Atrocity
- 1 名前:zo-san 投稿日:2003年06月09日(月)15時48分22秒
- ここでは初書きです。
痛い系リアル物のやすいしです。
かなりエロ描写のある物書きますのでsageでお願いします。
最後まで書ける様にがんばりますので宜しくです。
- 2 名前:zo-san 投稿日:2003年06月09日(月)15時57分13秒
- あなたはいつでも優しいから。
私はあなたと話していると、すっかりあの事を忘れてしまうんです。
あなたにはあんなに、酷い事をされたのに。
どうしてあなたの前で普通に笑っていられるんでしょう?
でも。
間違えないでください。
私は、あなたなんか好きじゃない。
一人で眠らなきゃならない夜は。
どうしてかあの日の事が鮮明に思い出されて。
あなたを殺してしまいたいほど・・・憎いんです。
- 3 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)16時13分11秒
- 「梨華ちゃん!」
収録が終わるなり後ろから声をかけられて、振り向いた。
そこには、私の最愛の人が居るから表情だって緩んで。
「よっすぃーどうしたの?」
「今日って、梨華ちゃんの家行って良い?」
「良いけど・・・あっ・・・。」
よっすぃーと話していたら保田さんと目が合った。
忘れてた。今日は保田さんと一緒にご飯食べる約束してたんだった。
「ごめん、よっすぃー。悪いんだけど・・・。」
私の声を遮るようにして、保田さんが会話に加わった。
「石川良いよ。そっち優先でさ。あたしは、矢口でも誘うし。」
「そう・・・ですか?・・いえ、でも・・・。」
「遠慮しなくって良いよ。こっちは暇なら行こうかってくらいの話しだしさ。」
結局、保田さんは傍に居た矢口さんに声をかけて。私はよっすぃーと一緒に帰った。
- 4 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)16時41分50秒
- 「圭ちゃんってさぁ。ほんと梨華ちゃんの事可愛がってるよね。」
圭ちゃん卒業したら、梨華ちゃん寂しいんじゃない?
帰りに一緒にファミレスでご飯を食べて。
今は私の家でくつろいでいるよっすぃーが何気なくそんな事を言う。
「・・・寂しいに決まってるじゃない。」
何にもわからない頃からずっと見ていてくれた先輩なんだから。
私の言葉に拗ねたようにして。
よっすぃーは私の肩を抱いてきて呟いた。
「でもさぁ。嫉妬って程じゃないけど、仕事とかプライベートとかさ。」
最近、梨華ちゃん保田さんと居る事多いよね。
「・・・それは卒業も・・近いし、それに矢口さんも一緒じゃない。」
ひとみちゃんが遊んでくれないから、遊んでもらってるだけだよ?
私は、そう言ってよっすぃーの頬にキスした。
名前を呼んで頬にキスしたら。二人の間で次にする事は決まってる。
よっすぃーの手をとってそばにあるベッドに座ったら。
間をおかずによっすぃーを押し倒して、唇に触れながら服を脱がせて。
服を脱いでしまうと肌の色のコントラストについ苦笑してしまう。
- 5 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)16時55分47秒
- 「・・・ひとみちゃんってほんと綺麗だよね。」
「・・梨華ちゃんだって・・・んっ!・・やぁ・・ばい。」
真っ白い肌が愛しいと思うし、私の指に反応する声だって嬉しくなる。
感じやすいから指を少しだけ中で動かすと、すぐ「もうやばいっ!」って言っちゃうのだって可愛い。
「いっちゃったら、もう一回しようね。ひとみちゃん♪」
言葉が出なくなって、うんうんって何度も頷いてる仕草だって子供みたいで好き。
私はこの人の全部が好きだから。
何度も何度もこうして、触れたし、触れられた。
こう言う事したいって思うのはされたいって思うのは・・・恋人の彼女だけ。
でも、それはこのまま・・・彼女が家に泊まってくれればの話。
私を一人にしないでくれたら。
きっと私は幸せなまま、朝を迎えられるのに。
罪悪感や嫌悪感や・・・憎悪に胸を焦がす事なんてなくなるはずなのに。
- 6 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)17時19分20秒
- 「やっぱり、帰っちゃったなぁ〜。」
もうっ!! よっすぃー、ほんとに私の事好きなの?!
なんて本人には言えない。
結局あの後、よっすぃーと何回も・・・したしされたし。
終わった事には深夜だったけど、よっすぃーは忙しくて家族と居られないからって。
なるべく家に帰りたいんだって言って帰っていった。
そう言うよっすぃーは嫌いじゃないから、強く一緒に居てなんて良いづらいのよね。
怖い夢を見るから・・・とか理由をつけて一緒に居て欲しいけど嘘なんてすぐばれちゃうだろうし。
結局引き止められないから、よっすぃーを送り出した後。
頭から強めのシャワーを浴びながら一人叫んでる私。
とにかく明るめのテンションを保とうって色んな事を考える。
今日は、矢口さんおかしかったとか、あいぼんの物まねが面白かったとか。
やっぱり保田さんはいつもと変わらない優しい人だったとか。
・・・・優しいお姉さんだよね。保田さん。
あれ・・・本当に私の夢だったんじゃないかって。
そうとしか思えないよ。
気がついたら、いつもと同じ様に、私は保田さんの事考えてる。
続けざまにあの出来事が、昨日の事の様に・・・瞼の裏に浮かんで消えない。
- 7 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)17時53分47秒
- あの頃の私は「娘。」に入ったばっかりで。
いつもダンスが巧く覚えられなくて良く保田さんがその練習に付き合ってくれてた。
私の教育係なんかになったばっかりに毎回居残り練習で遅くなっちゃうんだなぁって。
とても申し訳なく思ってそれを伝えた事があった。
「そんな心配する暇あったら自分の心配しなさいよっ!」
って怒鳴られて泣きそうになった。
けど、それが保田さんのぎこちない優しさだって気がつくのには時間は掛からなかった。
それだけ長い時間、保田さんは文句も言わずに私に付き合ってくれていた。
しばらくそんな居残りが続いた後。
とりあえずそこそこ皆と歩調を合わせられるくらいになった頃。
その日だってそれまで通り、二人でただレッスン室でステップの確認をしたりしていただけ。
これといって、変わった事もおかしな事も無かったはずで。
「一息ついて、もう少しやる?それともそろそろ終りにしようか?」
キリの良い所でそんな風に声をかけられた。
- 8 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)21時06分52秒
- 私は保田さんから差し出されたスポーツドリンクのペットボトルを手にとって応えた。
「今日は・・・もう大丈夫・・だと思います。」
完全に完璧と言うまでには程遠いけれど、次の日のレッスンにはついていけるくらい。
だから、今日はここまでで止めようって思った。
保田さんをずーっと拘束してしまうのも悪いと思ったし。
「そっか。コツつかめてきたみたいだからね。」
髪をかきあげて柔らかい笑みを浮かべてる保田さんに私も笑みを返して。
お互い床にペたって座り込んで、タオルで汗を拭いていた。
息が上がっていたからあまり会話らしい会話も無いままに。
何がきっかけになったかなんて。
きっかけなんて何にもなかった。
スローモーションみたいにゆっくりと保田さんの手が私に伸びた。
それは、頬を掠めて私の髪に絡んできて、私は頭を引き寄せられた。
何が起きたのか一瞬では理解できなくて。
唇に何かが触れて、離れてからようやく保田さんにキスされたんだって気がついた。
「・・・嫌?」
そんな風に聴かれても、嫌とか嫌じゃないかなんて感情よりも。
頭が混乱して呆けてる事しかできなかった。
- 9 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)22時01分39秒
- ・・・どうして?
それしか浮かばない私の身体を腕に抱いて。
保田さんは、私の耳元で囁いた。
「返事が無いって事は、この先しても良いの?」
混乱している頭でも、それは拒まないといけないって思った。
だから私は、保田さんの身体を両手で押し離して何度も首を振って否定した。
なのに保田さんは、私の肩を床に叩きつけるように押し倒して。
薄っすらと笑みを零して私を見下ろした。
保田さんじゃない別の人みたいだった。
鋭い悪寒が背筋を走り抜けて、手のひらと背中に嫌な汗が吹き出た。
今度は、怖くて口が開かない。
保田さんは私の腰のあたりに乗っかってきて。
私の両手を掴んで、私の頭の上で束ねると片手で床に貼り付けにした。
何も語らないまま、私の眼を見つめて。
空いた手が、私の汗で濡れたTシャツの裾を掴んで引き上げた。
「嫌っ!・・保田さん?」
声を振り絞って。身体をゆっさぶってその続きをさせまいと抗ったのに。
保田さんの指は私のブラのフロントの金具をあっという間に外して。
胸元が露になった。外の冷たい空気にさらされて身体が震えた。
恥ずかしさと怖さと、混乱で目頭が熱くなって・・・私は泣き出した。
- 10 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月09日(月)22時30分33秒
- 「・・・石川の胸って結構大きいんだね。」
私は、泣いている。
でも保田さんは、表情を変えるでもなく、普通の会話の様だった。
保田さんの手は私の胸をぎゅっと鷲掴んでいて、指先は先端を弄んでいた。
先端が摘まれたり、擦られたりする度に下腹に熱い塊が出来ていく気がした。
「あ・・・ん。やぁ・・。」
声を出してしまってから、自分の声だって事に気がついた。
「石川、感じてるんだ?」
くすっと笑われた気がした。
保田さんの顔が胸元に埋められると、ぬるっとした感触が胸の谷間に下りて。
摘まれた先端に向かってそれがつーっと移動して先端に触れる。
次の瞬間には熱い口に含まれて、舌で転がされながら何度も吸い上げられた。
抑える事を忘れて、自然に任せて私は声を洩らした。
その頃には、身体に巧く力が入れられなくなって。
私は保田さんに両手を塞がれている訳でも無いのに抵抗しないで。
保田さんの両手や、唇が身体を這うのをただ感じていた。
保田さんの指は優しいかった。
唇は、キスしていない場所が無いんじゃないかってくらいに。
私の上半身に落とされた。
それが、嫌じゃないって事に気がついたけど、涙は全然止まらない。
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月10日(火)06時02分30秒
- zo-sanの書く作品好きです。
頑張って!!
- 12 名前:zo-san 投稿日:2003年06月10日(火)18時26分21秒
- >名無しさん
ありがとうございます。がんばります〜。
・・・そう言えば、同じ名前の作者さんとかいないっすよねぇ。
今更不安になった。
- 13 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月10日(火)18時41分21秒
- 私は、成すがままだった。
保田さんが私の腰を抱いて私が着ているジャージを下着を剥ぎ取って。
こんな所で全裸にされてしまっているのに、私は抵抗らしい抵抗は見せなかった。
羞恥心は、全然なくて。ただ、哀しみににた諦めの様な気持ちで一杯だった。
そんな私に、保田さんがこう問うのも当たり前かもしれない。
「石川・・・全然抵抗しないんだね。」
保田さんの表情からは、心が見えない。
いつもならすぐに思ってる事が顔に出てしまう人なのに。
「抵抗・・ですか? やめる気の無い人にそんな事したって無駄ですよね。」
久々に私の口をついて出たのは、後ろ向きで挑戦じみた言葉だった。
保田さんは、一瞬返答に困った様だった。
「そうね。やめる気は無いよ。でも多少は抵抗してくれた方が面白いんだけどね。」
その一言。
『頭に血が昇る。』それはこう言う状態を言うんだなって思った。
- 14 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月10日(火)19時00分53秒
- 手のひらが熱かった。
私は、思い切り腕を振り上げて保田さんの左頬を平手打ちした。
保田さんは、突然の出来事に避け切れなくて、モロに私のそれを受けて。
初めて保田さんの表情に変化が見えた。
ほんの少しだけ、瞳が翳った・・・そう思った。
でも次の瞬間には、さっきまでの冷たいだけの無表情に近いそれに戻って。
保田さんは、構えてなかったせいで唇を噛んだ様で。
赤く染まった唇を指で抑えながら呟いた。
「さすがに・・・痛いね。元テニス部は伊達じゃないって事かな?」
「や・・すださん大・・丈夫ですか?」
血を見てふと我に返った。つい、申し訳ないなんて思ってしまった。
・・・思う必要なんてないのに。
「いーや。これ位してもらわないと。まるで合意の上でしてるみたいだもんね。」
心配なんて一瞬でもしてしまった事を後悔した。
私は、とても悔しくて、もう一度同じようにして腕を振り上げた。
- 15 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月10日(火)19時55分08秒
- 「あたしも2度も叩かれるほど、考え無しじゃ無いよ。」
振り上げた腕は簡単に保田さんに掴み止められた。
そのまま腕を背中の方にねじられて。私はうつ伏せに組み敷かれた。
ねじられた腕に体重を乗せられると、肩と肘に鋭い痛みが走って。
「石川、そっちの手も後ろに回して。」
保田さんにそう言われても私は、動かなかった。
こんな風にされて、言いなりになるなんて嫌だって。
でも、ギリギリとゆっくり力を込められると、間接が嫌な悲鳴を上げそうで。
「怪我させたくは無かったけど・・しょうがないよね?」
その言葉に防衛本能が働いて。私の小さな意地は簡単に砕け散った。
後ろに回した両手は多分私のジャージで縛られたんだと思う。
完全に両手の自由は奪われてしまって。
「・・・さて。これからどうしようか?」
保田さんは立ち上がると、私を見下ろしてそう言った。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月11日(水)07時19分56秒
- この先の展開にドキドキです・・・
保石好きにはたまりませんね。
楽しみにしています!
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月11日(水)15時28分51秒
- いいっす!
ヤスオタでありやすいしオタの自分にはたまらないっす!
続き期待です!!
- 18 名前:zo-san 投稿日:2003年06月13日(金)08時26分53秒
- >16
たまりませんかっ!!嬉しいです。
この先、するだけかもしれない。エロ小説ですから・・・。
>17
私もヤスヲタなのです。
でも、黒いヤスですけどいいんでしょうか。と不安になる罠。
- 19 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)09時56分04秒
- いつもの様に柔らかい笑みを見せて欲しかった。
このまま何もされないで。これまでの事は全部保田さんの悪ふざけで。
「嘘だよ。びっくりした?」って声をかけて欲しい、頭を撫でて欲しい。
けど保田さんの様子を見ていれば、そんな事があるはずないってわかった。
これは現実に起こっている事で、私はきっと保田さんに・・・されてしまうんだって。
「ま、する事は一つしか・・無いか。」
そう言って保田さんは、膝を折って私の足もとにしゃがみこんだ。
両足を割って保田さんの身体が滑り込んでくる。
保田さんは、私の片足を肩に担ぐようにして、視線をある一点で止めた。
可笑しそうに目を細めて私の顔に視線を向けて。
「石川すごい事になってるね。案外無理やりされるの好きだったりすんの?」
「・・・やめてくださいっ! い、いやっ!」
保田さんの手が私のそこに触れて。
溢れでる、ぬるぬるした私のそれを指に絡め取る様にして指が這った。
足を閉じようとしても片足は保田さんの肩の上。
もう片方は保田さんの足が圧し掛かって床に固定されていて。
私が身を捩ってもそこは保田さんの手からは逃れられずに開かれたまま。
- 20 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)10時14分55秒
- 「すごい濡れてる。ここも堅くなってるし・・・・。」
一番敏感な核心に溢れるそれを指で塗り上げられて、反射的に腰を浮かした。
「・・・いやっ・・やめてください。」
「どうして?・・・気持ち良くない?・・・これ直接触った方が良い?」
不思議そうに呟いてから、指先が核心を摘んで引き上げるように動いた。
その時は、ただ神経を直接触られた様な激痛にも似た感覚。
今なら何をされたかわかる。
皮膚が剥かれて露になった核心に指が触れたって事が。
決して気持ち良くは無かった。強く擦られすぎて痛かった。
だから悲鳴を上げて、保田さんに止めてくださいと懇願したのに。
それでも、保田さんの指はそれを擦り、弄び続けて。
しばらくして、私の感覚が麻痺してきた様に思う。
どう表現したら良いのかわからない。触られてる部分を中心に感覚が無くなったみたいで。
ただ、熱かった。身体全体が熱っぽくて、考える事を諦めた。
突然それは襲ってきた。
身体が強張って足の指先がつってしまうかと思った。がくがくと身体が震えた。
- 21 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)10時25分47秒
- 突然それは襲ってきた。
身体が強張って足の指先がつってしまうかと思った。がくがくと身体が震えた。
指一本だって動かせないくらいの脱力。初めてだった。
腰と太腿あたりが、熱い水に濡れていく感覚。
何か自分に起こったのかわからない。
私は、力なく保田さんの顔に視線を向けた。
保田さんは、肩に担いだ私の太腿に頬を寄せて苦笑していた。
私と目が合うと頼んでもいないのに、私がしてしまった事を楽しげに教えてくれた。
「まさか・・ね。おもらしされるとは思わなかったよ。」
叫び続けて喉が痛たかった。
涙だって流しっぱなしで、止まる事を知らない。
これ以上、どうやって自分の無力さと悲しみと怒りを外に放り出したら良いんだろう。
保田さんは、私に悩む時間すらくれない。
恥ずかしいと思う時間さえも。
さっきまで指で触っていたそれに唇を近づけて。
核心を中心に周囲を時間をかけて舐め尽して。
入り口も全部何もかもを保田さんの舌が侵食して行った。
保田さんの手のひらが、胸元や腰骨を滑らかに触れて。
さっきまでの否定的な私の叫びは。
ただ快楽に溺れる喘ぎ声に変わった。
- 22 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)10時50分30秒
- 「・・・指一本くらいならすんなり入りそうだね。」
呟きの後。
堅い感触のものが私の中にゆっくり入ってきて。
言われた通りに、痛い訳ではなかったけれど。
皮膚が内側に引っ張られて引きつった感覚があった。
何度か指が内と外を行き来して中を圧迫していった。
動かされるたびに、私の中から熱い液体があふれ出て床を濡らして行くのが嫌だった。
生まれて初めて身体の中を他人に触れられている。
それも無理やりに、好きでも無い人に。
でも、私はこんなに興奮して、感じていて、声をあげて。
こんな風に反応してしまう自分が嫌いになりそうだった。
「石川さ・・・折角だから、もう少しここ広げようか。」
保田さんが、指を引き抜いてそう言って。
次に入ってきたのはさっきよりも倍以上に大きなものだと思った。
皮膚の内側が千切られる様な痛みに叫びそうになる私の唇は保田さんのそれで塞がれて。
吐き気がするくらいの痛み。
我慢しようと歯を食いしばると保田さんの唇に歯を立てた。
保田さんのキスは、甘い血の味と、苦い私の味がして。
それは、麻酔薬の様に激痛を多少和らげていった。
- 23 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)11時10分45秒
- 突然、目の前がふと暗くなった。それからの事は良く覚えて無い。
起きた時には、ちゃんと服を着ていたし床も何もかも綺麗になっていた。
レッスン室の隅のパイプ椅子にもたれてただ眠っていただけに思えた。
一緒に練習していた保田さんの姿は無い。
だからさっきのは夢だったんだ。嫌な夢だったんだって。
そう思おうとしたのに。
膝がガクガクして腰が立たないくらいの痛み。
何かがまだ私の中に入ったままになってる様に感じたり。
下着が冷たくなっていたり。
身体に残る感触や服に残った行為の跡が、私に現実を突きつけた。
あれだけ、泣き喚いてなんにも考えられない状態だったのに。
された事は全て覚えていて。想像しただけで気分が悪くなった。
何にも・・・無かった。
そう思う事にした。そう思う事しか出来なかった。
結局どんなに考えても消化できそうになかったから。
何も無かったフリをして、なるべく目を瞑って服を着替えた。
行為の証拠が身体のそこかしこに残ってるから、自分の身体を見たくなかった。
- 24 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)11時19分48秒
- 家に帰ってからシャワーを浴びた。血が出るくらい身体の隅々を洗った。
いつもよりたくさんのボディーソープで何度も何度も。
でも、拭えなかった。色んなものが。色んな事実が。
自分の中で今日の出来事が。
漠然としたものではない「言葉」として頭に浮かんだ。
・・・私は、保田さんに犯されたんだって。
そう理解したら。また、目頭が熱くなった。
流れる涙は、全部シャワーから噴出すお湯と一緒に排水口に流れていった。
私に起こった全てが、涙と一緒に流れ出てなくなってしまえば良い。
そう思いながらずっとずっと泣いていた。
次の日仕事に行くのが嫌だった。ギリギリまで悩んでいた。
でも、私には仕事を放ってしまう事はできなくて。
仕事場には、もちろん保田さんがいた。
普通に「石川、おはよう」って。
何も無かったみたいに「今日は、ギリギリじゃない。寝坊した?」って。
この人も無かった事にしたいんだって思った。
私も無かった事にしたかった。
だから私も「寝坊しちゃいました」って会話を交わした。
この時はまだ、この人に対して怒ったり、憎んだり。
そう言う感情を起こせるほどの気力。私には無かった。
- 25 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)17時47分40秒
- 仕事中、保田さんと目が合うのが怖かった。触れられる事も、嫌だった。
文句の一つも言ってやれない。
どうしてあんな事したのかさえ、問うことは叶わない。
悔しかった。苦しかった。辛かった。
少しでも不快感を取り除きたくて取れる方法は一つだけ。
保田さんを、出来る限り避ける事。
でも、保田さんは私の教育係で。私の行動は他のメンバーにバレバレの酷い物だから。
矢口さんや飯田さんに「石川、そんなに怖がらなくても。」って言われた。
保田さんは、困った顔をして何も言わない。
私が保田さんを避けるのには理由があるんですって。
みんなの前で言ってしまいたい衝動。
でも、どうしても私があんな事されたなんて皆に知られたくなかった。
誰かに言ったら、よっすぃーに知られてしまう。それが一番嫌だった。
私は、娘。に入ってからずっとよっすぃーが好きだったから。
・・・・嫌われたくなかったからそんな事言えなかった。
「怖いんじゃなくて緊張するんですよ。」って笑って答えるしかない毎日。
何も無かった様に笑ったり、騒いだり、楽しそうに話したり。
もう駄目だって、気持ちが折れる寸前に。
抱きとめてくれたのはよっすぃーだった。
- 26 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月13日(金)18時17分20秒
- 梨華ちゃん、最近元気ないけど平気?って。
たまたま二人で仕事場から帰る時、よっすぃーにそう言われた。
「悩み事あったらうちに話してよ。うちさぁ。」
元気に笑ってる梨華ちゃんが好き・・なんだよね。だからさ?
って、照れたように口元を緩めて。
よっすぃーの笑顔を見ていたら、嬉しすぎて涙が出てきた。
これまでの緊張の糸がぷつんと心で切れる音がした。
ふっと身体の力が抜けて、崩れそうになる身体を必死で奮い起こして。
私は、よっすぃーに飛びつくように抱きついた。
何も言わずに泣いてる私をよっすぃーは、ずっと抱きしめてくれた。
好きな人に、何も訊かれないで抱きしめられる事。
泣く為に胸を借りられる事がこんなに幸せな事だなんて思ってなかった。
私は、よっすぃーに告白されて、付き合う様になった。
それからは、不思議とあの日の記憶は急速に薄れて。
もちろん保田さんへの不信感も一緒に薄れていった。
なんとか普通に話ができる程度だけれど。
私は、よっすぃーが居なかったら駄目になってた。
だからよっすぃーは、本当に大切な、私にとって必要な人。
かけがえのない恋人になった。
- 27 名前:17 投稿日:2003年06月14日(土)13時40分30秒
- うあぁぁぁ…痛いっすねぇ・・・。
でも…ブラック圭ちゃん…素敵☆
- 28 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月16日(月)11時26分57秒
- >17さん
ブラック圭ちゃん良いですかー?嬉しいですっ!!
- 29 名前:zo-san 投稿日:2003年06月16日(月)11時29分08秒
- >>28
名前を間違えました。zo-sanですね。俺ってば・・・・。
次から、本編書きます。
- 30 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月16日(月)11時51分43秒
- 本当に何も無い日々が続いた。
私はよっすぃーとうまくいっていたし、保田さんも後輩として私を良く面倒見てくれた。
私の過剰なまでの保田さんへの対応は、娘。に入ったばかりの私が少しナーバスになっていただけ。
そんな風に自身で片付けられてしまうほどにあの記憶は薄れていた。
脳の防衛機構って物かもしれない。忘れないとやっていけない事って確かにある。
そうして、私は保田さんを慕っていった。もちろん先輩として。
自分でも不思議なくらい、仕事の時は傍に居た。
平穏な日常のふとした瞬間に、記憶がフラッシュバックする。
たとえば、昔恥ずかしい事を体験したりしていて、それに良く似た状況になると。
すっかり忘れ去っているその出来事が突然脳裏に浮かんでまた恥ずかしくなるとか。
それにとても良く似ている。
楽屋からかなり離れた小部屋。多分誰も使わないような物置部屋。
少しだけ扉が開いてる。
だから、廊下をたまたま通っただけだったのに、中の人の気配に気がついた。
聞き覚えのある声。知ってる人が中に居るんだって思った。
- 31 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月16日(月)12時17分12秒
- 盗み聞きしたかった訳じゃないけど、たまたま聴こえた声に足を止めてしまった。
「裕・・・ちゃん、人くるってば。」
「・・・良いやん。別に。」
「んな、良くないよっ! 一体、何考えてんのよぉ。」
「したいんやもん。いーやんなっ? もう諦め?」
「嫌だよっ。せめて裕ちゃんの楽屋にしよう?鍵・・掛かるでしょ?」
「あー、知らんね。圭坊もう観念しぃ。もうこんなんなってるんやし。」
会話が筒抜けて外に聞こえる。
扉の中を覗かなくても、その会話で何をしているのか想像はついた。
なぜだか、胸が締め付けられる様に痛い。
そこから一歩も動けなくなって・・・フラッシュバックが起きる。
頭が真っ白になるくらいの痛みと、快感を身体は良く覚えていて。
気がつくと身体が震えていた。それを止めようと無意識に自分の肩を抱いて。
どれくらい、あの時を反芻していたんだろう?
ふと、暖かい感触を背中に感じて我に返った。
振り向くとそこにはよっすぃーが、真っ赤な顔で立っていて。
立ちすくんでしまっている私の肩を抱くと。
よっすぃーは、私をその場から連れ出してくれた。
- 32 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月16日(月)12時37分57秒
- 「・・・いっや。マジびっくりした。中澤さんと・・・圭ちゃんって。」
まだ顔の赤いよっすぃーが呟いた。
私は、よっすぃーに連れられて誰も居ないトイレにいた。
「うん。・・・びっくり・・したね。全然知らなかった。」
本当に驚いた。保田さんの傍にいたけど全然気がつかなかった。
中澤さんが卒業した時だって、保田さんだけが特別違う態度だった訳ではなかったし。
ずっと・・・二人、付き合ってるのかな。
なら、なんで保田さんは・・・私にあんな事・・・したの?
「梨華ちゃん顔色悪いけど・・・そんなに驚いたの?」
よっすぃーが心配そうに顔を覗き込んできて。
私は、保田さんの事を考えたくなくてよっすぃーに抱きついてキスをせがんだ。
戸惑いながらも、よっすぃーはそれに答えてくれた。
その日まで、忘れ去っていた事なのに。
それから、一人になってしまうと。
どうして、保田さんがあんな事したのか・・・考えている自分が居て。
酷い事をされた筈なのに、嫉妬に似たもやもやが胸に沸き起こるのを感じた。
・・・そんな自分がとても嫌でたまらなかった。
- 33 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月16日(月)13時18分47秒
- 「・・・見ちゃったか。」
保田さんは、髪をかきあげて眉を顰めてそう呟いた。
私は思い切って中澤さんと付き合っているのか聴いてみた。
聴いてどうなる事でもない。私には関係の無い事だし。
でも、悩んだまま悶々としているのが嫌になった。
変に事実を知らないから中途半端な想像が私の頭をぐるぐる回るんだって思ったから。
「で、石川と・・・吉澤が?見たんだ。あたしと裕ちゃんの事。」
「聴こえただけですよ。見てはいません。」
ある仕事が終わって二人だけ楽屋に残ってた。
「そ。で?付き合ってるかどうかって話でしょ?」
「・・・はい。」
「うん。付き合ってるよ。」
「・・・いつから、付き合ってるんですか?」
「石川達が娘。に入ってくるちょっと前くらいかな。」
保田さんは帰り支度をしながら私の問いに答えた。
私も同じ様に鞄に物を詰めて帰り支度をしていたけど、その答えに一瞬手を止めた。
保田さんは、ちゃんと恋人が居たのに、私にあんな事したんですね。
恋人がいたから?あんな風に無かった事にしたんですか?
謝る事も、肯定も否定も説明も無く、ただ無かった事にして。
そんなの・・・酷いじゃないですか。
- 34 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月16日(月)14時01分05秒
- 「保田さん、どう言うつもりだったんですか?」
私の意志とは関係なく、口が勝手にそう言葉を紡いだと思う。
「・・・なんの事?」
「また、無かったフリなんですか?」
「あたしが、石川に何したっけ?」
わざとらしいまでの冷笑で保田さんはそう言うと、私の腕を掴んで。
「何?石川。言ってくれないとあたし思い出せないな。」
私の反応を、面白がってる様に見えた。
ここでまた黙ってしまったら、保田さんは本当に無かった事にするつもりなんだって思った。
「・・・したじゃないですか。」
「・・・何?」
「私の事・・・無理やり・・犯したじゃないですか。」
私の言葉に、ようやく保田さんは思い出したと言う様に。
「それが、「どう言うつもり」って事ね。今更どうしてそんな事訊くの?」
「あの時、どうしてと訊く余裕が・・私には・・・無かったからです。」
ぽんと肩を叩かれた。
ため息をついた保田さんが、私の眼を見て言った。
「そうだった。酷い顔であたしの事避けてたもんね。」
「当たり前じゃないですか。あんな事されて誰が、普通に話したり出来るんですか?」
ふと口元を緩めた保田さんの、場違いな笑みに私は困惑した。
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月17日(火)12時00分49秒
- UKキタ━━━━━━(*゚∀゚)━━━━━━ !!!!
圭ちゃんの真意はいかに?続きをハラハラドキドキと楽しみにさせて頂きヤス
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月19日(木)04時56分14秒
- 黒ヤスが好きです。
でも何か裏がありそうな…
なーんて勝手に思いながら、続きをお待ちしております!
- 37 名前:zo-san 投稿日:2003年06月23日(月)16時38分32秒
- >>35名無しさん
UKもすきなのですー!ついつい。
圭ちゃんの真意は、どこにあるんでしょう。もっと先になるかもです。
>>36名無しさん
裏を色々妄想してください〜。でも何も無かったりするかも・・・とか。
- 38 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月23日(月)16時40分11秒
- 自分が何か可笑しい事を言ったのかと疑ってしまうくらいだった。
呆然とする私に保田さんが一歩歩み寄ると。
「いや、ごめん。普通は・・・そうなんだね。」
不自然な笑みを自嘲気味な笑みに変えて。
突然、保田さんの腕が私の身体をふわっと包んだ。
突然、心臓がズキズキ痛み出すくらい高鳴った。
保田さんが私の首筋に頬を埋めてきて身体を強張らせたのに。
それが、不思議と嫌な感じじゃなくて。
保田さんの行動に応えて、腕をまわしてしまいそうになるのを必死で押さえた。
「その・・・・悪かった。ごめん。」
首筋にあった保田さんの顔がするりと移動すると、私は唇を塞がれて。
あの時と同じ感触がして、すぐに離れる。
「何・・・するんですか。」
保田さんの言葉と行動の不自然さに戸惑いながらそう問うた。
「石川が嫌って言ったら、今度はちゃんとやめる。」
保田さんの声はいつもより少しだけ低くて、でもいつもの通りの優しい口調。
- 39 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月23日(月)16時53分10秒
- 当たり前の事だけど。
嫌です。やめてください。って言おうとした。
なのに、喉に何かが詰まったみたいに声が出ない。
あの時を思い出して、怖くて言葉がでてこないとか、そう言う訳じゃなかった。
切実にやめて欲しいと思ってるのに、なぜか言葉が出てこない。
して欲しいなんて思ってる訳が無いのに、私は『止めて』の一言が言えなかった。
私が、好きな人はよっすぃーだけだって、わかってるのに。
保田さんは、中澤さんの彼女だって知っているのに。
何度か保田さんの唇が触れては離れて、伺いを立てるような仕草が続いても、私はただ黙っていた。
保田さんの熱い舌が、唇に触れてくると。
私は、驚くほどそれをすんなりと受け入れて、自分から舌を絡めた。
わからなかった。
自分のこの行動が。
わかってる事は、私が保田さんとキスしていて。
そのせいで、身体が熱くて、溶けてなくなりそうだって事だけ。
その間、よっすぃーの事が頭から心から抜け落ちていたって事だけ。
何分もただ、キスを交わしていた。
保田さんは、なぜかそれ以上しようとしなかったし、私もそれを望まなかった。
- 40 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月23日(月)16時54分48秒
- どちらとも無く唇を離すと、保田さんの指が私の口元を拭って。
「・・・理由・・・・教えてあげるよ。」
保田さんが自分の口元を拭いながら言った。
「石川が欲しいって。あの時そう思ったから、あんな事した。」
「・・・・どうして・・そんな・・」
『欲しい』なんて思っても普通はあんな事しない。
行動に移すくらいの強烈な欲求が起きるのに、もっと理由が必要なんじゃないんですか?って。そんな事を思った。
この時私は、保田さんの口からある言葉がもたらされる事を期待していたかもしれない。
「どうしても何もないんだ。石川の身体が欲しかったって。それだけ。」
「・・・それは、身体だけって・・・ですか?」
「そう言う事になるかな。 石川、何か他の理由期待した?」
・・・たとえば・・・好きとか、愛してるとか?
くすくす笑いながら、耳元で付け足すように囁かれる言葉。
全てを見透かされてるみたいで悔しかった。
私は、保田さんの身体を自分から突き放して。
返す言葉は、自然に声を大きくして。
「何で私がそんな事、期待しなきゃならないんですかっ?!」
「だから・・・たとえ話だよ? 石川何ムキになってるの。」
- 41 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月23日(月)16時56分44秒
- あの時も今も怒ったり、泣いたり、感情を動かしてるのは私だけ。
保田さんは、決して感情を動かしたりしていない様に見えて。
・・・強いて言えば、私をからかって楽しんでるように見える。
「保田さん、私が・・・あの後どんなにあなたが怖かったか。わかりますか?
あの時、どんなに痛くて苦しくて・・・・辛かったか、わかりますか?」
保田さんが私にした事がどんなに私の精神を傷つけたか。
見せられるものなら見せたかった。
なのに、保田さんは、一言。
「私には・・・わかんないな。」
飄々と返されて、私は自分でも思いのよらない行動に出た。
保田さんを傍にあった壁に無理やり押し付けて。
「私が・・・保田さんに同じ事したらわかってもらえるんですか?」
「・・・それで石川の気が済むならすれば?」
小バカにした様な挑戦的な視線を返された。
「・・・良いんですか?中澤さんが居るのに。」
「石川には、吉澤がいるでしょ? お互い様。」
保田さんを壁に押し付けたまま、私は動けなくて。
しばらく、保田さんに視線だけ向けて、黙っていた。
- 42 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月23日(月)16時57分28秒
- 「無駄な事やめたら? あたしが嫌がってなきゃ、意味ないでしょ?」
保田さんにそう言われて。
私は、一瞬耳を疑った。
「・・・・嫌じゃないんですか? どうして?」
「あたしは、石川嫌いじゃないから。」
保田さんがわからない。
「保田さん、中澤さんが好きなんですよね? どうして平気で居られるんですか?」
「それさ、石川にも訊きたい。吉澤が居るのにどうしてあたしと平気でキスできるの?」
答えられなかった。
答える言葉が見当たらなかったから。
「それとも、今も平気じゃないのかな? あたしが無理やりした事になってる?」
「違いますっ! そんな・・・。」
「違うって、石川は平気であたしとキスできるって事なの? それじゃ彼女の吉澤も大変だね。」
呆れた口調の保田さんの言葉が、カチンときた。
「私には、よっすぃーしかいません。だから保田さんとのキスだって平気じゃない。
・・・・怖くて、やめて下さいなんて口に出来なかったんです。」
嘘だった。
悔しくて、つい保田さんのせいにした。
- 43 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月23日(月)17時00分04秒
- 私は、怖かったんじゃない。
あの一瞬、保田さんにキスされたいって思った。
なぜだか、泣きたくなった。
よっすぃーに申し訳なくて。
私が、腹立たしくて。
保田さんが、憎いって思った。
どうして、私にそんな事、思わせるのか。
保田さんは、全部遊びかも知れないけれど。
そうやって私の心を少しづつ奪っていく保田さんが・・憎いって思った。
保田さんの腕を掴んでいた手の力を抜いた。
力の抜けた私の手から逃れた保田さんの手が私の肩を掴んで。
「・・・石川あたしが怖い?」
私は、その問いに頷いた。
嘘だってつき通してしまえば、きっと本当になるって。
私は、怖かったから保田さんを拒めなかったんだって自分で思おうとした。
保田さんの表情が俄かに曇った。
それは、すぐに消えてしまったけど。
「とさ、安心してくれて良いよ。もう石川に手出したりしないから。今更な事だけど、石川が嫌がる事もうしない・・ようにする。」
気がつくと保田さんの手のひらが、私の頬を伝う涙を拭ってくれていた。
その手の優しさに、ふらっと保田さんの胸に身体を預けてしまって。
保田さんの暖かい体温が伝わってきて、私は保田さんの腰に手をまわした。
- 44 名前:Atrocity 投稿日:2003年06月23日(月)17時02分16秒
- 保田さんが、私の行動に戸惑ったのかビクッと身体を強張らせた。
それでも私は、気がつかなかったフリをして保田さんの胸で泣いた。
いつかよっすぃーに胸を借りた事を思い出す。
あの時は、本当に嬉しかった。
今は、とても苦しくて切ない。
しばらく泣いていたら、保田さんが、私の身体をそっと抱きしめてくれた。
指先まで私を気使う様な、柔らかい、繊細な優しさに満ちた動きで。
私は、保田さんの何を信じたら良いんですか?
あの時の・・・本当に怖かった保田さんと。
ついさっきの、私を弄ぶような言葉を繰り返す保田さんと。
今の様に、誰よりも優しい保田さんと。
遊びであんな事を。
ただ何となくあんな事をしたんなら。
どうして、こんな風に優しくするんですか。
いっその事、ただ遊んで放って置いてくれたら憎む事ができるのに。
憎む事だけ出来れば、楽になるのに。
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月25日(水)02時14分59秒
- 行動に移すよりも言葉にするほうが難しい…
そういうことって、あるかもね。
憎む事だけ出来れば、楽になるとは限らないぞ、石川!
