リキッドチェイン
- 1 名前: 投稿日:2003年06月10日(火)23時01分21秒
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ほら、
キミとボクを結ぶ絆はどこまでも続いている。
それは絹のようになめらかで、綿のようにやさしくて、紅のようにはげしくて。
もう、はなさないよ。
いつまでも。
ずっと。
- 2 名前: 投稿日:2003年06月10日(火)23時02分02秒
-
─────。
- 3 名前: 投稿日:2003年06月10日(火)23時02分44秒
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『リキッドチェイン』
- 4 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時03分42秒
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耳をふさいでも手のひらを突き抜けてささやいてくる声。
──そわそわ。そわそわ。
当たり前だ。休む間もなくさっきからずっと、その大きな身体で受け止めているのだ。上空2000mから勢いよく放たれる無数の弾丸を。
終端速度でたたきつけてくる雨粒を撥ね返すたび、大地は微かなうめき声を漏らす。
──そわそわ。そわそわ。
ミクロの声も地球の面積だけ集めれば、世界全体をその響きで封じ込めてしまう。
だから雨の日には、ふだん聞き慣れない声を耳にしてしまい、落ち着かなくなる。心が掻き乱される。
- 5 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時04分26秒
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窓を開けてみた。いっそうはっきりと、濡れた大地に雨粒のぶつかる音が聞こえてくる。
雨はあきらめない。何度も何度も繰り返し大地に挑む。
気の遠くなるほどの手数で、雨は大地に襲いかかる。
やがて大地はその努力に敬意を示すように、少しずつ砂の粒子を解き放つ。雨粒と砂粒は溶け合って、なめらかに流れ出す。
そっと視線を校庭の隅に並ぶ木々に移してみる。
流れ着いた雨と砂は、きっと鮮やかな緑を彼らにもたらすのだろう。
- 6 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時05分12秒
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ぴちょり。
アルミサッシュの上で撥ねた雨粒の欠片が、薬指の上に乗った。
じわりと肌の上に広がって、ひんやりとした感触を身体の中へと染み込ませてゆく。
そっと、違う方の手の人差し指で、その水滴を掬う。でも、すぐに体温で蒸発してしまった。
今のしずくは、きっと急いで空に戻って、もう一度地表にアタックしてくるんだろうな。
雨はあきらめない。何度も何度も繰り返し大地に挑む。
- 7 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時05分53秒
-
でも──。
──そわそわ。そわそわ。
絶え間ない声。まるで何かの呪文のようだ。
雨がなければ、待っているのは果てしない渇き。必要なモノだってことぐらい、わかっている。
だけど、こうして、ずっとささやいている声を聞いていると、息が詰まるのはなぜだろう?
薄い膜にだんだん包まれて、暗い繭の中に閉じ込められていくような気持ち。
- 8 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時06分37秒
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「おーい、みきたーん!」
雷のきらめきにも似た声だった。輪唱のように繰り返される呪文を掻き消す、高い声。
振り向くと、教室の入り口に亜弥が立っている。大きく広げた手のひらを、左右に振っている。
青地に白い水玉のリボンで留められたポニーテイル。軽く茶色に染められた髪がいたずらっぽく揺れる。その髪の先にまで、彼女のヴァイタリティが満ち満ちているのがわかる。
美貴が気がついたのを確かめると、どうすれば自分が一番かわいく見えるか知り尽くしている亜弥は、ちょっとだけ上目づかいに覗き込んでみせる。ほっぺたから口元へと至るシワは、その無邪気な笑みに不思議な落ち着きを与えていた。
- 9 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時07分23秒
-
窓を閉める。ささやき声が少しだけ、遠のいた。
「どうしたの?」
美貴はそう声をかけて、歩み寄っていく。
亜弥は白い歯を見せた。あと五歩くらいの距離まで美貴が迫ったところで、ぴょんっ、と教室の中に飛び込む。そのまま美貴の目の前に立つと、腕をつかんで一気に引き寄せた。
「いっしょに体育館行こ、ね!」
入学してから2ヶ月経たない1年坊主が堂々と3年生の教室に入ってきて、タメ口きいてじゃれ合っている。そんなおかしな状況を周囲に冷静に判断させる間もなく、亜弥はたたみかける。
「ほら、はやく行こっ!」
言うと同時に腕を絡ませ、全身で美貴を教室から押し出した。
- 10 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時08分21秒
-
「ちょっと待っ…」
「ダメ! 待ってたらみきたん他の人と行っちゃうもん」
廊下に出ると八分休符をひとつ挟んで、方向転換。上履きの底が擦れる音とともに、薄紅色の唇をきゅっと引き締めてまばたきの合図を送って、それから大きなストライドで歩き出した。
「ずっといっしょにいたいってコト、わかってくれるよね?」
心なしか、つかまれた腕に柔らかい感触を覚えた。鼻から吐いた息に、思わず喉の奥から声が混じった。
「うん…」
「よろしい」
亜弥は歩みを止めることなく、満足げにもう一度唇を引き締めた。
- 11 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時09分06秒
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二人三脚でもしているかのような、均等な歩幅、リズム。雨と大地の織りなす歌をバックに、等速運動を続けるふたり。
窓のない、いつも薄暗いトンネルみたいなLL教室の脇を通れば、すぐに階段。
「あっ」
その角を折れ曲がったとき、亜弥とは違う高い声が上下の踊り場に響いた。
明るい褐色の髪が宙に浮いて、次の瞬間にその顔を隠す。美貴の目に映った光景はそれがすべてだった。
- 12 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時09分54秒
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「ごっ、めんなさい…」
咄嗟に口を突いて出た美貴の言葉に、相手は顔にかかった自分の髪を払いのける。少し薄い眉と無機質な二重まぶたの眼とが、ふたりの視界に飛び込んできた。
真一文字に結んだ唇。ツヤのない瞳で見つめ返すと、何ごともなかったかのように髪の毛を掻き上げ、首を軽く前後に揺すって、無言のまま階段を下りて行った。その乾いた動きは、爬虫類を連想させた。
──後藤真希。
声にならない声で、美貴は呟いていた。
「ゴトウ先輩」
なびいた髪の残像を見つめて亜弥が漏らす。が、すぐに力を込めて再び美貴の腕を抱き締めると、階段を下りはじめた。でも、その足取りはさっきに比べてわずかに遅かった。
- 13 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時10分32秒
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美貴は引っ張られながら、なぜか真希の瞳を思い出していた。ニュートラルな、いや、無菌室みたいな、真空みたいな瞳。ガラス玉なんてもんじゃない。こう──。
「みきたんっ!」
亜弥の声に、現実に引き戻された。
「もう、ぼーっとしちゃって。みきたんはあたしがいないとダメなんだから──」
歩きながら、渡り廊下に置かれたスノコ板が、ガタガタと音を立てた。それは湿った空気の中でも予想以上に大きく響いて、美貴はそれで目が覚めたような気分になった。
- 14 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時11分20秒
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──そわそわ。そわそわ。
入り口に置かれたマットで砂を軽く落とす。そうして入った体育館の中は、どこか浮わついていた。高い天井全体に広がる雨音は、そのなんとなく噛みあわない雰囲気を頭上から足元へ向けてゆったりと沈澱させていた。
クラスごとの列はまだきっちりとはできていなかったが、それでも学年ごとにかたまっているのが遠目にもよくわかった。
不意に腕を押さえる力が強くなったのを感じた。一緒にいられる間はできるだけ長くそばにいたい、という亜弥の意志が伝わってくる。
「ほーい、ふたりとも」
飄々とした調子の声がかけられた。
見れば、亜弥のクラス担任である中澤がこちらに歩いてくる。いつものように、わずかに汚れた白衣を着込んでいた。
- 15 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時12分08秒
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「仲がいいんはわかるけど、はよ並びぃや。そんなんやからいっつも整列するのに時間食って困るんよ。ウチらの苦労も少しはわかってや、ホンマ」
「いーじゃないですかぁ、先生方だってまだそろってませんしぃ」
「そらそうやけど……、ホラ、藤本も最上級生なんやから1年生に手本見したらんと!」
中澤は美貴に直接の矛先を向けてくる。が、ほっぺたを膨らませた亜弥が素早く切り返す。
「先生のケチ! そんなんだからいつまで経っても結婚できないんですよぉ」
「ケチでけっこー。それにウチは結婚できないんとちゃうで、結婚せえへんだけなんですぅー」
教師と生徒のくせに、中澤と亜弥は傍目から見れば同レベルのやりとりを繰り広げている。
- 16 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時12分57秒
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美貴がふたりから視線をはずすと、真ん中の2年生の列の中、褐色の髪でまっすぐにたたずむ背中が目に入った。──後藤真希だ。
ふつう、女子生徒はクラスで仲の良いグループをつくって一緒に行動するものだ。しかし、さっきといい今といい、彼女はひとりきり。
その存在を決して主張するふうではない。しかし、誰にも動かしがたい態度。まるで、この冷え切ったフローリングの大地に根を生やした木のよう。毅然と、まっすぐに、立っている。
「みきたん、後でね」
亜弥は耳元でそれだけ言うと美貴に投げキスをして、そして中澤にアカンベーをして、1年生の群れへと消えていった。
「ほれ、3年はあっち。アンタもボーッとしとらんと、はよ並びぃや」
中澤にポン、と背中を押されて、美貴は3年生の列へと入っていった。
- 17 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時13分42秒
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通例、朝礼なんてのは退屈でたまらないものだ。だが、この日は少し様子が違っていた。
つまらない校長の挨拶の後、スーツ姿の見慣れない女の人が4人ほど、壇上に立ったのだ。校長は、わが校の卒業生で教育実習に来ている、と彼女たちを紹介した。
軽くざわめき立つ生徒たちだったが、わざとらしい咳払いでそれは制される。
期間は2週間、迷惑をかけることのないように、という言葉の後、実習生がそれぞれ軽く挨拶をして、朝礼は終わった。
それにしても、実習生のひとり、顎にホクロのある人がまばたきもせずに真希のいる辺りを見つめていたのは、美貴の気のせいだったのだろうか?
- 18 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時14分17秒
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◇ ◇ ◇
- 19 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時15分15秒
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ホームルームが終わってカバンに荷物を詰め込む。隣のクラスからもガヤガヤと声が聞こえてきて、堰を切ったように校舎内には放課後の空気が溢れ出した。
部活動へと急ぐ生徒、教室で雑談を続ける生徒。そのどちらにも属さない美貴は、窓から廊下へと抜けていく風のように自然に、教室を出た。
体育館へ向かうのと反対側の方角の階段をゆっくり、下りていく。
- 20 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時16分09秒
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昇降口が見えてくる、よりも先に、水玉のリボンとポニーテイルが揺れた。目を細めた亜弥は、次の瞬間、美貴の胸元に飛び込んできた。
猫はもちろん違うし、犬らしくもない。美貴は亜弥の仕草がどんな動物に似ているか、思い浮かべることができなかった。
「帰ろっ」
朝と同じように、腕をつかむと力強く引っ張って下駄箱へと歩み出す。よく見ると、すでに亜弥は下履きに履き替えていた。
靴を取り出し、扉を閉める。美貴の動作をじっと亜弥は見つめている。下のまぶたにわずかに力の込められた、いつもの笑みだった。
- 21 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時16分52秒
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──ウサギ、かなあ?
地面に置いた靴に足を入れる。トントン。爪先で叩いて馴染ませたのを合図に、亜弥が傘を差し出した。開けばハイビスカスを連想させるその赤い傘は、美貴の物だ。
「差して」
そう言う自分の白い傘は、くるくると巻いてたたまれたままだ。学校に来るときもそうだったから、亜弥の傘は今日一度も濡れていない。
美貴が赤い傘を広げると、亜弥はその丸くカーブした柄に自分の傘を引っ掛けた。鎖のようにつながった、ふたつの傘。
- 22 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時17分44秒
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──そわそわ。そわそわ。
朝から続いているささやき声は、相変わらず一方的に語りかけてくる。
水溜りを踏まないように、小さな歩幅の二人三脚。
雨のフィルターが注意深く街並みを霞ませる。どこかふわふわと輪郭を丸めて焦点を定めさせない。リアルなのは、その冷ややかな温度だけ。
「わたし、雨、キライだな」
そっと呟いてみた。
「あたしは晴れ女なんだけどなー」
亜弥はいつもと変わらない口調。
「雨の日って出かけるのメンドクサイもん。こうしていちいち傘を差して、濡れないように気を遣うのって、ウザイ」
「じゃあさっさと帰って部屋でじっとしてよっか」
相合い傘の下、端整な唇のままで、亜弥は笑う。
「でもあたしは雨、キライじゃないよ」
- 23 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時18分38秒
-
制服を着替えるとベッドに腰を下ろして、リモコンでテレビをつけた。でもこんな時間にやってる番組はみんなつまんなくて、すぐに消す。
思いっきり手持ち無沙汰になって、そのまま白いシーツの波に仰向けで倒れ込む。天井。
明かりをつけない部屋の中は薄暗い。明るすぎるのは淋しいし、暗すぎるのは虚しい。絶妙なバランスに、深呼吸をした。
──そわそわ。そわそわ。
目を閉じて耳を澄ませばあの声しか聞こえなくなって、上下の感覚が消えて宙に浮いている錯覚に陥る。
飛んでいる矢は静止している──まるで今の自分は、大地めがけてまっすぐに、終端速度で落ちていく雨粒になってしまったようだ。
- 24 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時19分33秒
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「みきたぁン」
とろりとしたシロップみたいに甘い呼びかけ。
半身を起こすと、亜弥がドアのところに立っていた。白いブラウスが透けた向こうには白いブラ、白いショーツ、ふともも。
「週末。どうしよっか?」
裸足でフローリングの床の感触を確かめるように、そろり、そろりと歩み寄ってくる。学校では絶対にしない、焦らすように間合いを詰めるその振る舞い。
「まだ水曜だよ。半分だよ」
美貴の返事に口をすぼめると、亜弥は勢いよく隣に腰を下ろす。
「あーでもないこーでもないって考えるのが楽しいの! ねえ、どうしよう?」
「え? そうだなあ──」
斜め上を眺めて考えごとをする美貴の喉笛。露わになった急所に、亜弥は息を殺して近づく。
- 25 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時20分35秒
-
長い睫毛がまばたきの合図を告げて、美貴の視界は90度転がった。
──ああ。
左の頬に押し付けられた唇。こぼれ出した甘い感触。
ぺたり。シロップと同じ粘性。汗。
「考えるのが楽しいんじゃなかったの?」
「考えるより楽しいコト、見つけちゃった」
するり、するり。緩やかに熱を帯びていく身体を亜弥は剥き出しにしていく。
──最初から知っていたクセに。
- 26 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時21分27秒
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「ねえ?」
亜弥の目が光る。頭の奥にまで深く焼きつける眼差し。
美貴はしゅる、とリボンを解いた。ポニーテイルは跡形もなく散らばり、一瞬にして亜弥の姿を艶めかしく変える。
「んむぅ」
重なった唇から漏れ出す、くぐもったうめき。
腕と腕、指と指。互いに行ったり来たりを繰り返して身体は軽くなっていく。
さまよう手のひらは熱を落として次の場所へと旅立つ。でも残された余韻は空気に晒されても冷めることはなく、むしろ内側からさらに激しくたぎっていく。
- 27 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時22分13秒
-
熟れた花の香りがふたりを包み込んでゆく。オンナノコの粒子が撒き散らされる。アイスティーに溶けて拡がるガムシロップのゆらゆら。
さっきまで身に着けていた白い下着が、床にいびつな波紋をつくっていたのが見えた。
そして鎖骨に落とされるキス。混じり合う雨粒と砂粒を思い出す。流れ着く先、鮮やかに生い茂る緑は逆光の中へ消える。
──そわそわ。そわそわ。
白い肌もかすれた呼吸も蜜の甘味もささやき声も、時間をゼロにしてずっと遠くへ飛んで行く──。
- 28 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時22分45秒
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_
- 29 名前:01 投稿日:2003年06月10日(火)23時23分25秒
-
01 緑(green)
>>4-28
- 30 名前:ごあいさつ ◆3.14XY1M 投稿日:2003年06月10日(火)23時24分20秒
-
梅雨入りと同時にはじめてみました。
全編ochiでいきたいと思います。
超不定期更新なので、催促するときにはageてくださって結構だす。
- 31 名前:名無し娘。 投稿日:2003年06月11日(水)16時31分34秒
- うーん、面白い、丁寧。
これから勝手に応援させて頂きます。
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2003年06月11日(水)19時20分10秒
- キレイな文章かかれますねえ。
次の更新が待ち遠しいです。
- 33 名前:ななしどくしゃ 投稿日:2003年07月04日(金)22時39分32秒
- 続き楽しみにしています。
更新待ってます。
- 34 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時27分32秒
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緊張しているのはお互い様なのだ。見知らぬオトナがいきなり現れてムリヤリ親しげに接してくるわけだから、生徒の側だって同じくらい、もしかしたらそれ以上に硬くなってしまうものなのだ。
昨日体育館の壇上に立った教育実習生の保田圭は、初めての授業を美貴のクラスで行っていた。
縦に大きく開かれる目。その目でじっと見つめられて、気の弱い女子生徒はヒッ、と息を飲んだ。
他の生徒たちも、肝心の授業の内容よりもっぱら保田との距離感を測る方に神経を集中させている。私語ひとつない教室の中では、聞こえることのないささやき声が猛スピードで飛び交っていた。
- 35 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時28分36秒
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ところが授業時間も半分を過ぎた頃、ギクシャクした雰囲気が弱まるきっかけが生まれた。
芥川龍之介の『羅生門』。保田が登場人物である老婆の真似を演じてみせたことが決定打になり、生徒たちはどうやら気さくに話せるタイプだという感触を得たようだった。
そしてチャイムが鳴ったときには、すっかりとはいかないまでも、積極的な生徒が声をかけてくるくらいには打ち解けたムードができあがっていた。
- 36 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時29分23秒
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礼を終えると保田は教材と出欠簿を胸の前に抱え、教室を出る。ちょうどこの日に日直だった美貴は昼休みに宿題のノートを回収することになっていたため、保田と一緒に国語研究室に向かった。
並んで歩く横顔を眺めていたら、顎のホクロが目に留まった。それで、昨日のことを思い出す。
──この人、確か壇の上から後藤真希のことを見つめていたよね…。
「あら、どうかした?」
視線に気づいた保田が声をかけてくる。
「あ、いや、その、昨日──」
「昨日?」
問い返されて美貴は返事に詰まる。考えてみればまだそんなことを気軽に訊けるほどの関係ではないし、そもそも真希とも親しい間柄ではない。訊いたところで、それは何にもならないことだ。
- 37 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時30分08秒
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黙ったままの美貴に、保田はにこやかな笑みを向けた。
「ああ、そうね。昨日は雨だったのに、今日はこんなにいい天気だもんね。晴れたり曇ったり雨だったり、ホントこの時期の天気って気まぐれよねえ」
そう言うと、顔の前に手をかざして光の差す窓の外を眺める。
美貴もつられて視線を移すと、ほとんど真夏と変わらない日差しがグラウンドに容赦なく降り注いでいた。亜弥が「5月って紫外線がすごく強いんだから。みきたん、気をつけないとダメだよ」と言っていたのをふと思い出した。
校庭の木々はあどけない子どもみたいな仕草で小さな葉をいっぱいに広げ、太陽光線の呼びかけに誇らしげに応えている。なんとなく、本格的な夏に備えて成長する練習をしている時期なんだ、という気がした。
- 38 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時31分00秒
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保田、それに続いて美貴も国語研究室の中に入ってゆく。
それぞれの教師の事務机には棚いっぱいに本が並べられ、ちょっとした垣根ができあがっている。中には二段構えになっている棚もあり、研究室の奥までをはっきりと見渡すことはできない。昼休みに入って廊下を行き来する生徒たちの声がいっそう、雑然とした印象を強めていく。
入口の右側、衝立のように立ちはだかるロッカーの向こうに、いかにも会議や雑談などに使われそうな広さの長方形のテーブルが置かれている。そして四辺を囲むように配置された6脚ほどの椅子、その壁際の一番隅っこのところに、女性物のバッグがちょこんと乗っていた。
「とりあえず、ここがアタシの居場所ってわけ」
言いながら持ってきた荷物を机の上に置くと、保田は日誌などの書類と一緒にそれを手早く整理しはじめる。
- 39 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時31分54秒
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美貴が担当教師からクラス全員分のノートを受け取ったのを見て、保田は「ちょっと話そ、まぁ座ってよ」と、テーブルから椅子を1脚引いて促した。促されるままに、美貴は保田の向かいの席に腰を下ろす。
「授業、うまくできてた?」
よほど不安だったのか、保田は大きな目でじっと見つめたまま、わずかに首を傾けて尋ねてきた。猫みたいな顔つきと犬みたいな仕草とが妙にマッチしている。
美貴は口元に軽く笑みをこぼす。
「面白かったですよ、おばあちゃんのマネ」
「そう? けっこう恥ずかしかったのよ、あれ。まあでもそんなに良かったんなら、次のクラスでも使ってみることにするわ」
「ふふ、いいと思いますよ」
「で、そのまま女優を目指しちゃったりなんかしてね」
わざとらしく、ウィンク。生徒にイジられることを厭わない姿勢。キャラも強いし、なかなかの人気教師になりそうな匂いがする。
- 40 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時32分49秒
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「先生、きっとこの仕事向いてますよ。保田先生みたいな人がいたら、きっと楽しいですもん」
「、そう。ありがとね」
口ではそう言ったが、保田が肩で息を吐いた一瞬を美貴は見逃さない。
「…先生になるんじゃないんですか?」
「え、まあ、教員免許取っても採用試験を受けるとは限んないしね」
「そうなんだ」
呑気に続いていた会話に、ふと陰が差した。
美貴は空気が変わってしまうのがなんとなく勿体なく思えて、つなぎの言葉を発しようと息を軽く吸い込んだ、そのときだった。
- 41 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時33分39秒
-
「失礼します」
落ち着いていて、すらりと芯の通った声が、研究室の中に響き渡った。亜弥の声だった。
それからすぐに、背伸びするように部屋の中を覗き込む彼女の姿が見えた。ぐるっと一面を見渡して、美貴をその瞳に捉える。
「みきたんっ!」
飛びついて美貴の腕をつかんだ。保田は突然の展開に目を丸くしながら、でもしっかりとその光景を見つめていた。
「探したんだよ? 早くお昼、行こうよ」
くいくい引っぱりながら、亜弥は言う。美貴がチラと保田を見ると、今度は目を細め、いってらっしゃいよ、と小さくうなずいてみせた。
- 42 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時34分34秒
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カフェテリア方式になっている学生食堂。会計を済ませた亜弥と美貴は、トレイを持ったまま思わずその場に立ち尽くしてしまう。
「天気がいいんだからみんな外で食べなさいよ、もぉっ!」
亜弥が悪態をつくのもムリはない。ちょうどピークの時間帯、食堂のテーブル席は全校から生徒全員が集まってきているのではないかと思えるほどに、ひどくごった返していた。
まさに人の海。黒や茶色で埋め尽くされたその上下する波を見ているだけで目が回り、食欲が減退してしまう。
それでも、少しでも空いている場所を探す。よく目を凝らして眺めると、ちょうど真ん中辺りの出入りしづらい位置が、奇跡的に2人分並んでぽっかり空いていた。
いつもなら差し向かいで座るのだが、背に腹は替えられない。半ば強引に割り込んで、その席を確保する。
- 43 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時35分49秒
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「みきたんがモタモタしてたせいだよ!」
なんとか無事に座れたというのに、亜弥の機嫌は直らない。スパゲティを巻きつけるフォークを少々乱暴に、くるくると回す。
「そんなにあの先生と話すのが楽しい? あたしとご飯食べるより楽しい?」
「や、別に、それとこれとは…」
「この借りは必ず返してもらうからね」
唇を尖らせ、上目づかいで美貴を睨んだまま、亜弥は力強く言い放った。
──ふう。怒らせちゃったかぁ。
こっそりと溜息をついて、美貴は食事を続ける。
- 44 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時36分39秒
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ふたりとも黙ったまま、食器の音だけが時間を数えてゆく。奥歯に物が挟まったような、奇妙な間。しっくりこない。
なんとなく周囲を見回してみる。と、そのとき目に入ったもの。背中。艶やかな褐色の髪。──後藤真希だ。
後ろ向きでもすぐにわかる。そこだけ、空気の質感が違うからだ。鉛のように重く、厚く、鈍い光をたたえる壁がその周囲にだけそびえているよう。
そして、その肩に触れる手。視線でその先を追っていった美貴は、思わず目を見開いた。
──保田先生?
- 45 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時37分29秒
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好奇心をいっぱいにきらめかせた猫のような眼差し。保田は親しげな様子で、真希に何やら話し掛けている。
だが、真希はぴくりとも動かない。一方的に喋り続ける保田とは違う次元にいて、たまたま美貴の位置からは重なって見えるだけ、そんな印象すら受ける。
やっぱりふたりは知り合いだったんだ、でもなんか妙な関係──。
不意に真希が立ち上がった。そのまま保田に一瞥さえくれることなく、トレイと食器を片付けるとすぐに食堂から消えてしまった。表情はよく見えなかった。
残された保田の方に視線を移すと、口をへの字に曲げて鼻から大きく息を吐いていた。
「みきたんッ! ぜんぜん聞いてないっ!」
- 46 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時38分22秒
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ハッとして隣を見る。周囲のざわめきが猛スピードで戻ってくる。亜弥はいよいよ眉毛を12時55分の位置にして頬を膨らませた。
「みきたん、本当はあたしのこと嫌いなんでしょ」
「そんなこと、ないってば」
「じゃあ好きって言って。今すぐ言って」
「え……、好き」
「声が小さい」
「そんな、ここじゃみんなに聞こえちゃうよ」
「聞こえたっていいから、言って」
口を開くたびに亜弥は少しずつ間合いを詰めてくる。もうすでに吐息がかかるくらいの距離になっている。
なんだか苦しくなって、顔を斜めにずらして息を吐く。と、保田がこちらを見ているのに気がついた。
「亜弥ちゃん、ホラ、人が見てるから」
「だからなに? 早く言ってよ」
眉毛は12時55分からちっとも時間が経っていない。荒い鼻息でさらに顔を寄せて、迫ってくる。
- 47 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時39分07秒
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「顔、近いってば」
「みきたんの答えをはっきり聞きたいの。言って」
「──なんだかとっても楽しそうね」
真後ろで声がして、美貴は慌てて振り向いた。亜弥の睫毛が鼻先をかすった感触がした。
そこにはいつの間にか、国語研究室を出るときと同じ笑顔で保田が立っていた。
「せんせ…」
「アタシも混ぜてよ。あ、どうも。教育実習に来ている保田圭っていいます」
「……松浦、亜弥です」
出せる限りの目いっぱい低い声で亜弥が挨拶を返す。保田は喉を撫でられた猫みたいな表情でそれを受け止めた。
- 48 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時39分54秒
-
食事を済ませた生徒たちが徐々に教室へと戻りはじめ、人ごみはピークの頃に比べればだいぶ収まってきていた。引き潮の中にゆっくりと取り残されていく岩のような気持ち。
向かいの席が空いたので、保田は素早く移動してそこに腰を下ろす。並んでいる亜弥と美貴を交互に眺めて、口元を緩めた。
「仲がいいのね」
授業のときとは正反対のふうわりとした声。
「ふたりは、学年違うよね。それでそんなに仲がいいってことは……部活が一緒とか?」
ぱさりと毛布を掛けるように尋ねられる。軽い感触につられて、滑らかに口が動き出す。
「いえ、やってません。ふたりとも、帰宅部です」
「あら」
少し意外そうに保田はまばたきをひとつしてみせた。
- 49 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時40分35秒
-
「じゃあ、家がご近所とか? もしかしたらお隣さん同士だったりして」
美貴は横の亜弥をチラと一瞥する。
黙ったままの亜弥はまるで鉄仮面のような無表情でじっと保田を見つめる。そして、機械のように一定の間隔でスパゲティを口にする。取り付く島もないくらいに、亜弥は“閉じて”いた。さっきまですぐそこにいた後藤真希の姿が美貴の脳裏を掠める。
気まずくなる余裕を与えないようにと、美貴は少々慌てて返事を返す。
- 50 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時41分27秒
-
「いえ、あの、いちおう、同居してます」
「へ? 一緒に住んでんの?」
「ええ、まあ」
「ふぅん」
まさに猫の目。保田の目は大きく開かれたり細くなったりと忙しい。その豊かな表情を誰にでも見せるところが、相手と親しい関係をすぐに築けるこの人の秘訣なんだな、と美貴は直感的に悟った。
「なんか、フクザツなカテイのジジョーってやつ? だったらゴメンね」
「あ、いえ、どっちの親も仕事の都合で、それでふたり暮らししているだけですから」
「へえ、ふたりだけなんだ。それじゃ、一日中ベッタリできるじゃん」
的確に相手の事情を把握していく保田は、今度は軽い口調でふたりをからかってみせる。
- 51 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時42分17秒
-
「ご飯なんかどうしてんの? やっぱ外食中心とか?」
「いえ、お釜洗ったりお米研いだり…。わたしがいっつもやってるんですけど」
そう、美貴が答えた瞬間だった。
「みきたん、食べ終わった? 今日は日直なんでしょ。次の授業、だいじょうぶ?」
突然、亜弥が口を開いた。
「え…、あ、うん」
美貴は慌てて残りの食事を口に入れる。
「それじゃあたしたち、これで失礼します」
勢いよく立ち上がってぺこりと頭を下げると、トレイを手に亜弥はさっさと歩き出す。
「ちょっ、亜弥ちゃ……すいません、失礼します」
引っ張られるように美貴もその後に続き、食堂を去る。保田はうっすらと笑みを浮かべてふたりを見送った。
- 52 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時43分05秒
-
教室へと戻る廊下を亜弥は大股で歩く。いつもなら手をつないで戻るのだが、今日はそうするつもりはまったくないようだ。
「みきたんしゃべりすぎ! なんでそこまで教えちゃうの?」
今日は厄日だ、と美貴は思った。軽い気持ちでしたことが、亜弥を怒らせる結果になってしまった。
いつもぱっちり目を開けて笑みを絶やさない亜弥なのに、今の表情はまるで台風のように激しい。ふだんの怒り方ならそれでも隠し切れない愛嬌があって、その膨れっ面をどこか「カワイイ」と思える余裕があるのだが、今の亜弥の怒り方はどうも異質なものを感じさせるのだ。
──ヤキモチ、かなぁ? なんだか、メンドクサイことになっちゃったかも。
心の中でそっと舌を出す。
- 53 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時43分47秒
-
すると亜弥は思いっきり顔を近づけ、シワを寄せた眉間のままでささやくように美貴に尋ねる。
「日直の仕事、いつ終わりそう?」
「えっと……、4時にはぜんぶ終わってると思う」
「4時ね。わかった」
そう言い残して回れ右すると、亜弥はひとりで歩き出す。それはちょうど美貴の教室の前のことで、美貴は「3−A」と書かれたプラスティックのプレートを見上げ、それから去っていく亜弥の背中が廊下の角を曲がるのを見届けて、そして教室の中に入った。
- 54 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時44分17秒
-
◇ ◇ ◇
- 55 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時44分59秒
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「お昼はごめんね」
放課後、美貴の教室に現れた亜弥の第一声はそれだった。
日直の仕事が終わる頃合を見計らって、亜弥は直接、美貴の教室へとやって来た。なんだかムキになっちゃった、と笑みさえ浮かべてみせる亜弥の表情はいつもの落ち着きを取り戻していて、美貴はそっと安堵の溜息をついた。
「だいじょうぶ、気にしてないから」
同じように顔をほころばせて、黒板に置かれたチョークの片付けを続ける。
ホームルームが終わってからも雑談をしていた生徒たちは街へと繰り出して、教室の中には他に誰もいない。校舎全体がシンと静まり返っていて、どこか別世界のことのように部活の声だけが聞こえてくる。この取り残されてしまった感じは、食堂のときのものをさらに強めた感触だ。
黒板消しにこびりついた粉を吸い込むクリーナーの音が、忘れないで、と言わんばかりに必死の叫び声をあげる。
- 56 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時45分46秒
-
「ふたりっきりだね」
クリーナーの音が止んで、美貴の背中にかけられた声。しっとりと湿り気を帯びていた。
窓から風がすり抜けてゆく。だらしなく開けられたドアへと部活の声がすり抜けてゆく。ふと、すべてが筒抜けになっているような感覚に襲われる。
「誰か見てるかも」
「なぁに、怖いの?」
視線で挑発する亜弥。すべて承知の上で、誘っているのだ。
ふたりきり。家のベッドでするのと同じことをこの教室でしてしまえば、もはやここはベッドと変わらない場所になるのだ。亜弥はそうして、ふたりきりの空間を世界中に散りばめ、広げようとしている。
3−A。隣は3−B。その隣は3−C。並んだ部屋はまるで博物館や動物園のように、ラベルを貼られて陳列されたショールーム。そんな限りなく開かれた檻の中を、ふたりだけの閉じられた場所へと変えようとする欲望。
目の奥が、きらりと光った。
- 57 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時46分32秒
-
──ピンッ。
床に落ちたチョークが割れる音。可聴範囲ギリギリの、微かな警告。
「待って」
気配を感じ、耳を澄ませた。
「誰か来る」
息を殺して足音を待つ。スリッパの床をたたく軽やかな音が、徐々に大きくなってくる。
- 58 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時47分09秒
-
やがて、音は止んだ。わずかな間をおいて、ドアは静かにいっぱいまで引かれた。
「あら。帰宅部じゃなかったのかしら?」
柔らかい保田の声は優雅に響いた。どこかエキゾティックな香りさえした。
「これから帰るところなんです。みきたん、行こっ!」
食堂のときと同じ仮面を素早く被った亜弥は、美貴の腕を引っ張る。
「あっ」
はずみで床に転がっていたチョークを踏みつけてしまう。足を上げると、粉々に砕けてしまっていた。
すると亜弥は無言のままで後ろのロッカーまで歩いていき、乾いた布巾を取り出す。そして少しもムダのない動きでチョークの粉を片付け、屑入れの中に捨てる。美貴は一歩も動けなかった。
- 59 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時47分45秒
-
「先生、さようなら」
亜弥は何ごともなかったように一礼し、美貴の手を引いて教室を出る。勢いよくドアは閉じられた。
半ば走るようにして足音は遠のいてゆき、教室の中には部活の歓声と保田だけが残される。
──松浦亜弥と、藤本美貴か。
昼休み、そして今。ふたりとの記憶を思い返す保田の耳に、静かにドアを開ける音が聞こえた。それと同時に風がするり、と通り抜ける。
- 60 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時48分32秒
-
「おもしろいやろ、あのふたり」
「…聞いてたの」
「まぁね」
いたずらっぽい響き。白衣姿の中澤は、飄々とした口調で続ける。
「よう似とる、圭坊もそう思っとるんやろ。どこまでも純粋なところとかな…そっくりや」
「──そうね」
見えないタバコの煙を吐き出すように、保田は返す。
「確かによく似てるわね。思い出しちゃったわ、あのときのこと」
「そやろ。ま、当事者はどう思っとんのかは知らんけどね」
もう一度、風が通り抜けてゆく。ふたりは、窓の外に目をやる。
西の空、暗い陰をその身に浸した分厚い雲は、ゆっくりと近づいてきている──。
- 61 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時49分30秒
-
_
- 62 名前:02 投稿日:2003年07月24日(木)00時50分28秒
-
02 純(pure)
>>34-61
- 63 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003年07月24日(木)00時51分41秒
-
ちょっと企画なんぞに参加してたら更新が大幅に遅れてしまった。
次回も大幅に遅れるだろうけど、許してたもれ。
>>31 勝手に更新しました。応援、勝手に感謝してます。
>>32 次回更新はもっと首を長くしてお待ちくださいませ。
>>33 催促はageでもmageでもhageでも構いませんが、何か?
- 64 名前: 名無し娘。 投稿日:2003年07月24日(木)21時56分21秒
- ここの松浦さんは良いですね。過去の出来事がどう発展していくのか楽しみです。
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月04日(月)23時01分24秒
- 続きが気になってます。
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)22時39分04秒
- またーり待ってます
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月06日(土)01時12分28秒
- 心地よく酔わせてくれる文章。そんな感じがした。良いね。
- 68 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)22時55分42秒
-
つないだ手が揺れている。上履きが床を叩く音は、いつもより速いテンポで響く。
食堂の入口はすぐに見えてくる。ふたり揃って勢いよく中に飛び込むと、トレイを手に取り、同じメニューを注文した。
湯気の立つ料理を受け取ると、まっすぐレジへと向かう。大股で歩く間に小銭を用意しておき、何ごともなかったかのように素早くすり抜けて、テーブルへと急ぐ。
広い食堂の中はまだ閑散としていて、数えてみたら、生徒は4人しかいなかった。これから押し寄せてくる大群にジャマされないようにと、亜弥は奥まった席を確保すると、向かいの椅子を引いて美貴に座るように促した。
- 69 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)22時56分34秒
-
「みきたん、あ〜ん」
座るやいなや、亜弥は自分の皿に盛られた料理をスプーンに乗せると、そのまま美貴の目の前に持っていく。じっと美貴の目を見つめ、白い歯を覗かせる。
そして、その口元にえくぼ。無邪気な笑みというよりは、強い意志を和らげるための笑みに見えた。
「…あーん」
気恥ずかしさや戸惑いがないわけではない。むしろ、そっちの感情の方が強い。でも、美貴は素直に口を開ける。やや上向きの角度から亜弥の表情を見下ろすと、えくぼはさらに深く刻まれていた。
「はい」
料理を飲み込むと、今度は亜弥が口を開ける。上を向いてじっと待っているその姿は、エサを待つヒナにそっくりだ。
美貴は自分の皿からスプーンに料理を乗せると、亜弥の口へとそれを運ぶ。
「ん〜〜〜」
満足そうにうなり声をあげる亜弥。口の中のものを飲み込むと、もう一度自分の皿の料理をすくって、美貴を見つめてみせる。
- 70 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)22時57分12秒
-
昨日は食堂が混み合う時間帯に来たせいで、不本意なランチになってしまった。その反省を活かして、今日はできる限り急いで食堂に来たというわけだ。レジに並ぶ列がどんどん伸びていくのを尻目に、のんびりと食事を楽しむ。
「はい、あ〜ん」
周囲からの視線をちらちらと感じる中、こうして交互に食べさせ合うのが、美貴には恥ずかしくってたまらない。いくら昨日のことでフラストレーションがたまっているにしても、これはやりすぎなのではないか。しかし言うとおりにしないと亜弥はむくれる。家に戻ってもむくれたままで、寝るまでずっとくっついてるのに膨れっ面という状態が続くことになる。さばさばした性格の美貴としてはそっちの方がウザったいので、できるだけ言うことを聞くように心がけているのだ。
- 71 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)22時57分52秒
-
「あ。」
突然声をあげた美貴の視線の先を、亜弥は振り向いて追った。徐々に混み合ってきた食堂の中、飛び交うしゃべり声を避けるようにじっと身を潜めて黙々とスプーンを口に運んでいる、茶髪の少女がいた。
「ゴトウ先輩」
つぶやいた亜弥に、美貴が言う。
「昨日、保田先生があのヒトに話しかけてたんだ。なんかやけに親しそうにしてたけど……ふたりは知り合いなのかな?」
何気ない言葉のつもりだったが、ふと亜弥を見ると、ほっぺたが膨らんでいる。
「みきたん、ゴトウ先輩が気になるの? こんな近くにいるあたしよりも、あっちにいるゴトウ先輩の方が気になるんだ?」
──ヤバ。
- 72 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)22時58分35秒
-
「ねぇみきたん、そろそろここ出よっか。人も増えてきたし、なんかおしゃべりしてても気が散るのって、好きじゃないから」
そう言って残りの料理をかき込むと、亜弥は立ち上がる。すっ、と冷ややかな視線を一瞬だけ投げかけて、それで美貴も慌てて食べ終え、トレイを手に立つ。
亜弥はその姿を見て口元に薄く笑みを浮かべると、素早い動作で美貴の隣に移動し、その腕を捕らえた。そしてそのまま腕を組み、真希の方へと向かって歩き出す。
「え、ちょっと…」
美貴のつぶやきを無視して、亜弥はすいすいと近づいていく。真希はうつむいたままただ黙って、ランチを口へと運んでいる。
- 73 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)22時59分32秒
-
やがて、すうっと影が目の前に並ぶ食器に触れて、はじめて真希は顔を上げた。その見上げる視線が組んだふたりの腕をちょうどなぞるように計算した位置で、亜弥は真希に笑いかけてみせる。
「どぉもー」
美貴は真希の瞳を見て、軽く寒気を覚えた。それはいつかと同じ、真空のように、光を吸い込んでしまうような、ツヤのない眼。
「おひとりですかぁ?」
亜弥の声はいつもと変わらず高く響く。羽根のような柔らかさで耳元をくすぐる感触。
しかし真希は興味なさそうに、すぐに食器へと視線を戻した。そして、もぐもぐと口を動かす。一連の動作は、まるで檻の中の動物のように、生気がない。
「そうですよねぇ。いつもひとりぼっちですもんねぇ」
亜弥は挑発するように、声に力を込めた。でもやはり、真希は反応しない。
「…みきたん、行こっか。こんなヒト相手にしててもおもしろくないもん」
「あ…うん…」
「ずっとこのままひとりがいいんでしょ。ほっとこ」
- 74 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時00分08秒
-
くるりと背を向け、亜弥が歩き出そうとしたときだった。美貴の目の前を白い何かが素早く遮り、そのまま、亜弥の左肩に噛みついた。手にしていたトレイは、スローモーションで床に転がる。
同時に、倒れた椅子が撥ねる音が響いた。食堂を埋め尽くしていた喧騒は、まるでシャボン玉のように一瞬にしてはじけて飛び散り、無音だけが残された。
ざわり、と空気が震える感触がして、そしてようやく、美貴は今の状況を把握することができた。真希の細く白い腕が、亜弥の左肩をつかんでいる。だらしなく顔を覆う茶色い前髪の奥で、右目だけが光を映していた。さっきまでの真空のような目とはまるで別人のようで、真希の全身からは獣じみた殺気が溢れ出している。
「な…なによ…」
強気な言葉を漏らす亜弥だったが、明らかに真希に圧倒されており、その声は震えている。
- 75 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時00分44秒
-
「アンタ、ムカつくね」
腹話術のようにほとんど唇を動かすことなく、真希が声を発した。その無表情は、夜に浮かび上がった真っ白い能面のようで、手の届かないところにある本能的な恐怖を亜弥に呼び起こさせる。
「ちょっと、離してよ!」
さっきまでの羽根のような感触はもうない。亜弥の声は引きつり、割れたガラスのように悲痛に響いた。
真希は少しも感情を見せず、機械じみた視線のままでアンバランスな言葉を吐き続ける。
「…ムカつく。すごくムカつく」
「いやぁっ!」
身体を仰け反らせ、真希の手を振り払おうとする。しかし、亜弥の肩はその位置からぴくりとも動かなかった。逆に、ギリギリと真希の美しく整った爪が食い込んでいくだけだ。
「離してっ! 離してぇっ!」
涙声になる亜弥だが、真希の表情は変わらない。右目だけがまっすぐに獲物を捕らえ、乾ききった鋭い光を放っている。
- 76 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時01分38秒
-
「…っと、後藤さん!」
目の前のできごとに圧倒されていた美貴だったが、慌てて真希に声をかける。
「やめなよ! 離してあげなよ!」
しかし真希は、まるで美貴がこの場にいないかのようにその言葉を無視し、亜弥の肩をつかむ力をさらに強めた。
「ひいっ!」
空気を切り裂くような叫び。亜弥の目から、ついに涙がこぼれ出す。
「いいかげんにしてよ!」
美貴は真希に体当たりして亜弥を離そうとする。が、真希は二、三歩後ずさっただけで、亜弥の肩に食い込んだ手は微動だにしない。
「もうっ!」
そして美貴が真希の腕をつかんだ瞬間、ぎゅるっ、眼球が動いた。いっぱいに開かれた真希の右目が、今度は美貴の方向を射抜く。
- 77 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時02分19秒
-
やがて、ふるふる、真希の口元が微かに震え出した。針のような視線のまま、大声で叫んだ。
「ムカつく! ムカつく! ムカつくんだよ!」
「ぐっ…」
真希の強い力にどうすることもできないでいるふたりに、さらに咆哮が浴びせかけられる。
「お前ら、ムカつくんだよ! 壊してやる、壊してやる、壊してやる!」
最後の方はノドがつぶれて、まともに聞き取ることができなかった。それでも、力の限り叫んで髪を振り乱す。ぎゃあああ、もはや言葉にすらなっていないうめき声をあげる真希。
そのとき、亜弥が真希の頬を思い切り平手で打った。カウンターを食らった真希は、思わず腕の力を弱めた。その一瞬の隙を逃さず、亜弥は自ら左肩を引きちぎるようにして真希から離れた。血が通ってなかったのか亜弥の左手は真っ白くなり、しばらくの間、だらしなくぶら下がったままだった。
- 78 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時02分58秒
-
しかしひるんだのもその瞬間だけで、真希はすぐに態勢を整えると亜弥へと歩み寄る。そして自分がされたのとまったく同じように、亜弥の頬を叩いた。涙で顔をぐしゃぐしゃにしている亜弥も、迷わず叩き返す。
そして、取っ組み合い。食堂の中は騒然となり、避ける野次馬と寄ってくる野次馬とがぶつかり合うような有様になる。
美貴はふたりの間に割って入ろうとするが、逆に真希のエルボーを鳩尾に食らってその場にへたり込んだ。
「うぐぅ」
「みきたんっ!」
力なくその場に腰を落とす美貴に亜弥が慌てて駆け寄ろうとしたところで、甲高い声が響きわたった。
「やめんかあっ!」
- 79 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時03分32秒
-
中澤の一喝に、時間が止まる。そろり、そろりと道を開ける野次馬の中から、お馴染みの白衣姿が現れた。
が、真希は止まらない。もはやほとんど抵抗ができないでいる亜弥の胸座をつかむと、そのまま一気に締め上げようとする。あまりの力に亜弥は抵抗らしい抵抗もできず、力なく目を閉じた。
「後藤ぉっ!」
後ろから中澤が止めに入った。羽交い絞めにして抑えようとするが、真希の方が背が高いため、どうにも力が入らない。
「藤本! ボーッと見とらんと手伝え!」
「あ、はい」
ようやく呼吸を整えた美貴は慌てて真希の正面へと回り込む。が、真希の力は半端ではなく、思うように亜弥を引き離すことができない。
- 80 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時04分16秒
-
「……」
見かねた中澤が、真希の耳元で何かをささやいた。瞬間、さっきまでの力が幻のように消え、解放された亜弥は地面に倒れ込む。美貴が駆け寄ると、弱々しく目を開けた。
脱力しきって突っ立ている真希の背中を、中澤が抱いた。そして亜弥と美貴の方を向いて、言う。
「…すまんやったな、後藤にはよぉく言い聞かせておくから。あんたらは早う教室に戻りぃや。な」
そのまま真希の肩に腕を回すと、まるで二人三脚でもするかのように中澤たちは歩き出した。真希の白い肌はまだ紅潮したままで、その足取りは夢を見ているかのようにおぼつかない。
- 81 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時05分03秒
-
ふたりが食堂から去った後も、亜弥と美貴はその場にしゃがみ込んでいた。
「みきたん…だいじょうぶだった…?」
ノドを押さえながら、亜弥が言った。ケホ、ケホと咳き込みながらも、懸命に声を出してみせる。
「わたしは大丈夫。それより亜弥ちゃん…」
「うん…」
亜弥は力なくうなずいたが、荒い呼吸を整えると、ゆっくりと立ち上がった。
「今日はもう帰る。みきたん、いっしょに来て」
- 82 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時05分44秒
-
◇ ◇ ◇
- 83 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時06分31秒
-
午後の授業が始まる前、美貴は体調不良を理由に担任に早退する旨を告げ、カバンを持って教室を出た。そのまままっすぐ、1年生の校舎へと向かう。いつもは亜弥が3年生の校舎に来るパターンができあがっているので、美貴はなんとなく新鮮な気持ちで廊下を進んでいく。
「みきたん…」
教室のドアの裏側に隠れるようにして亜弥は立っていた。美貴の姿を確認すると、にっこりと笑って、廊下に出た。
「肩、だいじょうぶ…?」
おそるおそる尋ねる美貴に、亜弥はおどけた調子で答えてみせる。
「うん。まだ痛いけど、ケガってほどじゃないから。みきたんが優しくなでてくれたら、早く治るかも」
そう言うと、するりと腕を組んだ。
「じゃ、行こっか」
昇降口へと歩き出す。
- 84 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時07分24秒
-
ほどなくしてチャイムが鳴り、午後の授業の開始を告げた。さっきまで生徒たちでごった返していた廊下は急に静かになり、教師の声と黒板を叩くチョークの音だけが聞こえてくる。
歩きながら美貴は、さっき食堂で真希に言われたことを思い返していた。
──ムカつく! ムカつく! ムカつくんだよ!
