エンドレス・サマー

1 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時46分47秒

【エンドレス・サマー】


『…朝比奈学園高校のシートノックを始めてください…』
場内アナウンスを待ち切れないように選手たちはグラウンドに散っていった。
背番号8を背負う石川も手入れの行き届いた芝の感触を確かめるよう、一歩一歩を踏みしめていた。


「ついに…、とうとうここへ来たんだ…」

ゆっくりと見渡していた石川の眼はいつしか応援団の陣取るアルプススタンドに向いていた。


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2 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時48分49秒

一年前の甲子園、まだ一年生石川はベンチ入りが出来ずに他の控え選手たちと一緒にスタンドの応援席にいた。

「ごっちん、今日もまた投げるかなぁ。」
「ねぇ聞いた?今日到着した応援の人たちとかね、地元じゃ『朝比奈旋風』とか『怪物・後藤』なんて騒いでるんだって!」
「よっすぃだってサード守って頑張ってたじゃない。今、安倍さんと交代して引っ込んじゃったけど。」

隣に座る柴田といつものように喋る石川だったが、内心はドキドキしていた。
石川たちの後方のスタンドは、決勝戦まで駒を進めた朝比奈学園チームのために大量の応援団が埋め尽くしていた。
石川自身もチームが勝ち進んでくれたことは嬉しかったが、まさか最後まで残るとは思っていなかった。


・・・いつも一緒に練習をしている先輩や同級生たちがこの大舞台に立っている・・・

スタンドで見守っていても目が眩みそうな思いだった。
3 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時50分02秒

同じ一年生でベンチ入りしたのは、昨日の準決勝でもセンターの位置からマウンドをリリーフした後藤と、
甲子園に来て打撃不振に陥った安倍に代わりここまでずっとスタメンでサードを守っていた吉澤の二人。
そんな二人を複雑な思いで見守るスタンドの石川。

・・・わたしなんかじゃベンチ入りもできないのかなぁ・・・

グランドの中の吉澤や後藤の姿を目で追いながらまたひとつため息をついていた。



4 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時50分47秒

試合は同点のまま9回の裏、相手の高校の攻撃。
リリーフでマウンドに立った後藤は制球が定まらず、塁が埋まっていく。
なんとかツーアウトにしたものの満塁となってしまった。

「「ごっちん、頑張ってー!」」
大応援団の声援に混ざって、石川たちもグラウンドの中のチームメートに声をかける。

「次の攻撃は市井さんからだからきっと点が取れるよ!」
「バックを信じて思い切って投げて、ごっちん!」

石川の声が届いたのか、後藤の投じたボールを辛うじて当てた打球はサード前のボテボテのゴロ。

「「やったー!!」」

5 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時51分29秒

思わず柴田と抱き合う石川、地の底から響くような大歓声。
しかし次の瞬間、それらは一斉に悲鳴へとかわった。

手を叩いて喜びながらホームへ走るランナー、
転がってくるボールをグラブで拾って天を仰ぐライトの保田、
マウンド上で崩れるように座り込む後藤、
両肩を掴んで立たせようとするキャッチャーの市井、
淡々と最後の整列をするように呼びかけているキャプテン…


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6 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時52分35秒


「こらぁー!ボーっとしてないで!次、石川、来るよっ!」

ライトの位置からの保田の掛け声に我に帰った石川は、頭上を越えようかという打球をその俊足で追いかけた。

「こらっ!今のはクッションボールを確かめる打球でしょっ!」
「そんなぁ〜、イチイチ怒鳴らないでくださいよぉ〜!」
「それと、返球はちゃんと内野に返すこと!今のじゃ矢口に届かないでしょっ!」
「ちょっと高くなっちゃっただけじゃないですかぁ〜、あっ、次、保田さんですよっ!」

自ら言っていたようにクッションボールを的確に補給して矢のような送球をする保田、
そんな姿を眺めながら石川はまたも思い返していた。

・・・でも、ここまで来れたのはあなたのおかげなんですよ、保田さん・・・


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7 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時53分49秒


甲子園から帰ってしばらくは野球部の快挙を称える声よりも非難・中傷の方が多く聞かれた。
そんな中、この大会を最後に引退する三年生を送り出し、新チームでの練習が始まった。
二年生が中心となっていたが、安倍だけが姿を見せなくなっていた。

学校の中や外ではいろいろと噂されているようだ。
クラスの中でもその話は野球部員の石川や柴田とは離れたところでされているため、
なかなか石川にまでは聞こえてこない。しかしその内容はおおよそ知れていた。


