dish

1 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時22分28秒
こんごま、ってか何か書いてみたくて。
2 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時23分28秒
「では、なにとぞなつみお嬢様お願いいたします。」
そう言うと、執事は奥の部屋へと消えた。

「うん、わかったよぉ」
間延びした声の主は無責任にも聞こえるような返事をした。
「まぁ、私たちにおまかせください。こう見えてこのお方は色々考えていらっしゃるので・・・」
もう一人の声は、自信のなさそうな黒目がちの美少女。しかしその話し方には知性が感じられる、そんな
感じであった。
3 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時24分25秒
後藤は流れの料理人。 日本中、いや世界のVIPと称される人物からひっきりなしの依頼をうけては
その場で至高の料理を作る、いわば料理界のブラック・ジャック。いや女性であるからブラック・クィー

ンとでも呼ぶべきか。
後藤の料理を食するには、それこそ世界の主賓であろうと1,2年待ちはざらという状態であり、その予

定はすでに5年先までびっしりと埋まっているのであった。

そしてその助手として紺野は1年ほど、後藤のそばで修行と営業マネジメントを一手にひきうけていた。
料理の腕もめきめきと上達しており、今ではパティシエールとしてデザートなどの一部分を任せてもらえ

るようになっていた。
4 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時25分10秒
さて、ここは北海道。 
北海道を開拓した男爵の子孫であり、代々良家として名高いM市の豪邸にて後藤たちはとある仕事を引き受

けることとなったのだった。
M市では知らないものは居ないという大家の安倍家。
ここの一人娘のなつみは、昔から絵に描いたようなお嬢様として育ったのだが、温室のような環境で育つ

ことが彼女の悲劇であったのだろうか。
人より食べることが好きだったなつみは、安倍家の財力によって食べたいものをいつでも好きなだけ食べ

られるという天国のような生活を送っていた。
そしてなつみが20歳になった時、彼女の体重は3桁の大台にまで達するほどになってしまった。
5 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時25分54秒
裕福すぎる環境が産んだその豊満すぎる肉体は、彼女の心までも病む原因となった。
「いやー! なっちはもっとおいしいの食べたいの!! 牛ひれ肉なんかパサパサでおいしくもなんとも

ないべさ!」
そう言うと、安倍家専属のコックが作った『ニース風牛ヒレ肉のトリュフソースがけ』の乗った皿を右手

で払った。

「なっちは、なっちはサーロインしか食べないって知ってるっしょ!!」
「しかしお嬢様、サーロインは脂が非常に多く・・・」
「じいはなっちを餓死させる気なのかい?! こんな紙みたいなお肉、犬でも食わないべ!!」
コックは、体を細かく震わせると、その30cmの高さが地位を象徴する白いコック帽をわなわなと握り

しめ、そして床にたたきつけると、
「失礼にもほどがある!! この牛はモン・サン・ミッシェルの三つ星レストランにも卸してる最高級の

肉だぞ! それを食べもしないで!」
そう言い放つが先か、彼は重厚な扉を乱暴に開けて出ていってしまった。
6 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時26分28秒
「はぁ・・・これで何人目ですか。。。」
執事は深くため息をついて、ふてくされるなつみの背中を見た。
そしてさらに大きなためいきをついた。

*********************************************
7 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時27分19秒
紺野が電話を受けたのは1週間前。
「はい、紺野ですが何か?」
「もしもし、後藤さんのお話を伺って電話しているのですが」
紺野の携帯は2つある。一つは料理請負の営業用。こちらは鳴らない日は無いのだがもう一つの携帯電話

は特別な存在で、それが震えることはそうそうあることではなかった。
後藤の料理には、時にもよるが大抵は天文学的な値段がつく。
前回の依頼は中東の石油王の誕生日パーティ。前々回の依頼は某二大国の大統領対談であった。 その報

酬は・・・! いま貴方が思った額の後ろに0を4〜5個付けたもの、とでも言っておこうか。
8 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時27分51秒
して今回の安倍家の場合はいくら北海道の良家といえど、後藤への依頼を出来るほどの立場では無いこと

は火を見るより明らかであった。
しかし、後藤−紺野はその依頼を受けることにしたのだった。
9 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時28分22秒
「後藤さん、今回はコレです」
そう言って、書類を後藤に手渡す紺野。
「んあ、『安倍なつみの減量作戦』・・コレが今回の依頼? んーとあたしってドクターだったっけ?」
そう言って寝起きのような顔をして、頭を掻く後藤。
「・・・また昼寝してたのですか? ま、包丁握ればなんとかなるでしょう・・・っと。」
いつものやりとりのように、後藤に牛刀を握らせると紺野は北海道の食材を調べ始めた。
10 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月06日(日)23時28分59秒
「んあ・・・ううん。 ふーーーーーー。よーし!やりますか!!」
牛刀を手に持ったとたん、後藤の顔つきが変わった。
「紺野! 今回は魚介類で行くよ!! とりあえず市場回るから車用意して!」
「すでにルートは設定済みです。道南のH市、道北のW市、道東のN市を回って再びM市に戻ってきます。 

日程は2泊3日、途中で食材をいろいろ積むことを考えると必要な費用と時間は・・・・」
紺野は自作のノートPCを駆使してスケジュールを管理している。
「『・・・・ピ。』 後藤さん、今すぐ出ますよ。 ここを14時32分に出れば完璧ですっ。」

すでに安倍家の前には紺野が手配したトレーラーがエンジンの音をやかましくたてながら待っていた。
「よーし、紺野行くよー!」
11 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月07日(月)23時58分33秒
トレーラーに乗り込んだ二人。
紺野はまだせわしなくキーボードを叩いている。
「んあ、紺野さぁ」
紺野はディスプレイから目を離すことなく返事をする。
「なんですか?後藤さん」
「今回の依頼、ちょっとスケール小さいんじゃない? こんな田舎街で仕事するなんて初めてかもよ〜」
「・・・ちょっと理由がありまして。 私事で恐縮ですが、これは私からの依頼と思ってもらってもさし

つかえありません。報酬も不服なら私の給料から天引・・」
「や、そういうワケじゃないんだけどさぁー いっつも紺野は論理的に依頼を処理します、カンペキです

っ、って感じだからさぁ。 ちょっと不思議に思ったんだよねぇ」
12 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月07日(月)23時59分11秒
紺野はキーボードを叩く手を止めて、少し考えているような表情をして、ぼそりとつぶやいた。
「ちょっとした気まぐれですよ。」
「ふーん、紺野もファジーなとこあるんだねぇ 発見だよ。」
「・・・さぁ、そろそろH市に着きますよ。 朝市はもう終わってますが先ほど地元の漁師に舟を出しても

らうよう手はずしてあります。新鮮な素材が港に揚がってると思いますのサクサク積みましょう!」
13 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月07日(月)23時59分44秒
〜〜〜H市、H港〜〜〜
朝市と、夜景の有名なH市。
普段ならこの時間は観光客や、羽を休めるカモメくらいしか居ないはずの港には漁の最盛期を思わせるほ

どの漁師達と、波の描かれた大漁旗をはためかせる漁船でごったがえしていた。
昼下がりの太陽にキラキラと鱗を反射させる魚、勢いよく水を吹き出す蛸や烏賊。
がさがさと音をたてては網から逃げようとする蟹や海老が、箱にあふれんばかりに積まれている。
14 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月08日(火)00時02分44秒
「ん、潮のにおいだね〜」
後藤はトレーラーから飛び降りると大きく伸びをして、海風を味わうように吸い込んだ。
「近隣の市町村からも漁師をあつめて、特別にこの時間に漁をしてもらいました。 あとはこの中から最

良の素材を目利きして持っていきましょう。」
「ほーい、それじゃあいっちょ行きますかぁ」
15 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)22時53分32秒
波止場に大量の籠を並べ、その列に沿うように歩きながら後藤は目利きを始めた。
一般に魚類は目の澄んでいて綺麗な鱗のモノが新鮮とされるが、ここで後藤が選んだのは「かすべ」と呼

ばれる魚であった。
「かすべ」とは、「エイ」の北海道の呼び方である。
「まずコイツとぉ・・・あとはコレ! そいとこれも。んー、、これも一応もらっていくかな。」
そう言いながら後藤は五種類の魚介類を選択した。
前述の「かすべ」「ひらめ」「毛蟹」「やりいか」「みずだこ」これらが今回の材料である。
16 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)22時54分31秒
紺野は、後藤の選んだ素材を見てはなにやらぶつぶつつぶやいていた。
「ひらめ、蟹、烏賊、蛸はわかるとして、なにゆえあのような下魚・・・? だいたいエイや鮫の種類は

排泄器官が未発達でその身はアンモニア臭がするとして料理人泣かせの素材のはず。。。」
「いやまてあさ美、今回の依頼は『減量』、まさかその匂いで食欲を削がせるのか・・・?まさか後藤さ

んにかぎってそんな。」
17 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)22時55分08秒
「んん〜♪ だーいじょうぶきっとだいじょおぶ♪」
後藤は素材の入った発泡スチロールの箱をかかえて、鼻歌まじりにトレーラーに積み込んでいる。
「はっ いけない! 私としたことが、この町には16時03分までの滞在の予定がもう2分11秒もオ

ーバーしてる!」
「紺野〜 はやく乗りなよぉ〜」
紺野が我に返ると同時に、後藤の間延びした声が響いた。
「はい! すぐ行きます!」
18 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)22時55分57秒
トラックは紺野の指示を受け、少々スピードを上げ気味で広大な北の大地を疾走していた。
「んあ、紺野オナカ減らない?」
紺野はまだ先ほどの素材チョイスの謎を、頭の中であれこれとシミュレーションしては却下してその調理

のパターンを模索していた。
「ふー、こうなったら紺野は当分戻らないもんね〜 シャイニング娘。の椎田みたいな感じ。今夜も交信
中ってね〜」
あきらめ顔で手をひらひらとさせ、後藤はトレーラー後部の空間へと消えた。
19 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)22時58分04秒
この巨大トレーラーは、もちろん貨物を積む機能を持っているのだがそれだけではない。
運転席と最後部の貨物室の間には一流ホテル並の調理道具を完備したキッチンが設置されているのである


後藤はその調理室に入ると、そこにはピカピカに磨き上げられたフライパンや、強力なコンロ、40本を

越える数の包丁類、風呂のような大きさのシンク、洗いざらしのクロスが整然と並べられている。

後藤は先ほどの港で、今回の素材とは別に材料を積んできていたのだ。
「これこれ。この海老とさっきのいか。コイツで今日の昼飯はシーフードカレーを作りますよぉ」
20 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)23時16分23秒
まず、甘海老をボイルする。 少々きつめの塩でゆでられると、活きている時の褐色から目にも鮮やかな

赤に変化する。 この赤と白の縞がはっきりしていることも新鮮な証拠である。
「で、コイツはこのまま・・・えいっ!」
海老をゆでる間に、烏賊をなにやら前日より仕込んでいた鍋の液体に活きたまま漬ける。

