ミニモレンジャー。〜神輿やないねんから〜
- 1 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年08月04日(月)16時04分01秒
- 風板で書いていた者です。
続編を書かせていただきます。
この小説はオバカな話です。
年齢設定は実際とは多少違います。
前スレは以下のURLです。
http://mseek.xrea.jp/flower/1014042663.html
http://mseek.xrea.jp/red/1025709223.html
http://mseek.xrea.jp/moon/1032874642.html
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/wind/1041858311/
コテハンは共同のものを使いますが2人で書いてますので、
更新は遅くなるかもしれませんがご了承ください。
この小説のおまけ・その他は以下のサイトにあります。
http://freett.com/honobonoA/
- 2 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時17分41秒
- ※この話は100%以上フィクションであり、
現実には到底ありえないことが起こります。
<黄金の流星>
ちょうど1年ほど前から、この私鉄沿いの小さな街の小さな交番は、
黄金色に輝く流れ星がやりたい放題やっているという噂でもちきりだった。
元来、この生粋の小都市では、人間は歩くものであり、自転車に乗るものであった。
せいぜい、自動車が普及したのは3、40年前の話であり、
だとしても、ここらの住宅街ではすれ違うことさえ困難な状況である。
「ちょっ!!矢口さシュコココ!!! もうちょっと安全運転でシュコココ!!!」
ある警官は、真面目なふりをして住民の安全を他人頼りに願っていた。
そこへ、猛烈というより他に無いスピードで突き抜ける流れ星を目撃したのだ。
彼は仲間に知らせなければ、という衝動に駆られたが、
それが上司にまで知れ渡ってしまうと、自分の手を煩わせることになると知っていた。
そして、二度と現れませんように、と
流れ星にするにあたっては不適切極まりない願いを込めてデスクに戻った。
- 3 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時18分50秒
- その流星は大胆にも交番の前をノーヘル、二人乗り、スピードオーバーという三重違反で駆け抜け、
先の角を後輪を流しながら曲がり、姿を消した。
残り香と呼ぶにはあまりに強烈なトイレの芳香剤の匂いを湛えた空気が目の前に広がるが、
それが後ろに乗った女性のものだとは知る由もない。
「バッキャロー!!早く逝かねーとマガジンとサンデー2冊ずつ確保できねーだろ!!!」
流星は矢口真里といい、まるで忙しない時の流れに嫌気が差したかのように、
それ以上のスピードで風を切った。
その後ろの石川梨華は、特筆すべきことは少なく、
ただ、ときどき可愛いと言われることを待ち続け、それに溺れ、
のぼせ、踏みにじられて悲しみを覚え、そこからの復帰に快感を覚える
精神的マゾヒズムの塊であった。
- 4 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時19分32秒
- 矢口に対しての制限速度標識は画に描いた餅であり、
90度に曲がった路地の全てを、左側通行の常識を覆すアウト・イン・アウトでクリアしていく。
彼女の愛車SHIGERU(しげる)は市販の原動機付き自転車であるが、
中古車で、買った時点でそれなりの改造が施されており、
それがこの暴走行為を助長していた。
ただ幸いなことに、ガソリンスタンドは無人であり、
80km/hを超えて進入してもペナルティは与えられなかった。
この辺り唯一のコンビニエンス・ストアである"まーるぞろ"には若者が集い、
さながらバーゲンセールの様である。
平積みにされた週刊漫画雑誌は皆、客の手に渡り、
残った物は僅かで、それもまた矢口と石川によって奪われた。
「矢口さんっ、ねぇ、矢口さん。」
「ん〜?何ぃ〜?今袋とじ覗いてるんだから邪魔すんなよ。」
「んもぉ〜、いっつもそれなんだからぁ〜…○○と●●が離婚ですってぇ。」
- 5 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時20分04秒
- 石川は芸能人のスキャンダラスな話題においては、
貪欲で無慈悲な目と耳を持っていた。
だがそれは、日常生活には何の効力も持たない、
哀れで極私的な楽しみでしかないことまでは自覚していなかった。
「ふーん。興味ねぇなぁ〜…も、もうちょっと…もうちょっと…。」
ビリッ。
「……」
「……」
「さ、次は何読もうかなぁ。」
矢口もまた、好奇心は旺盛であったが、それがそれでしかないことを知っている、
人生の達観者であった。だからこそ、品物を破損しても何食わぬ顔で
元通り、棚に置くことが可能だった。
- 6 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時20分37秒
- 矢口がただの暴走少女ではないのは、最も身近に居る石川ですら
ほんの僅かしか感じ取っていなかったが、それは確かに矢口が持ち得る能力である。
意識して、毎日極限状態のライディングをこなしているかどうかは別としても、
彼女はそれによって研ぎ澄まされた危機察知能力と反射神経、そして性悪さを得た。
そのどれにおいても、まるで打ち合わせして生まれてきたかのような嫌敵手の存在が大きい。
相も変わらず、石川梨華は芸能雑誌の隅まで目を通し、
乏しい恋愛経験に仮想の火を点けた後に、胸をときめかせて悦に浸っていた。
不倫のふの字どころか、もっと言えばローマ字入力時のFもしくはHが
キーボードのどこに配置されているかすら知らない。
それなのに未だ情報収集意欲は衰えず、今朝3冊目の雑誌を手に取った。
彼女がヌードグラビアに目を通さない主な理由は、興味がないからではなく、
自分よりナイスなバディを認めることができない性格だからであった。
彼女はエゴイスティックな独裁者だが、統治している領土は
自分の胸の内だけという"なんちゃって"である。
- 7 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時21分18秒
- 「キャァァァアアアアアアアアア!!!!」
そんな石川の目の前を時速100マイルはあろうかというスピードで
マガジンの背が飛んでいった。彼女は持っていた雑誌を手からこぼし、
非常ベルのような悲鳴をあげた。
彼女の悲鳴は度々近隣住民を混乱に陥れ、警察からも注意を受けていたが、
矢口はそれには慣れっこであった。
むしろ、存在すら気にせず、その視線は石川の向こう側に向いていた。
- 8 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時21分49秒
- <オトコ女の挑発と、抗争>
市井紗耶香は激烈なまでに矢口真里を嫌っていた。
しかしそれは、度重なる不愉快な行為を受けた結果であり、
当然、謝罪されても全くもって許すつもりはなかった。
それは矢口にとっても同じことであり、出会いからして最悪で、
2人はもはや定めとして受け入れるしかないことを、先延ばしているに過ぎなかった。
市井は矢口に対する態度からは想像できないほどに、
母親想いの孝行娘だった。故に、母親手作りのカレーライスを愚弄した矢口は
一家の敵であり、自分の人生の疫病神であるという認識をした。
そして矢口を(万が一にも)流星と認めるならば、
自分はそれを破壊し、粉々にし、
我が惑星に衝突しないようにする地球防衛組であると、しっかりと自覚していた。
- 9 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時22分37秒
- 矢口が放ったマガジンを寸でのところでかわすと、
手に持った手榴弾2発を投じた。
せいぜい2人の距離は2メートル。その距離でも一切の手加減なく、
あわよくば頃す心積もりで、右足を後ろに蹴り上げ、
全体重を左足に乗せて、右手を振り下ろしたのだ。
突如の開戦に、石川は堪らずうずくまり、2人の間に障害物はなくなった。
それはノーガードの闘いの始まりであり、序盤の攻防が
――一瞬のことではあるが、激しさを増すことを意味した。
突風のような市井の攻撃に怯むことない矢口は、
動物的な動体視力によって手榴弾が『うーしーしー缶コーヒー』2缶であることを見切った。
1秒に店のテープが3回転半し、その軌道を1/100秒単位で確認しなければ、
目の据わった鬼のような市井は確実に矢口の眉間を打ち抜く能力を持っている。
- 10 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時23分31秒
- しかし矢口はそれをやってのけた。
目下に避けられるスペースを見つけた矢口は
瞬時にそこに身を寄せ、左手にあった手ごろな雑誌が、
空中で開かないように投げ、その後を追わせるように
右手に握っていた缶ジュースまでも放った。
2人の戦闘能力は拮抗しており、ともすれば長期化する可能性があった。
市井はボクサーのロイ・ジョーンズのような柔軟な肉体と、
精密機械のような戦術眼を備えた、対矢口限定のバトル・サイボーグであった。
恐らくは本能的であろうが、全ての急所位置を把握しており、
また自分の急所位置も然り。憎たらしいことに、矢口の攻撃能力は
自分の身を脅かすに相当すると認めねばならない。
故に、急所を外した攻撃に注意を払うことは無駄だという結論に至っていた。
もっとも、矢口はスナイパーのような正確性を用いて全ての
肉体的、精神的急所を必中してくることは間違いないのだが。
- 11 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時24分23秒
- 見事に矢口が投げた缶ジュースを右手で受け止めた市井は、
すぐさまにそれを投げ返し、中から飛び出したオレンジ色の炭酸飲料、ファソタは
全身筋肉のニシキヘビのように生々しく、血生臭い格好で元の主人に襲い掛かった。
鋭い毒牙は完全に矢口の喉から胸元を標的としており、
まだ着てから数時間も経過していないよれよれのTシャツはもはや使い物にはならないと、
誰もが悟った、はずだった。少なくとも市井は。
シャーという蛇特有の威嚇音は、"時空の支配者"矢口にだけはっきりと聞こえ、
弾ける炭酸の泡ひとつ一つがその眼から脳を辿って、痺れる緊張感に耐え続ける両腕に知らされた。
その瞬間、既に飲み干していたジュースの缶を床から拾い上げ、
ヘビの眼前に飲み口を差し出した。インドのヘビ使いのように
その動きは滑らかで無駄がなく、全てを知り尽くした百科事典のようでもあった。
- 12 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時24分53秒
- 印籠を見せられたファソタは、力なくへたり込み、無抵抗に実家である缶の中に帰っていった。
ガンッ!!ガンッ!!
スローモーションの異次元空間から解放された雑誌コーナーは、
それでも矢口、市井の両方が視殺戦を続けており、
その後ろのトイレのドアには、2、3秒前に市井が投げつけた缶コーヒーが
大きな音を立てて衝突し、床に転がった。
何事か、と両手で覆っていた顔を開け、
辺りを見回した石川は、その光景に『またか』と俯いた。
もはやそこはコンビニエンス・ストアではなく、サンクチュアリであり、
2人は共に、相手の隙を窺い、抹殺する為の術を選択し、
憎悪の念が煮えたぎり、自らのペースに引き込むことで主導権を得ようとしていた。
「てめぇ、何すんだゴルァ。あ?奇襲に頼ってるようじゃ一生オイラは倒せねぇな、プッ。」
「奇襲じゃないさ。目障りな物は消すまで。当たり前さ。」
- 13 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時25分30秒
- 舌戦の火蓋は切られた。
彼女らは激しく罵ることを得意とし、常に自分は勝者であると確信していた。
人格を無視し、無慈悲に、出来るだけ効果的な言葉を選び、
いかに相手が愚かかを発表するという行為に学会という場所は必要ない。
一つの道、最悪、不快感が最大限にならない程度の距離さえ保てば、
口は自分の心に従順に動いた。
石川梨華は、自分が矢口真里の最愛の人だと思い込んでいた。
彼女は無邪気に、しばしば一つまみの悪意を持って、口を滑らせた。
それはあの矢口でさえ手を焼くほどで、
笑い、泣けば許しを請うことができると信じていた。
しかしそれは彼女のコミュニティでしか通用しないものであり、
大きな社会では虐げられる一因に成り得るので注意が必要だった。
「市井さん、またエロ本読んでたんですかぁ?」
ともかく、この日もまたそうして天使を装った悪魔は
"愛すべき"矢口の宿敵、市井紗耶香に三叉の矛を突きつけた。
- 14 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時26分06秒
- 「読んでないっ!!またじゃなくて、一回も読んでないっ!!」
「うそぉ〜?前読んでましたよ〜。エロ漫画。」
「くくくっ…やっぱりムッツリスケベだったか。バーカ!!
いくつなんだよ、ガキかお前は!プッ!」
この猛者達は、信じられないことだが、
驚くほど正直だった。それは口ぶり以上に顔に表れ、
そしてそれ以上の言い訳を考えない。
潔さに満ち溢れた名勝負はそうした要素が作り上げていた。
「うっせーな!エロが好きなんじゃねーよ!漫画が好きなんだよ!!」
「ええっ!?何その言い訳!?すげぇ微妙!!クククッ!!!」
「てめぇ……」
明らかに血走った市井の両眼は突き刺すように矢口を凝視したが、
また同じように、他の客からの冷たい視線は2人の居る辺りを、
"間違っても目が合わないようにピンボケさせて"捉えていた。
- 15 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時26分37秒
- 「おいっ……来いよ、ヤってやるよ!外に出ろ!!」
「いや〜ん、ヤられちゃう〜っ。」
「あたしの矢口さんを取っちゃダメっ!!!」
矢口は冗談だが、石川の発言はほとんど本気であった。
とにかく、いいかげんに白黒つけなければならない状態であることは
市井も分かっていた。
驚くべきことに、この2人は未だに拳、または脚を交えたことはなかったのだ。
まーるぞろの駐車場は色褪せたアスファルトで、
車は4台を停めるのが精一杯の程度だが、
ここに車でやってくる客は稀だ。
「なんだテメー。ヤんのかゴルァ!!」
- 16 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月04日(月)16時27分16秒
- 矢口と市井の身長差は顔半分ほどあり、
しかし威勢のよい闘犬のように下から睨みを効かせて圧する。
市井の眠そうな形の目はよくよく見れば氷のようで、
完全なる軽蔑の念を乗せて、そのチビをあしらっているようだ。
すでに2人の距離は鼻息がくすぐったくなるほどまで近づいている。
石川は分かりやすく胸の前で両手を組み、オロオロした表情をし、
しかし何も起こらないだろうと分かっていた。
何せ矢口は、好戦的な性格ではあるが、腕っ節に自信があるわけではなかった。
一方の市井はなかなかの自信を湛えた表情で、
"弱い犬ほどよく吠える"という画は矢口のためにあるようだった。
- 17 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年08月04日(月)16時28分29秒
- 今週はここまでです。
来週は火曜日に続きを更新させていただきます。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月06日(水)04時49分40秒
- 新スレ乙でございます。
まずなによりスレタイに笑わせていただきました。
残り4話もついていかせていただきます。
- 19 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月07日(木)01時03分04秒
- スレタイにワロタ、しかしここのやぐいしは本当に面白いです
完結まで楽しみにしてます
- 20 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年08月12日(火)23時10分02秒
- >>18,19
ありがとうございます。
スレタイについては、作者二人で
論議(修羅場?)の中、やっと決まりました。
某番組最終回よりアイデアをいただきました。
- 21 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時12分05秒
- <その風に全ては平伏し、足を舐めた。>
石川は皆の敵といった感じで書いてきたが、
それは誤解であり、今まで石川の為に使ってきた飾り言葉が
全て当てはまる人物が他に一人だけ、居た。
この小さな街を牛耳る大富豪の娘、松浦亜弥だった。
「ケンカですかぁ〜?」
間の抜けた声が聞こえたのは、
市井が右拳を固く握り締めたのとほぼ同時であった。
「チッ。」
「チッ。」
「あっ、亜弥ちゃ〜ん!!」
例に漏れず、市井も石川もこの資本主義イコンを嫌っていたが、
矢口は数少ない例外のうちの一人であった。
石川は特に、金を用いて全てを制しようとする根性が気に入らず、
かつての自分がそれによって矢口を惹きつけていたとは
夢にも思っていなかった。
とにかく、何かあるごとにしゃしゃり出ては、
露骨な嫌味を発し、全てを無視され、影で嘲われていることを知らない石川は、
今日も『あたしよりもシャクレてるなんて許さないんだからっ』と言わんばかりに
食ってかかっていった。
- 22 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時12分49秒
- 「暇人なのは分かるけど何しにきたのっ?」
「矢口さ〜ん、お久しぶりですぅ〜。」
「ちょっとぉっ!あたしの挨拶が先でしょっ!?」
「ああっ、ウジ川さんっ♪」
「イ・シ・カ・ワ!!分かってるくせに…よくも言ってくれたわねっ…」
石川は昔、幼稚園児に『ウジ虫みたい』と言われてから、
"ウジ虫"という言葉を極端に嫌った。ある意味トラウマだが、
もちろんそんなことは松浦もお見通しで、
そこに豊かな資金力が物を言ったかどうかは定かではない。
ともかく、松浦は常にニコニコと、
"太陽"と呼ばれる笑顔を振り撒き、
石川はそれが吐き気が催すほどの作り物であることに
いち早く気づいて、彼女の腹の中身を目視していた。
何故なら、全てが、鳥肌が立つほどに
自分が矢口の前で見せる態度と合致していたのだから。
彼女が松浦を嫌う理由はそこにも存在していた。
「あのぉ、ケンカはよくないですよぉ〜。
そういうのはぁ〜、勝負事で決めましょうっ♪」
- 23 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時14分21秒
- 完璧な抑揚を付けてそう言った松浦は、
常に金銭に貪欲な矢口と、明らかに鬱陶しがる市井の目を
半ば強引に引き寄せ、目を合わせることに成功した。
「あっ、分かりましたぁ〜っ。
矢口さんもぉ〜、市井さんもぉ〜、スクーター持ってるじゃないですかぁ〜っ。
だからぁ〜、レースやりましょっ♪」
松浦の家の敷地は、東京ドームで換算することすら面倒で、
野球場とサッカー場とレーシングコースとプールと日本庭園を持っていた。
それらとは別に、また、街中を私有地にする権力も持ち合わせている。
そして、またしても苛立ちを見せ始めた石川だったが、
その理由は、松浦が来ると自分がのけ者になってしまうことだった。
「レース?こんなやつオイラの足元にも及ばないって。
だって国際原チャリA級ライセンス持ってるのよ、オイラ?」
「そんな免許あるわけないじゃないっ!!」
「何言ってんだよ、レースの最中にファンタを50ccまで補充できるんだよっ。」
「……こんな、脳みそスポンジ野郎に負けるわけないさ。いいさ、受けてやろうじゃない!!」
- 24 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時17分17秒
- 「ああっ!?受けてやるのはこっちだバーカ!!
明らかに格下のくせにナマイキこいてんじゃねーよ!!」
「生意気なのはおまえだろっ!!
あたしが勝ったらその忌々しい金髪を全部削ぎ落としてやるからなっ!!」
矢口と市井の因縁は1年と数日前まで遡るが、
その頃の市井はオカッパ頭だった。
矢口にとってそれは嘲笑の対象であり、
そのことを突き続けることによって心理的ダメージを与えていると確信していた。
事実、市井は苦し紛れのベリーショートにした後、髪を伸ばし始め、
数ヵ月後にはようやく世間様の中に入っても
違和感の無い髪型に収まった。
「無理に決まってんだろ!!よーし、じゃあお前が負けたら折角伸びたその髪形を
またオカッパに戻してやるからなっ!!覚悟しとけよカッパッパ!!プクククッ!!」
「カッチーン。」
- 25 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時17分58秒
- 強気で、しかし忍耐強く、自ら取り乱すことを善しとしない市井だったが、
遂に脳内の毛細血管が切れる音を聞いた。
そして、松浦の登場によって萎えていた戦意は瞬く間に蘇り、
獣のような叫び声を伴って飛び掛り、数発の拳を振りかざしたのだった。
矢口の反射神経と運動能力がなければ、
掠り傷は骨折に取って代わられていただろう…。
「いいか、覚えとけよ梨華ちゃん。
先に手を出すやつが悪なんだ。」
一見の正論は、散々の挑発について一切触れておらず、
石川もそれを分かっていたが、呆れ気味に頷くしかなかった。
「分かりましたっ。」
「何が分かったのよっ!?」
恐らく人前では数日ぶりに笑顔を崩し、
大げさにため息を漏らし、俯いて表情を固めた松浦は、
またしても石川の突っ込みを幻のようにあしらった。
- 26 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時18分35秒
- 「じゃあ賞品もつけちゃいますっ♪」
「マージデー!?亜弥ちゃんサイコー!!(;〜´◇`)ハァハァ」
「賞品は、要りませんっ!!」
「要りますっ!!ハァハァ」
「なーんでーっ!?矢口さぁん……賞品なんて要らないじゃないですかぁ……」
「市井さんもぉ、それでいいですよねっ?」
「あたしは賞品なんてどうでもいいさ。その糞チビが丸坊主になるんだからねっ!!アヒャ!!」
「ならねーよ!!てめーが1ヶ月間キュウリだけ食べて過ごすんだよ!!ハーゲ!!」
「ハゲじゃないっ!!!」
松浦は、賞品は何がいいのか、と矢口に尋ねた。
彼女は迷った挙句、乱暴な扱いに耐え切れなくなったラジカセを思い出し、
MDコンポをリクエストし、松浦は二つ返事で快諾した。
彼女にとって、数万円の出費は痛手でも何でもなく、
むしろ、庶民の茶番劇を愉しむには良心的な価格であった。
ただし松浦亜弥には良心は一切ない。
- 27 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時19分19秒
- 「2人だけじゃアレなんでぇ〜、矢口さんの愉快なお友達も招待してくださいねっ♪」
「え?ああ、いいよっ。」
「あたしは出ませんからねっ!」
「出れないんだろ。何でレースするのよっ?」
「えっ……」
しばらく考えた石川は、ある決心をした。
松浦の前で、矢口は金などでは動かない、
自分の愛が全てだ、とアピールしなければならない、と。
「あ、あたしのっ…そのっ…愛情ですっ!」
「おいっ!!テメー、負けたら1ヶ月ハチャマでふかわりょうのモノマネだからなっ!!
