Dear Friends 7

1 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月27日(日)21時10分50秒
短めの話を書かせて頂きたいと思います。
よろしければ、お付き合いください。
(森板より引っ越してきましたが、前スレからの続きモノではありません)
2 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月27日(日)21時14分35秒

「飯田さんは、運命とかって、信じます?」
帰り支度をしていると、よっすぃーが突然言った。
他のメンバーはとっくに帰ってしまって、楽屋には私とよっすぃーの二人きり。
彼女は私のことを待っていてくれているのか、自分の支度が終わってもまだ、
ドアの側に立ったまま楽屋から出ようとしない。
「なに? いきなり」
こんな風によっすぃーは、たまに突拍子も無いことを言い出したりする。
もっともカオリもあんまり他人のことは言えないから、いつだって真剣に聞いてあげるようにしてるんだけど…。
「友達と占い行ったんですよ。なんかそこ、すごい当たるらしいんですけど」
「ふーん」
占い、か…もうだいぶ前のことになっちゃったけど、レギュラーで占いの番組やってた頃はホント興味あったんだけどなあ。
今はあの頃よりもずっとずっと忙しくて、たまに雑誌の星占いとかチェックする程度だもんね…なんて感傷に浸りながら、
「で、なんて言われたの?」
私が何気なく尋ねると、
「うん。アンタ明日死ぬよ、って言われちゃいました」
よっすぃーは、実にあっさりと言い放った。
3 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月27日(日)21時16分24秒
「はあっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったけれど、でもそれってすごく当然のコトじゃない!?
なんでこのコったら、自分が”明日死ぬ”とか言われたって話を、ごくごく普通のトーンで話せちゃうワケ!?
信じらんない、コイツぜったい普通じゃないよっ!!

……と、心の中でひとしきり慌てた後で、はたと気付く。
そっか、もしかしたらよっすぃーが言ってるのはもう何日も前の出来事なんじゃない?
だって彼女、友達と占いに行った、って言っただけで、なにも今日行ってきたなんて一言も言ってないもん。
そうだよ、たとえば…
『一週間前に占いで”あなたは明日死にます”って言われたんだけどほらヨシザワ、
今日もこの通りピンピンしてるじゃないですかあ。案外アテになんないモンですよねぇー、占いなんて』
みたいなオチなんだよ!
なんだあ、それならそうと早く言ってよもう…慌てふためいて損しちゃったよ。

「って、っていうか…い、いいい、いつ行ったのよ、それ」
自分では平静を取り戻したつもりだったんだけど、喋りだすと何故かしどろもどろになってしまった。
お願い、よっすぃー、”今日じゃない”と言って!!
4 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月27日(日)21時18分38秒
「今日ですけど」
うそっ…!?
「じゃあ”明日”って、明日じゃん!!」
「うん。そうですね」
私の突っ込みをものともせず、よっすぃーはいつもの呑気な笑顔でまるで他人事みたいに言ってのける。
「なに呑気なこと言ってんの!? あああ、そういうのって誰に相談したら良いんだろう…」
警察? 神父さま? 神主さん? 巫女さん? ううん違う、近いけど違うよカオリ……
あっ、そうだ、お坊さんだ! お寺で除霊っ! ビンゴ!!
「相談っていうか、飯田さんにしか話してないんですけどね。たかが占いだし、あんま気にしてないし」
「気にしてよ! そういうのは気にした方が良いってば!」
「飯田さんって心配性だよねぇ。んなコトあるワケないじゃないっすか」
慌てふためく私の様子がおかしかったのか…よっすぃーは、あはは、と楽しげに笑うと、
「でも、もしもホントだったら…飯田さんだけはヨシザワのコト、忘れないでくださいね」
急に真剣な顔になって言った。
5 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月27日(日)21時20分25秒
「なに、言ってんのよ」
「なぁーんてね。じゃっ、先帰ります」
妙な胸騒ぎがした。
よっすぃーの言うとおりカオリは心配性だし、占いとか運命とか、そういうのもわりと信じちゃう方だし、だからってワケじゃないけど。

忘れないでください。
よっすぃーの言ったコトバは、なんだかとても切実で、真剣で、ずっとカオリの耳を離れなかった。

「んーじゃ、おつかれっしたぁー」
「待って!」
「はい?」
私を置いて出て行こうとしていたよっすぃーが、振り返る。
っていうか、今までカオリのコト待っててくれてたんじゃなかったの?
なかなか帰ろうとしないから、てっきり待っててくれてるんだとばかり思ってたんだけど…
もしかしたらよっすぃーは単に占いのこと、誰かに話したかっただけなのかも知れない。
だとしたら、口では『気にしてない』なんて言ってるけど、本当はかなり気にしてるんじゃないだろうか?
っていうか、いくら占いとはいえ突然、”あなたは明日死にます”なんて宣告されたら、普通は物凄く気にすると思うんだけど。
6 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月27日(日)21時22分08秒
「明日、どうやって過ごすつもり?」
緊張から、声が震える。
けれどよっすぃーは相変わらずの呑気顔で、
「久しぶりの休みだしなぁ…映画でも行こっかな」
「ダメだよ! 家に居なさい!」
「えーっ、だってせっかくのお休みなんですよぉ? もったいないじゃないっすかぁ」
「ダメ!! 明日は絶対にダメっ!!」
もーっ、ホントにわかってないんだから、コイツはっ!!
自分の置かれてる状況を全く解ってないよっすぃーの態度に、自然と語気も荒くなる。
「はあーい。わっかりやしたぁー」
心底やる気の無さそうな口調で、よっすぃーが答える。
ダメだ…このコってばぜんっぜん、わかってない。

「待って」
「はい?」
再び出て行こうとしたよっすぃーを、呼び止める。
「帰っちゃダメ」
「え?」
「うちに来て。明日が終わるまで、ずっとうちに居るの」
「うち、って?」
「カオリの、おうち」
よっすぃーは、『どうして?』って顔でじっとカオリのこと、見てる。
7 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月27日(日)21時24分15秒
「カオリ、明日が終わるまで、よっすぃーのコト見張ってる」
「…もしかして、死なないように?」
よっすぃーの問いに、黙って頷く。呑気面のあんたと違って、カオリはいたって真剣なんだから。

私もよっすぃーも、明日は久しぶりのオフ。
たかが占いだなんてよっすぃーは言うけれど、あんな話聞かされて、このまま黙って帰す訳にはいかない。
いくら部屋の中でじっとしてたって、危険はいつどこに潜んでいるかわからないんだもの。
よっすぃーのことだもん、一人っきりで部屋に居たりしたら、滑って転んだりとか、机の角に頭ぶつけたりとか、
その程度の些細なきっかけでうっかり死んじゃったりするかも…ってああっ、ダメダメ!
縁起でもないコト想像しないの、カオリっ!!
8 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月27日(日)21時27分14秒
「飯田さん。もしかしてあたしのコト、すごく心配してくれてます? なんかちょっとうれしいんですけど、そーゆーの」
「ねぇ、よっすぃー。他には何か言われなかった? 何かに気をつけろとか…何でもいいよ、水とか、火、とか?」
「やぁ…なんも。とりあえずねぇ、なんか『アンタ死ぬよー』みたいな、ごく軽いノリでしたね」
「嘘でしょ…。なんて無責任な占い師なの…」
「いやぁ仕事柄、お泊りセット持ち歩いててよかったぁ。こーゆーコトあるかなぁと思って、いつも三日分は用意してるんですよね」
「あっそう。良かったね」
とにかく。
危機感ゼロのこのコを、一人っきりで野放しにしておく訳にはいかない。
一人の友人として、先輩として、そしてなにより、モーニング娘。の頼れるリーダーとして。
このコの命は、私が必ず守ってみせるんだから!

「へへ」
「ちょっと…なんでそんなに緊張感ないワケ?」
「だって、飯田さんちにお泊りすんの、初めてじゃないっすか。なんかぁ、ひとみ照れちゃ〜う、みたいな! えへっ♪」
「あのねえ」
占いっていうか…その前にこのコ、カオリが自分の手でうっかり殺しちゃったらどうしよう。
 
9 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月27日(日)21時29分41秒

4〜5回の更新で完結すると思います。
よろしければ。。
10 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月27日(日)22時01分00秒
んが〜〜〜〜きたーーーーーー
リーダーとよっすぃ!!
またまた面白そうだ!!
11 名前:名無し 投稿日:2003年07月27日(日)22時15分33秒
うっかり殺すってあんた!!
でも飯田さんが言うと素敵。いや全然素敵じゃない、落ち着けオレ!

ハロモニで見せたよしめしの真髄を見せて頂きます。
12 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月28日(月)20時23分16秒
吉澤主役はもう飽きたよ
13 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月28日(月)23時11分14秒
>>12
ハァ?
14 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月29日(火)01時23分51秒
>>12
なら読むなよ。
15 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月29日(火)01時51分51秒
感想ありがとうございます。
なっちショックでかなり凹んでますが、返レスだけ。。

>10 名無しさん
暴走キャラ2人でどうなることやらですが、お付き合い頂けると嬉しいです。

>11 名無しさん
>うっかり殺すってあんた!!
以前にもリーダー視点で書いた事があるのですが…暴走具合は、
前回よりもやや抑え気味にしたつもりです(笑)

>12 名無しさん
わかるんだけど、出来ればそういうレスは完結してからにして欲しかったです…。
(途中で言われても、どうする事も出来ないので)
とりあえず、今連載中のものは最後までやらせてください。

>13 14 名無しさん
…うん。でもやっぱりマンネリ感は否めないしなぁとか、ちょっと考えました。
(でも、フォローありがとうございますね)
16 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月29日(火)02時42分45秒
作者さんは作者さんのやりたいようにされればいいと思いますよ。
商業的なものではないわけですし。
そのカップリングが好きでそればかりを
ずっと書き続けてる方もたくさんいらっしゃいます。
いしよしなんか特に。
そしてそれを懲りずに支持する読者がいるわけですから。
>>14じゃないけど、嫌なら読まなければいいし、
要望を伝えるにしろ言い方があるでしょうて。

雑音は気にせずに、納得のいくものを仕上げてほしいなぁ…と。

それから、うっかり殺すって!!(w
俺もかなりウケますた。
次回更新楽しみに待ってます。
17 名前:名無しアゴン 投稿日:2003年07月29日(火)06時45分54秒
わたしは『いしよし』オタですが、何か?

でもステップさんの作品はどんなカプでも好きですよ。
梅雨が明けると変な虫が出てきますが無視して行きましょう。
18 名前:名無し読者79 投稿日:2003年07月29日(火)17時42分18秒
なんかリーダーが素敵ですね(^^)
こちらも読ませていただきました〜!よっすぃーもよっすぃーらしいというか…
自分より、周りの方が心配しそうですよね、実際(笑
私もいしよし大好き人間ですが、すてっぷさんの小説はどんなCPも好きです。
19 名前:Silence 投稿日:2003年07月29日(火)19時16分28秒
更新そして新スレおめです。
相変わらず来てますね〜。この独特の世界観。すげ〜な〜と
感心しました(w 飯田さんならやり(殺り)かねないと思
っちゃいましたよ(w
自分も16さんと同じ意見です。お師匠様の好きに書けばいい
と思います。って自分もいしよしばっか書いていしよしばっか
読んでる人ですからね(w
ではではこのお話の続き期待して待ってます
20 名前:もんじゃ 投稿日:2003年07月30日(水)17時53分18秒
新作おめっとうございます〜♪
そしてなっちショックに同じく…凹み。アハハ…壊れたい(泣)

すてっぷさんファンにこんなにも「いしよし」ヲタが多いのに驚きましたが、
私もそうだったりします。
でもみなさんすでに書かれてらっしゃいますが、
すてっぷさんが好きな娘。さんで書くのが一番だと思います。
無理やり書くのは、書いてるほうもつらいし伝わるから読むほうもつらい。
そんなのイクナイ!!

だいたい、金板で絶賛連載中の「えんじぇる☆Hearts!」の主人公は、
吉澤さんではないですぞ!!

…えーっと、誰でしたっけ?
21 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)20時18分01秒
コテハン読者が多いね。
なんか信者みたいでキモいよ。絶賛されてるほど面白くないし。
22 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)20時28分59秒
>21
はぁ?

12と同じヤシ?
読解力の無い厨が一行レスみたいなのを書くなよ。

23 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月30日(水)20時31分10秒
>21
いろいろ言いたいことあるなら、それ用の場所でやろう
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/imp/1027587387
(夏だねぇ)
24 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月30日(水)22時18分49秒
ほんと、夏ですなぁ
夏厨まる出しも十分キモいゾ

固定が多いのは、毎回期待を裏切らない小説を書き続けてる証拠ですな
漏れもいつも楽しく読んでるよ、ガンガレすてっぷさん
25 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月30日(水)22時19分06秒
おいおいまたもう、いつの間に…。
更新しようと思って来たけど、そんな空気じゃないぃ…。

>16 名無しさん
どうもありがとうございます。そう言って頂けると救われます…。
一緒に楽しんでくれる人がいる限りはマイペースでいこうと思います。
書きたいモノを書いて、かつ読んでくれる人がいればそれで良いんですものね。
>それから、うっかり殺すって!!(w
吉澤さんが最後まで生き延びることができるか、見守ってやってくださいませ(笑

>17 名無しアゴンさん
ありがとうございます!とりあえずマイペースでいきます。
ちなみに今度書いてみたいCPは、「なちまり」だったり。
でも(なっちの話は)今書くとすると、切ない話になってしまいそう。。

>18 名無し読者79さん
こちらもお読み頂き、ありがとうございます!
リーダー視点は久々で、書いていて楽しいです。
2人ともボケ系でどうなるやらですが…ラストまで見届けていただけると嬉しいです!
26 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月30日(水)22時28分30秒
>19 Silenceさん
いつもどうもです。なんか、たくさん励ましてもらって恐縮です…ありがとうございます。
>飯田さんならやり(殺り)かねない
確かに(笑)。「どうしよう!殺っちゃったよ〜」とか言っちゃったりしそう。

>20 もんじゃさん
ありがとうございます♪ というか壊れないでくださいー(涙)。凹んだらまた膨らみましょう!
なんというか卒業自体は悪い事じゃないと思うのですが…分割後のリーダーとか言って担ぎ出しといて、
その矢先にそういうコトしちゃうんだあ、へぇー、という呆れの方が先に立つというか。安心した私がバカでしたというか。
それから、温かいお言葉をありがとうございました。とりあえず、今まで通りにやってみます。
「えんじぇる☆Hearts!」の主人公。それは、最終回まで秘密です(なぜ)。

>24 名無し読者さん
ありがとうございます。むしろ批評(中傷?)を名無しでやることの方が卑怯なのでは?とか思ったりします。
私としては固定だろうとなかろうと、そんなのはどっちでも同じ位嬉しいです。レスをくれる人が好きに決めてくれれば良いです。
頑張ります。ありがとう。
27 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月30日(水)22時30分15秒
>21
なんか恨み買うようなことでもしちゃったんだろうか? つまんなかったから? だとしたらホントに謝ります。
何をどうして欲しいのか解らないけれど、お願いですからそっとしといてください。くれぐれも、お願いいたします。
28 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月30日(水)22時41分28秒
飯田と吉澤の2人って、何だか独特の空気があって好きだ。
続きが気になる…次回楽しみにしてまつ。
29 名前:名無し娘。 投稿日:2003年07月30日(水)23時00分08秒
(´ Д ` ;)!!

  更新してもらえない!?それが一番の責め苦かも!
  初期よしことの共通点は既に「純粋さ」しか無くなってしまった
  おバカな彼女の顛末を楽しみにしてます。
30 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)00時45分54秒



すぅ、すぅ。
彼女の規則正しい寝息を背中越しに聞きながら、ページを捲る。
だけどお気に入りの小説は文字を目で追っているだけで、内容なんかちっとも頭に入らない。
今日が終わったら今読んでるトコ、もっかいちゃんと読み直さなくっちゃね…。
時計の針は、1時30分のあたりを指している。
午前1時30分。つまり今は、運命の一日が始まって、ようやく1時間と30分が経過した、ところ。

カオリずっと起きてるから、よっすぃーはもう寝ちゃっていいよ。
そう言ったのは、カオリだけど。
でも、さ…。
「こんなときに、よく寝れるよね」
呆れを通り越してむしろ感心、ううん、尊敬の念すら抱いてしまう。
 
31 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)00時47分22秒
『えーっ』
よっすぃーは、ホラおいでよ、とか言いながら呑気に手招きなんかしてたけど、答える代わりに私は、
彼女が寝ているその傍に腰を下ろした。
だって眠らないつもりでもベッドに入ったら最後、疲れた体に容赦なく睡魔が襲ってくるのは目に見えていたから。
『せっかく来たのに…つまんないの』
『あのねえ』
せっかく来たのに、って一体なにしに来たのよあんたは。
怒りでぷるぷると震える右のコブシを左手でどうにか抑えつつ、私は喉元まで出掛った言葉を呑み込んだ。
だってもし殴り合いのケンカにでもなったら最後、腕力は彼女の方が勝ってるとしても、滑って転んだりタンスの角に頭ぶつけたり、
万が一そういう不慮の事故が起こらないとも限らなかったから。
『ねぇ、飯田さん』
『なに?』
『淋しくて死んじゃうってのは、アリ?』
よっすぃーの口調があまりに寂しげだったから一瞬、騙されそうになったけど、
『もう、バカなこと言ってないの』
はあーい、と少し不貞腐れたように返事して、よっすぃーは、
『あの、眠くなったら寝てくださいね、マジで』
と言い残すと、やがてすやすやと幸せな眠りについたのだった。
 
32 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)00時50分06秒

「ふぁっ…ふわぁ〜ああ」
彼女の呑気なあくび声を背中越しに聞きながら、ページを捲る。
だけどお気に入りの小説は文字を目で追っているだけで、内容なんかちっとも頭に入らない。
今日が終わったら今読んでるトコ、もっかいちゃんと読み直さなくっちゃね…。
時計の針は、10時30分のあたりを指している。
午前10時30分。つまり今は、運命の一日が始まって、ようやく10時間と30分が経過した、ところ。

「よく寝たぁー。っつか寝すぎ? うぁヤベ、アッタマ痛てぇー」
「12時間も眠ればね」
彼女が完全に眠りについたのを確認したのは、昨夜の午後10時30分。口惜しかったからよく覚えている。
「ぁ…おはよーございまぁ〜す」
ようやく私の存在に気が付いたらしいよっすぃーが、気だるそうに言う。
「早起きですねぇ、飯田さん。おばあちゃんみたい」
「あのねえ」
早起きじゃなくて寝てないんだっつーの! っていうか、おばあちゃんってなに!?
私は舌先まで出掛った言葉を、辛うじて引っ込めた。
こらえて、カオリン。ケンカはダメ。
だってこのコはいつどんなきっかけで、死んでしまうかわからないんだから。
33 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)00時52分27秒
「さてと。わらわは起きますぞよ」
は…?
「とりゃっ」
なんなの、このテンション…。
「ぅあぁもぅマジ寝すぎー。タイムマシン欲しー」
適度な睡眠時間が経過した時点まで時を遡りたいという意味かしら…?
「顔洗ってきまぁーす」
ダルそうに頭をかきながらてくてくとバスルームへ向かって歩いてゆくよっすぃーの後ろにぴったり憑いて、カオリもてくてく。

「わあっっ!?」
タオルで顔を拭きながら、鏡越しに目が合った瞬間、よっすぃーが突然悲鳴を上げる。
つられて私も、「キャアアアア」とド派手な悲鳴を上げてしまった。
「な、なによ、いきなりっ!?」
「そっちこそ! 幽霊みたく立ってないでくださいよ! あー、心臓止まるかと思った…」
ええっっ!?
「うそっ、大丈夫!? 止まってない!?」
私は思わず、よっすぃーの両肩を掴んで力いっぱいユサユサ。
まさか本当に、カオリがこの手でよっすぃーの息の根止めちゃうなんて…!?
「見りゃわかんでしょ…止まってませんよ」
ホッ…良かった。
 
34 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)00時55分14秒
「飯田さんって、料理うまいですよねー」
フォーク片手にしみじみと、よっすぃーが言う。
「パスタ茹でただけじゃん…」
食卓に並んだメニューは、レトルトパスタとよっすぃーの好きなゆでたまご、あと、果汁100%のオレンジジュース。
本当ならもう少し凝った手料理をご馳走してあげたいところだけど…今日に限ってはやっぱり、包丁とか使うの恐いし。
何かのはずみでこのコのこと、うっかり刺殺しちゃったら大変だもんね。
「そうだけど、料理のセンスって盛り付けとかにも出ちゃうんですよねー。ホラこの、きざみ海苔の位置とか絶妙だもん」
「…ありがと」
この人…生きるか死ぬかの瀬戸際に居るはずなのに、こんな呑気で良いの? きざみ海苔の位置とかに感心してる場合?
壁の時計を見遣る。午前11時15分。
呑気に惰眠をむさぼってくれた彼女のおかげで、こんな時間に私たちは遅い朝食というよりちょっと早い昼食の真っ最中。
「で、今日はどうするんですか? どっか出かけます? 天気いいし」
ゆでたまごに塩をふりながら、よっすぃーが言った。
35 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)00時57分52秒
それにしても、なんという愚問かしら…一体、何のためにあんたをココにかくまっていると思ってるのよ。
彼女のあまりにも脳天気な質問に、あんたはむしろ進んで死にたいのかと逆に問い返したくなる。

「言ったでしょ? 今日は、今日が終わるまでずっとココにいるの。ここに」
「ここにいるぜぇ! なんつって」
「あ…」
それ、今カオリが言おうと思ったのに…。
「怒りました? すいません、もうふざけませんから」
「ホントだよ、もうっ。ふざけないで!」
小さく、はあーい、と言うとよっすぃーは、少ししょげた様子でゆでたまごにパクっとかみついた。
「あ、こっちもおいしい」
お出かけ、したかったのかな、よっすぃー。
でも、今日だけはガマンしてね。
外の世界には危険がいっぱいなの…あなたを守るためには、この閉じた空間に軟禁するしか方法は無いのだから。

「飯田さんって、なんでこんなに料理うまいんですか?」
言いながらよっすぃーは、食べかけのたまごにまた塩をフリフリ。
36 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)00時59分59秒
「最初から得意だったワケじゃないよ。一人暮らし長いし…だんだん慣れてきたっていうか。うん、単なる慣れよ、慣れ」
「じゃあこのたまごは、飯田さんの歴史なんだ。飯田さんの、歴史の味」
「おいしい?」
最後の一口を放り込んだ瞬間に尋ねると、よっすぃーは口をモゴモゴさせながら、
「んー、おいひぃ」
「じゃあ、誉めてもらってばっかじゃ悪いからさ、次はもっとちゃんとしたの、ごちそうするね」
「やりぃ」
にんまりと笑う。
「ねぇ、よっすぃーは? 慣れたこととか、上手になったこととか」
「んー…」
私が何気なく尋ねると、よっすぃーは頬杖をついて考え込んでしまった。
「普通に喋れるようになったコト、かな。飯田さんと、こんな風に」
しばらく考えた後で、よっすぃーが言った。
「飯田さんって、なんか他の人とはちょっと違うっていうか…みんなの中にいても一人だけ物静かだし、自分の世界、
ってやつを持ってるっていうか…とにかく話しかけづらいオーラがバシバシ出てて、苦手だったんですよね、実は」
私が黙り込んでいると、よっすぃーは慌てて、「もちろん、今は平気ですよ」と付け加えた。
37 名前:忘れないで 投稿日:2003年07月31日(木)01時03分53秒
「最初から得意だったワケじゃない、ってことか」
圭ちゃんとか矢口にも、最初は怖そうな人だと思ってた、なんて言われたことあったけど、
やっぱりよっすぃーも始めはそうだったんだ…私は思わず苦笑い。
「それって、カオリのお料理と同じだね」
「ですね。上手かどうかは、わかんないけど」
「上手だよ。だってカオ、よっすぃーといると楽しいもん」
「ホント?」
うん、と無言で頷く私。
「よっしゃ」
よっすぃーが、大げさにガッツポーズする。
それから私たちは、いろんなことを話した。
私たちが出会う前の私たちのことや、よっすぃーが娘。に入ったばかりの頃に悩んでたことや、とにかく、いろんなこと。

「で、飯田さんは、だいじょうぶですか?」
「なにが?」
「いや、メンバーも増えたし、いろいろ大変かなって」
「…うん、カオリは大丈夫だよ。小っちゃいコの扱いには慣れちゃったし。お料理と一緒で、ね」
カオリが曖昧に微笑むと、よっすぃーは少し寂しげに笑った。

どこにでもある、穏やかな昼下がり。
だいじょうぶだよ。
このままきっと何事もなく、今日が過ぎてゆくのに決まってる。
 
38 名前:すてっぷ 投稿日:2003年07月31日(木)01時07分07秒
>28 名無し読者さん
ありがとうございます。
一緒に居ると、平和で静かな時間が流れてそうな二人ですよね。画的にも好きです。

>29 名無し娘。さん
ありがとうございます。せっかく書いたので、更新しました。
あれからさらに、地味ーに推敲とかしてしまいましたけど(笑)
純粋さが残っていただけでも救い?
39 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月31日(木)01時23分26秒
お早い更新乙です。
やはりこの二人には他にはない独特の雰囲気がありますね。
そしてやっぱりおばかな吉澤。
「わらわ」がかなりツボでした。
なにやら続きが物凄く気になる終わり方ですね。

40 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月31日(木)04時58分53秒
こちらも楽しく読まさせて頂いております。
飯田さん視点なんて『リーダー、冬を越す。』以来でしょうか?
飯田さんならではの独特な感じがたまらなく好きです。
それにしても吉澤さんの腹立つくらいの呑気さ・・・w
以前は巻き込まれるタイプが多かったのに、いつのまにやら振り回すほうにw
これも作者様の中での成長の証なのかと勝手に思っております。
では当分はこちらで次回更新を楽しみにお待ちしております。
41 名前:名無し読者79 投稿日:2003年07月31日(木)15時50分08秒
なんだかよっすぃーがマイペースすぎて…(笑
もうおかしいくらいですね(^^)
この二人がそろうと、こう時が流れるペースがゆったりとしてるというか
和みます。なんかリーダーがいい感じです。
次回の二人も楽しみにしてます。
42 名前:名無し 投稿日:2003年07月31日(木)16時07分11秒
なんだかこの普遍的な暖かさがいつものすてっぷさんの作品と違い、怖い。
最後の一行なんて恐ろしくて仕方ない。
タイトルの付け方が絶妙ですね。
このタイトルを見る度に、ハロモニの大ギリの回で吉澤さんが道重さんに対して言った名言、{その気持ち、忘れないで」を思い出してしまう。
43 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時29分39秒



「気をつけてね。くれぐれも、滑ったりしないように」
「はあーい」
「シャワーだけでガマンするんだよ? 良い?」
相変わらず呑気な生返事のよっすぃーに、念押しする。
「えーっ、ゆっくりしたいのにぃー」
案の定、不満の声を漏らすよっすぃー。
夕食を終え、時刻は午後9時を回ったところ。

ソファーの上でテレビ観ながらゴロゴロするよっすぃーをじっと監視したり、
トイレに立ったよっすぃーをドアの前で待ち伏せしたり、
洗面所で歯みがきをするよっすぃーを背後からそっと見守ったり。
カオリンの涙ぐましい努力の甲斐あって…運命の日終了までついに3時間を切った今、
私はお風呂にゆっくりつかりたいと主張するよっすぃーと、バスルームの前で押し問答というワケ。

「ダメ! 溺れたりしたらどうすんの!?」
「あのねぇ…なにをどーやったら溺れるんすか。幼稚園児じゃあるまいし」
「ダメだってば! 何があるかわかんないんだよっ!?」
「ふーん」
よっすぃーが、にやりと笑う。何かを企んでるみたいな、含みのある笑顔。
44 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時30分57秒
「そんなに心配なら、いっしょに入ります?」
「はあっ!?」
イキナリなに言い出すのよ、コイツはっ!?
今はツアー中でもないしココは温泉でもないのよっ、このトシでお友達と二人っきりで仲良く混浴なんて…!

……と、心の中でひとしきり焦った後で、ハッとする。
そうよ。足を滑らせて頭打ったり、湯船で溺死したり、シャンプーが目に入ったり、お風呂には危険がいっぱい。
だから今日だけは特別。よっすぃーを守るためだもん、恥ずかしがってる場合じゃないよね…。

「いい、けど…変なコトしないでよね。カオリはあくまで、よっすぃーを守るために…」
私はついに覚悟を決めて、言った。
数々の危険からよっすぃーを守るためだもん。やむを得ないよね、うん。
「冗談ですよ」
「えっ」
「シャワーだけにしときます」
実にあっさりとした口調で言うと、よっすぃーは着替えを持ってバスルームへと消えた。
「あっ、そう」
取り残された私はなんだか、拍子抜け。
けれどすぐに気を取り直すと、壁にもたれ、持参していた本を開く。
シャワーの水音をバックにお気に入りの小説を読みながら、よっすぃーの帰りを待つ。
 
45 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時32分46秒
「うあっ! ビビったぁー!」
お風呂上がりのよっすぃーが出てくるなり、ドアの前に座り込んでいる私を見て奇声を上げた。
だけど私はというと、彼女のこのリアクションにはもうすっかり慣れっこ。どんなに驚かれたって気にしない。
だって今日は一日中よっすぃーのコトつけまわして、何度びっくりされたことか知れないのだから。
「だって、心配だったから」
「…ああ、どうも」
少しは感謝してくれているのか、申し訳なさそうによっすぃーが言う。

「うぁ暑っちぃー」
白地に細いグレーの線が入ったストライプ。
まるで俗世間にくたびれ果てたお父さんたちが着ていそうな柄のパジャマを身に纏ったよっすぃーは、
「エアコンガンガンにしてゴロゴロしよ〜っと」
怠け者のお手本みたいな台詞を吐きながら、私の前を通り過ぎてゆく。
…って、ちょっと!
「待って!」
「はい?」
いきなり腕を掴まれて、よっすぃーはキョトン顔。
46 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時35分05秒
「行かないで。カオリが出てくるまで、ここにいて」
「えーっ」
私の懇願に、とびきり面倒臭そうな顔で答える。
「お願いだから、今日だけは言うこと聞いてよ。普段はシカトしててもいいから、今日だけはお願い」
「…べつに、いつもシカトとかしてないじゃん。被害妄想だよ、それ」
「いいから。ここにいて」
「…はいはい。いますよ、いりゃあイイんでしょ」
なんとなく渋々ってカンジだけどよっすぃーが頷いたのを確認すると、私は彼女と入れ替わりにバスルームのドアを開けた。
お風呂上がりにエアコンガンガンにしてゴロンゴロンしたい気持ちはよく解るけど、
このコを一人きりで部屋に置いといたら何をしでかすかわかったモノじゃない。
一緒に入れないのならせめて少しでもカオリの目の届く場所に居てもらわなくちゃ、
何かあったときによっすぃーのこと、守ってあげられないもんね。
47 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時38分14秒
「ねぇ、いいださーん」
よっすぃーの、どこか間延びした穏やかな声を聞きながら、コックを捻る。
心地良いシャワーの雨が、私の自慢の黒髪に降り注ぐ。
この時間は私にとって、慌しい日常の中で心安らぐ数少ない大切な瞬間の一つ。
目を閉じて水の音だけを聞きながら、長い髪に少しずつお湯が浸透してゆくのを、ゆっくりと感じるの。
ほんの一瞬だけど嫌な現実を忘れられる、幸せなひととき…。

「それさあ」
ドア越しに聞こえてきた更なる間延び声に、突然不吉な現実に引き戻される。
「12時過ぎてからじゃダメなのー?」


「…なんでそれを早く言わないのよ」
顔全体を覆いつくすほど長く伸ばした前髪が、ぐっしょりと濡れて貼りつき、顔全体を覆いつくしている。気持ち悪い。

そうね。要は、今日を乗り切れば良いんだもんね。
二人とも明日の午前0時を過ぎてからにすれば良かったんじゃん、おフロ…。
 
48 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時40分19秒



「おかえりなさい」
急いでシャワーを済ませて出ると、よっすぃーが顔を上げて言った。
床にあぐらをかいて、呑気に雑誌なんか読んでる。
「…ただいま」
いきなり、『おかえりなさい』なんて言われて…訳もなく照れてしまう。なんか、変なカンジ。

「なんか冷たいモン飲んでいーっすか? ノド乾いちゃった」
「待って!」
とっさに私は、冷蔵庫を開けようとしたよっすぃーの腕を掴んだ。
「は?」
「カオリやるから。よっすぃーは座ってて」
「だいじょーぶだよ。冷蔵庫あけてジュース飲むだけだよ?」
冷蔵庫あけてジュース飲む『だけ』?
はあっ…思わず溜息が出てしまう。
まったくこのコってば、ホント何にも解ってないんだから。
「ドアで手、挟んだらどうするの」
「平気だって。ってゆーか、もし挟んだとしても……死なないでしょ」
「わかんないじゃん、そんなの!!」
カチンときて、つい怒鳴ってしまった。
「…はいはい。わかりましたよ、もぅ」
ようやく引き下がってくれたけど…なによ、これじゃあまるでカオリの方がワガママで悪いコみたいじゃない。
49 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時42分14秒

「あのさぁ」
グラスに注がれたオレンジジュースを飲み干して一息つくと、よっすぃーが言った。
「なによ」
さっきの件でかなりムッとしていた私は、当然素っ気ない口調になる。
「飯田さんってもしかして、ヨシザワのこと好きですか?」
「はあっ?」
あまりにも唐突な質問に、私はムッとしていたのも忘れてつい素っ頓狂な声を上げてしまった。

「だってあたし、どんな死に方するかわかんないんですよ?
あたしと一緒に居たら、飯田さんだって危険な目に遭うかもしれないじゃないですか。
たとえば、火事とか、部屋の窓にヘリが突っ込んできたりとか…不慮の事故、ってやつ?
そーゆーので飯田さんのコト、巻き込んじゃうかもしれないじゃないですか。
なのに飯田さんは、それでもあたしのコト、守ろうとしてくれてますよね」
窓からヘリコプター、か、なるほどね。その事態は予測してなかったかも。
ちらりと、窓の方へ目を遣る…うん大丈夫、変な音も聞こえないし、今のところその危険はなさそう。
っていうか、そんなことより…
50 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時44分41秒
「なに言ってんの。好きに決まってるでしょ? 大事なメンバーなんだから」
「じゃあ、誰にでもこうしてたってコト?
今日死ぬのがあたしじゃなくて、ののとかあいぼんとか梨華ちゃんとか、他のメンバーだったりしても」
よっすぃーは、やけにくってかかってくる。
「そんなの当たり前でしょ。誰でも、そうしてたよ」
するとよっすぃーは、ふてくされたように目を伏せると、
「ふーん」
唇を尖らせた。

「ちょっと…」
思わず絶句。なんなのよ、その態度は。まさか、ヤキモチ?
だとしたら、まったく…いくらたかが占いだからって、死ぬなんて言われてこんなときになに呑気なこと言ってるのよ。
私が黙っていると、やがてよっすぃーは私の顔色を窺うように恐る恐る顔を上げると、言った。
「あたし、運命ってあると思うんですよ。あたしが飯田さんに逢えたのも、こうやって今ここにいるのも、やっぱり運命なんだと思うし」
「なに、それ」
だからもしあたしが今日死んじゃったとしても、それはきっと運命なんです。
そう言いたいわけ?
51 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時46分37秒
「だいたい、運命ってなに? よっすぃーが言ってるのは、ただの結果だよ。
うちらが出会えたのだって、よっすぃーがオーディション頑張ったからじゃん。
みんな、よっすぃーが自分で作ってきた結果でしょ? そういうのは、運命って言わないの」
「…なんか、飯田さんにしてはめずらしく現実的だよね。実は無理してるでしょ」
ううっ…!
「そんなことっ、ないもん…」
鋭い指摘に動揺しつつも、なんとか否定する。
確かによっすぃーのご指摘どおり、カオリは占いとか運命とかとっても信じやすい部類の人間。
とくに、人と人とが出会うことに関してはすべて運命なんだとか、思っていたりもする。
だけど、大切なひととお別れすることまで神様に決められるのなんて、カオリはそんなの絶対に嫌。
いくらたかが占いだって、そんなこと、絶対に許さないんだから…

そうよ。
いくらたかが占いだって、当の本人に向かってそんな残酷なこと告げるなんて、一体どういう神経、
「もう、いーです」
「えっ?」
「止めましょ、このハナシは。どっちみち、あと1時間しかないんだし」
言われて、壁の時計を確認する。
時刻は午後10時45分。
52 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月03日(日)19時55分45秒
「そう、だね」
答えて私は再び時計を見、そしてよっすぃーを見た。
けれどよっすぃーは私と目が合うとすぐに逸らし、
「すいません…おかわり」
おずおずと、空になったグラスを差し出した。
「ああ、うん」
彼女の手からグラスを受け取ったその瞬間は、一瞬にも、永遠にも思えた。
運命の日が終わるまで、あと1時間と15分。
どうしよう、私、すごく緊張してる。
ここからの時間は、今までよりもずっと長く感じてしまいそうな気がする。

キッチンに立ちながら、彼女の様子をそっと窺う。
テーブルに肘を付いて前髪を弄っている、頼りない横顔。
今すぐ駆け寄って、ぎゅうって抱きしめてあげたい衝動に駆られる。
ふっ、と、彼女が私の視線に気付いて微笑む。

