沈みゆく、こころ。
- 1 名前:作者名未定 投稿日:2003年09月07日(日)15時33分07秒
- 短期集中連載です。今日は前半部分を。
アンリアルです。よろしくお願いします。
- 2 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時34分04秒
-
いろ青き魚はなにを悲しみ
ひねもすそらを仰ぐや。
そらは水の上にかがやきわたりて
魚ののぞみとどかず。
あわれ、そらとみずとは遠くへだたり
魚はかたみに空をうかがう。
室生犀星「性に目覚める頃」より
- 3 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時34分38秒
薄暗い闇の中で、時折聞こえる鳴き声。
何か重いものを振るう音。
肉を叩く、鈍い音。
鳴き声はやがて低く潰れたようになる。
庭で何が行われているのかはわからなかったけれど、きっと多分、恐ろしいことだ。
最後の一撃らしきものが振るわれると、それは一際大きな声をあげ、そして静かになった。あたしは思わず、布団を頭から被る。
とにかく願った。自分が次の標的にならないことを。
そして、今はただ眠ろうと思った。眠りさえすれば、全部夢になりそうな気がしたから。
事を終えたらしき人物の、荒い呼吸音が耳に付いて離れなかった。
- 4 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時35分13秒
どこまでも続く、長い、長い坂道。
その忌ま忌ましい坂道を、汗をかきつつ上っていた。
視界には、誰もいない。こんな朝早くに学校へ通う物好きな人間は、あたしくらいのものだろう。
朝とは言え、初夏の陽気は着ている制服を湿らすには充分の暑さだった。坂を上るという行為が、発汗に追い打ちをかける。
急勾配の傾斜はひたすら疲労しか与えない。地面から足に疲労が伝わり、全身に回り始める。けれど、疲れを感じている暇は無い。学校の校門をくぐり抜けたら最後、あたしは“あたし”にならなければならないのだから。
“あたし”になるのは、至って簡単だ。自分の体の芯に、少しだけ力を込める。それだけで照明のスイッチをぱちん、と切り替えたみたいになる。ただし、それなりの心の準備は必要だけど。
この行為について、馬鹿らしく思えてくる人がいるかもしれない。怒りすら覚えるかもしれない。でも、あたしにとっては不可欠な行為なのだ。それこそ生きとし生けるものが空気を吸ったり、水を飲んだりするように。
坂の上に校舎の姿が見えてきたその時、突然肩を叩かれる。あたしは弾かれるようにして、思わず後ろを向いた。
- 5 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時35分51秒
- 「ひとみ、おはよう!」
そこにはあたしと同じ、紺のセーラーに真っ赤なスカーフを結んだ少女がいた。同じクラスの、女の子だった。
「あっ、友美おはよっ」
必死になって笑顔を作りつつも、あたしは自分がひどく焦っているのを感じていた。幸い、彼女は何も気付かずに嬉しそうに息を弾ませている。
「坂を上ってたら見慣れた後ろ姿があったから、ひとみかなって思って走っちゃった」
少女は無邪気な笑顔を見せ、そんなことを言った。
「ねえひとみ、いつもこんな早くに学校来てんの?」
「ううん、間違えてちょっと早い電車に乗っちゃったんだ。友美は?」
「実はさあ、私一時間目の世界史の宿題やってくるの忘れちゃってさ。だから早めに学校来てやっちゃおうかな、なんて」
いつものあたしならここでさりげなく、「見せてあげようか?」なんていう言葉を口にするはずだった。だけど何故か氷の棒を喉に無理矢理押し込められたみたいに、言葉が出なかった。
- 6 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時36分27秒
- あたしはまだ、“吉澤ひとみ”になりきれていない。途端に、背中から嫌な汗が噴き出してくる。心臓が、不穏な動悸を起こしていた。
ヤッパリオマエハ、偽物ナンダ。
汚ナイ、穢ラワシイ奴ダ。
オマエナンカ、消エテ無クナッテシマエ。
「ねえひとみ、どうしたの?」
「えっ?」
友人の声で、我に帰る。自分自身に、強い違和感を覚えていた。
「大丈夫? 顔色、悪いよ?」
心配そうにあたしの顔を覗き込む、クラスメイト。
もう、限界だった。
「ごめん、ちょっと先行ってる」
一分一秒でもその場にいたくなかった。気がつくとクラスメイトを置き去りに、急な坂道を駆け上っていた。
- 7 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時37分36秒
- 何でこんな時間に?! あたしはさっきのクラスメイトの存在を呪わずにはいられなかった。こんな事態を避けるために、毎朝早い時間に登校しているというのに。スイッチは、急には切り替えられない。準備が必要なのだ。体の芯に力を込め、そこにあらゆる偽りのエキスを注ぎ入れる、そのための準備が。
歩くだけでもきつい坂を、全速力で駆け登る。心臓がきりきりと悲鳴を上げ、やがて不穏な動悸とシンクロしていった。
学校の校門を過ぎたところで、足を止める。後ろを振り向くと、誰の姿も見えなかった。もう大丈夫だ。思わず、膝に手をつきしゃがみ込む。全身から、滝のように汗が流れ落ちていた。心音はいつの間にか、激しい運動による鼓動に変化している。
赤いレンガ造りの校舎が、あたしを見下ろしていた。入り口に飾られた、鷹をあしらったレリーフ。私の通う学校、私立多摩が丘女子高校の校章だ。何でも、ここの学校の創立者がある晩に鷹の出てくる夢を見た、というのが由来らしい。もし夢に出て来たのが豚だったら、豚を校章にするつもりだったのだろうか。
- 8 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時38分45秒
- 鷹の鋭い眼光を身に受けつつ、校舎の中に入った。教室のある三階へと続く階段。あたしは階段を昇りながら自分の体の芯に徐々に力を入れていった。これでいつでも、“吉澤ひとみ”になることができる。
落ち着き始めた呼吸を整えつつ、教室の引き戸を開けた。
目の前に広がる、無味乾燥な世界。整然と放置された三十四組の椅子と机を横目に、あたしは自分の席に座った。
教壇の真上の壁に掛けられた時計に目をやると、七時半を回っていた。時折運動部と思しき朝練のかけ声が聞こえてくる。ファイトー、ファイトー。何気なく、口ずさんでみた。
そんな雑音が聞こえてくる以外は、この時間帯は本当に静かだ。毎朝いつもこの時間に登校しそして、劇の幕が上がるのを、待つ。他の誰かのためでは無く、あたし自身のために。
- 9 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時39分16秒
- 遅れて、さっきのクラスメイトが息を切らせて教室に入って来た。
「ひとみー、どうしたの?! いきなり走り出すから……」
あらかじめ用意していた笑顔。今度は絶対に、失敗しない。この愚鈍そうなクラスメイトにあたしの本質を見破られることは無いとは思うけど、何事も完璧にこなさなければならない。
「ごめんごめん、ちょっと気分が悪くなっちゃって。でももう平気だから」
「本当に?」
「うん。それより、世界史の宿題だっけ。あたしやってきたんだけど、見る?」
悲しいまでに滑稽な物語の、はじまりだ。
- 10 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時39分57秒
八時を過ぎた辺りから、少しずつ教室に生徒たちが入って来た。
「ひとみ、おはようー」
「ひとみ、昨日のドラマ見た?」
「ひとみちゃん、この前借りたCDなんだけど」
「ねえねえひとみ、ちょっと聞いてよお」
次々に話しかけてくる、クラスメイトたち。あたしは彼女たちに飛び切りの笑みと友好的な態度で応じる。明るく、楽しく、時には真面目な表情を作りながら。そうすると彼女たちは、期待通りの反応を示してくれるのだ。「うんうん、そうだよね」「ひとみって面白いよね」「何でも知ってるんだね」……
明朗快活で頭のいい、クラスの人気者。“吉澤ひとみ”はそういう人間でなければならない。誰もが描く、理想の友人像。それに近づくためならばどんな無理なことも厭わないし、どんな生理的に受け付けないことだってする。そうすることで、あたしの本性が隠し通せるのならば。
- 11 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時40分31秒
- だけど理想の友人像なんてものは、所詮は幻想に過ぎない。そんなことは自分自身が一番良く知っていた。それでも、そんなまやかしのようなものでも、必死に縋るしかないのだ。
そこへ、息を切らして一人の女生徒が教室に入ってきた。
- 12 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時41分06秒
「遅いよぉ、美貴」
「だって電車で寝過ごしちゃったからさあ」
少女はあたしの前までやって来ると、苦笑いしながらそんなことを言った。
きりっと上がった眉や細められた円らな瞳。美少女と呼んでも差し支えない容貌は、有資格者に相応しい代物だった。
藤本美貴。彼女は、親友だ。もちろん、“吉澤ひとみ”の。
貴重なバイプレイヤー、優秀なアシスタント、防波堤…そんな言葉が頭に浮かぶ。そう、確かに彼女はあたしにとって便利な存在だ。
去年のクラス替えの時真っ先にあたしのシンパになったのも彼女だったし、クラスに二、三人いる靴墨系のコたちに睨まれた時に間に立ってくれたのも彼女だった。
恩義など感じてはいない。多分それらの出来事はこれまでのように、自分一人で解決できたことだったろうから。でも、手間が省けたことに対しては多少、感謝している。
- 13 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時41分54秒
- 伏線はある。一緒のクラスになる前だろうか、それまで面識のない美貴から突然電話がかかってきたのだった。
「あんた、あたしの彼氏とったでしょ?!」
凄い剣幕だった。街で一緒に歩いているのを偶然目撃し、その彼氏に問い詰めたところあたしの名前が出たらしい。話を聞いているうちにその“彼氏”が以前遠いツテで知り合った大学生だとわかったけれど、勿論何も言わなかった。しかし一回やらせてあげただけで彼氏顔とは、図々しいにも程がある、そう思った。
いつの間にかあたしの口調は折伏モードに入っていた。一度会っただけなのに“彼氏”に付きまとわれて困っているということを落ちついて、理論を重ねながら説明した。するとどうだろう、それまでの勢いが嘘のように、
「えっ、そうだったの?! ごめん、変な電話しちゃって」
と謝りはじめたのだ。単純なものである。
- 14 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時42分27秒
- それから二人は親友ということになった。こちら側はともかく、美貴はあたしのした様々なことに対して相当恩に感じているようだった。
人間なんてみな汚い生き物だ。信用できない。だから美貴もいつかあたしを裏切る日が来るかもしれない。それでも裏切りの意思が表れる直前まで、彼女の忠誠を信用するだろう
- 15 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時43分00秒
授業開始のチャイムが鳴り響く。程なくして、世界史の教師がやって来た。
その初老の教師はひとつ咳払いをして、やがて淡々と授業を進めはじめた。緩やかな川の流れに身を任せるようにして、あたしはぼんやりと教科書を眺め続ける。歴史上の人物や事件の名前などが頭に浮かんでは、消えてゆく。時々隣や後ろの席から回ってくる筆談用の紙に軽く応じながら、けだるい時間を過ごす。そして授業はぷつりと、終わりを告げるのだった。
現代文、英語、古典……教師と内容は変われど、あたしにとっては単調な授業が続く。三年生になってから学校の授業は、受験対策の名のもとに大幅に変更されている。教師に言わせれば「緻密なカリキュラム」らしいのだが、正直言ってどこが緻密なのかよくわからなかった。これならば多分、塾で教えていることのほうが余程受験のためになる。いずれにせよ、そんなことはどうでもいいことだった。
- 16 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時43分34秒
- あたしの中で重要なのは、どのようにして完璧な“吉澤ひとみ”を演じるかという一点のみだ。学校の勉強だろうが塾の勉強だろうが、結局はそれを支えるための一要因に過ぎない。きっとあたしは染み一つない自分を演出できるのなら、何だって犠牲にできることだろう。
みんなは綺麗なあたしを見ていればいい。だから、誰にもこの胸の奥に潜むどす黒い存在を気付かれてはならない。
- 17 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時44分06秒
放課後、美貴たちにカラオケに誘われる。いつもなら誘いに乗るところだけれど、今日はやるべきことがあった。
「ごめん、今日は塾の時間なんだ。みんなにも上手く断わっといてよ」
「わかった、よっすぃー」
美貴はそう言って笑顔で了承してくれた。よっすぃー。美貴だけがあたしのことをそう呼ぶ。それはきっと彼女にとっては「親友」の証なのだろうが、あたしにとってはただの名前の呼びかたの違いでしかなかった。
朝は閉まっている裏門から、学校を出た。門をくぐった時点で、あたしの心は武装解除される。わざわざ駅に遠回りな裏口から出るのは、そこを利用する生徒が少ないからだ。うるさいクラスメイトたちに捕まるよりは、遠回りでも誰にも遭遇しない方がいいに決まっている。
思惑通り、知り合いの人間に遭うことなく駅に着くことができた。あたしの家は大抵の生徒たちとは反対方向だし、もう安心だ。
- 18 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時44分43秒
- 近所の遊園地の名前が付いた、駅。そこから三つの電車を乗り継ぐ。朝のラッシュと違い、比較的車内は空いていた。
多摩川を渡り、地上から地下へと潜っていく電車。その手前の駅から出ている、小さな四両編成の電車に乗って三つ目の駅で降りる。石畳が綺麗に敷かれた商店街を抜けると、立派な門構えの家々が立ち並ぶ街区に辿り着いた。
学校のクラスメイトたちがこの場所を高級住宅地と呼び、あたかも住んでいる人間までもが高級であるかのように話す度に、あたしは心の中でこう反駁する。「高級なんて、名前だけ。住人はみな見栄っ張りで自分のステイタスばかり気にしてる。それどころか、飼い犬の糞の始末すらできない人間の集まりだ。そんな人間の住む場所が高級であるはずがない」、と。
住宅地に入ってから歩いて三分程の場所にある、白塗りの大きな家。
ここが、あたしの住む家だ。
- 19 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時45分16秒
- 観葉植物の葉や外壁に絡み付く蔦を払い除け、玄関のドアを開けた。
「ただいま!!」
あたし、できる限り元気な声でそう言った。スイッチはもう、切り替えている。
「あらひとみちゃん、お帰りなさい」
二階へと続く、螺旋階段。そこから玄関に降りて来たのは、私の母親だった。手にはめたビニールの手袋には、赤黒い土がついていた。
「またガーデニング?」
「ええ、お夕飯の準備の前にやっておこうと思って」
彼女はそう言って、微笑んだ。
彼女は多趣味な人間だ。ガーデニングをはじめ、料理、インテリア、絵画と数え上げたらきりがない。玄関には八歳のあたしを描いた時の絵があって、それを見る度にあたしは苦々しい気持ちにさせられるのだった。
「お母さん。今日は塾の日だから、帰ってからお夕飯食べるね」
そう言いつつ階段を登り始めた矢先、
「あっひとみちゃんちょっと」
と呼び止められた。
「えっ、何?」
「今日はお父さん、早く帰るみたいだから寄り道しないで帰ってね」
身体中の筋肉がこわばる。ひどく息苦しい。
- 20 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時45分52秒
- 「う、うん……わかった」
後ろを振り返らずに、自分の部屋に駆け込んだ。扉を閉めると同時に、どこかで開いた傷口から漆黒の炎が噴き出す。
あたしは知っている。あの女の本当の素顔を。周りを取り巻く炎は、過去の恐怖と共に嫌なことを思い出させた。
いつからだろう、あの女を心から“お母さん”と呼べなくなったのは。気がつくと彼女は恐るべき存在となっていた。「〜しなさい」が彼女の口癖で、自分の意にそぐわないと決まって大声であたしを叱りつけた。別に暴力を振るわれたわけじゃないけど、そのことは幼いあたしを酷く傷つけた。
程なくして、あたしは猿回しの猿のように従順になった。母親の言うことには何でも従ったし、彼女の敷いたレールからは絶対に外れなかった。そしていつの間にか学習したのだ。この女はあたしが“いい子”である限りは何の危害も加えてこない。束縛も命令もしない。ならば、敢えてそうしてやろう。彼女が望む以上の、いい子になってやろう、そう思うようになった。
- 21 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時46分24秒
- でも、「寄り道しないで帰ってね」という言葉を聞いた時には、憎悪で肌が粟立つのを強く感じた。久しぶりに聞く、隠れた命令口調。今となっては物怖じなどしないけれど、その代わりに滾るような憎しみが現れるようになった。大方家のことに関心を持たない自分の夫に対して、あたしをだしに使うことで少しでも家庭に目を向けてもらいたいのだろうが。
- 22 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時47分05秒
- あたしの父親は若い頃に自ら会社を立ち上げ、その会社は今では大企業に成長した。詳しいことはよく知らないし興味もないが、スーパーやデパートと取引をする会社らしい。 彼の働きは我が家に富をもたらしたが、その代わり家族は顧みられなくなった。だから父と娘の関係など、築かれる筈も無い。朝早くに家を飛び出し、夜中過ぎに帰宅する日々。そのうちあたしは、彼について考えることをやめた。
彼は父親であって、最早父親ではない。
彼がどういう人間なのかも、全くわからない。あの女は小さなあたしに、彼が今までどれだけ苦労し、そしてどれだけ立派な人間かということを幾度となく吹き込んだ。お父さんは凄い人なのよ、だから尊敬しなさい、と。だけど、知らない人をどうやって尊敬すればいいのだろう。
- 23 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時47分55秒
- 不快な存在と知らない存在の間に生まれた、存在。それがあたしなのだ。そう思うと、この体に流れる血を全て棄てたくなる。あたしが、あいつらの娘だなんて……!