分かってんのかゴルァ!!」
しかし誰も聞いてはいなく、
矢口は市井への挑発に執心していた。
松浦に至っては、石川の発言は全て脳内あぼーんなので、
何を言っているのかというチェックすら怠っていた。
- 28 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時20分04秒
- <エキゾースト・ノートの甘い囁き>
矢口にとって、市井の軍門に下ることは
人生においての最大にして最悪の汚点であった。
よって、勝利を至上命題に掲げ、手段を選ぶつもりは毛頭なかった。
「んー……」
矢口は修行僧のように、カーペットの上に胡坐をかいたまま
身体を横に揺すって口の下に皺を寄せた。
瞑想に耽ると、かつての中流階級以上の生活が恨めしく、
そして現在のその日凌ぎの生活が惨めであることを見た。
「矢口さ〜ん、晩御飯食べましょうよ〜。」
雑念は振り払われている。
耳鳴りすらしないほどに集中し、石川の声も届かなかった。
しかし、すっかりほったらかしにされ続けていた石川に僅かな情が湧いたか、
目の前をうるさいハエのように動き回る手のひらを掴んで、諭した。
- 29 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時20分40秒
- 「飯は要らない。人間、食わなくても生きていけるものさ。
それよりも、あの野郎に負けては生きていられなひ。
分かるかひ?大気は25%の酸素と75%の窒素、そして僅かな他のもので出来ているのだよ。」
「関係ないじゃないですかぁ、もうおなか減りましたよぉ…。
矢口さんの分まで食べちゃいますよっ?」
「勝手にしたまへ。飯を食らふ時には、お百姓さんに感謝するのだよ?」
「もうっ…こういう時だけ賢人ぶっちゃってっ…。」
矢口はもちろん"国際原チャリA級ライセンス"など持っておらず、
運転免許は原付のみという至らなさであった。
もっとも、石川はその原付免許すら3回失敗して諦めた実力の持ち主で、
そのことは石川の弱みであり、主従関係を構築するひとつの要素であった。
ヒモは上辺だけのものであり、精神的には完全なる飼育を遂行している。
如何にして極悪な市井紗耶香を葬るか。
彼女とて真正面から勝負するつもりはないはずだ、
矢口の万華鏡のような戦術眼がそう結論付けた。
「お主、二輪車屋を知らぬか?」
「お主って…。二輪車屋ですかぁ?うーん……」
- 30 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時21分20秒
- 一頻り考えた石川は、思い浮かばないわけではなかった。
ただ、ここでそれを伝えることが吉とでるか凶と出るか、
もちろん自分自身にとって、である。
「知ってますけどぉ〜。」
「もったいぶらずに教えるのじゃ。」
底なしの独占欲はそろそろ矢口真里を欲していた。
彼女の分の晩御飯を食べようとすることで
絡んできてくれるか、と期待していたがそれもダメ。
石川は強烈な孤独感に苛まれていたのだ。
「じゃあそれ教えたらぁ、そのレースまではいつも通りに接してくれますか?」
「いつも通りも何も、矢口真里は常にこうではないか。」
嫌な修行僧だ。
その目には明らかに煩悩が満ちているし、
口元は自分が演じているキャラに笑わんばかりだ。
- 31 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時22分05秒
- 「もうっ、分かりましたよっ!この前矢口さん達がインフルエンザになったときに、
助っ人で来てくれたんですけど、辻ちゃんとか加護ちゃんとかの同級生で。」
「またあの高校か……てか、まぁここら辺、他に学校ないしね。」
喋り方が普通に戻ったことを確認して一息つく石川。
毎日がこんな捻くれた生活では、心身共に大変だろう。
しかし健気に振舞う自分が大好きであり、
あわよくば可愛いと言われたいのだった。
しかし矢口は、口が裂けてもそんなことは言わない。
分かっているから尚更に、だ。
そんなツガイはガラパゴスにもマダガスカルにも生息してないだろう。
「もう、アレだ。」
矢口は突如そんなことを言い出した。
「アレって何ですかぁ?」
「改造しかない。しげるを。」
- 32 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月12日(火)23時22分45秒
- 矢口の高らかな宣言だった。
ニヤニヤと笑い、堪えようとして肩を揺らしている。
彼女は、市井紗耶香を圧倒し、プライドを踏みにじり、
平伏させ、一生の下僕として扱い、髪をぶった切ることを望んだ。
それは因縁にケリをつけること以上に重要で、
またその愉快な光景を想像することが
対戦日までのマスターベーションであった。
「策士、策に溺れる。ヤグチ、サクニオボレナイ。」
「カタコトで言う必要ないじゃないですかっ。」
「いいんだよっ。完璧だ。これであいつは、氏んだ。
くっくっくっ……梨華ちゃん、ブランデーとグラスとアフロ犬用意してっ。」
矢口はSHIGERUのタイヤがツルツルであることに気づいていた。
雨の日はブレーキを全力でかけることが不可能で、
もしそうすれば、途端に挙動を乱し、転倒して雨露に濡れることを知っている。
まずは足回りの整備から始めることが、
文字通り市井紗耶香抹殺作戦の第一歩となる、と語った。
- 33 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年08月12日(火)23時24分00秒
- 今週はここまでです。
来週火曜日に続きを更新させていただきます。
- 34 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時07分53秒
- 矢口や石川が住む地域は、所謂下町で、
そこにはひとつだけバイク屋があるが
主人はガンコで有名だった。
"車輪二川小"と右から描かれた看板は錆びで茶色くなり、
風貌からはお世辞にも裕福とは言い難かった。
娘は例の、辻や加護らと同じ高校に通い、
機械工学の知識にのみ長けていた。
名前は小川麻琴といい、友人からは"まこっちゃん"の愛称で親しまれていた。
「こんちわー。」
「はいー?」
オイル塗れになって素っ頓狂な返事をしたのが、まさに彼女であった。
矢口はそうでもなかったが、石川は怖い店主が出てくるのではないか、と
内心ビクビクしながら小さな影の後をつけ、店内に入った。
- 35 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時08分30秒
- コンクリートが微妙に隆起し、黒ずみ、
ガランとした敷地にいくつかの弄りかけのバイクが置いてあるだけの店内。
小川はその奥の方から、スパナを握ったまま出てきては、
口をまん丸に開けて、喋らなかった。
「あのー、店長さんは?」
「あー、えーと、お父さんは、あれです。パーツの買い付けに行ってます。」
「ほっ。」
「あのー……何でしょう?」
鬼が居ないことを確認した矢口は、
勇敢にも改造の依頼を行った。
しかし、もちろん返事はNOで、
石川が金のなる木ではなくなっていることも差し引いて、
矢口はそれ以上強気に物を言えない状態に陥っていた。
- 36 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時09分06秒
- 小川家では、学業よりもオイルを服に付けることを優先させ、
バイク弄りを奨励し、娘はカスタムメイドのバイクを作れるほど、
腕は確かであった。
「勝たなきゃ頃されるんだよー。頼むよー、えー、名前何だっけ?」
「麻琴です。」
「まこっちゃーん。」
あだ名までは聞きつけていなかったが、
ご多分に漏れず、矢口もまた"まこっちゃん"と呼び、
馴れ馴れしくも率先して肩を揉んだ。
「そんなこと言われてもですねぇ……
タイヤとオイルとブレーキ交換くらいならやってもいいんですけど…。」
「ねぇ〜、人間の命が懸かってるんだよー?」
矢口の嘘は止まることなく、滝のように流れ続けた。
髪は女の命とは言うが、少なくとも日常生活の矢口を
1日だけ観察したとしても、十中八九、
その行動は男のそれに例えられる。
- 37 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時09分41秒
- 「うーん……お父さんにバレたら怒られるのはあたしだし……」
「ああ、じゃ分かった!まこっちゃんにあげるから。
そんで、それを永久に貸してもらってるってことで。それならいいでしょ?」
保険代までも小川に払わせるつもりでそう言ったが、
石川の良心がそれを制し、矢口は舌打ちを響かせた。
どちらにしろ小川は悩み、粗末な椅子に腰掛けて黙りこくった。
そして矢口は店内を回り、無骨なバイクパーツを眺めては
またしても悪巧みを始めていた。
「これも……よさそうだな…。あっちのほうがいいのか…?
うーむ…(〜゚听)ワカンネ」
「エンジンですかね、これ…。」
「そうでしょ。どうやってもシートには見えない。」
「冷たいこと言わないでくださいよぉっ。」
小川は、矢口達、ほとんどのメンバーが
インフルエンザに倒れていたときに
助っ人としてやってきたうちの一人であって、
もちろん石川との面識はあるが、
それ以上の何ものでもない。
- 38 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時10分17秒
- 「あのーね、小川さん、申し訳ないけどぉ、
やってくれないかなぁ?このレースでねっ、
因縁の闘いに終止符が打たれる……はずなのっ。」
そうして長々と矢口VS市井の経緯を語り、
終わったころには矢口は腰をポンポンと叩いて
嫌そうな顔をしていた。
「そんなことどうでもいいんだよ。とにかくあのウンコに勝てれば。」
「うーん……」
「でさ、あそこのエンジン付けて欲しいんだけど。」
矢口は長時間(眺めていただけだが)吟味したエンジンを指差し、
目を輝かせた。しかしそれは、小川にとっては
顔が青ざめるような光景であり、先ほどからの
無茶な要求具合を考慮すれば尚更のことであった。
「あ、あれは無理ですよっ!!裏ルートから
ようやく手に入れたV5なんですからっ!」
「へー。それって、ツオイの?」
「強いなんてもんじゃなくてっ……世界最高クラスですよ…。」
- 39 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時10分54秒
- それは、まさに魅力的な宝だった。
何故こんなところにあるのかは不明だったが、
彼女の言う通り、裏ルートから入手したのだろう。
矢口は目を点にして、小川を落としにかかった。
凝視すればするほど、小川が困っていくことを、
この1時間弱ほどですでに察知していたのだ。
「それ、クレ。」
「無理ですっ!!」
「使わなきゃ宝の持ち腐れじゃん。」
矢口の言うことも一理あった。
だが、あれは、小川が免許を取ったときのために
取っておいた代物だったのだ。
レース仕様のエンジンなど、一般人には乗りこなすこと
などできるわけもなく、矢口にも到底無理だ、と
小川は考えていた。
- 40 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時11分28秒
- 「あのー、失礼ですけど、免許はあるんですか?」
「あるよー。もちろん。」
「大型二輪ですよ?」
「え、あ、ある。あるけど、置いてきちゃったからー、
今は無いー?」
怪しかった。
矢口が大型バイクに乗っているところなど
どうやっても想像することはできず、足が地面に付きそうにもなかった。
「取り回し、できますか?」
「取り回し…?も、もちろん。」
「あれ、気持ちいいですよねぇ?」
「そ、そうねー。逝きそうなくらいねー。」
尚更怪しい。
矢口は明らかに取り回しが何であるか知らず、
口を滑らせては恥ずかしい言葉を発している。
小川は、表情こそ変えないが、疑念は確信へと変わり、
断るための言葉を脳内で組み替え始めた。
- 41 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時12分08秒
- 「あのさ、知らないけど、ぶっちゃけ。
そんでもー、お願いだってばっ!!…金は持ってないけど。」
「お金は別にいいですけど……
絶対乗れないですって、もしあのエンジン載せても。
1速でもラクラク100km/h超えますよ?」
「大丈夫。運転には自信ある。天才だから。」
「自称、ですけどねっ…。」
久しぶりに口を開いた石川は、
喉の奥に溜まった痰で擦れ声になってしまった。
それはともかく、小川とて協力する気が全くないわけではなく、
矢口のテクニックに確信を得られれば前向きに検討したいところだった。
怪我をしないという保証は何処にもなく、
また、万が一命を落としても自分には何の責任も取れないことは分かっていた。
- 42 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時12分40秒
- 「あのー、分かりました。
ちょっと、走りを見せてください。」
それは、一種の試験であった。
矢口は自らを認めさせ、より良いマシンを手に入れる。
至極当たり前で、それが全てであった。
だが、それは数分で終わることになる。
矢口は、数え切れないほどの遅刻によって培われた
文字通り天才的なライディングを如何なく発揮し、
小川は腰を抜かしそうになるのだった。
- 43 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時13分27秒
- <最終兵器しげる>
愉快な仲間達は、それなりのやる気に心を燃やしていた。
その炎は炒飯を作るには弱く、カレーをコトコトと煮るには強い程度で、
確実に勝つつもりではなさそうだった。
しかし、彼女達の食いつきはよく、
矢口からそのレースのことを伝えられると、何故か強気に出てきた。
保田は頑強で無骨な性格であった。
スポーツカーやミニバンには興味を示さず、
中古のマーク2を買い、クラウンに乗り換えた。
オートマティック・トランスミッションではあるが、
ブレーキング、アクセル加減、ステアリング捌きは
水準以上で、しかし彼女の愛車は足回りが良いわけではない。
- 44 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月19日(火)18時13分58秒
- 若き疾風、辻希美と加護亜依、
2人のコンビネーションは秀逸で、
双子のような恐るべきコンビと、誰もが一目置く存在であり、
完全人力駆動である代わりに、
思考系統の加護と行動系統の辻が揃った、
文字通りのミニデーモンであった。
ただ、お互いが相思相愛である、と決め付けることはできない。
野望とは、時に人となりすらも変えてしまう魔力を持つ。
驚異的な屈強さを見せる吉澤ひとみは、
自転車ながらも侮ることが出来ない存在であった。
通勤時間をハード・トレーニングのように過ごし、
まるで競輪選手のような太もも、ふくらはぎを誇り、
並のスクーターを遥かに凌ぐものを持っていた。
実質のトップ3(矢口、市井と同じく)である安倍は、
矢口の愛車SHIGERUと兄弟型であるPUSANを所持していた。
しかし彼女はまだ初心者の域を脱してなく、
そしてPUSANはノーマル・スペックであった。
しかし堅実で、安全な走りは
矢口と市井が潰し合いになれば、真価を発揮しそうであった。
- 45 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年08月19日(火)18時14分29秒
- 今週はここまでです。
来週火曜日に続きを更新させていただきます。
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月19日(火)21時07分00秒
- 激しいテンション(展開?)がイイっすね〜。
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月22日(金)06時20分25秒
- 矢口が切れればガスタービンエンジンを積んじまうかも。
- 48 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年08月26日(火)20時11分38秒
- >>46
これから更に激しい展開となります。
>>47
ガスタービン…すごいですね(笑)
- 49 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時20分09秒
- 「まこっちゃーん。」
当日の早朝、矢口と石川は再び小川を訪ね、
そして大声を張り上げた。
「あっ、出来てますよー。」
「すげー!!ってか何じゃこりゃ!?」
既にエンジンは回り、マフラーは武者震いを始めていたが、
もはやそれはSHIGERUではなかった。
「何じゃこりゃって、あのスクーターにそのまま
このエンジンは載りませんよぉ。」
原型を全く留めていないディテールは
元が原付とは分からないほどで、
完全武装した戦闘機のようだった。
タイヤは矢口の腰ほどまであり、シートは尚上であった。
「いやぁ、いい物が出来ましたっ!
お父さんにも、『黄金の流星が乗ってくれるんならちゃんとやれよ』って言われちゃって。」
- 50 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時20分49秒
- 「黄金の流星?」
「何ですかぁ〜、隠しても分かりますってばぁ〜。」
「新手の暴走族ですかね…?」
「さぁ…。」
そうしてSHIGERUはSHIGERU RC211V MACCO SPへと変貌と遂げ、
早速跨った矢口は目を輝かせた。
50ccのエンジンは990ccにまでパワーアップし、
軽く噴かしただけで身体の痺れは凄まじい。
もちろん矢口の足は(座席のクッションを抜いて低くしたにも関わらず)地面に付いていないが、
恐怖心よりも好奇心のほうが上回っているようだ。
「あの、エンジン切らないでくださいね。あとエンストもしないでください。
押し掛けとかほとんど無理ですから。」
「オーケーオーケー!うしっ、サンキュー。
梨華ちゃん早速行くぞっ!!」
いきなりエンストこいてしまった矢口は
その後もギアチェンジすることなく、
加速とエンジン・ブレーキに好き勝手やられながら、
ヒョコヒョコとレース会場へ向かうのだった。
- 51 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時21分24秒
- 「あっ、できるだけ壊さないでくださいね〜っ!……って聞こえてないか。
しかもノーヘルだし。」
"ぁゃゃリンク"と呼ばれるそのコースには
悪魔が数匹棲み付いているという。
形状は草臥れた輪ゴムのようで、
バックストレートは人工森、通称"ほっけの森"に囲まれていたり、
高速シケインがあったり、"板尾カーブ"なるものがあったり、
パクリっぽい雰囲気を醸し出していた。
とにかく高速コースで、いたる所にハローズ・ゼディマの看板があり、
何故かまーるぞろの広告もあった。
そこを2周し、市街地へ舞台を移し、また戻ってきて1周。
まるで小学生のマラソン大会ではないか、と言いたくなるが、
1周30km以上というロングコースは、松浦グループの資金力を誇示する
有効な宣伝物には違いなく、そしてレーサー達には酷な試合が待っていた。
ホームストレート脇にはスタンドがあり、
そこには数百人の"喜び組"と石川、そして飯田の姿があるが、
松浦はもちろんそこには居なかった。
彼女はコントロールタワーの最上階に設けられたVIPルームで、
フカフカのソファに腰掛けては、既に口元を緩ませていた。
- 52 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時22分37秒
- 「庶民が必死こいちゃってさっ……
どうせみんなクラッシュして、リタイアして終わりだってのにっ、くすっ。」
松浦亜弥がドケチであることは今更言うつもりもないが、
今回もご多分に漏れず、その根性は死んではいなかった。
まるで不屈の獅子のようであり、ハイエナに遣る肉は無い
と言わんばかりに沸きかえったその感情は、
やたらやる気になっている庶民達を見て尚更昂っていた。
彼女は無論、MDコンポなど用意しておらず、
しかも、この虫どもを駆逐するのに自らの手を汚すことは考えていなかった。
「矢口さん大丈夫ですかねぇ……」
「さぁ。」
そんなことを知る由も無い石川は不安そうにスターティング・グリッドを見つめ、
隣に座る飯田にその心情を漏らした。
飯田は冷めており、暇だから安倍の走りでも見ようか、といった程度で
何故石川がそこまで心配する、いや、心配できる精神構造なのかを逆に問いたい程だった。
- 53 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時23分14秒
- 「どうでもいいけど、みんなよくやる気が出るよね。圭ちゃんとか特に。」
他にやることないのか、と暗に言っているようだが、
残念ながらそのようだった。
更に、保田には、驚くべきことに目的があったのだ。
――――――
『圭ちゃんも出ない?』
『そんなの出るほど暇じゃないのよっ。』
『へぇ〜。まぁ圭ちゃんのボロクラウンじゃ出ても最下位決定だしね。』
――――――
小生意気な矢口真里を粛清するために、
保田とクラウンは立ち上がった。
普段からの弛んだ仕事態度をも罰するためには、
このレースで矢口を負かすことは手っ取り早く、
尚且つ言い訳を許さない最上級の武器でもあった。
- 54 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時23分55秒
- 「原チャリに負けるわけないのよっ、このクラウンがっ。」
いつもの鬼のような形相は失せ、
むしろ今の保田の顔は、その鬼を退治する勇者の如きものであった。
身体中の神経が過敏になり、靴の中の指が疼き、
シートの座り心地が良くない。
「ああっ!!くそっ!!何緊張してんのよっ……」
ステアリングを叩くとクラクションが鳴って、
前にいた矢口が睨みつけてきた。
今から襲い掛からねばならない獲物には、
情を表すわけにはいかない。
逸らした目線の先には、自転車が3台並んでいた。
吉澤ひとみは、食べたかった。
MDコンポなど、(もしそんな賞品が存在していたとしても)必要なかった。
必要なのは、それを売り飛ばして手に入れた金で、
ハローズ・ゼディマの地下1階で売っている、
アンパンマンパンが食べたかった。
- 55 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時24分45秒
- 彼女はアンパンマンが好きで、
アンパンマンになってしまった。
いや、鶏が先か卵が先かという話になってしまうが、
とにかく、彼女は自分と似たその顔に
いつしか親しみを持つようになっていた。
「アンパンマンアンパンマンアンパンマンアンパンマンアンパンマン」
念仏のように唱え続ける姿は、
気がふれているようでもあるし、コンセントレーションを高めているようでもある。
「ああんっ、パーマン、ああんっ、パーマン……」
「ののっ……ののっ!」
「何れすか?」
「よっすぃーが喘ぎ声出してるんやけど……キショイわ…。」
- 56 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時25分19秒
- 完走することに意義がある、
辻希美と加護亜依はそういう意気込みだった。
彼女達は争うことに執着しておらず、
常に自身が楽しめる人生を目指していた。
とは言うものの、その150cmそこそこの小さな身体には
大いなる自尊心が秘められており、
訳無く敗北を喫することが許されざる結果であることは、
己の中で事前確認を終えているに違いない。
昨日の敵は今日の友。逆もまた然り。
(ののなんかに負けるはずないやん……
最近偉そうやからな…叩きのめしたるわ、クククッ。)
(あいぼんと違ってののは逞しいれすからね…
まぁ、勉強の息抜き程度に遊んでやるのれす、クククッ。)
コース上はアスファルトの照り返しで温度が上昇し、
そこだけ既に真夏のようであった。
ユラユラと景色が揺れ、それが確固たる勝利への信念を
尚揺るぎ無いものにした。
- 57 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時26分01秒
- 「何で安倍さんも出ることにしたんですかねぇ?」
スタンドもそれなりに暑かったが、
上着を脱いでいた石川と飯田は平気な顔で
まだそんなことを話していた。
「なんか、コンポはデカすぎてパクれない、とかなんとか。」
「またそれですか……。」
飯田の顔は、憎らしいほどに晴れた空とは対照的に、
微笑みながら曇っていった。
安倍とはずっと一緒に暮らしてきた飯田だから、
心情を口に出さない安倍のことでもだいたいのことは分かっていた。
「なっちってさ、あんな風に見えても、まだ歌手になりたいって
よくオーディション受けてるの。
モナー屋の給料って、ほら、石川達と同じだし、
オーディション会場までの交通費とかも、バカにならないのね。」
- 58 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時26分35秒
- 患者のカルテを読み上げるように、
飯田は思いを溢れさせながら石川に告げていく。
サーキットには喜び組の機械的な応援と、
矢口が吐き出すエキゾースト・ノートだけが響き、
飯田の言葉を所々かき消した。
「それだったら…あたしだって生活厳しいですけど…
それでも万引きなんて……」
「ふっ…。リスクを背負わなきゃ前になんて進めないの。
それが例え、MDコンポでもね…。事故るかもしれない、なんてのは
なっちを止める理由にはならないの。」
石川は、途端に顔をしかめた。
「飯田さん、話、変わってません?