占いとか運命とかそういうの信じやすい性質のカオリだけど、生まれてこのかた、
神様に助けを求めたことだけは一度だって無い。
私は到底無理だと思える難問でも神頼みなんかしない、全て自分の力で解決してきた。
でも、今日だけは。
一生のうち、今日だけでいいんです。助けてくださいますか、神様、

お願い。
どうか、私からこのひとを奪わないで。
 
53 名前:すてっぷ 投稿日:2003年08月03日(日)20時00分07秒
感想、どうもありがとうございます。

>39 名無しさん
ありがとうございます。
「わらわ」は、実は更新直前まで「スケさんカクさん」でした。(←今思うと、薄ら寒い…(笑
ツボってもらえたってことは一応、直して正解、だったかな…)

>40 名無し読者さん
ありがとうございます。飯田視点は、『リーダー〜』以来です。
あの時よりはだいぶ暴走度を抑えたつもりなのですが、如何でしょうか?
以前のようなモノもまたやってみたいかも…ハロモニにて本人が
「自分が一番普通」だと主張してたし、案外ホントに普通なのかも知れませんね(笑

>41 名無し読者79さん
二人が並んでいる画を観ると、和みますよね。
ただ、この話ではよっすぃーの呑気っぷりが立ちすぎて、
リーダーがごくごく普通の人になってる気もします(笑)

>42 名無しさん
ホラーな展開(?)になるかはわかりませんが…見届けてやって頂けると嬉しいです(たぶん次で終わるかと)。
大喜利の回のシゲさん、確か「ザブトンください」みたいな潔い回答したんでしたよね(笑
54 名前:名無し 投稿日:2003年08月04日(月)01時46分38秒
いいなー。
被害妄想の強そうな飯田さんと何が起きても慌てなさそうな吉澤さんが巧くマッチしている。
この話に1番はまっている二人ですね。
話の内容を考えてから出演者を決めていられるのだろうか、それとも出演者を決めてから話を作っていられるのだろうか?
教えて欲しいです。
55 名前:名無し読者79 投稿日:2003年08月05日(火)18時36分03秒
いやーなんなんでしょうこの二人…っていうかリーダー…(苦笑
そんなに大切なんですね、よっすぃーのことが…。
なんだか笑える場面が多いんですが、考えさせられるなーとも…。
それだけ失いたくないんですね。どんなに無理をしても…。
次回の最終回楽しみにしてます。
56 名前:Silence 投稿日:2003年08月14日(木)13時24分27秒
更新お疲れ様でした。
まさかこんなに更新早いと思ってなかったので。
ありがとうございます(w
軽い話かと思ったら結構考えさせられるところも
あって。次回も期待です。
57 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時17分37秒



カチ、カチ、カチ、カチ。
しんとした部屋で、時間を刻む針の音がいやに大きく聞こえる。
前髪を弄ったり、ときどき溜息をついたり、伸びをしてみたり。
さすがのよっすぃーも時間が経つにつれてだんだん、落ち着きがなくなってきたように見える。

「なんか、落ち着かないね」
「んっ?」
私の問いかけによっすぃーが、びくっと反応する。
どうやら上の空だったらしく、”なに?”って顔で私の言葉を待ってる。
私は”何でもない”と首を横に振ると、彼女の隣に腰を下ろした。

「手、出して」
「は?」
「いいから」
キョトン顔のよっすぃーに命令する。
「…こう?」
戸惑いぎみに左手を差し出して、よっすぃーが訊いてくる。
私は彼女の手のひらに、自分の右手を重ねた。
「だいじょうぶ。なにも、起きないから」
よっすぃーへというより、自分自身に言い聞かせるみたいに。
けれど私の声はその強気な言葉とは裏腹に、少し震えていたと思う。
「…うん。わかってる」
私の手をそっと握り返しながら、よっすぃーが言った。
58 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時18分49秒
「あのね」
しばらくして、私は思い切って切り出した。繋いだ手にも、自然と力が入る。
「さっき、よっすぃーが言ってたこと」
「え?」
「カオリはね、いいことが起こったときにだけ、運命だと思うことにしてる。
たとえば、よっすぃーと…みんなと、会えたこととかね」
私たちが出会ったのは運命なんかじゃないって嘘ついたこと、私は正直に告白した。
無理してるでしょ、ってよっすぃーに言われたことが胸の奥で少し、引っかかっていたから。

「やっぱりね。そうだと思った」
よっすぃーは、うんうん、と満足そうに頷いていたかと思うと突然「ん?」。ぴたりと固まった。
「だったら、悪いことは?」
「悪いことは、ぜんぶ自分のせいにする。
だってカオリが自分で決めてやった結果なら、失敗したって後悔しないじゃない?
そういうのまで、神様に決められた運命だと思うのって、なんか口惜しいもん」
するとよっすぃーは、くすっと笑って、
「なんか、飯田さんらしいね」
59 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時19分58秒
「そう?」
「普通は逆じゃないですか。悪いことのほうが、誰かのせいにしたくなる」
「そうかな」
それって、カオリが普通じゃないってこと?
「うん」
私が尋ねると、よっすぃーは実にきっぱりと答えてくれた。
「そっ、か」
でもいいの。普通なんかじゃなくたって。
だって、良くないことを誰かのせいにして逃げるの、カオリ昔っから大嫌いなんだから。

「なんか、疲れません? そういうのって」
「どういう意味?」
「やぁ、なんてゆーか、もっとさぁ…誰かのせいにしたりさ、誰かに頼ったりとか、もっと、しても良いんじゃないかな」

「……そんなの、」

そんなの、考えたこともなかったよ。
カオリが言うと、よっすぃーはまた、「飯田さんらしい」と笑った。
午後11時25分。運命の日が終わるまで、あと30分と、すこし。
 
60 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時21分30秒

よっすぃーがぽつりと何か言って、カオリがそれに答えて、しばらく間が空いて今度はカオリの方から話しかけると、
よっすぃーが一言二言短い答えを返して、また沈黙に逆戻り。
長続きしない会話の合間に長い空白を挟みながら、ゆっくりゆっくり、本当にゆっくり時間は過ぎてゆき、
運命の日終了までようやくあと2分30秒、ってところでいきなり、繋がれていた手が解けた。
ハッとして隣を見ると、さっきまですぐ側にあったはずの横顔が、もうそこには無い。
「ちょっと、どこ行くの?」
傍に立つ彼女を見上げて問う。
「トイレ」
私の顔を見もせずに、しゃあしゃあと言ってのける。
「ダメっ…!」
私はさっきまで繋いでいたよっすぃーの左手を掴もうとして、スカッ。空振り。
代わりに、彼女のパジャマの裾を掴んで引き留める。
「あと2分だよ? お願いだからじっとしてて」
「心配ないって。すぐ、戻りますから」
よっすぃーは困ったような顔で微笑むと、裾を掴んだ私の手をそっと剥した。
61 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時22分51秒
「やだ、ちょっと待っ」
後を追おうと立ち上がりかけた私に、
「ホントに、だいじょうぶだから。そこにいて」
振り返って念押しする。
「……もぅ」
なんとなく取り付く島が無くて、私は渋々腰を下ろした。

「………」
行き場を失くして膝の上に乗せた右手で、トントン、とリズムを刻みながら、よっすぃーを待つ。
効きすぎた冷房のせいか、ほんのついさっきまで彼女の体温を感じていた右の手のひらだけが、なんだかすごく冷たい。

トントントントントントントントン。
カオリの人差し指のリズムは、秒針が一秒を刻むのより何倍も早い。
運命の日終了へのカウントがひとつ進むたびに、胸の鼓動は少しずつ速さを増してく。
壁の時計を見上げる。あと1分と10秒、9、8、7、

「飯田さん」
戻って来たよっすぃーは、けれど部屋の中には入ろうとせず、開け放ったドアの向こうから、私の名前を呼んだ。
62 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時24分35秒
「あっ、ねぇ、もうあと1分、」
「やっぱ、一緒には居れないや」
斜めに視線を外して、ぶっきらぼうに言う。
「はあっ?」
思わず声が、上ずってしまう。心臓は、これ以上ないくらいの速さで脈打ってる。
「圭織」
「えっ…」
よっすぃーは、今度はちゃんとまっすぐに私の目を見て、
「さよなら」
いきなり、頭の中が真っ白になる。
そして我に返ったとき、彼女の姿はもうそこには無かった。
ややあって、ばたん、と、ドアの閉まる音。
「ちょっ」
と、なによそれ。なんなのよ、ちょっと、

「よっすぃー!!」
靴も履かずに玄関を飛び出す。
63 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時26分45秒
勢い良くドアを開けるとそこには、よっすぃーが立っていた。
私と目が合うなり下を向いて、なんだかバツが悪そうにしている。
「よっ…」
てっきりもっと遠くへ逃げ出してしまったと思っていた私は少し、拍子抜け。思わず気の抜けた声が出てしまう。
そして、ヘナヘナとその場にへたり込みそうになるのをなんとか抑えつつ、歩み寄ると、
「飯田さん、あの、」
俯いたまま何か言いかけたよっすぃーが最後まで言い終わらないうちに、私は彼女を抱きすくめていた。
彼女の体が、一瞬びくっと反応する。
「じっとしてて、って、言ったでしょ」
「…すいません」
消え入りそうな声で、よっすぃーが言う。
「すいませ…」
「もういいよ」
さらに謝ろうとするよっすぃーを遮って言い、私は彼女の背中に回した手を緩めた。
「もう、いいから」
もう一度、私は言った。
もういいよ、全部終わったんだから、もう、だいじょうぶだよ。そういう意味を込めて。
64 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時28分50秒
確か最後に時計を確認したとき、今日が終わるまでにはあと1分も無かった。
よっすぃーが部屋を飛び出してからどれくらいの時間が経ったのか、正確なところはわからないけれど…
カオリの勘によると、あれから少なくとも1分以上経過しているのは間違いない、ハズ。
ということは、つまり…運命の一日は何事もなく、ごくごく平和に終了、ということになる。

「すいません、飯田さん…」
運命の日が終わってもまだ不安なのか、それとも終わったことにまだ気が付いていないのか、
私が腕を緩める代わりに今度はよっすぃーが、私の背中にしがみつくようにきつく抱き締めてくる。
「ちょっと、ねぇ、もう大丈夫だから。今日はもう、昨日になっちゃったんだから、ね?」
私が必死になだめるも、よっすぃーは抱きついたまま離れようとしない。
しきりに、すいません、を繰り返している。
「ねぇ、よっすぃーってば」
何がそんなに不安なの? 何をそんなに怖がるの?
65 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時30分26秒
よっすぃーが死を宣告された運命の日は、とっくに終わりを告げているはずなのに…それだけは、確信がある。
いーち、にぃーい、さぁーん。
と、1秒がこれくらいの長さだとして。
カオリの勘によると、あれから少なくとも60秒は経過していることだけはたぶん間違いないハズ、なのに。

「っていうか、そんなに謝んなくたって、さ」
”すいません”が、”ホントすいません”に格上げされた瞬間、私は思わず口を挟んでいた。
そもそも一体このコは、何に対して謝ってたんだっけ?
さっぱり思い出せないけれど、少なくとも、さっぱり思い出せないくらい些細な理由だったことだけは間違いない。
「よっすぃー、ちゃんと生きてたんだし、カオリはそれで十分…」
「なーんつって。ウソでしたあー」
耳元で、あの、ノーテンキな声が、言った。
66 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時32分04秒
「え…?」
ウソ…? なに、が…?

「とか言ったら、怒ります…よね」
意味が解らず呆然とする私を抱いたまま、さっきの呑気な口調とは打って変わって恐る恐る、よっすぃーが尋ねる。
「え? え?」
怒る? カオリが? どうして??
それは何か怒られるようなことを、よっすぃーが私に、したっていうこと?
嘘をついたこと? そもそも、嘘ってなに? カオリに謝ったこと?

意味が解らずさらに呆然とする私をきつく抱き締めたまま、よっすぃーは、
「ってゆーかそんなの、わかってても言わないって、普通」
ボソボソと遠慮がちに言った。

「なに、が?」
私の質問は、ほとんど懇願に近かった。
もう、何が何だかワケがわかんないよ。
お願いだから、カオリにちゃんと解るように説明してよ、よっすぃー。
67 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時33分57秒
「ほら、実際、そういうの予言できちゃうヒトっているじゃないですか。
でもそういうヒトは、あなたはいつ死にますとかって、わかってても絶対言わないんだって」
耳元で淡々と語るよっすぃーの声を聞きながら、なんとなく…ううん、はっきりと、解ってしまった。
よっすぃーがついた”嘘”は、カオリに謝ったことなんかじゃなくて、それよりもずっと前。
占いで、明日死ぬ、って言われたこと。
つまり…はじめっから全部、嘘だったってこと。

「当たり前、ですよね。
だってもしそんなこと言われたら、あたしだったら、そっからどうやって生きてけばいいかわかんないもん」
体中の力が抜けて、膝からガクンと崩れ落ちそうになる。
よっすぃーが支えてくれていなかったら、間違いなくそうなっていたんだろうけど…
この場合、支えてくれているのがその原因を作った張本人だというのが、何とも憎たらしい。

「…それは、信じたカオリが、バカだって言いたいわけ?」
ちょっとした放心状態の中、私はようやくそれだけ言った。
68 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時35分55秒
「そうは、言ってないけど…」
「言ってるよ! そうとしか聞こえないじゃん!」
カッとなってつい、声を荒げてしまった。

確かに、よっすぃーの言うとおりだとは思う。
たかが占いだからって、本人に向かってそんな残酷な宣告するなんて一体どういう神経してるのよ、って少し不審に思ったことも確か。
今になって冷静に考えてみると、彼女の言葉を鵜呑みにしてしまった私の方にも責任が無かったとは言い切れないと思えないこともない。
彼女の言い分についてもっと追求していれば、そんな嘘、すぐにボロが出てこんな風に大騒ぎにはなっていなかっただろうし。
本人の態度にしたって、今日(っていうか昨日)は一日、占いとはいえ死を宣告された人間とは到底思えないほどの呑気さ加減だったし。
見抜けなかったカオリはバカなのかも知れない、それは認める。
けど、でも、悪いのはどっちよ?
誰がどう見たってこの場合、悪いのはアンタの方でしょうが…!

「ホントに、バカだなんて思ってません。素直すぎるとは、思うけど」
どちらかと言うと、けなされているんだと思う。少なくとも、誉められてんじゃないことだけは確か。
69 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時37分59秒
「わかったから、とりあえず……離れてくんない?」
私は彼女の耳元で、とびきり冷たく言った。
ふと我に返って今さら気付いたけど、この期に及んでコイツは、なんだってまだしつこく抱きついているのよ…まったく、図々しいにも程がある。
「殴んない、って約束してくれたら」
「………」
まさか、そんなくだらない心配事のための抱擁だったなんて……
「バカじゃない?」
「えっ?」
「どうして、そんな嘘つくのよ」
「どうして、って…」
「嘘ついてカオリのこと騙して、カオリのこと困らせるのがそんなに楽しい?」
すると、よっすぃーは少し怒ったように、んっ、と短く息をつくと、
「ちがうよ」
ぶっきらぼうに言った。
「だったら、なによ」
つられて私も、ムッとした言い方になる。
それでもよっすぃーはまだ、腕を緩めてはくれない。

「なんか最近、飯田さん、ヨシザワのコト忘れてんじゃないかなぁって思って……軽い気持ちで、つい」
それは、予想もしない答えだった。
私は、彼女の背中を思いっきり叩いてやろうと振り上げていた腕を、ゆっくりと下ろした。
70 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時39分49秒
「ああいう風に言ったら、飯田さん、どんな反応するかなぁって」
「あのねえ」
あ、やばい、ちょっとやばい、かも…。
「悪い冗談」
言葉では彼女を責めつつも、思わず頬が緩んでしまう。
私は抵抗するのを止めて彼女に身を預けたまま、もう少しだけこのままでいられたらいいのにと思っていた。
だって嬉しそうな顔を、見られたくなかったから。

『飯田さんは、だいじょうぶですか?』
よっすぃーに聞かれたとき、つい、大丈夫だよ、なんて強がっちゃったけど…本当は全然、大丈夫なんかじゃなくて。
新しいコたちが入ってこの頃とくに、メンバーに注意したり時には厳しく叱ったりするのが私の役目だから、
みんなきっとカオのこと恐がって敬遠しているに違いない、なんて疑心暗鬼にとらわれて落ち込むこともあった。
だから、(騙されたのは口惜しいけど)少なくともよっすぃーは私のことシカトしないでちゃんと見てくれているのかな、
なんて思うと、不本意ながら嬉しくなってしまったのだ。
もっとも、”シカトされてる”っていうのも、彼女曰く私の被害妄想らしいのだけれど。
71 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時42分20秒
「でも飯田さん、あたしのコト引き止めてくれたし守ろうとしてくれたし…追っかけてきて、くれたし」
朝から晩まで、ホントに、朝から晩まで。
いっぱいいっぱい振り回されて、心配して心配して心配して、あんなに心配したのに。
許せないと思う気持ちより、今はそれよりももっと、温かい感情の方が勝ってる。
なんだろう、ただ”嬉しい”とも違う、もっと別の……。

「今日は、ずっとあたしのコトだけ考えててくれたでしょ? それはなんか、すごく、うれしかったとゆーか」
確かに最近の私は、彼女のことちゃんと見ててあげられなかったかも知れない。
けどそれは、よっすぃーならカオリが見てなくたって、もうとっくに大丈夫だと思ってるからなんだよ?
そう言ってあげたかったけど、(たぶん)よっすぃーも予想してなかったぐらいのイキオイでまんまと騙されてしまった挙句、
これ以上彼女を喜ばせるのは癪だったから、
「ねぇ。殴んないから、イイカゲン放してくれる?」
私はわざと冷たく言ってやった。
「えっっ」
びっくりしたよっすぃーが手を緩めた隙に体を離すと、私は彼女に背を向け、歩き出した。
72 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時44分48秒
「あのー、ハナシ聞いてました? いーださぁーん」
すぐ後ろにくっついているくせに、まるで遠くから呼びかけているみたいに言いながら、よっすぃーがついてくる。
「あ…」
ドアを開け、靴を脱ごうとして、はたと気付く。
そうだ、私、裸足で飛び出したんだっけ…。
っていうか私たち、こんな夜中に廊下で言い争いなんかしちゃって…ご近所迷惑になってないといいけど。
「ねぇ、待ってよ、飯田さん」
ばたん、と背中でドアの音がして、よっすぃーがたぶん立ったまま、
一方のかかとでもう片方のかかとを踏みながらスニーカーを脱いでいるらしい音と気配を感じたとき、突然、涙が溢れた。

「………」
ヘンだ。
どうして泣くんだろう、私……騙されたのが、そんなに口惜しかった?

ううん、違う、違うよ。
いきなり泣けてきちゃったのは、口惜しいからとかじゃなくて。

「本当は、ものすごく怒ってるんだからね」
本当はもう、少しも怒ってなんかいないのに。
泣いてるのがバレないように彼女に背を向けたまま、私は精一杯のつよがり。
よっすぃーは、何も言わなかった。
73 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時47分05秒
「でも本当は、嘘で良かったとか、思ってるの」
朝から晩まで、ホントに、朝から晩まで。
いっぱいいっぱい振り回されて、心配して心配して心配して、あんなに、心配した。
でも、すべては嘘だった。それなのに。
「飯田さん」
よっすぃーは、くすりと笑って、
「どっちが、ホントなのさ?」

ただ”嬉しい”とも違う。
日付が変わっても、よっすぃーは変わらず、カオリの側に居てくれたこと…すべてが嘘だったことに、心からほっとしてるんだ、私。

「良かった、本当に、嘘で、良かった」
理由が判った途端、待ってましたとばかりに涙がぼろぼろ零れてきて、困った。
「いーださん?」
よっすぃーが、背中をかがめて怪訝そうに覗き込んでくる。
そして私の泣き顔を見た瞬間、
「げ…」
驚いたように目を見開いて、呟いた。
 
74 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時49分26秒



「コレって最高の贅沢だと思いません? うぉ…さむっ」
よっすぃーが、ぶるっ、と体を震わせた。
「朝起きてノド痛かったら、よっすぃーのせいだからね」
「じゃあ、そんときはノド飴ぐらいオゴりますよ」
そういう問題じゃないでしょ、ってツッコもうとして、止めた。こらえてカオリン、こいつは、わかってて言ってるのだから。

私が泣いているのを見てようやく自分のしでかした事の重大さに気が付いたらしいよっすぃーは、
あれから、私が泣き止むまで何度も何度も謝り続けた。
本当に何度も、ゴメンなさい、って。
いつもみたく、すいません、って言われるよりも、なんとなくそっちの方が心が篭っているみたいな気がして、嬉しかった。
もっとも私が泣き止んでそろそろ寝ようかって段になった頃には、よっすぃーはまるで何もなかったようにケロリとしていたけど。
すっげー凍えるくらいエアコンガンガンにしてぶ厚い布団にくるまって寝たいんですけどいーっすか飯田さん。
と言うよっすぃーのリクエストにお応えして、私たちは毛布と冬用のぶ厚い掛け布団を引っ張り出してきて、
カオリのベッドで一緒に寝ることにしたのだった。
75 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時51分51秒
「ねぇ」
「んー?」
のんびりと、よっすぃーが応える。私は思わず微笑んだ。
電気を消したばかりでまだ暗闇に目が慣れないうちはとくに、隣に誰かが居るとすごく安心する。
「やっぱり、偏ってると思う?」
「なにが?」
「だからさ、どうしても小っちゃいコたちに目が行っちゃうの。でも、それはどうしようもないことなのね」
「しょーがないんじゃないっすか、それは」
よっすぃーは、しゃあしゃあと、まるで他人事みたいに言う。
ちょっとちょっと。
そもそもアンタは、カオリに構って欲しいからってあんな嘘ついたんでしょうが…!
軽くカチンときたものの、私はどうにか怒りを抑えつつ、
「だからって、よっすぃーのことも石川のことも、あと矢口とかなっちのことだって、別に忘れてるわけじゃないからね」
「忘れてるよ」
徹底的に、カチンときた。
カオリに構って欲しがってたくせに、偉そうに「しょーがない」なんて言ってみたり、かと思えば今度はまたやっぱり、「忘れてる」?
よっすぃーの言うことは、矛盾だらけ…なにそれ、まるで子供じゃない。
76 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時54分20秒
私は思わず起き上がり、
「もうっ、子供みたいなこと言わないでよね! 構ってあげられないからって、」
「そーじゃなくて」
よっすぃーはゆっくりと体を起こすと、
「もっと、頼って欲しいっつってんだよ」
不貞腐れたように言い、訳が解らず呆然とする私に向かって、さらに続けた。
「だから、うちとか梨華ちゃんのコト、もっと頼って欲しいって言ってるんです。
そんなに頼りないですか、うちら……ってゆーか、あたしって」
「あ、そういう意味」
その言葉の意味を、私はようやく理解した。
そうだ。
何だって自分ひとりで解決したがる私に、あのとき、よっすぃーは言った。

『誰かのせいにしたりさ、誰かに頼ったりとか、もっと、しても良いんじゃないかな』
いつだって、私がやらなきゃ、って。私さえガマンすれば良いんだ、って。
新しいコが増えてゆくたびに、ますます自分が孤立していくような気に、勝手になってた。
圭ちゃんも居なくなって、カオリの相談相手はもう誰も居ないんだなんて、勝手に決め付けちゃってたけど…
本当は、ちっとも、そんなことないのかも知れない。
77 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時57分13秒
「なんかあったら言って欲しいです。一緒に悩むぐらいだったら、あたしにもできるし、だから、」
短く息を吸って、よっすぃーは続けた。

「忘れないでください」
あ…

「飯田さんには、ヨシザワがいる、ってこと」
あのときと、同じだ。

忘れないでください。
真っ暗な部屋の中で聞いたよっすぃーの声は、なんだかとても切実で、真剣で。
私は、自分がどうしてあんな嘘にあっさり騙されてしまったのか、解ったような気がした。
あのときよっすぃーが言ったことのほとんどは嘘だったけど、あのコトバだけは、真実だったから――。

「ありがとう」
なんだか胸が一杯で、それしか言えなかった。

「ぁ、さむっ」
よっすぃーは短く言うと、再びベッドに潜り込んでしまった。
「ちょっと…」
うん、わかってるよ、寒かったのはカオリの台詞じゃなくて、凍えるくらいエアコンガンガンにしてるせいだって、わかってるけど、さ…。
78 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)22時59分59秒

「でもさー、この24時間で、飯田さんもよぉーくわかったんじゃないっすかね」
「なにがよ」
「飯田さんが、どんだけヨシザワのコト、あいしてるか」
「…あのねえ」
私は、昨日からもう何度目、ううん、何十度目かの溜息を吐いた。
昨夜は一睡もしてないし、怒ったり呆れたり、いろんなことがありすぎて疲れたから…今日は、ホントゆっくり眠れそう。
「カオリは、みんなを平等に愛してるの。だってリーダーだし」
「あっそ」
よっすぃーは素っ気なく言うと、ベッドの中でなにやら手をモゾモゾ…と思ったら、左手にあったかい感触。

「や、寒いかなぁーと思って」
「ねぇ、うちらバカみたいじゃない?」
よっすぃーの手を握り返しながら問うと、
「バカじゃない! 電気代もったいないとは、思うけど」
だからバカなんじゃん。と思ったけど、口に出すのはやめにした。
カオリが他人のボケにツッコめるチャンスなんて滅多に到来しないけど、ここは涙を呑んでガマン。
適当につめたくて、適当にあったかくて、ここちよい。
こんな素敵な空間を、むやみなツッコミでぶち壊したくないもの。
79 名前:忘れないで 投稿日:2003年08月24日(日)23時03分24秒
「あのー、今さらなんですけど」
「なに?」
「嘘でしたって、言わないほうが良かったですか?」
「え?」
「やぁ…言わなかったらもしかして、”何もなくて良かったねー”って、それで終わってたのかなって」
「……うん、終わってたね、きっと」
よく考えてみると、確かに…あのとき彼女がわざわざ白状しなければ、全ては丸く収まっていたような気がしてならない。

「なんで言っちゃったんだろ」
「そうだよ、なんで言っちゃったのよ」
「わかんない…」
正直者がバカを見る、とは、よく言ったものだけれど。
ゴォォーッ、と音がして、しばらく静かだったエアコンくんが再び息を吹き返した。
ちょっと寒くなってきたけど、エアコンくんに罪はない。彼は彼で、室温を常に与えられた設定温度に保とうと必死なのだから。

「飯田さん」
「ん?」
「やっぱ、ちょっと…寒い」
「うん。カオリも、そう思ってたトコ」
片方の手は繋いだまま、私は、枕元のリモコンに手を伸ばした。


<おわり>
 
 
80 名前:すてっぷ 投稿日:2003年08月24日(日)23時06分49秒
更新遅くなって、すみません。。
少し長いですが、よろしければ読んでやってください。

>54 名無しさん
ありがとうございます。レス遅くなってしまって、すみません。
どちらが先かは、あまり意識したことが無かったのですが…多分オールキャストのもの以外は、
(今回もそうですが)ほとんど登場人物が先だったと思います。

>55 名無し読者79さん
ありがとうございます。同じく遅レス、すみません。
リーダーは、だんだん事の重大さに気付いていったという感じでしょうか。
最終回、少し長くなりましたが…最後までお読み頂けると、嬉しいです。

>56 Silenceさん
ありがとうございます。ちょっと早いと思えば、極端に遅かったり…お待たせしてすみませんでした。
軽いだけの話も楽しいですが、たまにはこういうのもどうでしょう?(笑
81 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)00時18分32秒
完結、お疲れ様でした。
う〜ん、何だか読み終わってものすごく心がポカポカしてます、今。
とっても素敵なお話でした。
リーダー視点が新鮮な感じで良かったです。
すてっぷさんのお話はいしよしもやぐよしも大好きですが、
かおよしも最高です!
82 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)01時15分51秒
 今回も素敵な話で、最後まで一気に読んでしまいました。

 すてっぷさんの作品は、どれも視点がきっちり固定されていて、その上で
文章に自然な流れがあるので、こうもぐいぐいと引き込まれてしまうのかな、
とふと思いました。

 次回作も楽しみにしてます。
83 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)12時18分24秒
「忘れないでください」
あ・・・


ここで、「おおっ!」って思わされました。
決めダマに引っかかった気はしつつも。
84 名前:名無し 投稿日:2003年08月25日(月)20時49分40秒
完結お疲れ様です。
よしめし最高。
飯田さんだからこそ騙されても許されて、吉澤さんだからこそ騙しても許されるみたいな関係が好きです。
最後の締め方も好き。すってぷさんの話は本当読んでて暖かくなる。
85 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月25日(月)22時49分21秒
本日、読ませて頂きました。
すてっぷさんはこの話のネタは、ハロモニのクイズ(一人だけ正解させるクイズの回)
がヒントになったんですか?
86 名前:もんじゃ 投稿日:2003年08月26日(火)00時47分34秒
どことなくズレた2人のほんわか感が好きです。
読み終わったあと私の気持ちも布団の中のぽかぽかな感じになりますた。
ありがとうございました。
87 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月27日(水)01時18分28秒
脱稿お疲れさまでした。
最近ではボケ担当のお二方がホントほんわかとしてて・・・
また今回もイイモノをありがとうございました。
飯田さん視点の物語は又いつかの夏でしょうか?
それまで楽しみにお待ちしておりますw
88 名前:名無し読者79 投稿日:2003年08月29日(金)20時13分12秒
完結お疲れ様です!!
この二人の空気、いいですね(^^)
何でも自分だけで抱えてしまうのは、良くないことだなーと考えさせられました。
仲間っていいですね。そう思える作品ありがとうございます。
次回作、そしてあちらの作品、いつまでも待ってます。
89 名前:すてっぷ 投稿日:2003年09月07日(日)22時56分19秒
>81 名無しさん
ありがとうございます。
かおよしをちゃんと書いたのは初めてなのですが、気に入って頂けたようで嬉しいです。
リーダー視点は過去に一度やったきり封印してたので(笑)、書いていても新鮮でした。

>82 名無しさん
嬉しいお言葉、ありがとうございます。書き進めるうち予定外に長くなってしまったのですが、
ストレスを感じずにお読み頂けたようでホッとしました。図に乗って、また長い話を書くかも(笑

>83 名無しさん
ありがとうございます。決めダマ(笑)。ベタかなぁと思いつつ、やってしまいました。
最初のフリをそのままタイトルにしたのも、最後で効いてくれると良いなあと思いまして。

>84 名無しさん
どうもです。飯田さんだから成立する話かなと思って書いたので、そう言ってもらえると嬉しい…。
毎回、少しでも娘。さん達の「らしさ」が出せればと思ってるのですが、なかなか難しいですね。
90 名前:すてっぷ 投稿日:2003年09月07日(日)22時58分43秒
>85 名無しさん
ありがとうございます。書き始めたのはそれより前なのですが、見た後に書いた分については
影響されまくりで、予定よりかなり長い話になってしまいました(笑

>86 もんじゃさん
こちらこそ、感想ありがとうございます。このところ娘。関係では寂しい話題続きなので…
布団のような、真冬にこたつで食べるアイスのような、心地よいモノが書きたいこの頃です。

>87 名無し読者さん
ありがとうございます。吉澤さん、ボケ度では今やすっかりリーダーを追い越した感がありますが(笑)
飯田さん視点、前作は夏のような冬のようなややこしい設定だったので、
次こそは夏らしい、または冬らしいモノを…。

>88 名無し読者79さん
こちらこそ、温かい感想をありがとうございました。また、この二人でまったりした話を書いてみたいです。
あと、もう一つの方は、長いことお待たせして本当に申し訳ないです…またしばらくあっちに戻ります。
91 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/05(日) 23:15
保全
92 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/21(火) 12:09
保田
93 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:37

晴れた夜には、二階の窓をいっぱいに開けて、いくつもの流れ星を見つけた。
誰に聞いたのか星が流れてしまうまでに願いごとを三回唱えると叶うっておまじないを、
私たち子供はみんな常識みたく知っていて、だから挑戦するんだけど、
いつだって三回言い終わらないうちに、あっけなく星は消えてしまった。
都会では星が見えない、って聞いたことはあったけど、暮らし始めてみるとそれはやっぱり本当のことで、
ここでは流れ星どころか、たったひとつの星さえも見つけることは出来ない。
全体を薄い雲に覆われてしまったような灰色の空に、薄ぼんやりとしたお月様がぽつんと浮かんでいるだけの、なんだか味気ない景色。
始めは曇ってるから星が出てないんだと思っていたのに、次の日も次の日もその次の日にもやっぱり見えなかったから、
上京して一週間くらい経ってようやく私は、ああアノ話は本当だったんだ、とか、思ったのだった。
94 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:40
私にとってそう遠くない未来にやってくるはずのその瞬間のことを想像してみるとき、
それは、生まれ育ったあの町をひとり出て行くときの気持ちと少し似ていて。
だからかな。
近ごろやたらとあの頃のことを思い出したり考えたりするのは、たぶん、そういうわけなんだと思う。

なんて、眠りにつく前にそんなふうなことをぼんやり考えているうちにいつの間にか寝ちゃってるってのが、
ここんとこお約束のパターンなんだけど……

あーあ。
どうして今日に限って、いつまでたっても眠くなんないんだろ。
考えごとなんかしてないでとっとと寝ちゃってればよかった、なんて、今さら後悔したってもう遅い。


「……っ、…く」

耳を塞ぐ代わりに目をかたく瞑って、コブシをぎゅっと握って、心の中で繰り返し、唱える。

  ”流れ星みたいには、なりたくないから”

いきなりパッ、って瞬いて、夜空にすーっ、って線を引いたかと思うと、あっという間に消えちゃうあの、流れ星みたいに。
そんなふうに終わるわけにはさ、いかないんだよ、なっちは。
それなのに、さ。
95 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:42
「っ…」
生まれ育ったあの町を出て行くときみたく、またひとりに戻るだけなのに。
うれしいはずなのに、どうしてこんなに切ないんだろう?
うれしいはずなのに、泣きそうになっちゃうのは、どうしてだろ。

「………っ、」
こんな気持ちになったり、自分以外の誰かをこんな気持ちにさせたりするぐらいなら、
はじめからひとりの方が良かったのかも知れない。
彼女に声をかけるべきかどうか迷っている間に、そんなことを考えた。
合わせた背中越しに、小さな震えが伝わってくる。
矢口は、声を殺して泣いていた。
 
96 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:43

最近、彼女はうちによく泊まりに来る。
たいていは私から誘うんだけど、今日はめずらしく彼女のほうから、
『今日、なっちんトコ行っていい?』
って聞いてきて、こっちもとくに予定とか無かったから、
『いいよ。おいで』
って答えた。
みんなにあのことを告げてから、二ヶ月。
何にでも”終わり”があるっていうのは悪いことばかりじゃないんだなって、最近しみじみとそう思う。
だって、卒業したら矢口ともあんまり会えなくなっちゃうから今のうちにいっぱい遊んでおこうとか、
下のコたちにもいろいろ教えてあげようとか相談にも乗ってあげなきゃとかそんなコトで頭がいっぱいで、
近ごろの私は本当に、”残された時間”ってやつを有意義に使えてるなあって実感してるから。
97 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:45

「矢口」
呼ばれてとっさに振り向いた彼女は、振り向いてからしまったと思ったのか、
「ひぅっ」
しゃっくりみたいなヘンな声を出すと、すぐにまた背中を向けてしまった。
「どしたの?」
わざとノーテンキに尋ねてみる。
こっそり泣こうとしてるのにわざわざ声をかけたのは、彼女が泣いてるのがたぶん、私のせいだから。

というのも、仕事帰りに二人でちょっと遅めの晩ゴハンをしつつ、彼女がうちに来たいと言ったことについて、
『なっちともうすぐ離れんのが寂しいんでしょー』
私がからかうと、矢口は、ふっといきなり暗い顔になって、
『寂しいに決まってんじゃん』
と言った。なんだか、ママに叱られて拗ねてる子供みたいだった。
いつもだったら、『寂しいけど…』って、”けど”の後ろに何かしら前向きなフレーズをくっつけてよこすくせに。
投げやりな彼女の態度に困った私は、
『ちょっとぉ、いきなり素直になんないでよね』
そう言ってごまかすとすぐに話題を変えたものの、お店を出るまでお互いなんとなく気まずかったのだった。
98 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:46

「ねぇ、矢口ってばさ」
もう何度目かの呼びかけにも、泣いてる彼女は首を横に振るばかりで何も答えてはくれない。

「ずっと、起きてたの?」
尋ねると、ややあって、こくん、と頷いた。
「なっちも起きてたんだよ? なんか、眠れなくってさ」
はい、と目の前にティッシュを置いてあげると、矢口は布団からもぞもぞと手を出し、箱から数枚抜き取った。
相変わらず、背中はこっちに向けたまま。

「なんか言いたいコトあるんだったら、さ。なっち、明日になったら忘れてるから、何でも言いな?」
「……言ったって、どうにもなんないし」
ぼそりと言う。
「ふーん」
矢口の言いたいことは、”言ったってどうにもなんないコト”。中身はなんとなく、想像がついた。
「そんなの言ってみなきゃわかんないじゃん。だいたいさ、言ったってどうにもなんないコトは言っちゃいけないんだったら、
世の中のたいていのコトは、言っちゃいけないコトなんじゃないの?」
「なにそれワケわかんない」
「言って、ってこと。だって気になるから、ねぇ、言って」
すると矢口は諦めたように、短いため息を吐いた。
99 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:49
「じゃあ言うけど、明日になったらちゃんと忘れてよね」
「いいよ」
「絶対だからね」
「わかったってば」
念押ししてくる彼女に答える。
矢口の言いたいこと、大体は予想がついてるけど…そこまでしつこく念を押すほど恥ずかしいコトなんだろうか?
ごくりと唾を飲み込む。
私はちょっぴり緊張しつつ、彼女の次の言葉を待った。

