる吉澤は、通訳と撃退役を担わされて辟易としていた。

361 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時55分08秒

「おっと、こんな時間だよ。戻って支度しよ」「だねっ」
立ち上がるときにさりげなくロビーを見渡してみたが、視線の主らしき人物は発見でき
なかった。
「どしたの」
「ううん何でもないよ。さっ、パーティーだ宴だっ」
「楽しみだけど…誰だろうね」
「そこなんだよね問題は。サプライズ・パーティーにしてもさ、このホテルでなんて手が
こんでると思わない?なんか裏がありそーでさぁ」
「うーん。やだ、よっすぃー。あの人みたいだよ」
「えっ!?」

やば、つい出ちゃった。エレベータのボタンを押しながら、吉澤はペロッと下を出した。
(最後に電話したのいつだっけかな)ついさっき、なりかけを石川に妨害された遠い目に
なる。もう何度目かわからない。

362 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時56分23秒

5ヶ月前、モーニング娘。を、未曾有の危機から救った男。
彼女たちの中に眠っていた才能を引き出し、結束がより固まるきっかけとなった男。
そして何より、潰えかけていた吉澤ひとみのモチベーションを誰よりも大きなものへと
昇華させた、バウンティ・ハンター。

わずか4日間の出来事だった。
でも、それまでの人生では想像もつかないような、未知の体験の連続だった。
将来の目標も決まった。あとはいまの仕事を頑張るだけ、と思っていたが、何かの時
に思い出してしまう。それぐらい、衝撃的な4日間だった。

別にハンサムとは思わないし、特別に優しいわけでもない。
なのに、一緒にいると微笑んでしまう。
ぶっきらぼうな言動の裏に潜む、懐の深さと包容力。
ツアーの前に電話で喧嘩したのに、いまはもう声を聞きたくなっている自分がいるの
は事実だけど、何かちょっと悔しい気もする吉澤であった。

363 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時57分02秒

「じゃっ、あとでね」「うん、遅れちゃダメだよ」
しばしの別れの挨拶(?)をかわして、二人はそれぞれの部屋に戻った。
「ありゃ」
入ると、辻がベッドで安らかな寝息を立てていた。最近とみに大人っぽさを増し、体型
も一時の危機を脱して「女性」っぽく変わりつつある辻だが、その寝顔はまだあどけ
ない。やはり、加護と同じく疲れが出たのだろうか…ずっと全開だったもんな。
起こすのはギリギリでいいや、と判断し、吉澤はバスルームへ向かった。



部屋の灯りもつけずに携帯電話を見つめていた。
画面は、ついさっき届いた彼女からのメールであった。

364 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時58分41秒

これから皆と食事会に
行きます。ちょっと遅く
なるけど、待ってて

たった3行か。長文が得意な彼女が…かなり慌てて打ったようだ。
簡潔なだけに、待とうという気にさせる文面だ。
知り合ったのは、10ヶ月ほど前、とあるパーティーの席だった。主賓に招かれて出席
していたようだが、場違いな席とでも思ったか、居辛そうにしていたのを覚えている。
自分もうわべだけの挨拶の連続に辟易としていたタイミングもあり、接触してみる気に
なった。

365 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)20時59分31秒

話してみると、テレビや公演で見る奔放なキャラクターとは裏腹に、意外な寂しがりや
であり、繊細な印象を持った。
最初のメールはこちらから打った。びっくりしたようで、はじめはなかなか会話も続かな
かったが、そのうち彼女のほうからメールが入るようになった。夜には、二言、三言だ
が「おやすみ」「おやすみなさい」の挨拶を毎日かわすようになった。

ある日、電話がかかってきた。教えていなかったはずだが、どうやら周囲の人間から
聞き出したらしい。
その電話で、彼女は泣いた。
今度、一緒に仕事をしようと楽しそうに話していた直後、突然だまりこみ、すすり泣きが
聞こえてきた。
自分の、グループの未来は、けっして視界が開けているわけじゃない。迷いが仕事に
出ないよう、一生懸命やってきたけどもう限界…慰めようとしたところで、電話は切れた。

366 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)21時00分33秒

『いま近くまで来てる』
そうメールを打つと、すぐに電話がかかってきた。
○○が近い、という話を頼りに飛び出したのは無鉄砲かとも思えた。
しかし、5分としないうちに彼女は現れ、泣きながら抱きついてきた。

「ぜったい来てくれると思った」
彼女は、腕の中でそう呟いた。

お互い仕事が忙しく、会う機会は多くない。
しかし彼女はいつも、信頼し切った表情で迎えてくれる。

367 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)21時02分44秒

こんな俺でも、あの娘に何かしてやれる。これからだって、ずっと。
その思いが、彼をオアフまで来させたのである。
きっと、この休暇が終わったら、いつもと同じように会って、お互い力を与えあって、
また厳しい日常に身を投じていける。

彼は、そう信じようと努力していた。




To be continued...
Next time is section"Prudence" chapter.4.
See you again and good luck.
368 名前:新人 投稿日:2003年07月27日(日)21時07分09秒
今夜の更新は、以上です。

レスが遅れましたが、ななしのよっすぃ〜さん、ネタがばれますので(w

今日のハロモニ。をいま観てるのですが、面白いですね。
メンバーの「素」は、小説の格好の調味料になります(w

では、また次回の更新で。
369 名前:つみ 投稿日:2003年07月27日(日)21時38分53秒
更新きた〜〜^^
次回はパーティーで何か波乱がありそうっすねぇ〜^^
楽しみに待ってます!
370 名前:みっくす 投稿日:2003年07月27日(日)22時55分54秒
更新おつかれさまです。
主役はやっぱりよっしーですかね。
続き楽しみにしてます。
371 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時25分14秒
作者です。
なっちの電撃卒業発表に驚愕し、きょうするはずだった更新ができそうになありません・・・
とりあえず、チェックが終わった分だけ、させてください。
372 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時26分04秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#1 沈潜−4


辻が寝坊したため、二人とも会場までダッシュする破目になった。
「すいませーん遅れてー」「ごめんなさーい」
既に彼女たち意外の13人は揃っていた。あちゃー、遅刻魔までちゃんと来てるよ。
だが、てっきり怒られるかと思ったら、全員の顔が輝くと一斉に吉澤を見た。
「わっ、なななななに?」
「ったくぅ、だから言ったじゃん遅刻するなって」
矢口が唇を尖らせた。
「だってののが起きないんだもん」
「よっすいーが起こしてくれないんらもん」
「どっちでもいいからさ、とっとと通訳してよ」
「へ?ああ、そっかあ」
373 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時30分26秒

米国へ渡ったときのためにと、本気で英語を勉強し始めたのは3ヶ月前。タイトな
スケジュールの寸暇を惜しんで、駅前留学までしている吉澤であった。

『私たち、ここの部屋のパーティーに招待されたんですけど』
『やはりそうでしたか。お待ちしておりました。英語、お上手ですね』
『ありがとうございます。最近なんですけどね、話せるようになったの』
『それにしてはハワイ訛りがお上手で』
『はぁ?』
なんじゃそりゃ。キングス・イングリッシュのつもりなんだけどな。
『入ってもいいんですか』
『お待ち下さい。えー』
サーヴィス・マンは餌を待つ雛鳥みたいなメンバーたちを、微笑をもって見回した。

374 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時40分37秒

『リーダーの飯田様は』
『ああ、この人です』
「なななな、なに?」
飯田は焦っていたが、『言葉が通じないのが惜しいですね。お美しい』というニュア
ンスが分かったのか、笑顔をプレゼントした。
サーヴィス・マンも微笑をかえし、吉澤に言う。
『リーダーの方から一人ずつお入りいただくようにと、主催者の方から言われて
おりますので』
通訳し、吉澤は当然の疑問を口にした。
『いったい誰なんですか、パーティーのホストって』
『それは申し上げられません。では、ごゆっくり』

375 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時42分15秒

今イチはっきりしないが、ともかく入ってみよう。
「飯田さんからひとりずつ入ってくれって言ってましたよ」
「あたし?ふーん。わけわかんないけど、行ってみっかぁ」
なぜか腕まくりをする飯田。メンバー全員が、今かいまかと待っている。

「せーの」妙な気合とともに中を覗いた飯田は、すぐにドアを閉め、大きな瞳をパチクリ
させた。
「なにしてんの、早く入ろうよぉ」安倍が焦れている。意外と食いしん坊なのだ。
「あのさ、見間違いだと思うんだけど…」
「なによぉ」
「あの人がいた」
飯田は交信寸前の顔で誰にとなく呟いた。

376 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時44分13秒

「誰がいたっての。はっきり言いいなよ」こういうときの矢口は妙に冷静だ。
「お腹ぺこぺこぉ〜」辻は今にも突入しそうだある。
皆がリーダーの結論を待っているようだった。
「だからさぁ」
飯田は再び、ドアに手をかけた。ただし、今度は両方だ。
「この人だってばさ」
ドアが解放されると、奥の1点に視線が集中した。

「へぇっ!?」安倍が信じられないものを見たとでもいうように、両手で顔を覆った。
「うそ……」喜怒哀楽の激しい石川が、無表情に近くなっている。
「「きゃーっ!!」」辻と加護が嬌声をあげたのは、テーブル上に所狭しと並べられた
料理のせいかもしれない。

377 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時46分18秒

そして、背後にひしめく年少メンバーの最大の障害となっている吉澤が、最後に
叫んだ。

「ジョーさん!?」

一番奥の席で静かに笑っているのは、まぎれもなく高科穣也であった。




To be continued...
Next time is start at section2 "Longing" chapter.1.
See you again and good luck.
378 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)10時49分46秒
更新を終わります。

>>369 つみさん
ありきたりの展開で、また少なくて申し訳ありません。


昨日の朝、めざましテレビを見て石になりました。
「こんな偶然もあるのか」と思いました。

>>370 みっくすさん
よっすぃーは、この小説世界のヒロインであります。
お気づきの方もいるかと思いますが、番外編のキーパーソンは、あのメンバーです。

では、これにて。
379 名前:つみ 投稿日:2003年07月29日(火)12時02分56秒
ジョー!!!
キタ――――――――!!
何かよっすぃ〜とジョーの再会がまた新たな事件へ?!
・・・とかあったりして・・・
380 名前:みっくす 投稿日:2003年07月29日(火)14時03分55秒
更新おつかれです。
昼休みに会社のPCで勝手にネットしてましゅ(ばきゅ)

ということは、キーパーソンは・・・・
正解楽しみに続きまってます。
381 名前:新人 投稿日:2003年07月29日(火)18時05分20秒
ありがとうございます。
今日はずっと、コンサートのVとクリップ集を観てました。
なっつぁんの歴史、ですかね。
彼女の卒業コンサートは、ハロコンでは娘。コンで。
しかも、「モーニングコーヒー」から、オール・シングルでお願いしたいものです。

さて、番外編ですが、なっつぁんの卒業という話をどうしても絡めなくてはならな
いため、少し加筆・修正してます。
もちろん、主人公はジョーとよっすぃーですが、他のメンバーも、年少組も含めて
活躍しますよ。
OGの面々は、今回はちょっと休んでもらいました。
書きたいことは山に近いぐらいあるのですが、ストーリーに関係ない部分が長く
なってしまうので、彼女たちにはまた別のところで暴れてもらおうかなと思います。

次回の更新は土曜を予定しています。

みっくすさん、私も会社で同じことしてます。
ただ、これから監査が厳しくて予告ナシに減報になったりするみたいなので、
ほどほどにしようと思ってます。みっくすさんもお気をつけあれ。

つみさん
この二人の活躍の場が、他にあると思います?(w
それと、あの人にも…

おっと、これ以上は。

では皆様、次回の更新で。
382 名前:つみ 投稿日:2003年07月29日(火)18時52分47秒
やはり卒業を絡めちゃうか・・・
かなしいもんですねぇ〜
383 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時26分00秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#2 慕情−1


「久しぶりだな、娘。たちよ。ってか」
俺は静かに片手を上げた。
歓声をあげ突進してくるメンバーたち。なぜか懐かしい気がする。

「お久しぶりですぅ」トップでゴールした石川が『しな』を作った。
「おお、しばらく見んうちにナンだ、また黒くなったな」
「もぉ!またってなんですかぁ。他に言い方ないんですか、セクシーになったとかっ」
「意味わかって言ってるんだろうな。おっ安倍。聴いたぞシングル。春にはソロにな
んだってな。アメリカから応援してるぜ。頑張れよ」
俺なりに思うところもあって、あえて『卒業』という言葉は使わなかった。
384 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時27分33秒

「うん…ありがと」
「どした?」一瞬だが、表情が曇ったように見えた。
「ううん、おかげさまでねえ。うん、頑張るよぉ。ジョーさんも元気そうでよかったさぁ」
「おお、元気だぜ。疲れてるみたいだな」
「そんなことないよ」
微笑に混在する翳を見逃す俺ではない。このテンションの低さはどうしたことだ。
初期メンバーでただ一人、残ることになる飯田に気がねでもしてるのか。それとも、
皆の前で出す話題じゃなかったのか。「それはない」って吉澤は言ってたが。

思い過ごしながらいいが…とテーブルを見ると
「ってこら加護!辻もだ!まだ早いっ」
「「えへへへへへ」」二人はつまみ食い寸前だった。
「飯田、あい変わらず大変そうだな」
「そーなんですよぉ。もう心労で痩せちゃって」
トップモデル級の微笑を浮かべる飯田も、言葉とは裏腹に元気そうだ。

385 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時28分28秒

「DVD見たぞ矢口。写真集も送ってくれや」
つんく♂が送ってよこしたのだが、まあびっくりしたわ。
「いやはははははは、あれはねえ」
照れ臭そうに笑う矢口の隣で、藤本が遠慮がちに口を開いた。
「あの…もしかしてこの人が」
「そっか。藤本は会ってないんだよね。あと新垣と6期もだ」
確かに。あのときは、仕事と学校の都合で全員揃わなかったのだ。


そんなことを考えていると、ねーどーしているのー、と小悪魔コンビが両腕を引っ張り
はじめた。
「こらーっ、そーいうのは後!席に着きなさいっ」
飯田が一喝してくれて助かった。
「「はーい」」普段は大人っぽさも漂わせるようになったくせに、こういうときだけ子供に
戻る二人をキッと睨むと、飯田は、入口で立ったままの吉澤を見た。
いつまで硬直してるんだ、あやつは。

386 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時31分03秒

「ほらっ、おいでよ」吉澤は矢口に促され、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
先に席に着いた石川が、嬉しそうな笑顔で迎える。(よかったね)唇がそう動くのが
わかった。吉澤の頬が赤くなったようだ。余計なこと言うなよ。

「よっ。久しぶりだな」
「うん」
別に挨拶なんざ、必要ないのだが。
(元気そうじゃん)
(おうよ。お前もな)
(あたしにまで秘密にしとくなんて、ずいぶんじゃない)
(それじゃサプライズパーティーにならんだろうよ)
(だからってさぁ)
「ふっふっふっ…」左手の席で矢口が変な含み笑いを漏らしていた。隣の安倍も
悪戯っ子みたいな眼になっている。やば、あとで冷やかされるぞこりゃ。

387 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時32分13秒

「はいはーい。みんな聞いてえ。えーと、こちらにいらっしゃるのが今日のパーティーの
主催者、でいいんですよね」
「ああ」
「だそうです。えー、今年の春、知ってる娘もいると思うけど、事件を解決してくれた
のが、この方。高科穣也さんといいます。6期は初めてだよね」
飯田の前口上に、真っ先に藤本が反応した。
「やっぱり、この人が梨華ちゃんがその、・・・・・・・・になったときに助けてくれた、って
いう」彼女は事件の内容を伏せた。復帰した石川から聞いたのだろう。
もう解決したからいいんだけどな。それに、あれから5ヶ月も経つ。6期の娘たちまで
知っててもおかしくない。

「その通り!ジョーさんは、現役バリバリのバウンティ・ハンターです!」威風堂々たる
紹介だが、バウンティ・ハンターってぇ単語を使ってもなあ。こういうときは日本語のが
いいぜリーダー。
「それでは、招待主であるジョーさんから一言いただきたいと思いますっ」
「はくしゅっ!」
絶妙のタイミングで矢口が合いの手を入れると、室内は歓声と拍手に満ちた。

388 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時41分01秒

「えーそれでは」
立ち上がった途端にシンとなった。
「飯田が言ったのは置いといて、今日みんなを招待したわけだけ話すよ。おっとその
前に。藤本、それから亀井に道重に田中、とは初めてだな。性格的に「さん」付けは
できないから、先に謝っとく。悪く思わんでくれな」
「「ププッ」」吉澤が、釣られて石川が吹き出す。そんなに変かね。

「こら、マジに話してんだぞ」
「ごめん。続けて」
二人を軽く一喝し、俺はあらためて順繰りに顔を見ながら話し始めた。

389 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時42分10秒

初春に起きたあの事件で、モーニング娘。のメンバーたちに教えられたことがある。
メンバーたちが見せてくれたものは今さら言うまでもないが、凄いと思ったのは、
彼女達が自分の仕事をきちんとこなしながら、捜査のターニング・ポイントをおさえ
ていたことである。
それは、眠っていた力が発現(俺も古いな)したに他ならなかった。
米国に帰って仕事を再開したとき、俺の頭の中には常に「負けられん」というの
があった。バウンティ・ハンターとして一人立ちし、そこそこの生活が出来ていた
ことで失われていたハングリー精神が、自分の中に甦ったのである。
モーニング娘。との邂逅がその引き鉄となったのだ。

390 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時42分51秒

そして、もう一つ。
彼女たちの中にそういう力が宿る、バックボーンとなった人々の存在だ。
大プロデューサー以外の、裏方となって技術的にも精神的にも支えになっている
人々の存在なくして、開花しただろうか。
俺は米国に拠点を構えて以来、自分を一匹狼だと思ってやってきた。
だが、そう思えるまでになった屋台骨とは何だ?

それは「人」だ。
逢坂、涼子、教授、美弥子…スペンサーやリーシャもいる。ゼンも忘れちゃいけない。
そいつを思い出させてくれたのは、「元」を含めたモーニング娘。のメンバーたちだ。
原点に戻ることの大切さを、彼女達は教えてくれた。
本来なら、俺が東京へ出向いて行って頭を下げるべきだったのかもな。

391 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時45分10秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#2 慕情−2



少々のユーモアを交えて話すあいだ、年少メンバーたちは固唾を飲んでいた。そんな
緊張せんでもいいのに。そして、事情を知っている連中の顔には、微笑。
そうだよな、もう笑って話しても言い頃だ。
「それとな、帰国の直前に、パーティーまでやってもらっちゃったろ。あれな、本気で
嬉しかったんだ」
当時のことを思い出しながらだから、少し遠い眼をしていたかもしれない。

392 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時49分31秒

それに加え、ツアーの合間をみて吉澤たちが様子を見にやって来てくれたばかりで
なく、体力が完全に戻りいよいよ帰国が迫ったある日、メンバーたちが何の前触れ
もなく大挙しておしかけた。現役の娘。たちに、一緒にやってきた保田、やや遅れた
中澤と、大遅刻(仕事だから仕方ないが)の後藤である。
総勢14人+絶対に匂いを嗅ぎ付けると思った逢坂と俺。当然、大宴会だ。

ドタドタと上がり込むなり、「すっげー、何だこりゃ」と叫ぶ加護。
「なちゅみ、すっごい広いよ!」と後方をふりかえる辻。
「わっ、なんだなんだ」
「はじめましてー」礼儀正しく頭を下げたのは、小川だったか。
「ジョーさん元気になってよかったですねっ」と首を傾げて微笑んだのは、紺野だった
と思う。
初めて会うメンバーも、まるで旧知の兄貴分に会うようなオーラ全開であった。やって
来たメンバーは、深さの違いこそあれ事件を知らされたらしい。家族に至るまでの、
厳重なかん口令が敷かれたのは言うまでもない。

393 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時50分57秒

「ごめん急に。今日しか時間ないからさ。フェアウェル・パーティーやるなら今夜だよ
って話になって」吉澤は、まずかったかな、という顔で言ってきたが。
「…」
「怒った?」
「いや。ありがとう」
「へ…」
「こらあ!お前らがミニモニ。の小悪魔コンビかぁっ」
「「ひゃーっ」」
急に照れ臭くなって、加護と辻をネタに逃げた。
吉澤にはわかっていただろう。俺は本気で感謝していた。

394 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時51分39秒


「あのときは吉澤にしか礼を言えなかったけど…すごいグループだと思ったよ、
モーニング娘。ってやつは。戻ってからのことを考えて鬱に入りかけてた人間を、
たちまちパワー全開にもっていける。今日はそのときの礼も込みだ。存分に食って、
飲んでくれたまえ。以上!」
「わあぁ!」
ひときわ大きな歓声があがった。

「さあ、では乾杯と行きましょう」と再び立ち上がった飯田を矢口が制した。
「ちょっと待ったカオリ、ここはやっぱり『姫』に音頭をとってもらわにゃあ」
(げっ、まさかここで来るなんて)慌てて眼を伏せた吉澤だが、逃れられるはずがない。
「ほらぁよしこ、出番だよ」
「飯田さんがやるべきですよぉ」
「いっちばん嬉しいくせに」
二人の冷やかしに、助けを求めるように石川を見たが「よっすぃー、ほらっ」とグラスを
渡されてしまった。既に皆のグラスにはシャンパンが満たされている。

395 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時52分50秒

「えーそれでは」
覚悟を決めたか、吉澤は立ち上がった。
「みんなびっくりしたよね、あの招待状。何が起きるのか心配したコもいるでしょ。
待ってるのがこの人だとは、あたしもぜんぜん考えてなかったよ。けど、みんな同じ
気持ちだと思う。また逢えて嬉しいよ。ありがとうジョーさん」
どういたしまして。
矢口が「ヒューヒュー」とやりかけ安倍に口を塞がれるのを見て笑みをもらし、吉澤は
続けた。

「これは、ジョーさんのお礼もだけどさ、慣れないイベントを、本当に頑張って乗り切った
あたしたちに対する御褒美でもあると思うんだ。みんな、ひとつも残すんじゃないよ!」
「おーっ!」
「じゃあ、再会を祝してと、お疲れ様でしたー!カンパーイ!!」
「カンパーイ!!!!!!!」
396 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)14時55分25秒

交わるグラスとグラスがたてる小気味良い音が室内を席巻する中、吉澤が俺に向き、
カムアップをしてみせた。
(サンキュ。イェイ)声は出さなかったが、彼女の唇は間違いなくそう動いた。




To be continued...
Next time is start at section"Longing" chapter.3
See you again and good luck !

397 名前:新人 投稿日:2003年08月02日(土)15時01分08秒
作者です。
出張から帰りまして、とりあえず更新しました。

しばらくは同窓会のノリで物語は進みます。
が。
欠かすことの出来ない場面があるので、ジョーとよっすぃーの大暴れをお待ちの
皆様も、今しばらくおつきあいください。

では、ご感想をお待ちしております。
398 名前:つみ 投稿日:2003年08月02日(土)17時26分10秒
更新きった〜^^
ほらパーティーのはじまりだい!!
399 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)04時45分52秒

『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#2 慕情−3


年長組の笑顔に見守られながら、藤本をはじめとした6期たちとの挨拶が終わると、
お約束の歓談タイムとなった。
旧知のメンバーが、かわるがわる俺のところへ来て語り合う。
ジョーさんのおかげで映画もクランク・アップできたよ。
ホント、大変だったよねえ。
無事に解決したのはジョーさんのおかげだべさ。
ゼンは元気にやってんの?

400 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)04時47分29秒

そう、あの事件で大活躍したラブラドール・レトリバーのゼンは、本来の飼い主である
俺と共に、現在は米国で活動している。今回は知り合いのハンターに預けてきたが、
あいつがこの場にいれば、俺なんかそっちのけで可愛がられてるだろうな。
「連れてくればよかったのにぃ」そうか、お前はとくにそうだろうな矢口。
「しょうがないべ。ここはペット禁止だしよ。まあ、また会う機会もあらぁな」
「むう…オイラが会いたがってたって、ちゃんと伝えてよね」
「あいよ」

そんな風に話していると、時間は驚くほど早く経過していく。いつのまにかテーブル
上の料理はどんどん皆の胃袋へと運ばれていき、年長組が好みの酒を注文しはじ
めている。そろそろいいかな。

401 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)04時48分54秒

「もうちっと気の利いたこと言えよ吉澤、こら」頭をコツンとやると、吉澤は若干ムッ
とした顔でこちらを向いた。
「ったいなあ。いいじゃんあれで。みんな気持ちはわかってるからさっ」
「素直じゃないな。『ずっと逢いたかったよー』とか言えんのか」
「そんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃん。また元に戻ってるし」
「何が」
「そっちこそ素直じゃないよね」
「んだとこら」
「何よ」
久しぶりだってのに、もうこれだ。
けど有難いことに、事情を知ってる連中は微笑んでくれている。
「うっひゃひゃひゃ。もー夫婦喧嘩だよ」…訂正。矢口を除いてだ。

402 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)04時50分02秒

「ねーねー、二人はメールとかしてたのぉ」
加護め、茶化しに来たな。
「えっああ、してたよ。電話はたまにだけど」
「俺がかけなきゃ、してきやがらねーんだこいつは」
「だって高いじゃん電話代」
「へん、下手すりゃ俺より稼いでるトップ・アイドルがよく言うよ」
「時差考えないでとんでもない時間にかけてくるくせに」
「それでも嬉しそうに出るのはどちらさまかな」
「この」
拳を振り上げかけた吉澤は、加護をみてパタと止まった。

「いいなあ、仲良くって。アメリカなんてメッチャ遠いのに」
「あいぼん?」
俺たちを交互に見る笑顔に、僅かな悲しみが宿っていた。
「ねーねー、ウチにも教えてよ、ジョーさんのアドレス。こんどメールするよ」
「かまわんが、どうした加護。何かあったのか」
「ううん。何でもないよ」
「隠さんでいい。話してみ」
「…」加護は黙ってしまった。
「加護ちゃん…」ただならぬ様子に、吉澤の口調も変わった。

403 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)04時51分06秒

「でへへへへへーっ。うっそだよーん」加護はあっかんべーをすると、自分の席へ
戻っていった。
「こらあっ、あいぼん!」怒声をあげる吉澤に、ほっとしている様子がうかがえた。
だが。
「何かあったな、ありゃ」
「やっぱそう思う?」
「間違いないだろう。悩みを抱えてる。おそらく恋愛のな」
「年頃だもんね、あの二人も」
再び辻とじゃれあい始めた加護。いつもと変わらないように見えるが、ハンターの
眼は誤魔化せない。吉澤も、現役が認めた「候補」だぞ。

404 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)04時54分12秒

「この休暇中に話してみ。お前なら聞きだせるべ」
「あたし?どうかなあ。矢口さんとかのがいいんじゃない」
「いや。ありゃお前に話を聞いてもらいたがってる顔だ」
「そうかな」
「それと、あ…まあいい。あとで話すわ」
「くすっ」
「何だ」
「マネージャーみたいだよジョーさん。いや、兄貴かな」
「かもな。そこでだ」

水割りをぐい、と干し、料理をメインにちびちび飲っている年長組に声をかけた。
藤本を含めたメンバーたちが円陣を組むの待ち、声をひそめる。
「みんなここじゃ好きに飲れんだろ。21時に俺の部屋へ来い。本国から持ってきた
酒がたんまりある。本場のバーボンで、飲みなおしといこうぜ」

405 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)05時01分23秒

自分が飲みたいというのも無論あるが、ちと確かめたいことがある。
「おっしゃー!」拳を高く突き上げかけた矢口が、飯田のヘッドロックで制止された。
酒癖があまり良くないって噂がマジかどうかも、これでわかるってもんだ。
「ほんと?嬉しいべさー」安倍はほんのり赤くなった頬に、例のスマイルを浮かべた。
「あたしも行っていいんですか」藤本は今日会ったばかりのハンターの意外な申し出に
驚いているようだが、俺みたいなのに遠慮は無用だ。
「いいとも。今夜ぐらい思い切り飲れ」「やりぃ」藤本は控えめにガッツポーズをとった。

そして吉澤と石川は
「やっぱ、こーいうひとだよね」
「うん。さすが」
と微笑をかわしていたのだった。

406 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)05時02分30秒

(もう少し、か)何度目かのため息をつき、携帯を閉じた。
彼女からのメールは

ごめんなさい。もうす
こし待ってて。
かならず会いに行き
ます

まだ一人になれないらしい。忍び会いには、こういった我慢はつきものだ。
日本で会うのは、お互いの仕事を考えて夜に限っていた。とくに最近は彼女の
スケジュールがタイトだったこともあり、逢っている時間自体が短かった。
その心配がないハワイでは、もう少し自由になるかと思っていたが…。
再びつきかけたため息を飲み込み、彼は外の空気を吸いに部屋を出た。




To be continued...
Next time is start at section"Longing" chapter.4
See you again and good luck !

