「君はブルーエストblueを知っているか」
- 1 名前:心裡 リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時28分16秒
- 主演:加護亜依・吉澤ひとみ
出演:モーニング娘。
- 2 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時29分00秒
【青にヨシ】
- 3 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時33分05秒
- A
そして吉澤は、いつものようにガードレールの端に腰かけ片足だけ下ろして、
軒先のくすんだ下葉と鮮やかな若葉のコントラストを眺めていた。
左脇に二人分の荷物を抱え、のんびりと口笛を吹くと、
時折遠くからする車の音が拍子をとるようにぶおん、と響いた。
この分だとまだ亜依は出て来ない。
吉澤は、空を見上げた。
夏の予感を秘めた白い雲が、青いキャンパスに自らの存在を主張していた。
そして、その下に町は甍をならべていた。
- 4 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時34分48秒
- 規則正しく立っているねずみ色の電柱。
寺をそのまま改築した、土蔵づくりの小学校。
都会では今時珍しい瓦の屋根。その向こうに広がる海。赤いポスト。
生命感にあふれた新緑が、いろどりを添えていた。
そこここ、どこか御伽ばなしめいている。
なにかがなつかしい、と吉澤は思った。
しかし、何もなつかしいわけはなかった。
ただ、所以のない淡い憧れを感じていた。
強いて言うなら、昔、夜寝る前に母が聞かせてくれた童謡、
その歌詞の書かれた絵本の挿絵に似ているのかもしれなかった。
ちりんちりん、と自転車が二台、風を切って吉澤の背後を通った。
小学生の男の子二人が、懸命に車輪を漕いでいる後姿が、
視界の端に浮かんで消えた。
- 5 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時36分42秒
- ―『夏も近づく八十八夜』
なんとはなしにそう歌って、吉澤は少し後悔した。
自分の声の変にうわついた感じが、まだ耳に残っているような気がした。
季節の変わり目は、皆すこしおかしくなる、と吉澤は思った。
空気も温度も風景も人も、どこか不安定だ。
紗耶香と真希にしてもそうだった。
二人のボーカルデュオは、季節が変わる頃になると必ず解散の危機を迎えた。
誰よりも強いつながりを感じる二人なのに、
ささいな争いが起きて、真希がすねる。
その内、下手に出ていた紗耶香がキレル。
真希がごねる。紗耶香が黙る。出て行く。
真希が泣く。その妹の亜依も泣く。
市井さんを説得しに行くのだと言い出す。
真希は篭る。
亜依はいきりたつ。
親友とその妹に泣かれて吉澤が駆り出される。
- 6 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時37分49秒
- もはや三ヶ月に一回のイベントとなりつつある市井家参り、
亜依のお供をするのはいつのまにか吉澤の役目になっていた。
市井家は東京のベッドタウン、その郊外の、
更にまたはずれにある丘の頂上をちょっと下った所に立っている。
東京で、路上ライブをやっていた紗耶香とは、
また似て非なる紗耶香がここにいる。
吉澤は、道路を挟んで対岸にある、亜依が消えていった
市井家のドアをじっと見下ろした。
そして、続きを歌って再びちょっと後悔した。
―『野にも山にも若葉が茂る』
やはりどこか後味がうわついていて、変にそぐわない感じがした。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月30日(金)23時39分48秒
- B
亜依が消えて行ったドア。
そのドアを入り、手前の階段を上って一番奥まで進んだ所が紗耶香の部屋だった。
その日、紗耶香の母に家にあげてもらうと、
戸が開きかかっていたので亜依は遠慮なく部屋の中へ入った。
紗耶香が、ほとんど物のおいていないこざっぱりとした部屋の真ん中に
あぐらをかいて、ギターの手入れをしていた。
ストリングを換えている手を止め、目が亜依を確認すると、
『ああ、やっぱりあんたが来たのか』
とでも言う風に亜依に向かってうなずいた。
そして、また作業を続けた。
亜依も、紗耶香に会釈して、頭を左右に回し、
部屋を隅々まで見て紗耶香に変わりのないことを確認した。
そこで、話し出した。
- 8 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時41分52秒
- ―市井さん、ギターのお手入れですか?
顔をちょっと上げて紗耶香が冷ややかに答えた。
―しなくちゃ、楽器ってすぐ悪くなっちゃうから。
小遣い貯めてバイトして、中坊ん時はじめて買ったギターですぞ。
いちーの魂のギターなのだよ。
沈黙。ふうん、とわざとらしく亜依が相槌を打って、
部屋の中央で立ち止まった。
そして、今はほとんど用をなさなくなった勉強机の上の、
チロルチョコが沢山入ったビニル袋を指差した。
―市井さん、これわたしの、ですよね?