──壊してやる、壊してやる、壊してやる!
真空のような眼と、研ぎ澄まされた鋭い光。後藤真希は、なぜ、急にあそこまで亜弥と自分のことを憎み出したのか。
そして、中澤。暴れる真希を一瞬でおとなしくさせた。あのとき、彼女はいったい何とささやいたのだろう?
- 85 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時08分12秒
-
「みきたん」
横から亜弥の声。ハッと我に返り、美貴は亜弥の方を向く。
「もう忘れようよ」
弱々しいその口調に、美貴は内心しまった、と思った。亜弥は続ける。
「それよりさ、家に帰ったらどうしよう。みきたん、いっしょに料理つくろっか?」
いつもの半分も元気が出ていない声。それでも、懸命にしゃべりかけてくる亜弥に、美貴も笑みを返す。
「そうだね。じゃあ、メニュー考えながら帰ろっか。わたしはイタリアンがいいな」
「イタリアン、かあ…。新しいパスタのソースでもためして…」
亜弥がそこまで言ったところで、ふたりの足はぴたりと止まった。
- 86 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時08分56秒
-
図書室で資料探しを終えた保田が廊下に出たときだった。厚く覆われた曇り空を切り裂くように、突然、鋭い悲鳴が響きわたった。昇降口の方からだ。
「な…なに?」
授業時間内だってのに、いったいなんだというのだろう? 不審に思った保田は早足で階段を下り、声のした方へと急ぐ。
昇降口へと至る角を曲がったところで保田が目にしたのは、壁を背にへたり込んでいる亜弥と、その隣でうろたえる美貴と、乾いた表情で追いつめた獲物を睨みつける真希の姿だった。
いつかと同じ、後藤の姿。保田の脳裏で、過去がフラッシュバックする。が、すぐに現実に意識を戻し、叫んだ。
「やめなさい後藤っ!」
しかしその保田の叫びを合図に、真希は亜弥に飛びかかった。
「いやあっ!」
- 87 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時09分38秒
-
亜弥の悲鳴に、保田は左手首に巻いていた腕時計を咄嗟にはずし、真希に向かって投げつけた。それは真希の脇腹に当たって、軽い音を立てて床に転がる。
真希は亜弥につかみかかる寸前のところで、その動きを止めた。そして床から保田の腕時計をゆっくりとした動作で拾い上げる。
「……?」
おびえて震える亜弥は、そっと目を開ける。真希は腕時計を手のひらに乗せて、うつむいたままでいた。
どれくらいそうしていただろうか。やがて真希は、崩れ落ちるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
そして、嗚咽。ひと気のない昇降口を、真希のしゃくり上げる声がいっぱいに満たす。
- 88 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時10分34秒
-
「後藤…」
ぽつりと漏らした保田の声をきっかけに、真希は大声で泣きはじめた。それは獣の雄叫びにも似た慟哭だった。
猛然と絡んできたさっきとはまるで別人のようなその姿に、亜弥も美貴もただ茫然とするしかなかった。真希は母親とはぐれてしまった幼い子どものように、ただ、力の限り、泣きじゃくっている。
「…帰りなさい」
保田がふたりに言った。
「後藤はアタシがなんとかするから。あんたたちはもう、帰りなさい。」
落ち着き払った声は有無を言わせない迫力を含んでいて、亜弥も美貴も無言のまま自分の下履きを取り出すと、保田に黙礼してそそくさと校門へ向かった。
その姿を見届けると、保田は真希の小さく丸まった背中を、そっと抱き締めた。
- 89 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時11分08秒
-
◇ ◇ ◇
- 90 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時11分54秒
-
ずっと黙ったまま、逃げるようにして亜弥と美貴は家に戻った。
部屋に入り美貴は制服を脱ぐと、ベッドにそのまま横たわった。ぼんやりと天井を見上げる。薄暗い天気のせいで、部屋の中全体が影に包まれているような気がして、思わず大きく溜息をついていた。
何もする気が起きない。イタリアンでもつくろっか、なんて話を亜弥としたけれど、食欲がまったく湧いてこない。
「みきたん、いい?」
声がして、ドアの方を見ると、やはり自分と同じように制服を脱いだ恰好で亜弥が立っていた。
「ん。」
うなずくと、亜弥はゆっくりとした足取りでベッドまで来て、美貴の隣の位置に腰を下ろす。
そのままずっと、無言の状態が続く。何をするというわけでもなく、ただ過ぎていくだけの時間。
- 91 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時12分50秒
-
「みきたん、キスして」
沈黙を破る、亜弥の言葉。
美貴は亜弥と向かい合う。亜弥は上目づかいで、じっと美貴を見つめる。
そっと近づいていくふたりの唇は、やがて触れ合って、そのまま舌を絡めて、唾液を交換して、分け合って、そして離れた。とても静かなキスだった。
そのまま、視線を直接交わさないようにシーツに落として、亜弥は言った。
「ここにも、キスして」
するりとブラウスを脱いだ。露わになった左の肩には、痛々しい内出血の痕が残っていた。
「みきたんがキスをくれたら、早く治るから」
美貴は一瞬戸惑ったが、意を決して、顔を亜弥の肩へと近づけていく。
生温かい感触が皮膚の上を這って、ひんやりとした軌跡を描いていく。亜弥は目を閉じて、まるで音楽を聴くかのように、美貴の舌がもたらす痛みの波をそっと味わう──。
- 92 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時13分49秒
-
_
- 93 名前:03 投稿日:2003年09月07日(日)23時15分09秒
-
03 絡(twist)
>>68-92
- 94 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003年09月07日(日)23時16分05秒
-
更新が遅れたので、お詫びに番外編で松浦にちんこが生える話を書こうかと思ったけど、
本編より人気が出ると困るので泣く泣く断念したのであった。そんな秋の夕暮れ。
>>64 本当に「良い」かどうかは書き上げてからのお楽しみで。
>>65 自分も気になってます。
>>66 お願いします。ごめんなさい。
>>67 書いてるこっちはそんな褒められるほどの余裕なんてないです。ごめんなさり。
- 95 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)23時53分09秒
- >>94
笑いました。そのあとなぜか切ない気持ちになりました。
あまり焦らずに頑張って下さい。
- 96 名前:名無し娘。 投稿日:2003年09月08日(月)22時50分37秒
- おもしれーじゃねーか、このヤロー。
続きが楽しみです。
- 97 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003/09/10(水) 13:09
-
M-seekが2chぽくなったので、
記念にこっちも2chぽいことをします。
- 98 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:09
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【萌えろ!】あややとミキティのアナール学派【オナー部】
- 99 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:10
-
「みきたんどーしよー、生えてきちゃったー!」
亜弥が大声をあげて部屋に駆け込んできた。ベッドに寝転がって雑誌を読んでいた美貴は、驚いて振り向く。
「生えたって、何が? 永久歯?」
「ちがうよ! そんなんじゃないよ!」
「ハァ? じゃあなんだっていうの?」
美貴は訝しげに表情を強張らせる。と、亜弥はいきなりその場で着ている服を脱ぎ出した。
「ちょっと、なんなの、亜弥ちゃん!」
しかし亜弥は無視して脱ぎ続ける。下着姿になったところで美貴につかつかと近づいていくと、不意にその手を取った。
「コレ。」
そして美貴の手を自らのショーツへと持っていく。
- 100 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:10
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100GET!!!吉澤ひとみ万歳 最高!!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(´´
∧∧ ) (´⌒(´
⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡=
 ̄ ̄ (´⌒(´⌒;;
ズザーーーーーッ
- 101 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:11
-
「ひっ」
こつん、と何かに当たって美貴は息を飲んだ。まるでヤケドを恐れるように、反射的に手を引いた。しかし、それでもしっかりと、ありえない感触は残っている。
「あっ…」
美貴が触れたのをきっかけにそれは盛り上がっていき、硬くしこっていく。亜弥の息づかいが微妙に荒くなっていく。
「これって、まさか…」
「おちんちん」
唇をむにっと曲げ、上目づかいになる亜弥。美貴はしばらくその顔を見つめていたが、
「ええええっ!」
叫んで飛びのいた。その様子を目にして、亜弥はがっくりと肩を落とす。
「みきたん…おちんちんが生えちゃったからって、そんなのひどいよ…。あたしはあたしなのに…」
「で、でも…」
引きつった声で返す美貴。それを無視するかのように、亜弥はずい、と迫って、続ける。
- 102 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:11
-
「みきたんはあたしのこと、好き?」
「す…好きだよ、そりゃ」
「じゃあ、舐めて」
「へ?」
「舐めてくれれば、魔法が解けてもとに戻るかもしれないもん。ねえ、舐めて」
「それは…さすがに…ちょっと…」
ベッドの端、美貴は追いつめられても渋り続ける。亜弥はそのベッドの上にヒザで立ち、自らの股間を美貴の目の前に近づけて、言った。
「好きな女の子のおちんちんも舐められないなんて、みきたんのいくじなしっ」
敢然と挑発する亜弥。負けず嫌いな美貴は、相手の思うツボだと十分わかっているのだが、でもやっぱり黙っていられない。
──ここまで言われて、逃げるわけにはいかないっ!
- 103 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:12
-
「…わかった。わたし、舐めるから」
美貴は見下ろしてくる亜弥を上目づかいで睨みつけながら、ぐっとそのショーツを下ろした。
瞬間、ぴょんっ、と弾力を持った亜弥のそれが目の前で跳ねた。
「きゃっ!」
思わず高い声が出てしまう。そっと薄目を開けると、亜弥の身体の中央で薄桃色の異物が屹立していた。
「これが…」
亜弥の体躯にはあまりにアンバランスな、たくましいペニス。思わず見とれていると、ゆっくりと鋭い角度に自然と持ち上がっていく。堂々と反り返っていく。
「みきたんがそんなに熱い目で見るから、なんか、もっと、ふくらんできちゃってる…」
恥ずかしげに小声でつぶやく亜弥。やはり、本当に、亜弥に生えてしまっているのだ。
- 104 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:12
-
「早く舐めてぇ…」
甘える亜弥の中心に、美貴はそっと顔を近づけていく。
甘酸っぱい香りが鼻先に届いてくる。亜弥の香りに汗ばんだ身体の匂いが混じって、ぞわりと胸がうずくのを感じた。
今度は手を添えて、まじまじと見つめてみる。
──なんて、ヘンなカタチなんだろう。
北海道の小学校の倉庫、無造作に置かれていたシャベルのシルエットを思い出した。ただ、あの冷たい金属とはちがい、今、亜弥の身体にあるのは、熱でできたカタマリだ。
肉。血の通った、肉。亜弥の持つ肉塊の優しさと力強さに、目が眩んだ。
今や真っ赤に充血しきったそれは不器用なケモノの姿をしていて、美貴はふと、いとおしさを覚えた。顔をさらに近づける。
そして、その先に触れた瞬間、ひゃんっ、とかわいらしい声が亜弥の唇から漏れた。そのアンバランスさに、さらにいとおしさが溢れていく。
- 105 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:12
-
まず、先端の部分にキスを浴びせる。ちゅっ、ちゅっ、軽く音を立てて、気持ちを高めていく。
「いじわるしないでぇ。もっと、もっとぉ」
ガマンできないのか、亜弥が懇願する。美貴は肉塊の裏側の部分に、そっと舌を当てた。
「あんっ」
そのまま、唇で先端を優しく包みながら、ざらざらした舌の表面でいっぱいに張りつめている筋の部分をなぞる。亜弥は美貴の頭を両手で押さえ、髪の毛をぐしゃぐしゃにつかんで、快感の波に耐えている。
「みきたん、すごい…。口の中、とっても、熱いよ…」
吐息とともに、亜弥がつぶやいた。
- 106 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:13
-
──なんか、おちんちんって、かわいい、かも…
やり方なんて美貴にはよくわからない。でも、亜弥のことを、素直にこのカタチのまま愛そうと決心して、目を閉じる。そして、心の中に亜弥のカタチを焼きつけるように、丁寧に丁寧になぞっていく。
美貴の口の粘膜に包まれ、亜弥のペニスはさらに硬く、熱く変化していく。それは美貴のノドの奥に届きそうなくらいに成長し、思わず「んむっ」と声が漏れてしまう。
息ができなくなって、口内から一度それを離す。ちゅぱっ、と音がして、亜弥はびくりと仰け反った。生温かい唾液が亜弥のペニスいっぱいに与えられて、ぬらぬらと光っている。
「みきたぁん、いやらしい、いやらしいよう…」
美貴は根元の方にも唇を当ててみる。先端の部分が頬に当たる。紅潮する自分の頬よりも、それは熱かった。キスを続けながら、頬の産毛で優しく刺激する。
- 107 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:14
-
もう一度、亜弥を正面から包み込む。いつのまにか微妙に亜弥は腰が浮き、小さく動き出している。唇の奥に大きく咥え込まれ、先っぽのカタチをなぞるようにうごめく美貴の舌に絡め取られた亜弥のペニスは、はちきれんばかりに赤く膨張してぴくり、ぴくりと震えている。美貴のリズムと亜弥のリズムはやがてシンクロして、小さく寄せて返す波のような動きが、しだいに大きなグラインドへと変化していく。
美貴の口元から、よだれが糸を引いてこぼれる。じゅっ、じゅっ、ふたりのこすれ合う音はどんどん大きくなっていく。
「あたし、いやらしいよう。みきたん、あたし、いやらしいよう。」
ただ夢中で腰を振る亜弥が叫ぶ。んっ、んっ、鼻から息を漏らしながら、美貴は心の中で返事をする。
──いっぱい、いっぱいいやらしくなっていいよ。いやらしい亜弥ちゃんだって、好きだもん。
自分の意志ではどうにもならない快楽に包まれ、ふたりは知らないはずのことをごく自然に行っていた。愛しているから、教わらなくったって、わかる。
- 108 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:14
-
「やだあっ! なんか、なんか出ちゃう! みきたん、こわいよう!」
高まるテンション、絶頂に近づいて亜弥が叫んだ。びくり、と大きな脈動。しかし美貴はさらにきゅっと唇をすぼめた。
「やだよう、こわいよう、こわいよう!」
快楽とまだ見ぬ頂点への恐怖。亜弥の身体が震え出す。
──こわくないよ、こわくないよ亜弥ちゃん。わたしは、ここにいるから。思いっきり、きて。
美貴はそっと亜弥の腰に手を回した。柔らかく下半身を包む感触に、亜弥はさらに高まっていく。
「もうだめっ! もうだめっ! あっ! あっ!」
乱れた呼吸で裏返る声。美貴が腕の力を強める。と、
「あっ、いくよっ!」
その瞬間、美貴の口の中に熱のカタマリが飛び込んできた。とろりと広がったそれは、マグマのようにとめどなく溢れている。おっきい大地の味、陸の味がした。
- 109 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:14
-
ふるふる、身体中の熱を美貴に渡した亜弥が震える。そっとペニスを美貴の唇から引き抜いた。
「あたし、このまま魔法が解けなくてもいいかも…」
いまだに全身を包む快感に寄りかかりながら、亜弥がつぶやく。
「そう、かもね…」
微笑みを返した美貴が、ふと天窓の向こうに目をやると、空で何かが光ったのが見えた。
「なに、あれ…」
轟音とともに、こちらに猛スピードでやってくる。
「なんなの…?」
- 110 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:15
-
,rn \从从从从从从从从从从/
r「l l h. ≫
| 、. !j / / ≫ 気晴らしに
ゝ .f / _ ≫
| | ,r'⌒ ⌒ヽ、. ≫ お空の散歩でもいってくるか
,」 L_ f ,,r' ̄ ̄ヾ. ヽ. / ./ ≫
ヾー‐' | ゞ‐=H:=‐fー)r、) ./ /WWWWWWWWWW\
| じ、 ゛iー'・・ー' i.トソ
\ \. l、 r==i ,; |'
\ ノリ^ー->==__,..-‐ヘ__. / /| /
\ ノ ハヽ |_/oヽ__/ /\ / |_ ゴゴゴゴ…
\ / / / \./ / ヽ___
\' |o O ,| \ ../ / /
y' | |\/ | ./ /
| |o |/| _ | ./__/
| | | 「 \:"::/
ヾニコ[□]ニニニ | ⌒ リ川::/
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/ ゞ___ \/ /
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- 111 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:15
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..‐´ ゛ `‐.. | |  ̄T ̄ フ
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ノi|lli; i . .;, 、 .,, ` ; 、 .; ´ ;,il||iγ
/゛||lii|li||,;,.il|i;, ; . ., ,li ' ; .` .; il,.;;.:||i .i| :;il|l||;(゛
`;;i|l|li||lll|||il;i:ii,..,.i||l´i,,.;,.. .il `, ,i|;.,l;;:`ii||iil||il||il||l||i|lii゛ゝ
゛゛´`´゛-;il||||il|||li||i||iiii;ilii;lili;||i;;;,,|i;,:,i|liil||ill|||ilill|||ii||lli゛/`゛
´゛`゛⌒ゞ;iill|||lli|llii:;゛|lii|||||l||ilil||i|llii;|;_゛ι´゜゛´`゛
- 112 名前: 投稿日:2003/09/10(水) 13:16
-
−完−
- 113 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003/09/10(水) 13:16
-
しまった、sage忘れた!
これじゃ2chぽくない!
>>95 あくまで番外編なので、今回のことは忘れてください。
>>96 オマエモナー
- 114 名前:名無し娘。 投稿日:2003/09/10(水) 23:49
-
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
. | 番外編キター
\ \
 ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄
\ ノノノハヽ
(VoV从∩
⊂/ /
 ̄  ̄ 「 _ | ヤ  ̄  ̄  ̄
∪ ヽ l ア
/ ∪ \
/ : ア
/ || . ァ \
/ | : ァ \
/ .
| . ァ
| | : .
|: .
|| .
.
|
| | : .
. : .
| .:
| .:
/ハハヘヽ
从‘ 。‘)
と⌒ て) 从
( __こフ て
) ) W
レ'
迷惑だったらメンゴ
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/11(木) 01:32
- あややに生えちゃったとこがいいですね。
そして、どちらにせよ攻めるのはみきたんなんですね。
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/14(日) 16:17
- 本編も番外もどっちもおもろい!
この作品に出会えてよかった
まだ終わってないけどね
- 117 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/15(月) 15:11
- 作者さんは随分違う趣向の物が書けるお方なのですなー
にしても本編の方は素晴らしく引き込まれて仕事になりませぬ
特に後藤さんの狂気っぷりを表現する腕はすごいですね
本当に寒気を覚えたくらいです
更新待ってます
- 118 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 21:03
- 本編の透明感溢れる書き方もすごくいいけど番外編も(・∀・)イイ!!
この作品にハマりますたw
- 119 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:30
-
カーテンを開けたのと同時に、真っ白な光が部屋の中に飛び込んできた。昨日の曇天模様がウソのように思えるくらいの快晴だ。
澄み渡った空を眺めながら「うーん」と背伸びをした拍子に、ふと思い出した。そういえば、週末の予定は結局立てずじまいでいた。いろいろ考えるつもりが、うやむやになって、気がつけば土曜日になってしまっていた。
「亜弥ちゃん、どうしようか?」
振り返り、まだベッドに転がったままでいる亜弥に尋ねてみる。
美貴の声に反応して、亜弥はうなり声をあげながらモゾモゾと動いた。亜弥にしては珍しく、寝起きが良くない。ショートパンツの裾から出ているフトモモがチラチラと見えたが、やがて力尽きてシーツの波間に隠れた。
- 120 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:31
-
ふたりっきり、ダラダラと過ごす休日もないわけではない。ただ、亜弥も美貴もわりとアクティヴな性格であるため、基本的には外で過ごすことがアタリマエになっている。だからこんな覇気のない亜弥の姿を目にするのは、思い出せないくらい久しぶりのことだった。
「ねえ、亜弥ちゃんてば!」
美貴はベッドにヒザで立ち、亜弥の耳元に近づいて大声で呼びかける。その顔を覗き込んでみると、不満そうに唇を突き出して、眉間にシワを寄せたまま目を閉じていた。聞き分けのないコドモの表情そのものだ。
「天気いいしさ、買い物に行こうよ。お昼どっかで食べてさ、ねえ!」
しかし亜弥は目を閉じたまま、イヤイヤと首を横に振る。そして、まるで寝言のようにはっきりとしない口調でうなった。
「今日は外に出たくない。やだもん」
ふうっ、と美貴は鼻から溜息をついた。お姫様はどうやら意固地モードに入ってしまったようで、こうなるとテコでも動かない。
- 121 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:32
-
しょうがないので頭を切り替える。
──天気もいいし、せめて部屋の中で動くことにしよう。
美貴はその場であれこれと考えた結果、ひとつの結論を出した。
「じゃあさ、亜弥ちゃん。いい機会だから今日は部屋の掃除をするから。目が覚めたらちゃんと手伝ってね」
耳元でそれだけささやくと、洗濯機のスイッチを入れる。それから、亜弥がなるべく早く起きてくるようにと、わざわざ騒音のうるさい掃除機をかけはじめた。
掃除機はモーターの音を部屋いっぱいに響かせる。美貴は隅々まで丁寧にホコリを取っていく。なかなか止まない騒音に対し、はじめのうち亜弥は寝返りを打ったり枕を頭にかぶったりして抵抗していたが、やがて諦めたようで、むっくりと起き上がるとそのまま顔を洗いに洗面台へとふらふら歩いていった。
- 122 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:32
-
リビングに移って掃除機を動かしていると、完全に目を覚ました亜弥がTシャツ姿で現れた。
「みきたん、手伝うよ」
それからは、ふたりがかりで部屋をキレイにしていく。
キッチン、バスルーム、トイレも掃除して、ベランダに洗濯物を広げる。5月の日差しはとても力強く、干してあるブラウスに当たって白い輝きを辺りに撒き散らす。ふわり、と一瞬浮き上がったような錯覚を与えるほど眩しいきらめきに、美貴は思わず目を細めた。
- 123 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:33
-
掃除が一段落つくと、お昼の準備をはじめる。遅く起きた亜弥はまだ何も口にしていなかったため、率先して準備に取りかかる。ベーコン、レタス、トマトにタマゴ。パンに挟んでサンドウィッチをつくっていく。
美貴はその間、紅茶を淹れる。一緒に暮らすようになるまで亜弥は紅茶が飲めなかったが、最近は「ミキティちょーだい」といたずらっぽく言いながら、美貴の淹れる紅茶を飲むようになった。
休日の光はどこか特別だ。平日の太陽は生きていくための活気をもたらす光を放つのに対し、休日の太陽はそっと包み込むようにして癒す光を与えてくれる、というのは気のせいだろうか。一仕事終えて椅子に座り、こうしてのんびりとランチをとっていると、いつもなら気づかない小さなことが、ハッキリと見えてくる。
- 124 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:34
-
「なんかさ、不思議だね」
テーブルに置かれた亜弥のつくったサンドウィッチに手を伸ばし、美貴が言った。
「サンドウィッチって、ピクニックとか外で食べるイメージがあるけど、こうして食べるのもたまにはいいね」
「そうでしょ」
美貴の淹れた紅茶を一口すすって、亜弥は返す。
「こうして誰にもジャマされないでみきたんと過ごせるのが、あたしには一番の幸せ」
そう言うと、笑みを浮かべた。部屋に差し込む光をいっぱいに浴びた亜弥の笑顔を目にして、“カンペキな笑顔”、そんなフレーズが美貴の頭の中をよぎった。純粋な美を抽出しようと造形された古代の彫像に似ていた。
- 125 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:35
-
お昼を食べ終えると、DVDを観て過ごす。もう何度も観ている話だから、次にどんな展開が待っているのかわかっている。重要なのは、ふたりが同じ時間を共有している、ということ。
亜弥は並んで画面を見ている美貴との幅をちょっとずつ詰めていき、クッションに座り直す拍子に、一気に身体の側面をぴたりとくっつけてきた。そのまま首を傾け、美貴の肩に寄りかかる。
「ねぇ、みきたぁ〜ん」
「なぁに、亜弥ちゃん」
本人にそんなつもりはないが、周りからは「キツい」と言われてしまう、美貴の見下ろす視線。しかし亜弥はものともせず、美貴の身体にすっと腕を回す。
- 126 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:36
-
そのまま寄りかかってくる亜弥に押されて倒れ込んだところで、突然、玄関のベルが鳴った。
「誰だろ?」
倒れた体勢のままで美貴は玄関の方を見る。ベルはまだ、鳴り続けている。
出なきゃ、と思って亜弥を離そうとして、異変に気づいた。亜弥は虚ろな目で玄関の方向を見つめ、固まっていた。乾ききった唇が、微かに震えている。
「亜弥ちゃん?」
声をかけても亜弥の様子は変わらない。
ベルが鳴り続ける。亜弥の震えはまるでそれに呼応するように、大きくなっていく。
「今、出ます!」
慌てて美貴は立ち上がり、玄関へと走った。
- 127 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:36
-
ドアの向こうにいたのは、宅配業者だった。荷物を受け取り、サインをし、ドアを閉め、リビングに戻る。亜弥は歯をカチカチと鳴らして震えていたが、美貴がいつもの表情で荷物を小脇に抱えている姿を見て、ようやく安心したようにゆっくり目を閉じた。
「亜弥ちゃん、大丈夫?」
そばに寄って声をかける美貴に、亜弥は小さくうなずいてみせた。肌が少し、汗ばんでいる。
「だいじょうぶ。ほんとにだいじょうぶ」
少し掠れた声で亜弥が答える。一緒に住んでいて初めての事態に、美貴は戸惑いを覚えた。
「荷物が届いただけだよ…」
「うん」
亜弥は美貴の腕を取ると、ぎゅっとしがみついてきた。そのまま、呼吸を整える。
流しっぱなしのDVDの音声が、時間の経過を淡々と伝えてくる。
- 128 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:37
-
「さっきの続き」
不意に亜弥が漏らした言葉。美貴はハッとして、腕の中の亜弥を見る。虚ろだった目には、はっきりと色が戻っていた。
その視線に促されるままに、美貴は亜弥の着ているTシャツに手をかけた。そして、ゆっくりとめくり上げていく。
パサリ、と音を立てて亜弥の身体から布切れが離れた。だが、露わになった亜弥の素肌を見て、美貴は凍りついたようにその動きを止めてしまう。
「あ…」
まるで刻印を押されたように、亜弥の左肩には痕跡が残っていた。昨日、後藤真希がつかんだ痕。内出血を起こしたせいで、痣ができていた。
- 129 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:38
-
「これ…」
戸惑う美貴の姿を見て、亜弥の表情が変わる。驚き、そして恐怖へと変化し、亜弥は自分の左肩を手のひらで隠して、顔を背けた。
「イヤ!」
再び呼吸が荒くなる。床をじっと凝視したまま、小刻みに震え出す。
「ジャマしないで! あたしはみきたんといられればいいの! 入ってこないで!」
焦点の合わない視線。熱に浮かされたように早口でまくし立てる亜弥。美貴は呆気に取られてその姿を見つめていたが、常軌を逸したその声に、咄嗟に亜弥を抱き締めて制した。しかし、亜弥は叫び続ける。
「イヤぁっ! ジャマしないで! ジャマしないでぇっ!」
亜弥の取り乱し方に美貴は焦るが、どうすることもできない。亜弥をぎゅっと押さえ込んで、おとなしくなるのを待つしかなかった。
- 130 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:39
-
しばらく暴れていた亜弥だったが、やがて力尽きて静かになる。美貴はそっとベッドに亜弥を連れていき、そのまま休ませた。
リビングに戻ってきて、考えてみる。
こんなに天気がいいのに外に出たがらなかったこと。玄関のベルに過剰に反応したこと。そして、左肩に残った痣を見て暴れ出したこと。亜弥ははっきりと口にした、「ジャマしないで!」と。
──後藤真希?
美貴は思い出す。後藤真希という存在。彼女が、亜弥と自分のことを憎んでいる──。
すごく不吉な予感に、美貴は眉をひそめた。
- 131 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:40
-
真夜中──。
むっくりとベッドから起き上がった亜弥は、少しの足音もさせず、美貴の部屋の前に立った。
そのまま、そっとドアを開けた。摺り足で中に入る。美貴の微かな寝息が耳に入り、亜弥は闇の中で誰にも見られることのない笑みを浮かべる。
こっそり、枕元へと近づく。そして、ゆっくりとした動作で指先を美貴のこめかみに当てた。深い眠りの中にいる美貴は、亜弥の存在にまったく気づいていない。亜弥は指先を美貴のさらさらな髪へと移し、優しく撫でた。
それから次に、美貴の左肩に触れた。起きる気配はない。そのままぐっと力を込めようとするが、口元にさらに深いえくぼを刻むと、手を離した。
そして一旦美貴の部屋を出ると、自室に戻る。再び美貴の部屋に現れた亜弥の手には、いつかの水玉模様のリボンが握られていた。
- 132 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:40
-
◇ ◇ ◇
- 133 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:41
-
目を覚ました美貴が一番最初に見たもの。それは、亜弥の笑顔だった。
「みきたんおはよ。今朝はあたしの方が先に起きたね」
まるでアサガオの開花を観察するように、亜弥は美貴の顔をじっと覗き込んでいる。
寝起きをジロジロ見られるのは誰だって好きじゃない。美貴は寝返りを打って顔を隠そうとして、気がついた。
「う…?」
──縛られている。
見慣れた青地に白の水玉のリボン。いつも亜弥の髪を留めているそれが、今、自分の手首を留めている。
- 134 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:42
-
ハッとして亜弥を見る。えくぼがだんだん近づいてきて、視界をふさいだ。
抱き締めてきた亜弥の身体が妙に熱っぽい。びっくりして仰け反る美貴を、亜弥はさらにしっかりと押さえつける。
「みきたんはぁ、あたしのこと、好きだよね?」
呪文のように小さくつぶやくと、突然、美貴の左肩をつかんだ。
「だから、あたしと、同じになるの」
瞬間、つかんだ手にぐっと力を込めた。起き抜けで混乱している美貴の頭の中を、痛みという単色が一気に染め上げていく。
「い…痛い痛い痛いっ!」
美貴は反射的に声をあげる。亜弥の手を振り解こうとする。が、両手の自由はリボンに奪われており、思うように身動きできない。
- 135 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:42
-
「暴れないでよ、みきたんの方が力が強いんだから」
そう言うと亜弥はさらに力を加える。美貴は身体を激しく揺すって抵抗する。
「亜弥ちゃん、なにすんのっ! 痛いよっ! やめてよっ!」
「もう、しょうがないなぁ」
少しも笑顔を崩すことなく、亜弥はベッドに横たわっている美貴に馬乗りになった。両腕が胴体と一緒に、亜弥のフトモモに挟まれる。これでもう、美貴が身体を揺らすことはできない。
「みきたんが暴れるから最初からやり直しだよー」
今度は爪を立てて、美貴の左肩をつかむ。センチ、ミリ、肌の弾力を突き破るように、亜弥の爪は美貴の中へと食い込んでいく。
──この華奢な身体のどこにそんな力があるの?
美貴は一瞬そう考えたが、次の瞬間には再び痛みが思考回路を覆い尽くした。
- 136 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:43
-
「痛い! 痛い! 放してっ!」
寝間着にうっすら、小さく血がにじんだ。必死に叫ぶことしかできない美貴の声に、亜弥は満足そうに白い歯を見せる。
「だ〜め。みきたんのカラダに痕を残さないといけないもん」
痛覚に感覚を支配されている美貴の耳に、どこか間延びした響きが引っかかった。
「自分のモノにはちゃんと名前を書くでしょう? みきたんがあたしのモノって証拠、残さないとね。キスマークよりキレイな痕、つけてあげる」
そして亜弥は自分の右手の上に左手を重ねた。両手の力で、美貴の左肩をつかむ。
「あああっ!」
美貴の叫びに、亜弥は目を細める。でも目の奥は笑っていない。彼女は、本気なのだ。
- 137 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:44
-
──そわそわ。そわそわ。
そのとき、痛みの中で聞こえてきたのは、遠くからゆっくりと近づいてくるようなささやき声。
──そわそわ。そわそわ。
雨音。昨日はあんなにいい天気だったのに。
──そわそわ。そわそわ。
しっとりと、雨が周りを包み込んでいく。無数の垂線が、世界を覆い尽くしていく。
──そわそわ。そわそわ。
雨粒の軌跡が描くのは、鉄の格子。すべては、檻の中に閉じ込められる。
- 138 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:44
-
「みきたん、あたしの左肩、舐めてくれたよね」
亜弥がまるで赤ちゃんをあやすような口調で、言う。
「舐めてくれて、痛かったけど、気持ちよかったんだよ。それであたし、わかったんだ。好きなひとのくれる痛みは、心地いいってコト」
つかんだ両手に、さらに亜弥は体重をかけてきた。美貴の左肩はもう、痺れてしまって、痛みに馴れてしまって、ほとんど感覚がない。
「みきたんにもそのコト、おしえてあげる」
「うう…」
美貴が微かにうなり声をあげた。それを合図に亜弥は左肩から手を離し、美貴に馬乗りになったままで後ろに向き直ると、今度はフトモモを思いきりつねった。
「痛いっ!」
「これが、みきたんのフトモモ。脚、細くて長いよねー。まるでマネキンみたい。ほら」
そう言うと、亜弥は再び美貴の脚をつねる。そして、パシン、パシンと音を立てながら両脚を叩いて一周する。
- 139 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:45
-
「亜弥ちゃん! やめて!」
「これが、みきたんの脚。赤くなっても、ううん、赤く染まって、すごくキレイだよ」
亜弥は美貴の叫びに少しも耳を貸さない。変わらず、間延びした口調で続ける。
「ひざ。すね。足首。足の指」
身体の部分の名前を呼びながら、亜弥は美貴のその部分を叩いていく。叩かれて皮膚の内側からぼうっと熱を帯びていく身体は、その輪郭を確かに美貴に自覚させる。
「次は、上半身だね」
亜弥は再び馬乗りのまま回れ右をすると、美貴の顔に向き合って、笑みを浮かべた。
──カンペキな、笑み。
一点の曇りもないその眼に、美貴の背筋がびくりと震える。
- 140 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:46
-
「腕も細いよねー」
そう言うと、まるで畑に鍬を入れていくように、亜弥は爪を立てて美貴の両腕に痕をつけていく。
「二の腕。ひじ。手首。ゆびさき」
さっきと同じように身体の部分の名前を順に呼んでいき、そこに爪を立てていく。
美貴は抵抗するのに疲れ、ただ亜弥の思うがままに痛みを感じていた。苦しみを避ける本能は肌と神経を直接つなげて、感情を回路から取りはずしていた。もうほとんど、亜弥のための人形と言っていい状態だ。
- 141 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:46
-
ふっと腰を浮かせると、亜弥は美貴の着ている上着を首の位置までめくり上げた。
「鎖骨」
ピッ、と爪で鎖骨に沿って引っかく。美貴の白い肌の上に、徐々に鮮やかな赤いラインが浮かび上がっていく。
「腹筋。おへそ」
爪で引いた線の間を、ひとつひとつ丁寧につねっていく。
- 142 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:47
-
「みきたんの、おっぱい」
下着の中に手を入れる。そのまま、思いきりわしづかみにした。
「うっ…」
「ちょっとちっちゃいけど、カタチ、いいんだよね」
そして、その先端を指の腹で転がすと、不意に爪の先を当てた。
「ちくび」
いちばん敏感な部分に突きつけられた、まるでギロチンのような硬い感触は、快感とは正反対の緊張をもたらす。
「ひっ」
全身をこわばらせて美貴が息を飲んだのを見て、亜弥はえくぼをつくった。
「みきたんかわいいっ」
- 143 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:48
-
そのまま亜弥は、美貴に覆いかぶさる。そして、耳たぶに噛みついた。
「みきたんって、顔、すごくちっちゃいよね」
噛みついたまま、そう、ささやくように漏らす。そして、次の瞬間、犬歯に力を込めた。軟骨の上に広がる、針のような鋭い痛覚。
「ひいっ!」
叫び声をあげる美貴。それを聞いた亜弥がゆっくりと力を抜くと、美貴はまるで悪い夢から覚めたように、荒い呼吸でただ天井を見つめる。
- 144 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:48
-
「ほら、これがみきたんのカラダだよ。いつもあたしを気持ちよくしてくれるみきたんのカラダ、どんなにステキかわかってくれた?」
じゃれてくる子犬のように無邪気な調子で、亜弥がささやいた。
「亜弥ちゃん、もうやめて…」
「ダメ。もっと、みきたんにあたしを焼きつけるの。これってみきたんに自分がステキだってこともわかってもらえるし、一石二鳥だよね」
“カンペキな笑顔”、その裏側にあるもの。朦朧とした意識の中で、美貴の目には亜弥の笑顔に能面のような後藤真希の表情が重なって見えた気がした。
- 145 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:50
-
──そわそわ。そわそわ。
銀色の檻の中で、亜弥の行為は淡々と続けられていく。
この場から遠のいていく意識。近づいてくる身体。夏の夜の蛍みたいに、熱を帯びた自分の身体がぼんやりと発光している錯覚をおぼえる。
そして美貴の全身は、ただ痛みを受け止めるだけの存在へと濾過されていく──。
- 146 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:50
-
_
- 147 名前:04 投稿日:2003/10/01(水) 23:51
-
04 縛(bind / bound)
>>119-146
- 148 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003/10/01(水) 23:52
-
ちんこが生えるとレスの付き具合がよくなるんですね。
そんなわけで、いずれ藤本にも生やしてやおいを書きます。いずれ。
>>114 いえ、ぜんぜん。むしろわかってくれてるって感じでうれしはずかし。
>>115 CPってよくわからないんですよ。藤本が攻める方が主流なんですか。へぇー
>>116 すぐ終わらせてもいいんですけどね。そんな大したモンでもなし。
>>117 自分、不器用ですから。
>>118 番外編のことは忘れてください。お願いですから。ちんこ。
- 149 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/02(木) 00:12
- >>148
作者さんおもしろいです。ちんこって。
期待しないで待ってますね(w
- 150 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/02(木) 19:17
- 今回の更新、すごくいいです。
ずっと待っていたかいがありました。
読んでいて、すごくどきどきました。
後藤さんには、何があって、これから二人はどうなるか…
これからも、楽しみにしています。
- 151 名前:名無し娘。 投稿日:2003/10/03(金) 01:16
- 自分も股間がさわさわ(ry
松浦ガンバ
- 152 名前:名無し娘。 投稿日:2003/10/03(金) 01:18
- オチ更新みたいだから一応落としとく。
でしゃばりでメンゴ
- 153 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/04(土) 01:33
- やった、更新だ!
