蚊喰鳥劇場二号館
- 1 名前:token 投稿日:2003年08月04日(月)21時42分39秒
- お陰様で新スレを立てる運びとなりました。
お話は旧スレからの続きです。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/gold/1052311650/
今しばらくこの暗めのお話は続きます。
- 2 名前:ある悪夢Tその3 投稿日:2003年08月04日(月)21時45分46秒
- 「そんな目でワシを見るなー!!!」
包丁が勢い良く少女の瞳に向かって振り下ろされた。迫り来る刃先。だが、それでも少
女は瞼を閉じなかった。
少女の瞳に刃先が触れる寸前で、男の動きが止まった。
男は徐々に後ろに引っ張られているようだ。その手から包丁が滑り落ち、両手は自分の
首筋へと向かった。よく見ると男の首には黒色の細い紐が食い込んでいた。男は懸命にそ
れを外そうとするが、ガッチリと食い込んだ紐は、指一本入れる隙間さえない。男の顔が
見る見る変色していった。蝋燭の明かりに照らされたそれは、グロテスク以外の何物でも
なかった。
- 3 名前:ある悪夢Tその3 投稿日:2003年08月04日(月)21時47分22秒
- 再び雷光が走った。その一瞬の光が室内を明るく照らし出した。今正に絞め殺されよう
としている男の後ろには誰かがいた。その人物は背中合わせで、男の首に巻き付けた紐を
引っ張っていた。男は苦しげに手足をばたつかせながら、そのまま徐々に引き寄せられて
行った。そして遂に後ろの人物に担ぎ上げられた形になった。
罪人を背負うキリスト。少女の頭にはそんなイメージが何故か浮かんでいた。
やがて男は動かなくなり、それはつまり一人の悪人がこの世から消えた事を意味してい
た。首に巻き付けられていた紐が解かれ、遺体は床に崩れ落ちた。たった今男を絞め殺し
た人物は、まだこちらに背中を見せていた。頭をフードで覆った、ペンギンを思わせるよ
うな黒い色の服。いわゆるシスターの服装だ。
突然彼女がこちらを振り返り、少女と目があった。彼女の顔には見覚えがあった。数日
前に研修と言う名目で、この孤児院に二日ほど見学に通って来た、若いシスターその人だった。
- 4 名前:ある悪夢Tその3 投稿日:2003年08月04日(月)21時49分01秒
- だがその時のシスターはもっと優しそうな人だった。人に対して心を閉ざし気味の少女
ですら、シスターとは話が出来た。だが、今目の前にいる人物は、同じ顔をしているとは
いえ、まるで雰囲気が違っていた。無表情で優しさのかけらも感じさせない。そしてその
鋭い目は、獲物を狙う野生動物のそれ。少女は別の恐怖を感じた。
シスターが近寄って来て、まだ床に倒れたままの少女を覗き込んだ。探るような目つき
で少女を見回した。少女は恐怖を抱えながらも視線を逸らさずに、シスターを睨んだ。
やがてシスターがふっ、と笑ったように見えた。シスターがゆっくり手を差し伸べた。
「おいで」
「どっ、どこへ?」
「もっとお前に相応しい地獄だよ」
地獄と聞いて少女は何故、拒否しなかったのだろう?地獄と言うのなら、この施設は正
に生き地獄だ。でも、シスターはあたしに相応しい地獄へと誘っているのだ。少女は恐る
恐る、差し伸べられたシスターの手を取った。
どこかで火災報知器の鳴っている音がした。
- 5 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月04日(月)21時50分43秒
- 全身汗にまみれて吉澤ひとみは目覚めた。また何か嫌な夢を見ていたようだが、内容は
さっぱり思い出せなかった。とりあえず何か飲もう、そう考えてベッドから降りようとし
た瞬間、室内に誰か人の気配を感じた。
「やっと気づいたん、自分ホンマに凄腕なんか?」
関西弁の若い女の声。だが、中澤とは微妙にアクセントに違いがあった。
「誰だ!」
声のした方向へ振り向くと、そこには一人の女の子がいた。少女と呼んでも不自然ではな
いあどけない表情。だが、彼女は口の端を歪め、皮肉っぽく笑っていた。
「あわてんな、味方や、今日のとこはな」
「味方?」
「そうや『組織』のモンや。まあ、使者やな」
- 6 名前:token 投稿日:2003年08月04日(月)21時55分48秒
- 今夜の更新終了です。
まずはレスのお礼です。
>Silence様
ありがとうございます。私も何とか二人をくっつけたいんですけど。(笑)
なんとか頑張ってみます。
新スレになり容量を気にすることもなくなったので、ひょっとしてお話の展開が少し変わるかもしれません。
では、次回まで。
- 7 名前:匿名匿名希望 投稿日:2003年08月05日(火)00時14分44秒
- 新スレおめでとうございます☆
一番乗りかな?(w
やっぱし吉の夢は悲しくなるような感じですね・・・(涙)
幸せになってもらいたいものです。
更新お疲れ様でした。
次回の更新も楽しみにまっています。
- 8 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月06日(水)22時01分00秒
- 「使者?あっ、中澤さんの」
「ナカザワぁ〜、ああ、あの行き遅れのおばちゃんか。なあ自分、あのおばちゃんホンマ
は40過ぎとるっちゅう噂、知っとる?」
あどけない顔で少女は言い放った。
「お前何者なんだよ!」
明らかに中澤に対して敵意を抱く少女に、吉澤は警戒した。
「だから使者言うたやろ。ウチの親分な、中澤なんて下っ端やあらへんねん。ウチはそん
人の直々の命令でやって来たんや」
「・・・・・」
「そない睨むなや。なんせウチの初めてのお使い、やさかいな」
あどけなさを振りまきながら少女が言った。だが、彼女の表情はどこか不自然だった。吉
澤にはそれが愛くるしいが、人形の顔に見えた。
「要するに中澤のおばちゃんとは派閥が違うっちゅうこっちゃ」
- 9 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月06日(水)22時03分04秒
- 「派閥!?」
「自分、組織のこと何も知らんらしいな。ほなちょこっと教えたるわ」
少女はソファーにふんぞり返るように座ると、話し始めた。
「ええか、派閥言うんはな、大は天下国家を論じる政党から、小は遊びの仲良しグループ
まで。ある程度の人数が集まるトコには必ず出来るんや」
「例えば自分がトラブっとる寺田興行な、あそこも次期組長が誰になるかで揉めとったん
や。ま、誰かさんのお陰でそっちは決まったようやけどな」
吉澤は次期組長と名乗っていた、インテリヤクザの和田の顔を思い出した。
「ウチらの『組織』も例外やない。でな、今現在3つの派閥に分かれとんのや。でウチ
はそん中の、領袖の直属の子分、ちゅうわけや」
可愛らしい唇から、領袖などと言う単語が飛び出したのを聞き、こいつこそ本当はいくつ
なんだろうか、と吉澤は思っていた。
「でな、ウチの親分がなんか気に入っとんのや、自分のこと。どや、一度会わへんか?」
「・・・・・」
- 10 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月06日(水)22時04分31秒
- 吉澤は疑わしそうな目つきで少女を見つめた。少女はそんな視線はお構いなしに、話を
続けた。
「そや、ウチの親分から、自分に土産があったわ」
少女は銀色に光る小型の容器を吉澤に投げて寄越した。
「開けてみい」
吉澤が開けると中にはアンプルが2本と、拳銃型の注射器が入っていた。
「これは?」
「通称ラブマシーンや。ま、改良バージョンやけどな」
「?」
「なんや、これの事も知らんのん?自分ホンマに末端なんやな」
嘲るような口調で少女が言った。
「しゃーないな。ほな教えたるわ。これはな、ハッピーになれる薬や。一時的やけど筋力
を3倍に引き上げ、痛みに対する耐久力を増やすんや。それだけやない。人間殺す時に感
じる罪悪感をなくせるんや」
- 11 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月06日(水)22時06分04秒
- 「それって、麻薬じゃないか!」
「まあ、法律上はそうなるやろな。けどな、ウチらに法律は関係あらへんやろ」
「思い出した。確か以前、薬で人をコントロールして『処理』の仕事をさせていた事があっ
たって、噂で聞いたことがある」
「そや、それやがな。今は使こうてないんやけどな。これは以前のよりも改良を重ねた最
新版や。よー効くでぇ」
「お前ら、何考えてんだよ」
「なんでそんなに怒るんや」
訳が解らないといった風情で、少女が首をかしげた。
「当たり前だろ、そんな、人をロボットみたいに扱うなんて!」
少女はわざとらしいため息をつくと、吉澤に向かって言った。
- 12 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月06日(水)22時07分20秒
- 「自分、英語でassassin言う単語解るか?解らんやろなー、英語弱そうやし。ええか、assassin
言うんはな、暗殺者っつう意味や。でな、なんでかってえとな、昔々イスラム教の一派が
暗殺を繰り返してな、そん時に暗殺役の人間にハッシッシ、つまり大麻やな、これを与え
た事から来てるんや。まあ、人殺しの恐怖を克服するためやな。だから暗殺者に薬を使う
ことは、歴史的に見ても正当なんやで。どや、勉強になったやろ?ここ次のテストに出るでー」
吉澤は憮然とした態度で黙っていた。
「ノリの悪いやっちゃなー。なあ、自分にも覚えあるやろ?人殺しの罪悪感から来る、ス
トレス発散のために、いろいろしとるやろ?酒・女・博打、『処理班』の連中がするんは、
だいたいこんくらいやろ。でもなー中にはホンマのヤクに走ったり、自殺したやつらもお
るやろ」
これは事実であった。前述したように『処理班』は3つに分かれており、それぞれ役割
分担が決まっていた。特に直接死体を扱う1班と2班の連中は、日々かなりのストレスを
受けていたから。
- 13 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月06日(水)22時08分58秒
- 「この薬はな、そう言った問題を簡単に解決できるんや。どや、使こうてみんか?」
「言いたいことはそれだけか!」
しばらくの沈黙の後、吉澤は少女に敵意の目を向け言った。
「お前の言う親分ってのが誰なのか、あたしは知らない。だけどお前から感じる悪意は、
絶対ろくなもんじゃない。だからお前の言うことなんか信じない」
「なんやと〜」
「せっかくお使いに来てくれたけど、ウチにはキャンディーもチョコもないんだ。悪いが
手ぶらで帰ってくれないか、お嬢ちゃん」
吉澤は挑発した。
「ワレ、自分の立場、解っとらんらしいな。お前なんぞバラすの、わけないんやで」
少女は今までにないほどの敵意をむき出しにして、ゆっくりと立ち上がった。吉澤を見つ
める目が更に冷たくなってきた。
- 14 名前:二人目の使者 投稿日:2003年08月06日(水)22時10分50秒
- (あの体格なら体術はたいしたことはないだろう。するとやはり拳銃かナイフか、それと
も別の何かか)
吉澤は相手の出方を警戒しながら、臨戦態勢に入った。もっとも今の吉澤にどの程度の抵
抗が出来るかは疑問であったが・・・・・。
が、先に目を逸らしたのは、口の悪い少女の方であった。少女は敵意を隠すと、再び愛
くるしい表情を見せた。
「あかん、あかん、つい熱くなってしもうたわ。なんせ今日は「お使い」やさかいな」
少女は自分の頭を軽く打つ真似をした。
「じゃあ、そう言うこっちゃ、ウチ帰るわ。土産は確かに渡したで。よう考えて使いや」
少女はそのまま出て行った。吉澤のもとには例の銀色の容器が残された。
吉澤は携帯を取り出すと電話を掛けた。
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月06日(水)22時12分26秒
- 今夜の更新終了です。
>匿名匿名希望様
ご丁寧にありがとうございます。
暗めの話は続きますが、何とか二人はくっつけたいと思います。
では次回まで、ごきげんよう。
- 16 名前:token 投稿日:2003年08月06日(水)22時14分13秒
- 名前の蘭、空白で投稿してしまいました。
ゴメンナサイ。
では。
- 17 名前:Silence 投稿日:2003年08月07日(木)11時42分58秒
- 遅れましたが新スレおめでとうございます。
少女おもいっきり関西弁(w なんか組織のことも徐々に
分かってきて。更新お疲れ様でした。次回も待ってます。
- 18 名前:ある悪夢X 投稿日:2003年08月08日(金)12時19分13秒
- 「なんやて、飛行機に乗り遅れた〜!?」
現在よりもやや若い中澤裕子が、電話の相手にあきれた声で言った。相手はしきりに謝っ
ているようだ。中澤は言い訳を聞きながらぶつぶつと何か言い返している。
だが口調とは裏腹に、中澤の顔はにこやかだ。それはやはり、遅れるとはいえ、待ちこ
がれた相手が帰ってくることが、確信できたからなのかもしれない。
「じゃあ、オペラは無理やね。あー、チケット無駄にしてしもうたな〜」
二人はオペラを観に行く約束をしていたらしい。
「せやな〜、しゃーない。ほな、代わりにウチの家で手料理ご馳走したるわ」
手料理と聞いて、電話の相手が何か言いだした。
「罰ゲームやとー!?うっさいわ。そこまで言うなら意地でも喰わしたる!」
電話を切ると中澤はキッチンに向かい、今夜のメニューを考え始めた。
- 19 名前:ある悪夢X 投稿日:2003年08月08日(金)12時20分55秒
- (ディナーやから、やっぱ肉やな。せや、赤ワインこうてこなあかんかな。あー、でもウ
チ、ビールの方が好きやしなー。前菜も考えなあかんな)
15分後、再び電話が鳴った。スリーコールで出ると、相手は同じ人物だった。
「ほー、次の便のキャンセル待ちが取れたんか。じゃあ、何とか間に合うんやな」
中澤の笑顔が明るくなった。軽口を叩きたくなったのだろう。中澤は相手に尋ねた。
「なー、そんなにウチの手料理、食べたなかったん?」
相手のリアクションが余程可笑しかったのだろう。中澤は笑いを堪えながら言った。
「冗談やがな、解ってるって。ほな、空港に迎えに行くから、そのまま会場に行こか」
中澤は電話を切った。そして今度は、ドレスの選択に頭を悩ますことになった。
「せや、やっぱ手料理もおまけにつけたろか」
中澤は楽しそうに、クスリと笑った。
- 20 名前:ある悪夢X 投稿日:2003年08月08日(金)12時22分18秒
- それは奇跡的な現象だった。死者特有の顔色ではあったが、彼女の顔は穏やかで、傷ひ
とつ、ついてはいなかった。それはまるで眠っているかのようだった。
中澤の待ち人が搭乗した飛行機は、伊豆上空で空中爆発を起こし、墜落してしまった。
乗組員を含め、満員の乗客達はほぼ絶望と思われた。なぜほぼなのかと言えば、この時点
でも、遺体が発見されない人々が数名いたからだ。
「なあ、あんた。そんなにウチの手料理、食べたなかったん?」
中澤は数日前に電話で尋ねた同じ質問を、物言わぬ相手に向かって聞いてみた。頬に添
えた掌から伝わってくるのは、物体としての温度のみ。あの温もりは2度と戻らない。
中澤は涙を流さなかった。彼女は職業柄、この頃もう既に、数百人の死者と対面してい
た。だから中澤には、人の死に際しての涙はもはや持ち合わせていなかったのかもしれな
い。が、この彼女の死は確実に中澤の心を抉っていた。
(ウチは無力やな・・・)
どこかから、電話の音が響いてきた。
- 21 名前:報告 投稿日:2003年08月08日(金)12時24分16秒
- 中澤は目覚めた。どうやら執務室の椅子でいつの間にか居眠りしていたらしい。先程か
ら鳴っていたであろう電話の受話器を取った。
「待たせたな」
交換手は外線に繋ぐと告げた。すぐに聞き覚えのある声が中澤の耳に届いた。
『あたしです。吉澤です』
「なんや、石川が心配なんか?」
『いえ、もちろん心配ですけど、もうあたしの役目は終わりましたから・・・。それより、
今、変な娘が来たんです』
「変な娘?」
『『組織』の使者だと名乗っていました。あどけない顔をした、関西弁をしゃべる娘です』
「あどけない顔〜、加護かっ!」
『えっ!?』
- 22 名前:報告 投稿日:2003年08月08日(金)12時25分17秒
- 「いや、こっちゃの話や。で、そいつ何かして行きよった?」
『土産だと言って、ラブマシーンと言う薬を置いて行きました』
「ふざけた真似を。吉澤、あんた間違ってもそれを使こうたらあかんで。電話ではこれ以
上の話は拙い。明日の夜、ご苦労やがそれ持ってウチのトコ来てくれん。あっ、待て、外
の方がええか。せや、あんた圭織の店知っとるやろ?そこで会おう」
『はい、でも、あたし飯田さんから出入り禁止されているので、どこか別の所にしてくれ
ませんか?』
「あんた、何したん?」
『あたしが悪いんです。この間の件で、飯田さん達にはずいぶん迷惑を掛けましたから』
「圭織も若いなー」
すべてを悟っているような口振りで中澤が呟いた。
- 23 名前:報告 投稿日:2003年08月08日(金)12時26分55秒
- 「大丈夫や。きっと虫の居所が悪かっただけや。ウチも電話しとくさかい、明日の夜、あ
そこで会おう。それで、ええやろ」
『はい、それじゃあ』
吉澤が切ろうとする電話を、中澤が呼び止めた。
「なあ、石川の手術の日程、決まったで」
『えっ!?』
「3日後や。その日この病院は急患以外の手術はナシや。病院の総力を挙げて手術に臨む。
そんために今な、他の手術の前倒しをしたりして調整してるんや。おかげで今日も午前中
に一つと、明日も午前と午後に一つずつ手術で、大忙しや」
電話の向こうで吉澤が絶句している様子が窺われた。
「ほな、明日の夜に。くれぐれもそいつの取り扱いは慎重にな」
中澤は電話を切った。途端に中澤の表情は厳しいものに変わった。
- 24 名前:token 投稿日:2003年08月08日(金)12時30分24秒
- 本日の更新終了です。
>Silence様
ご丁寧にありがとうございます。
意図的に名前は伏せておいたんですけど。(笑)
今回は中澤さんの過去に少し触れてみました。
それと、飯田圭織様、お誕生日おめでとうございます。
では、次回まで。
- 25 名前:Silence 投稿日:2003年08月09日(土)14時20分02秒
- 大人だ。なんか大人な感じがする中澤さん。
ですか、裕ちゃんもまた苦労人なんだな〜と思いました。
更新お疲れ様でした。続きも楽しみに!!
- 26 名前:和解そして・・・ 投稿日:2003年08月10日(日)08時50分49秒
- 翌日。夜の帳が訪れる頃、吉澤は一軒の店の前にいた。今の吉澤にとって、その通い慣
れた店のドアを開けるのは辛かった。中澤の言葉があったとはいえ、飯田と顔を合わせる
のは気まずかったからだ。が、ここまで来て引き返すわけには行かない。しばらく躊躇し
た後、吉澤はスナック『タンポポ』のドアを開けた。
「吉澤っ!」
カウンターの中にいた飯田が吉澤の来店に気づいた。
「すいません、嫌われているのは承知していますが、今日だけは勘弁して下さい」
一言断った後、松葉杖をつきながらヨロヨロした足取りで、吉澤は店の中に入った。
凄い勢いでカウンターから出た飯田が吉澤の前までやって来た。たたでさえ吉澤より背
の高い飯田だ。杖をついているためやや前屈みの吉澤は、完全に見下ろされる形になった。
吉澤は見上げるように飯田の顔を見た。飯田の綺麗で大きな瞳が吉澤を見つめていた。飯
田が動いた。
- 27 名前:和解そして・・・ 投稿日:2003年08月10日(日)08時52分27秒
- 「ごめん、吉澤。圭織が悪かった!」
突然飯田が頭を下げた。
「飯田さん!?・・・」
「圭織、あの時どうかしてたんだ。吉澤だって身体も心も傷ついていたのに・・・。なの
に圭織は、あんな冷たい言い方をして・・・。ごめん、本当にごめんなさい!」
再び飯田が深々と頭を下げた。
「ねえ、そんな事止めて下さいよ。飯田さんは少しも悪くないですよ。だって全部本当の
事じゃないですか。ね、飯田さん」
「圭織を許してくれるの?」
幾分涙で潤んだような大きな瞳で、飯田が問いかけた。
「はい、っ言うか、あたし飯田さんに感謝こそすれ、怒ったことなんかないですよ」
- 28 名前:和解そして・・・ 投稿日:2003年08月10日(日)08時54分02秒
- 「ありがとう吉澤、アンタやっぱり優しいんだね。ねえ、何か圭織に出来ることない?お
詫びに何でもするよ」
「何でもですか〜。えーと、そうだ。ではお言葉に甘えて、一つお願いがあります」
「何?」
「包帯まき直してくれませんか?自分でやってみたんですけど、上手くいかなくって」
そう言いながら吉澤は自分の両手を見せた。それらは確かに、不格好に包帯が巻かれていた。
「奥においで、ついでに傷も見てやるよ」
飯田はにっこり笑って言った。
「ふ〜ん、凄いね」
飯田が感心したような口振りで言った。
「えっ!?」
吉澤は店の奥の診察室で身体中の傷を診て貰っていた。一通り傷の治り具合を診た飯田が
言った言葉がこれだった。
- 29 名前:和解そして・・・ 投稿日:2003年08月10日(日)08時54分53秒
- 「プロレスラーは怪我の治りが常人よりも早いって言われてるんだけど、吉澤もそれに近
いな。アンタよっぽど身体鍛えてたんだね」
「ははは、あたし体力バカですから」
「リハビリもしてるでしょ。うん、この調子なら身体の機能は100%元に戻ると思うよ。
あっ、だけどまだ仕事はしちゃダメだよ」
「えっ!?」
吉澤は驚いて飯田を見つめた。飯田もそれをまっすぐに見つめ返した。
(飯田さん、どうしてあたしが『処理』の仕事をしているの知ってるの?ひょっとして・・・)
「急にどうしたの?あっ、アンタそんなにエアロビしたかったの?ダメだよ絶対。あれっ
て飛んだり跳ねたりするから、傷に障るわよ」
(何だ、表の仕事の事か。そうだよね、いくら中澤さんの知り合いだからって、飯田さん
が『処理班』の事知ってるはずないし。やっぱりあたしまだ調子が悪いのかな?)
- 30 名前:和解そして・・・ 投稿日:2003年08月10日(日)08時55分53秒
- 現在は寺田興行の連中に壊されてしまった、梨華の店『ひまわり』に入り浸るようになっ
てからの吉澤は、エアロビのインストラクターを有給休暇という形で休んでいた。以来、
一度も表の職場であるフィットネスクラブに顔を出してはいなかった。
(あれから随分時が経った様な気がするな。あたしはまた、あの日常生活に戻れるのだろ
うか?だって、あたしは梨華ちゃんを忘れなくちゃいけないんだから・・・)
「どうしたの?吉澤!」
飯田の声で物思いに耽っていた吉澤は、現実に引き戻された。
「へへへ、ちょっと交信してました」
「あー、それって圭織のまねっこじゃん!」
飯田が拗ねた振りをした。いい雰囲気だなと、吉澤は内心思った。
「手の怪我の事なんですけど、バイオリンなんかも弾けるようになりますか?」
「もちろん、回復すれば・・・。あっ、吉澤ー。それってジョークでしょう?」
「イエース。吉澤ひとみの世界のジョークデ〜ス」
ああ、あたし『タンポポ』には戻って来れたんだ、と吉澤は実感していた。
- 31 名前:token 投稿日:2003年08月10日(日)08時59分17秒
- 本日の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。
中澤さんも、悲しい過去を背負ってたんです。
ちなみにこの頃から中澤さんの料理の腕は・・・。(笑)
お約束の一言です。
安倍なつみ様、お誕生日おめでとうございます。
では、次回まで。ごきげんよう。
- 32 名前:Silence 投稿日:2003年08月11日(月)15時29分21秒
- この2人なんか姉妹みたい(w でも、よかったです仲直り
出来たみたいで。ところで紺野さんはいずこへ(w
更新お疲れ様でした。次回も楽しみに
- 33 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)20時55分40秒
- 「吉澤さん、何度も電話したんですよ!」
店の方に戻ると紺野が寄って来た。吉澤が奥で包帯を巻き直して貰っている間に、出勤
して来たようだ。吉澤は後藤以外の番号を着信拒否にしていた。むろん裏の仕事以外のつ
きあいを止めるためだ。
「ごめんね。あたしもいろいろあってさ・・・」
言葉を濁す吉澤。だが紺野はそれ以上追及しては来なかった。それまでのふくれっ面か
ら一転してにっこり微笑んで言った。
「今夜はゆっくりしていって下さるんですよね?」
「うん、ここで人と合う約束なんだけどね」
「あっ、中澤さんのことですか。それなら先ほど電話があったんですけど、少し遅れるそ
うですよ」
「中澤さんが?」
「なんでも急患が運び込まれたとかで、手術をされるそうですよ」
「忙しいんだ、中澤さん」
- 34 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)20時57分14秒
カウンターに座って吉澤はカクテルを注文した。この後中澤と仕事の話があるので、今
夜は余り飲むわけにはいかなかった。隣にはいつものように、紺野がちょこんと座っていた。
「石川さん、どうなんですか?」
「うん、手術の日取りが決まったそうだけどね」
正直な所、吉澤は石川の話題には触れて欲しくはなかった。何とか石川のことを忘れよ
うとしている彼女にとって、それは当然な事なのだが、紺野にとっては「お友達」になっ
た石川が心配なのはこれも当然な事だ。今夜は話題をなかなか変えてはくれなかった。
「私、石川さんのレシピノート、預かってるんです」
「レシピノート?」
石川が暇を見付けては研究していた、新メニューなどを書いたノートのことだろう。
- 35 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)20時59分05秒
- 「はい。トラックの事故でお店が滅茶苦茶になったでしょう。それで私、何とか石川さん
の物を回収しようとしたんですけど・・・。で、瓦礫の山から何とか拾い出せたのが、そ
れなんです。ねえ、吉澤さんから石川さんに、返してあげてくれませんか?」
(梨華ちゃんに会う口実ができた!いや、ダメだ。あたしはもう梨華ちゃんに近づいちゃ
いけないんだ。それが彼女の為なんだから・・・)
「せっかくだけど、それは友達である、紺野さんの役目だよ」
努めて平静を装い、吉澤が言った。
「だって吉澤さんだって、お友達なんでしょう?」
「あたし?違うよ。ただの常連客。それも最近通いだしたね・・・。それがたまたま暇だっ
たから、店を手伝ってただけだよ。ほら、ウェイター姿もイケルかなーって思ったしさ」
冗談めかして吉澤は言うが、まるで説得力がなかった。
「もうー、分からず屋っ!」
- 36 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)21時00分51秒
- 紺野がプクッとふくれた。どうやら紺野は二人をくっつけたいらしい。カウンターの向
こうの端では、飯田がヤレヤレと言った風情で、吉澤達のやりとりを眺めていた。
気まずい空気が流れていた。今店内の客は吉澤だけだ。他には飯田と紺野、それに無口
なバーテンダーが、時々吉澤のオーダーを造る以外は、黙々とグラスを磨いていた。
その時、誰か客が入ってきた気配がした。背中越しでも吉澤には、それが親しい人のそ
れであることがすぐにわかった。吉澤は振り向き様、その名を呼んだ。
「ごっちん!」
後藤はコートの袖を通さずに羽織り、にっこり笑って立っていた。
「ただいま、よしこ」
吉澤は松葉杖を使うのももどかしく、片足ケンケンで後藤のもとに向かった。勢い余っ
てバランスを崩した吉澤を、後藤が抱きとめた。吉澤はこの時になって初めて、後藤が利
き腕である右腕を吊っているのに気づいた。
- 37 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)21時02分30秒
- 「ごっちん、腕を?」
「んあー、ちょっと油断しちゃってね。でもたいした怪我じゃないよ。よしこのほうが酷
いんじゃない?」
「どうしてここに?」
「あれー、よしこ忘れちゃったのー。いつか『タンポポ』で飲もうって約束したじゃん」
ニコニコしながら、後藤が答えた。
「そうだったね、お帰り、ごっちん」
吉澤の目が潤んでいた。
「はじめまして、紺野あさ美と申します。どうぞよろしく」
紺野がやって来て、後藤に挨拶した。
「あなたが紺野さん?」
後藤は真っ直ぐに紺野の瞳を見つめた。切れ長で大きな瞳。そこには後藤の姿が映って
いた。しばらくすると後藤は吸い込まれそうな感覚を覚えた。
- 38 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)21時04分20秒
- そして・・・・・。
気がつくと後藤は、時代劇にでも出てきそうな由緒ありげな道場の中にいた。不思議な
事に怪我をしていたはずの右腕は、いつの間にか直っていた。軽く動かしてみてもまるで
痛みを感じなかった。そして彼女の目の前には、黒帯を締めた、空手着姿の紺野が立って
いた。後藤の心臓が鼓動を早めた。身体の隅々まで血が駆けめぐって行く。後藤は身体が
臨戦態勢に移りつつあるのを感じていた。
紺野が無言で蹴りを繰り出した。速い!間一髪でよける後藤。かすめた頬にはスウーっ
と血で筋が引かれた。
後藤が力任せに殴りかかった。余裕でかわした紺野は、バランスの崩れた後藤の顔面を
パンチで狙う。それを後藤は軽々と左手で受け止めた。後藤が手に力を込めると紺野の顔
がわずかに歪んだ。突然後藤は腹部に痛みを感じた。紺野の左手の突きのせいだ。後藤が
紺野の手を離すと二人は距離を取った。
- 39 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)21時05分15秒
- 紺野が身体を回転させ、回し蹴りで後藤を狙う。後ろに下がった後藤をそのまま回転を
続けて、再び紺野が襲う。
これもよけた後藤は、今度は前に踏み込んだ。この距離では近すぎて蹴りは使えないだ
ろう。だが紺野はこれを予測してたかのように、振り向きざま肘で後藤の側頭部を狙った。
後藤は紺野の肘から逃れるために、自ら倒れ込んだ。その後藤の頭を踏みつぶす様に、
紺野の足が攻撃を続ける。後藤は身体をゴロゴロ横に転がしながら、紺野から逃げ回る。
やっと立ち上がった後藤は紺野と対峙していた。後藤は呼吸を整え次の攻撃に備える。
一方紺野はにやりと笑っていた。後藤は身体の奥底から何かが込み上げて来るのを感じた。
暫しのにらみ合いののち、後藤が吼え、紺野に突進した。紺野は正拳を繰り出した。後
藤は自分のパンチで紺野の拳を殴った。骨が砕ける嫌な音がした。どちらかのあるいは両
者の拳が破壊されたのだろう。だが後藤は怯まず、左手で紺野の顔面を殴った。ほぼ同時
に紺野の左拳が、後藤の鳩尾にめり込んだ。
- 40 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)21時06分11秒
- そのまま後藤は意識が遠のいていった。
「ごっちん、どうしたんだよ!」
吉澤の声で後藤は我に返った。
「んあー。いや、紺野さんが可愛いから後藤、見とれちゃったよ」
さり気なく後藤は自分の身体を点検した。むろん右腕は負傷したままだ。
「えっ!?そんな」
紺野が頬を染め、照れ隠しのように後ろを向いた。
- 41 名前:再会、そして・・・ 投稿日:2003年08月12日(火)21時07分51秒
- 武道の達人は、対峙しただけで相手の実力が解ると言う。今の二人の対決の映像は後藤
の脳内シミュレーションとでも呼ぶべき物だった。後藤は自分でも気づかぬうちに紺野と
の模擬戦をしていたのだ。
優秀な女優はどんなに暑くても、化粧を崩さないために、顔に汗をかかないと言われて
いる。同様にポーカーフェースの後藤も顔には出さなかったが、背中は冷や汗でシャツが
張り付きそうだった。
(この娘、絶対普通じゃない!)
これが後藤の出した結論だった。
一方紺野の方も同様の体験をしていたらしい。
(後藤さん、なんて人かしら。あそこまで強いだなんて。飯田さんでも敵わないかもしれ
ませんね、完璧です!)
- 42 名前:token 投稿日:2003年08月12日(火)21時11分50秒
- 今夜の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。
基本的に飯田さんはいい人なんでしょうね。たぶん。
紺野さんは、まだ出勤してなかっただけです。(笑)
で、やっと後藤さん再登場!しかもいきなり紺野さんと!