烏賊の沖漬けの要領で、後藤の特製ブイヨンに沈められた烏賊は、みるみるその身を薄茶色に染めていく

21 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)23時16分55秒
海老をレア状態で茹であげると、その頭と殻をフライパンで炒める。
「こいつがいいダシ出すんよね♪」
身は冷水で締め、ハーブにつつんで冷蔵庫で休ませる。
フライパンで炒められた海老の殻が香ばしい匂いを立て始めると、後藤の調合した特製スパイスを加える

。 ターメリック、クミン、フェネグリーク、シナモン、オールスパイス、フェンネルシード、カルダモ

ン・・・・数種類のスパイスを混ぜ合わせたいわば「後藤マサラ」とも言うべきモノで味付けをしていく

22 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)23時17分37秒
いっぽう、トレーラーの運転席では紺野がまだ悩んでいた。
「・・・いや、蟹の爪肉を殻でとったスープで、いやそんな陳腐なアイディアでは。。」
ふと、鼻腔をくすぐる香りがただよう。
「これは、カレー粉の香り。 そういえばオナカ減りましたね・・・」
23 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月09日(水)23時18分19秒
調理室では後藤が落ち着いて、しかし無駄のない動きで一つ一つの作業をこなしていた。
活きたままブイヨンに漬けられた烏賊を取り出すと、その肝を水牛の乳で作ったバター、ギィに少量混ぜ

込む。 それを海老を炒めたフライパンにスプーンですくって入れる。
濃厚な甘さの中に潮の香りを包み込んだ上等の脂が溶けてゆく・・・そこに間髪入れず千切りにしたタマ

ネギ、セロリ、イタリアントマト、にんじんをすり下ろしたものを加え炒めていく。
24 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月14日(月)18時50分57秒
面白い(・o・)
25 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月17日(木)23時05分40秒
「ん〜、いいにおいだねー」
フライパンの海老殻と、野菜をつぶすようにして炒め続ける。
そして、野菜から水分が出きった瞬間を見逃さずそれらをシノワで漉す。オレンジ色の高貴なストックができあがった。
これに先ほどの後藤特製のブイヨンを加え好みの固さに延ばしていく。
26 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月17日(木)23時06分10秒
いわゆる「スープカレー」の様相を呈したその液体を後藤は一口味見してみる。
料理と料理人との対決の一瞬に、後藤の目にはいつものゆるさはなかった。
・・・・鍋をにらみつけるようにその大きく形のよい瞳は橙色の液体を見据えて、「塩が足りない」
感情のカケラも感じられない、そんな感じをあたえるほどに真剣な態度で粟国の塩をひとつまみ入れる。
27 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月17日(木)23時06分54秒
「・・・よし。」
味付けに納得した後藤は、またいつものふにゃりとした表情にもどった。
まるでジキルとハイドのよう。

「紺野ー、ごはん出来たよぉー」
「なんと。私としたことが後藤さんの調理を見逃してしまった・・・
あれこれ頭で考えるより、実際に見るチャンスがあったのに。百聞は一見に如かず、
今となっては後の祭り、か。。。」
28 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月24日(木)23時06分12秒
「ほらー紺野、冷めちゃうよぉ」
料理で一番大事なものは『旬』である。
素材の『旬』があるように、できあがった料理は
その温度もまた含めての作品である。暖かいものは暖かいうちに、
冷たいものは冷たいうちに、が大原則である。 そしてそれを後藤が知らないはずは
なかった。
29 名前:暮 流助 投稿日:2003年07月24日(木)23時24分56秒
「はい! いますぐ行きます! 完璧ですっ!」
料理の方法などは、後藤は惜しみなく教えてくれる。 しかし味付け如何はやはりその人の『舌』がその
基準となる。 旨いものの基準がわからなければ旨いものは作れない。味付けの妙は、味わいの妙である。 
だからこそ後藤は、弟子に自ら賄いを作るのだ・・・っていうか、ただ料理が好きなだけという話もあるが。
30 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 00:00
後藤の渾身の料理、「北の幸スープカレー」
最高級のコンソメにもひけを取らないその黄金のストックに、
見目だけでもその新鮮さ、質の良さがわかる数多の具材。
そのすべてが渾然一体となって醸し出す香気に、紺野は師匠の前であることも忘れ
すでにスプーンに手を伸ばしていた。
31 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 00:06
「・・・・!」
「いっただきま〜す。」後藤の声だけが響き渡る室内。
紺野は一口料理を口にして、そのあとは激流が堰をきったようにカレーにむさぼりついていく。
「うんうん、こりゃマイッタね。 やっぱH海道は素材が新鮮だよぅ」
後藤は自分の料理に満足してる表情で、いつものようにマイペースに食をすすめる。

と、紺野はハッと我に返る。
「(この滋味溢れる味、決してくせが無いとは言えないこの具材をあえて特徴の強い
スパイスで。 いや、押さえ込むのではない。
素材と香辛料の相性をしっかり抑えているが故に生まれるこのハーモニーは・・・)」
32 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 00:13
「後藤さんっ!」
「ぷっ。 なにさ紺野とつぜんおっきな声だしてー」
食べかけを吹き出しそうになりながら後藤が目を丸くしている。
「これ・・・このカレー、スゴイですっ! パないです!」
「そーだねー、いつも通りインスピレーションで作ったけどおいしくできてよかったよー」
後藤は屈託のない笑みを浮かべ、あたかも必然でできたかの様に語った。
「(後藤さん・・・貴女のその腕はきっと神からの贈り物ですね)」
紺野は、スパイスの調合比率、その他諸々のレシピを聞こうとしていたのだった。
しかしそれは、聞いて教わることではないことを感じた。 なぜなら後藤は自分の料理の
33 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 00:18
レシピを書き記しておく人間ではなかったし、何よりこの調味は今、この素材で、
かつこの気温湿度・・・等状況如何によって変化するものであるからだ。
真夏に炎天下で食べる鍋物や、凍てつく冬日に食べるシャーベットが旨いはずがない。

「すごいおいしかったです。 ごちそうさまでした!」
紺野にしてははっきりとした、だが少々気圧され気味の声が後藤の笑顔にいっそうの光をあたえる。
「いーえー、お粗末さまでした。 紺野がおいしい、って言ってくれるのが一番ウレシイよ?」
34 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 00:22
「そんなっ・・・! 後藤さんほどの人が私ごときの・・」
「っと、なーに言ってんの。 紺野はアタシの最高のパートナーなんだからー
ちょっと手ぇ抜いたらすぐわかっちゃうでしょー? あははぁ。」

そんなこんなで、味見も完了した素材とともに後藤一行はM市に着こうとしていた。

**************************************

35 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 00:29
〜〜M市市中、安倍家〜〜〜
「じぃい、今日の晩ご飯は何さ? 言っとくけどまた前みたいにまっずそうなモンなら
なっちは一口も食べないからね。」
「えぇ。 今日はちょっと変わった嗜好を準備しておりまして・・・」
「へぇ。そうなんだ。 そう言えば去年の今時期たべた『フォアグラのトリュフソースがけ』
はうまかったねぇー。 そのあとに『クーベルチュールチョコレートのアイス、マカダミアナッツ入り』
なっち5個も食べちゃったよー えへへー」
36 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 00:33
「(後藤さん。どうか、どうかなつみお嬢様を助けてあげてください・・・)」
醜い笑顔のなつみを背に、執事は自室に戻っていった。
東に延びる影が、日暮れとともに長くなって時刻はそろそろ6時になる所であった。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/16(月) 02:14
復活?!
密かにずっと待ってました。
続き楽しみに待ってます。
38 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 20:25
初レスです。
>37さん
まさかこんな駄作を読んでる方が居るとは。
月末までになんとか書き上げる所存ですので最後まで宜しくです。
39 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 20:34
いつもは閑静な安倍家の前に、けたたましい音とともに後藤らの乗ったトレーラが到着したのは
日もすっかり暮れた7時過ぎであった。
「っと、着いたようです。 後藤さんっ!お決まりですけど起きてください!」
1時間と言わず空き時間があればすぐに眠りに落ちてしまう後藤の事を良く知ってる紺野は
いつものように後藤からブランケットをはぎ取る。
40 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 20:48
「んあぁ〜、圭ちゃんそれごとぉのピスタチオだってばぁ・・・」
「これまたお決まりな寝言はいいですっ!」
そんなやりとりも済み、後藤たちは安倍家の門をくぐっていった。

「お待ちしておりました、後藤様。」
きっちりと手入れされた白い髭をたくわえた初老の男が2人を迎える。
「どうも。このたびはお世話になります。」
紺野が丁寧にお辞儀する。 対照に後藤は眠そうに目をこすったままフラフラしていた。
41 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 20:52
「では早速ですが、厨房のほうへ。」
執事が邸内を案内する。 歴史を感じさせる廊下を通り少し奥まった所にそれはあった。
「ふんふん、なかなか整理されたイイキッチンじゃんねー」
後藤は厨房に入りやっと眠さも消えた様子で、室内を見回す。
「包丁も鍋も綺麗に手入れされている・・・、以前のコックもなかなかの腕の持ち主だった
ようですね。」
紺野がすこし感心したような表情で言う。
42 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 20:58
「はい。 3ヶ月ほど前に雇い始めた者でしたがなにやらフランスのニースで5年ほど
修行していたとかで・・・腕のほうは折り紙つきでした。 しかし・・・」
「存じております。 なつみ様があれでは料理人がどんなに優秀でも・・・」
執事は雰囲気を察し、紺野の言葉を遮る。
「いえ、すべては我々の管理がなってなかったのです。 栄養の偏った食事を
 意のままに与え続け続けた我々が・・・」
43 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 21:03
紺野があたかも睨むような顔で執事に言い放つ。
「大丈夫です。 それを解決するために私達は来たのですから。
 で、例の件は大丈夫でしょうか?」
執事はうっすらと目に涙をたたえているようでもあったが、紺野の声に反応するように
答えた。
「はい。 日程に無理がある故は聞かされてましたが、なんとかアポがとれまして
 実は30分ほど前に見えられております。
 応接の方にいらっしゃると思いますが、呼んで参りましょうか?」
44 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 21:08
「いえ、それには及びません。 彼女とは知った仲ですから。
 (それに会うといちいちめんどくさいし・・・)」
紺野はちょっと苦い顔をしてそう言った。 それに気づいてか執事はやや訝しげな表情を浮かべた。
「んー? 紺野ぉ、知り合い来てんのー? アタシ聞いてないけど。」
「ええ。今回の依頼はただおいしい料理を作るだけでは(・A・)イクナイ要件なもので。」
「ふーん、まぁいいや。 アタシは作るだけでいーんでしょ?」
「はい。 雑用は私がやります、いつものようにお任せください。」
そう、思い詰めたような声で紺野がつぶやいた。
45 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 21:26
「では後藤さん、下ごしらえに入りましょう。」
「ほーい、やりまっしょい」
そう言うと、調達してきた食材をいくつか手に取り料理の組み立てを考える。
「紺野、かすべおろしといて! それと蛸と海老は軽くボイル。 塩はきつめで。
 できたらそれらを酢で締めるの。調味酢の配合は・・・知ってるよね。」
紺野に次々と指令を与える後藤。 先ほどのフラフラした人物とはまるで別人である。
「それ終わったら野菜ね。 コイツらは今回は付け合わせじゃないからね。」
 
