遠い日のうた

1 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年08月30日(土)15時51分05秒

ごっちん視点のいしよしごま、時期設定は2002年の夏です。
“卒業仕立て・片想い風味(ひっそりテイスト)”な感じの味付けになってます。

恋愛って・・・・どこからが?
ほんとうに微妙です。
それに女の子同士って、とっても面倒です。
その辺のところを美味く調理できればいいなぁと思います。


それでは、第1部“〜とうもろこしは、知っている〜”から始めさせていただきます。

2 名前:遠い日のうた 第1部 投稿日:2003年08月30日(土)15時54分37秒
****************************************

“〜 遠い日のうた 第1部 〜とうもろこしは、知っている〜”

****************************************
3 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)15時56分11秒


「ハッピー!」
あたしは、ピンクの後ろ姿を、ぼーっと見てた。
あ、髪の毛はねてる。

「どけよー、邪魔なんだよー」
「そうだよ、カメラ占領しやがって」
みんなに押しのけられても、意地んなってカメラにへばりついて。
「キショッ!」
それ言われて普通、そんな嬉しそうな顔しないって。
4 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)15時57分00秒

・・・・・・イタイよ。
ちょっと、ひいちゃうよ。
でも、なんか放っとけないんだよねぇ。
一生懸命になる姿を見れば見るほど、笑いたくなってきちゃう。


「あはーっ!」
おっきな声で笑ったら、思った通り、振り向いた。
「もう、ごっちん!」
いっつも、おんなじ反応。
眉毛が、ふにゃってなってる。

あたしはどんどん楽しくなってきて、もっと笑った。


****************************************
5 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)15時57分56秒


「あっ、あれゴマキじゃない?」
どっからか、声が聞こえた。
「ほら、モー娘。!」
別の場所からも、聞こえてくる。

やばい、もうバレたよ。
あたしは、ちらりと、帽子を目深にかぶったよっすぃと目を合わせた。
買い物はやっぱり、諦めるしかないみたいだ。

見つけるなよぅ、まだ何も買ってないのにさぁ。
この前もだったけど、今日もだよ。

6 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)15時58分49秒

「どうする、逃げる?」
よっすぃが耳元で囁いた。
「えー、走んの、やなんだけど」
「そりゃあ、走んのはヤダけどさー」
「シカトしてればへいきだって」
相談してる間に、周りはどんどん騒がしくなってくる。

7 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)15時59分23秒

「ざわざわしてきたよ、ごっちん・・・・」
よっすぃが大きな手を合わせながら、落ち着かなそうに言った。
「んー?」
「やっぱ逃げようぜぇ」
面倒くさいなぁ、走るなんて。

「うちらが逃げる必要とか、なくない?」
「うん・・・・ないにはないけどさ」
・・・・あは。よっすぃ、不安そうな顔してる。

よっすぃの心配性なとこ、好きなんだよねぇ。
よっすぃに付き合って軽くひとっ走りしてみてもいいかなぁ。
2人で、よーいドン!てのも結構、楽しそうかも。
ゴキゴキ首を鳴らした時。

「ゴマキー!!」
後ろから、ごっつい声が、あたしを呼んだ。
むかっ。


8 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)15時59分56秒


「・・・・ひぃ、マジ・・でキツイ」
「はぁ、ぬぉぅ・・・・くるし〜」
あたしとよっすぃは、肩でぜぇぜぇ息をしながら壁に寄りかかった。

結局、全速力で走るはめになっちゃった・・・・。
反射神経が良すぎるってのも、案外、困ったもんだね。
余計な体力、使っちゃったじゃん。損した。
けど最近、体なまってたし、ちょうどいいか。


「やっと普通にしゃべれるよー、苦しかった」
よっすぃが言った。
まだちょっと苦しそうに、脇腹を押さえてる。

9 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時00分26秒

勝った。
後藤のほうが、もっと前にしゃべれる感じだったよ。
・・・・しゃべっとけばよかったかも。


「あそこで振り向いたら、相手の思うツボだって」
不満そうに、よっすぃが言った。
「しょうがないじゃん、いきなし呼ばれたんだもん」
「つうか、単にムカついただけっしょ?」
「そう〜、んなことないよ」

「面倒とかいって、結局さー」
「あは、よっすぃごめん」
「よろすぃ」
よっすぃが、いかめしい顔で頷いた。
「ふはは」
「アハハハハ」

10 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時01分05秒

なんか元気になるんだよね、よっすぃといると。
よっすぃとは、いろんな趣味が、びっくりするくらい一緒で。
感覚っていうか、そういうのが似てるのかなぁ。

あと、意外とまめってとこも似てるし。
誕生日の時とか、超ラブラブメッセージカード付きのプレゼントくれたり。
よっすぃの演出って凝っててさ。
ほんと、嬉しくなるような渡し方なんだよねぇ。

11 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時01分59秒

「何ニヤついてんの、ごっちん」
「べっつに〜」
「とりあえず、一服しますか」
「おーっす!」
はりきってリュックに手を突っ込むと、よっすぃが叫んだ。
「ちょっと待った!」

「・・・・なに?」
「用心には用心」
言いながらよっすぃは、トイレの出入り口まで戻って、キョロキョロしてる。
「よっすぃ、余計アヤシイって」
「そうだけど、一応さ」
「個室入っちゃえば、誰だかわかんないんだしさぁ」
「まあ・・・・だよね」

12 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時02分40秒

キュッキュッ
あたしは、念入りに便器のフタを拭くよっすぃを見つめる。
きれい好きだよなぁ、よっすぃ。

ウェットティッシュ、いつも持ってるし。
磨きかたとか、腰まで入っちゃってるもん。
掃除のおばちゃんがやるより、ゼッタイきれいになってそう。


「これでよし」
ぱんぱん手をはたきながら、よっすぃが満足そうに言った。
「もう座っていいの?」
「どうぞ! どうぞ!」
「どうも! どうも!」

13 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時03分25秒

シュボッ
いつものように、よっすぃが火を付けてくれた。
「さんきゅ〜」
「ぷはー」
「んぷ〜」
2人で同時に煙を吐き出す。
極楽だなぁ。
ぼかぁ、こうしてる時が一番幸せなんだぁ、みたいな。

14 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時03分57秒

「運動の後の一服、最高じゃねぇ?」
よっすぃが、のんびりした口調で言った。
「うんうん」
「オヤジ入ってるよねー、ウチら」
「かなりね」

「実はさー、この辺に住んでんだけど」
「どこ?」
「この、片乳の辺り」
「あは〜、カタチチ? そうなの?」
「アハハ、マジで」

15 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時04分30秒

「ふぃ〜。疲れた」
あたしは全体重をよっすぃの背中にかけて、伸びをした。
「重っ! なんだよ、ごっちん」
肩を押さえながら、よっすぃが文句を言う。
「あはははは〜、楽ちんリクライニングぅ」
「今せっかく輪っか、作り途中だったのにさー」
「え、どれ?」

16 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時05分00秒

ぽっ ぽっ
よっすぃがリズミカルに口を動かして、空中に輪っかを作った。
「すげー。ほんとそれさ、どうやってんの?」
「ハハッ、どうって言われてもなー」

・・・・よっすぃ、何気に自慢してるな。
くそ〜、悔しい。
負けた。
後藤なんて、何年も練習してんのに。

17 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時05分32秒

「アンコール!」
「しょーがねぇ、手本見せてやるか」

ぽっ ぽっ

やっぱ見てるだけだと、簡単そうなんだけどなぁ。
どうやったら、よっすぃのみたいな輪っかになるんだろ。
リズムの問題かな。

ぽっ ぽっ
よっすぃに合わせて、口を動かしてみる。

18 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時06分03秒

「やってみ?」
よっすぃが得意げな表情で言った。
「んー。けど、なんか無理っぽい」
「簡単だからさー」

・・・・悔しいなぁ。
できないのにやりたくないけど、断るのもなぁ。
最初から負けを認めてる感じで、それもちょっとなんか。
しょうがないから、もう一回チャレンジしてみよう・・・・。

19 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時06分45秒

「ぼっ」
「強すぎ」
「ぽっ」
「おお、その調子だよ、ごっちん」
「ふふん」
なんとなく、コツつかんだかも。

ぽっ ぽっ

やばい。
マジでできるようになっちゃうかもな予感。
帰ったら練習しよっと。

ぽっ・・

20 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時07分25秒

「・・・・こんなのバレたら、マジでヤバくね?」
よっすぃが、輪っかを作るのを止めて言った。
「やばい〜・・・・かな」
「ヤバイよ、思いっきり未成年だしさー」
まぁ、たしかにねぇ。
一応、アイドルなわけだし。

「でもさぁ、うちら相当、働いてるわけだから」
「だから?」
「いいんじゃん?」
「だよねー」
よっすぃは、安心したように、頷いた。


****************************************
21 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時07分58秒


「ダメだよぉ」
梨華ちゃんが言った。

「平気だって。誰にも見つかってないから、吸ってるとこ」
「んね」
「ウチら足速いじゃん? だから、余裕」
「そう、余裕〜!」

ちょっぴり脚色を加えたり、してはいるけど。
結構すごかったと思うんだよね、昨日のうちら。
なのに梨華ちゃんは、ちっとも感心してくれる様子もなくて。

「・・・・あーあ、やっぱり私も一緒に行けばよかった」
眉毛をふにゃっとさせると、ため息をついた。

22 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時08分34秒

「チッ」
よっすぃ、ナイス。
後藤もまさに、そんな心境。
「今さら、遅えよ」
「な、なによ〜」
今の舌打ちで、ひるんだっぽい表情の梨華ちゃんが、口を尖らせた。

「こんなんいたら、うるさくてしょうがねぇ」
「ひどぉい」
「なー、ごっちん」
よっすぃが、ニヤッと笑ってあたしに目くばせする。
おっけー、了解!
「ていうかさぁ、梨華ちゃんいたら、逃げ切れてないんじゃん?」

23 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時09分12秒

「もう、そういうことじゃなくて」
梨華ちゃんが、じれったそうに首を振る。
あは。やっぱ困った顔になった、梨華ちゃん。
「じゃなくて、なにさ」
「な〜ぁに〜ぃ?」

「タ・バ・コ!」
周りを気にしてるのか、やけにヒソヒソ声で、梨華ちゃんが言った。
「すっごく体に悪いんだって。病気になっちゃうよ?」

24 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時09分47秒

「まーたーかーよー」
よっすぃが顔をしかめて、耳をほじった。
「くはっ」
「耳タコだよ、梨華ちゃん。耳タコ!」
「だって全然、聞いてくれないんだもの」
梨華ちゃんの眉毛は、どんどん、ふにゃってなってきてる。

「つーか、今さら止めらんないし」
「うんうん」
「なんで?」
「止めれないから」
「もう! 2人とも、ちゃんと聞いて!」
ダンッ
変な動きで、梨華ちゃんが足を踏みならした。
「んはっ」

25 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時10分22秒

なんか、梨華ちゃんの言動って、ぜんぶが笑いのツボにくる感じだよ。
ずっと見てたい感じ。

26 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時10分57秒

「止めらんない食後の一服♪」
よっすぃが歌い出した。
よくわかんないけど、とりあえずあたしもノッといた。
「そーだ!そーだ、そーだ、ドンストッ!」
「タンニン、タンニン、タンニンですっ!」
「よっすぃ、違うよぉ。ニコチンだよ?」
梨華ちゃん、こんな時まで真面目に訂正してる・・・・。
「ふはは」

「うおーっ! ミステリィー!!」
よっすぃが両手を大きく広げて叫んだ。
あたしも両手を上げた。
「みぃ〜すてりぃ〜」
よっすぃと2人、一緒になって、くるくる踊る。

「なによぉ」
梨華ちゃんの眉毛は、さっきよりももっと、ふにゃってなった。
マジで我慢の限界なんだけど。
「あはーっ!」

27 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月30日(土)16時11分55秒


あ〜、楽しい。
心から笑えるって、いいことだねぇ。
こう思えるのも、2人のおかげだよね、やっぱし。


****************************************

28 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年08月30日(土)16時13分23秒

初投稿終了、こんな感じの話です。
いしよしごま(ひっそりver.)、最後までお付き合いいただければ幸いです。

次回は、ごっちんが、よっすぃと梨華ちゃんについて語ります。
卒業だとか、ひっそり片想いだとかは、まだもう少し先になります。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

29 名前: 投稿日:2003年08月30日(土)22時35分42秒
気になる新作ハケーン!!
いしごまになったらいいななんて期待しつつ楽しみにしてます。
30 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年08月31日(日)10時04分11秒
<<@様、ありがとうございます。
CPについては、えーと・・・・どうしてもこれ、緑板で立てたかったんです。
とだけ言っておきます(遠回しすぎるかなぁ)。

この先、あまりレス返しはできないかと思いますが、そのかわりサクサクいきます。
急がないと時期設定から1年が過ぎてしまうので、賞味期限切れになる前に・・・・・・。

それでは更新です。

31 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時06分06秒
****************************************


あたしは昔、ものすごく人の好き嫌いが激しかった。
好きな人より嫌いな人のほうがずっと多かった。

嫌いな人とは目も合わせないし、もちろん、しゃべんない。
だって好きな人と一緒にいるほうが、楽しいじゃん。
嫌いな人のために人生、ムダにしたくないし。

32 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時06分37秒

“モーニング娘。”に入ってからも、それは変わらなくて。
後藤は毎日ただ、好きな人とだけ一緒にいれば、満足なんだもん。
それが後藤の生きる道。

そんなだったからさ。
たぶん、神様がお仕置きしたんだと思う。


楽しい。
嬉しい。
可笑しい。
・・・・悲しいという感情まで。

ぜんぶ根こそぎ、持ってかれたあたしには。
もうなにも、残ってなかった。

33 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時07分11秒

何を見ても、白黒にしか見えなくて。
何をしてても自分じゃないみたいで。
人を信じるのとか、バカみたいな感じがして。

どんなにもがいても這い上がれないアリ地獄。
もがく気力もすでに、なかったんだけどね。


34 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時07分45秒

けど、よっすぃが。
引っ張り上げてくれたんだ。
少しずつ、あたしに、色を取り戻してくれた。

いつも面白いこと言って、笑わせようとしてくれたり。
カラオケとかゲーセンとか買い物とか、しょっちゅう誘ってくれたり。

なんで後藤なんかに、こんな優しいのかなぁって。
よっすぃの優しさを試すようなことを、何度もした。
よっすぃを傷つけるようなことも、いっぱい、した気がする。
それでも、よっすぃは変わらない優しさで、接してくれた。

・・・・・・どんな後藤でも、変わらずに。


35 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時08分19秒

よっすぃを信じられるようになった時、他のメンバーのいいところとかも、やっと見えて
きたんだ。
口に出して言ったことはないけど、本当に感謝してんだよ、よっすぃ。

よっすぃがいなかったら、今の後藤はいないと思う。
そう言い切れるくらいにさ、よっすぃはあたしにとって、大切な存在なんだ。

36 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時09分04秒


あの頃のことを思い出すことは、もう、ない。
封印したから。

思い出そうとしても、頭が痛くなるだけ。
どうしようもないほど息が苦しくなって、でも、それだけ。
今では、なんにも思い出せなくなっちゃった。

人間て、すごいよね。
それとも、幸せに生きれるようにって、神様がそうしたのかな。
お仕置きもするけど、いいこともしてくれんだね。

37 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時09分42秒

今の後藤は、もう大丈夫。
よっすぃと梨華ちゃんが、いるから。


38 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時10分31秒


梨華ちゃんはねぇ。
梨華ちゃんのことは最初、はっきりいって、どうでもよかった。
どっちでも。

少し経つと、嫌いになった。
よっすぃと話してんのに、割り込んできてウザイし。
いい子ぶりっこだし。
一生懸命が悪いわけじゃないけどさ。
なんか梨華ちゃんて“私は一生懸命なんです!オーラ”、出てたから。

それにどうしてだか、梨華ちゃんを見てると。
心の中の、触って欲しくないところを触られたみたいな。
勝手に踏み込まれたみたいな感じがして、ユウウツになった。
だからずっと、梨華ちゃんのことは避けてた。

39 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時11分16秒

初めて梨華ちゃんと“会話らしい”会話をしたのは、ちょうど1年くらい前。
去年の夏、梨華ちゃんがセンターをとった“ザ☆ピース!”の頃。
ダンスレッスンやPV撮影とかで、しゃべらざるを得ない状況ってやつになったから。

でも、ほんと全然、会話になんなくて。
波長が違いすぎるっていうか。
もともと、梨華ちゃんとかカオリの波長って、どっかなんか違うとは思ってたんだけど。
思った以上に合わなかったんで、びっくりした。

40 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時11分59秒

その時の梨華ちゃんの衣装ってば、“裸にエプロン”としか言いようのない感じのやつで。
アイドルが着ていいの、それ、っていう。
やぐっつぁんとか、『エロイ、エッロ〜イ』って大騒ぎしてたし。

あれはたしかに、かなり・・・・エロエロだったかも。
思い出すだけでも、ちょっと興奮なくらい。
“スゴイ”としか、言いようがない衣装。

で、梨華ちゃんに『スゴイ衣装だね』って言ったら、『ありがとう!』とかいって。
褒めてないんだけど、みたいな。
ちょっと困ったの、覚えてる。
よっすぃ、いつも梨華ちゃんとどーやって話つないでんだろうとか、思ったもん。

41 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時12分45秒

それまで、梨華ちゃんとあたしの間には必ず、よっすぃがいたから。
2人だけになっちゃうと、話すことなんて何もなくて。

梨華ちゃんはなんか、いつもびくびくしてたし。
やけに気を使ってきてイラッて感じで。
おまけに何やってもイタイしさ、梨華ちゃんって。
・・・・それは今も変わんないかなぁ。

この前、梨華ちゃんが言ってたんだけど、その頃すんごい緊張してたんだって。
あたしとしゃべる時、心臓バクバクいってたらしいし。
後藤のほうが1コ年下なのに、うけるよねぇ。

42 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時13分39秒

たぶん、あの頃だったかな。
梨華ちゃんに、男の子紹介してあげたのって。


後藤の友達で、やたら“梨華ちゃん梨華ちゃん”言うヤツがいて。
『紹介してくれ』ってうるさいから、紹介したんだけど。
そしたら、付き合うことになったとかいって。

梨華ちゃんて男嫌いなのかと思ってたから、意外だった。
なんか、梨華ちゃんも乗り気みたいだったし。
てっきり、ヤツが無理矢理“付き合え”って迫ったのかと思ってたからさ。
ヤツのどこが気に入ったのか、知んないけど。
まぁ、ルックスだけはイケてるヤツだったしね。
梨華ちゃんて結構、面食いだってことがわかった。

43 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時14分14秒

けど、短かったなぁ。
1ヶ月ちょっとくらい?

その男友達から全然、連絡来なくなっちゃってさ。
梨華ちゃんに訊いたら、もう別れたとかで。
考え方が違ったとか、なんとか。
いろいろ言い訳みたいのしてたっけ。

その言い訳ってのが、また、クドくて・・・・。
ほんと、イライラしたのだけは、覚えてる。

44 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時14分49秒

とにかく。
改めて、あたしと梨華ちゃんは違うなっていうか。
ゼッタイ無理。合わない。
どこまでいっても平行線、って思った。


45 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時15分21秒


『10月からリニューアルするハロモニで、コントをやってもらいます』
後藤が男役で相手役は梨華ちゃんだって聞いた時は、複雑な気分だった。

その頃はもう、よっすぃと梨華ちゃんと後藤、3人で盛り上がったりするようになってはいたんだけど。
長時間、梨華ちゃんと2人っていうのは、まだどうも居心地悪くて。
2人きりだと、あの、ユウウツな感じが甦ってくるのもあったし。

46 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時15分55秒

いざ撮影が始まってみたら・・・・やっぱ、平行線だった。
相変わらず、噛み合わなくて。

でも、何回か撮影してるうちに、いつの間にか。
コントやる時は、役になりきってたからかもね。
少しずつ、あ、今ちょっとクロスしたかなって時が増えてきたんだよね。
梨華ちゃんも、後藤と2人でも普通に笑ってくれるようになった感じで。
それがなんか、嬉しかったっていうか。

47 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時16分25秒

だけどさ、梨華ちゃんとあたしって。
ほんと共通の話題がないんだ、笑っちゃうくらい。
服の話とかは、趣味が違いすぎるでしょ。
例の男友達の話だと、またクドイ言い訳が始まっちゃうだろうし。


・・・・でも下ネタとか。
あれは別だったかな。
梨華ちゃんの反応が面白いから、話してたんだけど。
あたしの言葉に、いちいち赤くなったり、慌てたりするんだもん。
その反応見てたら、ちょっと・・・・ていうか結構、すごい楽しくて。
今度どれ話そっかなぁ、なんてひそかに楽しみにしてたんだよね。

48 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時16分56秒

そしたら、怒られた。
それも、圭ちゃんとよっすぃ、両方に。
梨華ちゃん、本気で悩んでたとかいって。
半分以上、話、通じてなかったらしいし。

あの程度で通じないんじゃ、話になんないよ。
遊び人と付き合ってたくせに、カマトトぶっちゃってさ。
しかも、そんなことよっすぃに相談するなんて。
せっかく、わざわざ、こっちからいってんのにって。
ちょっとねぇ、むかついた。


49 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時17分37秒

そうなると、話題っていうのは、限られてくるからね。
子供の頃の話とかが多かったかな。
年が近いから、ちっちゃい頃に流行った遊びなんかも、当然おんなじで。
昔見てたテレビの話とかばっか、してた。

50 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時18分12秒


あの日もさ、いつものように2人で昔話してて。
昔話っていっても、“むか〜し昔”ってやつじゃなくて、後藤の幼稚園時代の話。
男の子、投げ飛ばした時のこと話したら、それがツボだったみたいで。
梨華ちゃんは、ケタケタ笑ってた。

51 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時18分48秒

なんか、不思議な気持ちがした。
後藤としゃべって、そんなふうに梨華ちゃんが笑ったのは初めてだったから。


『ごっちんの子供時代、見てみたかったな』
梨華ちゃんが言うから、試しに誘ってみた。
『うち、いっぱい写真あるよ、来る?』
たぶん来ないだろうなぁって、ちょこっと意地悪な気持ちだったんだけど。

52 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時19分25秒

『えっ、いいの? 行きたい!』
梨華ちゃんは、すごく嬉しそうで。
正直、焦った。
それ、本心?
梨華ちゃんには悪いけど、疑っちゃったよ。
なんとなく梨華ちゃんて、調子いいことばっか言ってる印象あったんだよね。

よっすぃとか、なっちとか、やぐっつぁんとか。
それまでもうちに遊びに来たメンバーはいたんだけど。
梨華ちゃんは、“あり得ない人”だったからねぇ。
梨華ちゃんがあたしの家に来るなんて、考えたこともなかったし。

53 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時20分16秒


うちに来た梨華ちゃんは、いつもの梨華ちゃんとちょっと違う感じがした。
なんだろ? すごくお姉さんな感じがしたっていうか。
ネガティブ、ネガティブって馬鹿にしてたけどさ。
真剣に梨華ちゃんの話、聞いたことなかったかもって思った。

いろいろ話してるうちに、気付いたらあたしもネガティブなこと、いっぱい言ってて。
梨華ちゃんに、ヨワイ後藤、いっぱい見せちゃってて。
『梨華ちゃんがネガティブだから、つられちゃったじゃん』って文句言ったら、梨華ちゃ
んは、うふふって笑ってた。
考えてみたら、あれ・・・・かっこ悪かったかなぁ。

でもなんかね、すごいすっきりしたんだ。
なんでよっすぃが、梨華ちゃんと仲良くしてんのか、わかった気がした。

54 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時20分46秒

あと、ユウウツの理由も、わかっちゃった。
たぶん、前に圭ちゃんと話した時のことが、ずっとあたしの頭ん中にあったからさ。
それでわかったんだと思うけど。


・・・・まぁ、いいや。

結局、梨華ちゃんはその日、泊まってくことになって。
それ以来、梨華ちゃんはよく、うちに泊まりに来るようになった。


55 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年08月31日(日)10時21分25秒

よっすぃと梨華ちゃん。

メンバーの中に、2人も親友が出来るなんてね。
“モーニング娘。”でよかった、って思える日が、また来るなんて。

毎日、辞めたい辞めたいとかばっか考えてたあたしが。
幸せ感じちゃったりしてんだよ?
平凡なハッピーで物足りちゃう、ヘイボンな人間なんだよ、後藤は。


****************************************

56 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年08月31日(日)10時24分14秒

更新終了です。

次回は、第1部の表題でもある“とうもろこし”のエピソードです。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

57 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)15時18分19秒
面白い!続き期待してます!
58 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月01日(月)20時34分56秒

“期待をされると燃えるんです♪”・・・・ありがとうございます。
燃え尽きない程度に燃えていく予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

それでは早速、燃料に。

59 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時35分58秒
****************************************


ちょっと困ったことになった。
きっかけは、とうもろこしだ。


60 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時36分32秒

昨日、お母さんがどっかから、大量のとうもろこしを貰ってきた。
代わりにあたしは、大量の色紙にサインさせられるはめになって、かなり、むかついてた
んだけど。

とうもろこし一口食べたら、そんなことはすっかり飛んでった。

「なにこれー!」
「すんげぇすんげぇ美味じゃん!」
あたしとユウキ(弟)は、大興奮で叫んだ。
「ただ茹でただけで、なんでこんなうまいのー!」
「ちっと、マジで感動した」
「ていうかさぁ、今まで食べてたのって、なに〜?」

61 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時37分07秒

ユウキが、物置から七輪引っぱり出してきて、焼きとうもろこし作ってくれた。
これがまた、本当にすごい。
香ばしい醤油の味と、とうもろこしの甘さが対照的で。
まさに究極の味って感じだった。
店開いちゃう?くらいの勢いで、あたし達は盛り上がった。


62 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時37分46秒

これはもう、メンバーに配るしかないっしょってことで。
今朝さっそく、仕事場に持ってきてメンバーに配ることにした。

配るっていっても12人分だから、なかなか大変だった。
もう、めちゃめちゃ重くて、腰が痛くなっちゃって。
リュックはかなりやばいことになってたわりに、一人1本とかいってショボイし。
しかも生のやつだから、泥がリュックの底にたまって汚くなったし。

『後藤さん、どうして紙袋に入れて来なかったんですか?』
紺野に思いっきり不思議そうな顔で言われたし・・・・。
馬鹿だなコイツ、とか思われてたら、やだなぁ。

・・・・それは置いといて、とりあえず。
あたしは、どうしてもよっすぃと梨華ちゃんに、うちの特製焼きとうもろこしをごちそう
したいって思った。
明日はオフだし、誘うにはちょうどよかった。

63 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時38分22秒


「よっすぃ、今日夜ひま?」
「ひょるぅー?」
振り向いたよっすぃは、口にピンをくわえてて。
キューピーちゃんみたいでカワイかった。
いいよなぁ。
白い肌に、大きな瞳。
ほんとによっすぃって、人形系の顔してるよ。

64 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時39分48秒

「今日さぁ、うち泊まり来ない?」
あたしは早速、誘ってみた。
「ごっちん家? いーねぇー!」
よっすぃも速攻OKしてくれて、ノリノリな感じだった。
とりあえず、その時点では、そうだったんだけど。


「じゃあ、梨華ちゃんにも言ってくんね」
言った途端。
よっすぃは、怒ったみたいな顔になって行っちゃった。


65 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時40分22秒

どうしたんだろ、よっすぃ。
考えても、なんも心当たりないし。
・・・・てことは、梨華ちゃんとケンカ中?
梨華ちゃんの名前出した途端、だったもんね。
うん。
きっと、それだ。

やばいぞ、これは。
困った事態だぞ。


それが、困ったことになったイキサツ。


66 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時41分03秒

いつケンカしたのかな、よっすぃと梨華ちゃん。
ほんと、困ったよ。
せっかく新鮮なうちに、食べさしたげようと思ったのに。
あの焼きとうもろこし、マジで美味いからね。
あれ食べたら、ケンカなんて忘れちゃうと思うんだけど。

やっぱここは、後藤が橋渡し役になってやるしかないか。
あたしは、梨華ちゃんを探してみることにした。


なんか、すごい友情に厚い人じゃん、あたしってば。
誰かに褒めてもらいたいくらいだよ。
メイク室を覗いてみると、すぐにそれらしい後ろ姿が目に入った。

いたいた。
あたしは抜き足差し足、鏡の前で目薬を差してる梨華ちゃんに忍び寄る。


67 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時41分40秒

つん
「きゃっ」
梨華ちゃんが悲鳴を上げて、頭を起こした。

「あは〜、びっくりした?」
「びっくりしたよぉ、もう! うまく差せなかったじゃない」
「あははーっ」
笑ってるあたしの横で、梨華ちゃんは、ぷぅっとふくれた。

・・・・・・残念。
まだ眉毛、ふにゃってなってない。

68 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時42分11秒

「それで・・・・なぁに?」
髪を梳かしながら、梨華ちゃんが言った。
あたしが脇腹を狙ってるから、目薬は諦めたらしい。
ちぇっ。
もう一回、つつきたいなぁ。

「んー、なにがぁ?」
上の空で答えながら、さり気なく隙を探す。
「なにかごっちん、用事があるんでしょ?」
「うん、あるよ〜」

69 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時42分44秒

それにしても、梨華ちゃんのキャミ、ピチピチしてる。
体のライン強調しすぎっていうか。

細い割に結構、胸あるんだよねぇ、梨華ちゃんて。
いつも着替えの時、お〜!とか思うもん。
梨華ちゃんのおっぱいは、なかなかだね。
あれは、触ったらきっと・・・・気持ちよさそうかも。

70 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時43分19秒

・・・・・・わざわざ見てるわけじゃないけど。
みんなバーッて着替えるからさ、それで目に入ってきちゃうんだよね。
べつに、揉みたいとか思ってるわけでもないし。


71 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時43分57秒

「目立つ?」
いきなり梨華ちゃんが、胸元を押さえて言った。
げ。
そんな、バレバレなくらい、見ちゃってたかな。

「べつに、そうでも・・・・あ、けどいいよ、うん。いい感じだよ」
どぎまぎしながら言うと、梨華ちゃんは、ため息をついて俯いた。
「やっぱり、あの・・・・アレみたい?」
アレ?
「さっきね、加護ちゃんに言われて」
梨華ちゃんは、そっと胸元の手を開いた。
ビミョーな位置に、赤い跡。

72 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時44分28秒

「あ、キスマーク」
「じゃないの、違うのー」
必死な表情で、梨華ちゃんが首を振る。
「本当に違うんだよ? 蚊に刺されて・・・・」


ふぅ。焦った焦った。
驚かすなよ〜。
キョドっちゃったよ。
まだ心臓、バックンバックンいってるよ。

けど、ほんと梨華ちゃんて面白い。
後藤の中の“からかい虫”が顔を出してくる。

73 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時45分00秒

「あららぁ。誰につけられちゃったのそれ?」
「もう、イジワルしないで」
梨華ちゃんを見ると、眉毛がふにゃってなってた。
「んはっ」

やった!
なんとなく、満足。
いい気分になったから、本題に入ることにした。

74 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時45分34秒


「今日の夜、ひま?」
前髪をかき上げながら、わざと気障なポーズをとってみる。
今の誘い方、ちょっとナンパっぽくて、かっこ良かったかも。

「なんで?」
真顔で梨華ちゃんが聞き返してきた。
ちっとも通じてくれてない・・・・。
梨華ちゃんに冗談が通じないのは、いつものことだけど。


「あの、ほら、明日休みじゃん? だから」
あたしはポーズを解除して、梨華ちゃんの顔を覗き込んだ。
「今日でしょ・・・・どうしよう」
梨華ちゃんは、迷ってるみたいだった。
じっと考えながら、髪を梳かし続けてる。

あ〜あ〜あ〜。
そんな無理矢理やったら、枝毛んなっちゃうよ。

75 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時46分06秒

案の定、梨華ちゃんの髪の毛が静電気でバリバリいい出した。
「い、痛っ。ブラシひっかかっちゃった・・・・」
やっぱし。
あたしは笑いたくなるのを我慢して、ブラシを取ってあげた。


「ありがとう、あー痛かった」
梨華ちゃんって、ヘタなコントよりずっと面白い。
「ふはっ」
はっ、マズイ。
ちょっと笑っちゃった。
梨華ちゃんは気付かなかったみたいで、真剣な表情で考えてる。

76 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時46分41秒

「どっか行くとこあんの?」
「ううん、そうじゃないけど、急だとお母さんが心配するし・・・・」
一人暮らしの梨華ちゃんは、お母さんに、前もっていろんな予定を言っておくことにして
るらしい。
だから、急に予定変更したりすると、すごい心配するって前も言ってた。
箱入り娘だなぁって、つくづく思う。
放任主義のあたしとは、全然違うよ。

でも、いちいち報告しなきゃなんないなんて、面倒くさい親子関係だよなぁ。
うちなんて、そんなの報告したら、お母さんに“オマエ、どうしたの?”とか言われそう。
まぁ、それだけあたしが信用されてる、ってことなんだけどね。

77 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時47分15秒

「へいきだって。あ、お母さんとこに電話入れよっか?」
提案してあげたのに、梨華ちゃんはまだ考えてた。
「どうしようかな・・・・」
「早くさぁ、決めて欲しいんだよねぇ」
「せっかちなんだから、ごっちん」

「早くっ! 早くぅ!」
「そんなに急かさないで」
梨華ちゃんは、困った顔で唇を尖らせた。
眉毛はもう、ふにゃぁ〜って感じ。
「くふ」

マズイ。また、すごい笑いたくなってきた。
なんで梨華ちゃんて、こんな面白いんだろ。
笑い出さないうちに、慌てて言った。
「ならさ、よっすぃにも電話出てもらえばダブルで安心じゃん?」

78 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時47分50秒

梨華ちゃんが、パッと顔を上げた。
「えっ! よっすぃもいるの?」

「ふぇ? うん、さっき誘ったんだけど」
あたしは、梨華ちゃんの変わり様にびっくりしながら頷く。
「行くって言ってた?」
「えーと、来る・・・・かな、たぶん」

79 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時48分31秒

「そうなんだぁ」
うふふ
人差し指を唇の下に当てながら、梨華ちゃんが小さく笑った。
「・・・・うん」
「じゃあ・・・・行こうかな」
嬉しそうに、呟いて。

タタタッ
梨華ちゃんは、走って行ってしまった。


取り残されたあたしはただ、ぽかんとそこに突っ立ってた。


80 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時49分02秒


じゃあ?
じゃあって、なにさ。
意味わかんない。

後藤が誘ったら『どうしよう』で。
よっすぃもいるって聞いたら『行こうかな』だって・・・・。


81 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時49分41秒

なに今の。
・・・・・・どういうこと?


82 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時50分12秒

考える間もなく。
「HO〜ほら行こうぜ!」
「ごっちん家行こうぜ」
梨華ちゃんが、よっすぃを連れて戻ってきた。

「ヘーイ! 姉ちゃん!」
よっすぃは、さっきの怒った顔なんて嘘みたいに超ごきげんで。
「はぁーい!」
梨華ちゃんも、にこにこしながら、貴婦人ぽい感じで優雅に手を振ってくる。
あたしも無理に笑おうとしたけど、うまくいかない。
顔が強張っちゃってるのがわかった。

83 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時50分47秒

「どーもどーも。本日は、お招きにあずかりまして」
よっすぃが、大げさにお辞儀をした。
「謹んでお受けいたしますわ、オホホ」
梨華ちゃんが言って、よっすぃの手を取った。

「なんでだよー」
「うふふ、嬉しいでしょっ」
「それじゃ、結婚だって」
「やだぁ、よっすぃったら、もう」

よっすぃと梨華ちゃんの、お姫様ごっこ。
目の前で繰り広げられる、2人の世界。

84 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時51分20秒

「ダ〜リン!」
梨華ちゃんが、よっすぃを見上げる。
「なんだい、ハニー」
よっすぃが、梨華ちゃんの肩に手を回す。
梨華ちゃんのほっぺが、ぱぁーって、赤くなるのが見えた。


なんだ。
そーゆーことか。


85 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時51分50秒


・・・・・・ていうか。
なんで今まで気付かなかったんだろ。

梨華ちゃん、『よっすぃが男の子だったらいいのに』って、いつも言ってるし。
『かっこいい!』って、しょっ中よっすぃのこと、見てるし。
よっすぃの話ばっかり、してるし。

さっきのよっすぃの、ちょっと怒ったみたいな顔が頭に浮かんだ。
いつも梨華ちゃん泊まりに来た話すると、なんか憂鬱そうだったりとか。
コントの撮影した後、いつもどっか不機嫌になんの、疑問だったけど。
今やっと、わかったよ。
いくら演技でも、いくら親友でも・・・・あたしならきっと許せない。


86 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時52分21秒

でもさ、そうならそうで。
教えてくれてもいいんじゃないの?
そういうの後藤、ニブイの知ってんでしょ?
べつにさ、変な目で見たりしないよ、2人のこと。
応援すんに決まってんじゃん。

87 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時53分08秒

なんかあたしだけ、すごい一人でムナシイんですけど。
2人がケンカしたんじゃないかとか心配して、アホじゃん、ただの。
めちゃめちゃ、笑いもんじゃん。

てことは、あたしって、あれじゃん?
邪魔者ってやつ?
あーあ、なんかなぁ。


・・・・・・いきなし、孤独だよ。


****************************************
88 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時53分42秒


よく、“悪いことは重なる”っていうけど、あれは本当だったんだね。
ひどいよ、神様。
やっぱ、ひどいんじゃんか・・・・神様なんて。
ちゃんと後藤の心、見えてんの?

なにも同じ日に最大級の爆弾、落とさないでくれてもいいのに。


89 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時54分14秒

「え・・・・あの、なんですか?」
あたしは、思わず聞き返した。

「せやから、卒業や。念願のソロ」
つんくさんが、もう一度言う。
「前々から言うてたことやし、ようやく、ちゅう感じやろ」
・・・・・・ソツギョウ?


「後藤?」
「ああ、はい」
「ほんまになー、後藤の成長にはビックリやで」
「あ・・・・どうも」
「詳しいことは、また追い追い」
じゃ、と片手を軽く上げて、つんくさんは出て行った。

90 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時54分46秒

「これから、忙しくなるね」
隣に座っていたマネージャーが、忙しそうに手帳をめくりながら言った。
「やっと、具体的な日付が出て安心した」

ソツギョウって・・・・・・卒業?
「まだ少し先だし、他のメンバーには黙っておいたほうがいいよ」
「はぁ」
「誕生日に卒業だなんて、本当に幸せだね」

91 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時55分20秒


“幸せ?”
ちがうよ。
後藤の幸せは・・・・もっとずっと、ささやかなこと。



****************************************
92 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時55分51秒


「うめぇ!!」
よっすぃが叫んだ。
「んーっ!」
梨華ちゃんが口元に手を当てて、ぎゅっと目をつぶった。
「美味しい!」

パタパタ パタパタ
あたしは黙って、七輪を扇いでる。

とうもろこしの焼ける、香ばしい匂いが、いかにも“夏”って感じで。
夜なのに、あちこちでセミが鳴いてる声がする。
これで花火とか上がったら、夏休みの宿題の絵日記みたいに、完璧です。


93 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時56分25秒

パタパタ パタパタ
七輪の周りの空気が、ゆらゆら歪んで見える。

パチッ
音を立てて、とうもろこしがはじけた。
一緒に、周りの空気も跳ねた。

94 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時57分01秒

熱い空気が目に入ってきて痛い。
そういえば、さっきからずっと、瞬きしてないな。
痛くて当たり前だよねぇ・・・・あはは。


でもなんか、目をつぶったら負けって気がして。
目をつぶれなかった。


95 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時57分34秒

よっすぃ。
梨華ちゃん。
もうじきね、後藤、“モーニング娘。”卒業するんだよ。
前からの夢だった“ソロ”になるんだ。

どう思う?
あっそ、て感じ?
少しは寂しいって、思ってくれるのかな。

96 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時58分12秒


「よっしゃ、焼けた」
5本目の焼きとうもろこしをアルミ皿に乗せながら、よっすぃが言った。
「ごっちん、食わないの?」
「いやぁ? 食うよ〜」

けど、ちょっとだけ、待ってて。
今、試合中なの。
まださ、勝負がついてないんだ。

あたしは、七輪の中の真っ赤な炭を、じっと睨み付ける。


97 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時58分50秒

「貸して」
いきなり、手の中のドラえもんうちわが奪われた。
「私が扇ぐから、ごっちんも食べなよ、ね?」
七輪の光に照らされて、梨華ちゃんの顔が夕陽色に染まってる。

「はい、ごっちん」
梨華ちゃんが、割り箸に刺したとうもろこしを差し出した。


まだ試合、終わってなかったのに。
・・・・負けちゃったよ。


98 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)20時59分37秒

ふにゃ
あたしが受け取らないから、梨華ちゃんの眉毛が下がった。

「ウチら、なんか悪いことでもした?」
よっすぃの、低い声が聞こえた。
あたしは急いで、とうもろこしを取って、かぶりついた。

苦い。
1日で、こんなに味って変わっちゃうのかな。
みんなに配ったやつは、大丈夫かな。


99 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月01日(月)21時00分18秒


・・・・目が痛いよぅ。
しばしばする。
梨華ちゃんのせいだ、きっと。



****************************************
100 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月01日(月)21時01分46秒

更新終了です。
第1部の主食材、とうもろこしを焼いてみました。
ようやくちょっぴり、ひっそりテイストになってきたかもしれません。

次回は、“乱れる心”です。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

101 名前:57 投稿日:2003年09月01日(月)21時23分37秒
そっか…二人の関係はそんなだったのか。
ごっちんはまさか梨華ちゃんのことをす(ry
102 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)15時31分27秒
あ…やばい…切ないぞ、なんか。
103 名前: 投稿日:2003年09月02日(火)15時42分25秒
夏ですねぇ。。。いいなぁ青春っぽくて切なくて
楽しみにしてます。
104 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時44分23秒

それでは、更新です。

105 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時45分12秒
****************************************


「いも虫〜」
ごろごろごろごろ
「・・・・はぁ」
あたしは、ベッドの上を転がるのに疲れて、天井を見上げた。

もう、1週間、よっすぃとも梨華ちゃんともしゃべってない。
明日こそ。
毎晩この天井に誓うのに、今夜もこうやって同じことしてる。


106 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時45分44秒

あの夜、よっすぃは怒った顔で、梨華ちゃんは困った顔で、帰っていった。
あれからあたしが、一言もしゃべらなかったから。

何かしゃべったら、壊れちゃうんじゃないかって。
後藤が後藤でいられなくなる気がして。
コワかったんだ。


“おはよう”
会ったら最初に言おうって、ずっと考えてた。
そんですぐ、素直に2人に謝ろう。
ほんとにそう、思ってたんだよ?