こんな話だったっけっ……?」
「ガガガッ……」
- 59 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時27分18秒
- <Dark or Not>
いよいよレースが始まろうという時、
矢口は一つ大きな息を吸い込み、
"YAGU145"というステッカーが貼られたヘルメットに顔を突っ込んだ。
教習所以来、久方ぶりに被るそれは、
少し息苦しく、首の辺りまでの髪先が
チクチクと纏わりついた。
それもこれも我慢しなければならないということは承知している。
ここに来るまでの道のり、せいぜい数km走っただけで
眼球は乾ききって、とても目を開けていられる状態ではなくなってしまった。
コンタクトレンズ使用者の矢口にとっては尚更致命的で、
さっきもたっぷりと目薬を差してから頻繁に瞬きをした。
「これがシフトアップで……クラッチはこれ握って……」
いつになく真剣な矢口だが、見る者は誰も居ない。
彼女は極限まで精神を研ぎ澄まし、過剰な闘争心を抑え、
準備に怠りは無かった。
全ては市井紗耶香を葬り去るため、
この町最速の称号を得るためであった。
- 60 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時28分08秒
- 『まもなくレースの開始です』
アナウンスが聞こえると、
弛み始めていた喜び組の歓声は
また初めの頃の活気を取り戻した。
『お嬢様、よろしくお願いします。』
「はいはいっ、分かってるわよっ。」
相変わらずソファに腰を沈めたまま
松浦が見ていた巨大なモニターには、
ヘリコプターと地上から撮影している映像が4分割で映っていた。
受け取ったマイクのスイッチを入れた彼女は、
突然表情を変え、デパートの屋上での顔になった。
どうやら、これをやるときにはその顔になってしまうようだが、
それは決して反射的に、ではなく、自分で制御した上でのことだ。
ルールは簡単で、早くゴールした者が勝ち。
タイヤ交換、給油も自由、休憩するも宿泊するも自由だ。
- 61 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時28分43秒
- スタートでの事故を避けるために、
選手達はスタート位置だけ話し合い、
フロント・ローには矢口と保田、
2列目には市井と安倍、
3列目には辻、加護、吉澤が並んだ。
そして、スピーカーからプツッという音が聞こえ、
それが間もなくスタートであるということを告げる。
アクセルを噴かすエンジン勢に対し、
自転車勢はベルを鳴らしたが、意味はなかった。
全員が、スタンドに居る石川と飯田までもが息を呑む。
「あ、逝くよっ?1、2、3っ♪」
ん…?
『さぁ、スタートしました!!』
「おいっ!!今のでスタートかよっ!!!」
完全に虚をつかれた矢口はスタートに失敗し、
無慈悲にもアクセルをベタ踏みした保田がトップにつけた。
「やべぇっ!!自転車にまで抜かれたっ!!」
- 62 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時29分21秒
- 矢口はまだ、感覚的にクラッチの繋ぎ加減を会得しておらず、
ぎこちない発進でようやく進み出したが、
まだSHIGERUのポテンシャルは1割も発揮してはいない。
掃除の邪魔だから退いて、と言われた夫のように、
ノソノソと動き始めただけだった。
先頭は快調に飛ばす保田だったが、
2位集団には驚くべきことに、吉澤のチャリンコが混ざっていた。
≡ノノハヽ
≡(;O`〜´)
≡( O┬O
≡◎-ヽJ┴◎
「何なのさコイツっ!!!」
- 63 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年08月26日(火)20時29分57秒
- 板尾コーナーで果敢にもインを仕掛けた吉澤に
極悪非道の幅寄せが襲い掛かる。
市井のスクーターは無意味にマフラーが大きく、
邪魔臭さ満点ではあったが、それは対矢口用に敢えて付けた代物であった。
ともかく、それは本来の標的を破壊する前に吉澤に牙を剥いた。
「負けるわけにはいかねー!!アンパンマンパンが待ってるんだYO!!!」
「ワケ分かんないこと言ってないで!!チャリは後ろでチンタラ走ってろっての!!!」
鍛え上げられた強靭な大腿筋は
脳から発せられた命令に即座に反応し、収縮してゆく。
ペダルに乗った両足に力がこもり、
サドルから腰を上げ、十数秒の無酸素乳酸地獄に突入するが…
「よっすぃー、無茶せんと、うちらチャリンコ軍団は
チンタラ走るのが一番やで。」
所詮、エンジンと人力では格が違うのだった。
「ハァハァ…アンパンマン……」
「そんなにほすぃかったら買えばいいのれす。」
「そりゃそうだけどさぁ……はぁ。」
- 64 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年08月26日(火)20時30分54秒
- 今週はここまでです。
来週水曜日に続きを更新させていただきます。
- 65 名前:つみ 投稿日:2003年08月26日(火)21時19分26秒
- よっすぃ〜カッケー!!
- 66 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年09月03日(水)18時33分04秒
- >>65
アンパンマンパン大好き執念が何処まで通用するか
続きをお楽しみください。
- 67 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時37分15秒
- レースは順当に、矢口、市井、安倍、保田が抜け出し、
女の意地、存在意義、人格、相対的地位、全てを賭けた闘いになっていた。
保田は矢口を叩きのめすことによって、
職場での不当なる扱いを克服できると確信している。
安倍はMDコンポを売り飛ばした金でオーディション会場までの電車代を…
というのは飯田への建前で、
実際はワールド・ミュージックによってラジカセを占拠する飯田からの回避策であった。
『これでロックも聴けるべさ』とか安倍の弁だが、
ロックだけに、彼女の意志は岩よりも固かった。
そして、市井は言わずもがな。
「チビ、勝負にならないね…。カッペも。
あとは、このキツネ目のオバサンに勝てば…
くっくっくっ…ああ!笑いが止まらないっ!!
アヒャヒャヒャヒャ!!!!」
- 68 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時38分00秒
- これ以上ない高揚感に取り憑かれた市井は
アクセルをワイド・オープンにして向かい風を突っ切っていった。
「で、何で石川は出なかったの?
もしこれで矢口に勝ったら、立場逆転でしょ?」
「何で出ろっていうんですかぁ。歩きじゃどうやっても勝てませんよっ。」
「え、でもごっつぁんは歩きで出るって言ってたけど…」
「でも…居ませんよ?」
「…寝てるな、絶対。」
スタンドからコース全体を見渡すことはできず、
皆が向こう側に行ってしまってからは
石川も飯田もやることがなくなって暇を持て余していた。
他の客、といっても喜び隊だけだが、そいつらまでも静まり返り、
サーキットには、遠くから聞こえる小さなエンジン音しか存在しなくなった。
だが、一人だけ、動きを要した人間がいた。
「トップは誰かなぁ〜っ♪
保田と市井かぁっ、じゃっ、氏んでねっ♪」
- 69 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時38分31秒
- バックストレートのほっけの森は
終盤にかなりのブレーキングを要する。
保田のクラウンは時速200km/hから
キュート&セクシーヘアピンに突っ込み切れる限界まで減速しなければならない。
「ストレートじゃ原チャリに負けるわけないのよっ!!」
AT車の、ほとんど使わないシフトダウン+フットブレーキで
難なくヘアピンに突入、するはずだった。
「ポチッとなっ♪」
「ちょっ!!!何なのよっ!!!アギャーーーー!!!!!!」
市井は、ヘルメットと窓ガラス越しに聞こえてきた
断末魔の叫びの理由が分からなかった。
とにかく、前の方からとんでもない声があがっている。
だが、それはじきに市井も体験するものだった。
「うっ!!なっ、痛ててててっ!!!!!!!」
- 70 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時39分12秒
- 悪魔の魔法は、まず2人の勇敢なレーサーを処刑した。
松浦は躊躇いなく手元のボタンを押し、
森の奥から現れたホースは、ストレートエンドに
大量のオイルを撒き散らしたのだ。
旧型のクラウンと原チャリにはABSなど付いてなく、
ブレーキをかけた瞬間にタイヤはロックされた。
その後は、フィギュアスケーターのように、
回転しながらコースの外に投げ出され、タイヤバリアに激突した。
「くっくっくっ…おもしろぉ〜いっ!!
次はぁ、矢口かぁ。何人終わるのかなぁ〜♪」
「くっ……痛てて……首逝っちゃったかもしれないわねっ……」
「っ、何なのさこのコース……」
牙を剥いた野獣。
矢口もまた、その餌食になると思われていた。
「何だぁー?前の2人が居ねーぞ?」
遅れて矢口がストレートに入ると、
見えていたはずの保田と市井は、忽然と姿を消していた。
ようやくMACCO SPの要領を得てきた彼女は
ほっけの森をどんどん加速して過ぎ、
スピードメーターの針は300km/hを超えた。
- 71 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時39分43秒
- 「おー!!!!すげぇすげぇ!!!!!」
怪物を手なずけたことに満足し、
そしてコースの端で横たわるクラウンと原チャリを見つけた。
灯台下暗し、とでも言うのか、
その分見つけることができない物も、あった。
「あーあー、無理してスピード出しちゃってぇ〜♪
生命保険入ってるのかなっ?うふふっ♪」
市井が転倒したときに折れたフットレストの破片は
コースのど真ん中に転がっている。
不覚ではあった、がしかし
矢口は強運の星の下に生まれてきたのだろう。
「3、2、1、どっかーんっ♪」
「うおっ!!?」
矢口の躯は宙を舞った。
松浦の策略通りに、彼女は重力を奪われるという
途方もない絶望感を纏って、アスファルトに叩きつけられるのを待つだけだ、と
松浦は柔らかいソファに座ってほくそ笑んだ。
レーサー墓場の墓石が、またひとつ増えたか、と。
しかし、ひとつだけ違うことがあった。
- 72 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時40分18秒
- 矢口が飛んだのは、オイルエリアの手前のことだった。
市井の原チャリの破片に乗ってしまった矢口は、
そのとんでもない速度が手伝って
見事にジャンプしてクリア、そして
強烈なドリフトによってキュート&セクシーヘアピンを通過したのだった。
驚異としかいいようがないその姿、
スタンドからは見えていなかったのか、何の反応もなかったが、
一人、身体を震わせる者がいた。
「見つけた……」
瞬間、彼女の焦点は矢口に釘付けになり、
握ったリモコンはキシキシと悲鳴をあげた。
「爺……用意して…。」
『用意…と申しますと…?』
「分かるでしょ…?早く。」
『しかしお嬢様っ!お医者様からもう無理だと……』
「いいからっ!!……見つけたのよ…黄金の流星を…
あたしの皮膚の疼きが止む前に…早くしてっ…。」
- 73 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時40分53秒
- <"超"天才>
「あれぇ?矢口さんがトップになってますね…。」
「ホントだ。」
森を抜けてきた矢口を遠くに見た石川は
素っ頓狂な声をあげて飯田の袖を引っ張った。
出番もなく、大あくびしていたところだったので、
目を擦ってもう一度見たが、やっぱり保田や市井の姿はなかった。
「ホントに矢口さんって凄かったんですねって、あれ?」
「!!!」
飯田は、脳内のDドライブを検索し、交信し始めた。
もちろん石川は、といえば
またか、といった表情でため息をついて呆れ返る。
「オデマシヨ…」
「おでまし?」
「アレ…ミテミナ…」
全関節伸びきった指が差した方、
真っ赤な車が力強い音を立てて飛び出してきた。
フェラーリF40。かつては市販車最強を誇ったスーパーカーだ。
そして言うまでもなく、お金持ちの代名詞でもある。
- 74 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時41分45秒
- 「超天才レーサーのおでまし。」
「誰ですかぁ?」
石川は、それを運転しているのが
ただのお金持ち・松浦亜弥であることなど知らない。
だが焦点を遠くに合わせた飯田は
話の都合上、知っていた。
「石川ってケーブルテレビ入ってないっけ?
松浦チャンネルでよくやってたよ、一昨年までは。」
「えっ、飯田さんケーブルテレビなんて入る余裕あるんですか…?」
「いつも、先頭走ってた、松浦亜弥…。」
「聞いてないし…。」
幼い頃から父親から与えられたバイクに乗り、
庭を走っていた。
免許がないから公道は走れない。
庭が狭く感じると、父親はコースを作った。
圧倒的なレーシングセンスと、身体に染み付いたテクニック、度胸、
全てを兼ね備えた彼女は四輪も乗りこなした。
二輪、四輪合わせて、38戦37勝、リタイア1回…。
- 75 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時42分31秒
- そのレースもぶっちぎりのトップを走っていた。
給油とタイヤ交換、ただのピットインだったはずだ。
それを終えてピットロードを出たすぐの所、
悲劇は待ち受けていた。
計算上、松浦はピットインした後でも
数秒の差をつけてトップに居ることができた。
そして、異変は感じ取っていた。
フェラーリのエンジンは火を吹き、
燃料に引火し、爆発。
全身火傷の重体に陥り、ヘリコプターで運ばれていった光景は
ほんの小さなこの町のケーブルテレビでしか放映されない、悲劇の大惨事だった。
「何でそれなら……」
「完勝以外は、無なのよ…。」
「そんなっ、だからって命賭けてまでっ…」
飯田は大きな溜息をついた。
「まだ分かってないのね…。」
- 76 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時43分08秒
- 松浦は、全身の皮膚を張り替える大手術を受けた。
幸い、一命は取り留め、今ではそんな様子は微塵も感じさせないが、
サーキットに戻ることは、ドクターから禁止されたままだ。
「敵は、自分自身なの。」
「もうひとつ分からないことがあるんですけど…」
「何?」
「この話、どこで道を間違えてこんな展開になっちゃったんですかね?」
「余計なこと言うと絞め殺すよ?」
さっきのオイルがもうどこかに消えていることについても
追求してはいけない。絞め殺されるからだ。
唯一、胸をときめかされる相手、
それは姿なき黄金の流星だと確信していた。
- 77 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003年09月03日(水)18時46分54秒
- 松浦は目の前のレースなど全く軽視したかのように、
己のスピードを極限まで高めることしか念頭になかった。
それはもはや、狂気の沙汰と呼ぶに相応しいほど、
何かに取り憑かれたようで、
ヘルメットの向こうの彼女はとても近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「やっと見つけた……」
獅子の咆哮にも似た轟音を奏でながら
もう、目を瞑っていても走れる我が庭を飛ばしていく。
「こんなにワクワクするの、初めて……」
チャリンコ3人組は、身に危険を感じたのか、
すぐにコースの一番アウト側に避け、
空けられたところを光のように突っ切った。
「矢口真里……こんな近くにいたなんて…」
- 78 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003年09月03日(水)18時47分26秒
- 今週はここまでです。
来週水曜日に続きを更新させていただきます。
- 79 名前:つみ 投稿日:2003年09月03日(水)20時16分24秒
- 矢口VS松浦っすか!
凄い展開ですね!
- 80 名前:川o・-・)ノ 投稿日:2003年09月06日(土)18時37分59秒
- 2日かけてここまで読みました
面白いですよ まぢで 完璧です
- 81 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/09/10(水) 00:13
- >>79
これから二人の対決が展開されます。
お楽しみください。
>>80
ありがとうございます。
そしてお疲れ様です(w
- 82 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:15
- ブツブツと独り言をこぼしながら
身体の一部のように操っていく。
「フォーティ……久しぶりに本気だよ……」
金に物を言わせたチューン・アップで
松浦用のセッティングを施したF40。
外見こそはそれだが、中身はF1車と遜色ない。
松浦は喜んだ。そして、パドル・シフトに触れる指が
小刻みに震え出した。
初めて覚える、相手への畏怖の念。
しかしその実態はまだ見えてこない。
「何やってるのっ……こんなもんじゃないはずでしょっ……」
チンタラ走る矢口がもどかしい。
我慢できない衝動は松浦の皮膚が露にしているのか、
文字通り疼き、身体中を熱い血が駆け回っているのが自覚できた。
そのために、こんな身体になってしまったのだから。
ギアを落として窓を開け、そのバイクの隣りにつけて言い放った。
- 83 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:16
- 「マジメに勝負しろよぉ!!
本気であたしと闘えっ!!」
「は?ん!?亜弥ちゃん何やってんの!?」
「うっさいっ!!黄金の流星が聞いて呆れるよっ!!」
「だから意味分かんないからっ!!
何でそんなに興奮してんのよっ!?
黄金の流星って何!?」
限度は、超えた。
実力行使で、その嘘つきの皮の下に隠れた
恐るべき才能を表に出してやる、と
コーナー内側へ車体をにじり寄せていく。
このシケインを抜ければほっけの森に突入。
「見せてみなよ、その牙をっ……」
「ちょっ!!危ないってばっ!!何すんのっ!!」
- 84 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:16
- 松浦は、戦慄を覚えた。
アクセルを踏む足に力が入る…。
矢口はそんな戦意の欠片もない言葉を吐いた直後、
明らかに別人のような目つきに切り替わったのだ。
F40のサイドミラーから一瞬で消え、
気づいたときにはアウトに持ち出している。
急激なブレーキングにも、その二輪は全くブレを起こさず、
圧倒的な威圧感を伴って松浦のバックミラーに映り込んでいた。
「これっ……これだよっ……」
長いストレートは、ひとつめの楽しみになりそうだ。
改造されて排気量が増えたF40のエンジンは
アクセル捌きに従順に、しかも素早く反応して加速する。
引き離した、そう確信したはずの松浦だったが、
背とシートの隙間を嫌な汗が垂れたことを感じた。
コーナーエンドの安定感は四輪に分があるはず…
一気に加速してバックミラーを見たはずなのに、
そこに映る矢口は物凄く大きく見えた。
「スリップ入られたっ!?」
既にタコメーターはレッドゾーンに突入している。
なのに、むしろ矢口は迫ってきている。
ベタ踏みのアクセルに苛立ちを募らせるも、
初めて追い込まれた屈辱への道に甘んじることは許されない。
左右に車体を振り、スリップ・ストリームを回避していくが、
後ろをピタリとつけてくる矢口は不気味そのものだった。
- 85 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:17
- ストレート終盤、
もはやブレーキング勝負になることは間違いない。
小回りの利くバイクにインに入られると厄介だ、と
松浦は内側をケアすることに執心しているところだった。
「行ける……」
矢口はメットの内側で呟いた。
松浦はアウトからインへと突っ込んで
セクシー&キュートヘアピンに向かっていくはず。
車体を内側に持っていった矢口は
頭の中でのシュミレーションにGOサインを出したのだ。
松浦よりもブレーキタイミングを遅らせ、
出来るだけ突っ込んだ状態で半ば強引に車体を倒していく。
そしてラインはクロス。
「守りきったっ…!!」
バトルの勝利を確信した松浦の笑みを壊すべく、
ほぼ鋭角に曲がったMACCO SPは後輪を激しく振り乱し、
前輪だけでも松浦のライン取りに被せていく。
「なっ!?無茶だっ!!
そんなことしたら次のコーナーでインがガラ空きだよっ!!」
「甘いよ、亜弥ちゃん……」
- 86 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:17
- 半車体だけ松浦の前に出た矢口だったが、
松浦の予想通り、オーバースピードと無理なライン取りによって膨らむ、
はずだった。
「!!!」
倒れても起き上がるゾンビのようだ。
それは驚異的な危機回避能力が可能にする、
バンクしたまま大きく外れていくと思われたMACCO SPは
生き物のように抑揚を付け、たちまち車体を起こして
再びコーナーに攻め入っていった。
改めて認識したことは、
自分が目を覚まさせた怪物は想像以上だ、ということだった。
度胸、スピード、テクニック、勘、それらが創り出すスペクタクルな走り。
呆然と矢口の後姿を眺めた彼女の身体には、
後から襲い掛かる途方もない虚脱感と
どんどん肥大していく闘争心だけが残った。
「ほわわわぁぁ……は〜あっ。」
「あんた寝てたでしょ?」
「だってぇ、飯田さんの話つまんないしぃー、
あたしの出番もないしぃー。
それより…お尻痛くありません?」
- 87 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:18
- <音速の市街地レース>
「もうちょっと持ってくれよ……」
矢口にはふたつの心配事があった。
レース専用のサーキットならまだ問題は軽いのだが、
これから向かう公道では、小さな危険が無数に転がっている。
ひとつめは泣き出しそうなお天道様だった。
ぁゃゃリンクを飛び出ると、
しばらくは車線のない田舎道を突き進む。
ここではオーバーテイクするだけの幅もなく、
前を走っている分には何のこともない。
「……。」
少し速度を落として、まじまじと空を見つめた。
制限時間は長くなさそう。
しかし、この砂利が飛び散る道でスピードを出すことは控えた。
ふたつめの問題、タイヤの消耗が激しいことを察知していたからだ。
しかも、厄介なことに、この二重苦は同時に起こり得る。
雨が降ってきたところにすり減ったタイヤでは
いつ挙動を乱すか分からない。
そして公道にはマンホールや道路標示といった
ただでさえスリッピーな障害もある。
- 88 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:18
- 「だいぶ、心配してるみたいね…」
突如慎重になった矢口を見れば、
松浦もそのことを見破ることは容易い。
しかし、松浦にも懸念する事態はあった。
辺りの風景は畑から工場、そして小さなビルへと
変貌を遂げていく。
そして道路は往復2車線の中規模なものになり、
松浦はすぐさま前に出た。
矢口はムキになってくっついてくることをしない。
全ては松浦の想像通りであった。
中央分離帯の向こう側にはトラックが走っている。
それを見ると、F40は唸り声を大きくして
尚、速度を上げていった。
「しかし、アレですねぇ。」
「何?」
「市井さん、すっかり忘れられてますよ、レース的にも話的にも。」
「それはいいんだけどさ、カオリ、お腹空いたから
今から中華食べに行かない?こないだおいしいところ見つけたの。」
「オゴリですよねっ?」
「なーに言ってんのっ。きっちり割り勘だよ。」
「ちぇーっ。でも、暇だし、行きましょっかっ。」
- 89 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:19
- 石川と飯田が完全に勝手な行動を始めた頃、
矢口は前を走る跳ね馬を目視できる程度に追いながらも
脳内でシュミレーションを行っていた。
混み合った街中ではバイクの方が有利とは言え、
逆にコース取りを間違えれば大きな遅れをとってしまう。
サーキットに戻るまでの曲がりは左5回、右3回。
トイズ、ハチャマ、ハローズが立ち並ぶデパート前の交差点までの
2回連続左折で一気にインを差して逃げるのが一番だと考えた。
右折では対向車との兼ね合いもある、勝負は
ひとつめの左折までの、この2kmほどの直線だった。
「仕方ねぇか……」
- 90 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:20
- 矢口もまたアクセルを全開にして
再び松浦との差を縮めるべく動き出した。
「あっ、よっすぃーっ、ののーっ、あいぼーんっ、頑張れーっ♪」
「ハァハァ……頑張れじゃねーYO……」
「どこ逝くねん…最後までおらんかいっ……」
「あのねっ、今から飯田さんとご飯食べに逝くのっ♪」
「中華ね。」
なんだとぉぉぉぉぉ!!!?
