18ヶ月(微熱パズルと捩れ天秤)
- 1 名前:円 投稿日:2003/09/23(火) 23:25
- あやみきです。
アンリアルですが、リアルネタが多数出てきます。
(時期は一致しないものもあります)
更新は週末を目処に。
更新の際にageますので、レスを下さる場合はsageでお願いします。
- 2 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:26
- オーディションに合格して、レッスンを重ねてデビューして。
1年も経つ頃には、『松浦亜弥』と『アイドル』はイコールで繋がっていた。
たった一人で上京して、最初は寂しかったが、一人暮らしもそろそろ慣れてきた。
それでも、本当に気を許せる友人を見つけられないまま仕事場と家の往復をするのは
少しだけ切なかった。
出かけていると、たまにファンの子や自分を知っている人に声をかけられた。
追いかけられたりする事はあまりなくて、大概は「頑張れ」と言ってくれたり、自分の曲の
振り付けを真似してくれたりといった、嬉しいものだった。
それも当たり前になって、何も感じなくなってきた頃。
彼女に出会った。
- 3 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:26
-
▼
- 4 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:26
- いつ以来か判らないくらい久し振りに、日曜がオフになった。
溜め込んだ疲労を回復するために昼過ぎまで眠りこけ、身体の節々が痛くなった頃に
ようやく起き上がる。
んー、とひとつ伸びをして、もそもそとベッドから這い出る。
カーテンの隙間から差し込む光は眩しくて、天気の良さをうかがわせた。
本当ならカーテンを全開にして部屋中に日光を入れたいところだが、迂闊にそんな事を
したら良識のない人間の餌食になってしまう。
せめてと差し込んだ光に手のひらをかざして、その暖かさに触れた。
年の始まりであるこの時期、その暖かさは肌に心地良かった。
「今日はお買い物行こうかな〜」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、出かける準備を始める。歌っているのはもちろん自分の曲だ。
あれこれ悩んで服を決めて、ナチュラルメイクを施す。それから帽子を被ると、
亜弥は鏡を覗き込んだ。
「……んー。うん、今日も可愛いっ」
にこーっと笑って呟き、最後にサングラスを耳にひっかけた。
「じゃ、れっつごー」
オー、と腕を振り上げたところで、それに応えてくれる誰かはいない。
それは気にしないフリをした。
- 5 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:26
-
- 6 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:27
- さすがに日曜の昼は人通りが多い。帽子が落ちないよう手で押さえながら、亜弥は雑踏の
中を突き進む。
今日の目当てはスタイリストさんに教えてもらったアクセサリショップである。
彼女の私物だったブレスレットが可愛かったので、店の名前と場所を教えてもらったのだ。
ステージ上では大きく見える亜弥も、その実160センチに満たない小柄な少女である。
すれ違う人達にぶつかってしまわないように、ちょっと身体を丸めながら歩く。
「わ!?」
「きゃ!」
帽子を押さえていたせいで視界が狭まっていた。真正面から歩いてきた人に、亜弥は
思い切りぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさ……ああ!」
小さく頭を下げて謝ろうとしたが、相手の胸元を見て固まってしまった。
相手は亜弥と同じくらいの年恰好をした少女だった。突然の事に思考停止してしまった
のか、大きな目を丸くして亜弥を凝視している。
そしてその胸元には、少女が持っていた缶からこぼれたジュースが派手にかかっていた。
- 7 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:27
- 「ホント、ホントごめんなさい! あの、弁償しますから」
「あ、ああ。いいよいいよ。こっちもちゃんと前見てなかったし」
「ダメです!」
とりあえずハンカチで濡れた箇所を拭い、亜弥は少女の手を引っ張って歩き出す。
少女はきょとんとしたまま、亜弥の勢いに押されてついていく。
幸い、亜弥が目指していたショップは目と鼻の先にあった。アクセサリが主だったが、
ここにはシャツやパンツも置いている。
店内に入ると、亜弥の姿を見止めた店員が声をかけようとして思いとどまった。
「ごゆっくり」ボソボソと言って、すぐに視線を外す。
いわゆるお忍びだと思ったのだろう。
亜弥は店員にペコリと頭を下げ、それからシャツが並ぶ一角へ少女を連れて行く。
「さ、好きなもの選んでください」
「いや、いいってマジで。あんたまだ高校生でしょ? そんなの気にする事ないよ」
チラリと商品の値札を盗み見た少女が、その値段に渋い顔をする。高校生のバイト代
程度でほいほい買えるものとも思えなかった。
本当はまだ中学生だが、あと3ヶ月で高校生になるから、亜弥はあえて否定しない。
- 8 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:28
- 「大丈夫ですよ。あの……」
いいだろうか? サングラスと帽子で隠しているから、彼女はまだ気付いていないらしい。
それでも、ただの高校生だと思われている間はお詫びなんて出来そうにない。
ちょっとした高揚感を覚えながら、亜弥はサングラスを外した。
「ほら」
「……は?」
「いやいや」
怪訝な面持ちで少女は亜弥を見る。まあ、芸能人なんてそうそう街中でお目にかかれる
ものでもない。それに思い当たるのは難しいかもしれない。
亜弥はさらに帽子を取る。
「ね?」
「だからなにが?」
「……えーと。見た事ないですか?」
おかしい。そりゃあ日本中誰でも知ってるとは思わないが、少なくとも10代の男女には
かなり自分の存在は浸透しているはずなのに。
「ええ? どっかで会った事あるっけ?」
それなのに、目の前の少女は本当にわからないようで。
顰められた眉は、「まさか」ではなく「何こいつ?」と言っていた。
- 9 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:28
- ほんの少し落ち込みながら、亜弥は溜息をついた。
「……も、いいです。とにかく、お金のことは気にしないで下さい。
人様にご迷惑をかけて何もしないなんて、警察が許してもうちのお父さんが許しません」
キッと少女を見つめて言うと、なぜか笑われた。
「ふはっ! キミのお父さんて何者だよ!」
「いや、普通の会社員なんですけど」
「――――あははは!」
亜弥の答えが更なるツボを刺激したらしく、少女が身体を折り曲げて笑う。
少女はひとしきり笑ってから、目元を手のひらで乱暴に擦った。
「あーおかしかった。……ま、そこまで言うならお詫びしてもらおうかな」
適当にシャツを摘み上げ、亜弥に示す。「はい!」亜弥は嬉しそうに頷くと、意気揚々と
会計へ向かった。
「……面白い子だなあ」
亜弥の背中を見つめながら、少女が柔らかく目を細めた。
- 10 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:29
- 試着室で先ほど買ったシャツに着替え、店員が渡してくれた紙袋へ元のシャツを
仕舞いこむ。「ごめんね」と謝ったら勢いよく首を振られて、少女はまた笑った。
「良かったら連絡先教えてよ。なんか、やっぱ悪いしさ」
「あ……」
亜弥の存在を知らないという事は、彼女は深い考えもなく言ったのだろう。
後でシャツの礼をしたいとか、そういう好意だけで聞いたのだろうと思う。
それでも、亜弥は迷う。マネージャーにもあまり人に携帯番号や住所を教えるなと
言われているし、どこに洩れるか判らないという不安もある。
亜弥がぐずついていると、少女は軽く苦笑した。
「知らない人には教えちゃいけません、てお父さんに言われてんの?」
「そういうわけじゃ、ないですけど……」
「うん、いいよ。最近はやっぱ物騒だしね。じゃあこっちの番号教えるから、
気が向いたらかけてきて。昼間はバイトあるから、あんま出れないかもしんないけど」
そう言うと、少女はバッグから手帳とペンを取り出して、白いページに電話番号と
自分の名前を書いて千切った。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
メモを受け取り、そこに書かれている文字を斜め読みする。
- 11 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:29
- 「藤本、美貴」
「うん。いい名前だろー」
にひひ、と笑う。冗談で言ってるのが判ったから、亜弥も笑った。
「あんたは?」
「あ、松浦亜弥です」
いきなり聞かれて、思わず素直に答えてしまった。
言ってから、顔を知らなくても名前くらいは知ってるかもしれないと思い至って、
期待と不安が入り混じる。
しかし美貴は「ふぅん」と言っただけで特に反応を示さなかった。
それはそれで悔しいのは、ナルシズムが成せる業か。
「じゃ、美貴これからバイトだから。じゃあね亜弥ちゃん」
「あ、はい。ホントにすみませんでした」
「もーいいって」
軽く手を振りながら去って行く美貴の後ろ姿を、亜弥はじっと見ていた。
- 12 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/23(火) 23:29
- 『亜弥ちゃん』なんて、久し振りに呼ばれた気がする。
テレビ収録の時、スタッフに呼ばれる事はあるが、それはあくまで仕事上の付き合い
から来る関わりで、あんな風に、友人のように呼んでくれる同年代の知り合いは
ほとんどいなかった。
「……あいぼんくらいしか、いないもんなぁ……」
最近、シャッフルユニットで一緒になって仲良くなった、モーニング娘。の加護亜依。
彼女は「亜弥ちゃん」と呼んでくれるが、他の子たちは飯田圭織が名づけた愛称で
亜弥を呼ぶ。
ひどく嬉しかった。美貴はきっと、『あやや』なんて呼び方は知らないから
そう呼んだのだと判るが、それでも嬉しかった。
「藤本、美貴……さん、かな。ちゃんかな」
自分と同じくらいの年に見えたが、一つ二つ上でもおかしくないと思った。
さすがに下ということはないだろうと思う。気さくで話しやすかったが、中学生には
どうやっても見えない。
「……へへ」
なんとなく照れ臭い感じがして、亜弥は小さく笑った。
もらったメモを大事にしまい、今度は自分の買い物をするために店内を歩き始める。
- 13 名前:円 投稿日:2003/09/23(火) 23:31
- 初回終了。
……ホントにこれ、リアルとアンリアルどっちなんだろう(苦笑)
- 14 名前:円 投稿日:2003/09/23(火) 23:32
- ほぼ藤本さんと松浦さんしか出てきません。
- 15 名前:円 投稿日:2003/09/23(火) 23:33
- 以前、あやみきなのに二人がほとんど絡まない話を書いてたので、
絡みが書きたかったんですよ……。
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/23(火) 23:48
- 新作キタ――――!!!待ってましたよ、作者さん。
でもまさかこんなに早いとは思いませんでした。
今回は二人がよく絡むそうで。…楽しみです(ニヤニヤ
- 17 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/24(水) 02:18
- のっけからツボなシュチュエーション…
作者さんには迷惑でしょうが、期待はどうしようもないほど膨らむばかり…
二人がどう絡んでいくのか、楽しみに待ってます。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/24(水) 11:07
- すごいつぼです!
あやみきが番号交換したシュチュエーションって、確かあるので…。
アンリアルとして読んでます。
いや、だけど、本当にこれから楽しみです!
期待してます♪
- 19 名前:ヒトシズク 投稿日:2003/09/24(水) 14:59
- 新作おめでとうございます(w
いや〜最初っから何かワクワクする展開(笑。
今回は絡みが多いのかな?と期待しながら待ってます。
では〜
- 20 名前:つみ 投稿日:2003/09/24(水) 15:24
- 待ってました!
これからもがんばってください!
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/24(水) 17:16
- キタ━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━ !!!!!
あやみき小説であやみき以外必要なのかと
二人だけで十分です、ご馳走様です、ありがとうです
これまたツボにハマる設定で既に萌え萌えw
更新楽しみにしてます
- 22 名前:ななしのよっすぃ〜 投稿日:2003/09/24(水) 21:01
- 円さま、新作おめでとうございます。
新作も保存させていただきたいと思います!
またまた、ぁゃゃが最高にかわいいです。
更新、楽しみに待ってます!!!
- 23 名前:川o・-・) 投稿日:川o・-・)
- 川o・-・)
- 24 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/25(木) 04:02
- 円様のあやみき大好きです
まずは素敵な出会いをありがとう
これからの展開に期待しています
タイトルも気になるなぁ
- 25 名前:いの 投稿日:2003/09/26(金) 23:04
- 前作も読んでました。
また楽しみができてうれしい限りです。
甘々期待してます!
- 26 名前:リエット 投稿日:2003/09/27(土) 09:22
- すごく楽しそう!
一般人とアイドルの関係がどうなっていくのか気になります。
更新楽しみにしています!
- 27 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:40
-
▼
- 28 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:40
- 「お疲れさまでしたーっ」
元気よく言いながら頭を下げる。方々のスタッフたちから労いの言葉がかけられ、
亜弥はそのひとつひとつに丁寧な礼を返した。
「今日はこれで終わりですよね?」
楽屋へ向かう通路を歩きながら、マネージャーに確認する。
マネージャーは「うん」と頷きながらも、一応の確認にシステム手帳を開いた。
「……うん。終わりだね。亜弥ちゃんお疲れ」
「はーい。お疲れさまです」
「タクシー呼んでおくから、着替えたら裏口ね」
「はい」
楽屋に入り、テレビ用のメイクを落として私服に着替える。携帯電話を取り出して
時間を確認すると、ちょうど8時に変わった。
- 29 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:41
- 「……昼間はバイトだって言ってたよね」
学校はどうしてるんだろう?という疑問が頭を掠めた。
ひょっとしたら、童顔なだけでもう高校を卒業しているような年なのかもしれない。
まあ、本人がいないところでそんな事を気にしても仕方ない。
亜弥は自宅までのルートを頭に浮かべる。
「9時前には着くかなあ。……そんな夜中ってわけでもないよね」
携帯をしまい、バッグを肩にかけてドアを開ける。
少しだけワクワクしていた。
- 30 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:41
-
- 31 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:41
- 「……よし、かけるぞ」
ベッドに座り込んで、ぽつねんと置かれた携帯に宣言する。
時刻は9時45分。まだギリギリ失礼な時間ではない。
タクシーの運転手に無理を言って飛ばしてもらい、いつもは2時間くらいかかる
入浴も30分で終わらせた。
そして、パジャマに着替えてスタンバイ完了。あとは電話をかけるだけである。
メモを片手に携帯の数字ボタンを押していく。それは久し振りの作業で、亜弥は
たどたどしく番号を指で追った。
通話ボタンを押し、耳に携帯を当てる。美貴はなかなか出てくれなくて、1コール毎に
不安が膨らんだ。
デタラメな番号だったらどうしよう。建前でああ言っただけで、番号も名前も嘘かも
しれない。
- 32 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:42
- 重苦しい空気の中、ついに携帯は留守電サービスの機械的な声を流し始めた。
「――――……」
亜弥は静かに終了ボタンを押し、携帯をベッドに投げ出した。
「なーんだ。ばーか」
期待した自分が馬鹿みたいだと思った。
「あたしを誰だと思ってんの。松浦亜弥だよ? 今をときめくスーパーアイドルだよ?
テレビとかいっぱい出てて、ラジオもやってて、雑誌の表紙とか飾っちゃってんだよ?