亜依がそう言うと、紗耶香は
―ああ、なんかよくわかんないけど置いてあるならあげるよ
と言って、ギターの背面の傷を気にしていた。
亜依は軽く頭を下げて、それを斜めがけにしていたポシェットの中に入れ、
入れ違いにタバコの箱を取り出した。
―わたしも、なんかよくわかんないんですけど、
おねえちゃんの部屋にこれが、たくさん置いてありました。
紗耶香は素直にそれを受け取って、
―助かるよ。実家は禁煙だから、買ってきたのばれただけで怒られるんだよね。
- 9 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時42分54秒
沈黙。同時に「あの」と言って黙り込んだ。
気持ちの無言の交換が行われた。
先に紗耶香が口を開いた。
―で、どんな感じなの?
亜依は落ち着き払って答えた。
―あんなぁ、市井さんのこと言ってたよ。
紗耶香はおだやかに、へぇ、とつぶやいた。
それは、たとえば今日の天気の話をするのと同じ響きを持っていた。
- 10 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時43分59秒
- ―どんなこと?
亜依はますます落ちついて答えた。
―おねえちゃん、こう言ってました。
『あたし、いちーちゃんの音楽好き…なもんか、って言って』って。
紗耶香の瞳がすっと細まった。
そのまま表情を変えないで、ストリングを換える手を早めた。
沈黙。
下の階から、玄関の開く音が聞こえた。
おそらく、長らく丘の上で待っていた吉澤が、
痺れを切らして家の前に下りてきたのだろう。
そして、吉澤に気付いた紗耶香の母が、入るように勧めたのだろう。
亜依は、紗耶香からゆっくりと背を向けて、帰る意思を示した。
―伝えとくことありますか?
―面倒くさいから同じでいいっす。私もさ、ごとーの音楽好き…なもんかって
亜依は、眉一つ動かさず、しかしにっこりと笑って言った。
―わかりましたー。じゃ、ばいばい。
―うん、ばいばい。
- 11 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月30日(金)23時48分26秒
つまりは、「あお」をテーマに、
需要も供給もないよしかごメインでお話を何篇か。
はじめましてで恐縮ですが、更新は、
あまり頻繁には出来ないと思いますが放置はしません。
よろしくおねがいします。
- 12 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年05月31日(土)00時18分51秒
- >>1-10
までコウシンしました。
ネーム欄が「心裡リュウホ」になっていますが、短編名は【青にヨシ】です。
見にくくてすいません。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)10時39分43秒
- よしかごメイン?本当によしかごメインなのか?
続きが楽しみだ。
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2003年05月31日(土)15時49分03秒
- いいっすね。
- 15 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)11時55分36秒
- C
亜依は、駅へと向かう坂を上りながら、
あのふたりまた仲直りするよ、と吉澤に言った。
吉澤は、そか、と気のない返事をして、
―ほら、やっぱり泊まりの用意なんていらなかったじゃんよ。
と、両脇に抱えたスポーツバッグを二つ、顎で指した。
亜依はそれに気付かない振りをして、話をごまかすように大きく伸びをした。
―わたし、ちょっと困るなぁ。
―なにが。
―だってだって、市井さん東京に戻ったら、真希ちゃんと曲の打ち合わせ
とかするでしょ。そうすると、うちで寝泊りするようになるでしょ。
そのうち、それが「ずっと」になって、結局「いつも」になるんだよ。
わたしの部屋、真希ちゃんと同じだし。
別に、市井さん自体は好きなんだけど。
嫌やわ、部屋にいづらくなるもん。
吉澤は右に抱えていた方のバッグを片手で器用に肩にかけながら
じっと考え込んで、突然思いついたように言った。
―じゃあ、この際ごっちんに今日の事言わないとか。
亜依は肩を上げてため息をついた。
―もう無駄。また好きになっちゃったから。
- 16 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)11時56分19秒
- 黄色の蝶々が一匹、二人の間をすり抜けるように飛んでいった。
二人はそれを立ち止まって眺めて、また歩き始めた。
夏の足音に、空気は揺れている。
暖かくなればチョコレートはすぐに溶けるし、
路傍で遊んでいる子供たちの背も伸びる。
なるほど、好きになったらどうしようもない。
- 17 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)11時58分30秒
