リサイタル
- 1 名前:ななし読者 投稿日:2003年08月02日(土)22時01分55秒
- 短かったり長かったり、いくつかお話を書いていきたいと思います
- 2 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月02日(土)22時02分36秒
ドリーム
- 3 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時03分32秒
「次は、安倍さんですか?」
「うん……こないだなっちに直接言われた」
「そうですか…」
私と矢口さんは散歩中。
私より小さい矢口さんは、私より素早く足を動かす。
一日一回だけ誰かと話すことを許される私たち。
いっぺんに何人もは大変なんだそうだ。
今日は久々に矢口さん。
- 4 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時04分20秒
「梨華ちゃんは相変わらず黒いね」
「それがチャームポイントですから」
「黒いともてないよ」
「大きなお世話です、これでも一番高いんですから」
「オイラだって二番目だよ」
冗談を言い合っても、空気が晴れない。
外はこんなに天気がいいのに…
「安倍さんが行くところ……良い所だといいですね…」
「うん……」
- 5 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時05分04秒
空を見上げてみた。
キラキラとしたお日様と、大きな白い入道雲。
うん、やっぱり外はいい。
私も自由に外で飛び跳ねたい。
それが私たちの夢。
だけど夢が叶うのは、ほんの一握り。
いい人に貰ってもらえるかどうか……それは私たちには分からない。
- 6 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時06分11秒
暖かい芝生の上で久々に矢口さんとじゃれてみた。
二人で笑いながら転げまわる。
楽しい。
このまま生活出来るのなら、ずっとこうしていたい。
時々そんなことを思ってしまう。
でも、それで喜ぶ人なんて誰もいないんだ…。
いつかは、矢口さんとも……
今のうちに甘えておこう。
- 7 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時06分44秒
楽しい時間はすぐ過ぎる。
外に出て30分、私たちはまた小さな小屋につめられる。
シャワーも浴びさせてもらってドライヤーで乾かされる。
そして櫛で丁寧に体を撫でてもらう。
お食事ももらって、だいぶ満足。
そしてお客さんたちに、愛嬌いっぱい振りまく。
これが私たちの日常。
- 8 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時07分37秒
数日後、優しそうな老夫婦がやってきた。
「お待ちしておりました、どうぞこちらです」
御主人様が、一つの小さな檻籠を持ち上げて見せた。
安倍さん……
白くて小さくてフワフワとした安倍さん。
ちょっと緊張してるみたい。
私の視線に気が付くと、「梨華ちゃん、バイバイ!」と声を掛けてくれた。
私も「さようなら!お元気で!」と返す。
もう一緒にいられない。
- 9 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時08分11秒
となりの籠から泣き声が聞こえてきた。
そうだ…となりはノノだった……
ノノはいつも一番に安倍さんに甘えていた。
たぶんノノは安倍さんが売られていくことを知らなかったんだ。
グスン、グスン……と泣きじゃくっている。
そんなノノに安倍さんが声をかけた。
「ノノ!泣くんじゃないの!また会えるからね!」
また会える…
そんな奇跡のようなことが本当に起こるのだろうか……
- 10 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時08分49秒
安倍さんは一人一人と挨拶を交わしていく。
みんな寂しそう。
最後に飯田さんの前に来た。
一際その大きな体は、いつ見てもカッコイイ飯田さん。
安倍さんと同じくらい長く、ここにいる。
飯田さんはニコッと笑って「おめでとう」と一言だけ言った。
安倍さんもニコッと笑い返すと「ありがとう」と一言だけ言った。
やっぱり飯田さんはカッコ良かった。
- 11 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時09分24秒
杖をついたおじいさんが安倍さんの入った籠を持ち上げる。
そして、安倍さんに向かって「こんにちは」と話しかけた。
安倍さんも「こんにちは」と返した。
おじいさんも、おばあさんも、ニコニコとして嬉しそうだった。
安倍さんは幸せだ。
こんな優しい老夫婦に貰われていくのだから。
安倍さんは二人に連れられて、外に出た。
青い空の下に。
- 12 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時10分05秒
私たちの夢。
それは外の世界へと飛び出すこと。
外には何があるか分からないけれど、それでも憧れる場所。
きっと自由に広い世界を走り回れるんだ。
でも、もしかしたら恐ろしい所かもしれない。
それに、ここにいるみんなといるほうが楽しいかもしれない。
外は一人ぼっちかもしれない。
- 13 名前:ドリーム 投稿日:2003年08月02日(土)22時10分56秒
それでもいい。
生きているということを全身で表現すること。
それが私たちの夢なんだ。
-End-
- 14 名前:ななし作者 投稿日:2003年08月02日(土)22時13分29秒
- >>1でいきなり「読者」と書いてしまった「作者」です
一作目を書かせてもらいました
○○のくせに苗字名前があるのか!とかいうツッコミは無しで…
また近いうちに他のお話も書けたらと思います
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月03日(日)00時08分01秒
- タイトルを見てジャイアンを連想してしまった自分は阿呆ですか?
- 16 名前:ななし作者 投稿日:2003年08月07日(木)23時03分43秒
- >15 名無しさん
一瞬何のことだか分からなかったんですが、あれね…
ジャイアン並の駄作ですが、よろしければお付き合いください
- 17 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時06分09秒
ALIVE
- 18 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時06分43秒
(ここはどこ……?私を出して!)
安倍は気が付くと見知らぬ世界にいた。
枯れ果てた森のようなその世界は、一面モノクロだった。
微かに木に残っているのは数枚の枯れ葉ぐらいなもの。
やせ細った裸の木々が、どこまでもどこまでも続いている。
何故このような場所に迷い込んだのか、安倍には全く記憶が無い。
- 19 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時07分14秒
着ている物もいつの間にか違う。
今、安倍が見に纏っているのは真っ黒のマント。
脱ごうとしても、顔や腕を出す所以外に穴が無い。
どこか紐でも解く場所があるのかと探してみても、見つからない。
どうやら、破かない限り脱ぐことはできないらしい。
(じゃあ、これは誰が着せたの?)
脱げない物を着られるわけがない。
巧妙なマジック、もしくは自分がこのマントの中で育ったとしか説明がつかない。
これを着ていることに害は無いだろうと判断して、無理に破いたりすることはやめた。
- 20 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時07分48秒
(今日は白と水色のお洋服のはず……)
そこまで考えて安倍は思い出した。
そう、ついさっきまで安倍は仕事に出かける準備をしていた。
着替えも済まし、メイクを整えて、家を出た瞬間……
(急にメマイがして……あとは…覚えてない………)
その時に、どうやら「こっち」の世界に迷い込んだらしい。
今のところ、それぐらいしか予測がつかない。
- 21 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時08分40秒
それにしても奇妙な世界だ。
(色が無い…)
全てが白と黒で表されている。
安倍は自分の手の肌を見てみると、真っ白な事に気が付いた。
灰色の森を覆っているのは、これまた灰色の空。
空気の流れがあるのか、空よりはいくらか白い雲が右から左へと流れていった。
太陽も発見した。
白い太陽。
しかしそれは、夏にカンカンと照りつけるような力強い太陽ではなく、
まるで画用紙で作り、空に貼り付けたような、死んだ太陽である。
- 22 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時09分29秒
地面を見てみる。
黒い土と枯れた葉が地面を覆っていた。
また、幾つもの倒木があり、焼けた木炭のように白くなっていた。
歩いてみると靴の裏に土が少し付く。
どうやら水っ気はあるようだ。
もしかしたらと思い、安倍は耳を澄ませてみた。
聞こえてくるのは、風で枯れ葉が舞う音、木々が擦れ合う音……
そして、水の流れる音。
安倍はその音を頼りに足を進める。
あまり歩き回らない方が良いかとも思ったけれど、じっと佇んでいるメリットは少しもない。
まだ歩いて二十歩程度のとこで、小さな川を発見した。
まるで、砂場に作られたような、か細く頼りない水の流れである。
- 23 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時10分09秒
片手ですくって飲んでみた。
旨くも不味くもない。
お腹がすいているわけでも、喉が渇いているわけでもない。
ただ、そこに水がある。
それを確認しただけ。
安倍はこの奇妙な世界を、自分でも驚くほど素直に受け入れていた。
もちろん驚いた。
夢や幻かとも考えた。
だが、妙にリアルだった。
(どうして夢だと思えなんだろ……)
- 24 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時10分47秒
とにかく、ここを脱出する方法を見つけなければならない。
その前にここはどこなのか?
日本であるのか、地球であるのかでさえ不明。
どちらを向いても木以外は視界を遮る物が何も無い。
永遠に続く牢獄のような気がした。
(歩こう……)
ここにいても仕方が無い。
真っ直ぐ歩いていこう。
この灰色の大地を……
- 25 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時11分40秒
どのくらい歩いただろう?
時間の感覚が無い。
足を交互に前に出す、という動作をひたすら繰り返す。
自然と息が荒くなる。
息苦しい。
でも、不思議と疲れは感じられなった。
安倍は途中で気が付いた。
この世界に生物は自分以外は何もいないということ。
人間はもちろん、動物も植物も、アリの一匹さえ見当たらない。
- 26 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時12分20秒
無益な努力かもしれない。
いくら足を動かしても、周りの景色は一向に変わらない。
そして、ついに安倍は座り込んだ。
諦めたわけではない。
疲れたわけではない。
どうやらこの世界では、痛みも空腹感も得ることはできないらしい。
食欲も睡眠欲も性欲も得られない。
何も得ることができない世界。
光が見えない。
唯一、得られることは心の痛みだけだった。
- 27 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時13分06秒
人が恋しい。
毎日嫌でも顔を会わせていた仲間達がいない。
一緒に同じものを目指し、時には共に喜び、悲しみ、支えあった。
誰かとケンカをすることもあった、新しい出会いもあれば、つらい別れもあった。
その一つ一つが、私の糧だった。
今はない。
尻もちを付いたまま、枯れ木に寄りかかる。
上を向いて、後頭部を木に押し付けてみた。
木は苦しそうな音を立てるばかりで、安倍を優しく受け止めてくれることはなかった。
- 28 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時13分48秒
(そう、これはいつか私が望んだ世界……)
自分が好き。
自分に大いに自信があった。
何でも一人で出来ると確信していた。
(私は一人で生きられる)
仲間といるときも、そんな根拠もない自信が安倍の心を支配していた。
(そう、ここは私が作った世界……)
- 29 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月07日(木)23時14分37秒
上を向いているのに、涙がこぼれた。
(嘘だ…私は弱い………怖い…)
声にならない叫び声が胸の奥を暴れ回る。
(もうイヤ!だれか…だれか助けて!)
体が崩れる。
まるで枯れた木のように……
この無限に続く灰色の一角に紛れるように、安倍の体は倒れた。
そして、安倍の意識は再び途切れる。
- 30 名前:ななし作者 投稿日:2003年08月07日(木)23時17分09秒
- 前編です
安倍さん主役に挑戦
雰囲気は全然違うけど前回の「ドリーム」の、ある意味続編のような気もします
- 31 名前:ななし作者 投稿日:2003年08月26日(火)22時27分04秒
- 後編
- 32 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時28分01秒
意識の糸が戻る。
思ったよりも硬い地面に頬をくっ付けたまま横になっていた。
(まだ、ここなの……)
目の前にあるのは灰色の森。
先程と変わらぬ世界。
安倍は、再び味わう気だるい目覚めに少し期待していた。
元の世界に戻れたのではと…
(一人の世界はそんな甘いもんじゃないね…)
- 33 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時28分39秒
体をごろっと反転させて仰向けになった。
朝焼けとも夕焼けとも違う、薄暗い空。
動くことのない、白い太陽。
何のためにここにいるのだろう?
(もし、本当に神様がいるとすれば、なぜ私をこんなところに閉じ込めるの?)
答が出ない。
(それをこの世界で見つけろってことなのかな…?)
一体どうすれば答が出るというのか?
でも心配ない、時間はいくらでもある。
- 34 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時29分17秒
じっと待っているわけにはいかない。
今すぐにでも、立ち上がらなければ……
しかし、安倍は立ち上がることができない。
この迷宮のような森を抜け出すには、どうしたらいいのか?
早く元の世界に戻るには…?
(逃げたい…)
でも、走れない。
このまま諦めたらどうなるか?
安倍は、寝そべりながら真上にある色のない木々を眺めた。
(私も灰色の景色の一員になるのかな……)
- 35 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時30分13秒
目を瞑って心を落ち着かせると、本当にこの景色に溶け込める気がした。
遠くから木や葉がカサカサと鳴る音が聞こえてくる。
柔らかな風が安倍の鼻をくすぐった。
(この匂い……)
安倍は目を見開いた。
灰色の森に来てからというものの、匂いを感じたことは今まで無かった。
これだけ枯れた植物があるのだから腐臭がしてもよさそうなものだ。
しかし、安倍は今始めて匂いを感じた。
急いで上半身を起こす。
風が吹いてきた方向に視線をやる。
安倍は、この世界に来て初めて色を感じた。
- 36 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時31分07秒
安倍は、そのピンク色の物体に、這うように近づいた。
立って走ろうとしたが、焦ってうまく足が回らない。
倒れるようにして、そのピンクの物体の前に屈む。
(花……)
あまい香り、そしてピンクの色は、この花だった。
元の世界にいたら素通りしているような、小さな小さな花である。
でも、この世界にあるからこそ非常に美しく感じる。
目が痛い。
久々に目に入れた光が眩しい。
- 37 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時31分57秒
片手で覆ってしまえば隠れてしまうほうどの小さな花。
少し強い風が吹けば、吹き飛ばされてしまいそうなほどの弱々しい花。
今にも灰色の世界に飲み込まれてしまいそうだった。
(なんとかしなきゃ!)
何とかしたところで、どうなるわけでもないだろう。
だが、安倍はじっとしていられなくなった。
諦めていた想いが再び蘇る。
(そうだ…水!)
この辺りの土はサラサラに乾いている。
この世界に迷い込んですぐに見つけた小川。
あれがなくては…
- 38 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時33分15秒
気が付くと安倍は走っていた。
自分がどちらから来たのかなんて覚えていない。
さっきまで動かなかった体が嘘のよう。
元々、疲れなど感じない世界。
必要なのは気力。
安倍の足は決して速くない。
それどころか人並み以下。
でも、立ち止まらなかった。
立ちはだかる倒木に何度もつまづいた。
転んでは立ち上がり、転んで立ち上がり、ひたすら前だけを見ていた。
- 39 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時34分18秒
足の裏の感触が変わる。
いつの間にか、湿った土に変わっていた。
(もうすぐ…)
安倍は足を緩めると、辺りを探した。
そして、また前と同じように耳を澄ませる。
今度は簡単に探せた。
(あった……水…)
安倍は水の流れに手を差し込み、両手いっぱいに水を掬い上げた。
しかし、安倍はそこでふとあることに気付く。
(どうやって持っていこう…)
- 40 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時35分26秒
周りには何もない。
枯れた木や草があるだけ。
これから、またあの長い距離を歩いて戻るのだろうか。
(あの花に着く頃には、どれだけの水が……)
今じっと立っているだけでも、指の隙間からボトボトと零れているというのに、
あの花に満足できるだけの水をやることはできるだろうか。
(でも…やらなきゃ……)
安倍はもう一度、川に手を突っ込み、再び水をくみ上げた。
そして、後ろを振り返ると、元来た道を戻る。
- 41 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時36分26秒
(あ、ダメ!零れる!)
全く整備されていない森の中を歩くのに、体が揺れないはずがない。
手に載せた水は、みるみるうちに減っていく。
(お願い…零れないで……)
安倍の想いは通じない。
もはや、水は片手に載るほどまで減っていた。
気持ちが焦れば焦るほど、歩きも自然と速くなり、
仕舞いには走っているのと変わらなくなっていた。
- 42 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時37分25秒
途中で、もう一度水を汲み直そうかしら、とも考えたけれど、
同じ結果になるだろうと考え、このまま走り続けることにした。
安倍は、すでに左手を下ろし右手だけで水を運んでいた。
(もう少しだからお願い…お願い…一滴でもいいの……)
川に向かうときの全力疾走とは違う。
先ほどよりも、長く時間がかかっている。
水が減れば減るほど、安倍の表情は険しくなっていった。
そして、ついに視界の先にピンクの物体を発見した。
紛れもない、あの花である。
- 43 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時38分23秒
ドサッと安倍は花の前に座り込んだ。
震える拳をそっと解くと、わずかに手が湿っているだけだった。
(そんな……)
安倍は右手を花の上に掲げると、なんとか水分を落とそうと必死に腕を振った。
でも落ちてこない。
今度は思いっきり手を握る。
まるで乾きかけた雑巾から水を搾り出すような作業だった。
(お願い……少しでいいの…)
すると、安倍の拳から一粒の雫が現れた。
(出た…)
その雫はゆっくりと花を濡らしていった。
- 44 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時39分17秒
わずか一輪の花に、わずか一滴の水を与えた。
安倍がこの世界にきて唯一とった行動である。
安倍はこれまで以上のショックを受けていた。
結局、自分一人で出来たことが、これだけの事だったのである。
(もっと出来ると信じていたのに……)
倒れこんで両肘で体を支えた。
まるで体で花を包み込むように、安倍は丸くなった。
背中が震えている。
安倍はこの世界に来て初めて泣いた。
- 45 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時40分15秒
自分が望んだ世界はあまりにも残酷だった。
何が起きても乗り越えられる自分でありたかった。
なのに今は逃げたくてしょうがない。
早く元の世界に戻りたい。
(どうしたらいいのよ!)
声の代わりに涙が出た。
いつも笑っている自分でありたかったはずなのに。
自分が望んだ世界では笑うことが出来ない。
目の前の花が揺れた。
(え…?)
安倍の涙が花びらに落ちる度に、花が体を振るわせた。
- 46 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時43分58秒
風が吹いているわけでもない。
安倍が落とした涙に揺れていた。
(この子も生きてるんだね…)
目の前の花は生きている。
安倍の涙に反応して、一生懸命に生きていることを小さな体で表していた。
そう思うと、安倍の目にはさらに涙が溢れてきた。
(私は一人…あなたも一人……でも私とあなたは一人じゃない……)
より多くの涙に、花は体を大きく振るわせた。
安倍は、その花にニコッと一度だけ微笑むと体を起こし立ち上がった。
その顔に迷いはない。
- 47 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時44分52秒
(生きていこう…この世界で……)
安倍は再び走り出した。
どこに向かっているわけでもない。
自分の思うままに走り回る。
(何もかもが無くなった世界じゃない、まだ何も無い世界なのよ…)
いつの間にか、元の世界に帰りたいという欲求は消えていた。
むしろ、この世界に飛ばされたことに感謝さえ覚え始めていた。
安倍はモノクロの世界を走り続ける。
今までよりずっと速く。
- 48 名前:ALIVE 投稿日:2003年08月26日(火)22時45分43秒
何も無いのならば創ればいい。
ここは私の世界。
ならば私色に染めてしまおう。
-End-
- 49 名前:ななし作者 投稿日:2003年08月26日(火)22時47分39秒
- というわけでALIVEは終了
安倍さん主役は難しいから書きにくかった…
でも安倍さんじゃないと書けなかったかな
- 50 名前:ななし作者 投稿日:2003/09/13(土) 20:48
- どうやら飼育が模様替えをしたようで…
その影響なんだか、いつの間にか下がってました
ってことでこのままsage進行で行こうかな
- 51 名前:ななし作者 投稿日:2003/09/13(土) 20:50
- 次は長めのを書こうと思ったんですが、その前に短いのをもう一つ
長くなると、短いの書く機会失ってしまうので
- 52 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:51
-
I Surrender
- 53 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:52
-
どれくらい無言の状態が続いていただろう。
10分は経っただろうか?
いや、まだ2、3分かもしれない。
さっきまで晴れ渡っていた空が灰色に染まっているのが、喫茶店のウィンドウ越しにもわかる。
早く帰らないと雨に降られそうだ。
そんなことを考えていた。
そんなことでも考えていないと、こっちまで頭が狂いそうだ。
息が詰まりそうで、コーヒーを一口すすった。
不味い。
- 54 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:53
-
普段からコーヒーなんて飲むガラでもないくせに、おまけにぬるい。
そして何より、目の前にいる少女が薄暗い雰囲気で座っているせいだ。
でも、その雰囲気にさせたのは、自分だってこともわかっている。
「…もう帰ろうか?」
「………」
「送っていくよ」
「………」
何とか言ってくれよ。
やっぱり別れ話なんて喫茶店でするもんじゃなかった。
携帯やメールで、サッとやってしまったほうが楽だったかもしれない。
でも、それじゃあ人が悪すぎる。
- 55 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:54
-
でも理由はそれだけってわけでもない。
実は興味があった。
三ヶ月前に私に告白してきた高橋がどんな反応をするのか。
高橋は世間一般でいう、いわゆるアレだ。
バレーの後輩である高橋の視線を感じたのは、かなり前から。
1年前、高橋が入部した時からだろう。
その時から「ああ、アイツ私のこと好きだな」ってのに気付いてた。
これは自惚れじゃない。
現に、こうして前に高橋が座っている。
- 56 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:55
-
私はレズでも何でもない。
いたってノーマル。
可愛い女の子よりも、カッコいい男の方が好きに決まってる。
なのに、私は高橋の告白に返事をした。
「いいよ」
って。
所詮は好奇心。
- 57 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:56
-
高橋は喜んだ。
当然だろう。
世間から見たら、レズなんて気持ちの悪い物としか見られてない。
彼女がどれだけの勇気を振り絞って私に告白したのか、想像もつかない。
そして、辿り着いた先は
HEAVEN
のはずだったのにね。
- 58 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:57
-
ふと気がついて、高橋の顔を見てみた。
目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
気が利く男なら、ここでハンカチの一枚でも差し出すのだろうか。
もちろん、そんな洒落た物を私が持っているはずがない。
勘弁してくれよ。
ウェイトレスとか周りの客がジロジロ見てるじゃんか。
私が泣かしたの?
