あい
- 1 名前:あい 投稿日:2003年08月08日(金)17時52分29秒
- 愛は確か+愛は堅し+愛は高し
- 2 名前:あい 投稿日:2003年08月08日(金)17時54分16秒
- 「あい」
誰でも知ってる 誰でも欲しがる
限りなく大きくて
はるか昔からあるもので
信じるだけで 手に入れられて
赤くて 甘くて あたたかい
いったいこれって 何なんでしょう?
- 3 名前:あい 投稿日:2003年08月08日(金)17時56分32秒
- 「大好きな世界」
退屈であふれている世界
駆けだそうと君の手をとった
はずむ胸 大きく呼吸 たまに目と目があって笑う
知らないことも世界にはまだ眠っているはずさ
後でできることは後でしたっていいよね
今の僕達は走るべきなんだ
- 4 名前:あい 投稿日:2003年08月08日(金)17時57分43秒
- 「せいいっぱい」
楽しんでますか?
輝いてますか?
走ってますか?
幸せですか?
愛してますか? 愛されてますか?
今の私から 今の私へ
- 5 名前:あい 投稿日:2003年08月08日(金)17時59分59秒
- 「鏡」
楽しいことないかな が口ぐせの君
過去をふり返るのが大好きな君
話すのは自分のことばかりの君
しかたないねって 君は悪くないよって
温かい答えを期待しながら打ち明ける君
いつまでも変わろうとしない 君
- 6 名前:あい 投稿日:2003年08月08日(金)18時02分38秒
- 「学校」
たわいないことで騒いでばかり
隠れてルールを破ったりもした
初めて男だからとか 女だからとか意識もしたね
試験のたびに頭を悩ませてくれる
ありふれたここは 私を包む世界のすべて
いつか振り返って懐かしむのかな
- 7 名前:名無し 投稿日:2003年08月08日(金)23時23分17秒
- む・・娘。は?
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月08日(金)23時39分49秒
- >>7
まったく同じコトを言おうかと思ってたよ。
でも1レス目のコトバ遊びみたいなのは好きだ。
娘。絡めてそゆのが続いたらなー。
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月08日(金)23時50分36秒
- 夏厨ばっかで嫌になる
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月10日(日)14時05分29秒
- これから絡むんじゃないの?
マターリしよう。
- 11 名前:あい 投稿日:2003年08月10日(日)15時28分16秒
- 「彼女が愛した私の名前」
タシカニ呼ばれた。期待を込めて振り返る。
視線を人の行き交う交差点へと向けるけど、その声の持ち主は
見つけられなかった。
私はふっと息を洩らす。きっとずっとこうなんだろう、と思った。
誰かが誰かにささやく言葉、呼ぶ名前や声の音が違ってても私は
彼女だと思って振り返り続けるんだろう。
あれから何年も経った今でも、こうして探してしまっているのだから。
「高橋愛」
- 12 名前:あい 投稿日:2003年08月10日(日)15時28分58秒
- カノジョノ優しくささやく声が、私は大好きだった。背中に寄りかかる
私より小さい体。首にまわされる温かな手。耳にかかる吐息も。
「なんですか、なつみさん?」
「なぁにぃ。用がなかったらだめなのかい?」
そう言ってくすくす笑う顔。声。
「だめなんて言ってないじゃないですか」
そう答えながら私も笑い、その手に手を重ねながら。
「でも何でいつもフルネームで呼ぶんですか?」
「高橋愛って名前が好きだからさ」
- 13 名前:あい 投稿日:2003年08月10日(日)15時30分15秒
- ハジメテじゃない、誰かのモーニング娘。からの卒業。
私の中でその言葉の意味は、もう会えないというものではなく
毎日会えないだけというものに変わっていた。
保田さんがモーニング娘。を察業するとき、自分ではおぼえてないけど
私はステージ上に座り込んで泣いてしまったらしい。
「高橋愛、頑張ってね」
なつみさんの卒業では私が泣かなかったことは、同じメンバーにも
ファンの皆にも冷たく思われたことだろう。もしかしたらなつみさんも
そう思ったかも知れない。
「なつみさんが」
- 14 名前:あい 投稿日:2003年08月10日(日)15時31分00秒
- シカシ私はすべてを見逃すまいとしていた。
「大好きです」
あとからどんなに怒られようとも、今日だけはなつみさんを見続けようと
思っていた。この曲も、この次の曲も、この次の次の曲も。
なつみさんと一緒に歌うのは最後なんだから。
「ずっとずっと、大好きでした」
「えへへ。ありがとね」
卒業の発表から昨日までで私は人知れず、涙を流せるだけ流して声だって
枯れるまでわめいた。今日の私は誰のためでもない。
なつみさんのためだけの私になるんだ。
- 15 名前:あい 投稿日:2003年08月10日(日)15時31分33秒
- アセバンダ両手をそっと持ち上げ、なつみさんの首に回す。なつみさんからは
何度もしてもらったけど私からするのは初めてのこの、聖なる儀式。
「大好き」
「なっちも」
なつみさんの腕が私の背中に回る。お互いの体がずっとくっついている。
「大好きです」
「うん。なっちもだよ。応援してるからね」
今がコンサート中だってことも、メンバー全員が見守っていることも、
一方通行な想いだってことも、すべてわかっていた。なのに両手を離せない。
「高橋愛」
- 16 名前:あい 投稿日:2003年08月10日(日)15時33分05秒
- イツモト違う卒業、と何となく気付いたのはいつだったろう?
なつみさんはそれから、完全に姿を消した。
ソロ活動はたった一曲だけでその後テレビにも出なかった。送ったメールも
送信先不明で戻って来たし電話も繋がらなかった。いったい何がどうなって
いるのか誰もが知らなかったようで誰もがあわてていた。
私はと言えば、相も変わらずモーニング娘。を続けている。優等生として
仕事のすべてを笑顔でこなしている。私なりに、彼女のように。
- 17 名前:あい 投稿日:2003年08月10日(日)15時34分01秒
- 「タカハシアイ」
そして私はもう一度振り返る。またいつものように無駄なことなのかも
知れない。そう思いつつもやっぱりかすかに期待して、視線を巡らせてしまう。
そこに大好きな、彼女の笑顔を求めて。
おわり
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月11日(月)13時13分27秒
- 大好きです!
更新がんばってください。
- 19 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時09分23秒
- ありがとうございます・・・
頑張ります!
- 20 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時10分08秒
- 「ほん」
誰かが言ってた
過去にも未来にも一瞬で旅立てるって
果てしなく広がるその世界を
知ってる人は 何度も手にするって
ありえないことが そこでは現実なんだって
いつでも どこへでも 紙をめくるだけで
- 21 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時11分21秒
- 「タイムマシン」
タカク伸びた木々に囲まれた細く日当たりの悪い道を長いこと歩くと、
やがてその小さな家が見えてくる。
柔らかな木漏れ日の陰をそのひび割れた壁に映す家の、
扉につけられた錆びた呼び鈴を二回、私は儀礼的に鳴らす。
こんこん。
息を吸って吐くくらいの間を置いて、私はぐるっと家の裏に回り、
朽ちかけた柵の外から縁側を覗く。
そこになつみさんはいた。
- 22 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時12分21秒
- カワッテいない。相変わらず。
私は手の甲でおでこの汗をふきながら、座布団を枕に横になっている
なつみさんを眺め微笑みを浮かべた。
真っ白いシャツと薄いジーンズに身を包み、ショートカットの髪は
垂れてその頬を隠している。
私は涼を求めて木陰に移動すると、背中からバッグを降ろして
そのまま遠巻きになつみさんを眺め続けた。
- 23 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時12分55秒
- ハジメテここを訪れたのは、今からもうずっとずっと前。
高橋愛へ。安倍なつみより。
ふいに送られてきた絵はがきには、ここの住所だけが書いてあった。
モーニング娘。卒業直後に姿を消したなつみさんからの一年振りの、
突然の、しかも私だけへの連絡。
何のメッセージも書かれていないその絵はがきに私は嫌な予感を
感じながらもここまでの道を歩き、当時はまだ錆びてなかった呼び鈴を
二回鳴らしたのを覚えている。
- 24 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時14分07秒
- シズカだった。
たまに吹く風、蝉の鳴き声、ざわざわと揺れる枝。
それだけがこの世界が実在のものであることを教えてくれる。
バッグから水筒とおにぎりを取り出した私は、それを口に含むと
さっきまでのようになつみさんに視線を戻した。
- 25 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時15分02秒
- アノ日、あの縁側で眠るように息を引き取っていたなつみさんが
あの時のまま私の前で眠っている。
どれぐらいそうしていたかわからない。だんだんと木漏れ日が
薄まるのに合わせて、なつみさんの姿も薄くなりだした。
私はこの木陰から動かずに見つめ続ける。
ここで叫んでも、走って近寄って抱きかかえようとしても、
何の意味もないことはもうすでにわかっていた。
- 26 名前:あい 投稿日:2003年08月12日(火)16時16分46秒
- イチネンニ一度だけ、なつみさんの命日にだけ、この場所でだけ
何故か起こる不思議な奇蹟。他の日には何度来ても会えなかった。
光の屈折か、それとも夏の陽炎か。
私は当たり前だけど年齢を重ね、目尻や口元に消えない皺も浮かび、
取り囲む人達も芸能界での役割も変わってきているけれど。
なつみさんはあの日のままの姿で、
そんななつみさんを見ている間だけは私もあの頃の少女の私に戻る。
しばらくして完全になつみさんの姿が消えた。
私はぺこりと頭を下げると、来た道を戻るべくバッグを背負った。
おわり
- 27 名前:なち 投稿日:2003年08月12日(火)20時27分19秒
- なんか優しい気持になれます。
次が楽しみです。
頑張って下さい。
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月13日(水)08時08分36秒
- ( ´,_ゝ`)プッ
- 29 名前:あい 投稿日:2003年08月14日(木)14時52分15秒
- なちさん、嬉しいです!
でも文章のが人気なのかな?
う〜ん・・・
- 30 名前:あい 投稿日:2003年08月14日(木)14時53分53秒
- 「おひるね」
タオルケットにふわりくるまって
軽く目を閉じ ほっ と一息
はっと気づけば空はまっくら
時間だってわかりゃしない
愛すべき ベッドの温もり 柔らか枕
一度醒めた目をまた閉じよう
- 31 名前:あい 投稿日:2003年08月14日(木)14時55分41秒
- 「距離」
ためらいがちに伝えたさよなら
悲しかったのは うつむいた君の微笑み
離ればなれになる私達は
幸せの方向も変わってしまうけれど
あの出会いから今日までは かけがえのない宝物
一緒に歩いた この距離こそが
- 32 名前:あい 投稿日:2003年08月14日(木)14時56分40秒
- 「スープ」
たくさんの野菜におっきなお鍋
カタカタ切る私 ぐつぐつ湧かす君
早目に煮込むのは 根っこの野菜
しばらくしてから 葉っぱの野菜
味は薄めに 素材を楽しむようにして 完成!
いただきます お揃いのお皿にスプーンでね
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)00時04分47秒
- くだらん詩を書きたいなら他所ですれば?
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)03時10分09秒
- ん!?
私は好きです
応援してますよ
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)08時19分50秒
- 好き嫌いあるだろうからochi進行を薦める
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)08時41分32秒
- ここは小説サイトだからね
縦読みで名前はいってても内容がないし
詩だけかく気なら他のところでしたほうがいいよ。
- 37 名前:なち 投稿日:2003年08月15日(金)08時56分19秒
- 「くだらん」は言い過ぎでは?!
生意気言ってすみません。
私も好きですよ。
モーニングが出てくればもっと好きになるかも・・・。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)10時05分52秒
- すべてのレスが高橋愛で統一されていて、とても面白いです。タイムマシンは、
安倍と高橋というあまりない組み合わせで、かなり好き。詩も面白いですけど、
文章のほうがもっと好きかな。でも作者さんの好きなようにしてください。
- 39 名前:名無し 投稿日:2003年08月15日(金)11時45分46秒
- 安倍と高橋ってありえなさすぎて爆笑しました
ochiでしてね、目障りだから
- 40 名前:通りすがり 投稿日:2003年08月15日(金)12時56分03秒
- 好き嫌いはあるだろうけど、作者さんを中傷するようなレスして楽しいですか?
なんか荒しに見えます。
- 41 名前:38 投稿日:2003年08月15日(金)13時06分53秒
- 作品論や読者のレスに関するレスなどは関しては以下のスレに移動しては
いかがでしょうか。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/imp/1036322016/l5
>作者さん
3回ほど読み返しましたが、やはり「タイムマシン」が好きです。無粋なレスなど
気にせずに、是非続けてください。楽しみに待ってます。
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)15時44分43秒
- 作者さまお疲れです。詩の部分は高橋自身が書いてるのでしょうか。いい感じです。罵倒レスつけてる輩どもは萌えオンリーの中身の無い作品しか理解できない阿呆どもなので放っておいて大丈夫ですよ。
- 43 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時00分07秒
- ありがとうございます・・・
好きだっていってもらえると頑張ろうって思えます
- 44 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時00分53秒
- 「水辺の小鳥」
ターンがきれいに決まった。
意識して腕を大きくグライドさせながら、四度に一度の割合でブレス。
水の中、ゴーグル越しに近付きつつある壁にやがて手が届いて、ゴール。
一位だ。
そう思いながら電光掲示板を見上げると高橋愛の横には二位と表示されていて、
隣のコースではタッチの差で一位を奪った藤本さんが髪をかきあげながら
大きく、それでいてゆっくりと呼吸をしていた。
私の視線に気付いた勝利者は、くったくのない笑顔で返してくれた。
- 45 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時02分02秒
- カットオフされた映像をベンチ腋に置かれたモニターから覗く。用意された
アイスティーを音を立ててすすりながら。
途中からは完全に他を引き離した藤本さんと私だけが映り続けている。
私のグライド、藤本さんのプッシュ、私のリカバリー、
藤本さんのブレス、私のブレス、藤本さんのグライド、私、藤本さん、私。
そして藤本さんの手が先に壁に触れる寸前で、私は瞳を閉じた。
- 46 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時03分28秒
- ハロープロジェクト水泳大会。
水泳の経験を買われて百メートル自由形の選手にエントリーされた私は、
モーニング娘。に入ったばかりで普段あまり目立てないぶん、今日ぐらいは
活躍したかったのに、同じく水泳経験があるという藤本さんに負けてしまった。
「高橋ちゃん、やるじゃん」
と濡れた髪をタオルでくるんだまま、ビキニ姿で藤本さん。
「藤本さんこそ」
私は水着の肩紐の位置を手で直しながら微笑みを浮かべて。
- 47 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時04分15秒
- ショックなのを隠すのには慣れている。
「実は高橋ちゃんのきれいなターンがちらっと見えたとき、負けたって思った」
石川さんにバレエで負けて、水泳でも藤本さんに負けて。私の得意な競技の
すべてでかなわない。それでもそんな想いはおくびも出さずに私は。
「私もやよ。負けやなぁ、って思いながら泳うでたもん」
気持ちを誰にも見破られようせいいっぱい、笑顔の仮面をかぶり続けていた。
親にも友達にもはがされたことのない、私を護る仮面を。
- 48 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時05分02秒
- アイドルらしく思いきり騒ぎ歌い泳ぎそして、水泳大会は終わりを告げた。
笑顔をつくるのに疲れてきた私は、誰とも顔をあわせないように更衣室の隅で
のろのろと着替えていた。あとでひとりでわんわん泣こうと思って、遅く。
けれど。
「高橋愛」
ふいに呼ばれた。しかもフルネーム。もうみんな出て行ったかと思うくらい
静かな中で響いたその声に、私は驚きを隠さずびくっ、と振り向く。
「びっくりやぁ。安倍さん?」
そこにはとっくにシャツとジーンズに着替え終わって、目を細めた笑顔を
つくっている安倍さんが立っていた。
- 49 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時06分07秒
- インナーウェアを着ただけの自分に気付き、私は慌ててスカートとシャツを
身に付けようとする。変なの。モーニング娘。内では下着姿なんか見慣れてるし
見られ慣れてるはずなのに、私はなんだか顔が熱くなってきている。
「百メートル自由形さ、負けて悔しそうだったね」
その言葉がもたらした驚きは、さっきの比じゃなかった。そんな。
新メンバーの同期三人にも隠せたし、藤本さんにも他の誰にもばれなかったと
思ってたのに。それでも私は仮面をはずさず笑顔で訊き返す。
「そんな風に見えとった、ですか?」
あわてて敬語を付け足して。
- 50 名前:あい 投稿日:2003年08月15日(金)17時07分00秒
- 「タカハシアイ」
安倍さんは私の問いに答えない。その笑顔を絶やさないのに、心に入り込むよう。
「なんかキミは、昔のなっちに似てるかも」
仮面が音もなく飛ばされた。無防備になった私の顔に唇が息が届く程の距離に、
安倍さんの鼓動と体温を感じる。そして小鳥のように、短く。えっ?
