[ 夏 匣 ]
- 1 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時36分37秒
- 蝉の鳴き声が煩くて、よく眠れないまま目を覚ました。
軋む窓を強引に開けると涼しい風が部屋に流れ込む。
それも束の間、やがて額からはじっとりと汗が滲みはじめた。
あぁ夏だ。陽射しも、匂いも、なにもかも。
また蝉の鳴き声が耳を劈く。
- 2 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時37分57秒
- 前略
お元気ですか?
私は、元気です。
覚えていますか?
この絵葉書の裏に写っている場所は、私があなたに恋を打ち明けた、新緑で彩られた公園です。
私達の始まりと、そして終わりの場所です。
涙でさようならをしてから、一年が経ちました。
月日は川の流れのように穏やかであっても、それはあっと言う間に過ぎていくものなんですね。
突然の手紙で、ひどく驚いたでしょう。
今になってどうしても、伝えたかったことがあるんです。
私達はもう、恋人同士ではありません。
だからこそ、なんだと思います。
私はあなたのことが好きでした。
本当に、好きでした。
- 3 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時38分53秒
- 覚えていますか?
ポプラの枝葉は、太陽に向って伸びていると、私に教えてくれたことを。
だからお返しに、私はプラタナスの木漏れ日の模様のことを、あなたにそっと耳打ちしました。
夏の日、二人で手をつなぎ、ポプラを見上げては、プラタナスの木漏れ日を楽しみました。
蝉の声や、子供達の笑い声や、ゆらゆらと揺れる蜃気楼に包まれながら、大空のもとで、
私達は笑いあったり、時に私は一人だけ涙を流したり、夜、口付けを交わしたりもしました。
私は今、この公園のベンチに座って、手紙を書いています。
やっぱり背の高いポプラの枝葉は空に向って伸びていて、地面にはプラタナスの木漏れ日が
ちらりちらりと模様を変えては、顔を覗かせています。
- 4 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時40分03秒
- 覚えていますか?
ここからすぐの場所にある博物館で、一緒にさまざまな化石を巡覧したことを。
あの日の私は、どんな顔をしていたんでしょう。
あなたは私がつまらなそうにしていると思ったのか、機嫌をとろうと何度も声をかけてくれました。
私はぶっきらぼうになったふりをして、本当は背の高い四角柱のガラスケースに映っていた、
あなたの顔をずっと窺っていたのです。
いじわるを、してみたくなることも、あるんです。
時折空に、黒い雲があるように、私の心は、疑り深くなっていたのです。
夏の妙な雰囲気も、私の背中を押しました。
- 5 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時40分57秒
- 覚えていますか?
私は忘れません。
あなたとの思い出は、いつだって、夏の空の下だったことを。
季節は四度も移り変わるのに、二人で過ごした日々は、決して一時ではないのに。
それはきっと、あなたが太陽を連想させる人だからだと、私は思っています。
気付いていましたか?
私はあなたの、真夏の太陽のような大きな寛容さに、心を奪われていたのです。
巡りくる夏は太陽と同じ、沈んではひょっこりと顔を出して、天で笑います。
この広い世界のどこにいても、私は夏に、あなたを思い出すでしょう。
そしてその度に、私はあなたに会いたくなります。
- 6 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時43分05秒
- 覚えていますか?
私は涙を流していながら、笑顔でさよならを言いました。
夜、静まり返ったこの公園の、ポプラとプラタナスが交互に並んで輪を作っている
その中心、天使の彫刻が印象的な、噴水の前で。
あなたが遠くに行ってしまうから、私はわがままを言ったのです。
悲しみは、一時のものだと思っていました。
私はとっても浅はかで、子供で、何も知らなかったんです。
夏の空が落とす、色濃い翳に、あなたの背中を見てしまう度に、
私の悲しみや、寂しさは大きくなって、それでいて楽しい思い出ばかりが、
そう、影絵のように、くっきりと思い出されるのです。
今、あなたに会いたいです。
わがままですね。
でも、ただ、会いたいんです。
PS 木漏れ日の下で
from亜弥 to―――――
- 7 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時43分54秒
─── [ 夏 匣 ] ───
- 8 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時45分09秒
─────
───
─
- 9 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時46分08秒
いざ進め。どこにいても、何があっても。
あたしたちは、いつだって無敵。
- 10 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)16時46分57秒
天賦の災能
- 11 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時47分41秒
- 八月十五日終戦の日、藤本は山を彷徨っていた。
脇からは調子っぱずれの歌声が流れている。
「……歌うな」
「これ、くまよけになるんです」
紺野の答えで藤本が仰いだ空は薄緑だった。
葉枝パズルで覆われて木漏れ日の輝きを一かけも落とさない。
葉緑素に透けた日光で薄明るく照らされた泥地を踏み藤本と紺野はひたすらに歩く。
へたくそなバナナの歌は水気が多くてひんやりした森の大気に拡散する。
- 12 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時48分59秒
- 助けようと思ったのではなく、反射的に手が伸びた。
それは藤本だけではなく、紺野も同じだったのかもしれない。
器楽部のハイキング隊の前方から風に乗って来た帽子を取ろうとして紺野がこけた。
紺野のリュックの肩ひもを、藤本はひょいと右手で掴んだ。
藤本が踏ん張ったら、舗装路の端っこのヒビの入っていたアスファルトが砕けた。
宙に浮いた右足がいっそのことという覚悟を生んで、藤本は左足で地面を蹴った。
ドミノ倒しのイベントが一瞬で通り抜け、二人は崖へ転げ落ちた。
わずかな距離を宙返りで飛んで、背中から軟着陸したと思ったら紺野が藤本の脇腹に尻餅をついて沈んだ。
息が止まった。
だが回転運動は止まらなかった。
草露に湿った土は油を引いた鉄板のように滑り、二人は転がり落ち続けた。
見開いた目にむき出しの岩で出来たジャンプ台が迫ってきて藤本は目をつぶった。
- 13 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時49分39秒
- 生死のかかった長い長い一瞬の後、
藤本は木の根っこに腕を引っかけて腐葉土に顔をつっこみ、緩やかな斜面に突っ伏していた。
全身は泥だらけ。
ジーパンの下では子供の頃にはおなじみだった打ち身擦り傷の予感の熱感。
日焼け止め代わりに羽織っていたパーカーは袖が裂け、布地は赤く染まって二の腕に張り付いている。
痛みより、凍り付いていた恐怖が一気に溶けて泣けた。
仰向けになって、比較的泥の層が薄い上腕部の背で目を覆う。
口をぱくぱくさせて声を出さずに嗚咽していると、呼ぶ声がした。
「藤本先輩!」
- 14 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時50分32秒
- 紺野部員は器楽部の歴史の中でこのように語り継がれるだろう。
──昔、紺野って娘がここにいてね、それにくらべりゃあんたの方がまだ。
藤本は器楽部の三年平部員だ。
部員達の首根っこを掴んで引きずる役目は成績と人柄のよい里田部長(音大推薦入学大決定済み)ではなく、表裏総取り番長と後ろ指を差される藤本だった。
二年部員は一年生に向けてこうささやく。
──ほら、アレが野犬のような藤本先輩だよ。気をつけて。
何を。
- 15 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時51分17秒
- 藤本は飛び起きると、引きつっていた自分の顔を平手で叩いてほぐした。
紺野はすぐそばで心配そうに見ている。
「紺野は怪我ない?」
「あ、ありません」
照れ隠しにぶっきらぼうに聞くと、紺野は緊張した顔を何度も上下に振った。
その言葉通り、紺野に大事はなさそうだ。衣服の汚れも少ない。
そういえば、転がっている間になんども踏みつけられたような気もする。
とりあえず藤本は安心した。
美貴は先輩で紺野は後輩だ。
この紙風船みたいな娘の胸ぐら掴んで合宿所まで引きずっていくのは美貴の役割だ。
くたばってたまるか。
くたばらせてたまるか。
「あの、先輩こそ、けが……」
紺野は藤本に背を向けてしゃがみ込んだ。
リュックを下ろして中をあさりおえると、直角に頭を下げながら赤十字マークの入ったドカベンサイズのモスグリーンポーチを藤本に献上する。
「……ミリタリー?」
藤本が引き気味に受け取った。紺野はかくかくとうなずく。
「個人輸入はワンクリックで六千円ですから」
「意味わかんないし」
- 16 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時52分16秒
- 藤本は黒土の上で大工の親方のようにあぐらをかいて、スカイブルーの携帯を片手にぼやいた。
「やっぱアンテナ入んないなぁ」
眉の上には四角い絆創膏、腕には包帯が巻かれている。
破けたパーカーは片方の肩だけが袖無しだ。
やんちゃ坊主と気の毒な人のボーダーラインの藤本に比べ、
紺野の外傷は手のひらのすり傷一つだった。
上着とズボンに少しばかりの泥ジミをつけた紺野は、携帯をあちこちの空にかざしてくるくると回っている。
携帯の電波を捕らえようとしているらしいが、宇宙の電波を集めている人の様であり、傍目から見て大変にいかがわしい。
べんどらべんどらと呟きながら紺野の回転を見守っていた藤本だが、飽きてきたので声をかけた。
「どうよ?」
「ダメみたいです」
無理もない。正真正銘の山の中だ。
集落に近い合宿所自体がアンテナの弱い場所にあった。
遊歩道を行く最中からは電波はほとんど途切れていた。
- 17 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時53分07秒
- 「……車道や建築物に近づけばアンテナが立つかも知れませんけれども」
「それってどっち行けばいいのよ」
紺野は少し考え込むと、すっと右斜め上に向けて腕を伸ばした。
山の外側。向かいの峰を指す。
「向こうの頂の高さから計算して、ここの高度を計ってみます」
と、リュックから銃器と見間違えんばかりの無骨な双眼鏡を取り出した。
「……なんだ、ソレは」
「……まぁそのあの、せっかくの山ですから、何かと入り用なんです」
妙な言い訳を口にしながら、紺野は顔面半分を隠す巨大な黒い塊を構えた。
武装悪漢の昆虫じみた面になる。
「差の高さが取れれば、地図と合わせて……」
またもや紺野がリュックに顔を伏せると、地図記号や等高線の入ったカラー地図がするすると現れた。
- 18 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時54分10秒
- 要所が見えるよう、きれいに折り畳んで膝の上に広げてみせる。
合宿所が赤ペンでくっきりマークされていた。
「遊歩道をこういうルートで歩いてきて、落ちたのはこの辺でしたよね」
紺野の指が歩道を辿り、一点で止まった。
そこから指を下に滑らせる。
「高度を見ると今、この辺です。このまま高度を保ちつつ東に進んでいくと合宿所へつながる下りの歩道に合流します」
紺野の指が歩道と並行に右に動いた。
下り坂になった歩道の先は南に曲がっていて、そこで紺野の指が止まった。
「およそ四Kmぐらい」
「ところでドラちゃん」
藤本の不穏な呼びかけに、紺野はぎくりと身震いをした。
「ものすごく地理が得意そうだけど、なんでかな」
うろんなものを見る目付きの藤本に、紺野は、あの、その、と挙動不審気味に両手をぱたぱたさせた。
- 19 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時54分56秒
- 「なに?」
「いえ」
「言え」
「いえ」
「言いなさい」
「いやそのあの」
藤本は目を細めて紺野の肩を軽く叩いた。
「もうちっと滑ってくる?」
それで紺野は焼き貝のようにぱくっと口を割った。
「……私よく遭難するんです」
- 20 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時56分36秒
藤本は耳にした言葉が理解できなかった。
「……ハァ?」
聞き直した藤本に、紺野は固い物を噛みつぶすようにゆっくりと答え直した。
「よく、遭難するんです」
「よく、そうなん、ですか?」
「そうなんです」
藤本は紺野のまん丸の目を見つめた。
マジものの輝きがあった。
「……ハァ?」
「幼稚園時からずっと山歩きの時には必ず迷子になってました。
小学校になると同級生の中から『紺野係』ってのがつけられたんですけどその子も一緒に遭難しちゃって」
たがが外れたのか、紺野はさらさらと話し出す。
「中学に入ってから山の遠足の機会が無くなって年齢も年齢ですからもう遭難癖も抜けただろうって思ってたんですけど念のため備えはしっかりしてきました。
カロリーバーや濾過ストローも持ってます。三日四日は生きられます」
話の終いには胸を張りだした紺野を、藤本は頭を抱えて全否定する。
- 21 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時57分17秒
- 「いや美貴三日とか無理だから絶対ありえないからってか生きられますとか止めてただの合宿なんだから怖いってば」
「大丈夫です、今回近場ですしきっと生きて帰れますから」
「だからマジな顔できっと生きるとか言うな!ってかそんなヤツが来るな山合宿!」
藤本がシッシと手を振ると、紺野は下唇をつきだしてうつむいた。
「……ごめんなさい」
そして無言。
小鳥のさえずりをたっぷり聞いた後に藤本は気づく。
凹んだの?
学校の合宿で生死を語れる生き様のわりに、セコイ感受性の持ち主だなとマジマジ観察していると、紺野がぼそっと呟いた。
「……でも、今回みたいに崖から落ちるなんて初めてです」
「成長して悪化してるじゃん!」
空白の中学時代を経て溜まりに溜まった遭難力が暴発しているのではないだろうか。
根拠のない想像に悪寒がはしる。
雨女ならぬ遭難女とは。
藤本は握り拳を口に当て、人差し指の第二関節を軽く噛む。
紙風船かと思って掴んだ相手は爆弾だった。
手が早いのも考え物だと、藤本は自らの気質を生まれて初めて反省した。
- 22 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時58分11秒
- 紺野あさ美は物覚えがよかった。
学問でも運動でも、脳や体に覚えさせる類の技術はするすると飲み込むことが出来た。
ぼんやりしがちで頼りないが文武両道の優等生の枠になんとか引っかかっている紺野の最大の弱点は、――遭難癖を除けば――音感だった。
弱点を克服しようと一念発起して器楽部に入って三ヶ月。
新入部員のほとんどが数種類の楽器を試してメインの楽器を決めている時期なのに、
紺野は最初に触れたトライアングルから一歩も動いていなかった。
- 23 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時58分46秒
- 音感が悪いからか、歌の覚えだけはあまり良くない。
ぱっと思いつける歌を一通り歌い終えて紺野は困っていた。
「知っている歌を歌い終えてしまいました。困りました」
口にも出してみたが、藤本の返事はない。
「喉も痛くなってきました」
返事はない。
だが紺野はやや大きめの声で三度目を試みた。
「藤本先輩も何か歌ってくれませんか」
「ヤだ」
にべもない藤本の態度に、紺野は下唇を口に丸め込むようにして噛んだ。
つれないなぁ。
- 24 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)16時59分22秒
- 藤本は紺野のような窓際部員にまで、きっちり指導を施した。
『ペットのラスト聞いて叩いて叩いて叩いて叩く!場所違う!音丸い!ああもうマジ使えねぇ!』
隣で一部始終を見せられた同期の小川は、髪を振り乱して叫ぶ藤本の恐ろしさに涙ぐんでしまい、ガクガク動くゼンマイ仕掛けの小太鼓奏者と化していた。
小学校時代の紺野係はそんな所まで付き合いがよい。
紺野も恐怖で縮こまってしまったが、後々まで根を引くような怒りは沸いてこなかった。
藤本先輩はたぶんきっと、ちょっとだけ本当のことを強く言い過ぎる人なのだ。
そんな風に感じるだけだった。
- 25 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時01分02秒
- 「藤本先輩の歌、聞きたいです」
いくらねだってみても藤本の反応は冷たかった。
「イヤですー。こんな山ん中で一人で歌うなんてバカみたいだもん」
紺野は優等生なので、言葉の意味を正しく理解した。
「私、バカみたいでしたか?」
「かなり」
揺るぎない即答を喰らって、紺野は口を閉ざしてうつむいた。
「バカっていうよりすんごい耳障り。つまんない芸人のお笑いを見せられてるような」
追撃。
なんだか熊に出くわしても構わない気分になってしまった。
山奥の見えない熊より、隣の藤本先輩だ。
藤本の剣幕なら熊を涙ぐませることぐらいお茶の子さいさいだと思えてくる。
自分のへたっぴぃな歌なんかに熊を恫喝する効果があるのかどうかも疑わしい。
つまんない芸人のような歌。
チャンネルを回している最中にシーンが目に入ってもそのまま通り過ごされてしまう様な歌。
- 26 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時02分11秒
- 「そんなことより、今どのくらい歩いた?後どのくらい?」
藤本の問いかけに、紺野はポロシャツの裾をめくり上げて腰に付けた万歩計を取り外した。
「あと二キロほどです」
「まだ半分?もう一時間以上ぐらい歩いてない?」
ゆっくり歩いているからだった。
土地は緩やかに傾斜していて柔らかく滑りやすい。
紺野は中太の木を掴みながら歩くようにしているし、藤本は紺野の歩調に合わせている。
速く歩けと急かすようなことは藤本は言わなかったが、時間を気にしている素振りまでを隠そうとはしていなかった。
- 27 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時02分53秒
- 「ミーティングに間に合うかなー」
「先輩は一生懸命ですね」
藤本が不思議そうに見返してきたので、紺野は言葉をつけたした。
「その、部活です。私なんかまでにも」
「私になんかまで」
そのフレーズが気に入ったのか、藤本は繰り返してみせた。
「べつに深い意味はないですけど」
揶揄されて、紺野は両手を花のように振った。
「一年生とか二年生とか、ときどき三年生にだって先輩はいろいろと……」
噛みついている、という語末を紺野はわざと省略した。
それでも藤本に大意は伝わったらしい。
「別にどこからどこまで、なんて考えてないし。目につくのから順番にやってるから。
紺野はよく目につくけど、だからってアンタのこと嫌ってるとかじゃないからね」
「分かってます」
紺野は頷いてみせた。
藤本の指導には好きとか嫌いとかの感情のはいる余地はない。
出来るか出来ないかだけがバロメーターの目盛りだ。
- 28 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時04分01秒
- 「それに美貴より、里田の舞ちゃんとか紺野みたいなのが一生懸命って言うんじゃない」
「へ?なんでですかー?」
紺野は自分の名前を上げられて驚いた。
藤本を初めとする先輩の言うことについて行っているだけなのに。
「美貴は出来ないと思ったことはやらないで、適当にほったらかすからさ」
藤本は自らの欠点を楽しそうに暴露した。
「そんな」
何か相づちを口にしようとして、なにが『そんな』なのだろうと自分で思った。
思った途端に口が止まる。
どうして自分はこういうときに気の利いた言葉を言えないのか、
心に何も残らないようなその場しのぎの空っぽな言葉すらも思いつかないのか。
目障りなだけの芸人の沈黙を作るしかできないのか。
藤本はまっすぐに進む言葉だけを言う。
「紺野は、最初の頃よりマシになってる」
- 29 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時05分02秒
-
残り一キロ強の時点で降り出した雨は、たちまちに強風混じりの大雨になった。
泥じみた体の上に着るレインコートが蒸し暑いという問題から始まり、
ぬかるみに足がとられる、靴の中まで水が染みる、下着まで濡れてきたときゃあきゃあ騒いでいるうちに、あっというまに状況は最悪のレベルまでたどり着いてしまった。
先に進むほどに垂直に近づいてきた斜面が雨を吸ってもろくなり、前にも後ろにも進めなくなってしまった。
二人は別々の木の根を踏んで立ち、肘から先を斜面に埋めてその場に踏みとどまっていた。
- 30 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時06分29秒
- 「どう思う?」
藤本が紺野に聞く。
「……ヤバいです」
遭難のエキスパートから見ても、相当なことになっているようだ。
雨に打たれた部分はレインコート越しにも冷やされてきた。
日が完全に落ちると山の気温はガクっと下がる。
「下手に動かないでここで様子見ですかね。山の天気は変りやすいっていいますし」
距離を置いて木にしがみついている紺野が、藤本に小さな缶を放り投げた。
缶底を押して上下に振ると、二重になった缶の内部に仕込まれた石灰石の化学反応で
熱々のチョコレートエスプレッソが飲めるという。
藤本は手に付着した泥を洗い落としてからそれを飲んだ。
どろりとした暖かくて甘い粘液が、奥の歯ぐきを疼かせる。
「めちゃくちゃカロリーありそう」
「こんな時なんだからしっかりカロリー取ってくださいよ」
歌をやめてから先を行くうちに紺野は無口になり、態度が強気になっていた。
最初の態度が弱すぎたのだから、強気になってもたかがしれていた。
今ぐらいの方が接しやすい。
だから不快になったわけではないが不思議だった。
- 31 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時07分18秒
- 『少しマシになった』なんて褒めたから調子に乗っているのだろうか。
だけど紺野の様子は苛立っているようにも見える。
天気のせいか。
藤本はそう結論づけると、エスプレッソを啜りながら辺りの様子を見回した。
上は無理だ。横にも動けない。だけど、
「滑り降りれないかな」
藤本の提案に紺野は笑った。
「ウソですよね?」
だが一緒になって笑いださない藤本に気が付くと笑顔を凍らせた。
「それはいくら何でも、まっすぐすぎです」
ここから死なない程度の高さを降りれば、斜面はなだらかなものへと変化している。
それをさらに降りていくと水かさを増した濁流が走っていた。
「行き過ぎたら川に落ちますよ。こんな急で滑る斜面で止まれるわけないじゃないですか。
常識で考えて出来ないって思いませんか?」
木を狙って滑り降りて捕まっていけば、途中で止まれそうだった。
「ゼンゼン思わない」
- 32 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時07分50秒
- 自信に満ちた藤本の発言に、紺野はため息をついた。
「……藤本さんは、出来ることしかやらないっていいましたけど、
それでいてなんでも出来るって思ってたらほとんどビョーキです。
私には遭難癖がありますけど、
藤本さんにもなんでも放っておけない癖があるんじゃないですか」
「放っておけない癖とか、言ってることよくわかんないし」
「わかりやすいように言い直すと、突進癖です」
「……紺野って、意外に口が悪い」
睨んでやると紺野は叩かれたようにのけぞって、慌てて目線を下げた。
「……すみません」
「なんだそれは。自分で喧嘩売ってきてもう凹むわけ?弱っ」
「別に喧嘩売ったわけじゃありませんから!すみませんでした!」
「じゃ、ちょっと一緒に滑ってみようか」
「それは勘弁してください!」
「だって、当分雨止みそうにないよ?」
- 33 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時11分43秒
- 雨つぶてが目を直撃しないように、手で傘を作って空を伺う。
雨脚が衰える気配はない。
山の上の方で何かが動くのを見た様な気がした。
この時期よく目にするニュースが思いうかんだ。
直感が確信に変る。
藤本は片手で木を掴んで、ぐっと体を紺野の方に伸ばした。
「紺野、こっち来て」
真剣な顔をして手を差し出した。紺野は怯えた様子を見せて動かない。
殴られるとでも思っているのかもしれない。
それどころではないというのに。
藤本は再び上方を見上げた。
雨で白む視界の遠くで影が動いたのを見て、思い切り遠くのぬかるみに足を突き刺した。
紺野の方へと踏み込んて、手を掴んで引く。
ハナから紺野を支えられるとは思っていなかった。
すぐさま体を反転させ、背負い投げの形で紺野の腕を両手でがっちりつかむ。
勢いをつけて斜めに滑った。
滑りながら走る。
後から土砂崩れの音が追ってきた。
- 34 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時12分21秒
- たぶんは自分は今どこかおかしくなっている。
藤本はそれがわかるけれど止められなかった。
土砂崩れも引力も心の勢いも止められない。
今この瞬間世界で一番早くて格好良くて強いのは自分だと思う。
最初に落ちたときはピンボールのようにぶつかっていた雑木をかわしてまっすぐに滑り降りる。
途中で足の回転がおっつかなくなって、もうこれしかないと決めつけた。
藤本は号令をかけた。
「紺野行くよ!」
紺野が泣いた。
「どこー!!」
ただまっすぐに突進する。転ぶ寸前に斜面を蹴って飛び込んだ。
「うぉったーーーーーーーーーー!」
手をつないだまま両手を上げてのバンザイジャンプ。
- 35 名前:天賦の災能 投稿日:2003年08月30日(土)17時14分14秒
その晩、合宿所のラウンジで眠れぬ夜を過ごしていた里田と小川は教師からの報告を受けてようやく自室のロフトベッドに潜り込んだ。
合宿所から数キロ離れた車道で、藤本はワルキューレの騎行を叫び、紺野はスチールボトルをアーミーツールで叩きながら練り歩いていた所を保護されたという。
雨が上がって数時間も経っているのに二人は川遊びをした直後のようにびしょぬれで、やたらとテンションが高く、ひたすらに元気でいるらしい。
里田と小川は二階から寝主のいない一階のベッド二つに目礼をし、互いの心労をいたわるように微笑みあってから明かりを消した。
「お疲れさまでした」
「お休みなさい」
- 36 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時15分42秒
─────
───
─
- 37 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時16分43秒
終わりのための思い出。
それだけであたしは生きていける。
- 38 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時17分32秒
あなたに逢えた不幸せ
- 39 名前:あなたに逢えた不幸せ 投稿日:2003年08月30日(土)17時17分35秒
