foot print
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月03日(日)15時15分30秒
- 自信作ではありません。読んだら損しますが責任持ちません。
- 2 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月03日(日)15時28分51秒
- 川沿いに並んだ夜店の人ゴミの隙間を縫って、彼女はどんどん先を歩く。
さっき景品であてたプラスティック製の肌色のお面を目印に、あたしは彼女の
あとを追う。彼女は時折振りかえって、ついてくるあたしの姿を確認するとニコッ
と微笑んで、また人ゴミの中に消える。
ぬるい風が人ごみの間をすりぬけた。あたしはかなり不愉快で、不機嫌だった。
着込んだ浴衣に少しでも風を通そうと袖をぱたぱたと振るけれど、とても足らない。
お気に入りの扇子も、こんな人ごみの中、こんなスピードでなんか使えない。人に
当たらないように履きなれない下駄を操るのが精一杯だ。
今日7月12日は、たぶん今年で一、二を争うほど最悪の日になる。
- 3 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月03日(日)15時36分26秒
- 頭上で、ポンポンと花火が弾ける音がする。チカチカと明るくなってまた暗く
なるのは判るけど、花火の姿は木陰やビルに邪魔されて、全然見えそうになかっ
た。
暑さで頭がぼうっとする。蒸し暑さに何かを調理する夜店の熱気や人いきれが
混ざって、まともに考えられない。
黄色い浴衣は楽しげに人ごみの中をひらひらと進む。
人ごみのざわめきが、なにか別の生物のように耳のなかで反響する。日本語で
はない、異国の言葉のように。全体でひとつの言葉のように。囁きのように。警
告のように。
――なんか、気持ち悪い。
どうしてあたしはここにいて、追いかけっこなんかしてるんだろ?
- 4 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月03日(日)15時51分26秒
- 人ごみの向こうで、まるでモンシロチョウのような黄色い袖が揺れた。
「こっちこっち! 先輩、遅いよ! 早く早く!」
異国の言葉のなかで、真っ直ぐに届くのは彼女の言葉だけ。この状況もかなり
異常だ。
あたしはヘラヘラと笑って、手を振り返す。もうそろそろダメっぽい。人ごみ
を抜け出して帰りたい。家に帰って扇風機回してポカリで額を冷やして、それで
――それで?
思考回路は崩壊寸前。ぬるい風に屋台の先に吊るされた風鈴が揺れた。ネオン
のようなピンク色の飴細工。水飛沫を上げて撥ねる赤い金魚。綿菓子。ポンポン
と間抜けな音がするライフル。水風船のヨーヨー。どれもがあたしを誘う。
――あっちのほうには行きたくない。
意味不明だ。でも気が進まない。川のそばには寄りたくなかった。屋台の向こ
うに見える河原には安全柵を勝手に乗り越えたカップルたちが仲良く、それぞれ
一定の距離を守って並んで座っていた。カップルから次のカップルまで測ったか
のようにかっきり約1メートルの距離。
- 5 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月03日(日)16時09分42秒
- 「先輩、なにボーッとしてんの!」
ひらっと黄色い浴衣が視界の端で揺れた。彼女だ。
なぜだかわからないけれども、皮膚が軽く粟立った。
「こっちですってば」
袖を引っ張るようにして歩き出す。今日の彼女は出会ったときから機嫌がいい。
わざわざ徒歩なら30分バスでも8分はかかるウチまで、あたしを迎えに来るぐらい
なのだ。
「なによ、さっきから、こっちこっちって。何があんの?」
不機嫌に言ったあたしに、彼女はにっこりと笑って唇の前に人差し指を立てた。
「ないしょ。見てのお楽しみです」
- 6 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月03日(日)16時22分40秒
- 彼女の手が袖を撫でるように滑って、あたしの腕に触れ、掌を掴む。彼女は、
繋いだ手を目の前まで持ち上げる。
「これでもうはぐれないよね?」
可愛らしくニッコリ笑って、指を絡めるようにして握り直した。
「や、あの・・・」
「さ、早く行こっ!」
まるで迷子癖のある子供になったみたいだった。小走りに歩く彼女に合わせて、
あたしの歩調も有り得ないほど早くなる。下駄の下でいくつか軟らかいもの、誰
かの足?を踏んだみたいだけど、立ち止まって詫びる隙もない。
- 7 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月03日(日)16時46分52秒
- 彼女の掌は、あたしよりも体温が高いのに、少しも汗ばんでいない。彼女にとっ
ては今日も涼しいぐらいなのかもしれない。
彼女は部活の後輩で、ごく平凡な言葉で形容すれば、『天才少女』だった。
各種演劇コンクールを総舐めにして、すでに劇団に所属し、端役とは言えTV
や映画に出演したこともある。同じ演劇部に所属しているとは言え、実力も実績
も段違いに劣るあたしが彼女の先輩だというのは、かなりおこがましい。
しかし何を気に入ったんだか、彼女は演劇部に頻繁に顔を出して、真面目で練
習熱心で先輩を立てる後輩――の、役を演じていた。
- 8 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月04日(月)01時04分08秒
- ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 9 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月05日(火)01時27分40秒
- 「あたしねぇ、先輩のストーカーなんですよ」
笑顔でそう自己紹介されたのは、新歓コンパのときだった。教室の真ん中に机を
集めて、新入生たちが予算目一杯まで使って選んできたお菓子とジュースもようや
く半分がなくなって、今年もまた食べ切れないほどの買っちゃったんだなぁと、ひ
とりテーブルを離れて窓辺でオレンジジュースを煽りながら、しみじみしていたあ
たしに近付いてきた彼女は、やけに堂々とそう言った。
「はぁ? ストーカーって、あの、夜眠れないときに窓を開けたら電燈の下にいて
こちらを見上げていたり、イタ電したり、空メを大量に送ってくるみたいな、あれ?」
「いや、そういうのもいいんですけど」
「いいのかよ」
「や、だから、そういう意味じゃないんですよ」
彼女は、あたしのツッコミに苦笑して手を振った。とても感じの良い仕草だった。
- 10 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月05日(火)01時41分51秒
- 「あたし、藤本先輩がいるからこの高校選んだんです」
彼女はなんでもないことのようにさらりとすごいことを言った。
「あたしぃっ? なんで」
むしろ動揺したのはあたしの方だった。自慢じゃないけど小中高と目立ったこと
は特にやってない。一応運動部に所属はしていたけど、万年予選負けで憧れられる
要素なんかまるでない。唯一、今の演劇部だけだけど、これもせいぜい文化祭みた
いな年3回のイベントで学内に向けて発表するぐらいのことしかやっていない。
「そのうちわかります」
「うっわ。なにそれ。気になる。すごい気になる。去年の文化祭来たとか?」
「あ。見ました。リア王。コーディリア役でしたよね?」
「・・・・・」
正解。正直有り得ない。
- 11 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月05日(火)01時42分56秒
- ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月14日(木)03時26分06秒
- ずっとochiてたんで気付きませんでした。
この後輩はもしかしてあの人でしょうか……
続きにかなり期待してます。
- 13 名前:1 投稿日:2003年08月14日(木)14時17分09秒
- >>12 後輩は松浦です。大人気CPなんか扱っちゃって心からすみません。あなた
の時間を無駄にしたことを心からお詫び申し上げます。
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 14 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月14日(木)14時42分34秒
- 彼女は、言葉だけは情熱的だった。
先輩を慕う可愛い後輩。礼儀正しい後輩。何かとあたしのことを引き合いに出す
後輩。彼女の口癖は『劇団に入りませんか? 先輩なら絶対、劇団でも芸能界でも
やってけますって』なんて耳障りのよい、自尊心をくすぐる甘美なもので、あたし
をその気にさせるのには充分なものだった。もっとも劇団に入団するのにいくらか
かるのか聞いた途端、やる気は即攻で無くなったんだけど。
あたしだってそう馬鹿じゃない。
彼女の観察的な視線に気付くのに、そう時間はかからなかった。なるほど、彼女
はあたしのストーカーだった。でもそれは、観察者が対象物を眺めるような無機質
で冷徹なものだった。
彼女があたしの観察日記を付けていたとしても、あたしはそう驚かない。彼女は
あたしを通して何かの実験をしている。
- 15 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月14日(木)15時03分03秒
- たとえば他愛のない愛の告白。彼女はいつも、誰がいようとお構いなしで、あ
たしに愛の言葉を囁いてくる。いや、むしろ、誰かがいるときに、殊更見せつけ
るように聞こえるように言う。最初は困ったようにしか反応できなかったあたし
も、だんだん周囲のことを気にしなくなった。おかげであたしたちの仲(どんな)
はすっかり周囲の公認を得ている。あたしと見れば即座に彼女の名前を連想され
る程度には。
たとえば言葉遊びのような心理テスト。彼女との会話は、常に心理テストを受け
ているようなものだった。彼女は質問が好きだったし、あたしは答えるのがきらい
じゃなかった。そして彼女はあたしの答えをよく覚えていた。
たとえば腕時計。目ざとく皮ベルトのへたり具合を見破られ、高価なそれ(ま、
兄貴には「手錠みたいだ」って言われちゃったんだけれども)交換を申し出られた
こと。この腕時計に、盗聴機が仕掛けられているってのも、割と面白い思い付きだっ
た。彼女がそこまでするとは思えないし、喩えそこまでしていたとしても、あたし
の私生活で彼女に聞かれて困るようなことって、殆ど無いんだけど。
たとえば――
- 16 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月14日(木)15時16分33秒
- たとえば、さすがに気味が悪くなったあたしが、わざと登下校の時間をずらして
も、部活をサボッても一日に二度以上は、必ず出会うこと。さすがにこれは不気味
だった。
彼女の行動は何もかも計算され尽くしている――ように、あたしには見えた。
クラスメイトの友人たちには、よくそこまで後輩に慕われたものだと半ば呆れて
いたが――あたしも同感だ――きっかけがよくわからないだけに不気味で仕方ない
瞬間があった。
だけど成績優秀眉目秀麗礼儀正しく分を弁えて甘えてくる後輩に、自尊心をくす
ぐられるのも本当だった。それに彼女と付き合うのはメリットが多いのも事実だ。
有名劇団の公演チケットやTV局見学や――普通の高校生なら、できない体験が気
軽にできる。
これも、彼女の計算のうちではあったんだろうけれども。
- 17 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月14日(木)15時17分11秒
- ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月14日(木)16時36分14秒
- どう展開していくのか・・・楽しみ
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月14日(木)20時45分02秒
- しかしもったいないなぁ…
ここまでsageとくって事は、
分類板とかへの紹介もやめた方がいいですかね?
- 20 名前:1 投稿日:2003年08月14日(木)23時27分31秒
- >>18 1の断書の通り、読んだら損します。どうか時間は大切にお使いください。
>>19 紹介文は激しく見たい! しかしご覧の通り、読者を集めるのに相応しい話
ではありません。間を取ってこのスレに紹介文を投稿してください。お手を煩わせ
て申し訳ありませんがお暇なときによろしくお願いします。
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 21 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月14日(木)23時40分04秒
- 彼女は、屋台の切れ目で足を止めた。
「ここ、ここ。ここなんです」
繋いでいた手をパッと話してパンっと両手を景気よく打って、彼女は二三歩、
鬱蒼とした雑草のほうに向って駆け出した。
雑草はぬるい風に煽られて、ざわざわと不気味な音を立てる。去年と同じ音を。
あたしは屋台の横で立ちすくんだ。
ここだ。
「先輩?」
彼女は暗闇のなかで、怪訝そうにあたしのほうを振りかえる。暗がりのなかで、
彼女の表情はわからない。
――彼女は知っているのかもしれない。チリッとしたいやな感じが首筋を這い
のぼった。
「・・・先輩?」
彼女の形をした何かが闇のなかから一歩、近付いてくる。あたしは彼女の何を
知ってるんだろう? 彼女があたしに見せたいと思った仮面以外の何を。
- 22 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月14日(木)23時40分57秒
- ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 23 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月16日(土)08時30分45秒
- 「うっわ、ショボッ」
「なによーこれーセンコー花火しかないのぉ?」
「いーじゃん派手なのはさっきみたばっかじゃん。あたしこういうの好きー」
「やだよーマジさいあくー」
「うっせー。死ね!」
「いっや、なにこれなにこれ。水?」
「いやーっ、なんで美貴まで」
「アハハッ、水だよ水。バケツバケツ」
「いやなとこで準備万端よねー、アナタタチ」
「オレタチ遊ぶためには手間を惜しみませんから」
「あー、やべ。水なくなった水」
「ばっかじゃないの。なにそれ。ほんとサイアク」
「うっせぇんじゃゴルア」
「いやーっ」
「アハハハハッ」
「あはは・・・じゃあ美貴汲んでくるよ。まいちゃん行こ」
「おっけ」
「お、悪ィな。向こうのほうにあったと思うから。水道」
「川で汲め川で。すぐそこだろ」
「もーまた無茶言うー」
- 24 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月16日(土)08時34分45秒
- ◇
- 25 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月16日(土)09時13分59秒
- 「先輩! 先輩ってば」
「あ?」
ふいに間近で声を掛けられて我に返る。目の前にはピンク色の唇をタコのように
尖らせて間抜けな顔をした彼女がいた。いや、いるのはいいんだけど距離が問題。
3cmって、いくらなんでも近過ぎ。間違ってコケたらどうすんだ。
「うぅわっ、びっくりしたっ」
思わず、後じさって彼女との間を腕でブロックする。それが、思いっきりアッ
パーカットを食らわすみたくなったとしても、これはあたしのせいではない。断
じてない。
「いたたたたっ、先輩、ひどい・・・」
「や、だって急にそんな目の前にいるから・・・」
「だっていくら呼んでも返事しないんだもん。ボーッとしちゃってさあ」
「・・・痛かった?」
「舌噛んで死ぬってこんなカンジかなみたいな」
「え、舌、ゴメン。マジゴメン」
「別にいいんですけど」
「っていいんかい」
彼女はあたしのツッコミに苦笑しながら、数歩前に出る。セーラームーンと目
が合った。彼女の付けている肌色のお面。
「何を考えてたんですか?」
- 26 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月16日(土)09時16分01秒
- ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 27 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年08月17日(日)22時32分06秒
- ●ミひら ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
http●ミm-seek●ミ.aren●ミe.jp/●ミi-bin/●ミd.cgi/●ミifico●ミ570770●ミ14
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月28日(木)23時55分41秒
- う〜ん、まだいまいち掴みきれない…。アホだなぁ自分(w
あんまりこのお話に気付いている人がいないのか(もったいない
それともみなさん静かに見守っているのか。
どちらにせよ騒ぐのは場違いのような感じなのでひっそりと
続き楽しみに待ってます。
- 29 名前:Div-1:fireworks 投稿日:2003年09月04日(木)00時42分45秒
- >>28 ううっ、期待されるような話は書けません・・・
【関連スレ】男×娘。です。見限るのはお早目に。
泣きたくなったら教えてね
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/messe/1058968529/
ひらひら
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/pacifico/1057077062/
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ ●ミ
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/09(木) 13:44
- 続きないの?
- 31 名前:1 投稿日:2003/12/27(土) 22:32
- 放棄します。スレ整理の前に宣言しておくべきでした。次のスレ整理の折にでも
倉庫逝きにするなり、そのまま削除するなりして頂ければ幸いです。資源を無駄
に貸借してしまったことをお詫び申し上げます。
- 32 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/01/02(金) 22:52
- 誰もいないな? よし。
- 33 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/01/02(金) 22:59
- スレの余りを利用して、好き勝手なものを書くけど、ご意見ご感想心配などは無用です。
読んでても決してレスしないでください。感想とかも要りません。よそで書くとかやめ
てください。あと男×娘。なんでそういうの嫌いな人と好きな人は読まないでください。
管理人さんは好きなときに好きなようにしてください。邪魔になったらいつでも消して。
- 34 名前:メロメロ 投稿日:2004/01/02(金) 22:59
- ちなみにスレッドのタイトルはこれだったことにしてください。どうでもいいけど。
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/02(金) 23:18
- タイトル:
元ネタ『 夏 ノ 夜 ノ 猫 ノ 』 志 村 志 保 子
ジャンル:男×娘。いしよし
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- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/05(金) 00:34
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- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/08(月) 00:51
- こっそり期待
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- 80 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/03/09(火) 02:16
- レスがあったので慌てて完結させました。元ネタから著しい逸脱があった
ことをご容赦ください。元ネタは「ミシンとナイフ」に収録されています。
次からは努々レスなどされることのないように重々お願い申し上げます。
- 81 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:32
- はい…
いえ…
はい…
ええ…
たぶん…
いえ、知りませんでした…
- 82 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:33
- 足音。
革靴。
くろ。
茶色。
ソックス。
くるぶしのあたりでわだかまってるスラックス。
靴。
くたびれた靴。
底の擦り減った靴。
煙草の灰。
コンクリートの罅。
靴。
靴。
靴。靴。靴。。。
- 83 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:34
- 分厚い冊子だった。
ピンチランナーの台本よりも厚い。
A4サイズで、左のノドが3ヶ所、ステープラで綴じられている。
一番最初の紙は、真ん中よりもやや上よりにポイントの大きい明朝体で、
『供述調書』
と印字されていた。
浅黒い、少し筋張った手が、ページを開いて、体重を乗せるようにしてごしごし
と擦って開きやすいようにする。傷のある指が、文字を示して、左から右へと滑る。
読めという意味らしい。
私は冊子へと視線を落とす……
- 84 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:34
- 文字が黒く滲んで空気に溶けた。
ここは暗くて静かだ。時折かげろうのようなものが私の周囲にゆらめいている。
そんなとき、私はいつもそっと瞼を閉じて、かげろうたちが闇のなかに消えるの
を待つ。それは、私がいままで要求されてきたことに比べて、ひどくたやすいこ
とだった。
すこし時間が経つと闇のなかから手が浮かびあがってきて、ページをめくる。
次のページの文字たちも気ままに紙から浮かび上がり、周囲の景色に淡く滲んで
闇を深くする。
周囲がクレヨンで乱暴に塗りつぶした闇に覆われるころ、指はやっと最後の頁
に辿り着く。私はすっかり安心して、指の示した場所に自分の名前を書き、指に
黒い粉を擦りつけて隣に押す。
- 85 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:35
- 蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
燐粉を撒き散らして舞う黒アゲハ。
蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
- 86 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:35
- 剥げた色の、憂鬱な、不景気な、絶望的な、不満気な、デフレーションめいた
革靴が、いまいましげに埃が薄く積もったコンクリートの床に、擦り減った底を
更に薄くするような勢いでこすりつけられる。
音を言葉で表現するならzとかザ行とかでしか表現できないような、しみった
れた陰鬱な音。セルマが刑務所のなかで最後に聞いたであろう音楽のはしっこ。
ビョーク扮する目の見えないダンサーは、死刑執行のその瞬間まで幻想のなかに
沈む音楽と戯れていた。
私と音楽の関係はそんなに優しいものではなかった。
z… Z… ZZZ…
靴の底と床の奏でる雑音はいつまで経っても雑音にしか過ぎない。
ざっ ざ… ざざあ…
不自由な音。どこにも行けない音。閉じ込められた音。上に昇りつめることも
なければ、埋まるほど沈みもしない軽い音。
埃は静かに道を進む。いや、進んでいるのは私の方だ。鉄格子。足枷嵌めて、
蝶々のように飼われるのだろうか?