ま、そうだろうね。
- 59 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:58
-
「もう、出よう」
私は、我慢できずに立ち上がった。
ここで付いてこなければ、置いていく。
請求書を持ってレジへと向かう。
「お会計、コーヒー2点で378円になります」
喫茶店のコーヒーって高いんだ。
そういえば御代わり自由って書いてあったっけ。
千円札で払ってお釣りを貰う。
「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」
もう二度と来ないよ、この店には。
- 60 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 20:59
-
後ろを見ると、高橋がくっ付いて来てた。
「・・・・・・すみません先輩・・・・」
「別にコーヒー一杯ぐらい」
別にコーヒー一杯ぐらい、安いもんだ。
今までの関係を180円のコーヒー一杯で清算してしまったのだから。
二人で並んで喫茶店を出た。
あっちゃー。
とうとう雨が降り出した。
それも大降り。
- 61 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:00
-
「ちょっと待ってて」
「え?」
「いいから」
「吉澤さん!」
高橋の声を振り払って雨の通りに飛び出した。
30メートルほど先にコンビニがある。
そこでビニール傘を買おうと思ったのだ。
いくらなんでも、この雨は冷たすぎるだろう。
高橋にとって、そして私にとっても。
- 62 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:01
-
「420円になります。すぐにお使いになりますか?」
「…ええ」
店員のお姉さんが、ビニール傘の更に上についたビニールを破ってくれている。
それにしても、ビニール傘一本400円って高いよね。
家に帰るまでの応急処置なのに、この値段じゃね。
そういえば、コーヒー二杯よりも高い。
今度は420円ぴったり払って、レシートも受け取らずに店を出た。
- 63 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:02
-
コンビニを出て、ビニール傘を手動で開いた。
そして再び、喫茶店を目指して走る。
その時、ふと気が付いた
1本しか買ってないじゃん・・・・・・
二人で1本使えばいいだけの話だけど、今日はそうもいかない。
コンビニに戻って、もう1本買おうかとも思った。
でもやめた。
面倒だ。
- 64 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:03
-
喫茶店に戻ると、入り口に高橋がいた。
「ほら」
といって左側にスペースを空けた。
「…すみません」
と言って、高橋はゆっくりと傘の下へ入ってきた。
家までは送っていこう。
そして、二人は歩き出す。
そして、二人は無言。
- 65 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:04
-
「私、ここでいいです」
突然、高橋が立ち止まった。
「え?家まで送ってくよ」
「本当にいいんです。さよなら!」
「待ちなって!高橋!」
ちょっと乱暴に高橋の腕を引っ張った。
ここから高橋の家までは、まだ随分距離がある。
傘も持たずに走っていけば、ずぶ濡れになるし、カゼをひくかもしれない。
- 66 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:05
-
「離してください!」
「濡れちゃうよ。一人で帰るなら持ってきなよ、カサ」
乱暴にしちゃったかな、と反省して、今度は優しく言った。
高橋に傘を渡したら、私が濡れて帰らなくちゃならない。
まあ、仕方ないだろう。
これでも、大事な後輩だ。
だから、優しく言った。
なのに
なのに、高橋は私にグッと力強い視線を押し付けてきた。
- 67 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:06
-
「どうしてなんですか……」
「なにが?」
「どうして優しくするんですか!」
どうして優しくする?
人に優しくして怒られるなんて初めてだよ。
高橋の頬は濡れていた。
雨?
なんて思うほど私は子供じゃない。
- 68 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:07
-
今までは涙は目に溜まるまでだった。
今度は流れた。
怒ったり、泣いたり、女って難しい。
やっぱり私は女とは付き合えない。
「好きな人に優しくするのに理由なんている?」
高橋の表情が止まった。
え?
って顔してる。
私だって驚いてる。
こんな言葉、自分の口から出ると思わなかった。
- 69 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:08
-
「勘違いしないでよ。私はもう、高橋とは付き合えないから」
高橋が複雑そうな顔をしている。
「でも、高橋のことは好きだから」
だけど私の心はそれ以上に複雑。
このもやもやした黒い物体はなんだろう?
こんな言葉、言いたいわけじゃない。
何?
こんなこと言って良い人になったつもり?
別れても素敵な思い出、にさせたいだけ?
違う。
でも、素直な気持ち。
- 70 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:10
-
まったくもって面倒です。
こういうのは嫌いです。
私は頭が悪いんです。
我がままな子供でも、要領のいい大人でもないんです。
さようなら。
- 71 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:11
-
「明日の朝練、遅れないでね」
私は、高橋に無理やり傘を持たせると、一人で走っていく。
または、逃げるという。
あれ?
家はこっちだっけ?
まあ、いいか。
- 72 名前: I Surrender 投稿日:2003/09/13(土) 21:12
-
私は三つ後悔した。
一つ目は高橋の告白を受けたこと。
二つ目は高橋を振ったこと。
三つ目は傘を一本しか買わなかったこと。
Regret…Regret…Regret………I Surrender.
-End-
- 73 名前:ななし作者 投稿日:2003/09/13(土) 21:17
- 僕が持ってる吉澤さんのイメージってこんな感じです
前回はちょっと希望を見せたとこで終えたんですけど、
今回はとことん沈みました
次は長いのに挑戦する予定です
- 74 名前:ななし作者 投稿日:2003/09/24(水) 23:32
- ですが、また短いのを一つ
突発的なものですが・・・
- 75 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:33
-
BLUE COLOR
- 76 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:34
-
九月も後半を向かえ、今日は朝から冷えていた。
いつも裸で寝ているあたしは、体を震わせて目覚めた。
まだ六時。
仕事に行くまでには余裕がある。
その時、枕元で携帯が鳴った。
マネージャーさんかららしい。
「はい、もしもし。」
『あ、矢口?今日オフになったから。』
「は?どういうことですか?」
『外見て、外。』
立ち上がって、カーテンを開けると、家の前の木が凄い音を立てて揺れていた。
他の木も、電線も、強い風に煽られている。
目の前に青い葉が舞う。
- 77 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:35
- 「台風…っすか?」
『そ。これじゃロケ出来ないから。』
今日は外でフットサルの練習風景を撮影する日。
サッカーは雨でも何でも中止はないというが、フットサルはどうなんだろう?
たとえウチらがサッカーをやっていたとしても、中止になるだろうけど。
『今日はゆっくり休みなさいよ。いい?』
「わかりました。」
さあて、どうしよ…?
いきなり休みって言われても困る。
本当は買い物にも行きたかったけど、この天気じゃどこもいけない。
とりあえず、このまま裸でいるのも寒いので適当に部屋着に着替えた。
- 78 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:36
- そして、またベッドの上にねっころがる。
シーツがいつもより冷たく感じて気持ちいい。
外の木々が揺れる音が響く。
窓がガタガタと揺れる。
こんなに騒がしいのに、落ち着いた気持ちになるのはなぜだろう?
多分、人の声がしないからだ。
静かな時間をゆっくり過ごすのは久しぶりだ。
このまま、また眠ってしまいそうになる。
少し気持ちが浮いてきたとたん、また携帯が鳴り出した。
せっかく人がいい気持ちになってたのに…。
どうやら今度はメールらしい。
「あ、ゆうちゃん…。」
ゆうちゃんからメールなんて久々だ。
<今からそっち行ってええか?>
めずらしい。
あたしの家に来るなんてはじめての気がする。
<おっけ〜♪>
と、すぐに送り返すと、またすぐに返事が来た。
<じゃあ、外出て>
え?
- 79 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:37
- もしかして…。
急いで窓を覗き込む。
なんと、玄関にゆうちゃんがいた。
あたしの顔に気が付くと、手を振ってきた。
あたしは手を振り返すのも忘れて、部屋を飛び出した。
あ、寒い…。
部屋に戻ると、床に転がっていたパーカーを着て、ポケットに財布と携帯を突っ込む。
まったく何やってんだか、あの人は。
よりによってこんな日に。
どうやら、まだ家族は寝ているらしい。
起こさないように、静かに階段を降りた。
靴を出すのも面倒なので、夏物のサンダルを引っ掛けて外に出た。
シャカパンにパーカーにサンダル。
我ながら不恰好だ。
- 80 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:38
- 外はもっと寒かった。
おまけに風がびゅんびゅん吹いている。
でも、雨は大して降っていない。
台風はもしかしたら、遠いのかもしれない。
傘はいらなそうだ。
「おっす。」
「で、何やってんの。」
「遊びに来たで。」
「そーかい。」
わけわかんね…。
ゆうちゃんもヘンテコな格好だ。
朝帰りのホステスさんみたいだ…。
「ヤグチ、ストパかけてへんやろ。」
「しょうがないじゃん。急に呼び出すんだから。」
「まあな、ウチもスッピンやし。」
そう言って、ゆうちゃんはトコトコと歩き出した。
- 81 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:39
- 「ちょっとどこ行くの!」
「コンビニ…。起きてから何も食べてないから。」
「あ、オイラも行く。」
風が強くて、声がお互い聞き取りずらいため、自然と声が大きくなる。
それにしても、この人は何しに来たんだろう…。
家のすぐそばにコンビニがある。
あたしは、おにぎりを二個とパックのオレンジジュースを買った。
ゆうちゃんはパンと紅茶を買っていた。
「どこ行くの?」
「せやな…。公園ある?」
「う〜ん…ちょっと歩けば。」
「よっしゃ、そこ行こ。」
いったい何なのさ?
公園はこの町内の少し高台にある。
公園といっても、遊具は全く無く、自然があるだけの広場だ。
場所は知っていたけれど、大人になってからこの街に越してきたので、行ったことはなかった。
実は今日はじめて行く。
- 82 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:39
-
二人で強風に煽られながら、坂道を登っていった。
「なー、ヤグチ。」
「うん?」
ゆうちゃんはあたしの顔を見ずに言う。
相変わらず大きめに声を出さないと聞こえずらい。
「秋好き?」
「オイラは夏の方が好き。」
「ウチな、春が好きやねん。あと時々だけど秋が好き。」
「なんだよ、時々って。」
「年によって違うんよ。」
「ふーん。」
ゆうちゃんの言いたいことが全然分からない。
ただ二人で、ゆっくりと坂道を登る。
すると、またゆうちゃんが口を開いた。
「今日の天気は好き?」
「やだ。髪がグシャグシャになるもん。」
もとからグシャグシャや、と返してきたゆうちゃんに一発小突く。
「で、ゆうちゃんは?」
「せやな、一年で一番か二番かな…。」
「好きなの?」
「うん。」
- 83 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:40
- 台風が好きな人というのをはじめて見た。
今までもそうだったのかと首を傾げてしまう。
「秋の台風…って何かええんよ。」
「え〜。そう?」
「おまけに今日みたいに傘をささずに歩けるなんて最高。」
「変なの。」
「水っぽい風が顔に当たるのって気持ちいいよ。」
その時、あたしは気が付いた。
そういえば、ゆうちゃんはずっと顔を上げて歩いている。
あたしは風が強いから、ちょっとうつむき加減に歩いているのに。
「春の風も好き。おまけに小雨とか降ってたら、もう言うことないね。」
「春雨ってやつ?」
「そうそう、春あらしな。ちょっぴり似てるやろ?今日の天気。」
「まあ、言われてみれば。」
- 84 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:41
-
そうやってお喋りしているうちに、高台の公園へたどり着いた。
何も無い小さな公園。
地面には、強風で飛ばされたと思われるまだ青い葉が一面に敷き詰められていた。
その上を歩くと、サクサクと音がして気持ちがいい。
葉っぱの青臭い匂いが辺りに漂っていた。
しばらく歩くと、手すりに囲まれた展望台があった。
展望台というと大げさに聞こえるかもしれないが、ようするに町内が一望できるような場所だ。
しかし、それだけに風当たりも強い。
気を抜いてると飛ばされそうになる。
でも、ゆうちゃんはよりいっそう気持ちよさそうな顔をした。
「座ろっか?」
あたし達は、そこに置かれたベンチに腰掛ける。
木製のそのベンチは、少し湿っていた。
でも、今朝のシーツのようにひんやりとしていて気持ちが良かった。
- 85 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:42
- あたしは早速、明太子のおにぎりを取り出して頬張った。
ご飯粒がいつもより、おいしく感じる。
ゆうちゃんは隣で、クリームパンを食べていた。
「…いい景色。」
「天気が良ければね。」
「何言っとんねん。この天気だからええねん。」
どうやら、よっぽどこの天気がお好みらしい。
「街が青く見える。」
「え?」
「そんな気せえへん?」
ゆうちゃんはそう言って、あたしに笑いかけた。
- 86 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:43
- 言われてみれば、確かにそんな気もしてくる。
雲がかかってるけど、灰色ではない。
その上に広がっているであろう青空に、一枚布を被せたような色をしている。
そして、水滴を乗せた風が吹いているからなのか、
水色のフィルターを透して世界を見ているようだった。
「そうだね。」
「綺麗でしょ?」
「うん。」
「…ヤグチ。」
「うん?」
「…キスしてええ?」
は?
- 87 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:44
- 「何で、いきなりどうしたの?」
「ええから、じっとして。」
そう言うと、あたしに顔を近づけてきた。
口付け、という言葉がぴったりの、触れるだけのキス。
それが済むと、ゆうちゃんはすぐに顔を離した。
「ナハハ…照れるね…。」
「久々やもん。」
うん、久々。
今まで忘れてた、懐かしい感触。
無性に恥ずかしくなって、おにぎりを全部口に放り込んだ。
そして、次の鮭のおにぎりを開ける。
ゆうちゃんは、のんびりとクリームパンを食べ続けていた。
- 88 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:45
- 「失恋ってつらいな〜。」
「したの?」
「30なるとシンドイで。」
「ハハ、テレビでも言ってたね。」
「冗談ちゃうで、マジで。」
ゆうちゃんがあたしの所に来た理由がやっと分かった気がする。
昔からそう。
失敗したり、落ち込んだりすると必ずあたしの所へ来る。
そして、あたしにベタベタと甘えるんだ。
ここ最近なかったけれど、その癖はまだ続いてるみたい。
なんだか嬉しかった。
「何ニヤニヤしとんねん?」
「ゆうちゃん、変わってないな〜と思って。」
- 89 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:46
- そうあたしが言うと、ゆうちゃんはハテナマークを浮かべたような顔をして紅茶に口を付けた。
あたしも、オレンジジュースにストローを挿す。
「おにぎりにジュースなんて合わんやろ。」
「そうでもないよ。」
「お子ちゃま。」
「なんだ、年増。」
思いっきり頭を叩かれた。
ちょっとは手加減しろよ…。
「ありがとな…。」
急にゆうちゃんがポツリと呟いた。
「…うん。」
その後は、二人で他愛もない話で盛り上がった。
- 90 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:47
-
「ここで別れよか?」
公園を出たあたし達は坂の上で別れることにした。
「タクシー?」
「そう。」
「こんな朝っぱらからいる?」
「どっかにおるやろ。」
ゆうちゃんは、そう笑って答えた。
「じゃあ、またな。」
「うん、バイバイ。」
あたしは、ゆうちゃんに背を向けて歩き出した。
すると…
- 91 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:49
- 「ヤグチ!」
と後ろから呼ぶ声が聞こえた。
驚いて振り返ると、ゆうちゃんが走り寄ってきた。
そして、そのままあたしの体をきつく抱きしめると、またキスをした。
さっきとは違う…。
この風と同じように、どこかに飛ばされそうになるようなキス…。
カスタードクリームと紅茶が混ざった、甘ったるくて優しいキス…。
寒さを忘れるようなあったかいキス…。
そして、ふっと顔を離す。
「海苔臭いな…。」
「…キス魔め。」
「無性にしたくなるんよ、ヤグチの顔見てると。」
- 92 名前:BLUE COLOR 投稿日:2003/09/24(水) 23:50
-
その時、空から暖かい光が射してきた。
雲の切れ間から太陽が覗いた。
「晴れてきたな…。」
「やべ、仕事あるかもしんない!」
「そんじゃ早く帰り!」
「うん!じゃあね!」
「おう!」
今度こそ本当に別れた。
二人きりで会うことなんて、またしばらくないかもしれない。
でも、いいんだ。
ゆうちゃんの心の信号機が赤になったら、またあたしが青に変えてやるんだ。
あたしが家に着く頃、空は雲ひとつない青空となっていた。
-End-
- 93 名前:ななし作者 投稿日:2003/09/24(水) 23:54
- sageでいくって言ったのにageてしまいました…
これは本当に突発的なもので、青をコンセプトに書きました
まさか自分が「やぐちゅー」を書くとは…
でも「やぐちゅー」以外ありえなかったっす
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/09/25(木) 20:26
- 「やぐちゅー」面白かったです。
風景が見えた、とか言ったらエラソーですが。
「あおくった(青かった)」byかごちゃん←昔あったんです。すいません。
- 95 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 17:23
- 初めて読みました。
いやぁ〜、すばらしい「やぐちゅー」でした。
これからに、期待!!
- 96 名前:ななし作者 投稿日:2003/10/09(木) 01:10
- 感想書いてくれた方、ありがとうございます
とても励みになります
- 97 名前:ななし作者 投稿日:2003/10/09(木) 01:14
- 長いの書くといっていたのは、練り直したいところがあるので、
当分ないかもしれない・・・
ので、引き続き短いのを書いていきます
これから書くのは、はっきりいってエロです
でもそれが目的ではないので、エロに対する期待はしないで下さい
ただし、エロ描写が苦手な方は読まないほうがいいです
- 98 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:15
-
シロツメクサ
- 99 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:16
-
待ち合わせ場所は、お店から歩いて5分のところにある駅前の広場。
そこまで向かう途中に、どれほどのカップルとすれ違ったことだろう。
土曜日の夜の繁華街。
人は愛を求めている。
たとえ、それが偽りだとしても。
私はその街を一人歩く。
目印の白いワンピースを着て。
私も愛を求めている。
たとえ、それが偽りだとしても。
だって、もう本当の愛にたどり着くことなんて出来ないのだから。
私に唯一の愛をくれた人。
今はただ、その人の名前を名乗っているだけの私。
- 100 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:17
-
「こんばんは、『マリ』です」
店長に聞いたとおり、グレーのスーツを着た女性だった。
目印の赤い携帯を私に見せる。
第一印象は、ずばりキャリアウーマン。
仕事一筋のため、恋人にもめぐり合えず、気が付けば一人きり。
そんな感じかな。
でもね、普通に生活していたら彼女に恋人は見つからない。
だって彼女は…
彼女は私の顔を緊張した面持ちで見ている。
たぶん、彼女は初めての経験なのだろう。
「リラックスして下さいね。さ、行きましょうか?」
私は彼女の手を握った。
彼女は一瞬、驚いた顔をする。
まるで、初恋の人と初めてデートをするようなたどたどしさ。
- 101 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:18
-
二人で夜の街を歩く。
あちこちでイチャついているカップル達を尻目に、私も彼女の腕にまとわりつく。
自分よりも少しだけ背の高い彼女の肩に頭をのせてみる。
でも彼女は、緊張したままでさっきから一言も話さない。
仕方ないので、私のほうから色々な話をしてみた。
まだ固い様子だったので、喫茶店かどこかで話をしようか、と持ちかけたけれど
彼女は首を横に振るだけ。
「じゃあ、お部屋行こっか?」
そう私が言うと、彼女は顔を真っ赤にした。
でも、小さくうなずいた。
お部屋というのは、私達のお店が借りているマンションの一室のこと。
この辺りの繁華街には、そのような部屋がいくつもある。
だけど、それは全部男性相手。
私達のように女性専用は、この辺りではこのお店しか知らない。
- 102 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:19
- 路地に入ってすぐのビルに入る。
愛想のいい管理人のおじさんが、「こんばんは」とあいさつしてくれた。
管理人さんは私のことは住人だと思ってるのかな。
それにしては、毎回違う友人を連れてくるけど…
エレベーターに乗ると「5」のボタンを押す。
そこが私の仕事場。
エレベーターに乗っている間、彼女の手が震えているのが分かった。
きっと緊張してるんだろう。
女性専用の風俗店という事柄か、色んなタイプのお客さんがいる。
ただ話を聞いてほしいという人。
手を繋いで買い物がしたいという人。
キスしたり抱き合ったりしたいという人。
でも共通しているのが、誰もが心の悩みを抱えているということ。
だって、それは私も同じだから…
彼女はどうなのかしら?