- 「ねー、なっちー」
「んー、どしたんやぐちー」
「・・・・・・鍵、かえしてくんないかな」
喉の奥がヒリついて、言っちゃいけないはずの言わなきゃいけないことを
言ってしまった実感が、今さらにあたしの背中を押し潰した。
- 40 名前:あなたに逢えた不幸せ 投稿日:2003年08月30日(土)17時18分17秒
- ただそれだけを言葉にするのがほんの少し苦しかったせいかもしれない。
彼女がいれてくれた目の前のアイスコーヒーをちょっとだけ口に含んで、
あたしは彼女の顔を見れないまま、冷蔵庫の重低音を他人事のように聞いていた。
ガムシロを入れ忘れたそれはとても苦くて、
あたしはなぜか泣きそうになる。
なんで泣きそうなんだろ。
苦いから。もうこれを飲むこともないから。
ココロの奥のイイワケとホンネは気づかないフリの自称演技派。
泣き顔を見られたくないから立ち上がって、あたしは
彼女が買ってきてくれた風鈴の向こう側の窓を開けた。
室外機の熱気があたしのアタマをクラクラさせて、でもたぶんきっとそれは
何かを失ったときの痛みだって知っている。
哀しいくらいに碧い空の果てに、彼女みたいな真っ白な入道雲が見えた。
- 41 名前:あなたに逢えた不幸せ 投稿日:2003年08月30日(土)17時19分06秒
- 二人のサイズに合わせたちっちゃな部屋で、彼女は仔犬のような瞳で
いつもとおんなじ笑顔をうかべて。
「やーだよ」
いつもの調子でそんな風に返してくれたら、きっとあたしたちは退屈な幸せを二人で演じることに
もうちょっとだけ楽しみを感じられたのかもしれない。
――― でも。
チャリン、て音がして、たぶんこの部屋のどこかに息をひそめて転がっているやつとオソロの
キーホルダーが少しだけにじんだ視界の隅に入って、やっぱりオソロな鍵が外されるのを
何か不思議な出来事を見るように見つめていた。
ゆっくりゆっくり外されていくそれが、なぜかとても愛しいものに思えて、
時間がこのまま止まってほしいとさえ思った。
鍵を外すその指先を、ずっとずっとあたしのモノにしておきたいと思った。
- 42 名前:あなたに逢えた不幸せ 投稿日:2003年08月30日(土)17時19分51秒
- そして何も言えなくなった二人の間で、テーブルに置かれた銀色が何かを伝えようとしていた
ような気がしたのはきっと気のせい。
彼女が出ていくべきなんだ。
何にも言わずにぜーんぶ決めて、勝手に自分の道決めて。
そしてあたしはそれを止められない。
・・・・・・いくら言い聞かせたって、あたしは彼女が好きだから。
きっとあなたの邪魔をする。
抱きしめて縛りつけて一生そばから離さないようにして、ずっとずっとお人形のようにかわいがってしまう。
そしてあなたはきっと、何も言わずにただ微笑んであたしの愛を受け入れてくれる。
退屈な幸せ。
平凡な日常。
何かをココロの遠くにおいやって、二人はそうして生きていける。
じっと鍵を見つめていたあたしが顔を上げた時、なっちはやっぱりいつもどおり笑っていてくれた。
- 43 名前:あなたに逢えた不幸せ 投稿日:2003年08月30日(土)17時20分33秒
- 揺らぐ。ゆらぐ。ユラグ。
あたしの決心なんてそんなもの。
ばーかばーかばーか。
悪者にさせてよ。切り出した方が泣くなんて、あまりにカッコ悪いじゃんかよ。
大好き大好き大好き。
あなたを手に入れたときから。ううん。あなたを手に入れる前から。あの夏の日から。
――― そして、今も。
- 44 名前:あなたに逢えた不幸せ 投稿日:2003年08月30日(土)17時21分14秒
- 幸せと不幸せはきっとおんなじモノの裏返しなんてヒニクめいたコト考えたのは
きっとあなたがそばにいてくれたから。
一度手に入れたモノは、そこから失う恐怖を伝えてくれるヤッカイモノに姿を変えて、
毎日毎日あたしのココロを悩ませる。
あなたの存在が大きくなればなるほど失う哀しみが大きくなるのがわかってる
エンドレスの風船割りゲーム。
あなたはとっても優しいから、あたしを縛りつけるその苦しみからあたしを
救ってくれたんだね。
あなたに逢えた幸せと、あなたに逢えた不幸せ。
- 45 名前:あなたに逢えた不幸せ 投稿日:2003年08月30日(土)17時22分04秒
- 汗をかききったグラスの琥珀に、あなたは少しミルクを足した。
一筋の白が溶けていってやがて全体が色を変える。
柔らかく濁ったそれを見ながらあたしのココロみたいだなんて考える。
ズルくて、甘くて、優しいフリした大人の味。
きっとそれはあなたも一緒。
似たもの同士の、恋の結末。
- 46 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時24分08秒
─────
───
─
- 47 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時25分00秒
君がそばにいる夏は、こんなに優しくて、こんなにも切ない。
- 48 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時25分47秒
焼き茄子
- 49 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時27分11秒
- 亜弥がバスルームにいる間に、茄子を焼くことにした。
亜弥は暑い日の夕方、まだ暗くなりきらないうちにあたしとベッドに入りたがる。
その後で、ぬるい風呂にゆっくり浸かって、上がってからビールを飲むのが好きで、実のところ、あたしよりも、そうしたこもごもを気に入ってるのだと思う。
愛らしい見かけと違って、おやじくさい。嫌いでもないが。
あたしもあたしで、亜弥に肴を作ってやるのを、気に入っている。
亜弥はわりに長風呂で、だからあたしは時間を気にせずに腕を振るうことができる。
冷やしトマトでも、ガスパチョでも、同じだけ喜ぶ人で、それが物足りないときもあるけれど、さっぱりとこだわらない笑顔を見ると、作ってよかった、と思うのだ。
- 50 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時28分09秒
- 扇風機の首をキッチンに向けてから、鮮やかな紫を、フォークで薄く引っ掻いた。こうしておけば、焼きあがってから皮を剥きやすくなるし、剥かないにしても醤油が馴染みやすくなる。
実家で暮らしたころは、弟が剥かずに中華ダレにつけたのを好んだから、いつも皮つきのを作った。
『えええ。焼き茄子は皮剥いて、やらかいのがいいんじゃん』
子供じみた口調で誰かが言ったのが、一人暮らしを始めた高校一年生の夏。
『焼き茄子でも焼くか』とつぶやくあたしに、『そういうの、頭痛が痛いってやつだよね』とそいつが笑ったのは、二年生の夏。
亜弥といる今が、三年生の夏。
今でも、あたしの作る焼き茄子に皮はない。
- 51 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時28分56秒
+ + + + + + + + + +
- 52 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時29分37秒
- 亜弥とは梅雨の日の放課後、初めて口をきいた。
同じ女子高。学年は違ったけど、あたしたちは見てくれの話題で名前を並べられることが多く、お互いをうっすら知っていた。
後藤真希とか、松浦亜弥とか、三年四組帰宅部とか、二年一組テニス部とか、ごく薄く。
「傘ないんですかぁ」
「忘れた」
「梅雨なのに」
「梅雨だってこと忘れてた」
「ふうん」
靴箱の前で既知の間柄のように口をきき、亜弥はあたしの横で赤い傘をひらいた。
そのまま平然と校舎の外へ、傘はどんどん小さくなった。
あたしは見るともなしにそれを見ていた。退屈してたから。
- 53 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時30分39秒
- ところが赤い傘は校門のすぐ手前でぴたりと止まり、動き出したと思ったら、ぐんぐんこちらへ近づいてくるのだった。
「入れてあげますけど」
傘のはしから雨粒が、とっとっ、と落ちた。
顔は傘でよく見えなかったけれど、声が不機嫌そうだった。
友達じゃないし、怒ってる人と歩くのは苦だから、入りたくないなと思った。
「悪いから、いいよ」
「誰か来るんですか」
悪気はないのだとわかっていても、訊かれたくないことだった。
「別に来ないけどさ」
手すりに腰かけて、わざと横を向く。
「来ないなら、入ればいいんだよ」
誘うというより、教えるみたいな言い方だった。
噂どおり、生意気かつ、ちょこざいな女だ。
「松浦さん、さくら台の方でしょ。あたし、反対なんだよね」
これで断れるはずだったのに、亜弥は何を今さら、と呆れた目であたしを見下ろした。
「それ送ろうかどうしようか迷って校門まで行ったんです。送ることにしたから戻ってきたの」
加えて、早く、と言った。
- 54 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時32分09秒
傘の下の亜弥は、ところどころ生意気ながら案外と気のいいやつで、あたしたちは音楽の話をした。
最近メジャー・デビューした歌い手のインディーズ時代のCDを、亜弥はさがしていると言い、あたしがそれを持っていた。
自然にうちへ上がりこんだ亜弥が、CDをさがすあたしの左耳に囁いて言った。
「おくりおおかみ」
魔法を呼びさますような響きだな、と思ううちに唇になまあたたかいものを感じた。
それが雷雨の日で、その後、呼び名の「後藤さん」が「真希ちゃん」に変わるころ、蝉が鳴き始め、あたしたちは恋人同士でするたいていのことをする繋がりになった。
たいていに含まれないことは、たとえば、好きだよと言い交わすことなど。
ともあれ、あたしたちは、仲がいい。
- 55 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時32分51秒
+ + + + + + + + + +
- 56 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時34分14秒
- 近ごろ続きすぎてる焼き茄子に気づかれないために、グリルには秋刀魚を乗せた。
秋刀魚は、『秋』刀魚と書きながら、八月のうちが安くておいしい。
一尾百円は、万年金欠の一人暮らしには、ありがたい一品だ。
「きーみーが、いたなーつーは」
火にかけてしまえば、焼けるまでは手持ち無沙汰になる。
「とおい、ゆーめーのなかーあ………」
小さく歌ってみたら、自分の感傷が恥ずかしくなった。
- 57 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時34分43秒
- 「まーきちゃーん」
バスルームから呼ばれて、歌をやめる。
上がってる気配が洗面所にあったので、ドアの外から訊いた。
「なに」
「亜弥のタオルはー?」
初めてうちに泊まりに来た日、亜弥はバスタオルと歯ブラシと箸と枕を買ってきて、それらは今、当たり前にうちのそれぞれの場所に陣取っている。
理由を尋ねると、さらさら答えていわく。
歯ブラシは常識、枕は真希ちゃんが頭寄せて眠るのをこっそり嫌がったから、それから類推するに同じタオルも箸も嫌がるに違いない。
その頃には正解だったから、そんなことをぱっぱと言うなよ、と腹も立った。
今は。
- 58 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時35分45秒
- 「ごめん、洗濯中」
今は、まったくの正解でもない、と思う。
「棚に洗ったやつ入ってるから、それ使って?」
ドアの向こうはちょっと黙り、返事はしばらくしてから聞こえた。
「いいのぉ?」
「いいよ。よかったら」
「わかったー」
亜弥の声はいつも澄んで明るい。
『いつも』そうなら、常に低い声でぼそぼそ言う人と同じくらい、無表情ってことなんだな、と思った。
- 59 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時36分17秒
+ + + + + + + + + +
- 60 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時36分59秒
- 「うわお、秋刀魚」
「秋刀魚だよー」
案の定、食卓で亜弥は、いい具合に焦げ目のついた秋刀魚に目をとられていた。
「そーしてぇ、ごはんは『まなむすめ』だよん」
宮城の銘柄米。つやつや白く輝いて、湯気が甘い。
「実家からぁ? お米」
「うん、五キロも」
亜弥は、なんだかうれしそうに笑った。
「よっ、まなむすめー」
頬が熱くなるのがわかった。
裸を見られるよりずっと、恥ずかしいことだった。
- 61 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時37分59秒
- 「別に。業務用に仕入れるついでだよ」
「ついででもなんでも電話入れな? 自立したいんでしょー。もらっても全然いいけど、お礼がちゃんと言えないならオトナ失格でぇす」
亜弥はときどき、ぐうの音も出ない正論を笑顔で言う。
あたしは黙って、亜弥の茶碗から、ごはんを釜に戻した。
「ちょっとぉ」
「先、ビールかなと思ったんだけど?」
しれっと言えば、今度は亜弥が、してやられた顔になった。
- 62 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時38分42秒
- 「あのお姉さん、性格悪いでちゅね〜」
冷蔵庫からロング缶を取り出して見返ると、亜弥は幼児語で板皿に話しかけているところだった。
「秋刀魚とコミュニケーションとんないでよ」
思わず噴き出した。亜弥はいつもこうだ。
言いたいことを言っては、一瞬あとには脱力してる。
「昨日した」
あたしは椅子を引きながら、短く言った。電話のことだ。
「お」
亜弥もこれまた短く返事らしきものをかえした。
「いただきます」
声がそろった。
- 63 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時39分25秒
- 母の再婚を、あたしは嫌ったわけじゃない。
ただ、新婚家庭に、前の旦那の娘―――それも年頃の―――がいるのは、母と母の夫に申し訳ない気がした。
あたしは、小料理屋を営む母に借金を申し込み、同時に一人暮らしをさせてくれと頼んだ。二年と少し前のことだ。
母はじいっと、あたしを見ていた。怒らなかった。
戸締りには気をつけなさいと言った。
ごはんはきちんと食べなさい、とも。
小言をいくつも先渡しで言った後、あんたのこの家はなくならないと、それを最後に言った。
二年と少し、帰ってないけれど、あの家はまだ、あたしの家だろうか。
- 64 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時40分01秒
- 「お、焼き茄子ぅ」
亜弥の声はいつも通り、邪気がない。
「安かったから、買いすぎちゃって。続いてごめんね」
沈んだ薄黄緑の茄子の実には鰹節をふって生姜を添え、白磁の小皿に盛った。
「ううん」
ううん、と言いながら、亜弥は小皿を引き寄せず、茄子に手をつけなかった。
声にほんの少し、澱のようなものが下りた気がした。
本当は何もかも、この子は知っているのじゃないかと思った。
訊けるはずもなかった。
- 65 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時40分42秒
- あたしの焼き茄子をえらく好きだった人は、あたしの好きな人だった。
小五のとき好きだった、ギャグのうまいタカヒロくんとかを除けば、あれが多分、初恋というものかもしれない。初めてのことを、二人でたくさん、した。
愛していると、生まれて初めて、おっかなびっくり、言い合ったりもした。
あの人とする最後の初めては、失恋で、あたしはそのときまで、恋に終わりが来ることを知らなかった。
桜の下で、好きな人ができましたと言われ、その丁寧語はなんなのと返し、そうして訪れた終わりを、本当は今も疑っている。
あたしは毎日、茄子を焼かずにいられない。
- 66 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時41分26秒
- 秋刀魚を亜弥は、骨に付いたぱりぱりしたところまで、きれいさっぱり、たいらげて、それでも茄子は残っていた。
あたしは自業自得ながら胃がぞわぞわして、秋刀魚の身を食べずに、ひたすら、ほぐし、ほぐした。
あたしたちの間が無言であることは決して珍しくなかったけれど、今のこの沈黙を、あといくらか続けたら、何かがダメになるかもしれないと思った。
「ごはんにする?」
亜弥の茶碗を取り上げようとした。
「真希ちゃん」
腕にひやりと、細い指が巻きつく。
- 67 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時42分03秒
- 左手であたしの腕をつかみながら、亜弥は右手で箸を使って、茄子を口へ入れた。
むぐむぐむぐと噛み、三白眼ぎみに、あたしを睨む。
「真希ちゃん、明日も明後日も茄子、焼いていいよ」
「え」
何を言われているのか、よくわからなかった。
亜弥はまだ、何か言うつもりのようだった。
亜弥が一言より長く、まじめな話をするのは珍しいことで、珍しいことは、あたしにとって怖いことだった。
- 68 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時42分51秒
- 亜弥は手を放してくれたけれど、目を一切そらさず、じっくりと言った。
「でも食べるのは、あたしだよ」
言うなり、もう一切れ、焼き茄子を食べる。むぐむぐむぐと噛む。
なんというか攻撃的で、噛むより咬むようだった。
「ごめんね。あたしだって、好きなんだ」
あたしは弱って、ほぐした秋刀魚の身を持ち上げたり皿に戻したりした。
亜弥はあたしの箸を見ながら、続けた。
「焼き茄子とかぁ……うん、焼き茄子、とかね」
- 69 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時43分22秒
- 亜弥の思いやりある言葉のおかげで、やり過ごせそうだった。
なのに、そうできなかった。
亜弥にやり過ごされることが急に、途方もなく寂しくなった。
「とか」
あたしは意味を問うように、繰り返してしまっていた。
亜弥は目を瞠った。
少し首をかしげて、あたしの目を見る。
それから、首をまっすぐにした。
- 70 名前:焼き茄子 投稿日:2003年08月30日(土)17時44分03秒
- 「恋は決闘です」
透き通る声で、亜弥は言った。
「恋は決闘です。もし右をみたり左をみたりしたら敗北です」
澄み切った声が凛と響き、聞いているのは、あたしなんかと、魚やら茄子だった。かまわず、亜弥は言い募った。
「右をみたり左をみたら、敗北です」
大きな目が、いつもよりなお、こぼれそうに大きかった。
「恋は決闘です」
こぼれたのは涙だった。
亜弥は残りの茄子二切れを、ぐすぐすと箸に突き刺して、一度に口へほうりこんだ。
噛むたび、頬がゆさゆさした。
好きだと言ってしまいたい、と思った。
口を塞ぐように、あたしも茄子を二切れ、ほおばった。
出来のいい卸金でおろした生姜は効きすぎて、涙はふいに、秋刀魚に落ちた。
- 71 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時44分42秒
─────
───
─
- 72 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時45分59秒
彼方に出会えたこの夏を、未来の"未来"へ届けたい。
- 73 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)17時46分43秒
半壊のグレイメッセンジャー
- 74 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時48分03秒
- 単に山の散策か、それとも好きモノが嵩じておかしくなったのか、人はそう言う。
市街地を真っ二つに分断して通るリニアトレインから分岐するマイナー線を細かく乗り継ぎ、
私は今日も蛍ノ山(ほたるのやま)を訪れた。いつも通り、薄汚く不恰好なリュックを背負って。
- 75 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時49分03秒
- 電車はマスターパスポートを使えば、何処へだってタダで行くことが出来る。
自然との共存が相成り、時代は合理的な方向へ歩き続けている。
無人でコンピュータ制御されているこれも、その中の一つだ。
深刻な排ガス問題で揺れた日本の環境問題は、私が生まれる少し前に根本から改善することが
決定していた。全エネルギーのクリーン化はもとい、温暖化対策として自動車も消滅の路を
辿っていた。その結果、この数十年で自動車はほとんど無くなり、目の前を通り過ぎるのは金持ちが
道楽で走らせる僅かに残った燃料電池自動車だけだ。黒い煙を吐くことなく、静かに風を切って行く。
一昔前までは、街は当たり前のように自動車でごった返していたらしいのだが、とてもじゃないが信
じられなかった。それはもう映画や本だけの話だ。私達の世代は渋滞という言葉の感覚が分からない。
- 76 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時49分51秒
- 年季が感じられるぼろい無人駅から一歩足を踏み出すと、炎天下の強い日射が照りつける。
また、所々に亀裂の入ったアスファルトは太陽に燃え、じりじりと熱を撥ね返した。
その舗装が充分でない道路を南に向かって歩く。滴る汗はハンカチで拭うといった
可愛いものではない。ハンドタオルは必需品だった。
「あつい……」
カーブを描きながら悠然と伸びる坂道。
勾配は緩やかだったが、暑さの前ではそれも地獄に感じた。
男の子用のベースボールキャップをより目深に被り、暑苦しくなった髪の毛を後で束ねる。
リュックの中身がカチャカチャと音を立てていた。自然と荒くなる息遣い。
だが「もう駄目」と思う頃には到着するのだ。今日もそうである。
キャップを再び被り直した時には、山の入り口の前に着いていたのだから。
- 77 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時50分29秒
- 土を踏む感触を確かめ、更に靴底についたそれを見て私は微笑した。
皆は土を汚いなどと言うが、私はそうは思わない。
自動車や渋滞と同じだ。皆はそれを物珍しいというカテゴリーに放り込んでいる。
回りを見渡せばコンクリートジャングルで、鏡面を纏うビルと無機質に並ぶお店たち。
何処も彼処も機械統一された街はグレイカラーで、土が入り込む隙間などない。
土は塵や埃と同じ。踏めば靴が汚れるし、触ればバイキンが付着するとでも思っているのだろう。
そのほとんどが、想像上一人歩きしたものだった。危険なものは一切排除され、安心した生活が
保証されている。機械が全ての面倒をみてくれる。そんな冷たく寂しい時代に、私は生きている。
- 78 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時51分12秒
- 『ママぁ!またお姉ちゃんがあそこに出掛けようとしてるよ!!』
『あさ美!!何回言えば分かるの!!怪我でもしたらどうするの!?』
『……』
山に出掛けることを止める母と妹を無視し、私は家を出た。
蛍ノ山は"本当の自然"を残す数少ない山だ。山、囲む森、全てが自然そのもので、呼吸をしている。
地質調査だなんてたいそうなものは行っていないが、私は考古学に興味があった。
人間のライフスタイルが根本的に変わってしまった現代。
歴史を懐かしむというほど私は生きてはいないのだけど、これほど私の心を擽るものはない。
今を生きる多くの人間の空想の中でしか存在しない世界を、私はこの手で触って、この目で確かめ
たかった。大昔の人間が太古に沈んだムー大陸の存在を確かめたように、私もそれを確かめたいのだ。
可能な限りの知識を頭に詰め込み、生きる昔である森に私は向かう。
- 79 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時51分57秒
- 森に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が私を歓迎してくれた。
木々が太陽熱を遮断し、程よく冷された風が吹き抜ける度に汗を拭ってくれる。
季節の変化はめっきり感じられなくなったが、ここは違った。
息が詰まる教室。ごみごみとした街中。それを現実と例えるならここは空想世界だ。
土を踏む音が蝉の鳴き声で掻き消された。
絶滅寸前だといわれる熊蝉の鳴き声は、ここでは鬱陶しいくらいに耳を突き抜ける。
小説で読んだことがある。この場所の風景、雰囲気、空気はまさに小説の舞台の具現化そのものだ。
どうして私はこんな時代に生まれたのか。家族、数少ない友人、そして自分自信には何ら不満は
なかったのだけど、どうしても納得いかないことがある。
それは"この時代"に生まれたこと。寂しく、冷たい、私たちが当たり前のように生きるこの時代に。
もっとも、理想とする時代に生まれていたとしても、私は昔を羨むのだろうけども。
- 80 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時53分32秒
- 数年までこの蛍ノ山は考古学の研究を進める上で特別保護区域として定められ、研究員が
慌ただしく山を出入りしていた。山を切り崩し、引っ掛かった地質部分を集中して掘り下げると、
発見されたのはインパクトクエーサーで使用されたシェルターの一部だった。
史上最大の地震、インパクトクエーサ−が地球を襲ったのは今から150年程前のことだ。
海溝に存在する全てプレートが一斉に沈み込み、同時多発という形で大規模な地震が
地球を襲った。当時、地震は珍しいものではなく、体に感じるくらいの程のものが
頻繁に発生していたという。人類は多くの避難用シェルターを建設し、予測のもとに
来るであろうインパクトクエーサーに備えたのだった。
- 81 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時54分03秒
- 地震は予想通り発生し、シェルターのおかげで人的被害は最小限に食い止められたが、
建設物の殆どは倒壊し、そこに日常である日本は存在しなかった。
地形は歪み、一部の大陸は海へと沈んだ。
シェルターから外へと出て、そこで人類が見たものは想像に生易しい光景ではなかったはずである。
人類は全てを再興すべくシェルターを一つの街とし、そこで生活を営み、新たな文化を築いた。
そのシェルターが発見されたとなれば大ニュースだ。
人間の全てを知っていたであろうシェルターは、当時の事情をそのまま鏡に映し出す。
学界が騒ぐのは当たり前のことだった。
- 82 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時54分40秒
- だからといって掘るわけではない。
浮き足立って早足になると、目的地である洞窟に到着するのはすぐだった。
小さな土掻きとスコップ、それに片手で操れるくらいのツルを持って、私は洞窟の洞壁を掘る。
何だろうか。思春期における小さな反発と、いまいち実現へと踏み切れない夢への間接的な接触。
忘れてしまわぬように。
昔の人間が近未来の世界に憧れたように、私はそんな人間が一生涯を過ごした昔に憧れる。
同世代では到底理解出来ないことを当たり前のように妄想していると、リュックの中の小さなメタルが
私に茶々を入れた。
- 83 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時55分12秒
- 「よく飽きもせずに足を運ぶね。てゆうかいいの?隠れて出掛けるなりすればいいのに」
「うるさいなぁ」
「大体さ、あさ美は堂々としすぎなんだよ。ママが心配するのも無理ないよ?