安倍のことを考えているうち、石川は練習に身が入らなくなっていた。

8 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時55分03秒

「あ〜あ、いいのかなぁ、このままで。」
「ちょっと、なに黄昏てんのよ。今度こそレギュラー目指すんでしょ?」

共に外野でボール拾いをしている柴田が声をかけてきた。

「芝ちゃんはピッチャーやるんでしょ?向こうにいきなよ。」
「いやぁー、なかなかさせてくれないんだよねぇ、これが。」

新チームになり、柴田は新キャプテンの市井に「投手転向」を申し出ていた。
だがまだ返事が来ていない。そのためいつもの外野練習に参加しているのだ。

「でも、よく直訴なんてしたよね。」
「うん。だってこのままじゃ終われないって思ったから。」
「えっ?どういうこと?」
「ほら、決勝までいったのになんだか悪いことしたみたいに言われてじゃん、私たちって。」

9 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時55分39秒

「えっ、わたし達って…、わたしも…なの?」
「結果はああだったかも知れないけど、もっと胸張っていいんじゃない?」
「って、わたしも芝ちゃんもベンチ入ってなかったし…」
「だからこそレギュラー入って、もう一度甲子園行って、決勝まで行って…」
「その前にベンチにも入ってないんだよ、わたし達…。」

「新キャプテンやごっちんだって『今度こそ!』って思ってやってるし。」
「そりゃよっすぃだって『次はやるよ!』って言ってたけど。」
「それに安倍先輩だって。」
「へっ、安倍さん!?安倍さんがどうしたの?」


「おーいっ、一年生ーっ、守備練習するぞぉーっ!」

キャプテンの掛け声に「はーい!」って走っていく柴田。
「ちょっ、待ってよ〜!」と柴田の後姿を追いかけながら安倍のことが気がかりな石川だった。

10 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時57分03秒


全体の練習が終わり、部室で着替えて「じゃ、また明日。」と各々挨拶をして帰っていく。
先程から考え事で頭がいっぱいだった石川は、もう既に他の誰も残っていないことにようやく気がつき、
自分の荷物をまとめるとそのまま部室を出た。

練習場の横を通り過ぎようとした時、石川の耳にピッチング練習用の壁の向こうから
「ザッ、ザッ、」という音が聞こえてきた。
ネットの向こうの街路灯の明かりを利用して誰かが居残り練習しているらしい。
「誰だろう…」首をかしげながらそうっとそこを覗いてみる。

11 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時57分39秒

「きゃぁーっ!!」
「えっ!なにっ?なにごとっ!」
石川の思わずあげた叫び声に振り向いたのは、泥だらけのユニフォームに髪を振り乱した姿の保田だった。

「やっ、保田さんじゃないですかぁ〜!驚かさないでくださいよ〜っ!」
「なによっ!そっちが勝手に見たんじゃないのっ!」
「何やってたんですか〜、こんなところで〜。」
「見りゃわかるでしょっ!練習よっ、練習っ!」
「練習ならさっきまでさんざんしてたじゃないですか〜。」
「うるさいわねっ、これは自主練よっ、自主練っ!」

「だって保田さん、レギュラーなのに…」
「レギュラーだからこそ、なのよ。」
「えっ?」

12 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時58分14秒

石川には理解し難かった。レギュラーを目指して頑張っている、というのなら解る。
しかし甲子園出場チームのレギュラーメンバーである。
控えの選手を見渡しても保田を抜けそうな選手は見当たらない。

センターにいた後藤は新チームのエースに抜擢されている。
レフトの市井は後藤のボールを受けるためキャッチャーをやっている。
外野の控えだった柴田はピッチャーへの転向を宣言している。
他にも幾人か思いつくが、どれも保田の実力には遠く及ばない。

足こそ早い方では無いが、的確に打球を追える眼とボール下に入る判断力、
そして一番の武器である誰にも負けない強肩を持っている。

「これ以上、何を目指すつもりなんですか!」
いつに無く真剣な石川の問い掛けに少し戸惑った保田だが、グラブをはずすとゆっくりとベンチに座った。
そしていつまでも動く気配の無い石川に自分の隣を顎で示して、
「なによ、いつまで突っ立ってる気?いいから座んなさいよ。」
と少しやわらかくなった口調で言った。

13 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)17時58分56秒

石川は先ほど口走ってしまったこともあり躊躇していたが、やがてベンチの空いている所に腰を下ろした。
それを見届けたように静かに保田が口を開いた。

「あたしもね、あんたたちが入って来た頃まではね、まだレギュラーはおろかベンチにもギリギリの選手だったのよ。」
「………」
「監督や裕ちゃん、あっ、前のキャプテンね、あと今の三年生達とかになかなか認めてもらえなかった。」
「矢口さんや市井さんは一年からレギュラーでしたのに…。」
「ふん、言いにくいこと、ズバっと来るわね。」
「あっ、すみません、つい…。」
「いいって、ホントのことなんだから。」