ずぅっ、とハナをすすると、
「ひとりにしないで」
矢口は言った。

「え…?」
卒業しないで。とか、言うのかと思ってたのに。
100 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:51
とたんに、ワケがわからなくなる。
「なんで?」
だってさ、だって、
「一人になんの、なっちの方じゃんよ」
「…ちが、う」
独り言みたいに、矢口が呟く。
「いっつも、ひとりっきりで置いてかれんの、おいらの方だもん」
彼女の言葉が胸に、ずしん、と響いた。
私はなんだか急に胸がドキドキしてきて、彼女に何か言いたいんだけど言うべき言葉が見つからなくて、
三回ぐらい口を開けては閉じを繰り返したけど、結局何も言えなかった。
すごく動揺してる。私も、そしてたぶん、矢口も。

もうすぐ一人になる今の私が、うれしいのと怖いのと寂しいのと、いろんな気持ちになるのと同じように、
見送る彼女の中にもきっと、うれしいのや怖いのや寂しいのや、いろんな気持ちが同居しているんだろう。
私のソロデビューが決まったとき誰よりも喜んでくれたのは矢口だったし、だからきっと、うれしいのや、
怖いのや寂しいのや、それからもしかすると、ううん、もしかしなくても……羨ましい、って気持ちも、たぶん。
今まで同じ数だけ仲間を送り出してきた私たちだけど、次は私が、彼女に送られる。
なんだかすごく、不思議な気がした。
101 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:54
「なっちが、してほしいコト何だってしてあげるし。なっちが欲しいモノ、何だってあげる。
だから、お願いだから、もう、ひとりにしないで」
ちょっとの間泣き止んでいた小さな背中が、また震えてる。
長い時間をかけて必死に考えた言い訳や強がりが、こんなにもたやすく揺らいでしまうものだなんて知らなかった。
どんなことにも”終わり”があるっていうのは悪いことばかりじゃないんだって、やっとそう、思えるようになったのに。
思えるようになったんじゃない、言い聞かせてるだけじゃん、って、今はもうそんなふうに思ってる。
強がってはまた揺らいで。
私たちっていつまでたってもそんなことの繰り返し。だけど、それもきっとすぐに忘れるから、平気だよ。

「ねぇ矢口」
「…な、によ」
矢口が、涙声で途切れがちに答える。
102 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:56
「どんだけぐちゃぐちゃに泣いたって、しばらくすると涙が乾くのと同じようにさ。寂しいのだって、いつかは薄れてくよ」
矢口が欲しいのはこんな言葉じゃないってコトぐらい、わかってる、でも。

もしも、私たちの心の中にある悲しみや寂しさが、いつまでも同じ重さとカタチでずっと消えずに残っているものだったとしたら、
私たちは今ごろとっくに押し潰されているんだろう。
だけど、うちらは知ってる。
悲しくて悲しくて、まるで世界の終わりみたいに悲しんでた出来事でも、時間が経つにつれてそれは少しずつ小さくなって、
やがて心の奥の引き出しに仕舞われて。
そしてときどき思い出したように引っ張り出してきては、あんときはほんと悲しくていっぱい泣いたよね、なんて、
カメラの前とかでしみじみ言えちゃったりするときが、必ずやって来ること。

けど、それはさ。
それはけっして悪いことじゃないと、なっちは思うんだ。

「なっちがいないのもさ、すぐに、当たり前になるよ」
「…わか、っ、てる、てば」
「そうだよね、ゴメンね」
そっか。
矢口はぜんぶわかってるから、だから泣けてきちゃうんだよね?
103 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 22:58
「でも、矢口ってホント泣き虫だよねぇー。今度から、むし、って呼ぶよ?」
「……前から呼んでるくせに」
「っていうかさー、さっき、モノで釣ろうとしたよね? なっちは何者だい」
「るっさいなあ。ってゆーかだから、言ってもどうにもなんないコトだっつったじゃん!」
「やっ…!?」
やっとこっちを向いてくれたと思ったら、至近距離から私の顔めがけて丸めたティッシュを投げつけてきた。
「ちょっとーっ!」
私が投げ返そうとすると、彼女は布団を頭から被って、まんまと隠れやがった。
「むし。おーい、むしさんむしさん、出っておいでっ♪」
「むし言うなっ!」
くぐもった声で抗議する。

ゴメンね、矢口。
矢口が言いたかったことはやっぱり、言ったってどうにもなんないコトだったけど、約束は守るから安心してね。
だって、なっちに出来ることがあるとしたら、矢口が泣いたことやなっちに言ったことぜんぶ、
明日になったらちゃんと忘れてあげることぐらいだもんね。
104 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 23:00

「こっちってさぁ…ホントにお星様、見えないよね」
「えー? なに言ってんの突然」

矢口は、とりあえず泣き止んでくれた。
晴れて、”泣きむし”から単なる”むし”に昇格(この場合、降格って気もするけど)したってワケ。
彼女はときどき思い出したようにずずっ、とハナをすすりながら、目が冴えて寝付けなくなってしまった私の話に付き合ってくれてる。

「なっちさぁ、ホントびっくりしたんだ最初。噂には聞いてたけどさ、ホントに1コも見えないんだもん。
ホントなんだあ、ってホテルで圭織と騒いだ覚えある。なんかすっごい覚えてんのそん時のこと」
「噂って…。でも、うちの近所はかろうじて見えるよ」
「なっちの家の近くなんかホントすごいんだって! でもすっごいキレイなんだけどさ、ずっと見てるとなんか怖くなんだよね。
いっぱいありすぎて、もう空じゅうが星でさ、見てるとどんどん迫ってくるカンジすんの。
なんか、星空に押し潰されちゃいそうな気がしてくんだよね」
「ああ、すっごい地方とか行くとそんなカンジだよね。流れ星とかバンバン飛んじゃってんでしょ?」
「飛んでるねー。ビュンビュン飛んでるね」
105 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 23:02
「願いゴトとかすんの? やっぱり」
「したねー。アレってさ、消える前に三回言わなきゃいけないとかって言うじゃん。
だからさぁ、見つけたときのために早口で言う練習したりしてたもん、なっち」
「わー。バカだねー」
「なんでっ? やんない? ねぇやんない?」
「やんないよー。まず流れ星じたいあんま見たことないし…ってゆーか、ほとんど記憶ないかも」
「そっかぁ」
やっぱり、都会のコは星とか見て遊んだりしないのかな…ゲーム好きな矢口のコトだから、
きっとテレビゲームばかりやってる子供だったんだろうな、なんて想像してみる。
「そんなんだから大っきくなれなかったんだよ…」
「…いしたの?」
「えっ?」
無意識に独り言を呟いていた私は、彼女の言葉でハッと我に返る。
「だからー、なんてお願いしたの?」
どうやら、さっきの話の続きらしい。
「なんだろうね。もう忘れちゃったよ」
ふーん、と、つまんなそうに言うと、矢口はまた思い出したようにハナをすすった。
106 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 23:04
「いいなぁー。なんか見つけたくなったもん、今さら」
「でも、実はあんま好きじゃないんだよね」
「流れ星?」
「うん」
と私が答えると、矢口は意外そうに、
「なんで? キレイじゃん。ってゆーか嫌いなくせに願いゴトとかすんの? そりゃあ怒るよ、星だって」
「うん、でもさ、キレイだけどすぐ終わっちゃうじゃん。なんかアレ、すごい寂しいなって」
「そっかなー。それがイイんじゃないの? なんか、はかなげなトコロが?」
どうも、矢口にはあまりピンとこないらしい。
なにしろ、ほとんど見た記憶が無い、のだから当然といえば当然なんだろうけど。
「なっちは星座とか見てる方がいいな。いつもそこにあって、ずっとキラキラしてんの見てる方が、なんとなく好き」
「でも、願いゴトはするんでしょ?」
「まぁ、それは一応ね」
ずるいよー、とか言いながら、矢口は笑った。
107 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 23:07
「だからさ、なっちもさ。流れない星みたく、いっつもそこにあって、ずーっとキラキラしてたいなぁ、とか思うワケさ」
いつもそこにある星だって、いつかは流れ星になるんだよ。
いつもの矢口にだったら、そうツッコまれそうだけど、
「なるほどねぇ。そっかそっか。それが言いたかったか」
彼女はそれだけで、あとは何も言わなかった。

「矢口、ほら、寝ちゃう前に顔洗ってきなよ」
どうやら眠くなってきたらしくいきなり喋らなくなった彼女を、揺り起こす。
「…あー、そだね」
「行ってらっしゃい」
スタンドの灯りを点けると、眩しくて頭がくらくらした。
「わ、まぶしぃー」
矢口は両手で目を擦りながら、ダルそうに起き上がると、二三歩進んだところでよろけた。
「矢口、おじいちゃんみたいだよ? ヤバイよ動きが」
「うるさい」
「あっ、ねぇ、来るときお茶持ってきて。ノド乾いちゃった」
「えーっ…もう」
ぶちぶちと不満を呟きながら部屋を出ていく後ろ姿を見送って、私はまたごろりと横になった。
108 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 23:09
「ねぇ矢口」
今ごろきっと冷蔵庫を漁っているはずの、小さな背中を思い浮かべながら、呟く。

ねぇ、やぐち。
子供の頃にした、たくさんのお願いゴトは、もう覚えていないけど。
もしもこの街でナガレボシを見つけることができたら、願いゴトはもう、決めてあるんだ。
少し長いから、三回唱えるのはちょっと難しいかもしれないけど、そんときはなっちと矢口と圭織とで、せーのでいっしょに言おっか。
したら、三回言ったのと同じことになるっしょ?
そんなんズルだよー、って、矢口だったらそんなふうに言いそうだけどさ。


  ”ずっと、輝いていられますように”



なっちー、お茶なんかないよー。って、眠そうな声で矢口が呼んでる。

「うそぉ?」
ベッドをおりると、さっき矢口がそうなったのと同じ辺りでなっちもよろけた。
「そんじゃあ買いに行こうよやぐちー」
109 名前:shooting star 投稿日:2003/10/26(日) 23:12
やだよー、こんな時間に。
とかなんとか、ぶちぶち言ってる矢口の手を引っぱって、真夜中の散歩に出かけた。
昼間あんなに晴れていたのに、見上げると今夜もやっぱり当たり前のように、
灰色の海に薄ぼんやりとした冴えないお月様がぽつんと漂っているだけの、つまんない景色が広がっている。

「星が1コも見えないってのは、なんだかさあ」
ふいに、矢口が言った。

「願いごとは自分で叶えなさい、って、言ってるみたいじゃない?」
ちょっとばかし、ぐっときた。
矢口って、がんばることの天才だ。

「あぁー、なるほどね」
「どうよどうよ、今の」
「んー。ザブトン一枚?」
「えぇー、一枚かよー」
私たちは笑った。

灰色の空が、さっきよりも少し、澄んで見えるような気がした。


<おわり>
 
 
110 名前:すてっぷ 投稿日:2003/10/26(日) 23:15


保全してくれた人、感謝。。
一話完結です。よろしければ。
111 名前:silence 投稿日:2003/10/26(日) 23:41
安倍さんの願いのところで「夢は叶うよ絶対叶うから〜♪」
DINのそこのパートが頭をよぎりました。寝る前にとてもいい
話を見せてくれたすてっぷさんに感謝。
112 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 10:28
東京では星が見えない理由に感動。
流れ星に三回願い事を言う方法に感動。

いやぁ、今回もよかったです。
113 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 15:02
112さんと同じく、流れ星に願いを三回かける方法のところで、
思わず椅子から転げ落ちてしまいました。
読了後、「すごい…すごい…」と虚ろに呟いている自分がいました。
今回も素敵な話を読ませていただき、ありがとうございました。
114 名前:名無し読者79 投稿日:2003/10/27(月) 17:42
すてっぷさんありがとう。
毎回、作品を読むとなんか暖かい気持ちになります。
時には笑い、時には泣き…。
この作品は、すてっぷさんのメッセージなのかなとも思いました。
流れ星に願いを…のところ。
115 名前:名無し 投稿日:2003/10/27(月) 21:47
このロマチストさんめ〜。
(●´ー`●)ありがとう
116 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/02(日) 20:32
星が見えない理由に、彼女らしさを感じました。
不安を持つ彼女だけれど、やはりどこかすてっぷさんらしい彼女で面白かったです。
117 名前:すてっぷ 投稿日:2003/11/20(木) 23:24
感想、どうもありがとうございました。遅くなってすみません。。

>111 silenceさん
改めて聴いてみると「ふるさと」や「22歳〜」のようにストレートでは無いにしろ、
なんとなく今の安倍さんと重なる気がする曲ですよね。こちらこそ、どうもでした。

>112 名無し読者さん
ありがとうございます。
色んな人が夢を叶えにやって来る場所なのにと思うと少し皮肉な気もしますが、
そういう場所ならではの景色なのかなーとも。単なるこじつけだろって話もありますが(笑

>113 名無し読者さん
思いついた時はちょっと嬉しかったです。ご利益があるかどうかはかなり怪しいですが(笑)
こちらこそ、お付き合い頂き、感謝です。
118 名前:すてっぷ 投稿日:2003/11/20(木) 23:27
>114 名無し読者79さん
こちらこそ、どうもです。気に入って頂けたようで嬉しい。。
徹底的に切ない話ってのも一度くらいは書いてみたいものですが、
悲しいかな絶対無理かと…(笑

>115 名無しさん
キンパチ先生ばりのクサイ台詞も安倍さんなら許されるってコトでひとつ(笑

>116 名無し読者さん
特に矢口さんは、いつも頑張りすぎてるという(勝手な…)イメージがあって。
卒業をテーマに書こうとすると、やはり彼女が真っ先に浮かんでしまいます…。
119 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:20

「マジっすか」
先輩の発言に、後輩らしくお約束どおりのリアクションを返すわたし。
べつにマジっすかとかぜんぜん思っちゃいないんだけど、仕方ないよね。後輩なんだし。

「っつってもまぁ、あの頃はさー、ののもコドモだったしね〜。ちょっと願望みたいのが入ってたのかもしんないんだけどさあ」
「でもホントだったらスゴくないすか」
いちおう身を乗り出して、興味シンシンなフリなどしてみる。

「まあね〜。あ、もしかしておマメちゃん、うらやましいとか?」
「しいっすよー。いいなあ。ってゆーかサンタとかいるんだぁマジで」
「ん〜。いるかもねぇー、もしかしたらねぇ〜」
目の前に広げたチョコフレークをわしづかみにしながら、辻さんはフフフンと余裕の笑み。
「おまめひゃんひょ、ほほほほははひへ」
(サンタさんはいるよ)おマメちゃんの、心の中にね。辻さんはきっとそう言いたかったのでしょう、しかし。
そういうちょっと良いセリフは、口の中のチョコフレークを飲みこんでからにしてもらいたいものですな。
120 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:22
「てゆーか幽霊でしょそれ。もしくはドロボー」
あ…この声は。
「あン?」
藤本さんの冷静なツッコミに、辻さんがぴくりと反応する。
「ちがうっつーの! アレは、まぎれもなくサンタだね!!」
あーあ、ムキになっちゃって…。
学校で習った覚えがある。こういうのを、売りなんとかにナントカカントカ、っていうんだよね、たしか。

「ぜったい、サンタだった!!」
今日は12月24日、クリスマスイヴ。
全員が集まった楽屋では当然、クリスマスの話になるワケで。
そんな中、辻さんが、自分は子供の頃にサンタクロース(本物)を目撃したコトがあると言い出したのだ。
すっごく小さい頃の記憶だからあんまりアテにはなんないけど、クリスマスの夜、
サンタクロースが枕元にプレゼントを置いてくのを見たような気がする。
あくまで、気がするだけなんだけどね。
そんなふうに始めは自信なさげに語っていた辻さんだが、藤本さんの反応があまりにも冷たいので、
どうやらスイッチが入ってしまったらしい。
121 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:23
「サンタのカッコしたドロボーだよ。絶対なんか盗られてるってそれ。親に聞いてみなよ」
「っつーかマジで見たっつってんじゃんかよ! 信じろよなっ!!」
大激怒の辻さんが立ち上がった勢いで、テーブルが大きく揺れる。
みんなで囲んでいるテーブルの上にはみんなの大好きなお菓子やらジュースやらフルーツやらがたくさん乗っていて、
その結果、口の開いたペットボトル(烏龍茶。2リットル)がドンッと倒れたかと思うと、
「きゃあっ」
呑気に雑誌なんか読んでいた石川さんの膝の上にドボドボと降り注いだ。
いいなぁ…。
石川さんってなんだかんだっつっていつも、オイシイよね…なんて、こんなコトでうらやましがってるわたしもどうなんだろ。

「あっあっ、やだちょっともーっ、のの! あああ冷たい、冷たいぃーっ!!」
「その前にさー、倒れっパナシのペットボトル起こした方がいいんじゃない?」
突然の出来事にすっかりテンパっている石川さんに、またしても藤本さんの冷静な一言が降り注ぐ。
122 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:25
「いーじゃん、べつに。それって小っちゃい頃のハナシでしょ? ホントに会ったのかも知んないじゃん。なぁ、のの?」
泣きそうになっている辻さんに、吉澤さんが助け舟を出す。
とは言っても吉澤さんは半ベソの辻さんをなだめるためにそう言ってるだけであって、
本当に信じてあげてるワケじゃなさそう…って、当たり前か。
いくら仲の良い同期の言うコトだって、サンタクロースを見たなんて妄想、本気で信じるバカいないよね。
わたしだってもしも仲の良い同期のマコっちゃんが、
『子供の頃ウチの隣に宇宙人が住んでてさぁ、長縄跳びとか将棋とか一緒にやったんだよねぇ。懐かしいなあ』
とかすっとんきょーなコト言い出したら、まず友達やめるもん。

「っきしょー、信じてねーなオマエら」
否定する者は一人もいなかった。ということは、誰一人として辻さんの体験談を信じる者はいないという計算になる。
涙目で口惜しそうに唇を噛む辻さん。

「あああ、もぅ…。私服が…あたしの私服が…」
誰か…お世辞にもセンスが良いとは言えない石川さんの私服が烏龍茶でびしょ濡れになってしまったコトに触れてあげてください。
123 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:27
「福岡じゃぁね、クリスマスケーキの上に明太子乗っけて食べるっちゃん」
「「うっそおーっ!?」」
「うそやけど」
「「むかつくー」」
おいおまえら、自由すぎるぞ。
全く話に参加してこないところを見ると、我が新垣塾の面々にいたってはそもそも辻さんの話を聞いていたかどうかすら怪しい。

「てゆーか当たり前だけどサンタとかいないし」
藤本さん、まだ言ってる…。
いくらなんでもちょっとしつこいんじゃあ…。
他のメンバーも同じくそう思ったのか、楽屋内はシーンとしてしまってなんだか気まずいフンイキ。
彼女、空気読めないヒトじゃないのに…どうしたんだろ? 機嫌でも悪いのかな?
サンタクロースにまつわる嫌な思い出でもあるのだろうか…と考えて、非常に余計なコトを思い出してしまった。
それはサンタクロースにまつわる、わたし自身の苦い思い出。
124 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:28

あれは忘れもしない、ちょうど幼稚園に入園した年。
あの頃はわたしも世の平均的な幼稚園児と同じく、サンタクロースの存在を信じて疑わない、純なお子様だった。
けれどその年のクリスマス、わたしが公園で友達と遊んでいると、近所の小学生がやって来てわたしに言ったのだ。
『サンタさんは、本当はおまえのお父さんなんだぜ。嘘だと思うならお父さんに聞いてみな』
彼の言葉を、わたしたちは鼻で笑った。
サンタさんがおとうさん? そんなわけないじゃない。
だってサンタさんは、サンタさんだよ。
やがて日が暮れて帰宅したわたしは、彼に言われたとおり、お父さんに質問してみた。
『ねぇ、サンタさんは、おとうさんなの?』
当然否定されるだろうと思っていた。なのに。
『里沙……お前、もう勘付いたのかっ!? 偉いぞ里沙! なんて賢い子なんだお前は!!』
『えっ』
『ママ! ママ! 凄いよこの子天才だよ! ママ! ママー!』
『………』

サンタクロースは、いないんだ――。
その年から、なぜかわたしの枕元にはプレゼントが届かなくなった。
 
125 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:30

――

『…さ、りさ、里沙』

え…?

『里沙、里沙』

遠くの方で、わたしを呼ぶ声がする。
誰だろう…?

『今すぐ起きなさい。そして、わしの手伝いをしておくれ』

突然、声が近くなった。
誰だろう…聞き覚えのない、おじいさんみたいな男のヒトの声。
声はすぐ近くで聞こえているのに、姿は見えない。
というか、私の目の前には果てしない暗闇が広がっていて…おじいさんらしき人どころか、何にも見えないって言った方が正しいかも。

わたしは見えない彼に向かって尋ねる。
あなたは、だれですか?

『この格好を見て、わからんかね?』

いや、見えないんですけど。

『それは君がまだ眠っているからさ。さあ、目をあけてごらん?』

わっ。まぶしい…!
瞼の向こう側が突然明るくなった。目が痛い。夜中眠っているときにいきなり部屋の電気を点けられたときみたいなカンジ。
おそるおそる目を開けると…寝る前に消したはずの電気がなぜか点いていて、枕元には知らないおじいさんが立っていて、
わたしのことを見下ろしていた。それも笑顔で。
126 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:32
起きたてのボンヤリとした頭で、目の前の見知らぬおじいさんの格好を分析する。
真っ白なあごヒゲ。
てっぺんに白のボンボンがついた、真っ赤なトンガリ帽子。
肩にはバカでっかくて重そうな袋を担いでる。
この扮装は……

「サンタクロースさ」

「あ…ホントだ」
何かに似ていると思ったら…そっかー、サンタクロースかぁ。
「チッ」
んだよ…嫌な夢見せやがって。またあの幼き日のトラウマが蘇っちまったじゃねーかよ…。

「おや? 今のは舌打ちかい? おやおや、どうしたことだろう。
サンタクロースに会えて喜ぶ子供は大勢いるが…君のように、わしのことを煙たがる子は初めてだよ」
「ってゆーか、寝るんでジャマしないでください」
わたしはおじいさんにキッパリとそう告げると、ベッドに潜り込んだ。

「ん?」
アレっ?
ちょっと待てよ…なんかヘンだな。
モソモソと布団から顔を出すと、そこにはおじいさんの笑顔があった。
127 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:34
『寝るんで、ジャマしないでください』
とは、ついさっきのわたしのセリフ。
”寝るんで”というコトは…わたしは寝ていない、つまり起きている、という計算になるワケで。
というコトは今わたしの枕元にサンタクロースと名乗る謎の老人が立っているのは夢なんかではなく
現実であるという計算が成り立つワケで……

「え……ド、ドロボー? です、か?」
わたしはタメ口をききかけて、とっさに敬語へ修正。
だってもし彼が強盗だった場合、失礼な態度をとったが最後、わたしは殺されてしまうかもしれないから。
時にはこびへつらうコトも自分の身を守る一つの方法なんだよガキさん、とは、わたしの尊敬する安倍さんの言葉だが。

「君のことはよく覚えているよ。君がサンタクロースを信じなくなったのは、君がちょうど幼稚園に入った年だったろう?」
えっ!
「どうしてそれを…」
わたしの暗い過去を、なんでこのジジイが知ってんの!?
「君には心から同情するよ、里沙」
「あの…ホントに、どうして知ってるんですか?」
おそるおそる尋ねる。
このおじいさん、単なる強盗にしてはわたしのコトを知りすぎてる…いったい何者なの?
128 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:36
「それはね。君にプレゼントを届けていたのもわしだったし、それから届けるのをやめたのも、わしだったからだよ」
おじいさんはそう言うと、寂しげに笑った。

わたしには彼の言ったコトが、よく理解できなかった。
百歩譲って、このおじいさんが本物のサンタクロースだと仮定しよう。
だけどわたしにプレゼントを届けていたのはわたしのお父さんだったし、それから届けるのをやめたのだってそうだ。
あの日、お父さん自身が認めたのだから間違いない。

「でも、わたしのサンタさんは、うちのお父さんでしたけど」
「それはね、里沙」
いつの間にか、おじいさんはわたしのベッドの上に腰掛けていた。
このヒト、本当に本物のサンタクロースなのかどうかは怪しいけど…どうやら悪い人ではなさそう。
わたしも布団を抜け出して、彼の隣に腰を下ろす。
「わしらサンタクロースはプレゼントを配り終えると、君のお父さんやお母さんに暗示をかけるのさ。
君のお父さんやお母さんに、プレゼントを置いたのは自分達だと思い込ませるんだよ」
「なんでそんなコトする必要があるんですか?」
まだ疑っているわたしは、自称サンタに意地悪な質問。
129 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:37
「なぜって? 想像してごらん。
クリスマスの夜に突然、知らない人からのプレゼントが娘のベッドの上に置かれていたら…
君のお父さんやお母さんは、どうすると思うね?」
「どうって…」
気味悪がる…だけじゃ済まないだろうなぁ、きっと。
「110番とか、すると思います、たぶん」
「だろう? お父さんが箱の中身は時限爆弾かも知れないなどと早合点して、
機動隊や爆発物処理班が出動する騒ぎになるかも知れないよ?」
「それはどうでしょう」
「通報されないまでも、見知らぬ人からのプレゼントなど気味悪がって捨ててしまうに決まっている。
いずれにしても、幼い君にとって最悪のクリスマスになることだけは確かだ。そうだろう?」
「なるほどねぇ」
思わず感心してしまった。
「それでうちのお父さんは、自分が置いたつもりになってたってワケですか」
このおじいさんの言うコトが正しいとすれば、幼いわたしにプレゼントを届けてくれていたのは彼で、
暗示にかけられたお父さんは、自分があげたつもりになって浮かれていたと、そういう計算になるワケね。納得!
130 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:40
「サンタの世界も、いろいろと大変なんですねえ〜」
世のサンタさんたちがそんな地味な裏工作してたなんて…わたしは彼らに深く同情。
「うんうん、大変ですね〜ホント」
って……アレっ?
腕組みをしてうんうん感心していたわたしのアタマにふと、ある疑問が浮かんだ。

「あの…さっき、わたしにプレゼントを配るのをやめたのも自分だって、言ってましたよね?」
「ああ」
「どうしてわたしは、プレゼントをもらえなくなっちゃったんですか?」
単なるおじいさんの気まぐれ?
それとも他に何か基準みたいなモノがあるのだろうか…たとえば、年齢制限とか。
いや、それはないよなぁ…年齢制限ったって、わたしがプレゼントをもらえなくなったのは幼稚園に入ってすぐの年だもん。
周りの友達はみんな、小学校に上がっても普通にもらったとか言ってたし。
年齢制限だとすると、同い年の他の子がもらえているのにわたしだけ無いってのはやっぱり、おかしい気がする。

おじいさんは少し考えた後、俯いたままなんだかとても寂しそうな声で言った。
「君が、サンタクロースを信じなくなってしまったからだよ」

サンタクロースは、いないんだ――。

131 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:41
「わしらは、子供たちがサンタクロースの存在を信じている限り、プレゼントを配り続ける」
おじいさんの言い方はなんだか回りくどいけどそれってつまり、
サンタクロースを信じない子供にはプレゼントを受け取る資格が無い、ってコトだよね。
「そっ、か。そういう、決まりなんだ」
ちょっとだけ、というかぶっちゃけかなり、ショックだった。

遅かれ早かれ、誰にだってそのときは必ずやってくる。
わたしの場合、それが他のコよりもほんの少し早かっただけなんだ。そう、本当に、ほんのちょっとだけ。
自分に言い聞かせてみるけど、気持ちは少しも晴れてくれない。

わたしが他の子よりも早くプレゼントをもらえなくなってしまったのは、近所の小学生のせいかも知れない、
それともあっさり認めてしまったお父さんのせいかも知れない、だからわたしのせいじゃないのかも知れない。
でも、たとえそうだとしても。
わたしには、わたしが他の子よりも早くプレゼントをもらえなくなってしまったのが、なんだか当然のコトのように思えた。
たとえば同期の中でも他のコよりどこか冷めたところのあったわたしは、みんなに落ち着いてるとかしっかりしてるとか思われていたりするわたしは、
本当は子供だったのに子供らしく振る舞えなかったわたしは、みんなよりずっと早くプレゼントをもらえなくなって当然なんじゃないかって。
132 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:43
「サンタクロースのソリを引くトナカイがいるだろう?」
凹んでいたわたしを気づかってくれたのか、おじいさんは話題を変えた。
まるで何も無かったみたいに、穏やかな声。
「あのトナカイの正体を、教えてあげよう」
「え…?」
トナカイの正体って…トナカイは、トナカイじゃないの?

「人間の子供さ。あのトナカイはね、くじ引きで偶然に選ばれた、人間の子供なんだよ」
「は…?」
さっぱり意味がわからない。超難しい言葉で言うならば、理解不能、ってコト。
だってどっからどう見たって、アレはトナカイでしょうが。
とはいえ、実物のサンタクロースを見るのは今日が初めてだから、実際のサンタクロースが連れてるトナカイが
本当にあのトナカイの外見をしているのかはわからないワケで。
彼の言うとおり実際のサンタクロースたちは、彼らが”トナカイ”と呼んでいるところの、つまりは人間の子供に、
自分の乗ったソリを引かせているのだとしたら……ざっ、残酷すぎる!
「こ、怖えぇ」
フハハハハ! 走れ! もっと早く走るのじゃあ!
四つん這いで背中をムチで叩かれて泣きながらソリを引く、いたいけな子供の姿が目に浮かんだ。
133 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:45
「厳正なる抽選の結果、今年のトナカイ役は君に決定した。おめでとう。やってくれるね、里沙?」
それって、めでたいのか?
「わたしがトナカイ? なぜにトナカイ? ってゆーかわたしモーニング娘。なんで」
突然の宣告にすっかりパニック状態のわたしを見て、おじいさんはキョトン顔。何をそんなにあわててるの?って表情。
「なぜって? 子供一人につきサンタクロースは一人で十分だろう? 違うかね?」
「ええ、そりゃあ二人は要りませんよねぇ、たしかに」
「だから」
「えっ」
「わしがサンタクロースであるという事実は変えられないし変える必要も無い。すると残る君は、トナカイしかありえないだろう?
それとも、他に何か選択肢があるとでも?」
えらそーに、何なんだよこのオッサン…。
確かにサンタクロースといえばトナカイだけど、だからってなんでわたしがトナカイやんなきゃなんないんだろう?
そのへんの理屈がまったく理解できないのは、わたしが学校の勉強があまり得意ではないせいだろうか。
134 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:47
「ほらほら。ムダ話をしている時間はないぞ、里沙。
日本中の子供たち一人一人に配らなくてはならないから、急がんと夜が明けてしまう」
「日本中?」
うそでしょ…神奈川県担当、とかのレベルじゃないの?

「北は北海道から南は九州・沖縄まで。全国津々浦々だよ、里沙」
「広! まさか一人で…じゃないです、よね?」
「一人だとも。わしの担当は日本だが、中国やアメリカ担当のサンタに比べたらずっとマシさね」
「国単位で担当分けしてるんですか? すごく不公平じゃないですかそれって」
「公平だとも。くじ引きで決めるのだから」
「えーっ」
そういう問題ー?

「さあ、では出発しよう。用意はいいかな、里沙?」
「よくないですよ」
「さてと」
じじいはわたしをあっさり無視して立ち上がると、彼を睨みつけるわたしに向かってパチンとひとつ、ウインクをした。
「キモっ」
わたしは思わずチキン肌。日本語で言うなら鳥肌。まったく…いい年してなにやってんだ、このジイさんは。
135 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:48
「どうだね? トナカイになった気分は?」
「はあ?」
ワケがわからずキョトンとするわたしは、おじいさんに手を引かれて鏡の前に立たされる。
「わあっ」
そこに映っていたのはサンタクロースの格好をしたおじいさんと、彼の隣になぜか二本足で立っている、一頭のトナカイ。
まさか…このトナカイは、わたしか?

やっ、ややや、
「やだよう。コレまんまトナカイじゃないっすかぁ〜……ってアレっ? あっ、すごい! 喋れてる! トナカイなのに!」
わたしは、姿形はトナカイだったが声だけは紛れもなく自分の、新垣里沙のものだった。

「ははは、すごい奇跡だろう? アメリカンドリームならぬ、フィンランドドリームといったところかな?」
「凄え! すげえよフィンランド! ってゆーかなんでフィンランド?」
「おや? 学校で習わなかったかい? フィンランドは、サンタクロースとキシリトールの国なんだよ?」
「はあ〜、すごいんすね〜フィンランドって。キシリトールっすかぁ」
「そっちか。キシリトールに食いついた子は初めてだよ」
くすっ、と失笑したかと思うと、オヤジはウインクをまたひとつ。
「キモ」
わたしは再びチキン肌。
136 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:50
「え…ってゆーか、マジで引くんすかソリ」
ふと気が付くとわたしはソリを引くトナカイにありがちな四つん這いの体勢でソリを引いており、
そしてそのソリの上にはサンタクロースの格好をしたおじいさんが座っていた。
たった今ようやく気付いたけど、おじいさんがウインクをするときは、彼が魔法を使うときなんだ。

「うん! だってソリを引くのが君の仕事だから。違うかね?」
「そりゃ違わねーけど、でもなんか違くないですか。うまく言えないんだけど」
「上手く言えないことを無理に言おうとする必要はないよ、里沙。
君の中に生まれる感情の全てが、言葉で説明できるものとは限らない。だから人間って面白いんじゃないかな。違うかい?」
絶対なんか違う気がするのだが。
上手く説明できないのがとてつもなく口惜しい。

「なあに、心配は要らんよ。あと2分もすればきっと君は、自分が世界で一番幸運な子供だと知ることになるさ」
「えっ?」
「だって、空を飛びたいだろう?」
おじいさんがイタズラっぽくウインクをしたのと、わたしの体がふわりと宙に浮いたのは同時だった。
137 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:52
「た、……高っ!」
ふと気が付くとわたしは空に浮かんでソリを引いており、その上には相変わらずサンクロースのおじいさんが座っていた。
「怖がることはないよ、里沙。ようく下を見てごらん?」
こわごわ、下界に顔を向けてみる。
「わぁ…」
薄い雲の下には、建物と思われる小さな点や、高速道路の灯りと思われる細い線や、とにかくいろんなモノが見えた。
これが、わたしの住んでいる町なんだ。
部屋の窓から星空を見上げるのも好きだけど、空のてっぺんから見下ろす自分の町の景色ってのもなんだかすごく、素敵だ。

「さあ、どこから行こう。どこへ行きたい?」
おじいさんが言った。

「遠くへ」
わたしはまるでひとりごとみたいに、呟いていた。
するとわたしのひとりごとがちゃんと聞こえていたらしく、おじいさんはくすりと笑って言った。

「よし行こう。遠くへ、君が連れて行っておくれ、里沙」
その瞬間、わたしは走り出していた。
138 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/08(月) 22:55
風の抵抗も、おじいさんが乗っかっているはずのソリの重みも、何かを引っ張っているようなカンジも、まるで感じない…不思議な感覚。
自分の体が、まるで鳥の羽根みたいに軽くなったような気がする。
おじいさんがきっとまた魔法を使ったに違いない。
ぶかっこうなウインクを思い出して、わたしは吹きだしてしまった。

「ジングルベール、ジングルベール、鈴がなるうー」
おじいさんの唄うクリスマスソングを背中で聞きながら、わたしは走った。
どんなにスピードを上げても息は切れなかったし、風はどこまでも穏やかだ。
自分がどこへ向かって走っているのかはわからなかったけど、ちっとも、怖くなんかなかった。

「ほら、君も歌っておくれ」
自分がどこへ向かって走っているのかもわからないけど、同じくらい、想像がつかないことがある。

「里沙。ジングルベール、ジングルベール、」
この旅が終わったとき、わたしはいったいどんなふうに変わってる?
想像もつかないけれど、想像してみようとしたら、わくわくした。

「「鈴がなるうー」」
わたしは唄につられるみたいに、ぐんぐんスピードを上げる。

「ようし、早いぞ。その調子だ、」

よし、行こう。

遠くへ!
 