46 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 21:34
「は、はいっ!」
紺野はそう返事するのが精一杯で、せわしなく動き回っている。
もちろん後藤も指示を与えるだけではない。 紺野の手をはなれた食材を料理へと昇華させるべく
様々な調味を加えていく。
かすべには紙塩をし、蛸はほうじ茶で炊く。エストラゴンソースのサラダには
極寒の海で身の締まった海老を加える。
47 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 21:44
蟹は生のまま、氷水につける。 身がはじけ、美しい花が咲いたようになる。
これにすだちを絞ったポン酢を添える。 烏賊は耳の部分だけを使い目に見えないほどに
細く切る。 これには根ワサビとショウガを薬味にして刺身で。
最後にひらめを熱湯から煮ていく。 まず外側のタンパク質を固めることで旨みを
閉じこめるのだ。 これに味付けをしてしばし冷ます。
あら熱が取れたら冷蔵庫へ。 これで煮汁が煮こごりとなる。

もちろん今回の料理はノンオイルで作成している。
材料も高タンパク低脂質の物を選んでいるのだ。 
48 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 21:50
下ごしらえを済ませ、後藤の調理をその大きな瞳で見つめる紺野。
「(すごい・・・! 包丁だけでなく鍋や菜箸までもまるで手指のように操っていく。)」
すべての作業に無駄がないからこそ素材の旬を逃さず調理できるのである。
この品々を仕上げるのにわずか1時間そこらで済んでしまう。いかに合理的に動いて
いるかおわかりだろうか。
「紺野、そろそろ上がるよ!」
49 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 21:54
「あ、はい! ではお嬢様を呼んできましょう。」
紺野は早足で執事を、なつみを呼びに行った。

と、その時厨房を一人の女性がのぞき込んだ。
「なんやウマそうな匂いがしてんなぁ〜、ったくここの使用人ときたら茶出せばあとは
1時間も2時間も放っておきや。 ケーキの一個でも出さんかい!っちゅう話や」
50 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:04
「うん? アンタ誰?」
後藤はその女性に少し見覚えがあったが、そう訊いた。
「なんや!ウチを知らん人間がこの世におったのか?
 ウチは中澤裕子。 スパルタで有名な日本女子陸上のコーチやってん。」
「んあー アタシ、スポルツとか興味ないのよねぇ」
「なっ! 何言ってん! テレビとかにも出まくりやで。 美人コーチの導く
 シャイニングロードってTスポにも見出しでてやん!」
51 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:10
「んで、その有名コーチがなんでこんな北の地に来てるワケ?
 アタシもう合宿はコリゴリよー」
「それは後にお話しましょう。 それよりお嬢様が見られましたよ。
 さあ料理を運びましょう。」
紺野が戻ってきて、二人を食堂に促す。
「おー紺野ヒサビやなぁ・・・元気しとったか?」
「ええ、まぁ。」
見知った感じで紺野に話しかける中澤、状況が飲み込めずに頭をがしがしと掻く後藤の二人が
紺野に連れられダイニングに向かう。
52 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:29
豪華なシャンデリアの下、後藤の料理が運ばれている。
「じい、これが言ってた趣向かい? なんてことない物ばっかじゃない。
 烏賊の刺身に蛸と野菜の炊き合わせ、グリーンサラダに白身魚の酒蒸し?」
「なつみお嬢様、これはただの料理では御座いません。 あの高名な後藤様が
 厳選された食材を使った世界にまたとない逸品の数々ですぞ。」
「へぇ! あの娘さんが後藤シェフだったのかい!? なっちと大して年も変わらない
じゃないかい。」
53 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:33
そう言うとなつみは早速一品目に箸を伸ばしていた。
「(よかった・・・ 今回はどうしても見た目に華やかさの欠ける料理に成らざるを
 得なかったから。 これなら箸を付けてくれる・・・)」

「待ちーや!!」
中澤の声。 室内が水を打ったように静かになる。
「なにさ、アンタは誰だね? なっちはおなか空いてるの
 ごはんの時間っしょ? おいしそうな料理を前に何言ってんの?」
54 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:37
「まぁお嬢さま、あわてなさんな。 一言だけや。
 それ食べたらウチについてきてな。 ちょっと行かなアカン所あんねん」
中澤が不敵な笑みを浮かべ、妙に優しい声で言う。
「わかったよ。 コレ食べてからなら何でもするべさ。
 ささ、早くごはんにするしょ。」
「よろしい。 じゃあいただきましょうや」
二人のやりとりを紺野が少し寂しげな目で見つめていた。 後藤は何も気づかない。
そうやって食事は始まっていった。
55 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:41
「ん! おいし! この魚なんだべ?!
 雪のように口の中で溶けるみたい・・ おいしいと思った瞬間にはもう無くなってるべ!」
「ホンマやなぁ。烏賊も蛸も歯ごたえが尋常やあらへん。 また味付けが絶妙やな!」
食事を楽しむ2人、いや後藤もいつも通りに自分の料理に満足し、頷きながら食を進めている。

只一人、紺野だけが心から食事を楽しんでいない様子であった。
56 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:45
「ふうー 食った食った満足だべ。」
食卓には空の皿が並んだ。 
「ごちそうさまでした。 今日の作品もすばらしい出来でしたね、後藤さん」
紺野はそう言うと、中澤のほうを一瞥した。

「ほな、いきましょか」
「ん? ああさっき言ってたやつだね。 どこ行くのか知らないけど今のなっちは
 シアワセだからどこでもついていくよ?」
中澤に連れられなつみと、その後ろに後藤と紺野が続く。 一行は安倍家の中庭の一角に
辿り着いた。
57 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:50
「な・・・なんだいコレは? まるで牢屋じゃないかい。 いつの間にウチにこんな
ものが出来たんだい、じい。」
「はぁ・・・それは、その。。」
執事は汗を拭きながらとまどっている。

「それはウチから話そうか」
中澤が口を開く。
58 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:55
「っと、その前に中に入ってみてくれませんかね? お嬢様。」
中澤がなつみを促す。
「ええー なっち囚人じゃないべ。 たしかにシマシマの衣装は着たけどあれは水兵さん・・
「まぁエエからエエから。」
半ば強引な中澤に手を引かれ牢屋のような建物に入るなつみと中澤。
その刹那中澤はなつみの背中をドンッ!と押した。
「わっ!」
59 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 22:59
その巨体はあっけなく崩れ、転がるように地面に落ちてゆく。
その隙に中澤は牢屋から出、なんと外から鍵をかけてしまった!
「んあー ひどーい。」
後藤が反応的に声を上げる。 紺野はそれを冷酷にも取れる無表情で見つめる。
「ちょっと!!! 何するんだべ!! ふざけてると承知しないよ!
 じい!はやくコレ開けるっしょ。 その女も今すぐウチから出しなさい!」
60 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:02
「ねー紺野ぉ これどういう事? お嬢様かわいそうだよー」
後藤が顔をしかめて紺野に尋ねる。
「・・・なつみお嬢様のタメなんです。 後藤さんも我慢してくださいっ・・・」
執事も牢屋に入ったなつみを直視できず、下を向いて拳を握りしめている。

「いいかー、よーーく聞きや!」
中澤の通る声が言う。
61 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:08
「お嬢様、アンタその体なんや。 まだ20歳やそこらでそこまで太ってしもうて。
 聞いたらなんでも脂っこいモンばっかがつがつ食ってたらしいやん。
 そりゃあ太るわな。 ええか、ウチはこの執事はんと紺野に頼まれてココに来てん。
 アンタのダイエット請負人ってワケや。 今日、今からアンタはウチの言うことを聞いてもらう。
 さっき約束したもんな? けどなダイエットいうモンは厳しいモンや。
 自分との戦いやねん。 ついつい手の届くところに旨そうな食い物があると食べてしまうんや。
62 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:12
 ウチかてこんな手は使いとうない。 けどな今回は特別や。
 アンタ先月安倍家のドクターに検診受けてんの覚えてんか? 執事はんに見せて
 もろうたがこのままやと確実にアンタ、死ぬで。
 高脂血症に高血圧。糖尿の疑いもアリや、それに膝、腰にもガタがきとる。
 精神的にも過食症に移行しつつあんねや。」
63 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:15
「うそだべ! なっちは健康よ! ドクターは何も言ってなかったしょ。
 そうだべ、じい?」
「なつみお嬢様、申し訳ありません。 あまりに検査の結果が芳しくなくお見せできず・・・」
「うそ! みんなうそつきだべ!!」

「エエ加減にせんかい!」
中澤の声が遮る。
64 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:19
「・・・というワケや。 今日は色々あって頭混乱してるやろから明日からや。
 明日からはウチの組んだ減量メニューこなしてもらうで。
 一つ安心させといたるわ。 明日からの毎食はココにいる後藤はん、彼女の料理や。
 もちろん今日の様に栄養のバランスの考えられたモンや。 残さず食べてエエ。
 なっ?後藤はん。 頼りにしてますで。」
急に振られた後藤は、
「えっ、はぁ、んと、ご、ごとぉ頑張りまーす!」
65 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:24
「待って・・・こんなの嘘だべ・・・
 なっちは、なっちはなぁ・・・ モニュメントなんだよ・・・それがなっちにとっての記念碑なんだよ・・」
「(かわいそうなお嬢様。 すっかり混乱されてらっしゃる・・・)」
後ろ髪を引かれる思いで執事と、今ひとつ事態が飲み込めない後藤、相変わらず浮かない表情の
紺野、そして辛い立場を引き受けた中澤。
4人は安倍家の邸内に戻っていった。
66 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:28
「・・・」
「・・・」
沈黙の続く安倍家の大広間で、4人が茶をすすっている。

「・・・私の恩人なんです。」
やおら紺野が口を開く。
67 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:35
「なつみお嬢様、いやなつみ姉ちゃんは私のことを助けてくれたんです…
 まだ私が小学生の頃。
 私はH海道で生まれ、地元の学校へ入りました。 私の母親は、と言っても義理の
 母でしたが安倍家で働いていたのです。 それでいつも私は安倍家の使用人の大部屋で
 母の仕事が終わるまで過ごし、一緒に家へ帰っていたので学校の帰りはなつみ姉ちゃんと
 一緒でした。
68 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:40
 雨の降る日でした。
 小さいころは体の小さな子でしたので、買ってもらった雨合羽が合わなくて
 庇が目にかかるほどでした。 その日もなつみ姉ちゃんと一緒だったのですが
 たまたま飛び出してきた仔犬に驚いた私は道路に飛び出してしまったのです。