14 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時00分03秒

前年の一年生部員でまず最初に頭角を現したのは矢口だった。しかも矢口は始めはバスケット部に所属しており、
当時のキャプテン中澤やエースの平家たち上級生が説得に説得を重ねてようやく入部させた、という逸話が残っている。
石川自身、今年の大会を通じてあの小さい身体でセカンドを守る矢口の縦横無尽の活躍が目に焼きついている。

監督にその野球センスを高く評価された市井は一年生で既にレギュラーでレフトを守り、
石川たちの学年が入部した頃からは後藤がマウンドに立つ時にはキャッチャーとしてバッテリーを組んでいる。

そして後藤と共に新入生でいきなりレギュラーホジションを掴んだのが福田明日香であった。
当時二年生の安倍がリリーフに立つ時にはバッテリーを組み、その他の時はセンターを守っていて、
攻走守すべてに抜きん出た選手だった。

15 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時01分21秒

「やっとベンチ入りできる、って時に明日香が入ってきて『これでもうレギュラーは無理だ。』って諦めかけたわ。」
「…」
「明日香とは同じ学年だったでしょ?」
「はい…、でもクラスは別でしたし、福田さんはこっちよりも上の人たちとよく話してましたし…。」
「そうね、裕ちゃんや彩っぺたちと妙に気が合ってたみたいよね。なっちと幼馴染っていうのもあったしね。」
「安倍さんと?」
「そう、リトルリーグからの腐れ縁だよって明日香がよく言ってたわね。」

保田の話は石川にとっては初めて聞くことばかりだった。

16 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時02分56秒

「そうだ、そう言えば“裕ちゃん”“彩っぺ”って呼べるようになったのも明日香のおかげなんだよ。」
「えっ、福田さんの…おかげ?」
「裕ちゃんたちにしてみれば言うこと聞かない後輩だし、あたしたちから見ればガミガミうるさい先輩だったから。」

「それがなんで福田さんなんですか?」
「『圭ちゃん、野球が好きなんでしょ?』って明日香が言ってきたのよ。」

「『野球したいんでしょ?甲子園行きたいでしょ?先輩だからって同じだよ。』って。」
「……」
「そしてね、『先輩・後輩である前に同じ仲間じゃん。』ってね、なんかね、諭されたんだよね。」
「……」
「『同じ夢目指してる仲間なんだからさ。』ってことで、ね。」

淡々と話す保田の話に石川は次第に聞き入っていた。

17 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時03分55秒

「…それで…、まず呼び名からだったんですか?」
「まぁ、そんなのはきっかけだっのかもね、今となっては。」
「きっかけ?」
「そうね、『仲間』になるきっかけね。そしてそれが明日香の置き土産だったんだよね。」
「……」
「裕ちゃんたちにもさ、自分達が作り上げてきたチームなのに、っていうのもあったみたいだしね。」
「……」
「まっ、元々同じもの目指してるわけだしね。」
「……」
「一番大きいのは…、明日香が抜けた穴を埋めなきゃ、っていうのだったけど。」

遠くを見るように目を細める保田の横顔を黙って石川は見ている。

18 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時04分26秒

「で、この仲間でね、夢を掴もうって思ったわけよ、あたしは。」
「仲間…で。」
「そしたら、この仲間の中であたしは何ができるか?どんな役割があるか?って考えたのよね。」
「役割?」
「そう、そしたらレギュラーとかそんなの関係なくなってきて、『ここであたしの果たす役割は何だ?』って常に思うようになったのよ。」

そして石川のほうを振り向いた保田の眼にはいつもの力強さが宿っていた。

19 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時05分12秒

「あたしのところにボールが着たら絶対次の塁は踏めないわよ、とか、どんな打球もこれ以上後ろにはやらないわよ、とか、ね。」
「この前のタッチアップの返球、凄かったですよ〜。」
「ははっ、照れるじゃない…。つまりね、『よし、ここは保田だ。』って監督に任されてる訳だし、疎かには出来ないのよ。」
「ん〜。」
「まぁ、すぐに理解しろっていってもね、あたしだって一年以上かかってるわけだし…。」

怖い先輩だと思っていた保田の言葉を聞くうちに、今まであった近寄り難い雰囲気が無くなるのを石川は感じていた。


「何となくですけど〜、少しは解った気がします…。でも、わたしなんかじゃ…。」
「大丈夫だって、石川にもきっとあるから。あたしでよければ付き合ってあげるし。」
「えっ、いいんですかぁ〜。」
「今日はもう遅くなったから無理けど、明日からでも一緒に居残りやろうぜ。」
「はいっ!ありがとうございますっ!」

保田からの誘いに、何度もお辞儀をする石川だった。


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20 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時06分29秒


シートノックの最後のボールをセカンドの矢口に返球し、もう一度スパイクで芝の感触を確かめるように走っていく石川。
ダッグアウトに戻ると、今度は相手チームがシートノックを開始した。