- ちょっとした通りに出た。
左右に立ち並ぶ家々が、そこに午後の日陰を作っていた。
日差しは、半そででも十分なほどに暖かかったが、春埃も舞っていた。
なんとか商店と白いペンキで書かれている古い看板を横目に、
吉澤は、市井さんの伝言、携帯でごっちんに伝えてあげたら、と亜依に提案した。
亜依は、ぶつぶつと不満を漏らしながら、けれど素早い動作で携帯電話を取り出した。
吉澤はその様子を微笑ましく思って、口の端をぐにゃ、と曲げて笑うと、
視線をさきほど見た看板を冠した建物に移した。
- 18 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)11時59分31秒
- それは、看板の言葉どおり確かに商店だった。
急な勾配の台の上に、スナック菓子だの、せんべいだのが置いてあり、
隣の緑のプラスチック製の籠には、りんごやばななが、無造作に入れられている。
そして、その間を埋めるようにかんぴょうや
干ししいたけなどの乾物が陳列されていた。
店の4分の1ほどの、煤けたガラス張りのコーナーでは、
たばこが売られていて、たばこの見本に囲まれた小さな窓には、
そこにすっぽりはまったように、店主らしき老婆の姿があった。
駄菓子屋なのか果物屋なのか、乾物屋なのか。或いはたばこ屋なのか。
混沌とした無秩序が、「商店」という白い太字に
つつましく集約されているように思われて、吉澤は妙に感動した。
- 19 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時01分53秒
- いつのまにか亜依が、店先にしゃがみこんで
小学生に混じって駄菓子を物色していた。
―はやく電話してあげなよ。
と吉澤が言うと、
―もう終わった。
と、ふ菓子を手に取りながら、亜依はつっけんどんに答えた。
―ごっちん、なんて?
―起きて顔洗うってさ。おねーちゃんの関西弁、久しぶりに聞いた。
今でも日常において、関西独特のイントネーションが断片的に残っている
亜依に比べ、真希の発音は、全くと言っていいほど東京人のそれだった。
吉澤は真希の電話越しの口調を容易に想像した。電話の向こうの表情も。
吉澤は、なんだか愉快な気持ちになった。くくく、と喉の奥で笑った。
- 20 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時04分08秒
- ―何、笑ってんの。
鋭い口調で亜依が言った。
こちらは表情の下にいらだちを見え隠れさせている。
―あいぼんこそ、何怒ってるんだよ。
吉澤は亜依の思わぬ不機嫌に面食らって、逆に問いかえした。
そして、頬をぷうっと膨らませた亜依の顔がおかしかったのか、また笑った。
亜依は吉澤ののんびりとした特徴的な笑い声にますますいらだちながら、
立ち上がって、小走りで吉澤の前を歩き始めた。
―なんやねん、なんやねん!
…よっすぃーむかつかないの?
あんだけ周りを巻き込んどいてあっさり仲直りなんて。
吉澤は、ずんずんと前を進んでいく亜依を大またで追いかけて、
―だってそんなこと初めからわかってたじゃん。
あっという間に追いついた。二人はまた肩を並べて歩き出した。
- 21 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時05分20秒
- ―ふーん。
あいぼんは市井さんとごっちんが喧嘩したままがよかったんだ?
吉澤は、ふくれっ面の亜依をからかうように、いたずらっぽく聞いた。
―うう、ちゃうけど…
―じゃ、いーじゃん。
―よくないわ!
よっすぃーはあの家に住んでないからそないなこと言えるんや!
―でも、市井さんとこに行くって毎回言い出すのはあいぼんだよ。
―よっすぃーは責めとんの!?
会話の雲行きがあやしくなってきた。
亜依の靴がいらだちを紛らわすように、ばたばたと不恰好に鳴った。
吉澤も、段々イライラしてきた。
―はぁ?なんでそうなるんだよ。っていうか、そういうこと言うんなら、
もうこの荷物持ってやんないぞ?
―そかそか、やっぱ責めとんのや。よっすぃーは優しくない!
―うっわ、ひっで!優しいでしょうが。
ひぃーちゃんはいっつでも優しいでしょうが!
- 22 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時06分35秒
- 吉澤は、元来おだやかな気性だが、今日はどうしたことか、
気持ちがグラグラとぶれていた。
普段は、年下相手に怒って声を荒げることなどほとんどないのに、
亜依のけんか腰に影響されて、にわかにぐっと癪にさわってしまった。
―もうええ!!
関西弁であからさまに怒りを表した亜依は、そう言って再び前を駆けていった。
その背中は、明らかに追いかけてくる事を期待していたが、吉澤は無視して、
代わりに口の中で、さっき歌ったメロディーの続きを追った。
―『あれに見えるは茶摘じゃないか』
その余韻の意味ををじっくり考えようとする前に、
亜依が「あーっ」と大声を出した。
―よっすぃー!よっすぃー!来て!早く!