 それを見てなつみ姉ちゃんはとっさに私を歩道に引き上げてくれました。
 反動で姉ちゃんは道路に落ち、でも運がよかったのでしょうね。
 水たまりにおしりからおちてしまったものの、怪我はありませんでした。
69 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/16(月) 23:43
 ひょっとしたら私の身代わりになって車に轢かれていたかも知れないのに・・・
 そう思うのと、びっくりしたのがあってその日はいつまでも泣きじゃくっていた
 記憶があります・・・」
紺野が語るのを3人は黙って聞いていた。
 「その後色々あって、私はH海道を去ちなつみお嬢様は私のことを覚えては
 いないようですが、私には一生忘れられない出来事だったのです。」
70 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 21:50
「そんなコトがあったんや・・・」
「・・・」
沈黙の後藤。
「それで私、どうしてもなつみ姉ちゃんを助けたくて・・・
 荒療法だってわかっていたのですが。。。」

そうしてその夜は更けていった。
71 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 21:59
********次の日*******

「紺野の気持ちはわかったで。あとはウチと後藤はんにまかせときや!」
中澤が自信に溢れた表情で言う。 対照的に浮かない顔の後藤。
「・・・紺野ぉ、本当にコレでいいの?」
紺野は無言で頷く。
「やるしかありません! 昨日中澤さんが言ったようになつみ姉ちゃんの体はもう
 ぼろぼろな状態なんです。 いくら後藤さんがすご腕の料理人でも食べるだけで
 痩せていくような物は作れないですよ。」
72 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:02
そうして、なつみのダイエットが始まった。

「はい! 次はランニングや! まだまだこんなんでは終わらせんで!!」
「無理だべ〜 さっきからウォーキング、筋トレ、エアロビとやってきて
 休みなしにマラソンなんて、なっちは死んでしまうよ?」

中澤の怒号と、なつみの弱々しい声だけが安倍家の庭園に響く。
そんな風景を見て、後藤の瞳がキラリと光った。
「アタシもさ、むかしダイエットしてたんだ・・・」
73 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:05
後藤が静かに語り出す。
紺野はそんな話聞いたことないと、後藤をおどろいた目で見る。
「アタシさ、ナッツとか大好きじゃん? アレけっこうなカロリーあるのよね。
 それで一回、ぶくぶくと太っちゃって。 でも自分で食事に気を付けて、
 そんなに運動とかしなくても痩せていったよ。 そりゃなつみお嬢様みたいに
 あそこまでは太ってなかったケド・・・」
74 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:09
「そうでしたか。 後藤さんはその時どのように食事制限してたのですか?」
紺野は後藤の目をまっすぐに見据え、そう聞き返した。
「! そうだよ! それだよぉ!」
後藤はそう言うと突然厨房へと走って行った。
「あっ。後藤さんっ!」
紺野が後を追う。

「はぁはぁ・・・なっちもう嫌だべ! こんな辛いなら死んだ方がマシだよ!」
なつみの悲痛な叫びだけがこだまする。
75 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:12
厨房で後藤はなにやら探し始めた。
「今日からはメニューを変えるよぉ。 高タンパク、低カロリーの基本は守ったまま
 体脂肪の燃焼を助ける材料を組み込むのだぁ〜」
後藤は昼食にさっそくそのアイディアを採用することにしたのだ。

昼になり、へとへとになったなつみと、中澤がダイニングに到着する。
76 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:18
「は〜い、今日の昼ご飯だよぉ」
後藤が直々に皿を持ってくる。
「・・・コレは。」
紺野が驚いたように皿を見つめる。
「本日のランチでーす。 点心風にまとめてみたよぉ」
出てきたのは、赤いシュウマイのようなものに、フカヒレスープ。
鶏肉とセロリの炒め物。。。
「なっ。後藤はんこりゃどういうこっちゃ! ダイエットしてる人間に肉料理に
 油モンとは、なにかのいたずらかね?」
中澤が驚くのはもっともである。 脂質はそれだけで糖質、タンパク質の倍以上のカロリーを
もっているのだ。 炒め物など厳禁なはずである。
77 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:21
「裕ちゃーん、食事のコトはアタシに任せてくれるんだよねー?」
後藤がいつものへらっとした表情で言う。
「なんや裕ちゃんて。 夜霧よ今夜もありがとうみたいやんか。
 ・・・まぁあの後藤シェフのことや、なんか秘密があるんやろ。
 ほないただきまーす。」
「やったね♪ なっちは中華だいすっきだべ。 いただきます!」

不敵な笑みの後藤に、紺野はいささか不安げな表情を浮かべつつも食事を進める。
「(後藤さん・・・これは一体どんな意図があるのですか?)」
78 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:25
「それとねー、裕ちゃんにおねがい。
 もちっとダイエットのメニュー軽くしてあげて! ごとぉの一生のお願い!」
「モグモグ・・・なんやねん。 まぁたしかに? 一日目からキツイかとは思うが。。」
「ねっ、ねっ。 お・ね・が・いだよぉ〜」
後藤の甘え声に、中澤も渋々ながらメニューを軽くする事を承諾した。
「ほら、なつみお嬢様歩くのはヤじゃないみたいだし、当分はこれだけで、ね?」
「はいはい、わかったわかった。 別に陸上選手にするわけちゃうしな。
 じゃあ午後からはウォーキング一本でいこうか。」
79 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:28
「わーい。 なっち歩くのは大好きなんだ!」
紺野は後藤のいつも以上に口をだす態度になにか引っかかった。
いつもはボーっとして、料理以外のことで人になにか指図することなんてなかった後藤を
良く知ってる紺野が、不思議に思ったのは当然であった。

その夜、紺野は持ち前のデータベースで、ダイエットに関する物を片っ端から調べていった。
80 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:32
真夜中までその作業は及び、紺野は半分寝ているような状態だった。
しかし、
「・・・! これはっ!」
『脂肪の燃焼は、運動後約20分後からであり、それまでは主に糖質がエネルギーと
 して使われる。 またハードな運動より緩やかで長時間続けられる運動が一番ダイエット
 に適している。
 また、食物にも脂肪燃焼を促進するものがある。 唐辛子に含まれるカプサイシンや
 生姜に含まれるジンゲロール、中国茶であるプーアル茶などなど・・・』
81 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:37
「まさかあの飲茶風の食事は!?」
紺野は寝静まった安倍家の廊下を走り、厨房へと急いだ。
そして、明日の食事の下ごしらえされた材料を冷蔵庫から引っ張り出した。
「あのシュウマイの皮、赤いと思ったらカエンペパーが練り込んである。。。
 しかも中の餡は豚肉じゃない! 青魚にナツメグ、おからを混ぜた物で
 食感も本物の豚肉に見まごうほどだ・・
 フカヒレスープにもニンニク、生姜がたっぷり入っていて、でも臭みが
 まったくしなかった。 それに食卓で後藤さんが勧めていたあのお茶。
 プーアル茶だ。。。」
82 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:40
「(後藤さん・・・ 貴方はどれほどの知識を隠し持っているの?
 そしてその事を気づかれないように調理するその腕・・・そして何より人の事を
 おもいやる優しさ。。。)」
紺野は厨房でうっすらと涙しながら、材料をそっと冷蔵庫へ戻し、自分の部屋へ
戻っていった。

そうして、なつみが中澤のダイエットメニューこなし、後藤の特製料理を食べる
という日々が過ぎていった。。。
83 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:44
「なつみお嬢様!!!」
執事が感動で顔をぐしゃぐしゃにしながらなつみの前で崩れている。
「・・・じい、心配かけたね。 もう大丈夫だよ。。。」
そこには、泣きながらも晴れやかな顔の初老の男と、ひとりの美しい女性が居た。

「よーし、合格や。 ってウチはたいした事はしてへんな。
 メニューも後藤はんに言うとおりにしただけやしな。」
中澤もまた、輝かんばかりの笑顔で二人をみつめている。
84 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:47
「いやぁ〜こんなすっきりしたのはいつ以来だろうね?
 なっちはそんなに辛い事はしてなかったのに、みるみる痩せていったよ!
 さすがは後藤さんだねぇ。 本当にありがとうだべ!」
後藤は照れながらも、心からわき上がる喜びに笑顔を禁じ得ない。
「お嬢様、ガンバッたもんね〜 後藤はごはん作っただけだよぉ、あはは」
紺野もまた、笑顔でその様子を眺めている。
「後藤さん、私からもお礼を言います。 ありがとうございましたっ!」
85 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:50
「えっ、なんだよぅ 紺野照れるじゃんよ〜」
後藤ががしがしと頭を掻く。
「ほな、ウチらはもう用済みやな。 じゃあなつみお嬢様、くれぐれもリバウンドに
気ぃつけーや?」

中澤はそう言うと、後藤と紺野を連れて安倍家を去っていった。
「なつみ姉ちゃん! お元気で!」
紺野が潤んだ瞳でなつみに叫びかける。
86 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:53
「ええ?! まさか紺野さんって、昔ウチにいた紺野さんの・・・あさ美ちゃんかい?
 ありがとうね!!・・・・」
語尾が風に消され、紺野には届かなかったが、その想いはしっかりと刻まれていたに
違いない。


「アンタら、これからどうするんや?」
中澤が後藤らに尋ねる。
「んーと、紺野どしよっか?」
87 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 22:58
「私達はこの先もびっしりとスケジュールが埋まっております。
 中澤さん、今回は急にお呼び立てして申し訳ありませんでした。」
「なーに言ってんねや。 紺野とウチの仲やないか?」
「(この二人、どういう関係なんだろ。)」
後藤の大きな目に見つめられた紺野は少し頬を染めながら、
「・・・と言うわけで私たちはこれで失礼しますっ!」
88 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 23:07
「まぁエエわー また会おうなー」
からかったような笑顔で、中澤もまた去っていった。

「ふーん、中澤さんと仲いいんだねぇ。」
後藤が意地の悪そうな顔を紺野に話しかける。
「なっ! そんなことないですっ・・・! たまたま知り合いで・・・・」
89 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 23:18
そんなやりとりを、再び紺野の携帯が遮った。
「・・・うぅん、はい。紺野ですが何か?」
電話の主は暗い声で、
「・・・あのぉ、後藤センセは?」
「私が代理で、依頼の受付をやっております。 どういった内容のご依頼でしょう。」


90 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 23:24
「えっとぉ、ウチは福井で食堂を営んでおりますー
 たかはすと申しますで。
 で、ウチはまぁ繁盛とまではいかなくても、それなりに何年もやって来てたんです。
 それが、ウチの前にチェーン店が進出してきて、はぁ。」
「なるほど、店の再建を依頼したいということですね?」
91 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 23:34
会話に聞き耳をたてる後藤。
「(店の再建かぁ。 最近ローカルな仕事ばっかだなぁ・・・
 ごとぉの人気も陰りかなぁ、なんて)」