「おいらも逝くYO!!」
「ののも腹へったれす!!」
「うちも逝くわ…もう疲れた…」
「もうっ、みんなだらしないのねっ…あ、雨が降ってきた…。
早く行きましょっ、傘持ってないですよっ。」
- 91 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:20
- どうせなら松浦がいないところで話を作ってやろうという
悪どい考えを思いついた石川が手の甲に落ちた雨粒に気づいた頃、
やはり矢口もそれに気づいて、若干憂った。
直線では、トップスピードがほとんど変わらないために
追いつくことはできず、2秒弱の差のままひとつめの角を左折した。
「なっ!?」
そこで松浦を、予想外の事態が襲った。
駅前に続くメインストリートは
路上駐車の溜まり場と化していて、
どうしても速度を落とさなければならない状況になっていた。
それは矢口にとっても同じことだが、
最大の違いは、混み合えば混み合うほど自分の不利に働くということだった。
「悪いね、亜弥ちゃん……情け無用でやらせてもらうよ……」
- 92 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/10(水) 00:21
- 先ほどから人が変わったかのような口ぶりになった矢口は、
同じく角を曲がったタイミングでそう漏らした。
サーキットが松浦の庭なら、駅前は矢口の庭。
原付のスピードとは次元が違うが、
それでも矢口のライディング能力の範疇を超えはしない。
「くそっ……これだからこの街の警察は無能なんだっ……」
甘すぎる路上駐車の取り締まりに怒りを募らせる松浦だが、
その警察に圧力をかけてこのレースを実行した人間が言うセリフではなかった。
「仕方ないかっ……タイヤよ、持ってねっ……」
降り出した雨は瞬く間に大降りになってきた。
松浦はギアを落とし、駐車車両と普通に走る自動車の隙間を縫うように
ドリフトしながら突き進むことを決めた。
スリッピーなコンディションで危険極まりない行為、
だが立ち上がりの加速は改造のおかげで悪くない。
スリップするかしないかは運頼みの、まさに綱渡りだった。
- 93 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/09/10(水) 00:22
- 今週はここまでです。
来週水曜日に続きを更新させていただきます。
- 94 名前:一人一殺 投稿日:2003/09/13(土) 21:00
- イニシャルDみたいでカッコイイ!!
- 95 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/09/17(水) 00:37
- >>94
ありがとうございます。
イニDに例えてくださるとは(w
- 96 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:38
- 「3人とも、ホントに疲れたって顔してるねっ。」
「前半飛ばしすぎた…」
「腹が減っては戦はできねーのれす。」
「タバコのせいで体力ガタ落ちやで、ホンマ。」
「あんた達、結局何で出たのよ…。」
「え?だって矢口さんに脅されて…」
「同じれす。」
「ウチも同じ。」
「あっ、そういえば安倍さんは…?」
「あ、忘れてた。」
異常な音に気づいた人間が
口を大きく開けて道端に寄る。
そして目の前を一瞬で過ぎ去る赤いマシンと
その後をピッタリ付ける二輪に仰け反り、
ざわざわとその衝撃を確認しては、小さくなった
二台の影を眺める。
「やべぇな……」
矢口は、松浦を追うことよりも
マトモに走ることに気を配ることで一杯だった。
もはやスリックタイヤでは限界のコンディションで、
一般車両を左右にかわすだけでマシンは激しく揺さぶられる。
矢口の反応をもってしても、これ以上攻めるのは厳しいと感じ取っていた。
- 97 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:39
- 徐々に近づいてくるデパート群。
その屋上は視界の上部に消え、次に見えてきたのは信号だった。
コースは左折。松浦ももちろん、赤信号を無視して左にステアリングを切って
金切り音と共に消えていく。
だが、矢口の取った行動はそれとは違った。
直進。
前方に邪魔者が居ないことを確認すると、
姿勢を低くして風を切り、スロットルを開けた。
それは、いつもデパートから石川のアパートに帰る道と同じだった。
「あー……だんだん心配になってきたぁ…
サーキット行こうかなぁ…って!!!」
店の奥の茶の間で煎餅を食べながらお茶をすすっていた小川は、
自分の家の前で轟音が鳴り止んだことに気づき、
障子を開けて目視した。
「悪ぃ、タイヤ交換して。レインに。」
「どっ、どうしたんですかっ!?この道40km/h制限ですよぉっ!?
制限速度260km/hオーバーなんて聞いたこと無いですよ!!」
「いや、今レース中だから。」
「は?」
- 98 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:39
- とにかくタイヤ交換を要求し、
小川はつけっぱなしのテレビを消した足で倉庫へ向かい、
埃を被ったレインタイヤを転がしてきた。
幾分、というよりもかなり性格が変わっている矢口に戸惑うところだが、
そんな暇はないということを彼女の話から察して、ジャッキを握る。
「でも…そんなに、手強い相手って居るんですか?」
「いるよ…。」
居ても立ってもいられない矢口もジャッキを手に取り、
後輪を外しにかかる。
メンテも出来るのかよ!という感じだが、
今の矢口の雰囲気を感じれば何が出来てもおかしくはない。
「誰ですか…?」
「松浦亜弥。」
「!!!」
甲高いエキゾースト・ノートを響かせるF40は
市街地を抜けて郊外をひた走る。
10kmもの超ロングストレートをベタ踏みで走るのだが、
並の人間ではそれすらも難しい。
雨、そして300km/h…
ひとつ間違えれば、そこには死が待っている、
その緊張感は尋常なレベルではない。
「どこ行ったんだ……」
- 99 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:40
- そして、見えない圧力はどこまでも続く。
強烈な存在感を放つ相手は
完全に松浦の視界から消えていた。
「……。」
「松浦さんですか……」
「知ってるの?…ああ、学校同じか。」
クルクルと華麗な手さばきでタイヤを外すと
今度はそこへ替えのレインタイヤをはめる。
小川とて、少なからずこういう仕事をしていれば
松浦の栄光を知らないわけがなかった。
ただ、松浦を表舞台の王者だとすれば
矢口は闇の世界の王者。
その二人がまみえるレースなど、どうやっても想像できない。
「勝てます…か?」
目を遣ることはなかったが、
矢口はフッと笑いをこぼした。
「早くタイヤ交換済ませればね…。」
「あっ、はいっ…。」
- 100 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:41
- 駅前での手応えは、確かに身体に刻み込んだ。
勝負はこれからだ。
下町ゾーンは車一台がすれ違えない程の道幅で、
松浦にとってみれば限りない恐怖心に苛まれながら走ることになるはず。
二輪なら、問題ない。しかも、毎日走っている道…。
「サンキュ。じゃ、勝ってくるから…。」
「が、頑張ってくださいっ。」
エンジンをかけ直すと
MACCO SPは元気よく吠えなおした。
跨った矢口は軽く手をあげて、目つきを変えた。
「か、かっけー……」
「くちゅんっ!!」
「何今の?よっすぃーのクシャミ可愛い〜っ。」
「うっせーYO。気にしてんだから言うな言うな。」
「誰か噂してるんれすかね。」
「安倍さんとちゃう?『よっすぃーどこ行ったべさ?』って。」
「なっち、道迷ってないかなぁ。」
- 101 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:41
- <Side By Side>
――――――
『エンジンの調子がおかしい!!』
"重症ですか!?"
そのレース、4コーナーを曲がり終えたところで、
薄っすらと頭を過ぎった懸念が確信的となった。
吠える声が徐々にノイジーになり、車体がガクガクと揺れる。
ダントツのトップを走っていた松浦、
ドライバーズ・ポイントも彼女の一人勝ちで
このレースをリタイアしても何ら問題はなかった。
『……ううん、大丈夫。この周で給油でしょ?』
"はい、そうですっ。"
『…わかったっ。』
無線のやり取りを終えた松浦は
冴えない顔をしてホームストレートを飛ばした。
こんなところでリタイアしてはいられない。
何故なら、自分が戦っているのは
ここに居る相手ではない…。
噂で聞く、黄金の流星なのだから。
- 102 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:42
- 『そいつがどんだけ凄いっていうのよっ……
あたしの方が速いに決まってるっ…』
王者という称号を与えられている彼女、
ストレートを突っ走る表情は
悪夢を見たかのような青白いものだった。
ピットロードを通り、自分のチームのピットに止まる。
しょうがないとはいえ、給油とタイヤ交換の時間が惜しい。
目の前に掲げられたサインが退けられた瞬間に
80km/hピッタリの速度で駆け出した。
そして……
――――――
誰もいない公道。
他の全ての車は、街の異変を察したのか
どこにも存在しない。
そして矢口のバイクも。
「どこ行ったんだ、ホントに……」
エンジンの異変はない。
なのに、どこかおかしいのではないか、と
疑ってしまうのは、自分に自信がないからなのか?
頭の中に最悪の出来事が思い出され、
やっぱりどこかエンジンが気になってしまう。
「くそっ……絶対勝つ…このまま…」
- 103 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:43
- 信号を曲がる、そしてすぐにまた曲がる。
今やってきた直線を、また同じだけ戻る裏通りコース。
だが、大きな違いを目前にして、
松浦の不安は俄かに表面化した。
「なっ…こんな狭いっ……」
そして…
「きたっ…!!」
バックミラーに映る影。
松浦はガソリン満タン状態で2週目からスタート、
矢口のタンクは彼女より軽く、尚且つレインタイヤで不安はほとんどない。
どんどん大きくなっていく。
その差は詰まる。
「この幅じゃ抜けないはずっ…」
息が詰まる思いを初めて感じた。
松浦が道の真ん中を走りさえすれば
矢口が並びかけるスペースはない。
だが、
彼女には譲れないものがある。
- 104 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/17(水) 00:43
- 常に全力の走りをする
五分、六分の走りでこの狭い道を乗り切ることもできる。
でも、それは許さない。他の誰よりこの自分が…。
王者・松浦亜弥が…
アクセルを踏み込んだ。
来るなら来い、絶対に抜かせない。
F40は、一瞬MACCO SPを引き離した。
そして、引き離された矢口は、口元に笑みを湛えた。
それは賞賛。彼女のプライドと勇気への。
「覚悟はできてる、か…」
松浦が限界の走りをしているのが分かる。
何故なら矢口もまた、フルスロットルで走っているから。
この狭い道で、挑戦的な松浦亜弥に
矢口もまたそのプライドを賭けることを望んだ。
F40のテールにつける…。
一瞬を逃さない…。
決して卑怯な手を使わずに抜き去る…。
それが、王者の条件。
マンホールひとつ。
それが危険な音速のチキンレース開始の合図になった。
- 105 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/09/17(水) 00:47
- 今週はここまでです。
来週水曜日に続きを更新させていただきます。
- 106 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:36
- 「しまったっ!!」
「行けるっ……」
松浦のマシンが僅かにブレたのを矢口は見逃さない。
一瞬で左にマシンを寄せて、F40に並びかけてゆく…。
「抜かせないっ!!」
対向車が来たら、二人とも最期を迎える。
もはやこの道に、猫一匹歩くスペースはなくなった。
ピタリとくっついたままの二人は
ほんの少しのブレ、スピードダウンも許されない。
そんな危険なことを可能にするのは、自尊心と相手への尊敬。
認め合った二人が演じるサイド・バイ・サイドは続いていく…。
「くっ…やっぱおかしいのっ!?」
松浦は、エンジンの鼓動が不正常になりかけていることを嘆いた。
それは精神的な錯覚である、と思いたいが
信じるだけのものが足りない。
やはり、あの悪夢が脳の後ろにつっかかっているのか。
でも、アクセルは緩めない。
もうそろそろこの道も終盤か…
コーナーを曲がってからもまだレースは残っている。
「うそっ!!?」
- 107 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:37
- フロントガラスを打ち付ける雨粒の隙間から見た、
それはこの道幅のまま直角に左折する路地だった。
あと数百メートル、それはどんどん近づいてくる。
頭上に光るギロチンの刃のように。
隣りを見た。
矢口はまだブレーキをかけない。
このまま行けば、矢口を巻き込んで事故が起こる。
でも……負けたくない
ずっと探していた最高、最強の相手なのだから、
まだ勝負を続けたい…。
300m、200m……
「……。」
矢口は、消えた松浦に心で謝って、
独りで走り続けた。
結局、松浦はギアを3つ落とし、
矢口に道を譲った。
前に出た矢口は、華麗なマシン操作で
ドリフトしながら曲がりきり、
それを見て諦めたように笑い、
松浦は彼女の後を追うことをやめた。
- 108 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:37
- 「悔しいっ……悔しいよっ……」
ステアリングに額を当てて、
湧き上がる涙を抑えて、そう呟くことしかできない。
初めての完敗。
それは、誰も見ていない、タイマンの戦いだった。
- 109 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:37
- <忘れ去られた元ライバル>
「ギャハハハ!!!なんだこれ!!おもしれー!!!」
水曜日、トイズEEの屋上では公開断髪式が行われていた。
矢口は事務用のハサミを握り、
目の前に座るヘンテコな髪型の人間をバカにし続けた。
そしてこれからもするだろう、半永久的に。
「ちゃんと切れっつっただろ!!!」
「あ?ちゃんと切ったけどおもしれーんだよ!!バカ!!」
「ごとー!!鏡!!!」
椅子に縛り付けられて身動きが取れない市井は、
寝返った直系の弟子に言いつけた。
だが、鏡で見ないほうがよかっただろう。
まさか自分が本当にちびまる子ちゃんになっていようとは、
分かっていたとはいえ、わざわざ自分の両目で確認するのは
ばかげた行為であった。
「んぁー、ほい、鏡……プッ!」
「おい!おまえ今笑っただろ!!?」
一方、気分爽快な矢口は、思いっきり伸びをして空を見上げると
ジュースを買いにその場を離れた。
- 110 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:38
- 「そいや飯田さんっ、安倍さんまだ帰ってけーへんのですか?」
「ん?うん。またどっか行ってるんでしょ。」
このレースは、やはり波乱の展開のまま終了していた。
安倍は忽然と姿を消し、保田は愛車をオシャカにして
すこぶる機嫌が悪い。
「前も、ちょっと出かけるって言って出てって、
そのまま日本海まで行ってたから。」
「そうなんですか…」
「たぶん……カオリの交信によると、室蘭に居るね。」
レース直後、再び松浦と顔を合わせたが、
二人にレース中のような緊張感はなかった。
『やっぱり矢口さんが黄金の流星だったんですねっ。
完敗ですっ。』
『ん?』
無い眉をひそめた。
『完敗?乾杯?』
『とぼけちゃってぇ〜っ。いいんですよ、そんなに気を遣わなくてもっ。』
『いや…なんか、記憶がないんだけど…?』
- 111 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:38
- 松浦から、チームのレーサーになって欲しいと誘われたが、
それも丁重にお断りした。
何故なら、こんな化け物マシンを乗りこなす自信がない、と
"1周目"で自覚していたからだ。
『まだ街中のコース走ってないんだけど、もう終わりでいいの?
てか、MDコンポ……』
『えっ!?あ、あはははっ♪コンポ、コンポですねっ♪
じゃぁ〜、12ヶ月の分割払いでいいですかっ?』
『コ、コンポ分割っ!?』
結局、賞品がなかったことを知らされて、
でも松浦に強い口調で詰め寄ることもできずに
その日は泣き寝入りするハメになった。
『梨華ちゃぁ〜ん…コンポ無いってぇ〜…』
『グガー…ゴー……グゴッ!!……グー…』
何だかんだで中華料理をたらふく食べた石川は、
矢口が帰った時には既にベッドで熟睡していた。
『畜生……自分がメインじゃないといつも放棄だからな…』
- 112 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:39
- しかしそれだけではない。
まだ厄介な事項は残っていた。
『しげる…元に戻せるのか…!?』
そんなことを考えながら、翌日も制限速度を200km/h以上オーバーして
まーるぞろに向かった。
いつものように立ち読みしていると、
何故だか周りが騒々しくなっていく。
"姿を現した黄金の流星!!"
この地域だけ、スポーツ各紙の一面は
そんなような見出しが躍っていたのだった。
「おまえの母ちゃん、変なジャージ穿いてたぞ。」
「おまえの母ちゃん、変なジャージ穿いてたぞ。」
断髪式の後、トイズの小さなショーステージには
腰に手を当てた、変なダンスをする市井が居た。
- 113 名前:第27話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/09/24(水) 18:39
- (くそっ……いいこと無しじゃないっ…)
真っ赤な顔して控え室に怒鳴り込んでいく。
どうやらミニモレンジャー。の前座の役を授かったようだ。
「おい、おまえ、前座が客冷ましてどうすんだよ?あ?」
「うっさい!!客なんか一人も居なかったさ!!」
「おめーが寒いから誰も来なかったんだよ!!ぎゃはは!!!」
「ちっ!!ごとー!!帽子借りてくからね!!!」
「んぁ……」
矢口は、市井の去り際にこう言い放った。
「おまえ、話の流れから消えてたぞ。」
「おまえ、話の流れから消えてたぞ。」
おわり。
- 114 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/09/24(水) 18:40
- 以上で27話終了です。
来週水曜日より、28話を開始します。
- 115 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/24(水) 21:47
- なんかまた雰囲気が戻ったので一安心
そろそろ終わりが近いですね・・・
ちょっと寂しいです
- 116 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/01(水) 18:21
- >>115
そうですね、残り3話です。
残り3話をお楽しみください。
- 117 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:27
- 勘違いしてはいけない。
まだ2月中旬なのだ。
石川の脳は、99%以上は"もっとゆっくり時が進んで欲しい"
という焦りと、1%未満の"もっと早く進まんかい"という
何者かの焦りで支配されていた。
クリスマスと並ぶ、恋人達の季節、とでも言おうか、
彼女もまた、月並みながらそういう雰囲気にどっぷり浸かり、
そしてアテもない人たちを巻き添えにしていく。
「こういうときだけ矢口さんが鈍感でよかった、って思うわ〜っ。」
「んー?何か言ったかぁー?」
「えっ!?ううんっ、何でもっ。」
愛する人に毒を見舞いながらも、
決してバレてはいけない。
今いざこざを起こしてしまえば、
企てている計画も全ておじゃんだ。
その日の昼、
いつも通りバカ話を繰り広げる矢口+クレープ屋+ラーメン屋を他所に、
石川は隅っこに目ぼしい人物を集めて
作戦会議を開いていた。
- 118 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:27
- 「あのねっ、もうすぐバレンタインじゃないっ?
みんなでチョコ作らないっ?」
彼女が乗り気だと、他の人は皆、嫌な予感がしてならない。
何故なら石川は空回りキャラだからだ。
「えー?そんなん義理でエエやんかぁ。
こんなときくらいこのデパートの売上に貢献してやらな。」
「なんでぇ〜!?作らないと愛情こもらないよぉ〜!?」
「誰に愛情注ぐねんっ!!ウチは独りもんやで。」
「お父さんにあげればいいじゃん、ねっ?」
「うー、そうやけど……。」
加護は自分を禿、もとい激しく責めた。
あの石川梨華に話術で丸め込められるとは…。
その分、石川は満足気な笑みを湛えている。
そう考えると、悔やんでいること自体がバカバカしい。
こういうのは、発想の転換をすればいいのだ。
「まぁ…エエけどやなぁ…。」
「で、よっすぃーは?」
- 119 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:28
- 石川は加護が堕ちたことを察知すると、
すぐさま吉澤に標的を切り替える。
吉澤は押しに弱い、勝算は充分だ。
ふと、一体自分は今から何をしようとしているのか
少々自問する石川であった。
「チョコ?……うーん、常連さんにあげるくらいかなぁ…。」
「ああそう…」
「営業努力だからね。義理でもいいけど、
どうせ男の人ってチョコあんまり食べないでしょ?
だから小さいやつ作ったほうが得かな、ってね。」
ともかく、意外なほどあっさりと乗ってきた吉澤だが、
彼女は特に何も考えていなかった。
ただの天然なのだ。
「じゃ、今週土曜ってお休みだからぁ、土曜の10時によっすぃーの家集合ねっ。」
「はぁ!?ちょっと待てYO!!」
何も考えていなかったから、それだけにレスポンスは速い。
「だってぇー、あたしん家だと矢口さん居るしー、
あいぼんの家は家族が居るしー、よっすぃーは独り暮らしじゃんっ?」
- 120 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:28
- そうだ、ハメられたのだ。
というよりも、いつも何かあるごとに石川の家に集まっていたことの仕返しか。
そんな何人も集まって、チョコとはいえ料理をするのだから、
皆が帰った後の惨状を想像するのは難くない。
しかし、石川の説明したことは、正論だった。
だから何も言い返せない。
それがまさに、石川の考えていた"押しに弱い"吉澤だった。
「矢口さ〜んっ。」
「ん?」
いつもなら、休みの日は昼近くまで寝ている石川達だったが、
今日は目覚まし無しでも8時ごろに目を覚ました。
「ちょっと出かけてきますねっ。
お昼は居ないんで、悪いんですけど独りで食べてくださいっ。」
「ああ……どこ行くのよ?」
「えっ、ちょっと。」
「ちょっとなのに昼までに帰れないの?」
「えっ、えっ、あはっ♪いってきま〜すっ♪」
- 121 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:28
- 歩く石川。
別に疑っていたわけではない矢口の質問に
必要以上の慌てようを露呈してしまったが、
とにかくあとはブツを作ってプレゼントすればいいのだ。
吉澤の家まで10分くらいの道のりだが、
それはまるで受験に向かうような気分だったに違いない。
ピンポーンッ♪
だが、お気楽な受験だった。
カンニングするつもりでいるのだから。
「おっはーっ♪もうあいぼん来てるんだっ?ん?」
玄関には、見慣れた厚底スニーカーと
その隣りにはもう一足の靴が並んでいた。
「ああ、あの、高橋って知ってるでしょ?
みんながインフルエンザになったときに代わりでショーやったっていう…。」
「ああ、はいはい。知ってるけど、
何でよっすぃーも知ってるの?インフルエンザだったじゃん。」
「何か、前にグワシトで飯食ってたらあいぼんと二人で来てさ。
そんでちょっと話したんだYO。」
「ふーん。あの二人仲いいんだね。」
- 122 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:29
- 相変わらずこざっぱり纏まっている部屋へ入っていくと、
聞いた通り、加護と高橋が並んで座っているのが見えた。
そこにはコタツ、そしてその上には箱買いしたと思われる
プレーンな板チョコが…。
「こんちわー。やなかったわ、オはようございまーす。」
「チョコレート星人おはようさん。」
「おはよっ。って何よーっ!チョコレート星人じゃないわよーっ!!」
「クドくて胃がムカムカして黒いやん。」
「上手いYO!!」
「上手くないのっ!!」
「あ、あと鼻血が出るほど…」
「もういいのっ!!!」
開口一番言われまくり。
まぁ矢口に言われるなら、まだ愛情(そこに愛があるのかい?)