ほとんど会話も出来てないから、性格も分からない。
彼女が何を望んでいるかも分からない。
- 103 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:19
-
「ここよ。入って」
部屋に着いた。
本当に誰かが暮らしていそうな部屋。
女性相手ということも意識して、雰囲気作りがされている。
オシャレな家具や、明るい色のカーテンが巻かれていて、いるだけでも心地がいい。
そして、少し大きめの白いベッド。
まだ彼女は固まったまま。
私は彼女にソファに腰掛けるようにうながした。
「ちょっと待っててね。コーヒーでもいれるわ…」
そう言ってキッチンに向かおうとすると、彼女は急に私を抱きしめた。
今までの姿からは想像できない、彼女の積極的な姿にびっくりする。
何より目が違ってる。
二人だけの空間になって彼女が変わった。
- 104 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:20
- 彼女は、私に顔を近づけると唇を私の唇に押し付けてきた。
息をするのも忘れるくらい無性に私を求める。
彼女は解放されたんだ…
小さい頃から我慢していたに違いない。
誰にも打ち明けることが出来なかったことを、今は全てさらけ出せる。
それも言葉ではなく、体全体で。
私は彼女の背中をゆっくりと撫で回した。
「大丈夫よ。…落ち着いて。もう、ここは二人しかいないんだから…」
小さい子供をあやすように、優しい口調でささやく。
年は私より上だと思うけど、彼女を見ているとまるで子供のようだった。
彼女は少し落ち着きを取り戻したようだ。
でも息遣いは荒く、私の肩を抱きながら目を合わせる。
思えば目を合わせたのもはじめて。
- 105 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:22
-
「…好きにしていいからね」
私がそう言うと、また彼女の中の何かが切れた。
ベッドに押し倒し、私の体をまさぐりだす。
少し乱暴に私のワンピースを脱がすと、彼女もスーツを脱ぎ出した。
普段なら行為の前にシャワーを浴びてもらうはずだけど、今日はそんな余裕がない。
彼女に付いた火は止まらなかった。
いっきに全裸になった私達は、シーツの上でお互いを求め合う。
私もされるだけじゃない。
仕事ということも勿論だけど、私はこの行為が好き。
私も誰かの愛が……体が欲しい。
彼女は私の体にいくつものキスを降らせた。
まぶたの上から、足の指先まで全て彼女もの。
私が足を少し開くと、彼女は私の股に顔をうずめた。
何とも言えない快感が体中に走る。
私も体を起こすと、今度は彼女に同じ事をやり返す。
彼女の体の隅から隅まで愛した。
でも…
私は彼女を愛せない。
- 106 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/09(木) 01:23
-
数十分後、
部屋には私一人だけになった。
ベッドには何枚かのお札が転がっている。
私はそれをかき集めると、ちゃんと数が合うか確認する。
少し時間がオーバーしたことはおまけしてあげよう。
私はずるい。
彼女は行為の最中に『マリ』、『マリ』と何度も呼んでくれた。
でも、私は彼女の名前を呼んだことは一度もない。
というか、名前さえ聞くのを忘れていた。
私にとって相手は誰でもいいんだ…
女の体さえそこにあればいい。
私はそれを求めるだけ。
彼女は『マリ』を愛してくれていた。
私は彼女の体しか愛せなかった。
だって私は『真里』を愛していたのだから…
- 107 名前:ななし作者 投稿日:2003/10/09(木) 01:24
- ここまではプロローグのようなものです
続きます
- 108 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:49
-
シャワーを浴び、再び白いワンピースを着た。
そして、今度は一人でマンションを出る。
相変わらず街はにぎやかだった。
お店は目と鼻の先。
小奇麗だったマンションとは対照的な、おんぼろビル。
私の家でもある。
高校を卒業してすぐ、家を飛び出した。
行くあてのない私はここにたどり着いた。
一番ひかれたのは、矢口さんが住んでいた街だということ。
もう一つは、このお仕事。
自分の好きなことをして、お金を稼げるなんて幸せ。
今の状況に感謝しなくちゃ。
「ただいまー」
私がお店に帰ると、そこには店長一人しかいなかった。
『ハローガールズ』の店長、中澤さん。
私を拾ってくれた人。
- 109 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:50
-
「おう、石川。お帰り」
石川…
私の名前は石川梨華。
お店では『マリ』と名乗っているけれど、中澤さんは私のことを本名で呼ぶ。
「はい、これ」
私は、今日のお客さんからもらったお金を全部中澤さんに渡す。
他の娘と違って、私はお給料の渡され方が違う。
それは、私がここに住み込んでいるから。
家賃の分や食費も取られるから他の娘よりも少なくなるけど、私はそれで十分。
必要以上にお金を稼ごうなんて考えたこともない。
私にとってお給料は、お小遣いのようなもの。
「石川、悪いけど泊まりいける?」
「泊まりですか?」
泊まりまで要求するお客さんなんて、めったにいない。
お金も倍以上取られる。
私も今まで経験が無い。
- 110 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:51
- 「なんかなー、いつまでも待つから誰かよこしてくれ、ってな」
「危なくないですか〜、それ?」
「いくらでも払うって言うてるし…」
余計に危ないじゃない…
でも、他の娘はみんな出張ってしまって私しかいない。
私が行くしかないのかな?
ちょっと怖いけど…
迷った挙句、私は行くことにした。
決め手になったのは、出張さき。
そこは、なんと日本でも有数の高級ホテル。
しかもスイートルーム…
こんな所に泊まれるなんて、もう一生に二度と無いかもしれない。
相手はよほどのお金持ち。
私は下着だけ新しいものに替えて、出発した。
中澤さんからは、「やぱかったら逃げて来い」と言われた。
だったら断ればよかったのに…
- 111 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:51
-
駅前のロータリーでタクシーを拾ってホテルへと向かう。
まだ深夜料金の時間じゃない。
一日に二人のお客さんを相手にするのは珍しいことじゃない。
でも宿泊は初めて。
実はちょっぴりドキドキしてる。
窓から夜の街を見ていると、急に目の前に水滴が現れた。
それが、二滴、三滴と数が増えていく。
雨だ…
「あらら〜。降ってきちゃったね、お嬢さん」
運転手さんが、バックミラーに映る私を覗いて言った。
私も「お嬢さん」なんて言われたことがちょっと可笑しくて、笑って答えた。
そういえば、もう六月。
梅雨ね。
もう、あれから一年か…
- 112 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:52
- 雨はどんどん強くなっていく。
外を見ると、慌てて建物に入っていく人達や、カバンを傘代わりに駆けていく人達でいっぱい。
急に、さっきの彼女はどうしているだろうと思い出した。
彼女も濡れながら家に向かって走ってるのかな…
私は彼女を愛せなかった。
私は彼女の体だけを愛し、心の中では矢口さんを想像していた。
矢口真里…
私が唯一愛した人。
そして、私を唯一愛してくれた人。
行為の時、私は矢口さんのことを思い浮かべる。
私の体を撫でるこの指は、矢口さんの指…
私が触れているこの体は、矢口さんの体…
いつも行っているお仕事は、他人の体を使った自慰行為に近かった。
だから、私はこのお仕事をやめられない。
私が『マリ』と名乗っているは、少しでも矢口さんに近づいていたいから。
あなたの名前を深く私に刻み込んでおきたいから。
- 113 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:53
-
やがて、ホテルに着いた。
もう夜の10時を回っている。
ホテルのボーイさんらしき人が、「いらっしゃいませ」とドアを開けてくれた。
明るいロビー。
歩く人達は、きちんとした身なりをしている。
女性も、ドレスのような高級そうで上品な服装の人ばかり。
先ほどの汚らしい繁華街からは、想像も出来ない世界。
ちょっと場違いかな…
ワンピース姿の私はまるで子供。
こんなホテルに来てしまって、大丈夫だろうか?
もっとオシャレしてきたほうがよかったかな…
でも、私が劣等感を感じているのはそれだけじゃない。
ここにいる人達は、みんな上品そうな人ばかり。
私のような、汚れ仕事をやっている人間がいていい世界じゃない…
きっと私は浮いている。
なんだか泣きたくなった…
もう、帰ってしまいたくなる。
- 114 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:53
- それでも、いきなり仕事をすっぽかすわけにはいかない。
とりあえず部屋を探そう。
「2601」と書かれた、中澤さんに渡されたメモを見ながら、エレベーターで上がる。
その部屋番号の下に、「オーシャン・スイート」と明らかに意識して書かれた文字がある。
ほんとに、どんなお客さんなんだろう…
どうしよ、緊張してきた…
自分でも足が震えているのがわかる。
まるで、さっきの彼女のようだ…
26階に着くと、そこは不気味なほど静かだった。
明るすぎない照明と、微かな空調の音が聞こえる。
見つけた。
一番奥まで歩いて、その部屋を見つけた。
位置的に、角部屋っぽい。
私は一つ大きく深呼吸をする。
思えば、はじめてこのお仕事したときも同じくらい緊張した。
カバンから手鏡を取り出して、身だしなみチェック。
……うん、かわいい。
お客さんに会うとき、私はいつも願う。
この奥にいるのは、矢口さんでありますように……てね。
- 115 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/12(日) 22:54
- 続きます
- 116 名前:ななし作者 投稿日:2003/10/17(金) 22:53
- わかりにくいかもしれませんが、石川視点です
- 117 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 22:54
-
「よし…」
コンコン…
ドアを軽くノックした。
ゆっくりとドアが開く。
中から出てきたのは、背の高い一人の女性。
「あの、こんばんは…。『ハローガールズ』から……」
「うん。あなたね、入って」
「はい…」
部屋の奥へと歩き出した女性の後をついていく。
背後で、ガチャっとオートロックがかかる音がした。
まだ、はっきりと顔を見ていないけどパッと見、とても美形の人だというのが分かる。
腰に届きそうなくらい長い髪と、微かに香る香水の匂い。
彼女の後姿からも、大人の女性のオーラが漂っていた。
私は正直がっかりした。
それは、あなたとは外見があまりにも違うから。
でも、それはいつもの事。
いちいち気にはしなくなったわ。
- 118 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 22:54
- さすがに、スイートルームは広い。
高級感漂う雰囲気に圧倒されそうになる。
一番目を引いたのは、外の夜景。
雨で多少視界が悪くなっていそうだが、それでも十分に綺麗な夜景を見渡すことが出来る。
色とりどりの光がばら撒かれていて、星空との境界線がはっきりしないぐらい…
私も今まで、あのちっぽけな光の中にいたんだ…
「適当に座ってて。のど渇いてるでしょ?」
「あの、お構いなく…」
あ…
これってさっき私が彼女にしたことと一緒だ…
今度は気を使われる立場になってしまった。
あの女性から見たら私はとても固くなっているように見えるのかな。
なんだか私がお客さんみたい…
「はい」
と言って目の前に置かれたのは、綺麗な二つのグラス。
そして、一本のワインボトル。
- 119 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 22:55
- 彼女は私の前の席に座ると、器用にコルクを抜いた。
そして、二つのグラスにワインを注いでいく。
「はい、どうぞ」
「あの…、私まだ未成年で…」
「あら。そうだったの。でも、いいじゃない。ちょっと付き合って」
お酒を飲んだことはない、と言ったら嘘になるけれど、好んで飲むことはない。
私は、紫色のグラスを両手で持つと、恐る恐る口につけた。
口の中に香りがいっぱいに広がって、胸が熱くなる。
大人の味…
まだ、私は慣れないみたい。
私が飲むとしたら、中澤さんの晩酌に付き合うぐらい。
ビールばっかし。
一缶も飲んだら、もうフラフラになって歩けない。
頭がポーっとしちゃう。
きっとこのワインも飲んじゃったから、すぐに酔っちゃう。
一口飲んで、「ふー」とため息をついている目の前で、その女性はおいしそうにワインを嗜んでいる。
大人の女性…
シチュエーションですぐに判断しちゃう私が子供なだけかもしれないけれど、
彼女を見ていると、他の大人とも違う…もっと高貴な……
でも、とても柔らかくて優しい印象も受ける。
- 120 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 22:56
-
「名前聞いてもいいかな?」
「あ、『マリ』っていいます。よろしくお願いします」
「そう。…私は圭織。よかったわ、可愛い子で。よろしくね」
圭織さんはそう言うと、ニコッと笑った。
私も思わずつられて笑う。
ダメだ…
調子が狂ってる。
いつもの営業スマイルじゃない。
相手はお客様なのよ…
ダメ、今日はそう思えない。
なんでかな、見た目は全然違うのに、この懐かしい感じ。
甘ったるくて、優しくて、私を包み込んでくれるような…
きっと、この雰囲気とアルコールに酔ってるだけだわ。
こんな素敵な場所だから、気持ちが浮わついているのよ。
そうよね…?
- 121 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 22:58
-
「見つかって、よかった」
「え?」
圭織さんが私の方を見ながら言う。
手にはまだグラスを持ったまま。
「あなたのお店のこと。…急に一人じゃ寂しくなって、ネットで探したの」
圭織さんはそう言いながら、部屋の隅にあるノートパソコンを指差した。
そういえば半年ぐらい前、中澤さんがホームページ立てたって言ってたっけ…
「もしかして、私のことお金持ちとか思ってる?」
「いえ!………あ、はい…」
私が考えていた事を、そのまま指摘されて驚いた。
圭織さんは気にすることなく、続けて話してくれた。
「ふふ、そうよね。こんな部屋取るなんて普通の人じゃなかなか出来ないし…。
今日はね、記念日なの。だから奮発しちゃった!」
圭織さんは嬉しそうに話す。
最初は綺麗な人だなって思ったけど、笑うととても可愛い人。
- 122 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 22:59
-
「もしよかったら、何の記念日か聞いてもいいですか?」
「うーんとね、一言で言うなら……告白記念日?」
「へえー。素敵ですね」
「うん。この部屋で、はじめて彼女とすごしたの」
彼女と…
そっか、この人も…
そりゃそうだよね、私を呼ぶぐらいだもの。
「元カノ…かな?」
「私なんかで大丈夫ですか…?」
「どうして?」
「もし代わりが務まらなかったら…」
そう不安を口にすると、また飯田さんは笑う。
今度はクスクスと声を立てて笑った。
何か可笑しいこと言ったかな…?
「あなたは彼女の代わりなんかじゃないわよ」
え、どうして…
「私の目の前にいるのは『マリ』ちゃんでしょ?」
- 123 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 23:01
- 私は自分が恥ずかしくなった。
圭織さんは私をちゃんと見てくれている。
なのに、私は圭織さんの奥にいる矢口さんを探してた…。
いや、分かってる。
前からそんなことは自覚してた。
でも、今はじめて、そのことに罪悪感を覚えた。
大丈夫かな…
今度は違う種類の不安が私を襲う。
私は圭織さんを、真っ直ぐに見ることが出来るだろうか?
大丈夫…
『マリ』なら大丈夫。
『マリ』なら『圭織』を受け入れられる。
でも、まだ不安は残る。
『梨華』は『圭織』を受け入れられる…?
- 124 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/17(金) 23:01
-
「どうかしたの?」
その声で、私は我に返った。
何を考えているのよ、私ったら…
今は仕事中よ。
そうよ、これは仕事よ……私は『マリ』よ。
「いえ、大丈夫です!すみません」
今度は普通に笑えた。
いつもの営業スマイルの『マリ』。
- 125 名前:ななし作者 投稿日:2003/10/17(金) 23:02
- 続きます
- 126 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/28(火) 21:21
-
首筋に体温を感じた。
圭織さん…
圭織さんは私を後ろから抱きしめて、その長い腕を私の首に巻いていた。
圭織さんの手は冷たくて、火照った私の体を冷ましてくれる。
「ねえ…」
圭織さんが私の右の耳元で囁きだした。
それは、圭織さんの口から漏れる吐息が私の耳をくすぐるぐらいの近さだ。
鳥肌が立つ。
「寂しいのよね……私たち…」
目の前に深紫の液体が揺れている。
グラスを持った私の手が震えているのだ。
手だけじゃない、体全体が…
「あなたも寂しいんでしょ…?」
怖い…
圭織さんの右手が下から伸びて、私の左頬をゆっくり撫でた。
それはとても冷たい手だった。
- 127 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/28(火) 21:22
-
「だから、こんな仕事してるのよね…」
「あ…」
思わず声が漏れた…
私の胸にも冷たい感触が伸びていた。
圭織さんの左手は、私の左胸をさすっていた。
そして、形が変わるぐらい、ぐっと力を込めて揉んでくる。
「ん…あは……」
圭織さんの舌が私の耳を刺激し始めた。
もうダメ…
体が仰け反って、椅子に座ってられない。
いつもならこれぐらいのこと、何でもないのに…
今日は耐えられない…
私は、手に持ったグラスを、ワインがこぼれないように支えるのが精一杯だった。
息苦しい。
こんなに優しくて辛い愛撫を受けるのは、はじめてだった。
はじめて…?
違う、私はこの感覚を知っている……覚えている…
- 128 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/28(火) 21:23
-
「やめてください!」
私は耐え切れなくなって、椅子から立ち上がった。
大きな音を立てて、グラスを机に叩きつけた。
勢いがつき過ぎて、紫の水滴が飛んだ。
「はあ…はあ……」
まだ、呼吸が収まらない。
それどころか、また違う興奮をしてしまったようだ。
心臓の音が大きく聞こえる。
「…ごめんね……」
圭織さんの声がポツリと聞こえた。
その声で急に我に返った。
圭織さんを見ると、床に座り込んでうつむいていた。
私は何をしているのよ…
お客さん相手に…
- 129 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/28(火) 21:25
-
「あ、あの……ごめんなさい!」
私は頭を深く下げて謝った。
私の仕事は、相手を歓ばせること…
特に、社会生活で受け入れられない想いを慰めるところなのに…
これじゃあ、余計に傷つけるだけじゃない…
私のバカ…
圭織さんは立ってくれなかった。
顔を見ようにも、長い髪が垂れていて、よく見えない。
私は戸惑いながらも、圭織さんの前に屈んだ。
「本当にごめんなさい…」
すると、顔を少し上げてくれた。
だけど、さっきのような華のある可愛らしい笑顔じゃない…
悲しそうな顔をして、頬が涙で濡れていた。
「ごめんね…、やっぱりやだよね、こんなの…」
え…?
そんな言葉を発した彼女を驚いて見ると、笑っていた。
無理して笑っていた。
- 130 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/28(火) 21:25
-
「こんなん気持ち悪いだけじゃん、あなただって好きでやってんじゃないんでしょ!」
泣きながら笑って、ちょっと怒ったように言う。
どれが彼女の本当の気持ちなんだろう…
私は何も言い返せない。
もちろん圭織さんは誤解している。
私はこの行為が好きだし、気持ちがいいものと思っている。
ただ、あまりにも似てたのよ…
あの優しすぎる手が、怖かったのよ…
でも、私はそれを上手く言葉にして、圭織さんに伝えることが出来なかった。
それは、圭織さんの気持ちが痛いほど分かるから。
私たちは何よりも拒否される事を恐れている。
今日の一人目の彼女もそう。
彼女は疑いながらも、恐る恐る私にアプローチしてきた。
私はそれを全て受け入れた。
だから、彼女は心も体も私に打ち明けてくれたんだと思う。
でも、私は圭織さんを拒否してしまった。
- 131 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/10/28(火) 21:27
-
「ねえ、石川。ちょっといい?」
「どうしたんですか、矢口さん」
「あのさ、………おいらの事どう思ってる…?」
「え…どうって?」
「石川は……おいらのこと………」
ずっと、ずっと、好きでした。
- 132 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:10
-
矢口さん……私は圭織さんを受け入れてもいいですか?
『梨華』として受け入れてもいいですか…?
- 133 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:11
-
子供のように泣きじゃくる彼女を、私は受け入れたい…
私は圭織さんの感情を抑えるように言った。
「シャワー借りますね…」
すると、圭織さんは驚いたように顔を上げた。
頬も目も真っ赤…
さっき圭織さんにされたような笑顔を、今度は私がする。
これは、作り笑顔じゃない。
一年ぶりに笑った、誰かのために笑った。
もう、泣くのはやめよ?ね?
笑ってくれた、圭織さんも笑ってくれた。
一生懸命に涙をこらえて。
そして、コクッと頷いて、「いいよ」と言ってくれた。
- 134 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:12
- 雨はまだ降っていた。
浴室からも綺麗な夜景を見ることが出来るけれど、相変わらず天気が悪い。
窓に映る私は、なんだか情けない体をしていた。
まだ体は乾いているのに、もう一人の私はビショビショに濡れている。
それは、喜びの水なのか、悲しい涙なのか…
私はまだ迷ってるのかもしれない。
このまま圭織さんを受け入れることは許されるの?
矢口さんは許してくれるの?
この部屋はユニットバスではないく、ちゃんと洗い場と浴槽が分けられていた。
圭織さんがあらかじめ用意していたのか、湯船は満たされていた。
体を軽く流した後、私はそれにゆっくりとつかる。
- 135 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:13
-
私はどうしたい?
私の本当の気持ちは?
きっと私は、圭織さんを求めてる…
圭織さんは、矢口さんと姿も性格も違うし、代わりとも思っていない。
矢口さんに似てるんじゃなくて、私に似てるんだと思う。
だから彼女の気持ちが痛いほど分かるし、癒してあげたいし、癒してもらいたい。
だから………矢口さんも許してくれますよね。
ふと、窓を見ると、そこには私とは違う、もう一人の影が映った。
圭織さん…
「…いいかな?」
「はい…」
圭織さんはシャワーで体を洗うと、すでに私がつかっている湯船に体を入れてきた。
ザザーと溢れたお湯がこぼれる。
私を後ろから抱くようにして体を収める。
もう恐怖感はない。
背中から感じられるのは温もりだけだった。
- 136 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:14
- 「マリちゃん?」
「……はい?」
一瞬、誰のことなのか判らなかった。
そう、まだ私は『マリ』としか名乗っていない。
「ちょっと…変なこと聞いていい?」
「え、ええ…」
「………なんで、この仕事してるの?」
圭織さんは、言いづらそうに私に尋ねた。
なんで…?
最初は、ただ矢口さんの代わりが欲しかっただけ。
でも今はどうだろう?
一つ確かに言えることは、今こうして圭織さんといるのは、違うということ。
「あなたに会うためです」
ちょっと格好つけて言ってみた。
思わず自分で言ってみて、笑ってしまった。
でも、嘘じゃないと思う。
今は、圭織さんが欲しい、それだけ。
- 137 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:15
-
「自分で笑っちゃかっこつかないよ」
「ふふ…すみません」
二人で笑った。
なんかやっと緊張が解けた気がした。
後ろを向いているから見えないけれど、圭織さんも笑顔のはず。
もう作り笑顔なんてしてないよね。
「でも、本当のこと言うと………忘れられない人がいるんです」
「………」
「たぶん、これからも忘れない」
「………」
「…だからかな」
初めて言った。
これは中澤さんにも、ちゃんと話してないこと。
「わかるよ、その気持ち。…私もそうだからさ」
「え?」
「私もおんなじ。…忘れられないのよ」
それはさっき話してくれた、彼女のことだろうか?
- 138 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:17
-
「自分で笑っちゃかっこつかないよ」
「ふふ…すみません」
二人で笑った。
なんかやっと緊張が解けた気がした。
後ろを向いているから見えないけれど、圭織さんも笑顔のはず。
もう作り笑顔なんてしてないよね。
「でも、本当のこと言うと………忘れられない人がいるんです」
「………」
「たぶん、これからも忘れない」
「………」
「…だからかな」
初めて言った。
これは中澤さんにも、ちゃんと話してないこと。
「わかるよ、その気持ち。…私もそうだからさ」
「え?」
「私もおんなじ。…忘れられないのよ」
それはさっき話してくれた、彼女のことだろうか?
- 139 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/12(水) 14:17
-
圭織さんは私に寄りかかるようにして、肩を抱いた。
より体が密着する。
圭織さんの鼓動が背中から伝わってくる…
「ねえ、ちょっと聞いてもらってもいい?」
「はい、なんですか?」
「あのねえ、昔の話」
すると、圭織さんは本当に物語を話すかのような口調で、ゆっくりと語り出した。
それは、あり溢れたラブストーリー。
- 140 名前:ななし作者 投稿日:2003/11/12(水) 14:18
- というわけで飯田さんの過去でも…
- 141 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/30(日) 21:41
-
シロツメクサ 〜飯田編〜
- 142 名前:シロツメクサ 〜飯田編〜 投稿日:2003/11/30(日) 21:42
-
太陽の光の眩しさで圭織は目を覚ました。
ゆっくりと体を起こすと、あたりを見渡す。
そこは、見知らぬ部屋だった。
圭織はチカチカする目をこする。
眩しいのは、日光のせいだけではなく、白一色に統一されたその部屋のせいかもしれない。
壁も家具も、床のフローリングの上に敷かれたカーペットまで、白一色だった。
ひどく頭痛がする。
気がつくと、ノドが焼けるように渇いていた。
そこで、圭織は思い出した。
(そっか、昨日は歓迎コンパで………)
飯田圭織、この春から新しい大学に通う一年生。
わざわざ東京の大学に通うため、地元の北海道から単身上京してきた。
そして新入生がとっ捕まえられ、恒例の行事。
そこで圭織は、はじめてのアルコールを味わった。
まだ、未成年だというのに、平気な顔をして飲ます先輩たち。
どこで記憶が途切れたのかも思い出せない。
もしや、変な男にさらわれたのでは、と思い、あわてて体をさすってみるが、どうやら無事のようだ。
しわくちゃになった昨日の服のままである。
じゃあ誰が…ここへ……?