407 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)05時04分46秒
作者です。
夜中に目が覚めて眠れなくなったので、更新してみました。
ありきたりの展開で申し訳ありません。
番外編の主人公当てクイズ、そろそろファイナル・アンサーが出てもおかしくないですね。

では…。
408 名前:みっくす 投稿日:2003年08月03日(日)08時30分11秒
更新おつかれさまです。
今回はどんな事件が起きるのですかな。
主人公はたぶん・・・・
409 名前:つみ 投稿日:2003年08月03日(日)10時17分29秒
まさか・・・?!
主人公はあいぼん?
410 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時44分03秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#2 慕情−4


「おじゃましまぁす」最初にやってきたのは石川だった。小麦色に近くなった肌に白の
のワンピースが、眼に眩しい。最近のシャッフルユニットとかのVをつんく♂に送って
もらって視たが、細っこくてスタイル抜群だし、人気がトップレベルというのも頷ける。
そういや、安倍が塩で他の4人は水だっけ。みんな楽しそうだったな。
石川を相手に「映画のVはちゃんと送ってよこせよ」「観たいのはごっつぁんでしょ」
などとやっていると、たいして間をおかず全員が集まった。
「では、あらためまして、かんぱーい!」
矢口が音頭をとり、二次会がほぼ時間どおりに始まった。

411 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時46分12秒

「帰りの時間を気にしないで飲めるのっていつ以来だろ」…by飯田。
飯田と矢口以外はここにいないメンバーと同室だが、このクラスのホテルでは一人に
一つのルーム・キーが用意されるので、遅くなっても締め出される心配はない。
乾杯のあと、さっさとソフトドリンクと代えられたグラスに不満を露にしている年少組と
一緒では、好きに飲んで正体を無くすわけにもいくまいと思って誘ったが…。
まあ皆のピッチの早いこと。石川・藤本・吉澤は飲酒できない年齢のくせに、飲み
慣れている雰囲気すらある。ライヴの後、ホテルとかで飲ってるんだろうな。

412 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時47分01秒

「さてぇ、説明してもらいましょうかぁ」
矢口が有無を言わさないという顔で言った。ドキッとするから上目遣いで見るなよ。
「そう!私も聞きたかったんですよ。いくらジョーさんでも、こっれは出来すぎですよ」
「ん、おお。実はな…話してもいいんかな」と、ちゃっかり隣に座った吉澤を見る。
「やっぱあの話」
「おおもとはな」
「ならいいっしょ、別に」
「お、何だなんだぁ、二人で会話してぇ」矢口は完全に冷やかしモードだ。
「二人の間に、言葉なんて必要ないべさー」安倍…お前もかよ。

「そういうのやめろよ。ちゃんと話すから」
「へーい。内緒話は眼と眼でやってよ、って要求したいとこだけどね。特別に許す」
「やぐっさん!」
まったく、頭のいい奴がトラになるとこれだからな。

413 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時49分49秒

きっかけは、二ヶ月前に手がけた事件だった。いま思えばハメられたと言えなくも
ない。事の始まりは意地を通したことによる困窮にあった。

石川の事件を解決したとき、UFAが包んできた謝礼を、俺は受け取らなかった。
自分のプライドを守っただけなのだから当然だ。
もし金を出すなら、それはモーニング娘。のメンバーたちに手渡されるべきだろう。
俺にとっては、静養場所を提供してもらっただけで十分だったのだ。
つんく♂はどうにか手に取らせようと説得してきたが、頑としてはねのけたまま、
帰国の途についたのである。

精神的なものはともかく、何の手土産も持たずにロスに戻った俺は、それこそ身を
粉にして働いた。
一ヶ月半の留守の間に灰燼に帰していた情報網や、ポリスとの協力関係を修復
するためには、不休で動かなくてはならなかったのである。
どんな小さな賞金首も追った。警察や仲間から舞い込む、厄介な協力依頼にも、
嫌な顔ひとつせず応えた。

414 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時50分49秒

そして、少しでも収入を増やそうと、以前はあまり気が進まなかった、ボディ・ガードの
依頼なども積極的に受けた。ごくたまにだが、驚くほど報酬の高いことがあるからだ。
その中に、日本からやって来たVIPの在米中、ガードするという仕事があった。
現在は最も懇意にしている情報屋を経由して持ち込まれたそれは、日本でも指折りの
コンツェルンのホテル部門が、米国のホテル・チェーンと業務提携を結ぶために入国
する「COO」を警護するという、神経は使うがそれほど難しいものではなかった。

ところが、これがおかしな展開を見せる。
契約が無事に結ばれ、さあお役御免となったとき、ホスト側の中心人物から声がかか
ったのだ。

415 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時52分09秒

依頼は、愛娘のガードと、つきまとうストーカーの排除であった。
これが存外に厄介で、姿無きストーカーは巧妙な手段で愛娘を恐怖のドン底に陥れ
ようとしていた。警察もお手上げの超知能犯に正面から戦いを挑み、警視庁時代に
学んだプロファイリングの知識を駆使した末、犯人を突き止め警察へ突き出すことに
どうにか成功した。

その解決が見えだした頃から、俺にはある考えが浮かんでいた。
歓喜の握手を求め報酬は3倍払うと笑う取締役の手を握り返しながら、「報酬はいい。
そのかわり、8月の半ば過ぎに16人分の部屋を確保できないか」と申し出た。
快諾を得て、ダメ出しを承知でつんく♂に事の次第を話してみると、二つ返事でOKと
なったのだ。

ダメでもともと、というのは、こういうときに使う表現なのだろう。話し終えたときの皆の
顔をみて、あらためてそう思えた自分が、なぜか恥ずかしかった。

416 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時52分56秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#2 慕情−5


「えーっ!?」メンバーが一斉に驚きの声をあげた。
(やっぱそうだったか)という顔の吉澤を除いて。
「じゃあなに、ここに泊まれるようにしてくれたのジョーさんなのかさ」と安倍。
「すごーい」涼しげな切れ長の眼が、まん丸になっている石川。

「ちょっと違うな。俺は話をもちかけただけさ」
本当の功労者は、スケジュールの調整によって儲け話をフイにされるUFAを説き伏せ
た、大プロデューサーである。
「いや、こいつとはメールしてたからな。娘。が春のツアー後もほぼ不休で仕事してる
って聞いてたし、あのときの礼もしたいし。ダメ元で頼んでみたってわけよ」

417 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時53分58秒

「こいつとは何よ」と抗議する吉澤に
「よっすぃーは知ってたの?」と藤本が訊いた。
「んー、何だかホテル・チェーンのお偉いさんの娘をガードしてるらしいって話はね。
ここに泊まれるって聞いたとき、やったなこの男、って思った」
「この男とは何だ」
「ふん」

またも小競り合いだ。みろ、みんな呆れてる…ってえ顔じゃないな。羨ましそうなのは
気のせいか。石川なんぞ嫉妬の眼に映るが。
「つんくも賛成してな。スケジュールは何とかするから、サプライズ・パーティで度肝を
抜いてやれってさ。これだけは金はらったけど」

418 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時54分33秒

その時つんく♂は「預かってる謝礼、使わせてもらうわ」と笑いを含んだ声で言った。
俺が受け取らなかった小切手は、つんく♂預かりとなっていたのである。
そこでやっと、今回の仕事が彼の差しがねであるらしいことに思い至った。忙しさに
埋没していた想像力。俺もまだまだ、である。
考えてみれば、なぜ米国に「日本人のハンターがいる」と日本企業の最高執行部が
知っていたのか。よもやそこまで、つんく♂の手が伸びてくるとは。

俺は、つんく♂が娘。たちの親代わりだということを承知しているつもりだ。娘を救った
ハンターに、こういう形で礼を受け取らせるのも、また親心だと判断した。
それに水を差すまでの権利は、持っていない。
過密なスケジュールを調整するのは困難を極めたが、ようやくツアーの半ばになって
都合がついたのだった。

419 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時55分56秒

「サプライズねえ。でもジョーさん、遠くからオイラたちを見てたじゃん」
バレてたか。かなり巧く隠遁したつもりだったんだが。
「おまえ…まあよ、ちと遅れてオアフ入りしたんだが、やっぱ気になってな。無事に
終わってほしいじゃん。一人でも欠けたりしたら、働いた甲斐がないし」
幸い、みんな微笑んでくれた。
アイドルのドリーム・チームを作っても司令塔に収まるであろう矢口には、ハンターの
秘術でさえ子供扱いだったようだ。
「ほんとバレバレ」
吉澤にもか。修行しなおします。

420 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時57分23秒

そんなこんなで、このまま行けば首尾よく逃れられるかと思った。しかし…
「よっすいーが惚れるの、わかるべさぁ」安倍がため息混じりに言った。
(来たか)俺は覚悟を決めた。
「会った日からでしょ、よっすぃー」
「あ、あたしい、言いましたっけ、そんなこと」
「まったくぅ、私ってものがありながら…」石川が恨めしそうに見た。
「ちょっと、誤解を招くから、そういう発言は」そう返す吉澤の目が(梨華ちゃんナイス
逸らし!)と言っている。さっすがバディ(相棒)候補だ、あとは任せた。
「だってぇ、一緒に行くって言ってるのに」
「またその話。いつ気が変わるかもしれないんだから、そのとき考えようって言ってる
じゃん」

421 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時58分48秒

石川は、誘拐された自分を、仕事をキャンセルしてまで必死に探してくれた吉澤に、
あらためて惚れ直したらしい。こいつみたいな親友、失っちゃいけないよな確かに。
芸能界を引退したあと、俺のもとでハンターになるという将来の目標を定めた親友
に「絶対ついていく」と決めていたのである。

「ねえ、それマジなの」多少ろれつの回らなくなりはじめた藤本が訊く。
「うん!ぜーったい逃さないんだから」「すっごいね梨華ちゃん」
「おいおい、そんな早く人生決めちゃっていいのかぁ。まだ10代なのにぃ」
二十歳の矢口が言うのも変な話だと思うぞ。

「ジョーさんはどうなのさ」飯田が俺に振った。
「ん?俺かぁ。別に賑やかでいいと思うよ。一人より二人の方が吉澤も寂しくないべ」
「なんじゃそりゃ」矢口が突っ込む。少し酔いが回ってきてるな。
「いや、年の差考えたらな、こいつより俺の方が早く死ぬに決まってる。それに、命の
危険が大きい事件にゃ、ひとりでかかるつもりだからよ」
「ちょっと待ってよ」と抗議しかける吉澤を制して続けた。

422 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時59分20秒

「ハンターってやつは、危険は警察と変わりない。いや、凶悪犯ばかりを相手にする
なら、何倍も高くなる。こいつにそんな真似は、少なくとも新米のうちはさせられんし、
一人前になったとしても、その死を悼む人間が多いほど躊躇するもんだ。ただ俺は
そんなこと言ってられないからな。いつ死ぬか分からん。そうなったとき、石川が側に
いてくれたら乗り越えられるだろうってことさ」

「死を悼むのが、あたしじゃ不満なんだ」おっ。吉澤、反撃開始。
「そうじゃない。一人よりショックが和らぐと思わんか」
「悪いけど、あたし一人でやってこうなんて思ってないから」
吉澤が早くも繰り出した決定打に、室内はシンとなった。

私の命はあんたに預ける。そう宣言したのだ。
さすがに俺も固まった。空気読めよ…。

423 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)21時59分53秒

「あのさ、ノロケにしか聞こえないんだけっどぉ」長めの沈黙が破られた。
「え」「あ?」
唖然とする俺たちを横目に、声の主は何杯めかのバーボンをぐいっとあおった。
ヘンリー・マッケンナの10年ものは、けっして安くないんだがな、安倍なつみさん。
「言ってみたいよねぇ、一度は。そういうことさっ」
矢口よりペースが早い。はて、こいつ弱いんじゃなかったかな。

「あーあ、オイラも早く彼氏つーくろっと。でも禁止だしな表向きはぁ」
くっ…また火に油を注ぐのか、矢口真里。
「つんくさんと娘。みんなの公認だからねっ」やめろ石川。敵か味方か、どっちなん
だお前は。
「二人の障害は距離だけだべ。そーだ、ジョーさんアメリカなんかで稼いでないで、
日本に事務所作っちゃえば。そしたらいっつも側にいられるべさぁ」
「おっ、いいねえ。娘。の溜まり場にしちゃおーよ」
止まらんなこいつら。

424 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)22時00分26秒

「安倍!矢口!いくらおまえらでも、言っていいことと悪いことが」
「「だまれ火の玉ジョー」」
かー、ダメだこりゃ。
「なっち、飲みすぎだよ。やめときな」
ほぼ同じ量を飲んで完全なシラフにしか見えない飯田が、止めに入った。
微かな疑念が頭をよぎる。こんなに乱れるほどストレスがたまってるのか。
「大丈夫さ、これぐ…うっ」
言わんこっちゃない。くてっ、とソファに伏しちまった。

「部屋行こ。立てる?」慌てず騒がず。さすがだな、リーダー。
「んー、大丈夫、一人で帰れる」
安倍は何とか立ちあがったが、足元は甚だ心もとない。
「ちょっと待った安倍、送ってってやる」
「よっすぃーに悪いから…」
なっ、この後に及んで…心配して損した。
「じゃあねぇ、おやすみぃ」
結局、安倍は一人で行ってしまった。出迎えた高橋の驚く顔が想像できるな。

425 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)22時01分36秒

「二人ぐらい離れてれば、問題ないよね。今日だって4ヶ月ぶりでしょ」
まぜっかえすなよ藤本。あれ、ちょっと赤くなった顔が色っぽいやん。
「離れていても、心はひとつ、か。あーあ、あたしもほしいな、そういう彼氏」
「美貴ちゃん、いないんだ」吉澤は堂々と受けて立った。俺ぁ喜んでいいのかね。
「いないって言ってるでしょぉいつも」
口を尖らせた藤本を見て飯田と矢口が次々に参戦し、恋愛談義バトルの開始だ。

「安倍さん、大丈夫かなひとりで…」
嬌声が飛び交う中、石川だけは安倍が気になっているようだった。



To be continued...
Next time is section"Longing" chapter.6
See you again and good luck !

426 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)22時06分53秒
作者です。
今夜の更新を終ります。

ハロモニ。涙なしには観られませんでした。
いままで好きだとおもったことはなかったけど、あらためて、なっつぁんの
力と存在感を思い知りました。

安倍なつみがいると、安心するんですね。

彼女の卒業まで、ニュートラルな心で見ていきます。


>>408みっくすさん
起きます。
娘。の○○も××にも。

>>409つみさん
ふっふっふっ…。さて、そううまく行きますかな。


では皆様、次回の更新にて。
427 名前:新人 投稿日:2003年08月03日(日)22時08分54秒
やば。上げ忘れた。
気付いてもらわないと(汗
428 名前:みっくす 投稿日:2003年08月03日(日)22時18分56秒
更新お疲れさまです。
あいぼんでないのかなぁ。
もしかしたら・・・・・
429 名前:つみ 投稿日:2003年08月04日(月)09時02分07秒
だれかわからなくなってきた・・・・
430 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時37分48秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#2 慕情−6



加護はひとりで浜へ向かっていた。石川は二次会に行ってくると出かけて行った。
部屋に居て誰か来ても、遊べる精神状態ではない。そこで、ちらほらと人影が見え
る浜辺へ、月明かりを浴びに出たのである。
加護は少し前からヘコんでいた。ショックな出来事があり、一人で泣くこともあった。
周りには気取られないように、皆と一緒のときはいつもの明るい彼女であったが、
辻は薄々勘付いているようだ。

431 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時38分36秒

恐るべき甘えんぼキャラで通してきた加護も、辻・紺野・小川とともに高校生となった。
お年頃…つまり、恋の悩みである。
(はぁ…こんなのもうヤだ)
そのとき、砂の上に転がる木片を蹴ったりして寂しそうな加護の視界に、二つの影が
映った。両手が、力なく垂れた。
「うそ…」最も恐れていた光景を目の当たりにしてしまったのだ。
(そんな…や…)瞳に大粒の涙を浮かべ、立ち尽くした。

距離はあったが、彼女には、はっきりと見えた。
二つの影は寄り添い、そして重なり合ったのだった。

432 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時39分16秒


辻は、部屋でひとり、テレビを視ていた。
NHKもあるにはあるのだが、民放は英語の洪水だ。加えてこの時間では
「もーっ!つまんないっ」である。
もう一回、お風呂入って寝よっかな…そう思って何気なくバルコニーへ出た。
昼間は超暑いハワイも、夜の風は涼しい。しばらくこうして…ん?
バルコニー直下はホテルのプライベート・ビーチだ。その砂浜を、月明かりが照らして
いた。
そして、辻がみとめたのは
「亜衣ちゃん?」
愛しの相方、加護であった。こんな時間に?
辻の胸中に微かな不安が宿った。


433 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時40分08秒


「たっかしなっ、たっかしなっ、ほい・たっかしなっ」
「わーったわーった!少し静かにしろ」
二次会は最高潮に達していた。
唄を要求して止まない高科コールに、仕方なく折れたところである。

「はいよっ」と吉澤がウクレレを差し出す。こちらで買ったものだろう。
「なに、コレかぁ」
「弾けるって言ったじゃん」
「ありゃお前、アコース…ま、いっか」
「「「「イエー!」」」」
「ごほん」
熱くなった自分の頭と身体を冷すように、静かに弾きはじめた。

434 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時40分45秒

コードがわからないので最初は音階不明の音が出てしまったが、じきにきれいな
メロディを奏でることができた。弾き語りなんて何年ぶりだろうか。


(JASLRC抵触のため自粛。ちなみに作者は、あるドラマの挿入歌をイメージしました)


随分前のヒット曲だが、不思議と歌詞はスラスラ出てきた。
「すご…つんくさんより上手いかも」その様子なら酔いは覚めたか、矢口。
「ジョーさん、好きになっちゃいそ」石川のウインクが飛んできた。
「やだ、涙出てきちゃった」藤本が鼻をすすった。意外と感受性豊かな娘らしい。
「ふふ、やるじゃん。感動しちゃったよ」吉澤が肩を軽くぶつけてくる。
「いいなぁ…」飯田のコメントは意味不明だ。聞かなかったことにしておこう。

435 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時42分10秒

「さあ、お開きにするべ。もう飲めないだろみんな」
耳が赤くなってなきゃいいがと思いつつ言うと、「そうだね。部屋に戻ろうか」と飯田が
解散を宣言した。せっかくの休暇だ。あまり朝寝坊するのも、もったいないだろう。
「あたし片付けて行くから」吉澤も腰をあげた。

だが、皆が腰を上げる中、とんでもないのがいた。
「う゛〜ん」
「うわたたたた」
藤本がフラついて矢口に寄りかかっている。飯田と飲み比べなんてやるからだ。
「藤本・・・・・・んー・・・しっかりっ」
「す…ませんやぐちさん、うごけません…」
「しょうがないなあ、ほれっ」
飯田がしゃがんで背中を示す。しかし…べらぼうに強いな、酒。
酩酊状態の藤本を背負った飯田と、支える矢口が部屋を出て行く。なんだか微笑
ましい光景だ。片づけを少し手伝った石川が、最後になった。

「じゃ、よっすいー、あと頼むねっ」と笑顔を向けた石川は、吉澤の唇が(サンキュ)と
動くのが見えたのだろう。満足そうに手を振って出て行った。

436 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時43分58秒

加護がうつむき加減に歩いてくるのを見て、声をかけるのをためらった。
思わず、近くの椰子の木の陰に隠れる。見ていると、加護は全く気づくことなく携帯の
画面を見つめながら歩いてきた。
「ミヨタさん…ぐすっ」
(泣いてる)声をかけなくてよかったと、辻は思った。
人目を避けるためか、ビーチ直結ではない入口へわざわざ回り、加護はホテルへと
入っていった。
(誰とも会いたくないって感じ…)その姿が見えなくなると、ようやく遊歩道へ出た。
この間の空港でも、珍しく皆と離れて一人ぽつんと座っていた。
ずっと見てると、涙を拭うような仕草を見せる。心配して辻が寄っていくと、いつもの
加護に戻って戯れるのだが、ひとりになるとまた、暗い顔をする。

「ミヨタって誰だっけ」
たぶん苗字だと思うけど、娘。の身内にはいないよねそんな名前のヒト…辻はホテル
へと戻りながら、加護のところへ行こうと決意した。
できることなら、力になりたい。だって、きっと娘。じゃなくなっても、ずっと相方だもん。
足を早めた辻の後を、気づかれないよう歩調を合わせて同じ道を戻る影に、彼女は
気付いていなかった。


437 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時45分47秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#2 慕情−7


飯田と矢口は、酔い覚ましにロビーで寛いでいた。その手にはさすがにソフトドリンク
が握られている。
「はぁ…信じられないことするよね、つんくさん」
矢口が呟いた。
「ジョーさんもだよ。二人とも、足長おじさんにでもなったつもりなのかな」
飯田が電波を発していない。
「つんくさんって、昔っからそうだもんね」
「だね」

438 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時47分49秒

究極のデコボコ・コンビと言われる二人は、一緒にタンポポの創世期を作ったことも
あり、仲はいい。とくに、保田からいくらもたたないうちに発表された安倍の卒業に
よって矢口のサブリーダーとしての自覚が育ち、結びつきはより深くなった。
保田が起点となった飯田・安倍の以心伝心に近いものになるまで、そう多くの時間は
必要ないだろう。

「明日はどーする?」
「まだ考えてない。たぶん、お買物するぐらいで、のーんびり、まーったり、して過ごす
かな。気が向いたら絵でも描くか」
飯田らしい答えだ。
「ふむ。たまにはいっか」
「でしょ」
優しい笑みをかわしていると、人影がロビーに入ってきた。

439 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時50分08秒

「辻ちゃん!?」「へっ」
辻は立ち止まって「いけね」という顔を見せたが、すぐに近づいて来た。
「風が気持ちいいよー。二人も行ってきたら」
「散歩してたの?」
「こんな夜中に、一人で?」
「べつに大丈夫だったよ」
ホテルのセキュリティは確かに万全だが、一人で行動するのが苦手な辻が…?
そのとき、釈然としない二人の視界を、別の人影がかすめて消えた。

「あれっ」
「ね、いまの…」
「何かいたの!?」辻は急に甘えん坊に戻って飯田にしがみついた。
「こら。やっぱ怖いんじゃん。キー持ってるんでしょ。部屋に戻ろ」
「うん」
エレベータに向かいながら、飯田と矢口は首を捻った。
(っかしいな。部屋で寝てるはずだよね。まあいいや、明日きいてみよ)二人とも
同じ事を考えていた。

440 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時51分38秒


俺の方は既に片付いていた。吉澤は、レストルームでコップをすすいでいる。
クアーズを新しく抜栓して声をかけた。
「ひとみ、明日はどうするよ」
反応はなかった。水音も止まらない。
「聞こえないか。おーい」
「聞こえてるよっ」
「なんだよ、その顔」
「だーってさぁ」顔を出したひとみは、満面に笑みを浮かべていた。
皆の前で堂々と呼べる度胸がなくて、悪うござんしたよ。
「ん、約束があるか。石川と」
「何もないよ。もしかして、どっか連れてってくれんの?」
「正解」
ファイナル・アンサーと言うチャンスもなかった。バカでもわかるか、こんなクイズ。
最後のコップをすすぎ終え、ひとみはピョンピョンと跳ね戻ってきた。

441 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時52分45秒

「はしゃぐなよ。暇ならドライブでもどうかと思っただけだ。俺にとっても休暇だし」
「行くっ!梨華ちゃんに誘われても無視するっ」
「おいおい、いいのか」
「へーきだよ。梨華ちゃんならわかってくれるから」
「そうか。じゃ、穴場へでもご案内しますかね」
「へえ、詳しいの」
眼が輝いてやがる。何を期待してんだよ。

「ハンターになりたての頃に半年ばかりいたことがあってよ。知り合いも出来たんで、
休暇はだいたいこっちでとってた」
「ふーん。でも久しぶりなんでしょ」
「ロスへ戻って4ヶ月、休まなかったからな。その前もあわせると…」
「よく頑張れたじゃん」
「ま、逢うためだ」

442 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時53分21秒

言ってからしまったと思ったが、もう遅かった。
ひとみはこういう台詞に滅法弱いのだ。電話で泣いたこともある。
「ジョーさん…」
「何だ」
「やっぱいま言っとく」
「ストップ」
とひとみの唇に人差し指を当てる。危ないところだった。

「そういう台詞は、別れのときに使うもんだろ」
「まだなんも言ってないよ」極めて不満そうだ。
「ったく…」
雰囲気が変な方へ傾いてるのを怒らせずに止めるのには、神経を使う。

443 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)14時59分36秒

「ま、気持ちはありがたく受け取っとく。部屋へ戻って寝ろ」
「はん?」
ひとみは、間抜けな反応(こういうところも魅力的だが)を示した。
「悪いが眠い。まだ時差ボケが直ってないんだ」
「たった3時間じゃん。…は、そういうことですか」
「勘違いするな。時間はたっぷりあるってことだ」
べつに今夜でなくてもいい。

「わかった。ごめん遅くまで」
まだ何か言いたそうな顔をしたものの、どうにか納得してくれたようだ。
「11時ぐらいでいいか。着いたとこで昼飯だ」
明日のことに話を戻すと、ひとみは破顔した。この笑顔を見たいが為に、俺は遠く
ハワイまで遠征してきたと言っても良かった。
「うん。初デートだねっ」
「そういうの、よく平然と言えるな」
「そーかな。じゃ、おやすみ」
ひとみは最後にウインクを置いていった。

444 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)15時00分48秒
モーニング娘。と俺のバカンス一日目は、こうして終わりを告げた。

俺も、ひとみも、このときはまだ知らなかった。
あの娘の葛藤を。

あの娘の悲恋を。


そして、事件は起きた。





To be continued...
Next time is start at section"She's cry bitterly." chapter.1
See you again and good luck !
445 名前:新人 投稿日:2003年08月05日(火)15時03分19秒
作者です。
とりあえず、これが今週最後の更新とならないようがんがるつもりです。

さて、今回のエピソードですが、中心となるのが誰か、もうお分かりに
なりましたでしょうか。
ヒントは、外伝が始まってからの、私のレスにあります。
みっくすさん、つみさん、ファイナルアンサーを(w
446 名前:みっくす 投稿日:2003年08月05日(火)15時31分32秒
やぱり中心はなっちですかね。
ファイナルアンサーとしておきます。
で、葛藤してるのは、なっち?
悲恋はあいぼん?
いや、葛藤も悲恋もあいぼんかな?