- 46 名前:zo-san 投稿日:2003年07月02日(水)12時07分58秒
- >>45 名無しさん
黒ヤスさんは、色んな事、言葉にするのがきっと苦手と思われ。
石川さんも一杯一杯ですから。(w
- 47 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時10分39秒
- 保田さんは、この日から前以上に私を可愛がってくれて、優しくしてくれた。
それはもちろん後輩として、同じ娘。のメンバーとしての物で。
よっすぃーのそれとは違う優しさだった。
あんな風に弄ばれたのに。
それでも娘。で仕事をしている時には。
保田さんの隣が、私にはもっとも居心地の良い場所だった。
もちろんあれから保田さんと二人きりになっても。
保田さんは、一切あんな事はしなかった。
だから・・・つい。
本当に自分でも気がつかないくらいに自然に。
私は、仕事でもプライベートでも保田さんの傍にいた。
TV的な事情で手をつないだり身体に触れる事はあったし。
他のメンバーが居る時は、矢口さんあたりと一緒にじゃれたりする事だってあった。
でも、たまたま二人になった時には。
極端なくらい保田さんは、私の身体に触れてこなかった。
プライベートで、二人でご飯を食べたり、映画に行ったりするのに。
その間、不自然なくらい保田さんに触れられる事は無かった。
- 48 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時11分44秒
- それがあんまり不自然だから、逆に気になってしまって。
保田さんの家で一緒にDVDを見ていた時だったと思う。
「あの、どうして・・そのぉ。手とかつながないんですかね? あの・・二人きりの時。」
「んー、だって石川、あたしの事怖いって言って無かったっけ?」
私の質問に、TVの画面から目を逸らさずにそう答えて。
「・・・・だからなんですか?」
「うん。他に理由ないでしょ。石川が一週間フロ入ってなくて汚いからって訳じゃないけど?」
「酷いですっ!! 私、毎日お風呂入ってますよっ!」
「・・・冗談に決まってるでしょ。まぁ、とにかくそう言う事よ。」
ちらっと私の方を見て、柔らかい笑みでそう言った。
本当に・・・もうあんな事するつもりは無い・・・のかもしれない。
- 49 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時12分37秒
- 私は、保田さんの笑みに騙されているのかもしれないけれど。
あれは、本当に魔がさした・・とか、気の迷いとか、そう言う類の物で。
ほんの小さな私の言葉を気に留めて気を使ってくれる。
そんな保田さんが、「保田さん」なのかもしれないって思った。
「あの私、逆に気になるんです。出来れば普通に接してもらった方が良いんですけど。」
「・・・そう? なら今度からそうするわ。」
早速と言う様に。
保田さんは私の顔にかかった髪をすっと撫でて耳にかけてくれた。
たったそれだけの事だったのに、嬉しくなりそうな自分がいて・・・驚いた。
こんな些細な事から、少しずつ。少しずつ。
私の心の断片は、保田さんに奪われていったんだって思う。
- 50 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時13分25秒
- 平穏に過ぎていく日々に、突然の出来事。
急にメンバーが全員呼び出されて、何を発表されるかと思ったら。
−−−ごっちんと、保田さんが娘。を卒業するって。
皆信じられないって、そんな顔してた。
もちろん私も同じ様に・・・信じられなかった。
ショックで何も考えられなくて。
説明が坦々と耳に流れてきては、そのままどこかへ消えてしまった。
その後の記者会見が終わって。
ようやくそれが事実だって受け入れる事ができたのかもしれない。
当たり前のように、ごっちんの卒業もショックだったけど。
保田さんの事は、・・・傍に居たのに全然知らなかったから。
なぜか、ずっと傍に居てくれる人だと思い始めていたから。
言いようの無い喪失感が静かに私の心を覆って行った。
- 51 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時14分20秒
- そんな発表から数日後。
雑然とした楽屋で、保田さんは雑誌を読んでいた。
普段通り、卒業なんて決まってない様にして。
「保田さん・・・・。」
「・・・ん? 何、石川?」
「ほんとに・・・卒業しちゃうんですか?」
「・・・でしょうね。」
「人事みたいですね。」
「今のところはね。あんまり実感ないし。・・・むしろさ、後藤の卒業の方が実感あるよ。」
保田さんとそんな会話をした一ヵ月後、ごっちんは無事に卒業していった。
ごっちんの卒業がそうであった様に。
卒業間際にならないと実感は湧かないのかもしれない。
事実としてその日は、必ずやってくるのだけど。
実感できないのは、やっぱり心のどこかで信じたくないと思っているからかもしれない。
- 52 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時14分57秒
- 一日一日、変わらずに過ぎていく。
ただ何となく、私はよっすぃーとのの約束よりも。
保田さんや矢口さんとの約束を優先するようになっていた。
逢えない時間が惜しいなんて思った。
あんな事した人だけど。
確実に私のいる場所を作ってくれた、気付かせてくれた先輩達のうちの一人で。
私は、そんな保田さんと離れる事が・・・嫌だと思ったから。
卒業するのが、矢口さんだったり、飯田さんだったとしてもきっと同じ様に思うのだと思う。
- 53 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時20分25秒
- それ以外の理由なんてあるはずなかった。
誰だって、ずっと家族くらいの長い間一緒に居た人が突然居なくなったらきっと寂しい。
私だけじゃない。
メンバーはみんなそう思ってる。
ごっちんの時と一緒。
そんな思いが揺らいだのは。
保田さんが、中澤さんにむけた笑顔を目の当たりにしてしまったから。
- 54 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時21分59秒
- その日は、矢口さんと私と保田さんと3人で夕飯を食べる約束をしていた。
丁度その日の収録は、中澤さんもいたから。
帰り際たまたま廊下で一緒になったのもおかしい訳じゃなかった。
でも、中澤さんは明らかに誰かを待っている様子で廊下に佇んでいて。
私達3人を、廊下で見つけるとニコニコしてこちらへ歩み寄ってきた。
「おっ!裕ちゃんじゃーん♪ 何やってんの〜。」
「なんや、矢口〜♪ あんた私服も可愛いなぁ♪」
中澤さんが、嫌がる矢口さんを後ろからぎゅーっと抱きしめて。
ほんと中澤さんって矢口さん好きなんだなぁって思った。
中澤さんが矢口さんから手を離して私と保田さんの方に目を向けてきて。
「なんや?3人で遊びいくんか〜?良いなぁ。裕ちゃんも行きたいわ。」
「これから、3人でご飯食べに行くんだけど、裕ちゃんも一緒行く?」
保田さんが中澤さんに笑みを向けて誘ったのだけど。
「でもなぁ・・・うちこれから別の仕事あんねん。」
「あぁ・・そっか、それじゃ、しょうがないね・・・残念。」
- 55 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時23分16秒
- 本当に残念そうな表情をした保田さんに、中澤さんがすっと寄った。
間を置かないで、中澤さんの両腕が保田さんの首にまわされると、二人の顔が重なって。
唇を重ねるだけじゃない、深いキスを目の当たりに見せつけられた。
私も・・多分矢口さんも唖然としていた。
二人の顔が離れてすぐに二人の会話が始まって。
「今日遅くなるけど、圭ちゃんの家、行っても良いか?」
「ん? 良いけど、裕ちゃん忙しいのに身体平気?」
「・・平気や。んな事よりな・・・。」
また二人の顔が重なって、すぐに離れて。
「・・・めっちゃ圭ちゃんとしたいねんもん。それって・・・迷惑か?」
「そんな訳ないじゃん、嬉しいよ。・・・・嬉しいけどさ、そう言う事二人の時に言ってよね。」
困った様子で、保田さんが私や矢口さんに視線を向けた。
中澤さんは、それを受けても悪びれもせずに。
「いいやん。恋人同士なんやもん。」
小さい呟きの後、一瞬中澤さんに睨まれた気がした。
- 56 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時24分12秒
- 中澤さんは、保田さんの頬に軽くキスを落とすと首から腕を解いて。
「・・・じゃ、圭ちゃん、ちゃんと待っといてな。」
「わかった。待ってるから、ちゃんと来てよね。」
「ちゃんと、行くっちゅーねん。今日は寝かさんからな。覚悟しとき。」
「・・・期待してるよ。」
最後に中澤さんは、矢口さんにお約束の様に絡んでその場から去って行った。
中澤さんが居なくなると矢口さんが、するするって保田さんの隣に来て肘打ち。
「・・・ちょーっと? 圭ちゃん。」
「なによ?」
「裕ちゃんの事甘やかしすぎなんじゃないのぉ?」
「・・・なんで?」
「人前でくらいさぁ、我慢する様に注意したらー? 今のはどうよ?!」
「んー・・・あー、でも別に、困んないし・・・なぁ。」
保田さんは、苦笑しながら髪をかきあげて。
矢口さんの言葉をやり過ごして。
- 57 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時24分55秒
- 「圭ちゃん良くてもさぁ、見せつけられたオイラ達すっげー困るじゃん!!なぁ、梨華ちゃん?」
急に矢口さんに話を振られたけど、何も答えられなかった。
保田さんと中澤さんが付き合ってるなんて、わかりきった事で。
キスなんて、普段何度もよっすぃーとしてる事で。
別に、こんなに何も考えられなくなる様な衝撃的な事じゃないって・・・思うのに。
「ほら見ろ。梨華ちゃん純情だから動かなくなっちゃったじゃん!」
矢口さんの視線の後を追う様に私に向けられた、保田さんの視線が痛かった。
戸惑っている私の心が見透かされそうで、俯いてしまったんだけど。
「矢口もうわかったから、早くご飯食べに行こう。」
「わかったっ! 圭ちゃん、裕ちゃん来るから早く帰りたいんだろ?」
「それもあるけど、あたし、お腹すいたの。 ほら、石川も、呆けてないで行くよ?」
「あ、はいっ。すみませんっ!」
保田さんの声に顔をぱっと上げて、それに答えたら。
「何あやまってんのよ? 行くよ。」
保田さんは、微笑んで、さりげなく私の手を握った。
- 58 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時25分37秒
- その手が火傷しそうなほど、熱く感じた。
熱いのは、私の手なのか、保田さんの手なのか・・・わからないけれど。
私は今日の夕飯を一体何処で何を食べたのか。
その間何を話していたのか。
家に帰ると何も覚えていなかった。
ご飯を食べている間中、ずっと私の頭に胸に鎮座していたのは。
これから保田さんが中澤さんと逢って、する事するんだろうって予測。
私にキスした保田さんの唇は。
私の身体を這った、中をかき乱したあの指は。
別の誰か・・中澤さんの物で。
今も、二人はさっきの様にキスしていて。
保田さんは、きっと嬉しそうに笑っているんだって思ったら。
胸が締め付けられる様に苦しかった。
眠ってしまおうって思ったのに、眠れなかった。
完全に、何かを奪われたみたいに。
心の中のどこかのパーツが足りない気がした。
- 59 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時33分47秒
- 誰かに傍に居て欲しかったから、よっすぃーの携帯に連絡を取って。
ただ、来て欲しいって。傍に居て欲しいって。
そうしたら彼女は何も訊かずに、すぐにタクシーで私の所へ来てくれた。
「梨華ちゃん急にどうしたの? 」
何にも説明しないで、ただよっすぃーに抱きついてキスして。
「あの・・ね・・・ひとみちゃんに、一杯抱かれたいの。」
何も考えられなくなるくらいによっすぃーだけで満たされたかった。
私が、変な事考えてしまわない様に。
足りないパーツを埋めてしまえるように。
よっすぃーは、嬉しそうに「なんだそんな事?」っていって私を抱きしめて。
よっすぃーの髪に指を絡めて、首筋に顔を埋めると頭が痺れるくらいに大きく息を吸った。
大好きなよっすぃーの匂いで胸が熱くなっていった。
全裸で抱き合って、よっすぃーの舌が私の身体を這い出だすと、跡は全部熱くて気持ちが良くて。
「・・・梨華ちゃんさぁ・・今日いっつもより、エッチになってない?」
「そん・・な事・・無いっんっ・・ひと・・みちゃん・・もっと・・触って。」
- 60 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時34分44秒
- 四つんばいにされて、後ろから抱きしめられながら。
胸のふくらみを大きな手のひらで揉みしだかれると自然に声が洩れた。
急にふくらみの先端をよっすぃーの指先が強く摘むから、私の身体はビクッて跳ね上がって。
「・・・梨華ちゃんやっぱ今日感じやすくなってるって。だってさぁ。」
よっすぃーの片手がびしょびしょに濡れてしまっている足の付根に触れて。
「いっつもより、すっげー濡れてるよ?・・・なんかすっげー。」
数本の指の腹が、割れ目をなぞる様に何度も往復しているから。
「ひ・・とみちゃん、中に・・・欲しい。」
「中に? 何が欲しいの?」
指が入口のあたりをさすって。
耳元でちょっと意地悪な感じで呟かれて。
「ひとみちゃんの・・・指・・一杯欲しいの。」
「・・・一杯欲しいの? やっぱ、すっげーエッチだね。梨華ちゃん。」
よっすぃーの指が入ってきて、それがゆっくりと前後しながら。
- 61 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時35分26秒
- 私が良い所をぎゅっと抑えるように刺激してきたらすぐに、腰がガクガクして。
「梨華ちゃん・・・我慢しないでイッて良いよ。」
指の動きが荒く速くなると。
私は、あっという間に、昇りつめてしまった。
普段より、全然感じやすくなってる身体に、私だって気がついてた。
「梨華ちゃん・・・今日変じゃない? 大丈夫?」
呼吸の乱れた私を気遣う様にして、よっすぃーが頬にキスしてくれた。
「・・・大丈夫って・・・何? 変なんかじゃないよ?」
私の蜜で濡れたよっすぃーの手をとって。
私は、その指を口に含んで、蜜を舐めとった。
よっすぃーが、すごく真っ赤な顔で唖然としていたけど、かまわずに。
「ひとみちゃん。これもっと・・入れて。イッても抜かないで、一杯して。」
そう言ったら、よっすぃーがとても驚いた顔して。
「・・・梨・・華ちゃん?」
・・・そうだよね。おかしいよね。私。
こんな事、言ったり、した事無い・・・よね。
結構・・・淡白とまでは行かないけど、よっすぃーにこんな迫り方した事なかった。
- 62 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時37分15秒
- 「・・梨華ちゃん? ほんとどうした? 何かあった?」
「何も無いよ。無いけど・・・ひとみちゃんにしてもらいたいの。」
「うちだって、したいけど・・・梨華ちゃんやっぱ変だよ?」
よっすぃーが、私の口から自分の指を引き離して。
私の両肩を握って、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
・・・それに、なんだか苛立ってしまって。
「変って何? ひとみちゃんを欲しがったら、いけない? だって彼女でしょ? 駄目なのっ?!」
私は、大きな声を出して、よっすぃーを押し倒して。
数秒間、黙ったままだったよっすぃーが不意に私の頭を撫でて、呟いた。
「・・・うち帰るよ。梨華ちゃん、少し頭冷やした方が良いと思う。」
「どうして・・帰っちゃうの?」
「何があったかしんないけどさぁ・・・。そんな焦った感じで迫られちゃうとなんか悲しい。」
よっすぃーの表情が曇っていく。
私の表情もきっと同じ様に。
「・・・私の事もう、嫌い?」
「梨華ちゃんの事好きだよ。好きだから・・・さ? 悲しいって思った。」
「そんな・・・わかんないよっ。」
「うちも、良くわかんない。・・けど、なんかこれって違うと思う。」
- 63 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時38分09秒
- 悲しそうな顔をしていた。
私がそんな顔をさせてるのに、何もしてあげられなくて。
「私・・・ひとみちゃんの事・・好き。」
そんな事しか・・・言えなかった。
「・・うちも、梨華ちゃんの事好きだよ。」
よっすぃーは、最後にそう言って、ぎゅっと抱きしめてくれて。
また、明日ね。って、私の部屋を出て行った。
でも、よっすぃーにあんな顔させてしまったばかりなのに。
私の熱は治まらないばっかりか、ドンドン大きくなっていって。
苦しくて、苦しくて・・・。
私の意思なんか関係なしに、操られるように。
恋人じゃない誰かに抱かれる事を想像して。
私は、その夜初めて自分で自分の身体に触れた。
熱は少しだけ、治まったように思えたけど。
・・・・・・・最悪の気分で朝を迎えた。
- 64 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時40分25秒
- −−−−−−−−−−−−
だから、一人になりたくない。
一度そうやってしまったら・・・あとはなし崩し。
奪われてしまった心を何かで埋めてしまいたいと。
一人になると、歯止めが効かなくなる。
よっすぃーが傍にいてくれたら、何も考える事なんか無いのに。
今日も、ついさっきまでよっすぃーと抱き合っていたベッドの上で。
私は、あれだけ身体も精神も痛めつけられた日の事を思い出す。
レッスン室の湿った空気や冷たい床を。
保田さんにかけられた言葉の一言一句を。
私が返した全ての否定の言葉や叫びを。
保田さんの唇や指先の触れる感覚を。
肘の鈍い痛みも、無理やり開かれた私の中に残った鋭い痛みも。
何もかもを今そこに居るかの様に頭の中に再現していく。
私の指は、保田さんの指の変わりに身体を這って。
指を動かすたびに、どんどん身体は熱くなって登りつめようとする。
- 65 名前:Atrocity 投稿日:2003年07月02日(水)12時56分09秒
- 「・・・・やぁ・・すださん。っんあ・・ぁああああっ!」
よっすぃーの身体に触れてるよりも、触れられているよりも抑えられない大きな嬌声。
痛みや怖さも一緒に思い出すから。
私は、どうしたって泣き出してしまうのに。
それでも、吹き出るような劣情を発散したくて熱を放り投げてしまいたくて。
入るだけの指を自分の中で動かして、最後には身体を弓なりに強張らせる。
急速に冷めていく熱。
意識の温度の落差に身体が追いつかないで。
身体は、その余韻を引きずっているのに。
心は、よっすぃーへの罪悪感と、自分への嫌悪感と。
保田さんへの憎悪の気持ちで、一杯に満たされる。
こんな夜はもういらないのに。
早く朝になって、よっすぃーに逢いたい。
・・・・あの日を忘れさせてくれる優しい保田さんに逢いたい。
・・・・・本当に望んでいる事は。
そんな事じゃないって、もう自分でもわかってるのに。
- 66 名前:zo-san 投稿日:2003年07月02日(水)13時18分34秒
- 判りずらいとおもうのですが・・・。
>>7から>>63までは石川さんの回想なのです。
時間軸的には、>>6の続きは>>64なのです。
こんな説明つけないと、良くわからない文章書いて申し訳ないっす。
・・・結構誤字脱字ありますね。気をつけます。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月04日(金)07時14分51秒
- そんなに分かりにくくないですよー。
石川さんの、気持ちの揺れ動きに萌えてしまいました。
これからどうなっていくんだろう?
エロ描写にもハァハァ・・・
- 68 名前:zo-san 投稿日:2003年07月11日(金)15時20分33秒
- >>67名無しさん
分かり難くないっすか?そう言われるとほっとしたり。
ありがとーございます。
石川さんどうなる事やら・・・あと少しで何か動きがあるはずですが。
エロ描写よかったっすか!!嬉しいなぁ。(w
お知らせ:
ちょっと諸事情で来週まで更新できませんが、見捨てないで下さい。
- 69 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月15日(火)11時22分00秒
- 初めて読みました。めっちゃ萌えました(w
続き楽しみにしております。
- 70 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月02日(土)20時06分39秒
- そろそろ3週間 (´・ω・`)マダカナァ
- 71 名前:zo-san 投稿日:2003年08月03日(日)15時16分39秒
- >>69 名無しさん
ありがとうございます!!萌えていただけるのとっても嬉しいっす!!
続きがんばります〜♪
>>70 名無しさん
すみません。お知らせで、大嘘つきました。
ほんとに3週間たってますね・・・マジで申し訳ないっす。
と言う事で、お待たせしました。続きです〜。
- 72 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時18分05秒
- 気が付けば、保田さんの卒業まで2ヶ月を切っていた。
何度も繰り返し、苦しい夜と幸せな昼を行き来して。
「おはようございまーす。」
「石川、おはよう。」
「あー、梨華ちゃんおはよー。」
ドアの傍にいた飯田さんとののに挨拶をして、私は楽屋に入った。
楽屋の中は、小川と紺野が部屋の真ん中あたりでお菓子を食べていた。
安倍さんがその傍で雑誌を読んでいて。
そのまた奥からは、威勢の良い声が飛び込んで来て、つい視線を向けた。
「がぁーーー!! ちょっとぉ、圭ちゃんずるくないっ? それっ?!」
「なーに言ってんだか。ぜーんぜんずるくないよ。ほら、悔しかったら勝ってみ?」
「ちっきしょぉー!! そのポッキーGETするまで何回でもやるぞっ!!」
「そんながんばんなくってもさ。「保田様下さい。」ってお願いしたらあげても良いけどー?」
「圭ちゃんかなりむかつくー。絶対勝つっ!!」
楽屋の隅っこで・・・多分トランプ?かなにかのカードゲームをしてる二人。
多分、傍に転がるポッキー1箱は保田さんの物で。
よっすぃーが、それを無理やり賭けの景品にしてゲームをしているって感じなのかな。
- 73 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時19分37秒
- 不意によっすぃーが、保田さんの耳元に顔を寄せて何かを呟いた。
保田さんが、それに大笑いしてよっすぃーの頭をこつんと叩いて。
・・・あれ?胸が苦しいかもしれない。
だって、叩かれたのに、大きく口をあけて笑うよっすぃーがいた。
そんなよっすぃーの髪を、謝る様なそぶりで撫でる保田さんがいた。
たったそれだけ。
でも、私は、見てはいけない物を見たなんて思った。
見なかった事にする為に荷物を置いて直ぐにその場から離れて。
私は、一番近くにあった衣裳部屋に駆け込んだ。
まだ、誰もいない。
薄暗い部屋の中、ただ衣装をかけたハンガーだけがずらりと下がっていた。
地につかない足を少しずつ前へと動かして、私は大きな鏡の前まで来ると電池が切れた様に、ぺたんと座り込んだ。
二人は遊んでいただけで、別になにか・・・してた訳じゃないのに。
嫉妬って感情が、わーっと身体に広がって、目の奥が熱くて。
鏡に映っている自分の顔が嫌だった。
ちゃんとメイクしていないからとか、そんな理由じゃなく・・・すごく暗くて、怖い顔してた。
- 74 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時22分05秒
- ふと、考える。この顔は、誰のせい?って。
私は、二人のうちのどっちに嫉妬したんだろうって。
しばらく考えたけれど、答えが出る気配なんてなかった。
よっすぃーと居る時は、よっすぃーが好き。
一人の時は、保田さんが欲しいって思うけど。
保田さんと居る時に、私は保田さんをよっすぃーの様に好きだとは思えない。
『石川が欲しいって思った。』
以前に私に向かって放たれた保田さんの言葉が、ふと思い浮かんだ。
そんなの、酷いって思ったのに。
保田さんがただそう思ったってだけの事で、私はあんな怖い思いしたのかって。
保田さんの言葉を、何がどうだからとか、頭では説明できないけれど。
今更に、感覚のどこかで理解できる気がした。
恋愛対象として誰が好きか嫌いか訊かれたら、私はきっとよっすぃーの名前を答えると思うけど。
今、欲しいのは誰?って聴かれたら。
なんの苦もなく私は、保田さんと答えられる気がする。
薄暗い部屋で鏡に額をつけて。
私は・・・何考えてるんだろう。
どうして、こんな所で想像しちゃったんだろう。
あの感触を。あの恐怖を。
- 75 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時23分03秒
- ここには私一人しかいない。きっとまだ時間がある。だから少しだけ。
指先の速度を速めれば、呼吸が荒くなる。
頭の奥がジンジンと熱くなって、視界が弾けて消えた。
事が終わったら、耳鳴りがした。
自分の呼吸音が頭にハウリングを起こした様に大きく響いていた。
乱れた呼吸を整えようと深呼吸をしていたら、不意にがちゃっと言う音が響いた。
自分が作った物ではない音は、誰かが、この部屋に入ってきた事を示していて。
それが誰であろうと、今の私は人に見せられる様な顔をしていない。
丁度ここは、衣装が掛かったハンガーに隠れてドアからは死角になっているし部屋も薄暗い。
だから、じっとしていれば誰にも気が付かれない。
私は、呼吸すら止めた様にピクリともしないでその気配が消えるのを待った。
「・・・っれ? 電気ついて無いし。梨華ちゃん居ないみたいですねぇ。」
「んー。どこいったんだろ。吉澤トイレとか探しに行ってみたら?」
「そうですねぇ・・・うん。そうしよ。」
「じゃあ、あたしはあっちの方探すわ。」
よっすぃーと保田さんの声だった。
二人の会話はそこで途切れて、部屋の扉は再び閉まった。
- 76 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時24分44秒
- 良かった。誰にも気が付かれなかった。
安堵のため息を洩らしたら、ふと何かの気配があるのに気が付いた。
「石川、いるんでしょ?」
名指しでかけられた言葉に、返事が出来なかった。
「誰もいないなら、電気つけるけど。」
「嫌・・・。つけないで・・ください。」
とっさに返事をした。
「今日の収録の台本、一部変更になったから。ここから出たら早めに確認した方が良いよ。」
よっすぃーと保田さんが私を探していたのは、それを伝える為だったみたい。
保田さんは、私になぜこんな所で電気もつけずに居るのかとか、なんで居ないフリをしたんだとは訊かなかった。私にそれだけ伝えて、またその扉から居なくなる気配がする。
「・・・待ってください。」
「・・・何?」
「どうしているのわかったんですか?」
その場から消えようとした保田さんを制止して、そんな質問を投げた。本当に不思議だったから。
誰かが居る気配に気がついてもそれがどうして私だってわかったのか。それが知りたかったから。
- 77 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時26分09秒
- 「別に・・・何となくよ。」
「それ・・だけですか?」
「うん。何となく石川が居る気がしたから声かけてみた。」
これで誰も居なかったら、あたしちょっとアホだなぁって思ったんだけどね。
なんて付け足して、保田さんは笑った。
「保田さん。ちょっと来てくれませんか?」
「・・・誰にも逢いたくないからこんな所でいたんじゃないの?」
もちろんそうだったのだけど。
身体は、夜の私で。そんな私を見つけたのは昼の優しい保田さんで。
ふらふらと行き来していた昼と夜の重なりに眩暈がした。
身体が保田さんを欲している時に、彼女が現れるなんて。
こんなタイミングもう無いって思ったから。
「保田さんに・・・逢いたかったんです。・・傍に来てくれませんか?」
スタスタと足音がだけ響いて、気配が近づいてきて。
顔を上げると、薄暗い中に戸惑いを浮かべた保田さんの姿を見つけた。
私の横にすっと膝をついた保田さんが、心配そうに私の顔を覗き込んで。
「瞼。赤いけど・・・石川泣いたの?」
「はい。・・・泣いて・・・ました。」
薄暗いけれど、至近距離にある保田さんの表情は良くわかる。
眉を顰めて、困惑の色が浮かんだ顔をじっと見つめて。
- 78 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時26分59秒
- 「朝から・・・どうしたのよ?」
おかしかった。あなたのせいなのにね。って。
つい、私はくすりと笑みを浮かべて。
「私が泣いていたのは、保田さんのせいです。」
「あたしの?」
「・・・保田さんのせい・・・ですよ。」
保田さんの瞳を見つめると、保田さんは目を逸らさずに私を見つめてきた。
「・・・あたしが、何した?」
「忘れたんですか?」
「・・・何を?」
「私を無理やり、抱いた事をですよ。思い出してしまうと、未だに泣けてきちゃっうんですよね。」
保田さんは、私のそんな言葉を聞くと、口許を少しだけあげて。
普段の優しい顔を捨てさり、あの意地の悪い表情を浮かべた。
「・・・何? そんな事、まだ気にしてたの?」
「保田さんは、もう気にしてないんですか?」
「あたしは、初めから気にしてない。」
保田さんの言葉にふと沸き立った感情。自然に声は大きくなる。
「なら・・どうして保田さんは、優しくしてくれるんですか? どうして私が怖いって言ったら触れないようにしてくれたんですか? 少しは悪いって思って気にしてくれてたんじゃないんですか?」
一瞬保田さんの表情が強張って直ぐに元通り。
- 79 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時27分48秒
- ため息をつくと私の肩に手を置いて。
「それもそうだね。少し言い換えるよ。初めから、気にしてなかった訳じゃない。あたしは、悪いと思って謝ったし、もうしないって石川に約束した。だからそれからは、気にしてない。これでどう?」
私の肩に置かれた保田さんの手に力が込められた。
「あたしの中で、石川に謝った時にこの話は終わってる。 もう、怖くないって言うからこうして石川に触れるようにした。これって、石川があたしを許したんだって解釈しちゃいけなかったんだ。」
低くて落ち着いた声なのに、私には叫んでいるように聴こえた。
保田さんの感情に立っている凪が見え隠れする。
「前にも言いましたけど、ただ忘れようと努力してみただけです。あんな酷い事・・・私が許せる訳ないでしょう?」
鷲づかみされた肩に鈍い痛みが走って。
あの時と今が痛みと言う感覚でリンクしていく。
「・・・石川は、私が何をしても許す気は無いんだね。」
そう私に問い返す保田さんは、あの時をなんて事ない話の様に語るその人ではなくて。
保田さんの隠されていた感情が、静かに吐き出されたのだと思った。
- 80 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時31分31秒
- 「保田さんが、私に許されたい事って、なんですか?」
肩にあった保田さんの手。その甲を自分の手のひらで包み込んで呟いた。
「・・・どう言う意味よ?」
「保田さんは、あの時の罪を私に許されたいんですか?」
保田さんからの返事は無い。私は、包んだ保田さんの手に唇を落として再び言葉を続ける。
「それとも・・・あの時の罪を再び犯す事を許されたいんですか?」
私の言葉が保田さんの耳に入る。
それを保田さんが理解した時、突然保田さんの手から、すとんっと力が抜けた。
視線を合わせると、怒りにも似た強い光が宿っていた。
それを見とめて、私はきっと保田さんの本当に望んでいる答えに触れた気がした。
「・・・また、私と『したい』って思いませんでしたか?」
私は保田さんの手を取って、自分のスカートの中に下着の中に導きいれた。
ついさっき自分で触れていたそこに保田さんの指が触れるように。
「・・・濡れてるの・・・わかりますよね。」
保田さんの指が固くなった核心に触れて、自然に身体が震えた。
呆然とする保田さんの指を自分に強く押し付けて。
- 81 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時33分59秒
- 「あの時の事思い出すと。痛くて怖くて・・・すごく嫌だったのに、こんなに濡れちゃうんです。」
自分の指が触れるよりも、全然早くに熱い物が滴り落ちて、目の奥に火花がちかちかしてくる。
自分の腰を動かして、自分を保田さんの指に擦りつけるとすぐに息が上がる。
「いっ・・石川っ? 何・・・考えてんの? ちょっと待ちなさいよっ。」
抑えていた私の手を振り解いて、保田さんの手が私の濡れたそこから離れた。
私ので濡れているそれが私の視界に入ると、私の欲求は煽られるばかり。
私は、衝動を抑え切れなくて戸惑う保田さんの首に腕を回して抱きついた。
毎晩思い浮かべた保田さんの体温が、感触が、香水の香りがそこにはあって。
それを存分に堪能する為に、腕に力を込めて、自分すら息が出来ないくらい強く抱きしめた。
「保田さんに・・・もう一度。あんな風にされたいんです。」
保田さんの耳元でそう囁いてから、保田さんの首筋に顔を埋めた。
不意に私の背中に置かれた保田さんの手のひらは、熱くて気持ちが良い。
「・・・自分で何言ってるか、わかってるの?」
- 82 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時34分46秒
- 保田さんの首筋に触れた私の唇に、保田さんの熱と一緒に速まった鼓動が響いてきて。
呼吸をする度に、保田さんの匂いが私の鼻腔を刺激して頭が痺れる。
「・・・私は、保田さんに抱いて欲しいって言ってます。」
自分が、口にした言葉で、心臓は壊れそうに高鳴った。
「・・・・どう・・・して?」
「保田さん前に言ったでしょう? ただ、石川を欲しいって思ったんだって。」
保田さんの顎にキスして、それから唇にキスした。
「私もそうです。あの時の保田さんが・・・欲しいって。」
ただそれだけです。そう付け加えて、私は立ち上がった。
自分の着ていたキャミソールを脱いで、ブラを外して、スカートを脱ぎすてた。
困惑した保田さんを目の前にして、私は服を全部脱いで裸になる。
ここが、衣裳部屋でもう少ししたら誰かが入ってきてもおかしくない場所で。誰かに見られたら、どんな言い訳も通用しないだろうなって、わかっていても。その衝動は止まらなかった。
「無理やり奪いたいくらい私の身体、欲しかったんですよね?」
- 83 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時38分30秒
- 両膝を床につけて、床にぺたんと座っている保田さんの目線に自分の胸元がくるくらいにして。
怒った様な鋭い視線を私に向けた保田さんの髪に指を絡めて、精一杯の誘惑。
「・・・私の身体あげます。だから、保田さんを下さい。」
私がそう言い終わると直ぐに保田さんの指が私の髪に絡んできて、そのまま引き寄せられた。
「それは・・・許すって事?」
お互いの顔が数センチの距離にあった。
私の言葉が信じられないって、ただ不思議そうな顔をしている保田さんに。
意地の悪い笑みを浮かべるのは、私。
「許さない。だからこそ保田さんは、私を抱く義務があるでしょう?」
私は指先で保田さんの唇をなぞって、そう問いかけた。
何かを答えようと、自然に開いた唇の間にその指先を侵入させると、白い歯がカツンと触れてそれから熱い舌先に触れた。
「私は保田さんに、『抱け』って。命令する権利があると思いませんか?」
奥に指を押し込んで、保田さんの口内を侵食しながら私は、言葉を続けていたけど。
呼吸がしづらかったのか、保田さんは苦しそうな表情をする。
仕方がなく指を引き抜いて、保田さんの口の端から滴る唾液を舌で舐めとって。
- 84 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時40分34秒
- 「保田さんが、あんな事しなかったら、私はこんな恥ずかしい事する人間にはなってなかった。」
そう言って、そのまま深いキスをして。
それから再びに、保田さんの手を自分の熱くなっている裂け目に導いた。
「少しでも・・・・許されたいなら、私を抱いて。」
自分の指と一緒に、保田さんの指先を自分の奥へ押し込んだ。
保田さんのつけ爪が引っかかって痛くて、目頭が熱くなったのに、それでも深く奥へと導いて。
「私の気が済むまで・・・私を抱いてください。」
保田さんが、どこか痛そうな顔で私を見つめて。
わかったよ。って答えた。
でも保田さんは、その返事とは裏腹に私から指を引き抜いて。
「・・・でも、今日はしない。早く服着て。」
私は、耳を疑った。
「どうして・・・ですか?」
「この血、石川のよ?・・・できる訳ないでしょ?」
そう言われて、目の前にかざされた保田さんの指に視線を向けた。
その爪の先から流れ落ちる様に赤い液体がまとわり付いていて。
「無理な事するから・・・石川怪我してるでしょ? だから今日はしない。」
嫌だった。私は、何度も首を振って訴えた。
- 85 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時43分07秒
- 「私は、かまわないっ。傷ついて、痛くても・・・気持ちなんか良くなくて良いんです。」
「・・・良くないよ。服を着なさい。石川。そろそろ他のメンバーだってここに来るから。」
保田さんの両手のひらで、頬を包まれた。
私を諭すようにそう言う保田さんの口調に腹が立った。
「嫌ですっ!! 保田さん今してくれなかったら、もう・・・するつもり無いんじゃないですか? そうやって誤魔化して、私を・・・避けて避けて・・・卒業して何も無かった事にするつもりなんじゃないですか?」
私は、保田さんの表情を見ていたらそんな事を思った。
「・・・勝手にしたくせに、私がして良いって行ったら逃げるんですか?」
勢いに任せて、自分でも何を言いたいのかわからないけれど、次々にそんな言葉が溢れた。
私の保田さんへ向けた言葉は、図星・・・だったのかもしれない。
ばつの悪そうな顔をした保田さんは、黙り込んだ。
「保田さん・・・最低ですね。」
「・・・最低で結構。あたし・・楽屋戻るわ。」
保田さんが、それだけ行って立ち上がると、私の視線を無視して、この部屋から立ち去ろうと私から離れていった。
- 86 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時44分41秒
- 「保田さんっ!」
無意識に名前を叫んだら、保田さんはドアの手前で立ち止まって掠れた声でこう言った。
「ごめん。・・・でも今日は勘弁して。」
あんな事が義務だって石川が言うなら、ちゃんと果たすから。そう言った。
私は嬉しかった。嬉しくて泣きそうだった。
そう言い終えた保田さんがドアノブに触れた。その瞬間、そのドアが勝手に開いて。
「・・・れ? 圭ちゃん何やってるの?」
よっすぃーの声だった。
こんな姿を見られたら・・・って。びくっと身体が強張った。
「いや。石川・・・ここに居たから。」
「・・・・梨華ちゃんが?」
保田さんの言葉に、私は目の前が真っ暗になった。
その後間髪いれずに、よっすぃーが私の姿を見つけて。
「圭ちゃん・・どう言う事っ!?」
「ちょっと・・・石川に手出したら、騒がれたからさ。諦めて楽屋に戻る・・・。」
鈍い音がして、保田さんが床に倒れた。
「・・・さっすが・・・吉澤冷静だね。」
「仕事前に、顔は殴っちゃまずいでしょ。もっともお腹の方が苦しいだろうけど。」
よっすぃーが私に走り寄って私の身体を抱きしめた。
頭が混乱していた。
- 87 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時48分09秒
- 保田さんが、よっすぃーに言った言葉の意味がわからなかった。
どうしてそんな嘘・・・つくんですかって。
そう訊きたかったのに、保田さんはすぐにドアをくぐって私の目の前から消えてしまった。
心配するよっすぃーにとにかく大丈夫だからって何度もそう言って服を着た。
濡れたタオルを瞼に押し付けて泣いて赤くなった顔をどうにか見れる様にして仕事の準備。
その間ずっとよっすぃーは傍にいて、保田さんは遠くにいた。
保田さんに何も聞くことは出来なくて。
その日の仕事中は、保田さんを見つめるよっすぃーが怖かった。
- 88 名前:Atrocity 投稿日:2003年08月03日(日)15時52分00秒
- よっすぃーが、保田さんに何か・・・・したらどうしよう?って思った。
よっすぃーがいるのに、保田さんに迫ったのは私なのに。
誤解を解く為にさっきの事を説明しようと思った。でも、言葉が見つからない。
どこから話して良いのかわからない。だって、きちんと話そうとしたら、結局は私はずっと以前に保田さんにされた事だって隠して置けない。
私が、保田さんに迫ったんだって。それだけ伝えようと思った。
それでも、好きなのは、よっすぃーだって。
仕事が終わったら、ちゃんと話そうってそう思った。
それで、よっすぃーが納得できる訳がないってわかってはいたけれど、私にはそれくらいしかできないから。
なのに。
仕事が終わると、よっすぃーの姿は無かった。
保田さんの姿もなくて。
胸に言いようの無い不安がよぎった。
私は、すぐに二人の姿を探す為に楽屋を出た。
- 89 名前:zo-san 投稿日:2003年08月03日(日)16時26分38秒
- 久々の更新です。
微妙にやすいしの黒い度が逆転してきてる気がしないでもない。
つーか、うちの石川さんちょっとエロい人ですな・・・。
実は、第12回オムニバス短編集でやすごま短編を書きました。
「風が吹く時」って奴なんですが、興味がありましたら読んで見てください。
投票も何もかも終わってるので安心してお知らせ(笑
- 90 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月03日(日)23時58分15秒
- やすもよしもいしも格好良いと思ってしまう私は頭オカシイですか?
- 91 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月04日(月)22時10分48秒
- 更新キテル━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
石川さんの切羽詰まった感じが何ともエロいですなー
やすごま短編のほうも読ませていただきます。
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月05日(火)00時05分41秒
- この小説、すんげー好きです。
こんなドロドロと濃密な作品がじっくり続いてくれるのがうれしい。
人間関係がどう転んでいくのか先が読めなくてドキドキします。
次回も楽しみです。
- 93 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月05日(火)17時32分16秒
- なんだか修羅場のヨカーン!ドキドキしますな。
これにゆゆも絡んでくるのだろうか?ヤスの真意はどこに?
石川の揺れる気持ちの行方は?よしこは?等々、謎が謎を呼ぶミステリー(違)
続きをまた楽しみにさせて頂いておりヤス
- 94 名前:zo-san 投稿日:2003年08月08日(金)21時04分43秒
- >>90 名無しさん
かっけーっすか?!マジで♪
そう言うイメージは多少もって書いてるのでそう思われると素敵です♪
>>91 名無しさん
エロいっすよねぇ。石川さん。そんな彼女が大好きです。(笑
やすごまの方は、坦々としてるので物足りないかもしれません。
- 95 名前:zo-san 投稿日:2003年08月08日(金)21時18分02秒
- >>92 名無しさん
好きっすかぁ!超マジで嬉しいです♪
個人的にもドロドロをじっくり見たい人なので、ついこんな感じになってるんですが。(笑
ドロドロな昼ドラチックな雰囲気は、もうしばらく続きますっ!
>>93 名無しさん
それはもう♪中澤姐さんからんでシュラバシュラバに・・・おそらく。
黒保田さんが白くなってきたら、前よりもっと彼女の真意がわからなくなってる気がしますねぇ。
皆さん書き込みありがとうございます。
とっても、やる気になります〜。
でも、諸事情で、次回更新は2週間後くらいになると思われます。
またーりとお待ち頂けると嬉しいです。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月23日(土)15時29分20秒
- ツボっす!
交信心よりお待ちしとります。
- 97 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月29日(金)02時00分27秒
- 作者さん、ご無事でしょうか? 心配です。
- 98 名前:zo-san 投稿日:2003年08月29日(金)22時34分36秒
- >>96 名無しさん
ツボっすかっ!!ありがとーございますっ!!
更新は・・・もうちょっと。おまちくださいです。申し訳ないっす。
>>97 名無しさん
作者無事ですー。ご心配おかけしてすみませんです。
2週間で更新予定が3週間過ぎてもまだ・・・もう少し。
数日中にはUP予定です。この発言こそ必ず守りますー!!
- 99 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時05分13秒
- 二人を探して廊下をうろうろしていると、傍の部屋から重いものが床に崩れ落ちる音と、それに引きづられる様なタイミングで椅子やテーブルの足が床を削る嫌な音が聞こえてきた。
私は、すぐにここに探している二人がいると確信した。
音の聞こえてきた部屋のドアに駆け寄って、私はドアノブに手を置いた。
勢いをつけて、そのドアを開こうとしたけど、ドアのノブが回らないばかりか、押しても引いてもそのドアはびくともしない。内側から鍵がかかっているのは、嫌でも良くわかった。
「・・・っねぇっ! よっすぃーっ?! 居るんでしょ?!」
ドアを2,3回強く拳で叩いて叫んだのだけど反応は無い。
ただ、ドアを隔てて小さな話し声が聞こえた気がしたから、叫ぶのを止めて耳を欹てる。
何を言っているのかは解らないけど、それがよっすぃーと保田さんの話し声だって事だけは間違いなくて。
「よっすぃーっ、話があるのっ。ここ、開けてよっ!」
叫びながら何度かドアを拳で叩いていたら、ガチャンと言う重い音がしてドアが開かれた。
- 100 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時06分04秒
- ドアに寄りかかるようにしていた私は、手前に引かれたドアのせいで前のめりに身体を傾けた。
傾いた私の身体を無言で支えてくれたのは、一瞬誰かわからないくらいの怒りの表情を浮かべるよっすぃー。
目が合うと、ついそらしそうになるくらい怖くて、一瞬言葉に詰まった。
「梨華ちゃん行こう。」
「待って・・・保田さんは? よっすぃー一人じゃないんでしょう?」
反射的に私は口を開いた。
私の口から出た保田さんの名前に反応して、私を支えたよっすぃーの腕に力がこもる。
次の瞬間には、よっすぃーにぐいっと腕を引かれて、身体が後退した。
保田さんが居るだろう、部屋の中の様子を全く覗けないままに。
「ねぇ、待ってっ! 保田さんは?」
足を床に踏ん張って、私を連れて早々にその場を去ろうとしているよっすぃーの身体を止めて、もう一度そう訊くと、よっすぃーは口元を歪めて呟いた。
「・・・中に居る。」
保田さんが、そこに居ると判っているのに様子も見ないでここから立ち去る事はできないと思った。
よっすぃーの今の表情からは、何も起きてないとは思えない。
だからよっすぃーの腕を振りほどいて、開いているドアに飛び込もうとした。
- 101 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時07分01秒
- でも予想通りよっすぃーに身体ごと、止められて動けない。
「梨華ちゃんのその顔さ。 圭ちゃんに文句言いに来た顔じゃないよね?」
「・・・どうして、私が保田さんに文句言うの? ただ心配だから・・・」
「だから、あんな事されたのに、なんで梨華ちゃんが圭ちゃんの心配してるの?」
・・・そうだったよね。
私は、さっきの保田さんの言葉を訂正してない。
頭の中は、整理されていないから、何から話して良いのかさっぱりで。
「違うの。あれは・・・とにかく違うから。よっすぃーどいて?」
後で話そうって決めた。
今は私のせいで誤解されたままの保田さんが、よっすぃーに何かされたのかって。
そんな、心配と不安だけが私を動かしていたから。
保田さんに何かあったら、私はどう謝っていいか知れない。
「何が違うんだよ。 圭ちゃんは無茶な事やって、梨華ちゃんにあんな怪我させたんだよね?!」
「だから違うって・・・保田さんは、全然悪くないの。 だから入らせて?」
よっすぃーは、私の言葉に幾つか引っかかった様で、ふっと身体の力が抜けた。
- 102 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時07分39秒
- そのタイミングを逃さないで、私がよっすぃーを押しのけてドアの前に走り寄ると、開いたドアの中からすっと視界に黒い影が映った。
「ちょっと・・・うるさい。あんたら。他の収録でここにいる人もいるんだよ?」
影は、部屋から出てきた保田さんだった。
髪をかきあげながら、気だるそうにそう呟く姿を見ていると、一見、何も無かった様に見えた。だから、私の心配は取り越し苦労だったんだって一瞬思った。
でも、それは、全くの勘違いだって。
私を無視したよっすぃーと保田さんの二人の会話でわかった。
「・・・圭ちゃん・・・もう立てるんだ。」
「もちろん、立てるよ。案外タフでしょ?」
一体何をしたのって不安になった。
私は、不自然なくらいの勢いでよっすぃーを振り返って睨んだ。
「ちょっと、きつめに殴っちゃったんだ。大丈夫。お腹だしさ。」
よっすぃーは険しい表情で、「人の彼女に手だしたんだから、当然じゃん。」ってそう言いながら、私を、そして保田さんを睨んだ。
違うのよ。
保田さんが手を出したわけじゃない。
私が無理やりあんな事をさせたんだって説明しようと口を開こうとした。
- 103 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時09分36秒
- なのに保田さんは、よっすぃーの言う通りだって言う様に頷いて。
「まぁ、確かにね、遊びが過ぎた。悪かったよ。吉澤・・に、石川。」
そう言った保田さんと、ふと視線が合った。
私は、保田さんの暗い瞳の色に、外に出す予定だった言葉を一瞬で見失った。
うざったそうに私と目を合わせた保田さんは、直ぐによっすぃーの方を向いて笑みをこぼす。
「もうあんたの彼女に手出したりしないから、そんな怖い顔しないでよ。」
「圭ちゃんって、あんな事しておいて・・・まじめに謝ったと思ったら、もうなんでもないみたいに笑えちゃうんだ。」
「たった今罰は受けたんだから、笑うくらい良いでしょ。さっきので足り無いなら、土下座でもつける?」
保田さんのおどけた口調がよっすぃーの気を凪いだみたい。
よっすぃーの拳に力が入って腕が震えるのが目に入った。
私は、よっすぃーの手がまた保田さんに襲い掛からないように、私はそれにしがみついた。
でもその行為は、まるで私が保田さんを怖がるように見えたのかもしれない。
- 104 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時11分14秒
- よっすぃーは私の肩を庇う様に抱いてきたし、保田さんの物言いた気な視線も受けた。
「・・・圭ちゃんさ、もう梨華ちゃんに近づかないって約束してよ。」
怒りを抑えた搾り出すような声で。
そんなよっすぃーの申し出を、保田さんは肩をすくめるそぶりをすると、すんなり受けて。
「良いよ、それで吉澤が納得するなら約束する。・・・でも仕事で仕方なくってのは、考慮してよね。なるべくそうならない様にはするけどさ。」
「・・・約束だからね。圭ちゃん絶対守ってよ。」
「わーかったって。これで、この話はおしまい。で、良いよね。」
保田さんは自分の髪を何度か撫でてそう言うと、何も無かったかの様にくるりと私達に背を向けた。
ちらりと目を向けた部屋の床には、保田さんの鞄の中身が散乱していた。
それを拾い始めた保田さんに声をかけるでもなく、私はよっすぃーに肩を抱かれてその場を離れた。
- 105 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時12分08秒
よっすぃーに肩を抱かれたまま、二人で廊下を歩きながらも、私は保田さんの事ばかり考えていた。
どうして、保田さんは自分が手を出したなんて嘘をよっすぃーに語ったんだろう。
そんな事したって保田さんが得する様な事何一つ無いのに。
保田さんは、きっとよっすぃーに思い切り殴られちゃったんだろうなって思ったら、なんだか自分まで痛い気がして、悲しくなった。
「・・・華ちゃん。梨華ちゃん? 聴いてる?」
「・・・ごめん・・何?」
私の肩を握るようにしたよっすぃーの手のひらが私は好きだなって思う。
離したくないって思う。
だから、保田さんが私のした事をよっすぃーに語らないでいてくれた事に、本当はほっとしているのかもしれない。
私から保田さんを誘惑したんだって知ったら、よっすぃーはどうするのかな?
見た目からは想像できないくらい繊細な私の彼女は、今と同じように私に接したりできなくなるに違いない。
「うちさ、今日梨華ちゃんの家に行って良いかな?」
「え?・・・どうしたの、よっすぃー。今日って、何か用事があるって・・・。」
「それパスする。だってさ、怖い思いした彼女を一人にして置きたくないじゃん。駄目かな?」
- 106 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時12分45秒
- 柔らかい暖かい笑みでそう言うよっすぃー。
私は、ついついこれに頷いてしまいそうになったけど。
保田さんに酷い事をして黙ったままでいる私は、よっすぃーといると奇妙な後ろめたさに気分が重くなるだろうって思う。
だから、一人になりたいって思った。
「梨華ちゃん?」
「えっ、今日・・だよね?」
「・・・なんか・・・・・うちの事迷惑そうじゃない?」
「・・・・そんな事無いよ。迷惑じゃないけど・・・。」
「・・・けど?」
「今日は、一人でいたいの。まだ、混乱してて・・よっすぃーが傍にいても私ずっと・・こんな風にボーっとしてるだけだろうし・・・ね?」
ごめんね。ありがとう。心配してくれて。って言葉を繋げて、心配かけないように精一杯笑ってみた。
うまく笑えていたかどうかはわからないけど。
でも、よっすぃーは私の精一杯の笑顔を見て、私をその場で見送る事に決めた様だった。
- 107 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時13分55秒
私はタクシーで自分の家に帰るつもりだった。
でも、最終的にタクシーを止めてもらったのは、私の住んでいるマンションの前ではなくて。
「・・・・私、なんでここにきちゃったんだろう。」
自分でも呟きたくなった。
一人になりたいからよっすぃーの誘いを断ったのに、私は保田さんの住んでいるマンションの前にいた。
本当の事をよっすぃーに言わないのはどうして?
そもそも初めにどうしてわざと誤解を受ける様な事を言ったんですか?