それなのに――――」
それなのに、彼女は自分を知らなくて、電話にも出ないときた。
横長の大きな枕を抱えて、それに顔を埋める。
別に泣きたいわけじゃなかった。
ただ、いつもは知らないフリができていた寂しさが、やけに大きくなっただけだった。
- 33 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:42
- 「いいもんねー。あいぼんもいるし、吉澤さんとだってメールしてるし、全然、全然……」
――――あややはごっちんに似てるね。
不意に、思い出した。
吉澤ひとみから言われた言葉。彼女は人の空間を読むのがうまくて、亜弥も一緒にいると
比較的楽でいられる人物だった。
その吉澤が、冗談にしきれない口調で呟いた言葉。
――――別に外見とか性格とか、そういうのの話じゃないよ? もっとこう、内側の話。
意識がさ、すごい硬いんだよね。硬すぎて誰も中に入れないっていうか。
すんげぇ大事なもの抱えてて、誰にもそれ触らせないの。
そして彼女は、そのごっちんこと後藤真希の硬い意思に、誰よりも強く触れた。
恋とは別の次元で二人は上手く繋がって、だから吉澤は亜弥を完全には救えなかった。
人の意思に触れると疲れる。彼女の手は両方とも塞がっていて、亜弥に回す分はない。
パーソナルスペースが広いことは自覚していた。
目上の人には敬語を。挨拶はしっかり。そういう礼儀が、時には人付き合いを難しくする。
- 34 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:43
- 美貴は、亜弥が敬語で話しても距離を作らなかった。
本当に普通に、ただの少女として亜弥に接してくれた。
だから期待して、でもそれはあっさり裏切られた。
「……寝よ。明日早いし」
何もする気が起きなくて、枕をベッドに戻すとそれに頭を乗っける。
その瞬間、携帯が鳴り響いた。
自分の最新曲の着メロ。それは通常着信音に設定している。メールじゃない。
慌てて起き上がり、携帯の画面を見やる。覚えたての、その番号。
- 35 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:44
- 「も、もしもし!」
『あー、やっぱ亜弥ちゃん? ごめん、今日バイト遅番でさあ、今終わったんだー』
少し疲れの見える声。しかしそれは、確実に美貴の声だった。
「あ、ご、ごめんなさい」
『んーん。いいよいいよ。てゆーか敬語やめない? 美貴とそんな違わないでしょ』
「えと……藤本、さんはいくつですか?」
『美貴? 16だよ。学年でいうと高2だね』
二つ上か。亜弥は心の中で呟く。
『亜弥ちゃんは?』
「あ、中3……」
『おー、2個違いだ。大人っぽいね。高校生かと思ってた』
「うん」
美貴の気さくな口調につられたのか、亜弥も敬語はやめていた。
それからは他愛もない話をした。特に用があってかけたわけじゃないし、美貴に礼を
させるつもりもなかった。
- 36 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:44
- 1時間くらい話しただろうか。その頃にはすっかり打ち解けて、まるで昔からの友人の
ように気安く話していた。
「ねーねー、みきたんって呼んでいい?」
『はぁ? なにその呼び方』
「いいじゃん、可愛いじゃん」
『んー……まあいいよ。面白いし』
「あはは。面白いとアリなんだ?」
『うん。面白いもの大好きなんだ。退屈なのが一番嫌い』
「へぇー」
『だからガッコも辞めちゃったんだよねぇ』
さらっと言われて聞き逃しそうになったが、亜弥の耳は確かにその言葉を捕らえていた。
「辞め……?」
『うん。なんかね、学校行ってるより早いとこ社会に出た方が楽しいかと思って』
今はバイトを3つ掛け持ちしているそうで、
その職場ごとに色々な事があって楽しいらしい。
亜弥もちょっと特殊な業界に身を置いている。
なんとなく彼女の言いたい事がわかって微笑を浮かべた。
- 37 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:45
- 「でも、学校も楽しいよ?」
忙しくてあまり行けないから、亜弥は余計にそう思う。
普通の学生としての生活。
『楽しい事は楽しいんだけどねー。友達とかと遊んだり? そういうの。
でも、外に出るともっと楽しい事がいっぱいあるんだよねー』
美貴は苦笑混じりに言って、小さく息をついた。
少し間が空く。何か嫌な思いをさせたのだろうかと不安になったが、美貴の次の
言葉で時間を見ていただけだと判った。
『亜弥ちゃん、もう遅いけど明日大丈夫? 学校あるんでしょ?』
「あ、うん……」
明日は夜まで仕事が入っていて、学校には行けない。
本当の事はなんとなく言い辛くて、亜弥は言葉を濁した。
美貴は気付かずに亜弥を諭す。
- 38 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/09/27(土) 11:45
- 『美貴、今週は木曜が空いてるから。いつでも電話していいよ』
だから今日はもう寝なさい。
言外に言われて、亜弥は素直に頷く。
「うん、おやすみなさい」
『おやすみ』
通話を切ると、ピッと小さな音がした。
「……おやすみだって」
おはようございます。お疲れさまでした。
この1年間、数え切れないくらい繰り返した言葉。
それと反比例して、言わなくなった言葉。
亜弥は頬が緩むのを抑えられなくて、枕を抱きしめて湧き上がってくる喜びを噛み締めた。
- 39 名前:円 投稿日:2003/09/27(土) 11:46
- 2回目終了。
- 40 名前:円 投稿日:2003/09/27(土) 11:48
- >>16-26
レスありがとうございます。
ローカルでは完成している関係上、ネタバレ防止のため個別の返レスは控えさせていただきますが、
反応をもらえるのは本当に嬉しいです。ありがとうございます。
- 41 名前:円 投稿日:2003/09/27(土) 11:51
- ……とはいえ、なんだか期待を裏切ってしまいそうな予感がひしひしと(苦笑)
あまり楽しい話でもないんです。前作と同じ系統なんで。
>>22
こちらこそよろしくお願いします。
いいんでしょうか、新参者なのに(^^;
- 42 名前:名無しさん 投稿日:2003/09/27(土) 15:55
- リアルというか、アンリアルというか。
確かに微妙なとこですね。むむ。
あ、よしごまがちょっと出て嬉しいです(w
個別にレス返してもらえなくても全然構いませんよ。
この作品が好きで自分の思ったこと書き込んでるだけなんで。
続きも期待してます。無理することなく頑張って下さいね。
- 43 名前:ヒトシズク 投稿日:2003/09/28(日) 12:57
- んー・・・何かすごいですねぇ。作者サンは。
読んでるうちにどんどん物語の中に引き込まれてしまいます(笑。
レスはいいですよ♪読んで下さっているのは変わりないのですから。
では、ゆっくりと作者さんのペースで頑張ってください。
- 44 名前:リエット 投稿日:2003/09/28(日) 16:52
- 更新お疲れさまです!
もしかして藤本さんにもなにかあったのかなぁと、ドキドキしながら読んでます。
- 45 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 02:29
- 感想の書き込みはオッケイですか?
作品のために書き込みも控えたほうがいいのかなぁ?
まつーらとミキティが近づいていく様子にドキドキです。
ミキティいい子だなぁ・・・。
- 46 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:30
-
▼
- 47 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:31
- そして、木曜日。
亜弥はマネージャーから告げられた事に口をぽかんと開けた。
「え?」
「だから、紺野さんが事故で怪我して、今日の収録は中止になったの。
多分、スケジュール調整して撮り直しって事になると思うけど、とりあえず
今日のところは帰っていいよ」
今日は歌番組のスペシャルを撮影するはずで、モーニング娘。やメロン記念日など
ハロープロジェクトのメンバーが勢ぞろいして各種のゲームを行うはずだった。
もちろん亜弥も出演してクイズゲームに挑戦する予定だったが、先に収録していた
モーニング娘。だけのゲームで新メンバーの紺野あさ美が怪我をしてしまったらしい。
「あの、紺野ちゃんの怪我っておっきいんですか?」
「よく判らないけど、救急車で運ばれたって話だから……」
後で聞いたのだが、セットの隙間に落ちて膝を十針以上縫う大怪我だったそうだ。
結局この番組は後日、紺野抜きで収録が行われた。
この時点ではまだそういった事は全く判らなくて、亜弥もどうする事も出来ずに
局を後にした。
- 48 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:31
- 帰り際、娘。のメンバーとすれ違った。皆一様に不安そうな表情で、紺野と同期の
メンバーには泣いている子もいた。
「あ……あやや。ごめんね、うちらのせいで」
亜弥に気付いた飯田が声をかけてくる。紺野の事は心配だろうが、それでもプロとして
仕事に穴を開けたことを亜弥に謝罪してきた。
「いえ……。紺野ちゃんの怪我、大したことないといいですね」
「うん……」
辛そうな表情のまま、飯田は無理に笑みを浮かべた。そのせいでますます彼女の様子は
痛々しくなって、亜弥はどうしていいか判らなくなる。
娘。は一度事務所に戻って紺野の容態を確認してから解散になるらしい。
他のハロプロメンバーはこのまま各自で帰路に着く。
「亜弥ちゃん。タクシー来たよ」
「はい」
マネージャーに呼ばれて出入り口へ走る。マネージャーと一緒にタクシーへ乗り込むと、
既に行き先を告げていたのかタクシーはそのまま走り出した。
- 49 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:31
- 亜弥の自宅マンションに到着すると、マネージャーは詳しい事が決まったら後で
連絡するとだけ告げて、そのままドアを閉めた。
発進するタクシーに小さく頭を下げ、エレベータで自室へ向かう。
まだ日は高く、遊びに行こうと思えば行ける時間だが、紺野や彼女を心配して事務所に
こもっているメンバーのことを考えると、自分だけそんな事をするのは無神経のような
気がした。
部屋に入り、バッグを投げ出す。深い溜息をひとつだけついて、
ソファにごろんと寝転がった。
学校に行けば最後の授業くらいには間に合うだろうが、ただでさえろくに通えてない
のに、そんな中途半端な事はしたくなかった。それに、今日はもう欠席の連絡を
入れてある。
「んー。退屈だ……」
携帯を取り、加護にメールを送る。紺野の事やこれからの事を尋ねるそのメールに
対して返ってきた返事は、『まだわかんない』という一文だけだった。
それで遠慮が生まれて、亜弥はそれきり加護へのメールをやめた。
「………………んー」
選択の余地がないからか、それとも他の理由があるのか。
亜弥はもう、一人の存在しか浮かばなかった。
- 50 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:32
- 寂しかった、のだと思う。
モーニング娘。もメロン記念日もグループで、みんな一緒にいる。
平家みちよは、帰り際に中澤裕子と二人で出て行くのを見かけた。きっと食事がてら
今日の事を話し合うのだろう。
それは大人の世界だった。
グループに属するわけでもなく、大人になれてもいない自分は、誰かと今の状況を
分かち合うことも、言葉を交わして気を紛らわせることも出来ない。
だから、彼女に会いたかった。
何も知らなくていいから、何もしなくていいから、会ってほしかった。
電話をかけると、今度はすぐに出てくれた。
『亜弥ちゃーん。おっす』
「おっす」
軽く笑いながら返したのに、美貴は一瞬言葉を切らして、それから声音を変えた。
『……なんかあったの?』
「え、なんで?」
『や、なんか元気ないからさぁ』
困ったような口調。亜弥は眉を下げ、口元をソファの肘掛けに埋めた。
- 51 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:32
- 「……あのね?」
『うん』
「今、会ってほしいって言ったら、会ってくれる?」
『今?』
美貴は戸惑いがちに聞き返したが、亜弥が返事をする前に答えた。
『いいよ。どっかで待ち合わせる?』
「……んーん。うち、来てほしい」
動きたくなかった。遠慮もあったし、何より情けない顔が元に戻ってくれなくて、
このまま外になんて出たくなかった。
それでも、彼女には会いたかった。情けない顔をしていても、美貴ならいいかと思った。
電話の向こうで、美貴が苦笑するのが聞こえた。
『……うん、じゃあ、住所教えてよ。すぐ行くから』
亜弥はもう空元気を出すのをやめていたから、美貴の声は格段に優しくなっていた。
「うん……」
マンションの名前と、最寄駅からの簡単な道筋を教えて、通話を終える。
それから亜弥は、到着した美貴がインターフォンを押すまで、何をするでもなく
ぼんやりとソファに寝転がっていた。
そうやって待っているのが、一番いいような気がした。
- 52 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:32
-
▼
- 53 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:32
- 「おじゃましまーす」
「おじゃまされまーす」
「なんでだーっ。わざわざ来てあげてんじゃん!」
靴を脱いでいる途中なのに、美貴は律儀に突っ込みを入れる。
それに笑っていると、立ち上がった美貴に頭をひとつ撫でられた。
「上がって。ちょっと散らかってるけど」
「はーい。
ってか、亜弥ちゃん実はお金持ちの子? 中学生が住むとこじゃないって、ここ」
細い廊下を通ってリビングに入った美貴が、感嘆と呆れの混じった吐息を洩らす。
「んー、まあ、ちょっとね」
「なんだそれ」
美貴は苦笑でその話題を打ち切った。亜弥に誘われるままソファに落ち着いて、
興味深そうに部屋の中を見回す。
「家の人は?」
「……一人暮らしだから」
「マジでぇ!? 寂しくないの?」
「…………わかんない」
- 54 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:33
- 慣れてしまったのかもしれないし、麻痺してしまったのかもしれない。
最初の頃は、両親も妹達もいない生活が寂しくて仕方なかったはずなのに、今では
数日おきに電話をするくらいになっている。
美貴は人差し指で頬を掻くと、ソファから腰を上げて向かい合わせに座っていた
亜弥の隣に移動した。
「ん?」
「んー、うん。なんとなくね」
ぷかりと笑い、亜弥の髪を撫でる。
内心を読まれたような気がして、亜弥は少しだけ動揺する。
表情に出たのか、美貴は優しく目を細めて、もう一度亜弥の頭を撫でた。
「で、どしたの? いきなり会いたいとかって。
あ、この前のお礼しろとか? やーちょっと待ってほしいなあ。美貴まだ何も考えて
ないからさあ」
「違うよ。いいんだよそんなの。元々あたしが迷惑かけたからお詫びしたんだし」
亜弥が強めの口調で言い返すと、美貴も本気で言ったわけではないのだろう、
「はいはい」と執り成すように頷いた。
「じゃあ何? ただ会いたかっただけ?」
言われて、そうかもしれないと今更ながらに思った。
一人が寂しいとか、紺野がどうしたとかじゃなく。
ただ、美貴に会いたかっただけ、なのかもしれなかった。
- 55 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:33
- 「そ……」
言いかけた言葉は、突如鳴り響いた携帯によって途切れる。
「ごめん、ちょっと待って」
携帯を開き、届いたメールを確認する。加護からの連絡で、紺野の入院が決まったこと、
これからみんな帰ることが、絵文字の少ない簡単な文章で綴られていた。
入院するような大きな怪我だったことにショックを受けながら、亜弥は携帯を
テーブルに戻した。
「亜弥ちゃん? 急用でも入った?」
「う、ううん。なんでもない。大丈夫」
「ならいいけど……。ああ、さっきの着メロ、なんか面白い曲だったねぇ。誰の曲?」
意図的である事が丸判りな話題のすり替えだった。どうやら彼女は、他人の深い部分に
無理やり踏み込まないタイプらしい。
それはありがたかったが、話題の変更先がうまくなかった。
メールの着信音も、亜弥はもちろん自分の曲にしていたから。
――――てゆーか知らないのかよ!
心の中で歯噛みしつつ、亜弥は返事に迷う。
- 56 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:33
- 言ってしまおうか? 自分の立場もなにもかも。どうして一人でこんな広い部屋に
住んでいるのかも、どうして中学生が、高級とはいかないまでもブランド物の洋服を
気軽に買えるのかも。
「あ、の……」
「ん?」
彼女の態度が変わったらどうしよう。また携帯電話の番号を変える事になったらどうしよう。
また妙な雑誌にプライベートの写真が載ったらどうしよう。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
亜弥の迷いなど露知らず、美貴は呑気に世間話を続ける。
「美貴、学校辞めたら親に勘当されちゃったんだ。仕送りとかないからさあ、
生活厳しいんだよね。だから最近の曲とかほっとんど判んなくて。
あでも、安室ちゃんは聴いてるよ。昔から大好きなんだよねー」
ピタリと、亜弥の思考が止まった。
- 57 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:34
- 「あむろ?」
「安室奈美恵。知らない? ウソ、マジでぇー?
超カッコいいよ。曲もだけどねえ、ダンスとかマジ最高」
前半はからかうように、そして後半は何故か誇らしげに言われて、亜弥の頭の中で
何かが切れた。
――――なにそんな嬉しそうに……っ。あたしの事は知らなかったくせに!
名前聞いても、こんな目の前で見ても判んないくせに!!
すっくと立ち上がり、CDラックから目当ての物を取り出す。
取り出したそれを叩きつけるようにテーブルに置き、人差し指を突きつけた。
「これ! さっきの!」
「へ、へえ……亜弥ちゃん、なんで怒ってんの」
亜弥の激昂ぶりに驚きながら、美貴が視線をCDに移す。
「らぶなみだいろ……」
抑揚のない口調でタイトルを読んで、それから微かに笑った。
「面白いタイトルだねー」
「じゃなくて! もっと見るとこあるじゃん!」
「え?」
言われて、今度はじっくりとジャケットを見る。
- 58 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:34
- 歌ってるのは……松浦亜弥。おお、亜弥ちゃんと同じ名前だ。
この子がそうなのかな?