- 143 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/30(日) 21:43
- そう疑問に思っていると、部屋の奥のドアが開いた。
そこにいたのは、一人の少女。
丸顔で背も低く、一見中学生かと思えるような容姿をしている。
でも彼女が、この部屋の住人であることはすぐに想像できた。
それは彼女がこの部屋と同じ、真っ白なワンピースを着ていたからである。
まるでこの部屋の風景に溶け込んでしまいそうな彼女は、圭織の顔を見るなりニコッと笑った。
「おはよう、よく眠れた?」
そう言いながら、彼女は圭織に近づいた。
彼女は圭織に手を差し出す。
その手には、水の入ったグラスが握られていた。
「はい、これ…」
「………ありがとう」
状況もまだ完全に飲み込めない中、とりあえず出された水を口に含んだ。
渇ききっていたノドが、一瞬の痛みと共に潤ってくる。
彼女は圭織が水を飲み干すまで、ニコニコと待っていた。
なにがそんなに楽しいのか、と思うほど屈託のない笑顔をしている。
- 144 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/30(日) 21:44
- 「ありがとね、水…」
「落ち着いた?」
圭織はコクンと頷いた。
彼女と同じように笑って返そうと思ったが、どうも彼女のようには笑えなかった。
「うん、ところでさ……ここは…」
「なっちの家だよ。昨日ベロベロになってたっしょ?」
「なっち?」
「あ、私なっちって呼ばれてるんだ。安倍なつみだから………って昨日も話さなかったっけ?」
「…ごめん、覚えてない」
「ははは、すごい酔っ払ってたからね〜」
どうやら昨日も同じことを話したらしいが、圭織にはほとんど記憶が残ってなかった。
とりあえず、無事に保護してくれたことを素直に感謝した。
と、その時、ドアの向こうでジュ〜という音が突然聞こえてきた。
「あ!いっけな〜い!ゆで卵作ってる最中だったんだ!」
となつみは言い残すとドタドタと駆けていった。
- 145 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/11/30(日) 21:44
-
圭織の目の前には、喫茶店のモーニングセットかと思えるような、朝食が並んでいた。
パンやソーセージやサラダ、圭織の普段の朝食からは考えられないメニューだった。
「どうぞ、召し上がれ〜。ゆで卵ちょっと硬くなっちゃったけど、なはは〜」
「…すごいね、安倍さんいつもこんなに作ってるの?」
圭織がそう尋ねると、なつみは焦ったようにして首を横に振った。
「ううん!違うよー、今日は飯田さんがいるからちょっと張り切っちゃった」
安倍は口にパンを咥えながら答えた。
「それから、安倍さんなんて呼ばなくていいよ。同い年なんだし」
「うん、じゃあなっち。私のこともカオリでいいからね」
「おっけ〜、カオリ!」
「なっち!」
「カオリ!」
「あはははははは…」
圭織が東京に出てきて初めてできた友人、それが安倍なつみだった。
だけど、圭織はまだ気付いていなかった。
もうなつみの笑顔から離れられなくなっていることを。
- 146 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/16(火) 03:14
- …レスしづらい雰囲気ではありますが。
心の動き、情景が浮かんでつい入り込んでしまう感じ。
次回更新もマターリ待っております。
- 147 名前:ななし作者 投稿日:2003/12/18(木) 23:16
- 感想ありがとうございます、励みになります
長い間あけてしまって申し訳ない・・・
短編のはずが思ったより長くなりそう
飯田編は本編終わってからでもよかったかな〜、と今更後悔してみたり・・・
- 148 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/18(木) 23:18
-
それから二人は、この部屋で共同生活することになった。
よくよく話してみると出身地が同じなど、共通点も多い二人。
まだ東京にも慣れていなく、お互い不安なことも多々あるので、二人で暮らすのは心強かった。
もともと、この部屋も一人ぐらいの学生にしては広い。
心配性のなつみの親が、少しでも安心できるところといって選んでくれたものだった。
また、高めの部屋代も二人で折半することになったので、その負担も減る。
二人の気はよく合った。
同じ境遇だからかもしれないが、必要以上にお互い警戒することもない。
まるで、小さい頃から同じ時を過ごした幼馴染のようだった。
時々はケンカもした。
でもそれ以上に、よく笑いあった。
なつみが悩みを圭織にこぼした日もあった。
圭織は、まるで自分のことのように親身になって聴いた。
もちろん、圭織が悩みを打ち明けた日もあった。
そうしてお互いの距離はどんどんと縮まってゆく。
一年が過ぎた。
- 149 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/18(木) 23:19
- 圭織は自分の気持ちに気付いていた。
自分はなつみ無しでは生きられなくなっており、それが行き過ぎた感情であることも。
なつみも圭織を慕っている。
(でも、それは自分の持っている感情とは違うものかもしれない…)
圭織は悩んだ。
なつみは圭織以外の友達と遊ぶこともある。
恋の悩みだってあった。
なつみのそんな姿を見るたび、聴くたびに、圭織は胸が鎖で縛られたような気持ちになっていった。
素直に自分の感情を出したいのに、その鎖はビクともしない。
なのに、なつみはいつもと同じように笑いかけてくる。
でも圭織は、その笑顔をいつまでも見ていたいのだ。
だから、なつみと同じように、ただただ笑顔を返し続けてる。
- 150 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/18(木) 23:21
-
『あ、もしもしカオリ?』
「うん、どうかした?」
『今バイトの先輩に誘われちゃってさ〜、遅くなるから先に御飯食べてて』
「……うん。気を付けてね」
『じゃあねぇ〜』
そうして、晩御飯をラップに包んだ日がいくつあっただろう。
圭織の想いとは裏腹に、二人は少しずつ距離を開きはじめていた。
上京してきて一年、二人はなんとか生きている。
共同生活というものが重荷になってきたのかもしれない。
特になつみは笑顔の数も減って、家に帰ってこない日すらあった。
そんな日は、圭織が一人で泣くには恰好の日だった。
- 151 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/18(木) 23:22
-
六月のある日、圭織は一つの決断をした。
「ねえ、なっち」
「ん?どうしたカオリ?」
なつみは昼食のパスタを頬張っていた。
今日は日曜日、久しぶりに二人で食卓についている。
「…来週の土日暇?」
「土日?」
なつみは壁にかけられているカレンダーに目をやった。
土曜日は朝からバイトである。
「バイトあるけど夕方ぐらいからなら大丈夫だよ。日曜日はなんもないし」
圭織はポケットから一枚の紙を取り出した。
そして、それをなつみの前に差し出す。
- 152 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/18(木) 23:23
-
「じゃあさ、バイト終わったら、そこに来てくれないかな?」
なつみはその紙を受け取る。
丁寧に四つ折りにされた紙を開いて見ると、なつみはキョトンとした。
「カオリ………ここって…?」
「ね、いいでしょ?最近二人で出かけることもなかったし…」
なつみはコクンと頷いた。
圭織は立ち上がると、空になった食器を持ってキッチンへと向う。
そして流しにそれを置くと、自分の呼吸を落ち着かせていた。
平然となつみに紙を渡したけれど、内心はそれどころでは無い。
圭織は自分の鼓動が治まるまで、キッチンから離れることが出来なかった。
そして、その鼓動はなつみへと伝わっている。
今度はなつみが心臓を鳴らす。
何度もその紙に目を落とす。
圭織の意図を探ろうと必死だった。
突然の誘いに、なつみはどうしたらいいのかわからなかった。
その紙には、この辺りでは最も高級なホテルの名と、「2601」という数字が書かれていた。
- 153 名前:ななし作者 投稿日:2003/12/18(木) 23:25
- 続きます
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/12/19(金) 20:35
- 暖かくも切ない空気が大好きです
続きを楽しみにお待ちします
- 155 名前:ななし作者 投稿日:2003/12/28(日) 22:57
- ありがとうございます
年末年始多忙のため、更新が遅れております
時間が出来るまでは保全代わり程度の更新しか出来ません・・・モウシワケ
それでも待ってくれると嬉しいです
- 156 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/30(火) 21:12
-
そして土曜日の夜。
ホテルの一室で圭織となつみは向かい合って座っている。
なつみがバイト終え、この部屋に着いてからもう二時間は過ぎた。
でも、その間に交わされた会話はほとんどない。
圭織も、ホテルを予約しなつみを呼び出したはいいが、何を話していいのか分からなくなっていた。
伝えたいことは一つ。
好き…
それだけ。
だけどいつ言えばいいのかわからない…
どんな表情をして言えばいいのかわからない…
言った後どうしたらいいのかわからない…
頭の中で何度もリハーサルをしてみたが、ベストテイクは見つからなかった。
ただ無情にも時間だけが過ぎる。
- 157 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/30(火) 21:13
-
「キレイだね、夜景」
先に沈黙に耐えられなくなったのは、なつみの方だった。
なつみは椅子に深く腰掛け、足をブラブラさせながら、窓の外を見ている。
なつみはいつも笑顔を浮かべている。
今だってほんのりと口元を緩めているのだ。
でも、圭織は知っている。
(なっちは、まだ笑っていない…)
それは「笑顔」だけど笑ってはいなかった。
なつみはどんな表情をしていいか分からなくなると笑顔を浮かべる、ということを圭織は知っていた。
途切れることのない表情。
でも、楽しくなくても、嬉しくなくてもなつみは笑顔なのだ。
それは圭織にとって、堪らなく悔しいことだった。
(いつになったら前みたいに笑ってくれるの…?)
- 158 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/30(火) 21:14
-
「カオリ最近元気なくない?」
「そうかな…?」
「う〜ん……カオリの笑ってるとこあんま見てないからさ〜」
(それは、なっちの方じゃないの?)
圭織はそう言う代わりに、微笑して首を傾ける。
「ほら、それ!」
「え?」
「何かあるとすぐ軽く笑ってごまかす!」
(何言ってるの…それはなっちでしょ…)
「そんなことないってば〜」
圭織は自分の言葉を飲み込んだ。
そんな話をしに呼んだわけではないのだ。
険悪な雰囲気は作りたくなかったので、圭織はなだめるように笑ってはぐらかす。
- 159 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/30(火) 21:14
-
「またやった!」
なつみは立ち上がって、圭織の顔を指差した。
もうなつみの顔に笑顔は無い。
怒っていた。
「何でいつも笑うのさ!可笑しくもないのにさ!なっちと一緒にいても楽しくないんでしょ!」
「…えぇ?」
「信じらんないよ!愛想笑いばっかしちゃってさ!」
(それは私のセリフでしょ…)
なつみは興奮気味に圭織を責め立てた。
圭織は、ただなつみを見上げ見るばかりで何も言い返せない。
何故なつみがそこまで怒っているのかが分からなかった。
なつみが言っていることは圭織が思っていること同じだからだ。
「私のこと嫌いなら出て行けばいいじゃない!」
(私が……なっちのこと嫌い?)
- 160 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/30(火) 21:15
-
「何言ってるよ、なっちは!」
圭織も興奮気味に立ち上がった。
なつみよりも背が高い圭織、立ち上がれば今度はなつみが圭織を見上げる格好になる。
「いつも笑ってごまかしてるのは、なっちの方でしょ?本当は笑ってなんかいないんでしょ!」
「え?そんなことないよ…」
「嘘よ!私といるとき心から笑ってるなっちなんて見た事ない!」
「そんな…」
「嫌ってるのはあなた!なっちは私のこと嫌いなんでしょ!」
「………」
圭織がそう捲くし立てると、今度はなつみが黙ってしまった。
母親に叱られた子供のように、首をうな垂れて椅子に体を落とした。
圭織もそんななつみの姿を見て、急に大人しくなった。
お互いこんなヒステリックな姿を見せ合うのは初めてのこと。
そして、お互いの自分自身にも驚いていた。
まさか自分の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったのである。
- 161 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/30(火) 21:15
-
(何やってんだろ…私ったら)
圭織は窓の外を見る。
こんな言い争いをするために、わざわざこのホテルを予約したわけではないのだ。
想いを伝えるため。
それなのに、考えたくも無い裏腹な言葉ばかりが口からこぼれる。
圭織は下に広がる幸せそうな夜景が悔しく思えてきた。
(もう帰ろう…)
圭織は振り返ると、自分のハンドバックを持って歩き出した。
早く立ち去らないと涙がこぼれてきそうで嫌だった。
「じゃあね…」
「え…?」
「もうなっちの部屋も出てくね、今までありがと…」
「待ってよカオリ!」
なつみは急いで駆けると、圭織の腕をギュッと掴まえた。
そして、そのまま圭織の体に抱きついた。
泣いている。
- 162 名前:シロツメクサ 投稿日:2003/12/30(火) 21:16
- なつみは、自分の頭を圭織の胸に擦りつけるようにして泣いていた。
その間もなつみの両腕はずっと圭織の腕を掴んでいる。
圭織が逃げ出さぬように…
「やだよ…出てっちゃ嫌だよ!なっちは一人じゃ生きられないんだよ!カオリがいなかったら…」
「…じゃあ、なんで前みたいに笑ってくれないの…」
「………」
「私の前じゃ、なっち笑ってくれないじゃない…」
なつみはなかなか答えなかった。
それでも、なんとか口を開こうとしているのだが、涙が溢れてきて呼吸がままならない。
「ねえ、笑ってよ…」
「…笑えない」
「………なんで?」
「…好きになっちゃいけない人を好きになっちゃたんだよ!本人を目の前にして笑えるわけないじゃん!」
なつみは声を枯らして叫んだ。
自分の想いが圭織に届くように…
精一杯叫んだ。
圭織の胸の中で叫んだ。
- 163 名前:ななし作者 投稿日:2003/12/30(火) 21:18
- 今年最後の更新です
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/04(日) 22:23
- 抑えられた激しさというか…せつないですね。
これからどうなっていくのでしょうか。お待ちしてます。
- 165 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/14(水) 16:43
- 圭織はどうしたらいいか分からなくなっていた。
幾度も行ったリハーサルには無い状況。
なつみの言っている意味は理解できている。
でも、なつみを胸に抱えたまま動くことができない。
「ずるいよ、なっち…」
「…うぇ?」
「私が言おうと思ってたのに…」
「………」
「私が告白しようと思って今日呼んだのにさ…」
圭織がそう言うと、なつみの顔がさらに赤くなった。
そんななつみの顔を見て、圭織はより強くなつみを抱きしめる。
「好きだよ……なっち」
「…カオリ」
「なっち!」
「カオリ!」
そうして二人はまた笑い会えた。
心から笑えた。
でも二人は心の奥底で気付いている。
いつまでも、こんな幸せな時が続くはずはないと…
- 166 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/14(水) 16:44
-
それから、また同じようになつみの部屋で暮らし続けた。
あの白い部屋で。
どこへ行くにも常に一緒に行動するようになったし、一切の遠慮もしなくなった。
何ヶ月かぶりに手を握って街中も歩いてみた。
人目を避けてキスもする。
時には、お互いの体を求め合う。
この白い部屋で、いくつもの思い出を築いていった。
夏になって、日が近い二人の誕生日を一緒に祝った。
二人で旅行したりもした。
幸せな時間。
でも二人はただの恋人ではなくて…
いつかはこの幸せな時間も終わるのではと気付いていて…
別れは幸せの陰にいつも隠れている。
そして、それは突然現れる。
- 167 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/14(水) 16:45
-
あの告白の日から一年以上の時が経った。
街中がクリスマスのイルミネーションに変わる頃。
圭織は部屋でなつみの帰りを待っていた。
もうとっくにバイトが終わっている時間。
いつもは終わると真っ先に帰ってくるはずのなつみ。
(どうかしたのかしら…?)
圭織が不思議に思っていると携帯電話が鳴り出した。
なつみからだ。
「もしもし、なつみ?」
『………』
「今日は遅いじゃん。どうかしたの?」
『………めん…』
「え?」
『……ごめんカオリ…』
「ちょっと、どうしたの!」
携帯から聞こえてきたのは、今にも消えそうななつみの声だった。
- 168 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/14(水) 16:45
- 全然元気がない。
圭織は急に不安になってきた。
「今どこにいるの?迎えに行くから…」
『…公園にいる』
「どこの?」
『アパートの前の…』
「わかった今行く。動かないで待っててね」
『……うん』
圭織はコートを羽織ると、すぐに部屋を飛び出した。
公園は、アパートを出て道路の向かい側。
アパートを出ると、すぐになつみの姿を確認することができた。
白いコートを身にまとった女性が街灯の下に立ち尽くしている。
白はなつみの色。
今、圭織が最も愛している色。
- 169 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/14(水) 16:46
- 圭織は道路を渡って、なつみの元へ走り寄る。
笑顔はない。
作り笑顔も見せない。
それどころか圭織の姿を見つけると、申し訳なさそうな顔をして、よりいっそう険しい表情になった。
(もっと笑って…)
ホテルのあの日から、なつみは嘘の表情を作らなくなった。
嬉しいことや楽しいことがなくては笑わない。
機嫌が悪ければ怒るし、悲しいことがあればすぐ泣く。
でも、この一年と半年、笑っていることが一番多かった。
圭織は街灯の下へと駆け寄った。
なつみが顔を隠すように圭織の胸に崩れかかってきた。
圭織は何も言わずに、白いなつみを抱えた。
指先に触れた頬がすごく冷たかった。
- 170 名前:ななし作者 投稿日:2004/01/14(水) 16:53
- やっぱりレスがあると嬉しいですね、ありがとうございます
想像以上に長くなってしまった飯田編ですけど、やっと先が見えてきた感じです
実は矢口編もあったりするんだけど、それは本編が終わってからにします
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/18(日) 16:07
- 更新お疲れさまです
しかしなっちは一体なにがあったってんですか!?
幸せは続いてほしいのに…
次回お待ちいたします そして矢口編も
- 172 名前:ななし作者 投稿日:2004/01/25(日) 01:27
- 圭織となっちの時間もわずかですね
リアルのほうも
この日に更新するのも実は少し狙ってみたり・・・(ウソです、たまたまです)
飯田編ラストの更新です
- 173 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:29
-
しばらくして、二人は街灯下のベンチに腰掛けている。
二人の手には同じ銘柄の缶コーヒーが握られていた。
東京にきて三度目の十二月。
故郷と違ってまだ雪は降らないけれど、とても寒い夜。
なつみはなんとか落ち着いた様だった。
相変わらず冴えない表情をしているけれど、さきほどに比べればまだいい。
圭織は、そんななつみを見て少し安心した。
それと同時に覚悟していた。
これから起こることを、なんとなく予感している。
なつみが少しずつ話し出した。
「……カオリ」
「ん…?」
「……私ね…」
「…」
「………フランスに行ってくる」
「…うん」
「………店長と」
- 174 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:29
- 店長…
なつみがアルバイトしている洋菓子店のパティシエでもある。
圭織もなつみの話に幾度も出てくるので知っている。
「彼ね……もう一度修行したいんだって」
「そう…」
「…できれば………そのまま向こうで店開きたいって…」
「うん…」
「それで………なつみも一緒に行かないか、……って」
「…そうなんだ」
圭織は上を向いていた。
そして淡々と言葉を返していた。
でないと涙が落ちてくる。
星空がゆがんで見えた。
- 175 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:30
- 圭織はなつみのことを怒ったりはしなかった。
憎む気持ちなんてどこにもない。
ついにこの日が来たか、という感じである。
気付いていた。
いつかはこんな日が来ると。
こんな風に別れるとは思ってもみなかったけれど。
「親にも、明日連絡する。学校も辞めるよ…」
「…うん」
「あの部屋も………出てくね」
あの部屋…
なつみの白い部屋…
もうその部屋は圭織一人。
「……ごめんね」
「…大丈夫よ」
圭織はそう言って、なつみの手を握った。
暖かい缶を持っていたから手がふやけていた。
圭織は力を込めて手を握る。
- 176 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:31
- 圭織はなつみの想いを責めない。
なつみが自分よりも他の人を選んだ気持ち、それを圭織が責めることは出来なかった。
もしも立場が逆だったなら、自分もそうするだろう…
というこを圭織は感じている。
なつみが圭織のことを本当に愛してくれていたことを知っているから。
だから、責めない。
裏切られたという気持ちもない。
ただ、これ以上なつみとは一緒にいられない。
そのことが圭織にとって悲しかった。
何よりも悲しかった。
「…いつ出発するの?」
「今月の……25日…」
「そう、早く準備しなくちゃね」
「うん………カオリ」
「ん?」
「ありがとう…」
- 177 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:32
-
12月25日 午前10時
圭織となつみはタクシーを使い、成田空港へと到着した。
ついに出発の日、圭織となつみの最後の日。
前日は、二人で過ごす最後のクリスマスイヴだった。
お互い心の中では次の日の出発のことが頭にあったけれど、最後の夜を共に楽しんだ。
圭織となつみは手を繋いで空港を歩く。
二人はなつみの彼を探していた。
こうして手を繋いでいられる時間もあとわずかだった。
「あ、いた!」
なつみが指を差して叫ぶ。
その先には、一人の男の人が立っていた。
向こうも気付いたのか、なつみに向かって手を上げた。
別れの時が来た。
- 178 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:33
- なつみが圭織のほうを振り返る。
そして手を握りながら、お互いの顔を見つめ合った。
「カオリ…」
「ん?」
「……じゃあね」
「…じゃあね、なっち」
なつみは唇を噛みしめていた。
気を抜くと涙が溢れそうだったけれど、もう泣かないと決心していた。
「さよなら」
「…さよなら」
「……カオリ」
「なっち」
「カオリ!」
「なっち!」
笑った。
お別れは笑顔で。
- 179 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:33
- そして、手が離れた。
なつみが彼のもとへと歩いていく。
圭織は、なつみの姿をじっと見守った。
なつみの先には彼がいる。
彼は圭織のことに気が付くと、深く頭を下げた。
圭織はその彼を初めて見たけれど、とても優しそうな人だった。
圭織も同じようにして頭を下げる。
なつみは振り返ると、口だけで「さよなら」と言った。
圭織も、声には出さずに「さよなら」と言った。
そして、なつみと彼は圭織に背を向けて歩き出した。
圭織の手が届かない場所へ。
圭織も二人に背を向けて歩き出す。
これからは別々の道を歩く。
もう出会うことはないだろう。
- 180 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:34
-
一人で部屋に帰る。
なつみが残してくれた部屋。
なつみの白い部屋。
これからは、ここで暮らすのは圭織一人。
あの笑顔から離れられなくなっているはずなのに、もうその笑顔はない。
でも、そこらじゅうに溢れている。
あのキッチンにも、ソファの上にも、ベッドの上にも、なつみが溢れている。
いつだって思い出せる。
- 181 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:34
- 白いシーツに顔をうずめてみた。
まだなつみの匂いがした。
涙が一粒落ちた。
シーツがじわりと湿る。
圭織はひたすら泣いた。
いつまでも泣いた。
なつみの匂いに包まれながら。
なつみと出会ってから今まで、
優しさも温もりも、圭織に与えてくれていたのは他の誰でもなく、なつみだということ。
それは、ただ一つの真実。
- 182 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:36
-
※ ※ ※
- 183 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/01/25(日) 01:37
-
圭織さんが口を閉じた。
私は、時が経つのも忘れて圭織さんの話に耳を傾けていた。
お風呂のお湯が少しぬるくなってきたみたい。
「だからね、あなたが白いワンピースで来たのは本当に驚いたの」
白はなつみさんの色なんだ…
「今でもなつみさんのこと好きなんですか?」
「わからない。……でもね、今でも『ありがとう』って伝えたいかな」
- 184 名前:ななし作者 投稿日:2004/01/25(日) 01:42
- 以上で飯田編は終了です
これだけでも独立した話になるようようにしました
思ったよりも長くなりましたけど、書きたいことは書けたと思います
次からは本編に戻ります
>>141->>181の部分は一つの番外編として、
「ありふれたLOVE STORY」というサブタイトルも一応付けておきます
- 185 名前:ななし作者 投稿日:2004/01/25(日) 01:53
- アンカーの付け方間違ってますね
>>141-181
- 186 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/25(日) 02:27
- 今日はじめて読みましたけど凄く雰囲気とか好きです。
続き楽しみにしています。
- 187 名前:ななし作者 投稿日:2004/02/10(火) 12:29
- はじめまして
こんな駄文ですけど、読んでくれる人がいると嬉しいです
上がってると恥ずかしいので落とします
- 188 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/10(火) 12:31
-
お風呂からあがった私は、ベッドの縁に座っている。
数年前の今日、この部屋で圭織さんとなつみさんは結ばれた。
やっぱり、今日のように雨が降ってたのかな?