だけど、あたしがしたことは、すっと目を逸らすことだった。
よっすぃと梨華ちゃんの『おはよう』に、答えもしなかった。

後藤のほうから誘っといて、嫌な思いさせて。
最低じゃん。
・・・・・・ごめんなさい。


107 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時46分16秒

よっすぃと梨華ちゃん。
2人の顔が頭に浮かぶ。

前髪をいじるよっすぃとか、口を尖らせる梨華ちゃんとか。
ニヤッて笑うよっすぃとか、ふにゃってなる梨華ちゃんとか。
お姫様ごっこする2人とか・・・・・・梨華ちゃんの、赤い跡とか。

いろんな2人が、頭の中をぐるぐる回る。

108 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時46分47秒


『・・・・ハハッ。あり得ねぇ〜!』
嘘じゃん、あれ、よっすぃ。
人の言葉、笑い飛ばしといて、自分はしっかりヤッてんじゃん。
あり得ないことヤリながら、平気な顔してたんじゃん。

『文麿さまっ』
・・・・・・梨華ちゃんも、楽しいのかと思ってた。
後藤の相手役、喜んでくれてるのかと思ってた。

109 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時47分21秒

謝る必要なんてない。
あたしは絶対に、謝らない。


だいたい、素直になって、なんかいいことでもあんの?
裸で転んだらさ、ケガするんだよ。
知ってるよね?
ケガしたら、痛いんだよ。

痛い思いするのは、もう、やだよ。


110 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時47分53秒


・・・・・・頭が痛い。


誰か助けて。
頭が、痛い。



111 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時48分23秒


【必要性を、感じなかったから】
【ヒツヨウセイ?】
【なんでも後藤に話す必要、あるのかなって】
【じゃあ・・・・ずっと、嘘ついてたの?】
【構わないよ、嫌ってもらっても】
【・・・・・・・・・・】
【なんて顔してんだよ。笑え、ほら】
【・・笑え・・ない・・・・よ】
【泣くな、馬鹿〜】
【・・・・ふぇっ・・くっ】
【後藤は笑顔が一番、似合うって言っただろ】



112 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時48分54秒


頭が痛い。
吐きそうに気持ち悪い。

なんで今さら・・・・・・あんなこと。



113 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時49分28秒


下の階から、お母さんが呼んでる声がする。
降りて来いって。
さっき夕飯いらないって言っといたじゃん。
なんとしても食べさせようってのはわかるけど、ありがた迷惑。


「いらないってば!」
あたしは怒鳴り返す。
それどころじゃないんだよ、今。
だけど、下から聞こえてくる声は無視できないくらい、うるさくなってきた。

うるさいな! 考えらんないよ!
しょうがないから、腹筋を目一杯使って叫んだ。
「食べないって言ってんじゃん!」

114 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時49分58秒

「何言ってるの! 石川さんが来てくれたわヨっつってんのに、オマエは!」
お母さんが、怒鳴った。
えっ! 梨華ちゃんが?
あたしは、飛び起きて、階段を2段抜かしで駆け下りる。

115 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時50分29秒

「あ・・・・梨華ちゃん」
「ごっちん」
玄関の端っこから、梨華ちゃんがこっちを見上げた。

「ごめんね、こんな時間に」
梨華ちゃんが言った。
『ごめんね』なんて。
先制されちゃうと、後藤はどうしていいのか、わかんなくなるよ。


116 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時51分03秒

「本当に夕飯、食べてかないの?」
空気の読めないお母さんが、呑気に言った。
「はい・・・・いえ、本当にいいんです」
「そーお? 残念ネェ」
「・・・・すいません」

「アナタ、可愛い声してるわァ。それに、マーァ」
ぴしゃり
梨華ちゃんの腕を叩いて、お母さんが感心したように言う。
「きっれいに焼けて。海にでも、行ったの?」
「お、おかーさんっ」
なんてこと言うのさ。
あたしは走っていって、2人の間に割って入る。

117 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時51分35秒

「・・・・なにヨ?」
「あっち、行っててよ」
「うるさいわネェ、アンタに指図されるこっちゃないわヨ」
お母さんはドーンと突っ立ったまま、ちっとも去ってくれそうにない。

「もー、ウザイなぁ」
「ウザイっていうアンタが、ウザイの」
いつもみたく何か言い返してやろうかと思ったけど、かっこ悪いから、やめた。
「外、行こう、梨華ちゃん」
「でも・・・・」
梨華ちゃんは、お母さんが気になるみたいで、困った顔をしてる。

118 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時52分15秒

「真希!」
お母さんが、ここぞとばかりに言ってきた。
「こんな夜に、カワイイお嬢さん連れ出そうだなんて」
「だってさぁ」
「ま、オマエは危険もないだろうけど。ガッハッハ!」
「・・・・・・・・・・」


・・・・ふるふる・・・・・・ババァ。

梨華ちゃんいなかったら、ゼッタイ蹴り入れてやんのに。
言われ放題じゃんか。
かっこ悪いよぅ。


119 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時52分48秒

「大丈夫ですよぉ」
梨華ちゃんが言った。
「こう見えても私、すごいんです!」
懐かしのCMからパクったっぽいセリフで、あたしの手を引っ張る。
「アラー、頼もしいわァ」
お母さんが楽しそうに笑った。

「この子、こう見えて気が小さいから、ホント頼りないのヨ」
「うふふ」
げ。梨華ちゃん、笑ってる・・・・。
しかも、眉毛があきれた感じに、ふにゃってなってる・・・・・・。

「これからも、真希のことヨロシクお願いしますネェ」
「はい、じゃあ、お邪魔しましたぁ」
「また来てネェー」


120 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時53分20秒


「・・・・悪かったみたい」
玄関の戸を振り返りながら、梨華ちゃんが言った。
「なにが?」
「せっかくお食事、誘ってくれたのに」
「ああ、いいのいいの。あんなの放っておいて」

「でも・・・・お礼も言えないで来ちゃった」
申し訳なさそうに、梨華ちゃんが俯いた。
「いいってば」
さっきまでカチカチに凍ってたはずの後藤の心は、いつの間にか、すっかり溶けていた。


121 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時53分57秒

「なんかお母さん、梨華ちゃんのこと気に入ったっぽかったね」
「そう、だといいんだけど」
「会ったことなかったっけ?」
「挨拶だけなら・・・・でも、お話ししたのは初めてかな」
「ふーん、そっか」
「うん」
キュッと口をすぼめて、梨華ちゃんが頷いた。

「けどさ、梨華ちゃんのこと黒いとか言って、失礼だよね」
「・・・・言われてないよ?」
「あ」
そうは言ってないんだった。
「もう!」
「あは」
「気にしてるのに」
梨華ちゃんは、口を尖らせて腕をさする。

122 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時54分30秒

たしかに・・・・黒いよなぁ、ずいぶん。
あたしはでも、黒いのも結構いいと思うけどね。
だってなんか、健康的だし・・・・セクシーで。
そういう、肩のラインが決め手な服とか、すごい似合うし。

今日はピンクじゃないんだね。
暗いからよく見えないけど、さっき玄関で見た感じ、黄色に細かい花柄だったみたい。
ちょっと後藤は着れなさそう系のやつだったけど。
やっぱ、梨華ちゃんだから、似合うんだろうなぁ。


123 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時55分10秒


誰もいない夜の公園は静かすぎて、いつも見てるのとは違うとこみたいだった。
普段あんなにうるさいセミの鳴き声も今夜は聞こえないし、風も少しも吹いてない。
なんていうか、時間が止まってるような。


世の中にはあたしと梨華ちゃんだけ、みたいな、不思議な感じ。


考えてみたら、こうやって2人きりで話すの、1週間ぶりだ。
急に緊張してきた。

124 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時55分49秒

「・・・・今日はわりとマシだね」
「まし?」
梨華ちゃんが、首を傾げた。
「その服」
「似合う?」
梨華ちゃんの唇が、電灯の光の下で、つやつや光ってる。

「・・・・うん、まぁまぁ」
あたしは、梨華ちゃんの唇から目を逸らして、公園を見回した。

125 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時56分23秒

銀色の蛇口だけがやけに目立つ、水飲み場。
誰かが置き忘れたスコップが転がった砂場。

ジャングルジムの横には、ボールも転がってる。
かたつむりの形をしたすべり台と、低い柵に囲まれたブランコ。


126 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時56分53秒

「あのブランコだよ、梨華ちゃん」
「うん?」
「ちっちゃい頃、思いっきりこいでて落っこちたってやつ」
「うわー、あれなんだぁ」
「うん」
梨華ちゃんは、珍しそうにブランコを見ている。
思い出の中に梨華ちゃんを招待できた感じで、嬉しくなった。


「ブランコって、空飛んでる感じするじゃん?」
「そうかな?」
梨華ちゃんは、あんまり、そうは思わなかったみたいだ。

127 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時57分23秒

「なんか・・・・なんとなくだけど」
ぼそぼそ言っていると、梨華ちゃんがブランコを指差した。
「あれから落ちたなんて、痛そう!」
「うん、頭からだし」
「でも、どこも怪我しなかったんだよね?」
「そう! しなかったの」

「昔から強かったんだね、ごっちん」
梨華ちゃんは、すごく感心してるみたいだった。
「泣きもしなかったらしいよ」
「えぇ、すごぉい!」
「ふふん」

そうなんだよねぇ。
強かったんだよ、後藤。
・・・・・・昔は。
そういえばお母さん、梨華ちゃんの前で『気が小さい』なんて言って!
許すもんか。


128 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時57分56秒


「ごっちん、どうして怒ってたの?」
梨華ちゃんの言葉で、急に現実に引き戻される。

「べつに。怒ってないよ」
焦ったせいか、思ってたよりぶっきらぼうな感じになった。
何か言いかけてた梨華ちゃんが、口を閉じるのが見えた。

やばい、なんか言わなきゃ。
でも変なこと言って、もっと気まずくなったらどうしよう。
「ていうかさ・・あ、ていうかっていうか・・・・」
また頭の中が、ぐちゃぐちゃになってくる。


梨華ちゃんが、砂場の向こう側にあるベンチを振り返った。
「向こうのベンチに座って話そう?」
「う、うん」


129 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時58分31秒


「私・・・・わからなくて」
ベンチに座ると、梨華ちゃんが言った。
「私たち、ごっちんが怒るようなこと、何もしてないよ?」
「・・・・うん」
胸が、ちくりと痛んだ。
“私たち”って、よっすぃの分も入ってるんだね。
「でも、もしかしたら、知らないうちに何かしちゃったのかな・・・・」

そういうんじゃないよ。
言おうと思ったけど、声が出てこなかった。
あたしは、必死に首を振って、梨華ちゃんを見つめる。

「ほんとう?」
「・・・・ほんと」
無理に押し出したから、自分の声じゃないみたいに変な声だった。

130 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時59分15秒

「あのさぁ、あのっ」
「なぁに?」
梨華ちゃんが、あたしの目をじっと見ながら首を傾げた。
「あの・・・・この前は、あのさ、せっかく来てくれたのに、あれ」
今度は言葉がたくさん、溢れてきちゃって。
あたしは、その海に溺れそうになった。

「ごっちん大丈夫、私、聞いてるから」
あたしは、梨華ちゃんの言葉にすがるように頷く。
「梨華ちゃん、あの・・・・」
「うん」
「ごめんね」
口に出した途端、力が抜けた。

「なんで?」
梨華ちゃんが言った。
「・・・・え」
「今、どうして謝ったの?」

131 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)20時59分47秒

「だって・・・・なんか・・・・・・」
「うん?」
「・・・・がっかりしたでしょ、梨華ちゃん」
「がっかり?」
「自己チューなやつだって、思ったでしょ」
「全然?」
そんなさ、わざわざ意外そうな顔、しないでもいいよ。

「いいよ、べつに。がっかりされんの、慣れてるし」
あたしは、明るく言った。
「後藤って、性格ワルイいんだ〜」
声が震えてるのがバレちゃわないように、少し笑う。
「梨華ちゃんみたいに、いい子じゃないからさぁ」

132 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時00分21秒

梨華ちゃんが、勢いよく立ち上がった。
あたしもつられて、立ち上がる。
「あーあ・・・・なんか、やだな」
梨華ちゃんのため息が聞こえた。


・・・・・・なんだよぅ。
人が必死な思いで、謝ったのにさ。
もうじき、お別れなんだよ?
ずっと一緒に、いられなくなるのにさ。

133 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時00分58秒

けど、梨華ちゃんは、そんなこと知らないから。
あたしが卒業するなんて、知らないから。

それ知ったら、梨華ちゃんどんな顔するかな。
悲しむかな。
泣くかな。
後藤のこと、わかってくれるのかな。


134 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時01分31秒

「あのさ、梨華ちゃん」
言いかけた時、梨華ちゃんがこっちを向いた。

「よっすぃもずっと、気にしてるよ?」
あたしの言葉は、のどの奥にひっかかったまま、出てこない。

135 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時02分01秒

「毎日ね、よっすぃ、ため息ばっかりついてるの」
梨華ちゃんの口から“よっすぃ”って言葉が出るたんびに、胸が、どすーんと重くなる。
「だから、よっすぃにも・・・・」


「はぁ? なにそれ」
ようやく出てきた言葉は、のどの奥にひっかかってたやつとは違ってた。
「意味わかんない」

わかんないのは、後藤だよ。


136 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時02分33秒

『えっ! よっすぃもいるの?』

『じゃあ・・・・行こうかな』

『よっすぃもずっと、気にしてるよ?』


137 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時03分44秒

「梨華ちゃんは結局、よっすぃじゃん!」
ダメだよ、こんな夜に大声で。
近所迷惑になっちゃう。

「よっすぃ、よっすぃって。そればっかじゃん!!」
すっげー。今、エコーかかってた。
ドラマだったらさ、今ので、一発OK間違いなしって感じ。




138 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時04分25秒


「そう・・かもしれない」
つやつやした梨華ちゃんの唇が開いた。
「ごっちん、私ね」

ああ、もう、そこまででいいや。
ほんと、うん。

急に、脚がガクガクしてきた。
なんだか、寒い。


わかってるってば。
わざわざ言わないでも。
だから・・・・・・お願い、梨華ちゃん。

139 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時05分05秒


「・・・・よっすぃが好きなの、LOVEの意味で」



140 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時05分41秒

キーン
て、なった。耳の奥が、やばいくらいに。
「変でしょ、キショイでしょ」
キーーン

「あ、心配しないで」
梨華ちゃんが早口に言って、あたしを見上げる。
「ごっちんのことは、そんな目で見たこと、ないよ?」

キーーーン


141 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時06分16秒

「でも私、よっすぃもごっちんもね、両方、大好き」

なんか、倒れちゃいそうだよ。
ちょっと黙ってよ。

なに、両方、大好きって。
『LOVEの意味で』とか、今どき誰も言わないよ。
古い少女マンガの読み過ぎじゃないの?


“LOVE”と“LIKE”。
・・・・・・月とすっぽん。


142 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時06分52秒

「関係ないじゃん」
「え・・・・?」
「梨華ちゃんが誰を好きだろーと、べつに、あたしには関係ないんだけど」

平坦な声が聞こえる。
ロボットみたいな、後藤の声。
「てかさぁ、メンバー好きとかって、マジあり得なくない?」


143 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時07分31秒


ミーンミーンミンミンミ〜

いつから鳴いてたのか、セミの声が耳に入ってきた。


「私・・・・帰るね」
梨華ちゃんが、言った。


144 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時08分07秒

遠くなってく梨華ちゃんの背中。
追いかけたいのに足が動かなかった。


・・・・・・どうして後藤、こんなに傷ついてんの?

145 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時08分39秒


知ってるよ、どうしてか。

言葉に支配、されちゃって。
大事な一言だけが、出てこない。
出てくるのは、思ってるのと違うことばっか。

構ってほしいよ。気にしてほしい。
でもそれだけじゃ、満足できなくなっちゃって。


あたし、梨華ちゃんが好きなんだ。



****************************************
146 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月02日(火)21時09分47秒
   *
   *
147 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月02日(火)21時10分26秒
   *
   *
   *
148 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月02日(火)21時11分01秒

今回は、ちょっとばかり送らせてもらいました。
更新終了です。

次回、ますます心は乱れます。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

149 名前: 投稿日:2003年09月03日(水)12時59分50秒
やっぱりいしごまだぁ!!
刹那過ぎるこの展開。素直になる事も大事だと思うぞごっちん
150 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時06分45秒
****************************************


「この間の・・あれだけど」
「ああ・・・・うん」
よっすぃが、硬い表情で頷いた。

「おはようございまーす」
すぐ横を、顔見知りのスタッフが急ぎ足で通っていく。

「あ、おはようございまーす」
あたしとよっすぃも、返した。
元気よく、笑顔で、返した。

空っぽで真っ暗な、あたしの心。
それでもあたしは、“モーニング娘。の後藤真希”だから。
みんなに夢を与えなくちゃなんない。


151 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時07分24秒

「こっちから誘ったのにさぁ、なんか」
あたしは、よっすぃから目を逸らす。
「ちょっと、変だったよね?」

よっすぃは、それには答えなかった。
小さくため息をつくと、言った。
「梨華ちゃんは?」
胸が、ズキズキ痛い。
2人の絆、見せつけられてばっかだね。

「梨華ちゃんには、昨日、謝った」
「昨日?」
よっすぃの声が低くなった。
「あ、いや、夜に家、来てくれて」
「・・・・うん」
「つっても、あの、公園でちょっと話しただけっていうか」
言えば言うほど、言い訳っぽくなって。
なんもないのに、後ろめたい気持ちになってくる。
「ほんと、ごめん」


152 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時07分54秒


「なんかさー」
しばらく黙ってたよっすぃが、言った。
「・・・・ごっちんらしくないよ」

後藤らしさって、なんなんだろ。
“後藤らしい”って?
どうすればみんな、満足してくれるの?

どうしたらいいか、わかんないから。
「そうかも、あはは」
とりあえず、笑った。
「今ちょっと、夏バテでさぁ。だからかなーなんて」

153 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時08分24秒

そして、一気に言った。
「あ、そうだ忘れてた、おめでとう」
昨日、一晩中考えて、言うことにした言葉。
よっすぃが、“何が?”って顔でこっちを見た。


「付き合ってんでしょ?」
「付き合ってるって・・・・誰のこと?」
よっすぃは、きょとんとしている。
ハトが豆鉄砲食らった、みたいな感じの顔で、怪訝そうにあたしを見てる。

「もー、知ってるんだって。隠さなくたっていいじゃんよ〜」
とぼけんのは、ナシだよ。
あたしは、よっすぃの次の言葉を待った。
でも、よっすぃは何も言わない。

154 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時08分57秒

不意打ちがいけなかったのかな。
・・・・・・それとも。
真っ暗な後藤の中に、細い一筋の光が差し込む。


「なんだ、知ってたんだ」
よっすぃが、静かに言った。

光はシャットアウトされて。
あたしはまた、がらんとした暗闇に戻された。
「見てればわかるよー、ラブラブだもん」

155 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時09分33秒


誰かが笑ってる。
・・・・ああ、あたしの声じゃん。

ほんとにドラマやったことあって、よかった。
こんなに演技の才能あったんだなぁ、後藤ってば。
知ってた、梨華ちゃん?


156 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時10分13秒

「ごっちん」
トイレの個室を出たら、そこに梨華ちゃんが立ってた。

だけど、今はまだ無理だよ梨華ちゃん。
蛍光灯の明かりが眩しすぎるから。
梨華ちゃんの顔、まともに見れる自信ない。


「あの、ちょっと今、急いでんだ、ごめん」
目を合わせないままトイレを出ようとしたあたしに、梨華ちゃんの声が追っかけてきた。
「昨日は楽しかったね!」


そういうのって、かえってキツイよ。
どうしたらいいのか、わかんなくなる。


157 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時10分46秒


・・・・・・これだから、イヤだったんだよ。
つらいことばっかなんだもん。

意地とプライドが、あたしをおおって。
後藤の勇気、奪い去っていくから。

158 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時11分18秒


理想の人生だって、考えてあるんだよ。

運命の人といつか、出会って。
結婚して、子供産んでさ。
おじいちゃん、おばあちゃんになっても、2人は仲良しで。
友達みたいな夫婦。
一緒に公園、散歩したり。
はりきって、海外旅行しちゃったりなんか。

最期はね、“あなたと結婚してよかった”って言えるような。
そういう人生。

159 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時11分50秒

もちろん後藤だって、そう台本どおりにはいかないことくらい、わかってるけど。
それでもきっと、楽しいことのほうが多い人生になる。

男には、女。
女には、男。
自然の流れに乗ったほうがいいに、決まってるよね。

自然の流れのエスカレーター。
逆走なんかしないほうがいいに決まってる。


160 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時12分21秒

男の子の優しさは、いつも力強くて。
あたしを包み込んでくれる。
安心、させてくれる。

けど。
女の子の優しさは、たまに残酷で。
あたしを不安に、させる。


自然の流れってやつに。
戻るなら、今しかないんだろうなって。
そう、思うよ。



****************************************
161 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時12分52秒


後藤のせいで、空気が重くなってる。
“モーニング娘。”全体が、どんよりと、気まずい雰囲気に覆われてる。


みんなも、よっすぃと梨華ちゃんから事情は聞いてるんだろうけど。
誰も、あたしを責めたりしない。
何も言わない。
ただ遠巻きに眺めてるだけ。

気持ち悪いよ、そういうの。
どうせならさ、責めてくれればいいのに。

162 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時13分28秒


「急に静かになったねー」
なっちが、向かいの席のパイプ椅子を引いて、座った。
「うん」
「さっきまで、うっるさかったけどねー」
「そうだね」
「はー、静か!」
「うん」

「こう暑いと、のど渇かない?」
ガサガサ
スーパーの袋かなにかの音をさせながら、なっちが言う。
「うん、ね」
「楽屋で2人なんて、久々でない?」
「そうかも」
「あー、暑いわぁ」

163 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時14分03秒


・・・・そうだよ、逃げてるよ。

必死に雑誌、読んでるふりして。
適当に、返事して。

何か訊かれたら、どうしよう。
なんて答えればいいんだろう。
考えてばかりいて。
いっそ責めてくれなんて、ただのきれい事で。

164 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時14分37秒

けどさ、わざとらしく後藤の正面に座ったりとか。
『のど渇かない?』とか。
いかにも、今から尋問始めますって感じじゃん。


「これでもお飲み」
とん
なっちが、目の前のテーブルに、ペットボトルを置く。
「ああ・・・・うん」
観念するしかないみたいだね。
あたしは、雑誌を閉じた。

165 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時15分12秒

「乾杯しよ!」
なっちが、楽しそうに言った。
お茶のペットボトルを片手に持って、あたしを見ている。

いいね、楽しそうで。
人のもめ事って気楽だよね。
こっちは全然、そんな気分じゃないよ。

「乾杯ー!」
「かんぱい」
ベコッ
今の後藤にぴったりな、シケた音がした。

166 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時15分45秒

「ぷぷぷ」
なっちが笑う。
「なぁんか、おかしいね」
「なにが?」
「な〜にがって、ごっつぁん」
なっちは、手の平をくねりとさせた。
テレビで見かける“ちょっと、奥様〜”みたいだ。

「2人で向かい合って、ペットボトルのお茶飲んで」
「うん」
「一応、アイドルでない?うちら」
「そうだね」
・・・・なっちが言い出したんじゃん。
それより、話あるんでしょ?
早く話しちゃってよ、落ち着かないよ。

167 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時16分21秒

なんも笑えることなんてないのに、なっちはいつまでも、コロコロ笑ってる。
さんざん笑ったかと思ったら、そのまま、雑誌を読み出した。


あれ?
尋問すんじゃなかったの?
拍子抜けして見ていると、ドアが開いた。

168 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時16分53秒

「たっだいま〜」
コンビニの袋を振り回しながら、やぐっつぁんが入ってくる。

・・・・やぐっつぁん待ちだったのか。
2人がかりで尋問なんだ。
あたしは今度こそ、覚悟を決めた。

169 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時17分25秒

「おっや〜、なっちとごっつぁんだけ?」
やぐっつぁんは楽屋を見回して、ひょこひょこ肩をすくめた。
「だったら出しちゃえ」
コンビニ袋から、お菓子の箱を取り出す。

「これ新製品なんだけど。すっげーうまいのー!」
「知ってる、ヤグチがこの前くれたのでしょ?」
興奮気味に、なっちが言った。
「そ。あれ」
「超ー美味しいね、あれね」

「食ってみ、ごっつぁん」
やぐっつぁんが、お菓子の箱をこっちに滑らせた。
「うまいから」
「食べてみそ」

170 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時17分58秒

2人が、こっちを見てる。
お菓子なんて、べつにいらないんだけど。
取調室のカツ丼みたいなもん?
断るに断れなくて、新製品だっていうスナック菓子を1個、口に入れた。

「どうよ?」
やぐっつぁんの視線が痛い。
「うん、おいしい」
「でしょでしょ、ハマる味だべ?」

「ごっつぁん、もらったー」
なっちが素早い動きでやって来くると、お菓子をつまむ。
「ヤグチ、ほんっと美味しいわ、これ」
「全部、食うなよ」

・・・・だから、お菓子なんて、どっちだっていいからさ。
早く尋問、始めちゃってよ。

171 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時18分30秒

「まだまだ、あるんだぜーい」
やぐっつぁんの披露は続く。
「タラリラッタラー、消しゴム〜!」
「ちょーっと、ヤグチ。なーにー?」
「消しゴムだよ。えー、プラスチック消しゴム?」
「消しゴムくらい、知ってますー」
なっちが、口を横に広げて言った。
「その変な音のことですー」

「タラリラッタラー!」
「だーから、なにー?」
「ドラえもんだよ、わかんなかった?・・・・なっち、その顔ヤバイ」
「あ、やばい?」
「声まで真似してただろって。気付けよ」
「似てなさすぎてー通じませんでしたー」

172 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時19分01秒


だーかーらーなーにー・・・・・・訊きたいのは、こっちなんですけど。
尋問は?


やぐっつぁんがまた、袋から何かを取り出した。
「タラリラッタラー、ゴム風船!」
「なぁんで、風船なの?」
「ん? ちょっとあのー、つながりの関係で」

「タラリラッタラー、噛むゴム!」
「普通にガムって言えばいいんでない?」
「ま、とりあえず黙って見ててよ」
「ヤグチー!」
「キャハハ」

173 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時19分33秒

なんだ・・・・そっか。
べつに後藤なんて関係なかったんだね。
尋問!?とか身構えてたけど、それ以前の問題。

・・・・・・どっちでもよかったんだね、後藤のことなんて。
また、勘違いしちゃったよ。

174 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時20分03秒

「タラリラッタラー、ゴム草履!」
やぐっつぁんの袋からは、次々にいろんなものが出てくる。
「ビーチサンダル?」
「そ、ビーサン」
「どーしてそんなの買ったの、ヤグチ」
「これ、めっちゃカワイイと思うんだけど」
「あー、そうねー」


「・・・・オイラのこと、バッカで〜って思っただろ、今」
「まさかー・・・・ぷぷぷ」
「もういい。なっちには、最後の1個は見せてやらん」
本気でムッとした感じに言って、やぐっつぁんはクルリとこちらを向いた。

175 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時20分34秒

「ごっつぁん、ごっつぁん」
やぐっつぁんが手招きしてる。
「んー?」
・・・・なんだろう。

あたしは、客席にいたのに舞台に呼ばれたみたいな気分で、やぐっつぁんの横に立った。
ちょっと足元が、ふわふわする。


176 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時21分04秒

「なんも言うなよー?」
やぐっつぁんが、ニヤリと笑ってあたしを見上げた。
「特別だぞ〜、ごっつぁん」
「ん?」
「袋の中身、なっちには内緒だぞ〜?」
「・・・・おう」
よくわからないけど頷くと、やぐっつぁんが袋に手をかけた。
「ほーら見てごらん」

バッ!


177 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時21分37秒

「お〜」
あたしは思わず、鼻の下を伸ばす。
「おー、だべ?」
「お〜、だね」
「いるか? いるか?」
「うーん・・・・まだあるけど」

「ちょーっと、なにー?」
なっちが、後ろでビョコビョコ飛んでいる。
「見せてよ、ヤグチー」
「しっしっ。あ、ここだけの話にしといて」
やぐっつぁんはなっちを押しのけると、目くばせした。
「うんうん」

178 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時22分12秒

「それとさ、ごっつぁん」
やぐっつぁんが、言った。
「圭ちゃんが、めっちゃ心配してたよ」
「そー、圭ちゃんねー、保護者の方ですか?みたいなねー」
なっちが、コロコロ笑う。

「だから全部、自分で溜め込むなって」
「うっちらっもいっるんだぞー」
「なっちじゃ頼りにならん、オイラオイラ」
「なーにーヤグチ!」
「キャハハハ」
「・・・・あは」

179 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時22分47秒


遠巻きに、眺めてるんじゃない。
後藤が元気、出るようにって、こんなに近くで気を使ってくれてる。
きっと、他のメンバーも、それはおんなじで。

そんなことにも全然、気付かないなんて。
それどころか、がっちり身構えちゃって。
ダメだなぁ、あたしって。
ほんと、どこまでニブイんだろ。

180 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月03日(水)19時23分20秒

ありがと、なっち。
ありがと、やぐっつぁん。

お礼と言ったら、なんだけどさ。
袋の中身がなんだったのかは・・・・後藤の胸に、しまっとくことにすんね。



****************************************
181 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月03日(水)19時24分26秒

短めですが、更新終了です。
次回で、第1部はラストになります。

お楽しみに(・・・・していてくださいね!)

182 名前:101 投稿日:2003年09月03日(水)20時34分15秒
更新お疲れ様です。
ほんとこの小説好きなんで、更新が早めで嬉しいです。
せつねぇなごちーん(w
ラストはハッピーエンドになるんでしょうか…楽しみに待ってます!
183 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時40分13秒
****************************************


ミーンミンミンミンミ〜

夜の公園。
この前と同じ、シチュエーションだね。
梨華ちゃんと後藤、2人だけ。


ジジッ・・・・
セミが気を利かせて、どこかへ飛んでいってくれた。


184 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時40分55秒

ベンチに腰を下ろすと、太ももの裏側が、チクッてなった。
木のベンチだから、トゲが刺さったらしかった。

今日もジーパンにしとくんだったよ。
梨華ちゃんと会うからって、ナマ脚にする必要なかったかも。
どうせ夜なんだし。
あー、痛い。

・・・・トゲ刺さったなんて、かっこ悪いなぁ。
あたしは、梨華ちゃんに気付かれないように、そろそろと手を伸ばしてトゲを探す。

185 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時41分25秒

「迷惑だった?」
梨華ちゃんが言った。
「ん?」
途端にトゲの痛みも、どこかへ飛んでいった。
「べつに」

「・・・・良かった」
梨華ちゃんが、微笑んだ。
梨華ちゃんの唇が、つやつや光ってる。


この唇・・・・よっすぃのものなんだ。
胸が、ぎゅっと苦しくなった。
梨華ちゃんの心も体も、ぜんぶ、よっすぃのものなんだね。


186 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時42分03秒

「あの、梨華ちゃん」
「なぁに?」
「この前は失言ていうか、暴言ていうか」
「うん?」
「だからさ、忘れて・・・・っていっても無理かもだけど」

「ううん。ごっちんの言う通りだよ」
梨華ちゃんが、ゆっくり言った。

「私、昔からそうなんだ。自分のことばっかり、話し過ぎちゃうみたい」
「うん」
「・・・・でね、うざがられちゃうの」


飾らない、梨華ちゃん。
まっすぐな、梨華ちゃん。


187 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時42分37秒

「こんな話するから、うざいのかな?」
弱々しい声になった梨華ちゃんの目を、まっすぐ見れなくて。

視線を落とすと、つやつやの唇が目に入って。
『よっすぃが好きなの』
苦しくなる。

「ウザイかも」
ほんとのことが、言えなくなる。

「そうだよね。ごめんね、ごっちん」
・・・・・・抱きしめたくなる。

188 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時43分10秒

もし今いきなり後藤が梨華ちゃん、抱きしめて。
そのままキスしたらどうなるんだろうとか。
一瞬、頭の中で考えて、切なくなる。

だって、あり得ないから。

梨華ちゃんは後藤の、大切な親友だから。
よっすぃは後藤の、大切な、親友だから。


189 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時43分41秒

「梨華ちゃんてさぁ、大人だよね」
「な、なんで!?」
梨華ちゃんが、高い声で言った。

「あたしはなんか・・・・子供だなぁ〜って、ね」
「そうかな? ごっちん、私よりずっと大人っぽいよ?」
「ううん」
「メンバーからもさ? すっごく尊敬されてるし」
「そんなことないよ」
「あるよ? 本当なんだから」
そうだとしても、それは、あたしが・・・・。

190 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時44分52秒

「私ね、ずっと、ごっちんのこと尊敬してたんだ」
「えっ?」
「だって・・・・・・」
梨華ちゃんが恥ずかしそうに、俯いた。
「ごっちんは無口だけど、大事なところで、絶対いいこと言うんだもの」


じぃーん・・・・・・・・・・

ナニカが胸をこみあげてくる。
一語一語、確かめるようにしてしゃべる、梨華ちゃんの横顔。
なんだか、吸い込まれそうで。

191 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時45分27秒

「ちがうよ梨華ちゃん。ウソの後藤なんだよ、それ」
梨華ちゃんが、ちょっと目を見開いてこっちを向いた。

「ウソの後藤なのに、みんな、後藤は成長した、大人になったなって・・・・」
あたし、なに言っちゃってんの?
「そんなんじゃ、ダメだよね? 後輩だっていっぱいいるしさ、しっかりしなきゃだよね」
ほら、梨華ちゃん、びっくりしてるよ。


もう止めよう。
・・・・かっこ悪いって。

「早く、ほんとの大人になんなきゃなのにさ」
あたしは深呼吸して、ベンチの背もたれに寄りかかった。

コワイよ。
自分で自分がコントロールできなくなってる。
ぜんぶ、梨華ちゃんのせいだ。


192 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時46分03秒

「ごっちんは、大人になりたいの?」
少し掠れた、梨華ちゃんの声が聞こえた。
「・・・・え」
「大人って、ならなきゃって思って、なるものなのかな」
「だって、だってさ」


しょうがないじゃん。
みんなから、『大人っぽい』って言われて。
後輩もどんどん、入ってきて。
これからは一人でやってかなきゃ、なんなくて。

大人になるしか、ないんだもん。
じゃなかったら、居場所がないんだもん!

193 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)21時46分35秒


けどそれは・・・・言い訳だよね。
こんなこと梨華ちゃんに言っても、どうにもなんないよね。
梨華ちゃん、困らせる、だけだよね。


194 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時48分08秒

顔を上げたら、梨華ちゃんは、やわらかく笑ってた。
お姉さんな、梨華ちゃん。
後藤の中のどっかの栓が、ポンと抜けた。

「梨華ちゃん」
「なぁに?」
「ほんとはさ」
「うん」

「ほんとは、後藤・・・・・・大人になんか、なりたくないよ」
ずっと、子供のままがいい。

195 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時48分57秒


べつにね、それだけで泣いたわけじゃないよ。
でも気付いたら、涙は、ぽたぽた落ちて、太ももをつたってた。
我慢しても、ひっくひっくなって、息が苦しい。

いっつも梨華ちゃんのこと、ネガティブだとか言ってからかってんのに。
かっこ悪すぎ。
早く泣きやまないと、また梨華ちゃん、困っちゃう。
あたしは、手でごしごし涙をこすった。


196 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時49分40秒

くすっ
梨華ちゃんが笑った。
「ほんとうに、子供みたい」

ガーーーン!!


わ、笑われたよぅ、泣いてるとこ見られて、んで今、くすって!
・・・・・・まじサイアク。

197 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時50分11秒

「でも私は、ごっちんのそういうところ、好きだけどなぁ」
梨華ちゃんが、あたしの頭をぽんぽんと軽く叩いて言った。
そしたらまた、涙が、グアーッって溢れてきちゃった。
サイアクだけど、でも。


「ひーん・・・・梨華ちゃ〜ん」
あたしは、梨華ちゃんにしがみついて、泣いた。
その間ずっと、梨華ちゃんは背中を撫でてくれてた。


198 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時50分47秒

梨華ちゃんの手は、魔法の手だ。
ぐちゃぐちゃした、いろんなことが全部、涙と一緒に流れていくのを感じる。


ごめん、よっすぃ。
今だけだから、許してね。



****************************************
199 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時51分18秒


「えっ!」
よっすぃが、目をまん丸くして、振り返った。
「梨華ちゃんのこと好きだって言った、今?」
「うん」
眩しい太陽に手をかざしながら、あたしは大きく頷いた。

よっすぃ、びっくりしてるな。
そりゃあ、そうだよねぇ。
寝耳にナントカだもんねぇ。

200 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時51分52秒

生ぬるい風が吹いた。
べったり湿った風は、草の匂いがする。


「最近、気付いたばっかなんだけどね」
「・・・・最近?」
「そう最近」
よっすぃの肩越しに、カメラマンに向かってポーズをとってる梨華ちゃんが見えた。
「フォーカス!」
あたしは、指で作った枠を左目にあてて、梨華ちゃんにズームインする。

201 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時52分26秒

「でも梨華ちゃん、アタシと付き合ってんだよ」
よっすぃが言った。
「そうだねぇ」
知ってるけど、もうね、いいの。
だって、あたしが梨華ちゃんを好きだってのは、どうしようもない事実なんだから。


世の中の自然の流れってやつが、どうでもさ。
よっすぃや梨華ちゃんに、流れがあるように。
後藤の流れってのも、あるわけで。

それに逆らうほうが、世の中の流れに逆らうよりも、もっとずっと。
つらいことなんだって、気付いたんだよね。


202 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時52分59秒

「後藤は梨華ちゃんが、好き〜!」
もう一回、声に出して言ってみる。

うん。
後藤の流れ的には、やっぱこれが自然なんだ。
本当のこと言うって、こんなに気持ちいいもんだったんだね。


203 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時53分30秒

よっすぃが芝生の上に、どかっと座りこむ。
あたしもよっすぃの隣に、体育座りした。

「最近気付いたって、なんかきっかけでもあった?」
よっすぃが言った。
「うーん」
きっかけっていうと、公園の時だけど。


でもなぁ、たぶん。
もっと前から好きだったような気もするし。
梨華ちゃん見てたら、キスしたくなったことは言えないし。
胸が、ぎゅって苦しくなって、ギュッと抱きしめたくなったことも言えないし。
しがみついて泣いてたら、どんどん気持ちよくなっちゃったとかも言えないし・・・・・・。


204 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時54分03秒

「桃色片想いってのも、いいかなぁ〜みたいな、ねぇ」
「ハァ?」
「これはねぇ、ピンクじゃなくって桃色なとこが、ポイント」
「なんだよ、それ・・・・」
あたしがテンション高いからか、よっすぃはなんか、憂鬱そうな顔してる。

「だーいじょうぶだって。取ったりしないから、ゼッタイ」
あたしは手を挙げて、宣誓のポーズを取った。
「約束する!」

205 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時54分34秒


まぁ、約束するとか言ったって。
どうせ2人、付き合っちゃってんだけど。
ちょっと図々しい感じだったかなぁ、ニブイのに。
後藤はほんと、ニブイからね。
2人がそんなことになってるとか、なかなか気付かなかったし。


「付き合ってないよ」
まるであたしの頭ん中が読めたみたいなタイミングで、よっすぃが言う。
「え?」
「付き合ってない」


付き合ってない?
えーと、付き合ってないってことは・・・・。

「別れたの?」
「バーカ」
よっすぃは、足元の草をぶちっとちぎって、投げつけてくる。
「あっ、自然破壊!」
「いいんだよっ、どうせ土に還るんだから」

206 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時55分05秒

「ねぇねぇ、付き合ってないってなんで?どうしたの?」
「梨華ちゃんは、ただのメンバー、ただの友達」
ぶちっ
また自然破壊しながら、よっすぃが言った。

「ほんとに?」
「決まってんだろー」

207 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時55分38秒

「じゃあ、どうして嘘ついたの、よっすぃ」
「なんとなく・・・・かな?」
「困るよ、なんとなくとかいって」
「ハハッ、ごっちんの口癖じゃん」
よっすぃが、楽しそうに笑う。


・・・・ほんとかなぁ。
よっすぃって絶対嘘つかないと思ってたけど、嘘ついたし。
梨華ちゃんと、超いい雰囲気だったし。
ほんとは付き合ってんじゃないの?
これ信じて、実は付き合ってましたーとかだったら、立ち直れないよ。

208 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時56分11秒


「てか、マジでなんで?」
あたしは、手の下にあった小石をはじき飛ばしながら言った。
「結構ショックだったんだけど」
よっすぃが、気まずそうに目を伏せる。
「ごめん、まさか・・・・本気にするとは思わなかったからさ」

「本気にすんに決まってんじゃん」
「あの、ごっちんがさ・・・・」
よっすぃは真っ赤な顔で言うと、言葉を止めた。
あたしは横から、よっすぃの顔を覗き込む。

「あり得ないって?」
「うん・・メンバーだし・・・・」


『・・・・ハハッ。あり得ねぇ〜!』
あれ、嘘じゃなかったのか。

209 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時56分43秒

「女同士だし?」
「うん・・・・」
「なんか、あり得ちゃった!」


よかった。
付き合ってないんだぁ、よっすぃと梨華ちゃん。
よっすぃは梨華ちゃんのこと、ほんとにただの友達と思ってるんだ。
そしたら、見込み出てきたかも。


210 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時57分17秒

遠くのほうで、犬がフリスビーを追いかけて走り回ってるのが見えた。
あの犬、梨華ちゃんみたい。
1つのことしか目に入ってない感じが・・・・。

「見てよ、よっすぃ」
「うん?」
「フリスビーのやつ」
「黒い犬?」
「んふ。梨華ちゃんと似てる」
「・・・・そうかー?」
「うん、見てると笑っちゃう」


211 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時58分02秒

よっすぃが、大きなため息をついた。

「・・・・残酷だよなぁ、ごっちんてさ」
「残酷ぅ〜?」

なんで、いきなり?
ニブイっていうんなら、わかるけど。


たまに意味わかんないこと言うんだよねぇ、よっすぃって。
ツーカーセンサーまでニブくなってきちゃったかな。
もっと訓練しなきゃ。
とかいろいろ考えてたら、よっすぃがニヤニヤしてこっちを見てるのに気付いた。
笑いながら、手に持った草を、ちまちま投げつけてくる。

212 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時58分40秒

「ちょっと、よっすぃひどくない?」
「そんぐらいしても当然なの、アタシはっ」
「なんでよー。なんの権利があってそんなこと言うんだよぅ」
あたしは、頭の上の草を払いながら反論する。


「へっへぇ〜」
よっすぃが変な笑い声で立ち上がった。
初めて聞く感じの、アヤシイ笑い方だ。
はっ、まさか。

あり得ないふりして・・・・やっぱ付き合ってるんだったりして。

213 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時59分13秒

「ほんとに付き合ってないの? 梨華ちゃんと」
「アハハ」
何気に真剣に訊いてるのに、よっすぃは楽しそうに笑うだけだ。

肝腎なとこだよ、ここ。
友情がかかってんだから。


あたしは、しびれを切らして叫んだ。
「もー! コクっちゃうよ、梨華ちゃんに」
「コクればー?」
よっすぃが、両手いっぱいの草を、空に向かって放り投げた。
「コクっちゃえよ、ごっちん!」

「ぶぇっ、ぺっ、ぷっ。口に入ったじゃん」
「へん、ざまぁみろ!」
「う〜、ジャリジャリする・・・・」
「ハッハッハー」
「も、よっすぃー!」


214 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)21時59分44秒

「親友って、いいよね」
いきなり、よっすぃが、しみじみした口調で言った。
「突然だったねぇ、今よっすぃ」
「ウチら、親友だよね?」

よっすぃがなんで、突然そんなこと言い出したのかはわかんないけど。
めちゃめちゃ嬉しくて。

「おう、あったぼうよぅ」
あたしは、ガッツポーズで答える。
「あったぼうかよ!」
「うんっ。あったぼー!」
「あった、棒。アタシって、オモシロイねぇー」
「ぬぅ。よっすぃそれ、どうなの?」

215 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)22時00分20秒


「あ、梨華ちゃんだ。梨華ちゃぁ〜ん!」
よっすぃが叫んで、手を振った。

「よっすぃー、ごっちーん」
遠くのほうから、梨華ちゃんがこっちに向かって、走ってきてる。
本気で走ってるのはわかるけど、ちょっと足元がふらついちゃってる。
「あは」
あ〜、フリスビー投げたい。


2人で手を振ると、後ろに見えるメンバーのみんなも、手を振り返してきた。
うちらの仲直りを、ほんとに喜んでくれてるみたいだ。
迷惑かけちゃったなぁ。

216 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)22時01分29秒

「また食わしてよ」
照れくさそうに、よっすぃが言った。
「んー?」
「とうもろこし」

「そ〜だなぁ・・・・そのかわり、大変だよー?」
「大変って?」
「ふふ〜ん」
さっきのお返し。
あたしは、意味深に笑ってみせる。

217 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)22時02分00秒


「・・・・何させる気だよ、ごっちん」
よっすぃが一歩、体を退いた。

「サイン書くの、手伝ってよ」



218 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月04日(木)22時02分33秒



         〜 第1部 終わり 〜 第2部へ続く 〜



****************************************
219 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月04日(木)22時04分44秒
****************************************


“〜 遠い日のうた 第1部 〜とうもろこしは、知っている〜”終了です。
第1部は、ごっちんが自分の気持ちに気付くまでを書いてみました。

第2部へ進む前に、次回、ちょっと箸休め・・・・というより何気にメイン?
よっすぃ視点の番外編を挟みます。

うへぇ、お腹いっぱい、もーいらん。
と言われてしまわないように、番外編は、少しだけ調理法を変えてみようと思います。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

220 名前:名無しです 投稿日:2003年09月04日(木)22時27分46秒
よっすぃー、ホントかなぁ…
それも次回からので分かるようですし…(?)
更新が早くて毎回楽しみです^^頑張って下さい〜
221 名前: 投稿日:2003年09月05日(金)20時05分51秒
あ〜、フリスビー投げたい。
にニヤけてしまったw
番外編も楽しみにしてます。
222 名前:182 投稿日:2003年09月05日(金)21時16分44秒
第一部完結お疲れ様でした。
なんとなく吉澤の態度と言葉が気になりますね。
今度こそ波乱の予感?
とにかく楽しみにしています。がんばってください!
223 名前: 投稿日:2003年09月05日(金)21時17分19秒
すいません…ageちゃいました。
224 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月06日(土)21時02分19秒

では予告通り、よっすぃ視点の番外編を。
2回に分けようかとも思ったのですが、なんだかうまく切れないので一気にいきます。


225 名前:とうもろこしは、知っている 【番外編】 投稿日:2003年09月06日(土)21時03分04秒
****************************************

“〜 遠い日のうた 〜とうもろこしは、知っている【番外編】〜”

****************************************
226 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時03分40秒


「よっすぃ聞いてよ、梨華ちゃんがさぁ」
「見てるとなんか、面白いよねぇ、梨華ちゃんて」
「梨華ちゃんの前髪・・・・」
「梨華ちゃんのしゃべり方って」


梨華ちゃんの話をする時。
ニカッ
ごっちんは、大きな口を開けて楽しそうに笑う。
そして、優しい目に、なる。



227 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時04分12秒

最初は、単純に喜んでた。
ごっちんと梨華ちゃん。
2人の間で、いろいろ気を使うことが多かったこともあって。
これをきっかけに、2人が仲良くなってくれれば万々歳ぐらい思ってたような気もする。

どんなに仲良くなろうが、どっちにしても2人の関係は、アタシあってのもので。
アタシがいなきゃ、成立しない。
そんなふうに思ってた。


あの頃のアタシには、自信があったから。
アタシは、どんなごっちんでも、受け止めることができる。
・・・・・・受け止めてきたんだから。


228 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時05分05秒

いろんなことに自惚れていたアタシの目は、すっかり曇らされて。
見えるはずのものも、見えなくなっていた。



今考えてみれば、それよりもう、かなり前に。
ごっちんの興味は、梨華ちゃんに向いていた。




****************************************
229 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時05分51秒
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


【〜 2001年 夏 〜】



「じゃあね〜」
「お疲れさまでしたー」
「焼き肉、食ってかない?」
「おごり? ねー、おごり?」
「今おごりって聞こえたぁ!」


あちこちで、はしゃいだ声が響いている。
思ったより長びいたダンスレッスンがようやく終わって、みんなハイテンション気味だ。
ほとんどのメンバーは明日オフだから、テンションが上がるのもわかる。
でもアタシには、まんまとラジオの仕事が入っていた。


230 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時06分28秒
いいよなー、休み欲しいよ。
楽しそうなメンバーたちを見て、アタシは、ため息をついた。
イライラしながらポカリを飲んでいると、梨華ちゃんがやって来た。

「よっすぃ、私ね、悩んでるの」
「また?」
「・・・・うん」
困ったような表情で、梨華ちゃんが俯いた。


梨華ちゃんには、いつも何かしら悩みがある。
正直、梨華ちゃんの悩みって、たいしたことないことばかりで。
それくらいのことで悩んでたら、悩んでるだけで人生が終わってしまいそうだ。

だいたい、悩みなんて人に相談するもんじゃないと思う。
本気の悩みじゃないからこそ、こうやって人に言えるのかもしれないけど。
誰かに相談したって解決にはならないだろうし、最後は自分でなんとかするしかないんじゃないかなぁ。

231 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時07分00秒

そんなことを考えている間に、梨華ちゃんの顔は、すっかり暗くなっていた。
「おぉい、梨華ちゃん」
ちょっとうんざりしながらも、アタシは梨華ちゃんの前にしゃがみ込んだ。
「あなたのお悩み、なんてぇの?」
ペットボトルをマイクがわりにして、梨華ちゃんの前に突き出す。
梨華ちゃんの顔に、明るさが戻った。

やれやれ。
アタシは、少し痛む腰を両手で押さえて立ち上がる。


232 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時07分43秒
「あのね・・・・ごっちんのことなんだけど」
「最近、結構、仲いいじゃん」
アタシは軽く皮肉を込めて、梨華ちゃんに言った。
さっきも、2人が楽しそうに話していたのを見たところだ。
「それは、そうなんだけど・・・・」
か細い声で言うと、梨華ちゃんは床に視線を落とした。

「ごっちん、変なことばかり言うの」
「ヘンって? ちょっとこれ、持ってて」
梨華ちゃんに右足の靴下を渡して、アタシは片足を上げた。
支える場所がないから、ぐらぐらする。

233 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時08分17秒
「大丈夫?」
梨華ちゃんが、横から手を出して支えてくれた。
「サンキュ・・・・で、なんだっけ」
靴下を履きながら、梨華ちゃんを見上げる。

「だから・・・・ごっちんが」
「そうだった、ごっちんがヘンて話ね」
「違うよぉ。ごっちんが変なんじゃなくて、変な話するって言ったんだよ?」
「あ、そういうことか。ヘンな話って?」

「・・・・変な、話」
梨華ちゃんの声は、ますます、か細くなっていく。
その様子で、ぴんときた。
「あー、下ネタ?」
「・・・・うん」
ほっとしたように、梨華ちゃんが頷いた。
「“やめて”って言っても止めてくれなくて」
「ああ・・・・」
「どうしたらいいんだろうって、わからなくなっちゃうの」


“梨華ちゃんは下ネタが苦手”
それはメンバー内でも有名な話で。
もちろん、ごっちんもそのことは知っている。


234 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時08分58秒
「からかっただけじゃん?」
少し胸にひっかかるものを感じながら、アタシは梨華ちゃんに言った。
突き放すような言い方をしたせいか、梨華ちゃんが悲しそうに目を伏せる。

「右の靴下」
手を出しても、じっと立ちつくしている。
仕方なしに、アタシは梨華ちゃんの手から靴下をもぎ取った。
「梨華ちゃんもさー、反応しすぎなんだよ」


「・・・・私が、男の子と、ちゃんと付き合ったことがないからかな」
梨華ちゃんが言った。
「ハーァ?」
聞き返そうとした途端、思い出す。
「そういや中学ん時、付き合ってた人がいたとかさー、言ってなかったっけ?」
「だから・・・・・・ちゃんと」
消え入りそうな声で、梨華ちゃんが言った。

「・・・・ああ」
ちゃんと、ね。
梨華ちゃんの言い回しは、いちいち回りくどい。
「それでごっちん、私にあんなことばっかり言うのかな」
「それは違うよー」
「なんで?」
「ごっちんは・・・・そんなヤツじゃないよ」


235 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時09分34秒

梨華ちゃんには、そう答えたけど。
本当はごっちんが何を考えているのか、全然わからなかった。


『梨華ちゃんとかカオリとかってさ、うちらと波長、違くない?』
『なんていうか、クドイしさぁ』
『ちょっと話しただけなのに、超ー疲れた』

『梨華ちゃんの顔見てると、こっちまでユウウツんなってくるよ』
『よく、よっすぃ、梨華ちゃんとずっと一緒にいられんね』

『梨華ちゃんてさぁ、誰かに似てんだけど』
『誰だろ? たぶん、後藤のキライな人な気がする』
『なんかこう、ねぇ。イラッとくんの』

『ネガティブが口癖って、どうよ?』
『ひゃは〜っ。違かった、ポジティブだった!』


236 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時10分14秒

単なる愚痴か、冗談のように聞こえた、そんな言葉も。
ごっちんの目を見てしまってからは、とてもじゃないけど笑えなくなった。

どっちにしてもアタシは、親友であるはずの梨華ちゃんを、一度もかばってあげることはできなかった。


237 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時11分27秒
だけど最近は、そんなこともなくなって。
ごっちんと梨華ちゃんが2人で話している時も、わりと仲が良さそうな感じに見えた。
でも、“仲が良さそうに見える”ってだけで。
・・・・ごっちんのことは、よくわからないから。

やっぱり、ごっちんは、梨華ちゃんを嫌っているのかもしれない。


238 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時12分06秒

次の日のラジオ収録の帰り、アタシは思い切ってごっちんに言ってみた。
「梨華ちゃんに、あんまヘンな話、吹き込まないほうがいいって」
「んはっ」
大きな口を開いて、ごっちんがニカッと笑った。

「べつにヘンな話じゃないよ」
「どんな話したのかは知んないけどさー」
「フツーよ? よっすぃに話してるみたいな感じ」
「梨華ちゃんには、刺激強すぎだよ」

「だってさぁ、梨華ちゃん反応笑えるんだもん」
ごっちんは、梨華ちゃんの真似なのか、眉を八の字にしてみせた。

239 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時12分41秒

「ねぇ、よっすぃ」
「うん?」
「梨華ちゃんて、処女?」

とっさに、アタシは目を逸らす。
ごっちんの目を見ては、いけない気がした。
「・・・・さぁ? とにかく、もうやめてよ?」
「ほーい」


****************************************
240 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時13分15秒

それから少しして、ごっちんと梨華ちゃん、2人の様子がおかしくなった。

アタシが行くと、ハッとした顔をしたり、パタッと話を止めたりする。
梨華ちゃんはなんだか後ろめたそうだし、ごっちんも。
「今日はほんと、いい天気だよねぇ」
いつもはしない、天気の話を持ち出したりする。

241 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時13分46秒
そんなことは、それまでなかったから、ものすごく不安になった。
2人でアタシの悪口言ってんのかな。
この前、余計なこと言ったせいかもしれない。
それとも、あれか?