447 名前:つみ 投稿日:2003年08月05日(火)16時25分43秒
おお!謎のミヨタさん登場!!
わたくしもみっくすさん同様なっちとあいぼんと見た!!
448 名前:丈太郎 投稿日:2003年08月06日(水)15時50分22秒
お久しぶりです。更新お疲れさまです。
やはり、なっちなのかな。うーん外れた…やっぱ高橋にはまだ早い?
前作でだいぶ矢口を押してらしたんで、セクシー隊長に春が!?と
も思ってたんですが。前途洋々のなっちに何が起きるのでしょう…
ともあれ、続きを楽しみにしてます!
449 名前:とこま 投稿日:2003年08月07日(木)21時15分55秒
お久しぶりです。
う〜ん、誰だろう・・・紺野でもないし・・・
全然分からないっす!
450 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時47分39秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#3 慟哭−1


デビッドがリードを引っ張る力がいつもよりも強い。バーナード・レクスターは少し
だが、不安を感じていた。ポインターは猟犬だ。周囲に漂ういつもと違う空気を、
敏感に察知する。
昨年、バンクーバーで狩りに出たときなど、誰も気付かなかった熊の気配を
仲間に知らしめるために、30分も吠え続けた。
そのデビッドが、いつもと違うコースをずんずん進んで行く。初めての場所では
ないが、地元の『まともな』住人は、あまり近づかない通りへと入っていた。

デビッドが立ち止まり、飼主を見上げた。この公園に何かあるのだろうか。
レクスターは、忠実な飼犬の意を汲むことにした。猟犬は飼主を守るために、
どんな敵にも立ち向かう本能を持っている。その彼が自分をここに案内したと
いうことは、少なくとも命の危険はない。そう判断して公園に足を踏み入れた。

数分後、恐怖に青ざめた顔と怯えた声で携帯電話と会話するレクスターと
心配そうに寄りそうデビッドが、足早にもと来た道を戻って行った。

451 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時48分13秒

ようやく藤本が目を覚ました。さっきから何度おこしたかわからない。
「もー朝ごはんなんかいらないってー」
もともと低い声がガラガラだ。
「なに言ってるんですか。朝はちゃんと食べないとだめです。人間はそういうふう
に出来てるんです!」
「わかったから、おっきな声ださないで…」
「早くシャワー浴びてくださいよ」
完全に二日酔いの藤本にバスタオルを渡すと、紺野はバルコニーへ出た。
既に気温が上がり始めている。

452 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時48分50秒

(大丈夫かなあいぼん…)ここ数日、元気の塊である加護の様子がおかしいこと
に、彼女も気づいていたのである。
昨夜おそくドリンクを買いに(部屋の冷蔵庫に好みのがなかった)出たとき、散歩
から戻ってきたらしい加護とすれ違った。
「あ、あいぼん。おやす…」無反応なだけではなかった。
(泣いてる?)ふっくらした頬に残る涙の跡に、紺野は気づいたのである。
「あれ、あさ美ちゃん」通り過ぎてしばらく歩き、加護は思い出したように振り
かえった。
「どうかしたの」泣いたりして、とは聞けなかった。
「ううん何でもない。散歩してきただけだよ。おやすみー」
それだけ言うと、まるで話したくないとでもいうように行ってしまった。

453 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時49分40秒

同い年とはいえ、先輩後輩ということもあって、まだ肝胆相照らす仲ではない。
けど、やっぱり気になる。のんつぁんが気づいてくれてるといいけど…。
紺野は、辻が昨夜のうちに加護のもとを訪れ、一晩中話し込んでいたことを
知らなかった。

「お待たせ…うぷっ」
「フレッシュ・ジュースでも飲めば治りますよ」
まだ足元が怪しい藤本の腕をとり、紺野はカフェへ向かった。
その笑顔は、涌きあがる不安を無理に消そうとしているようであった。

454 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時50分14秒

吉澤ひとみの朝は早い。もとい、吉澤ひとみは、朝に弱い。
「よっすぃー、おはよ!朝ごはん食べに行こ」
完全に覚めきらない目に飛び込んできた石川のテンションは、今朝も健在だ。
(あれ…なんで梨華ちゃんがいるんだろ)同室は辻のはずなのに。吉澤は半分
眠ったままの頭で、昨夜のことを思い出す。
ああ、そっか。加護ちゃんのところへ…。


昨夜、ジョーとの甘い時間(?)を過ごして自室へ戻った吉澤は、バスルームから
流れてくる怪音波に耳を疑った。
「♪♪えーいがにも行きまーしたっ♪きんちょぅおーでおぼえてなーいーよー♪♪」
二期タンポポだけでなく、ユニット史上に残る名曲とファンの間でも評価の高い
『恋をしちゃいました!』である。音源は言うまでもない。
バスルームから出てくるなり、質問を浴びせた。
「なんで梨華ちゃんがいるの」
「なによその言い方ぁ。あたしじゃ嫌なの」
「やや、違うけど、つーじーはどこいったのかなと思って」

455 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時51分39秒

石川によれば、さあお風呂♪というところに辻がやってきて、加護と深刻そうに
話しはじめたのだという。その泣きそうな表情をみて、ここは二人にした方が
いいと思った石川は、辻とルームキーを交換して吉澤の部屋へやってきた。
ジョーに言われたものの、考えてみれば相方の辻が気付かないはずはなかっ
たのだ。


「さっ、行くよ」ちゃっかり着替えも持ってきていた石川は、既に短パンとノースリ
ーブに着替えている。上はやっぱりピンクだ。
「いつまでぼーっとしてんの。起きなさいよっすぃー」
「ほーい」
シャワーはあとでいいや。とりあえず加護ちゃんの様子を確かめなきゃ。
着替えている間、鼻歌を歌いつつガイド誌に目を通す石川を見て「これじゃいつも
と変わんないじゃん」と運命(?)を感じる吉澤であった。

456 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時52分33秒

カフェへ下りていくと、最年長の3人以外は既に席に着き、朝食をとりはじめていた。

昨夜の一件を冷やかすような会話も、若干だが聞こえてくる。

「さあて、なぁに食べよっかな」石川がメニューを取った。
バイキングなどという陳腐なものではなく、ちゃんと朝食用のメニューがある。
「えっとぉ・・・・・・・・・・よっすぃー決めて」
全頁英語だった。とりあえずジュースだけ注文して料理を選んでいると、辻が
やってきた。

「梨華ちゃん、ゆうべはごめん…」
「いいのよ。亜衣ちゃんは?」
石川は優しいお姉さんの顔だ。
「んとね、だいぶ落ち着いたみたい」
「あとで教えてね」
「うん。よっすいー、ごめんね」
「いいけど、メモぐらい残してってよ」
「今度からそうする」

457 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時53分26秒

(今度から?)吉澤は眉を寄せた。じゃ、また後でね、と手を小さく振って加護の
もとへ戻っていく辻を見ながら(ひょっとして、まだ…)と考えていると、石川が
「ちょっと美貴ちゃん大丈夫!?」と声をあげた。
見ると、高橋・紺野と3人が同席するテーブルで、藤本が額にタオルを乗せて
ぐったりしている。さては…

「なに美貴ちゃん、二日酔い?」吉澤の問いにも、答えはない。
「すんごい臭いんすけど」
隣に座った高橋が苦笑している。
「安倍さんも酔っとってえ、けどケタが違うですよ」
「っさいなあ」やっとタオルを取った。眼が真っ赤だ。「あんたたちが飲まないか
ら、あたしが飯田さんと飲み比べする破目になったんでしょぉ」
「そんなことしてたんですか。勝てるわけないのに…」紺野が突っ込む。
「仕方ないじゃん、安倍さんは寝ちゃうし、よっすぃーはジョーさんと話し込んじゃ
うし、梨華ちゃんはニコニコしてるばっかで…うぷ」
「はぁぁ…だめだこりゃ」
思わず顔を見合わせる、石川と吉澤だった。

458 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時54分25秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#3 慟哭−2


「ぎぼちわるい…」
「水たくさん飲んで吐いちゃいなよ。楽になるからさ」
二日酔いに苦しむ安倍と、介抱する飯田である。
高橋によれば、時間は覚えてないが、帰ってくるなりトイレへ直行し、出てきたと
思ったら、とっととベッドに倒れこんで爆睡を開始したらしい。
衣服を脱がせることもできず、仕方なく自分のかけ布団をかけたのだそうだ。
冷房を弱くすれば毛布一枚でもなんとかなる。意外と機転が利く17歳、高橋愛。

459 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時55分08秒

「やっばむ゛り。二人で行っできで」
外では矢口が待っている。
「そう。じゃ行ってくるね。水、ここにおいとくから」と枕元の水差しを示し、飯田は
立ち上がった。

外へ出ると、矢口は心配でたまらないという顔で立っていた。
「どう、なっち」
「だめ。すっごい二日酔い」
「そう…じゃ、やっぱゆうべのは違うのかな」
「あんなんなるまで酔ってたんじゃ、外に出らんなかったと思うけどね」
「だね」
話しながらエレベータへ向かっていると、朝食を終えた高橋がやってきた。
ちなみに、ジョーが無理に頼んだこともあってかメンバーの部屋は各階に散って
いた。
「おかえりぃ。みんなは?」
「だいたい食べ終わって部屋に戻りましたよ」いま残ってるのは石川と吉澤だけだ。
矢口の問いに答えたあと、高橋はじっと飯田を見た。

460 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時56分01秒

「どした」
「いやあ、藤本さんがあんななのに、しゃんとしとるなあて」
昨夜の飲み比べは、当然ながら飯田の大勝だった。曰く「6年早い」
デビュー当初から中澤に鍛えられていた愛弟子とすれば、赤子の手をひねるも
同然だった。
「なに、二日酔いなの藤本」飯田は不思議そうだ。そりゃ、あんたと比べれば。
「もうすんごいですよ。ジュースしか飲まんで『うえっ』ばっか」
「ひゃはははは。そんなんで起きただけ偉いよね。じゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃいまし」
うやうやしく道を空けて礼をする高橋に微笑を残し、二人はカフェへ向かった。

461 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時56分47秒

「ただいま。安倍さー…」
「う゛ーお゛かえり゛ぃ」横になっていた安倍が上半身を起こして迎えた。
(わちゃ、こりゃあかんわ)回復していたら聞いてみたいことがあった高橋は、
いまにもトイレへダッシュしそうな安倍をみて断念した。

次期エースと言われて2年がたつ。だが、自分にはそうなる意思もなかったし、
そんな力もないと思っていた。
唄とダンスには自信があるものの、決定的に喋りが苦手の高橋は、トークでも
演技でも、抜群の輝きを見せる安倍には及ばない。
けど、安倍さんも、前は『エース』と呼ばれることにプレッシャーとストレスを感じ
てたって聞いた。その頃のことを本人の口から聞いてみたいんやけど…。

462 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時57分20秒

しかし、残念ながらその状況にはないようだった。
「まこっちゃんたちのとこ行きますけど…薬かなんかもらってきましょうか」
「だいじょうぶだよ。あ゛りがとね…」
コテン、と再び横になった安倍を残し、高橋は(やっぱり、ストレスたまって
んのやね)と妙に納得し、部屋を後にした。



「ねえよっすぃー、今日はどうするの」
食べながら石川が聞いてきた。
(やべ、言い訳考えてなかった)「んーと、あー」(思いつかない。先に謝っとくかな)
「ごめん梨…」
「考えてないなら、ジョーさんとどっか行って来なよ」
お買い物行こーよー、とせがまれると思っていた吉澤は、コケそうになった。

463 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)20時59分21秒

「り、梨華ちゃ…いいの?」
「決まってるじゃん!久しぶりなんだから甘えちゃえ」
「梨華ちゃん…」
「美貴ちゃんがあんなだし、あたしついてるから。そのかわり…」
「なに?」
「お土産忘れないでねっ」
石川はチャーミー・スマイルを爆発させた。
「うん。ありがとう」
吉澤の顔にも笑みが広がる。
「どういたしましてぇ」まるで自分のことのように嬉しそうな石川に(梨華ちゃん、
感謝)と心の中で手をあわせるのであった。




To be continued...
Next time is start at section"She's cry bitterly." chapter.3
See you again and good luck !
464 名前:新人 投稿日:2003年08月08日(金)21時04分31秒
作者です。
今夜の更新を終ります。

次回はいよいよ、中心というか、物語の核心となる人物が明らかになります。

>>449
とこまさん
…う゛ーむ。伏線に念を入れすぎたかな。
ここで驚かれると、中後半に用意している仕掛けで爆笑される懸念が(w

とにかく、次の更新までがんがります。
それでは、皆様のご感想をお待ちしております。

とこまさん
465 名前:つみ 投稿日:2003年08月08日(金)21時04分56秒
事件のにおいがプンプンだ〜!!
まさか殺人事件・・・?
466 名前:みっくす 投稿日:2003年08月08日(金)21時52分16秒
更新お疲れ様です。
う〜〜〜〜ん、なっちでないのかなぁ。
次回、楽しみにまってます。
467 名前:みっくす 投稿日:2003年08月08日(金)21時54分39秒
あ、あと ×亜衣 → ○亜依 です。
468 名前:新人 投稿日:2003年08月13日(水)23時06分34秒
更新が遅れておりまして、申し訳ありません・・・。
いま長期出張に出てまして、金曜の夜には家に戻る予定ですので、直後か土曜には
更新できると思います。

それまでどうか、お見捨てにならないようお願いします・・・。

みっくすさん、ご指摘ありがとうございます。
恥ずかしいです・・・。早速、全ての記述を直しました。
今後は、更新遅れもあわせてこのようなことがないよう
気をつけます。


では
469 名前:とこま 投稿日:2003年08月14日(木)21時45分12秒
楽しく待ってますよ〜♪
470 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時39分41秒
こんばんは。作者です。
1時間ほど前、出張から戻りました。
不在の間に届いていたなっつぁんのソロ・デビュー曲をBGVに更新します。
471 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時40分30秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#3 慟哭−3


安倍はドアが閉まる気配を確かめると、起き上がって携帯を取り出した。それは
専用コミュニケーション・ツールとして、お揃いで買ったものであった。
海外でも通話が可能なよう、プランを選んである。
メールを一通打ち、トイレへ立つ。気分は悪かったが、吐くほどではなかった。
昨夜、ジョーの部屋からグランド・フロアのトイレへ直行し、ポケットに忍ばせて
おいた薬を飲んだ。わざわざ医者に処方してもらった『抗アルコール剤』であった。
なるべく速効性のあるものをと頼んだため効き目自体は強くないが、そこそこの
効果はあったようだ。
472 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時42分08秒

(こないな) いつもならすぐ返ってくるのに、まだ寝てるのかな。
ふと、飯田が置いていった水差しに目がいった。(ごめんカオリ)安倍は申し訳
なさそうな顔になる。
ちょっと派手に飲みすぎたね。けど、なっちのこと怒らなかった。
あの誘拐事件以来、何かが変わった。ジョーさんが言ってたっけ。確かフェア
ウェル・パーティーのときだったな。

「ひとりひとりの行動、仕種には、すべて意味がある。それを周りがわかってや
れたらいいのにな。もっと楽になると思うんだ、人と人ってやつはよ」

もしかして、あの二人にはバレてるかも…。かなり挙動不審だったし。
ぼんやりと考え事をする彼女の耳に、飯田が消し忘れて行ったテレビの音声が
聞こえた。(あーあ、でもどっか抜けてるべ)消そうとベッドから降りる。

数瞬後、左手に握られていた携帯電話が、微かな音をたて床に落ちた。

473 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時44分20秒

古い手帳のページをめくっていた手を止め、思わず画面を凝視した。
番組は朝のニュース。ハワイ州ローカルの情報に切り替わったところだった。
本国とは違い、少しくだけた感じの服でニュースを読み上げているキャスターの
口から、耳慣れない言葉が連発されたのである。

【日本人観光客とみられる死体が発見されました】

治安の比較的良いハワイ州にあっては、とくに日本人観光客にとっては大きな
ニュースだろう。記憶をたどってみたが、過去5年の間に日本人観光客が現地
の人間に殺害されたというニュースを、ここに限っては聞いたことがない。
新婚旅行といえばハワイと言われたぐらい、日本人とハワイは近しい関係だ。
オアフにしろマウイにしろ、日本人が観光でやってきて落として行く莫大な金を、
かなりアテにしている。何しろ、資源といえばほぼ観光しかない州なのだ。
最近はアメリカよりも、フィリピンやインドネシアといった南アジアの国々の方が
日本人にとって危険になりつつあるのではないだろうか。

474 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時46分53秒

【被害者は、所持品から 御代田宗一さん29歳と思われ、現在所轄で身元の
確認を急いでいます。この方に関する情報を、当局が求めています。お心あたり
の方は…】

そこまで聞いて、電源をOFFにした。
いかんいかん、きょうはひとみとドライブじゃないか。
しかし遺留品があったにしては「思われ」だの「情報を求めています」だのと、
やけに不確かなニュースだな…。

いかんいかんいかん!俺だってハワイへ休暇をとりに来てるんだ。ハンターに
必要な癖とはいえ、今日に限っては、こーいうのはやめだ。
気を取り直して、ようやく発見した番号に電話をかけた。変わってなきゃいいが。

475 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時47分47秒

『はい、キャンプテンズ・スタンドです』
女の声が電話に出た。よかった。昔のままだ。
『その声はマダムですね。私です。ジョーヤ・タカシナです』
『ミスター・タカシナ!?お久しぶりです。こっちに来てらっしゃるの?』
『ええ。実は連れと二人でお昼をごちそうになりたいんですが、あの約束はまだ
生きてるかなと思って』
『もちろんです。いつまでも有効ですよ。今日いらっしゃいます?』
『そのつもりだけど。何か』
『残念…娘はまだ学校ですね、その時間だと。会いたがるでしょうけど』
『ははは。私も会いたいな。じゃあ頼みましたよマダム』
『ちょっと待ってください。いま主人を呼びます』

476 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時48分53秒

懐かしい声が代わって電話に出ると、切りにくくなるものだ。
思い出話の華がいくつも咲き、長くなるのは仕方なかった。
『会った瞬間に、誰だお前はってのはなしにしてくださいよ』
『はっはっはっ。恩人の顔を忘れるはずないだろう。待ってるよ』
『じゃあ、あとで』
再会の光景を思い浮かべながら切った電話が、待ちかねていたように鳴った。
予告した時間には、まだかなりあるのに、気の早い女だ。

「もうかよ。まだ30分あるぞ」
「なっ、何でわかったのよ」
ひとみだった。

477 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時49分35秒

「遠足行く子供みたいだな」
「馬鹿言ってないですぐ来て。加護ちゃんが大変なの!」
「加護が?どうしたんだ」
ひとみの話を聞くうち、軽い衝撃が自分の中にも波紋を拡げていくのを感じた。

「わかった。すぐに行く」
「今日は『おあずけ』になりそうだね。じゃ」
ひとみの、やや残念そうな声を最後に電話は切れた。最強コンビの一角が崩れ
かけてるんだ、それも仕方ないだろう。
もう一本電話をかけてから、携行品を身につけて部屋を出た。
昨夜に感じた、娘。のダイナモに生じつつあった微かな異常。
俺はいつのまにか、早足からダッシュへ移っていた。

478 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時51分10秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#3 慟哭−4


ドアの前で、ひとみが立ち尽くしていた。
俺の顔を見て何か言いかけ、口をつぐむ。「加護は?」という問いにも、首を
横に振るだけだった。
電話で聞いた、事の経緯が甦る。


昼のことを考えて軽めの朝食を終え、昨夜は入りそこねた風呂を準備した。
湯船にざぶんと飛び込んで身体を伸ばしていると、「よっすぃー」と呼ぶ声が
聞こえた。
「なあにー、つーじー」
「早く来てえ」
「どうしたのよ」バスタオルを巻いただけで戻ってみると、辻は懸命にテレビの
チャンネルを切り替えている最中だった。
「生の英語聞くと、けっこう違うよ」と言ったのが気になっているにしては、泣き
そうになっているのが妙だ。

479 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時53分54秒

「あ」
画面を指差し、吉澤を見た。
「訳して」
「え?」
「早く」
声に切実なものを感じた吉澤は、文字の日本後訳と同時通訳を織り交ぜた。
「えー『今朝午前5時頃、○○○ストリートの××公園で、日本人観光客と思われ
る方の遺体が見つかりました。遺体の損傷が激しく、身元の確認は困難ですが
現在のところ、遺留品から、ミヨタ・ソウイチさん29才と思われています』って感じ
だけど」

言い終えてから吉澤は(ミヨタ?どっかで聞いたような)と思った。つい最近も耳に
した名前だ。互いに記憶を辿った結果、思い出したのは辻のほうが早かった。
「亜依ちゃん!」
「ちょっと、つーじー!?」
あっという間にドアの外へ消えた同期を追うことも出来なかったため、仕方なく
着替えをはじめた。いまさら入り直すのも変だし。

480 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時54分32秒

もうすぐ約束の時間だけど、何か行きにくいな。「亜依ちゃん!」って、加護ちゃん
だよね・・・
「ミヨタ!」
思い出した。FS4の完成&リリース決定記念と称して、中澤が無理やり開いた
パーティーで、紹介された広報担当が確か御代田だ。中澤さんに呼ばれて行っ
たんだよ確か。加護ちゃんがちゃっかりついて来てて、食べ物の匂いには敏感
だなと思ってたら、御代田さんと楽しそうに話してた…。
1分で残りの着替えを終え、ダッシュをかけた。まさかあの娘、御代田さんを?

石川と加護の部屋に着き、チャイムを何度も押して名前を呼んでみたが、返事は
ない。どうしよう・・・このままじゃ、おちおち出掛けてなんて…。そうだ!

481 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時56分17秒

で、俺が呼ばれたわけだ。
「中にいるんだろ」
「返事してくれないんだ」
さすがに暗い声だ。経緯からすると辻が必死に加護を慰めているのだろう。
中断させて悪いが、加護に直接、話したいことがある。
「辻きこえるか、高科だ。ニュースのことで話があるんだ。開けてくれないかな」
数瞬後、堅く閉ざされていた扉は静かに、涙を堪えている辻の姿を浮かび上がら
せた。
「加護は?」
「…」無言で首を振る。
「任せろ」

加護は真っ黒のTV画面を見つめていた。小さな身体を支配するのは、空虚だ。
「どうした加護」返事はない。背後では、辻がひとみにしがみついて嗚咽を洩ら
している。バカ、お前が先に泣いてどうするんだ。

482 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)22時59分09秒

「いつも元気なお前が、何を沈んでる」再び問いかけてみたが加護は身動き
すらしなかった。あの悪戯っ子パワー全開の娘が。フェアウェル・パーティーで
のこの娘は、日本で観たダウン・タウンの歌番組にでた写真と同じく、とんでも
ないお転婆だったのに。


「「でへへへへ」」いつのまにか、俺は両脇を加護と辻に固められていた。焼肉も
底をつき、安倍・吉澤コラボによるつまみだけになった頃である。
「なっ、なんだぁお前ら」
「これがよっすぃーの『彼』か。ふむふむ」
「ねーねー、よっすぃーのどこが好きなのー」
あまりにストレートな問いに、回答をためらった。もう少し遠まわしに聞けよ。見ろ、
向こうも硬直してる。

483 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)23時02分57秒

テレビで見る加護の印象は、完全に「陽」であり、それはこの場でも同じだった。
ただ、実際に接してみてわかったことがある。
「かーごぉ、あんま苛めんとき」と笑う中澤の眼が母親のそれに見えたように、
どことなく「守ってやりたい」と感じるのだ。

それは辻も同じだ。加護の相方として底知れぬパワーを発揮しながら、ふとした
瞬間に見せる、悲しげにも映る瞳。元来、ダイナモの加護に対してアンプの役割
を持ち、二人で三倍、五倍の魅力を発揮する辻だが、相方より口数が少ない分、
はかなげとも思える表情を作るのは事実である。

「どこって…おほん。全部だ」半分は本気で答えてみた。
「わー、このこのこのこのこのぉ」
連発されるショルダー・タックル。ひとみが「娘。のダイナモ」と表現したのもむべ
なるかな。こっまで乗りが違ってきてしまうのを自覚したものである。

484 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)23時04分10秒

だが、いまこの部屋にいる二人は、つんく♂の部屋で10分と嬌声を欠かすこと
のなかった、娘。の最強タッグではありえない。
回りくどく慰めてる暇はないな。
「しっかりしろ加護。まだ御代田と決まったわけじゃないぞ」
表情に僅かな動きがあった。

「警察に問い合わせたんだ。あんま詳しい話しは聞けなかったが、まだ御代田
と確認できたわけじゃないそうだ。『顔がないんだ』とよ」
顔が…。ようやくこちらを向いた加護の口が、そう動くのがわかった。瞳からは
一筋の涙。拭ってやりたいが、それは俺の役目じゃない。
「そうだ。これからホノルル市警へ行く。御代田でないことを確認したら電話する。
ここで待ってろ」

遺体発見現場は、観光客が寄り付く場所じゃない。御代田宗一がひとみの言う
とおり、真面目で堅実な男であるならば、現場と遺体の状況から、別人である
可能性は低くないのだ。

485 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)23時08分21秒

「……うええええええん」
加護は俺の胸に顔を埋めて泣き始めた。やはり、歳相応だな、こういうときは。
アイドルとしてのキャリアは豊富でも、まさかのときには素の女の娘に戻る。
だからこそ、メンバー皆に可愛がられるのだろうが。
頭を撫でてあげていると、徐々に声は小さく、嗚咽も収まっていった。

「いいか、もう一度言うぞ。遺留品からそうだと考えられてるだけで、身元が判明
したわけじゃない。おまえの知ってる御代田さんは、観光客が寄りつかない裏通
りの公園で死ぬような人じゃないだろ」
あえて「殺される」とは言わなかった。
意図をわかってくれたのか、加護はゆっくりとだが確実に頷いた。

486 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)23時09分46秒

「いい娘だ」その頭を優しく撫でてやり、辻に向いた。
本当に?本当にミヨタさんじゃないの?まだ潤む瞳が、そう訴えかけている。
「ついててやれ。目を離すなよ」
辻は意外にしっかりした表情で俺の眼を見ると、唇をかみ締めて頷いた。
もう大丈夫だろう。


「行くぞ」とだけ言い、返事を待たずに部屋を出た。
ひとみは何も言わずについた来た。ドライブの約束を、加護にかけた一言でフイ
にしちまったのを怒ってるかな。

「市警って遠いの?」
車に乗ろうとしたところで助手席側から声をかけられ、少しびっくりした。
その声色は、怒っているどころかむしろ楽しげであったのだ。
「いや。車で15分ありゃ着く」
「そっ。急ごうよ」

487 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)23時11分14秒

車をスタートさせると、ひとみは窓を流れて行く街並みを見ながら言った。

「今度も信じるよ」

石川誘拐事件の初日、俺は数々の状況証拠から判断して、石川は無事でいる
とひとみに話した。ハンターとして培った勘が囁いたとはいえ、それを耳にした時
にひとみが見せてくれた笑顔は、いまでも忘れられない。
そしてここでも、また。

「任せておけ。現役をなめるなよ」
いつもの減らず口をたたきながら、ひとみとの信頼関係が、離れていたことで
逆に強くなったことを、俺は感じていた。




To be continued...
Next time is start at section"She's cry bitterly." chapte.5.
See you again and good luck !
488 名前:新人 投稿日:2003年08月15日(金)23時18分07秒
今夜の更新を終ります。
明日、また更新できればと思っています。

みなさんの予想は当りましたでしょうか。

悲恋と葛藤を秘めていたのは、安倍なつみ。
そして、あいぼんも秘めたる想いの行場を探していたのでした。

番外編を書き進めて、中盤を過ぎた頃、なっつぁんの卒業が発覚して驚きました。
娘。の大エースとして活躍してきた彼女に、まさかこんな未来が待っていようとは。
いろいろ思うところもあってエピソード・ヒロインを彼女にしたのですが、こうも
タイミングが合うと気味が悪いというか・・・。

私だけではなく、彼女に特別な思い入れがある古いファンは、あの瞬間をどういう
気持ちで受け止めたのでしょうか。
そして、その瞬間をどういう心境で迎えるのでしょうか。

それでは、明日また。
489 名前:つみ 投稿日:2003年08月15日(金)23時41分55秒
やはりそうきましたか・・・
なっちとあいぼんをこんなに悲しませる
ミヨタさんに嫉妬を覚えつつ・・・

ジョー&よっすぃーコンビ復活っすね!
490 名前:みっくす 投稿日:2003年08月16日(土)02時20分40秒
やはりなっちでしたか。
なっちは今後どういう行動をとるのですかね。
あいぼんがなんかせつないです。

491 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時03分39秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#3 慟哭−5


(ここは…)気がつくと、そこは納屋らしい小屋の中だった。外へ出てみると、道
らしい土が一筋、潅木と草の間を遥か「下方」へ延びている。印象的には、古い
登山道の名残のようであった。すると、これは廃れた山小屋か。
とにかく、人のいる場所へ降りなくては。観光でしか来たことのなかったオアフ島
にこのような場所があったことに若干の驚きを覚えながら、彼は歩き出した。

鈍い痛みを感じる後頭部へ掌を当てると、妙な感触がした。
(血…ああそうか。そうだった)身体を調べてみたが、他に傷はない。金品だけが
目的だったようだ。
場所も、いまが何時なのかもわからないが、太陽の高さからすると昼に近いだ
ろう。
彼女と分かれたあと、車に乗ろうとしたところから記憶がない。おそらく、後頭部を
鈍器のようなもので殴られたのだ。向こうに殺す気がなかったのは幸いだった。
492 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時04分48秒

彼女たちは今日いっぱいは休暇のはずだ。おそらく、朝から何度も入れたのに返
信のないメール画面を見て、心配しているに違いない。
強盗は衣服だけを残し、財布から腕時計から金になりそうなものは全て剥ぎ取っ
ていった。もちろん、携帯もだ。
一刻も早く彼女に連絡を取らなくては…御代田宗一は、空腹と痛みで萎えそうに
なる気力を振り絞り、太くはっきりしはじめた道を下り続けた。



(いた)やっとみつけた。矢口は静かに近づいて行った。
寝込んでると思ったら、こんなところに…。大所帯の司令塔は、安倍の僅かな
異変に気付いていたのである。5年もの付き合いは伊達じゃない。
卒業が明かされた夜は手をとりあって笑い、曲を聴いて、ともに泣いた。
その時とは違う涙を、安倍の中に見ていたのだ。

493 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時07分31秒

遠くから見る姿は、まるで一人寂しく海に浮かんでいるようだった。
そこに満たされているのは「哀」だ。
(泣いてる?)声をかける寸前、安倍は手の甲を目に当てたように見えた。

「こんなとこにいたの」
「えっ?びっくりしたぁ」
安倍は手の中の物を素早くバッグにしまった。
「探したよ。動いても平気なの」
「ああ…うんだいぶ抜けたよ。カオリの言う通り、水ガブ飲みしたさ」
笑顔にうっすら膜をかけたような、僅かな翳。

「そっ。ね、ちょっと外行くけど」
「うーん…カオリは?」
「もうひと寝するってさ」
「そっか。なっちもいいや」
「そ?じゃあ」
「うん、ごめん」

494 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時08分15秒

問いただしたくなるのを我慢して背を向けた。エレベーターの扉はすぐに開いた。
いったん部屋へ戻らなくちゃ。何も言わずにいなくなるなんて、なっちらしくない
よなあ…。
待てよ、らしくない?そうか!
矢口は飯田を叩き起こすと、肩をつかんで揺すった。

「なによぉ…ひとがせっかくいい気持ちで…くぁ」
「ねえ、なっちが携帯かえたって話、きいた?」
「携帯?うーん聞いた覚えないけど」
「だよね!」
ベッドへ腰掛けると、矢口の頭脳はフル回転をはじめた。あのときを彷彿とさせる
鋭い眼に、ねぼけまなこだった飯田も真顔にかわってきた。

495 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時09分03秒

このツアーを前に、現地でも電話できるようにと携帯を会社ごと変えるメンバー
がいた。変えなくても、プリペイド携帯とカードをしこたま買い込んで、期間中だけ
でも使えるようにした娘もいる。
もちろん、面倒くさがったり、無駄と言い切るしっかり者もいたが、安倍は興味を
示さなかった。
いや、その必要がなかったのだ。

「なっちの携帯がどうしたのよ」
飯田は、顔色までも変えた。昨夜からどうにも晴れない疑念を、もう一人の親友
が晴らそうとしている。
「違ってた」
「は?」
「携帯。なっちがいつも使ってるやつじゃなかった!」

496 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時10分15秒

そうだ。なっちのは海外で使えないはず。だとしたら、あれは…。
「どーいうこと、それ」
「カオリいくよ。はやく着がえて」
「どこ行くの」
「とりあえず下。ヤバいよ、なっち」
「なんかわかったのかさ?」
「いーから早く!」

数分後、二人はグランド・フロアの商業施設をぶらつく安倍を視界に収めた。
物陰からそっと見守るような飯田と矢口は、まるで尾行しているかのようで
あった。

497 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時16分18秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#4 錯綜 "Complicated." chapter 1.