139 名前:すてっぷ 投稿日:2003/12/08(月) 22:58

次回で完結する予定です。
140 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/09(火) 19:55
ガキさん主演は初めてじゃないすか?
また、どうして彼女主演で?
141 名前:ヤグヤグ 投稿日:2003/12/09(火) 23:25
ミキティの超現実主義なとこ、雰囲気出てますねぇ
更新楽しみに待ってます
142 名前:Silence 投稿日:2003/12/10(水) 12:19
新作お疲れ様です。
>長縄跳びとか将棋とか一緒に
縄跳びはいいとしても将棋とか宇宙人相手にするマコ。そもそも
小さい頃に将棋するモー娘。ってありなんかマコ(w
143 名前:名無し読者79 投稿日:2003/12/10(水) 17:03
こちらも見ました。なんかしゃべり方がガキさん!って感じで…。
石川さん…なんでこういうのが似合うんでしょう(爆
サンタクロースが起きたらいたら、びっくりですね本当。
次回も楽しみにしてます。
144 名前:名無し 投稿日:2003/12/10(水) 22:47
いつも思うのはすてっぷさんの話の掘り下げ方への興味。
たぶんだけど、一つ疑問が湧いたらそれに対して徹底的に掘り下げて、自分の解釈をいつも見つけている気がする。
それを見て僕らは、おぉーと感嘆し、納得してしまう。
コミカルには正確な描写力が必要なのも見逃せないキーポイントだ。
145 名前:もんじゃ 投稿日:2003/12/12(金) 00:13
ガキさんすっかり巻き込まれていますね(笑)
笑いの神が石川さんをがっちり掴んでいるとしか思えない
おいしさっぷりには完敗です。

前作の「shooting star」遅ればせながら読みました。
仲間とか友情っていいなぁと。素敵なお話でした。
146 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/12(金) 02:52
今年もクリスマスネタがきましたね〜
すてっぷさんはロマンチストだな〜
147 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 22:52

――

サンタクロースの夜は長い。
時間の流れ方が、わたしたち人間が普段感じているそれよりずっとゆっくりしている。
でなきゃ今夜中に日本中の子供たち(ただし、サンタクロースを信じている子供に限る)一人一人に
プレゼントを届けるなんて到底ムリなハナシだし、しかもわたしたちには、まるで新聞配達のように事務的に配るのではなく、
プレゼントを届ける子供たちひとりひとりの寝顔に向かって”メリークリスマス”を言う余裕すらあったのだから、
普段わたしが感じている時間の流れより何倍も何百倍もたくさんの時間が、イヴのサンタクロースには与えられているんだろう。

おじいさんのハナシだと、わたしたちは始めに日本の南の端っこへ降り立ち、そこから徐々に北上してってるらしい。
『南の端ってコトは…はあ〜ココは福岡ですかぁ〜。福岡といえば、うちの田中ちゃんの本拠地でねぇ〜』
わたしが言うと彼は真っ白な眉を八の字に曲げ、そのつぶらな瞳に哀しい色を宿して、
『里沙……日本の端っこは、沖縄だよ』
と教えてくれた。
『それから北の端は、北海道』
『あ、それは知ってます。カニがおいしいんですよね。あとキタキツネも』
『キタキツネを食べるのかい!?』
『あ、いやいや、おいしいのはカニです。キタキツネは単に、かわいいよね〜ってハナシで、ハイ。あとウニとか』
『ウニ? あれのどこが可愛いんだね?』
『あ、いやいや。ウニは、おいしいよねってハナシで』
『君の話は、たまに解りづらいなあ』
そう言うと、おじいさんは苦笑いした。
148 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 22:54
ふたりでいろんな家をまわるうちに、子供たちがみんなそれぞれに違うカッコウで寝ているのがわかって、
考えてみるとまあそれは当たり前なんだけど、面白かった。
お行儀よくあお向けに寝ている子もいれば、枕につっぷして寝ている子や、
まるでおかあさんのおなかの中にいたときみたいなカッコウでまるまって眠る子もいたし、
ぬいぐるみを抱いている子や、親指をくわえたまま眠ってしまっている子もいた。

やっぱりクリスマスの夜とあって、みんな楽しい想像を膨らませながら眠りについたせいなのか
幸せそうな寝顔がほとんどだったけれど、中には怖い夢を見ているのか眉をひそめて険しい顔をしている子や、
目のふちに涙の跡がついている子がいたりして、そんな寝顔を見つけるとおじいさんは決まって例のウインクをした。
すると彼らの悲しい寝顔は、たちまち笑顔に変わるのだった。

「里沙、君は誓を破ったことがあるかね?」
本州と北海道との間にある海の上を渡っているとき、おじいさんが言った。
「ちかい?」
「誰かによって決められたルール。それから、自分自身で一度は決めた誓い言のことさ」
「うーん…」
ルールかぁ…。
それって学校の校則とか、お母さんの言いつけとか、マネージャーさんや飯田さんに言われたこととか、etc…
そういう決まりを、一度でも破ったことがあるかってコト?
149 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 22:56
「ないかも」
しばらく考えた後で、わたしは答えた。
「どうして?」
おじいさんが尋ねる。

「だって…しちゃいけないことは、やっぱり、しちゃいけないって思うから」
のの約束とか守ったコトないよ?待ち合わせとか。とは、わたしの反面教師である辻さんの言葉だし、
あー、なっちもー。とは、わたしの尊敬する安倍さんの言葉だが。
でも、わたしは違う。
決まりは、破っちゃいけないから、決まりなんだ。
なんだか理由になってない気もするけど、わたしにとっては立派な理由なのだ。
そう思っているわりにはなんだかバツが悪くて、わたしは少し俯いた。

わたしたちが浮かんでいる10メートルぐらい下には、暗くて穏やかな海が広がっている。
出発してからほとんど休まず働いたおかげで時間的にも余裕のあったわたしたちは、
雪の舞い散る冬の海を、緩やかな波の動きと同じくらいの速さで、ゆっくりゆっくり進んでいた。

「もっと下へ降りてみよう」
「えっ?」
これ以上、下へ…?
おじいさんに言われてもう一度ちゃんと下を見てみると、足がすくんだ。
慣れっていうのは不思議なもので、ずっと高いところを飛ぶのに慣れてしまっていたわたしには、
中途半端に地面に近い高さを飛ぶ方が怖くて、海面から10メートルくらい離れている今の高さがすでに限界。
いくら穏やかな海だといってもこれ以上近付くとおじいさんの乗っているソリが波に飲まれてしまいそうで、怖かった。
150 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 22:58
「こわいよ」
「怖がることはない、平気さ。たとえば、」
不思議だ。
おじいさんのやさしい声を聴くたびにまた少し、体が軽くなる。

「してはいけないと決められていることでも、それが本当に正しいことだと思えるなら、そうすればいい。
他の誰かを傷つけること以外なら、たまには、いいもんさ」
おじいさんの言っているコトとわたしが今置かれている状況とは、なんとなくどこかズレているような気もしなくはなかったけど…
わたしはとうとう決意して、大きく息を吸い込んだ。

後ろを振り返る。
わたしの顔を見て、おじいさんがにっこりと微笑む。
ウインクは、してない。
だったらコレはおじいさんの魔法なんかじゃなくて、正真正銘、わたしの中で生まれた勇気だ。

ぐん、と高度を下げる。

「心配は要らんよ里沙。このソリには防水加工がしてあるんだ」
おじいさんのフィンランドジョークに助けられて、少しずつ少しずつ、近付いてゆく。
月明かりに照らされた海がずんずん近くなって、目の前が明るくなる。
海面スレスレまで来たところで、わたしはぴたりと足を止めた。

「わぁ」
わたしは思わず声を上げた。
151 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:00
「雪が…」
きらきらと金色に輝く水面に舞い降りる雪の粒は、海に溶ける瞬間、お月様と同じ色をしていた。
ゆらゆら揺れる波間に、まるで月のカケラみたいに見える雪の粒がひとつひとつ、吸い込まれては消えてゆく。

鼻の奥がツンとして、視界がぼやける。
もどかしくて、目の前の景色をちゃんと見ていたくて、わたしは何度もまばたきをした。
こんなことで、こんなふうに泣いたのは初めてだった。

「ここまでこなけりゃ、見ることの出来なかった景色だ」
「…うん」
それからわたしたちは二人ともしばらく無言で、金色の海を眺めていた。
この景色を、みんなにも見せてあげられたらいいのに。

「さて、もうひとふんばりだ。行こう、里沙」
「はい!」
蹴りだすとき、前足が少しだけ水に触れた。
気持ち、ほんのちょっとだけ浮き上がると、わたしは再び走り出した。

ドラえもんって歩くとき地面からちょっとだけ浮いてるって知ってた?だからハダシでも足が汚れないんだって。
海面スレスレを駆けながら、いつだったかマコっちゃんに教えてもらったことを思い出した。
想像するにたぶん今のわたしは、ちょうどドラえもんと同じぐらいの高さで海面から浮いているんじゃないだろうか。
はた目に見ると、浮いてんのか浮いてないのかわかんない程度。ちょい浮き、ってカンジ。
152 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:02

「おつかれさま。よくやってくれたね、里沙」
小学一年生の女の子にプレゼントを配り終えたとき、上空でおじいさんが言った。
「えっ、もう?」
予告もなしにいきなり終了宣言されて、わたしは拍子抜け。
「ああ…」
でも、どうしたんだろう?
おじいさんの回答はなんだか歯切れが悪い。
「と、言いたいところなんだが…」
「どうしたんですか?」
わたしが尋ねると、おじいさんは、はあ〜っ、と深いため息を吐いた。
振り返って見ると、おじいさんは眉を八の字にして、困り果てた表情。

「実はなぁ…あれは13年前のクリスマスだったか。わしは、サンタクロースとしてあるまじき失敗を犯してしまったのだよ」
サンタクロースとしてあるまじき失敗? なんだろう…?
「失敗って…なにやったんすか?」
わたしは恐る恐る…というか、興味津々に尋ねた。
わくわくする。おじいさんってば13年前に一体なにをやらかしちゃったんだろうか?

「これを見てくれ」
そう言うとおじいさんは胸元からテレビのリモコンのようなモノを取り出し、わたしの方へ向けてボタンをピッ、と押した。
「これはその翌朝の様子なのだが」
おじいさんがリモコンを向けた先へ視線を戻すと、わたしの目の前の空には、誰かの部屋の様子が映し出されていた。
153 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:05
ぬいぐるみやら、おもちゃやらがたくさん置かれている部屋の真ん中に、一人の女の子が座っている。
ピンクのパジャマを着た、たぶん幼稚園ぐらいの女の子。

『サンタさん…どうして、きてくれなかったの?』
女の子は両手で目を擦りながら、しくしくと泣いている。
そこで、映像は途切れた。

「配り忘れたんだよ」
「あーあ」
やっちゃったね。最低だよ。
確かにコレは、サンタクロースにあるまじき凡ミスだワ。

「この日を境に、彼女はサンタクロースを信じない子供になってしまった。わしのせいでな」
とびきり沈んだ声で言う。
「でも、それって10年以上も前のコトですよね? だいじょうぶですよ〜。本人だってもう気にしてませんって。
それに配り忘れなんてよくあるコトじゃないっすか。うちだって、休刊日でもないのに新聞届かないときとかありますよ?」
「たかが新聞と一緒にするな。こっちは一年に一度なんだ。それにこの子にとっては、一生に一度の大問題じゃないか」
「むっ…!」
じじいめ。こっちはせっかく励まそうとしてやってんのに、なんなんだよその口答えは。
154 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:07
「たかが新聞って言いますけどね。
あの日あの試合で松井がホームランを打ったという記事は一生に一度、翌日の新聞でしか読めないんですよ。
そしてもっと言えば、今日のコボちゃんは一生に一度、今日の紙面でしか読めないんですよ。ちがいますか?」
ふふふ…どうだ、まいったか。
おいぼれを言い負かし、わたしは勝利の笑み。

「とんだへりくつ屋さんだね、君は…負けたよ。
だが一つだけ言わせてもらえば、四コマ漫画は単行本化されれば読むことが出来る。違うかい?」
「…たとえが悪かったですね。正直、コボちゃんは余計でした」
くそぅ…口惜しかったが、わたしは素直に負けを認めた。

「そんなことより、続きを見てくれ」
「えっ、まだあるんすか?」
「ああ。これは、中学生に成長した彼女の姿なんだが」
おじいさんが、再び空に向かってピッ、とやる。

セーラー服姿の女の子と、詰め襟の男の子たちが、あいさつを交わしながら続々と校門をくぐっていく。
どうやら朝の登校風景らしい。
おじいさん、”中学生に成長した彼女の姿”って言ってたから…ここはきっと中学校なんだろう。
やがてカメラは、一人の女の子の背中に寄っていった。

「これが、あの泣いてた子?」
振り返って尋ねると、おじいさんは神妙な顔で頷いた。
っていうか、この映像はいつ誰が撮影したんだろう?
そんな疑問が浮かんだが、わたしはすぐに打ち消した。これもきっと、フィンランドドリームの一つに違いない。
155 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:09
『ミキおはよー!』
友達に声をかけられて、女の子が振り返る。
『あぁ、おはよー』
女の子はよっぽど眠いのか、異様にテンションが低い。
『なんか眠そうだね〜』
『朝だからね』

あ、れ……?

これって、もしかして………

「藤本さん!?」
見覚えのある顔に気付いて、わたしはすっとんきょーに叫んだ。
「ん? 知り合いかね?」
おじいさんの問いには答えず、夜空のスクリーンに見入る。

『うぅ〜っ。今日も寒いね〜』
『冬だからね』
『………』
絶句する友達。
私いつも思うんだけど藤本さんのツッコミって身もフタもないよね、とは、友人である紺野あさ美ちゃんの言葉だが。

ピッ、と音がして、映像が一時停止になる。

「わしのせいだ…わしのせいで、彼女はこのような、乾いた中学生になってしまったのだ」
「いや〜、おじいさんは知らないと思いますけど、これはこの人の持って生まれた性格といいますかあ」
藤本さんとはもともとこういう人であって、べつにサンタクロースにプレゼントをもらえなかったからこうなったワケではないと思う。
156 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:12
VTRには、さらに続きがあった。

『はあ? 5時間目英語ー? 眠っ』
お昼休みを終えた藤本さん。

『ってか人多いなあオイ』
上京したばかりの藤本さん。

『あのね、美貴。良い? ゴミはちゃんと分別しなきゃダメでしょう?』
『はーい』
娘。に加入したばかりの頃、さっそく飯田さんにお説教される藤本さん。

『まず、このペットボトルは資源ごみでしょ。それからお弁当の容器は不燃ごみ。
割りばしと割りばしの袋は可燃ごみ。それからあと、使用済みの乾電池は、』
『あはっ。乾電池とか今ここに無いし。てゆーかハナシ長っ』
『えっ…』
戸惑う飯田さん。
『おはよう、ミキティ』
『冬なのに黒っ』
『えっ…』
言葉を失う石川さん。

ピッ。

「わしのせいだ……」
「だからあ」
藤本さんとはもともとこういう人であって、べつにサンタクロースにプレゼントをもらえなかったからこうなったワケでは…
ないと思うんだけど、なあ、たぶん。
157 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:14
「あのー、藤本さんって、こんなですけどー…でも、ホントはすごくいい人ですよ?」
我ながらフォローになっているのやらいないのやら、言葉で上手く説明できないのが口惜しいけど…でも、本当にその通りなのだ。
サバサバしていて、ツッコミもかなりキツイけど…番組で突然話を振られてテンパっているわたしを、助けてくれたりしたこともある。
ちょっと、矢口さんみたいで頼りになる人だなぁって、そのときわたしは思ったんだ。

「それはわかるのだが…わしは、あの子にプレゼントを配り忘れたことがずっと気になっていてなあ。
これからあの子の所へ、プレゼントを渡しに行こうと思うのだが」
「えぇーっ!」
つい、大声を上げてしまう。
まったくなにを言い出すんだよ、このおいぼれは…。

「ダメですよー。ドロボーと間違えられますって」
楽屋で辻さんがサンタクロースの話をしたときの、藤本さんのリアクションが頭をよぎる。
あのとき彼女は、それはサンタではなくドロボーだと言い張って譲らなかった。
あ…そっか。
さっきのVで泣いてたあの女の子は、藤本さんだったんだっけ。
あのとき辻さんのサンタ話にやけにしつこく食ってかかってたのは、あの悲しい思い出のせいなのかもしれないなぁ…うん、納得。
158 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:17
「それに、今さらプレゼント持ってってどうするんですか?」
あのときはどうもすみませんでした、っつってお菓子でも持って謝りに行くっていうんだろうか?
今の藤本さんにそんなコトしたって、許してもらえるどころかそっこー通報されてわたしもおじいさんも刑務所に入るのがオチじゃないか。

「なにも今渡すとは言っていない。あの日の、あの子に渡すのさ」
「えっ?」
どういう、こと?

「時間を遡って、13年前のあの子に会いに行く」
「ええっ!?」
それって、タイムスリップってコト!?

「すげえ! ドラえもんみたい!!」
「たかがネコ型ロボットと一緒にするな。わしならタケコプターなしでも空を飛べる」
「……すげー。ドラえもんよりすげー」
アニメキャラと張り合ってどうする…わたしは呆れつつも、とりあえず褒め称えてみる。
「そうだろうそうだろう。すごいだろう」
おじいさんは、うんうん、と満足そうに頷いた。

「よし行こう、里沙」
「どうやって?」
袋からタイムマシンでも出すのかと思ったのに、おじいさんは何もしない。
かと思ったらわたしに向かってパチンとひとつ、例のウインク。
159 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:19
「向こうに、雲の渦が見えるだろう? あれを抜ければ、過去の世界だ」
「マジっすか」
たった今放った魔法が作り上げたんだろうか?
おじいさんが指差した先に、薄い雲が渦を巻いているのが見える。
ここから見るとかなり小さいから、たぶんすごく遠いところにあるんだろうけど…
わたしの自慢の足でつっ走れば、きっと5分もかからずにたどり着けるハズ。

「急ぐことはないよ、里沙」
わたしの荒ぶる鼻息を感じ取ったのか、足を踏み出そうとした瞬間におじいさんが言った。

「もう、これで最後なんだから」
えっ…?

「里沙?」
立ち止まったままでいたわたしは、おじいさんの声でハッとする。
「ああ…そっか、そうですよね」
おじいさんの言った、”最後”ってコトバ。
わたしたちはすでに日本中の子供たち全員にプレゼントを配り終えてしまったのだから、
あとは子供の頃の藤本さんにプレゼントを届ければ、それで終わり。
最後っていうのはそういう意味だって、解ってはいたけど…おじいさんの言い方はすごく寂しげで、
なんとなく、わたしの心に引っかかりを残した。
160 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:21
「あのー、聞いてもいいですか?」
おじいさんに言われたとおりゆっくりゆっくり進みながら、何気なく尋ねる。
雲の渦はさっきよりいくらか大きく見えるものの、過去の世界への入口までには、まだだいぶ距離がありそう。
「なんだい?」
「藤本さんにプレゼントあげ忘れたのに気付いたのって、最近なんですか?」
「…いや、クリスマスの翌朝だった」
「えっ?」
翌朝には気付いてたのに、今の今まで放っといたワケ?
わたしは思わず足を止め、おじいさんに振り返った。

「だったらどうして、すぐにプレゼントあげなかったんですか?」
わたしは、たった今生まれた素朴な疑問をぶつける。
次の日には気が付いたんだったら、昨日に戻ってプレゼント持ってけば良かったのに…どうして、そうしなかったんだろう?
するとおじいさんは微かに笑って、言った。

「わしには、誓を破る勇気が無かったからだよ」
ちかい。
さっき、おじいさんが言ってた。
誰かによって決められたルール。それから、自分自身で一度は決めた誓い言のこと。
おじいさんの言う、ちかい、って、どっちのことだろう?
161 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:23
「わしらの世界にも、決まりごとがあってなあ。それを守らない者は、サンタクロースではいられなくなるんだ」
サンタクロースではいられなくなる?
おじいさんの言ったコトバを、頭の中で何度も何度も繰り返す。

「それって…本当は、過去に戻ったりしちゃいけない、ってコト? そういう、決まりなの?」
「ああ」
おじいさんの言う”ちかい”とは、誰かが決めたルール、の方だ。
そして、そのちかいを守らない人には、罰が与えられる。
それなのにおじいさんは、あの日の藤本さんにプレゼントを渡すためだけに、サンタクロースをやめようとしてるんだ。

(『してはいけないと決められていることでも、それが本当に正しいことだと思えるなら、そうすればいい』)

「だったら、そんなコトする必要ないよっ」
鼻の奥がツンとして、涙があふれてくる。

「どうして?」
「だってそんなことしたって、何も変わらないよ!」
泣きながらわたしが言うと、おじいさんはまた例の八の字眉で、すごく困ったような顔をした。
162 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/14(日) 23:28
「それは違うよ、里沙」
「…ちがわない」
涙がぼろぼろ零れて、目の前がぼんやりしてくる。

「違うさ。もしもプレゼントが届いていたら少なくともあのときの彼女は、あんなふうに泣いてはいないだろうね。里沙、」
視界が白くぼやけて、あんなに遠くに見えていた雲の渦が周りの景色と一緒になって、まるですぐそこにあるみたいな錯覚を起こす。

「ぼくらがやろうとすることに、意味の無いことなんかひとつもないんだ」
おじいさんは、いつもみたいに”わし”でも”わしら”でもなく、”ぼくら”と言った。
たぶん、おじいさんと、わたしのことを言っているんだと思った。

「あのとき君は、怖がらずに下へ降りたじゃないか。そうしたらなにが見えた?」
「………」
過去への入口は、すっかり霞んで見えなくなった。
おじいさんと見た、波間に吸い込まれる月のしずくを、わたしは思い出していた。

さっきまでのわたしは、あのときの自分を誇らしく思っていた。
だけど今は、あのときの自分が少しだけ、恨めしく思える。
だってわたしは知っているから。
わたしが勇気を出して怖がらずに進めたとき、その先には……。

「行こう、里沙」
おじいさんが言った。
「綺麗な景色が見たいんだ」
 
 
163 名前:すてっぷ 投稿日:2003/12/14(日) 23:32


予告に反して、終わりませんでした…次回こそ完結。
感想、どうもありがとうございます。

>140 名無し読者さん
ガキさんを、というよりは、ガキさんとあの人を書きたかったのでした…。
二人とも、一見ドライなようでいて内に何かを抱えていそうなカンジが似てるなあと(勝手に)。

>141 ヤグヤグさん
雰囲気出てますか?そう言ってもらえるとうれしいです。
今回さらに超超現実的な藤本さんになっております(笑)

>142 Silenceさん
ありがとうございます。小ネタに反応してもらえて、うれしいです(笑)
将棋もヤバイですが、縄跳びは縄跳びでも”長縄”なんで、すごい大人数でやってます小川さん。
164 名前:すてっぷ 投稿日:2003/12/14(日) 23:34
>143 名無し読者79さん
どうもです。ガキさんの喋り方って、ちょっとちびまる子ちゃんに近いモノがありません?(笑
実際サンタクロースが起きたらいたら、通報とか以前に固まりそうですよね。どう処理して良いかわからず。

>144 名無しさん
我ながら傾向として、登場人物が最終的に何らかの答えを見つける、ってのが好きみたいで(苦笑
いつも、押し付けがましくならなければいいなあとは思っているのですが。
なので、そう言って頂けると救われます。。

>145 もんじゃさん
ガキさん難しいです…でも、巻き込まれキャラが意外としっくりくるコトが判明(笑)
今回も石川さんが地味ーに登場してますので、よかったら見つけてあげてくださいね。
それから、前作の感想も、どうもありがとうございました。

>146 名無し読者さん
この時期になると義務感に駆られて…というのは冗談ですが、
やっぱり書きたくなっちゃうんですよね(笑
165 名前:名無し 投稿日:2003/12/15(月) 22:42
ガキさんの、ハイ、の使い方や毒舌が秀逸ですな。
相変わらず特徴を引っ張り出すのが巧い。

冬なのに(ry
爆笑。
166 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/17(水) 09:19
突っ込ミキティに爆笑してしまったw
サンタとガキさんのやり取りの温度差が最高です。
続き楽しみにしてます。
167 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003/12/17(水) 20:55
石川さんの地味ーな登場が、石ヲタの自分にはたまりません(w
岡女で見せたガキさんの、人の話聞いてなさ加減とか、描写がすごいですね。
(上京したての藤本さんツッコミにワロタ そのまんまやん、と)
続き期待してます。
168 名前:名無し読者79 投稿日:2003/12/21(日) 14:40
サンタさんとガキさんの掛け合いがすごい…(笑
意外な人が出てきて…。
そうかーそういうことがあって信じなかったんですね(納得
最終回でどのように変化するか楽しみにしています。
169 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:08

――

少しずつ大きくなってゆく雲の渦巻きへ向かってゆっくりゆっくり進みながら、わたしは考えていた。
あの日の藤本さんにプレゼントを届けることと、おじいさんがこれから先もずっとサンタクロースでいること。
この二つを天びんにかけるとしたらおじいさんの選択は本当にバカだし、わたしだったら絶対にそんな答え、出さないのに。

「里沙?」
おじいさんの声に、ハッとする。
考え事をしているうちに、いつの間にかわたしは歩くことを止めてしまっていた。
「あ…はい」
「何を考えているんだい?」
わたしはおじいさんの問いには答えずに、
「…おじいさんは、バカだと思うよ」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって…藤本さんがプレゼントもらえないことより、おじいさんがサンタクロースじゃなくなる方が、ずっと大変なコトだよ」
自分でも嫌な言い方だと思うけど…日本中にたくさんいる子供の中で藤本さんがたった一度プレゼントをもらいそびれたコトなんか、
おじいさんがサンタの資格を失うコトに比べたら、そんなの、本当にほんの小さな問題じゃないか。

藤本さんは13年前のクリスマスを最後に、サンタクロースを信じるのをやめてしまった。
13年前っていうと、藤本さんが5歳のとき…まだ、幼稚園に通ってた頃かな。
だけど遅かれ早かれ、誰にだってそのときは必ずやってくるわけで。
藤本さんもわたしと同じように、それが他のコよりもほんの少し早かっただけにすぎないんだ。そう、本当に、ほんのちょっとだけ。
170 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:09
「確かに、君の言うとおりかも知れん。だが、わしは気付いたんだよ。
どちらが大切だとか大切ではないとか、そんなことは大した問題じゃないんだとね。
13年前のあの日から今日まで、わしはあの子の泣き顔を一日たりとも忘れたことはなかった。
答えは、本当に簡単なことだったのさ」
きっぱりと言う。
もうわたしが何を言っても、おじいさんの決心は揺らぎそうにもない。
わたしは沈んだ気持ちのまま、重たい足取りで再び歩き始めた。

藤本さんにプレゼントを届けることと、おじいさんがこのままサンタクロースを続けること。
二つを比べること自体が間違っていたんだって、おじいさんはそう言いたいんだろうけど…
わたしはちっとも間違ってるなんて思わない。
思わない、けど……だったらどうしてこんなふうに、落ち着かない気持ちになるんだろう?

里沙ちゃんて現実的だよね、って、友達の愛ちゃんに言われたコトがある。
いつだってそうだ。
何かを決めるとき、わたしはいつだって損だとか得だとか、どっちが自分にとって価値のあることか、とか、
そんなことばかり考えて、最後には決まって自分に都合の良いほうを選んでた。
171 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:11
だけど……、
(『あのとき君は、怖がらずに下へ降りたじゃないか。そうしたらなにが見えた?』)
あのときのわたしは損や得やそんなの関係なしに、足を踏み出していた。
わざわざ危険を冒してまであんなコトする必要は、どこにもなかったのに。
いつものわたしなら迷うまでもなく通り過ぎていたはずなのに、そうしなかったのは……
あのときのわたしにも、今のおじいさんと同じ気持ちが生まれていたからなのかも知れない。

「おぉ、よく眠っているな」
「えっ?」
我に返ると、過去への入口はわたしたちのすぐ目の前に迫っていた。
どうやら入口と藤本さんの部屋は直結しているらしく、雲の渦巻きのこちら側からぼんやりと中の様子がうかがえる。
「あれ、藤本さんですよね」
ベッドには、壁側を向いて寝ている”ミキちゃん”こと5歳の藤本さんの姿がある。

「よし、行こうか、里沙」
「…はい」
わたしが振り返ると、おじいさんはにっこり微笑んだ。
もう、後戻りはできないんだ…わたしは少し迷ったものの、覚悟を決め、渦の中にゆっくりと足を踏み入れた。
172 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:12
「「かわいいなあ…」」
ミキちゃんの寝顔を見た瞬間わたしの口から自然にもれた呟きは、おじいさんのそれと見事にハモる。
それにしても、本当にかわいい……小さな寝息をたてながらスヤスヤと眠るミキちゃん(5)の横顔は、
相手が夏先生だろうがリーダーだろうが先輩だろうが誰彼構わずズバッと突っ込みまくる現在の藤本美貴さん(18)と
同一人物とは思えないほど、無垢な寝顔だった。
当たり前だけどあの藤本さんにもこんな時代があったんだよなぁと思うと、みょ〜にカンガイ深いモノがある。

「あ、寝返り」
彼女のあまりのかわいさに見とれつつ、わたしは思わず実況。
壁の方を向いていたミキちゃんはゴロンと寝返りを打つと、仰向けになった。
「「かわいい…」」
わたしたちは並んで仁王立ちすると、彼女の寝姿をしばし観察。
面影のある幸せそうな寝顔を、正面からじっくりと眺める。
ミニサイズの藤本さん、髪の長さは今の藤本さんとあまり変わらない…ちょうど肩にかかるくらいの長さ。

「え……?」
夢から覚めたミキちゃんは、突然の出来事に目をパチクリ。

って。
「「あ」」
しまった、ミキちゃんが目を覚ましてしまった!
173 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:15
「……だぁれ?」
ミキちゃんのリアクションも無理はない。
真夜中に目を覚ますとサンタクロースの格好をした老人とトナカイの姿をした生物が棒立ちのまま
ニヤケ顔で自分をじっと見つめていたら、普通はまずそれが『本物の』サンタクロースとトナカイだとは思うまい。
このカッコウを見ればわたしたちが何者であるか一目りょーぜんであるにも関わらず彼女があえて『誰?』と質問するのも、
なるほど、解らなくはなかった。

「「え、ええっと…」」
おいおい爺さん。なにハモってんだよ。
おまえ一般庶民のわたしと同じテンションで焦ってる立場じゃないだろ、サンタらしく何か対処しろよ。

「え? え? もしかして……サンタさん??」
あ、なんだ…わたしたちがサンタとトナカイのカッコしてるって、今気付いたんだ。
ミキちゃんは寝ぼけていて、たった今わたしたちの扮装に気付いたらしい。
藤本さんの幼少時代らしくわたしたちのコトを不審人物だと疑った上で『誰?』と訊いたのかと思っていたわたしは、ちょっぴり反省。

「わあっ、サンタさんだ! サンタさんだーっ!!」
あっ、コラ騒ぐな…!
「しっ」
とっさに、わたしは右の前足でミキちゃんの口を塞いだ。
174 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:17
「むぅ…むぐっ、むぐぐ」
「コラッ! 手荒な真似は止すんだ新垣!」
おじいさんが小声で、でも厳しい口調で言う。
「だって、おとうさんとか起きてきたらどうすんですかっ。っつーか名字で呼ぶのは止めやがれ!」
わたしも負けじと小声で反論。

「ミキちゃん、いいかなあ? 大きな声を出してはいけないよ?
それから今夜おじさんがここへ来たことも、誰にも言ってはいけない。さもなくば、プレゼントはあげないよう?」
おじいさんはやさしく、とても優しく言った。
「脅迫じゃないすかそれ」
3億用意しろ。さもなくば、娘は殺す。
”さもなくば”って単語は、確かこういうときに使うんだったと記憶しているが。
「わかったかな?」
するとミキちゃんが目を白黒させながら繰り返し頷いたので、わたしは彼女の口を塞いでいた前足をそっと外した。

「でんき、つけてもいい?」
「ああ、いいとも」
「やった!」
ミキちゃんは、起き上がった彼女のちょうど目の高さにぶらりと垂れ下がっているヒモを引いた。
ヒモの先には、小さなくまさんの人形がくっついてる。
突然目の前が明るくなったせいで、一瞬立ちくらみがした。
175 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:19
「すごいねぇ!」
ミキちゃんは大声を出しかけてハッとすると、声を潜めて、
「すごいねぇ、おうまさんがしゃべってるよぉ」
イタズラっぽい表情。
彼女はたぶんわたしたちと秘密を共有しているような、わくわくした気持ちになっているんだと思う。
先生や親にナイショで友達と悪いことをするときみたいな、あのわくわくするカンジ。

んーでもですねぇ、藤本さん、
「あのですねぇわたし、馬じゃないんですよ〜。あの、トナカイっつってですね、」
「おうまさんかわいー、かわいいねぇ。おいでっ、おいでぇ」
「ああ…はぁ」
この、有無を言わせない雰囲気作り…さすが、藤本さんだな。
「おいでおいで」
「わー。ミキちゃん待ってようー」
部屋の中をぐるぐると歩き回るミキちゃんに手招きされるがまま、四つんばいになって彼女の後を追うわたし。

「あはははは。二人とも楽しそうだなあ。角の生えたお馬さんだよ? 珍しいだろう?」
「うん!」
「むっ…!」
じじいめ。世界広しと言えどサンタクロースにまで馬呼ばわりされたトナカイは、おそらく地球上でわたしただ一頭だろう。

「そうだ! ねぇ、みてみてサンタさん!」
ミキちゃんは、さっきまで自分が寝ていた枕の下から何かを取り出すと、おじいさんに差し出した。
なんだろう…ミキちゃんが持っていたモノは、本にしては薄っぺらくて、ノートにしては小さいサイズの、ミニ冊子。
176 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:22
「おやおや、なにかなこれは」
「おうまさんもみて!」
ミキちゃんに急かされて、わたしはページをめくるおじいさんの手元を、横から覗き込む。

たとえば”4月”はピンク色のページで、桜の花びらの絵が描かれたシールがページいっぱいに貼ってある。
緑のページが葉っぱのシールで埋めつくされている”5月”や、ブルーのページにカエルくんシールの”6月”。
7月、8月、9月、10月…おじいさんはうんうんと頷きながら、一枚一枚ていねいにめくってく。
そして、茶色のページが赤いもみじでいっぱいになった”11月”のページをめくると…
”12月”の真っ白なページには、赤い帽子を被ったサンタさんのシールがたくさん、貼ってあった。

「ミキねぇ、ようちえん、いちにちもおやすみしなかったんだよ! すごいでしょー」
ミキちゃんがおじいさんの腕を掴んで、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「そりゃあ驚いた。すごいねえ、一日もかい?」
「そうだよ! だってねぇパパがいったの! ミキがねぇ、いいこにしてたら、ぜったいサンタさんきてくれるよって。
だからねぇ、ミキ、ちゃーんといいこにしてたよ?」
「そうかそうか。えらいなあ、ミキちゃんは」
おじいさんはそのページを、とても大切なものを扱うみたいに、そーっと閉じた。
”出席カード”と書かれた薄っぺらな本の表紙には、下のほうに黒いマジックで、”ひまわりぐみ ふじもとみき”と書かれていて、
それは先生が書いたのか、ミキちゃんのおかあさんが書いたものなのかはわからなかったけど、すごくていねいな字で書かれていて、
なんだかよくわからないけど、わたしは思わず微笑んでしまった。
177 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:24
「そんな良い子のミキちゃんに、おじさんがプレゼントをあげよう」
「やったあー! あっ」
つい大声を出してしまい、しまったと思ったのか、ミキちゃんがしゃがんでわたしに顔を寄せる。
「「しーっ」」
わたしとハモると、ミキちゃんは例のイタズラっぽい表情で笑った。

「あっ…」
プレゼントを出そうと袋を漁っていたおじいさんの呟きを、わたしは聞き逃さなかった。
「どうしたんですか?」
背後からおじいさんに近付く。
ゆっくりと振り返ったおじいさんは、顔面蒼白だった。

「どうしよう里沙たん」
「たん、だと?」
とてつもなく、嫌な予感がした。

「プレゼントを忘れてしまったよ」
「どーしようもねーな自分マジで」
気が付くと、心の呟きを声にしてしまっていた。

「あっそうだ。その、角とか…取れない?」
「無理!無理!」
この人はたまに善人ヅラしてすごく残酷なコトをさらりと言ってのけたりするので、今ひとつ信用ならない。
178 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:26
「どう、したの…??」
「「あっ!」」
やばい! ミキちゃんが不思議がってる!
「「なんでもないなんでもない」」
ってゆーかだからさっきから何ハモってんだよ! わたしと同じ目線で慌ててる場合じゃねーだろーがおまえはっ!