実はこのシーンは当初削ったのですが、新レスに移ったし、
後藤さん久々なので、書きました。
では、次回まで。
- 43 名前:Silence 投稿日:2003年08月14日(木)13時37分46秒
- なんかかっこいいこの2人。てか、すげ〜。後藤さんの
ひさびさの登場に浮かれモードですた。(w
更新お疲れ様でした。次回も期待です。
- 44 名前:予感 投稿日:2003年08月15日(金)08時25分29秒
- 吉澤と後藤はテーブル席に座った。気を利かせたのだろうか、それとも何か他に思惑が
あったのだろうか。紺野は店の奥に引っ込んでしまった。
あまり広い店ではないので、密談を出来る雰囲気ではないが、それでも二人だけの会話
をすることは出来そうだ。
「実はこの後、中澤さんが来るんだ」
吉澤が話を切り出した。
「知ってるよ、あたしも呼ばれたからね」
「えっ、そうなんだ」
吉澤はちょっとガッカリした。
「あっ、でもよしこと飲みたかったのは本当だよ」
「うん、解ってるって」
吉澤はカクテルを飲み干すと、お代わりを注文した。後藤もそれにならい、同じ物を注文した。
- 45 名前:予感 投稿日:2003年08月15日(金)08時26分54秒
- 「ねえ、何があったの?」
しばらくして吉澤が尋ねた。
「仕事の話になっちゃうよ」
後藤はあまりこの話に触れたくないらしい。その気持ちを察して吉澤は話題を変えた。
「ねえ、小川麻琴って知ってる?」
後藤は視線を中に向け、記憶を探るように呟いた。
「小川・・・。マコト、マコト、麻琴。あっ、『壊し屋娘』だね」
「うん、あたし、あいつにちょっと世話になったみたいでさー」
吉澤は小川との関わりを話した。むろん、以前吉澤が小川に闇討ちされたことを、後藤
は知っていたので、もっぱら後藤が留守の間に起きた事が中心だった。ただ、梨華のこと
に触れずにはいられなかったので、吉澤には少し辛い話ではあったが・・・。
「へー、今はタクシードライバーなんだ。まあ、妥当かもね」
後藤にも吉澤の気持ちは解っていたので、あえて梨華のことは話題にはしなかった。
- 46 名前:予感 投稿日:2003年08月15日(金)08時28分42秒
- 「えっ!?どう言う意味?」
「以前、よしこが闇討ちされた時、小川の素性を調べたんだよ。あいつね、Aライ持って
るんだ。国内レースでは優勝したこともあった筈だよ」
「すっげー、元レーサーのタクシーダライバーか。何だかかっけー」
努めて明るく振る舞う吉澤であった。
「うん。将来有望なレーサーだったんだけど、でも彼女いろいろあって、結局止めちゃっ
たんだよ。で、なんだかんだあって、裏の世界に入ったってわけさ」
「ふ〜ん(何があったんだろう?)」
「よっしぃー、あんまり関わっちゃダメだよ。また面倒なことになるから・・・」
言ってから後藤は、しまったという顔をした。だが、吉澤もしっかりしていた。
「うん、大丈夫だよ。だって彼女、あたしの趣味じゃないしぃー」
「うっわー、それって、なに気に失礼じゃん!」
吉澤の冗談を受け、後藤も茶化した。離れた所から見れば、にこやかに談笑しているよ
うに見えただろう。
- 47 名前:予感 投稿日:2003年08月15日(金)08時29分38秒
- (それにしても)後藤はさり気なく店内をチェックしていた。
(居心地の良いのは認めるよ。ママの飯田さんも一見優しそうだ。よしこの話じゃモグリ
の鍼灸師だって言うけど、その関係で中国拳法を使えるのだろうか?でも、あたしの感じゃ、
彼女はもっと危険な感じがするな。ひょっとしたら紺野さんよりも強いかもしれない。そ
して紺野さん。以前よしこから聞いた話だと、護身用に空手をやってるそうけど、絶対嘘
だ!賭けてもいいけど、あれで護身用なら相手は熊か虎だよ)
(あっ、でも飯田さんは中澤さんと知り合いなんだよなー。同じ医者同士のつながりなの
かな。でも、中澤さんが飯田さんの異常さに気づかない筈ないし、今日の打ち合わせにし
ても、わざわざこの店を指定したのは・・・。あー、だめだ。情報が足りなすぎる。あと
で飯田圭織と紺野あさ美の事を調べなくちゃ)
「んあー、後藤眠くなっちゃったよー」
- 48 名前:予感 投稿日:2003年08月15日(金)08時31分07秒
- 呑気そうに振る舞っている後藤の様子からは、心の中でいろいろ考え事をしているのを
感じさるものはなかった。
「何言ってんだよー、ごっちん」
その時、追加注文したカクテルが運ばれて来た。持ってきたのは紺野だ。相変わらず手
つきが危なっかしいのだが、カクテルは無事に二人の前に置かれた。
「楽しそうですね?」
「うん、ごっちんって変な奴でさー」
ワザとなのか、それとも病み上がりで久しぶりの酒に酔ったのか、吉澤が陽気になって
きた。あまり飲み過ぎるのも良くないが、中澤が来るまでにはまだ時間があったので、後
藤は特に何も言わなかった。当然、吉澤もそのことは心得ているはずだから。
ふと、後藤は今夜何かが起こりそうな予感がした。
- 49 名前:token 投稿日:2003年08月15日(金)08時36分59秒
- 本日の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。
後藤さんずいぶんご無沙汰してましたからねー。(笑)
これからもっと活躍していただこうと思ってます。
関東地方は雨です。あまり外に出たくはありませんが、もう出かけないと。
わー、訂正です。
48 感じさるものはなかった。→ 感じさせるものはなかった。
では、次回まで。
- 50 名前:作者名未定 投稿日:2003年08月16日(土)14時52分06秒
- tokenさん二号館オープンおめでとうございます!
何だか新展開の予感。これからも楽しみに読んでます。
- 51 名前:Silence 投稿日:2003年08月16日(土)15時54分48秒
- 何が起こるんだ〜〜!!(w
またもや気になる展開。後藤さんの活躍待ってます。
更新お疲れ様でした。次回も楽しみに
- 52 名前:襲撃 投稿日:2003年08月16日(土)22時01分56秒
- 一番最初にその気配に気づいたのは、後藤だった。
後藤はこの店のドアが見える位置に座っていた。これは彼女の、危機管理に備える習慣
であった。信頼の置ける吉澤と飲んでいる今でさえ、いや、その吉澤が怪我で充分な動き
を出来ない今だからこそ、後藤は辺りに気を配っていた。そのため彼女は、ドアの外の怪
しい気配にいち早く気づけたのだった。
突然ドアが乱暴に開かれ、チンピラ風の男が二人飛び込んできた。彼らは大声で何かを
叫びながら、各自が両手で握りしめた拳銃を、所構わず乱射した。
カウンターの棚に並べられた酒瓶やグラスが次々に砕かれ、液体とガラスの破片をまき
散らした。壁に当たった弾丸は、不揃いな傷跡を刻みつけていった。そして、店内にいた
人間達は・・・・・。
- 53 名前:襲撃 投稿日:2003年08月16日(土)22時03分31秒
- 武装した侵入者の存在を察知した後藤は、吉澤の身を自分の方に引き寄せた。それから
テーブルをひっくり返して、即席のバリケードを造った。テーブルに当たった弾丸は途中
までめり込むが、貫通する事はなかった。
(このテーブル、鉄板が入ってる!)
飯田と紺野も素早くカウンターの陰に身を伏せた。彼女たちの上にはデタラメに配合さ
れたカクテルと、ガラスのトッピングが降り注いでいった。
二人からやや離れたところでは、座り込んだバーテンダーが、赤く染まった腕を押さえ
ていた。反応が遅れた彼女は弾に当たったようだ。その表情は苦しげではあったが、致命
傷では無いようだ。
侵入者達はたちまちのうちに弾丸を撃ち尽くすと、震える手で拳銃のマガジンを入れ替
えた。焦りのためか手間が掛かった。準備ももどかしく再び乱射が始まった。飛び出した
空薬莢は床に散らばっていった。
- 54 名前:襲撃 投稿日:2003年08月16日(土)22時05分02秒
- 3つ目のマガジンが空になった頃、襲撃者達はようやく落ち着いたらしい。呼吸を荒く
弾ませながら、二人は店内を見回して自分たちの仕事を確認していた。
突然テーブルバリケードの向こうから、後藤がひょっこり顔を出した。慌てる男達に向
け、冷静に拳銃を2発撃った。弾は狙い違わず、男達の手を正確に打ち抜いた。拳銃を落
とした二人は、そのまま反撃することなく、泣きわめきながら転げるように外へ逃げ出し
た。所詮はチンピラだったようだ。
「よしこ大丈夫?」
後藤は左手に愛用の拳銃を握ったまま、バリケードの陰に蹲っている吉澤に声を掛けた。
吉澤は軽く手を挙げて、自分は無事だと言うことをアピールした。
カウンターの下では飯田がバーテンダーの傷の具合を確かめていた。
「大丈夫、掠っただけみたいだから。奥で診てやろうか?」
「いえ、一人でやれます。あとはお願いします」
バーテンダーはそう言い残すと、一人で奥に引っ込んだ。
- 55 名前:襲撃 投稿日:2003年08月16日(土)22時06分00秒
- 「飯田さん、まだ外に!」
開けっ放しのドアを閉めにいった紺野が報告した。これを聞くと飯田はカウンターの中
の引き出しを開けた。そこには何かの機械の操作パネルがはめ込まれていた。飯田が幾つ
かの操作をすると、店内のカラオケ用のディスプレーが輝き始め、映像を映し出した。そ
の場にいた全員が、それに注目した。
「14、5人ってとこかな?」
ディスプレーの中には明らかに暴力団風の男達がいた。監視カメラの映像らしい。彼ら
は手に手に木刀や金属バットなどの武器を持っていた。飯田は冷静に彼らの人数を数えていた。
「裏口を!」
紺野が指示を出すと、瞬時に画面が切り替わった。そこにも同様の連中が映し出された。
「こっちは5人ですね」
紺野もきわめて冷静だった。
- 56 名前:襲撃 投稿日:2003年08月16日(土)22時06分39秒
- 「うん、囲まれちゃったね」
まるで世間話をしているかのように飯田が言った。
「あいつら、寺田興行?」
吉澤が誰に言うともなく言った。
「そうみたいだね〜」
後藤も呑気そうに相づちをうった。もちろんそう答えながらも、後藤は頭の中で対応策
を考えていた。
(数がちょっと多すぎるけど、まあ、何とかなるか。あいつらが全員拳銃を持ってたらア
ウトだけど、それはないだろうな。怪我人のよしこは飯田さん達に見て貰って、と。そう
そう、弾はあと何発残ってたっけ?)
男達の人数よりも、明らかに弾の数のほうが足りなかった。しかも後藤は利き腕を怪我
していた。だが、彼女は自分も怪我人だと言うことは考慮していなかった。どうやら一人
で全員を相手にするつもりらしい。
- 57 名前:token 投稿日:2003年08月16日(土)22時08分12秒
- 今夜の更新終了です。
レスのお礼です。
>作者名未定様
ご丁寧にありがとうございます。
今はお話の状況を整理していると言った状態でしょうか。
>Silence様
ありがとうございます。
みんなが集まって楽しく宴会!とはいきませんでした。(笑)
えー、一応アクション物なので、またこんなシーンが続きます。
それと、今まで隠していましたけど、バーテンダーさん女性でした。
しかも、イメージキャラが○○さんなんですけど、見せ場がなかった
ものですから、今まで名無しでした。
では、次回まで。ごきげんよう。
- 58 名前:一読者 投稿日:2003年08月17日(日)05時43分16秒
- tokenさん バーテンダーの○○さんって、斉藤さん?
- 59 名前:襲撃 投稿日:2003年08月18日(月)19時08分06秒
- 「さて、どうしましょうかね?」
まるでお昼ごはん何を食べようか?とでもいうような、呑気な口調で紺野が言った。
警察に通報しよう、などとは誰も思っていなかった。彼女たちは全員が、寺田興行と
地元警察とのなれ合いを知っていたのだから。
後藤がカウンターの上に拳銃とクイックローダーを載せた。左手だけなので手間が掛
かったが、後藤は拳銃に弾を詰めた。
「これを見ても何とも思わないんですか?」
拳銃をちらつかせながら後藤が聞いた。
「別に。見慣れてるからね」
素っ気なく飯田が応えた。
- 60 名前:襲撃 投稿日:2003年08月18日(月)19時09分39秒
- 「飯田さん、このお店に銃なんて無いですよね?」
「うん。ウチにはそんな無粋な物、置いてないよ」
後藤の拳銃は六連発のリボルバーだ。だが暴発防止の為に、五発しか弾を詰めていなかっ
た。先程二発使ったから、残りは三発。予備として、クイックローダーに入っていた弾が
六発。最大で九人しか倒せない。ダメモトで聞いてみたのだが、飯田の答えは予想通りだった。
「西部劇だとこんな時、酒場の主人がライフルなんかを持ち出して応戦するんですけどね」
「それは無理。だって圭織は、か弱いお姫様だから」
彼女たちは未だに冗談を言う余裕があった。
その時吉澤が、松葉杖をつきながらドアの方へ向かった。
「よしこ!何やってんの!」
後藤が咎めた。
- 61 名前:襲撃 投稿日:2003年08月18日(月)19時11分15秒
- 「あたしのせいなんだ。全部あたしが悪いんだ。あたしさえ今日ここに来なければ・・・。
もうこれ以上迷惑は掛けられないよ。連中の狙いはあたしだ。だから・・・」
「何馬鹿なこと言ってるんだよ!そんな身体で何しに行くつもりさ。それに・・・、今日
ここに来いって言ったのは、中澤さんでしょ。よしこのせいじゃないよ」
「でも・・・」
「吉澤、今のアンタはウチのお客だ。店の主はお客の安全を守る義務があるんだ。それに
あたしの患者でもある。勝手な真似はさせられないな」
飯田が言った。
「吉澤さん。今の飯田さん、機嫌悪くなってますからね、逆らわない方がいいですよ」
本気とも冗談とも解らない口調で紺野が言った。
「そうだよー、今のよしこは只の女の子なんだから、おとなしくしてなくちゃダメだよ」
- 62 名前:襲撃 投稿日:2003年08月18日(月)19時12分22秒
- 「飯田さん、吉澤ひとみのこと、お願いします」
改まった態度で、後藤が頭を下げた。
「ああ、解った。気をつけてな」
「じゃあよしこ、行って来るね」
後藤は一人でドアの外に出ていった。
「ごっちん・・・」
後藤の後ろ姿を寂しそうに見つめる吉澤であった。
- 63 名前:token 投稿日:2003年08月18日(月)19時13分27秒
- 今夜の更新終了です。
>一読者様
惜しいです。11waterのPV見た後だったら、斉藤瞳さんにしてたかもしれません。
でも、このお話のあらすじと配役が決まったのは、三月なんです。ですから、別の人です。
次回、少しだけ出て来る予定です。
では、次回まで。
- 64 名前:襲撃 投稿日:2003年08月19日(火)20時26分08秒
- 突然、時計のアラームの様な音が聞こえてきた。
「飯田さん、裏口が!」
裏口が破られたことを知らせる警告音だった。
「ヤバ、高橋が危ない!」
そう言うと飯田は奥に行こうとした。だがその向かおうとした先から、男が二人、怒号
をあげながら乱入してきた。一人は金属バットを振り回し、もう一人は木刀だ!
金属バット男は紺野に襲いかかった。紺野は余裕で相手の攻撃を受け流すと、蹴りを二
発決め、男を床に沈めた。飯田も木刀をかわしざま、その長い腕を伸ばして、男の鼻を叩
き潰した。
「動くんじゃねー!」
別の男の怒鳴り声が響いた。奥から新たに三人の男が入ってきた。金属バットを持った
男が二人。その後ろに大型ナイフを握った男が一人。そのナイフ男は、バーテンダーを抱
え、ナイフを首筋に突き立てていた。
- 65 名前:襲撃 投稿日:2003年08月19日(火)20時28分07秒
- 「高橋っ!」
飯田が叫んだ。バーテンダーの高橋愛は、顔を腫らしてぐったりしていたが、飯田の声
に反応し、か細い声で答えた。
「すいません。またドジっちゃいました」
「てめえら、よくもやってくれたな。たっぷり礼をしてやるぜ!」
金属バットを持った男が、飯田の前に立った。威嚇するように睨め付けるが、飯田は少
しも怯まなかった。その態度に苛ついた男が、飯田の顔をいきなり金属バットで殴った。
「飯田さん!」
紺野が叫び飛び出そうとするが、もう一人の男が行く手を遮るように、金属バットを突
き出した。
殴られた飯田は倒れなかった。攻撃の当たった箇所がみるみる腫れてきたのだが、飯田
は平然とした顔で、自分よりも背の低い男を見下ろしていた。
- 66 名前:襲撃 投稿日:2003年08月19日(火)20時30分07秒
- 「てめーッ!」
逆上した男は、飯田を殴り続けた。高橋は飯田が殴られる度に、自分も殴られているよ
うな気持ちになった。とても正視出来ず顔を背けるが、金属バットで飯田が殴られる度に、
鈍い音が聞こえてきた。
「飯田さん、ごめんなさい・・・」
涙声で高橋が呟いた。彼女の首筋のナイフが、ほんの少し食い込み、血が出てきた。
紺野は決して顔を逸らさなかった。飯田が殴り続けられるのをただ、悔しそうに見つめ
ていた。紺野は拳が白くなるほど握りしめていた。人質を取られ、正に手も足も出ない状
態だった。そして、吉澤は?
吉澤は何も出来なかった。嘗てないほど自分の無力さを感じていた。
(あたしのせいなのに、全部あたしが悪いのに・・・。なのに、あたし、何も出来ない!
あのままじゃ飯田さんが死んじゃう!)
- 67 名前:襲撃 投稿日:2003年08月19日(火)20時31分44秒
- 殴り疲れた男が、動きを止めた。肩で大きく息をしていた。しかし、飯田はまだ倒れな
かった。顔を腫らし、鼻血を垂らしてふらつきながらも、彼女は立っていた。まるでお岩
さんの様になった顔で、飯田がニヤリと笑った。
「もう終わり?」
美人のそんな笑顔は、ある種迫力があった。思わず男は腰が退けてしまった。
その飯田の顔を見て、高橋は決心した。足手まといの自分が飯田のために出来る、たっ
た一つの事。さっきからそれを実行しようと迷っていた高橋は、それを実行に移した。
高橋は自分を捕まえ、ナイフを突きつけている男の手を捉えた。飯田の凄まじさに見と
れ油断していた男だが、その程度でナイフを取り落としたりはしない。が、高橋の狙いは
別にあった。彼女は渾身の力を込めて、ナイフを握った男の手を取り、そのまま自分自身
の胸をナイフで刺した。あまりのことに驚いた男は、高橋を離し、突き飛ばした。床に倒
れた彼女の白いシャツは、みるみる血に染まっていった。
彼女は人質としての自分の価値を、自ら死ぬことで、無にしようとしたのだった。
- 68 名前:襲撃 投稿日:2003年08月19日(火)20時33分41秒
- 「高橋っ!」
飯田が彼女に駆け寄った。ガラ空きの飯田の後頭部を、男が金属バットで狙った。が、
その男の背中を紺野が蹴りで突き飛ばした。紺野は、飯田が高橋に駆け寄ると同時に、自
分の側の男に肘で一撃を加え、そのまま飯田を助けに動いていた。その肘打ちされ苦しん
でいる男を、吉澤が松葉杖で叩きのめしていた。
紺野は飯田を殴り続けた男を睨みながら、リストバンドを外した。例のパワーリストと
して使っているやつだ。軽く息を整えると目にも留まらぬ速さで、正拳二段突きを男に喰
らわせた。鈍い音がして、男の肋骨が砕けた。男は苦痛に顔を歪めた。
「まだですよ、私ちゃぁーんと数えてたんですからね。飯田さんが何回殴られたのかを」
にっこり笑っている紺野だが、眼には異様な光が宿っていた。
- 69 名前:襲撃 投稿日:2003年08月19日(火)20時34分55秒
- 「しっかりしろ、高橋!」
高橋を抱え起こして、飯田が呼び掛けた。高橋の顔はみるみる血の気が引いていった。
「飯田さん、ごめんなさい。でも、これで思いっきり・・・、やれますよね・・・」
「ちょっと待ってろよ」
そう言って高橋を床に優しく置いた飯田が、ナイフ男に振り返った。
すっかり形勢が逆転した事を悟った男は、逃げだそうとしていたが無駄だった。飯田の
蹴りをまともに受け、その勢いで男は壁に叩きつけられた。朦朧としたその顔に飯田のハ
イキックが決まり、男はうつ伏せに倒れた。倒れた拍子に更に顔面を床に打ち付けたが、
そんなことは飯田の関知する事ではなかった。
そのまま飯田は崩れるように倒れた。が、這いずりながらも何とか高橋の所までたどり着いた。
「吉澤!紺野を止めて。お願いっ!」
- 70 名前:襲撃 投稿日:2003年08月19日(火)20時36分29秒
- 飯田の悲鳴のような声が響いた。
紺野によって男は半分以上壊されていた。顔以外の骨はほとんどが折れたり、ヒビが入っ
ていた。顔面が無事だったのは、トドメを刺すために紺野がとって置いたからだ。
「紺野さん、やめて!」
吉澤は後ろから紺野を羽交い締めにして引っ張った。
「離しなさい。あと二発、顔面に入れて終わりです」
紺野の口調がいつもとは違っていた。
「そんな事すると、死んじゃうよ」
「圭織をあんなに殴ったんです。死んで当然です!」
冷たく言い放つと、なんとか吉澤をふりほどこうと藻掻いた。
「だめ。気持ちは解るけど、殺したら、あたしと同じになっちゃうよ!お願い!」
吉澤が叫んだ。
- 71 名前:token 投稿日:2003年08月19日(火)20時40分54秒
- 今夜の更新終了です。
名前と台詞のある人は、何か見せ場がなくては、と思うのですが、
バーテンダーさん、やっと名前が出てきたらこんな事に!
では、次回まで。
- 72 名前:襲撃 投稿日:2003年08月20日(水)20時12分40秒
- 「紺野、手伝って!このままじゃ高橋が死ぬっ!」
飯田が言った。吉澤と飯田の言葉で紺野はようやく動きを止めた。
「吉澤さん、離して下さい。大丈夫です。私、飯田さんを手伝いますから」
紺野の口調はいつものものに戻っていた。吉澤が紺野を離すと、そのまま飯田の所へ向かった。
「飯田さん、大丈夫ですか?」
「あたしは平気。でも、高橋、マジでヤバイ。悪いけど診察室に運んでくれない?」
高橋は息が荒く顔も真っ青で、失神寸前だった。紺野は無言で頷くと、高橋を静かに抱
え上げた。そしてそのまま軽々と奥に運んでいった。
「吉澤、ありがとう」
- 73 名前:襲撃 投稿日:2003年08月20日(水)20時14分27秒
- 飯田が立ち上がり静かに頭を下げた。その途端、彼女は前のめりに倒れかけた。慌てて
吉澤が彼女を支えた。吉澤に身体を預ける形で、そのまま飯田は呟くように話を続けた。
「あたしは紺野にだけは、人を殺して欲しくないんだ。勝手な言い草かもしれないけど、
紺野の手は、血で汚したくないんだ」
「飯田さん!?」
「もし紺野が誰かを殺さなくちゃならない時は、あたしがやる!あたしが・・・」
「飯田さん、しっかりして下さい!」
飯田の話し方にただならぬものを感じた吉澤が、飯田の肩を掴み、彼女に呼び掛けた。
しばらく沈黙していた飯田だったが、やがて顔を上げ吉澤に言った。
「変なこと言ってごめんね。でも、ありがとう。ホントに助かったよ」
それはいつもの飯田だった。もっとも相変わらず、怪我で酷い顔になってはいたのだが・・・。
- 74 名前:襲撃 投稿日:2003年08月20日(水)20時16分10秒
- 「本当に大丈夫なんですか?」
さっきの様子から察すると、飯田は意識が混濁していたのかもしれない。現に何回も頭
を殴られていたのを吉澤は見ていた。そう思ったから余計に心配だった。
「平気。紺野と高橋が待ってるから。あとは頼むね」
飯田はしっかりした足取りで、奥に入っていった。後には気絶した男達と吉澤だけが残
された。吉澤は床にへたり込んだ。
「あっ、ごっちん!」
しばらく放心していた吉澤だが、現状に気づき立ち上がるとモニターに駆け寄った。そ
こには後藤が一人で奮戦している姿が映し出されていた。後藤は金属バットを振り回して
いた。カメラの範囲外にどれだけの男達がいるのか解らないが、まだかなりの人数が残っ
ているようだった。
(中澤さんに助けて貰おう)
- 75 名前:襲撃 投稿日:2003年08月20日(水)20時17分11秒
- この襲撃はあくまでも私闘であった。吉澤が狙われたとはいえ、『組織』の戦いではな
い。だから見捨てられる可能性は十分あった。すべては『組織』の秘密を守るためだ。だ
が、もうなりふり構ってはいられなかった。吉澤は携帯を取り出すために、ジャケットの
内ポケットを探った。
指先に何か、冷たい金属の感触があった。吉澤が取りだしたのは携帯ではなく、例の金
属の小さな箱であった。中澤が加護と呼んだ、あの口の悪い少女の置き土産だ。誘われる
ように思わず蓋を開けた。中には二本のアンプルと専用の拳銃型注射器が。
中澤からは間違っても使うな、と言われていた。この薬はいわば強力なドーピング剤だ。
しかし下手をすれば吉澤は、廃人になるかもしれない。が、今のピンチから後藤を救うた
めに、吉澤の出来る事は・・・。
- 76 名前:襲撃 投稿日:2003年08月20日(水)20時18分26秒
- 使い方はその形状から予想がついた。吉澤はアンプルを注射器にセットして、自分の首
筋に当てた。もう一度モニターの中の後藤に視線を移すと、一気に引き金を引いた。
小さな痛みと共に、体の中に薬が注入されたのが実感できた。自分の鼓動がやけに大き
く聞こえた。ものすごい速さで薬は脳に巡っているのだろう。
そして・・・・・。
- 77 名前:token 投稿日:2003年08月20日(水)20時25分44秒
- 今夜の更新終了です。
事態はますます悪い方向に進んでいます。
余談ですが、私のパソコンに変なアクセスが殺到してます。
15分間で30回以上です。(ファイヤーウォールソフトがその度にメッセージを示すんです)
これって、今話題のウィルスと関係あるんでしょうか?皆さんは大丈夫ですか?
では、次回まで。ごきげんよう。
- 78 名前:Silence 投稿日:2003年08月21日(木)01時15分05秒
- 一気に読ませてもらいました。す、すげえ。
みんなすごいんですが1番すごいのはこの店(w
更新お疲れ様でした。次回も楽しみに
- 79 名前:ぷよ〜る 投稿日:2003年08月22日(金)03時18分36秒
- 更新お疲れ様です!!
よっすぃ〜・・・ダメだよ・・・
ホント、ヤヴァイ展開ですね・・・
では、次回更新も楽しみにしております♪
- 80 名前:名無し読者M 投稿日:2003年08月23日(土)08時27分21秒
- ぬぉぉ〜!! 大ピーンチ!!!!
なかざーさんはまだ仕事? マコは何処行ったー?!
よっすぃーそれは・・・
って事で、今更見つけて一気読みして朝を迎えた私。
これから今日の仕事乗り切れるのか?
むしろそっちの方が大ピーンチ!!!!
- 81 名前:襲撃 投稿日:2003年08月23日(土)22時41分57秒
- 吉澤から姿が見えなくなった時、飯田は足下をふらつかせ、壁にもたれ掛かってしまっ
た。しばらくそのままの姿勢で苦しそうに息を乱していた。
「ヤバー、さすがに殴られすぎたかも」
金属バットで殴られ続けた時に、嘘でも泣きわめきながら蹲って、頭を守れば良かった
のだが、飯田の性格からそんな真似は出来なかった。特に、卑劣な奴に対して弱気な態度
を見せるのを、潔しとしなかったから。
それでもなんとか飯田は壁に手をつきながら、診察室に向かった。
診察室に入った時には、治療の支度がすっかり整っていた。セッティングをしたであろ
う紺野は、携帯で話し中だ。
「言い訳は聞きたくありません。いいから早く手配しなさい!」
きつい口調で電話を切った。
- 82 名前:襲撃 投稿日:2003年08月23日(土)22時42分56秒
- 「飯田さん、先に治療を受けて下さい」
タオルを差し出しながら、紺野が言った。
「大丈夫、もう血も止まってるし。それに圭織が頑丈なのは知ってるだろ?」
洗面台で顔や手を洗いながら、飯田が答えた。
「それに高橋の方が重傷だ」
紺野に向き直り飯田が言った。
「私には飯田さんの方が遥かに重要です!」
飯田はそれには答えず、中国鍼を選び出すとそれを何本か、怪我人の身体に打った。苦
しげだった高橋の息づかいが、ずいぶんおとなしくなった。
- 83 名前:襲撃 投稿日:2003年08月23日(土)22時45分31秒
- 「あの時圭織が、高橋の腕を治療してやってたら、こんな事にはならなかったんだ」
治療を続けながら飯田が呟いた。
「それは結果論です。それを言うなら侵入者の行動を予測できなかった、私の責任です」
「解ってるなら、高橋が先だな」
一瞬紺野に視線を移し、目で笑いかけながら飯田が言った。
「飯田さん、狡いです。私にワザと言わせましたね」
「ナイフ抜くぞ」
飯田は再び真剣な表情に戻った。
- 84 名前:襲撃 投稿日:2003年08月23日(土)22時47分58秒
- また一人、後藤は男を殴り倒した。
拳銃の弾倉の弾はとっくに撃ち尽くしていた。まだクイックローダーに三発残っている
のだが、何しろ左腕しか使えないので詰め替える暇がなかった。
おまけに、片腕を吊った状態ではバランスが悪い。それでも後藤は相手の攻撃を器用に
避けながら、一人づつ確実に倒していった。
(殺しちゃうほうが、楽なんだけどねー)
心ではそんなことを思いながら、後藤の戦闘は続いた。『組織』の暗殺部門である、『処
理班』に所属しているとは言え、後藤は殺人狂ではない。むしろ無用な殺しは好まない。例
えそれが悪人でも、『組織』の命令がなければ、後藤は相手を殺そうとは思わなかった。
だから、拳銃で撃った相手の急所も、ワザと外していたし、接近戦になってからも、後藤
はナイフを使わずに、相手から奪った金属バットや、それが使い物にならなくなると、素手
で殴り倒していた。
- 85 名前:襲撃 投稿日:2003年08月23日(土)22時50分18秒
- 残りは7人。さすがに後藤も息が上がってきた。右腕の傷も、先程から疼きだしていた。
(ちょっと休憩、てな訳にはいかないか!)
気を取り直した後藤は、次の相手を物色していた。既に半分以上の仲間がやられた男達
は、警戒してなかなか近づいては来なかった。だが、彼らの目には、恐怖と憎悪の色が入
り交じっていた。どう考えてもこのまま引き上げてくれそうにはない。
その時、後藤は背後に奇妙な気配を感じた。今は『タンポポ』の入り口を守るような形
で、後藤は戦っていた。従って、背後から感じるその気配の主は、店内にいた誰かの筈だ。
飯田だろうか?一瞬そう思ったが、自分で即座に否定した。これはどう考えても飯田の
それではない。もっと別の何か。人間離れした何かだ。
後藤は男達を警戒しながらも、後ろを振り向いた。そこには後藤の良く見知った、吉澤
ひとみが立っていた。松葉杖を使わず、フラフラしながらであったが、一人で歩いてきたのだ。
- 86 名前:襲撃 投稿日:2003年08月23日(土)22時51分40秒
- 「馬鹿、なんで出てくるんだよ!」
だが吉澤はそれに応えることもなく、そのまま男達の方へ歩いていった。慌てて引き留
めようとする後藤に、二人の男が木刀で殴りかかってきた。
後藤と比べて、目の前にフラフラ出てきた吉澤の方が、組みしやすいと考えたのだろう。
金属バットを振りかざした男が、大声で叫びながら、吉澤の頭めがけて殴りかかった。
が、吉澤の頭がかち割られる寸前で、金属バットは止まった。男の腹に吉澤の右拳が、
手首がめり込むほどに打ち込まれたからだ。男は金属バットを落とし、くの字に身体を折
り曲げながら、胃の内容物を吐き出した。そのこめかみを吉澤の左フックが容赦なく襲った。
振り返った吉澤の顔は笑っていた。相変わらずフラフラと歩きながら、別の獲物に近づ
いて行った。恐怖に駆られた男達が吉澤に襲いかかった。
- 87 名前:token 投稿日:2003年08月23日(土)22時59分40秒
- 今夜の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。なんせカオリロボの秘密基地ですから。(笑)
>ぷよ〜る様
ありがとうございます。このお話の登場人物達はちっとも幸せになれませんね。(汗)
>名無し読者M様
いらっしゃいませ。ご新規さんですか。お仕事前にこのお話を読まれるとは、なんて無謀な。(爆)
なんせ書いてる作者も、ブルーになるようなお話ですから。お仕事大丈夫だったでしょうか?