入口でバウンティ・ハンターの免許を見せてボディ・チェックを受け、建物の
中へ入っていくと、見覚えのある婦警とすれ違った。なんだ、まだ市警に
いたのか。確かそのうち州警察本部へ行くとか言ってなかったかな。
そんなことを考えていても、もちろん顔には出さない。んなことしたら、誰か
さんの鉄拳もしくは膝が飛んでくるからな。

ふと傍らを見ると、ひとみは落ちつかない様子で周囲を見回していた。
「何だ、はじめてかよ」
「あたりまえでしょ。でも何か騒がしいね。こんなもんなの」
「そのうちわかる」
とだけ答え、奥へと歩を進めた。

498 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時17分28秒

日本の警察署…いわゆる「所轄」と、米国のそれとは雰囲気に大きな違い
がある。
たまに日系人もいるが、米国人という国民性の違いによるところは大きい。
署内に陽気な会話と笑いが満ち溢れているのは確かだ。
だが決定的に違うのは、犯罪発生率に比例した、検挙数の多さである。

試しに、そこいらの職員を捕まえて「刑事課はどこ?」とでも聞いてみると
いい。案内を受けてる間に、2・3人は引っ張られてくるだろう。
これが本土になると倍近くにもなるのだから、日本てなぁつくづく、安全な
国だよ。
まあ、おかげで俺みたいのが食っていくには、米国のが何倍もありがたい
わけだが。

499 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時18分09秒

ホノルル市警は、2年半ほど前にも何度か来た事がある。もちろん、俺が
引っ張られたわけじゃない。
建て替えたって話は聞かないから、刑事課も前とフロアは同じだろう。そう
踏んで階段を昇りかけたとき、脇の開放されたドアからマイクを通した音声
が聞こえた。

『死体は首から上を切断されたうえ持ち去られているというのは本当なの
でしょうか』
内容に、俺は足を止めた。
「ねえ、これアレでしょ」
ひとみにもわかったようだ。
壇上では、事件の担当官らしい男が数本のマイクを前にして立っている。
そいつに向かって座り、手帳やICレコーダ等を手にしているのは、記者連
中だ。
いわゆる、リリース会見である。

500 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時18分46秒

『本当です。公園内の別の場所に、大きな血だまりがありました。少し
離れた茂みの中へ隠したつもりでしょうが、猟犬の鼻にはかなわなかった
ようです』

すると、第一発見者は犬とその飼主か。
『なぜ頭部を持ち去ったのでしょうか』
『我々は、こう考えています。犯人は、最初から殺すつもりではなかった。
おそらく衝動的な殺人でしょう。だから、車移動ではなく、徒歩で公園を
訪れた。死体そのものを運び去ることが出来ないので、頭部だけを持ち
去ったのです。昨夜から今朝まで、付近に車が止まっていたという情報も
ありません』

501 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時22分24秒

ふむ。辻褄は合うが、問題は動機と猟奇的行為の主因だ。
『それだけでは、首を切断した理由にはならないのでは?』

『さて、そこです。遺体の身元を隠す理由が、はっきりしません。遺留品
から被害者だと思われるソウイチ・ミヨタは、日本の警察に身元を照会中
ですが、4日前に入国していることしか、現在は判明していないのです』

『では、単純な強盗で、犯人におかしな趣味があるとでも?』
『その線でも捜査にあたっていますが、可能性は低いでしょう。とにかく、
遺体が誰であるかはっきりしないことには。いまミヨタ氏の家族がこちらへ
向かう手続きをとっているとのことです』

502 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時23分22秒

そこまで聞いて、2階の刑事課へ向かった。
「違うな」
ひとみが呟いた。今の内容がわかったなら、英語力にも、見習としての
成長力にも自信をもっていい。
「お前もそう思うか」
「うん。観光客なら、放っておいてもアシはつきにくいんじゃない」
ほぼ正解だ。身元がはっきりしたとしても、ただの強盗なら容疑者を絞り
にくい。
身元がわかっちゃ困る理由が殺人犯にあった、とするのが妥当だ。

「知り合いでもいるの」
刑事課に、ということか。
「ああ。警視庁時代からの付き合いだ」
「へえ」

503 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時25分14秒

話していると、受付に着いた。書類整理をしていた姉ちゃんが顔をあげる。
ひとみの顔から不安が消え、期待感が全身から吹き出ていた。
バディ候補たるもの、こうでなくっちゃいかん。しかしまあ眼を爛々と輝かせ
やがって。これがただの好奇心なら、即刻ご退場願うところだ。
俺は吹き出すのを堪えながら、婦警に声をかけた。


To be continued...
Next time is start at section"Complicated" chapter 2.
See you again and good luck !
504 名前:新人 投稿日:2003年08月16日(土)20時29分01秒
今夜の更新を修了します。
・・・いけね、字間違えた。
いま「岡女」を観ていたもので。

辻と加護、見事なもんです。
よっすぃーのテキトーさに大ウケしました。

では、また次回の更新にて。
505 名前:つみ 投稿日:2003年08月16日(土)22時10分35秒
ミヨタさん!!
なっちとあいぼんが絡んできますかね〜

よっすぃ〜の平行四辺形と大化の改新の話
には私も驚きました^^
506 名前:みっくす 投稿日:2003年08月17日(日)00時47分03秒
いよいよ事件編ですね。
よっしーはどう活躍するのかな。
なっちの動きもきになるところ。
507 名前:丈太郎 投稿日:2003年08月17日(日)08時13分11秒
更新お疲れさまでーす。よっすぃーがおとなしいですねえ…みっくす
さんの言うとおり、大暴れを期待してます!
508 名前:とこま 投稿日:2003年08月18日(月)20時59分30秒
なっちとあいぼんでしたか…。
いよいよ、やぐっちゃんとよっすぃ〜の本領発揮ですね。
509 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時27分04秒
こんぱんは、作者です。
明日からしばらく更新できなくなるかもしれないので、今夜はちょっと多めに更新
します。
510 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時28分22秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#4 錯綜 "Complicated." chapter 2.


『グラザルコフ警部はいるかな』
『あなたは?』
おやおや、ここには何度か来たことがあるが、意外と知られちゃいないな。
数少ない東洋人のハンターで、腕もまともだってのに。

『ジョー!』
身分を明かす前に、奥から懐かしい声が俺の名を呼んだ。上下ダーク・
グレーのスーツを来た白人の大男が、大股で近づいてくる。ちょっと小太り
の笑顔がはちきれそうだ。

511 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時29分42秒

『よう、DR.J。久し振り』
『はっはっはっ、おい元気だったか。あれ以来だな』
『もう2年近くになるか。変わってないね』
『稼業はうまく行ってるか。少し痩せたんじゃないか』
がばっと抱擁をかわし、肩をたたきながらそう言ったのは、ジェームス・
グラザルコフ警部=通称・DR.Jである。
別に、元NBAのスーパースターに似ているわけじゃない。ポリスを志望
する前は医者を目指していたという経歴によるものだ。


Jとは、彼が日本へ逃げ込んだ国際指名手配犯を追って来日し、世話役
をおおせつかって以来の仲である。
滞在中、ホテルで燻っているのはつまらんと、同行の刑事と一緒に街へ
くり出すのに毎晩のように付き合わされるほど、くだけた男だった。
ちょっと年上だが、俺にも『J』の愛称で呼ぶことを許してくれたし、片言の
日本語も話せたので、キャバクラで大人気となったのを今でもはっきり覚え
ている。

512 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時32分08秒

手配犯を逮捕して離日するとき、ハワイに来たらいつでも訪ねてこいと、
アパートの住所まで教えてくれた。結局、在職中にそれはかなわなかった
が、ハンターとなって初めてハワイを訪れたときにコンドミニアムの一泊分
を儲けさせてもらった。翌日の二日酔いはオマケにすぎない。
以後、ハワイを離れるまでJは俺に協力を惜しまず、俺もまた積極的に力を
を貸した。ハンターの人脈とは、こうして出来上がって行くものだ。


積もる話は山ほどあるが、そいつは次回に持ち越しだ。
『まあ順調かな。それより、例の事件だが』
『あれか。残念だが俺は担当じゃないんだ』
『知ってるよ。プライスだろ』
すぐ横でそっぽを向きながら、ひとみは耳がダンボ状態だ。
プライスとは、さっき会見していた男のことである。Jに紹介されたことも
あって、形としては市警の「2トップ」と懇意にしているのだ。

513 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時33分15秒

『そうだ。呼んで来ようか』
『まだ会見中だろう。それより、ちと気になることがあってな』
『何か情報を持って来たのかい』
『いやまったく。けど、放っておけなくてさ』
『気持ちは分かるが、あまり無理は聞けんぞ』
『遺留品を見せてくれるだけでいいよ』
Jはチラリと後ろのひとみを見ると『わかった。けど、そちらのレディにはここ
で待っていてもらうことになるな』と言った。
それは承知のうえだ。ハンターの免許を持たない人物が入り込めるのは、
ここまでだった。全米で固守されている、動かしがたいルールである。

「聞いたか。ここで待ってろ」
「うん。早くね」
ひとみは全く抗うことなく承服した。無理とわがままの区別がここでつくとは、
なかなか勉強してやがるな。
『そこに座っていてもいいですか』
ひとみは鮮やかな英語でソファを指差した。
『こりゃ驚いた。まだロー・ティーンだろう。よく勉強してるね』
ひとみはちょっとムッとして『もう18です。いまの一言で傷つきました。ドリ
ンクを要求します』と返した。最後に笑顔をつけるのも忘れない。

514 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時35分22秒

悪いジョークと紙一重の要求を受け容れ、一言ひとみに謝ると、Jは俺を
案内しながら言った。
『おい、あんな娘を連れてきていいのか。一般人だろう』
ちと違うが、まあ素人というのは当ってる。半分だけな。
『いまは経験が大事なときでね』
『な…まさかお前、あの娘をバディに?』
『何年後かはわからんが、有力候補というより、ほとんど内弟子だ』
Jは両手を広げて『お前の考えが理解できん』と表現した。そりゃそうだろう、
普通はな。一緒に動きゃ分かるって、吉澤ひとみという女の凄さが。

何枚か過ぎたあと、Jはあるドアの前で立ち止まり、ここだ、と示した。
後に続いて入室すると、テーブルの上に遺留品が並んでいた。無論、少し
緩めのパウチを施されている。
遺体は収容後すぐに司法解剖に回され、剥ぎ取られた品の数々がここに
並んでいるわけだ。
といっても、衣服と財布、そして…。

515 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時37分33秒

『これか』
『そうだ。財布の中身は、そいつと日本のKARAOKE BOXのメンバーズ・
カードだけだった』
『そりゃおかしいな』
言いつつ手にした遺留品を見る。国際免許証だった。その顔写真は、確か
に日本人だ。氏名も御代田宗一で間違いない。しかしこの男…。俺は数秒
免許の写真に見入った。

『どうした』
『…いや。首を持ち去っておいて、こんなものを残すのか、最近の強盗は』
『プライスもそれで頭を抱えてる。隠したかったのか、それとも…』
『偽装か』
『そうだ。容疑者を絞り込ませないためだとすると、動機は怨恨しか考えら
れん。しかし被害者の身元すら分からんのではな。手詰まりってやつだ』

516 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時38分58秒

いずれにしろ、市警としては遺留品と、まだ報告があがっていない司法解
剖の結果をアテにするしかない。観光客なら、ホテルの周辺やスポットなど
で被害者を見た人間がいるかもしれない。そこから捜査を進めるぐらいしか
別手段はないわけだ。
俺は次に、衣服にうつった。左脇腹に大きな血の痕。襟にもおびただしい
出血を物語る染みがついている。ひとみを残してきて正解だったな。
いくら気の強いあいつでも正視できたかどうか。たちまち部屋を飛び出し、
口をおさえて右往左往なんてことになったかもしれん。

『ん?こりゃぁ…』
俺はポロシャツの上部に残されたそれを見て、光を当てる角度を変えた。
『何だ?』
Jが血相を変えた。こういうとき、直感でものを言わない俺をよく知っている。
正面から見ただけでは分かりにくいそれは、一番上のボタンにだけ刻印
されていた。
直立したイルカの手に銛…神の使いと言われる動物に似つかわしくない、
一撃必殺の武器を持たせたブラックジョーク。なるほどな。

517 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時48分04秒

『見てみろ』
手にした衣服を、俺と同じように角度を変えて見ていたJは、水平に近い
ところでそれを発見し、たちまち目つきが鋭くなっていった。
『こいつは…』
国際免許証という有力な物証があるのだ。軽視されたのも無理はない。
『掃討作戦は失敗だったようだな』
Jはテーブルの上に放り出すと『えらい嫌味だな。残党を駆逐しきれてない
のは確かだ』と渋面に変わりつつ言った。

『だとすると』
『…そういうことか!』
『プライスに言っとけ。”莫大な渡航費用を市警持ちにしたくなかったら、
家族を止めろ”ってな』
『ああ、そうするよ』
Jの相槌を最後に、俺たちは部屋を出た。

518 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時49分12秒

受付へ戻ると、ひとみは待ちかねたように「どうだった!」と叫んだ。デカい
声だな。まあ待てって、俺たちの睨んだとおりだからよ。
答えず俺は、忙しく電話をかけまくるJに挨拶した。
『じゃあよ、DR.J。達者で』
彼は受話器を置くと、コーヒーでも飲んでいけと言ってくれたが、そんな
余裕はない。

『また今度、ごちそうになるよ。世話をかけたな』
『どうってことないが…いきなり行くつもりか』
『いや、"船長の砦"へ寄ってからだ』
『なるほど、その方が確実だ』
Jは、最近は行ってないからマダムによろしく伝えてくれ、と結んだ。


警察官の顔になった友人に別れを告げ、「もったいぶらないで話してよ」と
騒ぐひとみを促して刑事課を後にする俺たちの背中を、『Good Luck』とい
う、縁起でもない言葉が背中を叩いた。

519 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時49分53秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#4 錯綜 "Complicated." chapter 3.



辻は加護の側を離れずに見守っていた。
いや、離れられなかった。
加護は放心状態に戻って身じろぎもせず、話しかけても微かに頷くだけで
あった。
それでも、何も持たずに部屋を飛び出たことを思い出し、せめて携帯と財布
だけでも取って来ようと思った。話しかけるのは、これで何度目だろう。

「あいぼん、ちょっと部屋行ってくるから、ここ動かないでね。すぐ戻ってくる
から」
少しでも雰囲気を和らげようと、二人のときは滅多に使わない愛称で呼んで
みたが、今度も少しだけ顔が上下しただけだった。
一人にする不安を振り切り、辻は自分の部屋へダッシュした。

520 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時51分47秒

「携帯でしょ、財布とぉ、んーあとは…」
窓の外に、南の島特有の高さを誇示する雲。そして日本のとは違って見える
青空に、眼を奪われた。
プライベート・ビーチには、自由な時間を楽しむホテルの宿泊客の姿がある。
あんなことさえなければ、自分たちもビーチへ飛び出して行ったかもしれない。
着慣れない水着の裾を気にしながら、大はしゃぎしていたかも…。

ほんのつかの間の想いを心の引き出しにしまい込み、辻は加護の待つ部屋
へと戻った。
「あいぼーん…?」
トイレかな…いない。お風呂にもいない。まさか…
加護の姿は消えていた。買物にでも行ったのだろうか?いや、違う。

「亜依ちゃん!」
いまにも泣きそうな顔で、辻は部屋を飛び出した。
嫌だ、亜依ちゃん、嫌だよ!
絶対に見つける!辻は決死の表情で、街へと駆け出していった。


521 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時54分51秒


石川は、年少メンバーがくり広げるビーチバレー(コートはないが)を眺めな
がら、木陰のチェアで寛いでいた。テーブルを挟んだ隣には、ようやく酒が
抜けつつある藤本が、同じくチェアに身を預けている。

(みんな元気だなあ。まだ子供だ)無邪気そのものの小川を先頭に、大人しい
タイプと思われがちの紺野や亀井までが嬌声をあげている。
高橋もだけど、小川あたりにはもう少し大人になってもらわないと…石川は、
安倍の卒業が発表されたことによって再燃した年長組の時間差卒業説に、
グループの将来を考える機会が自然と増えていた。

もちろん、飯田たちは一笑に付しているし、スタッフも「そんな根も歯もない
噂を気にしてどうする」と笑い話になってはいるが、そう遠くない時期に迎え
る事態であろうことは、常に頭に置いているつもりだった。

飯田さんたちが卒業したら、誰がリーダーになるとしても、よっすぃーと、
あたしと美貴ちゃん、三人で引っ張っていかなきゃならないんだ。
そうなったとき、あの娘たちどうするんだろう。今みたいに、ただがむしゃらに
頑張るだけじゃ駄目だってこと、ちゃんとわかってるのかなあ。

522 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時56分11秒

これは保田に前から言われていたことだが、「もっと全体を見る」ことを念頭
に、仕事をしなきゃいけない。もちろん、流れとか空気というものは無視でき
ないけど、大所帯にとってバランスは重要なのだ。
吉澤は、かつての保田のような役割を担うようになってきていた。落ち込んで
いるのに気づいて、知らないうちに相談に乗ってあげたりしている。
自分はそういうキャラクターじゃないけど、何か別のところで、後輩たちに、
もっともっと影響を与えていかなきゃ…。

それに、安倍のことも気になっていた。
これまで二人で話し込んだりしたことはない。けど、最近は何となくだが、
そうしてみたいと思っている。
「娘。のマザーシップ」「グループの象徴」と言われながら、つんく♂に
「卒業」という線路を敷かせた安倍から、必ず得るものがあるはずだから
だった。
けど、ソロデビュー曲のプロモーションやら、卒業報道から殺到をはじめた
取材やら、メンバーたちと離れることが多くなった創設以来の大エースに、
「ちょっとお話が」となかなか言い出せないでいるのだった。

523 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時56分49秒

「あーもう!どうすりゃいいのよっ」
「なあにー梨華ちゃん、お腹すいたの」
寝ているように見えた藤本が、石川の癇癪に反応した。
「ううん、別に。起こしちゃった?」
「起きてたけど、いまのなぁに」
「何でもないよ。御飯食べに行こっか」
「んー、まだ早いんじゃない」
藤本はリストウォッチを見ながら言った。正午過ぎだ。
それに、ようやく回復しつつある胃をあと少し、水分だけで慣らしたい。

「もうちょっとのんびりしよ」
「そだね」
せっかくのお休みだし、そんな時間を気にしなくてもいいよね。
気がつくと、新垣と道重が近づいてきていた。二人はジャンケンに負けて、
ドリンクを買いに行って来たのである。
年長の二人は加わらなかったが、新垣が気を利かせて買ってきたようだ。

524 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時57分48秒

「あたしたちの分も?ありがと」
しかし、石川が手を出しても、新垣はドリンクを渡そうとはしなかった。
「どしたの、おマメちゃん」
何かを告げようとしているが、怖くて言い出せないとでもいうように、強張っ
て見える。
「なんかあったの?」藤本も異常に気づいた。
「あの…のん…辻さんが」
「辻ちゃんがどうしたの」
「走ってたんです、泣きながら」
新垣はまるで見てはいけないものを見てしまったような、申し訳なさそうな
顔で言った。

525 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)22時59分42秒

「泣いてたの?」
「はい…」
石川と藤本は、思わず顔を見合わせた。
どういうこと?いくら気づかれにくい海外でも、あの娘が人目をはばからず
泣きながら?

「あの…ちょっと気になったんですけど、いいですか」
語尾が消え入りそうな道重は、いつも遠慮気味だ。
「なあに?言ってみて」
「あの・・・加護さんはどうしたんでしょう」
「え?」

そういえば朝、カフェで見かけて以来、姿を現していない。こういうシーンで
出てこないはずはない、グループ一の爆弾娘が。
「…」
重苦しい雰囲気が四人の間にたちこめる。波打ち際ではしゃいでいたメン
バーも、遠くからこちらを見ていた。なかなか届かないジュースに焦れて
いるとは思えない空気だ。

526 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時00分23秒

昨日から、いやもっと前から、様子がおかしいと思っていた。誰かと喧嘩で
もしたのかと放っておいたが、相方の辻の様子まで尋常でないとなると…。

「ねえ」
藤本が沈黙を破った。
「うん」
石川は頷くと、固唾を飲んでいる新垣と道重に向いた。
「みんな呼んできて」
「はいっ!」
二人は砂浜をものともしない、鋭いダッシュを見せた。やはり辻と加護の
ことが心配だったに違いない。
石川が「ホテルに戻るよ」と宣言し、藤本がそれを力強い笑顔で受け止め
たのは、言うまでもなかった。

527 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時01分39秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#4 錯綜 "Complicated." chapter 4.



時間が過ぎるのがこんなに遅いなんて…。
さっきまでいたカフェでもそうだった。喉が乾いたわけじゃない。
でも、何かしていないと、涙がこぼれるのを防ぎようがなかった。

ふと、ポストカードが目に止まった。
数種のなかでそれは、まるで安倍なつみを待っていたかのような光を放ち、
そして彼女は当然のように手を伸ばした。
はたから見れば、ちょっと無理目のホテルに泊まったOLが土産を物色して
いるように見える。

ただ、その頬を伝う雫だけが、真実を伝えた。

528 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時03分59秒

彼女が手にしているカードは、緑の中に佇むチャペルであった。

しばらくすると、上を向いて涙とため息をしまいこみ、フロアを出口へと向か
った。
(やっぱ伝えたかったな)いつもの輝きが消失した安倍の瞳には、もはや
周囲の光景は映っていないようだった。


少し離れたところから見守っていた二人は、慎重に距離をとって後に続く。
どうやらタクシーに乗るようだ。どこへ行くのだろう。
「ねえ泣いてない、なっち」飯田まで泣きそうだ。
「うん」矢口は、駆け寄って抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だった。
こんな彼女を見るのは初めてだった。
本来そなわっているはずの清々しさと母性が、かけらもない。まるで抜け殻の
ようだ。

「どうする矢口」
「一人にしたらヤバいかも。追うよ」
二人はタクシーのb頭に叩き込むと、少し間を開けてやってきたタクシー
の後席に飛び込んだ。

529 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時04分49秒

車に乗ってすぐ、東京へ電話した。相手は言わずもがなだ。
「高科だ。教授はいるかい」
「穣也さん!?お久しぶりです。お身体の具合はいかがですか」
和久井美弥子の声は、いつも清々しい。
「誰に言ってるんだ?全開になって4ヶ月にもなるぞ」
「うふふ、相変わらずですね。いま噂してたところです。かわります」
こんなんで用件がわかるのかよ。相も変わらず、すげえ看護士兼秘書だな。

「わしじゃ。うまく行ったか」教授は挨拶抜きだった。
「何がだ」
「とぼけなさんな。サプライズ・パーティーじゃよ」
なぜ知ってる、というのは愚問だ。あの事件以来、つんく♂と意気投合して、
たまに飲んでるらしいことはスペンサーから聞いていた。
パーティーはつんく♂の原案によるが、こりゃ教授も一枚かんでやがったな。

530 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時07分15秒

「その話はあとだ。大至急、調べてほしいことがある」
「御代田宗一の素性なら、調べはついておるぞい」
へん、その程度じゃもう驚かんぞ。
「ちょっと待ってくれ・・・・・・・・いいぞ」
メモを膝の上に置き、教授の話に聞き入った。
助手席のひとみは、固唾を飲んでいる。

御代田宗一、29歳。モーニング娘。の所属するレーベルとは同系列・別会社
"ピッコロ・タウン"の広報部所属。品行方正、真面目さに定評。
家族構成は両親に姉と弟がひとりずつ。あと、今秋にひとり加わる予定。
ハロプロの面々が集うオムニバスアルバム「FS」の担当だった男だ。
だった、というのは、最近になって担当を外されたことによる。この秋からは、
結婚を機にというわけではないが、全く別の部署へ移るという話が出ている
らしい。

531 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時08分02秒

問題は、まずまずの成功を収めているにもかかわらず、異動になる理由だ。

「娘。の誰かと交際しておるらしいの」

教授が言いにくそうにするときは、真実に近い確証がある場合に限られる。

「わかった。だいたい想像はついてる」
「そうか。考えたくはないが…なっちは元気にしておるか?」
「昨日まではな。これから聞いてみるよ」
「くれぐれも慎重にな」
最後に孫娘を心配する祖父の声になった教授に礼を言い、車をスタートさ
せた。

532 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時08分51秒

(あれ…飯田さんだ)エントランスへ入る直前、走り去るタクシーの後席に、
頭一つ飛び出た飯田の後姿を発見し石川は思わず立ち止まった。
モデル並みの長いうなじに、周囲にも大好評の黒髪。そして、昨日お揃いで
買ったカチューシャ。見間違えようがない。
「どうかした」
藤本が石川の視線の先を見ながら言ったが「ううん、行こ」と曖昧に否定
した。いま考えなければならないのは・・・。

部屋へ戻ると、危惧したとおり加護の姿がなかった。少したって、念のため
確認に行かせた高橋も、バッグがなくなっていると報告した。
「ねえ、ひょっとして…」
「うん」
間違いない。ののは、あいぼんを探してる。
ののが必死になるといったら、食べ物以外では親友のことしか考えられない。
でも、あいぼんは何故いなくなったりしたんだろう。

533 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時10分39秒

「あの、もしかしたら、なんですけど」
腕組みをして考え込んでいた紺野が、皆の顔を見ながら言った。
「何か知ってるの」石川が冷静な声を出したので、藤本は驚いた。
「今朝のニュース番組で、日本人観光客が殺されたって…。御代田って
名前の人です。どっかで聞いた覚えがあって・・・ずっと考えてたんです」
彼女だけは知っていたのだ。

「ミヨタ?」
藤本が財布から名刺を取り出した。
「やっぱり。ピッコロ・タウンの広報だよ、御代田さんて」藤本はFS3の時に
もらった名刺を石川に見せた。
その顔を思い出した石川の中で、パズルが完成していく。

534 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時11分14秒

あるとき、御代田が娘。の楽屋を訪れたことがあった。保田と矢口が参加
した「4」のプレス用コメントを作成し、了承を得に来たのだ。
帰ろうとした御代田に、加護がまとわりついた。何でも、吉澤にくっついて
行ったパーティーで知り合ったとか。

「食べ物の気配を感じたのかと思ったらさ、会場の隅っこで御代田さんと
ベッタリでやんの。背伸びしたいんだろうね。あたしたちも同じだったじゃん」
吉澤を呼んだのは御大だった。次の企画があったら、ぜひ使ってあげて
ほしいと、紹介するためだったらしい。
だが、それよりも前に中澤が引きあわせていたメンバーがいることを、石川
は確信していた。
楽屋を出る寸前、御代田は目的の二人から目線を外し、さらに奥へ合図を
送ったのだ。その先にいたのは…。

535 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時12分31秒

「探すのよ」
石川は年少メンバーを見回しながら宣言した。
あのひとは大人だから。でも、亜依ちゃんは。
全員が自分の眼を見て頷くのが確認できた。
「紺野ちゃんの言ったニュースが原因なら、絶対に放っておいちゃダメ」
「でも、どこを探せばいいんですか」
亀井が当然のことを訊いたが、石川に迷いはなかった。

「みんな、亜依ちゃんの気持ちになってみて。もし周りの人があんなことに
なっちゃったら、どうすると思う?」
好きなひと、という表現は、いまの段階では適切ではない。
「一人になりたい・・・・・・だれもいないところへ行きたいです」新垣が呟く。
「地元の人もあんまりいないビーチとか」意外に小川は冷静だった。
「考えたくないですけど、岬とか」高橋にも慌てた様子はない。

536 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時13分14秒

黙って聞いていた石川が、僅かに頷いた。
「そうね。あたしもそう思うな。この中で携帯が使える人、手をあげて」
何人かのメンバーが手を上げる。
「うん。そしたら、小川と亀井、高橋に田中、新垣は道重と。海岸線を中心
にお願い。紺野は・・・」
「一人で行きます。ダウン・タウンとかには近づきませんから大丈夫です」
「わかった。みんな、無理はしないで。危険だと思うところからは離れて」
いつもの愛称で呼ばれなかったメンバーの間に、緊張感が張り詰める。

「ねえ、念のために市街地も探した方が良くない?」藤本が考え深く言う。
「あたしたちが」高橋と田中が申し出た。
「お願い。いい、みんな、15分に一回でいいから美貴ちゃんに電話して。
いまどこにいるか教えるの。近くの建物とか」
石川の瞳が、強い意思を皆に伝える。何としても、二人を。
『はいっ』

537 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時14分21秒

「ダブっても仕方ないから、みんな地図を持って出て。ざっとでいいから、
最初にどのあたりを探すのか決めるの」
いつもの天然少女ぶりを忘れさせる石川の指示に驚きながら、藤本が
補足する。
「誰か写メ持ってるよね。うん、送って。それと、見つけたら刺激しないで、
すぐに知らせる。のんちゃんも同じだよ」
そこには、有能なブレインがいた。
『はいっ』
年少組の返事にも、絶対に見つけるという気迫が漲っていた。

「みんな、頼んだわよ」
石川の宣言を最後に、皆が行動を開始する。

538 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時17分39秒

「行きます」小川の表情は、天然少女『まこっちゃん』のそれではなかった。

「絶対に見つけます」新垣は辻を見かけたときに追わなかったことを後悔
しているような、哀切の表情で飛び出していった。

「見つけたらすぐに知らせます」高橋の声が落ち着いている。大丈夫だ。

「必ず…」大きな黒瞳から光を放ち、紺野もダッシュして行った。加護の
異変に気づいていた彼女は、少し責任を感じているようだ。

それぞれのパートナーを伴って街へ散った5期を見送り、「あたしたちも
行こう」と石川は側の藤本に声をかけた。

モーニング娘。の捜査線が、ホノルルの街に展開した瞬間であった。



To be continued...
Next time is start at section"Complicated" chapter 2.
See you again and good luck !
539 名前:新人 投稿日:2003年08月20日(水)23時21分47秒
今夜の更新を終了します。
エンド・メッセージを間違えました。
次回は
"Complicated" chapter 2.
ではなく
"Complicated" chapter 5.
となります。

5期以下のみんなに、やっと活躍の場を用意することが出来ました。

では、次回の更新にて。

540 名前:つみ 投稿日:2003年08月20日(水)23時22分43秒
みんなカッケ〜^^
何気にイルカのボタンが気になります・・・
541 名前:みっくす 投稿日:2003年08月20日(水)23時29分00秒
更新お疲れ様です。
ひさしぶりにリアルタイムで読んじゃいました。
今回は娘。全員出動ですね。
梨華ちゃんは、なっちのこと気づいたんですね。
娘。捜査陣では梨華ちゃんが指揮をとるんですね。
頑張れ梨華ちゃん。

踊る娘。大走査線 〜ホノルルを閉鎖せよ〜 
って感じですかね(ばきゅ)
542 名前:丈太郎 投稿日:2003年08月22日(金)19時52分21秒
更新お疲れさまです!ぶっ壊れてたパソコンが直って真っ先に来た
んですが…。石川と藤本がかっけー!驚いたのは小川。現実の彼女
も「やるときゃやる」タイプかもしれないですね。
次回を楽しみに、気長に待ってます(^^)
543 名前:とこま 投稿日:2003年08月22日(金)20時06分57秒
いよいよ娘。総出動ですね(^^)
皆さん、カッコいいですね〜♪
544 名前:みっくす 投稿日:2003年08月22日(金)22時39分51秒
>542
丈太郎さん
レスはsageでしたほうがいいですよ。
更新と勘違いしますので。
545 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時42分38秒
こんばんは。作者です。
ようやく事態も落ちついたので、更新します。

石川・藤本以下の「捜索隊」がおおむね受け容れられて光栄に思っています。
いよいよ、物語は真相究明に向かいます。
今回の更新ではありませんが、二つみっつ仕掛けを用意してあります。

かっけー5期以下と同じように、歓迎されればよいのですが…。

では、また後ほど。
546 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時43分38秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


#4 錯綜 "Complicated." chapter 5.