「でも…ふたりとも、なきべそだよ? ねぇ、どうしたの? ねぇねぇ」
隣を、ちらりと見る。パニックのあまりわたしが涙ぐんでいるのは言うまでもないが、まさかコイツまで……
「うっそぉ」
案の定、袋を抱えてうずくまるおじいさんはウルウルに潤んだ瞳で、わたしに向かってすがるような視線を投げかけている。
「うぅ…そんな目で見るなよぉ」
ペットショップでチワワに見つめられたおとうさんみたいな心境だった。

「ココはもう腹くくって、ぶっちゃけるしかないっすよ」
ミキちゃんに聞かれないよう、そっとおじいさんに耳打ちする。
「…やはりそうか。そうだな、正直に言おう」
やれやれ…。
13年前のクリスマスにはミキちゃんにプレゼントを配り忘れ、そのコトで13年も悩み続けたあげく、
ついにはサンタクロースの資格を捨ててまで過去へ戻ったにも関わらずカンジンのプレゼントを用意し忘れ…
この人は、いったい何がしたいのだろうか?
179 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:28
「実は…ミキちゃんに、謝らなければならないことがあるんだ」
「なぁに?」
何の疑いもなく無邪気に小首を傾げるミキちゃんを見ていると、わたしまで胸が痛んだ。

「おじさんねえ、ミキちゃんへのプレゼントを、持ってくるのを忘れてしまったんだよ」
でかい図体をすっかり縮ませてしゅんとするサンタクロースの告白は、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。

「本当に、何と謝っていいやら……許しておくれ、ミキちゃん。ゴメンね、本当に、ゴメンね」
おじいさんは床にしゃがみこむと、わたしやミキちゃんの目も気にせずに泣いた。
彼のために何とかしてあげたかったけど…わたしには、どうすることもできない。
わたしはミキちゃんにあげられるモノを何ひとつ持っていなかったし、たとえばこの角をへし折ってプレゼントしたとしても…
間違ってもそんなモノでミキちゃんが喜んでくれるとは思えなかったし。

「サンタさん、なかないで」
ミキちゃんはおじいさんに近付くと、泣きじゃくるおじいさんのほっぺに、小さな手で触れた。
そして、おじいさんの真っ赤なトンガリ帽子を指差すと、
「ミキねぇ、これがほしい」
顔を上げたおじいさんの、帽子のてっぺんにくっついた白いボンボンが、くるんと揺れる。
180 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:31
「こんなもので、いいのかい?」
「うん!」
「よし。それじゃあ、メリークリスマス」
おじいさんはトンガリ帽子を脱ぐと、ミキちゃんに被せてあげた。とても大切なものを扱うみたいに、そーっと。
「おっと、いかん」
おじいさんの帽子はミキちゃんには大きすぎて、彼女が頭を動かした拍子にストンと落ち、顔まですっぽり覆い隠してしまった。
「わは。でっかーい」
帽子の中でくぐもった、ミキちゃんの楽しそうな声が聞こえる。
おじいさんがずり落ちた帽子を直してあげると、中からイタズラっぽい笑顔がのぞいた。

「めりーくりすます! サンタさん、おうまさん」
「メリークリスマス、ミキちゃん」
わたしが答えるとミキちゃんは、”よくできました”とばかりに、わたしの額のあたりを小さな手で撫でてくれた。

「でっかーい!」
トンガリ帽子がずり落ちそうになるのを一生懸命に手でおさえながら、はしゃぐミキちゃんの笑顔。なんだか懐かしい気がした。
藤本さんにもこんな時代があったんだぁなんて思っていたけれど、彼女がこんなふうに笑った顔を、
わたしはいつかも見たコトがあるのかも知れない。
181 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:33

「それじゃあ…」
おじいさんが、わたしに目配せする。わたしは、小さく頷いた。
いろいろあったけど、どうにかこうにか藤本さんにプレゼントを届けるコトができたし…
無事に目的を果たしたわたしたちは、空っぽの袋をソリに積んだり、いそいそと帰り支度。

「ミキちゃん。クリスマスが終わっても、ずっといい子でいるんだぞ?」
「うん! そしたら、サンタさんまたきてくれるもんね」
するとおじいさんはいつものように微笑んで、言った。
「ああ、もちろんだとも。だが、つぎにわしが来るときには、ちゃあんとベッドで寝ていなければいかんぞ?
良い子は、本当は夜更かしをしてはいけないんだ。今日は、特別なんだよ?」
「そっか。うん! わかった!」
「えらいぞ」
よし行こう、里沙。
そう言って、おじいさんがソリに乗ろうと片足を上げたときだった。

「あっ、そうだ。まって!」
ミキちゃんが突然言って、部屋の隅へたたっと走っていったかと思うと、クローゼットの中をごそごそと漁り、
再び、たたたっと走って戻ってきた。
182 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:35
「ミキが、サンタさんのぼうしとっちゃったから」
サンタさんがさむくないように、と言ってミキちゃんは、小さなピンクのニット帽を、おじいさんに被せてあげた。
しかし、ミキちゃんのニット帽はおじいさんにはもちろん小さすぎて、それでも彼女が無理やり押し込めたものだから、
編み目がいっぱいいっぱいに広がり、なんだかおじいさんの頭はビニールのネットに包まれた津軽リンゴのようにも、
また、頭に大怪我を負って包帯の上からネットを被せられてしまった人のようにも見えた。

「ありがとう、ミキちゃん。たいせつにするよ」
だけど、おじいさんはとってもうれしそうだった。

「はい、おうまさんにはこれ」
「えっ? わたしにも?」
「すーっごく、あったかいんだよ?」
得意そうに言ってミキちゃんはおじいさんと同じピンクの、わたしにはマフラーを、わたしの首に巻いてくれた。
小さいミキちゃんのモノだけあってわたしが普段しているのよりもずっと短いマフラーを、
彼女は、こうするときっとあったかいんだと言って、わたしの首にぐるぐると何重にも巻いた。
183 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:37
「ミキちゃん、ありがとう」
わたしがお礼を言うとミキちゃんは、うふふ、と照れたように笑った。
「良かったなあ、里沙」
「うん」
ミキちゃんにお別れを言うと、今度こそわたしたちは窓から外へ飛び立った。

ミキちゃんは窓から身を乗り出し、おじいさんにもらった帽子をずり落ちないように手で押さえながら、
もう片方の手でいつまでもいつまでも手を振っていた。
わたしたちはしばらくの間、彼女の部屋の斜め上の空を何周も旋回した。
すき間だらけのニット帽を被って、見るからに寒そうなおじいさんは、ミキちゃんに何度も何度も振り返した。それも両手で。

やっぱりわたしは、藤本さんにプレゼントを届けるためだけにサンタクロースをやめてしまったおじいさんの選択は、バカだと思う。
だけど、ミキちゃんのうれしそうなカオを見たとき、損だとか得だとかそんなコトはまるで関係なく、
ここへ来て本当に良かったって、心からそう思えた。
おじいさんの選択はバカだし大損だけど、それは、間違いじゃないのかもしれないって、わたしは思った。

(『ぼくらがやろうとすることに、意味の無いことなんかひとつもないんだ』)

だとしたら、藤本さんの中で、何かが変わっただろうか?
184 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:40

「ああ、楽しかったなあ」
「うん…」
過去の世界の入口を逆から抜けるとそこはもう現在、つまり、わたしたちの旅の終わりだ。
北海道からわたしの住む日本の真ん中あたりまで、来た道をゆっくりと戻りながら、わたしたちはいろんな話をした。
本州へ入る手前の海で、わたしはもう一度あのときの景色を見るために、下へ降りた。
二度目でもやっぱり怖かったけど…勇気を出して降りてみると、今度はさっきよりも雪がひどく降っていて、
さっきよりほんの少しだけど波も高くて、同じ場所なのにぜんぜん違う景色に見えた。
一度目に見たのとどっちが好き?っておじいさんに聞かれたけど、わたしはどっちも同じくらい好きだった。

「ああそうだ。君にも、プレゼントをあげなくては」
もうすぐ家に着こうってところで、おじいさんが言った。
「えっ、だって…」
おじいさんは、もうサンタさんじゃないんじゃあ…。
「酷いなあ、里沙。クリスマスが終わるまでは、まだわしはサンタクロースなんだよ?」
わたしの疑問を察したらしく、おじいさんが先回りして言った。
そっか…今夜中はまだ、サンタクロースでいられるってコトなんだ。
それでも、わたしの中にはまだ疑問が残っていた。

「でも……わたしはもう、子供じゃないし」
わたしはもうとっくの昔に、プレゼントをもらう資格を失くしているんだ。
サンタクロースを信じなくなったあの日から、もうとっくに。
185 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:41
「言ったろう? わしは君がサンタクロースを信じる限り、君にプレゼントを届けるのさ。
わしが今君の目の前にいるのに、君がサンタクロースを信じない理由がどこにあるね?」
おじいさんはそう言って、ニィっ、とイタズラっ子みたいに笑った。

「あは。そっか」
「何でも、欲しいモノを言いなさい」
「えっと、じゃあ……」
わたしが欲しいモノをリクエストすると、そんなものでいいのかい?と言いながら、おじいさんは笑った。
その拍子に、キツキツで今にも外れそうになっていたおじいさんのニット帽が、ぽんと飛んだ。
わたしたちは笑った。

「よーし。わしの、生涯、最後のプレゼントだからな。気合を入れていくぞう! おう!」
わたしの部屋に着くと、おじいさんはよくわからないテンションで大いにはりきっていた。
久しぶりに人間の姿に戻ったわたしが最初にしたコトは…ミキちゃんにもらったマフラーをきれいに畳んで、
引き出しの、わたしのお気に入りのいろんな小物やらが入っている段に、大切に仕舞っておくコトだった。
186 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:43
「おやすみ」
わたしがベッドに入ると、おじいさんが言った。

「メリークリスマス、里沙」
「メリークリスマス、サンタさん」
口に出したときはじめて、もうサンタクロースではなくなった彼のコトを”サンタさん”と呼んだのはこれが最初で、
そして最後だったことに気付いて、なんだかおかしかった。

「いい夢を」
そう言うと、おじいさんはわたしに、ウインクをした。

わたしはゆっくりと、眠りに落ちていった。
 
187 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:45

――

「おはようございまあーす」
翌朝、楽屋へ入るとほとんどのメンバーは既に来ていて、みんなお菓子を食べたりおしゃべりをしたりしていた。
そしてその中には、藤本さんもいて…うれしいような恥ずかしいような、なんだか不思議なカンジがした。

「おマメちゃん、あのさ…」
「えっ?」
いきなり話しかけられて、ちょっとびっくりした。
藤本さんはわたしの顔を見て何か言いたそうだったけど、
「…ううん、なんでもない」
そう言うとみんなの輪の中に入っていった。

「だから見たんだって。マぁージで最近、そんな気がしてきたんだよねぇー」
「幻想だよ幻想ー。妄想ってやつ?」
辻さんと加護さんが、また例のサンタクロース話で盛り上がっている。
「白いヒゲでさあ、ののに見られて超アセってんの」
辻さんが見たのは、案外…というか間違いなく、本物のサンタクロースだとわたしは確信した。

「ハイハイハイハイ辻さん辻さん、今すぐ病院行ってきてくださあ〜い。そして二度と戻らぬが良いわ! わははははは」
「わー。むっかつくよコイツー」
「見たんじゃないの?」
誰かが、ぽつりと言った。
この声は……。

「「えっ…」」
声の正体に戸惑いを隠せない、辻さん&加護さんのお二人。
188 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:47
「見たっつってんだから、見たんでしょ」
ぶっきらぼうに言うと、藤本さんはテーブルの上のお菓子に手を伸ばした。
「あ…ありがと」
戸惑いがちに、辻さんが言う。

「外さっみーなあ」
「そりゃ冬だから」
楽屋に入ってきたばかりの吉澤さんに突っ込んだり、
「おはようございまーす…」
「矢口さんまたちょっと縮みました?」
車の中で寝てきたのかまだ寝ぼけ眼の矢口さんに先制パンチをお見舞いしてみたりと、
辻さんに言ったあの一言以外は、いつもどおりの藤本さんだったけれど。

  ”ぼくらがやろうとすることに、意味の無いことなんかひとつもないんだ”

おじいさんとわたしが届けたプレゼントは、藤本さんの中の何かを、変えることができただろうか?
だとしたら……うれしいな。

「たしかトナカイもいたよーな気がすんだよねぇ」
「なんのハナシ?」
矢口さんが、二人の話に割り込む。
「昨日言ってたやつ。ののが、サンタさん見たことあるって」
「ああ、そのハナシねー。あ、それで思い出したんだけど昨日さぁ、オイラ変な夢見たよ?」
「なに? どんなの?」
メイク中の飯田さんが、鏡越しに尋ねる。
189 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:51
「なんか、みんなサンタクロースなのね。でさぁー、みんな出てきたよ、ほんとに全員出てきて。
でソリに乗って、みんなして日本中にプレゼント配りまくんの」
「えっ」
「うそっ」
あちこちで、いろんな声が上がる。

「なっちも見た! それ同じ夢だよ!」
「カオリも! カオリも同じ!」
わたしも、わたしもです、ってみんなが続々と驚きの声を上げる中、全ての事情を知るわたしだけは、余裕しゃくしゃく。

だって、サンタさんにお願いしたんだもん。
昨夜わたしが見た、とてもきれいなあの景色を…みんなにも、見せてあげたい、って。
おじいさんにとって、最後のプレゼント。
みんなで同じ夢を見たいってわたしのお願い、おじいさんは、ちゃんと叶えてくれたんだ。

「クリスマスの奇跡、か」
飯田さんが呟く。
「そっかぁ。不思議なコトもあるんだねぇー」
安倍さんが、ふふ、と幸せそうに笑う。

トナカイ役にわたしを選んだのは単なる偶然だって、おじいさんは言ってた。
けど、わかった気がする。
藤本さんにプレゼントを配り忘れてしまったのをずっと気に病んでいたのと同じように、おじいさんは、
わたしが他の友達より早くプレゼントをもらえなくなってしまったコトを、ずっと気にしてくれていたんじゃないか、って。
190 名前:あわてんぼうのサンタクロース。 投稿日:2003/12/23(火) 14:54
「おはようございまーす!」
全員がロマンティックモードに浮かれていた頃、一足遅れて石川さんがやってきた。

「あっ。ねぇねぇ、梨華ちゃん、」
この素敵なロマンを共有しようと、矢口さんが石川さんに駆け寄る。
「ねぇねぇ、まりっぺ、聞いて聞いて!」
しかし、あえて矢口さんのセリフに被ってくる石川さん。

「あたしね、昨夜ハワイで日焼けする夢見ちゃってえ〜! もぅ超焦ったよぉー。ホント夢でよかったよぉ〜」
ピシッ。
楽屋の空気が、一瞬にして凍りつく。

「梨華ちゃん……今の、聞かなかったコトにしていいかな」
「えっ?」
絶望する矢口さんの姿を目の当たりにするも自分の置かれている状況が理解できず、きょとんとする石川さん。

「空気読め」
「えっ? えっ?」
「私いつも思うんだけど、藤本さんのツッコミって理不尽だよね」
あさ美ちゃんが、そっと耳打ちしてくる。

「えっ? なんのコト? えっ?」
どうやらおじいさんは最後の最後でまた、やらかしてしまったらしい。
サンタクロースのラストプレゼントは…15人いるモーニング娘。の中でただ一人、この石川梨華さんにのみ、永遠に届けられることはなかった。

「梨華ちゃん」
仲の良い同期の吉澤さんが、能面のような表情とまるで抑揚のない声で、ゆらりと石川さんに近付く。
「あ、よっすぃー。ねぇねぇ、みんなどうしたの? なにがあったの?」
「おまえ卒業しろ」
「えっ…!」
誰か……石川さんにも、素敵な夢をわけてあげてください。


<END>
 
191 名前:すてっぷ 投稿日:2003/12/23(火) 14:58

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

>165 名無しさん
ありがとうございます。ガキさんの独特な空気、個人的にかなりツボだったりします(笑
あの雰囲気が少しでも伝わっていたら、嬉しいです。

>166 名無し読者さん
どうもです。突っ込ミキティ(笑)、今回も飛ばしてます。架空のキャラ(サンタ)がこんなに目立って
いいんだろうか…って不安もありましたが、気に入ってもらえたようでホッとしました。

>167 ごまべーぐるさん
ありがとうございます。いしかわさん、ちょっぴりドえらいコトになってますのである意味お楽しみに。。
岡女のガキさん。「ハイ?」「あぁ?」などなど、あの豪快な聞いてなさっぷり、シビれました(笑)

>168 名無し読者79さん
どうもです。サンタさん&ガキさん、気に入ってもらえたようで良かった。。
最終回、二人のアホな掛け合いがさらにパワーアップしてますが…
呆れずにお付き合いくださいませ(笑)
192 名前:ごまべーぐる 投稿日:2003/12/23(火) 15:52
やっぱり最後は彼女がおいしいところを(w
吉澤さんの最後の台詞がツボでした。
段々サンタに対して口の聞き方が容赦なくなってくるガキさんもよかったです。

『サンタが実際いるかどうかより、いると信じる事が大事なのだ。
何故なら、その信じているという心はとても温かく、大切な人を迎え入れられる
場所になるからだ』と以前本で読んだ事を思い出しました。

今年もあったかいプレゼントをすてっぷさんに頂いて、よいクリスマスになりそうです。
ありがとうございました。
193 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/23(火) 20:40
ののたんファンジスタ。
ガキさん、最高。
石川さん、あなたって人は……。
吉澤さん、たぶん、きっと愛のあるフォローナイス。いやないか……。

素敵なプレゼントでした。
194 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 03:12
普段あまり小説にレスはしないのだけれど、
この話のガキさんは最高でした。

よい話をありがとう。すてっぷさんのところにもサンタさんが訪れますように。
195 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 09:12
今年もすてっぷさんからのXmasプレゼントたしかに頂きました。
ステキなおはなしで今年もホンワカさせてもらって大満足っす。
196 名前:名無し読者79 投稿日:2003/12/24(水) 17:54
なんかミキティーが変わって、ガキさんとサンタさんの苦労が報われたような気が
して…良かったです。
最後の石川さん…前にも書いた気がしますがどうしてこういうキャラが似合うんで
しょう(爆 サンタさんとガキさんのハモリが多くて…案外いいコンビって思いました(笑
197 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/25(木) 00:37
最後、ガキさんにもサンタさんの気持ちが届いて良かった。
ニット帽だろうとなんだろうと、受け取る側の素直な心が大事なんだなと思いました。w
198 名前:もんじゃ 投稿日:2003/12/25(木) 22:17
羽目をなかなか外せないガキさんだけど、娘。を好きな気持ちはきっと誰にも負けないですね。
しかし無垢なミキちゃんから現在の藤本さんになる成長過程に
一体何があったのか知りたくなりました(笑)
石川さんはいつだって天下一品です。

ステキなクリスマスプレゼントおいしくいただきました。
199 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/28(日) 00:58
今更ですが読ませていただきました。ほんと面白かったです。

面白い作品を長年にわたって作り続けられるすてっぷさんて凄い。
いったい何者なんだと思います。
200 名前:すてっぷ 投稿日:2004/01/05(月) 22:29
感想、どうもありがとうございます。

>192 ごまべーぐるさん
素敵な言葉ですね。ありがとうございます。
彼女の活躍ぶり。ある意味ごまべーぐるさんの御期待に添えたのではと思っているのですが(笑
最後でオトすかどうか、かなり悩んだのですが…最近は少しおとなしめなラストが続いてたので、
自分の中ではわりと初期の作品に近いカンジに〆てみました。

>193 名無し読者さん
ありがとうございます。そうか!吉澤さんのあれは、フォローだったのですね……
なるほど。非常に前向きでよろしいかと存じます(笑)

>194 名無し読者さん
ガキさん、書くのに結構苦戦してしまったのですが、気に入ってもらえてホント良かった。。
感想頂けて嬉しいです。こちらこそ、ありがとうございました。

>195 名無し読者さん
楽しんで頂けたみたいで良かったですー。きっと今年も頑張ります(笑
そういう感想を頂けるとつくづく、書いた甲斐あったなぁと思います。
201 名前:すてっぷ 投稿日:2004/01/05(月) 22:31
>196 名無し読者79さん
感想、ありがとうございました。
(作中の)ガキさんも羨む石川さんのイジラレっぷり。それが良い事なのかどうかは判りかねますが、
あれほどしっくりくる人はなかなか居ないかと(笑)

>197 名無し読者さん
>最後、ガキさんにもサンタさんの気持ちが届いて良かった。
石川さんの件はどう責任取るのかという問題は置いといても(笑)、
そう思ってもらえると、サンタさんも報われることでしょう。。感想、どうもでした。

>198 もんじゃさん
ありがとうございます。それでも岡女など、昨年のガキさんは結構飛ばしてくれましたよね(笑)
ミキちゃん→藤本さんの成長過程の物語ですが…全て語り尽くそうとすると、とんでもない
大スペクタクルSF超大作になります(断定)ので、今回は割愛させて頂きました。無念ナリ。。

>199 名無し読者さん
作者の意地でクリスマスに間に合わせただけですので、お気になさらず(笑
最近(でもないか…)は更新滞りがちですが、ゆっくりまったり続けていきたいと思ってます。
よろしければ、これからもお付き合いくださいませ。どうもありがとうございました。。
202 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/02(火) 23:52

<第一話> 吉澤ひとみの場合。


「ちゃんと片付いてんのかなぁ」
なんて、ひとりゴト言う声も我ながら弾んでるなぁとか思う。

彼女の部屋へ来るのは、およそ一ヶ月ぶり。
最近は仕事で別々になるコトも多かったし、たまに現場で顔合わせてもゆっくり話せる時間なんかほとんど無かったし。

でも、明日はお休み。
せっかく二人揃ってオフだし、天気よかったらどっか行くかなぁ…。
いや、二人っきりで一日中ずーっと部屋にいるのもいいなぁ…。

「えへへ…」
ガチャ、と鍵の開く音がして、我に返る。
あたしってばニヤニヤしながらいつの間にか、インターホンを押していたらしい。
「あ、梨…」
やけに勢いよくドアが開け放たれたかと思うと、出てきた彼女に突然腕を掴まれ、あたしは強引に中へ引きずり込まれてしまう。
「ちょっ、どうしたの?」
何があったのやら会うなりなぜか必死の形相の梨華ちゃんに、尋ねる。

「早く! 脱いで!!」
「えっ。コ、コココ、ココで!?」
思わず裏返ってしまう。
なるほど、梨華ちゃんってば…会うなりなぜか必死の形相だったのは、そういうワケだったのね。
しかしいくら一ヶ月ぶりだからといって、到着するなり玄関先で、そんなぁ…。
203 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/02(火) 23:54
「ちがうっ。靴よ! 靴に決まってるでしょう!? なに考えてるのよ!!」
「えっ」
ジャケットを脱ぎ、下に着ていたパーカーのファスナーを半分ほど下ろしたところで止められる。

「ってゆーか靴ぐらい脱ぐよ、言われなくたってさ」
梨華ちゃん、一体なに慌ててんだろ…。
彼女はあたしがまだ靴を脱ぎ終わらないうちに、あたしに背中を向けスタスタと歩き出し…
たかと思うと突然振り返り、あたしにすがり付いてきた。

「や、なにちょっと、どしたの」
「た、すけ、」
あたしの腕をぎゅっと掴んでる彼女の手も、声も、震えてる。
こっ、コレはタダゴトじゃない、なにがあったんだ一体!?
「ねぇ、ねぇ梨華ちゃん、」
あたしが呼ぶと、梨華ちゃんは顔を上げた。その目には、涙をいっぱいためてる。

「助けてください!! 私……追われているんですっっ!!!」
聴いた瞬間思わず、「はあ?」って言いそうになって、あたしは思いとどまった。

「………エッ?」
とりあえず、それだけ言った。

「私、産業スパイなんです。実は今、ある秘密結社に命を狙われてて」
あたしがあっけにとられているコトをいいことに、彼女はやりたい放題。

「はあ?」
一度は思い留まったがやっぱり、言わずにはいられなかった。

「あ、そうそう。コードネームは、”チャーミー石川”です」
コードネームと言いつつ『石川』って本名名乗ってていいんだろうか…それはコードネームと言うより、ニックネームだと思うが。
204 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/02(火) 23:56
「あのさ、梨華ちゃん………どうしたの?」
悩んだあげく、そう尋ねるのが精一杯だった。
だってなんだかワケがわかんなすぎて、「ドウシタノ?」としか言いようが無いんだもん。

「信じては、くれないのね…」
明らかに失望した様子で、梨華ちゃんが呟く。
「信じるって? 梨華ちゃんが産業スパイだってコト? それとも命狙われてるってコト?」
「どっちもよ!」
ぴしゃりと言った梨華ちゃんの表情は、真剣そのもの。
「どういう、コト……?」
彼女の不可解な行動に首を傾げながら、あたしはハッとした。

もしや、コレはギャグなのか?
しまったっ……だとしたらあたしは今この瞬間完全に、笑うタイミングを外してしまっている。
梨華ちゃんが恐らく昨夜はよっすぃーのために寝ないで考えましたぐらいのイキオイで考えてきたギャグを、
あろうことかあたしは、「はあ?」の一言で……彼女、それはそれは深く傷付いたに違いない。

「あ、あは、あはは、あはははは」
今さらだけど、笑ってみた。

「笑うなんて、ひどい……なんて酷い人なの」
「えっ」
どうやら違ったらしい。
どうしよう……。
205 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/02(火) 23:58
「もういいわ。自分で何とかします。さようなら」
そう言って目を閉じると、梨華ちゃんはいきなり脱力してあたしに倒れ掛かってきた。
「梨華ちゃん!?」
きっ、気絶っ!?
彼女を抱きかかえるようにして、あたしはその場に座り込む。

「梨華ちゃん! 梨華ちゃん!」
意識を失ってグッタリしている彼女は、あたしの呼びかけにもまったく反応してくれない。
「梨華ちゃん! ねぇ、梨華ちゃんってば!」
しばらく呼び続けていると、彼女はあたしの腕の中でようやく目を開けてくれた。
「梨華ちゃん…良かった」
「わたし……」
「ん? なに?」
宙を彷徨っている彼女の右手を優しく握ってあげながら、問う。

「成功したのね……タイムスリップ」


「はあ?」
あっ、しまったつい!

「あ、吉澤ひとみさんですよね!?」
「はい」
訊かれてつい素直に答えてしまったが…コレも(というかココからが?)ギャグなのか?
だとしたら、どのタイミングで笑えばいいんだろう……。

「はじめまして。わたし、石山梨華と申します」
「石山っ…」
どうリアクションしたらいいんだろう……この中途ハンパさ加減は。
206 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/02(火) 23:59
「そっ、そっかぁ。すごぉーい、梨華ちゃんと同じ名前なんだ〜。よろしくね石山さぁーん」
とりあえず、乗っかってみた。

「周りの友達や親戚には、”リカッチ”って呼ばれてます」
「へぇ」
「カタカナで、”リカッチ”です」
「そうなんだー」
正直、どーでもいい。

「ですからわたしも吉澤さんのコト、カタカナで”ヨッスィー”とお呼びしてもよろしいですか?」
「はあ、どうぞ」
呼ぶのにひらがなもカタカナも無いだろ……メールでもくれるつもりなんだろうか。

「ここだけの話ですが…」
リカッチこと石山梨華さんは、声を潜めて言った。
語り始めたその表情はほんの数分前、彼女がまだチャーミー石川さんだった頃と同様、真剣そのもの。

「実はわたし、未来からやって来た、タイムトラベラーなんです」
そして語り始めた内容も案の定ほんの数分前、彼女がまだチャーミー石川さんだった頃と同様、やりたい放題。

「未来って、どれぐらい?」
「2010年です」
わー。
「すげー、近未来…」
たったの6年後じゃねーか。
一体いつまでこの意味不明なプレイに付き合わされんだろ…いきなり気が遠くなった。
207 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/03(水) 00:01
「わたし、ここへ来てびっくりしちゃったんですよぉ。だって、車が地面の上を走っているんですもの」
「えっ?」
「だってわたしの住んでいる2010年の世界では、車はもちろん空を飛びますし」
「へぇ」
無理無理。少なくとも6年後じゃ絶対無理だから。

「電車だって大人の腰の高さぐらいの空間を自由に飛び交っていますし」
「わ…邪魔なだけだよねそれ」
「そうなんですよぉ。ホンっトにもう、人身事故が絶えなくって♪ うふふ」
「や…笑うトコじゃないよねそこ」
もう、おうち帰ろっかな…。

「それから人間たちは皆、木の上に家を作ってそこで暮らしています」
「なんで」
リカッチこと石山さんの暮らす2010年の世界では、科学のめざましい進歩により車や電車が空を飛べるようになったが、
なぜか人間たちは高層マンションに住むのを止め、木の上での生活に退化しちゃってるらしい。

「っ…」
突然、彼女がふわりとあたしの胸に寄り掛かってきた。

「梨華ちゃんっ!?」
まさか…また意識飛んじゃった!?
揺り起こすと、梨華ちゃんはぼんやりと目を開けた。よかった…今度は、気絶したんじゃないみたい。
「リ…」
「なに!?」
「リカッチ、です」
「………」
とっさにどつきかけたが、なんとかこらえた。怒りに拳を震わせながら、どうにか笑顔を作る。
208 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/03(水) 00:03
「だいじょうぶ? リカッチ」
「ええ。心配しないで、ヨッスィー」
彼女が微笑む。一瞬、どきっとした。
それはあたしの知らない、梨華ちゃんの顔だったから。
あたしの前で、あんなに哀しそうな顔で笑う梨華ちゃんを、あたしは見たことが無かった。

「タイムスリップの後には、よくあることなんです。少し、眠ってもいいですか?」
「うん。今日は、もう寝た方がいいよ」
むしろ頼むから寝てくれ、と思ったのは言うまでもなく。
頭痛がする、と言って梨華ちゃんは、ベッドで横になった。

「おやすみ」
いつもみたくキスをしようと、梨華ちゃんの頬に軽く手を添える。
そしていつもみたく、彼女が目を閉じるのをあたしは待った。
「おやすみなさい」
けど、彼女は瞑らなかった。鈍感なだけなのか、それともわざと避けてるのかはわからない。

「梨華ちゃん」
本当に、今日はどうしちゃったの?

「もう…梨華ちゃんじゃ、ないったら」
疲れて、いるのかな。

「…おやすみ、リカッチ」
「おやすみなさい、ヨッスィー」
笑ってるハズなのにまるで泣いてるみたく見える、あたしの知らない笑顔。
なんだかホントに、梨華ちゃんじゃないみたいな気がした。
209 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/03(水) 00:05

「よしざわさん、よしざわさん、起きてくださいまし。よしざわさんっ!」
「んー……?」
気持ちよく眠っていたトコロを、横から起こされる。

「どしたぁ?」
目をこすりこすり、ハッとする。
そうだ。梨華ちゃん、頭痛いって言ってたっけ…。

「まだ、具合わるい?」
「よしざわさんったら、ねるの早すぎですよぉー。あちき、もー、たいくつでたいくつで」
あたしの問いに答える代わりに、とびきり元気そーな声で梨華ちゃんが言う。

「は? ”吉澤さん”?」
はあぁ……気持ちよく眠っていたトコロをいきなり起こされたあげく、タメイキ。
どうやら、タチの悪いゲームはまだ続いていたらしい。
あたしはボケボケの頭で、ぐいぐいと記憶の糸をたぐり寄せる。

「えーっと……リカッチ?」
「だれですか、それは?」
「じゃあ……チャーミー」
「ちがいますよぉー、あちきは、」
「待て」
あちき、って何だ。
加えて前の二人とはガラリと雰囲気の違う、コドモみたく舌っ足らずな喋り方。
まさかまさかもしかして、この期に及んでまたまた新キャラか?
んもおぉぉぉ、いいってぇー……カンベンしてくださいよマジで。
210 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/03(水) 00:07
「あちきはぁ、よこはま、っていいます。よろしく〜!」
静かな暗闇に響き渡る、ひたすら明るい声。

「えっなに? 横浜、っつったの?」
てっきり自分の名前をもじってくるんだと思ってたのに…三人目ともなると意表ついてくるなあ。石川梨華、おそるべし。
「あいっ!」
不気味な闇に響き渡る、バカ明るいお返事。

「ちなみに、下のお名前は?」
もはやバカバカしいとかいう次元を超えて、最後まで付き合ってあげなきゃいけないよーな、ヘンな義務感に駆られてきた。

「えー? 上も下もありませんよぉー。よこはまは、よこはまですっ」
「ああ。そーですか」
横浜、ってのはどうやら、フルネームらしい。

「梨華ちゃん」
「………」
あたしの呼びかけを、梨華ちゃんは完全無視。
そーですかああそーですか、わかりましたよやりゃあいーんでしょ。

「横浜さん」
「あいっ」
きっと彼女は疲れてるんだ。そうに違いない。

「明日さあ……病院行こ」
「やったー! おでかけですねっ! はれるといいなぁ」
「そうだね…」
冗談じゃなくマジで、診てもらった方がいいかも……。
211 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/03(水) 00:09
「あちき、あったかいのとかだいすきなんですよぉ。もうじき春でしょー? でもって春は、あったかいでしょー?」
「春はおまえの頭ん中だよ」
「そんなあ。あちき、そんないいモンじゃありませんったらぁー。やだなあ、もぉ」
照れてどーする。今のはぜんぜん、誉めコトバじゃないよ石川さんっ!!!

今さらだけどやばいぞコレはっ。
ホントにホントに、マジで重症かもしんないこのヒト……。

「よしざわさんも春みたくあったかいからあちき、だいすきですっ」
ベッドの中で梨華ちゃん(いや、横浜さんと呼ぶべきなんだろうか…)は、あたしに腕を絡めてぴったり密着してくる。
「梨華ちゃん…わざとやってる?」
「んっ? りかちゃんってだーれ?」
「………」
たった今あたしの隣に寝ている彼女は、まぎれもなく『石川梨華』だと頭ではわかっているのに……
今の彼女を襲うのは、間違いなく犯罪だ。そんな気がしてならない。

なんとかしなきゃ。

「……ゴメン。もちょっと離れてくれる?」
「やだやだっ。やーですっ」
「………」

このままだと、あたしの身が持たない。そんな気がする。
 
 
212 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/03(水) 00:11

4〜5話で完結する予定です。
よろしければ、お付き合いくださいませ。
213 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/03/03(水) 00:59
よこはま...面白すぎます
214 名前:クローバー 投稿日:2004/03/03(水) 01:05
おもしろいです!楽しみにしています。
215 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/03(水) 02:29
ブフーッ!と漫画のように吹き出しながら読みました。
明日も仕事なのに、自分はこんな時間に何をしてるんだろう。
読み終わったあとに、ふとそう思いました。
でも今すっごい楽しいからいいや。
人生に楽しみができました。
216 名前:コナン 投稿日:2004/03/03(水) 03:58
よこはま最高っす!