持っていた手提げ鞄を、ありったけの力で床に投げつけた。教科書や手帳、化粧品が無造作に床に散らばる。
体を駆け巡っていた怒りが急速に冷めてゆくのを感じながら、今度は冷静にものごとを考えてみた。
母親は、不快な存在。父親は、知らない存在。そして、このあたし。何はともあれ、生まれて来てしまった。逃げ場が無いのなら、走り続けるしか無いのだ。
奇妙な取り合わせによって行われる、夕食。その光景がどんなに恣意的なものであろうと、非現実的であろうが滑稽なものであろうが、自分に割り振られた役柄は、“よき娘”。周りがどうあれ、あたしはただ自分の役回りを演じ続ければいいのだ。
散乱している教科書を机の上のブックスタンドに立てかけ、手帳と化粧品は鞄の中に戻す。それらの作業が終わってから、部屋の奥のベッドに身を投げ出した。鞄と一緒に放り投げた黒い憎悪は未だに床で燻っていたけど、それは無視した。
- 24 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時48分30秒
- 家の外装と同じく、白で埋め尽くされたあたしの部屋。白いカーテン、白い勉強机、白い本棚、そして白いベッド……
あたしは白という色が好きだ。しかも汚れの無い、完璧な白が。化学の授業で習ったのだが、純度の高い貴金属は錆びにくいという。ならば、本当に完璧な白はいかなる汚れをも寄せつけないのでは無いだろうか。だからそれに憧れ、そして愛す。
だけど、本当のあたしは純白には程遠い、薄汚れた色をしている。どんなに望んでいても、これは厳然たる事実だ。
だから、白を装う。それは時に学校のみんなにとっての吉澤ひとみだったり、親にとっての吉澤ひとみだったりする。そして周りの人間はあたしのことを白だと認識する。ただ独り、あたし自身を除いて。
己には白の振りはできないのだ。なぜなら、あたしは自分が汚れている理由を知っているから。
ふと、掛け時計を見た。もう四時を回っている。そろそろ、行かなければならない。塾へ行く支度をしてから、埃ひとつ無い白い部屋にしばしの別れを告げた。
- 25 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時49分02秒
- 階段を降りて、台所へ向かう。
「お母さん、じゃあ行ってくるね」
案の定、母親は台所で夕食の下拵えをしていた。彼女の虚栄心を表したかのような、広々としたキッチン。そして茶番に饗されるであろう、悲しき料理。あたしは少しだけ、その食材に同情した。
「あら、もうそんな時間?」
「ううん、まだ早いんだけど向こうで予習しようかと思って」
「そうね、ひとみちゃん受験生だものね」
そう言って母親は、満足そうに微笑んだ。あたしの体は正直にもまた、こわばりはじめる。彼女の言葉に潜むものに、微妙に反応してしまったのだ。いい子になってからは、確かに束縛の手は緩まった。ただそれは表面上の話で、依然として彼女はこうやって、目には見えない鎖であたしを縛りつけている。
「行って来ます」
従順な仮面をつけたまま、家を出た。
息が、苦しい。
- 26 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時49分38秒
予習をする、なんて真っ赤な嘘だった。永年に渡っていい子のイメージを植え付けられている母親にとっては信じがたい話だろうが。
そんな嘘をついたのも、クラスメイトたちの好感度を維持するであろうカラオケを断わったのも、理由がある。
電車で渋谷に向かい、そこから山手線に乗り換える。運の悪いことに、車内はもう混んでいた。
狭い入り口に押し寄せる人々。あたしは押し潰されながらも、何とか窓際の場所を確保した。ここならば、多少は影響が少なくなる。
満員電車は黒い感情の吹き溜まりだ。少なくともあたしには、そう感じられる。人と人は密着すればする程、お互いの隠し持った鋭い刃物を露にしていく。
押すなよ…疲れた…暑い…こいつ、臭い…早くどけよ……。負の思考がびりびりと、肌に伝わってくる。様々な感情は行き場の無い空間を飛び交い、次第に熱を帯びていった。それを避ける、もしくは同調しないようにいつも窓際に立つ。けれど。
- 27 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時50分21秒
- あたしの真向かいで新聞を四つ折りにして読んでいる、中年のサラリーマン。煽情的な文章や卑猥な写真が視界に入る。どうせ彼の読んでいる面も同じような内容だろう。刹那、中年が視線を新聞からあたしのほうへ移した。
体に刺さる、それでいてねとつくような視線。
毎日電車に乗る度に、必ず一人はこういう人間に出くわす。つまり、あたしを性の対象として見る人間だ。幸か不幸か、あたしは見てくれが良い。周りのクラスメイトたちが口々に言うので、多分そうなのだろう。これは学校での“吉澤ひとみ”の形成に大きく役立っている。もしも自分が容貌に恵まれていなかったとしたら、ここまでの地位を得ることはできなかったに違いない。でもそれは一方で、こういう被害も被る可能性を飛躍的に高めてしまう。
性欲と言う名の暗く澱んだ、疚しい感情。生産性のない、無駄な思考。卑怯で愚劣、一度染み付いたらなかなか落ちない、汚れ。
- 28 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時51分00秒
- かと言ってこの脂ぎった中年が特別かと言えば、そうでもない。世に生きる殆どの男は、彼と大差は無いだろう。いや、条件さえ揃えば誰もが彼のいる場所まで堕ちることができる、と言った方が正しいだろうか。
もちろん、それは男に限った話じゃない。あたしは教室で、吐き気を催すほど卑猥な体験談をしているクラスメイトを何人も見てきている。最低だ。
男は、汚い。女も、汚い。人間は、汚い。この世の中は、汚い。だけどきっと一番汚いのは、あたし自身だ。
しばらくして電車は、大きな繁華街のある駅に着いた。もちろん、塾のある街とは大分離れた場所だ。駅ビルを出てすぐに携帯電話を取り出し、中を覗いた。案の定、数えきれない程のメールが入っている。
その中から比較的安全そうなやつを選び、送信した。
“わたしでいいんですか? 凄く嬉しいです。是非これから、会いませんか?”
あたしはこれから最も忌むべき行為を、しようとしている。
- 29 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時51分31秒
繁華街の裏手のラブホテルを出る頃にはもう、夜の帳はすっかり下り切っていた。
あたしはさっき初めて会った男と、セックスしてきた。
男は自分のことを大学生と言っていた。確かに若かったけれどいかにも時流から外れた、冴えない風体の男だった。
出会い系サイトと呼ばれる、携帯でアクセスできるホームページ。表向きの男女の出会いとは裏腹に繰り広げられる、汚れた絆の結び合い。そこに、自ら飛び込んでいく。
ホームページの掲示板に、「お金はいらないので、会ってくれる人を探しています」というメッセージを書き込む。売り手市場であるこの世界においてお金はいらないという条件はあまりにも美味しいのだろうか、面白いように返事が寄せられてくるのだ。
こんなことをはじめてから、もうかれこれ三ヶ月が経つ。恋愛はただの絵空事だと思っていたあたしがこの世界に入ったきっかけは至って簡単だった。「出会い系サイトで嫌な男に捕まった」。そんなクラスメイトの相談を受け、どんなものかと興味を持った。そしてあたしは、はじめて見知らぬ男と寝て、思った。
反吐が出る。ひどい行為だ。でも、ここには安らぎがある。
- 30 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時53分10秒
- いつからだろう。心の中にぽっかりと大きな、穴ができていた。どうしてかはわからない。だけど穴の存在を強く感じる時に、安らぎを求める欲求は比例して大きくなる。そして、知らない男に愛される時の喜びは最大限の癒しになった。その時だけは、生きていると言う実感を得ることさえある。
でも。あたしは知っている。
そんなものは全部、嘘っぱちだ。
男は自分自身の性欲を愛し、あたしはただ自分が求められている、必要とされていると勘違いする。そんなことはもう、とっくの昔にわかっている。わかっているけれど、その場限りの関係をやめない。何故だろう?
わからない。いつもはひた隠しにしている性欲が解放されるからなのか、安らぎを求める虚が満たされるからなのか。とにかく、あたしの心は安定する。
- 31 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時53分47秒
- 矛盾していると思う。綺麗な、染みひとつ無い存在にと願う心。腐臭を発するヘドロの海に、温もりを求める心。だけど、この二つの心は同時に存在している。相反する気持ちが自分の中で、危うい均衡を保っている。一度バランスが狂えば、弾けて消えてしまう。それが本当の、あたしなのだ。
白になりたくて白を装い、心の寂しさを埋めるために自らを汚す。自らの汚れを隠すために、また白を装う。そうして、生きている。
- 32 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時54分18秒
塾には少しだけ遅刻をした。もっとも、生徒の数が多すぎて出席もろくにとらないものだから問題ではないだろう。
塾でも、やることは同じ。顔見知りの生徒たちに対して、いい友人を演じる。彼女たちは、あたしがさっきまで淫らで汚い行為をしていたことを知らずに接する。学校でも、家でも、そしてここでもあたしを取り囲むのは虚構の世界だ。
時々、この嘘臭い世界から抜け出したくなる。簡単に言ってしまえば、死にたくなるということだろうか。汚れのない自分自身を望んでいるのに、温もりや安らぎを求めるために汚れてゆく。もう、たくさんだ。心が摩擦によって、金属を切断した時のような声を上げていた。
終わりの見えない悲喜劇に幕を降ろしたい。そう強く、願う。
だけどあたしは、死なない。いや、死ねない。別に死ぬことが怖いんじゃない。本当に恐れているのは、死んだ後のこと。
- 33 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時54分59秒
- 死んだら楽になれる。自殺志願者の多くは、口々にそんなことを言う。それは、彼らが死んだ後の世界を「無」であることを前提に語っているからだ。
当たり前のことかもしれないが、彼らは死んだことがない。ならば、何故死後の世界を「無」と決めつけることができるのか。少なくともあたしは、彼らの言い分を信じることができない。
ある意味「無」は究極の安らぎなのかもしれない。でももし、死んだ後の世界が「無」ではなかったら。死ぬ前よりももっと苦しい事実が待ち受けているとしたら。そんな不確実なものに身を任せること程怖いことは、ない。
だから、簡単で安易な安らぎを求める。自分の身の回りで理想像を演じる。会ったばかりの男と交わる。全ては安らぎに繋がっている。譬えそれが一瞬のものでも、一個一個繋げていけば、やがては永続的なものになるかもしれない。そう思って、生きている。
塾の帰り道。あたしの隣を歩く女の子がふざけて、「あー、マジ死にたい!」と言う。本当に死にたいんだったら、今ここで死ねばいい。
- 34 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時55分40秒
家の玄関には、大きな黒い革靴が置いてあった。
「ただいま」
あたしの声に、母親が出てくる。
「ひとみちゃん、お父さん帰ってきてるわよ」
「うん、わかった」
できるだけうれしそうな返事をしてから、部屋に戻った。久しぶりの“家族の団欒”。本当は少しでも長く部屋にいたかったし、できれば食卓にはつきたくない。でもそうすればあの女はすぐにあたしを呼びつけるだろう。そう考えるだけで不快だった。諦めに似た気持ちで、緩やかな螺旋階段を下りてゆく。
あたしを待ちうけていたのは、嬉しそうな表情を張りつけた母親と、眉間に深いしわを寄せた父親だった。
「お父さん、ただいま」
「ああ…」
父親は厳しい顔つきのまま、気のなさそうな返事をした。この人はいつもそうだ。何を話しかけてもまったく手応えがない。もう、諦めていることなのだけど。
- 35 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時56分20秒
- 「うわあ、おいしそう!」
まるでドラマに出てくる子役の台詞だ、そう思いつつ定められた席につく。
「ふふ、腕によりをかけて作ったのよ」
テーブルの上では趣向を凝らした料理の数々が、おいしそうな湯気を立てていた。そんな光景がさらに、心にかかった影を色濃くさせる。
「それじゃ、お料理が冷めないうちにいただきましょう」
そして、見せかけだけの暖かい晩餐がはじまった。
さも楽しそうにあたしや父親に話しかける母親。学校であったことを身振り手振り交えつつ話すあたし。
父親は全く表情を変えず、そもそもあたしたちの話を聞いているのかどうかすらわからなかった。ただ黙々と食事を続けている、そんな感じだ。
目の前にいるこの女がどう思っているのかはわからない。でもあたしは、この作り物の団欒を維持するのがとても苦痛だ。できれば父親のように仏頂面で夕飯を食べ、さっさと自分の部屋に戻りたい。
- 36 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時57分30秒
- 父親はいつも、仕事の空気のようなものを身に纏っている。もちろん、食卓の場においてもだ。何だか酷く威嚇されているような気がして、そのことは胸の内に溜まる不快を増大させる。幼少の頃から父親に感じていた、荒いタオルを肌に擦りつけたような、違和感。それが何なのか、最近ようやくわかってきた気がする。
この女は違和感を感じないのだろうか、とにかく彼女は延々とつまらない話を続けていた。近所に住む資産家のおばさんとの会話、買い物帰りに見たアンティークの家具の話、そして、優秀な“一人娘”の近所での評判…どれもが悪寒の走る話ばかりだったけれど、あたしは笑顔で耳を傾ける振りをしていた。
「おい、ひとみ」
不意に、父親が声をかけた。予測もつかなかった出来事に、驚きを隠すことができない。
「何、お父さん…?」
彼は厳しい表情一つ崩さずに、一言こう言った。
「最近、どうなんだ」
一瞬、我を失った。言っていることの意味が理解できなかったのだ。やがて、思考の奔流はごく簡素な結論に辿り着いた。
- 37 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時58分07秒
- 父親は最近の学校での生活や家庭での出来事について聞いているのだ。そんなことは、あたしや母親の口からさんざん語られているのに。やっぱり、この人には何も聞こえてやしないんだ。
「どうって、別に」
だから、本音が出てしまった。別にという言葉の後には、こんな言葉が確実に続きそうだった。
何モ無イヨ。
アンタニハ関係、無イ。
教エルコトナンテ、無イ。
しまった、と思いつつ母親の顔を見やる。彼女は噴出した悪意にはまったく気づいてないようだった。本当に、鈍感な女だ。
「そうか…」
父親はそう言ったきり、また黙々と食事をし始めた。
こうして、薄氷を踏むような食卓は終焉を迎えた。
後片付けを手伝い終えてから部屋に戻ると、急激な睡魔に襲われた。そしてあたしは、誘われる。
深い深い、夢の中へ。
- 38 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)15時59分09秒
目が覚めた時、あたしは涙を流していた。
父親と食事をともにする度に、見る夢。
でも、泣いているのはきっと夢を見たせいじゃない。
だって、見た夢に対して、何の感情も抱いてないのだから。
- 39 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時01分28秒
- 夢の中ではいつも、真夏の激しい日差しが降り注ぎ、蝉の鳴き声がそこかしこから聞こえてきていた。
自宅から少し離れた場所にある、大きな公園。まだ幼いあたしは、そこでボール遊びをしている。ゴムで出来た、小さな西瓜くらいの大きさの、ぽわぽわしたボール。
そのボールを軽く地面に弾ませて、向こうにいる相手に投げる。球は大きな楕円を描き、相手の大きな懐に吸いこまれてゆく。相手は大きくてがっちりしていて、でも全体的にぼやけていて姿を見ることができない。
そんな相手とのボール遊びが、続く。投げる、返って来る、受け止める、また投げる…
体を動かしているうちに、自分が夏の青空に溶けていってしまうような錯覚を覚える。楽しい、心からそう思えた。だけど。
突然、ボールが返って来なくなる。
どうして? あたしは彼に、問いかける。でも、返事は返って来ない。ボールも、返って来ない。
- 40 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時01分59秒
- 夢が、終わる。
そしてあたしは、涙を流している。