六月…
不思議な季節ね…
今はバスローブを着ていてワンピースは着ていない。
白いワンピースは椅子の背もたれに掛けられてる。
机の上には、まだ残ったワインボトルとグラスが二つ。
そしてベッド。
二人で寝ても余りそうなぐらいスペースがある。
今日はじめて来た部屋なのに、なぜか久しぶりにこのベッドを見た気がする…
さっき、圭織さんの話を聞いたせいかもしれない。
さっきよりも、心が軽くなってる。
圭織さんが私と似ていたから…
一番愛しいが去ってしまった苦しみを私たちは知っている。
- 189 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/10(火) 12:32
- 髪を乾かし終えた圭織さんが、洗面台から戻ってきた。
圭織さんも、さっきより自然に笑ってくれている。
「もう、こんな時間ね」
圭織さんが壁にかかった大きな時計を見て言った。
もう真夜中の二時を過ぎていた。
いつの間にそんなに経っちゃったんだろう…
一人のお客さんとこんなに長く一緒にいるのは初めて。
圭織さんが隣に座った。
長い髪を後ろで束ねている。
私は圭織さんの横顔をじっと見つめた。
整った綺麗な顔…
苦しみも悲しみも乗り越えてきた、一人の女性。
今まで見てきた女性の中で一番綺麗な顔をしている気がした。
- 190 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/10(火) 12:33
-
「もう、寝ましょうか」
圭織さんがポツンと呟く。
喋りすぎたのか、少し疲れてるみたい。
「ええ、そうですね」
私は立ち上がって、布団をめくった。
そして、そのままベッドに体を入れようとしたら、圭織さんに肩を掴まれた。
「ダメよ。寝る時はバスローブ取りなさい」
「あ……すみません」
バスローブって寝巻きじゃないのよね…
体は火照ってるし、裸でも寒くはないわ。
私は下着一枚を付けただけの格好になってシーツと布団の間に体を入れた。
お風呂で温まった体に、冷たいシーツが気持ちいい。
- 191 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/10(火) 12:34
- 圭織さんが部屋の電気を落として、明かりは枕元のスタンドだけになった。
そして、私の反対側からベッドに体を入れる。
薄暗い明かりの中で、圭織さんのシルエットが動いていた。
「今日は本当にありがとう。話聞いてもらっちゃって」
圭織さんの小声が近くに聞こえた。
私のすぐ側まで寄ってきている。
「いえ…。私のほうも、何もしてないし…」
「ううん」
圭織さんはそう言うと、私の体を引き寄せた。
腰に手が回されて、少しくすぐったい。
そして、不意に柔らかい口付けを受ける。
暗くて見にくいけれど、どうやら笑っているようだった。
- 192 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/10(火) 12:35
-
「朝まで、このままでいさせてね」
「はい…」
私の顔は圭織さんの胸に抱かれた。
長い髪の毛が私の肌をくすぐる。
シャンプーの香りと、圭織さんの暖かい体温が、とても心地良かった。
「おやすみ『マリ』ちゃん」
『マリ』という言葉を聞いて、ハッとなった。
そうだ、これもお仕事なんだ…
でも今は仕事なんてどうでも良かった。
だって今は圭織さんが愛しい。
「おやすみなさい」
私はこの日、とても安らかに眠ることができた。
- 193 名前:ななし作者 投稿日:2004/02/10(火) 12:37
- 続きます
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 04:47
- 圭織編を挟んだ上での今回のシーン、味わい深かったです。
確かに安らかな、不思議な静かさがありますね。
救済を感じました。
- 195 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/26(木) 23:55
-
口の中に何かある…
ぬるぬるとした気持ちのいいものが私の口を動き回っている…
歯茎を動き回り、今度は舌に絡まる…
「ごっちん…」
目を開けると、そこには真希ちゃんがいた。
「あ、起きちゃた?」
私が目を覚ましたことに気付いた真希ちゃんは顔を少し離すと、フニャフニャと笑った。
でも、まだ私の体は抱いたまま。
「ちょっと離してよ」
「ああ、待ってよ…」
私が立ち上がると、真希ちゃんはへなへなと布団に倒れこむ。
- 196 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/26(木) 23:56
- 時計を見ると、もう夕方だった。
中澤さんがいないことに気付いた。
「ねえ、中澤さんは?」
布団に倒れこんでいる真希ちゃんに聞いた。
「今買い物行ってるよ。二時間で戻るって言ってたから、あと三十分ぐらいかな〜」
真希ちゃんは、私の顔を下から仰ぎ見るようにして答えた。
いつまでもフニャフニャと笑っている。
真希ちゃんがこうやって笑っているのを見ると、私は本当に嬉しい。
真希ちゃんがこのお店にやって来たのは二ヶ月前。
泣いてばかりで、何も話してくれなかった。
でも、気持ちはとっても伝わってきた。
このお店に来る人は、みんな同じような痛みを抱えているのだから。
- 197 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/26(木) 23:57
-
「ねえ、もっと一緒に寝ようよ〜」
「もう十分寝たわよ」
「そうじゃなくってさ〜」
今ではベタベタと私になついてくれる。
ここに来た人は、従業員もお客さんもみんな何かに解放されたようになる。
誰の目を気にするわけでもなく、本当の自分を出せるようになる。
二ヶ月前はオドオドしてた真希ちゃんは、今では『ハローガールズ』の期待の新人さん。
「ねえ、昨日のお客さんお金持ちだったんでしょ?裕ちゃんが言ってたよ」
「お金持ちってわけじゃないわよ」
「えーでもさ、すっごい高いホテルに泊まったんでしょ?」
「うん、一応ね」
昨日のお客さん…
圭織さん…
- 198 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/26(木) 23:59
-
――――――――――――――
その朝、私と圭織さんはホテルのロビーで別れることにした。
「お金……さっき渡したよね?」
「はい、頂きました…」
もっと話していたいのに、会話がなかなか続かない。
私は圭織さんに伝えたいことがあった。
それは…
「あのさ、変なこと聞いてもいいかな…?」
「はい?」
私は話そうか迷っていると、圭織さんが尋ねてきた。
私と同じように、とても言い辛そうにしている。
- 199 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/26(木) 23:59
-
「本当の名前……って聞いてもいい?」
「あっ…」
それは私が言おうとしていることだった。
なぜかこのまま『マリ』のままで別れるのが嫌だった。
圭織さんには本当の名前を知っていて欲しい。
昨日過ごしたのは私だということを覚えていて欲しかった。
「やっぱダメだよね。ゴメンね!忘れて!」
「…梨華です」
圭織さんがキョトンとしていた。
あっさり私が名前を言うと思っていなかったみたい。
「石川梨華っていいます」
「うん……ありがとう」
――――――――――――――
- 200 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/02/27(金) 00:00
-
お客さんに本当の名前を言ったのなんて、はじめてのことだった。
でも、その時は言いたかった。
「なんか幸せそうな顔してるね〜」
今度は私の背中に張り付いてきた真希ちゃん。
幸せ…
かもね。
私は圭織さんに会えて幸せだった。
この一年、幸せに出会うことなんて無かったけれど、今は幸せかもしれない。
でも、一方で私は幸せになることを拒んでいる。
あの人を裏切りたくはないから。
- 201 名前:ななし作者 投稿日:2004/02/27(金) 00:02
- 長いこと更新してなかったですね
続きます
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/09(火) 00:06
- 更新されてた・・・嬉しいっす。
やっぱり切なく涼しい感覚があふれてますね。石川さんの心が悲しいほどに凛々しいもの。
そして「真希ちゃん」もまたなにかを背負っているのでしょうか。
待たせていただきます。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/11(木) 04:30
- 初めて読ませていただきました。
作者様の作り出す独特の雰囲気がたまらなく好きです。
これからも楽しみにしております。
- 204 名前:ななし作者 投稿日:2004/03/12(金) 00:16
- 感想ありがたいです
更新も展開も遅くて申し訳ない
- 205 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:18
-
六月、今日も朝から雨が降っていた。
いつまでこんな雨が降り続けるのだろう。
ここ数日、ベランダで洗濯物を干せていない。
私は今日も部屋の中にハンガーをかける。
雨の日は、嫌でも矢口さんを思いだす。
一年前、私は雨の降る中を傘も差さずに夢中で走った。
矢口さんの所へと。
頭の中は、後悔することばかりで、『ごめんなさい、ごめんなさい』と叫び続けた。
でも、矢口さんはそこにはいてくれなくて…
私を置いて一人旅立ってしまった。
あの頃の私は幼すぎた。
矢口さんがいかに私を愛してくれていたか、
私がいかに矢口さんを愛していたか、失ってはじめて気付くなんて…
周りの意見に振り回されて、大切なことを見失っていた。
- 206 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:19
-
「石川、指名だよ」
部屋で冷たい洗濯物を干していると、隣の部屋から中澤さんの声が聞こえてきた。
まだお昼だというのに、もうお仕事。
「誰ですか?」
いったん切り上げて、中澤さんの所へと向かう。
「この前の圭織さんだよ。『梨華さんお願いします』だってさ」
「あ……」
「石川、あんた名前教えたの?」
圭織さんには本当の名前を言ってたんだ。
「それで、またホテルですか?」
「ううん、ここ」
私は中澤さんから一枚のメモを受け取った。
そこには詳しい住所が書かれていた。
- 207 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:20
- ここからあまり離れてはいないけれど、見覚えのない住所。
「ここ、どこですか?」
「自宅だとさ」
自宅…
圭織さんの家に呼ばれたということ…?
「石川さ…。一人のお客さんと仲良くするのもいいけど、それなりに覚悟しとけよ」
中澤さんは、ぼさぼさの髪を掻きながら言った。
中澤さんの言いたいことは、なんとなく分かる。
「石川がそれでいいと言うなら、何にも言わないよ。ただ、もう一回考えてみたら?」
「わかってます…」
「とりあえず、今日は仕事だから」
「はい、行ってきます」
- 208 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:22
- 中澤さんは別に意地悪を言っているわけじゃない。
私の過去を知っているのは、中澤さんだけ。
だから心配してくれてる。
「付いていこうか?」
私が出掛ける支度をしていると、後ろから真希ちゃんが話しかけてきた。
「もうお店にいたの?」
「うん、だって暇だし〜」
そして、私たちは二人で出発した。
目的地はバスで20分程度のところ。
私は無色のビニール傘を、真希ちゃんは青色のビニール傘を差してバス停へと向かう。
真希ちゃんは右手に傘を持って、左手は私の腕に絡めている。
二人で歩くときはいつもこうだ。
- 209 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:24
-
「雨降ってるのに暑いね」
「そうね」
雲さえなければ、強い光線が射しているのかも。
でも、上空は分厚い灰色の雲で覆われている。
気温は上がっても、なんかすっきりしない。
まるで街がビニールハウスの中に入り込んでしまったようだ。
この雲さえ抜ければ、きっと暑い夏が訪れるのだろう。
「なんか、そのワンピースしょっちゅう着てない?」
「うん?そうかな…」
私の服は、また白のワンピース。
あの日と一緒。
もし次に圭織さんと会う時は、またこの服を着ていこうって決めてたんだ。
白はなつみさんの色。
きっと圭織さんも喜んでくれるはず。
それとも、お洒落なあの人のことだから、服のバリエーションが無いって怒るかもね。
- 210 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:25
-
「…似合わないかな?」
「ううん、ばっちり」
そう言うと、真希ちゃんは顔を崩して笑う。
真希ちゃんの笑顔は見ていると気持ちがいい。
こんなにも素直に笑えることは、私には最近ない。
この一年、心から楽しかったことも嬉しかったことも無いかもしれない。
もちろん、真希ちゃんといるのは楽しい。
でも一年前のようにはなれないの。
当たり前だと思っていたことは、実はとても儚い幸せだった。
その事に気付いてからは、それを失うのが怖くなった。
だから得ることさえ怖くなった。
「お、ぐっどたいみ〜んぐ」
私たちがバス停に着くと、ちょうど良くバスが到着した。
乗り込むと、乗客は私たちの他に数名いるだけだった。
- 211 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:27
-
「梨華ちゃん、後ろ空いてるよ!後ろ!」
「ちょっと、ごっちん声大きい!」
真希ちゃんは子供のようにはしゃいで、ドタドタと一番後ろの席へ走っていった。
そして一番端っこに座ると、私にここに座れと言わんばかりに席をポンポン叩く。
「わかったから……迷惑でしょ?」
「ニヘヘ…」
真希ちゃんは言葉にならない声を発して無邪気に笑う。
そんな真希ちゃんを見ていると、私がお姉さんになったような気分になってしまう。
よく笑う可愛い妹だ。
私が隣に座ると、真希ちゃんは私の肩に頭を乗せた。
腕はまだ組んだまま。
バスが動き出す。
バスの中は外と同じように蒸し暑かったけれど、雨が降っているので窓を開けるわけにもいかない。
外の景色が見えるように、手で窓を拭いた。
雨の街が後ろへと流れていく。
- 212 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/12(金) 00:30
- 一年という時間は、人を変えるには十分みたい。
私は確実に変わった。
家族も含めて様々な人々と別れた。
そして今、中澤さんに出会い、真希ちゃんに出会い、数多くのお客さんに出会い、圭織さんに出会った。
一年前に変わった私は、今また変わろうとしている。
そんな気がする。
ただ、それが一年前の私に戻ろうとしているのか、また違うものになるのか…
それはまだわからない。
きっとその答にはこれから出会う。
私たちはバスの中では一言も話さなかった。
真希ちゃんは私に寄りかかってニコニコしているだけ。
私はそんな真希ちゃんを愛しいと思いながらも、これから出会う圭織さんのことを考えていた。
圭織さんが自宅に私を呼んだ理由。
電話で『梨華』と指名した理由。
多分、それはわかってる。
お仕事として会いたくない、ってことだと思う。
それは嬉しくもあり、不安なことだった。
そして、それは中澤さんが心配してくれていたことでもだった。
- 213 名前:ななし作者 投稿日:2004/03/12(金) 00:35
- 続きます
- 214 名前:ななし作者 投稿日:2004/03/19(金) 00:06
- しぶとく生きております
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/19(金) 21:46
- どう動き出していくのか…石川さんの強さに心を洗われつつ待ちます。
- 216 名前:ななし作者 投稿日:2004/03/23(火) 03:58
- 待ってもらうのが申し訳ないぐらい遅くてごめんなさい
- 217 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 03:59
-
バスは私たち二人を残して走り去った。
そこは綺麗な通りだった。
バス通りから一本道をそれると、小さな商店街のような道。
商店街といっても、雑貨屋やブティックが並ぶお洒落な通り。
圭織さんの住むアパートは、この通りの先にあるらしい。
「ねえ、梨華ちゃん。あたしここで待ってるよ」
真希ちゃんが私から腕を解いて言った。
「ここなら色んなお店あるし、退屈しそうにないからさ」
「そう?じゃあ、終わったら電話入れるね」
「おっけ〜」
真希ちゃんは、歩いている時に目を付けていたらしい一軒の雑貨屋へと小走りで向かっていった。
ここからは私一人。
なぜか急に緊張してきた…
- 218 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:01
- 通りを抜けると、小さな公園が見えた。
そして、その向かいに二階建ての建物がある。
アパートの名前を確認してみると、私の持っているメモに書いてある名前と一致した。
ここだ。
それよりも、気になることがある。
この向かいの公園。
圭織さんから聞いた話と風景が一致するのだけれど…
もしかしたら、ここはなつみさんの部屋で、まだ圭織さんはここに住んでいるのかもしれない。
建物に外付けされた階段を登る。
アパート自体はとても清潔感があった。
部屋の数は多くないけれど、その分一部屋ずつが広そうだ。
そして、圭織さんの部屋。
表札は外されたような形跡があるだけで、付いてはいなかった。
インターホンを押す。
前回は、どんな人がいるのだろう、と思って扉をノックした。
だってあんな高級そうな部屋に呼ばれたんだもの。
すごく緊張した。
今も緊張しているけれど、また違う種類の緊張だと思う。
- 219 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:01
- 扉はすぐに開いた。
そこにいたのは、もちろん圭織さん。
「いらっしゃい、入って」
笑顔で迎えてくれた圭織さんは、すぐに奥に引っ込んでしまった。
「ごめんね、今手が離せないの。……あ、傘はそこに置いておいていいからね」
どうやら料理をしているようだった。
部屋の奥からいい匂いがしてきた。
私はビニール傘を傘立てに立てると、ミュールを脱いで部屋に上がった。
約一週間振りの再会は、慌しく過ぎてしまった。
私も最初なんて声をかけていいのか分からなかったけど、話しかける間もなく圭織さんは奥へと行ってしまった。
もしかしたら圭織さんも緊張しているのかもね。
ホテルで会った時のドレスのような装いと違い、カジュアルな感じに見えた。
でも、身なりはきちんとしている。
白のスカートに淡いブルーのブラウス。
長い髪は後ろで束ねていた。
- 220 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:03
-
そこは白い部屋だった。
壁もそうだけれど、家具も小物も、部屋の雰囲気が白だった。
そう、ここが圭織さんから聞いたなつみさんの部屋だった。
この食卓も、隣の部屋に置かれているベッドも、初めて見るはずなのに何故か懐かしく思えてしまう。
「もうすぐで出来るから、そこに座ってて」
キッチンから圭織さんの声が聞こえてきた。
私は洗面台を借りて手を洗い、ソファに座った。
ぐるりと部屋を見渡して見る。
圭織さんらしい、綺麗に整えられた部屋。
ベランダには雨に濡れた観葉植物。
特に私の目を引いたのが、目の前のテーブルの下についた小棚。
そこには、何冊もの写真集が積み重ねられていた。
- 221 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:05
- 私は一番上にある、綺麗な花が表紙の写真集を手にとって見た。
どうやら洋書のようで、中身は英語だらけで何が書いてあるのか分からなかった。
でも、それは植物の写真集だとすぐに分かった。
図鑑のような種類を紹介する本ではなく、風景の中の一つとして撮られた芸術的な本だった。
深い森の池にポツンと咲いたピンクの蓮の花。
路上に咲いた名前も分からない黄色い花。
可愛らしい少女が胸いっぱいに抱える大きな花束。
今にも零れ落ちてきそうな開きかけた蕾。
果てしなく地平の彼方まで広がるヒマワリ畑。
その、全てが美しく印象的だった。
私は夢中になってページを捲った。
捲れば次の素晴らしい風景にまた出会う。
ページを捲ることがこれほど楽しみな本を見たのは初めてだ。
- 222 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:06
- 私はあるページが気になった。
一つだけやたらと地味なページがある。
深い緑の中に浮かぶ二つの白い花。
それはシロツメクサの写真だった。
正確に言うと二つじゃなくて、もっとたくさん写っている。
でも、手前の二つだけにピントが合わせられていて、他の背景はぼやかしてあった。
他のページに比べると、とても地味なイメージ。
でも、これが一番印象に残った。
というよりも、これを見ていると痛みすら感じてしまう。
「ごめんね、待った?」
圭織さんがキッチンから戻ってきた。
手には二つのオムライスがあり、とてもいい匂いがした。
「あ、それ見てたんだ」
「ええ。とっても綺麗な本ですね」
「それね、けっこう気に入ってるんだ」
圭織さんはそう言ってまたキッチンに戻ると、今度はスープを持ってきた。
- 223 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:07
-
「そのページ…?」
圭織さんが写真集を指差して言った。
その先はシロツメクサのページ。
「あの、何か気になっちゃって…」
「そっか…」
圭織さんは私の隣に座って、そのページをじっと見た。
「……シロツメクサの花言葉って知ってる?」
「え?……知らないです」
「そっか…。まあ、いいわ。その話は後にしましょ。ご飯冷めちゃう」
私はもう一度シロツメクサの写真を見てみた。
やっぱり胸が痛くなる。
それは花言葉と何か関係があるのかしら。
- 224 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:08
-
圭織さんは更にサラダを持ってくると、再び私の隣に座った。
「今更だけど…。ありがとね、わざわざ家まで来てもらっちゃって…」
「いえ……私のほうこそお邪魔じゃないですか?」
「何言ってるのよ、私のほうが呼んだのよ」
圭織さんは、にっこりと微笑んで私を見た。
「えっと…今日はどっちで呼んだらいいかな……」
「何がですか?」
「その、名前……」
圭織さんが少し言いずらそうに私に聞いた。
私の呼び名のことだろう。
もちろん仕事では『マリ』だけれど、私は前に『梨華』と教えた。
「今日は梨華でお願いします」
「いいの?」
「だって電話でも『梨華』って言ったじゃないですか。それに私も梨華のほうが良いですし」
- 225 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:10
- 圭織さんになら『梨華』って呼んでもらっても大丈夫。
それよりも、圭織さんに『マリ』と呼ばれるのは嫌とさえ思う。
「私のことはずっと梨華って呼んで下さい」
「……ありがとう」
圭織さんは一瞬驚いたように見せたが、またいつものように微笑んだ。
この人は、本当に笑顔の似合う人だといつも思う。
上品で嫌味のない笑い方は、そうそう出来るものじゃない。
圭織さんは、そういった笑い方を自然に出来る人。
「じゃあ、梨華ちゃんでいい?」
「はい」
「さ、もう食べて。本当に冷めちゃうから」
「はい、いただきます」
私はオムライスにスプーンを差した。
ケチャップの味とタマゴの甘味が程よく混ざって本当に美味しかった。
スープも手の込んでそうな、でもあっさりとしたアサリのスープ。
- 226 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:11
-
「美味しいです。お料理上手なんですね」
「ありがとう。前はあんまりしなかったんだけどね、一人になってからするようになったかな」
私は少し焦った。
もしかしたら聞いちゃいけないことを聞いてしまったかもしれない。
一人になってからというのは、きっとなつみさんが居なくなってしまったからだろう。
なつみさんの事について私から聞くのはやめようと、来る前に決めてたんだ。
悪いことを聞いてしまったような気がして、少し黙ってしまった。
「前はね、なっちがよく作ってくれたんだ。私も時々作ってたけど、なっちのほうが全然上手くてね」
「………」
「あの子ね、忙しくても毎日、朝食作るのよ。しかも凄く丁寧に」
圭織さんは懐かしむように話した。
私がしばらく何も言えずにいると、圭織さんはそのことに気が付いたようだった。
- 227 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:12
-
「別に気遣わなくてもいいよ」
「あ、すいません…」
「もう全然平気なのよ。前に梨華ちゃんに全部話した時からね、以前のこと思い出しても泣かなくなったの。
多分、誰かに話すことで気持ちの整理が出来たと思う」
圭織さんは口にオムライスを運びながら話した。
「だからね、あなたにすごい感謝してるの」
「そんな、感謝だなんて…」
「ううん、本当なの。でも、あなたの話は結局聞かなかったな、と後から思って」
圭織さんは私の顔をじっと見た。
さっきのシロツメクサを見る時と同じように、心の中まで見ているんじゃないかと思うぐらいじっと。
圭織さんの大きな目を見ていると吸い込まれそうだった。
- 228 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/03/23(火) 04:13
-
「悪いことしたなと思ってるんだ、私ばっかり話しちゃって」
「そんな、いいですよ。私のことなんか」
「良くないよ。あなたも何か痛みを抱えてるんでしょ?」
圭織さんに見られると、「ない」なんて嘘は付けなかった。
きっと私が圭織さんと似ていると似ていると感じたように、圭織さんも私に対してそう感じているのかもしれない。
私はスプーンをいったん置いた。
「じゃあ、私も話したらおあいこですよね」
「うん」
話してみよう。
私が圭織さんに本当の名前を教えた時から、いつかは話そうと思っていたこと。
話したところで私の悲しみが癒えるわけじゃない。
圭織さんに同情してもらおうだなんて思わない。
でも、一年前からくすぶっていた私を変えるチャンスがあるとするなら今なんじゃないかって…
そんな予感がしていた。
- 229 名前:ななし作者 投稿日:2004/03/23(火) 04:15
- いきなり板がすっきりしていてびっくり
続きます
- 230 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 00:52
-
何から話そう…
話したいことはあったはずなのに、なかなか言葉が出て来ない。
矢口さんと出会った頃のことを話そうとした。
でも、思い出そうとしても雨が邪魔した。
過去の事を振り返ろうとすると、あの雨の情景しか浮かばない。
そうじゃない…
もっと楽しいこと…
嬉しいことがあるはずなのに…
「……ごめんね、無理に話してくれなくてもいいからね」
「いえ、大丈夫です…。ただ、何から話したらいいのかわからなくて……」
圭織さんは心配そうに私の顔を覗いた。
笑顔でかわそうと思っても、うまく笑えなかった。
私の頭の中は雨でいっぱいになり、目の前の情景も一年前の雨の街へと姿を変えていた。
- 231 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 00:53
-
「…泣いてる?」
「え……」
いつの間にか本当に視界が潤んでいた。
俯くと大きな水滴が一粒、スプーンへと垂れた。
それを見ると私の中の何かが解けてしまった。
私は泣いた。
顔をくしゃくしゃにして泣いてしまった。
どうして思い出せないんだろう!