いろんな失敗を思い出しては、ぐちゃぐちゃ考えてしまう。
だけど、考えてばかりいても、何も解決しない。
悩んだ挙げ句、直接はっきり訊いてみることにした。


242 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時14分27秒

「ごっちん、何か隠してない?」
「ん? あー、バレてた?」
拍子抜けするほど、あっさり、ごっちんは頷いた。
「よっすぃには内緒にしといてくれって言われてんだけどさぁ」
ガガガと椅子をアタシの近くまで寄せて、声をひそめる。

「梨華ちゃん今、彼氏いんだよねぇ」
「彼氏?」
一瞬、理解できずに、アタシはごっちんの顔を覗き込む。
「てことは、誰かと付き合ってんの?」
「そうそうそう、付き合ってんの」
「・・・・へえ」

243 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時15分13秒
「後藤の友達でさぁ、めちゃめちゃイケてるよ」
ごっちんは得意そうに言うと、ふふんと笑った。
「あたしはタイプじゃないけど、マジで顔いいし」
「あ、そうなんだ」
「んでさ、ヤッた子から聞いたんだけど、Hも超うまいんだって」
上機嫌に話すごっちんの声が、耳を通り抜けていく。


ショックだった。
梨華ちゃんは、そんなこと、一言も言っていなかった。

「・・・・いつから?」
アタシは、変に痺れた頭で訊く。
「いつからだっけなぁ・・・・うーんと」
ごっちんが首をひねりながら、指で数え始めた。
「え〜? もうじき1ヶ月経つんじゃん?」


244 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時15分47秒

1ヶ月。
そんな長い間、アタシは、何も知らされずにいたんだ。
ごっちんは、知ってて・・・・アタシだけが、知らなかった。


245 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時16分26秒
「けどもしかして、別れてるかも」
ごっちんが言った。
「アイツにさぁ・・・・あ、梨華ちゃんの彼氏のことね」
「・・・・うん」
テンポ良く話すごっちんの言葉に、アタシは頷く。

頭の痺れは、まだ直らない。

「“最近どう?”みたくメール送っても、返事こないしさ」
不満そうに、ごっちんは椅子の足をかかとで蹴った。
「電話もなんか、つながんないし」

「・・・・どうすんの?」
「そうだねぇ。ま、どうにかするでしょ、2人で」
「アハハ、だよねー」
アタシは、おかしくもないのに笑う。
「あは。もうヤッたのかなぁ、梨華ちゃん」
ごっちんが、楽しげに言うのが聞こえた。


246 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時16分59秒

ぼんやりとした不安が、アタシを襲う。
この前までの不安とは違う、もっと正体のない不安だった。


不安を押し隠して、アタシは、普段通りに振る舞った。
そうしていれば、この正体のない不安は、どこかへ去ってくれるかもしれない。
・・・・・・去ってくれるに決まってる。


247 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時17分39秒

いつも通りの生活をしていくうちに、不安は薄らいでいった。

一時期みたいな、コソコソ、パッ、は、もうない。
当然、アタシが橋渡し役になる必要もなくなって。
ごっちんと梨華ちゃんとアタシの、3人で盛り上がることも多くなった。

かえって前より、3人の絆が深まった気がした。


****************************************
248 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時18分11秒

梨華ちゃんの服が、カワイイ。

これは結構、すごいことだ。
こんなことを言ったら失礼なんだろうけど、梨華ちゃんは、服のセンスが悪い。
でも今、梨華ちゃんが着ているトレーナーは、かなりカワイイ。
紺色の生地に黄色と赤がいい感じで入っていて、シンプルなデザインなのに、地味じゃない。


249 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時18分43秒
「珍しいね、梨華ちゃんがそういう服、着るなんて」
アタシは、トレーナーを指差して言った。
「似合ってんじゃん」
「うふ、これ?」
梨華ちゃんは、トレーナーのお腹の辺りを指でつまむと、嬉しそうに笑った。
「ごっちんに、もらったんだー」

あっという間に、あの痺れがやってくる。

「へえ・・・・すごいなぁ」
「でしょー。今とっても、お気に入りなの」
ウキウキした口調で言って、梨華ちゃんは、また笑った。
痺れた頭で、アタシも笑う。

250 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時19分21秒
「いつもらったんだよ、ちくしょー、欲しかったぜ〜」
「いつって?」
梨華ちゃんが、小首を傾げて言った。
「この間、一緒にサウナ行った時だよ?」

「・・・・サウナ?」
「うん、ごっちんと」
「最近の話?」
思わず訊くと、梨華ちゃんの顔に、怪訝そうな表情が浮かんだ。
「あれ、聞いてない?ごっちんから」

251 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時19分57秒

「あー! そういえば聞いたわ、聞いた」
とっさに出た嘘に、自分でもびっくりする。
「最近、忘れっぽくてさー、アハハ」
びっくりしながら、また笑う。

なんだか自分がすごく、卑屈になった気がした。
そして、腹が立った。


嬉しそうにトレーナーを眺めている、梨華ちゃんのつむじが目に入る。

・・・・アタシのことが、好きなくせに。
アタシは、心の中でつぶやいた。


252 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時20分34秒

梨華ちゃんは、アタシのことが好きだ。
“モーニング娘。”に入った頃から、今までずっと。
男の子と付き合おうが何だろうが、梨華ちゃんは、恋愛感情でアタシを好きだ。

面と向かって告白されたことはなくても、それくらいわかる。
そんな場面に出くわす度に、気付かないふりをしていたけど。
梨華ちゃんの、友情を超えたアタシへの想い。
しっかり、気付いていた。


253 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時21分10秒

だけどアタシは、このことを誰かに言ったことはない。
自惚れてると思われるのが嫌だからじゃない。
そういう目で見られるのが怖いからでもない。

怖いのは・・・・アタシが恐れていたのは。
ごっちんが、アタシの元を、離れて行くことだけだった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
254 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時22分07秒
****************************************


あの時アタシは、再び現れた正体のない不安を、笑顔で隠した。
いろんなことに対する、怒りや悲しみを全部、笑顔の下に押し込んだ。


そして、大きいと言われるこの目で、見た。

どんどん縮まっていく2人の距離も。
変わってく、ごっちんの表情も。
目を逸らすことなく、ちゃんと見た。



255 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時22分43秒

アタシは強くなった。
どんな時でも笑っていられるようになったと、思っていた。

でもホントは、少しも強くなってなんかいなかった。
ついこの間もアタシはそれを、思い知らされた。


256 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時23分27秒

『今日さぁ、うち泊まり来ない?』
そんなふうに、ごっちんが言ってくれた時。
アタシは柄にもなく有頂天になった。


ごっちんと2人で遊ぶといえば、カラオケかゲーセンがお決まりコースで。
昔のように、家に行くことは、ほとんどなくなっていて。
しょっちゅう泊まりに行っている梨華ちゃんの話を、笑って聞くだけで。
だから、アタシは浮かれてしまった。

二つ返事でOKして、高鳴る胸の鼓動を抑えていると、ごっちんが言った。
『じゃあ、梨華ちゃんにも言ってくんね』


257 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時23分59秒

すっかり慣れた、頭の痺れも、この時ばかりは強烈で。
思わず、取り乱しそうになったところを、なんとか持ちこたえた。

・・・・そうだよなぁ。
普通に考えて、そうじゃん。
ウチらは、3人で、仲良しなんだからさ。


無理矢理、自分を納得させて、久しぶりの後藤家に足を踏み入れた。
ごっちんの家は、あの頃と同じ匂いでアタシを迎えてくれたけど。
あの頃とは、もう違う。


『うちら付き合ったらさぁ、結構いいかもね』




258 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時24分34秒

目を潤ませて梨華ちゃんを見つめる、ごっちんを見ながら。
アタシは、後藤家を訪れたことを後悔した。


ずっと、押し隠していた、正体のない不安。
ぼんやりとして、形のなかったはずの不安。
それが、はっきりと形になって見えてしまったから。


259 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時25分15秒


誰かに生まれ変わることができるんだとしたら、アタシは。
梨華ちゃんに、なりたい。


『うふふ』
笑う度。
『もう!』
口を尖らす度。
『なぁに?』
首を傾げる度。

ごっちんが、あんな表情してくれるんなら。
ただそこに、いるだけで。
あんなに優しく、見守ってもらえるんなら。
アタシは、梨華ちゃんになりたい。


1日だけでも・・・・1分だけでもいい。
ごっちんに、あんな目で見つめられてみたい。



260 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時25分58秒


『なんかあたし、梨華ちゃんが好きみたいなんだよねぇ』

ごっちんが言った、あの日から。
アタシは自分の恋を、永遠に封印することに決めた。


嫉妬だとか、後悔だとか。
そういう女々しい感情が、自分の中にもあるって知っちゃったけど。
それもまるごと、封印することにして。
ごっちんを応援していくことに、決めた。
そうじゃないと、吉澤自身が、自分を嫌いになりそうだったから。


261 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時26分32秒

切なくないって言ったら、嘘になるんだろうな。
梨華ちゃんを見て、ニカッと楽しそうに笑うごっちんを見るのは、正直つらい。


でも、それ以上に、嬉しかったんだ。
ごっちんが、本当の気持ちをアタシに言ってくれたこと。
今度こそ、ごっちんがアタシを親友だって認めてくれたような気がしてさ。

なんていうか、ただ、ごっちんが笑ってるだけでも。
ごっちんの笑顔、見られるだけでもいいや、って思った。
歪んでるかなぁ?・・・・歪んでるよなぁ。


262 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時27分22秒


けど、いいのさー。

それが吉澤ひとみってもんなのさー。


歪んでたって、馬鹿だって。
一度、決めたからには、貫き通すよ。


263 名前:とうもろこしは、知っている 投稿日:2003年09月06日(土)21時28分02秒


そうでなきゃ。
男前よっすぃの、名がすたる。




264 名前:とうもろこしは、知っている 【番外編】 投稿日:2003年09月06日(土)21時28分50秒



                = 終わり =



****************************************
265 名前:とうもろこしは、知っている 【番外編】 投稿日:2003年09月06日(土)21時29分30秒
   *
   *
   *
****************************************
266 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003年09月06日(土)21時30分36秒

“〜 遠い日のうた 第1部 〜とうもろこしは、知っている【番外編】〜”でした。

これで完全に出揃いました。
いしよしごま(ひっそりver.)の図式は、こんな感じです。


しばしの食休みの後、次回、第2部“〜かき氷の、時間〜”に入ります。
第2部からは、卒業色・テレビ色が強くなっていきます。
それから、ひっそりに加え、むっつりもちょっぴり。楽しみにしていただけると嬉しいです。

いつもレスをくださる皆様には、本当に感謝しております。
レス返ししていなくて、ごめんなさい。
全部ぜんぶ、燃料にさせてもらってます。ありがとうございます。
返レス代わりにせっせと更新していきますので、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


267 名前: 投稿日:2003年09月07日(日)15時53分24秒
やっぱりよっすぃの気持ちはごっちんだったのかぁ
よっすぃ切ないけどもちろん後藤さんを応援します(爆
第2部楽しみにしてます。
268 名前:つみ 投稿日:2003年09月07日(日)16時33分40秒
切ねぇなあ〜〜
269 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)23時53分30秒
よしこの引き際の良すぎに涙(w
切ないっすねぇ。
270 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/09(火) 20:02

レスありがとうございます。おかげさまで胃がこなれました。
それでは、第2部“〜かき氷の、時間〜”に入らせていただきます。

271 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:03
****************************************

“〜 遠い日のうた 第2部 〜かき氷の、時間〜”

****************************************
272 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:03


「良かったね!」
それは、いつもと少しも変わらない笑顔で。
「・・・・え」
「おめでとう、ごっちん」

あたしの予想とは、かなり違ってて。


273 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:04

「ごっちんも、ついに卒業かぁ」
そうだよ梨華ちゃん。
後藤、モーニング娘じゃなくなるんだよ。
毎日、会えなくなっちゃうんだよ?

「急すぎて、びっくりしちゃったけど・・・・応援する」
うふふ
梨華ちゃんは、両手を顔の前で合わせて笑うと、言った。

「頑張ってね!」

キーン


「・・・・どうしたの?」
梨華ちゃんがあたしの顔を、覗き込んで言う。
「ソロ、嬉しくないの?」

じゃあ梨華ちゃんは、嬉しいってこと?
後藤いなくなっても、なんともないってこと?


274 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:04

「ごっちん?」
眉毛が、ふにゃってなってる梨華ちゃん。
いつもだったら笑いたくなるのに、いきなりグアーッて涙腺にきた。

あたしは、急いでしゃがみ込んだ。
「ちょっと・・緊張してきただけ」
声が震えないように気をつけながら、気合いで涙を引っ込める。

「え、今、緊張してるの?」
「ん」
「やぁだ〜、可愛い」
梨華ちゃんは、とっても楽しそうな笑い声を立てて、あたしの頭に手を乗せた。

「ほんとうに、ごっちん、子供みたい」
隣にしゃがむと、前髪を梳かすみたいにして撫でてくれる。

275 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:05

なんで梨華ちゃんの手って、こんなに切ない気持ちになるんだろう。
泣きたくなっちゃうんだろう。
笑える梨華ちゃんだったはずなのに。

また涙が出そうになったけど、頑張って我慢した。
ここで泣いたら、梨華ちゃん困らせちゃうの、わかってるから。


梨華ちゃんの手が、止まった。
「ねぇ。よっすぃは、なんて言ってた?」



****************************************
276 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:05


くるっ
手の中の白い棒が、シャープに回転する。
くるっ

もう一回。

これ出来るようになるまで、結構、練習したんだよね。
タバコって、軽いから回しにくいの。
“輪っか”は、なかなかできないけどさ。

あーあ。
吸いたいなぁ。
「ふぅ〜」
でも。

あたしはタバコを便器の中に放り投げた。
一度止めるって決めたからには、もう絶対、吸わないんだ。


277 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:06

『ダメだよぉ』って梨華ちゃんが言ってたから止めるわけじゃないよ、べつに。
『体にすっごく、悪いんだって!』って言ってたからでもないよ。
ていうか、そんなこと誰でも知ってるし。
わざわざ、あんな大真面目に言うことじゃないじゃん、今さら。


いいんだもん、どーなっても。
後藤はね?
278 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:07

でも、フクなんとかってのがあるんだって。
吸ってる本人より一緒にそこにいる人のほうが、やばいことになるって。
テレビで言ってた。

んで、止めた。

後藤の周りの、大好きなみんなが病気になっちゃったりしたら。
どんだけ後悔してもきっと、足んないから。
家族とか、メンバーのみんなとか・・・・・・梨華ちゃんとかさ。



****************************************
279 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:07


「後藤さん! 今の心境はどのような・・・・」
「以前からソロを、強く希望なさっておられたんですよね」
「何かメッセージを!」
「後藤さん!!」



眩しい。
目が痛いよぅ。

もういやだ。
なんも考えたくないよ。


疲れちゃった。



280 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:08

「お先!」
「お疲れさまでしたぁ」
「お疲れー、ごっつぁん」
「明日ねー」
「後藤さん、お先に失礼します!」
あたしは、一人一人に頷き返す。
「ああ、うん、お疲れさま」


その時、可愛い声がした。
「ごっちん、まだ帰らないの?」
梨華ちゃんだ。
「帰っちゃダメなの?」
「そんなことないけど」
「うん?」
腰の周りのベルトを直す手を止めて、梨華ちゃんが首を傾げる。

つやつやした唇が目に飛び込んできた。
見ないようにしようと思っても、なかなか目が離せない。

281 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:08

「あの、もうちょっと・・・・ここにいよっかなぁ、みたいな」
「ふぅん」
「なんか・・・・なんかね、梨華ちゃん」
「なぁに?」
「すごい疲れちゃった」
「今日、忙しかったもんね?」
「うん」
「頑張ったねー、ごっちん」

・・・・・・梨華ちゃん。一緒にいて。
後藤と一緒に、ここにいて。

「早く帰って休んだほうがいいよ」
「うん・・・・」
「・・・・誰か、待ってるの?」
「ううん、そうじゃないけど」
「そうなんだ、じゃあね!」

282 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:09


梨華ちゃんがいなくなると、どっと力が抜けた。
誰もいない楽屋は、ガランとしてる。
あたしは、パイプ椅子を並べて、その上に倒れ込んだ。


これでもう、後戻りはできないんだね。
何があったって後藤は、9月23日に卒業するしかないんだ。
全然、実感わかないよ。
いろんなことがありすぎて、頭が追いついてない感じ。
283 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:09

たとえば、圭ちゃんのこと。
圭ちゃんも来年の春には、“モーニング娘。”を卒業するんだって。
そんなの聞いてなかったし、自分のこととは別に、衝撃だったっていうか。

でもね、本当に勝手だってわかってて言うけど。
あたしは圭ちゃんが羨ましいよ。

だって圭ちゃんは、あたしより半年以上も長く、みんなといられる。
思い出を作る時間が、いっぱいある。
後藤はもう、去ってくだけのメンバーだから。

284 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:10

現に今日、すでにさ。
こんな日なのに、みんな帰っちゃったし。
自分で残るって言ったんだけど。

それでも、もし本当に後藤のこと、大切に思ってたら。
放って帰ったりしないよね、きっと。



・・・・息が苦しい。

誰か助けて。


なんだかすごく・・・・・・
285 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:11


・・・・・・頭が、痛い。


286 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:11


【後藤、見〜つけた】
【・・・・来てくれたの?】
【気合い入れなよ】
【だって疲れちゃったんだもん】
【嫌いだな、そういう後藤】
【うん・・・・ごめんなさい】
【・・・・・・どうしたら気合い入る?】
【チュウしてくれたら】
【す、するわけないだろっ!】
【じゃあ気合い入んない・・・・】
【他の方法で】
【・・・・キスしてくれたら】
【同じじゃんかよ・・・・】
【んーっ】
【わわっ、迫るな!】
【あは】


287 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:11


この間と同じだ。

今になって・・・・・・どうして。



隣の部屋の笑い声が聞こえてくる。

楽しそうだね。
後藤は、ひとりぼっちだよ。
・・・・・・もうこんな時、側にいてくれる人なんていないから。


288 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:12

ガチャリと、ドアが開く音がした。
「おぃーっす!」
「・・・・あれ、よっすぃ」

289 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:13

「へっへー」
「帰ったんじゃなかったの?」
「うん、ちょっとね」
よっすぃは、ニヤッと笑いながら、テーブルの上に何か置いた。
「食う?」
「おっ」

目の端っこに映った鮮やかな色合いにつられて、あたしは体を起こした。
「かき氷かぁ」
「うん」
ピンクとグリーン、2色の氷が、硝子細工みたいに見える。
「キレイだねぇ」
290 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:13

「ごっちん」
「んー?」
「お疲れサマーナイトタウン」
「あは」
よっすぃのこういうとこ・・・・ほんとに好き。
一瞬で、後藤を元気にしてくれる。


「うまいぞーう。吉幾三〜!」
シャクシャク
あたしは、氷の山をスプーンで崩して口に含む。
「・・・・うまっ」
「だっしょー。疲れにはこれしかないっすよ、お客さん」
よっすぃは得意げに、Vサインを出すと鼻をこすった。
「日本一の、吉澤印!」

291 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:14

「さっきまでさぁ、やな感じに熱かったの頭ん中」
「うん、今は?」
身を乗り出して、よっすぃがあたしの目を覗き込んだ。
「今はねぇ、南アルプス天然水な感じ」
「ハーァ? ごっちん、それ、意味わからん」
「あたしも」
2人で、顔を見合わせて笑う。

「ねぇねぇ、よしこぅ」
「なんだい、真希ちゃん」
「梨華ちゃんのこと好き?」
よっすぃが、さっと目を逸らした。
292 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:14

「・・・・普通に好きだよ」
「ブッブー!」
「え?」
「正解じゃないから、アメちゃん、あ〜げない」
あたしは大声で叫びながら、両手でつくったバッテンをうにょうにょ動かす。

「ハハッ、懐かすぃなー」
「あは〜、懐かすぃでしょ」
「うん・・・・懐かしいね」


やっぱし。
あり得なく、ないな。

あたしは、やたらと前髪をかき上げてるよっすぃを、じっと見つめた。
伝わってくるっていうかツーカーの勘ていうか。
よっすぃの考えてることって、ピピッとわかっちゃう。
293 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:15

「んで、どうなのよ?」
「うん?」
「梨華ちゃん」

「ああ・・・・そんなんじゃないって、梨華ちゃんは」
「あたしの目ごまかそうったってねぇ、ムリ」
「つうか、ハハッ。あり得な・・」
「・・・・よっすぃ」
「いや・・・・さ、あり得なくもないか」
「うん」

294 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:15


「あのさ、1つ聞きたいんだけど」
よっすぃが言った。
「なに?」
「理由、聞いてみたいな、なんてさ」

「梨華ちゃんな理由?」
よっすぃが、黙って頷く。
「うーん、それが自分でも不思議なんだけどさぁ」
なんでなんだろ。

あたしは、なんとなく手の平をじっと見つめた。


・・・・・・ここに答えが書いてあったら、楽なのになぁ。
カンペとかみたく、ちっちゃい字で書いてあんの。
占い師さんにアンサーチェックしてもらいたい。
295 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:16

「いきなし、好きだったの」
とりあえず答えてみた。

「だからねぇ、なんでとか、わかんない」
そうとしか言いようがないっていうか。
「・・・・そっか」
よっすぃも、よくわかんなかったみたいだ。
微妙な顔で頷くと、指差した。

「早く食わないと、溶けちゃうよ」
「ぬっ。もう溶けてる・・・・」
「アハハ」
「真ん中ら辺、混じってきちゃってるかも」
「まずそうな色になってるじゃんよー」
296 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:16

「ごめんよぅ、よっすぃ〜」
「ホントだよ、愛情たっぷりなのにさー」
「だってさ、あっという間だったんだもん」
「うん・・・・気が付かなかったよ」
「んね」

「溶けちゃうんだね」
よっすぃはなんだか、急にしょんぼりしてしまった。

「そりゃあ氷だからねぇ」
「もう、無理なのかな」
「また凍らせれば、なんとかなるんじゃんとかいって」
「・・・・うん」
溶けたかき氷を残念そうに見ながら、よっすぃが頷く。


やさしいなぁ、よっすぃ。
べつに氷が溶けたくらい、なんてことないのに。

297 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/09(火) 20:16

「けど溶けても美味いよ〜」
あたしは、容器に直接口をつけて、かき氷を飲み干した。

甘いシロップが体中に染みわたってく。


ありがとう、よっすぃ。
効いたみたいだよ、吉澤印。
後藤にとっては本当にさ、世界一のかき氷だよ。



****************************************
298 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/09(火) 20:17

更新終了です。

次回から、ひたすら長い1日が始まります。ランナーがピンチの番組です。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。
299 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:53
****************************************


“風邪の予防は、うがい・手洗いから”

保健室の前なんかに、よくポスターが貼ってあったっけなぁ。
あのバイキン君て、虫歯君と、どう違うんだろ。

持ってるヤリみたいなのが違うってことにしちゃえ。
スコップ対ヤリで、バイキン君の勝ち。
あたしは、バイキン君が落ちるように、指の間まで丁寧に手を洗った。


うがいも、しとくか。
コップの代わりに、手で水をすくい上げて、口に持っていく。
ガラガラガラ
「ぺっ」

トイレの水って、ほんとに汚くないのかなぁ。
『手を洗う水と、流す時の水は違うのヨ』
お母さんは言ってたけど、信用ならないよ。
300 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:55

壁に取り付けてある機械の下に、手を突っ込む。
ブォーーッとすごい音を立てて、熱風が吹き出した。

これ・・・・爪に悪くないんだよねぇ?
ドライヤーって髪に悪いとかいうし。
爪にヒビ入ったら、やだなぁ。
地爪だっていうの、ひそかに自慢だったりするんだよね。
乾燥しすぎないように、熱風が止まる前に手を引っ込めた。


お。なんか手がすべすべになってる。
今度から丁寧に洗うことにしよ。
いい気分になって、最後にもう一度、鏡を見ていると。
301 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:56

「・・・・ッピー」
誰かの声が、聞こえた。
っていっても・・・・あんな声、他にいないけどさ。

耳を澄ませてみる。
・・・・何も聞こえない。


空耳かぁ。
ヤバすぎだよ、梨華ちゃんの声が聞こえてきちゃうなんて。
疲れてんのかなぁ。
首をゴキゴキ鳴らしていたら、また聞こえた。

「ハッピー!」

今度は、はっきりと。
しかもなぜか、エコーがかかってる。
これ空耳だったらマジ、病院行かなきゃ。
あたしは、トイレを出て、声のするほうに向かって歩いた。

302 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:56

「ハッピー!」
どうやら声は、階段から聞こえてくるみたいだった。
なるほどね。
階段だったら、エコーかかってるのもわかる。


上から覗くと、踊り場にいる梨華ちゃんが見えた。
「ハッピー!」
あたしが覗いているのも知らないで、ジェスチャー付きで叫んでる。

えっ、一人じゃん。
なんで梨華ちゃん、こんなとこで一人で叫んでんだろ。
めちゃめちゃアヤシイ人なんだけど・・・・・・。
303 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:57

「ハッピー!」
梨華ちゃんが首をひねった。
「ハッピー・・・・違うかな・・ハッピ・・・・」
何かぶつぶつ言いながら、腕を動かしてる。

「ハッピーッ!」
一段と高い声で叫ぶと、梨華ちゃんは満足そうに頷いた。
「うん、今の感じかな」
胸が、ドキッっとした。


練習してたんだ。
あんな一言のために、何度も。
アヤシイとか思って、ごめん。
あたしは心の中で、梨華ちゃんに手を合わせた。

本当に梨華ちゃんは、頑張り屋さんだよね。



・・・・まただ、この感じ。
304 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:57


頭が、痛い。


305 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:58


【あれ〜、まだ着替えてなーい】
【一カ所、納得いかないとこあってさ】
【おお! すっごいねぇ。偉いねー、真面目だねー】
【・・・・バカにしてる?後藤】
【し、してないよぅ!】
【いかんな、ネガティブになってるわホント】
【ねがてぶ?】
【ポジティブにいかないとなっ】
【ぽじてぶ】
【ははっ、後藤が言うと違う言葉に聞こえるよ】


306 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:58

一体・・・・これは、なに?
今さら、どうしようっての?
あたしは目を閉じて、呼吸を整える。


・・・・・・忘れたよ、そんな昔のこと。



「ハッピー!」

もう行こう。
一人で練習してるとこ見られるのって、やだもんね。
体の向きを変えた時。
307 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:58

「ごっちん?」
エコーのかかった声が、階段に響いた。
「あ・・あはー、梨華ちゃん」

「・・・・見てた?」
梨華ちゃんが、踊り場からあたしを見上げて言った。
「ん〜、なんか誰かの声がすんなーって」
「ちょっとね、練習してたんだ」
言いながら梨華ちゃんは、さっきのジェスチャーをする。

また胸が、ドキッとした。


「ふーん、変なのーっ」
あたしは階段を駆け下りて、踊り場の横の壁に手をついた。
「なんでさぁ、こんなとこで練習してんの?」
「えっ」
「梨華ちゃん、アヤシイ人っぽかったよ」
はっ、マズイ・・・・。

見ると、やっぱり梨華ちゃんは俯いていた。
なんでそんなふうに言っちゃったのか、後藤にもよくわからなかった。

308 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 18:59

「・・・・私、声の通りが悪いじゃない?」
梨華ちゃんが言った。
「そうー、でも、ないんじゃん?」
「ううん、悪いの」
憂鬱そうな顔で、梨華ちゃんが首を振る。

「へいきだよ。梨華ちゃんの声、ちゃんとトイレまで聞こえてたよ」
「やだぁ。みんなに馬鹿にされちゃう」
梨華ちゃんは、ため息をついて壁に寄りかかる。
フォローのつもりが、ますます憂鬱にさせたらしかった。


なんだよぅ、どっちにしてもダメじゃんか。
あたしもつられて、ユウウツな気分になってくる。
309 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:00


「けど、あれかもなぁ、もしかして」
「・・・・なぁに?」
「後藤はなんか、梨華ちゃんの声聞くの得意だからかも」
梨華ちゃんが顔を上げた。
「なんで?」
つやつやした唇で、訊いてくる。

「そりゃあ・・・・ねぇ? 変な声だからじゃん?」
「もう、ごっちん、やだ」

310 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:00

「・・・・梨華ちゃん」
「なに?」
梨華ちゃんが、短く返事する。
相当、気を悪くさせちゃったみたいだ。

一瞬、耳が、キンってなった。


「あの・・・・あたしさ、よくさ、変わってるとか、言われんだけど」
「うん、ごっちん変わってるよね」
「なんていうか、あの、いろいろオカシイんだけど」
「うん」
「変なほうが好きなの、なんでも」
「ふぅん?」
「だからっていうか」

・・・・伝わったかな、今ので。

311 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:00

「そうなんだぁ」
梨華ちゃんが、笑顔になる。
「うん!」
よかった、伝わったっぽい。
「ごっちんもいろいろ、大変なんだねー」
「うん、まぁ・・ねぇ・・・・」



****************************************
312 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:01


1日は24時間。
当たり前のことだけど、今日はいやでも意識させられる。

毎年恒例、“24時間テレビ”の日。


313 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:01

去年パーソナリティーをやったときは、眠すぎて、ものすごくきつかった。
トイレに行くふりをして、よっすぃとさぼったり。
はりきって仕事してるメンバーに注意されてムカついたり。

そういえば、梨華ちゃんもやたらはりきってたなぁ。
目の下のクマがかなりキテて、馬鹿にしてたんだった。
てか、ウザイよくらいの勢いで。
あの頃はまだ、あんまし仲良くなかったから、しょうがないよねぇ。


けど、1年後がこんな心境だなんてね。
ほんと全然、想像してなかったけど。
最近、雑誌のインタビューも、卒業の話題ばっかりだし。
ソロになってからのこととか聞かれても、答えられるわけないじゃん。
今のことだけで精一杯だよ。


・・・・・・梨華ちゃんのことしか、考えられない。


314 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:02

24時間テレビやる頃って、なんか、いつもユウウツな気がする。
去年は裕ちゃんが卒業して、新メンが入ってくる直前で。
グループ全体が、ピリピリしてた。
それから、その前の年は・・・・。


止め止め。
最近あたし、どっかオカシイよ。

ちゃんと仕事に集中しなきゃ。
暗いこと考えないって、決めたんだから。
ポジティブにいこうって。
315 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:02

『ハッピー!』
頭の中に、どこまでも突き抜けていきそうな、高い声が響いた。

わかってるよ、梨華ちゃん。
きっと大丈夫。
梨華ちゃんみたいに、まっすぐ前だけ見て歩くことにしたから。

いざ進め!
梨華ちゃんが言ってたのは、そういうことなんだよね?
ハッピーエンド目指せってことでしょ?

316 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:03

「そろそろ会場のほうに、お願いしまーす」
スタッフが楽屋まで呼びにきた。

長い一日の、始まりの合図だ。

「じゃ、行きますか!」
あたし達はそれぞれ、覚悟を決めて会場へ向かう。


「今から、もー眠いんだけど」
よっすぃが、腕をぶんぶん振り回しながら、頭を振った。
「ダメじゃない」
梨華ちゃんが、お姉さんぶった口調で言った。
「私はいっぱい寝たから大丈夫!」
人差し指を立てて、つやつやの唇を突き出す。
317 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:03

「けどさぁ、寝だめってできないんだよね」
「えっ」
あたしの言葉に、梨華ちゃんの動きが止まった。
あは。
梨華ちゃんを見てると、やっぱね、どうしても。
構いたくなってきちゃう。

「そうそう。“寝だめと食いだめはできない”って常識だよ、知らないの〜?」
よっすぃも、ニヤニヤしながら言った。
「でもっ! 寝ないよりはさ?・・・・寝たほうがいい・・よね?」
言っててだんだん自信がなくなってきたのか、梨華ちゃんの声が小さくなっていく。

あたしとよっすぃは、ちらっと目を合わせる。


「さぁー?」
「さぁねぇ?」
2人して肩をすくめると、梨華ちゃんの眉が、ふにゃってなった。
「かはっ」
「梨華ちゃん、ごっちんが馬鹿にしきってるよー」
すかさず、よっすぃが告げ口する。

「ひどぉい、ごっちんてば、もう」
「よっすぃの裏切り者〜」
「アハハハハ」


手を叩いて笑っているよっすぃ。
口を尖らせて、あたしの肩をつつく梨華ちゃん。
2人とも、大好きだよ。
急に、鼻の奥がツーンとした。
318 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:04

「あははーっ。梨華ちゃんの格好、なんか笑っちゃう」
あたしは、大声を張り上げて笑った。
「なんでっ、どうしてよぉ〜」
「なんとなく」
「たしかに梨華ちゃんて、見てると笑えるんだよなー」
「でしょーっ!」

笑ってたら、2人の顔が、ぼわっと滲んだ。
「あ〜、おかしい・・・・笑いすぎて、涙でちゃったよ」

319 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:04

いつの間にか。
当たり前になってた、いろんなこと。
笑う度、ふっと浮かんで。
寂しくなるんだ。

一歩ずつ、別れの時が近づいてるんだなぁって、思うから。
少しでも長く、“モーニング娘。の後藤真希”でいたいのに。
1回笑うごとに、みんなから遠くなっていくような。
そんな気がして。


だから、最近はあんまり、寝なくなった。
そんなことしたって、なんも変わらないってことはわかってる。

バカなんだよね、後藤。
誰か、笑ってやってよ。


320 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:05


「現在、何キロ地点まで行ったんでしょうか!」
「足の痛みは、大丈夫ですか!?」
画面には、苦しそうな表情のマラソンランナーが映し出されてる。


なんでそうまでして、わざわざ走ってんだろう。
あたしは、モニターを見ながら心の中で首を振った。
321 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:05

それ言ったら、おしまいなんだけどさ。
だって、苦しいでしょー、つらいでしょー。
前に映画の仕事で走らなきゃなんなくて、超やだった。
メンバーのみんなは、『マラソンの良さがわかった』なんて言ってたけど、後藤は全然。

それにさ、あんなきついわりに痩せないし。
ていうか、体重増えたし。
やぐっつぁんの話では、脂肪が筋肉に変わったから?とか。
でも・・・・いいことナシ!
一応、完走はしたけど、マラソンつらすぎ。

若かったなぁ、あたしも。
今なんて考えただけで、もう酸素くれーみたいな。
322 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/10(水) 19:06

こんなこと言ってんじゃ、パーソナリティー失格かなぁ。
でもイマイチ、番組についてけてないっていうか。
乗り切れない感じで。

あたしは少し、自己嫌悪な気分になった。



****************************************
323 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/10(水) 19:07

更新終了です。

頭痛ばかりだと体に悪いので、次回は、むっつり。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

324 名前: 投稿日:2003/09/11(木) 14:52
頑張り屋な梨華ちゃんイイですね
むっつり期待してます。
325 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:32
****************************************


「次、ドリフだからね」
カオリが言った。
「トイレ行きたい人、今のうちに行っときなー」
うん、行きたい。
さっきから、トイレトイレって思ってたんだよね。
向こうでスタッフが、誘導してくれてる。

「行かない?」
あたしは立ち上がって、隣のあいぼんを誘った。
「さっき行ったよぉ〜ん」
あいぼんが、首をゆらゆら揺らしながら言う。

「よっすぃ〜」
「なにー?」
一番端の席から、よっすぃがのんびりと返事をした。
「はいはーい! オイラ、よっすぃ」
あいぼんが間に割り込んできて、邪魔をする。
「見えないじゃん・・・・あ、行く気ない?」
「便所? 行く行く」
よっすぃは一度、立ち上がりかけたけど、すぐにまた座ってしまった。
326 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:33

「えー、行ってくれんじゃなかったの」
「実はさっき、あいぼんと行ったんだ」
すまなそうに顔をしかめて、よっすぃが言った。
「なんだよ、よっすぃ〜」
「ごめんね、ごめんね〜え!」
あいぼんが、へこへこ頭を下げる。

「悪いけどさ、梨華ちゃんと行ってくんない?」
「え、梨華ちゃん?」
「行くみたいよ」
よっすぃが、親指で、向こうにいる梨華ちゃんを指差した。
自分の名前が耳に入ったのか、梨華ちゃんが振り返った。
「待って、ごっちんも」
よっすぃが身振り付きで伝えてくれる。
327 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:34

「ホント、悪い」
よっすぃは『悪い』を連発しながら、手を顔の前で合わせた。
いいよ、全然。
感謝しちゃうくらいだよ。

「じゃあ、行ってくんね」
「思う存分、出してこいよっ」
「おうよ。出してくるぜぃ」
「アンタたち、どういう会話してんの」
横にいた圭ちゃんに、小突かれる。

「あは。このイミはねぇ・・」
「早くしなさいって、遅れるよ」
「ほーい」

328 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:34

「あれ、スタッフの人は?」
「はぐれちゃった」
梨華ちゃんが首を振って言った。
ちょっと、ぶすっとしてる。

急いで周りを見回すと、少し離れたところにスタッフが固まっているのが見えた。
みんな、それぞれ担当メンバーの名前が書かれたゼッケンを付けている。
後藤担当の人は、カオリ担当の人と話し込んでいた。

「梨華ちゃん担当の人、いないねぇ」
「いいよ、行こう」
梨華ちゃんが、さっさと歩き出した。
「えー、けど」
いいのかなぁ、勝手に行っちゃって。


まぁ、いっか。梨華ちゃんと2人で行動できるんだし。
スタッフの人には悪いけど、やっぱプチデートが優先。
329 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:35


んふ。梨華ちゃんの隣。
周りに人はいっぱいいるけど、でも、2人っきり。


「ドリフとかいって、懐かしいねぇ」
「そうだね」
ずんずん歩く、梨華ちゃん。

もっとゆっくり歩こうよ〜。
そんな急いで歩かないでも間に合うってば。

「・・・・混んでるかなぁ、トイレ」
「平気じゃない?」
ずんずんずん
梨華ちゃんの表情は、硬くて。

スタッフと、はぐれちゃったから?
よっすぃとダラダラしゃべってたせい?
330 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:35


ちょっと考えてただけで、あっという間に梨華ちゃんの背中は遠くなっていた。
待ってよぅ。
小走りに梨華ちゃんの背中を追いかけながら、寂しくなってくる。

だって、せっかく2人なのにさ。
時間ないのはわかってるけど、全然、振り返ってもくんないでさ。
もしこれが後藤じゃなくてよっすぃだったら、梨華ちゃん、どうなのかなとか。
ヘコむこと考えちゃったりして。


・・・・・・待ってよ、梨華ちゃん。
331 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:35


頭が、痛い。


332 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:36


【待ってぇ】
【早く歩けー】
【足が重い〜】
【そんな靴履いてきた後藤が悪い】
【だって・・・・】
【たくさん歩くって言ってあったよね?】
【・・・・・・はい】
【脱げ】
【え?】
【靴、脱いで。替えてやるから】
【いいよぅ、後藤が悪いんだもん】
【言ってる時間がもったいない、早く】
【・・・・ありがと】
【ったく、水虫じゃないだろうなー】
【あはっ】
【これで言い訳できないぞぉ〜】
【うん!】


333 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:36

なんだか、頭の中、かき回されてる感じがする。
息ができなくて、胸の奥が苦しい。

こういうの・・・・白昼夢っていうのかな。
あたしは、ゆっくり息を吐き出した。



あ、やばい。
急いでるんだった、早くしなきゃ。


334 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:37

超特急でトイレを済ませて手を洗ってたら、鏡越しに、トイレから出てきた梨華ちゃんが
見えた。

梨華ちゃんは手を洗うと、真剣な顔で鏡を覗き込んだ。
髪の毛に絡まったピアスを丁寧に外して、つけ直してる。
ドキッとした。


“女の子”って感じの、可愛い梨華ちゃん。
だけど・・・・こんなにセクシーだったっけ、なんて。
つやつやした唇とか、まつげの伏せた感じとか・・・・。

見てたら、じんわり体が熱くなってきた。
なんかちょっと、ムラムラする。


鏡の中の梨華ちゃんと目が合った。
「もう行く?」
「うん」
335 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:37


トイレの外に誘導の人が待ってるかと思ったけど、それっぽい人はいなかった。
今頃、必死になって探してるかも。
やっぱマズイかなぁ、急いで戻らないと。

早足で歩き出そうとしたら、梨華ちゃんが言った。
「ドリフ、懐かしいよねー」
「・・・・ね」
「私、あのコーナーが好きだったな、ほら、あれ」

梨華ちゃんの足取りは、ゆっくりで。
さっきはあんなに急いでたのに、なにやら心境の変化があったらしくて。
336 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:38

「梨華ちゃん」
「なぁに」
「急いでんだよねぇ?」
「なんで?」

なんでって。
急いでたじゃん、さっき。
ずんずん、歩いてたじゃん。
なに言っても、振り向きもしないで、ずんずんずんずん。


あ・・・・もしかして、梨華ちゃん。
すごーく、行きたかったとか、トイレ。
もれそうだったとか?
それで急いでただけだったとか・・・・。

なんだよぅ。
いろいろ考え過ぎちゃったよ。
損した。
けど、よかった。


337 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:38

「ごっちんも、ドリフ好きだったんだよね!」
にっこり。
梨華ちゃんが、あたしに笑いかける。
「うんうん」
あたしは笑いをかみ殺して、頷いた。

「準備しておこうっと」
言いながら梨華ちゃんは、準備運動みたいなことを始めた。
「あはっ、変な体操」
「だってドリフだよ? ちゃんと準備しないと」
うーん、真面目だ、梨華ちゃん!

ドリフ・・・・っていっても、まぁ。
コントをやるわけじゃなくて、みんなで“いい湯だな”を歌うだけなんだけど。
338 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:39
「なんかドキドキするよぉ」
梨華ちゃんが、腰を回しながら言った。
鎖骨の横に、ブラ線がくっきり浮き出てる。

・・・・後藤もドキドキするよぉ。


「いっい湯だっなっ!」
「ごっちん、はりきってるねー」
「うん」
うふふ
梨華ちゃんが笑った。
「あは」
梨華ちゃんが楽しそうだから、あたしも楽しい。
339 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:40

あの歌、ちっちゃい頃、好きだったなぁ。
あれを今の後藤が歌うなんて、おかしな感じ。
梨華ちゃんは、どうだったのかな。

「“いい湯だな”って昔さぁ、お風呂でよく歌わなかった?」
「歌わないよぉ」
梨華ちゃんが、笑いながら首を振った。
「あ、そう・・・・」

またハズしちゃったみたいだ。
どうも梨華ちゃんとは、なかなか話が噛み合わない。

340 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:40

「私はね、十まで数えてたかな」
梨華ちゃんが言った。
その頃のことを思い出してるのか、懐かしそうな顔になる。
可愛いなぁ。

「十まで?」
「うん。お湯の中で、いーち、にーい、って」
「そっかー、何回?」
「1回だよ?」

「・・・・10秒ってこと?」
「そうだよ?」
「短くない?」
「短くないよ?」
「・・・・毎日、そんだけ?」
「やぁだ、ごっちん。違うよぉ」
「そうだよねぇ」
「毎日なんて、入らなかったもの」
「・・・・・・」
なんか梨華ちゃん・・・・イメージとちがうね。
341 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:41

ちょっぴりショックを受けながら、恐る恐る訊いてみる。
「・・・・今も、毎日入ってないの?」
「今は仕方がないから、入ってるけど」
「あ、ほんと」
ほっ。

「でも実はね?」
梨華ちゃんが口元に手を当てて、勿体ぶった感じに言った。

「次の日がお休みの時は、ほとんど入らないんだー、うふ」
「・・・・へえ」
「だって面倒くさいじゃない?」
うふふ
梨華ちゃんが笑った。
「そのまま寝られるんだって思うと、幸せになっちゃう」
「・・・・・・・・・・」


梨華ちゃんの幸せの基準、たぶんヘンだよ。
後藤よりか梨華ちゃんのほうが、よっぽど変わってるよ・・・・。
342 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:42

そういえば、うちに泊まりに来ても、ほとんどお風呂入ってなかったかも。
次の日が休みな時が多いからだったのか、あれって。
あんまし深く考えたことなかったけど。


き、汚いなぁ。
後藤のパジャマ、貸しちゃったよ。
今度は、ちゃんと入ってもらわないと。



・・・・・・一緒に入ろう、とか誘ってみたら、どうなるだろ。
変な顔されちゃうかな。
でも、サウナにも一緒に行った仲なんだし、“いいよ”って言ってくれるかも。
べつに、変なことしようとか思ってるわけでもないし。

けど梨華ちゃんには、“なんで?”があるからなー。
理由考えとかなくちゃ。

343 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:43


「不思議」
梨華ちゃんが、呟いた。
「んー、なにが?」
ドキドキ。

「今、私たちって、テレビ出てるじゃない?」
「うん」
「でも出てない時も、あるじゃない?」
「オフん時とか?」
「ううん。もっとずっと昔の話だよぉ」
梨華ちゃんはじれったそうに、つやつやの唇を突き出した。
どっきん。

まだムラムラするよぅ・・・・。
梨華ちゃんのせいだ。
梨華ちゃんがお風呂に入らないからいけないんだ。
344 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:44

「その時の私がね、今、パッて浮かんだの」
「へー」
「よく・・・・わからないよね?」
「わかる・・・・ような、わかんないような」


梨華ちゃん、何が言いたいんだろ。
なんかイマイチ、つかめないんだよねぇ。
今度は失言しないように、気をつけるぞ。
あたしは気持ちを引き締めた。

「うーんとね、なんて言ったらいいのかな」
梨華ちゃんは首を傾げて、眉毛ふにゃの一歩手前の顔になる。
「ドリフはテレビで見るもの、みたく思っちゃうんだー」
345 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:44

あ、それって、あれかな。
さっき後藤が考えたみたいなことかな。
梨華ちゃんもおんなじふうに、感じたってことかな。

「昔、お家で見てたじゃない? それでだと思うんだけど」
やっぱそうだ!
そっか、梨華ちゃん、あたしと同じこと考えてたんだ。
やっと意見が合った。

じぃーん・・・・・・・・・・


346 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:44

「あれでしょ!?」
あたしは、すっかり嬉しくなって言った。
思わず、声が大きくなる。
「ドリフ見てた頃ってさぁ、こういう状況とか考えてなかったわけだから」
「そう、そうなの!」
梨華ちゃんも嬉しそうに頷くと、あたしの手をつかんだ。

「うふふ、一緒だねっ」


梨華ちゃんが言ってくれた、その言葉が嬉しくて。
梨華ちゃんと、一緒。

「嬉しいねー、ごっちん!」
「うんっ!」
「“いい湯だな”歌えるなんて!」
「ああ・・・・うん、ね」

347 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:45

「ドリフ大好き!」
梨華ちゃんが、言った。
「後藤も好きぃ・・・・」
「ごっちん、テンション低いよ? もっともっと!」

ドリフ効果なのかどうかわかんないけど。
いつの間にか、梨華ちゃんのテンションはかなりすごいことになってて。

「ドリフ大好きっ!」
梨華ちゃんは、こぶしを突き上げて叫んでる。
「大好きぃー!」
あたしもやけ気味に、叫ぶ。
「大好きっ!」
「ドリフ大好っき〜!」
こぶしを振り回した途端。
348 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:45

ばいんっ
右手に、何かが当たった。

「ごめん、大丈夫?」
梨華ちゃんを見ると、両手で左胸を押さえてる。
「げ」
もしや、この手に残る感触は。
ラッキー!