「そういえば、さっきから飯田さん、調子悪いみたいですけど、大丈夫ですかぁ〜。」
「あんたの声聞いた方がもっと具合悪くなるよ。」
「キャハハハ、圭ちゃんの言うとおりだよな。」
「もぉ〜、保田さんも矢口さんもヒドイです〜。ねぇ?飯田さん…」

飯田からの助け船を期待してベンチを振り向いた石川であったが、
そこにはいつものような元気が無い飯田と、その横で心配そうに見守っている安倍の姿があった。
そんなふたりをまぶしそうに見つめる石川だった。


・・・保田さんの言ってた“腐れ縁”ですね、飯田さん、安倍さん・・・


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21 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時09分20秒


九月も半ばを過ぎたある日、いつものようにグラウンドに行くといつもとは少し違う空気に石川は気がついた。
どうも安倍がキャプテンの市井に『退部届』を出したまま姿を消してしまったらしい。
22 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時10分05秒

外野のほうでランニングをしている一団を見つけると、石川も急いでそこに合流した。
何週かするうちに石川は保田の隣に追い付いていった。保田はちらと見ただけでさらにランニングを続けた。
他の選手達が別の練習に散っていき、とうとうランニングをしているのは保田と石川だけになった。

「はぁはぁ、ちょっと、いつまでくっついて来るのよっ!」
「わたしは〜 はぁ〜 自分の〜 練習を〜 はぁ〜」
「息あがってんなら 喋るなっ!」

ついに音をあげたのか、保田が膝に手をついて止まった。
石川も肩で大きく息をしながら保田を睨むように見ている。

「なんなのよっ!何か文句あるのっ!」
「安倍さんのこと、本当にいいんですか?」
「ほらっ、キャッチボールはじめるわよっ!」
「ちょっと、聞いてるんですか?」
「こら、ちゃんと投げ返しなさい、っよ!」
「何で答えてくれないんです、っか?」
「グローブめがけて投げなさ、っい!」
「もぉ〜っ!」
「ほら、ちゃんと投げられるんじゃない。」

これ以上保田に尋ねても埒が明かないと諦めたのか、言葉無く練習を続ける石川。
そしてそれからは保田も黙々と練習メニューをこなしていく。

23 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時11分08秒

外野の守備練習も終わりに近づいた頃、今度は保田から話しかけ出来た。

「ちょっと、石川っ!」
「………!」
「何?まだ拗ねてんの?」
「………」
「なっちなら心配いらない、必ず戻って来るわよ。」
「なんでそんなこと分かるんですか!」
「ほら、ちょっと回り見渡してみなよ。」

石川は何かあるのだろうかとグラウンドの中を見渡した。
内野のシートノックをしているキャプテン、それを受けている矢口達…。
一年生達も泥まみれになりながら懸命にボールを追っている。
フェンスと壁で区切られた投球練習場では後藤や柴田たちのピッチングの音が響いている。

24 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時11分56秒

「何かあるんですかぁ〜?」
「あるんじゃないのよ。居ないのよ。」
「えっ?居ない!?」

保田の言葉にもう一度、今見ていた辺りをもう一度見渡す石川。

「そういえば…、安倍さんが居ないっていうのと…。」

ぐるりと見渡していた石川がふと気づいた違和感。

25 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時12分51秒

「そうして…、あれ?ファースト…、って、あれ?飯田さんは?」
「なによっ、今頃気づいたの?」
「保田さん、あの、飯田さんは今日お休みですか?」
「紗耶香に聞いてごらん。きっと『誰が休んでいいといった!』って言うに決まってるわ。」

「じゃあ、飯田さんは…?」
「バカね、まだ気づかないの、なっちを迎えにいったのよ、カオリは。」
「えっ?飯田さんが安倍さんを?」
「まぁ、あのふたりは“腐れ縁”だからねぇ。」

飯田は時々、思いもよらない行動に出ることがあったが、今回はそれが発揮されたようだ。
26 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時13分30秒

それにしても、と石川は思った。飯田の姿が見えないこと気づかぬ自分もどうかと思うが、
安倍に続いて飯田まで居ないこの状況に他のメンバー達はどう考えているものなのか、と。

「皆さん、心配じゃないんですか?」
「そりゃ、中には絶対に顔には見せないけど心配でならないやつも居るだろうけどもさ。」
「じゃ、なんで…。」
「適切かどうかわかんないけど、信じてる、ってことなんじゃないのかな。」
「信じてる?」

27 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時14分24秒

「うーん、じゃぁさ石川、ここの誰かがなっちのこと悪く言ってるの聞いたことある?」
「いえ、そんな人…、ここには居ないと思います。」
「むしろ、なんとかなっちをカバーしたいって、そう思ってるよ、みんなきっと。」
「はい、わたしだって出来ることなら力になりたいです。」