今回のまつーらさんの狂気っぷりには心臓バクバクもんでした。
いやーしかし作者さんほんとに上手いですな
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/06(月) 18:05
- 結末がまったく読めない……みきたんはどうなるのだ。
やおい、またーりと待たせていただきやす。いずれ、書いてけろ(w
- 155 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/06(月) 23:41
- 作者さんに翻弄されてるのが心地いい・・・w
感覚がおかしくなってるみたいです
凶器狂喜狂気だなぁ
- 156 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:53
-
湿り気。目に見えないくらい小さな水の粒が、溶けて浮かんでいる。まだじんわりと熱を帯びている身体に当たってはじけ、ねっとりとクールダウンさせていく。
雨は止んでいる。振り返り、音をさせないように慎重にドアを閉める。キイッと金属の擦れるわずかな音がしたが、それが早朝の空気に響くことはなかった。
地面には水たまりが残っていた。避けるように歩いていくが、アスファルトは表面に薄い膜を張っていて、ピシャピシャという高い声を返す。
行くあてなどない。とにかく、あの場所から離れるんだ──。
制服のほかは何も身につけず、何も持たないままで、美貴は逃げてきた。亜弥の支配する空間から逃げてきた。
- 157 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:54
-
周囲を見回す。コンクリートや鉄に表面を囲まれた家々。無機物の塀が、肌のようになめらかに連続している。等間隔で突っ立っている電柱は、皮膚から飛び出す柔らかな毛のように見えなくもない。そうなれば、剥き出しの素肌の上、ひとりぽつんと置き去りにされている自分は、小さな虫のような存在になるのだろう。ジャマだ、と指先で払いのけられるように、その場からそそくさと立ち去る。
住宅街から商店街へたどり着いても、拒絶は続く。閉じられたシャッターは、地面に敷かれたブロックの模様を映すように、カラフルに立ちはだかる。カラスの鳴き声が侵入者への警告と言わんばかりに、サイレンとなってこだまする。
道路が、壁が、歩き続けることを無言で要求する。街は開かれた迷路となって、美貴をその中に泳がせる。でもスタート地点はあってもゴールを持たない美貴は、ただぐるぐると表皮を巡り続ける。異物は、決して中に入り込むことができない。
- 158 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:54
-
街角、小さな児童公園に足を踏み入れる。水分を吸い込んだ砂は、じっと身を固くこわばらせている。
ペンキを塗られたすべり台から、水滴が滑り落ちる。まるで影を落とすように、遊具の形に沿って、地面に穿たれた跡が並んでいた。
そっと自分の素肌を撫でる。昨日、亜弥につけられた傷の痕に触れた瞬間、鈍い痛みが駆け上がってくる。
「これと同じ、か」
そうつぶやくと、しゃがみ込んで、穿たれてへこんだ地面に指先で触れた。
- 159 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:55
-
しばらくその体勢でいた美貴だが、公園の隅にベンチが置かれているのに気がついた。立ち上がり、ゆっくりと近づいていく。
ベンチの座面は濡れていた。座るための道具にさえ座ることを拒否された気がして、美貴は大きく溜息をついた。
「もうっ」
少し乱暴に、座面に溜まった水を払いのける。飛ばされた水滴は美しい弧を描き、地面へと吸い込まれた。
ハンカチを取り出して濡れた手を拭くと、美貴はようやくベンチに腰を下ろした。
周囲を見回してみる。誰もいない。ときどき思い出したように、シーソーやブランコといった遊具から水滴が滑り落ちるだけだ。
- 160 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:55
-
──これから、どうすればいいのだろう?
自分たちの家と学校を往復するだけの生活。家という居場所を失ってしまえば、あとはもう1ヶ所しか行くところがない。だが、その学校だって24時間いられる場所ではない。なにより、亜弥と出くわす可能性だってある。いかに自分の持っている世界が狭く、そして亜弥に束縛されているか。今になって痛感する。
「はぁ…」
肩を落とし、うなだれる。ベンチの縁のラインに沿って穿たれた地面が、目に入る。
- 161 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:56
-
魅入られたようにぼんやりと見つめていると、奥の方でガサッと物音がした。気配を感じる。公園を包み込んでいる空気が、一瞬にして張り詰めたものへと変化する。
──なんか、ヤバいカンジ…
顔を上げる。無音。しかしその静けさは、油断するのを待ち構えている罠だ、そう頭の奥で直感した。もう、こんなところにはいられない。
公園の入口を横目で見る。ベンチの縁にそっと手を掛け、ダッシュと同時に勢いよく押した。座面の裏側にぶら下がっていた水滴が一斉にこぼれ、地面を叩いた。
いきなり走り出した美貴に不意を突かれ、男はタイミングを逸した。去っていく背中、ひらひらと揺れるスカートの裾を見て、乱暴に地面を蹴り上げると唾を吐いた。
- 162 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:57
-
──そんなにわたしのカラダが欲しいのかねえ…
駅のホームに備え付けられた椅子に座り、美貴は電車を待つ乗客を眺めながら思い返す。
この時間、電車の間隔は30分単位で、スーツ姿のサラリーマンがちらほら歩いている程度。月曜日ということもあってか、みな気だるい表情をしている。退屈そうに文庫本や雑誌のページをめくったり、ケータイをいじったりして暇をつぶしている。
公園から逃げた美貴は、あてもなく街を走った。なるべく広い通りを選んでいくと、やがて近くの駅にたどり着いた。美貴は一番安い切符を買うと、改札をくぐり、ホームに出て、ベンチに腰を下ろした。ペットボトル1本と大して変わらない値段の居場所。
- 163 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:57
-
電車がやって来た。速度を落とし、停止する。ドアが開く。ホームに突っ立っている人々が、ガラガラに空いている車内へと吸い込まれていく。そしてドアは閉じ、なにごともなかったかのように電車は再び走り出す。
一連の儀式を、頬杖をついて見守る。ひとり、取り残される。でもすぐに他の乗客が階段からやって来て、同じように手持ち無沙汰に黄色い線の内側に立つ。
ラッシュの時間が徐々に近づいてきて、人はゆっくりと増えていく。1ml、2ml、水滴を落とすように、しかし確実に人は増えていく。
なんとなく視線を感じて、振り向く。頭の薄いオヤジが脂っぽい目つきでこっちを見ていた。が、慌てて視線を宙に逸らした。
そのオヤジだけじゃない。他のさまざまな角度からも見られていることに気がついた。早朝、制服、手ぶら。ストーリーを想像するのは、とてもカンタンなことだ。その薄い頭の中で、今の自分はどんなふうに喘いでいるのだろう。
- 164 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:58
-
──カラダ、カラダ、カラダ。もうたくさん。
まるで貝のように上体を伏せた。目を閉じる。外界からの情報を遮断する。電車を待つ喧騒はノイズの波となり、意識から遠ざかっていく。
この湿度の中を泳ぐ水蒸気のように。身体を溶かしてゆらり、ゆらりと街の中を移ろうことができれば。
青い空へと舞い上がる風船。幼い子どもの手を離れ、風に揺れながら高みにのぼっていく。眼下の光景は次第に曖昧なものへと変化し、やがて雲の彼方へと消えていく。無限の空と雲の合間で、太陽だけが輝く世界。遮るものが何もないため、風はジェットの速度で駆け抜けていく。
──ゴオオウゥゥッ!
気流の音。…いや、ちがう。快速電車が通過していく音だ。ぼんやりとした頭で、そう理解した。
- 165 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:58
-
ゆっくりと目を開けた。無数の足が、無数の靴音を鳴らしてホームへと集まってくる。
もうそんな時間なのか──。
腰を浮かせてポケットを探るが、何も入っていない。自分のケータイを家に置いてきたことに、ようやく気がついた。
まだイマイチ焦点がぼやける目で、時刻の表示を確かめる。5秒ほど睨んでいたら、「7:35」という文字が浮かんでいるのがわかった。1限まであと1時間半。亜弥はもう目を覚ましているだろう。
わたしがいないことに気づいて、どんな顔をしただろう?──美貴はそっと、想像してみる。激怒。落胆。その両方だろう。ケータイを置いてきてしまったのは、案外正解だったのかもしれない。
さて、これからどうしようか。まさか一日中ここでこうしているわけにもいかないし、どうせ終電になれば追い出されるに決まっている。一番手軽で確実なのは、誰かに場所を用意してもらうことだ。
消去法で選択肢を並べていくうちに、ふと、あの猫のような眼差しを思い出した。
- 166 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:59
-
◇ ◇ ◇
- 167 名前:05 投稿日:2003/10/17(金) 23:59
-
亜弥に出くわすことがないように、1限の開始を待ってから、学校に入る。昇降口はシンと静かで、この建物の中に何百人という人間が収まっているという事実に、今ひとつ実感がわかない。
わざわざひと気のない廊下を選んで、国語研究室へと向かう。もし保田が授業中だったら、屋上で時間をつぶして2限を待てばいい。
「失礼します」
ドアを開けると、相変わらずの散らかった光景が飛び込んでくる。右手のロッカーの奥を覗き込むと、教科書や資料を山積みにして腕組みをしている保田の姿があった。
「やすだせんせー」
ロッカーの陰から、できるだけ柔らかい調子で声をかける。呼ばれた保田は眉間にシワを寄せたままで顔を上げた。そのまま、不機嫌そうに答える。
- 168 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:00
-
「なによ藤本、授業はどうしたのよ」
「あ、ちょっと遅れて…」
「サボり? あのね、今アタシは忙しいの。2限と3限が続いてるから、準備がタイヘンなのよ。相手してるヒマはないの」
「いや、あのー…」
机の方へ、そろりと近づく。すると保田は美貴の全身をジロリと眺めて、言った。
「アンタその恰好なに? もう6月だよ? 衣替えって、知らないの?」
「え? あ…」
言われてようやく気がついた。無意識のうちに長袖を選んで家を出たのだが、5月はすでに終わっていたのだ。つまり、生徒たちは今日から全員半袖で登校しているということ。
「そそっかしいわねえ。上着脱いで袖をまくれば少しはごまかせるでしょ」
「あ、はい」
- 169 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:01
-
上着を脱ぎ、ブラウスの裾に手をかけたところでハッとする。動きを止めた美貴に、保田は不審そうな視線を送る。
「どうしたのよ」
「いや、その…」
「こんなの、バーッとめくっちゃえばいいのよ。バーッと」
立ち上がり、保田は美貴の手首に触れると、裾のボタンをはずして袖をめくり上げた。そして、露わになるもの。
「…なによ、コレ」
「──爪の、痕です」
「誰がつけたの? …もしかして、後藤?」
目をいっぱいに見開いて訊いてくる保田。美貴はうつむいてふるふると首を横に振ると、そっと名を告げる。
「……亜弥ちゃん」
- 170 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:01
-
保田はつかんだ手を放す。そして宙を見上げて頭をボリボリとかくと、穏やかに力を込めた口調で言った。
「とりあえず、生物準備室に行きなさい。中澤先生に相談すること。いい?」
睨みつけるような視線に、美貴は無言のままこくりとうなずく。
「じゃ、行ってらっしゃい」
それだけ言うと、保田は席に戻って授業準備を続ける。美貴が黙ったまま突っ立っていると、「早く!」とけしかけられる。慌てて国語研究室をあとにした。
- 171 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:02
-
「松浦、今日は休むって連絡があったけど」
生物準備室に入ってきた美貴に、中澤は開口一番、そう声をかけた。
いくら亜弥の担任とはいえ、まるですべての事情を把握しているような口調に、美貴は驚く。きょとんとした反応を見て、中澤は薄く笑って言った。
「同居人が休むのを知らんってのもおかしな話やねえ、藤本」
隣の席から椅子をひとつ引っ張り出し、座るように促す。美貴がどこか落ち着かない仕草で椅子に腰を下ろしたのを見ると、マグカップにコーヒーを注いで差し出した。
「今、内線で圭坊から『様子がおかしいから見てあげて』って言われたんやけど、ホンマにおかしいな。どないしたん?」
- 172 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:02
-
カップを手に取った美貴は、ふうっと息をひとつ吐いてから、そっと袖をまくった。痕を見ても、中澤は飄々とした調子を崩さない。
「コレは、後藤やなくて、松浦がやったんやな」
「はい」
「そんときの状況、詳しく教えてくれるか?」
「──」
頭の中で映像が巻き戻っていく。朝の駅。公園。街。家のドアを、閉じる。着替える。鏡を見る。手首の拘束を、はずす。ベッドからそっと起きる。
巻き戻しのスピードは速くなる。眠る前。口移しで与えられた晩ご飯。痛みの波。波。波。リボン。笑顔。朝。夜。おびえる亜弥。玄関のベル。DVD。部屋の掃除。
一時停止。まるで別人みたいな、亜弥の変貌を確かめる。
さらに、巻き戻し。左肩。キス。早退。昇降口。後藤真希。保田。食堂。後藤真希。中澤。午前の授業。登校。
狂いはじめた日常の発端。それは、後藤真希──。
- 173 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:03
-
「なるほどな」
まとまらないままで断片を語っていった美貴に、中澤は言う。
「きっかけはあんときの後藤で、それで松浦がおかしくなって自分も襲われたっちゅーんやな」
美貴がうなずくと、中澤は椅子から立ち上がり、窓の外を眺める。
「なんだか厄介なことになっとるなあ…。藤本、家には帰れそうにないんか?」
「ムリ、だと思います…」
「そっか」
うんうんと中澤はうなずくと、回れ右をして美貴と向き合う。そしてニヤリと唇を吊り上げて、言った。
「しゃあないね。とりあえず、圭坊ンとこに2〜3日世話になりたいって頼むのが一番やろな。どうせ藤本もそのつもりやったんやろ?」
- 174 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:03
-
◇ ◇ ◇
- 175 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:04
-
教育実習はやるべきことがかなりたくさんあるようで、保田が帰り支度を終えたころには午後7時を回っていた。
「おまたせ」
口ではそう言うが、「あーメンドクサいことに巻き込まれちゃったわ、まったく」と顔にはっきり書いてある。
「お世話になります」
申し訳ないという気持ちをできるだけ込めて美貴が頭を下げると、保田は「ゆーちゃんも強引よねえ…」と小さくつぶやいて、
「ま、行こっか」
ポン、と美貴の肩を叩き、学校をあとにした。
- 176 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:05
-
20分ほど電車に揺られて着いた駅。小ぢんまりとした学生街で、帰宅するサラリーマンと飲み会に繰り出す大学生とが行き来している。スーツ姿でまっすぐに歩く保田は大声でしゃべっている学生たちと同年代には見えない。
──なんか、オトナって感じだな…。歳は5つくらいしか変わんないはずなのに、この差はなんなんだろう。
横顔を眺めながら、ぼんやりと思う。いつか昼に学校の廊下で見たのと同じホクロ。今日は夜の街明かりに照らされて、どこかミステリアスに見える。
すると視線に気づいたのか、保田ははにかんで美貴に声をかける。
「いっつも自炊してるんだったよね。今日は一緒に何かおいしいものでも食べよっか」
「あ、でもわたしお金…」
「いいわよ、おごったげる。この辺は安くて味のいい店が多いから、安心して」
- 177 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:06
-
「焼肉定食ふたつと生中ふたつ!」
きっと洒落たレストランに連れていってもらえるのだろう、と勝手な想像をしていた美貴は、保田が小さな定食屋へと向かっているのに気がついて、がっくりと肩を落とした。それを見た保田は「こういうところの方がウマイのよ。安いし」と言い放った。暖簾をくぐり、おしぼりで顔を拭きながら注文する保田の姿を見て、それまでの憧れの気持ちはどこかへと飛んでいったのだった。
「なに怒ってんのよ」
「怒ってません」
「アンタ、気を抜くとものすごく怖い顔になるわねぇ」
「知ってます」
「なんか生意気な態度ねー。衣食住の食と住を提供してあげるスポンサーに対する態度じゃないわね」
「すいませんでした」
「ぜんっぜん心がこもってないわね」
「はい、生中ふたつ」
- 178 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:07
-
するりと現れた店のおばちゃんが、ジョッキをふたりの目の前に置いていく。美貴は自分の前ではじける泡を見て、目を丸くする。
「ちょっと、わたし…」
「オゴリ。飲まないんならアタシが飲むけど」
「教育実習生が自分の生徒にお酒を飲ませるなんてどーかしてますよ」
「なに言ってんのよ、みきたん。今日のこの女子校生のコスプレ、ホントよく似合ってんねー」
言いながら、保田はおばちゃんにウィンクする。事情を察しているおばちゃんは、白い歯を見せて笑った。
「ほら、ジョッキ持って。カンパーイ」
「……カンパーイ」
- 179 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:08
-
そう、確かに焼肉定食はおいしかった。美貴も保田も焼肉は大好物であり、夢中で食べた。
しかし、ジョッキ2杯は調子に乗りすぎだったかもしれない。なんだか顔が背中が異常に熱くて、コントロールの利かない力が内側から溢れてくる。
「アンタ、お酒弱いのねえ」
「え…よわいれすかぁ? じぶんらよくわかんないんれすけろぉ」
頬に当たる風が冷たくって気持ちいい。もっと心地よい風を求めて、美貴はフラフラとした足取りで進んでいく。
「あー行きすぎ。こっちよ、こっち」
後ろからムリヤリ肩をつかまれて、軌道修正させられる。つかまれた位置は亜弥につけられた痕とちょうど重なって、美貴は思わず反応してしまう。
「いたっ! やすらせんせー、ぼーろくはんたーい! あやちゃんも、ぼーろくはんたーい!」
「はいはい、話は後で聞くから」
「うるさい、はなせー! そんなにわたしのカララがほしいのかー! ろいつもこいつもカララ、カララって、まったく!」
「…なんやの、コレ」
電車ごっこのような体勢でアパートの入口にたどり着いたふたりに、乾いた声がかけられる。
- 180 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:08
-
「圭坊、こりゃいくらなんでもやりすぎなんとちゃうか?」
「そうだね。ちょっと飲ませすぎちゃったかも」
美貴は一瞬、相手が誰だかわからず動きを止める。金髪からヒールまで何度も往復してジロジロ眺めていると、ようやく気がついた。
「なからわせんせー、こんばんわー。きょうはいつものはくい、きてないんれすかー? はくいきてないなからわせんせーなんて、なからわせんせーなんて…」
「ええ身分やな、藤本」
「おかげさまれー」
中澤はほとほと呆れ果てた、と言わんばかりに肩で息を吐くと、スポーツバッグを美貴の目の前に突き出す。
- 181 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:09
-
「ほれ、アンタの荷物や。家庭訪問ついでに持ってきてやったんやで。少しは感謝せえよ」
「んー? おおー」
「…ひっどいな、コレ」
バッグの中身を確認してうなり声をあげる美貴を指差し、中澤は保田に悪態をつく。しかし、保田は気にしない。
「これぐらい酔ってりゃ、包み隠さず話してくれるでしょ」
「相変わらず強引やね」
「どっちが」
保田の言葉にふっと笑うと、中澤は美貴に声をかける。
「松浦、アンタがいなくなってヘコんどったで。なるべく早く戻ったりや」
そして回れ右をすると、保田と挨拶を交わして、足早にその場を去っていった。
- 182 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:10
-
「おじゃましますぅー」
靴を脱ぎ、保田の部屋に上がる。
本棚。タンス。ベッド。部屋の奥には勉強机と椅子が置かれていて、生活に必要な物だけが、キレイに整頓されている。余分なものは一切ない。
「まあ座ってよ」
保田は椅子に腰を下ろして言う。どこに座るべきか美貴が迷っていると、そこでいいから、とベッドを指した。
美貴は座った瞬間、ふと既視感をおぼえた。それが何かは、酔った思考回路のせいもあって、うまく思い出せない。
「さてさて、マジメな話でもしましょうか」
「はいー」
「痕、見せて」
言われて美貴はブラウスの袖をまくる。すると保田は「脱いで。下着姿になってくれる?」、そうはっきりと口にした。しかしいくら酔っ払っているとはいえ、さすがにその注文には美貴も戸惑う。
「ヘンなコトしないから。30秒でいいから見せてくれないかな?」
- 183 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:10
-
保田の真剣な目に、美貴はおずおずとブラウスのボタンをはずす。シャツを脱ぐ。無数の引っかき傷と爪の痕が露わになる。だが、それらを目にしても、保田の表情は少しも変わらない。
それまでのどこかほんわかとした雰囲気は、完全に消え去っていた。素肌をさらして身体が急激に冷まされたこともあり、酔いは一気に醒めていく。
「じゃ、今度は背中」
言われるままに、後ろ向きになる。やはり同じように、美貴の背中は引っかいた痕で埋め尽くされていた。
「この傷をつけてるとき、彼女、なんて言ってた? 正直に教えてくれる?」
「えっと…わたしのカラダに自分を焼きつけるとか、わたしのカラダがステキだとか」
「そう。…ありがと。もういいわよ。」
保田の言葉に、美貴はスポーツバッグからシャツを取り出す。
- 184 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:11
-
着替え終わってなんとなくボーッとしていると、柔らかい声で保田が言った。
「お酒、キツかったらそのまま寝ちゃっていいから」
「はい…。そうします…」
それだけ言うと、美貴は静かに横になる。
──ああ、そうだ。病院の、診察室だ…
薄れていく意識の中、さっきの既視感の正体をつかんだ。医者の診察を受けるときと、まったく同じ感覚だったのを思い出す。が、すぐに美貴は深い眠りの世界へと落ちていった。
- 185 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:11
-
しばらくして、スースーと寝息が聞こえはじめる。身を乗り出して美貴が寝ついたのを確認してから、保田はそっとつぶやく。
「まいったなあ、あのときとそっくりだよ」
視線の先には、机の上に置かれたフォトスタンドと腕時計。フォトスタンドの中では、4人の少女が屈託なく笑っていた。
- 186 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:12
-
◇ ◇ ◇
- 187 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:12
-
翌日、美貴は保田と一緒に登校した。
痕を見せないため、長袖のブラウスを着て行った。この日は気温が少し低かったため、そんなに違和感はなくて済んだ。
「松浦、今日も休みやで」
昼休みに食堂でバッタリ会った中澤は、それだけ告げると人ごみの中に消えていった。
ひとりで食べる昼食も、ひとりで過ごす放課後も、あっけないものだった。最初からそれが当たり前のことだったように、自然に時間は過ぎ去っていった。
保田の仕事が終わるまで、国語研究室の中でぼんやりと考える。
──亜弥との生活は、実は幻みたいなものだったんじゃないか?
綻びを見せたふたりの生活。だが、亜弥がいなければいないで、別の生活が存在する。ただそれだけのこと。
「終わったわ。いきましょ」
保田の背中についていく。すっかり姿を変えた毎日を、さも当然といった顔をして、やり抜いていく。
- 188 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:13
-
◇ ◇ ◇
- 189 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:13
-
水曜日になった。昼休み、食堂へ向かおうとする美貴の前に、影が立ちはだかる。
「こんにちは」
その鉄仮面は、うっすらと笑みを浮かべているように見えた。美貴には本当に少しだけ、笑みを含んでいるような気がしたのだ。
「ちょっといいかな?」
腹話術師のように唇をほとんど動かさず、彼女は言う。どこか拒否を許さない迫力をにじませた言葉に、美貴はうなずくことしかできなかった。
- 190 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:14
-
「圭ちゃんのところにいるんだって?」
屋上、茶色い髪をなびかせて、後藤真希は言う。最初何のことを言っているのかわからなかったが、“圭ちゃん”が保田を指していることにようやく気がつき、美貴は目を丸くする。
「マツウラアヤから逃げたんだ。ふふ、よく似てるね。ごとーの知ってるヒトに、そっくりだよ」
「あなたの…知ってる人?」
少し睨みつけた表情に見えただろう。片方だけ眉を吊り上げるとそう誤解される。自分でもわかっている。
- 191 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:14
-
そんな美貴を見て、真希は確かに笑った。口元からわずかに白い歯を覗かせた。
「そのまま、壊れちゃってよ。ごとー、ひとりじゃさびしいから」
「…何言ってんの?」
真希の真意をはかりかねて、美貴は訊き返す。しかし真希はするりと美貴の脇をすり抜けると、校舎の中へと続く階段を下りていく。
「ちょっと!」
「期待してるよ」
そう言い残して、真希は消えた。その声のザラリとした感触が耳の奥にこびりついて、いつまでも離れなかった。
- 192 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:15
-
「──というわけなんです」
「ふぅん、後藤がね」
おとといとまったく同じように、美貴はベッドに、保田は椅子に腰掛けて向かい合っている。診察室のようなその構成。美貴は病状について医者に尋ねる患者になったような錯覚をおぼえながら、保田に問いかける。
「後藤さん、保田先生のことを“圭ちゃん”って呼んでましたよ。いったいどういう関係なんです?」
「どういう関係って、…旧知の関係ってやつよ」
それだけ言うと保田は缶ビールをあおった。どうもはぐらかされているような気がして、美貴は保田に詰め寄る。
「詳しく教えてください! 後藤さんの知ってる人とわたしたち、何か関係があるんですよね? だからわたしたちは襲われたんですよね?」
「落ち着きなさいよ、なんもないわよ」
「じゃあどうして!」
「いい? あんたたちはとばっちりを受けただけなの。関係ないことまでよけいな詮索しなくたっていいのよ」
「そんなの、納得できません!」
- 193 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:15
-
保田は美貴の目をじっと見つめる。今すぐつかみかからんばかりの美貴の勢いに溜息をひとつつくと、身体を仰け反らせて机の上の腕時計を手に取った。
「それって…、わたしたちが昇降口で襲われたときの…」
「アタシが後藤に投げつけた時計よ」
保田から腕時計を渡された美貴は、裏蓋に文字が刻まれていることに気がついた。
「…なんです、コレ?」
「アタシたちの友情の証。昔の話よ」
それだけ言うと、保田は窓の外を眺める。心なしか、その目は潤んでいるように見えた。
そしてその視線の先、夜空には、切ないほどに刃を研ぎ澄ました月が輝いている──。
- 194 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:16
-
_
- 195 名前:05 投稿日:2003/10/18(土) 00:17
-
05 綻(rent)
>>156-194
- 196 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003/10/18(土) 00:19
-
ようやく折り返し点に到達しました。
でも、ちょっと企画を練っているので、次回更新は遅れます。
>>149 おもしろいのはちんこだけですか?
>>150 これからも待ち続けてください。ハチ公のように。わん。
>>151 エロ。
>>152 ホントにでしゃばりですね。
>>153 松浦、狂気というよりは純粋な気持ちなんですけど。
>>154 結末はハッピーエンドですよ、もちろん(史上初・作者本人によるネタバレレス)。
>>155 少しくらい感覚おかしい方がマトモなんですよ、きっと。わん。
- 197 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/18(土) 01:04
- 作者さんのレスの返事がおもしろい。
ケンカ売ってますか?(w
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 11:46
- 作者さんは犬だったんんですね、わん
犬なのにこんな話が思いつくなんてすごいです
きっとまともな人なんていないんでしょうね
- 199 名前:名無し娘。 投稿日:2003/10/18(土) 18:24
- ののたん語の美貴帝萌え
- 200 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003/10/18(土) 22:54
-
200GET!!!安倍なつみ万歳 最高!!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(´´
∧∧ ) (´⌒(´
⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡=
 ̄ ̄ (´⌒(´⌒;;
ズザーーーーーッ
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 12:56
- 美貴たん…亜弥たん…
- 202 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/20(月) 18:43
- すごくいい感じです。
文章に酔ってしまいましたw
楽しみにしています
- 203 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:09
-
洗濯物を干すときのように、肩口をつかんでかざしてみる。一点の迷いもない、白。
スポーツバッグから取り出したブラウスは半袖で、まじまじと見つめていると、袖を短くしたそのデザインが革新的な発明に思えるくらい久しぶりに感じられた。
袖に腕を通す。二の腕に刻まれた痕は、よく目を凝らさないと気づかないくらいに薄くなっている。
「もうほとんどわかんないわね。よかったじゃない」
半袖姿を目にした保田の第一声。美貴は微かに笑みを浮かべて応える。
それから学校へ行く支度を終えると、一緒にアパートをあとにした。
- 204 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:10
-
「4日連続。そろそろ真剣に対策を考えんとあかんなあ」
溜息混じりに中澤が言う。担任として、亜弥の欠席が続いていることが相当気にかかっているのだろう。いつもに比べて声に少し張りがない。
「引きこもったってしゃあないと思うんやけどなあ。…ま、人それぞれなんやけどね」
そう言うともう一度溜息をつく。隣で一緒に昼食をとっている保田も、つられて重苦しい表情になる。
そんな中、美貴は不謹慎だとは思いつつ、どこかホッと安堵する気持ちを抑えることができなかった。
身体から痕が消えていく。亜弥の支配の痕跡が絶えていく。身体の解放と精神の解放。大げさな表現かもしれないが、あのときのことを過去のものとして冷静に考えることのできる自分がいる。気持ちが軽くなったのは、袖の分の重さがなくなったから、だけじゃない。
- 205 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:10
-
「なに笑っとんの、藤本」
「…あ、いえ」
「気持ちはわからんでもないけどな、問題をきちんと根本から解決せんと、また同じこと繰り返すだけやねんで」
「すいません」
「ホント、同じこと繰り返すのはゴメンやで…」
中澤はつぶやいて遠くに視線を移す。その先には、食堂にやって来た後藤真希がいることに、美貴は気づかなかった。
- 206 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:11
-
「ごちそうさまでした」
箸を置く。一息ついてから、保田と一緒に食器を流しへ片付ける。昨日は保田先生だったから、今日は自分が皿を洗う番か──美貴は流し台の前に立つと、蛇口をひねってお湯を出す。その間、保田はユニットバスにお湯を張っている。
──すっかり、馴染んじゃってるよなあ。
洗剤を垂らしたスポンジで、茶碗をこする。保田のアパートに来て4日目になる。泡の間から見える青い茶碗の柄。他人の家にある茶碗のはずなのに、“わたしの茶碗”と言っても違和感がなくなってきていることに気がついた。
- 207 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:11
-
「しっかし、そろそろなんとかしないといけないわねえ」
ユニットバスのドアを閉めて、保田が美貴に話しかけてくる。
「そうですね。中澤先生にこれ以上迷惑かけたくないですし」
「いや、それもそうなんだけどさ、ボサッとしてると教育実習、終わっちゃうから」
「あ…」
大切なことを忘れていた。美貴は慌てて振り返ると、保田に尋ねる。
「実習って、いつまでなんですか?」
「2週間って決まってるから、来週の火曜まで。今日から後半戦に入った、ってことになるわね」
「じゃあ、わたしはそれまでしかここにいられないんですか?」
「そうねえ。高校生と大学生じゃ生活のサイクルがちがうから、できるだけ実習期間内でなんとかしてほしいわね」
「そんなあ…」
- 208 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:12
-
肩を落とし、眉間にシワを寄せて美貴は保田を見つめる。が、保田は落ち着き払った調子で言う。
「ホラ、お湯、出しっぱなし」
慌てて洗い物を再開する。そんな美貴の背中に、保田は声をかける。
「まあ、いざとなったら裕ちゃんもいるわけだし、そんな心配する必要はないよ」
「だといいんですけどね」
美貴は手を動かしたまま、振り返らずに返事する。
そのとき、部屋に着メロが響いた。保田は素早く反応して、自分のケータイを拾い上げる。
「はは、ウワサをすればその裕ちゃんからだ」
ディスプレイに表示されている名前を見ていたずらっぽく言うと、通話ボタンを押した。
「もしもし? 裕ちゃんどうしたの?」
- 209 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:13
-
「いや、それがな、今、うちに松浦がおるんよ」
通話口の向こうで保田が「は?」と声をあげる。ムリもないわな、中澤はそう心の中でつぶやくと、咳払いをひとつして声を整えてから、もう一度言う。
「せやからな、今、うちに松浦がおるんよ」
言いながら、チラと部屋の隅を一瞥する。白く大きなトランクを脇に置いて、亜弥がちょこんと正座している姿が目に入る。
「とりあえず今夜はこっちに泊めるから。うん、同じ欠席でもこっちの方がええやろ? 詳しいことはまた明日話すわ。…あー、ええんやええんや。わかっとる。大丈夫やて。ホンマ」
- 210 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:13
-
中澤が話している間、亜弥はずっと唇を噛み締めてうつむいていた。その様子を見て、中澤は声をかける。
「おい家出少女、藤本に何か直接言っとかんでええんか?」
亜弥は無言でぷるぷると首を横に振る。中澤は片方の眉を下げて溜息をひとつつくと、ケータイの向こうの保田に再びしゃべり出す。
「別になんもないみたいやで。うん。ほな、明日な。ああ、よろしく頼むで」
通話終了のボタンを押す。部屋には自分の声の余韻が広がって、ひどく淋しい気分が周囲を包み込む。ケータイで話した後はいつもこうだ。
- 211 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:14
-
「さて」
わざと口に出して言うと、中澤はあらためて亜弥と向き合う。亜弥は視線を上げようとしない。
美貴が救いを求めて保田の許を訪れたのであれば、亜弥も同じように救いを求めてここに来たのだ。彼女はそれを言葉にしようとしないが、中澤にはわかっていた。わかることができる、そう信じていた。
「こうしとってもしゃあないでな。奥の部屋、使ってええから今日はもうそこで寝とき」
どことなく、気のいいお姉さんというよりも、優しい母親のような口調、そう思った。
- 212 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:15
-
亜弥は立ち上がると、のそのそと歩いて言われた部屋へと続く扉を開けた。真っ暗。入ってすぐ脇にあるスイッチをつける。
明かりの下にさらされた部屋。見た瞬間、感じる違和感。6畳ほどの広さの中、派手な色彩・デザインを好む中澤にしては、比較的シンプルでおとなしいインテリアでまとめられている。リビングとは、とにかく別種の空間になっているのだ。
匂いも異なっていることに気づく。どこか湿気の澱んだ匂いが浮かんでいる。不審に思った亜弥は、鼻から部屋の空気を吸い込んでみる。
「ひっ…」
埃の匂いだ、そう理解した次の瞬間にはくしゃみが出ていた。それを聞きつけた中澤が、ティッシュペーパーの箱を片手にやって来る。
「ホコリっぽかったか、スマンスマン。やっぱ換気しといてから入ってもらうべきやったね」
そう言うと、窓と扉を開け放つ。「これでよし」とうなずくと、中澤はリビングへと戻っていった。
- 213 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:15
-
再びひとりきりになって、亜弥はもう一度部屋の中を見回す。
落ち着いて見てみると、あまりきれいに整頓されているようには感じられなかった。最低限の片付けはされているものの、テーブルの上には雑誌が開いたままで置きっぱなしになっていたし、ラックにはまだ余裕があるのに裸のCDやプラスティックのケースが床の上に無造作に積まれていた。ベッドカバーの隅っこは雑にめくれていたし、タンスの引き出しはちょこっと飛び出て表面に凹凸をつくっていた。
生活の匂い、とは言わないまでも、誰かがいた痕跡が残されている。中澤以外の、誰かが。
「──どした?」
突然首筋の辺りで声がして、びくりと震える。慌てて振り向くと、缶ビール片手に中澤が立っていた。
「そんなん驚かんでもええやん。いけずぅ」
からかうように笑ってみせる中澤。どこか影を引きずってる亜弥を元気づけるためか、単純に酔って気分がいいだけなのか。表情からその心の奥は読めない。
- 214 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:16
-
「…ここ、誰か使ってたんですか?」
勇気を出して、亜弥はそっと尋ねてみる。中澤は唇を曲げてさらに笑みを強めると、はっきりと答えた。
「使っとったで。でも今はもうソイツおらへんから、べつに気兼ねせんでええよ。自分の部屋やと思ってくつろいでくれて構わんから」
予想外に明快な回答が返ってきて、亜弥はなんだか肩透かしを食った気分になる。中澤はそんな亜弥の表情を見てもう一度目を細めると、
「今日はいろいろと気ぃ張って疲れたやろ。さっさと寝といた方がええで。それじゃ、おやすみ」
そう言い残してリビングへと戻っていってしまった。
- 215 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:17
-
扉を閉めると、亜弥はベッドに腰かける。カバーの上の埃が一斉に舞い上がって、部屋のライトに照らされ浮かび上がる。慌てて口元を押さえながら、静かにカバーをはずした。
今度こそ、そっとベッドに腰を下ろす。すると右手の先、枕のすぐ横、硬くて冷たいものに触れた。
──?
拾い上げ、まじまじと見つめる。2枚のガラスでできたフォトスタンド、その間には写真が挟まれていた。
喫茶店だろうか。店先で屈託なく笑う4人の少女。中に見覚えのある顔が混じっている。
──これ、どういうこと…?
- 216 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:17
-
フラッシュバックする、昇降口のできごと。記憶を呼び起こそうとする心と、震え出す身体。葛藤から逃れるように、もう一度写真に視線を落とす。
左端。今より髪の短い後藤真希。いくぶんふっくらとしていて、ざっと見て中学生くらいか。あどけないその笑みは、現在の姿からは想像もつかない。
右隣。ショートカットの少女。今の自分とだいたい同じくらいの年齢だろうか。真希に寄りかかられて笑顔をつくってはいるものの、どこかクールな眼差し。
その右。今と比べると垢抜けない印象だが、顎のホクロと好奇心旺盛な目つきは、確かに保田圭だ。ショートカットの子と頬を寄せ合い、白い歯を見せている。
そして、右端。ひときわ明るい茶色の髪。3人に比べて小柄な少女が、保田の脇にピタリとくっついている。レンズに向かい、まぶしそうにはにかんでいる。
何年前のものか正確にはわからない。だが、保田と真希が接点を持っていたことが、これではっきりした。そして、その証拠が中澤の暮らしている場所に存在している。
- 217 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:18
-
まるで一本の糸につながれているかのように、うっすらと軌跡が見えてくる。自分と中澤をつないでいる糸、中澤と保田をつないでいる糸、保田と真希をつないでいる糸。
織り上げられる模様。視野を1次元から2次元に広げ、2次元から3次元へと高みに昇ったとき、この目には何が映る?
──そして、あたしとみきたんをつないでいる糸は?
脆くはかない糸。今は切れてしまったのか、それとも、まだ細々と続いているのか。
──こわい…こわいよ…。
ベッドに横になり、ヒザを抱えるようにして身体を丸める。足の指先さえも丸めて、小さくなる。少しでもはみ出す部分があれば、その隙から熱が逃げて、孤独が入り込んでくる。温度。ぬくもり。誰もくれないのなら、自分で守るしかないのだから。
部屋を泳ぐ埃を蛍光灯が浮かび上がらせる。その光を浴びながら、亜弥は布団にくるまり、眠りに落ちる。
- 218 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:19
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◇ ◇ ◇
- 219 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:19
-
目を開けたとき、飛び込んできた光。それは人工のものではなく、自然の光だった。すでに太陽は十分な高さまで昇っていて、力強く輝いていたのだ。亜弥はそっとベッドから降りると、リビングへと向かう。
テーブルには朝食の用意がされていた。パン、目玉焼き、申し訳程度のサラダ。その横には、メモが残されている。歳の割には若い、それでいて節度を失わない中澤の字。
「食べておいて下さい。食べないと力が出ません。気が向いたらで構わないので、生物準備室に来て下さい 中澤」
どことなく、気のいいお姉さんというよりも、口うるさい母親のような内容、そう思った。
- 220 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:20
-
時計を見ると、もう昼と言ってもおかしくない時刻になっている。
亜弥は椅子に座ると、リモコンでテレビの電源を入れる。どのチャンネルもニュースをやっていて、事故や事件を深刻な顔つきで伝えている。
まるで時間が止まっているかのような日差し。テレビの画面と今の自分、どちらが現実なのかわからなくなってくる。
ぼんやりとニュースを聞き流しながらパンを焼き、マーガリンを塗り、ジャムを塗り、食べる。ジャムの甘味がさらに現実感を遠のかせるが、果肉の食感がそれを押しとどめる。
パンを食べ終え、指についたジャムを舐めてみる。舌の上に広がる甘味、指先に広がるザラザラした感触。異なる感覚は同時に伝わってくるが、それは平行線のまま交わることはなくて、自分の身体が二重に分裂してしまったような錯覚に陥る。
- 221 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:21
-
立ち上がる。まるで影のように、もうひとつの身体もぴたりと動きを合わせる。早足で流し台の前に行き、冷たい水で手を洗うと、それは消えた。
タオルで手を拭く。しばらくすると、じんわりと温度が戻ってきて、乾いた指先に再び、影が重なる。
ニュースはすでに終わっていて、正午を告げる音とともにバラエティ番組がはじまる。能天気な観客の笑い声は、やはりどこか遠い。
テレビを消した。そのままソファに腰を下ろし、目を閉じる。
日に照らされた室内。暖かく、心地よい。よけいな不純物が何も存在しない世界。ただ、呼吸をするだけ。
- 222 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:21
-
だが、亜弥の穏やかな時間は玄関のベルによって破られる。びくりと背中が跳ねて、それで一気に目を覚ます。
ベルは鳴り続ける。そのうち、ドアを叩く音が混じり出す。亜弥は壁づたいに玄関までたどり着くと、おそるおそるドアスコープを覗き込む。
その気配を感じてか、能面は微かに笑った。後藤真希はドア越しに、亜弥に向けて話しかけてくる。
「マツウラアヤ、いるんでしょ? 返事しなくてもいいよ、いるってわかってるんだから」
声を聞いて、亜弥はその場にへたり込む。真希は明るささえ感じさせる口調で続ける。
「ねえ、このまま壊れちゃってよ。ごとー、ひとりじゃさびしいから」
- 223 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:22
-
震え出す亜弥。しかし真希はさらに、ドアを貫くように声を強める。
「アンタたちを見てるとムカつくの。許せなくなるの」
「イヤ…イヤぁっ!」
「フジモトミキとの関係? ムカつくから、壊れちゃってよ。ねえ」
「うるさい! うるさいっ!」
ドアを挟んでふたつの心拍数は上がっていく。テンションを、高めあっていく。
「あはっ、苦しいんだ? 壊れちゃうのが苦しいんだ?」
「黙って! ジャマしないで!」
「ねえ、もっと苦しんでよ。苦しんで、ごとーを楽しませてよ」
「帰れっ! 帰れえぇっ!」
しゃがみ込み、耳をふさいだ亜弥は、ノドが擦り切れんばかりの絶叫を放つ。まるで断末魔のようなその叫びを耳にして、真希は満足そうに頬を緩めると、くるりとドアに背を向け、立ち去った。
- 224 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:23
-
息は荒く、脂汗を流し、亜弥は茫然と宙を眺める。ぐにゃり、壁や柱の直線が歪み出す。支えきれなくなった天井が覆い被さってきて押しつぶされてしまうのではないか、そんなことさえ想像してしまう。
「うう…」
這いつくばって、玄関からリビングへ移動する。床はスポンジのように柔らかく、何度もバランスを失って転がりそうになる。
必死の思いでソファに凭れかかる。亜弥の記憶は、そこで途切れた。
- 225 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:23
-
◇ ◇ ◇
- 226 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:24
-
再び目を開けたとき、亜弥を包んでいたのは蛍光灯の光だった。何時間か前とよく似た光景。ベッドに横たわっている。
「あれ…、いま…」
つぶやいて、自分の声が掠れていることに少し戸惑った。ノドが乾いている。
「おっ、気がついたか」
濡らしたタオルを手にした中澤が部屋の中にやってきて、亜弥に声をかける。亜弥がゆっくりと自分の方を見ると、にっこりと微笑み返し、タオルを亜弥の額の上に乗せた。
ひんやりとした感触に、亜弥は目を閉じる。その表情を見て中澤は、さらに笑みを深くした。
「びっくりしたで、帰ってきたら松浦、倒れとるんやもん。…まあ、それだけ熱があったらムリないけどな」
「ねつ…」
「疲れが一気に出たんやろ。しばらく、おとなしくしとることやな」
中澤は部屋の隅に置かれたスツールをベッドの脇に寄せると、そこに腰を下ろす。
──熱。じゃあ、あの後藤真希は? まぼろし?