「頑張れのキス。ほっとけないんだよ、君って」
はるか遠い存在だったモーニング娘。オリジナルメンバーの安倍なつみさんは
このたった一瞬で、私の中でその意味合いをあまりに大きくしてしまった。
私の顔がまた熱くなり出す。初めてだよ、こんなの。
「何で、フルネームで呼んだんですか?」
更衣室を出ようとするその小さくて大きな背中へそう訊く私に、返ってきたのは
笑いを含んだ声と横顔だった。
「そのほうが言いやすいからさ」
おわり
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月15日(金)17時32分11秒
- やべ。かなりいいかも・・・ ハロプロ水泳大会って、あるといいね・・・
- 52 名前:なち 投稿日:2003年08月15日(金)17時53分14秒
- 同感。水泳大会あるといいね。
次はどんな展開になるのか楽しみです。
- 53 名前:あい 投稿日:2003年08月16日(土)07時15分34秒
- 毎回ありがとうございます・・・
朝からですけど行きます
- 54 名前:あい 投稿日:2003年08月16日(土)07時17分24秒
- 「四季」
例えば 海と空を青い線で繋ぐ夏の後に
風が焦げ茶の枯れ葉を舞い散らす秋が通り
吐く息と世界の白さに驚かされる冬がめぐって
地面いっぱいに花が咲き誇る春が来るなんて
当たり前に鮮やかに 回りの色を変え続ける季節は
いつも包んでくれて いつも楽しませてくれるね
- 55 名前:あい 投稿日:2003年08月16日(土)07時18分37秒
- 「ケータイ」
たった一回 繋がらなかっただけで
数々の不安が頭をよぎる
話したくない? 嫌われた? もしかして事故?
心臓ばくばく 気持ちはしゅんとするけれど
後で聞いたら 眠ってたとか 電車の中だとか
いつもそう ひとりで焦って ひとりでほっとしてるんだ
- 56 名前:あい 投稿日:2003年08月16日(土)07時20分05秒
- 「言葉」
大切なことこそ 口に出さなきゃなんだよね
かたことの言葉でも いっしょうけんめい
ハートからハートヘ伝えるんだから
失敗したって良いんだよ
雨はいつか晴れるし 夜はいつか明けるから
言わなきゃ何も はじまらないから
- 57 名前:あい 投稿日:2003年08月16日(土)07時22分06秒
- 「モーニング娘。」
楽しいことも苦しいことも分け合ってきた
感謝したって 感謝はつきない
話しあったって 話はつきない
仕事もプライベートもほとんど一緒なのに
飽きることない 大好きな君達へ
いつまでもいつまでも ありがとうそしてよろしくね
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月16日(土)10時23分53秒
- 詩を書きたいんだったらochiでどうぞ
- 59 名前:なち 投稿日:2003年08月16日(土)15時47分09秒
- 朝から頑張っちゃいましたね。
「言葉」好きです。
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月16日(土)16時53分06秒
- あげないで
- 61 名前:名無し読者 投稿日:2003年08月16日(土)23時45分17秒
- >>60
荒すなよ
気に入らなければ読まなければいいことだろ。
- 62 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時24分21秒
- 「二十二歳のあなた、十六歳の私」
タンチョウに毎日は過ぎ去っていって、窓から見える木々が緑に色付いたり
枯れ葉を落としたりすることでだけ私は季節を感じていた。
白い壁の部屋の中にはたくさんの花と小さな冷蔵庫とパイプベッド。
そんなもので囲まれたこの個室はやけに淋しくて、きっとこれが結婚も犠牲にして
芸能界だけに生きてきた私の築いたすべてなんだろう。見た目だけが華やかで
回りに人のいない、今のこの病室こそが。
食べるものも普通だし痛みもない。ただ頻繁に検査があるだけの、いつか来る
死を待つだけの入院生活をかれこれ何年も私は送っていた。
- 63 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時25分17秒
- カミは白いものばかりになり肌にも染みが浮かんで、立つのも座るのも
ひとりでは時間がかかるようになった今、この病気にかかって死ぬのは
むしろ幸せなことだと思える。
病名を聞いたとき、私はくすくすと笑ってしまったものだ。
眠るとそのまま死んでしまうことがある、としか解明されていない、
なつみさんが若くして発病したものと同じ病気で私まで死ぬなんて
なんだか不思議な気持ちだった。
私は真っ白のベッドにうずもれる。眠る度にもう起きれないかも知れないのか、
そう頭のどこかで思いながら、それでも良いと思いながら。
- 64 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時26分20秒
- ハルカ遠くまで続くまっくらな空間。あぁ、これが死か、本当に突然だなぁ、
なんてぼんやり思ってると後ろから声が響いた。
「まだ死んでないよ。もう近いけど。次とか、次の次かな」
聞き覚えのある声。ちょっと高くて早口で。私はまたいつものように期待を込めて
振り返るけど、今度は裏切られなかった。そこになつみさんはいた。
「おす、高橋愛」
変わらない笑顔でそう呼ばれ、何だかあせってしまう。私はとっくにおばあちゃんに
なっていて、こうして向かい合うのもどことなく恥ずかしいのに。
「なに言ってるのさ。キミはまだ十六歳でしょ?」
心の声が聞こえたようになつみさんが言う。私は自分の手を見た。
たしかに皺も染みもないきれいな手で、指先の爪も輝いている。どうして?
「聞こえてます。はい、これ。おみやげ。やっと渡せるよ」
そう言って差し出されたのは、一冊の古びたノート。
「あの家で渡そうと思ってたんだけど、なっちってば、うっかり死んじゃったからさ」
えっ?
- 65 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時27分33秒
- シロイ景色が復活した。見慣れた天井と視界に割り込む華、華。私はゆっくりと
時間をかけて体を起こす。
なんだかやけに気分が良くて窓なんか開けようかと思ったとき、ふと冷蔵庫の上に
色あせたノートが乗っているのに気付いて動きを止めた。これは?
ドアへと視線を移すけれど誰かがここに来た形跡はない。私は震える手も構わずに
手を伸ばし中を覗く。そこには見覚えのある字、あの絵はがきと同じ字、
なつみさんの字で書かれた文章が並んでいた。
詩集だった。
私は動悸を抑えることもなくそのまま読み始め、そしておやっ、と首をひねった。
- 66 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時28分53秒
- アマリに形式ばった詩だった。そして内容もぎこちなく、何だかこじつけたもの
ばかりに思える。言ってしまえばなつみさんらしくないのだ。そう思いながらも私は
読み進めて行きそして。
最後の詩。
あぁ、そうか。私はすべてを理解した。そしてページをさかのぼる。
これも、これも。これもそうだ。どの詩にも私の名前が隠してある。
涙が流れた。泣くなんて久しぶりだ、と思った。あんなに泣き虫だった私が。
片想いなんかじゃなかった。
街角でふいに呼ばれた気がして振りかえっていた私と、詩集の中から呼びかけて
くれていたなつみさん。私達はこんな形でつながっていた。
- 67 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時30分06秒
- イツカ聞いた言葉が私の頭によみがえる。
夢は見なけりゃ始まらないよ。モーニングってまるで女子高だよね。
本くらい読みなさいな。移動中は眠るに限るってね。私、卒業するんだ。
料理得意だよ、今度教えてあげる。外は気持ち良いね。ケータイ好きだねぇ。
悪いと思ってるんだったら、ちゃんと謝りなさい。みんな大好き。
ほっとけないんだよ、キミって。そのほうが言いやすいからさ。
名前が好きだからさ。あいはふたりいるから。呼びたいから呼ぶの。
私のことも安倍なつみって呼んでいいよ。呼びませんよ。じゃあなつみさんって。
それなら何とか。何とかってのはひどくないかい?
- 68 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時31分17秒
- 「タカハシアイ」
私は涙で文字がにじまないようにノートを閉じると、元の冷蔵庫の上に戻した。
入院着の裾で涙をぬぐい、ゆっくりと体を横にして目を閉じる。
ねぇ、なつみさん。
あの縁側で一緒にお昼寝しましょう。木漏れ日を浴びたり、風を感じたり。
なつみさんが私の名前を呼んだら微笑みで返しますから。
そして私も訊き返します。どうしてフルネームで呼ぶんですかって。
もちろんいつものように、違う理由を聞かせてくれるんですよね?
- 69 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時32分21秒
- 「なまえ」
たまにみせる あなたのほほえみのなかに
かこのわたしをみているようなときがあります
はなれてなかなかみまもってあげられないことが
しんぱいなんです きになるんです
あなたがうまれたときに そうであったように
いつもまわりが あい であふれていますように
- 70 名前:あい 投稿日:2003年08月18日(月)10時33分47秒
- 短いですがこれでおわりとさせていただきます・・・
好きと言ってもらえたのがすごく嬉しかったです
詩の文頭がタカハシアイになっている事は最後まで誰にもわからないだろうなって
思っていたのですが解ってしまったようで驚きでした
(文章の一文字目がタカハシアイなのは解りやすくしたつもりでした)
好意的に読んでくださった方々へ 本当にありがとうございました!
- 71 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月18日(月)12時05分45秒
- 72 名前:なち 投稿日:2003年08月18日(月)12時36分51秒
- ???
この後の展開すげー気になる
- 73 名前:38 投稿日:2003年08月18日(月)21時59分05秒
- すべての謎が解けた!
本当に面白かったです。有難うございました。
小説を読んだから、詩の仕掛けに気付いたんですよ。最初はさっぱりわかりませんでした。
- 74 名前:なち 投稿日:2003年08月19日(火)01時20分39秒
- >72
64までしか読まないで書いちゃいました。
もう終りなんですね。本当に良かったです。
短い愛だでしたけど、ありがとうございました。
またここで読めることができたら嬉しいです。
- 75 名前:34の名無しさん 投稿日:2003年08月19日(火)16時01分44秒
- とくに>>25 あたりから興味をもち、最後まで読まさせていただきました
すべての詩を理解しようと何度も読み直しましたが気づきませんでしたw(名前が隠されていたこと)
詩のほうも共感できるとこもあり
かなり良かったです
ファンになりましたよw
独り言
なちさんは
知ってる人?
の予感・・・
・・気のせいか
- 76 名前:なち 投稿日:2003年08月20日(水)12時39分34秒
- >75
知ってる人かも・・・
- 77 名前:75の名無しさん 投稿日:2003年08月20日(水)23時38分46秒
- やっぱりねw
- 78 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時04分21秒
- 【0 チャーミーズエンジェル】
「ぐっも〜にん。えんじぇ〜るず」
「ぐっも〜にん。ちゃ〜み〜」
- 79 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時05分02秒
- 【1 知の女神は愛くるしく微笑む】
すべてが紅く染まる夕暮れ、そのファミレスはやけに混んでいた。
「えっと俺、カルボナーラをやめて豚カツセットに」
「あ、俺も焼き肉セットじゃなくて天ぷらうどんがいい」
「セットはそのままで、ドリンクをアイスティーにして」
「和風おろしハンバーグじゃなくてチーズ乗せに変えます」
「やっぱり俺のドリンクも食後にしてください」
野球部かサッカー部か知らないけれど、若くてやけに元気の良い
全部で15名の団体客は、まるでいじめるかのようにあっちこっちで
注文を変えたり取り消したりしている。
しかし黒いワンピースに白いエプロンをつけたウェイトレスは
そんな様子をメモも取らずにふんふん、とうなづいているだけ。
可愛い顔にはうっすらと笑顔なんか浮かべている。
店中に響くようなその騒がしさはたっぷり5分、続いた。
「これでお願いします」
「よろしいでしょうか?」
「はい」
ウェイトレスは人差し指で軽く口唇をなぞり目を閉じた。そして――。
- 80 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時05分47秒
- 「ご注文をくり返します。
オムライスが2点、カレーオムライスが1点、
天ぷらうどんが1点、豚カツセットが2点、
ペペロンチーノが1点、きのこのリゾットが1点、
カルボナーラが2点、チーズ乗せハンバーグセットが1点、
たらこパスタが1点、カツカレーが1点、
マグロ山かけ丼が1点、生姜焼き定食が1点。
お飲み物は食前にお持ちする分がアイスコーヒー2点、
ホットミルクティー1点、アイスロイヤルミルクティー1点、
アイスカフェオレ1点、オレンジジュース1点になりまして、
食後にお持ちする分がアイスコーヒー1点、
アイスカフェオレ1点、アップルジュース1点、コーラ2点、
烏龍茶2点、ジンジャーエール1点、チョコレートパフェ1点。
以上でよろしかったでしょうか?」
- 81 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時06分33秒
- 団体客はぽかん、と口を開いたまま顔を見合わせている。
やがてその中からさっき「これでお願いします」と答えた1人が
弱々しい声で「あってます」と答えた。
一部始終を見守っていた他のお客達から起こる小さな拍手に、
そのウェイトレスは小さくおじぎを送った。
松浦亜弥。
私立ハロプロ女子高校2年C組出席番号38番。子供の頃から頭脳明晰で
暗記と暗算では負けたことがない。
ただ動きは鈍くてよく皿を割っていたのだけれど、その人間らしい
欠点はかえってバイト先での彼女の印象を良くさえしていた。
どうせ割った皿のお金は彼女のバイト代から天引きされるわけだし。
- 82 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時07分11秒
- 【2 力の女神は美しく微笑む】
街灯がともりだし月も輝き始める頃。
肩まで伸びた髪とコンビニの袋を揺らしながら歩いてる彼女は
高校生だろうか。すらりとしたスタイルでありながらどことなく
顔立ちは幼く見える。
そんな彼女の左右に並んだのは、やっぱり彼女と同じくらいの
歳に見える男が3人。
「美人だってよく言われるでしょ。あ、それ重くない?」
「重くない」
「あっさりだなぁ。せめて止まって話くらい聞いてよ」
顔を見ることもなければスピードもゆるめない彼女の前に、男の
中の1人がまわり込む。それでやっと4人は止まった。
- 83 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時07分52秒
- 彼女は聞えよがしにふぅ、と息を吐き3人を見た。その目があった
一瞬、男達は一様に照れたようなにやけた笑いを浮かべる。
「あのさ私、帰りたいんだけど」
「帰ったってつまんないじゃん。遊ぼうよ」
「テレビが見たいの」
答えるなり男の脇をすり抜けようとする彼女。しかしその腕は
シャツの上から男につかまれてしまう。
「おい、まだ話は終わってないだろ」
「放してよ」
「いいじゃん、このままどっか行こうぜ」
腕をつかんだ男は力ずくで引っ張って行こうとした。がしかし
彼女の身体はなぜかそこから動かない。あれ?
- 84 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時08分48秒
- 彼女はつかまれた腕をあっさり振りほどくと、コンビニの
袋の中からまだ封の切られていないアルミ缶のドリンクを
取り出す。そして腕をつかんでいた男の手のひらに乗せた。
缶から手を放さない彼女と、男の手がちょっとだけ触れる。
「なに、俺にくれんの?」
その問いかけに声を出さずに微笑みを浮かべながら、ふるふると
首を横に振って答える彼女。次の瞬間――。
ぶしゅっ!!
缶の中身が勢いよく吹き出し、ぐちゃぐちゃにつぶれた缶が
彼女の手からすべり落ちる。カラン、と乾いた音が響いた。
「じゃあね」
呆然とするびしょ濡れの3人を尻目に、それよりはちょっとだけ
ましな濡れ具合の女の子はさっそうと歩き出した。
後藤真希。
私立ハロプロ女子高校2年C組出席番号20番。そのきゃしゃな
見た目から想像も出来ないほどの腕力と握力を秘めている。
それにしたってやりすぎだけど。
空っぽのコンビニ袋を見ながら彼女は思う。もったいなかった、と。
- 85 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時09分33秒
- 【3 心の女神は凛々しく微笑む】
まだ陽射しもやわらかい早朝で、鳥が鳴いたりなんかしてる。
埃ひとつ見当たらないような手入れの行き届いた弓道場に、裸足に
袴という姿で矢をつがえる少年の姿があった。およそ25メートル先、
俵に貼られた何重にも円の書かれた紙の的をめがけている。
びゅん!