「って、おや?」
一度美貴の動きが止まり、それからおもむろに亜弥を見上げる。
亜弥の顔を指差すと、彼女はうん、と頷いた。
今度はCDを指で示す。亜弥はまた首を縦に動かした。
しばらく無言で見詰め合った後、美貴がゆっくりと口を開く。
「……わお」
「って、そんだけ?」
もっとオーバーな反応を予想していた亜弥は、拍子抜けしてがくりと肩を落とした。
「いや、いきなりだからさぁー。へぇー、そうなんだ。だからこんなとこに一人暮らし
してんだねー」
「ま、まあね……」
「けど、いいの?」
「ん?」
CDを差していた指を引っ込め、美貴が困ったように頬を掻く。
- 59 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:35
- 「簡単に携帯とか住所とか教えちゃって。
よくあるじゃん、インターネットで広められちゃったり、雑誌に載っちゃったりさぁ」
美貴の言うとおりだった。もちろん、亜弥だって今までは用心して本当に信用できそうな
人にしか教えなかった。
知り合ったばかりの、素性のよく判らない人に教えるなんて、美貴が初めてだ。
ただ、彼女は大丈夫なような気がした。
そしてその予感は正しかったと、今確信できた。
美貴は本当に亜弥を心配して言ってくれていたから。表情も口調も、裏に何かが隠れて
いるとは思えなかった。
身体の奥から何かが昇ってくるのが判る。
それは多分、喜びなんだと思う。
「みきたんは特別」
「あ、そうなんだ」
「うん」
テレビ用じゃない本当の笑顔で美貴に抱きつく。美貴はわずかに目を丸くしたが、
すぐに腕を亜弥の背中に廻して受け止めてくれた。
- 60 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:35
- 美貴の手が、ゆっくりと亜弥の頭を撫でる。
彼女は何も変わらなかった。それが嬉しくて、亜弥はますます美貴に甘える。
「ねえねえ、亜弥ちゃんの曲、聴かせてよ」
「いいよー。あ、この前アルバム出たの! 聴く? 聴く?」
「聴く」
美貴が頷くと、亜弥は嬉しそうに笑って、ラックからアルバムを取り出した。
CDをかけながら一緒にブックレットを見ていく。隣同士に並んで、亜弥が美貴の肩を
抱きしめるように腕を廻す。「なに甘えてんの」美貴が苦笑混じりに言ったが、その腕を
拒む事はしなかった。
「おー、これ可愛いねえ」
「や、全部可愛いから。可愛いでしょ?」
「……はいはい。うん、可愛い」
さも当然とばかりに言われて、美貴は少し鼻白んだが、それでもちゃんと答えてやる。
口調がちょっと適当っぽくなってしまったのはしょうがない、と思う。
美貴の肩に凭れかかりながら、亜弥は唇を尖らせた。
「もうさー、こんな可愛い子を今まで知らなかったとかってありえないよ、実際!」
「しょうがないじゃーん。あんまアイドルとか興味ないしさあ」
「興味なくてもみんな知ってるもん!」
「判ったよぉ。ごめんなさい」
年上だからという意識からか、元々の性格なのか、美貴はある程度のラインで折れる。
実は結構な我がまま気質である亜弥にとって、それは心地良かった。
- 61 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:35
- 「亜弥ちゃん、歌上手いねえ」
「いやいや、プロだから。歌でお仕事してるから」
言ってから、はたと思い出した。
「来月からツアー始まるんだ。みきたん、来る?」
「来る……て。チケットとかもう無いんじゃないの?」
「んふふー」
美貴から離れ、亜弥が小物を入れているラックを漁る。
そこから一枚の紙切れを取り出すと、ひらひらと美貴に向かって振って見せた。
「なんとビックリ、関係者しか手に入れられないプラチナチケットがここにっ」
「プラチナとか自分で言う?」
美貴は小声で呟いたのだが、亜弥はしっかり聞きとめていた。
「ホントにすごいんだよ、ゆっくり見れるしねー、ハローのメンバーとかもいるんだよ。
平家さんとか中澤さんとか見に来てくれるって言ってたしっ」
勢い込んで言っても、美貴は困惑気味に眉を顰めるだけだった。
「ハロー? へい……?」
ああ、この人ホントに知らない。
かくいう亜弥も、オーディションに応募したきっかけは友人が持っていたCDに
入っていたチラシで、それまでモーニング娘。には大した興味はなかったので
あまり人の事は言えない。
- 62 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:36
- 「……も、いい。とにかく、みきたんにこれあげるから、絶対観に来てね」
「判った……けど。いいの? 美貴がもらっちゃって」
「うん。ホントは4枚あってね、家の人にあげるはずだったんだけど、上の妹がスキーで
転んで骨折しちゃって。それでいけなくなったから1枚余ってたの」
チケットを受け取り、蛍光灯にかざすようにしながらそれを見やる。
安っぽい印刷のそれには、亜弥の名前とツアー名称、日時と会場が刻まれていた。
「30日か。バイトのシフト決めまだだから大丈夫かな」
「おっけー?」
「うん、おっけー」
「やたっ」亜弥が馬乗りのように美貴の膝に乗っかり、その首筋に腕を巻きつける。
ソファの背凭れに思い切り押し付けられて、美貴が小さく呻いた。
「んあぁ。亜弥ちゃん重い」
「重くないよっ、気ぃつけてるもん」
確かに亜弥はかなり細いが、それでも人ひとりの全体重をかけられている事に変わりはない。
言っても聞きそうにないので、美貴は少し身体をずらしてバランスを取った。
亜弥の肩越しに、もう一度チケットへ視線を落とす。
縁を指の腹で撫で、心の中で「ふぅん」と呟く。
その時は、まだ彼女がアイドルだという実感はそれほど湧いていなかったし、
チケットもただの紙切れのように見えた。
その紙切れが何を呼ぶかなんて、美貴はもちろん、亜弥も予想だにしていなかった。
- 63 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:37
-
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- 64 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:37
- キョロキョロと辺りを見回しながら、美貴は会場の裏手に回った。
関係者席のチケットを持っている人というのは通常と入り口が違うらしい。
考えてみれば当たり前だ。自分が異質なだけで、普通このチケットを持てるのは
芸能人やそれに近い人達と、彼女の家族くらいだろう。
そんな人達がファンと同じ入り口から入れるはずがない。
――――にしても……。
素直に驚いた。会場前に集まっている集団。
ほとんどが男性で、中には派手なピンク色をしたハッピを着ていたり、
身体中に亜弥の写真を貼り付けていたりする人もいる。
あれだけの人数を集める亜弥もすごいが、平気な顔してああいう事をするファンもすごい。
「……芸能人、なんだなあ」
あれから毎日のように電話をしたりメールを送りあったりしているが、そういう時の
亜弥は本当に普通の女の子で、なんだかそのギャップについていけない。
- 65 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:37
- キョロキョロと辺りを見回しながら、美貴は会場の裏手に回った。
関係者席のチケットを持っている人というのは通常と入り口が違うらしい。
考えてみれば当たり前だ。自分が異質なだけで、普通このチケットを持てるのは
芸能人やそれに近い人達と、彼女の家族くらいだろう。
そんな人達がファンと同じ入り口から入れるはずがない。
――――にしても……。
素直に驚いた。会場前に集まっている集団。
ほとんどが男性で、中には派手なピンク色をしたハッピを着ていたり、
身体中に亜弥の写真を貼り付けていたりする人もいる。
あれだけの人数を集める亜弥もすごいが、平気な顔してああいう事をするファンもすごい。
「……芸能人、なんだなあ」
あれから毎日のように電話をしたりメールを送りあったりしているが、そういう時の
亜弥は本当に普通の女の子で、なんだかそのギャップについていけない。
- 66 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:38
- 気を取り直して、亜弥に言われたとおり裏口のスタッフにチケットを見せる。
そのままスタッフの一人に案内され、2階の席へ通された。
隣の席には小さな女の子。小学校の高学年くらいだろうか。
少女の顔に亜弥の面影を見出して、ああ、と納得する。
「こんにちは」
持ち前の人懐こさを発揮して声をかけると、少女はちょっと驚いたように身を竦めた。
「こんにちは。……あ、亜弥ちゃんの友達の人?」
「そうだよ。亜弥ちゃんに聞いてたの?」
「うん。すごい優しいお姉ちゃんと友達になったって」
「いやーははは。照れるなあ」
亜弥ちゃんてば、可愛いこと言っちゃって。
思わずニヤニヤとした笑いが洩れる。
「でも亜弥ちゃんのこと知らなかったのがムカツクって言ってた」
「…………根に持ってるなあ」
笑いはすぐに引っ込み、代わりに疲れたような息を洩らす。
- 67 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:38
- あれから、ちゃんと亜弥が出ているテレビをチェックしたり、雑誌に載っていれば
立ち読みしたりしているのに。
テレビ出演なんて、バイトで見れない時間の放映はわざわざビデオを録画予約してまで
見ているというのに、彼女はまだ許してくれないらしい。
まあ、テレビも雑誌も、全部亜弥に感想を聞かれるからチェックしている、というのも
理由の一つではあるから、あまり偉そうなことは言えない。
亜弥の両親はもう少し後ろの方にいるらしい。妹だけが、なるべく近くで見たいと
移動して来たようだった。
だから美貴も、気を遣うことなく少女と話をする。
「亜弥ちゃん、すごいよ」
妙な誇らしさを含んだ妹の言葉に、美貴が軽く眉を上げる。
「知らなかったのが勿体無い、って思うくらい?」
「うん」
「ふはっ。そりゃ楽しみだー」
プロなんだから、これだけの人数が集まるのだから、そうするだけの力は
あるだろうと思っていたが、それでも気楽に構えていた。
隣にいる小さな少女の言葉も、身内の贔屓目だろうという意識が残っていた。
それが大間違いだと思い知らされるのは、それから1時間後。
- 68 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:39
-
- 69 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:39
- 2階席だから、彼女の姿は豆粒ほどにしか見えない。
機械の調子が悪いのか、スピーカーを通して聞こえる声は少し割れていた。
それでも、美貴は打ちのめされた。
「ね、すごいでしょ」
「ほら見ろ」と言わんばかりの、少し偉そうにも聞こえる妹の台詞に、美貴は素直に頷く。
「うん……うん! すごいよ亜弥ちゃん!」
彼女は自分とそれほど変わらない体格のはずだった。
話に聞いていた「ステージ上では大きく見える」という現象を目の当たりにして、
感動にも似た驚きを覚える。
我知らず身を乗り出して、亜弥に大きく手を振る。
一拍置いて亜弥が腕を振り上げた。
気のせいかもしれないが、それは自分に対してのものだと思った。
「あー、もう! なんだよ、すごいじゃん! かっちょいいじゃん!」
年下で、甘ったれで、でもたまに大人びた表情を見せて、ちょっと生意気でかなり
我がままな、愛すべき友人である彼女。
多くのファンを魅了して、これだけの舞台で心底楽しそうに歌える度胸があって、
ステージを所狭しと駆け回っている、プロの歌い手である彼女。
それは美貴にとってどちらも『亜弥ちゃん』で、だからますます好きになる。
- 70 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:39
- セットリストを全て消化し、公演終了のアナウンスが流れてからようやく、
美貴は座席に座り込んだ。
「はー……。ヤバ、なんか泣きそう」
心の底から楽しんでいた。それは言うまでもなく、彼女の魅力。
「もったいなかった?」
「……うん。ちょっと悔しいけどね」
人心地ついて、やっと思い出して拍手をする。もうファンは退場を始めていて、
そんな事をしている人は一人もいなかったが、それでも美貴は手を叩いた。
聞こえなくても、それが彼女に対する敬意を表す唯一の方法だった。
ひとしきり気が済むまで拍手をして、美貴が隣の少女に視線を移す。
「まだ帰んないの?」
「今はファンの人達がいっぱいいるから。もうちょっとしたら係の人が帰っていいよって
言いに来ると思うよ」
「へー」
なるほど、関係者というのもなかなか大変なようだ。
それからしばらく、雑談で時間を潰した。話題の多くは亜弥のことで、妹は自慢げに
彼女の話をした。
愛されてるな、と思う。
- 71 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:40
- 不意に人の気配が現れる。スタッフが呼びに来たのかと思って振り向くと、中年の男性が
美貴の隣に腰を下ろしていた。
「君、松浦の妹さん……じゃないよね?」
「はあ……友達、ですけど」
じっと見つめられて、居心地の悪さを感じる。
なんだか、品定めをされているような気がして、背筋に嫌なものが走った。
「うん。うんうんうん。……君、芸能界とか興味ない?」
「はぁ?」
一人納得したように頷いた後で、男性はおもむろに言った。
美貴の反応は至極当然だっただろう。
不審げな視線を受け、彼は慌てて尻ポケットに突っ込んでいた名刺入れから
一枚抜き出して美貴に差し出した。
「あ、僕はこういう者で、松浦の事務所の人間です」
差し出された名刺をとりあえず受け取り、ちらと見やる。
- 72 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:40
- 「和田……さん」
下の名前は読めなかった。高校1年までの間に、こんな漢字は習わなかった。多分。
「僕はあのー、新人発掘みたいな事もしてて。それでまあ、ありていに言うと
今君をスカウトしてるんだけど」
「はぁ?」
「松浦のステージ見て、すごいノってたでしょ。それ見てね、ビビッと来たんだよ。
この子は向こう側に行ける存在だって」
「……はぁ」
もう、これしか言葉が出てこない。
芸能界。テレビの向こうで歌ったり踊ったり、愛想振りまいたり親の死に目に
あえなかったり、なにより睡眠時間がものすごく短いと評判の、あの芸能界ですか?
「嫌です」
「そう言わないで!」
「美貴、寝るの大好きなんです。出来ることなら一日15時間くらい寝てたいくらい。
芸能人て、よく睡眠時間3時間とか言ってるじゃないですか。そんなのヤです」
「そ、そんな理由で……?」
失礼な。美貴にとってはかなりの重要事項だ。
美貴が内心で憤慨しているとも知らず、和田は尚も食い下がってくる。
- 73 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:40
- 「えーと、アレだ。売れたらおいしいものとか色々食べられるよ。
海外ロケとか、オフがあれば自由に遊べるし。それに、滅多に出来ない経験とか
色々できると思うんだけどなあ」
「……ふむ」
おいしいものか。焼肉とか焼肉とか焼肉とかだろうか。
海外も行った事がないから、かなり興味がある。
そして、滅多に出来ない体験。確かにそうだ。なにせテレビの向こう側だ。
……面白そうだ。
美貴は寝るのも好きだが、焼肉と面白いことはそれ以上に好きだった。
「じゃ、やります」
「ほ、ホントに!?」
ころっと態度を変えられて、誘っていたはずの和田が逆に戸惑ってしまう。
- 74 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:41
- 「はい。面白そうなんで」
「じゃ、じゃあ、都合がついたらここに連絡してよ。あ、名前聞いてなかった」
「藤本美貴です」
「ふじ……もと、みき。じゃあ、連絡くれたらすぐに僕まで通すように言っておくから」
忙しなくメモ帳に名前を書き込み、和田は軽く手を上げて立ち上がった。
その後ろ姿を半ば呆然とした面持ちで見送りながら、美貴は小さく息をついた。
「だーれもいないし。もう帰っちゃっていいのかなー」
和田と話している間に、他の観客たちは全員会場を後にしていた。
ステージを見ると既に解体作業が始まっていたので、残っている方が邪魔だろうと
美貴は静かに出口をくぐった。
「やー、亜弥ちゃん聞いたら驚くかなー」
いつか彼女と同じステージに立てるかもしれない。
そう思うと、なんだか無性にわくわくした。
- 75 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:41
-
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- 76 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:41
- 「はぁ?」
「あ、美貴とおんなじ反応」
無事に公演を終えた亜弥に呼び出され、何故か生で見たライブのビデオを見せられて。
2本ある内の1本目が終わったところで美貴の報告を聞いた亜弥の第一声は、
まさに美貴が言ったとおり当人と同じだった。
亜弥はつまんでいたスナック菓子を皿に戻すと、呆れたような口調で尋ねる。
「スカウトって、和田さんに?」
「おー、本物なんだ。いやライブ会場だしそれっぽいから大丈夫だと思ったんだけど、
なんかイマイチ実感なかったんだよねぇ」
「そんなのどうでもいいから。みきたん、オッケーしちゃったの?」
「うん。面白そうだったから」
現実味を欠片も感じさせない美貴の口調に、亜弥は深い溜息をついた。
それからティッシュペーパーで指先を拭い、おもむろに美貴へ抱きつく。
「うわっと」いい加減、こういうスキンシップにも慣れてきたので、美貴は自然に
バランスを取りながら亜弥を抱きとめた。
「みきたーん」
「なに?」
「あのね、このお仕事ってホント大変だよ?
