なめ

1 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/21(日) 01:45
紺野あさ美のハートウォーミングなラブロマンス。
よろしければ、読んでやってください。
2 名前:_ 投稿日:2003/09/21(日) 01:46
prolog

ちょうどツアーも終盤に差し掛かる頃だった。
明日は移動日ということもあって、二回ライブを終えた疲れも心地よく、みんなそれぞれに束の間の休息をどう過ごすかに思いを馳せていた。
楽屋の空気も明るく、いつもよりも騒々しい。
移動日に幸福感じてしまう虚しさなんて私は知らない。

そんな中、飯田さんが楽屋のど真ん中で項垂れている。
腕はだらしなく下がり、首もこれ以上ないくらいに落ちている。
ただ肩だけが突っ張っていて、肩から宙に吊るされているような格好になっている。
明らかに飯田さんの周りの空気だけが、重苦しく沈んでいた。
その淀みは綺麗に飯田さんだけに留まり、誰もその様子に気付かない。
みんな浮かれているのだ。
また、時には見て見ぬ振りもが大事なこともある。
3 名前:_ 投稿日:2003/09/21(日) 01:46
「カオ、きっとそれが風と泉に反しない選択だと思う」
そう呟くとガバっと顔を上げ、飯田さんは自分の荷物を掴んで楽屋を飛び出した。
私が後を追おうとすると、いち早く着替えを済ませ、漫画を食い入るようにして読んでいる矢口さんがポツリと言った。
「いいのよ。カオはあれで」
私だけに聞こえるように、そっと。
そして、矢口さんは私を一瞥すると、再び漫画の世界に集中していった。
私と矢口さんの間を安倍さんが何事もなかったかのように横切り、マネージャーさんと何か話している。

その夜、飯田さんは帰ってこなかった。
ホテルに入る前、飯田さんは先に帰った、とだけマネージャーは全員に告げた。
4 名前:_ 投稿日:2003/09/21(日) 01:48

翌日、ホテルから駅へ向かうバスで、私は意を決して矢口さんの隣に座った。
安倍さんでもよかったのだが、のんちゃんとべったりだったから。
石川さんが矢口さんの隣に座りたそうにしていたが、私は目線一つで撃退した。
「よっすぃー、紺野がいじめるぅー」
甘ったるく情けない声で吉澤さんに助けを求めたが、それも藤本さんの三白眼に負けたようだ。
すごすごと隅っこに行った後姿は寂しそうだったが、仕方がない。
私には確かめなければならないことがあるんだ。

私の強引な矢口さん確保を見ていた矢口さんは、嬉しそうに言った。
「なに?紺野が私の隣に来るなんて珍しいじゃん」
そう腕を絡めてきたが、私は努めて冷静にそれを制す。
「昨日の飯田さん、あれはなんだったんですか?」
ああ、そのことね、と矢口さんはつまらなそうに唇を尖らせた。
5 名前:_ 投稿日:2003/09/21(日) 01:49
「圭織ね、たまにああなるの。今の生活が嫌になるんだって。三年おき、それもきっちり誕生日の何日後かに。デビュー前は家出とかしてたらしいんだけど。デビューして責任というものを知ってからは急に引っ越すの。新しく部屋借りて、家具とかも全部買い直して。昨日はその日だったみたいね」
「・・・大変ですね」
「こっちがね。最初に圭織がああなった時は大騒ぎだったんだから。塞ぎ込んだと思ったら、忽然と消えて。圭織も探さなきゃなんないし、四期には心配させないように隠しておかなきゃならないし。裕ちゃんなんて半狂乱になってさ、八方塞になったマネージャーが圭織の親御さんに電話してそのクセを聞くまで、私達が必死に宥めたんだから。ここだけの話、裕ちゃん、本当はあれで卒業決めたらしいよ。早く圭織を一人立ちさせたらなあかん、って。意味わかんないけどね。それはそれで功を奏したんだけど、クセだけは抜けきらなかったみたいだね」
一気に説明すると、四期も知らないことだから内緒だよ、と付け加えた。
それもそうだろう。
加えて、悪戯に飯田さんの信頼を貶めるのは、私のふわりんキャラに反する。
6 名前:_ 投稿日:2003/09/21(日) 01:49
「そういえば、古い部屋はどうするんですか?」
「前は紗耶香、市井ね、がそのまま使ったんだけど、今度はどうなるんだろうね」
その後、ちょっと鬱陶しかったけど、私は矢口さんと嬉し楽しい時間を過ごした。
膝を抱えた石川さんの粘りつくような冷視線を、座席越しに味わいながら。

あ、道重ちゃんが勢い余って石川さんに突っ込んだ。
ダメ押し。
7 名前:みっくす 投稿日:2003/09/21(日) 04:35
なんかおもしろそうですね。
がんばってくださいね。
8 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:31
1. あいぼんと呼ぶ日

「あぁ〜、疲れた。でも、これでやっと一人暮らしだよ。」
ソファに大きく体を投げ出し、加護さんが間の抜けた調子で言う。
今日は加護さん念願の一人暮らし記念日だ。
飯田さんの部屋をそのまま使う、ということで引っ越し自体は極々簡単なものだった。
日用品は揃っているし、新たに買い揃える必要のあるものもほとんどない。
加護ちゃんは地方に行く時に使う大きな旅行かばん一つと、中くらいのボストンバック一つ、いつも使っている鞄ふたつで引っ越しを済ませた。

私はそのお手伝い。
とは言っても、ボストンバック一つ抱えて、ここまで来ただけなんだけど。
加護さんの家から電車、渋谷で乗り換え、そこから二駅。
大した移動距離ではないけれど、私も何となく大仕事を終えたような爽快感がある。
9 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:32
「あぁ〜、つかれた。マジしんどい」
リビングの二人がけのソファに、だらしなく雪崩れ込む辻さん。
何故か辻ちゃんも自分の大きな荷物を抱えて来た。
ここで暮らすつもりなのかな?
私は一人掛けの方のソファに座り、バックからペットボトルのお茶を取り出して口を付ける。
少し温くなってしまっていたが、乾いた喉を気持ちよく潤していく。
「でもさ、なんで紺ちゃん自分の荷物持ってこなかったの?」
え?と何を意味しているのかわからないで止まっていると、ねぇ、とのんつぁんが体を捻じ込むように隣に座った加護さんに同意を促す。
「そうだよ。なんで持ってこなかったの?」
自分の荷物を持ってくることが当然のことであるかのように、目を丸くさせて言う。
少し小鼻が膨らんでいる。
「いや、だって・・・ここ加護さんの家でしょ?だから、ね?せっかくの一人暮らしなんだし・・・」
「もう!いいんだよ、そんなことはぁ。みんなといた方が楽しいし、寂しくないし」
そう加護さんは言う。

──でも、それじゃ一人暮らしの意味はないんじゃ・・・
喉まで出かかったが、言葉にするのはやめた。
そういうことは私たちの生活のリズムが許さないだろう。
仮に同じ家で暮らしたとしても、一緒にいられるのは夜の一時だろうし、次の日だって仕事はある。
みんなと夜遅くまでワイワイやっていては次の日が辛くなるし、それが続けば体がキツイ。
それとも、ツアーの時みたく、みんなそれぞれデッドラインを設けるのだろうか。
まあ、テンションと盛り上がり次第で、どんどん緩くなっていくものなんだけど。
と、ここまで考えて、お腹が空いた。
またまた鞄からアルミに包んだ蒸かし芋を取り出し、明日まであるオフの予定を考える。
10 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:32
案の定、辻ちゃんと加護さんも休みの予定に胸が一杯のようだ。
「ねぇ、明日ディズニーランド行かない?火曜日だし、絶対空いてるよ」
のんつぁが嬉しそうに提案し、加護ちゃんも乗る。
「いいねぇ。紺ちゃんも行くでしょ?」
「え?あ、うん、行く」
確か、マコちゃんは実家に帰るとか言ってた。

11 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:33
「あ、そうだ、紺ちゃん。こっちの整理ついたら、一回家帰って荷物持ってきたら?」
「本当にいいの?」
「当たり前だよ。ここ、今は加護ん家だし。加護がいい、って言ってるんだから。なに遠慮してんだよぉ」
「じゃあ、何日間分か持ってくる」
「うん。じゃあ、引っ越しの続きしますか。って言ってもすることないけど。みんな来るまで時間あるし、どうする?」
加護さんは、一応、部屋にあった小物を持ってきてはいるが、それを部屋に置くのは憚られるようだ。
加護さんの趣味と、飯田さんのそれとは、大きく掛け離れている。
が、加護さんはこの部屋を痛く気に入っているらしく、あまり動かしたくないようだ。

「適当でいいんじゃない?てきとーで。好きに置けばいいよ」
大股広げてだらしなくソファに座る辻ちゃんがそう言うと、加護さんも気が抜けたようで、
「そっか、そうだよね。返すときに元に戻せばいいし」
そう嬉々として、ボストンバックに詰め込んだ小物を並べ始めた。
中には新しく買ったであろう物もある。
のんちゃんも私もただ見ているだけで、何もすることはない。
加護さんは、半分くらいは自分色に染まったリビングをあとにして、自分に割り当てられた部屋に引っ込んでしまった。
飯田さんの部屋は大きめの2LDKで、希望は寝室として使っていた部屋はそのまま残して欲しいとのことらしい。
勝手に引っ越して、旧居も残したい飯田さんの考えはどうかと思ったが。
まあ、飯田さんが帰るまでに元に戻せば好きにしていいと言われているようだが、加護さんは部屋そのものを変える気はないようだ。
加護さんが使うのは飯田さんが衣裳部屋に使っていた部屋とのこと。
12 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:34
「ねぇ〜、ちょっと手伝ってよぉ。重ぉーい」
隣から加護さんの悲鳴のような嬌声が聞こえてきて、ののが適当に回していたテレビのチャンネルを放り投げ、その部屋に向かう。
私も後をついていく。


そこはほとんど使われていなかったのだろう。
タンスが二つあるだけで、あとは山積みになった大きめのダンボールがあるだけだ。
加護ちゃんはそのダンボールを飯田さんの寝室に運ぼうとしていたのだが、重くて持ち上げられないようだ。
しかし、服が入っているだけのダンボールはそれほど重くない。
私とのんちゃんが軽々と持ち上げる様子を見て、加護さんはうぇ?と目を真ん丸くさせている。
「あいぼん、これ、のんたちでやっとくから、部屋の方やっときなよ。ね?紺ちゃん」
私が黙って頷くと、辻さんは、よいしょ、と大仰に声をあげて隣へダンボールを運び出す。
13 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:34
飯田さんの部屋に来たことはあったが、寝室に入るのは初めてだった。
部屋には深い蒼のベッドカバーに覆われたベッドしか残されてなく、絵の具の匂いが微かに残っていた。
元々ベッドと絵を描く道具しかこの部屋にはなかったのではないのだろうか。
そんな印象を受ける、簡素で綺麗に纏まった部屋だった。
寝室とアトリエを同じ部屋で兼用してしまう神経は尋常ではないと思ったが。
ベッドの上には色彩の鮮やかな絵が一枚だけ飾ってあった。
飯田さんの絵ではないようだが、どこか似た雰囲気がある。

「こんな風になってたんだ」
思わず私が呟くと、のんつぁんが不思議そうに聞いてくる。
「紺ちゃん、カオリンの家来たことあんの?」
「うん、一回だけ。この部屋までは来なかったけど」
のんちゃんは、ふぅーん、と少し面白くなさそうに部屋を見回すと、
「でも、のん、よくここ来てたんだよ」
「飯田さんが教育係だったから?」
「うん、それもあるけど、何となく。あの人、変なんだよ。寝るとこで絵描くんだもん。一緒に寝ると、絵の具の匂いでいっつも頭クラクラしてた」
嬉しそうに言う。
「そうなんだぁ」
少し羨ましかった。
のんちゃんは満足そうにダンボールを部屋に隅に置くと、またあいぼんのいる所へ向かう。
「さっさと終わらせちゃお?」
14 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:35
ダンボールの移動はすぐに済み、また手持ち無沙汰になる。
時計を見ると、午後4時前。
今から帰って、さっと荷物を取ってくれば、6時くらいには戻ってこれるだろう。
辻ちゃんは番組の隙間のCMを、退屈そうにチャンネルを回している。
「私、ちょっと家に帰るよ。」
「荷物、取ってくんの?」
「うん」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
奇妙は言い回しだったが、これからはこういう場面も出てくるのだろう。
なんだか気恥ずかしかったが、嬉しかった。

加護さんの部屋に入ると、コンポをどこに置こうか四苦八苦していた。
私はどこに置こうと一緒なのだと思うのだが、微妙に音の聞こえが変わってくるらしい。
こういうところに、私と加護さんの音楽センスの差を垣間見たような気がした。
小難しい顔をして作業を続けている加護さんに声を掛けるのが気後れして、その様子をぼんやり眺めていた。
ボーっと佇む私を見て、加護さんはようやく作業を中断する。
「紺ちゃん、どしたの?」
「帰ろうと思って」
瞬間、加護さんの顔が少しだけ曇る。
私が慌てて、荷物取りに行くだけだから、と付け足すと、すぐに笑顔に戻る。
「そう?じゃあ、暗くならないうちにね」
「加護さん、子供じゃないんだから」
笑ってそう言うと、いってきますを告げる。
「いってらっしゃい」
やっぱりどこかくすぐったい。

ドアを開けると、むあっとした空気が私を包んだが、心地よい風が吹いている。
残暑も随分と弱気になっているようだ。
また憂鬱な季節が来るな、と思った。
雪の降らない冬は未だに馴染めない。
何か置き忘れたまま、世界が木枯らしに色褪せていく。
そんな感じが嫌いだった。
でも、今はそんなことよりも楽しい予感の方が強かった。
15 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:36

渋谷まで行くと富士そばでミニとろろ丼を食べ、足早に自分の沿線の駅まで歩き、わざわざ一番後ろの車両の一番後ろの席に座った。
帽子を深く被り、首を落として眠っているフリをする。
こう自分の存在を隠さなければならなかったことに感動を覚えた時期もあったが、それは一瞬で今は面倒でしょうがない。
まだ今日が終わったわけではないが、長い一日だった気がする。
加護さんの引っ越しの手伝いだけなんだけど。

16 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:37
マコっちゃんと遊ぶことが多くて、それにのんちゃんが加わり、のんちゃんと二人で遊ぶようにもなった。
二人とものんびりしているせいか、気が合ったし、娘。入りした境遇も似ているとあって、二人でいると本当に楽な関係だった。
仕事でも望まれることも多いわけではなく、ある程度は自由にやれているから、変に自分を作ったり歪ませたりする必要のない二人。
それで、何となく受け入れてもらっているような気もする。
それはそれで寂しい気はするんだけど。

あまり変わらない二人だから上手くやっていけているのか、一緒にいる時間が長くなり、それはのんちゃんが加護さんといる時間とも重なるようになった。
私とのんちゃんと加護さんと三人。
不思議なことに、三人でいても何ら苦痛や疎外感を感じることはない。
長年連れ添ってきた二人に入っていくのは、加入当初は至難の技だろうと避けてきた節もあったし、今日みたいな日が来るとも思わなかった。
たぶん、加護さんが気を使ってくれているのだろう。
本人はそんな素振りは見せてないが、きっとそうなのだと思う。
事実、私と辻ちゃんと二人でいるときの空気をほとんど変わらないのだ。
辻加護ではしゃいでいる時も、その輪に私を入れてくれるのは加護ちゃんだ。
 ね、紺ちゃんもしよう。
 ね、紺ちゃん、行こう。
こんな加護さんの言葉にどんなに救われていることか。
そろそろ私も突っ込んでいく時期なのかな。
仲良くしようとしているのに遠慮されることほど傷つくことはない。
私自身、加護さんが前よりずっと好きになっている。
17 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:37
何日か分の荷物ではなく、一週間分は持って行こう。
途中の商店街で、新しい歯ブラシも買っていこう。
で、『あいぼん』って呼んでみよう。
きっと笑って受け入れてくれるはずだ。
照れ隠しに、ちょっと乱暴におどけてみせて。
電車のアナウンスは降りる駅名を告げ、私は顔を上げた。
18 名前:_ 投稿日:2003/09/23(火) 00:40
>>7
ありがとうございます。
良くも悪くも、期待を裏切りつつ頑張りたいです。
19 名前:リエット 投稿日:2003/09/23(火) 18:50
ほのぼのとしていて、でもどこか乾いた雰囲気がよかったです。
あいぼんの優しさがすごく伝わってきました。
更新頑張ってください!
20 名前:ヒニー 投稿日:2003/09/27(土) 23:49
辻加護紺野は意外と少ない。
こういう作品はまさに待ってました!
ほぼ同時期に連載開始(雪板です)なので
連載と同時進行でよまさせていただきます。
21 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:41

すっかり馴染んだようで、微妙に慣れていない部屋の風景。
カーテンの隙間から漏れる朝日が私を射す。
今日も晴天。
早速、慌しく朝ラッシュの車がマンションの前を往来し、一日の始まりを告げている。

ソファに凭れるように眠っていた私。
そして、私の腕に抱きつくようにして眠っているれいなちゃん。
ボーっとする頭で、昨日の深夜の出来事を思い出す。
22 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:42
あいぼんと夜を食べて、そのままあいぼんの部屋に来た。
引っ越しから2週間、新生活も落ち着いたとかで、ちょくちょく遊びに来ている。
話し込んでる内に、何となく家に帰るのが億劫になって泊まることにした。
朝早かったとかでウトウトし始めたあいぼんを部屋まで連れて行き、私は深夜番組を見ていた。
そろそろ寝ようと、あいぼんの布団に潜り込もうか、なんて考えていたら、部屋のインターフォンが鳴った。
深夜の来訪者には警戒すべきなのだが、こんな時間に来るのはれいなちゃんしかいない。
案の定、れいなちゃんで、開けてくださーい、なんて呑気に言ってた。
れいなちゃんの住んでいるところは、ここまで電車だと乗換えやらなんやらで2,30分は掛かってしまうらしいのだが、歩いてみると15分ほどで着いてしまうらしい。
東京摩訶不思議と、回りくどい理不尽な利便性に感心したものだ。

れいなちゃんは部屋に入ると、寒くなってきましたね、なんてソファに座った。
「ダメだよ、ちゃんと連絡してから来ないと。危ないよ」
そんなお姉さんな私の小言をさらりと流し、
「お話しましょ」
屈託のないにこやかさで言う。
そんな笑顔に私は勝てない。
私としては、青のヤンキージャージのれいなちゃんに気が気じゃないのだが。
見るからに補導されそうな出で立ちが危なっかしい。
ステージとお客さんの隙間とサイリウムと安全確保について、どことなく真剣にくっちゃべってる内にれいなちゃんは寝てしまい、私はリモコン式の電気を消した
23 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:42

遠慮がちな朝のオレンジが空に溶けた、鬱陶しい一日の始まり。
テーブルにはお菓子やジュースなんかが散乱していて、お腹の厚みが気になりだしてきた。
そっと手を伸ばし、ボトルに半分ほど残った紅茶を一気に飲み干す。
甘ったるさが目覚めの頭に気持ちよく染み渡る。
「こんこん、アイスティー!」
妙なテンションを、スカッと持ち上げ一日を・・・
そんな私の声が大きかったのか、れいなちゃんがむっくりと体を起こす。
背筋にぞわぞわ〜っと嫌な悪寒が走る。
「・・・あ、れいなちゃん、おはよう。今の面白かった?」
ドギマギしながらどうにか誤魔化そうとする。
ところが、れいなちゃんは寝ぼけ眼のまま、ごろんと逆側に寝転んでしまう。
まだ寝惚けているようだ。
なんでも、れいなちゃんは低血圧の低体温ということで、酷く朝が弱いらしい。
半分寝たまま仕事場まで辿り着いてしまうれいなが心配、とシゲちゃんが言っていた。

ちなみに、シゲさんは素晴らしく目覚めがいいらしい。
日を追う毎に可愛くなる自分が楽しみで、朝早く起きてしまうようだ。
クリスマスの朝の子供のようなものなのだろう。
24 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:43
いま思えば、れいなちゃんが起きる心配ではなく、起こす心配をすべきだったのだ。
私は洗面所で念入りに顔を洗い、歯を磨いた。
ちょうど起きたばかりのあいぼんが携帯片手に部屋から出てくる。
「あれ?紺ちゃん、だよね。なんでこっち来なかったの?」
甘えた声で言う。
起きたばかりで要領を得なかったが、どうして寝に来なかったのかを聞いているのだろう。
私は黙ってれいなちゃんを見る。

あいぼんはれいなちゃんのところまで行くと、片手で両ほっぺを掴み、ぐっと絞り上げる。
たこ口になったれいなちゃんは、カッと目を見開く。
傍から見ていて、びっくりするくらいの鋭い眼光で。
が、あいぼんの顔を確認すると、しゅるしゅると再び眠りの世界に入ろうとする。
「また来てたんか、家出娘」
そう言い、あいぼんはれいなちゃんの頭をぐりぐりと撫でる。
「・・・うん、来てた」
寝ぼけ眼で言うれいなちゃんに、あいぼんの顔も優しく綻ぶ。
25 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:43

れいなちゃんは上京当初、遠い親戚を頼り、そこで暮らしていたらしい。
とても人の良い夫婦で、息子二人はすでに一人立ちしているということで、本当の娘のように可愛がられていたという。
ただ、その家がほとんど静岡と言ってもいいくらいの、神奈川の奥地にあるというのだ。
片道二時間のロマンスカー通勤(柴田さん曰く、すごく羨ましいことらしい)。
レッスン漬けの頃はよかったにしても、忙しくなってくると流石にそうはいかない。
事務所の人が入って、この子に一人暮らしは早過ぎる、と反対するおじさんおばさんを説得したとのこと。
しかし、実際一人暮らしは早かったのだと思う。
事ある毎にあいぼんの家に来ては、何食わぬ顔で、来ちゃった、を繰り返すのだ。
あいぼんにしても、その辛さを知っているから、拒むことはないのだけど。
喜んで受け入れている節もあるが。

私としては、誰かを呼ぶのではなく、自分から動くれいなちゃんに成長の跡を見た。

26 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:44

三人ソファに並んで、仲良く朝の情報チェック。
「今日、みんな一緒だよね?」
TVのわんこ映像が途切れると、あいぼんが言う。
二度寝の誘惑にフラフラしている。
「うん、二人とも、今日はスタジオに11時でしょ?」
すっかりタメ口、可愛い素直なれいなちゃん。
れいな、なんて呼び捨ててみようかどうしようか。

「まだ時間あるよね、どうしよっか・・・」
みんな、定まらない視線で知ったかぶりのアデランスを眺めている。
私もそんなマスコミの一員。
どうしたものか。
「三人ならさ、タクシーの方が安いし速いよね。それでいいでしょ?」
半分目が閉じかけたあいぼんが、れいなちゃんに聞く。
タクシー派の私には聞くまでもないということなのか。
お互いを知り合うというのは、時に憎らしい。

断れるはずもなく、けど、どこか楽しそうにれいなちゃんが頷く。
今日一日のスタートが決まったところで、ゆっくり私の時間は途切れてく・・・




27 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:44

「起きて下さい!」
だるまが蝋のハンバーグを焼いている浅い夢を見ていた私は、現実との境界をウロウロうろうろ。
部屋はすっかり光が満ち、TVでは日本一男好きらしいバリボーラーのにこやかコメント。
その隣の知的な庶民派ナイススマイル。
バラエティでのハプニングなら、私だって負けなくってよ。
13人がかりのセンター張っちゃうんだから。

「だから起きてよぉ」
私の肩を揺する、必死なれいなちゃん。
ハッとして、携帯を開く。
十時を少し回ったところ。
「起きてよ!」
意味なく立ち上がると、目の前には準備完了のれいなちゃん。
慌てる私。
寝てるあいぼん。
「れいな、なんで起こしてくんなかったの?」
「起こしたよ。起きないんだもん」
半べそなれいなを他所に、あいぼんの脇に手を差し、無理に立ち上がらせる。
28 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:45
「行くよ、あいぼん!」
不機嫌なあいぼんにジャケットを羽織らせると、昨日の鞄をそのまま持たせる。
あいぼんを抱え、れいなちゃんの手を引き、ドタバタと部屋を出る。

大通りに出て、タクシーを捕まえたところで、あいぼんがやっと目を覚ます。
「やぁだぁ。よっすぃみたいな格好。帰る」
寝巻き代わりのピンクのジャージに、その辺にあった藍色のジャケット。
今朝の騒動をそのまま絵に描いたような間抜けな格好。
「大丈夫だよ。どうせダンスレッスンだけだし」
なだめる私。
「そうだよ。化粧道具も貸してあげるし、帰りも一緒にタクシーで帰ったげる」
何故か嬉しそうなれいなちゃん。

ぐずるあいぼんの苛立ちを助長させるように、渋滞でちんたらタクシーは進んだり止まったり。
私とれいなは、遅々として進まない道路状況と携帯の時計との睨めっこ。

そんなある朝の一日。
29 名前:_ 投稿日:2003/09/29(月) 03:51
>>19
ありがとうございます。
が、申し訳ない。
こんなんしか書けません。

あいぼんは、きっと優しい娘。です、たぶん・・・


>>20
読んで頂き、マジで感謝です。
模索に次ぐ模索で、どう転ぶかわかりませんが、よろしければ御一読を。

失礼かもしれませんが、連載もヒニーさんでやっておられますか?
見つけられませんでした。
30 名前:リエット 投稿日:2003/09/29(月) 22:24
田中さんまで出てきたー!
ものすごく好みの話です。
次はどんな展開なんだろう…。
31 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/30(火) 00:53
ほんとホノボノしてて、面白いです^^
黒な部分がなくていい^^
これからも頑張ってください〜
32 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:31
3. いじめっ子に目を付けられた日

「ねえ、紺ちゃん。今日から美貴のこと、美貴って呼んで」

カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)の第二弾シングルのレコーディング。
遅々として進まないあさみちゃんのレコーディングを見ているのに飽きた私は、スタジオのトイレに誰もいないことを念入りに確かめてから、自慢のになりつつあるほっぺをぷにぷにしていた。
いつからかレコーディング前の慣習になっている、私しか知らない秘密の儀式。
一頻り揉み解し、いい感じにほぐれてきたところでトイレを後にした。
そんな私を待ち伏せていたように、美貴ちゃん・・・ミキティ・・・・・・藤本さん?
あれ?
まあ、藤本美貴のそんな一言。

どこまで見られてたのかな。
それに美貴って?
逃げ出したい気持ちを気取られぬように、ボーっと脱力。
反応が遅いフリして時間を稼ぎ、その間、必死に考える。
娘。に入りたての頃は、この隙のない特技でどうにか乗り切ってきたのだ。
33 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:33
満面の笑みを浮かべたまま、少し身を屈め、私を覗き込むように上目遣い。
「美貴さぁ、最近イライラ解消できてないんだよね。紺ちゃんもあるでしょ?そういうの」
こんな怖い台詞さえなければ、とっても可愛いスマイルミキティなのに。
軽ヤンである美貴ちゃんにとって、血迷った方向性のカントリーは屈辱の連続のようだ。
田舎っぷりをアピールしたり、無謀にもセクシーに挑んでみたり、ハニーパイったり・・・
牧場なんてほとんど帰ってないのに、カントリー。
おっとり健気な私でも、疑問を感じていることは否めない。

それに私、知ってるんだから。
ハニーパイのダンスレッスンの帰り、スタジオ脇の植木に八つ当たりで蹴り入れてたのを。
マネージャーさんにユニット第二弾を知らされた時、舌打ちしたのを。
リリース間隔の短さをあさみちゃんとまいちゃんが喜んでいるのを尻目に、弁当の割り箸をバッキバキにしてたのを。
今度の新曲のフリ、像の動きがあるって聞かされて腹を抱えて大笑いしてるフリして顔を隠してたけど、実は怒りのやり場を見つけられずに苦悶の表情だったのを。
34 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:33


──ハッ!

マズイ、私をイライラの捌け口にしようとしている。
穏やかさに凄まじい狂気を隠している私でも、彼女には勝てそうにない。
どうにかそのベクトルをまいちゃんに向けなければ。
あさみちゃんじゃヒステリーを起こしてしまいそうだし、みうなちゃんだったらよみうりランドの時みたく壊れてしまうかもしれない。
その点、まいちゃんは安心だ。
びっくりするくらいのオトボケ牧場ハートで、自分が捌け口にされているなんて気付きようがない。
素敵で優しいおバカさんなんだから。
あさみちゃん辺りに心配されても、美しき天然さんはきっとこうだ。
「え〜、まい、美貴ちゃんとは仲良しだよ?」
なんて本気で首を傾げるはずだ。
まいちゃんは最高なんだから。
35 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:35
「あ、なんか今思い出したけど、まいちゃんがそんなこと言ってたような気がする。」
早口になってしまったが気にしない。
問題はそれが美貴に伝わって、美貴がまいちゃんを標的にするかどうか。
それだけなのだ。

「ふ〜ん。」
不敵な笑みを絶やさずに私の肩を組み、ぐっと引き寄せられる。
そして、耳元で囁く。
「紺ちゃんはストレスないんだ」
「うん、ないよ。全然。まいちゃ・・・」
声が上擦ってしまったが気にしない。
問題はそれが美貴に伝わって、美貴がまいちゃんを標的にするかどうか。

「じゃあ、美貴。紺ちゃんのストレス解消のお手伝いしてもらおうかな。」
「え?」
「だぁってぇ、これ以上まいちゃんに負担負わせちゃダメでしょ?実質、リーダーみたいな感じなんだし。まいちゃん、最高ぅ〜、なわけだし。ねぇ?」
「あ・・・」
そう来るか。
美貴も、やっぱりまいちゃん最高なんだ。
私の抜け目のない完璧な作戦は、完全に裏目に出てしまったのだ。
アドリブに弱い自分がもどかしかったり、逆にそれがいじらしかったり。
36 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:36

娘。に入って早二年。
私、新メンバーのいじめのターゲットになってしまいそうです。

誰か助けて。
本当に。
お願い。

とっても美形な女ジャイアンさんが、さっきから私の肩をがっちりホールドしたまま、楽しそうにああでもないこうでもないと不吉な計画を立ててるの。
周りから見たら、随分と仲の良さそうに見えるんだろうな。
スタッフの人とか、微笑ましそうに私たちを見てる。
そんなんじゃないんだってば。
ん?仲良し?
そうだ、上手く取り入って仲良しになっちゃえばいいんだ。
いや、いけないわ、あさ美。
それではスネちゃま街道まっしぐらよ。
道重ちゃんがノビ太役にされちゃう。
れいなちゃんじゃケンカになりそうだし、亀井ちゃんなら違う世界へ旅立ってしまう。

ああ、どうしよう。
ああ、揺れる乙女心。
37 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:37

あゆみ姉さん、助けて。
前に違うラジオ番組で遊園地に行こうって誘われたって嬉しそうに話してくれたよね?
あれ、本当はただの社交辞令ですよ。
美貴、その番組出てから、少なくとも3回は亜弥ちゃんと行ってるもん。
そんなこと言わなくて本当に良かった。

でも、メロンは今頃どっかの地方。
たぶん、名古屋辺り。
38 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:42
もう諦めて、とりあえずこの場をやり過ごせればいいやと、大きく脱力。
逆らわないのが一番だろう。
「やっぱさぁ・・・」
勿体ぶって、私のほっぺをぷにぷにしながら言う。
「美貴のこと、美貴って呼んでよ」
「なんで?」
「いいから」
そうは言われても、いきなり呼び捨てはやっぱり恥ずかしい。

躊躇う私と待つ美貴の間に、緩い沈黙が停滞する。
「美貴がいいって言ってるんだから、美貴って呼べよぉ」
私を抱えたまま、神の与え賜うたほっぺを拳でグリグリ。
けど、ふざけているというより、どこか必死な気がして。
「美貴・・・ちゃん」
「・・・そっか」
そう言う声が、酷く寂しそうで。
「なんなのさ・・・美貴。」
自然とそう出た。
誰を思ったわけでも、自分を守ろうとしたわけでもない。
美貴ちゃんの声色に呼応するように、言葉だけが零れた。
39 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:42
そして、美貴ちゃんが躊躇うように話し出す。

「いや、ごめんね。別にいじめようってわけじゃないんだよ。何となく、紺ちゃんに絡みたくなったんだよ。ユニットも一緒になったし、同郷だし。話しかけやすいし」
自虐的に頬を歪め、息を吐き、私を見る。
私はどんな顔をしていいのかわからず、ただただ美貴の表情から何かを見つけようとしていた。

「そのほっぺと表情に弱いんだよ。つい、頼るっていうか、甘えたくなっちゃう。娘。に入れられて、あ、悪い意味じゃなくてね、嬉しかったんだから。でも、ミキティのままで。よっすぃとも仲良くなれたけど、前のまんまのノリでね。時々、どっかで自分のこと、変えたくなっちゃうんだよ。ソロと娘。をどっか分けたくて。でもさ、自分ってそんな急に変われるもんじゃないっしょ?だから、紺ちゃんをきっかけにしようと思ったんだよ。なんとなくだけど。ほんと、ゴメンね。美貴のこと、苦手に思わないで」
40 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:43
言いたいだけ言うと、美貴はレコーディングに戻ろうとする。
ただ見送る、いや、見過ごすだけしかできない?
思いもしなかった本音をストンと話してくれて、心が震えて動かない。
美貴の真意も、私の気持ちも、何もわからない。
けど、ただ声が出た。

「ちょっと待ってよ、美貴」
ほそりと漏れただけの声は、既に10Mは離れた美貴には届かない。

「ちょっと待てよ、美貴!」
努めて、大きな声を出す。
これからレコーディングだってのに。
後悔が色濃く残った、悲しそうな顔で振り返る。
強気な表情は微塵もなく、力なく目尻が垂れている。
41 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:44
「なに?紺ちゃん」
紺ちゃん?
「紺ちゃんじゃないよ・・・」
また声が小さくなってしまう。

「え?」
「紺ちゃんじゃねーよ。あさ美だろ」
「へ?」
気の抜けたような、驚いたような、よく見る感じの美貴の顔。
「だから、あさ美って呼んでってこと、だよ。気付けよ」
強気を示したくて、汚い言葉遣いになってしまう。
42 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:44
しかし、相手は美しき女ジャイアン。
すぐに体勢を持ち直し、とびっきりの笑顔で跳ねるように踵を返してくる。
「あさ美さ、可愛いよね。」
「え?いや・・・」
「まあ、いいや。大好きだよ」
そう軽く言い、私の大事なほっぺに口付ける。
表情はいたずらっ子そのものだ。

束の間の形勢逆転だったことを思い知らされる。
ついさっきのしおらしい美貴は演技ではなかったのか、と勘繰ってしまうくらいに。
まあ、いいや。
もっとずっと美貴と仲良くなれそうな気がするし。
43 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:45
肩を組まれ、スタジオへ向かう。
上機嫌の美貴は、浮かれモードを鼻歌で。
さりげなく、私も口ずさむ。
「まだまだね、あさ美も。今度レッスンしてあげるよ。ソロの心得」
「あっそ」

そのまま、私たちは不揃いに歌った。
笑いながら。


でも、スタジオに入る前に一言。

「美貴、私の方が先輩なんだかんね」
「わかってるよぉ」
私を抱きしめ、肩に掛けた腕で悔しいくらいに体重を乗せる美貴。


・・・何となくわかってたことだからいいんだけど。


44 名前:_ 投稿日:2003/10/05(日) 03:52
>>30
どうもです。
節操なくあちこち話が飛びそうですが、こんな感じでやれたら、と思います。


>>31
ありがとうございます。
ネタ切れに怯えつつ、更新している次第でございます。
45 名前:リエット 投稿日:2003/10/06(月) 02:57
更新お疲れ様です!
加護さんの家から話は離れましたが、
第三話もいい……。
次は誰の話になるのかとても楽しみです。
46 名前:みっくす 投稿日:2003/10/09(木) 02:07
おつかれさまです。
すごくおもしろいです。
れいなちゃんもみきてぃもでてきたし。
次きたいしています。
47 名前:名無し娘。 投稿日:2003/10/18(土) 19:09
んぎゃー涙が出そうになるくらい素晴らしい!あー久しぶりにこういう話に出会えた。
こんなにも素敵な話を読めると嬉しくて踊り出したくなります。
タイトルでかなり敬遠していたんですが勿体無い事をしていましたw
この話大好きです。リアルというジャンルにちょっとずつ入れてくる小ネタに娘達への愛も感じます。
応援させて頂きます。頑張ってください。
48 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/10/27(月) 18:40
いい!!
次話も楽しみにしています
49 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:20
4.たぶんとっても素敵な日


すっかり子供メンバーが屯するようになったあいぼんの部屋。
飯田さんの部屋の契約が切れるまでの3ヶ月というのが当初の予定だったらしいのだが、更新するという。
些細な揉め事があっても、ここで解決できてしまう。
メンバー同士でたまに真面目な話をすることもあってか、みんな急成長していると矢口さんが言ってた。
事務所の方も、私たちの行動をある程度は一まとめに把握できるということで、半ば黙認するような形であいぼんの一人暮らしの延長を認めているようだ。

そんなあいぼんの家には、珍しくごろつき+辻加護の、フルメンバーが勢揃い。
私、あいぼん、つぅじぃ、マコちゃん、里沙ちゃん、愛ちゃん、れいなちゃん、道重ちゃん、ぱっつん(最近、昔のハロモニを見て気に入ったので使ってる)、そして、今日は珍しく美貴も。
50 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:21
今日は会議なのでリビングではなく、あいぼんの部屋に集まった。
小さな万年コタツに、うら若き乙女が犇めき合う。
娘。の末っ子れいなちゃんががっちりと居場所をキープしている反面、マメがあぶれてしまうところなんかが面白い。
美貴は椅子を逆さに座って遠巻きに眺めていて、ぱっつんは部屋の隅に腰を下ろし、隣にシゲさんを座らせている。
みんなから少し離れた位置に陣取ることになってしまい、シゲさんは少し不満そうだ。
反面、シゲさんと壁に挟まれた、閉所愛好家のぱっつんは満面の笑み。

これだけの人数が揃っていても、いつものように賑わうことはない。
部屋の空気は重苦しく、誰もがそれぞれに視線を落として難しそうな顔をしている。
私は専用のマグカップに入った牛乳を一口。
カップを握り締めていたせいで温くなってしまっていたが、柔らかな甘みが口の中に広がる。
なんか間抜けだな、と思いつつ、いつの間にか備え付けられたのか、大きめのホワイトボードに書かれている今日の議題を眺める。

 今度はだれがだれを呼びすてにするのか決める

つーじーの丸っこい字で大きく書かれている。
51 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:23
この名前呼び捨て企画を発案したのは、意外にもシゲさんだった。
「誰か先輩の名前を呼び捨てにするのは面白いです」
極度に緊張すると出てくる、断定で締める発言。
彼女にしてみれば、勇気のいる作業だったのだろう。
先輩をコケにするわけだから。
言った後で、しまった、という顔でオドオドしていたが、ののが乗ると、一転、かわいらしい笑顔が戻った。

意図せずして、前に私がやっていたラジオでの企画をそのまま実行する形に。
私が石川さんを『梨華ちゃん』と呼ぶ。
至ってシンプルで面白みのない企画。
だが、吉澤さんが未だに語る、ラジオで圭ちゃんと言わされた恐怖体験を聞いた私にとってはドッキドキの企画だったのだが、こんな時に限って不穏な空気を敏感に察知していた石川さんがパスタのトマトを食べるという条件であゆみちゃんに口を割らせていたという、何とも興醒めな結末を迎えた惨劇なのだが。
ラジオでは伝わらなかったようだが、石川さんの演技顔は、私を落ち込ませるのには十分すぎるものだった。
52 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:23
そして、前回に続き、年長者の壁を打破しよう作戦の一環。
そんな大義名分の、ただのイタズラ。

ちなみに前回は矢口さんの弁当にゴキブリのおもちゃを入れるということで、見事に大成功。
矢口さんにトラウマを残させるほどの衝撃と、かつてない大号泣で幕を閉じ、その後3時間に及ぶ長い説教のカーテンコールという、伝説になりつつあるイタズラ。

矢口さんが弁当を広げる直前にれいなちゃんが矢口さんに相談を持ちかけ、外に連れ出す。
その隙に、パッツンが弁当のひじきの中に小さなゴキブリのおもちゃを入れるという、単純明快な企画。
この時点で年長メンバーにもバレてしまったが、あいぼんの説得もあり、思いの他みんなノリノリで笑って協力してくれた。

れいなちゃんから相談を受けて楽屋に戻った満足気な矢口さんに、空気を読まない梨華ちゃんが、
「真里っぺ、早くご飯食べないの?」
などとミラクルにバカで間抜けな一言を放った時は計画失敗を覚悟したが、機転を効かせた飯田さんがボディブローを打ち込んで石川さんを強制退場させ、事なきを得た。

何やってんだよ〜、と軽く毒づきながら弁当を広げる矢口さん。
矢口さん以外のメンバーはそわそわと、それでも平静を装って矢口さんの動向に注視していた。
そんな私たちを怪しむことなく、矢口さんはお弁当を平らげていく。
誰もが、あれ?という空気になった時、矢口さんの表情が変わる。
噛み切れないものがあったらしく、怪訝そうな顔で箸を口に突っ込む。
ゴキブリなんだけど。
53 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:24
鏡越しに見た、見事に箸に摘まれながらも堂々とその存在を誇示するゴキブリを認識した矢口さんは、間違いなくスペシャルだった。
これでもかというくらいに目を見開き、顎が外れそうになり、スタッフが慌てて駆け寄るほどのフロア中に響き渡る絶叫。
そして、まるで陳腐な外人アクションのような驚愕の表情で、泣き叫びながらジタバタと楽屋中を飛び回るのだ。

14人が心の底から笑った。
矢口さん以外の娘。がひとつになった瞬間だった。
安倍さんが一番笑ってた、呼吸困難になるくらい。

ちなみに、計画決行の要である弁当の中身にひじきが入っていると、蓋を開けずに察知したのはこの私だ。
烈火の如く怒りを撒き散らす矢口さんの説教にもめげず、またこんなバカをやろうとしているのは、きっとみんなあの矢口さんが余程おもしろかったのだろう。

ただ、未だ念入りにチェックしないと弁当を食べられない矢口さんには申し訳ない。

ちなみに、改めての親睦の意味を込めた初回のテーマは「大きいお友達とスケッチブック」
ちっとも盛り上がらなかった。
54 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:25
そして。
呼び捨てにするといっても、今の娘。の空気なら普通に「あり」。
当然、行き詰る。
少し諦めた観が漂う沈黙。
痺れを切らしたつーじが言う。
「とりあえずさー、誰が呼び捨てられたら怒る?」
一斉に視線が美貴に集まる。
美貴は驚いたようで、え?美貴?なんて自分を指差して不思議そうにしている。
「でも、そうだよね。自分のこと美貴って言うくせに、人にはそう呼ばせない感じするよね」
そう言うのは、すっかり打ち解けたれいなちゃん。
ぱっつんもニコニコとれいなちゃんの言葉に頷く。
「だよね。飯田さんくらいじゃない?美貴、って呼び捨てるの」
マコちゃんの言葉が意外だったのか、美貴は目をぱちくりさせている。
美貴はマコちゃんを一瞥し、助けを請うように私を見る。
何となく優越感の私は、それを無視。
二人の時でないと、美貴とは呼ばないのだ。

「話、ズレてるよ。ミキティ、ここにいるからドッキリになんないし。」
飛びかけた話を軌道修正させる、元脱線クイーンのあいぼん。
と、ここで愛ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。
「あ!つんくさんがいんでねぇがぁ?」
みんな無視。
ここでの暮らしで覚えたこと。
愛ちゃんのいなしかた。
ハロプロニュースじゃないけど、愛ちゃんはしっかり石川さんの血を受け継いでいる。

「でさー、誰が一番怒るんだろうね?」とつーじー
「やっぱ中澤さんじゃない?」そう理沙ちゃん。
「でも、矢口さん、裕子って言ってるよ」マコちゃん。
「あれは特別」つらーっとあいぼん。
「でも、キスされるよ」苦虫を噛み潰したようなのの。
「じゃあ、保田さん・・・」遠慮がちのシゲさん。
「「喜ぶから」」見事に声の合う、のんちゃんとあいぼん。
「石川さんがおもしろいかも」れいなちゃん。
「誰でもいいよ、先輩なら」美貴。
55 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:26
「じゃあ、飯田さんが・・・いいんじゃないんですか?」
自信なげに言うぱっつん。
みんなの視線が集まり、萎縮してしまう。
先輩にイタズラを仕掛けるのは、やっぱり恐縮してしまう部分があるのだろう。
矢口さんのとき、涙流して大笑いしてたんだけど。

「なんでぁ?」
やんわりと間抜けた口調で助け舟を出すあいぼん。
「・・・いや、なんとなく」
「面白いかもね。飯田さん、プライド高そうだし。礼儀とかうるさそうだし」
美貴が身を乗り出す。

「じゃあ、美貴ちゃんが飯田さんに、でいい?」
私がそう言うと、
「えぇ〜、美貴が言ってもたぶん普通すぎてつまんないよ」
足をブラブラさせ、頬を膨らませて拗ねたように抗議する。
「それはそうだね。ミキティに呼び捨てられると、喜びそうだし」
つーじの発言に誰もが頷く。
「じゃあ、あさ美ちゃんやったら?」
さらりとした顔で美貴の反撃。

へっ、ちょっとばかしからかっただけなのに。
「そうだよ、紺ちゃんがいいって。飯田さん、怒りそうだし許しそうだし」
マコちゃんの言葉に、墓穴を掘ってしまった自分を知らされる。

「わかった、わかった。ホントわかった。マジわかったから。じゃあ、安倍さんで。いいでしょ?別に。先輩なんだし」
何となく半ギレの私に、みんな呆然としてる。
そんな中、美貴がしてやったりといった風に、口元を歪める。
美貴のいいように弄ばれている。
56 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:26
「どしたぁ?紺ちゃん」
私が気分を害したと勘違いしてしまったのか、あいぼんが心配そうに尋ねてくる。
「いや、お腹減っただけだよ」
その言葉に呼応するように、顔を伏せた美貴の顔を垂れた髪が顔を覆う。
顔隠して爆笑してる。
声にならないからわかりづらいけど、絶対。
この、ガラガラyankeeが!