「わかりました。 とりあえず現状を見ましょう。
 福井ですね? 明日にでも向かいます。 では。」
「はいー、なにとぞよろしくですぅ」
そう言って、電話は切れた。
92 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 23:37
「後藤さん、お聞きの通り次は福井に向かいます。」
「ほ〜い でもさ紺野、これまたちっちゃな仕事だよぉ。」
「まぁ、今回は引き受けるかは別です。 福井はフェリーに乗って敦賀まで行けば
 そんなに遠回りすることなく行けますから。」
「そうかぁ、わかったよぉ。 依頼関係は全部紺野にまかせてあるから、アタシは
 なにも口出さないけどねぇ」
93 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/17(火) 23:42
「(・・・杞憂ならいいんですが。 私の勘がなにか感じているようです。)」

こうして後藤達は福井に立ち寄ることとなった。
94 名前:名無しぼしうちぅ 投稿日:2004/02/19(木) 23:57
料理のことはなにもわからないんですが、とてもおもしろいです。
なんだか勉強になります。
作者さんがんばって!
95 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 00:55
二人を乗せたフェリーは、敦賀へと向いおよそ20時間の旅行となる。
後藤らはその間、船の談話室で今回の依頼について話をしていた。
「後藤さん、今日はお疲れさまでした。」
「いやぁ、紺野がよくやってくれたからねぇ〜 アタシは料理しただけ。
 まったくアンタの頭脳にはお世話になりっぱだよ。」
後藤は謙虚な態度で紺野の労をねぎらう。
「そんなっ・・・! 後藤さんのアイディアで今回は成功したんです!
 私はまだまだ勉強不足でした。」
96 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 01:00
「なーに言ってんの。 アタシは紺野にはホント感謝してんだから
 この仕事だって一人でやってる時なんかより全然楽になって、紺野は
 アタシの大事な仲間だよ?」
「後藤さん・・・」

「ってなわけで、コレ。」
後藤が綺麗な包みに入った箱を紺野に手渡す。
97 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 01:04
「? コレは?」
紺野が不思議そうな表情で箱を眺める。
「わっかんないかなぁ〜 バレンタインじゃん!
 お世話になってる紺野に、アタシからのプレゼント!
 いやぁ〜なんか照れるねぇ、あはは。」
箱の中身は、後藤の作った『ガトー・オ・ショコラ』
後藤はスイスに居たときにショコラティエの資格も取っており、最近は紺野に
任せていたデザートも一流の腕前を持っているのだ。
98 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 01:08
「後藤さん・・・私なんかのために!」
紺野は頬を染め、包みを大事そうに抱えてそう言う。
後藤は照れくさそうに頭を掻いている。
「まぁ、紺野よりは上手に作れたか微妙だけどねー
 開けてみてよ。」
「はいっ! ありがとうございます!!」
99 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 01:12
包みを開けると、オレンジのさわやかな香りのなかに濃厚なカカオの香りが
調和し、パウダーシュガーが本物の雪のように降り積もった褐色の大地がを
彷彿とさせるラウンド型のショコラが姿を現す。
「わっ! すごい綺麗!!」
紺野が驚喜の歓声をあげる。
「一緒にたべよっか。 アタシにも渡す男の人いたらいいんだけどね〜
 あ、紺野にあげたのは代理じゃないからね? ちゃんとココロ込めたからね。」
100 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 01:17
「・・・私が、これ、いただいていいんですか? 私なんかが・・・」
そう言う紺野の唇を、後藤が指で遮る。
「アタシが、紺野のタメに作ったんだよ? ココロしていただきなさーい。
 なんてね、あはは。」
紺野はすこし驚きながらも、
「ありがとうございます! じゃあ早速いただきます!」

101 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:17
「・・・おいしい・・」
紺野の目に光るものが見え、その一滴が頬をつたう。
「あはは、紺野泣かないのぉ」
「あたたかい・・・ このショコラを食べた瞬間
 後藤さんのぬくもりを感じました。 ずっと昔、お母さんにもらった
 一切れのチョコレートを食べた記憶がよみがえってくるようです。。」
102 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:23
そう言うと紺野の涙がさらに溢れ、紺野は泣きじゃくってしまった。
「ぐすっ・・・、うわぁぁぁん。。」
「っとぉ、どうしたのさ紺野? アタシなんかいけない事言った?」
「・・ひっく、違うんですっ 私、私嬉しくて。 ごとぅ・・・」
そこまで言いかけた紺野の唇を、後藤は自分のそれでふさいだ。
「・・・んっ。。」
103 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:26
短い、触れるだけのキス。
「ご・・とうさん。。。」
「えへへー、コレはおまけだよ?
 紺野かわいいからねー オネイサンちょっとイタズラしたくなっちゃったじゃん。」
紺野は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「・・・私。。。
 ちょっと夜風に当たってきますっ!」
そう言って紺野は走り去ってしまった。
104 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:32
「んあー ちとお子さまには刺激が強すぎたかなぁ。」
後藤はあいかわらず頭をぼりぼりと掻いてばつの悪そうな顔をした。

そして、その夜は更けていった。

〜〜〜次の日〜〜〜
「・・うさん。・・・ごとうさん! 後藤さんってば!」
「んあぁ〜 コッタ君、お前が行けはないでしょぉ・・・」
「またそんなHH板住人しか知らないネタ噛ませなくてもいいんですっ!」
的確なツッコミとともに、紺野が後藤を揺さぶり起こそうとしていた。
「ふぁぁぁぁぁぁああ、っと紺野だぁ。もう朝ぁ?」
後藤は眠たそうな顔で紺野に話しかける。
105 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:35
「朝も朝ですよ! 福井はH町に到着しています。
 あの食堂の目の前にパーキングしてますよ!」
「へぇー 早いもんだねぇ。 ふぁーああ」
「そんなことより、ちょっと外を見てくださいっ!」
そう言うと後藤を半ば引きずるように窓に促す紺野。
106 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:40
っと、それまで半分しか開いていなかった後藤の目が大きく見開いたかと思うと
それはまるで獣のような光を湛える眼に豹変した。
「・・・!」
「・・・私の嫌な勘が当たってしまったようですね・・・」

食堂の対面にたつチェーン店、そののぼりには『矢口屋』と大きく書かれており
その店内には派手な金髪の、だが背の低い女が店員らになにやら指示を与えて
居る様子があった。
107 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:45
「やぐ・・・ちぃ!!!!」
後藤の目は怒りに充ち満ちており、紺野が声をかけるのをためらうほどであった。
「(後藤さん、まさかこの地で矢口さんに会うことになるとは。。
 この依頼、これで受けないワケにはいかなくなりましたね。)」
108 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:50
*****5年前*****

まだ後藤がフランスへ渡る前の事だった。 
後藤は日本でとある日本料理屋に住み込みで勤めていたのだが、そこの脇板が病に倒れ
そこに助で来たのが矢口であった。
後藤はまだ、料理の道に入って幾ばくもなく下働きをしながら勉強中の身であったが
その資質はすでにそこの花板である市井によって見いだされていた。
109 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/22(日) 23:58
市井は、日本料理界の若手筆頭として世間からすでに認められていた腕前であり
その繊細かつ大胆な技法は料理界全体で話題となっていた。
「えー、今日から? 助で入りました? 矢口ってモンで〜す。
 まぁマターリとやっていきますんでみなさんヨロシク、みたいな?」
「矢口、さんね。 私はここの厨房を預かってる市井って言うんだ。
 急なお願いで申し訳なかったけど、よろしくたのむよ。」
人手の足りていない店を救済すべく料理界自体には助け合うしきたりがあるのだが
折りも時期は年末。 どこの料理屋も助を出せる状態ではなかった。
そこで市井は仕方なく「流れ」と呼ばれる、決まった店に留まらない料理人を雇うことと
したのだった。
110 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 00:02
「へぇへぇ、オイラは自分のペースで働かせてもらいますんでー」
矢口は興味なさそうな口調で言い放つと、さっそく外で一服を始めた。
「若、奴で大丈夫でしょうか?」
店の古参が市井に心配そうにささやく。
「大丈夫だ。 彼女も料理人のはしくれ、仕事が始まればきっと戦力になってくれるさ。」
市井はまっすぐな瞳でそう言い、
「さぁ、今日も予約で一杯だからね。 みんな気合いいれて行くよ!」
111 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:06
その日も、その次の日も、店は年末の忙しさを保ちながら
年明けまで目の回るような日々が続いた。
もともと一流の老舗として名高かったこの店はである。 それは極日常として
皆に受け容れられていた。

と、繁忙期の終わりが見えかけた2月の上旬事件は起こった。
112 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:12
「はーい、厨房の皆さんちゅうもーく!」
矢口がやおら大きな声で板前達に叫びだした。
「今日から、ここの花板兼、オーナーとなりました矢口様です。
 皆さん今日からも変わらず蟻の様に働いてくださいね、キャハハ!」
後藤をはじめ、皆が目を白黒させてどよめく。
「いちーちゃん、・・・んぁ市井さん。 コレはどういうことですか?」
駆け出しの後藤が最初に口を開くと、次々に板前たちは市井の方向を見る。
「市井さん、こりゃぁ何かの冗談ですかぃ?」
「エイプリルフールにはまだ早いですぜ。 若。」
市井はだまってうつむいたまま、なにも語ろうとはしない。
113 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:15
「どーもこーもないっつうの、ねぇ市井さん。いや紗耶香ちゃん。キャハ!」
市井は青ざめた表情で、ぽつりぽつりと呟くように、
「・・・聞いての通りだ。 今日からここの花板は矢口さんだ。」
「なっ・・・どういう事ですか! ちゃんと説明してください!!」
焼方が声を荒げる。
「ソイツはオイラから話そっか。 紗耶香ちゃんには辛い辛い出来事だもんねー♪」
114 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:19
矢口が得意げに話し始める。
「まず、料理屋とはいってもここの所有権は女将にある。 コイツはまぁ、良くある話だ。
 板前は雇い人、店自体は別の人間が持ってるってパターンね。
 で、本来は女将が実質のオーナーである、と。 でもココは女将が去年亡くなってるね。
 んでもって、所有権たる株はその一人娘の圭織さんが持ってらっしゃるっと。
 早い話がココのオーナーさんは飯田圭織さんです・・・いや、でした。と言った方が
 正しいかな?」
115 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:23
板前達は、矢口の話に食い入るように聞き込んでいる。
「ま、その株をオイラが『合法的に』譲り受けたってワケ。 まぁオイラの腕なら
 そろそろ店の一つや二つ持っててもおかしくはないしね〜。」
「ちょっと待て! 圭織お嬢さんは精神病を患っておられ、いまは箱根の温泉宿で
 療養中のはずだぞ!」
古参の板前が顔を赤くさせて矢口を問いつめる。
116 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:28
「な〜に言ってんのかなぁ オイラは話し合いの結果として、この店を任せるに
 ふさわしい人物として、カオリお嬢様? から所有権をいただいただけだっての。
 それなりの対価は払ったしね。 ふふふ・・・」
ここまで聞いていた後藤が、
「いちーちゃん! 本当なの? こんな奴にこの店渡しちゃっていいのかよ!
 『子朝亭』はいちーちゃんのお父さんがやっとの思いで・・・!
「言うな!!!!」
市井は凛とした、しかしどこか切なげな声で後藤を制止する。
117 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:32
「若・・・」
古参の職人はすべて理解したような口調で静かに声をだす。
「わかりやした。おい皆、今日からは矢口さんの下で働いていくぞ。
 それと、市井さんは今日限りでここを去ると仰ってる。 気持ちよく送り出してやれ。」
それを聞いて後藤が激昂する。
「ふ、ふっざけんな! なんでいちーちゃんがココを去るんだよ!!
 ずっと花板で、みんなにいろんな料理や技とか教えてくれた先輩じゃないかよ!!
 だいいちいちーちゃんは何もそんな事言ってないじゃんか!」
118 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:35
「・・・後藤、いいんだ。 私は今日限りでここを辞めさせてもらう。
 みんな、世話になったな。」
後藤は訳がわからず、
「んぁぁ〜。、何だよソレ? 後藤にもわかるように説明してよ?
 じゃないと、じゃないと・・・」
そういうと後藤は泣き崩れてしまった。
119 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:39
「(後藤、若の気持ちを汲んでやれ。 あとで全部話してやる。)」
古参の板前が後藤にささやく。
と、矢口が口元を緩ませながら、
「店に花板は二人いらないからねぇ。 市井さんにはわりーが、止めはしないよ。
 じゃま、今日終わったら送別会でも開きましょーか。 うーんなんてココロの優しいオイラ。」