を汲み取ることができるからいいのだが、
他の人に言われるとすぐにカチンと来てしまう。
カチンと来たからといって上手い返しやリアクションがあるわけではないので、
言ったほうまでスベッた感を味わわされるという
良い事無しの弄りになってしまうのだった。
- 123 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:29
- 「で、チョコこんなに要るの?誰が買ったのか知らないけど…。」
石川は、このメンバーなら自分が一番上の立場で居られる、と踏んでいた。
しかし甘い。いや、むしろ石川はそうでなければ普通の人になってしまうのだが。
「はい、これ。」
目の前に吊り下げられた一枚の紙に焦点を合わせ、
よく見てみると
「……?」
「領収書。梨華ちゃん持ちだから、お金。」
「えーっ!?何でよぉっ!!」
「だってウチの台所勝手にリザーブしちゃったんだもん。
予約代金だYO。」
顔は笑っているが、目は75%くらいしか笑えなかった。
もはや石川は金持ちではないのだ。
それなのにまだ皆のイメージは金持ちお嬢様のままであった。
- 124 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/01(水) 18:31
- 「へ、へぇ〜……なに、今日はよっすぃー、挑戦的じゃない?」
「いつまでも都合のいい吉澤ひとみだと思ったら大間違いだYO!」
「どうかしらねぇ〜、そんなに簡単に立場が逆転するとでも思ってんの〜?」
「( 〜^◇^)<そっか。梨華ちゃん、オイラのこと嫌いなんだね。じゃ、サヨナラ。ギャハハ!!」
「ああっ!!矢口さんのマネされると梨華何も言い返せないっ!!」
途中までは口をポカンと開けながらも、
一応その様子を見ていた加護と高橋ではあったが、
すぐにその小芝居に飽き、目をそむけた。
本来、誰かが見ていてあげないと可哀想なものだが、
もはやそんなことを言っていられないほどの寒さだった。
「なんか…夫婦漫才みたいやね…。」
「漫才っちゅーかコントやけどな、出来の悪い。」
『( 〜^◇^)<よっすぃーが可哀想だから謝れよ。』
『ごめんね、よっすぃー!あたしが全部悪いのっ!!』
「まぁ、そんなことはどーでもエエねんけどな、
愛ちゃんはチョコ誰にあげるん?」
「えっ!?そ、そんなの秘密やよー!」
『( 〜^◇^)<全く、梨華ちゃんは酷い女だなぁ。見損なったよ。』
『ごめんなさいっ……こんなバカな女だけど…許してっ…』
「エエやんかぁ〜、減るもんじゃなしに。」
「そんなのここで言えんてばー。」
そんなこんなで何もしないまま1時間が過ぎるのだった。
- 125 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/01(水) 18:32
- 今週はここまでです。
来週水曜日に続きを更新させていただきます。
- 126 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/10/05(日) 19:58
- 今後の展開が楽しみです
甘くなるのか?笑いになるのか?
- 127 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/08(水) 18:18
- なかなか甘くならないミニモレンジャー。ですが、
まもなく更新を始めます。
どうぞ、続きをご覧下さい。
- 128 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:20
- 石川の中には、酷いジレンマがあった。
彼女は以前、矢口を喜ばそうとして白玉だんごを作って食べさせた。
その日本語は非常に正しく、
匂いを嗅いだだけで拒絶する矢口に、文字通り無理やり食べさせようと迫った。
『こんなの食い物の匂いじゃねぇよ!!』
そう言い放って石川の意欲を萎えさせようとした矢口だったが、
それが逆効果であることを、後に身を持って証明することとなってしまった。
その夜、
スヤスヤと寝息を立てる矢口に
忍び寄る白玉、そして石川。
半ば亡霊と化した彼女はユラリと腕を動かし、
音も立てずにガラスの器に入った白玉を鷲掴みにした。
そして…
『ふごごごごっ!!!!』
『ほらぁっ!!おいしいでしょ矢口さんっ!!?』
無理やり口に詰め込んだのだった。
『殺す気かドアホ!!!!余計なもん作ってんじゃねーヴォケ!!!!
本気で怒ってんだぞゴルァ!!!!分かってんのか!?あっ!?あっ!?ああーっ!!?』
- 129 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:21
- 結局、久しぶりにマジギレした矢口は
本気で泣くまで怒鳴りつけ、それ以後石川の部屋で白玉を見ることはなくなった。
料理というのは好きな人を引き止める有効な武器である、
ということを石川は痛感していた。
だからこそ、上手になりたいのだが、
練習すれば怒られてしまう。
いや、独りで練習して、自分で食べればいいのだが。
つまり、何が言いたいかというと、
「おいっ、ちょっと!何やってんだYO!?」
「えっ…?」
石川はバレンタインチョコなんてどうやって作ればいいのか分からないのだった。
「いやっ…チョコ溶かして固める…んじゃないの?」
「それはそうだけどさぁ……」
石川の隣りには加護も高橋も居たが、
二人とも何も言わず。
遂に、裏と表が交わった瞬間だ。
石川は、そんな吉澤に構うことなく
熱した鍋に直接板チョコをぶち込む。
- 130 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:21
- 「だーかーらーっ!!あー!!焦げ付く!!」
実は、全員がチョコなんて作ったことない連中だったとは、
吉澤とて考えていなかっただろう。
"誰か知ってるだろ"的な考えで集まった人たち。
吉澤だって、一人暮らしだから自炊はするけども、
作るものはいつも超独創的だし、自分で甘いものでも作ろう
なんて気は起きない。
それでも、チョコを湯煎で溶かすことくらいは知っているのだから、
他のメンバーがどれだけ重症か、という話だ。
ボールの中で蕩けたチョコに満足そうな3人と、
ひと時も目を離すことが出来ない緊張感に包まれていた1人は、
100円ショップで買ってきた型を、シートを敷いたプレートに並べて、
ようやく笑みをこぼした。
「ふぅ〜、なんでチョコ溶かすだけやのにこんな長なんねん。」
「石川さんが暴走するからやよ。」
「何であたしのせいになるわけーっ!?
みんなあたしに嫉妬してるのねっ、独り者の3人さんはっ。」
「( 〜^◇^)<梨華ちゃんうぜぇ。」
「酷いっ!……あっ!!」
似てない矢口の物まねで何かを思い出したかのように
そいつが奇声を発した。
- 131 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:21
- 「ねぇ、チョコにミルク入れたらおいしそうじゃないっ?」
「えっ…?」
この一言が、最悪なバレンタインチョコが出来上がる発端だった。
吉澤の世界では全てが静まり返り、
自分だけ温度がみるみる下がっていくのを感じていた。
加護と高橋は、そいつの提案に乗せられて
好意的な反応を示しているではないか。
「いや…ミルクとか入れて…固まるの?」
「分かんないけどぉ、やってみる価値アリ?みたいな。」
「マジっスか……」
トコトコと歩く路地には商店もなければ、
バレンタインデーらしき雰囲気もなし。
ただの住宅街を歩く、平凡な道だ。
なのに、そこに何故か牛が居る。
手作り丸出しの、簡素な小屋の中に牛が居る。
「歩くと長いなぁ。いつも自転車だからめちゃ速いYO。」
「またよっすぃーはコギ過ぎやからな、チャリンコ。」
「運動しないと太りやすいからね。
あいぼんもいつも二ケツばっかりだから……」
- 132 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:22
- 吉澤が加護の顎をタプタプしていると、
徐々にお互いの顔が険しい表情になっていく。
高橋は露骨に不快そうな顔になり、
鼻をつまんで息を止めていた。
しかし、石川には何の変化もない。
「んっ?どうしたのみんなっ?」
何か、新手の感染症か、それとも
新手のイジメか。
通りすがりの人まで鼻をつまんで歩いている。
「めっちゃ臭いんやけど…」
頬を大きく膨らませていた高橋だったが、
我慢の限界となったか、思いっきり息を吐き出して
呼吸を整えると、眉間にシワを寄せて言ってやった。
「あの小屋…ちゃんと掃除しとるんか?」
「えっ……?」
「世話とかしてないのかYO?」
「いやっ……」
さぁ、石川のズボラな性格が問題になってきた。
もちろん、望んで飼い始めたわけではないのだが、
飼っている以上はちゃんと世話しなければこうなってしまう。
今まで何の苦情も来なかったのが不思議なくらいだ。
- 133 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:22
- 「これ…下手したら公害やで、ホンマに。」
「そうやよ…」
「歩くフロンガス。」
歌っても公害、牛飼っても公害とは可哀想に。
しかしそういうことをズバズバ言われるのも、
彼女を構成する人間性のひとつなんだろう。
「さみーYO!早く掃除して!梨華ちゃん!!」
「えー…あたしが掃除するのぉー……?」
「当たり前やろ!!建て逃げなんて許されへんで。」
「そうだYO!>>1は責任持って盛り上げて飼育シル!!」
烈火の如き形相で叱り付ける。
言えばやる子なのだ、石川は。
「高橋はぁ…手伝ってくれるよねっ?」
「えっ…あっし……?」
まだゴネるつもりだった。
一人だけ自分に遠慮気味の高橋に目を付けた石川は、
もちろんそのチャンスを逃すわけがなく、
猛然とアタックをかけた。
チャンスというのは、手伝ってもらえるチャンスのことではない。
- 134 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:22
- 「愛ちゃん!断ってエエねんで!!」
「断れYO!思いっきり断れ!!」
「あ、あっしは……いややよーだっ。」
「なーんでーっ!?…ぐすんっ…」
自分を落として可哀想なキャラを演出するためのチャンスだ。
30分後…
「おまたせーっ、掃除終わったよぉっ。
もうっ、すごい疲れたっ…。」
「のわっ!!盛り上げろって、ウンコ盛り上げてどうすんだYO!!」
「えっ…違うのっ?」
更に10分後、
ようやく牛小屋の掃除を終えた石川は、
いつものトイレの匂いの上にウンコの匂いを被せたという
とてつもない自衛臭を放つ女に変わっていた。
シャワーを浴びたくても、矢口に見つかると困るからできない、
自分の部屋はすぐそこなのに。
他の3人も、直接的な臭いではないために、
妥協するより他に仕方なかった。
ただ、この話はもう一段階、下品さを増す展開となることは
石川を含めた4人も分からなかっただろう。
- 135 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:23
- 「で……」
加護は切り出した。
いざとなってみれば至極当然だが、
今まではそれ以上の問題(糞)に目を奪われていて
誰一人その話をすることはなかったのだ。
「誰か…乳搾り出来る人は居てんの?」
その一言で、3人の視線が飼い主に集中した。
それはそうだ、飼い主で、言いだしっぺなのだから、
まさか小屋掃除だけでその責任を果たしたとは言わせない。
「あ、あたしはっ…生き物は出来るだけ触りたくないのねっ?
だからぁー、他の人がやったほうが……」
「梨華ちゃん、ほら。」
無慈悲にモーニングの下を指差し、
その表情はつとめて冷たい。
吉澤の大きな目と口が真一文字になり、
そして加護や高橋までもが突き放したように同じ表情をしている。
「他に誰がすんねん。ほれ、梨華ちゃん。」
「石川さん今日何もしてないやよ。」
やたら噛み付いてくるようになった高橋に
少々の苛立ちを覚えながらも、
力なくその指差された場所にしゃがみ込むしかない状況になってしまった。
- 136 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:23
- 「あっ!!みんなやり方判らないからぁ〜、あたし安倍さんに電話して訊いてみるっ♪
はいっ、よっすぃー交代っ♪」
はぁ?
有り得ないほどの自分中心主義は容易く治ることない、と
呆れながら諦めた吉澤は
『はいはい』と石川の居た場所に移動するのだった。舌打ちしながら。
「もしもしーっ?」
『梨華ちゃん、何だべー?』
「あのぉ、安倍さんって、牛のお乳搾りのやり方判りますぅ?」
『もちろんだべさー。』
良かれと思ったかどうか分からないが、
とにかく石川は安倍に電話をかけ、やり取りは好感触であった。
残りの3人は、嫌がっていたにも関わらず
徐々になのか、好奇心溢れる目をして牛を下から見上げ、
あれやこれや言っていた。
「教えてくれないですかぁ?」
『いいべよ。まずぅ…』
「あっ、ちょっと待ってくださいっ。
安倍さんがやり方教えてくれるってっ!」
- 137 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:24
- 「はいはい。」
「あ、ごめんなさいっ。いいですよぉっ。」
『とりあえず、お乳は分かんべー?』
「えっ……ちょ、ちょっと…」
空を見ながら電話して、下に目を落として受話器を押さえる。
安倍からの指示を伝えようとした人たちは、
何故か少し楽しそうに牛の腹を眺めているではないか。
何で自分が居ない側はいつもハッピーなのだろう?
「お乳の場所……分かる?」
「えー?ちょっと待ってー。」
『目立つとこにあるっしょー?
無いべかー?梨華ちゃんみたいに黒くないべー?
ピンク色だべー?』
「余計なこと言わないでくださいっ!!
よっすぃー!?あったーっ!?」
「あー……これ?これだよね?」
加護も高橋も、もはや乳搾りなどどうでもよく、
それらしい物を握った吉澤に、適当な返事をした。
「あったYO。」
「ありましたーっ、それをどうすればいいんですかっ?」
『あったらそれ握ってー、根元から指一本ずつ締めればいいんだべー。
出にくかったらマッサージしてやるといいべさー。』
ということだった。
- 138 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:24
- 北海道に居たころに、朝飯食わずに家を出て腹が減ったときは、
牛小屋に忍び込んで乳→口のダイレクトミルク飲みを敢行していただけあって、
彼女の言うことは確かなはず、だった。
ただ、搾りたては生臭いことが多いから気をつけろ、と。
一筋の煙が立った。
加護は道端にウンチング・スタイルでタバコを吸っては
気だるそうにモワモワと吐き出していた。
隣りには同じ格好で高橋も。
本性を現し始めた、ということか。
しかし、石川の気まぐれな一言によって
太陽が南中を終えるような時間になってしまっている。
「かっっっったるいのぉー、はよせぇやー。」
「ミルク入れたいんやったら、搾ってから来たらよかったやんかぁー。」
今更言うことでもないが、
高橋は隠れ不良なのだ。
機嫌のいいときはそんなことはないのだが、
機嫌が悪くなると、たちまち口と態度が悪くなる。
ハスキーな声はトーンが低くなり、ドスが効いたそれは、
石川程度をビクビクさせるには充分だった。
- 139 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:24
- 「もうっ……何で年下に脅されなきゃいけないのっ?
あああああ!!分かんない!!よっすぃーやってっ!!」
電話を終えて何気なく握らされたそれを、
安倍の言う通りにやってみたのだが、
うんともすんとも言わない。
いびられ、イライラし、精神的に混み合ってしまった石川は
奇声を発しながらまたしても吉澤にその仕事を押し付けてしまった。
「何だYO!ったく……梨華ちゃんって一体何なら独りで出来るんだろ……」
職業病というのは怖いものである。
無意識状態であるにも関わらず、
いつの間にか慣れた動きをしているのに気づくと、
軽く凹むこともしばしばだ。
「ううぅぅ……」
吉澤ひとみ、彼女は気が長い方ではない。
遅漏の親父が相手のときは、
腱鞘炎にならんばかりの勢いでシコシコすることもザラである。
「ぅぅうううおおおおお!!!!!」
今もまた、イライラしていた。
何で出ねーんだ、と。
そしてだんだん頭は真っ白になっていき、
手は勢いに任せていつもの夜の仕事のように
激しく動き出した。その、乳と思われるものを。
「モ、モォ〜!!」
「デタ━━━━━(O゚∀゚O)━━━━━!!!!」
- 140 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:25
- 出た。ミルクと思われるものが。
でも、バケツも何も用意してなかったから、
ただ小屋に敷き詰められた藁にぶち撒けただけ。
「はぁ〜……あんなぁ、ウチが肺ガンになったら梨華ちゃんのせいやからな。」
1時間後、ようやくバケツに少しのそれを採取し終わった頃、
加護は足元に数本の吸殻を転がしながら
怒りも呆れも込めることなく、言った。
何はともあれ、これから吉澤の家に戻って
チョコにそれを混ぜて型に流し込んで冷蔵庫にぶち込んで、
ようやく全ての工程を終えることが出来た。
モーニングはぐったりと藁に寝そべった。
そりゃ、そんだけミルクを搾り取られれば
立っているのも限界だろう。オスだし。
一行はギュルギュル鳴り止まない腹をなだめつつ、
グワシトで遅い昼食をとることにした。
こんな田舎町のファミレス、しかもこんな中途半端な時間では
他に客なんて居るわけもなく、
4人はドリンクバーのまん前を占拠した。
「腹減ったー。」
「ウチもめっちゃ腹減ったわー…。」
「無意味に体力消耗した気がするYO…。」
「あのー…みんなっ?オゴリは分かったからぁ…
お願いだから"普通に"食べてねっ?」
「わぁっとるがな!メニューメニュー、と。」
- 141 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:25
- まぁ、いいのだろう。
独りでチョコ作りに励んだなら、
きっとまた失敗して矢口に食べてもらえず、
チョコの亡霊が石川に取り憑き、握り締めたチョコは
体温で溶け出し、矢口に口に詰め込んだ後、我に帰ると
手のひらに付いたドロドロのそれを見て悲しみに浸るのだろうから。
だから、オゴルのはいいのだけれど、
どうもさっきから、自分のせいでみんなの機嫌が悪い。
そんな状況で加護があっさり引き下がるとは思えないから、
念には念を押してそうお願いしたのだ。
グワシトを出て数分、
石川の財布をほぼ空にした一行は
時計を確認してまだ時間が必要だ、と
近くのゲーセン"濃いの出す斉藤"に足を運んだ。
中ではギターフリークス&ドラムマニアで高得点を叩き出す吉澤・加護コンビに、
いつもの負けず嫌い魂が燃えたのか、
石川も最高難度に挑戦。
しかし、無用な程にノリノリの彼女は、
コントローラーをゲーム機にぶつけてしまい、
それを言い訳に途中でゲームを放棄した。
高橋は独りで口汚い福井弁で
コンピューターを罵りながら格ゲーをしていたり、
そんなことしているうちに時間は過ぎていくのだった。
- 142 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:25
- 「何やかんや言うてもー、バレンタインチョコて簡単なもんやったなぁ。」
「そうよねーっ?誘ってよかったでしょぉ〜?」
何も知らない人たちは
そんな言葉を吐きながら、再び吉澤の部屋へ向かう。
きっと今頃すっかり固まって、あとはラッピングして渡せば満足、のはずだった。
冷蔵庫開ける、
キムチの匂い、チョコに感染してる。
強烈な移り香の原因を作ったキムチ女に
散々の悪態をつき、もはやそのキムチ女も言い返す気すら起きない。
で、そんな収まること無い愚痴をこぼしながらも、
一応買っておいた包み紙とリボンでラッピングしたら、あら完成。
「そんじゃね〜っ♪」
「ほな。」
「おじゃましましたー。」
靴先をトントンやる3人を見送って、
大きな溜息と共に踵を返す吉澤。
とりあえず、疲れたから寝よう、
そんなことを思いながら台所の横を通ってベッドに向かった。
- 143 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:26
- 「ん?」
案の定、使いっぱなしの鍋、ボールなどに紛れて、
ひとつだけラッピングした箱が残っていた。
「忘れ物かYO。」
誰のものかは分からない。
悪い気はしたが、ちょっと興味を持って箱を開けると、
例のミルクが入ってなかったので、石川のものではないことが分かった。
「食べちゃえ……うーむ、口の中に広がるキムチの香り…」
「ただいま〜っ♪」
「おかえりー。」
「矢口さぁ〜んっ♪バレンタインチョコあげますねっ♪」
「え゛っ……いや、要らない…」
「まぁまぁっ。そんなこと言わずに、はいっ♪開けてみてくださいよぉっ。」
「う…ま、まぁ……あれっ、結構普通…臭っ!!!何だこれ!?キ、キムチ…!?」
「え、えっと…それは…あんまり気にしないでっ♪食べてみてくださいよぉっ。
よく噛んでっ!!おいしいでしょっ!?ねっ!?石川、実は出来る子なんですよっ!?
褒められて伸びる子なんですっ!だからぁ〜、褒めてほs」
それが、石川梨華の声を聞いた、最期だった。
- 144 名前:第28話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/08(水) 18:27
- 少し多めの更新ですが、以上で28話終了です。
来週水曜日より、29話を開始します。
- 145 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/09(木) 16:23
- 松坂牛って、若い雌牛だけじゃなかった?繁殖とかもしてないし。
- 146 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 18:25
- すげえ。これまでで一二を争う下品さだ。最高。
>>145 きっとニセ松阪牛だったんだよ、景品になるくらいだから。
- 147 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/15(水) 19:21
- >>145,146
人人人人人人人人人人人人
<商店街の糞ジジイに !!!>
<騙されてんじゃねーか!!!>
< ゴルァ!!! >
Y`Y`Y`Y`Y`Y`Y`Y`Y`Y`Y`
-=ーt,,_ .
-=ニ;' `ヽ、 ' ,・,‘ .
),;ー'"―“ー-、, ,_ ,__ ’ ; .' , .
ル,- 、 矢口 〔 ⌒j´ ヽ,_;ー、 ' ノハ∂ヾヽ
_ノ( ヾ、 t-ー'´`'ー-t []j r⌒> (T 州州・,‘
r'´ `) _} f ”~ ’ | y'⌒ ⌒i
 ̄ `y'~、 j',__;;_,;ノ | / ノ |
_ヽ!!_,'´" ,, f , ー' /´ヾ_ノ
_;ィ´ __ i ___ 〔 / , ノ ↑
,_y'´~ _ ,| `ヽ、 / / / 石川
ノ _;-ー'--tー'" `';、 / / ,'
.,ー'´ヽ _;-" `ヽ、 ヾ, / /| |
,/ _r'´ } | !、_/ / 〉
{,,_ _;'¨ /’ / |_/
,ノ ,}_y' / /
_j ーr' / ソ
゙-ー'´ }`ー-;_|
'ー-;、 `j
- 148 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:25
- 「う〜ん…だるいなぁ。」
日ごろ歩かないこの道は、目的地が遥か遠くに感じる。
いつもは自転車で、前か後ろに乗ってこの道を通っていた。
今日からしばらく、この道を一人で通う。
トイズEEの非常階段を上がるとき、いつもは二人で喋り合いながらだから
こんな時間のかかるものだとはわからなかった。
隣に親友の居ない日々の始まりだった。
喧嘩したから…?