そんな事を、私は保田さんに訊きたくて、ここへ来たんだって思う。
・・・それに、謝らないと。
保田さんが何を考えているか理解できないけど、私がよっすぃーにはっきり説明できれば保田さんは2度も殴られたりする事無かったんだから、早く謝らないと私の気がすまない。
それがたとえ自己満足でも。
マンションの前でそうやって色々理由を並び立てて見るけど、本当はそんな大層な理由って無い。
- 108 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時14分31秒
- つい衝動的に行き先を変えてしまっただけ。
たまたま車の窓の外に見えた、歩道を横切った人が保田さんに似ていたから。
逢いたくなった。・・・・それだけの理由でここにいる。
オートロックのマンションの玄関を、前に教えてもらった番号で開けて入る。
それからエレベーターで保田さんの部屋のある階へ昇った。
保田さんの部屋の前までやってきて、ふと気がついた事。まだ、保田さんは帰ってきてない。
私が先に仕事場から出てきて、そう遠回りも無くここへ来たんだからそれは、当たり前。
一応インターフォンを鳴らしてみる。やっぱり、返事は無かった。
まだ帰ってきていないんだなって納得する。
仕事の後、予定があってすぐには帰ってこないかもしれない。
あんな事があってむしゃくしゃして飲みに行っちゃってたり、もし中澤さんと約束があったら今日は帰ってこないだろうけど・・・。
そう思っても私自身、自分の家へ帰るつもりにはならなくて、ドアに背中を凭れて座り込んだ。
- 109 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時15分06秒
- 目を瞑って、保田さんが来たら何を話したら良いんだろうって考えようとしたけれど、頭が上手く回ってくれない。
ただじっと、時間を忘れて、置物みたいに保田さんを待っていた。
不意の足音に、顔を上げた。でもそれは保田さんの物では無かったから、無意識に軽いため息が漏れた。
腕時計に目をやるとここに来てから2時間くらい。やっぱり予定が入っていたみたい。
でも、保田さんが帰ってこないのなら、それでも良いなって思った。一人になりたいのも嘘ではなかったし。
私は、また目をつぶって膝を抱えた。
1時間くらい経った時にまた人の足音が聞こえてきたけど、浅く眠りに入ってしまっていたせいですぐには反応できなかった。
頭を軽く左右に振って、しっかり覚醒してから顔を廊下の先へ向ける。
私がずっと待っていた人が廊下を歩いてくるのが見えた。
「・・・保田さん。」
私が床から腰を上げて立ち上がると、保田さんはもう目の前に立っていて。
「・・・あんたね。いきなり吉澤との約束破らせる気?」
大きなため息をついて睨んでいた保田さんに、私はつい謝った。
- 110 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時15分40秒
- 「ごっ、ごめんなさい。」
「謝るくらいなら、帰んなさい。」
保田さんは、部屋の鍵を開けながらそう言った。
含みのある保田さんの言葉を噛み砕いているうちに、ドアの奥に保田さんの姿が消えそうになった。
「やっ!! まっ、待ってくださいっ。」
「・・・何?」
ドアの隙間に無理やり手足を入れ込んでドアが閉まるのを阻止すると、捲し立てる様にしてドアの隙間から見える保田さんに言葉を投げた。
「違いますっ!! さっきのは、あたしのせいで今日保田さんが・・・あの、よっすぃーに殴られてしまった事に対しての謝罪です。・・・約束の方は、私には関係ないです。保田さんに逢いに来た事は、絶対謝りませんから。」
だって勝手に、保田さんとよっすぃーが決めちゃった事だから。
それも、本当は保田さんがそんな約束をしなければならない理由なんて無い。
「あの約束は無効じゃないですか。今日のは、私が悪いんですよ? 保田さんのせいじゃないんですから・・・私は保田さんに近づいてもかまわないですよね?」
私がそこまで口にすると、保田さんは馬鹿にしたみたいな乾いた笑い声をたてた。
- 111 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時16分18秒
- 私の足をぎっちりと挟めていたドアが、気持ち開いた。
私はそれを逃さない様にすぐ保田さんの部屋の玄関に身体を滑り込ませる。
保田さんは、急いで玄関に入った私を見て、呆れた様子で苦笑した。
「あの・・・何かおかしいですか?」
笑いをぴたりと止めて、深いため息をついた保田さんが、私の顔を覗き込むようにして一歩近づいてきた。
軽くアルコールの匂いが鼻先を刺激した。
「石川、本気でそんな事いってるの?」
「・・・本気ですよ。」
「じゃ、石川は、自分があたしに抱いてなんて迫ったからあんな状況になったんだって説明するんだ。吉澤にそう言えるって本気で思ってるの?」
「私は、保田さんがそう伝えて良いって言うなら、きちんとよっすぃーにそう説明します。」
本当は、そんな風には思っていなかった。
私は保田さんが、それを伝えて良いなんて言うとは思えなかった。
気づいたら、ハッタリを口にしてた。
- 112 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時16分52秒
- 「・・・なんであたしの了解がいるの?」
「保田さんが、事実を曲げてよっすぃーに話したのは、何か理由があるからですよね? だから、保田さんの了解がいると思ったんです。」
保田さんは、胸の前で腕を組むとあさっての方向に視線を飛ばして、しばらく黙っていた。
「・・・どうしてあんな事言ったんですか?」
返答が無いから、私は再び問いかけた。
すると、ふと困った様な視線が私に戻ってきて。
「石川、別に吉澤と別れたいわけじゃないでしょ? 事実を説明して吉澤が石川と付き合い続けられるって、私は思えなかった。」
私は、私を愛してくれてるよっすぃーと別れたいなんて少しも思ってない。
それとは、全く別の感覚で、私は保田さんが欲しいんだからしょうがないじゃない・・と思う。
でも、そんな真実を話した時、よっすぃーがそれを許すだろうか。
よっすぃーじゃなくても。普通の感性を持っている人なら誰だって許せない。
「でも・・だからって・・わざとばらす必要は無かったんじゃないですか?」
私がいるなんていわないで、よっすぃーとあのまま外に出て行っていたら、ばれなかったはずなのに。
- 113 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時19分06秒
- それが、不思議だった。
あの時、ああやって事を大きくする必要なんてある様に思えなかったから。
「吉澤に、歯止めになってもらおうと思って・・・とっさにああ言っちゃったんだ。」
保田さんは、無表情のままただ淡々とそう答えた。
「・・歯止め?・・ですか?」
「ああ言ったら、吉澤は私達を絶対二人きりにしない様に動いてくれるって思ったから。」
それはつまり、私が今日みたいに保田さんに迫ったりする事ができないって事。
保田さんが、それを望んだんだって言う事。・・・胸がむかむかする。
「私が、保田さんに抱いて欲しいって思うのが、そんなに迷惑ですか?よっすぃーに殴られた方が良いって思うくらいに、迷惑なんですか?」
保田さんの上腕を掴んで詰め寄った。
掴んだ腕が痛かったのか、少しだけ表情をゆがめて上目遣いで私を見つめてきて。
「そうじゃなくて。あたしは・・・石川がした事、全然迷惑じゃない。だから・・・あぁしたの。」
「・・・わかりませんよっ。どう言う・・事なんですか?」
「・・・・今日は我慢できたけど・・・次に石川にあんな事されたら・・・。」
- 114 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時19分58秒
- 保田さんの視線がすっと外れたと思ったら、保田さんの顔は私の首筋に埋まっていて。
頬に触れてくる保田さんの柔らかい髪にどきっとして言葉を忘れた。
「あたしは、もう絶対拒めない。」
保田さんは私の耳元で呟く様に口を開いた。
情けない位細い声だったから、自然に私は保田さんの身体を両手で抱きしめた。
「・・・どうして、拒もうなんて思うんですか。あなたが、先に私に手を出したんですよ?」
私がそう答えると、ふうっと保田さんのため息が首にかかって。
「・・・一度なら、間違いだって言い張れるでしょ?」
「その・・一度の間違いが、私をこんな風にしたのに?」
好きとか、嫌いとか怒りや悲しみ、色々な感情が身体を支配した。
都合の良い事言わないでくださいって・・・怒鳴りたかった。
その衝動を抑えて、それでも抑えきれない感情が私の声を大きくして。
「保田さんは間違ったって私から逃げてしまえば・・それで良いかも知れないですけど、私は? 私のこの欲求は・・・どうしたら良いんですか?」
- 115 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時20分46秒
- 保田さんを抱いていた腕を離してから、肩を掴んで玄関の横の壁に押し付けて。
顔をゆっくり近づけてから、もう一度祈るみたいに口を開いた。
「・・・保田さん。私を・・抱いてください。」
「・・・・石川・・・吉澤に悪いって思わないの?」
「思ってます。」
保田さんの言葉尻にかぶる様に即座に答えた。
「保田さんこそ、中澤さんに悪いって思わないんですか?」
「・・・思ってるよ。裕ちゃんは私の大事な人だから。」
保田さんは、私の腕の中でなんの迷いも無く中澤さんが大事だって口にした。
その瞬間、胸に鋭い痛みが走った気がした。
それだけじゃなく、その痛みが黒い塊になって胸に広がって。
そのもやもやしたストレスを振り切る為に、保田さんの肩に服の上から口付けてから歯を立てた。
もちろん、痛かったんだと思う。保田さんの身体が揺れた。
「中澤さんが大事でも、私が欲しいって・・保田さんは今も思ってるんですよね。だから、我慢できなくて・・・よっすぃーにあんな嘘をついたんでしたよね。」
私の視界に映る保田さんの表情は薄かった。
何も考えてないみたい。放心しているみたいだった。
- 116 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時22分45秒
- でも、よく見ると瞳が艶っぽく潤んでいて、その瞳がしばらく私を見つめてから首が縦に小さく振られた。
「・・・やす・・ださん。」
私の呼びかけにかすかに首を傾けた保田さんの唇に、そっと唇を落とした。
さっき少しだけ香ったアルコールの匂いが、濃い空気になって鼻を抜けていく。
保田さんの腕が、気持ち抵抗を見せたと思う。
身体を突き放すように圧して来たけど、気がつかないフリをしてキスをし続けて。
熱い保田さんの舌に自分の舌を絡ませて、唇の外へと引き出して、吸い上げた。何度もそうして保田さんの味を味わった。
保田さんの舌と触れる度に頭に電流が走ってく。
後ろ頭が痺れて、もっともっと、この感触が欲しいって脳が矢継ぎ早に信号出してる感じがする。
保田さんが息苦しそうに唸るから、絡まった舌をゆっくりと離した。
保田さんの顎にすーっと伸びて落ちた水糸を指でぬぐって、もう一度唇を奪った。
すぐに保田さんは、また苦しそうな声を漏らしたけど、どうしても、止められない。
キスしている内にそれだけじゃ足りなくなって保田さんのTシャツの中に手を入れた。
- 117 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時23分18秒
- 保田さんの手がそれを阻止しようと重なってきたけど、無理やりにそれを振り払ってブラを上にずらしてふくらみを外へ開放した。
柔らかいふくらみに手のひらを這わせると、ぴんと立ち上がった先端が指に触れた。
それを親指で転がすと保田さんが、首を振ってキスから逃れた。
「・・嫌・・だ・・石川・・・止めてって・・。」
「私が嫌って言った時、保田さん止めてくれました?」
顔が真っ赤で、表情を作れてない保田さんを見るなんて初めてかもしれない。
私がされた時はずっと面白そうに・・・酷いくらい冷静だったし。
2度目の時も、今日私が奪った時も、あまり表情は変わっていなかったと思うから。
「・・・なんでそんなに嫌がるんですか? こんな風にされて・・私を抱きたいって思ったでしょう? 本当は、我慢できなくなってるんでしょう?」
返事はない。ただ、保田さんは私から視線を逸らして俯いてしまった。
保田さんの気持ちは、全然わからない。
「・・なら良いです。・・・保田さんがしないなら、私がします。」
ぴくっと保田さんの顔が上げられたのと同時に、保田さんのTシャツの中から手を出して保田さんの手首を取って背中へねじり上げた。
- 118 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時23分48秒
- 「っいたっ・・・。石・・川っ!」
「・・・これも私が保田さんにされた事でしたよね。」
腕をひじを支点に背中にねじって、保田さんを後ろ向きで壁に貼り付ける。
私はそんなに力を入れていないけど、保田さんの辛そうな表情が横顔から伺えた。
こちらに背中を向けて壁に頬をつけた保田さんは、肘の痛みで抵抗する気は全く無い様子で。
私は、保田さんの背中に抱きつくと、空いた手で保田さんのローライズのジーンズのジッパーを下げた。
中に指を滑らせて、下着の中へ茂みの中へと指を進めて行く。
まだ周辺が乾いてる突起に指が触れたけど、その奥まで中々指を入れられない。
片手では、降ろし辛かったけどジーンズと下着を腿の中ほどまで下げて保田さんの腰を抱いて引き寄せた。
保田さんは、丁度私に向かって腰を突き出すような体勢になって、濡れた割れ目が私の視界に現れる。
何も考えられなくて、ただそこに触れたいとか、保田さんの中に少しでも入りたいって思った。
「保田さん、もういっぱい濡れてますね・・・。」
親指で割れ目をなぞって指に保田さんの液体を満遍なくつけて、最後に入り口に触れた。
- 119 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時24分44秒
- 掴んでねじっていた保田さんの腕に一瞬力が入ったけど、それ以上の抵抗はなくて。
私は保田さんの中に親指を入れて、内壁をこすったり、圧したりして快感を促すように動かした。
保田さんのうめき声が漏れ始めて、指と保田さんのそこが擦れる水音が大きく響き始めると、私はねじっていた腕から手を離して保田さんの胸元へその手を伸ばした。
保田さんは両手を壁についていて、完全に私のなすがままになっていた。
溢れてくる熱い液体が手の平を伝って他の指を濡らしてく。
中指を少しだけ折り曲げれば、保田さんの一番敏感に反応するだろう突起に触れる事ができた。
擦り上げていれば、時々皮の中のそれに直接指が当たる。保田さんの腰が跳ねて。
「ん・・はぁ・・やぁっっ!!」
一際大きな保田さんの艶声の後、保田さんは自分の腕に噛みついて漏れる声を我慢しようとした。
「我慢しなくても、良いじゃないですか・・・気持ち良いでしょう。」
ふるふると首を振った保田さんが物音に耳を立てる猫の様に外へ意識を向けて、身体を強張らせた。
人の話し声と足音、そして扉が開いてしまる音がかすかに聞こえた。
- 120 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時25分25秒
- 「・・・フロアに人が帰ってくると、保田さんのエッチな声、丸聞こえなんですね。」
私の言葉に、だからもう止めて、と保田さんが呟いた。
でも、私はかまわずに保田さんの身体を攻め続けて。
「・・・や・・ほんと・・もう・・石川っ! ねぇ・・やぁ・・っ。」
「・・・じゃ、場所変えましょうか。それなら今は止めます。」
「何・・よ。それ・・・。」
「まだ保田さんイってないでしょう? 私もし足りないですし。」
手を休めて、保田さんの背中からただ柔らかく抱きしめた。
保田さんの髪を鼻先で掻き分けて、うなじにキスをして。
「ちゃんと、普通にベッドで続きさせてくれるなら、今は止めます。」
保田さんは、観念した様に頷いた。
ちょっとむっとした様子でジーンズを無造作に上げてぺたんと玄関の端に腰を下ろして、必要以上にうつむき加減で靴を脱ぐと、私を置いて部屋へ入っていった。
私も靴を脱いで、保田さんを追いかける様にして部屋に上がる。
- 121 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時26分00秒
- 何度も来た事のある家だから、どこが寝室かなんて知ってる。
私は、居間で突っ立ったままの、動きの鈍い保田さんの手を引いて寝室へと歩いた。
私は、ベッドまできたらすぐに保田さんをそこへ押し倒した。
眠る時には、絶対に向かないって思うけど、こう言う時の真っ赤なベッドカバーは、その気に拍車がかかる。
私は、保田さんの上に乗っかってTシャツをするりと脱がせた。
Tシャツの下から現れた保田さんの白い肌は、赤い布の上に浮き出る様に視界に飛び込んできて。
これに触れずに居られる人が、いるのかなって思うくらい綺麗。
ブラの上から膨らみを持ち上げる様に揉んで、谷間に唇を落とす。
保田さんの身体に直に触れると、少しの汗の匂いといつもの香水の匂いがして、下腹部が熱くなった。
さっきまでの暴力的な勢いじゃなくて、保田さんの身体の隅々までただ感じたいと思った。
五感全部使ってただ保田さんを感じたいってだけ。
これが、自分なのかな?って言うくらい、精神的な快楽に溺れそうになる。
- 122 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時26分33秒
- 「保田さん・・・して・・良いですか?」
軽く頭を上げて保田さんの顔色を伺うと、保田さんは私の頭に手を置いて小さく呟いた。
「・・・だめって言ったら、止めてくれるの?」
「・・・保田さんは、だめって、答えるつもりですか?」
胸に置いた手のひらを少しだけ動かしたら、芯の有る先端が布越しに指に触れた。
思いがけず、保田さんの艶のある細い声が吐き出されると、保田さんの返事を待っている余裕はどこかに消えてしまいそうになる。
それでも、我慢して返事を待った。ここは、無理やりに保田さんを奪う場面じゃないってそう思ったから。
「あたしは・・・石川の想像通りの答えしか・・・もう用意できないよ。」
もう、保田さんはこの行為から逃げたりしない。
そうわかっていても、動作は急ぎがちになり気持ちは焦る。
なるべく、丁寧に保田さんの着ている物を脱がせて、自分も服を脱いだ。
なのにどうして・・だろう。したいと思ってたはずだった。
私は、保田さんの上に重なって横たわる身体を抱きしめたし、保田さんも私の抱擁を嫌がることなく受け入れてくれた。
何度も触れるだけのキスをお互い繰り返して、抱きしめた。
- 123 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時28分14秒
- さっきあんな身体の奪い方をしたはずだったのに。
私も・・・保田さんも特にそれらしき行為をしないまま、何時間もベッドで身体を寄せ合っていた。
保田さんの身体は、あたたかかった。
唇や腕や足や皮膚の何もかも、触れてるだけで特に何もしてないのに気持ちが良かった。
「石川の身体・・・好きだな。触れてるだけで・・気持ち良い。」
私が思うのと同じ事を、保田さんは、私の首筋に頬擦りしながら、呟いて。
私は保田さんの頭をぎゅって抱きしめて、髪にキスしながら一応の不平を言った。
「・・・保田さんって、ほんとに私の身体だけなんですね。」
「石川もそうなんでしょ?」
「私も・・・・そうですよ。」
保田さんの長い髪に指を絡めて、おそらくシャンプーの残り香だろうって甘い香りに酔っていると、なんだか幸せな気分になれた。
何度か、深く呼吸をしてから顔を上げると。
「・・・石川変な顔してる。」
すぐにそう言われて、保田さんにくすりと笑われた。
- 124 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時29分08秒
- 「えっ? そんな、してないですよぉー。」
「・・・してるって、眉毛とか八の字になってて、口はへの字になってるし。」
「なんですかっ!それじゃ私困ってるみたいじゃないですかぁー!!」
「・・・え?・・・まさにそう言う顔してるけど?」
・・・なんでだろうって、ちょっとだけ考えてみたけれど良くわからない。
悩んでいたら、保田さんに頬を指でつつかれて、優しく髪を撫でられたから。
「私は・・・なにも困ってないですよ。」
「・・・なら別に良いけど。」
どうせ、時間もあるし、何か困ってるなら話なさいよ。って。
普段の調子でそう言われた。
表現の仕様の無い不思議な気分だった。
あんな事を自分にした保田さんと、たった今あんな風に保田さんの身体に触れた私。
保田さんのベッドの上で裸で抱き合って、セックスもしないでこんな穏やかな会話をしている事が不思議だった。
恋人同士なら全然不思議ではないのだろうけど、私たちはもちろんそんな関係ではない。
- 125 名前:Atrocity 投稿日:2003年09月01日(月)18時29分39秒
- 多分二人とも、被害者で加害者だ。
私たちお互いにだけじゃない。
お互いの恋人にも何らかの加害者として存在してるんだって思う。
でも、それには多分お互いが気づかないフリをしようって決めた。
それから2.3週間、仕事場ではあまり話さなくなった。
あの事は、結局よっすぃーにちゃんと説明していない。
だから、よっすぃーは保田さんをとても警戒しているし、保田さんも私に話しかけることは無かった。
ちゃんと私はよっすぃーの彼女でいたし、保田さんだって中澤さんの彼女でいた。
何もかわったことは無い。
私が仕事が終わってから、保田さんの家へ行く事が多くなった以外は。
どうしてか、保田さんの家で逢う度に、身体を重ねる度に二人の間の会話がどんどん少なくなっていく気がした。
保田さんとそう言う行為をして、抱きしめて抱きしめられてその余韻を味わう。
それで初めは嬉しかったはずなのに、時間に回数に比例して、気分が鉛の様に重くなって行く。
だからって、保田さんに逢うのを止めたいとは思わなかったし、少しでも長く傍にいたかった。
いくら、鈍い私でも。
そろそろ、自分の気持ちに気がつかないフリをするのは、限界だった。
- 126 名前:zo-san 投稿日:2003年09月01日(月)19時05分48秒
- 長らく、おまたせしました。更新ですー。
石川一人称でどうも保田さんの心境変化がうまく出せてないのですよね。
・・・えぇ。へたぴだってだけの話なんですが。
もしこれ全部書き終わって余力があれば、保田視点の短編とかも考えてます。
これからもよろしくです。
次回更新も3週間以内には。
- 127 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)02時18分14秒
- おおおおお! 更新ありがとうございます!!
良いです良いです。石川さんはもちろん保田さんの変化も、じわっと伝わってきますよ!
せつなくドロドロ…かと思ったら、こんな不思議なくらい暖かな展開…。いいなあ…。
で、また新展開っすか?! 引き込まれます。
作者さんを急かすような書き方してすみませんでした。
のんびりお待ちいたします。
- 128 名前:zo-san 投稿日:2003/09/13(土) 22:52
- >>127 名無しさん
反応マジでありがとうございます〜。
微妙に伝わってますか?そう言っていただけると嬉しいです!!
新展開の方向性はいろいろあるんですが・・・・どれになることやら。(苦笑
全然せかされたとは思ってないので(それもどうだろう。
御気になさらず!!
自分で出来ない時は無理しないのでね。どうしたー?とレス頂いても大丈夫っす。
ちなみに、次回更新も3週では足りない予感がしてます。
・・・・あと、2,3週のうちには更新します。
ので、よろしくです〜。
- 129 名前:zo-san 投稿日:2003/09/13(土) 22:57
- いや、いつの間に書式変わったんですか??
これで落とせませんか??
いや、マジ困った・・・・。
- 130 名前:zo-san 投稿日:2003/09/13(土) 22:59
- 落とせた・・・。マジでびびった・・・。
やー、あほですね。俺。
- 131 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/21(日) 10:54
- これから、ふたりはど〜なるんだ〜!!
更新、楽しみにお待ちしています。
- 132 名前:zo-san 投稿日:2003/10/05(日) 14:56
- >>131 名無しさん
カキコありがトーございます。
本当にどうなるんだろうと、書き手が悩んでますが(笑
更新です!!
- 133 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 14:58
- 仕事中、よっすぃーは、ごっちんと約束があるからって私にそう伝えてきた。
だから私は、無意識に込上げる嬉しさを噛殺して、残念そうな顔をよっすぃーに見せて。
仕事が終わるとすぐに保田さんの家へとタクシーを走らせた。
閉め切って、光も空気も薄い部屋。
その息苦しさに、酸素を欲しがるみたいに唇を交わして、身体を重ね続けて。
額から、首から、汗が滴り落ちる。
それは、私の下で苦しそうな顔をした保田さんの上気した頬に流れ落ちて、保田さんのそれと混ざって流れていく。
私が動く度に、二人の汗が混じっては流れて、ベッドのシーツを濡らして濃い染みが出来る。
「・・石・・川。」
「・・・や・・すださん。」
延々と続くお互いの喘ぎ声と、時々思い出した様に口にする相手の名前。
あまりに濃密な触れ合いで、一つになっている様な錯覚が起きたり。
まるで、仲の良い恋人同士で繋がってるみたいな錯覚を起こしたり。
この人が、よっすぃーなら胸は痛まないのにと思うから。
自分が誰と抱き合ってるのか、わからなくなってしまいたい。そう無意識に願う。
だから無理やりにでも、こうして名前を呼ばなければ本当に忘れてしまいそうだった。
- 134 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 14:59
-
私が。
・・・私が、欲しい、愛したいと想う人の名前を。
ここまでお互いの名前以外の言葉・・・いくつ交わしたっけ。
なんて、ふと意識を飛ばす。
チャイムを鳴らして、玄関のドアが開かれると、保田さんの姿が目の前にあった。
口を開くより先に、保田さんの身体に手を伸ばした。抱きしめて抱きしめられて。
玄関からベッドまでの短い距離で、二人の服は身体から取り払われた。
それからずっとこんな感じで。
もう何時間こうしているのかわからない。
今日のこれまでを思い返して、結局相手の名前以外、一言も口にしていないなって気がつく。
気がついたからってそれを改善するつもりも無いから、ただ保田さんの身体を貪る。
私達のセックスは、『貪る』って言葉が一番あってる行為に思えた。
余す所無く、とにかく目に見える彼女を得たくて口を開いて指を這わせる。
それは、保田さんも一緒で。
いつだって、ただ目に触れる私の身体を、確実に貪っていた。
セックスなんかじゃない。
私達の行為は・・・それとは明らかに違うようで、でも全く一緒だった。
- 135 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 14:59
- 私の指は、保田さんの髪に絡んでいて。
保田さんの舌は、私の最も敏感で栓の壊れた水道みたいなそこを這っていた。
不意に、内腿に鈍い痛みが走って、続けて保田さんが顔をあげる。
何をされたのか、理解したからこそ、私の身体の血が音を立てて引いて。
「・・・どう言うつもりなんですか?」
それは、私達が一番してはいけないことだったから。
私は、腿の間から見上げてくる保田さんと視線を合わせて。
「・・・ごめん。ぼーっとしてた。」
保田さんの視線の強さが、今の行為は、わざとなんだって私に教えるから。
「・・・こんな所にキスマークつけられたら。」
「ごめんってば。2,3日で消えるでしょ。吉澤にちょっと我慢してもらえば済む事じゃない。」
「そ・・そんなっ・・・待って・・くださいっ。」
保田さんは、私の言葉を無視して顔をすっと沈める。
また舌が私の中を這い出して、それから硬い指が奥へ入ってきて。
中で動かされ始めたら、内腿の印の事なんてどうでも良い気がしてくる。
- 136 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:00
- 保田さんの言う通り、数日よっすぃーに見せなければすむ事だからって、自分に言い聞かせた。
保田さんの唇が腹筋を伝って身体を昇る。
胸元でその動きが止まると、内腿と同じ鈍い痛み。
「やっ! 保・・田さんっ!!」
「もう・・・良いでしょ。一つも二つも変わらない。」
私の制止する為の呼び名は流された。
首筋にも同じように舌が這わされると、ちゅっと、耳の傍で音がする。
咄嗟に、保田さんの肩を手のひらで押した。
「やっぱり目立つ所は・・・駄目?」
「・・当たり・・前です。そんな所、隠しようが・・無いじゃないですか。」
「ベタだけど、虫に刺されたって言ったら? 案外ばれないかもよ?」
「ふざっ・・けるの・・やぁ・・めて下さい・・・ふぁ・・ん。」
中に入ってる保田さんの指が、私の感じる所をこれでもかって突いてくる。
まともに話なんて出来ないし、離れたはずの保田さんの顔が首に寄って来てもそれを押し返す為の力なんて入らなかった。
首から顎のあたりまで、保田さんの舌がするすると動いて、それからまっすぐに鎖骨まで移動した。と思った瞬間、また強く吸われて、それから歯が立てられた。
- 137 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:02
-
「−−−−−−っ!!」
声に出せない位に、痛かった。
今は、確認する余裕が無いけれど多分血がにじむくらい保田さんの歯が私の皮膚に食い込んだんだって思った。
その一拍後、私は保田さんの指で、今日何度目かの絶頂にひきずり上げられた。
達した後に、乱れていた呼吸を整えながらベッドに横たわっていると。
保田さんが私の中にあった指で、自分がつけた鎖骨の辺りにある傷を撫でた。
「噛み傷は、虫刺されって訳にもいかないよね。どうする?これ。」
保田さんの言葉と、ぴりっとしみる様な痛みに悔しさがこみ上げた。
上半身を少しだけ起こして、保田さんの首筋に鼻を押し付けた。
流れ落ちそうな汗を舌ですくう様にしてから、そのまま唇を押し付けて、保田さんが私にしたのと同じ事をする。
私は、自分の唇を離してどさりとベッドに転がった。
見上げると保田さんの首に私の仕業である真っ赤な痕が出来ていて、それに一瞬目を奪われた。
朱色のそれがすごくセクシーに見えたから。
- 138 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:03
- 「・・・もしかして、仕返しのつもり?」
保田さんは、苦笑しながら、でもなぜかとても嬉しそうに首に手をやった。
「・・・そうですよ。私ばっかりじゃ・・・悔しいですもん。」
悔しいって言う表現は間違ってるかもしれない。
うらやましいとか、ずるいとか。きっとそう言う感じ。
保田さんが、私の身体に印を残すなら、私だってそうしたい。
・・・もちろん私の『人』では無いけれど。
数日だけでも保田さんの身体に私が触れた印を残したいって衝動はいつでも切にあって。
でもそんな事したら、お互いの恋人にばれてしまう確率が上がるだなんて想像にたやすい事。
戒厳令の様な厳しさでそれを禁じていたのは、むしろ保田さんの方だったのに。
「・・・どうするんですか。それ。」
「ん。 どうしようもないんじゃない?」
見惚れそうな笑みを浮かべた保田さんが、なんでも無いみたいに答える。
「・・・中澤さんに、どう説明するんですか?」
「ほんとだよ。・・・まったく、良く見える所にしてくれたもんだね。」
悪戯っぽい表情で保田さんが私の頬にキスしてきた。
- 139 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:06
- 中澤さんの名前を出したのに、全然動じる様子のない保田さんに拍子抜けして息をついて。
「・・・これ、保田さんが先に・・・つけたんじゃないですか。」
視線を落として、自分につけられたそれらを確かめて保田さんこそ、と反撃。
左の内腿と胸の膨らみの端に朱色の印。
浮きあがった鎖骨には血豆の様に歯型が浮き上がった真っ赤な印。
「だって、我慢できなかったんだもん。」
「なんですか・・それ。 子供みたいに開き直らないでください。」
「子供ってねぇ。あんたの仕返しだって、十分、大人気ないとおもうけどなぁ。」
ベッドの上で、こんな風に二人で言葉を交わすのは久々だった。
なんとなくそれが、不安で言葉が詰まった。
保田さんも、私を見つめて口を閉じる。
瞳に映る自分の顔が見えるくらいに、じーっとお互いの視線をあわせた。
「我慢とか忍耐って、その対象を良く知らなきゃいくらでも出来ると思わない?」
突然に振られた質問にびっくりして瞬きをした。
私の返答を待たずに保田さんは、話を続ける。
「石川の・・・匂いとかさ、触れた感触とか。どんな味なのか・・・どんな声出すのか。単純に傍にいたら、気になったんだ。」
- 140 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:07
-
「だからキスした。あの時。」
一瞬の間で、初めての時の事を話されているんだって気がついた。
「戯れに確かめたりするもんじゃ無いね。あれは・・・あたしも予想しない展開だった。言い訳にもならないけど。」
穏やかな口調でそう言いながら保田さんは、私の顎に指を置いてキスするでもなくただじっと私の唇く見つめてくる。
「どんなモノか確かめて、それが自分の欲しいものだったって気がついたら。」
不意をつく様に軽いキス。
もっと恥ずかしい事した後なのに、今更にこんな事が恥ずかしくて頬が熱くなった。
保田さんの触れ方が、いつも以上に優しいから。
「我慢・・って途端に難しくなるんだね。」
顎にあった保田さんの指が、肩へと滑り降りる。
肩に爪が食い込むくらい・・そうしない様に気をつけている様にも思えるけど・・私の肩を鷲掴んで保田さんは目を伏せていた。
保田さんの言いたい事が私にはわからなかった。
- 141 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:14
- 説明を求める視線を保田さんへ送る為、わたしは顔を覗き込んだ。
「・・・保田さん?」
「話・・・聞いてくれないかな?」
すっと上げられた保田さんの表情は、今にも泣きそうだった。
「もちろんです。・・・なんでも聞きますから。」
そんな顔しないでください。って伝える様に保田さんの頬を指で撫でた。
薄い自嘲気味の笑みを浮かべて保田さんは口を開く。
「あたし、昔に石川と同じ事されたんだよね。」
「・・・私と・・・同じ事・・ですか?」
保田さんが指す『私と同じ事』の見当がつかなかった。
「うん。昔さ、あたし・・あやっぺに強引に抱かれた事があったんだ。」
坦々とした口調のせいか。
保田さんの語る事が、果たして私が思う事と同じなのか不安に思う。
「あの・・・・なんですって?」
「だから、あやっぺに無理やりされたことがあるの。あたしが、石川にしたみたいに。」
あやっぺって、石黒さんの事ですよね?って問い返すと保田さんは頷いて。
「でも・・あたしは、石川みたいに怖いとは思わなかったし、嫌じゃなかった。」
「・・・嫌じゃなかったら・・無理やりじゃないじゃないですか。」
それこそ、合意の上でその行為をしただけの話に思えた。
「嫌じゃ無かったけど、突然で驚いたし・・それにその時は嫌がらせだって思ったから悔しかった。悔しくて思い通りにされたくなくて抵抗した。」
- 142 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:18
- 嫌がらせ?その言葉に、引っかかった私は。
「・・・嫌がらせですか?」
「そう。あたしが生意気そうに見えたって。」
保田さんは娘に入った当初、色々な事を上手く言葉で伝えられなくて口を閉ざしている事が多かった。黙っていると妙に生意気に見えてしまう容姿。
それが石黒さんの気に触って招いた出来事だった様で。
「でも、たったそれだけの事で、そんな酷い嫌がらせするんですか?」
純粋に酷いとそう思った。
保田さんにされた後の自分の気持ちを思い出すと、それこそ泣きそうに苦しくて怖かった。
今こんな風に身体を重ねている保田さんがした事でも、思い出せば泣きそうに辛い事なのに。
たったそれだけの事で、そこまでするのかという疑問。
それに、石黒さんのイメージに合わない気がした。
そう言うネチネチした嫌がらせをする人には思えなかった。
- 143 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:22
- 私の言葉を保田さんは、首を振って否定した。
「あやっぺは、キスだけして単なる悪戯で終わらせる予定だったんだと思うよ。そう言う『酷い』嫌がらせをする様な人じゃないから。」
「私もそう思います。でも、実際には・・・・。」
「ま・・・されたんだけどね。裕ちゃんが見つけてくれて・・・それは何もなかった事になった。」
保田さんが押し倒されている時に、中澤さんが現れて。
恋人に対する行為ではないんだって雰囲気で気がついた中澤さんが、すぐに石黒さんを止めた。
石黒さんは、保田さんがムカつくんだって中澤さんにさえ、そう弁明したそうで。
「あたしが、悔しくて黙っている事が、裕ちゃんには、すごいショックで口がきけない様に見えたみたいだけど・・・とにかく裕ちゃんはそれから色々世話焼いてくれる様になってね。」
それが、中澤さんと付き合い始める事になる一歩だったのかもしれないと、保田さんは言った。
「・・・でもそんな事があった様には。」
「見えないでしょ。その後あやっぺとの仲も悪く無かったしね。・・・まぁ、変な距離感は、あやっぺの卒業まで残ったけどさ。」
傷ついた様な色の瞳を私に向けて。
「卒業の時、あれは嫌がらせなんかじゃなかったってあやっぺが言ったんだ。多分好きだったんだって。気がついたらしてたってね。・・・それ聞いたら、どうしようもなく嬉しくなったよ。」
- 144 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:24
- 「嬉しかったんですか?」
「・・・うん。嫌われないって思ったら嬉しかった。」
「もしかして・・・保田さん、石黒さんの事・・・好きだったんすか?」
「どうだろう・・・好きだったのかな・・・・多分。そう思いたいけどね。個人的に。」
誰としても嫌じゃないなんて感性は、好ましくないからね。
好きだったから、あの行為が嫌じゃなかったんだって思いたいよ。
そう言って、保田さんは、辛そうに笑った。
「あやっぺが卒業してから少しの間はさ。始まりがあんなじゃなければ、あたしはあやっぺといたのかもしれない。そう思って寂しくなる事もあった。・・でも、裕ちゃんが居てくれたおかげで、そんな事、すぐに思い出すこともなくなったけどね。」
でも、どうしてこんな過去の話を蒸し返して聞かされているのか微妙に納得がいかない。
どうしても無意識に首を傾げてしまいがちになる。
「あの・・・どうして、こんな話をするんですか?」
髪をかきあげた保田さんが少しの間を置いて私の唇に軽く触れた。
「こんな風に・・・初めて石川にしたキスは、本当に戯れでしかなかったんだ。」
「・・・・・?」
「あやっぺのあたしへの嫌がらせ以上に意味の無い事だった。でも・・・。」
保田さんの額が私の肩にぎゅっと押し付けられた。
- 145 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:25
- 「キスしたら、本当に欲しいものに気がついた。だから・・・気がついたらあんな事してた。あやっぺも、こんな風に思ったのかもって・・・思ったんだ。」
保田さんは、私の身体に抱きついてきて呟く。
「あたしは・・・あの時も、今もずっと石川が・・欲しいって思ってる。」
そんな事、何度も言われて何度も身体に伝えられて。
腹が立つほどに、分かってる事理解している事で。
今、繰り返して言わなくても・・・良いじゃないですか。
「私の身体が欲しいなんて、何度も聞いたじゃないですか。どうしたんですか・・・今更。」
今更です・・・・知ってるって言ってるじゃないですか。
もう、あなたの口からそんな言葉は聴きたくないんです。
そう思ってこの話を終わらせる為の言葉を捜そうとした。
私の首の辺りで、微かに保田さんの首が横に振られて。
「身体が欲しいよ。でも・・・心も・・・全部。『石川梨華』が欲しい。」
尋常じゃない熱さと身体の奮え、どきどきと心臓のはやり身体がおかしくなりそう。
それは、頭で理解するより先に、保田さんの言葉が胸に響いたせいで。
「あたしは・・・『好き』とか、『愛してる』とか、石川に言いたいんだ。」
ようやく頭が先の言葉を理解した頃に、投げられた言葉ときつめの抱擁。
- 146 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/05(日) 15:26
- 「保田さん・・・何・・・言ってるか判ってます?」
「あたしには・・・判ってないで言える様な・・・軽い言葉じゃ無いよ。」
「本気で・・そんなバカな事言ってるんですか?」
バカげてると思った。
あれだけ私を突き放してきた人なのにって。
「もちろん、そうだよ。あたしはバカな事を本気で言う為に・・・・。」
「裕ちゃんと別れたんだ」って、そう聞こえた。
私は抱きしめられたまま、言葉を失った。
今、なんて言ったんですか?と。
聞こえていたけれど、訊き返したくなる様な信じられない言葉で。
「・・なんて・・言ったんですか?」
「昨日・・・・・裕ちゃんと別れた。少し前からそうしようと思ってたんだけど。」
私が泣きたくなるくらいに、幸せそうな笑みを中澤さんに向けていたのは。
紛れも無いあなたなのに?
私の肩から保田さんが顔を上げる。
本人はきっと気がついてないかもしれないけれど、今にも身体ごと崩れてしまいそうな雰囲気だった。
- 147 名前:zo-san 投稿日:2003/10/05(日) 15:29
- 短めの更新です。
なんていうか、はっきり言ってずるすぎな保田さんな気がします。
どうする?!石川!!
次回更新も3週間以内に出来れば。
- 148 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/07(火) 23:28
- 更新お疲れさまでっす。
うわ…難しい。自分はコドモなので、保田さんと石川さんのアダルティな葛藤がすげー難しい。
難しくて深くて、なにより面白い!
なんども読み返してます。
またゆっくり待ちますね。
- 149 名前:zo-san 投稿日:2003/10/24(金) 16:59
- >>148 名無しさん
カキコありがとうございます〜!励みになります。ほんとに。
難しいのは、内容のせいもあるけど、おそらく私の文章力のせいでもあり(苦笑
申し訳ないです〜。あははは。
面白いといわれて、舞上がり気味です。感謝です〜。
と言う事で、遅くなりましたが、更新です。
- 150 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:00
- どんな言葉を切り出したら良いんだろうって。
私はただ戸惑いの表情しか表せなかった。
「・・あの・・本当に・・・・?」
「・・・本当に別れた。」
保田さんは、短く答えて少し遠くに視線を持って行った。
「勘違いしないでね。だから、石川にどうこうして欲しい訳じゃないから。」
表情は、酷く落ち込んでいるのに、その言葉だけ抑揚無くすんなりと口にして。
なんて事無いよって、そんな態度の保田さんがやっぱり信じられなくて。
「どうしてっ?! 大事な人って言ってたじゃないですかっ!!」
咄嗟に、保田さんに詰め寄って、声のボリュームをあげた。
驚いて目を大きく見開いた保田さんがきょとんとして呟く。
「なぁ・・・なんで、石川が怒るのよ?」
私にもわからなかった。なぜ自分が大きな声を出したのか。
「怒ってません。けど・・・おかしいじゃないですか。あんなに・・・私に中澤さんが大事なんだって・・・言ったじゃないですか。」
なのに、どうして簡単に別れられるのか不思議で・・・それに驚いただけ。
たとえ・・さっき保田さんが私に向けて言った言葉が原因だったとしても。
単に驚いて私は、大きな声を出して反応した。そう思う。
- 151 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:01
- 視線を落とした保田さんの表情は、沈んだままで。
そんな保田さんをどうして良いかわからないから、手持ち無沙汰にその頬に触れてみる。
「・・・保田さん辛そうな顔してますね。」
「・・・・してる?」
「泣きそうな顔・・してますよ。本当は・・別れたくなんか無かったんでしょう?」
自嘲気味の笑みを零した保田さんが、頬に置いていた私の手を取って。
「石川は、恋人に『愛してる』って言えなくなっても、付き合っているべきだと思う?」
・・・どうして言えなくなったんですか。とは私は訊けない。
「でも、一緒に居たかったんでしょう? 言えなくても。」
その顔を見たら、きっとそうなんだって事くらい想像できて。
「出来る限り・・・一緒に居たいと思ってた。」
「やっぱり、別れたくなかったんじゃないですか・・・。なら・・別れるべきじゃなかったんじゃ・・・・」
自分でも驚くくらい沈んだ暗い声で、保田さんにそう答えた。
- 152 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:02
- 保田さんは、まるで私をなだめる様な静かな口調で。
「裕ちゃんと一緒に居たい理由が、吉澤に嘘をついた時と一緒でも、石川はそう思う?」
保田さんは、私の手を放して私をじっと見つめた。
それから深く深く呼吸をして呟く。
「・・・自分に枷をつけておきたかった。でないと・・・さ。言っちゃうと思ったから。」
辛そうな保田さんの顔を見ていると、なぜだか私の胸も痛んだ。
真摯な瞳の力に吸い寄せられる様に、私は保田さんの目から視線を逸らせないまま黙る。
「あたしは・・・。」
保田さんは、そこで一旦口を噤んだ。
そして、ため息まじりの観念したみたいな苦笑。
「石川梨華が・・・好きなの。」
息が止まりそうだった。
心臓だって鷲掴まれて無理やりに止められた様に。
「・・・愛してる。」
続けて言われたその言葉に、ただ動けなくなる。
時間が止まった様な錯覚に襲われる。
本当に・・本当なんだって。
保田さんがそう想ってくれてるんだって納得する事しか出来なくて。
「でも、こんな事言う資格無いよね。だから、あたしは恋人って言う枷が欲しかったんだ。」
真面目な表情を少しだけ緩めて、深いため息。
「さっき、石川に告白する為に別れたなんて、格好良い事言ったけどさ。本当は枷が取れたからこそ、つい言っちゃったってだけ。」
保田さんは私の鎖骨の傷に指で触れた。
- 153 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:03
- 「枷がなくなった途端・・・独占欲丸出しで・・・さ。」
痛かったよね。と最後に小さい呟きが漏れて。
それから傷口に、とんっと押す様に唇が触れた。
さっきより熱を持っている傷口が脈打っていて、冷静になる為にか、つい憎まれ口を叩いてしまう。
「謝られたって、この傷は消えないんですよ? これ・・・どうしたら良いんですか。」
「あたしに無理やりされた。で良いでしょ。前科があるし、吉澤はすんなり信じるよ。」
「でも・・・そんな事したら・・んっ。」
唇を塞がれて最後まで言葉を吐き出せなかった。
そんな事したら、またよっすぃーは保田さんを目の敵にするだろうし。
もう私は保田さんにこうして逢えなくなるだろうって言うつもりだった。
けれど、本音を言えば口にするのは嫌だった。
だから、保田さんのキスは願ったりで、そのまま受け入れた。
何も考えたくないと、頭を真っ白にして保田さんを感じて。
何もかも明日考えたら良いって思いたかった。
今は、この感触だけが私の現実なんだって思おうとした。
長い間交わしていた唇が離れて、保田さんと視線を交わすと。
口元を軽く引き締めた保田さんの第一声に、頭を殴られたみたいな衝撃。
「・・・こんなのも今日で最後だね。」
「最・・後ですか?」
「最後・・・・でしょ。吉澤にどう説明するの?」
私も保田さんの言った理由以外の言い訳を用意できずにいた。
- 154 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:03
- それでも、保田さんの言葉を肯定したくないから、悪あがきをして。
「こんなの、絆創膏張って・・数日見つからなければ良いだけじゃないですか。仕事の衣装だって見えないのを選んだら良いし・・・それに・・・。」
「絆創膏してたら余計気になるんじゃない? その上、たいした理由も無く拒まれたら、恋人なら勘ぐると思うけどね。」
私のあがきは、保田さんの言葉の羅列に一蹴された。
けど、そこまで言って保田さんはふと笑みを零して。
「まぁ・・・あたしの考えすぎか。確かに石川の言う通りにしたら、ばれないかもしれないね。」
その言葉に一瞬光が見えた気がした。
なのに間髪入れずに、保田さんは私の髪を撫で付けて真面目な顔でこう呟いた。
「・・・でも石川が言わないなら、あたしが吉澤に言うよ。」
「・・・・どう・・してですか?」
「終わらせないと、あたしは・・・またこんな風に石川に傷をつけるから。」
肩を捕まれて痛いくらいの勢いでベッドに押し付けられた。
「・・な・・ぜ?」
「あたしね・・・・吉澤が、石川に触れるのが・・すっごく嫌だって思うの。想像もしたくないって・・・思っちゃうの。」
今更そんな事を言われるとは思わなかった。
- 155 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:03
- 「何・・言ってるんですか? 恋人のよっすぃーが私に触れるのなんて・・当然の事です。それも、今に始まった事じゃないじゃないんですよ?」
だから、つい困惑して当たり前のことを返す。
「・・・そんなの判ってるよ。でも駄目なの。」
目の前にある保田さんの目が怖かった。
射抜かれてそのまま殺されそうなくらい鋭くて。
「これまでだって・・全然平気だったじゃないですか。」
「だから、今までは耐えられた。でも、その限界点が今日だって、あたしは言ってるの。」
「・・・だから? ・・・なんて言ったんでしたっけ?」
「・・・だから。終わりにして欲しいって言ってるの。」
保田さんの話しに無性に腹が立った。
だってそうでしょう?私は、あなたに抱かれてこうなったのに。
もう限界だなんて一言で、私を放り出すのかって。
「保田さん、本当に終わりに出来るんですか?」
「さっきから・・・そう言ってるでしょ。」
「私を好きなんですよね?」
「・・・好きだよ。」
「愛してるって言ったじゃないですか。」
「・・・言ったね。」
「私を抱きたいって、思ってるんでしょう?」
保田さんは、言葉に詰まった様に動かない。返事も返ってこない。
- 156 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:04
- 気がついたら、押さえつけられた身体を捻って、腕を振った。
ばちっと鈍い音が響いて手の平がびりびりする。
「抱きたいって思ってるくせにっ!! そう言えば良いじゃないですかっ!!」
叫んだ瞬間、また身体を押さえつけられた。
再び、保田さんと目を合わせると保田さんの頬が赤くなっていた。
私の手のひらが的確にあたってしまったんだって思った。
まるで初めてのあの日みたい。
違うのは、したいのが私で、止めようとしているのが保田さんだって事だけで。
保田さんは、前の時みたいにやっぱり唇の端を切った様で唇にはうっすらと血が滲んでいる。
「・・・愛してるから、あたしだけ見て欲しいって、そう望んでしまうの。」
保田さんは、すっと自分の唇を手の甲で拭った。
紅色の筋が唇にかかる。その上にまた血が玉になって現れる。
それを今度は、保田さんの舌が拭って。湿った唇が動き出す。
「あんな事したあたしがそれを望むなんて虫が良い話だってわかってるし、石川が吉澤を好きだって事を知ってる。・・・でも、無意識にあたしだけって、望んでしまうの。止まらないのよっ!」
私の肩を掠めて、保田さんの拳がベッドを勢い良く叩いた。
- 157 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:05
- 「あたしは、近い将来こんな風に腕の中にいる石川を放したくなくなる。 吉澤の所になんか行かせない。無理やりにでも閉じ込めて。逃げようとしたら・・・・。」
ベッドを叩いた保田さんの手が、突然私の首に添えられた。
「酷い事するかもしれない。逃げられない様に・・・こうやって・・・。」
すっと保田さんが目を伏せた。
それから、首に添えられた手は何もなかった様に私の肩を撫でていって。
「石川に触れてると、その先にいる吉澤への嫉妬で狂いそうになる。いつか本当に・・・石川を壊しちゃう・・・そんな事が・・・簡単に想像がつくの。」
だから、終わりにしたい。あたしは。
保田さんの消え入りそうなくらい小さな声を聞いた。
「・・・壊しちゃう・・・ですか?」
保田さんの言った言葉を反芻して、私は保田さんを見上げて。
ゆっくりとさっきの様に怒鳴ったりせずに語りかける。
「忘れてませんか?・・・私の心を壊したのは、保田さん。あなたですよ? 私がこんなになったのは・・・全部あなたのせいじゃないですか。」
「だから、あたしは石川をこれ以上・・・傷つけたくない。心も身体もなにもかも。」
「私を傷つけたくないんじゃないでしょう? 保田さんは自分が傷つきたくないだけなんです。」
- 158 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:05
-
私の言葉に、思うところがあったのか。
保田さんの眉が、一瞬ぴくりと動いた。
「保田さん・・・あたしにはその資格が無いとか。よっすぃーが・・って言ってましたけど。大事な事を言ってないです。私に・・全く・・訊いてないでしょう?」
「・・・何を訊いてないって言うの?」
そう言った保田さんの表情は、私の言葉に動揺している様に見えた。
「・・・私の気持ちです。保田さんは、自分の気持ちだけ押し付けて、その結果を見ない内に、さっさ逃げようとしてるんです。」
顔に赤い水滴が落ちてきた。
唇の血を拭くでもなく止めるでもなく下を向いていたせいなのか。
でも保田さんの今の表情を見ていたら、一瞬涙なのかと思った。
それくらい泣きそうな表情で私を見つめているから。
「保田さんは、卑怯なんです。自分の気持ちを伝えたいだけなら、間違ってもあたしだけ見て欲しいとか、嫉妬するとか・・・一方的にこの関係を終わらせようだなんて言わないでください。どうして保田さんは、いつも・・そう勝手なんですか?」
勝手に襲って、無かった事にしようとしたり。
いきなりキスするかと思ったら、全然触れなくなったり。
よっすぃーに嘘ついて勝手に殴られて。
私を好きだなんていっておきながら、勝手に去ろうとして。
・・・それが全て私の事を考えてだって・・・わからない訳じゃない。
でも、それは全部一方的な事だって、気がついてますか?