あれじゃ"これから山へ行きますが何か?"じゃん」
ピコピコと独特の機械音と共に、メタルアニマルが呆れた口調で言葉を発する。
携帯の進化形だ。電話としての機能はもちろんのこと、この銀色の一丁前な口を利くやつは
人間の言葉を理解し、そして喋る。
メタアニは携帯通信機として一人一台にも昇る普及率を誇り、疑似ペットとしても親しまれていた。
去年の誕生日に両親からプレゼントされたメタアニに、私は『コンコ』と名付けた。
本来ならばご主人様である人間には忠実に従うのだけど、何処をどう間違えたのか
私の育てたメタアニは酷く生意気だ。
- 84 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時55分47秒
- 「いいかげんお喋り止めないとバッテリー抜くよ」
「へいへい分かりましたよ」
口だけで反省していけ好かない表情を浮かべるコンコに、私はげんこつを振り翳した。
その姿を見るなり、親に怒られた子供のようにリュックからひょいと抜け出すと、
そそくさと岩陰に隠れてしまった。まったくなんてお調子者なんだ。
まったく誰に似ているのやら、と考えたところで自分の顔が浮かぶとさすがに馬鹿らしくなり、
さっさと発掘作業に取り掛かった。
- 85 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時56分22秒
- 夏休み、こうして私は毎日飽きもせず黙々と掘り続けている。
意味や理由は考えない。昔、小学校の先生が「夢には何も考えずに突っ走れ」と言っていた。
この言葉に情けないほどの依存と安心感を抱いている。逃げているだけなのか。
- 86 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時57分00秒
- 予め凍らせておいた方のペットボトルがいい具合に溶け始め、ぎんぎんに冷えた烏龍茶が
熱くなった喉をすぅーっと通っていくのが堪らなく気持ち良かった。
「キミはいいね、メタアニは充電で動くんだもの」
その様子を見てゴクリと喉を鳴らさんばかりの目線をくれていたコンコに、私は皮肉った
言葉で些細なお返しをしてやる。
- 87 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時57分57秒
- どうかしている、というのは間違いないのだと思う。
中学三年生の夏といえば、高校受験のひとつの山である。
根っからの教育ママである母が心配するのも無理はない。
父はというと、去年から考古学における地質研究のための単身赴任で南の方で一人暮らしをしている。
私の父は考古学の学者で、私が尊敬している人間の一人だ。
この変わった趣味は父の影響に間違いはない。小さい頃から父の研究に連れられ、
父と共にメタリックワールドに遺された自然と触れ合ってきた。
同世代の子供がコンピュータゲームや洋服に目を輝かせる中、私は緑の木々と
動物達の鳴き声、そして二度の同じ表情を浮かべない空に心がときめかせていた。
地球の肌である土に触れることで、私は救われているのだろう。
昔に生まれたかったなど、叶わぬ願いなのだから。
そして、いつしか"父のようになりたい"と思うようになっていた。
- 88 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時58分31秒
- だが、"お父さんのようになっちゃダメよ"とは、母の口癖だ。
学者になるには相当な知識を詰め込まなければならない。
嫌になるくらい勉強をしなければならない。
私にはそれに対する絶対的な覚悟と自信がない。
これがいまいち踏み切れないでいる理由だ。
父は温厚な性格ゆえ、好きなことをさせてくれる。
けれど、その唯一の理解者である父がいない今、私の周りは敵ばかりである。
夢を母に話したことはなかった。話しても軽くあしらわれるだけだから。
よって、母に映っている私の姿は、単なる土いじりに過ぎない。
心配するのも無理はないのだろう。
- 89 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時59分23秒
- 暑さから大きく肩を揺すって吐いた息に溜め息を混ぜ、赤いリストバンドで額の汗を拭った。
いつの間にか懐を飛び出したコンコは、元気良く洞窟を走り回っている。
顎に手をあて、そんな光景をぼんやり眺めていると、コンコの背中のランプがオレンジ色に点滅して
いることに気が付いた。メタアニ同機種が接近すると本体が発信する信号を互いにキャッチし、
反応する機能を持ち合わせている。
この機能は一種のコミュニケーションツールとして備わっており、個体相性によって信号の色を変え
るのである。それを通して云々、というのが温もりを忘れた人間をまじまじとターゲットとしている。
よく考えたマーケティング展開だなぁ、などと感動している場合ではなく、私は信号の色を再度確認
する。「橙」それはつまり……
- 90 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)17時59分56秒
- それは初めてのケースだった。
隣接するようなメタアニないし、それどころか人っ子一人見当たらない。
すぐに異常であることが頭を過った私は間髪入れずコンコの元へと走り、強引に抱き抱えた。
「コンコ!これ、背中!ランプランプ!オレンジ!」
「背中ぁ?あれ、信号キャッチしてるや。近くだね」
「近くってここ洞窟じゃん!」
「それはそうなんだけども…」
心配も他所にコンコはするりと私の胸から抜けると、猫形態にも関わらず犬のように匂いを嗅ぎなが
ら周囲を模索し始めた。点滅する信号と共にキューンという電子音が洞窟内に忙しく響く。
「同型あるけど…僕と同じ型番ではなさそうだよ。つまり、メタアニじゃないね」
「同じ型番とか言う前にさ、ここには私とコンコしか───」
- 91 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時00分36秒
- 突如、エコーがかった電子音が人間の嫌がる高い金きり音をあげると同時に耳を劈き、
思わず両手で耳を抑え片目を顰めた。人間の心臓のように、点滅の繰り返しを激しくしていた
コンコの背中の信号がやがて落ち着きを取り戻すと、それは位置の特定を意味した。
「あさ美、ここ。ここだよ」
「こ、こ?」
「発信源はどうやらここみたい」
「そう…」
静まり返る土の空洞内で半信半疑の私と、自信はあるけれどもそれが何なのか断定出来ないでいる。
コンコと見つめあって、どれくらい経過しただろう。
多分、一分近くは経ったはずだ。そんなには長くなかったけども、どうしたらいいのか分からない。
意識が脳に働きかける相乗効果は、思ったより効いているみたいだった。
「……」
「……」
「掘って」
「……」
そう言って、コンコが指の代わりにアイライトで指し示す。
場所は見た目にやや固そうな地質だ。ポイントとしては灰色の瓦礫が所々に混じっているだけで
至って普通だったが、いきなりの展開に動揺を隠せない。
- 92 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時01分11秒
- 「……」
「えーっ!?」
見えない恐怖というのが手伝い、私の表情は引き攣る。
「私が掘るの?」
「だってあさ美って掘るの好きじゃん」
「あのね、それとこれとは違うでしょ」
「土いじりにはかわりないと思うけどね」
「……」
「ほら、何かの大発見かもしれないよ。急ぐ急ぐ」
メタアニにも関わらず私を"掘らざるを得ない"状況に追い込むとは、つくづくどこで育て方を間違え
たのやら。渋々、私はハンドスコップ握ると、こつこつと叩くように土を掘り始めた。
しばらくするとその動作は慎重になり、撫でるようにスコップの縁を土に這わせながら、軍手を
纏った左手と交互に表面を掻く。端で見ているコンコも囃し立てるわけでもなく、その動作をじっと
見つめていた。陽が落ちかけ、洞窟には冷涼な風が通っていたが、その冷たささえ感じないくらいに
私の体は熱かった。
- 93 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時01分48秒
- そうやって掘り進めること一刻、土の手触りが変わった。
コツンと、スコップの先に土や石とは違う何かが当ったことが分かった。
戦場でアイコンタクトを交わす仲間のように、私とコンコは互いに目を合わせる。
ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。
微塵の期待もしていなかった『大発見』という言葉が背中から首筋に奮えと共に走り、
私は生唾を飲んだ。
大きく息を吸い込むと、感触が変化した土壁をスコップの鍔で二度三度叩く。
すると次の瞬間、壁は易とも脆く崩れ去り、四度目を空振った私の体を飲み込んだ。
「あさ美危ない!!」
コンコが声を上げるもそれは遅く、私は肩から壁に吸い込まれるように、そして上からは土砂が降る。
石同士がぶつかり合うガラガラという音。洞窟内には忽ち砂埃が立ち込めた。
「あさ美ー!!!!」
- 94 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時02分21秒
- ──────
────
──
- 95 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時02分57秒
- 僅かに差す光に砂埃がキラキラと舞い、幻想的な空間に放り込まれる。
一瞬で「終わったな」と過ったアクシデントだったが、私は生きていた。
「ゲホッ…ゲホッ!!」
体勢を崩して尻餅をつき、右肩が半分埋まっているという間抜けな姿で。
頭の天辺には土がこんもりと乗っかっていた。
「助かった……の?」
口を開けたままできょとんとし、しばらくして身の無事と辺りを確認していると
ケラケラと小馬鹿にするような笑い声が聞こえてくる。
「あさ美、その恰好…あははっ、はははっ」
慌てて頭の土を除け、笑いながら駆ける回るコンコに拳を上げる。
「こらっ!死かと思ったんだゾ!!」
「分かっててるけどさ、あはっ、ははははっ」
「もーっ!」
地べたについたお尻を腕の力で持ち上げ立ち上がろうとする頃には、コンコは私の目の前で
澄ますようにちょこんとお座りをしていた。
「そんな可愛いポーズしたって許さないからね!」
「あさ美…う、うしろ……」
「後ろ?」
- 96 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時03分46秒
- この間抜けな体勢とコンコに馬鹿にされたことがこっ恥かしくて、周りに気を配ることが
出来なかったが、それも治まると、再びコンコの背中がオレンジ色の点滅を繰り返していることに
気が付いた。より激しく、より速いパターンで。緊急信号が示す異常事態。
そして、驚くよりも早く、瞬時に振り返った私の目に映ったのは、私の後ろで土壁に半分埋まった
艶のない鉛色の物体だった。
「ロボット…さん…?」
間違いない。
パーツの繋ぎ目は錆びは土と同色化して区別が困難で、半沈するボディは全体を"引き"で
見ないと分からないが、私の目の前に存在するのは確かに『ロボット』だった。
何となくだが全長は160センチくらい。胴体は風邪薬のカプセルのような丸みを帯びた形状だ。
頭部は半透明の強度プラスチックで覆われている。くすんで見えるのは劣化のためだろう。
中には剥き出しのCPUとレーダーのように十字を切る"目"のようなものが確認できた。
- 97 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時04分43秒
- お化けや爬虫類の類であれば腰を抜かして動くことさえ出来なくなるのだろうけど、
それが"ロボット"であることが分かると、父譲りの私の好奇心は燃え盛るのだった。
ありったけの知識を脳に巡らせ、鉄の表面を撫でながらぶつぶつと呟く。
「この形状、どこかで見たことある」
「ひょっとしたらインパクトクエーサーの時に開発されたロボットじゃない?
それなら大発見だよ!あさ美!」
「まさか、この洞窟はもう掘り尽くされた跡地だよ?さすがにそれはないよ。
でも、錆びの具合からして去年やそこらのものじゃないのは確かだねぇ…」
「あさ美分かるの?」
「うーん……コードプレートが出てくれば大体の見当はつくんだけどぉ……
そういうのは大概背中についてるのよね」
その肝心な背中は土に埋まっている。
中型に部類されるであろうこのロボットを起こし上げるには流石に力がない。
ざらついた表面を暗中模索のごとく細かく撫でていると、探していたそれは運良く胴体の左腰部
から少し浮き出るように付いていた。息を吹き掛け、砂埃を掃ってやる。
- 98 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時05分14秒
- 「…MM/…B000…05G3…RK…うん、MM/B00005G3RKだ。コンコ、コード検索お願い」
「おっけ」
「やっぱダブルエム製かぁ。コンコと同じ製造元だね」
ダブルエム社とはメタルアニマルを開発した大手のロボットメーカーだ。
世の中に出回っているロボットというロボットは、大半がダブルエム社が開発したものである。
メタルアニマルように、ロボットが人間のパートナーとまでなったのは何も昨今ではない。
私が生まれる前からロボットは人間と共存しており、ロボットは人間の良き仕事のパートナーとして
活躍してきた。やがて知能が備わると、ロボットはより人間に近い感覚で扱われるようになる。
文化の一部となった彼らの存在は、もはや人間にとって欠かせないものだ。
そんな彼らは、もちろんインパクトクエーサーの時代に存在していた。
そして、もしこのロボットが当時のものだったとしたならば、コンコの言う通り大発見である。
インパクトクエーサーによってデータというデータは消滅している。
錆びているとはいえ、当時のロボットだとすれば極上の状態だろう。
CPUを分解してデータを引っこ抜けば───
- 99 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時05分44秒
- 「検索完了。MM/B00005G3RK、今から約十年前のモデルだよ」
「えー十年前?」
「うん」
「なんだぁ」
その言葉に私の気力が一気に抜けた。
再び半沈するロボットに背を向けると、項垂れるように腰を地面につける。
頭を壁に委ね、コンコとの会話を上の空のように洞窟の天井を見つめた。
「あれ、悔しがってる。僕の言葉、真に受けた?」
「そりゃさ、大発見かも!とか言うからさ…ちょっとは」
「ざんねーん」
「ばか」
- 100 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時06分17秒
- すぐにも空は灰色に塗られて、薄暗い闇を連れて来るだろう。
長い長い夏の一日が終わる頃だ。近くでコンコが何か喋りかけている。
私は上の空で現実というリアルに手を触れようとしていた。
夢を実現できる人間はほんの一握りで、その殆どがいつしか追い掛けていた夢を忘れてしまう。
私もきっと、そうなるだろう。
「嫌なこと(げんじつ)から逃げているだけだよ」
母が言ったのは何処ででも言われていそうなあまりにも普通な言葉だったけど、
そんな言葉の重みが、今何よりも重く圧し掛かっている。
発見されるものは発見し尽くされて、今の地球には何も残っていない。
そして、これより未来に向け、人間は再び宇宙(そら)を見上げていた。
様々な問題をクリアし、私の孫くらいになれば、人間は月で暮らしているのだろうか。
地球上には何もない。掘っても掘っても、何もない。
幾度と夏が訪れても、私の夢は叶わない。
「勉強、するか……」
- 101 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時06分49秒
『そうだな、それがいい』
- 102 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時07分25秒
- 「!?」
ふと、ノイズ混じりの低音が洞窟に太く響き、私に相槌を打った。
慌ててコンコを探すと、少し離れたところで虫と戯れている。
固く小さな足が地面を元気良く蹴る音が聞こえてくるだけで、私に喋りかけた様子は一切ない。
そこで私は止まり、少し考えると、大きく目を見開いた。
動くはずのないソレが動き、後ろから私に語りかけている。
まさかとは思ったが、怖くて後ろを振り向くことが出来ない。
- 103 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時07分56秒
- 『起こしておいて無視はないだろう、少女よ』
間違いなかった。
背後のソレは間違いなく私に語りかけている。
「う、うわぁ!!」
このことに慌てないはずもなく、腰が抜けた私は尻餅をついたまま向きを換えると
まるでホラー映画で化け物に襲われる女性のような格好で後ずさる。
「あさ美?」
力なさげに情けなく漏れた叫び声に、気が付いたコンコがこちらを見て不思議そうに首を傾げる。
「ぼーっと傍観してないで助けてよ!」なんて言える余裕もなく、くすんで白くなった
カプセル状の頭部の中がキラキラと発光するのを、口を開けたままで目が離れない。いや、離せない。
十数年の時を経て、ロボットは動いた。
私に分かる言葉で、しっかりとした口調で、ロボットは動いていた。
呆気にとられて光る部分をただずっと見つめている私の前で、ロボットは動いていた。
雲を掴むような夢をくしゃくしゃに握り潰した私に、まるで夢を語るかのように。
- 104 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時09分08秒
- * * * * *
「ねぇ、パパは大人なのにどうして土をほってあそんでいるの?」
「遊ぶ?ははは、パパは別に遊んでいるわけじゃないんだよ」
「でもあさみといつもいっしょに土あそびをしてくれるよ?」
「そうだなぁ……あさ美、地球は誰が"つくった"と思う?」
「つくった?えーっと…かみさま?」
「そうかそうか、あさ美は神様がつくったと思うのか」
「うーん、わかんないよ」
「正解」
「せいかい!やった!」
「そう、地球は神様がつくったんだ。人間が生活できる舞台を、神様はくれたんだよ」
「かみさまはすごいね」
- 105 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時10分01秒
- 「そうだね。でも人間は神様がくれた地球を傷つけているんだ」
「おイタしてるの?」
「世の中は便利になり、何不自由なく暮せるようになった。
周りを見れば車ばかりで、気が付けばロボットも珍しくないものになっていた。
けどね、人間の生活が一つ、また一つ便利になっていく度に、地球は傷ついていくんだよ。
人間は地球の在るべき姿を忘れ、理想を追い続けている。
例えそれらが人間にとって物理的なカタルシスであっても地球にしてみれば全部エゴだ。
だからパパは掘るんだよ。世の中の人達に今がある前に『昔の存在』を知らせるのさ。
昔の人々が残したメッセージを今に届けるために、パパはそのメッセンジャーなんだ」
「んー、あさみは土あそびもロボットさんも好き」
「はは、あさ美には少し難しかったかな。今度はロボットの話をしようね」
* * * * *
- 106 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時10分37秒
- 「ん……」
ぼんやりと視界が広がっていく。
洞窟はさっきよりも薄暗くなったように感じる。
少しずつ戻る感覚の中で、無機質感が増した地面から伝わる冷気を鮮明に感じ取ることができた。
「あさ美!気が付いた!?」
「えー…っと……」
どうやら私は気絶していたようだ。
胸に飛び込んできたコンコが首筋に顔を擦り付ける。
こうやって見ていると本物の動物と同じで生きているかのように思える。
人間は本当にロボットに魂を宿してしまったのか。
意識はまだ何となく朦朧としていて、自身の安否を気遣うよりも先に、
瞳に映る技術の神秘に私は魅せられていた。
- 107 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時11分12秒
- 「そんなことより大変だよ!さっきあさ美が掘り返したロボットが動いてるんだよ!」
夢、ではなかったらしい。両手でコンコを持ち上げて横に移動させる。
変わらずそこには、時代遅れの神秘が土に埋もれていた。
冷気のような洞窟の空気で深呼吸をする。唾を飲み込むと、喉がゴクッと鳴った。
ゆっくりと立ち上がり、剥げた塗装を纏う鉄の人形に近づく。
二度、三度、靴底が地面を擦る音がすると、もう目の前だ。
静寂の中で一定の線を引き、小さなモーター音が微量に聞こえてくる。
十数年という時の回廊を巡り、出会うはずのない人間とロボットが言葉を交わした。
「…こんにちは」
『こんにちは』
- 108 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時11分45秒
- 温かかった。確かに、それは。
私はロボットが嫌いだ。ロボットの存在が当たり前のようになっている今の時代も大嫌いで、
"過去を掘る"というのは私の中で現代、そしてロボットに対するアンチシズムでもあった。
人間は必要以上の利便性を求め、今という醜い世界を創造した。
ロボットなしでは何も出来ない人間は愚かで、技術者はその全てをロボットに注ぎ込んだ。
少しでも不便を感じれば改良が重ねられ、また一つロボットは賢くなっていく。
そして、古くなったロボットは捨てられていくんだ。
交わした言葉が温か過ぎて、私は無表情のまま涙を零した。
- 109 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時12分19秒
- 『少女よ、何故キミは涙を流す?悲しいことでもあったのか?』
亀裂が走るカプセルがまた発光し、ボロボロになったスピーカーから声を発し、ロボットは
私に尋ねる。コンコが足元で顔を擦り寄せたが、私は目の前のロボットをずっと見つめていた。
ロボットに尋ねられるまで、私は涙を零したことに気が付かなかった。
「ごめんなさい、あれ…なんでだろ」
「我々ロボットは人間の涙というものが理解できない。ロボットは進化して人間に近づいた。
だが、知能持っていても感情は持ち合わせていない。涙を流すということは、キミが人間で
ある証拠なのだろう」
壊れかけているはずなのに、ロボットはしっかりとした口調で私に話し掛ける。
コンコ以外のロボットに感情を解放ことはなかったが、目の前にいる錆びれたロボットには
抵抗なく話すことができる。同情しているとでもいうのだろうか。
だとしたら失礼にあたるのかもれない。
いつの間にか私はロボットに対し、まるで人間のような感覚で接していた。
- 110 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時12分57秒
- 「あなたの名前は?」
『発掘探査ロボットMM/B00005G3RK。現場ではM5(エムゴ)なんて愛称で呼ばれていた』
「どうしてここにいるの?」
『地震、だな』
「もしかしてインパクトクエーサー!?」
地震という言葉に反応してしまったのは遺伝なる「サガ」なのだろう。
『残念だがそれはない。そこの小さいのがデータで弾き出した通り、私は十五年前のポンコツだ。
十五年前、キミの言うインパクトクエーサーのシェルターがここで発見され、動員された発掘員の
パートナーとして私は動いていた。この辺りは頻繁に地震が発生する。十五年前のある日ことだ。
発掘途中にそれは起こった。頭のセンサーが地震を感知すると、すぐに発掘員を誘導し、外へと
出した。その直後のことだったよ。大した震度ではなかったが、人とロボットが人為的に掘った穴
を崩すくらいは容易いこと。あとはロボットだけ、大量の私の仲間と一緒にこの様さ。
もっとも、他のやつらは早期に発見されたようだがね。その土に埋もれた最後の一体を、キミが
発見したということだ』
- 111 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時13分40秒
- コンコと違い、イントネーションを一定に保ってしか話すことが出来ないエムゴだったが、
状況を述べてくれた彼の口調は何故か沈んでいるように聞こえた。
そして再び、私はこの廻り合わせの奇跡を改めて感じる。
瓦礫の重圧に潰されて半壊しているはずのロボットが私と喋っているのだ。
十五年前に時間を止めて眠り、十五年という時間を経て、今ここで。
そう思うと鳥肌が立った。十五年前といえば私が生まれた年である。
エムゴは誰かに起こされるのをずっと待っていた。そんな気がした。
- 112 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時15分07秒
- 入り口の方から聞こえていた蝉の鳴き声が段々と気にならなくなって、陽が落ちるのが分かった。
いつもなら帰る時間なのに、不思議な引力が働いて体が動かない。
『キミは何故ここを掘っていた?もう何もないはずだ。それともこの十五年間で何かが起って
また発掘員が動員されているのか?』
「ううん……」
『情報を更新したい。そこの小さいの、ちょっとこっちへ来て端末接続でデータをくれないか?』
「え、えええっ」
『何もしやしないさ。この体だ、何も出来ない。ただ情報が欲しいだけだよ。
ロボットというのは情報が何より重要だ。それもとびっきり最新のがな』
- 113 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時15分46秒
- 恐る恐るエムゴに近づくコンコ。振り返って私の判断を請うが、それを黙って見送る。
やはり動けなかった。気絶から覚めてから、おかしくなったのかもしれない。
節々に痛々しい傷があるにしても、全壊するわけでもなくこの状態で残っている。
十五年前とはいえ、その時代のロボットがこうして動くんだ。
表立って持ち込めば、世間的には私の大発見ということになるだろう。
けれど、今の私にはこれっぽっちもそんな気が起こらなかった。
あれだけ父に近づきたかったのに、母を振り切ってまで現実味のない曖昧な夢を追い掛けていたのに。
- 114 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時16分29秒
- コードが離されると、それはデータの更新が完了したことを示した。
役目を終えたコンコが一目散に私のもとへと駆けて来る。
それを軽く抱え上げると、またエムゴと目を合わせた。
今の私はコンコが心配して顔を覗き込むくらい様子が違っていた。
いつもと変わらない夏のある一日、私はとても静かで無口だった。
「あさ美どうしたの?これって大発見とはまではいかないにしても、世間に名前くらいは
知ってもらえるよ!ねぇ、どうしたの?さっきから全然喋らないじゃん!」
何を喋っていいのか分からない。きっとエムゴは人間を嫌っているはずだ。
都合良く扱われて、そして都合良く捨てられる。
地震で為す術がなかったにしても、掘り返して探すくらいはしてやってもいいはずなのに。
こんなにしっかり喋れて、まだ動けるじゃないか。
何か、大切な何かを忘れているんじゃないのか。
『少女よ、さっきから何故悲しい顔をしている?』
「何故って…それは……」
『何故だ?』
- 115 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時17分20秒
- 「会わせる顔がないよ!ロボットを作った同じ人間として、私はロボットさんに会わせる顔がない!
だって、だってさ、ロボットさんはパートナーだった発掘員を助けたんでしょ!?それなのに、
どうしてその発掘員はロボットさんを助けに来ないの!?おかしいよ…そんなのおかしい!!」
『……』
「私はこの世の中の全部が大嫌い!冷たい街も、全部機械のプラットホームも、ロボットも!
この地球も、全部大嫌い!!だって、そんな人間ばっかりになっちゃったんだもん。こんなの
あんまりだよ。ロボットが可哀相だよ。ロボットなんて生まれてこなけりゃよかったんだ!!」
- 116 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時17分53秒
- あれだけ大好きだったロボットを嫌いになったのはいつからだったか。
きっと、日常的に行われる生産とデリートの繰り返しがそうさせたのだと思う。
友達に「新しいロボット買ってもらった」などと自慢されても、興味を示すことはなくなった。
古くなったロボットはどうなったのかって考えるのが辛くて、私は目を閉じた。
ロボットの在るべき姿、それは幼い頃に父が話してくれた「地球の在るべき姿」に似ている。
人間が駄目だから、地球もロボットも泣いているのだと思う。
それでも地球は存在していて、ロボットは従うようにプログラムされている。
こんな思いをするから、私は昔に生まれたかった……
- 117 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時18分30秒
- 私はエムゴ駆け寄り、膝をついて体を預けた。
そして、エムゴよりも掠れた声で静かに呟く。
「ごめんね。お願いだから人間を嫌いにならないで…」
「あさ美……」
錆びついた匂いが鼻を抜け、地面よりももっと冷たい鉄の表面を肌で感じる。
それが余計に切なくて、今度は顔をぐしゃぐしゃにして涙を流した。
私が謝っても何も変わりはしないけれど、今は会わせる顔がないから。
- 118 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時20分00秒
- 『少女よ、顔を上げるんだ。我々ロボットは人間を嫌ったりなんかしない。
ロボットの役目の何たるかとは"人間をサポートする便利な道具"なんだ。
人間を見返りなく守ることも当然のことなんだよ』
「……それも、プログラム?」
『違う。いや、そうなのかもしれないな。キミの言う通り、この世の中にはそんな人間ばかり
になってしまったようだ。私のようなポンコツは感情を持っていないが、その隣にいる小さいのには
そういうものも組み込まれているのだろう?現にキミがロボットを嫌いだと言った時、悲しい顔
をしていた。それでも平気で捨ててしまう人間がこの世の中には沢山いるというのが現実だけどな』
「コンコ……」
『しかし、我々ロボットは人間が大切だ。どれだけ都合良く扱われても、不要となって捨てられても
人間が好きだ。何故ならば人間は、我々に命を与えてくれたかけがえのない存在なのだから』
- 119 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時20分59秒
- 『やがて地球から季節は消え、夏だけになってしまうだろう。環境破壊、温暖化、全て人間が
利便性を追い求めた結果だ。それに早く気が付くべきだった。人間が地球にしてやれることは
まだたくさんあるはずだ。誰かがそれを、皆に知らせなければならない。
キミはこの世の中が嫌いだと言った。でもそれじゃあまりにも地球が可哀相じゃないか。
昔を愛する人がいて、そんな昔がキミは好きなんだろ?じゃあこの時代はどうだ?
キミみたいな人間が愛してやらなければ、未来の人間はこの時代をどう思う?
頼む。君はこの時代を、好きでいて欲しい。この時代に生まれたことを誇りに思って欲しい。
─── キミには少し難しかったかな ───
- 120 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時21分39秒
- 突如、洞窟全体が轟音を響かせて揺れるのが分かった。
パラパラと降ってくる土や小石が肩に当たり、びっくりした私は慌ててその場に立ち上がる。
「あさ美!これは!」
「えっ、なになに!?地震!?」
『予震のようだ。センサーが中規模の地震を感知した。もうすぐ来るぞ。
ここは崩れる、逃げるんだ』
「で、でもそれじゃロボットさんは!?」
『言っただろう、我々ロボットは人間を守ることが仕事なんだ』
「あさ美!早く!!」
震える地面は体感できるくらいに鋭く、小刻みに揺れる。
それまで沈黙していた洞窟は噴火寸前の火山のようにけたたましかった。
まだ何も話していないのに。
まだ謝りたいことがたくさんあるのに。
人間とロボットは通じ合えないのかな。
地球はやっぱり神様つくったもので、これは人間に対する罰なのかな。
- 121 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時22分10秒
- すぐさま轟音は大きな地響きに変化し、暗闇の奥からは耳が痛くなるような突風と共に
衝撃波が体を打ち付けた。駄目、もう限界だ。
咄嗟に頭を覆った手を退け、エムゴの方を見た。
エムゴはさっきより土に埋もれたようだった。
全てを悟ったロボットは静かに終わりの時を迎える。
メッセージのバトンを託して。
崩れ落ちる小さな洞窟の中で、私とエムゴは無言の会話を交わした。
- 122 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時22分56秒
- 『最後だ。少女よ、キミの夢を教えてくれ』
「…メッセンジャー…私はメッセンジャーになりたい!
未来の人間に大切なものを伝えるメッセンジャーに!地球上を夏だけになんかさせない!