マジ面白すぎっす!思わず吹き出しましたぷぷぷぷぷぷ
たのすぃ〜続きが待ち遠しい〜よん
217 名前:もんじゃ 投稿日:2004/03/03(水) 19:02
ナイスプレイすぎです。

梨華ちゃんの頭の中も覗いてみたいけど、すてっぷさんの頭の中も覗いてみたい…
そんな欲望に襲われた春も近い今日この頃です。
218 名前:ごまべーぐる 投稿日:2004/03/03(水) 20:16
>>211 2行目の吉澤さんのドライな台詞がツボでした。
いしかーさん、いや、娘。を作中でイジらせたら、すてっぷさんの右に出る人はいません。
219 名前:名無し読者79 投稿日:2004/03/03(水) 20:22
こ、これはまた。かなり…おもしろすぎて(プッ
なんだかせっかくの休みなのに…休めなさそうですね(笑
よっすぃー…。次回楽しみに待ってます。
220 名前:ちゃみ 投稿日:2004/03/03(水) 20:30
久々のステップワールド、ごちそうさまです。
お待ちしておりました。

あちきって・・・・、よこはまさん、貴方は?
221 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/04(木) 02:56
なんか「笑点」の黄色い着物の人(あえて名は秘す)みたいなよこはまさんが
いいっすね。
つづき楽しみにしてます。
222 名前:名茄讀娑 投稿日:2004/03/05(金) 12:33
次はどんな人格が飛び出すのか、楽しみです
223 名前:名無しレンジャー 投稿日:2004/03/07(日) 16:09
「明日さあ……病院行こ」
「やったー! おでかけですねっ! はれるといいなぁ」
なんですかその暴走キャラ。おもしろすぎます。
想像しただけで死にそうでつ。
224 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:25

<第二話> チャーミー石川の場合。


「軽い分裂症ですね」
30代半ばぐらいに見える、茶髪でちょっぴりつんくさん似の先生は、ごくごく軽い口調で言った。

「なに、心配は要りませんよ。
前世の記憶が蘇ったわけでもなさそうですし、キツネ憑きやゾンビといった霊的なモノでもありませんから。よかったね」
「えーっ…」
たとえ霊的なモノじゃなくても、じゅーぶん心配なんですが……。

「前世だとか悪魔憑きだとか、そういった超常現象の類ですと、人格設定がもっと複雑なはずなんでね。
全てにおいて矛盾が無いというか」
「はあ…」
半信半疑のまま頷く。
昨夜あたしが見た三人の梨華ちゃんについて、先生には全て詳しく話してあった。

「ですが石川さんの場合、時代背景から人物設定に至るまでもう、びっくりするぐらい大雑把ですから。
とにかく、全てにおいていいかげんというか」
「なるほど」
あたしは大いに納得。

秘密結社に命を狙われている、産業スパイ。(産業スパイの意味をびみょーに履き違えている気がする。ってゆーか秘密結社て)
車が空飛ぶ6年後の未来からやってきた、タイムトラベラー。(………)
そして三人目の人格である”横浜さん”に至っては全くつかみどころが無いのでとりあえず置いておくとして…
昨夜あたしが見た三人の梨華ちゃんは前世から背負った記憶でも悪霊が乗り移ったワケでもなく全員、
彼女の中で生まれた別人格というコトか。
225 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:29
「原因は、恐らく過度のストレスによるものでしょう。いやあ最近多いんですよねぇー、こーゆーヒト」
「ストレス、ですか……」
はあっ…あたしは思わずタメイキ。
軽い精神分裂症に陥るほどのストレスを、梨華ちゃんが抱えていたなんて…
我ながら情けないけど、ぜんぜん気がつかなかった。

「それって…治るんでしょうか?」
恐る恐る尋ねる。
ちょっぴりつんくさん似の先生の説明によると…梨華ちゃんの症状は、ストレスによる軽い(…ようには見えないけど)分裂症とのこと。
原因が判ったのは良いけど、治療法ってあるんだろうか?
まさか一生このままなんてコト、ないよね……。

「クル…! 気をつけてフットサル!! 奴らが来るわっ!!!」
「だいじょうぶだよ、チャーミー。ここは安全だからね?」
コードネームチャーミー石川ことチャーミー石川は、あたしの言葉もまるで耳に入っていない様子で辺りを警戒している。

「何ですか、”フットサル”というのは?」
「コードネームです。略さずに言うと、吉澤フットサルひとみ」
あたしは努めて素っ気なく回答。
あまりにバカバカしすぎて言い忘れていたが、改めて説明するとさらにアホしさがこみ上げてくる。
「ぷっ…くくく」
案の定、笑われた。

「言っときますけど無理やり付けられたんですからね。スパイ活動に必要だからとか言われて」
ここへ来る途中チャーミーに「得意なスポーツは?」と聞かれ、何の疑いもなく「フットサル」と答えてしまったコトを、
あたしは死ぬほど後悔していた。

「ぷぷぷっ…コードネームてそれ実名やん…くくくっ」
ちくしょう。
226 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:30

今朝起きたときの梨華ちゃんは、チャーミーでもリカッチでも横浜さんでもなく、普段どおりの梨華ちゃんだった。
けれどホッとしたのも束の間、あたしが顔を洗って戻ってくると梨華ちゃんは横浜さんに変わっており…
彼女のリクエストでホットケーキとココアとあんみつを用意して戻ったときには横浜さんは既にチャーミー石川に変わっており、
朝からそのラインナップはちょっと…と渋る彼女のために鮭を焼いて戻ってくるとチャーミーは既にリカッチこと石山梨華さんに変わっていたのだった。

『これは、さっ…魚!? 大変っ! 早く証拠隠滅して、ヨッスィー!!』
『えっ? 証拠??』
『あっ。もしかして今の時代だとまだ、法改正されていないのかしら』
『ハァ? 法??』
キョトンとするあたしにリカッチは、例によってすごく真剣な顔で至極すっとんきょーな説明を始めたのだった。

『お魚さんが可哀想だから、獲っちゃいけないコトになったんです』
なんでもリカッチこと石山さんの住む今から6年後の未来では何だかの法律が改正されて、
ありとあらゆる魚は獲っちゃいけないコトになってるらしい(それも、可哀想だから、という理由で)。

『国民の着るジャージは大人から子供までもちろん、ピンク以外認められていませんし。
破ると50万円以下の罰金もしくは3年以下の懲役が科せられるんですよ? うふふふ』
三人の人格たちは、梨華ちゃんが前世から背負った記憶でも悪霊が乗り移ったワケでもなく、あくまで彼女自身の中から生まれたモノ。
というコトは…三人の知識とか思想にも、普段の梨華ちゃんのそれが少なからず反映されてるってコトなんだろうか。
だとすると、何故だか理由は判らないが恐らく普段の梨華ちゃんの中で、『2010年』ってのは、
世の中が劇的に変化する何か特別な年なんだろう。
 
227 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:32

「2010年、か…」
このキーワード、いつだったか彼女との会話の中で出てきたような気がする。それも、ごく最近のコトだ。
なんだっけ…あたしは必死に記憶の糸を手繰り寄せる。

「ああ、2010年と言えば」
つんくさん似の先生が、突然思い立ったように言う。
「石川さんの件には全く関係ありませんが、2010年にドラえもんが発売されますよね。アレ個人的にすごく楽しみなんですよ。
もし出来が良かったら、ボクの代わりに診察とか手術とか宿題とかやってもらっちゃおっかなぁ〜。
なんてね!なんてね!てゆーか宿題て!」
「2010年……」
このキーワード、なんだろう、なんかひっかかるんだけど…。
なんだなんだ思い出せ、ひとみ……

(『2010年にドラえもんが発売されますよね』)

どらえもん……。

あっ!
「それだっ!」
思わず、声が弾んでしまう。

ってゆーか、
「それなのか…」
”夢の2010年”の謎が解けてうれしいハズなのに、こんなに虚しい気持ちになるのは、なぜなんだろう…。
228 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:34

『ねぇねぇ、よっすぃー! 知ってた? 2010年にねっ、本物のドラえもんが発売されるんだって!』
ある日まだ普通だった頃の梨華ちゃんが、うれしそうに報告してきたのを思い出す。

『へぇー、スゲェじゃん。道具とか出せんの?』
『まさか…。だってドラえもん自身を作るのより、道具を開発する方が難しいよ、きっと』
『えーっ。四次元ポケットが無いんじゃあ、それはある意味ドラえもんとは言えないっしょ』
『それは、そうだけど…』
『だいたいさー、道具も出せないドラえもんに何の価値があんの? ドラ焼き代かさむだけじゃん』
『もういいっ』
すっかりふてくされてしまった梨華ちゃんは、それから一週間ほど口も利いてくれなかったのだった。

に、しても…。
ドラえもん自身より彼の秘密道具を開発する方が難しいだなんて冷静なコト言ってたわりに、
彼女の深層心理を反映していると思われるもう一つの人格の彼女が住む世界では、
車は空を飛んでるわ電車は宙に浮いてるわジャージはピンク以外禁止だわ……
実は梨華ちゃんって、あたしの想像を遥かに超えて夢見がちなコなのかも知れない。
229 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:35
「急ぎましょう、フットサルひとみ。家が荒らされていないか心配だわ」
忘れてた…。
2010年問題より先に、コイツを何とかしなくては。

「部屋にはトラップ仕掛けてあるから平気だよ。大丈夫だからおとなしく座ってて、チャーミー石川」
あたしが言うと、彼女は渋々イスに腰を下ろした。
どこから勝手に持ち出したのやら、右手には鋭く光る手術用のメスが握られている。

「ああ、確か…ライバル企業から彼女が盗み出した、画期的な新薬が自宅に隠してあるんでしたっけ? ぷぷぷっ」
そのとおーり。
「ってゆーか、イチイチ笑うのやめてもらえます?」
同じくあたしも心の中ではかなりバカにしてるけど…自分以外の他人に彼女のコト悪く言われると、やっぱなんか腹立つ。

「そんなコトより…治るんですか、コレ」
あたしは、10分ほど前にした質問をもう一度ぶつける。

「三つの人格は恐らく、石川さんが日頃感じているストレスが具現化された存在でしょう。
ですからその原因を取り除いてあげれば、症状は治まると思いますが」
「原因って?」
「それは、私にはわかりませんよ。あなたの方が、石川さんについてよく理解している筈でしょう?」
確かに、それはそうだけど…梨華ちゃんのストレスを取り除くなんて、そんなコトあたしにできるんだろうか。
そもそも情けないコトにあたしには、その原因が何なのかさえまったく見当がつかないってのに。

「しばらく側に付いていてあげることですね。そうすれば彼女をここまで追い込んでしまったものが何なのか、自ずと解るでしょうし」
「…わかりました」
先生にお礼を言って、あたしたちは病院を出た。
230 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:37

「ねぇ梨華ちゃ…じゃなかったチャーミー、紅茶ドコだっけー?」
キッチンから呼びかける。
いくら別人格とはいえ元は梨華ちゃんなワケだから、キッチンにおけるモノの配置くらいはちゃんと把握しているハズ。

「シカトかよ…」
彼女はあたしの声なんかまるで耳に入ってない様子で、鏡の前に座ってどこからか勝手に持ち出した手術用のメスを、じっと見つめている。
「ん?」
完全無視されたコトに少々傷付きながらふと見上げると、食器棚の上に置いてある大きな箱が目に入った。
なんだろ、お中元とかお歳暮とかによくある、何かのギフトセットみたいな箱だけど…
あたしは背伸びして、恐る恐る手を伸ばした。

「危険よ! 触らないで!!」
箱を持ち上げた瞬間、突然大声で怒鳴られる。
「わあっ!?」
あたしがびっくりして床に落としてしまったそれを、チャーミーが慌てて拾い上げる。

「チャーミー、何なのそれ」
あたしはつい詰問口調になってしまう。
もしかするとコレがチャーミーの言ってた、ライバル会社から盗み出した”画期的な新薬”なんじゃないだろうか。
チャーミーがずっとこだわっている、それによって彼女が命を狙われるほど危険なモノ――。
だとしたら、それは梨華ちゃんのストレスと何か関係があるのかも知れない。

「聞いてしまったら、あなたも同罪よ。いいの?」
あたしの目をまっすぐに見て、チャーミーが問う。
「いいよ」
あたしは答えた。
「だって友達じゃん」
するとチャーミーは、諦めとも安堵とも取れる小さなため息をついた。
231 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:39
「商品コードネーム、エー・オー・ジェイ・アイ・アール・ユー」
「ハ?」
ポイントが多すぎていちいち突っ込む気にもならんので…とりあえず彼女が言った謎の暗号を、頭の中で唱えてみる。
エー・オー・ジェイ・アイ・アール・ユー。エー・オー、

「エー・オー・ジェイ・アイ・アール・ユー……A・O・J・I・R・U……あ・お・じ・る……青汁」
その単語を口にした瞬間、突如として言いようのない脱力感に襲われた。

「あっ! 言っちゃダメよっ。暗号化した意味がないでしょう!?」
「どこが画期的な新薬なんだよ…」
どれぐらい力が抜けたかというと言葉にするのは難しいけれど、あえて言うなら、くだらない上に笑えないメールが届いたときぐらい。

「本当は、私が盗んだ物ではないの…。
私のスパイ仲間だったコードネーム保田圭が、ある秘密結社に追われる途中で無理やり私に押し付けた物なのよ」
「保田さんに?」
「暗号化した意味がないわ、ひとみ」
「保田圭に?」
こんな本名全開のコードネーム嫌だ…ってゆーかそういえば同じくあたしも、”フットサル”抜いちゃえばまんま実名なワケだけど。
232 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:42
「こんなモノのために命を狙われるくらいなら、いっそ捨ててしまおうかとも思ったわ…。
だってライバル会社のスパイの手に渡ったこの薬を消すコトだけが、奴らの狙いなんですもの。
だからこの忌々しい薬さえこの世から消え去ってしまえば、私は消されなくてすむ」
「だったら、どうしてそうしないの?」
あたしがチャーミーに対し実に素朴な疑問をぶつけると、彼女は失笑。アンタなに言い出してんの?って表情。

「吉澤フットサルひとみったら…あなた、本気で言ってるの? だって先輩に頂いたモノなのよ?
そんな簡単に捨てられるわけないじゃない」
うわは…待って待って石川さん。

だってキミ、秘密結社のコワーイ人たちに命狙われてんだよね?
いくら先輩にもらったモンだからって、気ぃ使ってる状況じゃないよね?ねっ?ねっ?

「それに体にも良いって聞くし、いざ捨てるとなるとなんだか勿体無くって」
「そんな理由…!?」
一見すると普段の梨華ちゃんとはかけ離れているように見える人格のチャーミー石川だが、
すっとんきょーに義理堅いトコや、びみょーに貧乏くさいトコなど、
梨華ちゃんの梨華ちゃんらしい部分が所々に垣間見えたりしてなんだか哀しくなる。
233 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:43
「ねぇ、どうしたらいいの、私…」
青汁ギフトセットの箱を抱えたまま途方に暮れる梨華ちゃん(チャーミー石川)の姿を見ながら、
あたしの脳裏につい数週間前の苦々しい記憶が蘇る。

『ねぇ、どうしよう、よっすぃー』
『どしたのー?』
『保田さんにね、誕生日プレゼントもらっちゃったんだけど……箱開けたら、青汁だったの』
『マジで?』
『うん。粉末のやつ。やっぱ飲まなきゃダメだよね? ねぇ、よっすぃーも少し引き受けてくれない、かな』
『やだよ』
『そんなこと言わないで…ねぇ、少しでいいからお願い』
『やだって。どっかそのへん放置してれば? ほっときゃそのうち賞味期限きれるって』
『期限切れたら飲めないじゃん』
『だからー、保田さんに聞かれたらさ、大事にとっときすぎて賞味期限切れちゃいましたよぉー、って。なっ?』
『そんな……』
あのときの、彼女の傷付いた表情…今でもはっきり憶えてる。
なのにあたしは、それに気付かないフリをしたんだ。

「梨華ちゃん……」
青汁の一件で、梨華ちゃんがココまで悩んでいたなんて……それなのに、あたしは。
人の誕生日にとんでもないモノをプレゼントしてしまったコードネーム保田圭にも非が無いとは言えないが、
コレは間違いなく彼女の悩みに気付いてあげられなかった、あたしの責任だ。
保田さんを恨むのは、とんでもないお門違いってモノ。
234 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:45
「チャーミー」
決意して、あたしは言った。

「その…コードネーム青汁、あたしが全部引き受けるよ」
「引き受けるって…どうする気なの?」
怯えたような目であたしのコト見てるチャーミーに、あたしは、
「毎朝飲む」
キッパリと言い放った。

「嘘でしょう……」
「嘘じゃない」
呆然と立ち尽くしてる彼女の手から箱を抜き取ると、あたしはその中からスティックタイプの袋を一つ取り出した。

「やめて! あなた……泣くわよ! 脅しなんかじゃないわ、本当にマズイんだからっ!」
「ははは。大げさだなぁ、チャーミー。梨華ちゃんや矢口さんならともかく、ひとみはそんなコトで泣いたりしないぞう?」
だいじょうぶ。コレはすごく体にいい飲み物なんだ。ある意味、画期的な新薬なんだ。
自分に言い聞かせながら、ハサミを入れる。
グラスに粉末を落として水をたっぷり注ぐと…ドロリとした、毒々しい緑色の液体が完成した。

「うっ…!」
グラスに口を付けようとした瞬間、あたしは思わず鼻をつまんだ。
息をすると匂いまで一緒に吸い込んでしまいそうで、息も止めた。
しかし口を閉じたままではいつまで経っても飲めないじゃないかというコトに気付いたので、
あたしは呼吸を止めたまま口だけ開けた。
235 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:47
「教えて」
「えっ? あーぅ、ぅぇぇ…!」
話しかけんな! 息吸っちゃったじゃねーかよっ!!

「ごほっ、ごほっ……な、に?」
コードネームAOJIRUの臭気を一気に吸い込んでしまってむせながら、目の前の彼女に問う。

「私のために、あなたはどうしてそんなことができるの?」
どうしてだろ?
なんて、シラジラしく自分に問いかけてみるけど…考えるまでもなく、答えはとっくにわかっているワケで。

「愛してるから」
あたしは目を閉じて、それを一気にあおった。

ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク。
途中で何度か意識を失いそうになりながらも、あたしはどうにか最後まで飲み終えた。
「ふぅ…」
はじめての味は、言葉にするのはとても難しいけれど、あえて言うなら…
コレで健康になんなきゃ、間違いなく犯罪。そんな味だった。

「大丈夫?」
グラス持つ手をだらりと垂らしたまま放心状態のあたしを、チャーミーが覗き込む。

「んっ? てゆーかぜんぜんオイシイじゃん。もぅ大げさだからチャーミー」
「すごく涙目になってるけど」
あ、どーりで。
目の前が白くぼやけてるわけだ。

あたしは今にも溢れそうになってる自分の涙を、チャーミーに借りたハンカチで拭った。
236 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:48
「ひとみ」
チャーミーが言った。
「ありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
すると昨夜からずっとオドオドしてビクビクして何かに怯えていたチャーミーがはじめて、笑ってくれた。

「チャーミー」
肩にそっと触れると、彼女は顔を上げた。

あたしの唇が彼女の唇へあとほんの数センチの距離まで近づいたトコロで、
「ひとみ」
鋭い声があたしを制する。
「歯、磨いてからにして」
「………」
チャーミーわかってる?
吉澤フットサルひとみは他の誰でもないキミのために、青汁イッキしたんだよ?


「チャーミー、お待た、せ……あれっ?」
念入りに歯みがきして戻ってみると、キッチンに彼女の姿は無かった。

「チャーミー?」
部屋に入ると、窓辺に佇むチャーミーを発見。
「あっ、ヨッスィー」
あたしを見つけて、彼女が微笑む。どこか儚げな、あたしの知らない梨華ちゃんのカオ。

「梨華、ちゃん?」
たぶん違うと思う、けど、半信半疑のまま尋ねてみる。
237 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:50
「火星行きロケットの最終って、何時でしたっけ? わたし、昨日デニーズに携帯置き忘れてきちゃって」
「梨華ちゃん……」
6年後の未来にドラえもん風ロボットが発売されるコトがめちゃめちゃうれしい気持ちはよくわかるけど…
夢、広がりすぎだよ……。

「もぅ、梨華ちゃんじゃないったら。リカッチ、でしょ?」
「そっか。ゴメン」
忘れてたんじゃなくてホントは、恥ずかしいから口に出したくなかっただけなんだけど。
石山さん、って呼んでも怒るかな、やっぱし…。

「あっ。ひょっとして今の時代だと、羽田にロケット用の滑走路ってまだ無いんでしたっけ?」
「うん…無いね、まだ」
「あぁー、そうなんですかぁー」
ってゆーか、ロケット飛ばすのに必要なのは発射台であって、滑走路は要らないと思うんだけど…
あたしもそんなにアタマの良い方ではないので、たぶん、としか言えないけど。

いや待てよ。確かに離陸時は発射台だけど、着陸んときは滑走路いるんだっけ?

「どうしよう携帯。ねぇ、どうしましょう。どうしましょう、ヨッスィー」
「ちょっと、落ち着いてよ石山さん」
さり気なく呼んでみた。
「リカッチですっ」
そしてあっさり訂正される。
238 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:52
「落ち着いてよ、リカッチ。リカッチがデニーズに携帯忘れたのって、未来の昨日でしょ?
だったら仮に今ココで火星行きのロケットに乗ってデニーズ行ったって、リカッチの携帯は無いよ。
だって今はさ、リカッチがデニーズに携帯忘れたのよりもずっと昔の世界なんだからさ」
あたしは無理にテンションを上げながら、力説。
今ココでバカバカしいとか我に返ってしまったら、負けだ。そんな気がした。

「あっ。そっか、そうですよね! やだもぅ…いっつもそう。わたしって、こういう状況になるとすぐテンパっちゃうんですよね」
「うん…わかるよスゴク」
リカッチの場合もチャーミー同様、梨華ちゃんの梨華ちゃんによる梨華ちゃんらしい部分が
ふんだんに散りばめられていて、なんだか泣きそうになる。

「あ、ねぇ、おなかすいたよね? お昼、何か作ろっか」
「そうですね。わたしも手伝います」
ってゆーか、キミの家だからココ。
ともあれ、あたしたちは支度をしてスーパーへ買い物に行くコトにした。


「そうだ。リカッチ、野菜しかダメなんだよね。なに食べたい?」
スーパーへ向かう道すがら、彼女に尋ねる。
リカッチこと石山梨華さんの住む2010年の世界では、法律で狩猟が禁止されてるとのコト。
ベジタリアンとなると、口にできる料理がかなり限られてくるからなぁ…。
239 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/07(日) 18:54
「焼肉」
「えっ」
肉はいいのか…!

「へ、へぇ…」
魚獲っちゃダメだっつーから、てっきり肉もだと思い込んでたよ! っつーか普通そう思うだろ!?
可哀想だから獲んのやめたっつったじゃん! じゃ牛は!? 豚は!?

「や、焼肉か…ちょっと重いけど、いっか。リカッチ貧血ぎみだしね。昨夜も、」
「あっ。見て見て、ヨッスィー!」
「おい」
ハナシ聞いちゃいねーし。

「あの得体の知れない生き物はなに!? やだ怖いっ、怖いわっ!!」
「え……ネコじゃん」
「嘘!? だってあのネコ二足歩行じゃないし、体だって青くないし鈴もつけてないし…第一、耳があるもの!」
「………あー、なるほど」
リカッチにとって、ネコ型ロボット以外のネコは…ネコじゃないんだ。

「…っ、うぅ、っ…」
「えっ? どうしたの、ヨッスィー? どうして泣いているの? お昼、焼肉じゃなくてヨッスィーの好きなモノでいいよ?」
そうじゃない、そうじゃないの、リカッチ…。

「見て見て。あのコ、チワワですよねっ。かわいいなぁ」
「うぅぅ…っ」
犬はいいのか…!

「あの、本当に、わたしは何でも構いませんから」
「…ぐすっ、っ…」
梨華ちゃんたすけて。

この人を、愛せる自信が無い。
 
240 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/07(日) 18:57

感想どうもありがとうございます。

>213 捨てペンギンさん
どもです。よこはまさん、次回は登場しそうな予感ですので、よろしければお付き合いくださいね。

>214 クローバーさん
ありがとうございます!最後までそう思ってもらえるようにガンバリマス。

>215 名無飼育さん
夜更かしお疲れサマです。。。
ですが、深夜にありがちなちょっぴりテンション上がってる状態でお読み頂く方が、
冷静な頭で読むより2割増ぐらいで笑ってもらえるんではないかと…
なので、作者としては非常に有難いです(笑

>216 コナンさん
どうもです。よこはまさんが思いのほか好評で、戸惑ってます(笑
なるべくお待たせしないよう、ガンバって書きますね。

>217 もんじゃさん
よかった、珍プレーじゃなくて(笑)
頭の中、お見せできないのが残念ですが…開けたら何も入ってなさそうで、我ながら怖いです。
241 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/07(日) 18:59
>218 ごまべーぐるさん
どもですー。ツッコミ系なよっすぃーは久々で、うわ懐かすぃーとか思いながら書いてました。
いしかーさんの扱いについては、ごまべーぐるさんに怒られやしないかといつもヒヤヒヤしております(笑

>219 名無し読者79さん
どうもです!仰るとおり、二人にとっては休みどころではないと思われますが…(笑)
よろしければ最後まで付き合ってやってくださいね。

>220 ちゃみさん
こちらこそ、ありがとうございます。
よこはまさん、人気ですね…というか、単に怪しいから気になるだけ?(笑

>221 名無し読者さん
あ、なるほどー。その共通点はホント意外でした(笑
というか、”黄色い着物の人”ですぐに顔が浮かんでしまった自分が嬉しいやら哀しいやら嬉しいです。

>222 名茄讀娑さん
あ…スミマセン。それはもう無さそうなんですが、よろしければ次回もお付き合いくださいませ。。

>223 名無しレンジャーさん
死なない程度にガンガン想像して頂けると助かります(笑)
普通に考えると、他の二人も十分普通じゃないハズなんですが…
彼女のおかげですっかり霞んでしまいました(笑
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 20:07
今回も・・・おもしろすぎです。
この二人は今後どうなっていくんでしょうか・・・
話は変わりますが、金板の作品も更新お待ちしております。気になってしかたありません・・
243 名前:ちゃみ 投稿日:2004/03/07(日) 20:22
またまた、ごちそうさまです。
よっちゃんの心のつっこみ、現実にいしかーさんにしてそうでたまりません。

腹から笑えるって本当に素敵です。
すてっぷさんの作品で元気を貰っています。

244 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 20:34
いやぁ、保田さんの使い方が実に上手いなぁ(w
245 名前:名無し読者79 投稿日:2004/03/07(日) 20:45
更新お疲れ様です。
なんだか笑いの中に寂しさというか…今回も最高でした。
次回も期待しています。
246 名前:ごまべーぐる 投稿日:2004/03/07(日) 20:54
更新お疲れ様です。
個人的にコードネームの例のブツは、「生き物係がてんでやる気のないクラスで飼ってる
ザリガニの水槽(水が緑色すぎて何を飼ってるのかすら分からない)風の味」だと
思ってます。

>いしかーさんの扱い
大丈夫です、テレビでヤグチに「イシカワ!オマエキショイよ!」とイジられてるのを
見て喜んでるヲタなので(w。彼女はイジってなんぼでしょう。
247 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/03/07(日) 21:54
笑う先生がツボでした
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 21:57
ある意味、とてつもなくシュールな世界ですね。
249 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/07(日) 22:04
ものすごい面白くて笑いが止まりませんでした。
続き楽しみにしてますがんばってください。
250 名前:名無しレンジャー 投稿日:2004/03/07(日) 23:35
「見て見て。あのコ、チワワですよねっ。かわいいなぁ」
「うぅぅ…っ」
犬はいいのか…!
ほんと、自分もそう突っ込みましたよ。
今日新作発見してかなり嬉しかったのにもう一回PCつけてみると
また更新されててオナカイパーイ。イカレすぎてるいしかーさん、想像を越えて
想像できまへん・・・。
251 名前:クローバー 投稿日:2004/03/08(月) 00:39
吉澤さん、大丈夫かー
どんどんはまっています。
がんばってください。
252 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/08(月) 01:28
統合失調症(分裂病)は所謂、心の病とは違いトラウマや過度のストレスが原因でなる病ではありません。
はっきりした原因は不明ですが脳内の神経伝達物質が関与する疾患です。

せっかくの作品に水をさすつもりはありません。誤解される方もいると思い書き込みました。
いつも楽しい作品ありがとうございます。今回のも大好きです。
253 名前:コナン 投稿日:2004/03/08(月) 04:34
更新おつかれさま

面白すぎです!リカッチわーるども最高ですね。w
コードネームながいけど、もろ本名がぁぁ!ぷぷぷぷぷ

いしよしでお腹いっぱいにして頂きありがとうございます。
254 名前:名無し 投稿日:2004/03/08(月) 14:36
>>252さん
へぇ〜そうなんですか!勉強になりました。

作者さん、あなたのお話はなぜいつまでも衰えることなく
私達に笑いをもたらすことができるのでしょうか。
これじゃあいつまでも娘。小説から抜け出せませんよ(w
255 名前:名無し 投稿日:2004/03/08(月) 22:41
石川さん……連ドラのヒロインよりも迷惑な子だ。
そして日々の積み重ねに苛まれるよっすぃー……。
ベストコンビです。
256 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 00:50

<第三話> リカッチの場合。


「リカッチぃー」
キャベツを切りながら、彼女に呼びかける。
「ねぇー、お皿出してー」
が、返事は無い。
あたしは手を止め、まな板の上に包丁を置いた。

「リカッチ?」
あたしが呼んだの、聞こえなかったのかな…テレビでも観てるんだろうか。

「えっ!?」
彼女の様子を窺おうと部屋へ入るなり、あたしはびっくり。慌てて駆け寄る。
座ったまま、気を失ってるのかリカッチは両腕をだらりと垂らし、ベッドにもたれてぐったりしている。

「リカッチ! リカッチ!」
抱きかかえて何度か揺さぶると、彼女の瞼がぴくりと反応した。

「リカッチ?」
「よっすぃー…」
目を覚ましたもののまだぼーっとしてる様子のリカッチが、少し掠れた声で呟く。

「だいじょうぶ?」
「うん…」
あたしの問いかけに、戸惑いがちに頷くリカッチ。
よかったぁ…あたしは深ーいタメイキ。
昨夜初めて会ったときにも彼女、貧血起こしたりしてたし…
リカッチになってるときの梨華ちゃんは、なんだか危なっかしくて心配になる。

チャーミー、リカッチ、横浜さん。
三人の人格たちはそれぞれ、梨華ちゃんの抑えきれなくなったストレスが生んだ存在。
だとしたら…たった今あたしの腕の中にいる彼女は、一体なにを抱えてるっていうんだろうか。
257 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 00:52
「どうしたんだろ、あたし…」
「例のアレじゃない? タイムスリップするとよくある、って」
あたしは、まだ不安そうな顔してるリカッチに向かって言う。

「タイム、スリップ?」
目は覚めたもののアタマはまだ完全に覚めていないのか、リカッチはキョトン顔。
「リカッチ、自分で言ってたじゃん」
タイムスリップの後にはよくあることだから心配ない、って…
もしかしてこのヒト、昨夜自分で言ったことキレイさっぱり忘れちゃってるんだろうか。

「ねぇ、よっすぃー」
こめかみの辺りを指でぐりぐりと揉み解しながら、リカッチが言う。
「リカッチ、って?」
あたしを見つめるリカッチの表情は、真剣そのもの。

「……は?」
言った後で、ハッとする。
もしかして、梨華ちゃん……

「ふふ…そっか」
独り言みたく言って、梨華ちゃんが意味ありげに微笑む。

「ホントはそんなふうに呼びたかったんだ、よっすぃー」
「まさか」
んなワケねーだろっ。誰が好き好んであんな恥ずかしい呼び方…!
258 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 00:53
「リカッチだって。なんか懐かしいかも…んふふ」
間違いない。
今の梨華ちゃんはチャーミーでもリカッチでも横浜さんでもなく、元の”石川梨華”に戻ったんだ。

「ちがっ、ちがくてさ」
今あたしの目の前に座ってる梨華ちゃんはリカッチではなく、いつもの”石川梨華”なんだ。
それに気づかずあたしは、いつもの石川梨華の前で何度も何度も”リカッチ”と…恥ずかしい、ってゆーか恥ずかしすぎ。

「聞き違いだよ。リカッチなんて一言も言ってないもん。ピカチュウって言ったんだもん」
あたしはとっさに、思いつく限りの言い訳。
「えーっ、ピカチュウってそれ無理あるー」
確かに。
いくらとっさのひとこととはいえ、無理がありすぎたか。

「リカッチ、か…よっすぃーが言うとなんか新鮮」
「だからあー、ちがうって」
消えたい。消えて失くなりたい。
ちきしょー…飯田さんのコト”カオリン”って呼ぶのとはワケが違うんだからなっ。桁違いに恥ずかしいんだからなあっ。
259 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 00:55
「ねぇ、なにコレ……焼肉、するの?」
”リカッチ”の件で赤面するあたしをよそに、テーブルの上に準備された焼肉キットに気付いた梨華ちゃんが言う。

「あぁ…う、うん。そう」
梨華ちゃんの問いに、あたしはなんとも歯切れの悪い回答。

「梨華ちゃんが寝てる間にさ、買い物行ってきたから。ほら、梨華ちゃん貧血ぎみでしょ? だから」
「…そっか」
梨華ちゃんはそう答えつつも、やっぱり腑に落ちない、って表情。
確かに、朝起きたときには普通だった梨華ちゃんが意識を失ってから既に数時間が経過して、今はもうお昼過ぎ。
貧血でぶっ倒れてたにしては少し状況がおかしいって彼女が不審に思うのも当然といえば当然、なんだけど…
でもあたしは、真実を告げるつもりは無かった。
だって、ただでさえストレス抱えてる彼女にこれ以上余計な心配、させるワケにいかないもんね。
260 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 00:57

「ねぇ、こっち焼けてるよ? よっすぃー」
「うん…」
カルビを勧めてくれる梨華ちゃんに、あたしは生返事。
おなかは空いてるハズなのに、どういうワケか食欲が湧かない。
はぁ…ホットプレートの上ですっかりシナシナになったキャベツを箸でいじくりながら、あたしは小さくタメイキ。

「よっすぃー、どうしたの?」
向かいに座る梨華ちゃんが、怪訝そうにあたしのコト見てる。

「あのさ、梨華ちゃん」
あたしは箸を止め、
「なに?」
「なんか、あった?」
上目使いで、恐る恐る尋ねる。

「…なんで?」
梨華ちゃんは不自然に視線を逸らすと、ごまかすみたく、あたしの器に焼き上がった肉とか野菜とかを乗っけた。

「いや、べつに」
なんかあるんだったら言ってよ。
口に出そうとして、やめた。

なんもない、ワケがない。だったら梨華ちゃんが、あんなふうになるハズないんだから。
って、解っちゃいるけど……
誰かに話すコトで楽になれるなんて、どんなときでも本当にそうとは限らない。
もし、誰にも話したくないくらい辛いコトなら、無理に聞き出すのは逆に彼女を傷つけるコトになりはしないだろうか。
261 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 00:59
「今日さ、泊まってっていい?」
「今日も、でしょ?」
楽しそうに笑う。
それはあたしの知ってるいつもの笑顔でちょっと安心したけど、だけど反対に、もっと心配になった。
だってリカッチがときどき見せる寂しそうな笑顔は、紛れもなく梨華ちゃんの中で生まれたモノなんだから…
あたしが知らないだけで、彼女はあたしの前でいつも無理に笑ってるだけなんじゃないかなんて、思えてくる。

「明日早いからさあ、帰んのメンドいし」
「無理しちゃって。帰りたくないんだったらそう言えばいいじゃん」
「無理とかしてないもん」
「してるよー。そんでさっ、呼びたいんだよねリカッチって。絶対そう」
「してないっつーの。ってゆーかリカッチとか死んでも呼ばないから」
「うっそぉ、呼んでたもんさっき」
やっぱり梨華ちゃんはすごく楽しそう、に、見える。
けどホントんとこはどうなの?なんて、あたしはつい疑ってしまう。

無理しなくていいよ。なんかあるんだったら言ってよ。
そんなふうに、口に出したくてたまらなくなる。
だってあたしは彼女のコト、なんにも解ってない。
梨華ちゃんが胸に抱え込んでる何かについて彼女の口から直接聞き出さない限り、あたしには到底、解りっこないんだ。
262 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 01:01

――

「やっぱり、昔は食器ひとつ洗うのも面倒だったんですねぇ。そう考えると昔の人って、ホントすごいなって思うんですよね。
ほらいつもはわたし、自動食器洗い機で洗っちゃうから…。
あ、自動食器洗い機っていうのは、食器の洗浄から乾燥までの工程を全自動でやってくれる機械なんですけど」
あれから昼食を終えるとすぐ、梨華ちゃんは再びリカッチに戻ってしまった。
で、彼女はさっきから、あたしがせっせと皿洗いする様子を興味深そうに傍観しているってワケ。

「食器洗い機なら、今の時代にもあるよ」
ただ、この家に無いだけで。
そう続けようとして、あたしは言葉を飲み込んだ。
言っちゃいけない、ひとみ。
この部屋を否定することは同時に、石川梨華そのものを否定することになるのだから…。

「あぁー、そうなんですかぁー」
リカッチはよっぽど感心したのか、そうなんだぁ、とか言いながらしきりに頷いている。
そこであたしは思った。
普段は機械オンチの梨華ちゃんだが、実は食器洗い機が喉から手が出るほどものすごく欲しいんじゃないだろうか。
しかし機械オンチであるが故に買っても使い方がわからず一生使わずに終わるのが目に見えてるから買えない、とか。

「そうだったか…」
よし。来年の梨華ちゃんの誕生日には、全自動食器洗い機をプレゼントしよう。
そして使い方もちゃんと教えてあげよう。うん、そうしよう。
263 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 01:04
「でも、この水道…スイッチが二種類しかないんですね。
こっちの、ブルーは水でしょ? もう一つの、ピンクは何ですか? ピーチ?」
「ハイ?」
ピーチ、っつったか今?
聞き間違いでなければ、確かにそう聴こえたのだが。

「ピンクはお湯だよ。お湯に決まってるでしょリカッチ。他に何があんの」
「ええっ!? この水道、ジュース出ないの!?」
小学生か。
「うん…出ないね、まだ」
「あぁー、そうなんですかぁー」
気持ちはわかる、気持ちはわかるが……夢の未来予想図が、ほとんど小学一年生並だよ石川さん。

「けど、なんか楽しそうだよね。リカッチが住んでる、未来の世界ってやつ?」
あたしが言うと、リカッチは意外にも浮かないカオ。
「…どうかな。わたしは」
そして彼女は、例の悲しげな微笑を浮かべて言った。
264 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/15(月) 01:08
「ほんの少しだけ昔に、ただ、戻りたかったんです」
どういう、意味…?

「だから、ココへ来たの?」
あたしが尋ねると、リカッチは、こくん、と頷いた。

「でも、わたしが行きたかった場所は、ここではないような気もしているんです。
もう、自分がどこへ戻りたかったのかも、わからなくなってしまって」
リカッチが言ってるコトは、梨華ちゃんのストレスの原因と深く関係している、コトまでは解るんだけど…
相変わらず情けないけどあたしには、それが何なのかって言われるとさっぱり見当がつかないワケで。

「ううん。始めから、」
困惑するあたしに構わず、リカッチは淡々と続ける。

「過去にも、未来にも……どこにも、わたしの居場所なんて無いのかも知れない」
相変わらず意味は解らないままだったけれど、ただ悲しくて、あたしは泣きそうになった。

無理しなくていいよなんかあるんだったら言ってよ、ねぇ、お願いだから。

誰より大切に想ってるハズなのに。
なのにどうしてあたしは彼女のコト、なんにも解らないままなんだろう。
 
265 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/15(月) 01:11

感想、どうもありがとうございます。
次回は第三話の続きを。

>242 名無飼育さん
二人の今後…まだもう少ーし続きますので、見届けてやって頂けると嬉しいです。
金板についてはもう、ひたすら平謝りするしかないのですが(汗
もうしばらくお待ちを。すみませんですハイ。。

>243 ちゃみさん
ツッコミといえば矢口さんやミキティってイメージですが…よっすぃーも、たまーにキツイですよね?(笑
こちらこそ、ちゃみさん始め、読者さまのレスがとても励みになっております。感謝。。

>244 名無飼育さん
いやぁー、卒業したといえど、やはりこのお方は外せないでしょう(笑

>245 名無し読者79さん
ども。ありがとうございます。
>なんだか笑いの中に寂しさというか…
あ、鋭い…三話はとくに、笑いの比率低めかも。

>246 ごまべーぐるさん
どうもです。ザリガニの水は飲んだコト無いんですが(というかそれは、ごまべーぐるさんも無いと思いますけど)、
実は例のブツも未体験なので、まったくの想像で書いてしまいましたが…まさか水槽とは。想像以上です。
あと、いしかーさんの件、安心しました(笑
266 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/15(月) 01:13
>247 捨てペンギンさん
ども。意外なサブキャラに注目してもらえて、嬉しいです(笑

>248 名無飼育さん
ネタとか、あくまで独りよがりにならないよう気を遣っているつもりではいるのですが…難しいですね。

>249 名無し読者さん
楽しんでもらえたようで良かったです…次回はややシリアスな展開になりそうですが、よろしければお付き合いくださいね。

>250 名無しレンジャーさん
どうもです。適確なツッコミを、ありがとうございました(笑)
更新ペースは不定期なので、あまり期待されない方が良いかと…週2なんてもう、それこそ奇跡に近いので(笑

>251 クローバーさん
ありがとうございます。次回もよろしくです。
今回、吉澤さんマジで大丈夫かー。って展開に…。

>252 名無飼育さん
ご指摘、ありがとうございます。勉強不足なのもお恥ずかしい限りですし、具体名を出したのも軽率だったと思います。
不快に思われた方がもしいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありませんでした。
身勝手なお願いですが、もしよろしければ、これからもお付き合い頂けると嬉しいです。。
267 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/15(月) 01:15
>253 コナンさん
どもです。本名全開の上に本名より長くてどーする的な、どうしようもないコードネームですが…
楽しんでもらえて何よりでした(笑
こちらこそ毎回お付き合い頂き、感謝です。

>254 名無しさん
どうもです。そう言って頂けると、本当に嬉しい。。
抜け出せないのは作者も同じですので…末永ーく、お付き合い頂けるとうれしいです(笑

>255 名無しさん
石川さん…本人はいたって真剣だが周囲にとっては明らかにハタ迷惑、
みたいなキャラがこんなにも似合うのは、何故なのでしょうか(笑
268 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/15(月) 10:20
更新乙です。
石川さんの抱えている悩みとは?・・・
どんな形で表れてくるのか、そのときの吉澤さんの対応・・
ドタバタから一転シリアスになりそうな予感がしないでもない?のかな?
まあとにかく、楽しませてもらってます。
金板の件は作者さまのペースで結構ですのでお願いします。
スレ違いな事を言ってしまって申し訳ありませんでした。
次回も期待しつつ更新お待ちしております。
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/15(月) 10:21
すいません。落としてしまいました。
本当にごめんなさい。ageます。
270 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/15(月) 13:11
更新乙です。
最後の2行が切ない・・・
ぐっときました。
あと263に笑いました。最高です。
271 名前:名無しレンジャー 投稿日:2004/03/15(月) 15:24
更新乙です。
石川さんを救え吉澤ー!普通の石川さんに戻っている時でも
なーんか悲しげな感じでしたね。誰にも解決できない事なのか?!
最初はコメディかと思いきやだんだんシリアスになっていって、
読み応えある、さすがすてっぷさん。
マターリ更新でスイスイしちゃってください。
272 名前:もんじゃ 投稿日:2004/03/16(火) 02:42
よっすぃに次々に襲い掛かる羞恥プレイ。
笑いと切なさが同居するストーリー。
でも本当こんなに苦悩するよっすぃは久しぶりですよね(笑)



273 名前:コナン 投稿日:2004/03/16(火) 04:05
更新おつかれさまです。
とても楽しく読ませて頂いています。

ピーチがドツボにハマリ逝きそうですたw
恐るべしリカッチわーるど!!(素敵すぎ)

でもシリアス?になりつつあり??どうなるの???