「だからって、特別に何か声をかけたり、行動に出たりしてる?」
「いえ、そんなことされたら安倍さんもかえって気を使うだろうし…。」
「普段どおりに振舞おうって努力してる感じ?」
「って言うよりも、あんなことあっても安倍さんは安倍さんだし、チームメイトだし、それに…。」
「それに?」
「ん〜、何て言うんですか…、特別何をしなくても解ってくれる、っていうか〜。」
「まっ、そんなとこだろうね。」

「だけどさ、こっちの気持ちを届けたくてもさ、なっちが背を向けてたんじゃ、なかなか届かないんだよ。」
「はぁ〜、はい。」
「そんななっちを振り向かせられるのは、誰でも出来るってもんじゃないんだ。」
「すると…、それが飯田さんなんですか?」
「さっきも言ったろ、“腐れ縁”だって。なかなか言葉で説明するのは難しいんだけどさ。」

28 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時14分59秒

石川と保田との会話からまもなく、少し晴れやかとも思える顔をした安倍と、
まるで散歩にでも行って帰ってきたかのような飯田が二人揃って戻ってきた。

無断で練習をサボったとして市井からこっ酷く叱られて…、安倍は再びユニフォームを着た。



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29 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時15分56秒


「こら!辻!加護!もう試合始まるんだからがぶ飲みしないの!」
「えーっ、暑くて暑くてたまらないのれす」

その声にベンチの奥を覗くと、クーラーボックスに頭を突っ込んでいる9番の後姿とショート辻の顔。

二人を叱っているキャプテン市井、その背中には「11」が着けられている。
試合中、一塁コーチとして選手に指示を出す市井はまさしく司令塔である。
ベンチに居ながらもチームの要として活躍する背番号11に石川は心強さを感じている。


・・・市井さん見ててくださいね、石川もチームの一員として頑張ります・・・


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30 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時17分27秒

新チームとして挑んむ秋季の地区大会。ここで優勝できれば春の大会に選抜される。
夏に全国準優勝の朝比奈学園高校は当然のことながら各校の要マークチームだった。

そしてチーム内でもポジション争いが激しくなってきていた。

後藤−市井のバッテリーは安定感を増しすでに東日本屈指とうたわれていた。

内野陣は、ファースト飯田、セカンド矢口の甲子園組が顔を揃える。
そして戻ってきた安倍がサードに定着しつつあった。
ただ、ショートホジションだけはなかなか定まらずにいた。

外野では、強肩保田のライト守備に、ますます磨きがかかっいてた。
そしてセンターの後藤がピッチャーに、レフトの市井がキャッチャーに専念したために
残るホジションにはそれまで控えに甘んじていた選手達が一斉に名乗りを上げていた。

31 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時18分39秒

地区大会では石川は主に試合後半に守備要員として出場することが多かった。
足の速さを認められて代走にも起用された場面もあったが、どれも大活躍といった印象は残らなかった。


チーム自体は飯田・安倍・市井の新クリーンアップの威力が爆発し、
エースの座に着いた後藤の活躍もあって順調に勝ち上がっていき、
ついに朝比奈学園は決勝戦へと進んでいた。

32 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時20分53秒

準々決勝、準決勝と連投で踏ん張っていた後藤が相手チームに先制点を許してしまったものの、
クリーンアップの活躍でたちまち逆転、2−1として試合は後半に入った。

七回裏、その前の回に代打した大谷に代わって石川がセンターの守備に就いていた。
マウンドではレフトに退いた後藤をリリーフして柴田が投げている。
その柴田が九回、ついに相手打線につかまり二死満塁となったところで
レフトから再び後藤がマウンドに立った。

石川にとって、その時の光景はまるで悪夢のような場面だった。
三塁線を抜けた打球で三塁ランナーが生還、さらに二塁ランナーもホームを狙って三塁ベースを蹴る。
保田の矢のような送球、ホームベースをカバーする市井、突っ込んでいくランナー、
ホームでのクロスプレイ、もうもうと立ち上がる砂ぼこり…

周りの大歓声に掻き消されながらも相手チームの喜ぶ姿に石川はその結果を知らされた。
そしてセンターから戻ろうと内野に歩を進めたところでさらに別の光景が目に飛び込んできた。
白衣姿と担架、そしてそこにはプロテクターを着けたままの市井が乗せられていた。

33 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時21分36秒


数日後、朝比奈学園のグラウンドに松葉杖を突いて左足にギブスをした市井の姿があった。


「すまない、みんな。」
「何言ってんのよ、紗耶香。」
「そうだよ、紗耶香の所為じゃ無いじゃんか。」
「圭ちゃん…、矢口…。」

「紗耶香、自分を責めちゃだめだよ、なっちもヒトの事いえないけど。」
「そうだよ、あんな突っ込み方するほうが悪いんだって。」
「なっち、圭織、ありがとう…。」

「市井さん、ビシビシ指導してください!うちらも頑張りますから。」
「そうだよ−、キャプテンなんだから、みんなを引っ張ってってよ−。」
「石川も早くレギュラーになれるように頑張ります!市井さんも頑張ってください。」