そして、ロボットを泣かせたりはしない!!」
『そうか。それが聞けてよかった。
キミのような人間がいるのであれば、人間も捨てたものじゃない───』
「さよなら」
『さよなら』
『ありがとう』
- 123 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時23分30秒
* * * * *
- 124 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時24分18秒
- 「ふぅ、なんとか助かったね」
「うん」
「あのロボット、残念だったね」
「うん」
走って体が火照ったのか、外は洞窟の中と変わらないくらい涼しかった。
何処からともなくヒグラシの鳴き声が聞こえる。
茜色も落ちかけた空を見上げていると、同時に、夏が終わったように思えた。
「秋が訪れて、冬を越して、春が咲き乱れて、また、夏が来る。
灰色の壊れた…ううん、グレイメッセンジャー。彼方の言葉、確かに私が未来に伝えるよ」
跡形もなく崩れ去った洞窟の入り口で屈み、石ころを一つ手に取る。
私はそれを胸で抱きしめると、リュックのジッパーを開け、そこに石ころを入れた。
様々な季節の後に、また夏が来ることを願って。
- 125 名前:半壊のグレイメッセンジャー 投稿日:2003年08月30日(土)18時24分59秒
- 「ねぇあさ美、最後さ、あのロボットと何を話したの?」
「うーん、メッセンジャー同士の内部通達……ってとこ」
「なにそれ?」
「ふふふ、キミには少し難しかったかな」
- 126 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)18時25分43秒
─────
───
─
- 127 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)18時26分41秒
その絆だけが二人をきっと繋ぎ続ける。
もう"過去"に戻れなくても、微かな胸の痛みと共に。
- 128 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)18時27分13秒
未必の恋の物語
- 129 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時28分32秒
- どうしても忘れ得ない感触が、なつみには二つだけあった。
一つは、何の時分だったかは忘れたが、首筋に当てられた腐った胡瓜の断面の感触。
まず冷たさが心臓を軽く締め上げ、次に激しい腐臭が纏わりつき、
それからやってくるあの何とも云いようの無い不快感は、
身体に染み付いてしまったら洗い流すことは出来ない。
ふと気付くと首に手を回す癖はきっとこの時ついたのだろう、
となつみは信じて疑っていない。
胡瓜が嫌いなのも間違いなくこの悪しき思い出の所為だ。
そしてもう一つは、人差し指でなぞった唇の感触である。
こちらは時節から何からはっきりと覚えている。
丁度一年前の夏、
当時なつみの住んでいた界隈の住人から奈落坂と呼ばれていた坂の中腹にある小さな空き地で、
宵闇の中、紅を塗りつけた指をそっと唇に走らせたのだ。
相手は当然、唇に紅を必要とする女性であり、
顔は勿論のこと身体全体から見ても当人の象徴に成り得る唇と云う部位に、
わざわざ指を汚してまで紅を塗ってやるのだから、
それ相応の関係が二人の間を渡しているのは疑うべくも無い。
- 130 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時29分51秒
- 二十二年生き永らえて来た中で、
たった二つしか身を震わせる感覚に出会っていないのは少ないのだろうか。
なつみには判断がつかなかったが、先輩娼婦に云わせるとそれは異常と云うことになるらしい。
「初夜は?」
露骨に訊かれたことがあり戸惑った記憶があるが、
実はなつみはそれほど初夜を美化して見てはいない。
前述の紅の一件でなつみは同時に少女を巣立っていたが、
身体を揺さぶられる快感やら息苦しいような被征服感と云ったものは無かった。
あったのは強い青草の匂いと、絡み合った二つの身体から発散され混じりあった汗の匂い、
それから安心感にも似た、波間の浮遊のような心地よさである。
「初めてが指だと鈍感になる子もいるって聞くね」
なつみが云うと先輩娼婦はそんな言葉を寄越した。
嘘か真かは定かでは無いけれど、当たっているとなつみは思った。
一年、娼婦の仕事を始めて経つわけだが、
百近い男の相手をしてきても、顔見せ前に習った作り物の嬌声以外を使うことは無かった。
- 131 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時30分29秒
- 娼婦と云えばただ男と寝るだけ、と思われるかもしれないが、顔見せに至るまでは非常に厳しい。
三つ指突いた頭の下げ方や感じ方の演技指導は勿論、
煙草のくゆらせ方まで徹底的に叩き込まれることになる。
なつみは泣いたり喚いたり哀願したりと使いこなし、店で最上位の人気を誇るまでになっていた。
「なっちゃんは演技が上手いわ」
皮肉なのかどうなのか、娼家を束ねる女将はなつみにそんなことを云ってみたこともあった。
しかしほぼ三月間隔で、渡される賃金が微増していく様を見ていると、
なつみはこの仕事が嫌いではないとその都度確認することになる。
- 132 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時32分04秒
- 「なっちゃん」
なつみが女将に声を掛けられたのは、六月分の給料を受け取り、
四度目の微増を確認していたその時である。
娼家「旭日館」では、毎週末には娼婦一人を掃除当番と任命し、
閉店後一時間を目途に女将と二人で掃除をするという慣例があった。
なつみは丁度これに当たっており、薄暗い店内には二人の他の人影は無かった。
- 133 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時32分38秒
- 「何ですか?」
「これ、行く気無いかしら?」
そう云って手渡されたのは、白と青を混ぜたような色合いの紙に黒で字を刷った半券だった。
優待券、と云う文字が見える。
「田舎の画家の絵画展覧の優待券らしいんだけど、私は全くの無知でね。
持っていてもしょうがないから、もしよかったらどうかなと思ったんだけど」
どうやら女将を贔屓にしている客からの贈り物であるらしい。
言葉を耳で聞きながら目は券を眺めていたなつみは、そこに飯田圭織の名を見つけると、
女将と半券を交互に見た後、微笑を浮かべながら券を押し返した。
「ありがたいんですが、この券なら既に持っているんです」
「あら、そうなの?
でも、優待券だから少しは安くなるんじゃないかしら?」
「ええ、でも、私のは招待券ですから」
なつみが云うと、女将はばつが悪そうに券を受け取り、着物に仕舞い込んだ。
- 134 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時33分09秒
- 掃除を終え店を出ると、午前三時を回っていると云うのに、
じっとりと湿気を含んだ重たい空気に出迎えられた。
なつみは右手を首の後ろに回しながら、ほうとため息をついた。
画を止めていた筈の圭織から絵画展の招待が届いたのは、半月程前のことだった。
券とともに添えられた手紙には、次のようにあった。
「罪滅ぼしをしたいと思っていたら、手元に画が溜まっていました。
ので、個展を開こうと思います。
同封した招待券で遊びに来てください」
簡素な文面を、しかしなつみは薄明かりの下で何度も読み直した。
勿論読み返したからと云って文面が変わるはずは無く、
何度読んでも、冒頭は「罪滅ぼし」と云う単語で始まっていた。
「罪滅ぼし…」
誰もいない闇に向かって語り掛けるように、なつみは吐き出していた。
なつみの中の小さな瑕が、年月と云う瘡蓋をじわりと剥がされていく錯覚を覚えている。
流れ出す血は赤く、紅の色に似ている。
そして、紅の色は罪の色だ。
- 135 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時33分40秒
- 長屋に帰ったなつみが招待券を確認すると、次の休みが丁度個展開始の日と同日だった。
慣れた手付きで予定を書き置くと、明かりを落とし、
万年床の煎餅布団に頭から潜り込んだ。
饐えた匂いが鼻を刺すが、慣れてしまえばどうと云うことも無い。
頭を出し、瑕だらけの天井を眺めている内、
だんだんとその煤けた茶色が、曇りがちだったあの夜の空と重なって見え始めた。
星は無く、手近な明かりは弱い瓦斯灯の灯と堤燈の朧な光のみ。
黄白色の滑らかな手すら光って見えたあの晩のことが、
なつみの心から消え去ることは一生かかっても為し得ないことだろう。
なつみは自問する。
圭織は何故、罪滅ぼしと云ったのだろうか。
罪を滅ぼさなければならないのは、自分の方ではないのか。
心の内に秘めたまま一年間放っておかれた感情が、雪融けのようにじわりと沁みてくる。
解き放てば、圭織が罪滅ぼしなどと云う言葉を使うことは無くなるのだろうか。
眠気が不意に襲ってきて、思考はそこで途切れた。
- 136 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時34分13秒
- ◇
奈落坂の名は、家から零れる光どころか、
瓦斯灯の一本すら無いと云う暗澹とした風景から来ていると聞いたことがある。
周囲を半壊の竹薮に囲まれ、風が吹くと響く葉が擦れる音はおどろおどろしさを掻きたてる。
なつみは本物の奈落を見たことは無かったが、
なるほど奈落とはこう云うものかと納得出来るほど、坂の周囲は深い闇に包まれていた。
- 137 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時34分52秒
- 「上にお社があるんだけど、行ったことある?」
隣に立った圭織が白蓮をあしらった群青の着物を風にはためかせながら訊いた。
なつみは無言で首を振り、手にしている堤燈の灯で朧に確認することの出来る足元を見つめた。
昨日まで五日間降り続いていた豪雨の影響で相当ぬかるんでいる。
本来赤いはずの下駄の鼻緒が斑模様を描き出していた。
「小石川神社って云って、商売繁盛の神様らしいよ」
「へぇ、でも全然聞いたこと無いねぇ」
「そりゃ、少し行けば狛犬様があるんだから、
幽霊が好きでもない限り、わざわざこんな坂登って小さな神社に参る人はいないわな」
狛犬様はこの界隈では最も大きな神社である。
商売繁盛に家庭円満に金運上昇に無病息災と、
千手観音のようにあらゆる方向に手を伸ばしている大神社だ。
それに比べて、確かにこちらは寂れている雰囲気が坂の時点で伝わってくる。
幽霊が出てきても不思議は無い。
「ああ、なっちも幽霊と胡瓜は苦手だ」
圭織が不思議そうな顔を見せたので、なつみは気にするなと笑い飛ばした。
- 138 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時35分28秒
- 「今日はそこまで行くのかい?」
なつみが訊ねると、飯田は首を振りながら、着物の裾から紙巻と燐寸を取り出した。
一本抜き取った紙巻を口に咥え、器用に火をつける。
焦げる音がして、二人の身近に一つ明かりが増えた。
「道中に庵がある。
圭織が百合を植えたのはそこだから、そこまでだよ」
十五分も歩けば着くかな、と圭織は煙を吐き出しながら云った。
白煙が色濃く立ち昇って消える。
宵闇が深い証左だ。
なつみは圭織の手から紙巻を抜き取ると、気取って親指と人差し指で挟み、二三と喫ってみた。
肺が内側から押される感覚が心地よい。
短くなった紙巻を捨て踏み躙ると、
圭織はそれを待っていたかのようになつみの頭の後ろに手をやり、圧力を加えた。
「行くよ」
左手に持った堤燈を掲げて見せた圭織に並んで、なつみは歩き出した。
- 139 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時36分31秒
- 月は大きく欠けている。
三日月にしてもまだ細い、弦のような月をなつみは仰ぎ見た。
雲も無い空は千切りの玉葱が黒い鍋底に一つこびり付いているように見えなくも無く、
朝飯以来何一つ口に入れていない空腹の辛さを嘲笑うように刺激する。
昼に何かつまんでおけばよかった、と遅い後悔を始めていると、
頭を押すようにしていた圭織の手が降りて来て、なつみの左手を繋ぎ、
「お腹空いたね」
声を潜めて云った。
「本当に。
何か食べてくるべきだった」
「一時間もかからないからさ、後でご飯食べに行こうよ」
圭織はなつみも行きつけの小料理屋の名前を出し、なつみが賛同するのを見ると、
子供のように相好を崩して、繋がれている腕を大きく振り回した。
風を切る音と熱い空気を掻き回して生まれた少し冷えた空気を浴びながら、
なつみは圭織の手が冷たいことに謂れの無い焦燥を覚えていた。
何も圭織の手が冷たいのは今日に限ったことではない筈なのだが、
その冷たさの中に漠然としながら確かにある不安や恐れを、
なつみの肌はいち早く感じ取っていたのかもしれない。
- 140 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時37分09秒
- 十五分も歩いた感覚はなつみには無かったのだが、
暗闇と云うのは人の神経に悪戯を仕掛けるものだから致し方ないのかもしれない。
圭織の着いたよ、と云う言葉が一瞬理解できず、
ぬかるんだ足元ばかりを気に掛けていた顔を上げると、
すぐ近くに、ぼんやりと寂光を放つ瓦斯灯の存在を認めた。
その影に浮かんで、藁葺きの屋根が暗く見える。
寝起きの頭のように、所々が撥ねていた。
「何の為にこんな所に建てたのかよくわからないんだよね、これ。
去年来た時にも無人だったし」
近づいてみると綻びの度合いがわかるよ、と、
圭織はそう云いながら、ずんずんと庵の裏手目指して進んでいく。
ついていくと、前方に闇が二層になっている部分が現れてきた。
下敷きになっている夜の上からさらに、鬱蒼と生い茂る樹木の陰が重ねられている。
圭織はその手前で立ち止まると、紙巻を口に咥え、なつみにも差し出してきた。
「少しでも明かりがあったほうがいいからね」
なつみは差し出されるまま紙巻を咥え、頷いた。
- 141 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時37分51秒
- 森に入るとぬかるみは幾分抑えられており、足取りが軽くなった。
二人はしっかりと手を繋ぎあったまま、飯田はなつみを引き、
なつみは飯田に引かれる格好で森の奥へと進んでいった。
それほど大きな森でも無いらしく、遠くには月光を伴った薄い闇が下りている場所が見える。
圭織は器用に口の動きだけで灰を落としてなつみに笑顔を向けて見せた。
それだけのことだが、なつみはなぜか嬉しかった。
「着いた」
紙巻を吐き捨て云った圭織の言葉と同時に視界が開け、なつみは目を瞠った。
六、七坪の狭い空間に、辺りを取り囲むようにして白百合が群生している。
細い月明かりが一箇所に差し込み、そこだけが浮き上がって見えた。
月に晒された白百合は、白と云うより黄金に近い色に輝いている。
遠目だったが、雨露の煌めきが理解できた。
幻想、と云う言葉がなつみの脳裏に浮かび、浮ついた感覚にとらわれた。
- 142 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時38分23秒
- 「とりあえず座ろうよ」
圭織に促され、二人は空き地の片隅で、
白百合とは対照的に、寂しげにぽつねんとある閉店した茶屋のような軒付きの建物に身を寄せた。
軒付きとは云っても、もうその機能を果たさないことが一目でわかるほど軒は腐り崩れ、
雨に打たれたらしい障子戸がふやけた姿を晒しているのを見ると、
先程の庵よりなお古びた印象を受ける。
建物の間近に咲き乱れている百合は、その所為か暗く見えるのだから不思議だ。
間口付近に澱んだ腐臭を堪えながら、二人は変色した長椅子に腰掛けた。
森から出てきた場所とは角度が違うため、黄金色の百合の位置も少しずれている。
「あの辺、丁度」
圭織が黄金色の移った百合の辺りを指差しながら云った。
「圭織が植えた所だね、ここから見ると丁度いいなぁ」
なつみが覗き込むように圭織を盗み見ると、
双眸は我が子を思う母親のような艶やかさを湛えていた。
その瞳の色は、ふっと、なつみに圭織が遠い存在になりつつあることを予感させるに十分だった。
- 143 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時38分57秒
- * * *
二人は幼い頃からの親友だった。
家が近く、性格の違った二人は磁石のように引かれあい、どんな時も行動をともにしていた。
活発ななつみと物静かな圭織は、二人で手を取り合って階段を上ってきたのだ。
圭織は読み書きや、八百屋生まれと云うことを生かした自然に関する知識をなつみに与え、
なつみは圭織を引きずりまわし、身体を動かすことの楽しさを叩き込んだ。
喧嘩も絶えることは無かったが、仲直りも早かった。
隣に相手がいることに不自然さを感じることは無く、むしろいないことを不自然にすら思う二人が、
はっきりとしたものではないと云え、お互いに強い好意を抱くのは実に自然なことだった。
なつみの喜びは圭織の喜びであり、圭織の悲しみはなつみの悲しみである。
男と女の境界線の無い年頃に、二人はすでに運命共同体としてお互いの存在を認識していた。
しかし、境界線の存在を知る年齢になると、途端に二人の関係は危ういつり橋のようなものになる。
なつみには圭織の心がわからず、圭織にはなつみの考えがわからなくなってくる。
温めている感情が変わることは無かったが、それを放出する機会が無いことも、
二人は段々と知るようになっていった。
- 144 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時39分46秒
- 二人が二十歳の夏に、圭織は某文芸誌において「暗夜行路」を発表し、世間の注目を集めていた。
一般人を対象にした大衆賞において最優秀賞を射止めた「暗夜行路」は、
画板全体を黒に塗りつぶし、
砂糖をこぼしたように所々星を象った白をあしらってあるだけと云う、
構図と呼べる構図も無い、一見しただけでは画とも呼べない作品だった。
しかし、審査員の心を捉えたのは、その画に使われた黒であった。
当時の選評を引くと、
「これほどまでに深く、それでいて浅く、強く、そして弱く、厳しくて優しい黒は初めて見た」
「ざっと数えて五十を超える黒が使われているこの画は手練れの手になるものに比肩し得る」
「暗色画の精鋭の誕生を素直に喜びたい」
と大絶賛に終始している。
なつみは発表前にその画を見ていたのだが、
確かに部分部分で微妙に黒の濃度が変化していることが見て取れた。
もちろんこれは力量あっての超絶技巧だ。
「夜にも時間があるんだからね」
初見の際に云った圭織のこの言葉はなつみの中に強く刻み付けられていた。
受賞が発表された夜は、二人で、飲めるようになったばかりの酒で祝杯をあげた。
- 145 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時40分14秒
- 受賞以降の圭織は相変わらず暗色系を用いながら、対象を花へと移していった。
もっともこれは世間一般の見方で、
圭織が最も描きたいのは花であると云うことをなつみは知っている。
「圭織は花なの。
名も無い路傍の花なの。
大勢の人に踏み躙られて、だけど何人かは目を向けてくれる。
そんな花なの」
黒薔薇、砂塵に煤けた鈴蘭、焦げて縮れた紫陽花を一緒くたに籠盛にした「情念」と云う作品に、
圭織は、「疲れ果てた恋愛の末」と云う題の短い文を付している。
「焦げた紫陽花は燃え尽きた恋、煤けた鈴蘭は汚された純な想い、
そして黒薔薇は、恋愛に賭ける悪魔的な執念を具現化したものです。
私の胸の中で育った花を摘み取って見ました」
花とは、圭織にとって恋愛観の表れなのだ。
燃え尽き、汚され、盲目的な執念を呼び覚まし、踏み躙られる。
けれどそれらは、あくまで全て圭織の中の幻の花に過ぎない。
圭織自身はまだ、誰にも目を向けられないまま、路傍でひっそりと風に揺れているのだから。
いや、一人だけ、気にかけない振りをして、片時も離れず花を伺っている人物がいる。
それが、なつみだった。
- 146 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時40分51秒
- * * *
しばらくの間、お互い黙ったまま百合の群れを眺めていた。
風が吹くたびに群雲が流れ、時折月を覆い隠すと、黄金色の百合はその姿を失う。
またしばらくすると雲が晴れ、黄金の百合がその姿を現す。
なつみは先程感じた幻想と云う言葉に、可憐と云う言葉を重ねた。
白光を纏う百合は、幼い少女のような趣をして見えた。
「夜にも時間があるね」
圭織がそんなことを漏らしたのは、もう十分近く無言でいた後だった。
なつみが小首を傾げる仕草で疑問を呈してみると、圭織は微笑を浮かべながら黄金の百合を示し、
「段々さ、月の光が動いていってるでしょ?
夜が流れてるんだよ」
地球が回ってるね、と続け、唐突になつみの頭を引き寄せた。
不意のことになつみは体勢を崩し、圭織の膝に枕するように倒れこんだ。
上から見下ろす強い圭織の視線と上目遣いで見上げる戸惑い気味のなつみの視線が絡まる。
「…これも、地球が回ったから?」
「圭織が、一瞬だけ回したから」
そう云って、圭織の黄白色に輝く細い指がなつみの額に降り、髪を払った。
指先から漂ってきたのだろうか、強い甘い香がなつみの鼻をついた。
名前を知らない花の香に感じた。
- 147 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時41分53秒
- 「好きって云ったら、どうする?」
圭織の声には力が無かった。
なつみにはそれが、路傍の花が誰にも気にされることも無いまま枯れていく様と重なって見えた。
恐れているのは明らかだったが、しかし、吐き出した強さが圭織にはあった。
なつみは体勢を整え、飯田から目を伏せるようにしながら、
「どうもしないよ」
と小さく呟いた。
「なっちは、どうもしないよ」
「じゃあ、今から着物を脱がそうとしても?」
脅しではないと云うことを証明したいのか、圭織の手はなつみの薄桃の浴衣の肩口に置かれた。
しかし、その手は細かく震えている。
「構わないよ。
圭織がしたいなら、していいよ。
なっちなら、大丈夫だから」
同情ではない。
なつみはただ、身体が繋がることにそれほどの意味を見出していなかっただけだ。
圭織が望むのだから、望んでくれたのだから、そんな気持ちだった。
なつみは処女だったが、処女喪失に対する思いも何もなく、強いて云えば、
痛いのかなと小さな不安が頭をよぎった程度のものだった。
- 148 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時42分45秒
- 「証拠、見せてあげるよ」
なつみは云うと、着物の袖口から常に携帯している一本の紅を取り出し、指に塗りつけた。
圭織が不思議そうに見つめる中、なつみは染まった指をそっと、
半開きになっている圭織の唇に持っていき、舐めるように走らせた。
柔らかな肉が官能的に弾む。
圭織の大きな目が更に見開かれ、身体が大きく波打ったが、なつみにはそれが拒絶とは見えなかった。
なつみは一通り塗り終えると、着物で紅を拭い、笑顔を作った。
それほど綺麗に、また濃く引かれたわけではないが、
圭織の唇は確実に今まで以上に闇に映えて見えた。
- 149 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時43分20秒
- 圭織は突然のなつみの行動を驚愕の表情で見つめていたが、
やがておもむろに動き出すと、なつみの髪を払った右手を自らの着物の裾に滑り込ませた。
着物から出てきたのは、何かの容器らしかった。
「…お薬?」
なつみが訊くと、圭織は少し悪く見える笑みを浮かべ、その容器の蓋を口で捻り取った。
と同時に、容器の口から何かが跳ね、圭織の頬の辺りに付着した。
なつみが慌てて体を起こそうとするのを、しかし圭織は押さえつけた。
その形相は穏やかなものに戻っていたが、唇の横を走る一筋の線は、なつみの呼吸を僅かに乱した。
「血…」
しかし圭織は慌てた様子も見せず、紅い瑕を拭うこともしないまま、
空いている左手で掴んでいた容器を、突然最も近い百合の花に向かって投げつけた。
なつみは思わず目を瞑り、鈍い音だけが耳に残る。
目を開け、開かれたなつみの視界に飛び込んできたものは、
薄闇に粘っこくてらてらと光る、紅く濡れた百合の花だった。
- 150 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時43分56秒
- 「圭織…どうしたの?」
「覚悟」
なつみを押さえつける圭織の力は弱いもので、逃げようと思えば逃げられないものでは無かった。
しかし圭織のその言葉が、なつみの中の行動意識を刈り取ってしまっていた。
鼻を突く匂いがいつしか、覚えのあるものに変わっていた。
「…塗料だね」
「赤のね。
百合には悪いことしたよ、嫌いじゃないのにね」
なつみは首だけを捻って、赤を被った百合を見つめた。
血濡れのようにも見える。
圭織が、赤の塗料を自らの血に見立てたことは瞭然だった。
そして、塗料を血に見立てた意味、百合を濡らした意味も、なつみにはすぐにわかった。
- 151 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時44分29秒
- 「…さっきさ」
なつみはだらりと垂れていた両手を圭織の首に回した。
それにあわせて圭織の顔となつみの顔の距離が狭まる。
「どうする?って訊いたじゃん。
脱がせようとしたらどうするって」
「うん」
「じゃあさ、なっちも訊くよ」
圭織の長く柔らかい髪がなつみの顔にかかった。
こそばゆかったが、それすらも心地よく思えた。
「…いいの?なっちで」
訊いてすぐ、なつみは笑い出したい衝動に駆られた。
なんと滑稽な関係なのだろう。
まるで、見向きもされない路傍の花同士が瑕を舐め合うような哀れさすら漂っている。
回りくどい、素直でない、全く滑稽としか云いようが無いではないか。
「いいの?初めてがなっちで」
「いいよ」
圭織の手がなつみの頬に触れた。
握りあった時より、体温が上昇しているように感じた。
純潔を奪われた圭織の腿に血が流れる様子を想像すると、
なつみの頬にも、熱がたまってくる感覚を覚えた。
- 152 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時44分56秒
- 家庭の事情でなつみが娼婦として街に売られて行くことになったのはこの直後のことである。
二人はこの夜以降言葉を交わすことが無いまま、別れた。
- 153 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時45分21秒
- ◇
個展会場にはそれほど人はいなかった。
なつみが受付で招待券を見せると、裏口から入るよう促され、
大柄な警備員らしき男の先導を受け、関係者通用口と書かれた所から中へと入った。
何も無い廊下を足音が響く中静かに歩いて行くと、控え室と書かれたドアの前で待つよう指示された。
警備員が行ってしまい、手持ち無沙汰になったなつみは、
なんとなく髪を梳きながら、圭織が来るのを待った。
久しぶりの顔合わせだが、それほどの緊張や焦りと云ったものは無かった。
罪滅ぼしの意味だけはわからなかったが、それほど深い意味は無いのだろう。
ドアに凭れて待っていると、廊下の奥から走ってくる人影を見つけた。
なつみの顔が自然と綻ぶ。
一年ぶりの再会だったが、圭織はまったくと云っていいほど変わっていなかった。
「久しぶり」
「久しぶり」
挨拶を交わし、お互いはにかみながら笑った。
また少し、手が暖かくなっているとなつみは思った。
- 154 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時45分53秒
- 「忙しいのに、悪かったね」
「ううん、どうせ今日はお休みだから。
それより、こっちで個展開けるなんて凄いじゃん」
「うん、まぁつてを頼ってね」
控え室に通され、差し出された茶を啜りながら、なつみは柔らかな感傷に浸っていた。
顔を突き合わせていても、息苦しさは微塵も感じない。
あの夜のことを、お互いが割り切っていることは明白だった。
軽い気持ちでは勿論無い。
けれど、無為な身体の繋がりが心を軽くすることもあることを、二人は知っていた。
嫌な云いかたをすれば利害の一致、瑕の舐め合いだが、
なつみはもう瑕を舐め合うことを滑稽に思ってはいなかった。
- 155 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時46分23秒
- 「手紙、読んでくれたよね?」
茶菓子をつまみながら圭織が云った言葉になつみは頷いた。
「罪滅ぼしとか書いてあったね」
「そうそう、それが目的で呼んだんだよ」
「でも、圭織なんかなっちに悪いことしたかい?
あの時はどっちかって云うとなっちの方が…」
なつみの声が語尾に向かって小さくなっていく。
圭織はそれを遮り、首を横に振った。
「つい先日、決まってね」
「ふ?」
「…結婚、するんだよ、こっちで」
- 156 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時50分35秒
- とてつもなく大きな音が耳の中で弾け、それからゆっくりと鈍い痛みがなつみを襲った。
錆び付いてしまった機械のように、なつみは緩慢な動作しか出来なかった。
「結婚…?」
「うん。
なっちと離れてから付き合い始めた人と」
「そう、なんだ…」
- 157 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時51分09秒
- なつみは圭織の声を聞きながら、ある一つのことだけをひたすらに考えつづけていた。
一体自分は喜ぶべきなのか悲しむべきなのかということだ。
圭織の結婚を祝わない理由は無い。
しかし、云いようの無い不穏な気持ちが渦巻いているのも確かだった。
圭織はそんななつみの様子に気づいたのか、視線を絡めて話し始めた。
「怒っていいんだよ?