- 159 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:06
-
「・・私を好きなら、もう少し私の気持ちを・・・理解しようとしてください。」
「・・・してるから・・よ。石川の言う通り、卑怯なの。わかっているけど石川の口から聞きたくないだけ。」
保田さんは、ぎゅっと唇を噛んで私を睨んでいる。
「保田さんは、私がどう思ってると・・思ってるんですか?」
「あたしに聞かないで・・・自分の気持ち言ったら良いじゃない。」
はっと、鼻で笑った保田さんが投げやりに口にした言葉。
「・・・なら、私に訊いて下さい。答えますから。」
保田さんは、無感情に呟く。
「・・・石川は・・・あたしをどう思ってるの?」
そう問われて、私はなんて答えようとしていたんだろう。
そうなる様に促したのに、問われる瞬間まで答えを用意していなかった。
じっと目を合わせたまま、しばらく黙っていた。
よっすぃーの事、保田さんの事、色々な事が頭を交錯して答えが見出せない。
「どうしたのよ。どう思ってるの?」
「・・私は・・・よっすぃーが好きです。」
「・・・知ってる。・・・だから、あたしの事はどう思ってるの?」
言葉になって現れない。
思ってる事は判っているはずなのに一定の言葉として口に出せない。
喉が詰まったみたいになって、黙ってしまう。
・・・・もう・・いいよと、言いたげな保田さんの吐息をさえぎって。
私は、たどたどしく思っている事の一部を口にした。
「私は、何も知らない私を・・ズダズダにした保田さんを・・・憎んで・・います。こんな風にしたあなたが嫌い・・です。」
私の返答に、保田さんは唇を噛んだ。
- 160 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:08
- きつく噛んで、真っ赤になったそれが痛々しくて、愛しくて。
保田さんに押さえつけられていた身体を無理やりに起こして真っ赤になったそれを舌で舐めた。
・・・鉄の味がした。
こんな所まで、あの日と一緒。
「・・・何すんのよ?」
「・・痛そうだから・・つい。 良く舐めたら直るって言うでしょう?」
「・・・嫌いなんでしょ。・・だったら、もうそんな事しないで。」
「嫌いです。・・・でも保田さんにこうして触れているのが、心地良いのも事実なんです。」
だから?
私は、何が言いたいのだろう。自分に問いただしたくなる。
もう、判ってるくせに、口に出せない。
たった一言を、口に出せない。
この言葉を、口にしなきゃ保田さんをつなぎとめて置けないかもしれないのに。
何度も何度も、よっすぃーが好きなの。なんて自分に言い訳してみたけれど。
本当は違う。
あんな風に無理やり私を抱いたその人を・・・好きだなんて愛してるなんて口にするのは、自分のプライドが許さないだけなんだって。
「・・・わかんない。あたしにされて嫌だったんでしょ。怖かったんだって言ったじゃない。憎いんでしょ。嫌いなんでしょ? なのに・・・そんなにこの身体が気に入った?」
保田さんの切羽詰ったような搾り出すようその声に。
私は、当たり前のように頷いて。
「気に入ったら、いけませんか?」
呆然とする保田さんの唇にもう一度唇を押し付けた。
- 161 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:09
- 「私は、気に入ってます。だから、私にそれを下さい。私を犯した罪滅ぼしには丁度いいでしょう?身体を奪われたから身体を返してもらうんです。保田さんの気持ちなんて・・関係ない。あの時、私の気持ちが無視されたのと一緒です。」
こんな言葉しか吐き出せない。
こんな言い方でしか、つなぎとめる術が見当たらない。
一言がいえない為に・・・どれだけ保田さんを傷つけているのか知れないのに。
「もう一度・・・言う。このまま石川を抱いてたら、あたしは何するかわかんない。だから、あたしを嫌いならこれで最後にして。」
こんな時にどうして笑えるんだろう。
私は、保田さんの必死の訴えを聴いて嬉しいとさえ思う。
「嫌です。」
そう、私は微笑んできっぱりと断った。
保田さんは、私の表情と態度に苛立たしく首を振って声を大きくして。
「はっきり言う。あたしは・・・嫉妬で・・石川を殺したくなるかもしれない。なるかも・・じゃなく本当にするかもしれない。だから・・お願い・・・。」
保田さんの言葉をさえぎって。
私は、保田さんの身体に腕を回して、ウェーブのかかった長い髪に顔を埋めた。
- 162 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:09
- 胸が苦しくなるくらいに深く息を吸って吐き出した。
「その時は、私、諦めます。そう言う運命だったんだって。」
「石川は・・・おとなしく、あたしに殺されるって事?」
「はい。・・・そう言う運命だったんだって。思うことにします。」
まるで私は、保田さんに命を預けるとでも言う様に、そんな言葉を並べた。
それをどう取ったか、私の腕をはがした保田さんは厳しい顔でこう言う。
「・・・わかった。なら・・・本当に逃げられない様にしてあげる。」
ふと耳元で囁かれた言葉を理解するよりも早く。
保田さんの手が首の辺りに伸びた。
「・・・せっかちですね。」
「運命だって思うんでしょ?」
「・・・もちろんです。私が・・・望んだ事ですから。」
抵抗する気も無いし、される事の予想がついたから、私はただ目を瞑った。
私の首は保田さんの手のひらに包まれて軽く抑えられていた。
でも、一向に強く締めてこない手。
なのに、頭がぼーっとしてくるこのまま眠ってしまいそうになってきて。
「・・・あたしは狂ってない。だから殺す気なんか無いよ。」
そんな言葉が耳に届いた気がした。
それで騙されているって気がついた。
・・・聴いた事がある。
頚動脈を圧迫すると脳に血がまわらくなって失神するとか・・・。
そう思い出した時には、多分私の意識が無くなっていたんだって思う。
- 163 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:10
-
時間なんてそう経ってないはずで。
でも、目が覚めたら両手と両足をそれぞれタオルで縛られていた。
痛くはないけれど、上手く身動きが取れない。
ころんと寝返りをうつと保田さんの背中が見えて。
「・・・起きた?」
「や・・すださん・・どう言う・・・。」
私はまだ裸のままだというのに。
ベッドの端に腰掛けた保田さんは、もう服を着ていた。
戸惑う私をしばらく見つめてから、私の頬に指を滑らせて呟いた。
「強攻策。あたしじゃどうにもできないからここに来て貰う事にした。誰か判るでしょ。」
保田さんのした事の予測はついた。
・・・それ以外の人なんて思いつかない。
「吉澤に連絡入れたんだ。石川が・・うちにいるよって。もちろん何をしてたかも、ちゃんと話した。夜遅いけど、すぐ来るんじゃないかな。」
保田さんは、そう言うとその場を離れた。
春物の薄手のコートを羽織って財布を持って。
「・・どこか・・行くんですか?」
「石川にあたしが殴られる所なんか、見られたくないの。下で吉澤来るの待ってる。」
保田さんがこちらを向かずに部屋から出て行ってしまおうとするのに、私は動けなくて追いかけられない。
無性に自分が情けなくなって涙が出てくる。
- 164 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:10
- 「保田さんっ!! 嫌ですっ!! こんなだまし討ちなんて酷いじゃないですかぁっ!」
こんな風に、叫ぶ事しかできない。
ふと、その声に保田さんが振り向いて。
「嫌って言われてもさ。もうサイを投げちゃった所だからね。もう、あたしにはもうどうにも出来ないよ。」
苦笑気味の笑みで保田さんは、私のテンションとは比べ物にならないくらい落ち着いた物言いで。
「・・・本当に? 本当に、保田さんはこれが最後で良いんですか?」
「あたしが最後にするって言ったのよ? 良いに決まってるでしょ。何度も言わせないで。」
一歩二歩と保田さんが私の方へ歩み寄ってくる。
「最後の最後に・・・キスしても良い?」
保田さん独特の優し気な笑顔でそんな事を言うから。
私は、泣き出してただ頷いた。
微かに唇が触れただけのキスを残して。
保田さんは、自分の部屋を出て行った。
- 165 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:11
-
ずーっと、涙が止まらなかった。
保田さんが部屋を出てからの時間経過が上手く思い出せない。
でも、気がついたらよっすぃーが保田さんの部屋にいて私の手足からタオルを解いてくれていた。
ぼーっとしているうちに、よっすぃーが私の服を着せてくれた。
でも、ありがとうとか口を動かす気力が無くて黙っていた。
何気なく、脱ぎ散らかしたはずの服が綺麗に畳んであるのは保田さんがしてくれたのかなって、どうでも良い事を考えたりして。
また、涙があふれてくるのに困惑するばかりだった。
タクシーで、自分の家まで戻ってきた。
よっすぃーが私の隣に居て、肩を抱いてくれている。
時々頭を撫でてくれたりしているのに反応するのが億劫で、ただ、壊れた様に止まらない涙をそのままにして、放心していた。
- 166 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:11
-
何時間かすぎて空が白んで来る頃、私の頭はようやく少しずつだけれど動くようになってきた。
よっすぃーは、私が泣いてる理由をどんな物だと思っているんだろう。
保田さんはなんて言ってしまったのだろう?と考え始めた。
また・・・保田さんはよっすぃーに何かされたりするのか・・それともしてしまったのか。
心に不安が降りてきた。
「・・・ねぇ。よっすぃー。」
重い頭を上げてよっすぃーの顔を見た。
すると、話し始めた私に喜んだのか頬を緩めて。
「何? 梨華ちゃん。」
嬉しそうに答えてくれた。
その表情に、胸がズキズキする。切ない痛みじゃない。
ただ、本当に罪悪感のみがもたらす痛み。
「保田さんは、なんて言って・・・よっすぃーを呼んだの? 私は・・保田さんに何をされたって事に・・なってるの?」
よっすぃーの目が泳いだ。
私がショックを受けないようにと、話すのをためらっているようだった。
- 167 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:12
- 「大丈夫よ。私、全部覚えてるから。でも・・確認したいの。よっすぃーの言葉で聞きたいの。私は、保田さんに何をされたの?」
少しづつ、よっすぃーは言葉を選びながら私に説明してくれた。
よっすぃーの言う事は遠まわしだったけれど、要は保田さんが面白半分に私を家に連れ込んで身体を奪ったという趣旨の話。
黙っていれば良いのに、保田さんがよっすぃーに連絡したのは、私がよっすぃーの名前を叫ぶので仕方がなくしたんだって、よっすぃーは話してくれた。
「・・・圭ちゃん、こんな酷い人だと思わなかった。・・・あんな約束信じないでもっとしっかり・・・見てれば良かった。梨華ちゃん・・・ごめん。」
よっすぃーの言葉を聞いていると、少しづつ罪悪感が身体にたまっていく気がした。
鳩尾の辺りに鉛があるみたいに。
「・・・あやまらないで。よっすぃーは、全然悪くない。・・・私が悪いの。」
「梨華ちゃんは、被害者じゃん。全然悪くないよっ!! 悪いのは・・・圭ちゃんじゃんだっ!!」
絶対許さない・・・・。そう呟いたよっすぃーの横顔が怖かった。
- 168 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:13
- 好んでよっすぃーを裏切っていたのは、私。
本当は、その言葉をぶつけられるべきなのは、私なんだから。
怖いと思って当然だって思う。
「よっすぃー。」
「・・・何?」
よっすぃーは、私の呼び掛けに険しかった表情を柔らかに変えて私に笑みを向けてくる。
・・・何を言おうとしてるんだろう。
私は、この笑みを失うかもしれないのに・・・自然に口が秘密を明かそうとする。
思った以上に、保田さんに離れられたのが、ショックだったとか。
思った以上に、よっすぃーの笑みが痛いとか。
保田さんを先輩として慕っていたよっすぃーが、私のせいで保田さんを悪く言う事が。
思った以上に・・・悲しかったとか。
きっとそう言う事なんだと思う。
「あの・・ね。保田さん・・・悪くない。私が・・・・悪いの。」
「梨華ちゃんこんな事されて、まだ圭ちゃんをかばってるの? いい加減にしなよっ!! だからこんな風に漬け込まれるんじゃないのっ?!」
よっすぃーの声が大きく乱れた。少し棘のある言葉。
同時に、二の腕をぎりっと痛むくらいに掴まれて、伝えようとした言葉が飛んだ。
それでも少しづつ、私の口は何かを言おうと動き出す。
「私なの。」
「何・・・が?」
「私なの。私が・・誘ったのよ。」
- 169 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:13
-
よっすぃーが瞬きを忘れた様にして目を見開いて私を見つめる。
微妙に表情をゆがめてから。
「・・・誘ったって、どう言う事?」
「・・・今日の事も。前の・・・事も。私が、保田さんを誘ったの。」
「だからさ・・・誘ったってなんだよ? わかんない。梨華ちゃんなんだよ? それっ?!」
よっすぃーは、わかっているのに信じたくないって。そう言う顔をしてた。
「私が抱いてって言ったの。保田さんは、私の願いを聞いてくれただけ。」
私は、よっすぃーと目を合わせることが出来なくて、目を伏せてこう言った。
「・・・何言ってるの? なんで梨華ちゃんがそんな事しなきゃいけないの? おかしいじゃん。・・・梨華ちゃん、圭ちゃんの事・・・好きな訳?」
時折、乾いた笑いが入り混じったよっすぃーの問い。
もちろん、私は。
「私が・・保田さんを、好きな訳・・・無いでしょう。・・・だって。」
伏せていた顔を上げて、情けない顔をしたよっすぃーに向かって。
「・・・私が好きなのは、ひとみちゃんよ。」
そう言った。これは、嘘じゃない。
- 170 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:14
- 保田さんへの気持ちに気がついても、よっすぃーを好きだって想う気持ちも嘘じゃない。
よっすぃーは、私から一瞬視線を逸らしてからふと向き直った。
口の端を少しだけあげて引きつった笑みを作っていて。
「梨華ちゃん、うちの事好きなんだよね?」
「・・・うん。大好きよ。」
「なら。圭ちゃん誘うなんて事する必要ないじゃん。やっぱり・・あれでしょ?圭ちゃんの事かばってるんでしょ?・・・うち、もう圭ちゃん殴ったりしないからさ・・・。」
「・・・かばってないよ。いつか・・保田さんと中澤さんの・・聞いちゃったでしょ? それで、保田さんにちょっと興味を持っただけ。泣き脅したら保田さん私の相手をしてくれたの。」
「じゃぁ、なんで圭ちゃんがうちにあんな事言うんだよ?!おとなしく殴られてんだよ?!」
軽いため息。
熱くなっているよっすぃーに、努めて冷静に坦々と嘘をついていく。
「罪悪感じゃないのかな。私が誘ったって言っても、結果的によっすぃーの恋人に手を出したって事実には変わりないんだもの。・・・保田さんが真面目な人なの・・・よっすぃー知ってるでしょ?」
よっすぃーは、しばらく押し黙って。
それから、私の言葉を納得するように何度か頷いた。
「わかったよ。梨華ちゃんって思ったより・・・軽い女なんだって事がさ。気持ちの無い人と・・・平気でそういう事、出来るんだ。したいと思うんだ。」
よっすぃーのそう言う見解が、逆に私の気を楽にした。
- 171 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:14
- 「ひとみちゃんは、私がどんな人間だと思ってたの?」
「少なくとも・・・平気で誰とでも寝るような子だとは思ってなかった。」
「わかってくれてる様で、あまりわかってなかったんだね。私の事。」
くすっと小バカにした笑みを投げると。
私は、表情をこわばらせたよっすぃーに床へ押し倒された。
「もしかして・・・圭ちゃん以外とも・・・こんな事してるの?」
「教えなきゃいけないかな? 私が好きなのは、ひとみちゃんだけ。それじゃ駄目?」
答えない事が肯定として取られる事は良くある。
多分、よっすぃーもそう誤解してくれたと思う。
もし、よっすぃーの怒りが収まらなくても、これで少しは怒りの矛先が分散されるだろうなんて考えていた。
「うちは・・・梨華ちゃんにとってなんなの?」
「・・・恋人でしょう?」
「ふざけてる? ほんとにそう思ってる? じゃぁなんで、うち以外の人に抱かれたがるの?」
乱暴にシャツを捲り上げて、よっすぃーが呟く。
「圭ちゃんが無理やりつけたんだって思ってたけどさ。好きでこんな風にされたんだ?」
鎖骨をよっすぃーの親指が撫でた。
身体中に響くくらい・・・ズキズキと痛んだ。
- 172 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:15
-
「・・・つけたかったら、ひとみちゃんもつけたら良いじゃない。」
「うちが、そう言う事・・言ってると思ってる?」
「じゃ・・・何?」
よっすぃーの髪を指で梳いてから、キスしようと身体を起こした。
「・・・もう・・良い。バカバカしい。やってらんない。」
落胆した様子で、私の手を離れたよっすぃーは、ゆっくり立ち上がって。
「・・・うちさ、梨華ちゃんの事めちゃめちゃ好きなんだ。」
よっすぃーは、床に寝転がった私を見下げてそう言った。
「私だってよっすぃーが、大好きよ。」
「・・・気持ちの入ってない『好き』なんて言葉要らないよ。」
よっすぃーの冷たい視線に負けそうになった。
「私は、本当にそう思って言ってるよ?ひとみちゃんが好きだって思うからそう言ってるの。」
『好き』って言う言葉を繰り返してまで別れたくないと思うのは。
よっすぃーが、私をどれだけ愛してくれているか知っているからで。
私が、保田さんと同様に枷としての恋人を欲っしているからかもしれない。
『好き』なのは、嘘じゃないけれど。
もうそれは、狂おしいほどに欲する様な種類の好きでは無くなってしまった。
同期だから、友達だからのそれにきっと近い。
それでも、好きには変わりないと、自分に言い聞かせてる。
「梨華ちゃん、本当に・・うちの事好きなの?」
「うん。私が、大好きなのは、ひとみちゃんだけ。」
すとんと、私の脇によっすぃーが座り込んだ。
- 173 名前:Atrocity 投稿日:2003/10/24(金) 17:16
- それから、私の身体を抱き起こして、そのまま抱きしめて。
「・・・・本当? 本当に?」
「・・・本当よ。」
「・・・もう・・こんな事・・・しないって約束してくれる?」
「うん。ひとみちゃんが、悲しむような事・・・しないよ。」
だって、もう保田さんと終わってしまったのだから。
こんな事は、もう無いのよ?
「・・・絶対?」
「うん。・・・ごめんなさい。」
よっすぃーの顔が近づいてきて、唇同士が触れた。
保田さんの唇の感触よりも。
よっすぃーの感触の方に、違和感を感じていた。
よっすぃーとのキスが、とても久しぶりだったんだって、今更ながらに気がついた。
- 174 名前:zo-san 投稿日:2003/10/24(金) 17:26
- と言う事で。更新しました。
石川の「ひとみちゃん」って呼び方はわざとです。間違いで無いっす。
臭い台詞100連発状態になってきてちょっと自分がへこむ。
温かい目で読んでやってください。
次回更新は、また3週間以内には!<おそらく
- 175 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 17:51
- あぁ・・・泥沼だぁ(泣)
圭ちゃんの不器用な優しさとよっすぃ〜の真っ直ぐさに胸が痛みます。
みんなが笑顔になれることをねがってるのれす・・・。
- 176 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/12(水) 20:49
- ううっ、かわいそうだ…かわいそすぎるよ……………吉澤が。
こういう流れでは「いい人」って分が悪いよなあ…。
石川が一番怖い。だから好き。
この展開はものすごいツボです。続きを楽しみにしてます。
- 177 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/13(木) 18:55
- ディープだ…
凄く引き込まれてます…
- 178 名前:zo-san 投稿日:2003/11/18(火) 17:56
- >>175 名無し読者さん
泥沼にはまって作者も中々救い出せないという罠。(苦笑
まっすぐな吉澤君がとった行動は・・・とか以下次号です。
マジでみんなに幸せになって欲しいです。<お前が言うな
感想ありがとうございます〜。
>>176 名無し読者さん
私も個人的に吉澤君救い様が無いくらいにかわいそうだなと思ってます。
実は中澤さんもねぇ・・・・。どうにかしてあげたいんですが。
黒石川さん好きですかー。私も大好きです(笑
ツボをつけて良かった〜。ありがとうございます。
>>177 名無し読者さん
ディープになる予定ではなかった。<とは思えないけど本当
でもそうした事で、引き込まれるとか感想頂けると、
これも良かったと幸せ気分です♪
ありがとうございます〜。
およそ一ヶ月空きましたが、更新です。
- 179 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 17:58
- 仕事場でも、家に帰っても私はよっすぃーと一緒だった。
「もうひとみちゃんの悲しむような事しない。」
そんな私の言葉を、きっとよっすぃーは信じられなくなっているんだろうなって思う。
片時も離れない。仕事場でも異常なくらい傍に居て。
・・・信じて欲しい訳じゃない。
それだけ不安に思わせる事を私はしていたのだから。
でも、少しだけ息が詰まる。大好きなよっすぃーと居る事が重荷でしかない。
そんな自分を最低だなんて心の中で罵ると、少しだけ楽になる。
「梨華ちゃん、うち、つぎだから行くね。」
「・・・うん。わかった。がんばってね。」
収録の順番のおかげで久々に一人になることが出来た。
よっすぃーが、沢山の考えられる心配を私に向けながらも収録に向かった。
よっすぃーの後姿が見えなくなったら、どうしようもなく我慢しきれない安堵のため息。
緊張の糸がぷつんと切れて、身体中の力がどっと抜けていく気がする。
- 180 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 17:58
- 「梨華ちゃん調子悪そうだけど、平気かい?」
突然、そんな風に声をかけて来たのは、安倍さんで。
これまでなら調子が悪い時に私に声をかけてくれたのは、保田さんだったから。
保田さんじゃなくてちょっと残念で、でも正直ほっとしていた。
もし、一人の時に保田さんが傍に居たら、私の理性はきっと何処かに行ってしまうから。
何でも無いって笑みを作って安倍さんに答える。
「私、調子なんか悪くないですよ?」
「そうかい? げーんき無さそうだけど・・・それにこれ。ここ何日かそんな感じっしょ?」
にこっと笑いかけながら、安倍さんの指は私の目の下を指差した。
「昨日の夜も、一昨日も・・・多分、その前の日も。梨華ちゃん泣いちゃってたんでない?」
よっすぃーと一緒のベッドの上は、良く眠れなくて。
よっすぃーが眠ってしまうまでは我慢できるのに、眠ったと思った瞬間涙が止まらなくなる。
泣き疲れないと眠れない。眠っても眠りが浅いのか、朝は最悪な顔してる。
でも、よっすぃーが起きる前にシャワーを浴びて、時間ぎりぎりまで瞼を冷やしたら目の周りの
腫れはそんなに気にならなくなる。
それでも安倍さんには、わかるのか・・なんて感心してしまったり。
「梨華ちゃん、よっすぃーとケンカでもしてるのかい?」
さっきまでよっすぃーと居たんだから、それは違うかぁ。
なんて、安倍さんは腕を組んで考えるポーズを取っている。
- 181 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 17:59
- 「本当に、何でも無いですよ。」
「でもその顔は、何でもないって顔でないんでないの?」
「そんな事ないですって。安倍さん心配性ですねぇ。」
どんな顔してるんだろ。私。
安倍さんには、私がどんな顔に見えてるんですか?そう訊く余裕も無い。
なんでも無い顔を取り繕うのに精一杯で。
「なっちで良ければ話聞くよ?・・・もちろん梨華ちゃんが迷惑じゃなければだけど。」
柔らかいまなざしを送られると、安倍さんの気持ちが嬉しくて泣きそうになった。
でも、話せることなんて無い。
誰かに話して解決する事じゃないし、話して楽になる事でもないってわかってるから。
「・・・最近ちょっと寝つけなくて。寝不足気味なんですよね。」
ふーん、そっか。って。
安倍さんはそう言って小さく頷いたけど、私の言葉を信じた訳では無さそうだった。
「なら・・・圭ちゃんも一緒なんだべか。」
ぼそっと安倍さんが呟いた。
聞き逃したフリも出来たはずで、きっと私はそうするべきだったと思うのに。
自分でも嫌なくらい安倍さんの『圭ちゃん』って名前に反応した。
「保田さん・・・ですか?」
私が反応する事を予想していたみたいに、安倍さんは私の答えを受け止めて。
「そ。圭ちゃんもね、梨華ちゃんみたいな顔してるの。なっちさ、圭ちゃん卒業近いからナーバ
スになってるのかなって思ってたんだけど・・・梨華ちゃんもおんなじ顔してるしさぁ? 二人
なんかあったのかなぁ・・・って。」
安倍さんは、普段では考えられないくらいの真面目な顔をしてそう訊いてくる。
ここ数日保田さんと仕事場でさえ、目を合わせる事もなかったし。
自分が普通を装っている事だけで一杯だったから、保田さんが私と同じ様子だなんて気がつかな
かった。
「・・・圭ちゃん卒業するの寂しいかい?」
「え?」
突然の問いに驚いた。
- 182 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:00
-
「なっちは・・・そう言う事かなぁって思ったんだけど。二人仲が良かったっしょ?なのに最近
・・・すれ違ってる様に見えたからさ。『卒業』が原因でケンカでもしたのかなって。」
安倍さんが自嘲気味の表情を浮かべて。
「いやぁなっちもさ、ごっつぁんの時・・・ケンカとかしちゃったし。梨華ちゃんと圭ちゃんも
そうなのかなぁ・・って。でも・・そんな事も無いか。なっち心配しすぎ?」
そう言われれば、ごっちんの卒業の時、安倍さん人一倍元気が無かった気がする。
矢口さんも安倍さんの心配を良くしていたかなって、今にして思う。
そう言う事にしてしまおうかと思った。悪くない理由かなって。
でも、そんな事をしてケンカの仲裁を買ってでられては困るから。
「保田さんの卒業は寂しいです。でも、仕方の無い事だってわかっているし、それで落ち込んで
る訳じゃないんです。私は、本当に寝不足で体調が悪いだけなんですよ。心配してよっすぃーが
傍に居てくれるから、自然に他のメンバーと話す時間が短くなってるだけだし・・・。」
肯定する所は肯定して。
真実を少しだけ捻じ曲げてもっともらしい理由を作った。
極めつけは・・・確実な事実と憶測。
- 183 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:01
- 「・・・それに、保田さんの様子がおかしいのは、きっと中澤さんと別れたからです。」
人のプライベートを話すのは気が引けた。
でも、これほど安倍さんを納得させる効果的な言葉は無いって思った。
とても驚いた顔をした安倍さんは一瞬言葉を失っていた。
多分、付き合ってる事自体は知っていたんだと思うけど、別れた話は聞いて無かった様で。
「・・・圭ちゃん、裕ちゃんと別れたのかい? な・・んで?」
「詳しくは、私も知らないんですよ。保田さんに、別れたって訊いただけですから。」
「・・・そう・・かぁ・・・。それだ。」
何に対してなのか、合点がいった。安倍さんはそう言う表情をして。
私は、安倍さんが納得してくれた所で、この話を終わらせてしまおうと思った。
「私、喉が渇いたから飲み物買いに行ってきます。安倍さんも何か飲みますか?」
すっと立ち上がって安倍さんに笑みを向けた。
話が落ち着いたおかげで、私もいくらかさっきよりましな顔が出来てると思う。
「・・・あ、うん。なっちは良いや。えと、ごめんね。体調悪いのに色々話しちゃって。」
「いいえ。心配してもらって嬉しかったです。ありがとうございました。」
安倍さんの表情がどうして曇っているのかなって、少しだけひっかかった。
けど、それを気にかけて問い返すのも何か違う。そう思うから。
私は、安倍さんに背中を向けて、重い身体を先に進める為に無理やり足を動かした。
- 184 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:02
-
体調が悪いと言うのも強ち嘘ではないかもしれない。
寝不足のせいで、貧血気味で身体を上手く動かせない気がする。
歩いている時に気を抜くと膝がかくんっと床に落ちそうになったりした。
今も、階段を降りていくうちに立ち眩みが起きて足を止めた。
転んでしまわない様にって、腰を階段に落とす。
手すりに身体を預けると目を瞑ってじっとして。
それでも頭が酸素不足で暗闇からは中々開放されなかった。
白いチカチカとした光が断続的に瞼に浮かんで消える。
過呼吸の様になって、少しだけ呼吸が荒くなった。
酷い立ち眩みは、そのまましばらく続いて、私は座ったままそこから動けなかった。
「い・・・石川っ?!」
そこで突然名前を呼ばれた。同時にタンタンと階段を駆け昇ってくる足音。
瞼を開いたけど、まだ視界がはっきりしなくて耳鳴りがしていた。
それでもゆがんだその姿とその声を他の誰かと間違う事なんて出来なかった。
頬にその人の暖かい手のひらが柔らかく触れて、意識があるのかどうか確かめる様に軽く叩かれ
た。
私の視界が定まってくると、青ざめた顔で私をじっと見つめているその人がはっきりと見えた。
「・・・保・・田さん?」
「石川、あんた大丈夫? どうしたの?」
返事が返せなかった。
胸が苦しくて喉に何か詰まった様になって呼吸も忘れたって思うくらいで。
- 185 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:03
- 頭では、きっと何も考えていなかった。
なのに、身体は反射的に動いた。
保田さんに触れたい。
そう思う前に、もう身体が動いていた。
保田さんの身体に回した腕に力を込めると、もうそのまま動けなかった。
保田さんに触れなくなってほんの数日しか経ってないのに、懐かしくてたまらなかったから。
「・・・や・・すださ・・ん。」
保田さんの首筋に顔を埋めて、保田さんを呼んだ。
わかってる。こんな事しちゃいけないって。
私は数日前にたった一言が言えなかった。
だから、保田さんを傷つけてよっすぃーと居る事を選んだのに。
もちろん、保田さんの腕が前の様に私に応えてからんでくる事は無くて。
「・・・石川離して・・・大丈夫なら吉澤呼んでくるから。」
「・・・よっすぃーは収録中です。」
「なら、カオリか誰か呼んでくる。・・・手離して?」
やんわりと私の腕を引き剥がしながら、保田さんは強い口調でそう言った。
視線があった保田さんの瞳は暗くて、表情は硬くて。心なしか瞼が腫れぼったく見えた。
「呼ばなくても良いです。・・・・少し休めば私一人で戻れますから。」
「誰か呼んでくるよ。具合悪いなら、一人で居ない方が良い。こんな調子じゃ、どこで倒れるかわかったもんじゃないでしょ。」
立ち上がろうとした、保田さんの腕を掴んで引き寄せた。
- 186 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:04
- バランスを崩した保田さんは、片手片膝をついて私の上に覆いかぶさる様に身体を落とす。
保田さんの顔が私の肩の辺りにあって、呼吸音が耳に届いた。
「そう・・・思うなら・・・保田さんが居てくれれば良いじゃないですか。」
耐えられなくて、私は保田さんの身体に縋る様に抱きついて・・・保田さんの首にキスした。
痛いくらい唇を押し付けて、感触を身体に刻み付ける。
何をしてるのって、腕の中に居る人に触れちゃ駄目だって。
また・・・よっすぃーを裏切るのって、もう一人の私が言ってるのに。
本当に最低な私。最悪な女。恋人の気持ちを何度も何度も踏みにじる酷い人間。
いつか自分を責めるだろう全ての言葉が、この人を前にするとなんて軽い物になってしまうんだ
ろう。
「・・・残酷だって思わない?」
耳元に搾り出す様なかすれた声。
「抱きついただけじゃないですか。・・・それがそんなに残酷な事ですか?」
私は保田さんが嫌い。憎んでます。保田さんにはそう伝えてある。
あなたがした事の代償にあなたの身体が欲しいだけですって、そう言った。
だから、私は嫌がらせに保田さんにこうして抱きついたりするんだって、保田さんは思ってるの
かもしれない。
「あたしが・・・嫌いなんでしょ。」
「嫌いです。」
- 187 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:05
- そうじゃないんです。
あなたを想って泣きたくなる位、声を聞きたかった、逢いたかった。
こうして私は、あなたを抱きしめたかっただけ。
「・・・そんなにあたしが困るの見たいかな?」
「そんなに困りますか? 私がこうする事。」
保田さんの口の端に唇を触れさせた。
だって、傍にある保田さんの唇を視界に入れてしまったら、耐え切れなくなった。
我慢なんて言葉の意味、知らなくて良いなんて思った。
「私が好きなら・・・嬉しいんじゃないですか?」
離し難いそれを無理やり離して、保田さんの瞳を無表情に見つめた。
同じ様に表情の無い保田さんが私を見据えて呟く。
「・・・困る。」
「どうしてですか?」
「あたしは出来た人間じゃない。こんな事されたらまた同じ事繰り返したくなる。」
「・・・それなら・・・繰り返したら良いじゃないですか。」
階段の一段高い所に座っていた私は保田さんの頭を抱き寄せて。
「結局・・・私は保田さんに償って貰ってない。」
だから・・・お願いです。私の傍に居て。そう言葉を続けたかった。
けど、保田さんはそんな余裕をくれなくて。
「あたしに償うチャンスをくれるって言うなら、他の方法にして。」
・・・でなければ償うチャンスなんかいらない。
保田さんは首を振りながらそう言うと、私の腕から無理に離れる。
- 188 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:07
- 立ち上がりかけた保田さんに、私は強い口調で言葉をぶつけた。
「それじゃ・・私の気がすまないんです。」
「こんな方法以外ならいくらでも、石川の気の済む様にしてくれて良い。けど、こんなのは石川や・・吉澤の為にならないでしょ。」
「あれだけ、何度も抱いたのに今更説教ですか? 今更・・良い人するつもりなんですか?」
こんな事でも言わないと、はずみで私は「好き」だなんて口にしてしまいそうで。
一瞬ふらっと身体を揺らしながらも、私は手すりを使って立ち上がって、保田さんを睨んだ。
「・・・私やよっすぃーの為にならない?そんなの今に始まったことじゃないですよね。私を傷つけるのか嫌・・なんでしたっけ? そんなの私は覚悟ができてるって・・・そう言ったのに。
保田さん、自分が善人になりたいから・・・私から逃げたんじゃないですか。卑怯・・ですっ!」
思いつくだけ、言えるだけの文句を口にした。
そんな私の視線を逃れる様に、保田さんは少しだけ俯いて。
「・・・誘惑に抵抗しないで、ずるずると石川を抱いてたあたしが悪かったと思ってる。・・・悪かったと思うから、尚更に今はそう思うの。」
ふと、保田さんの指が宙を迷いながら、最後には私の髪に触れて絡まった。
まさか保田さんから私に触れるなんて思ってなかったから驚いてびくっと身体が震える。
「・・・卑怯でも良い。あんたにどう思われても良いの。あたしは、好きな子に幸せになって欲しい。申し訳ないくらい勝手な言い草だけど、石川にはちゃんと心から笑って欲しい。」
不意打ちで『好きな子』なんて真顔で言われた。
そんな風に形容されただけで、顔が熱くなって、胸が苦しくなってて泣きそうになるのに。
「・・・あたしが酷い事して、怖がらせたり、泣かせたりしたせいで、まるで似合わない事を石川にさせてしまったのは事実で変えようが無いから。だから、あたしを許さなくて良い。ずっと
憎んでくれて良い。こんな方法以外に・・・罪を償う方法が無いならあたしは逃げる。石川の前から消えるよ。」
私は、あなたに何かを償わせたい訳じゃないんです。
- 189 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:08
- ただ口実が欲しい。あなたが欲しい。
あなたを手に入れる口実。それだけ。
『好き』って一言を伝えないままに。よっすぃーを失わないままに。
あなたが傍に居てくれさえすれば、良いんです。
それが・・・私の望んでいる事です。
「・・・卑怯・・です。」
口にした瞬間に、胸に痛みが走るのは。
それが保田さんに向けた言葉ではないから。私が卑怯者だから。
残酷なまでにあなたと・・・自分の恋人を傷つけて。
いつまでたっても被害者の側で文句ばかり言って。
自分の望みを人を傷つけてまで、欲しないで与えられようとしている私は残酷で。
一番望んでいる事を口にできない私は、一番卑怯だ。
「あんたの言う通り・・・卑怯だね。あたしはあんたを泣かせるばっかりで・・・笑顔になんてしてあげられない。だからあたしは自分の後始末を・・・吉澤にお願いするの。」
保田さんは、情けないくらい眉尻を落として私の髪を梳いた。
「・・・消えるって・・どう言う事ですか。」
「言葉の通り石川の前から消えるよ。いなくなる。」
保田さんは私の髪から指を離して、苦笑しながらそう答えた。
「・・・そんなの・・・仕事は、どうするんですか?」
「その時には、やめるんじゃない? 続けてたらいなくなれないじゃない。」
「そんな事・・・本気で言ってるんですか?」
「もし石川がどうしても・・・こう言う事やめないって言うならね。最後の最後は、そうするつもり。仕事もやめて・・どっか遠くに行くのも良いかなって思ってる。」
保田さんは、なんて事無いよって雰囲気で仕事をやめると言った。
私が、いつまでもこんな事を迫るなら、ここから居なくなるって。
- 190 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:09
- 「そんなの・・・嫌です。そんなの・・・脅迫じゃないですか。」
「・・・どうしてこれが脅迫になるのよ?」
「私は嫌いでも・・・矢口さんや飯田さんや・・他のメンバーは・・・保田さんが好きなんですよ? 保田さんを必要としてる人がいるのに・・・急にいなくなって・・それが私のせいにされたら・・・困るじゃないですか。」
どこまでも、こんな風にしか。
・・でも結局、私は保田さんに負けたんだって思う。
触れなくても抱かれなくても。
所在がわかるだけまし。
居る事がわかるなら・・・その方が良い。そう思う。
それに・・・私は。
「・・・私はこの仕事してる保田さんは・・・好きなんです。」
真剣にこの仕事に取り組んでいる保田さんが好き。
歌やダンスや、お芝居に情熱を傾けているあなたが好きだから。
「もう・・保田さんに、ばかげた悪戯なんてしませんから、保田さんもそんなばかげた事言わないでください。」
「そっか・・・・わかった。・・・ありがと。石川。」
少しだけ・・救われた。そう呟いて。
保田さんは私の肩を軽く叩くと、私の横を通り過ぎて階段を数段昇っていった。
と、後ろから響くはずの足音がぴたっ止まって。
「勘違いしないで。石川が具合悪そうだったから声かけただけ。」
「どんな状況でも・・・やめてくれませんか。人の彼女の肩に触ったりするの。」
振り返らなくても保田さんとよっすぃーの会話だって事がわかった。
- 191 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:10
-
「悪かった。でも今のは本当に他意はないよ。階段で座り込んでる知り合いがいたら普通心配で足止めるでしょ。」
「・・・・ありがとうございます。うちの彼女を助けてくれて。」
「別に、あたしは何もしてないから。」
怖くて、二人の会話を聞くことしか出来なかった。
振り返って二人の話す姿を目の当たりにしたくなかった。
とんっと肩を叩かれて振り返る。
すでに保田さんはここから姿を消していて、代わりによっすぃーが私の後ろで心配そうな表情を作っていた。
「・・・梨華ちゃんほんと体調悪そうだけど・・大丈夫なの?」
「うん。貧血気味なだけ。立ち眩んじゃってここでしゃがみ込んでたら、そこに保田さんが来て声かけてくれたの。よっすぃーを呼んでくるって言ってくれたんだけど・・たいした事無かったから断ったんだけどね。」
聴かれてもいない事をぺらぺらと話す。
まるで何かありました。疑ってくださいとでも言いたい様に。
そう思っていても奇妙な空気は、私に黙る事を許してくれなくて。
「でもそうしたら・・・よっすぃーが来てくれて・・嬉しかった。本当は一人じゃ心細いなって思ってたから。」
私の嘘っぽい笑みは、どれだけよっすぃーを騙せているんだろう。
「そうだったんだ。安倍さんが梨華ちゃんずっと楽屋いないって言うからさ。具合悪そうだったし、どこかで倒れてるかと・・・思って・・・来て良かった。」
よっすぃーの笑顔を見て妙な緊張が解けていった。
- 192 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:11
- 「・・・ごめんね。心配かけて。」
「良いよ。全然大丈夫。」
さっき、ここでは何も無かったんだ。そう言い聞かせて。
よっすぃーの腕に掴まって階段を昇りきった。
そのまま廊下を歩き出そうとした時、ふとよっすぃーの手が私の動きを止めた。
「ねぇ、梨華ちゃん。」
「・・・何?」
突然抱きしめられたまま、傍の壁にゆっくりと押し付けられた。
よっすぃーの顔が見えない。表情が見えないことに不安が押し寄せた。
「よっすぃー? どうしたの?」
「梨華ちゃん、うちの事好き?」
耳元にあったよっすぃーの顔が言葉とともにあげられると、そこには今にも泣き出しそうな表情があって。
「・・・・好きよ。」
そう答えたらよっすぃーは、少しだけ口元を緩めて。
それから、とんでもない問いを投げてきた。
「梨華ちゃんさ、圭ちゃんの事・・・どう思ってるの?」
「・・・急に・・なんなの?」
本当の答え。偽者の答え。
焦りで直ぐにどちらかを選ぶ事が、できなかったから何の事かわからないフリ。
よっすぃーはそんな私の顎を片手で固定して、私の瞳からじっと視線を逸らさないで。
「こんな事聴くの最後にするから。正直に答えて。何言われても大丈夫だから。」
「・・・何の・・事? どう言う・・・事?」
「梨華ちゃんって・・・圭ちゃんの事、好きなんじゃないの?」
私が目を逸らしたり、誤魔化したり出来ない様にずっと私を見据えて、答えを待っている。
頭は、よっすぃーの質問への答えを作ってはくれなかった。
経験上言った事のある言葉だだからと、直ぐに出てきたのは。
「・・・そんな訳・・無いじゃない。」
こんな言葉でしかなくて。
- 193 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:12
- よっすぃーが、わからないはず・・・気がつかないはず・・・無いかな。
私を誰よりも愛してくれて、誰よりも見てくれている彼女が。
私の本心に気がつかないはず・・・ないのかも知れない。
ついた嘘は、もう誰のためなのか、何の為なのかもわからない。
よっすぃーにばれてもそれでも突き通したい嘘。
「・・・今正直に答えてくれたら。うちは、梨華ちゃんの気持ちを尊重したい。梨華ちゃんの答えに文句言わないからさ。」
よっすぃーは、泣きそうになる衝動を無理に抑えて表情が消えているみたい。
私の顎に置かれた指先は小刻みに震えていた。
「だから、うちと圭ちゃんのどっちかを選んで欲しい。圭ちゃんを選んだら・・・もちろん・・別れてあげるよ。もしうちを選ぶなら・・・もう圭ちゃんと二人で逢ったりしないでよ。」
・・・保田さんが好きだったの。愛してたの。・・・ついさっきまで。
純粋に保田さんを『好き』といえないくらいに私は嘘をつきすぎてしまった。
私自身にも保田さんにも・・・よっすぃーにも。
だから、突き通す嘘。突き通して本当にしたい嘘。
だから、迷わない。迷いようが無い。ついさっき今度こそって終わらせたんだから。
もう、あんな事を絶対に望んだりしないから・・・。
「・・・前から言ってるじゃない。私は・・・ひとみちゃんが・・・好きなのよ?」
今度こそ・・・私は、心から保田さんを追い出して。
目の前にいる恋人を愛し直したいの。
そう考えたら直ぐに出てくるはずの答えなのに・・・。
- 194 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:13
- 「・・・ごめん・・なさい。わかんない。」
私は、よっすぃーが好き。だからよっすぃーを選ぶの。
こんな単純な答えなのにそれは私の答えじゃないと誰かが心の奥へと押し込める。
「何が・・・わかんないの? どっちが好きかって話だよ? ただ、好きな方を選んだら良いんだよ?」
「でも・・・選べないの。わかんないの。どうして良いか・・・わからない。」
「結局・・・うちを好きじゃないって事?」
「違うよ。ひとみちゃんは好き。大好きよ。」
「なら・・・梨華ちゃんは、うちを選べば良い話じゃんっ!なんで・・うちを選べないの?おかしいよ?」
よっすぃーの言う事は最もなのに。
私は、よっすぃーを選べぶ事ができなかった。
「・・・ごめんなさい・・・私には・・・選べないよ。」
毎晩沢山流しているのに。
どこに隠れていたのか、涙腺が壊れたみたいに涙を流し出して嫌になる。
泣いたら誰かが許してくれると思っているみたいで嫌なのに、でも止まらなくて。
「・・・そんなに、圭ちゃんが好き?」
「違う。好きなんかじゃ・・・無い。嫌いなの。大嫌いよ。あんな・・自分勝手な最低な人っ・・・好きになる訳・・無いじゃないっ。」
「なら・・・どうしてっ!!」
鈍い音だった。
よっすぃーが私の顎に置いていた手を握り締めたと思ったら、壁に思い切り自分の拳を投げつけた。
大きな叫び声と一緒に。
- 195 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:16
- 「うちが、いくら梨華ちゃんが好きだからって、なんでも許せる訳じゃないんだ。」
何を責められたのか判らなくて。
たぶん、責められるだろう事が多すぎるから。
「理由とか・・・知らないけどさ。圭ちゃんを忘れる為の道具にうちを使わないでよ。それってすっげー・・・うちの気持ちに失礼だって気づかない?」
壁際でよっすぃーの拳が、ぎりぎりと握り締められていた。
「でもさ・・・どうしたって好きだから。もし、梨華ちゃんがうちを選んでくれるなら・・・それも良いかって思ったんだ。圭ちゃんを本気で諦めるつもりなら・・・圭ちゃんを忘れさせてあげたいってそう思ったよ。」
怒りに満ちていたよっすぃー拳からすっと力が抜けた。
すとんと拳はよっすぃーの横に落ちてきて、ぶらぶらとして。
「・・・梨華ちゃんは、きっと圭ちゃんを諦められないよ。うちに、圭ちゃんが好きだって言って、圭ちゃんを選びなよ。そしたら綺麗さっぱり別れてあげるからさ。」
ここまでよっすぃーに言わせたのに、私がこれ以上彼女に『好き』だなんて呟いても白々しいだけだと思った。
だから、観念した様に私はよっすぃーの言葉を肯定した。
「私は・・・保田さんを忘れてしまいたいの。・・・だからひとみちゃんと別れたく・・ないの。私は・・・保田さんに好きだなんて言いたくないから・・ひとみちゃんと別れたくない。だから・・・私を捨てないで。」
私のたどたどしい答えに、深いため息をついたよっすぃーが、呆れた様に返す。
「捨てないで? 捨てられてるのはこっちじゃん。」
「・・・・捨ててなんかいない。私はひとみちゃんと一緒に居たいの。」
私が言った言葉に、よっすぃーは意地悪く微笑んで。
「なら・・・選べるよね。梨華ちゃんはうちと圭ちゃんどっちを選ぶの?」
さっきは、気持ちが決まっていなかっただけ。あまりにも突然だったから。
もう・・・気持ちはひとみちゃんだって言える準備が出来ていた。
それでも、いざ口に出そうとすると喉に物が詰ったみたいに声が出なかった。
俯いて押し黙ったまま、何もいえなくて。
- 196 名前:Atrocity 投稿日:2003/11/18(火) 18:16
- ふと頭によっすぃーの手が降りて来て顔をあげた。
「梨華ちゃん。もう良いや。」
「・・・なにが・・良いの?」
「うち梨華ちゃんに嫉妬したり心配したり不安になったりさ。・・・・マジで疲れたんだ。」
だから、別れよう。小さい小さい声だった。
よっすぃーの両目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
それでも口元を緩めて笑顔を作ろうとしていて。
そんなよっすぃーみ見つめられたら。
私は、頷くことより他に何も出来なかった。
- 197 名前:zo-san 投稿日:2003/11/18(火) 18:20
- と、更新です。
ごめんなさい。今回特に誤字脱字が目立ちます。
その上、今回のUP分初めのうちの改行がおかしいです。
読みづらいとは思いますがおおらかな心で宜しくお願いします。
・・・すんませんです。次回は気をつけます。
そして次回更新も3週間後を目安に。
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/01(月) 00:02
- イタタタタタ…
ここのよっすぃーは真っ直ぐな奴だなあ…
でもそれ以上にここの石川さんに惹かれてしまう…
- 199 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/03(水) 04:27
- 私も石川さんのキャラにやられまくってます
たまに垣間見える悪女っぽさがなんとも・・
- 200 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/03(水) 22:13
- 石川さん……悪い女だなあ。極悪。魔性の女。
無自覚なのか確信犯なのか。両方と言う気もする。すげえ。
吉澤、君はそれでよかったよ、たぶん。
あとは中澤さんか。
続きが待ち遠しい……でもじっくりお待ちします。
- 201 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:45
- 私が何をしていても、いつでもどこでも差し伸べられていた手があった。
二人分の暖かい手を私は、失う。
全ては私のせいだから、誰かに文句を言いたいなんて事は無い。
それは当然の事だった。
一人になって、時間をゆっくりと振り返る。
その時々には、不思議だった言動も行動も、たった一つの結論に向かう事が手に取る様にわかる。
私自身が、あの人を・・・・愛したいんだって気がつく以前の行動すら、あからさまに。
いつから・・・私はあの人に惹かれていたんだろう?