「痛い・・・・」
梨華ちゃんの声は、恨めしそうだ。
・・・・えーと。
こんな時は、どう言ったらいいんだっけ。

349 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:46

「あの、あれだねぇ」
俯いている梨華ちゃんの表情を気にしながら、言ってみる。
「結構やわらかいもんだ〜ね」
「やだ、ごっちん。そんな大きな声で言わないでっ」

あは。
眉毛がちょっと、ふにゃり気味の梨華ちゃん。
・・・・めちゃめちゃ可愛い。


「だってさ、あんまし触ったりしないじゃん、誰かのおっぱいなんて」
「やめてよぉ!」
真っ赤になった梨華ちゃんが、あたしの肩をつかむ。

どっきーん!
そうじゃん。

考えてみたら、今、すごいチャンスだったよ。
もっとちゃんと味わっとけばよかった・・・・・・。
あ〜、ほんと残念。
損した。
次のチャンスまで、我慢できるかなぁ。
350 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:46

「いいじゃん」
「やぁだ」
「いーじゃん、べつにさぁ」
あたしは、梨華ちゃんの顔を覗き込んだ。
「梨華ちゃんのおっぱい揉んじゃった〜とかいうわけじゃないんだし」

「しぃーーーっっ!!」
梨華ちゃんの息が、ふんわり耳にかかる。
「んっ!・・・・」

「どうしたの?」
「・・・・べつに」
「変なごっちん」
梨華ちゃんは首を傾げて、髪の毛をかき上げた。
「あは、あは」
351 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:47

サトラレ?だっけ。
考えてることが周りに全部わかっちゃうってやつ。
あれじゃなくて、心底よかった。
今の後藤の頭の中バレたら、ほんともう、生きてけないよ。

352 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/11(木) 19:47


「“ババンババンバンバン♪”」
モニターに並んで映る、梨華ちゃんとあたし。
ただ、それだけなのに。
「“いいもんだ”」

んふ。
なんか、嬉しい。
なんか、大丈夫かも。
いろんなこと、乗り切れるかも。

そんな気が、したんだ。



****************************************
353 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/11(木) 19:49

更新終了です。
むっつりは書いていてとても楽しかったです。ずっと書いていたいくらいですが・・・・・・。

次回は再び、ひっそり。また痛めな展開です。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。
354 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/11(木) 23:32
ほのぼのですね
石川さんも実は気がついているようないないような
更新が早くて楽しみですよ
355 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/12(金) 06:34
たしかにむっつりだぁ〜。
なんかいいですね。ごっちんが可愛いです。

次回も楽しみにしてます。
356 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:16
****************************************


「ねっむぅ!」
いきなり目の前に、にゅっと誰かの腕が現れて、ギョッとした。
「なんだよー、あいぼんかぁ。びっくりした」

「えっへ。目、覚めた?」
あいぼんは、あたしが驚いたのが嬉しかったのか、ニコニコしてる。
「うーん、ていうかさぁ、あんま眠くなんないんだよねぇ」
「嘘ぉ! わお!」
あいぼんが目をぱちぱちさせて首をすくめた。


「なになに、どーしたの?」
向こう側の席から、よっすぃが身を乗り出してきた。

「眠くないんだって、ごっちん」
「マジでぇ? オイラさっきから撃沈寸前」
よっすぃは、とろんとした目つきで、ほっぺを膨らます。
357 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:17

「でもさ、ごっちん、いつも睡眠不足だーとか言ってたのにねー」
「ねーぇ」
よっすぃとあいぼんが、くすくす笑い出した。

「眠いよぉ〜って口癖じゃん?」
「そうそう、ぼーって」
あたしが反論しないのをいいことに、2人はどんどん盛り上がってきてる。
「収録中も半分寝てるしさぁ!」
「イグアナイグアナ」
「人の話も、ほとんど聞いてないしさー!!」


前の席のカオリが、くるっと振り返って、こっちを睨んだ。

「あ、やっべ」
よっすぃが体を縮める。
「ついついデカイ声、出しちった」
「と、とりあえず、反省」
「・・・・の、ポーズ」
あいぼんが、ヒソヒソ声で言った。

しおらしくなったうちらを見届けると、カオリはようやく前を向いた。
358 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:18

「巻き添えにすんなよな〜」
文句を言ったら、あいぼんとよっすぃが、また、くすくす笑い出す。
「真希ぞえ〜」
「アハハ、おもしれぇ」
「ちょっと。また怒られちゃうじゃん」

案の定、前の席の頭が、くるっと振り返るのが視界の端に入った。

カオリだとばかり思って見たら、梨華ちゃんだった。
疲れてるみたいで、表情が冴えない。


梨華ちゃ〜ん、顔が死んでるぞー。
笑いかけた時には、梨華ちゃんはもう前を向いてしまっていた。

・・・・・・目が合ったような気がしたんだけど。
気のせいだったみたいだね。



****************************************
359 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:18


「あ〜・・・・」
あたしは、腰を左右にひねって、腕を上げた。
なんだか疲れたなぁ、気分的に。

生放送だからバタバタしてるし、しょっちゅう席替えっていうか場所替えあるし。
でもたぶん、疲れの一番の原因は、これ。

「頑張ってー!」

頑張れっつったって・・・・ねぇ。
これ以上、どう頑張れっていうのさ。
そりゃあ後藤だって、“なにか一言”って言われたら、『頑張ってください!』とか言う
しかないんだけど。
360 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:19

でも、“頑張って”って言葉、嫌いなんだよね。
無責任ていうか、無関係みたいな感じで。
聞いてるとイライラするよ。

『頑張ってね!』

違う違う。
考え方は人それぞれだから。


・・・・・・けど梨華ちゃん、その言葉。
意味ないんだよ。
ぜんぜん意味ない、言葉なんだよ。

361 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:19

「頑張れ・・・・頑張れ」
後ろの席から、押し殺したような、か細い声が聞こえた。

振り向かないだってわかるけど。
振り向かずにはいられない、梨華ちゃんの声。
「頑張れ」
祈るみたいに両手を合わせて、何度も何度も呟く梨華ちゃん。

モニターを食い入るように見てる、梨華ちゃんの目には。
あたしのことなんて、全然、映っていないんだろうなって。
それ考えたら、切なくなった。
362 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:20

「頑張って」

やっぱ嫌いだよ、その言葉。
応援してどうすんの?
あの人、梨華ちゃんに関係ないじゃん。
もしも失敗しちゃっても、責任とれないじゃん。

『頑張ってね!』
違うってば。
あれは、そういうんじゃなくて・・・・・・。

363 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:20

「頑張って」
梨華ちゃんの、囁き声みたいな掠れた声が、頭の中でぐわんぐわん回り出す。

頑張って!
頑張って・・・頑張って!


【頑張れ】

頑張って・・・頑張って・・・頑張って!!
頑張って・・・頑張って・・・頑張って・・・頑張って・・・頑張って!!!

【・・頑張ってね・・・・!!】
【おう、頑張るよ】



ガタンッ


気付いたら、立ち上がってた。
「どしたのぉ?」
あいぼんの言葉で、我に返る。

「あ・・・・いや」
メンバーみんなが、あたしを見ていた。
なに?
どうしたんだろ、あたし。

364 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:21

「ごっちーん。寝ぼけてんじゃね〜ぞぉー!」
奥の席のよっすぃが、笑いながら言った。

「寝てたの、ごっつぁーん?」
「うそぉ! まじー?」
「あら〜ん」
「夢でも見てたんでない?」
「どんな夢だよ」

「静かに! そろそろカメラ、こっち来るよ」
カオリが、長い指を口に当てた。



****************************************
365 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:21


「うめぇ」
「うめーなー」
「ま、吉澤印には及ばないけどね」
「当たり前〜」

「コラ。お腹壊すよー、そんながつがつ食べたら」
あたしとよっすぃの頭を、ぱんぱんっと叩いて通り過ぎながら、圭ちゃんが言った。
「ちゃんと時間、間に合うように来なさいよー」
「へーい」
「ほーい」

「まったく。同じような返事してっ」
圭ちゃんの言葉に、よっすぃと顔を見合わせて肩をすくめる。
366 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:21

「思ったんだけどさー」
「んー?」
「ウチら、かき氷のCMとか出れそうじゃねぇ?」
「んね」
よっすぃの言葉に頷いてから思った。
・・・・・・かき氷のCM?

「てか、ないかそんなの」
よっすぃも気付いたみたいで、自分で突っ込んでる。
「うん、ない」
「ねぇって、マジで」
「デジマっしょ!」


「ちっくしょー、売れそうなのに」
「え〜?」
「こう。こうやって、一口食って」
よっすぃが、爽やかちっくな笑顔で、スプーンを止めた。
「日本一の、吉澤印」
「あははー、ムリーっ!」
「なんでゼッタイ、いけるって」
「あはははは」
367 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:22

「・・・・溶ける」
よっすぃが急に真面目な顔になって、かき氷を指差した。
「ん?」
「先に食っちゃおうよ」
「おっけぃ」

特設食堂って感じのこの場所は、混むときはすごいけど、今はあんまり人がいない。
2人でとりあえず、物も言わずにかき氷をかき込んだ。

368 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:22


「よっすぃ」
「んー?」
よっすぃがプラスチックのスプーンをくわえたまま、顔を上げた。

「ありがとね、さっき」
「何がー?」
「うーん。いろいろ」

よっすぃは、照れたように笑った。
「そんなお礼言われるようなことしたっけかぁ?」
首をひねった後、大げさに頷く。
「あー、してるな、してる」
「ふはは」

「しすぎ。だってオイラ、ごっちんに尽くしすぎってくらいじゃん?」
「えー。いつー? いつ尽くしてくれたのさー」
「いつも毎日エブリデー」
369 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:22

「ねぇねぇ、よっすぃ、知ってる?」
「何を?」
「嘘つきはナントカってことわざ」
「知ってるっす! “嘘つきは三文の得”」

「ちっがーう!」
あたしは、よっすぃに体当たりした。

「え、違うっけ・・・・」
よっすぃが、ぽかんと口を開ける。
「え・・・・今の、素? よっすぃ、素で間違えたの?」

「えっ、マジで答え何?」
「あはは〜」
「待ってよー、笑ってないで教えてよー」
2人で小突き合っていると、向こうの通路から梨華ちゃんが現れた。
370 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:23


あ。
なんか、やばいかな。
なんとなくね。
ちょっと緊張して、姿勢を正す。


「こっちにいたんだぁ」
梨華ちゃんは小走りにやってきて、うちらの向かい側の椅子に座った。



・・・・・・しーん・・・・・・



死語だけど。
でも、そんな言葉がぴったりな感じの空気。
急に、何しゃべっていいのか、わかんなくなっちゃった。

371 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:23

「私・・・・来ちゃ、まずかった?」
梨華ちゃんが、心配そうに言った。
「ううん!」
「全然!」
あたしとよっすぃは、同時に腰を浮かして手を振る。

またシンクロったよ。
うちらって、本当に似てるんだなぁ。
こういうタイミングもそうだけど、趣味も似てるし。
好きな洋服とか、好きな映画とか・・・・好きなタイプとか。
372 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:24

「なんのお話、してたの?」
梨華ちゃんが言った。
「えーと、なんだっけ?」
よっすぃが、あたしに振る。

「ほら、あれ。吉澤印」
「それはもう終わってない?」
「あっ、あれだ、“嘘つきはー”てやつ」
「そうそう! その答え、まだ教えてもらってねぇじゃん!」
「さぁーね〜」
「ごっちーん、いい加減教えてよー」

梨華ちゃんは、あたしとよっすぃを代わる代わる見て、そして言った。
「嘘つきは泥棒の始まり?」

「そうだよ、それだ!」
ぱんっ
手を叩いてよっすぃが叫ぶ。
「それじゃんか。だったら、知ってたよー」
373 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:24

「それが、どうかしたの?」
怪訝そうな顔で、梨華ちゃんが訊いてくる。

どうかしたの?って、まぁ・・・・そう言われちゃうとさ。
たしかに、どうってこともないんだけど。

「ん? あー、特にたいした話でもないよ、ねぇ?」
あたしは、隣のよっすぃを覗き込んだ。
「だよねー。なんでこんな盛り上がったんだろ、うけるーっ!」
よっすぃがさらに手を叩いて笑ってるから、あたしも笑った。


梨華ちゃんは、笑わなかった。


その微かにひそめられた梨華ちゃんの眉が、一瞬で脳裏に焼き付けられて。
あたしは、笑顔の途中で固まって、動けなくなった。


374 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:24

「どうしたんだろうね、梨華ちゃん」
よっすぃが言った。
「うん」
あたしは、梨華ちゃんが強張った顔で消えていった曲がり角を見ながら頷いた。

「急いでたのかな。そろそろ時間だし」
「うん」
なんだか、耳の奥が、また。

キーン

あたしは、こめかみを親指で強く押した。
「頭、痛い?」
「なんか、ちょっと」
「かき氷、一気食いしたからかなぁ」
「うん」

キーーン

375 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:25

ああ・・・・・・そうだった。
忘れてたよ。

キーーーン

いやぁ? ほんとは覚えてたけど。
ていうか、なんだろ。
いっつも頭の中にあんのに、思い出さない、みたいな。

キーーーーーン


376 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:25

せっかく上手に沈めておいたのにね。

浮かんできちゃったよ。
“梨華ちゃんが好きなのは、よっすぃ”


・・・・・・後藤は、邪魔者。



****************************************
377 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/12(金) 21:27

更新終了です。
いしごまでの梨華ちゃん=なんだか薄情・・・・・・。な感じだと、書いていてツボなんです。
自分でも、ひねくれていると思います。

とんだ目に遭ったので、ごっちんは次回、現実逃避に走ります。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。
と言ったところで、明日は更新できないため、もう1話分、更新してしまいます。

378 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:28
****************************************


それから夜までのことは、ほとんど覚えてない。
ずっと耳がキーンてなってたこと以外、思い出せない。

仕事は、後藤の意識とは別のとこで、ちゃんとこなせてたと思う。
少なくとも、モニターに映ってる後藤はちゃんと笑えてたし、ちゃんと話せてた。
それよりあたしは、18歳未満のメンバーがひとまず撤収することになってる、夜10時
がコワかった。

カメラがなくなったら、どんな顔していいのかわかんないから。

379 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:28

梨華ちゃんは、本当はあたしなんか、どうでもいいのかもしんない。
同じグループにいるメンバーの一人、ってだけで。
もうすぐメンバーから抜ける後藤なんて。
梨華ちゃんにとっては、もう・・・・過去の人で。

そんな考えが、ビシバシ、あたしを打ちのめしてく。
どんどん、切り刻んでく。


「お疲れさまでしたー」
ようやく聞こえた言葉と同時に、席を立って走った。
380 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:29


バタン
トイレの戸に寄りかかって、ゆっくり息を吐き出す。


つらいよぅ。
何もかもが、やだよ。

ポジティブに、とか。
もう、限界。
つい何時間か前は、大丈夫な気がしたのに。
やってけるって、思ったのに。


やっぱ無理だったよ。
あたしは、梨華ちゃんにはなれない。
まっすぐ前だけ見て歩くなんて、できないよ。
381 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:29


・・・・・・誰か。


誰か助けて。

・・・・頭が、痛い。


382 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:30


【市井ちゃん】
【おう】
【あっ、今の顔!】
【ん?】
【好き〜! カッコイイ!】
【はぁ?】
【市井ちゃん、真っ赤だよ〜】
【・・・・あっ、今の顔ぉぉぉ!】
【なに? なに市井ちゃん?】
【好きぃぃぃ! 可愛いぃぃぃ!】
【んふ、んふふふ】
【けっ】
【あはーっ、市井ちゃん!】
【な、なんだよ】
【市井ちゃんも後藤のこと、好きなんだねっ!】
【・・・・・・馬〜鹿】
【え?】
【後藤の真似しただけだっつーの】
【・・そうなんだ・・・・・・】
【なんだ、変だよ、後藤】


383 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:30


【市井ちゃん、今度うちに来てよ】
【は、なんで?】
【えっと、遊びに】
【行かないよ】
【来てよー】
【毎日、会ってるけど?】
【でもさ、普通に遊んだことないじゃん】
【遊んでどうすんの】
【・・・・・・遊ぶの】
【プライベートでまで、会う理由がないっしょ】


384 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:31


【市井ちゃんは、どういう・・・・人が好き?】
【どういう人って?】
【あの、好みのタイプでもいいんだけどさ】
【かっこ良くて、背が高くて、ワイルドなのにクールな人かな】
【・・・・ふーん】
【後藤は?】
【わかんない】
【訊くだけかよ】
【・・・・・・教えてもいいよ。あのね・・】
【いいや。別に興味もないし】


385 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:31


【もしさ、後藤がいなくなったら、市井ちゃんどうする?】
【どうもしないよ】
【・・・・悲しい?】
【ていうか、仕事に影響あったら困るから、探すとは思うけど】
【うん・・・・】
【メンバー探さないわけにいかないし】
【後藤はもし、市井ちゃんがいなくなったら・・】
【なんでいきなり、そんなこと言うの後藤?】
【・・・・なんとなく】
【結構、ウザイよ】


386 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:31



・・・・・・どんだけ、ここにいたのかな。
隣で、ザザァーって水を流す音が聞こえた。


それから、メイク直ししてるっぽい人たちの話し声とか、バタンとドアが閉まる音とか。
たぶん、ずっと音はしてたんだろうけど、全然、耳に入ってなかった。


こんなとこに座り込んじゃってたのか。
あたしは急いで立ち上がった。
バイキン君がいちゃうかも。
よっすぃにウエットティッシュもらっとけばよかったかなぁ。

387 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:31

今、何時なんだろ。
いつもの癖で、腕を見る。
あ、時計してないんだった。
視線を上げかけて、もう一回、見た。

反対側の、右手首。
よっすぃとあいぼんと、3人でお揃いのミサンガが、しっかりと巻きついてる。
あたしは、目を閉じた。


もしも願いが叶うなら・・・・・・。


388 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:32

楽屋に戻ると、圭ちゃんが怖い顔で仁王立ちしていた。

「後藤、アンタ、どこ行ってたのよ?」
「あれ? 圭ちゃんたち、夜中も出んじゃないの?」
あたしが言ったら、ますます怖い顔になった。

「アンタの言う夜中って、何時なわけ!?」
圭ちゃんは、壁に貼ってあるスケジュール表をバンバン叩いた。
怖ーーーい!
「えー、何時って言われてもさぁ」
12時くらい?から、どんくらいかな。
389 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:32

「おいで、早く!」
考え中なのに、圭ちゃんはあたしの腕をつかんで、どこかへ連れていこうとする。
夜中っていっても、通路には、わんさか人が溢れかえっていた。

「痛いってば、うわっ、待ってよ」
圭ちゃんがすごい勢いで引っ張るから、転ばないように足元ばっかり見ながら歩いた。
なにすんのさ、圭ちゃん。
こんなに人いんのに、かっこ悪いじゃんか。

390 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:33


「あっ、来たぁ!」
聞き慣れた声が耳に入った。
顔を上げて、びびった。

そこにいるみんながあたしを見てる。
スタッフの人、“ミニモニ。”の4人、よっすぃと紺野と高橋と、あと、梨華ちゃん。


「ごっつぁーん! どうしたんだよー?」
ミニモニの衣装のやぐっつぁんが走ってきて言った。
「え・・どうしたって・・・・」
わけがわからないまま、ぼーっとしてると、圭ちゃんにつつかれた。
「ほら、早くしないとリハ、始まるわよ」
「リハ?」

391 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:33


「けど良かったー。どっこにもいないから、マジ焦ったよー」
リハーサルが終わると、やぐっつぁんが言った。
「探したんだぞぉ〜」
あいぼんが、人差し指で後藤の鼻を、ぐぐっと押した。

「ちょっと、ぼーっとしちゃって・・・・ねぇ」
「朝までかよっ」
やぐっつぁんが上を向いて、ズルッとこけた。
「かよっ」
あいぼんも笑って、真似をする。


結構長い時間、あそこにいたとは思ってたけど。
まさか朝になってたとは・・・・さすがに、驚いた。
何者かがさ、どっかから忍び込んできて。
後藤の時間、盗ってっちゃったんだったりして。

待ちかまえていたメイクさんが、大急ぎであたしの髪の毛を梳かし始めた。
本番まで、あまり時間がないみたいだ。

392 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:33

「後〜藤〜真〜希〜っ」
耳元で、太い声がした。
振り返ると、よっすぃが、腕を組んで立っている。
仕草から見て、お巡りさんの真似をしてるらしかった。

「返事はどうしたぁ、後藤真希ー!」
「はいーっ」
「貴様、こんな時間まで、どこで何をしていた?」
「えぇ?と・・・・トイレで、いろいろと」
「いろいろって、なんだぁ!」
「うーん・・・・いろいろ」
393 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:34

「プーーッ、アハハ」
こらえきれなくなったのか、よっすぃが吹き出す。
「ごっちん、いろいろって口癖になってない?」

「な〜に〜、よっすぃ、お巡りさん?」
「当たりだよ、警察官! すっげ、わかった?」
「うん、なんか、わかっちゃった」
「通じてくれたかぁ」
ふふん。
「わかるよ〜、よっすぃの考えてることなら、なんだって」

「・・・・そっか、だよねー」
「うちらってさぁ、ホントなにかが似てるよね」
「フッフッフ」
「なに、よっすぃ、その笑い」
「アタシもわかるぜー、トイレで何してたか知っちゃってるぜー」
「え?」
394 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:34

「輪っか作ったりでしょ、もちろん」
輪っか?
なんのことを言ってるのかわからないで見ると、ぽっぽ。
よっすぃが口を動かしてみせた。
ああ!

「そうそうそう、輪っか作ったりーとか」
「やっぱな、そんなことだろうと思ってたんだよなー」
よっすぃが、ニヤッと笑う。

「バレてたのかぁ」
「バレてたんだなー、これがよっ」
「お見通し?」
「当たりき、しゃかりき」
「あは。しゃりきだよ、よっすぃ」
「そーなのー? アハハ」
395 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:35

「すいません、立ち位置でお願いします」
スタッフの人が、中腰でやって来て言った。
仕方なしに、あたしとよっすぃは、それぞれ自分の場所に戻った。


途端にまた、胸が、ずぅんと重くなる。
・・・・せっかく少し、気が晴れそうだったのに。
やだ。
思い出したくない。


396 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:35

また頭が痛くなりそうになった時、ツジが言った。
「わかった。“モーニング娘。”だからだ」
「ほぇ?」
あいぼんが、間の抜けた顔で口を開けた。

「ほら、モーニングって、朝だよ」
「ぐわぁー! 知っとるっちゅうねん!」

「でー、朝!」
「なぬぃそれぇ〜」
ぐへぐへ笑い出した2人を、やぐっつぁんが睨み付ける。
「うっさいわ、まったく。子供かっつーの」
397 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:35

「子供じゃないよねーっ」
ツジが、あいぼんに言ってる。
やぐっつぁんの睨みも、ちっとも効いてないみたいだ。

「うん、大人」
あいぼんが確信持った頷き方をしたからか、ツジは不安そうな顔になった。
「・・・・どして?」
泳いだ目で、訊く。


「大人料金だから」
あいぼんの答えに、ツジが嬉しそうに笑った。
「そっかそっかぁ」
「でも薬飲む時は、迷う」
「辻も」
「一錠かなぁ、二錠かなぁって」
398 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:36

「うんうん! だから、三錠飲む」
胸を張るツジに、ミカちゃんが言った。
「大変、辻ちゃん! 死ぬよ!」

「うそうそーっ!?」
「ホント。聞いたことあるっ!」
「えっ? えっ? 死ぬのぉ?」
「リアリィ?ほわぃ? は〜わぁ〜ゆ〜」
「うるさーーーい!!」



・・・・・・あ、見てる。
すぐ隣の梨華ちゃんの視線。
ものすごく、感じる。

へらへらと、ツジ達を見ながら。
あたしの全神経は、梨華ちゃんに向いてる。


399 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:36

意識しすぎて、首の筋肉が金縛りにあったみたいに固まってきた。

・・・・どうしよう。
体が動かないよ。
お願いだから梨華ちゃん、声かけないで。
マジで今、無理だから。


「ごっちん」
「ん?」

あっさり、首は回り。
梨華ちゃんは、びっくりした顔で後ずさった。
400 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:37

・・・・なんか、待ちかまえてたみたいじゃん。
急に、恥ずかしくなる。
かっこ悪いよぅ。

ちがうよ、声かけないでって思ってたんだから。
でも梨華ちゃんの声聞いた途端、体が反応しちゃったんだもん。


401 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:37

「大丈夫、ごっちん?」
梨華ちゃんが言った。
「うん」
あたしは、急いで梨華ちゃんから目を逸らす。

「どこか行ってたの?」
「べつに・・・・どこってわけでも」

「なんだか顔色、悪いみたい」
「そう?」
「具合悪いの?」
「ううん、べつに」


声が聞こえなくなったから横目で見ると、梨華ちゃんは暗い顔になってた。
「心配してたのに」
梨華ちゃんが目を伏せて、小さな声で言った。
「・・え」

・・・・怒ってたんじゃなかったの、後藤のこと?
402 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:37

「ずっと、心配してたんだよ?」


梨華ちゃんの、たった一言で。
ずぅんと重かったあたしの心は、す〜っと軽くなった。
心配してくれてたんだぁ、って。


「えーと、あの、あれだよ」
手で無意味なジェスチャーをしながら、言い訳を考える。
「ちょっと・・・・アレひどくてさ」
「アレ?」
梨華ちゃんは、ちょっと首を傾げたかと思うと、ああ、という感じで頷いた。
「生理痛なら、言ってくれれば良かったのに」
心配そうな顔で、梨華ちゃんが言った。
403 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:38

「私、持ってるよ、薬。待ってて」
「いいよ!」
スカートの裾を翻して走り出しそうな梨華ちゃんの腕を、とっさにつかむ。
そんなに強く引っ張ったつもりはなかったけど、梨華ちゃんは、よたってなった。

「あ、ごめん」
あたしは急いで手を離す。

手の中に、梨華ちゃんの感触だけが残った。

404 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:38

「本当に大丈夫?」
梨華ちゃんが、あたしの顔を覗き込んで言った。
ふにゃってなってる眉毛が目に入る。

「・・・・へいき。今は痛くないし」
「ほんとう? よかった」
梨華ちゃんが、安心したように笑った。

「また痛かったら言ってね、ごっちん」
「・・・・うん」


痛い。

今、すっごく胸が痛い。
この痛みに効く薬をください。



405 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:39


「どう、具合は?」
場所替えで隣にやって来た圭ちゃんが、あたしのおでこに手を当てて言った。
「具合?」
「アンタ、仮眠もしてないんじゃないの?」

「なんかさぁ、全然、眠くなんないの」
こんなに寝てないのに、どうしてなんだろ。

「食事は? ちゃんと食べたんでしょうね?」
「うん。梨華ちゃんとねぇ、一緒に食べたよ」
「そ。ならいいけど」
圭ちゃんは、うんうんうん、と3回も頷いてる。
406 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:39

「吉澤がさ、えらい心配してたわよ」
よっすぃのほうを見ると、すぐに目が合った。
あたしは、ちっちゃくVサインを出した。

大丈V!
ちょっと、なっち風に。

よっすぃは、笑ってVを返してきた。
“わかってるぜぇ、ごっちん!”
そんなふうに、言ってくれてるみたいで。
なんだかすごい、胸がいっぱいになった。


よっすぃ。
やっぱ、うちらって、ツーカーだね。


407 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:40


「今、姿を現しました!」
そんな言葉と同時に、マラソンランナーが会場に入ってくる。

ワァッ!
歓声が上がった。

「みなさん! 熱い拍手をお願いします!!」


感動。
カンドー。
かんどー。

何に?


あたしは、会場を見回した。
「ガンバレー!」
あちこちから、応援の声が飛んでる。
泣いてる人もいる。

ふらふらしながら、ランナーがこっちに向かって走ってくる。
408 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:40

「・・・・頑張れ」
すぐ隣から、囁くような声が聞こえた。
梨華ちゃんは、目に涙を浮かべて、必死な表情をしてた。

まっすぐで、頑張り屋の梨華ちゃん。

後藤とは、全然違うね。
後藤より、全然強いね。
腕相撲とか、あんな弱いくせにさ。


・・・・細かったな、梨華ちゃんの手首。
あたしは、梨華ちゃんの小さな手を見つめた。

この手を取って、どこかに行けたらいいのに。
ずっと一緒に、いれたらいいのに。
梨華ちゃんの手が、すっと上がって、目尻の涙を拭った。


ねぇ、梨華ちゃん。
あたしが卒業する時も、そうやって、泣いてくれる?
後藤のために、涙を流してくれる?


409 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/12(金) 21:41

ゴールのテープが、ふわりと落ちた。

ちょっぴり、あたしの心に影を落としたまま。
長い長い一日が終わった。



****************************************
410 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/12(金) 21:42

更新終了です。
いしごまでのごっちん=なんだか不安定・・・・・・。な感じだと、書きやすかったりします。
自分でも、ひねくれていると思います。

次回、第2部ラストになります。調理材料は、日→火です。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。
411 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/12(金) 23:17
せつないですね後藤さん
吉澤さんも健気です
石川さんの後藤さんに対する感情はどうなんでしょう
412 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:03
****************************************


たいして気合い入れてたわけじゃないし。
特別、気に入ってたってわけでもないし。
そんな感じで、1年半以上もやってきたレギュラー番組。


それでも、一歩スタジオに足を踏み入れた途端、思い出が蘇った。
いろんなことしたなぁ、このスタジオで。

『なんでこんなのやらせんの』とか。
『だるーい』とか。
さんざん文句言ったこともあったけど。


楽しかった。
いつもみんなで騒いで、先のことなんて何も考えてなくて。
・・・・あの頃に戻りたいよ。
413 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:04
あんましそういうこと、考えたくないんだけどね。
最後の収録日だからか、ネガティブな考えばっか浮かんでくる。


最後、最後・・・・毎日なにもかもが、最後になってく。

後藤なしの“新生・モーニング娘。”での収録がもう、ちらほら始まってる。
後藤がいなくても・・・・・・“モーニング娘。”は、そのままで。

414 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:04

そんな時に限って。
ペアの相手は、梨華ちゃんだった。

台本をもらった時は、まだこんな気持ちになってなかったから。
最後の収録が梨華ちゃんと一緒なんて、運命かも。
呑気に喜んだりしてた。
こんなに寂しくて、切ないはずじゃ、なかったから。


卒業までは1ヶ月あるのに、あたしの心は、どんどん余裕をなくしてる気がする。

415 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:04
「あ、おはようございまーす」
「よろしくお願いしますー」
スタッフが、忙しそうにセットを動かしながら、挨拶してくる。

いつも通り。
普段と何も変わらない。

最後ってことには触れないでくれてるのかな。
そんなふうに思ったのは、一瞬だけ。
すぐに、わかっちゃった。
今日が最後だなんてこと、誰も気付いてないんだって。


そうだよね、当たり前じゃん。
最後なのは、後藤だけでさ。
みんなは、このスタジオでこれからも変わらず、番組を作っていくんだから。
なに感傷に浸ってんだろ、ほんとに。
416 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:05

「・・・・おはようございます」

遅れた挨拶を返してから見ると、さっきまでセットがあった場所に、よっすぃと梨華ちゃ
んが立っていた。
2人が、あたしに気付いて口をつぐんだのが見えた。


「・・・・ごっちん」
少し間があって、よっすぃが言った。
「ずいぶん、早く来たんだね」

「今1本目・・・・終わったところだよ?」
梨華ちゃんの笑いは、無理に作ってるのがバレバレで。
「あは、ちょっと早く来すぎたかな」
あたしの笑顔も、引きつってしまう。

「じゃあ、後で・・」
ダンッ
よっすぃの言葉にかぶせるように、梨華ちゃんが足を踏み鳴らした。
よっすぃが、手をあげたままの格好で、ぎくっとあたしを見る。

「うん、あーと、明日ね」
不自然に笑いながら、よっすぃは、そそくさと帰っていった。

417 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:06
「あ〜あ、やだな」
梨華ちゃんが、ため息をついた。
「・・・・え」
「昨日から耳の調子がね、おかしいの」
梨華ちゃんは眉毛をふにゃっとさせると、耳を叩いている。
「左は平気なんだけど・・・・どうしたの?」
「いやぁ? べつに」

梨華ちゃんの言った、『やだな』が。
“よっすぃ帰っちゃって、やだな”って言ってるみたいに聞こえた。
“ごっちんと2人かぁ、やだな”って。


「あーっ、どうしよう!」
「どうした、石川ー?」
スタッフと打ち合わせ中のやぐっつぁんが、顔を上げた。

「言い忘れちゃったの〜」
梨華ちゃんは、出入り口を指差しながら訴えてる。
「よっすぃ?」
「うん、もう行っちゃったかな」
「早く追っかけな」
やぐっつぁんの言葉に大きく頷いて、梨華ちゃんは走っていった。
418 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:06

ああ・・・・今日どっか行くんだなぁ、よっすぃと梨華ちゃん。
それにもしかして、やぐっつぁんも。

隠そうとしてるみたいけど、バレバレだよ、さっきから。
べつに隠す必要なんてないのに。
そうやって、だんだんみんなと遠くなってくことくらい、わかってるからさ。
そんなことで傷ついたりしないよ、今さら。
ただ頭が痛くなるだけだから。


ほらね、また来た。

419 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:06


・・・・・・頭が、痛い。


420 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:07


【ねぇ、市井ちゃん】
【・・・・後藤】
【さっき圭ちゃんと2人でさ、ずっとなにしてたの?】
【ちょっと・・・・語ってた】
【後藤にも語ってよ】
【なんでだよ】
【だって市井ちゃん、悩んでる感じするもん】
【・・・・ははっ】
【どうして笑うの?】
【後藤に話して解決になるんなら、とっくに話してるよ】
【・・・・後藤、役に立たない?】
【立たない】
【ひど・・いよ】
【ごめん、ハッキリ言い過ぎた】


421 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:07


なんだか、足がふわふわして、耳が遠い感じ。
気分が悪いとか、そういうんじゃないけど。
現実だけど、現実じゃないみたいな。



1年半、最後の収録は。
いつも通り、どっちでもいいようなクイズに。
いつも通り、一生懸命な梨華ちゃんの隣で。

あたしに向けられる梨華ちゃんの笑顔に、戸惑ったり。
たまに触れ合う肩に、息を止めたりなんかして。

時間は、過ぎてった。


422 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:08

「お疲れさまでーす」
収録が終わった。
あとは番組内の、ミニドラマの撮影がほんの少し、残ってるだけ。


「疲れたぁ、やっと終わったよぉ」
梨華ちゃんが、あくびをしながら伸びをした。
「・・・・うん」
「あ、そっか。ごっちんは、まだあるんだよね?」
あたしを見て、思い出したように言う。

「じゃあ、また明日ね」
「うん」
「バイバイ!」
学園ドラマに出てくる女の子みたいな明るい声で、梨華ちゃんが手を振った。


・・・・・・最後なのは後藤だけだから。
423 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:08

梨華ちゃん、困ったよ、どうしよう。
後藤も耳が、オカシイみたい。
キーンっていうの。
それになんか、さっきより、もっとふわふわしてきたよ。

ふわふわふわふわ。


424 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:09

なっちとドラマ、撮ってる時も。
「後藤真希、卒業スペシャルやっちゃいまーす」
言われた時も。

「ごっつぁーん!」

声が聞こえて。
よっすぃと梨華ちゃん、やぐっつぁんが走ってくるのが、見えた時も。


なんか、これって・・・・夢なんじゃないかなぁ。
喜んじゃ、ダメだよ。
もうじき、目が覚めるのかもしれないよ?

そんなことを、ぼんやり考えてて。

425 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:10

ふわふわふわふわ。


「あ〜、うまくいって良かった!」
はしゃいだ口調で、梨華ちゃんが言った時も。

「みんなからね、言われてたの」
「言われまくってたねー、梨華ちゃん」
「そ。ちゃんと釘刺しとかないと」
「“石川は演技がヘタなんだから、気をつけろよ”って」
「キャハハ」
「失礼しちゃうでしょー?」
つやつやの唇を尖らせて、後藤の顔を、覗き込んできた時も。


「ぜってーバレんなよって、言ったんだけどさー」
照れくさそうに、よっすぃが苦笑いした時も。

「よっすぃのほうが、危なかったよぉ」
「ハハッ、口滑っちゃってさー。焦った」
「でも、あとは完璧だったでしょ、ねっ?」
ちょっと答えるのに、困った時も。

426 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:10

よっすぃのあったかい背中と。
梨華ちゃんの、あったかいおっぱいに、挟まれて。

時間よ、止まれ
半分本気で、思ったときも。


キーン、は消えたけど、ふわふわは消えなくて。


427 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:11

「ごっつぁんごっつぁん、こっち焼けてるよー」
いつも通り、気配り屋さんのやぐっつぁんも。

「ダメだよぉ。ちゃんと食べないと、はい」
いつも通り、お姉さんな梨華ちゃんも。

「肉、肉っ」
いつも通り、食欲もりもり旺盛なツジも。

「うっめ、これ〜!」
いつも通り、意外とオヤジくさい高橋も。

「パーンチ! パーンチラッ」
いつも通り、お茶目なあいぼんも。

「愛の打ち上げ花火、いくぜGO!」
いつも通り、やさしくて楽しいよっすぃも。

「吉澤さん、手伝いますー!」
いつも通り、目立たないとこで偉い小川も。

「へえ、すっごい、綺麗ですねぇ!」
いつも通り、純粋な新垣も。

「おー。お〜? わぁー!」
いつも通り、目の中にお星様な紺野も。

「見て。あそこにお星様が見える・・・・」
いつも通り、メルヘンなカオリも。

「星見ると、北海道、思い出さない?」
いつも通り、ふるさと大好きななっちも。

「後藤、アンタ大丈夫。ちょっと痩せたんじゃないの?」
いつも通り、お母さんみたいな圭ちゃんも。

428 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:11

焼き肉食べてる間も、花火してる間もずっと。
感動とか、そこまで追いついてかなくて。


ただ、もう。
ぜんぶ、夢なんじゃないかって。
そればっか考えてて。


429 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:12

けど、最後に渡された、メンバーからの寄せ書きを見た時にね。
思ったんだ。

神様が、願いをかなえてくれたんだなぁって。
願い事、ちゃんと聞いててくれたんだなぁって。

430 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:12

卒業まで、あと1ヶ月。
梨華ちゃんと一緒にいられるのも、あとそれだけ。

その日までに、言えるかな。
後藤の素直な気持ち。
伝えられるかな、梨華ちゃんに。


・・・・この上、神様に“勇気も欲しいんですけど”とかお願いしたら、欲張りかなぁ。
図々しすぎるよねぇ、さすがに。
431 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:13


考えただけで逃げ出したくなるけど、でも。
あり得なくたって、やってみよう。


『頑張ってね!』
うん。
“頑張る”って言葉も、そう悪くはないかもね。



432 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/14(日) 10:13



         〜 第2部 終わり 〜 第3部へ続く 〜



****************************************
433 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/14(日) 10:15
****************************************

“〜 遠い日のうた 第2部 〜かき氷の、時間〜”終了です。
あれからもう1年経ったんですね、懐かしいです(しみじみ)。


第3部へ進む前に、今回も番外編を挟みます。
こちらは、よしごま短編です。いしごまの片鱗もありません。
本編より2年ほど遡った、2000年・夏が主な舞台となっています。

かなり濃いめの味付け・・・・というか、相当ダークな痛い話です。
ある人が荒んでいます。ある人の特技は命名です。
全部がぜんぶ、いつもと違いますが、これを挟んでおかないと単なる現実逃避キャラに
なってしまいますし・・・・。うーん、番外編ということで、あれこれ試させてください。

次回、“頭痛の種”。お楽しみに(していてくだされば幸い・・・・)。

434 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/15(月) 18:43

それでは番外編、よしごま短編です。今回も、よっすぃが主役です。

435 名前:遠い日のうた 投稿日:2003/09/15(月) 18:45
****************************************

“〜 遠い日のうた 〜かき氷の、時間【番外編】 〜”

****************************************
436 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/15(月) 18:46



またここへ、来てしまった。



ひとみは、手をかざして建物を見上げた。
強い日射しと共に、“カ・ラ・オ・ケ”の立体文字が目に入ってくる。
窓の脇に不安定に取り付けられたその文字は、古ぼけた壁と同化して見えた。

(雨に濡れたら赤いのかなぁ、今でも)
そんなことを考えて、フッと自嘲気味に笑う。
(未練がましいよなー、ホントにさ)


無理に上を向いたせいか、首筋が痛んだ。
ひとみは軽く頭を振り、建物の入口に向かって歩き出した。
(ガード堅くなってるし)

建物全体の薄汚い印象の中で、そこだけが異質だった。
一目で新しいとわかる硝子製の自動扉が、太陽を反射してぴかぴか光っている。
自動扉のすぐ横には、片足を上げた象の人形が立っていた。


437 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/15(月) 18:47

「エレファン」

人形に呼び掛けると、ひとみは腰を落として目線を揃えた。
白い肌に、オレンジが映り込む。
(ごっちん、やっぱり卒業しちゃうってさ。それから・・・・梨華ちゃんが好きなんだって)

ひとみは、色素の薄い大きな瞳を細めて、ぽつりと呟いた。
「失恋しちったよ、エレファン」


人形は、変わらない、つやつやとした笑顔で正面を見据えている。

(こんなとこ誰かに見られたら、狂ったかと思われんな)
慌てて辺りを見回し、一人、苦笑する。
(だっせぇ、アタシ)


438 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/15(月) 18:47


想いを断ち切るつもりでやって来たのに、逆効果だったかもしれない。
今日も結局、足を踏み入れることなく、帰ることになるのだろう。

それでよかった。
初めから入るつもりなどない。
ひとみはただ、こうして色褪せた文字を見上げ、確認せずにはいられなかっただけだ。


2年前のあの夏の日は幻ではなかったのだと。




****************************************
439 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:48
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


【〜 2000年 夏 〜“モーニング娘。”〜】



その日、日本列島は大荒れだった。
ニュースでは、大型の台風が上陸したと報じられていた。


じめじめした湿気が苛立ちを呼ぶのか、ダンスレッスンの雰囲気は最悪だった。
連発されるミスに加え、真希のやる気のない投げやりな態度が火に油を注ぐ形となった。

「お前らにはもう、教えても仕方がない」
振り付けの先生がレッスン室を出て行ってしまうと、直接原因である真希に、メンバーの怒りは集中した。


440 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:48


「あんたなぁ! ええ加減にせぇ!」
ついに堪忍袋の緒が切れた中澤が叫んだ。

「ひゃはっ!」
真希の目に、勝利の色が浮かんだ。
「ええ加減ってぇ〜?」
ひぇれひぇれ笑いながら茶化した口調で言うと、後ろ手をつく。


「どれだけかき回せば、気が済むん?」
再び声を押し殺した中澤をちらりと見やり、真希が首を傾げる。
「どんだけかなぁ・・・・うーん、どんだけでしょ?」

真希のセミロングの栗色の髪がさらさら揺れて、天使の輪を作った。
441 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:49

「あんた・・・・・・変わったな」
中澤が疲れ果てた表情で、ショートカットの金髪をかき上げた。
「あ、どうも」
「・・・・紗耶香も泣くで、こんな後藤見たら」
「サヤカ?」
一瞬、真希は怪訝そうに目を凝らしたが、すぐに眉を上げて笑った。
「ああ・・・・ふはは」

「何が可笑しい?」
中澤が気色ばむ。

「誰のことかと思っちゃった!」
真希は跳ねるように言うと、足を閉じたり開いたりしながら鼻歌を歌い出した。
「ふ〜んふ〜んふ、スバラシイ〜」

ただでさえ張り詰めていた部屋の空気は、さらに緊迫したものとなった。

442 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:49

「後藤」
静かな声が真希の名を呼んだ。

鼻歌が、ぴたりと止んだ。
真希は笑いを引き、糸に操られているかのような動きで首を巡らせる。

「謝りなさい」
鋭く、しかし温かい眼差しで保田が言った。
「ちゃんと・・・・裕ちゃんに謝って」
穏やかに諭すその姿は、立て籠もり犯の説得にあたる母親を思わせた。

真希の表情が、何かを訴えかけるものに変わった。
光る目で、じっと保田を見つめている。
保田が、ゆっくりと、首を振った。
「今のは後藤が悪いよ」


真希から、一切が消えた。



443 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:50
「ふーん」
ゴキゴキと首を鳴らしながら、真希が立ち上がる。
無表情に中澤を見下ろし、顎を突き出すと、言った。

「意味わかんない」

バシィッ!!