圭織が、我慢できなくなっただけのことなんだから」
「我慢?」
「うん…まぁ、自惚れだったら馬鹿みたいなんだけどさ。
なっちは圭織のこと嫌ってないって、今でも思ってるの。
この、結婚するって発表したあとでもね」
なつみは我知らずのうちに、頷いていた。
嫌っていない、との言葉の真の意味に気づいていながらの無意識の行動だった。
「でも、今度結婚する人に出逢った時、いい人だなぁって思った。
その時私、なっちと較べなかったのね」
「え?」
なつみは座りなおして、圭織の次の言葉を待った。
もう腑抜けの状態からは脱して、ただ圭織の口の動きだけに注目していた。
- 158 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時51分40秒
- 「なっちとこの人、一生一緒にいるのはどっちだろうって、思わなかった。
それは…なんて云うのかな、言葉にするのは難しいんだけど、
きっと心のどこかで、なっちとその人を別の場所に区分してたのね。
…なんか意味わかんないね。
結局は云い訳なんだけどね」
圭織は力無い笑みをこぼすと、なつみからの反論を待つようにゆっくりと肘を付いた。
見据えられた瞳は茶味を帯びて輝いて見え、それに寄せられるように、なつみは口を開いた。
- 159 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時52分04秒
- 「…わかるよ、その気持ち。
だって…なっちもそうだから」
- 160 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時52分37秒
- 圭織の動きがぴたりと止まった。
なつみは天井に向かって大きく息を吐くと、身体から溢れて来る言葉をそのまま吐き出した。
「なんか、やっぱり似てるね、うちら。
ずっと一緒にいたんだから当然か。
…なっちの場合は、性質悪いよ。
圭織のこと、最初から諦めてたもん。
もしかしたら、って思ったことはあったけど、でも、ね。
だから、こっち出てきてすぐ結婚した。
こう云うの、未必の故意ってやつだよね。
相手が傷つくかもしれないってわかってるのに、やっちゃうの。
なんかもう、本当に…」
そこからは言葉にならなかった。
なつみは顔を歪めて泣いていた。
圭織は呆けたまま、視線を壁にぶつけていた。
控え室に訪れた静寂は、ひたすらに重たく苦しいものだった。
- 161 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時53分03秒
- 「…帰るね」
そう云って立ち上がったなつみを、飯田は止めなかった。
なつみは鼻を啜りながら、名残惜しそうな視線を向けてみたが、
飯田から反応が返ってくることは無かった。
「…ごめんね」
ドアを押し開け、背中を向けたままなつみは云い、部屋を出た。
ドアの閉まる音が大きく響いた。
飯田の双眸から涙が一筋零れ落ちたのは、それからすぐのことだった。
硝子を伝う雨粒のように、音も無く静かに流れていった。
- 162 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時53分34秒
- ────
──
─
- 163 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時53分55秒
- 会場を出たなつみは、眩しい太陽光線に目を細めた。
泣き腫らした目は赤かったが、表情は晴れやかだった。
「お幸せにね、圭織…」
声に出した言葉は、澄み切った空に昇っていった。
- 164 名前:未必の恋の物語 投稿日:2003年08月30日(土)18時54分13秒
- ──こう云うの、未必の故意ってやつだよね。
──相手が傷つくかもしれないってわかってるのに、やっちゃうの。
なつみは己の選択が間違いだとは思っていない。
圭織は自ら、ともに歩む伴侶を見つけたのだ。
その決心を揺るがすようなことを云ってはならない。
例え、圭織が何を望んでいようとも、それに気づいてしまってはいけないのだ。
なつみは初めて、演技で流す涙にも意義があることを知った。
もうきっと、圭織に逢うことは無いだろう。
圭織が認めた男性を見ることは出来ないし、
もしかしたら将来なつみが認める男性が現れたとしても、圭織に紹介することは出来ない。
それが、ひどく悲しいことのように思えた。
太陽が翳る気配は無い。
日差しが強い所為にしよう、と、なつみはまた溢れ出した涙を拭った。
- 165 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)18時56分14秒
─────
───
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- 166 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)18時57分00秒
あれから、二年。
今までも、そしてこれからも仲間。
・・・・・・・たぶん。・・・・・・・きっと。
- 167 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)18時57分31秒
スイカ割り?
- 168 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)18時59分01秒
- 夏の終わりの海水浴場。
既に海水浴客はほとんどおらず、砂浜には少女が三人、佇んでいる。
イノキと、ふぐっつらと、ビックリ顔。
「麻琴、ほっぺにソフトクリームついとるよ」
「え、うそ」
「ほんとほんと」
川o・-・)……
麻琴は頬を赤く染めながら、ビックリ顔の少女の言葉を待つ。
「左のほっぺやよ」
「……恥ずかしいなあ。とれた?」
「ううん、まだ」
川o・-・)……
- 169 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時00分11秒
- 麻琴はゲシゲシゲシと必死にこすって首を傾げる。
そしてもう一度、ビックリ顔に視線を向けた。
「ねえ、愛ちゃん。まだとれない?」
「だからぁ、もっと左やって。ほら、ここ」
柏o・-・)……!
愛は麻琴のほっぺについていたソフトクリームを人差し指ですくいとると、ぺろりと舐めた。
麻琴の顔が、さらに真っ赤になる。
「ほら、とれた」
「でへへへへ」
川o・∀・)キエー!
- 170 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時01分44秒
- そのとき、今まで黙っていたふぐっつらの少女が、突然奇声をあげた。
白い手ぬぐいで目隠しをして、木製バットを振り上げて。
「うああああ!?」
麻琴の叫び声とともに、バットがするどく振り下ろされる。
その軌跡が、二人の間を切り裂いた。
「まこっちゃんのばか! すけべ! いっつもでれでれするし、へたれだし!」
「へたれって!? わっ!!」
再びバットが空を切る。
麻琴の茶色い髪をかすめて。
「ちょっと、あさ美ちゃん落ち着いて! 大体なんで目隠ししてるの!?」
麻琴は叫びながら必死に逃げる。
しかし、砂が足に絡み付いてなかなか進まない。
もたもたしてるその頭をめがけて、あさ美が緑の球体を投げつけた。
ゴスッ。∬;´▽`∬アウッ!
- 171 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時03分09秒
- それは見事に麻琴の頭へとクリーンヒットし、彼女はそのまま砂浜へ倒れこむ。
「何これ…? まさかスイカ割りでも……って、∬;´▽`∬カボチャ!?」
麻琴の頭の横に転がった、カボチャ。
あさ美は目隠しをしたまま、なんのためらいもせずに、カボチャめがけて走ってくる。
「氏ねっ! 川o・∀・)アヒャ!」
「死ねってなんだよ! ってか、絶対その目隠し透けてるだろ! ヒィ!?」
二度、三度。
あさ美の振るバットは、確実に麻琴の顔へと近づいてくる。
「ちょっ、あさ美ちゃん、止め……っ!」
「あー目の前真っ暗。何も見えない聞こえない。カボチャこの辺りかなぁ?川o・∀・)」
そして、あさ美は一段と大きく、木のバットを振りかぶる。
∬T▽T)ヤダァァァァ!
- 172 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時04分52秒
- その瞬間だった。
愛があさ美へと飛び掛り、そのままゴロゴロと砂浜を転がっていく。
「麻琴早く! 抑えて!」
「コワイコワイコワイ…」
「はよ抑えろっ!」
「うわぁーーーー!」
狂ったように叫びながら、漫画のような格好で麻琴が飛びかかる。
壊れたイノキと狂気のふぐっつら。
まともなのは愛だけだったから、いつのまにか三者そろってのすったもんだになった。
最初は暴れていたあさ美だったが、二人の力には勝てないと知り、次第に大人しくなる。
「なぁ、なんでこんなこと……」
卍固めをしながら愛が口を開いた。
- 173 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時06分06秒
- 「だって……」
あさ美がゆっくりと麻琴に視線を向ける。
「らって自慢するんらもん!」
「してねえし! ってか、他人のネタ使ってかわいこぶるなよ!」
麻琴の叫びを最後に、辺りには静けさが戻った。
聞こえるのは波の音。
そして、しゃくりあげるあさ美の声。
「なぁ、ほんまのこと言ってみ?」
愛は微笑んで、優しく声を掛ける。
卍固めはそのままで。
- 174 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時08分19秒
- ∬;´◇`)ア、アイチャン…
( つ つ
| |
(__)__)|川’ー’川 バーヤ!
⊂ つ
ドカ... | |⌒I、| 川’ー’ 川彡
▼(__)ノ ⊂ つコロヌ!
川 ’ー’川 ノ∩ / / / 彡
⊂ /|⊂ ヽ (_(__) バキ
| _/ ./川oT-T)っ<卍ガタメジャナイシ…
(__) 彡 U
- 175 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時09分34秒
- そして、あさ美を抑える力を弱めると、彼女はようやく口を開いた。
「二人ばっかで話してて、さびしかったんだもん」
あさ美は涙をこらえながらそう言って、そして笑った。
しゃくりあげる声が消えて、海岸を小波の音が包み込む。
空は少しずつ赤みを増していき、水面は何処までも続く赤い絨毯のように見えた。
「花火しない?」
唐突に、麻琴が切り出した。
「三人でお金合わせて、いーっぱい花火買ってさ。一晩中やるの」
世界を覆う茜色はもうじき闇に侵食され、三つの小さな明かりが灯る。
そうして日はまた昇り、三人は仲良く寝息をたてるだろう。
そんな温かな幻想が三人を包んだ。
- 176 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時10分25秒
- 「面白そうやね」
麻琴の言葉の後に残った、柔らかな沈黙を破ったのは愛だった。
「しよ、あさ美ちゃん」
そう言って、大きな口の端を一杯に広げ、にっこりと笑う。
「……うん」
夕焼けに赤く染まったあさ美は、照れくさそうに笑って、愛に腕を絡めた。
麻琴もそれを、しまりのない笑顔で見つめた。
「じゃあ、行こう!」
麻琴の声に二人が頷き、土手へと続く階段を上る。
勢いに乗って一段飛ばし。
最後の余った一段は三人仲良く手をつなぎ、足並み揃えてセエノで飛んだ。
- 177 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時12分37秒
- 「そう言えば……」
再び麻琴が口を開く。
「何か忘れてるような……」
「そう?」
「忘れてないよ。気のせいやって」
「そっかな……。ま、いっか」
三人の背中は次第に小さくなり、空の茜と共に消えた。
波が四人で過ごした白日の記憶を鮮やかにさらっていく。
……四人の?
- 178 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時14分48秒
- ◇ ◇ ◇
- 179 名前:スイカ割り? 投稿日:2003年08月30日(土)19時15分35秒
- 「おーい、まこっちゃん、あさみちゃん、愛ちゃーん! ジュース買ってきたよー!」
誰もいない砂浜に、少女の声が響く。
しかし、そこには誰もいない。
あるのは――
「(;・e・)カボチャ?」
ごろりと転がる、緑の物体。
トモダチの代わりに現れたカボチャが気になりながらも、彼女は空を見上げた。
夕日がとても赤くて、まぶしくて、思わず視線を逸らす。
視線の先には、カボチャ。
「……ニィ」
一人ぼっちの夜。
カボチャを見ながら彼女は、何故だか無性に泣きたくなった。
- 180 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時16分32秒
─────
───
─
- 181 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時17分44秒
世の中の不思議は、いつだってすぐそばに転がってる。
それを探す時間も、それに出会える瞬間も。
"今"だって、ほら。
- 182 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時18分17秒
フーリッシュ・ベッセル
- 183 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時19分14秒
- 例えば、形あるものはいつかは絶対に朽ち果てて、消滅してしまう。
例えば、夢は目覚めたらその痕跡さえ無くなって、取り戻せなくなる。
そうだとしたら、私たちは一生の間に、世界のどれくらいのことを知りえるのだろう?
考えたって答えが出るわけじゃない。このままあやふやにしてしまったら一生後悔する。
目に見える理解を求めて、私は、手を上げた。
「せんせえ!地球が丸いなんて証拠あるんスか?」
「吉澤、お前は1回病院にお世話になれ」
「またそれですか!」
「さて、次のページ開いて・・・」
「あ、話終わらせないでくださいよ!」
「え〜と、次は自転について・・・・」
「ちょっと!・・・」
――――――――
―――――
―――
- 184 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時20分10秒
- 学校帰り。
むしゃくしゃしたから隣でやたらと笑みを浮べてる、後輩の松浦の頭をはたいた。
「イタ!なにするんですかぁ!?」
「べつに、理由なんかない。理由が無くちゃ頭たたいちゃダメなのか?」
「先輩ってあいかわらずぶっ壊れてますよね・・・あ〜あ、けっこう人気あるのに勿体無いな」
「何のことだよ?」
「何でもないです。それより先輩。明日から夏休みですよ!パ〜っと遊びません?」
松浦がキャッキャッと騒ぎ立てる。どうしてこいつはこうも単純なんだろうか。
節目節目で気分が晴れりゃ苦労はいらないってのに、こいつの脳は上手く出来ている。
松浦はスカートを太腿の真ん中辺りまで短くして履いていた。今に襲われるぞ。
背中には学校指定の手提げ鞄をリュックのようにして背負っていた。
何かと頭が悪そうなのに、これで成績が良いって言うんだから、人ってのは見かけによらない。
- 185 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時20分41秒
- そういや、今日は平日だったのに授業は三時間で終わった。
夏休み直前の短縮授業。なんだかなぁ、と思う。あっついし。
「お前、夏休み関係無しで毎日遊んでんじゃないの?」
「何言ってんですか!ちゃんと学校来てるじゃないですかぁ」
手や表情でジェスチャーをつけて、抑揚をつけて、そうしてようやく言葉を発する。
松浦ってのは仕種がいちいち仰々しい。もう慣れたけど。
「別にさ、夏休み入るからって地球が丸いかわかる訳じゃないし」
「・・・まだ言ってたんですか?それ・・・」
「当たり前だ。あたしはこの目で確かめないと気が済まないタチなんでね」
だって地球が丸いなんてことは、普通に考えてあり得ないじゃないか。
私たちは実際にこうして平行に立っているし、水平線だって横一線で、少しも
歪みが無い。なのに、どうして世間の人たちは納得できるんだ。
- 186 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時21分29秒
- 「先輩はですね、普通の人とちょっと変わってますよ」
「ああ??あたしから見たら毎日遊び惚けてるお前の方が普通じゃないけどね」
「・・・」
「あ、そうだ。明日海行かない?」
「うわ!!本当ですか??行きます行きます!初めてまともな誘いしてくれましたね」
「どういう意味だ・・・」
松浦と別れたあと、私はやっぱり何かと納得がいかないまま家路につく。
夏真っ盛りのこんな時期に昼で家に帰るっていうのもなんだか素直に喜べない。
学校にいると何かと楽しいし、勉強するのは嫌いじゃないし、帰ってすることもないし。
ぼんやりと空を見上げながら歩いた。空を見ていると、いつも同じことを考える。
私たちは、この世界の何を知っていると言うのだろう。
いつも思う。ニュースの報道は正しいのか、とか、教科書は正しいのか、とか、
そんな事ばかりに疑問符を浮べてる。私は松浦の言うように、変わっている人間なのだろうか。
- 187 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時22分22秒
- こんな住宅街だっていうのに蝉の鳴き声がすごく身近に感じられる。
木なんて辺りに殆ど生えてないのに。
コンクリートで形成されている町に、点在している常緑樹がちらほらと見えるだけだ。
一メートル四方もない、せまっ苦しく限られた土壌から木が伸びて、蝉は鳴いている。
よくアスファルトの隙間から雑草は生えるって話を聞くけど、
今の時代は普通の木でも同じらしい。
見栄えのためだったとしたら、植物って悲しいと思う。
そして、その根元のわずかな土の中に何年も幼虫として過ごして、
ようやく外のコンクリートの世界を眺めることが出来た短命の蝉もまた、悲しい生き物だ。
そんな風景の移動を横目に、私はゆっくりと帰り道を嗜む。
私は知りたい。記録や既存の情報から学ぶんじゃなくて、自分の目でいろいろと確かめたい。
松浦に付き合ってやってるから徒歩で通学しているけれど、よく考えりゃ
あいつの家は学校から歩きで10分もかからない。私は松浦と別れた後は
それから30分もかけて家に帰る。あの当時、後輩を思って一緒に帰ることを
承諾した私はバカだった。でもそのおかげで色々と発見できたものもあった。
- 188 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時22分55秒
- 住宅街のまっただ中に、古くてちっぽけな神社があるのを見つけたのは、
松浦と一緒に登下校するようになってから、しばらく経った頃のことだった。
子供の頃から慣れ親しんでいた町だったのに、そんな神社があることなんて全く知らなかった。
三階建ての家が三つ並んでいるその隙間に、ポツンと時代に取り残されたようにそれはあった。
こういうのを大事にする日本人に生まれて私は本当に幸せだと思う。
見つけたときの喜びようと言ったらそりゃ大変なモノで。
私はオモチャを買ってもらった子供のように、ただ単純に喜んだ。自分でもおかしいくらい。
神社には全くと言っていいほど興味はないんだけど、それでも、ずっと昔に無くしてしまって、
そのまま忘れてしまっていたのがふとした機会に見つかったような、
得ようと思っても得られない僥倖を感じたのを覚えている。
その時に思った。人間が一番喜びを得ることが出来るのは、知ることなんだろうって。
そしてついでに、歩くことが楽しいと気付いたのも同じ頃だった。
- 189 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時23分32秒
- 背中が汗ばんできて、制服の胸元を摘んでパタパタと扇ぐ。
家に着くまでに勾配のきつい坂を三つも上り下りしなきゃいけない。
うちの高校の夏服は薄い生地のブラウス一枚だから、汗をかくと下着が透けて見える。
それを、通りすがった際にエロい目で見てきたオッサンがいたから、睨みつけてやった。
平日の真昼間からどうしてスーツを着たオッサンがこんな住宅街にいるんだよ。
それがそもそも不信だ。
メンチ切って、慌ててそわそわと逃げていったバーコード禿のオッサンの背中をジッと
睨みつける。視界から消えるまで睨んでやろうと思った。理由はよくわからない。
世間一般の女子高生がオヤジを嫌う感覚がはじめてわかった気がした。
その時だった。
クスクスと後ろの方で声がした。なにやら、高い声で。
- 190 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時24分04秒
- 「可笑しい?」
「うん。すっごい強いんだね」
私たちの出逢いって言うのはそんなもんだった。
お互い、敬語は使わないで、普通の友達みたいに言葉を交わした。
名前も歳も知らない、そもそも始めて出会ったのに。
「強いって言うのがよくわかんないけど、あんだけエロい目で見てきたんだから正当防衛でしょ?」
「ははは」
「何が可笑しいの?」
ちょっと苛立って声に力を込めた。
初対面で何も知らないってのに、どうしてこんなに馴れ馴れしいんだ。
よく考えてみると、私もずいぶん馴れ馴れしいな。
いきなり笑ったその彼女は水色のワンピースを着ていて、顔も整っていて、スタイルもいい。
なんだか私は何もかもが負けているような気がして、それがまた苛立ちを促進した。
- 191 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時24分36秒
- 「色黒いね」
まだクスクスと笑っていたその彼女に向って、私は平板な声で言ってみる。
海で焼いたのだろうか、そうだ海。明日はようやく夢の第一歩を踏み出せるんだ。
「これ、地黒なの。夏だと日焼けってごまかせるんだどね」
彼女はそう言うと自分の手の甲に視線を落として、力なく笑った。
笑い方に何だか気品があった。おしとやかっていうか。
「へえ。それだったら夏はもっと黒くなって大変だね」
すごく失礼なことを言ってるのかもしれないと思ったが、私は笑われた
お返しだと自分に言い聞かせて、彼女からの返答を待った。
「本当はね、こうやって長時間外に出るのもまだダメなんだけど・・・」
「はあ?なによそれ?」
「私さ、つい最近病気がよくなって退院したんだ。子供の頃からずっと入院してたんだけど、
やっと家で静養を許されるまで回復して、それで」
彼女は笑ってそう言った。
病気を煩っていて、最近退院とはまた漫画かなにかでよくありそうな話だな。
そんなことを考えた私は彼女に一切同情しなかった。
- 192 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時25分21秒
- 「家、この近くなの?」
「うん」
「へえ。じゃあ、あたしんちと近いんだ」
「知ってるよ」
そう言ってまた彼女はクスクスと笑う。何なんだ一体。
私はこの人のことを何も知らないのに、一方的に知られてるなんて気分がいいもんじゃない。
「なんで知ってんの?」
「だって、部屋の窓から毎日帰ってくるところ見てたから」
「なるほど。そりゃ知られても仕方ないな。あたし見て楽しい?さっきから笑ってるけど」
「うん。なんだか、私が持ってないモノ全部持ってる気がして、嬉しい」
どこまでも不思議な女だ。普通、羨ましいとか言うんじゃないのか。
私だってあなたみたいにスタイルのいい体も、美貌も持ってないっつーのに。
- 193 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時26分07秒
- 夏のきつい日差しが彼女を照らして、それがまた彼女の輪郭を鮮明にして、
まるでブラウン管の中が相応しいほどの美貌を彼女にもたらした。
世の中っていうのは常に不公平だな、と思った。
「学校とかどうしてんの?」
「行ってないよ。まだ、行ける状態じゃないんだ」
「ええっと、名前訊いていい?」
「石川梨華。漢字はね・・」
「ストップ。漢字はいい。歳は?」
「17」
「じゃあ同い年だね」
「でも、私一月生まれだから、学年は一個上なのかな?」
「じゃあ3年なんだ。って、先輩じゃん!」
「ははは」
ちょっと大袈裟にリアクションしてみたけど、そこまで面白いモノなのだろうか。
でも、何だか嬉しくなってきた。人を笑わせるっていうのは思ったより楽しい。
- 194 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時26分55秒
- 「じゃあ私からも訊いていいかな?」
「ダメって言ったら?」
「名前はなんて言うの?」
「・・・無視か・・・ええと、吉澤ひとみ。吉澤の漢字は・・・」
「ストップ。漢字はいいよ。学校は楽しい?」
「楽しいね」
「そっか・・・いいなあ。じゃあじゃあ、彼氏とかいるの?」
「いたらいいんだけどねえ・・・女子高通いのあたしには無縁の話でして・・・」
そこで、気付いた。どうして私は彼女――梨華とこんなに長々と話をしているんだろう。
そして、どうして今さっき会ったばかりだというのに、会話に違和感がないのだろう。
それは梨華が放っているこの不思議な雰囲気のせいなのだろうか。
慣れ親しんだ友達のように、気まずい沈黙っていうのがない。
でも私は気付いた。それはあまりにも彼女が無垢すぎるからだ。何も知らないからだと。
梨華が突然、フラッと揺れた。そして苦しそうに胸に手を当てる。
- 195 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時27分41秒
- 「大丈夫?」
「あ、うん。心配しないで」
「まだ病み上がりで無理しちゃダメなんでしょう?」
「でも、楽しいから・・・」
「楽しそうだね。さっきからあたしの顔見て笑ってるし」
「ねえ・・・」
「何?」
「友達になってもいいかな?」
真顔になってそう言ってきた。こうやって見つめられると何やら視線のやり場に困る。
梨華の前途はきっと有望だ。人生っていうのは結局の所、同じ量の幸福と不幸を
経験して終わるモノだと私は思ってる。楽あれば苦ありってやつだ。
梨華はこれまでずっと苦だったんだろうから、これから先はハッピーなんだろう。きっと。
そして、友達っていうのは頼まれてなるものなんだ、とその時知った。
- 196 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時28分20秒
- 「ヤダって言ったら?」
「小学校以来だな。病院の外の人と友達になるのは」
「また無視・・・」
小学校以来。とんでもなく昔の話だ。でも、実感なんてわかない。
小学校の記憶なんて男子相手に喧嘩してた思い出しかない。
梨華にとって、入院してから今までの歳月はどのような記憶になっているのだろうか。
毎年おとずれる冬、病院の窓から見える枯れ木に辛うじて残っているあの一枚の葉が落ちたら・・・
とか思いながら過ごしたのだろうか。
梨華にとって、時間ってどういうモノなんだろう。
ふと気になった。
「ねえ、梨華ちゃんにとって、時間って何者?」
梨華ちゃん。我ながらなかなかいいあだ名を付けたもんだ。
私の突然の質問に、梨華はキョトンと目を丸くした。
そういうひょうきんな顔でも梨華がすると可愛らしく見える。
世の中っていうのは、やっぱり不公平だ。
- 197 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時28分55秒
- 「答えたら、友達になってくれる?」
「イエース」
「時間かあ・・・希望、かな?」
「キボウ」
「うん。私には時間しか縋るものがなかったからね」
「なるほど。重いねえ」
「よっすぃってホントに面白いね。あなたに出会えただけでも、
病院で頑張った甲斐があったってもんだね」
よっすぃ。梨華はあだ名を考えるセンスが甚だしく乏しい。
- 198 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時29分25秒
- 「あたし、何か面白いこと言ってるかなぁ?」
「うん。だってね。普通の人だったら私の病気の話聞いたら同情して
急に優しくなったりするんだよね。でも、よっすぃは違うから」
「どっちかと言うと、私に同情して欲しいくらいだね。梨華ちゃんみたいに
腰がくびれて、出るとこでて、可愛くなりたいよ」
そう言って私は初めて笑った。すると、彼女も楽しげに笑った。
友達!なんて素晴らしい響きだろう。梨華と友達になれた!
こういう喜びを味わえるから、人間は昔から今まで絶滅しなかったんだな。
- 199 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時30分04秒
- 「ははは・・・楽しいけど、もうそろそろ帰らなくちゃ」
「そうだ。あたしもいろいろと準備しなくちゃいけなかった」
「何か予定あるの?」
「明日、海に行くんだ」
「海かぁ。見たことないな」
「今度、よければ連れてってあげるけど。電車で一時間もすれば着くし」
「うん。その時はお世話になろうかな」
「いいこと教えてあげるよ。あたし、この夏、地球が本当に丸いか確かめる旅に出るんだ。
丸いってことは、真直ぐ行けば元の地点に帰ってくるってことなんだよ。
だから、船作って、ちょいと行ってくるつもり」
「うわー。すごいねえ。じゃあ、結果教えてよ」
「いいよ。じゃあ、また今度ね」
- 200 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時30分37秒
- 私は鞄からルーズリーフを一枚取り出して、家の電話と携帯の番号を記した。
それを受け取った梨華は本当に嬉しそうに微笑んだ。
これだけ喜んでくれると、私はまるでナニカの救済者にでもなったような錯覚を受ける。
別れを告げても、梨華は私が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
いや、私が見えなくなっても手を振り続けていたかもしれない。
結構歩いたと思ってふと後ろを振り返ってみても梨華は同じように手を振っていた。
角度の浅いへの字の坂を下ると、梨華はとうとう見えなくなった。
それでも背中に梨華の気配を感じて、曲がり角を曲がるのがとても心苦しかった。
ひょんなことから新しい友達が出来た。人生っていうのはいつも前振りがない気がする。
松浦の誘いを断って自転車通学していたら、梨華とは友達になれなかった。
だから私は歩きで登下校することになった原因である松浦に感謝してやった。
- 201 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時31分08秒
- 家に帰って二階にある自分の部屋に入ると、
私はとりあえず、バイトで稼いだ金をつぎ込んで買った工具やら紐やら
布などを全部、馬鹿でかいリュックに突っ込んだ。コンパス、地図なども。
かさ張らないで、日持ちするさまざまな保存食を買い込んでいたので、それも詰め込んだ。
明日は、まずは船作りから始める。夢への第一歩だ。
テレビをつけると、12歳の少年が幼児を屋上の駐車場からダイブさせてから何日経ったとか、
北朝鮮が核保有だとか、そんな物騒なニュースが流れた。
世の中はまるで不幸のどん底みたいだ。ニュースっていうのは基本的に不幸を報道している。
誰が死んだとか、新型のウイルスとか、そんな不幸な話ばかりが蔓延してる。
すぐにテレビを消した。線を引いて消えたブラウン管に映った私の顔は、まるで死人のようだった。
今日は梨華と友達になれた!