ここは企画会議から、私と美貴の冷戦場へと瞬間移動。
何故こうなったかはわからないけど。
そんな苛立ちが思わず顔に出てしまう。
57 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:28
私のせいで、明らかに悪くなる周りの空気。

「あ、そうだ。ミニモニ。THEドキュメント見よう。ね?」
そんなあいぼんわーるどな発言に、ふっと部屋の空気が少し落ちる。
が、パッツンが噴き出した。
堪えつつも、クスクスと息も絶え絶えに笑うぱっつんを、シゲさんが覗き込む。
だが、パッツンはツボに入ったようで、おはすた、と搾り出してからが進まない。
中途半端にボケが伝わってしまい、半分安堵、半分苦笑いのあいぼん。
そして、急にぶすっと黙り込むののと愛ちゃん。
「違うもん、あれは矢口さんとミカちゃんだもん!」
ののの言葉に、真剣な表情で愛ちゃんが頷く。

私は少し前に、最も笑えるらしい序盤だけを見せてもらった。
テレ東、娘。番組のお家芸、劣化コピー炸裂。
ドキュメントだけは絶対にやらせてはいけない、娘。系スタッフの珍妙芸。
最後は誰かが原因不明の大怪我をして、子供を仕込むらしい。


場の空気が緩んだ瞬間、ドアノブに鍵を差し込む音がした。
それも、かなり乱暴に。
58 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:29
上手く鍵が入らないのか、苛立ち任せにドアを蹴っているようだ。
突然の事態に、一同に緊張が走る。
「あいぼん、誰かに合鍵渡した?」
ののが息を潜めてあいぼんに耳打ちする。
あいぼんはびっくり顔のままふるふると首を振り、掠れた声で、渡してない、と言う。
豆が音もなく立ち上がり、そっと部屋のドアを閉める。

誰もが東京の恐怖に固唾を飲み、私の思考はネガティブが次々と重なっていく。
強盗、誘拐、暴漢魔、拉致・・・
事務所の人が面白半分、脅し半分で話してくれた最近あった拉致事件が、すぐそこまで迫っている。
どっちにしても、私たちはきっと無事には帰れない。
今まさに、東京が私たちを襲おうとしている。

59 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:30
この沈黙、自然、六期行け、みたいな空気が漂い始める。
娘。の縦社会はオリジナルメンバーのヤンキー姉さま二人が作り上げたものらしい。
前に、安倍さんがしみじみ語ってた。
そんな空気を敏感に察知したマコちゃんが、ふらりと立ち上がる。

「大丈夫だよ。何人もいるんだし」
のんびりした口調だったが、口の端が震えていた。
シゲさんとぱっつんの緊張が微かに崩れ、肩の力が抜けるのが見えた。
れいなちゃんは涼しげで知らん顔。
マコちゃんがそーっとドアを開ける。
ドアを開けると、すぐそこには玄関がある。
ぶらぶらさせていた美貴の足が止まる。
マコちゃんが完全に部屋から出た瞬間、ガチャリ、と開錠の音が聞こえた。

「あ〜いぼ〜ん!」
侵入者の舌足らずな甘ったるい声が部屋中に響き渡り、ドタドタと靴を脱ぐ音がした。
ドアの隙間から、ポカンと口を開け、でっちりケツになっているマコちゃんが見える。
「・・・飯田さん?」
それだけ言うと、へなへなと崩れ落ちた。

マコちゃんの様子と、侵入者が飯田さんであることがれいなちゃんの好奇心をくすぐったらしく、興味津々といった様子で駆けていった。
私はマコちゃんも心配だし、何となく気になったので、その後に続く。
60 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:30
部屋の一歩先は、燦々たる光景だった。
腰の砕けたマコちゃん、呆然と立ち尽くすれいなちゃん、そして、保田さんを担いだ飯田さんが仁王立ち。
乱れた髪が顔半分を隠し、その隙間から覗く充血して赤い目。
笑いが込み上げてきたのだけれど、飯田さんの後ろにいる安倍さんと矢口さんの疲れて冷めきった目が虚ろで、薄ら寒さを感じた。

限りない脱力から現実に帰った矢口さんが口を開く。
「あ、ゴメンネー。この近くで飲んでたもんだからさ」
そう矢口さんが、飯田さんを見遣る。

──この酔っ払い二人のせいで。

大根役者の視線が、こんなことになってしまった経緯を訴えていた。
61 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:31
「イエー!明日は半日オフ!!飲むと目が腫れるけど。それでもYeah!!今日は思いっきり飲めるぞコノヤロー!!」
飯田さんなりのイノキのマネなのか、焦点の定まらないマコちゃんの顎を掴み、叫ぶ。
かつてない恐怖と緊張、マコちゃんなりの先輩としての思いやり。
そして、この状況。
マコちゃん、目まぐるしい展開をわかりやすく体現している。
私が守らなきゃ。
そして、飯田さんをどうにか諌めようとする。

「どうなってんのー?」
ある程度の状況を把握できたあいぼんが顔を出す。
「あーいぼーんっ!」
中澤さんの『やぐちぃ〜』と、どこか重なる飯田さんが、あいぼん目掛けて猛ダッシュ。
インパラを捕らえるチーターのような飛び出し。
小動物を愛でるような甲高い高音が鳴り響き、走る反動でケメ子が肩の上でガクガク揺れる。
素早くあいぼんがドアを閉める。
恐怖に慄く顔が見えた。
二年前のクリスマス、ロッカーの中から見たあいぼんを思い出した。

「ちょっとー、あいぼん開けてよ」
飯田さんが力任せにドアを開けようとするが、開かない。
たぶんだけど、7人がドアの向こうで精一杯の力を合わせているんだから。
62 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:32
「とりあえず、こいつ連れてくから」
酔っ払イーダーの扱いを心得ている節の矢口さんが、どうにか飯田さんの元寝室に引きずっていく。
そんな矢口さんに鬱陶しそうに引きずられながら、あいぼん、を繰り返す飯田さんが可愛かった。

マコちゃんとれいなちゃんを慰めていた安倍さんが私に寄ってきて、鍵を手渡した。
「これ、カオが持ってた合鍵。あいぼんに渡してあげて」
あんな大人になっちゃダメよ、と言い残し、安倍さんは矢口さんの応援に行った。

なにが何だかわからなかったが、まずマコちゃんのところへ。
「大丈夫?」
「へーき、へーき」
すっかりペースを取り戻したマコちゃんが、いつもの手振りでニコヤカに。
れいなちゃんもすっかり立ち直っているようだ。
63 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:32
そして、私はドアをノックした。
「開けて。なんか大丈夫みたいだから。矢口さんが連れてった」
ののが小さくドアを開け、隙間から無事を確認すると、私たちを部屋に入れた。
皆一様に呆けた顔をしている。

「今、何時?」
美貴がポツリと呟く。
「九時すぎたところです」
お父さんから貰ったという、自慢の男物の腕時計を見て言うぱっつん。

夜はまだ長い。
誰もが溜息を漏らした。


64 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:33


私の説明、マコちゃんの説明、れいなちゃんの説明。
どれも要領を得ないものだったが、全部合わせるとなんだか間抜けに恐ろしい。

誰もがやり切れない思いを隠せず、それぞれの視線が虚ろ宙をさまよう。
壁一枚隔てた部屋では、楽しそうな声が聞こえる。
「保田さん、なんで寝てるんだろう」
ポツリとマメが呟く。
保田さんはお酒が強いという話だ。
マメの疑問はもっとも。
「とりあえず、リビング行こう?ここいても意味ないし」
ウンザリした様子でののが言い、誰ともなく立ち上がる。
もそもそと部屋を出る私たちは、さながら亡者の行脚。
よく知る人間の未知の領域に、その背中は無駄に重い。
「・・・なにしてんだろ、娘。達」
ホワイトボードを拭いていたあいぼんの言葉が、すとんと落ちた。

65 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:34

リビングに移動した私たち。
かといって、何が変わるわけでもない。
お姉さんたちはかなり盛り上がっているようで、笑い声が絶えない。
なんだかんだいって、安倍さんも矢口さんも楽しそう。
神妙な顔で様子を伺う私たちがバカみたいに思えてくる。

「なんなんだよ」
軽く一つ舌を打ち、ののが無遠慮にお姉部屋のドアを叩く。
「入るよー」
返事を待たずにズカズカと部屋に入っていった。
ドアの向こうから、のーんちゃー、いたのー、と飯田さんの歓喜の歓迎が聞こえてくる。
「うっせー、やめろばか、かおり。くさい、臭い、クサイ。マジやめろって!」
ののの悲鳴が聞こえてきたが、誰も助けに行かない。
シゲさんが、これでいいの?みたいな顔をしているが、何をどうしようもないのだ。
だって、この中では明らかにののしか切り込める人はいないんだから。
唯一、飯田さんに対抗できそうな美貴は完全に傍観の体勢で、つまらなそうにあくびをしている。
「辻ちゃん、別に行く必要なかったのにね・・・」
そんなマコちゃんの切なる声は、矢口さんの笑い声にかき消された。

66 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:36

「さゆちゃーん、あんた次ね」
興奮のすっかり収まった様子の飯田さんがひょこっと顔を出す。
瑞々しいほっぺが飯田さんのお気に入り。
「はーい」
砕けた感じでそう言い、すっと立ち上がる。

シゲさんは、飯田さんに懐いている。
甘い感じではにかむ照れ屋さんが好きな飯田さんは、何かとシゲさんを自分のペースに巻き込みたがる。
シゲさんはシゲさんで、ある程度は相手に任せた方が楽でワガママも言いやすいらしく、今では自分から飯田さんに寄っていくようにもなっている。
『男を作りにくい環境にいるなら、自分の心を男にすればいい』
なんて女の園にいることの悲しさを逆手に取った飯田さんの男宣言。
大丈夫に決まってるんだけど、シゲさんの唇が心配になってくる。
加入してすぐ受けた説明に、こんな項目があったのを思い出す。

#ファーストキスの済んでいないメンバーは、泣きを見ないよう、事前に中澤裕子に申し出ること

次に新しいメンバーが入るときには、この項目が追加されているだろう。
中澤裕子が飯田圭織になって。

67 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:37
何だか嬉しそうにお姉部屋に向かうシゲさんと入れ違うように、がっくり肩を落としたののが出てくる。
目が虚ろで、涙が少し滲んでいる。
尋常ではない様子に、みんなの視線がののに集まる。
誰も掛ける言葉を見つけられないまま、ののはゆっくりと愛ちゃんの隣に腰を下ろした。
そして天を仰ぎ、大きく息を吐く。

「どうしたの?」
遠慮がちに愛ちゃんが尋ねると、ののはうんざりした感じで、動向を見守る私たちを見回す。
「・・・意味わかんない。世界は穴だらけで光ってて、そこに落ちたり、落ちなかったり。そのうち大きな硝子みたいな一つの部屋になって、そこは層がいっぱいあって、上行ったり下降りたり、懐中電灯とか何とか」
疑問としてしまっていいのかわからない突っ掛かりに、部屋の空気がぐっと押し留まる。
そして、この中で一番素直にののに話しかけることができたのはあいぼんだった。
「で、なんでそんなに落ち込んでんの?」
「わかんない。でも、なんか暗くなっちゃって。カオリとかふざけて言ってんだけど、目がどっかマジで。部屋のどこに隠してたのか、酒飲んでるし。臭いし。もう聞きたくない」

頭を抱えてしまったののに、これ以上の追及はできない。
全然話が見えてこないが、そのダメージは一目瞭然。
みんなの唸り声だけが響き、ここにあるどの視線も交差しない。
説明のつかない、不可思議で窒息しそうな沈黙。

そこで、里沙ちゃんの鶴の一声。
「聞かなかったことにしよっか」
皆が皆、微妙に乾いた笑みを浮かべたまま満場一致。
そして、第二の犠牲者であるシゲさんにささやかな黙祷。



68 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:38

「いやいやいやー」
疲れたおばさんみたいに、けど笑顔で、安倍さんが出てくる。
少し遅れてシゲさんも。
「シゲさん、大丈夫だった?」
陰鬱な空気を撒き散らして膝を抱えたののの隣にいる、愛ちゃんがシゲさんを気遣う。
「なにがですか?」
「何か変なこと言われたやろ?」
「ああ、なんか意味わかんなかったんで、ニコニコしてました。そしたら、飯田さんが頭撫でてくれて・・・」
──わたし、やっぱり可愛いんだな、って
お約束のように次に続く言葉に、無意識に耳を塞いだ。
可愛いのはみんな知ってる。
可愛いと自分でも言うのも面白いし、可愛い。
ただ、どこかで行き過ぎて、間違えて、石川さんのようにならないかが心配。

場が少し落ち着いてきたところで、安倍さんがダイヒョウして言い訳する。
「みんな、せっかくの時に、ごめんねぇ。近くの焼肉屋にいたんだけどさ、なんか知らんけど圭織が突っ走っちゃって。いつもは圭ちゃんが止め役なんだけどさ、ほとんど寝てなかったみたいで、いきなり寝ちゃって。無理に誘っっちゃったから。よっぽど疲れてたんだね。で、あとは、まあ、見ての通り」
安倍さんの声は、どんどん小さくなっていった。

69 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:39
「ほら〜 」
機を探っていたシゲさんが、後ろ手に隠していた瓶を得意そうに見せびらかす。
『千亀女』と書いてある、どうやらお酒のようだ。
「なしたのー、それ」
目を真ん丸くした安倍さんの問いに、
「こっそり持ってきちゃいました。何て読むのかはわからなかったんですけど」
そうシゲさんは茶目っ気たっぷりに返してみせる。

みんな、お酒に気を取られてたんだけど、マメは違うところに気が付いた。
「シゲさん、それ後ろに隠してたよね?部屋出る時もそうしてた?」
「はい、みんなに見つからないようにと思って」
「でもさ、それだったら絶対矢口さんとか、シゲさんが持ってったの気付くよね?」
「あ!」
半分開いたシゲさんの口に、部屋に沸き起こった笑いが吸い込まれていくようだ。
どんどんシゲさんの餅のように白い頬が高潮していく。

そんなやりとりを、頬杖つきながら遠巻きに眺めていた美貴が立ち上がり、マメからお酒を受け取る。
「これね、『せんがめじょ』っていうの。これは芋の方だね」
「いも?」
私の喰い付きに、しょーちゅー、と口を大きく開けて言う。
「あ、保田さんが好きなやつだ」
「そう。シゲさんがせっかく持ってきてくれたんだから、飲もうよ」
時計の針は、まだ10時を少し回ったところだ。

安倍さんを始め、反対の声もあったが、美貴の『ばれなきゃいい』の一言で結論は出た。
何だかんだ言って、みんな興味はあるのだ。
何度目の興味なのかは知らないけど。
70 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:39
全員が飲む方向に動いていたけど、それでも安倍さんは絶対に止めるだろうと思っていた。
でも、ちょっとだけだからね、と釘を刺すだけに留まったのが意外だった。
この場にいる唯一の成年者として、罪の意識に苛む素振りが一瞬見えた気がしたが、それはすぐに笑顔に塗り替えられていた。
飯田さんが使っていた戸棚から大きめのピッチャーを取り出し、水を注いでいる。
私は、安倍さんとの残り時間を数えてみた。


71 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:41


お酒を飲むのなんて、私がオーディションで東京行く時、友達が開いてくれた壮行会以来だ。
二年と少し前の遠い思い出が、鮮やかに蘇る。

今思えば、何とも危険な火遊びだが、それが当然のことのようだった。
誰も、私自身でさえも、モーニング娘。には入ることになるなんて思いもしなかったのも、大きな一因であるのは間違いないけれど。
あの時は友達の両親が旅行でいなかったから、おっかなびっくりで飲んでいた。
けど、今は幼いけど立派な大人がいるから、少しタガが外れているような気がする。
それに、こんな酔いまわりの早い大人の味しかしないようなお酒じゃなく、もっと甘いフルーツのお酒だった。
本当に下らない話ばかりで盛り上がり、どんな内容だったかもさっぱり思い出せないけど、楽しかったことだけは覚えている。

あのまま札幌にいたら、二日酔いで学校休んだり、年齢ごまかしてススキノで飲んだり、友達のお姉ちゃんの車で夜の海に連れて行ってもらってナンパ待ちしたりしたんだろうか。
今が嫌いなわけでも楽しくないわけでもない。
遊んでばっかりもいられないだけだ。
明日起きる時間の意味合いが、ちょっと重いだけ。
ロケバスのカーテン越しに見る、街にいる同年代の女の子に、意味なく苛立つ時もある。
大人社会に生きる16歳の私に、違和感を覚えた。
72 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:41
寂寥の思いばかりが膨らんでいく。
目頭が微かに震える。
喉元に強く力を入れて、グラスに少しだけ入ったお酒を呷る。
わけのわからない熱さが喉を焼き、アルコールの向こうにほんのりと甘い芋の香りがする。
安倍さんが言うには、水で割るよりもロックで飲んだ方がいいらしい。
そして、すぐに水を飲む。
そっちの方が酔いも少なく、飲んだ気になるらしい。
保田さん直伝らしいから、間違いはないだろう。
と、保田さんが卒業した時の打ち上げの主人公を思い出す。
・・・たぶん、間違ってない。
テーブルの中心に置いてある酒の瓶を傾け、再び呷る。
血が一気に逆流して、頭の中で蠢いているようだ。
少しだけ、さっきの寂しさを忘れることができた。
私は、辛いことがあると酒を飲む大人になるのだろうか。
73 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:42

「おい姉ちゃん、一人で手酌酒なんてしみったれたことしてねぇで、俺とどっかドライブ行こうぜ」
いつの間にか隣にいた美貴が、強引に私の肩を引き寄せる。
酔いで少し緩んだ視線が、妙に艶かしい。
美貴の絶対的に欠如している色気が、こんなところで浮き出てくるのも皮肉な話だ。
いつか美貴も中澤さんのように、酔ったところがオンエアーされる日が来るかもしれない。
「おーい、あさ美ちゃーん。そんな顔してると、おじさんチューしちゃうぞ、チュー」
「もうしてるし」

ブチュブチュとくっついたり離れたりする美貴の唇が嫌ではなかったが、一応拒絶。
すんなり離れた美貴は、酔いを逃がすように大きく息を吐く。
「盛り上がろうよー。滅多にないことだよ?こんな大人数で、しかも酒飲めて。よっすぃと梨華ちゃん、いないの可哀想」
そう言ってジーンズのバックポケットからケイタイを取り出し、メールを打ち始める。

74 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:42
気が付かなかったが、苦情が来そうなほど、この部屋はうるさい。

私と美貴のすぐそばで、マメとシゲさんとぱっつんがじゃれている。
4人用のテーブルに私と美貴、マメとぱっつんで座り、その後ろでシゲさんが微笑んでいる。
「亀さ〜ん、この千亀女、何人の亀さんがいるんでしょうねぇ」
しょうもないことを、しょうもない口調で言ってる。
ぱっつんがぷいと横を向き、薄い唇が少しだけ尖る。
そっぽ向いたぱっつんの方にシゲさんが回り込み、真っ直ぐ瞳を見据え、可愛い顔をする。
マメの、えりりーん、と言う情けない声にシゲさんが噴き出し、ぱっつんも釣られる。
奇妙なバランスで、それぞれが自分勝手に楽しんでいる。

廊下の方では、マコちゃんとののと愛ちゃんと安倍さんが胡坐をかいて座っている。
何を言っているのかはわからないが、酒が入っているせいもあって、笑いが絶えない。
中でも、愛ちゃんの声が一番大きい。
いつものハイテンションを越えた安倍さんが、とても楽しそうにしている。

ソファでは、あいぼんとれいなちゃんが話してる。
二人とも口をつけたくらいで、ほとんど飲んでないようだ。
75 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:46
「またボーっとしてるし。もうさー、何かんがえてんの?」
メールを打ち終わった美貴が、ほっぺをつまんでくる。
「別にいいんだよ、あさ美がそれでいいならさ。でもさー」
「美貴。うっさい」
口元を歪める美貴。
私と美貴の会話に、マメ達がギョッとするのが見えたが、私は止まらない。
苛立ちが美貴に流れ込む。
「もうさ、なんなんだよ、ホントに。鬱陶しい。ほっといてくんない?ただちょっと寂しくなっただけなんだから。美貴だって言ってたでしょ?そういう時なの、私は」
何よりも先に言葉だけが飛び出てしまった。
言ってしまって後悔したが、もう後の祭り。
美貴の優しい笑顔が見える。

マメ達は俯いて、ひたすらこの気まずい状況から逃げ出せずにいる。
私の八つ当たりそのものの怒気は、容赦なく周りを切り刻む。
シゲさんはもう泣きそうだ。
「だからさ、そういうこと言えっつー話なの。おいちゃん、あさ美の弱気が好きなんだから」
真剣を笑い飛ばして、私の負担を楽にしてくれる。
酔いに紛れてはいるが、本心のぶつけ合いは涙が出そうなほど有難かった。

「ありが──」
美貴の方を向くと同時に、私のほっぺ目掛けた美貴の唇が私のそれに。
「・・YES!!」
一瞬だけど躊躇った美貴のガッツポーズ。
気付いてはいなかったが、酒でフラフラの私は、そのまま美貴に身を預ける。
混濁した意識が、綺麗にどこかへ飛んでいくのを実感したような、してないような・・・


76 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:46
───
──


激しい喉の渇きで目覚める。
机に突っ伏して寝ていたらしく、腕が痺れている。
鈍い頭痛に顔を
何となく起きてしまうのに躊躇してしまう。
お酒を飲んだことと、美貴とのこと。
重い後悔が残るが、それでもよかったのだと思う。
開き直りに近いが、信頼できる人がいる。
曝け出せる人がいる。
顔を起こすと、目の前に吉澤さんの顔があった。
「お、紺野ー。起きたか。凄かったらしいね。いきなり脱いだり、シゲさんにキスしたり。あと、安倍さんに正拳かましたらしいじゃん」
「よっすぃ、そんなこと言っちゃ可哀相でしょ。あさ美、何もしてないからね。寝てただけだから」
美貴が吉澤さんをたしなめる。
「はっ、何つまんないこと言ってんの。まあ、いいや。飲めんの紺野だけってわかったし。飲もうよ。紺野くらいだって、ガチで飲んでたの」
顔をだらしなく緩めて、バシバシ私の肩を叩き、撫でる。
そして、ぐいと私にグラスを突き出す。
飲め、ということらしい。
頭痛が酷く、グラスを受け取ろうかどうか、迷う。
まあ、飲まなかったところで、私の酒が飲めないのか、なんて言わ──
「わしの酒が飲めんのかぁ!」
頑固一徹が叫んだ。


77 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:47

時間はもう2時を過ぎていて、起きている人も少ない。
吉澤さんが無理矢理に勧めた、酒とは名ばかりの酔い覚ましの水を飲みながら状況を整理する。
美貴と吉澤さんはずっと飲んでいるらしく、立派な酔っ払いさんになっている。
この二人の突き抜け方は凄まじく、まさに大虎。
美貴のほろ酔い加減の色気は、微塵もない。
酒に目薬なんか入れられても、その分勢いが増しそうな二人。
完全のこの場を掌握している。

マコちゃんとマメと里沙ちゃんは、少し離れたところで三人で話したり、時折美貴と吉澤さんと絡んだりしている。

あいぼんは、今度はシゲさんと対面。
声を潜め、悪戯っ子の笑みを浮かべながら、何やら相談事のようだ。
シゲさんはあいぼんの目をしっかり見ながら、真剣に頷いている。

78 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:55
同じテンションの二人を、適当に相槌で流しながら、夜が過ぎていく。
そんな私も酔っ払い。
チビチビ舐めるだけで、飲み会気分。
意識では醒めているつもりなのに、美貴とよっすぃと変わらない自分が悲しい。
でも、そんな自分が好きだったりする。

「よっすぃ。あなたねぇ、間違っちゃいけないよ。男キャラとおじさんとよすぃの綺麗な顔は、全部水と油なんだからね」
「あさ美、言うねぇ。美貴も言っちゃおうかな。何言おう・・・」
「うっさい!かっぺ二人!!あんたらの暴言、私が許しても、埼玉が黙っちゃないよ」
予想外の角度からの口撃だったのか、似てないみっちー節、驚喜の大爆発。
「残念でしたぁ〜。私、天下の札幌シティガールだもん!」
ああ。
マジ楽しいかもしんない。

そんな時、不意に、懐かしいメロディが耳を掠める。
キャピキャピ大騒ぎの二人を制し、耳を澄ませる。

79 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:58


♪・・・の想い 伝え合い 夢に向かってゆくわ 明るい未来へ ♪

たんぽぽ

タンポポへの加入を告げられた時に渡されたCDの中にあった。
小学生の時にチラッと聞いた曲に、何故だか涙が止まらなかった。

「いいの歌ってんじゃん」
吉澤さんも加わろうと、飯田さん達が篭っている部屋に歩いていく。
その刹那、
「そのまま歌わせてあげて!」
声を潜めてはいるが、悲鳴に近い金切り声の安倍さん。
唖然とする吉澤さんに、小さく、ごめん、と申し訳なさそうに言う。

開いていたマコちゃんの口が閉じる。
「なんでですかぁ?」
至ってシンプルな問いに、安倍さんは口を閉ざす。

80 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:58



しばらくの逡巡の後、安倍さんは静かに口を開いた。
「歌わせてあげて。あの二人、酔ってないとあの歌、歌えないんだ」
「でも、ラジオとかで・・・」
マメが口を挟む。
「聞くのはね。歌えないだけ。二人の中で戒めている部分もあると思うけど。恥ずかしい話さ、なっちも最近気付いたんだ」
安倍さんの辛そうな独白は、言葉の一つ一つが重く、私の心に沈んでいく。

あの歌、ではなく、たぶんタンポポの歌だろう。
不意に里沙ちゃんと目が合う。
力なく笑いかけてきたが、私にはどうすることもできなかった。
関わった誰が正しいわけでも、間違っているわけでもない。
理屈ではわかっていても、感情のレベルではそうもいかない。
私自身、タンポポのメンバーであることには変わりはない。
でも、私のいないタンポポも存在していた。
その心を受け継ぐことはできるかもしれないけど、そっから先は言いなりなんだ。

「ちょうど娘。が下火の頃でね。・・・演出的な部分が多かったのもあるんだけど、このままじゃ消えてしまう、って本当に怖くてね。あの気丈な裕ちゃんが、潰されちゃう、なんて言ってたくらいで。みんな必死に考えたよ。いっぱい話もした。今思えば、私たちにできることって、そうは多くないのにね」
頬を歪め、俯きがちだった視線を持ち上げる。
みんなが安倍さんの話に引き込まれているのを見ると、少し嬉しそうに笑みを浮かべ、再び目を伏せる。
「でね、大阪だったかな。ライブ終わった後にふるさと、わかるでしょ?がチャートから外れちゃったって聞いて。・・・みんなびっくりしちゃってね。血の気引いちゃって。これまでそんなに早くチャートから外れたことなんてなかったから。チャートにしばらく入ってるのが当たり前みたいな感覚もあったんだろうね。私も気が滅入っちゃってね。その時にはLOVEマシーンのレコーディングも終わってたんだけど・・・今でこそ代表曲になってるけど、あんな感じでしょ?どうなるかなんて全然わかんなかったから、とにかく不安で不安で。紗耶香・・・市井紗耶香がしくしく泣き出して。みんなもそれがきっかけで──」
81 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 06:59
「安倍さん」
美貴が安倍さんを思うように細く差す。
これまでに聞いたことのない、優しい声だった。
大丈夫だから、と口を動かすだけでやんわりと制すと、安倍さんは四年前に入っていく。

「で、みんなして泣いちゃって。もう終わりだ、って。ホント、そう思っちゃって、ただ泣くしかできなかった。その時にね、圭織がビデオのスイッチを入れたの。鼻すすりながら、大きな涙ぼろぼろ零して。ライブの反省会用の、簡単なやつ。ちゃんと巻き戻ってなくて、たんぽぽから流れたの。みんな泣き崩れながらも聞き入っちゃってね。・・・曲が終わって、裕ちゃんが、反省会しよか、って。あの時、誰も何も言わなかったけど、あの曲に救われたんだよね、どっかで」
ここで安倍さんは話を区切り、私と里沙ちゃん、そしてあいぼんを見た。
安倍さんの言葉が止むと、意識が飯田さんと矢口さんの方に向かう。
二人とも本当に楽しそうに、綺麗に歌っている。
飯田さんの優しく響く声と、矢口さんの薄く強く伸びる高音が重なり合う。
玲瓏とした二人の声が、束の間の静寂を美しく彩る。

82 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 07:01
「・・・そんなこともあってさ、私たちには結構特別な曲なんだ。矢口が最後にタンポポで出したアルバムに、それまでのメンバー全員の声が入れた曲があるって。彩っぺ、石黒ね、の声が入ってて泣いちゃったって。でも、今もタンポポはあるし、どっか遠慮してるからか歌わないんだよ、あの二人。心が緩んだ時、それもすごく楽しくて自分を許せるような時しか歌わないんだよね」

「圭織さ、というか、私の話なんだけど・・・私、前に一度だけ、圭織の歌を奪っちゃったんだ」
安倍さんは悲しそうに頬を歪め、ここではない、どこか遠くを見る。
「ホントはさ、モーニングコーヒーは圭織がメインのはずだったんだ。思い返してみても、圭織が適役だったと思う。今年の夏コンで二人で歌って、尚更そう思うようになった。でも、大人の事情で、私たちの及び知るところじゃないんだけど、で、私が真ん中に立ったのはみんな知ってるよね?・・・で、そのままなっちがずーっと真ん中にいて」
殊更『なっち』を強調する。
安倍なつみではない、なっち。
その意味は私にはわからない。
「圭織にとってはさ、起死回生の思いもあったと思うんだよね、タンポポって。コーラスとか、ハモリとか、ワンフレーズじゃなく、一編の歌を歌い上げるんだから。正直、嫉妬しちゃってね。あ、こんな歌もあるんだ、って。私たちにとって、今の形になるまでの期間が、すごく大事だったりするのね。あの時期があったから、今の、どんな歌にも説得力が出てくる。それって、モーニング娘。が重ねてきた、継がれてきたものなんだと思うの」
83 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 07:02


説教臭くなっちゃったね、と安倍さんは唇を噛む。
「ま、卒業していくおばさんからの、最後のお説教だと思って。ちょっと早いけどね」
照れ隠しに、一つ明るく笑ってみせる。

84 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 07:03


飯田さんと矢口さんは、変わらず今では聞けない、個々が強く出たメロディを奏でている。
普段は表に出すことのない感情が流れてくる旋律に込められ、かつてのタンポポが今夜だけの復活を遂げる。
二人の歌はやがて熱を帯び、声がどんどん大きくなっていく。
更に二人のボルテージは上がり、殻を破り、感情が剥き出しになる。
裸になった二人の声はお互いぶつかり合うように、どこまでも高く突き抜けていくようだ。
ある沸点を超えたらしい。
飯田さんの歌声にこぶしやがなりが入る。
矢口さんはクラップしながら、その場でジャンプしているようだ。
たぶんだけど、マワってる。

85 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 07:06

幾度かのリピートの後、歌い終わった飯田さんと矢口さんが、満足そうに部屋から出てくる。
「おっ!まだ起きてるのがいたんだ。よっしゃ、まだ飲むぞ!!」
跳ねるようなアクションで、小さく拳を振り上げる。

安倍さんが、呆れたようにおばさん口調で口を挟む。
「もうちっちゃい子とか寝てるんだし、明日だってあるんだから、やめときなさい」
そう来ることを予想していたのか、間髪入れずに飯田さんがポーズを決める。
「明日?そんな先のことは知らねぇな・・・昨日?酔っ払ってて覚えちゃいねぇ・・・今を走ってこその娘。じゃねぇか。誰もついて来れない時もあるけどな・・・今を生きずに明日は生きられないんだよっ!」
タフなハードボイルド飯田が、声高らかに謳う。
狂気を孕んだ大きな瞳が、ぎらりと光る。

「よっしゃっ!カオリ、今日はとことんイクゾォ!!」
吉澤さんが叫び、矢口さんは『か〜おり、オイ!』とシュプレヒコール。

すっとぼけたタイミングで、あいぼん宅、旧飯田邸のテンションは最高潮を迎えた。
86 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 07:10

そんな騒ぎに目を覚ましたののが、ふらふらとこちらにやってくる。
がっちり肩を組んだ私と飯田さんを見遣り、
「まだ起きてたんだ。あ、紺ちゃん、カオリに言ったんだね」

寝ぼけ眼の舌足らず。
こんな可愛いのんちゃんを、誰が恨めようか。
「なにそれ」
麗容とした顔立ちを更に際立たせる、美々しい瞳が私を射抜く。


娘。達の熱い夜は更けたばかり。
夜明けは遠い。

87 名前:_ 投稿日:2003/11/01(土) 07:21

.>>45
「いい」と言って頂けて何よりです。
次は微妙にテンション変えたいんですが、変わるかどうかは力量次第です。

>>46
ただお気に入りを出してるだけのような気もします。
が、面白くいきたいものです、というか、いきたいです。

>>47
ありがとうございます。
素敵を続けたいのですが、続けます。
話としてあやふやなのが、自分の中での問題です。

>>48
今回は自己満足のみに走らせて頂きました。
こんな感じにしかなりませんが、よろしければ御一読を・・・

88 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/11/01(土) 12:39
なんかいいですよね、ほのぼのとしていて、
構成も1話完結なんだけど、続編として全てがリンクしているのもいいですね。

...でもあの人が放置されてるような...
続き期待しています
89 名前:名無し 投稿日:2003/11/01(土) 15:23
めちゃめちゃオモロイです。
小ネタも毒もさりげなく、じわじわ。
個人的な感想ですが、「話としてあやふや」なのがすごくイイと思いますよ。
次回もお待ちしております。
90 名前:名無し娘。 投稿日:2003/11/02(日) 15:31
胸がキュンとして鼻と目頭が熱くなりました。
幅広い情報網と個々が殺しあっていないキャラクターから本当に娘たちのことが好きなんだということが伝わってきます。
素敵過ぎます。
91 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/05(水) 15:37
おもしろいねぇ
なっちの説教は心にしみました
92 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:21

5. 祭りのあと

瞼が重い。
喉が渇いた。
お腹も減った。

寝ぼけ眼で、時間を確かめようとケイタイを探る。
私の目の前には、愛ちゃんの整った寝顔。
雑魚寝は慣れた。
時々、誰かの腕の中にいたり、誰かを抱いていて驚くことはあるけど。

ののは誰かの寝てるところに潜り込むのが好き。
シゲさんは、絶対にドアに近くにいて、自分の寝顔を見せたがる。
そして、その感想を聞きたがる。
ぱっつんは布団と布団の隙間に挟まるのが好き。
けど、マコちゃんは、それは腰に悪いと言う。

そっと愛ちゃんの顔の近くにあったケイタイを手に取った。
厚いカーテンの降りているこの部屋では、小さな発光も目に突き刺さる。
まだ11時前。
出るまでには、まだ時間がある。

「もう朝?」
愛ちゃん
「まだ平気」
「今日リハだから、寝ておかないと・・・」

そのまま愛ちゃんは、スーッとまっすぐ眠りに落ちていった。
私も誰かがかけてくれたのだろう、毛布の中に潜り込む。
93 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:22
が、一度目覚めてしまった意識に、ガヤガヤ賑わうリビングのざわめきが耳に突き刺さる。
私は二度寝を諦めた。

のそのそと起き上がり、欠伸を噛み殺すと、あいぼんの寝室を出た。
きっちり酒を抜いたお姉さんメンバーは、小さなキッチンで肩をぶつけ合いながら朝ごはんを作ってくれていた。


テーブルの空いている席につくと、マコちゃんがお茶を渡してくれた。
「大丈夫?あさ美ちゃん」
「なにが?」
「このこのォ。大酒飲みさんがっ」
そうは言いながら、気遣うように、私の顔を覗きこんでくる。

心配されるほど飲んだのだろうか。
体はそこまで辛くない。
ただ、程よく冷えたお茶がうまい。
ライブ後の水よりも。

一気に飲み干すと、マコちゃんがまたペットボトルから注いでくれる。
「ありがとう」
「いやいや、いいんですってぇ〜」
うほっと人懐こい笑顔を見せると、TVのある方へと行ってしまう。
94 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:22
「あんたねー、先輩に挨拶もないの?」
「あ、保田さん。おはようございます」
普通のマグカップの倍もありそうなカップを両手に抱え、コーヒーを飲んでいた。
思えば、保田さんはここに来る前から寝ていた。
ずいぶんすっきりした顔をしているが、今にもタバコの煙を鼻から吐き出しそうな気だるさも醸し出している。

「保田さん、今日は仕事ないんですか?」
じろりと私を一瞥し、少し考えるような素振りを見せる。
「今日は舞台の個人練習の予約入れてたけど、キャンセルした」
「紺野、それ嘘だよ。今日、圭ちゃんはラジオ」
「うるさいよ、なっちー。せっかく新ジャンル目指してんのに」
私には及び知ることのない、二人だけの温度ある会話。
曖昧に笑って頷いておいた。
95 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:23
他のみんなはソファの辺りに固まって、あいぼんが出ていたドラマの再放送を見ていた。
矢口さんがゲスト出演をしていた回みたいで、のんちゃんとあいぼんがしきりに冷やかしている。
矢口さんの一挙手一投足にあがる歓声に、矢口さんも無視をしていればいいものを、
「うっせーよ、お前ら!黙って見てろ!」
と、いちいち返してくれるもんだから、騒ぎは収まらない。

窓際では、美貴と吉澤さんが、肩を並べてボーっと曇り空を眺めている。
二人の周りには、空になった水のペットボトルがいくつも転がっていた。

私の隣では、シゲさんが熱心にお姉さんたちの料理している姿を眺めている。
視線が全く動かず、身じろぎすらしないシゲさんはお人形さんみたいだ。
「シゲさん、何してるの?」
視線をゆっくり私に移し、真っ直ぐ視線を合わせてくる。
「見てるんです」
そう言うと、お顔は再びキッチンにいるお姉さんの方へ。
「え?見てるって何を?」
「料理してるところです。お母さんが、料理しなくてもいいから見てなさい、って、よく言ってたんです」

料理をしている姿じゃなくて、料理している手際を見なさい、っていうことをシゲさんのお母さんは言いたかったのだと思う。
けど、シゲさんが楽しそうだったから、そのまま放っておいた。
96 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:24
冷蔵庫から卵を取り出した矢口さんが、私を見て、含み笑いする。
「お、紺野。どうよ、どうよ?」
顔をくしゃくしゃに綻ばせて、ん?ん?と視線を合わせてくる。
「どうって、全然普通ですよ」
「やっぱ若いと違うね。すぐ酒抜けるんだもんね」
しっかり頼むよ、と私の肩を叩き、飯田さんと安倍さんの間に体を捻じ込む。

どういうこと?、と聞こうとする前に、シゲさんが教えてくれる。
「三人の朝ごはんを食べて、誰が一番おいしかったか決めるんです」
「そう・・・」
思わぬシゲさんの気のきいた先回りに、少々面食らう。
すっとぼけた言動や、か細い声に隠れてはいるが、実は物凄く頭のいい子なのではないかと思ったりする。
97 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:25

婚期を逃すまいと、私たちを使って家庭的な自分をアピールしようという三人。
審査員である私たちは三人が作った朝ごはんを食べて、誰が一番おいしかったかを投票。
一番多く票を集めた人には、投票した娘。が必ず一度はメディアで勝者が家庭的という発言をしなければならない。
お姉さんたちが朝食作りを名乗り出たと同時に、決まったことらしい。

Helloにいては気付きにくいが、そろそろ適齢期を迎える飯田さん、安倍さん、矢口さん。
学生時代の友人などで結婚している人も増えているらしく、嫌が応にも結婚を意識するようになっている。
中澤さんがデビューした、24までには・・・
そんな思いもあるのだろう。
確かに、私たちにアピールさせ、家庭的なイメージを植え付けておけば、後々楽そうだ。

「あいつら、なに焦ってんだか」
保田さんが苦虫を潰したような顔で、濃そうなコーヒーを飲み干した。
「保田さんは諦めてるんですよね」
「あんたねー・・・」
苦笑混じりに言って、そこからは続かなかった。


「ちょっと。なっち邪魔。あっち行って!」
「なにさ圭織。なっち、今一番大事なとこなんだからさ、あ、矢口、それ私の溶いた卵」
「なっちのそっちだよ。あ、圭織、今度は私がコンロ使う番なんだかんね。順番守れよなー」

喧々囂々と料理している三人の後姿に、普段では絶対に出ない質の気迫を感じた。
98 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:26

ふとソファの方を向くと、ドラマはあいぼんの出演部分で、そのあいぼんは手で顔を隠している。
後ろから見ていてもはっきりわかるくらい、耳を真っ赤にしている。
ののが悪戯っ子の笑みで、れいなちゃんが面白そうに、あいぼんのほっぺを突付いている。
それをぱっつんが入りたそうに眺めていた。

99 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:26

多少の時間差はあったが、小さなテーブル一杯に料理が並ぶ。
テーブルだけでは足りずに、リビングや流しにまで料理が溢れていた。
人数も人数なだけに、みんな立ち食い。

お姉さんたちが料理の説明をしている間、私たちはお預け。

「ねえ、あいぼん。冷蔵庫、なんでいっぱい食べ物あるの?」
「ん〜?おばあちゃんがたまに来てくれるからね」
説明など端から聞いていない、ののとあいぼん、辻ちゃん加護ちゃん、辻加護。
やっぱりしっくりくる、二人だけにある匂いがするような会話。

しかし、あまり自炊をしないあいぼんの冷蔵庫にあった食材は豊富とは言えなかったが、それでもしっかり朝食を作ったお姉さんたちは、本当にすごいと思った。
100 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:26
ごはんに味噌汁、出汁巻き卵に、かぼちゃの煮物。
正統派に朝食を作ってきた安倍さん。
味噌汁の具が大根だけでなく、大根の葉もあるというところが、ポイントアップ。
きっと安倍さんは、旦那さまのために朝早く起きて作るんだろう。
かぼちゃの煮物は甘めに煮てあるとのことで、マコちゃん票を確実に狙っている。

一方、矢口さんはトーストに、ベーコンとほうれん草と卵の炒め物、キャベツとコンビーフのカレー粉炒め。
そして、わざわざコンビニまで買いに走ったという、100%オレンジジュース。
濃縮還元果汁の安物しかなかった、と文句を言っていた。
さっとできて、バランスもそれほど悪くはない。
四等分されたトーストは熱々の内にバターを塗った物と、そうでない物とに分かれている。
「えっと、加護ちゃんと辻ちゃんと小川は、バターの方は取っちゃダメね」
矢口さんらしい気遣い、ちょっと敵わない。

そして、飯田さんは、・・・蕎麦?
ガラスの大きな器に、どかっと盛られたその物体。
レタスにキュウリにトマトにねぎ、納豆、生卵、荒っぽく裂いた鶏肉。
底に埋もれるようにして、蕎麦が見える。
とりあえず、あいぼんの冷蔵庫にあった野菜をあらかた使った感じ。
ちゃんと汁まで飲むようにと、脇には蕎麦湯が添えられている。
一日に必要な栄養素を朝食でほとんど取れそうな勢いだけど、ちょっと違う気がした。
101 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:27
綺麗に個性の分かれた朝食対決。
みんな空腹のせいもあり、がっつくように飛びつく。
私も遅れを取らないように、ポジション確保。
とは言っても、出遅れて、みんなの後ろから手を伸ばすしかないんだけど。

「そう!紺野はさすがにわかってるね」
キャベツの炒めをパンに乗せた私を見つけて、矢口さんが嬉しそうに言う。
「はい、これも合うと思ったので」
みんなも私に習って、パンにキャベツの炒めを乗せ始める。
少し離れたところで、矢口さんが小さくガッツポーズしていた。
102 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:27
私たちの腹具合を見て、静かにお姉さまの戦い、貶し合いが始まる。

「ちょっと待って、なっち。この味噌汁、なに入れた?苦くてしょっぱい」
顔を顰めた飯田さんが、矢口さんのオレンジジュースをひったくる。
ん?と首を傾げて、安倍さんは味噌汁を一口。
「別にいつもの味だよ。にがりは入ってるけど」
事もなげに言い、『体にいいし、おいしいべさー』とちょっとむくれて蕎麦をすする。

「まあ、味は普通の蕎麦だね。奇を衒ってこんなのにしてるけど、分ければいいだけの話でしょ。食材が多すぎて、味がウルサイ」
「それはあるね。キュウリとねぎなんて、明らかに合わないし」
ここぞとばかりに、矢口さんも飯田スペシャルを潰しにかかる。
珍しさも手伝ってか、減りが早いのだ。

「ふんっ。なにさ・・・矢口のは手抜きのクセに」
二人から攻撃を喰らって、しょげて小さくなった飯田さんがささやかな応戦をする。
「ちっげーよ!これは仕事で忙しいけど、旦那さんにはしっかり朝ごはん食べてもらいたくて、無理に時間裂いて短時間で作った、っていう設定なの」
おぉ〜
マコちゃんばりに口の開いたシゲさん、何故か感心。
矢口さんの言も聞かずに、飯田さん。
「つーか、田中。全然食べてくれてなかったし・・・」

何故か矛先が向いてしまったれいなちゃん。
「れいな、おいしく食べよったよね?」
ぱっつんが頷くものの、その凄まじい慌てようと否定っぷりに、飯田さんは益々沈んでしまう。
103 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:30
「さ、じゃあ、そろそろNo,1を決めますか」
保田さんが頃合を見計らったように、そう切り出す。
周りを見ると、みんな満腹になったようで、箸が止まってる。
「あの、私、まだ食べ終わってないんですけど」
「うん、紺野は食べながらでいいから」
珍しくきびきび仕切る保田さん。

「なっちのが一番おいしかった人」
誰も手を挙げない。
「じゃあ、矢口」
誰も手を挙げない。
保田さんも気付いているのか、チラチラと御三方を見ながら、小さく一つ息を吐く。
「最後・・・圭織」
当然、と言うべきか、誰も手を挙げない。
挙げられない。

どれもおいしかったし、甲乙付け難い。
だけど、それ以上にみんなが投票を渋っている。
104 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:32
腕を組んで目をくっと大きく見開き、私たちを睨回す飯田さん。
「みんな、わかってるよね?」

最高の笑顔を崩さない安倍さん。

何人かに的を絞り、視線を送り続ける、ニコニコあんぱんまん矢口さん。
そして、それにウィンクで返すシゲさん。


「こんな状況で、誰が手ぇ挙げられんだよ」
あいぼんが小さく溜息を漏らした。
「だね」
美貴もその溜息を隠さず、その後に続いた。

105 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:32

落ち着きなく時計をちらちらと見ていたぱっつんが、そーっと手を挙げる。
お姉さまの視線が一気に突き刺さり、ぱっつんは、ひぃっ、と怯えた声をあげる。
そして、半身になって視線を避けながら、なんかむくれてる。
「あの、そろそろ出る時間です」

──それが何か関係ある?