そんなんじゃないよ。
親友は今、人生のショウブドコロに向かって努力している。
自分には無いショウブドコロ。
そんな親友に何もしてやれない自分に腹立たしささえ感じていた。
「加護さん!!おはようございます!!」
屋上に上がって、最初に会ったのはミニモスタッフではなかった。
ラーメン落ち武者、アルバイト店員紺野あさ美。
「おはよー。紺ちゃん。」
「あれ…元気ないですね?どうしたんですか?」
ニブくてトロい紺野でも、その日の加護は元気が無いのが分かるようだ。
- 149 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:26
- 「ん〜…まぁなぁ〜。」
「あ、辻さんは?」
「受験勉強。」
「…あ、そうなんですか?」
「紺ちゃんは?」
「私は、今バイト中です。2階の雑貨売り場に出前です。」
「まぁ、バイト中なんはわかっとるで…。」
「?????」
いまいち噛み合わない会話に、こめかみ辺りが
ピクピクするが、加護は分かりやすく言い直した。
「受験勉強せーへんの?」
「??…あ、私、放通大で学位取りますから、受験は別にいいんです。」
放通大といえば、誰でも入れるTV・ラジオ・ネットで講義を放送している大学の事だ。
「そうなん?何で?紺ちゃんやったら国立大学受かるんちゃうの?」
「…私、ソクバクされるの嫌なんですよ。それに働きながら、
空き時間に勉強するほうが合ってるんです。」
- 150 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:26
- 「さよか。」
「はい。」
「ソクバクされるのが嫌」なんて加護はすぐ嘘だとわかった。
彼女は勉強の好きな子だ。松工大附属でも特待生なのだから。
おそらく、金銭的な問題なんだろうと加護は思った。
なぜなら先に、彼女の家の事情を聞いていたから。
そんな会話を終え、事務所のドアノブに手をかけた時
爆音がだんだん近づいてきているのがわかる。
MACCO SPの音だ。
加護は時計を見て、九時丁度である事を確かめた。
「また5分の遅刻やな、矢口さんたち。」
「おはようございまーす。」
ドアをあけて、挨拶をする。
いつもそこにはコーヒーを啜る保田の姿がある。
少し加護を見て、コーヒーを飲み、また加護を見る。
「辻はどうした……あ、そうだったわね。受験前よね。」
「はい。」
すでにそう伝えて2週間。
それでもやはり、違和感があるらしい。
「おはよーさん。」
- 151 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:27
- 有名人風を吹かせた遅刻魔が、今日も遅刻でやってきた。
付添い人化した石川は相変わらず済まなさそうに出勤する。
「あんたねぇ…見て御覧なさいよ!!この時計!!」
「ん〜…クオーツ?」
「そうじゃないわよ!!時間よ時間!!9時15分よ!?」
分かっていても、ボケる。
辻が居なくても、この風景は相変わらず展開された。
「いやぁ〜さ〜トイズに来たら、ファンの子達が
10人くらいスタンバってて、しげるで来た途端
囲まれちゃってさー、いやーなんつーの、
『インサ、れーくーれーく』『手握してれーくーれーく』うるさくてさぁ。」
どこで覚えた言葉なのか、よく分からないが
それはトレーナーを羽織っている、いつの時代だか分からないプロデューサーの話し方だ。
「そういうファンサービスは仕事終わってからしなさいよ!!」
「ん〜、居なかったらそうするよー。」
- 152 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:27
- 正直、ここ最近ショーには20人くらい客が居る。
いまだかつて無い客数だが、決してミニモショーの観客ではない。
つまりそれは、矢口のファンなのだ。
あの黄金の流星発覚報道以来から、ミニモショーにファンがつめかけた。
ファンの狙いは、ショーの後の子供たちにするためのサイン&握手会なのだ。
矢口のためだけに握手会では約20人ほど並ぶ。
まぁ、売上は少々出るし、矢口は差し入れやら、プレゼントなんてものを手にする。
今のショーは、矢口様様である。
そりゃあ、天狗になるのも無理は無い話だが。
「今日から辻が居ないのよ。でね、なっちにののたーん役やってもらうから。」
「じーつーどうしたのー?」
矢口も知っているはずなのに不粋な質問をする。
それは保田同様に、辻が居て当然だと思っているからだろう。
「受験勉強よ。もうすぐ試験らしいから。あんた達みたいに
のほほんと暮らしてるわけじゃないのよ、辻は。」
余計な一言がついている気もするが、確かにそのとおりだった。
矢口や石川はこのままバイトでやってって、
そのうちトイズに就職すりゃあ良いかぁ的な考えであるし、
同様な考えを加護も持っていた。
- 153 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:27
- とにかく辻抜きのミニモショーは展開していく。
メンバーが欠けることは良くある事である彼女達は
難なく仕事をこなす事が出来る。
観客人数が少し多い事に驚きを覚えるが
マイペースな彼女達には何の支障も無かった。
『応援してます。また走ってください。』
「ありがとうございまーす。」
ファンと握手を交わして、サインに『やぐーちゃん』ではなく
『黄金の流星矢口真里』と書いたサインを手渡す矢口。
そのほうが客が喜ぶかららしい。
『これ、食べてください。SHIGERUかっこいいです。』
「おー、ここのケーキ好きなんですよー。ありがとうございますー。」
プレゼントももらう。
今までに握手会でみせてこなかった営業スマイルをする矢口に
半ばあきれている加護と安倍、アイコンタクトとため息をする。
「ん?どしたー?」
「なんでもないっすよ、黄金の流星さん。ね、安倍さん。」
「そうそう。なんもないっしょー。」
「ふ〜ん。あ、キショイ奴きた。」
- 154 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:28
- 矢口の視線を追うと、久しぶりにヤツが現れた。
そう、白ジャムを握らせるオヤジだ。
先に矢口・加護そして辻がへこむ思いをしながら握手させられたヤツだ。
「なっち、加護。」
「なんだべ?」
「なに?」
「私のSP、行きなさい。」
「「はぁ?」」
「だからー、ジーオヤを片してくれって言ってるわけだよ。わかるかね?」
この芸能人ぶってるヤツ、何とかならないもんかと。
安倍と加護のアイコンタクトは続く。
「シーメー食べれなくても良いのかーい?ん〜?」
アイコンタクトの後、二人は小さなため息をしてテーブルを立ち上がった。
「あーやってられへん。いこか、安倍さん。」
「そうだねー、じゃ、がんばって。黄金の流星さん。」
「え゛っ、ちょっと。じょ、冗談だって!!オイっ!!マジ置いていく気かよ!!」
自己満足スターを置いて二人はとっとと楽屋へ戻っていった。
『やぐーちゃぁ〜ん。』
- 155 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:28
- 「ぐ…はぁ……どうも…。」
そんな自己満足の世界の破滅をさせた後、
仕事終了の合図を受けて加護は荷をまとめてすぐに階段を下りた。
辻が居ない生活はどうも歯車がうまくかみ合わない。
階段を下りて辻の自転車を探している自分がいるし、
一人無言で歩くのも違和感を感じる。
「がんばっとるかなぁ…のの。」
頑張ってるに違いないのに、そう心配してしまう。
「ウチ、ののに何もしてあげられてへんな。」
今、自分の人生を顧みると、そんな気がしてくる。
自分な辻に何をしてあげただろう、
何もしてないんじゃないか。
そう自問自答を繰り返していた。
- 156 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:28
- 〜一週間後〜
東三商店街を歩く。
やはり視線はどこか定まらないでいた。
二人で歩けば、いつも隣に彼女の顔がある。
チャリを2ケツすれば、目の前に頭があったり、
後ろから声が聞こえたりする。
ソレがない彼女は何処に目をやっても落ち着かなかった。
目の前に同じ高校の女子高生達がいる。
いつもは気に止めないような存在。
彼女達が、ショーウインドウを覗き込んでは
キャァキャァ言いあってた。
その姿が自分と辻に重なって見えた。
普段はわからない彼女の存在の重さ、
それが余計にそう見せたのかもしれない。
彼女達の視線を追うと、ソレはテレビに向けられたものだった。
そこにはMACCO SP で颯爽と駆け抜ける矢口の姿だった。
あの伝説のレースはケーブルテレビ『あややTV』で
生放送されて以来、3度目の再放送となっている。
『矢口さんカッコイイよねぇ〜。』
『そういえば、そこのトイズで働いてるんだってぇ〜。』
『マジで!?サインもらいたぁ〜い!!』
『話によると、トイズがスポンサーなんだってぇ〜。』
(んなことあるかい、ヴォケ。)
- 157 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:28
- うわさには尾びれ背びれがつくものだ。
彼女達の話を聞き続ければ、きっととてつもない矢口像が出来るだろう。
ふと見ると、テレビはCMに入っていた。
「ほな、明日行こか。」
少しそのCMを注視して、そうつぶやいた。
1限くらいなら、登校させるな。
翌日は正直、そう思えて加護は仕方がなかった。
高校3年の3学期などあって無い様な物だ。
ほとんど高校に来ない、ただ生存を確認するかのように
隔週1回、1限だけ登校させるのだ。
こんな為に辻がくるわけも無く、席に彼女の姿は無かった。
「暇人が集まる日やな、今日は。」
携帯を開いてカレンダーを調べる。
明日は辻の受験日だ。
「のの…勉強やっとるかな…やっとるに決まっとるか…。」
貴重な時間をくだらない生死の確認の為に浪費されてしまった。
- 158 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:29
- 電車で2駅。
加護が向かった場所は大きめな神社だった。
昨日ケーブルTVに映し出されたCMにはその神社の宣伝が流れていた。
そこは今年初詣しに来た神社だった。
「神頼みもええやん、たまには信じたってええやんか。」
神様なんか居ない。
今までそう思ってきた。
でも、自分じゃ辻にしてあげられることは今は無い。
ただ合格を祈る事。
それだけしか出来ない。
何かできるとしたら、ここでお守りを買って届ける事。
「すんません、これください。」
加護のチョイスした物はピンク色のお守り。
辻は以前にピンク色が好きだと言っていた。
そのお守りを持って、賽銭を投げて合格祈願をしたあと、
松工大駅へととんぼ返りをした。
「ちょっと会えればええ。ただ渡したいだけ…。」
松工大駅から辻の家に向かう最中
辻の携帯に電話をかける。
『こちらはBLTサンドです、現在、電波のとどかない…』
しばらくぶりに電話をかけた。
最近は邪魔になるだろうと電話をかけて無かっただけに
電話に出てくれるのを楽しみにしていたが。
- 159 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:29
- 「しゃあないな、アポなしで。」
ピンポーン。
呼び鈴を鳴らして最初に出てきたのは辻姉だった。
「お、加護ちゃん、いらっしゃい。」
「あ、文子さん、のの居ます?」
「えっとぉ〜…昨日から家に居ないよー。
明日受験でしょ?でね、京都の大学の近くのホテルに泊まってるよ。
えっと、何て大学だったっけ…、えーっと…。」
気が遠くなった。
また自分は彼女に何もする事が出来ないのかと。
手に持った袋がつぶれていく。
辻姉の記憶力の無い言葉などもう耳に入らなくなっていた。
「泊まってるホテルはね、『身体がホテル』だよ、これ電話番号。そこの。
良かったら電話かけてやってよ。のの携帯忘れてっちゃってさ。」
渡された紙を受け取ると、軽く頭を下げて辻の家を後にした。
「なんもでけへんやんか…、ウチ…。」
手にした紙は、旅行代理店チラシの切り抜きだった。
気休めの一言でも言おうか、なんて思ったりもするが
話してしまえば、より自分の無力さを感じる事になると悟った。
- 160 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:30
- 「携帯忘れるなんて、ののらしいな…。」
寂しい笑みが少し漏れた。
「のの…ウチあかんなぁ…。ののに何もしてあげらへんくて…。
ごめん…。」
無力感が、雫を頬に伝わらせた。
止められないこの流れは幾筋もの雫を生み出していく。
そんな時だった。
「おーい、加護ぉ〜〜。」
振り返るとそこには矢口と石川が居た。
「あのさ〜おね……どした?」
「加護ちゃん!?どうしたのっ!?」
面を食らった矢口と石川。
なぜなら、加護の涙など付き合ってきて一度も見たことが無い。
そんな彼女が今、目の前で泣いているのだから。
- 161 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:30
- (今しかあらへん…、チャンスは今しかない…。)
「矢口さん!!お願いあんねん!!」
「は?…はぁ?お金なら無いよ…ってか、100円貸して、
ライターガス欠っちゃってさ。アハハ。」
「そんなん払ったる、せやから、ウチの願いを聞いて!!」
「あ、…えっと…なに…?金目の物なんてもってないよ…ヤグチ…。」
鬼気迫るその顔は、嫌とは言わせなかった。
「ウチを今からSIGERUで京都まで連れてって!!」
「………はい…?」
「タダでとはいわへんから、ガス代も負担するしメシ代も、それにこれ!!
矢口さんが欲しがっとった秀樹のフルスタンプカード2枚あげるから!!」
「…偽物じゃないよね…?」
「ホンモンやって!!」
「う〜ん…。」
「加護ちゃん急用なの…?おじいちゃんとかおばあちゃんとかあぶないとか…?」
- 162 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/15(水) 19:30
- ろくな事を言わない石川であったが、
この加護の状態を見るとそう思うのもおかしくは無い。
ちなみに矢口は1度、秀樹のスタンプカードに騙されているので
即答はしづらかった。
「ちゃう…ののに…届けたい物があんねん…、一生のお願いやから。
聞いて…おねがい…。」
「ん…わかった…、じゃあ、後もうひとつ…加護んちの
アブトロニックくれ。」
「…そんなもんやったら幾らだってくれたる!!せやから早く!!」
「…よし、載れ!!」
「おおきにっ!!」
交渉即決で、矢口と加護は近くにあったMACCO SPに飛び乗り
颯爽と去っていった。
「あれ…ヤグチさぁ〜ん…石川置いていってますよぉ〜ぐすん…。」
手荷物一杯で立ち尽くす石川の姿だけ、その場に残った。
- 163 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/15(水) 19:31
- 今週はここまでです。
来週水曜日に続きを更新させていただきます。
- 164 名前:へっとずぴかる 投稿日:2003/10/16(木) 05:16
- こんばんわ。3日かけて読ませていただきました〜
ここまでインパクトのある小説は初めてです。面白い!
あと少しで終わってしまうのは残念ですが頑張って下さい〜
- 165 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/22(水) 18:35
- >>164
ありがとうございます。&オツカレです。
ミニモレンジャー気に入っていただければ幸いです。
まもなく続きを更新いたしますので、お楽しみください。
- 166 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:36
- MACCO SPは轟音を撒き散らしながら、東三商店街を駆け抜ける。
歩道では手を振る人たちが居たが、人格の変わったヤグチは気にも止めなかった。
「生きてるか!?」
すでに30分が過ぎた頃、ヤグチは加護に話し掛けた。
いつもは後ろに石川を乗せている。
その石川は家からトイズまでの10分程度でいつも失神していた。
「余裕やで、こんなん。」
返事は、予想外だった。
なぜか後ろにいた加護はいつもの加護ではない気がした。
この走りが慣れているかのようだった。
「そうか、じゃあ、あと50km/h上げるぞ。」
すでに90km/hは超えていた。
一般道を軽々対向車も交わしながら走るヤグチは
やはり黄金の流星。
パトカーなど何台追跡を諦めただろう。
警視庁から名前が県警に変わった頃
MACCO SPは徐々にスピードを落としていき、ついに止まった。
「どないしたん?矢口さん。」
「ガス欠。ヤグチも。」
幸いな事に、目の前にはファミレス『グアシト』とGS『上毛』があった。
上毛にMACCO SPを置いて満タンを頼むと、その足でグアシトに入った。
- 167 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:36
- 「えっと、ウチはグアシトラーメン。矢口さんは…?」
「はんばーぐ!!」
満面の笑顔でこぶしを突き上げ、そう言う矢口は
いかにも、お出かけ先レストランの子供のようだ。
「…セットで。後ドリンクバー二つで。」
『はんばーぐ』発言にニガワライを漏らす店員を見ながら、
矢口は改めて、加護の真意が何であるかを問いただした。
「加護、何で京都行くわけ?辻がどうとか言ってたけど。」
「えっと、今、のの京都のホテルに泊まってるんです。
で、届けたい物があって。」
「ふーん…、忘れ物かなんかなわけ?」
「えっ…まぁ、そんなもんかな…。あ、矢口さん何飲みます?
コーラ?スプライト?えっと、オレンジジュースもあるかな。」
「あ、じゃあ、コーラ。」
触れられたくも無いと言わんばかりに、話をすり替え、席を立った加護。
コップと氷を探している加護の後姿を見つめながら、矢口はつぶやいた。
「誰にだって…触れられたくない事はあるよな…。」
- 168 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:38
- オーダーした物が届いてから、年頃の女の子が食事するとは思えないほどの
静かさがしばらく続いた。
「矢口さん、ほんまおおきに。」
「ん?なにが?」
「京都まで乗せてってくれること。」
「ああ、いいよ。食うもん食わしてもらってるし、秀樹カードはあるし。」
「奈良通る?」
「奈良?どうだろ?通るかなぁ?」
「……ちょっと寄ってもらいたいところあんねん。」
「そう。」
それ以降、グアシトでの会話は無かった。
加護はいつに無く複雑で感情のつかめない表情をしていた。
悲しいのか、懐かしいのか、矢口には加護がどういう心境で居るのか
わからなかった。
腹が満タンになった二人は満タンになったMACCO SPに乗って、
目的地に向けて走り出した。
MACCO SPは不満を言わず走り続けた。
言ったとすれば、空腹による飯の要求。
夜中になっても走り続けた。
休みを入れるたび、矢口にねぎらいをかける加護に
矢口は無言で手を横に振って笑った。
ソレを繰り返し、何台もパトカーを振り払った。
- 169 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:38
- 最初の目的地は奈良のある国道だった。
何処にでもありそうなカーブを指差し、「そこに止めて欲しい」と加護は言った。
視界の悪いそのカーブのそこにはガードレールにひっそりと添えられた花が
疲れ果てて萎れていた。
加護は学校バッグから、何かを取り出しその花の傍に置いて手を合わせた。
その様子を見ながら、寒さに悴む手を温めて矢口は聞いた。
「誰か死んだの?知り合い。」
手を合わせていた加護が閉じた瞳を開き、立ち上がって答えた。
「…うん。ウチが愛した最低な奴。」
「そっか…。」
「もう言うてもええかな…、聞いてくれる?」
「いいけど、ここ寒いからさ、あそこにファミレスあるじゃん。
そこで休憩がてら聞くことにするよ。ね。」
「うん。」
本日2回目のファミレスでは1回目より、はるかに重い空気が漂っていた。
「ウニーズセット」なんて定番な物をオーダーした。
- 170 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:39
- 「で、聞くよ、話。」
「…うん、あのな…東京来てから、この事話すの矢口さんが2人目かな。」
「一人目は辻?」
「うん。」
「だよな。親友だもんな。」
以前、雷鳴轟く豪雨の中で辻に打ち明けた秘密を再び、
今度は矢口に語りはじめた。
- 171 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:39
- ◇ ◇ ◇
それは加護が中学生の頃に遡った。
タバコも酒も覚え、荒れていた時代。
いつのまにか、加護は一般の中学生とは少し違った道に反れていた。
簡単に股を開いていた加護は、サセコで周辺では有名になっていた。
ヤリマン女と言われ、公衆便所と罵られて
幾度も暴れたが、変えようの無い事実はいつも付き纏っていた。
そんな自分が嫌いだった。
本当の自分はこんなんじゃないと、いつも自問自答を繰り返すが
流れるように身を任せるしか、自分の生きるすべは無かった。
そんな中、唯一自分を、
本当の自分を正面から向き合って見てくれる人が現れた。
初めて、ヤリマンだとわかった上で真剣に愛してくれる人と出会ったのだ。
加護は深く彼を愛し、彼に忠誠を誓い、他の男に交わる事を辞めた。
心の支えをえる事は加護を強くした。
彼は地元で有名な族に所属していた。
偉い地位ではなかったけれど、彼の単車のライディングには定評があった。
いつもその後ろに乗って、彼のハシリを楽しんでいた。
大きな背中、風を切る心地よさ。
時として、場が荒れるときのスリル。
今まで自分に経験が無かった事ばかりで、新鮮な感覚を覚えていた。
揃いで彫り込んだ蠍のタトゥー。
彼は左肩、加護は右肩にそれそれ掘り込んで
常にソレは向き合うようにしていた。
- 172 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:40
- そして、高校へ進学した頃、
彼が加護の中で全てになり、周囲を見渡す事さえ出来なくなっていた。
そんな折に訪れた出来事。
妊娠だった。
この事実を知った時、心の中で加護は驚きよりも喜びが勝っていた。
喜び勇んで、彼の元に向かい、嬉しそうに彼に伝えた。
堕す?
他人の子供?
遊び?