そんな生半可な覚悟で出来るもんじゃないよ? いいの? ホントに」
ちょっと眉を下げて、心配そうに言ってくる亜弥へ、美貴は気楽な笑顔を向ける。
- 77 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:41
- 「亜弥ちゃんはやってんじゃん」
「あたしは歌うの好きだもん。写真撮られるのも好きだし、テレビ出んのも好き」
「目立ちたがりだ」
「そうだよ。そうじゃなきゃ出来ない仕事なんだよ」
美貴のからかいに、亜弥は真剣な表情で応える。
わずかに気圧されて、美貴が上目遣いで見つめてくる亜弥から視線を逸らした。
「……亜弥ちゃんは」
亜弥の後頭部に手を当て、そのまま引き寄せる。
亜弥がおとなしく肩に頭を乗せたのを確かめてから、美貴は言葉を紡いだ。
「美貴と一緒にいんの、ヤ?」
「ヤじゃないよ。ヤだったらわざわざ呼んだりしないってば」
「うん。美貴も亜弥ちゃんといると楽しい。だからおんなじ仕事したらさ、もっと
亜弥ちゃんの事判ったり、悩みとか? 聞いてあげれたりするんじゃないかって思った。
それに、亜弥ちゃんと一緒にテレビ出たりとかできたらさぁ、すごい楽しそうじゃん?」
柔らかく亜弥の髪を撫でながら、宥めるような静かな口調で告げる。
- 78 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:42
- ほとんど嘘だった。そんな事思っていなかった。
けれど、口にした事で全てが本当になった。
彼女を判りたい。楽しみたい。側にいたい。
だって、その方が面白いじゃないか。
亜弥はもたげていた首を美貴の肩に戻すと、腰に廻していた腕にきゅっと力を込めた。
「? おーい、亜弥ちゃん?」
美貴がぽふぽふと優しく亜弥の頭を叩く。
「なに、感動しちゃ……ったー!!」
得意げに言いかけた美貴の台詞は、途中で悲鳴に変わった。
- 79 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:42
- 亜弥の服を掴み、力ずくで引き剥がす。
涙目になっている美貴の左肩には、くっきりと歯型がついていた。
「ななな、なんでいきなり噛むの!」
「んー、なんとなく」
悪びれもせずに答え、亜弥は小さく笑った。
無邪気で狡猾で、ひどく本能的な笑みだった。
美貴は噛まれた箇所を手のひらで押さえながら、わずかに顔をしかめる。
「……ったく。犬かよみたいな。もうホント痛いんだけど」
「ごめぇん」
「……も、いい」
わけのわからない行動についていけなくて、美貴は多少の苛立ちを込めて息を吐き出した。
外した手を見ると、微かに血がついていた。歯型というか傷跡は、少なくとも
数日は消えそうにない。
「みきたん、怒った?」
「……怒ってないよ」
- 80 名前:冬 『足音』 投稿日:2003/10/04(土) 11:42
- まっすぐに見つめられ、美貴は呆れたような表情で首を振る。
亜弥がふわふわした笑みを浮かべた。それは彼女がいつも浮かべる、見慣れた笑顔だった。
「でもホント、なんで噛むのさ? わけわかんないよ」
「なんでだろ? なんでか噛み付きたくなったんだよね」
本当に自分でも判っていないらしくて、亜弥は人差し指を唇に当てながら首を傾げる。
「ふぅん」美貴は簡単に頷いて、亜弥を抱き寄せた。
「もうしちゃダメだよ?」
「うん」
うにゃうにゃと美貴にじゃれながら、亜弥はあまり反省していない調子で頷いた。
亜弥が、自分のした事の意味に気付いたのはもっとずっと後で。
美貴は結局、いつまでもその意味には気付かなかった。
- 81 名前:円 投稿日:2003/10/04(土) 11:44
- 3回目終了。
ああ、さっそく皆様の期待を裏切ってしまったような気がしまつ……。
ちなみに冬は今回で終了です。
- 82 名前:円 投稿日:2003/10/04(土) 11:46
- >>42-45
レスありがとうございます。
感想もらえるのは大変有難いです。
むしろエビバデカモンナです(爆)
こちらこそ返レスできなくてすみません。
口軽いもんで、レスを返そうとすると伏線とか展開とか明かしちゃうんで……(−−;
- 83 名前:円 投稿日:2003/10/04(土) 11:47
-
- 84 名前:つみ 投稿日:2003/10/04(土) 16:50
- うわ〜いいこれ・・・
歯型つけるあややが浮かんでくる・・
- 85 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/05(日) 00:10
- ほんっと面白いの一言につきますね。
週末が楽しみで仕方ないです。
- 86 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/05(日) 02:25
- 歯型…どういうことだろう。わからん。
自分藤本さん寄りの人間だから理解できないのかな(w
それにしてもこんなに次の展開が気になる、わからない話も珍しい。
楽しみに待ってますね。
- 87 名前:リエット 投稿日:2003/10/05(日) 03:33
- 怖い怖いw
あやみきにはいつもハラハラさせられます。
そのせいで、続きがものすごく気になりますが…。
- 88 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/05(日) 10:36
- むむむ。非日常が忍び込んできている予感。
- 89 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/07(火) 01:01
- おぉ、いきなりほんわかモードから暗転ですか?
噛むって行為はどういう意味だろ?
謎が多くて惹きつけられます・・・
- 90 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:35
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- 91 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:35
- ダンスレッスン。ボイストレーニング。体力をつけるためのジョギング。
「みきたん、お釜洗って?」
「へ? あ、洗えばいいの? ……はい」
「んじゃお米磨いで」
「え、え? うん……」
ジムで決められたトレーニング。ボイストレーニング。ボーカルレッスン。
「みきたん、一緒に観よ」
「いいけど」
「きゃーきゃーきゃー!」
「あ、もうすぐ首が飛ぶから」
「やー!!」
「……女の子だねぇ」
ジョギング。ダンスレッスン。ボイトレボイトレボイトレ。
「みきたん、一緒に泡風呂しようぜっ」
「お、いいねえ」
「みきたん、頭洗ったげるー」
「ありがとありがと。…………角とか作らない。ウルトラマンとかやらない」
レコーディング。レコーディング。
「亜弥ちゃん! なんでタレもの焼いた後にタン塩焼くの!
ちゃんと網変えなきゃだめじゃん!!」
「ええ!?」
「ああもう! レバ刺し焼いたら意味無いじゃん!」
「……みきたん、恐い」
スチール撮影。雑誌取材。デビュー日決定。
- 92 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:35
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- 93 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:36
- 「……なんだかなあ」
仕事関係を除くと、亜弥との思い出しか浮かばない。
他のメンバーとも遊んだりメールを送りあったりしているのに、どうして彼女の事しか
浮かばないんだろう。
単に、今亜弥の家に泊りがけで遊びに来ているからかもしれないが。
その亜弥といえば、数日前から体調を崩していてベッドで眠っている。
だから、遊びに来たというよりは見舞い兼看病のためといった方が近い。
彼女のマネージャーはスケジュールの調整やら何やらで忙しいし、母親も都合がつかず
来る事が出来なかった。
疑うわけではないが、他の友人ではもしもの事がないとは言えない。なにせ、亜弥は今
熱でロクに動く事が出来ないのだから。
そういったわけで、美貴が立候補した時、マネージャーは諸手を上げて感謝してくれた。
美貴のマネージャーの方はうつされたら困ると渋い顔をしていたが、美貴は小言を聞き
流して亜弥の家を訪れていた。
「あ、そろそろかな」
ベッド脇で雑誌を読んでいた美貴は、時計を見やってから亜弥の額に手を延ばした。
額に張り付いているクーリングシートを剥がし、新しいものに交換する。
冷たい感触に覚醒を促されたのか、亜弥がうっすらと目を開けた。
「ごめん、起こした?」
「んー……」
「寝てていいよ。それともなんか冷たいものとか欲しい?」
「……いい」
喋るのすら辛いらしく、亜弥はぼんやりとした瞳を美貴に向けたまま、微かに首を振った。
- 94 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:36
- 亜弥が掛け布の下から腕を抜き出し、美貴のシャツを掴む。
「ん?」美貴が優しく問いかけて顔を寄せると、亜弥は熱のせいで潤んだ目で美貴を
見つめて、
「ここにいてね?」
か細い声で懇願した。
美貴が軽く苦笑する。大概、病人は心細くなってしまうものだから。
「大丈夫、どこにも行かないよ」
柔らかく亜弥の髪を撫でながら頷く。
亜弥は安心したように目を閉じて、また眠りについた。
しばらく亜弥の髪を撫でていた美貴は、寝息が規則正しくなったのを確かめてから
そっとシャツを掴んだままの手を外させて、掛け布の下に戻した。
「……寝てれば静かで可愛いんだけどな」
ベッドの縁に頬杖をついて、病人に対してデリカシーのない事を思う。
起きている時が可愛くないとかそういう事ではなく、彼女のテンションに
時々ついていけなくて、ほんの少しだけ疲れるのだ。
- 95 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:36
- それでもこうして面倒を見たり、呼ばれるまま一緒に遊んだりするのだから、やはり
自分は彼女の事をかなり気に入ってるんだろう。
「さて、と」
亜弥が深い眠りについている事を確認して、そろそろと立ち上がる。
音を立てないようにドアを開け、リビングの隅に置いていたバッグから財布を取り出した。
「……帰ってくるまで亜弥ちゃんが起きませんように」
下らない事を神に祈りつつ、美貴は静かに部屋を後にした。
「どこにも行かない」と言ったくせに、すぐに出て行ってしまう。
それはただ、買い物に行くためで、悪意も悪気も何もなかった。
けれどそれは、彼女の一番深い罪の片鱗。
- 96 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:37
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- 97 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:37
- 代償を払わなくても願いを叶えてくれるほど、神様は優しくない。
首筋を伝う嫌な汗の感触に、亜弥は目を覚ました。
だるさが全身を覆って、ひどく身体が重かった。
それに逆らいながら首を動かし、美貴の姿を探す。
「……みきたん?」
掠れた声で呼んでみるが、どこからも気配は感じられない。
シンとした空気。身体に纏わりつく、鬱陶しい熱を含んだ空気。
恐い。
原因も理由も何もなく、恐い。
一人でいるのが、恐かった。
「やだ……やだよ。みきたん、みきたん、みきたん。なんでいないの……?」
ベッドから這い出てリビングに移動する。寝汗でパジャマの下に着ているシャツが
肌に張り付いて気持ちが悪かった。
熱で頭が朦朧とする。視界がぶれて、うまく歩けない。
自重に耐えられなくて、ソファに倒れ込んだ。
悲しいのと恐いのと寂しいのが混じり合って、止め処なく涙が溢れた。
美貴がいない。
それだけで、悲しくて恐くて寂しかった。
- 98 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:37
- 母親においていかれた子供のように泣きじゃくっていると、後方で小さく音が聞こえた。
一瞬、身体が竦む。逃げ出したいが、身体が思うように動かない。
しかし、次の瞬間に聞こえてきた声に、全身の力が抜けた。
「あ、亜弥ちゃん……。起きちゃったんだ?」
コンビニの袋片手に、バツの悪そうな表情で美貴が立っていた。
彼女の姿を認識した途端、亜弥は声を上げて泣き出した。
「わわっ、ごめん、寂しかったの?」
美貴が大慌てで亜弥の隣に行き、熱を持った身体を強すぎない力で抱きしめる。
亜弥は抱きしめてくれる腕の内側で身体を丸めて、グズグズと泣きじゃくりながら
弱々しく美貴の肩を叩いた。
「どこにも……っかないって……言ったじゃんっ」
「うん……ごめん。ホントごめん」
宥めるように優しく亜弥の背中を叩く。髪を撫で、さっきよりも少しだけ強く抱きしめる。
亜弥が落ち着くまでそうしていて、それから美貴は甘みのある声で囁いた。
- 99 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:38
- 「ほら、もうベッド戻ろ? すごい汗だよ。着替えなきゃ」
パジャマ越しにでも判るくらい、亜弥の身体は汗に濡れている。このままにしていたら、
確実に風邪が悪化してしまう。
「ん……」
亜弥はフラフラと起き上がると、美貴に支えてもらいながら寝室に戻った。
倒れ込むようにベッドへ横になり、気だるそうに息をつく。美貴が持ってきてくれた
替えのシャツを受け取ろうとしたが、腕が重いうえに上手く指が動かなくて、シャツは
空しくベッドへ落ちた。
落ちたシャツの端を掴み、上半身を起こそうとするが、どうも力が入らない。
「あーもう、見てらんない」
見かねた美貴がシャツを拾い上げて、亜弥の身体を引き起こす。
ぐったりした身体を自身に凭せ掛けてパジャマのボタンを外し、両腕から引き抜いた。
「はい、手ぇ上げてー」
シャツを着替えさせようとするのに、亜弥は顔を背ける事で抵抗の意を示す。
「……いいよ。自分で出来る」
「出来ないから美貴がやってあげてんの。ほら、早く」
「いいってば」
「なに恥ずかしがってんの? 一緒にお風呂とか入ってんだから今更でしょ」
「そういうのとは違うんだもん」
亜弥は頑なに拒むが、美貴は聞く耳を持たない。
そもそも、病人が勝てるわけもない。
- 100 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:38
- 「ワケ判んない事言ってないで、さっさとする!」
一喝と共に、半ば無理やりシャツを脱がされ、タオルで身体を拭かれる。
新しいシャツを頭から被せられる頃には、亜弥はすっかりむくれていた。
「……みきたんのバカ」
恨みがましい口調で言うと、美貴は不服そうに眉根を寄せた。
「なんでさ。あのまんまにして風邪こじらせるわけにもいかないじゃん」
「そうだけど……」
ベッドの上なのに。
風邪引いてるからだけど。
服脱がされて。
すぐ新しいの着せられたけど。
色んなとこ触られたし。
タオル越しにだけど。
自分でも、何を考えてるかよく判らない。
熱で朦朧としていて、よく判らない。
- 101 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:39
- 「もうちょっと寝てなよ。ご飯作っといてあげるから」
亜弥の煩悶など少しも気付いていない美貴は、汗で額に張り付いた前髪を
払ってやりながら優しく声をかける。
そのヒヤリとした感触に心地良さを覚えながら、亜弥が僅かに不安を滲ませた瞳で
美貴を見上げた。
「……どこにも行かない?」
さっきの事があるから、亜弥の言葉に美貴は小さく苦笑した。
「行かない」
「ホントに? 約束する?」
「うん。ずっと亜弥ちゃんの側にいてあげる」
差し出された手の小指に自身のそれを絡め、美貴が頷く。それで安心したのか、亜弥は
微笑を浮かべて目を閉じた。
- 102 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:39
- シンとした空気。額を撫でる手のひらから伝わる、優しさを纏った空気。
「……ねえ」
「ん?」
呼び声に、美貴が撫でていた手を止める。
「みきたんの手、冷たいね」
「手が冷たい人は心があったかいんだよ」
「……自分で言うなよ」
こっちが言おうとしてたのに。
美貴はしてやったり、とでも言いたげに笑っている。軽く睨んでみたが、効果はなかった。
美貴の手のひらも、新しいシャツの肌触りも心地良かった。
余計な感覚を得たくなくて、目も口も閉じる。
スゥッと、何かに導かれるようにして、亜弥は眠りに落ちた。
- 103 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:39
-
▼
- 104 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:39
- 「あーん」
「はっ」
美貴の引きつった口元から、呆れ混じりの呼気が飛び出る。
ベッドに腰掛けた美貴の膝にはリゾットの皿。亜弥はそれを受け取ろうとせず、
餌をねだる雛鳥のように口を開けて待っている。
美貴がひとつ溜息をついた。
「亜弥ちゃん、アナタいくつよ?」
「じゅうろく」
「知ってる」
「じゃあ聞かないでよ」
「そういう事言ってんじゃないの」
ぐっすり眠ったせいか、亜弥の体調はかなり回復していた。起きてからもう一度
着替えたが、今度は自分で全部出来たし。
そして、体調と共に口の方もよく動くようになっていた。
「ごはんーごはんー。食ーべーさーせーてー」
腕を振り回すアクションつきで美貴に訴える。
- 105 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:40
- 美貴はそんな亜弥を半眼で睨むと、その額を人差し指で突いた。
「い・や。自分で食べれるでしょうが」
心があったかいはずの彼女は、亜弥が復活した途端冷たくなった。
しかし、亜弥は諦めない。
「身体がだるくて動けなーい」
「今思いっきり暴れてたじゃん!」
「うっ、ゴホゴホ」
「いやものすごく嘘っぽいから」
リゾットは冷めかけていて、表面に膜が張りだしている。
美貴はスプーンでリゾットをかき混ぜてから、亜弥の鼻先に突き出した。
「ほら、はーやーく」
「なんで食べさしてくんないの」
「9時からドラマ見たいんだもん」
あっさり言われた台詞に、亜弥は一瞬脱力して、それからありったけの力を込めて美貴を
睨んだ。
「み、みきたんはあたしよりドラマ取るんだっ」
「だって、亜弥ちゃんはこれからも会えるじゃん。
ドラマは今日見逃したらもう見れないんだよ」
「ビデオ録っとけばいいじゃん」
「やだ。すぐ見たい」
- 106 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:40
- 「……むぅ」唇を尖らせ、頬を膨らませる。下がりきっていない熱の影響で、亜弥の顔は
淡く朱を帯びている。
男女問わず何でも言う事を聞いてあげたくなるくらい可愛らしい表情なのだが、
生憎と美貴はすでに見慣れてしまっているので何の効果もない。
「はい。ちゃんと食べときなよ」
何の動揺も見せないまま亜弥の手を取り、有無を言わさずその手に皿を乗せる。
受け取ってしまったものをつき返すわけにもいかないので、亜弥は渋々スプーンを
持ち上げた。
「ドラマ終わったら戻ってきてよ?」
「はいはい」
美貴は屈託のない笑みを浮かべ、亜弥の頭を撫でてから、部屋を出て行った。
ドアが閉まってから、亜弥がもそもそとリゾットを食べ始める。随分冷めてしまったが
薄めの味付けのせいか食べやすかった。
「……んー」
スプーンを咥え、小さく唸る。
反芻するまでもなく、不思議なことは何も無かった。
- 107 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:41
- ――――なんとも思ってないんだろうなあ。
タオル越しとはいえ、あれだけ遠慮なく触れるという事は。
――――ま、普通はなんとも思わないけどさ。
何かを思ってしまった自分の方が変なんだろう。
スプーンを咥えたまま、微かに嘆息する。
美貴は優しい。気紛れでも利害の一致でもなく、ただ純粋に優しくしてくれる。
だからこそ、始末が悪い。
見返りを求められたのなら、そこで取引が成立する。そこに行き着くまでの駆け引きも
しようと思えば出来る。
それがないのだ。
美貴は無邪気だ。子供っぽいという意味ではなく、自分に忠実であるという意味で
邪気が無い。
だからこそ、手に負えない。
傷つける意思が存在するなら、いくらでもやり返せる。悪意によって何かを奪われたら
取り返すことも出来る。
そういったものが、ない。
面白いから学校を辞めてバイト三昧の生活をして、面白そうだから芸能界に入って
面白いから亜弥の側にいる。
そこに他意はない。
- 108 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/10(金) 22:41
- 「……松浦、ピンチ」
不思議な事はない。迷う事もない。
彼女のことが好きだ。
無邪気で素直で自由で奔放で単純な、彼女が。
殻を破り籠を壊し柵を飛び越え枠に填まらない、彼女が。
欲しいと思う。手の中に閉じ込めたいと思う。
縛り付けたくないと思う。今のまま、『自由』を体現していてほしいと思う。
どちらか一方なんて選べなかった。
きっと、隠しておく事なんて出来ない。
それでも彼女を困らせたくない。
そうして、亜弥のアンバランスでアンビバレンスな恋が始まった。
- 109 名前:円 投稿日:2003/10/10(金) 22:42
- 4回目終了。
つーことで、松浦さんがアレでナニになりました。
- 110 名前:円 投稿日:2003/10/10(金) 22:45
- >>84-89
レスありがとうございます。
……って、あれ? ひょっとしてブラックな方向に受け取られてたり?(^^;
松浦さんの行動は、別に暴力的な理由じゃありません。
もうちょっと先に進めば理由が明かされるような明かされないような(どっちよ)
ちなみにまだ平和です。まだ(含笑)
- 111 名前:円 投稿日:2003/10/10(金) 22:46
- 明日から旅行に出るので、早め早めの更新でした。
- 112 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/10(金) 22:49
- うわぁああぁあぁあ…ああ、もうツボすぎて…
てかこれ今回の、シチュエーションからもう…。
今回もジレジレなんでしょうか。(w
また週末を楽しみにして待っています。
- 113 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 00:12
- 本気で面白いな。
今度は前作とはまた違って…ですか。
続きをハラハラしながら待ってます。
- 114 名前:つみ 投稿日:2003/10/11(土) 00:12
- 松浦さんがアレでナニになりましたね^^
非常に好きな感じになってきてるんで次回を楽しみに待ってます!