- 87 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:36
- 蝶、、、、、
蝶、、、、、、、
蝶、、、、、、、、、
蝶、、、、、、、、、、、
蝶、、、、、、、、、、、、、
嗚呼、今日は飛び交う蝶が多過ぎていけない。。。
蝶、、、、、、、、、、、、、
蝶、、、、、、、、、、、
蝶、、、、、、、、、
蝶、、、、、、、
蝶、、、、、
- 88 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:36
- 「蝶々が……」
呟いた彼女のほうこそ、黒アゲハのようだった。
鉄格子の向こうで質素な作業着を着て撫で肩の肩を落としている様は、まる
で疲れ切って羽を休める黒アゲハを思わせた。
小学生だった私はよく、緑色のプレスティク製のちゃちな虫カゴに、両羽を
休ませているところをそっとつまんで捕まえた蝶々を飼っていた。私はよく、
パタッと綴じて心地好く皺の寄った羽を撫でるようにして、それをもいだ。
剥がれた羽は透明で素晴らしく機能的な形をしたトンボのそれと同じぐらい
美しく、同じぐらいすぐだめになった。
彼女はもがれた羽。美しく枯れゆくもがれた羽。
「どこにもいないみたいだけど?」
彼女以外には。彼女は私の答えを聞くと落胆したように長い睫毛を伏せた。
「そう……」
- 89 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:37
- 「みんな心配していたよ」
「……みんな?」
「飯田さんとか、安倍さんとか、保田さんとか、矢口さんとか」
「…………」
「早く出て来れるといいねって。これ、安倍さんと矢口さんから」
「……みんな……」
「ん?」
「……生きているの? ……生きていたの? ……みんな?」
「んー……、あいぼんとかのんちゃんとかはだめだったみたい……」
「……そう……なんだ……」
「大丈夫だよ。大したことないよ。悪いのは貴女じゃないから」
「……たいしたことないって……」
「大したことないよ。あれは事故だったんだから……」
「……事故?」
「そう事故だよ。ただの事故」
「……じゃあ、あたしはなんでここにいるの?」
「………………」
「……時間、終わりみたいだから」
「うん……」
- 90 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:37
- 席を立った彼女の名残を惜しむように、無愛想な灰色の椅子がくるくるとパー
トナーのいないダンスを踊る。ゆるくウェーヴのかかった髪が、鉄の扉の向こう
に消えかけて、歩みが止まった。
「ねぇ、なんでそんなに嬉しそうなの?」
ひどい腹痛に悩まされているような表情で、彼女は振り返った。
「あたしのこと? 嬉しそうだった?」
頷いて肯定される。
「んー…、久しぶりに大好きなひとに会えて嬉しかったのかな、たぶん」
昔の彼女ならパッと顔を輝かせて、私も、と答えそうな、彼女好みの科白で
答えてみる。我ながら軽薄な言葉だ。
「ふうん……」
彼女は無感動に、鈍い表情のままで私を見た。ぼんやりとした視線が一瞬だ
け、私に向かって焦点を結んで、また揺るんだ。
制服を着た職員が彼女の両側に立って無機質で敬意のないエスコートをする
のが見えて、少しだけ寂しいような気持ちが残る。
くるくるとしたあの髪をひとすじ手にとってみたかった。ふわふわのヨーク
シャーテリアを撫で損ねたような気分だった。
椅子はもう、回ってなかった。
- 91 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:38
- 蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
波のように周囲をさざめかせて動きを止める。
蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
蝶、
- 92 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/03/09(火) 02:38
- クレヨンで塗りつぶされたようなひとだった。
「………………」
喋った言葉はたぶん日本語。意味を為さない音が頭のなかで硬質な音をたてて
砕け散る。その反響音を拾ってコトバを組みたてる。その繰り返しで、会話めい
た音のやりとりが成立する。
「………………」
塗りつぶされた黒からひらひらと羽がこぼれる。アゲハのようなぺらっとした
広いはね。羽はジグザグに、時間を掛けて、落ちてくる。格子を越えて、あたし
のてのひらのなかへ落ちてくる。
はねはてのひらのなかでゆきのようにとけてきえた。
「………………」
クレヨンの人が身を揺らす。笑っているかのように。楽しげに。両側に定規
のような人がやってきて、面会時間が終わったことを知った。
「ねぇ、なんでそんなに嬉しそうなの?」
あなたはクレヨンに塗りつぶされているのに?
意味のある答えは音楽になって耳から脳蓋のなかにしのび込む。
応えは音楽のなかに、記憶はクレヨンの向こうに、消えた。
あれは誰だったのかな?
- 93 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/06/26(土) 17:50
- あかり採りの格子の向こうから蝶々の翅がそっと忍び込む。翅は狭い部屋を
黒く埋める。
夜だ。
意識を手放す前にいつも気付く。
これは夜だ。
これが夜だ。
翅ではなくて。でもいつも判らなくなる。
夜ってなんだっけ?
翅とどう違うんだっけ?
。。。
。。
。
。
。
- 94 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/06/26(土) 17:54
- 夜。昼。夜。昼。翅。昼。夜。昼。夜。昼。夜。昼。翅。昼。夜。昼。夜。
繰り返される毎日。
夜。昼。夜。昼。翅。昼。夜。昼。翅。昼。夜。昼。翅。昼。翅。昼。夜。
いつか見た日々。昨日と同じ明日。
夜。昼。翅。昼。翅。昼。翅。昼。翅。昼。翅。昼。翅。昼。翅。昼。翅。
明日と同じ今日。毎日続く毎日。
翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。翅。
翅。
翅。
翅。
。
。
。
。
- 95 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/06/26(土) 18:05
- 数日だったのかもしれない。
何十年も経ったのかもしれない。
毎日テレビもラジオも音楽も会話も変化もない日々が続いたその果てには、
階段が待っていた。灰色のコンクリート製のそっけない階段だった。端のほう
にはカサカサと黒い翅がうごめいていた。それは、この場所に初めて来た日の
ことを思い出させた。あれからどれだけの時が流れたのか……。
薄いゴム底の白い靴が一段階段を上る。白かった靴が上る。元はおそらく白
かったであろう靴が上る。この靴は最初から履いていたんだっけ? それとも
新しいのに変えたんだっけ? 思い出せなかった。そうだ、靴。あの日も沢山
の靴を見た。運動靴。革靴。アシックス。ナイキ。ハイヒール。モカシン。サ
ンダル。ミュール。そのどれもが血に汚れていた。リノリウム貼りの床が、血
溜まりの足跡で埋まっていた。あれは誰の血だったんだろう。判らない。たく
さんの血だった。たくさんの汚れた靴を見た。靴しか見なかった。なぜって、
あれがとても重たかったからだ。重たくて、とても疲れていて、それで、自然
と猫背になって、だから結局靴しか見てなかった。それからあとのことも靴の
ことしか覚えていない。
あれ。
あれって何だったっけ?
- 96 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/06/26(土) 18:19
- 私はじっと右腕を見た。靄のような真っ黒いものがじっとまとわりついて次
第に形を整えていく。重たかった。真っ黒だった。翅みたいに真っ黒だった。
翅みたいだった。翅だった。
翅、、、、
私は慌てて左手で右腕のあたりを払った。払っても払っても黒い靄はべった
りと私の腕にまとわりついて離れない。払うたびに翅が砕けて靄はますます私
の腕を締め付けた。
「…………? ………?」
両側にいて一緒に歩いていた灰色の素っ気無い制服姿の男が怪訝そうに振り
返った。
「ええ。そうです」
私は曖昧に笑った。制服姿の男は怯んだように元の通り前に向き直った。階
段はもう終わりに近い。天井からは、運動会で使うような太くて白い麻縄のよ
うなものが釣り下がっていた。縄は1本、まっすぐに垂れ、中空で輪になって
終わる。まるで首吊りに使うロープのようだった。
「………………」
男に導かれるように私は輪に近づく。輪は私の首にかけられ、軽く絞められ
る。少し左右に動かして間違いなく私の首にはまってるかどうか確認される。
蝶々が、一匹、部屋の中に舞い込んでいた。翅じゃなくて。翅だけではなく
て。それは天井の間際を頼りなげにふわふわとさまよっていた。それから……
ごとん。
何かが動く音がして、床が抜けた。私の足は中空に投げ出され、勢いよく縄
が首を絞めた。咽喉に全体重がかかって、ぐぅっという音が肺から咽喉を抜け
ていった。縄が頬にあたってざらりとした。それからビンと張った。
蝶々は、ふらふらと私の目の前のあたりを通り過ぎていた。
- 97 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/06/26(土) 18:24
- それはとても重たかったので、通常使う小道具とは何か違うということは、
すぐにわかった。
なぜそれがそこにあったのか、今でもわからない。私はそれを選んだ。選ん
でしまった。魔が差したのではなく、自分の意思でそれを選んだ。だから、そ
れがそこにあったのは必然だったのだ。
私はふざけて20年以上も前のアイドルを真似したポーズを取って、それから
それを周囲に向けて、でたらめに銃爪を引いて、振り回した。スネアドラムの
ようにリズミカルな連続音。それから悲鳴やうめき声がした方向にそれを向け
た。血が煙のように立ち昇った。それから靴。あんなに沢山の靴の底をいっぺ
んに見たのは初めてだった。
それは私の腕の中でアゲハ蝶になった。
それから、目の前を泳いで、消えた。
- 98 名前:『黒アゲハ』 投稿日:2004/06/26(土) 18:26
- -了-
- 99 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/06/26(土) 18:29
- スレを立てたくなったので慌てて更新しました。危ないところでした。
今からこのスレのタイトルは『f』だったことにします。
- 100 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/06/30(水) 23:12
-
1999年9月、クラスメイトがモーニング娘。になった。
TV画面でみたそのコは髪を金髪に染めていて、少し大人びて見えた。
あたしは14で、悲しいぐらい子供で、いやになるぐらい熱い夏だった。
- 101 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/06/30(水) 23:14
- 最初に“回覧”が回ってきたのはニノ担のコからだった。
『後藤真希を潰してください』というタイトルのメールだった。
後藤の携帯電話の番号と、家族が経営している店の電話番号が書いてあって、いたずら電話を掛けてくださいと依頼する内容だった。あたしは知ってる限りの友達にそのメールを送った。同じような内容のメールが何度となく届いたけど、同じように転送した。
あたしは賢いので自分で電話を掛ける真似などしなかった。
単なるクラスメートから芸能人へと昇格したそのコに対する戸惑いを感じたのは、あたしだけじゃなかったらしい。
元々、彼女もジャニーズファンだったし出席番号が近い関係もあって、1学期はそこそこ話したりもしたんだけど、2学期になってからは殆ど話さなくなった。だいたい、学校に来ない。むしろTVでよく見るようになった。
灰色の檻に閉じこめられた哀れなあたしたちからしてみれば、彼女は目立つ羽根の色をした鳥だった。飛べない鳥は、素直な賞賛と素直でない嫉妬と、それ以外にどんな感情を抱けば良かったのだろう?
- 102 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/06/30(水) 23:15
- あたしは目立たない生徒だった。運動神経も並みなら容姿も普通、成績もたいしてよろしくない。が個人的に教師から呼び出しを喰らうほどでもない。自分の所属する居心地の好い“グループ”もちゃんと確保していたし、いい意味でも悪い意味でも目立ってなかった。
彼女一人の出現によって、あたしたち全員がそんなふうになった。
それまで何かしら目立っていた生徒たちも芸能人という光の前には霞みきった存在になった。
常に傍観者的な立場にいたあたしにとって、それはなかなか痛快な事態だった。
彼女は、あたしにとって彗星のような存在だった。
接近遭遇してしまったのは災難のようなもので、それもいつか(具体的には学年が上がるとき)離れていく。
そんな存在として、特に近付くことも、敢えて離れることもしなかった。クラスメイトが芸能人になるということは、クラスメイトに登校拒否児が一人増えた程度の、どうでもいいような出来事なのだった。少なくともあたしにとっては。
- 103 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/06/30(水) 23:18
- 彼女に対する中傷誹謗のメールは日を追ってどんどん多くなっていく。あたしはそれをただ転送する。中身は読んだり、読まなかったりだ。本気になって怒ってるコも少なくなかったが、あたしは半信半疑だった。本当でもおかしくないような気もするし、あり得ないような気もした。
ただ、メールが届いたときは心が黒く塗りつぶされるような、イヤな気持ちを味わった。自分のために不愉快なのか、彼女のために不愉快なのか、それともそんなメールを送りつけてくる知人そのものが不愉快なのか──あるいは彼女という存在そのものが不愉快なのか。そのどれもなのか。自分ではわからなかった。
あたしは、家族のなかでの地位は最低だった。両親と兄とに命令される立場だった。
会話もあまりない。帰宅したら部屋に引きこもってお気に入りの音楽を掛ける。ジャニーズよりはデビューしたてだったポルノグラフティや、兄のお気に入りのユニコーンやバービーボーイズなんかを聴いて過ごす。そして家族の不愉快な干渉にあって、家事を手伝い、雑用を済ませ、勉強した。
芸能人の生活というのは、もうすこし面白味があるんだろうなと漠然と思った。
- 104 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/06/30(水) 23:20
- 彼女とあたしの間には交点などある筈もなかったし、そんなものは望んでもいなかったのだ、とあたしのために弁明しておこう。
友人が芸能人である、という状態に興味を覚えないでもなかったが、彼女の周辺の騒がしさを見てるだけで辟易した。あの周囲の喧噪に混ざるほど、彼女自身に魅力は感じなかった。あるいは、あたしのほうで彼女の魅力を切り捨てて見ていたのかもしれない。自分が平凡という自覚があったって、あたしは自分の将来の可能性を信じている14歳の子供で、自尊心は天を衝くほども高かった。彼女に対してクールであることは、自分の自尊心を傷つけることと同義だったのかもしれない。
ミュージックステーションの観覧チケットが入手できたのはまったくの偶然だった。
父親が留守のときにこっそりとインターネットのファンサイトを巡っていたのだが、そこで知り合ってメールを交換するようになったジャニーズJrファンのコから一緒に観覧に行くはずの友人の都合がつかなくなったとお誘いのメールが届いたのだ。
急な話だったが、一も二もなかった。前日は興奮のあまり寝つけなかった。
- 105 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/06/30(水) 23:23
- 当日の出演者は、今となっては全く覚えていない。ただ、出演者として出てきた中にクラスメイトの彼女の姿を発見して、ああ、モーニング娘。も今日出演だったのかって妙に醒めた気分で思った。
この日、初めて会ったメル友の印象のほうが強烈だった。背格好は普通なのだが、全身ピンク色の(似合いもしない背伸びした)スーツでキメていて厚化粧で、早口に自分の事ばかり喋って相槌を求めたがるタイプの。
適当に相槌を打ちながら、多分もうこの人と会うことはないなって思っていた。
ミュージック・ステーションは出演者はずっと観覧客の前にいる。1時間ずっと。
「あ、また見たホラ……」
メル友の人はわたしが見逃しす場面をことごとく見ていた。相葉君とモーニング娘。の誰それが視線を交わしたとか談笑していたとか、そういうことばかり。見逃したことを告げると意味ありげに含み笑いして親切丁寧に教えてくれた。
──現実と妄想の区別がつかなくなるぐらい、この上なく親切に。うんざりした。
ずっと見ていたのだが、私が見た限りでは、そんな場面など一度もなかった。もっともあたしが見逃している可能性も否定できないのだが。
モーニング娘。の誰それは都合5回は嵐のメンバーと視線を合わせたり談笑したりしたのだという。彼女は一刻も早くあちらこちらにメールを送りたくてうずうずしていた。彼女のもたらした噂でネットはまた騒がしくなるだろう。明日になるまえにコピーメールが何通も届くであろうことが容易に推測できた。この情報で仲間内での彼女の重要性が高まるのだろう。うんざりした。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/25(日) 03:18
- 観覧のあと出待ちをすると主張した彼女と別れても、彼女の声が耳について離れなかった。粗悪な週刊誌を読むほど好奇心が旺盛なくせにニュースソースが明らかではないいい加減な記事を鵜呑みにしてしまうほど素直な彼女。これ以上話をしてるとこちらまで彼女の妄想が伝染りそうだ。ペシミスティックで悪ぶって、この上なく純粋。性質が悪い。
表玄関を避けて、裏の路地に逃れる。悪酔いしそう。いや、もうしている。横隔膜が痙攣しそう。吐き気がこみ上げてきていた。
「……さん?」
ふいに声を掛けられて視線を上げる。後藤真希だった。何故彼女があたしの名前を知っているのかと動揺したが、そういえばクラスメイトなのだ。
「どうして、ここに」
「ここ通用口。あっちに駅」
ということは出待ちに行った彼女は無駄足を踏んだ、ということだろうか。
「電車通勤?」
「近所だから」
「へぇ…」
「さっきいたよね?」
「?」
「客席」
「…ああ。あたしアレだから」
「アレ?」
「オリキ」
「…見えないね」
「うん、まぁ」
「名刺とか配ってる?」
「まさか。あ、でもあたし持ってるよ」
「何を?」
「後藤さんのやつ」
「うっそ。マジ? 見せて」
あたしたちは盛り上がらない会話をしながら、そのまま連れ立ってだらだらと駅に向かって歩いた。
「他の人は?」
「他の?」
「沢山いたでしょ? 10人ぐらい」
「そんなにいないって。8人ね。バス乗って帰った」
「乗らないの?」
「こっからチョッキしたほうが早いし楽しょ」
「見つからない?」
「誰に」
「ファンとか」
「あー、たまにあるかな。けっこー判んないっぽいけど」
「ふーん…」
- 107 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/07/25(日) 03:47
- 後藤真希は思ったよりも話やすかった。中身のない会話が適当に続いていく。普通だった。
間近で見てもブスとは思わないけど絶世の美女とも思えない顔立ちで、肩を並べて歩いていると芸能人と一般人の違いなんてどこにあるのかなと不思議だ。
ローテンションで会話を続けていたせいか、気付くと吐き気もどこかに消えていた。悪い気分ではなかった。
「後藤真希!」
突然、背後から声を掛けられて彼女は立ち止まって振り向いた。何かがぶつかるカシャンという軽い音。遠ざかる嘲笑と足音。
どこかで聞いたような声だった。
「うっわー」
後藤真希が隣で情けない声をあげた。
「どった?」
「アロエ?」
「はい?」
「ぶっけられた…」
後藤真希はくるっと後ろを向いた。羽織っただけの上着に真っ白いヨーグルトのようなものがべったりとくっついている。足元には蓋が張り付いたままのプラスチックの容器。アロエヨーグルト。
「えー…、ちょっと大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも… どうしよ…」
「取り合えず脱ぎなよ。襟持っててあげるから」
これ以上被害が広がらないようにティッシュで固形が残ってるヨーグルトを包んで捨ててから、あたしが襟口を支えると、形を崩さないように注意しながら後藤真希はするっと上着から一歩前へ出るようにして剥がれた。脱いだ、というよりは外へ出た、というほうがよりぴったりする。
「どうする、これ? 洗う」
ハンカチをパタパタとヨーグルトの跡を叩きながらたずねる。後藤真希は途方に暮れたようにあたしを見た。
「うー…、どーしよ…。どーしよーもないかもー」
「染み抜きある?」
「あ、これ。使って」
色の濃い上着に張り付いた白い跡がどうやら目立たなくなって、ほっと一息を吐いたら涙が出てきた。
- 108 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/07/25(日) 03:52
- 彼女だった。ヨーグルトをぶつけた集団のなかに、彼女がいた。あたしのメル友。彼女はあたしだ。後藤真希にヨーグルトをぶつけたかったのはこのあたしだ。彼女が羨ましかった。ねたましかった。少しだけ不幸になってほしかった。
「わ、やだ、──さんが泣くことじゃないよ」
涙の意味を取り違えて後藤真希が慌てた。彼女のための涙じゃなかった。彼女のために怒ったり憤ったり、そんな感情はあたしのなかにはなかった。ただ彼女が妬ましかっただけだ。そして、例えばこんなふうな不幸を願っていた。あたしはそれに気付いてしまった。
すっかり汚れが目立たなくなった上着を手にした後藤真希とあたしは、さようなら、と言って地下鉄の駅で別れた。
あたしたちは別に仲良くなったりはしなかったし、いつの間にか時間も過ぎて、クラスも分かれ、そのうち中学校も卒業してしまった。
あたしのなかにあったあの真っ黒い感情も、高校に入ってアルバイトを始めてたり、ジャニーズに関心を失ったり、兄が地方の大学に進学していなくなって、つまりいろんなことが楽になったとたん、薄れた。
時折、テレビのなかの、今は滅多に見なくなった彼女を見るたびに、あの頃の夜よりも真っ黒に潰れた感情を思い出す。
世界が黒く潰れてしまえばよかったと願っていたあの頃のことを。
- 109 名前:『黒く塗れ』 投稿日:2004/07/25(日) 03:54
- -完-
- 110 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/07/25(日) 03:57
- ……なにそれ…… orz
突然下の話の続きを書きたくなったので終わらせました。下の話はかなり
長くなる予定です。
- 111 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/08/20(金) 20:11
- えー、予定を変更して、一人リテイク祭りをします。
- 112 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/27(土) 23:13
- ◇◆◇ ◇◆◇
モーニング娘。をぶっとばせ
◇◆◇ ◇◆◇
- 113 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/27(土) 23:50
- 桜吹雪が卒業式を彩っていた。二拍子にアレンジされた蛍の光を行進曲代わりに退場する詰襟とセーラーカラー。漆黒に薄桃色。見上げた空は青。すすり泣きのバックコーラス。センチメンタリズムに浸るにはうってつけの日。
3年間の思いにケリをつけるのにあつらえたようにぴったりな告白日和はでも、
「ぼく、君とは付き合えないと思うんだ」
の、一言でアッサリ一蹴された。
いやな物を避けるかのようにくるっと背を向けて、ひょろっとした斜めに傾がせる癖のある歩き方で足早に遠ざかろうとする背中をどうにかして引き止めたくて思わず叫んだ。
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
くるっと寝癖のついた頭だけを廻らせる。コメディアンのようなまんまるの眼鏡の下の秀麗な顔に困惑とかすかな不快感を漂わせている。どうしよう。呼び止めたはいいけれど何を言うべき?