一通り話しおえた矢口はいつものように勝手口から出、煙草をふかしに行った。
120 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:42
市井は早くも荷物をまとめ、出発の準備をすすめていた。
「おい! どういう事か説明してよ!」
後藤が古参にくってかかる。 無理も無い、後藤は市井の腕と人格に惚れ
生涯の師として仰いでやまなかった存在である。 
それが流れの料理人に良いようにされ、挙げ句店を追い出される格好となったのだから。
121 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:45
「後藤。落ち着け。」
古参がなだめるように語りかける。
「いいか、この店が若の親父さんと、飯田の女将の二人によって作られたものだってのは
 知ってるな?」
後藤はふてくされた表情で頷く。
「そして、若が修行の末、ここの脇板になった時市井の親父が引退して娘の紗耶香さん、
 若に花板を譲った。 ここまではお前も知っての通りだ。」
122 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:49
後藤は古参の目を、挑むような構えで凝視している。
「その時だ、若と親父さんと、飯田の女将は店のすべてを若に任せると仰った。
 つまり矢口の奴が言ってた株のすべてを若に与えようとしたんだ。
 しかし、若はそれを断った。 料理人はあくまで料理にのみ心血を注ぐことが
 当然と思ったのだ。それで引退の身でありながら株は飯田の女将が持つ事になった。」
後藤はただ、頷くだけであった。
123 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:54
「で、お前も知ってるだろう。女将が去年お亡くなりになられた。
 当然そのすべては娘の圭織お嬢様が受け継いだ。 しかし、そのお嬢様は
 生まれつき精神に異常を持ってらっしゃる。」
後藤はなにかに気づいた。
「・・・ま、さか。」
「そうだ。普段は普通の生活を送っていられるお嬢様の『交信』とよばれる
 支離滅裂な精神状態にある時を狙って、奴は。。。矢口は株のすべてを受け渡す
 証書のようなものに押印させたのだろう。」
124 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 22:58
「そんなの! そんなのでウチが、『子朝亭』が他人の手に渡っちゃうのかよ!!」
「しかたない。。。それだけ矢口の奴が悪知恵の働く奴だったんだな・・・」
古参は力の無い目で、後藤の目を見ずに言い放った。
「だからって! なんでいちーちゃんが出ていく事に・・・」
「若は、自分が情けなくなったんだよ。 あの人一倍プライドの高い若だ。 
 きっと親父さん、女将が託してくれた店を奪い取られ、店に居座って居られると
 思うか?」
125 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:00
「・・・嫌だ。」
「後藤・・・」
「イヤだよっ! そんなの! いちーちゃんは、みんなは騙されて、あの矢口とか
 言う奴のいいなりじゃんかよ! そんなの・・・そんなのバカみたいじゃん!」
「後藤、わかってやれ。 若も辛いんだ。」
「いちーちゃんが居なくなるならアタシもココにいる意味なんか無い!
 アタシもこんな店辞めてやる!」
126 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:05
と、そのやりとりを聞いていた一人の女性が部屋に入ってくる。
「後藤、それは違うよ。」
「んぁ、いちーちゃん! アタシいちーちゃんについて行く!
 まだいちーちゃんい習いたい事、たくさんあるんだ! ね? 良いでしょ?」
市井は寂しそうな表情で、しかし眼光するどくこう後藤に言う。
「お前はまだここに残れ。 今回の事は私の力不足で起こった事だ。
 お前には関係ない。 第一お前が着いてきても私に荷物になるだけだ。
 (それに、後藤は流れるにはまだ若すぎる・・・辛い思いをするのは私だけで
 充分だ。)」
127 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:08
「いち、ちゃん・・・ そっか。 ごとぉは邪魔なんだね?
 わかったよ。 アタシはここで修行する。 いちーちゃんよりもっと、もっと
 スゴイ料理人になる。。。!」
「そうだ。その意気だ。 留さん、コイツの事よろしく頼みます。」
「若・・・なにとぞお元気で。 年に一回くらいは連絡をよこしてくださるんですよ。」
128 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:13
その後、市井の消息は雲の中に消えていった。
後藤も市井の言葉の真意を理解して、矢口の下、と言っても彼女はほとんど板場には
姿を見せなかったのだが。
そして後藤は『子朝亭』の古参らに揉まれ、腕を上げていった。
その中に市井の背中を追いかけるように・・・
129 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:20
話は元に戻る。
福井に着いた二人だが、紺野は以前後藤に質問していた事があった。
「後藤さんの師匠に当たる方とはどなたなのですか? そのスタイルをお見受けするに
 日本料理、それも『紗蘭流』の技法が出ていると思うのですが。」
「『紗蘭流』・・・か。 昔勤めていた店でね。 アタシの師匠から習った型だよ。
 つってもそのお師匠様も今じゃどこに行ったもんだか・・・」
130 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:25
紺野は食い入る様に後藤に質問攻めをする。
「やはり!『紗蘭流』といえば『子朝亭』の「市井」ですよね。
 材料の特質を瞬時に見極め、その旨みを余すことなく引き出した上に奇抜な味付けと
 体に優しい料理法を取り入れたまさに日本料理の完成型と名高い・・・」
「たしかにそうだけど・・・あの流派は途絶えたよ。 アタシのは『紗蘭流』の
 まねっこ。 使いこなす人間はもう一人も残ってないんだ。」
131 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:28
後藤が自虐気味に淡々と語る。
「・・確かに一番の使い手である市井は4年ほど前から世間からふっと居なくなり
 ました。 今ではどこで何をしてるのやら。」
すると後藤は、急に声を荒げ、
「いちーちゃんは! いちーちゃんはちゃんと生きてる!!」
紺野はその様子に驚いて
「後藤さん? 急にどうしたのですか?」
132 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:30
そうやって後藤の過去を知った紺野は、当事者ではないが矢口にただならぬ怒りを感じる
後藤に同情、いや同感を覚えていたのであった。

その矢口が! 将に今後藤の目の前に姿を現した。
後藤が平常心でいられるはずはなかった。
133 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:42
さっそく二人は食堂「たかはし」の中に入り、そこの店主である愛と話を始める。
「いやはぁ、こんの辺鄙な所までよ〜くきてくだすったぁ。
 わたすはここの主の嫁ですたが去年ハァ、『矢口屋』とか言う焼肉のチェーンが出来てからは
 売り上げが減る一方でぇ。  
 わたす達もがんばったんだけ、お客さんはみんな取られてしまったで。
 もう限界だ思ったで、主人の残してくれた貯金で後藤さん呼ぶけ思ったですわ。」
134 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:46
愛はなおも続ける。
「最初は、矢口さんもチェーンの傘下に入らんか言うて、何度かウチに来てくだすって
 たんだがぁ、ウチの人頑固やんね。 代々守ってきた「たかはし」ののれんを
 どこの馬の骨とも知らん奴に譲れるかってぇ。
 そいだば次の日にはもう目の前に店出来ててぇ、一ヶ月もせんうちにウチは閑古鳥が
 泣くようなったけ。 まもなくして、頑張りすぎたんかなぁ。
 ウチの人が体壊してぇ、あっけなくくたばってしまったでの・・・」
135 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:49
「それは・・・お気の毒です。。。」
紺野が悲しそうに愛に話しかける。
と、後藤が顔を赤くして、
「高橋さん、事情はよーーーくわかりました。
 すべてアタシたちにまかせてください。 「矢口屋」なんか一瞬で葬りさって
 あげます。 あ、報酬は結構です。 だよね紺野?」
136 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:51
「え、ああ、はい。
 後藤さんがそう仰ってますので、今回は無償で再建請負います。
 問題は・・・無いようですね。」
紺野は高橋の嬉しそうな表情からくみ取った。 もともと高橋もあの後藤に依頼を
 受け付けてもらえるとは思ってもいなかったのだから願ってもない申し入れである。
137 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/23(月) 23:56
(作者より)
明日で更新は一時お休みさせていただきます。
楽しみにしていた数少ないと思う読者のみなさま申し訳ありません。
3月末くらいに復活予定です。
その間、レスの一つでもあると非常に励みになりますので、名無しさんから
他の作者様まで何かカキコいただけたらと思います。
また、ご意見要望などありましたら気軽にどうぞ。 本職の料理人の方からも
ツッコミなどお待ちしております。
それではしばしのお別れです。 お元気で・・・
138 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:00
「じゃあ、さっそくでワルイんだけど高橋さんのお店にお邪魔していいかな?」
後藤がいつもにもないやる気を見せて「たかはし」の店を一瞥する。
「あ、はぁ。 ではこっちですぅ。
 最近は一人も客がこないもんで、材料もたいしたモン残ってないでな。」
後藤らが店に入る。
「ふむふむ、小料理屋といった雰囲気ですね。
 内装もそんなに悪くない。 あとは肝心の料理ですが・・・」
紺野はすでに店内の様子をデータとしてモバイルに打ち込んでいた。
139 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:05
「ウチは、若狭から魚を仕入れてましたで。
 材料は主人の伝手でそれなりのモン入って来てた思いますでな。」
「若狭、ですか。 『ぐぢ』が有名ですね。 それに定番ですが『越前蟹』なども
 こちらの名物でしょう。」
高橋は、目を丸くさせながら、
「はぁ・・蟹はたま〜〜に使ってますがその『ぐぢ』言うんは何ですか?
 喰えるモンですか?」
140 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:08
紺野は驚いた。
「えっ。『ぐぢ』をご存じないのですか? 甘鯛の事をそう言うと私の調べでは
 なっているのですが。。」
「はぁ。そげな変わった材料は使うた事ないですで。 なにせ料理の方は主人に
 まかせっきりだったもんで。。。」
「・・・なるほど。 これは原因が見えてきましたね。」
紺野は確信したような口調で愛に話しかける。
141 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:11
「高橋さん。 貴女のご主人はなかなかの腕前だったようですね。
 しかし、貴女自身がそんなに料理に興味があったわけではないようです。
 ご主人がお亡くなりになってからでしょう? こんなに客が寄りつかなくなったのは。」
高橋は一瞬はっとして、
「・・たしかにその通りです。 主人がいた頃はまだ常連さんやら、一日に20組くらいは
 お客さんが来てましたで。」
142 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:14
「やはり。」
紺野はわずかに笑みを見せ、
「後藤さん、聞いての通りです。 この店はまだ死んではいません。
 料理さえおいしいものが出ればこの店に戻ってきてくれる客は居るはずです!」
後藤はそれを聞き
「よし! じゃあこっからはアタシの出番だね!」
143 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:19
「しかし、問題もあります。 一度評判を落とした店はなかなか昔の客を戻すことは
 困難です。 なにかここの料理をアピールできる方法があれば良いのですが。。。」
すると愛が、
「そいだら、来月の頭にある『料理祭』なんかどうですかね?
 毎年行われてますで、福井中の料理屋が自慢の一品を出して、それを知事はじめ
 お偉いさんらが品評しますで。 それで一等になった店は一年間ガイドブックやら
 雑誌の紹介を受けれるちゅうモンです。」
144 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:22
愛はつづける。
「締め切りが明日までで、向いの『矢口屋』も参加表明しとるようです。
 あの金髪のちっこい人が毎日夜おそーくまで何やら研究しとるのを見てますでな。」
「!」
後藤と紺野が顔を見合わす。
「願ってもないチャンスですっ!」
「願ってもないチャンスだねっ!」
二人の声が重なった。
145 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:26
そうして、後藤達3人は打倒『矢口屋』、そして福井祭の優勝を狙って
その一品の選定に入ることとなったのであった。