- 115 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/11(土) 00:42
- そっか前と逆なんだ。今気付いた。
あっ、気付くの遅かったですかね(w
焦らされるのは好きですよ。いつものセリフ。
- 116 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/11(土) 21:48
- 面白いですね。好きです、こういう話w
- 117 名前:リエット 投稿日:2003/10/12(日) 00:31
- 更新お疲れ様です!
無邪気な藤本さんかっけー(w
- 118 名前:たか 投稿日:2003/10/16(木) 18:07
- おーおもれ〜。
先を楽しみにしてます。
ところで円さんの前作ってどうゆうのですか?
- 119 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 00:08
- >>118
銀のLostChildhood
名作だから読んどけ
- 120 名前:たか 投稿日:2003/10/18(土) 10:01
- >>119さんありがとうございます。
わざわざ教えていただいてすみません。僕初心者なもんで。
- 121 名前:たか 投稿日:2003/10/18(土) 10:03
- すっすみません。上げてしまいました。
許してくださいませ。
- 122 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:53
-
▼
- 123 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:54
-
神様、これは罪ですか?
- 124 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:54
- 小学生の頃、背が高くてスポーツができるクラスメイトの少年に憧れたりした。
友達と誰々くんカッコいいよねーなんて話で盛り上がった事もある。
それは、恋とも呼べないただの興味で。
だから多分、初恋なんだろう。
亜弥の手を握って、半歩先を歩く彼女。
時折、亜弥の様子を窺うように振り返って、微笑みかけてくる彼女。
何を考えているか悟られたらそれを失いそうで、亜弥は急いで笑顔を作る。
汗ばんだ手のひらから欲求が伝わってしまわないかと、少し恐かった。
「プリクラ撮ろっか? 最近撮ってないよね」
右前にある建物を指差し、美貴が言う。
「いいね。撮ろっか」
うん、と頷きながら答え、並んで透明なドアをくぐる。
3階がワンフロア丸ごとプリクラコーナーになっていて、この階だけは男子のみの
入場を禁止している。
そのせいで、どこを見ても亜弥達と同年代の少女で溢れかえっていた。
たまに彼女に連れられてきたらしい少年や青年が、少し肩身の狭そうな面持ちで
どの台で撮るか選んでいる。
こういうところは得かな、と考えて、次の瞬間には得も何もないなと考えを改めた。
- 125 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:55
- 頭を切り替え、他の客と同じように台を物色していく。
「むお! みきたんみきたん、新しいヤツ発見!」
「あはは、むおだって」
「そんなんどうでもいいからっ」
グイグイと美貴の手を引っ張って、僅かに作られた列の最後尾に並ぶ。美貴は少し
困ったように笑いながらそれに従った。
並んでる途中で、不意に亜弥の手が軽くなった。
亜弥が半ば無意識に視線を落として、自分の手を見やる。
自分の手を握っていたはずの彼女の手のひらは、ジャケットのポケットの中に隠されていた。
亜弥の視線を感じたのだろう、美貴は何かを誤魔化すように軽く苦笑した。
「ほら……ね?」
「ね?って何が?」
声が尖っていた。その声を発した亜弥の唇も、やはり尖っている。
美貴はそれを避けるように前を向いて、言い訳がましい口調で呟いた。
「……人、いっぱいいるしさ」
「いいじゃん別に」
「恥ずかしいじゃん」
「なんで? あたしと手ぇ繋ぐのが恥ずかしいの?」
「そうじゃなくて」
美貴はそこで言葉を切った。待っていたが、その続きが言葉になることはなかった。
「いいじゃん、別に」
亜弥がもう一度、同じ言葉を繰り返す。美貴は溜息をついただけで、それには
答えなかった。
- 126 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:55
- 順番が回ってきて、二人はシートを暖簾のように押しやって中に入った。
ほんの少しだけ流れた不穏な空気はすぐに消えて、二人とも小型カメラに向かって
笑みを浮かべる。
「いい? 撮るよ撮るよー?」
「おっけー」
美貴が手のひらでシャッターボタンを押す。機械から可愛らしい声の掛け声と、うそ臭い
シャッター音が響いた。
「みきたん、次こうね」
「んー」
「今度はこうやって?」
「はいはい」
亜弥の指示するままに、次々とポーズを変えていく。
これで最後、という段階になって、不意にその指示が途絶えた。
「? 亜弥……」
怪訝な面持ちで亜弥の方を向こうとした美貴の頬に、柔らかい感触が当たった。
その直後、シャッター音が聞こえて。
美貴が猫だましを食らったように目を丸くしたまま動けない間に、亜弥はなんでもない
様子で取り出し口からプリクラを取り上げた。
- 127 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:55
- 「にゃはは。みきたん超マヌケ顔」
ほら、と見せてくる。16分割された、硬直する美貴と、その頬に唇を押し当てている亜弥。
やっとの思いで凍った身体を解凍した美貴が、僅かに咎める口調で亜弥を諌める。
「……い、いきなり変な事しないでよ」
「変かな?」
「変っていうか……。外、だし」
「いいじゃん。誰にも見えないよ」
ビニール製のカーテンに仕切られたそこは、確かに何をしていても外の人間には見えない。
美貴は触れられた部分を人差し指で撫で擦ると、小さく溜息をついた。
「ほらみきたん、後ろの人待ってるから」
手を捕まえられ、そのまま力任せに引っ張られる。
ここで振り解いたら傷付けてしまうだろう。
仕方なく、美貴は引かれる力に逆らわず、カーテンをくぐった。
- 128 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:56
- 美貴はオフだが、亜弥はこれから仕事が入っている。
だから今日は早めに切り上げて、美貴の帰宅を見送るために駅へ向かった。
改札を抜ける美貴の背中を、亜弥は静かに見つめている。
寂しいのは、どうしようもない。
不意打ちだったが頬にキスも出来たし、とりあえず今日はそれで満足する事にした。
彼女はもうすぐ、こっちを振り返る。
そうして、手を振るのだ。「また今度遊ぼうね」なんて言いながら。
当たり前だった。それが二人の距離だった。
恋人同士のようにキスを交わすはずもなく、仕事仲間のように握手で別れを告げるのでもなく。
手を振って、不確定な次の約束をするだけの距離だった。
美貴が振り返る。
真剣な表情をしている時のクールさは欠片もない、子供のような笑みを浮かべる。
改札の柵に近づく。亜弥との距離は30センチ。
「じゃあ、仕事頑張ってね」
「うん」
「また遊ぼうね」
「うん」
美貴の右手が上がって。
ふわりと、亜弥の髪を撫でた。
- 129 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:56
- 「……えへへ」
「なに笑ってんの」
「別にー?」
神様。
彼女の優しさは、罪ですか?
ゆっくりと美貴の手が下りる。美貴は判っているのかいないのか、嬉しそうに笑う亜弥を
見つめながら、軽く肩を竦めた。
「亜弥ちゃん、ちょっと耳貸して」
「ん? なになに?」
亜弥が柵から身を乗り出して、美貴に顔を近づけた。
その時、二人の距離は3センチ。亜弥の頭に手を添えて、美貴が悪戯っぽい声で囁く。
「さっきのお返し」
次の瞬間、二人の間から距離が消えた。
予想だにしない行動に、亜弥の目が大きく見開かれる。
美貴は喉の奥で笑いながら亜弥から離れた。
「ひ、人がいるとこですんなって言ったくせにっ」
嬉しいやら悔しいやらで、首まで赤くなりながら亜弥が吠える。
「美貴がしないとは言ってないもん」
飄々と答え、大きく手を振ってから、美貴はホームへ行ってしまった。
- 130 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:56
- 取り残された亜弥はどうすることも出来ず、ただ美貴の唇が触れたこめかみを手のひらで
覆い、赤くなった顔が元に戻るのを待っていた。
優しくて甘くて少しだけ意地悪で、その全てに無自覚な、罪深い彼女の手のひら。
その冷たい手のひらに触れられる度に、亜弥の全身は熱を持った。
その亜弥の熱が、美貴に伝わることはない。
それが、たとえキスをしても埋められない、二人の距離だった。
「……どうしよ」
止まりたい止まれない伝えたい伝えない掴みたい掴めない触れたい触れない
放したい離せない通じたい通じない届けたい届けない。
ねじれた天秤には、矛盾する二つの想いが錘となって乗っていた。
- 131 名前:春 『キミノテノヒラ』 投稿日:2003/10/18(土) 13:57
-
神様。
この想いは、罪ですか?
- 132 名前:円 投稿日:2003/10/18(土) 13:59
- 5回目終了。
ラスト、一箇所対になってないところがありますが、漢字の誤変換じゃなくてわざとです。
松浦さんの今の位置として、あそこはああせざるを得なかったのです。
- 133 名前:円 投稿日:2003/10/18(土) 13:59
- といったところで春はお開き。<笑点かよ。
- 134 名前:円 投稿日:2003/10/18(土) 14:02
- >>112-121
レスありがとうございます。
今回も焦らしてるんでしょうか? 本人自覚なしだったりしますが(笑)
むしろ「展開はや!」とか思ってますが(爆)
- 135 名前:つみ 投稿日:2003/10/18(土) 14:41
- ミキティのお返しいいですね^^
無邪気なミキティがけなげな松浦さんに早く気づいて欲しいです
- 136 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 15:08
- いやいや…待ってるこっちはじれじれだったりします。
物語はどんどん動いて行くんですが、
気持ちはもっと前へ行ってしまいますので…(w
毎週末が待ち遠しくて仕方ないと…。
面白すぎるんです。
- 137 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/18(土) 17:20
- 何コレ、超萌える……萌えすぎて胸が苦しくて息ができません。すでに死にそうでつ。
でもこの感覚、ちっとも嫌じゃありません。むしろもっと来いみたいな(爆
- 138 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/19(日) 01:39
- すごい・・・萌えのツボをおさえてくるというかやられた・・・
ミキティ可愛いしカコイイ!!
本当に無自覚なのかそれとも・・・
続きめちゃ気になります!!