小一時間前、吉澤が亜依を待っていたあたりで、亜依がぴょんぴょん跳ねている。
吉澤は、はいはい、と顎だけつきだして、えっちらおっちら、坂を上った。
そして、上りきったところで、亜依と同じように「おおーっ」と声を出した。
- 23 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時07分32秒
海だ。
坂道を下った向こうに、ぱっと海が開けていた。
快活で、ほがらかで、未だかつて憂愁にも疲労にもおかされたことのない、
生き生きとした青が。
午前にそこを通った時には目立たなかった太陽が、
惜しげもなく海面に光を注いで、いっそうその美しさを際立たせている。
みなもはキラキラと輝いていた。
それは、まさに青だった。
美術の時間に使う絵の具をそのまま流し込んだような、素直な青色だった。
海の青は、ともすれば野暮ったくも見える、ある実直さを持って
吉澤と亜依に迫っていた。
亜依が吉澤の腕にしがみついて、きれいだね、と昂奮した面持ちで言った。
吉澤も、まぶしそうに目を細めながら、かっけぇ、と正直な感想を漏らした。
二人とも、先ほどまでのいらだちはどこかへ消えて、
お互い顔を見合わせて、同時にわぁ、と叫んだ。
- 24 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時08分28秒
- ―よっすぃー、ドラマとかで海に叫ぶのってさ、あれ気持ちわかるね。
ほんときれい。気持ちいいー。
亜依は、そう言ってまたわぁ、と叫んだ。
吉澤は、思案げに右手で頬をなでて、
確かめるようにゆっくりと、1フレーズを歌った。
夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘じゃないか 茜たすきにつげのかさ
やはり語感がうわついている、と吉澤は思った。
しかし、嫌な気分はしなかった。
胸の中心部分がざわめいている気がした。
うきうきしていた。
吉澤は、右肩にかけていたバッグを左肩に渡してすきがけにして、
左手に持っていたバッグを同じように右にかけた。
そして、丁度、バッグの紐が胸の前でばってんを描き、
両手が自由になったところで「よしっ」とガッツポーズを作ってみせた。
- 25 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時09分30秒
- ―どしたの?
亜依がたずねると、吉澤はふふん、と鼻を鳴らした。
―決まってんじゃん。走るんだよ。
―ええー!?もしかして、海まで?
―そう、海まで。
―あぁやだ、やだ、体力バカは。よっすぃーはガキだね、ガキ。
自分より高い所にある吉澤の額をぺち、ぺち、と叩いて
亜依は、『呆れた』という形を作った。
吉澤は、それでもぶらぶらと所在なさげに揺れている亜依の左手を
目ざとく見つけて、それを強く握りしめた。
―そんなこと言ったって、ひぃーちゃんはお見通しさ。
ホントはあいぼんも走りたいんだよね〜?
吉澤のささやきに、亜依は一時に狼狽してしまった。
一瞬ふてくされたような表情をしてから、
照れたように、かろうじて聞き取れる小声で、うん、と頷いた。
吉澤は期待通りの答えを得て、また独特の気の抜けるような笑い方をした。
- 26 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時10分14秒
―じゃ、12、の3、4、でスタートするぜぃ。OK?
―なにそれ!カウントめっちゃ半端!よっすぃーめっちゃアホ!あははは!
二人はぎゃぁぎゃぁふざけながら手をつなぎ直して、
たった今設定したばかりのスタートラインに立った。
吉澤達とは反対に、町のほうから坂を上ってきた老人が、
はしゃぐ二人に愛しいものでも見るような目つきをして、すれ違った。
二人の頬にも、見知らぬ老人に対する好意が刻まれた。
- 27 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時11分07秒
- ―いぃぃぃぃぃぃぃぃぃーちっ
幅広の坂道は、丁度海へのアプローチのように一直線に続いている。
町を外れてしばらくは緑。青はその向こうに広がっていた。
頬を高潮させて合図の声を上げる吉澤に「アホ、アホ」と
横から茶々を入れていた亜依の表情が、ふと、真顔になった。
―にいいいぃぃぃぃぃぃぃぃーっ
亜依の視界は、海を真中に捉えていた。
やはり直接訴えかけるような素直な青色をしていた。
亜依は、誰に対するでもなく、口の中で「ほんまアホやわ」
と、二、三度繰り返した。
そして、小さな声で独り言のようにつぶやいた。
―あんなぁ、よっすぃー。うち、な
―さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーんっ
よく通る吉澤の柔らかい声は、海に向かって吹き降ろす風と一緒に響く。
亜依の声は、吉澤の耳には届いていないようだった。
海と平野のパノラマが、いかにも美しい。
風がそよいで、二つに結った髪の後れ毛が、亜依の頬をくすぐった。
亜依は、つないだ左手にほんの少し、力を込めた。
―うち、よっすぃーのこと、大好っきやねーん!!!