中澤さんとあの人のキスを目の当たりにした時にはもう・・惹かれていた。
中澤さんとあの人が付き合ってるって・・・わかった時も、あの日の事を問いただして・・・キスされた時も。
もう、あの人しか見えなくなっていたんだって、痛いほど良くわかる。
考えれば考えるほどに、笑ってしまう結論。
私はあの日、無理やり身体に触れられていたあの時でさえ。
・・・もうあの人に惹かれていたんだって思う。
情けない話。きっと、初めてのキス。
あれが全ての始まり。
あの人の行動に追いつけなかった頭よりも、瞬時にあの人を受け入れた心が、身体の自由を奪ったんだって思う。
あの人に惹かれていたから、その先にされる事を心が望んだから。
私は、受け入れた・・・・抵抗らしい抵抗も無く。
- 202 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:46
-
あの人に怪我をさせてしまったのは、あれが愛の無いセックスだと思ったから。
・・・怖かったのは、そんな人に、のめり込んでしまいそうな自分への警告からで。
私のあげた沢山の悲鳴でさえ、ただ単に身体を痛めつけられる事への嫌悪でしかなかった。
・・・・あの人に対しての嫌悪では・・・なかった。
あの人が、怖くて避けていた?
・・・・結局、嫌われたくなかっただけ。
別に好きな訳じゃないからって・・・突き放されるのが嫌だっただけ。
だから、私はあの人に優しくされるのは嬉しかった。
傍に居られるのも、嬉しかった。
優しくされたら・・・・好かれていないけど嫌われてもいない。って判るから。
だから・・・ずっと傍に居た。
あの人が欲しくなって、考え無しに行動に移して・・・それが恋人にばれても。
私は、あの人の心配しか出来なかった。
私は、『自分の彼女が、信用のおける先輩に犯された』そんな状態に酷く傷ついた自分の彼女になんの言葉も用意できなかった。
ずっとずっと。
・・・私はあの人しか見えていなかった・・みたい。
付き合い始めた頃から、私は・・・自分の彼女を見ていなかった。
自分本位な、わかりやすすぎる自分をもう、笑うしかない。
本当にごめんなさい。私は、よっすぃーと付き合うべきじゃなかった。
- 203 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:47
- もしもあの日。
保田さんと、練習なんかしていなかったら。
あんな事は無くて・・・私は保田さんを見たりはしなかったのか。
初めに好きだと感じていたよっすぃーと、ずっとその気持ちを忘れずに過ごしていたのか。
・・・あの時唇さえ触れなければ。
時間があると、こんな事ばかり。
そんな事、考えてもしょうがない。もう、今となっては、どうしようもない事で、どうでも良い事で。
・・・・全てはありえない現実でしかないのに。
もしかしたら・・・の、楽な現実を想像してしまう。
仕事で顔をあわせても。
保田さんや、よっすぃーとは、一応の挨拶を交わしたりする程度で。
どちらも、私と目が合うと同じ様に・・・一瞬痛そうな表情をした。
・・・・私には、その表情を拭ってあげる事は出来ないって事実が辛くて。
二人には、謝ることすら卑怯な気がして、何もなかったふりをするのが精一杯の自分が居た。
私は、楽屋に居るのが耐えられなくなって、人の多いそこを離れた。
楽屋の傍にあった自販機でジュースを買って、それを一口飲む。
冷たい液体が喉を抜けて落ちていくと、すこしだけ胸のもやもやが薄れた気がした。
- 204 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:48
- 突然に、ぽんっと後ろから肩を叩かれると、びくつく様にして振り向いた。
そこには、いつも通り大人の顔で薄く笑みを湛えた中澤さんが居て。
・・・私は、その優し気な笑みについ保田さんの事を思い浮かべた。
「石川、なんや冴えん顔してんなぁ。 どうした?」
「・・・中澤さん。」
保田さんが中澤さんと別れたって話を聴いてからは、初めて顔をあわせた。
私は、てっきりこの人もあの二人と同じ様に・・・痛々しい表情を向けて来るのだと思っていた。
それか、憤怒の意志をみせつけられるか・・・・なのに。
「まだ、時間あるやろ? うちの楽屋で一休みしていかん? 貰い物だけどお菓子もあるし。」
そう言って、口の端を照れた様にあげて笑みを零す。
あまりに、考えられない中澤さんの言葉と表情にぽかんとして反応するのを忘れた。
「・・・返事が無いのはOKって事で良いんかな? よっしゃ、行こーか。」
独り言みたいにそう言うと、中澤さんは私の手を引いて中澤さんの楽屋へと歩き始めた。
「え・・あの・・中澤さん?」
「どうせ、暇してたんやろ? うちも一人でつまらんから遊び来て話し相手になって。な?」
あっという間に、私は中澤さんの楽屋へ連れ込まれる形になった。
気がつけば中澤さんの隣の椅子に座らせられて、テーブルの上にあったチョコやクッキーを勧められていた。
「・・・あ、あの? 中澤さん?」
勧めを断りつつ、困惑した私はとにかくどう言う事なのか問いたかった。
「・・・なんや、このお菓子苦手か?」
「いえ・・あの・・・。」
・・・どうしていつも通りにこんなに優しいのか。
いつも通りに接してくれるのか・・・。
どう言う言葉で、それを訊いたら良いのか判らずに結局黙ってしまった。
中澤さんは、そんな風に黙ってしまった私の頭をゆっくりと撫でて微笑む。
- 205 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:49
- 「疲れてるんやったら、寝ていっても良いよ。時間になったら起こしたるから。」
「中澤さん・・・どうして・・ですか?」
「どうしてって・・あんた顔色悪すぎや。 ここなら静かだし、寝られるんちゃう?」
あの楽屋じゃ、具合悪くても眠ってなんて居られんよなぁ。
くすくすと、中澤さんは可笑しそうに笑って。
「いえ・・・そうじゃ・・なくて。」
「じゃなくて?」
「あの・・・どうして・・・私に優しくできるんですか?」
テーブルに頬杖をついた中澤さんが、ふと口元を引き締めた。
「・・・あれか? 石川が気にしてるのは・・・圭ちゃんの事?」
「・・・・はい。」
「気にする事無いやろ。圭ちゃんが、あんたを良いって言うんやもん。少なくとも私にとってはあんたが悪い訳ちゃうよ。」
真面目な表情でそう言うと、中澤さんは頬杖を止めて再び私の頭を撫でてから。
「それよりも、あんたの顔色ホンマ良くないなぁ。身体が資本の仕事してるんやから気をつけんとな。それに、なっちも、矢口も心配しとったよ?」
何が辛いか知れんけど、吹っ切らないといけないんちゃうかな。心配してくれる人の為にも。
そう言った中澤さんの手が優しかった。心があたたかくなった。
どうして、こんなに素敵な人よりも、私を選んだのか判らない・・・。
気がついたらそんな事を考えていた。
- 206 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:50
- 結局今の私はなんの話をしていても保田さんの事しか考えられないのかな。
「・・・中澤さん・・・・悔しくないんですか?」
「・・・何が?」
私の言いたい事がわかっているのに、わざと訊き返してきた様に見えた。
そんなに訊きたいなら、はっきり自分で言葉にしろって言われている気がする。
「私のせいで・・・恋人と別れなければならなくなって・・・悔しくないんですか? そんなに簡単に納得できてしまうものなんですか?」
私は・・・保田さんの傍に居られない事で、こんなに気がおかしくなりそうなのに。
ずっと一緒に居た、恋人だった人が・・・納得できるものなのか。純粋に不思議で。
「・・・・自分、アホやな。」
呆れ顔でそう呟いて。
「悔しいに決まってるやないの。めちゃめちゃ悔しいで。なんで、うちにしとかんのかなって思うよ。うちより圭ちゃんを愛してる人間なんか居ないって今でも思ってる。・・・でも圭ちゃんは、あんたが良いんやって。」
中澤さんは目を細めて、キッと私を睨みつけてくる。
綺麗な顔に怒りの表情を浮かべていると、竦みたくなるほどに怖いって思う。
・・・実際身体が竦んで動けなくなった。
「・・・そう怖がらんでも・・・なぁ。自分で訊いてきたんやないの。」
「・・・すみません。」
「悔しいけど、圭ちゃんが泣きながら本気で石川好きやって言うんや。それが全て。うちにはどうにもならん。」
「でも・・・だからって仕方が無いで・・・済んでしまうんですか? そんなに・・愛してるのに? 私には・・・わかりません。」
私は・・・・あんなに辛そうな顔をされて拒まれたのに触れたかった。
わかったなんて言ったけど、今だって傍に来られたら、我慢できるか・・・わからない。
- 207 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:52
- 私の言葉に、ゆるゆると表情を和らげて。
中澤さんは、ついさっきまでの優しげな顔に戻ると口元を緩めて言い放った。
「うちは好きな相手の本気の告白を判ってやれんくらい、軽い愛し方してない。めちゃ圭ちゃんが大事や。だから仕方無いですますんよ。」
中澤さんと話をしていると、別れた事が保田さんの気の迷いなんじゃないのかって。
そう・・・思い始めたくなる。
それだけ、中澤さんは保田さんを知っている人で、想っている人で。
それ以上に素敵な人だって思い知らされるから。
「それは・・・・別れる事がどんなに辛くても、相手の為なら諦められるって事ですか?」
だから・・・どうにもならないのに、中澤さんにつっかかりたくなる。
「平たく言えばそうなるかな。」
「そんなの綺麗事です。 私なら・・・嫌われてもきっと別れたくない。」
私の答えに、中澤さんはふっと小さな声を出して笑みを零す。
「そんなん人それぞれやろ。うちが今回出した結論はそうだったってだけやん。」
「中澤さんって・・・案外冷めてるんですね。」
「石川・・・うちと同じ結論を出したあいつにも、同じ事言えるか?」
『あいつ』が誰を指しているのか、私にもわかった。
どうして、中澤さんがそんな事知ってるのか不思議だったけど、それを問い返そうとは思わなかった。
ただ中澤さんの言った『あいつ』、よっすぃーの事を思い出してしまうと、罪悪感で俯いてしまうことしかできなくなる。
- 208 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:52
- 中澤さんは、そんな私を見てふと困ったような笑みを浮かべたと思った。
それからテーブルの上に置いていた私の手を握ると、ゆっくりとした落ち着いた声で話しかけてきて。
「石川はそんな顔してるけどな、辛いのはあんたより吉澤の方や。・・・それは、わかってるんやろ?」
「・・・わかって・・・ます。」
「なら。吉澤があんたを自由にしたのは、吉澤自身が辛いからってだけやない。ましてや、冷めてる訳でもない。それもわかるな?」
痛いと感じる位に、握り締められた手に責められている様で声が出なくなって。
「・・・・・わからんか?」
渇いてくっついた喉を広げて答える。
「・・・わかってる・・・つもりです。」
私がしていた事を知ったからこそ、私の気持ちに気がついたからこそ。
彼女が、私と居るのが辛かったのはもちろんで。
でもそれだけじゃない事も・・・わかってる。
あの優しい彼女は・・・私の背中を押したかったのかもしれない。
「けど・・・私は自由にして欲しいなんて思ってなかった。」
・・・でも。
それでも私が、彼女に望んだのはそんな事じゃなかった。
どんなに残酷だと言われても。
「・・・何言ってるかわかってるか?」
「わかってます。私は、よっすぃーと別れたくなかったんです。」
中澤さんの顔が、不意に固まる。表情が見えなくなって。
きっと、何かを怒っている。それをあえて出さない様にしている無表情。
「・・・石川は、吉澤が好きだって事なんか?」
「そう・・・思って貰って良いです。」
「・・・石川。」
がたっと椅子が床との間で嫌な音を立てた。
そう思ったら目の前にいた中澤さんは椅子から立ち上がって私を見下ろしていた。
一瞬手を振り上げようとしたのかもしれない。
- 209 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:53
- 私を睨んだまま、中澤さんは胸の辺りで握っていた拳をゆっくりと身体の横に落として静かに言った。
「・・・なんで嘘つくん?」
「・・・嘘?」
「うちや吉澤にだって判る事、石川が自分でわからん訳・・・ないな?」
中澤さんの気配が圧してくる。
その威圧感を跳ね除けて、無言で知らないふりをした。
「圭ちゃんの事・・・好きやって。 あんたが自分で良くわかってるやろ?」
中澤さんが静かに静かにそう言った言葉に。
突然笑いたくなった。口元が緩んでつい笑みを零してしまう。
人の口からそんな言葉を聞くとは、思っても見なかったから。
「笑い事や無いやろ。 あんたは・・・吉澤やなくて圭ちゃんが好きなんや。でなきゃ・・・吉澤が・・」
「わかってます。それくらい・・・嫌ってほど・・・・・・・私が知ってます。」
一度口を緩めたら、自嘲の笑みを浮かべて頬が固まってしまった。
怒りで震え始めた中澤さんを見据えても、ついつい笑みを浮かべてしまう。
「私は・・・保田さんが好きです。わかってます。それくらい・・・。」
言ってしまった。言えてしまった。
自分の中にしかなかった重い重い言葉を。
言葉にして、口にしてしまうとなんてあっけない物なんだろう。
今更言えてもしょうがないのに・・・しょうがないからなのか。それはそれは簡単に口から吐き出された。
・・・・軽すぎて。『好き』ってなんだろうって思う。
こんな軽い言葉を言わせなかった私のプライドってなんだったんだろうとか。
- 210 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:54
- 自然に、どんどん笑えてくる。
もちろん自分のばかさ加減に嫌気が差して、ついには声を上げて笑ってしまった。
「・・・何がおかしいんや?」
「何もかも、おかしいですよ。」
「・・・石川?」
「本当に・・・どうして保田さんなんかを好きになったんでしょうね。バカみたいで・・・笑うしか・・ないです。」
本当はこうして・・・誰かに話したかったのかもしれない。
誰かに話す機会をずっと探していたのかもしれない。
「・・・圭ちゃんは、良い子や。 好きになってどこがおかしい?」
『保田さんなんか』・・その言葉に中澤さんは、むっとしてそう言った。
中澤さんは、私と保田さんの間に何があったのか何も知らないみたいだった。
なら教えてあげようって思った。私が・・・・・どれくらいバカなのかって事を。
中澤さんにやっぱりバカだって言われたら、私も少しは落ち着くかもしれない。
私は、深呼吸して、立ったままの中澤さんを見上げた。
「私は、自分を無理やり抱いた人を・・好きになったんです。これが、笑い事以外のなんだって・・言うんですか?」
一瞬沈黙してから、中澤さんが不思議そうに問い返してきた。
「・・・・どう言う・・意味や?」
「言葉の通りです。私は自分を犯した保田さんを・・好きになった。本当にバカみたいで・・・笑える話じゃありませんか?」
中澤さんはさっきまでの怒りをすとんと何処かへ落として。
ただ困惑気味に表情をゆがめた。
- 211 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:55
-
「なっ・・なんやて・・・? うそ・・やろ?」
「・・・本当です。」
「圭ちゃんがそんな事・・できる訳・・ない。だって・・・あの子・・・」
不意に中澤さんの口が閉じた。
思う事はあるけれど、口に出して言いものかどうか悩む風に。
私はそれに思い当たった。
「保田さんが、以前石黒さんに同じ事をされたから・・・できる訳がないって思うんですか?」
「石川・・・知ってるんか?」
「保田さんに聴きました。中澤さんが・・・保田さんを助けたんでしたね。」
「・・・そうや。」
「被害者になった事があるから、加害者にならないとは、限らないんです。」
どうしても、信じられない。
そう言う顔をして、中澤さんは私を見つめてくる。
「保田さんは、石黒さんが嫌じゃなかったそうです。そればかりか、加害者になって石黒さんの気持ちが理解できた気がするって言ってました。」
「んなっ・・無理やりされたのに、嫌じゃ無い訳あるか?!」
「・・・好きだったのかもしれないって。だから嫌じゃなかったんだろうって言ってました。」
「圭ちゃんは、あやっぺが好きやったって・・・本当に・・そう言ったんか?」
「断定では無いと思います。・・・本人もそうかもって話をしていただけですから・・・どうなんでしょうね。」
中澤さんは、一瞬痛そうな顔をした。
それから、情けないくらいに眉尻を下げてため息をついて。
- 212 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:55
-
「あやっぺが圭ちゃんを好きなのは知ってた。けど、圭ちゃんの方は、ありえんと思ってた。」
「・・・あんな事があったからですか?」
「もちろんや。自分にあんな酷い事した子を、好きになる訳ないと思うやろ。たとえ、普段の付き合いであやっぺが良い子やってわかってきたとしても・・・それはそれや。」
そう言う意味での好意を持つ事なんて・・・。
中澤さんは、小さな声でそう付け加えてから、小さく首を横に振った。
「思いたくなかった。考えんようにしてただけや。ほんとは、うちかて圭ちゃんがあやっぺ気にしてるの気づかなかった訳やない。」
なんや、懺悔大会みたくなってきたな・・・。
そんな独り言を呟いて苦笑すると、中澤さんは髪をかきあげた。
「二人の間に距離が出来る様に・・・二人の気持ちがうやむやのままになる様に。うちは意図的にそう行動しとった。好意を持ってもしょせん・・・あやっぺは、一度圭ちゃんを最低な方法で貶めた人間なんや。」
「・・・・二人が・・・お互い好意を持っているって気がついていたのにですか?」
「もし付き合う事ができたとしても・・・圭ちゃんが幸せになれるとは到底思えんかった。その後、あやっぺが卒業して結婚して・・・うちは、やっぱり自分のとった行動は間違ってないって・・・・そう思った。あやっぺの気持ちはその程度だったんやって。」
中澤さんの言葉が途切れて。
深い重苦しい呼吸の後、再び中澤さんは口を開いた。
- 213 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:56
- 「でも・・・思った割に、後悔してんねん。うちの勝手な判断で二人の可能性つぶした訳やしな。うちは、圭ちゃんが好きや。だからあやっぺの事忘れさせてやろうとか、絶対幸せにしたるって思って傍に居てきた。いつの間にか圭ちゃんが、うちを好きだって言ってくれる様になって・・・付き合うようになった。・・・でも後悔はずっとうちの中に残っててん。」
突然中澤さんの手が伸びてきて、私の肩を握った。
「うちがあんたの言う『綺麗事』みたいな身の引き方するのは、この時の後悔があるからや。付き合っている間ずっと後悔してた。なんでもっと圭ちゃんの気持ちを大事にしてやれんかったのかって。」
なぜか、申し訳なさそうにして中澤さんの手のひらが私の肩を撫でた。
「うちが圭ちゃんを幸せにしてやれるんなら、いくらでも駄々こねて圭ちゃんを引き止める。けど、できんってわかってるから、自由にした。吉澤もきっとそうや。うちは石川に、吉澤は圭ちゃんに・・・一番大事な人を託した。不本意だけどな。」
私を軽く覗き込むようにしてじっと見つめてくる。
「だから、圭ちゃんと石川と・・・お互い気持ちがあるのなら一緒に居て欲しい。そう思った。」
ふいに中澤さんの両手が私の身体を包んだ。
ぎゅっときつくないくらいに抱きしめて頭を撫でられた。
「けど・・・・石川がこんな状態やと思ってなかった。・・・辛かったな。」
暖かいと思った。
保田さんやよっすぃーとは全然違う心地良さに身体を預けると次々に言葉がこぼれてくる。
- 214 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:58
- 「私・・・あの時・・は、行為自体初めてで・・・だから、痛かったし・・・とても怖かったんです。すごく・・・・怖かった。どうしてこの人、こんな事するんだろうとか考えてる余裕無くて・・・されてから少しの間話もまともに出来なかったんです。」
坦々と私は中澤さんに、ずっと誰にも話せずに居た事を話し始めていた。
私がどんな経緯で保田さんと身体を交わすようになったか・・・よっすぃーをどんなに裏切っていたかとか。
包み隠さずに、何もかも話していた。
機械的な、なんの抑揚も持たない声が、自分の声ではないみたいにずっと響いていた。
中澤さんは、その間ずっとわたしの身体を抱きしめていてくれて、時々頷いてくれた。
「・・・うちもそう思うよ。さっきも言ったけど・・そんな事する奴なんで好きになんねんって。」
「自・・分の、事なのに・・そう思います。」
そっと身体を離した中澤さんが、私の髪を撫でて。
「・・・けど、好きなんやろ? おかしいとか、認めたくないって思っても、結局好きでしょうがないんやろ? 本人に言えなかったけど・・・本当は言いたいんやろ。伝えたいんやろ?」
嗚咽を抑えながら、中澤さんの言葉に頷いた。
話している途中でどんどん涙があふれてきて止まらなくなっていて。
「・・・なら・・石川は、圭ちゃんに言う努力したら良い。たとえ、圭ちゃんを何度も傷つけてて・・・酷い罵声を浴びせていたとして・・・圭ちゃんが石川をすっかり諦めていたとしても。今更言われてもしゃーないとか思われるかも知れなくても・・ちゃんとあんたは自分の本当の気持ちを伝えて、どんな形であれ、気持ちに終止符を打つべきや。」
そんな風に中澤さんに言われても、それに頷けなくて。
「でなきゃ・・・・・・うちや吉澤はどうしたら良い? いつまでたっても・・・諦め切れん。石川がここに留まる気持ちは判るけど・・・うちや吉澤や・・・圭ちゃんの気持ちも・・考えて。」
泣きっ放しの私に、中澤さんはそう話しかけて涙を手のひらで拭ってくれた。
でも、どうしてもそれに頷けなくていた。
- 215 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 21:58
- しばらくすると嗚咽も収まって涙もようやくに止まった。
無言でティッシュを使って涙を拭っていると、中澤さんはどこからか濡れた冷たいタオルを持ってきてくれた。
「・・すみません。」
「良いって。泣かしたのうちみたいなもんやし・・・な。」
苦笑気味の笑みを作って中澤さんは、タオルを私にくれて隣に腰掛けた。
私はもらったタオルで目元を押さえて。
「色々・・・・聴いて頂いて・・・すっきり・・しました。」
「・・・・そっか。なら良かった。」
もう、すっかり言う気なんてなくなっていた。
言えないんだから・・・どうしようもない。
それに。
あんなに保田さんを傷つけたのだから。
よっすぃーをあんな風に裏切ってきたのだから。
・・・でももう一度・・・チャンスを望んでも良いかもしれないと思った。
中澤さんの言葉に動かされる様に。
「・・・伝えられる様に・・・なんとか・・やってみたいと思います。」
きっと、そう簡単に保田さんと対する事はできないかも知れないけど。
「そうや・・・泣きたくなる位好きなその気持ち、伝えんでどうすんねん。」
私の枷はよっすぃーじゃなかった。私の中にあった。
それをようやく・・・外してしまえそうな気がした。
私は、心から中澤さんに感謝した。
- 216 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 22:11
- >>198 名無し読者さん
どうしても、吉澤君はまっすぐすぎな良い子のイメージしかなくて。
途中がんばろうとしたんですけど黒くなりませんでした・・・。
石川さんは黒く出来るのにいくらでも。(笑
>>199 名無し読者さん
悪女な石川さんにやられまくりっすか!!
でも今回・・・石川さん改心中なので、悪女っぷり削減っす。
>>200 名無し読者さん
石川さんの悪女っぷりは、確信犯無意識両方っすね。<間違いない
・・・中澤さんはこんな感じでした。
おとなっぷりを披露してますが、見えないところではあれまくりかと。(苦笑
皆さん、レスありがとうございます励みになります。
- 217 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 22:20
- と、言う事で更新です。
遅くなって申し訳ありませんでした。
次回は来年になると思います。
どのくらい期間を置くか微妙なのですが、
絶対に放棄はしないのでまったりとお待ちいただけると嬉しいです。
- 218 名前:zo-san 投稿日:2003/12/13(土) 22:22
- ・・・・ごめんなさい。
名前の所、題名じゃなく自分の名前入れてますね。
ちょっと、自分のうかつさ加減にびっくりです。
・・・申し訳ないです。
アホですがこれからも宜しく。
- 219 名前:本庄 投稿日:2003/12/15(月) 14:42
- 中澤さんいい人だぁ…(泣)
みんなが心から笑顔になれる日が来ることを祈ってます…。
- 220 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/19(金) 20:38
- さすがだ、中澤さん。
石川さん、ちゃんと進めるのだろうか。
来年が待ち遠しい。
- 221 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/28(日) 17:44
- 中澤さん大人ですねぇ・・・
これで圭ちゃんの本当の笑顔がみれるかな・・・
年明けを楽しみにお待ちしています。
- 222 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:01
-
中澤さんと話をしてから数日。
保田さんと話が出来るタイミングは、さりげなく・・・無かった。
保田さんは、安倍さんと話をしている事が多かったし。
私は、自然と矢口さんや5期の誰かと。
ちなみによっすぃーは、ののやあいぼんとか・・・今日はごっちんも・・かな。
今日は、娘。みんなが事務所に集合していて。
皆がそれぞれ個別にマネージャーさんから今週のスケジュールを説明されていた。
私が説明されている、少し離れた所に、ごっちんとふざけているよっすぃーが見える。
本当はどうなのか知れないけれど、いつも通り明るく彼女は振舞っていた。
それが出来る彼女は、本当に強くて。
でも、繊細な彼女には、それはとても辛い事で。
きっと、辛いのにそうしているのは、私を沢山愛してくれていたからだって、今更に感じていた。
いつか。私が楽になる為にではない謝罪を、彼女にはしたい。そう思った。
ふと、その脇に視線を流すと、安倍さんと話をしていた保田さんとほんの一瞬目があった。
条件反射に、心臓が跳ね上がる。そして直ぐに逸らされた視線に胸がズキズキして苦しかった。
「石川? ちゃんと人の話聴いてる?」なんてマネージャーさんに怒られた。
すぐに謝って、聞き逃したスケジュールをもう一度説明してもらった。
その話で、私は再び思考が停止して。
マネージャーさんが続けざまに保田さんを呼んだ事に全く気がつかなかった。
マネージャーさんの言う事を時間をかけて理解して。
俯き加減だった頭を上げると、目の前に表情の無い、少し眠そうな印象を受ける保田さんが居た。
驚きで、言葉を失ったまま・・・でもやっぱり瞳は保田さんだけを見つめて。
「・・・ま・・・そう言う事みたいだから。宜しくね。」
苦笑にも似た・・・渋い辛そうな表情で。
保田さんは、なんとも言えないため息をつきながら私にそう言った。
- 223 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:02
- 私がレギュラーになっているラジオ番組。
今回はそのゲストに保田さんが出演する予定だからと、それで二人呼ばれてその話をされたのだ。
私と一緒にその日ラジオ収録の柴ちゃんはもう先に話を聴いてるらしい。
マネージャーさんは、また他の誰かに何かを伝えるためなのか。
焦った様な駆け足で私と保田さんをその場に残して去っていった。
するりと、私の傍から離れていきそうになった保田さんを。
私は、とにかく何か言葉をかけて足を止めさせたくて、その背中に声をかけた。
「保田さん・・・卒業前は何かと大変なんですね。」
「・・・全くね。あたし・・・卒業ネタで、あと何回泣かされるんだろ。」
もちろん、そう言う企画物が嬉しくない訳じゃないけどね・・・。
振り返りながら、軽く肩を竦めて、保田さんはそう言った。
二人の間に沈黙と嫌な冷たい空気が流れる。微妙に二人ともその空気を破れずにいた。
何か言葉を探そうとして居ると、保田さんがその沈黙を破って。
「そう言えば・・・石川、身体の具合はどう?」
前なら、保田さんは私の顔を覗き込むようにして。
私の肩に手を置いて・・・そう言う事訊いてくれていた。
今は、指先すら触れない距離で、視線すら合わない様に伏せ気味に、そんな事を言う。
「ちゃんと眠ってます。もう・・・あんな風に立ち眩んだりしないですよ。大丈夫です。」
そんなのは・・嘘だ。
いつも・・・保田さんの事ばかり考えていて。寝る暇なんて無い。
よっすぃーのおかげで、中澤さんのおかげで。
以前の様に泣かなくなってはいたけれど、眠れない日々は続いていた。
- 224 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:03
-
私の顔色を見れば、私の言葉が嘘だって・・・以前の保田さんなら気がついてくれている。
でも・・・今の保田さんは、私を全く見ていないから。
「・・・そっか。なら良かった。」
こんな答えが返って来る。
たとえ・・・私を見ていてくれたのだとして。もしも、気がついていたとして。
今の保田さんは、それを指摘してまで私との会話を長引かせたりはしないだろうけれど。
「・・・この間は、心配させてしまって・・・すみませんでした。」
私は、軽く頭を下げながらそう言った。
視線をあげると、保田さん越しに安倍さんと目があった。
私と、保田さんの様子を何気なくに見守っている様な視線。
「・・・・じゃ・・あたし・・・行くわ。」
保田さんは私に背中を向けて私から逃げる様に。
私は、追いかける訳もなく、保田さんの背中をただ見つめていた。
確かに今あの人が傍に居た。私は久しぶりに言葉を交わした。
・・・社交辞令でも私を・・・気遣ってくれた。
それが・・・嬉しかった。
そんな一歩引いた様な感想しか・・・頭に浮かばない。
久々にめぐってきたチャンスに。
私は保田さんに『好き』だとか・・・そんな言葉を伝えようとも思わなかった。
目の前の彼女に触れたくなる衝動を抑えるだけで精一杯だった。
なのにラジオの仕事。突然一緒に・・・だなんて。
私は、今の状態のままにラジオなんて出来ない気がした。
もちろんそれは『仕事』だから、他の番組収録で努めて何でもない様に振舞っていたそれを発揮すれば良いだけの事だけれど。
でも、1時間の間、至近距離で延々と話さなければならなくて。
私が使い物にならなかったら柴ちゃんにも、迷惑がかかる。
それだけじゃない。きっと、何かを抑えきれなくなった私は。
・・・・保田さんにも迷惑をかけてしまう予感があって。
「私・・・ラジオの前にどうにか・・・できるのかな。」
一人呟いて。
今更にその言葉を伝える難しさに大きなため息しかつけなかった。
- 225 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:04
-
移動まで時間があったから、私は暇に任せて事務所の廊下の隅っこでぼーっと考え事。
・・・もちろん、保田さんの事をただ思い浮かべているだけで、考えなんてまとまらないのだけど。
「梨華ちゃ〜ん? どっかいっちゃってる?」
ふと私の視線をさえぎる様に誰かの手のひらが近づいて、顔の前でひらひらと動いた。
すっと手のひらが視界から消えて目の前に現れたのは、柴ちゃんで。
「あれ、柴ちゃん?」
「梨華ちゃん、元気ないねー。どしたの?」
柴ちゃんが私を不思議そうに見つめてくる。
「何でもないよ。柴ちゃん今日はこれから仕事?」
「うん。スケジュールの話はもう終わったから、もう少ししたら移動するの。」
メロンは、これからTV番組の収録がある様。
その移動まで少し時間が空いたから、たまたま見かけた私のところへ遊びに来たみたい。
じっと柴ちゃんは、私の顔を見つめてしばらく何かを考える様にして口を閉じていた。
「・・・・柴ちゃん何?」
困って・・・そんな風に質問。
柴ちゃんは、何かに気がついたみたいに、一人あぁ・・・と頷いてから。
「あのさぁ・・・梨華ちゃん元気ないのって保田さんが原因?」
「えっ?! ど、どうして?」
我ながら、過剰な反応をしてしまったと思った。
目を見開いて、大声でそう問い返しながら、柴ちゃんの両腕を掴んだ。
「保田さん卒業しちゃうからに決まってるじゃん。梨華ちゃんも、ラジオの話聞いたんでしょ?」
柴ちゃんは、ちょっとだけ驚いた様な表情をしてからゆっくりとした口調で答えをくれた。
・・・そう言う事なのね。
私はどうにか何でもない風に装って、出来る限りおかしくない返事を用意する。
- 226 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:05
-
「うん。そ・・う。保田さん・・・卒業するからって、ラジオのゲストに来る訳でしょ? 何となく寂しいよね。私・・・ちゃんと・・・ラジオ出来るのかなって・・・今から心配で。」
そこまで言って私は目を伏せた。
理由はどうあれ、ラジオがちゃんと出来るのか不安なのは本当で。
柴ちゃんはそれに少なからず関係しているのだから伝えておいた方が良い気がした。
本当の理由は、伝えないままに・・・でも。
「大丈夫だよ。梨華ちゃんが『やすださーん』とか言って泣いちゃって、話せなくなっちゃったら柴田が何とかするから。 一応お姉さんだしね。」
柴ちゃんは、おどける様な表情を作って私に笑みを向けた。
その雰囲気に私の暗さも少しは、緩んで。
「柴ちゃんさ・・・お姉さんって言っても、いっこだけじゃない。」
「いっこでも、お姉さんじゃん。 まぁ、こんな時は、年上の柴田に頼ってくれたまえ。」
わーっはは。なんて面白おかしく柴ちゃんは私にそう言った。
それから、私に真面目な表情を向けて、私の肩を強く1度だけ叩いて。
「なんにしてもさ。梨華ちゃんの場合、こう言うのあまり悩まない方が上手くいくんじゃない?」
力強い声で。柴ちゃんに、励まされたのだと思う。
柴ちゃんの言う『こう言うの』は、ラジオの事をを指しているんのだけれど。
私は、それを保田さんに対する自分の悩みと重ねてしまった。
『悩まない方が上手くいくんじゃない?』
自信たっぷりに柴ちゃんの口から出てきたその言葉に。
私は、思いがけずに気持ちを軽くしてもらってしまった。自然に顔に笑みが戻って。
- 227 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:06
-
「・・・ちょっと落ち着いたみたい。」
「少しは、不安消えた?」
「・・・うん。ありがと。」
私は、心からありがとうなんて思っていたのに。
「・・・そうでないとさぁ、柴田困るんだよね。」
柴ちゃんは含みのある苦笑をしてから。
「保田さんとちゃんと話した事あんまり無いし、梨華ちゃんがおかしいと柴田進行とかどうして良いのかわっかんないしー。」
柴ちゃん、矛盾した事言ってるよね?と、一瞬の沈黙。
「・・・・柴ちゃんがそんなじゃ、私頼れないじゃない。」
「でも梨華ちゃん立ち直ったみたいだから、もう問題ないんじゃないの?」
「・・・・それは・・・そうだけど・・・でも・・・。」
それに反論しようとしたのだけど、良い言葉は出てこなくて。
にやけた柴ちゃんにむかって文句も言えずに結局は・・・・。
「・・・・がんばるよ。ラジオ。」
「そうそう、次のラジオ収録は、がんばってね。柴田応援してるよ。うん。」
楽しげな、そして人事みたいな柴ちゃんの返事。
なんとなく上手く丸め込まれた・・・気がしないでもない。
でも、テンパっていた私には、こんな会話が必要だったのかもしれない。
なんだが、身体中のいらない力が抜けていって。
「・・・でも駄目な時は、フォロー宜しくね。柴ちゃん、お姉さんなんでしょ?」
「でも・・・・いっこだけだしなぁ。」
「・・・・いっこも。でしょ? お姉ちゃん?」
なんて言って笑いかけて、柴ちゃんに面白がって抱きついてみた。
それくらいの事ができるくらい・・・柴ちゃんとの会話が私の気分を軽くした。
シリアスではない自分に久々に出会った。そんな気分で。
いよいよ本当に柴ちゃんと話せた事を感謝していた。
- 228 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:07
-
柴ちゃんとの軽めの抱擁を終わらせると。
柴ちゃんの背中にいつの間にか人影が・・・。
「・・・・柴田く〜ん。」
その人影は、柴ちゃんの名前を呼ぶと後ろから柴ちゃんの身体を抱きしめた。
よく見ると、それは村田さんで。ちょっとだけ機嫌の悪そうな顔。
柴ちゃんは、村田さんに向かってため息をつくと、後ろも振り向かずに呟いた。
「あんのさぁ・・・むらっち何? どうしたの?」
「いや、なんて言うか・・・・・・・ずるいんじゃーないのかなぁーと思いましてね?」
村田さんは柴ちゃんの肩に顎を乗っけてやっぱり不機嫌そうにそう言って。
「何が?」
「・・・梨華ちゃんが、柴田君をハグしてるのが。」
おそらく、村田さんのやきもち?みたいな物なのかもしれない。
私をちらっ見てそう言ったのだし・・・。
その言葉を聴いた柴ちゃんは、むっとした様子をみせて。
でも、本気でむっとしている訳ではなくて、私の前で恥ずかしいからこその態度なのかもしれない。
「梨華ちゃんは友達だもん!!」
「知ってるけどにぇ・・・でも・・・仲良いじゃないですかぁ。二人して。」
二人が小さい声で幾つかの言葉を交わした後、柴ちゃんは村田さんの背中をぎゅーっと押して距離を取る。
「柴田は、今梨華ちゃんと話てるんだから・・・むらっち、しっしっ!」
「しっ、柴田君? 自分の彼女をわんこさん扱いは酷いじゃーないかぁー!!横暴!横暴ですよっ?!」
なぜだか、二人の言い争いに、なんだかちょっとほのぼのした。
雰囲気で、判ってしまうんだろうか。上手くいっているらしい二人を見ると・・・。
とにかく、とても幸せそうに見えたせい。つい私の口が開いた。
- 229 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:07
-
「・・・良いね。二人とも。」
幸せそうで・・・なんて・・・所までは言わなかったけれど。
二人に伝えるつもりの無い言葉だった。
でも、それにすばやく反応してくれたのが村田さん。
「・・・うらやましがられてもねぇ。柴田君はあげませんよー? わたしのですから。」
村田さんは、満面の笑顔でそう言いながら、恥ずかしさで抱擁を嫌がる柴ちゃんを、無理やりにぎゅーっと腕に収めた。
「大丈夫です。私にも想う人が・・・ちゃんと居ますから。」
私も、そんな村田さんに笑顔でそう返す。
私は・・・保田さんしか必要ないんですよと。そうまで思い浮かべた訳じゃない。
ただ、柴ちゃんにそう言う事は、思いませんよって・・・そう言うつもりで。
・・・なのに。
「それは・・・そうですねぇ。梨華ちゃんには、保田さんがいますからねぇ。」
笑顔でそう言う村田さんの言葉を、私が否定するまもなく。
柴ちゃんが、村田さんのほっぺを良い勢いでつねった。
「ばかぁーー!! むらっちそれ間違ってるから!」
「ふ・・・・・・へ?」
柴田君・・痛いよぉ・・・。と呟く村田さんに柴ちゃんは大きな声で。
「梨華ちゃんが付き合ってるの吉澤さんっ!失礼にも程がありすぎっ!!」
「えっ? でも・・・ありぇ・・? そう・・・見えな・・・いえいえ。そうじゃなく・・・て。」
とても困った顔をした村田さんが、柴ちゃんと私の顔を交互に見た。
- 230 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:08
-
「その・・・人間誰にでも間違いはある。と言う事で・・・にぇ? 困ったにゃぁ・・・・。」
村田さんは、苦笑とともに、誤魔化す様にそう言葉を濁した。
私はと言うと、村田さんのその言葉に興味を持って。
「・・・・村田さんは・・・どうしてそう思ったんですか?」
微妙に怒った様な、困った様な顔の柴ちゃんを抱きしめたままに。
村田さんは、首をかしげながら、私の問いの答えを探していて。
「・・・うーん。前に保田さんと話してる梨華ちゃん見かけた時、良い顔してるなって思っちゃったりしちゃったんですよねぇ。だから・・・てっきり、そう思っちゃったのかも・・・。」
「・・・そう・・・見えましたか?」
小さく息をついた村田さんが、私をじっと見つめてから。
「えぇ・・・気がしてただけでしょうけどねぇ。お相手が・・保田さんでないなら。」
間違ってしまって、ごめんねぇ。
申し訳なさ気に村田さんが眉尻を下げて、頭を掻きながら私に謝罪の言葉を投げてきた。
ふと、私は、考えさせられた。
自然に・・・外に見えていたんだろうか。私の本音が。
見る人によっては・・・そう見えたのだろうか。
村田さんって、とぼけている様で案外・・・するどいのかもしれない。
そうでなければ・・・それだけ私の態度や雰囲気に本音が出ていたんだって・・言えなくもなくて。
こんな調子の私の行動。
よっすぃーが気が付かない筈ないって、改めて感じた。
一体いつから・・・あの人は私の気持ちの揺れにに気がついていたんだろうとか。
いつから・・・ずっと・・・耐えていたんだろうか・・・って。
胸が切なさで、締め付けられた。
もちろん、それは私を無条件で愛してくれていた・・・よっすぃーへの気持ち。
よっすぃーへの・・・私なりの・・・愛で。
- 231 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:09
-
村田さんは、今もって柴ちゃんに厳重注意されてる。
まったくなんてこと言ってるんだよ?!失礼だよ?!とか・・・。
でも、微妙に柴ちゃんの言葉が・・・・軽く聞こえたり。
それ自体に気がついている村田さんが、ちょっとだけ困った顔をしているのは・・・。
柴ちゃんも・・・本当の私の気持ちにうすうす気がついていた?
そんな風に推測しても良いんじゃ無いかって・・・・。
・・・・知らないフリをして来たのは。
私だけでは・・・・・無いのかもしれない。
なんとも言えない表情を柴ちゃんに向けてしまった。
それに気がついたのは、私をじっと見ていた村田さんで。
「・・・柴田君? 梨華ちゃんなにか言いたそうだから・・・。」
そう言うと、たすたすと柴ちゃんの頭を撫でる様に叩いた。
村田さんを責めるのを一旦やめて振り向いた柴ちゃんに、私は・・・・本当の事を口にした。
「私・・・私ね?」
「・・・・どしたの?梨華ちゃん。」
深く深呼吸して・・・言葉を紡ぐ。
「・・・・私、よっすぃーと別れたんだ。」
いつかは、誰にも判る事。事実だから。
言いたくなかった訳じゃない。ただ・・・・もしかしたら自分が一番信じられなかった。
だから、口にしたくなかったのかもしれない。
「え・・・と・・・・そう・・だったんだ。ごめんねぇ。むらっちと騒いじゃって・・・。」
柴ちゃんが、しまったって表情を隠さずに、とにかく申し訳無さそうに私にそう言った。
「・・・良いの。つい最近の事だしね。知らなくて当然の事だから。」
「でも・・・それじゃ、わたし尚更・・・良くない事いっちゃったかなぁ・・・。」
眉を八の字にした村田さんが、私にそう言った。
それに柴ちゃんがむらっちっ!!って叫ぶ。
柴ちゃんは、やっぱり・・・村田さんと同じ事を思っているのかもしれない。
「・・・良いんです。村田さんの・・・・あってますもん。」
観念した。
そう言う言葉が、今の私にはきっと一番合っている。
中澤さんの問いに、自分の気持ちを認めさせられた。
でも・・・それでも尚・・・自分の中で・・・わだかまる何かがあった。
- 232 名前:Atrocity 投稿日:2004/01/18(日) 00:10
- 「・・・・・私ね。」
仲の良かった人達に。
私の行動から、何もかも伝わっていたなんで。
「保田さんが・・・好きだから。よっすぃーと別れたの。」
そう。
自分の中で認めていても。
中澤さんに伝えた様に・・半ば自暴自棄に。
そう言う事ではなくて、ただ自然に私の気持ちはどうなの?そう問われて。
口に出せなかった言葉。
ようやく・・・・なんでもなく。自分の言葉として口に出来た気がする。
「・・・・私は・・・保田さんが好き。だから・・・卒業してしまうのが・・・すごく辛いの。」
しん・・・とした。
私の顔を、柴ちゃんも村田さんもただじっと見ていた。
気がついたら、私はまた泣いてた。
最近・・・自分でも脈絡なく泣き過ぎかなって思う。
でも・・・これはきっと嬉しいからだから。
自分で・・・何の制約も受けずにただ保田さんが好きなのだと自己申告出来た事が・・・嬉しかったから。
だから・・・良いんだって思った。
「・・・がんばってくださいね。後悔しない様に。」
しばらく続いた沈黙を破ったのは、村田さんのそんな一言だった。
心配そうな柴ちゃんの視線と、村田さんの何もかも見透かした様な視線。
それを受けながら、私は数度頷いた。
少しづつだけれど。
私は周りの人たちのおかげで前進できている。
・・・よっすぃーや中澤さんや・・・保田さんも。
そうであったら良いなと・・・何とはなしにそう・・・思った。
- 233 名前:zo-san 投稿日:2004/01/18(日) 00:17
- 新年あけおめでございます。<遅
と言う事で、久々更新の割に少なめです。
柴田さんは突然の出現の様ですが、やっぱリアルでは石川さんと仲がよさ気なのでこんな使い方をしたかったのです。
そして、柴田さんは村田さんとなのです。<俺内妄想では。(笑
・・・微妙ですけどね。二人とも。
あと2回くらいで終わると良いなと想ってるんですけどねぇ。
どうなることやらです。
次回更新は2月の半ばになると思います。
遅い更新が続きますが、生暖かい目でまったりとお待ちくださいです。
- 234 名前:zo-san 投稿日:2004/01/18(日) 00:27
- >>219 本庄様
中澤さんは、良い人です!<自論
もちろん全員のハッピーエンド・・・だったら素敵だなぁ。
と思っていますが・・・・どうかな・・・。どうでしょう?
>>220 名無し読者様
石川さん微妙に・・・少しづつですが進んでます。
周囲の何気ない助けで・・ねぇ・・。そう読めると良いのですけど。
>>221 名無し読者様
中澤さん大人です。
大人であるがゆえの、貧乏くじかもしれない(笑
ヤスヲタの私は、保田さんの笑顔を見れる様なラストを・・・。
作れるのでしょうか・・・。<不安
レス遅くて申し訳ありません。
でも、感想は、本当にマジで感謝してます。ありがとうございます!