今日の更新分はソフトのエラーのため、すべて書き直しました。おかげで2時間のロスです。(涙)
では、次回まで、ごきげんようです。
- 88 名前:Silence 投稿日:2003年08月24日(日)18時14分17秒
- おお、格闘だぁ〜(w そして何気にピンチなよっすぃ?
そしてここ、カオリロボの秘密基地だったのか(w
更新、書き直しお疲れ様でした。次回も期待しています。
- 89 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)19時51分12秒
- 吉澤の普段の戦い方は、ボクシングスタイルだ。相手の攻撃を巧みに避け、隙を見て攻
撃に移る。まさに蝶の様に舞い蜂のように刺す、だ。しかし、今の吉澤の動きはまったく
違っていた。その華麗なフットワークは、銃で撃たれた怪我でままならないのは当然なの
だが、今の彼女は、相手の攻撃を全く避けようとはしなかった。
フラフラと酒に酔った様に近づいていった。当然相手は武器を振り回してくるのだが、
吉澤の接近は止まらなかった。2回、3回と殴られながらも近づいて行き、自分の射程距
離に入るや、一気に拳を繰り出した。
例の薬で不死身になった訳ではない。ただ今の吉澤は痛みを感じない身体になっていた。
だから、金属バットや木刀の攻撃はまるで堪えなかった。そして痛めたはずの拳で、思う
存分男たちを殴り倒していった。
- 90 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)19時53分00秒
- 「死ねやー」
自らを鼓舞するために大声を出しながら、男が金属バットで殴りかかった。それが吉澤
の左肩に食い込んだ。が、当の吉澤は僅かに身体をふらつかせただけだ。左手で金属バッ
トを掴み、残った右手で男の顔面にパンチ。男は鼻血を垂らしながら倒れた。吉澤は右手
に金属バットを持ち直すと、そのまま男を殴り始めた。
男にとって幸運だったのは、吉澤が2回しか殴らなかったことだろう。2回目に得物が
うずくまる男の背中に当たったとき、吉澤の手からはそれが離れてしまった。吉澤の手が、
インパクトの瞬間の衝撃に耐えられなかったからだ。彼女の手はまともに物を握れないほ
ど壊れかけていた。
それでも、痛みを感じない吉澤は、相変わらずヘラヘラ笑いながら、男を蹴り飛ばした。
その瞬間バランスを崩して道路に倒れてしまった。しかし、ゆっくりと立ちあがると、再
び次の獲物を求めて歩き出した。
- 91 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)19時54分48秒
- スキンヘッドの男が身をかがめ、体当たりをするような格好で吉澤に突進した。その手
にはいわゆるドスが握られていた。吉澤は避けようともせず、腹部を刺された。勝ちを確
信したスキンヘッドはそのドスを引き抜こうとした。そうすれば間違いなく出欠多量で相
手は死ぬだろう。しかしドスは抜けなかった。吉澤の腹筋が挿入物をがっちりと締め付け
ていたからだ。しかも良く見ると、あれだけ勢いをつけて刺したにもかかわらず、ドスは
半分も刺さってはいなかった。加護の言葉は嘘ではなかった。薬によって強化された筋肉
は、鎧のように吉澤の腹部を守っていた。
腹にドスを刺したまま、吉澤は男の後頭部を思いっきり打ち降ろした。それから自分の
腹のドスを無造作に引き抜いた。少し血が滴ったが、それ程の量ではなかった。吉澤がそ
のドスをひょいと投げつけると、道路に倒れているスキンヘッドの臀部に突き刺さった。
絶叫する男の顔面を蹴り飛ばすと、吉澤は次に向かった。
- 92 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)19時57分24秒
- 木刀を振り回す二人の男を何とか倒した後藤は、このチャンスにクイックローダーで弾
を入れ替えた。
「よしこ!」
拳銃を構え、吉澤の加勢に向かった。ちょうど楽しそうに男を殴っている吉澤の後ろか
ら、別の男が今にも鉄パイプで殴りかかろうとしていた。後藤の弾が、鉄パイプ男の手を
撃ち抜いた。そのまま走り込んだ後藤は跳び蹴りを喰らわせた。
吉澤は自分の後ろで起きたことには気づいているのかいないのか、そのまま男を殴り続
けた。男は為す術もなく倒された。それが最後の襲撃者だったようだ。
「何で出てきたんだよ!」
後藤が近寄りながら声を掛けた。怪我人の吉澤に無理をさせたことが心配だった。声に
反応して吉澤がゆっくり振り向いた。彼女はまだヘラヘラと笑っていた。後藤を見てはい
るが焦点が合っていない。
「よしこ!?」
突然吉澤が殴りかかってきた。異変に気づいていた後藤は余裕でよけて、距離を取った。
- 93 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)20時00分15秒
- 「何すんだよ」
それに答えず吉澤は再び殴りかかってきた。大振りのパンチなので後藤は容易くよけら
れた。勢い余って吉澤は転びそうになるが、何とか踏みとどまった。
後藤は吉澤が『ラブマシーン』を持っていたことを知らされてなかった。しかし、吉澤
の異様な行動には思い当たる節があった。以前の後藤のパートナーを殺人鬼に変えた薬。
今の吉澤の姿にパートナーのそれがダブった。
「うが〜〜!!」
突然吉澤が大声を上げて苦しみだした。薬の効果が薄れてきたんだ、と後藤は思った。
『ラブマシーン』は、痛み止めの効果が一番最初に切れる。痛みを感じないために無茶を
したツケが、一気に来たのだろう。吉澤は道路に倒れ、のたうち回っていた。
嘗ての経験が後藤の脳裏に浮かび上がってきた。激痛に苦しんだのちに来るのは・・・。
- 94 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)20時02分06秒
- 吉澤が突然立ち上がった。顔つきは先程のヘラヘラしたものから、憎悪に満ちたそれへ
と変貌していた。相変わらず痛みは続いている筈だ。が、薬の作用で増幅された攻撃性が、
吉澤の身体をおとなしくさせなかった。
吉澤は後藤に近づいて来た。その瞳は人間のそれではなかった。ああ、あの時と同じだ。
後藤は心の中でそう思った。それが油断を生んだ。
「止めろよ、よしこ!」
吉澤が信じられないスピードで、後藤に飛び掛かって来た。不意をつかれた後藤は、両
手で喉を掴まれてしまった。吉澤はそのまま後藤を上につり上げた。プロレスで言うネッ
クハンギング状態だ。
スリムな後藤と言えでも、成人女性の一人分の体重である。それをバットさえ満足に握
れない吉澤が、両手で高々と掲げているのだ。その顔は痛みに耐えているためか、苦痛に
歪んでいた。
- 95 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)20時03分11秒
- 一方後藤は首を絞められ藻掻いていた。足で吉澤を蹴ってみたが、まるで効き目がなかっ
た。酸素を求め肺が悲鳴を上げ始めた。脈拍に合わせ頭の中がガンガンした。後藤は拳銃
の銃口を吉澤に向けた。苦しくてなかなか照準が定まらなかった。確実に吉澤を止めるに
は、頭を狙うしかなかった。だが、梨華の時とは違って、この角度でこの距離なら、吉澤
は死んでしまう。なんとか肩や、どこかダメージが少なそうな箇所を狙いたいが、後藤は
目の前が真っ暗になってきた。これ以上続けば意識を失ってしまうだろう。後藤は引き金
に掛けた指に力を込める寸前だった。
「撃ってはダメ!」
叫び声と同時に紺野が吉澤に跳び蹴りを喰らわせた。後藤と吉澤はそのまま道路に倒れ
込んだ。解放された後藤が手をつき咳き込みながら、酸素を身体に取り込んでいた。吉澤
は新たな乱入者を睨みつけていた。紺野はいつになく真剣な顔で吉澤に向かって構えた。
- 96 名前:襲撃 投稿日:2003年08月26日(火)20時05分05秒
- 飛び掛かってきた吉澤の攻撃を軽く捌くと、紺野が正拳二段突きを決めた。が、吉澤の
動きは止まらなかった。そのまま雄叫びをあげながら、紺野に襲いかかった。しかし紺野
は予めこれを予測していたようで、身をかわして距離を取ると、回し蹴りで吉澤の心臓辺
りを狙った。
心臓に衝撃を受けた吉澤の動きが一瞬止まった。紺野はそのまま吉澤の後ろに回り込む
と、腕を首に回して締めた。しばらく抵抗したのち、やがて吉澤は静かになった。
「よしこ!」
「大丈夫です。気絶しただけですから」
息を弾ませながら紺野が答えた。
「馬鹿、どうして薬なんか使ったんだよー」
吉澤を抱き起こしながら後藤が呟いた。
その様子を見つめながら、紺野は唇を強く噛みしめていた。
- 97 名前:token 投稿日:2003年08月26日(火)20時08分05秒
- 今夜の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。なんとかピンチ脱出です。でもこの先も・・・。
更新ペース落ちてます。
日曜の午前中に書こうと思っていたのですが、結局書けませんでした。
そして午後からは、信じられないぐらいの量の汗をかきました。
では、次回まで。
- 98 名前:Silence 投稿日:2003年08月29日(金)13時03分23秒
- よっすぃがよっすぃが・・・。
大丈夫?どうなちゃうの?気になって仕方ない〜〜〜。
更新お疲れ様でした。次回も固唾を飲んでまってます。ゴクッ(w
- 99 名前:加護の過去 投稿日:2003年08月30日(土)22時27分50秒
- 加護亜依は夢を見ていた。
深い渓谷に掛かる古びた吊り橋。その中ほどで10歳の加護は、右腕を掴まれ宙づりに
なっていた。彼女を懸命に支えているのは、加護と同い年ぐらいの女の子だ。
顔かたちが似ていた。背格好も同じぐらいだろう。二人の関係を知らない者の目には、
姉妹に見えたかもしれない。しかし二人に血の繋がりはない。それどころか、つい2時間
ほど前に出会ったばかりなのだ。しかも加護は、この少女を殺すためにこの橋の上に誘い
出していたのだった。
加護の肩は今にも抜けそうだった。だがおそらくその前に、力尽きて谷底に落ちてしま
うだろう。この下は二日前の大雨の所為で増水した谷川だ。
(あかん、もうダメやな)
- 100 名前:加護の過去 投稿日:2003年08月30日(土)22時29分02秒
- 加護は持久力がなかった。過去に負った大怪我で運動機能が著しく低下していた。必死
のリハビリで人並みに機能は回復したが、すぐに疲れてしまうのだ。橋の上の少女が伸ば
す手を掴む加護の手が、ゆっくりと離されていった。今の加護を自由落下から防いでいる
のは、両手で加護を掴む少女の握力だけだ。
(もうええわ、好きにしてや)
加護の心のつぶやきは誰に対してのものだったのだろうか?
「痛ッ!」
華奢な加護の手首に加わる力が強くなった。橋の上の少女が最後の力を振り絞り、加護
を引き上げようとしたのだ。
(こいつ、なんでこんなに頑張るんや!?)
まるで人ごとのように、加護は少女の奮闘ぶりを醒めた目で眺めていた。
- 101 名前:加護の過去 投稿日:2003年08月30日(土)22時30分25秒
- 「バキッ」
橋の板が壊れる音が聞こえた。少女が踏ん張っている足下辺りからだ。この橋は老朽化
していて通行禁止だった。加護はそれを知っていて少女を誘いだし、事故に見せかけて殺
すつもりだったのだ。
だが、橋の羽目板が割れ、足を踏み外したのは他ならぬ加護の方だった。そんな加護の
手を少女は咄嗟に掴み、なんとか落下を防いだ。しかし、そのまま引き上げることもまま
ならず、時間だけが過ぎていった。
少女は自分とほぼ同じ体重の加護を、その両手でぶら下げていた。これ自体特筆すべき
事だ。こんな状態がどれほど続いただろう?
(あかん、このままやと橋がもたん!)
- 102 名前:加護の過去 投稿日:2003年08月30日(土)22時32分32秒
- そこまで考えて、加護は自嘲した。そうだ、自分はこいつを、この自分そっくりの顔を
した少女を、殺すつもりだったではないか。なのに何を考えているのだろう。自分が助か
りたいからか?いや、自分はもう死んでもいい。ならば、何故・・・・・?
「おい、お前、もう離せや!」
加護は少女に向かって怒鳴った。しかし少女は何も言わなかった。恐らく返事をする余
裕さえないのだろう。奥歯を噛みしめ、顔を真っ赤にしながら、加護を引き上げるために
頑張っていた。そして驚くべき事に加護の身体はゆっくりとではあるが、確かに引き上げ
られていた。しかし、
「バキッ!」「ベキベキ!」
再び嫌な音が聞こえた。
「おい、はよ逃げ。橋が壊れるでッ!」
- 103 名前:加護の過去 投稿日:2003年08月30日(土)22時34分36秒
- 今度の加護の言葉にも、やはり少女は耳を貸さなかった。
加護は左手でポケットから小型のナイフを取りだした。そしてそれを、自分を引き上げ
る為に必死に努力している少女の右手の甲に突き刺した。
突然の予期せぬ痛みに、少女は思わず右手を離してしまった。加護を支えるのはもはや
少女の左手だけだった。だがその左手の中から、加護の手が、するりと滑るように抜けて
いった。
谷底へ落ちていく加護と目が合った。少女の目には加護が笑っているように見えた。ま
るでスローモーションのように落ちて行った加護は、小さな水柱を上げて、濁流の中に消
えていった。
「あいぼ〜ん!!!」
川に向かって泣き叫ぶ少女の声が、辺りに空しく木霊した。
- 104 名前:加護の過去 投稿日:2003年08月30日(土)22時36分09秒
- 目覚めた時、加護は胎児のように身体を丸めていた。彼女の両目からは涙が止めどもな
く流れていた。自分の身体の中に、まだ涙などと言う成分が存在していたのか!加護は少
なからず驚いていた。
あの夢を見るのは何年ぶりだったろう。
濁流に呑まれた加護は、その後奇跡的に助かった。既に『組織』の最年少メンバーであっ
た加護は、『組織』のおぞましい医療技術で辛くも命を取り留めた。
だが、あるいはあのまま死んでいた方が、彼女にとっては幸せだったのかもしれない。
ダメージから快復し、『組織』に復帰して以来、加護の殺めた人の数は数十人を超えてい
た。このペースでは、成人までに3桁を越えるのは確実だった。しかし、人を殺す毎に、
加護の中の何かが確実に壊れていった。
- 105 名前:加護の過去 投稿日:2003年08月30日(土)22時37分17秒
- 加護はベッドサイドにおいてあるピルケースからカプセルを取りだし、そのまま飲み下
した。これは『組織』から支給されている、加護専用の薬だった。これを常用しているお
陰で、加護は病弱な身体でも過酷な任務を遂行できた。
携帯の着メロが聞こえてきた。この音は親分からだ。
「はい、解りました。すぐ行きます」
電話を切った加護の表情には、年相応のあどけなさが消えていた。
- 106 名前:token 投稿日:2003年08月30日(土)22時38分32秒
- 今夜の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。
作者もよっすぃーには何とか助かって貰わないと困るんです。(笑)
今回は加護ちゃんのエピソードです。これ書いておかないと、加護ちゃん、
単なる悪い娘になってしまいますから。
では、次回まで。なんとか更新ペースを上げてみま〜すと。
- 107 名前:サンプル 投稿日:2003年09月02日(火)21時27分00秒
- 暗い室内で大きなスクリーンにプロジェクターで映像が映し出されていた。
望遠レンズで隠し撮りされたものらしい。高い位置からのロングショットだ。そこには
数人の暴力団風の男達と闘う、後藤の姿があった。
映像内の時間が過ぎていった。やがて吉澤がフラフラした足取りで現れた。カメラは最
大望遠で彼女の表情を追った。薄ら笑いを浮かべた吉澤の顔が大写しになった。
その後カメラは再びヒキの状態に戻り、吉澤の動きを追った。彼女の戦闘シーンが流さ
れると、暗がりでは賞賛とも取れる小さな声が、あちこちから漏れた。
突然、それまで苦しんでいた吉澤が暴走を始めた時、ビデオが一時停止させられた。
「ここまでで何分だ?」
男の声が尋ねた。
「は、サンプルが登場してから28分です」
プロジェクターの操作をしている男が、やや緊張気味の声で答えた。
- 108 名前:サンプル 投稿日:2003年09月02日(火)21時28分57秒
- 「計算通りです」
その隣に立っている白衣を着た男がそれに続けて言った。
「続けろ」
横柄な態度の、別な男の声がした。ポーズ状態だった吉澤が再び動き出した。
吉澤の暴走ぶりに、再び驚嘆の声が漏れた。後藤に襲いかかるそのスピード。そのまま
彼女の首を絞めながら高々と掲げる吉澤の姿。カメラは淡々とそれらを記録していた。
紺野の乱入で映像に動きが出た。襲いかかる吉澤とそれに応戦する紺野。紺野が正拳二
段突きを放った。が、ビデオでは彼女の両手は追いきれず、ブレた状態でしか確認出来なかった。
やがて紺野が吉澤を締め落とした。
「それにしても」
先程の横柄な態度の男の声がした。
「もっと近くで撮ったやつはないのか!音が拾えておらんぞ。映像も荒いな!」
- 109 名前:サンプル 投稿日:2003年09月02日(火)21時30分45秒
- 「申し訳ございません。ですが、これ以上近づくと、やつらに気づかれる恐れが。それに
夜間の撮影ですから・・・」
「何を馬鹿なことを。夜ならばそれこそ、闇に紛れて近づけるであろう」
その瞬間、まるでこの言葉が聞こえたかのように、スクリーンでは大写しになった後藤
が、カメラ目線でこちらを睨んでいた。いつの間にか映像は後藤と吉澤の二人だけになっ
ていた。紺野は店の中に戻って行ったようだ。
「ひっ!」
横柄な態度の男は思わず声を漏らした。
「あははははは」
若い女の笑い声がした。室内に緊張が走った。
「明かりを」
同じ女の声が指示を出した。間髪を入れず室内が明るくなった。
- 110 名前:サンプル 投稿日:2003年09月02日(火)21時31分54秒
- そこは、どこかの企業の会議室を思わせる場所だった。10人ばかりのスーツ姿の男達
が、楕円形のテーブルに着き、さっきまでスクリーンを見つめていた。だが彼らの視線は、
今では一人の女性に集まっていた。この席の上座に当たる位置にすわる若い女性だ。
彼女の服装は、会社の中より大学のキャンパスにこそ相応しいようなカジュアルなもの
だった。しかもサングラスを掛けていたため、すべての表情を読みとることは出来なかっ
た。だが、明らかに楽しそうな素振りだった。そんな彼女を見て男達の間に安堵のため息が漏れた。
「ブラボー、期待以上だね」
拍手をする真似をしながら彼女が言った。この空間の主は明らかに彼女だった。
「は、ありがとうございます」
白衣を着た男が嬉しそうに頭を下げた。
「う〜ん、でもこのサンプルでしか成功しないんじゃなー」
彼女がとぼけたように呟いた。
- 111 名前:サンプル 投稿日:2003年09月02日(火)21時32分49秒
- 「えっ!?いや、そのー。申し訳ございません。今回のデータを元に今後必ず完成させま
すので、今しばらくのご猶予を!」
一転して白衣の男は必死になって頼み込んだ。
「そっか〜、まあ、いいか。んじゃ、ヨロシクね〜」
軽薄な態度でそう言うと彼女は右隣の男に言った。
「な、怖いだろ?あの娘」
「いえ、別に・・・」
先程から横柄な態度をとっていた男だ。この娘の父親世代であろうか。
「あの娘はね、『組織』の現No.1だからね。あのくらい当然だよ」
「しかし、あいつらが向こう側についているのは、厄介ではありませんか?」
左隣の男が丁寧に尋ねた。
「うん、そうだね。でも、これで面白くなって来たじゃん!」
彼女が微笑んだ。スーツ姿の男達もそれに合わせ追従笑いをしていた。だが彼らは気づ
かなかった。サングラスに隠された彼女の目は、憎悪に満ちたものだった事を・・・・・。
- 112 名前:token 投稿日:2003年09月02日(火)21時42分03秒
- 今夜の更新終了です。
相変わらずの更新量の少なさです。
ここへ来て新キャラ登場!ヤバイぞ、作者。
こいつ一体誰?収拾がつくのかYO?(笑)
では、次回まで。さらば!
- 113 名前:Silence 投稿日:2003年09月04日(木)17時25分22秒
- 新キャラも気になるのですが・・・その前に・・・。
加護ちゃん。目には涙がたまりはじめていますです。
更新お疲れ様でした。次回も期待です。
- 114 名前:襲撃の後 投稿日:2003年09月05日(金)22時09分00秒
- 『タンポポ』襲撃事件から一夜明けて、ここは平家総合病院の病室。VIPルーム程では
ないが、充分にプライバシーが確保される特別室だ。もちろん中澤の配慮である。ベッド
には傷だらけの吉澤が眠っていた。その傍らには後藤が付き添っていた。結局彼女は一睡
もせず、吉澤の側を離れなかった。
吉澤の状態は酷いものだった。ただでさえ治りかけだった両拳は、酷使したために物を
握れる状態ではなかった。所々を金属バットや木刀で殴られた跡は傷になっていた。腹部
の刺し傷は幸いにして深くはなかったが、何針か縫っていた。
また紺野の正拳突きにより、肋骨にはヒビが入っていた。恐らく大声で笑うと痛みを感
じる程度だろう。
明け方まで吉澤は、怪我と例の薬の後遺症で熱が出てうなされていた。そんな彼女を後
藤は、寝汗を拭いたり氷嚢を乗せ換えたりして介護し続けていた。幸いにして今は落ち着
きを取り戻していたが、怪我人であることに変わりはなかった。
- 115 名前:襲撃の後 投稿日:2003年09月05日(金)22時10分16秒
- 備え付けのインターホンが鳴った。後藤が出ると、相手は中澤だった。
「後藤、話がある。ちょっと来てくれんか。執務室や」
「あたしもです」
後藤は短く答えインターホンを切った。それから吉澤の様子を確認すると、そっと病室
を出ていった。
「なんや、何か文句でも言いたそうな顔やな」
執務室でデスクの椅子に座ったままの中澤が、目の前で立ったままの後藤に言った。
「いろいろありますけどね」
やや憮然とした態度で後藤が答えた。
- 116 名前:襲撃の後 投稿日:2003年09月05日(金)22時11分35秒
- 時間は昨夜に戻る。
紺野は『タンポポ』の中に入って行った。独り取り残され、吉澤を抱え起こしていた後
藤は、自分たちに向けられている視線を感じた。吉澤をそっと道路に寝かせると、立ち上
がり視線を感じた方向をにらみ返した。
近くのビルの屋上から、確かに視線を感じた。狙撃者だろうか?だが、後藤の超感覚は
それを否定した。少なくとも殺意は感じられなかったから。後藤の拳銃にもまだ弾は残っ
ていたが、この距離では無理だろう。しばらく睨みつけていたが、先程のような視線は感
じられなかった。
(気のせいだったかな?)
後藤がそう思い始めた頃、再び紺野が『タンポポ』の店内から出て来た。後藤の注意は
彼女に向けられた。やや警戒気味な態度をとった。
- 117 名前:襲撃の後 投稿日:2003年09月05日(金)22時13分21秒
- 「今タクシーが来ます。吉澤さんを中澤さんの病院に運んで下さい」
「中で何があったの?」
この時点でまだ、後藤は『タンポポ』が襲われ、飯田が怪我をしたことを知らなかった。
「裏口から侵入されました。飯田さんも頭を殴れて・・・」
悔しそうに紺野が言った。高橋の治療を終えるや、飯田は気絶してしまったのだ。
「そうだったの。それはお気の毒に」
「後藤さん、あまり感情が籠もっていませんね」
「あたし、あなた達の事、良く知らないからね」
「疑っているんですか?私たちを」
「どうだろうねー、正直言って誰も信用できないんだよ」
やや投げやりな口調で後藤が答えた。
「中澤さんもですか?」
「今夜、あたしとよしこ、吉澤ひとみを呼び出したのは中澤さんだ。しかも本人は来ていない」
- 118 名前:襲撃の後 投稿日:2003年09月05日(金)22時15分31秒
- 「それは、都合で遅れると連絡が」
「寺田興行の奴らは、何故ここによしこがいる事を知っていたんだろう?それとも狙われ
たのは、あんた達?」
「それは・・・、判りませんね」
紺野の返事は歯切れが悪かった。
「このお店のテーブル、鉄板が入ってた。しかも床に作りつけじゃないから、ひっくり返
して即席のバリケードを作るにはもってこいだ。それに監視カメラだって」
「それは・・・、飯田さんがモグリで鍼灸医をやっているから・・・。なんて言っても納
得していただけませんよね」
「うん。で、説明してくれるかな」
後藤がゆっくりと臨戦態勢に入った。
- 119 名前:襲撃の後 投稿日:2003年09月05日(金)22時16分13秒
- 「後藤さん、もう時間がありません。いくら何でも、そろそろ地元警察が来るでしょう。
ですからこの次にして下さい。ぶっちゃけ私だって、内心焦っているんです。飯田さんが・・・、
圭織が怪我をしたんです。早く治療してあげないと。それにバーテンダーの高橋さんも重傷なんです」
紺野は後藤の目を見つめて言った。その表情に嘘は見えなかった。
その時、一台のタクシーが猛スピードでやって来て急停車した。
「よう、お待たせ」
運転席から陽気に小川が声を掛けた。何故かおでこに絆創膏が貼られていた。
「あなた、小川・・・、麻琴?」
後藤が聞いた。
「へっ、俺も有名人か〜」
小川を無視して、後藤は紺野に振り返り、目で訴えた。
「後藤さん、信じて下さい。私はあなた達、後藤さんと吉澤さんの味方です」
- 120 名前:襲撃の後 投稿日:2003年09月05日(金)22時17分22秒
- 「判った。今日の所はお礼を言っておくよ。さっきは暴走したよしこを止めてくれてありがとう」
後藤が軽く頭を下げた。だが再び顔を上げた時には紺野に強い視線を注いでいた。
「でも、この次に会うときは、詳しく話して貰うからね」
そう言うと後藤は、吉澤を左腕だけで何とか抱え上げて、タクシーの後部シートに乗り込んだ。
小川は、紺野に向けて親指を立てると、そのままタクシーを発車させた。
タクシーを見送る紺野。その時、別方向から一台のトラックがやって来た。中から数人の男達
が降りて来て、『タンポポ』の中に入っていった。一見すると引っ越し業者の様だ。一人の男が
紺野に近づいてきた。
「飯田さんと高橋を最優先で運んで下さい。ここは破棄します」
男の顔も見ずに、紺野が指示を出した。
「はっ」
男は短く答えると、店内に入っていった。
- 121 名前:token 投稿日:2003年09月05日(金)22時21分38秒
- 今夜の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。加護ちゃんはすぐまた出てきますが悪役なんです。(涙)
では、次回まで。
- 122 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)13時58分14秒
- 時間と場所は、再び中澤の執務室に戻る。
「飯田圭織と紺野あさ美、あの二人は何者なんですか?中澤さん知ってるんでしょ!」
後藤が尋ねた。
「ああ、知っとる。けど言えん!」
きっぱりした態度で答えた。
「何故です!」
「今のあんたには不要な情報やからな」
後藤の目を逸らさずにブルーのカラコンが見つめていた。
「けどな、これだけは言える。あの二人は敵やない。その証拠に今回だって助けてもろたやろ」
「でも・・・・・」
後藤は何か言いたげだったが、気を取り直して別の質問をした。
- 123 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)13時59分45秒
- 「よしこが何故あの薬、『ラブマシーン』を持ってたんですか?」
「『組織』の別の派閥の奴らから「プレゼント」されたモンや。昨夜あの店でウチが吉澤
から回収する筈やったんや」
プレゼント、と言う単語を強調した。
「そんな大事なこと、どうしてあたしに黙ってたんですか!」
「あの薬の存在は、『組織』内でも公にしたない。それだけデリケートな問題なんや。だ
からぎりぎりまで、あんたには黙っとくつもりやった。それに・・・、あの薬には辛い思
い出があるやろ」
「約束の時間に大幅に遅れたのは?」
中澤の問いかけには触れず、後藤は質問を続けた。
「なんや、まるで尋問やな。まあええか・・・。夕べな、町の居酒屋でガス爆発があって
な、怪我人がぎょうさん出たんや。ここ救命科もあるからな。で、手の空いている医師が
全員集められたんや」
確かに話の筋は通っていた。が、後藤にはどこか違和感が拭いきれなかった。
- 124 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)14時01分03秒
- 更に別の事を聞こうとした後藤は、ドアの外側に強い殺気を感じた。
「誰だ!」
後藤の誰何に答えるように、ドアがゆっくりと開けられた。
「さすがやん、自分。現No.1言うんは伊達やないな」
髪をお団子に纏めた少女が立っていた。一見すると愛らしい顔だ。だが、その口は皮肉っ
ぽい笑いを浮かべていた。
「加護っ!」
驚いて中澤が立ち上がった。
「はいな、加護ちゃんですっ!」
妙な仕草をしながら少女は名乗った。それから執務室の中に入って来て、後ろ手で中か
ら鍵を掛けた。
「カゴ・・・?」
後藤は頭の中で、『組織』のメンバーに関する情報の記憶をたぐり寄せた。やがて目的
の情報にたどり着いた。
- 125 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)14時02分39秒
- 「加護亜依ッ!」
「初対面で呼び捨ては失礼やろ!怒るでぇ、しかし、ホンマ」
往年の漫才師の真似をしながら加護が言った。どうやら今日は機嫌が良いらしい。
「何しに来たんや?」
中澤が睨みつけながらいった。
「おばちゃん、そんな怖い顔すると皺がふえるで。あっ、でもそん時は得意の手術で顔を
創るかぁ〜?」
加護が言った。その口調はどことなく皮肉っぽい。
「あんた・・・、やっぱまだ、あの事を気にしてるんか?」
加護の言葉を聞いて中澤の口調が少し柔らかくなった。
しかし加護は中澤の言葉を無視して、後藤に話しかけた。
「後藤はん、あんたウチラの派閥に来る気あらへん?」
「なっ!?」
- 126 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)14時04分05秒
- 「早い話がスカウトや。あんただけやない。友達か愛人か知らんけど、吉澤ひとみ。あい
つも一緒でええで〜」
「お前、何言うんや」
「おばちゃん必死やな。安心しぃーな。二人譲ってくれたら10億出す、とウチの親分が
言うとったわ。どや、これでいつ引退しても老後は安心やろ。それともなんだったら、お
ばちゃんもこっちの派閥に来るか?」
「ふざけるな!ウチはな、あんたらの、あいつのやり方が許せんのや。そやから死んでも
行くかいな」
「後藤はん、あんたはどうなんや?」
「ひとつ聞いていいかい?」
後藤が穏やかに言った。
「へいへい、なんでっしゃろ?」
今度は関西の商人張りに、もみ手の仕草つきだ。
- 127 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)14時06分03秒
- 「夕べの一件はあんた達の仕業?」
「そや。吉澤ひとみの居場所あいつらに教えてやったんはウチラや」
「なんやと!?」
「そう怖い顔しなさんな。いつまでもあんなんに狙われとるんは迷惑でっしゃろ。だから
一気に片づけられる機会を作ってやったんや。あんな奴ら、後藤はんに掛かればチョロい
もんでっしゃろ。まあ腕の怪我はハンデって事で。それにいざって時の為に、吉澤はんに
は『元気の出る薬』渡しといたやん」
面白そうに加護が笑った。
「ガス爆発もか?」
低い声で中澤が尋ねた。
「あれはおばちゃんの為やで。あんたが襲撃に巻き込まれんように足止めしてやったんや。
なんせ同じ『組織』の仲間やんか」
「ふざけるな!一体何人怪我人出たと思っとるんや!」
- 128 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)14時07分11秒
- 「ええやん、あんたの腕ならチョチョイのチョイやろ。現に死人出てないやん」
加護はヘラヘラと笑っていた。
中澤は全身を怒りで振るわせていた。奇妙なことに加護の言動は、交渉に来たの者のそ
れではなく、まるで中澤を挑発しているかのようだった。
「で、どうでっしゃろ後藤はん?」
しばらくして加護が再び聞いてきた。
「もう少し時間をくれない?よしこと、吉澤ひとみと相談してみたいんだ。あたしよしこ
となら行くのを考えてもいいよ」
「後藤ッ!!」
絶対に断る筈だ、そう思っていた中澤にとって後藤の返事は信じられないものだった。
「さすがは後藤はん、賢いわ〜。どこぞの年増とは大違いや。年寄りは頭固くてアカンわ」
ニコニコしながら加護が言った。
- 129 名前:加護ちゃんです! 投稿日:2003年09月07日(日)14時08分41秒
- 「じゃ、エエ返事待っとるでぇ〜。おばちゃんも気が変わったらな。ほな」
加護は何事もなかったように部屋を出て行った。
「後藤ッ!」
加護が帰ってからしばらくして、中澤が力任せに後藤に殴りかかった。後藤は左手でそ
れを余裕で受け止めると、中澤に言った。
「手は大切にして下さい。明日は大事な手術なんでしょ」
声には優しさがあった。
「あんた・・・」
二人は少しの間、そのままの姿勢で見つめ合っていた。
- 130 名前:token 投稿日:2003年09月07日(日)14時13分20秒
- 本日の更新終了です。
いろいろあって作者また寝不足です。(笑)
では、また次回まで。
- 131 名前:匿名匿名希望 投稿日:2003年09月07日(日)21時45分06秒
- 更新お疲れ様でした。
一気読みさせていただきました(ためすぎ)
そして私もまた寝不足です(w
溜め込んでいた間に話しが沢山ごにょごにょごにょごにょ・・・
もう一度目がぱっちり覚めている時にもう一度読かえしてきますです。
- 132 名前:Silence 投稿日:2003年09月08日(月)20時47分28秒
- 更新お疲れ様でした。
加護ちゃんが、加護ちゃんが・・・。なんかまたも気になる展開が。
寝不足ってまさか・・・(w では次回も楽しみに
- 133 名前:もう一人のひとみ 投稿日:2003/09/09(火) 20:30
- 「おい、いい加減起きろよ」
どこかから聞こえた声に、吉澤ひとみは目を覚ました。
「ここはどこ?」
そこは何もない白い空間だった。強いて言えば、どこか広いスタジオを思わせる場所だっ
た。吉澤はゆっくりと立ち上がった。
「やっと起きたな」
声に反応して吉澤は後ろを振り向いた。息を呑んだ。
そこには闇があった。白い空間を飲み込むかのように迫り来る闇。その闇は吉澤から数
メートルの位置で止まっていた。その中に、姿を浮かび上がらせるように一人の全裸の男
が立っていた。色白で均整の取れた筋肉質の身体。だがその顔は・・・。吉澤には見覚え
があった。それは彼女自身の、吉澤ひとみの顔そのものだった。
- 134 名前:もう一人のひとみ 投稿日:2003/09/09(火) 20:32
- 「何を驚いてるんだ?」
「おまえ誰だよ!」
「俺かい。俺はお前、吉澤ひとみだよ。決まってんだろ」
「あたし!?なんで身体がおっ、男なんだよ」
「これはイメージ映像だ。まあ、俺の人格のイメージは男ってわけさ」
そう言うと男の吉澤は片腕を上げ、力瘤を作って見せた。吉澤は、女の吉澤はいつの間
にか自分も全裸になっていた事に気づいた。
「人格?」
「心と言い換えてもいいけどな」
にやりと笑いながら男の吉澤が言った。
「お前、施設にいた頃の事覚えてる?」
吉澤の脳裏に、施設での嫌な思い出がフラッシュバックした。
- 135 名前:もう一人のひとみ 投稿日:2003/09/09(火) 20:34
- 「お前院長達にオモチャにされていた時、いつも人形みたいに心を閉ざしてただろ。で、
その時心を、心の痛みを受け持ってたのが俺さ」
「?」
「自分の本当の人格を守るための、第2の人格。つまり身代わりなのさ」
やや寂しげに男の吉澤が言った。女の吉澤は何も言えなかった。しばらく沈黙が続いた。
が、男の吉澤は一転して朗らかな声で話し始めた。
「だけどな、こうは考えられないか?元々は俺が第1の人格で、その俺が眠っている間に
お前が出てきて成長していったんだ、と」
「お前、人を殴っている時、楽しいだろ?人を殺す時、ドキドキときめく事があっただろ
う?普通女の子がそんな事、思うか?」
「な、判るだろう。俺こそが本当のお前の人格なんだ。だけど俺は優しいからお前に出て
いけなんて言わないぜ。さあ来いよ。今こそひとつになろうぜ!」
- 136 名前:もう一人のひとみ 投稿日:2003/09/09(火) 20:35
- 闇の中から男の吉澤が出てきた。カレは女の吉澤に近づくと、カノジョを包み込むよう
に抱きしめた。女の吉澤は抵抗しなかった。二人の輪郭がぼやけ、やがて融合していった。
女の吉澤の脳裏に、色黒で顎のしゃくれた女の子の顔が浮かんだ。誰だっけこの子は?