- 28 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時11分52秒
吉澤の唇が、海の方向を向いたまま「4」の「よ」の形のままで止まった。
惚けたような吉澤の横顔をみて、亜依はつないだ手をぶんぶん、と振り回し、
―…なんちゃって!
と、付け加えた。
- 29 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時12分37秒
- 吉澤が怒ったような顔で、うつむいた。
同時に、亜依の左手が強い力で前に引っ張られた。
吉澤が走り出した。
亜依も、つられるように走り出した。
わずかに頬を染めて、少し前方を走る吉澤が
顔はそむけたまま、小さく目だけで亜依を振りかえった。
亜依は、にこにこと笑顔をかえした。
世界が加速する。
目まぐるしく後ろへと流れていく。
怪訝な顔をした主婦風の女、
指をさして笑っている男子高生らしきグループ、
ぽかんとした表情でこちらを凝視している壮年の紳士-‐―
みんなみんな、流れていく。
- 30 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時13分48秒
- ―ねぇ、よっすぃーのさっき歌ってた歌…
―ええ?あ、ああ、うん。
―アカネタスキって何?
―知らない。
―じゃ、ツゲノカサは?
―知らない。
―どんな意味か知らないで歌ってたの?
―うん。
―バカだね。
―あいぼんもね。
―そうだね。
- 31 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時14分34秒
- 二人はわぁっ、だの、いぇーい、だの、思い思いに叫びながら
びゅんびゅん風を全身で受けながら駆けた。
山の後方からくる光は、海までまっすぐ届いて、
波間を銀色に染めていく。
海は、光を反射して、町を青色じみた透明に染めていく。
やがて、二人の頬も、ほーっと染まっていた。
どこまでも青く、青く、透明に。
- 32 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時15分09秒
・
・
・
:
- 33 名前:【青にヨシ】 投稿日:2003年06月01日(日)12時15分49秒
【青にヨシ】-ジ・エンド-
- 34 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年06月01日(日)12時19分24秒
- >>15-33
までのコウシンです。
青臭い感じで色んなタイプの話を書けたらと思います。
>>13 初レスどうもです。
あくまで気持ちはよしかごのつもりですが、予定は未(ry
嘘です。基本的によしかごです。多分。
>>14 ありがとうございます。はしゃいじゃってもよいのかな。
次回コウシンは、来週末になりそうです。
でわ、また。
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月02日(月)15時15分58秒
- 感動しました。
- 36 名前:--------- 投稿日:2003年06月07日(土)10時09分07秒
- A
きっかけは何だったのでしょう。
平日の電車でしょうか。
このところの雨降りな天候のけだるさでしょうか。
「きっかけはお前の中にずっとあっただろう」
と言われれば、そのような気もします。
- 37 名前:--------- 投稿日:2003年06月07日(土)10時09分38秒
- 私は先ごろ、あなたからお電話を頂いた時、父の投身「自殺」と、表現しました。
私の「自殺」未遂とも言いました。
しかし、厳密に言うと、この言い方は不適切だったかと思います。
確かに、父は満月の夜に海へ飛び込み、死にました。
私は、川に飛び込んで死にかけました。
けれど、やはり何か別の、もっとぴったりあてはまる単語があるはずです。
誰かが、「それは○○でしょ」と横から名づけてくれれば、
或いは私はその呼び方に賛成したかもしれません。
けれど、「まだなにか」という気もします。
自分でもその「なにか」がイマイチよくわからないので、
言葉の便宜上、「自殺」と表現したのです。
ただ、これだけは言えるのですが、あの日の私も、半年前の父も、
その瞬間、魔に魅入られたようになってしまったのだと思います。
だって、お笑いにならないでください、中澤さん。
あの日私は、父の死を考えて、
―ああ、お父さんはとうとうミスタームーンライトと行ってしまったのだ。
そう思ったのです。
- 38 名前:--------- 投稿日:2003年06月07日(土)10時11分17秒
- ・
・
・
:
親愛なる中澤さんへ。あさ美より。
【さよなら、いつかのミスタームーンライト】
・
・
・
:
- 39 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時13分23秒
- B
お手紙によりますと、中澤さんは今回の私の件について、
私が半年前の父の投身自殺がショックで錯乱してしまったのだろうか、
カウンセリングが必要なのではないか、
父から実質的な私の後見を任された身として、自分にも不手際があったのではないか…
そう、色々と気に病んでいらっしゃるようでした。
責任感の強い中澤さんの事ですから、私がここで私の「自殺」未遂の動機について、
包み隠さずに語ったら、そういう思いをまた強くされるに違いありません。
実際、それほどに私の言動は、正常な感覚からいけば、おかしいのです。
(大丈夫ですよ、中澤さん。自覚はあるのです。)
- 40 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時14分00秒
けれど、私は、正直な素の思いを、あなたにきちんと話す義務があります。
いや、あなただから話したいのです。
父の死後、マスコミや世間の好奇の目にさらされた私に、
誰よりも真剣に接し、守ってくれたのは中澤さんでした。