迷惑…。
そして一ヵ月後、加護は病院でその手術を終えた。
何か無くなってしまった。
何もかもを無くしてしまった。
何も出来なくなっていた。
何もしたくなくなっていた。
偽善にしか聞こえない言葉。
幾度も回想される彼の罵声。
足りなくなった涙。
そして、転校。
奈良を去るとき、加護は臍を中心に太陽のタトゥーを彫った。
彼か彼女かわからないときに捨てた子を忘れぬために。
自分への戒めの為に。
◇ ◇ ◇
- 173 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:40
- 「最悪だね、そいつ。」
「うん…、ウチはもっと悪い。遊びやって、気づかんかった。
気づかんせいで、大事な命を消してもうた。」
「そうな。」
「その後、こっちの友達から連絡あってな、『事故って死んだ』って。」
「天罰だろ。」
「そうなんかなぁ。」
溶けた氷がカランと鳴って、汗だくのグラスを口まで運ぶ。
ソレしか音が無いように、二人の周りは静寂が包んでいた。
「今回っきり。もう、ここには一生、うん多分、来ぃへんよ。
さよならも言わずにウチは奈良を去ったし。さよなら言うたろおもってな。」
「そっか。…あ、ねぇさん火つけましょか。」
「…矢口さん、関西弁変。」
「あ、そう。ナハッナハッ。」
ターボライターの炎は、鋭く燃えていた。
「こんなな、話を一生懸命聞いてくれたののに、感謝したい。
ののは、ウチを救ってくれた。今度は何も出来へんかもしれんけど
何かしてあげたい。」
「よし!!んじゃあ、行くか。飯も食ったし、手は温まったし。
これから休み無しで一気にホテルまで行くからな。」
「……うん!おおきにっ!!」
- 174 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:40
- 言葉どおり走り続けた。
今加護が一番会いたい人の処へ。
耳が痛い。
そんな感覚さえもなくなりそうだった。
加護は、カバンから愛用のヘッドホンを取り出して耳を覆った。
They’re not gonna get us…
not gonna get us
not gonna get us
ライディングには向かない、加護の服装。
ブレザーのジャケット、ワイシャツ、緩められた女子用ネクタイ。
スカート、そしてその下の指定ジャージ。
寒さはとうに限界を超えていた。
けれど止まらない、止められない。
あのコに会うまでは…。
高速ライディングは、ホテルに着いたとき、軌跡的な数字をはじき出していた。
それは新幹線には遥かに及ばないが、高速道路で向かうのと同等だった。
「ずいぶん静かにしてるなと思ってたけど、音楽聞いてたのかよ。」
「だって、耳痛かったし。矢口さんは耳バンドしてるからええやないですか。」
「うー、さむっ。とっととホテル入ろうぜ。」
「無視かいな。」
- 175 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:41
- 受付は無視して、エレベーターで部屋へと向かう。
27階へと向かうエレベーター。
高層ホテルのエレベーターから見られる景色は美しかった。
ホテルの中は、外とは比べ物にならないほど暖かく、
その空気は冷えた肌をピリピリと刺激した。
「鼻水出てきた…。」
「ウチも…。」
辻はその頃、湯船に浸かっていた。
ホテルで一日、座り続けるには少し辛いイスに座っての
受験勉強の疲れを取るため長めに入浴をする。
狭い風呂の中で加護の事を思い出していた。
「あいしゃん、どうしてるれすかね…。」
もしこの大学に合格したら、自分と加護は離れる事になる。
たかが2年程度の付き合いだけれど、本当の親友を見つけた気がした。
合格すれば、自分は技術者になるべく、この京都で6年住むことになる。
複雑であるが、自分の夢をかなえられる最適な場所はここしかない。
「会いたいな…あいしゃん…。」
のぼせそうになった辻は、風呂を出るとその姿のまま
部屋の窓に向かって、京都の夜景を眺めた。
人工の作り出された光がとても美しく見えた。
手が窓に触れると、周りは曇りだす。
曇りだしたその先の景色もまた乙に感じる。
- 176 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:41
- カチャッ…。
その時、ドアのノブが回る音がした。
戦慄を覚えた。
窓に反射して見えるドアのノブが回転しているのが見えたからだ。
確かにドアノブは回っている、しかし自分はロックをかけたはず。
ぬれた髪からゆっくり、雫が落ちてゆく
それがコンマ何秒のものなのに、それが数秒もかけて落ちていくようだった。
足が自然と震えだす。
今の自分は何も身に纏っていない姿で、まさにホラームービーのようだった。
「きゃあああああああああ…あ…あ?」
「さみぃーーーーさみぃーーーーー。おっ、辻っ!!
風呂上りかっ!!ちょっと風呂貸してくれ!!さみいさみい!!
おい加護、はいろうぜ!!」
「うー、ホンマさむかってん…のの遊びにきたでぇ、ちょい風呂入れて。」
「……あ、うん…。どうぞれす…。」
わけがわからなかった。
- 177 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:41
- 「どういうことなんれすか?」
まず最初に聞くのはそれだ。
こんなことが以前もあった。
何も連絡ナシに突然来るのは彼女達の常套手段。
だけど、京都まで来るとはおもってなかった。
でも、辻は厄介には思わなかった。
会いたい人が来てくれたから。
裸の3人は服を着る事も無くベッドのに居た。
「んまぁ、ソレは加護に聞いてくれよ。おいら、ちょっとウ○コしてくっからよ。」
ちょっと汚いが、矢口は気を利かせてトイレに入った。
「で、どうしたんれすか?」
会いたかったのに、素直にいえない性分が少し邪魔をする。
「あの何や…観光しよかなって思うて…。」
会いたかったのに、素直にいえない性分が少し邪魔をする。
「そんなんで、受験生の邪魔しにきたんれすか。」
会いたかったのに、素直にいえない性分が少し邪魔をする。
少し、加護は大きめに息を吐いた。
「うそ…そんなん、観光なんかで来ぃへんよ。」
加護はカバンの中から、小さな袋を取り出して
加護に差し出した。
飾りっ毛のないお守りだった。
- 178 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:42
- 「…これを渡すために…?」
「うん…、迷惑やったかな…?やっぱ…。」
「…ありがとう!」
「!!!!!」
抱きしめられた。
抱きしめ返した。
会えてよかった。
会えて嬉しかった。
渡せてよかった。
「大好きれす、あいしゃん!!」
「ウチも大好きやで。離れても、ウチらはすっと親友やで。」
「うん…親友れす…ずっと…ずっと…。」
親友の身体は温かかった。
「辻ィ…トイレの紙切れ…あ、あそう。
そういう関係だったからか…うん、わかるぞぉ、お姉さんわかるぞ。
うんうん。やっぱ女の子の身体は良いよな、うんうん。」
本当にふんばってた矢口は家政婦は見た状態。
- 179 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:42
- 「ち、ちがうれすよ!!」
「ちゃう、ちゃうよお、梨華ちゃんと矢口さんのとちゃうよ!!」
「いいっていいって。そんな言い訳しなくても。
さ、飲むぞ!!矢口姉さんのおごりだ。」
いつのまにか矢口の手には、ウィスキーの箱が抱えられていた。
「「え゛ぇっ!?」」
この後、矢口は左右から同時に廻し蹴りをくらい、
一番最初に就寝したのは言うまでも無い。
試験から2週間後、
雪の降る中、加護の家に辻がやってきた。
「どうやった?結果。」
「落ちちゃった…。」
「さよか…。お守り効かへんかったなぁ…」
「あ、あいしゃん、これあいしゃんにあげるのれす。」
辻がポケットから取り出した物は
加護が辻にあげたお守りと同じ物だった。
- 180 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:42
- あいしゃんには黙ってたんれすけど、
あの神社、友人関係が円満になる神社なんれすよ。
だから、ののが前に買った奴をあいしゃんにあげるのれす。」
「なんや…そうやったんか。」
ソレを渡すと、辻はニカっと笑った。
「おそろいれすね。」
「せやな。」
「あ、あと一つ言い忘れてたのれす。」
「なに?」
「のの、松工大の試験受けておいたんれす。
だから、松工大生として、ののはずっとあいしゃんの傍にいられるんれす。」
「…ええの…?…それで。」
「不粋れすね。二人はずっと一緒なのれす、ずっとずっと。」
「永遠に?」
「そう、永遠に!」
- 181 名前:第29話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/22(水) 18:43
- 生まれた場所も、生い立ちも違うけれど
彼女達は出会い、親友になった。
祝福するかのように、白い雪は降り続けた。
「はー、さぶっ。」
「矢口さんっ、台所にあった私のお気に入りのウイスキー何処やったんですか!!」
「ん〜…ずいぶん前に京都で飲んだ…。」
「ねぇっ!箱はっ!?」
「箱…?ああ、たぶん…辻の居た部屋かな…?」
「あの中ヘソクリ10万円あったんですよっ!!」
「なにぃっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
この度、2回目の京都バイクの旅に向かうことになりました。
今度は黒いのを後ろに乗っけて。
- 182 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/22(水) 18:45
- 以上で29話終了です。
次週水曜日に最終話を一挙更新します。
- 183 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/22(水) 22:31
- 来週で終わりか・・・
ちょっと寂しいけど、楽しみにしてます
- 184 名前:へっとずぴかる 投稿日:2003/10/23(木) 02:53
- 更新オツカレです。
ついに次週で終わりですね・・
もう一度読み返しておきます。それでは〜
- 185 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/10/26(日) 22:37
- 最後はぜひ、梨華真里を結ばせてあげてください
- 186 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 20:21
- ここにきてこんな話・・・ずるいぞ,。・゚・(ノД`)・゚・。w
- 187 名前:みさと 投稿日:2003/10/30(木) 00:06
- 作者さんまだかなぁ
今夜は寝ないで待ってます
- 188 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/30(木) 00:30
- >>183
いよいよ最終話です。
更新日がずれてしまった事をお詫び申し上げます。
>>184
ありがとうございます。
読み返すのは大変なので、程ほどにお願いします(w
>>185
どうでしょうか(w
最終話を是非楽しんでください。
>>186
一応タトウーのエピソードや
辻の受験を書いてみたかったもので(汗
>>187
お待たせいたしました。
まもなく最終話更新します。
- 189 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:37
- もうそろそろ春。
裸で寝ていても寒くて起きることもなく、
それなりに満足な睡眠を経て新しい朝を迎えるようになった。
「ガシャッ!!」
でも、どれだけ寝ても寝足りないから、
やっぱり無意識のうちに目覚まし時計を壁に投げつけ、
この一年間で80個以上も廃棄することになるのだった。
「んんっ……」
石川は、起きた。
起きて、目覚まし時計がある辺りを手でかき回してみて、
無いことが分かって眉をひそめる。
「またぁ……もうっ、矢口さぁ〜ん…朝ですよぉ〜っ。」
ベッドの外側に転がっている矢口をまたいで、
部屋の向こう側に落ちている時計を拾い上げてまじまじと眺めた。
アナログ針のシンプルな時計だが、
現場検証からして、ベルの部分がしっかりと壁に当たって
その息の根を止められたようだ。
「ほんっとに矢口さんって分からないなぁ……」
- 190 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:37
- 溜息まじりで燃えないゴミの袋にそれを入れる。
そう、春は別れの季節なのだ。
まぁ、目覚ましは5日に1回お別れをしてきたのだが。
「矢口さんっ、ホントに、そろそろ起きないと保田さんの逆鱗に触れちゃいますよっ。」
「……眠いから行かないっ。」
「もうっ、子供みたいなこと言ってないでっ。」
「…春眠暁を覚えず。
このベッド気持ちいいの。だから起きたくない……おやすみ。」
甘えん坊(というか自分勝手)な矢口にちょっと心が揺らいだが、
最近の保田の気性が不気味すぎて、そろそろ定刻出勤しなければ
という気も芽生えていた。
「ホントにダメですよぉ〜、毎日遅刻ですよぉ?
そろそろ、わたし達が知らないうちにクビになったりしますよぉっ。」
「毎日遅刻なら今日も遅刻でいいじゃん。
ほら、こっち来て一緒に寝よっ。」
ベッドの隅に寄って、出来たスペースをポンポンと叩く矢口。
携帯を見たら、今出発すればオンタイム到着できる時間だ。
- 191 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:38
- 「んもうっ、5分だけですよっ。」
でも、実は矢口の誘いが嬉しいのだった。
結局、いつもの2人がいつものように5分遅刻することが決定した頃、
トイズEE内の一室では一方的な通達がなされていた。
和田薫株式会社トイズEE業務取締役社長。
久しぶりの登場だがもうこれから出番はない。
その部屋から出てきた保田は
今夜は眠れないだろう、と覚悟した、変な意味ではなく。
最近は険しい表情が後退して
やたら起伏のない顔をしているから
どのバイトメンバーも暗に保田の変異を訝しがっていた。
勝っている時に怒った顔をして、
ボロ負けしている時にニコニコしている星野監督状態。
ともかく、そんな顔で廊下を少し歩き、
脚長な灰皿が隣りに置いてあるベンチに腰掛けた。
「っはぁ〜。」
憂鬱な溜息は空に吐き出しても白くない。
もうそんな季節だ。
「とうとう、ってことね…。」
- 192 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:38
- 峰をやめて、タバコはわかば。
100円ライターをカチカチと点けるが、
ガスはもうほとんど無く、可愛い小さな炎が
申し訳なさそうに目の前に現れた。
タバコを含んだ溜息は、ようやく空に白く映った。
「やっぱり今日も遅刻じゃないですかぁっ!!」
「知らねーよ!!5分で起きるって言ってぐっすり寝たのは誰だよ!!!」
石川のアパートの階段を猛烈な勢いで駆け下りるが、
階段というのは人間の進行速度にリミットを設ける。
歩調はやたら速く感じるのだが、結局進むのは1段ずつだった。
「だって矢口さんが抱きつくんだもんっ!!!」
「ホイホイ隣にやって来といて文句言うな!!!」
5分遅刻するつもりで30分遅れた。
そのことを知った瞬間に矢口の顔は青ざめたが、
石川の顔は普段の血色通りである。
ぶどう荘では引越し作業しているアンチャンが居た。
やっぱり春はもう来ていた。
スプリング・ハズ・カムである。
とにかく、今日もマコスペ(SHIGERU 211V MACCO SP)を2人で押し掛けし、飛び乗り、
もちろんヘルメットなど被る暇なく、矢口の別人格が目を覚ますのだった。
- 193 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:39
- 「しっかり掴まってろよ…。」
下町をウイリーしながら爆走するその後部座席には、
殺された貞子のように髪をダランと垂らし、
両の腕を振動に合わせてブランと泳がし、
白目を剥いて泡を吹く石川がいる。
そしてそのまま駐輪場に到着するのが常。
「思ったより道が空いてたな……おいっ!!梨華ちゃん氏ぬなっ!!!」
矢口はバイクから降りて目にするグロテスクに失神した石川に
腰を抜かしそうになるのが常だった。
「やぁやぁ、諸君オハヨウ。」
肩にそいつを担いで非常階段をあがると、
目の前に出現する控え室。
大遅刻なのは重々承知しているから、
余計に"私は悪くありませんよ"的な雰囲気を装って
ドアノブを捻って足を踏み入れた。
「んぁ、おはよ。」
「おはようっス。」
「おはよーれす。」
「おはようさん。」
拍子抜け、というか
その部屋には支配者の姿はなく、
人々はどうやらその人を待っているようで、
凄く暇そうだった。
- 194 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:39
- 「なんだ、圭ちゃんいねーのか。よかったよかった。」
その暇な人たちは、とりあえず気を失ったままの石川を
ペチペチ叩いて目を覚まさせる。
一人はティッシュで泡を拭き取り、一人は肩を揺らし、
一人は手のひらで撫で付けて、開きっぱなしの目蓋を閉める。
「……ううっ。」
「ようやく戻ってきたか。梨華ちゃん、ラッキーだぞっ。
まだ圭ちゃん来てないってさ。」
「ああ…そうなんですか……。」
「そう。梨華ちゃん、タバコ買ってきて。」
「自分で行ってきてくださいよぉっ。」
この世に復帰したばかりなのに、
今日もパシリだ、頑張れ石川。
「もうっ…ああっ、頭痛いっ……。」
屋上からデパートに入って階段を下りる。
一階、地下一階こそは並のデパート程の体裁を保っているが、
改めて見るとデパートの上半分はとても客が来たがるようなものではない。
階段も、掃除しているのかいないのか、汚れでいっぱい。
目の前にタバコの自販機が見えてきた。
- 195 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:39
- あっ、保田さんっ。」
その正面にはベンチがあって、
保田はそこでタバコを吸ってぼーっとしていた。
「ああ、石川、オハヨ。」
「オハヨってっ…もう9時半回ってますよっ!?」
「…もうそんな時間か……まぁいいわ。今日は午前のショーは中止よ。」
「えっ!?」
言い放って数秒後、
ようやく石川の方を向いた保田は
憮然たる表情で灰皿にタバコを投げ入れ、
先に階段を上がっていってしまった。
「ちょっ、保田さぁんっ!!何でですかぁーっ!?」
「……。」
石川も後を追いかける。
パタパタと慌しい足音と共に駆け上がって、
光の射す屋上へのドア近く、
保田は立ち止まり、振り向いて石川を睨みつけた。
- 196 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:40
- 「中止よ。」
錆びたドアノブを捻ると
痛みを堪えるような音が鳴る。
外は暖かく、そして眩しかった。
「ど、どこ行くんですかっ…?」
「どこだっていいじゃない。」
「良くないですよっ……用事ないなら…ショーやりましょうよっ。」
「用事があるから中止って言ってるのよっ!!」
結局、半ば突き放されたように
石川は控え室に戻ってきた。
みんなに午前は休みだ、と伝えて、
ミニモレンジャー。相談役の後藤真希氏の所へ向かった。
「いきなり午前中中止とか言われてもねぇ……ポン。」
「まぁ、でも圭ちゃんの麻雀セットがあってよかったっスね……通れっ!!」
石川の憂鬱などどこ吹く風。
矢口の提案で、倉庫に仕舞ってあった麻雀セットを持ち出し、
朝から不健康な賭け麻雀(違法)を行うことにしたようだ。
- 197 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:40
- 「ロン。チャンタ、トイトイ、小三元、ドラ3。」
「マージっスか!!!」
「よっすぃー、少しは守りのこと考えんかいな。」
「よっすぃー、どっちにしろ当たりだったれすね。
白切ったら役満直撃れしたよ。」
「中と青鳴かれてて白切るほどアホじゃないYO!!」
「そうかー?」
「そうなん?」
「そうれすか?」
ヽ(O`〜´O)ノウワァァン
後藤は、またいつものように悲壮な顔してやってきた石川を見て
少々ゲンナリしそうになったが、話の内容は違った。
「ごっちーん…」
「んぁ?」
「なんかねっ…保田さんが変なのっ…。」
タバコは連鎖するもので、
卓を囲んだ4人の方からモワモワと煙が運ばれてくると、
後藤も1本取り出して火をつけた。
- 198 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:41
- 「すっごい怖いのっ…。」
「すは〜……怖いの、いつもじゃん。」
「そうじゃなくてっ!!」
「す、すんません。」
一気に顔を紅潮させた石川についつい謝ってしまったが、
何をそんなに興奮しているのか、まだ後藤にはサッパリだった。
「なんか…何が言いたいのか全然分かんないんだけど。」
「あたしのねっ、女の第六感がシグナル出してるのっ。」
「へぇ〜。」
しまった。詳しく訊くはずが、余計に訳の分からないことを言われてしまった。
向こうのほうからは、結局ハコって
やる気を失った吉澤が『ごっちん代わってー!!』と呼んでいるし。
どうすればいいのか。
「ん、んぁ……」
困った。
「「「脱ーげっ!脱ーげっ!」」」
後から聞かされた高額レートに抵抗を示した吉澤だったが、
残りの3人は何故か"脱げコール"に切り替えて追い込んでいく。
君たち全員女だろ。
- 199 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:41
- 「これイジメっスYO…もうっ、まいったなぁ……
んじゃ脱いだらチャラっスよ!?」
「あー分かった分かった。」
「しかたねーれすね。」
「言い訳はエエねん。はよ脱がんかい。」
「ちっくしょう…いつかこの借りは返してやるYO!」
さっさと服を脱いだら、何故かデジカメで激写された吉澤。
「よっすぃー、この写真、いくらで買う?」
イジメ(・A・)イクナイ!