あたしとても良く知っているような気がするんだけど・・・。
女の吉澤は徐々に物が考えられないようになってきた。代わりにどこからかわき上がっ
てきたのは、人を殴りたいと言う暗い衝動。すべて闇に飲み込まれそうになった時、女の
吉澤は、その女の子の名前を思い出した。
(梨華ちゃん・・・)
心の中でそう呟いた時、突如二人の吉澤は眩しいぐらいの光に包まれた。光は徐々に輝
きを増し、完全に闇を駆逐した。更に輝度を高めた光は周囲をホワイトアウトさせた。
そして・・・・・。
- 137 名前:token 投稿日:2003/09/09(火) 20:42
- 今夜の更新終了です。
レスのお礼です。
>匿名匿名希望様
ありがとうございます。寝不足流行っているんでしょか?(w
>Silence様
ありがとうございます。加護ちゃんなんか目立ちすぎでしょうかね。(w
まあ、ウチは更新量がいつも少な目なので、一週間ぐらいまとめて読まれると
良いかもしれませんね。
今回は更に少な目の更新でした。ごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが、
次回更新は、明日を予定してます。
では、また明日。
- 138 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:17
- 「すまんな、取り乱してしもた」
後藤に謝ると、中澤は疲れたように椅子に身を預けた。
「中澤さんは加護と何か、関わりがあるんですね」
「ああ、そうや。あの娘がああなった事の、責任の一端はあるようやしな。だから今でも
ウチを恨んでるんやろ」
「そうですか」
興味なさそうに後藤はソファーに座った。
「今度は何も聞かんのか?」
「あたしには『不要な情報』なんでしょ」
いたずらっぽく後藤が笑った。
中澤はやや迷っている素振りを見せたが、遂に決心したらしく、後藤に向かって言った。
「後藤、聞いてくれるか。ウチと加護の関係を」
「はい」
後藤はソファーで居住まいを正した。
- 139 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:19
- 「ウチはな、海外で生まれ育ったんや。18で日本に戻ってきて、医大に入った。その後
卒業して研修医をやってな、また外国へ行ったんや。で、ヨーロッパのある国にウチを
育ててくれたじいさん、まあ師匠やね、が住んでたんや。そこにしばらく身を寄せてたんや」
「その頃師匠は、ほとんど医者としては働いてなかったんや。一応診療所は開いてたけ
ど、開店休業の状態やった。まあ、田舎やったしな。いつも酒ばかり飲んでた気がするわ」
「で、ある日、怪我人が運び込まれたんや。まだ小さな女の子でな大火傷やった」
「事故なんですか?」
「いや、違う。顔をメチャメチャに潰され、指先も叩き潰されとった。身元を判らなくす
るためやろ。その上でガソリンか何かを掛けられて火ィ着けられたんや」
「人間は身体の表面積の30パーセント以上を火傷するとヤバイ、言うんは知っとる
やろ。その子は50パーセントを軽く超えておったわ。それでも発見が早かったからやで。
後少し遅れてたら、完全に焼け死んどったわ」
- 140 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:21
- 「ウチはさすがにこの子は助からん思ったわ。だけどな師匠は手術を始めたんや」
「メスを握った途端な、それまで震え気味だった師匠の手の震えが、ピタリと止まったん
や。それから女の子の手術や。ウチは助手を務めた」
「不謹慎な事やったかもしれんけど、ウチは嬉しかったんや。正直、飲んだくれている師
匠は見たなかった。ウチは小さい時から、師匠の手術する姿見て育ったんや。だから、
なんか元気な頃の師匠の姿と重なってな、ホンマ嬉しかったわ」
どこか遠くを見る目付きで中澤は語り続けた。
「大きな火傷は植皮、他人の皮膚を移植せなあかん。ツテを辿って何体かの遺体を集めた
んや。が、それでもいい状態の皮膚が足りんかった。で、ウチも臀部の、尻の皮膚を提供したんや」
「その子が加護亜依だったんですね」
「そうや、あの娘の顔辺りの皮膚はウチのや」
「でも、加護を助けたんなら感謝こそされても恨まれる筋合いは」
- 141 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:22
- 「助けた、か。そうかもしれんが、必ずしもそうやない」
「?」
「その子、顔が潰されとったと言うたやろ。身元を示す物も勿論なかった。で、師匠が適
当に顔を形成手術で創ったんや」
「とりあえず火傷だけ治療する、言う方法もあった。けどな、潰された顔をそのままにしと
く事もできんやろ。だから師匠は一気に手術したんや」
「身元は判らんかったが、東洋人らしい事は判った。師匠は絶対日本人だと言い張って
な、あの顔を創ったんや」
「のちに彼女がしゃべれるようになった時、覚えていたのはカゴアイと言う名前だけやっ
た。師匠の言うように日本人やった。が、他の事はさっぱりや。恐らく強いショックで記
憶が全部、飛んでしもうたんやろな」
中澤は言葉を切った。後藤は何も言わなかった。再び中澤は口を開いた。
- 142 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:24
- 「手術が成功して一ヶ月ほどは、加護は寝たきりやった。それからリハビリの始まりや。
あの子にとってはきつかった思うで。でもなあの子は頑張ったんや。ウチはあの子の世
話をした。その時気づいたんは、あの子は頭の回転が速い言う事やった。そんでな、可
愛かったでー。顔はまだ包帯が取れんかったけど、仕草がいちいち可愛いねん。ウチ
な、一人っ子やったさかい、なんや妹が出来たみたいでなー」
「そんなリハビリの日々が続いて、やがて顔の包帯が取れる時が来たんや。予め説明
はしておいたんや。でもなー、やっぱショックやったんやろな。泣き出して大変やった。
部屋に閉じこもって何も食べへんのや」
「でもな、なんとか説得したんや。もう少し時間が経って皮膚が落ち着いたら、もう一遍
手術して、加護の元の顔に戻してやると約束してな」
「その後リハビリも順調に進んだんや。でもな、加護の身元はまったく判らんかった。もっ
ともその頃は、ウチはまだ『組織』に入ってなかったから調べるゆうても限界があったけどな」
- 143 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:25
- 「あっちゃこっちゃの日本大使館に問い合わせてみたけど、該当者なしやった。勿論、現
地の警察も捜査したんやろうけどな。身元も犯人の手がかりもさっぱりやった。それにな、
加護を殺そうとした連中が、まだあの子が生きているのを知ったら、ヤバイやろ。あまり
おおっぴらには出来んかった」
「結局時間だけが過ぎていったんや。まあ、加護の回復が順調やったのは救いやけどな」
「加護が来てから半年ほどして、ウチはドイツの大学病院に行くことになったんや。まあ
これは最初から決まっていた事なんやけどな。ウチと離れると聞いて加護な、泣いてくれ
たわ。でもなヨーロッパは地続きやから、車飛ばせば案外すぐ会いにいけるんやし、加護
を師匠に託してウチは行ったんや。毎週手紙書くからと約束してな」
「ところがそれから3ヶ月後の事や」
「何があったんですか?」
「加護がさらわれた」
「えっ!?」
- 144 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:27
- 「何者かが師匠をぶちのめして、加護を連れ去ったんや!師匠は大怪我して、それが元で
亡くなったわ。今度も犯人の手がかりはなしやった」
中澤は悔しそうな顔をしていた。
「数年後、ウチが『組織』に入って、それなりに情報を扱える立場になった時、加護の事を調
べて驚いたわ。あの子はさらわれたのち、『組織』の養成所に入ってたんや。あんたの後輩やな」
「で、そこで根性がねじ曲がったんやろな。生き残るためには仕方なかった事やろうけど・・・。
これは噂やけどな、加護な、養成所の課外訓練中に自分そっくりな顔をした女の子を見付け
てな、殺そうとしたそうなんや」
「殺したんですか?」
「いいや、天罰やろうな。誤って自分が吊り橋から落っこって死にかけたそうや」
「その後なんとか回復して養成所を卒業したのち、『組織』の最年少メンバーになったんや。
で、その後はあんたも知っとるやろうけど、加護はウエットボーイとして、人を殺しまくっとるんや」
- 145 名前:中澤と加護 投稿日:2003/09/10(水) 22:28
- 「嘗てはウチにとっても加護は可愛い奴やった。けどな、今のあいつは単なる人殺しや。
見ているだけでむかつくんや!」
中澤は吐き捨てるように言った。
(中澤さん・・・・・)
後藤は違和感を覚えた。何か言いたかったが、何も言えなかった。それが言えれば中澤
の心の苦しみを、少しは取り除けると思ったのだが・・・・・。
- 146 名前:token 投稿日:2003/09/10(水) 22:31
- 今夜の更新終了です。
お気づきでしょうが、中澤さんは加護ちゃんの事を少し誤解しています。
こうした小さな誤解の積み重ねが、やがて大きな悲劇に・・・・・。
今回はいつもと違うソフトでカキコしてみました。
では。
- 147 名前:Silence 投稿日:2003/09/13(土) 14:27
- なんか、悲しいよ。重いよ。でも、どこかに温かい
展開を求めてしまいます。誤解の積み重ね・・・。
更新お疲れ様でした。次回も期待しています。
- 148 名前:戦士の休息 投稿日:2003/09/16(火) 20:30
- 後藤が病室に戻ると、吉澤はベッドの上で半身を起こしていた。
「よしこ!」
「ごっちん」
吉澤は夢から醒めたばかりのような顔をしていた。近寄った後藤はいきなり左手で吉澤
にビンタした。
「何!?」
「馬鹿よしこッ!あんな薬使うなんて。死んだらどうするんだよ〜!」
後藤が睨みつけた。
「あたし、あの時、自分が何も出来なくて。目の前で飯田さんやごっちんや、みんなが苦し
んでるのに何も出来なくて・・・・・。情けないやら悔しいやらで・・・。だから」
「だから何?そんなんでよしこが死んだら、あたしはどうなるの?」
- 149 名前:戦士の休息 投稿日:2003/09/16(火) 20:33
- 「ごっちん!?」
「後藤は死んだよしこを思い出にして生き続けなくっちゃならないの?もう嫌だよ、そんなの!」
後藤は吉澤を抱きしめ、耳元で囁いた。
「信じられるのはよしこだけだよ、だから・・・、どこにも行かないで」
しばらくそのままの姿勢でいた二人だが、後藤は吉澤から離れると、今度は一転して明るい
口調になった。
「よしこ、ちょっとそこ詰めて」
「えっ!?」
「後藤昨日から全然寝てないし、疲れたから、寝るッ!」
ジャケットと靴を脱ぐと、後藤はベッドに潜り込んだ。大きめのベッドだからスペースは充分だ。
「ごっちん〜」
「いいじゃん、昔はこうして良く一緒に眠ったでしょ」
- 150 名前:戦士の休息 投稿日:2003/09/16(火) 20:33
- 「加護亜依のことなんだけどね」
天井をぼんやり見つめながら後藤が言った。
「うん」
「あいつ養成所出なんだってさ」
「あたしらの後輩!?でも、あたし、あいつの事何も知らなかったけど」
「当然だよ、だってあいつウエットボーイだから」
「えっ!?」
「まあ、女の子がボーイって言うのも変だけどね、あいつは暗殺専門なんだよ」
「それなら、あたしたちだって・・・」
「ううん、違う。あいつは主に『組織』に敵対する奴らを標的にしているんだ。そしてそ
の対象は身内にも向けられる」
「粛正・・・部隊?」
「そう、経歴も顔も謎の集団。中にはその存在自体、『組織』の綱紀を引き締める為
のハッタリだって言う人もいたけどね。『組織』の裏切り者を片づけるのが、仕事さ」
- 151 名前:戦士の休息 投稿日:2003/09/16(火) 20:34
- しばらく沈黙が続いた。
「ねえ、加護っていくつなの?」
「中澤さんの話だと、15だそうだけど」
「あいつ中澤さんを嫌ってたみたいだね」
加護の憎々しげな態度を思い出しながら、吉澤が言った。
「うん、いろいろあったみたいだから」
後藤は自分の判断で吉澤には中澤の事を話さないようにしていた。後藤はさり気なく話
題を変えた。
「明日は梨華ちゃんの手術だね」
「うん」
寂しげな表情で吉澤が返事をした。
「よしこ?」
- 152 名前:戦士の休息 投稿日:2003/09/16(火) 20:35
- 「解ってるよ。もう彼女とは距離を置くから」
「本当?」
「うん、所詮あたしらとは住む世界が違うんだ。それにあたしは・・・」
「何?」
(梨華ちゃんを守れなかったんだ!今だって病気の彼女に何もしてやれない・・・・・。もし
あたしが普通の人間だったら、梨華ちゃんのために神様にお祈りする事ぐらいは出来ただ
ろう。でも、殺し屋のお願いを聞いてくれる様な、都合のいい神様なんているわけないよ。
あたしに出来る事って言えば・・・・・)
「よっしぃー!?」
「ごめん、まだ頭がぼーっとしてるんだ」
後藤は吉澤の髪にそっと口づけした。
- 153 名前:戦士の休息 投稿日:2003/09/16(火) 20:36
- 「とりあえず今は眠っておこうよ。まずはそれから、ねっ」
「うん」
やがて後藤の静かな寝息が聞こえてきた。彼女は夢の世界に旅立って行ったのだろうか?
無邪気な寝顔を見せていた。職業柄、普段から警戒心の強い後藤が、こうした表情を晒すの
は吉澤ぐらいだろう。このベッドの上には、つかの間とは言え、安らぎが確かにあった。
だが、もう一人は眠らずに、ベッドの中で考え事を続けていた。
(あたしに出来る事は・・・・・・)
- 154 名前:token 投稿日:2003/09/16(火) 20:40
- 久しぶりの更新です。
>Silence様
ありがとうございます。ひょっとしてこのお話の中で
加護ちゃんが一番不幸な娘なのかもしれません。
今回やっと主役がお目覚めです。
では、次回まで。
- 155 名前:Silence 投稿日:2003/09/19(金) 10:27
- よっすぃ、かなしいよよっすぃ〜。
神様〜。と祈る自分です。手を合わせて祈ります。
更新お疲れ様でした。次回も楽しみに
- 156 名前:最後の挨拶 投稿日:2003/09/22(月) 22:40
- 数時間後、早朝の『平家総合病院』の玄関口。入院患者用の寝間着の上にコートを着込んだ
吉澤が、足を引きずりながら出てきた。コートは後藤の物を無断で借りてきた。眠っている彼女
を起こさないように、こっそりと病室を抜け出してきたのだ。
本当なら、今日の午後に手術が予定されている梨華に付き添っていたかった。せめてもう一度
だけ会って、別れを告げたかった。それが吉澤の偽らざる気持ちだった。が、今の吉澤には、そ
んなことをすれば己の決心が揺らぐことが解っていた。だからこのまま、誰にも告げず、行くこと
にしたのだ。
吉澤がやっとの事で病院の敷地を抜け道路に出ると、一台の見慣れたタクシーが止まっていた。
彼女が近づくと、待っていたかのように後部ドアが開いた。そのまま吉澤が乗り込むとタクシーの
運転席から声がした。
「そろそろ出てくる頃だと思ってたぜ!」
もちろんドライバーは、小川麻琴だ。
「ありがとう。助かるよ」
タクシーはゆっくりと走り出した。
- 157 名前:最後の挨拶 投稿日:2003/09/22(月) 22:42
- 病院の建物の中から、双眼鏡で一部始終を観察していた者がいた。後藤である。吉澤は彼女
を出し抜いたつもりだろうが、同じベッドで寝ていた後藤が気づかない訳はなかった。
「よしこの馬鹿」
後藤が誰に言うともなく、呟いた。
「で、どこに行きゃあいいのかな?」
「あたしのマンションに寄ってから、その後」
「あいよ」
最後まで吉澤に言わせずに小川はアクセルを踏み込んだ。
「どの辺よ」
「うん」
吉澤は住所を言って建物の特徴を告げた。
小川は片手で器用にカーナビを操作した。
「運転には自信あるんだけどさあ、まだ道を覚えてないんだ」
やや言い訳じみた口調で小川が言った。
- 158 名前:最後の挨拶 投稿日:2003/09/22(月) 22:43
- 「ちょっと待っててくれない?」
マンションの前でタクシーを降りると、吉澤は小川に頼んだ。
「あいよ、ごゆっくり」
吉澤がマンションのエントランスに入っていくのを見届けたのち、小川が携帯を掛けた。
「おう、俺。うん、今あいつのマンションの前。で、どうするよ?ここで止めるか?それとも拉致っ
てそっち連れてこうか?」
吉澤は部屋に戻るとスポーツバッグに持っていく物を幾つか詰め込んで、仕事用の服に着替
えた。包帯を巻いた両手で難儀をしたが何とか済ませると、電話を掛けた。まだ早い時間なので
寝ているかもしれない、と思ったがツーコールで相手は出た。
『はい、紺野です』
「あっ、あの・・吉澤です」
『今どちらですか?』
紺野の問いかけには答えず、吉澤は話を続けた。
「飯田さんとバーテンダーさんの怪我、大丈夫だった?あと、いろいろ迷惑掛けてごめん。そして・・・、ありがとう」
- 159 名前:最後の挨拶 投稿日:2003/09/22(月) 22:46
- 『吉澤さん、馬鹿な事は止めて下さいね』
紺野の声は冷静だった。
「それは無理。だって、あたし馬鹿だから・・・・・。さようなら」
吉澤は電話を切った。
ふと、壁に掛かった鏡を覗き込んだ。そこに映った吉澤の顔は孤独だった。
服を替えスポーツバッグを担いだ吉澤が、マンションから出てきた。そのままタクシーに乗り込んだ。
「待たせたね」
「おう。じゃあ行くか」
目的地の少し手前で吉澤はタクシーを止めさせた。
「ねえ、ちょっと手伝ってくれない?」
「何を?」
「うん、これなんだけど」
そう言いながらスポーツバッグからガムテープとある物を二つを取りだした。
- 160 名前:最後の挨拶 投稿日:2003/09/22(月) 22:47
- 「これ握った上からテープを巻き付けてくれない?」
「おめぇーそこまでやるのか?」
「うん、どうせ拳は使えないから」
「無謀な奴だな〜」
あきれた顔をしながらも、小川は吉澤のリクエストに応えた。左手と右手にそれらをひとつず
つ握りしめた吉澤は、少し痛そうに顔をしかめたが、ガムテープでしっかり固定されたそれを満
足そうに眺めた。
「以前、紺野がよー」
「え!?」
「少年マンガだと、嘗てのライバルはピンチの時に助けに行くんだ、みたいな事言ってたけどよ」
小川は真剣な眼差しで吉澤を見つめた。
「悪りぃな、これ以上は手伝ってやれねーんだ。なんせ今は、フリーじゃねぇーからよー」
吉澤はにっこり笑った。
「気にすんなよッ。もう充分さ。感謝してるよ」
スポーツバッグから分厚い封筒を取り出し、小川に差し出した。
- 161 名前:最後の挨拶 投稿日:2003/09/22(月) 22:49
- 「これ、少ないけどとっといて」
「けっ、金かよ」
「うん、タクシー代とその他って事で。もうあたしには必要ないし」
「ま、取りあえず貰っとくか」
小川は受け取った封筒を無造作に助手席に置いた。
「じゃ、お願い」
タクシーは再び走り出し、目的の建物の前に着いた。足を引きずりながら吉澤はその中に入っ
て行った。その建物には『寺田興行』の看板がこれ見よがしに掲げられていた。
吉澤の単身殴り込みだ!
- 162 名前:token 投稿日:2003/09/22(月) 22:53
- 今夜の更新終了です。
>Silence様
ありがとうございます。やっぱり吉澤さん、こんな事する気でした。
このお話しも終わりに近づいていますが、最近全然筆が進みません。
困ったモンです。
では、次回まで。
- 163 名前:飯田再起動と紺野始動 投稿日:2003/09/26(金) 22:26
- 電話を切ると紺野は再び作業に戻った。
紺野の髪の毛はボサボサで、机の上には資料の束が散乱していた。かなり長時間、同じ事を
続けていたようだ。紺野はパソコンでどこかのデータベースにアクセスしているらしい。次々とリ
ンクしたウインドウが開く。それらを素早くスクロールさせ、紺野は次々と情報を収集していった。
「紺野?」
頭に包帯を巻いた、パジャマ姿の飯田が部屋に入って来た。
「飯田さん、コーヒーを下さい」
振り向きもせずに紺野が言った。
「うん、他には?」
「お早うのキスを!」
飯田は後ろから紺野を抱え込むと、頬にキスした。
「飯田さん、お店、破棄しましたから」
飯田に抱きしめられたままの姿勢で、紺野が告げた。目は相変わらず、ディスプレーの文字を
追っていた。
- 164 名前:飯田再起動と紺野始動 投稿日:2003/09/26(金) 22:27
- 「うん、仕方ないよ。あれだけ派手にやらかしちゃったらね。約2年かぁ。もう潮時だったし・・・」
「ごめんなさい。そのうち必ず再建しますから」
「いいよ、無理しなくても。あそこは圭織のワガママだったんだし」
そうは言いながらも飯田はどことなく寂しげだった。
「吉澤さんが馬鹿な事をする気みたいです」
唐突に紺野は話題を変えた。
「あの娘、裕ちゃんトコに入院したんだろ?」
飯田は、昨夜自分が気絶してからの概要だけを聞かされていた。
「今朝方、抜け出したそうです」
「裕ちゃん、何考えてるんだろう」
「さあ、でも今は中澤さんも余裕が無いのかもしれませんね」
パソコンを操る紺野の手が止まった。ディスプレーの情報を食い入るように見つめていた。
- 165 名前:飯田再起動と紺野始動 投稿日:2003/09/26(金) 22:28
- 「何!?」
つられて飯田も画面を覗き込んだ。
「見付けました。これで何とかなるでしょう」
紺野は軽くため息をつくと、頭を大きく後ろに反らした。上から覗き込むような姿勢の、飯田と
目が合った。
「飯田さん、予定変更。朝御飯、もうブランチですね、作って下さい。私はシャワーを浴びます」
「吉澤はどうするの?」
目を逸らさずに飯田が尋ねた。
「忠告はしました。後は私の仕事ではありません」
「紺野・・・・・」
「そんな顔しないで下さい。さあ、私たちもお仕事です。忙しくなりますよ!」
- 166 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/26(金) 22:29
- 『寺田興行』はこの町を根城に、近隣にも強い影響力を持っていた。地元警察との癒着も常
に噂され、実際、現市長の再開発計画の為に、地上げにも協力していた。
その地上げの対象地域に、石川梨華の経営する喫茶店『ひまわり』が在ったことが、吉澤が
『寺田興行』と係わったそもそものきっかけであった。
だが、さしもの『寺田興行』も度重なる吉澤らとの「抗争」で、すっかり疲弊していた。おもだっ
た幹部クラスはすべてやられ、事務所に残るのは20人にも満たないチンピラと、次期組長の
武闘派を自認する山崎だけだった。
構成員の志気は低く、どこかに諦めにも似たムードが流れていた。それは続けざまの「負け
戦」に嫌気が差していたのかもしれない。
吉澤が一人で乗り込んだのは、正にそんな状況だった。
- 167 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/26(金) 22:31
- 吉澤は横柄な態度で対応に出た、若いチンピラに向かっていきなり発砲した。彼女は左手に
拳銃を握りしめ、ガムテープでぐるぐる巻きにしていた。普段の「仕事」で吉澤は、銃を使うこと
はない。そもそも銃が好きではなかった。が、使えない訳ではなく、身体中を怪我している吉澤
には、あまり選択の余地はなかった。
出てくる男達を次々に撃ち倒すと、吉澤は足を引きずりながら、目指す相手を探していた。
いきなりの襲撃に、パニックになりかけたチンピラ達だが、相手が怪我人の吉澤一人だと判る
と、反撃を始めた。が、彼らにとって不幸だったのは、拳銃がなかった事だ。
昨夜の『タンポポ』襲撃事件で、さすがに地元警察も『寺田興行』の捜査を始めざるを得なかっ
た。むろん形だけのものになるが、組事務所の捜索も明日には行われる予定だ。あらかじめそ
の事を聞いていた山崎は、拳銃その他のヤバめのブツは、事務所からすべて運び出させてい
た。だから、今の『寺田興行』のチンピラ達には、飛び道具が使えなかった。
それでも、彼らは吉澤の隙をみて、木刀で殴りかかったり、もう少し気の利いた奴は、常備さ
れている鉄アレイを、吉澤に投げつけたりして、撃退を試みた。
- 168 名前:token 投稿日:2003/09/26(金) 22:32
- 今夜の更新終了です。
では、次回まで。
- 169 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/30(火) 21:26
- 吉澤は拳銃の弾を瞬く間に撃ち尽くした。予備にマガジンをいくつか用意していたが、入れ
替える暇がなかった。弾切れと見るや、勢いづいたチンピラが、木刀を振りかざして吉澤に向
かって来た。
が、木刀は吉澤の身体に触れることなく、途中で受け止められた。受け止めたのは、吉澤が
右手に仕込んで置いた特殊警棒だ。
左手の拳銃と同様に、右手に握ってガムテープで固定された特殊警棒は、一振りでその本来
の長さになり、木刀を辛くも受け止めた。その瞬間に、吉澤は右手に衝撃を受け痛みを感じたが、
そのまま相手を押し返した。
返す勢いで相手の小手を打ち、木刀をたたき落とした。そのまま手首のスナップを利かせてチ
ンピラの両頬を何度も殴った。特殊警棒を通して相手の頬が砕ける感触が、はっきりと伝わってきた。
- 170 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/30(火) 21:28
- 両手に拳銃を持つと言う選択肢もあったが、吉澤は弾切れを考慮して、右手には敢えて特殊
警棒を装備していた。彼女にとっては飛び道具よりも、こうした近接戦用の武器の方が得意だった。
何かを打つ度に右手に痛みを感じたが、徐々にそれも気にならなくなってきた。むしろ快感に
すら感じつつあった。吉澤は次々に邪魔者を蹴散らして言った。
ガタイのいい男がドスを構えたまま、後ろから吉澤目掛けて突っ込んできた。こうして闇雲に
突進してくる相手は、今の吉澤にとって分が悪い。吉澤は相手の頭に照準を合わせて、迎撃
態勢に入った。
しかし突進者は、横からの乱入者によって蹴り飛ばされてしまった。立ち上がりかけたところ
を、更に何度か蹴られ、男はのびてしまった。
- 171 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/30(火) 21:30
- 「よう!」
乱入者は小川麻琴だった。
「!?」
「考えてみるとよぉ、まだこいつらからギャラ貰ってなかったんだよなー。で、金寄越せって言っ
たら、いきなり殴りかかって来やがってよぉ。まあ、払う気ないんだったら、腹いせに暴れてやろ
うと思ってな」
そう言いながら小川は、後ろからこっそり近づいて来たチンピラを、一発で殴り倒した。
「行けよ。こいつらは俺が!」
「ありがとう」
吉澤は踵を帰すと、先に進んだ。目指すは親玉の山崎ただ一人!