絡みつく具現化した意志に、ぱっつんがたじろぐ。
確かに、出なきゃいけない時間には、まだ余裕がある。
ただ、新メンバーである以上、ちょっとの遅刻も許されないのもまた事実。

「そうですよ。もう出た方がいいですよ」
マメが助け舟を出すと、ののもフォローする。
「そうだよ。亀ちゃん、当たり前のこと言ってんだし。いじめちゃ可哀想だよ」
ののの憂い気な表情に、飯田さんの表情が緩むが、察した矢口さんに肘で突付かれて、再び顔を引き締める。
そんな飯田さんと矢口さんの様子を見ていたののは、軽く舌打ちした。
106 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:33
「今度なんかあったら、朝ごはんおいしかったって言っとくからさ。それでいいでしょ?」
吉澤さんの言葉に、初めて三人の態度が軟化する。

「まあ、しょうがないね」
矢口さん。
「なっちのが一番だったでしょ?言いにくいだけだよね?」
やっぱり笑顔を崩さない安倍さん。
「じゃあ、行こうか」
すっかり勝敗に興味が薄れたような飯田さんが、さっきまでの威圧感が嘘のような気の抜けた感じで締めた。
107 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:33

タクシー四台に分乗して、仕事場に向かう。
呼んだタクシーが来る間に、ちょっとした戦場のような準備を終えた。

お姉さんチーム、四期、五期、六期。
時間がないときや、いちいち人を分けるのが面倒なとき、自然とこう分かれる。

タクシーを降りると、先に着いていた安倍さんが、何も言わずに手を繋いでくる。
そのまま私の手を引き、するするとマメのところまで行くと、今度はマメの肩を抱いた。

「ちょいとお姉さんとコーラでも飲まないかい?」
ジゴロ風の節を付け、有無を言わさず私とマメを自販機まで連れて行く。
108 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:34

切り取られたような、狭い空間。
自販機のブーンというモーター音が、やけに強く響いているように感じた。
光がぼんやり浮かび上がり、非現実っぽく私たちを照らす。

「昨日のこと、なんだけど・・・さ」
そこまで言うと、安倍さんは皺くちゃの千円札を自販機に入れる。
が、なかなか入らない。
何度も機械音をたてて自販機を往復する、夏目漱石。
あれ?
クビを傾げる安倍さん。
私は黙って500円玉を自販機に入れる。
カチャン、と金属音。
旧500円玉だった。
痺れを切らしたマメが、新500円玉を入れる。
109 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:35
「悪いね、マメ。」
生真面目にコーラを買った安倍さんは、その濃い青の缶をもじもじと弄んでる。
「昨日さ、やっぱ言うべきじゃなかったかなぁ、って思ってさ。2人のこと、傷つけちゃったよね。ごめん」
小さく頭を下げる。
「残った時間を考えるとさ、どうしてもお説教っぽくなっちゃうんだよね」
何となく私とマメは顔を見合わせた。
「前から?あ、そう・・・まあ、いいとして。なんかさ、卒業間近の圭ちゃんの気持ちとか、結構わかっちゃうんだ。嫌になるけど」
熱っ、とコーラを持つ手をパタパタさせて、頬に当てる。

身に張りつくような、静冷たる空気。
指の先から、ふっと体温が抜けていく感覚。
苦手で避けて通りたいような状況だけど、不思議と受け入れられた。

「最近の安倍さん、ちょっとでしゃばりすぎなのかな」
誰に言うともなしに、吐息と共に零す。
瞳の奥が細かに揺れ、自分のコーラを持つ手を手で強く握り締める。
110 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:35
「いや〜〜別にそんなことないと思いますけどねぇ。ね?あさ美ちゃん」
ちょっと口篭もるように、私の同意を求める。
「え?うん。そう・・・じゃなくて。重くて耳に痛い話でしたけど、聞けてよかったです」
それが言いたかったんだと言いたげに、うんうんとしきりに頷くマメ。
そういう姿が憎めないマメに、ふっと唇の端から笑みがこぼれる。
口をつけたマメのジュースの缶に、さらに角度をつける。
ゴクゴクと激しく音をたてるマメの喉の限界点を見極め、開放してやる。

そんな私たちを見て、どこか救われたような、嬉しそうな安倍さん。
「・・・ありがと」
はにかむように、照れくさそうに、言う。
「いいんですよぉ。こっちこそ──」
「紺野。手、マコトっぽいから」
無意識のうちにぶらぶらさせていた手を、安倍さんが掴む。
111 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:36
「喉渇いたねぇ。いやー、なんか緊張した」
ニコニコして、汗のかいたコーラのプルタブを引き起こす。
「うぉっ!」
目と口が全開の安倍さんの驚き顔。
コーラが大噴射。
ボタボタと落ちる茶褐色の泡を見て、呆然としている。

マメがハンカチを出す。
「ああ。貸しちクリ」
「「くり?」」
「あ、いや。だから、それ貸してミソ」
「「みそ?」
慌てふためく安倍さんの、みっともない言葉の羅列。
112 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:37

とりあえず、ベタベタになった手を洗おうと、トイレへ。
「なんで紺野も手ぇ汚くなってんの?」
「咄嗟に吹き零れてるところに手が伸びちゃって」
「そっかぁ」

丹念に手を洗う安倍さんの横顔に、さりげなく放ってみる。
「あの、飯田さんって・・・」
とは言うけど、そこから続けるものがない。
しこりのような、実体の浮かび上がらない、どこか些細な突っかかりみたいな疑問。疑心?不安?私に対する、それとも飯田さんに対する不信?
「大丈夫だよ」
お日様のような顔で、手を洗いながら言う。
見透かされたのかどうなのか。
何か一つ許されたようで、気分が軽くなった。
113 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:38
安倍さんと手を繋いで、楽屋に向かう。

「いやー、全然気にしてないですよ。わたし、ちょうど予定があったんでぇ」
超ハイテンションの石川さんが、楽屋のど真ん中で膝を抱えて蹲っていた。

その日、あべこべに上がったり下がったりする石川さんのテンションに、誰もが腫れ物に触るような扱いしかできなかった。
114 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:39

6.最近、困ったこと


さくら組ソロツアー本番を目前にして、リハも詰めの段階に入っている。
初期段階の肉体的な披露はないものの、ミスをしてはいけないという、精神的な疲れがある。

マコちゃんからメールが来ていた。
そして、出会い系のメールに埋もれて美貴からも?
アドレスが変わったのだろうか、名前が表示されていない。

「ねえ、藤本さんのアドレスって変わりました?」
私をからかいに寄ってきた吉澤さんに聞いた。
「いやー、聞いてないよ。なんで?」
「ほら〜」
ケイタイを吉澤さんに見せる。
「紺野、バッカじゃねぇー。これ、出会い系だよー。アドのmikitty−romanticって、明らかに出会い系じゃん!」

みんなに聞こえる大声で、私の頭をこつんと小突く吉澤さん。
あまりに恥ずかしさに俯きながら、耳まで真っ赤に火照っていくのが、はっきりわかった。
115 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:40
前回の不参加が理由なのはいうまでもない。
大人の色香が欲しいと、孤独を愛する女を目指している石川さん。

ワイングラスにぶどうジュースを入れて、クラッカーと青かびチーズで乾杯。
もちろん、携帯の電源はオフ。
誰とも繋がっていない時間に、一人でいることの、自分でいることの、唯一人しか存在しない世界を楽しむ。
静かに自分と向き合い、張り詰めた静寂に心を横たえ、スタートラインの再確認。
そして、未来へ向けての自己対話。

ところが、夢見る大人の石川梨華はすぐにつまらなくなってしまい、買ったばかりの映画を見たのがいけなかった。
そのまま寝てしまい、美貴のメールにも気付かなかったという。
116 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:40

わざわざメールで送らないで、こっちに来ればいいのに。
下の階でリハーサルをしている、おとめ組のマコちゃんを思う。
休憩時間が重なったのか、さくら組を覗きに来た飯田さんが、吉澤さんとマメと遊んでるんだし。

私はケイタイをしまうと、足の裏筋を伸ばす。
最近、どうも張ってしまっていけない。

117 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:40

「サクラグミノモノドモ、ヤッヂマイナァ!」
へったくそな英語訛りの日本語は、黄色地、サイドに黒の縦ライン、トラックスーツを着た吉澤さん。
昨日のリハでも着ようとしていたけど、TVが入っていたから、無理矢理ジャージに着替えさせられていた。

意味はわかんないけど、みんな私目掛けて猛ダッシュ。
逃げようとしたが、体が中途半端に反応して、立ち上がるだけに留まってしまった。

出足よく駆け抜けてくるマメが、フォァ!と嬌声をあげて眉毛ビーム。
安倍さんが軽くヒップアタック。
何が楽しいのか、溢れそうな笑みが満開、亀井ちゃんの体当たり。
がに股で距離を縮めてきた愛ちゃんが、器用に私の足元を潜り抜けた。
矢口さんが勢いつけて飛び込んでくる。
が、寸前、立ち止まり、勢いを殺して私に抱きつく。
「なにしてんすか?」
「いや、何となくこうなっ──」
そんな矢口さんもろとも、あいぼんの遠慮ない突進に、床に打ち付けられた。

118 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:41
「痛いよ。加護ちゃん・・・」
矢口さんがあいぼんを剥がし、腰をおさえながら立ち上がる。
ちょっと涙目で、頭を叩こうとする矢口さん。
綺麗にかわすあいぼん。
「ムゥッカッ!」
甘えた顔で矢口さんを覗き込むあいぼん。
「一発叩かせろ」
あいぼんに抱かれたまま、その頭を引っ叩く矢口さん。

吉澤さんに手を貸してもらい、私も起き上がる。
「なんなんですか?これ」
「いや、おもしろかったっしょ?」
「なんで私?」
言われのない辱めに、涙腺が緩みそうになる。
「あんた、絶対に乗ってこないでしょ?だから」
微妙に最もな吉澤さんの意見。
そんなことを、悪びれもせずに言う吉澤さんの邪気のない笑顔に、文句を言う気もなくす。
むくれた私に、吉澤さんが言う。
「じゃあさ、次のミフネごっこは紺野も入れてあげるから」
「だから、その元ネタなんなんですか、それ」
「映画」
あっそ。
119 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:41
目を爛々とさせ、そわそわと私を窺う飯田さん。
『サクラグミノモノドモ』
変に言葉端に律儀な飯田さん。
きっと、おとめ組だから遠慮したんだろう。
「・・・どうぞ」

「じゃあ、よっすぃ。ほら」
少し照れた様子で、けど、わんぱく丸出しで吉澤さんを促す。
吉澤さんは面倒そうに息を吸い込む。
「ヤロオドモ、ヤッッチマイナ!!」
さっきよりもさらにヘタクソな日本語。

「また最初から?」
私の驚きは紺野音。
お゙ぉー、という9人の怒号にかき消されてしまう。

いの一番、弾けそうな笑顔で突進してくる飯田さん。
どうしたものか・・・
身構えながら、私はちょっと真剣に考えていた。
120 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:42

7.青春の鼓動


無事に終わらなかった運動会が終わり、満身創痍の私たちはモーニング娘。が分割して、初めてのツアー。
本格的なドサ周りのスタート。
私としては、これまでと違う郷土料理が食べられるからいいんだけど。

いつもと勝手が同じようで、どこか違う、そんな初めて体験。
知ってる顔は変わらないが、いない顔もある。

ひたすらに受身の私たちは、いつだってポジティブシンキング。
いつでもテンション高いのは、きっと毎日疲れているから。

会場は地方の市民会館クラスということで、ついでに規模縮小の煽りを受けるお家事情。
泊まる所は安ホテルだったり、旅館だったり。

同室の愛ちゃんは和室がお気に入りらしく、うつ伏せに大の字。
「やっぱ日本人は畳やでぇ」
うっとりした表情で、擦れて白くなりかけた畳の匂いを心行くまで楽しんでいる。
そんな愛ちゃんの足にも、痛々しいくらいに湿布が貼ってある。
121 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:43
そして、お隣、滋賀県で琵琶湖探訪ツアーのおとめ組。
生まれて初めての琵琶湖に目をキラキラさせるののに言っておいた。
──琵琶湖って、底が氷点下近い低温な上に藻だらけだから、未だに戦国時代の武将が綺麗に冷凍保存されてるらしいよ、と。
霊が見えるくせに怖がり屋さんの恐怖に引きつる表情は可愛かった。

そんなことはどうでもよくて。
7人のおとめ組。
何やら電話口で熱弁を振るう御方が。
122 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:44
『ねぇ、聞いてる?でね、飯田さんがいきなりシゲさん連れてっちゃって。
でさ、なんかシゲさんの空気が甘いの。
周りに花が飛んでる感じ、っていうのかな。
あの子、おかしな道に走ってないよね?いいのかな?
まあ、シゲさんはシゲさんで嬉しそうだったからいいんだけどさ。
可愛いって言ってもらうのが、何より幸せそうだし。

して、5人でハッと見合っちゃって。
その瞬間にさ、辻ちゃんが梨華ちゃんに抱きついて。
で、れいなちゃんが甘えた顔でマコっちゃんの手ぇ握って。
そしたら美貴、一人部屋がよかったとか言うしかないっしょ?』
123 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:45
「で、強がったはいいけど、怖くなって電話してきた、と」
携帯の向こうから、くぐもった美貴の声が聞こえる。
『違うんだよ。怖いとかじゃなくて。・・・なんだべ。・・・たださ、怖い話とか思い出しちゃうことってあるでしょ?ほら、部屋にある絵の裏にお札が貼ってあったとか』
「あったの?」
『いや、ないけど』
「じゃあ、解決だ。」
『違う。あ、そうだ。そもそも、あさ美のせいなんだからね。辻ちゃんに変なこと教えたでしょ』
「なに?」
『琵琶湖に死んだ人がいっぱいいるとかなんとか』
「ああ、あれ嘘。カッコつけてないで、誰かの部屋行けば?」
『まあ・・・そうなんだけど、さ』
124 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:45
部屋をノックする音がした。
豪快な大の字のまま、いつの間にか愛ちゃんは寝てる。
美貴がぐじぐじ言ってるのを聞きながら、ドアを開けた。
すると。憮然とした表情でむくれた亀井ちゃんが立っていた。
失礼します、とドスドス足音をたて、窓際と冷蔵庫の間に身を埋める。
「なしたの。そこ、隙間風入って寒いよ」
「大丈夫です」
「そう。じゃあ、座布団。その隙間に入るかな」
静かな表情だったので気付かなかったが、怒っているようだ。

『え、なに?意味わかんない』
「あ、ごめん、一回切るね。亀井ちゃん来た。また掛け直すから。ごめんね」
「ちょっ──」
美貴、申し訳ない。
亀井ちゃんは黙りこんだまま、鼻息荒く、肩を上下させている。
怒りをじっと押し込めているようで、顔が上気して赤くなってきた。
125 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:46
「これ、食べる?行きのサービスエリアで買ったんだけど。八橋。岐阜なのに、なんでもあるんだよね。富山の鯖寿司とか、大阪の名物とか名古屋のも」
亀井ちゃん身じろぎ一つせずに、顔を強張らせて一点を見つめている。
愛ちゃんは起きる気配がない。
いびきかいてるし。
「そう?じゃあ、私、食べちゃおう、っと」
堅いほうの八橋は初体験。
独特の甘みが口に広がり、鼻から抜けていく。
おいしいけど、歯にくっつく。
それに、バリバリバリバリうるさい。
126 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:46
「ねぇ。マメは?」
亀井ちゃんの鼻がピクッとする。
「知りません。自分の部屋か、加護さん方の部屋かどっかじゃないですか?」
「いや、そんな刺々しい・・・ほら、笑顔。ね?」
何となしに亀井ちゃんの肩を叩く。

ぃやぁ〜〜ん

頭を大きく仰け反らし、身をよじって逃げようとするが、冷蔵庫の隙間にいる亀井ちゃん。
ごづん、と鈍い音がして、頭を押さえて蹲ってしまう。
「あ、ごめん。親指、鎖骨に掛かっちゃった」
結構な音だったから、かなり痛そう。

「なんよぉー。せっかく寝ついたとこやったのにぃ」
頬にべっとり畳の跡をつけた愛ちゃんが起きてきた。
そんな長い時間寝てないのに、その脱力っぷりに賞賛。
127 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:47
「で、なに?」
「なんかね、マメとケンカしたみたい」
「そうなん?」
そう亀井ちゃん
白い柔肌に走る無数の筋、寝惚けて半分も開いていない目。
異様な迫力たっぷりで、有無を言わさない。
亀井ちゃんはほんのちょっと躊躇したが、唇をキュッと結び、観念したようにコクリと頷く。
「なんでぇ?」
どこか間延びしてしまう口調で、そのまま疑問をぶつける。
そういう愛ちゃんの性格、羨ましいな、と思う。

「別に大したことじゃないです」
「別に大したことじゃないことないやろぉ」
ぶっとんで出た口調は優しいが、どこかキツク感じた。
案の定、亀井ちゃんは拗ねてしまった。
「別に大したことじゃないことなくないです」
「いやぁ、大したことじゃないことなくないことないやろぉ」
意味わかんねーし。

「ちょいとお二人さん」
疲れで気が荒くなっている愛ちゃんをたしなめ、ふくれっ面の亀井ちゃんを慰める。
128 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:48
「あのさ、話せることだけでいいから。ね?」
落ち着いた亀井ちゃんは、しとしと話し出す。
「本当に、別に大したことじゃないんです・・・」
「愛ちゃん、口挟まなくていいからね」
亀井ちゃんはそっと私を窺い、私は黙って頷く。

「大したことじゃないんですけど──」
「だからぁ──」
「愛ちゃん!話進まないから」
なんか納得いかないんだってぇ、とぼやく愛ちゃんを、少し遠ざける。
なんでそこに突っかかるのかはわからないけど。

「ただ、寸劇の台詞まわしで注意されて、ムッとしちゃって」
「それだけ?」
「え?はい・・・」
いつも仲良くつるんでいる二人なだけに、不思議なこともあるもんだと、顔を見合わせる愛ちゃんと私。
怒りの理由を見出せない私たちが不思議そうな亀井ちゃん。

亀井ちゃんとしては、同い年ということで、マメにライバル意識があるのかもしれない。
ただ、それは一方的なものかもしれない。
まだまだ手探り状態の亀井ちゃん、6期メンバー。
そろそろ何か見え始めてしまうマメ、私たち。
切磋琢磨するなんて言葉、今もある?
それはわからないけど、向上心だけは失いたくないものだ。
さすれば、司会だって立派に勤め上げることもできよう。
129 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:49
亀井ちゃんは、ここに来た。
歳は同じでも先輩だから、きっと取り乱しにくいだろうマメを思う。
急にマメが心配になった。
「ちょっとマメ見てくるね」
戸惑う二人にそう言い残し、さっさと部屋を出た。

廊下はひんやりとしている。
黒ずんで固い赤絨毯に、パタパタと暢気にスリッパの音が響く。
薄い木のドアを叩き、返事も待たずにドアを開けた。
130 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:50
電気もつけない暗い部屋に、明滅するTVの光。
そして、マメはこれでもかというくらいに眉間に皴を寄せ、これ見よがしに溜息をついてみせる。
腕を組んで見ているのは、ひょっこりひょうたん島。
感じは出ていたけど、ブラウン管に映るのはドン・ガバチョ。

「目、悪くなるよ」
電気をつけると、マメは眩しそうに目を細める。

そのままマメを素通りし、窓際の籐椅子に腰掛けた。
テーブルには、お茶とせんべいとみかんが置いてある。
おもむろに、せんべいの包みを取り上げた。
「あ!!」
いきなり大声を出したマメの視線は、私の手元に。
「え、なに?食べちゃマズかった?」
私の声でマメはふっと素に戻り、何事もなかったようにTVに向き直る。
その表情は相変わらず険しく、青く歪んでいる。
私はせんべいをぶらぶらさせたまま、食べてもいいものなのか迷っていた。
131 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:51
「マメ〜」
返事がない。
「ねえ、マメ〜」
少し強く言ってみたが、マメはTVから目を離さない。
サンデー先生の説教の何が面白いのか、全然わからない。
「あっそ。じゃあ、食べちゃうよー」
私のせんべい音に、マメがハッとこっちを振り向く。
「なに?」
「いや」
「なにさ、言ってよ」
「亀ちゃん、怒るよ」

何を言ってるのだろう。
せんべい食べて、亀井ちゃんが怒るの?
この一瞬の間がマメを気恥ずかしくさせたのか、続けて言う。
「だから、さっき亀井ちゃんのティータイムを邪魔したの。で、怒って出てっちゃって。知ってるでしょ?」
鼻息荒く、マメは私がいじわるしたと、咎めるように言う。
確かに、切り出し難いことだったけど、それなら簡単な話のような気がする。
亀井ちゃんは、説教されたと思って怒っている。
でも、マメはお茶の時間を邪魔して怒られたと思っている。

「参考までに聞くけどさ、マメ、どうやって亀井ちゃんの邪魔した?」
「え?いや、別にただ・・・」
「ただ?」
「劇の亀井ちゃんの台詞、ちょっと真似しただけ」
何となく解決の兆し。
132 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:51
私は渋るマメの腕を引っ張り、自室へと戻る。
重い空気を引きずったまま、それを持ち上げるようなテンションでトランプをしていた。
愛ちゃんが。
亀井ちゃんもうっすら笑顔を浮かべてはいたが、私とマメが入ってくると、一瞬顔を引きつらせた。

私はタイミングを見失ってしまい、四人で静かにトランプを始めた。
先ほどから愛ちゃんは気難しい顔をもぞもぞさせていて、私だけが上擦ったハイテンションを繰り出している。
内心、恥ずかしさで心が燃えそうだったが、我慢した。
さっきから、愛ちゃんがずっと黙っている。
マメも亀井ちゃんも、ただただ黙ってカードを切っている。

「へっっぶし!!あ゙ぁ〜」
凍えそうな部屋の空気が、ぽっと弾ける。
が、マメと亀井ちゃんは微かに反応を見せるものの、気まずそうにトランプしか見ていない。
私も機を逸してしまう。
笑うことも、いつも通り突っ込むこともできたのに。
すっきりした様子の愛ちゃんだけど、何も反応がなかったことに居心地の悪さを感じているようだ。
助けを請うように私を覗き込むが、見て見ぬふりしかできなかった。

「ねぇ、他のやろうよ。ババ抜き、何順した?」
不自然なくらい私の方に顔を向け、マメが提案する。
「そうだね。何がいい?」
亀井ちゃんに聞いても、何でもいいです、としか返ってこない。
愛ちゃんにしてみれば、さっきのくしゃみは会心の出来だったのだろう。
外して以来、哀しそうに目を伏せている。
「じゃあ、何にしようか。
孤軍奮闘の私に続こうと、みんな何か口ごもろうとするけど、そこからが続かない。
133 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:52
困っている時は、なかなかアイデアが浮かばない。
自分の中で、大貧民しか選択肢しかなかった。
そんな折、救世主が現れる。

「UNOしよー」
あいぼんと吉澤さんが唐突にドアを開けるなり、そう言った。
「みんな揃ってるねぇ。ほら、ちょっと開けて」
適当に愛想を振り撒きながら、吉澤さんが私と亀井ちゃんの間に座る。
「トランプやってたんだ」
あいぼんも、マメと愛ちゃんの間に座る。

愛ちゃんがトランプを片そうとすると、それを吉澤さんが制す。
「あ、いいよ。それも混ぜちゃおうよ」
「混ぜるんですか?」
「そう。つーか紺野。なんで目、潤んでんの?」
安心したからだと思う。
肩に回された手が力強く感じた。
134 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:53

場の空気は一転し、和やかに進んでいく。
トランプを混ぜたUNOは新鮮で、思っていたよりも悪くない。
明日、ツアーの初日を迎えるということもあってか、不思議とテンションが上がり、勝負は白熱していく。
マメと亀井ちゃんの間を除いて。

「ずっと思ってたんだけどさ、二人。なんか今日、仲悪くない?」
UNOにも飽き始めた頃、二人の閉じた距離を敏感に察知していたらしい吉澤さんが、マメと亀井ちゃんを指す。
口を噤んでしまう二人。
どうなの?とあいぼんが、私と愛ちゃんを窺う。

「ケンカしたんやってぇ、二人」
どうしても軽く響いてしまう口調の愛ちゃん。
重ねて、便利だと思う。
135 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:54
「なんで?」
素朴なあいぼんの疑問に、吉澤さん以外の四人はバツが悪そうに顔を見合わせる。
「まあ、いいよ」
興味なさそうにそう言って、吉澤さんはマメと亀井ちゃんの手を引き合わせる。
「はい、これで仲直り。二人とも、ごめんなさいは?」
「ごめん」
「ごめんなさい」
ぎこちなかったが、マメと亀井ちゃんが目を合わせずに言う。

「よし。じゃあ、寝よっか。明日は一発目だしね。しっかり寝て、気合入れないと。ガキさん、今日は私の部屋で。亀井はこの部屋。で、あいぼんと紺野は、この二人が使ってた部屋で寝ること。解散!」
吉澤さんは強引に場をお開きにすると、マメを連れてさっさと部屋に戻ってしまう。
私たちも習うように、吉澤さんの言う通りに動く。
136 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:56
さっきまで軽く修羅場だった、少し前までの私の部屋へ。
愛ちゃんは微妙に気まずそうな顔を作っていたけど、亀井ちゃんはTVを見て、うっすら笑顔を浮かべていたから、大丈夫。
私の荷物を受け取り、部屋に戻る。
137 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:56
私のすぐ後に、あいぼんも戻り、やっと一息つけた気がする。
あいぼんも畳に寝転がり、あぁ〜、とだらしない声を出す。
半開きの口のまま、私を見遣る。
何となく八橋を入れてあげた。
あいぼんはおいしそうに食べているが、やっぱり音が大きい。

「いや、そうじゃなくてね。なんでケンカしてたの?」
「ああ、そのことね」
マメと亀井ちゃんの、ちょっと特殊なすれ違い、そして、それは恐らく疲れと感じたことのない緊張感によるものだろうこと。
私自身も理解できてもいないし、二人に確認もしていないから、なるべく誤解されないよう、大雑把に話した。
あいぼんはわかったような、わかっていないような風だったけど、納得しているようでもあった。
138 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:56
「でも、吉澤さんには驚いた」
バカしかしていないイメージのある吉澤さんを見直した私の言葉に、
「よっすぃ、慣れてるからね」
妙に実感のこもった、何かを懐かしむようなあいぼん。
そして、すぐにそれを掻き消すように続ける。
「よっすぃ、さっき言ってたよ。形だけでも仲直りさせときゃ、とりあえずの仲良くする口実になるだろうし、無理に仲直りさせようったって、そういう問題じゃないって。本人同士で勝手にやれって」
「だから、あんなてきとーだったんだ」
達観した吉澤さんの考えに、どうにかして二人の中を取り持とうとした自分の至らなさを実感した。
そして、その新たな一面に、ちょっと驚かされもした。

「でも、なんであんなに手際よく事を進められたんだろうね」
「まあ、寝ようよ」
お茶を濁したあいぼんが電気を消す。
139 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:57

「ケンカねぇ」
私に背を向けた体勢で寝ているあいぼんが、ぽつりと呟く。
「どうなるんだろうね」
調子を合わせるつもりだったけど、どことなく無責任に響いた。
「いいんじゃない?たまには。私もののとよくケンカしたし」
「どんな?」
「それは秘密」
愛くるしい口調でぼやかされる。
吉澤さんの、あの素敵な仕切りの謎が解けた気がした。

「でも、矢口さんとか安倍さんがいなくてよかったよ」
「なんで?」
「心配かけちゃうでしょ?」
そっか。
矢口さんは怪我で、それどころじゃないだろうし。
ずいぶんと長い日が続く。
ここ2,3日を振り返っていると、ふーっと眠りに引きずり込まれそうになる。
140 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:59
しばらく浅い眠りにウトウトしてると、あいぼんが穏やかでないことを言う。
「私も誰かとケンカしようかな」
私はケンカを吹っかけられないかドキドキしてしまう。
人生、穏やかにいきたいものだ。
「マコっちゃんとか」
「ダメだよ、あいぼん。マコちゃん泣いちゃうよ」
もそもそと寝返りを打ったあいぼんが、にたぁっと好戦的な笑みを浮かべる。

「つーかさ、紺ちゃん。なんで私のこと、あいぼんって言うの?」
「えぇ?」
「だからね、私は一応先輩なんだし、敬語使いなよ」
けど、あいぼんは真面目な顔を途中までしか作りきれず、噴き出してしまう。

「やっぱ無理だわ。歳とったかな」
お手上げといった感じで、あいぼんは手を頭の後ろに回す。
141 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 05:59
「まだ中澤さんの半分程度だよ、私たち」
「だね」
あいぼんはそう私に合わせ、
「あとで、中澤さんにメールで送るよ」
クスクスと、恥ずかしそうに手で顔を隠しながら笑う。
「ひどーい」
私の知らない時代の、最年少だった頃のあいぼんが見えた気がした。
142 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 06:00

あいぼんが寝静まるのを待って、静かに枕元にあるケイタイを取る。

ごめんね。美貴のこと、忘れてたわけじゃないよ。

言い訳くさくなりそうだったから、それだけ送った。


143 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 06:20
>>88
放置されたあの人は、まだ放置気味です。
掴みにくいんで。

>>89
あやふやは許して頂いたのですが、今度はふやふやになりそうです。
とか言ってみたり、みなかったり。

>>90
ありがとうございます。
たまに集めた情報が把握できなくなったりするんですが、殺し合いにならなくてよかったです。

>>91
そう言って頂けるとありがたいです。
最後の数レス、入れるか迷ったんで。
144 名前:名無し娘。 投稿日:2003/11/24(月) 17:03
大量更新お疲れ様です。

そうそう!シゲさん、めちゃくちゃリファレンス早いですよね!自分も実は頭の良い子だと思っています。
つか小ネタに一々つっこみたい!!
そして読んでいて、これ以上ないキモい笑顔をたぶん浮かべてしまっている……。これはハロモニを見ている時と同様の現象だ。
だって、加護さん達の喧嘩の原因聴かせろ!って思ってしまいましたもん。
凄すぎます、素敵過ぎます。
145 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/11/24(月) 22:52
>>113での放置っぷり良かったです。(T◇T)

飯田さんと重さんが気になります
あと、田中は梨華ちゃん命じゃあ?

続き期待してます
146 名前:_ 投稿日:2003/11/30(日) 04:42

8. スキップ!


このドアを開けたら、そこはきっと別世界。
スタッフさんのおもちゃも、今日でおしまい。

あさ美、勢いよ。
今日の相手はメロン記念日。
絶対に勢いで負けちゃダメ。
ここは恥をかなぐり捨てて、一気に乗り切るの。
モッシュにダイブにサイリウム投げ(もうないらしいけど)の暴徒をまとめる集団よ。
一瞬の隙も見せられない。

水撒き水撒きヴォルヴィックぅ!
いつの日か緑光の絨毯を、あさ美ウェーブで埋め尽くしてみせるわ。
うーっし!!

よし、気合も入ったところで、行きますか。
繰り返すけど、勢いよ。
147 名前:_ 投稿日:2003/11/30(日) 04:43

「どうも〜
愛のボタン、連打!連打!
ふぉっ!!
おじゃマ〜ルシェ、紺野です。

あの、今日は紺ちゃんとか、おじゃまるとか、そういうのはいらないんで。
柴田さん、はりきりすぎないでください。
それに、腋に苔が生えてますよ。
いくらナチュラルだからって、それは・・・
いやだなぁ、嘘ですよ。う・そ☆

とりあえずサボテン持ってきたんですけど、いりますか?
あれ。みなさん、今日はテンガロンハットじゃないんですね。
そういえば、テンガロンハットの名前の由来って知ってますか?
知りたくない?それは残念です。
せっかくマメに聞いたのに・・・
148 名前:_ 投稿日:2003/11/30(日) 04:45
さ、気を取り直していきますよぉ!

12月3日に新曲『かわいい彼』をリリースするということですが、どうですか?
初回限定版には、12月6日の大阪を皮切りにスタートする握手会の参加権が同封されてる?
それはお得ですねぇ。
是非とも参加したいです。
・・・ホントにそう思ってますよぉ。

でも、柴田さん。
年下の彼なんてタイトル、あなた、明らかにリードする感じじゃないですよね?
そんなことない?
あっそ。
じゃあ、さっさとツッコミ覚えて浴衣でコクってろ。
季節またいでんじゃねえよ。

いや、斉藤さんには、まだ聞いてないんで。

大谷さんは如何ですか?
ユーロビートで盛り上がれる?
でも、これ以上盛り上がってどうするんですか。
はぁ・・・『東京だって 札幌にだって── ついてく』ってくだりが好き。
そんな訳わかんないこと言ってると、前髪の蓋、開けますよ。

いや、斉藤さんは地の果てまで、って感じじゃないですか?
それに聞いてないんで。
149 名前:_ 投稿日:2003/11/30(日) 04:45
村田さんは前回に続き、博士役なわけですか・・・
違う?それは春?前は手品?今はメガネキャラなだけ?
・・・まあ、いいんです。落ち込んでないです。
わたしが不勉強なだけですから。
それにしても、バンダナもメガネも、どこがメルヘンなんですかねぇ。

じゃあ、最後。しょうがないから、すっかり牙の抜けたさいとーさん。
ついてきなさいよ、って感じの曲?
マーシーさんと言ってること違うじゃないですか。
あと、セクシーに言うのか、男前に言うのか、どっちかにしてください。
あ、やっぱもういいです。
聞いたわたしがバカでした。
それより、一緒にヘッドバンキングしましょ。
みなさん、歌ってください。
ほら、『愛してますか』、って。

ふぅ〜、やっぱり疲れますね、みなさんといると。
わたし、喋ってばっかじゃないですか。
なんか喋ってくださいよ。
そんな間がない?
あれ?なんか軽くひいてないですか?
しょうがないな〜

よし!行くぞ、オマエラ。
どこって?決まってるじゃねーか。盗みにだよ。
メロンじゃねーよ。メロンは盗んだら退学になっちゃうんだよ、このばか。基本だよ。
だから、スイカ盗みに行くぞ!」
150 名前:_ 投稿日:2003/11/30(日) 04:47

あれ・・・柴田さん?
顔怖いですよ。
なんでそんな静かにキレてるんです?
怒らないのが柴田さんじゃないですか。
ちょ、ちょっと。ちょっと待って。痛い、痛いって。
自分で出るから、ね?ね?」



あらら、ちょっとギリだったかな。
追い出されちゃったよ。
でも、もう一言。

「メロンのみなさん!覚えとけよ!!
そのうち、おいも記念日に紺野あさ美(モーニング娘。)にするからな!!!」
151 名前:_ 投稿日:2003/11/30(日) 04:48
───
──


あれ?なに?この無反応。

中澤さん、唖然としてないで、何か突っ込んで下さいよ。
いつもみたいに、この子は・・・みたいな感じで笑ってくださいよ。

マコちゃん、なに?
その、他人を見るようなしら〜っとした目は。
「これって・・・あさ美、ちゃん?」

「嫌だなぁ〜マコト。わたしに決まってるじゃない」
そんなわたしの戯言も効果なし。
痛いくらいに冷たい静寂がスポットライトの下に停滞し、スタッフさんは笑い声を潜めている。


このVTRは二人へのちょっとしたサプライズだということ。
別のパターンを撮ってあるということ。

スタッフさんがそう切り出してくれるまで、わたしは押し潰されそうな恥ずかしさに耐えなければならなかった。
152 名前:_ 投稿日:2003/11/30(日) 04:55

>>144
つっこみ倒しちゃって下さい。
それと、ハロモニと同ベクトルに感じて頂けて光栄です。

>>145
まあ、なんというか、辻の甘っ子反応は尋常じゃないということで。
そんな方向でお願いします。
153 名前:名無し娘。 投稿日:2003/11/30(日) 18:21
石川さん以上に遊ばれてるよな。
ラジオの子供電話相談室の紺野さんみたいだった。
そして紺野さん、一体全体何処出身?

今回の私的ベストバウトは前髪の蓋でした。
154 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/01(月) 19:10
あーもうマジでヤバイ、オモロイよ…。
永遠に終わらないでほしいよな世界、でも時間は刻々と(しかもリアルタイムで)過ぎてくという。
次回も楽しみにしてます。
155 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:43

9.けっこう難しかったり、面倒だったり・・・実は嬉しい


「あさ美ちゃん、仕事おわりヒマ?」
ゴロッキーズの収録を控え、安穏としながらも緊張している。
スタッフさんに呼ばれ、スタジオに向かう途中、マコちゃんが出し抜けに聞いてきた。
仕事に入る前はいつも真剣な顔で、遊びの予定を入れようとするなんて意外だった。
「何もないなら、ごはん食べに行こうよ」
何故かそう耳打ちしてくる。
廊下の敷いてある絨毯に声が吸い込まれ、前でれいなちゃんとシゲさんがじゃれて騒いでる。
聞き取りずらい。

「うん、いいけど。でも、なんでコソコソ話なの?」
「じゃあさ、仕事おわったら──」
「マコちゃん、こしょばい」
ふと素に返り、戸惑ったように眉間に皴を寄せると、すぐにほんわかした笑顔に戻る。
「ごめんごめん。じゃあ、仕事おわったらね」
「じゃあ、愛ちゃんとマメも誘っとくよ」
たまには同期だけで遊ぶのも悪くないと思った。
しかし、マコちゃんの目は鈍く光り、異世界の方に流れた。
156 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:44

───
──


「ずいぶん、おしちゃったねー」
そうは言うものの、美貴は疲れも見せず、軽い足取りでいるが、ふっと息を抜く。
「この後、なんかあるの?」
「うん、久々に亜弥ちゃん家に行く」

「じゃあ、こんなゆっくりしてていいの?」
「こんだけ遅れちゃったら、急いでも変わらないよ」
でもね、と続ける。
「亜弥ちゃん、ごはん作って待ってる、って言ってたんだよねぇ」
「いいねー。なに作るって?」
ごはんと聞くと、つい反射的に踏み込んでしまう。
「鶏肉のハーブ詰めだって。TVで見たとかって。怒ってるよね、絶対」
眉を軽く顰めている美貴の顔は、ワガママな妹に手を焼いているお姉さんそのもの。
「スタジオ、二時間だけの予定だったのにね」
「そうだよ。だから美貴、亜弥ちゃんと約束したのにさー」
廊下に掛けられている時計は20時を回ろうとしている。

収録は16時から18時までの予定だったのだが、次のスタジオの予約がキャンセルされたらしく、急遽、撮影が延長された。
都合良く、運悪くわたし達のスケジュールは空いていた。
美貴の場合、あまり意味はないだろうけど、これで空いた次の予定がオフになればいいと思う。
157 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:49
「あ、お疲れさまでーす」
美貴の声に、慌てて顔を上げる。
明美ママが、お疲れ、と騒々しくわたし達を追い抜いて行った。
「大阪着いても、電車で家まで帰れるか微妙らしいよ」
そう声を潜めて表情を作る。

「そういえばさー、亀井ちゃんと新垣ちゃんって相変わらず?」
前を向いたまま。
わたしはどう返していいかわからず、じっと美貴を見ている。
「って、そうだよね。収録中くらいだもんね、話してんの」

「でも、そうやって気まずくても話してたら、その内わだかまりは解けるよ」
「なにそれ。珍しく大人発言じゃない?」
「って、吉澤さんが言ってたのをあいぼんが言ってた」
「パクリじゃん、それ」
美貴がニコニコとツッコんでくる。
腹立たしいときもあるけれど、何故かホッとしてしまう自分がいる。

マメも亀井ちゃんも、未だに気まずい距離。
元々、こんなにこじれるようなことではなかったんだけど。
仲違いの元を説明しても、二人とも意地なのか、なかなか上手く仲直りできない。
でも、二人とも、決してお互いの悪口を言わない。

こんな仲間で本当によかった。
158 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:53
ちょっとだけ沈んだ会話を断ち切るように美貴。
「でもさ、打ち切りなんだってね。ごろっき」
心底残念そうに言う。

「急でびっくりだよね」
普通に半年は続くと思っていただけに、青天の霹靂だった。
「お蔵入りなのに、こうやってまだ撮ってるんだもんね」
「DVDで出るんじゃないの?」
「まあ、わたし達にはあんま関係ないことだね」
元も子もないことを・・・と思ったが、まさにその通り。
そんな貴の率直さが好きだったりする。

159 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:55

楽屋に戻ると、明日も学校だからと中学生メンバーは帰るところだった。
マメもさっさと帰ってしまった。
さっきまで余裕を見せていた美貴も、メールをチェックすると急に青くなり、一目散に楽屋を後にした。

「あれ、マコちゃんは?」
すっかり帰り支度も済み、鏡に向かって帽子の位置を丹念に直している愛ちゃんの背中に聞いた。
「トイレにでも行ってるんでねぇ?ほな、わたしも帰るでぇ」
そう言って足早に楽屋を出ようとする。
思わず、その腕を掴む。
「え〜、ごはん行くんじゃないのぉ?」
我ながら、情けない声が出てしまった。

「あ、ごめんなんかおばあちゃんが風邪ひいちゃったみたいでシンパイだから帰るわ」
そう愛ちゃんは一息で言い、大きく息を吸い込む。
「じゃあ、しょうがないね。また今度ね?」
「もちろん。また今度、宝塚でも」
160 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:55
本当に申し訳なさそうに弱々しい目をした愛ちゃんがドアの前に立つと、その向こうから弾んだマコちゃんの奇声が聞こえて──
「あいたぁー!!」
勢いよくドアが開き、おでこをしたたかに打った愛ちゃんが叫ぶ。
腹の底から一気に破裂したような声が、まっすぐにマコちゃんを突き抜ける。
あまりの大音量に目が点になり、浮かれきった調子でドアを開けた体勢のまま固まってしまう。
それも、器用に右手はドアノブを掴んだまま、左足が前を踏み出そうと浮いたままで。
が、すぐに目の前の現実を認識する。

「あ、ごめん」
おでこを押さえて蹲る愛ちゃんの周りを右往左往する。
そして、愛ちゃんの指の隙間から、ふーふー息を吹きかけてる。

愛ちゃんの高らかな悲鳴に、スタッフさんやマネージャーさんも集まってくる。
みんな、何が起こったのかと、愛ちゃんの周りをぞろぞろと囲んでいく。
人が集まってしまったことでマコちゃんのパニックに拍車をかけてしまい、わけのわからないことを口走りながらアタフタと愛ちゃんを覗き込んでいる。
161 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:56
「ま、ええか」
涙で目が潤んでいたが、何事もなかったかのように立ち上がる。
そして、大丈夫だと前髪を上げてマコちゃんに見せ、野次馬に笑顔で応えてみせる。
「でも、赤くなってるよぉ。ちょっと腫れてきてるし」
心配そうなマコちゃんに、大丈夫だと言い張り、帰ろうとする。


「お母さん、東京に来てるんだって?これから一緒にどこか行くの?よろしく言っといてね」
ハッと大そうなびっくり顔でマコちゃんを見る愛ちゃん。
「あれ、おばあちゃん風邪なんじゃないの?」
わたしの言葉に、今度はマコちゃんが愛ちゃんをハッと見る。
「まあ、お母さんもおばあちゃんも似たようなもんやろぉ」
そう言い残し、そそくさと帰ってしまった。

「なんなの・・・?」
「え?うん、あ、ああ。まあ、行こうよ」
努めて明るいマコちゃんの慌てた口調。
取り立てて追求することもないだろうと、マコちゃんと並んで楽屋を出た。

162 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:57
──
わたしたちはタクシーで渋谷に向かった。
夜の道路は交通量がぐっと減り、流しのタクシーが我が物顔で往来する。
左手には再開発中の品川の駅が見える。
闇に浮かぶ鉄骨とシートはどこか物悲しく、ふと吸い込まれていくような気がした。

「わたしたちが来た頃と、だいぶ違うね」
わたしの視線を追ったマコちゃんが、寂しそうに呟く。
「そうだね」
わたしは小さく返し、目を閉じた。

二年と少し。
ただ毎日を乗り切っているだけのような、日めくりカレンダーを何枚かずつ捲っているような。
上京したきた頃を昨日のことようにも感じられるし、地元を離れてずいぶん長い時間が過ぎてしまったようにも思える。
初々しさがすっかり失せてしまった。
笑顔が増えた六期と比べてよく実感する。
先輩におんぶに抱っこの時は、とっくに過ぎているのだろう。
きっと、わたしが思う以上に何かが変わってきているはず。
昔のままではいられない。
変わらなきゃいけないのかな?
このままいれたらいいのに。

タクシーは大使館が隣接するひっそりとした裏道に入った。
鬱蒼と茂る街路樹が、まばらにある街灯の抑えた光を受けて、さらに深い影を作る。
異国の建物が並び、それと同じように日本家屋も並ぶ。
ふと沸いた混乱は一層激しくなってしまった。
163 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:58


タクシーは渋谷のセンター街を少し外れたところで停まり、マコちゃんの後をついていく。
夜を拒絶するように色とりどりのネオンが、チカチカ揺れる。
ビル群と帽子と溢れる人並みで狭まった視界に、力ない夜が浮かんでいた。


「街はすっかりクリスマスだね」
明るいマコちゃんの声を遮るように、大声で笑いあうわたし達と同年代くらいの集団がすれ違った。
「でも、やっぱりどこか変な気するね。雪ないと」
変わらない調子で続けた。
わたしも、秋がそのまま通り過ぎていくような冬に違和感を覚える。
今のこの光に満ちた街並みと、札幌のホワイトイルミネーションが結びつかない。

「あさ美ちゃん、どうしたの?ずっと難しそうな顔してるけど」
「なんか青春したいなぁ、って」
「なにそれー」
ほこほこしたマコちゃんの笑顔が目の前にある。
こういう笑顔、なんかいいな、と思う。
「いや、行こ?」
マコちゃんの手を取って、早足で進む。
跳ねるように、突き切るように。
「ちょっと待って。あさ美ちゃん、店過ぎてるってぇー」

マコちゃんが、わたしの手を握る手に力を込め、ぐっと引き止める。
急停止を強いられ、マコちゃんと向かい合うようになったわたしは、負けじとその手を握り返す。
訳もわからずポカンとしたマコちゃんにも、私の笑顔が伝染した。
164 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 02:59
店は小さなカウンターとテーブルが3席しかなく、華奢な作りになっている。
かろうじて空いていた端の席に陣取ったわたし達は、古びた感じの黒ずんだ木製の椅子に腰を下ろす。
「この椅子、なんか小さいね」
「あさ美ちゃん、訛ってるよ。イスだって。語尾が上がるの」
「いス?」
「イス」
「イす」
「あ〜、もういいや。わかんなくなっちゃった」
おばさん臭く話を終わらせると、メニューを取る。

「ここね、特製麺セットがお得なんだよ。ラーメンとごはんと小鉢がついてるの」
「ふーん。ここ、ラーメン屋だったんだ」
「いや、違うよ。台湾料理屋」
真面目な顔で訂正するマコちゃんは、特製麺セットでいいでしょ?とわたしに確認を取り、ウェイトレスさんを呼ぶ。
そのウェイトレスさんは日本人じゃないみたいで、上手く注文が伝わらない。
マコちゃんの注文に怪訝そうな顔を浮かべ、助けを求めるようにレジにいる店主らしきおばさんをチラチラ見ている。
そのおばさんといえば知らん顔で、帳簿みたいなものにせっせと何か書き込んでいる。

「ねぇ、マコちゃん。これってランチメニューなんじゃないの?15時までって書いてるよ?」
「え?・・・・・・あっ!!」
マコちゃんは物凄いスピードでメニューに目を走らせると、
「すいません、あとでいいですぅ」
とウェイトレスさんに謝り、
「いやぁ、焦った焦った」
パタパタとメニューで自分を煽いだ。
セットじゃなくて単品で頼めばいいのに、と思ったが言わなかった。

結局、わたしはとろみそば、マコちゃんは海鮮やきそば、二人で小皿をいくつか頼んだ。

165 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:00

料理が並ぶと、空腹のわたし達の意識は、しばし食べることへと集中していく。



「あさ美ちゃんさ、最近、加護さんと仲いいよね」
何かを探るようなニュアンスだったのかもしれないが、今のわたしにはこの熱々のスープが絡みつく麺をどう平らげるか。それが問題だった。
「そうだねぇ。あいぼん家よくいるし。マコちゃんだって来てるでしょ」
「そうなんだけどさー。でも、あさ美ちゃんほどじゃないよ」
「それよりさ、このブロッコリー、熱くない?」
「私だってね、そう・・・」
「舌、たぶん火傷しちゃった」
「・・・」
「・・・」
このスープ、とろみがついているせいか、全然冷めない。

「・・・寂しいよ」
マコちゃんは自分の手元を見つめ、本当に寂しそうに目を伏せる。
166 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:01
ちょっとシリアスな展開に、笑いつつも真剣な顔にならなければならない気がしてきた。
「こうやって外で会ってるじゃない」
「違うの!わたしが欲しいのはこんなんじゃない」
安物バラエティの再現ドラマみたいな、ヒステリー混じりのマコちゃん。

「なんなの?」
「わたしが望んでいたのは、わたしが本当に望んでいるのは・・・」
引き続き。

「うん」
「・・・いや、もう手遅れなのかもしれないね」
今度は声を低く男前に。

「麻琴って呼んで」
「たまに呼んでるでしょ」
戻って再び三文芝居。

「ふざけてじゃないくて」
「そう?」
つかマコちゃん、噛んでるし。

「早く言って。お願い」
「・・・マコ、ト?」

「ねぇ、言って。ちゃんと言って。わたしに聞こえるように。そして愛していると!」
微妙に宝塚。

「麻琴・・・・・・」
「嬉しい!!」
「・・・ちゃん」

167 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:02
「あぁ〜、やっぱりぃ〜〜。わたしを愛せないのね?」
ずいぶんと入り込んで熱を帯びていたマコちゃんは両手で顔を隠し、しゃくりあげてしまう。
「ね、マコちゃん。泣くのやめよ?ね?」
ふざけた口調や言葉尻は関係ないくらい、マコちゃんが本気で悲しがっているような気がした。
訳もわからず大変な事態に陥ってしまったわたしは、目の前の状況をどうにかしなければならないのと、周りのお客さんの好奇の視線が恥ずかしいので、おろおろするばかりだ。
マコちゃんの泣き声はどんどん大きくなる。
「エーン、えーん。ウェーん・・・ピッピッ」
憎らしい笑顔で目の端を指先でコミカルに拭ってみせる。