あの日、実の母より私を心配し、叱ってくれたのも中澤さんでした。
しかし、確たる地位もない子供の私は、
その中澤さんの真心にこたえるすべを、持っていません。
だから、せめて中澤さんの前では、素直な気持ちをさらすことが
今のところ私にできる、一番誠意を見せる方法だと思うのです。
そして、私は私で、自分の考えをすっかり整理してしまって、あとの
心の平和に甘んじたい、そう願っているのです。
- 41 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時14分41秒
- C
話を、しましょう。
中澤さんも知りたがっている、私が「自殺」未遂をした日の出来事です。
その日は、うっとりとするような青天でした。
道行く人々さえも、新鮮な空気を放っている気がしました。
私は、珍しく学校に行く気になって、
セーラー服に学生かばんをさげて電車に乗りました。
といっても、昼前のピークをだいぶ過ぎた頃あいでしたから
車内は空席でまばらでした。
中澤さんは、平日のこういった時分の電車に乗られた事があるでしょうか?
弁護士という時間が不定期な職業がら上、
そういう機会も多いのではないかと思います。
私の場合、昼前のこの時間の電車は久しぶりでした。
だから、いけなかったのかもしれません。
- 42 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時15分32秒
平日の客は、座席に座っている人も、
立って手すりやつり革につかまっている人も、
どこか現実離れしたような雰囲気があります。
一日が終わって、疲労を額ににじませている晩の客や、
一日の始まりで気力に溢れている、もしくは眠そうにしている朝の客とは、
彼らは明らかに違っていました。
彼らの顔からは、生活感というものが、あまり伝わってこないのです。
強いて言えば、始まりも終わりもない、ただあいまいな倦怠がそこにありました。
どういうわけかその日の私にとって、それは我慢のならないものに思えました。
久しぶりに出かけた午前だったから、ということもあります。
彼らの無気力に見える顔が、私のめったにない爽やかな気持ちを
灰色に侵食していくような気がしたのです。
私は、得体の知れない客と並んで電車にゆられているうちに、
段々と気持ちがとがってくるのを感じました。
- 43 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時16分16秒
- すると、今度は乗客ひとりひとりの服装まで
いちいち耐えがたい気がしてきました。
もしあの日中澤さんがそばにいたなら、あなたの
「こら、あさ美!アホちゃうか自分!」
の一言で我に返っていたかもしれませんが、一人の時間は、下らないことを
実にまじめに考えてしまうものです。
私は、結局自分で自分に、気持ちの暗くなる要素を与えていました。
まず、向かいに座っている若い女の人が私のいらだちの対象になりました。
キャミソールの上にシースルーのサマーニットという流行の装いでしたが、
原宿のキャットストリートあたりを歩いていそうなおしゃれなその女性も
そのときの私には苦々しく映りました。
キャミソールの変にべたっとした紫色が、私を不快にしました。
重ね着、という今日ではファッションの定番のスタイルさえ、私は憎みました。
なんでまた、そんな格好をするんだ、と怒りに近いものさえこみ上げてきました。
- 44 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時16分56秒
- その隣のメガネをかけた、小太りの男性についても同様でした。
からし色のポロシャツの襟を、耳まで立てているのが気に入りませんでした。
おまけに彼は厚い革表紙の本を熱心に読んでいました。
私はそれを冷めた、いじわるな気持ちで見ていました。
「彼は、本を読むことをなにか高尚なこととでも思っているに違いない。
自分よりちょっとでも教養のないやつを見つけては、妙に落ち着いた、
もったいぶった物言いでカントやショウペンハウエルの引用をするのが趣味なのだ。
そして、また本ばかり読む。そうだ、そうに違いない。」
…そんな勝手な妄想ばかりが渦巻いて、胸焼けを起こしたようになりました。
妄想は、妄想を呼び、その妄想が更なる不快を生みます。
いまや電車の中のもの全てが、私の不快を誘い出す腹だたしいものに見えました。
ベースを抱えて眠っているバンド少年のトゲのついたパンク風の腕輪、
自分の母親位の歳の女性の腕にぶら下がっている買い物袋、読んでいる雑誌、
その下品な見出しの色使い、etc、エトセトラ、えとせとら。
- 45 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時17分50秒
- はい。
つまりは、どれもこれも私のひとりよがりな思い込みです。
私もそれをわかってはいたのですが、こういう状態になった時の
自分というのは、なかなか止められないのです。
これは、ある種の不快のパターンの一つなのです。
半ばやけくそのように、私は乗客のアラ探しをしていましたが、
しばらくして、いつものようにそんな自分が嫌になりました。
私はせっかくのすがすがしかった気持ちがすっかり薄らいで、
私の悪い癖である、例のちぐはぐな気分が、戻ってくるのを感じました。
そして、反省の後に、必ずやってくる気持ちの不調和は、
お約束のように私を孤独感へと突き落としました。
もっとも、それは平日の車内にかぎったことではありません。
「自分がひどく場違いなように感じる。
はやく『どこか』へ帰りたい。どこへ?わからない。
わからないが、『どこか』がここではないということは確かだ…」
- 46 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時18分45秒
- そんな想いにとらわれるのは私の常でしたし、程度の差はあれ誰にでも、
そう感じてしまう自分というのは、内にあるのだと思います。
(中澤さんだってそうじゃないですか?)