「あの、思うって何、思うって。断言しない意味って何?!」
「あー……」
空中に視線を彷徨わせて、ふいに何かを思いついたようにニコッとした。
「うん、ぼくの理想ってモーニング娘。なんだよね。だから君とは付き合えない」
- 114 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/27(土) 23:53
-
と、いうわけで、7期オーディションの列に素直に並んでるあたしって有り得ない程けなげだと思う。
- 115 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 00:44
- 「全然動かないね、列」
前に並んでいた子が待ち飽きたように声を掛けてきた。人参色に染めた短い髪に、くるっとした瞳を面白そうにきらめかせている。
「あとどれぐらい待つんだろうね」
「この調子だと軽く3時間はいくんじゃない? あ、前のほう動いた」
座り込んでいた場所からひらりと深緑色のワンピースをひらめかせて立ち上がる。それからよっこいしょと、ダンボールケースを持ち上げた。横には青い字でエスカップというロゴが入ってる。
「すごい荷物だね。なにそれ」
「これ? 栄養ドリンク?」
「えいよーどりんく…」
「ファイトーいっぱーつ、みたいな?」
「なんに使うの、それ?」
「ん、差し入れ」
「……誰に」
「娘。の皆さんに。あったしすごいファンなんだぁ」
「………ふぅん。そっか。喜んでもらえるといいね」
ものすごい笑顔で言うものだから、いくらなんでも今日は娘。は来てないんじゃないかとか、栄養ドリンクなんてオッサンの飲み物を差し入れてどうするつもりなんだろうかとか、色々ツッコミたいところはあったものの、それだけ言うのが精一杯だった。
- 116 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 00:58
- 落ち着いて周囲を見渡してみると、なんだろう、結構……面白い行列になっていた。
持ってきた着ぐるみに着替えようとして四苦八苦している子、超絶技巧の着替え技術を発揮してお嬢様学校の制服に着替えつつあるバカ女子高の子、メイクに余念がない子、メイクどころか特殊メイクになってる子、数人でお揃いの服を着てる子(オーディションって一人ずつ受けるもんじゃなかったっけ?)、なぜか特攻服を着て周囲を威嚇している一団、どこから見ても女装してるようにしか見えないいかつい人、発声練習をしている子、一心不乱になにかを読んでいる子(あんまり必死だったからオーディション虎の巻か何かなのかと思ったけど、単に試験勉強だったらしい)、人、人、人……
「あー、なんかめっちゃドキドキしてきた。やばい。あたしやばすぎ。心臓発作とか起こしたらどうしよう?」
赤髪はいきなりそう叫ぶと大きく深呼吸しはじめた。うわ、やめてよ。いきなり横でぶったおれるなんて勘弁してほしい。
「あなた心臓悪い人?」
「ううん。めっちゃ健康。無遅刻欠席記録更新中」
「あっそ…」
人は見かけによらないものだ。髪の色は派手なのに授業態度は真面目とは。
「だってあれだよ、このオーディション通ったら娘。なんだよ? やばいよ?」
「はいはい……」
- 117 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 01:23
- 「そいやおねーさん何で娘。になりたいの?」
何回目かの場所移動の末ようやくダンボールを下ろして一息ついた赤髪が、人の好そうな顔を浮かべて訊いた。
「理想だって言ったから」
「え、理想? 誰が理想?」
……そういえば、そんな基本的なことさえ聞いてない。モーニング娘。ってのは大人数グループで、ってことはつまり沢山のメンバーがいるわけで、多分そのなかの誰か一人が明確に目標とされているわけで。やばいあたし恋敵の顔さえ知らない。
「わかんないや。多分あの、フジモトミキとかイシカワリカとかタカハシアイとか、多分あのへんだと思うけど」
「あー、うん。なるほど。そうかー理想かー」
いや、赤髪、なんで君の顔がにやけてるんですか。誰も君のこと褒めてないから。
「あっ、ねえねえ聞いて聞いてあたしにも聞いて」
「聞いてって何を……」
「モーニング娘。になりたい理由」
にこにこと上気した顔で嬉しそうに言う赤髪。まるで犬のようだ。そうか、コイツこの質問をさせたくてこの話題をふってきたって訳。見え見えなのもここまでくると突っ込む気力さえ起こらない。後ろでパタパタ振られる尾っぽさえ見えるようだ。
- 118 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 01:32
- 「えっと、何でなりた…」
質問を言い切る前に赤髪はぐっと身を乗り出してきた。
「あっあのねあのね、あのね、話すとすごい長いよ? 語るよ? それでもいい?」
「い…」
やだ、と続けようとした訳なんだけど。
「まずさあASAYAN? はじめにアレありきっていうか」
返事きかないんなら質問するなよ。
「あれねえ、初めて見たのあれ、ええとなんだっけほら、オーディションやって出てきた鈴木……鈴木ええとエミ? なんかそれっぽい名前の人」
「あー……いたっけね、そういう人」
「あれとね、なっち、なっちってこの人はもう卒業してるんだけど、あの、安倍さん、安倍なつみさんっていうんだけど、卒業まではつんく♂さんをしてマザーシップと言わしめたぐらいの、あの、なんていうか中心? モーニング娘。の主人公みたいな人で」
のっちでーすって何だったっけ?
「そのなっちさんがメインボーカルだったふるさとって曲と、鈴木なんとかさんのなんとかって曲が勝負、あのね勝負して」
「それで勝ったんだ?」
「負けたの!」
「へー……」
「いやもう見てるこっちが心配になるぐらい悲壮な感じでねえ。わかる? ねえ」
「え、うん、どうだろ」
「いやそれで、こっから、こっからメインなんだけどオーディションをしたのね、それで……」
- 119 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 01:39
- 赤髪は、ゴマキがいかにオーディションの中で一際目立っていたか、彼女が入ってからのモーニング娘。の躍進がいかに目覚しいものだったか、ひとつのオーディションが、たった一人の人間がいかに魅力がまったくなかったアイドルグループを再生させたかということを、熱心に、それはも熱心に語った。
話はシャッフルなんとかとか、カントリーレンタルとか、石川寒いとか高橋は休み時間に一人で本を読んでいるタイプとか、よくわからないところを経由して、とうとうオーディション落選組である藤本美貴が娘。に加入するかどうかの瀬戸際まで来たとき(どうやらこのへんが彼女的にはクライマックスだったらしいんだけど)、待ち望んでいた順番がようやくやってきた。
時計を見ると、会場に着いてから4時間半が経過していた。
早かったんだか長かったんだか微妙なところだ。
すっかり疲れ切っていたあたしは、審査員のオッサンらに緊張することなくナチュラルに自分を出せた。ていうかもう、今となっては受かっても受かって無くてもどっちでもいいってのが正直なところだった。早く家に帰ってベッドに倒れ込みたい……
- 120 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 01:54
- 受付して番号を貰ってほんの1分足らずの審査を終えると、しばらくその場で待機するようにと言われて警備員みたいな人に誘導された。
会場はもうぎゅうぎゅう詰め状態だった。
待機場所には勿論椅子なんかなく、思い思いに皆立ったり座ったりしている中に後から後から人が押しやられる。目立ちたくて仕方がなさそうな子と、モーニング娘。が純粋に好きですみたいな子とでごった返していた。
赤髪があたしの顔を見つけてニコニコしながら手振って場所とってるよーとでも言うように手振りで招いているのを見たときは、どうせ選ばれるはずなんかないし帰ろうかと本気で思った。
「どったの? 渋い顔して」
「や…、ちょっと疲れちゃって…」
結局あたしは、赤髪の横で、受け取ってもらえなかったらしいダンボールケースに凭れるようにぐったりと体育座りをしていた。
「一緒に受かってるといいねー」
「そだねー…」
それだけは勘弁してほしいね…。
「あ、これ飲む? 元気出るよ?」
あたしがあんまりぐったりしていたものだから赤髪はいきなりダンボールケースを開けようとして膝を突いたので、あたしは慌てて彼女の肘を掴んで押しとどめた。
「や、いいから…。それ飲んだら余計疲れそう…」
「いやこれマジ効くって。徹夜で勉強したときとか眠らなくて済むし授業に集中できるよ?」
もしかして学校で飲んでるんですか君。
「なんか余計こわいよそれ…」
「効くのに…」
赤髪はすっかりしゅーんとしてしまった。やっぱ犬系。髪の中に垂れてる耳が見えるみたいだ。
- 121 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 02:04
- 「えー、お待たせしました。今から会場前方の電光掲示板に合格者の番号を表示します。受かった方は、こちらで正式な登録用紙をお渡ししますから、その場で用紙を書き上げてから帰宅してください。そのほかの皆様はお疲れ様でした」
突然会場アナウンスがかかる。
「あー……やっときたー……やっと帰れるよー……」
立ち上がって伸びをして手元の番号札を見る。それから前方にあるという電光掲示板を見ようと振り仰いだとき、ぎゅうと腕をつかまれた。
「はい?」
腕につかまってるのは赤髪だった。ぎゅーと目をつぶってる。
「もしもし?」
「あーもうだめあたし見れない怖くて。あの、ごめん。悪いんだけど代わりに見てくれる?」
「……いいよ。番号は?」
「これ」
彼女は握り締めすぎてぐちゃぐちゃになった番号札を差し出した。あたしは二つの番号を探す。結果は……
「えっとね」
「だめ! 言わないで!」
赤髪は両手で耳をふさぐ。
「あのね。どうすればいいのよ」
「あー、待って。ごめん待って。心の準備ができるまで待って」
「いつできるの?」
「深呼吸! 深呼吸するから今! だからちょっと待って!」
「はいはい…」
赤髪は大きく胸を上下させ、それからきっと顔をあげた。
「うん、もう大丈夫。お願い。教えて?」
大丈夫な割にはまだ目を閉じているんですけど。大丈夫かこの人。
- 122 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 02:16
- 結果は……非常に残念なことに……二人とも受かってました。
番号20ぐらいしか掲示されてないのにありえなくない?
赤髪はニコニコしながら応募用紙を嬉々として受け取って、念入りにとても念入りに書類に記入をしていく。
あたしはその横で書類を埋めながら、いっそ、ここで全部嘘の住所でも書いてやろうかと思っていた。結局、思っただけでちゃんと正しい住所を書いたんだけど……
「大変だねそれ、持って帰るの?」
エスカップダンボールを持ち上げた赤髪に向かって聞くと、赤髪は嬉しそうにうなづいた。
「こうなったら受け取ってもらわなくて良かったーって感じするし」
「なんで?」
「だって直接渡せるわけじゃん? 娘。になったらさあ」
渡すんだ…。
「絶対要ると思うんだよね。芸能人生活不規則っていうしハードスケジュールらしいしダンスも激しいしさあ。絶対1度飲めば考え変わるって」
また一人でとうとうと喋り始めた赤髪と並んで帰る。適当な返事をしながら、なんとなく、モーニング娘。になるのもそんなに悪いことなんじゃないかもしれない、なんて思い始めていた。見返してやるぞ!とかそういうの抜きでも、ね。
- 123 名前:モーニング娘。をぶっとばせ 投稿日:2004/11/28(日) 02:16
- -完-
- 124 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/11/28(日) 02:51
- 大長編のはずだったのに……orz
- 125 名前:the M word 投稿日:2004/11/28(日) 15:01
- □■■■■■■■■■■■□
■□■■the M word■■□■
■■□■■■■■■■□■■ zap1
- 126 名前:theMword 投稿日:2004/11/28(日) 15:43
- 「あっあの俺、いやあのぼ、僕、すごいファンで。握手してください」
スーツ姿の青年が、笑顔で手を差し出した。
「え」
石川梨華は露骨に顔をひきつらせた。藤本美貴が隣で飲んでいたカクテルにむせた。
都心部の繁華街の、一般人にはちょっと敷居が高いお値段の店が並んでいる一角。ちょっと気付きにくい場所にある雑居ビルの地階にその店はあった。従業員が女性ばかりなら客層も女性中心で、表立った看板は挙げてないものの所謂その筋の店だった。
(ちょっと待ってよ、何だって一般人が紛れ込んでんのよ?)
梨華は美貴の耳元でパニックを起こしたように囁いた。
(知らないよ。美貴に言わないでよ)
(人気稼業なんだから。バレたら破滅なんだって)
(なら来るなよ、こーゆーとこに)
(だってー…)
(返事しなよ。待ってるよ彼?)
「ごめんなさい。今、仕事中なので」
にっこりと完璧な笑顔で梨華は答えた。美貴はまたむせる。
「仕事中、ですか?」
青年は戸惑ったように答えた。梨華は美貴の足を蹴っ飛ばす。
(いだっ。もー素直に言えばいいじゃんよ……)
美貴の呟きを聞きつけ、梨華はキッと睨みつけた。美貴は不承不承名刺を取り出して、席を立った。
「『月刊アイアンメイデン』の藤本です。今日はちょっと取材で」
嘘八百である。
青年も慌てて自分の名刺をひっぱり出そうとするのを、美貴は押しとどめた。
「そういう訳ですので申し訳ありませんが」
「……はい」
青年は、肩を落として自分の席に戻っていく。
- 127 名前:theMword 投稿日:2004/11/28(日) 16:06
- 「あーもうやばいよ。もうだめかと思ったー」
梨華はぐったりとテーブルに伏せた。美貴はカクテルを煽る。
「大丈夫だって。変にびくついてるほうが怪しいよ。あの人、全然この店が何の店か気付いてなかったみたいだしさ?」
ぐったりとした梨華の髪を撫でようとして美貴は手を伸ばし、ふととめた。
店の逆サイドに陣取ったこの店の常連の吉澤ひとみと目が合ったからだ。ひとみはにやーと笑った。美貴は弱みを見られたかのように慌てて手を引っ込める。
「あー……時々いるよね、そういう客」
伏せて乱れた髪を直しながら、梨華が顔を上げた。それから美貴の視線を追って、振り返った。
「また違うコ連れてるね」
「魅力的だからね、彼女」
美貴はなげやりに答える。
「魅力的?! 違うよ格好だよ格好。ああいうレズレズしい格好とかしてたらあたしだってもうちょっと…」
「はいはい。じゃあすればいいじゃん」
「はぁ?! だからあたしはバレたらおしまいだって」
「バラしちゃったらいいじゃん。今日はガールハントに来ましたとかさ」
「やめてよ。そんなんされたら破滅だって破滅。あんたんとこみたいな理解のある職場じゃないんだから」
「梨華ちゃんてさ時々…」
「なによ」
「なんでもない。あ、あのコ可愛くね?」
「え、どこどこ?」
- 128 名前:theMword 投稿日:2004/11/28(日) 16:07
- …オチなくして終わる…
元ネタ:the L word(未上陸アメリカドラマ)
- 129 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/11/29(月) 00:09
- ちなみにあてはめモーニングすると
Juniffer:高橋
Marina:中澤
Dana:石川
Alice:藤本
Shane:吉澤
Tonya:道重
Cherie:飯田
Gabby:松浦
Lara:柴田
Francesca:安倍
Tina:矢口
Bette:後藤
- 130 名前:(゚Д゚三゚Д゚) 投稿日:2004/11/29(月) 00:09
- ×jennifer ○Jenny
- 131 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/11/29(月) 01:18
- き ガ
み た ち ラ
は ス
- 132 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/11/29(月) 23:23
- ……森から出たらいけなかったんだ……
あのこはそう言った。
……森? 森って?……
戸惑って尋ねたあたしに、あの子は笑った。線の細い笑顔だった。
……あのね、オランウータンって、どういう意味か知ってる?……
……ううん?