・・・ニャロー
168 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:02


「でも、寂しかったのは嘘じゃないもん」
ぷいと顔を背けて、照れ隠しといじけを表現してみせる。
確かに疎遠ということではないが、前よりもマコちゃんといる時間は短くなったのかもしれない。
わたしとマコちゃんの関係が今と昔でどう違うか、それぞれに仲良く
「でもさ、それって・・・」
「わかってる。けど、なんか確かめたくなった。思春期特有のアオクサイ感情ですよっ」
真剣な表情の中心にある鼻を、これでもかというくらいに広げる。
どうしてもおちゃらけ方面に流れてしまうマコちゃん。


169 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:03
でもね・・・、と、マコちゃんの笑顔が瞬間真顔になり、すっと影が射す。
「黙ってようと思ってたんだけどさ、やっぱり言うわ」
後悔を噛み締めるように顔を歪め、弱気な気持ちを押し切るように続ける。
「実はさ・・・今日、愛ちゃんには来るの遠慮してもらったんだ。・・・二人で話したくて」
「そんな──」
「ごめん!!」
わたしの言葉に覆い被せるように大きく、手を目の前で重ねる。

電話とかメールとか、色々あるだろうに、こういうマコちゃんの生真面目さ。
そして、知らぬ間にマコちゃんを不安にさせ、追い詰めてしまったのではないかと居たたまれない気持ちになる。
「なんか・・・こっちこそ、ゴメンネ」
「え?・・あ、全然そんなことじゃなくてね・・・」
しどろもどろにあれこれと言葉を並べるマコちゃん。
そのどれもが意味を帯びず、まとまらない。

「怒られるかと思った」
「なぁんでさ・・・ちょっと待って、電話」
170 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:04
「はい」
『ご無沙汰しております。わたくし、高橋愛の母親でございますが』
「え、愛ちゃんでしょ?なしたの?土井たか子のマネなんかして」
『いえ、わたくし、高橋愛の母親ですよ。娘があさ美ちゃんに電話するようにって』
「愛ちゃん・・・だよね?」
『愛の母親ですが、愛が上京ついでに、一言あなたに挨拶しておくように、って』

とりあえず、愛ちゃんのペースに乗っとこうと思った。

「はぁ、それはご丁寧に、どうも・・・」
『はい、そういうわけで失礼致します』
あぁ、しんどかったぁ〜。
電話を切る直前、愛ちゃんが電話口の向こうで一人呟いているのが聞こえた。

171 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:05
「どしたの?」
マコちゃんが聞いてくる。
「愛ちゃん。なんか、フォローの電話だったみたい」
「そっか。じゃあ、あとでバラしちゃった、って言っとかないと。なんか悪いことしちゃったな」

そして、わたしとマコちゃんは、何事もなかったように食事を再開した。
けど、今までとはどこか違う、どこか誇らしいような、優しい、ゆっくりと安心できる温みが心を暖めていた。

172 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:06

10.ぁん? Happy Birthday


12月23日。

もちろん仕事、リハーサル。
そして、15歳になる亀井ちゃん。
今日のリハは長引きそうだからと、始まる前に亀井ちゃんのお誕生日と、クリスマスイヴイヴ。
本当は亀井ちゃんの誕生日とは別にイヴにプレゼント交換をしようという話だったんだけど、
「まとめちゃってもいいんじゃない?」
矢口さんの言葉で何となくそんな感じで同時開催が決まった。
とりあえずクリスマスやっとけ、みたいな児童館のレクリエーション臭がしたのは、わたしだけ?
それでも、わたしを含め、年端もいかないメンバーは、こういうのが楽しくて仕方がない。
173 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:07
集合時間の45分前に集まり、亀井ちゃんを待っていた。
「いい?ドアが開いて、亀井の二歩目でHappy Birthdayだからね。二歩目が足に着いた瞬間」
飯田さんが細かいタイミングを指示し、亀井ちゃんが来るのを待つ。

いつ来るかわからないから、かれこれ30分は待ちぼうけのわたし達。
ちょっと飽きてきた。

「めっ、のんちゃん!」
テーブル一杯に広げてあるお菓子にののが伸ばした手に向け、飯田さんが叱り付ける。
「なんでののだって・・・」
わかるんだよ。とは続かず、しゅるしゅると尖がった唇から力が抜けた。
確かに飯田さんの位置からは見えにくいはず。
けど、第六感で見事にそれを当て、屈辱この上ない叱り方でののを制した。
5期、6期と、二世代も後輩がいるのんちゃん、先輩形なし。

「いいもん。のん、ちっちゃい子供だからわかんない」
そう言って、関係ねぇよ!ハロモニじゃないんだもん、と悪ぶり、クッキーを口に放り込んだ。
「あぁ、のんちゃん・・・」
ののは飯田さんの小さい子扱いは諦めているらしく、わざと無邪気に振舞っては、飯田さんを困らせている。
174 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:07

「しっ、足音する」
矢口さんが短く声を潜めると、緩んでいた空気がぴたっと冷えた。
カツカツと廊下に響く足音がわたし達のいる部屋に近づいてくる。
──亀井ちゃんが部屋に入ってきて、二歩目が着いた瞬間。
タイミングを外さないよう、心の中で何度も唱え、繰り返しイメージする。
が、無常にもそのまま通過してしまう。

おぉ〜

緊張が解け、みんな思わず笑みが漏れる。
「ちょっとみんな、静かにし──」

その瞬間、唐突にドアが開き、
「おっはよ〜」
「Hap──」
安倍さんの明るい挨拶が楽屋中に響き渡り、みんなを落ち着かせようとしていた飯田さんの緊張感が中途半端にHappyを出させた。
「あ」
そして、飯田さんの声に釣られたマメが、クラッカーを鳴らしてしまう。

パンッ

小さな音が静まりかえった部屋で破裂し、陽気な配色の紙テープがパサリ、びっくり顔の安倍さんの肩に間抜けに降り立った。
175 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:08

「うっわ〜。ベッタベタ・・・」
美貴の容赦ない呟きが室内にまっすぐ通った。
こういう場合、何食わぬ顔して亀井ちゃんがひょっこり立ってたりするもんだけど・・・

いないみたい。
176 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:08

「かおタンさ、安倍さんに伝えるの、忘れたでしょ?」
「まあね」
石川さんの冷静なジト目に、ぶわっと髪をかきあげ、颯爽に、カッコよく返した。

「なんで誰も気付かなかったんやろなぁ」
「ね」
愛ちゃんとマコちゃんが、無責任に話してる。

「先輩達も疲れてるんだ」
「よかった〜、わたし達だけかと思ってた」
れいなちゃんとシゲさんが、おかしなところで感心してた。

177 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:10
「いいから。なっち、早く入って」
矢口さんの言葉に、蝋人形のように固まってしまった安倍さんの顔に表情が戻る。

「ちょっと矢口。なんなのさ、これ」
「亀井の誕生日。前話したでしょ。クリスマスと一緒にやるって」
「ああ、そういえば」
矢口さんが説明してる間、飯田さんの指示でわたし達は持ち場に戻る。
絶対的にマイペースな安倍さん、決して動じたりしない。


「なっち、亀井のプレゼント持ってきてるでしょ?」
至って普通に聞く飯田さん。
安倍さんに知らせなかった張本人の言葉に安倍さんは憮然とするが、仕切りモードに入った飯田さんには通じない。
「・・・持ってきてるけど」

「じゃあ、問題ないっすね。クリスマスプレゼントは肩たたき券でも作ればいいし」
どこで覚えたのか体育会言葉の美貴が、強引に解決。
安倍さんは渋々机に向かい、鞄からメモ帳を取り出した。
「10枚綴りくらいでいいっしょ?」
投げやりな安倍さんの軽く苛立った口調に、誰もが口を噤んでしまう。
肩たたき券が回ってきても、それを使える人は少ないだろうと思った。
178 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:11
──

今度こそ、と体勢を持ち直したわたし達、再び亀井ちゃんを待つ。

「来たよ。ぜったい亀井ちゃんの足音」
ドア元で耳を欹てていたあいぼんが駆け足で、飯田さん指定の持ち場に戻る。

──亀井ちゃんの二歩目。
タイミングを外したくなかったから、何度も何度も反芻する。

ドアが開き、その足が一つ、二つ・・・

Happy!Birthday!!!!

よし!完璧なタイミング。

・・・って、亀井ちゃん。泣いてるし。

ケーキもあって、メンバーもいて、祝ってもらえて、そのサプライズがよっぽど嬉しいのかな?
でも、入る前から泣いていたような気も。

179 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:12
「わたし、15歳になっちゃった・・・」
本気で嘆いているようで、偽りのない涙。
この世の悲しみ全てを一身に受けているかのような悲観ぶり。
「・・っく、あの、・・・みなさんが、ひっ、こうやって祝ってくれるのはありが・・たいんです・んっ・・・けど、本当に1・・・・5歳になる なんて、くっ・・思ってもみなかった」
さめざめと語るその姿は、見ているだけで痛々しく、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

二十歳超えたお姉さん達は、顔がこれ以上ないほどに引きつってる。
でも、おめでたい日だから、何も言えない。

「でも、いいじゃん、15歳も。盗んだバイクで走りだせるんだよ?」
必死に気を使ったつもりなのか、石川さん。
しかし、亀井ちゃんはもちろん、ここにいる半分にも意味が伝わらない。
伝わっていても、石川さんのしてやったりって顔に、誰も突っ込んでやろうという気が失せるのかもしれない。
一瞬、石川さんのフォローに行こうかどうか迷っていた矢口さんが、出かけた一歩を元に戻した。
180 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:13

亀井ちゃんの泣き声が止むことはなく、皆、次第に言葉を失っていく。
尋常ではない亀井ちゃんの様子に、誰もその感情の昂ぶりに触れられないのだろう。
たぶん理由なんてないのだろうと思う。
ハロモニのゲームに勝つと貰えるおいしいものに執着するように、亀井ちゃんはただ悲しい。
説明のつかないことなんて、きっと思っている以上にたくさんあるはず。

亀井ちゃんのポロポロと零れる涙が、疲労の溜まったわたし達を濡らしていく。

181 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:14

「おあずけだからってボーっとしずぎ」
流れを変えようと吉澤さん、わたしに言ったのだろうが、何故か隣にいたシゲさんの肩がビクッと震えた。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ・・・」
そうは言いつつも、シゲさんの視線は切なそうに食べ物の上をさまよっている。

「いや、シゲさんじゃなくて、紺野に言ったんだけど」
吉澤さんが素っ気なく返すと、シゲさんが耳まで真っ赤にして俯いていた。

「うちの犬みたいでかわいい」
そう矢口さんが、思わず噴き出してしまう。
クスクスと手で口を覆い、隣にいた安倍さんの肩を叩く。

すっかり見慣れた矢口さんの笑い方が、わたし達の内側をぼそぼそとくすぐる。
その笑い声が楽屋を埋め尽くさないまでも、凍っていた部屋は息を吹き返す。


182 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:14
「おいら、もうリハの時間だ」
やっと自分が引き起こしてしまった寒風に気付いた亀井ちゃんが自慢の腕時計を掲げ、みんなに示す。
が、精一杯におどけてみた亀井ちゃん、見事に外した。

「・・・そうだね。じゃあ、行かなきゃ」
しんと静まったわたし達にあって、頑張った不完全燃焼の飯田さん。
気まずそうに言う。
その声をきっかけに、それぞれ仕事モードに入っていく。

183 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:15
みんな、やりきれない気持ちでリハに向かったと思う。
今日の予定は全てキャンセル。
クリスマスのプレゼント交換も、立ち消えてしまった。
そんな中、わたしは安倍さんがホッとした顔をしていたのを見逃さなかった。

「よ〜し、みんな。今日も頑張ろうぜぇ!!」
「「ぉ、おー」」」
石川さんの明後日を向いたハイテンションに、珍しく応える声がちらほら。

今日も娘。は元気で一生懸命。



184 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 03:25
>>153
子供電話相談室・・・自分の大好きだったコーナーって無意識に出てくるもんなんですね。
指摘されてハッとしました。その通りです。
マサオさんの前髪は、自分の中で手品に次ぐ改心のツボだったので嬉しいです。
ちなみに、実際に札幌にはメロンを盗むと退学になる学校があるらしいです。

>>154
何となく気付いてしまいました。
この話、娘。であろうとなかろうと、紺野あさ美がいる限り、終わらないんです。
自分の中でリアルタイムに近付けるという縛りがあるので、没ネタが増えない内にビシッと・・・
なので、どっかで区切ります。
185 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/12/23(火) 11:48
ほのぼのとしてていいですね
電話の向こうの愛ちゃんが想像できるようです
186 名前:名無し娘。 投稿日:2003/12/24(水) 17:36
なんだかんだで石川さん好きですね。
187 名前:Scene18 投稿日:2004/01/03(土) 23:41

11.Hello!Projectってなんだったっけ?


『アンチエイジング』

丁寧な毛筆だけど、どこか投げやりな感じがする書初め。
その下に、『byみそじ』と、青のマジックで適当に書き加えられている。
今となっては懐かしくて、どこか微笑ましい気のするやりとり。

誰が持ってきたのかは定かではないけれど、誰が書いたのかは明らかな筆跡の書初めが、わたし達、年少組の楽屋に吊るされている。
わたしには、マコちゃんが持ってきたような気がしてならないんだけれども。

そして、わたしの隣では、『正月Helloの間に、漫画100冊読破する』と豪語するシゲさんが、買ったばかりのマンガ本のビニールをビリビリと気持ちよさそうに破いている。
今にもかすれてしまいそうでかすれない声で鼻歌を歌いながら、かなりの上機嫌。
そういう、どこか無防備なシゲさん、可愛いな、と思う。
188 名前:_ 投稿日:2004/01/03(土) 23:42
「あさ美ちゃん、なにしてんの?」
「あ、マコちゃん」
そうわたしの肩越しから、にゅっと顔を覗かせてきた。
そして、わたしの目の前で幸せそうな湯気をたてる、輝かんばかりのお椀に気付く。
「なにこれ?」
「あさ美スペシャル」

次の公演までの短い休み。
ケータリングで散々迷った末に持ってきた、自分でかぼちゃの煮付けを加えたおしるこ。
昨日、ケータリングさんに頼んで甘めに煮てもらったから、相性抜群。
踊ってる最中に熱い胸やけが込み上げてきたとしても、そんなの気にしない。
年頃の女の子には堪らない至福のメニューであり、ハードスケジュールにおいて重要な熱量の確保。
マコちゃんの目も輝いているだろうと思ったが、そうでもない。
心なしか、怒っているようにも見える。

「なんか不機嫌?」
「・・・そんなことないケド」
そうは言いつつもマコちゃん、眉間に皺が寄り始め、目が釣り上がり、連れて瞳孔も開いてく。
189 名前:_ 投稿日:2004/01/03(土) 23:43

「ねぇ、あ・な・た。みんな逞しく成長してるわよ」
「そうだな、圭織。手塩にかけて育ててきた甲斐があったよ」
鬱陶しいくらいにべったり若夫婦、吉澤さん&飯田さん。
飯田さんが自分へのご褒美に買ったというデジタルビデオカメラをまわし、肩を寄せ合い仲睦まじく覗き見ている。

「マコちゃん?」
「シッテル」
マコちゃんは怖いくらいの仏頂面で、お椀から立ち昇る湯気を見つめている。
わざわざマコちゃんの吉澤さんに対する独占欲を煽るように、べたべた二人で年少組の楽屋にやってきては、マコちゃんのついでにわたし達もからかっていく飯田さんと吉澤さん。
面白がられているのをわかっていても、どうしても不機嫌になってしまうマコちゃん。
その純情なまでの一途な愛情は、なすがまま、揺られるがまま、遊ばれるがまま・・・

構っていても仕方がないので、わたしはあさ美スペシャルに手をつける。
熱くないようにちょっとだけを箸に乗せ、ゆっくりふ〜ふ〜して、小豆の一粒すら味わい逃さぬよう、大事にお口の中へ。
あ〜、おいしい

「マコちゃんも一口食べる?」
「いらない」
頬杖ついては鼻息荒く鏡に向かい、じっと怒りを押し込めるようなマコちゃん。
190 名前:_ 投稿日:2004/01/03(土) 23:43
そして、不意に何か思いついたように、立ち上がる。
「ねえ、あさ美ちゃん」
「後でね」
わたしの答えを聞くか聞かないかくらいの素早さで、のんちゃんのところへニコニコと寄っていく。
そして、何かを耳打ちすると、ほくそえむ二人。
そのままののはあいぼんのところまで行くと、三人で腕を組み、婦人雑誌を熱心にめくるれいなちゃんを強引に引き込むと、照れまくってる愛ちゃんに執拗にレンズを向ける、さながらエロカメラマン夫婦の元へ。

「「かおた〜ん」」
嘘くらいほどに甘い笑顔で飯田さんに駆け寄る、ののとあいぼん。
不穏な空気をビシビシ感じつつも、絶対に抗えない飯田さん。
そのまま、ののとあいぼんは、ガシっと飯田さんの両手を掴む。
「失礼しま〜す」
どこか得意気に探るように、れいなちゃんがぶらんと垂れ下がったカメラを、飯田さんから奪い取る。
吉澤さんはといえば、マコちゃんの粘着質な視線にたじろぎ、蛇に睨まれた蛙状態。

4人は難なくカメラを奪うと、
「よっしゃー!これでメロン姉さんの素顔を赤裸々に種まで剥いてやる!!」
そう楽屋を飛び出していく。

191 名前:_ 投稿日:2004/01/03(土) 23:44
「あぁ、のんちゃん、あいぼん、まこと、れいな・・・そうやって私から巣立って離れていくのね」
奪われたカメラを目で追いながら、演技じみて泣き崩れる飯田さん。
「圭織・・・大丈夫。きっとあいつら大きくなって帰ってくるさ」
その震える肩を抱きしめる吉澤さん。

「ちょっと待ってよ!」
どこから現れたのか後藤さん。
両手を固く握り締め、立ち尽くしている。
「まだわたしがいるじゃないのぉ!そりゃ、よっすぃの連れ子だけど、連れ子だけど・・・」
どこか恥じらいが残っているような気がする。
その証拠に、吉澤さんの、よっすぃじゃねーよパパだよ、という潜め声も、今の後藤さんには届かない。
恥じらおうが、突き抜けようが、少なからずわたしにはショックなんだけど。

後藤さんの参入を知ってか知らずか、そのままカメラ強奪の後、逃亡かと思いきや、くるっと踵を返すマコちゃん。
そして、吉澤さんに軽くケリ一つ、
「ばかあ!」
マイルドな声に怒気をたっぷり乗せ、楽屋を後にする。

「あぁ。圭織、真希・・・私にはお前達だけが残ったのだな」
「あなた!」
「ぱぱぁ!」

3人、固く抱き合いながら、どこか遠く斜めを向いてポーズ。
わたしを含め、社交辞令をこよなく愛する数人がパチパチと無表情で拍手。

そこへ、わざとらしく鏡を見つめる松浦さんと、その肩を組んだ美貴。

珍しく、マメが我慢ならなかったようだ。
「あの、先輩方・・・楽しいのは楽しいんですけど、いい加減にしてもらえます?せめて、今日が全部終わってからにしてください」
あまりの正論に、誰も何も言い返せない。
192 名前:_ 投稿日:2004/01/03(土) 23:45
見てるの面白かったけど、なんか疲れた。
そう思い、冷めてしまったかもしれないけれど、大事な大事なあさ美スペシャルを・・・
──って、なくなってる。
というか、隣で漫画を読んでいるシゲさん。
挙動不審に黒目が揺れて、明らかに漫画に集中していない。

「シゲさん。食べたでしょ?」
「なんのことですかぁ?」
「わたしのおしるこ」
「絵里じゃないですか、たぶん」
「しらばっくれても無駄だかんね。ほっぺ、あんこついてる」
「へ?やっべ・・・」
「嘘だけど」
「・・・」

「紺野さん、ごめんなさい」
そんな、ものすごく爽やかに開き直られても。
「でも、紺野さんのだから、こうやって心許しておしるこ食べたんですよっ!」
晴れやかな笑顔で、そうわたしの肩を叩くシゲさん。
この上なく末っ子ぶりを発揮させて、すっきりした様子。
193 名前:_ 投稿日:2004/01/03(土) 23:45
「まあ、いいや」
そうお遊びタイムと仕事への時間とを切り替えだした飯田さん。
わたしにぼろぼろとカードをいくつか手渡す。
「あいぼん家の様子とか、私達いないときのガキドモの様子、なんか色々てきとーに撮っといてよ。カメラ、大阪の時くらいに返してくれればいいから、って伝えといて」
照れ臭そうに髪をかき上げると、遊びながらもマコちゃんを失ってしまった余韻に身を刻むよっちゃんさんを立たせ、楽屋に戻っていった。
「ほら、あとでカオリがとっておきの仲直りの方法、教えてあげるから」
飯田さんのせめてもの励ましが、廊下の雑踏に紛れて聞こえた。

亀井ちゃんが切りすぎた前髪を必死に伸ばしている。
そのすぐ背後でマメがうろうろしていたが、そこにはあえて触れず、二人分のあさ美スペシャルを作ろうと、わたしはケータリングに向かった。

194 名前:_ 投稿日:2004/01/03(土) 23:54
>>185
その高橋さんは、たぶん黒いイモジャーを着ているはずです。
で、中にはポン酢Tシャツ。
何となく、大雑把に、そんなイメージで。
たぶん、ですが。

>>186
ハロモニ。劇場を見ていて、かつてのいしよしは彼方へ?といった感じですが・・・
ただ、石川さん好き、バレちゃいました?
まあ、それはそれでいい感じです。
石川さん、可愛いし、素っ頓狂に突き抜けちゃったし。
195 名前:_ 投稿日:2004/01/04(日) 01:16
顎さんにこの場所をお借りしている以上、返レス以外の私事は避けていたのですが、申し訳ない。

辻と加護の脱退を知らず、意気込んでおっちょこちょいなタイミングで更新してしまいました。
自分自身、中田の移籍契約の無事成立にホッとしてるんじゃねーって感じです。
こういう類の話を書いている以上、せめて、安倍さんの脱退会見で表明して欲しかった。
彼女のラストモーニング娘。を話の最後に持っていこうと思っていたもので。

モーニング娘。を二次使用(で、いいんでしたっけ?)しているという観点上、この場ではそんな感情です。

なので、どこかで放置気味になると思います。
今の更新状況も似たようなもんだろ、とかいった気持ちは、そっと胸にしまって頂きたい。
途切れてしまった場合でも、必ず自己保全はするので、呆れるくらいの長い目で見守って頂ければ、と勝手に考えております。
チラッと業務連絡スレを覗いてみたら、大規模な倉庫送りがあるとの事なので。

もし何事もなかったように、そっと話を終えてしまったなら、それは作者のクソ力量の限界と、御静観願います。
196 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/01/04(日) 02:18
今回は、重さんが一番ツボでした


さて、私も作者として(もちろんファンとしても)、今回の件はかなり食らってますから
お気持ちお察しします
次の更新までマターリ待ちますね
この作品を愛し、待ち望んでる人は、私以外にも大勢いると思いますよ
197 名前:名無し娘。 投稿日:2004/01/04(日) 22:02
作者さんの、脊髄反射的なネタと、創りこまれた話の混ぜ方に只ならぬものを感じています。

こう言っちゃなんですが、止めないで欲しいです。
これは本音です。読者としてこの話が大好きです。
作者さんの心情、全てを察する事は自分にはできません。
しかし、この話は本当に大好きだし、続きが読みたいです。
一読者として、勝手な気持ちを言わせて頂きます。
止めないで欲しいです。
198 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:05

12. 解氷


「飯田さん、何かてきとーに撮って、って何すればいいんだろうね」
「なにいってんの、あいぼん。こうやって、普段通りにしてればいいんだよ」
「普段通りって、お菓子食べてるだけじゃん。のの、それわたしのお菓子」
「いいんだって」
安倍さん節をつけて、ののがゆっくりとあいぼんの頭に、自分の頭を寄せるようにぶつける。

近頃、ずっとバタバタしていて、それぞれに忙しく、仕事以外では会ってなかった。
仕事場での空気と、ここでの空気は、微妙に揺れや流れ方が違っていたりするんだけど。
そのせいなのかどうかはわからないけど、たぶんそういうこと。
ホントに些細でどうでもいいことなんだけど、仕事場ではいつも通りにはしゃいだりできるんだけど、どっか引っ掛かる。
うっかりおかしなことを口走ってしまいそうで。
別に言って気まずくことも、言われて困ることもないんだろうけど、念のため。
199 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:05
まあ、なんというか、この二人との距離を測りきれないのだ。
みんな、少しだけ身を固くして、何の気なしに振舞っているようなフリで、二人の様子を窺っている。
それがもどかしかったりする。

それを知ってか知らずか、ののとあいぼんも二人だけで会話を展開している。

「違うって、絵里。このボタンだって」
「さゆ、さっきそれ押して違ったじゃん」
キャッキャとカメラを興味深そうにいじっている、末っ子ドモを除いて。
200 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:06

「でも、これってアレでしょ?安倍さんの卒業する時に渡すんでしょ?」
「え?うそ。のん、ただかおりんが趣味でやってんのかと思ってた」
「違うって。ぜったい安倍さんのだよ」
「じゃあ、そろそろ撮ったの渡さなくちゃマズくない?あと一週間くらいだよ、卒業」
「なに自分で言いながらシュンとしてんの」
「・・・つーかさ、のんたちがカメラ独占してていいの?」
「いいんじゃない。遊びにしか使ってないけど、いっつも仕事に持ってってるし」
「そっか、カオリンもいろいろ撮ってたしね」

「でも、そろそろ飯田さんに渡さないと。何か考えよ?」
「うん。じゃ、なんかしようか」
「でも、なにするって、なにすることもないよね」
「なんかないの?あいぼん」
「う〜ん。・・・じゃあさ、のの、カメラの前で裸になって、『わたしの蕾を貰って下さい』とか言ってみれば?」
「ばっかじゃねー?んなことするかよボケ。・・・というか、そこのカメラ持ってる二人。あいぼんに反応して、わたしにカメラ向けない」
「だよね。でも、よっすぃなら、こういうとき芸人根性発揮してケツの穴まで見せるのにね」

「吉澤さん、そんなことしないよぉ!」
マコちゃんの愛が、温めた牛乳にできた膜のような、わたし達の停滞を掻き混ぜた。
201 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:06
「そんなよっすぃよっすぃよっすい、って、あさ美ちゃんの立場はどうなるのさ」
ののが不意にわたしに話を振ってくる。
その驚きがそのまま声になって飛び出てしまいそうになったけど、ぐっと押し留める。
「ほ、ホントだよ。・・・マコちゃん、わたしをないがしろにして。こないだのはなんだったの?・・・わたし、弄ばれてるの?」
「ぅえぇえ?」
ちょうどきまぎマコちゃん。

「なぁんや、マコト。二股かけとるんかい」
「ひどぉーい」
ここぞとばかりに、愛ちゃんもマメも続いてくれる。

「二股なんて酷い女だな、ケメ子」
「わたし、保田さんじゃなぁいもん」
「あれ?マコっちゃんだった?」
あいぼんがとぼけると、部屋の空気が一気に持ち上がった。
やりきれない感じで崩れたマコちゃんを除いて、何の問題もなく、めでたくわたし達はいつも通り。

202 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:07

とはいっても、別にすることもなく、何をするかも決められず、その話題に飽きるまでに、みんながカメラの基本操作方法をマスターしてしまった。
ずっとカメラで遊んでいたシゲさんと亀井ちゃんに至っては、モザイクを入れたり、声色を変えるなど、無駄な高等テクニックをマスターしつつある。

ぽかーんと退屈してしまったあいぼん。
「じゃあ、愛ちゃん。一緒に宝塚やる?」
「うんやるやる」
健気に本当に嬉しそうにする愛ちゃんに、
「じゃあ、ベッドの中でな。ちゃんとモザイクかけてやっから安心しろ」
なんて矢口さんに仕込まれた親父ギャグで、愛ちゃんを真っ赤にさせては喜んでいる。

そして、それもしっかり撮ってる亀井ちゃん。
「あ、テープ切れた。加護さん、新しいのあります?」
「あるよ。え〜っと・・・のぉー、テープどこだっけ?」
「さっき、あいぼん自分で冷蔵庫に入れてたじゃん」
「加護さん、テープを冷蔵庫に入れるんですかぁ?普通、電池ですよ」
「違うよ。電池は暖めるんだって。ね?紺ちゃん」
どっちも大した意味はないと思うよ。
言葉に出さず、曖昧に笑顔で応えておいた。
203 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:08

「じゃあ、しょうがないから、れいなでも引っ掛けます?」
さらっとシゲさんが何食わぬ顔で言う。
「そっかぁ。もうすぐ来る頃だね。暗くして脅かせばいいんだから、簡単ですよ」
亀井ちゃんも甘夏笑顔で続ける。

「でもぉ、それなら藤本さんの方が面白いんでねかぁ?」
「今日、藤本さん来るの?」
愛ちゃんとマコちゃんがわたしを見てきた。
「いや、今日は札幌出身以外の道産子会」

「なんで札幌の人はダメなの?」
ののが聞いてくるが、わたしが答えられるのはひとつだけ。
「ごめん。これは繊細な問題だから」
そう、千葉と埼玉の争いよりもずっと・・・
204 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:09
そんなこんなで、とりあえずでもいいからと、れいなちゃんを怖がらせることに。

「でも、暗いと映せないんじゃない?」
そんなわたしの些細な疑問もノープロブレム。
「それは大丈夫です。これ、赤外線モードも付いてるんです。さっきトイレで絵里と試しにやってみたんですけど、綺麗に撮れてました」
恐らくは使いこなせない機能、というか、そんな機能があることすら、飯田さんは気付かないだろう。
そんなカメラを買った飯田さんの太っ腹なご褒美に、安倍さんへの強い思いに、なんとも言えず、腹立たしいような、無駄なような、感激のような。
何故かはわからないけど、とてもとても複雑な感情。


そんなわけで、作戦開始。
れいなちゃんがインターホンを鳴らすと、無言でドアを開け、部屋を暗くしてスタンバイ。
椅子を倒したり、いきなり抱きついたり、下らないことなんだけど。

玄関先のあいぼんの部屋に、ののとあいぼんが待機。
シゲさんと愛ちゃんはリビングに向かう途中のトイレで。
わたしとマコちゃんは、キッチンから。
撮影は亀井ちゃんで、マメとペア、リビングで待機。
二人は表には出さずに嫌がっていたけど。

わたしはれいなちゃんの退路を椅子で塞ぐ係。
マコちゃんはこんにゃくを投げる係。
205 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:10
電気を消してしまうと、部屋は闇そのもの。
目がぐっと押されるようで、チカチカ揺れる。
あちこちからこそこそと話す声がして、あんまり怖くはならない。
「なんか最近、こんなことばっかやってるよね」
わたしも小さく声を出してみるが、マコちゃんからの反応はない。
マコちゃんの表情は見えないが、落ち着きなくわたしをチラチラ見ている。
襲われそうなイメージが一瞬よぎり、暗いのよりもマコちゃんのが怖かったり。

「あ、あのさ、あさ美ちゃん。こんな話、知ってる?昔ね、鹿児島の桜島の近くにある入り江で──」
「ちょっと待って。怖い話ならやだ」
「いやいやいや。怖くないから。でね、その桜島の入り江・・・え?あれ?入り江だったかな?・・・まあ、海の近くでさ。離婚寸前の夫婦がね、離婚届に判を押す前に、旅行に行こうって話をしてたんだって。思えば、結婚前から旅行なんてしてことないから、って。その夫婦、貧乏だったんだと思うの、わたしは」
「あの、マコちゃん。全然話が見えないんだけど。鹿児島とか意味わかんないし」
「ここからがいいんだってぇ。夫婦仲は完全に冷え切ってたんだけど、とにかく旅行に行ったの。でもね、家を出るときに、どっちが先に靴を履くかでケンカになっちゃったの。きっと狭い玄関だったんだろうね。で、二人は・・・」
「マコちゃん、話飛んでるし、あとじゃダメ?もうれいなちゃん来ちゃうって」
「でもぉ・・・」
「なにさ」
この期に及んで、何を関係ない話を・・・
わたしのイライラは十分伝わったようで、諦めたようにため息ひとつ零した。
206 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:11
「これね、吉澤さんに聞いたんだけど、この話をすると絶対に仲直りできるんだって」
「うそだぁ」
「ホントだって!実際、これでわたしと吉澤さんも仲直りしたんだもん」
思いがけず大きな声が出てしまい、ハッと口を手で覆うマコちゃん。

「でも、なんで?」
「いや、だって、さっき弄んだって」
ごめんなさい、以外の言葉は見つからないが、全身のそこかしこから大きく脱力。
「マコちゃん、大好き」
そう、わたしはマコちゃんをの肩を少し深めに抱いてみる。
何がなんだかわからない様子のマコちゃんは戸惑っていたが、そのうち、わたしグイと引き寄せた。
そして、わたしの髪を優しく撫でる。
「あさ美、Love you」
すぐにマコちゃんをひっぺがす。
「いや、ちょっとマジ入ってて怖いから」

わざとらしく体育座りをしているマコちゃんを慰めていると、廊下から聞こえていた足音が、部屋の前で止まった。
207 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:13
その小さな音を誰も聞き逃さなかった。
そして、こそっとドアが開く。
真っ暗な部屋は、すでに静まり返っている。

「みんな〜?」
警戒心たっぷりのれいなちゃんの声が通りすがる。
近くで誰かが立つ、わずかな衣擦れの音がした。
たぶん、マメと亀井ちゃんだろう。
誰の目にも見えていないだろうけど、カメラはしっかりと見えているはず。

「きゃーーーっ!!!!」
れいなちゃんの金切り声が響いた。
玄関近くの、ののとあいぼんが成功したんだろう。
いつかのハロモニ。裁判で使った余りを貰った、おかしな線の出るスプレー。
単純に驚かすだけの、シンプルな初撃。



が、れいなちゃんの絶叫が聞こえたきり、静寂が続く。
異変に気付き、事態を重く見たマメが、すぐにリビングの電気をつけた。
目が慣れるまでちょっと時間はかかったけど、玄関先で耳を塞いで座り込んでいるれいなちゃんが見えた。
208 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:18
申し訳なさそうなんだけど、どこか楽しそうなシゲさん、れいなちゃんを無理矢理ほどいた。
「・・・」
「ほら、れいな。もう大丈夫だから」
「・・・・・・え?・・・あ、別に転んだだけやけんね」
「でも、きゃー、って」
「いや、あれはきゃー、じゃなくて、ぴしゃーり」
乱れきった髪を整えながら、涙目のれいなちゃんが強がる。

「ごめんね、れいな。代表して謝るから。・・・新垣さんが」
「なぁんで!」
久しぶりに見る、マメと亀井ちゃんの兼ね合い。
二人とも心のつかえが取れたようで楽しそう。
209 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:18
「あれ?マメと亀ちゃん、仲直りしたの?」
マコちゃんが尋ねると、まあねぇ、なんて二人して腕組んで仲直りをアピールしている。
無責任にも、なんて思うけど、別にいいの。

「どっちから?」
余計なこと聞かなきゃいいのに。
マメと亀井ちゃん、ニコニコしながらお互いを指差している。
二人ともそれをみとめると、その笑顔の温度がゆっくり下がり、やがて氷結してしまう。
「あ〜ぁ」
そんなシゲさんの小さな呟きが聞こえたけど、きっとわたしだけだろう。
210 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:19
「ごめんね、って最初に言ったのは亀井ちゃんだもん」
眉根を険しくしたマメが強く言う。
「でも、先に謝ってきたのは新垣さんです」
毅然とした亀井ちゃん。
「亀井ちゃんだよ」
「新垣さんです」
「亀井ちゃんだって」
「ぜったい新垣さん」
「亀井だってば!」
「新垣だって!」
平行線を辿る両者に、結構どうでもいい感じのわたし達。

「まあ、どっちでもいいじゃない」
「「よくない」ですぅ」
わたしの言葉は、にべもなく返されてしまう。
211 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:21
「あ、そうだ!証拠、あるんです」
思い出したように、不敵な笑みを浮かべた亀井ちゃん。
何も言わずカメラをテレビに繋ぎ、再生ボタンを押す。

「これ、みんなが隠れてる時?」
あいぼんの言葉に黙って頷くと、証拠の場面まで早送り。

「この辺かな」
亀井ちゃんがしばらく早送りさせたところで、画面を再生に切り替えた。

カメラを無造作に置いていたのだろう。
画面は壁を映したまま動かず、わたし達のヒソヒソ声だけが聞こえる。
けど、その声はカメラのマイクでは拾いきれず、形を帯びずにもそもそと雑音になっていた。


「まだぁ?」
退屈な映像に飽きたののが、亀井ちゃんにぶーたれた。
「もうすぐ──あっ、ここです」
212 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:22

『田中ちゃんって、こういうの大丈夫だっけ?』
マメの固い感じのする声。
『いや。相当怖がると思います』
『そっか』
『はい』
『・・・ねえ、亀井ちゃん。夏のライブの最終日に鹿児島行ったよね。鹿児島にさ、桜島ってあるの知ってる?火山灰で有名な。そこの海岸で離婚するって決めた夫婦──』

「あー!これ、知ってる。仲直りの話でしょ?」
ののの言葉に、亀井ちゃんが満足そうに頷く。
「よく飯田さんが言ってるよね」納得したように、あいぼん。
「私もそれ、飯田さんに聞いたことあるわぁ」愛ちゃん。
「わたしは中澤さんから聞いたことあります」シゲさん。
「あー、前にさゆが言ってた不思議な話か」れいなちゃん。

負けを確信したマメは、それでもわたしをすがるような目で見る。
もちろん、わたしは笑顔で返した。
ついさっきまで知らなかったけど、なんて思ってるのがバレないように。

いよいよ追い込まれたマメは、マコちゃんに助けを請うが、
「里沙ちゃん、知らなかったの?ってゆーか、今頃誰に聞いたの?」
「・・・安倍さん。みんなに内緒の、秘密のおまじないだって」
213 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:23
「気にしないで下さい」
最高の笑顔でマメの肩に手を置く亀井ちゃん。
ぐうの音も出ず、口をへの字型に曲げてしまったマメ。
でも・・・

「でも、これってさ。先に切り出した里沙ちゃんの方が大人ってことじゃないの?」
一ヶ月以上も続いた仲違いのわりにはあっけない幕切れだったけど、あいぼんの言う通り。
214 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:23

『ホントだって!実際、これでわたしと吉澤さんも仲直りしたんだもん』

突然、マコちゃんの声がビデオの流れっぱなしだったTVから聞こえ、みんな一斉にTVのほうを向く。
さっき、マコちゃんと話してた部分だ。
よくあの場所からリビングまで声が届いたな、と思う。
亀井ちゃんは何を思ったのか、仲直りを素直に喜び、話を続けるマメを無視して、カメラを手に取り、わたし達のほうに構えていたのだ。
ご丁寧にも、ズームでしっかりと。

わたしはこっそりとみんなから離れ、トイレに逃げ込んだ。
そっとドアを閉めたと同時に、みんなのわたし達をひやかす声が聞こえた。


215 名前:_ 投稿日:2004/01/18(日) 15:33
>>196
ありがとうございます。
年に数度のビックリは覚悟しなければならないファン精神。
いい加減、慣れたいものですね。

>>197
申し訳ないです、書き方が悪かったようで。
チケットのありえない高騰ぶりには閉口していますが。打ちひしがれているわけじゃありません。
もうしばらくお付き合い頂ければ幸いです。
216 名前:名無し娘。 投稿日:2004/01/19(月) 20:18
先走ってしまい赤面しながら読ませて頂きました。
しかし、これだけのキャラクターを被らず書分ける作者さんの力には脱帽です。
ハロモニを見るのと同じくらいここの更新が待ち遠しいです。
217 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:16

13. マザーシップとリーダー


モーニング娘。は遊びじゃないから──

夢と現実との狭間で、はみでて落ちた記憶の断片。
安倍さんの言葉。


218 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:17

そして、そのまま時は半年くらい遡る。

雨の日は嫌いだ。
目覚める瞬間、窓を打つ雨音を聞くたびに思い出す。

確かその年は暖冬で、一月だというのに札幌の街には雨に濡れていた。
昨日まで街を覆っていた白はもう白じゃなかったし、道端に積もった雪は剥げてゴミが露出して汚かった。

みぞれにもなれなかった重く、冷たい雨粒が、容赦なくわたしに降り注いだ。
傘を持ちたがらないわたしは、濡れながら学校まで走るしかない。
氷点下近い空気が灰に突き刺さり、咽びあがりそうになりながらも、できるだけ濡れずに学校に着きたかった一心で、足を前に出し続けた。
たっぷりと水を吸った雪は、もうその原形をを留めてなく、じゃりじゃりと足元を濡らした。

教室に入ると、やはりわたしと同じように濡れながら学校へと急いだ友達も多く、窓際にびっしり並べられた小さな暖房に張り付くようにして暖を取っていた。
凍えた足はすぐに暖まるものの、ぐしょぐしょになった靴下が温くて気持ち悪かった。
219 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:17
冬は部活が室内練習に切り替わる。
授業が全て終わると、教室の暖房は全て切られてしまう。
教室から追いやられるように廊下に漏れていた暖気もなく、廊下はただただ寒かった。

校舎内の冷えた感触の空気に、わたし達から立ち上る湯気。
廊下の固い突き返しが痛く、狭い階段では足元が覚束なかった。
サッカー部や野球部と上手く折り合いをつけながら、黙々とメニューをこなしていく。

ふと外を見ると、雨はあがり、空の向こうでは晴れ間が広がり、束の間の夕暮れが黄金色に輝いていた。
オレンジ色の雲の切れ間から射す、冬の澄んだ陽光に飛び込みたかった。
白い息を切らしながら、何となく次のモーニング娘。のオーディションを受けようか、なんて考えていた。
それが最初の衝動だったように思う。

モーニング娘。の紺野あさ美。
なんで自分がここにいるんだろう。
そう感じることがある。
そんな時、いつも決まって立ち止まり、途方に暮れてしまう。
心の片隅には、未だに自分を信じられないわたしがいる。

220 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:17

───
──


ゆっくりと夢のような回想を切り離し、目覚めると、もう仕事に向かわなきゃいけない時間だった。
携帯には、昨日、メールの途中で眠ってしまったため、マメと愛ちゃんからのメールが入っていた。
どちらも、おやすみ、で締められている。
行く途中の電車で、おはよう、と返そう。
そして、マメと愛ちゃんのメールに挟まれるように、登録されていないアドレスからメールがきていた。


02 01/23 23:58
From kaotantanton-love_for_
Sub プレゼント交換のお知ら


どうせ出会い系だろうと、寝ぼけ眼のまま消去した。

221 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:18

──

亀井ちゃんの涙に流れてしまった、クリスマスのプレゼント交換。
安倍さんが娘。からいなくなる前にと、その卒業寸前の今になって、急遽、クリスマスのときに用意したプレゼントを持ち寄り、交換することになった。
ミュージックステーションが終わってから、わたし達はすぐに事務所まで移動した。
その短い道中の車窓から、今日は珍しく星が綺麗に見えた。

事務所の用意してもらった一室に入ると、これでもかというくらいに暖房を効いてあり、加湿器が二つフル稼働していた。
そこに土下座した、雪だるまみたいに着膨れした小さな塊がふたつ。
「「ごめんなさい」」
風邪でダウンのあいぼんと矢口さん。
「言い訳させてもらいますと、プロとして歌えないとの判断なのでございます」
「加護も矢口さんも、・・・いいや、ごめんなさい」
二人は13人が入り終わっても、頭を下げたまま。

そこへ安倍さんがすたすたと歩み寄り、
「矢口・・・あいぼん・・・」
しんみりした調子で呟いた。
「なっち・・・」
やっと顔をあげた矢口さん。
222 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:19
「えい」
安倍さんは軽く足を伸ばし、そのまま矢口さんを転がした。
為されるがままに転げた矢口さん、着膨れと体力低下のせいで起き上がれず、ごろごろと転がっている。
そんな矢口さんを見て、身の危険をかんじたらしいあいぼん。
「おりゃ」
が、時すでに遅く、安倍さんの後ろについていた、のんちゃんに転がされてしまう。

「甘ったれとるから風邪ひくんや。みかん喰って太陽に向かって走れ!」
安倍さんはヘタクソな関西弁でそう言い、けらけら笑い出した。

「そんなネタみたいな格好してるからだよ」
飯田さんも笑いながら、ぶくぶくに着込んだ矢口さんを起こした。
「ほんっっっと、ゴメン、みんな」
重ねて矢口さんが謝罪。

「もう、いいから。ほれ、座んなさい。風邪、辛いんでしょ?」
安倍さんに手伝ってもらい、やっと椅子に座れた矢口さん。
ホッとした様子で笑顔を見せた。

取り残され気味のあいぼんは、吉澤さんに助けられていた。

223 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:19

まもなく、Helloのリハから駆けつけた後藤さんと中澤さん、舞台を終えてすぐに駆けつけてくれた保田さんも加わり、新旧合わせて18人のモーニング娘。。

卒業生が来ている時点で、何かあると安倍さんは気付きそうなもの、というよりも、今のこの状況が何よりのスペシャルを物語っているような。
安倍さんは、そんな気配に一向に気付くことなく、3人の到着を純粋に喜んでいる。
バカだな、と思う一方、そんな安倍さんが可愛らしく思えて、とても羨ましかったりもする。

その安倍さん。
モーニング娘。での最後の仕事として、シゲさんに社会性を身に付けさせようとしている。
壁際に並べられた椅子に腰掛け、隣にシゲさんを座らせ、熱弁を振るっている。
「シゲさん、礼儀はちゃんとできてると思うの」
「ありがとうございます」
「でもね、シゲさん、いい?親しき仲にも礼儀ありって言ってね・・・」
「もうわかってますから大丈夫です。絵里のおかしは食べません」
そう言って、てらいなく自然体で安倍さんにしなだれかかる。
思わず頭を撫でてしまう安倍さんだが、
「違うって。そういうことじゃなくて」
言うこときかないバカ犬と、なめられた飼い主のやりとりを見ているようで、ほのぼのする。

224 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:20

「はーい。みんな、いる?いるー?・・・あ、ちょっと卒業生は下がって。わかんなっちゃうから」
飯田さんは素っ気なく卒業生を下がらせ、持ち前の感覚で人数把握を済ませると、あらかじめ用意していた、円形に並べた椅子にみんなを座らせた。
なんでも今日の朝までモーニング娘。から安倍さんへのメッセージビデオの編集や、それをDVDに焼く作業をしていたらしく、リハの時なんかはぐったりしてた。
亀井ちゃんが目撃した情報によると、おろしニンニクのチューブをスタミナドリンクで飲み干すという荒業で体力回復を図っていたらしい。

指で人数を数えながら、中澤さんが感心する。
「へー、ホントにそんなんでわかるんやぁ」
「そりゃ、圭織だって裕ちゃんと同じくらいリーダーやってるんだから」
保田さんが当然、といった素振りで答えた。

225 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:20
「なんか、急におばちゃん臭くなってない?」
「のんもそれ、ずっとおもってた」
風邪はひいてても、一応は元気なあいぼん。
隣にいるののと視線をきょろきょろさせているようで、実は保田さんを起点に視線を往復させている。
保田さんは、わたし達の真逆の方にいて、二人の視線にそれとなく気付いても、声までは届いていないはずだ。
二人の視線に居心地を悪そうにしながらも、何か懐かしそうに思いを巡らせている。