少年が弓から手を放して数瞬後、矢はとすっ、という音とともに
的に吸い込まれるように刺さっていた。その結果に満足したように
目を細くして微笑む少年の顔は――少女だった。ショートカットで
切れ長の瞳、男の子のようにスレンダーで凹凸の少ない身体を
あわせ持つ彼女は、同じようにまた矢をつがえた。
- 86 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時10分31秒
- 弓道場の壁に備えつけられた棚にはいくつかのトロフィーが
写真立てと一緒に飾られていて、中の写真のすべてに彼女が
表彰台に上っている姿が映っている。
小さな呼吸を何度か繰り返し、瞬きを止め神経のすべてを的に
向けて手を放す。さっきの映像をもう一度見ているかのように
矢は的に吸い込まれた。続けてもう一度。やはり矢は的に刺さり、
しかもだんだんと的の中心へと近寄っていく。
4本とも当たれば皆中、すべて当たりだというところで彼女は
視線をちらっと右手の茂みへ移し、そしてまた的を見つめた。
- 87 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時11分27秒
- 矢をつがえ指を放そうとした瞬間、先程の茂みから石ころの
ようなものが彼女めがけて飛んできた!
的を見たままの彼女は、頭をすっ、と後ろに引き石を避ける。
そしてその状態のまま矢を放った。――結果、皆中。
「くらだないことするな!」
茂みに向かってそう叫ぶ彼女の顔は、微笑みをたたえていた。
藤本美貴。
私立ハロプロ女子高校2年C組出席番号35番。窮地に強い心臓の
持ち主の彼女は入部当時から弓道部のエースとなり、生徒会の
副会長も務めていて教師も一目置いている存在だった。
ただ高校2年の割に発育の遅い身体を見てると、天は二物を
与えずとはよく言ったものだと思わずにはいられないけれど。
- 88 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時12分25秒
- 【4 三賢者は馬宿にて語らい合う】
「隠れてたってわかっちゃった?」
そう言いながらがさごそと茂みから顔を出す真希の姿を見て
美貴はべっ、と舌を出した。
「わかるよ。もう殺気がぷんぷん漂ってたもん」
「マジで?」
「嘘。葉っぱが不自然に揺れてたから」
制服のスカートの裾をひっかけたりあっちこっちに葉っぱを
くっつけながらやっと全身を見せた真希は、なんだぁと
つぶやいた。ぽりぽりとほっぺを掻いたりしている。
「でもなんて居んの?」
肩から下ろした矢筒を床に置きながら美貴が訊く。
「今日の『当番』は真希じゃなくて亜弥でしょう?」
「そうだよ」
と立ったままの美貴の足元にぺたんと座りながら、真希。
- 89 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時13分19秒
- 「亜弥の宿題うつさせてもらうと思って」
「なるほど」
美貴はスポーツドリンクをストローで上品にちゅーちゅー。
「あたしにもちょうだい」
「ダメ」
「ケチ」
「けちで結構。亜弥ってまだ来てないんじゃないの?」
真希はこくん、とうなづく。咥えられたままの人差し指は
飲みたいなーって気持ちを無言で訴えているように見えた。
「やっぱり。亜弥は眠ったがりだから」
言いながら美貴はほれ、とドリンクを差し出す。
「全部飲んだら殺すからね」
そんな言葉と笑顔を添えて。
- 90 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時14分46秒
- 「れもあやっれこんらにおそくにとうはんしれらんらね」
「飲み込んでから言え」
「でも亜弥ってこんなに遅くに『当番』してたんだね」
ここでやっと胸当てを外し終えた美貴も座った。隣り合って
座り、朝の風を身体に感じながら。
「泥とか水だったら間に合わないってのにね。困ったもんだ」
「困ったもんだ」
そんな話をしているとき、ふと美貴が顔を上げ弓道場のドアを
見た。ふふっ、と口唇の端を上げて笑う。
「噂をすれば何とやら。やっと来たみたいだね」
「美貴、あんた」真希が真剣な顔をする。「表現がオバサンだよ」
「うっさい」
- 91 名前:あい2 投稿日:2003年08月29日(金)18時16分43秒
- 「あーやっぱりこっちに居たよ。ふたりとも教室に鞄が
あったからどこに居るのかと思った」
さっきまで矢を打っていた美貴以上に汗を流しながら登場した
亜弥に、すでに来ていた2人はへらへらした笑いを浮かべる。
「おめーがおせーんだよ」
「うわっ言葉づかいわるー。副会長のくせに」
「それより『当番』は済ませて来たの?」
「もちろん。あ、私にもジュースちょうだい」
「ジュースじゃないけど、はい。ちなみに全部飲んだら
殺されるから気をつけてね」
「おおこわ」
亜弥はどかっ、と倒れるように座り、あつーあつーと
襟元やスカートをぱたぱたさせながらちゅーちゅーする。
「今日は画鋲が1つ入ってただけ。楽勝でした」
「そりゃ簡単だ。まぁ、それでも『姫』は泣くんだろうけど」
「泣くだろうね」
「泣くよ。だって――」
真希の声の続きに見事に残り2人の声が重なる。「『姫』だもん」
- 92 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月29日(金)21時26分35秒
- 一転して軽いノリ。面白いです。続き期待しています。
- 93 名前:なち 投稿日:2003年08月29日(金)22時35分06秒
- おぉ!帰ってきてくれましたか。
また、楽しませてください。
- 94 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月04日(木)00時14分51秒
- なんか、今回も感じ良さげ。
楽しみにしてます。
- 95 名前:ナナシ 投稿日:2003年09月06日(土)22時12分08秒
- 一気に読みました。
すがすがしい読後感がスキです。がんばってほしい!!
- 96 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/06(月) 05:12
- がんがれー
- 97 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:27
-
月面軟着陸 -- Soft Landing on the Moon --
- 98 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:28
- 最近、衣装や私服の裾が伸びてきています。
そして原因もわかっています。亀井ちゃんです。
さくらとおとめに別れてから私達は一緒に移動する事が多くなったんですが、いつも亀井ちゃんは私の後ろ、すそを引っ張りながらついてきます。しかも無言で。
「愛ちゃん好かれてるんだよ」
「亀井ちゃんもそうだってうなづいてるよ」
麻琴や里沙がそう言うと亀井ちゃんは確かにこくんと無言のままうなづくのですが、本当でしょうか?
振り向くといつも笑顔で返してくれるし悪い気はしないんですけど。うぅ〜ん。
- 99 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:29
- 「姉妹みたいだよ」
「って言うか双児みたい」
「いやいやドッペルゲンガーってやつ?」
スタイリストさんもヘアメイクさんも言いたい放題です。
鏡に向かってメイクさんまかせ。私はふぅと小さくため息。
「できたわよ」
そして私も亀井ちゃんも驚く結果が鏡の中にありました。
うそぉ、って小さく叫んじゃいました。それでも亀井ちゃんは無言でしたけど。
「じゃん。できるだけ似せてみちゃった」
- 100 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:30
- これが出来るだけなら本気になればどうなるのかってくらい、似てました。
亀井ちゃん、鏡に映る私、鏡の中の亀井ちゃん、鏡の中の私、亀井ちゃん。
ぐるぐる回ってだんだん速くなって重なって。
催眠術のように眠くなって。暗くなって。
かくん。
「愛ちゃん?」
「高橋さん?」
「ちょっと大丈夫?」
「冗談でしょ?」
気がつけばそこはやっぱり控え室で、私はほっと息をつく。
あれ?
異変に気づいたのは瞬きをするくらいの時間を置いて。
- 101 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:31
- 麻琴がドレスを着てます。吉澤さんがスーツを着てます。そしてそれだけじゃないです。
保田さんがドレスを着てます。後藤さんがスーツを着てます。
どういうこと?
「高橋、ぼけっとしてないの」
後ろからぽん、と叩かれる肩。振り向くとそこには安倍さん。
「高橋ってば目、開き過ぎ」
「ミスムン初披露だからって緊張してるんでしょ?」
「リラックスリラックス」
「大丈夫だよ、あんなに練習したんだからさ」
おでこをつっつかれほっぺをつままれ肩をもまれ鼻をつままれ頭をなでられ。
いったい何がどうなってるんでしょう?
そしてもうひとつ、あれ?
- 102 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:32
- 「あのぉ」
「んっ?」
「亀井ちゃんは?」
「加盟?」
「何の組織にだよ」
「そやなくて、あの、ほんじゃ田中ちゃんは?」
「ホンジャマカさん?」
「何かおかしいよ高橋ってば」
「道重ちゃんとか藤本さんもおらんですか?」
「ミチシゲって男?」
「どうして藤本がここに居るわけ?」
「高橋ってば変なの。ほら、置いてくよ」
- 103 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:33
- 気がつけば控え室は人が減り始め、何が何だかわからないまま私はドレスに着替え出す。
だって今日はバラエティの撮りだって聞いてたのに。って言うか新曲じゃなくて何でいまさらミスムンなんだろ。しかも保田さんや後藤さんまで揃って。って言うか初披露ってどういうこと?
とりあえず急いで着替えて追っかけます。
でもはるか前に小さく並ぶ背中達は、向こうも走ってるからなかなか追いつかない。
待って。うちも一緒に。
息が上がりだした。走っても走ってもたどり着けないよ。廊下がおかしいくらい長い。ここはどこのスタジオなんだろ?
悔しくて靴を脱いだ。ヘッドマイクも投げ捨てて全力疾走。それでも追いつかないどころか、だんだんと離されていっちゃって、なんだかやけに不安。
一緒に連れてって。
周りはいつの間にか光りに覆われて、私は涙をぬぐって鼻をすすって、それでも手を延ばして。
つかんだ!
- 104 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:34
- 「うっ」
「えっ?」
私は私の鼻をつまんでいた。いや、私じゃなくて亀井ちゃんの。
どうも今の私は亀井ちゃんに膝枕されていて、真上に延ばした手が亀井ちゃんの鼻をつまんでいるようです。そのことに気付くのに三十秒くらいかかった気がしましたけれど。
「あ、ごめんやよ」
思い出したように手を離す。
亀井ちゃんは赤い鼻のままいつものようににっこり。私もちょっと涙目でにっこり。膝枕したままされたまま、ふたりしてしばらくにっこり。
きっと明日からも亀井ちゃんは私の服の裾を引っ張って伸ばすんだろうけど、そうね、これまでよりずっと優しい気持ちで迎えてあげられそうよ。
だってうちはよ、おめぇなんやからな。
- 105 名前:あい3 投稿日:2003/10/06(月) 20:34
-
月面軟着陸 -- Soft Landing on the Moon -- 終
- 106 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/06(月) 20:56
- チャーミーズ・エンジェルの続きは…?
3も面白かったのでスレチェックしててラッキー。
- 107 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:24
-
ヴェルヒデンズガーデンに咲く永遠に枯れぬ花
夜に包まれて私はぽつんとバルコニーから街を見下ろしていた。降る
雪が肩に髪に積もるのがわかったけれど、それを落とそうって気には
ならなかった。小さく並んだ家々の窓を灯す光の列を見ているだけで
私の心まで暖まっているような、そんな気がしていたから。
「エリ、こっちにおいで。」
やがて開いた窓から私を呼ぶ声がしたけど、振り向かないままに私は
ふるふると首を降る。
「やだ。」
「エリ。」
困ったような声で呼ぶアイ。いつもそう。そうしたら私が言うことを
聞くって解ってて彼女はあの声を出すんだ。でも今日は。
「私も下に降りたい。だって今日は。」
「クリスマス。」
隣から響いた優しい声に顔を向けるとアイはいつの間にか横に居て、
右手で私に積もった雪をそっと払い落としてくれた。
「せやからこそ、うちらはここに居なきゃなんよ。」
- 108 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:25
- 「エリには子供達の嬉しそうな顔が見える?」
この城から遥か遥か遠く、ほとんど真下に目をこらす。見えた。
プレゼントと思われる大きな箱を抱えた子や、お父さんとお母さんと
手を繋いで歩いてる子。夜にも関わらず今日はやけに多い気がする。
私はこくんとうなづいた。
「声も聞こえるやろ?」
「うん。」
アイは何を言いたいんだろう。私の視線に気づいているくせにアイは
顔を上げず、じっと下の街を見つめていた。
「ほならその子らの親の安心してる顔も見えるやろ?」
そんなところまで見てはいなかった私は、アイの見ている先に視線を
合わせる。そう言われてみれば、と思った。いつもは夜に出歩く時に
顔を上げている人さえ少なかったのに。
「うん。」
「どうしてかわかる?」
私は唇に指を当てて考える。いつもと違うことと言えば――?
「クリスマスだから?」
「正解。」
アイは唇の端をあげて微笑むと、私の頭をぽんぽんと叩いた。
- 109 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:26
- 雪はいつの間にか止んで、雲の間から月が顔を出している。月の光に
照らされたアイは陽の下で見る時よりずっと凛々しく見えた。
「エリにも話しとかんとね。」
そう言いながらアイは私の前髪を持ち上げて、雪解けの水滴をそっと
はじく。そのまま私の肩に手を添えると部屋の中へ導いてくれた。
触れた手が冷たくて、私はちょっとだけ悪い事をしたな、と思った。
「ごめんやよ。初めてのクリスマスがこんなに淋しくて。」
ソファに深く腰を降ろしながらそうつぶやくアイ。私は首を横に振る。
そうするって解ってての質問だって解ってるけど、あんな顔されたら
私には裏切れなかった。それに――。
「悪くないよ。アイとふたりっきりってのも。」
そう思う気持ちに嘘だってない。
暖炉の中では薪が申し訳程度に燃えていた。暖を取るためじゃなくて
明かりと物音を立てる何がかないと、という理由だけで灯された炎。
私はちろっと唇を舐めた。
- 110 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:27
- 「クリスマスは特別なんよ。人間にとっても、うちらにとっても。」
アイは瞳を閉じた。これが出る時はアイの生きてきた時間の中で私が
知らない時間のことを話す時。そしてその話しを聞くと決まって私は
胸が締めつけられる想いを味わっていたのを思い出した。
「うちらは遥か昔からここに居たって言うたよね。」
「アイが生まれる前?」
「エリが生まれるずっとずっと前。」
やっと瞳を開けたアイは正面に座る私を見ているようで、私の後ろに
ある何かを見ているようだった。
「その頃はね、子供の血だけがうちらの食事やったんやって。」
えっ?
アイを見つめた。でもアイの瞳は遠くを見つめたままで、暖炉の炎を
受けてオレンジ色に映えるのが私達の対極にある生を感じさせていた。
「子供?」
「そう言うた。」
「私達のような?」
「うちらよりもっと子供やよ。さっき外を駆けていたようなね。」
- 111 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:27
- アイの唇から漏れる言葉は、私の頭の中で意味になるより速くつむぎ
出されていき、私はまた胸に小さなしこりを憶える。
「噂だけじゃなかったんだ。血を吸うとか、空を飛ぶとか。」
「空は飛べんよ。」
そう言ってアイは笑った。その笑顔にちょっとだけほっとする。私の
前に座るアイがさっきまでは私の知らないアイだったけど、今はもう
私のよく知るアイに戻っている。
「残酷だね。」
「うん。人間に戻りたくなった?」
私はまた首を横に振ることで答える。私の知ってる人間の中にも同じ
くらい残酷な人間がいた。そして私は目の前にいるたった独りがあの
人達より、人間達よりずっと優しいことも知っている。
アイは私が居なくなってもいいの?
その質問は飲み込んだ。それを訊くことが誰のためにもならないって
ことは、今の子供の私でも解るから。
「そっちいっていい?」
- 112 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:28
- アイの答えを待たずに私は隣に座り、アイの背中へ手を回した。耳に
鼓動が響くことはないけど、血じゃない血が体の中を流れる音が私の
気持ちを落ち着けてくれる。
「エリ。」
私の体を覆うようにアイが私を抱きしめてくれた。吐息も鼓動も体に
感じないけれど、確かに感じる温かさがあった。
「でも今は違うじゃない。それでも外に行けないの?」
「ごめんなぁ。」
今の私達はエレメントからマナを感じることで私達という存在であり
続けられると前にアイが教えてくれた。血なんか吸わない。ましてや
人なんか襲わないのに。
「うちらはもう、人間の歴史には顔を出さんやよ。」
私の頭にアイの手が触れる。そして上から下にそっと撫でた。何回も
何回も。私は瞳を閉じてその感触に集中する。
私達を包む沈黙を暖炉から聞こえるぱちぱちとした音が邪魔をする。
クリスマスなのに何でこんなに静かなんだろう?