予想してはいたが、ここまで背景が重いと動きにくい。
こういうときは、俺なんかよりもリーダーだろう。

「飯田に電話して安倍の様子を聞け。話はそれからだ」と放った携帯を見て
ひとみは「しまった」という顔になった。
石川誘拐事件のときに「捜査班」専用に配布されたやつだ。現在はひとみと
のホットラインとしてのみ生きているが、ハワイへ持ってきたのは俺だけだ。
まあそれは許そう。つい最近、派手な喧嘩をやらかしたばっかだし、会うとも
思ってなかったろうしな。
547 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時46分14秒

「安倍さん?教授はなんてったの?」
「飯田に聞け」
話してもいいが、まず本人の様子を確かめたい。

「ジョーさん…これなに」
「あ?」
目の前に携帯が突き出された。バッテリーの裏で、石川と後藤が笑って
いる。しまった。
「バカ、運転中だぞ危ねえ」
「ごまかすな!なんでこの二人なのよ!」
これまでにない憤怒が吹き付けてきた。正田を追い詰めたときより殺気
立ってやがる。

「待て待て、誤解すんな。こいつはパーティーのときに後藤がふざけて
貼ったんだ」
「だったらさっさと剥がしなさいよ!」
「そこまでする必要ないだろ。せっかく記念にくれたんだ。もったいないべ」
「間違ってるでしょ人選が!」
俺が選んだんじゃねえ。

548 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時47分18秒

「いいかげんにしろ!プリクラと加護と安倍、比べてる場合か!!」
「むう…あとで決着つけるからね」
「やかましい。とっととかけろ」
危なかった。バッテリーを外したところに、後藤が「一枚だけあったよぉ」と
貼ってくれたのを見られたら…恥ずかしいなんてもんじゃない。

ひとみはなおも怪訝そうな顔だったが、とりあえずフロントを通して部屋に
かけたようだ。じきに「誰も出ないみたい」とフロントマンの返答を伝えて
きた。
「携帯にかけてみ。あいつ、確か使えるよな」
「そうだね ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あっ飯田さん、うん、よしこ。
いまジョーさんと…」
一方的なひとみの会話をBGMに、俺は二日前の記憶をたどりはじめた。

549 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時48分17秒

ビーチ・サイドながら、いまよりもチープなホテルに宿をとっていた俺は、
車の中に忘れ物をとりに行ったとき、海岸にカップルらしき二つの人影を
視認し足を止めた。恋人が愛を語らうのは別に珍しくないが、あまり人が
よりつかない岩場だとしたら話は別だ。海浜公園の一角にあるとはいえ、
声をかけずに事故に遭いでもしたら、寝付きが良いわけがない。

しばらく見ていると、二つの人影は見事にひっついた。次第に汐が満ちて
くるのを完全に無視して、熱い抱擁をかわしている。
(ずいぶん長いキスだな)やっかみ半分で「じきに満潮ですよ」とでも邪魔し
てやるかと歩きだすと、気配を察知したのか二人は離れ、男の方がこちら
へ歩いてきた。
日本人だとわかって声をかけようとしたものの、目を伏せてあまりに昏い
顔をしていた。思わず動線を逸らしたのを、気にもせず歩み去っていった、
真面目そうな優男。
遺留品の国際免許証を見たとき、脳内のモンタージュが正しかったことに
気づいた。
あのカップルの片割れが御代田宗一だ。

550 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時50分29秒

「えーっ、マジですかそれ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました。
お願いします」
「安倍はどうしてるって」
「様子がおかしいみたい。単独行動をとりたがって、いまひとりでタクシーに
乗ってどっかへ向かってるらしいんだ。それと…」
「それと?」
「・・・泣いてたって」

お前まで暗くなるなよ。
だが、明らかに異常をきたしている娘。のマザー・シップを凸凹コンビが追跡
していると知り、俺の方にも安堵と不安が同時にやってきた。

一昨夜、御代田の背中越しに小走りに去っていった、僅かに肩にかかる、
暗がりでは黒髪に見えるブラウン。どっかで見た後姿だなと思っていたが、
二次会の無茶飲みと教授の助言がプラスされ、一本スジが通った。

あれは安倍なつみだったのだ。

551 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時53分49秒

おそらく彼女は、御代田の死を知らせるニュースを、耳にしてしまったのだ
ろう。限りなく誤報に近いのだが、彼女にそうと知る手立てはない。
すぐに飛んで行きたいところだが、こっちも御代田の生死を確認しなくちゃ
ならないし、飯田と矢口なら何とかしてくれるという気もする。


車を目的地へと走らせながら、ひとみに話した。
「安倍と御代田は、そういう関係らしい。それに言いにくいが、御代田には
秋に結婚する予定の婚約者がいるそうだ」
「そんな…安倍さんがどうして。あの人の恋愛観、すごくしっかりしてるん
だよ・・・」
すっかり消沈してしまったひとみを助手席に、俺は『キャプテンズ・スタンド』
目指してハンドルを操った。

キャプテンのところへ行けば、どうにかなるはずだ。
錯綜をきたす一方の事態を収束するには、実力者のヘルプが必要だった。



552 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時54分59秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 5 究明 "Trace" Chapter.1


とりあえず謝っておこう。

「すまんな、こんなことになって」
「いいよ。これもドライブみたいなもんじゃん」
「着いたらメシにしよう。腹が減っては何とかってな」
「どんなとこ?」
「ちと変わった店でな。料理はまともだが、主が面白い人なんだ」
「どんなのが食べられんの」
「ハワイの家庭料理だ。マジに美味いぞ」
「うっわ、そっりゃ楽しみっ」

553 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時56分59秒

ごく普通の会話にしか聞こえないが、同時に考えなければならないことが多すぎ
るため、頭を冷そうとしてるのが分かってもらえるだろうか。
俺もひとみも、緊張感は失っちゃいない。
路駐したところから5分ほどで、目的の店が見えてきた。
アイボリーの外壁に、入口には小型アーケード。大きな窓の前には2組のチェアと
テーブル。マダムの趣味が良いのは、外観からでもわかる。

近づいていくと、ひさしの下で新聞を呼んでいた男が、ギョロリとした眼でこちらを
睨んだ。まるで「何だお前は」と威嚇でもしているようだ。
それでも接近を続けると、読んでいた新聞を放り出し、チェアが倒れるのも構わず
大股でこちらへ歩いてきた。

パッと見は、バック・トゥ・ザ・フューチャーに出てくる「Dr.=ドク」に似ている。
身長は181センチの俺より頭一つでかい。肩幅も広く、やんごとない偉丈夫という
感じである。並んで歩くひとみが、緊張するのがわかった。
そいつは、道のど真ん中で立ち塞がった。俺たちが止まると、今度はつかつかと
寄って来て、30cmと離れていないところで俺を見下ろした。
「!」
ひとみが半歩下がる。だが俺は平然と、攻撃的にもとれる視線を受け止めた。

554 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時58分43秒

『HaHaHaHa!元気だったか!!』
がばっと抱擁され、バンバンと背中を叩かれながら、ひとみにウインクしてやった。

『見ての通り、元気だよキャプテン。いやブラザー』
『ブラザー?』
ひとみが、すっとんきょうな声をあげて緊張を解いた。

『約束どおり、ごちそうになりにきたよ』
『いや、よく来たよく来た。メイも待ちかねてるぞ。そちらがお連れさんか』
『まあね。ひとみ、キャプテンにご挨拶は』
『はじめまして。吉澤ひとみです。お会いできて嬉しいですキャプテン』
『おお、ひとみちゃんか。どうぞ、可愛い相棒さん』
『はぁ』
"キャプテン"こと、レイモンド・セリンジャーは、まずひとみを店内へ招いた。
しかし相棒とは参ったな。ひとみが意外と流暢な英語を話すだけでわかっちまっ
たのか。

555 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)19時59分59秒

『おーい、ジョーが来たぞ。とびっきりのパートナーもご一緒だ』
キャプテンは奥のキッチンへ声をかけると、ちゃんとチェアを引いてくれた。
『ありがとう』ひとみの笑顔が自然だ。初対面の彼女とも、一発でなじんでしまう
雰囲気を、この強面の大男は持っているのだ。

『まあ、タカシナさん。ようこそ、おいでくださいました』
真っ白のエプロンに身を包んだ、夫とは対照的に小柄な女性が現れ、深く一礼
した。端正な顔立ちのうえ上品さが全身を包んでいる。若い頃はさぞモテだろう。

『そんな他人行儀な。お言葉に甘えて、ご馳走になりに来ましたよ』
『ええ、ええ。もうすぐご用意できますから、少しだけお待ちくださいね』
『楽しみです』
首をかしげて可愛らしく微笑むと、再び一礼してマダムは厨房へ戻った。

『食材は毎朝、俺が直に仕入れてるんだ。目の玉が飛び出るほど美味いことを
保証するぞ。いま飲み物を用意する』
笑顔で奥へ向かうキャプテンに手を上げ、俺はこの日はじめて煙草に火をつけた。

556 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時03分13秒

「どういう知り合い?」
ひとみが日本語で聞いてきた。確かに、興味がわくだろうな。
夫は190センチ以上あって、そのスジの人間と見紛うかのような雰囲気ながら、
奥方はどうみてもいいとこのお嬢様上がりだ。

「旦那は実業家でな、ホテルから建設業まで手広くやってる、あれでもハワイ州
屈指の名士だ。にしちゃ、ざっかけないだろ。まあ、影の実力者ってやつだな」
「何か怖い人かと思ったよ。ぜんぜん見えないなあ」
「だろ。それと奥さんは名家の深窓の令嬢だ。すべての会社で会長職に退いて、
道楽でこんな店を開いた旦那に黙ってついてくる、出来た奥方さ」
「うわ、すごいねえ。どうやって知り合ったのさ」
ひとみは好奇心丸出しだ。ハンターに必要な要素だが、ちと行き過ぎだな、と
思った。

557 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時04分27秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 5 究明 "Trace" Chapter.2



話は、3年近く前にさかのぼる。
ハンターになって、二つめか三つめの仕事だったと思う。賞金首がオアフに潜伏
しているという情報をもとに、俺は旅行以外ではじめてこの島を訪れた。
コンドミニアムを借り、自炊しながら行方を追っていた俺は、ホノルル市東部に
あるスーパーを訪れていた。

買物の前にトイレで用を足していると、妙に外が騒がしい事に、窓から入ってくる
気配で気がついた。パトのサイレンが、ごく近い距離で止まったのである。
売場へ出てみると、シャッターが降りきる寸前だった。
何だこりゃ。

558 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時06分05秒

『全員、床へ伏せろ』
焦りがモロに表出している怒声の方へ行ってみると、店員らしい女が両手を頭に
乗せて座り込むのが見えた。
蔭になっていて見えないが、別の男の声が「その娘を離せ。私が代りに人質に
なる」と言っていることから判断して、強盗が立てこもったに違いない。


俺は慎重に接近した。直接の人質になっている少女に、銃かナイフが突きつけ
られていないはずはない。
何本かの通路を横切り、ようやく到達した。
インストア・ベーカリーの巨大な窓ガラスに映った犯人は、ワルサーを少女の喉
もとにつきつけ、床にはいつくばった5人の店員を睥睨していた。おそらく、レジ
以外で仕事をしていた店長以下の人間だろう。

俺は足音を消すためにスニーカーとソックスを脱ぎ捨て、裸足で一本筋違いの
通路を犯人へ向かっていった。もちろん、窓の確認も忘れない。気付かれぬまま
入口側の窓にも犯人を視認できたとき、懐で拳銃の安全装置を外した。

その僅かな音に反応した犯人が歩き出すのを確認し、俺は交差する通路へと
飛び出したのである。
犯人がワルサーの狙いをつける前に、SIGの9ミリ弾がその膝を撃ちぬいた。
幸運だったな、ポリスに射殺されなくて。

559 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時07分18秒

『そのとき人質になってたのが、娘のレイチェルだったのさ』
『あれっ』
俺も驚いた。
『いまのがわかったのかい、キャプテン』
『5ヶ月ほど前からバーで日本人がシェイカーを振っててな。かなり覚えた』
あの市街地のはずれの店か。この男なら日本人でも腕を見込んで雇うだろうな。

『よかったら一杯飲りに来い。オリジナルのカクテルが増えてる』
『滞在中には何とか』
『待ってるぞ。おお、来た来た』
『お待たせいたしました』
マダム・メイが、創作料理の数々を大きなワゴンに載せてやってきた。

「わー、かっけー!」
『KAKKE?どういう意味だ』
気にせず、マダムが並べてくれる料理に見入った。
ハワイの家庭料理を商売用にアレンジしたものだが、マダムの創意が随所にちり
ばめられている。隠し味は感謝と真心だ。
ありがたいことに、全部を平らげても腹7分目にすら届かない量だった。
おそらく、俺の服の形が奇妙に歪んでいるのを見たキャプテンが指示を出したの
だろう。ホルスターは、付けたままだった。

560 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時09分14秒

「おーいしーい!!」
一口食べたひとみの歓声に、夫妻の顔がほころんだ。
『ひとみさんのお眼鏡に適って光栄だよ。おいジョー、素直ないい娘じゃないか』
『素直ねえ・・・まっ、少なくともレイチェルより俺向きだけどね』
『大きくなったぞ。もうすぐ中学生だ』
『会えなくて残念だな』
『ははは、伝えておく。で、本題は何だ。あの事件か』

キャプテン・セリンジャーは、笑顔を崩さずに切り出した。さすが、話がはやい。
マダム・メイはそそくさと奥へ下がっていった。絶妙のコンビネーションだ。
俺も仕事用の顔と口調を持ち出した。

『ああ。被害者と遺留品の持ち主は別人だ。ここへ来る前、Jと一緒に確認した』
『Jか。たまには顔を出せと言っておいてくれ』
『気にしてたよ向こうも。それで、何かあるかな』
『そうだな・・・』
隣のテーブルから椅子を引っ張って座った。期待できそうだ。

561 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時11分46秒

ひとみは関心がないフリをして、料理に舌鼓をうっている。ふむ、こっちもやるな。
『殺されたのは、DEVIL FLIPPERSのトシオ・メイスンだという噂だ』
やはりな。銛を持ったイルカは、奴らのアイデンティティ・マークなのだった。
ハワイ州の裏社会を牛耳っていると思っているだけの、ただの田舎ギャングで
ある。血の気が多いので、別な意味で厄介な連中だ。

『トシオ?日系人か』
『日系どころじゃない。祖母が日本人で、父親も日本人だ。言語を除きゃほとんど
日本人と見分けがつかん』
なるほどな。それだけ日本の血が通ってちゃ、身体的特徴は日本人そのものだ
わな。

『どうしてそいつだと?』
『昨夜から、情婦の家にも、家族のもとへも帰っていない。年に一度あるかないか
の椿事だそうだ。メンバーの中でも割と穏健派で通ってるやつだからな。もっとも、
ギャンブルの負けがかさんで、最近は窃盗まがいの真似もしてるらしいがね。
ついこの間も、そいつでトラブってる』
『死んだのがメイスンだとすると、殺したのは…』
『おそらく、FLAGSの奴らだろうな。ある酒場で可愛らしい抗争を繰り広げてるよ』
対抗組織といっても、ほとんどホノルル・クローズドにすぎないチンピラ集団だ。

562 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時12分25秒

キャプテンの情報は、日本なら教授のそれに匹敵する。不確実なものは事前に
排除してくれるから、いまの俺たちには有難いことこのうえない。
『わかった。ありがとうキャプテン』
『同胞だから気持ちはわかるが…その娘もつれていくのか』
『ドアの前まではな』
食後の紅茶をすすっていたひとみの動きが、ピタっと止まった。
『そんな危険なの、そのフラッグスとかってやつら』これも英語だ。やるじゃん。

『一斉検挙に遭って、飛び道具を持ってる確率はかなり低いがな。ナイフぐらいは
標準装備だろう』
キャプテンが答えると、ひとみはため息をひとつついて「仕方ないか」と俺を見た。
その通り、トップ・アイドルについて来いとは言えん。トラブルが大きくなった所で
とっととJに通報する役目がせいぜいだ。

563 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時17分23秒

「そういうこと。行くぞ」
帰る間際、マダムに声をかける。
『Jが、近いうちに寄るから、また新作をお願いしますって言ってましたよ』
なぜかこの婦人には言葉遣いが丁寧になってしまう。

『まあ、もうですの。グラザルコフ警部に、新作の試食はすべてお任せしますと
お伝えくださいね。お待ちしておりますと』
『わかりました。私がハワイにいるうちに来させますよ』
『はい。お気をつけて』
言葉こそ穏やかだが、『お気をつけて』に必要以上の情感が込められていた。
この婦人は、俺たちがこれから向かう場所を「知っている」のだ。

564 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時18分23秒

『じゃあキャプテン。バーの方にも寄らせてもらうよ』
『無傷で来いよ。特に脚はな。ウチの店は中二階だ』
『ごちそうさまでした!すっごい美味しかったです。必ずまた来ます。次はこの男に
ちゃんと代金を払わせますから』
茶目っ気たっぷりなひとみを我が子を見るような眼差しで受け、キャプテンは
『また会おう。ひとみさんも必ず』と掌を差し出した。

結婚20年にもなるセリンジャー夫妻と愛娘であるレイチェルの間に血のつながり
など必要ないことを、慈愛に満ちた二人の眼差しが物語っていた。



To be continued...
Next time is start at section"Trace" chapter.3
See you again and good luck !

565 名前:新人 投稿日:2003年08月26日(火)20時18分56秒
今夜の更新は以上となります。

>>540 つみさん
「かっけー」と言っていただいて嬉しいです。
イルカの刻印、気になります?ターニング・ポイントとして
印象が強いほうが良いと思ったのですが、つみさんが
そうおっしゃるなら、成功したかな。

>>541 みっくすさん
ハロモニ。なんかでもイジられ役が多い天然少女ですが、
石川梨華はこんなもんじゃない、と思ってます。
彼女には、歳相応かそれ以上のしたたかさがあっても
おかしくない。なんたって、あの保田の愛弟子ですから。
娘。大捜査線がどうケリをつけるか…あまり期待しないで
ください(笑)

>>542 丈太郎さん
小川に驚きました?
実は昨年の24Hテレビで、なっちが手紙を朗読した場面が
強く印象に残ってまして。
「まっすぐな頑張り屋」の彼女は、きっとこうなんじゃないかと。
実は個人的に期待しているのは彼女なのでこうなりました。

>>543 とこまさん
今回は、年下のメンバーにも活躍してもらうのが、自分の中での
ひとつのテーマでもありました。まだキャラクターの消化ができて
ないので中途半端かもしれませんが…。

>>544 みっくすさん
私の更新が遅いのがいけないんです。すいません…。


それでは、次回の更新にて。
566 名前:つみ 投稿日:2003年08月26日(火)21時14分56秒
プリクラに妬いてるよっすぃ〜もかわいいっすね^^
イルカのやつはそういう意味だったんですか・・・
それにしてもジョーは交友関係が広いっすね^^
567 名前:みっくす 投稿日:2003年08月26日(火)23時07分17秒
更新おつかれです。
なかなか良いコンビになってきましたね。
3つの物語がどうからむのか楽しみにしてます。
568 名前:丈太郎 投稿日:2003年08月27日(水)16時07分08秒
更新おつかれさまです!
ジョーとよっすぃーのプリクラをめぐるかけあいに、思わず吹き出
しちゃいました。
次回はいよいよ、二人が真相に迫る、かな?
待ってまーす(^O^)/
みっくすさんすいません。気をつけます。
569 名前:とこま 投稿日:2003年08月27日(水)20時14分24秒
更新お疲れ様です!
バッテリーのプリクラがばれたら車中で修羅場になるかと・・・
よっすぃ〜、可愛いですね(^^)
570 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時40分07秒
皆様、こんばんは。作者です。
今日で夏も終りですかね…。
更新が遅くて、夏の終りに間に合わなくなるとは、不覚です。

ともかく、今夜の更新をしたいと思います。
571 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時40分50秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 5 究明 "Trace" Chapter.3



遠ざかる"キャプテンの砦"をバックミラーに見ながら、俺は懐のモノをひとみに
渡した。
「万が一ってこともある。危険だと思ったら遠慮なくぶっ放していいぞ」
「う、うん」
ひとみは若干ながら緊張の面持ちで手の中の"CZ75"を見つめている。

SIGと同等の評価を受けるチェコ製オートは、重量バランス的にみて銃身がやや
短く反動が大きめのSIGより女性向きだ。おれのはグリップを若干だがえぐって、
握りやすくしてある。この娘なら問題なく使いこなせるだろう。
「すぐ出せるようにしとけよ」
ちょっとした空き時間にスペンサーの元を訪れては、銃火器に関する講義を受け
実弾演習を積んでいる"候補"に、取扱説明など不要だ。
572 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時42分33秒

既に午後2時近い。加護がいくら辛抱強くても、また辻がどれだけ親友想いでも、
そう長い時間は待てないだろう。かといって、不確実な情報ではかえって不安を
増長してしまう。
彼女たちと、そしてモーニング娘。の大黒柱を尋常な精神状態に戻すには、最も
スピードのある方法をとるしかない。アクセルを踏み込もうとしたとき、珍しく携帯
が鳴った。この番号を知ってる人間は、ごく限られているが…

「高科だ」
「ジョーさぁん!」
「なっ…辻!?」半泣きだ。この娘が泣くとなると、考えられるのはただひとつ。
「亜依ちゃんが…亜依ちゃんがぁ!」
「落ち着け。加護がどうした」
「いなくなっちゃったの!・・・ぐすん」

思わず車を路肩に停めると、ひとみが早くも察して携帯をひったくった。
「もしもし、つーじー、あたし。あいぼんがって?いまどこにいるの」
ひとみが聞いてもどうにもならない。おそらく、辻はただ闇雲に加護の姿を探して
いるだけだ。道に迷ってなきゃいいが…。

573 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時43分37秒

「・・・・・・・わかった。いい、よく聞いて。周りに何が見える?」
おや、と思った。まず落ち着かせるのが先決と言おうとしたが、必要ないようだ。
「そう・・・・・・・間違ってないと思うよ。つーじーがあいぼんだったら、どうする…
どうやって気持ちを整理する?」
電話の向こうで、辻が落ち着きを取り戻したのがわかった。

「ね、つーじー、いいところも悪いところも、好きなものも嫌いなものだって全部
知り尽くしてるじゃない。あいぼんの気持ちになるの。梨華ちゃんたちも、きっと
探してる。けど、一番近いのはつーじーだよ。わかるよね」
話して聞かせるひとみの口調は、姉のようにも、母親のようにも聞こえた。
娘。イチの男前が年に何回も作らないであろうホッとした笑みを最後に、通話は
終わった。

「あたしたちも急ご。真相をつきとめなきゃ」
携帯を返しながら微笑する姿には、余裕すらうかがえる。
春までの吉澤ひとみなら、すぐに辻のもとへ駆けつけようと、俺の首ぐらい絞めた
かもしれない。
しかし、いまの彼女は違う。辻に任せておけば大丈夫。飯田と矢口に託すなら、
心配無用・・・信じているのだ。

苦楽をともにしてきた、モーニング娘。のメンバーたちを。
574 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時45分55秒

「いちおう梨華ちゃんにも知らせとく?」
「いや、お前の言うとおり、石川は石川で動いてるだろう。いい機会だ」
ひとみは無言で賛意を示した。「いつまでも飯田さんたちに甘えてられない」
いつか電話でそう言っていたのを思い出した。

安倍の卒業が現実となって見えるいま、飯田と矢口がいつまでグループを率い
られるものか、描かれている近未来は容易に想像できる。
「その時」に心のさざなみを最小限に抑えなければならないのは誰か、3人が
一番よく分かっているはずだ。そして、いま何をしなければならないのかも。

俺と組んでいるだけで人生経験をも積めるひとみと違い、彼女たちは自分で籠を
飛び出すしかない。ハードルは、あらかじめ用意されている物だけとは限らない
のだ。自力でそれを跳び越えられなくて、未来が啓けるものか。
だからこそ、俺みたいなののアドバイスは早計だ。

泣いても喚いても、どんなに抗おうとも、刻はその歩を止めない。

いずれは、85年組がグループを引っ張るときがやって来るのだから。
575 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時47分11秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 5 究明 "Trace" Chapter.4



『電話を貸してくださいませんか。それと、番号リストも』
御代田宗一は、ようやく辿り着いた民家で驚くべき事態に遭遇した。
ハワイローカルの放送局が、自分の死を伝えたのである。
聞いたことすらない公園で、国際免許証を持った遺体がみつかったという。

(そんな馬鹿な。俺はここにいる)ニュースは、今朝の報道から半日が経過した
いまも有力な手掛りはあがっていないと報じていた。
すると、もう何度も放映されているのか。彼女が観てしまったら、どんな行動を
とるか想像もつかない。一刻も早く、無事を知らせなければ。

576 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時50分33秒
携帯電話を奪われた御代田にとれる手段は、日本総領事館に保護を求める
ことぐらいしかない。回りくどいかもしれないが、なつみの泊まっているホテル
の番号もわからない状態では致し方なかった。

途中、道に迷って川に行く手を阻まれたりしながら登山道を降りた彼の衣服は
ぼろぼろになっていたが、家の主は何も聞かずに電話を貸してくれた。
家人の話からは、どうやらここはドールのプランテーションからそう遠くないらし
かった。
ずいぶんな山道と思っていたが、ただの農場裏の林だという。冷静なつもりで、
やはり少なからずパニックに陥っていたようだ。

『はい、こちら日本総領事館です』
御代田は日本語で身分と所在を伝え、報道の誤りを指摘した。
すぐにかけつけるという職員に礼を言い、なつみが宿泊しているホテルの番号を
聞いた。用意したばかりのお揃いの携帯は、まだ番号を覚えていなかった。

577 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時51分09秒


店の前に車を停め、SIGの初弾装填を確かめてから、ひとみに声をかけた。
「ここで待ってろ。すぐ戻る」
事態によってはそうもいかないかもしれないが、現段階ではこう言うしかない。
「うん。気をつけて」
ドアを閉める直前、ひとみの妙に抑揚のない声が聞こえた。

目の前の店は、店名が×印で消されて書きかえられていることを除けば、外観
上はごく普通の酒場だ。
入ると、4人の男たちがこちらを見た。どいつもこいつも、カウンター内のマスター
以外は頭の悪そうなツラだ。単刀直入に聞かなきゃダメだろうな。
『トシオ・メイスンはどこだ』

いきなり被害者の名前を告げると、昼間っからグラスを口に運んでいた野郎ども
の手が止まった。
『さあ、知らねえな。あんた、どこでその名前を知った』
格上らしい男がカウンター席を降りながら訊いた。
さて、どう答えたもんか。

578 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時51分54秒

『こっちの答えがまだだぜ、ブラザー』言うなりSIGを引き抜こうとした背中に、
それとわかる突起物が当った。同時の『そいつを床へ放りな』という小声は、
このテの輩にしては低く落ち着いていた。
俺がドアに手をかけた時点で、その影へ貼り付いたか。ハワイローカルもなめ
ちゃいけねえな。

SIGが隅っこへ蹴り飛ばされ、袖の内側にあった警棒も奪われた。
『床へ座りな。こんなもの…何もンだおまえ』
『"火の玉ジョー"…聞いた事ねぇか、ホノルルの田舎やくざじゃ』
『あん、どっかで』
しゃがみながら、ほう、なぜ知ってる。と言いかけた、その時だった。

ガシャーーーーーーン!!!!!!!