そこにいる全員が口々にキャプテンに声をかけていた。
市井は目を綴じでしばらく上を向いていたが、やがて部員達に向かってしっかりとした口調で言った。

「よし、それじゃ、次こそ優勝を目指して頑張るぞっ!」
「おーっ!」


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34 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時22分44秒

ベンチの中に背番号15を見つけると石川はその背中に貼り付くように飛びついた。

「芝ちゃ〜ん!調子どう〜?」
「ちょっと、重いよ梨華ちゃん。テンション高いよ。」
「とうとう〜、ついに〜、いよいよ始まるね〜!」
「もう、無駄にテンション高すぎ!」

そんな柴田の向こうからは後藤と吉澤のバッテリーの笑顔も見えている。
緊張感よりもやはりここまで来た嬉しさのほうが大きいようだ。
石川は頼もしいその仲間の姿に自分も落ち着いて試合に臨める気がしていた。


・・・ついにこの仲間でここまで来たんだね、頑張ろうね・・・


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35 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時23分31秒


春に二年生となった石川たちは、同時に新入生を迎えていた。
そしてその一年生からも早速、レギュラー入りしてくる選手がいた。
投手陣にはまだまだ荒削りだがセンスの良さを窺い知れる加護が加わった。
また、内野で唯一レギュラーが定着していないショートに辻が抜擢されていた。

後輩が入ってきたことで、二年生の部員達も熱心に練習をするようになった。
怪我をした市井の代わりには吉澤が後藤の球を受けていた。
その後藤はさらに球種を増やそうと取り組んでいる。

柴田も加護に刺激されたのかピッチングの安定感をアピールしていた。
一方、石川は試合経験はあるものの、今ひとつ抜け出せないでいた。

36 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時27分01秒

石川の練習を見ている保田はとにかくまず自信をつけさせようと試みた。
自分の出来ないことばかりを気にしすぎる石川を前向きにさせるためである。

「石川、秋の大会で試合に使ってもらえたのは何でだか分かる?」
「えっ?何で…ですかねぇ。先に出ていた大谷さんや村田さんが疲れたからですか〜。」
「ちょっと!どうしていつもそうやってマイナスに考えるの!」
「そんなこと言われても…。」
「いい?監督は石川の方が広く守れるって判断したから起用したのよ。」
「守れる…広く…?」
「つまり石川の足はうちのチームの中じゃ一番だって見てんのよ。」

保田の言うように、野球センスの塊の市井、体力自慢の飯田といった上級生達に劣らない俊足を石川は持っている。
昨年センターを守っていた後藤よりももっと深い位置まで打球を追って行く石川を保田は幾度も目撃している。

37 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時27分34秒

「とにかく、石川は足に自信を持つことね。」
「はい、保田さんの言葉を信じて自信を持ちます。」
「でもその足を生かすにはまだまだ練習が必要よ。覚悟しなさい!」
「はい、頑張ります。」

こうして朝比奈学園のグラウンドには暗くなってまで保田と練習する石川の姿が見られるようになった。

38 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時28分29秒

そして夏の甲子園を目指す地区大会、石川は先発メンバーに入っていた。
保田にしごかれ自信をつけた石川の動きの良さは監督にも評価されていた。

ここでさらに活躍を認められればレギュラーになれる、と張り切る石川。
そんな石川を頼もしく見ながらも頭の中を不安が過ぎってしまう保田。

大会に入り、朝比奈学園を思わぬ苦戦を強いられることになる。

頑張ってはいるがここ一番で配給の甘さが出てしまう吉澤。
抑えとしてマウンドに上がりながら四球で自滅する加護。
いきなりのレギュラーに緊張してエラーを連発する辻。

39 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時32分09秒

そして石川も…。

その試合、逆転のランナーを置いた場面で左中間を抜けようかという大飛球、
なんとかフェンス前で追いついくことが出来たものの、内野に返球したボールが
中継に入ったセカンドの矢口のはるか頭の上を超える大暴投となってしまい、
タッチアップの三塁ランナーはおろか、二塁ランナーまで返されてしまった。

結局、保田や矢口が粘りに粘って出塁、相手の敬遠の球をスタンドに叩き込む
といった飯田の活躍で再逆転で試合は勝ったものの、冷や冷やモノの勝利であった。

40 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時33分45秒


「保田さん、いいんでしょうか?」
「なにが。」

次の試合、またも先発メンバーに名を連ねた石川は表情が暗かった。

「せっかく先発メンバーに使ってもらってるのにエラーばっかりで…。」
「こら、またマイナスに考えてる!前向きになったんでしょ!」
「でも…。」
「監督が、石川でいく、って決めたんだから、自身もっていきな!」
「はい。」
「暗いわね。もっと、いつものように『頑張りま〜す♪』ってやってごらんよ。」
「やだ〜、石川、そんなんじゃないですよ〜。」
「ほらほらその顔、その調子でやっていきなよ。」