……森の人、って意味なんだって……
……ふうん
……昔、人間とオランウータンは同じ生き物だったんだって。森から出てきて平地に出てきたのが人間になって、森に戻ったのがオランウータンになったんだって……
……へぇ。それってトリビアっぽいね
……そうだね。トリビアだね……
それが彼女とした最後の会話だった。森から出たらいけなかったという彼女の言葉の意味を知ったのは、彼女が時速134キロメートルの速さで通過する列車に身を躍らせた後だった。
- 133 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/11/29(月) 23:49
- パリンとガラスが割れる音がして、現実に引き戻された。
ここは化学室。塩酸を使って二酸化炭素を作る化学実験中で、オブザーバーのあたしは、日向の気持ちよいところで少しうとうとしていた。
あたしを始めて先生って呼んでくれたコのことを思い出していた。去年の話だ。大学を通してアルバイトの募集があって、生まれて初めて家庭教師のアルバイトをした。教え子は中学生で、受験生で、ヒキコモリで、つまり不登校生徒だった。それでも出席日数はギリギリなんとか足りていたから、一般入試に合格しさえすれば高校生になることも可能だった。おとなしくて素直で真面目で純粋すぎるほど純粋で笑顔がとても透明なコでとても扱いやすい生徒だった。あれだけ他人の言葉を真剣に受け止めていたら、学校のなかで生きていくのはきっととても辛いんじゃないかとさえ思わされた。
そして、それは事実だった。
しばらく現実感が戻ってこない。ふらっと頭が痛んだ。
「先生! 田中さんが怪我してます」
それも、生徒の悲鳴で掻き消えた。
- 134 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/11/30(火) 00:13
- 「大丈夫?」
生徒の腕を掴んで、ざーっと流水に浸す。この実験で使う薬剤に危険なものはない。すべて水溶性で水洗いすれば済む、という実験要領を頭のなかで反芻する。
「大丈夫、ちょっと切っただけです」
小柄な彼女は気丈にもそう答えるが、傷は掌を横切るように走り、血があふれるように流れている。引っかき傷程度ではすまなかったようだ。
「いったいどうしたの?」
「ちょっとぼーっとしてて、アルコールランプを消そうとしたら石綿金網に袖口が引っかかって、フラスコが倒れて」
「だめよ実験中にぼーっとしてたら」
自分のことを棚にあげて叱ると、少女は悔しそうに唇を噛んで、小さな声で、はい、と答えた。
「同じ班の子は箒とチリトリでガラスを片付けて。素手で触っちゃだめよ。保健委員! 一緒に来て! 委員長! 職員室から保田先生呼んできて! 他の子は実験を続けて」
てきぱきと指示を出して、大柄な保健委員と田中さんを連れて化学室を出た。
「先生大ゲサ…」
そう言いながらも田中さんは血が止まらない傷口を気味悪そうに見ていた。保健委員はマイペースに無言でついてくる。
- 135 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/11/30(火) 01:16
- 「うわ、こりゃ縫わなアカンな」
保健医の中澤先生は傷口をひと目見るなりそう言って、綿にアルコールを含ませてざっと傷口を拭いた。
「え…」
アルコールが染みたのか縫うのがいやなのか、田中さんが顔を引きつらせたのに構わず、中澤先生は手早くガーゼをあてて応急の措置を済ますと田中さんの手を引いて立ち上がった。
「ほっといたらへんなふうに傷口がひっついてまうわ。ほなこのコうちの車で病院まで送ってくるから、あんたらは教室戻り」
「じゃ、よろしくお願いします」
頭を下げたあたしに、中澤先生はびしっと人差し指を突きつけて、にやっと笑った。
「あんた実習のコやったっけ? ちゃんと事故報告書書いて保田先生とこ提出しときや。ほなね」
パタンと扉を閉めて、中澤先生と田中さんがいなくなる。保健委員の子はぼーと利用者名簿をめくって眺めていた。よくわからないコだ。あたしはチラリと彼女の名札を見た。道重。やばい、何て読むのかわからない。
「あの、帰ろうか?」
結局、名前を呼ばずに済ませた。道重さんは無表情に名簿を閉じて、はい、とだけ答えた。
- 136 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/11/30(火) 01:31
- 特に話すこともないので無言で廊下を歩く。
一枚壁を隔てた向こうで授業を行う教室の気配がする。とうとうと語る教師。かすかにざわめく沢山の生徒の気配。授業中の学校には心地よい緊張感が漂っている。廊下を歩いてると、まるでタイムマシンみたいに現実の時間の流れから離れているような気さえした。
「先生…」
保健委員の道重さんがポツンと呟いたのを危うく聞き逃しかけて、一拍おいてからようやく、
「はい?」
と受けた。道重さんは視線を上げることなく、あたしを見ないまま言葉を続けた。
「れいなことなんですけど…」
れいな? なんだそれ。
「あのこ、最近、家族とうまくいってないらしくって」
うわ、しかもいきなり重い話がきた。
「家に帰ってないみたいなんです…。今日もなんか、寝てないみたいで、だから怪我したんじゃないかなって」
……田中さんの名前か。良かった、へんなところで口挟まなくて。田中れいな。地味な苗字に似合わない派手な名前だ。いつみてもきっちり髪を整え制服をセンスよくアレンジしてる彼女には似合う名前だけど。
ふとタナカレイナ、女優と同姓同名なことに気付いて噴き出しそうになった。
「だから、れいなのこと叱らないであげてください」
道重さんは相変わらずあたしのことを見ないので、危機一髪、微妙な表情は見られないで済んだ。深呼吸して息を整えて、とびっきり気取った声で
「わかった」
と答えた途端、授業終了のチャイムが鳴った。
- 137 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/11/30(火) 01:32
- ◇
- 138 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/02(木) 23:55
- 『道重』さんとは廊下でさよならして、化学室に戻ると私担当の指導教官の保田先生が渋い顔をして立っていた。
「怪我、させたんだって」
「させたっていうか、したんです」
「同じことよ。あんたが監督者なんだからあんたの責任」
「はぁ」
「怪我したのは誰だって?」
「田中さんです。田中れいな」
「たなかれいな……」
「今、中澤先生が病院に連れてってます。縫わなきゃだめだって言ってました」
「ああ… またか」
「また、ですか?」
「中澤サン、さぼりたいときよく生徒をダシにするのよ。保健室勤務ってずっとさぼってるのと何が違うんだって感じなのにね」
「はぁ…」
「まぁ、こう言っちゃなんだけど、田中っちで良かったね。これがシゲさんとかややこしいコだったら親御さんが怒鳴り込んできたりして大変よ」
「シゲさん?」
「保健委員のミチシゲさん。さっき一緒にいたでしょ?」
「ああ…」
ミチシゲって読むのか、あれ。覚えておこう。親がややこしい人らしいってことも一緒に。
- 139 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/03(金) 00:09
- 保田先生は、今日中に提出してね、と事故報告書を押し付けて化学室を出て行く。
胸ポケットに指していたノックダウン式のボールペンで、さらっと日付と教室名と担当クラスと署名を入れる。事故前後の状況と、事故の詳細を、つまりさっき保健室で利用者一覧に書いたようなことをもっと詳しく書いて、手を止める。ボールペンを親指を中心にくるくる回転させながら書類をチェック。不備はないようだ。
ふと視線を上げるの大ビーカーがひとつ、実験台の上に出しっぱなしになっていた。大ビーカーは八分目ぐらいまで水が湛えていた。
「だらしないなぁ…」
大ビーカーの中の液体は水ではないらしい。陽光を複雑に反射して一部が虹色になっている。油でも浮かんでいるんだろうか。興味を惹かれて近付いてみるが、よくわからなかった。ビーカーを持ち上げると、思ったよりも重い。ためつすがめつして、ふと指を突っ込んでみた。
「……っつ」
指先にかすかに血が滲んだ。水の中はガラスで一杯だった。どうやらさっきの実験で割れたフラスコの始末に困った生徒が放置したに違いない。傷口をざっと水洗いして絆創膏を貼りながら、水のなかのガラスがいかに存在感がないかに驚嘆していた。
まるで、
思い浮かんだことにぎょっとして、慌てて考えを打ち消した。
- 140 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/03(金) 00:10
- ◇
- 141 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/05(日) 22:30
- 「で、絆創膏?」
「そ。すみませーん、ちくわぶおかわりー」
「梨華ちゃん、ちくわぶ頼みすぎ」
「いいじゃんよー。好きなんだから」
「好きったって限度なくない? おじさーん、あたし日本酒。燗でね」
「うわ、いいの? いいの?」
「いいのって何?」
「早生まれ」
「は?」
「未成年…」
「はぁっ。なに眠たいこと言ってんの。勤労してんだも。飲まなきゃやってらんねーっての」
「美貴ちゃんの不良」
「梨華ちゃんの優等生ぶりっこ」
軽く言い合いしているうちにオーダーしたものがやってきた。あたしたちはしばらく無言で飲んだり食べたりした。
繁華街のど真ん中にあるこの居酒屋は、人の出入りが多く喧騒に包まれてはいるが、騒ぎ過ぎる客もおらず、女性同士でも気安く入れる。値段も手ごろで、教育実習が始まってからこっち、美貴ちゃんと二人、反省会がてらに寄るのが日課になっていた。
- 142 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/05(日) 22:48
- 「そういえばさ、美貴ちゃんとこ問題児とかって、いる?」
「うち? さあ… 扱いにくいコはいないな。みんな大人しいってか、よそよそしいってか。なに、梨華ちゃんとこはいるの、問題児?」
「いる……かも」
「かもって何よ」
「あのさ、家出してるのに学校に来るのってどう思う?」
「どう思うって……まじめだよね」
「だよね………」
美貴ちゃんの答えに溜息を吐いた。
道重さんの言ってたことを考えてみる。
最近、家に帰っていないみたいなんです。
この「みたい」って言葉が曲者だ。道重さんは何故こんなことを知ってるんだろう? 二人は親友とか? それなら、全然部外者のあたしなんかに相談するはずがないような気がする。それとも、あたしが教師らしくないから逆に相談しやすかったとか? よくわからなかった。そもそも田中さんと道重さんは見たとこ所属してるグループも違うみたいだし、今日保健室に行ったときだって殆どまったく会話らしい会話なんかなかったし、一見して仲が良いようにも思えない。
といったようなことを、名前を伏せて美貴ちゃんに説明した。美貴ちゃんはところどころにツッコミを入れたり茶化したりしながら、それでも意外と根気よく付き合ってくれた。
「その保健委員のコさあ、なんか適当なフカシこいてんじゃないの?」
結局、これが美貴ちゃんの出した結論だった。あたしの話し方が悪かったのかもしれない。
- 143 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/05(日) 22:49
- ◇
- 144 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/05(日) 23:43
- 「朝の挨拶運動ってやる意味わかんない」
二日酔いが残ってるらしい美貴ちゃんが明らかに不機嫌なやる気なさげな顔でぶつくさ言う。さっきからずっとこの調子だ。
三々五々通りすぎる生徒たちにおはよーございまーす、と声を掛けながら、さっきから小声で毒づいている。空は真っ青で爽やかだっていうのにここだけ低気圧。
「美貴ちゃんかなりすごい顔してるけど」
「どーせ見てんのはガキかダサ教師っしょ。だいたい教生しかやってないってどういうことよ。本職の教師もやってないのに何でうちらが… これってマジ教生いじめじゃない?」
「ガキってったって2つ3つぐらいしか違わないわけだけど」
「美貴年下は趣味じゃない」
「その台詞その油断、5年経ってから絶対後悔すると思うな」
「しないね。ありえないから」
「だいたい美貴ちゃんさあ金八先生に出てるので可愛いのいるって言ってなかった?」
「あれは梨華ちゃんが好きそうなって意味で。それに芸能人は別ですー あ、おはよーございます」
「おはよう」
ひときわ小柄な安倍先生が軽く会釈をして通り過ぎていく。後ろ姿を見送って、美貴ちゃんは舌を出した。安倍先生は美貴ちゃんの担当教官だった。
「あたしアイツきらい」
「なんで?」
「なんか偽善者っぽいっていうか信頼できないっていうか」
「具体的に何かあったんじゃないの?」
「それはないけど……でも美貴わかるもん」
「そうは見えないけどなー。おはよーございまーす」
「梨華ちゃん人を見る目ないから… おはよーございまーす」
- 145 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/06(月) 00:07
- 8時半の閉門ぎりぎりになると生徒たちも必死の形相で間に合わせようと走りこんでくる。風紀委員が持ち回りでやっている週番との勝負だ。週番が腕時計を見始めたら引き上げ時だ。
「そろそろ職員室行く?」
「うん……あ、田中さん」
走りこんだ生徒のなかに見知った顔を見かけて、思わず声を掛ける。美貴ちゃんは先に行くように促すまでもなくさっさと一人で引き上げていた。薄情者め。
「石川先生? おはようございます」
「おはよう。傷は大丈夫だった?」
「7針縫いました」
「7針」
思わず眉を顰めてしまう。身体のなかに針を入れたことはまだないけれど、後輩が一人縫うほどの怪我をしたときに傷口を見せてもらったことがある。黒い針金みたいな糸で皮膚を文字通り縫うのは、見た目にも恐ろしく痛そうだった。
あたしの表情に気付いて、田中さんはへへっと笑ってみせる。
「けど、大丈夫です。もう痛くないですよ」
痛くない、は嘘でしょ。痛くないわけがない。ふと、家に帰ってない、という道重さんの言葉がよみがえった。まさか家庭内暴力で痛いのには馴れてますとか、そういうヘビィなことをさらりと言われたらどうしよう。
「先生? 予鈴鳴ってますよ? 行かなくていいんですか?」
「あ、うん。行く行く」
あたしと田中さんは横に並んで歩き出した。
- 146 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/06(月) 00:21
- 「ええと、田中さんさあ、何か悩みごととかあるんじゃない?」
唐突に切り出すと、田中さんはぎょっとしたような顔を、ほんの一瞬だけ、した。
「や、ないですけど。なんでですか?」
あっというまに笑顔に戻って、逆に切り替えした。表情は笑顔だけど、視線は少し警戒している。この年齢にしてはすごい自制心だ。二日酔い丸出しの美貴ちゃんに見習わせたいぐらいだ。
「んー、あのね……」
道重さんのことを言うべきかどうか少し悩んで、結局言うことにする。あたしは隠し事とか極端に苦手なのだ。正直が一番。
「きのうね、ミチシゲさんが言ってたの。田中さん最近悩んでるみたいだから心配事があって怪我したんじゃないかって。だから田中さんのことを叱らないでねって」
「さゆが……?」
文脈からすると、さゆというのが道重さんの名前なんだろう。そういえば道重さんも田中さんのことれいなって呼んでたっけ。この二人、本当は仲がいいのだろうか。とても、そうは見えないんだけど。
「その、あたしじゃ頼りないかもしれないけど、相談相手がほしかったらいつでも言ってね。力になるから」
あたしの言葉に、田中さんは警戒するような表情になる。
「ありがとうございます」
字面はお礼だけれど棒読みだ。あたしは何か間違ったのかもしれない。
……森から出ちゃいけなかったんだ……
あのこの声が耳をよぎった。
- 147 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/06(月) 00:22
- ◇
- 148 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/09(木) 00:03
- あたしはまだ彼女にお線香をあげてはいない。彼女のお墓の場所さえ知らない。
先生のおかげでまた学校に通いだしたんです、と嬉しそうに言っていたのと同じお母さんが、喪服を着て訪ねたたあたしを無表情に追い返した。今はあたしの顔を見るのも辛いと。だから、学校で何かがあったんだと知れた。
あたしは彼女に自分の学校生活を面白おかしく語った。彼女は、先生の話を聞いてると学校も面白そうに思えるんですよね、と言っていた。そして学校に通い出し……帰らぬ人となった。通学に使っている列車に轢かれて亡くなったのだ。新聞によると最前列にいて、急にふらっと線路側に倒れこむように崩れたのだという。遺書はなく、学校で何があったのかまでは分からないようだった。
お母さんに、学校で少しトラブルがあったけど頑張って通わなきゃ先生に恥ずかしい、というようなことを言っていたのだと、大学の窓口を通して教えて貰った。
もしもあたしが彼女の担当にならなかったら。
もしもあたしが彼女にバカ話をしなかったら。
もしもあたしが学校なんか通わなくったって生きていけるっていうふうに言ってあげれたら。
もしも、もしも、もしも。
ありえないIF。どこにきっかけがあるのか分からない選択肢。最悪の結末をサウンドノベルのように何度もなぞっているうちに変えれるとでも思っていたのだろうか。あたしは彼女とやった何気ない会話の一部始終をよく夢に見た。例えば森に帰ってしまったオランウータンの話とか。だけど目が覚めても現実は変わらなかった。
あたしは直感していた。たぶんここが田中さんとあたしの選択肢なんだ。
- 149 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/09(木) 00:03
- ◇
- 150 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/12(日) 13:31
- とは言うものの、具体的には何をしよう?