派手な破砕音をたてて、入口のドアが砕け散った。
当然、背後で俺を睥睨していたやつは下肢をひっかけられて床へぶっ倒れ、
突入してきた人影に背中を踏みつけられて、ぐえっとうめいた。
579 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時54分36秒

「ジョーさん!」
CZ75を放って寄越すとひとみはいま倒した野郎が向けかけたナイフを
鮮やかに蹴り飛ばした。窓を破り外へ飛び去るのを無視し、俺にむけて
ウインクしてみせやがった。くそ、余裕あるじゃねえかよ、モーニング娘。

偶然かどうかわからないが、俺の右掌に届いたCZはきちんとグリップを握れる
方向を向いていた。

「っしゃあ!」
ふり向きざま連射した。硬直状態から立ち直る直前だった連中の下肢を撃抜き、
床へ転がるのを確認してひとみを見ると、首筋へ横殴りに"警棒"を叩きつける
ところだった。こいつ、やけに素直だなと思ったら、最初からそのつもりだっ
たな。
警棒片手に、相方の危機に突入かよ。
ん、警棒?
まあいい。細かい話しはあとだ。

580 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時56分52秒
太腿をおさえて七転八倒しているリーダー格に近づき、さっきとは180度違う
目線を落とした。
『あの質問でも曖昧だったか。言い直す。トシオ・メイスンを殺した奴はどこだ』

その間にも、ひとみは連中が手にしていたナイフを拾い集め、カウンター内で
震えているマスターへ渡している。この店は、ただ連中が占拠しているだけで
マスターは無関係の人間だということは、キャプテンから聞いていた。

『し、知るか。警察にでも聞け』
日本人の少女に場をかきまわされた挙句、一敗地にまみれた無念はわかるが、
言い方がムカつく。頭にキックを見舞って意識を奪い、マスターを凝視した。

マスターの顔には、得体の知れない日本人男女二人が繰り広げた活劇と、扱い
慣れたCZ75を懐へしまわないことに対しての畏怖とがまぜこぜになっていた。
『おそらくガルシアです。さっきまで、ここでそんな話を』

ビンゴ。ひとみと顔を見あわせ本当の意味で微笑みあったのは、今日はこれが初め
てだった。

581 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)22時59分45秒

相手が出ると、小川は半ばもどかしそうに叫んだ。
「もしもしぃ、愛ちゃん?どうそっちは」
『ごめん、まだ見つけられん・・・理沙ちゃんの方はどうなんやろ』
「いま電話してたとこ。いないって。でも、西側はほとんど見たよねぇ」
『そやね。ウチらも海側へ移動するわ。いまどこ』
「えっとね・・・」

モーニング娘。の年少メンバーたちは、暑さで切れそうになる気力を振り絞り
捜索を続けていた。指揮官に言われたとおり、市街地MAPを手に互いの位置を
確認しあっていた。もちろん、きちんと定時連絡を二人に入れている。

「うん、わかった。じゃ、あさ美ちゃんには、間のブロックを頼も」
『了解!』
高橋は携帯を閉じると、呼吸で息を整えていた田中に声をかける。
「れいな、海へ行くよ。ついてきて」
「はいっ」

見つかってこそいないが、可能性を潰していくことで確実に加護と辻へ近づい
ていることを、高橋と田中だけでなく、皆が信じていた。


To be continued...
Next time is start at section"Trace" chapter.5
See you again and good luck !

582 名前:新人 投稿日:2003年08月29日(金)23時02分48秒

今夜の更新は、以上です。
最後の項で、田中がしているのは「呼吸」ではなく『深呼吸』でした。
またやってしまった(>_<)
みっくすさん、名無しのよっすいーさん、保存時にはぜひ修正をお願いします・・・。



前回は「プリクラに怒るよっすぃー」がウケたみたいで、ホッとしてます。

今回の「かっけー」よっすぃーは、いかがだったでしょうか…。
ご感想をお待ちしております。

では、次回の更新で。

583 名前:丈太郎 投稿日:2003年08月29日(金)23時10分12秒
今回は一番レス!かな。だといいな…。
ジョーの危機に踏み込んだよっすぃー、素直にカッコ良かったです!
584 名前:つみ 投稿日:2003年08月29日(金)23時25分01秒
よっすぃ〜カッケ〜!!
585 名前:みっくす 投稿日:2003年08月30日(土)02時29分53秒
更新おつかれさまです。
よっしーは着実に成長してますね。
これからの活躍にも期待です。
586 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時03分14秒
こんばんは、作者です。
明日が休みでなくなってしまったので、腹いせに更新します。
何のこっちゃ・・・。
587 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時04分32秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 5 究明 "Trace" Chapter.5



安倍は市街地が見渡せる高台を訪れていた。
少し前に降りたタクシーの運転手は、こんなところで降りる自分を訝っているよう
だったが、別にどこでもよかった。
ただあまり近くだと、昨夜のことを思い出してしまいそうだったから、わざわざ少し
遠いところへ来たのである。

588 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時06分33秒

「ホントに?本当に来られるんですか?」
「ああ。会社には内緒だから帯同というわけにはいかないけどね。夜ぐらいなら
逢えるんじゃないかな」
そう言って御代田は白い歯を見せた。
知り合った頃、ハンサムなやり手ぐらいにしか思っていなかった男は、今や支えと
なっていた。
保田の卒業を間近に控えた夜も、ソロ・デビューを告げられたときも、まず御代田
の声を聴きたくて、聞いてもらいたくて、電話は一日たりとも欠かさなかった。

とはいえ、業界こそ近いがトップ・アイドルと一介のサラリーマンである。逢える
日は少なく、時間も短かった。漏洩を恐れたせいもある。
御代田は、この業界にありがちな迎合一辺倒の人物ではなかった。マネ以外では、
数少ない「アドバイス」をしてくれる存在だった。
安倍の話をいったん全部とりこんだうえで、きちんと自分の意見を伝えてくれる。

彼女とて、22歳の大人である。これまでに何人もの男と知り合って来たが、この
出会いは少し色が違っていた。100%彼女が正しいと芝居をうつ輩とは一線を画し
た御代田宗一は、いつのまにか公私両方におけるアドバイザーとなっていた。

589 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時08分17秒


やっぱ、はっきり言いたかったな・ ・ ・ ・ただ海を見つめる安倍の頬を、涙が伝い
落ちて行った。

「なっち」
突然、耳慣れた声で愛称を呼ばれた。。振り向くと、そこには
「散歩にしちゃ、ずいぶん遠いね」
と微笑を携えた「カオリ…」と、後に続いていたのは
「矢口…どうしてふたりとも」
つとめてゆっくりと近づいていくリーダーに続きながら、矢口は昨日のことを思い
出していた。

590 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時08分58秒

ツアー中に泊まっていたホテルのチェック・アウトを待つ間、皆と離れてロビーの
隅っこに座っていた安倍。
呼びに行ったつもりなのに、声をかけられなかった。
卒業が決まり、未来へのビジョンが啓けた大エースの横顔に、思いかげない
ものを見たからであった。

「悲」

そして、握られていた手紙。

591 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時10分09秒

「一人で悩むのやめよ」
飯田はリーダーではなく、親友として話していた。
「圭織…」
「なっちが元気なかったらさ、あたしたちもそうなっちゃうんだからさ」
飯田は努めて明るく、自然に話しかけたつもりだった。
振り向いたただ一人の同期は、はにかんだように微笑むと、また前を向いた。

「わかっちゃったか。…長い付き合いだからねえ、わかるよねぇ」
それから安倍は、溜めていた想いを口にした。

592 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時10分47秒

結婚が間近の、御代田との悲恋・・・。
婚約者からの手紙には「別れて下さい」とはっきり書かれていた。
言われるまでもなく、それは考えていた。ここ1ヶ月は、毎日のように。
彼は、いつも私のことを考えていてくれる。
けど、私にはそれは無理。
自分にできること、やりたいこと…それを試したいし、これからもそれはふくらむ
ばっかりだと思う。できれば側にいたいけど…。

なんだか、わかっちゃったみたいで、ハワイまでついてきてくれて。
心強いけど、逆に辛かった。
言おうとしてたところだったから。
「別れましょう」って。

593 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時11分39秒

黙って聞く飯田と矢口の顔には、安倍の思いを受け止めようという優しさが溢れ
ていた。彼女たちとて、恋愛を経験してきている。そして、別れも。

「けどさ。そうしようとしてたのにさ。顔見ちゃうと何も言えなくてさ。やっぱあの人
の胸って、居心地よくてさ・ ・ ・ ・ ・ ・ 言わなきゃって思ってたさ。美穂さんを幸せ
にしてあげてって。あたしには、それは無理みたいだからって。それなのにさ…」

「なっち」
飯田が両肩に手を添えるのと同時に、安倍はその胸に顔を埋めた。

594 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時13分35秒

「なんで?どうしてよ!どうして死んじゃったりするわけ。ちゃんと言いたかったの
に。笑ってバイバイしたかったのに!」

泣くことしかできなかった。涙を流してどうにかなるものでもないけど、それしか
思いつかなかった。


「なっち…泣いていいから。いまだけ。圭織と矢口の前ではさ・・・」
親友の頭に頬を埋め、飯田も涙をその瞳に浮かべた。まだまだ、あたしの愛し方
が足りないんだよね。だからひとりで悩んで、泣いて…ごめん、なっち。

「ごめん。なんとなく分かってたよ…けど、オイラも圭織も、勇気がなかったんだ。
ホントにごめんね、なっち」
慰める矢口も、泣きそうになるのを懸命に堪えているのだった。

595 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時16分01秒

「そう、わかった。じゃあお願い。うん、そのホテルの東側」
捜索に散ったメンバーたちからは、きちんと報告が入っていた。

自分たちも探しながら、石川と藤本は報告が入るたびに、地図に×印を記して
いった。芳しい話はなかったが、徐々に探していない地区が減っている。ホテル
の西側はほぼカバーしたと知り、自分たちも東へ移動し始めていた。
この一帯には、プライベート・ビーチを持つホテルがいくつもある。そこへ入り
込んでいたら、まず人目にはつかない。
石川と藤本は、これまでの経過からその可能性が高いと考えていた。

「あとはどことどこ?」
藤本が×印がいくつもついたガイド誌をめくる。
「んーと…ねえ、まだこれだけあるよ」
頁を見た石川は、萎えそうになる気力を振り絞った。
「たったこれだけじゃん。よし、しらみつぶしに行くよ」
先に立って歩き出す石川を追いながら、藤本が電話で情報を共有する。

グループの未来を担う二人は、確実に階段を昇り始めていた。

596 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時18分02秒

しばらくして安倍の号泣は嗚咽へと変わり、そしてようやく三人顔を見合わせて
笑顔をかわすことができた。
ハンカチで頬をふいてやりながら、飯田が言う。
「なっちさ、まだ決まったわけじゃないさ」
「へっ」
何の事だかわからない、という表情をつくる安倍。涙は既に瞳を濡らしていない。

「よしこから電話があってさ、あのニュース、あたしたちもそれではじめて知った
んだけど、御代田さんじゃないかもしれないって」
「うそ・・・だって持ってたものが、あの人のだって」
「そうらしいね。だけど殺されたのは別人かも、って言ってた」

597 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時19分12秒

安倍は信じられない、という顔で、今度は矢口を見た。
矢口は、微笑を浮かべ頷いた。
「ジョーさんが動いてくれてるから、間違いないと思うよ。こういうことで嘘なんか
言わない人じゃん」
安倍も頷く。その胸に去来するのは、愛しい人の顔か、それとも…。

「そのうち、電話かかってくるよ。やっぱ無事だったぞー、ってさ」
グループのムードを一発で変える矢口の力は、ここでも健在だった。
安倍はけっして作り物ではない笑顔を浮かべると、二人にかわるがわる頷いて
みせたのである。
モーニング娘。の司令塔、おそるべし。

「うん、じゃ帰ろ」
飯田が言うと、三人は自然と肩を組んだ。
あたしたちがついてるんだからね。
圭織と真里っぺがついててくれるんだ。

笑いあう三人に、言葉は必要なかった。

598 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時21分18秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 6 明暗 "bright and dark sides." chapter.1



プライス警部に電話すると、Jから聞いていたのだろう、俺からの連絡を待ちかね
ていたようだった。
マスターの話から、既に高飛びを企てて空港へ向かったというメキシコ系米国人
ガルシアの特徴を伝える。鼻の横にある黒子、メイスン殺害の際に負ったという
左手の怪我。

599 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時22分30秒

『フルネームはわからん。それらしいのを片っ端からしょっぴいてくれ』
『それと、救急車の手配もだろう。・ ・ ・ あ?ちょっと待て』
プライスが何かメモを受け取ったような気配がした。
こちらでは、ふんじばったチンピラどもへひとみがCZ75の狙いをつけている。
マスターは、仕方なくだが血止めをしてやっていた。

『いま総領事館から連絡が入ったぞ。ソウイチ・ミヨタと名乗る迷子を保護した
そうだ。顔写真もFAXされてきた。間違いない』
『そうか。余計な経費を計上しないですみそうかい』
『何とかな。じゃあ、あとで来てくれ。報告書を書いてもらわにゃならん』
『了解だ』

600 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時23分36秒

電話を終え、マスターに礼と詫びを言ったあと、ひとみを睨んだ。
「おまえ、ありゃ何の真似だ。怪我でもしたらどうする」
「この仕事に多少の危険はつきものでしょ。キャプテンが『飛び道具はない』って
言ってたし、ドジ踏みそうになったら最初から踏み込むつもりでいたのさっ」
笑顔でしゃあしゃあと言い放ちやがった。

打開策がないわけじゃなかったが、そうなると怪我人では済まなかっただろう。
俺も無傷で済んだし、不問に伏すか。
「今回はいいが、ちゃんと先に言え」
「はーい」
「まだだ。あの警棒は何だ」
「ああ、あれ。つんくさんに頼んで手に入れてもらったんだけど」

601 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時25分18秒

つんく♂め、余計なことを…。
「使ったの初めてだったけど、あんなもんでよかったかな」
そういう問題じゃねえ、と言いかけてやめた。
助けられたのは確かだし、経験が必要だと言ったのも、な。

「もう少し角度をつけろ。もっと威力が増す」
どこに隠し持っていたのか俺にもわからなかったのだから、ここは誉めてやら
にゃならんだろう。
「へーい。次までに修練しときます」
「アホ。そうそう使うことがあっちゃたまんねえよ。行くぞ」
「どこへさ」
「御代田がいるところへだ」
マスターに再度の礼を言い、肩の荷を下ろして軽くなった腰をあげた、のだが。

602 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時26分38秒

外へ出ると、とりあえず日本総領事館へ行くなんてのが甘かったことを、今更
ながら思い知らされた。
俺たちは敵地にいたのだ。

見るからに人相の悪い男共が、俺たちを囲む半円を描いたのである。
どいつもこいつも凶悪そうな顔だ。・ ・ ・ ・ ・ 7人か。
中には荒い息を吐いてるやつもいる。騒ぎを聞きつけて集まった残党だな。

「じょ、ジョーさん・ ・ ・ ・」
さっきまでの余裕はどこへやら、さすがにひとみも怯えを隠せない。
俺のひと暴れでどうにかなる人数じゃない。体勢は圧倒的に不利だ。
「慌てるな。ポケットのキーを抜け。隙をみて車へ飛び込むんだ。ロックを忘れ
るなよ」
「う、うん」
硬直しちまわないのは大したもんだ。ジーンズの後ろポケットからキーを抜く
ひとみの成長を褒めたいところだが、ちと先送りにするしかねえ。

603 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時27分56秒

さて、と。公園で石川を拉致されたときより人数が多いのは厄介だ。
こっちがシラフなのを差し引いても、全員の手にナイフが光ってやがるし。
しょうがねえ、暴れるだけ暴れて、ひとみと車から引き離すか。どれだけ時間と
隙を稼げるかわからんが、覚悟を決めるべ。

「行くぞ」
「了解」
ひとみの返事は、わざと明るく言ったように聞こえた。
これだけの人数だ。怪我で済めばいいが、もし顔に傷でもついたら、俺が責任
をとるしかねえ。
袖から警棒を引き出し、ひとみも車へダッシュするタイミングを計った。

そのとき。

604 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時30分16秒

『ぐえっ』
「「!?」」

正面にいたやつが苦鳴をあげて崩れ落ちた。
男共がいっせいにそちらへ振り向く。何だ、何が起きた?

しかし疑問は瞬く間に氷解した。
土煙をあげて地に臥す男の頭上に、黒ずくめの鉄仮面。

「おかしなところで、また会ったな」

木刀の切っ先を自然な構えで地面へ垂らし、デス・マスクの異名を持つ
元ハンターは、無表情を崩さず、手を上げることもなく俺たちに挨拶した
のだった。


To be continued...
Next time is start at section"bright and dark sides." chapter.2
See you again and good luck !
605 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)01時33分54秒
今夜の更新は、以上となります。

今回の仕掛けは、いかがでしたでしょうか・・・。
いかん、眠い・・・。

では、次回の更新にてお会い致しましょう。

アデブレーベ・オブリガード(古)
606 名前:みっくす 投稿日:2003年08月31日(日)01時51分06秒
連日おつかれです。
まずなっちはひとまず解決ってとこですかね。
誰が現れたのかな?
607 名前:みっくす 投稿日:2003年08月31日(日)02時03分37秒
冒頭の手紙ってそういうことだったんですね。
謎めいていたんですけど、やっととけました。
608 名前:つみ 投稿日:2003年08月31日(日)07時08分41秒
しっかしいきなりでてくるやつだな・・・
○香・・・またこの事件に絡んだりするんでしょうか?

アデブレーベ・オブリガードって・・・
609 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時43分55秒
こんばんは。
次回作のアイディアは浮かべど、一向にプロットが進まない作者です。

とりあえず更新します。
610 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時44分57秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 6 明暗 "bright and dark sides." chapter.2



(いた!)自分も落ち着くようにと、息を整えながら近づいていった。
海岸線を東へ、東へと移動しながら加護の姿を求めていた辻は、ようやく小さな
ビーチの隅に相方の無事な姿を発見した。

接近の間も、流木に腰を下ろして海を見つめている加護は、ブロンズ像のように
微動だにしなかった。
「あいぼん」
声をかけると、はっとしてこちらを向いた。

611 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時45分52秒

「のの…」
「探したよ。何も言わないでいなくなるんだもん」
「・ ・ ・ ごめん」
隣に腰を下ろし、辻は昨夜のことを思い出した。
「悩みがあるなら、話して。力になる」と言う辻に、微笑んで首を振った加護。

「のんこそ、ごめんね。気づいてあげられなくて」
「ううん…」
力なく、昨夜と同じように首を振り、加護はぽつりぽつりと話し始めた。

「御代田さんてね、違うの。加護ちゃん、加護ちゃんって言ってくる人たちとは、
ぜんぜん。叱ってくれたりするんだよ。だからかな、いつのまにか好きになって
てさぁ」
「亜依ちゃん…」
「でもね、このあいだ言われたの。秋には結婚するんだって。それとね、結婚
相手のほかにも、娘。の中に好きな女性がいるって。何となくわかってたけど、
やっぱさ…」

612 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時46分49秒

膝を抱えて微笑んだ加護の頬に涙が伝う。辻には痛いほどわかっていた。自分
も今年のはじめに、辛い別れを経験した。

周囲に気づかれまいと、仕事を終えると遊びにも行かず、食事にも同行せずに、
ただひとりの時間を過ごした。理由を考えるのには苦労したし、メンバーといれば
忘れられるかもしれなかったが、それは本当の意味で踏ん切りをつけることには
ならない。

もっとも、いつも側にいるなちゅみにはバレてたけど…。泣いたっけな、いっぱい。
あったかい胸に抱かれて…。
なちゅみって本当によくメンバーを見てる。ちょっとした仕種や表情から、悲しみ
や悩みを敏感に感じ取って、励ましたり、慰めたり、怒られたり…。
・・・・・・・・・・・・・・え、ちょっと待って。

613 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時48分45秒

娘。のおかあさん役のなちゅみが、あいぼんの悩みに気づかないはずないよ…。
あたしに相談しないわけない。

「まさか、その好きなひと…」
「うん…安倍さん。『どうしたの、元気ないじゃん。なっちに話してみ』ってさ…
言えるわけないやん、同じ人を好きになったなんて」

誰にも言えなかった…辛かった…葛藤を物語る涙ごと、辻は加護を抱きしめた。

あたしに何ができるの。ただ側にいてあげることだけなの?
いつしか辻の瞳にも涙が溢れていた。

614 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時49分37秒

「銀香さん!?」

ひとみが鼓膜よ裂けよとばかりに叫んだ。チャンスだ。

銀香に目で合図し、手近の奴にダッシュした。そいつがナイフを振る前に、警棒
を脇腹へ叩きつける。返す刀で右側からとびかかってきたやつへ右脚を飛ばし、
道の反対側まで吹っ飛ぶのに追いつき、掌底を顎にかまして昏倒させた。
最初に倒した奴へ止めの地獄突きを見舞うと、右手では滑るような動きで攻撃を
かわす銀香の腕が僅かに動くたびに、敵が声もなく崩落していた。

「このー!」
怒声に振り向くと、ひとみが後ろから組みついてきた奴の股間を蹴り上げ、悶絶
するのに警棒の一振りでトドメをさすところだった。…怖っ。

615 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時50分43秒

ものの2分で事態は収束した。凄いのは、俺が第二撃を必要としたことに対し、
銀香は汗をかくまでもなく一撃だったことだ。相変わらずのようだな。
だが、こいつは宿敵に等しい。ひとみを車に乗せ、詰め寄った。

「銀香!てめえ、なぜここにいる!」
「ずいぶんなご挨拶だ。再会を喜び合う気はなさそうだな」
「やかましい。貴様と抱き合う言われはないぞ。とっとと説明しやがれ」
「私のことよりも、いまは領事館へ行くのが先決なのではないかね」
「ぐ…」
「御代田宗一の家族は何とか間に合った。あとは君たちに任せる」
くそ、カッコつけやがって。

だが、確かに銀香の言う通りだ。いまは領事館に保護されたという御代田に
会い、事の次第を聞きださにゃならん。
安倍と加護のこともな。
アクセルを踏もうとすると、ひとみが「ちょっと待って」と止め、ウィンドーを下げた。

616 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時52分47秒

「銀香さん、あのときは梨華ちゃんによくしてくれて、ありがとう」
「・・・あの娘は意外にお喋りのようだな」

石川が軟禁されている間、銀香は彼女の不安を取り除こうとしたのか、優しく
接してくれたのだという。目的を達するために必要な存在だったから、という
わけでもなさそうだった。

皆と無事を喜び合う中、軟禁中の恐怖を案じる姉貴分たちに彼女は「怖くなんか
なかった。それは銀香がいたからだ」と力説したのだ。
ハンターあがりの用心棒がもたらした安堵は、彼女の精神を平穏ならしめたので
ある。もとより、いつのまにか姿を消した本人に確かめる術はなかった。

しかし、真の悪漢に敢然と立ち向かったことといい、誘拐犯グループを弁護する
と言い張るのとあわせて、中澤以下の『捜査班』は石川の話を全面的に受け
容れた。
石川梨華は、自らの誘拐事件をうけて、確実に強くなっていた。
そいつを喚起したのは…。

ひとみが銀香を「さん」付けで呼ぶのには、ちゃんと理由があったのだ。

617 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時53分53秒

「梨華ちゃんに伝えることがあったら…きっと会いたがるから、銀香さんに」
「仕事を頑張るようにとだけ」
「わかりました。いつか会えますよね、また」
「さて」
「…それじゃ」


最後に差し出されたひとみの右手を不思議そうに握り返した銀香を残し、俺は
車をスタートさせた。
神出鬼没の宿敵が商売敵に戻るのか、それとも"このまま"なのか、領事館へ
向かう運転席で、二者の論戦が始まっていた。

「きっと銀香さんも、あたしたちと同じこと考えて動いてたんだね」

そう呟くひとみだけが、答えをわかっているのかもしれなかった。

618 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時55分54秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 6 明暗 "bright and dark sides." chapter.3



「小川さん、あれ!」
亀井の指の先には、確かに人影があった。
「いたぁっ!」加護と辻を確認すると、小川は思わず歓喜を込めて叫んだ。
こんな遠くまで…けど、さすがのんつぁんだ。
無事で良かった。小川と亀井は、捜査開始以来はじめての微笑を交わした。
「藤本さんに電話しなきゃ!」
小川の表情は、最高の輝きを放っていた。

619 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時56分31秒

「そう、うん、わかった。すぐに行くから、待ってるんだよ」
「見つかったの!?」
藤本は場所を告げると、捜索に散っている他のメンバーたちに電話をかけはじ
める。石川は地図で確認した。
東のはずれにあるホテルの、小さなプライベート・ビーチであった。
やっぱりそうか…。

「梨華ちゃん、行くよ!」
「えっ」
電話を終えた藤本が、怒涛のダッシュを見せた。驚いた石川が必死に続く。

620 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時58分19秒

あたしは、誰が何と言おうと娘。の一員。ネットとかでいろいろ言われてるのは
知ってる。はじめの頃、変な噂がたってたのも。
年上のメンバーに、最初はよく思われてなかったのもわかってる。けど、あたし
はいま、娘。でやっていきたいと思ってる。そのことの方が大事だよね。

辻のことを告げた新垣、加護のことを気にかけていた道重、必死になって探す
年下の娘たち。

メンバーの痛みを分かってあげられて、はじめて本当の仲間になれる。
いまやっと・・・。
疾走する藤本美貴の表情には、哀切がブレンドされていた。
621 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)21時59分20秒

ようやく落ちついた安倍と飯田・矢口は、ホテルへ戻るタクシーを拾った。まだ
休暇は終っていない。とにかくホテル戻って落ちつこうと考えたのである。
今はジョーさんとよしこの連絡を待っていようと、暗黙のうちに了解しあっても
いたのだ。
安倍の悲恋が本当の意味で終ってはいないことも、認識していた。
そのとき。

二人に挟まれた矢口が、前方を見て「あれっ!?」と声をあげた。
「どした矢口」「あ、あれ。何でこんなとこにいるんだろ」「へっ、誰よ」「あ」
矢口が指した先には…「止めて!」安倍がウィンドゥを下げながら叫んだ。
日本語がわかるドライバーでよかった。

「石川!藤本!」
二人はタクシーの中に安倍たちの顔を発見すると、びっくり顔で駆け寄った。
「どうしたべさ、こんなとこで」
「亜依ちゃんがいなくなっちゃったんです!」
「「「えーっ!?」」」
「多分、御代田さんの事件があったからじゃないかって…」
石川が荒い息を吐きながら言う。安倍の顔色が変わった。

622 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)22時00分19秒

「のんちゃんも探しに出てっちゃって、みんなで探してたんです」
藤本の補足は絶妙だった。
「そ、それで?見つかったの」飯田が身を乗り出したので、矢口が押しつぶされ
そうだ。
「はい、さっき小川と亀井が見つけて、いまみんな向かってます。ののも一緒に
います」

よかった、ひと安心だ。飯田はもとどおり座りなおした。
「ちょっと圭織、オイラ忘れてるよ」
「ああ、ごめんごめん。でもよかったぁ」
「よく見つけたね二人とも。走るよ」
「「えっ!?」」
安倍は既に外へ出ようとしていた。
「あいぼんのところへ行くの。圭織、真里っぺ、何してるの。走るよ!!」

のの、あいぼん、待ってて。いま行くよ!
これまで見せた事のないスピードで、安倍はダッシュをかけた。
その顔は、娘のもとへ走る母親のようであった。



To be continued...
Next time is start at section"bright and dark sides." chapter.4
See you again and good luck !
623 名前:新人 投稿日:2003年08月31日(日)22時03分53秒
今夜の更新を終ります。

なっつぁんの妹が準ヒロイン役をつとめたドラマを観て、演技はまだまだ
だなと思ったけど、ひとつアイディアを思いついてしまいました。

いまはまだ構想段階ですが、今年中には・・・なんて大風呂敷を広げて
どないするねん!まだこの小説も終ってへんやろ!