保田の言葉に幾らか笑顔を取り戻す石川。

41 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時34分47秒

「さっきも言ったけど、起用するしないの判断は監督なんだから、試合に出ている以上は自分の精一杯のプレーをすること。」
「はい。」
「それに少しくらいミスしてもみんなで取り返してんだから。」
「はい、ありがとうございます。」
「それと、張り切ってるのは分かるけど、ちょっと力が入りすぎ。」
「は〜い、頑張りま〜す!」

気が付けば先ほどまでとはうって変わって明るい表情の石川。
よくも変われるものだと思いながら自分の守備位置に駆けていく石川の背を見送る保田。
すると石川がくるっと振り向いた。

「保田さ〜ん、一緒に甲子園、行きましょうね〜!」

42 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時35分32秒

朝比奈学園高校は接戦に次ぐ接戦を辛うじて制しながら、
石川の願いどおり、二年連続の甲子園出場を果たした。


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43 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時36分39秒


「じゃ、みんなベンチ前に集まれっ!」

キャプテン市井の声がかかり、朝比奈ナインは恒例の円陣を組んだ。
もちろん石川もその円陣に加わっていた。

・・・去年はスタンドの応援席で見ていたのに、石川、ここまで来ちゃいました・・・

集まる顔触れに石川の心も躍っている。
石川につられて背中の背番号8も躍っているようだ。

44 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時37分59秒

「今年もここまで来たよ。相手は強いけど、勝つぞ!」
「「おー!」」

 円陣の中央で、キャプテン市井のゲキが飛ぶ。

「レギュラーも、そうでない者も、悔いの残らないようにやろう!」
「「おー!」」
「じゃぁ行くよ。がんばっていきまーっ」
「「「しょい!!」」」

45 名前:エンドレス・サマー 投稿日:2003年09月08日(月)18時39分06秒

見上げれば青い空、降り注ぐ太陽。

陽炎の立ち昇るグラウンド、熱気を運ぶ風。

石川にとってこの夏はまだまだ終わらない。





              「エンドレス・サマー」 完
46 名前:作者 投稿日:2003/09/09(火) 11:26
久々に書いて見ました。

ちょっと季節外れな感じですが、すずしかった夏の暑さを
取り戻すかのような残暑の中で思いついたものですから。

そして小説はこれっきりでおしまいです。
47 名前:作者 投稿日:2003/09/09(火) 11:27
それでは。
48 名前:作者 投稿日:2003/09/09(火) 11:27

スレかくし

49 名前:作者 投稿日:2003/09/09(火) 11:31

スレかくし
50 名前:作者 投稿日:2003/09/09(火) 11:31
スレかくし


51 名前:作者 投稿日:2003/09/09(火) 11:40

ごきげんよう
52 名前:ななし読専 投稿日:2003/09/09(火) 20:14
お疲れ様でした。
爽やかな青春もの&保田石川の師弟関係、よかったです!

>そして小説はこれっきりでおしまいです。

おしまいですか・・・もっと読みたかったので残念。。。
53 名前:作者 投稿日:2003/09/22(月) 09:18
>52 ななし読専様
お褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。
そして嘘をついてしまい、申しわけありません。
つい調子に乗り、また書いてしまいました。
54 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:20

【繋がる想い】


『…朝比奈学園高校の選手の交代をお知らせします…
 ……に代わりましてピッチャー柴田さん、背番号15…』

その場内アナウンスを聞きながら、私は投球練習場で最後の一球を投げ込んだ。
マウンドに駆け上る時、一瞬、ベンチを覗き込んだ。

「柴田っ、頼んだよっ!」「きっちり抑えて!」

口々に励ましてくれるチームメイト達の向こうに、頭からスッポリとタオルを被ってベンチに座り込んでいる姿を見つけた。

55 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:21

…今日は調子良さそうに見えたんだけどなぁ、でも急にバテちゃうのもごっちんなんだよね…

私はそんな姿のごっちんと、ベンチを乗り出すように声援するみんなに見送られてマウンドに向かった。


飯田さん、矢口さん、辻ちゃん、安倍さん、そしてキャッチャーのよっすぃが取り囲むように集まっている。
安倍さんがボールを手渡しながら一言、私に言った。

「ごっちんの想い、柴田に繋ぐよ。」
「はい。」

私はボールを受け取り、簡単にバッテリーサインの確認をすると、ゆっくりとマウンドの足元を見回した。

56 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:22

幾つものスパイクの跡。そしてひときわ目立つ凹み。
今日のごっちんの投じた球数の分だけ、そこは削り取られている。
その周囲を丁寧に足で均しながら、私は心の中でつぶやいていた。