「さあ、来やがれ!」
周囲のチンピラ達に向け、小川の威勢のいい声が響いた。
- 172 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/30(火) 21:33
- 中澤裕子は執務室の寝室のベッドで大の字に横たわっていた。目を瞑り、これから行う手術
に備え、彼女なりの精神統一をしていた。
突然枕元の電話が鳴った。
「誰や?」
目を瞑ったまま、中澤は受話器を取った。
『あたしです。よしこが・・・、吉澤ひとみが殴り込みをかけました』
相手は後藤だった。吉澤が病院を抜け出したのち、彼女は中澤の命令で『寺田興行』を監視
していたのだった。
「アホな娘やな、ホンマ」
ポツリと中澤が呟いた。
『どうしますか?』
「どうもこうもない、打ち合わせ通りや。消せっ!」
中澤は電話を切るとベッドから立ち上がった。
これから向かうのは、たった今、人殺しを指示した同じ人間が、人の命を救うために奮戦する
手術室だった。
- 173 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/30(火) 21:35
- ビルの最上階にある、厚手のドアを吉澤は蹴破った。中には一人の男が、革張りの椅子にふ
んぞり返って座っていた。吉澤は直接顔を見たことはなかったが、こいつが山崎だと確信した。
「良く来たな。お前のおかげで散々な目にあったぜ」
落ち着いた口調で山崎は話しかけた。
「おれが極道になったのは、お前なんかが生まれる前だ。ここまで来るのに30年掛かった。くた
ばりかけの組長の後釜にやっとなれたんだ。それが、お前みたいな変な女の為に、台無しだぜ」
「関係ないね。あんたらが無法な事をしたからだろ!あたしは絶対許さないからね」
「けっ、最後までむかつく女だな」
山崎はいきなり拳銃を向けると、吉澤に向かって撃ちまくった。吉澤は膝をつき、蹲った。6発
全部を撃ち終わると、山崎はニヤニヤ笑いながら立ち上がり、吉澤に近づいて来た。
「油断大敵だぜ!」
- 174 名前:殴り込み! 投稿日:2003/09/30(火) 21:36
- 突然吉澤が、山崎の脚を狙って特殊警棒を振り抜いた。が、すんでのところで山崎は後ろに
飛びすさり、これをかわした。
「その言葉、そっくり返すよ」
ふらつきながらも吉澤は立ち上がり、特殊警棒を構えた。
「けっ、防弾チョッキとはズルイ女だぜ」
「殴り込みにこのくらい常識だろ!」
山崎は傘立てに挿してあったステッキを取りだした。柄を持って強く抜くと、白刃が現れた。
仕込み杖だ。鞘の部分を投げ捨て、山崎が構えた。
「切り刻んでやるよ」
- 175 名前:token 投稿日:2003/09/30(火) 21:38
- 今夜の更新終了です。
気がつけば9月も終わり。
先週でラジオも終わり、今週から何を聴けばいいんでしょう?
では、また。
- 176 名前:決着!? 投稿日:2003/10/11(土) 21:44
- 山崎が斬りつけた。武闘派を自認するだけあって、歳の割に俊敏な動きだった。太刀筋か
ら、正規の剣道のそれは感じられなかった。が、若い頃からの数々の抗争で身につけた無手
勝流の剣には、人を傷つけるための技が宿っていた。
吉澤は山崎の執拗な攻撃をすべて特殊警棒で受けきった。しかし、反撃する隙がなかった。
吉澤の右手は傷口から滲んだ血で、赤く染まっていた。とうに限界を越えている吉澤の右手は、
いつ力負けして、山崎に斬られてもおかしくはなかった。
何度目かの鍔迫り合い状態の時、吉澤は左手の拳銃で山崎を殴りつけた。掠っただけでた
いしたダメージを与えられなかったが、それで充分だった。
態勢の崩れた山崎の仕込み杖の柄に近い部分を、特殊警棒で力任せに打った。仕込み杖は
一般の日本刀と比べ造りが華奢だ。案の定吉澤の狙い通り、刃を叩き折る事が出来た。
そのまま山崎の顔面を殴りつけた。
山崎の顔が壊れていくたびに、吉澤は心の奥から喜びの感情がわき上がってくるのを感じていた。
(ソウダ、モット壊レロ。モットダ・・・・・)
ようやく吉澤は我に返った。山崎は血まみれで床に転がっていた。苦しそうに呼吸をしているが、
放置しておけば確実に死ぬだろう。
- 177 名前:手術 投稿日:2003/10/11(土) 21:46
- 中澤が手術室に姿を見せたときには、準備が既に整えられていた。スタッフは緊張した面も
ちで彼女を出迎えた。これから行われる手術の困難さを誰もが認識していたからだ。
中澤は所定の位置に着くと見学ブースの方に目をやった。そこには院長以下、病院の主立っ
た医師が集まっていた。いざという時のバックアップのためでもあったが、彼ら彼女らは職業上
の技術的な意味でも、中澤の執刀に興味があったので、開始を期待していた。
中澤がこれから行う術式の説明をした。事前に内容は知らされていたとはいえ、こうして改め
て中澤の口から告げられると、更に緊張が高まった。
「メス」
手術が始まった。
「凄いッ」「なんて早さだ!」
ブース内のモニター越しに、中澤の執刀を初めて見た若手達は口々に感想を漏らした。何度
か見ているベテラン達は、さすがに何も言わないが、内心で自分の技術とこっそり比較して感
心していた。
ただ一人院長の平家だけは別のことを考えていた。
- 178 名前:手術 投稿日:2003/10/11(土) 21:47
- 手術は順調に進んでいた。クランケの石川梨華の容態も安定していた。既に手術開始から
かなりの時間が経過していた。
一番懸念されていた腫瘍の切除もサクサクと進んでいた。中澤の手際には戸惑いというもの
がまるで感じられなかった。やや不謹慎ではあったが、側で見ていた若い看護師の一人は、こ
れほどのメス捌きをみせる中澤が、なぜ料理が下手なのだろうかと思っていた。
そんな事を思いつく程に手術は順調だった。
- 179 名前:決着!? 投稿日:2003/10/11(土) 21:48
- 瀕死の山崎をぼんやり見下ろしている吉澤は、入り口の方に気配を感じて振り返った。
そこには「仕事着」に身を包んだ後藤が立っていた。
「ごっちん」
近寄ろうとした吉澤の動きを後藤の視線が止めた。後藤は左手に拳銃を握っていた。
「銃を使ったの?」
「うん」
「未登録のやつだろうね」
これは警察のデータベースにライフルマークが登録されていない、と言う意味だ。
「あっ、うん。マンションにあったやつだから」
普段仕事に銃を使わない吉澤は、愛用の拳銃を持っていなかった。必要があって使う時は
使い捨てにしていた。
- 180 名前:決着!? 投稿日:2003/10/11(土) 21:50
- 「結構。これでいくらか処理がやりやすいよ」
「仕事に来たんだね」
淡々とした声で吉澤が言った。
「ああ、そうだよ」
後藤の声も同様だった。
「小川はどうなったの?」
「知らないな〜。あたしは屋上から入ったからね」
「・・・・・」
吉澤は真意を計りかねていた。
「まったく、余計な仕事ばかり増やしてくれるね」
「そうかもね。じゃあ、早く片づけてくれよ」
唯一、友達と呼べる存在の後藤の手に掛かるのなら本望だ。吉澤は目を閉じた。
が、いつまで経っても銃撃の痛みは襲ってこなかった。
- 181 名前:token 投稿日:2003/10/11(土) 21:51
- 今夜の更新終了です。
では。また。
- 182 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/15(水) 01:35
- えぇ〜!?
非常に気になる終わり方・・・次が待ち遠しいです!
- 183 名前:決着!? 投稿日:2003/10/16(木) 20:41
- 吉澤は目を開いた。
「何やってんだよー、よしこ」
後藤は笑っていた。
「えっ!?だってごっちん、仕事に来たんじゃ・・・」
「そうだよ。上からの命令で、『寺田興行』を潰しにね」
「それじゃあー」
「なんだよ〜。後藤がよしこを殺しに来たとでも思ってたの?それって酷くな〜い!」
いたずらっぽく笑いながら後藤がおどけた。
- 184 名前:決着!? 投稿日:2003/10/16(木) 20:42
- 吉澤は全身の力が抜けたような気がして倒れそうになった。そんな彼女を後藤が支えた。
「痛てて。身体中痛いよ」
「当たり前じゃん、馬鹿よしこ」
「馬鹿は余計だろ!」
全身の痛みと疲労感を感じながらも、吉澤は安堵感に包まれていた。とりあえず『組織』から
も見捨てられる事はなかったから。そしてなによりも、今しばらくは、後藤との関係がまだ続け
られる事が判ったから。
「さて、仕事を片づけて早く帰ろうか」
後藤はそう言った次の瞬間、吉澤を突き飛ばした。
- 185 名前:決着!? 投稿日:2003/10/16(木) 20:44
- それまで吉澤が居た空間を、折れた仕込み杖がうなりを上げて飛んでいった。
すかざず後藤は拳銃を3発撃った。が、銃弾を胸に受けた山崎は、多少ふらつく様を見せた
が、倒れなかった。
「まさかっ!薬を!?」
吉澤が呟いた。さっきまで虫の息の筈だった山崎が立ち上がっていた。その顔は憎悪に満ち
ていた。明らかに常軌を逸した顔つきだった。
意味不明な雄叫びをあげて、山崎が後藤に躍りかかった。致命傷を与えるべく、後藤は頭を
狙った。だが山崎は驚くべき俊敏さで弾丸をよけると、一気に後藤に詰め寄り殴りつけた。
まともに顔を殴られた後藤は床に転がされ、その手からは拳銃が離れていった。
今度は吉澤の方に山崎は振り向いた。なんとか立ち上がった吉澤は特殊警棒を構えた。脚
を怪我している吉澤はこちらから仕掛けることが出来なかった。大柄な山崎が突進してきた。
頭を殴った。会心の一撃。並の人間ならば頭をカチ割られていただろう。しかし、特殊警棒に伝
わる手応えほどには、山崎にダメージは与えられなかった。
- 186 名前:決着!? 投稿日:2003/10/16(木) 20:47
- 山崎の突進は止まらず、吉澤は体当たりを受けた形になり壁に激突した。背中をしたたか
打ち付け、一瞬息が出来なくなった。
「よォ、片づいたか〜」
呑気な声で部屋に入ってきた小川は、中の有様を見て戦闘態勢に入った。山崎は新たな標
的に向かっていった。
小川の渾身のパンチが、突進してくる山崎の動きを止めた。カウンターパンチの充分な手応
えに小川は勝ちを意識した。このまま一気にラッシュで沈めてやる。だが次の瞬間に山崎は小
川を抱きしめサバ折りを掛けた。万力のような力で締め付ける山崎。小川の腰の骨が悲鳴をあげた。
たまらず小川は親指で山崎の目を突いた。これにはさすがの山崎も堪えたと見えて、思わず
小川を放した。小川は立ち上がろうとするが、腰が痛くて出来なかった。床に手をついたままで
荒い呼吸をしていた。玉のような汗が滴り落ちていった。
山崎は小川を蹴り上げた。山崎は左目から血を流していた。右目もあまりよく見えないようだ。
執拗に山崎は追うが、腰を押さえながらも小川は辛くも逃げ回った。
- 187 名前:手術 投稿日:2003/10/16(木) 20:48
- 突然明かりが消えた。緊急時、自動的に点灯するはずの非常灯も点かなかった。鼻をつま
まれても判らないとはこういった状態だろう。現代人、特に都会人は真の暗闇を知らない。何
人かが容易にパニックになった。
「アホ、無闇に動くんやない。落ち着け!」
中澤が怒鳴った。ほぼ同時に誰かが転んで、手術用具を床にぶちまける音が聞こえた。
「動くな!すぐにパワーが回復する筈や!」
「1分たったのに予備電源にも切り替わりません!」
見学ブースには非常灯が点いていた。だが、浮き足たっていた様はあまり変わらなかった。
「誰か、状況を確認して来(き)いや。それから発電機を手術室に!」
院長の指示が飛んだ。
「発電機ですか!?」
「レジャー用の小さいやつ、一台ぐらい誰か持っとるやろ。調達して来てや」
- 188 名前:手術 投稿日:2003/10/16(木) 20:49
- 何人かが慌ただしく出ていった。廊下も停電している様だ。
(拙いで、これは。病院中アウトみたいやな)
院長の平家は、ブースの下の真っ暗な手術室を覗き込んだ。ブース内よりも暗い手術室は
当然何も見えなかった。ブースのガラスにぼんやりと平家の姿が映っていた。
「明かりや。懐中電灯でも何でもええ。かき集めて来い!」
手術室では中澤も指示を出していた。
「でも、心電図が・・・。装置が何も使えません!」
若い看護師が悲鳴に近い声をあげた。
「大丈夫や。人工心肺を使こうてた訳やない。明かりさえあればなんとかなる。いや、なんとか
してみせる!」
何人かのスタッフが外に出ていった。
「蝋燭でもええで。ウチは前にサイリュウムの束の明かりで手術した事もある」
「しかし、麻酔の調整は」
- 189 名前:手術 投稿日:2003/10/16(木) 20:51
- 麻酔医が言った。当然の抗議だろう。
「いちいちウルサイ!戦場ではこんな気の利いた装置なんぞ無いわ!クランケは今、脳が剥き
出しなんや。黙っとれ!」
やや理不尽な事を言って、中澤が一渇した。これは半分は意図的なものだった。パニック時
には強力なリーダーシップを発揮して、事態を収拾するに限る。中澤の経験から得た知識だっ
た。目論見通り、スタッフは大人しくなったが、無論事態が改善されたわけではない。
(それにしても、なんちゅうタイミングの悪さや!いや、偶然か?予備電源がイカレ、非常灯すら
点かん。そんな確率は・・・。まさかっ!)
中澤達の焦る気持ちと裏腹に、時間だけが過ぎていった。
- 190 名前:token 投稿日:2003/10/16(木) 20:57
- 今夜の更新終了です。
>182の名無し読者様
ありがとうございます。お待たせしました。(w
ここのところ更新ペースが落ちまくりです。何とかしようとは思うのですけど・・・。
ちょっと判りづらいかもしれませんが、2カ所で大変なことに!
次回はなるべく早い更新を目指します。では。
- 191 名前:Silence 投稿日:2003/10/19(日) 14:03
- すげぇ。なんかスケールが全然違うよ。口をあけっぱで
見てました。石川さん・・・生きて。
更新お疲れ様でした。ペースあまり気にしないで頑張ってください。
- 192 名前:手術 投稿日:2003/10/24(金) 23:01
- 真っ暗な手術室に、ペンライトや懐中電灯などの複数の光源集められたのは、停電から5分
後だった。乏しい明かりの中で執刀医の中澤は、クランケの状態を確認しつつ自問自答していた。
(どうする?パワーの回復まで待つか?それとも一旦中止して・・・・・。いや・・・)
院内はもちろんだが、市内全域で大規模な停電が起こったらしい。
『平家総合病院』は個人経営ながら、災害時の対応にも万全を期していた。建物の耐震構造
はもちろんのこと、2週間程度の食料も常時備蓄していた。特に電力に関しての備えは完璧の
筈だった。停電に備え異なるメーカーの自家発電機が2基設置されていた。従って院長の平家
には、今回の停電自体が信じられない出来事だった。
- 193 名前:手術 投稿日:2003/10/24(金) 23:02
- 「ダメです。発電機が2基とも動きません!」
院長室に戻った平家の元に、職員が泣きそうな顔で報告に来た。
別の職員が駆け込んで来た。
「院長!消防から患者の受け入れの要請が続々と来ています!」
「くっ!」
大規模停電は市内各地で事故を引き起こしているらしかった。平家は歯痒かった。本来、
こんな時のために備えていた筈の、自分の病院の機能が停止していたのだから。
「どうしましょう?」
オロオロした職員が尋ねた。
「決まっとるやろ、受け入れや」
「でもッ!」
「アホッ!ただ電気が来んだけやないか。他はなんともないんや。とっと行きや!」
- 194 名前:手術 投稿日:2003/10/24(金) 23:04
- 平家は院内の連絡用に携帯電話の使用を許可した。幸いペースメーカーを使用している者
は、現在病院内にはいなかった。それに携帯の電磁波で影響があると言われる、装置そのも
のが停電の為動いていないのだから。
緊張した面もちで、平家はどこかに電話を掛けた。
「私です。緊急事態です。実は・・・」
- 195 名前:手術 投稿日:2003/10/24(金) 23:05
- 中澤は手術の再開を宣言した。
「無茶です!」
「中止しましょう!」
異口同音にスタッフ達が言った。
「ダメや。あとホンの少しなんや。脳をいじっとるんやで。今止めたらこのクランケは後遺症が
残る。責任はウチが取る。続行やッ!」
中澤の脳裏に突然鮮やかな映像が浮かび上がってきた。瀕死の人間のそばにいると、その
者の記憶が見える、中澤の特殊能力が発動したのだ。自らはコントロールが出来ない厄介な
能力。この映像が見えるということは、石川梨華の容態が危険な状態にある、ということである。
(あかん、ヤバイでこの子)
- 196 名前:決着!! 投稿日:2003/10/24(金) 23:07
- 吉澤は焦っていた。
今の山崎の相手は小川だ。捕まらないように距離を取りつつ攻撃を加え、足止めをしてい
た。この隙に吉澤は、何とか拳銃のマガジンを取り替えようとしたのだが、テープでぐるぐる
巻きにされた右手では物が掴めなかった。
返り血で血まみれのテープを厭わず、歯で外そうとした。が、ガッチリと止められたテープ
は少しもはずれなかった。口の中に血の味が広がった。
「よしこ、弾は?」
後藤が這うように駆け寄って来て、吉澤のポケットを探った。予備のマガジンを取り出すと、
吉澤の左手に固定されている拳銃に詰め替えた。そのまま吉澤の左手ごと、拳銃の銃口を
山崎に向けた。
- 197 名前:決着!! 投稿日:2003/10/24(金) 23:10
- 「麻琴ッ!」
吉澤が叫んだ。まるで打ち合わせしたかのように、小川は床に伏せた。それと同時に銃口が
火を噴いた。
山崎の首から上を狙って、マガジンが空になるまで吉澤は撃ち続けた。後藤は吉澤の腕を支
えていた。空薬莢がポンポン飛び出していった。
動きを止めた山崎は、身体を痙攣させながら崩れるように倒れていった。床の上でもしばらく
の間痙攣を続けていたが、やがて動かなくなった。
静まりかえった室内で、生き残った者達の荒い呼吸音だけが聞こえていた。
- 198 名前:token 投稿日:2003/10/24(金) 23:14
- 今夜の更新終了です。
なるべく早く更新する、なんて言っておきながら、また間が空いてしまいました。ゴメンナサイ。
実は、日曜日に個人的にショッキーな出来事がありまして、昨日まで立ち直れませんでした。
(打たれ弱いんですw)
では、次回まで。
- 199 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:40
- 「メスやない、ドレーンや!」
「申し訳ありません」
若い看護師が必死に謝った。彼女は手術器具を渡し間違えたのだ。
「落ち着け、暗いゆうても判るやろ」
今、中澤達がいる場所は、第一手術室と呼ばれていた。気密室として設計されており、明か
り取り用の窓一つ無い部屋だ。今回の停電ではそれが災いした。
中澤は必要最低限の人間を残して、スタッフ達を一時的に外で待機させていた。空調設備も
作動していない今、余分な人間は部屋の空気を澱ませるだけだからだ。またそれは、中澤がこ
の手術に集中するためにも必要なことだった。
- 200 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:41
- 他人には知る由もなかったが、中澤にはクランケの脳内の記憶が見えていた。それらの映像
は、目の前の剥き出しの脳髄にオーバーラップしていた。たとえて言うなら、素人が編集したホー
ムビデオを無理矢理見せつけられながら、手術をしているようなものだった。
これらの映像が鮮やかなほど、クランケの石川梨華の容態は悪くなっている事を示していた。
今中澤はこれを、心電図代わりの指標として利用していた。嘗て一度だけ同様の状況下で、中
澤はこの方法を使った経験があった。
他の誰にも真似できない、中澤だけの、文字通りの隠し技だ。
中澤は精神の高揚感を感じていた。
中澤の握るメスが、病巣の最後の部分に達していた。
- 201 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:43
- 病院の屋上からは、巨大な円盤状の赤い太陽が、ビルの影に沈みつつあるのが良く見えた。
恐らく明日は良い天気になるだろう。一方、ここから見える市街は、明かりがまるで見えなかっ
た。信号機すらも止まっているようだ。このまま停電が続けば、今夜はさぞや、夜空の星が綺
麗だろう。
院長の平家は夕日の方角を見つめていた。無論、明日の天気を占う為ではない。先程から、
携帯であちこちに指示を出しながら、彼女は何かを待っていた。何度目かの、腕時計での時刻
を確認。停電が起きてから、一時間半が経過していた。
「まだかッ」
当初の混乱が収まると、『平家総合病院』の優秀なスタッフ達は迅速に行動していた。停電に
伴う事故による怪我人達を、全力で治療していた。だが、電力が回復しないままでは、やはり限
界があった。
- 202 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:44
- 「院長!」
事務局のスタッフが駆け込んできた。
「非番の先生方にも集まって頂きました。簡単な怪我人程度ならどうにか出来ますが。ですが・・・。
心臓病患者がおひとり。人工心肺装置が使えませんので、手の施しようがありません」
「中澤先生の方は?」
夕日を見つめたまま、平家が尋ねた。
「はい。そのー信じられませんが、くも膜縫合に入ったそうです。あの暗がりの中で、手術を成功
させてしまったんです!」
腫瘍の摘出を終え縫合に、つまり手術終了に向け、傷を閉じている段階だ。
「そうか」
平家は小さなため息をもらした。
- 203 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:45
- 赤い夕日の中から黒い染みが一つ、浮き出た様に見えた。それは徐々に大きくなり、やがて
はっきりとした形をなしてきた。同時に微かだった音が、辺りに木霊する音となり、ついには爆
音へと変わっていった。
「なっなんですか、あれは?」
近づいてきたのは大型輸送ヘリだった。
「電源車や」
「えっ!?」
「全部は無理やが、これで何とかなるやろ」
平家の顔が一瞬緩んだ。
「どこからそんな物を?」
「どこでもええやろ、屋上に降ろす。さっさと手配や」
スタッフは転げるように階段を下りていった。近づいて来たヘリコプターの巻き起こす風に白
衣を靡かせながら、平家は頼もしそうにその飛行物体を見つめていた。
- 204 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:47
-
中澤は手術室を出ると薄暗い控え室の椅子に腰を下ろした。6時間近く立ちっぱなしだった
うえ、神経を酷使した。石川梨華の過去の記憶。特に、赤子の彼女が捨てられた時の断片的な
記憶。これらは中澤に精神的なダメージを与えていた。炎に包まれた建物。血まみれの人影。
ひしゃげた自動車・・・・・。
あの断片的なシーンは何を意味するのだろう?手術中は意図的に考えなかったが、中澤の
心に梨華の生い立ちに関する疑問が、次々に浮かんできた。
(少し調べなあかんな)
突然蛍光灯が光り始めた。
(今更遅いっちゅうねん)
中澤が心の中で毒づいていると、部屋の隅に人の気配を感じた。と同時にその人物は中澤
に何かを軽く放って寄越した。中澤は器用にそれを片手で受け止めた。
- 205 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:49
- 握った手から冷たい感触が伝わってきた。それはよく冷えた缶ビールだった。ご丁寧に中澤
の好みの銘柄だ。中澤の喉が鳴った。しかし、
「お疲れはんでしたな。よー冷えてまっせ」
「加護っ!」
中澤が立ち上がった。
「おー怖っ。そんなに睨まんといてーな」
大げさな素振りで加護が答えた。顔はヘラヘラ笑っていた。
「またお前の仕業か!」
「へい。ほんの演出ですがな」
「あ!?」
- 206 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:50
- 「手術は難しい方が感動しますやろ。ドラマチックにしてやったんですわ。それになー」
加護は狡賢そうな目つきを中澤に向けた。
「なんや」
「中澤はん、楽しかったですやろ」
「なっ!」
「あんた手術の鬼、やさかいなー。特に他人が出来ない様な難しいやつをするのは快感でっしゃろ。
自分の技術を存分に見せつけられて、よろしおまんな」
「ふざけんな、そんな事あるわけ」
「ないですか。ホンマですか?あんた普段の手術中にもワクワクしてまへんでしたか?優越感
に浸ってたことありまへんか?」
- 207 名前:夕暮れ 投稿日:2003/11/04(火) 19:52
- 中澤の言葉を遮り、畳みかけるように加護が言った。顔はヘラヘラしていたが、中澤を見つ
める目は笑っていなかった。二人の視線がぶつかった。中澤は無言で手に持った缶ビールを
加護に投げつけた。が、加護は少しもよける素振りをしなかった。可愛らしい加護の鼻から血が
一筋流れ出た。
「無駄や。ウチの顔な、痛み感じひんのや」
「あんた・・・・・」
対峙する二人の間に沈黙が流れた。床に落ちた缶ビールからは中身が溢れ出していた。
- 208 名前:token 投稿日:2003/11/04(火) 19:55
- 今夜の更新終了です。
わーっははは。もはや笑って誤魔化すしかありません。
こんなに更新ペースが落ちているのは放置の前触れでしょうか?(w
では、また。
- 209 名前:名無しの一読者 投稿日:2003/11/05(水) 18:42
- 更新キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!!
次回更新楽しみに待ってます。
- 210 名前:残された謎 投稿日:2003/11/07(金) 20:16
- 戦いを終え、座り込んでいた後藤の携帯が振動した。すかさず出た彼女は何度か頷いたの
ち、二言三言指示を出して電話を切った。
「よしこ、独りで歩ける?」
隣で大の字に寝転がっている吉澤に向かって尋ねた。
「うん、何とかね」
「そう、じゃあ撤収作業を始めるから、よしこは先に帰ってセンターで治療を受けて。誰かに送らせるから」
センターとは秘密基地代わりのフィットネスクラブの事だ。
「大丈夫だよ、麻琴に送ってもらうから」
「それはダメ。小川には用があるし、それに外は今、大変なんだから」
- 211 名前:残された謎 投稿日:2003/11/07(金) 20:18
- 後藤は市内で大規模な停電が起きていることを伝えた。言われみれば、いつの間にか室内
の蛍光灯が消えていた事に、吉澤は気づいた。不意に吉澤の心に不安が募ってきた。
「あっ、梨華ちゃんは!」
「大丈夫だと思うよ。ああ言う大きな病院は、自家発電機を持っているから、手術には影響ないはずさ」
病院の事故の事情までは知らない後藤が吉澤を宥めた。
「そっかー・・・」
頭では理解できたが一抹の不安が吉澤の心に残っていた。
(何故だろう、この不安は。無性に梨華ちゃんに会いたい。でも、あたしはもう彼女に会えないんだ・・・・・)
- 212 名前:残された謎 投稿日:2003/11/07(金) 20:19
- 「ごっちんは?」
不安を振り払うように、努めて明るい声で聞いた。
「あたしの仕事はここからが本番」
数人の男達が静かに室内に入ってきた。一見すると引っ越し業者の様ないでたちだ。むろん
『処理班』の第2班に属する者達だ。慣れた手つきでテキパキと偽装工作を始めた。ここからは
見えないが、他の階でも同様に作業を続けているのだろう。
今回はさすがに派手にやりすぎたので、単純な事故には見せかけられない。おそらく暴力団
同士の抗争事件にでも、でっち上げるのだろうか?とにかく、吉澤や後藤の所属する『組織』の
痕跡を消すこと。これが今の彼らの仕事だった。
- 213 名前:残された謎 投稿日:2003/11/07(金) 20:21
- 「こいつはラボに運んで」
山崎の死体を指さしながら後藤が言った。究極のドーピング薬、『ラブマシーン』を使った疑
いのある山崎の死体を、このまま残しては行けなかった。何発もの銃弾を受けて、首から上が
ぐしゃぐしゃになった死体を、数人がかりで遺体搬送用の黒い袋に詰め込んだ。
(薬の入手経路が判ればそれを証拠に、あいつらを追求できるんだけどな)
後藤は心の中で呟いた。『組織』内でも製造と使用が禁止されているこの薬に、対立する派
閥が係わっていることが判れば、自分たちにとって大きなアドバンテージになるからだ。もっと
もそう簡単には突き止められないだろう、とも感じていたのだが・・・・・。
一人の初老の男が吉澤を迎えに来た。
「麻琴、いろいろありがとう。またね」
「オウ」
簡単に挨拶を済ませると、吉澤は男に付き添われて部屋から出ていった。
- 214 名前:残された謎 投稿日:2003/11/07(金) 20:22
- しばらくして山崎の死体が運び出されると、部屋には後藤と小川の二人だけになった。
「で、用事ってのは?」
意味ありげに小川が尋ねた。
「うん、それはね」
そう言いながら銃口を小川に向け、後藤が腰だめに拳銃を構えた。
「あんた、一体何者なの?」
「タクシー会社の美人運転手」
小川の返事を無視して後藤が続けた。
「最初、あんたはあたしが知らない、中澤さんの配下だと思った。あたしやよしこを監視するた
めのね。でも、それにしては行動が変だ。それに・・・」
「それに?」
面白そうな表情で小川が促した。
- 215 名前:残された謎 投稿日:2003/11/07(金) 20:22
- 「あの、飯田と紺野の二人。あんたと何か関係があるんでしょ」
「あの大女には一回、紺野には二回、それぞれぶちのめされた。それだけさ」
少し悔しそうな口調で小川は答えた。
「ふ〜ん。じゃ、あたしもぶちのめしてやろうか?」
「けっ、銃で脅してる奴が何言ってやがるんだ」
心底嫌そうな顔で小川が言った。
「知ってるよ。あんた銃を憎んでるんでしょ」
「!」
「なめてもらっちゃ困るなー。あんたの過去は調査済みだよ」
- 216 名前:残された謎 投稿日:2003/11/07(金) 20:23
- 「だったらなんだってんだぁ?」
小川の言葉に険が含まれた。
「別にィ。ただ、素手ならあたしに勝てるとでも?」
「へっ、お前こそ片腕で何が出来るんだよ!」
「これくらいハンデがなきゃね」
後藤が拳銃を後ろに放り投げた。
外では太陽が西に傾いていた。そして、薄暗い部屋の中では二人の美女が対峙していた。
- 217 名前:token 投稿日:2003/11/07(金) 20:26
- 今夜の更新終了です。
>209 名無しの一読者様
ありがとうございます。お待たせして申し訳ありませんでした。
では、次回まで。
- 218 名前:名も無き読者 投稿日:2003/11/08(土) 15:18
- おおっ!
バトルシーンの予感…
次回に期待してます(w
- 219 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:42
- 乗用車の後部座席で吉澤はぼんやりとしていた。血にまみれた服の上からフード付きのガウ
ンを羽織り、頭からフードをすっぽりと被った彼女は、今の自分の心境を思い測っていた。
今日吉澤は、自分の大切な梨華を酷い目に遭わせた山崎を殺した。見事敵討ちを果たした。
が、心は晴れなかった。確かに事を成した直後は、多少の達成感を感じた。だが時が経つにつ
れ、募ってきたのはむしろ空しさだった。
自分は自分の出来ることをした。しかし結局は、その行為自体意味のないことだったのでは無
いか。つまり自分の存在は、石川梨華にとって意味のないもの、むしろ迷惑なものなのではないか?
拉致された梨華を助けに行った時、吉澤は自分の想いを伝えた。確かにその時、梨華は自分
を受け入れてくれた。が、その時梨華は、吉澤の裏の顔、殺し屋としての吉澤を知らなかった。
もし自分がその事を告げていたら、梨華に拒絶されていたのではないか?