- 139 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/21(火) 01:15
- 例によって焦らされるのは大好きですよ。たまりません。
一週間待つとかそんなの余裕ですよ。
…すいません、ちょっと強がり言いました。
- 140 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:02
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- 141 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:03
- まるで当たり前のように、美貴は亜弥のパーソナルスペースの内側に入り込んでいた。
それは最初からだったかもしれないし、ごく最近そうなったのかもしれなかった。
二人とも、その形に不満はなかった。
ただ、相変わらず温度差は存在していた。
そして、やはり相変わらず、亜弥の不安定な天秤は揺れていた。
- 142 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:03
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- 143 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:03
- 「みきたんみきたん、この前渋谷ですごい可愛いツナギ見つけたんだ。
今度一緒に買いに行こうよ。オソロにするべー」
亜弥が後ろから抱きついてきて、美貴の頭を両腕で包み込む。
「んー」させるがままにして、美貴は適当に頷いた。
今日は新曲のフリを覚えるためにレッスンを受けたのだが、今までの曲より格段に
ハードで、一度たりとてまともに踊れなかった。
次回までにはとりあえず一通りできるようになってなければいけないため、亜弥の家に
来てからもずっと頭の中でフリを反芻している。
そのせいで返事がおざなりになったのだが、亜弥は違う方に捉えたらしい。
「……みきたん」
亜弥が一度身体を離し、今度は美貴の前に回りこんで正座する。
美貴は、ちゃんと話を聞いていなかった事を咎められるのかと、微かに焦りを覚えた。
じっと見つめられて少々居心地の悪さを感じながら、取り繕うように言葉を重ねる。
「ああ、スケジュール大丈夫? 亜弥ちゃんそろそろPVの撮り始まるよね」
「じゃなくて」
ずい、と顔を近づけられる。それはいつもの事なので、美貴はそのまま額がくっつくまで
微動だにしない。
近すぎてよく判らないが、亜弥の眉はどうやら八の字になっているようだった。
- 144 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:04
- 「疲れてる?」
「え、別に? 亜弥ちゃんの方が忙しいでしょ」
そんなに疲れたような表情をしていただろうかと、思わず亜弥から離れて
両手で自分の頬を包む。
亜弥はその手を掴むと、引っ張って自分の胸元へ誘った。
「……やっぱ買い物いいや。おうちで映画見よ?」
「あーやちゃん」
無意識だったが、口調が少し硬くなった。心配してくれるのは嬉しいが、だからって
彼女と遊ぶ機会を失っていいわけもない。
「疲れてないよ。ちょっとぼーっとしてただけ」
「ほんと?」
「うん。亜弥ちゃんこそ疲れてないの? ほら、美貴いっつも亜弥ちゃん家に来てる
からさあ、ゆっくり休めないんじゃない?」
「そっ、そんな事ないよ!」
逃げられまいとするように強くしがみ付いて、亜弥が見上げてくる。
美貴は軽く苦笑を浮かべると、その頭をぽふぽふ叩いた。
「買い物、一緒行こ?」
「うん」
亜弥が嬉しそうに笑う。
- 145 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:04
- いそいそとバッグからスケジュール帳を引っ張り出して来て、美貴の隣に寝転がる。
美貴は腕を延ばしてバッグを引き寄せ、その中から手帳を取り出した。
バッグをそのままほったらかしにしていたら、亜弥が顔をしかめて抗議してきた。
「みきたん、ちゃんと片付けてよー」
「うん、後で後で」
「もー」
二人のスケジュール帳を突き合せ、都合の合う日を探す。カレンダーの日付を人差し指で
辿って行く途中で、亜弥がふと顔を上げた。
「みきたん」
「ん?」
「ちゅーしようぜ」
何故か凛々しく言う姿に、美貴は困ったように笑った。
軽く唇を重ねてやる。人目があるところではさすがにしないが、二人きりの時は、
亜弥にせがまれて何度かキスをした事があった。
「んふふー」
亜弥はにやけた顔のまま仰向けに寝転がって、美貴の首に両腕をかけた。
「もっかい」
「えぇ?」
「だめ?」
亜弥が僅かに首を傾げ、探るように覗き込んでくる。
ぐ、と美貴の喉の奥が鳴った。そういう、誘う目をしないでほしい。
誤魔化すように表情を崩して、引き寄せる腕に逆らう。
- 146 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:05
- 「……やー亜弥ちゃん、それヤバいよ。美貴が男の子だったら亜弥ちゃん襲われてるよ?」
「別にみきたんだったらいいけど」
「あのね……」
「いいから。もっかい」
これはもう、しない限り解放してくれない。
ふぅ、と息をつく。その吐息で亜弥の前髪が微かに舞った。
乱れた前髪を直してやってるうちに、亜弥の瞼が下ろされた。
美貴が身体の力を抜き、亜弥の腕に導かれるまま唇を寄せる。重ね合わされた唇の隙間から、
混じり合った吐息が洩れた。
「ん……」
じゃれあうようなキスが甘いそれに変わり始めたのに気付いて、美貴は慌てて唇を離す。
半ば無理やり腕を解かれて、亜弥が少し不満そうに美貴を睨んだ。
そういう目も、あまりしないでほしい。美貴は心の中で溜息をつく。
「おしまい?」
「おしまいおしまい」
「もうしてくんない?」
「もうしないもうしない」
「絶対?」
「絶対絶対」
- 147 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:05
- 2回ずつ、オウム返しのように答え、あとはもう何もなかったようにスケジュール帳へ
目を落として、カレンダーに書き込まれた予定を辿っていく。
「来週……は無理っぽいね。再来週の火曜日は? 美貴、夕方から空くけど」
「………………」
亜弥はゴロンと転がると、美貴に背を向けて不貞腐れてしまった。
いつもの事だった。キスをした後の彼女はいつだってこうやって、美貴が自分の
思い通りにさせてくれない事に苛立ち腹を立て、拗ねる。
美貴はスケジュール帳の角で自身の顎を突きながら、亜弥の丸まった背中を
呆れた瞳で見つめた。
「あーやーちゃん。拗ねないの」
「……うるさい」
すっかりへそを曲げてしまっている。美貴は聞こえるようにわざと大きな溜息をつくと、
身体を起こして床に胡坐をかいた。
亜弥の気持ちは知っている。つまり、彼女が自分に対して恋愛感情を持っている事を
知っている。亜弥がいつからそうなったのかは判らないが、いつからか、その身から
発せられるオーラというか、雰囲気がそうなったから判った。
美貴はその気持ちには応えられない。亜弥がどうとか、同性だからどうとかいう事では
なく、誰かに縛られるのが嫌だったのだ。
たった一人の誰かに束縛されて、世界に溢れる面白い事を逃すのが嫌だから、彼女の
気持ちを持て余したままスルスルとその手をかわしている。
- 148 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:06
- やや乱暴に髪の毛をかき回しながら、美貴がその背中に声をかけた。
「そんなんするんだったらさぁ、はっきり言えばいいじゃん」
「やだ」
「なんで」
「……フラレるから」
それ、言ってるのと一緒だよ。
そう思いつつ、美貴は何も言わない。
亜弥が自分の気持ちを直接口にする事はない。冗談めかしていたり、テレビカメラの前で
「仲良しなんです」と同じテンションで言ったりする事はあるが、美貴を目の前にして
真剣に言う事はない。
はっきり告白されたら、美貴は断るだろう。だろうというか断る。一瞬の迷いも刹那の
躊躇もなく、彼女の想いを踏みにじる。
その事をよく判っているから、亜弥はあえて言葉にしない。
そのくせ、キスをせがんだり常にくっついていたがったり、言葉以外のアプローチは
積極的にしてくるものだから美貴は困ってしまう。
亜弥に惹かれていないわけじゃない。惹かれてないならこんな風に家まで遊びに
来たりしないし、ましてや誘われたからってキスなんてしない。
ただ、亜弥は美貴が欲しくて。
美貴は自由が欲しかった。
その温度差を二人とも理解していて、だからこんな、曖昧な関係が続いている。
- 149 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:06
- 「ねえ、予定立てようよー。一緒に買い物行こうって」
亜弥の髪を優しく撫でながら、赤ん坊をあやす時みたいな甘い声でご機嫌を取る。
それでも頑なな背中は動かない。
美貴が意地っ張りな背中を見つめながら小さく肩を竦めた。
しょうがないな、と無音で呟き、身体を横たえて亜弥を後ろから抱きすくめる。
「……亜弥ちゃん可愛いね」
耳元で囁くと、亜弥が少しだけ身を捩った。
「……可愛い?」
「うん。超可愛い」
「松浦にラブ?」
「激ラブ」
「あたしの事好き?」
「むちゃくちゃ大好き」
美貴の言葉に、亜弥は堪え切れなくて満面に笑みを浮かべた。
嘘だと判っていても、自分が欲しい意味あいの言葉じゃないと判っていても、やはり嬉しい。
「あたしも大好きーっ」
美貴がかわせるようにおどけた調子で叫び、身体を反転させて抱きつき返す。
どんな時でも、気持ちを知られた今でも、美貴は亜弥を拒まない。
それは少し哀しかったが、それ以上に嬉しかったから、亜弥は笑った。
- 150 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:07
- 「えーと、みきたん空いてんのが再来週の火曜?だっけ」
「うん。なんだ、ちゃんと聞いてんじゃん」
「聞いてるよぉ。だっ」
て、みきたんの声大好きだから。ずっと聞いてたいから。
冗談と言うには微妙なラインなので、亜弥は思わず出かかった言葉を飲み込んだ。
美貴は中途半端なところで切られた台詞が気になるのか、微かに眉を寄せて
亜弥と視線を合わせてきた。
「なに?」
「ん、んーん。なんでもない」
「ふぅん?」
気にはなるようだが、突っ込んで聞いてきたりはしない。こういう時、美貴のそういった
距離のとり方は有難かった。
誤魔化すためにスケジュール帳を開いて、亜弥が自分のスケジュールを確認する。
「おーっ、午後から空いてる。やったねみきたん」
「マジで? んじゃあ美貴仕事終わったら電話するからさ、待ち合わせして行こ」
「うん。どうする? 一回あたしん家来る?」
「や、現地集合でいいんじゃない? スタジオからだとその方が近いから」
「んー、うん。わかった」
本当は二人きりで軽くじゃれてから出かけたかったのだが、そこまで我がままを言って
嫌われても困るので、亜弥は素直に頷いた。
- 151 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:07
- スケジュール帳に予定を書き込みながら、美貴が独り言のように呟く。
「買い物済んだら、美貴、亜弥ちゃん家泊まろっかなぁ」
あ、この人なんにも考えてない。
亜弥は少しだけ呆れる。
期待させるためとか、駆け引きとか、更には渋谷からなら亜弥の家の方が近いから
なんていう簡単な理由すら一切ないのだ。
本当にただなんとなく口から出た言葉で、そこに意味は何もない。
――――いいんだけどね、そういうとこも好きだから。
だからこそ亜弥も深く思い悩まずに済んでいる。手に入らない事を知っていても、
こうして側にいて甘やかしてくれているから、亜弥はとりあえず現状を受け入れられる。
美貴はきっと、自分がどれだけ残酷な事をしているか判っていない。
彼女が判っていたら、自分はきっともっと辛かったはずだ。
あまりにも自然に、あまりにも普通に、あまりにも無意識に残酷な事をするから、
亜弥はそれを気にかける必要がなかった。
「……みきたんてお得」
美貴の横顔を眺めながら、独り言のつもりで呟く。
それを耳聡く聞きつけた美貴が顔を上げて、不思議そうに首をかしげた。
「は? 何それ、バーゲン品イチキュッパとか?」
「ちがーうっ」
こうやって、一瞬で固まりかけた空気を解してくれる。
どちらかといえば常に凝り固まっていた空気の中にいた亜弥にとって、それは
『救い』と呼べるものだった。
彼女の隣は居心地が良すぎて、だから手離したくない。
手離したくないから、言わない。知られてても言わない。
それはそれでいいのかな、と思った。今、それなりに幸せだから。
- 152 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:07
- 6回目終了。
なんか書いてた時期がバレるような台詞がありますね(笑)
そして、ここから一気にいちゃこら度が上がっていきますイェイ!
- 153 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/10/25(土) 13:08
- >>135-139
レスありがとうございます。
萌えというのは難しいです。前回はかなりあざとい感じになってますが(苦笑)
そして前作が嘘のような緩い更新頻度ですみません。
なんかもう、いっそ一気に上げちゃえよみたいな気分です。<いや、しませんが。
- 154 名前:円 投稿日:2003/10/25(土) 13:09
- 流しがてら雑談。
最近、吉みきが大好きです。コンビとして。
藤本さんがよっちぃに甘えてるのを見ると無条件で幸せになれます(笑)
好みの顔が並んでるってのは眼福ですね。
- 155 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/25(土) 14:14
- いちゃこら度どんどん上げちゃって下さいイェイ!
- 156 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/25(土) 23:36
- 藤本さん優しいんだかひどいんだか。松浦さん切ない。
まぁそれでいちゃこら度が上がるんなら問題ありませんけど(オイ
どこまで曖昧な関係でいられるのかなー。
- 157 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 02:31
- 今までにない感じで面白いです。
- 158 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/26(日) 05:40
- >>154
あやみき小説のスレで書くことじゃないかもしれないけど、円さんがみきよしメインで小説書いたら
どうなるんだろう?…すごく気になっちゃいます。
- 159 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:10
-
▼
- 160 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:10
- 気忙しい様子で携帯の時間表示を見ながら、美貴はタクシーの中で焦っていた。
今日は歌番組の収録だったのだが、前の出演者の撮りが予定より長引き、
そのまま美貴の出番もずれこんで結局2時間近くおしてしまったのだ。
一応、亜弥には遅れる事を電話で伝えたものの、受話口から聞こえる声は
明らかに落ち込んでおり、それを思い出すと胸が痛む。
少しでも早く会いたい。そう思う根本は、彼女のためでもあり自分のためでもあった。
彼女は知ってるんだろうか。
あれだけ迫られて、気持ちをストレートに表現されて、意識するなと言う方が無理だ。
あれだけ可愛くて、懐かれて、キスをして。
好きになるなと言う方が無理だ。
「あぁ……もう」
なかなか進まないタクシーに苛々する。それを素直に行動に出して、美貴は
盛大に溜息をついた。
「お嬢ちゃん、待ち合わせとかしてるの?」
美貴の様子に何かを読み取ったのか、タクシーの運転手が話しかけてくる。
「え?……まあ」
「デート?」
美貴が微かに左眉を上げた。
ドア部分に肘を乗せ、その手を上がった眉に当てる。
揉み解すように指先で瞼を撫でながら、美貴は億劫そうに口を開いた。
- 161 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:10
- 「違います。友達と遊ぶ約束してて」
「遅れちゃってるんかな?」
「……かなり」
「そうか、じゃあ急がないと」
言うなり、運転手はギアをトップに入れていきなり速度を上げた。一瞬で身体を
シートに強く押し付けられて、美貴が顔をしかめる。
それからタクシーは数台の車を追い越し、数回のパッシングを受け、数人を轢きそうに
なりながら猛スピードで目的地へ向かった。
美貴は両手を組んで何かに祈っていた。週刊誌は勘弁してもらいたい。
- 162 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:10
-
- 163 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:11
- 「みきたんっ」
フラフラと歩いてきた美貴の姿を見つけて、亜弥が声を弾ませる。
美貴は軽く右手を挙げてそれに応えると、少しだけ足を速めて彼女に近づいていった。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いいよいいよ。ちゃんと来てくれたから」
「そりゃ来るよ」
「うん」
亜弥が両手で持っていたバッグから片手を離し、自由になった方を無意味に揺らす。
ちらりと美貴の顔を窺って、それから自分の空いている手をジッと見つめ、
拳を作ってまた下ろした。
美貴は気配を消しきれない亜弥の手に視線を落とし、諦めと共に一度両瞼を下ろした。
目を閉じたまま天を仰ぎ、瞼を上げる。眩しかった。
心持ち憮然とした表情。その眼差しには呆れが浮かんでいる。
それを隠そうともしないまま、美貴はポケットに引っ掛けていた手を外した。
「……あのね亜弥ちゃん」
「ん?」
「ほら、手」
小さく息をついてから、美貴が手を差し出す。「……えへへ」亜弥は口元を綻ばせながら、
所在の無かった片手を美貴の手に乗せた。
「みきたんやーさしぃー」
「あんなモロにやられたら、誰だって知らないフリできないよ」
「違うよ、ただ手相見てただけだもん」
「うそだー。嘘つきだー」
美貴が楽しげに笑うので、亜弥も笑った。
- 164 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:11
- 重なり合う手の指先に、少しだけ力を込めてみる。美貴は視線を前に向けたまま、
やはり少しだけ強く握り返してくれた。
亜弥の中に余裕が生まれる。素直に喜んでいればいいものを、わざと意地悪い口調で
美貴の耳元に囁いた。
「前、嫌がったくせに」
亜弥の思っていた通り、美貴は飄々とした顔でそれを受け流す。
「亜弥ちゃんが我侭だから、美貴は合わせてあげてるんですぅ」
そんなの、とうの昔に知っている。
それもまた、彼女の優しさだったから。
そのまま手を繋いで目的地へ向かう。
途中、自転車が走ってきた時に美貴は何も言わずに亜弥を引き寄せた。自転車が
通り過ぎる風でサイドの髪がふわりと揺れる。亜弥は一瞬このまま抱きついて
しまおうかと考えるが、本気で怒られそうなのでやめた。
「……みきたん」
美貴はその呼び声を聞こえないフリでやり過ごした。
亜弥が言いそうになった事に気付いたから、逆側にあるゲームセンターを覗くフリをして
誤魔化した。
- 165 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:12
- 亜弥の事は好きだ。つまり恋愛感情を持っているという意味で好きだ。
ただ、それじゃあ彼女を受け入れたら満足できるかといえば、それは絶対に違う。
絶対。
世の中には絶対しかない。必然、と言い換えてもいい。
平行世界なんて存在しない。確率なんてあり得ない。世界は2進数で構成されていて、
そこには0か1しかない。
例えばここで亜弥の手を離す。彼女は戸惑ったように視線を泳がせて、それから
少し悲しそうな顔をする。
世界にはそれしかあり得ない。亜弥が喜んだり動揺しなかったり怒ったりする世界は
どこにも存在しない。
同様に、亜弥を受け入れて自由を手放して、それでなお自分が満足できる世界もない。
きっと「好き」の度合いが違うんだろう。
もう一度亜弥の手を取って歩き出す。亜弥はほっとしたような表情をする。
「どのへん?」
「んー、もうちょっとしたら見えてくるよ……あ、あそこ」
亜弥が指差す先に、こじんまりとしたショップが見える。
「あれね。よっしゃ」
夏の盛り、日はまだ暮れていない。額に浮かんだ汗を拭い、美貴は冷房の効いている
店内目掛けて走り出した。
「あわわ、あわわわわ」
亜弥が時折足をつっかえさせながらそれに続いた。
- 166 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:12