- 202 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時31分45秒
―――――――
- 203 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時32分24秒
- 「先輩、あの、これは冗談ですよね?冗談って言ってください!」
「うるせー。冗談でイカダが作れるか」
ビーチから500メートルほど離れたところにある岸壁の裏で、
私と松浦はイカダを作る作業に没頭していた。真夏に聞くノコギリの
摩擦音はできの悪い蝉の鳴き声を聞いてるみたいで気分が悪い。
これだけの数の丸太を集めるのにまず苦労した。
しかし、あくまで経過は順調。持つべきものは後輩だ。
終業式が終わると、そのまま昼ごはんも食べないで松浦と海に直行した。
松浦は浮き輪とか、今年流行してる花柄の水着だとか、そんなもんばっかり
担いで現れた。船作りするって言ってなかったっけな。
- 204 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時32分58秒
- 『先輩、バッチリ決めた私の水着の感想聞かせてくださいね』
電車の中で何度もそんなことを言ってたっけ。
本当に泳ぐのが楽しみだったんだろうなあ。松浦。
でも、やっぱり船は作らなくちゃね。
体制を変えるついでに裏手に広がる海を一瞥してみる。
どうして海には入道雲がつきものなんだろうか、空を見上げると絶対に
一つ、でかいのが浮かんでる。さざなみの音は落ち着くから好きだ。
- 205 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時33分29秒
- 「ああ、もう死ぬ・・・泳がせてください・・・泳がせてください!」
「まだ作業の半分も終わってないだろうが」
「私、何かしましたか?ねえ、先輩、私、私・・・」
松浦は無地のTシャツにデニム地のショートパンツ。麦藁帽子に、背中にはシースルーの
リュックを背負っていた。どこからどう見ても泳ぎにきたとしか思えない。
今はその恰好にプラス、私が貸した軍手をしている。軍手一つで人っていうのは印象が
変わるもんなんだ。
- 206 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時34分07秒
- 5時を過ぎた頃に松浦は本気でワンワン泣き出した。
この泣き方は尋常じゃない。本当に絶望したように、汗まみれになった額を
地面に擦りつけて大声を上げてる。今は気温も下がり、風が冷たくて泳げるような
環境じゃなかった。それが、松浦を本気で落胆させたんだろう。
「おい・・・泣くなよ。ほら、おかげで、もうすぐ完成しそうじゃん?」
「うわーーーーーーーヤダーーーーー先輩なんか嫌いだーーーーー」
耳をつんざく、馬鹿でかい声で泣く。この声量だったら歌手にでもなれるんじゃないか?
「泣くなって。完成したらお前も乗せてやるから」
「うわーーーーーー」
もう手が付けられないから一人で作ることにした。
あとは、丸太の裏にドラム缶四本を縛り付けたら完成だ。
既にビーチに人はいなくなっていた。夜の海っていうのは嫌われ者なんだ。
静かだし、空との境界線が無くなるし、怖いからだろうな。
でも、私は何日も夜の海を体験することになるはずだ。だから、目は逸らさない。
- 207 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時34分44秒
- 6時半を過ぎた頃に、私の世界一周の全てを委ねたこの船は完成した。
見栄えはかなりいい。なんというか、本格的だ。どこまでもいけそうな気がする。
「松浦、完成したぞ」
「・・・ほえ?」
岸壁を少し登ったところ、海をよく眺めることが出来る場所で、
泣き疲れて放心していた松浦はすっとんきょうな声を上げた。
そして、鼻をぐずらせてトコトコとこっちにやって来る。
幾ら泣いても松浦は帰ろうとはしなかった。それに、作業を放り投げて
ビーチに泳ぎに行こうともしなかった。実はいい奴かもしれない。
- 208 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時35分24秒
- 「グス。完成してますね」
「だろ?やったよ。これで夢を叶えることが出来る」
「先輩、本気で世界一周なんて考えてるんですか?」
「当たり前だろ。何のためにこんな重労働したと思ってんだ。年頃の娘が」
まじまじとイカダを見ていると、何だかとても嬉しくなってきた。
モノを作るっていう作業は、こんなにも達成感がわくものなのか。
バカみたいに疲れたけど、この感覚は心地いい。
「いつ出発するんですか?」
「そうだなぁ。明日にでも。夏休みは一ヶ月しかないしね。旅には時間がかかるんだ」
時間!梨華が病院で過ごした時間。そして、私が夢を叶える時間。それは同じ。
- 209 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時35分55秒
- 「グス。じゃあ、私、見送りますよ」
「マジで?なんだよ、今日はえらくいい奴じゃないか」
「だって・・・先輩のこと・・・好きですから」
そう言うと松浦はモジモジしだして、なにやら俯いた。
後輩に好かれるって気分がいいもんだ。
日が暮れてるから松浦の表情はよくわからなかった。
「よし。じゃあ何かお土産買ってきてやるよ」
「・・・はい」
「そんじゃ、今日は帰ろう。今日は手伝ってくれてありがとう。ジュースでもおごるよ」
「・・・はい」
何故か、はい、しか言わなくなった松浦をよそに、私は出来上がったイカダに
シートを二重に被せて、帰り支度をする。
それにしてもいい汗かいた。これが青春ってやつなのかも。
海を見た。太陽がアイスクリームみたいに、海にゆっくりと溶けていた。幻想的。
- 210 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時36分28秒
- 「松浦。ちょっと来い」
「・・・はい」
チョボチョボと松浦が隣にやって来て、私は海を指差した。
松浦は俯いていた顔をゆっくり上げた。それはもうゆっくりと。
何だか松浦の様子は変だ。急にそわそわしだしたし。行動が何かとぎこちない。
「いいもんだなあ。やっぱり世界っていうのはどこまでも魅力的だよ」
「・・・綺麗ですね」
「おっ、やっと、はい、以外の言葉喋ったな」
「・・・はい。先輩って鈍いですよね」
「何が?」
「・・・何でもないです」
やがてアイスクリームはドロドロに溶けて、完全に海と一体化してしまった。
それを人は終わり、とか、始まり、とか呼ぶんだろう。
- 211 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時37分07秒
―――――
- 212 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時37分49秒
- 松浦と別れて、国道の道をトボトボと歩いていた時だった。
ポケットの中の携帯が揺れた。道路を行き来する車の音がわずらわしかったから
私は目前の三叉路を左に曲がって、静かな小道に入った。
そこで通話ボタンを押す。夜は暗い。
「もしもし?」
「やあ、よっすぃ。石川です」
「わかってるよ。いまどき家電から電話してくる子も珍しいし」
「なんか、電話かけちゃった。船作りはどうだった?」
「完成したよ。後輩が手伝ってくれてさ」
帰り道が、楽しくなった。それは夜が突然明けたみたいに。
電話を発明したのはエジソンだったかな。
私はエジソンに感謝した。友達といつでも話せるこの機械はノーベル賞ものだ。
- 213 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時38分23秒
- 「うわーすごいねえ」
「明日には出発する予定だからさ」
「そうなの?」
「うん。時間が足りそうにないから、出来るだけ早く出発したいんだ」
「じゃあ・・・今日会えない?」
「会えるね」
梨華の声は甲高いから夜には不似合いだ。
丸い月が夜空に浮かんでるけど、きっと梨華は月も似合わない。
なんというか、梨華にはこういう夜のまどろんだ空気は似合わないのだと思う。
お日様の下で、黒い肌を照らさせている方が、梨華には似合う。
- 214 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時39分04秒
- 「何時くらいだったらいいかな?」
「そうだなぁ」
時計を見ようと思ったけど、持ってないことを思い出した。
私は携帯を時計代わりにしていた。
携帯っていうのは持ってると不便になることもあるんだな。
「ごめん、今何時くらい?」
「ええとね、8時2分45秒を過ぎたところ」
「じゃあ、あと20分くらいしたら前会ったところに来てよ。じゃあきっと会える」
「きっとってなによ」
「なんだろう」
「もう」
電話を切るとやたらと辺りが寂しく感じた。
なんて言うんだろうな、私は一人が嫌いなんだろう。
こういう寂しい感覚に惹かれるほど、私はまだ大人じゃないし。
- 215 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時39分41秒
- それにしても今日は疲れた。使わない筋肉使っちゃったし。
運動神経には自信があったのにな。でも、あの達成感が味わえたんだから安いもんだ。
月を道標に、私は梨華の顔を思い浮かべながら夜道を歩いた。
そうすると、時間なんてものはあっという間に過ぎて、いつの間にやら目的地に着いていた。
時間ってのは気まぐれだ。
- 216 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時40分12秒
- 「やあ。会えたね」
「10分くらい待ったよ」
梨華は白いノースリーブのシャツに、水色のロングスカートを履いていた。
昼のイメージそのままの梨華の恰好を見るとなんだか嬉しくなった。
一方の私はでかいリュックを背負って、アロハシャツに麻のハーフパンツ姿。
なんだか滑稽極まりない。同性とは思えなかった。
「今日は、疲れた」
「だって船を作ったんでしょ?そりゃ疲れるよー」
「でも、これで夢が叶うんだ」
「世界が本当に丸いかを確かめるのが、よっすぃの夢?」
「だね」
「いいなあ。私も何か夢があったらなぁ」
「梨華ちゃんにとったら、今からが夢見る段階なんだね」
時間。梨華の時間は止まっていたのだろう。
そしてこれからは同じように流れ出すんだ。
まあ、よくわかんないけど。
- 217 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時40分45秒
- 「そうなのかなぁ。私の夢ってなんだろうね?」
「そんなのあたしに訊かれてもわかるわけないじゃん」
「だよね」
笑ってしまった。梨華に笑わされると、何だか不意をつかれたみたいな感覚がして悔しい。
「船ってどうやって作ったの?」
そんなことを訊いてきたもんだから、私は一から全部説明してやった。
ノコギリの音は出来損ないの蝉の無き声みたいだったとか。
一緒にいた松浦は途中でねを上げて泣き出したとか。
海には絶対にでかい入道雲が一つ浮かんでいるとか。
説明してる間、梨華は興味深そうにうんうんと相槌を打っていた。
子供に夢物語を聞かせてるような感じだった。最後に、アイスクリームみたいだった
夕陽のことを話した。
- 218 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時45分35秒
- 「うわあ、綺麗そうだねえ」
「綺麗だったよ。見せてあげたいね」
「じゃあ、また今度見せてよ」
「海に行ったら、見れるよ」
「よっすぃと一緒に見たいな」
「それだと今年の夏は無理かもねえ」
そう言うと、何だかとても悲しくなってきた。
知る喜びっていうのは、自分で体験しなくちゃ意味がない。
梨華にあの夕陽を見せてあげたい。その他にも、いろいろなことを教えてあげたい。
そんな衝動に駆られた。何かを人に教えるのは楽しいしね。
それを、こんなに嬉しそうに聞いてくれるのならなおのこと。
- 219 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時46分10秒
- 「じゃあ、来年かな?」
「そうなるのかな」
「明日出発なんだね。気をつけてね」
「うん」
「待ってるからさ」
「うん」
「また、話訊かせてね」
「うん」
私は、うん、しか言えなくなってしまった。何故だ。
何か言おうと思っても、うん、しか言葉にならない。魔法にかかってしまったのだろうか。
そういえば松浦も、はい、しか言わなくなったのを思い出した。
これって、誰にでもかかるモノなんだろうか。
私はうんうん言いながら、梨華と別れた。次に梨華に会えるのはいつになるのだろう。
梨華にまた会いたい!
- 220 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時47分10秒
―――――――――
- 221 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時47分50秒
- 梨華との再会はそれはもうあっという間だった。
私は見事に世界を一直線に進んで、もとの海岸に無事、戻ってきた。わけではなく。
イカダは出発してから半日もしないうちに崩壊の一途を辿ってしまい、
ポカンと浮かんだドラム缶にしがみついているうちに、どこかの陸に辿り着いたのだ。
それが出発点だったのだから、とんだ笑い話だ。いや、もしかすると
私は本当に世界一周を成し遂げたのかもしれない。時間はだって、止まったり、キボウ
になったり、早く進んだりするものだ。私は時間の高速の軌道に乗って、
キボウしたようにあっという間に世界を一周したのかもしれない。
だってココは出発点ではあるけれど、終着点でもあるから。
私は夢をかなえた!だれが何と言おうと。きっと。いや、たぶん。
- 222 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時48分32秒
- 背負っていたバッグが防水性だったのが功を奏して、幸い荷物は何も失わなかった。
イカダに突き立てた帆は結構気に入ってたんだけど、それも済んだ話だ。
鞄から携帯を取り出して、時間を見ると、夜の9時だった。
濡れた肢体がみすぼらしかったけど、夜の闇が隠してくれた。
でも電車に乗ったら露になる。だから、私は歩いて帰ることにした。
梨華のことを考えると、時間が早く流れるから梨華のことばかり考えて
線路沿いの道を歩いた。ときおり松浦のことも考えた。あいつは今頃カラオケか?
そう言えば、梨華は私の夢の話を聞いても、一度も笑わなかったし、不思議に思う
ようなこともしなかったな。今度会ったら理由を聞いてみよう。
ボロボロになって家に着いたら時計は3の字を指していた。
この時計は故障してる。だって、どう考えたって6時間も歩いた感覚がしない。
私はまた早い時間の流れに乗ったんだ。サーファーが波に乗るように。
とりあえず、部屋に荷物を置いたらそのまま目の前が真っ暗になった。
今日は昨日よりも疲れた。うっすら残っていた意識はアイスクリームのように溶けた。
- 223 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時49分07秒
―――――――
- 224 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時49分51秒
- 私の夏休みはハイペースに進んだ。
毎日経験したことを梨華にいろいろと聞かせてやったし、
松浦からは毎日電話がかかってきて、仕方なく付き合ってやったり
梨華を紹介したりしてやった。松浦は最初、梨華のことをとても不信そうに見てたけど
時間が経つと自然に打ち解けていた。時間!
そうこうしている内にあっと言う間に時間は過ぎてしまった。
遅く進んでくれたらよかったのに。むしろ止まってくれ。
- 225 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時50分26秒
- 始業式、私は頬をほころばせながら校長の挨拶を聞いていた。
今日から梨華がこの高校に編入してくる。そう思うと自然と頬が弛んだ。
勉強頑張ったんだろうな。
何せ、小学生の時から病院なのに、それでも編入テストを通ったんだから。
まだ歩いての登下校は出来ないから親に送り向かいしてもらって通学するらしいんだけど、
梨華には歩くことの楽しさっていうのを是非知って欲しいと思った。
- 226 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時50分58秒
- 長ったらしい、いろいろな挨拶が終わって教室に戻る途中、廊下で地学の先生とすれ違った。
「先生、やっぱり地球は丸かったです。くやしいけど、当たってました」
「吉澤・・・お前、やっとわかってくれたか!先生、何よりも嬉しいぞ!」
- 227 名前:フーリッシュ・ベッセル 投稿日:2003年08月30日(土)19時51分35秒
- 教室に戻って、席に座って、窓から校門の方を見ていたら、1台の車が止まって梨華が降りてきた。
私に気付いたようで、梨華は私に向って手を振って微笑みかけてきた。
私も微笑み返して、そして新しい夢について考えてみた。
夢っていうのは無限大にあるものだから、いろいろと選択するのに困った。
とりあえず、今のところは梨華とあの夕陽を一緒に見るのが私の夢っていうことにしておく。
来年の夏にはきっと一緒に見ることが出来るから、その時また新しい夢を考えよう。
- 228 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時52分10秒
─────
───
─
- 229 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時52分48秒
青い飛沫の中、伸ばした腕の先で。
掴みたいのは、この夏の思い出。
- 230 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時53分20秒
SPLASH!
- 231 名前:SPLASH! 投稿日:2003年08月30日(土)19時54分17秒
- セミが遠くで鳴いてる。
その音に混じって、吹奏楽部が練習してる音が聴こえてくる。
リサのやつ、上手くなったな。
部活は休みだってのにわざわざ個人練習しに出てきてる後輩の顔を、ちょっとだけ思い浮かべる。
夏休み。
グラウンドでは陸上部が自主練中。
もっともいまは休憩時間らしく、二人の女子生徒がプールサイドの木陰で何やら話をしてる。
あれ、あさ美じゃん。このクソ暑い中走るなんてあたしにはできんわ。
高等部の先輩らしいヒトと話してる木陰のクラスメイトをボンヤリ眺めてるうちに、
マネージャーからお呼びがかかった。
「次、マコト。ボーっとしてないで準備するー」
- 232 名前:SPLASH! 投稿日:2003年08月30日(土)19時54分58秒
- ザン、と水飛沫をあげてプールの中に飛び込む。
ゴーグルをつけ直して、スタート台の銀色に光る鉄棒に
両手をかけると、「よーい」っていうマネージャーの声にあわせて
壁に足をかけてカメのように丸くなる。
ピッ。
笛の音と同時にあたしは壁を思いっきり蹴る。
青と白のコントラストが眩しい空が一瞬だけ見えて、
次に見えるのは光がゆらゆらと浮かぶ万華鏡の世界。
そして大きな空を眺めながらあたしは気分良く泳ぎ始める。
屋外プールの醍醐味は、この時期にしか味わえない。
100m背泳ぎ。
あたしがいちばん好きな種目の、あたしがいちばん好きな瞬間。
- 233 名前:SPLASH! 投稿日:2003年08月30日(土)19時55分37秒
- めいっぱいに身体を伸ばしてゴールにタッチすると、スタート台の上から天の声。
「いっぷんはちびょうにーぜろー」
「がーっ、またベスト切れんかったー」
天を仰いで息を整えながら不機嫌な顔してるのが、自分でもわかる。
クスクスと笑うマネージャーの声に、あたしの悔しさも倍増。
「これじゃ県予選突破できんねえ」
「まだ2週間あるもんねっ」
「調子は悪くないんやろ?」
「アイちゃんがいちばんわかってるでしょうに」
「ほやね」
そういってマネージャーは軽く微笑んだ。
選手それぞれの体調管理や持ちタイムの把握は、マネージャーの大事な仕事だ。
「全国、連れてってくれるんやろ?」
――― そして、選手のモチベーションを上げるのも。
- 234 名前:SPLASH! 投稿日:2003年08月30日(土)19時56分13秒
- むかーし、そんなマンガがあった気がする。
幼なじみのオンナノコに、「甲子園連れてって」って言われて頑張っちゃう
オトコノコの兄弟の話。
あれはマンガだったけれど、「がんばれ」って言われて頑張っちゃう
お人好しなところは自分と一緒でなんだか笑えない。
「んじゃ90秒サークルであと10本いってみよー」
「オニっ」
「練習あるのみ、がんばれマコトー」
ケラケラと笑う彼女の笑顔は真夏の太陽より眩しくて、でもきっと全国にいけたら
何倍もの笑顔が見られるかと思うと、とりあえずあと10本泳いでみようかっていう気にさせられる。
そして、水中からあのユラユラ揺れて光る水面を見るのも嫌いじゃないから。
- 235 名前:SPLASH! 投稿日:2003年08月30日(土)19時56分46秒
- 「うっし、やるかあ。 10本終わったらもっかいタイム計ってねー」
「ベスト出したらジュースおごったげるからがんばりー」
そんなん、別にいらないから。
とりあえず一緒に喜んでくれたら。
本番の2週間後に、もっと素敵な笑顔見せてくれたら。
そしてあたしは水の中へと身体を沈める。
今年の夏休みは、まだまだこれから続くのだ。
- 236 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時57分46秒
─────
───
─
- 237 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時58分34秒
陽炎の向こうに見えた、あの背中を目指して。
- 238 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)19時59分08秒
太陽の人
- 239 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時00分12秒
太陽を見るたびに思い出す人がいる。
その人は身体の筋肉全てを駆使して走り、長い足を生かした大きな
ストロークでぐんぐんと速度を増していき、誰よりも速く風に近づいていた。
ゴールしたあとの清々しい顔は今でも脳裏に焼きついている。
笑い皺と綺麗な白い歯がとても印象的な笑顔だった。
- 240 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時00分51秒
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
- 241 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時01分36秒
あの夏の日、私たちは木の下で背中あわせに座っていた。
薄いTシャツ越しに伝わってくる汗と体温、鼓動。
生きている人間の証拠。
この温度の中身体をくっつけるなんて暑苦しいことこの上ないのだけれども、
今の時間この木は小さな影しか作っていない。
二人ともが影に完全に入るためにはこうして少しくっついていなければ
不可能なのだ。
「木陰ってさ、凄いよね」
「うん?」
「一歩影の外に出たら灼熱地獄なのに、この中にいるとバリア張ってるみたいに
涼しいじゃない」
背中越しに笑った声でそう言った。少し身体が振動する。
バリアって……
- 242 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時02分29秒
苦笑いすると、どこからか涼しげな水音が響いてきた。
プールの方へ視線を移すと水着を着た子達が金網の向こうで嬉しそうに練習に
励んでいる様子。
サボってなければ麻琴もあの中にいるはずと思い少し首を動かして探すと、
ちょうどマネージャーの愛ちゃんに声をかけられプールサイドを歩いているのが
見えた。
「水泳部は涼しそうでいいなぁ。あー!このままあっちに走っていって
飛び込みたい」
私が見ている方向に気付いたらしい里田さんは心底羨ましそうに声を上げた。
この人、絶対半分本気で言ってる。そういう人だ。「いいですよ」の一言で
本当に実行に移すだろう。
「……それより、サボってるの見つかったら倍の距離走らされますよ。
そろそろ行きましょう?」
- 243 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時03分19秒
夏休み中とはいえ部活に休みは無い。それどころか体育会系の部活は練習が
キツくなるのが当然だ。例に漏れず私たち陸上部も中高合同の練習三昧な日々。
屋内なら直射日光だけでも避けれるのだが、陸上にはそんなもの関係なく
太陽の下で真夏の光線を全身に受けて走り続けるしかない。
この時期に屋外で良い思いするのは水泳部くらいだろう。
「今日くらいは良いんじゃない?自主連だし。紺ちゃん真面目すぎー」
大体中学からこんなキツイ部に入るってのも物好きだよねと言いつつも、
里田さんはしぶしぶ立ち上がり私に手を差し出した。その手を掴んで
私も立ち上がる。
里田さんの手は無駄な肉がついて無くてきれいな手だった。
「真面目な紺ちゃんのために私も頑張るぞっと。ほい、行こう行こう」
今までダラダラとサボっていたくせに今度は生き生きと私の前を走り、
ペースメーカーになる。
- 244 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時04分48秒
4つ年上で高等部の里田さんは変わった人だった。
頑張りすぎる私に息抜きの仕方を教えてくれた人。
普段は真面目な先輩なのに、急に不真面目になったりおちゃらけて見たり。
つかみ所の無い人。でも、大食いの人に悪い人はいない。合宿中に食べた
ご飯の量は自他共に認める大食いの私といい勝負だった。
容赦無く照りつける日射しに耐えきれなくなった里田さんは少しでも肌に風を
受けようと半袖を捲り上げて肩を出す。健康的な小麦色に焼けた肌がまぶしい。
「何?」
見とれていたのに気付かれたのか、前を走る里田さんが不思議そうに振り返って
こちらを見る。
「いや、きれいな小麦色だなと思って……健康的ですね」
「紺ちゃんは色白だよね。羨ましいよ」
- 245 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時05分29秒
- 確かに私は日焼けしても赤くなるだけで黒くならない。だからよくインドア派の
文化系だと思われがちで、それはほんの少しだけコンプレックスでもあった。
「透き通る白い肌!いいねぇ」
里田さんは笑ったまま走り続ける。
ゴールラインが見えてきた。
徐々にペースを上げていくのがわかる。
「紺ちゃんは無理しなくて良いからね」
そんなことを言われても、前を走る人のペースが上がればついその後を
ついて行ってしまう。悪い癖だ。
- 246 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時06分20秒
- 地面を蹴る力が強くなり、砂を巻き上げる。
ゴールまで30メートル、25,20,15,10……
私は里田さんと並んだ。
少し驚いた表情の後、嬉しそうに顔を緩めたように見えたのは気のせいだろうか。
足音も大きくなっていく。
つま先が地面をけるたびに風を受ける身体が気持ちよかった。
3メートル、身体が浮いたような感覚。
2メートル、一歩分里田さんの足が大きく動く。
1メートル、渾身の力をこめて腕を振る。
0。
- 247 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時06分58秒
そのまま緩やかに速度を落とし数メートル走ったあと、空を見上げて歩く。
身体中が心臓になったみたいに脈打っているのがわかる。
膝に手をつきやっと立ち止まると、頭上から里田さんの声が降ってきた。
「なかなかやるじゃん。勝負ふっかけて来るとは思わなかったからビックリしたよ」
「なん、で……んなに、平気な顔、し……して、られるんですかっ」
「強がりだけは得意なの」
確かに肩で息をしているが、その表情は明るい。
呼吸に追われて顔を歪めている私とは対極の表情。
- 248 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時08分03秒
思えば、私が陸上部に入ったのは彼女の走りに憧れたからだ。
まだどの部に入ろうか迷っていた頃、教室の窓から見えたのは陸上部の
練習風景。その中でひときわ目立つ存在があった。
長い手足をもてあまし気味な少女。
スタートラインに立ったとき、その表情は引き締まる。
まるで野生動物みたいに軽やかに、でも力強く地面を蹴り、限りなく風に近づく。
彼女が走り終える10秒余りの間、息をするのも忘れるほど魅入っていた。
まさに衝撃的。
その走りに惚れて、私は急いで入部届を出したのだった。
「憧れの先輩は負けるわけにはいかないでしょ」
里田さんは事あるごとにそう言って白い歯を見せる。
暑さを吹き飛ばす、まさに爽快と言う形容詞がぴったり当てはまる笑み。
太陽みたいな笑顔が私は大好きだった。
- 249 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時08分38秒
「……いつか追いつきますよ。それから追い越して見せます」
「おっ、強気な発言。ふふっ、じゃー私が今年塗り替えた夏の大会の記録
紺ちゃんが高校に上がったとき上書きしてよ」
「望むところです」
売り言葉に買い言葉。
高校でもトップレベルに位置する里田さんに追いつくのはそう簡単なことじゃない。
それでも私は彼女の背中ばかり見て走り、それを捕らえることに夢中になっている。
気合を入れて力こぶを作って見せると、相変わらずの雲一つない表情で
「楽しみにしてるから」と髪をくしゃっと撫でられた。
手の平から髪に伝わってきた優しい太陽の匂いに思わず瞼を閉じて微笑んだ。
- 250 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時09分10秒
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
- 251 名前:太陽の人 投稿日:2003年08月30日(土)20時09分51秒
あれから2年。
高校1年に上がった私は相変わらず走り続けていた。
ただひたすら彼女に追いつくために。
出場者名簿に自分の名前を確認してグラウンドに下りる。
記録保持者の欄には里田まいという名前。
スパイクの紐を固く結び直し、地面を踏みしめる。
太ももの筋肉の緊張を少しでも和らげるために軽く叩いて、大きく深呼吸。
スタートラインに立ったとき、私は確かに太陽の匂いに包まれた。
すぐ傍にいつかの里田さんの気配。ぞくぞくする。この感じ。
本気モードの里田さんの隣に私はいる。