いつの頃からか見るようになった、不可思議な夢。その夢を見てどうして涙を流すのか、わからない。どうしてあんな夢を見るのかも、わからない。夢に出てくる人物が誰なのかも、わからない。ただ確実に言えることは、この夢は父親と食事に同席した夜に見るということと、夢に出てくる人物が父親ではないということだけだ。
父親は多忙を理由に、幼少の頃から殆ど構ってくれなかった。ボール遊びに付き合ってくれたこともなかったし、どこに遊びに連れて行ってくれることも無かった。いや、たった一度だけ、父はあたしを海へと連れて行ったことがある。
もう、思い出したくもない出来事だけれど。
- 41 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時02分49秒
まだ小学校に上がるか上がらないかくらいの夏休みのことだったと思う。父親は仕事先である伊豆にあたしを連れて行った。父親と旅行に行くなんて今まで一度もなかったものだから、飛び跳ねて喜んだ記憶がある。
行きの電車の中で父親は終始無言で、膨大な量の紙の束に目を通していた。その間、あたしは持たされたスケッチノートに絵を描いたり外の景色を眺めたりしているだけだったが、それでも充分に楽しかった。“お父さんと初めての旅行”という事実が、気持ちを高揚させていたのかもしれない。
山と海に囲まれた駅に着くと、先に現地に向かっていた社員の人たちが迎えてくれた。父よりやや年上に見えるおじさんと、若いお姉さんだった。父は彼らにあたしを預けると、さっさと仕事場へ向かって行ってしまった。そこであたしの楽しい気持ちも、終わってしまった。おじさんとお姉さんはあたしを「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」と可愛がってくれたけれど、心が晴れることはなかった。
高原にあるペンションで、父の帰りを待った。でも結局、おじさんやお姉さんと夕食をとり、お姉さんとお風呂に入った。
その日、父は帰って来なかった。
- 42 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時03分26秒
- 次の日の朝、父親は何事もなかったように朝食の席についていた。
「昼過ぎにモーターボートを借りて、海に出よう」
父のその一言で、それまで不機嫌だった心模様が一変した。前の晩に布団の中でずっと泣いていたことも、当日の天気が曇りだったことも、すっかり忘れ去られてしまった。父は取引先の人と少し話をしてから船着場に向かうとのことで、一足先にあたしたちは船着場に向かった。
だけど約束の時間になっても、父は現れなかった。三十分が経ち、一時間が経過した。二人は「きっと仕事が長引いてるんだよ。もうすぐ来るよ」と口々に言ったけれど、そんなものは何かの呪文にしか聞こえなかった。
散々駄々をこねたかもしれないし、まったくの無抵抗だったかもしれない。経緯は定かではないけれど、二時間後にはあたしたちとボートの操縦士の四人で海に出ていた。
- 43 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時04分06秒
- 池の手漕ぎ船よりひとまわり大きいくらいの、小さなモーターボート。モーターはうるさいほどの唸り声を上げ、水飛沫を飛ばす。その飛沫が雲間から差す薄日に反射してきらきら輝いていたけれど、鈍く湿った心には届かなかった。
何も話さなかったし、何も見なかった。この場に父親がいないという事実、それがただ悲しかった。蝸牛の殻になったあたしに気を使って色々話しかけてくれた二人もやがて諦めたのか、二人だけで話すようになっていた。
「社長もひどいですね」「仕方がない仕事だから」「でも子供が可哀想」「こうなるんだったら連れてこなきゃ良かったのに」。いくつかの会話の断片が、耳から耳へとすり抜けて行く。そこで初めて思った。何故あたしはここにいるんだろう、と。
異変が起こったのは、沖に出てから少し経ってのことだった。操縦士のお兄さんが急にこんなことを口走ったのだ。
「あれ、おかしいなあ…」
エンジンのあちこちをいじりまわすという只ならぬ状況に、おじさんがお兄さんに詰め寄る。
- 44 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時04分51秒
- 「おい、どうしたんだ」
「いや、エンジンの動きが鈍いんすよ…困ったなあ」
そうこうしている間にも、エンジンの唸りは小さくなっていく。
「ちょっと! エンジン止まっちゃうんじゃないの?! 何とかしてよ!」
ヒステリック気味に叫ぶ、お姉さん。事態が良くない方向に向かっているのは、幼かったあたしにも充分に伝わっていた。
「きみ、何とかして直してくれよ!」
「さっきから色々試してるんすけど、いや、困ったなあ…」
お兄さんが「困ったなあ」と呟くたびにエンジン音は弱まっていき、ついには完全に止まってしまった。
「ねえ止まっちゃったじゃない! どうすんのよ!」
「すんません、ちょっと船呼んで来ます!」
最悪の状況に陥ったと見るや、お兄さんはあたしたちを置いて海に飛び込んでしまった。
「おいっ、待てよ!」
おじさんの制止も聞かずに逃亡者は岸に向かって泳ぎ続け、やがて小さな点になっていった。
「…行っちまったよ。これからどうするんだ?」
「とにかく、助けを待つしかないですよ」
二人はそんなことを話していたが、顔にははっきりと焦りの色が見えていた。
- 45 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時05分39秒
- しばらく舟はゆらゆらと波間に漂っていたが、助けの船は一向にやって来なかった。
舟の上に乗せられた気持ちとは裏腹に、空は段々と晴れ渡ってきた。雲の切れ間から覗く真夏の空はあくまでも青かったし、海も同じように青かった。空も、海も、あまりにも眩しくて、あたしは思わず目を閉じた。
するとどうだろう、あたしが寝たのと勘違いしたのか、二人がこんなことを話し始めたのだ。
「…こんな時にのん気に寝てるなんて、ふてぶてしい」
「せっかくタダで旅行に行けるって社長に言われたからついて来たのに、子守りの上にこんなことに巻き込まれるなんて…」
「まったくいい迷惑だ」
「ホントですよね」
- 46 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時06分13秒
- 目をつぶっていたからどんな表情で話しているのかはわからなかったけれど、確かに何かの存在を感じた。思えばこれがはじめての、肌で感じた黒い感情なのかもしれない。父親に向けられたものか、それともあたしに向けられたものか、とにかくそれはひどくざらついていて、嫌な感じだった。どうしてこの人たちはこんなことを言うのだろう。いい子にしてなかったから? お父さんのことなんて気にせずに、ニコニコしていたらよかった? 起き上がってそう聞こうと思ったけれど、できなかった。さらに酷い言葉で拒絶されそうだったから。
もう、瞼を開けたくなかった。
- 47 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時06分48秒
- 「きゃっ!」
不意にお姉さんが叫んだ。あまりの声の大きさに閉じていた目を開けると、船底からごぼごぼと勢い良く水が吹き出ているのが見えた。
「水が漏れてる!」
「このままじゃ沈むぞ! 早く掬え!」
必死の形相で水を掻き出す二人。浸水はすぐにあたしが座っている場所でも起こりはじめ、反射的にあたしも小さな手で海水を掬い出していた。
それは認識する暇もなく、起こった。
あたしの体が宙に浮き、次の瞬間には海に投げ出されていた。ボートがついに転覆したのだった。でも、そんな事実に気づくことなく、体は水の底へと沈んでいった。
薄れゆく、意識。
視界に青が広がる。
いい子にしてたら、こんな目には遭わなかったのかな…
青。
海の中って、海の上の色と違う色なんだ…
青。深い、青。
そんなことを思いながら、父親の顔を思い浮かべていた。
- 48 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時07分26秒
- だけど、あたしは深い青に引き込まれる事はなかった。後から聞いた話によると、一旦沈んだあたしの体は何故だか浮上してきて、意識のないまま船べりにしがみついていたという。そしてようやくやって来た救助船に拾い上げられ、事無きを得たらしい。
父親はついに、その旅行中には一度も姿を現さなかった。会社の命運をかけた大仕事で抜けられなかった、と母親は言い含めたがどの道とんでもない話だと思う。
この出来事をきっかけに、あたしは変わった。
負の感情に対して敏感になった。
父親が父親ではなくなった。
そして自分自身を偽ることを覚えた。
- 49 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時08分02秒
枕もとの目覚し時計を見ると12時だった。正真正銘の、真夜中だ。
酷い寝汗で、体中びっしょりだった。気持ちが悪いので、シャワーを浴びることにした。
階下に降りると、物音一つしない。あの二人はもう寝てしまったようだ。二度と目覚めなければいい、とさえ思う。
熱めのシャワーで、何もかもを洗い流した。過去の記憶も、どす黒く汚れてしまったあたしも。でも結局それらは肉に深く食い込み、一生離れないのかもしれない。
自分の部屋に戻り、カーテンを開いて外の様子を窺う。風が強いのだろう、庭の観葉植物や電線がゆらゆらと揺れていた。
立ち止まるわけにはいかない。そう思った。あたしは明日も、“吉澤ひとみ”にならなければならない。それが目の前に提示された、唯一の方法だから。
生きていくための。
白く、なるための。
- 50 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時08分39秒
その日のホームルームで、志望校調査の用紙が配られた。
有名私立大に行きたい子、名門女子大に行きたい子、様々だった。みな口々に言いたいことを言い、中にはあたしに進路を決めてくれと言い出す子までいた。もちろん、“吉澤ひとみ”になって答えてあげたけれど。
ひとみはどこの大学行きたいの? 何人かのクラスメイトに、そう尋ねられた。あたしは行きたくもない大学の名前を挙げ、もっともらしい理由を簡単に述べた。軽薄でもなく、かと言って嫌味にならないほどの堅実さをもった答えは、尋ねて来た生徒たちを納得させた。
これと同様の理由を母親にもぶつけるつもりだった。あの世間体や上っ面だけにしか興味のない女のことだ、名のある大学を提示すれば文句なんて言いっこない。あとは適当な理由付けをすればいい。そう思っていた。
- 51 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時09分15秒
- 「よっすぃーは弁護士になりたいんだよね」
美貴がそんなことを言ってきた。相手の信頼を固めるためには、こちらもフェイクの悩みを語らなければならない。彼女は以前あたしが語った、将来の悩みに対する不安を鵜呑みにしていた。当然弁護士になるつもりなど、更々ない。
ホームルームが終わり、放課後。
本当はすぐにでも家に帰って母親に志望校を伝えたかったのだけれど、運悪く美貴ら数人のクラスメイトにつかまった。昨日のカラオケの埋め合わせをしなければならない。もしもここで断わってしまえば美貴はともかく、他の子たちのあたしに対する評価は下がってしまうだろう。それは“吉澤ひとみ”が消滅する瞬間でもある。
学校から遠く離れた繁華街のカラオケ屋で、三時間ほど歌った。学校の近くだと物好きなOGがわざわざあたしたちの生活様式を職員室に報告してくれるので、遊ぶ場所はなるべく学校からある程度遠い街を選ぶ。あたしが出会い系サイトを利用する場所はそこからさらに離れた場所でなければならない。何だか、滑稽だ。
とにかく、そのカラオケを終えて帰宅の途についた。手はず通り、二階のベランダにいるであろう母親に呼びかける。
- 52 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時09分55秒
- 「お母さん、ちょっと降りてきて」
ちょっとして、母親が螺旋階段を下りて来る。
「どうしたの?」
「今日、志望校調査の用紙を貰ったんだ、それでお母さんに相談したいんだけど…」
誰がお前なんかに相談するものか。これはただの予定調和だ。そう毒づくあたしの本心にまったく気づくことなく、
「わかったわ。ちょっと待っててね」
と母親は言って奥へと引っ込んでいった。
その間に部屋に戻り、普段着に着替えて階下に降りた。ダイニングルームで待っていればそのうちあの女はやってくるだろう。
日が傾き、翳りゆく部屋。光と影の織り成すコントラストはあたしに、これからの行く先を考えさせる。
別に行きたくもない大学。その名を告げることには何の抵抗もない。でも、その先には一体何があるのだろう。学校の、そして母親の理想の“吉澤ひとみ”でい続けること。そのためには立ち止まってなんかいられない、走り続けなければならない。だけど、走り続けた結果は何をもたらすのか。
駄目だった。未来のことなど、何一つ想像できなかった。いや、敢えてしなかっただけなのかもしれない。
- 53 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時10分43秒
- 背後でドアの開く音がした。
母親は目の前を通り抜け、それからあたしの正面の席につく。
「お母さん、あたし、行きたい大学があるんだけれど」
あたしは話を切り出し、続けて大学の名前と志望動機を述べた。もちろん、学校でクラスメイトに話したものに手を加えた、この女を黙らせるには充分であろう、志望動機だ。だけど母親から返って来たのは、予想外の言葉だった。
「ひとみちゃん、あの大学は駄目よ」
「えっ、どうして」
「だってあそこの大学の教授、何かの事件で逮捕されたでしょう? イメージが悪いわ」
どうやら過去にその大学が起こした事件を理由にしているようだった。
形だけの抵抗を示してから、次の候補の大学名を模索する。こんな事態を予想していたわけじゃないけど、代わりの大学などいくらでもある。しかし、代案は悉く否定される。
「家から遠いじゃない」
「田舎者ばかりで品がないわ」
「浮ついた印象が強いのよね」
そして彼女は、とある女子大の名を挙げた。
「あそこなら安心だわ。校風も良いし、お母さんも薦めるわ」
その大学は、母親の出た大学だった。
- 54 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時12分12秒
- 怒りとも悲しみとも、憤りともつかない感情が下りて来る。それは自分の要求が通らなかったからでは、決してなかった。
確信が持てなくなったのだ。自分は今までやって来たことが、まったく見当違いなことのように思えてきたのだ。例えば、母親が隠し持っていた意図に全く気づかなかったように。
あたしは今まで、母親の意にそぐうように行動してきた。それは母親のつまらない自尊心を満たしてやる為、そしてそれによって母親の束縛を避ける為に。目に見えない束縛はあったものの、それもいずれは消えてくれるだろうと信じていた。
でも、その考えは根本的に間違っていた。いくらあたしがいいコでいようが、あの女は目に見えない束縛を、絶対に緩めてはくれないだろう。自分の手元にあるということ、その事実だけが彼女の自尊心を満たすのだ。あたしはまるで、彼女が育てている不自由そうな観葉植物のようだ。
- 55 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時12分58秒
- 足元から、全てが崩れてゆく。自分の今までしてきたこと全てに自信が持てなくなってゆく。擬態という名の抵抗は所詮庭植えの花が持つ、脆い一本の棘に過ぎなかったのだろうか。
自分の着込んでいた鎧が、実はただの張りぼてかもしれないということ。“吉澤ひとみ”はやはり、贋物だったのだ。
「でも…」
それでもあたしは、最後の抵抗を試みる。けれど。
「いいから、お母さんの言う通りにすればいいのよ」
まだ海で死にかける前の出来事。
随分、昔の話。うちには、可愛がっている犬がいた。ジョンという名のその犬は、あたしによく懐いた。そんなジョンが可愛くて、勉強することも、食事をすることも忘れて一緒に遊んだ。でも、ある日母親にジョンと遊ぶのはやめなさいと言われた。良い子を装うことを知らなかったあたしは、かぶりを振る。途端に、彼女の表情が変わった。
今の母親は、その時と同じ表情をしていた。
- 56 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時13分33秒
- あたしはジョンのことを思う。母親に抵抗した翌日、ジョンは家から姿を消していた。母親が言うには、前々からジョンを欲しがっていた知人にあげたらしかった。でも、夜中に庭の方で何かの悲鳴らしき声が聞こえていたこと、玄関脇に何時も置いてあったスコップがなくなっていることが幼心にも何かの暗示のような気がしていた。母親に底知れぬ恐怖を感じるようになったのはその時が最初だった。