誰もが息を呑んだ。
真希の頬を打った中澤までもが、その手を胸に押し当てて息を呑んでいた。


一瞬の静寂の後、真希が甲高い声を上げて床に崩れ落ちた。
静まり返ったレッスン室に、悲鳴のような真希の泣き声が響きわたった。
なだめようと近づくメンバーの手を振り払い、真希は激しく泣き続ける。

444 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:51


ひとみは、その光景を茫然と見ていた。
駆け寄ろうにも、怯えた石川と辻が両腕にしがみついてきて、身動きがとれなかった。

「アンタ達、帰っていいよ」
保田がやって来て、ひとみ達4期メンバーを促した。
石川、加護、辻の3人は青ざめた顔で頷き、逃げるようにして帰っていった。
ひとみもできることならそうしたかったが、真希への想いがそれを踏みとどまらせた。


荷物をレッスン室に残したまま廊下へ出ると、ひとみは壁に手をついた。
真希の目が、胸に焼き付いて離れなかった。
“ラビ”の目だ。
ひとみの胸は、火あぶりでもされているかのように、凄まじく痛んだ。


赤い目をした、真っ白なうさぎ。
ラビはひとみの、小さな友達だった。



445 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:52
6年生の時のことだ。
ひとみの通う小学校では、何種類もの動物を飼っていた。
中でもとりわけ、ラビの愛くるしい姿は、児童たちの間で人気を呼んでいた。


ある日、ひとみが飼育委員の友達を手伝ってウサギ小屋を掃除していると、隙をついてラビが逃げ出した。
ラビは、足には自信があるひとみでも苦心するほど、すばしっこかった。

あと少し、というところで必ず、ラビは手の中からすり抜けていく。
ひとみをからかうように駆け回り、立ち止まっては、また逃げる。
へとへとになるまで追い回して、ようやく校庭の隅に追いつめた。



あれだけひとみを翻弄したにも関わらず、ラビは、震えていた。
強い力を持っていたはずの赤い瞳は、頼りなく揺れていた。
ひとみの手が及ぶと、ラビは観念したように、その目を閉じた。


446 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:52

ひとみは、帰ってからもラビの目を忘れることができず、懐中電灯を手に家を抜け出した。
門を乗り越えて校庭に忍び込み、ウサギ小屋の戸を開けた。


その日から、ラビの開放が、ひとみの日課となった。

447 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:53
ラビはいつでも、決して嬉しそうな素振りは見せなかった。
小屋の隅から胡散臭そうに、ひとみを見上げるだけだ。
だが戸を開けた途端にラビは、ひとみの足元をすり抜けて飛び出して行く。

月明かりの下を嬉々として疾走するラビ。

昼間、おとなしく児童達に撫でられている時とは全く違う、ひとみだけが知っているラビの姿だった。
開放感に溢れたラビの姿を見ていると、ひとみ自身の心も解き放たれた気がした。


448 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:53

中学生になると、ひとみの生活は学校一色に染まった。
入部した運動部の練習がきつく、夜、家に帰る頃には、立ち上がるのも億劫なほどに疲れていた。
ラビ、どうしてるかな。
気になりながらも、結局、足を向けることはしなかった。


ラビが死んだことは、弟の運動会で知った。
ひとみが卒業してまもなく死んだという。
ラビの住んでいたウサギ小屋は、にわとりのエサを入れておく倉庫になっていた。

軽快な行進曲の中、金網に手を掛けながら、ひとみは何度も詫びた。
ごめんね、ごめんね・・・・・・ごめんね、ラビ。



449 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/15(月) 18:54



もちろん、真希は、ラビとは違う。
狭い小屋に閉じこめられているわけでもなければ、誰かの助けを待っているわけでもない。

それでもやはり、真希の目は、ラビの目だった。



****************************************
450 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/15(月) 18:56

短いですが、今回はここまでです。
頭痛の種をできるだけ痛く調理したら、こんな感じになりました。
中編からは、もっと痛くなります。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

451 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/15(月) 20:16
痛くてセツナイ話になりそうですね
期待しています
452 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/15(月) 20:28
痛くてセツナイ話になりそうですね。
期待してます、はい。
453 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:16
****************************************


ひとみが自動販売機の前で思いを馳せていると、遠くから先輩メンバーの声が聞こえてきた。

「落ち込むなよー、裕ちゃんは悪くないって」
「そう。後藤が悪い」
「自分の立場ってものが、わかってないんだよ」
声は徐々に、ひとみに近づいてくる。

ここにいてはいけない。
そう思う一方で、自分はここにいるべきだ。
使命感のような強い思いが、ひとみを引き留めた。


「もう、ダメだね、後藤は」
「今に辞めるって言い出すよ」
「・・・・紗耶香みたいにね」
「の前に、クビだよ、クビ」
通路の角から、中澤、飯田、安倍、矢口の4人が姿を現した。
454 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:17

「お疲れさまです」
ひとみは急いで頭を下げた。
「ああ・・・・お疲れ」
きまり悪そうな表情を浮かべて、中澤が頷いた。
だるそうに髪をかき上げ、足を引きずりながら、こちらへ向かって歩いてくる。

「・・・・あの・・ごっちんは」
気付いた時には、口をついて出ていた。
隠しきれない抗議の匂いを感じ取ったのか、中澤の表情が険しくなる。
「知るか!」
吐き捨てるように言うと、風を切ってひとみの脇を通り抜けて行った。
他の3人も後に続く。



怒らせてしまった。
ひとみは自動販売機に寄りかかって、息を整えた。

今さらながら、自分の無鉄砲さに足が震え出す。
先輩メンバーを敵に回してしまった。
明日から、どうすればいいのだろう。

455 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:18

「よっすぃ」
小さな声に顔を上げると、列の後ろから合図する矢口が見えた。
矢口は、小走りで戻って来て早口に言った。
「後藤、まだ圭ちゃんとレッスン室。もう泣き止んでるから、行ってみ?」
「ヤグチぃ!」
中澤の鋭い声が飛んだ。
「はーい!・・・・また明日ね、よっすぃ」

「あのっ、矢口さん」
「ん?」
矢口が振り返る。
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
照れたように言うと、矢口は小さく手を振って走っていった。



****************************************
456 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:18


真希は嫌な顔をしないだろうか。
それがまず、気がかりだった。


ひとみは、レッスン室の前で数秒間、自分を励ますように深呼吸した。
扉を開けると、壁際に座り込んでいる2人が目に入った。
「・・・・吉澤」
保田が、真希の頭に乗せていた手を下ろした。

「お疲れさまです」
「うん、お疲れさま」
ひとみの手の中の飲み物に目をやり、保田が立ち上がる。
「あとは、任せちゃってもいいかな」
「はい」
「じゃ・・・・頼んだ」

457 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:19

保田が荷物を抱えて出て行くと、部屋は気詰まりな静けさに包まれた。

ひとみは、真希の前にしゃがみ込み、缶を振って見せた。
「ポカリとグレープフルーツジュース、どっちがいい?」


何の反応もなかった。
真希はぼんやりと壁にもたれ、遠い目でどこかを見つめていた。
その頬に、幾筋もの涙の跡が残っていた。


「水分補給したほうがいいよ」
なんとか気付いてもらおうと、ひとみは真希の顔を覗き込みながら言った。
「人間の体って、7割が水分らしいし」

真希の表情には、やはり何の反応もあらわれない。
微動だにしない真希は、息すらしていないように感じられた。
ひとみが耳を澄ましてみても、聞こえるのは自分の心臓の音と息遣いだけだった。

458 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:19


「ごっちん、カラオケ行こうよ!」
ひとみは両手を大きく広げて、声を張り上げた。
真希の眉が、ぴくりと動いた。
「バァーッと歌えばさ、すっきりするよ」

彷徨っていた真希の焦点がひとみを捉える。
ようやく気付いてもらえたことに安堵しながら、ひとみは息を吐き出した。


「・・・・なに言ってんの」
真希が言った。
「え?」
「こんな天気で行くわけないじゃん」

459 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:19

「だよねー」
ひとみは必死の笑顔を作って相槌を打った。
「台風にカラオケなんて、アハハ」

みじめな気持ちがひとみを襲う。


いつから、こうなってしまったのだろう。
ひとみは、身支度を始めた真希の背中を見つめた。
どこでこんなにねじれてしまったのだろう。

初めからこうでは、なかったはずだ。
おそらく、真希との関係がねじれ始めたのは、あの時からだ。



460 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:20

初めて顔を合わせた時の真希の態度は、たしかに、お世辞にも友好的とは言えないものだった。
新メンバーとして紹介されるひとみを、真希は敵対心むき出しの表情で睨み付けた。
話しかけるのもためらわれるような雰囲気だった。

真希に対するイメージは、1日目にして根底から覆された。
ひとみが憧れや親近感を抱いていた真希は、あくまで芸能人としての“後藤真希”であったことを知った。


さらにひとみを気落ちさせる現実も待っていた。
真希の市井紗耶香へ対する、異常なまでの執着心である。
その執着心と依存度は想像以上のもので、ひとみが入り込む余地は全くないように思われた。
461 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:20

だが、市井の脱退が、状況を一変させた。
直後こそ落ち込んだ様子を見せていた真希であったが、多忙を極める“モーニング娘。”の時間の流れは早い。
1ヶ月もすると、市井の名前を口にすることもなくなった。
それまで見せていた執着が嘘のように、あっさりとしたものだった。


ひとみは、市井の抜けた穴を埋める形で“プッチモニ”のメンバーに加わった。
同じユニットになったことで、真希との距離は、一気に縮まった。

ラジオ収録の帰りに一緒に買い物に出掛けてからは、より一層、距離は近くなった。
服や小物の趣味が似通っていたことが真希を満足させたようだが、それはひとみの勉強の成果でもあった。


カラオケやゲームセンターが2人の主な遊び場所だった。
そのうち仕事の後だけでなく休日にも会うほど親密になり、ついには真希の家を訪れるまでになった。
プライベートでの真希は、仕事場とは別人のように生き生きとしており、優しく、そして澄んだ目で屈託なく笑った。

ひとみにとって、毎日が信じられないことの連続だった。
遠い憧れの存在であったはずの“後藤真希”が、こんなにも近くにいる。
メールや電話をくれるだけでなく、ひとみを親友だと言い、『よっすぃとは目で会話できるよね』とまで言ってくれる。
毎日が夢のように楽しくて、本当に幸せだった。

462 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:21

そんなある日、真希が言った。

『なんかさぁ、毎日すっごいつまんなくない?』


ひとみが受けたショックは、とても言葉では言い表せない。
その場は曖昧に笑ってごまかしたが、打ちのめされ、一晩中泣き明かした。

その一言を境に、真希は変わってしまった。

ひとみに対して遠慮というものが全くなくなった。
それまであった気遣いや思いやりは、どこかへいってしまった。


真希は、連日連夜、ひとみの知らない友達たちと遊び歩くようになった。
仕事に対する不誠実な態度が顕著になり、遅刻はもちろんのこと、無断で欠席することさえあった。
真希の荒みようは誰の目にも明らかで、事務所からも再三、注意がなされた。
注意が警告に変わっても、真希の態度は改善されるどころか、エスカレートしていくばかりだった。

463 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:21
『後藤は、どうなっちゃったんだろう』
先輩メンバー達の呟きが、多く聞かれるようになった。
そこには決まって、市井の名が持ち出された。
『やっぱり紗耶香がいないと後藤は・・・・』

市井の名前を耳にする度、ひとみの心は乱れた。
あんなに市井を慕っていた真希に電話の1本もよこさないで、何が教育係なものか。
今では真希も、市井のことなど、すっかり忘れているというのに。
的外れな意見に、苛立ちが募った。



真希にとって、自分は一体なんなのか。
真希に振り回されるだけの毎日。

もう、真希に関わるのは止めよう。


しかし、そうすることはできなかった。
真希に、あの澄んだ目を取り戻してもらいたい。
たった一つの願いだけが、ひとみの支えだった。



****************************************
464 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:22


外に出ると、風は思った以上に強く、大粒の雨が顔にビシビシ当たってきた。
目を開けていられないばかりか、呼吸すら危うい。

カラオケに行こうだなんて、馬鹿なことを言ったものだ。
こんな日は真希の言う通り、まっすぐ家へ帰ったほうがいい。


ひとみは、さらに募りそうなみじめさを飲み下すと、暴風雨に備えて体勢を低くした。
傘を小さく持ち、横を向いて呼吸を確保した時、真希が言った。
「いつもんとこでしょ?」
「え?」
振り返ったひとみの目の中に、雨が激しく降り込む。
ひとみは水滴を拭いながら、真希の表情を窺った。

「カラオケ」
「でも・・・・」
背後で、ざばっと水飛沫の上がる音がした。
真希の目が揺れた。
「なんだ。本気じゃなかったんだ」
・・・・ラビの目だ。


「行くよ、ごっちん!」
咄嗟に、ひとみは真希の腕をつかんだ。
「行こう!」
その手に思わず、力がこもる。
真希が眉をしかめて腕を見下ろした。

「・・・・ごめん」
ひとみは急いで手を離し、小さな声で謝った。

465 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:23


風は、一歩ごとに強まっていく。
横殴りの雨が体中を叩き、足は踏み出すごとに重くなった。
傘はもはや、何の役にも立たなかった。
やっとの思いで店まで辿り着いた時には、2人とも服のままプールに飛び込みでもしたかのように、ずぶ濡れになっていた。


466 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:23

「いらっしゃいませー、お時間は?」
自動扉を通って中に入ると、カウンター内で暇そうにしていた店員が、身を乗り出して呼び掛けてきた。
「あ、時間は・・・・どうする?」
ひとみは、真希に意見を仰いだ。


返事はなかった。
真希は滴り落ちる雨を払おうともせずに、ぼんやり窓の外を見つめていた。


「とりあえず2時間で」
向き直り早口で答えた時、バサバサと壊れた傘を広げる真希が目の端に入った。
真希は、なめらかに開いた自動扉を抜けて、雨に吸い込まれていった。

「あの、また来ます」
カウンターに頭を下げ、慌ててひとみも後を追う。
467 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:24

「待ってよ、歌わないの?」
「やっぱ帰る」
「帰るって・・・・せっかく来たのに?」
「よっすぃ、歌ってけば?」

再び、暴風雨が吹きつける。
突風に煽られて、真希がよろけた。

「送るよ」
ひとみは、庇うように真希を支えながら申し出た。
「駅まででいいからさ。送らせてよ、ごっちん」
真希が体をよじらせて、ひとみを遠ざけた。

よろめきながら前を行く真希の背中は、はっきりと拒絶を示していた。


468 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/16(火) 21:28


暴風雨が急速に遠のいていく。
頭が痺れ、ごうっと唸る風の音も、ざばざばとうねる水の音も、どこか別世界のもののように感じられた。


ひとみは真希のかかとを見つめ、歩き続けた。



****************************************
469 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/16(火) 21:29

中編でした。
ねじれてよじれて、歪んだ関係がツボみたいです。たいへんマズイ傾向です。
次回は後編、ラストです。お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

470 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:34
****************************************


「あった」
真希が、足を止めた。

「・・・・え?」
顔を上げると、目の中に叩きつけるように雨が降り込んできた。
真希が壊れた傘で建物を指して言った。
「カラオケ」


高層ビルと呼ぶのも憚られる薄汚れた建物が、ひとみを見下ろしていた。
上のほうに、かろうじて“カラオケ”という赤い立体文字が見えた。
ぽっかりと開いた入り口は暗く、蛇穴のようで気味が悪い。
横に立つオレンジ色の象のつやつやした笑顔が、より不気味さを醸しだしていた。


「・・・・ここ?」
ひとみは恐る恐る、真希に視線を移した。
「やなら帰れば?」
「あの・・・・駅前のほうにも、カラオケあるよ」
「だから、帰ればいいじゃん!」
真希が、ひとみに向かって傘を投げつけた。

471 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:35

「ここに入ろう」
ひとみは、足元に落ちた傘を拾い上げた。
柄の当たったすねが少し痛んだが、気にならなかった。
入口の前で象の頭に手を乗せ、一呼吸入れて、蛇穴をくぐった。


中に入ると、べとついた空気が体にまとわりついてきた。
エレベーターが、裸電球の明かりに、ぼぅっと浮かび上がっていた。

脇にぶら下がっているプレートを、真希が小首を傾げて興味深そうに眺める。
“営業中”
殴り書きされた文字の上を、得体の知れない虫がぬらぬら這い回っていた。

ひとみは目をそむけながら、急いでエレベーターのボタンを押した。
ゴィンと音がして、錆びた扉が開いた。

472 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:35

内側の壁も扉同様、セロハンテープの跡があちこち残り、黄ばんでいた。
歪んだペンの表記が、2階から6階は住居であることを伝えている。
このようなところで暮らすなど、あり得ない話だ。
ひとみは、ぞっとして、つばを飲み込んだ。

真希が横から、すっと指を伸ばし、“カラオケ”と書かれた“8”を押す。
エレベーターが不自然に揺れながら動き出した。

ロープが軋んだ音を立てる。
「あっ」
ひとみは思わず小さく声を上げた。

「怖い?」
真希がひとみの顔を、顎の辺りから舐めるように覗き込んだ。
「うん・・・・少し」

473 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:36

突然、箱が大きく揺れた。

「ひゃはっ!」
楽しそうに、真希が笑った。
「トランポリ〜ン」
真希は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、無邪気に叫ぶ。

474 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:36


エレベーターが止まった。
扉が開き、また閉じた。


475 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:37

「明日の新聞に出たりして」
真希の目が、異様な熱を帯びて光った。

「“モーニング娘。事故死!”。ワイドショーとかみんな、そのニュースで大騒ぎんなんの。お葬式でメンバー号泣!みたいな」
真希は金塊でも掘り当てたかのような熱に浮かされた口調でまくし立てる。


「・・・・ごっちん」
「まぁ・・・・・・」
あっという間に、真希に仮面が舞い戻った。
「どうせすぐ忘れちゃうんだろうけど」


「いいよ」
ひとみは、頷いた。
とても安らかな気分だった。
「は?」
真希が眉を上げる。

「そういうのも、派手でいいかなーって思って」
「なにそれ・・・・・・意味わかんない」
「親友じゃん、ウチら」
「ふーん」
真希は、腕をさすると身震いした。
「・・・・怖っ」


476 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:37

エレベーターの前が、もうカウンターだった。
「すいませーん」
ひとみは奥を覗き込みながら、呼び掛けた。
チリンチリンと、カウンターの上の錆びたベルを鳴らす。

「こんな天気でも、歌おうって物好きがいるとはね」
今の今まで寝ていました、という様子の中年の男が、のそのそ出てきて言った。
「どうぞご勝手に」
不機嫌そうにリモコンの入った籠を顎で差し、すぐに奥へと引っ込んでいく。


「・・・・どれにする?」
「どれでも」
真希が、気のない返事で首を振る。
ひとみは迷った末に、真ん中のリモコンを手に取った。
477 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:38

電気もついていない廊下をひたすら奥へ奥へと進み、目的の番号の部屋に辿りついた。
当然、エアコンはついておらず、かわりに、カビ臭く、むっとした空気が鼻をついた。
おまけに歌本を開くと、血のような赤茶色の染みが何ページにもわたってついていた。

ひとみは、気を取り直して歌本を繰った。
「ごっちん、ラブマあるよ。安室さんも・・・・何曲かあるし」


返事はなかった。
真希の目はまた、どこか遠くを見つめていた。


「じゃあ、先に歌っちゃおうかな」
ひとみはリモコンに番号を入力し、送信ボタンを押した。
だが、デジタルの数字がチカチカと点滅するばかりで、音楽の始まる様子はない。

リモコンを手に立ち上がりながら、ひとみは溜息をついた。
もしかすると、自分はもう運を使い果たしてしまったのかもしれない。
「壊れてるみたいから、ちょっと取り替えてくるね」
ドアに手を掛けて、真希を振り返る。
478 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:39


「もう、あたしに構うのやめなよ」
不意に、真希が言った。
「よっすぃまで、嫌われちゃうよ」
「・・・・ごっちん」

「後藤なんて、いてもいなくてもおんなじなんだよ」
ソファに押しつけられた真希の拳が震えている。
「メンバーだってさ、みんな・・・・後藤のこと嫌ってるよ」
「そんなことない」
「誰も後藤のことなんて必要じゃないんだよ」


「アタシは必要だよ!」
ひとみは真希の足元に駆け寄って叫んだ。

「アタシが必要だよ、ごっちん・・・・」
もどかしい思いが、涙となって溢れ出す。
ひとみは、ぐいっと手の甲で頬を拭った。
「・・ごっちんが・・・・」

479 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:39

真希のひんやりとした手が、ためらったようにひとみの頬に触れた。

「よっすぃ・・・・」

すべてのものが静止した。
唇に、真希の感触があった。


ひとみは息を止めたまま、固く目を閉じた。


頬に当てられた冷たい手と、唇から伝わる温もり。
同じ人間のものとは思えない温度差が、ひとみを震わせる。



480 名前:かき氷の、時間 投稿日:2003/09/17(水) 19:40



ゆっくりと唇が離れた。
目を開けると、望んでいたものがそこにあった。

真希が澄んだ目で、はにかんだように、ひとみを見つめていた。




++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
481 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/17(水) 19:41
****************************************



やっぱりあれは、幻だったんだろうか。
そんな馬鹿なことを本気で考えてしまうほど、あの頃の真希は別人、だった。


時々、真希にそれとなく、あの頃の話を持ち出してみることがある。
真希は至って普通で、その表情に特別な変化は見られない。
今や真希の心を読むことが特技となったひとみにも、こればかりは読めなかった。


482 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/17(水) 19:41



ジジッと音がした。
さっきまで壁に張り付いて鳴いていた蝉が、ひとみの目の前をかすめて飛び去っていく。



勇気を出して入ってみようか。
ひとみは、もう一度、建物を見上げながら立ち上がった。
(そしたら先に、進めるのかな)

「エレファン、応援たのむぜぃ」
人形の頭に手を乗せ、2年前にはなかった透明な自動扉の前に立つ。
なめらかに扉が開いた。

483 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/17(水) 19:42

建物の中は、相変わらず薄暗かった。
懐かしのエレベーターの前に立てかけられている看板が目に入る。
(・・・・なんだ?)

“ 本日 定休日 ”
白いプラスチックに浮かぶ赤い文字が、無情にひとみを見返した。


(運ねぇなー、アタシ)
ひとみは、肩をすくめて苦笑した。
(ここまでくると、ホントもう笑うしかないって)
不思議に吹っ切れた気分だった。


484 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/17(水) 19:43


自動扉の閉まる音を背中に聞きながら、手を上げる。

「あばよっ、エレファン」



もうここへ来ることは、ないだろう。




485 名前:かき氷の、時間【番外編】 投稿日:2003/09/17(水) 19:43



                  = 終わり =



****************************************
486 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/17(水) 19:46
****************************************


よっすぃとごっちんの、遠い日のうたでした。
ねじれた話に目を通してくださり、ありがとうございました。
ここまでで、ちょうど半分、ここが折り返し地点です。


しばしの食休みの後、次回からは第3部“〜マーブルな、気持ち〜”に入ります。
繊細なよしごまに、ビミョーないしごまに、それからあの隠しCPも絡めていきたいし・・・・。
欲張りでごめんなさい。ごった煮にならないように気をつけます。

ひっそり&むっつり、またどこまでも不安定ですが、楽しみにしていただけると嬉しいです。
せっせと更新に励み、ちゃっちゃと進めていく予定ですので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

487 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/17(水) 20:04
最高に良い感じでした。
建物の中の様子とか、自分がそこにいるみたいに感じられました。
ちょっと黒めなごっちんが◎
よしこがなんだか可愛いなー。
これからも頑張って下さい!!
488 名前: 投稿日:2003/09/18(木) 16:14
微妙ないしごまに期待してますw
折り返し地点ですか…市井さんがキーですかね
楽しみにしてます。
489 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/21(日) 20:23

レスに感謝しております。おかげさまで、胃もたれせずに復活です。
それでは、第3部“マーブルな、気持ち”に入らせていただきます。
sageがとっても心地よいと気付いたので、引き続き、sage進行でいきたいと思います。

490 名前:遠い日のうた 投稿日:2003/09/21(日) 20:24
****************************************

“〜 遠い日のうた 第3部 〜マーブルな、気持ち〜”

****************************************
491 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:25



キュキュッ

また1日、減っちゃった。
後藤が“モーニング娘。”でいられる日。
「はぁ〜」
ペンの蓋を閉めると、ため息が出た。

毎日、塗りつぶされてく数字。
9月23日までの、カウントダウン。



****************************************
492 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:26


楽屋に入ろうとすると、いきなりバァーンとドアが開いて、小川が飛び出してきた。
「あっ、おはようございます!」
「ちょっと急に止まら・・あ、おはようございますー」
小川の後ろから、高橋も顔を出す。

「おはよう。元気だねぇ」
「そうですかぁ?」
小川は、にこにこして高橋を振り返った。
「普通だよねぇ?」
「普通ですよ、普通。マコトは、いっつもこんなもんです?」
高橋がおどけた調子で、小川を指差した。

「こんなもんって、どういう意味ー」
「こんなもんっていったら、こんなもんだ。何か文句あんの?」
「ある! 愛ちゃんに、抗議する!」
2人は本当に楽しそうで。

いいなぁ。
羨ましくなる。
同期って、どんな感じなんだろう。


493 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:26

“同期”
あたしにとって、その言葉は。
なんていうか、ものすごく特別な響き。

先輩でも後輩でもないって、不思議な感じがする。
前に、よっすぃに聞いてみたんだけど、部活がどーとかって言ってて、あんまぴんとこなかった。
やったことないからさ、部活なんて。

でも、これだけ毎日一緒にいるんだから、どっちかっていったら家族なのかな。
家族だったら、13人姉妹かぁ。
あ、でも同期だったら、双子みたいな感じ?とか。
考えてみちゃったりなんかして、ねぇ。


贅沢だってのは、分かってるんだ。
今のあたしには、優しいお姉ちゃんも、可愛い妹たちも、たくさんいるんだもんね。
後藤って、絶対に手に入らないものばっかり、追いかけてる気がする。


494 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:27

「はぁ〜あ」
顔を上げると、いつの間にか小川たちはいなくなってて。
目の前には不思議そうな顔をした紺野が立っていた。

「うおっ、びっくりしたぁ!」
あたしが飛び上がったのを見て、紺野は嬉しそうに、にたぁ〜って笑った。

「なに紺野」
「おはよぉございます」
紺野がドアを開いて、どうぞ、というジェスチャーをする。
「・・・・ああ、ありがとう」
今やけになめらかにドア、開いたなぁ。
やるな、紺野。


495 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:27

「おー、ごっつぁん、おはよー」
楽屋に入ったあたしを、やぐっつぁんの声が迎えてくれる。
なっちとカオリが、雑誌から顔を上げた。
「あれぇ、最近、早いんでない?」
「いえてる。たしかに早い」

「ごっつぁんがギリギリじゃないなんて」
「ちゃんと起きれるようになったんだね」
まぁ、起きれるようになったっていうか・・・・。


「やっと自覚が出てきたのかな」
なっちが笑う。
「ぷぷぷ、ちょっと遅かったね」
むっ。
なっちこそ、遅刻魔だったくせに。

「偉いっ! 偉いよ、ごっつぁんは」
やぐっつぁんが大きな声で褒めてくれた。
「ホント頑張ってるよ」
やぐっつぁんにそう言ってもらえると、やたら嬉しいけど。
実は結構、一杯一杯だったりするんだよね。

あははと適当に流した時、よっすぃと梨華ちゃんが目に入った。
奥のほうで2人、椅子をぴったりくっつけて座っちゃってる。

496 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:28


なにしてるんだろう。


ものすごく気になったけど、奥には行かないで、近くの椅子にカバンを掛ける。
なんであんな、くっついてんだろ。
ちょっとくっつきすぎなんじゃないの、あれってば。

考えてたら、圭ちゃんと目が合った。
圭ちゃんは意味ありげに、こっそり笑いかけてくる。
あたしは慌てて、椅子を引いた。


よっすぃと梨華ちゃん、なにやってんのかなぁ。
さっきよりもっと、くっついてたりして。
あの距離・・・・近すぎるよ。

「ねね、ごっつぁん。これ! この服、どー思う?」
やぐっつぁんが、ファッション雑誌をあたしの前に持ってきて言った。
「うん、かなりカワイイかも」
あたしは、上の空で頷く。

よっすぃもさ、あり得ないんなら、もう少し遠慮して欲しいよ。
あんな近くに顔寄せたら、ゼッタイ梨華ちゃんドキドキしちゃうじゃん。
梨華ちゃんの気持ち、余計によっすぃにいっちゃうじゃん。

497 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:28

「・・カワイイだって・・・・」
なんだかやぐっつぁんが、がっくり肩を落としてる。
あれ、何かまずいこと言ったかな、思った途端。
「ホラァ! 言った通りーーっ!」
すぐ横から大きな声がした。

「イエーイ! ごっつぁんも圭織派〜!」
嬉しそうにあたしの顔を覗き込んでくるカオリと。
「おっかしいなぁ。ごっつぁんの趣味じゃないと思ったんだけどなー」
口を尖らせて首をひねってる、やぐっつぁん。


ん?
あたし、何した?
「てことでヤグチの負けー。ジュースおごりね」
「えーっ? そんな賭けしてないんだけどー」
「だめ。圭織の中では決まってたんだもの、最初から」
「くそぉぉーっ!」

498 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:29

んん?
なに?
服がどうとかって、言ってたっけ?
どういう状況、今?

急いで頭をフル回転させる。
やぐっつぁんが悔しがりながら、ちっちゃな手のひらで叩いてる雑誌を、改めて見てみた。

・・・・・・変な服。
やけにヒラヒラで。
どうなの、それ、って感じの服を着たモデルが、あたしに向かってウインクしてる。


げぇっ。
カワイイとか、言っちゃったかも。
よっすぃと梨華ちゃんに気を取られきってたせいでさ。
後藤のファッションポリシー?に関わる失言しちゃったよ。
“今の間違い!”
早く訂正入れとかないと。


だけど、めちゃめちゃ喜んでるカオリを見てたら、言えなかった。
後藤が言ったことなんかで、こんなに喜んでくれてるんだなぁって。


499 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:29


「おーっす、ごっちん!」
よっすぃの声がした。
どきん、と心臓が跳ねた。

さり気なく、さり気なく。
「おう!」
あたしは、元気に腕を振り上げる。


「ごっちん、おはよう」
よっすぃの向こうから、梨華ちゃんが伸び上がるようにして言った。
どっきん。
さり気なく、さり気なく。
「・・・・おはょぅ」

さり気なくな〜い!
てか、わざとらしーい!
意識しすぎると、どうもダメなんだよねぇ。
かえって不自然になっちゃう。


「ごっちーん、こっちおいでよー」
よっすぃが手招きしてる。
行っても、いいのかな。

「早く早くー」
梨華ちゃんも手を振ってくれてるのが見えた。
嫌な顔してない。いいみたいだ。


500 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:30

「早くごっちんに聞かせようよ」
2人のところに行くと、梨華ちゃんがウキウキした口調で言った。
「なに〜?」
「これ、よーく聞いててよ」
よっすぃから渡されたウォークマンのイヤホンを、耳に差し込む。
すぐにピッという音がして、音楽が流れ出した。


・・・・イントロクイズ?
ちょっと懐かしい感じの、昔っぽい曲だ。
なんだっけ、この曲。
聞いたことある気がするけど。

よっすぃも、梨華ちゃんも、あたしの顔を真剣な顔して見てる。
うーん、プレッシャーだよ。
答えられなかったら、かっこ悪いもんなぁ。
もうじきサビがきそう。

501 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:30

「あーっ、わかった!!」
知ってるよ、この曲ー。
ほっ、かっこ悪くなくて済んだ。
「すっげ怖くねぇー!?」
「きゃーーっ!」
ただの懐メロなのに、2人はやたら騒いでる。


「・・・・怖いって、なんで怖いの?」
あたしの言葉に、2人が動きを止める。
「ハァ?」
「懐メロでしょ、これ。うち持ってるよ」
あたしは、曲のタイトルを思い出しながら言った。

「ブーッッ!」
渋い顔で、よっすぃが手を振り回した。
「え、違うの?」
「なんだよ、やり直しかよー。チッ」
舌打ちすると、リモコンを何か操作しだす。

よくわかんないけど、なんか間違いだったみたいだ。
かっこ悪くなっちゃった・・・・。

502 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:31

「よっすぃっ。ちょっと、来て来て来てーー!!」
向こうのほうから、ツジの大声で叫ぶ声がした。
「待って、手が離せないからー!!」
よっすぃは叫び返して、リモコンのボタンを押した。
かと思うと、ぶんぶん振ったり叩いたりしている。

「ゲーッ、マジかよ」
「どうしたの?」
梨華ちゃんが、よっすぃの手元を覗き込む。
「やっべぇ、壊れた。どうしよー梨華ちゃん、動かなくなっちった」

「どぉれ?」
梨華ちゃんは、騒ぐよっすぃの手からウォークマンを取った。
あは。
また、お姉さんぶってる。
・・・・・・けど、相手がよっすぃだからかも。


503 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:31

「よっすぃ、まだぁーー?」
「いま行くって。ののがうっせぇから壊れたじゃんかよー」
「えぇぇーー」
よっすぃの言葉を聞いて、ツジが飛んできた。

「新しいの買えば?」
フツーな感じで、ツジが言う。
「やだよ、もったいない」
「じゃ今度、辻のあげる」
「ええっ!」
「3個持ってるから」

「・・・・マジで?」
「うん、だから、早くー」
「痛ぇ、袖のびるー、のの!」
ぐいぐい引っ張られて、よっすぃは連れ去られていった。


よっすぃって人気者だから、しょっちゅう、いろんな人に呼ばれるんだよね。
後藤とよっすぃ、似てるはずなのにさ。
決定的に違うんだ、そこんとこが。
まぁね、べつに気にしてないけど。


504 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:32

「うーん、ここがこうだから・・・・」
梨華ちゃんは、ぶつぶつ言いながらMDウォークマンをいじり回してる。
無駄だと思うよぉ。
変にいじっちゃうよりさ、修理に出したほうがいいような気がするけどなぁ。

「修理出すしかないんじゃん?」
せっかく教えてあげたのに、梨華ちゃんは見向きもしてくれない。
キン
「あ、それとかやっぱ、買い換えるとか」
後藤を無視して、一生懸命、よっすぃのウォークマンばっか見てる。

キーン


505 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:32



・・・・・・ひどいじゃんか。


「なんか、つまんない」
梨華ちゃんが、パッと顔を上げた。
「なんで?」
「は?」
「どうしてつまらないの?」
「なにが?理由なんかないけど」
あたしは梨華ちゃんから目を逸らして言った。
胸がイガイガした。

「私・・・・つまらないかな」
「そんなこと言ってないじゃん」
自分でもびっくりするぐらい、尖った声だった。

つまらないヤツなのは、後藤だよ。
ちっちゃなことにこだわってる自分が嫌になる。

506 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:33

「私と一緒じゃ、つまらないよね・・・・」
悲しそうな声が聞こえた。
見ると、梨華ちゃんの眉毛はすっかり、ふにゃってなってた。
「べつに・・・・そういうイミじゃなくてさ」
「うん?」
「なんとなく言っただけっていうか」
「なんとなくって?」
「・・・・あの、つまらなくないかも」

「ほんとう?」
「うん」
「よかったぁ」
うふふ
梨華ちゃんが笑った。
「あは」

はっ、いきなし笑っちゃった。
いきなし今、つまらなくないかも、とか言っちゃった。


間違えた・・・・。
だって無視してきた梨華ちゃんが悪いのにさ。
ほんと、すぐお姉さんぶるから困るよ。

まぁ・・・・よっすぃにもお姉さんぶってたし、いっか。
黙って静かに、頑張った顔した梨華ちゃんでも、じっくり見てよう。
なんか梨華ちゃん、あたしのこと気になっちゃうみたいだし。


507 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:33


眉毛ふにゃも好きだけど、こうやって、きりってなってる時の眉毛も好き。
おでこも好きだし、目も好きだし、鼻も好きだし、ほっぺたも好きだし、アゴも好き。
もちろん、つやつやの唇が、一番好き。
ついでに、気持ちよさそうな、おっぱいも好き。


しばらくして、梨華ちゃんが声を上げた。
「やだ、ロックになってる。よっすぃったら」
苦笑いしながらロックを解除すると、イヤホンの片側を差し出す。
「はいっ」
「え・・」
「うん、つけて?」
言われるままに、あたしは片方のイヤホンを耳にねじ込んだ。

「あ、これじゃ届かないね」
梨華ちゃんは椅子をガーッと、あたしのすぐ隣に移動させた。
「よいしょ、これで届くかな」

んふ、なんか。
ウォークマンを片方ずつ聞くなんて、恋人同士みたい。
おんなじジュース、2人でストローで飲むやつ。あれっぽい。

508 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:34

あ。そーか。
で、さっき梨華ちゃんとよっすぃ、くっついてたんだ。
んじゃあ、しょうがないよねぇ。
くっつかなきゃ、うまく聞けないもんね。
なんだ、よかった。

「あは」
「なぁに、どうしたの、ごっちん」
「べつにぃ」
ピ、ピ、ピ
梨華ちゃんが手際よく何回かボタンを押すと、また、さっきの曲が流れ出す。


「次はちゃんと、聞いててね」
「え、なにー? なによぅ」
キョロキョロしてたら、梨華ちゃんがあたしの顔を覗き込んだ。
「しぃ〜っ」

どき。
ちょっと・・・・今、気付いたんだけど、梨華ちゃんの顔、近すぎじゃない?
梨華ちゃんのまつげが、こんなに近いよ!

509 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/21(日) 20:34

ドキドキ。

あれ今日、マスカラしてないんだ。めずらしいな。
後藤と一緒で『マスカラ命』っていっつも言ってんのに。
まつげはキレイにカールしてるけど。
やっぱ、まつげはポイントだよね、外せないでしょ。
それに、その眉毛が好きなんだなぁ、梨華ちゃんの。
メイクしてないと、普段からちょっと、ふにゃってなってんだよね。


・・・・ていうかさ、あ〜〜〜!
どうしよ、この距離やばいよ。

頑張って眉毛のこととか考えてるけど。
意識しまくりだよ。
だって、ほっぺたがくっつきそうっていうか、なんかキ・・。
いきなり梨華ちゃんが、こっちを向いた。


****************************************
510 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/21(日) 20:36

などという、きりの悪い所で更新終了です。
歪んでばかりのこのところ、そろそろストレートにいきたいトコロ。

次回は、きっちりむっつりです。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

511 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:23
****************************************


「おわっ」
どっきーん!

思わずのけぞった拍子に、耳からイヤホンが抜ける。
「ごっちん、ここ!」
梨華ちゃんが、興奮気味に言った。
「ん、んん?」
どぎまぎが、顔に出ないようにする暇もない。
「ねっ、今度は分かったでしょ!」


「・・・・なにが?」
「声、聞こえなかったの?」
「え、なに梨華ちゃんの?」
「違うよぉー、もう!」

梨華ちゃんの唇は今日も、つやつやしてて綺麗に光ってて。
ほかの誰よりも艶があって鮮やか。
思わず吸いつきたく・・・・吸い寄せられてしまう。


512 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:24

梨華ちゃんの表情が曇った。
「何か・・付いてる?」
「あ、ううん」
あたしは急いで、右手を振る。
「あの、そのグロス、どこのかなぁーなんて」
「これ?」
言うが早いか、梨華ちゃんはピンクのポーチに手を伸ばすと、グロスを取り出した。

「ここの、長持ちするし、変な味もしないし、気に入ってるんだ」
得意げに言う梨華ちゃんは、語っちゃう系のCMの人ぽくて可笑しい。
「あは、変な味だって。ヘンなのーっ」
からかってみたけど、梨華ちゃんの頭の中はグロスでいっぱいみたくて反応してもらえな
かった。
「メイクさんに勧めてもらったの」
「・・・・へぇー」
「ごっちんも、塗ってみる?」


グロスって、あんまし好きじゃない。
梨華ちゃんみたいに似合えばいいけどさ。
後藤なんて、前つけてたらユウキに『天ぷら食ったみてぇ』とか、言われたんだから。

513 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:25

「あ〜、いいや」
「そっか・・・・」
梨華ちゃんの眉毛が、また、ふにゃってなった。


梨華ちゃんの眉毛ふにゃって、ほんと不思議。
これ見ると、どうしよってのと、もっとなれってのと。
正反対の気持ちがごちゃまぜになって、落ち着かなくなる。


「・・・・使いかけのなんて、イヤだよね」
梨華ちゃんが、暗い声で言った。
しまった。
ふにゃ、を通り越してる。

「イヤじゃないよっ」
あたしはまた、急いで右手を振った。
イヤなはずないじゃん。
・・・・かっこ、梨華ちゃんの限定。

「ほんとう?」
「うん」
「じゃあ、塗ってあげる」
うふふ
梨華ちゃんは楽しげに椅子をガーッと動かして、あたしの正面に座った。

514 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:25

「もう少し、こっち向いて、ごっちん」
「うん」
ドキドキ。
梨華ちゃんと、こんなに近い距離で向き合っちゃってるよ。
さっきの恋人ストローの距離より近いよ!

腰とか引き寄せれそうなとこに梨華ちゃんが座ってる。
綺麗だなぁ。可愛いなぁ。
ぎゅって梨華ちゃんのこと、抱きしめれたらいいのに。


「やだ、なに見てるの?」
ピンクの頬をもっとピンクに染めて、梨華ちゃんが言った。
「そんなに見たら恥ずかしい」

ぐっ。
ときた。
「目、つぶって?」
「あ、うん」


515 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:25


目をつぶると急に、唇に当たる刷毛の感触がリアルになった気がした。
気が散るものがないから、ぜんぶの感覚が唇に集中する感じ。

なんか・・・・これって。
“間接キス”ってやつじゃん。
ジュース回し飲みみたいな当たり前のじゃなくて、もろに、だよねぇ。
いつも梨華ちゃんの唇を塗ってるやつで、後藤の唇、塗ってるんだぁ。
そんなこと考えてたら、すごい興奮してきちゃって。


「・・あ・・・・」
ちょっとヤバすぎな声、出しちゃった。
マズイ。
慌てて目を開けたけど、梨華ちゃんは、唇塗ることに集中しきってたから大丈夫だった。
セーフ!!

だって、気持ちいいんだもん。
梨華ちゃんに唇、舐められてるみたいで。


・・・・・・なに考えてんだろ、あたしってば。
ヘンタイ入ってんじゃん。
胸が、あり得ないくらい、ドキドキしてる。
梨華ちゃんのせいだ。


516 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:26

「はい、できあがりっ」
梨華ちゃんは満足そうに、にっこりした。
「やっぱり、ごっちんはセクシーだね!」
「・・・・どうもありがと」
「これなら、どんな男もイ・チ・コ・ロ!」

それって、喜んでいいのかなぁ。
あたしは、はしゃいでる梨華ちゃんを複雑な気分で見つめた。


どんな男もイチコロなのは、わかってんだけどさ。
梨華ちゃんが、コロッといってくんないとさぁ・・・・。
テーブルの上に立てた鏡を覗き込みながら、自分の唇を観察してみる。

テカテカ
やっぱ、ダメだわ。
あたしだと、つやつやじゃなくって、テカテカなんだよね。
セクシー?かぁ?
どこが。
梨華ちゃんのほうが、よっぽどセクシーていうか、そそられるっていうか。

517 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:26

でも、セクシーって言ってくれたってことは、だよ。
この後藤を見て梨華ちゃんも、ぐっときたって思っていいのかな。

うん、よし!
とりあえず、いいことにしよう。
心の中で頷いて顔を上げると、梨華ちゃんの眉毛は、また、ふにゃってなってた。


「ごっちん・・・・あんまり気に入らなかった?」
「ううん。気に入ったよぅ、いい感じ」

グロスが気に入ったのかっていうと、それ自体は微妙。
でも、こうやって梨華ちゃんに塗ってもらえるんなら、毎日でもいいかもなぁ。
はぁ〜、気持ちよかった。
声が出ちゃったのは、かっこ悪かったけど。


518 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:27

「私、メイク道具って大好き」
はずんだ口調で、梨華ちゃんが言った。
「うん、楽しいよねぇ」

メイク道具には、後藤も結構うるさいよ。
うるさいっていっても、“絶対これじゃなきゃダメ”みたいのじゃなくて。
こだわりも普通とちょっと違うけどね。

マニキュア、めちゃめちゃたくさん集めて並べたりとか。
棚の上に色順に並べて、グラデーションになるようにすんの。


「見るとさぁ、うっとりだよねぇ」
「なんで?」
「うーん、虹みたいっていうか」
「・・・・そうなんだ?」
話が通じてなさそうな顔してる梨華ちゃんを見て、気付く。
グラデーションの話、してなかった。

なんか、ついつい頭ん中で考えてること、相手もわかってる気になっちゃう。
このクセ、直さなきゃ。
これがよっすぃだと、ツーカーだから、説明の必要なかったりするんだよねぇ。

519 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:27

「もっとグロス、集めたいな」
梨華ちゃんが、ポーチを覗き込みながら言った。
「けどさぁ、グロスって、そんな種類なくない?」
「そんなことないよ?」
「やっぱ買うなら、さっきのやつのシリーズ?」
「うん、それはもう、決めてるの」
「へぇー」

「うふっ、マイブームなんだ!」
はりきった感じで、梨華ちゃんが笑った。
「私も塗ろうっと」
ポーチから、さっきしまったばっかりのグロスを取り出す。
「え、塗んの?」
「これね、塗り心地も好きなの」

楽しそうに鏡を立てると、梨華ちゃんは髪の毛を耳にかけた。
「でもちょっと、困ってるんだー最近」
「ふーん」
・・・・塗ってるよっ!
ついさっきまで後藤の唇、塗ってた刷毛で。
普通に、ぬりぬりしてるよ!


ぷるん
刷毛に弾かれて、梨華ちゃんの唇が揺れた。

・・・・・・“「KISSがしたい」”
が人間の本能〜!


そうそうそう、本能だって。
だから、しょうがないんだよ。
ヘンタイとかじゃなくて、うん。


520 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:28

「全部使い切らないうちに、新しいの買っちゃうでしょ?」
「うん」
「だからメイク道具で、お部屋いっぱいになっちゃって」
「うん、ね」

どんな感じかな・・・・梨華ちゃんの唇。
やわらかいのかなぁ。
案外、弾力あるような気もするけど。
キスしたら、気持ちいいだろうなぁ・・・・。


ぬわぁ〜!
ダメだぁ、完全にやられちゃったかも。
体が熱いよぅ。
あたしは頭を振って、ムラムラを追い払う。

「どうしたの、ごっちん?」
梨華ちゃんが、あたしの顔を覗き込んだ。
「ん、えーと」
つやつやだね。
・・・・じゃなくて、なにか話題、話題。

521 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:28

「そっ、そうだ、梨華ちゃん!」
「なぁに?」
「今度、また一緒にクッキー作ろっか」
ほんとは、なんでもよかったんだけどね。
とにかく、このムラムラをどうにかしないとマズイから。


「クッキー! うんっ」
つやつや唇の梨華ちゃんが、頷く。

「私、作ってみたいクッキーがあるんだ」
「なんか特別なやつ?」
「あのね、ぐるぐるした柄のクッキーなの」
そう言うと梨華ちゃんは、指でクルクル円を描いた。

「うず巻きになってんの?」
「うず巻き模様とは、違うと思うんだけど・・・・」
「そんなのある〜?」
「それよりもっと、ぼんやりした感じかなぁ」
「ぼんやりねぇ」
「でも、すっごくカワイイんだよ?」

「あ、じゃあ、マーブル模様とか?」
「うーん?」
「マーブルクッキー」
「あっ、うん。そんな名前だった気がする」
梨華ちゃんが、嬉しそうに目を輝かせた。

ふふん。当てちゃった。
あたしってば、すごくない?

522 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:29

「今度、うちで作ろっか」
「ほんとう? ごっちん家、大丈夫なの?」
「うん」
「楽しみだね!」

「・・・・けどオフあるかなぁ、ちゃんと」
「あるよぉ」
うふふ
梨華ちゃんは、当たり前って感じで笑ってるけど。

でも、あれだよ?
後藤が・・・・後藤の誕生日より前に、だよ。


「なかったら私、事務所に文句言っちゃう!」
梨華ちゃんが腰に両手を当てて、つやつやの唇を突き出した。
「とっても大切な用事があるんです、って言うんだから」
「えー、みたいな、ねぇ」

「ごっちんとデートなんです!って」
「あは・・・・え?」



523 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:29


その時、ようやく開放されたらしいよっすぃが戻ってきた。
「梨華ちゃん、圭ちゃんが呼んでたよー」
「はぁい」
梨華ちゃんは、いそいそと行ってしまった。


呼ぶなよな、圭ちゃん。
今せっかく、いい感じだったのにさ。
邪魔したな・・・・。

なんだかんだいって、圭ちゃんて、梨華ちゃんと仲良しなんだよね。
キスしたことあるとか言ってたし。
あーあ、羨ましい。
梨華ちゃんとキスだなんて。


・・・・・・り、梨華ちゃんとキス!
許せん。
舌まで入れてたら、ゼッタイ許すもんか。
許しはしないけど・・・・どんな感じだったのか、聞いてみたいなぁ。

524 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:29

「はぁ〜」

あたしも、あたしが後藤じゃなきゃ、やっちゃうのに。
ケメ子とか。
いっそのこと圭ちゃんと替わりたいくらいだよ。
キスの時だけでいいけど。


「うへぇ、疲れた」
ぐったりした様子のよっすぃが、椅子に座りこむ。
「お疲れ〜」
「のど乾いたー」
「ほい、お茶」
「サンキュ」
よっすぃは、お茶を一口飲むと、テーブルに目をやって言った。
「あ、そーだよ。壊したんだったウォークマン」

「直ったよ」
「マジで?」
「うん、梨華ちゃんが直してた」
とかいって、あは。
「すっげー、梨華ちゃん」
「くふ」

525 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:30

「で、どこか、わかった?」
「・・・・どこって?」
「ごっちーん! オーマイガッ」
よっすぃは、天を仰いで十字を切った。

「罰当たりな彼女を許し賜え〜」


よっすぃが言うには、さっきのウォークマンの曲は呪われた曲なんだって。
サビの前のとこに、怖い声が入ってんだって。
怖いねぇ。
でも、そんなことよりも。
あたしにとっては“キス”のが、よっぽど大事で。


「ふーん」
「えっ、そんだけ?」
「いやぁ、怖い話だよ、ほんと」
とりあえず言ったら、よっすぃが、いきなりターンした。

「愛の数だけ、えっがおが欲しい!」
ラップ調に言って、バトンタッチしてくる。
「ええ? キス、の数だけ、幸せがほしい!」
あたしも思わず、いつもの習慣で歌ってしまう。
「ちょっとさぁ、歌わせないでよ〜」

526 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/22(月) 19:30

よっすぃが、もう一度ターンして、あたしのつむじをぐりぐりした。
「集中しろー?」
「し、してたよぉ」
「吉澤さんは知っている、だよ」

「・・・・なにが?」
「まぁ、しょーがないか」
「なにがさ?」
「べーつにぃー」
ニヤニヤ笑うと、よっすぃは伸びをした。


「そういえば、あれさー、新作出たらしいよ」
話題はもう、シルバーアクセに移っていた。



****************************************
527 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/22(月) 19:31

更新終了です。
楽しいむっつりの後には、痛いイタイひっそりが待ち受けているという法則に則り。

次回、“一寸先は闇”、どこまでも落ちていきます。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

528 名前: 投稿日:2003/09/22(月) 21:37
下がってるので更新されてるのに気づかなかった(鬱
梨華ちゃんの唇はセクシーですねw
次回痛いんですか 気になります。
529 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/23(火) 17:35
同じく更新に気づかなかった(鬱w)
ごっちん…テカテカって(w
ごっちんが何を考えているのか分からずにふにゃり眉になる梨華ちゃん可愛いですね。
むっつりの後には痛い…ですか。
なんだかドキドキしますね。
更新待ってます!!
530 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:20
****************************************


後藤の中に、“ほころび”があって。
よく見ないとわかんないくらいの、ちっちゃな“ほころび”。
・・・・だった、はずなのにね。


気付かなければ、よかったよ。



531 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:21

「ねね、もう出した?」
やぐっつぁんが、みんなに聞いて回ってる。
「出したよー」
「出した出した」
「もちろ〜ん」
「・・・・出した?」
「とっく!」
「マジーっ!?」

出したとか出さないとか。
何の話かというと、写真集の原稿の話。

みんなそれぞれに持ちページってのがある写真集で。
自分のページは、ちゃんと責任持って提出することになっていた。
もちろん、あたしも家で書いてきて、ずいぶん前に出した。

やぐっつぁんは、今日が締め切りってことを忘れてたみたいだ。
さっきから、仲間探しをしてる。

532 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:21

「誰か他にまだな人、いない?」
「はーい、矢口さん。まだ出してないです!」
新垣が手を挙げて、元気よく言った。
「マジでー! いつ出せそう?」
「今日です! 今から出しに行こうかなーと思って」

「でぇーーっっ!」
「ぷぷぷ。ヤグチ、喜び損」
なっちに笑われて、やぐっつぁんはふくれっ面をしている。


あ、わかった。
ムササビだ。
その、頬袋にエサいっぱい入ったみたいな顔といい。
ちょこまかした動きといい。
やぐっつぁんて、ムササビに似てる。

けど、いいよねぇ、ムササビなら。
後藤なんて、魚だよ?
『ウオってる』だし。
もっとさ、カワイイ動物だったらいいのになぁ。

533 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:22

「今日中に書けばいいじゃない」
カオリが、のんびり言った。
「ペンセット、持ってるけど使う?」
「そりゃ、できるもんならそうしたいけど」
下唇を突き出して、やぐっつぁんがうなだれる。
「紙も写真も、ぜんぶ家に置いてきちゃったんだよーっ」

「あーらま」
「それは、きっついわ」
「締め切り過ぎたら、まずいんでない?」
「知ってるっつーのっ!」


「あのぉ」
ゆらぁ〜と、紺野の手が挙がった。
「石川さん、たぶん、まだですよ」
「うそっ!」
「さっき、『せっかく書いたのに忘れてきちゃった!』って言ってました」

あは。
梨華ちゃんらしいや。
書くこととか、写真とか。
ギリギリまで迷ってる梨華ちゃんが、目に浮かぶ。
一生懸命やったやつを忘れてきちゃったなんて。
マヌケだよ〜。
けどちょっと、可愛いかも。

534 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:22

「おおーしっ! 同志発見!!」
やぐっつぁんが、ガッツポーズをして叫んだ。
「違うから、ヤグチ」
「『せっかく書いたのに』だから梨華ちゃんは」
「手もつけてないヤグチとは、大違いだから」
すかさずみんなのツッコミが入る。

「きぃーーーっ!」
悔しがってみせてはいるけど、やぐっつぁんは仲間がいることがわかって嬉しそうだ。
「石川探してこーよおっと」
軽やかに言って楽屋から出て行った。


「あれってさー、いつ出版されんの?」
「秋ぐらいじゃない?」
「夏の写真だから、さすがに冬ってことはないっしょ」
「うん、この前のなんて忘れた頃に出てたもんね」
「びっくりしましたよ。近所の本屋さん行って」
「そうそう。新発売、とかなっててさ、古っ!みたいな」
「行くんだー本屋?」
「行くさー」
「行きますよねぇ」


535 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:23

秋、かぁ。
もうその頃は確実にあたしは、“モーニング娘。”じゃないんだね。
みんなにとって、今この時は“忘れた頃”になるんだね。
しょうがないけど。
あたしも今までそうやって、忙しい毎日を過ごしてきたんだけどさ。


でも、なんだろ。
楽しそうなみんなの輪の中に、入っていけない後藤がいる。

もちろん、誰も“入ってくんな”とか、言わないだろうし。
普通に迎えてくれると思うし。
それはきっと、あたしが卒業してからも、ずっと。
変わらないでいてくれるんだろうなって。
わかってはいるんだよ、頭では。


536 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:23


ガチャリとドアが開いて、やぐっつぁんが帰ってきた。
「なんだよー、結局オイラだけかよ」

後ろから、よっすぃと梨華ちゃんも入ってくる。
「だっさー。真里チャン、かっこ悪〜い」
「真里チャン、忘れ物、注意!」

「どしたの、ヤグチぃ」
「それがさぁ、ずるいんだよー」
やぐっつぁんが、不満そうに口を尖らせながら言った。
「ジャーン!」
梨華ちゃんが得意げに、紙袋から原稿を取り出してテーブルの上に置く。

「なんだ、持って来てたの?」
「うふ。取って来てもらったの」
「うそー、誰に?」
「マネージャー、パシリに使ってんの石川」
ものすごく悔しそうなやぐっつぁんを見て、梨華ちゃんは嬉しそうに手を叩いた。
「ピース、ピース!」
「うぜぇよ〜」
「うざい? うざいでしょ、私」
「なに喜んでんだよっ、キショッ」


笑い声が、楽屋を包む。
けどやっぱりあたしは、入っていけなくて。
ここに居ていいのかな。
そんな気まで、してきちゃって。


537 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:24

ふと、目を落とすと、梨華ちゃんが見えた。

正確には、梨華ちゃんの写真が。
隣によっすぃがいて、2人は一緒に“アイーン”してる。
あん時のか、覚えてるよ。
後藤が撮ったげたやつだ。

あたしと梨華ちゃんも、いろんなポーズで撮ったんだよね。
どの写真、使ったのかな。変な顔のじゃなきゃいいんだけど。
左側から撮った写真だといいなぁ。
あたしは、さり気なく体をずらして、原稿を覗き込んだ。


うーん。この中には、いなそう。
もう1枚のほうかぁ。
けど重ねて置いてあるから、下のページは見れないし。
勝手に動かすのも、ちょっとあれだよなぁ。
あー、気になる。

とか、考えてたら、カサッ。
誰かの手が、原稿をめくった。


「やっだ、梨華ちゃん。どぉーしたの、このよっすぃ!」
なっちの指の先には、よっすぃがいて。
写真の上には、“食べて”とハートマーク。

そして、あたしは・・・・・・どこにも、いなかった。



538 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:25


あれだよ、きっと。
電気の光が反射して、よく見えなかった写真とかもあったし。
パッて見ただけだったから。

それに、考えてみればさ。
あたしだって梨華ちゃんの写真、一個しか入れなかったしね。

いっぱいいっぱいあった中から。
やっと、選んだんだけど。
梨華ちゃんの唇。
チュウしてるみたいで、なんかちょっと、いいかなぁって。
・・・・・・思ったのに。


あれを見た瞬間から、意識がどっか、別のとこにある感じで。
遠くから後藤を、見てる感じ。


539 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:26

「姉ちゃん、メシ!」
ユウキが部屋のドアをドンドン叩いた。
「あー、いま行く」

食欲なんて全然、ないけどね。
ちゃんと食べないと。
もしダウンとかしたら、みんなに迷惑かかっちゃうから。

あたしは、起き上がって頭を振った。
余計なこと考えてる暇は、ないんだ。


540 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:26

やっぱり、家族っていいよなぁ。
最近、そう思うことが多くなった。

仕事のことや、いろんなことで悩みはつきないけど。
家族といる時だけは、忘れていられる。
いつでも、本当の自分でいられる。


「でさぁ、ガンガンいっとけってことになって・・」
「てか、姉ちゃん」
人が話してんのに遮らないでよね。
あたしは、ユウキを睨み付けた。
「なに」
「姉ちゃんて、ほんとに石川梨華と仲いいの?」

・・・・せっかく家族モードでいたのに、思い出させたな。
しかも、よりによって、梨華ちゃんの話題。

541 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:28

「なんで?」
「別に。なんとなくだよ。ごちそさま」
ユウキはあっさり言ってプレステ2の電源を入れると、テレビの前に座り込んだ。
なんとなくじゃ、わかんねーだろーが、バカユウキ。

「気になるじゃん。なんでいきなし、そんなこと聞くの?」
思ってもみなかった質問に動揺しながら、あたしはユウキの頭を小突いた。
なんで梨華ちゃんの名前、出すのさ。


はっ。
もしかして・・・・バレてる?