落ち込んだ心に伴い、身体中に鈍い痛みを感じていた。車はノロノロと進んでいた。大規模停電
のため、渋滞が起きているらしかった。
- 220 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:44
-
いつの間にか吉澤は眠っていたらしい。気がつくと車の振動が感じられなかった。
「お目覚め?」
聞き覚えのない若い女の声がした。
顔を上げると、吉澤の正面の少し離れた所に、革張りの椅子に座った若い女がいた。年の頃
は吉澤と同じぐらいだろう。服装も年相応で、女子大生の様な恰好だ。色の濃いサングラスを
掛けているため目元は判らないが、恐らく美人だと思わせる顔立ちだ。
そのすぐ左隣に、こちらはスーツ姿の女が立っていた。髪を金色に染め短髪を横に分けてい
た。いわゆるビジュアル系バンドのメンバーにでもいそうなルックスだ。ただ彼女が手にしてい
た物は、ギターではなく鞘に収まった日本刀だった。
「誰だ、あんた?」
自分の今の状態を探りながら、吉澤が聞いた。どうやら椅子に縛り付けられているわけではな
さそうだ。もっとも満身創痍の吉澤にはその必要がない、と相手が判断したのかもしれないが。
- 221 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:45
- 「お目に掛かるのは初めてね。あゆみ、柴田あゆみです」
「柴田!?」
「あれ、判らない?以前あいぼんをお使いに行かせたでしょ」
「あっ!」
吉澤は身体をこわばらせた。あのヤバイ薬を造っている派閥の親玉がこの女なのか?自分
のイメージしていたそれとのギャップに吉澤は戸惑った。
「どお、役に立ったでしょ、あれ」
「あんたが親玉?」
「まあ、そう言うことね」
軽い口調で柴田が言った。
「それにしても単身殴り込みだなんて、ずいぶん古風な事をするわね。あんな奴ら爆弾でも使
えば、簡単に片づけられたでしょ。それともそうねー、毒ガスを使った方が効率的かな?」
考える素振りを見せながら柴田が言った。
- 222 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:49
- 「あんたの狙いは何なんだ?」
「あいぼんが言ってたでしょ。あなたに会ってお話がしたかったの」
「へぇー」
片方だけ眉毛を上げて、疑わしそうに吉澤が柴田を見つめた。
「だって男前なんですもの」
「それは光栄だね。ところであんたもかなりの美人さんみたいだけど、グラサン取ってくれない
かな。是非見てみたいな、あんたの瞳」
立っているスーツの女が日本刀の柄に手をかけた。静かに左手を挙げて柴田はそれを制し
た。彼女がゆっくりとサングラスをはずした。現れたのは、愛らしい瞳と表情のない目玉。
柴田の左目は義眼だった。
「もういいかしら?」
しばらくして何事もなかったように柴田が聞いた。
- 223 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:51
- 「で、本題なんだけど、あなたウチに来ない?」
サングラスをかけ直しながら柴田が言った。
「デートのお誘い?あんたみたいな美人さんなら大歓迎だね」
先程から吉澤はわざと挑発的な物言いをしていた。人間の本性を見極めるには、感情を爆
発させるに限る。吉澤の経験から得た知識だ。それには相手を怒らせるのが一番手っ取り早い。
「いいわよ、お望みなら」
だが柴田はまるで気にも止めていないようだ。
「見た目通り遊んでる女なんだ〜」
吉澤の一言で、スーツ姿の女の殺気が一瞬にして膨れあがった。踏み込みと同時に抜き放
たれた刀身が空を切り、吉澤の目の前で止まった。わずかに切っ先に掠った前髪が一本、ハ
ラリと落ちた。
「あゆみ様を侮辱した・・・、許さない!」
低いが威圧的な声で宣言した。
- 224 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:53
- 「マサオッ!」
その太刀筋は、先程、吉澤と死闘を演じた山崎とは比べ物にならない速さだった。仮に山崎
とこのマサオと呼ばれた女が斬り合ったなら、おそらく一合も斬り結ぶことなく勝負はついていただろう。
だが吉澤の心には恐怖心はなかった。むしろこの女と闘ってみたいという思いがあった。今は
ただ、コンディションが最悪な自分が恨めしかった。
マサオは吉澤を睨みつけながら、ゆっくりと刀を鞘に納めた。
「ごめんなさいね、マサオは手が早いのよ」
どことなく楽しそうな口調で柴田が言った。
「山崎に薬を渡したのはあんただね」
気を取り直して吉澤が尋ねた。
- 225 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:54
- 「演出ってとこね。だってラスボスは手強くなくっちゃ」
「あんたの本当の目的は?」
「世界平和・・・、かな」
笑いながら柴田が答えた。
「なっ!?」
柴田はにっこり笑ったのち、真面目な口調で話し始めた。
「あなたなら解るでしょ。この世の中には死んだ方がいい人間がたくさんいるの。私はそいつら
を一掃したいの。そのためにはまず、『組織』を強化しなくっちゃ」
「今までのやり方では手緩いの。あんなんじゃ100年経っても変わらないわ」
「最終的には世界の、ううん、人類のための戦闘集団。私が創りたいのはそれね」
どこか遠くを見つめているような口調だった。
- 226 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:55
- 「罪のない人間を巻き込んでも?」
「崇高な目的達成のための尊い犠牲ってとこかしら。それに罪のない人間なんていないわ」
「あんたはどうなんだよ!」
柴田の言葉に怒りを覚えた吉澤は語気を荒げた。
「もちろん、私もそうよ。悪人とは言え人を殺すんだから、私は罪深い女よ。地獄行き決定ね。
だから、それまでに一人でも多くの悪人を殺してやりたいの」
聞きながら吉澤は、最近誰かから似たような台詞を聞いたことを思い出していた。
(中澤さんだ!)
病院の執務室で聞いた中澤の物言いとそっくりだった。
「あなたの協力が必要なの。手伝ってくれるわね」
「嫌だ、と言ったら?」
緊張を孕んだ沈黙が流れた。
- 227 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:56
- 「あなたはそんなこと言えないわ」
しばらくして落ち着いた口調で柴田が言った。
「ずいぶんな自信だね」
「私には解るの、あなたの本性。あなたの本当の姿。あなたの心の奥底に眠るもの、がね」
「?」
「まあ、でも今日はこれまでにしましょう。あなたも早く治療を受けた方がいいでしょうから。
今度会ったときに、返事を聞かせて貰うわ」
そう言うと柴田は小型のスプレー缶を吉澤に向けて、何かを吹き付けた。ガスを吸い込ん
だ吉澤はそのまま眠りに落ちていった。最後に見たのはマサオの射るような目つきだった。
- 228 名前:会見 投稿日:2003/11/15(土) 21:59
- 吉澤が再び目覚めた時、彼女は先程と同じ車の後部座席にいた。
(夢だったのか)
服装もそのままで、別段変わったところがなかった。相変わらず身体中が鈍い痛みを訴えて
いた。いつの間にか車は止まっていた。周りは見覚えのある路地だった。今向かっているフィット
ネスクラブの近所だ。不審に思った吉澤は運転手に声を掛けた。
柴田あゆみとの会見は夢ではなかった。その証拠に運転手は事切れていた。その表情から
察するに、あまり苦しまずに死んだようだ。
理不尽な殺人に対して吉澤は強く歯ぎしりした。
- 229 名前:token 投稿日:2003/11/15(土) 22:04
- 今夜の更新終了です。
>218 名も無き読者様
カキコありがとうございます。でも今回バトルシーンなしでした。
期待はずれでゴメンナサイ。
ほとんどの人が覚えていないと思いますが、(w
このお話の吉澤さんは21歳位という設定です。
次回までもう少し頑張ってみます。では、また。
- 230 名前:名無しの一読者 投稿日:2003/11/18(火) 22:49
- しばは義眼ですか....
何か深そうですね。
- 231 名前:事後処理 投稿日:2003/11/24(月) 22:04
- 「俺はなー、喧嘩にゃあ自信があったんだぜ・・・」
床で大の字に倒れながら小川がしゃべっていた。
「だけどここんとこ、連敗続きで嫌になっちゃうぜ」
「気にすることないよ。あんた充分強いさ」
先程自分で放り投げた拳銃を拾いに行きながら後藤が言った。
「たまたま異常に強い奴らに当たっただけだよ」
拳銃を片手に後藤が戻ってきた。
「けっ、止してくれ。片腕吊ってる奴に言われてもなー」
後藤の方には目も向けず、天井を見上げながら小川が言った。
「飯田と紺野は知らないけど、あたしは普通じゃないからね。生き延びるために9歳から訓練を
受けていたから」
後藤の表情にわずかに陰が差した。
- 232 名前:事後処理 投稿日:2003/11/24(月) 22:05
- 「へっ、どうでもいいぜ、そんなこと」
「それじゃそろそろ」
後藤は拳銃の弾を確認した。
「ああ、ヤルならやれよ。俺はしゃべらねーぞ」
「そうだろうね〜」
言いながら後藤は拳銃をホルスターに納めた。それから左手を小川に差し出した。
「!?」
「立ちなよ。ほら」
「ああっ?」
怪訝そうな顔で小川が聞いた。
「殴り合って解ったよ。あんたが律儀な奴だってことがさ。あんたみたいなのは絶対裏切らない
からね。聞き出すのは、まず無理だろうし」
そう言って小川が立ち上がるのを手伝った。
- 233 名前:事後処理 投稿日:2003/11/24(月) 22:06
- 「けっ、変な奴だなお前」
「もちろん拷問って手もあるけど、あたしはあれ、好きじゃないんだ」
にっこり笑いながら後藤は話を続けた。
「それになんだかんだ言っても、あんたはよしこを助けてくれた。あれは独断なんだろ?」
「別にぃー。ただちょっと暴れたかっただけさ」
横を向きながら小川が言った。後藤の目にはそれが幾分照れている様に見えた。
「あんたのバックがどこで、ボスが誰なのかは解らない。だけど・・・、あんたは、小川麻琴
個人は信用できる、あたしはそう思ったんだ。だから、このまま帰ってもいいよ」
「いいのか?そんな甘ちゃんで」
- 234 名前:事後処理 投稿日:2003/11/24(月) 22:07
- 「うん、あんたよしことも気が合うみたいだし、信じるよ、あんたのこと」
「そうかい、んじゃ、帰えーらしてもらうぜ」
少しふらつきながらも、しっかりした足取りで小川が歩き出した。その背中に向かって後藤
が言った。
「あんたのボスに伝えて置いてくれ。よしこに、吉澤ひとみに手を出したら許さないってね」
挨拶代わりに、後ろ向きのまま片手を挙げると、そのまま小川は部屋を出ていった。
あとに一人残った後藤は携帯を取り出すと、撤収作業の進捗状況を確認し始めた。
そろそろ夕暮れ時だった。
- 235 名前:事後処理 投稿日:2003/11/24(月) 22:13
- 第一病棟の屋上には数台の電源車がうなりを上げていた。投光器の明かりも煌々としていた。
だが、第二病棟の屋上には中澤しかいなかった。こちらはいたって静かで暗かった。彼女は
星を見上げていた。
大規模停電の復旧は明日以降になりそうだ。街には明かりがなかった。それに反して、普段
は街の明かりにかき消されがちな、空の星々がここぞとばかりに光り輝いていた。
停電も悪いモンやないな。この夜、同じように星を見上げていた人々の多くが、こう思ってい
ただろう。それ程奇麗な夜空だった。
誰かが近づいてくる気配がした。が、中澤は振り向きもせずに、そのまま空を見上げていた。
「ここに居ったんか」
院長の平家だった。彼女は中澤の隣に来ると、同じように星を見上げた。
「ああ、さすがに目が疲れてな、星を見てたとこや」
「忙しかったなー。まるで嫌がらせみたいやったでー」
中澤が平家の方に顔を向けた。
- 236 名前:事後処理 投稿日:2003/11/24(月) 22:14
- 「スマンかったな、ホンマ」
「何で裕ちゃんが謝るん?」
「この停電もあいつらの仕業や。つまり元を質せばウチのせいや」
「そんな事ないやろ。悪いのはあいつらや。それに迷惑掛けたのは、ウチの方や」
「?」
「普段から災害に備えとったつもりやったけど、この様や。危うく裕ちゃんの手術、失敗さすとこ
やったし・・・」
「ええよ、済んだ事やし。まあ、さすがに緊張したけどな」
「それだけやない。また、『あの人』を頼ってしもうたわ。堪忍してな裕ちゃん」
平家が軽く頭を下げた。
「なあ、みっちゃん」
しばらくの沈黙のあと、中澤が言った。
- 237 名前:事後処理 投稿日:2003/11/24(月) 22:15
- 「『組織』に係わったこと、後悔してるんか?」
「そんなことあらへんよ。第一『あの人』のお陰で、運営資金、仰山もろとるし」
「なあ、以前ウチが預けた辞表、まだ持っとるやろ?」
「ああ、ウチはとっとと破きたいんやけどな」
「前にも言うたけど、万が一ウチと『組織』の関係が公になった時は、適当な日付を入れてあれ
使こうてな。責任は全部ウチや。みっちゃんは・・・、院長は一切『組織』とは無関係やからな」
「裕ちゃん・・・」
「この病院は世の中に必要や。今日みたいな日に、大勢の人が頼ってきたやろ。せやから、最
後までここは守らにゃあかんのや」
「苦労させるわなー」
「大丈夫やて、万一の話やから」
平家は肌寒さを覚えていた。それは気温の為だけではなかった。
- 238 名前:token 投稿日:2003/11/24(月) 22:19
- 今夜の更新終了です。
>名無しの一読者様
ありがとうございます。
柴田さんはマトリックス見たいなかっけーサングラスしている、と言う設定です。
でも、服装はちゃらっぽくてミスマッチなんです。
では、また。
- 239 名前:マサオ 投稿日:2003/11/27(木) 20:48
- その瞬間、彼女には刃物の軌道がはっきりと見えていた。
空を切って飛ぶ一本の中国風の刀子。この角度、この速度なら、次に到達する位置はそこ
だ。彼女は余裕をもって愛刀を振るった。余裕ではじき落とせるはずだった。
が、切っ先は刀子にわずかに掠っただけだった。刀子は軌道を少し変えただけで、そのまま
目標に向かっていった。
刀子が向かった先から、すぐに幼い少女の悲鳴が聞こえてきた。
彼女は慢心していたのだろうか?それとも初めて体験した、人間を三人も斬り殺した直後の
興奮で、手元が狂ったのだろうか?あるいは刀身に付いた血が、わずかに剣の冴えを鈍らせ
たのだろうか?どちらにしろ彼女は失敗してしまった。
- 240 名前:マサオ 投稿日:2003/11/27(木) 20:50
- たった一度の、しかし、取り返しのつかない失敗。この出来事が二人の少女から笑顔を消し
た。剣を振るった大谷雅恵は二度と笑わなくなった。そして柴田あゆみは・・・・・。
あゆみは左目を失明した。数ヶ月後、彼女はショックから立ち直ったかに見えた。たまに年相
応に声をあげて笑うこともあった。が、それらはすべて仮面だった。彼女は心の底から笑うこと
がなくなった。そしてそれが痛いほど解るのが、大谷だった。
大谷は物心着く前から居合いの修行をさせられていた。彼女の家はさる居合道の宗家だった。
彼女の父は雅恵が男に生まれなかったことを残念がっていた。祖父の素質を存分に受け継いだ、
隔世遺伝だとも一部では言われていた。彼女はその才能を充分に開花させていった。
- 241 名前:マサオ 投稿日:2003/11/27(木) 20:51
- 大谷が七歳の時、初めてあゆみと出会った。無論、『組織』の幹部の孫娘であるあゆみのボ
ディーガードの意味もあったが、外部から切り離された生活を続け、友達のいないあゆみの遊
び相手に選ばれたのが本当のところであった。この時点では誰も、大谷があゆみを守る、文字
通りの最後の砦になるとは考えていなかったのだから。
二人はすぐにうち解けた。あゆみは自分とはあまり年の離れていない大谷の、居合い抜きの
技に驚嘆した。大谷にとっても年齢が近い女の子の友達は初めてだった。特にあゆみの愛らし
い瞳と愛嬌のある笑い顔が大谷には新鮮だった。彼女は何物に変えても、これらを守ろうと心
密かに思っていた。
- 242 名前:マサオ 投稿日:2003/11/27(木) 20:52
- 三年後、あゆみが住む屋敷が襲われた。『組織』の内部抗争が原因だった。抗争に破れた側
の残党が報復として、敵方の幹部の孫娘であるあゆみを亡き者にしようと企てた。幹部本人の
留守を狙い、屋敷を襲撃したのだ。それなりに腕利きを揃えていたはずだったが、柴田家のボ
ディーガード達は次々と倒されていった。
大谷はあゆみを守り、独り奮戦していた。襲い来る刺客達と闘い、初めて人も斬り殺した。そ
れまでに修行の為に、据え物切りは何度もしていたし、死んだ牛一頭なども斬ったことはあっ
た。が、生きた人間を斬るのは初めての経験だった。それでも友達を、柴田あゆみを守るため、
大谷は闘った。
少し離れたところから殺気を込めた刀子が、大谷の闘いぶりを見つめていたあゆみ目掛けて
投げつけられた。それに気づいた大谷はすぐさま反応した。そして・・・・・・・。
大谷の活躍で辛くも敵を撃退できた。あゆみも命に別状はなかった。だが彼女の左目は永遠
に光を失ってしまった。
- 243 名前:マサオ 投稿日:2003/11/27(木) 20:53
- これ以後、大谷は狂ったように修行を続けた。通称もマサオを名乗るようになり、ひたすら腕
を磨き続けた。元々の素質に加え、鬼気迫る修行の末、超人的な剣技を身につけた。これはあ
くまでも噂だが、彼女の剣はピストルの銃弾すら切り落とすと言われていた。もちろん目撃した
者は皆無なのだが、こうした噂が一部で信じられるほどに彼女の剣技は凄まじかった。
大谷の仕事は今でもあゆみのボディーガードだ。彼女はあゆみの為なら平然と人を斬り殺し
た。相手は誰であろうと構わなかった。例えそれが同じ『組織』の仲間や幹部であろうとも。
以前、粛正要員の加護が、あゆみに口答えしたことがあった。大谷は間髪入れず生意気な口
を利く『同僚』に斬りつけた。相手が加護でなければ、初太刀でまた死体が一つ増えていただろ
う。もし、すぐにあゆみが止めなかったなら、二の太刀で加護は死んでいただろう。
大谷の居合いを辛くもかわした加護の身のこなしも誉めるべきであろう。この出来事があって
から、『組織』有数の殺し屋達は、反目を続けていた。
だが、大谷はまるで気にしていなかった。今の彼女にはあゆみがすべてだったから。
そして、今夜も彼女はあゆみの為に剣技を振るうのだった。
- 244 名前:token 投稿日:2003/11/27(木) 20:54
- 今夜の更新終了です。
では、また。
- 245 名前:名も無き読者 投稿日:2003/11/27(木) 22:52
- 更新乙彼です。
大谷さんかっけ〜ッス!
次回も期待してます。
- 246 名前:裏切り者 投稿日:2003/12/01(月) 03:41
- 「ご無事でしたか!」
初老の男が部屋に入ってくるなり彼女に声を掛けた。
「ええ、マサオのお陰ね」
にっこり笑いながら柴田が言った。男は柴田の機嫌が良さそうなのを見て取り、内心ではホッ
としていた。もちろん柴田の笑顔は演技だとも知らずに・・・。
初老の男が部屋に入ってきた時、中には既に三人の人間がいた。柴田と大谷と側近の若い
男である。
「奴らの仕業でしょうか?」
「どうかしら?刺客を差し向けるなんて、むしろ長老派の考えそうな事じゃない?それに私は年
寄りに受けが悪いしね」
皮肉っぽく柴田が言った。
「まさか・・・」
「どうして?おじい様に恨みがあるのは、どちらかと言うと長老派の人達でしょ。昔の恨みを孫
の私に向けても不思議じゃないわ」
相変わらずサングラス越しの柴田の目は、表情が判らなかった。
- 247 名前:裏切り者 投稿日:2003/12/01(月) 03:43
- 「それより問題は、これで今年三度目の襲撃だってことね。しかもガードが手薄な時ばかり狙わ
れているのよね〜」
呑気な口調で柴田が言った。
「もっともマサオ一人いれば充分なんだけど」
柴田はチラリと視線を大谷に向けた。相変わらず大谷は無表情だった。
つい一時間ほど前、柴田は車を降りたところを二人組の男達に襲われた。彼らは拳銃を持ち、
明らかに柴田を殺そうとしていた。いわゆるヒットマンだ。確実に仕留めるために至近距離から
の銃撃を狙っていた。が、これは彼らの誤算だった。
大谷が抜く手も見せずにほとんど一瞬で、二人を斬り殺したのだ。彼らの銃弾は結局、一発
も使われなかった。
この間、柴田は顔色一つ変えなかった。まるですでに見飽きた映画のワンシーンを観ている
かのような態度だった。そして事が済むと、つまらなそうにオフィスに入っていった。その後を影
のように大谷が静かに続いた。
- 248 名前:裏切り者 投稿日:2003/12/01(月) 03:44
- 現在、『組織』には三つの派閥があった。長老派と呼称されるグループと柴田あゆみ率いるグ
ループ。そして中澤裕子が属するグループである。
『組織』の派閥抗争が激化していた。特に強引なやり方の柴田は、長老派の古株連中から快
く思われてはいなかった。
今夜の襲撃事件にしても明確な証拠はなかった。結果的に大谷が実行犯を斬り殺してしまっ
たが、例え生け捕りにしていたところで、真犯人を追求するのは無理だったろう。現に過去二回
の実行犯からも、何も聞き出せなかったのだから・・・・・。
「誰か私の身近な人物で、情報を流している者がいるのよね〜」
意味ありげな視線を柴田が投げかけた。男が内心動揺していることを柴田は見逃さなかった。
「それと、誰かがウチから『組織』への上納金を着服しているの。いくらだっけ?」
柴田の派閥は、傘下の会社からの莫大な利益を『組織』へと納めていた。また、柴田は豊富な
資金を元に、『組織』内の勢力を拡大していたのだ。
「現在判明しているだけで、およそ一億です。ただし、調査が進むとこれ以上増える可能性もあります」
- 249 名前:裏切り者 投稿日:2003/12/01(月) 03:45
- 若い男が小さな手帳を広げながら答えた。視線を初老の男に移すとわずかに口の端を歪め
た。どことなく得意げな表情だ。反対に初老の男には焦りの色が見て取れた。
「どっちも、そろそろいい加減ウザイのよねー」
初老の男は緊張で汗ばんできた。心なしか身体も震えていた。
大谷が静かに一歩前に踏み出した。柄に手を掛け鯉口を切った。初老の男は後ずさった。
大谷が振り向き様、後ろにいた若い男を袈裟懸けに切り捨てた。若い男は悲鳴を挙げる間
もなく、そのまま倒れ、床には血が広がっていった。
「バイバ〜イ」
柴田が死体に向かって小さく手を振った。大谷が悠然と愛刀についた血を拭っていた。
初老の男はまるで腰が抜けたように床にへたり込んで震えていた。
- 250 名前:裏切り者 投稿日:2003/12/01(月) 03:46
- 「携帯の発信記録で判ったの。裏切り者はこいつ。もっとも相手までは特定できなかったけど」
初老の男は何も言えなかった。柴田の視線が初老の男に向けられた。
「あなた、若い愛人がいるようね。車やマンションを買ってあげるなんてずいぶん気前がいいじゃない」
「おっ、お許し下さい!」
初老の男は土下座して許しを請うた。柴田はその様を冷ややかに眺めていた。やがて長々と
続く弁解に飽きたように柴田が言った。
「それ程言うなら、チャンスをあげましょう。そうねー、使い込みもこの裏切り者の仕業ってことで
いいかしら?」
「あっ、あ、ありがとうございます!」
「じゃあ、さっさとこれを片づけさせて」
「は、はい。直ちに!」
初老の男は大慌てで飛び出していった。
- 251 名前:裏切り者 投稿日:2003/12/01(月) 03:48
- 「悲しいけど、ウチの派閥には人材がいないの。あれでもあの男はかなりのやり手だから。派閥
の運営には必要なの。そういった人間を一度に二人も失うわけにはいかないわ」
柴田が誰に言うともなく言った。
「まあ、用済みになったら、その時はお願いね、あいぼん」
「へい、親びん」
いつの間にか加護亜依が部屋の隅に立っていた。大谷の表情がわずかに曇った。明らかに
加護を嫌悪していた。
「しっかし、マサオはんも派手好きやなー。ちょいと一突きすれば済むのに、こうバッサリ、でっ
しゃろ。第一血が飛び散って掃除が大変やがな」
大谷の気持ちを知って知らずなのか、からかうような口調で加護が言った。大谷は無表情な
ままで加護をじろりと睨みつけた。
「いいのよ。マサオはわざとやったんだから。あの男の目の前で派手なパフォーマンスを見せ
ることで、脅しにもなるからね。そうでしょ、マサオ」
マサオは無言だった。
- 252 名前:token 投稿日:2003/12/01(月) 03:52
- こんな時間に更新です。
>名も無き読者様
ありがとうございます。大谷さんひたすら剣に生きる男(w ですから。
えー、柴田さんサイドのお話が続きましたが、次回はようやくあの人の登場予定です。
では、また。
- 253 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 12:59
- ここはどこ?私は誰?
目覚めた彼女の第一声がこれだった。
それから三日後、彼女はそれまでいたVIPルームから一般病棟に移された。一般病棟と言っ
ても静かで日当たりの良い、快適な空間だった。
設備こそ整ってはいるが、VIPルームは見方を変えれば隔離病棟である。患者の病状によっ
てはその閉鎖的な空間がマイナス要因にも成り得る。そこで主治医の中澤は、彼女をもっと開
放的な空間で養生させる事を考えた。
手術から十日が経っていた。
術後の経過は順調だった。昨日から食事の制限もなくなっていた。大きなトラブルに見舞わ
れながらの大手術、これが成功したこと自体充分に奇跡的だった。
だが、彼女は未だに冒頭と同じ問いを自らに発していた。
彼女、石川梨華は記憶を失っていた。
- 254 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 13:01
- 最初、この事実に気づいた時、中澤は愕然とした。確かに一時は非常に危険な状態だった。
しかし、苦労の末その危機は脱していたつもりだった。過去の手術経験と比べても、会心の出
来栄えだったと言っても良かった。
が、結果として昏睡状態から目覚めた梨華は、自分に関する記憶がなくなっていた。他の運
動機能には障害はなかった。簡単なテストをしただけだが、一般的な記憶、例えば物の形状や
道具の用途などは覚えていた。ただ、自分の記憶に関する部分だけが、きれいに欠落していた。
精神医学は中澤の専門外だが、彼女はこの梨華の症状は、精神的なものが強く作用している
と感じていた。中澤の特殊能力によって見た、あの断片的な梨華の過去の記憶。おそらくは当の
本人さえも、潜在的にしか覚えていなかったであろう忌まわしい記憶。これを完全に忘れ去るた
めに梨華の身体が本能的に機能した結果なのかもしれない、と診断していた。
(まあ、その方がええのかもしれんな。吉澤には気の毒かもしれんが)
- 255 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 13:02
- そんな梨華に初めての見舞客が訪れた。紺野あさ美である。
「石川さん、具合はどうですか?」
カジュアルな服装で紺野はやって来た。手には見舞いの花束とデイバッグを持っていた。
「ありがとう。でも、ごめんなさい。私、あなたのこと覚えてないんです」
申し訳なさそうに梨華が言った。
「先生に伺いました。では、自己紹介させてください。紺野あさ美と申します。あたし、石川さん
のお店でバイトしていたんですよ」
ごく短期間ではあったがこれは嘘ではない。
「お店?」
「それも覚えてらっしゃらないんですか?」
「ええ。私、お店をやってたの?」
「喫茶店なんですけど」
「ダメ、思い出せないわ」
「これを見て下さい」
- 256 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 13:02
- 紺野は古ぼけた数冊のノートを渡した。それらは梨華が書き記していたレシピノートだった。
例の事故の所為で所々汚れていた。
「これって・・・」
梨華は表紙をしばらく見つめたのち、おずおずとページを開いた。
「どうですか?」
紺野はそっと観察するような目つきで梨華を見つめた。
「何だか懐かしいような気がする。これ、本当に私が書いたの?」
「一番最後のページを見て下さい。そこに書いてあるカボチャの水羊羹。あたしと一緒に考えた
んですよ」
梨華は目を瞑って頭を押さえた。
(こんなんじゃやっぱりダメね)
紺野は切り札を用意していた。
- 257 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 13:04
- 梨華の病室に来る前に、紺野は飯田と一緒に、中澤の執務室を訪れていた。
「これを見せれば石川さんも記憶が戻ると思うんですけど」
手に持ったそれを示しながら紺野が言った。
「主治医としては賛成出来ません。彼女にはショックが大きすぎると思います」
きわめて事務的な態度で中澤が言った。
「裕ちゃんッ!」
やや咎めるような口調で飯田が口を挟んだ。
「では、飯田さん。あなたの鍼なら出来ますか?」
「無理です。確かに人間の記憶を操作出来るツボはあります。でも、私の腕では・・・・・。師匠
ならあるいは」
「あなたはどうして石川梨華さんの記憶に拘るんですか?人間には忘れたい事柄がたくさんあり
ます。今のままの方が彼女にとって幸せなのではないでしょか?」
- 258 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 13:04
- 紺野の顔を正面から見据えながら、中澤は尋ねた。
緊張を孕んだ数秒の沈黙ののち、紺野が答えた。
「だって約束したんですよ。カボチャの水羊羹作ってくれる、って」
「なっ!?」
先程とは違った意味での沈黙が流れた。
「うふっ、冗談ですよ。冗談」
にっこり笑った後、まじめな顔に戻り、紺野が説明を始めた。
「本当はですね・・・」
- 259 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 13:06
- 紺野は持ってきたデイバッグからiBookを取りだした。起動させるとDVD-RAMを挿入した。
梨華はベッドの上からその様を、不思議そうに眺めていた。
「石川さん、今からお見せするこれで、あなたの身に何が起こったのかが判ると思います。でも、
もしこのまま何も思い出したくないのなら・・・、このまま過去を忘れて生きていきたいのなら、見
ない方がいいです。どうしますか?」
梨華の瞳を覗き込みながら、紺野が尋ねた。
しばらくして梨華が呟くように話し始めた。
「あたし、何かとても大事な事を忘れているような気がするの。目が覚めた時からずっと感じてい
たわ。でも、思い出そうとすると頭の中に霧がかかっているみたいではっきりしないの。お医者様
の中澤さんは何も教えてくれなかった。ただ事故にあって怪我をしただけだって・・・」
両手の拳を膝の上で握りしめながら俯き加減で梨華が言った。それから顔を上げ紺野の顔を
見つめながら、きっぱりと言った。
「でも、あたし、やっぱり知りたい。自分の事や忘れている何かの事を。お願い、それを見せて」
紺野は梨華の膝の上にiBookを載せて、クリックした。プレイヤーが映像の再生を始めた。
- 260 名前:目覚め 投稿日:2003/12/13(土) 13:08
- それは拉致した梨華を、寺田興行の連中が撮影した映像だった。梨華と吉澤を助けに行った
紺野が、現場にあったビデオカメラから回収してきたテープに映っていたものだ。
吉澤の告白とそれに答える梨華。口づけする二人。
怪我をしながらもタイセーに向かっていく吉澤。
拳銃で撃たれる吉澤。
そして、吉澤目掛けて走り出し、撃たれる梨華自身。
紺野は巧みな編集であの事件を再現していた。
梨華は無言だった。ただ涙だけを流しつづけてた。
「ひとみちゃん・・・・・」
それがただ一言、彼女の口から漏れた言葉だった。
(完璧です!)
紺野は心の中で呟いていた。
- 261 名前:token 投稿日:2003/12/13(土) 13:10
- 久しぶりの更新です。(w
そして、やっと梨華ちゃん登場です。
では、また。
- 262 名前:Hammond 投稿日:2004/01/10(土) 00:05
- ハ〜イ!あ・た・し。誰だか分かるわよね。
まずは感想。
なかなか面白い寓話ね。でも、これ読んだら激怒必至ね。
もっともそれがあんたの狙いだったりしてw
さて、本題。なんせあんた、携帯が繋がらないからここに書いとくわ。
ライブお疲れ。アンコールにヤッたのがモー娘。の曲でしょ。えらく盛り上がってたわね。
日本のアイドルの曲でダイヴする外人、初めて見たわw
で、打ち上げバックれてどこ行ったのかと思ったら、ひとりでパーティ!!
抜け駆けとはいい度胸じゃない。おかげで後始末大変だったわよ。
まあ、やり方はともかく被害を最小限に出来たから、結果オーライね。今回は誉めてあげる。
ご褒美にお茶会に招待してあげる。主賓は次期梟内定者のあの子。25日、空けとくように。
じゃあね。
- 263 名前:CheapStar 投稿日:2004/02/04(水) 00:42
- いつも楽しく読ませていただいてますv
続きが凄く楽しみでなりません。
吉澤さんのことを思い出した石川さんと二人の関係はどうなるかがすごく気になります!
スケールもとても大きくて、読み応えありますね…!
これからも頑張ってください!!
- 264 名前:名無しの一読者 投稿日:2004/02/10(火) 19:53
- もうかかないんですか
つづきまってます
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/02(火) 23:37
- 楽しみに待ってます。
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/21(水) 23:42
- 待ってます
- 267 名前:それぞれの思い 投稿日:2004/04/26(月) 02:40
- 吉澤の殴り込みから一週間が経った。
その時、後藤は射撃訓練に独りだった。
彼女は拳銃を左手で構え撃った。
6発すべて撃ち終わると、備え付けのバケツに空薬莢を空けた。
その中にはすでに三分の二ほど溜まっていた。
手慣れた手つきで弾を詰め替えた後藤は、今度は右手に持ち替えて的を狙った。
撃った弾は全部命中した。どうやら後藤の右腕は完治したようだ。
再び同じ動作を繰り返して弾を込めると、後藤はまた標的に銃を向けた。
拳銃を撃ち続ける後藤の心に浮かぶは吉澤のことだった。
今回の殴り込みは、中澤の判断で、結果的には『処理班』の仕事として扱われた。が、実際のところは吉澤の暴走であった。
- 268 名前:それぞれの思い 投稿日:2004/04/26(月) 02:42
- 現在の『組織』内の覇権争いにおいて、吉澤の暴走行為は上司である中澤の責任問題であ
り、ひいては中澤の所属する派閥の長の失点になりうる。
その中澤が派閥と吉澤を秤に掛けた場合、トカゲの尻尾切りが行われる可能性は充分すぎ
るほどあった。
(そうなったら、あたしはよしこを守りきれるだろうか?)