私も梨華ちゃんの悩み事?が心配で気になります。
寂しい笑顔なんて、切な過ぎるよぉぉぉ。・゚・(ノД`)・゚・。

よっすぃ〜がんがってくれぇぇぇ応援してるYO!
274 名前:silence 投稿日:2004/03/16(火) 13:54
新作キテタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!
梨華ちゃん悩み事あったんだね。未来から来た人は普通に
声出して笑いました(w 楽しみに待ってます!!
275 名前:名無し読者79 投稿日:2004/03/16(火) 20:45
好きな人の変化…本当切ないですね。
よっすぃー梨華ちゃんをどうかーって感じです。
次回も待ってます。
276 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:08

――

「いっただっきまあーっす!!」
両手を合わせて、元気よく言う。

「んー、いいにおい。フワフワしてますねえ。おいしそう…」
目の前に置かれたそれを見つめながら、彼女は満面の笑み。
パチンと小気味良い音をさせて箸を割ると、はじっこの方を一口大に切り分けてパクつく。

「おいしい?」
「んー」
あたしの問いかけに、彼女はてきとーなお返事。
さっきから、食べるのに夢中ってカンジであたしの顔をろくに見もしない。
にしても…ついさっき焼肉食ったばっかだってのに、よく入るよなぁ。
人格が変わると、満腹感までリセットされちゃうんだろーか。

「ふぅ」
残りがちょうど半分ほどになったところで、彼女は箸を置いた。
けれどきっと食べ残すワケではなく、ひと休み、といったトコなんだろう。

「あれっ? よしざわさん、たべないんですかあ?」
今ごろ気付いたか。ったく、どんだけ夢中になってたんだよ…。
「うん。あたしはいいや」
内心ムカつきながらも顔には出さず、あたしはニッコリとお返事。
彼女と喋ってると、あたしってつくづく大人だよなぁと実感する。
277 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:10
「なんでー? おいしいのにぃ」
不服そうに言いながら、彼女は早くもお食事を再開中。
「食欲ないから」
不満顔の彼女に、あたしはきっぱりとお返事。
ただでさえ今日は食欲ないってのに、肉食った直後にんなモン食えますかっつーの。

「あーん」
彼女は身を乗り出し、食べさせようとあたしの口元にそれを差し出した。
おハシに挟まれて、それはまるでお好み焼きのように見える。

「ほらっ。あーん」
彼女が急かすんで、仕方なくあたしは口を開けた。
メイプルシロップの甘い香りが、口いっぱいに広がる。

「ねっ? おいしいでしょ?」
「…うん」
思えば、パスタですら家では箸で食べていた梨華ちゃんだった。
そう考えるとなるほど、横浜さんがホットケーキ食べるのに箸を使うのも頷けるが。

「よしざわさんて、おりょうり上手なんですねえ。おっきくなったらー、あちきのおよめさんにしてあげます」
ほう、それはそれは。ノンキにどーも。ありがとーございます。

「横浜さんも料理ぐらい練習しといた方がいいよ。お嫁に行けなくなっちゃうから」
「あちきは、いーんです。だってよしざわさんがいっしょにいてくれるから」
横浜さんは照れくさそうに言うと、ごまかすみたく再びホットケーキにパクついた。
278 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:12
「おハシってえらいですよねえ。ラーメンもスパゲッティもおみそ汁もゴハンも、それからホットケーキもカレーライスも、
おハシがあればみーんな、たべられるもん」
「そうだね」
知らなかったよ、梨華ちゃん…まさか、カレーまで箸で食べてたなんて。

「おハシだいすき。よしざわさんのつぎに」
「あっそ」
なぜだろう…そんなモノに勝っても、まるでうれしくないんだが。

「もーっ、いーです。よしざわさんより、おハシのほうがずっとえらいもん。あちきはおハシがイチバン好きです。よしざわさんは2バンですっ」
「なっ!?」
なぜだろう…あんなモンに勝ってもまるでうれしくはないが、負けたとなるととてつもなく口惜しい。

「だったら言わせてもらうけど、おハシで何でも食べれると思ったら大間違いなんだからな。
シチューとかビーフシチューとかココナッツミルクとか、食えるモンなら食ってみろよ」
フフン。あたしは勝利の笑み。
あたしのカンペキな理論武装に、さすがの横浜さんも”参りました”ってなご様子。
彼女、ぽかんと口あけてあたしのコトじっと見てる。

「よしざわさん……おとなげない」
「………」
確かに。

「いいから早く食べなよ。冷めちゃうよ?」
「あいっ!」
いつものように元気よく答えると、横浜さんは再びあたしの作ったホットケーキに夢中になった。
279 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:14
「んーっ。おいしい」
「あたしとどっちが好き?」
「んー、と……よしざわさんです」
「悩むなよ」
けらけらと楽しそうに笑う、横浜さん。
その笑顔に、リカッチの寂しそうな横顔が重なる。

(『ほんの少しだけ昔に、ただ、戻りたかったんです』)

結局、その言葉の意味はわからないまま、リカッチはまたすぐに眠ってしまった。
それからあたしは心配する間も考える暇も与えられず、覚醒した横浜さんに命じられるがままホットケーキを焼いたのだった。

「やっぱり、よしざわさんがイチバンです」
「あっそ」
「だって、ホットケーキはホットケーキでしかないけれど、あちきにとってよしざわさんはホットケーキでもありぃー、
カレーライスでもあり、それからー、春でもあるのですよ。だから」
「…ふーん」
あたしは思わず目を逸らした。
横浜さんは直球すぎて、なんだかこっちが照れてしまう。

「でー、晩ゴハンは何にしますかあ、よしざわさん?」
「早いなあ」
ったく…あたしが食欲なくすぐらい、こんなにリカッチのコトで悩んでるってのに。
いいよなぁ、このコは…悩み無さそうで。
280 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:16
んっ? 待てよ。
はたと気付く。
悩みが無いワケないじゃんか。
そうだ。彼女がいくら底なしのノーテンキだからといって、悩みが無いワケがない。
リカッチがときどきすごく寂しそうな顔をするように、チャーミーが保田さんにもらった青汁のコトで悩んでいたように、
横浜さんにだって何か悩みがあるハズなんだ。

「オムレツとー、オムライスとー、目玉やきとー、たまごやきとー、スクランブルエッグにたまごスープに、それからそれから」
「横浜さん、あのさ」
「だってすきでしょ? よしざわさん、たまご」
横浜さんは、あたしの問いかけを完全無視。

「はいはい。オムレツね」
「あちきと、どっちがすきですか?」
「あのさ」
今度はこっちがシカトする番。
あたしはまるで何事も無かったかのように、さらりと切り出した。

「横浜さんは、そのぉー、なんか悩みとか…ないんですかね」
「なやみですか。んー、そぉですねえ……」
そう言うと、横浜さんは頭を抱えて考え込んでしまった。

「とくに思いあたることはありませんけれど、しいて言えば、なやみがないことがなやみといえばいえなくもないですねっ」
つまりは、無いワケだな。

「……そーですか。わかりました。ありがとうございました」
いや。無いワケはない、無いハズがないんだ…。
281 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:19
「ねぇねぇ、あちきとー、どっちがすきですかっ」
「はあ?」
「だからあ」
「ああ、そっかそっか」
彼女のふくれっつらを見て、あたしはようやく思い出した。
そっか、さっきの…”オムレツと横浜さんとどっちが好き?”ってやつだ。

「ねぇねぇ、どっちがすきですかっ?」
「タマゴかけゴハン」
あたしは、わざと冷たく言ってやった。

どーだ。
普通に”オムレツ”ではなく、あえて”タマゴかけゴハン”と返すこのセンス…さすがはよっすぃー。
たとえば安倍さんや矢口さんならココで、
『ってゆーかよっすぃー、タマゴかけゴハンとか一言も出てないから! 出てないから!! ギャハハハハ!!!』
とかっつって大爆笑だもんね。
とゆーワケだっ、さあ笑えヨコハマ!!

「あれ?」
けれどあたしの期待とは裏腹に、彼女は箸をぎゅっと握って俯いていた。その肩が、小さく震えてる。

「横浜さん?」
どうしたんだろ? ガマンしてないで笑えばいいのに…。
あたしは身を乗り出して、彼女の顔を覗き込む。

「うそっ」
泣いてるっ!? ってゆーか何で!?
282 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:21
「…っ、ひぅぅ、っ」
「えっ、なんでなんで!? なんで泣いてんの、ねぇ」
しくしくと泣く横浜さんを前に、あたしはオロオロするばかり。

「っ、あち、あちきに、とってよしざわさんは、いち、いちばん、ですっ。なの、にっ、なのに、あちきは。
よしざわさん、にとって、あち、あちき、っ、あちきは、タマゴかけゴハンいか、なん、ですかっ。ひぃ、っ、ぅっ」
「えーっ」
そんな理由ー?
ってゆーかそこは、笑うトコなんですが…。
ときとして冗談を冗談と受け取ってくれないトコ、いつもの梨華ちゃんにそっくりと言えないこともないけど…
いつもの梨華ちゃんはココまで酷くないぞっ!と、思う。たぶん。

「ゴハンに、ナマタマゴ、かけただけじゃないですかっ。せめてっ、せめて、やいてくださいっ。やいてくださいぃぃ、っ、ふっ」
あーあ。やっかいだなぁ、もう…。

「あー、もう冗談だって。横浜さんがイチバンだよイチバン。オンリーワンだよ」
あたしが投げやりに言うと、とたんに彼女は目を輝かせ、身を乗り出した。

「ホントですかっ?」
「ホントです」
「なぜなぜ? りゆうは?」
「え?」
理由だって?
283 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:23
「理由かぁ」
世の中に、恋人とオムレツを比べてみる人なんかきっといない。
それでも、もし、梨華ちゃんとオムレツとどっちが好きかって聞かれたら…
バカバカしいとか思いつつもあたしは当然、”梨華ちゃん”と答えるだろう。
だけど、”当然”って言うからにはそれなりの理由があるハズで……
なのにその理由をちゃんと説明できないコトに、たった今あたしは気がついた。

(『だって、ホットケーキはホットケーキでしかないけれど、あちきにとってよしざわさんはホットケーキでもありぃー、
 カレーライスでもあり、それからー、春でもあるのですよ。だから』)

あたしは、彼女のためにホットケーキを焼く。もちろん、ご希望とあらば、カレーライスだって。
梨華ちゃんは、『あんまり上手じゃないけど…』なんて言いながら、あたしのためにオムレツやらハムエッグやらを作ってくれる。

「横浜さんは、あたしにとってオムレツでありオムライスであり、タマゴかけゴハンでもあり、それから…春?でもある、から」
あたしが出した答えは単なる彼女の受け売りで、オリジナリティーも何もあったモンじゃないけど…
横浜さんが言ってくれたコトは、どんなコトバよりもしっくりくるって、あたしは思ったんだ。

「よろしいっ! なんちて」
えへへ、と横浜さんが、照れたように笑う。
284 名前:春になったら。 投稿日:2004/03/28(日) 20:26
「そういやぁさ、よく知ってたね。あたしがタマゴ好きなの」
「あいっ。れいぞーこに、いっぱいはいってました。だから」
「ってゆーか」
キミんちだからココ。
藤本ばりにツッコもうとして、あたしはハッとした。

「そっか」
急にうれしくなって、するといきなりおなかが空いてきた。
そうだといいな。や、ぜったいそうに違いない。
梨華ちゃんちの冷蔵庫に、横浜さんがあたしのことタマゴ好きだとわかるぐらいいっぱいのタマゴが入ってたのは…
泊まりに来るあたしのために、彼女が用意しておいてくれたから。

世の中に、恋人とオムレツを比べてみる人なんかきっといない。
それでも、もし、梨華ちゃんとオムレツとどっちが好きかって聞かれたらあたしは当然”梨華ちゃん”って答えるし、なぜってそれは、

オムレツはオムレツでしかないけれど、恋人はオムレツでありオムライスであり、タマゴかけゴハンでもあるからだ。
それからオムレツやらオムライスやらハムエッグやら、いろんな好きなモノをどんだけかき集めたって到底敵わないぐらい、好きだからだ。

「あちきはー、よしざわさんのコトなら、なんだってしってるんです。だってイチバンですから。ねっ?」
「あっそ」
「もぉーっ!」
ふくれっつらの彼女を見ながら、あたしは楽しくて笑った。
リカッチのコトで悩んでたあたしが、横浜さんに励まされるとはなぁ…なんだかフクザツだけど、まいっか。

「ん? どこいくんですか?」
横浜さんがあたしのコト何だって知ってるように、あたしもキミやリカッチのコト、もっと解れるようにがんばるよ。
「もう一枚、焼いてくる」
その前に、まずは腹ごしらえをしよう。
 
285 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/28(日) 20:29

感想、どうもありがとうございます。

>268 名無飼育さん
どうもです。今回、シリアスな展開になるハズだったんですが…
うっかり彼女を登場させてしまったところ、予定外に長くなってしまいました(汗
金板はマイペース更新で行きたいと思います(それにしてもお待たせしすぎですが。。)
逆に気を使わせてしまったようで、すみませんでした。次回も、お付き合いよろしくです。

>270 名無飼育さん
どうもです。学校の水飲み場にずらりと並んだ蛇口が、全部ジュースだったら…。
コレ、世の小学生の夢ですよね?って私だけでしょうか(笑

>271 名無しレンジャーさん
ども。お付き合いいただき、感謝です。
リカッチの謎(?)は、とりあえず次回までおあずけということで…。
次こそはシリアスになる…かな?

>272 もんじゃさん
苦悩するよっすぃーってのは、ほんと久しぶりですね。逆に、周りを苦悩させる役回りの方が多い気が。
いつからこんなコになっちゃったんだよっすぃー…(笑
286 名前:すてっぷ 投稿日:2004/03/28(日) 20:30
>273 コナンさん
こちらこそ、お付き合いいただいてありがとうございます。
水道ネタ、気に入ってもらえて良かったです。
リカッチの件は持ち越しとなってしまいましたが…吉澤さんの頑張りに期待しましょう(笑

>274 silenceさん
お!気付いてもらえたんですね。よかったよかった。
どう考えても無理だろー、な夢の近未来ですが…最後までよろしくです。

>275 名無し読者79さん
落ち込んでたよっすぃーですが…今回、少し上向きです。
二人の結末、見届けてやってくれると嬉しいです。
287 名前:名無しレンジャー 投稿日:2004/03/29(月) 12:12
更新お疲れさまです、つーかレスも返すの大変っすよね(笑)
梨華ちゃんの悩みとやら、なんとなーく答えが見えかけてきたような…?
これからも楽しいお話、ずっと見守らせてもらいます。
288 名前:コナン 投稿日:2004/03/29(月) 18:51
更新お疲れさまです。

横浜さんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!
待ってました!ニッポン一
よっすぃ〜の心の突っ込みも好きだぁ
いしよし最高ぉぉです!

自分も、箸でパスタ食べます(w
289 名前:名無し読者79 投稿日:2004/03/30(火) 17:39
更新お疲れ様です。今回は3つのキャラで一番好きなキャラなので
うれしいです。心の中でのツッコミ最高ですね。
梨華ちゃんは、これから…。次回楽しみに待ってます。
290 名前:クローバー 投稿日:2004/03/30(火) 23:17
更新お疲れ様です。卵って深いですね(笑)
次回も期待しています☆
291 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/07(水) 21:39
なんか、すてっぷさんの初期作品の『巻き込まれ型吉澤』が読めて嬉しいです。
最近は現実の本人も『人を巻き込む吉澤』ですからね(笑)
292 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:27

――

「よしざわさんよしざわさん」
「んー?」
ホットケーキを頬張るあたしは、口をモゴモゴさせながら答える。

「あちき、なんだかねむたくなってきました」
そう言う彼女は、ホントにすんごく眠そうなカオ。
首を縦にコクコク揺らしながら、鉛みたく重そうなまぶたと必死に格闘しているものの…今にも負けそう。

「じゃ寝る?」
寝る?ってゆーか、すでに99%眠ってますみたいなカオしてるけど…一応、聞いてみた。

「…あい」
彼女はあたしの問いかけに、夢の中からかろうじてお返事。
その揺れっぷりはすでに、大荒れの海に投げ出された笹舟のよう。
っつーかいつまでも揺れてないでとっとと寝りゃいいのに、と思いつつ眺めていると、彼女がゆっくり顔を上げた。
トロンとした目ですごく眠そうなのは、相変わらず。

「よしざわさん」
「なに?」
「そばにいてください」
ぽつりと言う。

「いるじゃん」
あたしが素っ気なく言うと、横浜さんは唇をとがらし、拗ねたような表情。
上目使いにあたしの顔を見て、何か言いたそうにしてる。

「あ、もしかして一緒に寝てほしいとか?」
あたしの問いに、横浜さんは両手をもじもじさせて俯くばかりで何も答えない。
もしや、図星か?
だとしたら、まったく……ホント甘えんぼだなぁ、このコは。
293 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:28
「……ひざまくら」
「ハァっ!?」
予想外の回答に、思わず裏返ってしまう。

「ダメですかっ」
さっきまでのおねむ顔はどこへやら、横浜さんはいきなり身を乗り出し目をうるうるさせて懇願。

「いや…ダメじゃない、けど」
シロップたっぷりの、あまーいおやつが終了したと思ったら…今度はひざまくらですか。
想像を絶する甘えん坊ぶりだな、コレは。

「じゃあじゃあっ!」
「待ってよ。まだ食べてんだから」
「じゃあ、はやくたべてくーださい」
しゃあしゃあと言う。

「ワガママだなぁ」
「そんなあ」
「なんで照れてんだよ」
今わかった。
彼女、誰かに似てると思ってたら…
バカていねいな喋り方といい、ワガママな性格といい、それからそれから、
294 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:30
「だってー、あちきはワガママなんでしょ?
そんでもってー、よしざわさんがあちきのワガママをかなえてくれるのは、よしざわさんがあちきのことだいすきだからでしょ?」
「タラちゃんかおまえは」
何でも自分に都合よく解釈するトコとか、ホントそっくり。

「はやくはやく。だって、も、ねむ…」
消え入りそうに言いながら、彼女は再び舟を漕ぎ出した。
陽だまりで、立ったままうとうとしてるときの猫ってこんなカンジ。
すごく気持ちよくて、でも眠っちゃうのはもったいない、って心境なんだろーか。陽だまりの猫も、それから、今の横浜さんも。

「ふたつに、ふたつに…」
「ん? なんか言った?」
寝言かな?

「ふたつに、おってたべれば…はやくたべられます。みっつにたためば、もっとです」
「………」
せっかくのオフだってのに。
おやつをゆっくり楽しむコトすら許されんのかあたしには。

「はあっ…」
タメイキをひとつつくとですね、幸せが一コ逃げてくらしいんですよ!
って、小川がいつか言ってたっけなぁ…。
295 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:32
なんでオガワぁ、息はなるべく吐かないようにしてるんですけどー、んでもずっと吸ってばっかってワケにいかないじゃないですかあ。
だからですね、三回吸って一回吐くようにしてんですよ。吸うのより、吐く方を少なくしてるの。
まぁそれでも結局、三回に一回は幸せ逃してるコトになるんデスけどねえ。
あれあれ?ちょっと待って?三回と一回だから、合わせて四回か!ってコトは四回に一回ってコトになるんですかね!
でもまぁどっちにしても、人間って呼吸してる限り、つまり生きてる限りはずっと、幸せにはめぐりあえない運命なんですかねえ。

ねえ、吉澤さん…そう呟いた小川があまりに思いつめたカオしてたんで、あたしは先輩らしく一言、
呼吸とタメイキは別で勘定していーんじゃねーの?
って助言してあげると、彼女はまさに目からウロコって表情で、
あ、そっか!そうじゃん!そうですよね!はあ〜っ。よかったあ〜っ。はああ〜。よかったマジで。はあ〜〜。
その瞬間あたしは、いやそれタメイキ、今のは完全にタメイキだよ麻琴!って思ったけど可哀想だから言わないでおいてあげたのに、
藤本のやつが、
てゆーか言ってるそばからタメイキだよね今の。
なんて余計なツッコミ入れるモンだから、せっかく立ち直ったのに小川のやつ、その日は一日じゅう凹んでたっけ。

…って。
なにやってたんだっけ、あたし。

「よっつ、いつつ、……むっ、つ、なな、つ…」
なんだなんだ? 羊でも数えてんのか?

「あ」
そうだ思い出した。ホットケーキ、早く食えって急かされてたんだっけ。
296 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:34
「ここの、つ、…とーぉ、」
ったくしょーがないなあ。
既に寝言と化してる横浜さんの助言どおり、あたしはお皿に半分ほど残ったホットケーキを
さらに半分に切り分けて二枚重ねにし、大口開けてパクついた。

「!」
しかし思った以上に頬張ってしまい苦しかったので飲み込もうとして、詰まった。くっ、くるしい…っ!
そばにあったマグカップを引っつかみ、一気に飲み干す。しまったコレはミルクココア(ヨコハマさん仕様)じゃないか。あっ、あまい…っ!

意識が、遠のいてゆく。

――タメイキをひとつつくとですね、幸せが一コ逃げてくらしいんですよ。
――てゆーか言ってるそばからタメイキだよね今の。

楽しかった思い出が、走馬灯のよーにアタマの中を駆け巡る。

「はあ〜…」
とりあえず、ホットケーキ喉に詰まらせてご臨終って事態は避けられたらしい…
あたしは思わずタメイキ。しあわせが、またひとつ逃げてったよーな気がした。

「あはははは。よしざわさんたら、あわてんぼうですねえ」
「てめえっ…!」
よくもヌケヌケとっ…誰のせいだと思ってやがんだよっ。

「あはははは。よしざわさんたら、なに泣いてるんですかぁ」
「………」
麻琴の言うとおりだ。
人間はきっと生きてる限りずっと、幸せにはめぐりあえないんだ。
297 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:36

「…ーっ、すぅ、すぅ」
規則正しい寝息が、あたしの、おなかのあたりから聞こえてる。
あたしのひざを枕にして、彼女はぐっすり眠ってる。
ひざの上にちょこんと添えられた彼女の手を、あたしはそっと握った。

「梨華ちゃん」
彼女を起こさないように、小さく呼んでみる。
最後に会ったのは、ほんの数時間前。
なのにもうずっと長い間、その名前を呼んでないような気がする。

今朝あの一件が解決してから、チャーミーは一度も姿を現していない。
チャーミーって存在が梨華ちゃんの中で生まれたのは、恐らく保田さんにもらった青汁が原因。
だとしたら、あたしがそれを飲むことで彼女の中に潜んでたストレスは消え去り、
チャーミーって存在も彼女の中から姿を消したのかもしれない。

「梨華ちゃん」
早く呼びたい。それから、ずっと呼んでたいよ。
チャーミーでもリカッチでも、横浜さんでもなくて…”梨華ちゃん”、ってさ。
そんな日がホントに来るんだろうか。
あたしに、できるだろうか。
298 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:38
「…っ」
いつの間にかうたたねしてたらしい。
座った姿勢のままだから、眠ってたのはほんの数分ってトコなんだろうけど…なんだかすごく長い間眠っていたような気がする。

「…よっすぃー?」
気がつくと、梨華ちゃんがあたしを見上げてきょとんとしてた。

「ゴメン。起こしちゃったね」
あたしってば目が覚めた拍子に梨華ちゃんの手、強く握っちゃってたらしい。
そのせいで彼女のコト起こしちゃったのかどうかは定かではないものの、あたしはとりあえず謝罪。

「あたし…また?」
梨華ちゃんが、おずおずと尋ねる。
『また?』ってのは恐らく、”また倒れたの?”って意味だろう。
あたしは否定も肯定もできず、ただ曖昧に微笑んだ。

「せっかくお休みなのに、あたし」
梨華ちゃんはそう言うと口惜しそうに唇をとがらし、アヒルさんみたいな表情。
今日が”せっかくのお休み”だって知ってる、ってコトは…今の梨華ちゃん、普段の梨華ちゃんに戻ってるんだ。
299 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:40
「なんでさ。お休みだからゆっくり寝れるんじゃん」
「だって…よっすぃー来てるのに」
あたしの投げ出した足の、ひざ小僧のあたりを指でいじくりながら、梨華ちゃんはブツブツ。

「いいよべつに。あたし来てたって」
「だって」
「いいって」
あたしは、まだ何か言いたそうな梨華ちゃんを遮って言った。
すると彼女は再びきゅっと唇を結んで、アヒルちゃんに逆戻り。

かと思うと、急にくすっと笑って、
「でも、きもちいい」
「ん?」
「ひざまくら」
照れたように言って梨華ちゃんは、あたしのジーンズのひざ小僧をぎゅっと握った。
300 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:42
「梨華ちゃん」
あたしは、再びうとうとし始めた彼女の横顔を見下ろして尋ねる。
「また、寝る?」
眠らないで、って言いたかった、ホントは。

「んー、…あ、そっか。足、きついよね」
「そうじゃなくて。ちょっとだけ」
「なぁに?」
言いながらけだるそうに体を起こしかけた梨華ちゃんを、あたしは待ちきれずに抱きしめた。

「…ど、したの?」
次に目覚めるときは、誰だろう。リカッチ? それとも横浜さん?
それまでもう少しだけ、このままでいたい。

「ねぇ、」
眠ってしまう前に。梨華ちゃんが、梨華ちゃんじゃなくなっちゃう前に。

「よっすぃー?」
少し不安そうな、梨華ちゃんの声。
何か言わなきゃ。もちろん、本当のコトは言えないけど。

「ときどきさ、こーゆーのしたくなんない?」
しばらくして、あたしは言った。だけど彼女の背中に回した手は、まだ緩めずに。

「うん。なるね」
そう言うと梨華ちゃんはあたしの耳元で、くすっ、って笑った。
 
301 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:44

――

「でも、びっくりした」
「なに?」
オフが明け、仕事へ向かうタクシーの中。
あたしの隣で、梨華ちゃんはいきなり思い出し笑い。

「だってあんなにゴクゴク飲むんだもん。なんか心配になっちゃった」
「あー、アレね」
なるほど。今朝あたしが腰に手を当てて豪快に飲み干した、アレのコトか。

「飲んでみたらさぁ、意外においしかったんだよね」
まったくココロにも無いコトを、よくもしゃあしゃあと言えたもんだ。我ながら感心してしまう。

「梨華ちゃんも飲んでみれば? 無理ならいいけどさ」
あたしは彼女にプレッシャーを与えまいと、あくまでさりげなく勧誘。

「うん。あたしはいいや」
そしてあっさり断られる。

「…あっそう」
ちきしょう。ガマンだひとみ。
言いたいコトは山ほどあったが、あたしは涙をのんで引き下がった。
だって今梨華ちゃんにアレを強要しようものなら、彼女が再びチャーミー化してしまう事態は避けられないのだから…。

はじめてのときはあまりの美味しさについ泣いてしまったあたしだが、二度目ともなるとさすがに慣れたもので、
今朝はうっすら涙ぐむ程度でどうにか乗り切るコトができた。
コレはもしかすると三杯目、四杯目と経験を重ねるごとにだんだん平気になってくんじゃなかろーか。
そしてさらに一週間もすると、なんと三度の飯より青汁だいすき星人になっていたりして。いやそれはないか。
302 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:46

昨日あれから、リカッチは一度だけあたしの前に姿を現した。
ベッドに入ったときには横浜さんだった梨華ちゃんは、あたしが夜中に目を覚ましたときにはリカッチになっていて。
ふいに目が覚めて寝返りを打つと、薄闇の中で彼女と目が合った。

『時計の音を、聴いていたんです』
落ち着いた喋り方、言葉遣い。

『わたしたちがこうしている間にも、針は時を刻んでいるんですよね』
リカッチだと、あたしはすぐにわかった。

『なんだか、眠ることさえ怖くなってしまう』
どうして?って尋ねると彼女は、

『時間は、いろんなものを変えてしまうから』
大げさだよ、ってあたしは言った。
リカッチは、いろんなコト考えすぎなんだよ。
これ以上彼女の口から悲しいコトバを聞きたくなくてついそんなふうに言ってしまったけれど、言った後ですごく後悔した。

『たとえば、この針がひとめぐりしたとき、あなたが今と変わらずわたしの隣にいてくれる保証はどこにもないわ』
何も言えずにいるあたしに構わず、彼女は続けた。

『針がひとつ進むたびに、またひとつ、悲しみに近付くだけなのに。
わたしたちは、そこへ向かってただ歩き続けることしかできない』
彼女が眠りについた後も、目覚まし時計の針の音がやけに耳について、あたしはしばらく眠れなかった。
303 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:49

「間に合うかなぁ」
「平気じゃない?」
そう答えたものの、とくに根拠はなし。
あたしがてきとーに返事したってわかってるんだろう、梨華ちゃんは不安そうに窓の外見てる。
どうやら渋滞につかまったらしい。車はなかなか進まない。
リカッチじゃないけど、こんなとき車が空を飛べたら、渋滞の心配なんかしなくていいのに。

「歩いた方が早かったりして」
運転手さんに気をつかってるのか、梨華ちゃんがあたしに顔を寄せて小声で言う。
ラジオの音に消されて、運ちゃんにはきっと聴こえてない。
うちら二人して、まるでカメの背中に乗っかってるみたいにノロノロと流れてく景色を眺めた。

「すげー。おじいちゃんに抜かされた」
今こうしてる間にも、この景色みたいにゆっくり、でも確かに時間は流れている。
時計の針がひとめぐりしたとき、針がまたひとつ、進んだとき。
考えてみたら、神様でもないあたしたちには、たった1秒先の未来だって読めないんだもんね。
だったら2010年の近未来に車が空を飛んでたって、うちらみんな木の上に住んでたって、
そんなん絶対ありえない!とは、誰にも言えないワケで。
リカッチの言うように、たった今こうしてぴったりくっついてるあたしたちが、明日も変わらずにいられるって誰が言えるだろう?
どっちかが心変わりするコトだって無いとは言えないし、どっちかが何かのはずみで突然しんじゃったりするコトだってある。
だからといって、そんな漠然とした不安が梨華ちゃんのストレスの原因だとも思えないけど…。
304 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:51

「あれぇー? なんでいっしょに来てんのー?」
楽屋へ入るなり、あいぼんがニヤニヤしながら近付いてきた。
コイツ…理由は知ってるくせに、うちらが一緒にご出勤すると決まって同じコト聞いてくるんだから。

「偶然だよ偶然。会ったの、そこで」
そしてその度にちゃんと相手してあげるあたしって、我ながらすごくエライと思う。

「そこってドコぉー?」
「どこってホラ、そこの…駅前?」
「なんだそりゃ」
と割り込んできたのは、のの。
「仲がおよろしいコトでぇー」
あいぼんがニヤケ顔で言うと、二人は満足したらしく、うちらから離れていった。
梨華ちゃんは楽しそうな二人の後姿を眺めているのかいないのか、とにかくぼんやりと突っ立ってるだけで何も言わない。

「梨華ちゃん」
「…えっ?」
どうやら完全にボーっとしてたらしく、あたしが声をかけると、彼女が返事するまでだいぶ間があった。

「具合、だいじょうぶ?」
あたしは周りに聞こえないよう、小声で尋ねる。
もしかして、人格が入れ替わる前兆とかだったりしたら…仕事中にそれはマズイ。ひっじょーにマズイ。

「うん。平気」
ホントかよ…梨華ちゃんのコトだから無理してんじゃないかって心配になったけど、あたしは黙って頷いた。
305 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 22:55
「見て見て。キューピィィー」
鏡の前。自分の前髪で遊ぶのの。
「ヤバイ! ヤバイよそれ!」
あいぼんはおなかを抱えて笑い転げてる。
何がそんなにおかしいのかうちらにはまったく理解不能だけど、こいつらはいっつもこんな調子でじゃれあってる。
だけど、やれやれ…とか思いながらこんなふうに騒がしい二人を眺めるのもあともう少しの間だけなんだなあと思うと、
二人が楽しそうにしてればしてるほど、あたしはなんだか切なくなる。
騒がしい二人が、いっぺんにいなくなるんだもん。
きっと今まででイチバン、静かな楽屋になるんだろうな。

「梨華ちゃ、」
向かいに座る彼女に飲み物を取ってもらおうと口を開きかけて、あたしはとっさに止めた。
あたしが話しかけようとしたことに彼女は気付いてない。
梨華ちゃんはまるで遠くのほうの景色を見るみたいに、二人の様子をぼんやりと眺めている。
さっきだってボーっとしてたワケじゃなくて、こんなふうに二人のコト見てたのかも知れないと、あたしは思った。
頬杖をつく彼女の横顔に、窓の外をひとり眺めていたときの、寂しそうなリカッチの面影が重なる。

(『針がひとつ進むたびに、またひとつ、悲しみに近付くだけなのに。
 わたしたちは、そこへ向かってただ歩き続けることしかできない』)

もし、そうだとしたら、どうしよう。
だって、あたしにできることはなにもないのに。
306 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/11(日) 23:00
「梨華ちゃんさあ」
「えっ?」
一瞬遅れて、梨華ちゃんが答える。

「もしもさぁ、タイムマシンあったらどこに行きたい?」
胸が、チクンと痛んだ。
こーゆーの、試してるみたいであんまり好きじゃない。

「なに? いきなり」
突然の問いに、梨華ちゃんはきょとんとしてる。

「あの二人がいなくなったらさ、うちら……
昔に戻りたいとか、思うのかな」

彼女が微笑む。

「そうかもね」
それはリカッチと同じ、哀しい笑顔だった。

もしも、あたしたちが子供なら、きっと過去になんか興味はなくて。
迷わず10年後とか20年後とか100年後とか、ずっと先の未来に行きたいって答えるハズで。
過去に戻りたいなんて考えるようになったのは、あたしたちのそれなりに長い人生の中でもきっとごく最近のコトだ。

時間はあたしと梨華ちゃんの、いろんなモノを変えてしまう。
辛いことや寂しいことが待ってるとわかっているのにそこへ向かって歩いていくことは、やっぱり、かなしいコトなんだろうか。


ただ、あたしもリカッチと同じだってこと。
あたしは、あたしにできることはなにもないけれど、今すぐ彼女に伝えたくてたまらなかった。
 
307 名前:すてっぷ 投稿日:2004/04/11(日) 23:04

感想、どうもありがとうございます。

>287 名無しレンジャーさん
単純なので、レスを頂けるのは素直に嬉しいです。なので、えーっと、気が向いたらどうかまたひとつ(笑
石川さんの悩み、次回解決するかなぁ…。

>288 コナンさん
横浜さん、楽しんで頂けたようで良かったです。
まだまだ登場しますので、よろしければ最後までお付き合いくださいね。
パスタ。スープ系じゃなければ、絶対箸の方が食べやすいですよね?(笑

>289 名無し読者79さん
横浜さん、気に入ってもらえたようでなにより…今回も登場してますので、よろしければ。
第三話は予定外に長くなっていますが、見届けてやって頂けると嬉しいです。