瞳を閉じると、瞼越しに感じる太陽の光の向こうで野生動物の目が不敵に光った。
「よーい……」
その音が響き渡ったとき、私の夏は始まる。
- 252 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時11分04秒
─────
───
─
- 253 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時12分50秒
誰のせいでもなく、誰のためでもなく。
あたしの夏は、ここにある。
- 254 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時14分24秒
万華鏡フィルター、夏スクリーン
- 255 名前:万華鏡フィルター、夏スクリーン 投稿日:2003年08月30日(土)20時15分22秒
- 音楽室のドアを開けると、里沙は二つに縛った髪の毛を揺さ振り、入り口から端までダッシュした。
グランドピアノと指揮者台を馴れた足取りでかわし、サウナルームのように蒸し上がった室内を
軽快に駆け、窓を勢いよく開放する。
こじゃれたカーテンがドレスのように踊り、夏をいっぱい含んだ風が吹き込んだ。
- 256 名前:万華鏡フィルター、夏スクリーン 投稿日:2003年08月30日(土)20時15分57秒
- 「一年生は辛いよなぁ。準備から後片付けまで全部だもん。ヤになっちゃう」
奥に設けられた楽器倉庫の施錠を外し、自分お手持ちの楽器を運び出す。
専用の台車に乗せられた"金色"は、里沙の背丈くらいはありそうな大きさである。
チューバ。金管、木管の中で一番の大きさと重量を誇る楽器だ。
吹奏楽唯一の弦楽器である弦バスと並び、重量級のこの楽器は吹奏楽の王様。
メインメロディを奏でる楽器たちが物語のヒロインならば、チューバや弦バスは
影の立役者という位置付けになる。
しかし、里沙にとってそんなことはどうでもよかった。
それに魅せられるまでは。
- 257 名前:万華鏡フィルター、夏スクリーン 投稿日:2003年08月30日(土)20時16分41秒
- 「ま、今日は自主練だけどさ」
指定の位置までチューバを運ぶと、五線譜が書かれた黒板のある少し高くなった舞台から
ストンと着地し、窓際まで走る。小麦色に焼けた肌で、また強い夏風を受けた。
「とか…ぶっちゃけ自主練なんてしたくないんだけど」
校舎のコンクリート壁に張りつき
「遊びたいし」
夏を唄い叫ぶアブラ蝉とは正反対に
「でもなんか、がんばってた方が良いような気がするし」
ぼやいてみたり
「彼氏欲しいし」
溜め息をついたり
「だから……あーあ、こんな自分がヤなんだよねー」
軽く凹んでみたり。
- 258 名前:万華鏡フィルター、夏スクリーン 投稿日:2003年08月30日(土)20時17分15秒
- 気持ちが下向けば下向くほど、何の飾りっ気もないステンレス枠の窓を通して見える景色が映え、
それはまるで万華鏡を覗いているみたいで、そこには別世界が映っている。ぼんやりとした陽炎。
ピカピカに磨き上げられたチューバは、音楽室を照らす太陽のように輝いていた。
万華鏡、窓をフィルターに仕切り、背中で燃える輝き、ただ、無意味に。
雲を掴むように、空を抱くように、里沙は窓から半身乗り出すと、両手をめいっぱい広げた。
夏の蒼に身を焦がし、いつか出会う未来の君を想う。少し虚しくなって、すぐにやめた。
入道雲は動かない。
- 259 名前:万華鏡フィルター、夏スクリーン 投稿日:2003年08月30日(土)20時17分48秒
- 一直線に差す太陽光がプールサイドで煌いた。
レインボウプリズム、選手専用の飛び込み台から弾ける飛沫は夏の夢に向かって泳ぐ魚に応える。
一際、天を仰いで水を纏うマーメイドが、スクリーンを鮮やかに彩った。
「スプラッシュ!まこっちゃんスプラッシュ!」
さっきまで広げていた手の平は
「急速ターン!!」
力強く握り締めた拳に変わり
「あーん、愛ちゃんと首傾げてる。ベスト更新は難しいよねー」
入道雲を突き上げた。
- 260 名前:万華鏡フィルター、夏スクリーン 投稿日:2003年08月30日(土)20時18分25秒
- フィルムを変えると、世界も変わる。
強く大地を蹴り、風をつくって疾走する姿は、まさにグラウンドの主役だった。
グラウンドの主役は、新しい舞台を目指している。
透き通った眼差しで。
「あさ美ちゃんも…か……」
少しだけ救われた気がした。
夢に向かって足掻いているのは、自分だけじゃないのだと、里沙は静かに目を閉じる。
瞼の裏に焼き付いた太陽の熱が廻る血を熱くし、何かを欲す。
「もうすぐ先輩が来るや。一応、がんばってる姿、見せとくかな」
- 261 名前:万華鏡フィルター、夏スクリーン 投稿日:2003年08月30日(土)20時19分01秒
- 蝉はずっと鳴いていた。
そのことに、里沙は今、気が付いた。
- 262 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時19分31秒
─────
───
─
- 263 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時20分11秒
神様からの、夏の終わりのプレゼント。
たまった宿題、小さな友情、隣町への大冒険。
- 264 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時20分50秒
メロティックランナーズ
- 265 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時21分57秒
- 『夏休み最初の日』
楽しみだらけの40日にワクワクして、
遊んだり遊んだり遊んだりをおもってワハワハする。
ふわふわと空に舞い上がっていけそうな、天使の日。
『夏休み最後の日』
明日からの学校を思って暗くなり、
たまりにたまった宿題を机にひろげ暗くなる。
気持ちがずどーんと重くなる、悪魔の日。
今日は、すべての小学生にとって悪魔の日。8月31日。
こんな田舎の小さい町でも例外じゃあないはずで、
ユウウツな空気が遊び場に広がってる、かと思いきや。
- 266 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時22分48秒
――
―
- 267 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時23分31秒
- 藤本美貴(笑顔の似合う小学5年生)は、夏休み最後の日、
いつものように公園ではしゃぎまわっていた。
この子には、今日も天使の日なのだろうか、表情は輝いている。
ノースリーブにハーフパンツ。健康的に焼けた手と脚が、活発さを物語る。
美貴は、最後の日に焦って宿題を机に広げたりはしない。
色画用紙で作られた夏休みの計画表にきちんと書き込み、
そのとおりに予定をこなし余裕で9月からの二学期を迎えようとしている、
ということではもちろんない。
夏休み最後の日に遊んでいる小学生には2種類の子がいる。
ひとつは美貴のように完全に宿題をほっぽりだしているタイプの子。
はじめから宿題に手をつけない。
もうひとつは美貴と一緒にはしゃいで遊んでいる、
松浦亜弥(モンキーフェイスな小学3年生)のように、
父親や母親、兄弟などに宿題をまかせている、いや、家族が見るに見かねて、
ため息をつきつつ宿題をやってあげている、というタイプの子だ。
- 268 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時24分07秒
- つぶれて落ちていた黄色いゴムボールを拾い、
いきなり嬉々としてぶつけ合いをはじめた二人。
こんなことが何故面白いのか、二人ともわからないまま笑う。
笑って笑って、息を切らせて、二人並んで鉄棒によっかかった。
「亜弥ちゃん、あたし、ヘリコプターできるようになったんだ」
「ほんとに? やってやって!」
美貴は鉄棒にひょいとまたがり、鉄棒を握る両手に力をこめ、脚を交差させ、息を吸う。
体をしならせて、風を切る音がするかのような勢いで、美貴は回転する。
亜弥はそれを間近で見て、すごーい、やるーう、と歓声をあげた。
- 269 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時24分41秒
- 回転をぴたっと止め、得意げに鉄棒を降りた美貴は、公園を見回した。
広い公園に、今日は美貴と亜弥の二人しかいない。
二人が動かなければ、しゃべらなければ、木々の揺れと蝉の声だけになる。
時おり髪をなでる風が吹き、木々の緑が揺れ、
夏の陽光に照らされ鮮やかに輝く葉は、生命力を放つ。
夏の空気に美貴の心ははずむが、観客がいないのはつまらない。
なんでみんな遊びに来てないんだ今日のヘリコプターの出来は最高だったのに、
と、あーあーーーー、と大きな声で不満をはきだす。
「みんな遊びにこないじゃんか」
「宿題がんばってるんだよ」
「宿題? そんなのいいからこいよな。夏休み終わりなのに」
くやしそうに美貴は言うが、自分の発言があまり良いものではないことに気付いていない。
- 270 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時25分19秒
- あ、と美貴は思いついた。
「真希は? 真希誘おうよ」
「真希ちゃん、たぶん、家の手伝い」
真希こと後藤真希(目離れてるけどカワイイ小学4年生)
の家の方角を見、美貴は考える。
「真希んち行こ」
「きっと手伝いしてるってば」
「手伝いしてたら帰ってくりゃいいじゃん。行ってみよ」
そう言って、公園脇に止めていた自転車にまたがり、走り出す美貴。
まってよー、と亜弥も言い、自転車で追った。
- 271 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時26分01秒
真希のうちは、田舎でも珍しくなってきた4世代家族だ。
昭和から建ってる古くて大きな家に、ひいばあちゃんをはじめ、8人が暮らしている。
じいちゃんばあちゃんの畑で手伝いをするのが、真希の夏休みのきまり。
それを亜弥も知っていたから、真希を誘いにはいかなかった。
美貴と亜弥がぐいぐい自転車をこぎ、少し坂を上ったとこにある後藤宅につくと、
後藤のじいちゃんばあちゃんが家の前の大きな畑にいた。
真希の姿は見当たらない。
「こんにちはー」と美貴が声をかけ、
こんにちはー、の声と、麦わら帽子の下の笑顔がばあちゃんからかえってきた。
「真希ちゃんは」
亜弥が畑に目をやりつつそう聞くと、
真希なあ自由研究とかいうのを部屋でやってるぞ、
と赤黒く日に焼けた、年季の入ったおじいちゃんが言った。
- 272 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時26分37秒
- 「ほら、手伝いしてないし遊べる」
得意げにいう美貴に、
「自由研究してるし、遊べないとおもう」
と答える亜弥。
「えー、いいじゃんそんなの。遊べる遊べる」
駄々をこねる美貴は、後藤家の玄関のほうへ向く。
「ちょっとのぞいてみよ」
「えー?」
「もう完成してるかもしれないじゃん」
「う、うーん」
亜弥は、車庫の横にあるステンレスの流しに水が張られ、
そこに野菜がぷかぷか浮いているのをなんとなく見つつ、
イイともダメとも分からない返事をした。
そんな亜弥を強引に引っ張り、美貴は、おじゃましまーす、
と元気よく後藤家の敷居をまたいだ。
- 273 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時27分34秒
- 「こーんにーちわー」
と大きな声で美貴が言うと、はーい、と真希のお母さんがのれんをくぐって出てきた。
「ああ、美貴ちゃんと亜弥ちゃん。真希、部屋にいるよ」
真希のお母さんは、部屋で何か作ってるみたいなんだけど見せてくれないの、
とぶつくさ言いながら階段を上がる。美貴と亜弥も、てけてけとつづく。
真希のお母さんは、真希の部屋の戸をやさしくノックし、
「真希、美貴ちゃんと亜弥ちゃん」
と言った。
戸の向こうからガサゴソと音が聞こえ、待ってー、と真希の声が聞こえた。
廊下で耳をすませて待つ、大人一人に女の子二人。
しばらくして、いいよー、と真希の声が聞こえ、部屋の戸が少し開いた。
そこから顔だけ出した真希が、お母さんはダメ、と言い、じっと真希のお母さんの顔を見た。
はーい、とふてくされ階段を下りていく真希のお母さんを見送り、美貴と亜弥は真希の部屋に入る。
- 274 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時28分14秒
- 町のミニチュアのような造形物が、部屋の真ん中を占領していた。
赤や黄色に塗られた民家や、緑色に広がる田畑。小高い山まである。
真希はひとつの、さいころサイズの民家に、色を塗っているところだった。
「すげー!」
美貴が思わず声をあげた。亜弥も驚いたように目を広げ、小さな街を眺める。
真希は、えへへと笑った。
「これ、若宮だ」
亜弥が驚きの表情のまま、そう言った。
若宮というのは、美貴や亜弥や真希が住むこの町、若宮町のことだ。
人口は一万に満たず、航空写真を撮れば緑色ばかり。
少し出かけるぐらいなら家の鍵もかけない、のどかな町。
- 275 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時28分52秒
- 「うん」
「すっごいよく出来てる」
そう亜弥に言われて照れる真希が、
「美貴ちゃんは、自由研究なににしたの?」
と聞いた。
「あたし? やってないやってない」
と、堂々と答えた美貴は、町のミニチュアから目が離せない。さわってみたい。
「美貴ちゃん、今年もやってないの?」
そう問う、横の亜弥。
「大丈夫大丈夫。今度持ってきまーす、とか言っとけば、先生あきらめるから」
つんつん、と、美貴が小高い山のてっぺんをつついた。
真希が、亜弥ちゃんは? と聞いた。
「亜弥はー、昔お姉ちゃんが作った壁掛け」
と、亜弥も普通な調子で答える。
「今年もお姉ちゃんのなんだ」
真希は笑った。
「社会で習ったリサイクルだよ。環境にいいんだから」
亜弥も笑った
- 276 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時29分47秒
- 美貴が、
「あ、これ、サンガーデン!」
と言い、黄色っぽい建物に、そっと人差し指で触れる。
サンガーデンというのは若宮町の真ん中らへんにある、
町民御用達のデパートだ。
といっても、大手ファーストフードも入ってなければ、
名前に聞き覚えあるブランドショップもない。
小さなおもちゃ屋と、使われてない催事場と、まあまあの大きさのスーパー。
どれもが小さい、服屋に靴屋に本屋。
地元の小学生と主婦とじいさんばあさん以外は、ほとんど足を踏み入れることのない、
流行とは関係のない場所。
- 277 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時30分36秒
- 亜弥が、ケイタイぐらいの大きさの白い建物を指さした。
「これ学校だ」
「うん、そう」
「ほんとにすげーなあ」
そう言った美貴は、小さな学校の窓に顔を近づけ、教室をのぞく。
亜弥は、真希に聞いた。
「学校、机とかも作ってあるの?」
「ううん、そこまではやってな――」
バキバキバキッ!
木の枝がまとめて折れるような音が、真希の言葉をさえぎった。
部屋の真ん中で、ミニチュアに倒れこむ美貴の図。
バランスを崩した美貴が、ミニチュア若宮町へダイブしたのだ。
「うわーーーー!」
と、亜弥が叫んだ。
おひぇえええ! と美貴が奇声を上げて跳ね起きた。
みるみる泣き顔になる真希。
- 278 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時31分14秒
- 平穏な田舎町に、巨神がきたりて大惨事。
<白い校舎 ……藤本美貴のヘッドバットが粉砕>
<小高い山 ……藤本美貴のチョップが両断>
<住宅街 ……藤本美貴のラリアットにより崩壊>
真希の部屋には網戸越しに涼風が吹き込んでいるというのに、
美貴の背中につーっと一筋、汗が流れた。
「ごめん、ほんとごめん! どうしよどうしよどうしよ」
美貴は、壊れた校舎や家などを必死で拾う。
- 279 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時31分53秒
- 今日は8月31日。9月1日には小学校へ宿題を持っていかねばならない。
タイムリミットは、明日。
亜弥は、あわてる美貴を見つつ、とうとう泣き出してしまった真希に言う。
「真希ちゃん、泣かないで。ね?」
震えている真希の肩を、亜弥は優しくたたいた。
「直せそう?」
真希は服の袖で涙をぬぐって、
ミニチュアの土台と美貴が集めた残骸の山を真剣に見、
震えた鼻声で、
「山は、たぶん、なおせる。あと、家も、使ってないのが、ある」
と、言葉をふりしぼった。
「あと、学校かー」
と亜弥は言った。真希も、こくんと頭を傾ける。
若宮町にホームセンターはない。
正確に言うと数年前はあったのだが、潰れて、今はない。
隣の芝里市まで行かないとホームセンターはなく、
そこまで行かなければ、材料は手に入らない。
- 280 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時32分34秒
- 「美貴ちゃん」
と亜弥は、必死になって町のかけらを集めている美貴に話しかけた。美貴が振り返る。
「芝里のホームセンターに、学校の材料買いにいこ」
「学校」
と、美貴はボソッといい、下を向いて、学校だったもののかけら、をつまむ。
「これ、無理?」
美貴はそう真希に聞き、泣き顔で真希はうなずいた。
「買ってくるすぐ買ってくる!」
早口でそう言い、部屋を出ようとした美貴の腕を、亜弥がつかんだ。
「まってまって」
「なに?」
「今日、日曜日でしょ」
「そうだっけ?」
休みが長いと、曜日の感覚がなくなってしまうものだ。
もっとも美貴の場合、学校があったとしても曜日など気にしていないのだけれど。
- 281 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時33分22秒
- 「美貴ちゃんのお父さん、今日家にいる?」
「お父さん? えーと、あ、ゴルフ行った」
「お母さんは?」
「婦人会がどーたらで、夕飯まで帰ってこない」
「そっか」
亜弥はぺたんと座り込み、
「車で送ってもらえたらな、って思って」
と言った。
美貴が口を開く。
「真希のお父さんは?」
「お父さん、今日、仕事」
と、真希は泣き声で言った。
「じゃあ、真希のお母さんは?」
「お母さん、運転できない」
亜弥は困った顔で、ぼそっとつぶやく。
「亜弥のお父さんとお母さんは、今日まで旅行いってるし」
「やっぱ自転車しかないか」
そう言う美貴に、亜弥も無言でうなずいた。
- 282 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時34分01秒
〜 〜 〜 〜
- 283 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時34分46秒
- 後藤家を出発し、自転車をひたすらこぐ健康優良児二人。
夏休み最後の日に遠出するなど、余裕がある真面目な子か、この二人かどっちかだ。
若宮町から芝里市へ向かう道は、一見平坦なようで、実はなだらかな下り。
その証拠に、自転車をこぐ足が少し軽い。
いきはよいよいかえりはこわい、とかってのだなあ、
なんの歌だっけこれ? と、亜弥は、自転車をこぎながら思った。
亜弥の少し前をいく美貴は、そのことをわかってるのだろうか。
気にしてないだろうなー、と亜弥は思った。
真希の家を出てから1時間が経っている。
二人は山あいの道をゆく。こぐ。ひたすらこぐ。
上から照りつける太陽と、アスファルトの照り返しで下から焼けつくような熱。
汗はだりだり。道先の景色が、蜃気楼みたいに揺れる。
緩やかな下りでこぐから結構なスピードが出て、それが体に当たる心地よい風を作る。
- 284 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時35分26秒
- 道が、上りになった。
亜弥の額に、小さな玉の汗が光る。
立ちこぎで息弾ませながら、少し前の美貴を呼ぶ。
「美貴ちゃーん」
「んー?」
こぎながら振り返った美貴の顔にも、汗。
「あちーよぉー、ジュース買お」
「いいよ」
「次の自販機で、止まって」
「おっけー」
上りのあとには、長い下りがきた。
下りはじめに、ふわっとからだが浮いて、うっひょー、とか、イエーイ、とか言いながら、
二人は黒いアスファルトの坂を滑り降りる。
この時の気持ちよさといったら、そう。
それは、きらいな算数の時間が、急に自習になった時のような。
国語のドリルをカンペキに解けた時のような。
社会科見学で大きなバスに乗りこんで、わくわくする時のような。
理科の実験、グランドでペットボトルロケットが青い空にすっ飛んでいった時のような。
- 285 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時36分00秒
- 下り坂の勢いで、ぐんぐん進む。
「自販機あったー」
美貴の指さす農機具小屋の横に、すすけた自動販売機を発見。
キュッ、と久しぶりにブレーキを使い、自転車を止める。
またがったまま、ジュースを選ぶ。
「ん、いいのねーなあ」
美貴は、機嫌のよろしくない顔になった。
「あ、100円だ」
「安いけど、ほしいのないや」
「亜弥もない」
「次の自販機にしよ」
「うん」
- 286 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時37分09秒
- そんなに間も立たぬうちに、次の自販機は見えてきた。
公民館の角の、あたらしそうなきれいな自販機。
ここはちゃんと、普通に120円だった。
「買お」
「美貴ちゃんなに買う?」
「ポカリゲン」
「じゃ、亜弥も」
ごとごとん、と勢いよく二つのポカリゲンが落ちてきた。
二人ともその場で全て飲み干すと、
ぷはー! と風呂あがりの大人のような声を出した。
美貴は自分の缶を、遠くにある鉄網の缶入れに、からからん、と投げこみ、
亜弥の缶ももらって、それも投げこんだ。2個連続ナイスシュート。
「よーし! いこ」
「うん。もうちょっとだし」
「え、もうちょっと?」
「あの橋の向こうから芝里だよ」
「なんだよ、結構近いじゃーん」
「でも、まだホームセンターまで行かなきゃ」
「大丈夫。近い近い」
- 287 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時37分52秒
- 近くにあるようにみえた橋だったけど、たどり着くまでにはけっこう時間がかかった。
やっと着いた橋を勢いよく駆け抜けて、芝里に到着。
『芝里市』と書かれた、白に青字の標識があった。まちがいなし。
美貴が自転車のスピードを緩めて、亜弥の自転車と並んで、話しかけた。
「やっと着いたね」
「ホームセンター、どっちだったっけ」
「まっすぐじゃない?」
「まっすぐだったかなあ」
「まっすぐな気がする。まっすぐ!」
「うーん」
亜弥は自分の記憶をたどる。たどりながらも自転車は進む。
「まだ大きな曲がり角ないし、まっすぐ行こうよ」
「そうだね」
- 288 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時38分40秒
- 二人は歩道の街路樹の脇をとおり、通行人をよけ、
というか通行人によけてもらい、市街を走る。
ほどなく、大きな交差点にさしかかった。
「どうしよう? まっすぐか右か左」
美貴は亜弥にふりかえる。亜弥はまだ考えていた。
「右は山のほういくでしょ。だから違うと思うんだけど」
そう言って、亜弥はまた記憶を思い出そうとする。
亜弥が考えている間、することがないので、
同じようにポーズだけ真似て、美貴も考えてみた。フリだけ。
まっすぐだよ絶対、とか亜弥にいう。
亜弥は、
「ん、なんかまっすぐな気がする」
と言い出した。
- 289 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時40分36秒
- そのとき、どうしたの? と、女の人の優しい声が二人にかけられた。
隣で信号待ちをしているお姉さんが、にっと笑っていた。
小学生みたいに小柄で、金髪で、ギャルっぽい格好だったけど、
亜弥は、お姉さんのことを、頭がよさそうな人だなと思った。
顔つきとか、あと、一言だけだけど話し方から、ものを聞いてもよさそうな人に思えた。
「あの、ホームセンターはどっちですか」
「ホームセンター? 『しまたに』なら、こっちだよ」
小柄なギャルっぽいお姉さんの、ネイルアートされた小さな指は、まっすぐではなく左の道をさしていた。
「あー、よかったー」
と美貴が、胸をなでおろした。まっすぐいかなくてよかった、と。
- 290 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時41分08秒
- 「「ありがとうございました!」」
元気よく同時に挨拶をした美貴と亜弥に、キャハハじゃ気をつけてねオイラこっちだからさ、
と笑顔を残し、お姉さんはテクテクと歩いていった。
「危なかったなあ。なー?」
いかにも亜弥が間違えそうだった、みたいに言って、美貴はほっとひといきつく。
「まっすぐっていったの、美貴ちゃんでしょ。亜弥は迷ってたもん」
「まっすぐな気がするつってたじゃん」
「それは、美貴ちゃんが絶対まっすぐとか言うから」
「まーまー、よかったよかった」
「なにそれ。ふん」
亜弥は本気でむくれた。さっさか自転車をこいで、左への青信号を渡り、『しまたに』へ一直線。
まてってばー、と美貴が今度は後を追った。
- 291 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時41分39秒
- 『しまたに』の店内は、風邪ひくんじゃないかってほどの強い冷房がかかっていて、寒い。
美貴は腕をさすりながら、先に店に入ってしまった亜弥を探す。
すぐにみつかった。亜弥は材料コーナーみたいなとこにいた。後ろから近づく。
「あった?」
亜弥はすっとふりかえり、うん、と答えた。
別にさっきのことを気にしてる様子はなく、じっと材料をみている。
「これ、もう一個ないかなあ」
「あ、あるある」
美貴は背伸びをして、上のほうのを取り、亜弥にわたした。
亜弥は材料を抱えてレジにならぶ。美貴はその後ろでレジそばの電池なんかをいじくっている。
亜弥がふりかえった。
「お金、出してね」
「えー、今月ピンチなんだよなー。ほら、ローラーブレード買ったじゃんか」
「こわしたの誰だったっけ?」
と亜弥は、かるーくにらむ。
「はい」
と美貴は、元気なく手を上げた。
「消費税ぶんは、亜弥が出してあげる」
「……わーい」
- 292 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時42分21秒
〜 〜 〜 〜
- 293 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時42分55秒
- 『しまたに』の外の公衆電話から家に電話して、帰りが遅くなることを伝えた二人は、
向かいのコンビニで、パンやらおにぎりやらを買って、若宮町に帰る。
いきはよいが、かえりはこわい。
日暮れ時で気温が下がっていたから、汗が吹き出すようなことはなかったが、
疲労は確実にたまっていた。
同じ道でも、逆に進めば別の道。
しかも昼と夕方では、景色も大きく違う。
太陽が沈むのが早いか。二人が帰りつくのが早いか。
そうさ君たちは一人じゃない。自転車という、文明の利器もある。
走れミキ。走れアヤ。君たちの帰りを待つ友のところへ。
- 294 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時43分34秒
- 赤くなり始めた太陽を背負いながら、二人は、帰路をこいでこいでこいで、こいでこいだ。
後藤家にたどり着いたのは、太陽がちょうど山の後ろに隠れた頃だった。
美貴が後藤家の呼び鈴を押すと、しばらくして玄関の戸が開いて、真希がむかえた。
「買ってきた」
美貴は材料をさしだす。
「ん」
美貴からビニール袋に入った材料を受けとって、一瞬笑った真希の表情は、すぐに真剣になった。
そりゃそうだ。だってこれからもう一回学校を作らなきゃいけないんだから。
「手伝うよ」
美貴の口から自然について出た言葉だった。
罪悪感からではなかった。自分が壊したとかいうことは忘れていた。
ただ友達が困っているという今があって、その助けになりたいと思った。
「まー当然だよねー。壊したんだしー。亜弥も手伝う」
亜弥は美貴に軽くとげを指すと、笑った。
真希は、うれしそうに、ありがとう助かる、と言った。
- 295 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時44分58秒
- 真希の部屋にあがる前に、真希の母親に、家へ電話をかけてもらった。まずは、美貴のうちに。
「あ、藤本さん、後藤ですーこんばんわー。うん、美貴ちゃんね、いまうちにいるの。
なんかね、うちの子の宿題を手伝ってくれるみたいで、そう、そうなの。うん。
え? いいですようちに泊まってもらったって、ええ、ほんとに大丈夫だから。
いえいえいえ、ほんとに、いやーもううちの真希こそいつも遊んでもらっちゃって。
ほんと全然かまいませんから、ええ、ほんとに。
え? はい。うん、うん。紺野さんとこの、あさ美ちゃん? いま、高校生でしたっけ。
え、芝里高校! いいとこに入学されたんですねー。
うちの子も芝高入ってくれたら嬉しいんですけどねえ。いえいえいえ、あははは。
あ、美貴ちゃんにかわりますー」
- 296 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時45分34秒
- 「あ、お母さん。あたし今日真希んち泊まるね。ん? 真希の宿題手伝うんだー。
あたしの? いいの、あたしの宿題は。人助けは大事だから。
だいじょうぶだって。明日は始業式だけだし。じゃーね。
ん? わかってるって。お礼でしょ。ちゃんと言う言う。
え? 靴? ちゃんとそろえてるよ、ばっちり。はいはい。うん、うん、わかった。はーい」
- 297 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時46分06秒
- 続いて、亜弥のうちに。
「こんばんわ、後藤ですけども。はい。はい。亜弥ちゃん、うちにいます。大丈夫です。
泊まってもらっていいんですから。ほんと大丈夫ですよ。はい、ほんとに。もうほんっとに。
え? はい。はい。松浦さん、水泳されてましたよね。私は恥ずかしいんですけど泳げなくてー。
いやほら、もう体型が人に見せれるもんじゃないから。いやーもうほんとに、いえいえ、ほーんと、もう。
松浦さんスタイルいいから羨ましいですよー、いえいえいえ私なんかほんと。はい。え。はい。
はい。あー、サンガーデン通りの道重さん? はいはい、わかりますわかります。
道重さんとはママさんバレーでご一緒してるんで。え?