家に帰りにくいという事情があるなら原因を取り除くべきだから、まず家庭訪問から始めるべきだろうか。しかし教生がそこまでやっちゃう権限があるのだろうか。少なくとも保田先生の許可は必要だよね。
そもそも家出している「らしい」って言ってるのは道重さんだから、そこから詳しい事情を聞くべきかな。それだったら許可をとるまでもないし。本人に直接あたろうにもガードは固そうだし。よし。
なんてお昼休みに考え込みながら渡り廊下をうろうろしていたら、ガツンと側頭に衝撃が走った。眩暈がしておもわずしゃがみこむ。足元には腰までの壁に当たって跳ね返ってきた真っ白なソフトボールがてんてんと転がってくる。これか…。
「うー…」
かなりいたい。なみだ目になりながら、ボールを拾う。懐かしい感触がした。
「すみませーん、大丈夫ですかー」
わざわざジャージに着替えた生徒がグローブを振る。本格的だ。ソフトボール部員だろうか。
手前にいる生徒が走りより、向こう側にいる生徒がぺこりと頭を下げた。キャッチボールでもしていたようだ。
あたしは、近寄ってきた生徒を無視して、遠くに見える生徒のミットを目掛けてボールを放った。距離にして約20メートル。楽勝の距離。ボールは一直線にミット目掛けて吸い込まれていった。パーンと乾いた音が受け止める。気持ちいい。
- 151 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/12(日) 13:46
- 「先生、うまーい」
暫くキャッチボールの様子を見守っていたら、後ろから声が掛けられた。背の低い生徒が隣に来て、キャッチボールのほうに視線をやった。
「なんかやってたんですか?」
「中学高校でテニスを少しね」
「関係ないじゃん」
「あたし野球すごい空きだし? それに球技は全般的に好きだったのよ。みんなの足とかひっぱりたくないからクラスマッチの前とかすごい練習したの。みんなで」
「ポジションは?」
「ピッチャー、って言いたいとこだけど、外野手。そういえば3回やったけど、ずっと外野だったなぁ」
言いながら視線をキャッチボールから生徒に動かした。
髪先を注意深く外に跳ねさせた一見してぞんざいだけど計算されつくしたようにサラッサラな髪が目の端に映る。あたしの視線に気付いたのか、ちょっと気の強そうな瞳が見上げるようにしてあたしに向けられた。
田中れいな。
「あっ、えっとあなたもなんかやってた、の? なんかっていうかソフトボール」
動揺が声に出てしまう。
「うん、まぁ、少し。あたし1年からレギュラーだったんですよ。ピッチャーで」
「へぇ…」
この学校の運動部は軒並みレベルが高いと聞いていた。1年からレギュラーのピッチャーならかなり凄いのではないだろうか。
- 152 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/12(日) 13:58
- うん、ちょっと待てよ。
「今、過去形で言った?」
「ああ、なんか今はもうレギュラーじゃないんです。席だけはまだありますけど、あんま行ってないし」
「どうして?」
質問して、この質問が無神経だったことに思い至った。理由があることなら、愉快なものでは無いだろう。例えば怪我をしてリタイアしたとか、才能のある下級生にポジションを奪われたとか。
「態度がね、悪いんだそうです」
「誰に言われたの、それ?」
「みんなに」
それってつまり、吊るし上げってことですか?
ちょっと怯んでしまったら、田中さんはふっと笑った。
「あたしも好きなんですよ、野球」
「見るほう? やるほう?」
「やるほう。見るのはあまり見ませんね」
「そう…」
この年代でもあたしぐらいの年代でも女の子でプロ野球観戦が趣味っていうコはあまりいないのだ。同士発見かと思っただけにちょっとガッカリ。ま、今そんな場合じゃないんだけど。
「あたし草野球チームに入ってて、そっちのほうが凄い楽しいんですよね。草野球って言っても大会もあるし、グラウンドも借りるし結構本格的なんですよ? ま、そっちでは外野なんですけど。でも、そっちやってると日曜練習とか行けないんですよね。そういうのとか重なって、なんか不真面目だって。態度が。なんかそういうこと言われて真面目に取り組むのもバカらしくなっちゃって、じゃあ辞めますって」
「でも、まだ席はあるんだよね?」
「さゆに破られちゃって。退部届け」
「さゆって道重さん?」
「うん…で、さゆともケンカ中です」
「ふぅん…」
- 153 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/12(日) 14:36
- 「ね、見てください、あのコたち」
田中さんは、包帯が巻かれた手でキャッチボールをしている子たちを指差した。大暴投続きでどちらかが必ずボールを取りに走ったり、ぺこぺこ頭を下げたりしている。
「同じ部活なんです。へったくそでしょう? 先生のほうがずっとうまいです」
彼女の声に、二人を軽蔑する響きがあるように感じた。
「でも楽しそうじゃない?」
「そうですね」
田中さんの声はちょっと悔しそうだった。確かに全員で一丸となってみんなで楽しく部活動が目的な人間と、実力があればレギュラーになれて強いチームを目指す人間とでは、ちぐはぐになっても仕方がないだろう。問題はそんな単純なことじゃないかもしれないけれど。
「田中さん部活に戻りたいんでしょ? それで実験中、考えごとしちゃったんだ?」
「あ、や、違いますよ。それはもう結構どうでもいいんですれいなの中で。辞めるの辞めないのってモメたの、去年の話だし」
「そお? じゃあどうしたの?」
「あの…、先生、さゆからどういうふうに聞きました?」
「はい?」
「さゆが知ってるはずはないんです。だってあたし、さゆとは2月ぐらいからずっとマトモに口きいてないんですよ」
思わず納得した。道理で保健室に行くまで微妙な空気だったわけだし、道重さんも不自然な伝聞調だったわけだ。
- 154 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/12(日) 14:36
- 「あなたたち早く仲直りしちゃいなさいよ」
「それはあたしたちの自由だと思います。で、何て言ってたんですか?」
あっさり一蹴されてしまうあたしの言葉の軽さって何…。
「えっと、家族とうまくいってないらしいって言ってた」
「他には?」
「家に帰ってないらしい」
「そうですか…」
田中さんは考え込むように人差し指を唇にあてた。
「あ、それとこのこと、保田先生には?」
「まだ言ってないわよ」
「良かった。保田先生には内緒にしておいてください」
「どっちを」
「どっちも」
「どうして?」
「どうしてって、心配させちゃうから」
「心配するのは当たり前じゃない」
「あー…、家族とうまくいってないことはないんです。うまくいってます。だから大丈夫」
「でもっでも、家に帰ってないんでしょう?」
「それはちゃんと両親に許可もらってます。先生が心配するようなことじゃありません」
予鈴が鳴る。田中さんは先生ばいばいと手を振って走っていった。つまり……どういうことなんだろう?
- 155 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/12(日) 14:37
- ◇
- 156 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/14(火) 00:33
- 「石川先生」
5時限の実験を終えて化学室を出た途端、声をかけられた。道重さんだった。
「さっき、れいなと話してましたよね。お昼やすみのとき」
道重さんは表情がかすかにしか動かない。だから却って能弁に表情が読める。今日の彼女はご機嫌ナナメのようだ。
「ええ、話したわ」
「何を話したんですか?」
「ソフトボールのこととか、野球のこととか、少し」
「他には?」
「ねぇ、思うんだけどあなた達二人、直接話した方がいいんじゃないの? 聞けばもう半年口きいてないらしいじゃない? いろいろ何か誤解っていうか行き違いっぽいことがあるみたいだし、あたしを通してやりとりするのって何っていうかすごく…その、すごく」
「れいな他には何か言ってませんでしたか?」
「……」
どいつもこいつも人の話を聞いちゃいない。
「家族とはうまくいってるって。家を出てるのもご両親は了解済みって言ってたわよ」
「誰がですか」
「れい…、田中さん」
あぶないあぶない。道重さんがれいなれいな言うから感染りそうだ。
「そんなはずないです」
「どうして?」
「どうしてって、どうしてもです」
「田中さんはあなたがそれを知ってるはずがないって言っていたわよ」
その言葉を行ってしまった途端、道重さんの顔色が変わった。ただでさえ表情のつきにくい顔から、表情が消えた。やばい。なに子供の喧嘩みたいなことやってんのあたし。いくら野球好きだからって一方の生徒に肩入れしてるんじゃないぞ自分。この言い方じゃまるで道重さんを責めているみたいじゃないか。どうしよう、どうやってフォローしよう。
なんて、オロオロしてたら。
「れいなことならあたし何だって知ってます!」
道重さんはそう叫んで走って逃げた。えっと…。
- 157 名前:『きみたちはガラス』 投稿日:2004/12/14(火) 00:33
- ◇
- 158 名前:(゚ロ゚三゚ロ゚) 投稿日:2005/01/04(火) 14:22
- おいといて。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/19(土) 01:59
- がんばれ
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/27(日) 00:39
- レスがついたので、この話はここで幕とさせていただきます。
俺さまの次回作をお楽しみに(レスとかはなしの方向で)
- 161 名前:CLEAR 投稿日:2005/03/27(日) 00:54
- >>>CLEAR<<<
- 162 名前:蘇新童話 投稿日:2005/04/02(土) 22:02
-
このおはなしは、ひとさらいと、ひとごろしのおはなしです。
もちろん、すべてほんとうにおきたおはなしではありません。
- 163 名前:蘇新童話 投稿日:2005/04/02(土) 22:18
- 塀を見れば、街が分かるという。
それならば、この街はさしずめ『混沌』だ。
近代的なコンクリート製の壁があるかと思えば、灰色の芯棒も通してないようなブロック塀が現れ、安っぽい壊れかけた木塀が続くかと思えば唐突に土塀に変わる。まったくもって脈絡のないその塀どもに共通しているのは、どれもみな、競うように背が高く、てっぺんに割れたガラスや鉄条網が設えてあることだけ。この街は、隣人への巨大な猜疑心で覆われている。
通りからは塀の内側はまったく見えないが、外側はもう好き放題にビラが貼られては剥がされ、景気のいい広告や、威勢のいいスローガンや、暴力的なアジテーションの文字が躍っている。
曰く、
『武装セヨ! 決戦ノ日ハ近イ! 全国青少年同盟』
『下痢ニスグ効ク! ピタット 波浪薬局』
『明日の国創りへ清き一票を 寺田光男』
『ベリーズ大サーカス 猛獣使ヒ/空中ブランコ/奇跡ノ大脱出/怪奇腹話術/大イタチ/空中浮揚/危険ライダー』
『訊ね人 少女/齢15/細身/心当タリノ方ハゴ一報ヲ』
『窃盗団にご注意』
などなど。もちろん、もっとさまざまなものがもっと雑多に紛れてるが、この物語に必要なものはとりあえずはこれだけ。それでは物語をはじめよう。悲しき博士とあかがね色の魔人のことを。史上最大の悪天候の日に起こった悲劇のことを。一人の政治家をめぐる悲しい野心と巨大な陰謀のことを。それからジンタと一緒にやってきたサーカスのことを。
- 164 名前:蘇新童話 投稿日:2005/04/03(日) 21:57
- 「きったない街ね」
ピカピカの火力車から降りたって一番、石川梨華はそう言って顔をしかめると、ハンカチで鼻を押えた。
「綺麗な貧民窟なんて聞いたことないよ、お嬢さま」
お嬢さま、という言葉を強めに発音して、藤本美貴が言った。美貴は運転席から降りると前にまわって駆動部を停止させる。
「厭味ね。あなたここの出身なんですって?」
梨華は振り返って美貴をみる。
「ええ、まあ」
男もののスーツに身を包んだ美貴は、息苦しそうにネクタイを緩めた。純白のスカートを翻して梨華は、美貴の横に寄り顔をのぞき込んだ。
「住めば都っていうけど」
「住んでみる? なんなら用意させてもいいけど」
「遠慮するわ。ああ、この匂い。耐えられない」
梨華は美貴の緩められたネクタイに手を掛けて、締め直した。美貴はあきらめ顔で嘆息した。
「そう言うと思ってた。本当にこんなところに住んでんの? その、世界的な医学者とかが」
「あたしが知ってるわけないじゃない」
「それも言うと思ってた」
「あのコは?」
「さあ? 車の中じゃない?」
「何してんのよ、ぐずね。早くつれてきて。さっさといきましょうよ」
「はいはいお嬢さま」
「あなたもっと敬語勉強したほうがいいんじゃないの? ”お嬢さま”が浮いてるわよ」
美貴は肩をすくめて、火力車の後部座席の扉を下町ふうの言葉使いとはうらはらに優雅な手つきで開いた。
- 165 名前:蘇新童話 投稿日:2005/04/05(火) 00:33
- 後部座席には窮屈そうに細身の少女がおさまっていた。流行の、腰のところでぎゅっと絞られて腰のところでふわっと広がる凝った作りのワンピースが不機嫌に着崩れている。
「ちょっと苦しかった?」
高橋愛は無言で頷いた。ゆったりと座れる運転席や助手席とは違って、荷物置場程度にしか使われることがない後部座席はかなり狭苦しい。美貴は苦笑して、少女の腕を取って車外へとエスコートする。茶色いブーツの踵ががうすよごれた敷き煉瓦を叩く。
「疲れた」
「だよねえ。帰りは助手席に乗せてあげるよ」
「石川さんは?」
「ああ、あんなのはトランクにいれとけば充分だから気にしないで」
「ちょっと? 聞こえてるわよ?」
「歩いて帰るのと比べたら、寺田のお嬢ちゃんに席を譲るぐらい、どってことないよね?」
「それはちょっと卑怯な聞きかたじゃなくって? いいわよ、わかったわよ。譲るわよ。譲るからさっさと用事を済ませましょうよ」
「えっと、どこって言ってたっけ? 新地の196? 7番?」
「あたし知ってる」
愛はそう言うとひょいっと細い路地に飛び込んだ。美貴と梨華は顔を見合わせると、愛の後を追う。
「で、あのこ、寺田先生の何? 隠し子? 親戚? 愛人?」
「ばかね。あたしが知ってるわけないでしょう」
「そう言うと思ってたけどね」
二人の囁き声は愛の耳には届かなかった。複雑な路地を地図も見ずになれた足取りで進んだ愛は、「松浦診療所」と書かれた手作りの看板の前で止まった。
- 166 名前:蘇新童話 投稿日:2005/04/09(土) 11:00
- 扉に手をかけて、美貴は顔をしかめた。
「閉まってる」
「休みなんじゃないの?」
そう言いながら梨華は、自分のジャケットの胸元あたりに手を入れた。ちらりと黒い革ベルトが覗く。美貴は梨華を押しとどめて、梨華の複雑な髪型をまとめていたうちの一つのピンを抜いた。美貴はピンを唇にもっていく。
「さすがに今ソレはまずいでしょ」
美貴は革ベルトの先にぶらさがったものをちらりと見て、ピンを噛んだ。梨華はジャケットを整えつつ、美貴から顔を背けた。
「きちんと新しいのを買って返してくれるんでしょうね?」
「けち」
美貴はぐっと噛んだピンを伸ばして適当な形を作り、鍵穴に差し入れた。ほんの数秒、出したり入れたりを繰り返すとかちりと音がして、錠が回った。
「慣れたものね」
「慣れてるからね。愛ちゃん、行くよ」
美貴が伸ばした手を愛は一瞬、気味悪そうに見て、それから首を振った。美貴は困ったように愛を見た。
「はいりたくないの?」
うなずいた愛を見て、美貴は差し出した手を引っ込めた。
「じゃあ、そこで待っててくれる? 誰か来たら教えてね?」
愛はもう一度うなずいた。美貴を待たずに、一足早く梨華は診療所にはいる。つんとした消毒液の匂いが鼻についた。
「外とずいぶん違うわね」
「こっちはこっちでなんか不気味」
隙がないほど掃除が行き届いた玄関から二人は靴のまま上がる。ぴかぴかに磨かれたリノリウム貼りの待合室からすぐに診察室に行きあたる。美貴は先ほどのピンで再び錠を回した。
診察室には巨大なテーブルと、立派な革貼りのチェアと診察台、照明器具、巨大な薬棚、見たこともないような新式医療機械が並んでいる。
「うわ。こんなの帝都でも見たことない」
梨華は薬棚に目を走らせて眉をしかめて、美貴を振り返った。
「貴女、どれか分かる?」
「ラベルも付いてないんじゃね。ついてても外国語だよ。夷語か排語か見当もつかない」
「薬なら排語じゃないの?」
「そういうもの?」
「貴女なにも知らないのね。茶色い瓶にはいってるのは光線で性質が変わるような薬品だし、こういったガラスのアンプルに入ってるのは市販薬」
「で、どれかわかるの?」
「まさか」
「使えない女」
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/04(水) 00:31
- 閑話休題
- 168 名前:『自転車に乗って』 投稿日:2005/05/14(土) 22:27
- 『自転車に乗って』
- 169 名前:『自転車に乗って』 投稿日:2005/05/14(土) 22:37
- 「…あり?」
あたしは金色の金具から鍵を引き抜いた。買ったばかりのそれは殆ど、歪みはない。裏表に返して、指でなぞっても、朝と何の変わりも無い、何の変哲も無い自転車の鍵。
それから、自転車に取り付けられた金具を見る。こちらは何だかちょっとくたびれている。特に鍵穴の部分は傷が行きまくっていて、持ち主のズボラな性格がうかがえた。あたしもズボラなほうだが、いくらなんでも昨日買ったばかりの自転車でそれはないだろう。
つまりあたしは自転車を間違えた、と。そういうことだ。
自分の出した結論に納得して、自転車置き場を見渡した。ビルの地下駐車場の一角にひっそりと設置されたそこは穴場で、自転車はもう1台、つまりこの自転車しか残っていない。と、いうことは……?
「あれえー? 何してるんスかこんなとこでー?」
駐車場じゅうに響きわたる、バカみたいに能天気に裏返った声に、頭痛がした。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/15(日) 12:57
- 没、次
- 171 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:14
- ■□□□■Disc1:Jellyfish
■■□■■
■□■□■
■□□□■21
- 172 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:21
- 闇。
白い。
ボール。
「……おもしろいよね、これ」
てぃん…
「まぁね、興味がないとは言わないけど」
てぃん…
「遊んでみる? お金も貰えるみたいだし?」
てぃん…
「いい暇つぶしになりそうだね」
転がる。
白い。
球。
- 173 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:22
- 雲ひとつない、晴れた日だったことだけは覚えている。
アブラ蝉のジジジと短い悲鳴だけが耳の底に残っている。なんとなく落ち着かない気分で、安倍なつみはパイプ椅子の上で目立たないように身じろぎした。通り一遍の面談が終わり、持参した履歴書やら健康診断書に目を落とす男を見る。
金髪をマッシュルームカットにして変な色のサングラスを掛けた年齢不詳のその男は、ただ「つんく」とだけ名乗った。下の名前なのか上の名前なのかさえ、安倍には判断がつかない。
「んー…、まぁ問題ないよやね。よっしゃ」
笑いを含んだような声でつんくは呟くと、安倍を手招きすると、入ってきたのとは違う扉に案内した。先ほどから面談室にはいったまま出てくる面接者と出てこない面接者がいることに安倍は気付いていた。してみると、自分は合格したということなのだろうか?
「この廊下の突き当たりに『@M研』ってのがあるから、そこ行ってくれるか? そこでの指示に従ってくれ」
「はぁ…」
ポンと肩を押されて、安倍は一歩を踏み出した。
「ほな、次! 福田! ……」
つんくは扉を閉めて次の面談者を招き入れる。
「なんなのさ…」
安倍は溜息を吐くと、一歩を踏み出した。
- 174 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:23
- 「失礼しまーす…」
遠慮がちに扉を開けると、大音響が耳をつんざいた。
「あー? アンタ、アルバイトの人? はよ入りや。入って扉締め。迷惑やろ」
かすれたような高い声で白衣姿の茶髪の女がポンポンと言葉を掛けた。
(……こわ……)
心理的には一歩後退しながらも安倍は部屋に入り扉を閉めた。
どうしていいかわからずに左右をきょろきょろと見渡す。映画で見た、潜水艦の運転席のようだった。狭い部屋の中に何に使うのかさえ判別不能な計器の群れ。
「なにボッとしとんねん。こっち来、こっち。アンタ、名前は?」
女の声に、安倍はハッとして女のほうに駆け寄った。
「安倍です、安倍なつみ、17歳」
「年は聞いてへん。身長は?」
「154……」
「華奢やな、自分……サイズあるかな……ま、ええわ、こっちおいで。あっこで着替えてき。3番ロッカーの中の服に着替えてここに戻ってきてな」
「あ、はい」
安倍は、ぱたぱたと示された部屋に向かう。部屋を横切るとき、チラリと窓ガラスの前をよぎる。
(……プール? なんだべ?)