- 113 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:29
- 「人間にはな、信仰が必要なんよ。」
アイがゆっくりと語ってくれた内容は、私にも解りやすく噛み砕いて
くれたようだけど、それでもいくつかは単語のまま私の頭に残った。
今でも人が居なくなれば私達のせいにされる。十字架も銀を溶かした
弾丸も怖くない。なのに人間はそれらをずっと信じて飾ったりしてる。
とは言え私も人間の頃はそう言い聞かされ続けていて、それらを疑う
なんて思いもしなかったけれど。
「今日だけは絶対にうちらが現れん、って安心感とかな。」
難しい話がずっと続いて、私はだんだんうとうとし始めた。夜だって
言うのに。時計を造り身分を作り神を創った人間を、哀しいとアイは
つぶやく。でも私はそこだけ疑問を持った。
遥か高みから人間を見下ろし、絶対的な力がありながら人間に関与を
しなくて、そして永遠と思えるほど長い年月を過ごしている。それを
神と呼ぶのなら、アイこそそれに当てはまるじゃない。
「ねぇアイ。」
「おぉ、眠ったかと思うたやよ。」
「もしかして空も飛べるんじゃないの?」
- 114 名前:あい4 投稿日:2003/10/09(木) 20:29
- 「えっ?」
アイが困ったような顔をした。予想外であろう展開に見せたその顔が
可愛いくて私はアイの膝に顔を埋めたままくすくすと笑う。
「お祝いしようよ、人間のお祭りだけどさ。」
「エリがそう言うなら。」
私達が出会えたのもアイが私を選んだのも、偶然でしかないだろうし
そういうことの積み重ねまでアイが自由に出来るわけじゃない。
アイが手をかざすとマナが集まり、ふたつのグラスに形を変えた。
「はい、エリ。」
「ありがと。じゃあ、せ〜ので。」
「うん。せぇ〜の。」
地上から遥か離れたこのヴェルヒデンズガーデンで私達は向かい合う。
グラスを鳴らし床に落とすと、砕けた欠片が空気に溶けた。
メリークリスマス!
了
- 115 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:13
-
川 '-'||
- 116 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:13
- それはいつもと変わらないはずの、晩ご飯を食べてるときの出来事。私が自分で作ったおかずにそこそこの満足をおぼえながら、テレビに映るアイドルグループの新曲に聞き入っていたら。
「絵里」
「なに?」
「ちょっとこっち向いてくれ」
「モー娘。の歌が終わるまで待って」
「絵里」
待ってもらえなかった。お父さんはリモコンでばつん、とテレビの電源を切りやがった。
- 117 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:14
- 「あのな」
「なによ」
「その」
「もう、言わないならモー娘。見るからね」
リモコンを奪い取ってテレビをつけた。嬉しいことにモー娘。はまだ歌っていて、私はおかずを口に運びながら軽く体をリズムにのせる。次の瞬間。
「お父さん、再婚しようと思うんだ」
「ほぉ」
- 118 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:15
- ここで初めて私はお父さんの優先順位をモー娘。より上にした。お父さんは顔を真っ赤にしてうつむいている。驚きだ。お父さんにそんな甲斐性があったなんて。
「良いんじゃない。ふたりっきりの食卓にも飽きたし」
お母さんが交通事故でこの世を去ってからもう十年近くになる。それからお父さんは男手ひとつで涙ぐましく私を育ててくれて、自分で言うのも何だけど可愛いくて性格の良い子に成長したんじゃないかと思っていた。
「どんな人?」
「ちょっと説明しずらい」
「あっそ。で、いつ会わせてくれんの?」
「今日」
「はっ?」
- 119 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:15
- 「今日、この後で家に来てもらうことになってるんだ」
何だそりゃ、と私は唇を尖らせる。私の都合も聞かずにセッティングするなんて。一人娘の立場としては美容院にも行っておきたかったし、こんな普段着じゃなくもっと良い服を着て待ってたかったのに。って言うかそれより。
「それだったら、その人も一緒にみんなで外に食べに行けば良かったのに」
「お父さんもそうしたかったんだけど」
「だけど?」
「仕事で遅くなるし、外で会うのは嫌いなんだそうだ」
何だそりゃ、と私は今度は首をひねってみた。思い出したようにテレビを見てみるともう番組は終わる直前で、手を振っているふたりの司会者が映っていた。
- 120 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:16
- 夕食が終わってお父さんがやけにそわそわとしてる中でピンポン。とベルが鳴り私のちょっとだけドキッとする。来た。私達はとりあえず服だけよそいきに着替えてみたりしていて、こんなところは親子だなって思ってしまう。
「絵里はそこで待ってなさい」
ちょっと上ずったお父さんの声に、私はこくんと頷き返す。手で髪を抑えてみたりしながら待っているとお父さんが戻ってきてその後ろには―――あれ?
「紹介するよ。こっちが一人娘の絵里。中学二年生」
お父さんの後ろに隠れそうなほど小さいその体その顔。見たことある。ちょっと待って。うそでしょ。じゃなきゃドッキリカメラだよ。だって。
- 121 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:17
- 頭を下げられて私もあわてて立ち上がり頭を下げ返す。そんな私の頭の中ではいろんな思いが回り回っててぐるんぐるんと音が聞こえそう。
「そしてこっちが、絵里は大好きだからすぐわかったと思うけど、モーニング娘。の―――」
「初めまして。高橋愛です」
ぷつん。見なれた顔から響く聞き慣れた声。本物だった。それと同時に私の中で何かが切れた音も聞こえた。思いだけじゃなくて目に映るすべてまでぐるぐると回り出して私は―――。
「絵里ちゃん?」
「絵里?」
こてん。
- 122 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:17
-
ママはアイドル
- 123 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:18
- 「そんなこったろうと思ったよ」
目覚まし時計から聞こえるベルとカーテンの隙間から洩れる光に起こされた私は、天井を見ながらそうつぶやいた。そうだよ夢に決まってる。そりゃ高橋愛ちゃんと一緒に暮らせれば嬉しいけどさ、うちのお父さんのようなオジさんと結婚なんかするわけないじゃん。
「やばっ。お父さんのお弁当作らなきゃ」
ベッドから跳ね起きると急いでワンピースを脱ぎ捨てて制服に着替えた。シャツのボタンを留めてスカートをはき胸のリボンを結んだところで気付いた。あれ?
「何で私ってばワンピースなんか着て寝てんだ?」
- 124 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:19
- まさかと私は部屋を飛び出す。階段を駆け降りながら何となく薫るおみそ汁の匂い。小気味よく響く包丁のトントンと言う音。まさかまさかまさかまさか!
「あ、絵里ちゃん、おはよ」
「おはようございます」
まさかの通りだった。台所でセーラー服にエプロンを着て朝ご飯を作っているのはまぎれもなく国民的アイドルグループのひとり、きれいで可愛いくって私の大好きな――。
「愛ちゃん」
私がそう呼ぶと憧れのアイドルはちょっと照れたように微笑みを浮かべて言った。
「あんな、お母さん、って呼んで欲しいんやけど」
- 125 名前:あい5 投稿日:2003/10/10(金) 21:19
-
川 '-'||
- 126 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 22:40
- ……作者さんなぁいくつなんか聞いてんよか?
とても面白いです。
- 127 名前:あい6 投稿日:2003/10/17(金) 21:05
-
「彼女と彼女のソネット」
「略してカノカノ」
- 128 名前:あい6 投稿日:2003/10/17(金) 21:06
- 「高橋さん聞いてもらえますか?」
「ほえ?」
「私またあの夢を見ました」
「あの夢って?」
「夕焼けに染まった田んぼのあぜ道を歩いてるあの夢」
「初めて聞いたんやけど」
「そうでしたっけ?」
「亀井ちゃん大丈夫?」
「おかげさまで何とか」
「うちは何もしとらんよ」
「話を続けても良いですか?」
「まだ続くんかや?」
- 129 名前:あい6 投稿日:2003/10/17(金) 21:07
- 「私は自転車に乗らずになぜか手で押して歩いてるんです」
「続くんやね」
「そして学校鞄を持ってて私も制服を着てるんです」
「学校に行くんやろか?」
「夕焼けですってば」
「って言うか別に普通の夢みたいなんやけんど」
「ここからが不思議なんです」
「ほえ」
「私が田んぼの水を覗き込むと私の顔が映らないんです」
「もしかして怖い話?」
「ちょっとだけ」
「おぉう」
「苦手ですか?」
「がぜん興味がわいたやよ」
- 130 名前:あい6 投稿日:2003/10/17(金) 21:08
- 「映るのが高橋さんの顔なんです」
「それが怖いの?」
「怖くないですか?」
「げんこで殴ってええ?」
「もう一ヶ月くらい毎日この夢なんです」
「それは怖いかも」
「怖いですよね」
「って言うか亀井ちゃんが怖いやよ」
「夢じゃなくてですか?」
「連続で夢を見る亀井ちゃんが」
「どう思います?」
「亀井ちゃんを?」
「私の見た夢を」
「自転車に乗らないで押しているのが鍵なんやろか」
「関係ないと思います」
- 131 名前:あい6 投稿日:2003/10/17(金) 21:09
- 「なんか懐かしいやよ」
「やっぱり」
「うちもあぜ道を通って通学してたから」
「実は昨日はじめて他の人が夢に出て来たんです」
「誰やの?」
「高橋さん」
「またうち?」
「にそっくりな人」
「うちよく亀井ちゃんと雰囲気が似てるって言われるやよ」
「高橋さんのお母さんって右目の下にほくろありますか?」
「あるけど」
「私もよく高橋さんに似てるって言われます」
「その話はもうええから」
「自分から振ったくせに」
- 132 名前:あい6 投稿日:2003/10/17(金) 21:10
- 「うちのお母さん見たことないよね?」
「私が思うにですね」
「それでうちに話そうと思うたんや」
「いえもう話したと思ってたんです」
「何を思うたの?」
「通学路からの景色って夕陽が杉の林に隠れませんか?」
「うちの質問にいっこも答えてないんやけど」
「隠れますよね?」
「隠れるやよ」
「私は過去の高橋さんを夢見てるんだと思うんです」
「はぁ」
「もうちょっと驚いた顔してくださいよ」
「そう言われても」
- 133 名前:きゅうじゅうよん 投稿日:2003/10/18(土) 23:30
- 久しぶりに読まさせてもらいました
全ての話が途中で終わってるよ〜な??
取り合えず
黙って展開をみてみます
期待してますよ
- 134 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 12:27
- 途中でも充分だー。面白い。続き期待。新作も期待。
亀高いいなー。
- 135 名前:あい6 投稿日:2003/10/21(火) 20:56
- 「はいもしもし」
「亀井ちゃん朝早くごめんやよ」
「ろうしました?」
「もしかしてこの電話で起きた?」
「あたりれす」
「なんか辻さんと話してるみたいやよ」
「たーいじゅーけーのってなんじゃこりゃなんじゃこりゃ」
「歌うと似とらんね」
「もしかして絵里いじりするだけの電話ですか?」
「急に起きたやね」
「実は高血圧なんです」
- 136 名前:あい6 投稿日:2003/10/21(火) 20:57
- 「うちも見たんよ」
「何をです?」
「夢」
「宝塚に入りたいってのですよね?」
「将来の夢やなくて」
「夢なんか眠ればみんな見ますよ」
「亀井ちゃんさ二週間くらい前にうちになった夢見たって」
「今でも見てますよ」
「うちも見たんよ」
「高橋さんになった夢をですか?」
「うちがうちになった夢を見ても普通やよ」
- 137 名前:あい6 投稿日:2003/10/21(火) 20:58
- 「そう言えば聞きました?」
「もしかして他の人も夢見てるって話でも?」
「じゃなくて私達が一緒に歌う話」
「さくらでやろ?」
「三人だけらしいですよ」
「ほえっ?」
「誰になった夢を見たんです?」
「そんなことより三人で歌うって何?」
「偶然つんくさんの会話を盗み聞きしちゃったんですけど」
「それ本当に偶然?」
- 138 名前:あい6 投稿日:2003/10/21(火) 20:58
- 「高橋と亀井と星井で何か歌わせたいって言ってました」
「おぉお」
「すごいですよね」
「ちょっとまって星井って誰?」
「星井七瀬さんですって」
「なっちゃん?」
「恋愛いちご何とかって曲を聞いてて思ったらしいです」
「それは単なる雑談かと」
「私はあり得ると思いますよ」
「話を元に戻していい?」
- 139 名前:あい6 投稿日:2003/10/21(火) 21:00
- 「宝塚に入りたいってところまでですよね?」
「それは亀井ちゃんが言ったことやよ」
「前に高橋さんが言ってたことじゃないですかぁ」
「そんな昔の話じゃなくて三分前くらいの話」
「からかってみちゃいました」
「亀井ちゃんってそんな子だったんだ」
「秘密ですよ」
「言っても誰にも信じてもらえなさそうやよ」
「誰になった夢を見たんです?」
- 140 名前:あい6 投稿日:2003/10/21(火) 21:00
- 「亀井ちゃんって放課後は毎日駄菓子屋に寄ってたやろ?」
「小学校はそうでした」
「やっぱり」
「亀井ちゃんのお母さんも右目の下にほくろがあるやろ」
「あります」
「こないだ話を聞いてからうちも見るようになったんよ」
「私になってるんですか?」
「今日はじめて鏡に顔が映ったら亀井ちゃんやったわ」
「なんか不思議」
- 141 名前:あい6 投稿日:2003/10/21(火) 21:03
- 「でもお母さんと亀井ちゃんって似てないんやね」
「父親似なんです」
「まだうちの夢見てるって亀井ちゃんさっき言うたよね?」
「私の父には興味なしですか」
「その話はまた今度聞くから」
「こないだは修学旅行に行く夢でしたよ」
「下校中以外も夢に見とんの?」
「高橋さんに話した日くらいからですかねぇ」
「本当に不思議やぁ」
「若いのに皇居とか国会とか見にいかないでくださいよ」
「ごめんね田舎もんで」
「渋谷とか原宿とか行かなくて良かったんですか?」
「きっともうすぐそれを後悔する夢が見られると思うやよ」
- 142 名前:あい 投稿日:2003/10/22(水) 20:46
- 140の内容ですが「やっぱり」の後に「あれ?それってつまりもしかして?」を追加してください
すみません・・・
感想をくれる方、ありがとうございます・・・
とても励みになります!
- 143 名前:あい4 投稿日:2003/10/23(木) 20:56
-
凍える息吹
小さな船にぎっしりと人が積まれている。肩をすぼめた男や乳飲み子を抱えた女が
所狭しとひしめき合っていた。その瞳には共通して生気がなく、この船旅の辛さと
この船旅の後の辛さを想像させる。
そんな人波の中、この場所に不似合いな少女が居た。小さな荷物を胸に抱えじっと
黙って耐えている。側に立つ男がちらと少女に目を落とす。可哀想に。俺は出稼ぎ
だかこの子は売られたんだろうな。だがそれも一瞬で、男も自分のこれからを思い
陰うつな気持ちに戻ってしまった。
「見えたぞ!」
誰かの声に皆一斉に顔を上げる。肩をすぼめた男も乳飲み子を抱えた女もこの場に
不似合いな少女も。
「あれが“悪魔の居城”。」
「ヴェルヒデンズガーデンか。」
寄せて返す波の遥か向こう、霧がかった大陸と山、そしてその山の上にうっすらと
見える城のような形。登っても辿り着けず、街から消えた人々が連れ去られる先と
噂される場所。
誰もがさらに表情を曇らせるが、先程の少女だけはその城を美しいと感じていた。
ヴェルヒデンズガーデンから瞳を動かせない少女は、名前をエリと言った。
- 144 名前:あい4 投稿日:2003/10/23(木) 20:57
- 船を降りたエリは仏頂面の男の後を付いて歩く。荷物を持ってもらえる事も無いし
お気に入りのワンピースをほめられる事も無い。ましてや空腹を訴えてもじろりと
一瞥されただけで何か食べ物が与えられる事も無かった。
歩く途中、このあたりには珍しい黒の長髪と切れ長の瞳を持ったエリに道行く人の
ぶしつけな視線が集まる。その度にエリはうつむきじっと唇を噛んだ。
どれくらい歩いただろう。大通りを抜けてだんだんと街並は汚れて行く。路肩には
物乞いも増えてアルコールの匂いがする。
「ここだ。」
一軒の宿屋のような場所の前で男が言った。回りにふさわしく薄汚れてどことなく
すえた臭いが漂っている、とエリは思った。アルコールとは明らかに別の臭いだが
その正体がエリにはわからなかった。
「お前みたいなガキがこんなところで働くなんて可哀想にな」
そう言う男の顔はにやにやと笑っている。
「恨むなら親を恨めよ。」
「いません。」
「はっ?」
「ふたりとも事故で死んじゃいました。」
- 145 名前:あい4 投稿日:2003/10/23(木) 20:58
- それを聞いて男は声をあげて笑う。心の底から楽しそうに見えた。
過酷な仕事をさせられる覚悟は決めたつもりのエリだったが、胸に沸き上がる嫌な
予感がますます大きくなっていった。まだ十四歳のエリはこの見知らぬ土地で唯一
口をきいた目の前の男と少しでも長く会話して目の前の建物に入るのを伸ばそうと
考えていた。しかし。
「時間だ。」
その幼くて浅はかな考えは無情に撃ち破られた。子供とは言えエリにもこの場所が
どんな場所かだんだんとわかりかけてきた。しかしそんなはずない、と自分に言い
聞かせて耐えている。
「行きな。」
「嫌。」
「じゃあ舌でも嚼み切るんだな。」
びくっ、と上げた目の前では男が真顔で睨んでいた。エリはゆっくりと荷物を持ち
上げるとのろのろと歩を進める。男も今来た道を引き返し始める。
建物の扉に手をかけたところでエリは男を振り返った。しばらくじっとエリは男を
見ていたが、男が振り返る事はついになかった。
- 146 名前:あい4 投稿日:2003/10/23(木) 20:59
- ドアを開けて中を覗き込むと、外見から想像がつく通りに汚れた中身があった。
ひび割れたガラス、ところどころ欠けたシャンデリア、しおれた草花の活けられた
花瓶。そして中を覆うむっとする臭いにエリは顔をしかめた。
「あのっ。」
呼び掛けても返事はなくて、エリはもう一度声を出した。
「すみません。」
誰も居ないのかな、とエリが思った瞬間。
「カラスか?」
廊下の奥のドアが開き、ずんぐりした猫背の男が現れた。薄くなった頭に無精髭を
撫で付けるその仕種にエリは生理的な不快感を憶えて眉をしかめる。
「あの、私。」
「黒い髪に黒い瞳、カラスじゃなきゃ何だってんだ?」
近寄って来た男がエリを上下から舐め回すように見て言った。吐息の臭さ怖さとで
エリはうつむいてしまう。
「安心しな。カラスが良いって物好きも居るから、お前も飯にはありつける。」
- 147 名前:あい4 投稿日:2003/10/23(木) 21:00
- 男は不意にエリの腕を掴んだ。そのまま引きずるように部屋の奥へと連れて行く。
「あの、自分で歩けますから。」
もちろん男は手を離す事なく、さっき出て来た部屋の扉を開けエリを押し込んだ。
そこは殺風景な部屋で木製の棚がひとつと継ぎ当てされたソファがひとつ、そして
中央にはやや大きめのベッドがあった。
「きゃっ。」
男が勢いをつけて手を放すと、エリの体がベッドに倒れ込んだ。手荷物の鞄が開き
中身が散らばる。
「何を―――。」
言いかけたエリの言葉は男を見て止まってしまう。温度の無い冷たい目。ぞくりと
した震えが走った。怖い。怖い。
「このまんまじゃ『商品』にならねぇからな。カラスなんて抱きたかねぇけど。」
伸ばされた手がワンピースの襟にかかる。嫌だ。嫌だ。嫌だってば!