「うっさいわ、ぼけ!あんたらなぁ、わざわざ来てやったと思ったら、そういう態度取るんか」
思わぬ方向から声がしたと思ったら、中澤さんが反応してしまったようだ。
頭の中にあった展開とは違った展開に、目を丸く顔を見合わせるののとあいぼんを他所に、中澤さんは本気なのか冗談なのかわからない調子で、あらん限りに毒づいている。
解説を求めようと、二人はわたしを振り返る。
「紺野、お前もか?お前もか?お前もなのか?」
わたしにまでとばっちりがきた。


ちゅ〜っ

とんちんかんなタイミングで飛んできた保田さんのキス。

おえぇ〜

226 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:21
習慣って素晴らしい。
誰も構えていなかったのに、身に染み付いた行動は、ソレが視界に入ると反射的に出てくる。
乗り遅れたのは六期と中澤さん、ボーっとしてたのか後藤さんも。
末っ子の3人はTVで見た光景を生で見れて嬉しそうだったけど、中澤さんは無関心。
美貴と微妙に乗りきれなかった後藤さんは、輪に入れなかった悔しさついでに、二人に挟まれ、お決まりポーズで前のめりの吉澤さんを椅子から叩き落していた。


「はい。お約束が終わったところでね、プレゼント交換するよー」
保田さんのおかげでまとまりかけた空気がほぐれる寸前、絶妙の間で飯田さんが切り出した。
わたしは用意したプレゼントを手に取り、周りを見渡す。
クッキーの缶を裸のままで二つ抱えた吉澤さん。
包装されてはいるものの、見るからに和菓子を持ってきたとわかる保田さん。
明らかに来る途中で買ってきただろう中澤さんのコンビニ袋。
保田さんや中澤さんはわかるけど。

あたりはたぶん後藤さん。
ラッピングと、ほんのり漂う匂いから推察するに、手作りクッキーかなんか。
是非とも欲しい。

227 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:22

みんな、顔は真剣そのもので、淡々とプレゼントを回しながら、誰かが口ずさみ始めたモーニングコーヒーを歌っている。

「ところでさぁ。これ、どのタイミングで止めんの?」
矢口さんの素朴な疑問も、みんな無視。
そんなの誰も知らないから。


「はい!じゃあ、今。今!ストップ〜っ」
飯田さんのタイミングでストップ。
228 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:23

ここで、ちょっとというか、かなりマズイ事態に。
安倍さんに渡るはずの飯田さんのプレゼントが、わたしの手元に。
そういえば、プレゼント交換を装って飯田さん作のDVDを渡すことは知ってたけど、どうやって渡すのかは聞いてなかった。
じっとりと背中に嫌な汗が浮き出てくるのを感じる。

やばい。
どうしよう。
ホントに困った。
じっとり重く、心臓がどんどんどんどん高鳴っていく。
今日は涙を堪えていたせいか、涙腺が緩々になって、目が濡れてきた。

隣のののがわたしをつつく。
「ちょっと、紺ちゃん。あれ。早くやんないと」
そう小声で囁いてくるが、何のことだかわからない。
「ねぇ、聞いてる?」
ごめん、のんちゃん。人の話聞いてる余裕ない。
「ほら、カオリンからメール来たでしょ?昨日の夜。」
今のわたしはパニック寸前、考えることなんて──
え?
のんちゃんの言葉と、朝の出来事と結びついて、繋がった。
出会い系だと思って消したやつだ。
アドレスが変わったことは聞いてたけど、登録し忘れてた。

そんなことを考えている間に、みんなプレゼントを開け始めてる。
安倍さん以外、みんな不思議そうにしてるけど、バレちゃいけないわけだから。

229 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:23
「え〜〜?わたし、出会い系かと思って消しちゃったよ」
「この前、教えたじゃん。カオリンの新しいアドレス」
「いや、うん。でもね、なんかすごく可愛らしいアドレスだったよ?飯田さんらしから・・・おっと」
「おっと、じゃなくてさ。それ貸して。わたしがやる」
よくわからないけど、嬉々としたののがわたしのプレゼントを取ると、ののが持っていたプレゼントをわたしに。

そして、立ち上がると、大声で、
「ねぇ、ちょっと!のんのプレゼント、カオリンのなんだけど。つーかさ、カオリン。自分の名前、プレゼントに書かないでよね」
「なに?のんちゃん。それ、どーゆー意味よ?」
「いや、そのまんまの意味。これやだぁ」
「圭織だってね、一生懸命考えて準備したんだから」
「でもね、それとこれとは別のハナシ」
230 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:23
「のの、なぁんてこと言うのー」
やだやだとひたすら繰り返すののを、見かねた安倍さんが諌めた。
「じゃあさ、なちみ取り替えてよ」
その言葉を待っていたかのようなのの。
有無を言わさず安倍さんの持っていたプレゼントと取り替えた。

他のみんなも、ここまできてやっとホッとしたような。
当然というか、知らなかったのはわたしと安倍さんだけだったんだろう。

ののが恥ずかしそうに笑いながら駆け戻ってきた。
「実はのん、この役やりたかったんだよね」
「これってさ、飯田さんのに当たった人は、強引に安倍さんのと取り替える予定だったの?」
「うん、そうだけど?」
すげー大雑把な計画。
ののにやってもらってよかった。
わたしじゃ思いつかない。
231 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:24
「ねぇ、二人のなんだった?」
バスケット一杯のキャンドルを抱えたマコちゃんが聞いてきた。
のんちゃんの手元には、安倍さんから奪った見覚えのあるプレゼント。

「のの?あ、これ紺ちゃんのじゃん。しかも、二人と一緒に買いに行ったやつだし」
そう言って取り出したのは、豆乳のせっけんとローション。
お肌ぷるぷる絹こし美肌になるらしい。

「紺ちゃんは?」
「虎屋って書いてある」
「あーそれしってる。この前番組で出てきた。おしゃれなんだよ。ね?」
ののが言い、上の空のあいぼんも頷くけど、開けてみると普通の羊羹。
しかも、三本も。
「どうしよ、これ・・・」
「まあ、愛ちゃんよりはいいんじゃない?」
マコちゃんの視線の先に、心底困った顔をした愛ちゃんが、クッキー缶を二つ抱えていた。

232 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:25

「ちょっと、圭織。これ、何のDVD?」
ずっと不思議そうにケースから取り出したDVDを裏返したり睨めっこしていた安倍さん。

「紺ちゃん、ここでみんな腕組んで安倍さんを冷めた目で見るの」
こっそり教えてくれたののに習って、わたしも腕を組んで笑わないように頑張った。

「なに?え?なんなの?みんな・・・」
34の冷たい瞳にたじろいだ安倍さん、あとずさって身構える。

「石川」
「はいよー」
鋭い眼光の飯田さんに指示された石川さんが、安倍さんからDVDをひょいと取り上げると、部屋に備え付けてあるプレイヤーにセットする。

233 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:25


映像はいきなりのんちゃんのアップから始まった。
画面から見る限り、肩が露出して肌けているようにも見える。
『映ってんのかなぁ。まあいいや』

「なにこれ?」
ものすごく怪訝そうな安倍さん。

『あのね、なちみ。実はさ、貰って欲しい物が・・・あるんだよね』
みんな後ろで構える飯田さんを振り返るが、その飯田さんも驚いた顔をしていた。

「あーあーーあーあー あ゙ぁーー!!」
ののが耳まで真っ赤にさせて、真剣な顔でモニターの前をぴょんぴょん飛び跳ねている。
まさか本当に蕾を、なんて思ったけど、とりあえずみんな唖然としているようだから、停止ボタンを押した。
234 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:25
腕を組み、難しそうな顔で考えこんでいた飯田さんが、パッと閃いたように、
「あっ。ごめん、間違えた。それ、編集してないやつだったわ」
爽やかに天然を隠す。
そして、何やら鞄を漁り始めると、一枚のDVDを取り出した。
「これ、ギリギリまで編集してたから、ラッピング間に合わなかったんだよね。代わりにてきとーに入れといたの忘れてた」
ということは、飯田さんは全部に目を通したということでいいのかな?
飯田さんは安倍さんよりも先にのんちゃんの・・・
深く考えるのはよそう。
ののもすごく複雑な表情をしていることだし。

「ところでさ、なっち。このなっち用編集版一枚と、みんなが撮ったままのDVD20枚と、どっちがいい?」
「え?どっちも、ってのはダメなの?」
「まあ、見て決めてよ」
そう言って、自信ありげに自分が編集したDVDをひらひらさせ、プレイヤーにセットした。
235 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:26


『1981年8月10日。札幌から車で2時間のクソ田舎、室蘭に、一人の女の子が生まれた・・・』
室蘭のものと思われる大自然が、ブラウン管いっぱいに広がっている。

「なに圭織。ナレーションまで入れてたんかい」
ようやるわ、とか言いたげな中澤さん。

『わたし達は、白鳥湾の美しい自然のなかで、たくましく発展している港湾と商工業のまち、室蘭の市民です、から始まる市民憲章に市の花はツツジ、木はナナカマド、鳥はヒガラ、魚はクロソイといった、人口10万人ほどの小さな港町。主なイベントは、むろらん港まつり・室蘭ねりこみ、など。まあ、要するに、これといった娯楽のない田舎。室蘭の女の子は土曜日になると高速バスに乗って札幌へ繰り出し、ナ──』

そこで安倍さんはビデオを止めてしまう。
「圭織。これは札幌勢からの宣戦布告とみなしていいのかい?」
沸々と煮えたぎる怒りを押し殺したような、静かで深い声色。
なんで?何となくわかるけど。
飯田さんは挑戦的に冷笑を浮かべ、安倍さんを見下ろしている。
236 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:26
安倍さん、それをYESと取ったのか、飯田さんに対峙する。
「藤本。こっちに付きな」
諦めたような美貴が、黙って安倍さんの横に立つ。

「紺野。来な」
こんな時ばっかり絡まないでほしい、と思いつつも逆らえない。

美貴は完全にやる気のない様子。
でも、無表情で目が半分閉じてて、それがすごく怖い。

「ちょうどよかったよ。一度、圭織とは、はっきり勝負つけときたかったから」
「いい加減、諦めろよ。かっぺチビ」

まさに一触即発。
道産子を巻き込んだ22歳同士、オリジナルメンバー同士の、それも因縁の争い。
頼みの中澤さんはハラハラ、矢口さんはオロオロするばかり。
他のメンバーは、我関せずと知らん顔。
こんな時、愛ちゃんとかシゲさんとか空気読めないで何かしてくれないかな。

237 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:28
「圭織、いい加減にしなよ。つーか、どっから演技なのさ」
呆れたような保田さん。
スコン、と飯田さんの後頭部を平手打ち。

「なにすんのさー。せっかく圭織のお茶目なのにぃ」
あぃてっ、っと、大きくつんのめりながらぶーたれる。

保田さんは飯田さんを無視して、今度は安倍さんのほっぺをぐいと引き寄せ、あっちょんぶりけ。
「北海道のいなかっぺ二人が何をモメてんの。チビ共が怖がってんじゃないのよ」
そう言って、その辺にいたマメを二人の間まで引っ張った。
その心配そうな顔をした眉毛に、二人とも噴き出す。

「なっち。ホントは編集版なんてないの。ったく、何をこっそりやってたのかと思えば、あんな下らないの作ってたのかい」
唯一、事情を知っていた、技術面でのサポートをしてたらしい保田さん。
チッと舌打ち飯田さん。
「忙しい女優業の合間を縫って協力してんのにさ」
髪をかきあげながら、いじって欲しそうな保田さん。
保田さんにツッコめる方々は、本当に女優をしてるだろ、くらいの感じで首を傾げた。
238 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:28

そして、保田さん、圭織、と低く促した。
いじけっ子の目をした飯田さんが、仕方なしに鞄からDVDがじゃらじゃら入っている袋を持ってきた。
その中から一枚、飯田さんが描いたっぽい絵がケースに挿されてるDVDを探し出した。
「これで全部。で、これが本当のプレゼント。みんなのメッセージが入ってるから」
「・・・ばか」
そう感慨深そうに言った安倍さんの差し出した手をするりと抜けて、DVDは石川さんの手へ。
飯田さんも石川さんも、安倍さんの宙ぶらりんになった手に気付かず、DVDに目が行っている。

安倍さんは行き場をなくした手を伸ばしたまま、とてとて進み、DVDをセットする石川さんの手を掴んだ。
「なっち一人で見させて。泣いちゃいそうだし。いいでしょ?」

239 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:29

黙って頷いた飯田さんが、安倍さんに歩み寄る。
「じゃあさ、なっち、最後になんか一言」


「そうだねぇ。・・・なっち、なんも準備してないや。う〜ん、なんて言うのかな。どう言えばいいんだろ。・・・・モーニング娘。にいられたこともそうだけど、みんなに、福ちゃんも彩っぺも紗耶香も含めてね、みんなに出会えたことが、今ここにいてくれるのがみんなで、ホントによかった。───ありがとう」

小さな頭をちょこんと下げると、そのまま遠慮がちに隣の飯田さんに傾いて、探るように身を寄せた。
一瞬、戸惑った飯田さんだったけど、すぐに優しい顔になり、口元に小さく笑みを浮かべ、そっと息を吐いた。
そして、ゆっくりと安倍さんの背中に腕を持っていく。
安倍さんもそれを感じて、おずおずと飯田さんの腰に手を回す。


240 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:30

初めて見る光景。
わたしから見ても不器用すぎる二人の。
たぶん、みんなそうなんじゃないかと思う。


矢口さんと保田さんが微笑み合い、手を繋いだ。
後藤さんが嬉しそうに笑っていた。

ののとあいぼんが寄り添っていた。
石川さんが吉澤さんが抱きつこうとして、手で制されていた。

マメと愛ちゃんが肩を組んでいた。
マコちゃんも吉澤さんに抱きつこうとして、必死に制されていた。
亀ちゃん、シゲさん、れいなちゃんは、三人で腕を組んでいた。

美貴がわたしにコツンとぶつかってきて、わたしも同じように返した。

中澤さんがうっすら涙ぐんでいた。
241 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:31

モーニング娘。になれてよかった。
ここにいられてよかった。
本当にそう思う。
心から。

わたしはきっと、今日のこの出来事を忘れないだろう。

「圭織、ほんのりニンニクの薫りするね」
「最後くらい黙って感動してろ」

この瞬間の全てを刻み込もうと思った。




242 名前:_ 投稿日:2004/01/24(土) 01:43
>>216
ありがとうございます。
申し訳ないですが、とりあえずここで終了とします。
第一部が終わり、くらいの軽い感じですが。


次回更新は未定。
ある程度の目処がついたら再開します。
243 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/01/24(土) 02:45
なぜか小川さんがツボでした

また、続きを期待してます
244 名前:名無し娘。 投稿日:2004/01/24(土) 18:09
くそったれ! 久しぶりに娘小説で本気で泣いちまった!
ここまでひっぱってきていたものが、ここに来て爆発していました。
やられました。本当やられました。素晴らしい作品です。

静かに続きをお待ちします。
245 名前:KM 投稿日:2004/01/25(日) 03:36
札幌vs札幌以外の土地の争い
わかりますわかりますw
そういう私はなっちと同じ室蘭の出身ですから

こんな良質な小説に出会えてなんか得した気分です

読み終わった後にこうポカポカと暖かく、ジワジワと心にしみて
そして今回のお話は思わず泣いてしまいました

作者さんの娘。を思う気持ちがこちらにもよく伝わってきます

なっちの卒業前にこの小説を読めて良かった!感謝感謝です

次回の更新も楽しみにしています
246 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:34

14. 安倍さ〜ん


「ねぇ、あいぼん、新曲の歌詞カードある?」
「ん?あるよ。紺ちゃんなくしたの?」
「家に忘れてきちゃって」

「いや、なっちもさぁ、この前、ドラマの台本忘れちゃってさ」


あいぼんが寝室から歌詞カードを持ってきてくれる。

「そうだ、この漢字なんて読むんだっけ?」
「えーと、淡い」
「ああ、そうだった、そうだった」
たぶん、あいぼんはわかってなかったんだろうけど。

「なっち、ドラマで訛っちゃっても、自分で笑うしかなくてさ」
これはちょっとかわいそうかも。

247 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:37
あいぼんは椅子に座ったまま、後ろ手に冷蔵庫を開けると、上手にお茶を取り出す。
安倍さんはリビングのソファから半分だけ顔を出して、ダイニングにいるわたし達をじっと見ている。
黒くなった髪のせいで、妙に幼く見える。
わたしはその視線を追い払うように、歌詞カードとMDから流れるメロディを合わせていく。
248 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:37

鼻歌を歌いながら、ののが帰ってきた。
普通のマスクと、花粉症用のマスクをダブルで完全防備。
ものすごい勢いでソファから飛び上がった安倍さん、玄関までのんちゃんをお出迎え。

「あ、なちみ、また来てたの?」
「ねぇ聞いてよ、ののぉ。このふたり、なっちのことば、無視すんだよぉ?」
ののは素っ気なく安倍さんの頭を撫でる。
そして、そのまま安倍さんには取り合わず、のそのそとわたし達の横を通り過ぎると、どすんとソファに踏ん反り返った。
「ちょっと、のの!」
そんな悲鳴に近い抗議も、あ゙ー、とオッチャンくさく息を吐き、目を揉んで無視。
そのだらしなく開いた口に、眉間にしわを寄せ、唇を尖らせた安倍さんが、ありったけのポッキーを詰めこんだ。
249 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:38
「今日で一週間だよ」
あいぼんが、わたしにそっと耳打ちしてくる。
迷惑なわけじゃないんだろうけど、あいぼんの気持ちはよくわかる。

嬉しいことなんだけど、あんな悲しみの渦のあと・・・
肩透かしのような脱力感は否めない。


「もぉ〜!!なんでなっちのこと、邪険にするのさ」
「卒業したからだよ」
ののが短く返した。
「そうなの?」
すがるような目でわたし達を見るが、これにはちょっと困った。

「紺野も?」
「まあ、そう・・・かも」
「じゃあさ、この二人が卒業したら、ここには来なくなるの?」
「なってみないとわかんないです」

「・・・返せ」
あいぼんの呟きは最初、聞き取れないくらいの小さな呟きだった。
「私達の涙、返せ!」
悲痛な、どこまでも深刻な叫びだった。

「そうだよ。なちみ、あんなに大手振って卒業したんだからさ、とりあえず距離置こうよ」
のんちゃん、なんてことを・・・
250 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:39
「でも、なっち、まだ送り出してもらってない人がいるんだけどぉ?」
安倍さんはちゃんと準備してるんだ。
そんな、わたしに最高の笑顔で・・・

「それにさぁ、なんか途中でダウンしちゃった人っていなかったっけか。あれ?なっちの思い違いだったかな」
すっとぼけた顔した安倍さんは、あれ?と首を傾げながら、順番にわたし達を見遣る。

顔を背けるあいぼん。
のんちゃん、ちょっと翳る。

「どこのボンクラ共だったかなぁ?羊羹で仲良く風邪を分け合ったの」
それを言われると、わたし達は何も言えなくなってしまう。
特にわたし。

「ねぇ、紺野。別に、なっちは責めてるわけじゃないの。電話口で泣きながら謝ってくれたとき、ホントに嬉しかった」
それは二人だけの秘密にして欲しかった。
「ほら、紺ちゃん。ねえ、笑って?ねえ、笑って?」
さりげなーく毒を混ぜながら、すっごい軽い感じでけらけら笑うのだ。
251 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:39
安倍さんの優しさからのおちゃらけだったのかもしれない。
いや、きっとそうなんだと思う。
でも、わたし達はずーんと沈み込んでしまう。

「いや、だからね。なっちは別に。ほら、いつか笑い話になるよ・・・」
いろいろ言ってくれるが、青春の過ちに、未だ青春途中のわたし達は笑えない。
よりによって、羊羹ごときで大事な大事な安倍さんの卒業を不意にしてしまうなんて!
ケメ子の呪いだなんて、みんな笑ってくれるけど。
わたしとしては、そう笑うわけにはいかない。
252 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:40

「ああっ、もう!なっちは気にしてないって言ってんだから、それでいいの!それにね、ののとあいぼんだって、派手に卒業するんだからねっ。絶対そうだよ。そうに決まってますぅ」
落ちに落ちているわたし達を前に、遂に限界を迎えてしまった安倍さん。
同時にわたし達も破綻してしまったようだ。

「いや、のんたちはおしゃれにサラッと卒業するもん。ね?あいぼん」
「そう。卒業公演、熱出して欠席するんだよね?」
「そのとき、代わりになちみと紺ちゃん出てよ。ダブルかっぺ、とかで」
「え〜、わたし?いいよ。でも、夏風邪で卒業するの止めました、とか言っちゃうのも面白くない?」
「あぁ、それいい!!で、ホントにやめんの。どっちだよっ、って感じで」
「そんなら、のん、一人で娘。に残る。あいぼん、一人でWやってよ」

「こら、あんたらそんなこと言ってぇ。ゲンコするよ」
ゲンコのゲにアクセントをつけて器用に訛った安倍さん、小さなコブシに、はぁっと息を吹きかける。

「嘘に決まってんじゃん」
わたし達3人、笑い合う。
底を突き抜けてしまったテンションは、無意味な方向でプラスに転じるんだねっ。
253 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:40

「じゃあ、なっち、今日、ご飯作ってあげる。ドラマの現場でさ、高そうなお肉、貰ったんだ。ステーキ肉。なんか、貰い物の貰い物なんだけど。ちょうど5枚あるから、みんなで食べよ?どうせ後から田中も来るでしょ?」
なにが、じゃあ、なのかはわからないけど、安倍さんがご飯を作ってくれるのは嬉しい。
でも、わざわざ肉を買ってきてくれなくてもいいのに。

「まあ、今日くらい、いいかもね」
あいぼんは優しい。
こういうとき、咄嗟にみんなの心が軽くなる言葉を選ぶことができる。
「もちろん!」
少しだけ楽になれたわたしは、ようやく心から笑顔になれた気がする。

「でも、なちみ、もう肉とか買ってこなくていいんだからね」
のんちゃんの言葉に、安倍さんは顔を真っ赤にして、トイレに駆け込んだ。
みんな、優しい。
254 名前:_ 投稿日:2004/03/15(月) 00:50

保全更新です。

>>243
こんなテンションでよかったんでしたっけ?
そんな感じですが、まだ少し続きます。

>>244
そう言って頂けて何よりです。
更なる感動を約束したいのですが、それはまた微妙な感じです。

>>245
自分、正直モーニング娘。好きです。
飽きずにいて下さるなら、今後とも、是非お付き合いを。


ついでに宣伝です。
http://tv4.2ch.net/test/read.cgi/ainotane/1069113257/101-120
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/red/1046953775/578-590
思いつきや焼き直しなのですが、こんなのも書きました。
255 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/03/15(月) 17:57
復活、嬉しいです

こんな安倍さん想像できますね
256 名前:名無し娘。 投稿日:2004/03/15(月) 20:36
あ、羊のこれ好きでした。フリースレーのも暖かい。
ここの話も相変わらずリアリティーがあって好きです。
257 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/26(金) 00:41
んあ!更新されてる!
気づくの遅すぎっすね・・・_| ̄|○
でもうれしいです
相変わらず作者さんの描くメンバーは本人達に照らし合わせても
違和感が全くないのがすごいです
また気長に更新をお待ちしております
258 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 03:59

15.小真夜中の大ハプニング


わたし、マコちゃん、のの、あいぼん。
4人、ダイニングのテーブルに頭を並べて、黙々とノートに向かう。

モーニング娘。である4人。
しかして、その実体は16歳の女の子で通信制の女子高校生。
華の高校生活は送れずとも、課題だけはしっかり送らねばならない悲哀の現実。

高校を決める段に及んだとき、4人で愛ちゃんの後輩になることを選んだ。
どうせ学校に行けないのなら、高卒の資格を取るためだけに入学するのだと割り切って。
悲しい覚悟だったけど、現実的な選択だった。
259 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 03:59
そして今、愛ちゃんの去年のノートを元に、課題を埋めている。
私とマコちゃんは、一応教科書をめくったりして答えがあっているかどうか確認しているが、ののとあいぼんはひたすら写すことに専念している。
単純に写すことのできない、小細工された数学はわたし、苦手だと言うが英語は無理矢理マコちゃん。
ののとあいぼんは、わたし達の補助、及び接待。
260 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:00

「紺ちゃんはさー、どんな女子高生になりたかった?」
写す手を休めず頭を上げず、あいぼんが聞いてくる。

「私ねぇ、札幌だったら、地下鉄乗って行けるとこがよかったな。あと、絶対ブレザー」
「えー、私、セーラー服がよかった」
「なんでぇ?ブレザーだったらルーズソックスも履けるし、紺のハイソックスだって履けるんだよ」
「『紺野』ハイソックスだって」
カラカラ笑うあいぼんは、もういいや、とペンを置く。
「じゃあさ、マコっちゃんは?」

真剣に課題に向かうマコちゃんはあいぼんに、ちょっと待って、と短く言い、英作文を終わらせる。
「私はね、家に近いとこ。遠いと、本当に大変なんだもん」
261 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:00
下手すりゃスクーターで行かなきゃなんない。
海の近くだと攫われる。
夜になると電灯がなくて怖い。
単純に田舎とはまた違うマコちゃんの地元の現状に、わたしとあいぼんは言葉をなくす。

「じゃあ、ののは?」
気を取り直すように、あいぼんは、写すのに忙しいののに話を振る。

筆圧の強いののは字を書くのが遅く、あまり進んでいない。
「のん、別に高校行かなくてもよかった」
そうだよね。
別に行く必要ないんだもん
職に就いちゃったんだから。
もしものために、なんて半ば強引に説得されて、そういえば行っとかなきゃ、なんて感じで進学したけれど、別に高校生活を送れないんだから、意味もない。
262 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:01
仮に、娘。がなくなって、仕事がなくなっても、普通に就職できるはずもない。
苦労続きで職に就けたとしても、そこまでしてやりたい仕事って、他に何があるだろう。
ふと、そう思った。
263 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:02

「シゲさんはさ、高校どうするの?」
少し早いかもしれないけど、わたしは暇そうに雑誌を開いてる、シゲさんに聞いてみた。

「わたし、大学行きたいんで、とりあえず楽に卒業できるとこを探してみます」
さらっと言った一言に、目玉をひん剥くあいぼん。
ののの手もピタッと止まる。

何故かインタビュアーのようなわたし。
「でも、大変じゃない?大学は入るのって」
「そうでもないみたいですよ。お姉ちゃんが言ってたんですけど、今くらいからちょっとずつでも受験の準備してたら、間に合うかもしれないって」
「そうなんだ」
「はい。科目の的を絞れば、無理でもないみたいですよ」
学校の勉強はなるべく楽なとこにして、受験勉強に専念、ということなんだろう。

自分には縁遠い世界と認識しつつも、どこか憧れがあるようなあいぼん。
「どの大学いくの?」
「特に決めてませんけど、恥ずかしくないくらいのレベルで。というか、すごいね、って褒めてもらえるくらいのとこ。推薦じゃなきゃ、どこでもいいです」
264 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:03
今度は、再びわたしが質問。
「大学に入ってどうするの?」
「とりあえず行ってみて、つまんなかったら辞めます」
だから推薦じゃなければいい、なんて言ったんだ。
妙に納得してしまった。

「紺ちゃんはさ、行かないの?」
「えぇ〜、わたしは無理だよ」
あいぼんにはそう言いつつも、あと2年ないくらいだけど、ちょっとした可能性を探っていた。

「でもさ、いつかのテストで30点だったとか言ってなかったっけ?」
ののの言葉に、わたしとあいぼんは、シゲさんに追求の眼差し。
シゲさんはきょとんと首を傾げ、困ったように何やら思案中。

マコちゃんが辞書をパラパラ捲る音だけが、部屋に響いている。
265 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:03
「・・・あれですよ、あと4年あるんで。それに、30点が最低点だったから」
「いや、思ってたより点よかった、って喜んでたじゃん」
ののの更なるバラしに、触っていた唇を捩じり、ぐっと押し留まるシゲさん。
わたしとあいぼんは黙って目を合わせ、再び勉強に取り掛かる。
なんか聞こえたような気はしたけど、聞こえないフリをした。
266 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:04

勉強再開から数分、早くもペンを投げてしまったあいぼん。
「普通に高校生やってたら、そろそろ高2でしょ?やっぱり彼氏とかできてたのかな?」
顔をくしゃくちゃに綻ばせながら、やっとペンを握り直したののをピシピシ叩いた。
手始めに、ののを引き込もうとしている。
わたしはそれを横目で見ながら、見慣れない公式を探していた。

「ああ、もう。あいぼん、うっさい。勉強してんだから」
とは言いつつも、ののはすっかりその術中にはまり、夢の向こう側に旅立とうとしている。
実はわたしもその術中にはまっていたり。

写してるだけじゃん、とか言いたげなあいぼんが含み笑いをする。
「で、どうなん?のの」
「やっぱねぇ〜、のの、ご飯食べるスピードいっしょくらいの人がいいかな。あと、太ってもおこらない人」
「誰だよ、それ。ぜってぇいねーよ」
甘ったるい声の、毒吐きあいぼん。そして、辻加護の世界。
「いるかもしんないじゃんかよ!あいぼんこそ、ぜぇーったい彼氏できないね」
「なんでよぉ」
「だって、無理なもんは、無理なんだもん」
「意味わかんない」

勉強すると、気が立ってくるもんね。
2人の会話に、数式を並べる手が鈍る。
唇を突き出してむくれるののに、余裕しゃくしゃくのあいぼん。
267 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:04
「わたしはねぇ──」
「いや、紺ちゃんには聞いてないから」
「そうだよ、あいぼんには彼氏ができない、って話、してんだからさ」

ふんっ、なにさ。
「別にいいもん、わたし、ヒトリゴト言ってるだけだから」
「そう?で、ちなみに紺ちゃんはどんなのがいいの?」
「ちょっと待ってよ、あいぼん。まだ話終わってないんだから」
負け戦が好きな?のんちゃん。
立てた旗は下げられない。

「いや、もう終わってるし。あいぼんさんは、イージーに彼氏できますねん」
「終わってないから!」
「わたしはねぇ──」
「だから、今はのんの話で、紺ちゃんはいいんだってば!」

「さゆちゃん。私、彼氏できるよね?」
形勢不利なのんちゃん、わたし達と離れて雑誌を読んでるシゲさんに応援を求める。

「できると思いますよ。私ほど簡単じゃないと思いますけど・・・」
自分で照れてしまったのか、最後の方で笑いが漏れ、途切れてしまう。
「ほら〜、さゆちゃんだって言ってるし」
シゲさんを指差し、わたしとあいぼんに訴えるのの。
268 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:05
「あれがおとめ組の団結ですよ。紺野さん」
「そうですね、加護さん。さゆちゃんですって」
悪代官加護に、越後屋紺野。
2人のやり取りに突き放された気持ちになって、ちょっぴり卑屈に反撃開始。

「わたし達、一線引かれてません?仲間はずれですよ、加護さん」
「さゆちゃん、って呼び方、何気に可愛いですしね」
「かわいいですかぁ?」
あいぼんの、可愛い、に、反射よりも早く喰いつくシゲさん。
お花が満開の笑顔が実に微笑ましく、心が緩んでしまう。

「じゃあ、さゆ、って呼んでください」
『シゲさん』というネーミング、実は嫌だったのではないかと思えてくるほどの絶妙な間と、一連の流れ。
ドンピシャのタイミングで、わたしたちに迫ってくる。

いっときます?みたいな感じで、あいぼんがわたしを見ている。
さゆちゃん、って言わなきゃならない気がしているわたしは、ちょっとドギマギしながらも頷いた。

「さゆちゃん!」軽く肩を叩きながらあいぼん。
「はい!!」引き続き、綺麗に笑顔のシゲさん。
「さーゆちゃん!」さらにもう一つわたし。
「てぃひひひひっ」
はにかみ笑顔のシゲさん改め、さゆちゃん。
さゆちゃんと言うのが、なんか新鮮で、笑顔がわたしにもうつった。
269 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:05

話も一段落ついたところで、また勉強を再開しようとするが、納得いかない御一方。
「ちっげーんだよ。わたしがモテるかどうか、って話してんだからよぉ!」
「だから、無理だって言ってんだろ。わかりきったことじゃねーか!」

ほぼノリに近い、Wの2人の喧嘩。
わたしはそのノリに紛れて、もう一回確認。
「ほらほら、二人とも、ケンカしない。ね?さゆちゃん」
「そうですよぉ、ここは私のかわいさに、きひっ、免じて・・・」
大丈夫。
さゆちゃんって言っても、もう恥ずかしくない。

果てしない遊びの連続に、のんちゃん、
「だーかーらー──」

「うるさぁーー!!!」
黙々と、視線がきょろきょろと英文と辞書といったり来たりしていたマコちゃんが、遂にキレた。
「あんたら!今、勉強中。さゆ、あんたも、のらないの。このコら、堪え性、ないん、だ、から!」
270 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:08
「なんで江頭なんですか・・・」
怒られてしゅんとしたさゆちゃんが、せめてもの抵抗を示してみるが、鋭角に抉るような直線的な動きを見せるマコちゃんには通じない。
「ちっがーう!!」
ここでマコちゃん、力の入り切った肩をストンと落とし、テンションダウン。
「だからね、私達、もう新年度も始まるのに、まだ一年生の課題をやってるの。この意味、わかるよね?・・・わかるよね!?」
二度目の、わかるよね、で、ぎょろっとわたし達、留年間際を睨むマコちゃんは芸達者。
271 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:10
「じゃあさ、マコちゃんはどんな人がいいの?よっすぃ?」
マコちゃんの主張をほぼ無視の、動じないあいぼん。
「えぇ〜?わたしぃ〜?いやだぁ、聞かないでよぉ」
純白の柔肌が真っ赤に染まった。

してやったり、って顔のあいぼん、さらに続けて、
「でもさ、マコっちゃん。絶対、悪い男に騙されそうだよね」
「うんうん、絶対ある。あいぼん、彼氏できないけどね」
「いや、できるけどね」
「あ゙―、もうっ!何度言えば──」
「あ、電話」
何故かムキになっているののを他所に、あいぼんが涼しい顔で電話に出た。

相手は会社の人なのだろうか、あいぼんの口調が急に硬くなる。
はい、を繰り返し、やがて顔が曇る。
272 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:10

電話を切ったあいぼんは、動揺で瞳が神経質に揺れている。
「れいなちゃん、補導されたって。話聞きたいから、すぐに来い、って。マネージャーさんから」

あいぼんの暗くなっていく表情に、固唾を呑んで動向を見守っていたわたし達の温度が、もう一つ下がった。
273 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:11

あいぼんはもちろん、といったところだけど、どうしても行くときかないのんちゃん。
家を空けるのもなんだし、ここでれいなちゃんを迎えると、あいぼんはあっさり引き下がった。
そこで、一番しっかりできそうと皆が言う、わたしが行くことに。
二人で行けばいいのに、と思ったけど、れいなちゃんが心配だし、何よりわたしへの信頼が嬉しかった。
で、何かあったときのために、マコちゃんとののが留守番。

「れいなは心配だけど、怖いから嫌」
自分の行動を決められず、涙ぐむさゆちゃん。
れいなちゃんも、さゆちゃんがいた方が気が楽になるだろうと、プリンで釣って連れて行くことにした。
274 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:11

タクシーはすぐに捕まり、少し言うのが憚られたけど、わたしが警察署の名を告げた。
話し好きな運転手の軽い詮索を笑ってやりすごしながら、れいなちゃんを思う。

昼間の喧騒が嘘のように、夜の街には人がいない。
この辺りは居住用に街が作られていないせいか、街灯の感覚も広く、余計に暗く感じた。
こんな中、れいなちゃんは毎晩のように通っていたんだな、となんだか可哀相になってくる。
275 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:12

タクシーを降り、まだ冷える春の夜気に身を震わせながら、警察署内に向かう。
でもきっと、震えているのは寒いからだけじゃなくて、怖がっているせいだろう。

細長い棍棒を持った門番のおじさんが、わたし達の気配に気付き、警戒の色を見せる。
が、緊張で寄り添うようにしているわたし達を見て、不思議そうにしていたが、取り繕うように注意を周囲に向け始めた。

276 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:12

署内自体はそれほど大きな建物ではないけど、殺伐とした空気が漂っている。
自分の足音にすらビクビクしながら、ゆっくりと中に入っていく。
玄関を抜けるとすぐそこにカウンターがあり、その向こうで警察官が面倒臭そうに書類と向き合っていた。

「よしっ」
わたし達がまごついていると、ののが拳を強く握り締め意気込み、カウンターの方に歩いていく。
わたしも後を追おうとするけど、ののは凛々しい表情で、待ってて、と声を出さずに言うので、その通りにした。

さゆちゃんが珍しく緊張した面持ちで、わたしの腕に張り付いている。
そういえば、最初はこんなだったな、と思い出す。
いつもの傲慢なまでの爛漫さは、すっかり影を潜めている。
が、その口は開いていて、ぼんやりどこかに固定された目は、どこかのんびりした印象を与えてしまう。
277 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:13

カウンターに手を掛けた、カチコチのんちゃんの背中を見て、やっぱりついていこうと思ったが、警察の人の笑顔の応対に、その後姿も心なしか落ち着いたように思えた。
そして、どこか解放されたような、爽快な顔をしたののがこっちに戻ってくる。

「状況わかった」
「なんだったの?」
「れいな、警察に補導されたって」
「うん」




「で?どうなの?のんちゃん」
わたしは先を急いでしまう。

「それで、れいなはどこなんですか?」
さゆちゃんも我慢できずに、結論を急ぐ。

278 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:13

結局、今度は3人で、もう一度れいなちゃんのことについて尋ね、わたし達がここまできた事情を説明し、れいなちゃんのところまで案内してもらった。
わたし達だけでも大丈夫だと、一度は案内を断ったのだが、規則らしく、ただ付いてくるように指示された。

279 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:13

れいなちゃんがいるのは、3階だという。
キンと冷めた空気の中を、おっかなびっくりに3人、身を寄せ合うようにして進む。
ちょうど学校の職員室のような作りだけど、深夜に近いせいか、人は極端に少ない。
その重苦しさは段違いだ。
中に進み入るに連れ、激しくれいなちゃんを怒鳴るが聞こえてくる。

「あちらです」
案内の人が、部屋の奥の方を指差した。

そこで、れいなちゃんが項垂れて小さくなって座っている。
責め立てているのは刑事さんではなく、マネージャーさんだった。
思えば、聞き覚えのある声が、警察署内に響き渡っている。
280 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:16

わたし達を迎えてくれた刑事さんは優しそうなおじさんで、見事なまでのバーコードはげだった。
「こんな遅くに申し訳ないですね」
そう優しい顔で椅子を勧めてくれて、コーヒーを出してくれた。

わたし達の緊張をほぐそうとしてくれているのか、刑事さんは頭をぺちぺち叩き、残り僅かな髪の毛を、手にくっつけては持ち上げ、ぴったんぱったんしている。
そのバーコードの乱れ具合は芸術的なものだったけど、もちろん、わたし達は笑えない。
差し出してくれた椅子にも座れない。

わたし達が近づくけれど、俯いているれいなちゃんはおろか、熱の上がりきったマネージャーさんも気付かなかった。

その内、やっとれいなちゃんがののを見止めると、抱きつき、堰を切ったように泣き崩れた。
ののは怒号を遮るように、れいなちゃんとマネージャーさんの間に体を入れた。
281 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:18

わたし達に気を使ってくれているのか、ハゲの刑事さんが、小さく言う。
「いや、別に逮捕ってわけじゃありませんから。
深夜に未成年の子が歩いているとですね、一応話を聞くことになっているんですよ。
でも、何も話さないもんだから、署まで来てもらっただけで、こうして大人の方に来て頂ければ問題ない。
それに今、補導の強化期間なもんで、運が悪かったですね。
彼女を補導した駐在員が、ちょっと神経質だっただけみたいで。
盛り場をふらついていたわけじゃないですから。
だから、そんな怒らないで下さい、と言いたいのですが・・・」
そんな刑事さんの話を聞いて、唖然としてしまう。

けど、刑事さんの話を聞いていたのはわたしだけで、さゆちゃんはおどおどしてるし、ののは必死に庇ってるし、れいなちゃんは泣き止まず、マネージャーさんは止まらない。
わたし達が来たことで却って混乱してしまったようで、全く収集のつかない状態に、刑事さんは困り果てていた。
282 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:19
そこで、わたしは、ちょっと気になることがあった。
「あの、一つお伺いしたいんですけど、ひょっとして、わたし達って来る必要なかったんでしょうか?」
申し訳なさそうに、諦めたように刑事さんは頷く。
「えぇ、そうなんですよ。こういうのはちゃんとしなきゃいけないと興奮気味に、会社の方、ですか?が仰られまして。
私共としましては、大人の方に迎えに来て頂ければ、それで解決だったのですが・・・」

話は簡単と、わたしが問題を解決しようと、したところで、ののがれいなちゃんを庇うように引き寄せ、マネージャーさんをきっと睨む。
283 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:19
「れいな、今までずっと来てたんですよ。あいぼんとこ。
それが一回見つかったからって。一人じゃつまんないから来てるだけなのに。
仕事はちゃんとやってるし、練習も頑張ってるのに」

あまりの剣幕に、口を閉ざしてしまうマネージャー。
284 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:20

あまりの剣幕に、口を閉ざしてしまうマネージャーさん。

チャンスだと思い、わたしはそーっと話に入る。
「あの、ですね・・・警察の方は、大人が迎えに来たなら、帰っていいって言ってくれてるんですよ。で、ですね、わたし達がここにいちゃ邪魔ですし、場所を変えません?」

水を差してしまうような、わたしの発言。
ポカンとわたしを見るのんちゃんに、肩透かし感が見え隠れするれいなちゃん、ホッと胸を撫で下ろすさゆちゃん、そして顔を真っ赤にしているマネージャーさん。


ここで、とりあえず解散。

285 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:20

半ば放り出される感じで、わたし達は警察署を後にした。
外は変わらずに暗いままだったけど、心は来た時よりもずっと軽かった。

結局、マネージャーさんは、事後処理がどうとかで、わたし達だけで帰宅。
これは補導の対象にならないのかとか思ったけど、まあ、それはいいとして。

わたしは早速、あいぼんに電話。
緊張しきった口調が解けるのを聞いて、わたしもようやく人心地がついた。
それ以上に、あいぼんは安心してたみたいだけど。
286 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:21

「・・・カツ丼、食べれなかった」
照れくさそうに、泣き濡れたれいなちゃんが笑う。

「じゃあさ、どっかで何か買って帰ろうよ」
れいなちゃんとがっちり手を繋いだのんちゃん、どこか満足気で嬉しそう。

「プリン、買ってくださいね。クリームとか果物とか乗ってるやつ」
携帯をポケットにしまったわたしの手を取った、笑顔のさゆちゃん。

タクシーを拾おうと、大通りに出た。
がらんとした夜の街、煌々とした、見慣れたコンビニの青い看板を見つけた。
わたしは無意識に、さゆちゃんの手を引っ張っていた。

287 名前:_ 投稿日:2004/04/07(水) 04:33

>>255
ありがとうございます。一応、ここで復活です。
あまり間の空かないよう、気合入れる所存でございます。

>>256
羊のが好きだと言って頂けて、マジで嬉しいです。
リアルにいる彼女達からしか書けないもんで。
現実の前には貧相な話かもしれませんが、今後とも是非!ということで。

>>257
こんなペースなんで、遅すぎることはないっす。
違和感ないよう、ちょいと道の外れた娘。達を、今後も読んで頂けたら、と思っております。
288 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/04/07(水) 19:49
更新乙です

実際は、みなさん学校はどうなってるのでしょうかね
289 名前:名無し娘。 投稿日:2004/04/08(木) 22:07
いいなぁー。ここを見ると娘。たちの日常をこっそり覗けた気になる。
感謝、感謝。
290 名前:bbc 投稿日:2004/04/18(日) 00:57
辻ちゃんが「れす」て言わないのが凄い好きです。
とにかく娘。達がいきいきとして本当にリアルで
何かDVDの舞台裏を見ているようで・・・最高です!!
2人ごとでこんこんがほっぺたをマッサージしてると言うの
聴いて思わずニヤリと笑ってしまいました。
291 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:49

「ち〜っす」
最近、隣に越してきた可愛く可憐な女の子。
インターホンを押すなんてこともなく、ドアに鍵がかかってないのも知ってる。
お隣が知ってる人だと、どうしても鍵とかの観念が甘くなってしまう。

「あ、れいなちゃん。学校は?」
「へへっ、サボっちゃった」
「ダメだよ。ちゃんと行かなきゃ」
「大丈夫です。仕事ある日はちゃんと学校に行ってるから」

「おう、紺ちゃん」
「うん、おはよう。もっさん」
美貴が苦笑した。

「昨日、6期会だったんですよぉ」
れいなちゃんが美貴に腕を絡め、自慢げに話してくる。
けどわたしは、う〜ん、って感じ。
292 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:50

と、ここでかなり遅れて、さゆちゃんも。
寝ぼけ眼で、ぼさーっとしたまま、板チョコくわえて。
「おはようございます」
そう言ってソファに倒れこむと、そのままスーッと眠りに落ちてしまう。

「カメコは?」
「さっき、学校行ったよ」
さゆちゃんの隣に座った美貴が、中澤さんのドラマにチャンネルを合わせた。
カメコ、学校に着いても、すぐ放課後になっちゃうような。
あ、それがいいのか。
293 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:51
れいなちゃんが窓際で大の字になっている。
そこへ緩やかに太陽が射しこんでいて、かなり明るい。
「辻さんと加護さん、いないんですか?」
「なんかね、今日、収録なんだって。新ユニットの」
「そうなんですかぁ。大変だなぁ。明日、コンサートなのに」
「うん、朝早くに出てったみたい」
れいなちゃんは小春日和のぽかぽか陽気に、すっかり和んでいる。
今日、オフだし。
どこか出掛けようと思ってたんだけど、この陽気の前ではやる気も削げる。
わたしもれいなちゃんに習って、隣でうつ伏せになった。

「いい天気ですねぇ。どっか行きたくなりません?」
「う〜ん。なるかも」
「でも、行かないんですよねー」
「そうなんだよねぇ」

最高に気持ちいい陽だまりの中、れいなちゃんの隣でお菓子食べながら、室内で日光浴。
ちょっと不健康な気もするけど、とても外に出るような気分にはならない。
294 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:51
「さゆちゃん、昨日、夜更かししたの?」
「は〜い。なんか夜遅くまでTV見てましたよ」
「オフの前の日は余裕だからねー」
「最高ですよねぇ」

この暖かい春の贈り物。
伸びきった会話も素晴らしい。
お菓子も食べていい感じにお腹が膨れたところで、午睡の誘惑に駆られてしまう。
このまま寝ちゃうと、一日が何もないまま終わりそうだけど、それもまたいいかもしんない。
GW中のお休みに感謝しつつ、頑張ってるのんちゃんとあいぼんに悪いと思いつつも・・・
295 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:52

「あーーっ!」
夢の世界にいたわたしを、現実世界のれいなちゃんの声がガッと引き戻す。
「なぁにぃ?」
わたしと同じく目を覚ましたらしいさゆちゃん、甘ったるい声だけど刺すような口調。

「前、藤本さんと吉澤さん、ここで酔い覚ましてたよね?覚ましてましたよね?」
大発見をしたような顔したれいなちゃん、美貴に詰め寄る。
「うん、そうだった・・・かな」
美貴が言うが早いか、れいなちゃんは落ち着かず、忙しなく続ける。