そして今、自分の言う通りにすればいいと言う母親の表情。従わなければ、ならないのだろうか。従わなければ、あたしもジョンのようになるかもしれない。
気がつくと、家を飛び出していた。どうしてそんなことになったのかは覚えていない。まるで近所のコンビニに行くような足取りで、家から逃げ出した。白い部屋も最早、あたしを守ってくれそうになかった。
向かった先は、近所の河原だった。ただ、夕陽が見たかったのだ。
- 57 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時14分47秒
- 落ちかかった夕陽が、川面をじりじりとオレンジ色に焦がす。
河原に誰一人いないのを確認して、無造作に腰を下ろした。スカートが泥で汚れてしまうかもしれない…石のごつごつした感触が痛い…もう、どうでもいい。
何もかもが憎らしかった。母親も、あたしを取り囲む環境も、この世界を覆う空気も、そして、自分自身も。
どこにも行かない、どこにも行けない、気持ち。息が詰まりそうだ。
こういう時に人は、死という名の選択肢を選ぶのだろうか。そんな考えさえ、頭の中に浮かんできた。先人たちが鼻で笑っていそうだ。ともかくあたしは、死ぬことさえできない臆病者だ。
どうしてこんなに追い詰められているのだろう。全てのことを上手く操ってきたつもりが、結局はそれが「つもり」だったからだろうか。それとも、自分の先行きがまったく見えなくなったからだろうか。必死に答えを探してみたけれど、苦しいだけだった。
苦しくて、吐き気がして、どうしようもなかった。
何もかも、吐き出したかった。
真っ白になりたかった。
ねえ、誰か、助けてよ。真っ白に、なりたいよ…
- 58 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003年09月07日(日)16時15分30秒
- いつの間にか、あたしの指はポケットの中の携帯を探っていた。誰に電話するつもりなのか。
美貴? かりそめの親友に弱みなど見せたくない。他のクラスメイト? 顔のない人間たちに何を話せと言うのか。女を欲望の対象にしかしないあの汚らしい連中? 論外だ。頭の中に、火花が走る。
ポケットを弄っていた五本の指は、お目当てのものを掴むや否や、それを思いきり地面に向かって投げつけた。ぱきっ、という鈍い音。
だけど携帯は思うようには壊れてくれず、液晶にひびのようなものが入っただけだった。
川に棄てよう。あたしはそう思った。溺れ死ぬところを助けられてしまった、誰かの二の轍を踏まないように。
夕陽が川面に一番濃く映っている場所目がけて携帯を投げつけようとした、その時だ。
「あっ、もったいない」
突然の声によって動作は急ブレーキをかけられる。
- 59 名前:作者名未定 投稿日:2003年09月07日(日)16時16分43秒
- 前半どころか、全然進めませんでした。
近いうちにもう一度更新。
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月07日(日)17時29分25秒
- 面白い!黒よっすぃー!!
話しかけた子が誰か気になります。
- 61 名前:名無し読者 投稿日:2003年09月08日(月)15時03分08秒
- 引き込まれてく感じの文でおもしろいですね。
よしこは救われるのかー!?
- 62 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:44
- 反射的に声のするほうを向く。そこにいたのは、見覚えのない男だった。
年で言えば30代前半といったところか。黒のスーツに、真っ赤なワイシャツ。派手なネクタイは嫌が上にもあたしの目をひいた。
あたしの心が武装を始めたのもまた、反射的だった。こんな時にさえ、自分を装うことをやめられない。
「何?」
「携帯、棄てるん? もったいない」
男はとぼけた口調で、そんなことを言う。ただ、薄い青のサングラスから覗く目は、心の中の何かを探るような視線を発していて、まったく油断がならなかった。
- 63 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:45
-
「あなた、誰?」
そう尋ねながら、頭の中ではいくつかの可能性を探していた。まず考えられるのは、向こうがあたしを知っているけれど、あたしが向こうを知らない、または良く覚えていない場合。出会い系サイトで会ったクズども、塾の若い講師たち…記憶が正しければ、該当する人物はいない筈だった。
あとは新手のナンパか、本当に携帯がもったいなくて声をかけたか。いずれにせよどうでもいい話だし、そんなことを考えること自体が腹立たしかった。
「あたし、今凄く気が立ってるんだ。暇つぶしなら他をあたれば?」
知らない男ならば、わざわざ自分を装う必要もない。
男にそう言い放ちつつ、再び携帯を投げつけようとした。
「あっ、もったいない」
と、また男がそんなことを言う。
「一体何なわけ?!」
「それ、使えそうなのに何で棄ててまうんかなって」
「はあ?! そんなのあたしの勝手でしょ? それにあんた、さっき見てなかったの? あたしが携帯、地面に思いっきり叩きつけたの、ほら!」
そう言って、画面に大きなひびの入った携帯を見せた。
- 64 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:46
- すると男は、あたしから携帯をひょいと奪い取った。
「ちょ、ちょっと何…」
そんなことを言い終わらないうちに、軽やかなメロディが流れる。携帯の着メロだ。
「携帯っちゅうのはな」
男が言葉を発する。それはメロディを遮るというよりも、寧ろそのメロディに調和したかのような話し方だった。
「意外と頑丈にできてるねん。もちろん、水に濡れたら終いやけどな」
そう言って男は笑った。
あたしは男から携帯をひったくり、あちこちいじってみる。確かに画面に走った大きなひびからは液晶が滲んで変な感じになってはいたけれど、機能自体には問題ないようだった。
携帯の様子を一通り確かめてから、男のほうに目をやる。何をするともなく、にこにこしながらその場に突っ立っている。
何故だか無性に苛立っていた。さっきの感情とはまた別なものであることは明らかだった。恐らく目の前にいるこの男に対して、あたしは酷く苛立っているのだ。
- 65 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:47
- 「変な奴」
「よう言われるわ」
精一杯の皮肉にも、男にはまったく通じていないようだった。
でも、本当に変な奴だ。とぼけた雰囲気、この河原にはそぐわない格好、そして何よりも、胸の奥から湧いて来るような苛立ちを生み出させる、何か。
その何かが、急に知りたくなった。別にこの男個人に興味を持ったわけじゃない。この男が持っているものの正体を、何故だか確かめたくなってきたのだ。
あたしにとって、それは小さな箱みたいなものだった。パンドラの箱じゃあるまいし最後に希望が入っていた、なんて思ってもいない。多分、箱を開けたところでがっかりするようなものしか入っていないのだろう。それでも、箱を開けてみたかった。
箱を開けたいという欲望は、それまでの絶望をすっかり覆い尽くしてしまった。
「携帯壊れてないって教えてくれたお礼。ねえ、お茶飲まない?」
男ははじめ意外そうな顔をしたが、すぐに飄々とした表情に戻って、
「喜んで」
と頷いた。
- 66 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:48
-
今まで見たことのない、それでいてこれから先も多分見ないであろう、そんな光景だった。
あたしたちは河川敷沿いの道路脇にある、ファミレスに入っていた。男は席につくなり、
「すんません。これと、これと、あとこれと、それからこれと…」
といった風に十数種類のメニューを頼みはじめたのだ。思わずウェイトレスが「本当にいいんですか?」と聞き返した程だ。
そして実際に料理が運ばれ、それらは次々に皿だけに変わっていった。まるで昔のジャッキー・チェンの映画みたいだった。
「自分も食べ」
男は目の前のハンバーグに齧りつきながら、そんなことを言う。あんたが食べてるのを見てるだけでお腹いっぱいだよと言いたかったけれど、やめておいた。あたしが男をお茶に誘ったのは世界びっくりショーを堪能するためでは、決してないのだから。
「あたしは遠慮しておくよ…」
呆れてそう言うと男は、
「驚いたやろ? 俺なあ、三日に一回はこうやってたらふく食わなあかん性質やねん」
と言い訳みたいにそんなことを言った。
- 67 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:48
- 「それよりさ、あんたあんな場所で何してたの?」
質問責めをさらに続けた。悪いけど、訊きたいことは山ほどある。
すると男は箸を止め、
「夕陽、見たなって」
と答えた。
「夕陽…?」
「ああ。あそこから見える夕陽、めっちゃ綺麗やろ?」
思わず、溜息が出る。三十を越えたいい大人が、スーツ姿で河原へ夕陽を見に…笑えない冗談だった。
「あんたさあ、一体何者なの?」
「俺か? 俺はこういうモンやけど」
男がスーツの内ポケットから、一枚の名刺を差し出した。そこには、『自殺倶楽部主宰・寺田光男』と書かれてあった。
「自殺倶楽部って…」
「読んで字の如くや。説明はこれ食うた後にしたるさかい」
それだけ言うと、男は再び目の前の食事を書き込み始めた。
- 68 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:49
-
「自殺倶楽部言うんは、つまりはこういうこっちゃ。いつでも死ねる、いつ死んでもええ思うてる、そういう人間たちの集まりやねん」
練炭や七輪を囲んで、といったものを想像していたあたしは拍子抜けした。満足そうに語る男に、さらに苛立ちを覚える。
「つまりは、ごっこ遊びってわけ」
「お、それはちゃうぞ」
男がサングラス越しにあたしを凝視する。
「俺らは、死のう思うたら何時でも死ねる覚悟はできてるんや。それが何時になるかはわからん。一年後、半年後…いや、明日死ぬかもしれへん。俺らにはそれだけの、理由があんねん」
物騒な話を耳にして、ウェイトレスがこちらを振り向く。
あたしは考える。もしかしたら、男の言っていることが河原であたしを惹き付けたものの正体なのかもしれない。確かにさっきまで絶望に打ちひしがれ、自ら命を絶つことも出来ずに携帯電話を壊すことでしか感情を爆発させられなかった人間にとって、男の話はまるで絵空事だった。
- 69 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:50
- だけどもしあたしが死に纏わる恐怖を払拭できたなら、迷わず死を選ぶだろう。自殺倶楽部の人間のように「何時、何時でも死ねる」などという発言もできるかもしれない。もう酸をアルカリで中和するような安らぎは、必要ないのだ。
でも、この男に「お願いだから自殺倶楽部に入れて下さい」などと言うのはあたしのプライドが我慢ならなかった。だから、少し卑怯な手を使ってみた。
「自殺倶楽部なんて大それた名前つけてるから、次々に死んで行く人間を募ってるのかと思ったけど、なあんだ。ただの道楽じゃん」
「…ほんなら、見に来てみるか?」
男はあたしの予想通りの行動に出た。こういう、自分に自信がありそうな人間にはわざと馬鹿な素振りをするのが一番だ。後は自分の掌の上で踊っていると思わせて、その実こちらでコントロールしてやる。簡単だ。
男の話によると、自殺倶楽部の人間は都内某所にあるマンションの一室に集まるのだという。
気が向いた時に電話したらええ、そう言って男は自分の携帯番号を教えてくれた。気が向くも何も、多分あたしは明日にでも電話するだろう。もちろん、そんなことは顔にもださなかったけれど。
- 70 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:50
-
家を出た時には何も言わずに飛び出したのに、帰ってくる時はしっかり「ただいま」と声に出して言った。
「ちょっとひとみちゃん、どこへ行ってたの! 何時の間にか家にいないから…」
「夕陽を見に、河原へ」
その一言は母親を黙らせるには、充分だった。きょとんとしている母親を無視して、自分の部屋へと戻ってゆく。扉を後ろ手で閉め、そして大きく一つ、深呼吸した。
周りの人間に対して“吉澤ひとみ”を演じること。その意外なほどの脆さに気がつき、絶望していたはずのあたし。でも、ここに戻って来た時には自分の掌にはひと掴みの何かが握られている。
固く閉じられた五指を、ゆっくりと開く。
自殺倶楽部という得体の知れない集団と、その主宰。ともかく、その存在を知ってしまった。あとは、確かめるだけ。期待しているものは見つからないかもしれない。でも、試すだけの価値はありそうだった。
やるしかない。やっぱりあたしは、走り続けるしかないのだ。
- 71 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:51
- 部屋の周囲を見渡す。
汚れ一つない、白で統一された世界。
白は死の色、骨の色。
近いうちにあたしは、本当に白き世界に辿り着けるかもしれない。
水の中の魚は、空に向かって泳いでゆく。
そう考えるのは、楽しかった。
静かな眠りが訪れる。
夢は、見なかった。
- 72 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:52
-
いつものように、制服を着て鞄を持って、家を出る。
電車を乗り継ぎ、学校に一番近い駅で降りる。
でも、向かったのは学校とは真逆の方向。住宅街の外れにある、小さな公園だった。公園の全貌が視界に入るに連れ、鎖の軋む音が聞こえてきた。目当ての人物は、どうやらブランコを漕いでいるらしかった。
「待った?」
あたしはブランコで弧を描く少女に向かって、声をかける。少女は足でブレーキをかけて、緩やかにその動きを止めた。地面に大きく、足跡の線が刻まれる。
「待った? じゃないって。こんな場所に朝から呼び出して、どうしたの」
「ごめん美貴。実はさ…」
少し膨れ面をしている美貴に、あたしは嘘の事情を説明した。小学校時代の友達に、どうしても自分に相談したいことがあると告げられたこと。今すぐに会いに来て、と頼まれたこと。どうしてこう次から次へと嘘をつけるのか、我ながら感心してしまう。
「だからさ、担任には体の調子が悪いから午後から学校に行く、って言って欲しいんだ」
すると美貴はしょうがないなあ、と呟いてから、
「わかったよ。よっすぃーにはいつもお世話になってるし」
と笑顔で言った。
- 73 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:52
- 「だからさ、担任には体の調子が悪いから午後から学校に行く、って言って欲しいんだ」
すると美貴はしょうがないなあ、と呟いてから、
「わかったよ。よっすぃーにはいつもお世話になってるし」
と笑顔で言った。
「助かるよ。持つべきものは親友だね」
歯の浮くような台詞。そんなこと、これっぽっちも思ってないくせに。
「あったりまえでしょ。あたしとよっすぃーの仲じゃん?」
あたしたちはそう言って、笑いあった。仲良きことは、美しき哉、か。
美貴は再びブランコを漕ぎはじめる。少しずつ大きくなってゆく、ブランコの軌跡と鎖の悲鳴。それらが最大限にまで高められた時、美貴の体がブランコの板から離れた。綺麗なフォームで、少女は地面へと着地する。
「よっすぃー、人のために動くのも…程々にしなよ」
“親友”の心からの心配に対して、あたしははにかみながら頷く。
大丈夫。人のために動いたことなんて、ただの一度きりもないから。
心の声は、彼女に届いただろうか。
- 74 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:53
-
美貴と別れた後、周りに人がいないのを確認してから携帯をかけた。
もちろん、相手先はあの胡散臭い男だ。
「もしもし俺やけど、誰?」
気の抜けた声が聞こえる。
「あのさあ…早速なんだけど、案内してくんないかなあ」
「は?」
何だか状況を良く飲み込めていないようだったので、一から説明することにした。向こうの電波が悪いことも手伝って、三回目にようやく全てを伝えることができた。
「ああ、昨日の天才的に可愛い女子高生かいな」
男の表現は意味がわからなかったけれど、ともかくあたしのことを思い出したようだった。
「で、どこに行けばいいの?」
あたしの質問に、男は山手線のある駅の名前を挙げた。学生街として有名な街だ。駅に着いたらもう一度電話をくれと言って、男は一方的に電話を切った。
- 75 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:54
- 回りくどいな、そう思った。あたしはただ、自分の求めるものがそこにあるのかどうか、確かめたいだけ。本物ならそれでよし、ニセモノなら捨てる。ただそれだけのこと。
公園の木々から顔を覗かせる空に、視線を投げる。
太陽が濃密な光線の束を投げつける。まるで本物の夏が来たような暑さだった。
もしも、欲しいものが手に入らなかったら?