いかに『組織』ナンバーワンと言われる後藤でも、独りでまともに戦えるほど『組織』は弱くはない。
ならば吉澤を連れてどこかに逃げのびようか?逃げる?一体どこに?『組織』は伊達に全国
展開しているわけではない。それなら国外に?あるいは一時的には姿を隠せるかもしれない。
が、『組織』が全力で探索すれば、どこにいても遅かれ早かれ見つかってしまうだろう。裏切り
者は決して許さないのが彼らの流儀だったから。
- 269 名前:それぞれの思い 投稿日:2004/04/26(月) 02:43
- では、いっそのこと対立派閥の領袖、柴田あゆみを頼ってみようか?彼女は吉澤に妙に執着
しているようだから。彼女の傘下に入ればまだ望みはあるかも・・・・・。
そんな馬鹿な考えも一瞬頭をよぎった。
実際、柴田のやり方は後藤や吉澤には到底受け入れられないものだ。おそらく吉澤なら柴田
の部下になるくらいなら死を選ぶだろう。
バケツは空薬莢でいっぱいになっていった。
あの事件の後、吉澤はすぐに治療を受けた。もっとも今回は直接中澤がしたのではなく、『組織』
のセンターに所属する医師が担当した。あれ以来、吉澤は中澤と顔を会わせてはいなかった。もと
もと『組織』の構成上では、吉澤では中澤クラスの幹部には直接会うことはおろか、電話もできない
はずだった。今回は石川梨華の関わりで、直接知り合いになったに過ぎない。が、中澤自身も馴れ
合う気はないようだったから、それ以上深いつきあいにはなっていなかった。
- 270 名前:それぞれの思い 投稿日:2004/04/26(月) 02:44
- 治療自体はそれ程難しいものではなかったから、翌日には吉澤はベッドから離れることが出
来た。しかし今現在、吉澤は軟禁状態にあった。この隠れ家であるフィットネスクラブの中での
行動は自由だった。(ただし、営業時間中は秘密の地下室からでられなかったのだが)。それ
以外は、外には一歩も出られなかった。さすがに部屋に盗聴器は無かったが、地下室にはあ
ちこちに監視カメラがあったし、それよりも数は少なくなるが、上階のフィットネスクラブにも監
視カメラはあった。
それでも当の吉澤は特に不満を漏らすことなく、黙々とリハビリをこなしていた。その最中の
脳裏には、柴田の顔が浮かんでいた。たまたま吉澤を送っただけの運転手を殺させた柴田の顔が。
柴田との会見で、サングラスをはずして見せた彼女の瞳。
彼女の右目は一見愛らしい瞳だった。がその奥には虚無が広がっていた。あれは遥か以前
の吉澤自身に似た瞳。心の奥底で誰も他人を、いや自分すらも信じていない者の瞳。
- 271 名前:それぞれの思い 投稿日:2004/04/26(月) 02:45
- 一瞬ではあったが、確かに吉澤にはそれが感じられていた。
(あいつは危険だ!)
吉澤の直感がそう告げていた。
その為今後のことも考え、少しでも早くコンディションを万全にしておきたかった。だからリハ
ビリにも熱が入った。
が、・・・・・・・・。
吉澤は自分の体調の変化に気づいていた。
それが一番顕著に現れていたのは、筋力だった。
後藤ほどの怪力ではないが、吉澤も力には自信があった。もともと並の成人男性よりも力が
あったのだが、あの殴り込み以降、筋力がすっかり落ちていた。
無論怪我の為もあるのだが、それを割り引いても弱くなっていた。今の彼女は正に女の子並
の力しかでなかった。そしてこれは例の薬の副作用である可能性が高かった。
- 272 名前:それぞれの思い 投稿日:2004/04/26(月) 02:47
- おそらく筋肉のオーバーワークが原因だと思われた。
だが、問題はこの現象が一時的なものか否か、と言うことだった。
回復の見込みがない能力の衰え。それは戦力外通知を意味した。
仮に吉澤が、スポーツ選手ならば引退、と言うことになるだろう。その後はいわゆる第2の
人生を歩めばいいのだ。
が、吉澤達にとっての引退は・・・・・。何しろ彼女たちは『組織』の秘密を知りすぎていた。
果たして吉澤にどんな処分が下されるのか?
中澤からの通達はまだ何もなかった。
そんな状態の吉澤に訪問客が訪れた。飯田圭織である。
- 273 名前:token 投稿日:2004/04/26(月) 02:50
- かな〜りおヒサですが、更新しました。
まずはレスのお礼です。
>Hammond様
え〜と、どなたかとお間違えではないでしょうか?w
>CheapStar様
ありがとうございます。
やっと、いしよしの話になるはずだったんですけど。
変なところで中断させて申し訳ありません。
>名無しの一読者様
ありがとうございます。
お待たせしました。後少しですが、続き書きます。
>名無飼育さん様
ひょっとして同じ方でしょうか?もし違っていたらごめんなさい。
お待たせしました。再開です。ありがとうございます。
中断していた理由はあるんですけど、言い訳するのもなんですから、
書きません。
さて、お話としては、あとほんの少しです。
とっとと書いて完結させます。
いろいろとありがとうございました。
では、また。
- 274 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/26(月) 17:18
- 更新キターーーーー!!!!
・・・失礼、更新お疲れ様です。
いんや〜、お待ちしておりましたw
あとほんの少しだそうですが、完結までまたついて行かしてもらいます。
頑張って下さい。
- 275 名前:飯田の往診 投稿日:2004/04/27(火) 21:37
- 「飯田さん、どうして?」
フィットネスクラブの応接室では飯田が独りで待っていた。
「往診だよ。あんたはまだあたしの患者だからね」
「いえ、どうしてあたしがここにいるのが分かったんですか?」
「裕ちゃんが教えてくれたよ」
「中澤さんが!?」
それは吉澤にとっては、少なからぬ驚きであった。
吉澤を軟禁状態にしている中澤が、旧知の仲とは言え、部外者の飯田を引き合わせるのは異
例なことに思えた。一体この二人はどういう関係なんだろう?吉澤はぼんやりと考えていた。
「ほら、まず触診するから脱いで」
飯田に促され吉澤は上着を脱ぎ始めた。
- 276 名前:飯田の往診 投稿日:2004/04/27(火) 21:38
- 一通りの診察が終わってから、難しい顔で飯田が吉澤に告げた。
「正直、ここまで筋肉が痛んでるとは思わなかったよ。やっぱ普通のやり方じゃ無理だね」
「自分の身体ですから、自分で何とかしますよ」
飯田の診断は予想通りだったので、冷静に聞くことができた。
「あたしが知る限り、裕ちゃんの手術の腕は世界一だよ。でもね、手術だけじゃ怪我は直せな
い。術後のリハビリをしっかりやらないとね。で、そっちのほうじゃ、あたしにも多少、自信がある」
飯田は椅子に座り直して吉澤の顔を正面から見ながら言った。
「吉澤、あんた加圧筋力トレーニングって知ってる?」
「身体の一部を専用のベルトで締め付けたままするトレーニング方法ですね」
「うん、伊達にエアロビのインストラクターやってないね。で、これから圭織がする治療も、原理
としてはそれに近いの。もっともベルトは使わないけどね」
「鍼、ですか?」
- 277 名前:飯田の往診 投稿日:2004/04/27(火) 21:39
- 「そっ。鍼で身体の局所を一時的に麻痺させるの。そして血流量をコントロールしてその状態で
トレーニングをするの。骨にも余分な負担がかからないから骨折しててもリハビリが可能よ。そ
の上成長ホルモンの分泌も促進するから治りも早い。でもね、ホントはあまりやりたくない治療
法なの。だけど紺野がね、どうしてもって頼むから・・・・」
「紺野さんが?」
吉澤の脳裏に一瞬、紺野の顔が浮かんだ。
「飯田さんが躊躇するのは危険だからですね。かなり痛いんですか?」
「ううん、その逆。痛覚も麻痺するから、例え腕が折れても感じないわね」
「!」
「だから危険なの。痛みは大切よ。なんたって身体の危険信号なんだから。それに加圧式自体、
正しい方法でやらないと、血流阻害を起こすしね」
吉澤は頭の中で自分の持つ加圧筋力トレーニングについての知識を反芻した。確かにこの方
法なら怪我をしていてもリハビリが可能だろう。だが、鍼を使うと言う、飯田の治療法は想像がつ
かなかった。
- 278 名前:飯田の往診 投稿日:2004/04/27(火) 21:41
- 「どうする?」
「お願いします!」
間髪入れず吉澤が頼んだ。どのみち自分には後がない。選択肢はなかった。
「どうだい、感触は」
「身体の反応が鈍いです。まるで、一気に何十年も年を取ったような」
両手を握ったり開いたりしながら、吉澤が答えた。
「鍼は勝手に抜いちゃダメだよ。3日後、また来るから、その時、圭織が打ち直すからね」
吉澤の身体のあちこちに白い小さな絆創膏が貼られていた。それらの下には、身体の中に入っ
て行かないように、頭の先を折り曲げた鍼が打たれていたのだ。
「後はあんたの努力次第だ。無理をせずに時間を掛ければ元に、ううん、それ以上の状態になれるよ」
そう言い残して飯田は帰って行った。
- 279 名前:飯田の往診 投稿日:2004/04/27(火) 21:43
- 約束通り飯田は3日後やって来た。
その日まで、吉澤はリハビリを続けていた。はやる気持ちを抑え、飯田の言いつけ通り、無理
をせずに、黙々と単調な工程をこなしていた。
むしろ飯田との約束の日まで、自分が処刑されずに生きていられるのかどうかが気がかりだっ
た。中澤が、飯田の治療を許可したのなら、少なくともしばらくの間は吉澤の命は保証されてい
るとも考えられた。だが、もし吉澤を油断させるために、中澤が仕組んでいたのなら・・・。
某国では死刑囚に明確な刑の執行日を教えることはない。何年間か監禁したのち、今日もい
つも通りの日常が始まる、と思わせるある日の朝、突然に執行されるのだと言う。
あるいは吉澤に希望を与えておいて、突然に未来を奪いどん底に落とすために・・・・・。
「(あたしは一体、何を考えているんだ?信じよう、中澤さんを!)」
さすがの吉澤も、この軟禁状態には精神的に応えているらしい。
後藤は吉澤がここに軟禁されてから2日目に、中澤の命令でどこかに行ってしまった。次の新
しい仕事か。あるいはまた、例の裏切り者の件なのか。おそらく口止めされていたのであろう。何
も言わずに後藤は出かけていってしまった。ただ一言、必ず帰ってくる、と約束して。
- 280 名前:飯田の往診 投稿日:2004/04/27(火) 21:46
- 他の職員は吉澤に必要以上に接触してくることはなかった。せいぜい食事や衣服の世話に
近づいて来るだけだった。吉澤の方も彼らや彼女たちに気を遣い、こちらから話しかけることも
なかった。
吉澤は孤独だった。
そうした中で仄かな希望を信じて、リハビリに明け暮れていた。
だから、飯田の顔を見た時、吉澤は心底ホッとした。
飯田は吉澤の身体中の鍼をすべて抜き、コンディションを確認した。それから再び新しい鍼
を打った。どういう基準なのかは吉澤には判らなかったが、前回と同じ箇所や、まるで違う箇所
にも何本かの鍼を打った。
前回と同様に次の往診日を約束して飯田は帰って行った。
それから更に3日後、また飯田がやって来て、同様の処置を吉澤に施した。
こうして5度目の飯田の往診があった次の日、吉澤に別の見舞客が訪れた。
紺野あさ美である。
- 281 名前:token 投稿日:2004/04/27(火) 21:47
- 今夜の更新終了です。
>名も無き読者様
レス、キター!!!
ありがとうございます。
こんなしょーもないお話をずっと待っていて頂いたなんて。
必ず完結させますので、今しばらくおつき合い下さい。
前回、久しぶりの更新だったもんで、ちょっと字数がずれたりしてw
次回は明日の夜、更新します。これから書くんですけどね。(オイオイ)
では、また明日。
- 282 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/28(水) 17:35
- 更新お疲れ様です。
頑張ってますな、よっすぃー。
次回はあの人登場で、益々楽しみですw
- 283 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:02
- 飯田と同様に、紺野も応接室で吉澤を待っていた。
「お久しぶりですね。お加減いかがですか?」
「うん、飯田さんのお陰かな。順調だよ」
半分はお世辞である。実のところ目立った回復の兆しはなかった。それでも吉澤は腐ることな
くリハビリを続けていた。
「もっと早く来たかったんですけど、私にもいろいろ都合がありましたから」
「うん、わざわざ来てくれて嬉しいよ、ありがとう」
吉澤の素直な感想であった。だが、軟禁状態の自分を紺野が尋ねて来られるのは不思議だっ
た。飯田の場合は治療という名目があった。だが、紺野には・・・。やはり飯田が無理を言って中
澤に頼んだのだろうか?
「私ね、最近写真に凝ってるんですよ〜」
そんな吉澤の気持ちを知ってか知らずか、紺野は呑気に話題を変えた。
- 284 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:03
- 「写真!?」
「と、言ってもデジカメですけどね。なにしろお店が壊れちゃって暇なんです」
「ごっ、ごめんね、あたしのせいで」
『寺田興行』の襲撃で破壊されたため、飯田の店、スナック『タンポポ』は結局閉店してしまっ
た。これは治療中に飯田から聞いた話だ。
「いいんですよ〜、済んだことですから。でもじゃあ、そのかわりと言っちゃなんですけど、ちょっ
とお散歩につき合ってくれますね」
ニコニコしながらも、うむを言わせぬ態度で紺野が言った。
「ダメなんだ。あたし外に出られないんだ」
軟禁状態の吉澤はこの建物の外に出られなかった。
「大丈夫ですよ〜。ちゃ〜んと中澤先生に外出許可を頂いてますから」
「まさか!?」
「短い時間なら外の空気に触れるのは構わないって仰ってましたよ」
- 285 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:04
- 「(紺野さんは不思議に強引なトコあるから、中澤さんも断り切れなかったのかな?)」
「どうしたんですか?黙り込んじゃって?」
「ううん、何でもない」
「じゃあ、行きましょう。今日は良いお天気ですからね」
二人は正面玄関から出て行ったが、入り口付近の警備員は特に何も言わなかった。中澤が外
出許可を出したのは本当らしい。誰か監視役に付いてくるのか、と思ったがそんな様子もなかった。
「(変だな。ひょっとしてあたしの知らないうちに、何か事情が変わったのかな?)」
二人は紺野が外に待たせてあったタクシーに乗り込んだ。
「どこ行くの?」
「良いトコです」
それ以上紺野は何も言わなかった。
15分ほど走ったのち、タクシーは止まった。そして二人を降ろすとそのまま走り去った。
「この上に公園があるのを知ってますか?」
- 286 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:05
- 「うん、夜にしか行ったことないけどね」
「昼間だとまた景色が違って見えますよ、きっと」
車は入れないのでここからは歩きだ。二人はなだらかな坂を上り始めた。
そろそろ春の足音が聞こえて来る今日は、確かに良い天気だった。もうコートなしで充分な気
温だった。
「ごめんなさい、歩くの速すぎました?」
やや遅れ気味の吉澤に紺野が言った。
「うん、身体が重くってね」
多少の情けなさを感じながら、懸命に紺野に追いついた。
「ふふっ、お年寄りになった気分でしょ」
「えっ、なんで解るの?」
「私も以前、その治療受けたことがあるんですよ」
「そうなんだー。(紺野さんも大怪我したことがあるのかな?)」
- 287 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:06
- 「やっぱ、飯田さん?」
何となく聞いてみたが、帰ってきたのは予想外の答えだった。
「いいえ、飯田さんの・・、お師匠さんです」
紺野がわずかに言い淀んだことに、吉澤は気づかなかった。
「お師匠さん?飯田さんの先生か。きっと凄い人なんだろうね」
「だから解るんです。吉澤さん、無理しちゃダメですよ。きっと治りますからね」
「うん、ありがとう」
小高い丘の上の公園。と言っても別に何か遊具が置いてあるわけではない。ベンチが2つ、
設置してあるだけだ。散歩コースの途中の休憩所、それが実体だった。
だがここからは、市街が一望できた。不景気で寂れつつあるとは言え、ここから見る限りでは、
それなりにその街並みも立派に見えた。
「どうです。昼間の景色は」
- 288 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:07
- 「太陽が眩しいな〜。でも心地いいや」
「でしょ」
時折吹く風に髪を靡かせながら紺野はニコニコしていた。
平日の昼間であるためか、他には誰もいなかった。
「でも、あたしは夜の世界の人間だから・・・・・」
「関係ありませんよ。私だって『夜の世界の女』ですけど、お日様好きですよっ!」
「紺野さんはただ、スナックで働いていただけだから・・・。でもあたしは・・・(殺し屋なんだよ)」
最後の一言を飲み込んで吉澤は寂しげに笑った。
視線を遠くに移した。
「(青白い月光に照らされて夜の世界を徘徊する影。それがあたしらさ。太陽の光は眩しすぎるよ)」
吉澤は独りで物思いに沈んでいった。
黙って佇む吉澤の隣に紺野が立った。
- 289 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:08
- 「夜目、遠目、笠の内」
「えっ?」
突然呪文のような言葉を発した紺野に、吉澤は戸惑った。
「昔から言われている、女性が美人に見える条件だそうです。確かに月明かりで見る吉澤さんの
姿は素敵でしたよ。でも、こうして明るい太陽の下で見る吉澤さんも充分男前ですね」
「ありがとう。紺野さんだって奇麗だよ」
「ふふふっ、じゃあ美男と美女のツーショットですね」
紺野は身を寄せ、頭をコトンと傾けて吉澤に体重を預けた。
「紺野・・・さん?」
「ごめんなさい。しばらくこのままでいさせて下さい」
紺野は目を瞑りながら言った。
「(肩ぐらい抱くべきかな?)」
- 290 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:10
- もし吉澤が肩を引き寄せたなら、紺野はそのままどんな態勢にでも、吉澤の望みのままになっ
てしまいそうだった。
「(あたしは何を望んでいるんだろう?)」
もし、紺野と今よりも更に一歩踏み込んだ関係になったなら、あたしは梨華ちゃんを完全に忘
れられるだろうか?新しい恋に生きる。そんな大げさな事ではなく、ただあたしを受け入れてくれ
るであろう紺野とこのまま・・・・・。
二人はそのままの姿勢で立ち続けた。
ポカポカとしたお日様に照らされて時が過ぎて行った。
5分後、紺野は吉澤から離れると、唐突に話題を変えた。
「吉澤さん、鬼子母神って知ってますか?」
「えっ、えーと、何だっけ?聞いたことあるよ。確か・・・神様・・・だっけ?」
切り替えの早さに再び戸惑いつつ、吉澤が答えた。
「ええ、まあそうですね。実はこの神様には、興味深い伝説があるんですよ」
- 291 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:11
- 「?」
「もともとインドでカリテイモと呼ばれていたんですけど、とんでもない性癖があったんです。自
分は結婚して500人とも1000人とも言われる子だくさんだったんですけど、他人の子供をさらっ
て食べてしまうんです」
「!!」
「で、その非道を悟らせるためにお釈迦様が、1000人の内の末っ子を隠してしまうんです。彼
女はそれによって、子供を失う他人の痛みを知り、今までの自分の残虐な行いを後悔しました。
それからお釈迦様に帰依したカリテイモは鬼子母神となり安産と子育ての神様になったんですよ」
「すげー、そんな話があったんだ」
「ね、どんな人間でもやり直すことが可能なんですよ。それにね」
口調をやや改めて吉澤の瞳を覗き込みながら、紺野は続けた。
- 292 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:13
- 「行為は所詮、その人の一面しか表しません。戦場での残虐な兵士も、母国では良き市民、良
き恋人、良き父親であることは珍しいことではありませんよ。天性の人殺しなんて、ほとんどい
ませんから・・・・・。だから過去に拘ることはありません。これからの事を考えるべきです。ね、
吉澤さん!」
吸い込まれそうな紺野の瞳の魅力、いや寧ろ、魔力と呼んだ方が相応しいかもしれない。
「紺野さん、君は・・・、君はどこまであたしの事、知ってるの?」
以前から不思議な娘だとは思っていた。『処理班』の仕事が終わった後は、いつも飲み歩き、
その場限りのつきあいは数知れず。その吉澤が、飯田の店に通いだし、更に紺野に出会ってか
ら無茶な飲み方はしなくなった。時期的には石川梨華と出会ったからだ、と今まで思っていたが、
ひょっとして紺野のせいだったのかも・・・・・。そもそも人と距離を置く生活を続けていた自分が
ここまで社交的になるなんて。
「(君は一体、何者なの?)」
- 293 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:14
- 「あっ、来たようですね」
紺野の言葉に吉澤が振り返った。
先程吉澤達が登って来た道を、一人の女の子が歩いていた。
白い鍔の広い帽子を被り、服もそれに合わせた白のワンピース姿だ。
足取りはやや危ういが、それでも一歩一歩確実にこちらに近づいて来た。
その下の方に、見慣れたタクシーが止まっていて、その横には小川麻琴が立って彼女の動き
を見守っていた。
「あれは」
吉澤は心臓の鼓動がトクンと、一段高くなるのを感じた。間違いない、あの女の子は。
「梨華ちゃん!!」
吉澤は紺野の顔を見た。彼女はニコニコしながら答えた。
「だって、お二人が並んだ写真を撮りたかったんですもん」
- 294 名前:お散歩 投稿日:2004/04/28(水) 22:15
- 今夜の更新終了です。
>名も無き読者様
ありがとうございます。
大活躍ですね。あの人w
駄文の神様が降りてきたみたいです。
質はともかく、量の方はサクサク進みました。
いつもよりちょっと多めに更新です。
すでにお気づきでしょうが、今まで吉澤さんと係わった人々が
日替わりで登場しています。
単純な手法ですが、こうするといかにも最終回が近いような気がするでしょw
な〜んて、軽口も利ける程度に余裕が出てきました。
で、次回はやっと梨華ちゃんの番です。
ぶっちゃけ、梨華ちゃんとのからみは書きづらかったりして。
そこで次回の更新は、ひょっとしたら明後日になるかもしれません。
では、また。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/29(木) 00:55
- 更新が途絶えていたので諦めていたのですが
更新キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!感激です。
完結迄マターリと頑張って下さい〜〜〜
紺のキャラが最高です。
- 296 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/29(木) 09:45
- 更新お疲れさまです。
おぉぅ、ついにあの方との絡みが見られるんですねw
最終回が近づくのは寂しいですけど続きも楽しみにしてます。
- 297 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:17
- 「ひとみちゃん!!」
小さいが甲高い声で梨華が言った。やや呼吸が乱れていた。病み上がりの彼女には、あの上
り坂は少しきつかったのかもしれない。
「梨華ちゃん・・・。そのー、身体、大丈夫なの?」
なんと言って声を掛けたら良いのか判らずに、平凡な事を聞いた。
梨華の手術が成功したことだけは聞いていた。だがもう会わないと決心してから、極力梨華の
事は考えないようにしていた。その為、梨華の術後の容態なども敢えて尋ねなかった。リハビリ
中も柴田を憎むことで梨華の事を忘れようとしていた。だが、実のところ心の奥底では・・・・・。
帽子を取った梨華の目が潤み始めていた。
「(梨華ちゃん、今すぐ抱きしめたい。だけど・・・)」
そうすればせっかくの決心が鈍る。そんな思いから吉澤は動けなかった。
「か、髪、ショートにしたんだ」
- 298 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:18
- 「手術で全部剃っちゃったでしょ。ようやくここまで伸びたの。変?」
若干怯えたような様子で梨華が聞いた。眉が八の字になっていた。
「ううん、そのー、凄く似合ってる。(違う、あたしが言いたいのはこんな事じゃない!)」
梨華の手から帽子が落ちた。
「お願い、もう一人にしないで。『ひまわり』も無くなっちゃったし、私、私、一人はもう嫌っ!!」
梨華は吉澤の胸に飛び込んできた。
洋服越しに伝わる梨華の体温と鼓動。
それにシンクロするように早くなる吉澤の鼓動。
葛藤する吉澤の腕。が、遂に、
「梨華ちゃんっ!!」
吉澤はそのまま梨華を包み込むように抱きしめた。
- 299 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:19
- 「私、飲み物買ってきますね」
それまで離れたところで二人のことを観察していた紺野は、そう言い残すと、トットコと坂道を
下って行った。ほとんどスキップ状態だった。
「いくらなんでもわざとらしくねーか?」
「いいんですよ。吉澤さんかなり頑固ですから、あれくらいお膳立てしないと」
下の道に止めたタクシーの中で、運転席の小川と助手席の紺野が話していた。
BGM代わりに音を絞ったカーラジオがつけられていた。
「お前、結構お節介なんだなあ」
やや呆れたような口振りで小川が言った。
「だってー、あの二人、お似合いですよ」
「まあな・・・・・」
心なしか小川は心中複雑そうな顔をしていた。
「あれ、ひょっとして妬いてます?」
からかい口調である。
- 300 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:21
- 「バカ言うねぇー。こちとら、そんな野暮じゃねーぜ」
「ふふっ、小川さんにもそのうちいい人が見つかりますよぉー」
楽しそうに紺野が言った。
カーラジオから収賄容疑で逮捕されていた市長が、拘置所で自殺したニュースが流れてき
た。例の地上げを『寺田興行』に依頼した張本人である。おそらくこれも『処理班』の仕業だろ
う。吉澤以外にも優秀な人材はいるようだ。
吉澤に抱きしめられたままの姿勢で、梨華が話し始めた。
「私、目が覚めたとき記憶喪失で、自分のこともひとみちゃんのことも、みんなみんな忘れて
たの。だけど紺野さんが見せてくれたビデオで、やっと思い出したの」
「ごめん、梨華ちゃんが記憶喪失だったなんて、あたし知らなかった」
この情報を教えてくれなかった中澤を責める気にはなれなかった。誰かを責めるとするならば、
- 301 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:22
- 「(あたし、やっぱり馬鹿だ。自分のことしか考えてなかった。記憶喪失で大変な時に、独りぼっ
ちで梨華ちゃんがどんなに心細かったか、考えもしなかった)」
「ううん、いいの。紺野さんが教えてくれたわ。ひとみちゃんも大怪我して入院してたんでしょ。
だからお見舞いに来られないって。拳銃で撃たれ痛かったでしょ。私のために、ごめんなさい。
でも、うれしい。外出許可が出てすぐに会いに来てくれるなんて」
「紺野さん、そんなことまで」
吉澤に都合のいいようにフォローしてくれていたようだ。
「うん、私、近くに友達ほとんどいないから。でも紺野さんに随分助けられたの。お見舞いにも毎
日のように来てくれたわ。入院に必要なお洋服とかも用意してくれたし」
「ごめん、ごめんね梨華ちゃん」
梨華を抱きしめている腕に力を込めた。
「(いつまでもこうしていたい。だけど・・・・・)」
もう今を置いて、言うべき時はない。
吉澤は決心した。
- 302 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:23
- 「あたし、梨華ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんだ」
しばらくして梨華を腕から放し、吉澤は離れた。そして真正面から梨華の目を見つめながら吉
澤が言った。
「あたしは梨華ちゃんが好きだ。初めて会った時からずっと。この先も離れたくない。だけど・・・、
今まで梨華ちゃんに隠してた事があるんだ。本当はこのまま言わないほうが良いのかもしれない。
言えばきっと、退くと、あたしから離れると思うから。だけど、黙ったまま梨華ちゃんとつき合うの
は卑怯だと思う。だから言うよ」
「うん」
梨華は素直に頷いて、恋人の言葉を待った。
「あたし吉澤ひとみは・・・、人殺しなんだ」
梨華の瞳が大きく見開かれた。
とうとう言ってしまった、と吉澤は思った。もう後戻りは出来ない。
「あのタイセーを殴り殺した事だけじゃないんだ。あたしは人殺しを生業とする、殺し屋なんだ」
- 303 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:24
- 「う・・・そ・・・」
梨華の口からため息にも似た声が漏れた。
「嘘じゃない。エアロビのインストラクターは仮の姿。本当は、世の中の極悪人を人知れず始末
する殺し屋。それが吉澤ひとみの正体さ。解ったでしょ。人の命を奪う者が、自分の幸せを望む
のは図々しいよね。だからあたしは梨華ちゃんとはつきあえない。今日ここでお別れだ」
後悔はなかった。むしろ今まで隠していた秘密を話したことで、一種の安堵感があった。
梨華は視線を落とし、俯いていた。身体が小刻みに震えているようだ。
「(怯えて当然だよね。それとも今まで善人面して騙していたことを怒ってるのかな?)」
「ねえ、ひとつだけ教えて」
絞り出すような小さな声で梨華が言った。
「ひとみちゃんは私のこと、好きなんでしょ。それは嘘じゃないよね!」
「うん」
力強く答えた。これだけは自信を持って言えるから。
- 304 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:26
- 「信じて良いのよね!私を愛しているのよね!!」
顔を上げ畳みかけるように梨華が聞いた。声がいつもより甲高くなっていた。
「そうだよ。人殺しに愛されるのは迷惑だろうけど・・・」
「私は・・・、私、石川梨華は、ひとみちゃんが考えてるよりも、ずっと、ずーっと我が儘な娘なん
だよ。だから・・・・・。たとえひとみちゃんが人殺しでも、極悪人でも、私に優しくしてくれるなら、
私を愛してくれるならそれでいいの」
「梨華ちゃん!?」
「離れない、ぎゅっとして、抱きしめて」
不自由な身体で吉澤は先程よりも強く抱きしめた。
二人は貪るように口づけを交わした。
一陣の風が吹き地面に落ちていた梨華の帽子を飛ばしてしまったが、二人はまるで気づかなかった。
- 305 名前:最後の告白 投稿日:2004/04/29(木) 20:27
- 30分後、紺野はペットボトルを人数分持って、公園に上がって来た。これはあらかじめ、小
川のタクシーの冷蔵庫に用意してあったものであった。
「お待たせしました〜」
二人はベンチに仲良く腰掛けていた。どうやら紺野の思惑通り、うまくいったらしい。
「(完璧です!)」
紺野は心の中でそう思いながら、小さくガッツポーズをした。
それから二人に飲み物を渡しながら言った。
「じゃあ、それ飲んだら写真撮らせて下さいね」
- 306 名前:token 投稿日:2004/04/29(木) 20:28
- 今回は
- 307 名前:token 投稿日:2004/04/29(木) 20:28
- ちょっと
スレ流し
- 308 名前:token 投稿日:2004/04/29(木) 20:29
- 今夜も更新できました!
>名無飼育さん様
ありがとうございます。
なんせ紺野さん、裏主人公(?)ですからw
>名も無き読者様
ありがとうございます。
今回の絡みはいかがでしたでしょうか?
駄文の神様はまだいらっしゃるようです。
では、また。
- 309 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/04/30(金) 14:39
- ああ!!復活!!!!!
自分がどんなに嬉しいか、
どう伝えたら良いでしょう・・
ほんとにほんとに待ってたんだよう!!!
- 310 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/30(金) 19:48
- 更新お疲れサマです。
ネタバレ防止で感想は控えますが、
いよいよ終局に向けて・・・って感じですか?
寂しいな。。。
でも、続きも期待してます!!