- 227 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:25
-
「…どした? なんか気になるんか?」
亜弥の表情の微妙な変化を読み取り、中澤は声をかけた。
「ゴトウ先輩…」
うわごとのように亜弥の唇から漏れた名前に、中澤はぴくりと反応する。しかしすぐに平静を装い、穏やかな口調で尋ねる。
「後藤、ここに来たんか?」
中澤の問いに、亜弥は少し考えた後、無言でうなずいた。幻なんかじゃない、ホンモノだ──そう確信した。
「そっか」
小さく息を吐いて返事する中澤。それから、亜弥の額の上のタオルを丁寧に裏返すと、顎に手を当てて考え込む。
- 228 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:26
-
「あの…」
亜弥の声に中澤は素早く振り向く。
「なに? ムリせんでええよ。寝とき」
「いえ…」
口ごもる亜弥だが、何か言いたげな素振りを残しているのを中澤は見逃さなかった。微笑を浮かべて言う。
「わかった。聞いたげるから、遠慮なく言うてみ」
「あの…あたしが家出した理由、訊かないんですか?」
亜弥の問いかけに、中澤は優しく返す。
「──教えてくれるか?」
「先生は…その、ひとりぼっちになったことってありますか? あたし、みきたんと暮らしてて、みきたんが出てっちゃって、すごく、すごく、怖いんです」
中澤はゆっくりとうなずいてみせる。熱のせいもあってか、亜弥はさらに勢いよく言葉を紡ぎ出していく。
「部屋にあるものひとつひとつが、みきたんのことをあたしに思い起こさせるんです。あたしを取り囲んで、責めてくるみたいに。もう二度とみきたんが戻らないんじゃないかって思えてきて。みきたんのいない世界なんてイヤで、それで何もできなくなって、辛くて。部屋にいるのに、耐えられなくなって」
- 229 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:26
-
そこまで言うと、亜弥は弱々しい視線を中澤に送る。やんわりとそれを受け止めると、中澤はタオルを取り、亜弥の額に直接、自分の手を置いた。柔らかく包み込む手のひら。亜弥は思わず、目を細める。
「むかしむかし、あるところにひとりの女の人がいました。その女の人には、ずっと年下の恋人がいました。やがて女の人と恋人は、一緒に暮らすようになりました。ふたりだけの家。誰にもジャマされることなく、ふたりはその愛を深めていきました」
亜弥に話しかける中澤の姿は、幼いわが子に絵本を読んであげる母親の姿、そのものだった。
- 230 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:27
-
「女の人は恋人のことを本当に愛していました。しかし、愛せば愛するほど、その恋人のことを独り占めしたい、そう思うようになっていったのです」
話を聞く亜弥の目が、はっきりと自分に焦点を当てていることに中澤は気づいている。構わず、ゆったりとした口調で続ける。
「さて、ここで問題です。恋人を独り占めするためには、どうすればいいでしょう?」
中澤は問いを投げかける。亜弥は無言のままでいる。そして、中澤はその心の中を読むように、解答を告げる。
「──そうです。恋人の自由を奪ってしまうことです。カンタンなことですね」
亜弥の目の色が、変わった。
- 231 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:28
-
「女の人は、家のことをすべて恋人に任せました。そうして家の中に閉じ込めて、恋人の自由な時間をなくしてしまったのです。これで、他の人にジャマされる心配は減りました」
まるでどこか遠い国のおとぎ話を語る口調。中澤は奥にある窓を眺める。しかしその端整な横顔は、凍ったようにこわばっている。
「しかし女の人はそれだけでは満足しませんでした。恋人のことを完全に監視するには、つねに一緒にいなくてはなりません。それは不可能なことです。…そこで、あるひとつのアイデアを思いつきました」
窓ガラスを凝視したまま、わずかに間を置いて、言った。
「女の人は、恋人を裸にしました。服も、下着も、すべて、身に着けることを禁じてしまったのです。これではとても外に出ることなんてできません」
- 232 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:29
-
亜弥は息を飲む。しかし中澤は淡々と続ける。
「裸になる──それは動物になるということです。女の人が恋人を奴隷のように扱うようになるまで、長くはかかりませんでした。幸せだったはずのふたりきりの空間は、いつしか狂気の支配する空間へと変化していました。言葉ではとても言い表すことはできません。だって、言葉は人間と人間の間にあるものだから。人間と動物の間に言葉なんてないのですから。…それでも、恋人は残された理性の中で、その場所から逃れることを必死で考えました。じっと、チャンスを待ちました」
中澤の口調はずっと同じ温度を保っている。亜弥は相槌を打つことすらできず、ただ、その話に耳を傾けている。
- 233 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:30
-
「やがて、恋人は解決の糸口を見つけました。ある日親友の引越しの通知を偶然目にし、その転居先が近くにあることを知ったのです。そして夜、闇に紛れて窓から抜け出し、その親友のところへ向かいました。小柄なその恋人は、運良く誰にも見つかることなく助けられて、こうしてふたりの生活は幕を閉じました」
「それって…」
思わず口走る亜弥に、中澤は視線を戻し、答える。
「言うたやろ、ウチは結婚できないんとちゃうで、結婚せえへんだけなんやって」
その言葉を聞いて、黙り込んでしまう亜弥。中澤は正面に向き直ると、亜弥に言う。
- 234 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:31
-
「最後、ふたりはどうなったか。どうもなっとらん。元恋人は元気に新しい生活を送っとる。女の人は女の人で、自分のしたことを深く反省して生きとる…はずや。すべてを受け入れて罪を許して、その元恋人は言うた。『いつかまた、ちゃんとしたカタチで逢えるといいね。そのときをオイラは楽しみに待ってるよ』ってな。どうや、よっぽどあっちの方が人間やで。それに比べて、その女の人の方がずっと、ケダモノやったで。…なんて孤独な王国やったんやろね。ハハ、裸の王様やったんよ。そう、裸なのは、王様の方やった」
一気にまくしたてると、中澤はそっと亜弥の手を握る。そして、力強く言う。
「アンタは、かつてのウチでもある。そして、後藤真希でもある。もう、同じこと繰り返すのはゴメンやで…」
確固たる芯を持った、中澤の声。
- 235 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:31
-
亜弥はそっと目を閉じる。熱を持った自分の身体はドロドロに融けてしまったようで、はっきりとした境界を感じさせない。感覚がぼやけて、遠のいていく。
中澤は静かに立ち上がると、明かりを消す。
「…おやすみ」
そして、部屋を出て、ドアを閉めた。
- 236 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:32
-
何も見えない、何も聞こえない。暗闇の中で、亜弥はひとり、中澤の話を反芻する。
ぐるぐると頭の中を回り続ける言葉。熱に浮かされて、そのスピードは加速する。さらに加速を続けて、やがて、軌道を離れて飛び出した。
「あたしは、みきたんのこと、逃がさない」
誰にも聞かれることのないつぶやき。しかしその言葉は闇の中に溶けて、窓から抜け出して、美貴の許へ届く、そう亜弥は信じている──。
- 237 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:32
-
_
- 238 名前:06 投稿日:2003/11/04(火) 03:33
-
06 絶(cease)
>>203-237
- 239 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2003/11/04(火) 03:34
-
血のあじの作者も読んでいる!
リキッドチェインを今後もよろしくお願いします。
>>197 おもしろいのはレス返しだけですか?
>>198 いえ、犬ではないんんですよ。どちらかというと。ぶひー。
>>199 あぃがとごらいまっす。
>>200 おめでとうございます、自分。
>>201 そういえば、ウンナンを「ウッタンナンタン」とは呼びませんね。
>>202 いい感じですか。そいつぁーよかった。(と、ヒザをたたく)
- 240 名前:名無し娘。 投稿日:2003/11/04(火) 17:53
- (●´ー`●)<矢口は私のもんだべさ
- 241 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/07(金) 21:50
- 何だか恐ろしげな展開に・・・
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/08(土) 14:19
- 痛い系のあやみきって新鮮ですね
そして文章が綺麗で読みやすいです
頑張ってください
- 243 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/09(日) 01:02
- ((((;゚Д゚)))となるので、いきなり名前(?)ださないでくらさい。期待してMAX。
- 244 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/02(火) 19:11
- そろそろ更新を・・・
- 245 名前:作者 投稿日:2003/12/04(木) 00:17
- すみません、今諸事情で書くことが出来ず、もう少し更新が遅れると思います。
待って頂いて申し訳ありませんが、もう少しだけお待ちください…。
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/04(木) 22:43
- いつまでも待ちます
- 247 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/05(金) 04:04
- ずっと待ってます。
- 248 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/05(月) 01:22
- 保全
- 249 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/01/05(月) 01:32
-
あやみきに飽きたので、別のことをします。
- 250 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:34
-
【スキスキ】ましゅまろとかわもちのビューティフルライフ【BL】
- 251 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:34
-
グラウンドに足音が響いて、綾小路摩周麿はニッと唇を歪めた。視線の先には、緊張して口を真一文字に引き結んでいる安倍かわもち。月明かりに照らされた赤いほっぺたも、今夜に限っては心なしか青ざめているように見える。
ピュウと冷たい風が横から吹き抜けていく。なびいた髪の先がふわりと元に戻ったのと同時に、摩周麿は声を発した。
「にげないで、よくきたね」
「そっちこそ、やせがまんしてるんじゃないでちゅか?」
それだけ言って、睨み合う。弱い犬ほど、よく吠える。口数の少ない方が勝つのだ、ふたりともそう信じて疑わない。
ふっと息を吐くと、摩周麿は大きな声で言う。
「ルールはかんたん。りかしつのじんたいもけいのところに、かみとえんぴつがおいてある」
「それでなまえをかいて、じのきれいだったほうがかち──そうでちゅね?」
「うん。かったほうが、ケメコちゃんとつきあえる」
震えているとキレイな字は書けない。摩周麿とかわもちは、肝試しで決着をつけることにしたのだ。
- 252 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:35
-
「それじゃ、じゃんけんしよう。かったほうが、さきにいくかあとにいくか、えらべる」
「わかったでちゅ」
ふたりは互いの距離を詰める。月が横から顔を照らし出す。真剣な表情のかわもちはゴクリと唾を飲み込んだ。対する摩周麿は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「じゃんけん──」
高い声が校庭に広がる空気を貫くように響いた。そして。
「ぽんっ!」
かわもちがパーを出す。摩周麿は、チョキ。
自分が選択権を得たことを確かめると、摩周麿は「かわもちくんがさきにいってね」と告げた。
「…いいでちゅよ」
せいいっぱいの低い声で答えると、かわもちはザッ、ザッと一歩一歩踏みしめて昇降口へと向かう。放課後に細工をしてカギをはずしておいた入り口を見つけると、ちょっと振り返って摩周麿を軽く睨みつけてから、校舎内に入った。
- 253 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:36
-
1階の廊下、一番奥にあるのが理科室だ。地下倉庫への出入り口が近くにあるせいで、いつもひんやりと涼しい。それがどこか別の世界へと通じているように思えて、同級生たちの間ではつねにヘンなウワサがささやかれる場所だった。
勇気を振り絞ってかわもちは進んでいく。行進するときのようにリズムをとって、大げさに歩いていく。
「おばけなんてなーいさ、おばけなんてうーそさ」
そっと口ずさみながら歩く。歌声はだんだん大きくなっていって、そっちに神経を集中させていたら、すぐに目的地に着くことができた。小さくうなずいてから、扉を開ける。
「えーっと、もけいもけい…」
わざと声に出して人体模型を探す。いつも隅っこにそれは立っていて、すぐに見つかる。
「あべ、かわもちっと」
置かれていた紙にエンピツで名前を書いた。深呼吸してできるだけ丁寧に書いた。あとは、帰るだけだ。
- 254 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:36
-
ヤマ場を越えて、少し安堵する。ガラガラと音をさせて扉を閉じた。さっきと同じように歌を口ずさみながら、早足で来た道を戻る。
「おばけなんてなーいさ、おばけなんてうーそさ」
大声を張りあげ、ぶんぶんと腕を振って歩いていく。
「いたっ」
勢いよく振っていた手が何かに当たった。かわもちは思わず声をあげる。
と、いきなり手首を誰かにつかまれた。
──え? え? え?
かわもちは何が起きたのかわからず、その場で立ち止まってしまう。すると。
「うわーっ!」
強い力で引っ張られる。その先を見ると、廊下に面したドアがぱっくりと大きな口を開けてかわもちを待ち構えている。
「た、たすけてぇー! たすけてよぉー!」
肝試しのことなどスッパリと頭から抜け落ちてしまい、出せる限りの大声で絶叫する。足をバタつかせて抵抗する。しかし、がっちりとつかまれた手首を振りほどくことはできない。そのままずるずると部屋の中へと引きずり込まれていく。
- 255 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:36
-
「わあー! わあー!」
もはや言葉になっていない叫び声をあげるかわもち。ぶんっ、と部屋の真ん中に投げ出されると、ドアがピシャリと閉まって闇の中に閉じ込められてしまった。
「えぐっ…えぐっ…」
あまりのショックに抵抗する気もなくし、かわもちはその場にへたり込む。こぼれ出す涙で顔をぐしゃぐしゃにしていると、ほっぺたに何かが触れた。あたたかい。
「ひっ」
振り向いたそこにあったのは、目がふたつ、鼻がひとつ、口がひとつ。
「おばけぇー!」
叫んだかわもちの口を、ちっちゃな手がふさいだ。もごぉ、もごぉと暴れているうちに、その手の感触を思い出した。
「ましゅまろくん?」
そおっと目を凝らしてみる。真っ暗闇の中に浮かんだ顔は、見覚えのある顔だった。
- 256 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:37
-
かわもちが落ち着いたのを確かめて、摩周麿は手を離して向き合う。唇をきゅっと引き締めて、いつになく硬い表情をしている。
「おいでよ」
摩周麿はそう言って立ち上がると、手招きして白いベッドの上に腰を下ろした。それでようやく、ここが保健室であることにかわもちは気づく。
恋敵にみっともないところを見せてしまった──冷静になって、かわもちは大声でわめいたことを激しく後悔した。キッと摩周麿を睨みつけながらゆっくり歩み寄ると、その隣に腰を下ろす。
「そんなにこわいかおしないでよ」
柔らかい口調で摩周麿が言う。しかしかわもちは無言のまま、さっき入ってきたドアをじっと見つめている。
「かわもちくんには、どうしてもケメコちゃんをあきらめてもらわないといけないんだ」
「イヤでちゅ!」
穏やかな摩周麿の言葉とは対照的に、かわもちの言葉が鋭く返される。だが、摩周麿は動じない。
「だめだよ。ぜったいにあきらめてもらうんだ」
「どうして──」
言いかけたところで、さえぎられた。摩周麿の唇が、かわもちの口をふさいだのだ。
- 257 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:37
-
「ん〜〜〜〜」
最初何が起きたのかわからず、かわもちは必死で身体をくねらせた。が、摩周麿はしっかりと背中に腕を回してその動きを制する。
「ぱあっ」
たっぷり30秒は触れ合っていた唇が離れる。どきどき、胸の鼓動が保健室いっぱいにこだましているように思える。
やがて、摩周麿が口を開いた。
「だって…かわもちくんには、ボクのことをすきになってほしいから…」
「え?」
かわもちが驚いて訊き返す。摩周麿は、しっかりとかわもちを見据えて、言った。
「かわもちくんのことがだいすきなんだ! かわもちくんには、ケメコちゃんじゃなくて、ボクをみててほしいんだ!」
突然の告白に、かわもちは茫然とする。摩周麿は悩ましげにため息をつくと、ぽつりと漏らした。
- 258 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:38
-
「ライバルになれば、いしきしてくれるとおもったんだ。きょうのこのきもだめしだって、キミとふたりっきりになるためにしくんだことなんだ」
すべてを明かして、摩周麿はまっすぐにかわもちを見つめる。しかし、かわもちは視線を逸らした。
「なにいってるんでちゅか、ましゅまろくん。ぼくたち、おとこのこどうしでちゅよ?」
「そうだよ。…でも、すきなんだ」
摩周麿はかわもちの肩をつかむと、力強く言う。
「おとこのこがおとこのこをすきになるのはへんかもしれないけど、でもそんなのかんけいないくらいかわもちくんはすてきなんだ」
「そんなこといきなりいわれても、わかんないでちゅよ…」
かわもちは目を合わせないままでつぶやく。しかし摩周麿はじっと見つめ続けている。
- 259 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:38
-
沈黙に耐えかねて、かわもちがふと視線を上げた。カーテンの隙間から差し込んでくる月の光が床に反射して、摩周麿の切なげな表情が浮かび上がる。
──きれい。
女の子みたいに長い睫毛、柔らかそうな唇、吸い寄せられそうな澄んだ瞳。
「んっ」
気がついたとき、かわもちの唇は摩周麿の唇に触れていた。ゆっくりとまぶたが閉じられ、すべての神経が触覚に集中する。
漏れ出すため息をつかまえるように、舌を伸ばした。それは摩周麿の歯に触れる。きっかけを与えられ、摩周麿も舌を差し出す。軟体動物のようなザラついた感触が、さらに深く絡み合う。
ちゅっ、ちゅっと軽かった音が、じゅっ、じゅっと質感を増していく。ねっとりとした唾液があふれてきて、もうどっちの口の中なのかわからない。
舌が疲れてきて、かわもちはそっと唇を離した。わずかな明かりが、つながったふたりの糸をぼんやりと照らし出している。
- 260 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:39
-
糸がぷつりと切れて床へと消えたとき、かわもちがつぶやいた。
「ぼくも、ましゅまろくんのこと、すきになっちゃったみたい…」
それを聞いた瞬間、摩周麿は反射的にかわもちに抱きついていた。そのまま、ふたりでベッドに倒れ込む。
「ましゅまろ、くん…?」
摩周麿は荒い呼吸で自分のシャツを脱ぐと、かわもちのシャツにも手をかける。
「こわいよ、ましゅまろくん」
おびえた声を出すかわもちに対し、摩周麿は言う。
「かわもちくんがほしくてたまらないんだ。がまんできないよ」
「ぼくが、ほしい?」
きょとんとした表情でかわもちは摩周麿を見つめる。しかし、摩周麿の手は止まらない。
少し乱暴にかわもちのシャツを剥ぎ取る。なめらかですべすべの肌が露わになる。思わず、息を呑んだ。
- 261 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:40
-
ふたりともパンツ1枚だけしか身につけていない状態。摩周麿は吐息まじりに言った。
「ねえ、ぬがせっこしようよ」
「は…はずかしいでちゅよ」
もともと赤いほっぺたをさらに赤らめてかわもちは答える。が、摩周麿はまっすぐに見つめて返す。
「ボクだってはずかしいよ。でも、かわもちくんには、ボクのぜんぶをみてほしいんだ」
「……うん」
真剣な摩周麿の言葉に、かわもちはコクリと小さくうなずく。せーの、と目で合図をして、一緒にお互いのパンツを引き下ろした。
「ひゃあっ!」
ぴょんっ、と小さな何かが飛び出して、かわもちは思わず声をあげてしまった。
「これ、ましゅまろくんのおちんちん…?」
わずかな光の中、摩周麿のかわいらしい薄桃色のペニスはピンピンに張りつめていた。
- 262 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:40
-
「かわもちくんも…」
つぶやくと、摩周麿はかわもちのペニスにそっと触れる。「ひっ」と息を呑むかわもち。と、かわもちのペニスもみるみるかたくなっていく。
「なんか、へんなかんじでちゅ…」
「でも、きもちよくない?」
「うん」
こしょこしょとささやくようにしゃべる。お互いの生まれたままの姿を目にして、ふたりとも今までに感じたことのない胸の高まりをおぼえる。
「さわりっこしよっか」
「うん、いいよ」
うなずきあうと、お互いのペニスにそっと手を伸ばす。優しく包み込むように触れると、びくりと身体がはねる。「んんっ」と鼻にかかった甘い声をあげる。緊張しているのを指先でほぐすように、刺激を与えていく。
ふうっ、ふうっと息遣いが荒くなってきた。恥ずかしいのと気持ちいいのとで顔が上気しているのが自分でもわかる。でもちっともイヤなんかじゃなくて、指は止まらない。もう、後戻りできない。
- 263 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:41
-
「かわもちくんのおちんちん、“かわもち”っていうだけあって、すっごくつるつるしててかわいい」
「ましゅまろくんのだって、ふわふわやわらかくって、あまいミルクのにおいがするでちゅ」
しばらく夢中で触れ合う作業に没頭していたふたりだったが、手が疲れてきたので、お互いの腰の位置にペニスをこすりつけ合うようにした。もちもちとした柔らかい肌が、指先とは異なる優しさで芽生えたばかりの欲望を受け止める。
「ねえ、キスしてもいい?」
摩周麿がかわもちに尋ねる。かわもちはうなずくと、そっとまぶたを閉じた。
「…ちがうよ。かわもちくんの…おちんちんに、キスしていい?」
「えっ?」
驚いてかわもちは目を開ける。摩周麿の表情は真剣だ。にわかに不安になり、かわもちは言う。
「そんな、きたないよ。おしっこがでるところでちゅよ?」
「へいきだよ。かわもちくんのならきたなくなんかないもんっ」
- 264 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:42
-
言うやいなや、摩周麿はかわもちのペニスにしゃぶりつく。唾液のぬるぬるとした感触と熱っぽい温度に包まれ、かわもちは「ひゃあっ」と声を漏らす。
「あはっ。ちょっとしょっぱい」
いたずらっぽく言うと、摩周麿は口をすぼめて根元を締めつける。そうして、舌でかわもちの皮の先を転がす。
「やあっ、やあっ」
猫が鳴いているような声でいやがるかわもち。しかし摩周麿の愛撫に、しだいに声はかすれていく。最初はじたばたと動かして抵抗していた足も、襲ってくる快感に反応していつのまにか無意識に震えていた。指先がシーツにこすれて気持ちがいい。
「かわもちくんも、ボクのをすってよう」
ガマンできなくなって、摩周麿が泣くように言う。かわもちは身体の上下を入れ替えると、迷うことなく摩周麿のペニスに吸いついた。
さっきしてもらったのと同じことを摩周麿にしてあげようと、必死で舌を動かす。かわもちのテクニックは摩周麿のそれには及ばない。でも、そのまっすぐな気持ちを伝えるには十分だった。
- 265 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:42
-
「む〜〜、む〜〜」
摩周麿がかわもちを口に含みながら、快感に声を漏らす。それがくぐもって聞こえてくるのが、さらにかわもちの気持ちを高ぶらせる。
とってもとっても大切な、愛する相手のおちんちん。ふたりはせいいっぱいの真心を込めて、しゃぶり合い続ける。
やがて摩周麿が口を離し、自分のペニスをかわもちからそっと引き抜いた。かわもちは我に返り、いやらしい自分の姿に気がついて顔を赤らめる。
はあっ、はあっ、荒い呼吸音が残る中で、摩周麿が凛とした声を響かせた。
「ボク、かわもちくんとひとつになりたい」
「ひとつになる?」
「かわもちくんと、いちばんえっちなことをしたい」
「ど…どうするの?」
お互いのペニスを舐め合ったことでさえ、かわもちには十分いやらしいことだった。これよりすごいことって、ちょっと想像がつかない。
- 266 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:43
-
不思議そうに見つめてくるかわもちに、さすがの摩周麿も顔を赤くする。が、臆することなく、はっきりと言った。
「ボクのおちんちんを、かわもちくんのおしりにいれたいんだ」
その言葉を聞いて、かわもちは頭の中で映像を組み立てる。想像した光景に、思わず大声を出してしまった。
「えーっ!」
突然叫んだかわもちに、摩周麿は慌てて唇に指を当てた。
「だ…だめだよ、おおごえだしたら! だれかにみつかっちゃうよ!」
「ご…ごめんなさい…」
謝って、耳を澄ます。幸い、誰も近くにはいなかったようで、見つかった気配はない。
沈黙。そして、摩周麿はもう一度言う。
「おねがい、かわもちくん。ボク、かわもちくんのぜんぶがほしい」
切なげな瞳が揺れて、かわもちの胸はドキンと大きく鳴った。きゅっと唇を噛み締めて唾を飲み込むと、摩周麿の耳元でそっとささやいた。
「──いいよ。…でも、やさしくしてね」
摩周麿は一瞬目を見開くと、にっこりとえくぼをつくって笑ってから、
「うんっ!」
大きくうなずいた。
- 267 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:44
-
「じゃあ、あおむけになってくれる?」
摩周麿に言われるままに、かわもちはベッドに横たわる。「これをしたにしいて」と言われ、腰の下に枕を入れた。
「あし、ひらいて」
「うん…」
自分の一番恥ずかしい部分をすべてさらけ出す。あまりの恥ずかしさに耐えかねて目を閉じようとすると、声がした。
「だめ。ボクのこと、もっとよくみて」
むにっと唇を曲げてガマンして、かわもちはうなずく。心なしか緊張した面持ちで、摩周麿は言う。
「それじゃ、いくから。ぜんぶうけとめてね」
「…いいよ」
そして、蕾に摩周麿の先端が触れる。はじめての感触に、かわもちは思わず身をこわばらせる。
- 268 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:44
-
「だめだよ。ちからをいれてるとはいんないよ。リラックスリラックス」
「うん」
眉をハの字にして困った顔になっているかわもちがかわいくて、摩周麿は不意にキスをした。「あんっ」と高い声をあげてしまうかわもち。
「かわもちくん、かわいいっ!」
摩周麿はかわもちを思いきり抱き締める。ぷにゅっ、という身体の感触を受け止めて、かわもちの緊張は一瞬にしてほぐれた。
「ねえ、ましゅまろくん」
「ん?」
「ぼくがんばるから、ましゅまろくん、ちょうだい」
潤んだ瞳に見つめられて、摩周麿はうなずいた。
「いくよっ」
- 269 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:45
-
その瞬間、摩周麿のペニスがかわもちの中をえぐった。むりっ、と内側から身体を広げられて、かわもちは低いうなり声を漏らす。
「かわもちくん、だいじょうぶ?」
「へいきだよ…。それより、ましゅまろくんは?」
「ボクはへいき。…ううん、やっぱりへいきじゃない。だってかわもちくんがきもちよくって、おかしくなっちゃいそうだもん」
冗談さえ言ってみせる摩周麿に対し、かわもちは愛おしさがあふれてくるのを感じた。ぎゅうっ、と強く抱き締める。
「かわもちくん?」
「もっと、もっときもちよくなって。ぼくのからだで、きもちよくなって」
ため息にまじって切なく話しかけてくるかわもち。摩周麿は汗ばむかわもちの身体をしっかりと抱き締め返す。
「すき! すきぃ!」
気がつけば、腰が自然と動き出していた。狭くてきついかわもちの中を、ゆっくりゆっくり往復する。
やがてかわもちの腰も、摩周麿に合わせて前後し出す。お互いに、もっと深く、もっと奥へとまじり合う。
- 270 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:46
-
夢にまで見たかわもちの身体。今まで誰も触れたことのない場所に入り、摩周麿は狂ったように感情をぶつける。
かわもちも摩周麿をぜんぶ受け止めようと、必死で包み込む。力を抜いたまま抱き締めるのにはコツが必要だったが、摩周麿のことを思うと何の苦もなくできてしまうから不思議だ。
ずりゅっ、ずりゅっ。肉と肉とがこすれ合い、求め合う音。校舎全体に聞こえているように思えるほど、いやらしく響いている。
優しく包む込むかわもちの粘膜が、摩周麿のペニスをきゅうっと締めつける。快楽の波が、摩周麿を一気に頂点まで追い立てる。歯を食いしばり、必死で耐えるが、かわもちの身体は休むことなく摩周麿を取り込もうとうごめく。
対する摩周麿のペニスも、かわもちのお腹の中をぐりゅぐりゅとかき混ぜる。奥へ、奥へとねじ込まれる熱の塊は、かわもちに未知の快感を与えながら突き進んでいく。摩周麿の腰の動きに呼応して、じわりじわりと圧迫感が絶頂へと変化していく。
摩周麿の突き上げる衝撃を、かわもちがそのまま収縮へと変換する。自分の欲望を満たすことで、相手が満足する──少しのロスもない、この完成された行為に、ふたりは我を忘れて没入する。
- 271 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:46
-
「あっ…ボク、もうだめ…」
摩周麿が高い声でつぶやいた。そして、腰を動かすスピードをさらに速める。爪が食い込むくらいにきつく、かわもちの背中をつかむ。
「あっ、あっ、あっ…」
かすれた声をあげた次の瞬間、摩周麿の力がふっと抜けた。ぐったりとして、かわもちの首筋に息を吐きかける。
かわもちは自分の身体の中に熱が放り出されたのを感じた。愛おしさをおぼえて、摩周麿の鎖骨の辺りにキスを返した。
「かわもちくんも──」
そう耳元でささやくと、摩周麿はかわもちの中に入ったままで、かわもちの張りつめたペニスを優しく手でこすり出す。摩周麿が腰を動かすたびにおなかでこすれていたそれは、すでに限界近くにまで達していて、かわもちはうなり声をあげる。
- 272 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:47
-
「なんか…なんかへんでちゅ! なんか…あっ」
虫に刺されてかゆいところをかいてもらっているみたいに。身体の内側が求めている刺激を、的確に与えられるよろこび。
頭の中が真っ白になって。快感が、一点から集中して外へとあふれ出す。
──ぴゅうっ、ぴゅうっ。
かわもちのペニスの先から、白くねばねばした液が勢いよく飛び出した。身体の中身が融けて漏れ出したような感じだ。
はじめての射精。摩周麿がにゅるにゅるになった手でもみほぐし、快感をさらに持続させる。
すべてが終わって、ふたりは脱力しきって融け合う。
「キスぅ」
どちらからともなく甘えて、応えて、至福の時を過ごす。
- 273 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:48
-
と、遠くで何か物音がしたのが聞こえた。それは廊下を歩く足音で、だんだんと近づいてくる。
「ま…まずいよ、だれかこっちにくる!」
ふたりの声を聞きつけたのだろうか。カツーン、カツーンと冷たく響く足音は、まっすぐこの保健室へとやってくる。
「どうしよう…」
「ねえ、みつかったら、どうなっちゃうんでちゅか?」
「わかんない…。もしかしたら、けいさつにつかまっちゃうのかも」
「えっ! たいほされちゃうんでちゅか?」
抱き合って震えるふたり。しかし、そうしている間にも、足音はどんどん大きくなる。
「だめだっ、みつかるぅ!」
そして、ドアが開いた。懐中電灯の光。闇の中にぼうっと浮かび上がる、用務員の姿。
- 274 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:48
-
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j:::::| i::::::::::::::|
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|::「二ニミ、 ( ,. -─-、 ヽ::::::::::::| タイーホ
゙i:| ,.ェッっ、} -ェ;ァ`゙ヽノ |:::::rイ|
| ノ ハ ``ノヽ 彡イ }/
,' ,. | ヽ 、 \ヽ |ノV.!
|、 ∠,.ッ-、_,、- ',、\ ト、ノ
゙!ヽ ヾ彡i|川川ミヾヾ) | | |
゙、ヽ ヽ┴┴┴'ノ | / / /
ヽヽ  ̄ ̄ // / /_
/:>、 { }/ /ノ// |:ヽ
/::::/ ヾヽ、-- ' /-' / |:::::\
- 275 名前: 投稿日:2004/01/05(月) 01:49
-
−完−
- 276 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/01/05(月) 01:50
-
新年明けてようやくネットをつないだら、いきなりの大ニュース!
ブリトニー結婚!! いやー、驚いた驚いた。
…ハロプロのほうの「ぶり」にも幸あれ。
>>240 そうだべか?
>>241 これぐらいふつーふつー。
>>242 いたいけなあやみきです。
>>243 やーい、血のあじ! 血のあじ!
>>244 できませんでした。
>>245 『ゆるやかなノイズ』のやつをコピペしたのだが…誰もつっこんでくれなかった…。
>>246 ハチ公発見!
>>247 もう1匹発見! こりゃハチ公というよりはタロ・ジロですなー。
>>248 おそらく、保全かかってから史上最速の更新でした。
- 277 名前:名無し娘。 投稿日:2004/01/05(月) 20:57
- 相変わらず、なんとういうか……
,r=''""゙゙゙li,
_,、r=====、、,,_ ,r!' ...::;il!
,r!'゙゙´ `'ヾ;、, ..::::;r!'゙
,i{゙‐'_,,_ :l}..::;r!゙
. ,r!'゙´ ´-ー‐‐==、;;;:.... :;l!:;r゙
,rジ `~''=;;:;il!::'li
. ill゙ .... .:;ll:::: ゙li
..il' ' ' '‐‐===、;;;;;;;:.... .;;il!:: ,il!
..ll `"゙''l{::: ,,;r'゙
..'l! . . . . . . ::l}::;rll(,
'i, ' ' -=====‐ー《:::il::゙ヾ;、
゙i、 ::li:il:: ゙'\
゙li、 ..........,,ノ;i!:.... `' 、 ノノハヽ
`'=、:::::;;、:、===''ジ゙'==-、、,,,__ `' 川VvV从 グッジョブ♪
`~''''===''"゙´ ~`''ー ( ))
丿 |
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/07(水) 15:02
- なんだ作者(さん)
あんたは天才か?
更新期待してまーす。
- 279 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/01/11(日) 12:09
- やっべぇ!
勃ってきた!
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/14(水) 23:30
- やおいにはまったらどうするんですか。責任とってください。
- 281 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:20
-
狭い玄関に並んだ2足の靴。そのうち1足を美貴が履いて、外に出る。保田はガスの元栓を確認してから残りのもう1足を履き、同じように外に出る。そして回れ右してドアに鍵を掛けると、ふたりで一緒にアパートを後にした。
「行きましょ」
保田はいつもと同じように、早足で歩き出す。美貴も長い足で大股に歩き、ついて行く。
休日の午前中、のんびりとした街の空気。それを切り裂くように、保田は歩いていく。
- 282 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:21
-
電車に30分ほど揺られて着いた、ターミナル駅。休日の人ごみをするすると縫って、保田は目的地へまっすぐ向かう。後ろをついて行く美貴は、その計算し尽くされたムダのない動きに、妙に感心していた。
コンコースを抜けると、裏手の方へと進んでいく。汚れたコンクリートの隙間を埋める雑草が目に入る。いかにもガード下らしく頭上には無骨な金属が素肌を見せて横たわっていて、道行く人を冷たく見下ろしている。吸殻、空き缶、紙くず。無数のゴミが地べたに転がっている。
ここは、街の裂け目なのではないか、と美貴は思う。西口、東口、ふたつの正面を持つ街の裏面は、まっすぐ引かれた線路に沿って、ぱっくりと口を開けている。荒涼とした風が吹くこの光景を見ていると、決して癒されることのない傷口に思えてくる。
美貴はもう治っているはずの左肩にそっと触れる。痛みの記憶がうっすらと蘇る。
「なにボサッとしてんのよ。こっちよ」
保田の声。美貴は慌てて小走りで保田に追いつく。そして並んで、歩き出す。
- 283 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:22
-
繁華街という印象の強い西口に比べ、こちらの東口は少し落ち着いている。坂道をのぼっていくと、雑然とした駅前の雰囲気がすぐにオフィスビルの林へと変化する。ところどころでコンビニの看板がポツポツと原色を散らしている。
大通りから、裏道へと入る。ビルの背面と忘れ去られたような住宅が混じっており、閑散とした空気が漂っている。
さらに歩を進めると、高層ビルの足元、公開空地に出た。背の低い木が植えられ、地面にはレンガが敷かれている。道を挟んだ向かいには劇場か何かの公共施設。再開発によって生まれたのだろう、小ぎれいな、都会の空間。ガード下とは正反対で手入れが行き届いており、なんだか逆に居づらい気分になってしまう。
「あそこよ」
保田が指差す先には、シックな茶色で固められた、いかにも女性向けといった風情を漂わせているカフェがあった。隣はフラワーショップになっていて、遠くから眺めるその一角はいつかドラマの中で見た光景に思えた。
- 284 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:23
-
カフェの扉を開けると、軽いベルの音色がした。「いらっしゃいませ」という店員の声。
保田はスタスタと奥へ歩いていき、窓際の席に腰を下ろす。美貴も保田と同じようにして、その差し向かいに座る。
店員が注文を取りにきた。美貴はメニューを眺めるがどれにするか迷うのが面倒くさく、「ブレンド」と一言だけ告げた。保田はアイスティを注文する。
窓際の席。しかし保田は窓を背にして、店内をゆっくりと観察していた。それはどこか、遠くにあるものを慈しむような眼差し。
美貴もつられて同じように店内を見回す。しかし、ちょっとオシャレなカフェ、それ以外には特に思うところはない。ごくふつうの店だ。
「前にね、ここでバイトしてたことがあるのよ」
保田が口を開いた。へぇ、と思って美貴は保田を見る。彼女は相変わらず、店の中を眺めながら続けた。
「2年くらい前になるかな。いらっしゃいませーってね」
今、保田の目に映っているのは、その当時の店内の様子なのだろう。変わってしまったものと変わらないものを数えて比べるように、記憶の中にある過去と現在を行き来している。
- 285 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:24
-
「お待たせしました」
店員が注文した飲み物をテーブルに置いた。コトッ、コトッというその音も懐かしいのだろう、保田は静かに視線を落とし、耳を澄ませる。
「ごゆっくりどうぞ」
言い残して、店員は去る。過去の自分を投影して、保田はその背中を眺めている。
「あのー保田先生、今日は先生のバイト話を聞きにきたんじゃないですよ。先生の腕時計について教えてくれるって約束…」
そこまで言ったところで、保田は手のひらを広げて美貴を制した。その鋭い視線でまっすぐに見つめて。
美貴は息を止め、それを鼻からフウと吐き出す。
「藤本が知りたいのはアタシたちの“友情の証”についてだったわよね」
言いながら保田は、バッグの中をゴソゴソと探る。「あった」と小さくつぶやくと、中から1枚の写真を取り出した。そしてテーブルの上に、美貴に向けてまっすぐ、それを置く。
- 286 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:25
-
「それは…?」
「いつもアタシの机の上に置いてある写真。持ってきたの」
4人の少女が屈託なく笑っている写真。黙って見つめていた美貴は、思わず「あっ!」と声をあげた。
「これ、保田先生と後藤真希!」
しかし保田は落ち着き払った態度を崩さないで言う。
「もっとよく見て。他に何か気がつくことない?」
「え…?」
再び写真に目をやる。後藤、知らない人、保田、知らない人。気がつくこと? なんだそりゃ? 美貴は写真を睨みつける。が、答えは出てこない。
- 287 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:25
-
「なんだっていうんですか、いったい」
唇を尖らせる美貴に、保田はそっと告げた。
「この後ろにある店、わかんないかな?」
言われて、目を凝らす。4人が並んでいる後ろ、背景にあるカフェ──。
「ああ!」
「バイトしてたときに、ここで撮った写真なのよ」
美貴は咄嗟に窓の外を見る。さっき、外から眺めたこの店を思い浮かべる。ぴったりと重なる、そのカタチ。
「アタシたち3人と後藤が出会ったのは、この店だった、ってワケ」
- 288 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:26
-
◇ ◇ ◇
- 289 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:27
-
亜弥のおでこから手が離れる。その手を追って視線を動かしていくと、微笑んでいる中澤の顔が目に入る。
「今日一日おとなしくしとれば、もう大丈夫やろ」
そう言って中澤は腰を上げる。そしてくるりと背を向けて部屋を出て行く。ベッドに横たわったまま、亜弥は「あの」と声をかけた。
振り返ることなくそのまま出て行った中澤だったが、半分に切られたメロンを皿に乗せてすぐに戻ってきた。もう片方の手にはナイフが握られている。
「どしたん?」
チラッと亜弥を一瞥して、メロンを切っていく。指先と言葉の優しさ、ナイフと視線のエッジ。
ごくり、唾を飲み込んで、亜弥は枕元のフォトスタンドを取り出した。中澤は手を止めることなく、それを見やる。
「これについて…おしえてくれませんか?」
「知りたいん?」
中澤の言葉に亜弥は黙って首を縦に振った。中澤はメロンを切る手を止めると、おでこにシワを寄せて天井を見上げた。
「どこから話せばええやろなあ…。まあ、昨日の話に関わってくるんやけど」
- 290 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:28
-
「結論から言っちゃうとね、このコとこのコはアタシのバイト仲間。後藤は常連客だったのよ、中学生のクセして」
そう言うと保田はストローに口をつける。アイスティの量がグッと減り、中の氷が崩れた。
「じゃあ“友情の証”ってのは、バイト仲間の人との…?」
「そう。辞めるときにね、記念に3人で同じの買ってイニシャル彫って」
「仲、良かったんですね」
美貴の言葉に、保田は窓の外を眺めてから、ゆっくり答えた。
「まあね。辞めた後もけっこう行き来あったしね。…このショートのコ。アタシとこのコと後藤の3人でよくつるんだのよ。合宿だーとか言ってアタシんとこに泊まったり。コイツ熱出してタイヘンだったんだから。朝起きたら知らないうちに後藤がそのコの布団に入れ替わってたりしたっけ」
「はぁ」
「こっちの右端の──このちっちゃいヤツもウチに来たなあ。付き合ってた相手とトラブったことがあってね、そんときはかくまってあげたわ」
- 291 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:29
-
「この写真の右端、うん、そのちっこいの。そいつが、前にこの部屋を使っとったんよ。カフェでバイトしとってな、圭坊はそんときの仲間。後藤は客やったな」
中澤は亜弥を直視することなく、天井を見たままで言う。それは記憶の糸を手繰り寄せる仕草でもあり、懺悔の告白の痛みを和らげるための仕草でもあった。
「ウチはカフェの雇われ店長と飲み仲間でな、それで知り合ってん。いやーホンマにかわいかったで。ちっちゃくってナマイキで。よく気が利いて。あんときが一番幸せやったね、今考えると」
「…それから、昨日の話みたいなことになっちゃったんですか?」
亜弥が言葉を挟む。と、中澤はどこかユーモラスに唇を曲げ、亜弥を見る。しかし、すぐにまた天井に視線を戻して続ける。
「雇われ店長がな、海外へ行っちゃったんよ。それを機に、バイト3人組も辞めちゃってな。で、まあいろいろあって、このちっこいのはウチと一緒に暮らすことになったんよ。いやーもう小躍りしたね、そんときは」
昨日といい今日といい、中澤の口調は演技がかっている。そうしてごまかさないと、しゃべれないことなのかもしれない。傷は、まだ完全に癒えていないのだ。
亜弥は無言で相槌を打つ。
- 292 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:30
-
「そして、裕ちゃんは、家の中にそのコを閉じ込めちゃったの」
美貴は目を丸くする。剥き出しになる白目に保田は眉をひそめるが、ストローに口をつけ、アイスティを吸って一息つく。
「閉じ込めちゃったって…中澤先生がですか?」
信じられない、といった口調で訊いてくる美貴。保田はストローを口に含んだままうなずくと、言った。
「狂おしいほど好きだったんでしょ。規範とか社会的通念とか飛び超えちゃって、好きって気持ちを押しつけた。…でも、わかりあえるのはほんの一瞬でしかないの。だって、他人は自分じゃないんだから。永遠に自分だけのものにはならないんだから」
そこまで言って、保田は美貴が茫然と自分のことを見つめているのに気がつく。
「…難しかった?」
「はぁ」
生返事に保田は小さく溜め息をつくと、アイスティを一口飲んで、言った。
「まあ要するに、好きすぎて傷つけちゃった、ってコトよ。裕ちゃんは自分の好きって気持ちしか見えてなかった。だから相手を傷つけているのに気づかなかった」
「……」
言葉を失った美貴に、保田はぼそっと付け加える。
「そのコがアタシんとこに逃げてきて…それからの裕ちゃん、見てられなかったわよ。今じゃそんな素振り、少しも見せないけど」
- 293 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:31
-
「世界がな、反転したんや。上と下、前と後ろ、白と黒。自分を取り囲むものすべてがひっくり返った。虚数空間って知っとる? 複素数のアレや。反物質はこっちの世界ではすぐに消滅してしまう。自分の感覚は虚数の世界みたいにひっくり返っとるのに、身体は消えんで存在し続ける。…キツいで、ホンマ。狂ってるコトを自覚して、まっとうに生きなきゃあかん。ましてやウチ、教師やもん」
一気にまくし立てる中澤。ベッドに半身を起こしている亜弥は、きょとんとした表情のままで、小さく切られたメロンの塊を爪楊枝で刺して、口へと運んだ。
少し落ち着きを取り戻した中澤は、脚を組み直してふうっ、と大きく息をついた。無菌室のように、わずかなノイズもない沈黙。亜弥は心の中で“虚数空間”という言葉を反芻する。
中澤もメロンの塊を口へ運ぶ。その味にどこか懐かしさを感じながら、中澤は続ける。
「この皮膚が境界線。この皮膚より内側だけが自分。頼りなくて、淋しくて、他の人の肌に触れて、境界を消す。でも、朝が来たら境界線は戻っとる。消えたんやない、忘れて快楽でごまかしただけなんや。神様が発明したのかもしれんけど、セックスってのはホンマにようできたシステムやね」
そのセリフを聞き、傷を刻んだ美貴の裸体がなぜか頭の中でフラッシュバックして、亜弥は眉をひそめる。
「自分ひとりの孤独な身体だけが真実──ウチはそのことをあの一件で深く思い知った。それだけのコトや」
- 294 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:32
-
「じゃあ、こっちの人は…?」
おそるおそる、美貴は写真の上に指を乗せる。爪で示した先には、ショートカットのクールな笑顔。
保田はじっと美貴の目を見る。そして、ゆっくりと、口を開く。
「後藤と付き合って──でも、結局別れた」
その瞬間、美貴の頭の中に声が響いた。
──壊してやる、壊してやる、壊してやる!