私と矢口さんの思い出は悲しいことばっかりじゃない!
なのに、なのに!
頭を過ぎるのは、あの日のことばかり…
「…ごめんね、落ち着いてね」
圭織さんが私の背中をさすってくれていた。
そして、ハンカチを私に差し出した。
私はそれを受けてっても握り締めるばかりで、顔に当てることは出来なかった。
- 232 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 00:54
-
「思ってることを、なんでもいいから言ってみて」
「………」
「全部言ってくれなくていいの。梨華ちゃんの今考えてることは何?」
私の考えていることは…
「雨の中走ったんです、一生懸命に……。でも、間に合いませんでした…」
「………」
圭織さんは私の肩を抱き続けてくれた。
「私が矢口さんの部屋に付いた時、矢口さんはもう寝ていました……。枕元に二通の…手紙がありました…」
「…それは」
「遺書です」
私は零れる涙はそのままに、声を枯らしながら必死に話した。
聞いてる圭織さんには全然伝わってないかもしれない。
だって、私はまだ矢口さんが誰なのかも言っていないし、どんな関係なのかも言っていない。
ただ、私の頭に浮かんだ情景を説明しているだけだった。
でも圭織さんは真剣に私の話を聞いてくれていた。
- 233 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 00:54
- このまま話を続けていいのか迷った。
わざわざ私を招待してくれているのに、突然泣き出してこんな話を始めて…
私はなんて自分勝手な女なんだろう…
きっと圭織さんは優しいから許してくれるだろう。
でも、私はそんな自分が情けなく思えてきた。
結局、私は誰かに頼ってるんだ。
私を変えたいなんて嘘だったんだ。
変えてもらいたいだけだったのよ…
答を与えてもらいたいだけだったのよ…
「ごめんなさい…」
「え…」
私はハンカチを圭織さんに押し付けると立ち上がった。
そして、私はドアへと走った。
「ちょっと待ってよ!」
「さよなら!」
- 234 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 01:10
- 私は雨の街へと飛び出した。
傘を持つのを忘れた。
でも、取りになんて帰りたくない。
私は弱かった。
誰かに頼って解決してもらいたいなんて、おこがましいことなのよ。
だからきっと矢口さんを追い詰めてたことにも気付かなかったんだ…
全部私が悪いのよ…
私は通りを走っていると、急に腕を掴まれた。
真希ちゃんだった。
「早かったね」
「………」
「終わったら電話してって言ったのに」
「………」
真希ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
ただ、私の腕を組んで、バス停へと引っ張ってくれた。
一本の青いビニール傘を差して私達はバスを待った。
- 235 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 01:12
-
お店に帰っても私と真希ちゃんは黙ったまま。
ずぶ濡れになった私を中澤さんは暖かく迎えてくれた。
濡れた理由も泣いた理由も聞かなかった。
服を脱がされお風呂に入れてもらった。
短パンにTシャツという格好になって、私は布団に寝転がった。
夕方になってお店の子達が集まって、仕事へと出掛けていく。
中澤さんは今日は私に仕事を与えなかった。
布団に寝転がったまま、天井だけを見上げていた。
お腹もすかなかったし、喉も渇かなかった。
もう雨の風景は見えない。
今の私の頭の中にある風景は、食べかけのオムライスと圭織さんの悲しそうな顔。
私は悪い事をした。
迷惑ばっかりかけた。
もう圭織さんには会えない。
私が『梨華』と名乗ったことも、圭織さんの自宅へと行ったことも全て間違いだった。
誰とも共有することの出来ない世界に私は一人置いてけぼりにされている。
- 236 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 01:13
- 雨の音と時計の針が進む音だけ聞こえていた。
あとは目を閉じることもなく、指一本動かさなかった。
このまま天国へと行ける気がした。
行ってしまえば楽かもね。
きっと矢口さんにまた会える。
そんなことを思いながら天井を見上げていると、その視界を誰かが遮った。
真希ちゃんだ。
何でこの子は私にまとわり付くのだろう?
私が一人ぼっちになると、いつも彼女がやってくる。
そして、慰めの言葉をかけるわけでもない。
ただ、私の体を触ってくるだけ。
天国へと行きかけた私の足を真希ちゃんは離してくれない。
真希ちゃんは私にキスをすると、Tシャツと短パンを脱がせた。
そして、真希ちゃんも裸になった。
- 237 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 01:14
- 真希ちゃんは私の体を隅々まで舐めた。
噛んだ。
引っ掻いた。
それを繰り返す。
何も会話は無い。
首筋を舐められたかと思うと、耳たぶを噛まれた。
そして、背中を引っ掻かれた。
すると今度は足元に刺激を感じる。
そうやって私の体を何往復もした。
特に秘部に集中することもなく、頭から足の指先まで丁寧に愛撫していく。
舐めて、噛んで、引っ掻く。
きっとそれが真希ちゃんなりの感情の表し方なんだ。
私はどこに焦点を合わせるわけでもなく、ただ天井を見上げているだけ。
時々、真希ちゃんが私の様子を見に、顔を覗き込んでくる。
私の表情が変わっていないことを確認すると、また舐めて、噛んで、引っ掻く。
- 238 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/04(日) 01:15
- 私は何も考えず、快楽の中を漂っていた。
一つ年下の少女に体を抱かれながら、罪悪感を感じる事もなければ羞恥心もない。
舐められて、噛まれて、引っ掻かれることで、私は慰められいてる。
いいじゃない、気持ちいいんだから。
「ありがとう…」
私はそう言った。
真希ちゃんは聞こえただろうか?
真希ちゃんは相変わらず愛撫を続けた。
舐められて、噛まれて、引っ掻かれて、暖かい体に包まれて、私は眠りについた。
- 239 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/08(木) 02:11
- 視界がゆっくりと広がっていく。
目を覚ますと、私と真希ちゃんは一枚のタオルケットに被さっていた。
真希ちゃんは綺麗な顔をして眠っていた。
少し矢口さんを思い出した。
あの人も綺麗な顔をして眠っていた。
笑っていると思えば笑っているようにも見えたし、怒っていると思えばそんな風にも、
泣いてると思えばそんな風にも見えた。
静かに寝息も立てずに眠っていたあの顔を私は忘れない。
私を変えたのはあの顔だったんだ。
時計を見ようと思ったけれど、薄ぼやけた部屋では良く見えなかった。
窓が湿っている。
多分、まだ雨は降っている。
起き上がるのもまだ億劫で、昨晩と同じように寝転んだまま天井を見上げた。
- 240 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/08(木) 02:13
- なんで昨日は上手く話せなかったんだろう?
圭織さんのように笑顔で過去を振り返ることは出来なかった。
圭織さんだって辛い思いではあったんだ。
でも、最後には笑って話した。
私はいい思い出は数え切れないほどあるはずなのに、最後の日の悪いことしか思い出せない。
それだけ圭織さんに話したらおあいこにならない。
きっと慰められて終わり。
哀れで可哀想になるのは少女は嫌だった。
だって、あんな楽しい日々があったんだもの…
それが、なんで思い出せない?
- 241 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/08(木) 02:14
- 私が今思い出せるのは――――――――――
その日、ポストに矢口さんからの手紙が入っていた。
私はそれを無視した…
次の日の朝、再び矢口さんからの手紙がポストにあった。
その日は雨だった。
私はその手紙を握り締めて、矢口さんの元へと走った。
鍵は開いていた。
ベッドで矢口さんが眠っていた。
枕元の『梨華へ』と書かれた手紙を読んだ。
私はその部屋を飛び出した。
―――――――――
そこから先は記憶が無い。
次の記憶は中澤さんに拾ってもらえたこと。
この悲しい出来事のリプレイなら何回でも出来た。
- 242 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/08(木) 02:15
- 私が一番恐れているのは忘れる事。
もし、私が矢口さんのことを忘れたら、矢口さんは永久に蘇らない。
どんな些細なことでも矢口さんのことなら全て覚えていたい。
私がお店で『マリ』と名乗っているのも、それが理由。
あれ?
でも圭織さんには『梨華』と呼んでください、と言ってしまった。
なんか私はいけないことをしてるんじゃないだろうか…
つまり、それは…
圭織さんの前では矢口さんのことを忘れてもいいということなの?
だから、昨日思い出せなかったの?
………もう、わかんない。
とにかく、圭織さんにはもう会えないと思う。
元々、圭織さんに答を出してもらおうとした私が悪いんだ。
いいじゃない、過去を引きずってる、なんて言われても構わないわ。
それで幸せでいられるなら…
私はこのまま生きていこう。
- 243 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/08(木) 02:16
- この子はこの先どうするのかな?
私は天井から視線をずらし、真希ちゃんを見た。
不思議な子。
二ヶ月前は泣いてばかりいたのに…
今はこうやって、一応の幸せは得ている。
きっと真希ちゃんなりの理由を一度は見つけたんだ。
ここで生活していくということ。
生きる場所を得ることは、それだけでもとっても嬉しい。
でも、理由は答じゃない。
いつかは真希ちゃんも答を見つけるはず。
きっとその時はここを出て行く時。
どうやら、私はまだここに居続けるようね。
- 244 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/14(水) 05:11
-
頭がすっきりしない。
昨晩真希ちゃんに脱がされた服を着て、台所へと向かう。
生ぬるい水道水で顔を洗い、喉を潤した。
今日は何をしよう?
圭織さんの顔が浮かんで、消えた。
流しに寄りかかって部屋を見渡す。
台所部分だけ板の間になっていて、あとは畳の部屋が二つ。
一つは中澤さんの仕事場兼寝室。
もう一つは私が寝ていた場所。
二つの部屋を分けるのは薄くてぼろぼろの障子が一枚。
ここから中澤さんの寝顔も真希ちゃんの寝顔も見ることが出来る。
汚い部屋での、奇妙で幸せな三人暮らし。
悪くないと思う。
- 245 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/14(水) 05:11
- 時刻が合ってるかも疑わしいおんぼろ時計を眺める。
まだ、六時。
ここで生活を始めてから、こんなに早く目覚めたのははじめてかもね。
今日は何をしよう?
矢口さんの顔が浮かんで、消えなかった。
久しぶりに行ってみようか?
そういえば、ちょうど一年じゃない。
命日なんて忘れちゃったけど、この季節だってことは片時も忘れたことがない。
行こう。
昨日の濡れた白いワンピースはハンガーに掛かったまま。
タンスを引き、何か着れるものを探した。
膝下まである黒いスカートに、白いブラウス。
数少ないアクセサリーである、銀色のネックレス。
- 246 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/14(水) 05:12
-
『お墓参りに行ってきます』
そう書き残し、玄関を出る。
小雨が降っていた。
でも、私の傘が無い。
圭織さんの部屋に忘れてきたんだった。
大丈夫、この程度の雨なら大丈夫。
濡れたっていいじゃない。
財布と携帯電話だけ入れた小さなハンドバッグを手に持ち、駅の方へと歩く。
朝を迎えた繁華街は、寝静まっていた。
野良犬がうろうろと歩き、カラスが大人しくしていた。
駅へと向かうけど人に会わない。
そこで今日は日曜日だと気付いた。
- 247 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/14(水) 05:13
- 人もまばらな日曜朝の電車。
私は長椅子の端に座って、寄りかかった。
私が乗っている車両には、朝帰りなのかよく理由がわからないサラリーマンらしき人が一人眠っているだけ。
ガタン、ガタン、と音を立てて電車は私を南へと運ぶ。
切符を握り締め、過ぎ去る景色を眺める。
色の無い街を過ぎ去って、緑の中へ入り、青い海が見えた。
ずいぶん長く乗っていたはずだ。
目的地は近くない。
でも、途中で止まった駅のことも思い出せない。
ただ、目の前の景色が見覚えのある景色に変わって、私を意識を取り戻した。
そこそこ大きな駅なので、少し長く電車が止まっている。
そこが私の目的地。
電車を降りて、駅を出る。
小雨は止んでいるようだったけど、雲は晴れない。
時間が経っているので、人通りが増えているみたい。
バスを待とうかと思ったけれど、来る気配はないので歩いていくことにした。
焦る理由はない。
- 248 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/14(水) 05:13
- 緩やかな坂道を登っていく。
矢口さんの眠っている場所は海の見える丘にあった。
お墓を立てたのはもちろん、矢口さんの御両親。
きっと矢口さんが海が好きなこと知ってたんだ。
親だから当然と言えば、当然かもしれないけどね。
私も矢口さんとよく海に行った。
夏でも冬でも。
きっと今でも好きよね。
丘を登りきると、海が見えた。
上空は雲があるけれど、水平線の上には太陽が浮かんでいた。
海がきらきらと光っている。
それに照らされた雲が、また光って、とても明るく見えた。
- 249 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/14(水) 05:14
- しばらく道路沿いに歩いていた。
東、海のほうから光が伸びて私の左頬を照らす。
道路のほうに長く伸びた私の影が、時々車に轢かれた。
私は来た。
矢口さんの下へ。
以前に来た時は、中澤さんと一緒に来たんだっけ。
その日は冬でとっても寒かった。
海が黒くて風も強くて、寂しい記憶が蘇るばかり。
今日の海はとても穏やか。
きっと今日は良い記憶が蘇ってくれるはずだ。
そんな希望を太陽に託す。
歩道が二手に別れる。
真っ直ぐ行けば丘を下りる。
左手の階段を下りれば、そこは西洋風墓地。
- 250 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/04/14(水) 05:14
- もちろん私は墓地へ。
海を正面に見ながら階段を下りた。
そこは緑と灰色の世界。
灰色の石段が四方へ伸び、灰色の石盤へと導いてくれる。
その空間を埋めているのは、深い緑の植物だった。
灰色の上を歩いていると、深い緑の中に白い花が浮き出てるのを見つけた。
よく見ると、あちらこちらに咲いている。
昨日、圭織さんから見せてもらった写真集で私の胸が痛んだ理由がわかった。
シロツメクサだった。
- 251 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:03
- あの写真をさらにコンパクトにしたような風景。
雨に濡れて緑が濃く、いっそう花の白さを引き立てているように見えた。
そういえばシロツメクサの花言葉は何だったのだろう…
聞かずに私は圭織さんの部屋を出てしまった。
灰色の道を歩く。
外人専用のこの墓地だけれど、希望すれば日本人でも入れる。
矢口さんのご両親は海の見えるこの場所ば気に入ったのだろう。
一番奥にある小さなお墓。
西洋風の墓は墓石の高さも低い。
「Mari Yaguchi」と刻まれている。
その前に私は屈んだ。
こういう墓では掌を合わせたらいいのか、手を組んだらいいのかわからない。
私は墓石をじっと見るだけ。
- 252 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:04
- 背後からの日光と海からきらきらと照る光が墓石に当たって輝いて見えた。
矢口さんは毎朝こんな風景を見ながら目覚めるのだろうか。
大好きな海をのんびりと眺めて、静かな暮らし。
幸せ?
矢口さん、幸せですか?
私はあなたを不幸にしました。
でも、あなたは私を不幸にしました。
あなたがいなくなって私は寂しいです。
あなたは私がいなくなって寂しいですか?
寂しいですよね。
きっと、そうですよね。
あなたからの最後の手紙、私はいっぱい知りたいことがあったのに、
それを読んでも何も分からなかったわ。
私のことを許してくれるのかしら?
それが分からないから、今こうして私も苦しんでいるのよ。
- 253 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:05
- もしかしたら、これがあなたが私に与えた罰なのかもね。
私はあなた無しで生きていくことがとても辛いことだと分かったわ。
それを分かって欲しかったの?
あなたは私無しでは生きていられなかったの?
………
実際に生きてはいないか…
ごめんね、私がもうちょっと早く気付けば良かったのにね…
私を憎んでる?
そうなの?
でも、最後の手紙にそんなこと書いてなかったわ。
……ずるいわよ。
私はこれからどうしたらいいのよ…
一生あなたのことを想っても、これ以上想いきれないわ。
あなたへの愛情はこれ以上にも、これ以下にもならないの。
もっと好きにならせてよ!
嫌いにならせてよ!
じゃないと私…
- 254 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:06
-
そっと目を開けてみる。
さっきまで陽が当たっていた墓石に黒い影が。
後ろを振り向くと、そこには一人の人間が立っていた。
逆光になっていて顔は輪郭しか見えなかったけれど、それが誰なのか、
私はすぐに分かった。
「ここにいたのね…」
「圭織さん………どうしてここに?」
私の後ろにいたのは、閉じた傘を手に持った圭織さん。
どんな表情をしているのかは分からなかった。
- 255 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:07
- 何をしに来たのだろう?