その時は、あたしは“吉澤ひとみ”という頼りない鎧に身を守るしかないだろう。その道は。これまでよりも遥かに険しいのかもしれないけれど。そして不安な心を鎮めるために不特定多数の男たちと交わり、汚れてゆく自分と理想の自分の危ういバランスを取りながら生きて行くしかないのだろう。
それが嫌だから、別の答えを求めるのだ。
- 76 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:55
-
指定された駅を降りて、再び男に電話をかけた。
「駅ビルから真っ直ぐに伸びてる、緩い坂を昇ってや。しばらくするとファミレスの看板が見えてくるねん。そのビルの、405号室や」
そんな簡素な説明がなされた後に、電話はまた一方的に切られた。あたしは言われた通り、緩やかな上り坂を歩いてゆく。
最悪のシナリオを思い浮かべてみた。部屋に入った途端、数人の男に姦される。サンドバッグにされた後、コンクリート詰めにされる。生き地獄を味わせられる。あまり気分のいいものではなかった。
でも、あたしが見た限りではあの男はそういう世界の住人には見えなかった。あたしの目が狂っていたら、と言われそうだがもしそうなら多分出会い系サイトを利用した時点でそういう目に遭っていることだろう。あたしは、のべつ幕なしに誘いに手を出す子供じゃない。
- 77 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:55
- しばらく歩を進めると、目印であるファミレスの看板が視界に映った。
確か、ここの建物だったっけ…
そう一人ごちてから、素早く入り口に体を翻す。こちらは別にそうでもないのだけど、相手が妙な演出をするものだから、変に後ろめたい気分になってしまったのだ。
建物の中は熱せられた外気に触れていない分、ひんやりと気持ちがよかった。大きく息を吸い込み、体の中の余熱をひとしきり取り払ってから、エレベーターに乗り込んだ。
- 78 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:56
-
緊張したのは呼鈴を押す時だけで、後は拍子抜けするくらいに順序良く物事は進められていった。
呼鈴から聞こえてくる女の子の声。
寺田光男の紹介で、と告げるあたし。
ほんの少しの間。
施錠が回される音。
扉が、すっと開く。
現れたのは、あたしより少し年下らしき勝気そうな顔をした少女だった。この子も例の“自殺倶楽部”の一員なのだろうか。
「お姉ちゃん、新入り?」
わけもわからず頷くと、その子は手招きをし始めた。どうやら中に入れという意味らしい。玄関の前に立ちっぱなしでいる理由なんてないので、少女に従った。
部屋の中はどこにでもあるような、普通の住まいと変わらなかった。
あたしが中に入ったのを確認すると、さっきの少女が、
「みんな、新しい人が来たよお!」
と叫びながら奥の部屋へと消えていった。どうやら他にも仲間がいるようだ。少女を追うようにして、あたしも奥の扉をそっと開ける。
- 79 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:57
- 「自殺倶楽部へようこそ、お嬢さん」
かけられた第一声が、それだった。部屋の中央には客間用の大きなテーブルが置いてあって、何人かの人たちが席についていた。部屋の隅のテレビには、ゲームに興じている少女がいる。めいめいが、めいめいの動作をしていた。大人もいれば、中学生くらいの子供もいた。男も、女もいた。摩訶不思議な、空間だった。
「はっはっは。戸惑ってるようだねえ」
お誕生日席とでも言えばいいのか、その場所に座っている良く日焼けした中年の男に声をかけられた。
「ええ、まあ…」
「無理もない。わたしも最初は混乱したからね」
辺りを見まわしてみる。数人の、老若男女。その中でも一際目に付いたのが、ブラウン管の前にいるあたしと同じくらいの年頃の女の子だった。
目が、何となくあの男…寺田光男に似ていたのが理由だった。
- 80 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:57
-
「じゃあ、早速自己紹介でもするか。わたしは堀内孝雄。この自殺倶楽部でも、一番の年長者ってことになるかな」
さっきの中年男性が、笑いながらそんなことを言った。見た目は紳士風だけど…簡単には信用できない何かを感じた。
「堀内のおじちゃんは、『ベーミヤン』の社長なんです」
玄関で出迎えてくれた少女が、口を挟む。『ベーミヤン』と言えば、全国規模で展開している中華系ファミレスだ。そう言えばこのビルの一階も『ベーミヤン』だった。
「こら麻琴ちゃん…ははっ、気にしないで下さい。自殺倶楽部は、みんなが平等の団体ですから」
胡散臭い台詞を作り笑顔で受け流す。あたしはこの空間に入り込んだ時から、既に“吉澤ひとみ”になっていた。
「どうも。平家みちよです」
堀内さんの隣に座った女の人が、関西系のイントネーションで自己紹介する。意外と若そうだけど、何だか気苦労の多そうな人のように思えた。
「わたし、小川麻琴。中学三年生です。よろしくお願いします」
さっきからあたしの横にくっついていた少女が、頭をぺこりと下げた。顔に似合わず、礼儀正しい性格のようだ。
- 81 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:58
- 「で、あっちにいるのが…」
麻琴はそう言いながら、テレビゲーム中の少女に近寄る。そして二、三のやりとりの後にこちらを見て、
「おいす」
と気のなさそうな挨拶をした。
「後藤さんは、いつもあんな感じなんです」
あたしに気を使ったのか、麻琴はそう付け加えてくれた。
後藤、って言うんだ。その名前は、何故か深くあたしの心に刻まれた。
「…これで、全員?」
「あっ、あと…」
途端に口篭もる麻琴。
彼女の視線を目で追うと、窓際に一人の男が立っているのが目に入った。キノコみたいな髪型をしたその男が、痩せた青白い顔をこちらに向ける。落ち窪んだ目の中には、少しの光も見えなかった。
「あの人、まことさんって言うらしいんです。つんくさんの古くからの友人らしいんですけど…」
「つんく?」
「寺田さんのあだ名です。気軽につんくって呼んでや、って本人が」
あたしはかぶりを振る。余りにも、馬鹿馬鹿しくて。
- 82 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 18:59
-
今日集まっている人間は倶楽部のメンバーの半分くらいで、他のメンバーは来たり来なかったりだと麻琴は教えてくれた。
「ねえ。あなたたちは何の目的があってここに集まってるの?」
早速本題を切り出した。でもきっと期待してる答えなど得られない。直感的にそう感じていた。
「うーん、何て言うか…運命共同体、って感じですかね」
麻琴はちょっとだけ考えてから、そんな答えを出した。
「それって、例えばみんなで仲良くガス管咥えてあの世逝きってこと?」
「そういうわけじゃないんですけど、なんだろう、同じ目的を持った仲間…みたいな感じだと思います」
光に導かれし四人の勇者たちは魔王に立ち向かい…って感じなのだろうか。あたしは心の中で大きく落胆した。
- 83 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:00
- 「まこっちゃんには難しいやろ。何て言うか、赤信号はみんなで渡れば怖くないっちゅうことや」
頬杖を突きながら、平家さん。彼女は都内のバーでバーテンダーをしているとのことだった。
「そうそう。生きるということに執着のなくなった人間が、恐怖を抱くことなく安心して死を選ぶことが出来る。自殺倶楽部はそのための準備期間を支援する役目を持っているんだよ」
堀内さんはここぞとばかりに、そんな宣伝文句みたいな台詞を口にした。サービス業を経営しているだけのことはある。その分、とても嘘臭く聞こえた。
後藤さんの意見が、訊きたかった。
けど彼女はずっとテレビゲームと二人だけの対話を続けていた。
襲いかかる敵を銃で撃つ、ガンアクションものだった。彼女は表情一つ変えず、次々に血を撒き散らしてゆく。その姿はゲームを楽しむというような感じではなく、ただ与えられた作業を淡々とこなしているだけのように思えてならなかった。
- 84 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:00
-
結局時間が来るまで、訊きたいことは何一つ得られなかった。
収穫と言えば、例の後藤さんは学校に通ってないため、毎日自殺倶楽部に顔を出していると言うことだけだった。
彼女があたし自身を救済する、鍵だ。
何時の間にか、そう思えるようになった。寺田光男を見た時に感じた、苛立ちに似た何かを後藤さんにも感じたから。それだけが根拠、と言ってしまえばそれまでの話だけど。
対象が寺田光男ではなく後藤さんなのは、年が近いからだろうか。それとも同性だからだろうか。多分、両方だ。
とにかく彼女に会って、そして話をしよう。それだけが、あたしにできることだから。
学校に戻って来た時には、タイミングのいいことにちょうど昼休みを迎えていた。
教室に入るや否や、級友たちの攻勢に遭う。
「ねえひとみ、具合悪いんだって?」
「大丈夫?」
「まだちょっと顔色悪いんじゃない?」
うん、とだけ返事をして自分の席についた。こういう時は寡黙であるほうが、好感度は維持できるのだ。
- 85 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:01
- 「よっすぃー」
後ろで囁くような美貴の声。
「ちゃんと具合が悪いって、先生には言っておいたから」
あたしが振り向くと、軽いウインク。
「ありがとう、恩に着るよ」
「で、友達の用事は済んだの?」
「うん、ばっちり」
美貴に、飛び切りの笑顔を見せてあげた。もちろん、「親友」としての。
いつまで、こんなことを続けなければいけないのか。
早く、早く楽になりたい。
そう、願った。
- 86 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:02
-
次の日はちゃんと学校に通った。
今日休むのは、塾の方だ。どうせ出席など取りはしないのだから、あたし一人休んだところで塾側の人間が気付くことはないだろう。
母親はここのところ、特に機嫌がいい。自分の通っていた大学を受験すると、勝手に思い込んでるからだ。もしあたしが生に対する執着を捨て去ることができて、願いを成就することができたらあの女はどう思うだろうか。
きっと悲しむだろうと思った。まるでお気に入りの玩具を失くした、子供のように。
例のマンションに向かう途中で、麻琴に出くわした。
- 87 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:02
- 「あ、吉澤さんも行くんですか?」
あたしの姿を見つけるなり、彼女は大きく口を開けて喜んだ。どうやら作り出した虚像がいたく気に入ったらしい。まあ、気に入るように仕向けてはいるのだけれど。
麻琴は今日学校であったことをあたしに教えてくれた。同級生の子と渋谷に行った、転校してきたばかりの女の子の訛りが面白い、後輩の子は眉毛が太い…どれもが、ありふれた日常の一ページ。この子が、何故死にたいと願うのか。
「ねえまこっちゃん、どうして死にたいって思う?」
あたしの問いに麻琴は表情一つ曇らせることなく、
「だって、カッコイイじゃないですか。正直言って年取ってから死にたいなんて言っても全然カッコよくないと思うんです。今だから、言えちゃうみたいな」
と明るく答えた。彼女は、きっと死という名の珍しいアクセサリーを身につけたいだけなんだ。
- 88 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:03
-
部屋にいたのは、後藤さんとまことさんだけだった。
昨日は気付かなかったけれど、やっぱりまことさんは不気味だ。
「透明なさあ…透明な歯車が襲いかかってくるんだよお…やばい、やばいよ…空虚な存在が俺のこと齧ってんねん…それで俺も段々空虚になってくねん…」
宙に視線を這わせながら、まことさんはぶつぶつとわけのわからないことを呟いていた。自殺倶楽部のメンバーの中で、一番死という存在が近いのは彼だ。何となく、そう思った。
後藤さんは今日もテレビのブラウン管と睨めっこだ。映っているのはお笑い番組だけど、彼女のつまらなそうな表情は相変わらずだった。いやあぼくはいっつもマグロから採れた水飲んでますけどねぇ、何でやねん、お前言うてることめちゃくちゃやな…
「ねえ後藤さん、そのお笑いコンビ好きなの? あたしもめちゃくちゃ好きなんだ」
彼女に話を合わせようと、心にもないことを言ってみる。こんな奴ら、本当はどうでもいいのだけれど。
- 89 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:04
- 「ううん、別にい…」
後藤さんはあたしに背を向け、気だるそうに答えるのだった。いや、逆に「好きなんだよねえ」なんて言われた方ががっかりしたかもしれない。
「もう、後藤さんってばいつもそうなんだから」
麻琴が頬を膨らませる。
今日も後藤さんと話すきっかけが掴めなかった。そう思っていた矢先の出来事だった。
それまでぼーっとテレビに視線を合わせていた後藤さんが、テレビの電源を消して立ち上がった。
「吉澤さん…って言ったっけ?」
ふと合わされる、瞳。
はっきりと何かが見えたような気がした。例えて言うなら、どんなに手を上に伸ばしても触れることの出来ない…空。
「このマンションさあ、屋上のドアが開きっぱなしなんだよね。そこで話そっか」
「え…あ、ちょっと」
「何? ごとーと話したかったんじゃないの?」
後藤さんは既に知っていたかのように、そんなことを言ってのける。
「いや、どうしてわかったのかな…って」
すると後藤さんは鼻を鳴らしながら、
「なんとなく」
と笑った。綿毛みたいな、ふわっとした笑顔だと思った。
こんな笑い方をする人間は少なくともあたしの周りには、いない。
そこではじめて、自分の見立ては正しいのかもしれないという確信を、持った。
- 90 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:05
-
四方をフェンスに囲まれた、閉ざされた空間。
そこにあたしと後藤さんは、夜風に吹かれて立っていた。
「よい…しょっと」
フェンスに手をかけ足をかけ、よじ登ってゆく後藤さん。
「ちょ、ちょっと危ないって!」
あたしのそんな言葉にはまったく耳を貸すことなく、ついに彼女はフェンスの縁に座ってしまった。少しでもバランスを崩せば、彼女の体は潰れたトマトになる。
「はは、よっすぃーもおかしなこと言うよね。死にたいから、自殺倶楽部に入ったんじゃないの?」
「それは…そうなんだけど」
正確に言えばまだよくわからなかった。
確かにこの手足に繋がれた枷を外したい。自由になりたい。
ただ、その方法は「死ぬこと」でいいのだろうか。
それと、死の向こう側が見えないことによる恐怖もある。
- 91 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:05
- 「気持ちいいよお。よっすぃーもこっち、おいでよ」
屈託なく笑う後藤さん。栗色の髪が、風になびく。何時の間にか「よっすぃー」なんて呼ばれてるけど、そんなことは別に問題じゃない。
「あ、あたしはいいよ」
「…もしかして、怖い?」
悪戯っぽく、三日月の形になる瞳。
「まさか」
落ちつき払って、そう言ったつもりだった。
どうしてあたしまで、フェンスに登らなければならないのか。きっと“吉澤ひとみ”ならば、敢えて自らを追い込む真似などしないことだろう。けど、あたしは本能的に察知していた。
仮面をつけたままじゃ、この子はきっと何も話してくれない。
そっと、飴細工を扱うような手つきで、フェンスの網に手をかけた。
- 92 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:06
-
フェンスをよじ登ること自体は簡単だった。
けれど、登り切ったと思った時にそれは突然、訪れた。
目の前に飛び込んでくる、夜景。
窓ガラス越しに見たならば、闇に撒かれた光の芸術として楽しむことができたかもしれない。ただ、今のあたしとそれを隔てるものは何一つない。