中澤に突っ込まれそうな感じですが、この作品の残りとあわせてがんがります。

では、次回の更新にて。
624 名前:つみ 投稿日:2003年08月31日(日)22時07分51秒
心はロンリーですか・・・
どんなアイディア思いついたんだろ?

やっぱり銀香は裏ですね^^
625 名前:みっくす 投稿日:2003年08月31日(日)23時20分53秒
なっちとあいぼんどうなるのかな?
626 名前:とこま 投稿日:2003年09月01日(月)21時40分27秒
なっちが完全復活しましたね(^^)v
あいぼんも復活を祈ります・・・
627 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時47分37秒
こんばんは、作者です。

>>624 つみさん
いつも早レスありがとうございます。
銀香みたいな、ルパン3世で言う五右衛門的な
キャラ、けっこう好きなんですよ。
もしかしたら、次のにも登場するかもしれません。

>>625 みっくすさん
さて、どうなるんでしょうか…。
いとつ言えることは、加護はかなわぬ片想い。
なっちは両想いだったけど、さっき加護が御代田に
恋していたことに気づいた…。
二人の性格、完全に把握してはいませんが、
この小説世界での二人にとっては自然な形に
なるといいなと、自分でも思ってました。

ました、というのは、もう書き上げてしまっているので…。


>>626 とこまさん
なっちは大人。あいぼんはまだまだ子供…。
けど、いつまでも凹んでる彼女じゃないと思いますよ
きっと…。


では、今夜の更新をしたいと思います。
628 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時49分48秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 6 明暗 "bright and dark sides." chapter.4



ほぼ俺たちが推理したとおりだった。

御代田は既に入浴と食事を済ませ、領事館が用意した衣服を身につけている。
プライス警部の「ガルシアの身柄を確保した」という一報と、御代田から昨夜の
ことを聞き終えたところである。
吉澤ひとみはともかく、見ず知らずの俺が自分を探して領事館までやってきた
ことに少し驚いているように見える。まだこんなの序の口なんだがな ・ ・ ・ 。

629 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時51分41秒
安倍との逢瀬のあと、御代田は車に乗るところを殺されたトシオ・メイスンに襲わ
れたのだ。その後、自分が借りていたレンタカーで島の反対側まで運ばれたうえ、
プランテーション内の今は使われていない物置小屋に放置されたのである。
市内へ戻ったメイスンは、日頃から何かと対立関係にあったメキシコ系米国人に
些細な喧嘩がもとで殺害された。まったく・ ・ ・ 血の気が多いにもほどがある。

ガルシアは捜査の手が伸びることを恐れ、首を切断して持ち去るとともに、外見
はほぼ日本人とかわりないメイスンが持っていた財布の中から、例の免許証を
残すことで遺体を偽装したのだ。

邦人の死体に思わせることができるなら、背後に何かあるものとされ、自分たち
地元のチンピラは容疑者の対象とはならない。
なったとしても、逃亡までの時間は稼げる。
そう考えての所業だろうが、俺みたいなのが半分関係者で不運だったな。

630 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時52分32秒
「まあ何にしても、無事でよかった。ひとみ、知らせてやれ」
「うん…」
浮かない顔で俺の携帯を手に取るひとみ。
お見通しだぜ、次期リーダー候補さん。


俺は逆に御代田へ声をかけた。
「安倍に直接、無事な声を聴かせたいって顔だな」
「えっ?」
彼は慌てたように、視線をひとみの手元から俺へと向けた。

「ホテルにゃいなかったろ。あんたが安倍と付き合ってるのは知ってる。婚約者
と秋に結婚するのもな。けど、ハワイまでついて来るなんざ普通じゃないぜ」
傍らでつながった電話に話しかけながら、ひとみはこちらを気にしている。

御代田は唇をかみしめ、先ほどまでの安堵から苦いものへと、その表情を変え
ていった。
631 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時53分24秒


「早く!あんたたちしか場所知らないんだから!」
慌てて続く石川と藤本を、料金を払った飯田と矢口がさらに後から追いかけた。
「ちょっとまっ・ ・ ・ ・待ってください安倍さん!飯田さんたちが」
引き離してしまったリーダーとサブリーダーを待とうと、石川が声を張り上げる。
先行していた安倍は立ち止まると、振り向いて復活の「なっちスマイル」を見せ
た。

「二人とも、大丈夫みたいだね」
「へっ?」「?」
何のことだか思い当たらない石川と藤本は、思わず顔を見合わせる。
「安倍さん?」
石川の呼びかけに答えず、飯田と矢口が追いつくのを待って安倍は再び先頭を
走り出した。
632 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時54分34秒

自分の卒業が、年下の娘たちにとって小さくない衝撃だったことは感じている。
しかしそれ以上に、「次世代」と呼ばれる石川・藤本・吉澤に、安倍はいつか
話さなければならないと思っていた。
自分たちが乗り越えてきたこと、考えてきたこと。伝えたいことは山ほどあった。
屋台骨を担うのに必要なことを、呈示してあげなければ…と思っていた。

けど、いま分かった。
彼女たちは、この機会をちゃんとステップにしようとしてる。
いずれは自分たちがグループを率いるのに必要なスキルを肌で感じ、自然に
身につけようとしていたのである。いまこうしているのが、その証拠だ。
もう大丈夫。何も言う必要ないよね。
安倍は無性に嬉しかった。直下にあたる後輩を、限りなく頼もしいと感じていた。

疾走してきた飯田の携帯が鳴った。ジョー、いや吉澤からだ。
「もしもし、どうだったそっちは。うん、やっぱり!ん、わかった。石川?いるよ。
かわるね」
「あたしですか?はい・・・もしもし、よっすぃー?いまどこにいるの」
633 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時55分35秒


「よく聞いて。安倍さんと加護ちゃん、二人はおんなじ人を好きなんだ。うん、いま
目の前にいる。それで見つかった?」
ひとみの声を隣に聴きながら、俺は御代田が話し出すのを待っていた。
同じ男として、あれほどの女性に思いを寄せられたら、平然としていられない
のは理解できる。
しかし、それは自分がフリーだった場合だ。

「よかった・・うん、教えたげた方がいいと思うよ。こっちは任せて。必ず連れてく」
電話を切ると、ひとみは俺に渡しながら何かを言いたそうな目をした。とりあえず
頷いてみた。
俺だと、どうしても男の側に立っちまう。それを咎めたがっているように思えた。
御代田に向き直ると、ひとみは毅然とした視線をぶつけていった。

「はっきりするべきだと思います。安倍さんと加護ちゃんのために」
意外なほど強い口調に、御代田は顔を上げた。

「秋が来る前に・ ・ ・でなきゃ、失うものが大きすぎるよ」
ひとみの横顔には、悲しみと憤りが同居していた。
634 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時56分13秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 6 明暗 "bright and dark sides." chapter.5



石川は携帯を飯田に返し、先を走る安倍の背中に叫んだ。
「御代田さんは無事です!」

未来が拓けているはずの、娘。のマザーシップに見えていた、微かな翳。
それが御代田との悲恋だったのだ。きっと、安倍さんは・・・。

大変だったと思う。あたしが聞いてた限り、卒業は予定になかった。
それが、つんくさんがあんな形で・ ・ ・恋愛どころじゃなかったはず。けど、みんな
底抜けに明るい安倍さんしか見なかった。これって、凄いよねきっと。
石川の想いを知ってか知らずか、安倍は反応を示さずにただ走り続けていた。

その瞳に安堵の涙が浮かんでいるのは、自分だけの秘密にしたかった。
635 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)19時56分48秒

「ちょっと待って!」
紺野が先を行く新垣たちを呼び止めた。
「どーしたの。早く行こうよ」
怪訝な顔をしながら戻ってきた新垣に答えず、紺野はストリートに設置された
小型スクリーンを凝視していた。
画面は、情報番組からニュース速報に変わったところだった。

「・・・・・・・・・・・・やっぱり。御代田さんじゃないって言ってる。犯人も捕まった
みたいだよ」
「違ったの!?殺されたの別人?」
新垣は見る間に笑顔に変わった。
「うん。あんまり詳しくはわからないけど、地元のギャングだったみたい」
「そうなんだ!」
「早く知らせてあげましょうよ」
道重も嬉しそうだ。
「行こう!」
636 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)20時01分25秒

疾走を再開した二人のあとに続く紺野だが、なかなかスピードに乗らない。
「あーしゃ!早く!!」
ついには立ち止まり、携帯を取り出した。
確か最後の方で『日本人ハンターの協力もあり・・・』って言ったような気がする。
もしかしたら。
紺野は期待に瞳を輝かせ、辻に教えてもらった番号をプッシュした。



御代田と安倍を引き合わせたのは、元リーダーであった。
安倍の心に生じつつあったさざ波が時化にかわるのを留めてくれる存在として、
あるパーティーに同席させ間をとりもったのだ。

今でこそ「さまざまなハードルを乗り越えてきた」と言われる安倍なつみだが、
当時は越えたくてもかなわぬ壁にぶち当って、もがいていた(それが何かは話し
てくれなかった)という。ま、だいたい想像はつく。
奔放にもうつるキャラクターは、その裏返しだったのである。
637 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)20時02分20秒

「寂しがりやで、泣き虫で・・・そんな彼女がグループの柱を担っていたんです。
支えてあげられればと、強く思いました。」それきり、御代田は黙ってしまった。
おそらく、支えていただけではない。彼もまた、支えられていたはずだ。

俺もひとみも、何となくだが解っていた。
お互いに切っても切れない存在というのは、それを認めるのに勇気がいるもの
だからだ。
それは、つい5ヶ月ほど前、俺たちが通った道でもあったのだ。


御代田がようやく顔をあげた。
「私たちは、お互いを必要としています。彼女さえよければ、結婚後もいまの
関係を保って行きたいと考えてます」
背徳感がある証拠に、微かに唇が震えていた。

だが ・ ・ ・ 次の瞬間、空気までが震えるとは、誰が予想しただろう。
638 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)20時03分19秒

「そんなの、ただのエゴじゃん。男の勝手だよ!」
ひとみの怒声は銃撃されたような反応を御代田に与えた。

「人それぞれなのはわかるよ。でも、本当にそうなの?それって、女が辛い
だけなんじゃないの?」
恋愛の形が、ということか。

「落ち着けひとみ」
「黙ってて!あたしはこの人と話してるの!!」
俺にまで怒るなよ・・・。
しゃあねえ。任せるか、とため息をつくと同時に、携帯が鳴った。見たことの
ない番号だ。
639 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)20時03分56秒

「高科だ」
「紺野です!ジョーさん、いま電話だいじょうぶですか」
あんまり大丈夫じゃないが、それよりも「おまえ、なぜこの番号を知ってる」んだ。
「のんつぁんから教えてもらいました。いまどこですか?」
かー、やっぱり辻か。あいつ、パーティーで人の携帯いじって遊んでやがった
からな。いつのまにか番号を控えていたとみえる。ってことは、5期までは全員
知ってるってことだ。

「今か。日本総領事館だ」
「やっぱり・・・・・・・・ジョーさんなんですね、協力したハンターって」
時間的に、プライス警部が開いた会見がニュースになっていてもおかしくない。
しかし「やっぱり」とは・・・まさかこいつ、この状況を予測して電話してきたん
じゃないだろうな。
640 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)20時05分29秒

「ああ、加護が知り合いだって聞いて、ちょっとな。辻も見つかったんだろ。早く
行ってやれ」
「だいたいわかってるつもりです。石川さんに聞けば良いかなぁなんて」
ぐえ。こいつ、やっぱり。
「年長組は全部知ってるはずだ。騒いでるのは新垣か?もう行きな」
「はい。ありがとうございました!」


「なになに、いまのジョーさんでしょ?」
「うん。領事館にいるみたいだよ。御代田さんもいっしょに」
「え?ちょっと待って、それ何か・・・・・」
「きっと連れてきてくれるよ。はやくみんなの所へいこ」
「う、うん・・・・ってえーっ!?」
携帯で話す紺野に焦れて呼びに来たはずが逆に先行され、新垣は大慌てで
追走を開始した。
先陣を切る紺野は、喜びを全身に溢れさせていた。
641 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)20時06分11秒

めちゃくちゃ嬉しい!とでも言い換えられそうな紺野の礼を最後に通話を終え
ると、ひとみと目が合った。
「紺野?」「ああ」「そう・・・・・・・」
僅かに視線を落とすと、ひとみは再び御代田を睨んだ。

「少しぐらいなら我慢できるよ。でも自分だけ愛してほしいって思うのは、誰だ
って同じなの。女はみんな、そう信じたいんだよ」

いつの間にか、ひとみの頬に涙が光っていた。
御代田はひとみの顔と、組んだ自分の両掌との間で、視線を行き来させてい
る。葛藤が始まっているのか。

「あたしたちはアイドルやってる。普通なのは無理だってわかってるよ。けど
本当はいつだって側にいたいの、いてほしいの。存在を近くに感じてたいん
だよ!」

ひとみの叫びは、俺の胸にも突き刺さった。



To be continued...
Next time is start at section"An elegy" chapter.1
See you again and good luck !
642 名前:新人 投稿日:2003年09月02日(火)20時13分26秒
今夜の更新は以上です。
今回は恋愛を絡めてみましたが、次作は、もとの世界観のもとに、
オールスター・キャスト・・・になるといいな。

まだプロット段階で、一行たりとも書いてませんので(汗
気長にお待ちいただけると幸いです。

では、次回の更新にて。
643 名前:つみ 投稿日:2003年09月02日(火)20時42分39秒
よっすぃ〜の心の中にあったものがでましたね・・・
ミヨタさんはどうするんでしょうか?
次回も待ってます!
644 名前:みっくす 投稿日:2003年09月02日(火)21時24分40秒
よっしーのたまっていたものがはきでてしまいましたね。
ジョーも御代田さんもどうするのかな?
645 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時16分52秒
こんばんは。作者です。
この番外編も、あと2回ほどの更新で終ることとなりました。

なっつぁんの卒業に端を発した?叙情編??もあと僅か・・・。
ジョー×よっすぃーコンビの大暴れが見たかった方は、次回作
(いつになるやら・・・)に乞うご期待ということでm(__)m
646 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時21分47秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 7 哀歌 "An elegy" chapter.1


「あそこだ!」
矢口の叫び声に、バテそうになりながら走っていたメンバーたちが一斉に前方へ
目を凝らす。ビーチの隅に並んでいる二つの小さな影と、その手前に集まる年少
組とが、ともに視界に入った。高橋と田中に、何やら紺野が話して聞かせている。
いま揃ったところのようだ。

「あんたたち!」飯田が声をかけると、全員がこちらを向いて笑顔を見せた。
肩で息をしながら、飯田が訊く。

647 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時23分22秒

「どう、あいぼんたちは」
「ずっと話してますよ」紺野が余裕の表情で答えた。
「任せとけば大丈夫かなーって」小川がいつもの屈託のない笑顔を取戻している。
最初に見つけたのは小川・亀井のペアだが、感情に任せて突っ走る切羽つまった
ときの小川がそこにいなかったのは、場の雰囲気が証明していた。

「よっし、帰ろっか」
「そだね。ここまで来りゃ、もう逃げられっこないし」
高橋と紺野が顔を見合わせて微笑み、二・三歩あるいてふりかえった。
「あとは先輩たちに任せて。ホテルへ戻るよ、田中亀井道重っ」
「そんなー、だってここまで一生懸命…」
高橋の宣言に異議を並べ立てる6期の背中を、小川と新垣が押していく。

648 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時24分24秒

「ほらっ、もうあたしたちの出番は終わりっ」
「今夜ゆっくり話せばいーじゃん」
「新垣さぁん」
「あ、喉かわいたね。どっかでアイスか何か食べて帰ろうよ」
「乗ったぁ」
「いっちばん遅かった愛ちゃんのおごりねっ」
「がくーん…」

ふふん、わかってるじゃん、あの娘たち。
歩み去る年少メンバーを、飯田たちは優しい眼差しで見送った。
加入から2年を経て、まだまだ子供、とは言えなくなった。それは5期全員が
同じだ。彼女たちなりに、経験値を上げてきていたのである。

649 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時25分11秒

呼吸が整うと、安倍は全員の顔を見回し微笑を見せた。
ここは安倍に任せるしかない。皆がそう感じていた。
「頼むね」
「うん」
ゆっくり歩き出した安倍を頼もしげに見つめる飯田・矢口・石川、そして藤本。
ここに、モーニング娘。は一枚岩となった。


右手から近づく人の気配に、辻はふと顔をそちらへ向けた。
(なちゅみ!?)動揺を見せつつも無闇に慌てたりしない辻へ、安倍は微笑みかけた。

【あとは任せて、のの】【うん。頼むね】
声なき会話をかわし、辻は立ち上がった。
その気配に加護が顔を上げると…。
「あいぼん」
「安倍さん!?」

650 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時29分48秒

会話を背に、辻は姉貴分たちのもとへ走った。
「辻ちゃん、お疲れ」矢口が肩を叩く。
「のん、よく頑張ったね」飯田が本当の姉のようだ。
「もう、あんまびっくりさせないでよねっ」
「ひょっとして、あたしたちのこと嫌いなんじゃなぁい?」

安堵からか、藤本と石川は茶化しに入った。
「そんなことないよぉ。急だったからさ、ごめん」
辻も全てを悟った顔で応じる。

彼女たちを知らない人間がこの光景を見たら、姉妹か、少なくとも血縁と確信
しただろう。
面倒な台詞などいらない。正に以心伝心であった。

651 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時30分36秒

ひとみの口調が変わった。
「男ってずるいよね」
ぐさ。
「都合の悪いことには気づかないふりして」
ぐさぐさっ。

「寂しがりや?泣き虫で繊細?そうだよ。けど安倍さんって、そういうのをあんまり
見せない人だよね。御代田さんも分かってるんだ」
限界が近づきつつあるのは、声まで震えていることで察知できた。
しかし、いまの俺に諌める言葉も、止める手立てもなかった。

652 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時31分30秒

「そういうのがわかるんならさ、どうして「女」をわかってくれないの」
まるで自分のことを訴えているようなひとみは、溢れる涙を拭おうとしない。

「わかんないの?わかろうとしないの?」
俺も答えを出せない問いだ。やはり、男はずるいのか。

とめようがない想いを、ひとみは最後の絶叫に乗せた。

「好きになるなら、あたしたち女の、もっと全部を見てよ!気づかないふりする
ぐらいなら、好きになんかなんないでよ!!」

653 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時33分16秒

泣き崩れこそしないが、昂った感情の奔流はひとみ自身をも苛んだに違いない。
涙も止まらず、荒い息がなかなか収まらないのが、その証拠だ。
もう想いのたけは出し切ったか。

「深呼吸しろ」俺をチラとみて素直に深呼吸したひとみに、少し驚いた。
もう切り替え始めている。こいつ、いつのまにこんな大人になった?
差し出したハンカチで涙を拭うひとみを見つめ、彫像のように動かない御代田。
そうだな、お互いキツい時間だった。
「そんなに遠くない。行こう。幕を引かなきゃな」

御代田は無言で腰を上げた。
「正面のランクルだ。すぐに行く」
一礼して部屋を出て行く後姿は、愛したはずが傷つけていた女性への愛惜を
背負っていた。

「みんなのところへ行こう。今日はもういいだろ」
ハンターの修行は、という意味だが、分かっただろうか。
「うん・・・ごめん」
肩を抱くと、歩きながら肩に頭を乗せてきやがった。
急に女らしくなりやがって・・・・・中澤が言っていた「難しいところ」が、わかった
ような気がした。


654 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時34分39秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 7 哀歌 "An elegy" chapter.2


「ちっさいよねえ、あたしたち。失恋ぐらいでさ」
自嘲気味に言う安倍に、加護は不思議そうな目をした。
うそ、だって御代田さんは安倍さんが好きで・・・。

「御代田さんってさ、ほら、ああいう人じゃん。やっぱさ、頼りにしちゃうよねえ。
向こうもさ、自然になんだけど、応えてくれちゃうからさ。迷ったときは、とかさ」
海を見ながら語る安倍の中に、加護はあってはならないものを見た。



655 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時36分06秒

「安倍さん・・・」
「無事だってさ。ジョーさんが見つけてくれた」
「本当?よかったぁ・・・」
「だよね。なっちも安心した。これでちゃんとサヨナラ言えるもの」
「えっ、なんで」
「無理だってわかったの。叶わないこともあるんだよ、あいぼん」
「婚約者のことでしょう?好きならそんなの・・・」
安倍は膝を抱えて、最後の選択をし終えたように見えた。

「ハワイのどっかにさ、二人で行くと、必ず幸せになれる場所があるんだって」
「・・・」
「ね、あいぼん。そこでさ、一生を誓える相手をさ、探そうよ」
加護は何も返せなかった。
伝説が生きている島で、逆の結末を選ぼうとしている女性がそこにいた。

656 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時37分34秒

近いはずなのに、やけに時間がかかった。
エンジン音に、その場にいた全員が振り向くのが見えた。
まず矢口がホッとした表情を見せ、飯田・石川・藤本の顔にも、安堵が浮かぶ。
はて・・・何だこの反応は。
「遅くなった」
「いえ・・・また助けられちゃいましたね」
石川がようやく、この娘らしい笑顔を見せた。


それぞれの話を聞くに、みんなもかなり大変だったようだ。
とくに加護・辻の捜査線を指揮した石川と藤本には、驚き桃の木だった。
思わずひとみと顔を見合わせ、微笑を贈りあう。やはりな。彼女たちも、伊達に
キャリアを培ってるわけじゃなかったのだ。
慌しい休日になってしまったが、終息と平穏に向かいつつある事態に皆の顔が
明るいのはいいことだ。今夜もビールが美味そうだな。

だが、まだ最後にもうひとつ、解決しなきゃならない事件がある。
「御代田さん・・・」
藤本の呟きに送られ、会釈して歩き出した先に待つものは。

657 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時38分41秒

「こんなことで『もう恋なんて』とか言っちゃだめだよ。まだ16なんだから」
どうしてかな、何か落ちつく・ ・ ・ 最近とくに優しいよね安倍さん。加護は横顔を
見つめながら、穏やかな気持ちになりつつあった。

「あたしたちさ、10代でこの世界に入って、人より何倍も濃いい生活してきたと
思うのね。だからってわけじゃないよ。けど、かなわない恋もあっていいと思うん
だ。夢がかなわないのに比べたら、なんてことなくない?」

そうか・・・・・安倍さんは私の年齢からこの世界で、出会いと別れを繰り返してきた
んだ。ウチなんてまだまだや。けど安倍さん、ウチ早生まれです・ ・ ・ 。

安倍がメンバーに注ぐ母性の根源に触れた加護は、いつしか癒され、そして本来
の自分を取り戻していった。

658 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時40分10秒

「なつみ」
すぐ近くで声がした。
「御代田さん・・・」
安倍はゆっくり立ち上がった。
(げげーっ!みんな来とるやん!)ともに腰をあげた加護は、御代田の背中越しに
メンバーたちの姿を確認し愕然とした。

「じゃ、あたし」
明るく会釈し、加護は小走りにその場を離れた。
「亜依ちゃん、ごめん」
その背に届いた御代田の声にまた微笑むと、見守るメンバーのもとへ走り出した。

659 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時41分39秒

やや複雑な笑顔で、加護はこちらへかけて来た
「加護、部屋にいろっつったろ」
「ごめんなさーい」
「まあまあ兄貴、ここは勘弁してやってくださいよ」
矢口が笑顔を変えず迎えた。他の娘。たちも同じだ。
「あいぼん、あとできっつーい、おしおきだよっ」
本気か冗談か皆目わからない飯田の一言に、辻が反応した。

「こわーい。あいぼん、怒りださないうちに帰ろ」
「うん!」
互いの肩に手を回し歩き出した二人は、俺が一番好きな曲を口ずさみながら
離れて行く。

660 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時43分42秒

晴れの日があるから
そのうち雨もふる Yeah
すべていつか納得できるさ
人生って ・ ・ ・

途中から、辻の声だけになった。
加護の背中が震えているのがわかった。
嗚咽も聞こえてくる。
辻は歌い続けていた。励まそうと必死なのは、みんなが分かっていた。
遠ざかる『I WISH』を、それぞれの微笑が見送る。

がんばれ、あいぼん。
がんばれ、のの。

辻の歌声は、離れてもすぐ近くで歌っているように聞こえた。


To be continued...
Next time is start at section"An elegy" chapter.3
See you again and good luck !
661 名前:新人 投稿日:2003年09月04日(木)23時45分37秒
今夜の更新を終了します。

訂正です。
今日の更新を入れずにあと2回になりそうです・・・。

書いていて、あいぼんには悪いことをしたな、と思いました。
次は大活躍させてあげたいけど・・・。

では、次回の更新にて。
662 名前:みっくす 投稿日:2003年09月05日(金)05時23分56秒
いよいよクライマックスですね。
なっちと御代田さんはどうなるのかな?
663 名前:つみ 投稿日:2003年09月05日(金)16時25分00秒
クライマックス間近ですね・・・
作者さん後一息がんばって!
664 名前:丈太郎 投稿日:2003年09月05日(金)17時58分48秒
更新お疲れ様です。
あと2回かあ…でも、二人とも大暴れしてたじゃないですか。銀香
が出て来たときは思わず膝を叩いちゃいましたし、結末も楽しみだ
し!
火の玉ジョー、さあこの始末、どうつける!?
665 名前:とこま 投稿日:2003年09月05日(金)21時50分03秒
更新お疲れ様です。
いよいよエンディングですね。
ハンカチの用意を・・・
666 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時12分32秒
こんばんは。作者です。
えー時間も遅いので、ともかく更新します。
667 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時13分17秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 7 哀歌 "An elegy" chapter.3


互いに、しばらくは何も話さなかった。
静かに波打ち際へ歩いていく安倍に続き、御代田は自らにも言い聞かせるように
切り出した。
「すまない。甘えていたのは僕の方だ。君の好意に…」
「お互い様ですよ」
安倍は自然な仕種で遮った。
さまざまな形容詞を持つ「なっちスマイル」が、その顔に浮かんでいる。

668 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時14分09秒

「あんなニュースが流れたから、心配してたんです。でも無事で、ほんとによか
った。これでちゃんと言えるもん」
御代田は無言だった。自分が何を伝えようとしたのか…辛い選択を得た刻まで
二人は重なっていたのである。

「別れましょ、あたしたち」

似つかわしくない笑顔で、凄く似合う笑顔で、彼女は確かにそう言った。

「私にあなたを幸せにすることはできない。これからもずっと、迷惑かけてばっかり
だと思うの。いまよりも、ずっとずっと ・ ・ ・ 」
遮りかえすこともできた。
しかし、彼はそれをしなかった。

669 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時14分42秒

「美穂さんと幸せになってください。一緒に、隣を歩ける人と、これから・・・そういう
ものでしょ、人って」
ゆっくりと頷いた。
それしかできないと思った。

彼女の笑顔は、最後まで消えなかった
「私なら大丈夫。出会いなんてこれから、いっくらでも待ってるから」
彼は最後に、微笑んで手を差し出した。その温もりを刻みつけたかった。
しかし、彼女はそれに応えてはくれず、会釈しただけで傍らを通り過ぎた。

彼女は、最後に握手しなかったことを後悔しないと決めた。
もし手を重ねていたら、その胸に飛び込んでしまっていただろう。
そして、いつまでも抱かねばならなかっただろう。

叶わない想いを。

叶えられなかった愛を。

670 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時15分30秒

戻って来た安倍なつみは、見ている方がホッしてしまうような笑顔だった。
「お待たせー。ごめんねえ、つきあわせちゃって」
いつもの母性溢れる、しかも皆を信頼しきった微笑は、迎える側にもそれを浮かべ
させた。

「行こ。最後の夜だよ」
飯田は、語り明かそう、と言った。
「そうだよっ!たっぷりお説教してやるぜい!」
矢口は、メいっぱい楽しもうよ、と言った。
「安倍さん、今夜はお酒、禁止ですよ」
石川は、話したいことがあると打ち明けた。
「あ、あたしはもう飲みませんからね」
最後にストレートな思いを吐露した(?)藤本が加わった。

モーニング娘。たちは、肩を寄せ合って歩き出した。

671 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時16分54秒

ふう。どうなることかと思ったが、まずは無事に済んだな。安倍も意外にしっかり
してる。今度、ひとみに送ってもらって読んでみるか。
安倍なつみの歴史が詰まっていると、つんく♂が自慢?していたエッセイをな。