目の端に映ったものを疑問に思いながら。
- 175 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:24
- 用意された衣服はクリーム色のダイバースーツのようなものだった。ぴったりとしていやがおうにもくっきりと身体のラインが浮き上がる。
(…………)
やっぱやめたといって着替えてここから出ようか──どうしよう。
迷っていると扉がノックされた。
「まだか? 次がつっかえてんのやけど」
苛々したような声に、安倍は慌てて更衣室から出てごめんなさいと小さく詫びた。
「まぁええわ。じゃあ安倍、アンタはうちについといで。福田、アンタは着替えてここで待っとり。ボタンとか勝手にさわったらアカンで」
安倍よりも明らかに身長の低い少女は、無言でコクリと頷いた。
(……まだ子供だべ……)
思ったことは口には出さずに安倍は、後ろも振り返らずにスタスタと歩く女の後ろを小走りについていく。妙に重たく仰々しい扉を開けると、ふわっと風が流れた。ひんやりとした風だった。扉は先ほどのプールに繋がっていた。
- 176 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:26
- 先ほどまでいた部屋よりも、音はうるさくなかった。
それは一見して、ただの室内プールだった。横25メートル、縦15メートルの。しかし、そういったプールに付き物の、底に描かれたラインがない。いや──
(なまら深い……)
水深は15メートル、いやもっとだろうか──
(……何をすんだべ?)
プールに気を取られていると、白衣にぶつかった。女はとっくに歩みを止めていたらしい。
「すみませんっ、すみません」
「あー、ええからええから……前を見て歩きぃな。滑って危ないからな」
恐縮する安倍に、女は笑って手を振った。あれ?──安倍は思った──思ったより恐くない、のかな?
「で、これやねんけど」
白衣が示した先を見て、安倍は息を呑んだ。それは。
全高3メートルほどの。
ロボット、
だった。
「……」
アニメで見たことがあるような気がすると安倍は思った。
「まぁ、まだ名前はないねんけどな。うちらは仮にMって呼んでんねんけど……これな、0号機。0て意味わかる? 試作機やねん」
「はぁ…」
「ちょお、これに乗ってみてくれへん?」
「はあ?」
- 177 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:37
- 「まぁま、乗るだけで出るから。バイト料。まぁ、機械との相性もあるから、乗っただけでオシマイ言うこともあんねんけど。今までの人、みんなそれで帰ってん」
「あの…あたし…、全然説明受けてないんですけど…、バイトって、いったい何をするんですか? あぶなくないんですか?」
「……そうなん?」
「はい」
首をぶんと勢いよく振って答えた安倍の言葉に女は思わず吹き出した。
「あーゴメンゴメン。あー、自己紹介もまだやったかいな。うちはな、中澤裕子いうて、プロフェッサーつんくの助手。よろしゅう」
「ぷろふぇっさーつんく……」
「教授やな。うちの大学の教授やねん。変わりモンやけどそちらの世界ではなかなか有名やねんで」
「はぁ…」
「で、バイトの内容なんやけど、この“M”のテストパイロットになって、色々と動作確認させてほしいねん」
「あたし、車の免許とか全然持ってないんですけど?」
「だぁいじょーぶ。自転車に乗れたら乗れるって。まぁ、論より証拠や。ささ乗った乗った」
「あの…、操縦方法とか、そういう…」
「乗ったら分かる、乗ったら! しのごの言わんとさっさと乗り」
中澤はそういうと、0号機のハッチを開けた。
- 178 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:40
- 服と同じ色のシートに座る。シートはひんやりとしていた。安倍の身体に合わせてじんわりと形が変わっていくのが感じられる。非常におさまりがよくなったところで、6点式のシートベルトが勝手に安倍の身体を拘束した。まるで、パラシュートで降下するような格好になる。
「あの、うごけないんですけど……」
「それでええねん。動いたら危ないやろ」
「あぶないって…」
「はいはい、ええからええから」
身を起こし掛けた安倍を、中澤は無理矢理シートに寝かしつけた。乱れた髪を手櫛で梳くとヘルメットらしきものを被せられる。ヘルメットは鼻のところまであって、外気に触れるのは口と顎だけだ。その顎のところにヘルメットを固定する紐がかかる。ヘルメットの中も冷たく、じわっと形を変えて安倍の頭の形に馴染んだ。
「何も見えないんですけど」
「それでええねん。あ、目は開けていても閉じていてもどっちでも好きにしてくれていいから」
中澤は安倍の身体になにかを張り付けていく。安倍は、面接用に受けた健康診断で心電図を取ったときのことを思い出した。ピップエレキバンのような丸い電極が、服の上から取り付けられているのだろうか。
「苦しくなったら教えてな? せやな、両手をあげてバンザイみたいなカッコしてくれたらこっちでも分かるから」
中澤の声に機械の駆動音がかぶさった。安倍はいきなり重力が10倍になったほどの脱力感を感じた。
「な……」
- 179 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:44
- 「うちの声、聞こえる? 聞こえたら右手を挙げて…………よしよし。ええね」
「いいって……なんか身体が変なんですけど……」
「変って? どう変?」
「なんか、中澤さんの声、耳で聞いてる気がしないというか……」
「……、気のせいやろ。せやなあ、ちょっと歩いてみてくれる?」
「歩くって…、こんな状態じゃ無理に決まってるじゃないですか。ベルトとヘルメット外してください」
「……んー、なにも見えへん?」
「見えないに決まってるじゃないですか」
「出力が足らへんのかな……苦しなったらすぐ言うてな」
ごうん。
駆動音がいっそう大きくなる。
光。
白。
閃。
安倍は強い眩暈に襲われた。闇に閉ざされた視界が一気に真っ白になる。ホワイトアウト。それからじんわりと色を戻していく。
- 180 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 01:57
- 視点が高いところにあった。
あわてて両手を見る。
「……なにこれ……」
両手のあるべき場所にメカニカルなマニピュレーターが並んでいる。安倍は混乱した。
「落ち着き。今見てるのはアンタの身体やない」
「あたしのじゃないって……」
「落ち着いて。今見えるもの言うてみ?」
「機械の手……床がすごく遠くに見えます」
「後ろは?」
「後ろ?」
言われて安倍は、自分が手や床を見るのと同時に背後の壁も見ていることに気が付いた。
「壁が……ねぇ、なんなんですか、これ?!」
「ええよ自分。すごいシンクロ率や! 勝手に同期とりよる……代替器官だけやなく追加されたもんも知覚してんねんな。こんなケース初めてや……えらいバランス感覚や。ごっついわ」
中澤の興奮したような口調が伝わってくる。それがよりいっそう、安倍の混乱に拍車を掛けた。自分が知覚しているものが、背後の目だけじゃないことに気が付いたからだ。赤外線。紫外線。音。低周波。高周波。温度。電波。いろいろなものを安倍の感覚が受容しはじめていた。それは安倍の精神の限界を超えていた。
「出して! ここから出してください! ねえ!」
叫ぶのがやっとだった。
安倍は意識を手放した。別の言葉で言い換えるなら、世界を満たす諸々のものとの回線を『切った』。
後から思えば、それこそが安倍の持つ最大の才能だった。
- 181 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:01
- 泥の中から静かに浮かび上がっていくようだった。
呼吸するのさえかったるい、からみつくような粘りを帯びた重たい空気。
そして闇。
「今日テスト受けたなかでは安倍と福田がごっつーいいスコアを出してますわ。昨日の石黒と飯田を凌ぎますね」
ゆらり。
「安倍は少し感受性が強すぎるな……裏目に出そうやな」
少しずつ光が射してくる。
「アタシとしては押しときますけどね。シンクロ過剰なんて、こないなケース初めてや。すごい資質ですよ……矢口、市井、保田の三人は微妙なラインですね。どうします」
ゆらり。安倍はくらげになったような気がした。光を水面を目指して海中から浮き上がる。
それは常に安倍につきまとう感覚だった。いつも水深3mの場所から水面を見上げるような。
「そいつらはキープや。なんといっても時間が惜しい。ここまで偏向性があるとは思わへんかったわ」
会話に引き上げられるように、安倍は目を覚ました。
視界には白衣を着た色眼鏡の男、プロフェッサーつんくと中澤助手がいた。
「お。なんや、目覚ましたんか? 大丈夫か? なんや具合悪いとこあらへん?」
中澤が声を掛ける。
「だいじょーぶ……みたい、です……なんか……すごく……」
安倍はゆっくりと身を起こした。未だに重力が2倍ほどもあるように感じる。安倍が回復したのを見て、つんくは頷いて医務室を出た。
「なぁや? ああ、無理せんでもええ。まだ寝とってもええよ」
「……どうも……」
「自分な、どうする、バイト? しんどかったらやめてもええし」
「やります」
考えるより先に即答していた。夢うつつの中で聞いたつんくと中澤の会話が耳に残っている。“すごい資質”。自分の中にあるそれに、すがりたかったのだ。
そして──これが彼らの破滅の序曲となる。
- 182 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:06
- ■□□□■Disc2:the great blue yonder
■■□■■
■□■□■
■□□□■21
- 183 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:20
- 白と黒のストライプが風にはためいていた。
低く唸るような読経が蝉の音に混じる。
空調がまるで効いてない。
暑い。
正座した足の感覚がなくなっていた。
安倍なつみは衿を軽く引っ張って喪服の中に風を入れた。
正面に作られた祭壇には白黒で大きく引き延ばされたプロフェッサーつんくの笑顔。
安倍はつんくの素顔を見るのは、これが始めてだった。
無言で焼香が続いている。不思議と啜り泣く人の姿が少ないのは、これが大学で行われているいわば公葬のようなものだからだろうか。
助手の中澤裕子の茶色い髪が横を通り過ぎた。目は真っ赤に充血していたが、泣いてはいない。厳しい表情をしている。
隣りに座っているアルバイト仲間の福田明日香は、退屈そうに葬儀を眺めていた。
安倍はといえば、どういう態度を示せばいいのか、そもそもどういう感情を呼び起こせばいいのかさえもわからなかった。
- 184 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:26
- (あたしが教授の娘だって言ったら信じる?)
昨日、アルバイトが終わったときふいに福田がそう言ったことを、安倍は思い出す。
安倍はそれを冗談だと解釈した。
(もぉ〜、全然似てないべ〜っ)
笑って、そう受け流した。福田は少し微笑んで、なにも答えなかった。
教授の死を知ったのはそれから数時間後だ。福田がすでに知っていたのかどうか、安倍には分からなかった。
死因は交通事故。
地下鉄の駅のホームから身を乗り出すようにして、来た列車の先頭車両に肩から上を叩き潰されたのだという。遺体の損傷が激しいのか、焼香する場所の向こうにある棺桶は固く閉ざされ、姿を見ることはできなかった。
福田は、全くの他人の葬式のように平然と振舞っている。
- 185 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:28
- 葬儀が終わったあと、アルバイトたちは@M研に集合させられた。
「えー…、まず“M”に関する研究ですが、ご安心ください。プロフェッサーつんくは残念なことになりましたが、私が中心になって研究は続行されます」
中澤が声を張り上げた。いつもの関西弁丸出しの言葉じゃなく、標準語を使っている。
寒い。
安倍はぶるっと身を震わせた。斎場と違って、研究室は空調がよく効いている。効きすぎなぐらいだ。ただ耳障りなぐらい蝉の声がする──いや。
もしかしたら、このとき安倍は今後の自分たちの運命を予知していたのかもしれない。矢口真里がそうだったように。市井紗耶香がそうだったように。
「それから、訓練が第二段階に入ったことをお知らせします。第一段階では単に“M”に搭乗してもらって歩いたり走ったり泳いだり、そんな単純な動作をしてきましたが、次のテーマは“道具を使う”です。今までは室内の実験場しか使ってませんでしたが、これからは野外訓令も行います──」
中澤の言葉が、頭の上を通り過ぎる。安倍は耳を塞ぎたくてたまらない。
蝉。
蝉の声がうるさくてたまらない──
- 186 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:33
- ※
「なんか意味があったのかな、あれ……」
アルバイトが終わって、着替えながら安倍は呟いた。
「あー、サッパリわかんなかったよね。動かないで見るだけつってさ。でも、全部クリアしたらボーナス、だっけ? 成功した人、いるの?」
石黒彩が全員に話を振った。
「んー…、圭織ダメだった。7つで精一杯……」
「もう全然サッパリ。5つ」
「勝ったね、6」
笑いながら成績を言い合う。今日の訓練の内容はこうだ。10個の不規則な動きをうる白い物体を出現から消滅まで身体を動かさないで視線だけで追う、というものだった。眼球の運動はすべて“M”に記録され、搭乗者は“M”からりるときに中澤から成績を伝えられる。
全部クリアしていたのは安倍と福田の二人だった。あとは矢口の8を最高に、石黒と飯田が7、保田が6、市井が5と続く。
なし崩し的に安倍と福田はボーナスで全員にアイスクリームを奢らされることになった。
※
- 187 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:35
- ※※※
──夕陽に二つの影が長く伸びる。
「退屈?」
「うん…、まぁね。思ってたのと違うっていうか…」
「アハハッ、うまいこと成績あげられないからでしょ? ひがんでるんだ?」
「ちが……っ。……そうだよ。なんかつまんない……」
「あんなの、コツのみこめばカンタンだよ。教えてあげよっか?」
「うっさいな、要らないよ……結局、ズルなんじゃん」
「ズル言うなよー。持ってる力を使ってるだけよ?」
「やばいんじゃないの、それ?」
「大丈夫だよ? 使えば使うほど強くなってくカンジっての? わかるこの万能感?」
「……エースは」
「ん?」
「あの人らもE.A.?」
「……さぁね。矢口が知るワケないっしょ」
「……だよね」
──誰もいないアスファルトに長く、長く伸びる二つの影。
※※※
- 188 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:38
- 実験は、エスカレートした。
はじめの一週間は、“M”に搭乗して、単に飛んでくる物体を視野に捉えるだけだった。
しかし翌週持たされたのは──
「ピストル?」
ひと目みて、安倍が不審気に呟いた。ライフルのような形状で、“M”用に作られているためか銃身は太くて長く、相当の威圧感があった。
「……話が違うんじゃないですか? 最初の説明では確か、危険はないと」
石黒が中澤に食ってかかる。
「大丈夫だいじょーぶ。もちろん危険なんてあらへん。中にはいっとるのは空砲や。ま、特殊なセンサーが付いとるから、実際タマは発射されへんでも、標的に当たったかどうかは判別できる。言わば、限りなくリアルな射撃ゲームみたいなもんやな」
中澤は、いつもの調子で笑いながら軽く手を振った。
目は、笑ってないな──。
安倍は唇を噛んで、周囲の様子を窺う。飯田は聞いているのか聞いてないのかよくわからない表情で、ぼーっと中澤と石黒を見ていた。福田は興味なさそうに窓の外を見ている。予備のメンバーである保田、市井、矢口の三人は神妙な表情で中澤の話を聞いていた。そして──中澤と視線が合う。
「ん? どうしたん? 安倍はいやなんか?」
安倍の様子に目を留めた中澤がふいに声を掛ける。
ピストル。他人を殺すためだけの道具。吐き気がする──しかし、安倍の口は当人の思惑とは裏腹にすでに言葉を紡いでいた。
「いえ──やります。やらせてください」
- 189 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:41
- ピストルを持たせた途端、安倍の成績は最低になった。
銃爪を引くタイミングが完全に間違っている。
実験結果の書かれたグラフを手に中澤は溜息を吐いた。ピストルがなければ最高の成績を上げていたのに。
(反射神経に問題はない──なんや、トラウマか何かが銃爪を引くんを躊躇わせとるんやな……)
相変わらず福田の成績はいい。一人難易度を高くしても殆どパーフェクトを取っていた。
あとの者の成績はピストルの所持前とそうは代わらない。矢口が少し勘がよくなったぐらいだろうか。ただ一人安倍だけがダメなのだった。
(──アプローチを変えてみるか……それか専門のセラピストと面談させて原因を探ってみてもええな……時間が足りるかどうかだけが問題や……)
中澤は頭を抱えながら、研究所の電話を取って、内線で心理学教室の信田を呼び出そうとする。
そこで赤いランプが点滅していることに気が付いた。
「スクランブル──あかん──今はまだあかん、早すぎる──」
中澤は震える指で受話器を取った。
- 190 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 02:48
- 「──出撃要請って……どういう意味なんですか?!」
第一報を告げた途端、石黒は中澤に食ってかかった。
「いや……ごめん。要請やないねん。“命令”やねん。出撃命令」
「命令って……圭織たちに? 圭織、そんなの聞いてないよ?」
中澤はひらりとファイルを取り出した。面接に合格したときに書かされた書類を綴ってある。タイトルには『契約書』とあった。
「ここをよく見て欲しいんやけど、あんたらと雇用契約を結んでるんはウチやない。大学でもない。──政府機関や。日本国政府」
「日本国政府って……」
契約書の類は石黒も一通り目を通している。その条項には心当たりがないでもない。
「口頭での説明はありましたか」
「してへんな」
「だったら……私はともかく、未成年のコたちは……」
「とにかく時間がないんや。難しい話はあとまわしや」
「あとまわしって……」
「出撃先はこの大学や。心理学研究所の──本多研。早よせな取り返しがつかなくなる」
「……納得いきません。この話にきちんと結論が出ない限り私は出撃しません」
石黒の視線に飯田も頷く。
「よわったなぁ……あんな、いちから説明してる間はないねんけど、あんたらはこういう時のために雇われたんやで? せやから──」
「あたし、行きます。Mに乗ればいいんですよね?」
三人の間の緊張に耐えかねたように、それまで黙っていた安倍が口を開いた。
「あたしも出ます」
福田も感情のうかがえない声音で安倍に続く。
- 191 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 03:04
- シートベルトを引き出してボタンを押すと、シュッと空気の抜ける音がして六箇所で固定される。
ヘルメットを調整しながら、安倍は苦笑する。はじめはあんなに手間取ったMへの搭乗ももうすっかり手慣れたものだった。
コツンと機体を叩かれた感触に目を上げると、二号機がいた。福田の機体だった。
(ピストル、使えんの?)
「……」
(どうして黙ってるの? 使えないの? 使えないのになんで出撃を承知したの?)
あんたらはこういう時のために雇われたんやで? 中澤の声が耳に甦る。それを聴いた途端、反射的に出撃を承諾していたのだ。福田が指摘する通り、出撃するということはすなわちピストルを使用するということだ。それも、実験のときに相手にしていた無機物ではなく──有機物を相手にする可能性が高い。
(足手まといにだけはならないでよ?)