ハッと我に返り、顔を上げて保田を見つめる。指先でストローをつまんでグラスの中身をかき回すと、保田は言った。
「あなたたちにそっくり。仲が良かったのも、脆く崩れていったのも」
美貴は再び、真希の声を思い出す。
──そのまま、壊れちゃってよ。ごとー、ひとりじゃさびしいから。
「詳しく…聞かせてくれませんか、そのときのこと」
気がつけば、口走っていた。美貴の真剣な視線を受け止めると、保田は穏やかに答える。
「紗耶香は後藤にとって、姉で、友人で、そして、恋人だった。つまり、かけがいのない存在だったのよ」
- 295 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:33
-
「まあ多少の違いはあるけどな、紗耶香と後藤の関係は、ウチらと似とるところがあった」
中澤の言葉を聞く亜弥の表情は硬い。真希が食堂と昇降口で襲ってきたこと、そして昨日この中澤の家に現れたことを思い出し、無意識のうちに身体がこわばる。だが、中澤のどこか突き放しているようで、そのくせしっかりと細かいところまで気にかけている視線に、亜弥は確かに守られているような気がしていた。唇をキュッと結んで、耳を傾ける。
「後藤はずっと孤独やった。せやから、カフェであの3人組を見たときに憧れを感じたんやろね。はじめは遠くから眺めていただけやったけど、まあ歳も近いし、だんだんと親しくなっていった」
亜弥は手元の写真に目を落とす。店の前での記念撮影。4人はぴったりとくっついて、笑っている。
「そのうち、3人の中で一番年下の紗耶香と特に仲良くなってな。いっつもふたり一緒に行動するようになってったんや。バイト辞めてからはもっとベッタリになってったな」
左端の後藤真希は紗耶香と呼ばれたその少女に寄りかかって、笑っている。
「で、ふたりはきちんと付き合うようになった。後藤は金髪だったのを黒く染めてな、ぐっと表情も柔らかくなった。どこかあきらめてるような冷めた雰囲気もなくなって、よかったよかったって圭坊はしきりに言うとったな」
- 296 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:34
-
「でもね、その幸せも長くは続かなかったのよ」
保田は抑揚のない声で、淡々と語っていく。その口調は感情を込めずに事実だけを伝えていくという点で、どことなく合成音声じみた無機質な響きを美貴の耳の奥に残した。離れた場所からの定点観測の記録、観察者とその対象。
「裕ちゃんと一緒。後藤も、紗耶香のことを自分だけのものにしようとした」
「え、じゃあ部屋に閉じ込めて…」
美貴の言葉に保田は首を横に振る。
「──監視。紗耶香が自分以外の人間に干渉されないように、ついて回ったのよ」
「ストーカー、ですか」
「んー、ふたりは付き合ってたわけだから、微妙に違うの。紗耶香の行く先に必ずついていって、ずっとその手を握ってたのね」
身構えていた美貴は、拍子抜けした様子で言う。
「…中澤先生に比べると、ずいぶん平和的ですね」
「どうかな」
そして保田は宙を見る。その先、インテリアのライトはぼんやりと鈍い光を放っている。
- 297 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:35
-
「どこへ行ってもずっと手をつないだままのふたり。傍から見れば微笑ましいけど、度が過ぎると問題やで」
中澤の亜弥に対する視線が、一瞬、鋭くなる。しかし亜弥は手元のメロンを見つめてそれをかわす。中澤は亜弥の意志が折れないのを汲み取り、静かに鼻から息を吐いた。
「ウチの場合は、まあ相手を束縛するにしても、家の中は自由に動き回れたワケやからね。せやけど後藤は、相手の身体を直接的に束縛したんや。…わかる、この違い? 24時間、身体の接触を求めた。つまり、完全にプライヴェイトを奪ったってコトや」
亜弥は無言で中澤の顔を見る。しかし、やはりその眼差しの放つ光は鈍い。聞いているフリをして、聞いていないとその目で語っている。
「ひとりになれない。どんなときもつねに相手がついてくる。これがどれだけ神経をすり減らすか。…紗耶香、みるみる弱っていったで」
中澤の言葉を聞きながら、亜弥はゆっくりとメロンを口に運び、それを舌の上に乗せる。口の中で転がして弄ぶと、奥歯ですりつぶすように果肉を貫いた。繊維質がよじれて染み出す果汁。噛み砕かれてすっかり姿を変えてしまった塊を飲み込むと、食欲ともうひとつ別の欲望が、同時に満たされていく気がした。緩めた唇から熟れた香りが漂う。
- 298 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:36
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「考えてもみなさいよ。朝起きて、すでに片方の手を相手が握ってんのよ。朝ごはんつくるのも顔洗うのも歯を磨くのも、使える自分の手は片方だけで、もう片方は相手が文字通り手を貸す生活。トイレもお風呂も一緒。プライヴェイトなんてありゃしないの」
保田のセリフを自分と亜弥の生活に置き換えて、美貴はぼんやりと想像してみる。それに近い生活はしているが、そこまで徹底はしていなかった。もし、それを完全に実行したとすれば──。
もう一度白目を剥き出しにして驚く美貴に、保田はなおも続ける。
「こうなるともう、どこまでが自分なのか、自分はいったい誰なのか曖昧になってわからなくなってくる。四六時中肌の接触を続けた結果、自分のこともわからなくなって、相手のこともわからなくなって、もうどうすることもできなくなっちゃった」
- 299 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:37
-
「とても速く飛ぶ1羽の鳥がおった。その鳥は、もっと速く飛ぼうと考えた。そして気がついた。速く飛ぶためには空気抵抗がジャマになると。で、どんどん空気を薄くしていった。スピードは確かに速うなった。それからさらに速さを求めて真空を飛ぼうとしたとき。鳥は失速した。──この話が意味していること、わかるか?」
中澤は亜弥に問い掛ける。亜弥はメロンを口の中に入れたまま、無言で首を横に振る。中澤は鋭い視線を向けたままで、口を開く。
「鳥の羽は空気があってはじめて飛べる構造になっとる。つまり、制約の中でしか自由は存在しないってコトや。自由を求めて制約を完全に取り払ってしまった瞬間、その自由は自由ではなくなってしまう」
「…何が、言いたいんですか?」
「身体という制約があるから自分は自分でいられる。他人を取り込んで自分にしようとしても、取り込んだ先におるのはもう自分やない。新しい別の他人になってしまうんや。せやから、自分の孤独な身体だけが真実なんや」
それでも首をひねってみせる亜弥。中澤はぽつりと漏らすように付け加えた。
「紗耶香はそのことを無意識のうちに感じとったんやろ。せやから、咄嗟に行動をとってもうた」
- 300 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:38
-
「そして、紗耶香はみずから手首を切った」
温度差。言葉の内容と淡々とした口調の落差に、美貴の背筋は一瞬にして凍った。保田のつくっている三白眼が、さらに温度を下げる。
「カミソリで、左手を傷つけた。…といっても全然大したコトはなくってね。まあ本気で死ぬつもりなら、横じゃなくて縦に、腕を裂くように刃を入れるわけだし」
顔色ひとつ変えずに語る保田を、美貴は茫然と見つめる。その視線に気づいても、保田の表情は崩れない。
「いわばアピールよね。『あたしを解放して』っていう。警告よ、警告」
「そんな、だって…」
「紗耶香の中ではスジが通ってんのよ。この手が後藤とつながっているのなら、みずからを傷つけるその痛みも、後藤は自分のものとして感じてくれるはずだっていう理屈」
保田の言葉を聞いて、美貴は無意識にそっと左肩に触れる。そして、口を開く。
「ムチャクチャですよ、そんなの」
「そうでもないわよ。痛みによってこれは自分のカラダなんだっていう、身体イメージを回復する意味もあっただろうし。実際、それで後藤はようやく紗耶香の手を離した。手をつなぎ続けることを、諦めた」
- 301 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:39
-
「でも、紗耶香の左手には痕が残った。まっすぐに、白い肌の上に引かれた線がな」
再び、亜弥の脳裏にフラッシュバックする美貴の裸体。爪を立てて、引いていった赤いライン──。
「後藤はそれ以降、不思議な落ち着きを見せるようになった。紗耶香と一緒にいないときでも、ときどき思い出したようにクスクスと笑い出すことすらあった。…なんでか、わかるやろ?」
中澤の問いの答えは明白だった。反射的に亜弥は唇を微かに浮かせたが、すぐに口をつぐんだ。
しかしその動作を中澤は見逃さない。十分に間を取って、教師らしく、うなずいてしゃべりかける。
「そうや。後藤は紗耶香のカラダに、永遠に自分の痕跡を残すことに成功したからや。ずっと背負っていかなきゃならんスティグマを、ついに刻み付けたんやからな。しかも後藤にしてみれば、自分の影響下で紗耶香自身が実行したんや。相手の身体の中に自分を確実に埋め込んだ気がしたんやろね」
そこまで言って、亜弥の目の奥にわずかな鋭い光がきらめいたのを中澤は認めた。うっすらと、冷や汗が吹き出た。
- 302 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:40
-
「そこで、“友情の証”の出番になったワケでね」
そう言うと保田は左手にしていた腕時計をはずしてテーブルの上に置いた。そんなに大きくないサイズのわりには、重い音がした。
ひっくり返すと、裏蓋に刻まれた文字が目に入る。
── KY・MY・SI
「アタシたち3人のイニシャル。一緒に働いたお金で買った、記念の品」
目の前に置かれた時計だったが、美貴は触れることもできず、ただ見つめていた。
「ファッションにそんなにこだわりのない紗耶香だったけど、それからは必ずこの時計を身につけるようになった。…痕を隠すためにね」
そして保田は右手の親指と人差し指で輪をつくると、そこに左手首を通す仕草をしてみせた。
- 303 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:41
-
「腕時計ってのはまあ不思議な道具でな。いつも身につけるアイテム、持ち歩くアイテムや。そして時計は人間の生活を規定するモノでもある。身体的にも精神的にも束縛を与える性質を秘めとるわけや。時計を見るたび、それを手に入れた経緯を思い出す。あるいは、今後の予定を思い返す。締め付けられとる肌の感触とともにな」
亜弥は両目をいっぱいに開け、食い入るように見つめてくる。中澤はその圧力に耐えかねて、曇りガラスの窓へと目を逸らす。
「紗耶香が腕時計を身につけていることを知った後藤は激怒した。…当然や、自分の痕跡を否定して隠したんやから。しかも、自分以外の人間との思い出を象徴するモノで隠したわけやからね、後藤の怒りは一気に頂点に達した」
中澤はいったんそこで口をつぐんだ。亜弥は変わらず、見つめている。中澤は息を吐くように、ふっと漏らした。
「後藤は紗耶香の時計を壊した」
- 304 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:42
-
「それは徹底していた。ビルの屋上から落としただけじゃ、足りなかった。駐車場に転がっているコンクリートのブロックで、原形をとどめなくなるまで後藤は叩き続けた。力を入れすぎて爪が欠けても、後藤は叩くのをやめなかった。そしてただの金属の欠片になったそれを、紗耶香の前に広げてみせた」
話の内容に圧倒されて、美貴は黙って聞くことしかできなかった。相槌を打つことすらできなかった。
「紗耶香は時計だったものを後藤の手から奪い取った。そして泣いた。一言も発することなく、声を殺して泣いた」
保田の言葉の余韻が、美貴の全身にまとわりつく。唯一自由に動かせるのは目だけで、美貴はじっと保田を見てその先を促す。
「涙が涸れて、紗耶香の口からこぼれた言葉。──『あんたなんかに出会わなけりゃよかったんだ! 出会わなかったら、あんたもあたしも、こんなふうにならないで済んだんだ!』」
- 305 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:43
-
「愛する相手に嫌われる。それも、すべてを否定され、嫌われる。後藤のショックは相当のもんやった」
中澤は亜弥に視線を戻す。亜弥の表情はやはり、変わらない。
「あれだけわかりあっていたはずなのに。いくつもの朝をふたりで一緒に迎えたのに。幸せに過ごしていたときの記憶さえも、すべて、否定された。救われない」
そこまで言って、中澤はメロンの入っていた皿を脇に置いた。コト、と小さく音がした。中澤は続ける。
「…ここで意味が逆転する。紗耶香の左手の傷痕は、『永遠に後藤を嫌う』という意味に転化したんや。そしてそれを隠してくれる“友情の証”も、もう存在しない」
亜弥はじっと中澤を見つめ続けている。微かにその瞳が潤んで揺れたようで、中澤はまばたきをする。が、亜弥には何の変化もなかった。溜め息をひとつついて、中澤は言った。
「紗耶香は姿を消した。残された後藤は、抜け殻のようになってもうたわ。…壊れてもうた」
- 306 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:44
-
「アタシが教育実習に来た本当の目的は、教員になるためじゃなくてね。後藤の様子を見に来たのよ。…そしたら藤本があのときと同じように逃げてくるんだもん。驚いたわよ」
「う…」
美貴は絶句する。今聞いた話、確かに、共通項がいくつもある。
「これ以上同じことを繰り返したくないのはアタシも一緒。いいかげん、この連鎖を断ち切らないとね」
保田はストローを手に取り、グラスの中をかき混ぜた。アイスティはもうすっかり、薄くなってしまっている。
美貴のカップからも、もう湯気はのぼっていない。一口飲んでみて、初めて口にしたときのように、ブレンドの苦味が広がる。そのとき。
「ん…ちょっと待ってくださいよ、わたしが亜弥ちゃんから逃げ続けたら、亜弥ちゃんも後藤真希と同じように壊れちゃうってことですか?」
ふと気づいて、問い掛ける。保田はふっと息を吐くと、天井のライトを見上げながら答える。
「わかんない。確実に言えるのは、アタシが力になってあげられるのは、今日も入れてあと4日間ってコトだけね」
「そんなあ…」
- 307 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:45
-
「ウチは後藤と違って壊れないで済んだ。正確に言うと、すでに壊れとるけどな。虚数空間やから。でもいちおう、まっとうに暮らすことはできとる。この差はどこから生まれたんやろねえ?」
わざとらしく髪をかき上げて、中澤が亜弥に尋ねる。亜弥はゆっくりと首を横に振った。中澤は乱れた前髪を整えもせず、みずから答えた。
「ウチには、まだアイツと会える可能性が残されとる。アイツの言葉、『いつかまた、ちゃんとしたカタチで逢えるといいね。そのときをオイラは楽しみに待ってるよ』……これが、どんなにウチのことを救ってくれたか。希望が、ウチにはまだ残されとるんや。──そう、パンドラの箱やね。あらゆる災厄を生み出して空っぽになったウチの中に、まだ希望だけは残されとる。だからなんとかなっとる、と」
そして中澤は空になったふたつの皿を手に取ると、立ち上がる。
「せやけど、もうウチは誰も傷つけたくない。だから、希望を残したまま、コミュニケーションを閉じた。残ったのは自分の身体だけ。狂っとる自分のカラダだけで、ウチは生きていく」
言い残して、中澤は部屋を出て行った。ひとりきりになった亜弥は、枕を引き寄せると再び、ベッドに横になる。
- 308 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:46
-
「とにかく、今のままの状態を続けるわけにはいかない。あなたたちふたりに、悲しい目には遭ってほしくないの」
「でもそんなこと…どうすればいいんですか?」
美貴は眉間に皺を寄せ、尋ねる。眼光の鋭い同士が、互いの視線をぶつけ合う。
沈黙の中、目を逸らしたのは保田だった。
「アタシは観察者にすぎない。だから遠くから眺めて分析することしかできない。でも、解決のためのヒントなら、出すことはできる」
それまでに比べて、ひどく小さな声。でも、確かに芯を持った声。
保田は、美貴を見つめ直して言う。
「解決できるのは、藤本しかいない。カタチはどうあれ、松浦が必要としているのは藤本、あんたのことなんだからね」
「わたしが、必要…」
「これ、貸しておくから」
保田はテーブルの上の腕時計を、美貴の前へと差し出した。美貴はおそるおそる手に取る。保田は無言でうなずいた。
- 309 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:47
-
ひとりになって、天井を眺めている亜弥の頭の中に、ぼんやりと浮かんできたこと。
──箱。
かつてこの部屋に閉じ込められた恋人。それは、かつての中澤にとっての、箱の中の希望。
突然、直方体がパカッと開いて、展開図のように広がる。虚数空間のように世界が裏返る。
──自分ひとりの孤独な身体だけが真実。
さらされるその身体、心の中だけに恋人への想いをつかまえて。灯のような小さな希望を燃やして。
「先生は、臆病だ。…弱虫だ」
亜弥はそっと、閉じられたドアの向こうに言葉を放つ。と、自分の言葉に不思議な余韻が混じった気がして、思わず耳を澄ませる。
──そわそわ。そわそわ。
亜弥のつぶやきに応えるように、窓の外で、雨がささやいている。
「そう。あなたたちも応援してくれるの…」
笑みを浮かべる。亜弥は自分が久しぶりに笑っていることに気がついた。そして、えくぼはさらに深く刻まれる。
- 310 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:48
-
「あれ、保田先生、雨ですよ」
「えっ? 困ったなあ、傘持ってくりゃよかったなあ」
「表通りまで行けば、コンビニがありますよ」
「んー、でもあんまりこういうつまんない出費はしたくないのよねえ。すぐやまないかな?」
「どうでしょうねえ…」
- 311 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:49
-
◇ ◇ ◇
- 312 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:50
-
黄色い傘を広げて、少女は歩き出す。
「雨の日には、相合い傘をして歩いたよね。肩がちょこっとだけ濡れるの、イヤじゃなかったな」
「急いで家に帰って、洗濯物をとり込んだっけ。部屋干しってジャマくさくっていけないよね」
「そういえば、雨になると古い傷が痛むっていうね。どんなふうに痛むのかな。ズキズキ? ジンジン?」
話しかけても、答えてくれる相手は隣にいない。でも記憶に残っている声が、頭の中で返事を再生する。
「雨が降るとね、うれしくなるの。そばにいてくれてるんだって、思えるから。こうしてね、傘をさしてるとね、いちーちゃんの手を握って歩いてたときのことがね、たくさん戻ってくるんだよ」
黄色い傘の少女、後藤真希は電源の入っていないケータイにつぶやきながら歩き続ける。
「今も、ねえ、いちーちゃん、傘さしてるんでしょ? ごとーといっしょだね。ふふ、照れなくていいから」
ゆっくりとした足取り。決して届くことのない言葉を、唇からただ、発しながら。
しんしんと降る雪のように、雨粒は柔らかく彼女を包み込んで、そして地面へと消えていく──。
- 313 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:51
-
_
- 314 名前:07 投稿日:2004/02/13(金) 01:52
-
07 線(line)
>>281-313
- 315 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/02/13(金) 01:53
-
今回は抽象的なセリフが多くなってしまい、申し訳ないです。
回想シーンを書くのは主義に反するので、こんなんなっちゃいました。
次回更新も大いに遅れると思いますので、ご了承くださるれ。
>>277 ナイスなAA、どうもありがうとう。
>>278 天才だったらあんなアホなことはしません。
>>279 実はこーゆー感想が一番うれしかったりする。どうも。
>>280 いやです。
- 316 名前:名無し娘。 投稿日:2004/02/13(金) 20:29
- よく考えとるね。真剣に書かれているのが伝わる
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/14(土) 19:07
- 大量更新有難うございました。お疲れ様です。
これで昔のことがすべて理解できました。
人間の欲望ってどこまでも続くわけですから、
でも限度を越えるとそれは愛ではなくなるんですね。恐らく。
いつも貴女のこの作品に期待してます。
最後まで応援してますので頑張って下さい。
- 318 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:41
-
閉め切られたカーテンの隙間から、微かな光が漏れている。6日ぶりに戻った家の中は、湿気の匂いであふれていた。
薄暗いリビングを見回してみる。テーブルの上のカップ、布巾、ソファから転がり落ちているクッション。すべては、美貴がこの場所を去ったときのままになっている。
少し胸が苦しくなった気がして、溜め息をひとつついた。そしてケータイを取り出し、受信メールの履歴をディスプレイに映し出す。
『逃げないで。話がしたいの。明日の朝、家で待っていて。 亜弥』
昨日の夜に届いたメール。「話がしたいの」──シンプルなその文面はどうとでも解釈ができる。
美貴は続いて、みずから送信したメールを見る。『いいよ』とだけ短く打たれた返事。
ごくりと唾を飲み込んだ。それから、そっと左肩に触れる。奥歯を噛み締める。
──ズッ。
瞬間、玄関の方で金属と金属がこすれ合う、鈍い音がした。カシャッと鍵の跳ねる音が続き、小さくドアが開けられる気配。
遠くにあった雨音が急に鮮明になった。部屋の空気が微かに揺れたのを、美貴は感じた。
- 319 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:42
-
◇ ◇ ◇
- 320 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:43
-
ガードレールに寄りかかる少女は、黄色い傘が雨粒をはじく音に耳を澄ませていた。雲は分厚く空一面を覆っていて、日曜日の朝の光を決して人間たちに与えないようにと注意深く地面を見下ろしている。
少女、後藤真希は昨晩からずっと同じ場所で、駅の改札に視線を送っている。
郊外の小さな路線の駅、申し訳程度に整備されているロータリーに人影はまばら。人々の交通手段はもっぱら自動車で、見捨てられたかのような薄汚いコンクリートのホームを、毒々しい色を全身に塗られた列車がときどき思い出したように行き来する。
「ふっ」
もうすぐだ──そう思ったら、笑みがこぼれていた。それを噛み殺すかわりに、傘を回して雨粒を撥ね飛ばす。踊る水滴は斜めの軌跡を描いて、濡れたアスファルトの上を弾けて転がり、そして溶けた。
雨で煙って見える風景。目の前に広がるそれは、どこか遠くに映っている。本当の自分は別の場所にいて、幽体離脱した自分が半透明になって眺めている感じ。
もしやと思って手を伸ばしてみる。手の甲に雨粒が当たる。ツメタイ。やはり、リアル。ぎゅっと手を握り締めて、戻す。
- 321 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:43
-
やがて、水色の傘が目に入った。長袖のシャツにジーンズ。ややスレンダーなシルエット。
ピンときて、持ち主の様子をそっと探る。イヤホンの黒いコードと白いうなじ。ベリーショートだったあのときに比べると、随分と髪が伸びている。でも、少し厚めの唇、形のよい鼻、冷ややかな眉とどこまでも澄んだ白目は少しも変わっていない。
真希はガードレールから離れる。駅舎へと吸い込まれようとする水色の傘に、ゆっくりと近づいていく。靴が水を撥ねないように気をつけながら、その後をつける。
水色の傘の女性はイヤホンをしているせいか、真希の接近に少しも気づかない。財布を取り出そうと右手をポケットに突っ込んだとき、その腕をつかまれて、事態をようやく悟った。
「ひさしぶりだね」
振り返り、驚いて目を丸くする女性に、真希が声をかける。相手に顔をしっかりと見せて、口元を歪めてみせる。
びくりと全身を震わせた女性は、一瞬のうちに怯えた表情へと変わる。「ひっ」と吸い込んだ息を吐き出すことができないまま、歯をカチカチと鳴らした。
- 322 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:44
-
真希は優雅な動作で女性の首に腕を回して、イヤホンのコードをその手につかむ。そして突然、乱暴にそれを引き抜くと、おでこをくっつけてささやいた。
「すっかりオトナっぽくなっちゃって、いちーちゃん」
目の前の笑顔に紗耶香は再び全身を震わせた。そしてたっぷり2秒ほどの間をおいて、ようやく絶叫する。
「ああああっ!!」
水色の傘を捨て、ガクガクとヒザを揺らせながら、紗耶香は真希に背を向けて走り出した。冷たい雨が行く手を阻むが、それを振り払うように必死で駅から逃げていく。
「ずいぶんヤバンなアイサツだねえ」
つぶやくと、真希は早歩きでその後を追う。
水色の傘は地べたに転がったまま、誰のためでもなく、ただ雨を弾く。駅から遠ざかっていく黄色い傘の少女の背中を見つめながら。
- 323 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:45
-
◇ ◇ ◇
- 324 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:45
-
『お世話になりました』
枕の上にちょこんと乗せられた手紙。布団は丁寧にたたまれていて、初めて亜弥がこの部屋に来たときよりもキレイに片付けられていた。
中澤は口をへの字に曲げて、腕組みをして、昨日まで亜弥が横たわっていたベッドを眺める。枕元には、4人の少女がカフェの前で並んでいる写真を挟んだフォトスタンドが置いてある。
「しゃべらんほうがよかったんかな…」
前髪をかき上げ、ぼそっとつぶやいてみる。そして、乱暴に鼻から息を吐き出す。
- 325 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:46
-
自分は、これからどういう行動を取るべきなのか。どうせ亜弥の行く場所はひとつだろう。追いかけてもう一度話をしてみる? いや、昨日の様子から考えるに、それは何のプラスにもならないだろう。問題をよけいにこじれさせてしまうだけかもしれない。
しかし、だからといってこのままおとなしくしていていいものなのか。亜弥が美貴を傷つけて、それで美貴が保田に助けを求めたという事実は変わらない。もう、すでに、賽は投げられているのだ。
中澤は唇を噛み締める。ウチには、勇気がない。たとえプラスにはたらかなくてもいいから、まず動いてみる勇気。そうだ、あのときだって、勇気がなかったからアイツをムリヤリこの場所に閉じ込めて、まるで動物のように裸にして自分の欲望という鎖で縛りつけて──
- 326 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:47
-
そこで中澤の思考は遮られた。無機質なケータイの着信音がリビングの方で響いたからだ。回れ右すると早足で戻り、ケータイを手にする。「圭坊」とディスプレイの表示。通話ボタンを押す。
「なんや圭坊」
と言った言葉にかぶせるように、相手の第一声がビリビリと音割れしながら鼓膜を震わせた。
『後藤が紗耶香んとこに現れたって! 紗耶香、今、必死で助けてって電話をしてきた! どうしよう、裕ちゃん!』
中澤はふと、ああ、こんな切羽詰まった圭坊の声はいつ以来やろか、と思った。最近はすっかり冷静な圭坊が板についとったからなあ。
『紗耶香、マトモにしゃべれないくらい怯えてて、どうしよう! ああもう、なんでこんな』
「圭坊、落ち着け」
そう言った自分の声に中澤は少し驚いていた。さっきまでずっとクヨクヨしていたことを、微塵も感じさせない声音。
「車を出す。場所はどこや? 紗耶香の実家か?」
低めに響かせた自分の声を聞いていることで、他の誰でもない、自分がまず安心する。
しゃべりながら中澤は上着を取り出すと、車と家の鍵を手にした。
「──わかった。圭坊、家で待っとれ。すぐ行く」
ケータイを切るとすぐに家を出た。頬をパンパンと叩いて気合を入れると、もう目の前のことしか見えなくなっていた。
- 327 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:47
-
◇ ◇ ◇
- 328 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:48
-
バタン、とドアが閉まると、ふっと風を感じた。美貴はもう一度奥歯を噛み締め、玄関から姿を現した人影と対峙する。
一瞬、幽霊かと思うほどに、彼女はびしょ濡れだった。目の前に立つ美貴の視線を避けるように流し台へ向かうと、タオルを取り出して顔を拭く。
「はあっ」
拭き終わって一息つくと、慣れた手つきでタオルを洗濯物入れになっているカゴへと放り込む。それからリビングに戻ると、薄暗い中でも美貴をハッキリと見ようとしてか、目をいっぱいに大きく開いてみせた。そして、えくぼ。
かける言葉がなかなか見つからず、黙ったまま見つめ合う。ドアを閉めて遠ざかったはずの雨音が、ゆっくりと近づいてきている気がした。それくらいに、部屋の中は無音だった。
- 329 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:49
-
「──来てくれて安心した」
柔らかいファーストタッチ。1週間前と何ら変わらない、澄ました高音。
「みきたんが逃げちゃってぇ、とってもコワかったんだよ? ひとりで、じっと、目を閉じて床に座ってた」
言いながら亜弥はテーブルへと歩み寄る。そしてコーヒーカップを手に取ると、もう一度口を開いた。
「この部屋にあるモノぜんぶに、みきたんとの思い出がつまってるから。目を開けてると、お前はひとりぼっちだって言われてる気がした」
「亜弥ちゃんは自分のしたこと、わかってるの?」
美貴の問い。亜弥は口元を緩めて、答える。
「あたしの愛をみきたんにあげたの」
その目は自信に満ちていて、少しの曇りもない。言葉を失う美貴を見て、亜弥はさらに続ける。
「みんなそうでしょ、最初はちょっと痛いけど、それがたまらなくよくなるの。あともうちょっとだったのにね、みきたん」
「──そう」
美貴は床に視線を落とし、眉根にシワを寄せて息を吐き出した。その仕草が気になったのか、亜弥は美貴へと一歩歩み寄り、下からその顔を覗き込んでくる。
- 330 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:50
-
「なに?」
「みきたんのそういう表情も好きだよ。もっと近く、いちばん近くで見たいな」
言い終わると同時に、亜弥は着ている服をその場で脱ぎ出した。美貴は突然の行動に、目を丸くして驚く。
「なっ…?」
上着を脱ぎ捨て、ピンクのブラとショーツだけを身につけた姿になって、亜弥は美貴に笑いかける。
「濡れたカッコのままじゃ、カゼひいちゃうもん。みきたん、お風呂、いっしょに入ろ? 話は中でゆっくりすればいいから」
そう言い残して、バスルームへと消えた。
すぐに、湯船にお湯を張る音が聞こえてきた。呆気にとられて美貴はその場に立ち尽くす。
と、その目の前をピンクの塊が横切った。ふぁさっ、とフローリングの床に落ちたそれを見て、思わず美貴は白目を剥く。ブラと、ショーツ。
- 331 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:51
-
◇ ◇ ◇
- 332 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:52
-
濡れた路面を軽くドリフトして、赤い車は止まった。助手席から飛び出した保田は、傘も差さずに駅の改札へと走る。
リズムを刻んでワイパーが横切るフロントガラス越しに、中澤は保田の背中を眺める。ハンドルに胸を寄り掛からせ、ふうっと溜め息をつく。
改札の周辺をあちこち見て回っている保田。しかしどこにも紗耶香のいる気配はなく、3分もしないうちに雨の中で立ち尽くしてしまう。その様子を見て中澤は傘をふたつ手に取ると、車の外に出てそのうちひとつを差した。
バタン、と車のドアが閉まる音に反応し、保田が振り向いた。中澤はもう片方の傘を差し出して歩み寄っていく。
- 333 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:54
-
「ケータイ」
傘を受け取る保田に、そう声をかける。傘を開いた保田はうなずくと、ケータイを取り出して紗耶香に電話をかけてみる。プッ、プッ、プッ、プッ、というこもった発信音がしばらく続いて、声がした。
『ただいま電話に出ることができません。ピーッと鳴りましたら──』
保田は無表情のまま通話ボタンを切り、首を横に振ってみせる。そして無言のまま、ふたりで駅舎を眺める。
小さな三角屋根の駅舎。雨に濡れるホームに人影はほとんどない。じっと見ていると下り列車がやってきて、停車した。車内はガラガラとまではいかないが、余裕をもってシートに座れる程度の空き具合。けたたましい発車ベルが雨に包まれこもって響く。そして静かにドアは閉まり、閑散とした空気を残して列車は去っていった。
- 334 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:55
-
「どないしよか」
「なんとかするしかないでしょ」
「そらそうやけど。…とりあえず、いったん車に戻ろ」
中澤の言葉にうなずき、保田も車の方へと歩き出す。と、視界の端、目に入ったもの。
「傘…?」
濡れた地面に転がっている、水色の傘。
「どないしたん?」
横を向いたまま立ち止まっている保田に、中澤が声をかける。が、保田はゆっくりと水色の傘へと歩み寄っていく。そして、それを拾い上げる。
すっかり濡れてしまった柄の部分、小さくマジックで書かれている名前を目にした瞬間、弾かれるようにして保田は中澤の方を振り向き、叫んだ。
「これ、紗耶香の傘!」
- 335 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:55
-
◇ ◇ ◇
- 336 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:56
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「都会では〜自殺する〜若者が〜増えているぅ〜」
駅前の小ぢんまりとした風景はもうそこになく、灰色で塗り固められた大雑把な道路が走っている。行く手の先に見えるのは、ビルや住宅の波も洗うことができない、青々と木々が生い茂っている山。都市化に屈した郊外は、敗北の印としてその素肌に大量のアスファルトをかぶせられ、何tもの負荷を支えるゴムのタイヤによってその上に線を引かれ続けている。
「今朝来た〜新聞の〜片隅に〜書いていた〜」
雨の日、トラックは水を撥ねながら、都心に向けて迷うことなく走り去っていく。そして真希も、迷うことなく早足で追いかける。目標は、ただ闇雲に自分から逃げている紗耶香。幼ささえ感じさせる黄色の傘を手に、逃げる相手を追いかけるにはひどく不釣合いな間延びしたフレーズの歌を口ずさみながら、まっすぐに後ろをついていく。
- 337 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:57
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他方、逃げる紗耶香には傘がない。びしょ濡れのまま、必死で足を動かす。雨はゆっくりと体温を奪っていき、真綿で首を締めるようにして体力を削っていく。運動に向かない靴は、もうとっくに脱ぎ捨ててしまった。靴下でアスファルトを蹴り、行くあてもなく走り続ける。
紗耶香は走りながら、どこかに誘導されているような気がしていた。駅から離れれば離れるほど、ひと気がなくなっていく。このままじゃマズい、頭の奥でアラームが鳴っているが、だからといって立ち止まるわけにはいかない。走るしかない。
- 338 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:57
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ベージュに塗られた柵と、木々の緑。山の麓、森林公園に出た。休日とはいえ雨の中、わざわざこんな街はずれの公園にやってくる人なんていない。しかしここならば、緑が多いからその陰に隠れて上手くやり過ごせるかもしれない──そう直感的に悟った紗耶香は、公園の敷地の中へと飛び込んだ。
入口から続く遊歩道から逸れて、広葉樹がまばらに植えられた土の斜面を駆け上がっていく。露出している尖った石に足の指がぶつかる。しかし、痛がっている余裕なんてない。
確か、このまままっすぐ行けばテニスコートとその管理施設があったはずだ。そこを拠点に見下ろせば、追ってくる後藤の様子がわかるかもしれない。
わずかな希望が、胸の中で膨らんでいく。このまま無事に逃げ切られたら、まず、お風呂に入りたいな。それから、何かあったかい飲み物を…。
- 339 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:59
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「あっ!」
ふっと気を抜いた瞬間、木の根につまずいた。バランスを崩す。思わず頭をガードする。後ろにゴロゴロと転がっていく。1回転、2回転、3回転…。数えることができたのはそこまでで、あまりの衝撃に頭の中が混乱してしまう。斜面が緩くなって勢いが弱まったところに木の幹があり、背中を打ちつけてようやく止まった。
「うぅ…」
どうして自分はこんなところにいるのだろう、これは夢なんじゃないのか、本当の私はいったい誰なんだ──背中の痛みと相まって、冷え切った身体が思うように動かない。自分という身体の感覚は遠のいていくのに、頭の中には自分というものがまだきちんと存在している。何もかもがバラバラになってしまったようで、でもタンパク質でつながっていて。それはまるで、あのときのように。
幹を背に寄りかかったまま、天を仰ぐ。鬱蒼と生い茂る林の中、それでもわずかに空は見えている。鉛色に濁った空からは雨粒が微かに届いてくる。頬に当たったそれは氷のように冷たく、皮膚から感覚を奪っていく。それに無意識に抵抗してか、目からあふれるのはあたたかい涙。
- 340 名前:08 投稿日:2004/03/07(日) 23:59
-
「行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ」
──歌声。
ああ、と紗耶香は思った。後藤が私のタマシイを抜き取りに来たんだ。タマシイを抜かれたら、この涙は止まって、私は冷たい人形のように横たわって。
「君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ」
天から少し、視線を下にやる。黄色い傘が後光に見えたのは、錯覚。
歌声の主は傘を捨てて、紗耶香と同じように全身で雨を受け止め出した。何もしないで、見つめ合う。言葉よりも空虚な視線が透明にぶつかる。
- 341 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:00
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真希は歌うのをやめ、無言のままゆっくりと斜面を下りてきた。荒い呼吸でただ見つめてくる紗耶香の前に立つと、おもむろに口を開いた。
「いちーちゃん、みつけたよ」
にこり、笑みを浮かべた真希は、さっきイヤホンを引き抜いたときと同じ優雅さで幹に寄り掛かる紗耶香へと手を伸ばす。そして次の瞬間、その白い首筋に素早く両手をかけた。
「ぐぅ?」
ノドから空気が漏れ、声にならない声が出た。が、真希はまったく気にすることなく、そのままぐっと手に力を込める。
「──ぅぅぅぅぅっ!」
一気に首を締め上げられ、紗耶香は思わずびくりと背筋を震わせた。しかし真希の力は少しも衰えない。
呼吸ができない苦しみよりも先に、頭に血が溜まって意識が朦朧としてきた。必死で身体を動かして抵抗しようとするが、ぴたりとくっついた真希の手のひらはさらにきつく締め上げてくるだけ。
- 342 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:01
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ぼやけた視界の中、無我夢中で腕を振り回した。運良く左手が真希に当たった感触がした。
すると、一瞬だけ、ふっと力が緩んだ。本能的にひらめいて足を蹴り上げると、それは真希の身体に当たり、腕が離れた。
──チャンスだっ!