したり顔の大人たちが指摘する少年期にありがちだという行き場のない想い、
『少女の病』とやらも、あるいは関係するのかもしれません。
けれど、それを大げさに騒ぎ立てたところで、
帰りたい『どこか』がわかるはずもなく、わかったところで
『どこか』にやはり満足しきれていない自分、というものも残ってしまうでしょう。
そしてたいていの人は、その事実に気付いているからこそ
その感覚をむやみに表で語ったりしないのです。
少なくとも、私はそうでした。
- 47 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時21分43秒
- その日の私も、そういった種類の、堂々めぐりな不快のかたまりが
胸をおさえ始めていることに気付き、
無理やりに立ち上がってドアの前へ移動しました。
「重い。」そう思いました。
「いつにもまして、なんて重い体だ。」
本当に、カバンの中に間違えて辞書でも入れてしまった
のではないかという位の重さでした。
二三歩踏み出して、私は軽く後悔していました。
しかしだからといって、座っていても、
またとりとめのないことを考え出してしまうのは目に見えています。
私はわざわざ学校へ行く気になった自分と、窓の向こうで好ましく晴れている空を、
いつもの憂鬱な気持ちでだいなしにしたくはなかったのです。
そこで私は、やっとの思いで、手すりとドアで丁度コーナーになっている所へ、
もたれかかるようにして体を落ち着けました。
窓の外には梅雨だということを忘れさせるほどあざやかなブルーが
広がっていましたが、私の心は一向に晴れませんでした。
私は、深呼吸をして、電車のリズムを心地よく感じるよう、努力しました。
また、余計な物を見て余計なことを考えないようになるべく下を向いて、
目的の駅につくまでやり過ごすことも心のうちで決めました。
- 48 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時22分27秒
すると、なんということでしょう!
うつむいた私は、急に、
自分の足元で一緒に揺れている私の影が気になり始めました。
影は、陽を背にした私の下に、短く横たわっていました。
そして、電車の動きに合わせて、すっ、すっ、と小刻みに揺れています。
眺めているうちに、私にはなんだか、
それが私から切りはなされた一個の生物に思えてきました。
その上に生物は、はっきりとしたある意思を持って動いている気がします。
その時でした。
*
―影ん中にはな、もうひとりの自分がおるんやで。
ふと、そんな声が遠くのほうで聞こえた気がしました。
ささやくような、それでいて不思議と強さを感じさせる少女の声でした。
私は、思わず左右を見回しました。
それほどにその声はビビッドだったのです。
しかし、相変わらず人々はお互いに無関心で、
ぼんやりとした倦怠がやはり空気を支配していました。
気のせいだったのだろうか、と気を取り直して
再び目を伏せると、
―影ん中には、ひぃーちゃんがおるんや。
そう、今度ははっきりと耳元で聞こえました。
- 49 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時23分39秒
「…誰?」
誰。私は口に出して言いました。
静かな車内に私の声が小さく反響しました。
座席のはしに座っている中年男性が、広げたスポーツ新聞をちょっと下げて
私のほうへ、うかがうように目線をやりました。
私は、少女の声が、外ではなく、
むしろ私の内から聞こえていたのに気付きました。
そして、その声に私が覚えのある事も。
私は声の主を知っていました。
遠い記憶の中の、白っぽい光を浴びた頼りなげな女の子の後姿が
一瞬鮮やかに浮かんで…―
- 50 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時25分40秒
ガタガタガタゴトッ。
意外に鋭い電車の音が、私の思考をさまたげました。
と、ふいに、本当にふいに、車輪とレールのぶつかる響きが、
私の中である一つの音楽に聴こえてきました。
生まれてからこのかた、何回も聞いてきたメロディー。
ふつふつと地を這うような情熱的なスコア。
- 51 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時27分11秒
ガタガタガタゴトッ。
金属と金属がぶつかる音に、
段々と、ピアノの音が肉付けされていきます。
はじめは、低く。追ってゆくように順々と高く。
まもなく次の駅に着くというアナウンスが流れる頃には、
私の耳には、もうはっきりと主旋律が聞こえるようになっていました。
ガタッガタガタガタガタガタガタッ-----―
いや、もはや車内アナウンスさえも私には、