「あの時って、さゆが飯田さん達のお酒、持ってきたやん?ね?さゆ」
「そうだったね」
さゆちゃん、目をしぱしぱさせて頷いている。
「あのお酒って、飯田さんが隠し持っていたやつでしょ?なら、まだ残ってるかも」
そんな大発見かい!
珍しくわたしの中に芽生えたつっこみの精神も、目を爛々とさせたれいなちゃんの前では無用の産物。
296 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:52
「でも、れーな。お酒みつけてどうするの?」
「どうするって、面白そうだから。それに・・・」
ちょっと伏目がちに、わたしを見上げるれいなちゃん。
口元が抑えきれない冒険心で、楽しそうに弾んでいる。

「ちょっとだけ、不良、してみません?」
それ、不良とかじゃなくて、ダメ人間の第一歩なんじゃないかと思ったけど、目を一層輝かせたれいなちゃんには、やっぱり言えるはずもなく・・・

297 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:52

「よし、じゃあ、入るよ」
半ば開かずの間と化している、飯田さんの元寝室。
のんちゃんは、いつかの飯田さん達の話がよほどトラウマだったらしく、入りたがらないのだ。
そののんちゃんの嫌がる様子に、わたし達も何となく敬遠しがちになってしまった。

そして、先頭は何故かわたし。
左腕にれいなちゃんが張り付き、さゆちゃんはボーっと突っ立ってる。
「ほら、紺ちゃん、早く行ってよ」
美貴がわたしの背中を押す。

いざ入るとなると、けっこう緊張する。
人の私生活、それも先輩の飯田さんの私生活に忍び込むようで。
「ぽんちゃん、はやく行ってくださいよ」
「え〜?そんな言われても。じゃあ、せーので行くよ。せーので」
れいなちゃんと目を合わせ、呼吸を合わせる。
298 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:52
「大丈夫ですよ。入っちゃいけないわけじゃないんだし」
わたしの横をすり抜け、ドアを開けたさゆちゃん。
わたし達の緊迫感なんて無視で、ずかずか入っていく。
美貴も、わたしとれいなちゃんの肩を叩き、さゆちゃんに続く。

わたしとれいなちゃんは、ふたりの後を追い、ドアをきちっと閉めるくらいしかできなかった。
299 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:53
「でも、入ってみると普通だねぇ」
何の意味もない、わたしの感想。
ここに引っ越してきた日のように、絵具の匂いはもうしない。
ベッドと絵だけが、変わらずに残っている。
のんちゃんと運んだダンボールも、今はもうない。

れいなちゃんが閉じていた厚手のカーテンを引き開けた。
ちょっとジメジメした雰囲気が、一瞬にして柔らかいイメージに変わる。

「さあ、探すぞ!」
れいなちゃんはそう意気込んでいるけど、あまり探すべきところはない。
ベッドの下くらい。
一分もしない内に調べるところはなくなってしまう。

「やっぱ、ないねぇ」
「たぶん、途中で買ってきたんですよ」
すぐに諦めたわたしとさゆちゃん。
肩を並べ、足を伸ばして太陽を向く。
ここは何もないし、広いし、絶好のひなたぼっこスペース。
美貴がベランダに出て、眩しそうに空を見ている。

「ひまわりの気持ちがわかっちゃったかも」
「紺野さんもですか?」
今日は、とことんそういう日らしい。
ツアーが終わっても、地球を冷まさなきゃならないし、シャッフルもあるだろうし、目が回るくらいに慌しい日々が来るのかと思えば、こんな日は必要だろう。
何もしてない自分に対して、ちょっぴり言い訳。
300 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:53

一方、引っ込みがつかないのか、れいなちゃんは腕を組んで部屋の中をあれこれ見回している。
意味ありげに壁を叩いたり、床を踏み鳴らしてみたり、天井のおかしな部分を探してみたり。
後は残っているところといえば、絵くらいなもので、それに手をかけた。

「やめなって。れーな。お札とか貼ってあるかもよ」
にたにたしたさゆちゃんが、れいなちゃんの背中に言う。
飯田さんとかいたら、それなりに傷つきそうな暴言。

「ちょっとやめてよ、さゆ。れいな、そういうのダメなんだから」
たじろいだれいなちゃんだったけど、意を決して絵を壁から外した。

「あった!!」
うそ!?
背中で隠れて見えないけど。
それに、わたしとさゆちゃんは、お日様の虜。
そう簡単には動かないのだ。
「ほら、見てって」
歓喜のれいなちゃんが退くと、そこには小さな戸棚があった。
ワインやらなんやら、たくさん入ってる。

「え、なにー?ホントにあったのー?」
ベランダに出ていた美貴が、信じられないといった面持ちで部屋に戻ってくる。

301 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:54

『あいぼんがミスるから、のんだって巻き添え食ったんじゃん』
『なにゆうてんのよ。それはののだって同じやろぉ?』

廊下の方から、近所迷惑も考えない怒声が聞こえてくる。
「これって、・・・辻さんと加護さんですよね?」
「そうだと思う」
ものすごく普通のさゆちゃんの質問に、とっても普通なわたしの回答。
れいなちゃんは戦利品を抱えて御満悦の様子。
美貴はれいなちゃんの余韻を損なわないように気を使いつつ、隙間から銘柄を確かめている。

「加護さんの関西弁、台本じゃないので初めて聞きました」
「あ、さゆも?れいなも初めて聞きよっちょーよ」
そういえば、二人とも西の人だな。
そんなことを考えている内に、声が近くなり、ののとあいぼんが帰宅。
302 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:54

二人のケンカは部屋に戻ったこともあってか、益々ヒートアップ。

『大体、のの。ちゃんと練習してなかったやろ?』
『はぁ?なにそれ。練習とか意味わかんないし』
『練習は練習。そんなこともわかんないの?リズムが全然違ってたやん!』
『あいぼんだって歌詞の意味聞かれて、てきとー笑って誤魔化してたじゃん!!』
『あんなん答えられるか、アホ』
『のんはリズムだけだったかもしれないけど、あいぼんは違いまくりじゃん!』

ドア一枚隔てた向こう側なのに、よく聞こえる
303 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:55

「なんか、出るに出られない感じですね」
「困ったね。どうしたんだろ」
「二人とも、怒ってるってことはわかります」
「・・・そうだね」

しばらく様子を見ようと、わたしとさゆちゃんは窓際の定位置から動かない。
ののとあいぼんはケンカしてるけど、日光はやっぱり気持ちいい。
「やっぱり、新たにデビューするのって、緊張するんですかね」
「あぁ、そっかぁ。それで気が立ってるのかな」

れいなちゃんと美貴は、飯田さんの秘めゴト発見に夢中。
「あ、グラスもあった。やっぱれいな、なんかすごいかも。第六感とか」
「じゃあ、飲もうよ。ね?紺ちゃん」
飯田さん、なんでお酒とか隠してたんだろ?
304 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:55

美貴とれいなちゃんのケンカ無視もすごいけど、わたし達も陽だまりの虜。
「今日、なんの仕事だったんですか?」
「さあ、新ユニットってこと以外は、なんとも・・・」


「あ、コルク抜き、ないや」
「というか藤本さん、これ、埃被ってて使えませんよ」
「どうしよ、紺ちゃん」

ひなたぼっこ組と、お宝発見組み壁は厚い。
わたしは知らん顔。
もちろん、さゆちゃんも。
305 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:58

ののとあいぼんは、昨日も一緒にいたわたしのことも忘れている。
「それよりも、わたしが帰ったのかどうかくらい、考えて欲しいな」
「靴とかでわかりそうなもんですし、普通に話してても、全然気付きませんしね」
「二人とも真剣なんだね・・・」

二人とも、本当に一生懸命。
ミニモニ。が永久欠番になるのも関係あるのかな。
何にしても、仕事の話でこんなに熱くなる二人はすごいと思う。
いい加減、こういったプロ意識を身に付けなきゃいけないのかもしれない。

『顔ぶつぶつになったからって、泣きながらのんに電話してきたクセに』
『昔、家のお菓子全部隠されたって、泣き喚いて電話してきたの誰?』
『鹿に会いたい、とか言って、わんわん泣いてたの誰さ』
『飯田さんに注意されたくらいで、すぐ泣いてたの誰やったっけ』

さゆちゃんが、本当のことですか?みたいな感じでわたしを見ている。

話が関係ないとこまで遡ったけど、二人は本当に一生懸命。
306 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 21:59
そんな中、まごついてるわたし達を見かねた美貴が切り出した。
「もういいよ。出よ?私達、何も関係ないんだし」
「そうですよね。二人の仲直りさせてあげないと」
さゆちゃんの言葉に、黙って頷くれいなちゃん。
わたしはやっと立ち上がり、ドアノブに手をかけた。

『そもそも、ののは体調管理ができてないんだよ』
『なにが?それはあいぼんじゃん』
『安倍さんの卒業の時、最後まで出られなかった』
『あいぼんもじゃん。あいぼんが風邪うつしたくせに。それにのん、風邪みたいなもんだけどそうじゃないし、最後はちょっと出たもん』

あ、ちょっとまずいかも。

『あれはののが紺ちゃんの羊羹食べたから、調子悪くなったんやろ?』
『あいぼんが食べたやつをね』
『それが?』
『紺ちゃんにもうつしてさ、無責任もいいとこだよ』

やっぱり。

足を止めてしまう。
「紺野さん、微妙に巻き込まれちゃいましたね」
「うん」
さゆちゃんが、俯くわたしの頭を撫でてくれた。
もう、この件で涙は見せない。

307 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:00
のんちゃんとあいぼんの怒声が飛び交うのを聞きながら、私たちは大きく脱力。
あんなに暖かかったお天道様も、傾いて寒くなってきた。
そろそろ夕方になってくる。

さゆちゃんとわたしは、定位置に戻り、夕陽を見ていた。
「あの二人、いつまでやってんでしょうねぇ」
「いい加減、部屋の様子で気が付きそうなものなのにね」
「冷静じゃないんでしょうね」
「電気も付けられないね」

「あ、ベランダ伝って、れいなの部屋に行けるかも」
「やめときなって。危ないよ」
わたしの制止も聞かず、れいなちゃんは行ってしまった。

「でもさ、ベランダの鍵、開いてんの?」
れいなちゃんの背中を見送りながら、美貴が言う。
308 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:00

しばらくして、れいなちゃんが無言で戻ってきた。
わたしたちは何も聞かなかった。
れいなちゃんは恥ずかしくなったのか、
「れいな、しばらく二人の様子を見てます」
ベランダに這いつくばり、そっと二人のケンカを見始めた。


二人のケンカは止まることを知らない。

『3倍とか言って笑ってる場合じゃねーだろ』
『あんなんネタやろ』
『ネタとかそういう問題じゃねぇよ。普通、倍でも困るんだよ!』
『誰が困んねん』
『あいぼんだよ』
『別に困っとらへん』
『じゃ、ののが困んだよ』
『私が倍だろうと3倍だろうと、のんは別に困らへんやないの』
『それはそれでええやん』
『はぁ?なに下手な関西弁つこーとんねん』


「なんか、あらぬ方向に話が飛んでくねー」
わたしの言葉に、美貴はしょうがないな、といった感じで、小さく息を吐く。
「この二人、ケンカしてんの?漫才やってんの?」
わたしとさゆちゃんは、顔を見合わせて、首を振った。

「ホントにケンカしてるんだと思います」
れいなちゃん、ベランダから顔だけ出して、真顔で言った。

309 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:01

───
──


ネタが尽きたののとあいぼんは、最後は大声対決になった。
ののが、あ゙ー、あいぼんは、ひゃー。

そして、二人の声が聞こえなくなって、10分が経とうとしている。

「静かですね」
さゆちゃんはそう言い、自分を抱きしめるようにして蹲ってしまう。
目がぽわんとしてて、かなり眠そう。

「ケンカ、終わったのかな・・・」
「二人、睨み合ってます」
わたしの呟きに、ベランダのれいなちゃんがすかさず答えててくれる。
310 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:02

何故か美貴がじりじりきている。
ただじっと部屋の隅を睨み、やり場のない怒りを押し込めるように大きく息を吐く。
ごろっきクイーンたる所以なのか、目が据わったまま、瞬き一つしない。
「ながいっ」
そう吐き捨てると、下を向いた。
そして。
「もう、寝る」
ばふっとベッドに潜り込んだ。
巻き上がる埃が、薄暗いこの部屋でもわかる。
美貴は怒っているのかどうかはわからないけど、冷静じゃない。
さゆちゃんの目が、半分閉じてる。
れいなちゃんは寒くなったのか、部屋に戻ってきた。

美貴は少し咳き込み、埃がおさまると、一人分、布団を開けた。
「あさ美、こっち来て、一緒に寝よ?」
311 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:02

あさ美?

目も鼻も口も全開に、わたしを見ているさゆちゃんにれいなちゃん。
わたしもこの状況に呆然となってしまい、目が乾いてしまった。

美貴もわたし達の様子に不思議そうな顔をして、すぐに気付いた。
最初は驚いた顔をしたけど、ニヤってした。
絶対、ニヤってなった。

「ほら、あさ美。いつもみたいに、こっちおいでよ」
美貴の顔が緩んでる。
「いつもだって」
れいなちゃんが、そう息を呑む。
「いつもじゃないって」
わたしはそう否定するも、さゆちゃんが、
「じゃあ、たまにあるんだ・・・」
「いや、たまにとかそういうことじゃなくてね、今まで一度もないって・・・」
なんか空々しい気がして、言い訳するのをやめた。
312 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:03
「照れてないで。ね?あさ美。明日も早いし、もう寝よ?」
わたしは言われるがまま、美貴の隣に潜り、にじり寄り、ベッドから落とした。
せめてもの抵抗。

さゆちゃんが鼻の頭をいじりながら、わたしを見ている。
「あのぉ、もしかして、紺野さんと藤本さん、すっごく仲良しなんですか?」
「あぁ!れいなもそれ、ずっと思ってた」

「えぇ〜?いや、そんなことないよ。みんな仲よ──」
「あれ?バレちゃってた?みんなに言おう言おうと思ってたんだけど、この子、テレちゃって」
這い上がってきた美貴が、私を抱きすくめて言った。
何もかも、諦めた。
別に隠すことじゃないんだけど、なんか恥ずかしかったから言わなかったのに。
もう、美貴の為すがまま。
313 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:04

「なんか、れいな、寂しい」
「わたしもぉ」
しょんぼりしてみせるれいなちゃんと、ほっぺたを膨らませるさゆちゃん。

「じゃあ、ね?こっちおいで」
わたしは美貴を端に寄せ、二人分のスペースを開けた。

嬉しそうな顔をして、まずはさゆちゃんが飛び込んでくる。
またも埃が舞い上がり、鼻がむずむずした。
れいなちゃんはそれを見て、そっとベッドに入ってきた。

すぐにさゆちゃんが寝入ってしまい、わたしにその全体重が掛かってきた。
わたしはさゆちゃんの重みと体温が気持ちよくて、そのまま意識がぼやけて──

314 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:04

───
──


「あさ美、起きろぉ」
美貴に下から揺り起こされ、わたしは目を覚ました。
「ケンカ、終わったみたいだよ」

美貴に乗ったまま、寝てしまったようだ。
わたしが起きないと、美貴は起き上がれない。
「今、何時?」
「9時過ぎたところ」

ベッドから降りて、美貴を起こそうと、右手を引き寄せる。
「ちょっ、ごめん、やめて。こっちの腕、痺れてるんだ」
「そうなんだ。ごめん」
美貴、ずっとわたしの枕になっててくれたんだ。
わたしは美貴の左手を取った。

「ねぇ、美貴」
「ん?二人とも、田中ちゃんの部屋に行ったよ、行こ?」
ありがとうを言う隙を作らせず、美貴は部屋を出て行った。
315 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:04

リビングでは、ののとあいぼんがソファで寝てた。
二人、仲良く寄り添って。

美貴が二人の寝顔を見て、小さく笑った。
「言いたいこと言い合ったら、すっきりしちゃったんだね」
「うん、そうだね」
確かに、二人の寝顔は大喧嘩をした後のようには、とてもじゃないけど思えない。
愛しそうに二人を見つめ、美貴はあいぼんの部屋を出て行った。

わたしはあいぼんの部屋から毛布を持ってくると、二人にかけた。

おつかれさま。のの、あいぼん。
おやすみなさい。

316 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 22:12

>>288
学校、行ってはいるみたいですけど。
行かされてるのかどうか考えると、心が痛くなったりもします。

>>289
こちらこそ、感謝。
こんな日常に、娘。たちを垣間見て頂けて、何よりです。

>>290
ありがとうございます。
辻ちゃん、今年で17なんですよね。
同じく17歳になるこんこんの奥ゆかしさが、作者には堪りません。
317 名前:名無し娘。 投稿日:2004/05/01(土) 21:26
天才やね。
覚えとけよ!
318 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/02(日) 03:53
いいねぇまったりモード
更新乙です
319 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:20

17. seventeen


みんな、おめでとう言ってくれたし。
いっぱいプレゼント貰ったし。
ケーキも食べたし。
仕事もかなり早く終わったし。
マコちゃんと愛ちゃんと、記念プリクラ撮ったし。
17歳だし。

ふぉうっ!!
最高の誕生日。
320 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:21

「ちょっと待って。二人とも、歩くの速い」
街中を大きな紙袋提げて歩くのはちょっと恥ずかしい。
それに歩き難い。
どうしてもマコちゃんと愛ちゃんに遅れがちになってしまう。

「持ったるで、ほれ」
「いや、大丈夫。ありがとう」
「ほーか」
そう愛ちゃんは、また歩き出す。
マコちゃんは何を急いでいるのか、けっこう先にいる。
「ねぇ、愛ちゃん。どこ向かってるの?」
「わからん」
「わからん、って」
「麻琴が知っとるで、追いつこう」
紙袋を持ち直し、わたしは少しだけ歩くスピードを速めた。

321 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:21

──

マコちゃんに追いつくのもしんどかった。
それに、さっきから同じとこグルグル回ってるような。
今日、それなりに暑いし、汗が吹き出てくる。
仕事場で貰ったケーキ、大きめに切ってくれたから、ちょうどいいかもしれないけど。

「マコちゃん、いい加減、どこ行くのか教えてくれてもよくない?」
「アレ?言ってなかった?」
「うん、言ってない」

「さっき言ったよね、愛ちゃん」
マコちゃんはすっとぼけた顔して、愛ちゃんに聞いた。
愛ちゃんは少し困ったように、首を傾げた。

「もしかして、どこも行くアテないのに、歩き回ってるの?」
マコちゃんは申し訳なさそうに頷いた。
「なんで?」
「いや、そりゃあさ美ちゃんの誕生日、できるだけ一緒にいたいじゃない。ね、愛ちゃん」
「ん?おお、そうそう、そうや」
322 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:21

よくわかんないけど、ほろりと感激。
でも、私は帰る。
お母さんとおばあちゃんが、今日は帰ってきなさい、って。
たぶんだけど、すごいごちそうとか作って待ってくれてるんだと思う。

「今日はありがとね。お母さんとか待ってるから──」
帰るわ、を言う前に、マコちゃんが私を引き止める。
「いや、これからでしょ」
「なにが?」
「なにって・・・いろいろ」
「でも、どこも行くとこないんでしょ?」

止まってしまったマコちゃんに代わり、愛ちゃん、
「後から行くやろ?かーちゃん家」
「うーん・・・たぶん」

「たぶんじゃダメだって。だめだめだめだめぇ」
再び、マコちゃん。
かなり勢いがついてる。
323 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:23

「でもぉ・・・わたしやっぱ帰るね。お母さんとおばあちゃん、待ってるし。今日は本当にありがとう」
「あ・・・」
「ん?どした?愛ちゃん」
「いんや、別に」

愛ちゃんはわかってくれたみたいだけど、なんでか、だはんこきのマコちゃん。
「ダメだってば!あさ美ちゃん、帰っちゃダメ」
「でも、もう行くとこないんでしょ?」
「そうだけど、あさ美ちゃんは帰っちゃダメなのぉ!!」
「なんでさ!」
「だってこれからかーちゃん家で誕生──」

マコちゃん、のけぞった。
愛ちゃん、おめめがまんまる、大そうなびっくり顔。
こんなこと、前にもあった気がする。
道のどまんなか、倒れ伏すマコちゃんを見て、思った。

324 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:27

あいぼんが仕事終わって家に着くくらい登場する。
で、もちろん何も知らなかったフリをする。
そう約束して、マコちゃんと愛ちゃんと別れた。
マコちゃんを慰めるのにちょっと時間かかって、最寄り駅に着く頃には、辺りは暗くなり始めていた。

家に帰ると、お母さんもおばあちゃんも、わたしを待ち焦がれていてくれた。
朝も言ってくれたけど、もう一回おめでとうしてくれて、それがすごく嬉しかった。
テレビを見ながら、作ってくれてたごちそうをゆっくりゆっくり食べて、またケーキ食べて。
今日は誕生日だから、食べ過ぎても落ち込まない。
走ったりもしない。

Wの2人がMステで歌うのを見て、お母さんとあれこれ話したり。
おばあちゃんの世間話を聞いたり。
久々に家族と和んだ。

21時過ぎて、わたしがあいぼんのとこに行くと言っても、お母さんは、気をつけなさいね、しか言わなかった。
最近、お小言も減ってきたし、気が付かないうちに大人として認められているのかな、とか思う。
家を出る時、産んでくれてありがとうの日でもあるんだよね、と言ってみた。
言って恥ずかしくなって顔が真っ赤になったけど、お母さんは素直に喜んでくれた。
少しこそばゆかったけど、ほくほくした気持ちであいぼん家に向かう。


325 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:27

──

あいぼんの部屋のドアをそっと開ける。


 Happy Birthday!!


知ってたけどイェイ!!!



326 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 01:28

>>317
素敵な褒め言葉なので、忘れませんが。
更に楽しんで頂けるよう、精進します。

>>318
まったりしすぎて、15話の次に来るべき話を一つ飛ばしてしまいました。
流れ的に少々きついので、脳内補完、お願いします。
327 名前:名無し娘。 投稿日:2004/05/09(日) 00:54
”ステキ”って感想がぴったりなここの話しに、たまに嫉妬します。
328 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 16:29
>>326
そんなんバラされたらその話をますます読みたくなっちゃうじゃん・・・
329 名前:KM 投稿日:2004/05/18(火) 21:03
いやほんと面白いです
会話がリアルっぽくて毎回話しにぐんぐん引き込まれてしまいます
次回も楽しみに待っております
330 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/05/25(火) 18:45
次回をマターリ待ちます。
作者さま、がんばってください!
331 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:42

18. 本当にどうでもいい夜


ミュージカルを終え、明日もミュージカルだとうだうだとくだらない話をして、そろそろ寝ようかという時間帯だった。
れいながあくびをして、自分の部屋に戻る、という頃合。
あいぼんが、なにげなく、ぽつりと言った。
本当になにげなく、いつもの調子で。
「最近さ、梨華ちゃんもかおりんもテンション高いよね」
そして、洗いものをしにキッチンに向かう。

発表から二週間が経ち、ようやく実感が沸いてきたのか、二人ともずっと元気だ。
今が時期が時期なだけにそうしているだけかもしれないけど、最近ずっとテンションが高い。
時々、見ていて痛々しくなるくらいに。
332 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:42

ののが飲んでいたカテキンたっぷりの緑茶のボトルを持ったまま止まった。
れいなはあくびを噛み殺し、目の端には涙が滲んでいた。
その涙がじんわりと溜まり、零れ始める。
そして、わたしの腕にしがみついてきた。

れいなは声をあげず、じっと溢れてる涙を持て余して、嗚咽を堪えている。
「・・・っく。いや、だ・・・。飯田さんも、石川、ひっ、さんもいなくなるの。」
わたしがそっとれいなの頭に手を添えると、それをきっかけに悲しみが膨れてしまったようだ。
「飯田さんなんて、あと8ヶ月しかないのに・・・」
れいなが苦しそうに、一息で言った。

のんちゃんが、心苦しそうに唇を噛み締めている。

わたしもそれにもらい泣きしてしまいそうになった。
これからが不安、というのも少しはあったかもしれない。
333 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:43

「あのー・・・あと2ヶ月くらいでやめるメンバー、ここに2人もいるんですけどー」
あいぼんが水をパシャパシャさせながら、背中にいるわたし達に言う。

「そ、そうだよ。あいぼんとのんちゃん、夏で娘。やめちゃうんだよ?」
わたしの言葉に、ぴたっと泣くのをやめたれいな、2人を交互に見て、またふぎゃ〜っと・・・
「それもやだ〜」
れいなはわたしの胸に顔を埋めるようにして、本格的に泣き出してしまった。

あいぼんが水の勢いを強くした。
のんちゃんは、何も言わずにボトルの残りを飲み干した。

れいなは堪えていた部分の大きかったんだと思う。
責められるべきじゃない責任を感じているあいぼんとのんちゃんには悪いけど、わたしは黙ってれいなの頭を撫でていた。

334 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:43

2人は、泣きやみそうな気配はないれいなに困ってしまったようで、わたしに助けを請うように見ている。

「じゃ・・・じゃあさ、この4人で飯田さんと石川さんを励ましてあげようよ」
飯田さんと石川さん、テンションが高かったのに励ますも何もないな。
自分で言って、そう思ったときだった。

「そうだよね。・・・紺ちゃんも気付いてたんだ。かおりんと梨華ちゃん、時々元気なくて溜息ついてたの・・・」
のんちゃんが、ずんと落ち込んでしまった。
あ、思わぬ飛び火。
335 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:43

洗いものを終えたあいぼん、
「対決!おとめさくらに分かれて対決!!のんとれいな、れいなの部屋から励まして。ね?紺ちゃん」
「えぇ!?・・・あ、うんそうそう。対決。どうにかして飯田さんと石川さんを笑わそう。がんばろうね!あいぼん」
「うん、がんばろうね。今からスタートね、ほら、のんもれいなも動いて!!」
あいぼん、ナイス。
なんかよくわかんないけど、助かった。

飯田さんと石川さんを励ます、というとりあえずの目標ができて、寝て起きて、元気になるのを待とう。
336 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:44

「で、どうするの?」
「なにが?」
一応、聞いてはみたものの、やっぱり・・・
あいぼんは眠そうにして、TVのチャンネルを回している。
あまり面白そうな番組はやっていない。
「飯田さんと石川さんを元気づける、ってあいぼんさっき言ってたっしょ」
「ああ、それか・・・」
TVを消して、ソファに身を預けるようにして、大きく伸びをした。
「どうしよっか?」
「それを話し合おうよ」
あいぼんは、そっか、と言うと、おかしそうに笑った。
「だよね・・・」
話し合うもなにもないよね。

「それよりさ、紺ちゃんは寂しくないの?」
「寂しいよ、そりゃ。でもさ・・・」
「でも?」
「あいぼんとのんちゃんいなくなるし、飯田さんと石川さんもいなくなるし。しっかりしなきゃな、って」

あいぼんはそれきり黙ってしまった。
嬉しそうな顔をしていたようにも思う。


337 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:44

───
──


「ねぇ、あいぼん」
「ん?」
「二人ゴト、終わっちゃったよ」
「暇だからって、ついつい見ちゃったねぇ」

わたしとあいぼんは、ボーっとTVと壁と天井を見ながら時間を無駄にしてしまった。
別に何をしようって思ったわけじゃない。
けど、のんちゃんとれいなのことが脳裏にあるのか、わたしもあいぼんも眠れなかった。
時間は一時を過ぎている。
338 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:44

途中、何度か眠たかったはずなのに、それを越え、妙に頭がすっきりしている。
今日の夜は長くなりそうな気がした。
「WのCDでも聞こうか」
わたしはコンポにCDをセットした。

「ちょっと待ってよ紺ちゃん。なんで持ってんの?」
「え?なんでって、買ったから」
あいぼん、あげたのに、とか言いそうだから、さっさと再生ボタンを押す。

聞いたことがあるだけの曲を、あいほんとのんちゃんが歌ってる。
わたしは恥ずかしそうにしているあいぼんの隣に座った。

「別にさー、飯田さんと梨華ちゃん卒業するの、まだまだなんだからさー・・・」
あいぼんが寄りかかってきた。
「うん、そうだよね」
わたしも体をあいぼんの方に預けた。
339 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:45

あと2ヶ月もすれば、あいぼんは娘。からいなくなる。
その時、わたしはここにいるんだろうか。
ふとそんなことを思い、あいぼんを見た。
あいぼんは眠そうに、テーブルの角を意味もなく見ている。

「ねえ、あいぼん」
「なに?」
「う〜ん・・・なんだろ。呼んでみただけ」
「なんだよぉ、それぇ」
「呼んでみたかったんだもん」

そんな時だった。

 ごんっ

れいなの部屋の方の壁に、何かがぶつかる音がした。
340 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:45

「ねぇ、あいぼん」
「ん?」
「今の音、なんだろうね」
「気になるよね」
たしかに。
二人とも、しょげて寝ているとばかり思っていただけに。


「隣の状況を探ろう」
あいぼんはコップを壁に当てて、耳を澄ませる。
341 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:45

「あれ?おっかしいなー」
「ダメだよ、あいぼん。コップの底を壁につけるんじゃなくて、耳につけるんだよ」
「そうなの?」
「自信ないけど、そうだと思う」

あいぼんは古典的な方法で隣の様子を探ろうとしているけど、わたしはベランダに出てみた。

無用心にも、れいなの部屋のカーテンは開いている。
あーーー!
おにぎり食べてる!!
ん?傘も持ってる!?

よーく見ると、携帯片手に写メをなにやら撮ってる。
もしかして、さっきの励まし対決をしているのだろうか。
何にしても、二人とも、すっごく楽しそうにはしゃいでは写メを撮り続けている。
342 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:46

部屋に戻ると、あいぼんはまだ壁に張り付いていた。
「あいぼん、なんか聞こえた?」
「うん、笑い声」
ここからでも聞こえるけど、きっとあいぼんはもっと鮮明に聞こえてるんだろう。

「それよりさ、のんちゃんとれいな、あいぼんの言ったこと、やってるよ?」
「はぇ?」
当たり前だけど、あいぼんはなんのことだかわからないみたい。
そして相変わらず、あいぼんの耳はグラスを通してべったり壁と繋がっている。
ちょっとくらいは聞いてほしいんだけどな。

「わたしも忘れてたんだけど、あいぼん、励まし対決とか言ってたでしょ?それ」
ようやくあいぼんがわたしを向いた。
「ああ、あれ、てきとーに言っちゃったんだけど」
「わたしもそうだと思ってたんだけどね」
343 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:46

とっくにMの黙示録も終わっちゃってる時間帯だけど、飯田さんと石川さんを励まそうと。
でも、案の定というか、わたしは何も思いつかない。
こういう時は、やっぱりあいぼん主導の話になってくる。

「のんはさ、絶対に変顔でくると思うんだよね」
「うん、して?」
「だから、こっちはネタで勝負しよう」
「ネタかぁ」
なにか面白いことあるかなぁ。
でもわたし、面白いこと考えるタイプじゃないしなぁ。
やっぱここはあいぼんの意見を参考にして・・・

「あいぼん、なんかある?」
「うん。まあ、ね」
あいぼんは難しい顔をして、眉に皺を寄せている。

「なんなの?教えてよ」
「でもね・・・ああ!やっぱやめといた方がいいよ」
「言ってよ」
「紺ちゃんさ、・・・蕾、とか?」
そう言って、あいぼんはわたしを窺う。
鼻がひくひくしてる。

「とか?」
とか?って、わたしに聞かれても困るんだけど。
うっすらと覚えてはいるけど、下ネタは苦手。
344 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:46

真っ赤っかのあいぼんは、
「じゃあさ、紺ちゃんはなんかないの?」
「うーん、ネタっていってもねぇ」
「なんかない?」
「この前、れいなが見つけたお酒ならあるよね。それネタにならない?」
「うそ?どこ?お酒?」
あら、あいぼんは知らなかったみたい。


「あいぼん、知らない?前にあいぼんとのんちゃんがケンカしたときの・・・」
「ああ、あれね。みんな、盗み聞きしてたやつでしょ?」
「そんな、人聞きの悪い」
「言っとくけど、あれはのんとのネタで、うそんこの演技なんだからね!」
「うん、知ってる」
わたしはさらっと赤面するあいぼんを受け流した。
あいぼんが知らないって言うなら、たぶんれいなは元あった場所に戻したんだろう。
わたし自身、ずっと忘れてたことだし。
あの時、途中で寝ちゃったし。

345 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:47

私は秘密の戸棚を開けるべく、飯田さんの元寝室に入った。
前の時のような抵抗感はない。
わたしに続いて入ったあいぼんが、そういえば、といったように呟いた。
「この部屋、飯田さんが荷物運び出してからも使ってなかったな」
「せっかく空いてるんだし、何かに使えばいいのに」
「うん、でも、なんか知んないけど、ののが嫌がってた気がする、この部屋」
「たぶんだけど、飯田さんとかのせいだろうねぇ」
そっかぁ、なんて言って、あいぼんはなにやら考え込んでしまった。
わたしは壁に掛かった絵を外し、秘密の戸棚を開けた。
れいなが悪戯していない限り、たぶんだけど、お酒はそのまま残っているはず。

「あ、そうだ、それで思い出したんだけどさ、紺ちゃん」
「ん?なに?」
「なんか、美貴ちゃんと普通じゃないくらいに仲いいらしいやないの〜」
このこのぉ、みたいな感じで、あいぼんがわたしの肩を小突いてくる。
口止めしなかったのはわたしだけど、バラしたのは美貴。
別にいいんだけど、でもなんかちょっと恥ずかしい。
「いや、カントリーとかで一緒だからさ、ほら、自然に、ね?そうなるっしょ?」
「もう、照れちゃってぇ。わかってるんだからっ!」
この追求から逃れられないと判断したわたしは、あったお酒を持ってさっさと部屋を後にした。


346 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:47

──

おいしくはないんだけど、お酒を飲んでいるわたしとあいぼん。
コルク抜きを使わないで済むお酒があったからなんだけど、なんでお酒なのかはわからない。
あいぼんは、これがミッドナイトハイだね、って言うけど、それはきっと違う。
おいしくもないし、格好だけなんだけど、やっぱりお酒。
どうしても気分がいつもと違う高揚感。
明日もミュージカルがあるからかもしれない。
悪いことをしてる時のほうが断然楽しい。

何週目だろう、WのCDはまた恋のバカンスになった。
あいぼんはいい加減飽きたのか、コンポの電源を消し、鞄をゴソゴソと漁りだした。
「これ、おとめのDVD。前にもらったの、まだ見てなかった」
「そういえば、わたしももらった。・・・まだ見てないけど」
わたしの鞄の中にも、きっとまだ入ってるはず。
あいぼんが封を切ってケースを開けた
「うん、見よ。わたしもいつ見ようか、って考えてたところ」
見よう見ようと思ってたけど、まだ見てなかったから。

347 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:47

見始めてすぐ、わたしは限界が来てしまった。
「やめよ?目がチカチカする」
このDVD、アングルが変わりすぎて、目が追いつかない。
あいぼんも同じことを考えていたみたいだ。
待ち構えていたみたいに停止ボタンを押した。

そして、その勢いのままに言う。
「紺ちゃんさー、ちょっと思ったんだけどさ、あの部屋のこと」
「飯田さんの?」
「うん、紺ちゃんさ、あの部屋、使わない?」
「なんに?」
「なんに、って・・・」
あいぼんは、もごもごと口ごもり、難しいかもしれないけど、と前置きして、
「平べったく言うとね、あそこを紺ちゃんの部屋にして、一緒に住まない?」
「それは確かに難しい話だね」
「そうだけどさっ」
照れ隠しなのか、あいぼんは唇をとんがらせて、お酒を飲み干して顔をしかめた。
でも、楽しそうな予感に、なんかキラキラしている。
あいぼんがいて、たぶんそこにはのんちゃんがいて、隣の部屋にはれいながいて。
「そうなれば、楽しいだろうね」
「うん、楽しいよ、絶対!」
あいぼんが声を弾ませた。
348 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:48

でも、わたしはそれでいいのかな、と思ったりもする。
漠然とした話だからなんとも言えないけど、それでいいのかな、って。

ちょっとわたしは考え込んでしまい、それに気付いたのかあいぼんが明るく言った。

「とりあえずさ、飯田さんと梨華ちゃんに送っとこうよ」
「でも、こんなとこ見せたら、怒られちゃうよ?」
「だから、いいんだよ」
そんなことを言いながら、あいぼんが写メをパシャッ。
ほとんど反射的に、酒瓶を持って笑顔を作ってしまったわたしは、ほとんど職業病。
349 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:48

「あーぁ、どうすんのさ、こんなの撮っちゃって」
わたしがそんなことを言っているのに、あいぼんは送信してしまった。
「飯田さんと梨華ちゃんに送っちゃった」
「怒られちゃうよ」
「怒ると、ちょっとは元気出るでしょ?」
「怒られるの、わたしなんだよ?」

「そうだよね、ごめんね。だから、紺ちゃんにね、お詫びの印にちゅーする」
「はい?」
「大丈夫。キスじゃなくて、ちゅーだから」

これがミッドナイトハイというやつなのだろうか。
お酒の勢いも上乗せされているような気もするけど。
倒され、グッと両肩を抑えられると、何故だかすぽっと力が抜けてしまった。
「え?なに?ちょっと待って。な、なに?あいぼん?ちょっと・・・」
何が何だかわかんなくて、必要以上に慌ててしまう。
350 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:48

すると、あいぼんの表情がふっと翳った。
「・・・そっか、美貴ちゃんとじゃなきゃ、できないんだ」
「そんなことないよ」
というか、美貴とそんなこと、したことないし。
というか、そんな関係だと思われてるの?
あれこれ考えてる間に、あいぼんが勢いよく、ちゅってしてきた。

「えっへっへぇ〜。奪っちゃった!」
奪われちゃった。
あいぼんは満面の笑みだ。

「紺ちゃん、こういうの嫌?」
「え、いや、嫌もなにも・・・嫌じゃないよ」
「じゃあ、もう一回いっとく?」
「あぁ〜〜ぉ!」
自分でもビックリするくらいおかしな声が出たけど、まあ、それもOK。
351 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:49

あいぼんがちゅっちゅちゅっちゅしてくる。
されっぱなしも癪だから、上下入れ替えて、今度はわたしがあいぼんに。
爽やかな真夜中のハイテンション。
「あ〜ん、やめなすってぇ!」
あいぼんが楽しそうに笑いながら、首をぐるんぐるん振る。
でもわたしはやめない、というか、そういうノリじゃない。
ちゅ〜してなんぼ、みたいになってきてる。
なんでこういうテンションって、とどまることを知らないんだろう。

「やめないよ、あいぼん、覚悟しなさい!!」
「きゃ〜〜っ、っはっはぁ〜〜〜〜!!!」


わたしがいこうとした、その時・・・

「何してんの?2人とも」
352 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:49

いつの間にか来ていたのんちゃんが言った。
何かを言おうにも、体勢がそのままだから・・・

「どした?のん、まだ対決中だよ?」
「れいなはもう寝たよ。なにしてんのさ」

「なにって、別に何も。ね?紺ちゃん」
「うん、そうそう。別になんもしてないよ」
わたし、あいぼんにのっかってるけど、まだなんもしてない・・・


353 名前:_ 投稿日:2004/06/08(火) 23:50

>>327
今は嫉妬なんてお言葉、もったいないくらいに穏やかに続けていきます。
ラストに向け、盛り上げられたらと思います。

>>328
大人の思惑も顧みず、田中が引っ越してどうたらこうたら・・・
脳内補完、願います。

>>329
ありがとうございます。
読んでる方の素晴らしい想像力で成り立っている話でございますので・・・

>>330
遅くなって本当に申し訳ないです。
頑張ってます。
354 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/06/09(水) 00:04
夜の涼しい空気が伝わってくるようですね
今回のMVPは350のアイボン
355 名前:KM 投稿日:2004/06/09(水) 02:45
今回も楽しませていただきました
ああ早く続きが読みたいなどと思ってしまう・・・
どーなるんでしょ??
356 名前:名無し娘。 投稿日:2004/06/09(水) 21:53
エッチーの! エッチーの!
どうでもいい夜ばっかりってのも、結構いい感じですね
357 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/11(金) 19:25
更新どうもです。
私は応援してます!いつまでも!
ですので、がんばってください。
358 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:33

19. その後・・・


みんな、ののにおめでとうを言い、プレゼントを渡す。
いつもと同じ、メンバー誕生日の楽屋の風景。

わたしがおめでとうを言おうとしたとき、あいぼんが言った。
「紺ちゃん、ののねぇ、キスのプレゼントはいらないみたいだよ」
みんな笑う。

「まあまあ、紺ちゃん。これでも飲んで落ち着いて」
美貴がお茶を渡してくれた。
「あ、ごっめ〜ん。これお酒じゃなかった。飲める?」
やっぱりみんな笑う。

美貴はあいぼんに振り返り、ハイタッチ。
イェー、とか言っちゃって。

これがいじられるということなのだろう。
もう慣れたけど。
まあ、TVとかで話せるようなネタじゃなくてよかった。
本当にそう思う。
359 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:33

なんにしても、おかしなあだ名がついたしまったこと。
これは問題だ。

その名も「Drunk kisser 紺野」
略すとドラコン。
ぶっ飛び紺野とか、ドラえもん紺野あさ美とか、いろいろ変形したりもする。

ドラコンは、カメコとさゆなんかが好んでよく使う。
二人でにこにこ手をつないでやってきては、カメコがまず先に、
「ドラコンさーん、ジュース買いに行きたいんで、ちょっと飛ばしてくださぁい」
そして、テンション高くさゆが続く。
「でも、痛くしないでくださいねっ」
それだけ言うと2人は満足なのか、わたしの反応を見ずに去っていく。

ちなみに、この名付け親は飯田さん。
あややみたいなかわいいあだ名がよかった。

今思うと、ミュージカル時期だったというのもまずかった。
毎日メンバー全員が集まるし、テンションも上がってるし、浸透がはやかった。

360 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:34

それは遡ること一週間と少し前。

あいぼんにちゅ〜されたから、わたしも返そうと思っただけ。
運の悪いことに、それをのんちゃんが見ていた。
都合の悪いことに、わたしがあいぼんを組み敷いてから。

わたしとあいぼんは誤魔化しようのない状況に、のんちゃんの視線が痛かった。
「なにしてんのさ、二人とも」
のんちゃん、ものすごく冷めた目でわたし達を見ていた。
後で聞いたら、わたし達のあまりのはしゃぎっぷりに引いてしまったらしい。
361 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:34

のんちゃんがじとーっとわたし達を見ていた。
そんな時、タイミングよくわたしの携帯が鳴ってくれたんだけど、のんちゃんは横目でさっと誰からの着信かを見ると、出てしまった。
「あ、もしもしカオリン?・・・うん、紺ちゃんじゃなくてのん」

「紺ちゃん、そろそろどいてくれない?体勢きつい」
「ああ、ごめんごめん」
わたしはあいぼんから降りた。

肩を軽く回したあいぼんが眉間に皺をよせて、小声でわたしに聞いてきた。
「どうする?紺ちゃん」
「えぇ〜!?どうするってどうしよう。練習?とか、は?」
「無理あるって。練習って何の練習?」
何の練習?
まあ、確かにそうだけど、うーん、そう言われると困る。
あいぼんはなにやら慌てた様子で、あまり頭が回転してない感じ。
やっぱり怒られるのは嫌なんだろう。
362 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:35

そんなわたし達の相談を聞きつけたのんちゃんが、携帯から耳を外して言った。
「ちょっと黙っててよ、2人とも。今のん、電話中なんだからっ」
それ、わたしの携帯なんだけど、しょうがない。
のんちゃん、なんか不機嫌だし、電話中だもんね。

「うん、なんかね、あいぼんと紺ちゃんがお酒飲んでた。で、紺ちゃんがあいぼんを押し倒してキスしようとしてた」

あいぼんが諦めたように首を振った。
「あ〜ぁ、言われちゃった」
「だってぇ、あいぼんがあんな写真送っちゃうから」
「でも、お酒持ってきたの、紺ちゃんでしょ?」
「そうだけどさぁ・・・」

わたしは無駄な抵抗だとはわかっていても、何かせずにはいられない。
「のんちゃん。先にキスしたの、あいぼんだからね」

「紺ちゃんが先にキスしたのはあいぼんだって言ってる」

「違うよ、押し倒してきたのは紺ちゃんだもん」
あいぼんが意味のわからない訂正をする。
363 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:35

あいぼんでしょ、紺ちゃんでしょ、なんてなすりつけあいをしてると、のんちゃんが、
「なんかカオリンがねぇ、どっちが先にキスしたか聞けって」
わたしとあいぼん、同時にお互いを指差した。

ののは顔をくしゃって綻ばせて、電話の向こうに言った。
「紺ちゃんだって」

そうだよね、面白くなりそうな方を取るよね。

面白いから許す、と飯田さんからの伝言。
そして、その場で「Drunk kisser 紺野」と命名されたのだ。
計らずして飯田さんを元気付けてしまったらしいわたしは、なんとも複雑な気分だった。
364 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:35

もう明け方近くだった。
あいぼんがわたしの肩を叩いた。
「これが娘。の宿命だよ」
てきとうに言った感じだったけど、妙に説得力があった。

「いや〜、それにしても紺ちゃんがあいぼんを襲うとはねぇ」
電話を終えたのんちゃんが、部屋を出て行こうとする。
れいなが起きたとき、のんちゃんがいないと慌てたりするかもしれないからだろう。
でも、わたしにはやらなければならないことがあった。

「あ、ちょっと待って、のんちゃん!」
ここで誤解を解かなければ、これからが危ういと思った。
思わず走り出していた。
365 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:36

のんちゃんが廊下に出たところで追いつき、その肩を掴んだ。
振り返ったのんちゃんもそうだけど、わたしも驚いた。
勢いあまって、かなり近いところに顔があったから。
「うぉっ!キスしないでよ、紺ちゃん」
いつも誰ともなしにキスしようとするくせに、こんなときばっかネタに走ろうとする。
「いや、だからあれはね──」
「だって、あいぼん押し倒してキスしようとしてたべさー」
のんちゃんはかわいい八重歯を見せて、ふみゃっと笑ってみせる。

「えっ!?ぽんちゃん、あいぼん押し倒したの〜?」
嫌なタイミングは重なるものだ。
れいながドアから顔を出しかけているところだった。
眠そうな顔してたのに、途端に元気。
366 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:36

「のん、ほんとビビった。あいぼんとこ行ったらさ、紺ちゃんがキスしようとしてんの〜!」
ののが言うと、れいなが目を爛々とさせて、わたしに詰め寄ってくる。

そんなとき、あいぼんがドアの隙間から顔を出した。
味方が来たと、少しだけ、ほんの少しだけ助かったと思った。

「ぽんちゃん。どこで?どんな風に?どうやって?キスしたんですか?」
興奮気味のれいながわたしに質問責め。

それを見たあいぼん。
ふっと目を細めてわたしに手を振り、そのままドアを閉めた。
わたしはこの瞬間に全てを諦め、今に至る。


367 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:37


「・・・ゃ〜ん、紺ちゃん?紺ちゃーん?」
ハッと気付くと、のんちゃんのアップ。
どうやら、しばらく椅子に座ってぼーっとしてたみたいだ。

「あれ?のんちゃん。なした?」
ののが心配そうにわたしを覗きこんでいる。
覗きこんでいる。
368 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:37

「いや、べつに。なんでもない」
そう素っ気なく言い、立ち上がると、わたしに背を向けた。
かと思えば、振り返って照れ臭そうに言う。
「あ、そうだ。なんかのんに言うことない?」