紗耶香はそのまま斜面を転がり落ちていく。そして再び遊歩道に出ると、とにかく真希から離れるべく必死で走った。
少し心に余裕ができて、後ろを振り向く。ヒザ立ちで茫然と宙を見上げる真希がわずかに確認できた。すぐに前へと向き直る。
走りながらどうして急に首を締める力が緩んだのか、考える。確か、左手が当たって──左手。そっと長袖をめくる。左手首、赤く引かれたライン。おそらく、後藤はこれを目にして動揺したのだろう。鬼の目にもナミダ、いや、後藤は鬼というよりはシニガミかもしれない。
…まあいい。とにかく、少しでも差を広げて、安全な場所を見つけないと。
- 343 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:02
-
しばらく遊歩道を進んでいくと、現在位置を知らせる案内板を見つけた。周囲はひらけた場所になっていて、見通しが利く。紗耶香はスピードを緩めてその前に立つと、上半身をかがめて呼吸を整える。
少し落ち着いたところで、ふと気がついてケータイを取り出した。不在着信が3件。すべて保田からだった。
すぐに電話をかけてみる。ワンコールで相手は出た。必死な声が、耳にジンと響く。
『紗耶香っ! 紗耶香なのっ!?』
「圭ちゃん…」
ようやくつながった一縷の望み。ほっ、と漏らした安堵の溜め息は白い塊となって出たが、すぐに雨粒にかき消された。
- 344 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:03
-
『今どこにいるの!? 無事!?』
「森林公園、ってわかるかな…。駅から国道のバイパスを抜けたその先の…うん、そこ。後藤に捕まりかけたんだけど、なんとか無事」
そう告げると、通話口の向こうで『はぁ〜』と空気の抜ける音が聞こえた。無事が確認できて安心したようだ。
「今──うん、ちょうど敷地の真ん中ぐらいだと思う。…わかった、正門の方に移動するから。なるべく早く、お願い」
案内板を見て正門の位置を確かめると、電話を切った。なんとか逃げ切れられそうな予感がして、ケータイをぎゅっと握り締めると、泥だらけのジーンズのポケットへと仕舞った。
もう一度案内板を眺める。最短コースのルートを目に焼きつけると、紗耶香は再び勢いよく走り出した。
- 345 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:04
-
起伏。そして、水溜まり、泥。何度も足を取られそうになりながらも、紗耶香は必死で正門を目指した。遊歩道を囲む緑の間隔は徐々にまばらになってきていて、それは迷路の出口が近いことを意味していた。さらに速度を上げて、ゴールへと向かう。
もう、すぐそこだ──やがて木々の合間、行く手にアーチが見えた。しかし紗耶香が最後の力を振りしぼろうとした瞬間、意外な物が視界に入り、足がピタリと止まった。
開かれたままの黄色い傘が、地面に落ちていた。それはついさっき目にした、真希の手にしていた傘。
──どうして、ここに?
動揺する心。慌てて周囲を見回す。いない。
- 346 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:04
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もう一度傘を見つめて考える。さっきテニスコートの崖で捕まりかけて、つまり真希はそこからここまで紗耶香よりも先にたどり着いたということ。遊歩道は公園内をぐるっと一周するようにつくられているから、紗耶香が迂回している間に真希はまっすぐここに来たということだろうか。木々の間をムリヤリ突っ切って、紗耶香が正門へ来ることを予測して?
「そんな…」
どこへ逃げようと、後藤の手のひらの中──紗耶香はへなへなと、その場にへたり込む。と、後ろに気配を感じた。おそるおそる、振り返ったそこにいたのは。
「いちーちゃんのことならなんでもわかるんだよ? ごとー、いちーちゃんのことだいすきだから」
木の陰から現れた、ぐっしょりと濡れている前髪の奥で笑う目。泥まみれの服を身にまとい、陽炎のように立っている真希の姿。
- 347 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:06
-
「先回りするのけっこうキツかったけど、これも愛のチカラってヤツかな? ぜんぜんへーき」
そう言うと真希は紗耶香の目の前にしゃがみ込む。そして全身を強張らせて怯える紗耶香をそっと抱き締めると、耳元でささやいた。
「カッコ悪いねえ、今のいちーちゃん。前はもっとイケてたのにね。ザンネンだなぁ」
ぺろり。耳たぶを舐めた。そのままツツッと耳の縁に沿って舌を動かす。てっぺんでくるりとカーブを描くと、小さく頬にキスを落として、紗耶香の目を見て、言った。
「ごとーの理想とちがういちーちゃんは、いらないの。ジャマなの」
焦点がわずかにズレている。真希がその目に見ているものは怯えきった顔の表情ではなく、その奥にある紗耶香という存在そのもの。真希の瞳に光はなくて、そこにはただ、闇。
「──死んで」
真希の手に握られているもの。柔らかく編まれた縄。
- 348 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:07
-
次の瞬間、真希は抱いていた紗耶香の身体を突き飛ばし、手にした縄を素早くその首に巻きつけた。
「あっ」
紗耶香の声はそこで止められた。肌にぐっと食い込んでいく縄。それをつかんでいる真希の手は、力を入れすぎて血の気が引き、白くなっていた。
「今度は失敗しないからね」
縄でノドと口を完全に分断されている紗耶香は、まったく声を出すことができない。さっきよりも早く、目には何も映らなくなり、何も聞こえなくなり、力がこもっていた手足がだらしなく垂れ下がる。
「あはっ、いちーちゃん、さよならだね」
白い歯を見せてそう笑う真希は、さらに腕を引き絞った。冷たい雨の中、その全身は紅潮し、湯気が出ている。このままずっと力の限り締め続けて、そうすればいちーちゃんは、まちがったいちーちゃんは、ニセモノのいちーちゃんは、失敗作のいちーちゃんは、不良品のいちーちゃんは、リセットされて──。
──ゴツッ。
- 349 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:08
-
鈍い音がした。真希は笑みを浮かべたまま、ゆらりとバランスを崩し、横に倒れた。
はあっはあっ、白い息を切らせているのは保田だった。気絶した紗耶香と縺れるようにして足元に転がった真希の姿を見ても、頭の中いっぱいに広がった心臓の脈を打つ音は、一向に消えようとしない。
保田は上気した顔のままで、手にした水色の傘を見つめた。マジックで小さく書かれた紗耶香の名前。これで、後藤を、殴った。
木陰からそっと中澤が姿を見せる。ふたりの分の傘は車の中に置いてきていた。
じっと全身で雨を受け止めながら、保田は口を開いた。
「…これで、いいのよね」
声が掠れている。手はまだプルプルと小刻みに震えている。どこか薄い膜に包まれているようで、身体が思うように動かない。
- 350 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:08
-
「ようやった。圭坊、ようやったで」
中澤はそう声をかけ、保田の肩をたたいた。しかしまだ保田の震えはおさまらない。
紗耶香と真希。今、目の前で気を失っているふたりは、以前のように寄り添っていて、幸せだった頃の夢を見ているのかもしれない。しかし、目覚めた瞬間、逃れようのない現実が迫ってくる。現実が悪夢なのか、悪夢が現実なのか。
「もう…あかんねんな……もう…」
中澤のつぶやきが遠くに聞こえる。保田は目を閉じる。熱くなったまぶたから涙がこぼれた。頬で冷たい雨粒と溶け合って、流れていく。
雨霧のヴェールの中で、中澤も、そっと、目を閉じた。
- 351 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:10
-
◇ ◇ ◇
- 352 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:11
-
湯気。バスルームは白い綿に包まれているようだった。美貴はバスタオルを身体に巻いた姿で、おそるおそるその扉を閉める。
「みきたぁん、いらっしゃい」
綿菓子のように甘い声が響いた。目を凝らすと、湯船の中、髪をアップにして微笑んでいる亜弥がいた。
亜弥はアヒルのおもちゃを手に取ると、ゼンマイを巻いてミルク色の湯にそれを浮かべる。そして、えくぼをつくって言った。
「なに恥ずかしがってんの。ハダカの付き合い、してきた仲じゃない」
そう言ってふっ、と息を吹きかけるとアヒルは泳ぎ出した。スイスイと進むアヒルは湯船の縁にぶつかり、方向を変える。やがて力尽きて止まると、亜弥が手を伸ばし、再びゼンマイを巻いて泳がせる。
- 353 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:11
-
美貴は意を決し、バスタオルを取り払うと、亜弥と向かい合うようにして湯船に浸った。えくぼが深くなる。
「──いいお湯だね」
歌うように、亜弥が言った。すっかり相手のペースに乗せられてしまっている。それはいつものことなのだが、そろそろそれを断ち切らないといけない。
「ねえ」
「肩。…左肩、治っちゃったんだね」
美貴の言葉にかぶせるように、話を振ってくる亜弥。聞いちゃあいねえ、と思った美貴だがその瞬間、ふっと頭に浮かんだ。
──亜弥ちゃん、何か怖がってる?
ごくりと唾を飲み込むと、バスルームにこだまするくらいにハッキリとした声で返す。
「…そうだね。亜弥ちゃんの肩も治ってるみたいだね」
そして、まっすぐに亜弥を見つめる。視線の強さなら、きっと負けないはずだ。
亜弥が一瞬、たじろいだように見えた。しかし次の瞬間にはいつものスマイルに戻っていた。
- 354 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:12
-
「この肩の痕と同じでさ、あたしたちも、前と同じに戻るよね?」
左のほっぺたには小さな三角形を描くホクロ。
「どうかな。少なくとも、亜弥ちゃんが望むカタチになることは『戻る』って言わないと思う」
お湯のせいか鮮やかに紅潮した唇にも、小さなホクロ。
「そっかなあ? じゃあみきたんは、どうなりたいの?」
いかにも気が強そうな、眉。
「亜弥ちゃんの操り人形でいたくないだけ」
美貴の言葉に、亜弥はきょとんとした表情でまばたきをしてみせる。しかしすぐに口元を緩めると、ぐっと身体を美貴の方へと寄せてきた。スレンダーなわりにむっちりとした感触のふとももが、美貴の脚に押しつけられる。
- 355 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:13
-
「あやつりにんぎょう?」
おどけて亜弥は首を傾げてみせる。しかし、美貴は毅然とした態度を崩さず、言った。
「わたしは、自分に括りつけられた糸を切りに来たの」
バスルームに響く余韻。美貴の身体いっぱいに鼓動がして、それは呼吸のリズムと重なってお湯の表面に小さな波をつくっている。言い切ってはみたものの、心の中にまだ弱気は残っている。悟られないように唾と一緒に胃の奥へと仕舞い込む。
5秒、10秒と時間が経過していく。亜弥の表情はまったく変化しない。でも、視線は逸らさない。美貴はじっと、相手の出方をうかがう。
- 356 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:14
-
「あたしの考え、わかってくれないんだ」
まっすぐに美貴を見据えたまま、亜弥が口を開いた。
「わかってないわけじゃないつもりだけどね。受け入れないっていうだけ」
「……」
カンペキな笑顔にヒビが入るように、眉間にシワが寄った。
ほんのわずかな傷が硬い金属の砕ける原因となるように、ほんのわずかな穴が堤防を決壊させる原因となるように。一度綻びを見せてしまえば、その崩壊は驚くほど早かった。
- 357 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:14
-
「許さない」
亜弥のつぶやきを聞いた次の瞬間、無防備な自分の身体に襲いかかってきた衝撃。美貴は何が起きたのか理解できなかった。
目の前にあるのは、眉を引きつらせ、歯を食いしばっている亜弥。初めて見る顔。だがそれは、それまで内側に秘めていたものがオモテに出てきただけのこと。
「みきたんはあたしのものだから、あたしのものなんだから、あたしの言うことだけを聞いていればいいの!」
うっすらと視覚が遠のいていく。お湯にのぼせたせいじゃない、これは…首を、締められて、いるからだ。
いつもの澄ました表情からは考えられない、鬼のような形相。そして、腕の力。亜弥の手は美貴のノドをしっかりと捕らえ、じっくりと締め上げていく。
必死で抵抗しようにも、美貴の長い手足は狭い湯船の中では思うように動かせない。しかも亜弥がふとももで挟み込み、美貴の下半身の自由を奪ってしまっている。
- 358 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:15
-
──このままじゃ、ヤバい!
この状況を打開すべく、何か方法はないかと考える。しかし焦りが頭の中をぐるぐると飛び回り、思考はまとまらない。
ぼんやりと視界が霞んでいく。最後に目に入ったのは、力尽きてただプカプカと浮かんでいるだけのアヒルのおもちゃだった。
遊ばれて、飽きたら、捨てられるのかな…。
口を開けたまま、ぼーっとした顔つきで宙を見つめているアヒル。その姿は、今の自分に似ているのかもしれない、と思った。
やがて、焦点は合わなくなって、その黄色いシルエットとともに美貴の意識も真っ白に溶けていく──。
- 359 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:16
-
_
- 360 名前:08 投稿日:2004/03/08(月) 00:17
-
08 縺(tangle)
>>318-359
- 361 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/03/08(月) 00:18
-
あやみき風呂で首締めるシーンが書けたので、もう満足。
この小説を書く目的は達しました。放棄しちゃおっかな〜。続けよっかな〜。
>>316 へい。この小説でムダなエネルギーを発散しとります。
>>317 あの…自分、男なんですけど…。
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/08(月) 00:23
- 放棄でもなんでもすればいいよ。好きなようにすればいいよ。
嘘です、すいません。続けてください。これも嘘です。
ほんとはどっちでもいいですよ。なんちゃって。
やっぱり嘘です。風邪ひいてちょっと情緒不安定。イェイ!
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/08(月) 21:52
- 放置プレイか?あんっ?今度は放置プレイなのか?
ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!!
あなたに踊らされるのが、か・い・か・ん
- 364 名前:名無し娘。 投稿日:2004/03/09(火) 00:16
- ( ´D`)<ふぁおーく、ふぁおーく。
きみはほうちなんかして、せいしゅんをおうかしてるといえるのか!
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/18(木) 19:39
- なんか危ないのがいる…
いつまででも、待っております。
作者さま、どうか放棄だけはしないで…
お願い。
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 18:30
- まさかマジで放棄したわけじゃないですよね…?
いや、信じたくない!!待ってますからねっ!
- 367 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/05/06(木) 21:26
-
放置プレイに飽きたので、大人気カップリングのいしよしでお茶を濁します。
- 368 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:27
-
【桃板】梨華とひとみのBlack Or White【紹介希望】
- 369 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:28
-
コンコン。誰もいない部屋の中にドアをノックする音が響く。
「ねーちゃん、入るよ」
一言断ってから、ひとむはドアを開けた。瞬間、ヒュウッと風が吹きつける。開けっ放しの窓から入り込んだ空気が、まっすぐに無人の部屋の中を通り抜けたのだった。
「だらしねーなー」
つぶやいて、フウッと息を吐いた。ベッドの上には学校の制服であるブレザーが、無造作に脱ぎ捨てられている。
たたんであげようかと思い、拾い上げる。そのとき、風が、香りを運んだ。
「ん……ねーちゃんの匂いだ…」
気づけば反射的に鼻先へと持ってきていた。ドキリ、心臓が高鳴る。すうっと息を吸い込む。甘い香りがひとむの顔全体を包み込んだ。
目を閉じて嗅覚に集中する。姉の香りの中に、汗の匂いがわずかに混じっているのに気がつく。
- 370 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:28
-
「んふうっ…」
ブレザーから顔を離すと、姿見が目に入った。姉が毎朝、みずからの制服姿を映している鏡。
──オレも、着てみよっかな…?
ひとむはその前に立つと、胸元で手にしたブレザーを広げてみる。どうせ留守だし、ちょっとだけ。
ゴクリと唾を飲み込むと、慌てて部屋の窓を閉めた。カーテンも閉める。
「よっこいしょ、っと」
今着ている物を脱ぎ捨てて、まずパンツ一丁になる。続いて素肌の上に直接ブラウスを着込み、リボンを結ぶ。そしてスカートを穿いて、ブレザーを羽織った。
「き…きつい…」
男としてはやや小柄でも、姉に比べれば当然体格は大きい。胸のところ以外はピチピチで、今にもはちきれんばかり。やっぱり、ねーちゃんは女の子なんだな…と心の中でつぶやいた。
- 371 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:29
-
深呼吸をひとつして、鏡に自分の姿を映してみる。髪を後ろで束ねて、少しでも女の子に近づいてみようとする。
「あ、けっこうイケるかも…」
雪のように白い肌と、金色に輝く髪。鏡の向こうにいたのは、どこか外国からの留学生のような出で立ちの少女。
小麦色の肌に緑の黒髪といった姿の姉とはとても姉弟とは思えない。自分がもし妹だったら、世間はどう反応しただろうと想像して、クスッと笑いを漏らす。
「でもこんな娘いたら、オレ、たまんないかも」
ひとむは姉がよくやるプリティポーズをマネしてみる。胸の前で指を組んでみたり、プリクラを撮るときのように手のひらを顔の近くで広げてみたり。はにかんだ笑みを浮かべて「グッチャー」と指でL字をつくってみたり、「ハッピー!」と両手を広げてみたり。意外とかわいい。
「やっべ、これクセんなりそう」
鏡の中の自分は別世界の存在。ずっと眠っていた何かを見つけてしまったような、ゾクゾクする感じ。
向かい合い、じっと眺める。大きく開かれた瞳は曇りひとつなくて、その中にはエキゾチックな少女が幾重にも無限に折り返され、閉じ込められている。
- 372 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:29
-
「ただいまー」
突然、玄関で声がした。独特の高音は、姉である梨華の声。
「あれ〜? わたしの部屋、カーテン閉まってる〜?」
階段をのぼる足音。梨華は早足で自分の部屋、つまり今ひとむのいる部屋へと近づいてきている。
──マズいっ!
ひとむは慌てて部屋から出ようとする。が、今出ていけばバッチリこの姿を見られてしまうと思い直し、部屋の中で隠れる場所を探す。
しかしそうこうしているうちに足音は止まった。そして、「あれ〜? 誰かいる〜?」とのん気な声とともに、ドアは開かれた。
「……」
無言のままふたりは見つめ合う。ひとむは口元をこわばらせた笑みを浮かべ、梨華は目と口を大きなまん丸にして。
「…ねーちゃん、おかえり」
やっとの思いで言葉をしぼり出す。そしていかにもバツが悪そうに苦笑して頭をかく。それでも梨華の表情は変わらない。
- 373 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:30
-
「ひとむちゃん…」
止まった時間がようやく動き出す。と、次の瞬間、
「かわいいっ!」
大声で叫んだ梨華は、ダッシュでひとむに抱きついた。勢いあまってそのまま床に倒れ込む。
「ね…ねーちゃん?」
上にのしかかられた状態で、姉の顔を見る。なんだか、頬が紅潮していて、目が据わっている。
「ひとむちゃん、その恰好…」
「ゴメン、部屋に入ったら脱ぎ捨ててあったから、つい、冗談半分で着てみたんだけど…」
「ううん、とってもよく似合ってる。ステキだよ」
そう言って梨華はひとむにキスした。突然の行動にひとむは目を白黒させる。
「わっ、ちょっとねーちゃん、何を…」
- 374 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:30
-
もう一度、梨華の唇がひとむの口をふさぐ。今度はじっくりと、柔らかい感触を存分に楽しませるように、押しつける。
「ぷはっ……ねーちゃん、どうして…」
「理想のタイプ」
「は?」
「わたしの理想のタイプ、そのものなんだもん。でもわたし男の子苦手だから、これから『ひとみちゃん』って呼ぶね。そうすればカンペキだから」
そして梨華はひとむの身体をきつく抱き締めた。胸を押しつけられ、ひとむは思わず反応してしまう。
「でも、ねーちゃん! オレたち姉弟だよ? 姉弟なのにこんなの…」
「ダメ。『梨華』って呼んで」
人差し指でひとむの顎のラインをなぞりながら、梨華は言う。悩ましげな吐息がひとむの首筋にかかる。
- 375 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:31
-
「ねぇひとみちゃん。血のつながりとか、気にしてるの?」
「だってねーちゃん」
「梨華」
「…だって梨華ねーちゃんとは小さい頃には一緒にお風呂入ってたけどさ、今だってそんな…そりゃ、かわいいなって思うことはあるけどさ、でもこういうのはちがうって思うんだ」
「ひとみちゃん…」
梨華はひとむの耳もとで名前をささやいた。口では強がっていても、そこは元気いっぱいの男の子。ビクリと身体が反応してしまうのが、かわいらしく思えた。
「わたしはひとむちゃんのこと、好きだよ。でもね、今わたしがこうして愛してるのは、ひとむちゃんじゃないの。ひとみちゃんなの。だから…素直になって」
「りかねーちゃん…」
くすり。微笑んだまま、ひとむのつぶやきにそっと唇を重ねた。しばらくじっと固まっていたひとむだったが、梨華の熱を浴びて少しずつ、頭が痺れていくような快感をおぼえていく。
- 376 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:32
-
「姉と妹がセックスしちゃいけないって、誰が決めたの? わたしは、ひとみちゃんが欲しくてたまらないの。ひとみちゃんもわたしが欲しいんなら、それでいいと思うの」
梨華は熱でとろけた視線を送ってくる。そしていきなり、上着を脱ぎ捨てた。
「梨華ねーちゃん…?」
呆気にとられるひとむの目の前で、梨華はその健康的な肌をさらしてみせる。白いブラジャーがくっきりとコントラストを描いている。
「はずして」
背中のホックを取ると、梨華はひとむの手をとりブラの紐を握らせた。そっと目配せしてみせる。
ゴクリと唾を飲み込んで、ひとむはおそるおそる純白のそれを取り払った。露わになる、姉の豊かな胸。地肌はちょっと黒めのくせに、その頂点には上品なピンク。
「すごくきれいだ…」
吸い寄せられるようにひとむは顔を近づけていくが、梨華の手がそれを遮る。
「今度はひとみちゃんの番だよ」
ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる姉。意を決し、ひとむは着ているブラウスを脱いだ。
- 377 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:32
-
「ちっちゃい。ってゆーか、男の子みたい」
そりゃそーだよ、ホントはオトコだもん──なんて思う間もなく、梨華はひとむの乳首に吸いついた。未体験のちょっとアブない感覚に、思わず「んはあっ」と声が漏れた。
「かわいいっ!」
梨華はさらに強くひとむの乳首を吸いあげる。梨華の口のぬるい温度が快感を加速していく。
顔をしかめて耐えているひとむの表情を目にして、梨華は目尻を細める。
「スカート、取っちゃうね」
言うやいなや、梨華は自分の穿いていたミニスカートを脱ぎ捨てた。真っ白いパンティ一枚だけの恰好になる。
- 378 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:33
-
「ひとみちゃぁん」
梨華に引っ張られて、ひとむは渋々スカートに手をかける。と、その瞬間、梨華はポンと手をたたき、ひとむの動きを止めた。
「なに…?」
「その下を先に脱いで」
「え…? あ、そっか」
ひとむのスカートの中は男物のパンツ。それを目にしたらいくらなんでも興ざめだ。ひとむは素早くパンツだけを脱ぐと、部屋の隅っこへ目立たないように投げる。
いざもう一度梨華と向き合う。パンティ一枚の姉と、全裸にスカート一丁の自分(ホントはオトコ)。冷静に考えると、とんでもないシチュエーション。しかし梨華はそんなことをまったく気にしない。するするとひとむに近づくと、ムリヤリ床に押し倒す。
「いてっ!」
その拍子に軽く後頭部を打ってしまった。ぶつけた部分をさすりながら視線を戻す。と、スカートをめくり上げている姉の姿。
「梨華ねーちゃん…いきなり…」
「うふふ、ひとみちゃん…女の子のクセにおちんちん生えちゃってる」
梨華はたくし上げたスカートから甘勃ちしているペニスに触れた。柔らかい指先の感触に、ひとむは「あっ…」と息を漏らす。
- 379 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:33
-
「わたしが舐めてあげたら、魔法が解けて女の子に戻れるかもね」
悪戯っぽく唇から舌を覗かせると、そのまま梨華はひとむのペニスに触れる。
「ふふ、だんだん硬くなってきた」
無邪気な高音で梨華は言う。そして一気に咥え込んでしまう。
「あんっ!」
「んふふ、ひもひい〜い?」
じゅぷじゅぷと音をさせながら、梨華はゆっくり顔を前後させる。はじめての感触に、ひとむの興奮はすぐに最高潮に達する。真っ赤に膨れ上がったひとむのペニスはひくひく震え、今にも爆発しそうだ。
頭の中が真っ白になっていく。身体の中心から溢れてくる快感に、何も抵抗できなくなる。
梨華はなおもたっぷり唾液を浴びせて、口全体を使ってひとむのペニスをしごき回す。
- 380 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:34
-
「あっ……あっ……あっ……」
自分は男のはずなのに、あまりの気持ちよさに女の子みたいな声が出てしまう。それが梨華の背筋をゾクゾクと震わせる。行為をさらに激しくエスカレートさせていく。
じゅぶっ、じゅぶっ、じゅぶっ。粘膜と粘膜が液体を介してこすれ合う音。いやらしい響きが部屋全体を包んでいる。
「やあんっ!」
びゅるっ、びゅうっ! 白い塊が跳ねて、梨華の唇を汚す。しかしそれでも梨華は動きを止めない。ひとむの精液を吸い尽くそうと、さらにきつく搾り取る。
「んんっ」
生臭い匂いが辺りに漂う。“終わり”の合図に、ひとむは力なく目を閉じる。
こくり。梨華は口の中の物を少しも躊躇することなく飲み込んだ。そして再びひとむの股間に視線を落とすと、笑顔で言う。
「あれ? ひとみちゃんのおちんちん、消えないね。まだ悪い魔法が残ってるのかなぁ?」
もう一度、梨華の柔らかい指先がひとむのペニスに触れる。果てて感度の鈍っているペニスでも、その優しい触れ方はとても心地がよく、ひとむはうっとりとした表情を見せる。
- 381 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:35
-
「今度は口じゃなくって、わたしのカラダでやってみようね、ひとみちゃん」
梨華は仰向けのひとむに跨ると、その手をみずからのパンティへと導く。
「いいよ」
姉という最も近いところにいる存在。その姉の、いちばん熱くて恥ずかしい部分がそこにある。ひとむは思いきり、最後の白い布きれをめくり取った。
「やあっ」
わざと甘える声を梨華は出してみせる。とろりと糸を引いて、隠されていた部分が露わになった。
「これが…梨華ねーちゃんの…」
「こら、恥ずかしいから口に出さないの!」
口では怒ってみせても、梨華の目は笑っている。ひとむも笑顔を返した。
- 382 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:35
-
「あ、だんだん元気になってきたぁ」
姉の秘密の場所を目にして、ひとむのボルテージはイヤでも上がる。さっき射精したばかりだが、梨華が指で刺激を与え続けていることもあり、もうすでにかなりのところまで回復してきている。身体の隅々にまで、いま目の前にある梨華の入り口に侵入したい、という欲求が広がっていくのを感じる。
「梨華ねーちゃん、もうガマンできない…」
じっと梨華の目を見つめて切なげにつぶやくひとむ。梨華はにっこり笑って、ゆっくりとうなずいた。
- 383 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:36
-
柔らかい梨華の入り口に、ひとむは自分自身をあてがう。そのまま、一気に、突き刺した。
「ひいいいっ!」
悲鳴をあげる梨華。その叫びを耳にして、ひとむは慌てて声をかける。
「梨華ねーちゃん、だいじょうぶっ!?」
「んんっ、へーき…。はじめてがひとみちゃんで、わたし、うれしい…」
うっすらと涙をにじませて梨華は答えた。
「ひとみちゃんの好きなように動いていいよ。わたし、がんばるから」
「う…うん…」
ひとむはおそるおそる、ゆっくりと腰を前後に動かしはじめる。その運動に合わせて、梨華の膣壁がきゅっとまとわりついてくる。
- 384 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:36
-
部屋の中にはひとむの荒い呼吸だけが響いている。しかし、徐々に梨華の声も混じりはじめる。
「りかねーちゃん…?」
「ん…あんまり痛くなくなってきた…かも…」
それでもひとむは、梨華に負担を与えないようにと単純な動きを慎重に続ける。
「ねえ、ひとみちゃん」
「…なに?」
「もっと思いきり動いていいよ。わたしはだいじょうぶだから、ひとみちゃんの好きなようにしていいよ」
どこまでも優しい口調。ひとむは梨華の身体をぎゅっと抱き締めると、耳もとでささやいた。
「じゃあ、全力で梨華ねーちゃんのこと、愛すから」
「うん。…きて」
- 385 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:37
-
梨華の吐息がかかった瞬間、ひとむはありったけの欲望を梨華の奥深くに突き立てた。一瞬、自分の身体が宙に浮いたような錯覚を、梨華はおぼえる。
「っっっっ!!」
声にならないうめきが、お腹の底からノドを通ってあふれ出した。しかしひとむはまったく躊躇することなく、もう一度、さらにもう一度と繰り返し梨華の中にペニスをぶつける。
思うように呼吸ができない。頭のてっぺんがジンジン揺さぶられる。でもその衝撃は、梨華の中でゆっくりと快楽へと変化していく。熱の塊で身体の奥を力強くノックされるたびに、新しい快感の扉が開かれていく。
ひとむは熱い温度に包まれて、自分が自分でなくなっていく気がしていた。もはや一心不乱に腰を前後に動かして、絡みついてくる梨華の柔らかい肉壁を味わうことしかできなくなっていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
腰にまとわりついているスカートをたくし上げると、ふたりのつながっている部分が目に入る。真っ赤に充血した梨華の陰唇が、一生懸命にひとむのペニスを受け止めている。硬く、極限まで張りつめたペニスは、奥へ、もっと奥へと運動を続ける。
- 386 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:37
-
──つるっ。
勢いあまって、ひとむが斜めに倒れ込んだ、そのとき。
「ひゃあっ!」
梨華が声をあげる。今までと違う様子に、ひとむはピンときた。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
ただまっすぐに突き立てるのではなく、梨華の身体の中をかき混ぜるように動いてみる。ぐりゅ、ぐりゅ、きゅっ、きゅっ。その動きに合わせて梨華の膣壁も絶妙のコンビネーションで返してくる。
ふたりは、もはや言葉を発していない。ココロとカラダは完全にひとつの線でつながれて、相手に快楽を与えながら自分も快感をおぼえていく、完結したシステムになっている。きつく抱き締め合って、ひとつのカタマリになってしまっている。
- 387 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:37
-
「ひとみちゃん…」
掠れた声を漏らす。ひとむはようやく我に返り、腰の動きを緩めた。
「わたしも、ひとみちゃんのこと、めちゃくちゃにしてあげたいの…」
梨華の言葉に、ひとむは黙ってその身体を起こす。つながったまま、シーソーのように、今度は自分が床に仰向けになって梨華をまっすぐ上に座らせる。
「梨華ねーちゃん…。──いいよ」
うなずくと、梨華はひとむのスカートを少しずらして腰骨の位置に手を置いた。そしてそれを支点に、尻を上下に動かす。
- 388 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:38
-
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
最初はただ、ぺちんぺちんと尻の肉がぶつかる音と梨華の呼吸だけが辺りに響いていたが、やがてひとむが絶妙のタイミングで梨華を突き返しはじめる。だんだんと、鼻にかかった声が混じり出す。
生白い自分の肌と、真夏の太陽の下で日焼けをしたかのような黒さの姉の肌。対照的なふたつの身体が、ひとつになっている。
下で腰を跳ねさせながら、なんだかリフティングみたいな感じだなあと、ひとむは思う。サッカーボールと大きく違うのは、柔らかな肌の感触。そして、手を使ってぐっと身体をつかんで、絶対に自分から離れてしまわないようにするところ。そういえば、サッカーボールも白と黒の組み合わせだ。ひとむはこっそりと苦笑する。
- 389 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:38
-
「はぁぁんっ」
絶え間なく襲ってくる快感に、梨華が前のめりに倒れ込む。黒い髪が胸に触れて、くすぐったい。
目の前に現れた梨華の唇に、ひとむはそっと顔を近づける。
「梨華ねーちゃん…好き…」
うっすらと目を開け、梨華はトロンとした表情でひとむを見つめた。だらしなく開かれた唇が、微かに動いた。
「ひとみちゃぁん」
そのまま、ふたつの唇が重なる。舌を絡ませて唾液を交換する。上と下とで濃密に混じり合う。
- 390 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:39
-
「ん…オレ、もう…」
全身を梨華に包まれて、いっぱいに熱を与えられて、身体の輪郭が融けてしまっている。それでも、限界に近づいてシグナルが脊髄を駆け上がってきた。
「ダメだよ…。悪い魔法を抜かないと…」
虚ろな目のまま、梨華は答える。そしてひとむの身体を抱き締める力をさらに強めた。
もう、ひとむは逃げることができない。身体の自由を梨華に奪われてしまい、このままでは梨華の中にすべての欲望をぶちまけることになる。
「梨華ねーちゃん、ちょっと待ってよ…ヤバいって!」
慌ててもがくが、もう遅い。梨華はすべてを悟りきった笑みを浮かべ、ひとむの頬にキスした。
「いいの。きて」
そして、力の限りひとむの身体を抱き締めた。
- 391 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:39
-
一度決心を固めたら、テコでも動かない──姉の性格を知り尽くしているひとむは、もはやどんな抵抗をしてもムダだと理解した。
梨華は、自分が心から満足して果てることを望んでいる。愛しくてたまらない梨華。それなら、梨華の望みを叶えることこそが、本当の愛なんじゃないのか。
「わかった。梨華ねーちゃんの中でイクから」
そう返事すると、ひとむも全力で梨華のことを抱き締める。たくましい感触に、梨華はにっこりと微笑んだ。ひとむは、大輪の花を見た。
ずりゅっ、ずりゅっ、ずりゅっ。
ふたりの運動はどんどん速くなっていく。そして極限までたどり着こうとしたその瞬間、
「ひああああっ!」
ユニゾンが響きわたる。ひとむは自分の中のすべての快楽と欲望を、梨華の奥深くへと注ぎ込む。梨華の膣は収縮を繰り返し、ひとむのすべてを吸い取ろうとうごめく。
- 392 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:40
-
「ん〜〜〜〜〜」
びくびくと身体が震える。どこか別の世界へ飛んで行ってしまいそうになるほどの衝撃がふたりの中心を駆け抜けた。まるで全身が何者かに支配されてしまったかのような感覚。
ふっ、と力が抜けて、その場に倒れ込む。でもその脱力感は、不思議と心地よい。疲れ果てて身体は石のように重くて動かないのに、ひとひらの羽根みたいな軽さも同時に感じている。
手のひらと手のひらを重ねて、指を組む。そのまま、ずっと黙って見つめ合い、時間が流れていくのを味わう。誰にも触れられることのない、ふたりだけの今。
- 393 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:40
-
「梨華ねーちゃん…」
「へいきだよ、ひとみちゃん」
「でも、やっぱり」
「だいじょうぶ」
「うん…」
そしてまた、無言のまま見つめ合う。と、梨華が不意に口を開いた。
「…ねえひとみちゃん、もしね、わたしたちの子どもが生まれてくるとしたら、色白と色黒、どっちかなあ?」
「えー…白か、黒かあ…」
ぼんやりとひとむがドアの方へと視線を移すと、そこには見知らぬひとりの男が立ち尽くしていた。
「ひゃあっ! だ…だれ!?」
- 394 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:41
- ,,. : ‐'' "´;;;;;``'ー- 、..,,_
,,./. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .\
〃. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .ヽ
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´/. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;//_/ ̄ ゙、;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .',
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《, ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;∧ヾ、 ,;ii〃"゙`ミ;.i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .i|
、{. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;/ト〈、`゙,. , ´ ,._.,.,、,_ `゙|;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .゙,
i". ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;リヘソ,> Y! i〃 <.(;・),゙ゞノ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .《
((. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;人"´`.:;;l l;.゙ `^''ーヾ`,リ!;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .リ
ソ. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;i r'(;. );:.. l |;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .ヾ,
ゞ. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;i┘ ヽヘ、;ハ ,) /!;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .ゞ
ヾ". ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;|ヾ;: ,:; 人;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .((._
.`゙》. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;| :;;i 、-‐‐:v.‐-:、_ 〃;: !;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .〃
.ノリ. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;゙、:;| `ヾニゞ‐;;;;ニフ j|;. /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .{{
((. ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`、 - ̄ ,./;:. /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .ソ,
_.)). ;,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;/ilヽ、._ ;,. ,.:-‐'"/;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,; .ノノ
「とりあえずイラクの少年たちを5万人保護するんだフー!」
- 395 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:41
-
タイーホ
- 396 名前: 投稿日:2004/05/06(木) 21:41
-
−完−
- 397 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/05/06(木) 21:43
-
今回の番外編は、超有名いしよし系作家さんにご協力いただきました。
おかげ様でこんな品性の疑われそうな仕上がりになったよ! ヤッタネ!
>>362 お客さん、だいぶ疲れてますね。イェイ!
>>363 作者が変態だと読者も変態が集まってくるね! イェイ!
>>364 NHKに就職したかったなあ…(遠い目) イェイ!
>>365 そんなわけで今後もレスくれないと放棄しちゃうぞ! イェイ!
>>366 やーい、ひっかかったひっかかった! イェイ!
- 398 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/06(木) 21:56
- ラブ。
- 399 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/07(金) 00:05
- @ノハ@
( ‘д‘)<射精しますた
- 400 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/05/07(金) 00:07
-
400GET!!!亀井絵里万歳 最高!!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(´´
∧∧ ) (´⌒(´
⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡=
 ̄ ̄ (´⌒(´⌒;;
ズザーーーーーッ
- 401 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/10(月) 01:55
- 作者さんいやらしいよ作者さん
- 402 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/15(土) 17:34
- 変態が集まるスレ、最高じゃないかっ!
- 403 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/15(土) 18:51
- 百合から801、妄想姉弟ものまで何でも書けるアナタが愛しい。
付き合って下さい。
- 404 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/05/17(月) 11:55
- 私も作者さんと付き合いたいでーす
- 405 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/23(日) 21:51
- あやみきはどうなったんです??
早く続きが読みたい><!
- 406 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:42
-
目を覚ました。
薄暗い天井。自分がベッドに横たわっていることに気づいた美貴は、顎を引いて足の爪先へと視線を移した。
身体の真ん中にはバスタオルが巻きつけられていた。あれ、と思ったが、髪が湿っていることですべてが現実だったことを悟る。そっとみずからの首筋に手を当ててみる。
触れた瞬間、息を呑む気配を感じ、振り向く。壁に寄り掛かりこちらを見つめている亜弥も、バスタオル姿だった。
「亜弥ちゃん」
美貴は驚いて声を漏らす。それは掠れていた。
亜弥の目は赤く腫れている。頬には涙の跡が刻まれている。
んんっ、と一声うなって喉の調子を整えると、「座りなよ」と声をかけた。ひくっ、と小さくしゃくりあげて、亜弥はとてもゆっくりとした動作で奥の部屋からスツールを持ってくる。そのまま、音を立てずに腰を下ろす。
亜弥は思い出す。ベッドに横たわる自分とメロンを切る中澤。まるで、今の自分は、かつて「弱虫」と言葉を投げつけらた中澤そのもの。
美貴はよいしょ、と掛け声をあげて半身を起こす。両脚を揃えたまま90度回転し、ベッドに横向きに腰を下ろした格好になる。
亜弥と向き合った瞬間、美貴はデジャヴを感じた。病院の診察室。保田の部屋での会話。そして、今の自分は、これから保田に言葉を返すところ。
- 407 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:43
-
──そわそわ。そわそわ。
雨の声が聞こえる。美貴がじっと耳を傾けていると、不意に亜弥の声が重なった。
「……殺せなかった」
その言葉に触発され、気を失う直前の光景が鮮やかに蘇る。怒りの形相と、黄色いアヒル。
「みきたんがいなくなることが、いちばんつらいの。みきたんがいなくなるのは、もうイヤなの」
亜弥はスツールから立ち上がると、窓際へと歩み寄る。カーテンを開けると、結露した窓ガラスを貫いて、鈍い光が部屋の中へと届いた。こんなふうに、深い地獄の底にも明かりは届いているのかもしれない、と美貴はなんとなく思った。
ほのかな逆光の中、亜弥は身体に巻いていたタオルを取り払う。露わになるシルエット。そして。
「みきたん、あたしを傷つけて」
雷のきらめきにも似た声で、言った。それは、みずからに向けられた刃に映る光を想像させた。
美貴はどうすることもできず、ただ、眺め続ける。目の前で立ち尽くす全裸の亜弥。それはまるで、悲痛な叫び声をあげた、裸の王様──。
- 408 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:44
-
◇ ◇ ◇
- 409 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:44
-
目を覚ました。
薄暗い天井。自分がベッドに横たわっていることに気づいた真希は、顎を引いて足の爪先へと視線を移そうとする。そのとき、首に触れる異物を感じた。
縄が、首に巻きつけられている。紗耶香の首を締めるのに使ったあの縄が、今、自分の首に巻きつけられている。
「紗耶香は死んだ」
抑揚のない声がして、振り向く。一糸まとわぬ姿で、中澤が部屋の中に現れた。
無表情のまま、中澤は真希に歩み寄りながら続ける。
「殺したのはオマエや、後藤」
中澤はベッドに乗ると、真希の身体を跨いだ。中澤の尻とふとももが腹の上に乗ってはじめて、その感触から真希は自分も全裸であることに気づく。
「警察に突き出したって構へんのや。罪を犯したら罰を受ける、当然の仕組みやからね」
そう言った次の瞬間、中澤は真希の首に巻いた縄を思い切り引っ張り上げた。あっという間に喉が締め上げられ、真希の頭に血が溜まり、意識が混濁しはじめる。
- 410 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:45
-
真希が手足をバタつかせてもがき出すと、中澤は力を緩めた。真希はゲホッゲホッと激しくむせる。中澤はその様子を淡々とした目で見下ろしながら、言った。
「ウチがかくまってやってもええ。犯罪者がうちの学校から出るのは迷惑やしね。…ただ、それには条件がある」
「……」
無言のまま真希は中澤を仰ぎ見る。抵抗するほどの熱も、すべてを諦めるほどの冷たさも帯びていない視線。紗耶香が死んだ、それを耳にしたことで時間は止まり、もはやベクトルは失われた。ここにあるのは、運動をなくした、ただの物体。
抜け殻のような真希に、中澤は言う。
「ウチにオマエのカラダを寄越せ。この部屋の中で、淋しいウチの相手をし続けるんや」
しかし、真希は中澤を見つめたままで反応を示さない。漂う空気と同じ温度で、その場で呼吸をしているだけ。
すると中澤は再び縄に手を掛ける。そのまま引っ張り上げて真希の首を締める。そしてもう一度、ギリギリのタイミングで緩める。真希はその間、微かに身体を震わせたが、暴れ出すようなことはなく、おとなしくなすがままになっていた。
「さあ、どうする?」
- 411 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:46
-
「──。」
中澤の問いに、真希はゆっくりとうなずいた。中澤は真希の腹から腰を上げると、立ち上がって、真希の上半身を起こす。
「舐めろ」
短く命令すると、みずからの陰部を真希の顔の前に突き出した。
わずかな間を置いてから、真希はそっと唇から舌を出した。そしてゆっくりと顔を寄せていき、そのまま、中澤に触れた。
- 412 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:46
-
◇ ◇ ◇
- 413 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:47
-
目を覚ました。
天井は明るい。自分がベッドに横たわっていることに気づいた紗耶香は、顎を引いて足の爪先へと視線を移す。
「気がついたのね」
声がかけられて、振り向く。懐かしい顔がそこにはあった。
「圭ちゃん…」
名前を口にして起き上がろうとする紗耶香を保田は制す。再び後頭部が枕に触れ、天井とこちらを覗き込んでくる保田だけが目に入る。
「助けてくれたんだ」
力なく漏れる言葉は喉を震わせることなく、上顎だけでささやくように響いた。保田はうなずくこともなく、ただ紗耶香を見つめ続ける。
保田のアパートの中は、以前に訪れたときとあまり変わっていなかった。沈黙の中、紗耶香はゆっくりと周囲を見回しながら、そのときのことをそっと思い返す。
- 414 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:48
-
「ねえ…。──は、どこに?」
小さな声で、尋ねた。“後藤”という名前が紗耶香の唇から発せられることは、おそらくもうない。恐怖に名前をつけて口にした瞬間、それは実体化するから。
どうしようもないやるせなさを胸に仕舞い込んで、保田は答える。
「裕ちゃんのところ。裕ちゃんが、『閉じ込めておく』って言ってた。だからもう、紗耶香の前に現れることはない」
「そう」
そして紗耶香は大きく息を吐いた。保田はふと、その息の中に混じったものを思ったが、すぐに諦めた。頭の中をニュートラルに戻す。
再び沈黙が続く。しかし保田はその時間の流れを心地よく思っていた。ただ流れていく時間。それだけ、過去が遠くへ行く。
- 415 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:49
-
「私、生きてるね」
不意に紗耶香が口を開いた。保田は間を置いて、返す。
「でも後藤の中じゃ死んだことにしてある。後藤の世界では、自分が殺したってことになってる」
「──じゃあ、今日は私の命日だ」
「命日…。いのちの日、か」
保田はつぶやくと、ぼんやりと宙を見つめる。
紗耶香はその言葉を聞き、そっと手のひらをみずからの下腹部に添えた。
連続と不連続。生命という完結したひとつの環が、ここにある。環の真ん中に開いている穴に、別の環を通す。そうして、不連続な存在は、連続した鎖へと変化していく。ただそれを、繋いでいく。
- 416 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:49
-
◇ ◇ ◇
- 417 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:50
-
ベッドに腰掛けている中澤。床にひざまずいている真希は、その開かれた股間に顔を埋めながら、舌を動かす。
中澤の左手には縄が握られている。その先には、真希の首がつながれている。王様と奴隷、飼い主と飼い犬のように。
真希の髪にもう片方の手を静かに乗せると、指の間でたゆたわせる。撫でるように髪を梳いた次の瞬間、指に絡ませたそれを乱暴に引っ張った。
「んぐ」
鼻の先が陰唇に押しつけられ、真希は思わず声を漏らす。だがすぐに力は緩められ、真希は中澤の膣口へと伸ばした舌の動きを再開する。
ぴちゃ、ぴちゃ、舐め上げる際に粘膜で唾液の擦れる音だけが響いている。その間も中澤の指は真希の髪を泳ぐ。
「ねえ」
くぐもった声で真希が言った。
「いま、あのひとのことかんがえてる? やぐ…」
「動物はしゃべるな」
冷たく声を重ねられ、真希は黙る。そしてさっきと同じように、何事もなかったように舌を動かす。
- 418 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:50
-
焦点の合わない目で茶色の髪を見つめている中澤の頭の中で、さっき別れ際にかけられた保田の言葉が蘇る。
──そんなやり方しかできないの? 不器用にも程があるわよ。裕ちゃん、もういいかげん、そういうのはやめないと…
わかっとる、わかっとるんや。せやけど、ウチは虚数なんや。孤独な自分の身体だけが、真実なんや。
──だからってこれ以上自分を痛めつけなくてもいいでしょ? 同じ過ちを繰り返すことなんてないじゃない!