「痛ぇ!」
手首に嚼みついたエリの頬に男の平手が飛んだ。ベッドから転げ落ちる。叩かれた
側の瞳から涙が流れた。口の中も切ったようで血のあじがする。ぶれていた視点が
やっと定まった時にエリは、さっきこぼれた荷物の中のひとつが目の前にあるのに
気付いた。迷わず手に取ったそれは―――髪切り鋏。
- 148 名前:あい4 投稿日:2003/10/30(木) 20:48
- 「なめやがって。ただで済むと思うなよ。」
そんな声が聞こえて男の手がエリの肩にかかった。それがスイッチ。ベッドの上に
引き戻そうとする力に体を乗せて男の懐へ入ったエリは、素早く鋏を持ち替え刃を
開くとその片方だけを男の口に突っ込んだ。エリの唇が釣り上がる。
じゃきり。
そんな切断音と低く大きな悲鳴が響いた。男は耳の付け根まで裂けた右頬を抑えて
うずくまっていて、その様子を見ながらエリは不思議な高揚感を味わっていた。
切ってやる。
もう片方の頬にも鋏を入れてやる。
しかし鋏の刃から血がエリの手に垂れた瞬間、そんな思いは遥か遠くへと消えた。
鋏を指に握ったまま、まだ唸り声を上げている男の体を飛び越えてエリはドアへと
駆け出した。
「あっ。」
伸ばした右手がドアに届くと同時に左手首が掴まれる。しかしエリが掴まれた手に
鋏を刃を立てようとすると、その手はびくっと離された。エリはその隙を逃がさず
部屋を飛び出して行く。
エリの顔にはずっと唇の端が釣り上がった笑顔が張り付いていた。
- 149 名前:あい4 投稿日:2003/10/30(木) 20:49
- だいぶ走った。立ち止まった瞬間からエリの脚はがくがくと震え始めて、その場に
座り込んでしまう。まだ鋏を握っていた事に気付き、道端へと投げ捨てた。
「うぇぇ。」
息切れの合間に上がる吐き気を抑えきれず、吐瀉物をまき散らす。すでに胃の中は
空っぽで黄色い液体がこぼれた。そしてもう一度、吐いた。
どうして。
どうして私が?
息と吐き気が治まると、今度は涙が流れ出した。ちょっと前までのエリは暖まった
ベッドで寝起きし、母の手作りの食事を家族で囲み、何となく良いなと想っていた
男の子も自分の事を悪く想ってないらしいなどと友達から聞いて騒いでいたのに。
今のエリは見ず知らずの汚い路地でうずくまり、吐瀉物を前に涙を流しているのに
誰一人その存在を見つけてくれる事もない。
エリは涙を拭こうと右手を持ち上げ、はっと気付いた。右手には筋となって流れた
男の血が固まっていた。そしてそれだけではない。まだ人の頬を切った感触までも
残っていた。
「ふえっ。ふええっ。」
エリはじっと右手を見つめたまま、拭く事なくぼたぼたと涙をこぼしていた。
- 150 名前:あい4 投稿日:2003/10/30(木) 20:50
- 時間が流れ陽も傾き街並も西日で赤く染まる頃。すでに涙は止まってながらも己の
吐瀉物の側でうつろに座り込んで居たエリは、ひとつの結論に辿り着いていた。
帰ろう。
友達と住み慣れた家があるあの街に行けばきっと私は助けてもらえる。だから私は
絶対に帰る。物を盗んででも、他人を傷つけてでも、お金を手に入れてもう一度、
今度は出て行く船に乗るんだ。
そんな決意の元に手のひらを握るのとほぼ同時、エリの体がびくんと波打つ。遠く
かすかに見えた黒っぽい青の服に、ごくんと唾を飲む。あれはきっと。
警官。
ワンピースの崩れた襟首を直しながら立ち上がったエリは、逃げようと二歩程走り
出した後で引き返す。投げ捨てた鋏を拾ってから今度こそ振り返らずに走り始めた。
「はぁっ、はぁっ。」
全速力で路地を走り抜けるエリにぴくりとも感心を示さない物乞い達。だがエリも
またそんな未来を諦めた物乞い達から感心を消していた。
- 151 名前:あい4 投稿日:2003/10/30(木) 20:50
- 脚には自信がある。勢いを落とさないまま走り続けてると、徐々に建物もまばらに
なり道の馴らしも荒くなってきた。大きく呼吸を繰り返しながらエリは考える。
このままどこまで逃げたらいいのか?
エリは視線を上げる。船の上では大人でさえ怖がっていたあの場所へ逃げれば良い
のではないだろうか。誰も追って来ないのではないだろうか。
ワンピースの裾が風を受けて広がる。それでも速度を落とさないようエリは必死で
歩幅を広げて走っていた。
走れども近付く気配のないその場所へ。誰も近付けないなら、ここの居場所のない
私こそその場所に行けば良い。それに私は第一印象ですごく気に入ったんだから。
ここでやっと振り返る。
追ってくる人影ははるか後方で、それでもエリは速度を落とさない。濃い霧の彼方、
うっすらと揺らぐ尖塔を掲げた―――ヴェルヒデンズガーデンへ向かって。
- 152 名前:あい4 投稿日:2003/10/30(木) 20:54
- ―――誰か来る。
完全に光の閉ざされた部屋の中で、ひとりの少女がそっと瞳を開いた。寝台の上で
ゆっくり上半身を起こし、顔に落ちた髪を手でかきあげる。
―――久し振りやよ。
ぺたぺたと歩き出す少女は裸だったが、右手を持ち上げた瞬間に透明な何かが体を
包み、それが漆黒に染まる頃にはドレスの形に整えられていた。立ち止まりドアに
手をかける。開いた隙間から射し込む夕陽にちょっとだけ顔をしかめた。
バルコニーに出て街を見下ろす。目を凝らすと、ここを目指してるのか一心不乱に
走ってくる少女が見えた。街からはこの城を隠す程に濃い霧がこの城からはまるで
存在してないかの様にはっきりとバルコニーに居る少女はエリの姿を捕らえていた。
その状態が一分程続いた頃、バルコニーの少女が右手を持ち上げる。その手の平の
上に小さな水の球体を造り出すと、空に浮かべた。ぱん、と破裂するとそれは霧に
変わりヴェルヒデンズガーデンをより一層包み隠した。
―――ほなね。
興味を無くした様で少女はバルコニーから部屋へと戻って行く。寝台まで歩く間に
ドレスは消えて少女はまた裸に戻り、仰向けに体を横たえそっと瞳を閉じる。
彼女こそが村人の恐れる悪魔の居城の主だった。整った顔立ちにほっそりとした体、
見た目は十七、八の少女のそれでありながらはるか昔から数え切れない程の歳月を
ヴェルヒデンズガーデンで過ごしている彼女は、名前をアイと言った。
- 153 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:08
- 立ち入り禁止の看板を乗り越えてやっとエリの脚は速度を落とした。
しばらく歩き続けると斜度も上がり草木が茂り出す。限界。疲労と
空腹が精神を押しつぶし、エリはどさりと座り込んだ。
なるほど。
結構歩いたつもりなのに、あの城は近付く気配も無い。手を伸ばし
緑濃く生う葉を一枚そっと散切ると、エリはその上に溜まっていた
雫を口へと流し込んだ。一瞬すぅっとした感覚が舌に広がるけれど
やはりまた一瞬で消えた。エリは手にした葉を眺めて考える。次の
瞬間、その葉ごと口の中に含んだ。
「うぇっ。」
くちゃくちゃと何度か噛んでみるが、あまりの青臭さに吐き出す。
だめだ。これでも一番おいしいそうな外見の葉を選んだのに。
陽は総て沈み青い夜の闇が包み込む。
それでもエリが恐怖に潰されずに済んだのは、動物の咆哮は羽音と
いった他の生き物の気配がまったくなかったからかも知れない。
手にしっかりと握られた鋏を、指を一本ずつ開けるようにして離す。
自由になったそれを地面に突き刺すと、エリは膝を抱えてその上に
頭をもたれて目を閉じた。
- 154 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:09
- アイはあの少女に戻る気配がないのを不思議に思っていた。
子供が勇気を試しに来たり一時的に逃げ込む事も昔はよくあったが
最近では立て札が立てられた為かそれも無くなって、しかも大方の
場合が怖くなり一時間も居ないで出ていってしまっていた。なのに
少女は帰る素振りも見せないどころか、このままここに泊り込んで
しまいそうに思えてならない。夕方に城を包み隠したマナの効力は
あと三日を持たせられるから発見される事は無いにしても。
もしアイが呼吸をする体であれば、ため息をついた事だろう。
―――人間には関わりたくないんやけど。
アイは右手を上げる。また透明なゆらぎがその裸の体を包むように
まとわりつくが、今度はドレスではなく動きの取りやすそうな黒の
レオタードのような服へと変化した。腹部で上下に分割されて胸と
腰を覆い、手足にも黒いブーツと肘までの手袋が装着されている。
そしてその整った顔も半分程がゴーグルで隠された。
―――ずっとおられるのも迷惑やしな。
バルコニーへ出たアイは森へ向けて耳をすます。吐息のリズムから
少女が寝静まった事を確認すると、柵に手をかけひょいと飛び越え
真下の闇へと落下する。着地する寸前でくるりと体を回転させると
音も無く降り立った。
- 155 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:10
- 駆ける事しばし。うねった大樹の根元でアイは、その手足を小さく
折りたたむ様にして眠っている少女を発見する。足音も呼吸の音も
立てないアイの存在に、少女は起きる気配もない。泥のようにとは
こういう事だと言わんばかりに眠っていた。
―――んっ?