…ごっちんの懸命な想いがあるこのマウンド、私が守ってみせる…


57 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:23

よっすぃのミットめがけて投球練習のボールを2球、3球と投げていく。
マウンドの前方に今度は私のスパイクの跡が付いていく。
ごっちんの想いの上に私の想いを重ねていくように。

地区予選からずーっとごっちんがエースで頑張ってきた。
そのおかげでみんなで甲子園まで来れたんだ。
甲子園に来てからもずーっと投げているごっちん。
少しでも休ませたいし、次の試合もまたマウンドに立っていてもらいたい。
それには、この試合勝たなけりゃ。ここは何としても抑えなきゃ。

58 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:23

ボールを受け取り、振り返ってバックスクリーンを見上げた。
2−1、1点のリード。アウトは一つ。
そして視線を二塁、三塁のランナーに向ける。

内野の守備はバックホームに備えた守り。
ここは何としても内野にゴロを打たせたい。
もとより三振が取れるほうではない。
むしろ打たせてとるのが私のスタイルだ。

59 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:24

するとそんな私の想いを読み取ったのか、サードの位置から安倍さんが声をかけてきた。

「絶対に捕ってやるからどんどん打たせていいべ!」
「そうだよ、矢口たちを信じろって!」

セカンドの矢口さんからも声がかかる。
よし、これで少しはリラックスして投げられそうだぞ。

60 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:25

『プレイ!』

主審の右手が上がり、ゲームが再開した。
よっすぃのサインを覗き込む。インコース低めギリギリのストレート。
私は一瞬だけ三塁に目をやってから、サイドスローのフォームでバッターに向かって投げ込んだ。

61 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:25

よっすぃのミットよりわずかに中寄りの球、次の瞬間、
『カーーンッ』という金属音を残して打球は三遊間へ飛んだ。

次に私の目に飛び込んできた光景は、安倍さんが顔から地面に突っ込む場面。

そしてその安倍さんから放たれたボールはホームのよっすぃ、そしてファーストの飯田さんのミットに。

62 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:27

『アウト!』

際どいタイミングだったけど、どうにかダブルプレーで切り抜けられた。
顔中砂だらけにした安倍さんが矢口さんに助け起こされてやってくる。

「ナイスプレーだべ!」
「自分で誉めるなよっ」

二人の漫才のようなやり取りを聞きながら、私はベンチへと引き上げた。

63 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:30

その裏の朝比奈学園の攻撃、ベンチはいつも以上に賑やかになった。
ピンチの後にチャンスあり。
まさにこの言葉のとおり、辻ちゃん、飯田さんの連続安打で四番の安倍さんに打順が回った。
さっきのファインプレーでユニフォームが真っ黒な安倍さんがゆっくりと打席に立つ。
私はこの時、先ほどの安倍さんの言葉を思い返した。

『ごっちんの想い、柴田に繋ぐよ。』

64 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:34

…安倍さん、私からの思いも繋いでください…

『カキーーンッ!』

響く金属音、沸き立つスタンド、揺れる甲子園。

私のそんな願いが届いたのか、安倍さんの一振りでボールは外野スタンドに消えていった。


65 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:35

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66 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:37


試合後、移動のバスに乗るとごっちんがミネラルウォーターを持って隣に座った。

「へへっ、あゆみちゃん、ナイスピッチング。」
「いやぁ、ごっちんこそ。それにね、あれは安倍さんに助けられたんだよ。」
「ううん、ごとーが踏ん張れないから…、急にあゆみちゃんに…。」
「そうじゃないよ、ごっちんがエースで投げてくれたからここまで来れてんだよ。」

67 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:40

私は受け取ったミネラルウォーターを一口飲むとごっちんの方に顔を向けた。

「それに、明日の準決勝、明後日の決勝ってごっちんにはまだまだ投げてもらわなきゃ。」
「そうかぁ、はは、でもまた頼っちゃうかもよ〜。」
「まぁその時はこの柴田様に任せなさい。」
「あは、お願いだねぇ〜。」

ごっちんはいつもの“にへぇ〜”とした笑顔に戻っていた。
ここまでエースとして毎試合投げてきて大分疲れているに違いない。
でもこの笑顔が出てくるようになれば明日はもう大丈夫だろう。

68 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:41

…ごっちん、もっともっと一緒に行こうぜ…


69 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:41


柴田あゆみの、そして朝比奈学園の暑い夏はまだまだ終わらない。



70 名前:繋がる想い 投稿日:2003/09/22(月) 09:42


       「繋がる想い」END


71 名前:  投稿日:2003/09/22(月) 09:42
 

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