>290 クローバーさん
たかが卵、されど玉子。(←とくに意味はありません
最後までよろしくですー。

>291 名無飼育さん
第一話なんかはとくに、初期のものに近いかも。気に入ってもらえて嬉しいです。
そして現実の本人は、巻き込まれ型から巻き込み型へ、華麗なる変身を遂げたわけですが(笑
308 名前:ごまべーぐる 投稿日:2004/04/12(月) 00:40
更新お疲れ様です。
ああ、ヤツらもいなくなるんですよねえ…(しんみり)。
合格した時は、「えーと入ってきた時の明日香と同じ年なんだよなあ」と
目が点になったものですが。
彼女らは娘。の中でも本当に一時代を築いたと思いますね。
いなくなるのは寂しいです。ここの吉澤さんたち同様。
309 名前:コナン 投稿日:2004/04/12(月) 00:48
更新お疲れさまです。

横浜さんまだまだ続くのですね、うれしいです。
無邪気で可愛いから大好きなんだけど。
りかちゃんの悩みが、早く解決するといいですね。

よっすぃも大変だけど、頑張れ!!
いしよしラブ!
310 名前:吉川ひと華 投稿日:2004/04/12(月) 22:45
ギャグセンスがすごいし、シリアスだし、とってもシュール。
とってもおもしろいです。
311 名前:名無しレンジャー 投稿日:2004/04/13(火) 17:29
更新&レスお疲れさまです。
梨華ちゃんの心がまったく読めねー!まじ心配っす。
そしてよっすぃ〜、優しすぎまつ。
312 名前:もんじゃ 投稿日:2004/04/13(火) 17:33
自分の力ではどうにもならないコトがあるって本当に切ないですよね。
2人の先にはどんな答えが待っているのでしょう。

…ミキティに余計なツッコミ入れられないよう祈っています。
313 名前:名無し読者79 投稿日:2004/04/14(水) 20:07
横浜さんにまた会えてうれしい(感激
もうなんなんでしょうそういう風にしてても憎めない人っていますよねー現実
でも…。梨華ちゃんをどうか!って感じです。
314 名前:クローバー 投稿日:2004/04/19(月) 00:44
横浜さんからリカッチへ・・・
とにかくめちゃくちゃ寂しげなリカッチが気になりますねー
毎度更新お疲れ様です。
315 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:10

――

もしもタイムマシンがあったら、あたしたちはどこへ行くだろう。
あたしたちが戻りたいと思う場所があるとしたら、それはどこなんだろう。

いっそのコト、悩みなんか一つも無かった子供の頃に戻るのがイチバン幸せなのかも知れない。
あ、でも、梨華ちゃんがいない世界まで戻っちゃうのはヤだな。うん、それはハズせないでしょやっぱ。

さっきからずっと、アタマん中がぐるぐるぐるぐるして落ち着かない。
こんなコトいくら考えたって、何の解決にもなんないのに。

「はぁっ…」
タメイキ。
この三日間であたしが逃した幸せは、数え切れない。
そしてそのたびになぜか得意げな麻琴のカオが浮かぶのが、すげームカつく。


梨華ちゃんが抱え込んでる三つの悩み。
うち一つ目はあたしがなんとかしてあげられるモノだったけど、二つ目は…
理由はなんとなくわかったものの、あたしの力でなんとかできる次元の問題じゃない。
だけどあたしは彼女に、一人で思いつめないでって、あたしも同じだよって、せめてそれだけ伝えたかった。

なのに、どうして。
316 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:12
「やったー! あしたははれだって! ねぇねぇおでかけしましょー、よしざわさんっ」
どうしておまえは、リカッチじゃないんだああ……。

「ダーメ。明日は仕事」
天気予報を見てはしゃぐ彼女に短く答えると、あたしはゴハンをモグモグ。

「えーっ! じゃあ、あちきはおるすばんですかー? つまんなぁい」
つーか、おめーも仕事なんですよ石川さん。


仕事を終え、帰宅したあたしたちはちょっと遅い晩ゴハンの途中。
時刻は10時ちょっと前。メニューは梨華ちゃんが作ってくれるハズだった、オムライス。
”ハズだった”というのは、仕事があったせいか今日は家を出てから帰宅するまで梨華ちゃんはずっと普段の梨華ちゃんのままで
(生真面目な彼女らしいといえば、らしいんだけど……あたしにはそれすらもなんだか痛々しく思えた)、
帰りの車の中であたしのためにオムライスを作ってくれるって言ってたんだけど、帰宅したとたん梨華ちゃんは
横浜さんに変わってしまい、昨夜のオムレツに続き今晩のオムライスも結局あたしが作るハメになったとゆーワケ。

「あぁー、あしたもあさっても、そのつぎもはれるんだぁ。じゃあ、いつかいきましょーねっ」
横浜さんは、一週間のお天気をチェックしてはしゃいでる。
やれやれ…ノーテンキだなぁ、相変わらず。

「はぁっ…」
「どーしたのですか? よしざわさん、げんきがありませんね?」
「うん…」
「なにかあったのですか?」
「いや…」
あったもなにも、全ての元凶はおまえらだよ……とは、本人を前にしてさすがに言えず。
317 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:14
「横浜さんさぁ」
「あいっ」
「コレ食べたら、寝ない?」
彼女が眠ってくれれば次はリカッチに会える、かもしれない。
ほのかな期待を抱きつつ、でもほんの少し後ろめたさも感じながら、あたしは切り出した。
横浜さんのコト厄介払いするつもりはないけど…リカッチに会いたいから彼女に早く寝てほしいと思うってコトは、結局そーゆーコトだ。

「なぜ?」
横浜さんはキョトンとして、目をパチパチ。
疑うコトを知らない子供のように澄んだ瞳で見つめられて、あたしは思わず言葉に詰まった。

「いや、あー、っと……そろそろ、眠い頃かなぁって」
「ぜーんぜん」
うっ…。

「…あっそう」
しょーがない、気長に待ちますか…ま、そのうち寝んだろ。

「あちきに、はやくねてほしいんだ」
ポツリと呟く。
「えっ?」
沈んだ声、暗い表情。
いつも元気な彼女らしからぬ言動に一瞬キョトンとしてしまったものの、あたしはすぐに後ろめたさで一杯になった。

「よしざわさんは、あちきのこときらいなんだ」
「そんなワケないじゃん、なに言ってんの」
「だって」
そう言ったきり、横浜さんは唇をきゅっと結んで黙り込んでしまった。
ヤバイ、どうやら怒らせてしまったらしい…あたしのせいで、彼女のゴキゲンは大変よろしくない模様。
318 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:16
「ってかさ、嫌いなワケないじゃん。嫌いなんかじゃ、」
言いかけて、もっと別の言い方があるだろって思って止めた。
ちょっと緊張するけど…彼女になら、素直に言える気がした。

「好きだよ」
あたしが言うと、横浜さんは顔を上げた。目にはうっすら涙が浮かんでる。
そっか…黙ってしまったのは怒ったんじゃなくて、泣くのをガマンしてたからだったんだ。

「だってねむくない。あちき、ねむくないんです」
あたしの告白が功を奏したのかようやく喋ってくれたものの、横浜さんはまださっきのコトにこだわっている様子。
彼女は潤んだ目であたしをまっすぐ見つめ、必死に訴えかけてくる。

「わかったよ、もう言わないって。ってゆーかさ、ちょっと聞いただけじゃん」
そもそも考えてみれば、あたしの思惑はともかく表向きには『そろそろ寝ない?』って軽く聞いただけじゃんか…
なのに彼女がなぜそこまで突っかかってくるのか、あたしにはさっぱり理解不能。

「だって、ねむったら、よしざわさんにあえないもん。だから」
「………」
照れくさいコトバを自分で言うのもかなり恥ずかしいけど、他人が言ってるのを聴くのはもっと恥ずかしい。
けど、あたしは素直に嬉しかった。
319 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:18
「そんなにあたしのコト好き?」
彼女が、こくん、と頷く。

「だったら、夢であえるよ」
あたしは言った。

「そっか! ふふ、よかったあ」
梨華ちゃんもあたしも、ホントの気持ち、照れくさいからってわざと難しくしたり遠まわしに言っちゃったりするけど…
いつもこんなふうに、素直でいられたらいいのにね。
そしたら梨華ちゃんだって、ひとりぼっちで悩んだりしなくて済んだのかもしれない。
いつだってあたしが彼女のハナシ、ちゃんと聞いててあげてれば、こんなコトには……

「よっしざーわさんっ」
「……あ?」
ノーテンキな声に呼ばれて我に返ると、横浜さんが小さく首を傾げて不思議そうにあたしのコト見てた。

「たべないんですかあ?」
「あぁ…」
あたしは生返事。
皿の上にはすっかり冷めてしまったオムライスが、あと三口ぶんぐらい残ってる。

「もうちょっとじゃないですかあ。ほらガンバレっ」
「なんだそりゃ」
とっくに食べ終えてノンキにエールなんか送ってくる横浜さんに苦笑いしながら、
スプーンでオムライスの山を切り崩してはみたものの…口に運ぶ気にはなれなかった。
代わりに出たのは、タメイキ。
320 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:21
「よしざわさん?」
「あたし、」
言いかけたあたしと、心配そうにあたしを見つめる横浜さんの声が重なる。

「あたしさ」
こんなの横浜さんに言ったって、彼女にとってはさっぱり意味不明だと思うけど。
だけどこんなの、梨華ちゃんには言えないから。

「誰かが卒業するって日の朝はさ、部屋出んのが嫌でいつまでもグズグズしててさ」
梨華ちゃんには言えない。けど、横浜さんになら言えるコト。

「ライブ中だって、すっげー必死で強がって、泣かないようにガマンしてる。いっつもそうだよ。いっつも、ぜんぜん、弱虫なんだ」
だんだん息苦しくなって、声が震えてくのが自分でもわかる。
あたしは下を向いていて、横浜さんがどんなカオしてあたしのハナシを聞いてるのかはわからない。

「だから、ホントは、昔に戻りたいって、思うコトもあるし、」
言いながら、あたしは泣いてた。

「だっ、けど、どこに、
戻るの、が、いいのか、も、わかん、なくて」

あたしは、梨華ちゃんの前で弱音は吐かないって決めてる。
梨華ちゃんの前では、ぜったい泣かないって決めてる。
だって頼られたいから。頼りにされたいから。
だからこんなコト、梨華ちゃんにはぜったい言えない。

「ごめ…あたし、ワケわかんないよね、ゴメン」
情けない”よしざわさん”の姿に、さすがの彼女も呆れちゃったんだろうか。
相変わらずあたしは下を向いていて、横浜さんは何も言ってくれない。
321 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:23
「よしざわさんっ」
しばらくして、彼女があたしの名前を呼んだ。
しかもこんな状況に置かれながら、いつものノーテンキなトーンは相変わらず。

「……なんだよ」
あたしはやっぱり下を向いたまま、ぶっきらぼーに答える。けど、すぐに自己嫌悪。
彼女にとっては意味不明なハナシを一方的に聞かせたあげく、ふてくされてる自分がどーしようもなく情けない。
冷たくなって崩れかけたオムライスの山が、あたしをいっそう惨めな気持ちにさせる。

「ひざまくら」
「はあっ?」
なんでそーなる。
あたしはとっさに顔を上げ、彼女に泣き顔を見られてしまった。
っつーか……

「うれしそーだなぁ、自分」
顔を上げて初めて見た横浜さんは、完全に笑顔だった。
さっき天気予報見てはしゃいでたときと同じ、くもりのない笑顔ってやつ。

「ほらっ、はやくたべてくーださい」
「んだよ。さっきは寝ないっつったくせに…」
あたしはブツブツ。
ヒトが涙ながらに弱音吐いてるってのに、まるで何も無かったかのように『ひざまくら』はないだろ。アリなの?ないだろふつー。
ってゆーか、してあげるのはべつに嫌じゃないけど…今ココに藤本がいたら絶対『空気読め石川』って言われてるトコだぞ?
322 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:26
「ちがいますよぉ。あちきがぁ、よしざわさんにー、です」
「へっ?」
横浜さんが、あたしに?
3秒ほど考えた。
それって、つまり……

「あたしに、してくれんの?」
「あいっ」
もしかして、なぐさめようとしてくれてるつもりなんだろーか。
だとしたら、なんて単純――。

でも、まぁ………うれしいけど。


「きもちいーですか?」
横浜さんの、というか梨華ちゃんの声が、耳からと、あたしのカラダに直接伝わってくる。

「んー、…いいね」
あたしは目を閉じて、ふわふわ夢心地。

「よしざわさん」
「んー?」
「にやにやしてキモいです」
「キモイとか言うな」
夢気分終了。あたしは目を明けて、寝転がったまま抗議。

「あのさぁ」
「あい?」
「明日行こっか。早起きしてさ」
彼女のハナシによると、明日は晴れるらしいので。

「さんぽ」
短く言って、あたしはまた目を閉じる。

「あいっ!」
あたしは目をつぶっていて、彼女のカオは見えなかったけど…想像はつく。たぶん、完全に笑顔だ。
323 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:27


「ん……」
どれぐらい眠ってたんだろう?
フッ、と、梨華ちゃんの細い指があたしの前髪に触れる。

「よく眠ってた」
彼女が言った。
くすっ。控えめに笑う声が降ってくる。

「疲れていたんですね」
「あ…」
間違いない、リカッチだ。

あたしが起き上がろうとすると、
「いいのに」
まだ寝てていいのに。と、彼女が優しく微笑む。
ノドが乾いたからと言い訳してあたしは冷蔵庫に直行し、水をゴクゴク。


「リカッチ」
部屋に戻ったあたしは、彼女と向き合って座った。
やっと会えた彼女に、ちゃんと、あたしの気持ちを伝えなきゃいけない。

「あたしね、考えたんだよ。リカッチが言ってたコトさ」
「えっ?」
「考えたんだけど…やっぱり、あたしにはどうしてあげるコトもできないってのがわかった」
リカッチが、寂しげに微笑む。

「もう、いいんです。ごめんなさい。わたしが、変なこと言っちゃったから…」
「あたしも同じだから」
あたしは、彼女を遮って言った。
324 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:31
「過去に戻りたいとか、未来に進みたくない気持ちとか…なんてゆーかさぁほら、
夏休み最後の日とかさ、あー初日に戻んねーかなぁとかって思うじゃん?
あとテストの三日前とかさ。三日後にテストあるってわかってるワケでしょ。永遠に三日後来んなとか思うよね」
あたしだって、同じだ。
卒業してったみんなや、辻や加護だって、彼女たちにとっては悪いハナシじゃないのかもしれないって頭ではわかってるけど。
もう何度となく経験したあのときの気持ちを思い出すと、また同じように泣いたり苦しかったり寂しかったり、
繰り返すのかと思うと、どうしたって胃のあたりがズキズキ疼くんだ。

「って、そーじゃなくて。つまりさ」
あたしはコホンとひとつ、咳払い。

「タイムスリップすんのは勝手だけどさ、そんときはあたしも一緒につれてってくんないかな」
「……一緒、に?」
リカッチの声は、微かに震えていた。

「辛いコトとか、たくさん待ってるってわかっててもさ…
どうやったって未来から逃げられないんだったら、あたしは、進んでこうと思ってるんだよ?」
ずっと考えてた。
あたしには彼女が抱えてるモンダイを解決してあげるコトはできないけど、
あたしにできるコトがもしもあるとしたら、それはたったひとつ。

「リカッチと、いっしょにね」
彼女の過去にも未来にも、いつもそばにいることなんじゃないかな。
325 名前:春になったら。 投稿日:2004/04/27(火) 23:36

「ってかさ、デニーズだっけ? 月に携帯忘れたって言ってたじゃん。そんときあたし、一緒にいなかった?」
「内緒」
リカッチが笑う。
それは昨日までとは違うホントに楽しそうな笑顔で、とりあえずあたしはホッとする。

次に目を覚ましたとき、彼女が現れることはもう二度とないかも知れない。
けれど、梨華ちゃんの中から消えることは、たぶんない。
なぜならそれは、あたしたちがこれからもずっと付き合ってかなきゃいけない痛みだから。


「本当はロケットじゃなくっても、頭に装着するタイプの小型回転翼で、月まで行けるんですよ?」
「へぇ」
大気圏まで越えられるたぁ、タケコプターも進化したもんだ。

「でもわたし、スカートはくことが多いから、実際に使ったことはないんですけど」
「そんな理由…」
相変わらずツッコミ甲斐のある近未来だけど……


梨華ちゃんの夢の未来には、彼女とドラえもん。
そして隣にいるのは、どうか、あたしでありますように。
 
 
326 名前:すてっぷ 投稿日:2004/04/27(火) 23:38

感想、どうもありがとうございます。

>308 ごまべーぐるさん
どうもです。ついにきたか…ってカンジですよねぇ。
個人的には、四期の誰かが卒業ってのは想像すらした事がなかったので、
今までで一番の衝撃だったかもしれません。ホント、寂しいですよね。。

>309 コナンさん
どうもです。横浜さんは、実は当初の予定以上に活躍してしまってるのですが(笑)、
気に入ってもらえてうれしいです。長い道のりでしたが…次回ようやく、横浜さん編になります。
よろしければお付き合いくださいね。

>310 吉川ひと華さん
シリアスに徹すれば良いのに、ついつい小ネタに走ってしまいます…
なので、そう言ってもらえるとホッとしますです。
327 名前:すてっぷ 投稿日:2004/04/27(火) 23:39
>311 名無しレンジャーさん
こちらこそ、ありがとうございます。次回、完結できるかなあ…よっすぃーの奮闘ぶり、
最後まで見守っていただけると嬉しいです。

>312 もんじゃさん
そうですね。それが本人の意志だというなら別ですが、そうじゃないところが切ない。。
そして、ミキティがとにかくツッコミまくる話を無性に書きたい今日この頃です(笑)

>313 名無し読者79さん
横浜さん、気に入ってもらえて嬉しい限りです。次回も登場しますので、よろしければ。
憎めない人…彼女の場合もやはり、人徳ってやつなんでしょうか(笑

>314 クローバーさん
こちらこそ、毎回どうもです。感謝!
お待たせしてしまいましたが…リカッチは救われるのか、見届けてやってくださいませ。
328 名前:コナン 投稿日:2004/04/28(水) 01:35
更新お疲れさまです。

横浜さん大好きです、とても無邪気な彼女が可愛いです。
どうかリカッチを救ってください。
ミキティはたっぷり突っ込んでください(彼女の持ち味ですw

寂しいっすね、あの二人が卒業なんて。・゚・(ノД`)・゚・。

いしよし最高っす!
329 名前:名無しレンジャー 投稿日:2004/04/28(水) 17:06
横浜可愛いー!!!頭なでなでしたいっす!!!w
卒業はつらいっすね、ほんと彼女達の
立場になって考えてみると、
過去に飛べるとしたら一体どこに飛べばいいのか…。
最後まで見守りつづけますー!
330 名前:クローバー 投稿日:2004/04/28(水) 23:41

横浜さんにはまってます笑
ホント可愛いですよね。
卒業か・・・考えただけで切ないよ〜
331 名前:名無し読者79 投稿日:2004/04/29(木) 20:40
なんか和みます(笑 可愛すぎる…。
ちょっとかなりよっすぃーが…って感じですが(爆
次回横浜さん楽しみにしてます。
332 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:03


<第四話> 横浜さんの場合。


カーテンを開けると、外はよく晴れていた。
快晴。横浜さんの言ったとおりだ。

グラスに並々と注がれた、アレ。
眩しさに目を細めながら、昇ったばかりの太陽に透かしてみる。
いつものキッチンで飲むソレは、例えて言うなら暗い底なし沼のような色をしているけれど…
朝日の下で飲む今日のコレは、例えて言うなら、よく晴れた日の沼。

「すぅ」
何度も深呼吸を繰り返すものの、なかなか決心がつかない。
だって沼度が若干ダウンしたとはいえそれはあくまで見た目の問題であって、
日に晒そうが晒すまいが、味にはまったく影響が無いコトは百も承知なワケで……
とゆーかむしろ、時間が経つにつれぬるくなるので味は良くなるどころか落ちる一方だと思う。

「いただきます」
あたしは覚悟を決め、一気に飲み干した。
続いて、あらかじめ用意しておいた水をゴクゴク。
333 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:04
「ん……よっすぃー?」
眠そうな声が聞こえて振り返るとベッドの上には、辛く苦い戦いを終えてしかめっ面のあたしとは対照的に、
太陽が眩しいのか半目で幸せそうにまどろむ恋人の姿。

「おはよう、梨華ちゃん」
あたしは、わざとらしく名前を呼んで本人確認。
もし梨華ちゃんが他の人格になっているとしたらぜったい、この呼び名に異論を唱えるハズ。

「…おはよ」
なにしろ寝ぼけてるんで、少々アヤシイが…彼女、あたしが”梨華ちゃん”と呼んだコトに対してあっさりスルー。
ってコトは…たった今ベッドの上でゴロゴロしてる彼女は、普段の梨華ちゃんと考えて間違いなさそうだ。

「……何時?」
「6時」
「なんだぁ」
ホッとしたように言うと、あたしに背を向け布団をかぶる梨華ちゃん。どうやら二度寝する気らしい。
そうはさせるかっ…あたしは、彼女の背後にそっと忍び寄る。
そして一気に布団を剥ぐと、梨華ちゃんはびっくりしたのか寒かったのか、きゃあっと悲鳴を上げた。

「ダメだよ、せっかく起きたんだから」
「だってぇ」
無残に剥ぎ取られた布団を掴んで引き寄せながら、彼女は恨めしそうにあたしのコト見てる。
334 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:05
「ほら、行くよ」
「え…?」
梨華ちゃんがキョトンとするのも無理はない。けど構わず、あたしは続けた。

「さんぽ」
「さんぽ…?」
梨華ちゃんの目が、『どうして?』って言ってる。

「行こうよ。天気いいし」
「………」
梨華ちゃんは何も言わない。けど、目が『めんどくさい』って言ってる。

「んーじゃ、あたし行ってくるわ」
「………」
梨華ちゃんは唇をへの字に引き結んで、なにやら不満げな表情。
コレは…自分が行くのはめんどくさいけどあたしだけ行くのもそれはそれで気に入らない、ってコトなんだろーか。
黙りこくってるけど何か言いたそうにしてる彼女の言葉を、あたしは待った。

「…待ってよ。着替えるから」
やがてあたしが待ちくたびれた頃、拗ねたように梨華ちゃんが言った。
 
335 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:07


「梨華ちゃんホント寝起き悪いよねー。すっげーキゲン悪そうだったよ? さっき」
ベンチに腰かけると、あたしはコンビニ袋をガサゴソ。
探し当てたホットウーロンを梨華ちゃんに手渡す。
あたしの言葉が気に入らなかったのか、梨華ちゃんはふくれっ面。

「だって、急に散歩しようなんて言うから。昨夜は何も言ってなかったのに」
「言わないよ。だって思いつきだもん。起きたらすっごい天気よかったからさ、外出たいなぁって思ったの」
するとさっきまでムクれてた梨華ちゃんが、ふっ、と笑顔になった。ずっと笑いたいのをガマンしてたみたいに、いきなり。

「でも来て良かった。気持ちいいね」
梨華ちゃんが言った。そのコトバに、もうさっきまでのトゲはない。

「もうちょっと暖かいと良いんだけどね」
言いながら隣を見ると、梨華ちゃんはペットボトルを両手で包み込むようにしながら手を温めてる。
昨日しきりに横浜さんがおでかけしたいって言ってたから、もしかしたら梨華ちゃんもそう思ってるんじゃないかと思って連れ出してみたけど…
早く帰った方が良いかもしれない。もし風邪でもひいたら大変だし。

季節は二月。それもまだ、三分の一を過ぎたところ。春と呼ぶには少し早い。
すべり台とブランコしかない小さな公園には、時間も時間だしあたしたちの他にはまだ誰もいない。
336 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:08
「ねぇ」
ふいに、梨華ちゃんが言った。

「ん?」
ふたりが何か喋るたびに、白い息がふっと立ち上っては空に向かって吸い込まれてく。
それがなんだか面白くて、あたしは意味なく何度も吸ったり吐いたりした。
コドモっぽいとわかってはいるけどいくつになってもコレは、冬がくるとついやってしまうのだ。

「暖かくなったらまた来ようね。あたし、頑張って早起きするから」
「えっ?」
なんか…べつにあらたまって言うコトでもない気がするんだけど。
「あぁ…うん。そだね」
彼女のコトバにほんの少し違和感を覚えつつ、あたしは頷いた。

「あー、そだ、サンドイッチ食べる?」
なんとなく気まずくなってしまい、あたしはとっさに切り出した。
彼女の返事も聞かず、あたしは再び袋をガサゴソ。

「なになになに? あぁーっ! サンドイッチだサンドイッチだっ! ハムサンドですかあー?」
えっ。
ぎょっとして顔を上げると…頬が触れ合うぐらいの距離に、彼女がいた。

「いや……違います、けど」
横浜さん……いつの間に。
337 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:11
「わかった! タマゴでしょタマゴでしょ! タマゴサンドでしょー」
「………」
あまりにも図星なのであたしが何も言えずにいると、彼女はそれを正解と取ったのか(いや正解なんだけど)、
「やったー! ごほうびくださいっ、ごほうび!」
「じゃあ…メロンパン」
「やったー!」
あたしが差し出したメロンパンを、満面の笑みで受け取る彼女。

「よしざわさん、あーん」
「あーん」
あたしが口を開けると、横浜さんもまた同じポーズでじっとゴハンを待っていた。
18歳と19歳の二人が顔を見合わせて、まるでエサを待つヒナ鳥のよう。
あたしは慌てて口を閉じたものの、もう後の祭り。
横浜さんはあたしを見て、くすくす笑ってる。
しまったぁ…てっきり、あたしに食べさせてくれようとしてるんだとばっかり。

「おまえっ…まぎらわしいんだよ!」
「あはははは」
横浜さんが、こらえきれずに爆笑する。てゆーかそもそもこらえるつもりなんかサラサラ無いんだろうけど。


「「あーん」」
結局、エサはヒナ同士お互いに与え合うことで落ち着いた。
ヒナからヒナへ。
結論。親はなくとも子は育つ。
338 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:13
「あ、あ、」
あたしのひざに、メロンパンのカケラたちがボロボロと零れ落ちる。
「もーっ、じょうずにたべなくっちゃダメでしょ?」
「るっせーなぁ。しょーがないじゃん、こっちはメロンパンなんだからさあ」
「あはははは」
「おまえ笑いすぎ」
素直なのもいいけど、少しは遠慮とか気遣いってモノも覚えてもらいたいモンだ…。
と、メロンパン片手の横浜さんがいきなり、あいた方の腕をあたしに絡めてくる。

「寒いの?」
あたしが尋ねると横浜さんはぶんぶんと首を振って、懸命に否定のサイン。

「べつに、帰るとか言わないから」
「……さむい、です」
やっぱり。
どうやら彼女、正直に答えるとあたしが『帰ろう』って言い出すと思ったみたい。

「けど、もうすぐ暖かくなるね」
「すぐって、いつですか?」
「いつ、って…もうすぐだよ。横浜さんの好きな春がくれば、だんだんとさ」
どうしたんだろ…寒さのせいなのか、横浜さんはなんだか浮かないカオ。

「あちき思うんですけれど、春は、あったかいのになんだかかなしいんです」
「なんで?」
尋ねると、彼女はさっきみたく首を横に振るばかりで何も答えない。

「帰るとか言わないから」
冗談のつもりで言ったのに、でも彼女は笑ってくれない。
339 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:16
「よしざわさん」
「なに?」
「あったかくなっても、あちきとおでかけしますか?」
「え…?」


  ”暖かくなったらまた来ようね。”

さっきは、どうして急にそんなコト言うんだろって思ったけど…
梨華ちゃんが言ったコトバの意味、今さらだけどわかった気がする。

そっか、春になったらあたしたちは。


「違ってたらゴメン」
「あい?」
春になったらあたしはさくら。
春になったらキミはおとめ。
あたしたちは、今までよりもっともっとすれ違ってしまう。

「春が来て、あたしと離れるのがイヤ?」
ややあって、こくん、と頷いたかと思うと…横浜さんの目に、みるみる涙があふれてくる。

「春になったら、あったかくなったら、よしざわさんとくっついて、いられなくなります。だから」
横浜さんはそこまで言うと、
「ふぇ…」
やがて堰を切ったように泣き出した。

「人のコト使い捨てカイロみたいに…」
くっついていられなくなる、って…吉澤ひとみはべつに、キミが寒いときのためだけにいるワケじゃないんだけどさ。
340 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:20
「っ、えっえっ、っえっ…っふぅ、っ」
「横浜さん。ねぇ、横浜さん」
梨華ちゃん。ねぇ、梨華ちゃん。

「ふ、ぅ」
「いっしょにいられるようにするから」
自分なりの大決心とともに、あたしは言った。

「いっしょに買い物したり散歩したり、昼寝したりさ、春になったら、しよ」
吉澤ひとみはべつに、寒いときのためにだけいるんじゃなくて。
キミにとって、ずっと続いてく春になるから。

「…あいっ!」
顔を上げた彼女は泣いてたのがウソのように、カンペキな笑顔。

「ってゆーか自分泣きすぎ」
「だってぇ」
「ちょっと、じっとして」
頬に残った雫を拭ってあげようと手を伸ばすと、横浜さんはあたしの肩に寄りかかり、
それから……ゆっくり、瞳を閉じた。

あ…。

「あー…」
もう会えないのかな…そう思うと少し、ううん、すごく、寂しかった。
 
341 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:22


「また、やっちゃったんだ…あたし」
しばらくして、梨華ちゃんは目を覚ました。

「なんかひどいかも、最近」
「もうだいじょうぶだよ」
「えっ…?」
梨華ちゃんの目が、『どうして?』って言ってる。
けど、あたしは答えない。

「あたしさぁ」
「うん」
「引越ししようかと思って」
「えーっ? どこに?」
「決まってんじゃん、」
そしてあたしは自分なりの大決心を、彼女に告げた。
 
342 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:25


<第五話> 石川梨華の場合。


春と呼ぶにはまだ少し早い、二月もちょうど半分を過ぎたころ。
あたしたちは、一緒に暮らし始めた。

「すっごーい、いい天気! ねぇ、おふとん干そ?」
「買出しもいかなきゃ」
「買出し、って…なんかさぁ」
なにやら不満らしく、梨華ちゃんはブツブツ。

「なんで? 食料の買出し。間違ってないよ」
「そうだけどー、なんか可愛くないじゃん」
「さっ、ふとんふとん」
「ちょっとー、無視しないの!」
明日は二人べつべつの仕事だけど、帰る場所は同じだから、どっちかがどっちかの帰りを待っていればいいだけ。
二三日とか離れてるコトがあっても、帰る場所は同じだから、おとなしく待ってさえいれば必ず会えるんだし。

「よっすぃー、窓ちゃんと閉めてね」
「さっ、買出し買出し」
「だからぁ」
やっぱり気に入らないらしく、梨華ちゃんはグチグチ。
 
343 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:27


「あー、あいてるあいてる」
荷物をおろしてとっとと休みたいとゆー気持ちが、自然にあたしを足早にさせる。

「はぁー、つかれた」
買出しを終え、スーパーからの帰り道。小さな公園には誰もいない。
冷え切ったベンチのひんやり感が、重たい荷物を抱えてすっかり体温の上昇したカラダに心地よい。

「ここっていつも人いないよね。人気ないのかな」
「まだ寒いしね」
あたしが言うと、よっすぃーはぜんぜん寒そうじゃないけど、って梨華ちゃんは笑った。

「だいたいさー、梨華ちゃんがいろいろ買うからでしょ? だからこんな重いんだよ」
「なんでよっ。みんな必要なモノでしょ」
「牛乳とかさー、まだあったのに買っちゃって」
「うっそぉ。なかったよ牛乳は。ぜったいなかったもん!」
梨華ちゃんが無いと言うなら本当に無いのかも知れなかったが、あたしはつい売りコトバに買いコトバとゆーやつで、
「あっ…あったよ。見たもん」
「はあ? いつよ。いつ見たの? ねえ」
はあ?ってちょっと、なにもキレなくたって……。
344 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:29
「あっ…あぁ、ゴメンゴメン。やっぱ牛乳なかったわ。ちょっと、カン違いしてた」
「ほらねー、だから言ったじゃん」
彼女は満面の笑みを浮かべて、勝ち誇ったように言う。
にしても…昔っから負けず嫌いだとは思ってたけど、まさかココまでとは。
一緒に住んでみないとわかんないコトってあるんだなぁ、って実感しまくりの毎日だけど、梨華ちゃんはどうだろう?

「あたしね、ずっと体の調子悪いって言ってたじゃない?」
「うん」
「よっすぃーが来てくれてからね、だいぶよくなったの」
「そうなんだ」
ストレスをひとりでため込んじゃうのは、彼女の悪いくせだ。
放っておいたら、いつまた悩みのタネがすくすくと育ってしまうか知れない。

「よかったじゃん」
二人でいっしょの毎日が、あたしたちをほんの少しずつでも良いほうに変えていってくれるなら、
たとえどんなコトが待っていたって時間が過ぎていくのもそれはそれで楽しいじゃん。
最近のあたしは、そんなふうにも思えるようになった。
345 名前:春になったら。 投稿日:2004/05/08(土) 16:32
「さーてと。帰る?」
「んー、もうちょっと」
「のんびりしますか」
「じゃあねぇ」
と言って梨華ちゃんは、今まであたしが持たされていた袋をガサガサと漁り始めた。
「ハイ」
と言って梨華ちゃんが、よく冷えた缶ジュースを差し出す。

「あーっ、なに缶のやつとか買ってんの? こーゆーの買うから重くなるんだって!」
「だって安かったんだよ?」
「そーゆー問題じゃないっ、ペット何本入ってると思ってんだよ! マジで重いんだからねコレ」
「飲まないの?」
「飲むけどさあ」
一緒に住んでみないとわかんないコトってある。ぜったいある。

「あ、ウマイじゃんコレ」
「ほら。買っといて良かったでしょ? 飲んじゃえば軽くなるしねー」
「こんなん1本じゃ変わんねーよ…」
「それさっき言ったコトと矛盾してるよ?」
「もぉ、藤本みたいなコト言うのやめてよー」
スーパーからの帰り道。小さな公園には誰もいない。
晴れた日にこうしてると、いつもより時間がゆっくり流れてくよーな気がするから不思議だ。

「なんか、ゆっくりしすぎて帰んのめんどくさい」
「ねぇ。それ、そんなに重いの?」
「はぁっ…」

ふたりでいっしょに買い物したり散歩したり、昼寝したり。のんびりいこう、春らしく。
 

<おわり>
 

346 名前:すてっぷ 投稿日:2004/05/08(土) 16:34


感想、どうもありがとうございます。

>328 コナンさん
ありがとうございます。横浜さん編、ご堪能(?)いただけましたでしょうか。
最近いしよしばかり書いてる気がしますが(笑)、気に入ってもらえて嬉しい。。
ミキティ主役の話にも挑戦してみたいです。これから研究せねば。

>329 名無しレンジャーさん
でもメンバーの卒業が無ければ、現在の娘。は無いワケで…
とか、いろいろ考え出すとキリがないですしね。
そういうときが来るたび、本人達はなにを想うんでしょう。。

>330 クローバーさん
横浜さん編、楽しんでいただけましたでしょうか?(笑
よろしければ、次回作でもお付き合い頂けると嬉しいです。

>331 名無し読者79さん
今回は和んでいただけたでしょうか?(笑
めずらしくマトモな(?)よっすぃーの奮闘も、見届けてやってくださいませ。
347 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/08(土) 17:03
お疲れ様でした。
348 名前:名無し読者79 投稿日:2004/05/08(土) 20:19
横浜さん良かった(泣
そういうことだったんですね…悩みは…。
気分が晴れやかになりました。今回も和みました。
349 名前:クローバー 投稿日:2004/05/09(日) 01:43
もっとシリアスな展開になるんじゃないかと
ハラハラしてましたが、ほのぼのハッピーエンドで
ほっとしました。横浜さんには何らかの形で
再登場希望です!楽しい時間をありがとうございました。
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 21:18
完結おめでとうございます。
二人で「あーん」わらかしてもらいました。
大人気の横浜さんですが、私にとっても最高にお気に入りです。
石川さんのストレスのもとを一生懸命探す吉澤さんもステキでした。
351 名前:silence 投稿日:2004/05/09(日) 23:06
お疲れ様です。
楽しませてもらいました。いろんな石川さんが見れて満足させて
いただきました〜。思いやりのある吉澤さんも大好き。
352 名前:もんじゃ 投稿日:2004/05/11(火) 22:33
お疲れさまでした。
横浜さん人気すごかったですね!
現実の娘。さんたちもこんな風にのんびり進んでいけたらいいなって思いました。
353 名前:すてっぷ 投稿日:2004/05/23(日) 21:35
感想、どうもありがとうございました。

>347 名無飼育さん
ありがとうございます。よろしければ、また。

>348 名無し読者79さん
横浜さんの悩みは…更新遅いせいですっかり時期を外してしまい(苦笑
でも、和んでもらえて良かったです。最後までありがとうございました。

>349 クローバーさん
私の書くモノは基本的にハッピーエンドですのでご安心を。
ってそんな理由でオチが読めてしまうのも、モンダイですが(笑
横浜さんは、すぐには思いつきませんが、番外編なんかで書けるといいですね。

>350 名無飼育さん
作者としても思い入れがあったので、最終話の横浜さんは書いていて寂しかったですね。
ともあれ楽しんでいただけて何よりです。こちらこそ、最後までありがとうございました。

>351 silenceさん
ありがとうございます。楽しんでもらえて良かったです。
たまにはこんな吉澤さんもアリですよね?(笑

>352 もんじゃさん
ありがとうございます。また次もよろしくです。
ホントに…もう少し平穏な時期が長く続いても良いと思いますけどねぇ。

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