全身の毛穴が尖ってゆく、そんな感覚を覚えた。フェンスを握る手には力が入り、それとは逆に腰から下の感覚がなくなった。汗が一瞬にしてあたしの体と服の布地を密着させてゆく。
「どうしたの? 早くこっちに来て座りなよ」
「うん」
平然を装いながらも、心臓の鼓動にまでは嘘をつけない。やっとのことで体を反転させてフェンスの縁に腰を下ろしたものの、全ては彼女に見破られていた。
「よっすぃー、手に力入り過ぎ」
頭の中を空っぽにしようと努めた。自分を今支配している恐怖を取り除こうとする健気な作業は、ただの見栄からくるものだった。ビビってるなんて、思われたくない。
- 93 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:07
- 「…確かに、気持ちがいいね」
「でしょう?」
もちろん、精一杯の強がりだ。でも後藤さんは、そんな些細な抵抗さえ許してくれなかった。
「よっすぃーの靴、カッコイイよね。どこで買ったの?」
「え?」
意識が自分の靴にいく。もちろん、視線も一緒に。
必然的に、下の景色が見えてしまった。
「ひっ!」
思わず上げた声だった。
バランスを崩し、落ちてゆく。道路のアスファルトとキスを交わしたあたしは、生きていた赤い証を一面に広げた。
そんな想像と夜景が、リンクしてしまった。
そうだあたしは、死後の世界が怖いんじゃない。
死ぬこと自体が、怖いんだ。
- 94 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:07
-
「あはは、もう降りていいよ」
そんな後藤さんの声も聞こえないほどに、あたしの神経は磨り減っていた。
そして足にようやくしっかりしたコンクリートの感触を感じて、安堵を覚える。それとともに湧き上がった感情は、怒り以外の何物でもなかった。
「…うそっぱちだ」
悔しかった。あんな場所で、顔色も変えずに微笑んでいる彼女が。自分ですら気付かなかった、いや気付いていたのかもしれないがうまく誤魔化していた、そんな恐怖を暴いた彼女が。
- 95 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:08
- 「あんたのその態度は、フェイクに決まってる。そんな余裕こいた振りしちゃってさ。大体自殺倶楽部なんてのも、ただの見せかけじゃん。本当に死にたい人間は、決して群れたりしない。そんなことしてる暇があったらさっさと死んじゃえば、って感じ。だからあんたたちの仲間はみんな、死にたい振りをしてるだけ。あんただって、そうなんでしょう!?」
激情に任せ、一気にまくし立てた。本音を突かれた人間ほど、却って激しく怒り罵るものだ。あたしも、多分に漏れなかった。
「余裕かましてる人間ほど、土壇場で惨めな姿を晒すんだ。あんただってもし目の前でナイフを突きつけられたら、泣いて命乞いをするに決まってる! そんなフェンスの上で余裕見せ付けたところで、何の証明にもならないんだよ!」
でも、後藤さんは微笑んだまま、こう言った。
「他の連中は知らないけど、ごとーは違うよ」
「違うもんか!」
「じゃあ、見せてあげる」
縁にかけていた両手を離し、左右いっぱいに広げる後藤さん。表情は、あの綿菓子のような笑みを浮かべたままだ。
「強がりはやめなよ! 後で恥かくことになるから…」
「いいから、黙って見てて」
そして後藤さんは体をゆっくりと後方に、倒していった。
「何する…ちょ、やめ…!」
後藤さんの体は、闇に消えた。
- 96 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:09
-
と思いきや、後藤さんは器用につま先をフェンスの網にひっかけて逆さにぶら下がっていた。
「ねー、驚いたあ?」
呆気に取られているあたしを尻目に、腹筋の力を使って態勢を元に戻す後藤さん。
「…やっぱり、死ねないじゃん」
「うん、今はね」
そう言って少女は音も立てずアスファルトに着地する。驚いたことに、汗一つかいていなかった。
じっと見据えられる、瞳。またしてもあたしは彼女に心を掴まれてしまった。
「でも…ごとーは。何時も、何時でも死ねる」
- 97 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:10
- 後藤さんの言葉には、力があった。多分この人は、死ぬと言ったら何の躊躇いもなく死ぬことができる。そう思わせてしまう、力が。
あたしは納得し、そしてその作業を終えると一気に脱力した。それだけのことを証明するためだけに、彼女はフェンスにぶら下がって見せたのだ。これほど馬鹿馬鹿しいことはないのではないだろうか。
「ばっかみたい」
「何をー、こう見えてもごとーは真剣なんだよ」
「わかってる。わかってて後藤さんのこと、馬鹿って言ったの」
「ひどいなあ…」
後藤さんは口を尖らせてから、思い直したように、
「ところでさあ、さっきから気になってたんだけど…その“後藤さん”ってのやめようよ」
と言った。
- 98 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:10
- 「よっすぃーってさ、いくつ?」
「18だけど」
「ごとーは17。もうすぐ18になるけど。だから学年は一緒だね。はい決定。よっすぃーはごとーのこと、今日からごっちんって呼んで」
唐突な提案だった。でも、あたしはその提案を受け入れることにした。
「わかったよ、“ごっちん”。これでいい?」
ごっちんは満足そうに頷く。
友達、と呼んでいいのかどうかはわからない。所詮は彼女も、あたしの「死ぬ」という目的を果たすための手段に過ぎないから。でも、美貴やその他の役割としての友達に抱く感情にはないものが、少なくともごっちんにはあった。
あたしは、彼女のようになりたかった。
- 99 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:11
-
それから、あたしの奇妙な毎日が始まった。
いつものように学校に通い、それから「自殺倶楽部」に顔を出し、それから塾に行く。
ごっちんはいつも、マンションの一室でテレビを見ていた。それは時にゲームの画面だったり、何かの番組だったりしたけど彼女は決まってこう言うのだった。
「映ってればさあ、何でもいいんだよね」
あたしは入れ替わり立ち替わりここを訪れる倶楽部のメンバーと、その場限りのどうでもいいことを話す。相手は、麻琴だったり、堀内さんだったり、平家さんだったり。まことさんとは、とてもじゃないけど会話は成り立たなかったけれど。でもそれは、ごっちんにとってのブラウン管と一緒だったのかもしれない。
そしてあたしがそろそろ塾に行かなくちゃ行けない時に、ごっちんはテレビの電源を消してあたしと話してくれるのだった。
一度だけ、寺田光男が倶楽部に顔を出した時に居合せた。あたしとごっちんが一緒に話してるのを見て、
「やっぱり吉澤は後藤と仲良うなったか」
なんて言っていた。その時は言葉の意味がよくわからなかったけれど、後から考えてみると凄く重要なことだったのかもしれない。
- 100 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/09(火) 19:12
-
どうしてごっちんが死を願うのか。
それが訊けたのは、あたしが自殺倶楽部に通い詰めるようになってから一週間が経った夜のことだった。
その日は珍しく、部屋の中にはあたしとごっちんの二人きりだった。それが彼女にとって話をするための絶対条件だったのだろう。
「ごとーさあ、逢いたい人がいるんだよねえ」
彼女は突然、そんなことを言い出した。
「逢いたいって、誰に?」
あたしの不躾な質問を聞いていなかったかのように、ごっちんは話を続ける。
「何かいつも頼りなさそうな顔しててさ。で、ちょっとからかうと『困ります…』みたいな泣きそうな表情になって、凄くかわいかった。ごとーは基本的によく食べるけどたまに食欲湧かない時とかあって。で、その子に食べきれないパンとかあげると、嬉しそうな顔してもふもふって感じで食べるんだ。その時の笑顔は、今でもずっと心に残ってるかな、うん」
その子の話をしているごっちんは、とても嬉しそうだった。あたしの心が少しだけ、ちくりと痛んだ。
「その子は今、何してるの?」
何気ない一言だった。
「うん。自殺した」
ごっちんはまるで昨日の天気は雨だったよ、って感じでそう言った。
- 101 名前:作者名未定 投稿日:2003/09/09(火) 19:14
- 当初予定していた分の更新がようやく出来ました。
次回はまた、二、三日後に。
- 102 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:33
-
コンノ。
それがごっちんの言っていた女の子の名前だった。
「ごとーの2コ下でさ。いっつも後藤さん、後藤さんって言ってくっついて来てた。こう見えてもごとー、陸上部だったんだ。学校じゃ『短距離の後藤』なんて期待の星扱いされてて…そんなこと聞いてない? とにかく、コンノは部の後輩だったんだ」
あたしはごっちんの言葉から、コンノという女の子を想像してみる。とろそうな、垂れ目の女の子の姿が思い浮かんだ。それが実像と近いのか遠いのか、会ったことがないのでわからないが。
「きっかけは、コンノがチンピラに絡まれてるのを助けた時だった」
「へえ、そんなことあったんだ」
「なーんてね。そんなわけないじゃん、ドラマじゃないんだから」
軽く馬鹿にされたことに気付き、あたしは露骨に不快な表情を見せた。でもごっちんは、そのまま話を続ける。
- 103 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:33
- 「コンノがさ、部室で陸上シューズを探してたんだ。もう泣きそうな顔してさ。その顔があんまりにもかわいそうで、一緒に探してあげたんだ。コンノは『いいです、先輩に悪いですから』、なんて言ってたけど、そう言われちゃうと余計に探したくなって」
「で、靴は見つかったの?」
ごっちんは首を振る。
「結局日が暮れるまで探したけど、コンノの陸上シューズは見つかんなかった。でもコンノのやつ、自分のシューズを失くしたくせに『ありがとうございます』って。その時のコンノの顔が部室の窓の夕陽に照らされてオレンジに染まってたのがひどく印象的で…」
「コンノって子と仲良くなったのは、その時から?」
「うん。それまではなんかとろい後輩だな、ってしか思ってなかったけどさ。そのことをきっかけにコンノは部活中に積極的に話しかけてくるようになったし、ごとーも何だか妹が出来たみたいで嬉しかったんだ」
ごっちんはそう言って、本当に嬉しそうな顔をした。けど、それが最後だった。
「コンノは長距離走が得意だった。あの子の我慢強く、どんなに苦しいことにも堪えられる性格が生かされるから。ごとーはコンノのそんなところが、好きだった。だから、それが仇になるなんて、思いもしなかった」
ごっちんの声が、硝子の彫刻へと変わった瞬間だった。
- 104 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:34
-
「イジメ。うん、そうそう。今はもうどっか行っちゃったJリーガーがカッコ悪いよとか言ってたやつ。あの時は中田より有名だったのにねえ。そんなことどうでもいいか。そのイジメに、コンノが遭ってたんだ。それに気付いたのはもうずっと後のことだったんだけど」
「それで、自殺を?」
「わかんない。あの子、遺書らしい遺書も残さずに逝っちゃったから。でもね、あの子の同級生だった子が言ってた。それはもう普通のコじゃ堪えられないようなイジメを受けてたって。例えば、靴を隠されたり机の上に花瓶を置かれたり教科書をマジックで塗り潰されるのは当たり前で、あとは登校途中に汚物を浴びせられたり、水泳の授業中に制服を捨てられたり、校舎裏に連れていかれてのリンチ、あとそれから…」
「もういいよ」
あまり聞きたくない話が飛び出て来そうなので、あたしはごっちんを制した。
「そう。とにかく、あのコはそんな仕打ちを受けてもずっと堪えてきた。親にも周りの人間にも話すことなくね。もちろん、あたしもそんなこと知らなかった。そうやってコンノは日々を過ごしていったんだ。校舎の屋上でダイブする、その当日までね」
部屋の窓から、夜風が吹き込む。取りつけられた白いカーテンが、ひらひらと揺れて踊っていた。
- 105 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:35
- 「コンノをいじめてたのは、頭のいい奴だった。クラスのリーダーみたいな存在だったそいつは、周りの人間に命令してあのコをまったくの孤独にしたんだ。自分はまったく手を汚すことなくね」
何故かごっちんの言葉が、あたしの胸に突き刺さる。
「そいつは学校でも評判の優等生で、先生の受けもよかった。成績優秀、スポーツ万能、おまけにクラスの人気者とくれば羨む人間すらいないよ。だからそんなやつが影でイジメの黒幕なんて汚い真似をしてるなんて、誰も思いもしないだろうね」
そうだ。綺麗な仮面を被っていれば、誰もその素顔など覗こうとは思わない。綺麗な仮面こそがその人の素顔だと思い込む人間もいることだろう。綺麗な仮面なら、いくらでも綺麗に見せることができるのだから。あたしの、ように。
「そいつは後始末まで完璧だったよ。コンノが死ぬと、その罪をあたしに着せたんだ。死の前日にあのコと先輩が会ってた、きっと何かをしたに違いないってね。その噂をきっかけにして、あたしは学校を辞めたんだ」
話してる言葉は今にも崩れ落ちそうなのに、ごっちんはいつもの気の抜けた表情で淡々と語った。
- 106 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:36
- 「そんな…何でごっちんが学校辞める必要あるの? 自分はこの件とは一切関わりないって言えばよかったのに」
「正しいとか、間違ってるとか…そんなの、どうでもよくなっちゃったんだ」
人は常に正しいものとそうでないもの、つまり自分にとって間違っているものを区別して生きている。それが多分、生きるということなんだと思う。その選択を放棄するということは…待っているものは一つしかないのかもしれない。
「今はただ、コンノに逢いたい。ただ、それだけなんだよ」
ごっちんは遠い目をして、窓の外の闇を見つめていた。その視線をあたしがどんなに頑張って目で追っても決して追いつくことはないのだろう。
「いつ…逢いに行くの?」
だからそう訊いたのは、単なるあたしの嫉妬心。
でもごっちんは隠したナイフなど意に介せずに、笑ってこう言うのだった。
「わからないよ。明日逢いに行くかもしれない、明後日、明々後日…でも、必ず逢いにいくよ。それがごとーの一番の、望みだから」
結局わかったことは、自殺志願者は遠足の準備をするが如く、自殺の準備をするわけではないということだけだった。あたしは正確に言えば自殺志願者ではないし、ましてやごっちんではないのだから、はっきりしたことは言えないのだけど。
君が其処に生きいてるという真実だけで幸福なのです。
どうしてだろう、誰かの歌った言葉が思い起こされた。
- 107 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:36
-
「でさあ、あたし思わず笑っちゃったんだよねえ…」
携帯の向こうから響いてくる、耳障りな声。
「うんうん、それわかる。わたしも時々そう思うもん」
いつものように、“吉澤ひとみ”な、あたし。
あたしは美貴と一見楽しい、だけど本当は無味乾燥な会話を続けていた。
もし美貴が突然死んだら、あたしはどうするのだろう。
多分、泣くのだろう。顔を真っ赤にして、目から水を流して。
大変だ、と思う。
「この前も先公がチョー五月蝿くてさ、藤本さん少し髪の毛に色を入れてませんか? だって。校則通りにちゃんとしてるっての、それよか人の髪の毛ジロジロ見んなよかなりキショいんですけど」
「ははは、あの先生見た目変質者っぽいよね」
美貴が死んだらあたしはひと通り悲しみ、それから新しい「親友」を探して見つけるのだろう。彼女の代わりなど、いくらでもいるのだから。
- 108 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:37
- じゃあ、あたしは?