昨日、私は圭織さんから逃げたはずなのに。
どうして…
「嫌な別れ方だったし…。早目に会っておかないと、もう二度と会えない気がしたから」
二度と会えなくていい。
そう覚悟して飛び出したのよ。
なのに……なのに……
私はわけがわからなくなって、立ち上がって去ろうとした。
「ちょっと待って!」
「もう来ないでください!」
私は昨日と同じように走り出した。
これ以上、私の惨めな姿を見られるのは嫌。
だけど、私は道を阻まれた。
私の目の前には真希ちゃんが立っていた。
- 256 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:07
- 「なんで、ごっちんまで…?」
「場所は中澤さんに教えてもらったの。…この子が一緒についてきてくれたのよ」
後ろから圭織さんの声がした。
真希ちゃんは短パンにTシャツを着ただけの、ぼろぼろの格好。
水色のビニール傘をぶらぶらさげている。
私の目を見てくれなくて、足元を見つめている。
「中澤さんも置き手紙を見て、とても心配してたわ。戻りましょ、ね?」
どうして、中澤さんも真希ちゃんも圭織さんも、そんなことをするんだろう。
ここは私と矢口さんだけの場所。
今は一人にさせて…
「一人なんてダメだからね」
真希ちゃんが急に顔を上げて言った。
今考えていたことを急に否定されて、私は驚いた。
- 257 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:08
-
「梨華ちゃんの考えてることなんて、すぐにわかるよ」
真希ちゃんは今までになく、強い口調だった。
私にそういう言い方をする真希ちゃんを見るのは初めて。
「いっつもそうだよ!私といたって誰といたって、いっつも一人で考え込んじゃうんだ!
いっつも矢口さんに会いに行っちゃうんだ!昨日のエッチだって私のこと何にも考えちゃいなかった!」
「ちょっと……」
大きな声で恥ずかしいこと言わないで…
それに昨日だって、私はちゃんと真希ちゃんのことを………考えてた?
真希ちゃんの行為は痛くて気持ち良くて、でも心の中では…
私はうつむいてしまった。
その通りだ。
いつものお仕事と一緒だ。
誰でも良かったのかもしれない。
私の体を撫でてくれる指さえあれば、それだけで良かったのかもしれない。
足元にはシロツメクサが揺れていた。
- 258 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:09
- 私は結局のところ、一年前と何も変わっていない。
お店に入って親切な人達に出会って、少し変わった気でいたけど、それは間違いだったのかな。
「私といた時もそうだったの?」
圭織さんの言葉が私の胸に突き刺さる。
そう、あの時も………違う。
それは違う。
あの時は、
「違うんです!あの時は圭織さんを…」
私は顔を上げて振り返った。
圭織さんの寂しそうな顔が目に映った。
違うのよ、あの時は違ったのよ。
私は矢口さん以外の人を、初めて好きになった。
あの日から、昨日の別れたその瞬間まで、私は変われる予感がしていた。
あぁ……今なら全てわかる。
私が圭織さんを求めたり拒否したりする理由が。
今ならわかる。
- 259 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:09
- 初めて圭織さんに会ったその日から数日間、私は圭織さんのことを考え続けていた。
私は圭織さんを愛し始めていたのよ。
でも、それが矢口さんを忘れてしまうことのようで怖かった…
「忘れるわけないじゃん」
再び真希ちゃんの声が聞こえた。
どうして、この子は私のことを…
「何年も想い続けてきたんでしょ?忘れるわけないよ。死ぬまで忘れるわけないよ!」
「忘れるかもしれないじゃない…」
私の微かな抵抗は宙に消えた。
忘れるかもしれない、でも忘れるわけがない。
「私は矢口さんがどういう人で、あなたとどういう関係だったのかよく知らないわ。
でもね、愛してた人を失う気持ちは、私にもわかるの」
私はホテルで聞いた話を思い出した。
私は頷いた。
- 260 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:10
-
「だからね、もっと頼って欲しいのよ」
「…頼る?」
「矢口さんの代わりだなんて思わないで。私を私と見て、真希ちゃんを真希ちゃんと見てあげてよ」
圭織さんは泣きそうな声を出した。
横からあたる太陽の光で、目が輝いて見えた。
私のことを想って泣いてくれている。
「恋人じゃなくても、友達じゃなくてもいい。でも、これから一緒に生きてみない?」
繋がった。
今まで行く先を失っていた私の心の手が、誰かに掴まれた。
その誰かの手が私を闇から引っ張り上げてくれた。
決めた、私はこの人達とこれからも生きていこう。
私は涙を流しながら精一杯に笑った。
「よろしく……お願いします…」
圭織さんも笑ってくれた。
後ろから真希ちゃんが飛びついてきた。
暖かかった。
私の周りには、こんなに優しい人達がいる。
- 261 名前:シロツメクサ 投稿日:2004/05/19(水) 00:11
-
小雨気味だった雨が、強くなってきた。
でも、昇り始めた太陽の光は輝き続けた。
一年前の雨だ。
あの時から止まっていた、私の中の時間は再び動く。
もう冷たい雨じゃない。
熱い熱い雨だった。
夏の匂いが香る雨だった。
「帰りましょ。私の家にあなたの傘があるの」
日照雨の中、私は新しい人と生きる。
でも、矢口さんのことは忘れはしない。
シロツメクサを見ればいつでも、あなたの事を思い出します。
-End-
- 262 名前:ななし作者 投稿日:2004/05/19(水) 00:16
- 『後書きという名の言い訳』
想像以上に長引き、しかも更新が遅く区切りをつけるのにかなりの時間がかかってしまいました
拙い文章で、自分で読み返しても変に思う箇所が多々あります
もっと上手く書けるようになりたいなぁ…
本当は矢口編を書けば、全て繋がるんですけど一旦ここで止めます
次は別の話を書きます
- 263 名前:ななし作者 投稿日:2004/05/19(水) 22:09
- 別の話です
- 264 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:10
-
シングルマザー
- 265 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:11
-
「ママー!」
私の方に向かって笑顔で走ってくる女の子。
私の娘、ユキ。
「おかえりー!どう?幼稚園楽しかった?」
「うん!」
ユキは大きく首を縦に振った。
そして、自転車の子供用イスによじ登る。
私はユキを後ろから抱えて、座らせた。
「じゃあ、帰ろっか?」
「しゅっぱつ、しんこー!」
「おー!」
ユキの掛け声に乗せられて、私はペダルをこいだ。
こうしてユキを後ろに乗せて幼稚園の送り迎えをするのは二年目。
- 266 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:12
-
「今日は、何して遊んだの?」
「えーとねー、マイちゃんとリサちゃんとねー、折り紙したよ」
「そう、なに作ったの?」
「ツル教えてもらったの!ツル!」
顔は見えないけれど、ユキは嬉しそうに話す。
どうやら、ユキは幼稚園で友達と仲良く遊んでいるようだ。
母親の私は、まだクラスのお母さん達と仲良くなれない。
どうやって話しかけたらいいのか…。
多分、相手のお母さんの方も分からないでいると思う。
「お弁当ちゃんと全部食べた?」
「食べたよ…」
「ほんとに?」
「………ニンジンはだめ」
「こら!」
- 267 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:12
- 私はいつも遠回りして家に帰る。
人通りの多い通りは、昔から苦手だった。
今はそれ以上に事情もあるけれど…
それに、この川沿いの道が好き。
この道だけは時間がゆっくりと流れている気がした。
「ねえ、お魚とろ?お魚!」
「お魚?今日いるかな〜?」
この前の日曜日、私とユキはここで川遊びをした。
ユキは魚を追いかけるのに夢中になって遊んでいた。
「じゃあ、行ってみよっか?」
「うん!」
- 268 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:13
- 私は道を外れて芝生に自転車を止めた。
ユキは自転車を飛び降りると、一目散に川に向かって走り出した。
「こらー!一人で行ったら危ないでしょ!」
私がそう叫ぶと。
ユキが立ち止まって振り返った。
舌をちょろっと出して、肩をすぼめる。
「ほら、手つないで」
私が手を差し出すと、ユキはちっちゃな手を絡ませる。
小さな、小さな、手だ。
これでも、数年前と比べたらずいぶんと大きくなった。
ユキは手を繋いでる私のことなどお構い無しに、腕をぶんぶん振ってスキップした。
おかげで、私の腕もぶんぶんと揺れる。
- 269 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:13
-
「じゃあ、お靴脱いでね」
「はーい」
「それから、おひざまで入ったらダメだからね」
「はーい」
私はユキの靴と靴下を脱がせた。
この川は大きくて、とても緩やかな川。
でも、事故だけは起こしたくないので、手を伸ばせば届くところまでしか入らせない。
ユキはご機嫌に鼻歌を鳴らしながら、水面を眺めている。
歌が好きな子で、おしゃべりをしていない時は、いつも歌を歌っている。
私はそれを見ることで自分の心を落ち着かせていた。
心静かに暮らすことをここ数年していない。
ユキと遊んでいる時だけが、心休まる時。
- 270 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:13
- ユキの誕生を心から祝ってくれた人なんて、もしかしたらいないかもしれない。
身内の人ですらよそよそしく感じた。
『元モー娘。安倍なつみ妊娠』
そんなゴシップ記事が、一日で日本中に広まった。
もちろん、たんなるゴッシプではなくて、本当のことだけれど。
私が愛した人は、逃げるように去っていった。
そして、私は追われるようにこの世界から去った。
私のもとに残ったのはユキだけ。
子供を授かるというのは重いもの。
昔から子供は好きだけれど、好きなだけじゃダメなんだって産んで初めて分かった。
同時に自分に対して怒りが込み上げてきた。
私はなぜユキを産んだんだろう、って。
生命一人が私を頼りにしている。
責任、使命、そんな言葉がユキを産むことによって、同時に生まれた。
- 271 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:14
- でも、最近はそんなこと感じることも少なくなった。
私はユキと二人で暮らしている。
それが、私の幸せでもあるし、ユキにも私の子で幸せだと思って欲しい。
「不幸になることが分かっていて、なぜ私を産んだの?」
そういう想いだけは、絶対に持たせたくない。
ふと、ユキの鼻歌が耳に引っかかる。
どこかで聞いたことのあるメロディー。
どんな時でも忘れることはないメロディー。
「ユキ。そのお歌どこで覚えたの?」
「これ?いつもママが歌ってるよ」
歌ってたんだ…
意識したことなかったけれど。
「なーみだー、ララララ……」
ユキは歌詞を少し付けて歌った。
それは『ふるさと』。
- 272 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:14
- 私にとって一生忘れることの出来ない大切な歌。
そっか、私今でも歌ってたんだね。
ユキの前では、自分の歌は歌わないようにしてたつもりだったけど。
これだけは特別だもんね。
私も歌われる立場になっちゃったのかな…
「ねえ、ユキ。それ、どういうお歌だか知ってる?」
「ううん、でもユキこれ好き」
「そっか」
意味はまだ分からなくていいよ。
私も今やっと本当の意味を理解したところだから。
だけど、大切にしてね。
私はまだ一人じゃない。
この曲を作ってくれた人、時々連絡をくれる昔の仲間達、ふるさとのお母さん。
そして、ユキ。
誰かが私を必要としていて、私は誰かを必要としている。
- 273 名前:シングルマザー 投稿日:2004/05/19(水) 22:15
-
ユキは嬉しそうに川で小魚を追いかけている。
ユキがこの世に産まれてきたこと、私にとってそれはかけがえのない財産。
夕暮れの街並みは、なんだか優しかった。
水面に映る私の顔には、母と同じようにうっすらとシワが浮かんでいた。
-End-
- 274 名前:ななし作者 投稿日:2004/05/19(水) 22:16
- 安倍さんの未来の話です
子供の名前に特に意味はありません
- 275 名前:ななし作者 投稿日:2004/05/28(金) 00:16
- 飯田さんと石川さんが卒業ですか・・・
石川さんのヲタのくせに、辻加護卒業のほうがショックが大きかったな・・・
がんばれ、まりっぺ
- 276 名前:ななし作者 投稿日:2004/05/28(金) 00:17
- 次に書くのは、またしても何てことのない話
- 277 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:18
-
みそ汁 〜藤本美貴〜
- 278 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:19
-
合鍵を使い部屋へと入る。
当然ながら、この部屋の主である亜弥ちゃんはいなかった。
一見派手そうなイメージとは裏腹に、部屋の雰囲気はシック。
几帳面な性格そのままに、部屋の中は綺麗に整頓されている。
カーテンを開けると、窓の端に夕日が見えた。
柔らかい光線が部屋を赤く染める。
あと一時間ぐらいなら、電気をつけなくていいかもしれない。
もう夏が近いというのに、まだ空気は乾いていた。
一人で夕御飯を食べた。
冷蔵庫の中にうどんの玉があったので頂いた。
たいした料理の出来ない私だけど、作るのはそんなに嫌いじゃない。
でも、自分が食べるためだけに作るのは寂しい。
- 279 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:20
- 食べ終わって食器を洗い、再び部屋に戻るといつの間にか暗くなっていた。
白い蛍光灯の電気をつけた。
テレビもつけてみた。
薄暗かった部屋が、とたんに昼間のように明るくなった。
でも寂しさ倍増。
早く帰ってこいよ……
まだ帰ってこないことは知っている。
食事も仕事場で済ませるはずだ。
亜弥ちゃんが帰ってくるまで何をして待てばいいのだ。
一人で風呂に入ったりしたら何を言われるかわからない。
そんなことを考えながら冷蔵庫を開けて、今度は麦茶を頂く。
ヨーグルトが二つ入ってるのに気付いた。
これも先に食べたら何か言われるだろう。
- 280 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:20
- そうだ、今日の夕御飯いらないのなら、明日の朝御飯を作ろう。
今から作り置きしておけるものがいいな。
亜弥ちゃんのキッチンをあさってみた。
パンが見つからない。
じゃあ、和食にしよう。
炊飯器は空だった。
まずは、お米を洗わなくちゃ。
三合でいいかな…?
米びつに手を突っ込んで計量カップで三杯取り出す。
もう暖かい季節だから、米洗いもそんなにきつくない。
粒々の感触と水の感触が右手に当たって気持ちよかった。
ちょっと砂遊びしているみたい。
でも、あんまり洗いすぎると米粒が痛んじゃうだっけ。
- 281 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:21
- 米を上手く残して水を捨て、水をお釜の内側の三合ラインまで水を入れる。
お釜を炊飯器に入れて、よし。
明日は何時に起きるかな?
私は八時に起きれば余裕で間に合うけど、亜弥ちゃんは早いのかな?
一応早めに、六時に炊き上がるようにセットしよう。
さて、お米の準備は出来た。
でも後は何が出来るかな?
和食といったら……焼き魚?
だけど、魚は一匹もおらず。
じゃあ定番だけど、みそ汁でも作ってみようか。
味噌はあった。
ワカメも発見。
豆腐なし。
長ネギ発見、でも無視。
- 282 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:21
- さっき、うどんを茹でた鍋をまた使って作ろう。
水を入れて火にかける。
沸騰してきた頃合を見て、うどんを作るときにも使った、
粉末ダシを一袋入れる。
味噌の分量はよくわからないや。
そういえば、みそ汁なんて自分で作ったの初めてだよ。
不味くても被害受けるのは私と亜弥ちゃんだけ。
なら、いっか。
さい箸で適当にすくって入れた。
ちょっと多いかな……
でも、色はいいんじゃない?
- 283 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:21
- 火を弱めて、味見をしてみた。
お玉ですくって飲んでみたけど、とにかく熱くて味がわからない。
平気だよね……
あとはワカメを入れるだけ。
乾燥ワカメを今度は慎重に入れた。
どんだけ膨らむか分からない。
なかなかいい分量になってきた。
でも、やっぱりワカメだけじゃ寂しいかな?
いいや、いいや、私と亜弥ちゃんしか飲まないし。
火を止めて、フタをした。
明日の朝まで見るのはやめておこう。
一仕事終えて、私はキッチンを出る。
時計を見ると、もうすぐ九時になろうとしていた。
私って作るの凄く遅い…?
- 284 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:22
-
きっと、もうすぐ帰ってくる。
帰ってきたらきたで、また大変だ。
わがままなお姫様を今日はどうあしらってやろう。
私は一つ、悪戯を思いついた。
きっと明日の朝は亜弥ちゃんの怒った見れるに違いない。
私は手帳の一番後ろのページを切り取ると、亜弥ちゃんへの愛のメッセージを書いた。
得意のそっけない字で。
それを机の上に置いた。
さあ、あとは寝てしまおう。
部屋中の電気を消して、一人寝室へと向かう。
私が泊まりにくるときは、いつも二人で寝ているベッド。
今日は一人占めしてやろう。
わざと、ど真ん中に体を広げて寝た。
- 285 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:23
-
彼女はきっと怒ってくれるはず。
色んな人に隔てなく笑いかける亜弥ちゃん。
でも、私の前では笑わなくてもいいよ。
私には怒ってよ。
構ってあげる振りして、本当は誰かに構われたいのは私。
さあ、明日の朝、私はどうやって目覚めるのだろう?
End?
- 286 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:24
-
- 287 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:24
-
みそ汁 〜松浦亜弥〜
- 288 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:25
-
今日はタンがお泊りにくる日。
私はウキウキして帰宅。
「ただいま〜!」
そう言って、扉を開けたけれど……
部屋は真っ暗。
あれ?
来てないのかな?
とりあえず、部屋の電気をつけてみよう。
私の部屋が白く光った。
机の上に置き手紙があった。
- 289 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:26
-
『帰って来るの遅すぎ!もう先寝るから、一人でお風呂は入れば? ミキ』
遅いって何時よ?
まだ九時ちょっと過ぎたばかりじゃない。
こんな時間珍しくないわよ!
「あー、でもメールぐらいすればよかったかな…」
ちょっと反省。
きっとタンは怒ってる。
だがしかし…
だがしかし!
一人で先に眠るのは許せない!
まだ九時よ!
お前は小学生か!
一人で風呂に入れだと?
せっかくタンが泊まりに来てるのに、そんなこと出来るかボケ!
- 290 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:26
- 前言撤回。
反省なんてしません。
悪いのは美貴、藤本美貴。
くっそ〜。
腹立ってきたら、腹減ってきた。
お弁当もらったけど、あんなんじゃ私のお腹は満たされないわよ。
そうだ、うどんの玉が残ってたはず……
おい、ねえぞ。
食ったのか?
やつは食ったのか?
私のうどんを、やつぁ食ったのか?
土下座しても許さないよ。
- 291 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:27
- と思ったら、コンロの上に鍋がある。
……みそ汁だ。
ワカメしか見えないけど。
ちょっと行儀悪いけど、直接鍋に口を付けて飲んでみた。
薄い……
でも、美味しかった。
直接口を付けて飲んだから、鍋の内側にワカメが張り付いてしまった。
それを指でつまんで食べた。
うん、美味しい。
てか、普通。
ワカメよ、ワカメ。
- 292 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:28
- なんか調子狂うなぁ…
タンはこういうとこ要領いいのよね。
しかも意識してやってるわけじゃないから、なお憎い。
まあ、努力に免じて今回は許してあげましょう。
でも、お仕置きはするわよ。
お風呂の時間と私のうどんを奪った罪は消えないわ。
寝室に入ると、スースーと寝息が聞こえた。
枕元の電気スタンドだけ明かりをつけた。
私のベッドの上でタンが大の字になって寝ていた。
これは、あんたには寝させないわよってこと?
それとも、思いっきり胸に飛び込んで来いってこと?
後者はないわね。
胸ないしね。
- 293 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:28
- タンの静かな寝顔を見てると私も早く眠りたくなってきた。
いつも夜の楽しみである二時間の入浴。
今日はパスしよう。
そうだ、明日早起きして二人で入ればいいじゃない!
名案よ、名案。
そうと決まったら、もう寝ましょう。
そうしましょう。
明日はどうやってタンを起こそうかしら?
思いっきりボディーブローでも入れてやろうかしら?
きっと私が怒れば困った顔をするわ。
- 294 名前:みそ汁 投稿日:2004/05/28(金) 00:29
-
色んな人に隔てなく笑いかけるタン。
でも、私の前では笑わなくてもいいよ。
私には困った顔を見せて。
こんな私に構ってくれて、いつもありがとう。
さあ、明日の朝、タンはどうやって目覚めるのだろう?