アイは少女の体の異変に気付く。その右手に固まった血、着ている
ワンピースに所々飛び跳ねている血、そして地面に刺さった鋏にも
同じように固まった血がついている。
―――なるほどやよ。
子供じゃない。犯罪者。アイはそう結論を出す。犯罪者がこの森に
逃げ込む事は少なくはない。その場合アイはこの森へと捜査の手が
伸びる前にその犯罪者を森から出してしまう。脅かすだけで帰って
くれれば良いが、帰らない場合には記憶を消して街へと送り返す。
殺す事はなかった。街で言われてる様にアイの方から人間をここへ
連れて来る事もなかった。
人を殺してるとすれば、脅かしたところで少女は帰らないだろう。
アイは記憶を消す方の選択肢を選んだ。右手にはいつ造ったのか、
鋭い針のようなものが握られている。
アイはうずくまり眠る少女の頭を左手でそっと掴むと、ゆっくりと
顔を起こす。涙の流れた跡に土ぼこりがついた汚い顔が現れそして
その瞳が開いた。
- 156 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:11
- 頭が触られて目を覚ますと、エリの前には顔を隠した女性が居た。
「誰?」
そう訊いても返事はなく、ただその唇がにっこりと笑みを浮かべて
いるように見える。もの凄く近くに顔がありながら、なぜか呼吸を
感じない。エリはもう一度訊いた。
「誰なの?」
「アイ。」
柔らかく耳へと響く声と共にアイは右手を持ち上げる。こめかみの
横で止まったその手に視線を移すと、先が尖った針のようなものが
握られてる事に気付いた。エリの顔から血の気が引く。
「殺すの?」
「殺さへんよ。」
そんなやりとりで目の前の女性は現実だと認識される。そしてその
声は若く、自分とさほど変わらない年齢ではないかと判断できる。
エリは左の針と正面の顔に交互に視線をさまよわせていた。
「じゃあ、どうするの?」
「記憶を消すの。」
「記憶を?」
訊きながらエリは座った姿勢のまま後ずさりする。下がった分だけ
アイも近寄って来て、差は広がらない。針はずっとこめかみの横に
固定されたまま。エリの手は地面を這い続けている。
「そうやよ。おめぇが気持ち良く森から出てけるようにな。」
- 157 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:12
- 「あなたはここに住んでるの?」
目の前の少女はこくんと頷いた。人さらい。人ごろし。人でなし。
色々な言葉がエリの頭をめぐる。そして開かれた口から出た言葉は。
「私もここに一緒に住んで良い?」
「えっ?」
突然の質問にアイがきょとん、とした瞬間だった。じゃきんという
音と針を持つ右手に冷たい何かめりこむ感触。いつの間にか小指の
付け根にぱっくりと傷が出来ている。アイはゴーグルの奥で整った
顔をしかめた。痛くはないが手が不格好になってしまった。
「嘘。」
目の前の少女が唇の端を上げて笑う。でも一瞬だけで笑みは消えて
その顔はますます青く変わった。
「何で血が流れないの?」
「流れてねぇからな。おめぇの名前訊いてえぇか?」
アイはゴーグルを上げると、笑顔をつくり訪ねる。愛想よく訊いた
質問の答えは、しばらくしてからかすれるような声で帰って来た。
「エリ。」
「可愛い名前やね。お帰り。もう人を傷つけたらいかんよ。」
改めて右手をエリのこめかみに添えた。その手からまるで冷気でも
出ているかのようにエリの全身に凍えが走る。エリは観念した様に
目を閉じた。涙も流れ出す。
エリには少女が可愛いらしい女の子に思えた。なのに噂通りだった。
人間じゃなかった。本当に悪魔の居城だった。エリの中でぷつりと
何かが切れた。
- 158 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:13
- 「殺して。」
「殺さへんよ。」
アイは静かに首を振る。でもエリは繰り返し頼み、その都度アイは
丁寧に断った。静かな問答が何度か続いた後。
「私、帰る所なんて無い。」
その言葉にアイは反応を示した。その態度から表情から嘘じゃない
と確信する。この子は本当に行く所が無いんだろう。アイがそっと
エリのこめかみから針を降ろすと、ひくひくと泣きじゃくりながら
エリは話し始めた。
両親が突然に事故で死んでしまった事。親戚の家で疎ましがられた
事。おそらく騙されて売春宿に売られてしまった事。そこで襲われ
かけて抵抗して鋏で男の人を切った事。この地で死んでも誰も私が
エリだと解らない事。私の死が遥か遠くの友達に伝わる事も無い事。
「ここに来て名乗ったのだって、さっきが初めてだった。」
「そっか。」
話の間、アイはじっとエリの瞳を見ていた。もし嘘があればそれを
嘘と見抜こうとしているかのように。話が終わった後でもしばらく
アイはエリの瞳を見ていたけれど、やがて口を開いた。
「わかったやよ。」
エリの体ががくりと崩れた。倒れた背中からはアイの右手にあった
針の先端が覗いて月光を反射する。躊躇いなく殺したアイはエリの
見開かれたままの瞳を閉じると、先程まで生きていたのが嘘の様に
だらんとしたその体を腕に抱えて歩き出した。
- 159 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:14
- 本来ならいつものように記憶を消して街へと追い返すべきだろう。
しかしアイはそうはしなかった。この幼い少女だけに罪を償わせる
気にならなかった。アイに抱えられたエリはだらりと首筋や胸元を
晒け出している。覗く喉元はまだ生への名残を表すかのように淡く
色づいていた。月明りが美しく照らしアイはじっと見入ってしまう。
―――本当に。
アイが選べたエリの未来は三つあった。ひとつは記憶を消して街へ
返す事。もうひとつは殺してしまう事。最後のひとつは隷属として
死とも生とも交わらない存在に変える事。
―――本当にまだ幼いのに。
それは。
単なる偶然、気まぐれ、運命の歪み。
ヴェルヒデンズガーデンへの帰路に着く途中で、アイはエリのまだ
張りの残る喉元へ舌を這わせる。尖った歯をそっと肌に立て弾力を
楽しんだ後でずぶりと噛んだ。瞬間、エリの体がぴくっと痙攣する。
真夜中の森にずずと液体をすする音がかすかに響いていた。
- 160 名前:あい4 投稿日:2003/10/31(金) 20:15
- 目を覚ましたエリはゆっくりと体を起こした。見慣れない石造りの
壁にきょろきょろしていると。
「おはようやよ。」
声の先には漆黒のドレスを着た少女が居た。見覚えあるようなない
ような顔にエリはちょっとだけ悩む。
「アイ。」
「アイ?」
「そう。それがうちの名前やよ。初めまして。」
いくつかの記憶が消されて曖昧になったエリは、照れながらアイの
微笑みと挨拶に答える。可愛い人だなと思いながら。
「エリと申します。どうも。あの、ここは―――?」
「ヴェルヒデンズガーデン。ここは今日からエリの家やよ。」
「私の?」
エリを改めて辺りを見回す。広い部屋。石を敷きつめた床。遥かに
高い天井。壁を飾る燭台。部屋を照らす暖炉の炎。それらをエリは
とてもきれいだと思った。
「素敵です。こんな所に引き取ってもらえるなんてとても嬉しい。」
「こちらこそよろしくやよ。ねぇ、それ素敵なワンピースやね」
アイの最後の言葉にエリの顔がぱっと輝いた。
「はい!これってお母さんの手作りで一番のお気に入りの―――」
凍える息吹 了
- 161 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:11
-
『Dream Shift』
- 162 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:11
- 小学校の頃の夢は怪盗。
黒いレオタード黒いブーツと黒い肘までの手袋に身を包み
猫の耳としっぽを揺らしながら夜の街を飛び回る。
暗闇でも見渡せるよう暗視用のナイトスコープをつけて
お金持ちの悪人から盗んだものを貧乏な善人へと届けるの。
先生も友達も笑ったけど、私は本気で目指してた。
- 163 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:12
-
何かがあるって、ずっと信じてた。
- 164 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:12
-
自分の未来を変えてしまう何かが。
地球の未来まで変えてしまえる何かが。
- 165 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:12
- 英語の授業中、亀井絵里は窓の外へと意識を飛ばしていた。
広がる青空。校庭では他のクラスが体育の授業で徒競走。
その向こうには校門があり、さらに向こうには生徒達の住む
家々が並んでる。つまり見慣れた景色が広がっているだけ。
でも。
指先でくるくる器用にマーカーペンを回しながら、でもきっと
と絵里は外を眺め続ける。
目に映る景色はいつも同じだけれど、目に映らない景色では
何か変わったことが今まさに起きてるに違いない。そして
授業が終わる頃には何くわぬ顔で元に戻ってるに違いないんだ。
絵里はそんなことを想像してひとり微笑みを浮かべていた。
- 166 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:13
- 「絵里やばいよ、寺田先生にらんでたよ」
「うっそ」
「あんな大胆によそ見してるんだもん」
放課後。部活動をしていない絵里は小学校からの友達である
田中れいなと道重さゆみと一緒にそんな会話をしながら、
鞄に教科書やノートを詰めて帰り支度をしていた。
「げげっ」
「絵里ってばまたあの変な空想してたんでしょ」
「見えてないとこでは変なことが起きてるって?」
「相変わらずだよね。よし行きましょ」
「うぃっす」
れいなとさゆみが笑いながら鞄を持って歩き出す。その後ろ
唇を尖らせながら絵里が後を追った。
「変なとか言わない」
- 167 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:14
- 「日常に不思議なんてそんな転がってないよ」
そう言い残してれいなは手を振りながらトイレへと消える。
待って私もとさゆみが後を追う。絵里は壁に寄り掛かり
ちょっとの間の待ちぼうける。胸のスカーフをさわりながら。
「夢は見なけりゃ始まらないの」
なんて誰にも聞こえないように呟いてみる。
公園を走り回らなくなり男とか女とか気にするようになり
セーラー服を着るようになり流行を追いかけるようになり
絵里の夢物語につきあってくれる人は居なくなってしまった。
親友のれいなやさゆみですら話こそ聞いてくれるものの
真面目に取り合ってくれることはない。
- 168 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:15
- 「モーニング娘。のオーディションは受けるくせに」
絵里達はこれからカラオケに行き、ハンディカメラで
オーディション用に歌のビデオを撮影する予定だった。
メンバー募集のオーディションに三人で応募しない?
そう提案したのは絵里だったが、れいなもさゆみも今じゃ絵里
以上に乗り気になっていた。トイレには他に人は居ないのか、
その証拠に聞こえる鼻歌はモーニング娘。のハモリだった。
「変なの」
壁によっかかったまま伸びををする。絵里にして見れば
遥か遠い芸能界のオーディションを受けるのも、自分の
居ない場所では何かが起きていると思うのも同じだと言うのに。
信じて行動することこそが夢と現実を交差させる一歩目だと、
絵里は思っていた。
- 169 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:15
- ふと。
絵里は風を感じた。どこからと視線を向けるとその先には
閉じられた非常ドア。って閉じてるのになんで風?
トイレかられいな達はまだ出て来ない。絵里は期待を込め
わくわくしながら非常ドアへ近寄ると、その取っ手に指を
かけた。
閉じたドアから吹きつける風の謎を解いてあげる、なんて
想いながら開いた非常ドアの向こうには知らない女の子が
立っていた。しかもおかしな格好で。ってあれ?違う?
黒いレオタードに耳にしっぽ、そして頭にゴーグル。
間違い無い。
絵里は呆然とする。その姿は間違いなく小学生の頃に夢見て
創りあげたヒロイン―――怪盗そのものだった。
- 170 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:16
- 絵里と謎の少女が、きっかり二秒、見つめあった後で。
「誰?」
「亀井絵里ちゃん?」
ふたりの言葉がかぶった。そしてそのきっかり二秒後。
「そうですけど」
「エー・アイと申します」
またかぶった。そして二秒後にもう一度。
「エーアイ?」
「アイって呼んでや」
またまたかぶる。
絵里は改めて下から上へとアイを眺めた。私の夢見た怪盗が
こんな格好だったってこと、誰かに話したっけか?
やがて上げた視線が猫のような瞳にぶつかる。ドアの向こう側で
にこっと微笑むアイの顔の可愛いさに絵里はどきりとしてしまう。
―――あの、どうしてその格好を?
そう絵里が口を開こうとした瞬間、がちゃりと別のドアが開いた。
- 171 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:16
- 「絵里お待たせ」
「非常ドアなんか開けてどうしたの?」
れいなとさゆみの声に振り返った。ハンカチで手を拭き拭き
こちらに近寄って来るふたりに絵里がえっとと切り出す。
「風を感じてここを開けたらこの人が居て―――」
「この人って?」
「誰も居ないじゃん」
ふたりの返事に振り返ると確かに非常ドアの向こうには誰も
居なかった。がらんとした校庭が広がるだけで、どこかに
隠れるスペースがあるわけでもないのに。
「消えた?」
絵里は瞬きをする。声に振り返るたった一瞬で消えるなんて。
「とうとう幻覚まで見ちゃったみたいですよ、さゆみさん」
「これは重病ですねぇ、れいなさん」
親友ふたりが腕を組み頷きながら語り合うのを気にも止めない。
絵里はさっきまでアイが居た場所から目が離せなかった。
ぞくりとした感覚が背中をつたう。唇がにやりと上がる。
もしかしてあの風も。
- 172 名前:あい7 投稿日:2003/11/08(土) 10:17
-
探していた何かに出会ってしまった?
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/08(土) 14:59
- おもしろそう☆
更新楽しみに待ってます!
- 174 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:27
- 手のひらの上でビデオテープをくるくるともてあそびながら
絵里は自分の部屋へと階段を上がる。口ずさむ鼻歌も軽快に
運ばれるステップも、ちょっと前に親友ふたりと
カラオケボックスで録画したモーニング娘。の曲だった。
「たーいじゅーけーのってなんじゃこーりゃなんじゃこーりゃ」
部屋に戻ったらさっそくオーディション応募用の履歴書を書かなくては
などと思いながら両足をそろえてジャンプするように階段を上り終え、
自分の部屋のドアをあける直前。また風が絵里の頬を
撫でていった。
んんっ?
気にしながらもドアノブをつかむ手の動きは止まらない。
がちゃと音を立てて開けたドアの向こう、絵里の部屋の
中には学校の非常ドアの向こうに居た少女、アイが勝手に
ベッドの上でマンガを読んでいた。
「おかえりやよ。なぁなぁこれ面白いやなぁ」
絵里は言葉につまってしまう。また会える気はしてたけど、
こんな形で再会するとは夢にも思わなかった。というか
あれから眠ってないし。
- 175 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:27
- 「また来たんだ」
絵里は勉強机のいすに後ろ向きに座った。背もたれに腕と
顎を乗せてベッドに視線を向けると、ねっころがったままの
アイに言う。
「さっきは何んも話せなかったからな」
「話って?」
そう訊く絵里の胸はだんだんドキドキと弾んできている。
振り向いた一瞬で姿を消した少女がまた目の前に現れても
気味の悪さとか得体の知れなさとかより何かが起こりそうな
予感にわくわくしてる自分を抑えられない。
「亀井絵里ちゃん。おめぇは日本代表に選ばれたやよ」
「へっ?」
マンガを読んだまま顔も上げずにさらりと言うアイ。でもその
突拍子のない内容に絵里は聞き返さずにはいられない。
「日本代表?いったい何の?」
「ふぅ。面白かったわぁ」
ぱたんと本を閉じ夢見心地でつぶやくアイにはまるで届いて
いないよう。さすがの話の飛び具合に不思議大好きな絵里も
そんなアイの態度にちょっとムカムカしていた。
「答えてよぉ!」
- 176 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:28
- ベッドの上でアイが体を起こす。絵里を見つめるその猫の目が
ぐるりと一周したかと思うと瞬間で周りの景色は変わっていた。
空。
真下からのすごい風。絵里の目の前ではアイもその長い黒髪を
なびかせながら笑顔をたたえたまま浮いている、と言うか落ちている。
ふたりそろって。
「ええぇぇぇ!」
しかし落下はすぐ終わった。どすんという音とともにしたたか
腰を打ち付ける。絵里の横では一緒に落ちたアイがやっぱり同じ
ように打った腰を手でさすっていた。
「いたたたた」
「何?なんで空?ってかここどこ?」
「空って今、自分で言うたやん」
「どこの空かって意味だよぉ」
真っ黒い小さな空間。申し訳程度に五本の柵があるだけ。下には雲と
その切れ間からは小さな緑の大地が見えるけど、豆粒くらいの大きさで
現実味がなく足がすくむこともない。
「あれあれ。あの赤いのが絵里ちゃん家やよ」
絵里は柵と柵の間からアイの指さす先を覗く。言われると確かに
そんな気がした。そして絵里は学校の非常ドアの向こう、アイが突然
姿を消した理由に気付いた。
- 177 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:28
- 「ねぇ、ここどこ?」
「今説明したばっかや。絵里ちゃん家の上空やよ」
「じゃなくて!」
自分の家の遥か上空、小さな真っ黒の広場。この場所がわからない。
風を感じるからどこかの中ではない、かと言って動いてないから
飛行機の翼の上ってわけでもない、気がする。
「今私達が何の上にいるのかってこと!」
「ほれ」
アイが絵里の後ろを指さす。そっと振り返った絵里の目の先には
自分達の居る黒い場所からずっと伸びている黒いパイプがあった。
その先を目で追うとはるか上空まで続き、首が痛くなるほど見上げた
先の存在に絵里は声を洩してしまう。
「何?あれ?」
顔があった。両の瞳に鈍く光りを讃えた大きな顔がこちらを見ている。
そしてふと気付く。自分達が今居る場所が、右手である事に。
「ロボット?」
「当たり」
絵里が振り返る。アイはにこにこと微笑みを浮かべていた。
- 178 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:28
- さすがの絵里の頭の中もぐるぐると回り始める。このロボットは
何だろう、地球代表と関係あるんだろうか、そもそも何でこの子は
私しか知らないこの格好をしてるんだろう、ってかもしかしてこれって
事故にあって昏睡状態の私の妄想だっりするんだろうか?
「いやいや地球人は夢がないやつばっかりやなぁ」
アイが首を振りながらつぶやく。
「絵里ちゃんしかうちらを信じてくれへんのやもん」
「どういうこと?」
「うちが見える人しか、こいつのパイロットになれないんやよ」
パイロット。
絵里は一瞬ぼぉっとする。聞いた事あるなその言葉。何だっけ。
パイロで切るんだっけパイで切るんだっけ。いや違う。一言の言葉で―――。
「パイロットぉ!」
そう叫んでぽかんと口を開けたままの絵里にアイはこくんと頷く。
ひとさし指を口にくわえながら。
- 179 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:29
- 「名付けて勝ち抜きふるさと大作戦!やよ」
かっこわるい名前だな、と思いながら絵里は聞いている。
「うちらの仲間の刺客を全部で十人送り込んでな勝ち抜き戦するがし」
得意げに話すアイはぺらぺらと言葉を止めない。
「優勝したらなんと!絵里ちゃんに地球をプレゼントやよ」
「はぁ」
もう言葉は絵里の理解を越えて遥か遠くに行ってしまっていた。
地上から数キロメートルの上空、吹き付ける風の中でただただ
呆然とするばかり。モーニング娘。のオーディション用の履歴書を
書かなきゃいけないことを思い出したりする。
「そして戦うために絵里ちゃんに与えられたマシンがこいつです」
アイがさっと手を延ばす。絵里は床をこんこんと叩く。硬いけどこれは。
「夢?」
「違うやよ」
「じゃあどっきりカメラとかだ」
「本当の話です」
こわばった笑顔で訊く絵里に真顔で首を横に振るアイ。
「何のために―――」
「銀河連盟が出した結論」
- 180 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:29
- 聞きなれない言葉をアイはさらりと口にする。絵里が聞き直す余裕も
与えない。
「このたび連盟は地球を統一思想化しようと結論を出しました」
絵里の頭の中で少しずつジグソーパズルの欠片となったアイの言葉が
形になり始める。現実味は無いけど話の中身は解ってきていた。
「私達の存在を信じられる絵里ちゃんを君主とした国家にするか」
「滅ぼしてしまう、か?」
「わぁさすがに順応が早いなぁ。でもさすがにそこまではせぇへんよ」
アイが手で口を抑えてころころと笑う。本当に可愛らしいと絵里は
思った。思ったが、それとこの事態とは別だ。
「じゃあどうするの?このロボットが戦って負けたら」
「連邦の自治領とさせていただきます、やよ」
「夢なら醒めてよ。って言うかもっと偉い人に話してみてよ」
「銀河連盟にこんな小さな星の代表の意見を聞けなんて言わないでよ?」
ちょっとうんざりそうなアイの声。おや?と絵里は首をかしげる。
「戦争にならないだけましだと謙虚になって欲しいがし」
- 181 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:30
- 急にずずっとアイが絵里に顔を寄せた。絵里はびくりとその場で跳ねる。
「絵里ちゃんいくつ?」
「じゅうよん」
「ふぅん」
それだけの事で絵里の心臓がさっきまでとは違う風にドキドキし始めた。
近くで見ると本当に整っている。そして猫のようにくるくる回る瞳が
絵里の心にひっかかりを覚えさせる。
「ねぇ。何でその格好――」
「アイって言うたやろぉ?」
「どうして、あの、アイちゃんはそんな格好してるの?」
「かっこええやろ?うちが考えたんや。この猫の耳としっぽがポイントな」
「へっ?」
嘘だよ、と絵里は思う。それは私が小学生のときに考えた怪盗の
コスチュームなんだから。
「違うよ。それは私がずっと前に考えたコスチュームだもん」
「へっ?」
驚いた顔でアイが言う。ただでさえ見開き気味の瞳がもっと開いていた。
- 182 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:30
- 「それは嘘やぁ。だって絵里ちゃんと会う前から着てたもん」
ぷくっと頬を膨らますアイ。物凄く先進してる星から来たわりに子供っぽい
そんな仕種に絵里のほうが折れる。
「うん。じゃあ、それでいいや」
「それでいいって何か気になるけど、って事なんで頑張ろうね」
ぽんぽんと叩かれる絵里の肩。しっかりと感触があって、やっぱり夢じゃ
ないのかも知れない。
「うちがついてるんやから初戦で負けるなんてきっと無いはずやよ」
「それは助かるよ」
あははははと絵里が力なく笑った瞬間、アイは高らかに宣言した。
「ではこれより勝ち抜きふるさと大作戦を開催します!」
キュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイ。
「今から地球時間で一時間の後、地球上すべての国に広報を開始!」
小さく響く機械音。
それが何の音かときょろきょろする絵里はアイの中から聞こえていることに
気付いた。もしかしてアイもロボットなんだろうか?