もしあたしが死んだら、美貴や他の「友人」たちは悲しんでくれるだろうか。
彼女たちは悲しんでくれるだろうか。
それとも彼女たちもまた、新しい“吉澤ひとみ”を探し求めるのだろうか。
あたしの代わりもまた、いくらでもいるのだろうか。
「なんかさあ…今日も石川の奴、あたしたちのこと見てなかった? もしかして仲間に入りたいとか。有り得ないよねえ」
「うん、そうだね…」
自分を装うこと。確かにそれは自己防衛本能だ。けれど、あたしの代わりなんていくらでもいるのなら、今までしてきたことは一体なんなのだろう。
「ねえちょっとよっすぃー、聞いてる?」
「え、ああ、聞いてるよ」
「でさあ…」
あたしは開け放たれた窓から、外の景色を見てみる。
白い月が悲しげに、浮かんでいた。
- 109 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:37
-
幾つもの複雑な鎖が絡みついたような、そんなパズルがある。
解き方を知っている人間なら、ものの数秒でバラバラにできるだろう。
でも、解き方をしらない人間でも、適当にがちゃがちゃやっていると解けてしまう場合がある。
ただの偶然?
やっているうちに解き方がわかった?
それとも無意識のうちに解き方を学んでいた?
可能性はいろいろあるけれど、結果は一つ。
パズルは、解かれた。
抜けるような青空が広がる朝に、まことさんは死んだ。
- 110 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:38
-
それを知ったのは、偶然だった。
学校が創立記念日で休みだったので、その日は朝から自殺倶楽部に立ち寄っていた。部屋には麻琴とごっちんがいて、おとなしくテレビを見ていた。
「麻琴は学校はいいの?」
「行ってもつまんないし、いいんです」
いつもの返事。
ごっちんを見てみる。やっぱりいつもの、眠そうな顔。
変わらない、非日常の中の、日常。
それが音もなく、崩れ去った。
「続いてのニュースです。今朝未明、東京都○○区××の路上で男性が倒れているのを通行人が発見、男性はすぐに病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。死亡したのは近所に住む…」
画面上に、死亡した男性の写真が大写しになる。
まことさんだった。
「…特に外傷などは見られず、警察では自殺として捜査を進めている模様です。なお、男性の胸ポケットからは『自殺倶楽部』なる名刺が入っており、今回の事件との関連性を指摘する声もあり…」
- 111 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:39
- ニュースは次の話題へと移る。
だけど麻琴には衝撃が大きかったようで、口を大きく開いたまま視線を宙にさまよわせていた。
「ああ、まことさん…死んじゃったんだ」
ごっちんは大して興味もなさそうに、そう呟く。
あたしと言えば、まことさんが死んだという事実には大して驚きはしなかった。ただ、この後に起こるかもしれないことは、何となく予想できた。
「寺田は! 寺田はどこだっ!」
大きな罵声が、部屋の外から響いてきた。乱暴に開かれる、ドア。
堀内さんだった。その顔には、はじめてあった紳士的な雰囲気の欠片もなかった。
「おいお前ら、寺田はどこだ!?」
あたしたちは首を横に振る。
「くっ…おい誰か、奴の携帯に電話しろっ」
「おじさんが電話すればいいじゃん」
「うるさいっ、つべこべ言わずに早く電話しろ!」
ごっちんのもっともな意見に対し、あくまでも高圧的な態度を崩さない堀内さん。ごっちんはふっ、と鼻で笑ってから携帯を弄り始めた。
しばらくの沈黙の後、ごっちんは無言で堀内さんに携帯を突き出す。
「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません…お掛けになった電話番号は、現在使われておりません…お掛けになった電話番号は、現在使われておりません…」
輪唱のような機械音声に、堀内さんは苦虫を噛み潰したような表情をした。
- 112 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:40
- 「くそ…何でこんなことに…まさかまことのやつ、本当に自殺するなんて」
「変なことを言うんですね。ここは自殺倶楽部じゃ、ないんですか?」
自然に口をついて出る言葉。あたしは欲望に、逆らわなかった。
「どういう意味だ?」
「まことさんは自殺倶楽部に入っていた。だから自殺した。至極当然の結末じゃないですか。それが『本当に自殺するなんて』とは? とても自殺志願者の言う言葉じゃ、ないですよ」
「何故、地位も名誉もあるこの俺が自殺などしなければならんのだ?」
予想していたとは言え、それは余りにも恥知らずな答えだった。
「ではどうして自殺倶楽部に入会したんですか? まさか『俺は欲のないきれいな人間だ』っていう自己演出のためですか?」
「何とでも言うがいい。とにかく茶番は終わりだ」
色の黒い髭男は、あたしたちを見下したように一瞥すると、踵を返そうとした。しかし、何か言い忘れたことがあったのだろう。もう一度振りかえり、
「もしマスコミがここを嗅ぎつけても、俺は一切関係ないからな。そこのところ、頼むぞ!」
とどうでもいいようなことを言った。
だから、あたしもどうでもいいような言葉を返した。
「ねえ」
「何だ、俺は忙しいんだ」
「あんたの偽善臭い素顔なんてとっくの昔にばれてるんだよ、おっさん」
思わぬ侮辱に、顔を紅潮させる髭。しかし、舌打ちひとつすると、髭は足早に部屋を出て行った。
- 113 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:40
-
部屋に沈黙が戻る。
テレビは間抜けな顔をしたリポーターが、地方の名産を紹介していた。
「麻琴もさ、もう帰っていいんだよ?」
あたしはぽつんとテーブルにつく麻琴にそう言った。
「あんたも、死ぬ気なんか最初からなかったんでしょ?」
そうだ。自殺倶楽部なんて、最初から張子の虎だったことくらいあたしにはわかっていた。ただ、まことさんとごっちんだけが本物の自殺志願者だった。もっともまことさんは、人間としての何かが崩壊していたのだけれど。
「そうだよ…」
麻琴は力なく、そう言った。そんな彼女を、あたしは何故だか挑発してやりたくなった。
「甘えだよね。自分の現在の状況に対してのさ。こういう逃げ道を作って、自分はその気になればいつでも死ねるっていう退路を用意しておいて、辛い現実から逃げる。臆病者のよく使う手だよ」
「……」
「死がカッコいいなんて、嘘。死に憧れているってのも嘘。全部、現実逃避のための嘘だ」
「違うっ!」
そこではじめて、麻琴は語気を強めた。
- 114 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:41
- 「あたしは臆病なんかじゃないし、ウソツキでもない!」
「そうかな? だったら今すぐ死んで。ほら、窓だって開いてる。あそこの四角い空間に身を乗り出したら、簡単に死ねるよ。季節外れの紅い桜がアスファルトに咲く。ごっちんと二人で花見でも楽しめるかも。ほら、早く」
麻琴は開け放たれている窓に顔を向け、それから顔を青くさせた。
どうしてあたしは、こんなにも攻撃的なんだろう。
さっきから自分のことは棚に上げて、麻琴のことを責め放題だ。あたしだって自殺志願者ではないから、人のことは言えないはずなのに。
ごっちんは今のあたしをどう思うだろう。
屋上で冷や汗垂らしてたくせに、って笑ってるだろうか。
それとも麻琴を追い込んでるあたしに、腹を立てているだろうか。
視界に映るごっちんは、いつもの眠たげな顔をしてあたしたちをぼんやりと見ているだけだった。
「じゃあ、じゃあ吉澤さんは、死ねるんですか?」
自分だけ変な形でやり込められることに我慢ならなかったのだろう。麻琴は思わぬ反抗を分かり易い言葉で示してくれた。
- 115 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:42
- 今は死ねない。死ぬ勇気もない。
でも、ごっちんがいれば、何とかなる気がする。
そんな台詞は、口が裂けても言えなかった。
だからあたしは、嘘をついた。
「今日死ぬかも知れない。明日、いや明後日死ぬかもしれない。でも、必ず死ぬ。それがあたしの、望みだから」
最低だ。しかも人の言葉を拝借するなんて。
麻琴はきっ、とあたしをひと睨みして、部屋の外へ駆け出して行った。
ばたん、と扉の締まる音がした。
部屋に訪れる、二回目の沈黙。それを破ったのは、ごっちんだった。
「ねえ、屋上で話そうよ」
まるで何かに引っ張られるように、あたしの頭は上下した。
- 116 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:42
-
初夏の青空は雲一つなく、クリアブルーという言葉がしっくり来るような色をしていた。
ごっちんはがしゃがしゃと音を立ててフェンスをよじ登り、いつかの夜みたいにフェンスの縁に腰かけた。
「あはは、いい天気だねえ」
空を見上げ、無邪気に笑うごっちん。
「ねえごっちん」
「んあ?」
あたしが真面目な顔つきで話そうとしているのに、ひどく間抜けな返事をするごっちん。でもそれが、彼女が彼女たる所以なのかもしれない。
「ごっちんは自殺倶楽部がこんな風になるって、予想できた?」
するとごっちんは足をぶらぶらさせて、こう言った。
「そうだねえ…何となく予想は、ついたかな? 最初にみんなを見た時にこの人たち死ぬ気なんてこれっぽっちもないんだろうなあって思ったし。誰かがもし本当に死んじゃったら怖気づいてばらばらになるんだろうなあって思ったし」
そう、全てがその通りになった。
- 117 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:43
- 「じゃあさ、どうしてごっちんはそんな集団の中にいたの?」
「やっぱり、群がってると感覚が麻痺してくるんだよね。それがつんくさんの狙いだったのかもしれないけど。群れてると楽だし、居心地がいいし」
寺田光男の狙いが何なのかは、敢えて聞かなかった。この時間に、あたしとごっちん以外の不純物を混ぜ込みたくなかったから。
「確かにそうかもね。群れると楽だし居心地がいいし、頭になれば自由に操れるから」
「経験がおありで?」
「うん。あたしもどっちかと言えば、コンノって子を裏でいじめてたやつと同じ種類の同じ種類の人間だから」
薫風、風薫る五月。爽やかな熱を帯びた風が屋上に吹き込んだ。
ごっちんは黙ってあたしの話を聞いていた。だから、あたしは話を続けることにした。
「あたしは汚い。学校じゃ優等生でございますって顔しておいて、裏じゃ行きずりの男とその場限りの関係を繰り返してる。別に誰かをいじめたりしてるわけじゃないけど、自分を必死に取り繕ってるのは、似てない?」
「……」
「あたしは綺麗な存在になりたかった。完璧な存在でいたかった。ちょうどこの空みたいにさ。でも自分を綺麗にするために色々やってみるんだけど、ごみが増えるだけ。穴に貯まったごみをスコップで掘り出して、別の穴に捨てる。で、その穴がいっぱいになったら、また新しい穴を掘って捨てる…そんな行為に意味なんてないことに、気付いちゃったんだよね」
- 118 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:43
- 「でも、よっすぃーはさ。よっすぃーだよ」
ごっちんはあたしのことを優しげな眼差しで見つめて、そう言った。
「あたしは、あたしか。逆に言えばどんなに頑張ってもあたしはあたしでしかないってことなんだろうけど、何だかごっちんに言われると嬉しいよ。ありがとう」
あたしは素直に礼を述べた。
「でも、あたしはジョンにはなりたくない」
「ジョン?」
「うん。小さい頃に飼ってた、犬。でもあたしは母親の怒りを買ってしまったから、ジョンは可哀想な目に遭っちゃった」
「で、そのジョンはどうしたの?」
「多分、母親に殺されたんだと思う。夜中に何かが砕けるような鈍い音と、ジョンの悲鳴がずっと聞こえていたから。あの女は自分の意に介さないものに対して、何だってする。あたしは、ジョンのようにはなりたくなかったんだ」
今でも時々思い出すのは、夜中じゅうずっと止まなかった、ジョンの悲鳴。母親の荒い息遣い。そして血に染まったであろう、スコップ。
「綺麗になりたいけど綺麗になれない。自由になりたいけど自由になれない。そんな時にあたしが見たのが、ごっちんだった」
- 119 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:44
-
太陽が徐々に、高さを増している。
あたしとごっちんは、身じろぎひとつせずに屋上に佇んでいた。
あたしが下、ごっちんは上。
それが死に対する、あたしとごっちんの意識の違い。
「最初にここで二人で話したときのこと、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。よっすぃーが健気で、かわいかった」
目を細めて微笑むごっちんに、あたしは少しだけばつの悪い気持ちになった。
「あの時はなんだろう、ごっちんのいる場所まで追いつこうと必死だったし。死にたくないって気持ちを表に出すのも嫌だったから」
「そっか。だからか」
「何が?」
「さっき下で、まこっちゃんに辛く当たってたからさ」
そう言ってごっちんは鼻でふっ、て感じで笑った。
- 120 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:45
- 「ごっちんには何でもお見通しなんだね」
ごっちんの言う通りだった。あたしは麻琴に、自分自身が抱える弱さを見た。あの時の感情は近親憎悪、と言い換えてもいいかもしれない。
「んー、そうでもないよ。だってごとーにはよっすぃーがまだ見えてないし」
意外な言葉。
「マジで? あたし結構、ごっちんには本当の“吉澤ひとみ”を見せてるつもりなんだけどなあ」
「うん。頑張ってるなあ、とは思う。でもさあ…何かもう一つ曝け出してないような気もするんだよねえ」
ごっちんはフェンスにかけていた手を離し、腕を組んで考える仕草を見せた。危ない、って言うのは彼女にとって野暮な行為だ。
「よっすぃーの瞳はねえ、深い深い海の底みたいなの。でも、その底に、何かがある気がするんだ。ごとーもつんくさんも、よっすぃーのそんな部分に惹かれたんだと思うよ」
「つんく…寺田、光男が?」
ごっちんはこくっと首を傾けた。
- 121 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:45
- 「よっすぃーはつんくさんのこと、あんまりよく思ってないかもしれないけどさ。あの人も、ごとーと同じなんだよ」
「それって…」
「そう。今日でも、明日でも、死のうと思えば…いつでも死ねる人。大切な人に、先立たれてしまった人」
薄々は感じていた。何故寺田光男とごっちんに同じものを感じるかを。でもあの人を食ったような言動が結論を導き出すことを邪魔していた。
「だからねよっすぃー」
あたしはごっちんを見つめる。
瞳が、深い青を呈していた。
「ごとーは、よっすぃーを死なせたくないんだ」
- 122 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:46
-
「そんな、そんな勝手なこと言わないでよ」
それがあたしの、精一杯の返答だった。
「いつ死ぬかもわかんないような人に、そんなこと言われたくない」
「まあまあ、遺言だと思ってさ」
「ごっちんは勝手過ぎるよ」
へらへらとあたしの言葉をかわすごっちん。
「御先祖さまの言うことは素直に聞くもんだよ」
「何でごっちんがあたしの御先祖さまなわけ?」
「ほら、近いうちに天に昇るからさ」
何だそれ、と思った。でもそう言わなかったのは、何となく色んなことがはぐらかされそうな気がしたから。ごっちんが死んでよくてあたしが死んじゃいけないなんて、やっぱり理不尽だ。