そちらこそ。
安倍のなかに炎のように強烈にその言葉が浮かんだ。言ってやりたいと思った。しかし安倍は言葉にはしなかった。
- 192 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 03:06
- 「なにやっってんねん、あいつら……?」
中澤は不思議そうに安倍と福田の機体を見つめていた。M同志の会話は無線で行われる。それらは@M研ですべて受信されている。しかし、無線通話を示すランプは消灯している。
「強すぎんだよね……」
ぼそっと市井が呟いたのを中澤は耳ざとく聞きつけた。
「あー市井、なんか言うたか?」
「……んー? べつにーなんでもありませーん」
「そか? あー、搭乗したらそのまま外に出て、西方向…矢印出てるのわかる? その矢印の方向に進んでくれる?」
市井の言葉を深く追求せずに、中澤は“M”4機体に命令を下した。結局、“出撃”したのは、安倍、福田、飯田、矢口の四人だった。@M研には市井と保田だけが残っている。石黒は出撃を拒否したあと帰宅していた。
- 193 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 03:18
- 「……っつー……キョーレツ。頭ガンガンする……」
矢口はヘルメットの中でじんじんする頭を押さえた。
「うー……あの二人、力、強すぎなんだって……勘弁してよね、こっちただでさえ過敏にしてんだからサ…」
矢口は軽く頭を振って、二人の思念エネルギーを追い出した。
テレパス、という名前で知られる能力がある。言語を介しないコミュニケーションで、その能力は発信と受信の2つのタイプに分かれる。一般に超能力として知られるのは普通、受信能力を指す。
人間の身体は脳から発生する微細なパルスが神経を伝達することによってコントロールされている。神経も受容しないほどのごくごく微細なパルスの流れを読み取り、それを思考の形として理解しうる能力があれば、その人は通常、テレパシストと呼ばれる。
福田も安倍も、その逆だった。
安倍が言葉として発しなかった「そちらこそ」という言葉さえも、クリアに矢口と市井には伝わってた。それから、おそらく福田にさえも。薬の力で一時的に能力を高めている矢口にしてみれば、補聴器の横で拡声器で怒鳴られたようなものだ。矢口は意識して感性を鈍く落とす。そうでもしないと、あの二人のそばでは動くことも難しくなるだろう。
それにしても、と、矢口はぞっとする。
意識して能力をコントロールしていた福田。意識せずに能力を扱った安倍。矢口にとっては、そのアンバランスさがとてつもなく不吉なもののようにも思えた。
- 194 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 03:21
- 指示された場所にたどり着いて、安倍は息を呑んだ。
校舎の壁が綺麗に吹き飛び、天井が崩れ落ちている。小さい焔があちらこちらで燻っている。消防車はまだ到着していないうようだ。やる気なさげなスプリンクラーの散水が機体にかかった。
「何があったんですか?」
通信回路を開いて、福田が中澤に訊ねる。この会話は“M”に搭乗している者全員にオープンにされていた。
「実験中の事故やって聞いてる」
「あたしたちは何をすればいいんですか? 人命救助? 危険はあるんですか? 具体的な指示をお願いします」
畳みかけるように問う福田に、中澤はしばらく逡巡して、から応えた。
「その区域は汚染レベルMAXと判断された。その区域で出会う、“M”以外の動くものは、すべて……」
「指示を」
言いにくそうに言葉を切る中澤に、苛々したふうに福田は求めた。
「狙撃せよ、とのことや」
「殺してもいい──そういうことですね」
「──そうや」
「動くものは何でも、ですね?」
「そうや」
「人間でも?」
「人間でも」
「了解しました」
愉しげとも取れる口調で福田は通信を終了させた。
- 195 名前:『M21』 投稿日:2005/05/29(日) 03:24
- かすかに口笛の音が聞こえた。振り返ると市井だった。
「殺してもいいんだ? すごいこと言うねセンセイ」
からかうような声音で、中澤に問いかける。中澤は市井を無視して全機に指令を出す。
「──ターゲットを確認したら、こちらから発砲を指示する。ええか、発砲は必ずうちが指示するから。お願いやから、勝手に発砲する前に通信入れてや」
「ほーりつとかってどうなんだろーね。やっぱあれ? 超法規的措置とか? そんな権限あるんだセンセイ? ぜんぜん見えないね」
「うっさいわ。だあっとれ」
重ねて問うた市井に、中澤は苛々と乱暴な言葉を吐いた。中澤は、市井のほうを見なかった。市井は意地の悪い笑みを浮かべる。
「だって、人を殺したら殺人だよね? 命令でって言ったって、普通そんなの通んないよね。実行犯は殺人罪で、センセイは殺人教唆罪で捕まっちゃうんだよね? 違う?」
核心を突く市井の問いに中澤は下唇を噛み締めた。
「あっこにいるんは人やない」
「ふうん? “なに”がいるの?」
「あっこにいるんは──あれは──」
悲鳴が、通信回線を通して聞こえてきた。ハッとしたように中澤は振り返る。
「……誰や? 安倍?! 飯田? 矢口? 福田? 全員返事せいっ!」
「福田機は無事」
「安倍じゃないです」
「飯田は問題ありません」
次々に通信回線を通して返事が入る。ただ一人、矢口の返事だけない。
「矢口? 矢口?! 返事をせいっ、矢口!!」
蒼白な顔で中澤はマイクに向かって呼びかける。市井は、苦々しげな表情でそれを見つめていた。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/11(日) 15:08
- 閑話休題
- 197 名前:『チラウラ。』 投稿日:2005/11/26(土) 22:12
- -モーニング娘。をぶっとばせ 2-
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□□■□□□□□■□□□□■□□□□■□
□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□ つーかチラシの裏
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- 198 名前:『チラウラ。』 投稿日:2005/11/26(土) 22:17
- 結局、7期メンバーなんて誰も選ばれなかった。
正確に言うなら、あたしが受けたオーディションでは選ばれなかった。最終選考に残ったコたちは何だかどれもパッとしなくて、誰が選ばれてもいやだなぁと思っていたので正直ホッとした。それから、うん、誰にもオーディションを受けたとかそういうカッコ悪い話してなくてよかったと思った。
あたしがモーニング娘。のオーディションを受けたことを知ってる人は誰もいない。いや、正確に言うなら、誰もいなかった。うん、そう、今日、いまこの瞬間までは。
- 199 名前:『チラウラ。』 投稿日:2005/11/27(日) 02:38
- 「あ」
あたしが無難に名前と出身中学を名乗っただけの自己紹介を終えた瞬間、バカみたいにドデカい声が上がった。ちょっと甲高い女子の声。その声を聞いたとき、声の主を見るまでの一瞬でものすごくいやな予感がした。背筋にぞぞっとしたものが這い登るような。こういうのをきっと悪寒というのだろう。
声の主を見た途端、予感は確信に変わった。見覚えのある赤茶けた髪。大きな目をびっくりしたように見開いている。
「おねーさん、まだ高一だったのッ? うそっ、同い年っ? あっ、あたし、覚えてる? あのほらオーディション会場で」
「うわあーッ」
そういう訳で、あたしたちがモーニング娘。のオーディションを一緒に受けて、仲良く落っこちたことはクラス中の知るところとなった。
神様仏様つんく♂様、新生活の一番初めの大事な日に、いきなりこの仕打ちはあんまりじゃないですか?
休み時間のあいだ中、赤髪はマシンガンのように喋り続けた。1日が終わる頃には、あたしは筋金入りのモーニング娘。のファンでタカハシアイに憧れていて娘。を目指していたという設定がすっかりできあがっていた。これは初日から結構ヘビーな設定かもしんない。否定する隙ひとつありませんでした。鬱。
そもそもあたしは日本のアイドルの類には殆ど興味がない。オーディションを受けたのだって、あたしをフッた男のコに対するアテツケだし、流行歌を聴いてゲンナリする人間というのも最近ではそう少数派でもない、と思う。演技力や歌唱力や才能のなさを見た目と年齢だけで誤魔化そうとする根性もさもしい。それに、あたしにはモーニング娘。を好きになる理由なんか、ひとつもない。嫌いになる理由だって、ほんの数ヶ月前まではなかったんだけど。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:17
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 201 名前:『チラウラ。』 投稿日:2005/12/15(木) 02:24
- ……レスが付いたんで中止。長らくのご愛顧ありがとうございました。
- 202 名前:『チラウラ。』 投稿日:2005/12/17(土) 00:23
- 読んでいる人がいなかったorz ので何事もなかったかのように再開。せめて>>200の人ぐらい見ててくれればまだギャグの余地もあるのによう。
- 203 名前:(゚ロ゚三゚ロ゚) 投稿日:2006/02/05(日) 01:57
- 仕切りなおし。
- 204 名前:(゚ロ゚三゚ロ゚) 投稿日:2006/02/05(日) 20:37
- >>162-166 続き
『蘇新童話』
※医療知識の説明文など著しくいい加減であることを予めお断りします。
- 205 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/05(日) 21:36
- 「で、どうする? このままいつ帰ってくるのか分からない博士を待つ? それともどれがソレだか分からないこの薬品を全部、持って帰る?」
診察用寝台に軽く腰を掛けて足を組むと、美貴は今度こそネクタイを緩めた。
「やぁね。それじゃ泥棒と変わらないんじゃなくって? そんなはしたない真似、できなくってよ」
梨華は誇り高く答えてスカートを翻し、薬棚とにらめっこを始める。美貴は梨華の素晴らしい曲線を描いてふわりと広がったスカートの動きを目で追いつつ、軽く肩をすくめた。
「今ここにいるだけで充分泥棒くさいんだけどね」
言いながら胸元から取り出した茶色っぽいシガーを口にくわえ、踵で擦った燐寸で火を点ける。ぷすぶすと先端が燻されたシガーの独特のにおいが部屋に流れる。
「あたしの前ではシガーの類は吸わないでって言ったことなかったっけ?」
「いいえ? そもそもアナタの前で吸ったことはないですけどね」
「じゃあ今言うけど、あたしの前で吸うのはやめて。信じられないわシガーなんて。それも、あなたみたいな淑…、……」
「……へいへい」
梨華が言いかけた言葉につっこむこともなく美貴はいい加減に返事をすると、シガーの煙だらけの息を梨華に吹きかけた。
おもむろに煙を吸った梨家は思激しく咳き込んだ。
「聞こえなくって? 止めてって言ったんだけど? 今すぐお止めなさい」
目尻に涙を浮かべながら、語調を強めて梨華は言った。
「お嬢さまと違って薄給なんだよ? なけなしの給金で折角買ったのに…」
「もっと他の有益なことにお使いなさったら? 中毒になったらやめられなくってよ。マコトさんのこと覚えていて?」
「ああ、あの足の悪い…」
「あの人の足ね、シガーが原因らしいわよ。お医者さまの話によるとね、重度のシガー中毒のせいで足のほうまで血液が循環しなくなって腐ったんだって」
「げ」
美貴は薄気味悪そうにくわえていたシガーを指にはさんで眺めた。
「……これが吸い終わったら考えてみる。禁煙……」
「そうしなさい」
美貴は名残惜しそうに、幾分神妙な顔でシガーをまた口に咥え、大きく息を吸い…
大きな爆発音が二人の耳を劈いた。
- 206 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/06(月) 00:38
- 「ぅなぁっ?!」
「…ッ」
咄嗟に美貴は梨華に飛びついて、顔を背広で隠すように抱き抱えた。爆音に一瞬遅れて、薬品棚の、扉の、窓の、硝子が飛び散った。
「……痛ッ」
「馬ッ、おどきなさい」
美貴を一瞥だにせずに押しのけると、梨華はショルダーホルスターから銃把に美しい衣装を凝らした、一見してすぐにそれとわかる伝統的な騎兵銃を抜いた。
優美なその銃口を硝子が破られた扉の外側に向けつつ、油断なくその先を窺う。梨華は硝子が飛散した方向からすぐに爆発の方向を割り出していた。
「誰かいるのッ?! 出てきなさいッ」
凛とした声で呼びかける。その間、美貴は背広を脱いで硝子を払いながら一張羅が被ったダメージを確認する。ところどころ美貴の血が散ってるが致命傷はない。しかしこれ以上汚れが広がることを嫌って、美貴は背広を畳む。背中の布地がザクザクに切れている。夜なべして繕うのかと思うと溜息が出た。
「ねぇ…」
落ち込む美貴に梨華は目線で扉の外を見るように促した。背広を小脇に抱えて美貴もショルダーホルスターからリボルバー式の拳銃を引き抜いた。梨華のものとは違う、10丁に1丁は暴発することで有名なメーカーの安価な大量濫造品である。
梨華の向かいの側に立ち、扉の外を覗き込む。梨華は美貴の血が散った背中を見て眉をひそめた。
「怪我したの? 間抜けね」
「うっさい」
扉の向こうには廊下があり、廊下の先には爆発の高熱で溶けたらしい扉が見えた。
「あちらが爆心地というわけ、か」
「貴女、見てきて頂戴」
「げ。やだよ。また爆発があったらどうすんのさ? 美貴死んじゃう」
「爆発する可能性があるものがあれば、さっきので誘爆してるわよ。可能性は低いわ」
「でもゼロではないでしょう?」
「いいこと? これは命令よ? せいぜい役に立ちなさい」
「……」
- 207 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/06(月) 02:05
- からん、と瓦礫を蹴飛ばして美貴はなるべく時間を引き延ばすように歩いた。背後には梨華が控えているが何とも頼りない。彼女の拳銃の腕前は一流だが、判断力には疑問が残る。不審者が出てきたとしてタイミングを外さずに発砲できるのか。そもそも不審者など存在せず、新たな爆発があったとき拳銃が何の役に立つだろう。
溶けた扉を蹴飛ばして、美貴は中を覗き込んだ。それから梨華にその場にとどまっているように身振りで示し、部屋のなかへ入る。しばらく経っても出て来ない美貴に、梨華は苛々と爪を噛んだ。建物の外のざわりとした気配を感じて、梨華は口元を引き締めた。野次馬が集まりつつある。やがて警察も駆けつけるだろう。このままこの場にとどまるのは得策ではなかった。
梨華は薬品棚に視線を向けると、マーキュロクロム液を探した。それから、ピンセットと海綿を取り上げ、それから茶色い小瓶に入ったいくつかの容器を無造作に取り上げて、それらのすべてをジャケットのポケットに滑り込ませた。
「お嬢さま、来てください! こっちへ! 早く!!」
美貴の声に梨華は身を翻して溶けた扉に駆け寄った。
美貴は部屋の奥で真っ黒に溶けてすすけた壁を示した。
「隠し階段があります。どうやら下水道に続いているみたいですが…、行ってみますか?」
ニヤニヤと笑って美貴は言った。その表情を見咎めて梨華は毅然としてこう言った。
「行くわよ。行ってやるわよ。こうなったら毒を食わらば皿までも、だわ」
「は」
「その前に脱ぎなさい、その小汚いシャツ」
「えっち」
「馬鹿ね。その格好で下水道に行く気? 化膿して死ぬわよ?」
梨華は美貴のシャツを剥ぎ取ると傷跡にマーキュクロム液を染み込ませた海綿をピンセットで摘み上げて背中に縫った。
「痛っ、ッッッ、気持ち悪ッ」
「煩いわね。お黙んなさい」
「ッ……」
美貴は人差し指の第二関節を噛んで声を押し殺した。
- 208 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/06(月) 02:24
- 「その汚らしいシャツとボロ背広は置いていきなさい」
「えーっ、ちょおま、美貴はだか…」
乱暴かつ手早い治療が終わると、梨華は自分が着ていたジャケットを脱いで美貴に放った。
「今はそれをお召しなさい。上までボタンを留めれば問題ないでしょう? 新しいスーツなら、わたくしが買ってあげてよ? 銀座に新しい百貨店が出来たそうじゃない? 舶来ものもあるそうよ」
「舶来… うわぁ…」
「なによ? 文句あって?」
「イエ、滅相もございません…」
美貴は嬉しいとも情けないともつかないような微妙な表情で、隠し階段に足を踏み入れ、数歩あるいて立ち止まった。
「そういえば寺田さんとこのお嬢ちゃんは?」
「知らなくてよ」
「……どうする?」
「馬鹿じゃないなら車のとこで待っているでしょう? 行きましょう」
「……」
納得はいかなかったものの美貴はまっすぐ階段を折り始めた。梨華も後に続く。
「暗いわね…」
「燐寸でも点しますか?」
「爆発したらどうする気?」
「それもそうですね… 代わりに手でも繋ぎますか?」
「悪くないわね」
- 209 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/26(日) 14:25
- 二人は壁伝いに階段を下る。
「ああ、ホントいやな臭い。たまらないわ」
ハンケチを顔に当てているらしい梨華のくぐもった声が、美貴の耳元で聞こえた。
美貴は軽く肩をすくめて溜息を吐いた。
「足元に気をつけてください、お嬢様」
「わかってるわよ」
ブーツの踵を踏み鳴らして、梨華は答えた。美貴は怪訝そうに壁を撫でた。
「おかしいと思いませんか?」
「なにが?」
「爆発ですよ」
「どういうこと?」
「臭いがしないんです…」
「しまくっているじゃないのよ!」
「そういう意味じゃなくて… 火薬の臭いも油の臭いもガスの臭いもしない、と」
「……そういえばそうね」
「なにかが溶けたような臭いは、すごくするけど……」
壁にはまだ、かなりの熱が残っている。革靴の底からも、床がかなりの熱を持っていることが知れる。しかし空気は清涼で、爆発の余韻もない。火災は、起こらなかったようだ…?