- 183 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:31
- 「アイちゃんもしかして」
絵里は自分の居る場所を指差しながら訊く。
「これと同じ、ロボットなの?」
「そうやよ。うち名前ちゃんと言うたやろ?聞いてなかったなぁ」
あっ。
「エー・アイってもしかして」
「その通り。アーティスティック・インプレッション。略してエー・アイやよ」
「それはスケートの芸術点。アーティフィシャル・インテリジェンスでしょ?」
「あらら。勉強が足りなかったかな?」
頬を赤らめて頭を掻くアイ。それがロボットだなんて絵里にはまったく思えない。
そもそもそのなまった言葉はどこで学んできたんだろうか?
「じゃ絵里ちゃんの部屋に戻ろっか」
「え?あぁ、うん」
言われて絵里は急に寒さを感じ始めた。両腕を抱えて首をすくめる。
「広報までの一時間、もうちっとマンガ読みたいからな」
軽くウィンクしながら微笑みを浮かべるアイ。
絵里にはそれが格好通りの怪盗と言うよりは小悪魔にしか思えなかった。
- 184 名前:あい7 投稿日:2003/11/20(木) 21:32
- 誰にも聞こえないような小さな声で絵里はぼそぼそと口ずさむ。
「なんじゃこーりゃなんじゃこーりゃ」
- 185 名前:まりも 投稿日:2003/11/21(金) 18:52
- 面白いっす!!
絵里たんもあいごろも可愛いw
続きを期待して待ってマス!ドキドキw
頑張って下さい!
- 186 名前:なち 投稿日:2003/11/28(金) 21:04
- お久しぶりです。
- 187 名前:いちさんさん 投稿日:2003/12/05(金) 22:48
- >>186
お久しぶりでつ。
いつの間にやら更新がこんなに!!
自分がチェックしてないとゆう説もありますが…w
あとでじっくり読まさせてもらいます
- 188 名前:あい5 投稿日:2003/12/06(土) 20:25
-
川 '-'||
- 189 名前:あい5 投稿日:2003/12/06(土) 20:27
- 「仕事のほうは高橋愛のまま続けるつもりやよ」
私が訊いた質問なのに、愛ちゃんはお父さんに向かって「ねっ」と首をかしげた。「あぁ」なんて渋い顔で頷くお父さんに私はちょっとカチンとくる。
「それはそうと愛ちゃんは」
「おかーさん、やよ?」
にっこり笑顔だけどちゃんと訂正を求めてくる愛ちゃん。でも呼べないよ。昨日まで憧れのアイドルで年齢もたった三つしか違わないセーラー服姿の女子高生に向かってさ。私はとりあえずそのまま話を続ける。
「もしかしてうちに泊まってったの?」
ややあってコクンとうなづく愛ちゃん。そしてそのまま顔は伏せたっきり。
「だったら無理矢理にでも私を起こしてくれれば良かったのに。一緒にお話とか―――」
ちょっっっっっと待った。
- 190 名前:あい5 投稿日:2003/12/06(土) 20:28
- 愛ちゃんは昨日の晩、うちに泊まってった。そして気絶した娘は起こさなかった。えっとそれって、と私は視線を顔を伏せた愛ちゃんからうちのお父さんに移す。お父さんは朝ご飯を冷静に口に運んでいるようでその頬を真っ赤にしていた。つまり昨日の夜、このふたりは。
「さいってぇ―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」
私は立ち上がり叫ぶ。
「お父さん何よそれ!だって娘と三つしか歳かわんないんだよ!ロリコンじゃん!」
「そんなこと言わんの!それに夫婦なんやから普通やろ?」
「フツーじゃねぇよ!このエロ親父!愛ちゃんに何てことすんだよぉ――。ふぇ―――ん」
やばい。もうだめ。視界がぼやけて涙が止まらない。これから学校だってのに私は着替えた征服の胸に遠慮なくぼたぼた涙をこぼしていた。
「愛ちゃんは愛ちゃんなんだから!お母さんなんて絶対!呼ばないからね!」
私は乱暴にイスを片付けると、どかどか階段を登り自分の部屋に閉じこもった。
- 191 名前:あい5 投稿日:2003/12/06(土) 20:29
-
川 '-'||
- 192 名前:あい2 投稿日:2003/12/06(土) 20:29
- 【5 三銃士の忠誠はたった独りの姫君に】
3メートルはあろうかと思われるレンガ造りの門を超えて、きれいに刈られた
緑を横に感じながら石畳の道を歩くことしばし。5階建ての時計塔と、それを
中心に羽を広げた鳥のような形の校舎が見えて来る。
私立ハロプロ女子高校。
文武に秀でその名前を近隣に轟かせるこの学校は歴史も古く、ここに通う生徒達は
その白を基調とした制服からこのように呼ばれる事もある。
―――天使達、と。
- 193 名前:あい2 投稿日:2003/12/06(土) 20:30
- 登校時間なこともあり真っ白の服を着た生徒達がぞろぞろと校舎の中に
消えて行く中でひとりだけ、石畳の端を目立たないように歩いている生徒が居た。
周りの生徒達が爽やかに挨拶を交わしあう中でその少女だけ、やや俯き加減の
姿勢のまま静かに静かに歩いている。
少女は靴箱に手をかけると一度深呼吸をして、片目をつむりながらゆっくりとした
手付きで靴を取り出した。靴は軽く、真っ白だった。
良かったぁ、何もされてなかった。少女は靴を手にほっと息を吐く。
高橋愛。
私立ハロプロ女子高校1年A組出席番号27番。両親を突然の事故で亡くした彼女は
親戚の石川家に引き取られ、そこの独り娘の梨華の通うハロプロ女子高校に
転校する事になった。
- 194 名前:あい2 投稿日:2003/12/06(土) 20:31
- 転校から早2ヶ月。福井の田舎で明るく延び延びと育って居た愛は、急な環境の
変化とその訛りをからかわれてのイジメにあって、すっかりその明るかった性格を
内に潜めていた。友達も梨華しか居なかった。
自分の前では明るい姿を見せているけれど、部屋では涙を流している愛に気付いた
梨華は自分の親友――弱味を握って言う事を聞いてもらってる関係――に
影ながら愛のボディガードを頼む事にした。
「影ながら?」
「何で?」
「あんた達3人が味方だって知れたら愛ちゃん、嫉妬でもっといじめられちゃうよ」
「あぁ」
真希と亜弥と美貴が同時に納得のため息を吐く。忘れてた。そう言えばこの女って
結構下級生に人気あったんだっけ、と3人はお互いの顔を見合わせながら思う。
いったいこんな女の何がそんな良いんだ?とも思ったがそれも口には出さなかった。
- 195 名前:あい4 投稿日:2003/12/06(土) 21:30
-
そして私達は深く深く永遠を超えて眠り続けよう
それはあまりに突然で、私は言葉をかける余裕もなかった。エリが
体が熱いと言って私達がそんな感覚を持つわけがない、と笑いかけ
ようと思った瞬間のこと。エリは霧になって消えた。
「エリ?」
呼び掛けても答えはなくて、私は倒れ込むようにソファに腰掛ける。
まるでマナから造り出したものの最後のように消えたエリに、私は
想いをはせる。エリを出会った時を、遥か昔を思い出そうとする。
- 196 名前:あい4 投稿日:2003/12/06(土) 21:30
- 返り血を浴び怯えた瞳をしたエリと共にヴェルヒデンズガーデンで
過ごしてどれ位の月日が流れたんだろうか。陽の沈むのも月の満ち
欠けも私達は数え切れない程一緒に眺めてきた。出会いの時に子供
だった人間達はもう孫を抱える歳になってなっているだろう。
この結末は純血種とそうで無い者との差なんだろうか?
「ねぇエリ。」
誕生した時からヴェルヒデンズガーデンで育った私はエリと一緒に
過ごした時間より独りで過ごした時間のほうが遥かに、遥かに長い
はずなのに、今の私はそれすらも信じられない程に空虚だった。
- 197 名前:あい4 投稿日:2003/12/06(土) 21:30
- 私は立ち上がり両手を空へと掲げる。長いソファを丸いテーブルを
白いクロゼットを私の服を元の姿へ、マナへと戻した。
ぺたぺたと歩を進めて階段を降り、辿り着いた扉を開くと私は使い
慣れた寝台へ向かう。扉を閉じると全く光りの射さないその部屋の
中で体を横たえ瞳を閉じた。
「私さ、眠ろうと思うんやよ。」
エリはどうなってしまったのだろう?生や死を超えた私達は最後に
どこへ行くのかわからない。ただ私達が別れるような事だけはない、
何の根拠も無いけれどそう思っていた。
- 198 名前:あい4 投稿日:2003/12/06(土) 21:31
- 独りでは広すぎるこの場所でエリの言葉が私の頭をかすめる。
―――アイって私達の国では“愛おしむ”って意味なんだよ。
―――ほえ。じゃあエリはどういう意味?
―――エリには意味がないの。だからアイが羨ましいな。
私はそうっと手を動かして目尻をこする。濡れていた。私がまるで
人間のように涙を流すなんて驚きだ。やがてその右手に流れた涙は
マナのように消えて無くなった。
「うちもこうなるんやろか?ならえぇけどな。ねぇエリ。」
そうしたらきっと同じ処に行ける。ヴェルヒデンズガーデンを出て
エリの居た国に。
「おやすみな。」
- 199 名前:あい4 投稿日:2003/12/06(土) 21:32
- ―――そこで生まれたエリの名前には意味あらへんの?
―――そうなの。おかしいでしょ?
―――なんか変やね。
―――ねぇ。もし生まれ変わるとしたら私の国になれば良いね。
―――何で?アイって言葉に意味があるから?
―――うん。
―――でもうちらは死なないから生まれ変わることもないよ。
―――だからもしもだよ。そして人目を避けて過ごすような事もしないの。
―――人前に出るってこと?
―――そう。例えばふたりで歌ったりとか踊ったりして。皆に愛されて。どう?
―――エリが良いなら良いよ。
―――じゃあ決まり!もしもの時は歌って踊ってお互いを探しましょうね。
そして私達は深く深く永遠を超えて眠り続けよう 了
- 200 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:27
-
『The Perfect End Of The World』
- 201 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:29
- 【あい1 あい】
「タカハシさん!タカハシさん!」
看護士さんが私の体を揺さぶるのを、私は上空から見ていた。
起きないよ、だって私はここに居るんだから。そう伝えてあげたかったけど
私は声を出すことも出来ず、伸ばした手は看護士さんの体を突き抜ける。
華に囲まれたベッドに眠る年老いた私の腕を取り、看護士さんが脈を計る。
やがてそっとその腕を戻すとナースコールボタンを掴んだ。その時―――。
「高橋愛」
上空から聞き慣れた声がして私は振り返る。また、会えましたね。
「なつみさん」
「おいで」
その言葉と共に伸ばされた手に向かって伸ばす私の手に皺はなかった。
手と手が触れる。さっき看護士さんには触れられなかったのに。
「どこに行くんですか?」
「わかってるくせに」
上へ向かう途中、がたんと音がして振り返る。老いた私の体に覆いかぶさる
ように看護士さんが倒れていた。眠っているように胸がすぅすぅと上下してる。
壁を通り抜け外へ出る。するとあちこちで患者さんやお医者様が倒れている
のが目に入った。
「なつみさん、あれは―――?」
見上げるとそこには優しい笑顔。私も微笑みを返す。そうですね、私達には
もうすべてが関係ない。ただこのまま登って行くだけですよね?
- 202 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:29
- 【あい2 チャーミーズエンジェル】
カンタンの声を三人同時に洩らした。
「姫ってば本当にアイドルになれちゃったねぇ」
「ねぇ」
真希の心からの言葉に亜弥が頷く。イジメに立ち向かう強い精神力を作るために
彼女達が勝手に送ったモーニング娘。オーディションに合格した愛は、テレビの
中で自慢のステップと声を披露している。
「まったく。あのオドオドしていた姫とは思えない」
そう呟く美貴の顔には笑みが浮かんでいた。
「はいみんな、お茶が入ったよ」
「ありがと。姫と一緒に申し込んだけど書類選考で落ちちゃった石川梨華さん」
「もうそれは忘れてよぉ」
梨華のため息まじりの言葉に亜弥、美貴、真希が笑い声を立てた。
テレビの中では愛が先程の曲でまだ歌い踊っている。四人はまるで自分の娘を
見るように瞳を細めて画面を眺めていた。
- 203 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:29
- 【あい3 月面軟着陸】
ハヤバヤと自分の着替えを済ませた私は、亀井ちゃんのブラウスのボタンを外し
新曲の衣装を着せてブーツをはかせる。
「はい。目を閉じてやよ」
亀井ちゃんの正面に座り吐息を感じながら、その頬にファンデーションを塗り
眉を描き髪をセットする。
「はい、終わり」
そう言って私は背中を向ける。亀井ちゃんは裾をぎゅっと掴んでにこりと
笑うのが背中越しでも確認出来た。準備オッケー!
1列になってスタジオへ向かう私達のこの光景に、もうさくら組のメンバーも
スタッフさん達もすっかり慣れたようで何事なように挨拶してくれる。
本番5分前。
「頑張ろうね」
「はい」
それを合図に私の背中から亀井ちゃんの手が離れた。でも前と違ってその
笑顔にもだいぶ余裕が感じられて、私は何だか誇らしい。
私は昔の私に、前の私の義理の娘に、たっぷり愛情を込めた微笑みを送った。
- 204 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:30
- 【あい4 ヴェルヒデンズガーデン】
シセンを街から遥か上の山に移すと、頂に風雨にさらされて朽ちかけた
城が見える。深い霧に閉じ込められたその場所はいまだ誰独り足を踏み
入れることのないまま、ただひっそりとそこにあった。
城の中には何もなく、ただ中心に石の寝台と、その上に真珠で作られた
かのような少女の裸身がねそべっているだけ。指先一つ動かさず呼吸で
胸を上下させる事もない体からは生命の息吹こそ感じないものの生死を
超えた輝きを放っていた。
突然の振動。
城の壁はがらがらと音を立てて崩れ少女の体に陽の光があたる。すると
その体の表面に無数のひびが走り、ぱん、と霧散した。
砕けた欠片は粉になり霧になり空気になって散らばり、風にのって流れ
街へ落ちた。
やがて街では眠りから起きず、そのまま死を迎える奇病が流行り始めた。
- 205 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:30
- 【あい5 ママはアイドル】
アッケナイな、と火葬場から登る煙を見ながら思う。愛ちゃんがお母さんになってからたった2ヶ月でお父さんは亡くなってしまった。しかもお母さんと同じく交通事故で。
「絵里ちゃん」
呼ばれて振り向くと位牌を持った愛ちゃん。真っ赤な目をしながらも気丈に微笑みを浮かべてる。私は愛ちゃんに近寄るとその体を位牌ごと抱きしめた。
「愛ちゃん」
「ごめんな、うちがもっとしっかりしてればきっと」
「愛ちゃんのせいじゃない。愛ちゃんこそこの若さで未亡人になって」
「なってへんよ」
えっ?突然の言葉に私が顔を上げると泣き笑いのような顔。
「『絵里が愛を認めて、お母さんと呼んでくれたら籍を入れよう』って話やった」
愛ちゃんの言葉は私の頭をぐるぐる巡る。
「じゃあ」
「そう。うちと絵里ちゃんはまだ他人」
背中に回した私の手をそっと離す愛ちゃんに怖くなり慌てて「お母さん!」と叫ぶ。
「もっと早く聞きたかったわ」
くるっと踵を返し歩き出す愛ちゃんは、何度呼んでも振り返らなかった。孤独。私は誰とも血の繋がりがなくなった。息苦しさを憶えながらも私は背中に向かって叫ぶ。
「私、そっち行く!モー娘。のオーディションを受けて愛ちゃんの世界に行くよ!」
返って来たのは笑いを含んだ声と横顔。
「待ってるやよ」
- 206 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:31
- 【あい6 彼女と彼女のソネット】
「イヤしかし亀井ちゃんがあのロボット大暴れ事件に関わってたなんて驚き」
「秘密にしといてくださいね」
「言っても誰も信じてくれへん思う」
「あの頃にやってたモー娘。オーディションで受かったんです」
「もう夢のおかげで亀井ちゃんの過去にかなり詳しいやよ」
「私なんてたまに自分の過去と高橋さんの過去がごっちゃになりますもん」
「ほんでななんで急に電話したかって言うと」
「私の懐かしい想い出話を話すためですか?」
「あんなあっし明日から写真集の撮影でどこに行くと思う?」
「スタジオ?」
「なんと!ヴェルヒデンズガーデンに行くんよ」
「あの私がロボットで戦っててぶっ壊しちゃったお城ですよね?」
「安倍さんも昔に撮影に行って美しさに感動したらしいんやよ」
「うぅ罪悪感が」
「なぁお土産は何がえぇ?」
「おかーさんが無事で帰って来るなら何もいらないよ」
「嬉しいけどもううちじゃないお母さんがおるんやからお母さん言わないの」
「今のお母さんも愛ちゃんも私のお母さんだから」
「ほぇ」
「ふたりっきりの時はたまに呼ばせてね?おかーさんって」
- 207 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:31
- 【あい7 Dream Shift】
アット言う間の1週間だった。巨大化安倍さんロボや巨大化チワワ型ロボといった
可愛さに訴えてくる10体のロボットを遺跡などに多大な被害を与えつつも倒した私は、
地球最初の君主になってしまった。
ちなみに宇宙連邦で行われていたトトカルチョでは私が全部勝ち抜くのは最高倍率の
10247.5倍だったそうだ。賭けてた人は大儲けだね、そりゃ。
君主となった私がした事は3つ。
今まで通りの地球にしていて欲しいという事、今回の事件に関して地球人から
宇宙連邦の記憶だけを消して巨大ロボットが大暴れしてた位に変えて欲しいという事、
そして私とれいな、さゆみの3人をモーニング娘。のオーディションに合格させて
欲しいという事。
最後のをズルいとか言いっこなし。だって愛ちゃんと同じ場所に早く行きたかったし、
地球のために10回も戦ったんだからそれくらい良いじゃない?ねぇ。
ずっと一緒だったアイちゃんとの別れは淋しかったけれど、宇宙連邦と私の橋渡しの
彼女はたまに現れては私を驚かしてくれる。
ふいに感じた風にドアを開ければそこにほら―――黒猫の耳としっぽが!