この前、梨華ちゃんの写真集、買いに行かせたから変に思われたのかも。
それとも、部屋で“カントリー娘。に石川梨華(モーニング娘。)”のMD流してたの、
聞こえちゃったかな。
小さい音にしてたのに、あれでも聞こえちゃうのか。
今度から、ヘッドホンにしないと。

542 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:29

「ユウキ、聞いてんの?」
「うっせぇなぁ、くどいよ姉ちゃん」

バコッ
「痛ぇ!」
頭をおさえて、ユウキが顔をしかめる。
「言いな! 言わなきゃ、蹴るよ」
「もー言うって、言う言う。なんでそう乱暴なんだよ、アイドルのくせに」

「ユウキ」
「・・・・んだよぉ」
「あんたにそんなこと言う資格、あると思ってんの!?」
ユウキは、むっとした顔で黙り込んだ。


よし、完全勝利。



543 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:30

「けど姉ちゃん聞いても、あんまいいことないと思うよ」
むっつりと、ユウキが言った。
「いいから」

「・・・・こないだ友達がさぁ、新聞持ってきたんだー」
「は、新聞?」
「スポーツ新聞。ほら、姉ちゃん達の記者会見のやつ」
それなら、楽屋に置いてあったのをチラッと見た覚えがある。

「それがどーしたのよ」
「・・・・姉ちゃん、見てねぇの?」
「見たけど」
「なんだ。ま、姉ちゃんが気にしてないならいいんだけどさ」

気にするったって、スポーツ新聞に載るくらい、当たり前じゃん。
そんなのいちいち気にしてたら、芸能人なんてやってられない。
だからダメなんだよ、ユウキは。

544 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:33

「ちっと心配して損しちゃったよ」
肩をすくめ、テレビのほうに向き直ると、ユウキはゲームを始めた。
「今日は、どのマシンにしよっかなー」

ピロッ ピロッ



んで?
それが、梨華ちゃんと、どう関係あんだろ。

「ちょっと」
「なんだよぉ」
「全っ然、意味通じないんだけど」
「だからさぁ、あの新聞見ても、姉ちゃんなんともなかったのかなって思っただけだよ」
「なんともって?」
「俺はムカついたよ、あれ見た時」
「なんでムカつくわけ?」
「だって、ひでぇじゃん」
「ユウキ、さっきから何言ってんの?」


545 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:36

ユウキは、渋々という感じで立ち上がって、部屋から何か取ってきた。
「これ」
パサッ

ユウキが投げてよこした新聞の写真に、あたしの目は釘付けになった。
後藤の後ろで、楽しそうに笑ってる梨華ちゃん。


キーン


・・・・・・嘘だよね?
嘘って言いなよ、バカユウキ。


キーーン


早く。
言ってよ。


キーーーン


「あれ・・・・姉ちゃん、やっぱ見てなかったとか」
ユウキの声が、遠くに聞こえる。


キーーーーーン



546 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:36


つらくて、立っているのもやっとだった、あの記者会見の日。
梨華ちゃんは・・・・・・こんな顔して笑ってたんだね。


『ハッピー!』
高い声が、頭の中に響きわたった。



547 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:37



・・・・・・もうやだ。


こんな苦しいの、もうやだよ。
梨華ちゃんに、毎日毎日、振り回されて。
あたしの気持ちばっかりが、大きくて。


優しい、梨華ちゃん。
お姉さんな、梨華ちゃん。
あれが全部、口先だけの優しさだったなんて、信じたくないけど。

あれも嘘。
これも嘘。
みんな嘘。
ぜんぶ嘘。



なんでだか、涙は一滴も出てこなかった。
泣けたら、きっと張り裂けそうな胸の痛みも、少しはマシになるかもなのに。



548 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:37


・・・・・・息が苦しい。頭が痛いよ。

誰か・・・・助けて。



頭が、痛い。


549 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:38


【市井ちゃん、見てぇ〜】
【ん?】
【ささくれ】
【がーっ、見せるか、普通?】
【ねぇ、後藤、可哀想?】
【可哀想、可哀想】
【つーん】
【なに?】
【いい子いい子して】
【頭撫でろってこと?】
【うん。頭撫でてもらうとねぇ、落ち着くの】
【おーし、撫でるだけならタダだしな】
【くぅん】
【なんだ?】
【犬の真似】
【ははっ、後藤面白い】
【くぅ〜ん】


550 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:38


【蚊に刺された】
【うん・・・・それが?】
【ココとココとココと、あとココも】
【ホントだ】
【きっと美味しいんだよ、後藤の血】
【変なこと言うなぁ、後藤は】
【でね、今、血が出てるの】
【どこ】
【ココ。舐めてもいいよ】
【いや、あいにく吸血鬼じゃないんで】
【・・・・冷たい。市井ちゃん】
【今の、ノリようがないっすけど】
【真面目すぎる。市井ちゃん】
【ブーンブーン】
【ん!?】
【あ、こんなところに蚊がっ!】
【痛ーいっ! なにするのさー】
【うるさ〜い蚊を退治しただけ】
【蚊って、後藤のこと?】
【ピンポーン。大正解】
【・・・・・・んー】
【・・・・ちょっと強く、叩きすぎたかな】
【痛かったよっ!】
【痛いの痛いの、飛んでいけ〜】
【・・・・ちっちゃい子にしか効かないよ、そんなの】
【拗ねるなよ、後藤】
【ふんだ】
【可愛いじゃん、拗ねた顔も】
【・・・・んふ】


551 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:39


【後藤、何やってんの?】
【・・・・・・・・・・】
【スプーンと睨めっこ?】
【・・・・・・】
【鏡?にしては・・・・ぶはっ後藤ブサイクー】
【・・もー。市井ちゃん!】
【なに、むくれて?】
【せっかく超能力の練習してたのにぃ】
【超能力? で、成果は出てる?】
【もうじき出そうだったんだよっ】
【じゃ、ここで黙って見ててやるよ】
【・・・・・・】
【・・・・・・】
【・・・・気が散るよぅ】
【散らすな】
【ピキピキッ!】
【おっ、超能力かぁ?】
【怒った音】
【ははっ、なんだそりゃ】


552 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:39


【・・・・なに見てんだよ】
【見てちゃダメ?】
【いいけど・・・・なんか恥ずかしいからさ】
【ジロジロ】
【なんだそら】
【市井ちゃん見てる音】
【やっぱ、見るな】
【んふっ。市井ちゃん、好きっ!】
【それはよかった】
【チューッ】
【げ、げげっ! 今ちょっと付いたぞ唇ー】
【ほんと? やったぁ!】
【ったく、ほんと?じゃねーよ】
【・・・・・・ねぇ。今の、よくわかんなかった】
【は?】
【もっかい、やらして】
【やめろって、うわっ、後藤〜!】


553 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:39


【うーん、苦しい】
【大丈夫か、後藤】
【うん、なんかねぇ、ブラが】
【ブラが?】
【きつくなっちゃったみたい】
【・・・・自慢かよ】
【市井ちゃん、触ってみてー】
【どらどら】
【あ・・ん】
【・・・・今の声、めっちゃアヤシかったけど】
【え、えへへ】
【そんな声出すと、襲っちゃうぞ〜?】
【いいよ】
【冗談だって・・・・脚を広げんな、脚を】
【・・はぁっ・・市井ちゃん・・・・】
【な、なんだよ】
【えっちな気分になっちゃった】
【・・・・・・やめなさい】
【あー、照れてるぅ!】
【後藤の馬鹿さ加減に、あきれたんだよ】
【市井ちゃん、純情!】
【おい】
【純情ぉ〜ひとーすじにぃ】
【後藤〜】
【あはーっ!】



554 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:40



チュンチュン


ああ、朝か。
あたしは、膝の上に乗せていた顔を上げる。


また寝なかったな。
こんなに寝なくても、人間て、生きてられるんだぁなんて。
寝るのが趣味だったくらいなのにね。

何日も寝かせない拷問ってやつ聞いたことあるけど。
今のあたしならそれ、いけちゃうんじゃないのーぐらいの勢い。
すげーなー。



どうしちゃったの、後藤。
あたしの中で、ナニカが起こってる。
怖いよ。


・・・・・・誰か、助けて。




****************************************
555 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:41


もうダメかもって、思ってた。

仕事なんか、絶対できないに決まってる。
梨華ちゃんの顔見たら、どうにかなっちゃうかもって。


けど、平気だった。
かえって冷静な気分になったっていうか。

べつに梨華ちゃん見ても、なんとも思わないし。
悲しいとか寂しいとか、全然なんなくて。


あんなに好きだって思ってたのが嘘みたいに、熱は引いて。
あんなにごちゃまぜだった、頭の中も。
驚くくらい、静かだった。


556 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:41


勘違いしてたのかもしんない。


前の彼氏と別れて結構経つから、欲求不満で。
ドキドキ、ムラムラしたのも、ただの本能ってやつで。
たまたま梨華ちゃんが、そこにいたっていうだけ。

それか、よっすぃに対抗してただけなのかもしんない。
後藤って負けず嫌いだから、負けるもんか、みたいな感じで。
対抗意識バリバリで。
卒業とか言われて、盛り上がっちゃったのかな、なんとなく。

普通に考えてみれば、わかること。


あり得ない。
だって梨華ちゃんは、女。


勘違い、してたんだ。




557 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:42


「ごっちーん」
梨華ちゃんが、向こうから走ってやってきた。
「はぁ、はぁ。疲れたよぉ」
いつもと少しも変わらない可愛らしい声で言って胸を押さえる。

前ならドキッとしたはずの、梨華ちゃんの仕草や表情。
全部、嘘くさく見えた。


「ごっちん、この前言ってたクッキー、いつ作る?」
「・・・・あ?」
「ほらぁ、今度オフの日に作ろうって、言ってたじゃない」

前髪を耳にかけながら。
うふふ
小首を傾げる梨華ちゃん。


558 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:42

「ああ・・・・やっぱやめた」
「えっ、なんで?」

“なんで?”とか、訊くなよ、いちいち。
理由?
作りたくないから。
それ以外に、なんかあんの?


「ごっちんと一緒に作るの、楽しみにしてたのに」
残念そうに、梨華ちゃんが俯く。
いかにもって感じの、ため息とか、そんな言葉には。
もう騙されないから、悪いけど。

「ごっちん家が都合悪いんだったら、うち、大丈夫だよ?」
プラス、上目遣いね。
いろんな手が、あんだね。

「わざわざ新しいお菓子の本も、買ったんだよ?」
わざわざ?
よく、平気でそんな嘘つけるね、梨華ちゃん。
笑えるよ、マジでさぁ。
大笑いだよ、あはは。

・・・・・・練習台に誘ったくせに。
どうせまた、うまくできたらよっすぃに、とか思ってるくせに。

559 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:42


「どうしたの、ごっちん?」
「そんな作りたいんだったら、一人で勝手に作れば」

「・・・・ごっちん?」
梨華ちゃんが、怪訝そうな顔であたしの腕をつかんだ。



・・・・・・・・・・この人は何?
・・・・・・・・・・この人は誰?


ふにゃってなった、眉毛。



なんで。
あたしは、梨華ちゃんが好きだって思ってたんだろう。




560 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:43

「ごっつぁーん、石川ーっ! そろそろ時間だよー!」
やぐっつぁんが向こうから叫んでる。
「わかったー! いま行くー!」
あたしは叫び返すと、梨華ちゃんから目を逸らしてみんなの元に向かった。


早く時間が過ぎればいい。

561 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:44


「石川、ごめん〜」
目の前で、梨華ちゃんと圭ちゃんが抱き合って残念がってる。

わざとらしいオーバーリアクション。
自意識過剰なコメント。

冷静になった途端、今まで見えなかったいろんなことが見えてきて。
それほどまでに、あたしは浮かれてたんだなぁって、思い知らされる。

だけど。
無意識のうちに梨華ちゃんを追っていた習慣は、そう簡単には消えそうもなく。
気付くと梨華ちゃんに目がいっている自分にも、嫌気が差した。


あたしだからじゃ、なかった。
後藤だからじゃない。
梨華ちゃんは結局、八方美人なだけ。
誰にでもいい顔して。
みんなから好かれてたいだけなんだよ。


562 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:44

収録中、何度も梨華ちゃんの視線を感じた。
意味もなく、後藤に笑いかける梨華ちゃんの姿が、モニターの中に見えた。

梨華ちゃんとのツーショット。
あんなに嬉しかった時も、あったのに。
今は何も感じない。


楽しそうに笑う梨華ちゃんの、はしゃいだ笑顔。
あの会見と同じ笑顔。


・・・・・・曇らせてやりたくて。



563 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/23(火) 18:45


この番組、9月23日にオンエアなんだって。
テレビでの、“モーニング娘。”としての後藤は、これが最後なんだってさ。

なんか・・・・笑っちゃうよね。
後藤らしい、感じでしょ?




****************************************
564 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/23(火) 18:46

いしごまらしい、感じでしょ?


・・・・・・しーん・・・・・・

・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。

信じていただけないかもしれませんけれども。
本当にいしごま、超大好きなんです。
自戒、“困った時の神頼み”、お楽しみに(していてくだされば幸い・・・・)。


565 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/23(火) 21:33
ごっちんの気持ち表裏一体でしょうか
冷たくされて梨華ちゃんコロッと行かないかな(^^;)
566 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:16
****************************************


「おっじゃまっしまーす」
ドアが開いて、元気な声がした。
「電気ぐらい点けなさいって」
パチッ
明かりが点いた。
青白い蛍光灯の光で、目がチカチカする。


「ここにいたのかい、探し回ったわよ」
圭ちゃんが、言った。



567 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:17

「・・・・よくわかったね」
「アンタが奥の部屋に入ってくの見た、って子がいたから」
「あ、ほんと」
後藤のことなんか探してくれんの、圭ちゃんくらいだよ。

「こんな部屋の隅っこで、膝抱えちゃって」
ずかずかと上がり込んで来ながら圭ちゃんが言う。
「テンション低いわねー、ごっつぁん」
「卒業、近いから・・・・やっぱ、ね」
圭ちゃんは軽く頷くと、あたしの隣にあぐらをかいた。


「なんかあった?石川と」
「・・・・べつに」
「あの子、泣きそうな顔で帰ってったけど」

圭ちゃんまで、そうなんだ。
後藤を気にしてくれてるようなふり、してただけなんだね。

568 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:18


「“可愛さ余って憎さ百倍”」
低い声で、圭ちゃんが言った。
「・・・・なにそれ。意味わかんない」

「アンタ、相変わらずね」
「なにが?」
「わかりやすい」
「はぁ? わかるとか言って・・」
「わかるわよ!」
圭ちゃんが、あたしの言葉を遮る。
「何年一緒にいると思ってんの」

だったら。
今の後藤の気持ち、わかる?


誰もあたしのことなんか、ほんとは必要じゃなくて。
“卒業”ったって、所詮、他人事で。
それを毎日、再確認させられる、こんな気持ち。
・・・・圭ちゃんだけは、わかってくれてると思ってたのに。


569 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:18

後藤がもっと、面白かったら、よかったのかな。
もっと、はじけたりしたほうが、よかったのかな。

もっと・・・・・・どうすればよかったんだろう。



「アンタのこと、ずっと見てきたんだからアタシは」
圭ちゃんが言った。
「ふ〜ん。後藤もケメ子のこと見てたよー、あはっ」
楽しくもないのに、なんだか笑えてくる。

「後藤」
「なーにぃー? そんな怖い顔して」
「アンタ、石川が好きなんでしょ」


ほらね、なんともない。
圭ちゃんの鋭すぎる視線も、ちゃんと受け止められる。
「・・・・そりゃあ、好きだよ、メンバーはみんな」


「後藤サン」
「ん?」
「私の記憶が正しければ、アナタ」
「なにさ」
「嘘は嫌いって、言ってませんでした?」

嘘ってどんな?
嘘って、どんな形?

見せかけの友情は?
見せかけの優しさは・・・・嘘じゃないの?

570 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:19

「言ってたわよね?」
「ハイハイ。じゃあ、そうなんじゃないの?」
「後藤、アタシは真面目に話してるつもりだけど?」



・・・・・・うるさいんだよ。
急に、圭ちゃんの真剣な眼差しが、ウザくてたまらなくなる。

なんなの、圭ちゃん。
なんでそんなに絡んでくんだよ。


頭に、体中の血が、かぁーっと集まっていくのがわかる。


「好きなんでしょ、石川が?」
圭ちゃんが、顔を覗き込んできながら言った。
どんなに目を逸らしても、すぐに追いついてきて言う。
「どうなの?」
うるさい

「返事しなさいよ」
うるさいうるさい

「どうなのよ?」
うるさいうるさいうるさい

「後藤」
「うるさいな!! ごちゃごちゃごちゃごちゃっっ!!」



571 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:19


「へえ・・・・後藤も、怒鳴ったりするんだ」
圭ちゃんが、あたしの肩に手を置いて言った。
「初めてかなー、後藤が本気で怒ったところ見たの」
圭ちゃんは、なぜかちょっと、嬉しそうで。

「アンタも初めてでしょ、メンバーに怒鳴るなんて」
圭ちゃんの穏やかな表情を見ていると、後藤の中の怒りがだんだんおさまってくる。



・・・・・・初めてじゃないよ、圭ちゃん。
1回だけ、あるんだ。

『梨華ちゃんは結局、よっすぃじゃん!』

怒鳴る人って、嫌いなのにな。
自分が、怒鳴ってんじゃん。


ほんと、どこまでも。
ダメなヤツだよね。
後藤って。


572 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:20

「それでいいんじゃないかな」
圭ちゃんが言った。

「簡単なことよね、考えてみたら」
「んー?」
「超能力者なんて、滅多にいないんだから」
「当たり前じゃん・・・・」
圭ちゃん、急に、なに言い出すんだろう。


「まぁ、最後まで聞きなさいよ」
肩に置かれた圭ちゃんの手に、ぐぐっと力がこもる。
「・・・・聞いてるよ」
「思ってることは言葉に出さなきゃ、伝わらないの」

そんなの、言われないだって知ってるよ。あたしのこと、完全に子供扱いして!
むっとしながら言い返す。
「言葉に出したって伝わらない時もあるよ」

時もあるっていうか、そのほうが、ずっと多いんだから。
圭ちゃんが言ってんのはさ、一般論てやつじゃん。

573 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:20

「そうね、考え方は十人十色だし?」
圭ちゃんは、頷くと言った。
「でも、これだけは確かよ」
「うん?」
「伝わる可能性は増える」
「・・当たり前じゃん・・・・」

「じゃあ、その当たり前のことを試そうともしない後藤は?」
「・・・・・・なに?」
「石川に拒絶でしかアピールできないアンタは、どうなのよ?」
「・・・・アピール?」


ほんとに圭ちゃん・・・・さっきから、なに言ってんだろう。
アピールなんて、してないじゃんか。
変なこと言わないでよ。


圭ちゃんが、あたしの顔を覗き込んだ。
「何か、ご不満?」
「・・・・関わらないことにしただけだよ」
もう、傷つくのは、いやだ。

「アタシには、アピールに見えたんだけどな」
「ふーん」
「アタシの気のせい?」
「気のせいだよ」

傷つくのは、もう・・・・・・絶対に、やだよ。


574 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:21

「アタシ思うんだけどさ」
圭ちゃんが、静かに言った。
「そろそろ鎧、脱いだほうがいいんじゃないかなぁ」
「・・・・ヨロイ?」

「後藤、ガッチガチに着込んでる気がするんだよね」
「なにそれ」
「ものっすごい重そうっていうか・・・・つらそうに見える」
「なんで。全然つらくないよ」


憐れんだ顔しないでよ。
強がりなんかじゃないってば。
本当なんだから。
重くもないし、つらくもない。


全然、なんとも感じないんだ本当に。


「本当に、そう? 石川の・・」
「違うって言ってんじゃん」
圭ちゃんは、すぐ、そうやって決めつけようとする。
「後藤、アタシ・・・・」
「梨華ちゃんは、そんなんじゃないよ」
圭ちゃんは、まだ何か言いたそうな顔をしてたけど、諦めたのか、ため息をついた。

575 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:21

「石川はね、後藤の卒業を本気で祝福してんのよ」
圭ちゃんが言った。

「“ソロになる”っていう後藤の夢がかなって良かったって」
ふーん、あっそ。
ていうか、そんなのいつものいい子ブリッコに決まってるし。
梨華ちゃんだってソロやってみたいとか言ってたくせに。


「自分のことみたいにさ、えらい嬉しそうに話してたわよ」
・・・・嬉しかったんじゃないの、ほんとに。
あたしがいなくなれば、よっすぃと2人になれるから。

梨華ちゃんて、そういう人だよ。
口先だけなら、何とでも言える。


576 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:22

「で、泣いてた、あの子」
「・・・・え」
「寂しい、って」
梨華ちゃんが泣いた?
「いつまでも泣きやまないから、困っちゃったわよ」
・・・・・・後藤のために?

そんなはずない。
圭ちゃん、作り話してる。

「あーあ。これ、アンタには絶対、言いたくなかったのに」
「なんで、梨華ちゃん・・・・でも」
嘘だよ、そんなの。
信じない。

だって梨華ちゃん、寂しいなんて、一言も・・・・・・。



「どう? これで少しはアタシの言った意味、わかったんじゃないの?」
圭ちゃんが、言った。



577 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:22


『私ね、ずっと、ごっちんのこと尊敬してたんだ』

『ごっちんは、大人になりたいの?』

『私は、ごっちんのそういうところ、好きだけどなぁ』

『頑張ってね!』

『やぁだ〜、ごっちん可愛い』

『ダメだよぉ』

『どうしてつまらないの?』

『じゃあ、塗ってあげる』

『私、事務所に文句言っちゃう!』

『クッキー、いつ作る?』

『ごっちん!』



578 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:23



「圭ちゃん」
「なによ」

「・・・・後藤はさぁ」
「うん」
「梨華ちゃんが、好きなのかなぁ」
「なんでアタシに聞くのよ、自分の胸に聞いてみなさいって」


聞いてみたよ、もう何度も。
けど、わかんないんだよ。

大好きだったり、大嫌いだったり。
隣にいるだけで嬉しくなったり、見てるだけで許せないくらい、むかついたり。
抱きしめたくなったり、顔を見るのも厭になったり。


なんとも思わなくなったはずが。
いろんなこと思い出して、泣きたくなったり。



「・・・・わかんないよ」
「だから、鎧を着込んでるからでしょ」
「まだヨロイ、着てる?」
「アンタさっき、自分で着てないって言ってたけど?」
「言ってないよ」
「言ったじゃないの」
「つらくないって、言っただけだよ」

579 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:23

「もうどっちでもいいわよ、そんなの」
圭ちゃんが面倒くさそうに言った途端、なんでだか。

ずっしり
ヨロイを、感じた。

「・・・・重い」
「ハァ?」
「やっぱ着てた、ヨロイ」
「また、ずいぶん急に」
「圭ちゃん、脱がして」

「・・・・まったく進歩なしね、向上心ゼロ」
圭ちゃんは、あきれたみたいな口調で言うと、天井を見上げた。
「アタシが脱がせられるわけないでしょうが」


ズルイよ、逃げるなんてさ。
進歩とか向上心とか、難しめの言葉使ってごまかそうとするなんて。
元はといえば、圭ちゃんがさ・・・・。

責任、とってよ。
このままじゃ、身動き取れないよ。

580 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:24

「後藤が自分で脱がない限り、アタシ達は、どうすることもできないんだから」
圭ちゃんが言う。

「なんで?」
「鎧の意味、本当にわかってる?」
「わかってるよ」
中世の騎士とかが着てる、あれでしょ。
考えただけで。

「・・・・重い」
「またかい!」
「どうやって脱ぐの?」
「だから、それを自分で考えろっつってんの!」
圭ちゃんはなんだか、ぷりぷりしている。

「怒んないでよぅ」
「怒ってないわよ。イライラするわねっ」
「怒ってんじゃん」
「とにかく。いい? まず自力で鎧、脱いで」
「えー」
「石川と向き合うのは、その後かな」

そんなこといったって、無理だよ。
あたし一人じゃ、なにもできないもん。


きっと。

自分でも怖くなるくらいの、ドロドロした感情が溢れてきて。
後藤を、呑み込んじゃうから。
きれいなままじゃ、いられない。



581 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:24


だってさ、圭ちゃん。

後藤じゃないんだもん。
梨華ちゃんの特別な人。


耐えらんないよ。
梨華ちゃんの特別が、後藤じゃないなんて。
後藤の特別は、梨華ちゃんなのに。



そうだよ。
・・・・・・なんだ。

答えは最初から、出てたんだね。

でもさ・・・・でも。
特別な人でいられないなら、意味ないよ。
一緒にいても、苦しくなるだけ。


だって、梨華ちゃんは。
梨華ちゃんの特別は・・・・・・。

582 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:25

「け・・けーちゃん」
あたしは、やっとのことで圭ちゃんの膝を叩いた。
「どうしたのアンタ・・・・真っ青な顔して」

「・・気持ち悪い・・・・」
なんか、目の前が白く、なってきた。
「ちょっと後藤! 後藤?・・・後藤・・・・・・」



圭ちゃんの声が、遠くなっていく・・・・・・・・・・・・




****************************************
583 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:25



目を開けると、梨華ちゃんがいた。
梨華ちゃんのまわりは、後光が差してるみたいにキラキラしてる。
光の中の梨華ちゃんは、天使みたいに輝いていた。


夢・・・・かぁ。
夢の中なんだねぇ、ここ。



「・・・・大丈夫?」
エンジェル梨華ちゃんが言った。
「うん、大丈夫」
うふふ
あ、笑ってる。

よかった。

梨華ちゃんの笑った顔見たの、久しぶりだね。
「梨華ちゃん」
「なぁに?」

うふふ

いいな、夢の中って。
梨華ちゃんも後藤も、楽しく、笑ってる。
なんだかとっても、いい気分。


584 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:26

「手」
あたしは、梨華ちゃんに向かって手を伸ばした。
「あったかい」
「ごっちんが冷たすぎるんだよぉ」
梨華ちゃんが、微笑む。


「梨華ちゃん」
「うん?」
「梨華ちゃん」
「なぁに」
「なんでもない」

「どうしたの、ごっちん」
どうもしないよ、ただ。
梨華ちゃんの声、聞かせて。


「梨華ちゃん」
「なぁに」
「なんでもなぁい」
「もう、どうしたの」
「あは」

「ごっちんが、なんかさ?」
「ん」
「赤ちゃんに見えてきた」
「赤ちゃん?」
「そう。赤ちゃん」


後藤は赤ちゃんで。
梨華ちゃんは、天使。



585 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:26


「もう少し、ゆっくり休んだほうがいいよ」
梨華ちゃんがそっと、後藤の手を布団の中に戻してくれる。

優しいエンジェル梨華ちゃん、大好き。


「・・・・梨華ちゃん」
「なぁに?」
言ってもいいよね?
だってここは、夢の中。

「後藤ね」
「うん」
「梨華ちゃんが、好きだよ」

「ほんとう?」
「ほんとだよ」
「うれしい」
うふふ
梨華ちゃんが笑った。


後藤だって。

後藤だって、めちゃめちゃ嬉しいよ。
あ、でも、そうだ。


「LOVEのイミだからね」


あは。

梨華ちゃん、びっくりしてる。
眉毛が変な形で、止まってる。


夢の中でも面白いね、梨華ちゃんは。




586 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/24(水) 19:27



あはは



あはは・・・・



あはははは・・・・・・




****************************************
587 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/24(水) 19:28

更新終了です。

そしてナニカが変わります。
次回、“マーブルな気持ち”、第3部ラストです。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

588 名前: 投稿日:2003/09/24(水) 19:49
夢?夢なのか?ってか後藤さんは大丈夫?
続き激しく気になります。
589 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:25
****************************************



目が覚めると、圭ちゃんがいた。
圭ちゃんのまわりは光線を放ってるみたいに、ギラギラ・・・・・・。


「・・・・出たぁ」
「失礼な子ねっ!」
すかさず、デコピンされる。
「ずっとついててやったっていうのに」

「なにしてんの、圭ちゃん?」
「本当に、もう・・・・良かった」
逆光で圭ちゃんの顔は、ほとんど見えない。

日が強いなぁ、この部屋。
圭ちゃんビームかと思っちゃった。
あたしは、強烈な西日に、目を細めた。


「全然、起きないから、さすがに心配になったわよ」
「そんな寝てた、後藤?」
「丸々一日半」
「うそ、そんなに?」

こんなにぐっすり眠れたのって、何十日ぶりだろ。
いい夢、見たおかげかな。

590 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:25

「圭ちゃん」
「ハイ?」
「さっきねぇ、夢、見たよ」
「あらそう」

「夢の中の後藤はねぇ、素直だったよ」
「ま、夢でいくら素直になられてもね・・・・」
圭ちゃんは、興味なさそうに言う。
「話くらい、聞いてくれてもいいじゃんかー」
「わかった聞くから。ちゃっちゃと話して」


「梨華ちゃんがいたの」
「・・・・石川?」
ひざの上で何か書いてた圭ちゃんが、顔を上げる。
「うん。でね・・・・んふ」
「何、にやにやして。気持ち悪いわね」

「『好きだよ』って」
「誰が?」
「後藤が」
「言ったの?」
「うん。夢だからねぇ、言っちゃった」


せっかく話してあげたのに、圭ちゃんの反応は鈍くて。
ちょっと、がっかりした。

591 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:26

「あ、そういえばなんか、体が軽いよ?」
圭ちゃんが喜びそうな話題を持ち出してみる。

「ヨロイ、脱げたかも」
それにも別に、喜んでくれるわけでもなくて。
「夢でも効果、ありありだねぇ」
頷いてもくれないで。

圭ちゃんは、黙ってあたしを見てた。


「・・・・圭ちゃん、聞いてくれてる?」
「ああうん。あのさ、後藤」
「なにー」
「アンタそれ、たぶん・・・・・・夢じゃないわよ」

「・・・・あは?」
「石川、ここに来たもの」
「へ?」
ここに来た・・・・・・てことは、だよ?


「うそ、なんでっっ!?」
あたしは布団をはねのけて、飛び起きた。

「なんでって・・・・後藤が気分悪くなったからでしょ」
「だって圭ちゃん、ずっとついててくれたって今」
「仕事の間は、みんなで交替交替よ、決まってんじゃない」
「え、えっ?」
「仕事、たまってるわよ。早く元気にならないと」


592 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:26


「ね、ねぇ、圭ちゃん」
「なによ、また気分悪いの?」
「梨華ちゃん・・・・なんか言ってた?」
「特に何も言ってなかったけど」
「・・・・けど?」
「そういえば石川の様子、ちょっと変だったかもね」


ガビーーーン!!



死語?
かどうかなんて、どーでもよくて。
え、うそ、夢でしょ?
あれゼッタイ、夢だよねぇ?

てかじゃなきゃ、マジで。
「死ぬ」
「ハァ?」
「やだやだ、圭ちゃん止めないでぇ!」
「止めないわよ」


「・・・・なんで止めないのさっ」
「バカバカしくて、付き合ってらんないっつーの」
「だってもー、生きてけないよぅ!」
「弱っ。アンタ本当に打たれ弱いわね、相変わらず」
「相変わらずとか、言わないでよー」

593 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:27


コンコン

「はっ!」
あたしは、圭ちゃんの腕にすがりついたままの格好で固まる。


ゴンゴン

「誰か来たよ、圭ちゃん」
「聞こえてるわよ、アンタ出なさいよ」
「圭ちゃん出てぇ」
「出なさいって」


ドンドン

「うぉ〜いっ!」
ドアの向こうから、よっすぃの声が聞こえてきた。
「ど、どーぞ」
ガチャリとドアが開く。

594 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:27

「よう、ネタロー!」
入ってくるなり、よっすぃが言った。

梨華ちゃんは・・・・いないみたいだ。
ひとまず、ほっとする。


「よう寝たろう?」
「三年寝太郎、うっひゃっひゃ」
あたしを指差して、よっすぃは一人で笑い出した。
「ブッブー。眠れる森の美女」
「ええっ? 眠れる森のブジョ?」
「美女っ!」

「・・・・アホらし」
圭ちゃんが、肩をすくめる。
「あは」

「てかこの部屋、眩しくない?」
よっすぃが、目を細めて窓を見上げた。
「そうなんだよねぇ、なんか」
「こんなに日が強かったら、畳が焼けちゃうじゃんなー」
「そう?ね」

595 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:28


コンコン


「あ、来た」
よっすぃがドアのほうを振り向いて、叫ぶ。
「どうぞー」
後藤に、心の準備をする間も与えず。

開いたドアから顔を覗かせたのは。
予想どおりというか、なんというか。


やっぱり、梨華ちゃんだった。


「入っても、いい?」
梨華ちゃんが言った。
「うん」
あたしは急いで、目を逸らした。

だって顔なんて見れるわけないじゃん。
さんざん、やな態度とったし、それに。
・・・・コクったばっかで、どんな顔して会えっていうんだよぅ!


596 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:29


「大丈夫?ごっちん」
「うーん・・・・大丈夫なような、ねぇ」
「無理しちゃダメだよ?」
梨華ちゃんはお姉さんぽく言うと、あたしの横にお行儀良く正座した。

「水分補給、ちゃんとしてる?」
お節介っぷりを発揮する梨華ちゃんは、普段とちっとも変わらない感じで。
後藤の告白、どう思ってるのか、全然読めない。

「水分補給・・・・は、まだ」
「そうだと思った」
梨華ちゃんは満足そうに頷くと、持ってきた小さい紙袋から何かを取り出した。
「粉?」
粉末状ポカリが4袋も、畳の上に並べられた。

597 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:29

「これで、必要な分だけ、作れるじゃない?」
「うん・・・・」
わざわざ、ありがと梨華ちゃん。

けどなんか・・・・ちょっと面倒くさいね。
思わず、ね。
もちろん、心の中で。

そしたら、よっすぃが叫んだ。
「ゲェーッ、面倒くせぇーっ」
「えっ」
「なんでペットボトルのやつにしなかったのー?」
「だって〜・・・・」


よっすぃ、頼むよー。
あたしもたしかに、そう思っちゃったけどさ。
わざわざ持ってきてくれたってことには、感謝しまくりなんだから。
今すごく、大事な時なんだよ。

「メンドイっしょ、粉は」
追い打ちをかける感じで、よっすぃが言った。

「粉のほうが便利かと思ったのにな・・・・」
梨華ちゃんは元気なく俯いて、袋を回収し始めた。


598 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:30

ほらぁ。
梨華ちゃん、ヘコみかけてる。

早くフォローしなきゃ。
どうしよう、なんて言おう。
早くしないと梨華ちゃんが、完全にヘコんじゃう。


「すっ、好きだよ、梨華ちゃん!」
3人が、一斉にこっちを向いた。


「あの・・・・粉、も」
「うん。ありがとう、ごっちん」
梨華ちゃんが言って、ポカリの袋を丁寧に重ねる。



・・・・・・なんとなく、しんとしちゃったな。
ちょっと微妙な空気になっちゃった。

失敗したなぁ、主語つけるの、忘れちゃったよ。
しかも、どもっちゃったし・・・・。
かっこ悪いよぅ。


599 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:30


「あ、そうそう石川」
「・・・・はい?」
圭ちゃん、ナイスなタイミング。
助かった。
思ったのも、束の間。
圭ちゃんが言った。

「後藤の夢に、石川出てきたらしいよ」

圭ちゃん!
いきなり何言い出すんだよー。
「・・・・そう、なの?」
「う、うん?」
夢ってわけじゃ・・・・ないんだけれども。
あたしは曖昧に頷く。


「いや・・・・ていうか、あの、梨華ちゃん来た時さ」
「うん」
「なんかあたし、変なこと言ったりとか、してなかった?」
「どんな?」
梨華ちゃんは、不思議そうな顔をしている。
「あの、寝言とか、なんか・・・・そういう」

「別に? なんで?」
「・・・・なんとなく」



・・・・・・圭ちゃんめ。
やっぱ、夢じゃん。
『夢じゃないわよ』とか、確信持った言い方するから。
まじでコクったかと思っちゃったよ。

違うじゃんかよぉ。
はぁ〜、寿命縮んだ。



600 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:31


梨華ちゃんが紙袋から、また何か取り出した。

「はい、ごっちん」
あたしは、掛け布団の上に置かれた、薄いピンク色の袋を見下ろした。
「・・・・なに?」
「クッキー、作ったの」

細めのリボンをほどいて、そっと、中を覗く。
「梨華ちゃん、これ・・・・」
「うん。一人で作ったから、あんまり上手にできなかったけど」
梨華ちゃんが恥ずかしそうに言った。



梨華ちゃん。
・・・・梨華ちゃん。


なんか、やばいよ。
泣きそう。
胸がいっぱいで、後藤。
なんて言っていいか、わかんないよ。


601 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:31

「オイラにも、おくれ」
よっすぃが、両手を梨華ちゃんの前に突き出した。
「ダメッ」
「なんでだよー」
「ごっちんのために作ったんだから」
「ケチだな、いいじゃんか」
「ダーメ」
「ずりー、ひいきだ!」


クラクラする。
『ごっちんのために』

例え、それが。

よっすぃとじゃれ合う口実だったとしても。
梨華ちゃんの優しさが。
嘘の優しさだったとしても。

やっぱり、それでも後藤は嬉しいよ。
・・・・・・泣きたくなるほど、嬉しくなるんだよ。


602 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:32

「じゃあ、私たち、そろそろ行くね」
「うん」
「後でまた来るから」
「うん」
あたしは、立ち上がった梨華ちゃんとよっすぃに、手を振る。

「後でクッキー、食いに来っからさ」
「うん」
「ダメッ」
「ぜってー来る」
「もう!」



603 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:32


「いいとこあるわね、あの子たち」
2人が出て行くと、圭ちゃんが言った。
「うん」
「大切にしなさいよー?」
「うん」
あたしは、頷くのが精一杯で。
「アラッ、ごっつぁ〜ん。どうしたの?」
すぐに圭ちゃんに気付かれる。

「手作りクッキーに、やられちゃった?」
「ううん」
「鼻水、出てるわよ」
「・・・・ずびっ」
あたしは開き直って、鼻をすすり上げた。


「でも、あれじゃないの?」
圭ちゃんが、言った。
「クッキー作りはアンタの十八番じゃなかった?」
「・・・・うん」

一緒にね、作る予定だったの梨華ちゃんと。
後藤のせいで、中止になっちゃったけど。


604 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:33

あたしは、ピンクの袋から、1つだけクッキーを取り出してみた。
梨華ちゃんのクッキーは、ちょっと表面がガタガタしてた。


『私ね、作ってみたいクッキーがあるんだ』
マーブル模様のクッキー。
梨華ちゃんと一緒に作るはずだった、約束のクッキー。


じぃーん・・・・・・・・・・


「どう見ても、後藤のほうが上手・・・・なんて失礼か、石川に」
横から圭ちゃんが言った。
「うん」
「ま、確かにね」
圭ちゃんはどんどん、早口になってくる。
「好きな人からもらったら、嬉しいんでしょうね」
「うん」

605 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:33

「アタシも一回でいいから、そんな経験してみたいもんだわ、まったく」
やけ気味に言って、ハハッと笑う圭ちゃんがなんだか急に。
頼りなく、見えた。

いつもの圭ちゃんとちょっと違う、ハカナイ感じっていうか。


「圭ちゃん・・・・」
「ハイ?」
圭ちゃんが顔を上げる。
「可哀想だね」

圭ちゃんは思いっきり顔をしかめた。
「失礼な子ねー、つくづく」
慰めるつもりだったけど、失敗したみたかった。


606 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:34

「・・・・食べる?」
おわびに、梨華ちゃんのクッキーを差し出してみる。
「ヤダ、いいわよ」
圭ちゃんがあたしの手を、ぐいっと押し戻す。

「マーブルだよ」
「もらえないわよ、そんな愛のこもったもの」
「愛だって、あはっ」
「そうよ、愛よ?」

圭ちゃん、よく照れないで『愛』とか言えるよ。
後藤はなんか、照れちゃう。

「恨まれたくないですからねっ」
圭ちゃんが、肩をすくめる。
「恨まないよ。後藤、優しいもん」
「じゃ、1個もらおうかな」
その時、思い出す。
そうだよ、圭ちゃんてばさ。

607 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:34

「やっぱ、あげない」
あたしは、クッキーの袋を胸に押し当てた。

「おっやぁ?」
圭ちゃんがニヤリと笑いながら、掛け布団をぐいぐい引っ張る。
「いざとなったら惜しくなった?」
「ちがうよ」
横目で圭ちゃんを睨むと、圭ちゃんの目がギョロっと動いた。
「・・・・なによ?」

「だましたな」
「騙したとは人聞きの悪い」
「梨華ちゃんの様子がおかしかったとか、言ったじゃん」
あのせいで、すっかりキョドっちゃったじゃん。
かっこ悪くなっちゃったじゃん。

きっと梨華ちゃん、変に思ったよ。
ビミョーだったし、なんか。


608 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:35

「ああ・・・・後藤の反応がおっかしくて、つい」
「もー。つい、じゃないよ、ほんとにさぁ」

「アンタ焦りまくっちゃって。アッハッハ!」
圭ちゃんが笑う。
「あん時の後藤の顔!」
しまいには、お腹を抱えて笑い出した。
「・・・・・・・・・・」

さっき、なんだか圭ちゃんハカナイ感じとか思ったけどさ。
やっぱ目の錯覚だったよ。


「ひどいよ。圭ちゃん」
「いいじゃない。今ので目、覚めたでしょうが」
圭ちゃんは、涼しい顔で、しゃあしゃあと言った。

・・・・くそぅ。
恨んでやる。



609 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:35


そんなわけで、べつに状況は前と、ちっとも変わってないんだけど。
後藤の中では、ナニカが変わったような気がする。


後藤的にはそれでOKていうか。
梨華ちゃんを好きな気持ちが本当だって知っただけでも、“前進”て感じで。
圭ちゃんのおかげで、気持ちが整理できた感じ。

もう迷ったりしないと思う。


けど、告白は、もうしばらくお預けにしようかなぁ。
どうせ結果見えてるから、勇気が出ないっていうのもあるけど。
ほんというと、“ヨロイ”っていうの、まだよくわかんないんだよね。
それわかってからでも、いいかなぁって。

あ、どうしよ、時間足りるかな。
あと何週間かしかないのに、グーグー寝ちゃって、2日もムダにしちゃったよ・・・・。

610 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:36


でも、長い1日は、もういいや。
あんな思いは、もうこりごり。


大事なのは中身だもんね。
テレビでもこの前、言ってたよ。
今は量より質の、時代なんだって。




611 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/25(木) 19:37



         〜 第3部 終わり 〜 最終部へ続く 〜



****************************************
612 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/25(木) 19:39
****************************************


“〜 遠い日のうた 第3部 〜マーブルな、気持ち〜”終了です。

第4部へ進む前に、今回も番外編を挟みます。
番外編としてはラスト、盛り込み損ねた食材1つだけなので超短編です。
圭ちゃん視点の、イメージでいうと・・・・ほろ酔いひとり酒、です。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。


613 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/26(金) 19:35

それでは、圭ちゃん視点の番外編、すごく短いので一気にいきます。

614 名前:遠い日のうた 投稿日:2003/09/26(金) 19:35
****************************************

“〜 遠い日のうた 〜マーブルな、気持ち【番外編】 〜”