「ごっちんにそんなこと言われても、あたしはいつか死のうとは思ってるし、死ぬための色々なものを身につけたら、すぐにでも死にたいと思う」
「駄目だよ。よっすぃーは、こちら側に来ちゃいけない」
ごっちんは笑っていなかった。それが、余計にあたしをむきにさせた。
「あたしにだって、できる」
金網に手をかけた。
今度は、自分の意志で。
- 123 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:47
-
いつかの夜と、同じシチュエーションだった。
あの時と違うのは。
空はやけに明るくて。
ごっちんは「やめなよー」なんて声をかけていて。
そしてあたしの瞳は、しっかりと空を見据えていて。
「よっすぃー、死んだら痛いぞー。血もいっぱい出るよお」
そんな言葉は、あたしの腕や足の力をまったくと言っていいほど削ぐことはできなかった。いや、寧ろあたしの足取りを軽くしていたのかもしれない。
あたしは、ごっちんと同じ場所まで辿り着けるんだ。
その思いだけが、あたしを突き動かしていた。
あの時は、単なる意地とプライドだけだった。
でも今は、違う。
そしてあたしは、ごっちんと同じように、フェンスの縁に腰かけた。
- 124 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:47
-
「気持ちがいいね」
この前の夜は強がりでしか言えなかった言葉も、自然に言えた。
手はまるで柔らかいものでも掴んでいるかのように、力が入っていない。
目の前の青空も、天空に挑むかのように聳え立つビル群も、楽しむことができた。
「もうこのまま、倒れ込んでもいい」
ごっちんと一緒なら。その言葉は胸の奥に仕舞っておいた。
「何やってんだか」
呆れかえったように、あたしのことを見つめるごっちん。
「よっすぃー、その靴…」
「その手には乗りませんよーだ。下を見て恐怖に駆られるのは、動物の本能ですから」
心が、すっきりと晴れ渡っていた。
たったのワンアクションだ。
ベッドの上のように、後ろに倒れ込む。
それだけで、全てが終わる。
でも。
- 125 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:48
- 「まったくよっすぃーは世話がやけるなあ」
ごっちんは溜息をつきながら、そう言った。
「え…どういうこと?」
訊き返すあたしに、ごっちんはふわりとした笑顔を見せた。
「知ってる? 人間だって、空を飛べるんだよ」
ゆっくりと両手を広げるごっちん。表情は、やっぱり笑顔のままだった。
「ごっちん!?」
「バイバイ、よっすぃー」
ごっちんの体が、後ろに傾いてゆく。
そして、完全に空に溶けてしまった。
- 126 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:48
-
あたしは走り出していた。
もちろんごっちんを追ってのことではなかった。
自殺倶楽部のある部屋に駆け込み、隅に座り込んだ。
かつてまことさんがやっていたように。
あたしはずるい女だ。
こんな状況においても、自分のことしか考えていない。
下の状況には巻き込まれたくなかった。
でもそれと同時にあたしの心に孤独が訪れたのもまた、事実だった。
ごっちん、どうして?
明日、明後日、明々後日って言ってたじゃん。
何で急に、しかもあたしの前で死んじゃうのさ?
あたしを止めるため?
だったら目論見は上手くいったよ。ごっちんが落ちていくのを目の当たりにして、死の恐怖を再認識したから。
- 127 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/17(水) 23:49
- 落ちてゆくごっちん。
笑顔のごっちん。
鈍い、衝撃音。
あたしは、怖い。けれども、こうも思う。
逢いたい。ごっちんに逢いたいよ。
ごっちんがコンノに逢いに行ったように、
あたしもごっちんに逢いたい。
階下で、けたたましいサイレンの音がする。外が、騒がしくなる。
だれかが警察と救急車を呼んだのかもしれない。
体の震えが、止まらない。
こんなにいい天気なのに。
こんなに、澄みきった空なのに。
あたしの心は、闇に濡れていた。
永遠に乾くことのない、闇に。
- 128 名前:作者名未定 投稿日:2003/09/17(水) 23:51
- 2、3日後どころか一週間も…
読者さんがいないのが不幸中の幸いかな?
今度はもう少し短い間隔で更新、と自分に言い聞かせる。
- 129 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/18(木) 18:35
- 待ってました!そして、楽しみにしてます!
張りつめた雰囲気でストーリーが進んでいるので
レスつけて雰囲気を壊したくなかったんですが・・・
思わず、レスつけちゃいました。スイマセン。
- 130 名前:みるく 投稿日:2003/09/19(金) 17:32
- 凄く引き込まれました。頑張って下さい!
- 131 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/24(水) 20:29
- すごい
- 132 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:54
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下の騒ぎが収まった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
さすがに自殺倶楽部の人間も、マンションに立ち寄ることはなかった。
夜になっていることに気付いたあたしは、ようやく縮込めていた体を伸ばしはじめる。体中の筋肉が痛い。余程力が入っていたのだろう。
ゆっくりと凝り固まった部分を解すように、緩慢に体を動かす。
そしてようやく、あたしは無人の部屋を出た。
廊下の外からは、くすんだ紫色と暗いオレンジ色に彩られた空が見えた。
ごっちんが生きていた時には綺麗な青を湛えていた、空。
そんな空から顔を背け、エレベーターに乗り込んだ。
- 133 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:55
-
マンションの、正面出口。
警察による、現場検証が行われていた。場所のあちこちには黄色と黒のテープが張り巡らされていて、そのことが現実をより色濃く映し出していた。
しゃがんで何かを探している警官、現場の脇で立ち話をしている刑事。あたしはそれらを全て無視し、足を速めようとした。
「ちょっと、きみ」
不意に、呼び止められる。二十代半ばくらいの、若い警官だった。
「…何ですか?」
咄嗟に浮かべるのは、優等生としての顔。習性と言うのは、本当に恐ろしい。
「きみはここの住人か?」
「いえ、友人の家に遊びに来ていました」
「今日ここできみと同じ年頃の子が飛び降り自殺したんだけど、何か知ってるか?」
「…わかりません。ずっと部屋の中にいましたから」
「そうか」
警官はあっさりと引き下がる。もしかしたら何階の何号室にいたのかとか、住所や氏名を訊ねられるかと危惧していたけど、警官にあたしを疑う素振りは見られなかった。
- 134 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:55
- 「急いでるんで、失礼します」
そう言った時のことだった。黄色いテープの囲いの中に、それを見つけた。
チョークで描かれた、人の形をした、線。
アスファルトの所々が、暗い染みに侵されていた。
ごっちんは空に溶けたんじゃない。
紛れもなくここに体を、打ちつけたんだ。
間抜けな人型は踊っているように、手足をばらばらに投げ出していた。その滑稽さは、あたしの心臓を握り潰した。
「きみ、顔色が悪いぞ?」
「何でもありません、失礼します」
火がついたように、走った。
警官が呼び止める声も車の排気音も何もかもが遠ざかってゆく。
手に、足に、心臓にありったけの力を漲らせる。
行き交う人にぶつかっても、赤信号でクラクションを鳴らされても、まったく気にならなかった。
- 135 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:56
- どこまで走っただろうか。見知らぬ街角で膝から倒れた時に、ようやく走るのをやめた。息は切れていたし膝も擦り剥いていたけど、構わず立ちあがった。すぐ先には、煌煌と明かりをつけたコンビニがぽっかりと口を開いていた。その明かりに誘われる様は、まるで公園の街灯に群がる哀れな虫みたいだった。
「いらっしゃいませえ」
店に入るなり間抜けな声を出す店員らしき人物に話しかける。
「すみません…トイレ、貸していただけませんか?」
「え、はい、突き当たりの扉の右手奥ですけど…」
店員は只ならぬあたしの様子を目の当たりにして、少し狼狽しているようだった。無理もない。額から汗を流し、息を切らせている女子高生などそうはいないはずだから。
ふらふらとした足取りで、トイレに向かう。店全体から漂う冷気は、悲しいほどに心地よかった。
トイレのつくりはとても簡素なものだった。
小さな洗面台と、洋式の便器。それと薄汚れた鏡が壁に貼りついているだけだった。
まずはポケットからハンカチを取り出し、洗面台から出した水に浸す。それで、擦り剥いた膝を拭いた。
ひんやりとした感触と、ぴりぴりとした痛み。
血の出方は大したことはなく、拭いた後に傷口から血が滲むことはなかった。綺麗な白いレースのハンカチだったものは赤い汚れに塗れたただの布きれになり、すぐさま据え付けのごみ箱に捨てられた。
次に、汗でしとどに濡れた顔を洗った。火照りを冷ますように、何度も。何度も。洗っている間に、思う。
- 136 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:57
- やっぱり自分は汚い。
綺麗なものを望むと言いつつ、一体あたしは何を手に入れて来たのだろう。
偽りの自分、偽りの友達、偽りの世界。
後腐れのない消費物としてのセックス。偽りの癒し。
死にたいと願う心すら、偽りだったというのか。
鏡に自分の顔が映る。やつれた白熊のような顔をしていた。
ねえ、どうすればいい?
ごっちんの顔が浮かんだ。
ごっちんはもうこの世にはいないということを実感した。
そしてあたしははじめて、彼女の死に泣いたのだった。
- 137 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:57
-
携帯電話が鳴ったのは、あたしがコンビニを出てすぐのことだった。
はじめはあの女からだと思った。しかしよくよく考えてみれば、今日は美貴の家に遊びに行くと予め言っている筈だった。「親友」としての美貴は、母親の信頼を既に勝ち取っていたから、どんな理由付けにも使うことが出来た。
だけど、電話は母親からじゃなかった。
「俺や。寺田や」
寺田光男。
あたしとごっちんを引き合わせた、張本人。
「ごっちんは、死んだよ」
降り積もる沈黙。受話器の向こう側には、何の色も見えなかった。やっとのことで寺田の吐いた言葉は、
「そう、か」
という不明瞭なものでしかなかった。
- 138 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:58
- 「ねえ…」
「何や」
「あんた、何がしたかったの?」
「……」
「自殺倶楽部がただの“死にたがり”の集団だったことは、主宰のあんたが一番よく知ってたはず。その中に、どうしてごっちんを引き入れたの? そもそも、どうして自殺倶楽部なんか作ったの?」
寺田の言葉を、待つ。でも、紡ぎ出されたのは待つに値しない代物だった。
「自分でもよう、わからへんわ」
はぐらかされたのか、それとも本当にわからないのか。
口を開くと同じくして、感情が迸った。
「わからないんだったらさ、そんなもの作らないでよ! ごっちんは倶楽部の中にいると楽だったって言ってたけど、本当は苦痛だったのかもしれない。ニセモノが癒しになるなんて、有り得ない。それが本当かどうかは、わからない。でもとにかく、ごっちんはもう」
大きく息を吸い込む。肺が、痛かった。
「この世に、いないんだ」
ゆっくりと沈殿してゆく、コールタールのような沈黙。
- 139 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:59
- その中をのた打ちまわるように、寺田は口を開く。
「まことのことも、後藤のことも。全部俺のせいやと思ってる。俺は良かれと思って二人を自殺倶楽部に入れたんやけど、無駄やった。せやから、そろそろ終いにしよう思うてんねん」
「……」
「吉澤、いつか自分に言うたよな。死のう思うたら、いつでも死ねるて」
「それは、聞いたけど」
「その時が、来たんや」
寺田の言葉を聞いた時、比喩でも何でもなく、呼吸が止まった。
ごっちんがいなくなり、そしてこの男もまたあたしの前から消えようとしている。
何だか、崖の前でいつまでも踏み止まっているあたしを嘲笑っているかのように思えた。
- 140 名前:沈みゆく、こころ。 投稿日:2003/09/30(火) 22:59
- ニセモノ。
ニセモノ。
ニセモノ。
もう何かに成りすますのは、嫌だった。
あたしは、これからある言葉を口にしようと思う。多分言ったが最後、決して後戻りできないような言葉。
でも、言わなければならなかった。
自分自身のために。
この嘘だらけの世界と、さよならするために。
そしてその嘘がなければ形さえ保てない、あたしと決別するために。
「だったら、あたしも死ぬ」
「え?」
「あたしも、あんたと一緒に死ぬよ」
- 141 名前:作者名未定 投稿日:2003/09/30(火) 23:04
- 更新の間が空いてしまいました・・・ごめんなさい。
次からは定期的に更新を心がけるつもりなので。
>>129 名無し読者さん
待っていてくれてありがとうございます。
今回更新量が少ないので胸を張っての更新ではないのですが・・・
- 142 名前:作者名未定 投稿日:2003/09/30(火) 23:06
-
>>みるくさん
そう言っていただけると作者冥利に尽きます。
これから終盤に向かっていく予定なので、宜しければ
お付き合い下さい。
- 143 名前:作者名未定 投稿日:2003/09/30(火) 23:08
- >>131 名無し読者さん
すごいって、そんな・・・あんまり凄くないです。
書いている本人はかなり一杯一杯なもので。
- 144 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/27(月) 00:05
- 心に深く刺さる小説好きです
- 145 名前:作者名未定 投稿日:2003/12/08(月) 08:46
- 自己保全。
こっちも絶対書くから。
- 146 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/10(水) 20:24
- 大人しく待ってます
- 147 名前:名無し読者A 投稿日:2003/12/11(木) 15:09
- 楽しみに待ってます。
- 148 名前:作者名未定 投稿日:2004/03/19(金) 00:01
- 作者です。長い間書けずにいましたが、4月にはこちらのほうに取り掛かれそうです。
これだけ待たせておいて本当に申し訳なく思っているのですが、もう少しだけお待ち
下さい。
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/28(金) 13:25
- 待っております
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 00:41
- ずっと待っています。
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