その音楽のために鳴っているような気がしました。
むしろ、ありとあらゆる音が
その音楽のために鳴っている気がしました。
先ほど私を見た中年男がスポーツ新聞をめくる音も、
隣の若い男性の口からわずかに漏れている寝息も、
大学生らしき女性の手元の携帯がメールを受信するメロディーも、
それから、それをとがめるような咳払いも、
何から何まで。
ありとあらゆる雑音が調和して、ある一つの音楽をかなでていました。
プレスト・アジタート…そう、それは
- 52 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時28分06秒
ガ タ ン 。
- 53 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時28分50秒
……「月光」。
ベートーベンの「月光」の第三楽章。
ストイックな音楽家の父が、よく自室にこもって聴いていた曲。
母と妹が家を去った日も、ウィーンで有名な賞を頂いた時も、
それから、半年前の死の直前も。
あめ色のマホガニーでおおわれた、古ぼけたレコードプレイヤーで、
父は「月光」の激しいテーマを繰り返し、繰り返し聴いていました。
私は、軽くめまいを感じていました。
半年前、父が海で肉体を喪失した日と同じ調子で、レコードのすれて
くぐもった感じもそのままに、「月光」が私の頭の中を廻っていました。
革靴から伸びている私の影が、わずかに主から離れて
こおどりしたように見えたのは、私の気のせいだったのでしょうか。
- 54 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時30分10秒
―紺ちゃん。お月様のきれいなよるには、
ひぃーちゃんがむかえにくるんやで。
ぼんやりとした思考の中で、私は再び、彼女の…女の子の声を聞きました。
そして、思い出していました。
なぜ今よみがえるのか自分でも分からない、小学生の時の記憶でした。
私は、視界が薄くかすんでいくのを感じました。
私は、ある、一つの重大な考えをひらめきました。
それは、父の死の理由も、私を常日ごろから悩ます
うっとおしい気分の理由も、すべて氷解させてしまうようなことでした。
しかしそれはまた、仮説に過ぎませんでした。
仮説に過ぎませんでしたが、私はその仮説を信じる気持ちが
ムクムクと自分の中で大きくなっていくのを感じていました。
―紺ちゃんは、あたまがええよって、すぐ何でもあたまで考えようとするんやね。
でも、にんげんのあたまってさぁ、そんなにスゴイんかなぁ。
「うちはそうは思わへんなぁ。」
彼女のせりふを、今は私が言いました。
彼女のように、はっきりと、ほがらかな口調で。
例の中年男は、今度はまじまじと私を見ました。
中年男ばかりか、他の乗客も、遠慮がちに私のほうを見ているようでした
- 55 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時30分59秒
「海へ行こう」
私は思いました。
「海へ行って、月が出るまで待とう…。
今日なら、今日なら、私も会えるかもしれない。」
握り締めた手に、薄く汗がにじみました。
電車がひときわ大きく揺れて、
駅のプラットフォームへ滑り込みました。
- 56 名前:【さよなら、いつかのミスタームーンライト】 投稿日:2003年06月07日(土)10時31分43秒
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・
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- 57 名前:心裡リュウホ 投稿日:2003年06月07日(土)10時34分45秒
- >>36-56までコウシンしました。
よしかごという名のコンコン主役。
>>35 おおぉっ、読んでくれてる人がいた!感動とは…いやその言葉に
こちらが素で感動です。もったいないもったいない。
続きは書き次第載せようと思います。来週の後半になると思います。
でわ、また。
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月11日(月)00時55分08秒
- よしかご好きなので嬉しいのですが…もう更新はしてないのかな?
ちょっとageてみます。
よしかご小説増えたらいいのにな。
- 59 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)19時14分08秒
- 自分もよしかご大好きなんだけど・・・
更新とかないのかな?
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