****************************************
615 名前:マーブルな、気持ち【番外編】 投稿日:2003/09/26(金) 19:36



イシカワはいつも、ヨシザワを見ていて。

ヨシザワはいつも、ゴトウを見ていた。

ゴトウはいつも、過去ばかり、見ていた。




616 名前:マーブルな、気持ち【番外編】 投稿日:2003/09/26(金) 19:37


アタシにとっては、それが見慣れた普通の光景だった。
自分がただの傍観者にすぎないことは、重々、承知していた。


あの子たちとアタシとは、年が違うんだ。
入っていこうったって、入っていける世界じゃない。
アタシは勝手な理屈を付けて、年齢を恨むことにしていた。
誰かを恨むより、そのほうがずっと、楽だから。


ゴトウが過去を見ている限り、その図式は変わり様もなく。
ヨシザワを中心にして、3人の関係は成り立っていた。

ゴトウが過去に生きることを止めた時、3人のバランスは崩れた。
はからずも、アタシはそれに、手を貸した。



617 名前:マーブルな、気持ち【番外編】 投稿日:2003/09/26(金) 19:37

興味のないことには見向きもしない。
昔より改善されたとはいえ、基本的に、ゴトウはそうだ。
そのかわり、興味を持ったことに対する執着ときたら、目を見張るものがある。


去年の夏、ゴトウが突然、興味を持ったもの。

それが、イシカワだった。




****************************************
618 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:38
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


【〜2001年 夏〜】



「梨ー華ーちゃん」
ゴトウに声をかけられて、イシカワの眉毛が不安そうに下がるのが見えた。
「な、なぁに?」
「こないだ映画見てたらさぁ」
「うん?」
「彼氏がコーフンしちゃって、触ってくんの」

「・・・・映画館で?」
「すぐ隣にも人いんのに、もう、触りまくり」
「それは・・・・困るね」
「そうなんだよねぇ、濡れちゃってさ」
「濡れちゃって?」
「そう、濡れちゃって」
言いながらゴトウは、ちらちらとイシカワの表情を盗み見ている。

しばらくして、イシカワが目を見開いた。
「・・・・・・あっ」

「ふふん」
唇の片端で、ゴトウが笑った。


619 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:38

「昨日なんていきなし、縛られそうになったよ」
「なんでっ!?」
「なんか、縛んの好きみたい」
「縛るのが・・・・好き?」
「けど、もし跡とか残ったらヤバイじゃん」
「跡・・・・?」

ゴトウは今度は無遠慮に、イシカワの体をジロジロと眺めて言った。
「梨華ちゃんて、縛られるの好きそうだよねぇ」
「えっ・・・・」

「あはーっ!」
ニカッ
大きな口を、これでもかというくらいまで開いて、ゴトウが笑った。



620 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:38


「後藤、アンタ、今のセクハラよ?」
アタシは、ヨシザワの元に駆けて行く、イシカワの後ろ姿を見ながら言った。
「なにがぁ?」
「とぼけんじゃないわよ、まったく」
「あは」

「人の反応見て楽しむなんて、いい趣味してるわね」
「だってぇ。面白いんだもん」
ゴトウは、屈託のない笑顔で、無邪気に言う。
「けどさぁ、あんくらいで真っ赤になっちゃうとか、フツーあり得ないよね?」

「アンタね、もっと羞恥心持ちなさいよ」
「持ってるよ、シューチシンでしょー?」
「・・・・どうだか」

621 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:39

心から楽しそうな今のゴトウには、何を言っても無駄だろう。
どうやって教えたものかなぁ。
アタシは、溜息をつく。


「ふんふんふ〜ん」
片足でリズムを取りながら、ゴトウが歌い出した。
「なによ、それ?」
「歌」
「なんの?」

「ふふん、教えて欲しいー?」
ゴトウの顔に、得意げな笑みが浮かぶ。
「シューチシンのテーマ! あは〜」


622 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:39

大人びた容姿とは裏腹に、ゴトウには、まるっきりお子様なところがある。
ヘタしたら、辻・加護のほうが、よっぽど大人だったりする。


“オトナ”という言葉に、ゴトウが過剰反応するのは。
『大人っぽい』
そう言われることに対する、反発があるんだろう。
『クール』
『セクシー』
イメージばかりが先行することが、窮屈なんだろうと思う。


でもね、ゴトウ。
それはある意味、とても恵まれたこと。

イメージがなければ、この世界では、やっていけないから。
必死で、イメージを作り上げなければならない人もいるんだってことに。
ゴトウがいつの日か、自分で、気付いてくれたらいいな。



623 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:40

「よっこらせっ」
ゴトウが、壁際に立てかけてあったパイプ椅子を運んできて、2つ並べる。

アラ、珍しく気が利くじゃない。
お礼を言って、座ろうとすると。
「ふぅ〜」
大きく伸びをしながら、ゴトウが2つの椅子の上に寝そべった。

「ん? なに圭ちゃん?」
「・・・・なんでもないわよ」
仕方なく、自分で椅子を運んできて、ゴトウの隣に腰を下ろす。


624 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:40

「それより、石川困ってたじゃないの」
「あはーっ」
ニカッ
また、ゴトウに、あの笑いが出る。

「梨華ちゃんてさぁ、なんか、年上って感じしなーい」
「同い年でしょ」
「ブッブーッ! 学年違うからねぇ、1コ違い」
「1歳差なんて、あってないようなもんよ」
「そんなことないよー。圭ちゃんくらいになったら、そうかもだけど」


「・・・・そうね。大人だからね」
「ほー。後藤はまだコドモでいいや〜」
「何言ってんのよ。もうすぐ、何歳でしたっけ?」
「何歳〜?だっけ〜? 忘れちゃった」
「・・・・16でしょうが」
「そうそうそう、シックスティーン・・・・あ、ねぇねぇ」
ゴトウは、ひぇらひぇら笑いながら、体を起こす。

「シックスティーンてさ、一文字違ったらヤバくない?」
「全然。16歳っつったらね、アンタ」
アタシが真剣なのがわかったのか、ゴトウの笑いがスッと引いた。
「世間じゃ結婚だって、できちゃう年なのよ?」

625 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:40


「んー、それがぁ?」
ゴトウは、急にけだるそうになって、椅子の上に横たわる。

「そろそろ大人になんなさいよ、後藤も」
「圭ちゃんにさぁ、言われたくないんだよね」
ふてくされたように言うと、ゴトウは目をつぶってしまった。


そうか、ゴトウももう、16歳になるんだわ。
アタシは、ゴトウの顔を見つめた。



626 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:41

『後藤真希、13歳です』

14歳のゴトウ、15歳のゴトウ。
すぐ側で、見てきたから。

ゴトウが本当に側にいて欲しかった人は誰なのか。
一番、側にいて欲しかった人に見捨てられたという思いが、どんなにゴトウを苦しめていたか。
そして、その思いからゴトウが今も、逃れられずにいること。
よく、わかっているつもりだ。


無表情という、仮面を付けて。
傷つくまいと、鎧で身を固めて。

必死に生きるゴトウの姿に、アタシは何度も励まされた。
ゴトウを叱り、ゴトウを気にかけることで、自分を奮い立たせた。
そうでもしないと、アタシは・・・・・・。



627 名前:マーブルな、気持ち 投稿日:2003/09/26(金) 19:41


ぼんやりと、考え込んでいたらしい。
気付くとゴトウの心配そうな顔が、目の前にあった。

「ごめんね圭ちゃん、怒っちゃった?」
しおらしく言って、アタシの顔を覗き込む。
「ううん、ちょっと感傷に浸ってただけ」
「なぁんだ」
安心したように、ゴトウは笑顔を見せる。


「・・・・後藤」
「なーにー?」

「同い年なんだね、石川と・・・・紗耶香」
「・・・・・・うん」
ゴトウの目が、パチパチとせわしなく瞬いた。


「市井ちゃんと、同い年だよ」




++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
628 名前:マーブルな、気持ち【番外編】 投稿日:2003/09/26(金) 19:42
****************************************



ゴトウのイシカワに対する視線が、単なる“興味”ではなくなったのは、間違いなく、あの頃からだ。

もし、なんて言い出したら、きりがないけれど。
考えてしまう。

もし、あの時、ゴトウにあんなことを言わなければ、どうだったんだろう。
それでもゴトウは、イシカワを好きになったんだろうか。
今さら考えてみたところで、答えは出ないし、考えることに意味はない。



629 名前:マーブルな、気持ち【番外編】 投稿日:2003/09/26(金) 19:42

そうと知りながら、アタシはいつも、あの日の会話を思い出す。
繰り返し思い出しては、自分を責める。


そして、決して手に入ることのない、あの子と。
せめて夢の中では恋人同士でありますように。

願いながら、眠りに就く。




630 名前:マーブルな、気持ち【番外編】 投稿日:2003/09/26(金) 19:43



                  = 終わり =



****************************************
631 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/26(金) 19:45
****************************************

“〜マーブルな、気持ち【番外編】 〜”でした。

歯磨きの後すぐ、最終部となる第4部“グレフル・トライアングル”に入ります。
第2部以降、主に番外編での登場だったよっすぃも加わり、卒業に向かいます。
歪みなりにもいしよしごまと銘打っているからには、最後は3人をしっかり絡めていきたいと思います。

あともう少しの間だけ、お付き合いいただけると嬉しいです。
せっせと更新、このままラストまで突っ走る予定ですので、どうぞよろしくお願い致します。


632 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/26(金) 20:08
更新お疲れ様です。
ちょっと後藤の気持ちが前進しましたね。
本当に言ってしまったのかと思って驚きました(w
あくまでもマタ―リ二人の関係( ´ Д `)( ^▽^ )を見守ってます。
633 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/27(土) 20:16

レスありがとうございます。
ビミョーが微妙に変化、ようやく前を向けました。進み方はザリガニですが・・・・。
勇み足だった過去と現在のむっつりも加味すれば、なんとか前進です・・・・たぶん?


それでは、第4部“グレフル・トライアングル”に入らせていただきます。
歯磨きも済みましたし、スキッとすっきり、臨めそうです。

634 名前:遠い日のうた 投稿日:2003/09/27(土) 20:17
****************************************

“〜 遠い日のうた 第4部 〜グレフル・トライアングル〜”

****************************************
635 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:18



「すっぺぇ!」
よっすぃの声が、楽屋に響いた。
「なんだこれ、超すっぺえ!!」
舌を犬みたいに出して、よっすぃは顔をしかめてる。

うえっ。
後藤もすっぱいの、キライ。


「なに、どーしたのぉ?」
「急に叫ばないでよね、びっくりした」
「何事かと思ったよー」
メンバーが、口々に言った。

「すっぱいって、何がよ?」
「グレフル」
「よっすぃ、それ、当たり前だから」
「すっぱくなかったら、美味しくないし」


636 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:19

よっすぃは首をひねって、手に持ったグレープフルーツを見下ろす。
「あ、違った」
あっさり言うと、また叫ぶ。
「苦ぇ!」
「は?」

「超、苦え!」

うえっ。
苦いのも、大キライ。
あるよねぇ、たまに。
砂糖とかかけて、ごまかしたりするけど。


「腐ってんじゃないの?」
「腹下すなよー」
「腐ってないって、ほら見てみ?」
よっすぃが、切り口をやぐっつぁんに向ける。

「・・・・うん、見た感じ、なんともないけどね」
こわごわ覗き込んで、やぐっつぁんが頷いた。

「ちょっと矢口さん、食べてみてよ」
「やだよ」
「ちまっとで、いいから」
「やだって」
グレープフルーツを押しつけ合う、よっすぃとやぐっつぁんの間から。
「どぉれ?」
梨華ちゃんが、顔を覗かせた。


梨華ちゃん、可愛い!!
今の出てきかた、超可愛かった。



637 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:20

「これなんだけどさ」
「ふぅん?」
よっすぃからグレープフルーツを受け取ると、梨華ちゃんは、手早く皮をむきだした。
「げぇーっ。食う気かよ」
顔をしかめながら、やぐっつぁんが言う。

「ワーオ!」
よっすぃが、おどけた仕草で両手を広げた。
「すげー梨華ちゃん、勇気あるー!」
うふふ
梨華ちゃんが笑った。


・・・・・・なんだよ、よっすぃ。
梨華ちゃんが勇気あることくらい、あたしだって知ってるよ。
ていうか、こんくらい、勇気ない人だってできるよ。
おだてたりしたら、梨華ちゃんがいい気になるじゃんか。


638 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:20

「いくよ?」
わざわざ、梨華ちゃんが言った。
パクッ
三日月型のグレープフルーツが、つやつや唇の向こうに消える。


「・・・・どう?」
「苦いっしょ」
なんとなく、注目の一瞬。
楽屋にいるメンバー全員が、梨華ちゃんの表情をうかがう。


「ううん、全然〜」
オーバーなくらい首を振って、梨華ちゃんが言った。
「おいしっ!」
ほら、やっぱし。いい気になった顔してる。

「うそー?」
「ホントですかぁ?」
「でも、石川の味覚でしょー?」
「説得力がな〜、いまいち」
みんなが、疑いの眼を梨華ちゃんに向けても。

うふふ
梨華ちゃんは、楽しそうに笑ってる。


ほら・・・・やっぱし。



639 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:21

うふふ
「・・・・なに」
よっすぃが不審げな顔になって、言った。
うふふ
「なんだよー、梨華ちゃん」

「だって、可笑しいんだもの」
「なにが」
「よっすぃ、さっき歯磨きしてたでしょ」
「えっ、そうだっけ?」


「おいおいおいおいーっ!」
楽屋は、一気に騒がしくなる。
「頼むぜ、よっすぃー」
「がく〜、みたいな」
「よっすぃ、大丈夫かぁ?」
「吉澤さん、それはさすがにヤバイです」


「なんだー、変なやつ食っちったのかと思ったよ」
よっすぃが、照れくさそうに首の後ろに手をやる。
うふふ
よっすぃを見上げて、梨華ちゃんが笑った。

「歯磨きの後に食べたら、苦いよぉ」
「いや、おかしいなとは思ったんだけどさー」
「よっすぃったら」
「忘れてたよ、マジで」
「ちゃんと覚えてなくちゃ、ダメじゃない」
うふふ

楽しそうな、梨華ちゃん。


640 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:21

「にしても石川、よく見てんな〜」
「なぁんか梨華ちゃんってさ、よっすぃの奥さんぽくない?」
「やー! ぽいーっ」
「でしょー。なんかね、思った」

「やめてよぉ、奥さんなんて〜」
「こっちだってお断りだよ、梨華ちゃんが奥さん? 冗談じゃねぇ」
「ひどぉい」

楽しそうな、2人。


「そこっ。いちゃつかない!」
「ひゅ〜」
「ヒューヒューだよー」
「なっち、それは危険」
「危険だった?」
「うん、かなりキテる」
「うっわ、危ないとこだったんだね」
「ギリギリでしょ」

・・・・楽しそうな、みんな。


641 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:22

どうってことのない、“モーニング娘。”の日常。
こんなちょっとした出来事さえ、ダメージになって。
笑えもしないなんてさ。

後藤は相当、重症らしいよ。
毎日少しずつ、みんなとの距離が遠くなってく気がする。


けど、そのほうがいいのかな。
だってあたしは、もうじきいなくなるんだから。
そのほうがさ、後でつらくならないで済むのかもしれないね。



642 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:22


目を逸らした、あたしの前に。
差し出される、三日月型の、淡い黄色。

「口開けて、ごっちん」
微笑む梨華ちゃん。


「え・・・・」
「あーん、して?」
「え、いいよぅ」
「あーん」
「・・・・いいってば」

ツツー

梨華ちゃんの指を、果汁が伝う。
「早く〜、零れちゃう」
「・・・・うん」


梨華ちゃんがくれた三日月は。
すっぱくて。
そんでもって、苦くて。
けど・・・・甘くて。



643 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:23

「もう。手がベタベタになっちゃったよぉ」
梨華ちゃんは、あたしを軽く睨むと、指を舐めた。

三日月が、落ちる瞬間。
後藤の唇に触れた指。
今は梨華ちゃんの、口の中。


「美味しかったぁ、ね?」
「うん」


梨華ちゃんの笑顔が、あんまり眩しすぎて。
まっすぐ見れなかったけど。

すっぱくても。
苦くても。
たぶん、だからこそ。
美味しいのかなぁって、思ったんだ。



****************************************
644 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/27(土) 20:24

第4部は、こんな感じのグレフルテイスト・・・・なのですけれどもその前にどうしても。
これがないと元気が出ません・・・・・・。
ここからはガラッと一転、はっきりむっつりです。


645 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:25
****************************************


「ね、ね! 常識だよねー?」
やぐっつぁんの声で、目が覚めた。

「なんのこと?」
カオリが答えてるっぽいから、目をつぶったまま、なんとなく話を聞く。
楽屋のテーブルって、なかなか寝心地がいいんだよねぇ。

「二の腕イコール胸」
「うん常識」
「でしょー、意外と知らない人、多くってさ」
知らない・・・・。


なんだろ、“二の腕イコール胸”って。
それ、ほんとに常識なの?
あたしは、2人の声が聞こえやすいように、ちょびっと肩を下げた。


「あ、この靴、欲しーい」
「えー、やっぱカオリとは趣味合わないな」
「なんでー、カワイくない?」
「そーかぁ?」
靴より、さっきの続き・・・・。

646 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:26

「また、ごっつぁんに訊いてみるー?とかいって」
おっ。
「ジュース賭けるか?」
「賭けないけどぉ」
「自信ないんだろ〜」
「ヤグチがないんじゃないのー」
「オイラはあるぜ」
「じゃ、決まりね」
くるかな。
あたしは顔を上げる準備をする。

「起・き・て」
「ホステスかよ、カオリ」
「今の、色っぽかった、スゴーイ」
「自分で言うな!」


起きるタイミング逃した・・・・・・。
もう一回、呼んでくれないかなぁ。


「起きないねー、ごっつぁん」
「疲れてるんだね」
「うちらのジュースのために起こしたら、可哀想かな」
気、使ってくれて、嬉しいよ。
起きれるよ、起こしてくれちゃっていいよ。

「寝かせとこ」
「そうだね」


647 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:27


・・・・・・気になるよぅ、“二の腕イコール胸”。
今さら顔上げて訊くのも、かっこ悪いしなぁ。

けど、梨華ちゃんいないみたいから、かっこ悪くてもいっか、べつに。
やぐっつぁんとカオリなら、笑ってくれそうだし。
いつ顔上げよう。



「あのぉ」
「どうした、紺野」
紺野もいたんだ・・・・やっぱ顔上げるの、やめとこう。

「それ、なんですかぁ?」
「これ? この靴のこと?」
「・・・・え? 違うの?」
首振ったのかな?
「二の腕がどうのって、矢口さん、さっき・・・・」
「そのことかー、キャハハ、遅っ」

顔上げないどいて、よかった。
えらいぞ紺野。


「あれだよ、二の腕と胸の感触が同じっていう」
ぬ。
「そう。二の腕触ると、その人の胸の感触がわかっちゃうんだって」
ぬぬっ!
「へぇ〜、そぉなんですかぁ、知らなかったです」


後藤も、それは・・・・初耳です。
なんか、すごいいいこと聞いちゃったかも。



648 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:27


「ふぁ〜あ!」
「おー、起きたの、ごっつぁん」
「ぐっすり寝てたねー」
「うん、よく寝た」

「おはよぉございます」
「おはよう、紺野っ」
おかげで、かっこ悪くなくて済んだよ。
感謝一杯、あたしは紺野に笑いかけた。

「ご機嫌だねー、ごっつぁん」
「起きたばっかりで、珍しいね」
「あは」
・・・・マズイ、気をつけなくちゃ。


649 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:28

「ごっつぁんは知ってたっしょ?」
やぐっつぁんが言った。
「んー?」
「“二の腕イコール胸”」
「圭織、固ぁい」
カオリが、長い腕を伸ばしたり縮めたりしてる。

「うん、知ってるよー」
あたしは頷きながら、立ち上がった。
今さっき知ったとこだけど。


「あれ、どっか行くの?」
「ちょっと・・・・トイレ」
「もうじき時間だよー」
カオリの言葉に時計を見ると、あと10分くらいしかなかった。

急がないと。
今すぐ初耳情報、試してみたい。


650 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:28


廊下に出て、梨華ちゃんを捜す。
梨華ちゃんといえば、トイレ。
とりあえず行ってみよう。


トイレに向かって歩いていると、ちょうど梨華ちゃんが出口から出てきた。
運がいいかも。
「梨華ちゃ〜ん」
「あっ、ごっちん・・なぁに?」

・・・・なんか今、梨華ちゃん。
ササッて手をお腹の辺りで拭いてたみたいな感じしたけど。
いや、けどなぁ。
梨華ちゃんがそんなことするはずないし。


「もう時間?」
髪の毛を結びながら、梨華ちゃんがこっちへ歩いてくる。
ドキドキ。
その仕草、セクシーだよ、梨華ちゃん。
「んー、そろそろだけど、まだへいきじゃん?」

「ごっちんも、トイレ?」
「べつに、とくに・・」
げ。
梨華ちゃんのTシャツ。
下のほう、色が変わってる・・・・・・。

651 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:29

「・・・・梨華ちゃん、ハンカチとか、持ってないの?」
「うふっ、バレちゃった?」
梨華ちゃんが、ちょっぴり恥ずかしそうに唇を押さえた。

「ハンカチって、面倒くさいじゃない?」
「うん、まぁ・・・・」
仕草だけ見てると可愛いけど・・・・き、汚いなぁ。


「いちいち、お洗濯するの、大変だしさ?」
「あ、あー、そっか」
梨華ちゃん、自分で洗濯もするんだもんね。
お母さんにやってもらってる後藤とは、違うんだった。
ちょっと汚いけど、仕方ないか。


「でもね、実はね?」
梨華ちゃんが、勿体ぶった感じで言った。
「うん・・・・なに?」
なんか、やな予感。
梨華ちゃんがこういう言い方する時は、要注意だ。

「ちゃんとハンカチ、持ってるんだよ?」
「あ、そうなの?」
「うん」
ほっ。
やな予感、はずれだった。

652 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:29

「だったら、それ、使えばいいのに」
「ダメだよぉ」
「なんでさ」
「これはね、持ち歩き用!」
言いながら梨華ちゃんは、ジーンズのポケットを叩いてみせた。
すごく得意そうな顔をしてる。


「持ち歩き用?」
「一応、持ち歩いてないと、女の子らしくないじゃない?」
「うーん、そんなこともない・・かなぁ」
「だから、アイロンだけは毎日、かけてるんだー」
なんか・・・・やな予感、復活。

恐る恐る、訊いてみる。


「じゃあ・・・・毎日、同じやつなの?」
「そうだよ?」
「使わない用のハンカチってこと?」
「なんで? 人がいたら使うよ?」
「えっ、汚いじゃん」
「汚くないよ? ほら」
梨華ちゃんが、ギンガムチェックのハンカチを取り出してみせる。

ぴょん
ポケットから、銀色の何かが飛び出した。

「やだぁ、一緒に出ちゃった」
うふふ
梨華ちゃんが、笑いながら拾い上げる。
ぐしゃって丸まった、ガムの包み紙。
「いつのかな」
「・・・・・・・・・・」



653 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:30


き、き、汚ーい!
汚ーい、梨華ちゃん。


梨華ちゃんの面倒くさいの基準、変だよ。
アイロン毎日かけるくらいなら、洗いなよ。
粉末ポカリのが、よっぽど面倒くさい気がするんだけど。

汚いの基準なんて、どうかしちゃってるよ。
お風呂の話にしても、ハンカチの話にしても、イメージ違いすぎるって。
汚すぎるよ。
せっかくのセクシーが台無しじゃん。
ほんと、ショックだよ・・・・。



・・・・・・けど。
後藤しか知らないかも、こんな梨華ちゃん。
みんなも・・・・よっすぃも、たぶん、知らなくて。
あたしだけが知ってる、梨華ちゃん。

んふ。
なんか、嬉しいかも。
できたら汚くないほうが、もっといいけど。


654 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:30

「どうしたの、ごっちん」
「ん、べつに」
「早く行こう?」
梨華ちゃんが、首を傾げた。
「遅れちゃうよ?」
汚い人だけど・・・・ドキドキ。


はっ、たいへんだ。

汚い話してて、まだ初耳情報、試してなかった。
時間ないんだった。
けど、いきなり“二の腕触らせて”とか言うのも変だよねぇ。


・・・・・・そうだ!
ひとまず、別の場所から攻めてみよう。

655 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:31


「梨華ちゃん」
「なぁに?」
「あの・・・・アゴ触らして」
「うん!」
梨華ちゃんが嬉しそうに頷いた。

「アイ〜ン」
アゴを突き出して、サービスまでしてくれる。
「あはっ、あい〜ん」
ふふん、狙い通り。
アゴ触られんのが好きなのは、知ってるんだもんね。


いつもと違う形になってる、つやつやの唇。
見てるとムラムラする。
そのままアゴを引っ張って吸いついちゃいたくなったけど、我慢した。
さすがに笑って済ませてはくれないだろうし・・・・。

それより、本題に入らなくちゃ。

656 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:32

「あの、ついでにさぁ、腕も触らして」
さり気なく言ったつもりだったけど、梨華ちゃんは警戒した顔になった。

「・・・・なんで?」
「ん、なんとなく」
「理由になってないよ?」
梨華ちゃんが、腕を押さえながら言った。
すごくムリそうな雰囲気だ。
ムラムラしてるのが、伝わっちゃったのかもしれない。


あーあ、せっかくここまで、こぎつけたのに。
でも理由なんて、言えるわけないしなぁ。
「触りたいから・・・・」
がっかりしながら、半分ほんとのことを言う。


「じゃ、ちょっとだけだよ?」
梨華ちゃんが、腕を出した。
「ぬ」
やった!
言ってみるもんだねぇ。
あたしはドキドキしながら、梨華ちゃんの二の腕に手を伸ばす。


657 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:32


ぷにぷに

柔らか〜い!
「ふんふん」
あたしと全然、違〜う!
「結構、気持ちよさそうかも」

「・・・・気持ち良さそう?」
梨華ちゃんが、不思議そうな顔で言った。
「んふぁっ!」
「ごっちん、どうして笑うの?」
「べつに」
「気になるよぉ」
「気にするほどのことでもないよ」

はぁ〜、梨華ちゃんのおっぱい、こんな感じなのか。



・・・・・・どっきーん!

そうじゃん、これってば。
おっぱい揉んでんのと、ほとんど、おんなじってことじゃん。
やばい。すんごいムラムラしてきた。


658 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:33

「きゃっ! そんなに強くしないで」
梨華ちゃんが、腕を引っ込めた。

「・・・・ああ、痛かった?」
「もう!」
ごめんごめん、つい興奮しすぎちゃってさぁ。
とかは、もちろん言えないから、黙ってた。

気持ちよかったなぁ・・・・。
なんかちょっと・・・・濡れちゃった。



「後藤〜サン」
後ろから、声が聞こえた。
「け、圭ちゃん」
「アナタに大事ーな、お話があるんだけど?」

「ごっちん、先に行ってるね」
梨華ちゃんが、楽屋を指差す。
「うん・・・・」
「悪いわね、石川」



659 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:33

圭ちゃんが、こちらに向き直った。

「相変わらず、セクハラ三昧な日々ね後藤サン?」
「セクハラじゃないよ」
「アタシが知らないとでも、思ってるの、まったく」
「んー、なんのこと〜?」
「ごまかさないの!」
「かはっ」


圭ちゃんには、やっぱ、何も隠せないなぁ。
梨華ちゃんのことも、バレちゃったしなぁ。
ほとんど圭ちゃんに教えられたようなもんだけど。

でも、そういう人がいるって、すごい嬉しいっていうか。
安心した気分になる。


「こんなところで、いやらしいわね」
「圭ちゃんこそ、こっそり見ないでよ」
「見てないわよ!」
圭ちゃんの目が、つり上がった。
「通ったらたまたま、セクハラの真っ最中だったんじゃないの!」
「セクハラとも違うんだよねぇ」

「あれがセクハラじゃなくて、なんなのよ?」
「本能」
「本能くらい、自分でコントロールしなさいよ」
「できないよ、本能だもん」

「理性を持ちなさい! まったくもう!」
圭ちゃんが叫んだ。
こんな怒鳴られてるとこ、誰かに見られたら、かっこ悪いなぁ。
梨華ちゃん、ちゃんと楽屋に戻ったかな。


660 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:34

キョロキョロしてると、圭ちゃんが言った。
「ごっつぁん、アンタ、目がヤバかったわよ」
「ん?」
「目がイッちゃってたって言ったの!」

「うん、だってねぇ、なんか」
「ハイ?」
「ほんとにイッちゃいそうだったもん、今」
「イッ・・・・!」
圭ちゃんは、目を白黒させてる。
ちょっと正直に言い過ぎたみたいだ。



あー、けど、正直に言えるって、本当に嬉しい。
あたしは、お地蔵さんみたいに固まってる圭ちゃんを覗き込んだ。

「梨華ちゃんのこと、もっと好きになった感じ」
圭ちゃんのおかげだよ。

「ありがとねぇ〜、圭ちゃん」
お礼を言って、歩き出す。
圭ちゃんて案外、純情なんだよね、大人なのに。


振り向いたら、まだ圭ちゃんは固まってた。
大人ってこととは、あんまし関係ないのかな。


661 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/27(土) 20:35


一日ごとに、梨華ちゃんを好きになる。

可愛い梨華ちゃん、セクシーな梨華ちゃん、お姉さんな梨華ちゃん。
変な梨華ちゃん、イタイ梨華ちゃん、汚い梨華ちゃん・・・・ぜんぶ、好きになってく。


梨華ちゃんを好きだって確信してからは、あの頭の痛いのも、やってこなくなった。
もしかすると、圭ちゃんの言ってたヨロイってやつが、脱げたのかもなぁ。




****************************************
662 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/27(土) 20:38

更新終了です。あ〜、楽しかった!・・・・さて。
次回からは、少しずつ、ひっそりモードへ。
グレフル・トライアングルが徐々に回転し始めます。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

663 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/27(土) 21:35
面白いです
更新ペースも速いので
楽しみにしてます
664 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/28(日) 06:54
すごい楽しみです!
665 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/28(日) 08:59
むっつり度が増してるような気がするんですが( ´ Д `)さん…。
いつも楽しみにしてます。
無理せず頑張って下さいね。
666 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:42
****************************************


「ごっちん」
「なに〜」
よくある、普通のやり取り。
そんな延長線上で、梨華ちゃんが言った。

「私ね、よっすぃに告白したんだ」

キーン

「ふーん」
あたしは、動揺がバレないように指先に視線を移す。
ネイルの具合を確かめるふりをしながら、聞いてみた。
「んで?・・・・付き合うことになったとか?」


いつまで待っても。
梨華ちゃんの返事は、ない。


667 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:43

「すごいねぇ、梨華ちゃん。よかったじゃん」
やだなぁ、後藤の声、震えてる。
かっこ悪いよぅ。

「・・・・違うの、ごっちん」
それ以上に梨華ちゃんの声は、震えていて。
「なにがぁ?」
あたしの心は、かすかな希望に震えた。


「振られちゃった・・・私」
弱々しい、梨華ちゃんの言葉。

「・・・・あり得ないって言われちゃった」


え、なら、もしかして。
あたしにもチャンスある?


顔を上げた途端。
悲しそうに俯いている梨華ちゃんが目に入って。
後藤を襲う、自己嫌悪。

自分さえよければいいってこと?
そうじゃない・・・・けど。
梨華ちゃんとおんなじ気持ちには、なれないから。


668 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:44


「よっすぃね・・・・他に好きな人がいるの」
か細い声の梨華ちゃんは今にも泣きだしそうで、あたしを切なくさせる。

「そっかぁ」
「・・・・うん」

「大丈夫だよ、梨華ちゃんなら」
もっと気の利いたこと、言ってあげたいけど。
思い浮かばないんだ、全然。
つまんないドラマの台詞みたいな言葉しか、浮かんでこない。


情けなくて、泣きたくなった。
泣いちゃわないように、深呼吸する。

669 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:45

「梨華ちゃん、いいとこいっぱいあるし」
これが精一杯の、後藤の言葉。

こんなこと、あたしに言われたって、嬉しくないかもだけどさ。
ちゃんと、知ってるよ?
あたしは、梨華ちゃんのいいとこ、いっぱい知ってる。


頑張り屋さんで。
ネガティブだけど、ほんとは強くて。
頼りない感じだけど、いざという時には頼りになって。
ちょっと真面目すぎるけど、いつでも一生懸命で。

一生懸命だけど、なんかズレてて。
イタイんだけど、それがまた妙に梨華ちゃんて感じで。
なんかすごい薄情だけど、たまに、めちゃめちゃ優しかったりもするし。
・・・・とにかく、梨華ちゃんには、いいところがたくさんあるんだ。


670 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:45

「教えたげよっか、梨華ちゃんのいいとこ」
あたしは腰をかがめて、梨華ちゃんの顔を覗き込む。

「声高いでしょー、見てるだけで面白いでしょー」
指を折りながら、言っていく。
「ウエスト細いでしょー」
大きな声で、1つずつ。

「アゴ出てるしー、唇つやつやだしー」
それでもまだ、梨華ちゃんは俯いたままで。


「あと・・・・可愛いしさ、それにセクシーだし」
思い切って言ったのに、やっぱり梨華ちゃんは顔を上げてくれなくて。

キーーン

息が、苦しくなる。


「あ、そうだ、おっぱいが大きいっ!」
「・・・・もう、そういうことばっかり・・・・言うんだから」
ようやく梨華ちゃんが、少しだけ顔を上げて力なく笑った。


よかった。
泣いてるのかと思った。



671 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:46

「あたしなら・・・・たぶん、振ったりしないと思うけどなぁ」
後藤なら、絶対。
ギュッと抱きしめて、そっと・・・・。
梨華ちゃんのこと、離さないって誓えるのに。

「あの、もし後藤がオトコだったらの話ね」
あたしは急いで付け足した。
梨華ちゃんに、ひかれたら、困るから。



「ごっちん」

梨華ちゃんが、掠れた声であたしを呼んだ。
「ん?」
「もし私が急に今、ごっちんに・・・・」
そこまで言って、梨華ちゃんは口をつぐむ。
「あたしに、なに?」


672 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:46


「ううん、やっぱり・・・・なんでもない」
「・・・・なに?」
「私、変なこと聞こうとしてた」
「いいよ、変でも。なに?」

梨華ちゃんは、苦しそうに胸に手を当てると、目を閉じた。
「・・・・・・本当に、なんでもないの」



『ごっちんに』の、後に続く言葉。
『変なこと』って?

無駄な期待、しちゃうじゃん。
・・・・変なことって、どんなこと?




****************************************
673 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:47


ガサガサ

手元の雑誌から目を離さないまま、あたしは手探りでポテチをつかんだ。

パリパリパリ
ガサガサ
パリパリパリ

しんとした楽屋に今いるのは、よっすぃと梨華ちゃん、そしてあたしだけ。


「結構おいしいねぇ、これ」
とりあえず、話題提供してみる。
「うん」
「そうだね」


・・・・・・しーん・・・・・・


なんか、もう終わっちゃった。


674 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:47


ガサガサ
パリパリパリ
ガサガサ
パリパリパリ


あたしは次々に、ポテチを放り込む。
ガサガサ
パリパ・・・・
「ぶむっ」

「・・・・どうしたの?」
顔を上げた梨華ちゃんに“なんでもない”と手を振って。
ペットボトルのお茶で、ぐいぐいポテチを流し込む。



ふぅ、苦しかった。
マジで生命の危険て感じだったよ。
ポテチ詰まらせて死ぬのなんて、超ご免だよ。

危ない食べ物だったんだ、ポテチ。
一応、イモだしね。
要注意だよ。
今度、梨華ちゃんにも教えといてあげないと。

675 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:48


・・・・・・それにしても、みんな、遅いなぁ。
何してんだろう、間がもたないよ。


ますます、しーんと静まり返った楽屋。
でももうポテチはちょっと、遠慮だし。



「ほら、よっすぃ見てー」
梨華ちゃんがいきなり雑誌を指差すと、いつも以上に高い声で言った。
「こないだ話した映画、今週公開だって」
「へー、そうなんだ」

「3人で、観に行こう?」
「パスするわ。2人で行ってきなよ」
よっすぃがあっさり言う。
そして、すぐにまたマンガ雑誌を読み始めた。


「そう・・・・」
梨華ちゃんは、悲しそうな瞳をあたしに向ける。

「じゃあ、ごっちん、2人で行こう?」
「うん・・・・話題だもんね、それ」
「そうだね、楽しそう」
梨華ちゃんは全然『楽しそう』じゃない口調で言って、ため息をついた。


676 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:48


期待しては、落ち込んで。
落ち込んでは、期待しちゃう。
それの繰り返し。

傷つくのには、だいぶ慣れたけどね。
今のはちょっと、きつかったかも。


だいたい、よっすぃ。
あからさますぎだよ。
いくら、振った直後だからってさ。
そんな態度は、ないんじゃないの。

あたしには。
無理してる梨華ちゃんの気持ちが、痛いほどにわかるから。



わざとらしいくらい、マンガ雑誌に顔をうずめてる、よっすぃ。
虚ろな表情で映画の記事を見ている、梨華ちゃん。
どうすることもできない、後藤。

仲良し、3人組。



****************************************
677 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:49


どうすればいいんだろう、こういう時って。
今回はケンカとかと違うわけだから。
間に入るっていっても、あたしは直接関係ないんだし。

手を洗いながら、あれこれ考える。

「使う?」
梨華ちゃんが横から、タオルを差し出してくれた。
・・・・バイキン君は、いないよねぇ。


「心配しないで。昨日、洗ったよ?」
バレてた・・・・。
梨華ちゃんて、たまに、後藤のこと全部わかってるんじゃないかって思う時がある。
話通じないほうが多いのに、なんでかなぁ。

678 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:49

「あ、じゃあ・・・・」
受け取ったタオルで濡れた手を拭きながら、あたしはさり気なく切り出す。
「そういえばさ梨華ちゃん、さっきの映画の話だけど」
梨華ちゃんの表情が、一気に暗くなった。
「うん」

そんな顔、しないでよぅ。
覚悟してても、つらいもんはつらいんだから。
あたしは急いで、鏡を覗き込む。


「あの・・・・あれさ」
せっかく目を逸らしたのに、鏡の中には、俯いた梨華ちゃんが映っちゃってた。
「あたしからも、もう一回誘ってみるよ」
「え?」
顔を上げた梨華ちゃんと、鏡越しに目が合う。
「せっかくだしさ、やっぱ3人がいいじゃん」


679 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:49

「ありがとう。でも・・・・いい」
梨華ちゃんが言った。

「もう、あきらめる」


あきらめるって。
映画のこと?
それとも・・・・よっすぃのこと?
後藤にもまだ少しは、見込みあるのかな。



・・・・・・あ〜、もう。
どうして、そんなふうに考えちゃうんだろ、あたしって。
さんざん反省したはずなのに。

反省だけなら、サルでもできんだよ。


680 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:50

「梨華ちゃん!」
「うん?」
あたしは向き直って、梨華ちゃんの前に左のほっぺを突き出した。
「ぶって」

「えぇ? なぁに、いきなり」
「いいから」
「そんな、できないよ」
「お願いだよー」
「そんなワガママ言わないで、ね」
「なんでこれが、わがままなの〜。いいから早く、ぶってよ」


“お仕置き”してよ。
人の不幸を喜んだ、後藤の中の悪いヤツに。
・・・・・・ヨワイ後藤に。


「早くぅ」
「・・・・こう?」
ぺしっ

「そんなんじゃ全然、痛くもなんともないよ」
親戚の赤ん坊に叩かれた時のほうが、よっぽど痛かったよ。
「だって〜」
梨華ちゃんの眉毛は、すっかり、ふにゃってなってる。

「もっとバシィッて感じにさぁ」
あたしは梨華ちゃんの手を取って、自分のほっぺたに持っていった。
「強く、ぶって欲しいんだよねぇ」


ヨワイ後藤には、それが一番、効くんだよ。
それじゃないと、ヨワイ後藤が出てかないんだよ。



681 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:50


「ごっつぁん、マゾだったの!?」

すぐ近くで声がして、あたしは飛び上がった。
振り向くと、入口からカオリが入ってきたところだった。

「な、なにカオリ。びっくりすんじゃん」
「怪しいあやしいアヤシイ! 石川と後藤、もしかして」
「あはーっ!」
「まさか。違いますよぉ」
梨華ちゃんが、すかさず手を振る。


「そうだよねー、あり得ないか」
カオリが頷いた。

「そうだよぅ・・・・あり得ないってば」
あたしも頷く。


・・・・・・カオリは何の気なしに言ったんだろうけど。
それって、今一番の禁句だよ。
おまけに、ぐっさり、傷ついたよ。
『まさか』とか言われちゃってさ。


682 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:51

「でもさー、2人で何してたの〜、トイレなんかで?」
カオリの声が、通路まで響きわたる。
ちょっと、やめてくれぇ。
誰かに聞こえたらどうすんの。

「あの、ドラマの練習」
あたしはとっさに出任せを言って、ごまかした。
「梨華ちゃんに、練習付き合ってもらってるとこ、あは」
ね?
梨華ちゃんに振ったけど、梨華ちゃんは頷いてくれなかった。


「あー、ドラマみたいな恋したい!」
カオリがメルヘンな表情で言った。

「ドラマみたいって・・・・ねぇ」
「どっかにインスピレーション、転がってないかなー」
カオリは急に興味をなくしたみたいで、そのまま出て行ってしまった。


683 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:52


「はぁ、びっくりしたぁ」
あたしは、ほっと息を吐き出す。

「焦ったね、いきなしカオリ」
「ごっちん、どうして嘘ついたの?」
梨華ちゃんが、言った。
「え」
「ドラマの練習なんて、してないよ?」
「ん〜? 今のは・・・・しょうがないじゃん」

「でも、嘘は嘘だよ」
梨華ちゃんは、非難するような目で、こっちを見ている。
「・・・・ちがうよ」


「嘘が一番嫌いだって、ごっちん、言ってたよね?」
嘘は、ね・・・・嘘は大嫌いだけど、でもこれは。


・・・・なんで嘘つき呼ばわりするんだよぅ。
なんでわかってくんないの。
「うるっさいなぁ。真面目すぎるんだよね、梨華ちゃん」


「ごっちんって時々、よくわからない」


梨華ちゃんはそう言うと、向こうを向いてしまった。


684 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:52


そんなふうに言うこと、ないじゃんか。
そんなに怒らないだってさ・・・・。

梨華ちゃん、後藤とアヤシイなんてことになったら、嫌だろうなぁって。
誤解されたら困るだろうなぁとか、思ったからで。
嘘っていうのとは違うんだから。



なにさ梨華ちゃんなんて。
キライだよ。



どんだけ待っても、あたしは。
梨華ちゃんの背中しか、見れないのかな。
こんなに近くにいるのに、梨華ちゃんは遠くて。
距離は、縮まらないままで。
どうにもならない気持ちだけが、大きくなっていく。

梨華ちゃんの背中。
見てたら、なんか涙が出そうになってきて。



685 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:53

「梨華・・・・ちゃん」
あたしは手を伸ばす。
梨華ちゃんの肩が、ぴくりと動いた。


「梨華ちゃん・・・・」

後ろから梨華ちゃんを抱きしめた瞬間。
梨華ちゃんの香りが、ふわっとした。
いつも梨華ちゃんがつけてる、香水の、匂い。

「ち、ちょっと、苦しいよ、ごっちん」
梨華ちゃんは、あたしの腕をぴちぴち叩く。
「・・・・ごっちん?」


切ないよぅ。
なんで後藤じゃないの?


大切にするよ?
なんでもする。
どんな無理そうなことでも、なんでも。
梨華ちゃんのためなら、なんだってするから。
それでもダメ?
こんなに梨華ちゃんのこと・・・・。



686 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:53


「誰かに見られたら、本当に怪しまれちゃう」
梨華ちゃんが、言った。

ふっ
て、急に力が抜けた。



ああ、もーやだ。
何度も何度も、経験してんのに。

毎回毎回。
ダメージは、くらうごとに大きくなって。

つくづく、やだ。

後藤には、あれが足りないんだよね。
ほら、学習能力とかいうやつ。


いい加減、覚えてもいい頃だね。
あたしは梨華ちゃんを。
抱きしめることも、できないんだってこと。

687 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:54

「いいじゃんいいじゃん」
あたしは、思いっきり明るい口調で言った。
「怪しまれたって、いいじゃん!」
鏡の中に、眉毛がふにゃってなった梨華ちゃんが映ってる。


「ね〜え?」
あたしは後ろから、梨華ちゃんの顔を覗き込んだ。
サイドに垂らした梨華ちゃんの髪の毛が、唇をくすぐる。


ピンクの耳たぶに揺れる、銀のハート型ピアス。


ぺろっ
「きゃっ」
梨華ちゃんが、小さく、体を震わせた。
後藤も、一緒に震えた。



688 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/28(日) 19:54


「あははー、これで、ほんとにアヤシイ関係だぁ」
あたしは笑いながら、梨華ちゃんの前に回り込む。


「・・・・ごっちんてば。すぐ、ふざけるんだから」
梨華ちゃんが真っ赤になって、あたしを睨んだ。

「んふっ。梨華ちゃん」
「もう、なぁに」
「感じてたでしょ、今」
「・・・・・・」
「ねぇねぇ、今ので濡れた?」
「・・・・イジワルしないで」
「あは、えっちすけっちわんたっちぃ〜」
「それ、なによぉ」
「発見っ! 梨華ちゃんの〜セイカンターイ」



ピエロでも、いいんだ。

梨華ちゃんと一緒にいられるなら。
梨華ちゃんが、笑ってくれるなら。




****************************************
689 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/28(日) 19:57

更新終了です。
次回、“ツーカー”、お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。

690 名前: 投稿日:2003/09/28(日) 20:50
ごっちん開き直りですかい?w
ツーカー?楽しみにしています。
691 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 11:13
なんかせつねぇなぁ…(w
石川さん後藤さんには気持ちないんでしょうかね…
692 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/29(月) 18:27

レス、いつも本当にどうもありがとうございます。
せっせと更新前に、ささっとインフォメーション。

※ この話はすべてフィクションです。

というわけで、梨華ちゃんと市井ちゃんは同学年です。
なぜかというと、その方が断然、話が盛り上がるからです。

『同い年なんだね』
計算チガイとかでは決してありません・・・・たぶん、きっと、オソラク・・・・。


693 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:29
****************************************


「行かない」
にべもなく。
よっすぃが、即答する。

「よっすぃ〜、なんでだよー」
「映画館にわざわざ行くなんてさー、面倒なんだよね」
言いながらよっすぃは、階段の埃を払うと座り込んだ。
あたしも、隣に座って足を伸ばした。

「帰りゲーセン寄るからさぁ」
「行かない」
「夕飯、おごる」
「行かないって」


あたしとよっすぃは、探り合うように、しばらく見つめ合う。



694 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:30

先によっすぃが、口を開いた。
「もしかしてさ、ごっちん」

「んー?」
「・・・・梨華ちゃんから聞いた?」
「うん・・・・聞いた」
「あ、そうなんだ」
「うん」
「そっか」


「もしかしてさ、よっすぃ」
今度は、後藤の番。

「なに?」
「あたしに遠慮してない?」
「してないよ」
よっすぃが、すぐに否定する。
予想どおりだけどね、そういう反応。


695 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:31

あれから、考えたんだ。
なんでよっすぃは、梨華ちゃんを振ったんだろうって。
それで気付いた。

よっすぃが後藤に遠慮してるんだってこと。
そうだとして思い返してみると、思い当たるフシは結構あって。


かき氷の時以来、よっすぃとその話は全然してない。
お互いに、なんとなく、その話題を避けてたようなとこもある。
どうしてっていわれると、“なんとなく”としか言いようがないんだけど。
なんとなく、どっちからもその話は持ち出さない、みたいな。


『コクっちゃえよ』とか言いながら、よっすぃは相変わらずで。
『あり得ねぇ』も、ツーカーセンサーが、嘘だっていってる。
いろんな態度なんか見てても、やっぱ、よっすぃは梨華ちゃんのこと好きなんだと思う。

696 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:31

なのに、梨華ちゃんを振ったらしい。
どう考えても、オカシイよね、それって。
矛盾してるじゃん。

でも、よっすぃは、卑怯なことはゼッタイしない。
それは絶対、信じられる。



・・・・・・なんで遠慮するんだよ、よっすぃ。


最初から勝負降りられたんじゃ、こっちだってみじめな感じするよ。
同情されてるみたいで、やだよ。
だって、よっすぃが遠慮して身をひいても、梨華ちゃんの気持ちは変わらないから。
あたしの気持ちは結局、宙ぶらりんのまま・・・・苦しいままで。

『あり得ない』?『他に好きな人』って?
よっすぃのことは大好きだけど、そういうところは許せないっていうか。
かえって負けたくないっていうか。


697 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:32


「もしさ、よっすぃが梨華ちゃんと付き合ったとしても」
あたしは立ち上がって、階段に足をかけた。

つま先で、端のほうの剥がれかけてるタイルをトントンつつく。
「後藤は、全然、祝福するよ?」
「ハ〜ァ?」
「もう拗ねたり、しないしさ」
「なに言ってんだよーごっちん」
「いやいや、マジよ?」


そりゃあ、きっと、ものすごくつらいだろうし、寂しくて切ないだろうなぁとは思うよ。
けど、今の状態が続いちゃうよりはマシだよ。
これ以上、梨華ちゃんの悲しそうな顔、見たくないんだ。

イタくてもサムくても、なんでもいいから、梨華ちゃんには笑ってて欲しい。
よっすぃとラブラブで笑ってるんだとしても。
・・・・・・それでも笑ってる梨華ちゃんのほうがいい。


698 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:32

「そんなんと違うって。前に言ったじゃん」
よっすぃが、前髪の間からあたしを見上げて言った。
「よっすぃ〜」
「ホントだって。考えすぎだよ」


なんで認めないかなぁ。
後藤にここまで、言わせておいて。


あたしが見てるからか、よっすぃは体をむずがゆそうに動かして立ち上がった。
「だからー、いろいろ誤解があるっていうか」
「んじゃあさぁ、好きな人って誰よ?」
「誰でもいいだろ〜。秘密だよ、秘密」
「なにそれ」

「それは秘密、秘密、秘密。ひみつのヨシコちゃん!」
「もー、バカよしこ! 真剣に聞いてんだからねっ」
「うるせー、バカ真希」


なんかあたし、この前の圭ちゃんみたい。
よっすぃは、あの時のあたしみたい。
本当にあたしとよっすぃって、似てるんだなぁ。
反応まで、そっくりだよ・・・・。

699 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:33

「なに、男?」
違うだろうなーと思いながら、聞いてみる。
「・・・・違う」
「じゃあ、女」
「・・・・・・うん」
よっすぃが頷いた。

やっぱ後藤のセンサー、合ってたんじゃん。
あり得ないわけないんだよ。
最近よっすぃから、男の子の話題とか全然、聞かなくなったし。


「メンバー?」
よっすぃは黙ってる。

「誰? ほんとは梨華ちゃんなんでしょ?」
「・・・・もういいじゃん、それよりさ」
「よくないっ」
圭ちゃん魂。
ど根性、圭ちゃん。
後藤がそれにやられたんだから、よっすぃもゼッタイ落ちるハズ。


あたしは、じっと、よっすぃを見つめた。



700 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:33

「・・・・わかったよ、わかった」
よっすぃが、“降参”というように手を上げた。

ほうら、ね。
ていうか、圭ちゃん魂に勝てる人いんのか自体、疑問だけど。
「メンバーだよ。でも、梨華ちゃんじゃない」
「うそ!?」
「以上! これで勘弁して」


梨華ちゃんじゃない?