堪忍な、圭坊。ウチはこうするしかないんや。これがウチへの罰なんや。罪が罰を生んで、罰がまた罪となる。それが、ウチへの罰なんや。無限の鎖に縛られる罰なんや。
- 419 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:51
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『裕ちゃん』
ふと、声が聞こえた。ぼやけていた焦点が合う。真希がこちらを見つめている。
部屋にいるのはふたりだけのはずなのに、あの声が聞こえた。確かに、耳の奥で響いた。
「ああ…」
わなわなと震え出す中澤。
「──?」
首を傾げる真希。ちっとも似ていないはずなのに、つぶらな瞳が重なる。
「やめてぇ…やめてえな…」
中澤の声が裏返る。頬に涙がこぼれ出す。相変わらず真希は不思議そうにその様子を眺めている。
やがて中澤は頭を抱えてその場に崩れる。真希の頭に寄り掛かるようにして、嗚咽を漏らす。
『いつかまた、ちゃんとしたカタチで逢えるといいね。そのときをオイラは楽しみに待ってるよ』
耳をふさいでも手のひらを突き抜けてくる声。叫び声をあげても、それよりずっと強く響いてくる声。
ウチを、それでもウチを許すんか? また罪を犯そうとしとるウチを、お前は許すんか? ウチがこんなに嫌おうとしとる自分を、お前は許すんか?
- 420 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:52
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「うぅ…」
うめき声をあげる中澤の頬に、あたたかいものが触れた。涙で歪む向こうに見えたのは、真希の唇。
真希は一言もしゃべらないまま、中澤の涙を舌で掬う。ただ単純な動作で、涙を舌で掬っていく。
「うわあああ!」
中澤は子どものように、大声で、泣きじゃくる。淡々と頬の涙を舐めていく真希。
あのとき、ひとりきりになって、自分なんていなくなればいいと思った。でも、それはできなかった。
翌日、気づけばいつもと同じように学校に出勤している自分がいた。教壇に立つことは、演技することだった。生徒たちを前にしていれば、自分という存在を直視しないで済んだ。
家に帰ることができなくて、ずっと街を彷徨っていた。あの孤独な王国が、恐ろしくてしょうがなかった。満足に眠ることもなかった。眠ると演技が途切れてしまう気がした。
保田に付き添ってもらって3ヶ月ぶりに家に戻ったとき、留守電にメッセージが入っていた。
『いつかまた、ちゃんとしたカタチで逢えるといいね。そのときをオイラは楽しみに待ってるよ』
- 421 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:53
-
それから。
自分の周囲に“世界”をつくった。頂点には、決して触れることのできないかつての恋人を据えた。ただストイックに、高みに昇ろうとする孤独な身体。そうして宗教をつくり上げて、その中にみずからを封じ込めた。
ザラザラとした真希の舌の感触は、ゆっくりと殻を穿っていく。そうして、卵のように閉じた“世界”から、新たに生まれ落ちるように。
「ごとう…」
こわばった唇から、名前が漏れた。その身体を抱き締めた。
壊れてしまった後藤が、自分を救おうとしている。因果とか利害とか関係なく、ただ、今、自分を救おうと触れてきている。
でも自分は、果たして本当に後藤のことを救おうと考えていたのか? どうして、こんなマネを再び?
「かんにんな…かんにんな…」
「ゆーちゃん…?」
中澤は、ただ、真希を抱き締める。それは中澤が真希に縋りついているようで、真希が中澤に縋りついているようにも見えた。
- 422 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:53
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◇ ◇ ◇
- 423 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:55
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裸の王様は、微動だにしない。
スリムな身体にゆったりと実った胸。そのてっぺんでは薄桃色の乳首が、いかにも彼女らしくツンと澄ましてそれぞれ上を向いている。
よけいな脂肪がないため、腹筋の縦のラインがはっきりと身体の中央に引かれている。プッと針で穴を開けたような小さな臍を境に下腹部はなだらかに盛り上がり、腰から回り込んだ曲線と波打つようにクロスする。そして流れる水が狭められながら崖へと走っていくように、急激なカーヴを描いて果てる。
薄い恥毛に見え隠れする窪み。無邪気さを残した肢体。さっき湯船の中で押しつけられたふとももの感触が、ゆらりと脳裏を掠める。
その身体すべてが頂点として戴いている、彼女の貌。悪戯っぽいいつものニュアンスは欠片もない。笑みという要素はそこになく、どこまでも深い瞳の色が100%の純度で美貴に向けられている。
- 424 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:56
-
「ねえ、みきたん。早く、早くあたしを傷つけて!」
亜弥が迫る。かつてこの孤独な王国で美貴に痛みを与えた裸の王様は、今度はみずからを隷属させるようにと要求する。
「亜弥ちゃんがわたしを傷つけたから、今度は自分を傷つけろって言うの? それでおあいこ? そんなの、おかしいよ」
「ちがうの。あたしはただみきたんとつながっていたいだけなの!」
「つながる? 傷つけることが、つながることだって言うわけ?」
美貴は亜弥を睨みつける。すると亜弥は怯えた表情を見せ、視線を逸らした。そして、言う。
「縛り付けてないと、不安になる。逃げられたくない。逃したくない。…だから、みきたんを、あたしだけのものにしたかった」
「でもそれは、逃げるかもしれないって疑ってるから、過激な手段をとったんでしょ? それってわたしを信頼してないってコトだよね」
- 425 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:56
-
美貴の言葉に亜弥は目を伏せる。そして、ぽつりと漏らした。
「…怖くなるの。こんな自分、愛想をつかされちゃうんじゃないかって。相手というよりも、まず、自分が信じられない」
「あんなに自分のことが大好きなのに?」
「ウラとオモテ。自分を嫌いになりたくないから、ムリにでも好きになる。自分におぼれる。…でも、気を抜くともうひとりの自分が語りかけてくる。『お前が愛している自分は、晴れの日の自分だけだ。雨の日の自分のことを忘れて満足しているだけだ』って」
裸の王様が、小さく見えた。今の亜弥は、自分の身を守るものを何ひとつ身につけていない、無防備の存在。剥き出しの存在。
「雨の日の自分が現れないように、安心できる世界を周りにつくっていく。笑顔を振りまくあたし。どこまでも好きでいてくれる恋人。優しい担任の先生。あたしの理想どおりじゃないと、あたしが壊れちゃうの」
- 426 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:57
-
そして、亜弥は一歩前に進み出る。美貴をまっすぐに見つめ直し、叫ぶ。
「ねえ、早く傷つけてよ! あたしを傷つけてよ! あたしがみきたんにしたみたいに、みきたんもあたしにしてよ!」
「ちょっと待ってよ、どうしてそういう方法しかないの? わたしは亜弥ちゃんに痛みを与えても、ちっともうれしくない」
「ふつうに抱き合ってキスしてエッチしても、満足なんてできないの! みきたんがあたしのものだっていう、あたしがみきたんのものだっていう、確かなものが欲しいの!」
「今の、この、好きだっていう気持ちが伝われば、それでいいじゃない」
「ダメ! ココロはいつか変わるかもしれないから」
「それってやっぱり、信頼してない」
「ちがう! あたしにとってみきたんは運命の人なの! 絶対に手放したくない!」
亜弥の声が部屋じゅうにこだました。残響の後、空白を埋めるように雨の声がささやいている。
- 427 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:58
-
「──もし。…もし、だよ? ふたりが別れることも運命だったら?」
「そんな運命、信じない。あたしにはみきたんだけなの」
即答する亜弥に、美貴は続ける。
「ココロも運命も気まぐれだから、確かなものを残したいって気持ちはわかるよ。でも、カラダだって、いつかは朽ちる」
「だったら、ふたりいっしょに、朽ち果てればいい」
「朽ち果てた先には何もないよ。おしまい、ってだけのこと」
「みきたんはリアリストなんだね」
「ステキな今を過ごしたいだけだよ。未来は今、現在の先にあるんだから、今がステキじゃないと輝かしい未来なんてありえない」
「じゃあ過去に過ちを犯せば、罪深い今を生きることしかできないんだ」
「ちがう。その過去を取り戻すチカラがあるのは、まさに今だけってことなの」
美貴の言葉に、亜弥は再び目を伏せた。じっとりと重い沈黙の中、圧力に耐えるように、唇をきゅっと引き結んで。
- 428 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 22:59
-
立ち尽くしている亜弥に向けて、美貴はさらに続ける。
「未来は手を貸してくれない。何も救ってくれない。未来を思い通りにすることなんてできない。だって未来は、それが現在になったときにしか動かせないから。わたしたちにあるのは、今だけなの」
そして、美貴は手を伸ばす。ゆっくりと歩み寄って、そっと亜弥の手に触れた。ぴくり、と亜弥の肩が震える。
美貴は自分の指と亜弥の指を絡ませて、静かに持ち上げる。つながれた手が、ふたりの視界に入る。美貴は静かに口を開く。
「この皮膚が境界線。この皮膚より内側だけが自分。この皮膚より外側の世界は決して自分の思い通りになることはない。…ううん、それどころか、皮膚の内側だって思い通りにならない。いくら止まれと命令したって、心臓は止まらない」
亜弥はじいっと美貴を見つめ、尋ねかける。
「思い通りにならない世界。思い通りにならない自分。もうどこにも、コントロールできる身体はなくなる。…じゃあ、あたしはどこにいるの? あたしって何なの?」
- 429 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:00
-
美貴は、ゆっくりと亜弥の身体を抱き締める。
「わたしにはわかるよ。今、ここにいるのが亜弥ちゃん。わたしが触れている身体、亜弥ちゃんに触れているわたし。亜弥ちゃんはわたしの身体を通して、自分のカタチを知ればいいの」
頬に触れる美貴の髪。まだわずかに湿り気を帯びていて、シャンプーの香りの奥で微かに汗の匂いがする。亜弥は目を閉じて、感覚を集中させる。
「わかりあうのに必要なのは、痛みだけじゃないでしょ? 触れてくる感覚。わたしにはそれで十分」
「ん…」
背中に腕を回す。あったかい。鼓動を感じる。やわらかい。呼吸で膨らむ。くすぐったい。
「すべてが思い通りにならなくてもいい。こうやってわかりあう瞬間をタイセツにできれば、それでいい。──セックスって、そういうコトでしょ?」
- 430 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:01
-
亜弥のうなじに、美貴の唇が落とされる。熱い。思わず身をよじるが、優しく抱き締める美貴の腕がその動きを遮る。そのまま、美貴が亜弥の耳元でささやく。
「ねえ、これからとびきり甘いエッチをしようよ。カコとかミライとかジブンとかみんな忘れちゃうくらい、キモチよくなろうよ」
「──みきたん?」
「どんなに抱き合ったってカラダがひとつになることなんてない。…でもね、カラダがふたつあるから、また抱き合うことができる。ね、そうでしょ?」
美貴は亜弥の身体から離れると、みずからに巻きつけられたバスタオルを取り払った。
ふたつの裸体が向き合う。美貴は首を少し斜めにして笑いかける。亜弥も、硬い表情を和らげた。
ふたつの顔が近づく。鼻と鼻が触れても、さらに近づいていく。頬と頬を触れ合わせる。そのまま、唇と唇を重ねていく。ふに、と柔らかい感触と、熱。
- 431 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:01
-
美貴は亜弥の背中へと腕を回す。亜弥もそれに合わせるように、美貴の背中に手のひらを置いた。
唇の触れ合う角度が急になっていく。
「んっ、んっ…」
舌が唇を開かせていくたび、吐息が漏れる。その切ない響きが、さらに深く、と欲望を加速していく。尖らせていく。
貫け。貫いてしまえ。
美貴は亜弥の口の中に舌を滑り込ませる。熱い唾液で触れていくことで、亜弥の肉体は解凍されていく。温度を取り戻した亜弥の舌も、負けじと美貴の口の中へとねじ込まれる。
鏡のように。鏡に映した像のように、互いの身体を探り合う。それは絡み合う舌だけではない。背中を、腰を動き回る手のひら。なめらかな肌の上を縦横無尽に泳ぎ回って、熱の軌跡を描いていく。そして魔法をかけられたように、触れられていた部分は皮膚のぎりぎり裏側のところにまで神経が伸びてきて、少しの空気の動きにも敏感に反応するようになる。アルコールなんかよりも強烈な酔いに、全身が浮き上がったような錯覚をおぼえた。
- 432 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:02
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口元はお互いの唾液でぐちゅぐちゅになっている。美貴の目が細められたのを合図に、ふたりは唇を離した。激しく血が通って紅に染まったふたりの唇、それをつないでいる銀色の糸。
──これは、わたしたちをつないでいる液体の鎖。
つながる幸福/つながれる幸福。つながる恐怖/つながれる恐怖。つながる快感/つながれる快感。
「ふふ」
意味なんて要らないの。ただ、ここにあるカラダとここにあるカラダをぶつけて誰よりも激しい火花を散らしたいだけなの。
エロスで、タナトス。矛盾を超える光を、これから、わたしたちは見る。
- 433 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:03
-
「……みきたぁン」
甘える声。美貴は素早く、テーブルの上に置いていた腕時計を手にする。保田から預かった時計。美貴はその裏蓋を亜弥の脇腹へと押しつけた。
「ひっ!」
突然の冷たい感触に、亜弥は身をよじる。が、美貴はそれよりも速く時計を離すと、今度は背中に押しつけた。
「やんっ!」
これが炎によって加熱された焼きゴテであったなら、亜弥の肌には3つのイニシャルが烙印として刻まれていただろう。だが、美貴は亜弥の身体に痕跡を残すことは望まない。必要なのは、今ここでだけ通用する刺激を与えること。未来を縛るようなスティグマなど、いらない。
美貴は手にした時計の竜頭を引く。針が止まる。そのまま、テーブルに戻した。
「亜弥ちゃん、おいでよ」
両手を広げて亜弥に向き直る。内股で立っている亜弥が、ごくりと唾を飲み込む。
- 434 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:04
-
一瞬、重力を失った。気づけば美貴と亜弥の身体はベッドの上に放り投げられていた。
「みきたぁん、みきたぁん」
子どものような声をあげて亜弥は美貴の乳首にしゃぶりつく。胸の谷間に横顔を埋めながら、唇と歯で狂ったようにピンクの蕾をこねくり回す。
「あむっ、あむぅっ」
我を忘れてうなる亜弥を、美貴は抱き締める。そのままぐっと力を込めると、亜弥は呼吸ができなくなってしまう。ギリギリのところで、緩めてあげる。ぷはあっ、と息継ぎする亜弥の瞳は潤んでいる。そしてすぐに、亜弥は美貴の乳首へと還る。美貴は亜弥が苦しみ出すまで、再び優しく抱き締める。
夢中で吸いついてくる亜弥の耳に、そっと舌を伸ばした。ゆっくりとその縁をなぞる。舌先が往復するたび熱が生まれ、頬へ、そして顔全体へと波紋を広げていく。
「かわいいよ、亜弥ちゃん」
吐息混じりにささやいたその唇で、美貴は亜弥の耳を甘噛みする。
「ふあっ」
真っ白いうなじは汗ばんでピンクに染まっている。後れ毛が湿った肌に貼りついているのがいかにもオンナノコらしくて、思わずぞくりと背筋が震えた。
- 435 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:06
-
亜弥はトロンとした目つきで、美貴の胸に顔を埋めたままでいる。美貴は脚を広げて亜弥の胴体を挟み込んだ。そして亜弥の腰にみずからの陰部をこすりつける。
やがて美貴の腰の動きは激しくなっていき、くちゅり、くちゅりと湿った音が混じり出す。すると今度は亜弥もみずからの陰部を美貴のふとももにこすりつけ、リズムを合わせていく。
ゆるり、ゆるりと位置が移っていき、ふたりは互いの濡れた唇を重ねた。じゅりじゅりと愛液にまみれた恥毛が絡んで快感をさらに高めていく。身体の裂け目からはとめどなく蜜がこぼれ出す。
「ゆび?」
亜弥が美貴にささやく。うなずいた。
様子を探るように花弁をなぞる。早く、早くと言わんばかりに美貴の浮いた腰が動き出す。
亜弥は左手で美貴の裂け目を開いた。そして紅く充血したその上に右手の指の腹を置き、こすりつけるように前後に動かす。
「はぁんっ」
美貴がびくっと背中を仰け反らせる。裂け目の上端で膨らむ芯に触れられるたび、声が漏れる。
- 436 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:06
-
にゅぷっ。亜弥の細い指が美貴の中へと差し込まれる。熱い。融けてしまいそうなくらいに熱い美貴の身体の中。
指をそのまま奥へと進めていく。進入するのに反応してきゅっと締めつけてくる感覚につられ、出し入れする指の速度が徐々に上がっていく。
ぐちゅり、ぐちゅり。やがて美貴の呼吸は荒くなり、溢れる蜜を混ぜられる音が聞こえ出す。
──みきたんの、みきたんの音ぉ。
亜弥はうっとりしながら美貴の中を指でかき回す。鼻にかかった美貴の声が大きくなる。
──みきたんが、みきたんがよろこんでるよぉ。
ぐっちゅ、ぐっちゅ、ぐっちゅ。とめどなく溢れる蜜の音がいやらしく部屋の中に響いている。
「あっ、あっ、あっ」
切り裂くような高い声で美貴が泣き喚く。それでも亜弥の指は容赦なく、大きなグラインドで美貴の中をうごめく。
美貴はもう、何も考えることができない。ただ快感を受け止めるだけの、淫らな肉塊になってしまっている。そして、そのことを少しのためらいもなく、よろこんでいる。
- 437 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:07
-
「あっ、あっ、ああっ、ああっ、ああ〜〜っ!」
絶叫した次の瞬間、がくりと力が抜けた。荒い呼吸だけが後に残される。
しばらく無言で横たわっていた美貴が、我に返ってうっすらと目を開ける。と、その鼻先に、亜弥はぐっしょりと濡れた自分の右手を差し出す。ぬらぬら光る指先を広げると、絡みついた蜜が糸を引いた。
「みきたん、ほらぁ」
えくぼをつくる亜弥は、その指をみずからの口元へと持っていく。そのまま、ちゃぷっ。口に含んだ。
「ふふ、みきたんのあじがするよぉ」
そう言ってウィンクしてみせる亜弥に、ゆっくりと半身を起こした美貴が返す。
「ねえ、わたしには亜弥ちゃんのあじ、味わわせてくれないの?」
「……いいよ」
ベッドのシーツにぺたりと座り込み微笑んでいる亜弥に、美貴はまっすぐ向き合う。
「それじゃ亜弥ちゃん、寝転がってくれる?」
「ん」
おとなしく横たわる亜弥の臍に、美貴はキスを落とした。そのまま、上へと駆け上がる。
- 438 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:08
-
両手で包むように亜弥の胸を揉む。自分の倍くらいのヴォリュームがありそうな、柔らかな塊。しっとりと吸いついてくるような肌の感触を楽しむ。
やがて遅れて唇がたどり着くと、くるくると舌先でその頂点を転がす。
「みきたん、くすぐったいぃ」
亜弥の笑顔に微笑を返すと、チュッと音をさせて唇を離し、隣の乳首へと顔を移動する。その間、唾液で光っているもう片方は指先でいじり回す。亜弥の呼吸が荒くなっていく。
つつっ。胸を味わい尽くした次はいったん臍に戻り、そして先へと進む。美貴は仰向けの亜弥に跨ると、そのまま肌を密着させた。上下を逆にして抱き合う、いわゆる69。亜弥の目の前には美貴の最もプライヴェイトな部分が露わになっている。
──きれいだなぁ、みきたんの色…。
ぽうっとなって眺めていると、自分のそこに触れる感触がした。最も敏感なところにいきなりショックが与えられ、思わず腰が撥ねた。
「やぁんっ」
声が漏れる。
- 439 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:08
-
「ちょっと、暴れちゃダメ」
自分のもうひとつの唇の方で、声がした。亜弥は甘えた声を返す。
「だってぇ」
「いいから、おとなしくキモチよくなっちゃいなって」
そう言って美貴は亜弥の花弁にキスする。そのまま、ちゅうっと吸いつく。
「ああン」
「もっともっと、よくしてあげるからね」
美貴は舌先で亜弥の花弁を広げていく。ザラザラとしたその感触が敏感な粘膜をこすり上げるたび、亜弥は湿った吐息を漏らす。
ぴちゃぴちゃ。美貴はわざと大きな音を立てて亜弥の裂け目をなぞっていく。
「ん〜〜〜」
押し寄せる快感の波に、亜弥は身をよじる。しかし美貴はしっかりとその動きを押さえ込み、舌を動かし続ける。最も弱い部分をさらけ出し、されるがままになっている。羞恥心と快感とが絡み合うように高ぶっていき、頭の中が真っ白になっていく。
- 440 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:09
-
「亜弥ちゃん、ココがいいんだよね」
美貴は伸ばした舌を亜弥の膣口へとねじ込んだ。そのまま、ぐるりと回転させるようにして、入り口の部分を刺激する。
「ひあああっ!」
声をあげて亜弥は震える。めいっぱい敏感になっていたところにさらに大きな快感を与えられ、思わず叫んでしまう。
「すごくかわいいよ、亜弥ちゃん。ピンクのひだひだがプリプリしてて、ゼリーみたい」
指で入り口を広げると、美貴はさらに奥深くへと舌を突き入れる。矢継ぎ早に襲ってくる衝撃に、亜弥は呼吸もままならない。
「ひいっ、ひいっ、ひい〜っ!」
本能のままに声をあげる。奥の方まで美貴の舌に侵されて、もう隠すものなど何もない。
「みきたぁん、おねがい、おねがいぃぃ」
潤みきった瞳で懇願する。もう、ぐちゃぐちゃにしてほしい。みきたんの思うがままに、このカラダをむさぼってほしい、と。
「どうしてほしいの? おしえて?」
尋ね返す美貴の目も、妖しく光っている。亜弥ちゃんのしてほしいこと、ぜんぶしてあげるよ、と。
- 441 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:10
-
「みきたんのゆびでぇ、おなかを、おなかを、いっぱい、かきまぜてえっ!」
息も切れ切れに、掠れた声で叫ぶ。瞬間、美貴の指が2本、亜弥の膣内にねじ込まれた。その衝撃に全身を貫かれて、亜弥はそのままの姿勢で硬直してしまう。「ぐぅ」と息が漏れる。
さらに美貴は、亜弥の芯をめくってそこにキスを浴びせた。指を動かすのと同時に、唾液と一緒に吸い上げる。
「ぁっ…ぁっ…ぁっ…!」
声にならない叫びが溢れ出す。なおも美貴は亜弥の身体の一番深いところをぐりゅぐりゅとかき回す。
「すごいよ亜弥ちゃん、いま世界でいちばんイヤらしくなってるよ」
しかし亜弥にその言葉は聞こえない。だらしなく開かれた口からよだれを垂らし、白目を剥いて、ただ、感じ続けている。全身が火照って熱の塊になり、カラダもココロも別のどこかへ飛んで行ってしまいそうになる。
「ほら、もっとキモチよくなって」
美貴は指の動きを限界まで速める。ぐりゅぐりゅぐりゅぐりゅ、膣の中のザラつきを思いきりこすり上げる。
- 442 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:11
-
足の指先までピンと伸ばし、背伸びをするような体勢で快楽を受け止めていた亜弥だが、やがてくたりと脱力してしまった。
「亜弥ちゃん?」
美貴が声をかけても、亜弥は反応しない。よだれを垂らしたまま、目を閉じ倒れている。
「イっちゃったんだ…」
つぶやくと、ゆっくりと指を抜き取ろうとする。でも亜弥の襞は美貴に吸いついたまま、離そうとしない。
ムリに引き抜くのをあきらめて、美貴はそのまま、優しく亜弥の身体を抱き締める。一段落ついて、気がついた。
「んはぁ…」
まだ下半身がジンジンしている。さっき亜弥に与えられた快感が、まだ尾を引いている。
「好きだよ、亜弥ちゃん」
そっとささやいて、目を閉じた。ふたり身体を重ね合ったまま、眠りにつく。
- 443 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:11
-
◇ ◇ ◇
- 444 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:11
-
──そわそわ。そわそわ。
うっすらと、声が聞こえる。裸で縋り合うふたつの身体を包み込む、雨のささやき声。
肌の湿り気が、ゆっくりと乾いていく。ふたりの身体から生まれた水蒸気が、宙へと還っていく。
無数の小さな風船が、空へと舞い上がっていく。幼い子どもの手を離れ、ゆらゆらと高みにのぼっていく。眼下の光景は次第に曖昧なものへと変化し、やがて分厚く天を覆っている雲の彼方へと消えていく。
雲を突き抜けた先にあるのは、無限の青空と雲海の合間で太陽だけが輝く世界。遮るものが何もないため、風はジェットの速度で駆け抜けていく。
ここは、上空2000m。
急激に冷やされて、水蒸気が凝固する。水滴が生まれる。質量に9.8の重力加速度がかかる。
雨粒は、落下運動をはじめる。勢いよく、スピードを増して、それは弾丸のように、地表めがけて軌跡を描く。
銀色のナイフが空気を切り裂く。無数のナイフは一斉に、景色を垂線で切り刻んでいく。
やがて終端速度で、雨は大地にぶつかる。濡れた大地はその衝撃にうめき声をあげる。
──そわそわ。そわそわ。
そして大地はゆるやかに、砂の粒子を解き放つ。雨粒と砂粒は溶け合って、なめらかに流れ出す。流れ着いた雨と砂がもたらすのは、鮮やかな緑。
- 445 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:12
-
ゆっくりと目を開けた。美貴はそっと、隣で眠る亜弥の顔を見つめる。
──そうだ、わたしは亜弥ちゃんにやわらかく降りそそぐ雨。
キスを落とす、肌に触れる、身体を濡らす。わたしは、亜弥ちゃんという大地を潤わせる雨。交わった先にあるものは、きっと鮮やかな緑。
雨はあなたの行動に制約を与える。とてもやわらかな束縛を与える。あなたと、わたし。銀色の檻の中で、暗い繭の中で、ひとつになって。
永遠なんて信じない。ひとつひとつ、今という鎖をつないでいくだけ。
ぴちょり。
亜弥のおでこにキスをすると、唾液が小さな音を立てた。
美貴は口元を緩め、そのままもう一度眠りにつく。
──そわそわ。そわそわ。
時間が再び、ゼロになる。テーブルの上の腕時計は、もう時を刻まない。そして雨は絶え間なく、ふたりの上に降りそそいでいく──。
- 446 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:13
-
_
- 447 名前:09 投稿日:2004/05/25(火) 23:14
-
09 縋(clinging)
>>406-446
- 448 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/05/25(火) 23:15
-
また卒業ですか。矢口+吉澤+5期+6期になるんですか。
ぶっちゃけ、ハロモニが無事ならそれでいいやー
>>398 ブラ。
>>399 それはちんこ生えたあいののを書けってことか。もう飽きたので、ヤです。
>>400 おめでとうございます、自分。
>>401 読者さんはしたないよ読者さん
>>402 このスレの品位を落とすようなレスはやめてください。ちんこ。
>>403 まずその股間にぶら下がっている醜いモノを切り落としてから来い!
>>404 おまえも切るワン
>>405 こうなりました。
- 449 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/26(水) 23:37
- すげぇ
- 450 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/27(木) 02:23
- 挙動不審になってる自分が嫌だ。
- 451 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/30(日) 14:48
- ハァハァしますた。
作者さんはもしや…
だって ウソ なんでもない
- 452 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:14
-
10 紡(spinning)
>>453-476
- 453 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:15
-
いつもなら気だるい月曜日の朝だが、学校をサボる決意をもう固めてしまっているせいか、とても輝かしいものに思えた。カーテンの隙間から覗く太陽は力強く、そのまま無限に回折を繰り返してこの世界の隅々にまで光を行き渡らせようと張り切っている。
ヒカリ。
昨日までの暗い繭のようなイメージは、もうこの部屋にはない。まっすぐ縦に走った光の裂け目。それは、羽化して外の世界へと飛び出す翼を想像させる。
「きれい」
ベッドに腰かけて窓を眺める美貴の隣で、亜弥がつぶやいた。視線を移すと、自分と同じようにカーテンの向こう側の輝きに目を細めている横顔。
──せやからね、光ってのは波と粒子の両方の性質を持っとるんよ。…ん? ああ、なんで生物の授業やのにウチは物理の雑談しとんのや。アカンアカン。
ふと、中澤がしていた話を思い出した。
- 454 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:15
-
波で粒子。なんだかよくわかんない。確か、まず光ってものが存在していて、それを人間は波の性質を持ってるから波で定義したり、粒子の性質を持ってるから粒子で定義したり、要するに、自分たちの知っている範囲のことで分析して解釈しているって話。なんだかよくわかんないものがなんだかよくわかんないままでいるのはキモチ悪いから、とりあえずよくわかることのレベルで考えていくっていう、アレ。
横顔が、こっちを向いた。
このヒトのコトも、よくわかんない。甘えん坊で勝手で臆病で。いろんな性質を持っているけど、確かなのは、自分にとっての──
「ひかり」
「?」
つぶやいた美貴に、亜弥は大きなクエスチョン・マークを浮かべて、怪訝そうに眉間に皺を寄せて首を傾げる。美貴は慌ててごまかして立ち上がる。
「おなかがすいたから、ごはんにしよう!」
「いいけど、みきたぁん…えっとぉ…」
「はいはい、もう一回ね。だいじょうぶ、食べ終わったらまたたっぷりするから」
からかうように美貴が言うと、亜弥は顔を真っ赤にしてそのままベッドに伏せてしまった。
- 455 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:16
-
◇ ◇ ◇
- 456 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:16
-
(──まぶしい)
手のひらをかざす。真っ赤に流れる、ボクの血潮。
ベッドに腰かけ、浮かせた足をブラブラと揺らしてみる。振動でふくらはぎがプルプルと震えた。なんだか、骨に遅れて肉がついてくる感じがする。
「──ん? や、なんでもないです。とにかく、そういうことで。申し訳ないんですけど。…ええ。ホンマにすいません。はい。…はい。…すいません。はい」
チラと真希の方を見やりながら、中澤は電話での話を続ける。謝りに謝り倒して、ようやく、受話器を置いた。
ふうっ、大きくひとつ溜め息をついた。そしてまっすぐ真希の方に向き直ると、ゆっくり近づいていく。
- 457 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:17
-
「後藤、今日はお前もウチもお休みや。朝ごはん、何がいい?」
声をかけられても、真希は足をプラプラと揺らせたまま。中澤が横から顔を覗き込んで、ようやく言葉を返す。
「ぱん」
「…ご飯党やないんか。ん〜…ええやろ、今朝はパンにしたるわ。えーっと、それじゃコンビニ行かんとな…。ジャムはイチゴ? ブルーベリー? ママレード?」
「みかん」
「…ママレードやな。わかった」
中澤は素早く上着を羽織ると、「おとなしくしとれよ」と真希に言い残して、玄関へと向かう。真希はそんな中澤の様子をじっと見つめながら手をひらひらと振る。バタン、と扉の閉まる音を聞くと、もう一度窓へと視線を移す。
(──まぶしい)
手のひらをかざす。それでも、眩しい。
目を閉じると、身体を包む光が暖かくて、なんだかくすぐったかった。
- 458 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:17
-
◇ ◇ ◇
- 459 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:18
-
同じ光を、保田は列車の中で浴びていた。高架を走る列車の窓からは、角を丸めた穏やかな光が直接飛び込んでくる。それでも通勤・通学ラッシュの車内にはエネルギーのベクトルが充満しているため、それを心地よいと感じるだけの余裕はない。終点に向かって加速していくボルテージを背中に、保田は街を眺めてやり過ごす。
白い光の中でぼやけるグレー。スカイラインは複雑な波を構成して地平線の彼方へと消えていく。
街を霞ませる太陽を見上げる。ただそこにある存在。地球の誕生から46億年間を、1億5000万キロメートル離れて観察し続けている存在。
今、頭上に輝いているあなたから見れば、この地上の小さな生き物のイザコザなんて、本当にちっぽけで取るに足りないことかもしれない。でもそのちっぽけなことこそが、今の自分たちにとってのすべてなのだ。
保田はそっと、みずからの右手を見つめる。水色の傘で後藤を殴った。アタシは今度こそ、物語の中に関わっていた。アタシは観察者じゃない。
そして列車は目的の駅に着いた。空気の抜ける音がして、ドアが開く。ホームへと降りる。
カツン。靴の底がコンクリートの地面を叩く音が、確かにした。
- 460 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:18
-
──カツン。
大勢の乗客の体重で、車両が揺れる。乗り込んだ客はそれぞれに、空間の隅っこへと小さくなってへばりつく。
朝の白い光はいつのまにか、夕方の赤い光へと変わっていた。
実習最終日の前日ということで、今日は早めに帰してもらえた。ガタ、ゴトと均等なリズムが奏でる子守唄を聴きながら、保田は真紅に染め上げられた街並みを見下ろす。
まるで、微熱に浮かされているみたいだ。次に日が昇るまで、冷たい夜の間も温度を失うことがないように、じっくりと熱を蓄えようとしている。
ゆっくりと、ゆっくりと、回復するのを待って。
- 461 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:19
-
アパートに戻り、家の鍵を挿す。開いている。
保田はごくりと唾を飲み込んで、ノブを回す。部屋の中にはまだ、わずかに紗耶香の匂いが残っている気がした。それが、胸を締めつけた。
床に乱暴にバッグを置いた。溜め息をついた。
机の上、フォトスタンドの下。1枚の紙切れが挟まれている。
『ありがとう。 市井紗耶香』
保田はその紙切れを小さく折りたたんで引き出しに仕舞った。
そのまま、力なくベッドに腰を下ろした。仰向けに倒れ込む。
目を閉じた。走馬燈なんて浮かんでこない。ただの虚空だけが見えた。眉間に思いきり皺を寄せて力いっぱい目を閉じてみても、変わらなかった。
そうして、ムリヤリ涙を絞り出したら、少しだけ軽くなった。これでよかったんだ、ただその言葉だけを心の中で繰り返した。
- 462 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:19
-
◇ ◇ ◇
- 463 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:20
-
まるで冬眠しているリスのように身体を小さく丸めて、真希は眠っている。わずかな寝息だけを立てて、すべての運動を静止させている。
中澤はベッドに腰を下ろし、真希の背中をそっとさすっている。
朝食をとり終え、真希は眠った。そして昼過ぎに昼食をとると、また眠った。おそらく、次に目覚めるのは夕食の時間だ。そして食べ終えたら、また眠るのだろう。
真希は眠りにつくまで、中澤の手を離そうとしなかった。起きると中澤に抱きついてくる。
「どしたん? まるででっかい子どもやんなぁ」
しかし真希は中澤の言葉にただ笑みを返すばかりだった。そして、中澤の腕をつかんだまま眠りにつく。
──ホンマに、子どもに戻ってしまったんやろか…?
紗耶香のことをリセットした瞬間、それまでの自分が空っぽになって、それで自分自身もリセットしてしまったということだろうか。随分都合のいい逃げ方やなあ、と思ってみたが、リセットしきれずに同じ過ちを繰り返そうとした自分のことを振り返り、そこで考えるのをやめた。
- 464 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:20
-
いつか読んだ本の中に書いてあったこと。人間という存在は、生まれながらにして錯乱している。
人間は他の動物と違い、未熟なままで生まれ落ちる。結果、視知覚は脳よりも早く発達し、過剰な情報を周囲から受け取ってしまう。そして、それは神経組織を連結・錯綜させ、脳の異常なまでの複雑化をもたらす。
禁断の実を食べた人類は、楽園を追放された。楽園──それは生態系のピラミッドや食物連鎖に代表されるような、自然の有機的な秩序。動物は本能で危険と安全を選り分け、その中を生きていく。だが、過剰な記号を受け止めた人間は“正しい本能”を見失っているのだ。見境のない欲動に衝き動かされながら、その狂気を理性というヴェールでひた隠しにして生きていくことになる。
「後藤…」
リセットしたとしても、人間は根源的に“狂って”いる。たとえ幼児に戻ったとしても、まとまりを失った身体として、再び苦しみの中でもがき続けることに変わりはない。
- 465 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:21
-
「逃げても、おんなじなんやってよ。そんなら、やり直すことなんてないやろ? 今までのままでもええやろ?」
背中をさする手に、つい力がこもってしまった。真希が目を覚ます。そして、口の中で小さくつぶやいた。
「ママ…?」
「オレはオマエのオカンかい!」
思わずツッコミを入れていた。真希はきょとんとした表情で中澤のことを見つめている。
ふっと鼻から息を吐くと、中澤は穏やかに話しかける。
「──なあ、後藤…。紗耶香のことは、もうしょうがないんや。ムリして忘れることなんてない。今のうちに思いっきりヘコんどいて、心がそれを撥ね返してきたら、その勢いにまかせてでっかくジャンプしたらええ。そやろ?」
「んー?」
真希は首をひねってみせる。中澤は構わず続ける。
「『いつかまた、ちゃんとしたカタチで逢えるといいね。そのときをオイラは楽しみに待ってるよ』──か。なあ後藤、ウチといっしょに、もうちょっと、がんばってみよか」
笑いかけた中澤に、真希も無垢な笑みを返した。中澤は真希の頭を抱き寄せると、髪をくしゃくしゃにして撫でた。そしておでこをくっつけて、小さく、でもしっかりとささやいた。
「信じとるで」
- 466 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:21
-
◇ ◇ ◇
- 467 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:22
-
夜が明けた。
亜弥と美貴は、それぞれ私服姿で家を出た。学校は2日連続のサボりになる。そんなこと、どうでもよかった。
昨日は一日中、家の中に閉じこもっていた。亀裂の入った繭の中で、ひたすら待っていた。そして、時が来て、ふたりは飛び出した。
家を出る直前、美貴は保田の腕時計の竜頭を押して、再び時を刻ませた。スタート。
亜弥が空を見上げる。厚い雲が空を覆っている。
「みきたん、傘」
言われて美貴は、2本の傘を用意する。真白な傘と、真紅の傘。白い方を亜弥に手渡す。
「行こっか」
並んで歩き出す。どこにも行くあてなどない。繭から紡ぎ出された糸は、ぐるぐるとあちこちを行き来して、鮮やかな模様を織り上げる。どんな模様になるかなんてわからない。でも、縦糸と横糸が楽しく過ごすことができれば、きっとその織物は、他のどこにもない宝物になるはずだから。
- 468 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:22
-
「結局、あいつら、サボりかい」
生徒たちのささやき声でザワついている体育館で、中澤はひとりボヤく。と、どこか覚束ない足取りで真希が中に入ってきた。中澤の姿を見つけると、するすると近寄ってくる。
「こらこら後藤、ウチんとこに来てどないすんねん。2年生は真ん中に集合やろ? あっちに並ばんとあかんで」
じっと中澤のことを見つめていた真希は、5秒ほど考え込んでからコクリとうなずくと、回れ右して整列しはじめている人ごみの中へと消えて行った。
「…ウチは結婚できないんとちゃうで、結婚せえへんだけなんやで、か」
誰にも聞こえないようにそっとつぶやいて白衣の襟を正すと、中澤は思いきり息を吸い込み、大声を張りあげる。
「ホラホラ、きちんと並ぶー! いっつも整列するのに時間かかって困っとるんよ、ウチらの苦労もわかってやー!」
- 469 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:23
-
整列ができると、朝礼がはじまった。
校長の挨拶の後、スーツ姿の女性が4人、壇上に立った。それぞれ教育実習に対する短い感謝の言葉を口にして、礼をする。
そして保田の番になった。中澤は猫のような鋭い目を凝視する。
しかし、その保田の視線は一点に集中していた。真ん中の2年生の列の、さらに真ん中。毅然と、まっすぐ立っている彼女に。
「短い間でしたが、とても多くのことを学びました。遠くから眺めているだけじゃダメで、皆さんと直接向き合って本音で関わり合っていくことがいかに大切であるかを知ることができました。本当にありがとうございました」
礼をする。お決まりの拍手が同じように浴びせられる。背筋をピンと伸ばし、誇らしげな保田に、中澤も誠意を込めて拍手を贈った。
拍手に混じって、体育館の天井全体を別の音が包みはじめた。
──そわそわ。そわそわ。
- 470 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:24
-
「あ、雨」
手のひらを広げて空を眺めていた亜弥がつぶやいた。
ぽつり、ぽつり。アスファルトがゆっくりと濃い色に染まっていく。埃が水分に触れたときの、あの匂い。
亜弥はポケットからハンカチのようなものを取り出す。それはいつかの、青地に白い水玉のリボン。
手早く髪をまとめると、亜弥はリボンで留める。「湿っぽいと髪がくっついてくるから、こうするの」と笑う。
そして白い傘を開いた。亜弥の白い傘が開かれたのを、美貴は初めて見た。
「みきたん、差さないの? 濡れちゃうよ?」
くりくりとした目で訊いてくる。美貴は、真紅の傘を開いた。ポツ、ポツと雨を弾く音がする。
- 471 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:24
-
白と紅、ふたつの傘が並んで歩き出す。銀色の弾丸が優しく景色を煙らせる中を、泳ぐように進んでいく。
「あたし、相合い傘はもうやめるね。自分の傘を差して歩く」
美貴は横でぴょこぴょこと揺れるポニーテイルを見つめる。リボンの水玉模様が雨に似つかわしくて、思わず微笑みを漏らした。
「ほら見てみきたん、こうすると、キレイだよ?」
そう言って亜弥はみずからの白い傘の端を美貴の紅い傘の端に重ねた。空のわずかな光を受けて、その部分が鮮やかなピンクになる。
「ホントだ。きれい」
「みきたんって興奮すると、その白い肌がこんな感じの色になるんだよねー」
からかう口調に、美貴は「こら」と軽く肩をぶつける。亜弥のポニーテイルが、また可愛らしく揺れた。
- 472 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:25
-
しかし、亜弥の横顔から笑みは消えていた。急な変化に、美貴は戸惑う。
「──亜弥ちゃん?」
「みきたん、あたしを許してくれるの?」
そっと覗き込んで、尋ねる。美貴が無言のままじっと見つめ返していると、たまらず、再び口を開く。
「あんなひどいことをしたあたしに、どうしてそんなに優しいの? ねえ、おしえて」
いつのまにか歩みは止まっている。立ち尽くすふたりに、小さな雨粒が降り注ぐ。傘がそれを弾く音が、ノイズとなってまとわりつく。
答えを、探る。雑音の中から声を聞き取ろうとするラジオのように、もどかしい時間。チャンネルがシンクロするのをガマン強く待つように。
- 473 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:25
-
腕時計が時を刻んでいく。そして、美貴は言った。
「わたしがそれでも亜弥ちゃんのことを好きでいる理由? ──そうだなあ…抱き合ってキモチいいカラダが好き。思わず見惚れちゃうような笑顔も好き。あと…」
「あと?」
眉間に皺を寄せて真剣に訊き返す亜弥。美貴も白い歯を見せた。
「自分がイヤだって思っているところをぜんぶわたしにさらけ出してくれた、そういう弱さと強さ、かな」
「弱さと強さ…?」
「あたしを信頼してくれてた、ってコト」
目を細めて美貴は笑ってみせる。その眼差しがあたたかくて、亜弥も口元を緩めた。えくぼが現れる。
今までさんざん振り回されてきた、亜弥のえくぼ。でもそれはもう、自分の脆さを隠すためのものじゃない。もう亜弥の脆さは十分受け止めてきたんだ、これ以上隠すものなんてないから。
- 474 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:26
-
傘を持つ右手が疲れて、美貴は左手に持ち替えた。肩をぐるぐる回して、凝りをほぐす。
──だって亜弥ちゃんは、わたしがいないと壊れちゃうから。それって、わたしがトクベツだってことでしょう?