「いいですか後藤さん。 向こうはおそらく専門店らしく肉料理で攻めてくると思われます。
 こちらは高橋さんの仕入れを利用した海産物での勝負となるでしょう。」
「紺野。」
後藤がいつになく真剣な表情で語り始める。
「今回は・・・、今回だけはアタシに全部任せてくれない?
 いつもは紺野の知恵借りて、相談して、二人でやってきたけど、
 ・・・アタシ一人でやりたいんだ。」
146 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:29
「後藤さん・・・(そうだ。この勝負はただの勝負じゃない。
 後藤さんの復讐をこめた戦いなんだ。)」
「わかりました。 では今回は私は後藤さんのサポート役としてのみ働きます。
 献立、組み立てすべてに口出しはしません。」
紺野は後藤の気持ちをくみ取って、そう決意した。
「ゴメンね。 紺野。」
147 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:36
そして、その夜。
「たかはし」の厨房には包丁を研ぐ後藤の姿があった。
「いちーちゃん・・・ アナタからもらったこの一振りの包丁。
 使う時が来たんだよ? いちーちゃん愛用の『船橋』 コイツで奴を。矢口の奴に
 いちーちゃんの無念を晴らしてあげるよ・・・」
『船橋』と呼ばれたその包丁には『紗・真・命』と刻印が彫ってあった。
「いちーちゃんがいつも言ってた、料理への思いやり。
 『紗、つまり繊細であれ。 真、つまり誠心誠意向かうべし。 命、つまり素材の
 生命を引き出せ。』 どんな物にも生命は宿る。 それ自体の力を、真っ直ぐにかつ
 やさしく出してやること。それが最も大事なコトだって・・・」
148 名前:暮 流助 投稿日:2004/02/24(火) 23:40
「アタシは、コイツに誓う。 矢口に、いちーちゃんが正しかったコトを。
 そしていちーちゃんのから受け継いだこのチカラで奴をたたきのめしてやる!」
後藤の姿には鬼気迫るものがあった。
肌寒い夜に、月だけが不気味にも取れるほど蒼く輝いていた。
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/29(月) 20:51
ho
150 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/04/26(月) 22:13
がんばってください!!!
応援してます!!!
151 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:11

福井祭までリミット一週間。 店は臨時休業・・・と言ってもここの所はずっと開店休業の状態であった
ため、とくに支障はなかった。

後藤は来る日も来る日も出品する物に思案を巡らせては試作、また試作の日々がつづく。
「・・・違う! こんなの、こんなんじゃアイツに勝てない。」
後藤は何かに取り憑かれたように毎日朝夕を問わず包丁をふるっていた。
152 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:15
「考えられる特産品すべて、素材も特級。 味付けは完璧のはず。。。
決してぞんざいな扱いもしていない。 なぜあとひと味足りない?」
後藤はその腕前に比類する舌もまた持っている。 0.01gの塩の多少から
素材の産地までぴたり当ててしまうほどだ。
その彼女が何か足りないとわかっていながら、補正に苦しんでた。
そしてその訳を後藤に一番近い存在の紺野はなんとなしに察していた。
153 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:18
「後藤さん・・・」
紺野は今回は引いているようにと師から言われているのを気にして、いつものように
後藤のサポートを出来ないでいた。
店主の愛は、後藤の言う失敗作をこんなおいしいのは初めて、と平らげている。

後藤は、煮詰まっていた。
154 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:20
ついに祭りの前日を迎えてしまう。
後藤は疲弊した顔で、それでもなお試行錯誤を繰り返す。

紺野は、そんな後藤を見ていられなかった。

「・・・後藤さんっ!」
155 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:25
「んぁ、、、どーした紺野。 アタシなら大丈夫だよ。
 だいたいメニュはできてんだ。 あと一品。あと一品なんだよ」

紺野は目に涙を浮かべ、後藤に何かさしだした。
「後藤さん・・・今回私は何もお手伝いさせていただけません。
ですが、私の足りない頭ではこのままでは後藤さんは今回矢口さんに
負けてしまうと思います・・・
 後藤さん、私に唯一できる事をしていきます。 どうか気づいてください。」
156 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:27
そういって、踵を返し闇にきえていく紺野。
そして、そこには掌大の石が置いてあった。

「・・・? こんの?」
後藤は何やらわからない様子でその石に手をのばした。
157 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:30
「・・・んっ。 なんだコレ、あったかい。。。」


後藤は、何かに気づいた。
「そっか。 紺野、お前。。。
 ふふふ・・・アタシバカだねぇ。 基本中の基本か。
 なにが天才料理人だよ。 ・・・紺野、ありがと。」
158 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:34
後藤は紺野の置いていった石を懐に入れ、また板場にもどった。
その瞳は、一点の曇りもない。 優しい輝きに満ちあふれていた。


その日は曇り勝ちだったのに、夜になると月が雲を払いのけるように
現れていた。 その光は橙色にやさしく輝いていた。
159 名前:暮 流助 投稿日:2004/05/31(月) 23:36
(作者より)
お久しぶりでございます。
訳あって長い休暇を取らせていただきました。
これからは定期的に書かせて頂きたいと思っております。

また、留守中書き込みいただいた方、ありがとうございます。
これからも精進してまいりますので、温かい目で見守ってください。
160 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/02(水) 19:52
久しぶりの更新ご苦労様です。
やっときましたか!とっても楽しみにしてました!!
これからも頑張ってください!!
161 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/02(水) 23:01
『懐石』
字の通りの意味である。 懐に石。

昔、千利休という人物が居た。 名前くらいは皆様ご存じかと思う。
茶の湯で有名な、僧侶である。
茶の心、というと堅苦しいものを思い浮かべるであろうが、その神髄は
「一期一会」であり、懐石はその流れからきている言葉である。
162 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/02(水) 23:06
ある冬の事。 ある旅人が寒さをしのぐために僧の寺に立ち寄った。
あまりに厳しい天候ゆえ、今日一日夜を過ごさせてほしい、と
もちろん旅人と僧は認識があるはずがない。 僧は快く受け容れた。

その際、体の冷えているだろう旅人を気遣い僧は大切に育てていた
盆栽の木を薪にして、暖をとらせた。 同時に石を熱しそれを湯たんぽの
要領で旅人に差し出した。
163 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/02(水) 23:08
たとえどんな大事な物でも、一度きりの出会いを大切にしたこの僧の
振る舞いが、「一期一会」の精神を善く表した物として、懐石は
この考えを踏襲して進化したものと伝えられる。

つまり、紺野は後藤の料理が「勝つ」ために「もてなし」の精神を
無くしている。と忠告したかったのだ。
164 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/02(水) 23:11
後藤は、いや一流料理人はすべてこの茶の精神を受け継いでいると言われる。
家庭料理が、おふくろの味と言われる料理がおいしいと感じるのは
作り手の「もてなし」の気持ちがこもっているからと主張する人も多いほどだ。

その紺野の気遣いに、後藤が気づかないはずはなかった。

「・・・アタシ、盲目だったね。」
後藤はそういうと自分の頭をポカリとたたいた。
165 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/02(水) 23:13
そして、福井祭当日を迎えた。
紺野は、不安そうな顔で後藤に挨拶に行く。

「後藤さんっ おはようございます!
 昨日は出過ぎたマネを・・・」
「紺野・・・ ごめんねありがとう! アタシ、過去に縛られてたよ。
 でももう大丈夫。 なんか吹っ切れたかもよ?」
166 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/02(水) 23:23
そう言う彼女の顔は、いつも以上に輝いていて
しかしとても落ち着いた表情であった。

店主代理の愛も顔を見せ、下ごしらえした素材とともに3人は
祭りの会場へと向かっていった。
167 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/02(水) 23:24
(作者より)
生活が落ち着いたため、コンスタントに更新できて嬉しいです。
紺ちゃんファンさん
一人でも読んでくださる方がいるというのは励みになります。
これからもよろしくお願い致します。
168 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/03(木) 23:20
>167 暮 流助 さま。
更新どうもです。
いつものぞいています。
作者さま、更新がんばってください。
期待大です。
169 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/03(木) 23:54
会場は、すでに地方の一祭りとは思えない熱気でごった返していた。
「すごい人手ですね・・・ 審査席にいるのは日本を代表する
 老舗の板や、評論家、ちらほらと見た顔もありますね。」