「新型の爆弾、とか…?」
梨華の呟きに美貴は背筋がゾッとするのを感じた。確かに今の帝都は物騒だ。数年前には陸軍の青年将校が十余命共謀して武装蜂起した事件があった。結果として失敗に終わったその事件以降、帝都では軍部の動きを監視することが目的の秘密警察が発足した、というのがもっぱらの噂だった。真偽のほどはともかく、軍部周辺できなくさい話が多いのは事実である。
「有り得なくもないね」
階段が終わり、下水道に到着する。どうっと足元で汚物が流れていく空気がある。美貴は燐寸を擦って高く掲げた。それは前後にひたすら長く続く円筒だ。
「無駄に広大ね… 税金の無駄遣いだわ」
「冒険王の世界だね、こりゃ」
夷国の下水網に着想を得て、帝都の下水網が整備されたのはもう20年も前の話だ。帝都の地下に迷路状に走るそれはまさに地下帝国というに相応しい。
「大怪盗に地下組織、亡国の皇族の末裔やら奇怪な生物やら、何がひそんでいても不思議じゃないカンジ」
余談ながらこの地下下水道網については、少年向け冒険小説雑誌『冒険王』では特に人気の舞台である。
- 210 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/26(日) 14:45
- 短くなった燐寸を下水に投げ捨て、美貴は梨華の腕を引っ張った。
「戻りましょう、お嬢様」
「どうして?」
「どうしてって…」
「まだどこが爆発源かわかっていなくってよ」
「下水網のどこかでは?」
「ダメよ。もう1回、燐寸を擦って頂戴」
「…はいはい」
美貴はもう一度燐寸を擦る。梨華はすばやく一点を指した。
「あっちよ!」
「は」
「扉があるわ。いきましょう」
「燐寸が保ちませんが」
「何のために壁伝いに歩いていると思ってるの?」
「わかってるんですか? “次”が来たら逃げられませんよ」
「ものわかりの悪い方ね。構わない、と言ってるの。行きなさい」
「お嬢様も来るんですか?」
「あたしは上に戻るわ。当然じゃなくって?」
「ああ、そうですね……当然、ですか。そうですよね…」
「いいこと? 死んだりしたら承知しないわよ?」
「せいぜい祈っててください…」
美貴はパッと梨華の手を離すと振り向きもせずに梨華の示した場所に向かって歩き始めた。
梨華も美貴の手が離れた途端、振り向きもせずに一気に階段を駆け上がる。あまりの臭いに息を止めていたので、階上に辿り着いたときは殆ど瀕死状態だったことはここだけの話である。
光の中に戻るとホッと息を吐いて診療所の中に戻り、オキシドールとアルコールで念入りに腕を洗い、割れた鏡に向かって必死で髪を整えた。
それから改めて汚れた衣服に気付き、溜息を吐いた。
- 211 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/26(日) 15:03
- 壁伝いに移動し、扉のところまで移動するのは燐寸なしでも容易にできた。
扉の鍵穴から明かりが漏れていたからだ。
そこまでたどり着いて美貴は、さてどうしたものかと悩んだ。
ノックして入るべきか。
無言で扉を開けるべきか。
あるいは……
とりあえず、中の様子を窺うと、どうにも人の気配が感じられた。それに自動車のエンジンのような駆動機関が稼働しているかのような音。
と。
美貴は髪の毛がじわっと逆立つのを感じた。衣服をかすかに動かすとバチバチと強い静電気が発生したような音。静電気…? 美貴の本能が警鐘を鳴らした。“次”が来たのだ。もう時間はない。
美貴は扉を開けて中に転がり込んだ。扉を閉めた途端、何かすごいエネルギーが扉の向こうを駆け抜けていくのを感じた。美貴も何かに弾き飛ばされて、部屋の中央にまで転がった。
「……ッ痛」
したたかに背中を打ち付けて、美貴は息を詰まらせた。
しかし生命に異状はない。
美貴は呻きつつ身を起こし、部屋の内部に視線を走らせて、その異様な光景にまた息を呑んだ。
腰ほどの高さの台が部屋いっぱいに並んでいる。その数ざっと50。台の上には棺桶のようなサイズの硝子容器が置かれていた。硝子が不透明なのか不透明な液体で中が満たされているのかは判然としないが、その中には…
「……にんげん……?」
硝子の棺桶からは無数の管が出て、部屋じゅうを循環している。それはさながら人の身体の内部に飲み込まれたかのような幻想を美貴に与えた。
(なんだここ…)
本能的な恐怖を感じ、無意識のうちに美貴は拳銃に手を伸ばした。
- 212 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/26(日) 15:21
- 「拳銃はしまってくれませんか?」
美貴は反射的に銃口を声のするほうに向けた。女性、それもまだ若い女の声だ。
「そのへんの管を傷つけると危険なんです。ホスゲンは猛毒ですから。お願いですからしまってください」
美貴は目を細めて声の主を見た。
白衣を着た、ストレートの黒髪を長く伸ばした少女だった。お菊人形に似てる。
「これは、なに?」
「再生装置ですよ」
「中身は……人間?」
「死んでますけどね」
「……」
「危ないから早くその物騒なものをおろしてくれませんか?」
「この人たちはどうして死んだの?」
「さぁ…? 興味ないですね」
「あなたが殺したの?」
「まさか。それは犯罪です」
「じゃあ、これを、どこから…」
少女は天井を指差して、微笑んだ。
「地上からです」
美貴は唇を噛んだ。だめだ。“言葉”が通じてない。
「質問を変えるわ。アレはなに?」
「あれ、ですか?」
「さっきの静電気の塊!」
「さぁ…」
「答えなさい」
「知らないものは答えようがないですね。ただ静電気といえば思いだすものはありますが」
「何を」
「雷。あれは規模が巨大な静電気だっていうのが定説ですよね」
「……カミナリ? こんな地下に?」
毒気を抜かれたように、美貴は呟いた。
- 213 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/28(火) 01:39
- 「で、そろそろその」
少女が重ねて言を紡ぐのに合わせて、美貴は銃口を少女に向けた。少女は怯んだように顔を逸らせ、それから溜息を吐いた。
「信頼できないんだよね、なんか。キミ、一体何してんのさ」
「だから、再生です」
「何の?」
「死体の」
「何のために?」
美貴は苛々したように間合いを詰める。少女はじりっと後じさりつつ、美貴を押し留めるように両手を前に出すような仕草をした。
「何って…、医療の発展? 人類の栄光? 叡智の追求?」
「なにその答え。何で疑問口調なの? ふざけてるの?」
「いやだって、目的とか急に聞かれても困ります。だいたいそんなこと聞いてどうするんですか? そもそも貴女に何の関係があるんですか?」
甲高い声で焦ったようにまくしたてる白衣の少女に美貴はこめかみを押さえた。どうも調子が崩れる。少女の言うとおり、美貴が知りたいのはそんなことではない。そんなのはどうでもいいことだった。美貴は息を吸い込んだ。こんな貧民窟でこんな大掛かりな機械装置があるなんて、そもそも無関係なはずがないのだ。
「で、キミは松浦博士とはどういう関係?」
「博士と、ですか? ええと、その何て言えばいいんだろ」
ビンゴ、だ。
美貴は勢いよく床を蹴って少女に飛び掛った。少女との距離はほんの数米。大きく数歩で駆け寄り跳躍し…… そして……
にぶい音が部屋中に響いた。美貴の身体に激痛が走る。なにか透明なものが少女と美貴の間を隔てていた。
「弾丸を使わなかったことは賞賛に値しますけど、ここは危険だと、何度も警告はしましたからね…」
警告は確かに聞いた。床に崩れ落ちながら美貴は、じんじんと打撲に痛む身体の前面と、傷だらけの背面と、どちらが先に地面に到着すればより痛くないのだろうかと考えていた。
- 214 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/02/28(火) 02:08
- 二度目の爆発は、一度目よりも小規模なものだった。
とっさに診療台を盾にした梨華は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
建物の外には大勢の人間がいる気配もある。これ以上ここに留まっていれば厄介なことになるだろう。
「生きてれば自力で何とかするのね」
憎々しげに呟いてはみたものの、言葉尻は気がかりそうに中空に消えた。
「死んでれば…、あたしにはどうしようもできなくってよ」
服に付いた埃を払いつつ、いかにして建物を立ち去ろるべきか考えあぐねて、ふと梨華は部屋のなかから外の様子を窺った。外にいる大勢の人は、どうやら爆発したこの建物にはまるで関心を払っていないようだった。ただ興奮したように大声で喚き、叫びながら何かを見物しているかの様だ。そう、例えばお祭りとか、火事とか、喧嘩とか…
梨華はさりげなく松浦診療所の扉から外に出た。通りの様子を窺っていると、後ろから袖を引っ張られた。愛だった。
「どうしたの? この騒ぎ」
「わかんない。突然、道じゅうのマンホォルの蓋が吹っ飛んだの。当たって怪我をした人もいるみたい」
「マンホォルの蓋が…?」
梨華は血の気が引くのを感じた。マンホールと言えば、下水道に繋がっている…。思わず梨華は胸の前で十字を切り、美貴の冥福を祈った。
「運転手さんは?」
愛はきょろきょろと梨華の背後を見回した。
「帰りの運転はあたしがするわ。他に何か変わったことはなくて?」
「蓋がすっとんだすぐ後に、雷が落ちた。二回」
愛は、議事堂のある方角を指差した。梨華は小首を傾げた。
「雷? 晴れているのに?」
「うん。雲ひとつ無いのに変だねってみんな言ってた」
「ふぅん… ま、いいわ。帰るわよ」
梨華は興味を失ったようにくるっと背を向けて歩きだした。愛は梨華の後を小走りに追いかけた。
「運転手さんはどうしたの?」
「知らない。早く火力車にお乗りなさい。置いていくわよ」
愛は無言で助手席に滑り込んだ。
- 215 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/03/01(水) 03:50
- ひどい悪夢だった。アイツがいた。もう一息だった。鉛のように重い拳銃を、ぶれる銃口を必死でアイツに向けた。だが拳銃はぬるりと掌のなかで溶けた。背後から棘のあるイバラが容赦なく美貴にまとわりつく。棘は肉に食い込みズキズキと痛んだ。アイツだ。アイツがいる。あと一息なのに。夢のなか、動かない身体で美貴は焦る。もうひといきで殺してやれるのに。
そこで目が覚めた。寝汗をびっしょりかいている。うつぶせにしていた身を起こして、美貴は苦痛に呻いた。背中全体がじんじんと疼いていた。かなり腫れているようだ。
(……寝台?)
黒い革張りの診療台に白いシーツが敷いてある。美貴はその上で毛布にくるまっていた。
服は、激痛に気を失ったときのままだ。一張羅のズボンがよれよれにになっていた。
(うわ、サイアク…)
拳銃をどこへやったのか無意識のうちに周囲をまさぐる。
「あの玩具は預からせてもらいましたから」
声を聞いて美貴は顔をしかめた。白衣の少女、だ。見渡すと美貴は見覚えのある部屋にいた。松浦診療所、だ。
「でさ、キミ松浦博士とはどういうカンケイなの?」
「普通に引き継いで研究やってますよ」
「助手とか弟子ってこと?」
「後任ってことです」
「は…」
「博士は今、洋行中で私が留守を預かってます」
「はぁ? 何のために?」
「ここは上得意が多いそうで、締められないんだそうですよ」
「あぁ…」
美貴は肩をすくめた。その上得意の筋からここに来ることになったのだ。
- 216 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/03/03(金) 01:23
- 「で?」
「で、とは?」
「なにやってんの?」
「見てわかりませんか?」
白衣の少女はニコリともせずに両手に持ったホウキとチリトリを掲げてみせた。
「……掃除?」
「正解です」
冗談のつもりもなかったのだろう、素っ気なく答えるとまた無言で掃除に没頭し始める。俯き加減にするとふくよかな頬が垂れて、幼児のようだった。ていうか、実際まだ子供なんじゃないだろうか。確実に美貴よりは年下だろう。いやそれにしても人は見掛けによらないっていうし四十を超えたばかりの博士の後任と自称するからにはそれ相応の齢を重ねているのかもしれないし。いやしかし。
思いついて美貴は胸ポケットに入れていた札入れから名刺を取り出した。小洒落た文字で『建設寄合柴田組 新興開発担当 滝川美貴』という肩書が印刷してある。もっとも彼女の仕事の実態は、殆ど『お嬢様』のお守りといっても差し支えはなかったのだが。
「これは?」
「美貴の名刺。あげる」
「どうして?」
「だってキミ、後任なんでしょ? 松浦博士の。それなら以後お見知りおきを、ってね。はい」
馴れない様子で名刺を受け取ると、白衣は明らかに困った様子に見えた。得体は知れないが存外扱い易そうだ。
「キミのは? 持ってないの? 松浦先生の後任なんでしょ?」
「……まだ作ってないですね。必要とは思ってませんでしたし」
「そんなんで上得意とやらとお付き合いできるの?」
「……」
なにやら難しい顔で白衣は考え込んでしまった。
「でさぁ、美貴ひとつ疑問があるんだけど」
「なんでしょうか」
「随分若く見えるけどキミ、いくつなの?」
「十九です」
「あ?」
「来年、成人します」
「はあッ? ちょっと待ってちょお待って。キミ後任なんだよね松浦先生の? でもその年齢って医者どころかまだ大学も卒業してないんじゃ…」
「大学も卒業していれば医師の免状も交付されてますし、博士号は取得済ですよ。ご覧になりますか?」
「どれだけ天才やねん……、そうね、見してよ。何か証拠っぽいの」
白衣の胸元から紐で繋がれた大きなガマ口をひっぱり出して、パチンと開いて小さく折りたたまれた紙片をつまみあげる。硬貨と一緒に放り込まれて揉みくちゃにされたうえに、何となく薄汚れている。今更丁寧な手つきで広げられてもどうしようもないだろう、と冷ややかに美貴は思った。
- 217 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/03/03(金) 02:03
- 証明書は外国語だった。タイプライターで印字されたような異国の文字に、流れるようなサインを持って証明しているようだ。目の前の白衣の白黒写真が貼られ、割印のつもりなのか写真と書類をまたぐように鷹の意匠がある円形のしるしがエンボスされている。文字の意味は分からないなりに、手の込んだ書類だということは理解できた。
「……ねぇキミ、美貴のことバカだって思ってない?」
あわよくば白衣の名前でも分からないかと思って証明書を見ることに応じたのに、思惑が外れた美貴は不機嫌な声を出した。
「え?」
白衣は一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤にした。
「あ、いや、そのごめんなさい。こちらの資格は持ってないんです。ちょっとまだ年齢が足りてなくて」
美貴の不機嫌さを外国語が理解できないとに対するそれではなく、外国の書類を出されたものだと解釈して、白衣は要望を満たす書類が提出できないことを恥じてるようだった。一番近い西洋諸国まで一番早い船を使っても片道数ヶ月はかかるご時世だ。白衣の得体の知れなさがそれに起因すると知れただけでも良しとしなくてはなるまい。美貴は軽く咳払いした。
「じゃあさ、取り合えず名前だけでも教えてよ?」
「名前だけでいいんですか?」
「うん、名前だけ」
「フェデラル・メディカル・ライセンスっていうんですけど」
それはもしかして資格の名前ではないだろうか、と美貴は思った。
- 218 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/03/06(月) 01:12
- 「で?」
「で、とは?」
「キミの名前は?」
「あたしの……?」
ああ、とようやく得心が行ったように白衣は頷いた。
「紺野といいます。紺野あさ美。紺色の紺に野原の野、平仮名であさに美しいの美」
「なるほどなるほど」
美貴は名刺の裏に彼女の名前を書き付けた。あまり気は進まないが『情報屋』に渡せば、どこからか何かは掴んでくれるだろう。洋行してたというのなら、そのセンから確実に何かは出る。
経費で落ちるか裏帳簿から出るか『お嬢様』の小遣いで何とかなればいいけどね。
「あのー、こちらからも質問してもいいですか?」
「え? ああ、どうぞどうぞ」
「どういうツテでここに来たんですか?」
美貴はどきっとしてあさ美を見た。いつの間にか、あさ美は腰の高さで美貴の玩具を構えていた。銃口は間違いなく美貴を狙っている。その手つきは危なげがなく、銃の取り扱いの経験が豊富にあることをうかがわせた。
「…撃つ気?」
「暴力的なことはあまり好きじゃないんですけどね。ことと次第によっては」
「は、はは……」
「建設寄合ってことは今巷を賑わしている再開発計画や地上屋さん絡みですかね?」
「あたらずとも遠からずってとこかな。美貴のいる部署はあんま再開発とは関係ないけどね、そういう部署もあるよ。いくつか受注はしてる」
「では……?」
「わかってるでしょ? 後任まかされてるぐらいなら」
「博士から託された顧客リストに柴田や滝川って名前の人はいませんでしたが」
「そのリスト喉から手が出るほど欲しい人もいると思うけどね…」
あさ美は警戒するように美貴を見た。美貴は肩をすくめた。
「だって、そうでしょ? 死期が迫った政財界の大物リストが入手できたら幾分か有利に動けようってもんよ」
「では、やはりそれが目当てで?」
「間違えないで。美貴の目的はクスリの方よ。死者さえも蘇らせる脅威の万能薬って話じゃない? 不老不死の妙薬。徐福が蓬莱で見つけたという幻の薬」
「そんな都合のいい薬があると、本気で思ってますか?」
「どうだろ。美貴が知ってるのは、ここで調薬してるっていう噂があることぐらいだよ」
「では……」
「美貴はイチゲンさんってこと。あの爆発でびっくりして中に入っちゃったけど」
順番は前後してるが分かるまい。
あさ美は暫く考えてから拳銃を美貴に放り投げた。どすっという重たい感触が毛布の上から伝わって美貴の傷に響いた。暴発したらどうするんだと美貴は密かに焦ったが、ご丁寧にも弾奏は抜いてあった。
美貴はざっと衣服を整えて診療台から降りた。革靴に足を入れると、あさ美は思い出したかのように言った。
「一週間後にまた来てください」
「は」
「抜糸しますから。結構たくさん縫いましたからね、背中」
- 219 名前:『蘇新童話』 投稿日:2006/03/30(木) 02:39
- 地上に戻った美貴を出迎えたのは、誰もいない路地裏だった。仲間もいない。車もない。
「……」
置いてけぼりを食らったことが哀しくなる美貴だった。背中の傷のじくじく痛めば、全身どことなくうすら汚れているときては気分も最悪。
(早く帰ってお風呂はいりたいなぁ… ああでもさっきの人、風呂はしばらく入るなって言ってたっけ…)
直接自宅に帰るにしてもここからなら輪タクを頼むか路面電車を乗り継いでいくしかない。美貴は惨めな気持ちで溜息を吐いた。今日は間違いなく美貴の人生で最悪な日だ。最悪なことは他にも沢山あったが、肉体的なものと精神的なものの疲労と痛みがセットになって襲い掛かられたのは初めてだった。ポケットのなかの小銭を確認して、先ほど名前を走り書きした名刺が指先に当たった。
(そういえばあいつ、このへんに事務所を出したって言ってたっけ ……出直すぐらいなら先に済ませておくか)
美貴はひょいっと小路に入り込むと、ぐにゃぐにゃにうねり、まったく気まぐれ交差し、立体交差までもする複雑な路地裏を慣れた足取りで進んだ。そして、派手な看板のある店で足を止めた。
縦長で白地の看板に、グリーンで『帝都機密興信事務所』と手書きしてある。美貴はその扉の前で、来客のベルを鳴らした。
- 220 名前:『蘇新童話』裏設定 投稿日:2006/03/31(金) 03:31
- この世界に電気はありません。電気の概念自体ありません。よって、路面
「電」車なども当然存在しないわけですorz うはー一生の不覚ー。
しばらく旅に出ます。そのうち再開するような、しないような…。
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/31(水) 18:58
- いってらっしゃい♪
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/06(火) 23:46
- ただいま。おみやげはないよ。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/09(日) 19:44
- おかえり
ってか初めて読んだ
『君たちはガラス』を長編として読みたいw
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/13(木) 01:54
- 今読み返したけど、続き書ける気持ちになりません。
俺様の次回作をお楽しみに!
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 06:30
- 1です。スレ整理が間近な模様ですが、書く場を残しておいていただけると嬉しいです。><
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 06:35
- 生存報告キター
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