わたしと、あなた。ふたりからはじまる世界。
ふたりの間には、距離がある。その距離を、言葉を使って埋めていく。言葉を積み重ねていった先で、ふたりは触れ合う。
わたしの言葉とあなたの言葉は本当は同じものではないのかもしれないけど、それでもわたしたちは思い通りにならない身体と言葉を信じて、思い通りにならない世界を生きていく。
- 475 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:27
-
「──みきたん、何ボーッとしてんの?」
気がつくと、どこか不安そうに亜弥が見つめていた。美貴は答える。
「だいじょうぶ。わたしは亜弥ちゃんといれば、とりあえずシアワセだから」
「『とりあえず』ってナニよぉ」
頬を膨らませる亜弥を置いて、美貴は歩き出す。慌てて亜弥は美貴に追いつくと、同じ歩幅で、同じリズムで隣を行く。そんなふたりを包み込む、芝生のように柔らかい雨。
梅雨がもうそこまで来ている。並んでいるふたつの傘は、淡いピンクの影を濡れた地面に落としながら、雨の季節の中を進んでいく──。
- 476 名前:10 投稿日:2004/06/03(木) 00:27
-
_
- 477 名前: 投稿日:2004/06/03(木) 00:28
-
ほら、
キミとボクを結ぶ絆はどこまでも続いている。
それは絹のようになめらかで、綿のようにやさしくて、紅のようにはげしくて。
もう、はなれないよ。
いつまでも。
きっと。
- 478 名前: 投稿日:2004/06/03(木) 00:28
-
─────。
- 479 名前: 投稿日:2004/06/03(木) 00:29
-
『リキッドチェイン』 終
- 480 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/06/03(木) 00:29
-
>>449 何が?
>>450 そうか、がんばれ。
>>451 なぜにガタメキラ?
リキッドチェインはこれでおしまいです。長い間応援ありがとうございました。そして自分、お疲れ様でした。
なお、来週からは新垣&6期主演によるミュージカル『オガの魔法使い』がはじまります。
- 481 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/06/03(木) 00:30
-
ウソです。
- 482 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/06/03(木) 01:01
- 良かった
すごく良かった!
- 483 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/03(木) 23:26
- ほんとに面白かった。
素敵な物語をありがとうです!!
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/04(金) 20:13
- コレはウソだけどオガの魔法使いが楽しみで夜も眠れません
- 485 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/05(土) 12:23
- 感動をありがとう
- 486 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/06(日) 01:04
- 毎回ハラハラドキドキムラムラ大変だったよ。
お疲れさま、ありがとう。
- 487 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 21:22
- いつのまにやら終わってましたか…。
毎回激しく楽しみにしておりましたので、終わってしまうとなると残念です。
が、素晴らしい作品有難うございました!
お疲れさま。
- 488 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/06/19(土) 20:54
-
>>482 どうも すごくどうも
>>483 どういたしまして。
>>484 昼寝をすれば大丈夫。
>>485 感想をありがとう
>>486 そちらこそいろいろとお疲れさま。
>>487 いつのまにやら終わっててごめんなさいね。
コテハンゼロで気の利いたレス合戦ができたことを、心から感謝します。
読者さんとのやりとりが本当に楽しかった。ありがとう。
- 489 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/06/19(土) 20:54
-
それでは、カムアウトがわりに短編を一発。
- 490 名前:1レス目 投稿日:2004/06/19(土) 20:55
-
ブラックジャック (original ver.)
- 491 名前:2レス目 残り20′00″→19′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 20:55
-
『ジバクソウチ ガ サドウ シマシタ。バクハツ マデ アト20プン デス。ジョウキャク ノ ミナサン ハ スミヤカニ タイヒ シテ クダサイ。クリカエシ マス。バクハツ マデ アト20プン デス…』
豪華客船・クィーンナカジェリーヌ31世号じゅうに響き渡る大音量の放送。優雅なヴァカンスを楽しんでいた人々は、突然の警告にざわめき、静まり、その内容に耳を傾ける。
そして次の瞬間、船内は一気にパニックとなった。避難する人々で通路はすし詰め状態になる。われ先にと押し合いへし合い、必死に甲板の救命ボートを目指す。誰もが憧れる“海のホテル”も、これではカタなしだ。
「梨華ちゃんがいけないんだよ! あたしのコードネームをミッション中に人前で口走るなんて、それでもMI5のエース!?」
「なによ、ちょっとポロッて口がすべっただけじゃない。そんなに怒んないでよ」
「怒るよ! 極秘の捜査だったのに!」
諜報機関・MI5(Morning Intelligence 5)のエージェントである“ブラック(地黒なので)”こと石川梨華と、“ジャック(男前なので)”こと吉澤ひとみ。ふたりはクィーンナカジェリーヌ31世号が悪の秘密結社・KGB(ケメコ・グレート・ビューティ)の工作船であるという極秘情報を得て、その事実を確認する任務を命じられて乗船していたのだ。
「でもこれでこの船があいつらの工作船だってハッキリしたじゃない。ポジティブポジティブ♪」
「ざけんなよ! 自爆装置が作動してんだぞ! ああ、こんなこと言ってる間にも時間が経っていく…」
「あと19分だよ、よっすぃー」
- 492 名前:3レス目 19′00″→18′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 20:56
-
「…こんな緊急事態に、なにニコニコしてんだよ」
ジロリと睨みつける吉澤。しかし石川はケロリと涼しげな表情で返す。
「え? だってさ、ピンチを切り抜けたふたりは結ばれるってよく言うじゃない。えーっとぉ、“つり橋効果”だったっけ?」
「はぁ…こんなのがウチのエースだなんて…。あたし転職考えよっかな…」
吉澤はがっくり肩を落とす。それでも石川の笑顔は変わらない。携帯通信装置を胸元から取り出すと、画面を見て声をかけてくる。
「あ、ほら待ってよっすぃー。本部から指令のメールが来てる。えっと、なになに…『ゴットー王朝の姫がお忍びでクィーンナカジェリーヌ31世号に乗船している。姫の安全を確保せよ』だって」
石川の言葉に、吉澤の顔つきはにわかに真剣なものへと変わる。
「ゴットー王朝…? ってことは、マッキンガム宮殿の──ああ、“笑わん姫”ね」
「うん、プリンセス・マキ。生まれてから一度も笑ったことがないってウワサ、ホントなのかなあ?」
「知らない。とにかく、探してみなきゃね」
気を取り直して、吉澤は避難する人々の流れに乗る。石川もすぐその後ろをついていく。そして、ふたりの会話にこっそりと聞き耳を立てていた小柄な金髪の女──矢口真里は、口元に薄く笑みを浮かべた。
「笑わん姫が乗ってるのか…。もしかしたら、こりゃ特ダネになるかも…」
着ているコートのポケットからデジタルカメラを取り出す。そして小さな身体を人ごみの中へとねじ込んで、ふたりの後をつけはじめた。
- 493 名前:4レス目 18′00″→17′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 20:57
-
甲板に出た吉澤と石川は、目の前の光景に息を呑んだ。救命ボートに乗り込もうとする人の波がびっしりと視界を埋め尽くしている。
とりあえず吉澤は石川を肩車して様子を探ると、ターゲットは運良くすぐに見つかった。お忍びといってもお姫様だけあって、その見事に着こなしたドレス姿は、周囲に特別な空気を振りまいている。
「いた」
「じゃ、早く誘導しないと」
「えー、でもぉ…」
「なに?」
「わたしのふとももの感触、よっすぃーにもうちょっと味わっていてほしいんだけど」
「うぜぇ」
吉澤は石川を投げ捨てると、まっすぐに姫の元へと向かう。石川も空中で華麗に一回転して着地すると、後を追った。
「プリンセス・マキ、ご無事ですか?」
しっとりと落ち着いた声を吉澤がかける。不安そうな顔つきの姫が振り返った。そして返事をしようと口を開いたとき──
「パパラッチはお断りだべさっ! パパラッチなんて、なっちゆるさないよ!」
突然、隣にいた背の低い執事が体当たりをしてきた。吉澤も石川もその剣幕に呆気にとられていると、姫が横から尋ねてくる。
「あなたたち、何者?」
「えっと…」
「正義の味方です♪」
言いよどんでいる吉澤を押しのけ、MI5のIDカードを提示しながら石川が笑顔で答える。慌てて、吉澤もカードを取り出す。
「姫の安全確保を命じられました」
「なるほど、MI5ね。わかりました。私は執事の安倍なつみです」
執事はうってかわって落ち着いた態度になる。姫はその後ろで、ジロジロと吉澤たちのことを眺めている。
「とにかく、ここにいては危険かもしれません。確実に脱出できる他の方法を考えましょう」
- 494 名前:5レス目 17′00″→16′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 20:58
-
「アイツらMI5だったのか…。こりゃ厄介だなあ…」
こちらは正真正銘のパパラッチ、矢口。スクープを求めてついてきたはいいが、手ごわい相手に辟易気味。おまけに自爆まであと17分を切っている。ノロノロしているとマズいことになる。
「残り10分くらいまでは粘ってみるか」
つぶやくと、人ごみを必死にかき分けて甲板を去る姫たちの後を追う。
「おっと、ごめんよ」
途中で肩がぶつかった。相手の少女はおびえてビクッと震える。そのままぺたりと尻もちをついた。しかし矢口は気づかず行ってしまう。
「だいじょうぶ?」
手を差し伸べたのは、別の少女。八重歯を見せて笑いかけるその少女は、自分と同じ髪型をしていた。
「わたしは辻希美っていうの。“のの”って呼んでね。あなたは?」
「加護亜依。“あいぼん”でいいよ。」
加護も笑顔を返す。が、すぐに暗い表情になり、ぽつりと漏らした。
「…ねぇのの、みんな自分が助かることしか考えてない。なんとかできないかな?」
「えっと…、『タイタニック』って映画じゃ、バイオリンを弾いてる人たちがいたけど…」
辻の言葉に、加護の顔がパッと明るくなる。
「それだよ! うちらふたりで歌をうたって、みんなの心を和ませるの!」
ふたりは互いを見つめてうなずくと、手をつないで歌い出す。
聞こえてきた柔らかなハーモニーに、人々の足が止まった。混乱していた人の流れはスムーズになり、脱出作業がみるみる進んでいく。
ちなみにこのことがきっかけで、ふたりが“双子じゃないのに双子みたい”というコンセプトでデビューすることになるのは、また別の話である。
- 495 名前:6レス目 16′00″→15′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 20:59
-
「姫、こっちです」
吉澤に手を引かれ、姫は甲板から脱出した。もはやすっかりもぬけの殻となったロビーに移動したところで、一息つく。
「ちょっと、いつまで手を握ってんのよ」
石川の言葉で気がついた。慌てて吉澤は姫の手を離す。姫は無表情のまま、吉澤の顔をじっと見つめる。
どことなく微妙な雰囲気が漂っている。吉澤を見る姫、不審そうな目でその様子を観察する石川。コーチャクジョータイ。
「あのー、爆発を止めることってできないんだべか?」
すっかり固まった空気を割って、田舎くさいイントネーションで執事が尋ねる。突然の大胆な提案に、吉澤は重い口調で返す。
「さあ…やってみないとわかりませんが、リスクが大きすぎると思いますよ」
「でも、爆発させなきゃみんな助かるんだよ? したらやってみるべきっしょ」
執事の鼻息は荒い。吉澤は必死で諭す。
「落ち着いてください。あと15分ちょっとしか時間がないんですよ。脱出する方法を考えた方が…」
「わたしもなっちに賛成だな」
姫が毅然と言った。吉澤は怪訝そうな視線を送る。が、姫は気にせず続ける。
「脱出できたとしても、爆風に巻き込まれたらオシマイだよ? それより、みんなと一緒に助かる方に賭けてみたいな」
「待ってください、どこに爆弾が仕掛けられてるかわかんないのにそんなの…」
「へーきだよ。あなたたち、わたしを守るのが任務なんでしょ? わたしはあなたたちのこと、信じてる。だから、ちゃんと、守ってみせて」
姫はじっと吉澤の目を見つめる。手を伸ばすと、ぎゅっと吉澤の手を握った。
- 496 名前:7レス目 15′00″→14′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:00
-
そして姫は、つややかな唇をそっと動かして、言った。
「おねがい」
「は……はい…」
これが姫の持っているオーラなのだろうか。吉澤は透き通った瞳に見つめられて身動きを取ることができなくなっていた。唯一できたことは、コクリと首を縦に振ることだけだった。
姫は吉澤がうなずいたのを見て、ほんの少しだけ、口元を緩めた。“笑わん姫”の微妙な表情の変化。漂うあどけなさと溢れる気品に、吉澤の胸は思わずドキリと高鳴った。
──ガタンッ!
周囲を包んでいる華やかな空気を、突然、椅子の倒れる音が切り裂いた。
吉澤は慌てて、音のした方を振り向く。そこには、うつむき加減でじっと床を見つめている石川が立っていた。
「梨華ちゃん…」
怒りのせいか、ゆらり、蜃気楼のようにアトリウムの向こうの背景がゆらめいて見える。顔に出してはいないが、心の中で嫉妬の炎がメラメラと燃えているのがわかる。冷や汗が、吉澤の全身に吹き出る。
しかし石川は吉澤には目もくれず、スタスタと大股で歩き出す。そのまま振り返らずにエントランスの方まで行くと、ぶっきらぼうに言い放った。
「わたし、ちょっとアタマ冷やしてくる」
「どうしたんだべか? トイレ?」
まったく空気の読めていない執事が、能天気な口調で尋ねる。石川は三人に背を向けたまま、アトリウム中に響き渡る大声で叫んだ。
「しないよ!」
- 497 名前:8レス目 14′00″→13′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:01
-
「バカ! バカ! よっすぃーのバカ! なによ、人の気も知らないでデレデレ鼻の下伸ばしちゃって!」
ブツブツ文句を言いながら、石川はひと気のない通路を大股で歩いていく。
その様子を柱の陰から眺めていたパパラッチ矢口は、首をひねる。
「MI5が二手に分かれた…。いったい、どうするつもりなんだ?」
そして石川は、矢口の疑問をよそに通路の奥へと消えて行った。そのまま、戻ってくる気配はない。
「…まあいいや。とりあえず、姫の様子を見てみるか」
矢口はデジカメを構えると、ロビーの中をそっと覗き込む。
「おっ、これはこれは…」
目の前で繰り広げられているのは、まさに密会現場といったカンジの光景。
姫は身を乗り出してエージェントの手を握っている。熱っぽく潤んだ瞳で見つめられ、そのエージェントは頬を赤らめている。そして執事はその光景を「いやー、頼りになるスパイさんだべ」なんて言いながら、のん気にニコニコ微笑みながら眺めている。
「よっしゃ、いただき!」
矢口がシャッターを切ろうとした瞬間だった。
「きゃ〜〜〜〜〜っ!!」
耳をつんざく超音波が船内いっぱいにこだました。
「ひゃあっ!?」
つられて矢口も悲鳴をあげる。思わずデジカメを床に落としてしまう。
「しまった!」
叫んだところでもう遅い。急いで拾い上げてもう一度構えるが、姫たちはすでにさっきの声に反応してこちらへと向かってきていた。
矢口は慌ててドアの陰に隠れる。小さな身体が幸いしてか、姫たちは矢口の存在に気づくことなく、そのすぐ脇を素通りして走り抜けて行った。
- 498 名前:9レス目 13′00″→12′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:02
-
「梨華ちゃんっ!?」
叫び声の方向へと走る三人。その先には、“REST ROOM”の文字。「やっぱトイレだべ」とつぶやく執事をよそに、吉澤はそのドアを蹴破った。
そこには、床にへたり込み、個室のひとつを指差して震えている石川がいた。
「梨華ちゃん、しっかり!」
「さ、さ、貞子がいる…」
はぁ?と思って石川の指の先を見る。便座に腰かけていたのは、黒く長い髪で顔が覆われている女性だった。
「ひゃあああっ!!」
吉澤と執事も悲鳴をあげる。が、姫だけは冷静だった。その女性に近づくと、顔を確認して言う。
「船長の飯田さんだよ。船に乗るときアイサツしたから覚えてる。制服着てるし、まちがいないよ」
よく見ると、上半身をロープで縛られていた。何者かに捕まって気絶していたのだろう。
吉澤と石川はロープを手早くほどいていく。
「…あ! プリンセス・マキ!」
うっすらと目を開けた船長は、姫の姿を目にして我に返った。吉澤と石川はすぐにIDカードを提示し、事情を尋ねる。
「えっと、忍者みたいな二人組に襲われて…それで気を失う直前、顎にホクロのある女が現れて、自爆装置を仕掛けるって…」
「ドクターケイだ!」
飯田船長の言葉に、吉澤と石川は互いの顔を見る。
ドクターケイ。国際指名手配されている、KGBのキング。自爆装置で船内が混乱している隙に脱出するつもりなのだろう。
「ねえ、その自爆装置って、どこにあるのかわかる?」
姫の問いに、船長は少し考えて答える。
「機関室だと思います。あそこなら燃料タンクが近いから、被害を大きくすることができます」
「船長、そこへのルートを教えてください!」
- 499 名前:10レス目 12′00″→11′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:03
-
トイレを出ると、全員早足で通路を移動する。
「ルートは複数あるけど、どんなのがいいの?」
船長の言葉で、吉澤と石川は考える。用意周到な相手のことだ、ふつうに通してもらえるとは思えない。おそらく、すべてのルートに何らかの足止めがされているのは間違いない。
「こっちから攻め込むわけだから、なるべく広い通路がいいですね。一番広いのはどれです?」
コントロールルームに到着した。室内に入ると、船長はコンピューターのキーをたたく。
「これを見て」
ディスプレイに映し出された、クィーンナカジェリーヌ31世号の図面。現在位置と機関室が赤い光で示されている。そして、そのふたつをつなぐ赤いライン。
「この、倉庫の脇を通るルートかな。道順もわりとまっすぐだから、見通しも利くはず」
吉澤はそっと、腰にさげたジャックナイフに触れる。戦いの予感に小さく身震いする。
「──ねえ、私も連れてってよ」
姫の声。突然の言葉に、石川も吉澤も目を丸くする。
「爆弾を探すんなら、人手が多い方がいいよね。私も連れてってよ」
守る相手を危険にさらずボディガードなんているはずがない。石川が食ってかかる。
「ナニ考えてんのよ! わたしとよっすぃーで十分だからおとなしくここで待ってなさいよ!」
「じゃあここに残されてる間に私が襲われたら? 言い訳できないよ」
「う…」
言葉に詰まっていると、横から執事が追い打ちをかけてくる。
「そうだべ、なっちだけじゃ不安だべ。スパイさんと一緒の方が安全っしょ」
「ちょっと、ふざけないで!」
「本気だから」
睨み合う姫と石川。あと、11分。時間は刻々と過ぎていく。
- 500 名前:11レス目 11′00″→10′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:05
-
「ちきしょ、せっかくの密会現場、高く売れただろうに…」
姫たちはさっきの悲鳴でロビーを飛び出して行ってしまった。ドアの陰でモタついている間に見失ってしまい、矢口はひとり通路をさまよう。
それでもなんとか気を取り直して、姫たちが去っていったと思われる方向へ歩き出す。残り時間はわずかだが、せっかくつかみかけたチャンス、ここで無にするにはあまりに惜しい。なんとか再び近づいて、決定的瞬間を押さえてやる──そう固く決心する。
「どこだ、どこ行ったんだ」
早足で歩き回っているうちに、非常階段に出た。もしやと思いそっと耳を澄ませると、微かに物音が聞こえた。
「よっし!」
小さくガッツポーズをとると、矢口は足音を殺して器用に階段を下りていく。物音はだんだんハッキリしてくる。
「このフロアか!」
扉を開いて、中に入る。抜き足、差し足、音に向かってゆっくり近づいていく。
やがて、物音に混じってしゃべり声が聞こえてきた。矢口は部屋の中に身体を滑り込ませると、聞き耳を立てる。
「……だよ、あやちゃん」
「いいでしょ、みきたぁン」
なんじゃこりゃ、と思いつつも、声の主をそっと覗いてみる。
「ちょっとだけだからぁ、ねぇ」
「ダメ。今は仕事中だから、ぜんぶ片付くまでは、がまん」
倉庫の中、ふたりのくノ一がイチャついている。片方が抱きついてキスしようと必死に唇を伸ばしていて、もう片方はそれをやんわりやりすごす。とても非常事態とは思えない光景。
そのとき突然、気配を察してくノ一が振り向いた。
「誰!?」
あんぐりと口を開けて見ている矢口と、目が合った。──見つかった!
- 501 名前:12レス目 10′00″→9′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:05
-
「姫、念のためあたしから離れないでくださいね」
「うん」
ぎゅっ。と姫は吉澤のシャツの裾を握り締める。その仕草を見て石川は眉をひそめた。
「梨華ちゃん」
「わかってるよ」
乱暴に石川が答える。コンビネーションは最悪の状態。吉澤は小さく溜息をついた。
一行は、注意深く機関室へのルートを進んでいく。いつ、どこで敵やトラップに出くわすかわからない。慎重に歩を進めていく。
やがて、倉庫の辺りにたどり着く。もう少しだ、そう思ったとき、いきなり目の前の扉がバタンと開かれた。
「みきたん、なんでこんなところにパンピーが紛れ込んでるの?」
「わかんない。ジャマされちゃ迷惑だからね、おとなしく眠っててもらおうよ」
現れたのは、二人組のくノ一。気絶させたパパラッチ矢口を引きずって、通路に出たところでこっちを振り向いた。
「──! お前らっ!」
反射的に吉澤はジャックナイフを取り出し、飛びかかる。すぐにくノ一コンビも気づき、手裏剣を投げつける。
「危ない、下がって!」
石川は姫と執事を背中に隠す。そして内ももに隠した拳銃を取り出し、身構える。
「MI5か!」
くノ一は二手に分かれて一気に吉澤に襲いかかる。数的に不利な状況に追い込まれ、吉澤は飛びのいて体勢を立て直す。
まっすぐに向き合う。距離をとり、互いの隙を探り合う。
「KGBの特殊工作担当──アヤとミキだな」
「ご存知とはありがたいね、ブラック&ジャック」
「こっちこそ光栄だね」
口では余裕を見せる吉澤とくノ一・ミキだが、じりじりと間合いを詰めて、踏み込むタイミングを計っている。
- 502 名前:13レス目 9′00″→8′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:06
-
「せっかくみきたんといいカンジだったのに。…許さない」
言うやいなや、もうひとりのくノ一・アヤが吉澤の懐に飛び込んできた。短刀を逆手で握ると、アッパーカットの要領でノドを狙う。
吉澤は間一髪、仰け反って刃をかわす。だが次の瞬間にはワイヤーを手にしたミキが目の前に現れていた。
ミキは大きくジャンプして、吉澤の頭上を宙返りで飛び越える。その拍子にワイヤーでつくった円の中に吉澤の頭部をすっぽり入れてしまい、着地と同時に首を締め上げる。
「ぐうっ!」
吉澤はノドに食い込むワイヤーをはずそうと必死でもがく。しかし背中合わせにミキは吉澤の身体を持ち上げる。吉澤の足が完全に地面から浮き上がった。そしてミキはさらにきつく締めつける。
「よっすぃーっ!」
石川は構えた拳銃の撃鉄を起こすが、撃てない。ミキを狙えば、身体を密着させられている吉澤にまで危険が及んでしまう。
「ワタシとみきたんのジャマをした罰だから」
動揺する石川の姿を目にして、クスクスと笑ってみせるアヤ。端整で冷酷な笑顔。
石川は必死の形相で睨み返す。姫と執事はその後ろで、あっという間の急展開に震えている。
「あなたたちもすぐに楽にしてあげる。──あ、いくよっ!」
アヤは短刀を手にダッシュした。拳銃ではとても間に合わない加速力。
タイミングを計ると、石川は思いきり左脚を高く上げた。
「Y字バランスキック!」
かかと落としの要領で、アヤの短刀を蹴り落とした。カランカラン、通路に金属音がこだまする。
今度は右脚を鋭く振り抜く。アヤの脇腹にヒットすると、そのままアヤの身体は吹っ飛んで、吉澤を締め上げているミキにぶつかった。
「ジャストミート!」
- 503 名前:14レス目 8′00″→7′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:07
-
一瞬の隙が生まれ、吉澤はワイヤーをはずすと素早くジャックナイフの柄で、飛んできたアヤの首筋を叩いた。ガクリ、気を失うアヤ。
「てめえっ!」
ミキは手裏剣を投げつける。吉澤は余裕でかわすが、飛んでいく先を見て青ざめた。手裏剣はそのまままっすぐ、姫と執事めがけて一直線に向かっていく。
「あぶない!」
絶叫するが、もう遅い。姫と執事は抱き合って「ひっ」と固く目をつぶった。
しかしふたりが再び目を開けたとき、身体に痛みはなかった。そのかわり、目の前で倒れていたのは──
「梨華ちゃん!」
吉澤は慌てて駆け寄り、その手を取る。うっすらと目を開け、石川はつぶやく。
「ひとみちゃん……愛してゆ…」
そのまま、力なく、目を閉じた。
「ちくしょうっ!」
逆上した吉澤はミキに飛びかかる。しかし怒りで何も見えなくなった吉澤の動きは単調で、攻撃はことごとくかわされる。
焦ることで隙が生まれる。ミキは素早くしゃがむと吉澤に足払いを食らわせる。不意を突かれた吉澤が倒れると、ミキはその上に馬乗りになる。そしてもう一度ワイヤーを取り出した、そのとき。
──ゴンッ。
鈍い音がした。見ると、どこから持ってきたのか、姫と執事が一緒に1本の鉄パイプを手にして構えていた。
「やった…やったべさ」
「う、うん、やった」
震える声でうなずき合う。
その光景をしばらく茫然と見つめていた吉澤だったが、気絶しているミキの身体を押しのけると、立ち上がってふたりに声をかける。
「機関室へ急ぎましょう! あと7分、早く自爆装置を解除しないと!」
- 504 名前:15レス目 7′00″→6′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:08
-
機関室の中に駆け込むと、それはすぐに見つかった。ピッ、ピッと無機質な音でリズムを刻む、自爆装置。
吉澤はすぐに解除作業に取りかかる。姫と執事は心配そうに、固唾を飲んで見守る。
1秒ごとにデジタルの赤い時間表示が変化していく。焦る心を抑えて作業に集中するが、装置のカバーを開けて、吉澤は素っ頓狂な声をあげる。
「な、なんだこりゃ?」
「…どうしたの?」
姫が尋ねると、唇を噛み締め、悔しそうに吉澤は答えた。
「こいつ、直接解除ができないようになってます。仮にできたとしても、これじゃ多分時間が足りない。ここにアンテナがついてるから、おそらく外から無線信号を受けたときだけ止まる仕組みなんでしょう」
「じゃあどうすればいいの?」
「こうなったらもう──ドクターケイを倒すしかない」
決意を込めた声で言うと、吉澤は機関室を飛び出す。そして通路で振り返ると、姫に優しく声をかけた。
「姫、これ以上は危険です。ここはあたしに任せて、できるだけ遠くへ逃げてください」
「待ってよ! わたし、役に立てるよ? さっきだって、わたしたちがんばったよ?」
「時間がないんです。あたしの仕事はあなたを守ること。だから、もう一緒に行動するわけにはいきません」
吉澤の言葉に姫はうつむく。執事が背中をそっと抱くが、首を横に振ってさえぎる。
「早く甲板に戻りましょう。1分でも早く脱出しないと」
うつむいたままで姫は小さくうなずくと、力なく歩き出す。吉澤は石川の、執事は矢口の身体をそれぞれ背負ってその後を追った。
- 505 名前:16レス目 6′00″→5′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:09
-
甲板に出ると歌声が聞こえてきた。女の子ふたりのハーモニー。思わず聞き惚れてしまいそうになるが、もう時間がないことを思い出し、ぶんぶんと頭を振って我に返る。
コントロールルームから船長も合流してきた。みんなで頭脳をフル回転させて、脱出方法を考えることにする。
と、話し合いをはじめて間もなく、突然吉澤のお腹がグーッと鳴った。そういえば、今日は朝からずっと捜査していて、満足にご飯を食べていなかった。
「おなかすいてるの?」
姫が尋ねてくる。吉澤は懐からベーグルを取り出してみせる。いつも持ち歩いている、いざというときの非常食。
「あ、そうだ。浮き輪」
ベーグルを見て、姫が言った。突然のアイデアに、吉澤は目を丸くして「それだ!」と叫ぶ。
あまりに大きな声だったのか、ハーモニーが途切れて、歌っていた女の子ふたりがこちらにやってきた。髪型も身長も同じで、まるで双子のようなコンビ。
吉澤はふたりに声をかける。
「きみたち、逃げ遅れたの?」
すると、黒目がちな方がはにかんだ笑みを浮かべて答える。
「歌をうたって脱出するのを手伝ってたんだけど…」
「ついつい夢中になっちゃって、逃げ遅れちゃった」
八重歯の方が付け加えた。
「じゃあこちらの姫と一緒に脱出するといいよ。ふたりとも、できるだけたくさん浮き輪を探してきてくれる?」
ふたりは吉澤の言葉にうなずくと、ちょこまかと走り回って浮き輪をかき集めはじめる。その姿に、「なっちも手伝うべ!」と執事も走った。
姫・船長・吉澤はそうして積み上げられた浮き輪をロープで縛り、イカダを組み立てていく。急ピッチで作業は進められていく。
- 506 名前:17レス目 5′00″→4′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:10
-
「ん…あれ…?」
海風に頬を撫でられて、矢口は目を覚ました。パチパチとまばたきをすると、むっくり半身を起こし、キョロキョロ辺りを眺める。
「あ、気がつきました?」
作業の手を止め、吉澤がやってきた。姫の密会相手でMI5のエージェント──矢口は思わず、びくりと震える。
「ひどい目に遭ったんですね。でももう大丈夫ですよ。今、脱出用のイカダをつくってますから、みんなと一緒に乗ってください」
にっこり笑顔で言うと、吉澤は作業に戻る。矢口は「あ、うん…」と曖昧にうなずくのがやっとだった。
エッサホイサと浮き輪を持ってくる女の子ふたりと執事。作業に不向きなドレスの袖をまくり、一生懸命に吉澤と船長を手伝う姫。甲板に降りそそぐ穏やかな日の光を浴びながら、矢口は考える。
今、自分がすべきことって、なんなんだろう。少なくとも、スキャンダラスなスクープ記事のネタを探すことでないのは確かだ。じゃあ何をすれば、この人たちの役に立てるのだろう。
「できたぁ〜っ!」
黄色い歓声があがった。見ると、浮き輪のイカダが完成し、女の子ふたりと執事が手を取り合って喜んでいる。
「よいしょっ!」
全員でイカダを持ち上げると、そのまま海面に降ろす。そしてロープでつくっておいた縄梯子を甲板から垂らし、辻加護、執事、姫と順にイカダに乗り込んでいく。
「あなたも乗ってください」
「う、うん」
促されるままに、矢口もイカダへと移る。
そして最後に船長が乗り込んだ。クィーンナカジェリーヌ31世号には吉澤だけが取り残される。
- 507 名前:18レス目 4′00″→3′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:11
-
いよいよ、別れの時。姫は吉澤をじっと見つめるが、その表情は暗く沈んでいる。
「姫!」
甲板から吉澤が呼びかける。姫はそれに反応し、咄嗟に叫んだ。
「約束、守ってくれたね! またわたしがピンチになったら、助けに来てくれるよね!?」
「必ず行きます、未来のクィーン!」
「──あはっ。」
吉澤の言葉に、姫は、生まれて初めての精一杯の笑顔を返した。
──パシャッ。
矢口は最高の笑顔をカメラに収めた。密会現場なんかよりも、ずっとずっとステキな写真。
ほっ、と息をついた矢口に、双子みたいな二人組がするすると近寄ってきた。
「あのー、うちらのことも撮ってください」
「…いいよ」
そして矢口はカメラを構える。辻は右手、加護は左手を互いに肩から指先までくっつけて伸ばし、ピースサインをキメる。
そんなふたりの姿を目にして、横から船長が声をかけた。
「ふたりとも、今日は大活躍だったね。船長としてお礼を言います。ありがとね」
ファインダー越しにふたりの笑顔を眺めながら、矢口は尋ねる。
「へえ、どんな大活躍だったの? あなたとあなたの話、詳しく聞かせてくれる?」
するとふたりは満面の笑みで、胸を張って答える。
「のんとあいぼんでぇ、歌をうたってみんなが逃げるのをたすけたんです」
「ふぅん。ちょっとさ、歌ってみてよ」
「いいですよ──」
ちなみにこのときの矢口の取材がきっかけで、“双子じゃないのに双子みたい”なふたりが一気にブレイクすることになるのは、また別の話である。
- 508 名前:19レス目 3′00″→2′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:12
-
ヘリの音が近づいてきた。吉澤は甲板に安置された石川を一瞥する。ぎゅっと奥歯を噛み締めると、背を向けた。そのまま、船の外壁をよじのぼりはじめた。
残り時間はあと3分を切った。──最後の戦い。絶対にドクターケイを倒して、自爆装置を解除しなければならない。
ロッククライミングのように、腕に力を込めて全身を持ち上げる。何度も繰り返すうちに、ついにヘリポートにたどり着いた。
見上げれば、縄梯子を垂らしたヘリが上空でホバリングしている。そして、その真下にいるのは、マントを風にはためかせているKGBのキング・ドクターケイ。
「動くな!」
ジャックナイフを構えて、叫んだ。ゆっくりと、ケイが振り返る。
「ドクターケイ、お前を逮捕する!」
「威勢がいいわね、坊や」
ケイは獲物を見つけた猫のように目を細めた。ぞくり、イヤな予感が全身を駆け抜け、背筋が震えた。
まっすぐに吉澤の方に向き直ると、ケイはマントを脱ぎ捨てる。その右手に握られて黒く光っているのは、銃。
「かかってらっしゃい」
不敵な笑みを浮かべてケイは言う。吉澤はすぐさまダッシュで飛びかかる。
瞬間、銃声。吉澤の動きを予測するかのように、ヘリポートの床に穴が開く。ジグザグに進路を取るが、それを見透かしたように弾丸が撃ち込まれていく。
「くそっ!」
近づくことができない。ふつう銃を連射すれば、その反動で照準がブレてしまうものだ。しかし、ケイの手にしている銃は、わざと吉澤のステップを掠めるように、狙った位置を正確に貫いている。
- 509 名前:20レス目 2′00″→1′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:13
-
「このアタシが発明した特製の銃だからね、百発百中よ。それにアタシの天才的な頭脳が加われば、あんたの動きなんて簡単に封じられるのよ」
狩り。それもただ相手を仕留めるのではなく、相手に恐怖を味わわせてから息の根を止めるゲーム。
「勝負は最初から決まってたのよ。所詮、“ジャック”は“キング”に勝てない」
スッ。ケイは吉澤の足元から頭へと狙いを移した。再び、目が細められる。
「じゃあそろそろ、遊びはお仕舞い。…さよなら」
もはや、これまで。吉澤はぐっと唇を噛み締めると、目を閉じた。
──ヒュウッ……ダンダンダンッ!
短い3発の銃声が、ヘリポートじゅうに響いた。
クラクラと眩暈がした。ああ、撃たれるのって意外と痛くないじゃん、と思った。これであたしも梨華ちゃんのところに──
そっと目を開けると、突き抜けるような青い空…ではなくて、そこには右肩を押さえて立てヒザになっているドクターケイ。
ありゃ? どうして…? 不思議に思っていると、背中の方で声がした。
「“ジャック”と“エース”ならブラックジャック、無敵だもん」
聞き慣れた声。振り返ると、甲板に安置されていたはずの石川が立っている。
「──梨華ちゃん!」
「よっすぃー、早く自爆装置を!」
吉澤はドクターケイの元へと走る。ケイは肩に刺さっている、石川の投げた手裏剣を抜き取る。しかし、素早く吉澤にジャックナイフを突きつけられて、おとなしくそれを手放した。
鋭い眼光で吉澤のことを睨みつけていたケイだったが、やがて観念して小さな機械を懐から取り出し、吉澤に渡す。
- 510 名前:21レス目 1′00″→0′00″ 投稿日:2004/06/19(土) 21:14
-
それは自爆装置を解除するリモコンだった。ボタンを押すと、船内にアナウンスが流れ出す。
『ジバクソウチ ハ カイジョ サレマシタ。クリカエシ マス。ジバクソウチ ハ カイジョ サレマシタ…』
ギリギリのところで危機は回避された。残された任務は、あとひとつ。
「ドクターケイ、覚悟はできてるな」
へたり込んでうな垂れているケイの腕を後ろに回すと、手錠をかけた。そして無線で本部に連絡を入れる。
キングが捕まったのを見て、ヘリが猛スピードで逃げていく。でも、組織のボスが逮捕されたのだ、KGBも長くはもたないだろう。
すべてが終わった。吉澤は大きく息を吐いて、張りつめた緊張を和らげる。
「よっすぃーっ!」
満面の笑みで石川が走り寄ってくる。吉澤も笑みを返して石川の方に向き直る。
石川は思いっきり勢いをつけてジャンプすると、吉澤の胸元へと飛び込む。その身体をガッチリと受け止めて抱き締める吉澤だったが、石川の勢いが強すぎるせいでよろめいてしまう。
「おっとっと…」
フラフラとした足取りで、一歩、二歩と下がっていく。ヘリポートの端の柵に背中が当たっても、その勢いは止まらない。
「え…ちょっと、まさか…」
なんとかこらえようとするものの、石川がしっかり抱きついているせいで、バランスが悪い。そしてついに、柵を支点にくるりと後ろへ回転してしまう。
「う、うわぁ〜〜〜〜〜っ!」
「きゃ〜〜〜〜〜っ!」
抱き合ったまま絶叫しながら、ふたりは海面に向かって落下していく──
- 511 名前:22レス目 投稿日:2004/06/19(土) 21:15
-
ドボン。
- 512 名前:◆3.14XY1M 投稿日:2004/06/19(土) 21:16
-
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/imp/1065798797/186-188n
ボツネタスレに出しておきながら、けっきょく自分で書いてしまった。
そんじゃ、さようナリー
- 513 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/20(日) 00:44
- 何かこのままでは終わらないような予感がして覗いてみれば・・・予感大当たり。
- 514 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 22:10
- なぁ、あんたの事が益々好きになるんだが
どうしたらいい?
- 515 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 23:26
- おもれー。エンタテイメントってこういうことだな。
- 516 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/26(土) 23:10
- ああー!前によしごま(と言っていいのか微妙ですが)書いてた人か!
今気付いた!…って違ってたらすいません。
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