「ほんとに?」
マジで違うの?
「うん。だから、言ってんじゃん、何度も」
「そうだけど・・・・ゼッタイ?」

「神にでもなんでも誓える」
よっすぃが、あたしの目を見て言い切った。


そうか、梨華ちゃんじゃないんだ・・・・よっすぃの好きな人。
それはそれで、複雑な気分だよ。
よっすぃが後藤に遠慮してんだとばっかり、思ってたから。

梨華ちゃんはあんなによっすぃのことが好きなのに。
・・・・・・梨華ちゃんじゃないんだ。


701 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:34

でも、だとしたら誰・・・・?
他に思いつかないんだけど。


「誰ぇー? ぜんっぜん、浮かばない」
「アハハ、浮かばなくていいってー」
「ずるいよー。あたしはちゃんと教えたのにさぁ」
「ごめんって」
よっすぃは、いつも曖昧に笑って、逃げようとする。

なんだか少し、むかついた。


「信用されてないんだ・・・・真希、かなぴぃ」
「・・・・違うんだよ、だから」
よっすぃの声は、さっきよりも力がなくなってきた。

もう一息だな。
今までの経験から、なんとなくわかる。


「違うって、どうちがうの」

あたしは、剥がれかけのタイルを強めに蹴飛ばした。
パラパラと細かい屑が落ちた後に、カランと音を立てて、タイルが剥がれた。



702 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:34


「・・・・100%無理だからさ」
よっすぃが、剥がれたタイルを見つめながら言った。

つるっとした表面からは想像もつかないくらい、裏側はボロくて汚かった。
「そんなわけないっしょ、なにそれ」
「無理なんだよ、絶対」
「なんで。コクって玉砕したとか?」
よっすぃが、首を振る。

なら後藤より全然、いいじゃんか。
見込みあるだけマシだよ。

そもそも、梨華ちゃんを振っちゃうとこからして。
贅沢なんだよ、よっすぃ。



あたしは、階段を三段だけのぼった。

「よっすぃがさぁ、好きだって知ってる、その人?」
「気付いてないんじゃん?」
よっすぃが、他人事みたいに、さらっと言った。

「気付いてもらえる努力とか、すればいーじゃん」
「・・・・してたよ」
「じゃあ気付いてんじゃない? なんでコクんないの?」
「無理」
すかさず、よっすぃが否定する。

むかむかが、デカくなった。


703 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:35

「けど・・・・もしかしてコクったら、よっすぃのこと好きになってくれるかもよ?」
「あるわけないじゃん、そんなこと」
よっすぃが、またすかさず言った。
こんなにグチグチ言うなんて、よっすぃじゃないみたいだ。

「なんで?」
「・・・・あり得ないから」


むかむかが、さらにデカくなった。


テンッ
あたしは、よっすぃの前に飛び降りる。

「あり得ないことがあり得んのがさぁ、人生なんじゃないのって」

これ、実は、ずっと前によっすぃが言ってた言葉なんだけどね。
妙に納得したから、結構、気に入ってて。
よく思い出したりしてたのにさ。
やたら『あり得ない』ばっか言って。

「いや、ホントにあり得ないから」
よっすぃが、無表情に言って髪をかき上げた。
「なんで、それって」
「その人、他に好きな人いるし」


704 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:36

あ? なんだよ、それ。
じゃ、あたしはどうなるのーみたいな。


「あのねぇ? あたしにそれ言う?」
自分でも、頭に血が上って声が高くなってるのがわかった。
あたしは梨華ちゃんが好きだけど。

ほんとにすごく、好きだけど。

「梨華ちゃんは、よっすぃが好きなんだよ?」
「そうだよ」
よっすぃが言った。
「だから、なに?」
驚くほど、それは冷ややかな響きで。

「梨華ちゃんがアタシを好きだから、アタシも梨華ちゃんを好きになれって?」
よっすぃは、ハハッと馬鹿にしたように笑うと、あたしを見下ろす。

「だったら世の中に失恋なんて、あるはずないよね」



705 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:36


てか、マジなんなの!?
後藤の体中の血が、逆流した。



『振られちゃった・・・私』
梨華ちゃんは、あんなに一途で。
『よっすぃね・・・・他に好きな人がいるの』
よっすぃのこと、ずっと想い続けてて。

なのに。
よっすぃが、そんなひどいやつだったなんて、知らなかったよ。


「・・・・はぁ? すいませんねぇ!?」
あたしは、やっとのことで言った。
むかつきすぎて、しゃべるのもキツイ。
「単細胞なもんで、後藤」


出会ってからだいぶ経つけど、よっすぃと真っ正面から睨み合うなんて、初めてだ。
それに、こんな表情のよっすぃを見たのも。
口元は笑ってて、だけど目は異様に鋭くて、見下したみたいにあたしを見てる。



706 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:37

「これ言うつもり、なかったけどさ」
あたしは、よっすぃの目をしっかり見返した。
「よっすぃ、冷たすぎるんじゃないの?」

よっすぃの表情は、少しも変わらない。
「可哀想じゃん、梨華ちゃん」
デパートのマネキンみたいに、少しも動かない。

「梨華ちゃんの気持ち、考えたことあんの?」
動かしてみろよ。
「あたしだったらゼッタイ、あんなふうにしない」
負けるもんか。

「無神経だよ、よっすぃは」


よっすぃが、目を逸らした。



勝った。
あたしはゆっくり、息を吐き出す。



「・・・・ごっちんなんだ」
よっすぃが言った。
「は?なにが」

何が、あたしなのさ?
主語とか述語とか、どこいったわけ?
意味わかんない。


「好きな人」


え。
「だからもう」
よっすぃが、小さい声で言った。
「そんなにいろいろ言わないでよ。アタシだって、苦しいんだよ」

絞り出すように言うと、よっすぃは走って行ってしまった。




707 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:38


はい、カーット!!

そんな声がどっからか聞こえてきそうだね。
じゃなきゃ、エンディングテーマの曲が流れ出すところかな。
こういうのって、アリ?


・・・・・・よっすぃ、泣いてたな。



バカだ、あたし。
あり得ないほど馬鹿だよ。

人の気持ち考えてないのは、後藤。
無神経なのは、あたしだったんだ。


なんで気付かなかったんだろう。
あんなにずっと、一緒にいたのに。



708 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:39

あたしには・・・・・・いつもどこか。
よっすぃを羨ましく思う気持ちがあったから。


よっすぃを大切に思う気持ちとは、別のところで。

みんなから好かれてる、よっすぃに。
梨華ちゃんに想われてるよっすぃに。
・・・・・・嫉妬してたから。

自分の気持ちと梨華ちゃんの気持ち、考えるだけで精一杯で。
よっすぃの気持ちまで・・・・考える、余裕がなくて。



こんな気持ちで卒業を迎えることになるなんて。
全然、思っても、みなかったよ。




****************************************
709 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:39


頭が、ぼぉ〜っとする。


あたしは梨華ちゃんが好きで。
けど梨華ちゃんは、よっすぃが好きで。
よっすぃは、あたしのことが・・・・好き?
意味、わかんない。

なにがどうなってんだか、頭の中が、ぐっちゃぐちゃだよ。
いろんなことが一緒くたになって、わけわかんなくなってる。



ごろごろごろごろ

「・・・・はぁ」
変わってない、なんも。
あたしは、なにも成長できてない。
何かが変わった気がしてたのに、それはただ、舞い上がってたってだけ。

結局あたしはこうやって天井を見上げて。
誰かが助けに来てくれるのを、待ってる。
でも、時間がないよ。


710 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:40

卒業まで、1週間を切った。
夏のツアーもあとは、横浜アリーナの3日間を残すだけ。
すでにリハーサルも始まってる。

“モーニング娘。の後藤真希”はもうすぐ、いなくなる。



どうしたらいい?

『後藤が自分で脱がない限り、アタシ達は、どうすることもできないんだから』


圭ちゃん。
後藤は、どうしたらいい?
どうやったら、動き出せるの?

本当に、わかんなくなっちゃった。
動き方、思い出せなくなっちゃった。
自分から動くなんて・・・・何年もしてないから。



711 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:40


・・・・・・思い出したくない。


思い出さなきゃ。

思い出したくない。
思い出さなきゃ。


・・・・・・思い出したくない。



それでも、今、思い出さなかったら。
今、動かなかったら。

後藤はもう二度と、動けなくなるような気がする。



712 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:40


・・・・・・頭が痛い。

誰か・・・・誰か助けて。



  頭が、痛い。




713 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:41


【さて、後藤さん。ここで問題です】
【ほーい】
【ムーミンの大きさは、どれくらいでしょうか?】
【え〜? ムーミン?】
【チッ チッ チッ チッ】
【うーん・・・・】
【ブッブー。はい時間切れ】
【早いよぅ】
【正解は、デケデケデケデケデン!20cmでしたー】
【ずいぶん、ちっちゃいねぇ】
【こんなだよ、こんな】
【じゃあ、スナフキンは、このくらい?】
【うわ、ちっこ! でも、うん、たしかに】
【あは。旅するの大変だねぇ、スナフキン】
【・・・・・・旅か】
【うん】
【それもいいかもな】
【・・・・市井ちゃん?】
【さすらいの旅人、サヤフキン! なんつって〜】
【似合わないよ】
【そうか? 結構、イケてると思うんだけど】
【全然、似合わないよっ!】
【・・・・何ムキになってんの、後藤?】
【似合わないんだから】


  ・・・・助けて。



714 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:42


【後藤、将来のこと、考えたことある?】
【うんとねぇ・・・・ずっと一緒にいたいなぁ】
【なんだそれ】
【市井ちゃん・・・・】
【ひっつくなって】
【ひっつく】
【暑苦しいっつーの】
【紗耶香、オレのところにいてくれ】
【おいおい】
【オレのところにいてくれ】
【・・・・なんの真似?】
【市井ちゃん、あったかい】


  助けて・・・・誰か。



715 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:42


【んふ、だ〜れだ?】
【さっきまで、ポップコーン食ってたヤツ】
【ぬ?】
【しかも、キャラメル味】
【おーう?】
【後藤〜、手ぐらい洗えよ】
【ありゃりゃ】
【つーか口の周りも・・・・ガキだな、まるで】
【ガキ、ガキ、ガキぃ!】
【そんなんじゃ、新メンに負けるぞ】
【へいきだよ】
【・・・・年下、入ってくるらしいじゃん】
【うん】
【うちらと同い年もいるらしいし】
【ふーん】
【後藤の世話、任せちゃうかな】
【ダメだよぅ!】
【ははっ、後藤のが先輩だもんなっ】
【もー】
【ちゃんと仲良くするんだぞ〜】
【・・・・市井ちゃん】
【ん?】
【どうして新メンバーの話ばっかりするの?】
【いや・・・・】
【どっちでもいいよ、新メンバーなんか!】
【・・・・どうした?】
【市井ちゃん、どこにも行かないよね?】
【はは。行きようがないって】
【ずっと一緒だよね?】
【一緒だよ】
【ゼッタイだよね?】
【絶対だよ・・・・後藤】



  ・・・・誰か・・・・・・助けて。




716 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:43


【後藤ならやれるよ、頑張れるよな?】


あはは。
何言ってんの、市井ちゃん。


【頑張れ】



・・・・・・頑張れないよ?


待って! 待ってよ!!
待ってよ、市井ちゃん、置いてかないで!!

市井ちゃんが側にいなかったら、後藤・・・・!!
・・・・・・頑張れないよっ!!



717 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:44


どうして・・・・市井ちゃん・・・・どうして・・・・・・。
・・・・後藤を・・・・・・置いてかないで・・・・・・。


ずっと一緒だって言ったじゃんか。
絶対だ、って。

  ・・・・・・・・・・・・どうして。





真っ暗闇の中に、誰かの顔がぼんやり浮かんでる。

誰? 市井ちゃん?・・・・・・市井ちゃんなの?
・・・・もっとよく・・・・顔見せてよ・・・・・・。



718 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:44


『ごっちん、カラオケ行こうよ!』

『渋谷に超行列の店、できたらしいよ』

『ごめんよー、いつも付き合わしちゃって』

『ゲホッ・・・・こういう味だったのか』

『また負けちったよー、ごっちん強ぇなぁ』

『ハハッ、だよねー』

『あり得ないことがあり得ちゃったりするのが、人生なんじゃないかな・・・・きっとさ』



719 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:45

「・・・・よっすぃ」

声を出した途端、意識がはっきりしてくる。


あたしは、肩で息をしながら、起き上がった。
首筋の辺りが、びっしょり冷たい。

こんなに汗かいてる。
・・・・ああ、涙も一緒だからか。
あたし、泣いてたんだね。



あたしが落ち込んでる時、いつも元気にさせてくれたのは?
・・・・よっすぃ。
投げやりになった時、ずっと側にいてくれたのは?
・・・・よっすぃ。
苦しい時、後藤を支えててくれたのは?
・・・・よっすぃ。

ぜんぶ、よっすぃ。


じゃあ、後藤は?
よっすぃに、何かしてあげたことが、ありますか。


・・・・誕生日プレゼント、あげました。
・・・・・・何回か、おごってあげました。
それから・・・・あとはとくに、なにも。



720 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/29(月) 18:45


でも・・・・だってさ、しょうがなかったんだもん。
あたしのせいじゃない。


・・・・・・あの頃、後藤は、寒くて寒くてしょうがなくて。
周りを見回してみても、なんにも見えなくて。
怖くて震えながら、真っ暗な中を、ぐるぐる彷徨ってて。

『アタシは必要だよ!』


手を伸ばしたら・・・・よっすぃが、そこにいて。


『うちら付き合ったらさぁ、結構いいかもね』
『・・・・ハハッ。あり得ねぇ〜!』


けど後藤はもう、傷つきたくなくて。
だから。

『・・・・残酷だよなぁ、ごっちんてさ』


よっすぃを、傷つけた。




****************************************
721 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/29(月) 18:47

更新終了です。
次回、“LOVEのイミで”。お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。


722 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 22:40
楽しみにしています。
723 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/30(火) 02:06
悩ましい三角関係になってますね
どうなるのかな
724 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:15
****************************************


チチチチチ チチチチチ・・・・


もう秋の虫の声がするよ。
ついこの間までは、セミの合唱だったのにね。


夜の風は、もうすっかり秋になってた。
少し寒いくらいだ。
上に着てきて正解だったな。
あたしは、トレーナーの袖の中に、手を引っ込めた。



『「・・・・わかった、行くよ」』
『うん』
『「ごっちん家の近くに、公園あったよね」』
『・・・・うん』
『「2時間後にそこ、行くから」』


こうやって、よっすぃを待つの、初めてかもしれない。
待ち合わせ場所には、いつだって、よっすぃが先に着いてて。
『遅えよー』
笑いながら、あたしに体当たりしてくる。

それが、当たり前な気がしてた。



725 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:15

誰もいない、夜の公園。
梨華ちゃんと座ったベンチが、電灯の頼りない光に照らされてる。
一人で立っていると、だんだん心細くなってきた。


番犬代わりにユウキ連れてくるんだったなぁ。
変なオジサンとか、来ませんように。
あたしは、公園の中で一番明るい、水飲み場の前に移動した。


726 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:16

ここなら、安全かな。
・・・・ストレッチでもしてよう。
蛇口に足をかけたら、ちょうどいい具合に登れそうなのに気付いた。
「ほっ!」
反動を付けて、水飲み場の上に登ってみる。


一気に視野が広がった。


たったこれだけの高さなのに、なんか不思議だ。
ひっそりと公園の隅に置かれてるゴミ箱だとか、ぐるりと公園を囲むようにして植えられ
てる木の向こう側だとかが見えた。

「1・・2・・3・・・・4・・・・」
声を出して、遠くのほうの道路を通る車を数える。
心細さが、だいぶマシになった。


12まで数えた時、道路を突っ切って走ってくる人影が見えた。
暗くて顔は見えないけど、走り方ですぐにわかった。

「よっすぃ」
あたしは、急いで水飲み場から飛び降りた。




727 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:17


公園の入口に、よっすぃが現れた。

「よう」
軽く手を上げると、ゆっくりとした足取りで歩いてくる。
「呼び出しに応じて、来てやったずぇい」
「うん」

「夏も終わりだってのに、暑いよねー」
よっすぃが両手をぱたぱたさせながら言った。
「・・・・うん」
よっすぃの前髪は、汗でおでこに張り付いていた。
それを見たら、なんだか泣きたい気分になった。


いつも、よっすぃはそうやって笑って。
後藤のこと、包んでくれてたんだね。

『よっすぃのことならわかるよ、ツーカーだもん』

ほんとに・・・・あたしはバカだ。


728 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:17

「夜の公園って、不思議な感じがするよ」
公園を見回して、よっすぃが笑った。
「ん?」
「世の中にいんの、ウチら2人だけみたいなさー」
「・・・・うん」


「この間、変なこと言ったけど、気にしないでいいから」
よっすぃは、ブランコのところまで歩いて行くと、柵に腰掛けた。

「ごっちんが梨華ちゃん好きだって知ってんのに、なんかさー」
よっすぃは笑いながら、ぐいーっと体を反らして、夜空を見上げる。
「つい、その場の雰囲気に流されちゃってさ」


そんなにやさしくしないでよ、よっすぃ。
ヨワイ後藤はまた、よっすぃのやさしさに甘えたくなっちゃうから。


「星、見えないねー」
残念そうに、よっすぃが呟いた。

あたしも、夜空を見上げた。
「・・・・うん。月もだね」
「一応、あの辺じゃないかな」
「明るいとこら辺?」
「邪魔だね・・・・雲」
「うん」


729 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:18


「あーあ」
よっすぃが立ち上がる。
「誓いまで立てといて、アホだよ、アタシ」
「誓い?」

「・・・・まぁ、自分の中で勝手にだけど。よっ」
よっすぃは、柵を軽々またぐと、ブランコの鎖に手をかけた。

「こんな低かったっけかー?」
はしゃいだ口調で言ってブランコに座る。
「うっわー、足が邪魔だよ」
「よっすぃ、足長いから」
「座ってみなよ、ごっちんもー」
「うん」



キィ キィ



ブランコのきしむ音が、夜の公園に響く。


「なんか、ないてるみたいだね」
「誰が?」
「ブランコ」
「ああ・・・・ホントだ」



730 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:18

キィ キィ



圭ちゃん。
後藤は、ほんとにヨワイよ。

こうやって、よっすぃを呼び出しておいて、何も切り出せないくらいに。
どうしようもなく、ヨワイよ圭ちゃん。



「・・・・やっとわかったよ」
よっすぃが言った。
「え?」
「2年越し。ずっと・・・・考えてたから」
「・・・・うん」

「なんで、あの頃ごっちんが・・」
「キスのこと?」
よっすぃが、驚いた顔であたしを見る。
「・・・・・・やっぱツーカーだわ、びびったよ今」

あたしもだよ、よっすぃ。
どうやって切り出そうか、考えてたとこだったんだ。

けど、ツーカーとはちがうね。
よっすぃが後藤の気持ち、読めてるだけだよ。



731 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:19

「純情だったなー、アタシ」
片手で前髪をかき上げながら、よっすぃが言った。
「あんなキスくらいで・・・・今なんてキスしまくりだけど。ハハッ」
「よっすぃ・・・・」

ごめんね・・・・・・よっすぃ、ごめんなさい。

思い出したくない箱の中に入れて、封印してたんだよ。
よっすぃが考えてた2年間、ずっと。
記憶のどっかにあるのに、ないことにしてた。

後藤は卑怯だから。
自分に都合の悪いことみんな、なかったことにしてたんだ。



「アタシ、矢口さんって、大好きでさ」
よっすぃが言った。
「うん、あたしも」

「ホント頼りにしてるし」
「やぐっつぁん、しっかりしてるもんね」
「入ったばっかの頃なんて、矢口さんの姿見えないと不安でさー」
「・・・・うん」
「ごっちんも、そういう感じなのかなって」


キィ キィ



732 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:20


キィ キィ


「ごっちん」
やさしい、よっすぃの声が、聞こえた。
「・・・・ん?」
「市井さんのこと、好きだったんだね」
「うん・・・・好きだった」

そうなんだ、よっすぃ。
あたしは、市井ちゃんが好きだった。
好きで好きで、たまらなかった。



「市井ちゃんが、大好きだったよ」
よっすぃが、黙って頷いた。



ずっと一緒だって、信じてた。
予感があっても、そっちが嘘なんだって思うことにして。
イタイね、なんか。
梨華ちゃんどころの話じゃなく痛いね、後藤。


だから、信じられなかったんだ。

・・・・・・信じたくなかった。
市井ちゃんがあたしを置いていったこと。
嘘ついてたこと。
約束を破ったこと。
あたしを、裏切ったこと。



733 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:20

「今なら・・・・ちょっとはわかるかも」
「市井さんの気持ち?」
「ほんとの気持ちはわかんないけど、なんとなく」
「うん」

「あと少しで卒業だからかなぁ」
「それもあるだろうけどさ」
よっすぃが、微笑みながら言った。
「ん?」
「梨華ちゃんを好きになったからだよ」
「梨華ちゃん?」


梨華ちゃんを好きになったことと、市井ちゃんと。
どう関係があるのか・・・・後藤には、わからないよ。
でも、よっすぃがそう言うんだから、きっと関係あるんだね。



「ごっちん、変わったもんなー」
「変わった? あたしが?」
「変わったよ、自分ではわかんない?」
あたしは、首を振った。

よっすぃが意外そうに目を見開く。
「へえ。そういうもんかな」

「・・・・どう変わった?」
「そうだなー、視線がエロくなった」
「・・・・げ」
「アハハ。つーか、なんかね・・・・言葉じゃ説明できないけど」


自分がどう変わったのかも、あたしには、わからない。
昔よりもずっとヨワくなったことしか、わからないよ。



734 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:21

「梨華ちゃんか。・・・・・・まっすぐだよなぁ」

よっすぃが、軽くブランコをこぎ出した。
「ハハッ、全然アタシとタイプ違うじゃんなー」



キィッ キィッ


「ブランコってさー」
風に乗りながら、よっすぃが言う。
「うん」
「なんとなく、空飛んでる気分になってこねぇ?」
「・・・・うん」
「あれ、思わないって?」
「ううん」


キィッ キィッ



「・・・・よっすぃ、梨華ちゃんね」
「うん?」
「なんかどっか・・・・市井ちゃんと似てるんだ。だから・・」

よっすぃが、ザザッと足をついた。

「それ、失礼だよ」
よっすぃが言った。
「どっちにも」
「・・・・うん」

「市井さんは市井さんだし、梨華ちゃんは梨華ちゃん」
「うん、そうだね」


735 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:21

「それに・・・・そんなこと言われちゃったらさ」
よっすぃが、肩をすくめて笑った。
「最初から、見込みなかったみたいじゃん?」


ごめんね、よっすぃ。
あたし、ニブくて無神経なことばっかり言って、ほんとに・・・・。

「・・・・あの」
「ごっちん!」
目の前に、よっすぃの大きな手の平が広がった。
「1コぐらい、秘密の思い出、持たせてよ」
「よっすぃ・・・・」

「謝ったりしたら、マジで・・・・」
よっすぃの手が、ピストルの形に変わる。

「マジで殺すぜ、バキューン!」



圭ちゃん・・・・・・ヨロイ脱ぐって、こういうこと?

つらいね、圭ちゃん。
心が痛いよ。
脱いでもちっとも、軽くならないよ。


ほんとに、これでよかったの?
後藤は間違ってなかったのかな。



736 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:22


「吸う?」
よっすぃが、ズボンのポケットを叩いた。
「ううん・・・・止めたんだ」
「そっか」
よっすぃは少し俯きながら頷くと、ポケットから箱を取り出した。


「よっすぃ」
「ん?」
「これからも・・・・親友でいてくれる?」
「ハハッ、当たり前だろー」
「・・・・うん」
「当たりきしゃりきの、あったぼうだよ」


「・・・・あった、棒だっけ?」
「イエース! あった、棒」
よっすぃが腕を振り回して笑った。
「アタシって、オモシロイねぇ〜!」

「・・どこにあったの」
「さぁー、どっかにあったんじゃーん?」
「どこだ?」
「アハハ、どこだー?」
「どこだぁ」
「どこなんだー!」


グシャッ
「アタシも禁煙しよ」
箱を握りつぶして、よっすぃが立ち上がった。

よっすぃの手の中で、真四角の箱が、みるみる小さく折り畳まれていく。


「これでよし」
よっすぃは満足そうに頷くと、公園の隅を指差しながらニヤッと笑った。
「ゴミはゴミ箱へ」
「うん!」



737 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:22


そうだ、よっすぃ。
辞書に名前、足してもいい?

“LIKE”なんて単語じゃ、全然、軽い。
ほんとは親友って言葉だって、使いたくないくらい。


やっぱり、“LOVE”のイミで、あたしはよっすぃが好きで。


“LOVE・梨華ちゃんバージョン”と。
“LOVE・よっすぃバージョン”と。

ちょこっと違う、特別な。

後藤だけの、“LOVE”。




738 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/09/30(火) 19:23


チチチチチ・・・・


「寒っ」
よっすぃが、首を縮めた。
「もう夏も終わりかー」
「うん、終わりだねぇ」


よっすぃとあたしを秋の風が撫でていった。
きっとこの風も、すぐに北風ピープーに変わっちゃうんだろう。



後藤の夏が、終わる。





****************************************
739 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/09/30(火) 19:24

更新終了です。

次回、最終話となります。“卒業”。
お楽しみに(・・・・していてくださいね!)。


740 名前: 投稿日:2003/09/30(火) 19:35
リアルタイムで読んでました
最終回ですか?淋しすぎます。
作者さんがいしごま好きって言ってたけど
よしごまの方がもっと好きだったなんてオチが無い事を祈りつつ
楽しみにしています。
741 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/01(水) 18:25
もう終わってしまうのか…。
また楽しみが一つ減ってしまうな。
毎回楽しみにしてました。
最終回はどうなるのかとても期待して待ってます
742 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/10/01(水) 19:16

コメント、本当に嬉しい限りです。
@さん、初回〜お世話になりました。

それから、最後なので、この場を借りてラブコール。

現在しばしご旅行中の同緑板某作者さま。
もしも気が向いたら、また戻ってきてください。ぶらっと気長に待ってます。
作者さんの描く優しくて切ないいしごま像、とても好きです。もちろん、LOVEのイミで。


届いたかなぁ、アピール・・・・。
届いていると信じて、せっせと更新します。
743 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:17
****************************************



ついに、この日が来てしまった。


9月23日。
横浜アリーナ最終日。
“モーニング娘。後藤真希”の、ラストステージ。


控え室の前まで来ると、中からみんなの声が聞こえてきた。
“モーニング娘。”の控え室も、これが最後なんだなぁ。
そう思っただけで、もう泣いちゃいそうになった。

『頑張ってね!』

・・・・大丈夫、頑張るよ。
あたしは気合いを入れて、ドアを開けた。



744 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:18

「ごっちーん、おはよー!」
よっすぃが、満面の笑顔で迎えてくれた。

みんなの目がいっせいに後藤に向く。
「来たか、ごっつぁん〜」
「おっはよう」
「後藤さん、おはようございます!」

梨華ちゃんもあたしを見ている。
ちょっとドキドキ。


「おはよう、ごっちん」
「おはよう」


745 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:19

「今日は、なんとですね」
カオリが、あたしの肩に手を乗せて、言った。
「ごっつぁんの、お誕生日でーす」

「イエィッ! みんな拍手〜!」
頭の上で手を叩きながら、やぐっつぁんが盛り上げる。

「いえーい!」
「誕生日おめでとうっ」
「おめでとうございます!」
「はぴはぴば〜すで〜」
「今日から17歳だね」
「花の17歳。いーなー」
「セブンティ〜ンだってよー、若っ」

「3人、同い年〜」
あいぼんが、目をクルクルさせた。

「タメ、タメー! カモーナッ」
「カモーン、ごっちん、こっちよ〜!」
よっすぃと梨華ちゃんが、2人で門を作ってくれる。

門をくぐり抜けると、あいぼんがリポーターみたいに走り寄って来て言った。
「セブンティーンになった感想を〜、どうぞ」
「・・・・あは。なんだかなぁ」



746 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:19

会場に向かう途中の廊下。

「人生って すばらしい〜♪」
メンバーみんなで歌いながら歩く。


「ごっちーん!」
あたしの両腕に、あいぼんとツジがぶら下がってきた。
「おい、始まる前からバテさせる気かよ」
やぐっつぁんが言うと、2人はますますくっついてくる。

「どわぁって、ごっちん大好きなんだむぉ〜ん!」
「ぬぇーっ!」
「ぐへへ」
「うひひ」
2人はウルウルした目で笑う。
あたしもつられて、ウルッときてしまった。

747 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:20

「あーの、さ、ごっつぁん」
やぐっつぁんが、早口で言った。
「ん?」
「・・・・えと、なんでもアリかなって思うよ」
「なんでもアリ?」

「ま、今日は、いい日にしよう・・・・てか、いい日になるっ!」
「うん、ありがと」


「いきまっしょい!」
前にいたなっちが、笑顔で振り返る。

「いつも言ってるけど、いい言葉でない?」
「うん、気合い入るよねぇ」
「とりあえず、張りきって、ね」

「なっち、“とりあえず”はいらないでしょー」
「あ、いらない?“とりあえず”、いらない?」
「いらん。なっちはど〜も、一言多い!」
「ちょっーと、ヤグチだっていっつも言ってるんでないのー」
「あと口調がババくさい」
「それ心外だわぁ」
「んは」

前から思ってたけど、2人のやり取りって面白い。

748 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:20

「いきまっしょい!」
今度はいきなりカオリが振り返って、ヘン顔をした。

「ふはっ、びっくりしたー」
「ヤッター、笑ったー!」
カオリはトカゲみたいに、壁に張り付いて喜んでる。
「これで笑ってくれなかったら、あたし、何?みたいなー」

「だーめだよ、ごっつぁーん」
やぐっつぁんが、渋い顔で壁を指差した。
「ん?」
「スゴーイ! あたしって才能ある?」
壁に向かって、カオリが語りかけている。

「・・・・遅かったか」
「あー、みたいだねぇ」


こういう普通のやり取りとか、いつもとぜんぶ、同じ感じなのに。
本当に今日、後藤は“モーニング娘。”を卒業すんのかな、って気になる。
なんか、これからもずっと変わらない気がしちゃうよ。



749 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:21


会場に入ると、昨日以上に慌ただしく、スタッフが走り回っていた。
ステージの上では、夏先生が大きな声で指示を出している。
ぴりぴりした緊張感が足元から押し寄せてきて、急に不安になった。

思わず、隣にいたなっちの腕を、ぎゅっとつかむ。
「大丈夫。頑張ろ」
なっちが、励ましてくれた。


スタッフの人が息を切らしてやって来て、マネージャーに何か伝えた。
あたし達は、夏先生の手が空くまで、もう少し待つことになった。
首を回したり声を出したりしてるうちに、どんどんコワくなってきた。


後藤が“モーニング娘。”でいられる最後のコンサート。
ちゃんと最後まで、無事に立ってられんのかな。
グアーッて泣いちゃって、歌えなくなっちゃって。
・・・・ボロボロになっちゃったら、どうしよう。

緊張で、体が震えてくる。
冷たくなった手を擦り合わせていると、誰かに体当たりされた。


750 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:21

よっすぃだった。

「緊張してんだろー」
「うん・・・・」
「ハハッ、オイラも」

「・・・・座んない?」
あたしは、近くの椅子を指差した。
「でも、荷物置いてあるよ」
よっすぃが落ち着かなそうに周りを見回す。

「うーん、やっぱダメかなぁ?」
「つっても・・・・あれか、椅子の下に入れちゃえばいっか!」
「なるほどねぇ、んじゃあ」

よっすぃとあたしは、2人で荷物を椅子の下に押し込んだ。



「ふぅ〜」
「ふたり分、確保」
「結構さぁ、重かったね」
「重かった! 腕やべぇ」
よっすぃが、肩を押さえて顔をしかめる。

「マイク持てるぅ?」
「アハハ、持てねー」
「ふはは」
「けどさー、今のでだいぶ緊張解けた気しない?」
「もう治った」
「ハァ?」
「よっすぃ来てくれたから」



751 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:22


「・・・・ごっちん」
「ん?」
「愛してるぜぃ」
「・・・・・・うん」

よっすぃ、ごめんね。


「シケた面、してんじゃねーよっ」
よっすぃが、あたしの肩を抱き寄せて言った。
「ほれ、もっと近う寄れ」
「うん」

「苦しゅうないぞ」
笑いながら、耳を攻めてくる。

「ん・・うわぁぁ〜」
「むっはっは、良い良い」
「よくないぃ〜」
「クルクルクル・・・・これ、帯ね」
「んはっ。あれぇ、お代官さまぁ〜」


「なにやってんだか」
頭の上から、声がした。
「あ」
「お圭さん」

「誰がお圭さんよ」
圭ちゃんが、あきれ顔で首を振る。

752 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:22

「ライブ前に、余計な体力使ってんじゃないの」
「準備運動だよ。ね、よしこ」
「ねっ、真希ちゃん。ウォーミングアップ!」
「ま、いいけど」

ドサッ
圭ちゃんは、迷いもしないで椅子の上の荷物を床に落とした。

「今日のプッチは、やるわよ〜!」
勢いよく座ると、こぶしを振り回してる。
「気合い、メチャメチャ入ってんだから!」
「ほんとだね・・・・」
「スゴイね・・・・」


「他人事みたいに言うんじゃないわよ」
「うちらだって、気合い入ってるよ〜」
あたしも負けずに、力こぶを作って見せた。
「バリバリっすよ!」
よっすぃがボディビルの人みたいなポーズを取る。

「んねー」
「押忍!!」
「よっすぃ超それっぽいかも」
「ウハハ、かっけぇ?」
「素敵っす、ひとみ部長、素敵っすぅ!」


753 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:23

「後藤、吉澤」
圭ちゃんが、改まった感じの口調で言った。
「はい」
「はい」
「アンタ達さ、ホント、いいわよ」

「たまに憎たらしくて、殴ってやりたいほどむかつくけど」
「怖〜い」
「おっとろてぃー」
「でも、一緒にユニットできて良かった」


「・・・・・・なに圭ちゃん、どしたのぉ」
「くさっ!」
「お前らー! せっかく褒めてやったんでしょうが」
「鳥肌たっちったよ、今さぁ」

「まったく、どこまで馬鹿にする気ー?」
「あは〜」
「アハハ」

あたし達は、手を叩きながら笑って。
お互いの目に光るものは、見ないふりをした。



754 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:23

「一度、言っときたかったのっ」
圭ちゃんが立ち上がった。

「アンタ達もくっちゃべってないで、ちゃんと発声練習しなさいよ」
「へーい」
「ほーい」



なんか、ちょっと今。
“卒業”を感じちゃったなぁ。
まだ、実感はわかないけど。


「じゃあ、アタシも先、行ってるわ」
よっすぃが言った。
「え?」
「姫のお出ましじゃ」
よっすぃの指の先を見ると、梨華ちゃんが遠慮がちに立っていた。

「バトンタッチ」
よっすぃは、梨華ちゃんの肩を叩くと、みんなのところへ歩いて行った。



755 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:24


「あーあ」

梨華ちゃんが、ため息をついた。
「今日でごっちん、卒業しちゃうのか」
「うん・・・・」
「ごっちんと一緒に歌えるのも、今日で最後なんだね」

なんでいきなし、悲しくなるようなこと言うんだよぅ。
まだコンサートが始まってもないのに、グアーッて泣いちゃいそうだよ。


「そんなの・・・・カラオケ行けばいくらでも歌えるって」
「カラオケ?」
「あと、ハローのライブとか、いろいろあるじゃん」
「違うよぉ、そういうことじゃなくて」
「うん・・・・」
わかってるってば、梨華ちゃん。
わかってるけど、考えないようにしてるんだからさぁ。


「一緒に頑張ろうね」
梨華ちゃんが微笑む。



梨華ちゃん。

あたし・・・・もっと早く梨華ちゃんのこと好きになればよかった。
もっと早く、素直になればよかった。

そうしたら、こんなにみんなに迷惑かけたり。
よっすぃを傷つけたりしないで済んだのに。
あたしが、弱かったから・・・・ヨワイ後藤だったから。



756 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:24

「梨華ちゃん」
「・・・・なぁに?」

「あのさ・・」
「うん?」
梨華ちゃんのふにゃってなってる眉毛が目に入る。
急に、胸が詰まった。

「あの・・・・」
もう少しで声を上げて泣き出しそうなのを、のどの奥んとこで必死にこらえる。



「ごっちん」
梨華ちゃんが、衣装の胸元を直しながら言った。
「ん」
「私ね、とっても嬉しかったよ?」

つやつやの唇が光った。

「ごっちんが、好きだって、言ってくれた時」


え・・・・だって、あれは。


「ごめんね」



梨華ちゃんの言った、『ごめんね』の意味。
訊けなかったあたしは、最後までヨワイ、後藤で。




****************************************
757 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:25


ごーっちん!
ごーっちん!



ファンのみんなが、コールしてくれてる。
コンサートが終わって、何十分も経つのに、地響きみたいなコールは終わらない。


ごーっちん!
ごーっちん!


コールが聞こえる度に、いろんな場面が頭に浮かんだ。
この3年間の、たくさんの出来事。


・・・・不思議だなぁ、なんか。
ぜんぶ楽しい思い出だよ。
苦しかったことや、つらかったこともあったけど。
今、浮かんでくるのは楽しかったことだけ。



758 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:25

“モーニング娘。の後藤真希”として、悔いのないように。
完全燃焼できるように。

全部ぜんぶ、みんなの中に、残せるように。


会場からの、温かい声援。
歌いながら目で交わしたメンバーとの会話。
後藤には、応援してくれてる人がこんなにいるんだって。

だからかな、最後でも大泣きしないで済んだの。
ちょっぴり涙は出たけど、笑って卒業できたよ。




759 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:26

「後藤さんっ」

5期メンバーの4人が、駆け足でやってきた。
「おー、みんな頑張ってたねぇ」

「ありがとうございます!」
紺野が目をウルンウルンさせて言った。
「後藤さん、本当に、かっこ良かったです」
「照れるなぁ。紺野もすごい、良かったよ」

「今度、またプリクラ撮ってください」
高橋が、ミニモニ。ポーズで言う。
「そうだね、いっぱい撮ろう」

「後藤さん、スター!って感じでした!」
新垣が、体の周りで手をひらひらさせた。
「スターって。ニイニイ面白いねぇ」

「あたしはっ!」
小川が、敬礼のポーズをとりながら言った。
「もっと頑張って、後藤さんみたいになります」
「ええ〜?」
「負けませんよぉー」

「あはは、負けないぞ」


760 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:26

ほんとに負けてらんないな。
あたしは、大きく深呼吸した。


もう誰かに頼るわけに、いかないんだから。
一生懸命、自分の力で、やるしかないよね。
“ソロアーティスト・後藤真希”は、もう始まってるんだ。

5期メンバーまで、あんなに成長してるんだもんね。
お手本にならなきゃ、かっこ悪いよ。



761 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:27


ふと、気配を感じて振り返ると、梨華ちゃんが立っていた。


「いやぁ・・・・終わっちゃったねぇ」
あたしは、なんとなく照れくさくなって言った。
「なんか、まだ実感わかないけど」
「・・・・うん」

また暗い顔してる・・・・・・。
どうしたんだろう。
ツアー終わって、気が抜けたのかなぁ。

もしかしてまた、よっすぃと何かあったとか。
困るぜ、よっすぃ、最後までよ〜。


「けど、まぁ、頑張っちゃえ!だよね」
あたしは、梨華ちゃんのほうに歩きながら言った。
梨華ちゃんの好きな、“頑張る”精神でいくからさ。

返事ナシ・・・・・・。

ますます俯いちゃってる。
「うーん、後藤のキャラじゃないかぁ」


困ったなぁ。
なんて言ったら梨華ちゃん、元気出してくれるかな。


762 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:27


「本当に・・・・終わっちゃったんだ」
梨華ちゃんが言った。
「え、うん」
「ごっちん、卒業しちゃったんだぁ・・・・」

ふにゃっ
梨華ちゃんのつやつやの唇が、眉毛と一緒に下がる。

「・・・・あの、梨華ちゃん?」
「やだよぉ」

ぽろり
梨華ちゃんの目から、涙が零れた。

「え・・・・あは、えっ」



梨華ちゃんが泣いちゃった。


・・・・・・ど、どうしよう!


763 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:28

「泣くなよ〜ぅ、梨華ちゃん」
あたしはおろおろと、梨華ちゃんの衣装の裾を引っ張る。
「だって・・ひくっ・・・・」

「これからもさ、あの、一緒に遊んだりさ」
梨華ちゃんの顔を覗き込んで、泣きやんでくれそうなことを言ってみる。

「ほら、さっき言ったじゃん、クッキー作ったりー、とか」
梨華ちゃんが、ちっちゃな子供みたいに、いやいやをした。
つやつやの唇が、さらに、ぐいっと下がる。

「でも・・毎日・・・・会えない・・じゃない」
「毎日、はムリかもだけど。けどさぁ・・・・」

あたしは途方に暮れて、梨華ちゃんを見つめた。


「さ・・ひくっ・・・・寂しい・・よぉ」
梨華ちゃんが言った。

「・・・・ほんと?」

こくん
梨華ちゃんが、頷く。




764 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:28


今日は、後藤が“モーニング娘。”を卒業した日で。

後藤の17歳の誕生日で。

特別な日だし。


こんな日くらい、ビシッと告白キメるとか。
かっこ良く、梨華ちゃん感動させるようなセリフ言うとか。
どさくさに紛れて、ぎゅうって抱きしめちゃったりだとか。
なにか特別なこと、したかったんだけど。



じぃーん・・・・・・・・・・



梨華ちゃんが、後藤のために泣いてくれた。
毎日会えなくなるから寂しいって、言ってくれた。



「あは、梨華ちゃ・・・・・・ふえっ・・」

最後の最後まで、やっぱり、ヨワイ後藤のほうが強くて。
あたしは、梨華ちゃんの手を握るだけで、精一杯だった。



・・・・・・かっこ悪いよぅ。
せっかく、ずっと、我慢してたのに。

梨華ちゃんの・・・・ばかやろう。




765 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:29


「だっせぇ」

後ろから、声がした。

「・・・・よっ・・すぃ」
「泣いてんじゃねーよ」
「う〜」


「写真だってさ」
よっすぃが、親指でみんなのほうを指差した。
「えっ・・・・いっ・・今?」
「当たり前じゃんよ」
「・・ずびっ・・・・ぐっ・・げぇ!」

あたしと梨華ちゃんは、焦りながら顔をチェックし合う。
「・・・・私・・マスカラ・・・・と・・れてない?」
「そうで・・もない・・・・けど。あた・・しは?」
「・・・・こっちの目・・の、縁が」


766 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:30

よっすぃが、あたし達の顔を代わる代わる見て吹き出した。
「プップップ! だっせぇ」
「うる・・さいなぁ」


「2人してお手々つないじゃってさー?」
言いながらよっすぃは、あたしと梨華ちゃんの手をとって重ねた。

「地味〜に、びーびー泣いてやんの」
「なんだよぅ」
「な、によ〜」

「チッ。もう立ち直りやがったな」
よっすぃが、悔しそうに指を鳴らした。

「あはっ」
「うふふ」



「後藤、石川、吉澤ーっ」

圭ちゃんが向こうから、叫んでる。
「何してんのっ。早く来なさいよっ!」

「はぁい」
「へーい」
「ほーい」

いつもの返事。


よっすぃと、梨華ちゃんと、後藤。


3人で、顔を見合わせて笑った。
もう涙は、出なかった。




767 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:30



“モーニング娘。”での3年間。


本当に、いっぱい、いっぱい、いろんなことがあって。
メンバーのみんなに伝えたいことも、たくさん、たーくさん、あるけど。
今はまだ、やめとくことにするよ。



もう少しして、卒業したって実感できて。
ちゃんとあたしも、ソロとしてやってける自信がついたら。

そしたらさ、恩返しするからね。

後藤の恩返し。





・・・・・・覗いちゃ、やあよ?





768 名前:グレフル・トライアングル 投稿日:2003/10/01(水) 19:31





              〜 遠い日のうた  完 〜





****************************************
769 名前:遠い日のうた 投稿日:2003/10/01(水) 19:32
   *
   *
   *
770 名前:三十路さんたくる~す 投稿日:2003/10/01(水) 19:33
****************************************


“遠い日のうた”、完結です。


8割方仕上げてからの投稿だったとはいえ、やっと終点に到着。ほっとしています。
ひっそり×むっつり÷ネタ−α、あれこれ欲張りな、超不安定な話だったと思います。
← ∞ → 回転づくし・捩れ三昧(むっつりテイスト)。

ナニカに例えるとしたら・・・・壊れかけのジェットコースター・・・・・・。

にもかかわらず最後まで目を通してくださった方には、心からお礼を言いたいです。
レスは、“せっせと更新”の励みになりました。ずっと、とっても嬉しかったです。
本当にどうもありがとうございました。


約1ヶ月という短い期間でしたが、たいへん有意義な時間でした。
最後に、感謝の意を込めて、ageさせていただきます。

・・・・ほっ、おしまい。


****************************************
771 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/01(水) 19:41
完結おめでとうございます。
色々ともだえながらも更新を毎回楽しみにしていました。
終わってしまってなんだかポッカリしてしまいますが…。
お疲れ様でした。
また何か作品で出会えることを楽しみにしています。
772 名前: 投稿日:2003/10/01(水) 19:56
完結おつかれさまです。
泣きそうになりました。梨華ちゃんのごめんねの意味が気になりますが
そんなところがまたいいんだと思います。
切なくてむっつりしたこの作品が大好きでした。
最後にもう一度 おつかれさまでした。


773 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/02(木) 23:25
おもしろかったです。
結局カプにはならな(ryですけど、なんだか逆にそれが最高でした!
完結お疲れ様です。そして有難うございました。
次回作などご考えでしたら教えてください。
ひそかに期待してます
774 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/06(月) 23:23
完結おめでとうございます
続きが読んでみたいような爽やかな終わりでしたね
定期的に大量更新お疲れ様でした
775 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 17:48
保全
776 名前:あいり 投稿日:2004/02/13(金) 20:34
すごく良かったです!!感動しましたよ☆★☆
切ないけど終わったときには良かったと思えました!

Converted by dat2html.pl 0.1