「あたしも行くねっ」
並んでランクルに寄りかかり無言だったひとみは、ひとつため息をつくと、こっち
までため息を漏らすような笑顔を浮かべた。
おいおい、そんな顔、今まで見たことないぞ。やっぱ大事なんだな…。
新参者の俺などが入ることができない領域を、彼女たちもまた持っているのだ。

「おお。市警に寄ってから帰るわ。遅くなるかもしれん」
「わかった。じゃっ」
小さく手を振り、ひとみは走り出した。
追いついて肩を組む後姿が、何となく眩しかった。

672 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時18分14秒

淡々とした表情が逆に痛い御代田が戻ったところで、気持ちを切り替えた。
「お疲れさん。一杯飲りたいって顔だな」
「ええ、まあ・・・」
変にへりくだったりせず頭を掻いたこの男に、俺は初めて好印象を持った。
「つきあいたいところだけど、これから市警に行かにゃならなくてな。いいバーを
紹介するよ」
「はい。ぜひ!」

こんな笑顔を作れるのなら、心配は無用だろう。
「ホテルまで送るわ。乗んな」
「ありがとうございます」

乗り込む直前、今日はオーナーに店を開けさせようと決めつけたらしい黒ずくめの
後姿が視界の隅に入ったが、気にしないことにした。奴も、浅からぬ因縁を感じて
いたとみえる。
もっとも、娘。の守護神の座はそう簡単には譲らないがね。

何だ、高科穣也ともあろうものが、柄にもねえ。
いつもの安全運転を放棄し、アクセルを少しだけ踏み込んでみた。

673 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時19分48秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 7 哀歌−4


市警に寄って報告書を書き終え、Jとプライスの誘いを振り切ってホテルへ戻ると
既に7時を回っていた。費やした時間の半分は、ひとみとの関係を問う市警きって
の切れ者二人が繰り広げた「訊問」だったのはご愛嬌として、とにかく腹が減った。
神経と体力、両方をフル稼働させられる一日だった気がする。
休暇をとりに来たってのに、これじゃあロスにいるのと変わらんわ。腹も異様に
減ってるし。
キーを受け取ったあと、部屋へ直行せずカフェへ寄った。メニューに並ぶ品々が
マダムの料理より不味いのはわかっちゃいるが、背に腹は代えられない。

674 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時21分19秒

ドリンクの頁にさしかかったとき、いまごろ最後のシェーカーを振っているだろう、
「奴」の顔が浮かんだ。

誤報でこちらへ向かいかけていた家族は、謎の電話によって事無きを得ていた。
唐突な「あれはお宅の息子さんではない。今日中にそれは証明されるはずだ」
とだけ言って切れた国際電話に、受けた父親は、不思議な安堵感に包まれた
という。その数時間後、領事館から無事な声が届けれたというわけだ。
戯言と笑い飛ばせない説得力・・・無口な奴ほど、それを持っている。

明日、店に行っても『急にやめちまってな。てんてこまいだ』と苦笑いするキャプ
テンにしか会えないだろう。奴が作るカクテルを飲んでみたかったが。
どうせまた、どこかで顔をあわせることになるはずだ。
そのとき敵か味方かは、俺にも、おそらく奴にもわからない。

675 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時22分41秒

注文を終えて煙草に火をつけると、こそこそ話すのが聞こえてきた。
(いた。どうしよ)(しょうがないでしょ、迷惑かけたんだから)
そんなとこに隠れてないで出てくりゃいいのに、爆弾コンビ…。
「聞こえてるぞ」
おや、加護も辻も、何やら俯き加減にやってきたな。似合わん。

「どうしたい」自分でも初めてと思える優しい声色を使った。何をしにきたかは、
だいたいわかる。
「「ごめんなさい」」
ここまで息がぴったりだと、微笑むしかないわな。

「なんだそりゃ。謝るのは俺の方だ。遅くなってすまなかった」
Jとの再会や酒場での大立ち回りのせいもあるが、見込みを大幅に上回る遅れ
が不安を助長したのは否めない。賞金首たちとの駆け引きには長けていても、
女心がわからんのではプロとして胸を張れない。

676 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時25分52秒

「そんな、違うの。あたしこそ心配かけちゃって」
「のんも・・・ほんとにごめんなさい。あと・・・」
「ん?」
「「ありがとうございました」」

この娘たちの心遣いを素直に受け入れない方が、よっぽど罪深いよな。
「もういいよ。みんなにはちゃんと謝ったか」
「うん」
「怒ったやつ、いたか」
「ううん」
二人が全く同じリズムで首を横に振ったのを見て、吹き出しそうになった。

呼吸ピッタリ、だけでは表現しきれないものが、この二人の間には流れている。
運ばれてきた料理を目で追う仕種が同じなら・・・

677 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時27分11秒

"ぐ、ぐぅ〜っ"

ほれ、腹の虫が鳴くのも同じタイミングじゃんか。

「んだ、食ってないのかよ」
「うん・・・食べてない」
ははあ、俺に謝ってからと思ってやがったな。それにしても、加護がここまでしお
らしい声を出すとは思わなかった。
「しゃあねえ、追加すっか」
「「やったー!」」
メニューを持ち出すのを見て、二人にようやく笑顔が戻る。娘。のパワー・ソース
は、こうでなくちゃな。

それからの1時間弱で三人が胃袋に納めたのは、アメリカン・サイズ五人前の
量だった。
断っておくが、俺は一人前とちょっとしか食べてないぜ。

678 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時28分49秒

「もうっ!なんで連れてきてくれないのよ!」
「だって急いでたし、その気もなさそうだったからさぁ」
「何回も話したじゃん、きちんとお礼を言いたいって」
「ホントごめん。でもさ、いつかまた、ひょっこりあたしたちの前に現れると思うけど
な。きっと偶然じゃないよ今日だって」

結局、石川と辻は部屋を交換したままとなり、娘。のベスト・カップルズは今回も
揺るがなかった。

「いまが大事なの!忘れられちゃったら意味ないじゃない!!」

679 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時30分50秒

石川は、ジョーと吉澤のあわやの危機を救ったのがあの銀香だったと聞き、珍し
く大激怒していた。
「大丈夫だって。あの人がそんな薄情な人だと思うわけ梨華ちゃんは?」
「ぐう・・・・・・」
怒れる石川梨華、敗れたり。

「ね、きっとまた会えるって」
「・・・・・・わかった。今度だけは許したげる。そのかわり、美貴ちゃん呼んできて」
「はぁ?」
藤本は食事を終えると、さっさと部屋へ戻ってしまった。昨夜のリベンジは無論の
こと、一滴も飲みたくないらしい。
「なんであたしがぁ」
「うるさいっ、早く行く!」
追い出すように吉澤を迎えに出すと、石川はベッド・サイドの電話をとった。

680 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時31分31秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 7 哀歌−5


覗き穴の視界で佇んでいたのは、意外な人物だった。開いたドアにも反応せず
下を向いている。
「何か用かい、安倍なつみさん」
少しだけ笑いを乗せた調子で言うと、安倍は下げていた目線をしっかりと俺に
向けてみせた。よかった。表情に翳はない。
「えっと・・・今日はごめんなさいジョーさん」
「ずいぶん他人行儀じゃん。いまさら謝ったりするなよ」
「ふふ・・・・・そう言うと思ったべさ。じゃーん!!」

681 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時32分18秒

安倍は後手に持っていたワインを出すと例のスマイルを浮かべ、ソムリエに頼ん
で持ち出しちゃったべさ、と笑った。
「おまえ、これラフィットじぇねーか!」
シャトー・ラフィット・ロートシルト・・・・・・このクラスのホテルで頼めば、20万はす
るだろう。それがまだ、ほんの1・2杯しか飲んでいない。くー、憎いことしやがる。

「最後の夜だし、いいでしょ」
二日連荘になるが、昨日はまともに話してないしな。
「入れ。どうせ一人じゃないんだろ」
「うん。みんなぁいーって!」
「へへー」
安倍が振り返ると、ドアの影から矢口・石川・飯田が「ぴょこん」と顔を出した。
「お前ら・・・・・・・揃いも揃って遊んでるだろ俺で」
「そんなことないよー」「考えすぎだよジョーさん」「嬉しいくせにぃ」
わかった、俺の負けでいいから・・・・・。

682 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時33分37秒

かくして、二夜連続の二次会?が始まった。
ひとみは「絶対に飲まない」と言い張る藤本を引っ張りに行ってるらしい。石川が
何度か説得したらしいが、最後の電話も不首尾に終り、切り札に託すことになっ
たものらしい。ま、最適の人選だな。最後は腕ずくで「運んで」くるだろう。
ラフィットだけでなく、飯田たちもめいめいに酒を持ってきていた。たちまち、数種
の薫りの花が咲く。会話も同じだ。


弾けんばかりの笑顔に、既に吹っ切れたと判断した。
「安倍よ、無理して恋する必要なんて、これっぽっちもないんだからな」
「へっ?」
本人ばかりか、石川に無理に飲ませようとしていた矢口までが動きを止めた。
ただし、二人とも笑顔を浮かべたままだ。
飯田も、グラス片手に泰然自若の構え。どうやら話しても良さそうだな。
こういうのは、ひとみが来る前に済ませておくに限る。

683 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時35分02秒

「焦る必要はないぞ。きっと、もーっとバランスのとりやすい、いい男が現れると
思うぜ。支えあうんじゃなくて、包んでくれる懐のふっかーい奴がな」
安倍は膝を抱え、身体を揺らしながら微笑んだ。こういう仕種が男心をくすぐる
のだろう。

「まああれだ。下手に忘れようとしないで、処方箋として持っておくことだな。次の
恋愛が来たときのために」
「うーん、そういうのもアリかな。ね、なっち」
ぐい、とグラスを干し、飯田が言う。

老婆心ついでに、もう一丁いくか。
「お前にぴったりの男なんざ、山ほどいるさ。つり合うとかじゃないぞ。アイドル
やってるだけで、本質は普通の22歳の女のコなんだから、そのうち普通の恋も
できるってことだ」
「山ほどってのは、ちょっとなあ。でも、ありがとジョーさん。元気でるべさ」
おお。出たな、なっちスマイル。そいつが出せるなら、おせっかいだったな。

684 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時42分51秒

チャイムが鳴った。ひとみの怪力に抗し切れなかった藤本が、ようやく折れたら
しい。
「いやー、手強い手ごわい!ほら美貴ちゃん」
「もー、美貴なんか邪魔なだけだってのによっすぃーはぁ」
本当は加わりたいくせに、藤本は少しムクれて入ってきた。遠慮が見え隠れする。

「そう言わんと座れ藤本」
加護・辻の捜索にいま正に突入せんとしたときも、冷静さを失わずにいたと石川
から聞いた。探偵術の初歩を教えたに等しい飯田たちと比較しても、遜色ない
潜在能力と見た。高科ディテクティヴ・オフィス日本支局のエージェントとして、
喜んで迎えよう。


「おまえも早く恋人が見つかるといいな。そしたらもっとデカくなれる」
「ジョーさん?どうしたんですか」
同世代の石川やひとみに遠慮して、なかなかハジけない藤本・・・足りないもの
が何かは俺にはわからないが、こいつは絶対、牙を研いでいる。

685 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時43分24秒

考えてみるがいい。新曲でメインを張った6期・田中を圧倒するパフォーマンスを
みせる藤本が、仕事を一歩離れた途端、皆の後ろに下がると思うかい?
大噴火が厄介だからひとみに聞いたことはないが、いつか絶対、天下を取って
やると深謀しているに違いない ・ ・ ・ って言ったら大げさかもしれんが、そいつ
を引き出せたら面白いと思ってよ。


「きのう言ってたじゃないか。『いない』って。いま話してたんだが、別に女が男を
肥やしにしてもいいと思うぞ。それがいい男なほど、おまえがいい女になれる」
「肥やし、ですか・・・。面白いけど、フッたやつにすっごい恨まれそう」
「はは、美貴ちゃんはホント、そういうタイプだよね」
本気なのか茶化したのか分からんぞ、ひとみちゃん。

686 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時46分47秒

「もー、美貴は酒の肴っすかぁ。やっぱ帰ろうかな」
ありゃ、軽くいなされちまったい。こいつ、油断ならん女だ。
「まあまあ、軽〜く飲むべさ藤本」
「いい男でも捜しに行きますよ。二日酔いはもうごめんです」
「意外と近くにいるかもよぉ美貴ちゃん」
こういう場合、火に油を注ぐと言うのだろうか。いや、火中の栗、かな。

「そうだよお藤本。案外、気づかないものだべさ」
「何ですか安倍さんまで」
「へへー、だってさぁ ・ ・ ・ いるじゃんここに、いい男!」
と安倍が突然、両腕をからめてきたから、びっくらこいた。けっして小さくない胸が
肘に当って・・・。

687 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時47分20秒

「ちょっと待った安倍、ここじゃマズいだろ。どこで何時に落ち合うか決めよう」
「あらぁん、じゃあ下で待ってるわぁん」
「だー絶対だめっ!!」
ひとみが乗ってくれたおかけで、場が一気に明るくなった。

いま思えば複雑なものが含まれていた昨夜とは違い、笑顔と明るい空気だけが
支配した二日めの夜は、意外にも昨日より早くお開きとなった。



To be continued...
Next time is start at section"An elegy" chapter.6
See you again and good luck !
688 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)00時56分09秒
>>662 みっくすさん
ありきたりの結末ですいません。
表現は工夫したつもりですが・・・。

>>663 つみ さん
もう少しなので、がんがります。
あとは新作を考える時間を何とかしなければ。

>>664 丈太郎さん
もしかして、銀河旋風ブライガー ですか?
ビデオしか知らないけど、あれは当時、凄い斬新な作品だったそう
ですねえ。
こちらの結末は斬新ではないかもしれませんが(w

>>665 とこま さん
ハンカチは必要でしたかね・・・。
最後はジョー×よっすぃーに何かが起きます。
なんて、大した事じゃないかもしれないけど。

では皆様、次回、最終回にて。
689 名前:みっくす 投稿日:2003年09月07日(日)05時32分29秒
更新おつかれさまでした。
日本支局ですか。支局長はやっぱりよっしー?
あと、梨華ちゃんと銀香のコンビも見てきたい気もします。
690 名前:つみ 投稿日:2003年09月07日(日)07時53分32秒
梨華ちゃんと銀香がいいカップルになりそうな予感・・・
691 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時06分24秒
こんばんは。作者です。
首都圏は熱帯夜が続いていると聞きますが、皆様、体調を崩していらしたり
してませんか。

ワイハースペシャルをBGVに、本編最後の更新です。
どうか最後まで御容赦のほどを。
692 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時07分22秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


# 7 哀歌−6


年長3人は、飯田組の部屋で三次会に突入した。といっても、しんみりちびちび、
会話を楽しみながら飲っている。
「何かさぁ、ジョーさんって『兄貴』だよね。黙ってあたしたちのこと見ててさ、困っ
たときにスッと出てくんの。そんな感じしない?」
飯田の言葉は、全員の思いを代弁しているかのようだ。

「そう!『お兄ちゃん』じゃなくて『アニキぃ!』なんだよねえ。オイラたちみんなの
ねっ」
「負けてらんないよぉ。ああいう余裕、あたしたちも持つべさ。とりあえず仕事、
でもって恋愛もねぇ」
「うーっし、今日は朝までいくぞぉ、おら飲め矢口ぃ」
「わわっ、こんな濃いの無理だってば」

その夜、飯田・矢口組の部屋から洩れる嬌声は、ツアー中を通じて最も遅くまで
続いた。

693 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時08分40秒

深夜のビーチは風と波の音だけが徘徊していた。人影がないのが幸いといえる
かもしれない。
ひんやりと気持ちいい砂浜に座っていると、どうしても領事館でのことを思い出し
てしまう。

ひとみが叱責したのは、果たして御代田だけだったのだろうか。未来が描けて
いることが違うといえばそうだが、まだ何年も先のことだ。
お互いいつ、違う予想図が未来を変えるとも限らない。
しばらくの間、そんな思いを巡らせた。そこへ・ ・ ・

694 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時10分07秒

「けっこう風あるねえ」
ドアの下へ挟んだメモに気づいたか。
「どういう風の吹き回しよ。呼び出すなんてさ」
別にシャレじゃなさそうだ。
ひとみは隣へどすん、と腰を降ろすと、セミショートの髪をかきあげた。
「ジョーさんさあ、意外とキザだよね。『ビーチで待ってる』なあんてさ」

いつもなら「失敬なこと言うな!」とヘッドロックをかけるところだが、今回はそうも
いかない。確認しておきたいことがある。

「あれお前の本心かよ」

695 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時13分11秒
答えを聞くのが怖い瞬間というのは、いまを指すのだろうか。

「 ・ ・ ・ へ?」
「いつも側にいたいとか、存在を感じてたいとか」
「だったらどうなのよ」
「いちいち人の胸にグサグサとよ・・・」
「へえ、いちおう気にしてるんだ」
「うるせえ、はぐらかすな。さっさと答えろ」

ひとみは目線をはずし、真っ黒にしか映らない海を見つめた。
やばいな・・・・・・・振っておいてなんだが、答えを聞くのが怖くなってきた。
ところが、である。
ひとみからの答えは意外にも、割と早く、しかも穏やかに俺のもとへと届けられ
たのである。

696 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時14分46秒

「別に平気だよ。そんなのとっくに乗り越えてる」

乗り越えた?ってことは、やっぱりこいつ・・・。

「今までどおりでいいんじゃない。遠いし、お互い忙しいんだからさ」

こいつばかりは仕方なかった。選んだのは俺だし、ひとみなのだ。

697 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時15分52秒

「そうか」
「でしょ」
「ふむ。それだけ聞いときたかった。悪かったな」
ひとみは肩で肩をこつん、とやった。こんなのが嬉しいのか、と思った。

「さあて、寝るか。疲れたろさすがに」
「うん・・・・・・やべ、けっこう入っちゃった」
立ち上がって、まとわりついた砂を落とすひとみを見て思った。

間違いない。
698 名前:川o・-・) 投稿日:川o・-・)
川o・-・)
699 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時17分13秒

同じ未来を描いて進むのに介在するのが『絆』なら、それは深く強くなってる。

立ち上がるのを待つ間、そんなことを考えていた。

「もうハワイの砂は細かくてさ、お待たせ。かえ・・・・」
その唇に、軽く唇を触れた。
僅かにフリーズした後、ひとみは120点の笑顔を返してきた。

「さ、戻るべ」
「待ってよ」
ホテルへ歩き始めても、別にくっついたりしない。これを理想とするかどうかは
賛否が分かれるところだろう。
けど、俺たちはこんなもんだ。

700 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時17分49秒

「今度はあたしが行くか」
「休みとれんのかよ」
「また入院しちゃえばいいじゃん」
「アホ。UFAに暗殺されるわ」
「じゃあ来てくれるっての」
「そうだな。正月には」
「まっ、それで手を打ちますか」


こうしてモーニング娘。とバウンティハンターの休暇は、静かに幕を下ろした。

701 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時22分06秒
『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』


エピローグ


翌朝、午前の便で帰途につくメンバーを見送りに、空港まで出向いた。
この休暇が決まって急遽おさえにかかったものの、全員が同じ便とはいかず
分散しての帰国となる。
俺はもう少しハワイに留まるつもりだ。キャプテンのバーに行かにゃならんし、
Jとプライスにハンター生命を絶たれないためにも、ちっとは協力しなくちゃな。

702 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時22分49秒

「じゃっ、また電話する」
ひとみが右手を差し出した。
「おっ、やっと素直になったか。俺からはもうかけんですむな」
「言葉のアヤじゃん。どうせ3日もしたらかけてくるんでしょ」
「馬鹿いうな、そんな暇も体力もねえ」
「へー、疲れたときはこういうのに限るとか言ってたの誰だっけ」
「やかましい。とにかく、最初の電話だけはお前だからな」
「忘れなかったらね」

最後に、やはりこうなった。
掌を握り返しながら、ひとみの肩越しに見える光景には苦笑いだ。
少し離れたところで、年長組が期待に燃える眼で見守っていたのである。だが。

703 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時23分41秒

「じゃあよ」
「うん」
小さく手を振り、僅か二日でさらに結束が固くなったメンバーのもとへ歩き出す
ひとみの行く手では・・・

「がくっ、だべさ。やけにあっさりしてるねえ」安倍が派手にコケた。
「安倍さん何を期待してるんですか」藤本が腕組みをして突っ込む。
「うぇっ。どうでもいいからその辺に座らして・・・」今日は矢口か。お大事に・・・。

けけけ、残念でした。
ん?石川だけニコニコしてやがる。まさかあいつ・・・。

気にせず、俺も背を向けた。
そろそろ、こちら側へ戻らなくちゃな。

704 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時25分17秒

離陸まであと僅かとなったところで、吉澤の顔に自然と微笑が浮かんだ。
隣では、嬉しそう&楽しそうな石川が、久々に見る日本のファッション誌を鼻歌
まじりにめくっている。途絶えたと思っていた銀香とのコネクションが復活したの
だから無理もない。

「休みが終わるってのに楽しそうだねぇ梨華ちゃん」
「よっすぃーこそぉ。よかったねゆうべは」
「シッ!みんなに聞こえるってば」
誰かに聞かれたかと周囲をうかがったが、安倍と藤本の間では会話が弾み、
二日酔いの矢口は爆睡体制。つきあったわけでもなさそうだが、飯田も既に
眼を閉じていた。

胸を撫で下ろした吉澤の脳裏に、昨夜のフィニッシュ・シーンが浮かぶ。

705 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時28分25秒

「じゃ、おやすみ」
エレベータを降りたジョーに、この日の最後と思って最上級の笑顔を送ったが、
逆に表情が固くなったのを見て首を傾げた。

「…」
「何よ」
「そういや午前の便だったな」
ジョーはいつものポーズをつくったが、笑顔は固いままだ。

(なんだぁ、自分こそ)
珍しく名残惜しそうに向いたジョーの背に、少し勢いをつけて覆い被さる。
「ぐえ。重てえ」
「うっさいなあ気にしてることを」

まったく、両方とも素直じゃなくてやってけんのかな…って自分のことだけど。

吉澤の顔に思い出し笑いが浮かぶのを見て、石川も微笑んだ。

706 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時31分04秒

無事なフライトを祈って見上げる上空を、娘。たちを乗せた二機目の767が上昇
していった。

彼女たちよりひと足早く、俺はこのあと仕事だ。パーティー代の分は働かにゃな。
半月分の生活費が吹っ飛んじまったことだし。

次に会うときどんなプレゼントを用意するか、今から考えておくことにしよう。
最初にジョーカーを切っちまったから、もう生半可な事じゃ驚かんだろうなあ。


ハワイ特有の水色に近い空に、娘。たちの顔が空に浮かぶ。

707 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時31分46秒

「「えへへへへへへへへ」」悪戯っ娘復活の加護と辻。

「勘弁してくださいよー」苦笑いが妙に似合う藤本。

「ふふん」モデル級の美貌で、静かにグラスを傾ける飯田。

「本当ですかぁー!?」と大げさに驚く石川。

「へーん、バレバレだよーん」と憎まれ口をたたく矢口。

「もう一捻り足らないべさー」特上のスマイルを浮かべる安倍。

708 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時33分10秒

そして、何もかも理解して微笑んでいる、吉澤ひとみ。


ウインクを返し、CZ75の感触を確かめながらビジネスへと向かう足を速めた。

そう、俺はバウンティ・ハンターなのだった。




『震える将星・外伝 − Sink a tragic love in deep blue.』

End
709 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)20時43分04秒
作者です。

今回で、『震える将星・外伝』
は最終回となります。
ご愛読いただいた皆様、ありがとうございました。

表現力不足で感動が足りなかったと反省しています。
次作では、前作のようなサプライズを用意できる
よう頑張りますので、どうか御容赦下さい。

こんな拙い小説にレスしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

>>689 みっくすさん
そうですねえ。長は中澤で、吉澤はbPの腕っこき、ってところじゃ
ないでしょうか。
次作には、ハロプロ総軍の司令官も登場します。
スポーツ・フェスティバルまでに構想がまとまれば良いのですが。

お忘れにならずお待ちいただけたら幸いです。

>>690 つみさん
銀香を気に入っていただけたようで、作者としてとても嬉しいです。
投影の産物である高科穣也に対し、彼は願望ですから。
石川が抱いているのは恋愛感情ではない気がしますが、あの
天然娘のことですからね(w
本当に次作にも出るかもしれません。
そのときは、どうぞよろしくお願いします。



ハロモニ。ワイハー・スペシャル、楽しかったですね。
よっすぃーの出番が少なかったのが不満だし、水着をちゃんと見せて
くれなかったのは残念ですが。
圭織となっつぁんの語らいで、なっつぁんが涙ぐんでいたのには、
素直に感動しました。
石川は元気だったし、ハワイアン娘。も楽しかったし、今夜は
いい夢が見られるかな?

それでは、次回は新作の初回でお会いいたしましょう。


Next time is start at Story "Have a duty for murders." chapter.0
See you again and good luck !
710 名前:つみ 投稿日:2003年09月07日(日)21時19分15秒
終わったね・・・夏が・・・・
次回作楽しみに待ってます。
ハロモニみながら・・・
711 名前:みっくす 投稿日:2003年09月07日(日)22時03分35秒
お疲れさまでした。
次回作もたのしみにしてます。
ハロモニは12日後・・・・(なじょ)
712 名前:新人 投稿日:2003年09月07日(日)22時13分49秒
つみさん、みっくすさん、ありがとうございます。

698 の削除依頼をいま出した作者です。

みっくすさん、バレバレです(w
私の地元なんか、マトモに見てたら19日後です・・・。
仕方なくCATVでリアルタイムを獲ています。
713 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)23時22分45秒
外伝完結おつかれさまでした
自分のように読んでるだけ(現時点で違いますけど・・)の人も沢山
いると思います。
面白かったです、次回作も期待しています。


714 名前:新人 投稿日:2003/09/09(火) 22:16
どうも作者です。
>>713 名無しさん 暖かい言葉ありがとうございます。
かなり安心しました。
前作のスレが倉庫落ちして見られなくなったショックが
メチャクチャ和らぎました。

次作も、もしここで始められたら、宜しくお願い致します。
715 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003/09/10(水) 23:14
作者さま。更新お疲れ様です。
外伝での、藤本さん、惚れてしまいそうです。
よっすぃ〜推しだったのに小説の影響か藤本さん大好きになってました。(笑)
もちろん、よっすぃ〜の活躍も楽しく読ませていただきました。
ほんとに信頼できる仲間。読んでいて気持ちよかったです。
次回作も楽しみに待っています。新作も是非保存させてください。
よろしくお願いいたします。
716 名前:とこま 投稿日:2003/09/12(金) 21:26
外伝完結お疲れ様です。
次回作も楽しみに待っております。
どんな話になるのかな(^^♪
717 名前:新人 投稿日:2003/10/08(水) 19:30
皆様、一ヶ月近くご無沙汰しております。
ななしのよっすい〜さん、とこまさん、御礼が遅れまして申し訳ありません。

>>715 ななしのよっすい〜さん
こちらこそ。今度こそミスがなく、読みやすい文章を心がけますので、宜しく
お願いします。
藤本には、いろんな意味で期待していますので、新作でも・・・。

>>716 とこまさん
いまプロットの半分まで固まり、部分的に書きはじめているところ
です。
できればオールスター・キャストにしたいなと思ってます。

次作は処女作とまではいかないまでも長いものになりそうなので、
新しいスレッドでということになりそうです。
おっと、書き始める前にカンパしなきゃ。

では。
718 名前:新人 投稿日:2003/10/19(日) 00:33
こんばんは、作者です。


「絶対にあたしたちが助けるんだ!」

事件に巻き込まれた中澤の危機に敢然と
立ち上がった娘。達はしかし、事件の背後に
潜む見えない恐怖を肌で感じ言葉を失う。
その正体が垣間見え始めたとき、吉澤は密か
に決心していた。

「自分のタレント生命が潰えることになっても、
必ず解決してみせる」

そしてついに、混迷の度を増す事態を救うべく
あの男がやって来た。



震える将星EPISODEU
『A Silent Sin.』

現在、鋭意執筆中(?)です。

いましばらくお待ちくださいm(_ _)m
って待ってないか…。
719 名前:丈太郎 投稿日:2003/10/19(日) 01:04
わっわっわー!まさか予告編が書き込まれてるなんて!
作者さん、私は結構マメにチェックしてますたf^_^;
ええい、みっくすさーん、ななしのよっすぃーさん!つみさんとこ
まさーん、作者さん書いてるってよぉ!
720 名前:みっくす 投稿日:2003/10/19(日) 08:03
おお〜〜〜、予告編だ。
おいらも、まめにチェックしてますよ。
まってま〜〜す。
よっし〜がアメリカに行くきっかけになるお話になるのかな。
721 名前:つみ 投稿日:2003/10/19(日) 10:51
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!
ついにキター!!!
予告編でこんなに人を沸かしてくれるなんて・・・
しばらくでもどれだけでも待ちますよ〜〜!!

丈太郎さんどうもです!!
722 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003/10/24(金) 21:47
うぉ、更新間近ですか!
楽しみに待ってますYO!!!
723 名前:とこま 投稿日:2003/10/29(水) 20:52
おおっ、いよいよですね!
待ってますよ〜〜!

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