「 お誕生日、おめでとう!!」

「ありがとう」
ののはふっと頬を綻ばせると、弾んだ足取りで近くにいた石川さんにタックルをかました。


369 名前:_ 投稿日:2004/06/18(金) 04:38

>>354
自分の中でエロあいぼんと命名しています。
爽やかにスカートをめくったりするあいぼんが伝わっていれば、なによりです。

>>355
お待たせして申し訳ない、目標は月3更新です。
チンケな目標ですが、達成の為にせっせとネタを集めてます。

>>356
エッチーのは、どうでもいい夜だからか、と勝手に納得してしまいました。
枕投げしてるなんてエピソードがあれば、ガッといけるような・・・

>>357
ありがとうございます。
応援、心強いです。
370 名前:KM 投稿日:2004/06/18(金) 14:53
そうきたかーw
今回は声出して笑っちゃいました。面白くて
なんかねこのお話の空気感がいいなあー、キャラも立ってるし。
また楽しみにしています。
371 名前:名無し娘。 投稿日:2004/06/18(金) 22:30
紺野さん、宿命だね。
372 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/21(月) 13:01
ポンちゃん・・・飯田さんを元気づけれて・・・ね?
作者さま、これからもがんばってくらさい(笑)
373 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:06

20. ののを歯医者に連れて行こう


今日はタンポポライブのためのダンスレッスン、一日目。
わたしとマメと柴田さんだけなんだけど。

あいぼんやののよりも早く起きて、ひっそり出かける準備をしていた。
そんな時にレッスン中止の電話。
なんでも、先生みんな、餃子を食べて食中毒になってしまったらしい。

不意に訪れた丸一日オフ。
あいぼんとののはWの仕事で、打ち合わせだけだから行かないって言ってたけど、どうしよう。
2人、まだ寝てるし。
374 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:06

れいなは起きているだろうと、部屋に行こうと思った時、愛ちゃんが来た。
「あ、ウォーターベッド、どうだった?」
「いやー、いつ水が漏れるんかっておちつかんかったわー」

あまり眠れなかったのか、愛ちゃんの目は腫れぼったい。
あくびを噛み殺しながら、ぼすんとソファに身を投げ、背をもたせる。
ぽかんと口を開けて天井を見ながら言った。
「あさ美ちゃん、れいなのウォーターベッドで寝たことあるんやっけ?」
「うん」
「おちつかんかったやろ?」
「いや、すっごい寝心地よかったけど」
れいながべったり張り付いてきて、ちょっと重かったけど。
愛ちゃんは、ウォーターベッドそのものが信用できなかったみたいだ。
とりあえず起きているものの、すっごく眠そう。
375 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:07

わたしは昨日買っておいた豆乳を冷蔵庫から出して、きなこを入れた。
よくそんなの飲むな、という顔の愛ちゃんの隣に座った。
そんな愛ちゃんに構わず、一口。
おいしい。
「愛ちゃん、飲んでみる?」
愛ちゃんは顔を顰めて首を振る。

「マコちゃんとれいなは?」
「れいなは学校。麻琴は途中まで一緒にコンビニ」
「じゃ、もうすぐこっちに来るね」
「でも麻琴、仕事早いって言ってた」
「そっかぁ。愛ちゃんは?」
「夕方から」
「じゃあ、ゆっくりだね」
「あさ美ちゃんは?」
「わたしは一日オフになっちゃった。レッスンが中止になっちゃって」
「ありゃー、大変やねー」

今日は一日ダンスレッスンの予定だったから、マメと柴田さんは一日空きのはず。
ふとそんなことを思ったけど、連絡をしようという気にはならなかった。
愛ちゃんがウトウトしはじめて、わたしの肩に寄りかかったから。
わたしも眠かったし、ちょうどいいと思って、クーラーを弱く入れた。
レッスンが始まったら眠気なんて吹っ飛ぶだろうけど、レッスンがないんだから眠くなる。

愛ちゃんの寝息を感じる頃には、わたしも眠る寸前だった。


376 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:07

──

目覚めると、ののがあいぼんにグチグチ言っていた。
「のんもね、地元の歯医者なら行けるわけさ」
「じゃあ、そっち行きなよ。わざわざこの辺りの歯医者に予約することなかったのに」
「いや、地元の歯医者は痛かったから、もう行かないって決めてるの」

半ばお約束になりつつある、歯医者に行く、行かないのやりとり。
そんな時のののは、いつにもまして話が支離滅裂だ。
そして、頑ななまでに歯医者に行かない。
でも、しょっちゅう歯が痛い痛いと言う。

愛ちゃんは退屈そうに、TVのチャンネルをまわしている。
お昼のワイドショーしかやってなくて、かといってはぐれ刑事とか古い映画を見たくもない。
わたしは愛ちゃんの食べていたポテトチップスの袋に手をつっこんだ。
「あ、あさ美ちゃん。おはよう」
「うん、おはよう。もうお昼だけどね」
愛ちゃん、いくぶんすっきりした様子だけど、まだ眠そう。
ウォーターベッド、気持ちいいのに、なんで寝れなかったんだろ。
わたし達のすぐ後ろでは、相変わらずあいぼんとののが押し問答を繰り広げている。
377 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:07

「あ゙ー、もういい、わかった!歯医者行く!!」
言い合いに負けたのんちゃん、どすどすと来て、わたし達の食べていたポテトチップスを奪い取り、床にぶちまけた。
「あ、ごめーん。こぼしちゃった」
そう言いながら、床に落ちたポテトチップスをぱりぱり踏み潰している。
片付けなきゃいけないし、靴下も替えなきゃならない。
だから歯医者に行けない、という無駄なあがきなのだろう

「ダメやってのんつぁん。食べ物粗末にしちゃー」
軽い感じで愛ちゃんがたしなめる。

「ぅあ゙あー、わかってるよ。・・・でも」
その後を言わせないよう、あいぼんが挑発するように言う。
「あれぇ?のん、もしかして一人じゃ歯医者さんに行けないの?子供じゃないんだから」
愛ちゃんも、やめときゃいいのに続く。
「あ、だから幼稚園児並みとかなるんかぁ」

「ちっがーう!歯医者だけは特別なのー!!」
地団駄ふんだののは濡れた瞳でわたしを見て、助けを求めてくる。
「ちゃんと歯医者行かなきゃ、だめだよ」
気持ちはわかるけど。
378 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:07

追い込まれたののは、唇を尖らせ、何かを言いかけて迷い、やっぱり言った。
「あいぼんだって、外でごはん、ひとりじゃ行けないくせに・・・」

わたしと愛ちゃんの視線が交差し、それはあいぼんへと流れた。
そういえば、あいぼんが一人でなにか食べに行った、って聞いたことがない。
でも、別にそんなことは大した問題ではない。

あいぼんは当然のように開き直る
「そうだけどぉ?それがなんか問題でもある?」
のんちゃんの反撃。
「問題あるよ。いい年して」
「自分で作って食べるからいいもん」
「紺ちゃんとあいちゃんも、なんか言ってやってよー」
くずったのんちゃん、もうあたりかまわず、といった感じだ。

愛ちゃんが言う。
「あぁし、一人で食べに行けるのソースカツ丼くらいやわー」
わたしも言う。
「ラーメン屋とか、一人じゃいけないなぁ」

「そうですぅ!のん、一人じゃ歯医者行けないの、だから行かない!!」
粉々になったポテトチップスの上に寝転んでしまった。
もう何でもあり、だ。
379 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:08

「じゃあ・・・な?」
愛ちゃんが、わたしとあいぼんを交互に見る。
のんちゃんを歯医者に連れて行こう、ということ?
それはちょっときついかも。

「あ、ごはんでも作って待ってるわ」
あいぼん、すかさずそう言った。
ののを歯医者に連れて行く苦労話を何回も聞いてるし、実際、わたしが連れて行ったときも大変だった。
あいぼんみたいな瞬発力、必要かな、とか最近思う。

「じゃ、あさ美ちゃん」
わたしにそう言うのは、もちろん愛ちゃん。
知らないから、そう簡単に言えるんだ。

別に嫌じゃないんだけど、あえて行こうとは思わない場所だと思う。
歯医者って。
それに、なによりのんちゃんを歯医者に連れて行くのは重労働。

愛ちゃんがわたしを見てる。
あいぼんもわたしを見てる。
起き上がったののもわたしを見てる。

「うん、そうだね。行こっか、歯医者」

380 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:09

──

「だめやって、のんちゃん」
道を外れようとするののを、愛ちゃんが押さえる。
憮然とした表情ののんちゃん、これでもかというくらいに、愛ちゃんに寄りかかっている。

これでもう5回目。
さっきは微妙なフェイントをかけて後方にダッシュしたのんちゃんを、わたしが押さえた。
逃げないよう、腕を組もうとすると嫌がる。
歩いてもそう遠くない距離なのに、歯医者さんはまだ遠い。

わたしは、2人の少しうしろを歩いている。
のんちゃんの逃走防止。
愛ちゃんは、のんちゃんのすぐ隣を歩いている。
自然とそうなった。
381 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:09

のんちゃん、でれ〜っと愛ちゃんを見上げている。
「ねぇ、愛ちゃん。宝塚見に行かない?」
「ええよ。いつにする?」
「いつって?そりゃ、もちろん今日」
「今日は無理やって。チケット取れんもん。あ、来月の10日くらいに行くから、そん時な」

のの、うなだれた。

その後は簡単だった。
嫌がるのんちゃんを歯医者さんの中に押しこむだけだったから。
のんちゃんも諦めていたから、楽な作業だった。
382 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:09

タイミングがよかったのか、予約の時間よりも早く着いたからか、すぐに治療開始。
ゴネる時間もなく、という感じだった。
驚愕の表情で治療室に直行したののを見送ったわたし達。
そして、愛ちゃんは小さな子が遊ぶスペースみたいなとこに寝転んだ。
「愛ちゃん?なにしてんの?」
「こっちの方が楽やろ」
なんか間違ってる、というかはしたない気がする。
けど、わたしも愛ちゃんの隣に座った。

「時間、まだ平気?」
「あ、仕事?まだ大丈夫やってー」
甲高い機械音と、つんとくる薬のにおい。
居心地悪い。
愛ちゃん、寝ようとしてるし。
よっぽど眠れなかったんだろう。
「ねぇ、愛ちゃん。寝ちゃうの?」
「ん?あー、じゃあ、なにする?」
「なんかないの?愛ちゃん」
「あさ美ちゃんはなんかない?」
「・・・今日、レッスンなくなった」
383 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:09

愛ちゃんはむくっと起き上がり、その辺にあったスポンジのボールを取った。
で、すぐに放り投げた。
よく見ると、歯形の欠けがいくつもついていた。

「・・・あさ美ちゃん、レッスン行けばよかったのに」
「だから、みんな食中毒になっちゃったんだってば」
「歌の先生は無事やろ」
ああ、そっか。たしかに。
都合がつけば、いつでも来ていいって言われてるけど。
でも、オカマさんだし、なんか行きたくない。

「でもさー、愛ちゃん。いつでも来ていいって言われると、いつ行ってもいい気がしない?」
愛ちゃん、少しだけ目を大きくしてわたしを見ている。
「いつでも来ていいなんて、言われてことない」
「えぇ?それは愛ちゃんだからじゃない?」
「いやー、みんなそうやって。ちゃんとお金も取られるし」
「たとえば?」
「マコッちゃんも里沙ちゃんもそうやし、あと聞いたのはカメ子もれいなも」

知らなかった。
わたし、特別扱いだったんだ。
何回かレッスンしてもらったことあるけど、一回もお金取られたことない。
自由に、好き勝手にレッスンできるもんだと思ってた。
落ち込みはしないけど、なんかショック、というかやっぱり?みたいな・・・
いまさらそんなことを聞かされても、新鮮な驚きはないけど。
384 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:10

「あの、あさ美ちゃん?だいじょぶ?」
大丈夫だけど。
「・・・あさ美ちゃん?」
なに?本当に大丈夫だよ。

愛ちゃんがわたしを覗き込んでいる。

「・・・あ、あぁ、うん。大丈夫だよ」
声に出すの、忘れてた。
でも、わたしの言葉は関係なしに、愛ちゃんは何か悪いことをしてしまったような顔をしている。

「なんかさー、頑張んなきゃな、って思っただけだから」
愛ちゃんは気が抜けたのか、安心したのか、でろんと寝転んだ。
「わぁしも頑張る」
「なにを?」
「なんかわからんけど頑張る」
わたしも、なんかわからんけど頑張る。

385 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:10

わたしは愛ちゃんの背中に寄りかかるように寝転び、近くにあったスポンジ製のバットを取った。
で、すぐに放り投げた。
やっぱり歯型がいくつもついてたからだ。

386 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:11

──

「終わったー!」
のんちゃんが晴れやかな顔をして出てきた。
そのすぐ後、次の治療の予約をいつにするか聞かれて、顔をまっくらにさせてたけど。

仕事に向かう愛ちゃんと歯医者で別れ、わたしとののはあいぼん家に帰った。
あいぼんは加護家特製のうどんを作って待っていた。
関西風で、万能ネギとあげがたっぷり入ったうどん。
わたしはおいしく食べたけど、のんちゃんは麻酔のせいか、うまく食べられない。
どうしても、唇の緩いところから麺がこぼれてしまう。
して、何を思ったかのの、不貞寝しちゃった。

387 名前:_ 投稿日:2004/07/04(日) 14:17

>>370
ののさんの誕生日には間に合いませんでしたが、そう言って頂けたので良しとしました。
あくまでも月3更新の勢いだけは自身に保持していきたいと思っております。

>>371
紺野さんの宿命です。
ボーっとしてるから。

>>372
ポンちゃんは奇跡の女の子です。
かわいいから。
388 名前:名無し娘。 投稿日:2004/07/04(日) 20:35
高橋さんの不器用さに騙されそうになった夏の日。
辻さんの八重歯は矯正しないでね。
389 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/07/04(日) 23:22
古い言葉でいうとまさに、青春の1ページって感じですね
この2人に連れて行かれるなら歯医者も楽しいかも

...本当にタンポポはどうなったんだろう
390 名前:KM 投稿日:2004/07/06(火) 18:04
私も歯医者が大嫌いでギリギリまで行かないから
のんの気持ちが痛いほどよくわかるw
なんか2人に付き添われてのんが歯医者に行く情景が浮かんできそうです
次回も期待して待ってます 
391 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:26

21. 矢口さんが遊びにきたよ


「もう、手伝ってよー!」
あいぼんがさっきからバタバタやっている。
矢口さんが来るから、部屋をキレイにしておきたいらしい。

「大丈夫だって、あいぼん。きれいだよ、この部屋」
わたしの声が小さかったせいか、あいぼんの耳には届かなかったのかもしれない。
忙しそうにあちこち行ったり来たり、する音が聞こえる。

キッチンのテーブルに向かっているわたしには、あいぼんを手伝う余裕はない。
隣でブツブツ言ってる愛ちゃんも。

カメコが学校でやったという、10分以内に全都道府県をあげるクイズみたいなもの。
「ぜぇ〜ったい、誰もできませんよぉ」
カメコは得意そうに笑って言うもんだから、愛ちゃんの負けず嫌いに火がついたようだ。
「ミニモニ。県庁所在地をなめるでねぇ」
とか言って、息巻いてた。
マメは自分に話が振られる前に、あいぼんの手伝いを始めていた。
392 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:27

わたしは面白そうだったから参加。
県名を答えるようなクイズが多いから、けっこう勉強したし。
全部答えられない、なんてことはないって思ってたから。
でも、上から順に40コくらいまでは出てきたけど、そっからが続かない。
正確には、41コ。
カメコはご丁寧にも、自作であろう答案用紙を持ってきたのだ。

「は〜い、あと1分でぇす」
カメコがカウントダウンを開始。
「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、あと50秒・・・」
ぴっぴぴっぴうるさくて集中できない。
1都1道2府43県だから、あといくつだろう。
隣では愛ちゃんが猛スパート。
あと6コなのに、なんか集中できない。
あ、そういえば、いま何時だろう。
まだ6時くらいだろうけど、仕事帰りになにか食べてくればよかった。
七夕の笹をバサバサさせて、あいぼんがベランダの方に走っていった。
393 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:27

「はい、終了〜」

「あー、ちょっとまだ。終わるまで待って」
わたしは思わずそう言った。
すると、愛ちゃんもまだ終わってなかったみたいだ。
「あと5分。わぁしもまだ終わっとらん」

「えぇ?ちょっと、ダメですってば、ストップ、ストップ」
カメコがそう言いながら、わたしの顔の前で手をぶんぶん振って邪魔をする。
その間にも、愛ちゃんは書き続けている。
カメコ、今度は愛ちゃんの邪魔を。
したら、わたしが書く。
そんなことを繰り返すうちに、愛ちゃんが終わったらしい。
「終わったー」
わたしは全然終わりそうにないから、後でこの続きをしよう。
394 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:27

カメコは愛ちゃんの答案を見て、都道府県を全部書けているか確認。
「高橋さん、これ県庁所在地の歌詞、全部書いたんですか?」
「いけんかった?」
「いけんくはないですけどぉ」
カメコの思惑とは違ったようで、不満そうだ。

「もしかして、県名じゃなくて、県庁所在地まで書いてあるってこと?」
わたしが聞くと、しょんぼり顔のカメコが愛ちゃんの答案を見せてくれる。
「県庁所在地だけでなく、名産品も書いてあります」
「あら〜」
「だーから言ったが。ミニモニ。なめんな、って」
愛ちゃんは勝ち誇った顔で、わたしとカメコを見ている。

愛ちゃんに完敗したカメコは、わたしの答えをチェックしようとしてくる。
そのとき、玄関のドアが開く音がした。
「あ、わたし、まだもうちょっと考えるから」
自分の答案を持って、玄関まで誰かわからないけど、お出迎え。
「なんでですかぁーっ」
カメコが悔しそうに、甘ったるい声でわたしの背中に言う。
でも、本当に悔しいのはわたし。
まさか、勉強したのに都道府県が全部出てこないなんて思わなかった。
395 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:28

玄関にいたのは、憮然とした表情のののだった。
「おかえりー」
「うん、ただいま」
わたしの肩越しから、あいぼんが声を掛ける。
「おかえり、のの。遅かったね」
そういえば、今日は2人、Wの仕事で一緒だったはず。

「あいぼんが置いてくからじゃん」
のの、別に怒ってるわけでも悲しんでるわけでもなさそうだけど、恨み節。
「やぐちさん来るから、先に帰るって言わなかったっけ?」
「言った」
「のん、わかった、って言ったよね?」
「言った」
でも、納得いかないらしい。

マメが、どしたの?と聞いてきたけど、説明しにくい。
重い空気にはならないけど、のんちゃん寂しそう。
396 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:28

「のん、前にあいぼん待っててあげたのにさっ」
「じゃあ、ほら、のんだけ特別に短冊ふたつあげるから」
わたしが帰ってきたとき、短冊に願いごとを5つくらい書いていたあいぼんが言った。

「・・・ゆるす」
やっとのんちゃんの機嫌がなおり、リビングに向かう。
わたしも何か願いごとしよう。
リビングのテーブルには、いろんな色の短冊が散らばっていた。
ほっくりした夕焼け空、ベランダのフェンスに立てかけた笹の緑がさらさら揺れている。
397 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:28

短冊の色をピンクにしようか黄緑にしようか迷っていたら、カメコが隣に座ってきた。
わたしを上目使いに覗きこんできて、笑顔で言う。
「さっきの続き、しましょ?・・・もう絶対に出てこないと思いますけど」
願いごとは後まわしになった。

キッチンのテーブルでは、いつの間にか来ていたれいなが真剣な顔をしていた。
「あ、ポンちゃん」
「なに、れーなもやってるの?県名のやつ」
「れーな、クイズとかのためにけっこう勉強したんですよ。だから、こんなの簡単」
カメコがくすりと笑う。
絶対に負けられない、そう思った。
398 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:29

44コまでは書けたから、残りは3つ。
中国地方、九州のどれかが足りないんだろうと思う
四国はちゃんと4つ確認した。

「おわったー。簡単やーん、こんなの」
「うそー!?」
わたしが驚くと、れいなは答案をひらひらさせて、
「れいな、天才かもしらん」
カメコ、そう言うれいなの手から答案を奪い取るようにして、答えのチェック。

「れいな、全然ダメ。問題外」
「なにがー!」
「だってさ、空欄あるもーん。せっかく解答欄作ったのに」

不毛の争いになりそうだから、わたしは自分のことに集中。
とはいえ、わからないものはわからない。
けど、一度は覚えたことだから、忘れているだけなんだろう。
とっかかりさえあれば、きっと思い出せるはず。
399 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:29

「ねぇ、あいぼん。あいぼんってどこ出身だっけ」
近くにいたあいぼんに聞いてみた。
「あぁ!だめぇぇ」
「奈良だけど。なに?いまさら」
カメコがダメだと止めたけど、あいぼんは答えてくれた。
「ありがと、あいぼん」
でも、奈良って普通に書いてあるし、あいぼんが奈良っていうのも知ってる。
奈良と隣あってるのは、大阪、京都、三重・・・あと、どこだっけ?
「・・・あ、和歌山」
これであとふたつ。

「ずるぅ!」
カメコはわたしを咎めるけど、全部答えられないと、わたしは傷ついてしまうのだ。
せっかく勉強したんだから。
400 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:29

わたしに張りつくようにして、カメコがずる防止。
「ところでさ、あいぼん」
「ん?なに?」
「だめですって、ずるしちゃ」
「いや、ちがくて。矢口さん、いつ来るの?」
「なんかねー、美貴ちゃんとDVD買ってからこっちに来るんだって」

部屋の掃除はもう済んだのか、あいぼんはそわそわと矢口さんを待っている。
あいぼんにとって、矢口さんは特別に大事な人。
そんな気がする。
ボーっとあいぼんの顔を見ていると、むずがゆそうにして笑った。
「なによぅ」
「ん?いや〜?部屋、キレイになったな、って」
「でしょ?」
あいぼんは、満足そうに部屋を見回す。
前も散らかっていたわけではないけど、それでもずっとキレイになった。
401 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:30

さっき短冊ふたつで喜んでいたのんちゃんが、願いごとを書きまくってる。
愛ちゃんとれいなもそれに続くけど、のんちゃんの勢いには敵わない。
とにかく、ものすごい勢いだ。
マメは失敗して丸められた短冊をゴミ箱に捨てている。

「紺野さん、もう降参ですか?」
よっぽどカメコはわたしを負かしたいらしい。
「いや、あとちょっとだもん」
残りふたつになった解答欄を鉛筆でとんとん叩いて、余裕を見せてみた。
カメコはぐっとつまって、最高の笑顔であいぼんに挑戦する。
「加護さん、これ、やってみませんか?」
「それ、もしかしてバカ女。の加護あいぼんに言ってる?」
それで話は終わってしまう。
無理もない。

そんなとき、インターホンが鳴った。
先陣を切ったれいなをはじめ、みんな玄関に向かってく。
わたしも行こうと思ったけど、玄関、みんなでぎゅうぎゅうだろうな、と思ってやめた。
あとふたつ。
これしっかり思い出してから、矢口さんと遊ぼう。
さっきからカメコが笑顔でわたしを見つめ続けてるし。
プレッシャーのつもりなのだろうか。
402 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:30

「ちょっと危ないって。マジやめろって!」
お祭り騒ぎみたいな感じで、矢口さんがリビングに担ぎこまれる。
あいぼんが矢口さんの脇をぐっと持ち上げて、のんちゃんが足を持っている。
れいながバランスを取るように背中を支え、愛ちゃんとマメは後ろでハラハラしてる。

美貴が呆れたように笑い、みんなに少し遅れてやってきた。
側まで来ると、美貴はわたしの肩にぐっと腕をもたせかけてくる。
「なにやってんの?」
「一緒にやる?都道府県、全部書くの」
「なにそれ?美貴に言ってんの?」
けんもほろろに突き返してくる。
無理もない。

「で、どこまで進んでるの?つーか、そんなの全部書ける人なんて存在するの?」
カメコには不本意な結果だったのだろう、辛そうに美貴の質問に答える。
「・・・高橋さん。ミニモニ。県庁所在地の歌詞、まるまんま写しただけですけど」
「じゃあ、そうやって書けばいいじゃん」
美貴はそう言ってわたしに顎をしゃくった。
403 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:34

そっか、なんで気付かなかったんだろ。
よし。
声に出すと恥ずかしいから、頭の中で。
♪ 北海道は札幌 おきなわー ♪
ってあれ?いきなりつまずいた。
あ、でも、北海道って書くの忘れてた。
ちょっとした盲点。
あと1コ。
カメコの小さく舌打ちする音が聞こえた。

わたしが北海道と書いていると、美貴が言った。
「こういうのって、一回出てこなかったら、もう出てこないんじゃないの?」
「でしょ?藤本さんからも言ってくださいよ。紺野さん、負けず嫌いなんだから」
「違うって、悔しいだけだもん」
「そういうのを、負けず嫌いだっていうんだよ」
言われてみると、そうかも。
負けず嫌いでもなんでもいいから、あと1コ、書ききる。
404 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:34

ふと肩が軽くなったから見てみると、美貴がベランダの笹を見ていた。
そして、七夕か、と呟いた。

「なんかあんまり意識ないよねー」
わたしが言うと、美貴も同じことを考えていたのだろう。
「北海道の七夕って、8月7日だもんね」
「ね。なんか感じ違うよね」

七夕が8月7日なのは、カメコには意外だったみたいだ。
「なんで北海道だと七夕が一ヶ月も遅れるんですか?同じ日本なのに」
405 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:36

わたしと美貴、顔を見合わせる。
正論をぶつけられても、そういうもんだと思って育ってきたから、なんで?もなにもない。
美貴が困ったように言う。
「亀井ちゃん、あのね・・・同じ日本っていっても、北海道に行くにはパスポートが必要なの」
「そうなんですかぁ?」
「そうなの。だから、北海道は本土となにもかも違うの」
「そっかぁ、そうなんだ」
カメコは貴重な発見をしたと思ったのだろう、目をキラキラさせている。

美貴はさらに続ける。
「でね、北海道のまんなからへ──」
「美貴、やめなって。カメコ、全部嘘だからね、今の話」

「あ、いま美貴って言った!」
カメコの目はさっきよりもキラキラしている。
ちぇって感じで拗ねてた美貴が、どうなの?みたいな感じでわたしに視線を送ってくる。

「いま、絶対藤本さんのこと、美貴、って言いましたよね?」
さゆとれいなの言ってたこと、ホントだったんだ、と嬉しそう。
406 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:36

追求逃れに、矢口さんが買ってきたDVDを見てるみんなに混じった。
矢口さん、ここに来るのは珍しいことだけど、毎日のように会ってるわけだから、映画なのかも。
何か特別にしようにも、これといってすることも見つからなかったんだろう。

わたしは、たぶん矢口さんが買ってきてくれたのだろう、テーブルに積み上げられたパンの山からてきとうにひとつ取った。
「これ、いただきます」
矢口さんに聞こえるように、でも映画の邪魔にならないくらいの大きさで言った。

パンは明太子フランスパンだった。
フランスパンの切れ目に、バター、ほぐした明太子が入ってる。
おいしかった。
さゆがこんな感じのパン、好きそうなだと思った。
今日、ここにいたら食べれたのに、もったいない。
マコちゃんも、今日は矢口さんが来るっていうのにどうしたんだろう。
来そうな気配がない。
407 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:37

パンを食べてると、ののが含み笑いでわたしの腕をつつく。
「ん?なした?」
「見てよ、これ」
ののが差し出した短冊には、白馬の王子様が迎えにきますように、と書いてあった。
「これ、白馬の王子様じゃなくて、白馬に乗った王子様、じゃないの?」
ののは笑いすぎで、目の端から涙をこぼしてる。

「いーじゃないのよ、私、もう21歳なんだから恋したって」
矢口さんが語調強く言った。
「21歳だから、問題なんだって」
のの、腹を抱えて笑ってる。

「やぐちさん、待ってるのは王子様じゃなくて馬なんだから、べつにいいもんね」
あいぼんが言うと、みんな我慢してたのか、吹き出してしまう。

「同じとこ、何回つっこむんだよ!」
矢口さんが顔を真っ赤にして、そう叫んだ。

408 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:37

──

見てた映画、思いの外ながくて、終わった頃には11時をまわっていた。
カメコが眠そうにしてるし、愛ちゃんは壁際にくっついてもう寝てた。
いっつも遅くまで起きてるのに、珍しい。
マメとカメコが、れいなの部屋に引き上げた。
わたしは県名が気になってそれどころじゃなかったけど、みんなもう寝る空気だ。

「やぐっつぁーん、れーな、ウォーターベッド買ったんですよ」
れいながそう言って、矢口さんの腕を掴んだ。
一緒に寝る、寝ない。
大した問題ではないけど、あいぼんの表情がふっと翳ったような気がした。
そう思ったのも一瞬のことで、すぐに元に戻ってたけど。

「いや、今日は加護のとこにお世話になろう、かな」
矢口さんが申し訳なさそう言うと、れいなは簡単に引き下がった。
「え〜っ?やぐちさんといっしょー!?」
口では嫌がっていたけど、あいぼんは嬉しそうだった。
あいぼんが矢口さんに身を預けるようにして肩で小突き、なんだよー、と矢口さんもそれを押し返した。

409 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:38

みんな寝ちゃったけど、わたしは県名が思い出せなくて眠れない。
一応、電気は消して、TVをミュートにして最低限の明かりは確保。
「美貴はまだ寝ないの?わたし、勝手に電気消しちゃったけど」
「うん、まだ寝ない。今日買った映画、見たいから」
美貴はぶっきらぼうに言うと、DVDをセットして、わたしの隣に座った。
わたしも一緒になって見てたけど、やっぱり県名が気になって仕方がない。
美貴も何を喋るでもなく、淡々と画面を眺めている。
映画の中で県名が出てこないかと思ったけど、洋画なので出てきようがない。

410 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:38

美貴がわたしの肩にもたれて眠る頃、あいぼんがこそっと寝室から出てきた。
みんな寝てるから、自然と声をひそめた会話になる。
「どしたの?あいぼん」
「いやー、やぐちさんと一緒に寝たことないから、緊張しちゃって」
「そっか」

わたしは美貴が完全に寝入ったのを確認し、起こさないよう、そっと立ち上がる。
リネン室みたいになってる飯田さんの部屋から毛布を持ってきて、美貴にかけた。
411 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:40

首や肩をくるくるまわしていたあいぼんが小さくカーテンを開けた。
葉よりも多そうな短冊でけばけばしい笹が、薄暗がりにぼんやり浮かんでいる。
「なんかしまんないよね、この笹」
あいぼんがふっと笑いを吐き出す。

あ、あ、あ、思い出した。
島根だ。
さっそく書きこむ。
これで解答欄は全て埋まった。
書ききった。

ホッとした、っていう方が大きいけど、この感動をあいぼんに伝えたい。
あいぼんに綺麗に埋まった答案用紙を見せた。


「でも、これ、島根がふたつあるよ?」
「えぇ!?うそー」
「ここ」
ホントだ。


412 名前:_ 投稿日:2004/07/08(木) 02:49

>>388
辻さんの八重歯、結局誰も治させようとしなかったんですかね。
八重歯あった方がいいと思いますけど。

>>389
タンポポ、永久欠番になったはずです。
解散のライブするとかなんとか。

>>390
虫歯は自然に痛くなくなるのを待つタイプなんで、あまり行った事がないのですが、
歯医者に行きたくない感じが伝わってよかったです。
413 名前:名無し娘。 投稿日:2004/07/09(金) 22:49
ハロモニとかでも加護さんは困るといつでも「やぐちさぁ〜ん」と叫びますね。
作者さんとは見ている視線が近い気がして嬉しい。
414 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:06

22. 今年の夏は暑い


マコちゃんとオムライスを食べに行った。
「今日のとこ、これまででベスト3くらいには入るんじゃない?」
至福の表情をしたマコちゃんが言った。
わたしは、そうだねぇ、とは返したものの、別のことを考えていた。
あいぼんの部屋に戻ってからすることを、順序よく頭の中で並べる。
「あさ美ちゃん?大丈夫?」
「うん、大丈夫」
きっと今のわたし、難しい顔をしてるんだろう。

冷房の入ったマンションのエントランス、わたしはダッシュ。
「ね、ちょっとーっ」
マコちゃんの声を置き去りにして、あいぼんの部屋へと急ぐ。
415 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:06

「ただいま」
短く言って、靴を脱いだ。
あとは、頭の中にあった段取り通り。
と、思ったけど、面倒だったから、まっすぐにエアコンの風が一番よく当たるポイントまで行った。
最近、わたし専用みたいになってる場所で、でろんとうつ伏せに寝転がる。
フローリングもいい感じに冷えてるし、エアコンの風が気持ちいい。

「あさ美ちゃーん」
不満たっぷりのマコちゃんの声が、玄関から聞こえてくる。
どたどたと、床にべっとりはりついているわたしの足元で立ち止まる。
「なぁんで置いてっちゃうのよ〜」
「だってぇ〜、暑いんだものー」
わたしは顔を上げずに言う。
416 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:07

「今日、雨ちょっと降ったから、まだマシじゃん」
ののの声がした。
「雨降ると、蒸すから嫌」
わたしの声は、床に跳ね返ってあらぬ方向に飛んでいった。

この夏の暑さは半端じゃない。
まだ7月半ばだというのに、夏に弱いわたしは限界を迎えようとしている。
外は暑いし、中は涼しいとはいってもエアコンでは不必要に体が冷えてしまう。
ここのところ、心も体も休まることがない。

この前、あいぼんにそう言ったら、そんなリラックスして何言ってんの、と笑われたけど。
417 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:07

「ってアレ?なんでのんちゃんしかいないの?」
マコちゃんの声で、わたしはやっと身を起こした。

ののが一人、ソファに深く背をもたせている。
TVを見ているようにも見えたけど、それにしては少し視線が上向いている気がした。
「みんななら、れいなの部屋で人生ゲームしてるよ」

「あ、そうなんだ。えー、どうしよっかな。・・・そうだ、名古屋に前日入りした人は?」
マコちゃんが聞くと、少し間が空いた。
ののはゆっくりと指を折りはじめる。
「えっとねー、わかんない。とりあえず、隣にいるのは、あいぼんでしょ、マメ、あと愛ちゃん、れいなに、あ、あとなんか知んないけど梨華ちゃん、さゆ、あ、みんなだ」
一人二人わすれてる気もするけど、みんないるらしい。
関係ないけど、美貴は早起きして名古屋に行くのが嫌だと言ってたから、もう発ってるはずだ。
わたしは起き上がったついでに、そのままシャワーを浴びに立った。
418 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:07

「紺ちゃん、風邪ひくよ?いいかげん」
ののの呆れた声が聞こえる。
もっともな意見だ。
でも、ここから離れるなんてできない。
けど、明日から2週間は、絶対に体を壊さない。
あと15秒だけと、今日一日の自分へのご褒美。

のんちゃんの隣に移動。
不健康なエアコン浴のせいか、どこか後ろめたい。
おかしな言葉が出てきてしまう。
「いやいやいやー」
「なにさ、いやいやー、って。おっちゃんみたい」
「ひっどーい」
なんとなくおかしくて、くすくすと笑みがにじみでる。
ののもわたしにつられてか、頬を緩めている。
419 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:08

と、ここでわたしの笑いが凍り、止まってしまった。
TVで流れていたののニュース番組だった。
ののがニュースを見てる!
びっくりした。

そんなわたしの表情に気付いたののが、照れ臭さを隠すように乱暴に言う。
「ちっげーよ。こんなん見てないって」
「じゃあ、なに?」
「あれだよ、あれ・・・あ、マコト、向こうに行ったよ、人生ゲーム」
「そう、それにしても、暑いよね」
ごかまされたことにしてあげよう。
ホントに暑いし。
いや、暑いんじゃないかもしれないけど、暑い感じが体に染みついちゃったみたい。
420 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:08

「でもさー、大体いっつもスタジオだから、涼しいくらいじゃない?」
「違うっ、わかってない、のんちゃん」
「なにがさー」
「スタジオは涼しくて、外が暑い、ってのが問題なの。夜も暑いし、エアコンじゃすっきりしないし」
「そういうもんなの?」
「そう、北海道の人はみんなそう」
「でも、カオリンとか美貴ちゃん、なんともなくない?あ、なちみも」
「飯田さんとか安倍さんは、たぶんこっちの暑さに慣れたんだよ」
「美貴ちゃんは?」
「ほら、元気っ子だから」
「そっかー」
自分の感覚をわかりやすく言うのは難しいけれど、伝わったようでよかった。
ののは、そっかぁ、としきりに頷いている。

れいなの部屋から、おぉ〜っ、という大歓声が聞こえてきた。
「なんかあっち、すっごい盛り上がってるね」
「紺ちゃんも、のんに気にしないで向こうに行っていいよ?」
「いや、別に行かないけど。なんで一人でここにいたの?」
「・・・なんとなく。せんちめんたるな気分に浸ってた」
せんちめんたる、が舌足らずにひっかかってしまい、あまりカッコはつかなかった。
わたしは何も言ってないんだけど、ののは、なんだよー、と押すように小突いてきた。
421 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:09

そして2人、押し黙ってしまう。
ののがどう考えているのかわからないけど、明日から最後のツアーが始まる。
そこからは、本当にあっという間もないくらい、すぐに時間が過ぎてしまう。
番組によっては、もうののにとっては最後の、わたしにとっては卒業の収録を終えているものもある。
いつも通りの呼吸のはずが、いつもよりも重い気がしてしまう。


「ぴしゃーりっ!」
突然ドアが開き、れいなの叫び声。
れいなは大股でここまで来て、もう一度、
「ぴしゃーりっ!!」
さっきよりも強く。

わたし達が呆然としていると、れいなは顔を真っ赤にして繰り返す。
「ぴしゃーり!!!」
手のフリがついた。
「ぴしゃーり!!!」
422 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:09

「ねぇ、これ、のんたちにも言えってことなんじゃないの?」
ののが耳打ちしてくる。

「ぴしゃーりっ」
さっきよりも弱くなったけど、4回目。

「・・・ぴ、ぴしゃーり?」
とりあえずわたしが言うと、ののが、違うって、と、堂々たる佇まいで、
「ぴしゃーり!!」

れいながじっとわたしを見ている。
「ぴしゃーりっ!!」
仕方なく言うと、れいなは嬉しそうに深く一礼して部屋を後にした。

「なんだったんだろうね」
罰ゲームだろうとはわかってたけど、言わずにはいられなかった。
ののは何も言わなかったけど、頷いたのはわかった。

423 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:09

れいながいなくなると、再び沈黙。
それぞれが、それぞれに思いを巡らせている。

何もかも変わってしまうんだろうな、と思う。
けど、ここにいる限り、2人が卒業しちゃっても何も変わらない気もする。

「ねぇ、やっぱ卒業しちゃうのって寂しい?」
「なんで?」
「センチメンタルって言ってたから」
「うーん、そうだねぇ・・・」
うまくまとまらないのか、そのまま考え込んでしまった。

何か飲みたいと思って冷蔵庫を開けたけど、お茶の買い置きはなかった。
グラスに氷を入れた水道水で我慢することにした。
ののも飲むか聞こうと振り返ったけど、まだ考え中だったからやめた。

「あ、そうだ」
ののがポツリと言ったとき、わたしはまだ水を飲んでいる途中で、おかしなところに入ってしまった。
わたしがごほごほしてると、高いテンションの、それよりもっと高いトーンの声がした。
「ハッピー!!」
間違いなく石川さん。
424 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:10

石川さんは勢いよくわたしのとこまで来て、ぐっと肩を掴んできた。
「ね、あさ美。私のこと、梨華って呼んで?」
「はい?」
「ね、あさ美。私のこと、梨華って呼んで?」
唐突なできごとに、わたしの頭の中はこんがらがってしまう。

「呼んであげなよ、梨華ちゃんのこと、梨華、って」
あいぼんが野次るように、玄関の隙間から顔を覗かせた。
その後ろでは、みんなひしめきあってる。
誰もが、すっごい楽しそうな笑顔で。
425 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:10

「ちょっと梨華ちゃん!」
ののが尖った口調で言うものの、石川さんは動じずに、
「ののは後でね」
と言って、わたしをまっすぐに見つめる。
かと思えば、急に泣き顔みたいになった。
「なによ、美貴ちゃんじゃないと、呼び捨てにできないの?」
ここまで言うと、石川さん、何故か自分ウケして蹲ってしまった。

そういう問題じゃないと思うけど、そうかもしれない。
でも、ここは石川さんのこと、梨華、って言わないと、どうにも収まりがつかない。

「梨華」
梨華ちゃん、というのも恥ずかしかったのに、これはかなりこたえる。
くらくらしそうなくらい、血が昇ってしまっている。

石川さんはすっと立ち上がり、ありがとっ、とわたしの頭を一つ撫でると、次は辻さんのところへ。
わたし、なにがなんだかわからなくなってる。
426 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:11

「梨華」
のんちゃんのウンザリした声が聞こえた。
「ありがと、のの」
罰ゲームなのに、満足した様子の石川さんは、れいなと同じくすぐに部屋を出て行く。
足取りが弾んでいた。


石川さんがいなくなると、急に部屋がしんとなる。
のの、何か言いかけてたけど。
427 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:11

「コンビニでも行こうかな」
ののが小さく息を吐いて呟いた。
「ホント?なら、氷っぽいアイス買ってきて。あー、でもちょっと待って」
「なに言ってんの。紺ちゃんも来てよ。つーか、ののに一人で行かせんの?」
「あ、そうだね。でも外、暑いかもしれないよ」
「いーの!行こぉ!!」
くずるような口調で、わたしの腕を掴んだ。
「じゃあ、行こうか」
わたしが言うと、ののは当然といった感じで頷いた。

428 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:11

新たな罰ゲームが来ないうちにと、さっさと支度を終えて玄関を出る。
鍵を掛けないでの外出は少し心配だったけど、隣がいるし大丈夫。

れいなの部屋の前を通り過ぎたとき、さゆが出てきた。
わたしとのの、一気に歩調を速めた。

「あ、ちょーっ。・・・あさ美、こっち来て、一緒に寝よ?ほら、あさ美。いつもみたいに、こっちおいでよー!」
芝居がかってトーンがひとつ高いさゆの声を置き去りにする。


さゆの言ったこと、なんかどっかで聞いたことがある。
「紺ちゃん、なんなんだろうね、あれ」
あ、思い出した、思い出したけど、いいや。
「わかんない」
わたしは首を傾げ、てきとーに笑ってはぐらかした。
「そう、それにしても、さゆ、近所迷惑だよね」
ののがわたしの手を取って、駆け出した。

429 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:12

──

「外、あんまり暑くないね」
どっちかっていうと、涼しい。
「そうだね」
ののはぽけーっと夜空を見上げながら、腕をぶるんぶるん振り回す。
手を繋いでるわたしの腕も、ののの腕と一緒に回る。

夜の街はびっくりするくらいに人がいない。
ひっそりとして暗いし、ちょっと怖い。
でも、夏の夜の匂いは嫌いじゃない。
この匂いは、札幌にはない、東京のものだ。
上京してきたとき、そう感じたことを思い出した。
訳もなくドキドキしたのを覚えている。

「なんで紺ちゃんニコニコしてんの?」
「この夜の匂い、好きだな、って」
ののは鼻をひくひくさせて、大きくクシャミをした。
「なんも匂いしないよ」
「するよ〜」
今度はわたしが、ののの腕をぶるんぶるん振った。
430 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:12

大通りに出ると、人影がぽつぽつと見え始め、交通量が多いせいか、ぐっと明るくなった。
次の信号をまっすぐに渡れば、コンビニ。
でも、わたしの目に留まったのは、左に折れたところににあるラーメン屋。
ののもそれを見つけたらしい。

わたしはちょっとわざとらしかったけど、言ってみた。
「あんなとこにラーメン屋なんてあったっけ?」
「昼じゃ気付かないこともあるんだね」
ののが悪戯っぽく笑って、続ける。
「のの思うんだけどさー、明日からまたハードなスケジュールになるよね」
「だよねぇ。今のうちに栄養蓄えとかないと、きつくなるよね」

わたし達は迷わず、左に曲がった。


431 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:12

ラーメン屋に入る直前、ののはわたしを向いた。
「のんね、あいぼんの家に引っ越すことにした」
「・・・そう。いつ?」
「たぶん8月入るころか、そのちょっと前くらい。紺ちゃんも早く決めちゃいなよ」

「そうだね、決めちゃわなきゃ、ね」
わたしの声は、店員のいらっしゃいませ、に掻き消されたような気がする。



432 名前:_ 投稿日:2004/07/17(土) 04:17
>>413

前回は加護の「やぐちさん」が自分なりのポイントでした。
年少メンバーの「やぐっつぁん」言い始めの頃、やぐちさんはやぐちさん、と加護が矢口に言ったという話から前回ができました。
433 名前:名無し娘。 投稿日:2004/07/17(土) 16:20
当たり前のことが当たり前に書かれえていることが、やっぱり画期的。
なぜこんなにも登場人物が多いのに死んでいないのだろう。しかも、回が重なるにつれて面白さも積み重なる。
紺野さんの内面と口する呼び方の違いとかが胸を燻ってしかたない。
それにしても藤本さんいじられてるなー。石川さんがこのメンバーに混ざっちゃうのが愛しいな。
434 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:25

23. ゴロッキーズだけ、っていうのは懐かしいし落ち着く


れいなの部屋は少し変わってる。
あいぼんの部屋と同じ作りのはずなのに、全然違う。
リビングには小さなテレビデオがあるだけで、あとは布団が敷き詰められている。
不精だとかそういうわけじゃなくて、いつの間にかそうなっていたのだ。
みんなが少しずつ持ってきた布団は、色も柄も全然違うのに、不思議と統一感があったりする。
435 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:25

「まぁた里沙ちゃんズルしたやろぉ〜」
「ガキさん、バレバレだってー」
「ちがーう!!」
愛ちゃん、美貴、マメがトランプをしてる。
よくわかんないけど、マメがまた屁理屈こねて何かやらかしたんだろう。
マメは真剣な顔でいいわけしてるけど、愛ちゃんと美貴は大笑いしている。
美貴は大笑いを超えて、お腹を抱えてヒクヒク痙攣するくらい。

マコちゃんとれいなとさゆは、美貴が持ってきた映画を見ている。

わたしはれいなの部屋でも定位置、エアコンの真下。
今日も布団が冷えてしまうくらいの強風の下、うつ伏せで一日の疲れを癒す。
436 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:25

「紺野さん、暑いですぅ」
「暑いって、じゃあ、うろうろするのやめなさい」
かめちゃんは暑い暑いと言いながら、あっちこちゴロゴロと転がっている。
ぽけーっと口を開けて映画を見入ってるさゆにぶつかる。
さゆは視線を動かさずにかめちゃんの肩に手を置いていたけど、鬱陶しいのか、わたしの方に押し返した。
うりうりぃ、とか言いながら、かめちゃんがグリグリとさゆにぶつかり続けていたからだ。

「紺野さん、あつーい」
「だから、じっとしてなさい」
かめちゃんはわたしの言うことなんかちっとも聞かず、べったり張りついてきた。
「暑いって、かめちゃん、離れてよぉ」
「だぁってぇ、暑いし、暇なんですよぉ。映画もつまんないし」
そう言って、わたしの上にのっかってくる。
あっつい。
そんな時、ふっと息の抜けた部屋の空気を感じた。
437 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:26

「藤本さーん、これ、すっごいおもしろかったー」
れいなの弾んだ声が聞こえてきた。

「ほら、かめちゃん、映画おわったって」
「へへ〜っ、そうですよぉ」
「あ、かめちゃん話聞いてない。今なんか妄想してたでしょ?」
「してませんよぉ」
あまり動きたくなかったけど、身をよじってかめちゃんを振り落とした。
「あぁー」
かめちゃんは細くて高い声を出しながら、ころんとわたしの背中から落ちた。
そして、悔し紛れにわたしの手にあるリモコンを奪い、エアコンを切った。

困った。
かめちゃん、リモコン持ったままさゆのところに行ってしまった。
まだこの辺りはひんやりしてるけど、すぐにじんわり温くなってくるんだろうと思う。
だから、そうなる前に今日はもう寝ることにした。
438 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:26