これからも更新遅遅ですが・・・宜しくお願いします。
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/18(日) 02:42
- 柴村(村柴?)の二人いいですねえ
村田さんののほ〜んとした喋り方がなんとも言えず良いです
やすいしが幸せなラストを迎えられるよう祈ってます
マターリ待ってますので頑張ってください
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/18(日) 17:35
- 待ってましたっ。
また一月待ちますっ(笑)
- 237 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:35
-
どうしても仕事中では、避けられてしまって二人きりで話なんて出来なかった。
でもせめて、ラジオの収録までに一度話をしたかったから、保田さんの携帯を何度も鳴らしたりして。
・・・けれど、やっぱり出てはくれなかった。
時間を変えて夜に、昼に、朝にかけてみた。メールにしてみたりもした。
でも保田さんからはなんの反応も無くて。
・・・だからこそ私は今、保田さんの家の傍までやってきている。
夕暮れの暖かい光が急速に翳っていく。
空がオレンジから赤紫に群青色にどんどんと深い藍に変わっていくのを見つめながら。
『 保田さんの家の傍にある小さい公園に居ます。
逢ってください。 返事、待ってます。
石川 』
嫌になるくらいの回数のメールや携帯への電話。そして反応が無いからと、今度は家の傍まで押しかける。
まるで、ストーカーだよね・・・なんて自嘲した。
今日逢えなくても明日には、ラジオの収録があるのだから強制的に逢う事になるのは判っていた。
その前に逢いたいのは。
ラジオの収録が・・・保田さんのそつぎょうに関するものだから。
こんな状態で収録をしても、私は保田さんに卒業への餞の言葉なんて口にできないって思ったから。
でも、収録前に話が出来たからといって何かが解決する訳では無いと言う事も知っている。
・・・かなりの高い確率で、保田さんはここには現れないと言う事も・・・理解しているつもり。
けれど、それでも良い。
収録の中で、保田さんにちゃんと、感謝の言葉を向けられる様に。
その為に、何かをしていないと気分が滅入ってしまう。
今がどんな状況にせよ、私が一番お世話になった、一番色々な事を教えてくれた先輩は、保田さんなのだから。
- 238 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:36
- それが・・・私がストーカーまがいに行動してしまう建前。
本音は。ただ。こう言う事。
私は、保田さんに逢いたい。声が聞きたい。早く・・とにかく早く私の気持ちを伝えたい。
そんな衝動が身体の奥から棘を差す様な痛みを伴って喉元へ沸き立ってくるから。
本当は、それだけだった。
「・・・私は・・・保田さんが好きです。」
公園のベンチに座って何気なくそう呟く。
自分の声で耳に流れてきた言葉に、胸が熱くなった。
メールを出して2時間。保田さんの来る気配は無い。
保田さんが自宅に居るのは、部屋の窓の明かりで確かめた。
メール自体を確認してないのかもしれないし、読んだけれど来るつもりは無いのかもしれない。
とにかく保田さんがここに現れないのは、何かのトラブルで来られない訳ではなくて、確かに保田さんの意思である事は間違いなかった。
ふと、ベンチの傍にあった外灯に白い明かりが揺れて、ゆるい生暖かい風に公園の木々がざわつき始めた。
それと同時に、ぽつぽつとそこかしこに冷たい物が落ちてくる。
それは、乾いた地面やベンチに、黒っぽい丸い染みをつぎつぎに作っていき、私の服にも幾つかの染みを作った。
「・・・・雨・・・かぁ。」
まだ小降りのそれにどうしようか悩んだ。
傍にあるコンビニに行って傘を買おうか・・・それともこのまま待つか。
・・・・諦めて帰ってしまうか。
雨に濡れて保田さんを待って・・・体調を崩すなんて事態は避けたいと思った。
でもちょっとコンビニに行っている間にすれ違うのも嫌だった。
ほとんど望み無く待っているからこそ、万が一来てくれた時に自分が居ないなんて状況を作りたくは無いと切に思う。
どうしようかと思い悩んでいるうちに雨足はどんどん強くなっていくし・・・。
顔をあげて天を仰ごうとすると、不意に視界の端に見慣れた人影を見た気がした。
「・・・・嘘? どうして?」
傘を差した見知った人影は、私の前まで歩いてくるとぴたりと立ち止まる。
自分がさしている傘とは別に手にしていたビニール傘を開いて、私に差し出してきた。
- 239 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:39
-
「これ、梨華ちゃんにあげる。」
思いがけない人が目の前に居て、私はただ呆然とするばかり。
彼女は、差し出された傘を手に取ろうとしない私の手に無理やりその傘を握らせた。
「どうして・・・よっすぃーがここに居るの?」
ようやく私は、それだけ口に出来た。
「んー? 今日は、梨華ちゃんのストーカーしたてんだ。やっぱり諦め切れなくってさ?」
よっすぃーの言葉を信じた訳ではなかったけれど、どう返答して良いかわからなくて私は黙ったままでいた。
そこに困った様な苦笑を浮かべた彼女は髪をかきあげながら。
「嘘。嘘に決まってるじゃん。ちょっとね、今日は圭ちゃんに用事があったんだ。」
用事が何なのかは教えてくれなかったけど、よっすぃーはついさっき保田さんの部屋を訪ねたみたい。
2,30分話をしていざ帰ろうという時に。
『吉澤、帰るなら公園に居る石川拾って帰って。』
保田さんはよっすぃーにそう頼んだらしかった。
だから、自分はここに居るのだと、少しだけ複雑そうな表情で説明してくれた。
「・・・・そっか。」
メールは、見た。でも、ここに来るつもりはない。
だから、よっすぃーと一緒に帰りなさい。そう言う保田さんの意思表示。
でも、それは保田さんから直接言われた言葉ではないから、どうしても信じたくないって私の心はそう言って。
私は、ここから離れたいとは、帰りたいとは一欠けらも思えなかった。
「・・・よっすぃーごめん。私。」
・・・気が済むまで待っていたい。そう伝え様とした言葉は途中で遮られて。
「待ちたいんだよね梨華ちゃんはさ。おとなしく拾われてくれないのは想像してたから良いんだ。」
「・・・ごめんなさい。」
ふうっと呆れた様なよっすぃーのため息が、雨音しか聞こえない公園に響いて。
「たださ、人通りのない暗い公園に一人で居るなんて危ないって思うよ。うちとしては、ここに梨華ちゃんを一人置いていきたくないって思うんだけど・・・。」
っつっても、うちが梨華ちゃんに付き合ってここに居るのも・・・変な話だしなぁ。
そう付け足しながら、よっすぃーは、本気で私の事を心配してくれている様だった。
- 240 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:39
- よっすぃーは、どんな想いで傘を持ってきてくれたんだろう。
どんな想いで保田さんのこんな頼みにOKの返事をしたんだろう。
私の元恋人は、本当に繊細であるのに。
酷い事をしたこんな私にまで優しく出来てしまう、実はとてもしなやかな精神を持っている人だった。
付き合っていた頃も・・そして、今も柔らかく包んでくれる優しい視線はどうしてか変わらない。
いつだって眩しいくらいの微笑を向けてくれた彼女を、私はどうして・・・好きになれなかったんだろう。
・・・違うかな。
こんなに素敵な人だったから、愛しているって、好きなんだって、そう・・・思ったのかもしれない。
よっすぃーに初めて投げた『好き』と言う言葉に、きっと嘘は・・・・無かった。
「・・・ごめん・・なさい。」
意識するまもなく、口からこぼれた。
「・・・何が?」
私の表情を見て、よっすぃーは今のこの状況に対しての謝罪では無いんだってわかったみたい。
「・・・本当に・・・好きって思ったの。愛してるって・・・思ったのよ? ちゃんとよっすぃーが・・・ひとみちゃんが好きなんだって・・・そう想って・・・私は・・ひとみちゃんと付き合ったの。」
一瞬、強張った顔が、ゆっくりと緩んで行った。
よっすぃーは、私に微笑むと、しっかりと私の手を握って。
「・・・・わかってるよ。・・・もう・・わかったから・・・うちの事は気にしないでよ。」
「本当に・・・・ごめんなさい。」
突然、がしっと大きな暖かい手が私の肩を掴んだ。
驚いて、俯き気味だった顔をあげた。
「・・・梨華ちゃん・・・本気なんでしょ。圭ちゃんの事。」
とても真剣な、それで居てなぜだか暖かいよっすぃーの眼差しに、私はゆっくりと頷いた。
「良かった。」
「・・・何・・が?」
「うちの好きになった人がさ・・・本気で人を好きになれる人で・・・・良かった。」
そう言って顔を寄せてきたよっすぃーに、私はキスされるのかと身構えた。
・・・もちろんそう言う事は無くて。
よっすぃーと私のさしていた傘が二つ。濡れた地面に転がっていく。
- 241 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:41
- 私の外気で冷たくなってしまっていた身体を、よっすぃーの暖かい身体が包んでくれていた。
「梨華ちゃん。冷たいね。」
よっすぃーは、こんなんじゃ風邪引いて、圭ちゃんに怒られるよ。そう小さな声で言いながらくすくすと笑う。
「保田さんは、・・・もう私のことなんか、怒ってくれないよ。」
それは、私の弱音で本音だった。
もう・・・本当に・・・愛想をつかされてるんだって思っていた。
「そう? ほんとにそうなら、うちに梨華ちゃんを頼んだりしないんじゃない?」
「・・・だって・・・これは・・たまたまよっすぃーが・・・・。」
「うちが居なかったら・・・来てたんじゃないかな。圭ちゃん。」
「保田さんは・・・来ないよ。一杯、酷い事言って・・私、保田さんを傷つけたから。」
よっすぃーは、すっと私の身体から離れると、じっくりと私の瞳を探る様に見つめて。
「そんなに来ないって思うのに、どうして待ってるの?」
「来ないって・・・思っていても・・・逢いたいからかな。」
呆れた様によっすぃーは、大きな大きなため息をついて。
「逢いたいなら、どうして家に行かないの? おしかけたら良いじゃん。多少近所迷惑かもしれないけど逢ってくれるまでインターフォン越しに騒いだって良いよ。こんな所で待ってたって確率低いって、梨華ちゃんわかってるみたいなのに、どうして他の方法にしないの?」
「・・・逢いたいけど・・・そんな迷惑かけたくないの。」
私の返事に困り顔で、笑いを堪える様な・・・そんな表情のよっすぃー。
- 242 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:41
-
「でもさぁ、毎日メールやら携帯鳴らされるより、一回騒がれて解決した方が迷惑じゃないんじゃないかなぁ。」
「でも・・だって・・・・私・・・。」
私は、きっと・・・未だに・・・怖いんだと思う。
逢わずに居られないくらいのシチュエーションを作って、それでも断られる事が。
だから、断られても・・・無視されても。
決定的な返事が私の五感に触れない程度のアプローチしかしていないのかもしれない。
「圭ちゃんも梨華ちゃんもさ。・・・お互いを待ちすぎだよ。基本が受身って言うかさ。そのくせ、その時考えられる最悪のタイミングで、突然積極的になるんだよなぁ・・・多分。」
よっすぃーは、二人で放っておいてしまった開きぱなしの傘を拾って、一つをさして、もう一つを私に差し出した。
「つまりは、恋愛ぶきっちょなんだよね。圭ちゃんも梨華ちゃんも二人してさ。」
聞きなれない言葉に首をかしげながらも、私は受け取った傘をさして答える。
「・・・・・ぶきっちょ・・・なのかな。」
「うん。そう。だから教えてあげるよ。」
苦笑気味で即答したよっすぃーは、私の雨に濡れて額に張り付いた髪を耳にかけてくれて。
「今はさ、積極的になって圭ちゃんの家に行くのって・・・案外悪くないタイミングだと思うよ?」
「・・・・え? ちょっと・・よっすぃー??」
そう言うと、よっすぃーは私の手を引っ張って公園の外へつかつかと早歩き。
私もその勢いのせいか、逆らわずに道路へと足を動かしていた。
車の通っている少し大きめの道路の歩道まで歩いてくると、よっすぃーは私の手を放して。
「って訳だからさ・・行きなよ。今ならきっとそう騒がなくても圭ちゃんに逢えるから。」
「・・・・そんな事・・・わかるの?」
「何となくね。伊達に圭ちゃんの傍でずっと仕事してた訳じゃないから。今は警戒心取れまくりだと思うよ。考える事が多すぎてね。」
よっすぃーは、最後に笑顔で「がんばれ」ってそう言うと手を振りながら離れていった。
- 243 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:43
-
私は今、保田さんのいるマンションの前にいる。
建物の入口で保田さんの部屋の番号を押す。
暗証番号は知っているから中へ入ることは出来るけど、それじゃ・・・だまし討ちみたいで嫌だった。
それに・・・もう番号なんて変えているに違いない。
今更に気がついた。
暗証番号を教えてもらえるくらい、私は・・・保田さんの傍にいたんだって。
ピンポーンとありきたりの音が聞こえた後、インターフォンが繋がるガチャガチャした雑音が響く。
『・・・はい。』
聞きたくても聞けなかった、久しぶりの保田さんの声だった。
『・・・もしもーし?』
胸が喉が何か塊のような物で一杯になって声が出なかった。
でも黙っていたら・・・このまま電気的に繋がる保田さんへの道は直ぐに閉じられてしまうから。
「・・・石川です。」
絞るようにして押し出した。喉から、口から。
それに返って来る声は無いけれど、インターフォンが繋がっている微妙なノイズが響いていて。
「どうしても・・・お話したい事があるんです。お願いです。逢って・・貰えませんか?」
しばらくは沈黙が続いた。
自分で言った言葉を忘れてしまいそうなくらいの沈黙だった。
『・・・何? そこで言えない事な訳?』
「直接お逢いして・・・話したいんです。」
『明日の仕事一緒じゃない。それじゃ駄目なの?』
「明日お逢いして・・・保田さんは私の話をちゃんと聴いてくれますか?・・・逃げたりしませんか?」
重苦しい沈黙がまた流れた。
『・・・かもね。』
「お願いです。逢ってください。・・何も・・・しませんから。」
私の言葉に、保田さんがフォン越しに苦笑する様な息をついた。
『「・・・何もしないから」ってさ。女の子を誘う酔っ払いの常套句だね。』
思いもよらない保田さんの答えに、真面目に答えて良いのかどうか一瞬迷う。
- 244 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:45
- 「あの、私・・酔ってないです。だから、信じてもらえませんか? ほんとに何もしないです・・から。」
小さく保田さんが吹き出した音が聞こえた。
『いよいよ、酔っ払った送り狼みたい。そういうのって・・・大抵は信じられないし破られる物だけど?』
「でも・・・・そう・・・言われても・・・・困るんですけど・・・。」
どう返して良いかわからずにいると、目の前の自動ドアがすーっと開いた。
急に目の前で開いたドアに驚いてその場に立ち竦んでいると。
『・・・良いよ・・・信じてあげる。』
そう言う保田さんの言葉が聞こえた後、フォンはぷつりと切れた。
私は、焦るようにしてその自動ドアを潜り抜けた。
久しぶり・・・と言っても数週間ぶりに来た保田さんの部屋のドアの前。
ここまで来て尚、部屋のインターフォンを押す事をためらってしまう。
どうしたら・・・なんて悩むうちに・・・・・・勝手に目の前の扉が開いた。
眼前に現れたのは、ただとにかく逢いたかった人。声が聞きたかった人。
表情はさほど無くて、むっとしている様にも見える保田さんは、小さく唾を飲み込んだ。
私と同じ様に、凄く緊張しているらしかった。
「・・・入ったら? 寒いでしょ。」
何か言わなきゃ、言わなきゃと気が急いてしまう。
「保・・田さん・・・。私・・・・」
「ちゃんと・・・話は聞くよ。石川のびしょ濡れの髪と・・服どうにかしてからね。」
不意をついた感じで保田さんの手が私の濡れた冷たい髪を撫でていった。
次の瞬間にはふわふわした真っ白いバスタオルを頭から被せられて。
「あがって。身体冷えてるなら、シャワー浴びる?」
「いえ・・・・大丈夫です。このタオルで平気ですから。」
保田さんの言葉は淡々としていたけれど、どこか優しく感じて。
少しだけ緊張感が薄らいだ。
「石川、濡れてるのは羽織ってるブラウスだけ?」
「え?・・・はい。」
「なら、それ脱いで。ハンガーにかけて乾かしとくからさ。」
「あ・・の・・・・・でも。」
- 245 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:46
- 何となく、保田さんの前で服を脱ぐ行為が・・・恥ずかしかった。
全く変な意図なんか無いのに、保田さんの前に居ると、ゆっくりと普段通りの感覚が壊れていく気がした。
脱ぎたがらない私を不思議に思ったのか、保田さんは小さく首を傾けた。
「部屋の中は暖房つけたからキャミで平気だから。そんな濡れてる服着てたら風邪引くでしょ?」
「あ・・の、それはそうです・・けど・・・。」
顔が熱かった。
保田さんからしたら、脈絡も無い赤面に見えるかもしれない。
俯いたままに、私はブラウスを脱いでいる私に。
「安心して。 薄着になられてもその気になったりしないから。」
微苦笑の保田さんは、そう言って、私からブラウスをひったくると、すたすたと部屋の奥へと消えてしまった。
それを急いで追う私は、そんな保田さんの言葉に少しだけ傷ついたかもしれない。
部屋は何も変わっていなかった。
よっすぃーに介抱された、あの日と同じ部屋。
髪を拭いている洗いたてのバスタオルは、保田さんのバスローブの匂いを思い出させた。
それが、だた懐かしくて涙腺が弱くなった。
でも泣くより先にしなければならない事があるから、私は部屋に入るなり保田さんに話しかけた。
「保田さん。」
「・・・・何。石川。」
ちゃんと話を聞いてあげる。そう言う保田さんの雰囲気に逆に気圧された。
言葉が出てこない。どこから・・・話したら良いのか・・・。
乾いてくっつき気味の唇を舐めて・・・話そうとするけれど不思議な緊張に口篭ってしまった。
「・・・急がなくて良いよ。お茶くらい入れてあげる。その間に言いたい事整理しておいて。」
そう言って保田さんは私に背を向けて、キッチンへ消えた。
私は、傍にあったソファに腰掛けて・・・まさに言葉を整理していた。
- 246 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:48
- 本当に・・・どこから口にして良いのか・・・わからない。
私には、伝えたい事が沢山ある。
あなたが嫌いではない。怖くなんて無い。憎んでなんかいない。
もちろん、初めの乱暴なあなたには畏怖はあったけれど・・・あなたが嫌かったんじゃない。
私に・・・詫びる様に身体に触れていた背徳の日々も。
私には、復讐の意志なんて無かった。ただ・・・あなたに触れたかった。それだけだった。
・・・・私は・・・・あなたが・・・保田さんが・・・。
「ティーパックの紅茶だけど・・・良いかな?」
保田さんが、ソファーの前にあるテーブルにティーカップを置いてそう声をかけてきた。
考え事で意識が飛んでいた私は、必要以上に驚いて肩を竦ませた。
「で、石川・・・話って何?」
驚いて身体を竦ませた私の様子は、どうでも良いというようにして。
保田さんは、ソファの前にあるテーブルを挟んで立ったまま腕を胸で組んでいた。
とにかく簡潔に早く・・・そう急かされている気がした。
だから。色々言いたい事もあったのだけれど。
一番伝えなければならないただ一言を・・・・とても長い時間をかけて口にした。
「私・・・好きです。」
この一言を言うまでにどれくらいの時間が経ったのか私にはわからないけれど。
でも・・・感覚的には数日にも匹敵するくらいの時間が流れた様に感じた。
「・・・何が?」
保田さんから、その返事を貰うまで、同じくらいの時間を要した気がした。
そして、また同じくらいの時間をかけて言い直す。
「私は・・・保田さんが・・・好きです。」
保田さんは、私の言葉を噛み砕いている途中に、首を左右に数回・・・信じられないと言う風に振った。
「あんた・・・今更・・・何言ってるの?」
「・・・好きです。保田さんが好きなんです。」
ふと、何か答えに行き着いたと言う様に、あぁと保田さんは頷きながら、表情を歪めた。
- 247 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:52
- 「吉澤と・・別れたんだってね。 その代わりに丁度良いって思った? それとも純粋に、あたしを困らせたいってだけの嘘?」
よっすぃーと別れたって。
保田さんの耳にも・・・届いているんだって何となく人事の様に思った。
・・・でもそんな事じゃないんです。
困らせたいなんて・・・思ってない。
どんな風に・・・伝えたら信じてもらえるのだろう。
信じられないほどに、保田さんを追い込んだのは・・・自分だった。
私は、違うと首を振る。
「そんなんじゃありません。・・・好きです。私・・・本当に保田さんが好きなんです。」
もう信じてもらえるまで、伝えるしか・・・無いのかもしれない。
保田さんの憮然とした表情に怯んでなんかいられない。
「・・・愛してます。他に・・・代わりなんかいません。」
どうかこの気持ちが伝わる様にって、祈りながら保田さんの大きな瞳を見つめた。
「私は・・・『保田圭』と言う人に・・・目の前のあなたに・・愛してるって・・言ってるんです。他の誰でもなく・・・あなたに。」
私は、バスタオルをソファに置いて立ち上がると、保田さんに歩み寄った。
お互い、あと半歩の距離。
咄嗟に私との距離を取ろうとした保田さんに。
「何も・・・しません。それはちゃんと・・守ります。もっとあなたの傍で気持ちを伝えたいだけです。」
保田さんは、私の言葉を信用してくれたのか、引いた身体を元通りにして私を見据えてきた。
私は、深呼吸してから・・・溢れてくる言葉を口にした。
「私は、保田さんが・・・どうしようもなく・・・好きなんです。」
保田さんは、私を見つめたまま僅かにも動かない。私も動かずに保田さんを見つめていた。
私の声がちゃんと届いたのかなって、疑問や不安を浮かべなければならないはずの頭には、そんな余裕はなくなっていた。
不謹慎にも、久しぶりに見つめる事が出来る大好きな人の顔に、少しだけつり上がった瞳に・・・長いまつげに・・柔らかそうな薄紅色の唇に・・見惚れてしまっていた。
このまま沈黙が続いたら・・・無意識に私は保田さんに触れようとしていたかもしれない。
- 248 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:53
-
「絶対・・・・おかしいよ。あんた・・なんで・・そんな事思う訳?」
眉を顰めた保田さんの声にふと我に変える。
「石川に酷い事・・・したじゃない。あの後の事だって・・・仕返しに・・・あたしが欲しかっただけなんでしょ? なのに・・・。」
違うって。そう叫びたかった。それをしなかったら身体が勝手に動いた。
「保田さんは・・・。」
勝手に動いてしまった身体。自分の手のひらの熱さに視線を送った。
触れるつもりじゃなかったのに、私は保田さんの両肩に手のひらを置いていた。
・・・・その熱さは、保田さんの体温で・・・心地良い眩暈がした。
それに意識が持っていかれない様に、私は自分が伝えたい言葉を無理やりに口から吐き出し続ける。
「あなたは・・・いつでも優しいから・・・すっかりあの事を忘れてしまうんです。あんなに、酷い事をされたのに・・・どうして・・私は、あなたの前で・・・笑っていられたのか・・・不思議で仕様が無かった。」
保田さんの肩を、離しがたいって思った。
でも、際限をしらない欲求が頭をもたげてきたから。私は保田さんの肩から手を放して空に放り投げた。
「わかったんです。初めから・・・好きだから・・・あんな酷い事も・・・嫌じゃないかったんです。」
空に放り投げたはずの腕は、自然に保田さんに触れる事を望んでいた。
私が、自身にスキを見せたら・・・私は保田さん抱きしめてしまうのは目に見える未来。
「私があなたに執着していたのも・・・好きだからです。仕返しとか復讐なんかじゃなかった。でも・・・私にあんな事した人を『好き』になっただなんて・・・愛してるなんて、悔しくて絶対・・・言いたくなかったから。」
両手を塞がなければ、私は目の前の保田さんを抱きしめてしまいそうになるから、両手を拘束する為に自分の身体をぎゅっと抱いた。
「好きなんて一生言う積もり無かった。・・・でも、私嘘つくの苦手みたいで・・・すごく苦しくて。」
- 249 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:54
- 自分の身体をきつく抱いたまま、床に膝を付いてぺたんと座り込んでしまった。
「いっ・・石川っ!?」
座り込んでしまった私の肩に、膝を突いた保田さんの暖かい手のひらが触れてきた。
二の腕に食い込んでいる私の指先に気がついたのか、保田さんの手が肩から腕に食い込む私の指先にするりと落ちてきた。
「ちょっと・・傷ついちゃうからこれ離しなさい・・・石川っ?!」
保田さんが触れてきただけで、また眩暈がした。吐きそうになるくらい胸が苦しくて、返事が出来なくなった。
とりあえず首を振って嫌だと言うジェスチャーをして今以上に腕をしっかりと握りしめる。
「石川、離しなさいって・・・痛いでしょ?」
「別に・・・痛くないです。こうしてないと・・我慢出来ませんから・・放っておいてください。」
「何・・我慢してるって言うのよ? 良いから・・・離しなさいっ。」
ぐっと私の指先を握った保田さんの手に力が入った。
それと一緒に保田さんの顔が私の肩口に寄って来たから、保田さんの髪が鼻先を掠めた。
懐かしいシャンプーの匂いに、柔らかい髪の感触・・・自分の腕を握っていた力がふと抜けて。
「ほら・・・赤くなって・・・ちょっと傷になってるじゃないの。」
保田さんは、心配そうに私の手を退かしてその傷に触れた。
もう・・駄目って思った。
「・・・保田さん・・・ごめんなさい。」
結局私は、我慢できなくなって、ふらふらと引き寄せられる様にして保田さんの髪に、首筋に鼻先を押し込めた。
「私・・・約束したのに・・・駄目かもしれないです。」
私の心臓は、今すぐにでも、破裂しようとしてるみたい。
肺はいつもよりも酸素が欲しいって、沢山の呼吸をねだってくるし。
腕は、何度戒めても保田さんに触れようと伸びる。
身体が自分の物では、無いくらいに保田さんを欲しがっていて。
「私・・・保田さんに・・・触れたいです。抱きしめたくて・・・仕方か無いんです。」
- 250 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:56
- 自分から何もしないって、話だけ聞いてって。
そう約束したのに・・・守れないかもしれない。
・・・こう言う・・・苦しさだったんだって思う。
保田さんが・・・初めて私に触れた時の・・・歯止めの効かない感覚ってこれなんだって。
心が痛くて・・・仕方が無い。
「そんな・・・どうして・・・こんなになってまで・・・我慢するのよ?」
腕に付いた爪痕を、保田さんはそっと指でなぞりながらそう言った。
甘い痛みが腕にぴりぴりと響いてくると私の思考が・・・麻痺していく。
「さっき、約束しました。何もしないって。」
「・・・そう・・だけど。別にこれくらい・・・・・・。」
私の傷を気にしたのか、困惑気味の保田さんの声。
「それに・・抱きしめたら・・・私は、保田さんにキスしたくなります。キスしたら・・・その先も・・全部・・・欲しくなるんです。」
それは、一度堰切ったらもう止められない。
・・・我慢していたのに。
不意を突く様に、保田さんの頬が私の頬を掠った。
私の耳元に吐息が触れるくらいの距離まで保田さんの顔が寄って・・・。
「石川は・・・そんなに・・あたしが・・・欲しいの?」
耳元に、私を・・誘惑する様な低い甘い声が届いた。
「はい・・・保田さんが、欲しいです。・・・好きですから。」
戸惑いの感じられる動きで、保田さんの腕が私の背中に回って来て。
「・・・なら我慢しないで・・・したら良いじゃない。」
呆れた様なため息と共に、首筋に柔らかい懐かしい・・・私が欲しくて堪らない感触が降りた。
- 251 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:57
-
「・・・どう言う・・・つもりで・・・私にそれを許すんですか?」
「・・・別に。目の前で怪我されるのを、ほっとけないだけよ。」
もう・・・理由が何でも良くなってた。許されたら、止められなかった。
さっきから保田さんを欲していた私の腕は、次の瞬間には保田さんを抱きしめていて。
「保田さんが、もう・・・私を嫌いだって言うならそれでも良いんです。」
何度も、深く身体を重ねた事があるのに。
今、腕の中に保田さんが・・・居る。それだけの事が、死ぬほど嬉しかった。
力の加減が出来なくて・・・力いっぱい保田さんを抱きしめて・・・でも・・・このままでは駄目だって思った。
「嫌いなら・・この手を離して、何もしない様に最大限の努力・・・しますから。そう言ってください。 怪我されるより・・・なんて私を許さないでください。」
矛盾した言葉と身体。
どうしても離したくない。このままずっと・・・・こうして居たいけど。
保田さんが、ちゃんと信じてくれないなら・・・私を好きだと言ってくれないのなら。
なし崩しに・・・私は保田さんを抱きしめていては、いけない。もうそんな事・・・してはいけない。
「でも・・・私の・・・好きだって気持ちだけは・・信じてください。嘘なんかじゃ、絶対に・・無いですから。」
私は、微かずつに腕の力を緩めた。
そのまま、保田さんの肩に手を添えて保田さんの顔が見えるくらいにまで身体を離した。
目に映った保田さんは、何かに耐える様に唇を噛んで目を潤ませていて、折角の努力が損なわれるくらいに、私の欲求を煽った。
・・・キスしたくて・・・堪らなかった。
どうにか、その感情の高ぶりをやり過ごしたのに・・・保田さんは。
- 252 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:58
-
「嫌いな訳ないでしょ。 あたしは・・・ずっと石川が好きよ。今だって・・・好き。」
その目で・・・不意の告白なんて反則だって・・思った。
「石川は・・・本当に・・あんな酷い事したあたしが・・・好きなの?」
「は・・い。酷い事した・・・保田さんが好きです。」
泣きそうな・・・もう涙が一筋二筋流れた顔に、苦笑を浮かべて。
「そっか。そう・・なんだ。こんなので・・・良いんだ。・・・本当に。」
保田さんは、独り言の様にそう言うと、すっと顔を寄せてきて、私の唇の端に軽く触れるくらいの口付けをくれた。
「ほん・・とうに・・・本当に・・・あたしなんかで・・・良いの?」
「本当です。私は・・・保田さんじゃなきゃ・・・嫌なんです。」
私はじっと保田さんの瞳を見つめてそう言った。
保田さんの瞳が数回、瞬きをして・・・・ふと口許に笑みが浮かんで。
「・・・あたしも・・石川じゃなきゃ・・・嫌。」
私と保田さんの・・・どちらが先に触れようとしたんだろう。
気が付いたら、私達の会話は途切れて、唇を触れ合わせていた。
それが、生きる為に必要な呼吸の代わりだって言うくらいに自然に・・・必要に迫られて。
本当の呼吸の仕方を忘れたみたいに・・・ただキスを繰り返した。
キスしたまま、ゆっくりと保田さんを床に押し倒して、保田さんの腰を抱きしめる。
保田さんの腕は、もっと深いキスを強請る様に私の首に絡まって引き寄せた。
望みのままに深く口付けると、保田さんの口許から、時々切ない吐息が漏れはじめた。
抱きなれたウエストに手のひらを這わせると、服の上からでも火傷しそうなくらい熱い体温が感じらて。
我慢できなくなった私は、保田さんの服の裾から手のひらを滑り込ませて、直にその肌に触れる。
素肌の柔らかい・・・ベルベットみたいな感触を確かめただけで、くらくらした。
脇腹から、手の平をそっと昇らせていくと、胸元の膨らみに指先が触れる。
部屋にいたからか・・保田さんはブラをしていなくて・・・直接柔らかい弾力のあるそれに指を沈めた。
すでに硬くなっている先端に、私は指を掠めるようにして触れていくと。
保田さんは唇を引き離して、私の頭を抱き寄せた。
- 253 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:59
-
「いし・・・かわ。もっと・・・して。」
私の耳元で・・どうしようもなく色っぽい・・・艶のある声を漏らして、その先を強いる。
そんな保田さんの啼き声と妖しい吐息とが耳から私の奥に入り込んできて。
まるで、保田さんの言葉と声に、愛撫されてるみたいに感じて・・・体温が上昇していく。
唐突に、電流みたいな快感が指先から脊椎に抜けて、身体が強張りそうな感覚があった。
・・・まさかって・・思った。
身体中がの筋肉が張り詰めて、大きな喘ぎを口から漏らしながら、保田さんの身体を抱きしめた。
数秒後には、どっと力が・・・抜けていって・・私の中が・・・痙攣してるのに気が付いて。
まさかが、本当に起きたって事に、ようやく頭が追いついた。
何度も体験した事のある感覚に襲われただけ。
でも・・・物理的な愛撫もなく・・・こんな事になったのは始めてて・・・。
しばらく・・・恥ずかしくて声が出なかった。
情け無い・・・と言う表現は少し違うかもしれないけれど・・とにかく羞恥の気持ちが先立った。
「・・・・石川?」
名前を呼ばれて、びくんと身体が無意識に跳ねた。
私は・・・・イッてしまったばかりで、身体中の感覚が鋭敏になっていて。
だから、保田さんの私の名前を呼ぶ声が耳に入るだけで、身震いするくらい気持ち良くて。
「石川ってば。どう・・・したの?」
呼ばれても・・保田さんの肩口に額を置いて・・・・顔を合わせられない。
「・・・何でもないです。」
そんな訳・・・無いのだけれどなぜだかついそう答えてしまった。
「・・・そう?」
保田さんが不思議そうに呟くと、私の髪を何度か・・・迷う様に撫でてくれた。
- 254 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 16:59
-
どう説明したら良いのだろう・・・そう思いながら黙っていたら、保田さんはぴたっと髪を撫でる手を止めて、私のこめかみ辺りに軽く唇を押し付けて・・・囁いた。
「その・・・石川さ・・・イッちゃった・・の?」
図星をさされて・・・顔から火が出そうに恥ずかしい。
違います。と言いたいけれど・・・その通りで・・やっぱり言葉が出なかった。
「・・・返事がないって事は・・・当たり・・・かな?」
するりと私の首のあたりにあった保田さんの手が私の背中を撫でたと思った。
ぷつんって音が背中で響いて・・・胸元の圧迫感が消える。
「・・・保田さん?」
前触れも無く、キャミの中に保田さんの両手が入ってきて、私の両脇に手を入れてきて。
子供を高い高いするみたいに持ち上げようとしたから。
「やっ・・保田さん?! なっ、何ですかぁっ??」
驚いて、両手を保田さんの脇について保田さんの顔を見下ろすと、保田さんは、ちょっと意地悪そうに微笑んだ。
それはきっと、恥ずかしさで真っ赤な私の顔を見たからで、その赤面は保田さんの読みを肯定する物だったからだって思う。
「・・・・・何って・・・悪戯。」
保田さんの熱っぽい視線を拾ってしまった。心拍数が急激に上がって視線を逸らせない。
保田さんの両手のひらが、脇から・・・私の胸の膨らみに降りてきて。
「悪戯って・・・保田さん。」
「・・・だって、石川、顔あげてくれないからさ。」
私は保田さんの手に、期待とある種の不安とが入り混じった感情が湧いて、身体を強張らせた。
でも、胸元は掠めていっただけ。
保田さんの両手は優しく私の腰まで降りて・・・・最後には苦しいくらいに強くその腰を抱きしめられた。
身体を起こす為に立てていた肘を曲げて、私は保田さんに体重を預けて肩を抱いた。
ぴったりと吸い付く様に、私は保田さんに重なった。
保田さんに触れている部分全部が・・・心地良かった。
- 255 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 17:02
- 「・・・石川。」
耳元で、保田さんの切ない囁き。
「なん・・・ですか?」
私も同じく保田さんの耳元で囁き返す。
「また、こんな風に石川の事抱きしめられるなんて・・・思ってなかった。」
「私も・・・です。」
一拍の間の置いて。
「あたしは・・・ずっと石川の傍に居ても良い?」
「当たり前じゃないですか。居てくれないと・・・困ります。」
しっかりと抱きしめあいながら・・・互いの体温と感触と互いの声と息遣いを感じていた。
「もう・・・絶対に・・離さない。・・・それでも・・・良いの?」
「もちろんです・・・もう絶対に離さないでください。」
心地良い眩暈の中。
しつこいくらいに、何度も何度も・・・キスをせずにはいられなかった。
繰り返し相手を望むのは。
私には、保田さんが自分の一部・・・半身に感じられてならないからだって思う。
一つには決してなれないのに、それを貪欲に望み続けるのは・・・元々一つだったからじゃないのかって。
そう思いたくなるほどに、触れる保田さんに身体も・・・心も・・・私にぴったりとはまった。
ぴったりとはまる。
けれど・・・溶けて一緒になる事はできないって知っている。
それは、人である以上・・・決して叶わない夢だけれど。
生まれる前の魂はきっと一つだったって・・思う
その記憶が・・・この人を呼んだんだって・・そんなマンガや小説の様な事を思うくらい。
保田さんの身体に、心に触れると不思議な懐かしさを感じたし、そう感じる事がとても自然だった。
- 256 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 17:04
- 不意に、保田さんの口がぼそりと言葉を落とした。
「・・・神様って残酷だよね。」
あまりに考え付かない言葉だった。
ついきょとんと、保田さんの顔を見つめてしまう。
「どうして・・・初めっから一つに作ってくれないんだろうって・・・思ってさ。あたしと・・・いし・・・。」
なぜか微妙に困った様な顔をして、保田さんは頬をかきながら言葉を途中で噤んだ。
何となく保田さんの良いたい事は・・・理解できる。
きっと、私と同じ様な事を考えていたんだって思うと・・・本当に元々一つだったのかもなんて、微笑んでしまう。
その笑みに保田さんは、自分の言い淀んだ言葉が、私にしっかり伝わってしまったのだと気が付いて。
「そんな・・・笑わないでよ。バカな事言ったかなってあたしも・・後悔してるんだから。」
「ちーがいます。私、嬉しくて笑ったんですよ。・・・保田さんも同じ事思ったんだって。」
照れくさそうに苦笑いした保田さんは、私の言葉を聞いて、なーんだと小さく呟いた。
うっすらと赤くなった顔を見られたくないのか、保田さんは私の胸元に顔を埋めて、ため息混じりに問う。
「・・・どうしてわざわざ二つに分けて作っちゃうんだろ。って思わない?」
ゆっくりと保田さんは、胸元から唇を昇らせて、首筋に耳朶にキスの雨を降らしてくれる。
気持ち良くて、くすぐったくて・・・とても嬉しい。
「・・・二つに分けて・・・ですか?」
「絶対に・・・初めは一つだったって思うの。石川に触れてると・・・懐かしい気がするから。きっとね。」
やっぱりって・・・また、笑みを零してしまう。
保田さんは、照れた様な拗ねた様な表情で私の顔を覗き込んで。
「・・・また変な事言って・・・とか思ってるでしょ?」
「思って無いです。・・・嬉しいですよ?」
私は、覗き込んできていた保田さんの鼻の先に軽くキスして。
「二人いるのは・・・・一人じゃ、こうしてキスできないからですよ。嫌いですか? キス。」
「・・・まぁ・・・・嫌いじゃないけどさ。」
「なら良いじゃないですか。二人で「ある」事くらい我慢してください。二人で居られるんですから。」
「・・・わかった。我慢する。」
- 257 名前:Atrocity 投稿日:2004/02/24(火) 17:07
- 私の答えが気に入ったのか。
保田さんは、ネコが擦り寄って来る様に私の首の辺りに鼻先をこすった。
私は、ふわふわの保田さんの髪に指をとおして・・・そのまま保田さんの頭を抱き寄せる。
「保田・・・・さん。」
あなたはいつでも優しいから。
私はあなたと話していると、すっかりあの事を忘れてしまうんです。
あなたにはあんなに、酷い事をされたのに。
どうしてあなたの前で普通に笑っていられるんでしょう?
「・・・何?」
一人で眠らなきゃならない夜は。
どうしてかあの日の事が鮮明に思い出されて。
あなたを殺してしまいたいほど・・・憎いんです。
「ずっと・・・一緒に居てください。」
今・・・一人にされたら。
私は、あなたを・・・憎いと思うに違いないから。
あなたは・・・残酷なまでに私をあなたの虜にしてしまった。
ある意味・・・憎らしいくらいに。
「・・・もちろん。石川と・・・ずっと一緒に居るよ。」
保田さんの微笑みに、私は真面目な顔で呟いた。
「保田さん、間違えないでくださいね。」
「・・・何?」
憎らしいから、愛してるから、言って見たくなる嘘がある。
「私は・・・あなたなんか好きじゃないんです。」
私の言葉。真摯な眼差し。
それを一蹴する、保田さんの不敵な笑み。
「その・・・続きを聞きましょうか?」
私は、優しいあなたを手に入れたから。
「私は・・・あなたが、『大』好きなんです。」
あなたの前で普通に笑っていられるんでしょう?
END
-------------------
- 258 名前:zo-san 投稿日:2004/02/24(火) 17:10
-
一応、これで本編終了です。
ネタバレ(しないけど)防止に軽く流してみます。
−−−−−−−−−−−−−
- 259 名前:zo-san 投稿日:2004/02/24(火) 17:14
- >>235 名無飼育さん
村田さんお気に入りなので、そういわれると嬉しいです♪
やすいしは、こんな風に終わりました。
・・・・どうでしょうか?
>>236 名無飼育さん
結局、一ヶ月以上待たせてしまいまして申し訳でした。
次からの番外?ぽい物はもう少し早くUPできるかと。
いつも、レスありがとうございます。そして遅い返事で申し訳ないっす。
- 260 名前:zo-san 投稿日:2004/02/24(火) 17:25
- あとがきもどきと言う事で。
・・・いや。
この軽い終わり方どうなんだね??と自分に突っ込みを入れてみたい。
それくらい・・・あれ・・・こんなはずでは?
と言う感じに書き終えてしまいました・・・・。
おそらく批難もあるだろうなという終わりっぷりです。
が、一応最後まで終わりましたのでお暇な方は、そんないたたまれないラストを読んでくださいませ。
そしてですね。
この後、本編が石川視点だった為に見えなかった部分をね。
番外扱いで、何本か書きたいと思います。
ラストまで見て、それでも尚興味のある方は、またお付き合いくださると嬉しいです。
それでは。
次回更新も一ヶ月以内には。
- 261 名前:zo-san 投稿日:2004/02/24(火) 17:32
- なんかね。
・・・読み返したら数行抜けてやんの。
でも、話が普通に繋がってんの。
いらん言葉が多いって事だね。
- 262 名前:名無し。 投稿日:2004/02/25(水) 04:51
- 本編終了お疲れ様でした。
やっぱし、作者さんのやすいしが一番好きです。
番外編も楽しみにしていますので、作者さんのペースで更新していって下さい!
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/26(木) 23:19
- なんつーか、もう。
ごちそうさまでした(w
番外編、マターリマターリ待ってます!
- 264 名前:なち@感動中 投稿日:2004/03/05(金) 10:55
- 今日初めて発見して、4時間掛けて全部読ませて頂きました。
こんなイィ作品をどーして今まで発見することが出来なかったのか
とても悔しいです(T_T)ホントに感動ました!
切なさも愛しさも苦しみよ喜びも全て伝わってきました!
ドキドキしっぱなし♪とても文章力もあって引き込まれていきたした。
長々とスイマセンが最後に一言!
サイッコーーーーー(^一')b
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/12(金) 23:00
- 遅ればせながら、お疲れ様でした。そしてありがとう。
なかなか明かりの見えない展開にはまり込んで(のめりこんで)いただけに、ああ、このラストの不思議な開放感。ドロドロだった二人がなんとほのぼのしてることだろう。
物語に引きずりまわされっぱなしだった数ヶ月、幸せでした。
番外編、のんびり待ちます。なんかハードなストーリーになりそうですが、ああ楽しみ。
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/23(火) 07:38
- 本編終了お疲れ様でした。
回を重ねるたびにどんどん引き込まれていきました。
あー…レスが苦手なので巧く感想を文章に出来ないのがもどかしいですが、
夢中になって読んでました。番外編も楽しみにしています。
- 267 名前:zo-san 投稿日:2004/03/29(月) 16:19
- 申し訳ありません。
私事都合でもうしばらく更新できません。
遅くてもかならず更新は致しますのでよろしくです。
レスもお返事出来ずに申し訳無いのですが、次回更新時にお返事書かせて頂きます。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/05(月) 23:03
- 保全
- 269 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 14:52
- あの子らは、突然の侵入者で、敵でしかなかった。
必死の想いで自分達の居場所を勝ち取ったはずやったのに、あの子らはいとも簡単にするりとうちらの居場所にあがり込んできた。
本人達はいとも簡単に・・なんて思ってないかも知れんけど、うちらにはそう見えた。
そんなん、気に入るはずが無い。いきなり仲間言われてどうせいっちゅーねん!?やさしくなんか出来るか? あいつらと笑って普通に話せなんて無理な話や。
あいつら、やめてくれたら良い。初めは、本気でそう思ったし。
けど、まぁ・・・結局そんな気持ちは主に時間が解決した。
素直に純粋に『仕事』に向かうあいつらの頑張りみてたらそんな気も無くなった。
互いに理解しあえるとか仲間として完全に信じられるかって言われると100%とは言えんけどあいつらと友好的にやっていっても良いかもしれんってくらいには、うちらの気分も和んでいた。
そんな風にあいつらの存在をプラス方向に考えられる様になったある日。
うちは楽屋に忘れた携帯取りに行って・・・楽屋のドアの手前で誰かの叫び声?怒鳴り声?を聞いた。
何があった?って楽屋に飛びこんだうちが見たのは思いも寄らない光景。
一瞬誰と・・・誰なんかわからんかった。
壁際に押し付けられて無理やりに唇を重ねられているのは『あの子ら』の一人、圭ちゃん。
うちは、呆然とした。嫌がる圭ちゃんに驚いたというより、彼女に無理に犯罪まがいの事仕掛けてる
人物に・・・正直驚いた。一番考えられない人物だったから一瞬うちの時間は止まった。
- 270 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 14:53
- 「ちょっ・・・ちょお待てや・・・あやっぺっ!? あんた何してるん?」
うちは止まった時間を取り戻すべく早回しで言葉を紡ぐ。
急いであやっぺに走り寄ると彼女の肩掴んでこっちに振り向かせた。
あやっぺは、うちと目が合った瞬間、我に返った様なはっとしたそぶりを見せたと思った。
「何って?・・・気に入らないからちょっと嫌がらせしてみたくなっただけ。」
「嫌がらせ・・か? あやっぺ、あんたこれ・・・嫌がらせですむかっ?!」
圭ちゃんは、壁にもたれ俯き加減で両手をだらんと下げて放心してた。シャツのボタンが飛んでいかにも・・・といった感じで服が乱れて、普通にしていれば見えるはずの無いだろう肌が露出してた。あやっぺが何をしようとしていたかなんて状況証拠満載でわかりすぎるくらいで。
圭ちゃんに声かけづらかったうちはあやっぺを廊下に連れ出して話しを聞こうって思った。
圭ちゃん放って置いて良いのか?って思いつつもうちもパニクってて。
急いでうちとあやっぺが出た楽屋前の廊下は狙った様に人の気配なんか無かった。うちは自然声を大きくしてあやっぺを怒鳴った。
「あやっぺ、あんたなぁ・・・気に入らんって言うても・・・やり過ぎやないの?」
「良いじゃない。別にあたしが男って訳でもないんだし・・・裕ちゃんのおかげで未遂な訳だし?」
「馬鹿かあんたっ! 男とか未遂とかそんな問題やないっ!」
会話の間ずっと無表情で、いつもあれだけコロコロ表情を変えるあやっぺとは同じ人間だと思えんくらいで。ほんと何考えてるかわからんかった。だから少しでも反論してくれたら良かったのに。
「そんな問題でしょ。・・・あたし帰る。裕ちゃん後よろしく。」
うちの怒鳴り声なんか気にならんとでもいう様にさらりと答えて背を向けた。
- 271 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 14:55
- 「待てやっ! 嫌がらせなんて・・・他になんか理由・・・」
他に理由があるとしか考えられん。だってあやっぺこんなあくどい嫌がらせする子やないから。
・・・せめて弁解くらい聞きたかった。彼女の口から。だから反射的にあやっぺの腕掴んで無理やりこっち向かせた。
うちは、その時のあやっぺの表情を忘れられん。
・・・どうみたって加害者の彼女が、まるで被害者の様な心痛な面持ちで目を伏せたから。
引きとめる言葉が一個も出てこなかった。自然掴んだ手を離して、その後姿を見送る他なかった。
「しっかし・・・後・・・よろしくって。言われても・・・な。」
呟きをもらして、髪をかきあげた。それから何度も深呼吸して、気が進まんかったけど楽屋の中に再び足を踏み入れる。
そこには、壁際に背中を持たれてぺたんと床に座っている圭ちゃんがいて。酷く落ち込んでいる様にも見えたし、酷く腹を立てている様にも見えた。そして、ただ何かを考え込んでいる様にも。
何か声かけな・・・そう思ったけれど、元々仲が良い訳でもないわ、状況も手伝うわで声がかけられん。しばらくじっとどうしたらいいのかって圭ちゃんを見ていたら不意に顔を上げた彼女と目が合った。
普段通りの生意気そうな視線。きつい顔立ちだから余計そう見えるんであって、本人にはそんな気はないんだって事、最近わかっては来たけど、この状況でその視線はやっぱり可愛げないなって思ってしまう。けどその視線のおかげでうちは何とか月並みではあるけれどかける言葉を見つけられた。
「・・・と・・・なんや・・その・・大丈夫か?」
うちの言葉に、小さく息をつくと、圭ちゃんは自嘲気味な笑みを零して無残に破られたシャツの襟を指で摘んだ。
「大丈夫ですよ。これくらいなら鞄抱えてタクシー使って帰れますから。」
普段通りの口調でそう言うと、圭ちゃんはゆっくりと立ちあがった。
- 272 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 14:58
- うちの『大丈夫』を乱れきった服への心配と取った様な返答に少々呆れながら歩み寄って。
「いや・・そりゃ・・・その服もそうやけど、あんたが平気かってうちは訊いてるんよ?」
きょとんとした表情。うちが何言ってるのか理解できないってそんな顔して。
「あたし・・・ですか?」
「・・・そうあんた。」
圭ちゃんはまた自嘲の笑み。まるでこの出来事は自分が悪いんだとでも言ってる様でさっきのあやっぺと別の意味でダブった。
・・・もう少し被害者面したらどうや?ってなぜだか腹立たしい気分になる。
「あたしの方も・・・平気です。心配かけてごめんなさい。」
ぺこっと頭を下げた圭ちゃんの肩が少し震えている気がした。
顔を伏せたままくるりときびすを返した圭ちゃんは、うちの存在を無視する様に帰り支度を始める。このまま知らんフリしてやるのが良いのか、それとも何か言葉をかけてフォローしてやるべきか、圭ちゃんの後姿を見て悩んだ。そしてうちは、
「これ貸すから着て帰り。それ隠してタクシー使う言うても・・・やっぱその格好はまずいやろ?」
色々悩んだ挙句、自分の着てた上着を貸してやる事にした。
フォローの言葉が見つからんから・・・結局うちは知らんフリをする事を選んだ。ただ、その格好で帰らせるのは忍びないと思ったからそうしただけ。何度も言うように、お世辞にも圭ちゃんとは仲が良いって訳やないから、たったそれだけの事で妙に照れくささを感じて居心地が悪い。
うちは、脱いだ上着だけ渡してすぐに圭ちゃんを置いてその場を離れようとしてた。
「あの・・・あたし大丈夫ですから。」
うちに差し出された上着を受け取るそぶりもない圭ちゃんは、余計な事するなって全身でうちを撥ね付けている様に見えた。
ほんとに可愛げないやつ。こんな時くらい人の好意素直に受けろや。なんてむかついた。
なんて言うかそう言うのは入ってきた時からや。いちいち言動やら行動が素直じゃない。自分を見せない。あーもうなんやの?こいつって思う。
- 273 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 15:00
- 「そんな格好でふらふらされたら、うちらだって迷惑やろ? 変なヤツに見られて適当な事邪推されて書かれてみぃ。あんただけの問題じゃ無くなる。わかるか?」
おとなしく控えめに怒りを隠して言葉を選んで、そう言ったと思ったけれど、怒りに任せるみたいにして、きっとうちは怒鳴ってたと思う。言い放ってから、しまったって思った。
だって・・・マジイライラすんねんもん。こいつ。って・・・心の中で言い訳しながら上着を肩にかけてやった。
少し前みたいな照れくささなんて無い。こっちも意地になってるだけやったし。
不可抗力で圭ちゃんの肩に触れて、ほらみろって思った。
めっちゃ肩震えてるやん。自分ぜんっぜん平気やないやんか。
「あんな事されて平気な顔すんなや。あんたなにかっこつけてんの? そんなにうちに弱み見せたないんか?」
うちの言葉に圭ちゃんはすっと顔を上げた。唇をぎゅっと噛んで鋭い視線でうちを睨むと矢継ぎ早に鋭い言葉を放り投げてきた。
「だって中澤さんだって石黒さんみたいにあたしの事気に入らないんでしょ? そんな人に弱みなんか見せたくないっ。そう思うの当然じゃないですかっ!」
くっそぉ・・・やっぱ可愛げ無い。それが気に入らんってなんでわからんのや?確かに圭ちゃんの言う通りや。うちはこいつ気に入らん。けどこんな状態のヤツにそれぶつけるほどうちはアホな人間ちゃう。
「あんたほんと面倒くさいヤツやなぁ。もううち勝手にしたい事させてもらうわ。」
本気で面倒だって思った、こいつの言ってる事なんか聞いてやる事ない。
気に入らんけど傷ついてるって明かにわかってるヤツ放ってなんかおけるかってうちの良心の問題。自己満足で良いからもうさっさとこいつどうにかしようってそう言う事。
「・・・何するんですか?」
「うっさいなっ。少し黙っとけやっ!」
うちは圭ちゃんの身体に両手を回して、ただ抱きしめて背中を髪を撫でてやった。うちが今こいつに向けられる限りの『慈しみ』って気持ちを込めて。かき集めたって、もしかしたらほんの一握りのそれしかないかもしれないし、伝わらんかも知れんけどって思いながら。
- 274 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 15:04
- だってこいつに何言っても無駄にしかならん。うちこいつ気に入らんのや。マジで。だからきっと言葉の端には棘が出てくる。話したらこいつもうちもただムカついて終わる。
けど、この状況を知ってるうち以外、だれがこいつに手差し伸べられる?そんな考え傲慢かも知れん。けどうちがやらなかったら、こいつまた自分の殻に閉じこもって無理やりにこのアクシデント消化しようって思うやろ?