End
- 295 名前:ななし作者 投稿日:2004/05/28(金) 00:31
- 今までの雰囲気とは違った感じです
自分なりに「あやみき」を解釈してみた感じ
作者がイメージする「あや」であり「みき」であり「あやみき」です
- 296 名前:ななし作者 投稿日:2004/07/05(月) 22:59
- 久々に書きます
ちょっと実験的(?)というか、わけのわからない話です
これまで以上に読みにくいかもしれない・・・
一回の更新では終わらないけれど、長い話じゃないです
- 297 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:01
-
恋愛小説
- 298 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:02
-
「文麿様!」
近所の茶店で編集担当者である圭織に連載中の小説の原稿を届けた帰り、
真希は下宿屋に入ろうとするところを、背後から誰かに呼び止められた。
反射的に足を止めてしまったが、振り向くべきか真希は躊躇した。
確かに文麿という名は真希のもう一つの名前だが、
実生活でその名を呼ぶ者は身の回りの数名しかいない。
しかし、もう足は止めてしまっている。
いきなり呼び止めるぐらいだから、もう知らない顔は出来ないだろうと思い、真希は振り向いた。
そこにいたのは、淡い桃色の着物姿の女性だった。
「君は…?」
真希はなるべく低い声を出した。
見ると、そこにいた女性は目を丸くして見て真希のことを見ていた。
おそらく、文麿がこんな優男だと思わなかったのだろう。
背は真希のほうがやや高いが、世の一般男性と比べると低い。
髪も肩までは長くないが、耳が隠れるほどはある。
梅雨も明けたというのに、羽織をかぶっているが、そこから覗く細い首筋は、
細くしなやかに伸びている。
- 299 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:04
- 「私は石川梨華と申します。文麿様の弟子にしていただきたく、やって参りました」
梨華は真希の目を真っ直ぐに見つめ、言った。
黒髪を頭の上で結ってあるが、前髪が頬に垂れている。
そして、体を折り、真希に頭を下げ、再び起き上がった姿は、とても凛々しかった。
真希は困惑するばかりだ。
なぜ梨華が自分の正体を知っているのかもわからない。
ともかく、この通りで『文麿』『文麿』と呼ばれ続けるのも、真希にとっては都合が悪く、
梨華を下宿屋の中に入れることにした。
「ただいま」
「あら、そちらの女性は?」
中に入ると、家主が迎えに出てきた。
家主は、梨華を見るなり、いじわるそうな顔をして真希をつつく。
「昼間っから女連れ込むとは、文麿先生らしくないですねえ」
「ちょっと、裕子さん…」
真希は慌てて否定するが、家主は後ろに手を振って奥に消えていった。
下宿屋といっても、二階の二間を貸しているだけの小さな家。
一つは真希が住み、もう一つは高等学校に通うために上京してきた女学生が住んでいる。
- 300 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:05
- 真希は梨華を自分の部屋に通した。
八畳間の小さな部屋で、部屋の隅に布団がたたまれ、窓の側に膝の高さほどの机が一つ置かれている。
その机の隣には三段の本棚があり、その周りには何枚もの紙が散らかっていた。
南向きの部屋なので、陽がよく当たる。
真希は押入れから一枚座布団を取り出し、梨華の前に置き、
自分は机の前に放られてある座布団に腰を下ろした。
「さきほどは失礼しました…。裕子さんがおかしなことを言って」
「ここの家主さん?」
「ええ、そうです。………ところで、弟子にして欲しいとかゆう…」
「お願いできませんでしょうか?」
「それより、まだ聞きたいことが……」
真希のもう一つの名、綾小路文麿。
今、もっとも注目されている売れっ子作家である。
しかし、その素性を知っている者はごくわずか。
家主の裕子でさえ、綾小路文麿としての顔しか知らず、真希という名は知らない。
真希という人物も文麿という人物も、両方熟知しているのは、編集担当者の圭織ぐらいである。
真希は自分の本が出版されている、上前出版にも圭織を通して話をするだけで、
一度も自ら赴いたことはなく、上前出版内でも謎の人物として扱われていた。
- 301 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:06
- 性別に断りを入れていないので、当然世からは男性と思われている。
明治の世にあって、女性が文学を学ぶというのは、忌み嫌われている。
きっと、文麿の正体が女性だと判明した瞬間に、いままで書いてきた小説達は、
とたんに価値を無くすだろう。
しかし、真希の目的は性別を隠して小説を書き続けることではない。
揺るぎ無い評価と地位を得ることによって、はじめて文麿は女性であることを明かし、
文学界における女性の地位を高めたいのだ。
それは、圭織の提案だった。
女性でありながら、男性社会の中に身を置く圭織も、女性という理由だけで不当な扱いを受けている。
いつか、文麿の小説が絶大な評価を得たとき、上前出版を辞め独立し、
女性の文学界を広げるための運動を起こしたいと考えている。
だからこそ、真希は梨華のように、文学に生きたいと思っている女性は歓迎したいのだ。
しかし、まだ自分の素性を明かすのは、まだ時期が早い。
売れ始めているが、まだこれからという段階。
まだ女性であることを明かすことはできない。
しかし、受け入れたい気持ちもある。
だがまず、どうして自分が文麿だとわかったのか。
真希が疑問に思っていることはそのことだった。
- 302 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:07
- 「あの、駄目でしょうか…?」
「駄目もなにも……。まだ、あなたのこと知らないし…。
それより、どうして私の居場所を知っているんですか?見知らぬ人に教えた記憶がありません」
真希がそう言うと、今まで真っ直ぐ目を向けていた梨華が少し俯いた。
着物の裾を掴んで、言いづらそうにしている。
「あの、これは本当に偶然で……。先ほどの茶店で文麿様が話しているを見かけて…」
「偶然なんですか…?」
梨華が言い訳しているのは、真希にもわかる。
たまたま見かけた人が真希だとしても、その後をつけて、いきなり弟子にして欲しいというのはおかしい。
前々から調べていたはずであると、真希は思った。
しかし、漏れるにも、漏れた原因がわからない。
本当に偶然だとしても、梨華はまだ『文麿』を知っているだけで、真希のことは知らないようだ。
素性がばれたわけではないことに、真希はひとまず安心した。
「偶然です…。本当に偶然です…」
「そうですか…」
- 303 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:07
- 梨華は俯きながら、ただの偶然であることを主張した。
真希は梨華が嘘をついていると気付きながら、ふう、と一つ息を吐いた。
住まいが明かされるよりも、もっと大変なことがある。
そっちさえ、無事ならばいいと考えた。
「私、文麿様の小説はほとんど読みました。処女作の『愛馬鹿』や『混合』や『噂の色男』も」
「…どうも」
「みんな、どれも大好きです!」
梨華は一転態度を変え、身を乗り出して真希に自分の文麿の小説に対する熱意を伝える。
どれも、真希の代表作であり、少しでも文学に興味がある人なら、みな知っている。
梨華は、これらの小説のどこが良かっただとか、感動しただとかを、一つ一つ真希に述べていく。
梨華からすれば、やっと会えた憧れの人。
今まで与えてもらった感動の全てを真希に伝えようと必死になって言葉を続けた。
体は膝立ちの状態になり、手振りを交えて、目を大きく開け、口を動かし続ける。
真希は、そんな梨華の姿を見て、やや呆れるのと同時に、
こんなに自分の小説を褒めてくれることに、嬉しさと照れを感じていた。
そして、梨華の文学に対する熱意も伝わってきた。
- 304 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:09
- 「文麿先生、お客様ですよ」
階下から裕子の声が聞こえた。
まだ話し続けている梨華をいったん制し、真希は返事をした。
そして、梨華にここで待つよう伝えると、一階の玄関まで降りていった。
玄関に行くと、そこにいたのは圭織であった。
さっきまで、近所の茶店に一緒にいたはずである。
真希は不思議に思いながらも近づいていくと、圭織の脇に抱えられているものを見つけ、用件に気付いた。
「ほら、頼まれてた資料の本。ごめんね、渡しそびれちゃった」
「ううん。私も忘れてたから」
真希は、その本を受け取り、圭織に上がってもらうよう頼んだ。
「どうかしたの?」
「それが…」
梨華のことである。
真希は、今までの梨華とのやりとりを圭織に説明した。
文学に情熱を持ってくれているのは嬉しいことだが、自分の弟子とするのは困る部分が多い。
真希は、そう伝えると、圭織はうんうんと頷いた。
- 305 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:10
- 「どうしよう?」
「弟子にしちゃえば?」
圭織は、あっさりと答えた。
てっきり一緒に悩んでくれると思っていた真希だが、圭織は悩んだ様子を見せなかった。
「で、でも……。もし、ばれちゃったら…」
「その時は仕方ないわ。梨華さんって人は、あなたの小説を愛読してるんでしょう?
もし女だとわかったところで、世間に言い周ったりしないわよ」
圭織は、真希の正体が世間にばれるのを、最も恐れている人だ。
真希本人以上に恐れている。
それが、あっさりと弟子をとることを認めた。
本人と接する時間が多くなればなるほど、危険は増すはずなのに。
真希は思う。
圭織が認めたのは、その弟子になりたいという人物が女性であるということだろう。
真希の正体がばれるのを最も恐れている人であるが、文学に携わる女性を最も愛している人でもある。
真希はそう思っていながらも、なかなか踏ん切りがつかない。
弟子をとるのが嫌なわけじゃない。
慣れないことで大変かもしれないが、むしろ女性は歓迎する。
だが、梨華からは、もう一つ妙な気を受ける。
- 306 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:11
- それは、梨華が文麿の作品について熱弁していたときに感じた。
それがどのような感情なのか、真希は気付きかけているが、言葉には出さなかった。
圭織に打ち明けようともしたが、それは真希の心の中に留めておいた。
「でも、あっさりばらしちゃだめよ。信頼出来ると思えるまでは、隠さないと」
「うん、それはわかってる」
梨華がどういった人物なのか、二人ともまだわかっていない。
どうやって真希の居場所をつきとめたのか、疑問は残っている。
しかし、もう一度尋ねたところで正直に言いはしないだろう。
「今、部屋にいるの?」
圭織が階段の上を指して言った。
「いるよ。一度会って」
真希はそう言って、階段を登った。
部屋に入ると、梨華がおとなしく正座していた。
真希に気づくと、おじぎを一つ。
そして、後ろの背の高い女性に気づくと、一瞬目を丸くしたが、
深々ともう一度頭を下げた。
上げた面持ちは、緊張のせいなのか強張っている。
- 307 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:11
- 「あなたが、石川さんね」
真希は押入れからもう一枚座布団を出し、その上に座った圭織が尋ねる。
「………」
「緊張しないで、私は文麿の…文麿先生の編集を担当してる飯田圭織です」
圭織は笑顔を作って、そう自己紹介する。
が、梨華の表情は冴えない。
「どうかした?」
「…女のかた………ですよね?」
どうやら、梨華は女性が文麿の編集を担当しているとは思わなかったようだ。
圭織は、梨華がそのことを疑問に思ってることに気づき、
「あなたも、そうでしょ?」
と返した。
それを聞いて顔をきょとん、とさせた梨華だが、
「そうですね」
と笑って返した。
圭織は梨華の素性について聞こうとはしなかった。
梨華の文麿の作品に対する熱意を、もう一度確認して、それだけで対面は終わった。
そして最後に、文麿先生がお許しになれば私は構わない、と言い残して立ち去った。
- 308 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:12
- 帰ろうとする圭織を、真希は下宿屋の門を出たところで止めた。
「待ってよ!」
真希は圭織を振り向かせる。
「本当にいいの?…危なくない?」
「危なくなるかどうかは、あなた次第よ」
圭織は笑っている。
どうも微笑みとは違った、含み笑いだ。
「あの子、あなたのことが好きなのよ」
圭織はそう言って、まだ笑っている。
真希もその事は気づいていた。
梨華の文麿に対する想いは憧れとは、少し違うと。
もっと深い位置で慕っているかもしれない。
真希は髪なでるように頭をかいた。
それは困るなあ、と言いたげである。
梨華は文麿に恋をしている。
しかし、文麿の正体は女だ。
- 309 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:13
- 「あの子の素性は私が調べるわ。身なりもしっかりしてるし、
もしかしたら、どこか良家のお嬢さんかも」
「心当たりあるの?」
「さあ……。でも、大丈夫よ。近いうちに必ずつきとめるから」
「お願い…」
「今まで下宿屋の人達にさえばれなかったんだもの、きっと平気よ。……髪切っておいて良かったわね」
圭織は真希の頭を指差さした。
夏が近づいてきたので、真希は髪を短く切ったばかりだった。
「あなたも本当の男になっちゃえば?」
「かおりぃ!」
圭織は妖しい笑みを残して、その場から去った。
残されたのは、顔が赤くなった真希。
きっと、暑い中着ている羽織のせいだけではない。
- 310 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:15
- 下宿屋に戻り、部屋のふすまを開けると、梨華はまだ正座したままだった。
梨華の後姿は美しかった。
正面に窓があり、青い空を背景に桃色の着物が映える。
そこから伸びる細い首筋と、黒くて長い髪。
同じ女でも、自分とは違う人種のような気が真希にはする。
真希はその後ろ姿を見ながら、密かに決意を固めた。
「石川さん」
その言葉に梨華が振り向いた。
「隣に空き室があります。もし泊まる部屋がないなら、そこを借りてはどうですか?」
「文麿様…」
「早速、裕子さんに頼んでみますね」
「ありがとうございます!」
真希はそう言って、さっさと部屋を出た。
おかげで真っ赤になった顔を梨華に見られずにすんだ。
それは、梨華も同じ。
- 311 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/05(月) 23:15
- つづく
- 312 名前:ななし作者 投稿日:2004/07/05(月) 23:16
- 文麿様と石川さんの話を書きたかっただけなんです・・・
ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…
- 313 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/16(金) 13:25
- いしまろ好きなのでうれしいです。
つづき楽しみにしてます。
- 314 名前:ななし作者 投稿日:2004/07/23(金) 17:15
- へんてこな「いしまろ?」ですけど、それでもよければ・・・
- 315 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:16
-
翌朝、目覚めた真希は、いつものように羽織をかぶり、庭の井戸端で顔を洗っていた。
この日の朝は、昨日と同じような暑さを予感させるようだった。
東の空から太陽が顔を出し、少しずつ今日の空の様子を映し出す。
しばらくすると、梨華の部屋とは反対側の隣室に住む亜依が、眠そうな目をこすって、
井戸端へとやってきた。
「おはようございます、師匠」
「おはよう、あいぼん」
亜依は、高等学校に通うため、わざわざ東京まで出てきた女子学生。
とても勉強熱心な子で、小説家として活躍している綾小路文麿を尊敬している。
亜依は手桶に水を汲み、顔を洗いながら話した。
「師匠、この前の『原色女子』読みましたよ」
『原色女子』とは、ある雑誌で連載中の綾小路文麿の最新作である。
「ほんと?どうだった?」
「めっちゃ、どきどきしましたよ。ねえ、あの後どうなるんですか?」
「僕に聞かないでよ。言っちゃったら面白くないでしょ?」
「えー。今度、原稿見せて下さいよぉ」
「それは駄目」
「ケチやなー」
朝起きて、こうして井戸端で亜依と談笑するのが、真希の日課となっている。
亜依も綾小路文麿の小説の愛読者だ。
- 316 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:16
- すると、亜依が思い出したように言った。
「そうだ、師匠。弟子採ったんですって?」
「そう、石川さん。弟子というか……はじめは助手のようなものだけど」
「助手採るなうちに言ってくださいよ。お手伝いしたい、ていつも言ってるじゃないですか」
亜依は腰に手を当て、頬を膨らまして怒る。
真希は、そんな亜依を宥めるように頭を撫でて言った。
「あいぼんは勉強があるでしょ?」
真希にそう言われると、亜依は何も返せない。
亜依は文麿の仕事を手伝いたいが、将来の夢がある。
それは圭織と同じように編集者になること。
文麿の仕事を手伝うのではなく、文麿と一緒に仕事をすることが亜依の夢なのだ。
「あとで、石川さんのこと紹介するよ」
「わかりました。……あと、今晩のんが泊まりに来るんですけど、いいですか?」
「あれ?週末は実家帰るんじゃなかったけ?」
亜依が言う『のん』とは、高等学校の同級生である希美のことである。
希美は、東京の親戚の家に下宿しており、実家は少し離れたところにある。
帰ろうと思えば帰れる距離なので、学校のない週末は実家に帰っていた。
「なんか、今は家に帰りたくないみたいで…」
「そっか。僕は構わないよ」
そう言うと、真希は一階の裕子の部屋へと入っていった。
- 317 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:17
- 真希は、いつも裕子に食事の管理をしてもらっている。
外食するときも時々あるが、基本的に三食、裕子の部屋で食事をとっていた。
亜依も同じく、そうである。
だから、朝食は裕子を含めた三人でとるのが日課だ。
だが、今日からは四人。
その四人目は真希達よりも早めに起き、裕子の朝食の支度を手伝っていた。
「おはようございます、文麿様」
「ああ、おはよう……」
縁側から入ってきた真希に、梨華は笑顔であいさつをする。
「もうすぐ、支度終わりますからね」
「ありがとう。もうすぐ、あいぼんが来るよ」
「あいぼん?」
「昨日話さなかった?隣に住んでる…」
「ああ、亜依ちゃん」
梨華は思い出して答えた。
昨日あれから、裕子に頼んで空き部屋の準備をし、一応住める形にまで整えた。
持ってきた荷物もわずかのため、布団など家財道具は裕子に一時的に借りることにした。
そんな慌しい時間を過ごし、寝るまでのわずかの時間に、
真希はこの下宿屋の決まりや習慣などを伝えた。
亜依のことは、その時に一緒に話した。
- 318 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:17
-
朝食後、亜依は学校へと急ぎ、真希は自室で仕事にとりかかる。
食事の間、梨華は亜依に色々と質問をぶつけられていたが、明確に答えようとしなかった。
そんな梨華は、真希の後ろに黙って座っている。
謎の多い人だなと思った真希だが、すぐに、自分のほうが隠していることが
多いかもしれないと思い直し苦笑した。
「…どうかしました?」
梨華が心配そうにたずねる。
「いや、なんでもないよ」
「私にお手伝いできることはありませんか?」
「そうだな…」
弟子といっても助手である。
今まで、ほとんど一人で仕上げていたので、他の人の手を借りなくても書けることは書ける。
真希は頭を書きながら、梨華に何をやらせたらいいのか考えていた。
「じゃあ……これ読んでみてくれるかな?」
真希は束になった原稿を梨華に渡した。
連載中の『原色女子』の原稿である。
「これは…?」
「次回、編集者に見てもらうやつだよ」
「私が読んでいいんですか?」
「かおりは気に入らない箇所があると、厳しいから…。まず、石川さんの感想が聞きたいなと思って」
梨華は緊張した面持ちで稿をめくった。
もちろん手書きであり、訂正部分や付け加えたあとなどが生々しく残っている。
- 319 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:18
- 真希も緊張している。
読者の感想を直接うかがうのは初めてのこと。
後ろで読んでいるであろう梨華のことが気になって、自らの筆は全く進まなかった。
梨華は文麿の小説の愛読者。
真希は褒めてくれることを期待しているが、もし気に入られなかったどうしよう、
という不安がないわけではなかった。
机の上にある西洋式の時計がカチカチと鳴っている。
圭織が真希に贈ったものだ。
真希が渡した原稿の量は大した量ではない。
が、真希には長い時間に感じた。
「文麿様…」
真希は弾かれるようにして後ろを向く。
「ど、どうだった…かな?」
不安げにたずねる真希を見て、梨華は目を丸くした。
昨日から梨華の前では堂々と振舞っていた真希が、こんなにも焦って、
恐々している表情をしているのに驚いたのだろう。
「ねえ………どう?」
「とても、面白かったです」
梨華は笑顔でそう答えた。
真希はほっと一息ついた。
本当でも嘘だとしても、梨華が笑ってくれたことが、真希は嬉しかったのである。
- 320 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:19
- 「そっか、良かった……」
「どうしたんですか?」
「本当に不安だったんだよ…。がっかりされたらどうしようって…」
緊張が解けたせいか、真希はぐったりしている。
そして、食後にもらった冷めたお茶を口に含んだ。
「がっかりだなんて……そんな…」
梨華は、そんな真希の様子を不思議そうに眺めていた。
「本当の僕は自信がないんだ…。読んでくれた人がどう思うのか。
いくら売れてるっていっても、本当に面白いって思ってくれるのか…」
真希は手元にある湯呑みを眺めながらつぶやいた。
梨華はじっと耳を傾ける。
「実はね、石川さんに見せるのも怖かったんだ。嫌われたらどうしよう。
失望させてしまうだろうか、ってね」
梨華は首を横に振るが、真希は構わずに続ける。
「でもね、本当の僕を知ってもらいたかったんだ。これから一緒に仕事をするのに、
嘘ばかりついてても仕方ないでしょ。本当の僕は弱くて臆病なんだ」
真希はそう言って、顔を上げた。
微かに笑っている。
最大の隠し事のことも、いつか打ち明けよう、とも考え始めた。
- 321 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:19
- 梨華は嬉しかった。
感想を述べるまで、終始不安げな顔をしていた『文麿』が信じられなかった。
しかし、今まで梨華の中にいた『文麿』とは想像の姿。
自分に対して本当の姿を見せてくれたことを、梨華は何よりも嬉しく感じていた。
「これから一緒に仕事をすれば、もっと違う僕も出てくると思う」
真希は真剣な目をして梨華に言う。
「もし、そんな僕に嫌気が差したら、いつ出て行ってくれても構わない」
「……そんなこと」
「あるさ。石川さんの中にいる文麿と、僕の中にいる文麿は別人なんだよ。それに…」
「それに?」
「僕はまだ石川さんのこと知らないしね」
梨華の顔が、また緊張した表情に戻る。
真希はその梨華の表情を見て、まだ時間が必要だなと判断した。
「話たくなったら話してくれればいいよ」
真希は、そう言って机に向かった。
全く進まなかった筆が今度は動く。
- 322 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:23
-
―――――――――――――――
階下から、夕御飯の匂いが漂ってくる頃。
真希はふと筆を止めて、梨華を見た。
「もう今日はいいよ。下行って、裕子さんの手伝い頼むよ。今日は五人分だからね」
「わかりました。……五人分なんですか?」
梨華は今朝の様子を思い出すが、この下宿屋には家主を含めても四人しかいないはずである。
不思議そうな顔をしている梨華に気づいた真希が付け加えた。
「今日は、あいぼんの友達が泊まりにくるらしいんだよ」
「そうなんですか」
「もしかしたら今晩、隣の部屋がうるさいかもしれないけど、ごめんね」
「いえ、私は大丈夫です。用意が出来たら、お呼びしますね」
梨華は納得した顔をして立ち上がると、ふすまを開けた。
すると、そこ亜依がいた。
「噂をすれば…」
「師匠、ただいま」
「おかえり、あいぼん」
調度、亜依が学校から帰ってきたところであった。
亜依の後ろにもう一人いる。
- 323 名前:恋愛小説 投稿日:2004/07/23(金) 17:24
- 「梨華ちゃん、ただいま」
「おかえりなさ…」
亜依に挨拶を返そうとした、梨華の声が止まる。
梨華の視線の先は、亜依の後ろにいる少女。
亜依と同じぐらいの背丈で、お揃いの制服を着ているので、
双子のようにも見えてしまう。
その亜依の友人が梨華と目が合い、その目を丸くする。
「のの!」
「お、お嬢様!」
そこにいたのは、亜依の友人である希美だった。
梨華は慌てて希美の口をふさぐが、もう遅い。
- 324 名前:ななし作者 投稿日:2004/07/23(金) 17:25
- つづく
- 325 名前:名無し読者 投稿日:2004/07/24(土) 10:40
- 梨華ちゃんの正体は一体??
- 326 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/21(土) 14:56
- ずっと読んでここまできました。
シロツメクサは石川さんはじめみんなの健気に生きる強さが素晴らしかった。
幕切れが明るくて嬉しかったです。
シングルマザーの安倍さん、たくましくて素敵ですね。どこかこのスレ冒頭のALIVEと通じるものを感じました。
みそ汁はとてもかわいらしい。藤本さんの「長ネギは無視」に笑ってしまった。松浦さんのキャラもよい感じで。
今連載中の恋愛小説、舞台や人物たちがにぎやかでとても楽しんでおります。
続き待ってます。
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/09(火) 21:55
- 続いてほしいんだけどなあ
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/02(木) 23:38
- 続き来ないのかなぁ
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/11(火) 22:42
- それでも待つ
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