「ポンちゃーん、バックギャモンしましょー。買ったんですよ、最近」
れいなの声がして、どすんと重みが。
今日はよくのっかられる日だ。
「ポンちゃん、バックギャモン!」
「今日はもう寝るから・・・やらない」
「まだ9時前だよ?」
「暑いから、もう寝る」

れいなの重みが消え、少ししてエアコンが動き出した。
「これで涼しいでしょ?だから、ね?ポンちゃん、バックギャモンしましょ?」
わたしは涼しいから起き上がる。
れいなはすでにファッション誌ほどのボードを広げ、冷蔵庫のマグネットみたいな赤と黒の駒を選り分けていた。
「ねぇ、バックギャモンってなに?」
「れいなもあんまよくわかってないけど、説明書あるからたぶん大丈夫」
そう言い、説明書と睨めっこしながら、駒をボードの模様の二等辺三角形に並べている。
439 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:26

「のんちゃんとあいぼん、遅いですよね」
「そうだね」
今日はののとあいぼん、2人だけの仕事。
一番遅くに出て、帰りは一番遅いようだ。
そんな時、あいぼんは楽屋で誰かに鍵を渡していたけど、今日は娘。の仕事はなかった。
ここにいるみんなもそうだけど、わたしは今日、あいぼん、ののと仕事場では会ってない。
こういうことは初めてじゃないけど、これからはずっと今日みたいな日が続くんだと思う。
娘。を卒業するというのは、そういうことなんだろう。

「ポンちゃん、ひょっとして、ちょっと切なくなってる?」
駒を並べ終えたれいなが、わたしを覗き込んでいた。
「なんで?」
「なんかちょっと目がウルウルきとった」
れいなはそう言って笑うけど、その笑顔、長くは続かない。
440 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:27

「あの、れいな?実はさ、わたし・・・」
そういえば、れいなもあいぼんが一人暮らしを始めてから、ずっと一緒だったな、と思い出しながら言った。
「実はさ、あいぼんとのんちゃんと一緒に暮らさないか、って誘われてるんだよね」
だから、れいなには言っておかなければならない気がした。
「だからなにがどうってわけじゃないんだけどね」
でも、それ以上さきのことは、言わないでおこうと思った。

れいなは、そう、と小さく言ったきり、何も言わない。
出すべき言葉を見つけられないのだろう、と思う。
これから一緒に暮らすことがいいとも悪いとも、簡単には言えないだろうから。
無責任に軽々しく何かを言ってしまわないれいなが、心から愛しいと感じた。

441 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:27

「ま、報告は以上!・・・じゃ、バックギャモンしよう?」
れいなが弱く笑った。
「うん、報告、ちゃんと聞きました」
れいなはそう言うと、気持ちを切り替えるように、勢いよくわたしにサイコロを2つ握らせた。
「さ、振って!」
わたしは言われるままにサイコロを振った。
5と5のゾロ目。
れいなは素早く説明書に目を走らせている。
どうやら、ゾロ目は予想外の事態だったらしい。
「ごめん、ポンちゃん。れいな、全然ルールわからん」
442 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:28

「なにやってんのー?」
美貴がのそのそやってきて、れいなの持っている説明書を覗く。
れいなは助けを求めるように、説明書を美貴に差し出す。
「バックギャモン、全然ルールわかんなくて。藤本さん、わかります?」
「いや、美貴は知らない、それに無理。だってそれ、字が多いもん」

「なになに?どうしたの?」
マメが来たけど、たぶんわかんないだろうと思う。
案の定、マメにはわからないというか、わかろうとする気がないみたいだ。
「むりむりむりむりむり」
れいなが説明書を見せようとする前にそう言った。

その後、マコちゃんと愛ちゃんも来たけど、結局誰にもバックギャモンのルールはわからない。
わたしもわからなかった。
基本的なことは理解にそう難しくはないんだけど、未知のゲームで、しかも細かいルールがあるのが厄介だ。
誰か知ってる人に教えてもらいながらやらないと、この奥深そうなゲームはわからない。
443 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:28

わたし達が首を傾げている中、TVを見ていたかめちゃんとさゆ。
そうは見えないけど、かめちゃんが説教してる。
「もう9時過ぎたから、食べちゃだめぇ」
「えぇ〜、でも、だって──」
「でも、も、だって、もないのぉ!決めたでしょ?約束したでしょ?9時以降は食べないって」
かめちゃんがサンドイッチを持っている。
たぶん、さゆのだろう。
ここに来る途中、さゆがコンビニで買っていたような気がする。

「ねぇ、あさ美ちゃん。あれってさゆが帰りに買ってたやつだよね?」
愛ちゃん、かめちゃんが持っているサンドイッチを指差して聞いてきた。
わたしは頷き、そうだと思う、と言おうとしたら、くしゃみが出た。
444 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:29

「あれ、コンコン風邪ぇ?」
マコちゃんが言った。
「クーラーにばっか当たってるからであって・・・」
愛ちゃんが真面目に言った。
その瞬間、わたしには戦慄が走った。
「ごめん、今日は帰る」
みんなが唖然としている中、わたしは外行きの服に着替え、帰る準備をした。

「ちょっとあさ美ちゃん、どうしたの?」
わたしが玄関に向かおうとすると、マメが呼び止めるように聞いてきた。
振り返ると、口をおさえ、できるだけ早口で言った。
「風邪はもうひきたくないから、今は特に、それに、みんなにも移せないでしょ?」
それだけ言うと、さっさと靴を履いて外に出た。

445 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:29

マンションを出て駅に向かう途中、あいぼんとののと鉢合わせた。
「あ、紺ちゃん。さっきそこでケーキ買ったんだ、みんなで食べよう?」
ののが大きなケーキの箱を掲げて言った。
「鍵渡すの、すっかり忘れててさ、ごめんね、みんなれいなのとこにいるの?」
あいぼんが目深に被った帽子の奥から言う。

わたしは2人から少し離れ、やっぱり早口で言う。
「ごめん、風邪ひいちゃったみたいだからすぐに帰らなきゃ、みんなはれいなの部屋、じゃね、また明日」

「・・・え?あ、うん。明日ね」
びっくり顔のあいぼんが小さく手を振った。
「お大事にね、紺ちゃん」
ののが続いた。

「うん、じゃあ」
わたしは息を止め、足早に2人と擦れ違い、思い出した。
「あ、ねぇ!さゆにもちゃんと食べさせてあげてね!!」
2人は訳がわからない、といった顔をしてたけど、頷いた。
わたしはそれを見届けてから、駅に向かった。
電車で帰るか、タクシーで帰るか、考えながら。


446 名前:_ 投稿日:2004/07/23(金) 00:33

>>433

ずばっと読んで下さっているようで、本当に感謝です。
回を重ね、それなりに設定ができているような気がするので、けっこう書きやすかったりします。

447 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/23(金) 02:04
更新乙です
コンちゃんトラウマになってるのか・・・
448 名前:名無し娘。 投稿日:2004/07/25(日) 06:20
ちょっこし切なくなりました。
449 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 01:58

24. 藤本美貴


ずっと考えていた。
ずっとずっと悩んで迷っていたけど、結論は出てこない。
450 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 01:58

気が付いたら、帰り支度をしている美貴の腕を掴んでいた。
「なした?お腹空いたの?」
美貴の顔がわたしの目の前に来て、ようやく自分の行動にびっくりした。
「なに、ごはん食べさせて欲しいの?」
美貴はからかうように、わたしを覗きこんでいる。
何を言おうにも、言うべき言葉が見つからない。

「ミキティ、なんか食べに行くの?おいらも行っていい?」
「いや、今日は2人でデートなんで。すいません」
申し訳なさそうな笑顔でやんわりと矢口さんに断ると、わたしに耳打ちする。
「すぐに支度終えるから、ちょっと待ってて」

「いや、なんでもない。なんでもないから、大丈夫」
わたしはそう言って後悔して、携帯を持ってトイレに向かった。

451 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 01:59

「ねぇ、美貴。このあと空いてる?」
小声で言ったつもりなのに、思いの外大きく響いた。
『大丈夫だけど・・・今どこ?』
「トイレの個室」
『はぁっ?トイレ!?なんで?携帯じゃなくて、さっき・・・あ、ちょっと待って』
紺ちゃん、という美貴の声が遠く聞こえた。
『ごめんごめん、今、加護ちゃんと』
「そうなんだ。じゃあ、ロビーのところで待ってるから」

わたしはそわそわとロビーで美貴を待っていた。
ずいぶんと遅く来た美貴は、ちんたらとやってきた。
「どしたのさ、あさ美が誘ってくるなんて、珍しいじゃん」
わたしは小さく頷くと、黙って美貴の手を引く。
そのままスタジオを出て、通りに出るとタクシーを捕まえた。
452 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 01:59

「どちらまで?」
そう運転手に聞かれても、わたしは何も考えていなかったから、そこで止まってしまう。
わたしに手を引かれるままタクシーに乗った美貴が、代わりに言ってくれた。
「とりあえず、渋谷方面でお願いします」

「ちょっと、何も考えてなかったの?」
運転手に聞こえないよう、美貴がこそっとわたしの腕をつつきながら聞いてきた。
「うん、なんか精一杯で・・・」
「意味わかんないし」
「いやー、意味わかるよ〜」
わたしがなんとなく抗議すると、美貴は、わかんないから、と笑った。
「行き先、美貴が決めるよ?」
美貴はそう言うと、運転手に細かな行き先を告げた。

453 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 02:00

──

10人は入れそうな個室、灰色のビニールのソファに、大きなモニター。
流行り歌が流れ、個室の外でも別の曲が流れている。
「なんでカラオケ?」
店員がいなくなり、わたしが聞くと、美貴はすでに注文していた。
壁に掛けられた受話器を下ろすと、わたしの正面に座り、身を乗り出すようにして言った。
「美貴が決めていいって言ったでしょ?」
「まあ、そうだけど・・・」
美貴が決めていいなんて言ってないけど、否定もしなかったから、そういうこと。
「それにほら、こういう個室のほうがいろいろ話しやすいと思って」
わたしは意味もなく、ぼろぼろの分厚い冊子をぱらぱら捲った。
「え?あさ美、なんか歌うの?」
美貴があんまりにも驚くもんだから、わたしは冊子を放り出して、だらんとソファに身を預けた。
「やっぱ歌わない」
「ウソだってぇ。ほら、なんか歌お?ね?カントリー歌おうよ、カントリー」
「いいって。もう歌わないって決めたもん」

そんなことを話してるうちに、料理が運ばれてきた。
ザンギとか、フライドポテトとか、ソーセージとか、そんなのばっか。
美貴は半分ほどウーロン茶を飲むと、
「あれ?もしかしてお酒のほうがよかった?」
そんなもの、外で頼めるはずもないのに聞いてくる。
「じゃあ、美貴が頼んでよ。したらわたし、お酒飲むから」
わたしがむくれて言うと、美貴はしてやったりって顔で、机をばしばし叩きながら笑う。
「いや、美貴もあさ美も、未成年だから」
美貴はウーロン茶を飲み干すと、もう3杯注文した。
それまではしゃいでいたのが嘘のように、静かで大人びた口調だった。
454 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 02:00

「さ、歌おうかな。カラオケ、久しぶりだし」
美貴は同じページを開いたまま、3曲くらい一気に入れた。
ノリノリで「ロマンティック浮かれモード」を歌って、「駅前の大ハプニング」を歌った。
いちいちわたしに、この曲知ってる?と聞きながら。
店員がウーロン茶を運んできても、お構いなしだった。
最後に「大切」を、・・・だったらいいのにね、まで歌い上げ、ようやく一息つく。
「そういえばさ、風邪、治ったの?」
「うん、ひきはじめというか、ひくかどうかくらいのときだったから、もう平気」
「なら、大丈夫だね」
美貴は確認だけすると、また曲を入れようとリモコンを操作している。
「ねぇ」
「ん?」
「ソロに戻ったりしたい?」
美貴は小さく首を傾げて、はっきり言った。
「当たり前じゃん」

そうだよな、と納得しつつも、すごく寂しくなった。
「でもね、娘。をやめてまではソロに戻りたいとは思わない」
美貴はさっきよりもはっきり言うと、操作途中だったリモコンの送信ボタンを押した。
曲が流れ出す。
偶然にも、「ここにいるぜぇ」だった。
美貴が一番を歌い、元気出せよ、と言われるまま、その勢いにのり、わたしが二番。
「あさ美さん、あさ美さん。違うよ。ちっがーうよ!」
美貴はわたしのマイクを奪いとった。
自分のときは普通に歌ってたのに、マイクの電源をオフにして、音程もリズムも関係なしにシャウト。
わたしも美貴に習い、ただ叫んだり、飛び跳ねたり。
なんか楽しくなってきた。

455 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 02:00

──

「ずいぶん歌ったねぇ」
わたしは2回目の延長を電話口で伝える美貴の背中に言った。
そうだね、と美貴は口元だけで笑ったまま、目の前に座る。
「で、どうなの?」
「どうなの、って?」
「なんか話したいこと、あるんじゃないの?」
美貴が真剣な顔をしてわたしを見ている。
その通りだ、だからわたしは今日、美貴を頼って付き合ってもらっている。

「今さ、わたし、あいぼんとのんちゃんに、一緒に住まないか、って誘われてるんだ」
「そうなんだ」
「わたしもそうしたいし・・・」
「うん」
「そうしたいんだけど、そういうのって、どういうことなのかな、って」
わたしはここまで言って、氷がとけて薄くなったお茶を飲んだ。
美貴は、わたしの続きを待つように、目線を下げている。
「なんていうのかな・・・このままでいたいんだけど、それはできないでしょ?でも、あいぼんとのんちゃんと暮らすってことは、今のままであり続ける、ってことで、無理があるような気もするし、もしかしたら、上手くやっていけるかもしれない。けど、それってわたしのためにも、2人のためにもなるのかなぁ、とか思うと・・・」
実のところ、わたしもよくわかっていない。
嫌な言い方だけど、どっちにしても、メリット、デメリットがあると思う。
そして、それはものすごく重くて深い。
そんな気がする。
456 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 02:01

ずっとわたしの話を聞いてくれていた美貴が、静かに話しだした。
「ホントはさ、あさ美の気持ちが固まるまで待って、って加護ちゃんに言われたんだけどさ・・・」
美貴はそう言って鞄から鍵を取り出す。
石川さんがよく書くような、かわいいうさぎのキーホルダーにつけられた鍵。
「あ、そのうさぎ、かわいい」
あいぼんが選んだキーホルダーにしても、少しかわいすぎる気がしたけど。
「いや、キーホルダーとかは別にどうでもいいから」
美貴は少し慌てたように切り捨てると、鍵をわたしの前に放り出した。
「これね、加護ちゃんが、あさ美が一緒に暮らす、って言ったら渡して、って。合鍵だって」
「あいぼんが?」
「うん、帰り支度してるときの電話、あさ美からだって言ったら、そうしてくれって」
わたしは鍵を手に取ってみた。
作りたてのピカピカじゃなくて、けっこう古ぼけている。
あいぼん、けっこう前から一緒に暮らすことを考えていたんだろう。

美貴はわたしの手から鍵を奪い取るようにして、真剣な顔をした。
「でもね、美貴、思ったんだけどさ、悩むくらいなら、やんないほうがいいと思うんだよ」
「べつに、悩んでなんか・・・」
迷っているだけ、だと思う。
「悩むんでも、迷うんでも、なんでもいいんだけど、立ち止まるくらいなら、進まない方がいい」
そう強く言い切ると、鍵をテーブルの足と床の間に挟んで、思いきり捻じ曲げた。
そして、ぐにゃりと歪んだ鍵を、わたしの目の前につきだした。
「これでもう、思い悩むことはないね」
突然の出来事に、その使い物にならなくなった鍵がなにを意味するのかわからなかった。
「鍵はもうこんなんだから、加護ちゃんと暮らすこともできなくなった」
ああ、そういうことか。
あいぼんとののと暮らすって話がなくなったんだ。
「これでいいって美貴は思うよ。辻ちゃんと加護ちゃん、これからは二人だけで頑張っていかなきゃならない」
それはわかってる。
「いつかきっと、辻ちゃんと加護ちゃん、あさ美のことが重荷になるだろうし、きっとあさ美もそう思うことがあると思う」
2人がどう思うかはわからないけど、わたしがそう思うことはない、と思う。
「もう何日かしたらさ、全然違う時間の流れで生きてくことになるんだから、私たちと、あの2人」
457 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 02:02

言いようもなく瞼が重くて、鼻の奥が熱くて痛かった。
とめどなく涙が溢れていた。
泣いていることに気付くと、寂しさが堰を切ったように押し寄せてきて、まっすぐ前を向いていられなくなった。
俯き、手で顔を覆うと、それはもう止まらなかった。

美貴が隣まで来て、わたしの髪を撫でた。
もう片方の手で、わたしの手を握った。
「泣かないでよ、あさ美。今の、全部ウソだから」
ウソ?
その二文字は、意味として像を結ばず、バッと顔をあげた。
美貴は柔らかく微笑み、優しい目でわたしを見ている。
わたしはその美貴を、ただ見つめていた。
「ウソなの、美貴が話したこと」
「どういうこと?」
「加護ちゃんに、あさ美のことを聞かれたのはホント」
「うん」
「でも、鍵がどうのはウソ。これ、美貴の部屋の鍵だから」
使い物にならなくなった鍵を掲げて、もう一度言った。
「これ、美貴の部屋の鍵。加護ちゃんの部屋の鍵は、加護ちゃんにもらって?」
美貴は、わたしの涙をそっと拭ってくれた。
「どう?自分の気持ち、ちょっとはわかったでしょ?」
これまでとは、また違う種類の涙が溢れてきて、わたしは美貴に抱きついた。
「ごめんね、ちょっと刺激が強すぎたよね」
「ううん、そんなことない」

「美貴?」
「ん?」
「ありがとう」
美貴の手が止まった。
鼻から息を吐いたのが、その華奢な体越しに伝わる。
「・・・友達じゃない」

458 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 02:02

──

わたしの涙が落ち着くのを待って、外に出た。

「ま、ひとつ問題があってね・・・」
タクシーを待ちながら、美貴は唇を引き結んだ。
「あの鍵、なくなっちゃったから、家に帰れないんだよね」

「それなら、あいぼんのとこ、一緒に行こうよ」
「うん、そうなんだけど、明日からどうしよう・・・」
「明日もあいぼんのとこ」
「明後日は?」
「・・・あいぼんのとこ」
ちょっと無理があるかも。
美貴は、あいぼん家にもれいなの家にも、着替えはない。
その他はいろいろとどうにかなるにしても、ライブが近いし、ちょっと厳しいかも。
比較的体型が同じ、わたしの服を着続けるのもどうかと思うし。
「ねぇ、美貴。今日は本当にあ──」
「ありがとう、は本当にもういいから。十分伝わった」
でも、わたしは言う。
「ありがとね、美貴」
「だから、さっきも言ったでしょ?友達じゃない」
美貴が友達でよかった。
わたしは何も言わず、こつんと美貴の肩に、肩をぶつけた。
なによー、と、美貴も押し返してくる。

「あ!」
「なに?」
「いや、なんでもない」
美貴のキーホルダー、うさちゃんだなんてことは、わたしの胸のうちにしまっておこう。
きっかけもなく思い出して、そう自分を戒めた。


459 名前:_ 投稿日:2004/07/30(金) 02:06

>>447
紺ちゃんのトラウマ、もちろんそうだろうと思います。
けど、作者のトラウマのような気もします。

>>448
そうやって言うから・・・ちょっこす切なくなりますたぁ!
七十点くらいは頂けますでしょうか。
460 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:06

25. ベストフレンズ


のんちゃんが卒業を前に、本格的にあいぼんの部屋に荷物を持ってき始めている。
とは言っても、生活に必要なものは揃ってるから、お気に入りの本とかを、ちょっとずつだけど。
461 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:06

「ねぇ、紺ちゃん。とりあえず、のんがカオリンのベッド使ってるよ?」
ののが飯田さんの寝室を使うことになっている。
そして、私がここに越すのなら、二人で共有することに。

「実家がこっちだと、楽でいいよね」
あいぼんが、少し部屋らしくなった、飯田さんの元寝室から出てくる。

ここがタイミングだと思った。
「ねぇ、わたし、いろいろ考えたんだ。でね、・・・」
一息つく。
「2人とは暮らせない」
462 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:07

あいぼんとののは、首を傾げて顔を見合わせ、ソファに座って動かなくなっら。
そして何も言わずにわたしを見つめ、しばらくして動き出した。

「あ、のの?あした言うこと、もう考えた?」
わたしの言ったことなどなかったように、ののに聞いた。
「あした言うこと?のん、たぶんそのころ過呼吸でステージにいないもん」
「そっか、代わりに紺ちゃんが出るんだったね」
「そう、だから考える必要がないの」
そうしておふたり、顔を揃えてわたしを見る。
で、やっぱり何も言わない。

「いよいよ明日だねっ」
2人の会話に合わせるつもりもなかったんだけど、そう言ってしまった。
それも、気まずい空気を振り切るように、柄にもなく明るくハキハキと。
でも、うん、とか、あーそうだね、とか、そんな感じの返事しかこない。
わたしの話、ちゃんと2人に届いたのだろうか。
勇気をふりしぼって、一緒に暮らせない、って言ったのに。
463 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:08

「うるさいっ!ベッカムと一緒にTVに出たくせに」
なにも言ってないのに、あいぼんが突然わたしに向かって怒鳴った。
のんちゃんだって・・・、という思いはその剣幕に気おされた。

「そうだよ、ベッカム、ベッカム、って・・・そんなもののためにフットサルがんばってんのかよ!」
のんちゃんも昨日、一緒になってベッカムって騒いでたくせに、あいぼんと同じように怒鳴った。

「なんも聞いとらへん」
「ちょっと、わたし、なにも言って──」
「のんもなんもきーてなーい」
わたしに言う隙をあたえずに、のんちゃんがあいぼんに続いた。

「そして、やっぱりのんは、紺ちゃんからなにもきいてない」
のんちゃん、重ねてそう言い切った。
そんなのんちゃんを見て、あいぼんがおかしなことを言う。
「だめやって、のん。紺ちゃんのことも考えてあげようよ」
「・・・いや!」
「きっといろいろ考えたんだよ、だから話だけでも──」
「むり!」
「そっか・・・」
あいぼんは悲しそうな顔で、のんちゃんの頭を撫でた。
「そういうことで、無理ということになりました」
あいぼんのそれがどういう論理なのかはわからない。
けど、そういうことで、わたしの話は無理だってことに・・・?
それにしても、どっかで作戦立てたのだろうか、というくらい訳のわからない、なのに説得力のある会話だった。
464 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:08

飲まれてはいけないと、わたしは心を強く決めた。
「ちょっと、ふたりとも聞いてよ!」
2人の気持ちはわかった。
でも、たくさん考えて出した結論だ。
聞いてもらわないわけにはいかない。
今の2人にこういうことを言うのは酷なことかもしれないし、わたしのエゴかもしれない。
でも、今じゃなきゃいけないような気がした。

「聞いたよ!ここには住まないんでしょ?それが無理なの!!」
のんちゃんが立ち上がり、声を荒げた。
あいぼんはじっと俯いて、なにか考えている。

「だからね──」
「いやなの!」
「聞けよ、のの!!」
自分でもびっくりするくらい、必死だった。
ののが、一瞬きょとんと止まった。

「・・・こんなときになって、ののって言うな!!」
「ののののののののののののののの・・・」
「うっせーな、聞くよ!言えよ!!」
ののがおさまりが悪そうに座った。
苛立たしげに鼻から息を吐いている。
465 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:08

わたしも気持ちを落ち着けて、ゆっくりと2人に向き合う。

「・・・あのね、わたし、ずっと考えてたの。どうしたらいいのか。でも、全然わからなかった。で、美貴のおかげで、あいぼんとのの、2人とここで一緒にいることがすっごい大事で大切だってわかったの。・・・でもね、それだけじゃいけないと思うんだ。2人がいなくなっても、わたしは娘。としてやっていくの。2人といた娘。がずっと大好きな娘。でいられるように、頑張っていかなきゃならない。今までよりもずっと頑張る、そう決めたの。これはね、いつだったか2人、大ゲンカしたでしょ?そのときに思ったの。わたし、今はあそこまで一生懸命じゃないかもしれない、って。・・・ここにいれば毎日楽しいし、2人ともいられるけど、そういうのって甘えになっちゃうような気がする。娘。でちょっとくらいうまくいかなくても、2人といられるなら、それでいいや、って。胸を張って娘。でやってる、って言えなくなるような日が来るかもしれない、そういうのは絶対に避けたいの」

ここで、ののが小さく呟いた。
「やぐちさん、ここに集まるようになって、みんな成長したって・・・」
わたしは首を振る。

「もう、そういう段階は過ぎたと思うの。・・・わたしさ、もっと強くなりたいのかもしれない。2人に負けないくらい、あいぼんとののが大好きで、娘。が大好きで、そして自分も好きでいられるには、もっともっと強くならなきゃいけないんだと思う。強く、っていうのも意味わかんないし、ちょっとバカみたいだし、なにをどうしたらいいのか、それはまだはっきりしないんだけど・・・」
466 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:09

話してる途中で、自分でなにを言っているのか、わからなくなった。
けど、言いたかったこと、ある程度は伝えられたと思う。

話が終わると、部屋はしんと静まり返る。
わたしは、目も虚ろに手元を見つめているののの隣に座った。
すると、急にわんわん泣きながら叫ぶ。
「ヤなのぉ!!娘。と離れて、しかもここもなくなっちゃうなんて、絶対にヤなの!!!」
467 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:09

わたしはののを引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
えずいているののは体を小さくして、わたしの中におさまった。
「・・・ごめんね。でも、ここに来なくなるわけじゃないから」
これからは少し違う時間を生きて、少しだけすれちがいが多くなるだけ。
そんなことが頭に浮かんで、わたしも泣きたくなってしまった。
泣いてしまったなら、わたしも、ここにいるのんちゃんも、あいぼんも、きっと次に進めなくなる。
そう考えたから、今日は泣かずにおこうと決めたのに。

ののは感情のままに泣いている。
わたしには、ののの気分が落ち着くようにと、髪を撫でてあげることしかできない。
468 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:10

あいぼんは何も言わずにすっと立ち上がると、自分の部屋に入り、すぐに戻ってきた。
「わかった。紺ちゃんの言うこと、なんとなくだけどわかった、好きにしていいよ」
涙につまって、ゆっくりとした口調だった。
そのあいぼんの目のふちは、赤く濡れている。

「あいぼん!!」
わたしの胸の中にいるののが咎めるように言った。
ののの声が熱く感じられた。
あいぼんはまっすぐにこっちを見て、唇を噛んだ。
「亜依も好きにする」
そう言ってわたしを見つめ、ぎゅっとなにかを握らせた。
手を開いてみると、小さなリボンのついた鍵だった。
469 名前:_ 投稿日:2004/08/01(日) 05:11

「これ・・・」
わたしと目が合うと、あいぼんはかわいらしく頷いた。
そして、泣き笑いのような顔で、わたし達2人を抱きしめた。
「紺ちゃん、これでいつでも来れるね」

ののが、わたしの中でくぐもった声を出す。
「絶対こなきゃ、マジで許さないかんね」

「当たり前じゃない、来るよ」

わたしは涙がばれないよう、あいぼんの首に顔を埋めた。



470 名前:KM 投稿日:2004/08/02(月) 05:38
ここのお話って自分もそこにいるような錯覚になるんだよね
遠くから見守っている、いち傍観者みたいな(笑
3人それぞれの気持ちが見事に表現されていて、見てるこっちも切なくなりました
ベストフレンド。良い言葉です
471 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/08/02(月) 19:10
「そういうことで、無理ということになりました」
このセリフ、本当に言ってそうですよね
472 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:37

26. 我ら、ゴロッキ〜ズ!!


「終わった・・・んだよね?」
マメが思い出したように、ぽつり呟く。

愛ちゃんが再び鼻をすすりだした。
目が真っ赤に腫れている。

あいぼんとののの卒業公演を終えてから、まだ数時間しか経ってない。

れいなはつまらなそうに目を伏せている。
かめちゃんはぽーっと一点を見つめている。
さゆは沈鬱な表情で、髪のボンボンをつけたりはずしたりしている。

美貴は何も言わず、ただ黙って座っている。

「終わった・・・んだよ、もう」
わたしの隣にいたマコちゃんが、小さく言った。
473 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:37

もう、どれくらいわたし達はこうやっているのだろうか。
時計はもう、0時をまわっている。

あいぼんとののが娘。から離れた。
つい数時間前までは、これまでのようにずっと一緒にいたのに。
でも、明日からは違う。
それだけはわかっている。
あいぼんとののがいない、ということを実感していくのは、これからだ。

悲しかったけど、暗くはならなかった。
ステージであいぼんとののへのメッセージはない、と聞かされたときは、そうなんだ、くらいにしか思わなかった。
お別れを言うチャンスなんて、いくらでもあると思ってた。
いざ終えてみると、今日は慌しいばかりで、2人とゆっくり話す暇なんてほとんどなかった。
言いようのない寂しさが募る。
これは、あいぼんとののがいなくなったからだけじゃない。
終わった気がしないのだ。

2人とはこれで最後だという思いは、ステージの上ではあった。
泣いた。
声がつまって、いつも以上にうまく歌えなかった。
けど、それだけ。

少しずつ違っても、みんな同じなのだろうと思う。
だから、黙ったまま、自然とれいなの家に集まった。
474 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:37

「れいな、なんか嫌だ、今日のステージのまま、のんちゃんとあいぼんと離れるの」
そう声を絞り出して、ぽとぽと涙を零す。
かめちゃんがじっと唇を噛み締めている。
さゆは鼻をおさえて涙を堪えている。

そんな後輩を見て、わたしは自分が不甲斐なくて情けなく思えて、どうしようもなかった。
考えてみたら、わたし達のメッセージは必要ないと判断されたんだ。
頑張りたいとか、強くなりたいとか、昨日あいぼんとののに言ったばっかなのに、こんなんじゃダメだ。

「ごめんね、わたし、3人に教えてあげられること、何もなくて」
なんで今、こんな言葉が出てきたのかはわからない。
でも、ずっと心のどこかにあったものだ。
475 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:37

れいなが慌てたように言う。
「でも、れいな、ポンちゃんのおかげで毎日楽しいし、いっぱい喋れるようになった」
「ちがうの、そういうことじゃくて・・・」
それはれいなの明るさのおかげだ。
わたしは後輩であるれいな、かめちゃん、さゆに何を教えてあげられただろう。
4期の先輩から学んだように、この子達に何かを伝えてあげることができただろうか。
そう考えると、涙があとからあとから押し寄せてきて、止まらなかった。
どうしようもなく悔しくて、涙でなにも見えなくなった。
476 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:38

「ちょっと、あさ美ちゃん?」
マコちゃんがわたしの肩に手を置いたけど、それは力なく垂れた。

嫌な沈黙が停滞する。

「・・・だよね、もっと私達がしっかりしなきゃね」
マコちゃんが、自分に言い聞かせるように呟いた。

「もっと頑張らなあかん」
愛ちゃんが、鼻息荒く言う。

「いつまでも先輩方に甘えてちゃいけないよね」
そう言うマメの声は、不思議と心強かった。

477 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:38

 ピンポンピンポンピンポーン

けたたましくベルが鳴り、無遠慮にドアが開いた。

「なになになにー?暗くなってんだって?」
ののがドスドス入ってきて、部屋の空気が一気に明るくなった。

「のんとふたりでひっそり泣いてたのにさっ」
照れ笑いを浮かべたあいぼんも、続いてやってきた。
あいぼんが来ると、みんなどこかホッとする。

「やろうよ、ここで。できなかった卒業式」
2人に少し遅れて、ちょっと台詞っぽくカッコつけた美貴が、そう言った。
そっと部屋を出て行って、2人を連れてきてくれたんだろう。

あいぼん、のの、そして美貴に頼るのは、今日で最後にしよう。
わたしはそう決意した。
478 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:38

みんなで円になって、それぞれ顔を見まわす。
忙しなく視線を行き来させていたけど、それが少なくなり、黙ってしまった。
最初に誰がいくのか、それが問題だ。
いろいろと言いたいことはたくさんあるんだろうけど、それがまとまらない。
あいぼんとのの、2人に改まって何か言う予定なんてなかったんだから。

なんとなくわたしが率先しなきゃいけないような気がして、そろーっと手を挙げた。
誰も気付かなかったらどうしよう、とか不安になりながら。
でも、やっぱり、あいぼんがすぐに気付いてくれた。
「おっ、じゃ、紺ちゃんから。で、あとは時計回りでいい?」
「うん、そうしよ。いいでしょ?」
わたしの左隣にいたマコちゃん以外、みんな頷いた。
479 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:39

わたしが胸に手を当てて気を落ち着かせた。
「じゃ、いくよ?2人とはさ──」
「え?あさ美ちゃん、立たないの?」
マメが遮った。
「えぇ〜?立って言うの?」
「そりゃあ、ねぇ?」
マメが誰にともなく同意を求める。
「そういうもの?」
「そういうもんだよ、あ、でもどっちだろ、どっちでもいいや」

わたしは座って言ったほうが緊張しないだろうから、座って言うことにした。
「そうだねぇ。2人とはずいぶん長い間いっしょにいた気がするな〜。もうじき一年かぁ、あいぼんが一人暮らしはじめてから。ずっと前のことのような気もするし、あっという間だったような気もするし──」
ちょっと待ってよ、とあいぼんが口を挟む。
「それ、卒業となんか関係ある?」

「あんまり関係ないかも。じゃあね、うん、そうだね。2人とも、卒業おめで──」
「ふつーすぎ。ここ、ステージじゃないんだし、お客さんいないんだし」
ののにつっこまれた。
「えぇ〜?なんかハードル高くない?」
わたしはそう抗議するものの、そんなことない、とあいぼんとののは首を振る。
ダメ出しされたので、仕方なく考え直す。
480 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:39

「あ、じゃあ、2人がずっと大好きなモーニング娘。でいられるよう、わたし、がんば──」
「それ、どっかで似たようなの聞いたことある」
あいぼんが遮った。
「たぶん、梨華ちゃんあたりがなちみに言ってたはず」
ののが続く。
このおふたり、どう考えてもわたしの邪魔して楽しんでるようにしか思えない。
けたけた笑ってるし。
考えるのに必死で気付かなかったけど、みんなクスクス笑ってる。

でも、あれこれ封じられると、これといってなにも思いつかない。
困っていると、愛ちゃんが助け舟を出してくれた。
「あさ美ちゃん、なんか思い出ないの?短いやつで」

愛ちゃん、珍しくいいこと言った。
「あ、それならあるよっ。あいぼん、のの、昨日ね、あれから寝る前に考えたんだ。2人、あんなに泣い──」
「ああ〜あ゙ぁーあーあ〜」
ののが大声出した。
これもダメらしい。
481 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:40

「紺ちゃんは後回しにしない?考えるの、難しいみたいだし」
美貴がそう言って、わたしは最後に、で、マコちゃんの番ということになった。

「私ね、仕事終わってからの話だけど、いろんなとこチョロチョロしてないで、もっと2人と一緒にいればよかった。あさ美ちゃん見てて、そう思う。もっといろんなこと、2人から吸収すればよかったな、って。でも、今からでも遅くないんだよね。だから、これからもよろしくっ」
わたしが手間取っている間、ずっと考えてたんだろう。
すらすらと澱みなく言った。
マコちゃん、自分でもびっくりしてる。
みんな拍手。

「おぅ、よろしくな」
あいぼんが凛々しく言うと、ののも、当たり前じゃん、と。
482 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:40

わたしはこんな簡単でいいんだ、と思った。
それが顔にも出ていたのが、れいながこそっと耳打ちしてくれた。
「ポンちゃんって、ほら、つっこみやすいから・・・」
喜んでいいのかわからないフォローだったけど。
483 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:40

ののとあいぼんを挟んで、マメの番。
マメは目にキラキラ涙をためて、笑顔で2人を向く。
「あいぼん、のんちゃん、今まで本当にありがとう。もう少しで娘。に入って3年になるんだけど、2人がいなかったら、私、今のこういう自分でいられなかったかもしれない。いっぱい助けてもらったし、いっぱい教えてもらったし、いっぱい笑わせてくれたし、2人のおかげで、入る前よりもずっとずっと娘。が好きになった。・・・本当にありがとう!!」

あいぼんとののは感傷的になりながらも、でれっでれに照れた。
484 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:40

次はかめちゃん。
大きく息を吸って、吐いて、もう一度吸って、飲み込んだ。
そうしないと泣いてしまいそうなくらい、目が潤んでいる。
「絵里はぁ、あいぼんはお姉ちゃんみたいで大好きだし、のんちゃんは近所のお姉ちゃんみたいで大好き。でも、それだけじゃなくてぇ、いっぱい遊んでもらったし、笑わせてくれたし、すっごくカッコいいときとかあったし、2人とも大好き。これからも絵里を笑わせてください」
しっかりと言った。

「お姉ちゃんだって」
「のん、近所のお姉ちゃんだって」
なんかよくわかんないけど、2人ともすごく嬉しそうに顔を綻ばせている。
485 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:41

さゆの番だけど、なんかヘソを曲げてるみたいだ。
「私、言わない。だって、これからも毎日会えるもんっ」
そう言うと、顔がキュッとゆがんで、目がゆるゆると震えだす。
「・・・明日も来ますから、夏休み中、ずっと。また・・・また、ぺペロンチーノ作ってくださいね」

「じゃあ、今から作ろっかぁ?」
もらい泣きしそうなののが、おどけて立ち上がりかける。
面倒かけるな、って感じで、あいぼんがその腕を掴んだ。
あいぼんのそれを待っていたののは、瞬きを何度もして涙をひっこめた。
486 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:41

愛ちゃんが、さゆの肩を抱いて頭を撫でている。
そして、泣き腫らしつづけていた目のまま、あいぼんとののに言う。
「わぁし、絶対に頑張るから、もう2人に励ましてもらわんくてもいいくらい、絶対に頑張るから。・・・2人はライバルだって言えるくらい、頑張るから」
そう言い切り、一瞬泣き崩れそうになったけど、すぐに顔を上げた。

あいぼんとののは真剣な顔をして、愛ちゃんを見つめたまま何も言わない。
それだけでいいみたいだ。
487 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:42

澄ました顔をした美貴。
美貴の番なのに、何かを話し出そうという素振りなど全く見せない。
次のれいなに対して、早く話しなよ、といった空気さえ感じられる。
でも美貴、みんなの視線が自分に集まっていると気付くと、急に驚いた顔になった。
「えっ?美貴も言うの?」
「藤本さん、何も言わないつもりでいたの?」
わたしの隣であり、美貴の隣であるれいながきょとんと聞いた。

「ほら、美貴はさっき辻ちゃんと加護ちゃん連れてきたとき、もう言ったから」
「聞いてない」
ののが唇を尖らせて言った。
488 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:43

「美貴、6期でしょ?早くなにか言いなよ」
わたしは先輩風を吹かせてみた。

みんな、わたしがそう言ったことに驚きもせず、やっと人前で言ったな、って顔でニヤニヤしてる。
わたしはそれがとてもとても恥ずかしくて、美貴に先を促す。
「美貴、なんもないの?言うこと・・・」

美貴はつんとわたしに笑顔を向けて、
「あるに決まってんじゃん」
と言い、表情に切り替えて、あいぼんとののに話す。

「2人がずっと大好きでいられる娘。であるように頑張るから」
美貴がわたしを見て、再びあいぼんとののに言う。
「これからは2人だけで頑張っていかなきゃならないんだし、余計な心配はしていられないでしょ?・・・まあさ、美貴じゃ頼りないかもしれないけど、この子達も含めて、娘。を任せてみてよ」

「任せるだけなら、いいよ」
ののがかわいらしい八重歯を覗かせる。
「そうだね、たしかに頼りないけど、とりあえず」
あいぼんがそう言って、ののと顔を見合わせる。

「最後まで減らず口を・・・」
美貴が優しい顔をして、愛しそうに2人を見ている。
489 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:43

「じゃ、次れいな!」
話が終わったと見るなり、れいなが元気に手をあげた。
「2人がいなくなるのは悲しいけど、れいな、頑張る。みんな頑張ろうって、さっき決めたんだ。次の飯田さんのときは、誰にも文句言わせないで、ステージで飯田さんにありがとうを言えるように。だから、これからのれいな達、見ててね。・・・あとね、あいぼん、れいながまだ一人暮らしで寂しいとき、家においで、って言われたとき、ほんっとうに嬉しかったし、かん・・・・・・感謝しても、しき、れ・・・ない。で、・・・で、のんちゃ・・・・・・」
ここまで言って、れいなはしゃくりあげてしまった。
俯いたれいなからは、ひっきりなしに涙が零れ落ちている。

きっと、れいなはこういうとき、誰かの力を借りるのは嫌だろう。
だから、誰もなにも言わず、れいなが次を切り出すのを待っている。
れいながぐっと目を閉じ、顔を振り上げた。
「のんちゃんとは、いろんなこと教わったし、いっぱい遊んで、本当に楽しかったし、ほかにもたくさん、うっ・・・・・・あのね、また明日も一緒に遊ぼうねっ!!」
肩を震わせながら、そう笑った。

あいぼんもののも、頬を伝う涙を隠さず、れいなに笑いかけた。
490 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:43

さあ、ここで問題が。
わたしに何が話せるだろう。
れいなで締めたほうがいいと思う。
ぶっちゃけ、みんなの話に集中していて、なにも考えてなかった。
れいなの話に貰い泣きしそうで、涙をおさえるのに精一杯だ。

困った。
みんな、わたしが何か言うのを待ってる。
特に、あいぼんとののとれいなの視線が痛い。
まだ涙が止まってないから。

「・・・えーと、わたしからだよね」
とは言ってみたものの、時間稼ぎにもならないし、言うことも思いつかない。
そもそも昨日、言いたいことは全部言っちゃったんだから。
491 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:45

わたしは困った挙句、こんなことを言ってみた。
「じゃあさ、最後にみんなで『しょい』しようか?」
苦し紛れにしては、上出来ではないだろうか。
ここが区切りで、新しいスタート。
わたし達ゴロッキーズも、あいぼんとののも。

「いいね、それ」
あいぼんが涙を拭って立ち上がる。

ののも同じく立ち上がって、わたしを引き起こす。
そして、わたしの手の上に、自分の手をのせた。
「えぇ?なんでわたしが下ぁ!?」
わたしはあいぼんの手を掴んで、自分に下にしようとする。
でもあいぼん、わたしの手を振りほどいて、ののの上に重ねた。

そして、ののがわたしに言う。
「言い出しっぺがやらなくて、どうすんのさぁ」
492 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:45

「あさ美がリーダーか・・・悪くないかも」
美貴が縁起でもないことを言って、あいぼんの上に手を重ねる。

「わぁしもそれがええ、藤本さんに美貴なんて言えるの、あさ美ちゃんだけやし」
悪戯っぽく笑って、愛ちゃんがその上に。

「紺野さんがリーダーなら、楽でいいかも」
さゆが、愛ちゃんに重ねた。

「嬉しいし、楽しくなりそう、ってことですよぉ?」
かめちゃんがにっこり笑って、さゆの上に手を合わせた。

「れいなもポンちゃん好きぃ」
あんまり関係ない発言だけど、れいなもかめちゃんの上に。
493 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:45

なにも言わずに、マメが手をのせた。
みんな、マメがなにか言うのを待つ。
「なにか言わなきゃいけない?」
マメは普通にそう言って、わたしを見た。
「あさ美ちゃんがリーダーなら、なにも言うことはないよ」

みんなの手が重なると、ものすごく重い。
それは手の重さだけじゃなくて、みんながわたしの手の上にいる気がするから。
逃げちゃいけないけど、マコちゃんに期待する情けない自分もいる。
おどけてマコちゃんがリーダー役をやってくれはしないか、と。

そのマコちゃん、わたしの肩に手を置いた。
「頼んだよ、リーダー」
そうして、みんなの手がわたしの手の上に重なった。

誰を見ても、わたしnikao。
みんな、ステージの前と同じ顔だ。
494 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:46

覚悟を決めた。
今、ここで踏み切りたい。
順にみんなの顔を見まわしていく。
一番上にもう片方の手をのせて、大きく息を吸いこんだ。

「が、がんばて・・・」

「ありえないから、しょいとか言えないから」
すかさず美貴がつっこんだ。
ちょっと勢いこんで、声がうわずっただけなのに。

 ぷっ

みんな、吹き出した。
でも、重なり合った手だけは、崩れなかった。
495 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:47

わたしはもう一度、みんなの顔をみまわす。
愛ちゃん、美貴、かめこ、さゆ、れいな、マメ、マコちゃん。
あいぼんにのの。
そして、わたし。


「がんばっていきまーっ」

496 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:48




497 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:48



498 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:48


499 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 03:49
               なめ  おわり
500 名前:_ 投稿日:2004/08/03(火) 04:00

>>470
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
みんないい友達であれば、と心の底からそう思います。

>>471
ありがとうございます。
本当にあればいいな、と思いながら書いていたので、嬉しい限りです。
501 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/03(火) 22:00
良すぎです。
名無し読者を代表して、真のSpeaker(代弁者)の称号を贈りたいと思います。
作者さんお疲れ様でした。そしてありがとう…。
502 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/03(火) 23:43
完結お疲れ様でした。
いやー、良かったです。
独特の雰囲気とまるで目の前に彼女達の光景が浮かんでくるような描写、
すごくお気に入りでした。
素晴らしい作品をありがとうございました。

503 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/04(水) 13:18
何げに田中の使い方が上手いなあと感心して読んでいました。
素敵なお話ありがとうございました。
504 名前:捨てペンギン 投稿日:2004/08/04(水) 20:38
完結おめでとうございます
2人の卒業に続いて、「なめ」が完結してしまうのは、すごく寂しいですが...

すばらしい物語、ありがとうございました。
永久保存版にしておきます
505 名前:1980 投稿日:2004/08/05(木) 15:56
お疲れさまでした。
とても感動しました。
506 名前:名無し娘。 投稿日:2004/08/07(土) 12:39
終わっちゃったよ……。
なんというか、普通(他の娘。小説を読んだ場合)は完結してくれてありがとうっていう気持ちと読みきったぁーという達成感や何かを成し遂げた感が何処かしら生まれるのだけど、この”なめ”の場合、ハロモニなど娘。と近い感じで、現実的というか娘。を側に感じれる話だったので、まるで一つの娘。の物語が終わってしまったようで哀しさや寂しさすら感じてしまいます。でも、ここでの”なめ”は終わっても、紺野リーダーによる別の場所での物語りはきっと続いているのだろうから、今は完結おめでとうございますと言います。

長々わけのわからないことをすいません。本当に楽しい時間をありがとう。
507 名前:そーいち 投稿日:2004/09/07(火) 04:30
最初の1行読んだら止まらなくて11時半から今までぶっ続けで読んじゃいました。いい時間を過ごさせていただいてホントにありがとうございました。
508 名前:マコ 投稿日:2004/09/10(金) 19:43
いっきに読みました。
涙が出そうでしたよ。
なんとなく ファインエモーションを 読み終わった後に聞いていたりします。
なんとなく 自分の中では ばっちりあっています。
かんけつお疲れ様でした。
そして 感動をありがとうございました。
509 名前:KM 投稿日:2004/11/06(土) 17:08
今日最終話一気に読みました
心があったかくなる話の数々でした
読んだ後にやさしい気持ちになれるのは、作者さんの思いが伝わるからなのかな?
またいつか素敵なお話書いてくださいね
御疲れ様でした
510 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/04(土) 23:17
気の利いた感想は書けないのでとりあえず読んだ後の感動を作者さんに伝えたくて!

ありがとう

話の中に生きてる
ハローのメンバー
は現実の彼女たちと
同じくらい素敵だ

ありがとうっ..

しょ――っい!


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