「んぁー こんのよっく覚えてるねー
 アタシは依頼受けた人なんかいちいち覚えてないよー」
170 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/03(木) 23:56
と、司会らしき人物がスピーカから会場にむけ
がなるような大声で告知を始める。
「・・さて!みなさま。 本日はこの福井祭にようこそいらっしゃいました
 本日は天候にもめぐまれ・・・」

怒号と、歓声にかきけされたその声と入れ替わるように、後藤たち
いや愛に声を掛ける女性がいた。 矢口だ。
171 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/03(木) 23:58
「キャハ! なーにアンタも出店するの。
 ムダムダ、しろーとがまぐれで優勝するような会じゃないっつーの。
 で、そちらの方々は助っ人? まぁ素人同士集まって。
 せいぜい食あたりには気を付けるんだよ。」

愛はとつぜんの罵声にひるんでしまったのか、何も言い返せずにうつむくばかり。
172 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/04(金) 00:01
紺野が、珍しく怒りを表し何か言い返そうとしたその時
「お久しぶりですねぇ。 花板。」
後藤の声だ。

矢口は少し顔をしかめて、何かに気づいた。
「あっれー アンタどっかで会ったかも。
 だーれだっけなー」
173 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/04(金) 00:02
「子朝亭では、大変お世話になって。
 いちお自分も流れやってまして、今日はこちらの高橋さんの助で
 きておりやす。 どうぞお手柔らかに・・・」
後藤が、珍しくしっかりした口調でしかし含みをもたせた言葉をつぶやいた。
174 名前:暮 流助 投稿日:2004/06/04(金) 00:04
「ああー! はいはい。 そういえばそんなのも居たかも。
 まぁがんばればいいんじゃない、キャハハ!!」

後藤は頭を下げたまま、矢口の声を聞いている。
いや、聞き流していたのか。
175 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/04(金) 19:07
作者さま、更新ごくろうさまです。
これからこの話はどうなるんでしょう?
とっても気になります。
応援してます!!
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 13:47
ho
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/23(月) 19:01
178 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 22:52
皆様お久しぶりでございます。
実生活が非常に忙しく、更新に手が回らなくなってしまいました。
今日は珍しく時間がとれたもので書かせて頂きます。
不定期な更新になり大変恐縮でございます。
179 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 22:54
「キャハハ! とりあえず今回の祭りはこの矢口さんが
 圧勝で終わるから、せいぜい旨いもの食べて帰んなよね。」
矢口は自信に満ちあふれた口調で続ける。

「後藤さん、そろそろ準備が・・・」
紺野が空気を察してそう口をひらいた。
180 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 22:57
「おっと、そうだった。
 ではうちらはこれで失礼します。 お互い精をつくしましょう。」
後藤はなおも紳士的につづける。

矢口は特に気にせずにそのばを去っていく。

「はぁ〜、やっぱ余裕の態度だで。 今年もやぐちサンとこには
 勝てねぇだなぁ。」
愛は落胆ともとれる態度でそうつぶやく。
181 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 22:59
「さっ。 行きますよ高橋さん。」
後藤の声と紺野の声が重なった。

少し面をくらったように愛は
「へ、へい! 行きますか!」と裏返ったような声で返事した。

3人が特設の屋外店舗に向かい進んでいく。
182 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 23:03
福井祭のプログラムとして、まず地元の町内から神輿の練り歩きがあり
年男による太鼓の演奏、そして同時進行で漁師連合が大漁旗のもとに
その日揚がった魚介類の網焼きなどが振る舞われる。

素人料理といえばどれまでだが、新鮮な海老や魚の塩焼きが無料で振る舞われるゆえ
祭りに来ている人々はメインの味比べの大会の前になにがしかの物を
口に入れていることになる。
183 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 23:05
つまり、この福井祭にエントリーする料理人たちは
ある程度腹の膨れた人を満足させるだけの腕前を持った人間でなくては
ならない。
それゆえ、福井祭の参加者はレベルの高い料理人が出場するのである。

もちろん、事務局がそれを狙っていたわけではないが。
184 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 23:09
さて、時間は少しすすみ夕暮れ時となった。
日本海の水平線の上方に火のように紅い太陽がぽっかりと浮かんでいる。
潮風も心なしか涼しげに感じられる。

「皆様!本日は福井祭にご来訪くださりまことにありがとうございます!」
調子のよいがなり声が会場に響く。
185 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 23:13
「それでは、お時間もそろそろ頃合いとなってきたようです!
 これより、福井祭のメインイベント、味比べ大会を始めたく思います!!」
司会の声に合わせ、会場のセンターに4つの大きなテントが顔をだす。
それぞれには中国の幻獣である、「玄武」「青龍」「白虎」「朱雀」が
描かれている。 凝った演出である。
186 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 23:17
「まずは今回の参加者である4組の料理人をご紹介致します!」
「玄武のテントは、皆様ご存じの『矢口屋』です!
 私事でもうしわけないのですが、一昨日も私は矢口屋の焼肉御前を食してまいりました。
 優勝候補の店であります!」

歓声が轟く。 もしかしたら司会は矢口の肝いりなのかも知れないと
思うほどのひいきぶりだった。
187 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 23:21
「続きまして、青龍の『重慶苑』!
 こちらは中華料理の老舗、秘伝の白湯が今日も最高の出来だそうです!」
「さらに白虎の『ラ・メール』!
 フレンチの鉄人、堺がおりなす地中海のシーフードは死ぬ前には一回食べて
 いきたい逸品であります!」
続けざまに有名店が名を連ねる。
188 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/15(水) 23:24
「えー、最後に紹介致しますが朱雀の・・・
 『割烹たかはし』・・ どうやら地元福井からの参戦ですね
 私不勉強で名前は存じておりませんが、頑張って頂きたいですね!」

笑い声にも似た歓声が続く。

「ふふ。上等じゃん。」
後藤が不敵な笑みを浮かべ、紺野は冷静な顔をそれを見る。
愛は不安げな顔がさらに暗くなって行く。
189 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/09/17(金) 21:14
作者さま、更新乙です。
矢口屋ってすごいんですね・・・。
でも後藤さん!負けちゃぁダメですよ!
作者さま、更新、不定期でもかまいません。
私はいつまでも待ってますよ!
190 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:12
(作者より)
この不定期な小説を読んでくださってる紺ちゃんファン様
まことに有り難く存じます。
この先も定期更新が難しい状態が続きますが何卒ご愛顧の方お願い致します。
191 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:16
一連の紹介が終わり、各々がテントへと向かう。
後藤等は赤いテントへと進んだ。
と、愛がやおら切り出す。
「えっとぉ、ワシ等もしやとんでもねぇとこ来てしまったでないですか?」
不安に満ちた表情でそう言い出すが早いか、紺野がふさぐように言葉を発する。
192 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:18
「大丈夫ですよ。 後藤さんに任せてください。
 今回の勝負は私にはすでに結果が見えています。」
紺野の瞳には一点の曇りもない。
「はぁ・・・そうなんですか」
愛は尚も不安げな表情でそうつぶやく。
「・・・心配させてゴメンね〜 まぁドロ船に乗ったつもりで
 ドーンと構えててよ。」
後藤はいつものマイペースな口調で愛をたしなめる。
193 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:21
「それを言うなら・・・」
紺野と愛の声が重なる。
「んあ〜 裏の裏をかいたこのジョークにツッコミは無用だよぉ」
後藤がすかしたようにその先を遮る。

そうやって、和んだムードの朱雀テントとは対照的に他の職人らは
一分一秒を惜しむように下ごしらえへと取りかかっていた。
194 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:26
「セカンド! ブイヨンの用意は?!」
「はい! プイィしてあります!」

「白湯は沸かしてあるネ?」
「是! 我終!」

怒号にも似た声の中、矢口屋のチーフらしき人物も炭火の温度を確かめるなど
淡々と作業は進んでいた。

・・・朱雀のテントを除いては。
195 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:30
「っちょ。 みんな準備とかしてますでー
 わいらだけなーもしとらんでいいんですか?」
愛の不安はいっそう募る。

「んあ〜。 あわてないあわてない。一休一休。」
後藤が人を喰ったような表情で言い放つ。
「ってか、もうほとんど準備はできてんのよね。」
「はぁ・・・そうなんですか。」
愛は半ばあきらめたようにそう言う。
196 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:33
準備時間の半分を過ぎたころ、紺野が後藤にささやく。
「ごとうさん、そろそろ・・・」
「おっ。おけおけ。」
後藤はそう言うとやっと椅子から立ち上がり、板場へと向かう。

「紺野! 大和薯とアレちょうだい!」
「はいっ。 葛はそちらのバットに入ってます。」
197 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:38
「氷はたんまり用意してあるね?」
「もちろんですっ! かき氷屋さんになれるくらい用意してありますよ!」
「じゃあ、あれお願いね!」
「はいっ!」

紺野と後藤が恋人のように息の合ったやりとりで次々と準備が進んで行く。
「はぁ・・・これが伝説の料理人の腕やんね・・・」
愛が圧巻に取られている。
198 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:43
会場は中秋だというのに酷く熱かった。
各人の熱気に喚起されるように、4つのテントの周り1kmほどが
まるでジャングルのような異様な熱気と湿度に覆われていた。

「いやぁ。熱気でむせかえるような会場で今将に4つの幻獣がその爪牙を研いでおります!
皆様はその様子をどのような面持ちでごらんになっているのでしょう!」
司会の名調子が続く。
199 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:48
時間はそろそろ2時を迎えようとしていた。
季節はずれの暑気が、その地力をいかんなく発揮し、場内の気温はすでに
40度に近くなっていた。

「・・・・が!・・・と!」
「・・け!」「・・・ろ!」
会場の歓声と、雰囲気に溶けた職人たちの声が切れ切れに聞こえてくる。
200 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:51
「紺野、ぐじは?」
「はいっ。 朝一の漁で獲れたもので、赤です!
 身の締まり具合も問題ありません!」
「OK、じゃあこいつでいくよ!」
「はい!浮き粉も用意済んでます。」
201 名前:暮 流助 投稿日:2004/09/29(水) 22:52
雷のような時間が過ぎ、参加者たちの目が一点に注がれた。
時計は2時59分を指していた。

「そこまで!!!」
司会の声が響く。
規定時間の終わりを告げる声であった。
202 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/10/02(土) 01:50
更新どうもありがとうございます。
ごっちんは相変わらずマイペースですね〜。
紺野さんとも息がピッタリですね。
作者さま、更新、不定期でもかまいません。
いつまでも更新を待ってますよ!
203 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/17(日) 23:58
わっ!料理ものだ!
なんで今まで気が付かなかったよ、自分 orz
料理をかじってる自分には嬉しい限りです。
にしてもすごいっすね…驚きました。
専門用語はなんとなくわかりますが
作者さん、相当料理通ですね?
ではがんばってください。

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