んな事されて仕事に支障きたされたら困るんや。ただでさえ後からきて・・・足引っ張ってるんやからな。
「泣きたかったら泣け。むかついてるんやったらなんでも言え。ここでの事なんか明日になったらうち忘れたる。こんなの弱みなんて思わんで良いから、うち利用しぃ?」
返事なんて期待してなかった。予想通りに黙ったままの直立不動。うちの言葉に全く反応無し。やめろって抵抗するよりは可愛気あるかって納得して。
「結局今日の怪我治すのはあんたやで。けど幸か不幸かうちに怪我ばれてんもん。治すのに必要な時間少しはうちで削って帰ったら良いやないの。明日からだって仕事あるんやし・・・あやっぺとだって顔あわせるやろ?」
不意にぐすって鼻を啜る音が耳に入った。その後すぐに嗚咽交じりの小さな声。
「・・・気に入らないって・・・こんな事されるくらい・・・あたしなんかしましたか?」
顔は見えない。けどいつもの憎らしいくらいの鋭い視線を作れてないやろなって容易に想像が付く弱弱しい声色。突然にぎゅっと心臓が締めつける感じの痛みが胸の奥にもたらされた。その痛みに押されるみたいにして、うちは圭ちゃんを抱きしめる腕に力を込める。
胸の痛みに戸惑って、うちは圭ちゃんの問いに答える余裕がなくなった。加えて圭ちゃんの身体がうちに凭れてきて、力ない腕が背中に回された。予期してなかった圭ちゃんの行動にうちは更に戸惑う。言葉がいっこも出てこない。頭の中がキレイに真っ白で。
「・・・ただ必死に先輩に追いついて・・・ただ歌いたいって思ってるだけなのに。何がいけないか・・もうわかんないです。」
全く口の動かせないうちのかわりに、圭ちゃんはずっと押し込めていただろう言葉をぽつぽつと零した。
- 275 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 15:06
- 早鐘の様に息もつかせずに鼓動する心臓が、うちの考えるのをこれでもかって邪魔してくる。
でも、この圭ちゃんの言葉には応えてやりたいってそう思ったから。
「思ってる事をな、今みたいに素直にうちらにぶつけたら良いんよ。圭ちゃん自分の考えてる事あまり言わんやろ。うちも圭ちゃん考えてる事わからんから気に食わんって思う時あるしな・・・。」
仕事にしてもプライベートな会話にしても圭ちゃんはあまり自分を出さない。自分を表現してわかってもらう行為に羞恥があるのか、単に元々不器用なのかはわからんけどかなり悪い意味で『おとなしい』。それが仕事にも支障をきたしているからイライラする時もある。
他の二人は、一人は天性の人付き合いの感の良さ、一人は天然失礼な割に憎めない元来の気質のせいか結構うちらとは馴染んで来てるしそれがおそらく仕事にもいい方向で現れてる。
圭ちゃんとはそんな理由からか中々うちや、あやっぺとの距離が縮まらない。
もっとも、うちとあやっぺは元々頑なに新メンバーを疎んでたって部分も少なからずあるから・・・ほんとは先輩であるうちらからどうにかした方が良いって事にも気がついてはいたし、いつかちゃんとそう言う事話さなって思ってた。
けどこんな状況で言う事になるとは思ってなかったから。
意味不明なくらいバクバクいってる胸に黙らんかって心の中で怒鳴って。
「うちら圭ちゃんが人一倍がんばって仕事に取り組んでんのは見えてる。それは尊敬できるし、気に入らんとか思わんよ。けどそれだけで埋まらんもんもあるんや。人間同士の信頼とかそう言うもんって、相手知らんまま築けるものと違うやろ?」
肩にぴったりと引っ付いた圭ちゃんの額の温かさと、頬に触れる圭ちゃんの髪の柔らかさに奇妙な愛おしさを感じた。
- 276 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 15:12
- 何とはなしに触れた髪に頬擦りしてる自分の行動に自嘲して・・・無意識に圭ちゃんの身体をゆっくりと押し離して。
「だから・・・後はもう少し・・・圭ちゃん自身の事ちゃんと見せて。うちらに圭ちゃんってどう言う人って教えて。」
ぐしゃぐしゃに泣きはらした圭ちゃんの顔を覗きこんで、うちはちゃんと笑顔で伝えられてたか。
「それとな。あやっぺのした事は・・・『気に入らんから』で許される事やない。けど・・・それひきずって辛いのは圭ちゃんやから。あやっぺの事殴ろうが何しようがかまわんから、はよ忘れた方が良い。うちも力になれる事あったらなんでもしたるから。・・・言って。ちゃんとして欲しい事伝えてな?」
ふと泣きはらした圭ちゃんの口許が緩んで小さく笑みを見せた。
それにどきりとしたのは、きっと気のせいや。
「ほんと・・・殴っちゃって良いんですか?」
ぼそっと呟かれた言葉にうちも自然に笑みを零した。
「なんや・・・結構元気やなぁ。」
「なんか・・泣いたら・・・すっきりしました。石黒さんにも、キスされただけだし。」
・・・殴るつもりはないですけど、明日服の弁償くらいせまっても良いのかなぁ。
なんてぶつぶつと呟く圭ちゃんを見て、芯の強い子やなって感心した。
「じゃ、上着貸しとくからな。」
「はい。ありがとうございます。」
それじゃとお互い挨拶を交わして、別れ際。
うちは、どうにもならんもやもやした気持ちに我慢しきれずに圭ちゃんの手を取った。
「・・・中澤さん?」
不思議そうに首を傾げた圭ちゃんにしたい事は一つだった。握った手を引き寄せてもう一度抱きしめたいって・・・。
「なんでもない。また明日な。」
手を放して圭ちゃんの頭を撫でてそんな気持ち誤魔化して、うちは圭ちゃんに背中を向ける。今日の事で少しだけ圭ちゃんとの距離は埋まったのかも知れんけど、全く違う種類の距離が生まれたのは間違いなかった。
可愛さあまって憎さ100倍なんて嘘やって思ってたけどもしかしたら・・・これまでの気に食わなさって。
そこまでで深く考えるのは止めた。しょーもない事考えて折角縮めた距離離す事もないかって。
気が向いたらまた考える事もあるやろうから、それまではこのままで良い事にした。
- 277 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 15:21
-
Accident
−−−−−−−−−−−−−−END
Accident(UK)<Atrocity 番外短編
中澤姐さん語りのUK物です。
本編で軽く話題に出てた石黒中澤保田の話を少し詳しく。って感じです。
書くつもりなかったけどなんか妙に惹かれてつい・・・。
そしてまた一部コピペしそこないが・・・。<すみません
これからの予定は本編と同じ時系列の短編をと思ってます。はい。
それでは。
お暇なら↑の番外「Accident」読んでみてくださいませです。
- 278 名前:Accident(UK) 投稿日:2004/04/14(水) 15:22
- お返事遅くなりました。_(_^_)_
>>262 名無し。さん
私の書くつたない「やすいし」を気に入って頂けて嬉しいっす。
これからもこんな風に自分なペースで書いていきます〜。
>>263 名無飼育さん
ごちそうさまな感じっすよねぇ。ラスト(笑
実は書いてて、なんじゃこりゃー?!と恥かしくなったのは内緒です。
>>264 なち@感動中さん
4時間で一気読みですか!なんか超嬉しい〜。
ぶ、文章力はね。あの・・あまりないんですけども。(笑
書きたかった事が無事伝わっているなぁって思える感想を頂けたので、「あぁ良かった♪」と胸を撫
で下ろしてます。
>>265 :名無飼育さん
自分でも明かりが見えない展開にどっぷり浸かって書いてて先が見えなくなる事もしばしばでした。
ラストは、ずーっと持ってた重石がふと除けられた開放感に似てるなぁと自分も思いながら書いてま
した。ちょっとやりすぎかなぁと思える甘さで。(苦笑
微細ながら幸せの一端を担えていたら嬉しいです。
>>266 :名無飼育さん :2004/03/23(火) 07:38
私も他の方に感想レスするのが苦手。中々言葉が出てこないんですよね。(笑
夢中になって頂けた事は、とても嬉しい恥かしな感じです。
沢山の感想レスありがとうございます。やる気になりました!
ローペースな作者をまったりお待ちくださる皆様に感謝です。
次回更新はなるべく一ヶ月以内を目途に・・・はい。おそらく。
- 279 名前:zo-san 投稿日:2004/04/14(水) 15:25
- 上のレスの名前題名からzo-sanに直し損ねました。すみません。
そして改行がおかしくてすみません。お返事なのに・・・。俺のバカ。
- 280 名前:独白 投稿日:2004/05/10(月) 10:46
- なんや・・・この子おかしいかなぁ。
何気なくそう思ったのが、はじめ・・・だった。
4期が入って来てって言うか・・・石川の教育係なんて物のなってからか。
何や知らんけど・・微妙に・・・おかしい。微妙なんて言い方良くないけど。
でもほんとに・・・『微妙』な感じやったから。
「・・・どした? なんか悩んでるん?」
自分の横で、自分と同じ様に本読んでる圭ちゃんに声かけた。
本のページがさっきから何十分も先に進んでない。おかしいって思うやん。
ぼーっとしててなんや反応したかしないかわからん様な圭ちゃんの首の小さな動きを見とめて。
うちはようやく・・・なぜだかほっとした。
帰ってきたって思った。すぐ側に朝からずっといるうちの恋人に。
「・・・ん?何が?」
何でも無いみたいにうちの言葉に答えた圭ちゃんが、変な顔。
・・・自分の恋人変な顔言うのも可笑しいけど・・・変やってん。
「なんも悩みとか・・・無いか? あんた今、新人の教育係とか・・してるやん?」
「う・・ん。 そりゃ無い事は無いけどね。そんな裕ちゃんに改まって相談する事はないかな。」
苦笑に近い微笑み浮かべて、圭ちゃんはうちにそう返した。
圭ちゃんにとって、教育係なんて事は初めてのことだから。何かやっぱり悩むことはあるんだろうって思う。
でも本人が言いたくないなら、それはそれでぎりぎりまで静観しとこうか。なんて悠長な事考えてた。
「そっか・・・。あんたが大丈夫なら・・別に良いけどな・・・。」
ただ目の前にいる圭ちゃんがすっごい愛しいかった。
きょとんとした圭ちゃんが無防備すぎて可愛いと思った。
だから、自分の手にした本をその辺に放り投げて圭ちゃんの肩を抱いて・・耳の少し下の方にキスした。
少しだけ呆れたような笑いが口から漏れて。
「裕ちゃんって何気に・・・心配性だよね。石川とは案外上手くやってるよ。」
そう言って圭ちゃんは、うちに同じ様なキスを返してきた。
いつもと変わらない結構自分で言うのもなんや恥ずかしいけど。
平和で。暖かくて。甘くて。
付き合ってたらこんなもんやろって、余裕かまして人に自慢できるくらい。
そう言う『仲』やって・・・何の疑いも無しにそう思った。
- 281 名前:独白 投稿日:2004/05/10(月) 10:51
- それから少ししてからの事。
逢う約束なんて無かったけど、仕事の後、人と逢って家に帰ったら圭ちゃんがいた。
圭ちゃん合鍵持ってるし・・・いるのがおかしい訳と違う。
居ても良い。けど・・・あんた、そのアホ顔なんやねん・・・って、おどける余裕なんて無かった。
・・・繕おうって思っても泣きはらした顔なんてすぐにわかる。
「おかえり裕ちゃん。なんか・・・独りで居るの嫌でさ・・・急に来てごめんね。」
力無いのに、無理やり口の端を上げて人が言う「笑み」ってやつを作ろうって躍起になってる。
そう言う・・・圭ちゃんがいた。
「良いよ別に。その為の合鍵やん。うちかて圭ちゃん居てくれた方が嬉しいに決まってる。」
どう表現したら良いかわからない。
ただ、圭ちゃんは辛そうな顔してた。痛そうな・・・・大怪我した後みたいな顔で。
ただ無理やりに作った笑みをうちに向けてた。
抱きしめたら良いんかなって。何の脈絡も無くそう思った。
すがる様に何か・・・とにかく助けてって、そう言ってる様に見えたから。
一応そん時・・・恋人であったうちは・・・そうしたかった。
「・・・圭ちゃん? あんた・・・平気か?」
「うん。平気。裕ちゃんが・・・傍に居てくれたら・・・頑張れる。」
うちの肩にそう言いながら圭ちゃんが頬ずりしてきた。
・・・そんな恋人の態度からうちは一体どんな事柄を導き出したら良かった?
思わんやろ? 気がつかんやろ?
恋人が他の誰かに手出して・・・そのくせ自分が襲われたみたいな顔して。
現恋人のうちんとこ来るなんて・・・思わん。普通は・・・絶対・・・思わんやん?
あの時うちが何かに感づいて、いつも通りにこの子抱かんで何か良い事言っとったら。
うちは・・・この子・・・失わずに・・・・済んだ?
- 282 名前:独白 投稿日:2004/05/10(月) 10:52
-
次の日、圭ちゃんは朝早くに自分の家へ戻っていった。
泊まっても、仕事の準備して別々に仕事場へ行くのはいつもの事。
その日、うちは圭ちゃんの直ぐ後に仕事場へ着いた。
ふと視線の端に映った、いつもとは奇妙に異なる風景。
石川が他の4期の子よりどうしたって圭ちゃんと仲が良いはずなのに恐がってる。怯えてる。
視線を合わせられないだけやなくて。明らかに避けている様に見えて。
二人・・・なんかあった?・・・そう思わん方がおかしい。
圭ちゃんは、いつも通りに振舞ってておかしいところなんて何も無い。
ただ、しいて言えば、昨日あんな状態だった圭ちゃんが、普通過ぎる事が恐かった。
他のメンバーがどう思ったかしれないけど、うちは何とはなしに二人に違和感を感じてた。
なぜだかとても石川が気になってた。
それから少し経ってわかった事がある。
石川は最近吉澤とそういう仲らしい。傍目に見ていてもこれ見よがしな甘い関係。
そしてその頃からか、しばらく前に圭ちゃんを怖がっている様に見えていた石川はもうすっかり消えていた。
至って普通の、清く正しい絵に書いたみたな師弟関係を圭ちゃんと石川は築いていて。
うちは、二人の・・いや三人の関係性を確認して。
・・・・途方も無い安堵を覚えた。
そこで初めて、うちは石川を恋敵としてインプットしてたって事に気付く。
あの日、圭ちゃんが泣いていたのは『絶対』に石川のせいだと思ってた自分に気付く。
圭ちゃんの目の前に現れて日の浅い石川が、圭ちゃんを泣かせるだけの存在であった事に嫉妬していた自分にも気がついた。
- 283 名前:独白 投稿日:2004/05/10(月) 11:01
- あんなガキに何、嫉妬してんねん。そう自分を戒めて。
石川については思考を閉ざしてしまう事にした。
けれど、振り返ればこの頃から・・・うちと一緒にいる圭ちゃんはより一層おかしかったんやって思う。
圭ちゃんは・・・うちに対して『好き』とか『愛してる』とか。必要以上にうちに伝えて来た。
元々、圭ちゃんはそう言う言葉を口にする方ではあったけれど、この時期急激に増えた気がする。
うちの卒業直後と重なっていたし逢う機会が減ったから、寂しいのかも知れないとそんな圭ちゃんの変化ををうちは流していた。
だから、つられてうちもとても大切な言葉であるそれを安売りしてた。それがいつの間にか日常になった。
それだけやない。
うちが卒業してから、仕事場で圭ちゃんに逢う機会は減ったし、オフの予定も中々合わなくて、プライベートに逢える回数も減っていた。
そう言う日が続く日々に我慢できなくて、久々に仕事場で逢った時にはつい手を出した。
圭ちゃんはいつだって、はじめは「何考えてんの?」とか怒鳴る癖して結局呆れた様に笑って陥落してくれた。
圭ちゃんはうちにはなんだか甘かった。甘すぎるくらいにうちを受け入れた。
それらを方向違いに解釈して、うちはとんでもない自信を持った。
自分の一番が彼女である様に彼女の一番もまた自分である・・・なんて。
結局は言葉も行為も全てが『偽物』だからこそ。
『愛』とやらの質が足りなかったから、量を増やして満足させられてた。
そう言う表現がこの頃のうちと圭ちゃんの関係を上手く現している様に思う。
それをうちが自覚し始めたのは、それから結構日が経ってからだった。
- 284 名前:zo-san 投稿日:2004/05/10(月) 11:06
- と。更新です。
また中澤さん視点の本編裏(簡略化バージョン)とでも言いますか。
2,3回の更新で終わる短編の予定です。
次回更新は2週間後くらいを目途にがんばります。
- 285 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/14(金) 21:50
- 番外編待ってました!
中澤さん視点なので今まで見えてなかったものが見えて
また、本編を読み返したくなってきましたw
ゆっくり待ってますので、作者さんのペースで頑張ってください
- 286 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:25
- 石川をみつめる圭ちゃんの視線。
圭ちゃんをみつめる石川の視線。
熱を帯びているのに冷静で、針の穴を通すくらい細い糸の様な、でも強靭な相手を貫き通す視線。
見つめている瞬間は、きっと他の何も視界には入らずで。
どんなに離れていようと相手の息遣いすら感じられているのだと容易に想像がつくそれ。
いつからか、ほんの瞬間の出来事でしかないそれにうちは何度か気がついて。
しばらくして、うちと同じ様に気がついてる人間が一人、視界に入った。
石川の彼氏・・・じゃない。彼女。恋人の吉澤ひとみ、うちの可愛い後輩の一人。
吉澤がテーブルに肘を付いて、なんも考えん様なそぶりで、けど暗い瞳で空を見つめてる所に声をかけた。
「なんや吉澤、元気ないなぁ。どしたー?」
「中澤さんこそどうしたんですか。 他にちょっかい出すメンバー一杯いるでしょ?」
はっとした表情を無かった事にして、吉澤はうちの呼びかけに無難に返してきた。
「いーやん別に、吉澤にちょっかいだしに来たって・・・それともうちにちょっかい出されんの嫌かぁ?」
「そーじゃないっすけど。普通に圭ちゃんとこに行ったら良いんじゃないのかなぁ。って思うじゃないですか。」
なんとなく・・・皮肉に聞こえた。被害妄想もはなはだしい?そうやない。
やっぱり明らかに、こいつはうちと同じ事でいらついてる。
「圭ちゃんとこ? それは圭ちゃんがうちの彼女やから?」
「そうですよ。卒業してあんま逢えないんだろうから、こう言う時に点数稼いでおいた方が良いんじゃないっすか?」
「心配ご無用。彼女やからな。結構プライベートでは逢ってるし。」
「・・・そんな風に過信してると。どっからともなく足元すくわれますよ?」
うちとこの後輩は同じ想いで互いの恋人を見とめていた。
つまらなそうな、どことなく不安げな眼差しで、二人の視線が交わされる場面を見ては・・それを流す。
- 287 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:26
- 訊きようがないんや。あの視線を交わす二人から・・・何を訊けっていうん?
浮気現場を見たわけや無いわ、明らかにそう言う類の好意を寄せている証拠なんて無い。
・・・何かに感づいてても、それを見なかった事にして恋人を信じるくらいしか術は無い。
あの二人を見て。
不安にならん鈍い性格やったら・・・良かったのにな。お互いに。
うちは心でそう吉澤に同意を求めた。
「・・・そっくり返すわ。吉澤かて毎日みたいに石川と一緒やからって、少し過信しすぎてるんやない?」
うちも吉澤も言いたい事は一緒やった。
ぶっちゃけていえば、自分の恋人しっかり縄つけて手元に持っとけ。って話。
「余計な・・・お世話です。」
「・・・うちのセリフや。そんなん。」
まがりなりにもあの二人の一番傍にいるうちと吉澤が、こんな風にけん制しあうくらい。
あの二人には何かあったって・・・そう思いたくなる何かが。
圭ちゃんの卒業が発表された頃から・・・いや、もっと・・前からかな・・・あったんや。
そんな二人の雰囲気に気がついてから。
一人になると、うつうつと考えるくせいがついた。答えなんかでない問いをずっとずっと考えてしまうくせ。
圭ちゃんと二人で居る時は・・・無理やり頭からそのくせを投げ出した。
圭ちゃんに『好きだよ』って言って向けられた笑顔に、ズキズキと胸が痛むのも無理に無視した。
とにかくうちは・・・目の前にいる、腕の中にいる圭ちゃんの言葉と行動を信じようとしていた。
だからそこ。
うちは、時間をとにかく惜しんで圭ちゃんに逢った。その問いを考える暇がなくなる様に。
あの日も・・・圭ちゃんと逢いたかったから・・・仕事帰り楽屋の廊下で圭ちゃんを待っていた。
- 288 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:28
- うちが待っていた所に、楽しげな様子の圭ちゃんと、矢口と・・・石川が3人で歩いてきた。
元々、圭ちゃんと矢口は同期で仲が良い。矢口と石川もユニットが一緒だったせいか仲が良い。
そして・・・教育係とかしてたせいなんか・・・圭ちゃんと石川も仲が良い。
・・・だから、この3人が仲良く歩いてくるのは全くおかしくない話。
けど・・・やっぱり胸が苦しかった。
圭ちゃんが・・・石川の傍に居る。それだけで、うちは眩暈がするくらいの激しい憤怒にかられた。
こんな時、何も関係ない矢口の存在はありがたかった。
普段してる様に矢口に飛びついてふざけていると、何とか胸の内の黒いものが引けていった。
落ち着いて・・・話しかけられた。
圭ちゃんの屈託の無い笑顔と「ご飯食べに行くけど裕ちゃんも一緒行く?」って誘いにも、ちゃんと落ち着いて反応できてた。
「でもなぁ・・・うちこれから別の仕事あんねん。」
うちが誘いを断った瞬間の圭ちゃんの残念そうな表情に嘘は無かったと思う。
それでも・・・確証が欲しかった。
石川の目の前で・・・表情を取り繕ったって・・これはどうや?
恋人の気持ちを確かめるなんて・・・なんて酷い彼女なんやろって思ったけどそれをせずにはいられんかった。
- 289 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:28
- 圭ちゃんの不意をついてキスをした。
圭ちゃんの驚きがモロに唇に伝わってきたけど・・・それでもうちは知らんフリでキスを深くした。
それに・・・圭ちゃんは抵抗もしないで答えてくれた。うちは圭ちゃんの気持ちに確証が・・・持てた。
驚いている二人のギャラリーそっちのけで、圭ちゃんと逢う約束をして言葉を交わした。
「めっちゃ圭ちゃんとしたいねんもん。それって・・・迷惑か?」
「そんな訳ないじゃん、嬉しいよ。・・・・嬉しいけどさ、そう言う事二人の時に言ってよね。」
苦笑する圭ちゃんと・・・唖然としたギャラリーを一瞥して。
「いいやん。恋人同士なんやもん。」
そう呟いた。それが一番・・・石川に聞かせたかった言葉だったかもしれない。
だからか・・・つい石川を意識して睨んでしまった様な気がする。
その時の石川は忘れなれないほどに・・・嫉妬にゆがんでいた。
・・・やっぱりそうか。って納得するくらい・・・うちに醜い嫉妬の心を向けてきた。
けど・・・圭ちゃんはそれにも全く気がつかずに、ただ嬉しそうにうちを見つめていた。
大丈夫。うちは、彼女に愛されてるって・・・信じられた。
石川への少しばかりの優越感を持って、再び圭ちゃんといくつか会話を交わしてから、うちは次の仕事へ向かった。
仕事が終わって圭ちゃんの家に行って・・・何度も身体を重ねて・・・愛の言葉をかけあった。
うちはこの日の出来事で少しだけ・・・圭ちゃんを信じる事が楽になったはずだったのに。
どうしてか・・・石川の表情が頭の中で繰り返されて・・・不安が募った。
うちとの行為が終わった後の圭ちゃんはどこか上の空で・・・手のひらをじっと見つめていて。
その視線の先には・・・うちやない誰かの存在がある気がした。
もちろん・・・どうしたって頭に思い浮かぶ誰かの存在と言うのは・・・石川でしかなかった。
- 290 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:29
-
「・・・圭ちゃん? 別に変わりないけど。」
突然楽屋に現れたなっちと矢口。
二人いわく・・・とにかく圭ちゃんがぼーっとしているのだそうだ。
どうも二人が見るに原因は吉澤にある様なのだけど、当の吉澤は全身から圭ちゃんを怒っている様なオーラを出しまくりで取り付く島が無い。
圭ちゃんの彼女であるうちなら、なんか知ってるんでしょ?とそう言う事らしい。
「つーかさぁ・・・。圭ちゃんオイラ話かけても聞こえてない感じで。」
「なっちがお菓子たべるかーい?とか言っても生返事でねぇ?」
「圭ちゃんが、ぼーっとして生返事なんて今に始まったことやないやろ?それよか、吉澤が原因ってなんやの?」
腕を胸で組んだなっちと矢口は、二人とも難しい顔してて。
「そーれがわかんないんだって。もう超空気悪っ!って感じで・・・あの二人会話してないよなぁ?」
「してないべ。なーんか一方的によっすぃーが腹立ててる雰囲気っていうのかなぁ・・・。」
「けど、そうそうよっすぃーって怒んない子じゃん? だから・・・圭ちゃん・・なんかしたかなぁとかさ。」
妙に言葉を濁した矢口と、矢口の言葉を受けて厳しい表情をうちに向けてきたなっち。
「・・・なんかって? 予想はついてるん?」
二人のニュアンスでうちもちらっと考えはした。
普段温厚で、そうそう怒る事の無い吉澤が圭ちゃんに本気で腹を立てる原因。
「・・・オイラ、圭ちゃんが・・まさかって思うんだけど・・・ね。」
「なっちも・・・それはないかなぁ・・・って思うんだけどもさ?」
言いづらそうな二人の態度が、うちが考えた事がどうやら当たりですよって教えてくれた。
- 291 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:30
-
「あれか? 圭ちゃんが吉澤の大事な石川に手出して・・・それで雰囲気悪いって。そう言う事言いたいん?」
「もーっ!!裕ちゃん、はっきり言うなよぉー!!!」
「はっきり言わんかったら、進む話も進まんのやろ?」
むすっとしてそう答えてしまったうちに、困り果てた様子の矢口となっち。少し遠慮がちに口を開いた。
「ほんっと的外れかもしんないんだけどさ、オイラもなっちもそれくらいしか思いつかなくって・・・。」
「圭ちゃん、そんな不真面目な事する人じゃないっしょ? でも・・・やっぱり・・なんって言うか・・・圭ちゃんも梨華ちゃん避けてるっぽくてさ。なーんか・・・圭ちゃんしちゃったのかなぁって。」
言うだけ言って二人は黙ってしまった。
「それ、うちに訊いてもな? もしほんとに浮気やったら、圭ちゃんがうちに言うか?って話や。ふつー彼女に言わないんちゃうか?」
はぁーーーーっと、長いため息が出てきた。
他にだって、圭ちゃんと吉澤の空気が悪い理由色々考えられるはずやのに。
こう言う予想を持ってくるあたり・・・何か証拠と言うか・・・そう思いたくなる理由が二人にはあるのかもしれん。
うちかて・・・吉澤や石川の名前を聞いたら、それしか思い浮かばんかった。
「オイラもそう思うよ。だからさ、圭ちゃんがそう言う事あてつけにしちゃいたくなる事、裕ちゃんした覚えないかって。」
そうくるかぁ・・・。と再び長いため息。
仲の良い同期を怪しむより何より、普段から軽いうちに疑いを持ってたって・・・そう言う事かいっ。
「・・・矢口は、うちが先に浮気したから、あてつけに圭ちゃんがしたとかそう言う事まで考えてるんか?」
「そうは言ってないけど・・・でも・・そう言う可能性だってあるかなってオイラは言ってるだけで・・・。」
「言ってるやん。そう思われるくらいうちが、圭ちゃんないがしろにしてる様に矢口さんにはみえるんかなぁ。ん?」
身を乗り出して、矢口に顔近づけてメンチ切る。・・・脅すなや自分とも思ったけど。
圭ちゃんしか見えてへんうちには、最大の侮辱の言葉やし。いくらお気に入りの矢口でもそりゃムカつくわ。
- 292 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:32
-
「だーかーら!!一応! 訊いてみただけでさぁ・・・裕ちゃん怖いよっ!! ごめんってっ!!」
わーんっ!とか、マジ泣きしそうな矢口にふと助け舟。
「裕ちゃんごめん。矢口じゃなくって・・・なっちがそれ訊きたくて・・・きたんだ。」
なっちもまた泣きそうな顔してうちを見てる。それはそれは真面目な表情。
「・・・どう言う事や?」
「裕ちゃんって・・・最近さ。ごっちんとお仕事結構一緒にしてるっしょ?」
うちの浮気の話と・・・それが一体何の関係があるんや??
一瞬頭の中がはてなで一杯になった。
「ごっつぁんソロなってから多少・・・前よか一緒の仕事多くなったかもしれんけど・・そうでもないよ?」
そう答えてから・・・ふと・・・思い出した。
なっちの付き合ってるごっちん、後藤真希に・・・むかーしむかしにうちが告られた事。
「・・・なんや、今更うちがなっちの彼女に手だすなんて心配してるんか?」
「そうじゃ・・ないけどさ。ちょっと・・・ごっちん最近・・・変かなって・・思って。」
沈んだ表情を浮かべて、なっちはそう言った。
色んな事が起こった時期が重なったのかもしれん。とにかくなっちはそう言う困った結論を出したって事で。
「信じる信じないは別としてな。うちはごっつぁんに手出したりしてる余裕ないよ。圭ちゃん一番やもん。」
そう言ってなっちの頭を撫でた。
- 293 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:32
- 未だにごっつぁんの様子がおかしい理由に挙げられるくらい、ごっつぁんの中のうちの存在が大きかったのかなって思った。
良い子やし、可愛いって思っても。うちには圭ちゃんしかおらんかったから断ったんや。
「とにかく、うちにはそう言う覚えないし。圭ちゃんかて石川に手出した訳やないやろ。石川に暴言吐いて泣かせるくらいはするかも知れんけどな。」
「あーそっか。それはありえるっ! 圭ちゃん結構口悪いし、そう言う誤解って線もあるよなぁ。」
暗い雰囲気を払拭する為にか、矢口は必要以上に明るく大きな声でそううちに相槌を打った。
「そう言う事や。部外者は騒がんで、傍観しとったら良い。あいつら自分で何とかするやろ。」
「・・・ごめんね裕ちゃん。なっち変な事・・・訊いちゃって。」
うちは、申し訳なさそうななっちに、極上の笑みを向けて。
「なっちも、気にすんな。過去があるからそう言う不安はわかるけど・・・今言ったとおり・・・。」
「裕ちゃんは、圭ちゃんに夢中って事だよねぇ。なーんか良いよなぁ。恋人いるとさぁ。オイラもほしーよ。」
うちの言葉尻をとって騒ぐ矢口に渇を入れつつ。
丁度リハの時間がやってきたうちと二人は、そのままスタジオになだれ込んだ。
- 294 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:33
-
まさか、その時の懸念が大当たりしてたなんてのは、うちには想像できんかった。
「・・・裕ちゃん。ごめん。・・・無理だ。あたし。」
痛々しい・・・表情。
何が無理なんやって訊く事も忘れた。
あの予想は大当たりだったんですよ。本当にバカですね。そう、ほくそえむ悪魔が見える。
圭ちゃんが、突然の夜中に家に来た。
そんな事には驚かなかった。驚いたのはむしろ・・・表情。
泣いていないのがおかしいくらいの切ない表情やからこそ・・・泣いてない事に驚いた。
玄関先で・・・いきなり無理・・・って言われた。
「・・・圭ちゃん?」
ようやっと口にした圭ちゃんの名前。
それを彼女はまるで耳に入らんみたいに、うちの顔を見つめてた。
なんや・・・怖かった。
だから今まさに圭ちゃんが口を開きかけたその時。
うちは裸足で玄関に下りて、圭ちゃんをきつく抱きしめて・・・キスした。
言葉で・・・形として何か伝えられた訳やない。
けど、うちははじめて・・・圭ちゃんに拒絶されたって思った。
彼女はなんにも抵抗してない。けど、触れた唇が、触れた舌先がうちを拒絶している様に感じた。
それでもそれは間違いやって・・・ひどく長い間、うちは圭ちゃんと唇を交わしていた。
不意に、圭ちゃんの頬に添えていたうちの手のひらに水滴が零れ落ちてきた。幾つも幾つも水滴が落ちてきた。
それに気がつかないフリしてキスを続けられるほど、うちの神経も太くなかった。
「圭ちゃん・・・どうして・・・そんな泣いてるん?」
唇を離して・・繋ぐ水糸を指で断ち切って。
訊きたくないはずなのに、うちは彼女に涙の理由を尋ねていた。
- 295 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:33
-
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
圭ちゃんの口は確かに動いていた。
うちに向かってしっかりと、言葉を投げかけていた。
けれど、それはまるでモノクロの・・・無声映画の様に。
うちには・・何も聞こえない。色彩すら飛んだ。
「・・・もう一回。言うてくれんかな。良う・・・聞こえんかった。」
うっすらと視界に色彩が戻ってきて、静寂に音があるならそれすら聞こえるくらいに耳は鋭敏に。
圭ちゃんの・・・再びの言葉を静かに待った。
「あたし・・・もう・・裕ちゃんと・・・付き合えない。」
今度は、ちゃんと聞こえた。一生聞こえんでも良かった声、言葉。
理解できないくらい、アホやったら良かったのに。
それよりなにより、聞き返さなければ・・・良かったのに。
「付き合えないって・・・うちを嫌いって事か?」
圭ちゃんは違うと首を振る。
「・・・どう言う・・事か・・・それじゃ、わからんよ?」
両目一杯に浮かんだ涙は、つぎつぎと圭ちゃんの頬へ流れ出していた。
濡れた瞳はじっとうちを見つめて、何かを伝えようとしていた。
けれど・・・圭ちゃんからの言葉は無い。無いから・・・うちはもう一度尋ねた。
「・・・うちを嫌いになったんか?」
圭ちゃんは再び違うと首を振った。
「違・・う。裕ちゃんの事・・嫌いになんて・・・なるはず無い。」
「なら・・・どうして? 」
どのくらいか。
見当もつかんくらい長い沈黙の後。
「好きな子が・・・居るの。」
圭ちゃんは・・・やっぱり涙を流したままに、途切れ途切れに・・うちの疑問に答えてくれた。
- 296 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:34
-
うちには当然、圭ちゃんの好きな子の検討くらい簡単についた。
「石川は・・・吉澤の恋人やで? それわかって・・・『好き』なんて言ってんのやな?」
うちが、石川の名前を出したら、圭ちゃんは頬を強張らせた。
その後、少しづつ罪悪感を滲ませていった圭ちゃんの顔に・・・目頭が熱くなった。
圭ちゃんが見せるその暗い表情は、裏を返せば・・・石川と何かあったんだってうちに示してるから。
「圭ちゃんを愛してるうちよりも・・・圭ちゃんを愛してない石川の方・・・とるって事なんや?」
微かに震えるみたいにして、圭ちゃんは頷いた。
「うち・・それでも良いわ。圭ちゃん石川好きで良い。良いから・・・別れるなんて言わんといて。」
だって・・無理やって思った。
うちは・・・圭ちゃんを離せん。
圭ちゃんが、石川が好きだろうが、石川と何をしていたってかまわんから、傍に居って欲しい。
うちが抱き寄せた時、圭ちゃんが石川を想ってても全然構わん。
それが・・・どんなに空しくたって・・・それでも良いんや。
「石川はちゃんと恋人いるやん。 いくら・・圭ちゃんが好きって言ったって・・・。」
「あたし・・石川と付き合いたいとかそう言うんじゃ・・無い。あたしがただ一方的に好きってだけで良いの。石川にも吉澤にだって・・・迷惑かけない。あたしは想いを伝えられればそれで良い。」
語尾なんか空気に溶けてしまうくらい力無く解き放たれた言葉の羅列。
それでもそれが、彼女の魂の叫びであるみたいに、大きく強く胸に響く。
「石川をただ一人『想う』のに、『想い』を伝えるのに・・・うちは邪魔なんや。」
「邪魔・・とか・・じゃなくて。」
「きれいごと吐くなや。邪魔なら邪魔って言え。それと・・・うちを嫌いじゃないなんて言うなや。」
・・・何度したって、もう変わらない。ついさっきそれを嫌と言うほど味わったのに。
感情に任せて、うちはまた圭ちゃんを抱きしめて唇を重ねた。
- 297 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:35
-
もちろん圭ちゃんはうちのキスを精神的に拒んでいるのがわかった。
それが泣くのを忘れるくらいの絶望をもたらすけど。
・・・それでも。
圭ちゃんに拒まれず物理的に繋がっていられる間、圭ちゃんがうちをはっきり『嫌いだ』と口にするまでは。
うちはきっと信じられないと、何度もこうして情熱をぶつけたくなる。
見えない鎖をつけて、ずっと傍に置いて・・・気が変わるのをただ待つ。
そうしたくなるほど・・・うちは、この子が好きなんや。
圭ちゃんの唇を解放して、うちはそこから顎、首筋にキスした。痕が残るほど強く激しく。
服の隙間に手を伸ばし滑り込ませて、圭ちゃんの素肌を犯して。
圭ちゃんは抵抗しない。けど・・・わかった。それをどれだけ断りたくて、止めさせたいのか。
歯を食いしばって、身体を強張らせて。
「・・・はっきり言ったらどうや? 嫌いやから、もうこんな事するなって。」
「嫌いなんて・・言えない。・・好きだもん。裕・・ちゃん・・の事。」
「それ・・・今うちが欲しい『好き』やないやろ。あんた好きなら友達にもこんな事させるんか?」
「させ・・ないよ。友達に・・・こんな事させる訳・・・ない。」
付き合ってたんやから。
何度もこの身体抱いたんやから。
好きな所も良い所も・・全部知ってる。
圭ちゃんの呼吸が早くなって、うちの耳の傍にある彼女心臓の鼓動が速まっていって・・・。
ジーンズの中じゃ、うちの指の触れてる所が見る間に潤っていって・・・心なんてお構い無しにうちを受け入れた。
身体だけ服従させる事なんか・・・涙が出るほど簡単で、時間もかからんのに。
「なら・・なんで黙ってうちの良い様にされてんのや? あんたの『好き』は友達やら仲間に言う種類のそれやんか。」
圭ちゃんが、淫らな声を唇の端から漏したくないと、きちっと結んでいた唇を濡れた指でこじ開けて舌を無理に押し入れた。
再び指先をジーンズの中へ押し込んで、水音が外に漏れそうなくらい濡れたそこに這わせた。
- 298 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:35
-
硬くなっていた芯を濡れた指で何度も擦りあげていると、重ねた唇から、圭ちゃんの艶めいた声の響きが痺れる様に伝わって。
「石川を『好き』な割には・・気持ち良さそうやな。・・・あんた誰でも良いんや?」
「・・ちっ・・がう・・・そんなんじゃ・・無いよ。」
「なら、あれか。石川思い浮かべてんのやな。別にうちそれで良いよ・・だから・・・」
火傷しそうなくらい熱くなった圭ちゃんの中に指をゆっくり埋めて動かした。
何も無い・・・いつもと同じ様に圭ちゃんは声を上げた。何度も・・・うちの名前を呼んでた。
「だから・・・うちと居ってよ。・・・イク時石川の名前呼んだって良い。だから・・・なぁ・・圭ちゃん。」
不意にがくんっと圭ちゃんの身体が揺れた。
イッた瞬間、彼女は反射的にうちの身体に腕を回してきつく・・・抱きしめてきた。
さっきまでのやり取りが全て嘘だったと誤解したくなるほど、それがとても嬉しかった。
・・・・なんて事無い。ただの条件反射だって痛いほど理解していたけど。
肩で息をする圭ちゃんがうちの顔を見上げてくると、その視線を逸らしたくなるほどの罪悪感が胸の内に込上げて来た。
抵抗が無くたって、嫌がってるの判っててこんな事したら・・・犯してんのと一緒や。
いつかのあやっぺと・・・一緒。最低やな、うち。
別れないでって縋るくらい好きな・・・愛してる子・・・傷つけて・・・うちは何やってんのやろ?