-
- 167 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:12
- 自動ドアを抜けると、そこは楽園だった。
「うあー。涼しい〜」
一瞬で汗が引く。油断すると風邪を引きそうなくらい、外との気温差は大きかった。
目当てのものを確保して、他にもピアスやリングなどを物色する。当たり前のように
同じ物を二つレジへ持っていく。いつからそれが当たり前になったのか、二人には
もう判らない。ただ、亜弥の方から言い出した事だけは確かだった。美貴はそういう事が
あまり好きではなかったから。
亜弥の横顔を盗み見ながら、美貴は胸中で呟く。
――――結構、特別扱いしてんだけどな。
結構というか、かなり。物凄く。ありえないくらい。
事実、他の友人とお揃いの物を買うなんて考えられない。言われた事はないが、
そういう事態になったらきっと渋い顔をするだろう。
亜弥にもそれを言った事があるから、自覚がないわけでもないのだろう。
証拠に、こういう時の彼女は心底嬉しそうだ。
それだけじゃダメ? 彼女に聞きたい衝動を努力して抑える。
駄目に決まってる。そうじゃないから彼女はこうなっているんだから。
なんとなく、気付かれてるんじゃないかと思う。自分の気持ちに。
それならそれでいい。別に困らない。知られたところで、自分が口に出さなければ
何も変わらないし、第一亜弥だって同じような状態なんだからお互い様だ。
店員から渡された紙袋を持って店を出る。落ちかけた太陽が赤く街並みを照らしている。
鳥が飛んでいた。いい天気だ。
暑かった。
加えて、買い物の量が予想以上に多くなってしまったので、他の店に寄ることはせず
まっすぐ亜弥のマンションへ戻ることにした。
- 168 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:12
-
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- 169 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:13
- まず亜弥が玄関に入り、一度ドアを閉める。美貴は軽く肩をすくめてノブに手をかける。
ドアを開けると、亜弥が満面の笑みで出迎えた。
「おかえりー」
「はい、ただいま。亜弥ちゃんもおかえり」
「えへへ。ただいまぁ」
出かけていた間、触れられなかった分を取り返すように、亜弥がべったりと美貴に張り付く。
「ちょ、歩きにくい」
困ったように言うが引き離したりはしない。そのまま荷物も亜弥も一緒くたに抱えて、
美貴はリビングへ向かった。
荷物を置いてソファに落ち着いてからも亜弥は離れようとしなくて、お互いの身体にある
隙間を埋めるように重なり合っている。
「みきたん、今日泊まるんだよね?」
「ん? うん。明日朝からだから、あんま夜更かしできないかもだけど」
「えー」
「えーじゃなく。しょうがないじゃん、8時入りなんだもん」
冷たく言い放つ美貴に、亜弥が唇を尖らせる。その顔がかわいいので、美貴の中に
ちょっとした悪戯心が芽生える。
アヒルになっている唇に自身のそれを一瞬だけ触れさせると、亜弥が目を丸くして
固まった。
「あれ、やだった?」
飄々と聞いてくる美貴に、亜弥は小さく眉を寄せる。
- 170 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:13
- 判ってるくせに聞いてくるのが憎たらしい。
嫌なはずがない。好きな人にキスされて嫌だと思う人間はいない。
たとえそれが感情のこもらないものでも。
なんとなく、感情は隠されているのかもしれないという気はする。『かもしれない』
プラス『気がする』だから、甚だ自信は無いのだが。
ふとした時、大概は亜弥と目を合わせていない時に視線を感じて美貴の方を見ると、
一瞬だけ、その瞳に何かが潜んでいるような、そんな気になる。
でもそれは自分の願望かもしれないとも思う。
多分、彼女の99%くらいは手に入っている。大事にしてくれている実感も、
好かれている実感もある。
ただ、愛されている実感を得たことは一度もなかった。
それがきっと残りの1%で、それこそが亜弥の欲しいものだったのだけれど。
「ヤじゃないよ。みきたんとちゅーするの好きだもん」
甘くならないように。何も含まないように。
恋も愛も哀しみも見せない口調で答え、その首筋に埋まる。
――――みきたんの全部が好き。
顔も身体も声も心も。愛してる愛してる愛してる愛してる。
確実に、自分は100%を美貴に捧げている。
ただ、受け取ってもらえた事は一度もなかった。
そのくせ絶対に突き放す事はない。不意打ちのキスより、
そっちの方がよほど意地悪だと思う。
- 171 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:13
- 「亜弥ちゃん」
「ん?」
「ちょっとどいて」
美貴が膝に乗っている亜弥の身体を軽く押して下ろさせる。素直に美貴の隣へ移ると、
その膝に美貴がぽふりと頭を置いた。
突然の行動に、亜弥はキョトンと美貴の横顔を見る。
「え、なんで?」
「なんでって……だめ?」
柔らかく腰に腕を廻して見上げてくる。うあ、凶悪だ。亜弥の喉が小さく鳴った。
顔が熱を持っていくのを感じながら、美貴の髪に指先を潜りこませる。
「ううん……甘えて?」
「へへ。やった」
「……うぅ」
卑怯だ。反則だ。むしろ犯罪だこんなの。年上のくせに。
いつもは自分の方が甘えているのに。
全部知ってるくせに。手に入れられないのに。
何度も諦めようとしたのに、それを許さないとでも言うように、
ふとした気紛れでこんな風に可愛いところを見せて。
それにまんまとハマる自分がいて。
彼女が何を考えているのか判らない。
- 172 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:14
- 「……ねえ」
「ん?」
「松浦の事好き?」
「好きだよ」
美貴は何の迷いもなく答える。
けれど、亜弥が気持ちを伝えたら、
やはり同じように何の迷いもなく「ゴメン」と言うのだろう。
「じゃ、どれくらい好き?」
だから、亜弥の口から出るのは縋るような問いだけで。
美貴は「んー」と小さく唸ってから、「友達ん中で一番」と答えた。
なんだかひどく哀しくなった。
カテゴリに入れて限定してほしくなかった。枠組みを全部取り払って、それで一番
好きだと言ってほしかった。
亜弥は誤魔化すように笑い、美貴の髪を撫でた。
「亜弥ちゃんといると落ち着く」
眠そうにも聞こえる柔らかい声で、独り言のように美貴が呟く。
その声はひどく甘い響きを持っていて、亜弥の心が一瞬で和いだ。
「落ち着く?」
「うん。すごい眠くなる」
それは、何一つ警戒する必要がなくて無防備になれるという事。
亜弥が照れ笑いを浮かべる。
- 173 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:14
- 「寝ていい?」
「はぁ? ちょ、駄目だよ。寝たいならちゃんと着替えてお風呂入って歯磨いて……」
「そうじゃなくて……ちょっと、昼寝……」
言ってる間に、美貴の意識はどんどん深く沈んでいく。
亜弥ちゃんが悪いんだよ。そんな風に撫でるから。
気持ちよくなっちゃうじゃん。
美貴は口に出したつもりだったのだが、それは音にはなっていなくて、亜弥の耳には
微かな呼吸の気配しか伝わらなかった。
「……もー」
困った風を装って、亜弥が眉をしかめる。もちろん、美貴には見えていない。
亜弥はすぐに無意味な誤魔化しをやめ、穏やかに目を細めながら美貴の髪を
指先で梳き始めた。
結局、美貴は3時間以上寝こけていて、おかげで亜弥の足は触れただけでのた打ち回れる
くらい痺れた。
そして美貴は面白がって亜弥の足にベタベタと触りまくり、終いには本気で叱られた。
その小さな罪は、今夜一緒に眠ることで贖われる事になった。
- 174 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:14
-
▼
- 175 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:15
- 真夜中に目が覚める。隣を見ると、美貴が眠っている。
その両腕が何かを抱えるように上がっている。「ふはっ」亜弥は息だけで笑った。
彼女のこの寝相は何度見ても面白い。
美貴の腕が形作る輪の中に、自身を滑り込ませる。気配に反応したのか、ゆっくりと
背中に両腕が廻された。
美貴に抱きしめられた姿勢の亜弥は、起こさないようにベッドへ肘をついて、美貴の頬に
唇を落とした。
それから唇を離さないまま耳朶へ滑らせて、輪郭をなぞるように首筋へ。
頚動脈の辺りで止めると、脈打つリズムが伝わってきた。
噛み付きたい衝動に駆られる。以前と違って、『それ』が何なのか判っていたから、
行動に移すことはない。
それはひどく獣的な本能。
唇で彼女の鼓動を感じながら、亜弥は静かに目を閉じた。
元々中途半端な時間に起きてしまったから、睡魔はすぐにやってきて、
何かを思う間もなく亜弥の意識は途切れた。
- 176 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/01(土) 11:15
- それからしばらくして、美貴の右腕がそろそろと亜弥の背中を這い、うなじから髪の中へ
潜り込んだ。
美貴の双眸が現れる。真っ暗な部屋に順応するまで、視線はまっすぐ天井に向いている。
視界に明暗が訪れる頃になって、美貴の手が亜弥の髪を掴み、そっと引き上げた。
亜弥の目は閉じている。意識は沈んでいる。
唇は自然に小さく開いている。
美貴は首を持ち上げると、亜弥に優しくキスをした。
- 177 名前:円 投稿日:2003/11/01(土) 11:16
- 7回目終了。
……なにやってるんでしょうね、この二人。いろんな意味で。
- 178 名前:円 投稿日:2003/11/01(土) 11:19
- >>155-158
レスありがとうございます。
なんかもう曖昧な関係しか書いてないような気がします。
我ながらワンパターンだ……。
いちゃこら度は上がります。自分の基準なのであまり過度に期待されると裏切ってしまうかも
しれませんが(苦笑)
>>158
書いてみました(笑)
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/silver/1057398331/682-
とりあえず、なかなか難しかったです。
- 179 名前:円 投稿日:2003/11/01(土) 11:20
- あ、別にリクエストを受け付けてるとか、そういうわけではないので。
- 180 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/01(土) 14:14
- 萌えますた(;´Д`)
円さんの書くあやみきは良すぎますw
- 181 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/02(日) 00:31
- 怖いのかなと思ってしまいました
いろんな意味で、ミキティが
- 182 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/06(木) 01:45
- その場の景色が浮かんでくる様です。これも作者さんの描写力の高さですよね
- 183 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:30
-
▼
- 184 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:30
- 生まれ変わったら何になりたいですか?
粗い印刷のアンケート用紙をペラペラ振りながら、美貴は「ふむ」と小さく唸った。
それは、新曲の発売に合わせたテレビ出演のためのアンケートで、他にも10項目ほど
質問が並べられている。
かけている縁なし眼鏡のフレームを中指で押し上げてから、回答欄にブルーインクの
ペンを走らせた。
『自分』
書いてから、僅かに可笑しくなった。この回答は嘘じゃないが、なんとなく、他の誰かを
思い出させる。
少し会いたくなったが、特に何もしなかった。
黙々と他の質問に答えていって、最後の質問で一度手が止まった。
タイミングよく携帯電話が鳴り響く。美貴はバッグから携帯を引っ張り出して
通話ボタンを押し、それを耳に当てた。
『みきたーん! 今楽屋? 楽屋?』
もしもし、という暇もなく、テンションの高い亜弥の声が受話口から飛び出る。
思わず携帯を耳から離した。一瞬、このまま切ってしまおうかと考えるが、思い直して
口を開く。
「うん。楽屋にいるよ」
『松浦も休憩入ったんだ。だから今からそっち行くね』
彼女は別のスタジオで歌番組の収録を行っている。それは知っていたから、美貴はその
言葉にもさほど驚かなかった。
ただ、彼女の言い回しに少しだけ困ったようなくすぐったいような、妙な感覚に襲われた。
- 185 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:30
- 「行ってもいい?」じゃなくて、「行くね」。
美貴が断る可能性なんて全く考えていない、その言葉。
それもやはり温度差の一つだったのだけど。
「いいよ。おいで」
美貴はそんな感覚をおくびにも出さずに頷く。
それほど待たない内に亜弥はやって来た。走ってきたのだろう、少し息が上がっている。
後ろ手に、勢いをつけてドアを閉め、ドアに負けんばかりの勢いで飛びつこうとするのを
美貴が慌てて押し留める。
「ダメだって。それ、衣装でしょ? シワ寄っちゃうよ」
「後で直すー」
「ちょっと……も〜」
いつもは椅子に座るだけでも気を遣うのに、こういう時には全く頓着しない。
強引に抱きついてきた亜弥を受け止めてから、美貴は溜息をついた。
「えへへ。みきたん久し振り」
「先週会ってるけどね。ていうか亜弥ちゃん家泊まってるけどね」
「1日会えないだけで寂しくなっちゃうんだよーぅ」
「ふーん」
気のない返事が気に入らなかったのか、亜弥は軽く頬を膨らませると、額を
美貴の肩に押し付けた。
「寂しくなるんだって」
「はいはい、美貴も亜弥ちゃんに会えないと寂しいよ」
「もう! いっつもそうやって苛めんだから」
- 186 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:31
- おざなりな口調で言われたって嬉しくも何ともない。
ただ、それ自体がわざとだと判っているから、亜弥も本気で怒ったりはしない。
美貴がかけている眼鏡のフレームに指を引っ掛けて奪い取る。突然の行動に、美貴は
微苦笑を浮かべた。
「見えないよ」
「あたしが見えてるからいいよ」
折り畳んだ眼鏡をテーブルに置いて、今度は唇を奪う。
美貴が軽く目を閉じる。なるほど、見えなくても関係ないな。唇の端から笑みを含んだ
吐息が洩れて、つられるように亜弥も口角を上げた。
軽く音を立てながら、何度も触れるだけのキスをする。亜弥は湧き上がってくる熱情を
抑える。何度してもし足りない。何度しても気が済むなんて事はない。
それでも、いつかは止めなければならない。
美貴が人差し指を亜弥の唇に当てたのを合図に、亜弥は顔を上げた。
唇は離れたが、お互いの前髪は触れ合っている。それくらいの距離で、
亜弥は彼女の前でしかしない、極上の笑みを浮かべた。
「みきたん、眼鏡かけない方がいいよ」
かけている時もなんとなく知的に見えて格好いいのだが、
何にも遮断されていない彼女の顔が一番好きだった。
「別に亜弥ちゃんの好みで決めてるわけじゃないし」
美貴は困った風に笑いながら、亜弥から目を逸らす。
- 187 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:31
- 「そだ。なんでコンタクト入れてないの?」
「アンケート書いてたから。コンタクトだと目ぇ疲れるじゃん」
美貴が顎で示したテーブルを見やると、確かに書きかけのアンケート用紙が置かれていた。
ひらりと手にとって、回答を見ていく。「ちょっと、勝手に見ないでよ」美貴が諌めてきたが、
その声は特に怒った風でもなかったので亜弥は構わずにアンケートを眺めた。
アンケートは最後の1問以外すべて答えが書き込まれている。どれも当たり障りのない、
彼女のファンなら誰でも知っているようなものだった。
そして、空白になっている最後の質問。
あなたにとって、一番大切な人は誰ですか?
- 188 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:31
- 「ああ、もう書いちゃうからそれ。返して」
美貴が手を延ばして取り返そうとするのを、亜弥は身体を反転させる事で阻む。
「亜弥ちゃん?」
僅かに困惑したような、子供の悪戯に苦笑する大人のような呼び声。
亜弥は転がっていたペンを拾い上げると、ひどく無邪気に笑った。
「あたしが書いたげる」
「は? ちょっと待ってちょっと待って。なんかすごい嫌な予感がする」
「嫌ってなによぉ。あたしの事大切でしょ?」
亜弥が喉を震わせながら言う。
次の瞬間、美貴の顔から血の気が引いた。
「やっぱり! ダメ! 絶対ダメ!!」
慌てて掴みかかってきた美貴をひらりと避けて、亜弥が最後の欄にペンを走らせた。
「あー!!」
叫んでも遅い。飛びつかれたせいで『弥』の字がちょっと歪んでしまったが、
それでもしっかり大きな字で書き込んでやった。
- 189 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:31
- 「マジで……」
ぐったりした表情と声。亜弥はアンケートで口元を隠し、探るように美貴の顔を窺った。
さすがにやりすぎただろうか。確かにこういう質問の場合、書くのは「家族」とか
「ファンのみんな」という辺りが定石だ。ただの友達の名前なんて書かない。
だからこれは、亜弥の意思表示の一つだった。
ただ、いつもより少しだけ、輪郭がはっきりした意思表示だった。
美貴がテーブルに置かれた眼鏡を手に取り、フレームを耳に引っ掛ける。
透明なガラス一枚分、二人の間に隔たりが生まれた。
レンズ越しに見える彼女の瞳は、綺麗過ぎてなんとなく作り物めいている。
亜弥の瞳が微かに揺れる。
「み……」
「大事にしてる」
「え?」
壁に背を預け、美貴が手招きをする。ガラス越しの表情は感情が掴みにくい。
レンズが蛍光灯を反射している。四角い光が美貴の目を隠している。
「おいでってば」
口元が苦笑を形作る。不安なまま、亜弥はその言葉に従う。
美貴は亜弥の腰に手を廻すと、もう一方の手で優しく叩くように頭を撫でた。
「どんだけ大事にしてると思ってんの」
眼鏡の奥で、美貴の目が細まる。
- 190 名前:夏 『恋はめんどくさい』 投稿日:2003/11/08(土) 10:32
- 「だって、判んないんだもん」
拗ねたように呟く亜弥の腕が、美貴の腰を捕まえる。
「なんで判んないの」
「……みきたんが意地悪だからじゃん」
「ふはっ、ひっどいなぁ」
否定はしない。彼女が選べない事を知っていて、二つの選択肢を与えているのは事実だから。
彼女の気持ちを知っていて、態度にも出しているのに、自分からそれに触れる事が
ないのも事実だった。
それは、アンバランスでアンビバレンスな美貴の自由。
亜弥が腕の力を強める。
「だから今度はあたしが意地悪したげたの」
ツッコまれて困ればいいんだ。亜弥の口調はさっきから拗ねたまま変わらない。
美貴も、ずっと変わらない苦笑を浮かべたまま、あやすように彼女の頭を撫でた。
「亜弥ちゃんが困ってほしいなら、困ってあげる」
「なにそれ」
「なんだろうね?」
「ワケ判んないし」
「美貴が判ってるからいいよ」
亜弥の髪に触れた手のひらは、いつもより優しくて温かかった。
それは彼女の勇気に免じた、ほんの少しの譲歩だった。
- 191 名前:円 投稿日:2003/11/08(土) 10:33
-
8回目終了。
実際の藤本さんの視力は知りませんが、眼鏡フェチなもので(爆)
- 192 名前:円 投稿日:2003/11/08(土) 10:34
- >>180-182
レスありがとうございます。
描写というのは難しいです。小説って難しいです(苦笑)
ただ、表情で微妙な感情を表現できるようになるのが目標ですんで、
やはり神経使いますね。
- 193 名前:円 投稿日:2003/11/08(土) 10:37
- あ、忘れてた。
夏は今回で終了です。
- 194 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/08(土) 13:51
- 松浦さんがいじらしくて可愛らしくて大好きです。
円さんの描かれる松浦さんはいつも魅力的です。
勿論藤本さんも、なんですけど。
「18ヶ月」だから、もう少し楽しこの世界を楽しめますね。
- 195 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/08(土) 15:07
- どうしたらこんな萌える小説が書けるのでしょうか。
あやみき熱が再燃してきました、円さんありがとう。
ちなみに美貴たんはコンタクトだと聞いた事がありますよ。
って事はリアルだ!!イイ!!