とはいえ、矢口たちはオフザケでやっているだけだが。
とにかく、それくらい暇している人たちであった。
「ん?二人ともどっか行くの?」
一頻り笑い終えたところへ
後藤と石川が通りかかる。
結局、ここじゃマトモに話ができそうもない、と考えたのか、
外に行くことにしたようだ。
この季節、自然の空気が溢れているところの方がいいに決まっている。
「んぁ、散歩。」
「矢口さんっ!!バカなことばっかりやってないでくださいよっ!!」
半分の怒りと、呆れ、少々の嫉妬心から放たれた怒声は
ドアの閉まり際、滑り込んで矢口の鼓膜に衝突したのだった。
- 200 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:41
- 「バカって言われたれすね。」
「まぁ、どう見てもバカやけどな。」
「…なんでそんなに怒られなきゃいけねぇんだ……
まぁいいや。よっすぃーの代わりになっちでも呼んでカモるか。」
「何でもいいっスけど、さっきの写真早く消してくださいYO!!」
地下の駐車場のいつもの場所には、
保田のクラウンがある。
ということは、歩いてどこかに行ったか、
もしくはデパート内にいるか。
「控え室以外で梨華ちゃんと二人ってあんまないよね。」
石川は凄い剣幕で『保田さんを探しに行くのっ!!』と言って聞かないので、
散歩がてら、とりあえずデパート内を歩いて回ることにした。
「……。」
さっきから、本当に心配そうに辺りを見回す石川に
疑問があるのは確かだが、
しかし後藤にも思い当たる節がないわけではなかった。
それは、皆が気づいているはずのことだけど、
皆がそれほど深刻にも思っていないこと。
だから、後藤もそれほど気にしていなかったのだった。
- 201 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:42
- 「ここには居ないねぇ。」
「うーん……保田さんが行きそうな場所ってどこなのかなぁ……」
「…他のデパート行ってみよっか。」
「他のデパート?」
「他のデパート。ハチャマとかハローズとか。」
入り口まで歩いて30秒。
隣りのハチャマに入ると、とりあえず後藤の馴染みある市井の所を訪ねた。
今度は石川が後藤の行動に首を傾げ気味だが、
スタスタと先を歩いていく彼女に賭けてみることしかできない。
「いちーちゃん。」
ステージを見てショーをやっていないことを確認すると、
控え室を見つけてノックした。
「ああ、ごとーじゃん。どうした?」
「圭ちゃん来なかった?」
どこへでもズカズカ、という感じでもなく、
フラッと立ち寄る感じの後藤は何故か心強い。
全くアテもなかった石川にとっては、
少しでも可能性がありそうな後藤に期待を寄せるしかなかった。
- 202 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:42
- 「来ないよ?なんで?」
「んぁ……なんでもない。」
「何だよ、変な奴だなー。」
「じゃあね、また。」
そそくさとドアを閉めた。
市井は何のことか全く分からないまま、
動くこともできずに若干口を開けることくらいしかしなかった。
「ごめん、ダメだった。」
「ううん……もう一個、残ってるし。」
「ハローズ…」
「……。」
「行きたくないでしょ?」
全くの図星。
さすが、メンバー随一の心理眼を持つだけあって、
石川の心が6:4で行きたくない方に傾いていることを察知していた。
「嫌……だけどぉ…しょうがないじゃん…。」
「んぁ。」
- 203 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:42
- 滞在時間約5分。
本当ならデパートの中も捜索したいところだが、
部外者がウロチョロしていると怪しすぎて、
摘み出されては困るので、仕方なく妥協した。
「実はね、あたしもあんまりあのコ、合わないんだよねぇ。」
「そうなのっ!?やっぱそうよねぇ〜。
もうっ、ヤんなっちゃう、いつも絡んできてっ。」
絡んでいくのは自分の方だということは
絶対に言わない。
「あたしはあんまり絡まれないねぇ。
こういうときは黙ってる方が得だね、んはは。」
そんなこと言いながらハローズに乗り込んでいったのだが、
結局ここも手掛かりなし。
屋上だけ訪れて、足早に立ち去ることになった。
もちろん、石川は一言も話さない、どころか
松浦に会うこともなく、独り遠くで立ち尽くしていた。
「梨華ちゃん来ないから、微妙な空気だったよ。」
「あたしが行ったらもっと微妙になってたよぉっ。」
「そうなの?んんー、どっちにしろ、手掛かりなかったねぇ…。」
「うん…戻ろっか。そろそろ保田さんも控え室に居るかもしれないし…。」
「ミニモレンジャー。ショーに来てくれてどうもありがとうっ♪
司会のチャーミーお姉さんよっ♪」
もう2年もやっていれば、チーフが居なくてもショーの進行に支障は出なかった。
石川はさっきまでの心配そうな顔を隠し、
満面のチャーミースマイルでマイクを握っている。
当初は"やらされている感"に満ち溢れていたが、
今やプロのブリッコである。
- 204 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:43
- そして、吉澤に続いて安倍までも餌食にした悪雀士ミニモレンジャー。は
テーマ曲に導かれて勢い良くステージに駆け出している。
そして、出番がもう少し先になる吉澤扮する悪役・ガンコオヤジは
暇なのか、直前まで後藤のところで、
先ほど受けたミニモレンジャー。からの悪どい仕打ちについて
愚痴をこぼしていた。
「んぁ?ああ……」
独りになった音響室でマミーを飲みながら、
散々見た台本を何気なく捲っていると、
ドアから外の光が入ってきて、目を向けた。
「どこ行ってたの?」
保田は部屋の隅に転がされていた椅子を見つけて、
深く腰掛けた。
目はずっと後藤を見ているが、
どこか虚ろだった。
「あんたには関係ないことよっ…。」
「……。」
実は保田も、後藤に何度か相談を持ちかけてきていた。
他のメンバーには悪いが、彼女の相談は真剣で、
口外はできないことだった。
だから、石川を連れて歩いたさっきも
理由は告げることをしなかった。
「なによ?」
ガラが悪く見えるように振舞っているのか、
それとも極度に心労しているのか、
保田はぶっきらぼうにそう言い放って、決して目を逸らさなかった。
その目は、灰色にすら見えた。
- 205 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:43
- 「"ただのバイト"には関係ないこと?関係あること?」
「……関係ないことよっ。」
ステージはいつも通り。
猿芝居の中に超肉体的パフォーマンスを織り交ぜるという
スペクタクルでファンタジックな内容だ。
「ミニモXだーっ!!」
「ギャヒッ!!!」
「ホグァッ!!!」
でも、効果音は出なかった。
紺野がやっていた頃から久しぶりでお馴染みのこのアクシデントに、
今更慌てふためくような彼女達ではない。
「「150cm以下戦隊ミニモレンジャー。カッカッ。」」
ののたーんとあいぼーんはヘッドセットを外して
マイク部分を口元にくっつけると、
強烈な吐息を伴って『ドゥーン!!!』と言う。
そうするといい感じにノイズが掛かって、効果音の出来上がり、というわけだ。
「ごっつぁーん!久しぶりに寝てたでしょ!?」
「んぁ?……ああ、ゴメン。でも寝てないよ。」
「保田さんはっ!?まだ居ないのっ!?」
「……。」
辻と加護は変な雰囲気に顔を見合わせているが、
後藤は構わずに、石川の質問に答えた。
「来たよ、さっき。体調悪いから帰るって。」
「ああ…そう…。」
- 206 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:43
- 部屋には秒針が刻む音だけが響き、
小さな耳鳴りすら聴こえる。
隣りに寝る矢口はゲームの攻略本を読みながら
眠い目を擦っていた。そして、コンタクトをつけたままであることに気づかず、
そのうち目が痛くなってくるのである。
「矢口さぁん……」
「ん?」
電気は消してあるし、そこまでして読みたいものなのか、攻略本。
石川は、矢口にしがみ付き、不安な顔を露にした。
「何か嫌な予感がするんですけどぉ……」
「何?嫌な予感?」
「何だか分かんないですけどぉ…」
「ふーん……あっ!!」
「何かありましたかっ!?」
「コンタクト付けっぱなしだった…あぶねー…。」
「……。」
錯覚か、遠くでフクロウが鳴いたような気がした。
いつもそうなのだが、今夜はいつも以上に
矢口の小さい身体にくっついて、抱きしめて
ほお擦りして目を閉じなければ、気が狂いそうだった。
- 207 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:44
- 「なんでそんなに心配してんの?
何かあったの?」
「うーん……」
「給料下げられそうとか?
ウチらこれ以上稼ぎ減ったら生きていけないよなぁ…。」
矢口もまた、石川の頭を二度三度撫でて
眠りに落ちていった。
翌朝、またしても矢口たちの遅刻が確定したのと同じ頃、
保田もまた、昨日と同じ部屋に居た。
ただ、昨日は呼び出されたのが、今日は自分から乗り込んでいった
という違いはある。
「独りで無茶したんだって?アヒャヒャ。」
「無茶というか……何もしないよりもマシかと…」
「そういうのは上を通してもらわないと困るよ。
そんなに死に急いでもしょうがないだろ?アヒャ。」
和田はあくまでいつも通り、飄々とした態度で
そう保田を冷やかした。
立ったまま、両手の拳を握る保田に、
和田を殴り殺そうという気持ちはなかったが、
やり場のない怒りは確かにこみ上げている。
「で、何て言われたんだ?」
「『決定事項だ。"ただの社員"が口出しする問題ではない』と……。」
「アヒャ……まぁ、そういうことなんだろうな…。」
- 208 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:44
- もう終わりだ、そう悟って
うな垂れたまま部屋を後にしようとする保田を、
和田が引き留めた。
「保田、ちょっとここで待ってろ。お前にお客さんが来るから。アヒャヒャ。」
「やぁやぁ、諸君オハヨウ。」
昨日と同じセリフを吐いて、
少しも悪びれる様子なく出勤した矢口に、
皆も今更何か思うこともなく、普通に"おはよう"と返す朝。
各自、衣装を自ら確認し、それを終えると
会場に長椅子を運び出す。
今日も保田は顔を見せていない。
言われることなくとも自発的に準備するのは、
もはや意識の中に定着したものなのだろう。
「圭ちゃんマジで体調悪いの?
2日も休むなんて初めてじゃねぇ?」
「そうれすね。悪いものでも食ったんれすかね?
二日酔いなら余裕で来るんれすが。」
そんな準備も終え、
あとはショーの時間が来るのを待つだけ。
台本も全て頭に入っている。
それも、長いことやっているから故なのだろう。
- 209 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:44
- 「なんだぁー?今日も休みとかじゃないよなぁ?
最近休みばっかりで給料足りねぇってのに。」
「矢口さんとか梨華ちゃんはこれで食っとるようなもんやからなぁ。」
「麻雀でよっすぃー脱がしても金は入らないれすからね。
矢口しゃんも切実れすね。」
皆が相変わらずだけに、余計に気分が浮かない。
昔は"梨華ちゃんは心配しすぎ"と言われることも多かったが、
もうそういう性格は払拭したはずだった。
だからこそ、今回の気持ちは何なのか、
自分でも説明の付かない不安だった。
「んぁ…梨華ちゃん、ちょっとちょっと。」
そんな石川を、後藤は手招きして呼んだ。
後藤の顔色は、石川とはまた違った類の浮かなさだ。
「なに?」
「あのさぁ…昨日は黙ってたんだけど……あ…。」
全てが、終わる。
「おっ、圭ちゃん体調大丈夫?」
控え室に現れた保田は、
矢口の問いかけにも幽霊のように軽く頷いた。
- 210 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:45
- 「昨日もちゃんと最後までやったから。
労働時間に加えといてよ、ちゃんと。」
石川は、唾を飲み込んだ。
後藤は、保田に背を向けるように、
椅子をクルリと回した。
そして保田は、少し笑ったような気がした。
- 211 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:45
-
「昨日で、終わりよ。」
- 212 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:45
-
( `.∀´) (゚д゚〜)…ハァ?
- 213 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:45
-
「うそっ……?」
「んぁ…。」
- 214 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:46
- しばらく、その場は停止し、
意味が飲み込めないままの矢口の小言が
皆の耳にはっきりと届く。
石川は目の前が真っ暗になり、後藤は罪悪感に苛まれた。
「もう、終わりよ。このデパートも、ミニモレンジャー。も。」
「え、え、意味が分かんない……けど…」
抵抗する気力があるのは矢口だけだった。
辻も加護も吉澤も、目を見開いたまま保田の言葉を聞くのをやめ、
視線を机に落として動かなかった。
「4日後に発表があるわ。トイズEEは、ハローズ・ゼディマに吸収合併される、それだけよ。」
遂に、石川は涙を零した。
思ったとおりだった。
最悪の事態は、容赦なく迫り来ていたのだ。
「そ、そんな……そんなっ…オイラと梨華ちゃんはこのバイトで生活してんだよっ!?
急に言われたって…餓死しろってのかよっ!!!」
全ての怒りは甘んじて受ける、
保田の胸倉を掴んで叫び続ける矢口を、
制することも一喝することもなく、
お先真っ暗な状況に陥った矢口に慈悲の目を向けることしかできないでいた。
- 215 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:46
- 「ただ……就職先は、無いことはないわよ…。」
最後の世話になるかもしれない。
そういった口調で、言葉を続けた。
「えっ…?どういうこと…?」
「ちょっと待ってなさい…。」
静かに優しく矢口の手を解いて、
一旦外に出て行く。
何が起こるのか、誰にも分からない。
後藤も、これ以上のことは知らない。
「ん??」
そして、誰も知らない人が、保田と一緒に入ってきた。
「だ、誰…?」
いや、知っているけど名前は知らない、というほうが正確か。
「芸能プロダクションの社長さん。」
「中澤です、よろしゅう。」
「は、はぁ……あっ!!!」
「あたしがぶつかってたこ焼き落としちゃった……」
「んぁ、あたしも肩ぶつかった。」
「オイラ達がクレープ屋やってたときに来た人だ……」
- 216 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:46
- 壁の向こう、耳を澄ます人物が二人……
「何やってんのよ?万引、深夜徘徊の次は盗聴?」
と、冷めた人が一人。
「しーっ!!黙るべさ!!」
「これからが大事なとこやねんから!!」
「みっちゃんまで…いい歳なんだからさぁ……」
壁のこっち側。
矢口は、さっきまでの狂ったような顔ではなくなり、
微かに見えてきた希望の光が大きくなることを望むように
晴れやかな表情になってきていた。
「芸能プロの社長さんだったのか……ハァハァ。」
「矢口さんっ!!ハァハァってまさか……」
「前からショーを見に来てくれてて、あんた達に興味持ってくれたらしいの。
そんで、今回を機に、一緒にやろうって話を持ちかけてくれたのよっ。」
そんな、深く考えない矢口が好き。
今回のこと、自分のことよりも矢口のことを心配していたのだった。
きっと、矢口の性格からして、
この仕事以外は絶対上手くいかないと思ったから、
廃人のような矢口は見たくない、と石川は悩んでいたのだった。
- 217 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:46
- 「マジっすか!!ハァハァハァハァ……」
「すぐに決めろとは言わないわっ…みんな、じっくり考えて……」
「ウチはやってもエエよ。」
「ののもれす。」
「あんた達ねぇ…ちゃんと考えてって…」
「あたしもやるYO!」
「んぁ、あたしも。」
「あんた達……」
全員即答した。
矢口は言わずもがな、ハァハァ言って中澤に擦り寄っている。
そして石川もまた…
「あたしも…あたしもやりますよっ♪」
「ふぅ……」
保田は腰に手をあて、一つ溜息をついた。
本当に、全てが終わったのだ。
「あんた達ねぇ……そういうバカ正直なところが好きなのよっ!!!」
うぇぇぇ〜〜〜〜。
それは、壁の向こうの忍者も知るところとなる。
- 218 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:47
- 「かおり!!かおり!!
出来損ないの青春ドラマみたいな展開になってるべさっ!!!」
「ホンマやで……視聴率6.2%くらいやな。」
「何よ、どうなってるの?」
「しーっ!!!ちょっと待つべさ!!」
安倍は、一層耳を近づけた。
「……。」
「……。」
そう、忍者は決して相手にバレてはいけないのだ。
だから声を潜めて…違う。
「!!!」
「!!!」
「だから何よ?」
「モナー屋と落ち武者も!!!」
「ホンマかいな!!!」
「だから何なのってば!!!」
- 219 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:47
- 中では、保田と中澤の説明がまだ続いていた。
全員、このバイトをやりたての時のような目をして
それに耳を傾けている。
保田は、これでよかったんだ、と胸を撫で下ろした。
自分はリストラされることが決まっていても、
このどうしようもないガキ達が、恐らく唯一マトモにできる仕事を
続けることができるのであれば、
保田にとってこれが最後で最大の仕事になる。
それで、よかった。
「クレープ屋とラーメン屋も?」
「そっ。ショーをやる、食べ物売れる。そうやろ?」
「そう……なの?」
「分からないれす。」
「分からへん。」
「そうなんスか?」
「そやねんて!あとは……チーフにも来てもらいたいんやけど、どう?」
「あ、あたしっ!?」
仕事は終わらない。
そう言われて、フッと笑った。
デパート本署の居場所を追われて、
寂れた屋上担当になった自分にはピッタリか。
- 220 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:47
- 「こんなハチャメチャな人間が集まって、他に誰が纏められる?」
「……いいわよっ、これからもキリキリビッシビシ逝くわよっ!!!」
中澤の提示する条件は、もうひとつあった。
「あと、ハチャマの屋上でショーやってるコ。
あのコも誘って、OK貰うてるから。一緒にやってもらうけど、エエか?」
「…はぁ!!!!!?」
やっぱり、やっちまった。
いい感じで終われると思ったのに、
我が強すぎる矢口真里は、大声を張り上げて
その発表をかき消さんばかりだ。
「マジかよ!!!!!!!!!!」
エクスクラメーション・マークはどんどん増えていく。
「そんな仕事やってらんねーよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、飛び出した。
- 221 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:48
- 「矢口さんっ!!!!!」
石川も、飛び出した。
「矢口さんっ!!もう今更そんなことで文句言ってる場合じゃないですよっ!!!」
「うるせー!!!あんなやつと一緒に仕事なんてしてられるかよ!!!
氏んだほうがマシだろ!!!!」
石川の説得に貸すような耳はない、といった感じに、
めちゃめちゃ遠くで踏み切り、ギリギリでしげるに跨った。
「そんなこと言ったってっ!!!あーもう!!!
何で空気読めないかなぁ!!!!」
「おめーに言われたかねーよ!!!!」
跨ってから、押し掛けしないとダメだと気づいて飛び降り、
物凄い勢いで怒鳴りあいながらも、ちゃんと二人でバイクを押すのだ。
そして、やっぱり石川は、物凄い速度で走るしげるに耐え切れず、
意識を失って、掴まりながら失神するのだった。
「げっ……」
ものの5分で朝出発した場所に着く。
しかし、そこは全く別の場所になっていた。
「マジかよ……」
- 222 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:48
- 下町の住宅街、だと記憶していた矢口は
口をあんぐり開けてしばらくそのまま居尽くした。
全ての出来事は密接に関わりあっているんだなぁ、
などと哲学者のようなことを考えたのかもしれない。
とにかく、そこにぶどう荘は無かった。
あるのは、野放しになっていた牛のモーニングと、
その上にちょこんと乗っかった亀の紀藤くんだけ。
「梨華ちゃん……梨華ちゃん起きなさい…。」
そして、
「オイラ達の家は、無くなっていたよ。」
アパートOTOHIMEも無かった。
「ああー、ここに住んでた人かい?」
「はぁ。」
「向かいのボロアパートを取り壊してくれって言われてたんだけど、
間違えてこっちのアパートも壊しちゃってさぁ。
まいったな、わははは。」
「わははは……。」
なるほど。だから引越しする人が目に付いたのか。
矢口はずっと石川の部屋に住み着いていて、
自分のアパートに貼ってあった張り紙も、
ポストに入っていた通告の紙も、全く何も知らなかったのだった。
- 223 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:49
- 石川が目を覚ました。
「ア、ア、アパートが無くなってる……フゥ。」
また失神した。
そんな石川の様子を見ながら、
腐った日本に憤りを覚えた矢口。
彼女は間もなく、保田の携帯に電話を入れることとなる。
「ああ、圭ちゃん?…あのさ、オイラもやるわ。」
- 224 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:49
- かくして、ミニモレンジャー。の面々は
生活できるように改造したワゴンで全国を回り、
そこら中のデパートの屋上、駐車場、
時には幼稚園の校庭(あまりに過激な内容のために、二度と同じところから呼ばれることはない)
などでショーを行う日々を過ごすのであった。
「紺野!売上どうや!?」
「完璧です。」
ラーメン屋も金魚の糞のように付いて回り、
クレープ屋の二人に至っては、
このコネを使ってモデルや歌手になろうと企む始末であった。
「あー!!この飯クソマズい!!チビが作ると何でもマズい!!!」
「マズいとか言ってるのおめーだけだろ!!!
そんな舌ぶっこ抜いてやろうか!!!?」
犬と猿を同じ小屋で飼うような生活に、
当人以外のメンバーは全員慣れたようで、
もはやニワトリが朝鳴くが如く、当たり前の光景である。
- 225 名前:第30話だっぴょ〜んの巻 投稿日:2003/10/30(木) 00:49
- ミニモレンジャー。+市井は、
ヒーロー物なのに何故かアングラな人気を誇るようになり、
テレトの深夜枠を10分間だけ貰うことになる。
しかし何故か、そこへ来て松浦までもが参入し(マネーパワーは偉大なのだ)、
ミニモレンジャー。、敵役、市井、松浦という謎の四つ巴という斬新な構図で
毎回くだらないショーを行うという番組になってしまう。
安倍は思惑通りに歌手になったが、
星の数ほどの補導歴が明るみになり、すぐに失速。
飯田はモデルとしてなかなかの活躍をしている。
落ち武者は東京に出店し、行列の出来るラーメン屋になってしまった。
そしてミニモレンジャー。は、カワイコちゃんが変態的な衣装で飛び跳ねる
というヲタクが大喜びしそうな内容がウケて、テレトの深夜0時50分からの番組としては
異例の平均視聴率8%を記録した。
しかし、絶対に深夜枠から抜け出すことはないだろう、と
本人たちが一番分かっているのだった。
完
- 226 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/10/30(木) 00:50
- これを持ちまして150cm以下戦隊ミニモレンジャー。完結です。
駄文を長い間ご愛読下さいまして、ありがとうございました。
- 227 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/30(木) 00:58
- お疲れ様です!
最後までハチャメチャなテンションが続いてて良かったです。
自分にとっては週刊誌のように毎週楽しみにしてたので、終わっちゃうのは残念ですけど、
今まで楽しませてくれて、本当にありがとうございました。
- 228 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/30(木) 01:26
- 完結お疲れさま。そしておめでとう。
どこまでも明るくパワフルで楽しいお話でした。
彼女たちの「遊びの時間」は終わらない、て感じで
湿っぽさ皆無なよい最終回でした。
本当に面白かった。ありがとう。
- 229 名前:へっとずぴかる 投稿日:2003/10/30(木) 02:35
- 脱稿お疲れ様でした〜
29話読んで最終話どうなるのやらとあれこれ妄想してましたが
最後までドタバタな感じで良かったです。
(〜^◇^〜)(^▽^)
小説でAA使ってるのも斬新で良かったです〜
ホントに笑わせてもらいました。
一年半以上の執筆お疲れ様でした。
そして、ありがとう〜
- 230 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/10/30(木) 08:25
- 今までありがとうございました
最後の最後であの人の登場!!良かったです
現実の娘。達もこのくらいうまく行くといいんですが
ホームページの−話も期待しています
- 231 名前:川o・-・)ノ 投稿日:2003/10/30(木) 15:41
- おもしろかったですよ〜
毎回完璧でした
お疲れ様でございMAX
- 232 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/30(木) 23:59
- お疲れ様でした。
1年以上も連載してたんですよね。
えぇ、その間ずっとROMってました。
本当に面白くて、モニタの前でゲラゲラ笑うこともありました。
楽しいお話をありがとうございました。
- 233 名前:ほのぼのエース ◆MiniMO26 投稿日:2003/12/04(木) 22:19
- ずいぶん遅れましたが返レスいたします。
>>227
毎週1回更新というのはご好評だったようです。
論議した結果、途中から週1に変えさせていただきました。
その時の余談などは、HPのほうにございますので、
よろしければご覧下さい。ありがとうございました。
>>228
彼女達の輪舞はずっと止まる事を知らないでしょう。
全30話という長く、また長期間でしたが、
ご愛読下さいましてありがとうございました。
>>229
ドタバタしてなければ彼女達じゃない(じゃない時もありましたが)。
私達はいろいろな試みをしてみる試験作として
ミニモレンジャー。を作り上げました。
この試験作を楽しんでいただけた事は嬉しい限りです。
ありがとうございました。
>>230
あの方は、神出鬼没です。(w
-(ハイフン)話ですが、しばらく不定期で作っていく予定ですので
気長にお待ちいただけたらと思います。
ありがとうございました。
>>231
ありがとうございます。
誤字、脱字があったり、オチが無かったりしたりもしましたが
完成できた事に、作者は感無量です。
>>232
1年半、長かったです。
時として、スランプによる1ヶ月休業する事もありました。
しかしながら、読者の皆様に当作品の再開を待ってくださったことに
感謝をいたします。
ありがとうございました。
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