- 208 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:32
- 【あい8 The Perfect End Of The World】
イマ地球上ではたったひとりの女性、亀井絵里だけが瞳を開いているという事を
絵里自身も知らないでいた。平日でも混み合う街のスクランブル交差点で、
折り重なるように何百人もが倒れている不思議な景色が広がっている。
存在自体は遥か前から知られていたこの、眠ったまま死んでしまう病気、は
ここ数日で急速に蔓延し世界中を包んでいた。
「ごめんなさい」
絵里は空を見上げ呟く。こうなった原因はきっと私達にある。この世の中で
もっとも大事なものをおろそかにし続けてきた罰がくだったんだよね?
宇宙連邦の下した裁きなのか、地球そのものが下した怒りなのかは解らないけど
私達は反省の意味を込めて受け入れるべきだと思う。
「今度また新しく生まれ変わる時は『あなた』の為に生きようと思います」
絵里はその場にくたりと崩れると、ゆっくりと瞳を閉じた。抑え切れない眠りを
感じながら頭の片隅で思う。
世界でもっとも大切なあなた。高くて、堅くて、確かなもの―――それは。
- 209 名前:あい8 投稿日:2003/12/07(日) 17:32
-
あい
The Perfect End.
- 210 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/07(日) 19:43
-
- 211 名前:なち 投稿日:2003/12/07(日) 20:02
- 愛は確か+愛は堅し+愛は高し
- 212 名前:sage 投稿日:2004/01/06(火) 21:57
- ho
- 213 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/06(火) 21:58
- すまん
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/23(火) 04:29
- 読んだ
頑張った
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/26(金) 14:54
- パーフェクトだ。すごい…
- 216 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:46
-
- 217 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:48
-
最も美しき姫君をいただきに参ります。
予告状は破って捨てて良いよ。でも最後まで読んでよね。
怪盗ブラックジャック
- 218 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:49
- 大西洋の真っ只中。波をかきわけて進むは豪華客船、クイーンナカジェリーヌ
二十四世号。その三等デッキの船首では、おっきいのとちっちゃいのが両手を
広げ空を飛んだ気分になっていたりする。
「ジャック!私、飛んでるわ」
「ジャック言わないのエース。正体がばれちゃうでしょ」
夏。
さらさらの風が心の中でささやくブルースカイの下、ジャックと呼ばれた背の
高い女が目で叱ると、エースと呼ばれた背の低い女はキャハハと笑った。
- 219 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:50
- そんな船首の二人を遠目に、一等デッキで一人の少女が羨望のため息をついた。
「ねぇ執事。私に恋が来ないのは私がクイーンだから?」
「いいえ」ちょっと子豚を思わせる執事がそっと首を振る。「どんなに不景気
だって恋はインフレーション、ですぞ」
それを聞いてクイーンと呼ばれたちょっと魚を思わせる少女がぷくっと頬を
ふくらませる。「じゃあ私にはどうして来ないのよ」
「この旅で見つけましょう」執事は優しい声を出す。「きっとクイーンも愛と
言う字を思い出すとき誰かの顔が浮かぶようになりますよ」
- 220 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:50
- 色々なお客を乗せる船の操縦室には大きな舵、センチメンタル南向きを示す
羅針盤、そして船内通信用の百を超す配管があった。しかし配管からは船員の
声ではなく、船首に立つでこぼこコンビの笑い声や恋を求めるクイーンの
ため息なんかが響いている。
「大嫌い大嫌い大嫌い大好き!みんな恋愛の話しかないわけ!」狛犬似の女の
怒りが爆発する。「ジョーカー!あんな予告状きっと嘘だわ!」
「キングってば聞き逃したね」ジョーカーと呼ばれた母さん似の女は冷やかに
笑うと、予告状を本当に破り捨てた。
「警察をなめるん――」指をエル字型に手を振りウィンク。「じゃない!」
- 221 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:51
- そして船を上げてのパーティーの夜、こっそり抜け出す影二つ。おっきいのと
ちっちゃいのは音を立てずに船底へと降りて行く。そこへ。
「どこへ行くつもり?」
狛犬が番犬のように立ちはだかった。キングと呼ばれていた女だ。
「トイレに行こうとして道に迷っちゃった」エースのキャハハ笑いが響く。
「この先には操縦室しかないわよ。怪盗ブラックジャックさん」
高笑いがぴたり、と止んだ。
「エースが口滑らしたからバレたんだ」
「ジャックだってオイラの名前言っただろ」エースは口をハート型に尖らせた。
- 222 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:52
- 「来るならパーティーのある今夜だと思った」キングはにやにやと続ける。
「ジョーカーの言う通りね。てっきり姫君ってクイーンだと思ったら」
ジャックは動きを止めている。エースはフーウーウーウーと口笛を吹いている。
「まさかクイーンナカジェリーヌ号そのものを狙うとはね」
やがてエースの口笛がハアアアアアアーとハミングに変わり次の瞬間。
「ディア―――――――――――――――――――――――――――!!!」
耳をつんざくフルボリュームで響き渡った恋の重低音に、キングはがくりと
ひざをついた。薄れゆく意識の中、キングは華麗に耳栓を投げ捨てるエースの
姿を見た。やられたわ。後は頼んだわよジョーカー。
- 223 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:52
- 「右。もうちょい右。そう、そこ」
「こう?」
ソファの上で頬を赤らめ手を組み直すクイーン。そしてその瞬間の輝きを
スケッチしているジョーカー。パーティーを抜け出した二人の時間は、一等
客室の中で静かに止まる。この夏の夜が淋しくないエンドレスサマーになる。
「ねぇジョーカー。恋と言う字を辞書で引く時、誰の顔が浮かんでくる?」
「おやおやもっと、刺激の強いのお望みですね?」
二人は顔を見合わせる。ワッハハハハと笑った。
執事と言えばパーティーで爪先立ちでダンスダンスするのだ。踊ろぜワイヤイ。
- 224 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:53
- 「おもかじいっぱぁ―――い。とりかじいっぱぁ―――い」
「キャハハ。次オイラね」
ジャックはくるくる適当に舵を取る。羅針盤もくるくる回ってる。エースも
けらけら笑ってて、そんな状態がしばらく続いた後で。
「ねぇエース」とジャックが指さす先には透明に輝く大きな壁。「あれ何?」
「ひょーざん、かな?」
「よぉし、クイーンナカジェリーヌで砕いて進もう!」
「バカ。船が壊れちゃうだろ」
「じゃあ壊されちゃう前に」
自爆装置です押さないように。と書かれたボタンをジャックはためらいなく
ぽちっと押した。「壊しちゃえ」
「あ――!オイラが押したかったのに―――!」
バクハツマデアトイチジカン。
- 225 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:54
- 「アなんだ?」
船内を揺るがす振動と警報で、執事は正気に戻った。逃げ惑う人々に流され
ながらきょろきょろと辺りを見回すもクイーンの姿はない。
「クイーン?」
執事の顔が青ざめる。そうだ、さっき話しかけてきたあの女。あの母さん似の
女と一緒に居るに違いない。探さなくっちゃ。
「私、走る。もう絶対逃げない!」
取り戻した使命感に燃える執事は、プレステのコントローラーを投げ捨てると
人波をかき分け歩くように走り出した。バクハツマデアトゴジュップン。
- 226 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:54
- 「おい、早くしないと沈んじまうぞ!」
「だってぇ、この宝石とか高かったんだよ」
もたもたと宝石をポケットに詰め込むクイーンに腕をジョーカーが掴んだ。
「そんなもの。生きていればまた手に入れられるさ!」
クイーンの手を引いたまま一等客室を飛び出すジョーカー。クイーンの瞳は
潤んでいる。ねぇ執事。叱られたって構わない。ジョーカーについて行くと
決めた、なのになぜか執事は居ない。そう言えばどこ行ったのかしら?
バクハツマデアトヨンジュップン。
- 227 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:55
- 救命ボート乗り場は我れ先に逃げようとする人々でごった返していた。暴動
寸前の状態を遠くから見守るおっきい影とちっちゃい影。
「ジャック。救命ボート乗れないかもね」
「しょうがねぇ。最後まで待つか。警察に会うのも嫌だし」
ジャックもエースもあわてない。無敵の怪盗ブラックジャックに敗北はないと
信じているから。止まない雨がないように、明けない夜がないように。
「ねぇジャック。無事に帰れたらいつものようにさ」エースがキャハハと笑う。
「うん」ジャックが微笑んだ。「モーニングコーヒー飲もうよ、二人で」
バクハツマデアトサンジュップン。
- 228 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:56
- 「狛犬が眠ってるわ」
クイーンの指さす先に見慣れた姿を見つけてジョーカーは駆け寄った。
「キング!」
頬を叩くこと数回。うぅん、とキングが目を覚ます。ぼやけた焦点が定まり
ジョーカーだと認識すると苦い笑みを浮かべた。
「ごめんジョーカー。ブラックジャック逃がしちゃった」
「そんなことどうだって良い。船が爆発する前に逃げなきゃ」
言いながらジョーカーはキングに覆い被さる瓦礫を取り除く。クイーンも
意外な怪力を活かして手伝っている。二人とも必死だった。
「逃げ遅れるわよ!二人だけでも逃げてちょうだい!」キングが涙ぐむ。
「バカ言わないで」クイーンが汗だくで言う。
「私達、永遠に三人でしょ?」ジョーカーが冷ややかに笑った。
バクハツマデアトニジュップン。
- 229 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:56
- 救命ボートは足りている。なのに起きようとする暴動。ジャックとエースが
憂いのため息をついたとほぼ同時だった。奇蹟が起きた。
「歌が聞こえる」
「うん、優しい音だ」
騒ぎは収まり譲り合いの雰囲気に包まれた。礼を返す余裕まで皆に生まれた。
ジャックとエースは歌声の主を見つめる。執事の服を着た娘が瞳を閉じて
声を振り絞っている。可愛いな、とエースはこんな状況なのに思ったりした。
「わがままな娘でごめんねマァザァァァァ」
故郷を離れた海の上、誰もが涙止まらない。ジャックとエースはお互いの顔を
見つめこくんとうなづくとコーラスとして参加し始めた。
「うちらも手伝う。ねぇ、すごく素敵な曲だね」ジャックがたたえる。
「ありがとう。全然売れなかったけどね」執事が天使の笑みを浮かべる。
「知ってる?」エースが真顔で言う。「オリコンの一位が全てではないって」
バクハツマデアトジュップン。
- 230 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:57
- ほとんどすべての人間が無事脱出し、船には六人だけが残された。そして
船上の救命ボートはあとたった一台だけ。
「クイーン?」執事がへなへなと崩れた。「まだ脱出してなかったんですか」
「執事を置いて逃げる訳ないでしょ。それに」ちらり、とジョーカーと
キングを見るクイーン。「一緒に助かりたい人達が居たから」
「素敵な歌声だったわ!貴方が居なかったらもっと被害が出てたわね!」
拍手するキングにジョーカーも続く。ジャックもエースも、そしてクイーンも。
執事は一瞬照れたけど、すぐに真顔になって言った。
「さあ皆さん乗ってください。このボート、定員が五名なんです」
六人は顔を見合わせた。バクハツマデアトゴフン。
- 231 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:58
- 時間が止まったような静寂が彼女達を包む。最初に口を開いたのは。
「ねぇ笑って」ジャックだった。「辛気くさい顔すんな。この船の船長は
一時間前くらいからうちらなんだ。そのうちらが命令する。お前らが乗れ」
「美しき姫君は」エースが続く。「最後の最後までうちらだけのものさ」
「貴方達はどうするの?」心配そうな顔で訊くクイーン。「死んじゃうわ」
「うちら無敵の怪盗ブラックジャック。死ぬ訳ないじゃん」
「夢だってあるしね。私の夢は笑いの絶えない生活。キャハハ!」
「あのぉ」
それまで黙っていたキングがゆっくりと口を開く。
「五人乗りでしょ。一人くらい増えても平気なんじゃない?」
キング以外の五人が手をぽん、と打った。
- 232 名前:あい1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:58
- 氷山に突き刺さった豪華客船が大爆発する。夏の夜と海を彩る明かりを、
ちょっとだけ深く沈んだボートから十二の瞳が見ていた。
「ひゃーきれいだねー」
「ほんと。あーあ、やっぱオイラが自爆スイッチ押したかったなー」
「アンタ達!無事助かったらすぐ逮捕してやるからね!」
「キングは仕事熱心だなぁ。私もうくたくた。お腹すいたよぉ。」
「私も。何だか全てがドーナツに見えちゃう。まる、まる、まるまるまる」
「そう言われても塩水しかありませんよ。はぁ早く助けが来ないかなぁ」
しばらくそんな状態が続いていて、やがて。
「船だわ。おーい!」
「こっちこっちぃ―――。聞こえないのかなぁ」
「あぁ、行っちゃうよぉ。やだぁ。助けてよぉ―――!」
「あわてないあわてない」
エースがゆっくり立ち上がる。ボートがぐらりと揺れる。空を見上げ叫ぶ。
「セクシ――ビ―――――――――――――――――――――――ム!!!」
夜を突き抜ける真夏の光線はまるで、たんぽぽのように光っていた。
- 233 名前:ai1999 投稿日:2004/04/24(土) 01:59
-
キャスト
無敵の怪盗のおっきいほうジャック:飯田圭織
無敵の怪盗のちっちゃいほうエース:矢口真里
かなり狛犬にそっくりな警察キング:保田圭
ちょっと母さん似の警察ジョーカー:市井紗耶香
ちょっと魚似の恋に恋するクイーン:後藤真希
クイーンに仕える子豚に似てる執事:安倍なつみ
クイーンナカジェリーヌ二十四世号:中澤裕子
パクリ元
タイタニック(映画)
ブラックジャック(ボツネタUPスレ)
安倍の場合BEAUTIFULDREAMER(もうひとりの紗耶香)
さようなら中澤先生。もうパクリしか書けない。
怪盗ブラックジャック 終
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/04(火) 14:09
- ボツスレから来ました。完成直後に読んだけど、どこにも感想書いてなかった!
面白いよ! またなにかやってほしい。
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