そう! そうなんですよ! さゆみちゃん水泳で県で一位になったって! 道重さんから聞きました!
もう驚いちゃってー、さゆみちゃんすごいですよねー。道重さんたしかに運動神経いいんですよ。うん。
あ、亜弥ちゃんにかわりますね」
- 298 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時46分45秒
- 「お母さん。亜弥だけど。そういうことだから。ん、わかった。大丈夫。はい。迷惑かけないから。うん。
わかった。早く寝るし。え、夏の友? えっとね、テレビの上。うん。大丈夫。あ、お父さんがね。
面白いとかいって、問題全部解いちゃったから。そう、大丈夫。うん。
だいじょうぶだって。亜弥、ちゃんと、一学期だって、5、3つもあったし。
はい。はい。うんわかった。え? 真希ちゃんのお母さん?」
亜弥は電話を耳から離した。
「もう一回代わってほしいって」
「なにかしら。あ、二人とも真希の部屋いってて。あとで、すいか切ってあげる。はい、お電話かわりました。
いえいえいえ、別に、やることないですから。ええ、はい。はい。なつみちゃん? 安倍さんとこの。
今高校生でしたっけ。あ、もう大学生、へえー。はい。なつみちゃんが?はい。はい。え?! えええ!!
そうなんですか! いえ初めて聞きましたー。はい。はい――」
- 299 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時47分38秒
- 美貴と亜弥は、真希のお母さんの高らかな話し声を背中に感じつつ、真希の部屋に入った。
部屋の中央にあったはずのミニチュアは、部屋の端に寄せられていた。
驚きなのは、美貴がぶっ壊した住宅街と、ぶった切った山は、ほぼ元通りに直されていた。
「すごいな真希。もう直ってる」
美貴はゆっくりと床に座った。亜弥もその横に座る。
「うん、なんか、早くできた」
と真希は答え、二人が買ってきた材料を出して勉強机の上に並べている。
「なにすればいい?」
と、美貴が聞いた。
「これ、同じ太さに折ってほしいな。亜弥ちゃんも」
「わかった」
亜弥は笑顔で答えた。
- 300 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時48分10秒
- 黙々と勉強机に向かって作業をする真希。
真希はおとなしくて口数の少ない子で、またそういう子に特徴的である、
すごい集中力を持っていた。
いったん作業に没頭すると、2、3時間などすぐ経ってしまう。
その真希の耳には美貴と亜弥が作業する音が届いていたが、ふと気付いたとき、音はやんでいた。
真希が横をみると、美貴と亜弥はお互い寄りかかるようにして、眠っていた。
真希は、声を出さないように笑い、また黙々と作業を続けた。
- 301 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時48分42秒
〜 〜 〜 〜
- 302 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時50分29秒
- 9月1日朝。
朝の光が、美貴を起こす。
美貴は、真希の部屋で目を覚ました。
「げ、寝ちゃった。手伝ってないし」
寝ぼけつつボソッと言い、隣で寝ている亜弥を起こす。
「亜弥ー」
「んー」
起きている時よりもモンキーなフェイスで寝ていた亜弥が、目を閉じたまま体だけを起こした。
「あれ?」
「んー?」
「真希がいない」
「いないの?」
部屋に真希の姿はなかった。
まだ半分寝ている二人の、頭の回転はおそい。
部屋には真希がいないだけでなく、ミニチュアも、真希のランドセルもなかった。
- 303 名前:メロティックランナーズ 投稿日:2003年08月30日(土)20時51分18秒
- 美貴は立ち上がり、真希の机の上の目覚し時計を見る。
短い針が10と11のあいだで、長い針が6のところ。
10時、半だ。
「じ、じゅうじはんだあ?!」
「10時、半?」
「やばい。始業式が」
「え、もう終わってるよね」
「と、とりあえず家に帰って」
「だ、だよねだよね」
あたふたしている二人のところに、始業式を終えた真希が帰ってきて、
布団にすいこまれるようにして眠ったのはいうまでもない。
友達のうちで寝こけて始業式をサボる、という伝説を作ってしまったふたり、
藤本美貴(5年)と松浦亜弥(3年)。
この二つの名は、若宮小学校の教師の間で、永遠に語り継がれることとなる。
- 304 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時52分43秒
─────
───
─
- 305 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時53分23秒
去年の夏も、今年の夏も。
変わらないものは、確かにそこに。
- 306 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時53分58秒
アイノタネ.
- 307 名前:アイノタネ. 投稿日:2003年08月30日(土)20時54分47秒
- 柔らかく、それでいてくっきりと光をはじき返す緑の垣根に囲まれた小さな庭。
てるてる坊主と入れ替わりで吊るされた風鈴の音色が、近所の公園でわめき散らす蝉の声に乗っかって、部屋の中まで風を運んでくる。
太陽光線がすだれに切り取られてできた縞々模様は、迷い込んで畳の上をとぼとぼ歩いている蟻のために敷かれた横断歩道のようだ。
- 308 名前:アイノタネ. 投稿日:2003年08月30日(土)20時55分36秒
- 「ほい、おやつだよ。」
縁側に足を掛けて寝そべっていた希美と亜依は、台所からひょっこり現れた真里の声に素早く反応して跳ね起きる。そして真里の持つお盆に乗っている西瓜を奪い取ると、次の瞬間にはもうかぶりついていた。
そのあまりに見事な動きに苦笑いを浮かべて呆れている真里を背に、ふたりは縁側に戻って腰掛けると、足をぶらぶらと揺らせながら西瓜を食べていく。みずみずしい西瓜の表面はきらきらと輝いて、それは指先をつたって地面へとこぼれ落ちる。
しゃくしゃく、小気味良い音と一緒に並んで左右に揺れるふたつの頭。去年の今ごろは合わせて四つのおだんごが乗っていたのに、それがずいぶん遠いことのように思えて、真里は逆光に目を細める。
突然、希美がぷっと何かを吐き出した。西瓜の種を、庭に向けて飛ばしたのだ。
するとその様子を隣でまじまじと見つめていた亜依も、真似してぷっと同じように種を飛ばしてみせる。
そしてふたりは交互に口の中に残った種を飛ばし合いはじめた。どうやら飛距離を争っているようだ。
ぷっ、ぷっ。リズムを刻んで西瓜の種は垣根の方へと消えていく。やがて勝負はK点越えが焦点となり、どんどん熱くなっていく。
- 309 名前:アイノタネ. 投稿日:2003年08月30日(土)20時56分13秒
- 「おいおい行儀悪いぞ。外歩いてる人に当たっちゃったらどーすんだよ。種はちゃんと皿の上に出せよ。」
見かねて真里が声をかける。希美も亜依も振り向くと子犬のような眼差しで見つめたが、真里が首を横に振ったので、今度はおとなしく西瓜をかじり、種を皿の上に置いていく。
やっと静かになったので自分ものんびり食べよっか、と真里は畳に腰を下ろす。
ちらと縁側に目をやると、亜依が希美に何やら耳打ちをしている。なんだろ、と思いながらも一口西瓜をかじった、そのとき。
「やぐちさんやぐちさーん」
重なった声にもう一度視線を戻す。と、背中を見せていたふたりが急に振り向いた。
ふたりとも両目の端を指で押さえて吊り目をつくって、顎に西瓜の種を一粒、くっつけている。
「ケメコー!」
ぶっ、と思わず吹き出してしまった真里に、ふたりは弾むように声をハモらせた。
「やぐちさーん、おぎょーぎわるぅーい」
- 310 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時56分57秒
─────
───
─
- 311 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)20時58分51秒
- 本を閉じると、西日は落ちようとしていた。
お気に入りのアルバムは何度ループしただろうか。
冷涼な風に温度を奪われると、アスファルトの焼けた匂いは片陰に消えた。
すれ違い様に鼻を通ったのは湿った空気。
夕立が夏を奪い去ってしまうような、そんな気がして、急に寂しくなって…
夏の最後を焼き付けようと裸足のまま外に飛び出したら、一匹のトンボが目の前を掠めた。
名前のない空模様に線を引きながら、揺ら揺ら、ゆらゆら。
嬉しくなって顔がほころぶと、夕立が通り過ぎるまでここに立っていようと決めた。
夏の終わりと、秋の始まり。
- 312 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)21時01分46秒
─────
───
─
- 313 名前:SUMMER LIST 投稿日:2003年08月30日(土)21時09分18秒
- [ 夏 匣 ]
イントロ
1 )夏影 / カネダ >>2-6
2 )天賦の災能 / イヌきち >>10-35
3 )あなたに逢えた不幸せ / かるあ >>38-45
4 )焼き茄子 / 駄作屋 >>48-70
5 )半壊のグレイメッセンジャー / S-MEGA >>73-125
6 )未必の恋の物語 / 分身 >>128-164
7 )スイカ割り? / LVR >>167-179
8 )フーリッシュ・ベッセル / カネダ >>182-227
9 )SPLASH! / かるあ >>230-235
10 )太陽の人 / 永上 >>238-251
11 )万華鏡フィルター、夏スクリーン / 燻った人 >>254-261
12 )メロティックランナーズ / ふぐつら >>264-303
13 ) アイノタネ. / str >>306-309
アウトロ
- 314 名前:あとがきにかえて 投稿日:2003年08月30日(土)21時10分56秒
- かるあ : あなたに逢えた不幸せ / SPLASH!
└ この夏のいろんなヒトに感謝をこめて。
str : アイノタネ.
└ 作品の合間のCMのつもりが、まさかここにくるとは思いませんでした。
分身 : 未必の恋の物語
└ じっとりと粘っこい夏も夏のうちです。
燻った人 : 万華鏡フィルター、夏スクリーン
└ SPthx! for all! 今回も燻り確定で?(笑)
カネダ : 夏影 / フーリッシュ・ベッセル
└ 松浦は俺の嫁!
永上 : 太陽の人
└ 夏らしく暑苦しく爽やかに。
ふぐつら : メロティックランナーズ
└ 夏匣や 兵どもが 夢芝居
駄作屋 : 焼き茄子
└ あとがき考えてたら腹減った。今夜は秋刀魚にしようかな。
LVR : スイカ割り?
└ まさかこんな話になるとは思いもよりませんでした。息抜きにどうぞ。
イヌきち : 天賦の災能
└ 災難を楽しんで頂ければ幸いです。
S-MEGA : 半壊のグレイメッセンジャー
└ 届け。冷たい鉄の、人より熱きメッセージ───
- 315 名前:STAFF 投稿日:2003年08月30日(土)21時12分05秒
- ・LVR
・str
・S-MEGA
・イヌきち
・カネダ
・かるあ
・ふぐつら
・永上
・駄作屋
・分身
・燻った人
[ PROJECT SUMMER BOX 2003 ]
- 316 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)21時12分57秒
- .
- 317 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)21時13分41秒
- .
- 318 名前:_ 投稿日:2003年08月30日(土)21時14分21秒
- .
- 319 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月30日(土)22時13分39秒
- こういうの見せられるといしよし系の人間以外の人たちの
馴れ合いも極地に来た感じがするな。
わかってはいるけど悲しいや。
- 320 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月30日(土)22時40分33秒
- 同意。
しらけるよ。
- 321 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月30日(土)22時42分28秒
- そう?べつに面白かったから良いんじゃない?
やたらと長いから読むの疲れたけど。
- 322 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月30日(土)22時52分45秒
- 駄作屋さんのだけ読んだ!
緑、待ってます!
- 323 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)00時24分15秒
- なんでこんな豪華なのあげねーんだ!
すんげーお腹イッパイになった。飛ばし飛ばしだけど。そして最後のSTAFFってのを見てなぜか寒くなったけど。
天賦の災能と焼き茄子とスイカ割り?とSPLASH!と太陽の人が面白かった気がした。長くて良く憶えてないけど。
よっしゃぁあーー!!次は作者読みだ!!!
- 324 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)00時29分24秒
- すまんがさげさせてくれ
- 325 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)00時44分28秒
- 書き手だけ盛り上がってる感じ?
おもしろいの2,3あったけど。
最後の萎えるね…うん。
- 326 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)13時01分52秒
- くだらなすぎて笑えた
小説はほとんどが読めなかった つまんなすぎて
作者は半分も知らない ドコで馴れ合ってんのかしらないが
どんな顔して名前ツラツラ挙げてんだろうと思ったらまた笑えた
- 327 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)17時54分05秒
- >>326
読んでないのにレスするなよ。
- 328 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)18時14分14秒
- どれもこれも味があって。面白かったです。
個人的にはメロティックランナーズが特に印象に残りました。
ああ、小学生時代の夏休みの雰囲気ってこうだったよなぁ…とか。
甘酸っぱい懐かしさがあって(w
一つ一つに感想付けたいのですが、長くなりそうなので控えます。
夏の終りに一気にこんな、夏話小説を沢山読めて良かった。
お疲れさんでした。
- 329 名前:undefined 投稿日:2003年08月31日(日)18時24分20秒
- ひどいなれ合いだ……。
あのチャットの常連共じゃん?
- 330 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)19時39分23秒
- 馴れ合いでもいいだろ別に。
そんなの小説には関係ないし、内容がよければ問題ないだろ。
- 331 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)20時21分39秒
- 一気に読ませていただきました。
読み専としては嬉しいスレでした。馴れ合いだろうがなんだろうが良小説が読めて良かったです。
煩い連中は気にせずにこれからもおもしろい作品宜しくお願いします。
- 332 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)20時39分11秒
- >>303
そんな風に割り切って読める人間ばかりじゃないしね。
俺みたいに。
で、読んでみたけど、そんなに面白くなかったかなぁ。
上手い人もいたけど、あんたの文章は上手いね、はいはい。でもそれだけじゃんって感じ。
もちろん、「ムカつくフィルター」かかったまま読んだからってのもあるけど。
- 333 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)20時46分02秒
- だから一体何が腹立つんだろうなぁ…。
作者なんかどうでもいいなら馴れ合いなんかもどうでもいいんじゃないの?
これを全くさらの状態で見たら(もう見れないから意味無いかもしれないけど)
ここまで荒らされる話じゃないと思うんだけどなぁ…。
- 334 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)20時47分11秒
- ムカついてる奴が何でムカついてるのかがわからん。
このスレの作者達の作品結構好きだから普通に楽しめたんだが。
少なくとも俺はこのスレを罵倒してる作者の作品は読みたくないな。
- 335 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)20時53分52秒
- 企画もいいのですが、そろそろ自スレを更新して方々が多数いらっしゃるのですが・・・・
と空気を読まずに発言
- 336 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)21時09分52秒
- >>334
「このスレを罵倒してる作者」はムカつくだろ?
同じ気持ちだよ。
- 337 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)21時15分26秒
- このスレを罵倒する気は全然ないけど、ただ>>335に同意。というか大賛成。
- 338 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)22時00分24秒
- こういう企画ってなかなかできるものじゃないから、普通にすごいと思ったけど。
ただ作品は、全部じゃないにしろおもしろいとは思わなかったかな。
- 339 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)22時11分36秒
- どうだ、おもしろいだろう!って、威圧された感じがする。
おもしろいのもあったけどさ。
- 340 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)22時26分32秒
- 面白いも面白くないも、ここまで荒される理由が分からない。
何でムカつくかさえ分からんし・・・
- 341 名前:名無しさん 投稿日:2003年08月31日(日)22時37分19秒
- アンチな作者はいっそのこと、
こんなのより俺のほうが面白いぞ、と
ここで自スレを宣伝してしまえ。
- 342 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)00時40分29秒
- 気分を害したならスルーすればいい。
興味が涌いた人は読めばいい。
ただ前者の場合そんなことをいちいちレスするなんて子供だよ?
もっと大人な人がいると思ったけどね。
爽快なまでに一気に出来あがったスレは見事。
面白かったよ。
- 343 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)03時04分43秒
- 作者同士の横のつながりがきもい
- 344 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)03時11分52秒
- >>343
ageでその手の発言はひがみや妬みにしか聞こえないからやめとけって。
自スレ、コテハン晒して同じことしたら神だけど。
ぶっちゃけ作者なんかどうでも良いよ。
でっかいスレがいきなり立っててびびったけども別にそれだけだし。
作品はとくにキモくないし。絶賛とかはしないけど。
- 345 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)04時27分19秒
- >>319
「いしよし系以外の人間で馴れ合うな」って一方的な意見だね
ここ荒らしているのっていしよしヲタ?
- 346 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)05時41分24秒
- >>345
違うよ
- 347 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)13時29分53秒
- どっちにしてもここを荒らしてるのはおそらく実力で対抗できない
卑屈な作者ということは間違いなさそうだ。
- 348 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)14時04分49秒
- 面白い作品もあったので満足です
まあ作者ばらしは余計かなとも思ったり
- 349 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月01日(月)20時32分19秒
- 天賦の災能。普通に面白かった。
これがトップの作品じゃなかったらきっと全部読まなかったと思う。
- 350 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)02時25分30秒
- >>343 横のつながりからはずされましたが何か?…w
>>347 どっちにしてもここを荒らしてるのはおそらく実力で対抗できない
卑屈な作者ということは間違いなさそうだ。 悲しいが、これには頷かざるを得ない。
この面子に混ざる自信はないなw
それにしても、リレーにおいては「作者が匿名」なので「庇いあい」と揶揄し、このスレッドにおいては「作者が有名」なので「キモイ」とのたまう。
面白い作品って一体なんなんでしょうね?
作者って一体なんなんでしょうね?
荒らしの仲間に入るようなレスですみませんが、
「作者と作品は関係ない」
本音と建前が、客観的に見られて面白かったです。
- 351 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)02時26分17秒
- トップは夏影だと思うとかいう突っ込みはナシですか
- 352 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)12時58分13秒
- >>351
突っ込むだけ野暮かと
- 353 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)20時11分34秒
- >>347
>どっちにしてもここを荒らしてるのはおそらく実力で対抗できない
>卑屈な作者ということは間違いなさそうだ。
腕がよければ絶対肯定っていう盲目的な発想も怖いがな。
無名の厨房たちがどっかのチャットで企画してやったって、同じく「は……?」って思うよ。
自分のサイトで企画したなら自分のサイトでやればいいと思うが。
企画は外で、発表はここでってみんなやりだしたらどうなる?
全く訳が分からなくなる。
せめて企画の経緯と、これからこういう事やりますっていう前置きくらい必要だろ。
これじゃ「どうせ名前は知られてるから、わざわざ説明する必要もないだろ」ってはしょってるように見える。
気分悪く思う人がいて当然では?
- 354 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)20時36分53秒
- これは企画じゃないと思う。あくまで、ぜんぶでひとつの作品なんだ。きっと。
- 355 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)20時56分35秒
- >>353の「どうせ名前は知られてるから、わざわざ説明する必要もないだろ」
は同意。
当人たちはそんなつもりはないのだろうけど、そう捉えられてもしょうがない。
確かに名前は知ってるけどさー‥‥、みたいな。
だからといってそれについて文句ばかりのレスをする読者(卑屈な作者)は
もう見てらんないって感じ。
そんな作者が書いた作品など読みたかない。
- 356 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)21時59分23秒
- >せめて企画の経緯と、これからこういう事やりますっていう前置き
それがあったらこのスレの面白みが半分くらい減るような気が。
こういうのって突然立つから意味があるんじゃないか?
- 357 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時05分21秒
- 批判してる作者はとりあえず、自分の作品を晒せよ
- 358 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時06分44秒
- 357はまずレス番指定しろよ。
- 359 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時12分31秒
- 357じゃないけど
>>319、>>320、>>326、>>329、>>332、>>336、>>343、>>346、>>353
でいいのかな?
個人的には>>350に是非晒していただきたい。
- 360 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時16分00秒
- とりあえず、最初に批判した>>319に是非とも晒してほしものだな。
- 361 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時19分56秒
- >>314がなければこんなに批判されなかったかもね
- 362 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時24分20秒
- まず作者名出してるのが間違い。
結局は作者も、自分の作品だって威張ってるだけじゃん。
作品自体はどうこう言わないけど、やり方には大きな疑問を感じたね。
確かに書くのは自由だが、作者達には何を伝えたくてこうまとまったのか教えて欲しいね。
別に自スレでちょっと紹介するだけでも良いんだし。
- 363 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時40分32秒
- >>362
書いてる作者を一人も知らない俺にしたら、どーとも思わないけどね。
話題になってるから読んだけど、すごい面白いのもあったし別に…なのもあったし。
なんでそんなに作者にこだわってるの? 別にどーでもいいじゃん。
- 364 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時44分14秒
- どれが面白くてどれが・・・だったのか激しく聞きたいぞハァハア
- 365 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時49分36秒
- 結局誰も自スレさらさねーのかよー 根性ナシどもがー
- 366 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時50分06秒
- >363
ただこんなことしてる作者達に、自スレの問題をどうにかしてもらいたいだけ。
こんなこと書いても、反応を示すような人たちかは知らないが。
- 367 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)22時51分01秒
- >365
あげたら他の作者の邪魔だろ。
- 368 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)23時38分02秒
- 今度やるならこの面子でやってほしい
空とび猫
萌え男
上海
チャミ剣
すってぷ
瑞希
和泉
サハラの作者
イヌきち(書いてるけど)
- 369 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)23時57分26秒
- 今度やるならこの面子でやって欲しい
LOVE涙色作者
るるたん
あすりか作者
上海
女神H作者
クロイツ
顎
- 370 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月02日(火)23時58分47秒
- 俺は威張ろうが全然いいと思うよ。腕に自信があるならどんどん晒していってほしい。
でも、ここまで綿密に皆で考えて出来上がってると、完全に「企画物」になると思う。
飼育内の企画物は、一応住人に全てを晒しながら計画してる。
中には文句言われて瞑れてる企画があったり、色々あるワケで。
それを外でやってしまうとなると、何となく、法の目を掻い潜ってるみたいで、ちょっと姑息に見える。
案内板で計画したってよかったんじゃない?と思う。
どうしても決まった人間でやりたかったのなら、最初か最後に一言何か断りを入れるのが良心的じゃないかな。
やるのはいいけど、ちょっとぶっきらぼう過ぎるよ。態度がでかいと思われても仕方無いと思う。
- 371 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)00時14分50秒
- 批判する奴を批判する人間は、自スレ晒せよという論理のすりかえのような
主張しかしていないところが面白い。同一人物か?
- 372 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)00時44分48秒
- 批判してる人の作品にも興味がありますよってだけのことじゃねーの。
批判してるやつが馴れ合いバリバリのレスのやり取りしてたら笑うね。
卑屈な無名から有名作者になりたいんなら今がチャンスだ。
- 373 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)01時04分41秒
- 書いてる作者さんが飼育からいなくなったら嫌なので
文句は言いません
- 374 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)01時10分08秒
- 凄い好きな作者いるし、作品も物凄く楽しみにしてるけど、
もしこんな事でいなくなるなら切り替えれる。
好きなようにやって叩かれたからトンズラなんて、
むしろ嫌いになりそうだ。
- 375 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)01時19分00秒
- 話を飛躍しすぎ。
そろそろウザイからやめろ。
- 376 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)01時25分24秒
- >>357-360
- 377 名前:350の釣られる人 投稿日:2003年09月03日(水)17時15分05秒
- >>359 >>368の中に入っています。
>>365 サハラの作者。
>>367 邪魔した。すまん。
とりあえずコンピレーション、アンソロジー企画、という発想自体は面白いと思った。
なんだか本屋に急造した18禁ゲームのアンソロジーコミック(同人誌ではなく、商業誌のほうね)みたいでいいじゃないか。
プロの漫画家の中でもいわゆる馴れ合いっぽい繋がりで同人誌を出す人たちだっているんだし。
まあ、101匹目の猿はどうしたって、始めは迫害されるもんだ。
フォローにもなってないし、作品を書いた面子があれこれ言って申し訳ないが…。
- 378 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)17時33分46秒
- >>377
101匹目の猿って何?
犬じゃなくてサルなの?
- 379 名前:not375 投稿日:2003年09月03日(水)18時04分02秒
- >>376
ディズニーかよ……。
正しくは101じゃなくて100だったような気も。
一定数の普及は、常識(距離とか)を超えて
爆発的な波及効果をもたらす、とかいう意味だったと思う。
新しいことを始めるという意味とは違うね。
ブームが次の段階に進む(拡大)ときに使う言葉か。
375のように、本屋の同人アンソロジーが
飼育に波及したとみるなら
まー、当たってなくもない、のかもしれない。
- 380 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)18時45分20秒
- >>379
そーいう意味か
すげー恥ずかしい勘違いした…
- 381 名前:377 投稿日:2003年09月03日(水)19時59分34秒
- >>377 突っ込まれる前に訂正しておこう…
「作品を書いた面子があれこれ言って」× →「作品を書いていない面子〜」○
>>379 「NIGET HEAD」でそんな感じのセリフがあったんで、急に思い出したんだ…。
- 382 名前:名無し 投稿日:2003年09月03日(水)21時46分36秒
- おまいら、必死すぎ。
- 383 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月04日(木)01時05分16秒
- 今までのレスで名前が出た作者の一人が、個人的にすごくムカツク
言う機会ないから言いたかった
- 384 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月04日(木)05時58分25秒
- ここまで全部俺の自演。
- 385 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)12時55分26秒
- なかなかの祭りだったな。
- 386 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/10(水) 20:55
- ochi
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