- 311 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:47
- それから2週間ばかりが過ぎた。
いつもの様に飯田が往診に来て、吉澤の身体に残してあった鍼をすべて回収してしまった。
治療の終わりであった。
「裕ちゃんが許可した治療期間は1ヶ月だったの。でもそれも今日で終わり」
「飯田さん、ありがとうございました」
吉澤は深々と頭を下げた。コンディションは相変わらずであったが、吉澤は感謝の気持ちで
いっぱいだった。
何か言いたげに飯田は、その大きな瞳で吉澤を見つめていた。
顔を上げ、飯田の視線に気づいた吉澤が明るい口調で言った。
「もう充分です。後は自分で気長にやりますから」
気長にやる時間があればの話だが。飯田の治療が終わった今、もう吉澤には時間が残され
てはいないだろう。おそらく数日中には中澤の裁定が下るはずだ。
「そう」
悲しそうな様子で飯田が答えた。
- 312 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:48
- 「ついでに、もうひとつお願いがあります」
「何?」
「これ、梨華ちゃんに渡してくれませんか?」
一通の封筒を差し出した。中身は手紙と吉澤のキャッシュカードであった。もし、自分に何か
あったなら、とりあえず梨華が生活に困ることがないようにとの配慮である。
吉澤は外部との連絡が一切許されていなかったから。あの日以来、梨華とも連絡が取れなかった。
だが彼女の様子は、3日おきに来る飯田から伝え聞いていた。あいかわらず紺野が、なにか
と世話を焼いてくれているらしい。間もなく退院出来るそうだ。だが梨華からの手紙はおろか伝
言の類すらも、飯田から渡されることはなかった。おそらくこれは、中澤の許可が出ないためだ
ろうと思われた。
この手紙を飯田は預かってくれるだろうか?例え検閲されても梨華の元に届きさえすれば・・・・・。
そんな想いで飯田に頼んでみた。
- 313 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:50
- 飯田は何も聞かずに封筒を預かった。
この手紙はきっと梨華ちゃんに届く、なぜか吉澤はそう確信できた。
数秒間の沈黙。
やがて飯田は帰り支度を始め、ドアの前に立った。
「吉澤、自棄は起こすんじゃないよ」
最後にそう言い残すと、飯田は部屋を出て行った。
そして翌日の午後1時過ぎ。
平家総合病院は中澤の執務室。
デスクには中澤が座り、その前に緊張した吉澤が立っていた。
部屋の隅には後藤が、これも立ったまま待機していた。後藤は意図的に表情を消していた。
彼女が戻っていたのを吉澤はここに来るまで知らなかった。もちろん吉澤の親友ではあるが、
中澤の忠実な部下でもある。彼女が吉澤の味方である保証はなかった。ひょっとして後藤自
身が処刑執行人の役を任されているのかもしれない。
- 314 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:51
- 中澤が表の職場である病院に吉澤を呼びだしたからと言って、吉澤の身の安全が保証された
わけではない。むしろ遺体処理のしやすさから、このまますぐに殺されてしまう可能性も高い。
第一、中澤クラスの幹部の正体を知る者は少ない。よって中澤がセンターへ出向く事はない。
すべての命令が専用の携帯から下されていたからだ。
中澤はセンターからの報告書を読んでいた。軟禁中の吉澤に関するものだ。その間の吉澤の
詳細な行動が記録されているのだろう。センター付属の医師の診断書も添えてある。無論初見
の筈がない。吉澤を呼び出す前に、すでに目を通して、充分に検討している筈であった。
「後藤、これ割ってみぃ」
唐突に中澤は、後藤に何かを投げつけた。二粒のクルミだった。
後藤は器用に片手で受け取ると、そのまま苦もなく握りつぶした。手を広げると割れたクルミが
床に零れた。
次に中澤は吉澤にクルミを手渡した。
- 315 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:53
- 吉澤は右手で力一杯それらを握った。力を入れた拳はみるみる白くなった。が、クルミはビク
ともしなかった。以前なら吉澤にも楽に出来た芸当だった。単純な方法で見せつけられた残酷
な現実。吉澤の筋力はまだ回復していなかった。
力を抜いた吉澤の手からクルミが落ち、床に転がった。
「結論から言うわ。吉澤、お前なぁ、首や!」
あっさりと中澤が言った。
「圭織の、飯田の治療に期待したんやけど、無駄やったな」
「覚悟は出来ていました。でも・・・」
「でも、何や?」
中澤の片方の眉が僅かに上がった。
「あたしはまだ死にたくありません。好きな人が出来たんです」
数秒間のにらみ合いが続いた。吉澤はいざとなったら中澤を人質にして逃げるつもりだった。
だが、その時後藤はどちらの味方に付くだろう?協力してくれないまでも、せめて邪魔をしない
でくれたならば・・・・・。
- 316 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:54
- 相変わらず後藤は何を考えているのかその心中を悟らせなかった。
「石川梨華、か」
呟くように中澤が言った。
「はい」
更に数秒の沈黙の後、
「アホやな、誰がお前を殺す言うたんや」
突然、中澤が呆れたように言った。
「えっ!?でも、あたしら『処理班』の人間は首イコール処刑じゃあ・・・」
「そうや、今までは、な。でもな、ウチの派閥の親分の方針でな。これからは人材は出来るだけ
活用せなあかん言うんや」
中澤は背もたれに体重を預けた。
「と、言うてもお前はもうポンコツや。回復の見込みはない。第一線で体張るのは無理やろ。か
と言うて事務員なんぞいらんしな」
- 317 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:55
- デスクの備品のボールペンを弄びながら中澤が言った。
それから急に中澤は態度と口調を変えて、吉澤に告げた。
「吉澤ひとみ、お前に新しい任務を与える。当分の間、石川梨華専属のボディーガードを命ず
る。24時間彼女に張り付いとれ。ええな!」
「?!」
「これは確かな証拠があるわけやない。ただのウチの感や。けどな、あの娘、石川梨華な。
ちょっとおかしいわ。どうも、偶然事件に巻き込まれたにしては、不自然な点がある。せやから、
お前が守ったれ」
「梨華ちゃんが!?」
吉澤の顔に緊張が走った。それを見て中澤が言葉を足した。
「いや、考えすぎかもしれん。そう心配するこっちゃあらへんかもな。もっとも確証なしに貴重な
戦力を割くわけにはいかん。第一そんな義理、ウチラにはない。だからお前がやるんや。まあ、
都合がええやろ、その方が、お互いに。なっ」
- 318 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 20:57
- 中澤が奇麗にウィンクした。
「中澤さん、ありがとうございます」
吉澤が頭を下げた。思いがけない中澤の言葉。命令の形をとってはいるが、内容は吉澤の望
みそのままであった。
「(中澤さん、あなたはやっぱりいい人だったんですね!!)」
そんな吉澤の心を見透かしたかのように、更に中澤が言葉を続けた。
「ただし、マンションは没収や。あそこは『組織』の特別仕様やしな。それから給料は今までより
80%offやで」
「げっ!」
「当然やろ。まあこれからは限りなく堅気に近い生活をするこっちゃな」
ニヤニヤしながら中澤が言った。
- 319 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 21:00
- 吉澤は一礼して部屋を出て行った。中澤は、何か言いたげな後藤にも退出許可を与えた。
すぐさま後藤は吉澤の後を追った。
独りになると中澤はどこかに携帯を掛けた。
「はい、たった今、吉澤ひとみに申し渡しました。ええ、本人も喜んで了承しました。いえ、私は
何も・・・。仕事ですから・・・」
普段は関西弁を喋る中澤だが、TPOで標準語を使い分けていた。ひとつには医師として患者
やその家族に、インフォームド・コンセンスを得るために病状を説明する時。そしていまひとつは、
目上の人間と話す時だ。今話している相手は、もちろん中澤の上司、派閥の親分である。
「・・・はい、その件に関しましては引き続き探索中です。ですが今までのところ、首都圏に侵入
した形跡はありません。はい、では、失礼いたします」
中澤は電話を切ると机に突っ伏した。
「嫌な奴やな、ウチは・・・・・」
- 320 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 21:01
- おそらく吉澤は今回の裁定を、中澤の温情によるものだと思っているだろう。そのように思わ
せる振る舞いもわざと見せた。だが、実際の所、そんな単純なものではなかった。
吉澤を梨華のボディーガードに指名したのは、中澤の上司の意志であった。しかもあくまでも
中澤の判断であるかのように思わせろ、との命令であった。
梨華の手術中、危篤状態になった時に見えた、梨華の記憶のビジョン。それを手掛かりに中
澤は石川梨華に関する情報を集めた。
中澤の『組織』のデータベースへのアクセスレベルは、上から三番目である。この立場を利用
すれば、『組織』のデータベースのほとんどを利用できた。特に事件に係わる事なら、マスコミで
報道されない裏情報も含め、ほぼ100%知ることが出来るはずだった。
が、肝心なことは判らなかった。記録がなかったわけではない。ただ石川梨華が係わったと思
われる事件の記録が、中澤のアクセスレベルを超えた所に保管されていたのだ。
これ以上の権限を持つのは、柴田あゆみや長老派の領袖クラスだ。だから中澤も、自分の派
閥の長に協力して貰えば、あるいは閲覧が可能かもしれない。だが、彼女は石川梨華に関する
情報を、中澤に隠していたのではないか。だとすれば・・・・・・。
- 321 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 21:03
- 「(あの人は一体、何を企んどるんや?)」
もし中澤の知らないところで、何か途轍もない陰謀を企んでいるのだとしたら。いずれ自分が
彼女と対決せねばならない時が来るのかもしれない。
「(その時、ウチは勝てるやろうか?)」
吉澤を中澤から引き離し、戦力ダウンを狙った?
先日の後藤の負傷もあるいは・・・。ひょっとしてあの裏切り者とも通じているのでは?
疑いだせばキリがなかった。
「(所詮、狐と狸の化かし合いなのかもしれんな)」
「吉澤、結局あんたが一番正直モンなんやな」
「よしこ」
「ごっちん」
廊下で追いついた後藤が吉澤を呼び止めた。
中澤の手前、先程は何も言えなかった。だが今もそれ以上言葉が出てこなかった。
- 322 名前:裁定 投稿日:2004/04/30(金) 21:04
- 9歳で『組織』の養成所で出会ってから、文字通り生死を共にした二人。
つい最近まで、唯一の親友と呼べる存在だった後藤真希。
二人の胸の内に去来するものは、いかばかりであっただろうか?
「よしこ、これ餞別」
不意に後藤が無造作に、大きめの封筒をジャケットの内ポケットから取りだした。
「何!?」
中身を確認して驚いた。土地と建物の権利書であった。
「写真も入ってるでしょ、喫茶店だよ、中古だけどね。S県だから少し遠いけど。でも居住スペー
スもあるから、ここなら梨華ちゃんと暮らせるよ」
今日、顔を会わせてから、初めて後藤が笑顔を見せた。
「ごっちん」
反対に吉澤は泣き顔になった。
二人は互いを抱きしめた。
伝わって来る体温と鼓動が、お互いの気持ちを代弁していた。
実質、表の世界に行ってしまう吉澤と、このまま裏の世界に残る後藤との最後の別れの挨拶であった。
- 323 名前:token 投稿日:2004/04/30(金) 21:05
- 今夜の更新終了です。
>名無し募集中。。。様
ありがとうございます。
そこまで言われて恐縮です。
大変お待たせしました。
>名も無き読者様
ありがとうございます。
なんとかこのお話もまとまりそうです。
で、今回、こんな事になりました。
では、また次回。
- 324 名前:token 投稿日:2004/04/30(金) 21:06
- 今回も
- 325 名前:token 投稿日:2004/04/30(金) 21:06
- スレ流し
- 326 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:02
- 紺野は電話を切った。
「うまく言ったみたいだね」
傍らで様子を窺っていた飯田が言った。
「さすがに中澤さんは何か気づいているみたいですけどね」
「裕ちゃん、鋭いからね」
紺野はiBookに向かい、中断させていた作業を再開させた。
「ねえ、あれで良かったのかな〜」
しばらくして飯田が、誰に聞くともなく呟いた。
「平和なんていつまでも続くものじゃないですからね。だから、せめてつかの間だけでも夢を見
させてあげたいんです」
紺野はiBookを操作しながら振り向きもせずに答えた。壁紙は幸せそうに笑って並んでいる
吉澤と梨華の写真だ。無論、先日紺野がデジカメで撮ったものである。
- 327 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:08
- 「そっかー。それにしても、せっかく柴田を追いつめる証拠が挙がったのに、「自殺」だなんて」
これはマサオが斬り殺した、若い側近のことである。対外的には自殺と言うことになっていた。
もっとも、『組織』内ではそんなことは誰も信じてはいないのだが。
「ああ、あの使い込みですか、あんなもの牽制にしかなりませんよ」
「!」
「柴田さんが誰か一人に罪をかぶせて、事を処理する事は予想が出来ました。ただ私は、彼女
の派閥に対しても、ある程度の情報収集が出来ることを示せれば良かったんですよ」
「・・・・・」
「そんな顔しないで下さいよぉー。私は誰も殺していませんよ。飯田さんの望み通りに、ね。決断
したのは柴田さんです。選択権は彼女にあったんですからね。誰も殺さない方法だってあった筈
ですよ。それに、これで柴田さん達も、吉澤さん達に迂闊には手が出せないでしょうから」
静かな部屋の中で、紺野がキーボードを打つ音だけが聞こえた。
- 328 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:09
- 「ねえ、圭織まだひとつ解らないことがあるの」
「何です?」
振り返りもせず、紺野が聞いた。
「どうして紺野はあそこまで石川梨華さんに肩入れしたの?」
こんな風に質問する飯田は、歳よりも幼く見えた。
疑問を口にする飯田に、紺野は軽く一瞥をくれた。その顔を、内心では可愛いと思いながら
も、そんなことはおくびにも出さなかった。
「圭織、初めは吉澤のために、吉澤に係わりがあるからいろいろ助けてたのかな、って思って
た。だけどホントはむしろ逆だったのね。ねえ、石川のこと以前から知ってたの?」
紺野は黙ってiBookを操作して、画面に何かを表示させた。
飯田が近づいて後ろからその画面を覗き込んだ。
「これって!」
- 329 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:11
- 「『組織』のデータベースからやっと見つけました。トップシークレット扱いです。20年以上前の
記録ですね。すでに迷宮入りの事件ですけど」
それは当時の『組織』が係わった、事件の報告書だった。
さる家が全焼し、その焼け跡から殺害された科学者夫婦の遺体が発見された事件である。こ
の件で『組織』は、科学者夫婦の警護を担っていたらしい。つまりは失敗の記録である。
「この事件で生後間もない赤ん坊が行方不明になってます。連れ出したのはウチの工作員でしょう。
その場に残していたら確実に死んでいたでしょうからね」
「その赤ん坊が石川さん!?」
「ええ、おそらく。なにしろ当の工作員は帰還途中に死亡していますから。状況から判断すると、
敵方の追っ手と相打ちになったみたいですね。その前に赤ん坊を喫茶店の前に置いていった、と
見るのが自然でしょう。もっとも石川さんのDNA鑑定はしていないようですから、確定は出来ませんけど」
しばらく資料に目を通していた飯田が何かに気づいた様に言った。
- 330 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:12
- 「この被害者達の研究分野って・・・・・。この記録がトップシークレット扱いになっているのは、
もしかして・・・・・。んじゃあ、これからも石川さんが狙われる可能性も」
「はい、可能性はありますね。だから吉澤さんを付けたんじゃないですか」
「「ポンコツ」の吉澤を?」
意味ありげに飯田が言った。
「ええ、「ポンコツ」の吉澤さんをです」
飯田の治療は決して失敗などしてはいなかった。ただその効果が現れるのはまだ2ヶ月ほど
先なのだ。そしてその時は飯田の言葉通り、吉澤は更なるパワーアップをしている筈だ。
「『組織』一、いや、やっぱ世界一、かな。何しろその名医先生のお墨付きだから、吉澤を『処理
班』から外しても誰も文句は言えないよね」
中澤を出し抜けたことを嬉しそうに話す飯田。
「どうでしょうかね」
「えっ?!」
- 331 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:14
- 「おそらく中澤さん、気づいてますよ」
「まさかぁー」
「あら、飯田さんが言ったんですよ、中澤さんは鋭いって。私の意をくんでなのか、それとも、私
に貸しを作ったつもりなのかは判りませんが、とにかく自分の不名誉を受け入れてくれたんですね」
「・・・・・」
「また、そんな顔する〜。治療したのが飯田さんだからこそ、その腕前の凄さを知っているから
こそ、気づいたんですよ、きっと」
「そっかなぁー」
子供のようにちょっと拗ねた顔になった。
「そうですよ、ほら〜、ねえ、笑って!」
「あ〜、それ圭織のセリフ〜」
「ふふふっ」
- 332 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:15
- 軽くじゃれあった後、飯田が真面目な声で言った。
「でも・・・、今更あたしたちがこの件に介入する理由は無いよね」
飯田は思った。この殺された科学者夫婦の研究を欲しがる人間は大勢いるだろう。そして石
川梨華は、何かその鍵を握っているのかもしれない。だが、少なくとも今現在は、『組織』の利
害には直接結びつかない。
「ふふふっ。単なるアフターサービスですよ。20年前のね」
いつものように紺野は悪戯っぽく笑った。こんな表情の紺野は、何かを隠している事を飯田
は知っていた。だが、彼女はそれ以上何も聞かなかった。紺野自身に話す気がなければ、
それは決して聞き出せないことも、飯田は知っていたのだから。
「(あたしは最後まであさ美の側にいるからね)」
飯田は心の中で呟いた。そう、飯田の望みが叶うその日まで、彼女は紺野から離れるつもり
はない。だから、いつかは・・・・・。
- 333 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:17
- 「飯田さん、そろそろ何かおやつを」
飯田の心中を知って知らずか、紺野が催促した。
「はいよ。で、リクエストは?」
紺野が考える素振りをした。
「そうですねー、あっ、お豆腐!」
「?」
「冷や奴もいいですけど・・・。そう、レンジでチンして、グラニュー糖をた〜ぷりかけて下さい」
「!!」
「タンパク質は身体の、お砂糖は脳の栄養ですから、完璧ですっ!」
「(やっぱあたし、ついていけないかも・・・・・)」
- 334 名前:紺野と飯田 投稿日:2004/05/02(日) 10:18
- 謎多き美少女、紺野あさ美。
彼女こそ『組織』の三大派閥のひとつ、紺野派の領袖であり、中澤の上司であった。
そして、紺野のリクエストに応えるべく、今キッチンでいそいそと立ち働くのは、腹心にして
愛人の、飯田圭織だ。
そんな飯田の姿をリビングから眺めながら、ルンルン気分で待つ紺野。
果たして紺野あさ美は、どんなシナリオをその頭の中に描いているのであろうか?
- 335 名前:token 投稿日:2004/05/02(日) 10:18
- またもや
- 336 名前:token 投稿日:2004/05/02(日) 10:19
- スレ流し
- 337 名前:token 投稿日:2004/05/02(日) 10:20
- 更新終了です。
次回、遂に最終回の予定です。
では、また。
- 338 名前:名無し小川ふぁん。。。 投稿日:2004/05/02(日) 19:02
- 話に引き込まれて、もう一度、一話から全部読み直しました。
結構、伏線が張られていたんですねぇ。
紺野さんと飯田さんのコンビ?に「はまり」ました。
では、楽しみにしていま〜す。
- 339 名前:名も無き読者 投稿日:2004/05/03(月) 17:41
- 更新お疲れ様です。
遂に次回が最後ですか〜。。。
やっぱ寂しい・・・。
ラストも期待して待ってます!!
- 340 名前:token 投稿日:2004/05/04(火) 12:44
- どうも、tokenです。
今回はまず、レスのお礼からです。
>名無し小川ふぁん。。。様
ありがとうございます。
伏線張りすぎで、作者自分の首締めまくりだったりしてw
あまり本文中には書けませんでしたが、この二人はドロドロの関係だったりもします。(爆
>名も無き読者様
ありがとうございます。
そうなんですw
この設定は初めから決めてありました。
ご期待に添えたでしょうか?
昨日は野暮用がありまして、更新できませんでした。
コンサじゃありませんYO。私隠れヲタですから、なかなか行けないんです(涙
では、最終回分の更新です。いつもより少し多めです。
- 341 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:45
- そして梨華の退院の日。
季節はすっかり春であった。
病院の入り口付近には、毎度お馴染みの小川がタクシーで待機していた。これからS県の吉
澤達の新居兼店舗まで、吉澤と梨華を送るためだ。
すでに新居の方は吉澤が二度ほど行って、とりあえず生活が始められる状態にしてあった。
この時も小川がいろいろと協力した。喫茶店の方は追々準備していくつもりだ。
見送りに中澤や後藤は来なかった。これは当然の配慮であろう。吉澤は表の世界へと旅立っ
て行くのだから。だが、後藤は必ずどこかでこの旅立ちをこっそりと見守っている筈だ。
紺野と飯田は揃ってやって来た。今までのいきさつから吉澤は、この二人が、多少裏の世界
に係わっているとは認識していた。だが、その本当の正体には気づいていなかった。
- 342 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:45
- 「飯田さん、紺野さん、本当にありがとうございました」
改めて吉澤が礼を述べた。
梨華は涙ぐんでいた。
「石川さん、泣かないで下さい」
紺野が優しく抱きしめた。
「吉澤、諦めないでリハビリ続けろよ」
「はい、頑張ります。だってあたし、これからも梨華ちゃんを守らなくちゃならないし」
「ひとみちゃん」
吉澤の声に梨華が反応した。顔が少し赤くなった。
「のろけかよっ!」
笑いながら飯田が冗談交じりに突っ込んだ。
笑いの輪が広がった。
- 343 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:46
- 「飯田さん、もうひとつお願いがあります」
態度を改め、吉澤が言った。
「何だい!?」
梨華も涙を拭きながら飯田の方を向いた。
「あたし達が始める喫茶店を『タンポポ』と名付けさせて下さい」
「お願いします」
二人は並んで頼んだ。
「うん、いいよ。紺野もいいよな」
紺野に同意を求めた。なにしろ決定権は実のところ、すべて紺野にあるからだ。
「はい、モチのロンです。いいですねぇー。新生『タンポポ』、ですね。そのうち私も
お・ジャ・マ、しに行きますからね」
「紺野・・・・・。キャラ変わってない?」
「待ってます」
「紺ちゃん、きっと来てね」
梨華が微笑んだ。
- 344 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:48
- 小川麻琴は吉澤達を待ちながら、その様子をぼんやり眺めていた。その心に思い浮かぶのは
紺野達と自分の関係。
重傷の梨華を病院に運ぶのを無理矢理手伝わされた小川は、そのまま吉澤を飯田のマンショ
ンへ届けた。そこでうち明けられた紺野あさ美の正体。
壊し屋娘の異名で裏世界をフリーで渡り歩いていた小川は、以前から『組織』の噂は耳にして
いた。ある者はそれは、犯罪シンジケートで外国勢力と通じていると言った。ある者は殺人請負
の総合商社だと言った。いや、実体は政府の特務機関だとさえ言う者もいた。
だが、それらは常に噂のみで、実際に接触したと言う者は皆無だった。
紺野がただ者ではないとは感じていたが、そんな『組織』の最高幹部の一人だったとは、にわ
かには信じられなかった。が結局、しばらく紺野の配下にいることを決めた小川は、タクシーの
運転手として、吉澤の周辺をつきまとうことになった。無論、紺野の指示であった。
だが、吉澤の殴り込みに関しては、送り届けるのみで手を出すな、と言われていた。だが、持
ち前の性格から、小川はその命令を無視して吉澤の助太刀に入った。
- 345 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:49
- 事が終わり、後藤との殴り合いの後、小川はそのまま行方をくらますことなく、律儀に紺野の
所に戻っていった。『組織』の力が噂通りのものならば、どのみち逃げるのは無駄だと思ったからだ。
「お前、何勝手やってんだよ」
顔を見るなり飯田が咎めた。
「覚悟できてんだろうな」
飯田が一歩近づき構えた。
「(この怪力大女!)」
以前、わずか一撃で飯田に気絶させられた小川は、心の中で毒づいた。取りあえず自分も構えたが、
今のコンディションでは分が悪い。
「飯田さん、止めて下さい」
落ち着いた声で紺野が止めた。飯田は素直に構えを解いた。が、目は小川を鋭く見据えたままだ。
- 346 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:50
- 「小川さん、あなた私が思っていた通りの人ですね」
「ああっ?」
「お友達のピンチを見過ごせないなんて御立派ですよ」
紺野はニコニコしていた。
「これからも吉澤さんの力になってあげて下さいね」
「おい・・・・・(こいつどこまで本気なんだ?)」
このまま今しばらくは紺野の元にいることになりそうだ、と小川は思った。
「そうだ、後藤から伝言があったぜ」
「伝言?」
「ああ、吉澤ひとみに手を出したら許さない、とさ」
「まあ怖い。では、しっかり肝に銘じておきましょう」
- 347 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:51
- 「お〜い、口空けて何やってんだよ〜」
気がつくと吉澤が、運転席の小川に声を掛けていた。
「へ、あんまりいちゃついてたから呆れてたんだよ」
憎まれ口を叩く小川。
「へへへ、羨ましい?」
吉澤と梨華がタクシーに乗り込んだ。車はゆっくりと走り出した。
「俺よー、そろそろ転職考えてるんだよなー」
しばらくして小川が話し始めた。
「へー、何やるの?」
「ハイヤーの運転手」
「あんま違わないじゃん、今と」
「ばかやろ、全然違うぜ。タクシーはだな・・・」
吉澤の言葉を切っ掛けにして、延々と小川の講義が始まった。
次第に興味が薄れていった梨華は、外の景色を眺めていた。そしてなにげに遠くの空に目をやった。
- 348 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:52
- 黒い雲がこちらに向かって迫りつつあった。
「お天気、崩れるのかしら?」
梨華の呟きは二人には聞こえなかったらしい。大声で何か喋りあっていた。無論言い争いな
どではなく、じゃれあいであった。
「だから、フットサルはさぁー」
今度は吉澤が熱弁を振るっていた。
吉澤の横顔を眺めながら梨華は思った。
常識的な考えでは、吉澤を自首させて罪を償わせるべきだろう。だが、梨華はもう吉澤と離れ
たくなかった。この先何年も吉澤と離れて暮らすなんて。それにひょっとしたら死刑になるかもし
れない。そう思うと堪らなかった。
だから、梨華はこのまま吉澤と生活する事を選んだ。
私は卑怯者だ。自分の幸せしか考えていない。だからいつか罰が当たるかもしれない。でも、
それならせめてその日が来るまで。ひとみちゃんと・・・・・・。
- 349 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:53
- 「梨華ちゃん、大丈夫」
不意に吉澤の声が聞こえた。
「うん、ちょっと疲れたみたい。嬉しくて前の晩、ほとんど眠れなかったから」
「おいで、膝枕してあげるよ」
「うん、ありがとう」
恋人達はこれから始まる新生活に胸を馳せていた。心の奥に一抹の不安を抱きつつも・・・。
タクシーはスイスイと目的地に向かって行った。
同時刻。
柴田あゆみは自分の配下の製薬会社の一室で、研究員から報告を受けていた。その側に
は当然のように大谷雅恵いや、マサオが控えていた。
「で、その、つまりですね・・・・」
研究員はしどろもどろだった。玉のように吹き出る汗を、何度もハンカチで拭っていた。
- 350 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:54
- 無理もない。つい先日まで彼らに横柄な態度をとっていた、柴田の秘書を務めていた、側近
の若い男が、自分の目の前にいるマサオに、斬り殺された噂を聞いていたからだ。例の薬の
改良は遅々として進んでいなかった。もし、柴田の機嫌を少しでも損ねたら・・・・・。
「要点を言いなさい」
冷たい声が命じた。
「は、はい。お預かりした吉澤ひとみのカルテですが・・・、残念ながらこの状態では実験体とし
ては使い物にならないと思われます」
柴田の顔色を窺いながら、研究員は説明した。
どこからか柴田は、センター付属の医師が書いた、吉澤のカルテのコピーを入手していたようだ。
「そう」
つまらなそうに柴田が答えた。
「あ、いえ、ですがこのデーターは薬の改良にも必ず役立つ筈です。もう少しお時間を頂ければ、必ず!」
- 351 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:55
- 必死に自分の必要性をアピールする研究員。
「解りました。もう下がって良いです。研究を続けてなさい」
一礼すると研究員は逃げ出すように部屋を出ていった。
「今回は痛み分けかしら?」
二人きりになってから、柴田が呟いた。だが、マサオの返事を期待していた風ではない。むし
ろ独り言に近い。
「こちらも多少の被害を受けたけど、それは向こうも同じ。それにこっちは実験データが手に入っ
たし、それに・・・」
「一番損したんは、じいさん達でんなあ」
いつの間にか部屋の隅に加護が現れた。
マサオの目が僅かに細められた。
「おかえり、あいぼん。上手く行ったようね」
「へい、親びん。吉澤はん達が目立つことしてくれたさかい、楽勝でしたで」
加護はまたどこかに、「お使い」に行って来たようだ。
- 352 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:56
- その数時間後。関西にある、とある小さな教会。
優しい顔の年老いた神父が一人、戸口でミサに集まった人々の帰りを見送っていた。
彼には異国の血が混じっているのかもしれない。日本人にしては彫りの深い顔であった。だが、
重々しい威厳のある顔ではなく、親しみやすいそれであった。
最後の一人を見送ったのち、神父はゆっくりと扉を閉めた。
外はすでに暗く、窓から光は射し込まない。室内の明かりはあちこちに灯されたキャンドルのみ
であった。
神父は、祭壇に向かって跪くと、独り祈りを始めた。
何かの拍子に時折揺らぐキャンドルが、神父の影を不気味に蠢かせていた。
どのくらい時間が経ったのだろう。不意に教会に似つかわしくない電子音が響いた。
神父の携帯の呼び出し音であった。
おもむろに彼は携帯を耳に当てた。
- 353 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:57
- 何度か頷きながら相づちを入れ、相手の話を聞いていた。
通話が終わった。スクッと彼は立ち上がった。
立ち上がった神父は雰囲気が一変していた。それまでのゆったりとした動きから、キビキビと
したそれに変わっていた。
だが、もっとも変わっていたのはその目であった。
ぎらついた眼光の奥には憎悪の色が見て取れた。
神父は祭壇の裏に回りしゃがみ込んだ。そこには隠し扉があり、秘密の地下室へと通じていた。
慣れた足取りで階下へ降りた。
地上の、質粗な教会とは比べ物にならない、豪華な調度品に囲まれた部屋で、神父は、いや
男は火酒を呷った。
そしてその口から、吐き捨てるような言葉が漏れ聞こえた。
「小娘どもめっ!!」
- 354 名前:旅立ち、そして・・・ 投稿日:2004/05/04(火) 12:58
- この男こそ、『組織』の長老派と称される派閥の長であった。
先程の電話は柴田派や紺野派の動向を伝える報告だった。
彼女らの勢力拡大は、つまりは長老派の衰退である。
「次の総会で目にものみせてくれるわ」
『組織』は分裂状態に近づきつつあった。そして事態の平和的解決は望めそうになかった。
そう遠くない将来、何かが起こるのは確実であろう。
- 355 名前:token 投稿日:2004/05/04(火) 13:00
-
蚊喰鳥劇場
第1回上映作品
『危険人物処理班』
完
- 356 名前:token 投稿日:2004/05/04(火) 13:00
- 思い起こせば飼育で初めてスレを立てたのが、去年の5月7日。(紺野さんの誕生日!)
約1年がかりで、なんとか完結出来ました。
今、書き上げた達成感と、一種の虚脱感を同時に感じています。
何かこのお話について、解説というか、楽屋落ちでも書こうかな〜なんて思いましたが、
今はちょっと無理みたいですw
- 357 名前:token 投稿日:2004/05/04(火) 13:02
- 途中最後の最後で、数ヶ月の放置があって、皆様を大変お待たせしました。その間にスレの
整理があったそうですが、管理人様のお情けでしょうか、なんとか倉庫行きを免れました。もし、
そうなっていたら、おそらく完結できなかったでしょう。この場をお借りして、お礼申し上げます。
ありがとうございました。
そして、レスを呉れた方も、ROMってた方も、ここまで読んでいただきまして、本当にありがとう
ございました。ヘタレな私がここまで書けたのも、皆様のお陰でしょう。
まだ、スレの容量が大分残っていますので、近い内にまた何か、載せたいと思います。
では、また。
token
- 358 名前:名も無き読者 投稿日:2004/05/04(火) 15:36
- 完結お疲れ様です。
コレを最初に見つけたのはいつだったか・・・。
確か去年の夏の夜、ダークな雰囲気に心躍らせたのを覚えています。
途中完結を諦めかけたりもしたんですが、
よくぞ戻ってきてくださいました。。。
また何か載せるとのコトですがとりあえず、
ありがとうございました!!!
- 359 名前:名無し小川ふぁん。。。 投稿日:2004/05/04(火) 22:28
- 完結お疲れ様です。各キャストの背景がきっちり描かれているところも、すごく楽しく
読めました。どろどろも気になるところですが、近いうちに載せる何かも楽しみにしてい
ます。で、しめすぎた首は大丈夫でしたか?(笑)
この春のコンサート、目の前で小川、紺野両名の抱擁を見せつけられて、萌え死にそう
でした。現場に行くと「娘。」達からもっと抜けられなくなりますが、機会があれば是非。。
現場の彼女たちはそれは素敵に輝いています。
本当に楽しい一年間をありがとうございました。
- 360 名前:silence 投稿日:2004/05/05(水) 22:29
- 完結お疲れ様です。
とりあえず最初から読み直してみたいと思います。そしてまたtoken
さんの文章を見られる日を待ってます。まずは本当にお疲れ様です
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