・・・わからん・・・自分が・・・どんだけ取り乱してるのか・・・情けないのか・・・自分じゃわからん。
「・・・ゆう・・ちゃん。ごめん・・なさい。」
ぐすっと鼻を鳴らして、嗚咽の止まらない圭ちゃんがそれだけ言った。
それだけ言って・・押し黙った。
「何謝ってるんや? 今・・・謝るのはうちの方や。・・・すまんかった。酷い事・・した。」
わかってる。圭ちゃんが謝ってるのは、今の事とは全く関係ない事くらい。
圭ちゃんの気持ちが・・・うちから消え失せてしまった事への謝罪だ。
- 299 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:37
- うちの劣情をぶつけられた今・・・嫌と言うほど・・うちが圭ちゃんを離したくないのか、圭ちゃんの事となると・・・こんな酷い事だってできるのだと言う事を目の当りにしたから。
狂った様に圭ちゃんを好きだと言う・・・うちを好きで居られない事への罪悪感が、圭ちゃんを謝らせた。
・・・その謝罪が冷水みたいに・・うちの高ぶって暴走していた気持ちを少しだけ落ち着かせた。
このままきっと、うちが『別れない』と押し切ったら、圭ちゃんはずるずると・・・うちと付き合うかもしれんって思った。
それがどれだけ辛いか・・うちも、圭ちゃんも・・・それくらい簡単に想像できた。
でも、時間がすぎれば・・・圭ちゃんは石川を諦めて、うちの所に戻ってきてくれるかもしれんって・・・切実に思いたかったのが本音。
・・・けど。知ってるからな。
石川も・・・圭ちゃんを想ってる事。
悪いのは石川では決して無いのに、石川を殺してしまいたいほど・・・憎いとも思った。
けど・・・今圭ちゃんを幸せに・・笑わせてやれるのは・・・石川しかいないんやなってそうも思った。
「あんな・・・やっぱ・・・別れたるわ。」
未だ色んな黒い感情が、胸の中でぐちゃぐちゃになって暴れてた。
ほんの少し気を逸らしたなら、押し込めているその感情が流れ出して、またうちは圭ちゃんを泣かせてしまう。
「けどな。最後にちゃんと振っていけ。『嫌いやない』とか言わんといて。でないとそれに縋ってうちは圭ちゃん手放せん様になるから。」
気持ちが悪かった。吐き気がした。このまま・・ぶったおれられたらどんなに楽だろう。
感情をじっと押し殺して、言いたくも無い言葉を並べる事は、こんなに辛い事なんやって・・・初めて知った。
「今、言わんかったら・・・何度・・謝られたって別れて言われたって絶対離さんよ?」
しばらく圭ちゃんはうちの言葉に反応してくれんかった。
早く頷くなり、返事するなりして、うちを振らんかいっ!そう圭ちゃんに心で毒づいた。
でないと・・・言葉の通り、うちは圭ちゃん離せんからって。
- 300 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:38
- 不意に圭ちゃんは、ふうっと小さなため息と数回の浅い深呼吸をして、それから濡れた頬を拭うと神妙な顔を作った。
「・・・・わかった。」
ようやく、圭ちゃんは心を決めた様だった。
「裕ちゃんが・・・嫌いになった。もう・・・付き合えない。」
そんな辛そうな顔すんな。また、心が揺れる。
きっと・・・まだうちを『好き』だって言ったさっきの言葉は本気だ。
もちろんその『好き』は・・・恋愛で言う所の好きでは無い。その辺の違いを圭ちゃんは自分で上手く収集つけられん様になってる。
辛い事実。
もしかしたら圭ちゃんの『好き』は昔から変わってないのかも知れん。
その想いは友人として、仲間としての『好き』の延長線でしかなくて、本当に『恋人』として・・・人を『好き』になった経験が無い圭ちゃんは、『好き』を履き違えていたのかも。今更にそう思った。
「・・・・わかった。別れよっか。」
泣きっぱなしの圭ちゃんは、うちの言葉に小さく頷いた。
それから、悲しそうな瞳でうちを見つめると、何かを言おうと口を開きかけた。
「圭ちゃん話済んだよな? だから、もう弁解もフォローも無しや。」
圭ちゃんの言葉を圧して、玄関の扉を開けた。
普段ならそう重くも無い扉が、鉛で出来てるみたいに重く感じた。
- 301 名前:独白 投稿日:2004/05/28(金) 20:38
-
「もう用ないなら、早う帰り。うちも自分振った相手がずーっと玄関いるのは気分悪いからな。」
酷く怒った口調で圭ちゃんにそう言った。
泣きはらしている、まだ深く愛してる人間をそんな風に追い出すのは辛かった。
本音を言えば、瞼の腫れが収まるくらいの間、傍に居たかった。
もう泣くなって、圭ちゃんの頭を撫でてやりたかった。
けど・・・もう、うちにはそんな権利は無いから。
それに、いつまでも傍に居られると決心が鈍る・・・そして・・・うちは泣けないから。
圭ちゃんは去り際、何かを言おうとした。
けど・・・それも言わせない様に彼女の身体を押し出して扉を閉めた。
うちは、身体中から血が引けて・・・その場に崩れ落ちた。
どうして・・別れるなんて言ってしまったのか。何度も自問自答しては、さっきの圭ちゃんみたいにぼろぼろ涙を流した。
その場から全然動けないで座っていると、部屋の奥から聞き慣れた電子音が響いてきた。
それは・・・・目覚まし時計の音だった。
うちは、玄関先の剥き出しのコンクリートにしゃがみ込んで夜を明かした事に、その時ようやく気がついた。
- 302 名前:zo-san 投稿日:2004/05/28(金) 20:48
- 番外「独白」中澤さん視点物続きUPです。
あと一回で「独白」は終わらせる予定です。その後の予定は微妙に未定。
>>285 名無し読者さん
レスありがとうございます〜。
番外は簡略化バージョンなので判りづらい点もあるかもです。
そんな時には、本編ちら見しつつ楽しんでくださいっす。_(_^_)_
軽く遅れ気味ペースでUPしていきますが宜しくです。
次回は一ヶ月以内に出来ればなんとか。
- 303 名前:名無し読者。 投稿日:2004/05/29(土) 02:41
- ただ一言。涙が止まりません。ただただ作者さんの文章力に感嘆しております。
あぁもう・・・裕ちゃんががあまりにも・・・・゚・(ノД`)・゚・。 ウワァァァァーン
- 304 名前:zo-san 投稿日:2004/06/28(月) 13:27
- >>303 名無し読者様
中澤姐さんは、本編のよすぃこに続き切ない役回りなのです。
ほんとは・・・救済したい所なんですけどね。
感想ありがとうございます〜!励みになります〜。
一ヶ月以内の更新を目指してたんですが、もう少しかかりそうです。
遅筆で申し訳ありません。しばらくお待ちください。
- 305 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:21
- めちゃ酷い二日酔いよか、もっともっと酷い状態。うちはそんな感じで滑り込む様に仕事場に入った。
今日の仕事は、ごっつぁんと一緒や。仮にも元後輩にこんな状態の自分を見せたくない。
だからうちは、とうにすっからかんだろう、無い気力をどうにかこうにか寄せ集めて仕事に向かう。
仕事も終盤、そろそろうちの気力も、もたんかなって心の中で自嘲する。
そこで、ふと横に居たごっつぁんと目があった。
いつでもマイペースの彼女がなんや知らんけど、うちの様子を気にしてるのかわかった。
なんや・・・自分を映してる鏡見てるみたいやった。
ごっちゃんはとても悲しそうな顔でうちを見てて、それはきっとうちがそないな顔してるからやって、なんとなく思った。
けど、その時はまだ仕事は終わってないから、うちは自分を誤魔化し誤魔化し、問われた事に笑顔でコメントを並べた。
彼女もうちの事を気にしてる様子を隠して、同じ様に笑顔を作っていた。
その仕事が終わったら、なんとなくごっつぁんに呼び止められそうな気がしていた。
「裕ちゃん、次の仕事まで・・・時間ある?」
楽屋に入る寸前。廊下でごっつぁんに呼び止められた。予感は見事に的中。
うちの手首を掴んだ、とても不安げな彼女の瞳をつい凝視してしまった。彼女は何を感じでうちに話かけてきたんやろって思いながら。
「あ・・うち? 今日はこれで終いや。ごっつぁんは・・・この後なんかあるんと違ったかな?」
「ううん。この後に雑誌のインタビューがあるはずだったんだけど急になくなっちゃったんだ」
「ふーん。そっかぁ・・・」
なら一緒ご飯食べにでもいこか?なっちと約束あるなら邪魔せぇへんけど。なんてな。
普段なら当たり前にそれくらいの皮肉交じりの誘いを口にしたり出来るのに、おざなりな相槌を打った後、うちの口から何も言葉は生まれなかった。
- 306 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:22
- 一人になりたいんや。なら、うちは用事があるからって言って帰ったら良い。
けど、一人になりたない。そう思ううちも居る。だったら・・・時間あるなら、少し話していかん?そう言えば良い。
後者は・・言った所で、一体何話すつもりなんやろな。昔にふった子に、恋人に振られて悲しかったなんて話す気なんやろか。うちは・・・なんて自分を嘲る様に口許が緩んだ。
「・・・裕ちゃん?」
黙ったまま動かなくなったうちを、ごっつぁんは不思議そうに覗き見てうちを呼んだ。
「あ・・うち・・・あれや・・・」
これから用事あんねん。ここでバイバイな。そう言葉を用意してた。
なのにごっつぁんの優しげな瞳の色に言葉を飲み込んでしまった。
自分が弱すぎて叶わん。
誰でも良い。誰か・・・倒れそうな自分を支えてくれんかなって、そう思ったら終いやのに・・・目の前の彼女にそれを望んだ。
「ここんとこね。裕ちゃん元気無いなぁって思ってたんだけど・・・今日はそれどころじゃない感じだよねぇ。ごとーで良ければ話とか聴くけど・・・あのね、迷惑なら断ってくれても良いしさ?」
ずっと・・・ごっつぁんには元気ない様に見えてたんやろか。ふと自分を振り返る。
圭ちゃんの細かい変化から、うちはずっと無意識に不安を抱えてたのかもしれん。昨日あんなはっきり言われる前から・・・無意識の不安は拭い去れずにずっとうちの中にあったのかもしれん。
「ごっつぁんから見てて・・・うち・・・ずっと元気なかった?」
「う・・ん。どうしたのかなぁって思ってた。けどもしかしたらごとーの勘違いかもしれなくて、だから訊けなくて困ってたんだ。でも・・・今日の裕ちゃんは・・・はっきりわかるくらい元気ないから訊いてみようかって思ったんだけど・・・」
ぼーっとしている様で案外周囲に気を使っている彼女は、結構な以前から気にしてくれていた様子で・・・それがうちの身体を意地で支えてた細い細い棒切れを取り去った。
「・・・・圭ちゃんは・・・うちのそう言うの・・・気がついてくれてたんかな? 少しは・・・あれっ?って思ってくれたんかな?」
あぁ・・いかん。やばい。泣けてきた。
「ずっと・・傍に居ったのに圭ちゃんは・・うちの不安、気がついてくれてたんやろか?」
- 307 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:23
- うちが不安な時を過ごしている間、圭ちゃんはずっと石川の事だけ考えてたんやないの?って、恨み言にも似てる、けど・・・ただ悲しいだけ。そう言う感情が今になって押し寄せてきた。
ぱらぱらと、心の中で絡まり続けていた感情が、口からこぼれていった。
「裕ちゃん・・・もしかして・・圭ちゃんとなんかあったの?」
眉の間に皺を寄せてどうにもならんくらい辛そうな表情のごっつぁんが、うちの両肩を掴んだ。
もう、何も考えられんかった。うちの表面を繕っていた物がはがれて、気がつけば、うちはごっつぁんの胸借りて・・・泣いてた。
「・・・廊下でこんな泣いちゃってたら、目立っちゃうからさ。中入ろうよ。ね?」
うちはそう言ったごっつぁんにそっと肩を抱かれて自分の楽屋へ入った。
ドアが閉まる音が響くと、うちはまたごっつぁんの胸に顔を押し付けて泣き続けた。
何があった?とかどうしたの?とか・・・始めは訊きたそうだった彼女もうちの身体を無言のまま抱いて、気の済むまで泣いて良いよ。と穏やかな口調で呟いた。
その言葉に促されて、うちは声を上げて泣いた。自分でどうしたらこれが止められるのかわからんくらい、気がふれてるんちゃうかって思うくらい泣いた。
まだ泣きたい・・・けど涙は不意に枯れる。目頭は熱いままなのに不意に止まった。嗚咽が止まらなくて、まだまだ泣いて辛い事全部身体から追い出したいって思っても。
枯れたのは、きっとずっと背中をごっつぁんが優しく撫でてくれてるせい。
圭ちゃん以外の優しい手に触れるのはいつぐらいぶりやろって思った。それが嬉しくもあったし、ふと・・・この手が圭ちゃんであれば良いのになんて事も考えた。もう絶対にあの暖かい手が触れることは無いのに。
「裕ちゃん・・・落ち着いた?」
ごっつぁんの声に顔を上げると、彼女は困った様な、ほっとした様な顔をして。
「がーぁって泣いちゃうと喉渇くよねぇ。ごとーなんかジュースとか買ってくる?」
「・・・いや・・。大丈夫。」
「そっか。じゃ・・・顔洗う?裕ちゃんねぇ今超すごい顔になってるよ?メイク取れまくりー」
にかっと普段通りのごっつぁんスマイル。
うちは、ふわっと足元をすくわれた様に現実に戻された。
- 308 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:24
- もちろん泣いていたのも現実やし・・ごっつぁんの優しい手も現実やったけど。
「・・・うっそ。マジで? そ・・やんな?メイクしっぱなしで泣いてたら・・・うわぁ・・・誰にも見られた無い顔してるわ」
楽屋の壁一面にある大きな鏡を見つめると・・・なんや・・・とても情けない・・・自分が居た。
「やっぱ、ごとージュース買ってくるね。それと着替えて荷物とってくるからさ、裕ちゃん顔綺麗にして着替えて待ってて」
うちがそれに答える間も無く、ごっつぁんは楽屋を出て行った。
「・・・あかんよ。これじゃ家にも帰れん」
鏡をもう一度見て呟いた。
シート状のメイク落としやら、タオルやティッシュを駆使してとにかくすっぴんになる。
メイクが取れると、さっきとは別の意味で酷い自分の顔が現れた。
朝の自分を再現フィルムで見ているみたいや。瞼が晴れてて、頬や鼻の頭が真っ赤。こんな顔普段なら絶対誰にだって見せた無い。
「・・・不覚、やなぁ。うち・・・誰の胸借りて泣いてんねん。アホか」
自分に毒づいて、うちは着替えをする。
訳が判らんままにただ泣いただけでも、多少気は晴れるらしい。気分の重さに身体を動かすのが億劫と言う事も無かった。
こんなもんなんやろか。一生で一番愛してる人に捨てられて、死にたいと思うくらいに悲しくて。
けど・・・泣いただけですっきりする。こんなんでいいんかなって・・・圭ちゃんを好きだと言った自分の自信が何気に揺らぐ。
・・・揺らいだとしてなんだって言うんや。もう・・・そんなんは意味の無い事やんか。
ぐちぐちと考え事をしながら、自分の服に着替え終わった所で、丁度楽屋のドアがノックされた。
どうぞと声をかけると、ニコニコしたごっつぁんが缶ジュースを2本持って自分の荷物持って入ってきた。
「裕ちゃん、お茶とコーヒーどっちが良い?」
「・・・甘くないならコーヒー」
「・・とーね、無糖だって。じゃコーヒーで良いね」
缶の表面を確認して、ごっつぁんはうちにコーヒーの缶を手渡した。それからうちの隣に座って、手に残ったお茶の缶を開けて一口飲んだ。
うちも渡されたそれを開けて一口。口の中も喉もからからになってるみたいで、冷たい液体が通っていく感覚が心地良いと思った。
- 309 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:25
- なぜか、当たり前の様に沈黙が続いて、静かに坦々と時間が過ぎていった。
「と・・・すまん。いきなり泣かれて困ったやろ?」
その沈黙に、先にどうして良いかわからなくなったのはうちやった。
バツが悪くて顔を上げないままにそう謝罪。
「うん。困ったねぇ。突然泣いちゃうとかは・・考えてなかったから」
「・・・本当に、すまん」
「良いよぉ。裕ちゃんが泣いちゃったのって、ごとーが裕ちゃんに変な事訊いちゃったからでしょ? だから裕ちゃん謝んないでよ」
くぴくぴとお茶を飲みながら、ごっつぁんはなんでもない様子でそう答えた。
「ごっつぁんが・・・心配してくれて、嬉しかったわ。なんや・・落ち着いた見たいやし」
「それなら良かった。ごとー怒られるかもって思ったんだよねぇ。泣かせんなやぁーーー!!とかほっとけやぁーーー!とかさ?裕ちゃん言いそうじゃん?」
「・・・うちそんな逆ギレキャラか?」
「逆ギレって言うかさぁ・・意地っ張りキャラって言うかねぇ。なんかわかんないけどそんな感じよー?」
あははとか大口あけて笑いながら、ごっつぁんはうちに視線を向けて、ふと次の瞬間似あわない位の真剣な表情を作った。
「あのさ・・・裕ちゃんがあんな泣くなんてさ。きっと・・・そう言う事なんだよね?」
何もかも判ってる。そんな口調。
そう・・・ついさっき圭ちゃんの名前を出して・・・弱音を吐いた。ごっつぁんが判らんはず・・・ない。
「あぁ・・・ばれた?」
「うん。あんな感じで泣きたいの・・・ね、ごとーも経験あるしさ」
うちに振られた時の事言ってるってすぐにわかった。
ついそれに謝りそうになるけど、それはもう過ぎた事で謝るのも失礼な話と思ってそれを流した。
「なんや・・・つらいもんやな。多少・・・今思えば・・・予感って言うか・・・無い事も無かった。けど、しっかり想像してたってわけやないからな。凹んだわ」
「しょうがないよ。そう言う予感って・・・無意識に考えない様にしちゃうんだよ。誰だって悪い事なんか予感で終わって欲しいって思うもん」
- 310 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:25
- 今のうちよか、全然大人の表情で、ごっつぁんは言葉の一つ一つを噛締めるみたいにして話した。
いつのまにか、誰もが成長してるんやって今ここでは方向違いな感動を覚えながら、うちは自分を振り返った。
「そうやな。振られるまで・・・悪い事考えん様に・・・安心できる材料だけ選んで拾ってた」
ひとつひとつ些細な事を思い出せば、昨日の事なんて簡単に予想がついた事だった。
「振られてからな。『愛してる』って散々言われてた言葉・・・最近は聞かなくなってた事に気がついた。最後もな・・・・圭ちゃん『愛してる』って一言も言ってくれんかったんよ。過去形でも・・・な」
それも予感の一つ。終わりが来る前フリ。その時は全然気がつかない。いや気づかない様にアンテナをしまっていたって今ならわかる。
最後まで『好き』とは言ってくれていたけど・・・それは結局・・・付き合う以前からの感情でしかない。『友人』としてのそれ。
「振られた事は、もちろん悲しい。悔しい。どうして良いかわからん。けど・・・今こんな切ないのはそれだけや無い」
隣にじっとして何でも聞いてあげると、そんな抱擁される様な雰囲気に、押しとどめておく事ができない感情が溢れた。
「圭ちゃんはうちの事なんか愛してくれてなかったんや。恋人として・・・最初っから愛してたんはうちだけやったんや。あんな幸せ全部嘘だったんかなぁ・・・って思えて泣けてくる」
何が辛いって、そう言う事。
お互いに愛し合っていられたと確信できたなら、この切なさだってもう少し種類の違うのも様な気がした。もう少しだけ・・・前をみる努力をしたくなる様な・・・。
「裕ちゃん。それ・・・絶対勘違いだよ?」
うちの言葉を聞いて、それから少し考えるそぶりをみせたごっつぁんが口を開いた。
「圭ちゃんはちゃんと裕ちゃんを愛してたって・・・思うよ」
- 311 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:26
-
「そんなん、ごっつぁんにはわかるって? うちでさえ・・・もう良うわからんのにか?」
「近すぎるからわかんないって事があるんじゃないかなぁ。ごとーはきっと丁度良い距離でね、圭ちゃんも・・・裕ちゃんの事も眺めていられたからわかるんだと思う」
頭をかきながら、言葉を選んで、ごっつぁんはたどたどしく話を続けた。
「愛してなきゃ・・圭ちゃんはあんな幸せそうに裕ちゃんの隣で笑ったりしてないよ。圭ちゃんが裕ちゃんを愛してるって、裕ちゃんを幸せにしてくれるってそうごとーには思えたから、振られた時だって大人しく諦められたんだよ?」
だから、裕ちゃんのそれって間違ってるよ。そう付け足して、少し戸惑う様な仕草でうちの髪を撫でた。
本当にそれは優しくて暖かくて・・・少しずつ自分の心が癒されていくのが判った。
「それに圭ちゃん真面目だから嘘つけないもん。ついてもすぐ自分で苦しくなっちゃうんだ。裕ちゃんだってそれ・・わかってるでしょ?・・・圭ちゃんが裕ちゃんを振ったって事は・・・さ?」
一瞬言い淀んで、けれどしっかりとした口調で続きを言葉にした。
「それって・・・愛せなくなったって事だよね。だから・・・ちゃんと愛してたんだよ。裕ちゃんと付き合っている間は、間違いなく圭ちゃんは裕ちゃんを愛してたんだ。裕ちゃんが振られたのがその証拠だってごとーは思うよ」
普通なら言い辛そうな事をするすると言うごっつぁんに、少しばかり脱力した。
振られたばっかのやつに愛せなくなったとか振られたなんて言葉連呼すんなや。そう言いたくなった。
けど、ごっつぁんの言葉は、まっすぐで素直で・・・本当にうちを考えて、気遣ってくれているからこその言葉。それを知っているから腹は立たなかった。
「・・なぁ。ごっつぁん」
「・・何?」
「うちは・・・ちゃんと愛されてたんかな? そう・・思っても良いんかな?」
「と、ごとーは思うよ? 裕ちゃんだってほんとはわかってるんでしょー?」
再びにかっと笑ったごっつぁんの笑顔に、うちはどれだけ感謝してもし足りないくらい、助けられたんやって思う。
- 312 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:26
- 「・・・それが、梨華ちゃんの背中を押した理由ですか?」
憮然とした表情で胸の辺りで腕を組んで、吉澤は酷く暗い視線をうちに送ってくる。
「それだけやない。それは単なるきっかけで・・でもそのおかげでうちは冷静に色々・・・考える事ができた」
「・・・何を・・・考えたって言うんです?」
「ごっつぁんみたいに・・・振られた相手をいつまでも思いやれるっつーかな。幸せ願える自分で有りたいと思った。それが自分の愛し方になったら良いって思った。だから・・・石川の背中を押した」
ついさっき、うちはわざと疲れきった様子の石川を楽屋へ連れてきた。
何をしたかったのかって、それはもちろん・・・石川の気持ちを確かめたかったんや。本当に、うちがここで大人しく引き下がって圭ちゃんが幸せに・・また屈託無く笑っていられる様になるのか、確かめたくて。
・・・色々と思いがけない告白を聞いてしまう事になって、多少凹まなかったと言えば嘘になる。石川が現れてからずっと圭ちゃんの目は彼女にしか向いていなかったんだって事が良くわかったから。それに昔の事も・・・な。
けど・・・話してみて正解やったって思えた。
石川が・・・あんなに圭ちゃんを愛してくれてるとは想像してなかった。それも痛いくらいに自分に枷をつけて。こっちが辛く泣きたくなるほどに・・溢れそうなその想いを秘めて。
身体も心も必死で圭ちゃんを求めてやまない・・・あの子の背中を押せないほどに・・・うちの性根は腐ってない。
- 313 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:27
- 「中澤さんは、うちに圭ちゃんの背中を押せって。そう言う事言うんですか? 圭ちゃんに恋人取られた人間にそう言う事・・・頼むんですか?」
「酷な話やってうちだってわかってる。けど・・・他に頼めそうなやつおらんねん。うちじゃ駄目や。・・・って言うか・・うちは・・・まだ圭ちゃんに逢いたない」
「・・・偉そうな事言ってる割には、気持ちの整理ついてないじゃないですか」
吉澤の言う通り、うちも全然気持ちの整理なんてついてない。
圭ちゃんとは、全く話せてない。仕事場で逢うのだって・・・辛い。けど、何が辛いってふと顔を合わせた圭ちゃんが・・・ちゃんと笑えてない事やった。
それが、うちを振った罪悪感から来るものなら時間が解決するかもしれん。けど・・そう言う種の物でない事は、圭ちゃんが他のメンバーに見せる表情ですぐにわかった。
「気持ちの整理、つけたいから・・・言ってんのや。仕事場で見かける圭ちゃんや・・・石川がいつまでもあんな暗い顔しとったら・・・諦められるもんも諦められん。うちかて前に進めん。それは・・・吉澤だって一緒なんちゃうんか? あんた何の為に石川振ったん?」
吉澤はさっきからずっとうちを睨みつけたままで、それでも石川を振った理由を問うと幾分視線が下がった。
「・・・他の誰かを好きな恋人放さんでいるの辛いよな。だから見切りつけた?」
「見切りって・・・そう言うんじゃないっ! そりゃ・・・自分が苦しくて・・もう限界だって思ったけど・・・けど好きなんだっ!放さなくて良いなら死んだって放すもんかっ!」
怒鳴り散らす様にしてそう言った吉澤は、少しだけ瞳を潤ませて・・・うちを再び睨みつける。
「吉澤、優しい子やもんな。自分が放さん限り、石川が苦しむだけなんやってわかったからそうしたんやろ? なら・・・吉澤だって・・・石川に笑って欲しいって思わんか?」
押し黙ったまま動かない吉澤の肩を叩く。
- 314 名前:独白 投稿日:2004/07/08(木) 23:27
-
「・・・もしも・・で良い。その気になったら圭ちゃんと話してくれんかな? 何でも良い。恨み言でもなんでも。ただ・・・石川を本当に好きなら諦めんで欲しいってうちが思ってる事伝えて欲しい。・・・お願いやから圭ちゃんを・・・助けたって」
吉澤からの返事は無い。無理も無い話やな。・・・うちは酷い事この子に頼んでる。
自分が楽になりたいが為に・・・この子を酷く傷つけただろう圭ちゃんの為に・・・って。
でも、圭ちゃんがどれだけ石川を愛してるのか・・・この子にも知って欲しいと思った。
あんたに負けんくらい・・・圭ちゃんも石川が好きで・・・だから大丈夫やって。あんたの選択は間違いやなかったって教えてやりたい。
ふと長い沈黙の後、吉澤は細い声で呟いた。
「・・・考えておきます。でも期待はしないでください」
それだけ言って、きびすを返すと吉澤はおぼつかない足取りでうちの楽屋を離れていった。
こんな事で色んな何かが解決する訳でもない。
けど・・・それでもうちはやるべき事を・・・未だに愛してやまない彼女の為に出来たかも知れないと。
少しだけ・・・前に進めている様な気がした。
End
- 315 名前:zo-san 投稿日:2004/07/08(木) 23:34
- ごめんなさい。_(_^_)_
独白の一部、UPし損ねました。
>>312と>>313の間なのですが、数行文章が抜けました。
何となく話としては流れで判るのですが、一応抜けてしまった部分をUPしておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
後は、圭ちゃんをどうにかしないとなと思った。
石川の話を聞いて、どうして圭ちゃんが頑なに『気持ちを伝えられるだけで良い』なんて抜かしとったのか想像ついた。
ごっつぁんに最近吉澤と石川が別れたんだって話を聞いたって言うのに、ふと見かける圭ちゃんはいつまでたっても暗いままで・・・うちを振っておいて行動起こさんのかって妙に悔しい気分になったりもした。
あの言葉は、単に吉澤の恋人やから・・って訳やなかった。あの性格や。自分でどんな過ちを犯したのか本人が良う自覚してるはずで、自覚してるからこそ、石川が自分を好きだなんて考えもしないんやろなって思った。
だから、うちは吉澤を呼んだ。うちの想いと、石川に聞いた話を端折って大まかな事情を話した。
・・・協力してもらえんやろかって。そう頼みたくて。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
とこんな感じの文章が間に入るはずでした。本当に最後の最後に申し訳ありません。
- 316 名前:zo-san 投稿日:2004/07/08(木) 23:36
- と、あらためまして。
番外「独白」終了です。
「独白」の後日談としては、結局吉澤君は保田さんの家に行く訳ですね。で、帰りに石川に逢う。これが本編。
ごっつぁんが裕ちゃんを気にしてそわそわしてるから、なっちは不安になってる訳で裕ちゃん圭ちゃんの別れ話を聞いたから、それで合点がいくと、それが本編の一コマ。
と、そんな感じで本編も見ていただけると嬉しいです。
無事番外2本も書き終わり、これでこのスレは連載終了です。_(_^_)_
他にも幾つか番外で書きたい事はあったのですが(上の2点について詳しくとか)そう言ってると際限なく書き続けそうな自分が居たのでやめました。(笑
長々と遅筆の本編、番外を読んで下さっていた方にはとても感謝です。ありがとうございました。
沢山のレスもありがとうございました。ここでは初小説書きだったので励みになりました。
また、機会があればどこかに現れるかも知れません。その時はまたよろしくお願いします。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/10(土) 21:52
- おつかれさまでした。
楽しく読ませていただきました。
自分的には、やすよしの話とか、圭ちゃんバージョンとか・・・
際限なく続けてほしいところですが・・・
また、機会があれば番外編第3弾もお願いしたいです。
- 318 名前:ナナシー 投稿日:2004/07/14(水) 09:57
- おつかれさまでした。
楽しく読ませてもらいました。
でも私も、やすよしの部屋のなかでの会話とか、やすいしのその後とかの番外編とかをみたいなあと正直思っています。
一番大好きな小説でしたので。
- 319 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/15(木) 02:53
- やすよしの番外編みたいなあ。
- 320 名前:名無し読者。 投稿日:2004/07/22(木) 09:51
- 番外編を含めての完結、おめでとうございます
そしておつかれさまでした。
また圭ちゃん絡みの作品を書かれることを期待。
- 321 名前:zo-san 投稿日:2004/07/23(金) 09:55
- おまけ<やすよし部分+α>更新します。
- 322 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 09:56
- 誰も来る予定などないのに、インターフォンがなった。
宅急便か、はたまた何かのセールスか。
・・・もしくは、ここ数日何度も電話やメールを送ってくるその人か。
そう考えて、保田はそれに出ようとする手を止めた。
けれど、彼女であるならばこのマンション内へ入ってくる暗証番号を知っているはずで。
メールが本当ならあの小さな公園でじっと来ないだろう自分を待っているはず・・・変な所が頑固だから。そんな風に保田は思った。
インターフォンの手前で止めていた手を再び動かし、ボタンを押す。
すると小さなスピーカーから聴きなれた、けれどそれこそ、今ここへ来るはずなどない人物の声が飛び込んできた。
『圭ちゃん、吉澤だけど・・・マンションの中入るドア開けてくんない?』
「え・・と・・・どうした?」
『話があるんだ。開けてくんない?』
短い用件。抑揚のない口調。
それでも吉澤が、何か決意めいた力強さを持ってここに居るのだと、保田にも感じ取れた。
「・・・良いよ」
嫌とは言えなかった。
保田は、マンションのエントランスを開けるボタンを押して、インターフォンから離れた。
お茶を飲みかけだったコップをキッチンに片付け、雑然と投げ出していた雑誌を気持ち程度にまとめて部屋の隅に置く。
何気なくそう身体を動かしてしまったのは、別に吉澤を部屋にあげるつもりだからと言う訳ではなく、彼女が部屋まで来る数分が保田にはやけに長く感じられたたからだ。
簡単に部屋を片付けてから部屋の玄関へと向かうと、インターフォンが部屋の前まで吉澤が来た事を示した。
- 323 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 09:57
- 保田が、かちゃんと微かな音をたてて鉄製の扉を開くと、そこには表情なく立っている吉澤が居て。
「吉澤・・・話って?」
「うち、梨華ちゃんと別れたからさ。綺麗さっぱり」
お互い話を早く済ませたい。そんな雰囲気で挨拶もなしに本題に入る。
それでも、中途半端に扉を開けたままに立ち話もと思ったのか。
「・・待った。せめて玄関入ってからにしようか。このフロアって案外、人の話し声が響くから」
保田はそう言って、吉澤を扉の内に入るよう促し、吉澤もそれに応えて中へ入る。扉が再びかちゃりと音を立てて閉まった。
「その・・話ね。あんたらが別れたのは知ってる。何となく耳に入った程度で詳しくは知らないけど」
「なら・・・話早いや」
「何・・・文句でも言いに来た?」
「そう・・だね。文句かな・・・言いに来た」
すっと目を伏せた吉澤は、落ち着かないそぶりで頭を掻いて言葉を止める。
しばらく吉澤の言葉を待っていた保田だったが、中々に始まらない吉澤の話の前に・・・と言う感じで口を開く。
「まぁ、来てくれて丁度良かった。あたしも・・少し落ち着いたら吉澤にお願いしたいと思ってた事があったから」
不意に紡がれた保田の話に、吉澤は少々びくついた様な形で顔をあげる。
「え・・何? 圭ちゃんが・・・うちに?」
「うん」
頷いた保田は、見つめれば緊張で息を呑むほどに真剣な眼差しを吉澤に向けて。
「今日はいくらでも文句聞くよ。前みたいに気が済むまで殴ってくれたって構わない。他に何か・・吉澤が望む事があるなら何でもする・・・だから」
途切れた保田の言葉の先にあるものが、吉澤には未来を見てきたかの様に、それこそ手に取るように判った。
それでも、保田の言葉を奪わずに吉澤は静かにその先を待つ。
- 324 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 09:57
- 「お願い・・石川の傍にいてあげて。・・・石川があんな風に振舞ってたのは全部あたしのせいだから・・石川は全然悪くない」
「圭ちゃんは・・・うちに梨華ちゃんと別れるなって、そんな事頼みたいんだ?」
やはりと思いながらも、それを顔には出さずに吉澤は保田を睨むように見据えて。
「うちが別れたのは、梨華ちゃんの行動が圭ちゃんのせいだけじゃないってわかったからだよ」
「何・・誤解してるの? あれは全部、あたしが無理やり石川を・・」
「ちゃんと聞いたんだ。前に圭ちゃんに呼ばれてここに・・この部屋に来た事あったじゃん? その後・・・梨華ちゃんに全部聞いた。梨華ちゃんが誘ったんだって本人がそう言ったよ」
保田は、あからさまに困惑の色を見せて口を噤む。全く事実を知らなかった保田に、吉澤は尚も言葉を続けて。
「あのさ・・・うちが居るのに梨華ちゃんが圭ちゃんを誘ったのはどうしてかな?」
保田は答えるそぶりを全く見せず、重苦しい沈黙だけがが続いた。
ふと吉澤は何を思ったのか言葉もかけないままに保田の肩と頬に手を置いた。
ゆっくりと保田の顔に自分のそれを近づけて・・・呟く。
「答えたくないなら別に良いよ」
「・・・吉澤?」
「ただその代わり・・・このまま圭ちゃん抱いちゃって良い?」
一瞬見せた吉澤の冷ややかな笑みは、保田の身体を萎縮させ、その言葉には言い様のない恐怖感が煽られた。
「吉澤?・・な・・何・・・言ってんのよ?」
「圭ちゃん、さっき何でもしてくれるって言わなかったかなぁ。ムカつくから抱かせてよ。そしたら梨華ちゃんの事考える」
吉澤は強引に保田を抱き寄せると、玄関先の廊下に保田を座らせて押し倒した。
- 325 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 09:58
- 仰向けの保田に身体を重ね見下ろして、吉澤は緊張で唾を飲み込んだ保田の首を片手のひらで握り、力を込める。
「圭ちゃん怖い? ・・・だよね。うちの力じゃどんなに嫌がったって・・・逃げらんないしさ。好きでもないヤツに無理やりやられんの・・めちゃ怖いだろうね」
吉澤の丹精な顔が再び冷徹な笑みを作ると、保田の背中には冷たい何かが流れた。
恐怖心に近い感情をあらわにした保田の胸元に、吉澤はゆっくりと手を置いて。
「前・・・こんな風に、嫌がる梨華ちゃんを無理やり圭ちゃんは抱いたんだってね? そんな人をどうして梨華ちゃんはまた誘ったんだろう?」
心の底から不思議そうに、吉澤は保田に問うた。
それを吉澤が知っていると言う事実に驚愕し、また口には出したくない言葉を回答とする質問に、保田の口は鉛の様に重くなった。
「・・・ねぇ。どうしてさ? なんかおかしくない? 普通ならそんな事思わないよね? 圭ちゃんが今うちにやられたとして・・・また誘ったりする?」
「石川のは・・今の・・・あんたと一緒よ。あたしがムカつくから。嫌いだから・・・憎んでるから・・・あたしが傷つけたから・・だから石川は償えって・・・」
今更に判りきった事だとしても、保田自身、石川が保田に伝えた言葉を口にするのは血の止まりかけた傷口をわざと開くような物だった。
保田は、悲観にくれた激痛に耐えている風な表情を吉澤に見せる。
「・・・・へぇ・・それが梨華ちゃんが望む償いだったんだ」
吉澤は、消えそうな程の小さな声で、僅かに辛そうな顔をして自身を納得させる様に言葉を吐いた。
それから、ふと今保田の存在を思い出したと言う風に、保田の服の中に手を滑らせて、肋骨を指でなぞった。保田の身体がぎゅっと硬直する。
「圭ちゃん、自分を好きだなんて思ってない梨華ちゃんにこんな事してさ・・・もちろん悪いって思ったんだよね?」
「・・・思ったわよ」
「なら、うちにあんな密告しないで、ずっと梨華ちゃんに与えてあげたら良かったじゃん。中途半端に誘いにのってはじめは与えてたくせに・・・どうして償いを放棄したのさ?」
保田は、組み敷かれている状況を諦めたのか、慣れたのか、強張っていた身体から力を抜いた。
- 326 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 09:59
- 短い呼吸を数回繰り返してから、吉澤に自嘲にも似た笑みを見せる。
「簡単なことよ。吉澤に嫉妬したから。吉澤に抱かれてる石川を想像してしまうと辛かったからよ。自分の物にならない石川を・・殺してしまいたいって思ったからよ。だから・・・距離が欲しかった。他に償える方法はないかって・・・考えたかったの」
「なるほどね。それで、自分の気持ち抑えるのに、楽になるのに・・うちを利用したって訳だ?」
「そうだよ。楽になる為に・・・利用した。けど・・その方が石川にとって良いって思ったのも・・・本当。あたしじゃ・・・石川を心から笑顔にしてなんかあげられない。あたしの事は、もう気の済むようにしてくれて良い。だから石川の事だけ想って。考え直して。それがあたしが見出した石川への償いよ」
「へぇ・・・そうくる? 良いんだ? このままマジやっちゃって。それが梨華ちゃんへの償いになるって思ってるんだ?」
微かに頷いた保田に、吉澤は呆れた様子でそう答えると、不意に頬を力いっぱいつねった。
「なんて言うかなぁ。圭ちゃん最低最悪な・・独りよがりの愛し方。バカすぎて・・・頭が痛いね。少しはうちとか中澤さんの事、見習って欲しいよ」
何が起こったのかと、目を丸くして呆然とする保田に眉を顰めた吉澤が言う。
「嫉妬で・・・殺したい位好きなら、なんでわかんないかな? 梨華ちゃんの本音。しっかし・・なんでこんな鈍感なのが良いんだか・・・うちにはさっぱり理解不能だね」
大きなため息をつきながら、吉澤は保田の上からひょいと身体を退かせて立ち上がる。
未だ状況が判らないままに、玄関先の廊下に転がっている保田に吉澤は苦笑を投げた。
「圭ちゃん、梨華ちゃんは・・・好きでもない人に何度も身体許せるほど・・軽い子なんかじゃないんだよ」
「そんなの・・言われなくたって・・・わかってる。そんな子にそうさせてしまったのは・・・あたしなの」
吉澤の態度の軟化にようやく気持ちが追いついたのか、保田は床に手をついて上体を起こすと、低めのトーンでそう答えた。
その答えに、吉澤は先ほどよりも大いに苦笑する。
- 327 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 10:00
- 「・・・なんだか、自慢されてるみたいに聞こえるなぁ。それ」
「なんの・・自慢よ?」
「梨華ちゃんを変えたのは自分だってさ。圭ちゃんは特別なんだって言われてる気分。ま、実際そうなんだけど・・・」
「そうね・・・石川には特別に嫌われてるわよ。けど、そんなの・・・」
自慢にも・・ならない。そう呟いて項垂れた保田の顎に吉澤は指を伸ばした。
「全部教えるのは悔しいから・・・少しだけ教えてあげるよ」
吉澤の指が触れてぴくっと顎を引いた保田の顔を吉澤は強引に上げさせて、保田の曇った瞳を見つめる。
「梨華ちゃんにとって・・圭ちゃんは本当に特別な存在なんだ。そんな事うちだけじゃなく・・中澤さんだって知ってる。見る人が見たら簡単にわかる事だよ」
「・・だから・・・それは・・・」
「もちろん・・それは圭ちゃんの思ってる様な意味なんかじゃない。ついでに・・・梨華ちゃんはやっぱり今でも軽い子じゃないよ。どんな理由があっても・・・好きな人以外に身体を許すなんて、身体を求めるなんて事・・絶対にしない」
強い口調でそう言うと、吉澤は保田の顎から指を離して。
「うちが今言った事・・・それがどう言う意味なのか、ちゃんと考えてあげるのが梨華ちゃんに酷い事して傷つけた圭ちゃんの償いだよ。ついでに・・失恋した中澤さんとうちへの謝罪にもなる」
吉澤の言葉の意図がつかめないで、保田はただ無表情に吉澤を見上げた。
その視線を受けながら、吉澤は一歩後ずさり、帰るというそぶりをみせる。
「圭ちゃんが必死で考えても答えが出せないって言う救い様のない鈍感なら・・・さっきの圭ちゃんの頼み考えても良いよ。うちだってまだ・・梨華ちゃんが好きだから」
「吉・・澤っ」
それじゃ。と呟いて、くるりと背中を見せた吉澤を保田は呼び止めた。
扉のノブに手をかけた吉澤は、それに反応して首だけ玄関先に座りっぱなしの保田に向ける。
- 328 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 10:01
- 「ん?・・・・何?」
「・・・文句・・・言いに来たんじゃなかったの?」
「もう・・・言ったよ。多分。」
「え?・・・いや・・・そう・・だった?」
混乱と戸惑いを露に吉澤を見つめる保田に、吉澤はおどけた口調で。
「バカとか鈍感とか遠慮なく言わしてもらったし、圭ちゃん怖がらせる事も出来たし・・・うちはそれで結構すっきりした。だからそれが全部うちの文句だったと思ってよ」
「・・・そう・・なの?」
「うん。そう。だからうちは帰る。圭ちゃんの考える時間を邪魔しちゃ悪いからさ」
吉澤は爽やか過ぎる程の笑みを保田に向けてそう言うと玄関の扉を開ける。そしてまた保田に視線を送ると言葉を続けて。
「圭ちゃん、その答えが出たらちゃんと行動してよね。でなきゃ、マジでうちがここに来た意味がない」
吉澤の視線と言葉はさり気ない優しさを感じられた。
と言って、何の考えも見出していない保田としては、それに頷いたり了解の返事をする事もままならず、ただ吉澤を見つめた。
吉澤が保田に向ける視線を外し、この場を去ろうとするその背中を見て、保田は、ふと何か思い出した様に口を開く。
「待って。吉澤。」
「何?・・・まだ圭ちゃんなんかあるの?」
呆れ顔の吉澤の問いにうんと頷くも、何か悩むそぶりを見せながら保田は髪をかきあげた。
しばらく何も言わない保田の様子に吉澤の呆れ顔に拍車がかかり始めると、保田は焦りを露に言葉を発する。
- 329 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 10:02
-
「あのさ・・多分・・・もしかしたら・・・すぐ傍の公園に石川が一人で居るかも知れないの」
「ん?・・・へぇ・・・梨華ちゃんが?」
「現状・・考えたら吉澤に頼むのも・・悪いとは・・思うんだけど・・・もし居たなら、そろそろ暗くなるし・・危ないからさ。吉澤、帰るなら公園に居る石川拾って帰って・・欲しい」
「そんな危ないって心配するなら、圭ちゃん逢いに行ったら? また、うちを利用する気?」
「いや・・・そう言うつもりじゃ・・・でもちょっと・・・あたしには・・・」
吉澤は、しどろもどろになった保田の姿を満足げな様子で面白がってから。
「なんてね。嘘。それくらいなら頼まれても良いよ。そう言う状況ならうちも心配だし。梨華ちゃん事」
「ありがと・・・ごめん・・・宜しくね」
軽く手を上げて保田に「任せて」のサインを送ると、吉澤は扉の外へと消えていった。
残された保田は、部屋に戻ると吉澤の残していった言葉をひたすら考ええてみた。
どんな方向から考えを巡らせても、何度となく考えなおしても、吉澤の言葉からは自分に都合の良い答えしか導き出せない。
それで・・・本当に良いのだろうかと保田は悩む。
行き着いた答えが本当に正解であるならば、自分はどんなに救われるか。
うっすらと心に陽が射した様な喜びを混乱した頭は、その答えから見出そうとする。
けれど、石川の言葉を思い返せば、そんな事はやはりありえないとも同時に思う。
保田は、どうしてもその自分で出してしまいそうな結論が正解だとは思えなかった。
- 330 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 10:03
-
あぁでもない、こうでもないと。
保田はソファに深く腰を下ろし、天井を見上げたまま、気持ちと脳みそをフル回転させていた。
そんな保田の行動を突然鳴り響いたインターフォンの音が途切れさせた。
「・・・ったく・・いそがしいのに・・・誰よ」
頭は尚も「吉澤の言葉について悩む」という作業をし続けていて。
けれども、不意に頭脳と切り離された身体は「音が鳴ったらインターフォンに出る」と言う日常では当たり前の行動を無意識に取る。
「・・・はい」
応答が無い事に、保田は少しばかりイラついて。
「・・・もしもーし?」
少しだけ声を大きくして再び呼びかけてみる。
それでもしばらく返事がないから、保田はそれを間違いか悪戯であると認識した。
だから、もう切ってしまおうそう思った瞬間。保田の心音が跳ね上がる。
人の呼吸、吐息が僅かに聞こえた気がした。その先には・・・あの焦がれて止まない声があるはずで。
『・・・石川です』
何もかもが保田にとって不意打ちだった。
髪の先から指の先まで、身体の細胞の全てが歓喜する感覚。
その声を聞いただけで泣きそうになる喜びをどう表現したら良い?
保田の手のひらが自然に口許を塞ぐ。
好き。逢いたい。抱きしめたい。
どれだけ自分を戒めても・・・そんな言葉が口から零れていきそうだった。
『どうしても・・・お話したい事があるんです。お願いです。逢って・・貰えませんか?』
石川の言葉は続く。
保田は、その呪縛から逃れたいと必死に願う。
それは、いたって簡単なことだ。フォンを切ってしまえば良い。なのにそれが出来ない。
自分の意思かどうかもわからない、ただ病的に「彼女に逢いたい」とだけ叫ぶ心を時間をかけてどうにか収拾をつける。
- 331 名前:おまけ<やすよし部分+α> 投稿日:2004/07/23(金) 10:03
- 「・・・何? そこで言えない事な訳?」
どうにか気持ちと折り合いをつけて出した声は、意外にも冷静で・・・坦々と紡ぐ事ができた。
どれだけ、これで彼女を騙してきたか・・・長い長い間にそれはきっと身体に染み付いたものだ。
『直接お逢いして・・・話したいんです』
「明日の仕事一緒じゃない。それじゃ駄目なの?」
『明日お逢いして・・・保田さんは私の話をちゃんと聴いてくれますか?・・・逃げたりしませんか?』
逃げるだろう。保田はすんなりとそう思う。
どれだけ悩もうと、考えようとも・・・保田にとってはやはり石川の「嫌いだ」「憎んでいる」そんな言葉が全てで。
逢いたくない、話したくないと思ってしまうのは、再びそれを自分の耳で聞くのは耐えられないからだ。
そして・・・それを聞いたとして目の前にまた再び・・・身体をさられ出されたなら、もう自分を止める事は叶わない。それがたとえ石川傷つけようとも。そんな予感からだ。
「・・・かもね。」
無意識に呟く。
その先、保田はどんな言葉を交わしたのか、覚えがない。
なるべく軽口を装い、どうにか会話を終わらせようと、それだけを努めていた様に思う。
けれど、ある瞬間、耐え切れなくなったのだ。その声だけを感じている事に。
すぐ傍にいる彼女にどうしても逢いたいと・・・触れたいと、保田の指先は勝手にエントランスを開いた。
「・・・良いよ・・・信じてあげる。」
行動に意味をもたせたいが為。
多分それだけの為に、保田は付け足す様にそう言った。
話して・・・もしも彼女の身体に少しでも触れてしまったら・・・アウトだ。
そんな判りきった危機をなぜ望もうとするのか。身を置こうとするのか。
そんな事は知りすぎてる。
どんなに傷つけても、傷つけられても・・・諦められない。
ただ、好きで仕方が無い。それだけだ。
「あたし・・・ほんと・・バカだ」
保田は自嘲の笑みを浮かべ、おぼつかない足取りでふらふらと玄関へと向かった。
END
- 332 名前:zo-san 投稿日:2004/07/23(金) 10:04
-
ごめんなさい。_(_^_)_
完結宣言してからのUPってルール違反じゃないかなぁと思いつつですね。
皆さんからのご意見を踏まえつつ、自分でもちょっと保田吉澤のやり取りくらい書くべきだなと思い直しまして、今回の更新になりました。
以前に完結としているので、何人の方に気がついて頂けるか判りませんが、読んで頂けたら幸いです。
ここで書く事は、本当に色々勉強になりました。
毎回、個人HPで更新する以上に緊張し、逆にポカをしてしまったりと読んでる方にご迷惑おかけしました。
またスレを立ち上げた際には見ていただけると嬉しいです。
- 333 名前:zo-san 投稿日:2004/07/23(金) 10:05
-
>>317 名無飼育さん
楽しく読んで頂けた事がとても嬉しいです。
やすよし編結局書いてしまいました。
さすがに圭ちゃんバージョンまでは手が回りませんでしたが、読んで頂けると嬉しいです。
>>318 ナナシーさん
一番とか・・あのちょっとテレまくりで嬉しいです。調子に乗りそうです(笑
やすいしその後は書けませんでしたが、空白だったやすよし部分を楽しんで頂ければ素敵です。
>>319 名無し読者さん
えと・・・やすよし書いてしまいました。見てやってください。
>>320 名無し読者。さん
無事完結です。今度こそ・・本当に完結です。
今後また圭ちゃん物をこの板で書く事がありましたら、よろしくです。
皆さんレス本当にありがとうございました。
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