- 196 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/08(土) 20:36
- どうしてこうして円さんの紡ぎ出す世界は、こうもどこかを揺さぶってくれるのでしょうか…。
銀のおまけも最高だし。
週末が待ち遠しくて仕方がありません。
一週間の活力をどうもありがとうと…心から言いたい。(´Д`;)
- 197 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:42
-
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- 198 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:43
- 美貴に新しい仕事が入った。
ハロープロジェクトのメンバーがレギュラー出演している番組の1コーナーとして、
美貴がイタリアの各地を訪れるというもの。
期せずして、和田がスカウトの時に言ったでまかせが真実になった。
「いったりあ♪ いったりあ♪」
番組収録前にマネージャーからその事を告げられた美貴は、楽屋に戻ってからも
いたく上機嫌だった。
イタリア。行ったことのない場所だ。人も言葉も文化も日本とは違う。
これはもう、面白い事が沢山転がっているに違いない。
そんな風に浮かれている美貴とは対照的に、亜弥は楽屋の隅で膝を抱えてぶーたれていた。
海外ロケは当たり前だが時間がかかる。少なくとも数日は拘束されるだろうから、
その間会えないのは勿論、メールのやり取りも長電話も出来ない。
ふぅ、と溜息をつく。美貴は判ってないんだろうか。それとも、思い至ってても
気にならない程度の事だというのだろうか。
つまり、美貴にとって亜弥はその程度の存在だという事、だろうか。
自分の嫌な想像に、亜弥が慌てて首を振る。そんなはずがない。不透明ではあるが
普通の友達以上の感情を持たれている自信はある。
- 199 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:43
- 「あーやちゃん、どうしたの? 暗いぞっ」
――――あんたのせいだよ。
亜弥はふいとそっぽを向く。
カシカシと頭をかきながら、美貴は顔を逸らしたままの亜弥の隣へ腰を下ろした。
「亜弥ちゃん?」
無視された。
「ねえねえ、亜弥ちゃんてば」
思い切り猫撫で声を作ったのに、また無視された。
どうやら美貴に対してご立腹中らしい。美貴は助けを求めるように楽屋を見渡すが、
みんな痴話喧嘩に巻き込まれたくないのか、誰一人として目を合わせようとしない。
「えー?」
そんな薄情な。一人くらい、間に入ってくれてもいいのに。
こういう状況は少し困る。二人きりならいくらでも宥める方法があるのだが、どれも
人目があるところではやりにくいものばかりなのだ。
助けてくれないなら、せめてどっか行ってくれ。
美貴は美貴で酷い事を思う。
- 200 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:43
- さてどうしよう。そろそろ上半期が終わるというこの時期、いくつもの特別番組が
組まれていて、スタジオはどこも人が溢れている。
外に出て話そうにも、もうすぐ収録が始まる時間になってしまう。
一瞬放っておこうかと思うが、この状態で収録に臨むのはまずいだろう。
美貴の頭の中で、糸が滅茶苦茶にこんがらがる。
そして、最終的に美貴はその糸を無理矢理引きちぎった。
くるっと振り向き、興味本位でこちらに注目している面々を睨みつけ、
「……美貴がいいって言うまで、後ろ向いてて下さい」
据わりきった口調で告げた。
後ろを向いててくれ、と頼んだだけなのに、何故かみんな、引きつった笑顔で楽屋を
出て行った。美貴はその事を不思議に思ったが、かえって好都合なので止めなかった。
邪魔者がいなくなったところで、亜弥の肩に手をかける。
「亜弥ちゃん」
不貞腐れた顔を強引に自分の方へ向かせ、有無を言わさず口付けた。
「んーっ!」
驚きに目を見張りながら、亜弥が腕を突っ張って美貴を押し退けようとする。
その手も掴んで押さえ込み、尚もキスを続ける。
力のこもっていた手も、ジタバタと暴れていた脚も、次第におとなしくなっていき、
最後には掴まれている手を滑らせて美貴の手に指を絡めてきた。
美貴は亜弥の抵抗が完全に消えてから唇を離して、その目を真っ直ぐに見つめた。
- 201 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:44
- 「お土産、買ってくるよ」
「……ん」
「時間取れたら電話もするし」
「……ん」
「戻ってきたら、一番最初に亜弥ちゃんに連絡するから」
「……ねえ」
照れているのと喜んでいるのと拗ねているのがない交ぜになった表情で、
亜弥が小さく呼びかける。
「ん?」
美貴は優しく続きを促す。
「みきたん、あたしと会えない間、寂しいって思ってくれる?」
ぽつ、と。
雨粒のように落ちた言葉に、美貴は浮かべていた笑みを消した。
そして痛感する。自分と彼女の温度差を。1%の誤差を。
多分……きっと、彼女が思う「寂しい」と同じくらいの「寂しい」は、感じない。
それを言える? 正直に、素直に、思うままに、彼女に告げられる?
……言えるはずがなかった。
「当たり前じゃん。寂しくなっちゃうよ」
完全な嘘じゃない。確かに寂しくはなると思う。
亜弥はどうしてか、切なげに微笑んだ。
「……そっか。じゃあ、いいよ」
- 202 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:44
- 顔を上げると、もう一度美貴にキスをされた。
けれど、亜弥は気付いている。
美貴の方からしてくる時は、彼女が何かを誤魔化そうとしているか、
亜弥を繋ぎとめようとする時だけだと。
愛情表現じゃなくて、単なる手段でしかないと。
訪れた寂寥感を隠して、亜弥は努めて明るく振舞う。
「お土産、期待してるからね?」
「任せといてよ。そうだなー、じゃあ本場のパスタを……」
「いやいや、もっと形に残るものにしてよっ」
コンコン、と遠慮がちにノックがされて、その音に反応して美貴が亜弥から離れる。
「えと……大丈夫?」
飯田が5センチほどドアを開けて、その隙間から楽屋の中を覗いてくる。
「大丈夫ですよ。仲直りしたんで」
美貴が答えると、飯田は後ろに控えているメンバーへ「入っていいって」と声をかけ、
まず自分が先立って楽屋へ入ってきた。
「美貴、ちょっとこっち来て」
飯田が険しい顔をしながら美貴に向かって手招きする。怒られるのだろうかと
内心ヒヤヒヤしながら美貴が飯田の元へ行くと、彼女は険しい顔のまま耳打ちを
してきた。
「……ルージュ落ちてる」
メイクさんとこ行って直してもらいな。
一拍の間をおいて、美貴は顔から火を噴いた。
- 203 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:44
-
▼
- 204 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:44
- 結論から言って、イタリアは面白かった。
見た事のない景色、聞いた事のない言葉、口にした事がない料理。
美貴はその全てに魅了された。
収録の合間を縫って、美貴は立て続けに写真を撮った。人も建物も何もかもを
記録していった。
それでも、亜弥との約束は忘れなかった。
ちゃんと毎回お土産を買っていったし、帰った時は空港に到着してすぐメールを入れた。
ただし電話はあまりできなかった。時差の存在を忘れていたのだ。
そうして何度かロケをこなして。
「う……わぁ……」
圧倒される。首が痛くなるくらい上を向いてようやく視界に収まる、それ。
それは巨大な扉だった。美貴の身長の4,5倍はあるだろう。カメラもほとんど真下から
撮っているような状態だった。
もちろん、扉だけがでんと建っているわけではなく、その巨大な扉を配しているのは
更に巨大な教会だった。
- 205 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:45
- 「でかっ」
思わず出た言葉に、近くにいたスタッフの一人が笑った。
「フィレンツェとかミラノとかにも、こういう感じの教会があるよ。
向こうの方がもっと立派かもしれない」
「へぇー」
教会というと、結婚式のCMやドラマに出てくるものしか知らない美貴にとって、
目の前の建物は教会というより城か何かに思える。
しかし、これよりも更に立派なものがあるとは。にわかには信じられない。
「え、そっちの方って行かないんですか?」
「いや、そんな教会でばっかロケするわけにもいかないから。多分ここだけじゃないかな」
「なんだぁ……」
カメラをパシャパシャやりながら、美貴は落胆に肩を落とす。
スタッフは小さく肩を竦めて、カメラを構えた美貴の邪魔をしないよう後ろに下がった。
「オフが取れたら旅行に来てみたら?」
「うーん、そうですね……うん」
おざなりに応え、またシャッターを切り出す。フィルムは何本あっても足りそうになかった。
- 206 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:45
- 「オフ……か」
スタッフが言ったのは休暇の意味だろう。当たり前だ、それはこの業界でなくても
普通に使われる言い回しで、他に受け取りようがない。
けれど美貴の思考は、違うベクトルへ向いていた。
オフ。スイッチを切る事。何かから離れる事。何かを止める事。
テイク・オフ。飛び出せ。
「――――……」
美貴はシャッターを切り続ける。
- 207 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:45
-
▼
- 208 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:45
- 「ぅおーい。みきたーん。ミキスケー。藤本さーん」
ベッドに寝転がり、その縁で頬杖をつきながら亜弥が呼びかける。
呼び方を変えて3回。いつもならニッコリ笑って振り返ってくれる彼女は、亜弥を
無視してせっせと写真整理に励んでいる。
亜弥は小さく眉を上げると、頬杖を外し、両手を口元にあてがってメガホンを作った。
「……まいはにー」
語尾にハートマークでもついてそうな甘ったるい呼び声。
完璧なボケだった。いつもなら「誰がはにーだよ、誰が!」とか容赦ないツッコミを
くれる彼女は、亜弥を無視し続けて、写真を眺めながら一人悦に入っている。
亜弥は大げさに嘆息すると、手元にあった雑誌を美貴に向かって投げつけた。
バサッと音を立てて美貴の後頭部に命中し、雑誌はグシャリと床に落ちる。
美貴は雑誌が当たった箇所を手のひらで押さえながら、
恨みがましい目つきで亜弥を睨んだ。
「あたた……なにすんのぉ」
「みきたんがシカトするからだよ!」
ベッドから降り、落ちた雑誌を拾い上げる。表紙を飾っているのは亜弥のアップだ。
「あーあ、折り目ついちゃった」
「いや、美貴の心配してよ」
「みきたんなんか知らないもん」
- 209 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:46
- 最近はずっとこうだ。確かに美貴は帰ってくると必ず連絡をくれて、土産を持って
亜弥の家に遊びに来るが、一息ついたらあとは部屋の主である亜弥をほったらかしにして、
一人で写真をアルバムに収めてはニヤニヤしている。
それが亜弥の写真だったらこんなに怒らない。しかし、写っているのはただの道路とか
海とか建物とかで、亜弥には何がそんなに楽しいのかさっぱり判らない。
美貴が今手にしている一葉を盗み見すると、古びた電車が写っていた。
鉄道オタクかあんたは。亜弥は心の中で毒づく。
亜弥の煩悶を知ってか知らずか、美貴は意地悪い笑みを浮かべて言った。
「なにもー亜弥ちゃん、ヤキモチ?」
「……っ、そうだよっ」
頭に血が上って、つい本音が出る。
せめて写っているのが人だったら。男でも女でもいいから、人だったら。
そうしたらもっと、素直に不満をぶちまけられるのに。
道路だの海だの建物だの電車だのに嫉妬するより、いくらか格好がつくのに。
「や……人でもやだな。うん」
「ん? なんか言った?」
「なんでもない。独り言」
「まあとりあえず、亜弥ちゃんも見てよ。これはねー、ミラノで食べたパエリア。
やっぱ魚介類がおいしいんだよ。ロブスターとか乗ってんの!」
今度はパエリアに嫉妬しろと仰る。
- 210 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:46
- 「……もぉ〜、みきたんの鈍ちん!」
堪えていたものが噴出して、亜弥の視界が一瞬真っ白になった。
「へ?」
持っていた雑誌を、今度は投げつけずにそのまま美貴の頭に叩きつける。
「いたっ! ちょ、亜弥ちゃん痛いっ」
美貴の制止など全く聞かず、亜弥は何度も雑誌で美貴を叩いた。
「みきたんのバカ! みきたんのアホ! もっとあたしの事構え!」
「いたたたたっ、ごめ、ごめん! 判ったから!」
亜弥の猛攻撃に美貴が白旗を揚げる。やっとの事で衝撃がやみ、美貴は防御のために
頭の上で交差させていた両腕を下ろすと、つぶっていた目を開けた。
「……あ、亜弥ちゃん……?」
美貴の目がギョッとしたように見開かれて、それから気弱に眉が下がった。
恐る恐る、手を亜弥の髪に延ばす。その手は勢いよく弾かれて、行き場をなくして
所在無げに中空で止まった。
「あの……ご、ごめんね? 終わったら亜弥ちゃんと遊ぼうと思ってたよ?
ホントホント。ほら美貴、自分ち帰る前にこっち来たからさ、整頓だけしちゃおうと
思って……」
「うるさい。そんなのどうでもいい」
服の袖で目の部分を覆いながら、亜弥は美貴の言葉を切り捨てる。
- 211 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:46
- なんで判ってくれないんだろう。確かにまっすぐここへ来てくれた。でも、だからって
それだけで満足するはずがないのに。
美貴に触れたくて、声を聞きたくて、だから側にいて欲しいのに。
彼女の行動はまるで、仕方なく義務を果たしているだけのように見えて。
「あたしの事構え……バカぁ……」
濡れた声に、美貴はますます眉尻を下げる。
つまんでいた写真を袋に戻して、そっと亜弥の顔を覆っていた腕を掴み、
膝の上に下ろさせた。
ついばむような軽いキスを亜弥の唇に落として、それから角度を変えてもう一度口付ける。
亜弥の頬を両手で包み込み、閉じられた瞼の隙間から零れる涙を舌先で拭い、
瞼に唇を押し付ける。
それから額、鼻先、頬へキスを降らせ、最後にまた唇を重ねた。
全てを大人しく受けながら、亜弥はぼんやりとこれも嘘なんだろうな、と思う。
けれど、心地良いから騙されてあげる事にした。
亜弥の涙が止まったのを確認して、美貴は力の抜けた彼女の身体を抱き寄せる。
「ごめん、美貴が悪かったよ」
こめかみの辺りに唇を寄せて囁くと、亜弥が静かに美貴の背中へ手を廻し、服の裾を
ぎゅっと握り締めてきた。
- 212 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:46
- 「亜弥ちゃんのこと、大好きだよ?」
「……うん」
ああ、ずるいなあ。亜弥はまた溢れそうになる涙を必死に堪える。
それは魔法の言葉だから。
その言葉は、亜弥を魅了してやまない。
何度怒って見せても、拗ねて見せても、その一言で全て許してしまう。
幻想だと判っていても、それくらい彼女の事が好きだった。
「みきたん」
「ん?」
「……キスして?」
泣き腫らした目で美貴を見つめ、甘える口調でせがむ。
美貴は穏やかな瞳で、そのくせ困ったように唇へ苦笑を乗せた。
「亜弥ちゃん、甘えっ子だ」
からかうように言ったが、それでも触れるだけの優しいキスをした。
「今日、泊まってくよね?」
「ん……いーよ」
亜弥が嬉しそうに笑って、美貴を抱きしめる腕に力を込めた。
「へへ。みきたん大好き」
「美貴だって大好きだよーだ」
幸せそうに言い合いながら、二人とも、一番大事な部分は隠していた。
- 213 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:46
-
▼
- 214 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:47
- ――――ヤバ。
亜弥が小さく唸るのが聞こえて、美貴は慌てて身体を起こした。
今はもう、夜中というより未明と表した方が近い時間。
亜弥に覆い被さり、その唇に、耳朶に、首筋に触れていた美貴は、小さな呻きに
狼狽して固まった。
――――お……起きた?
下手に声は出せない。迂闊には動けない。
微動だにしないまましばらく待って、亜弥が覚醒していない事を確かめてから息をついた。
少しだけ、こういう自分が嫌になる。彼女の意識がない時にしか、感情を隠さない
キスが出来ない自分に。
――――てゆーか、亜弥ちゃんが悪いんだぞ、こら。
あんな風に、ストレートに感情をぶつけてくるから。
構ってくれない事に拗ねたりするから。
好きな子にそんな事をされて、何も思わないわけがない。
- 215 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/15(土) 19:47
- いっそ、受け入れてしまったら楽なんだろう。彼女の全てを手に入れて、彼女に全てを
与えてしまったらそれが一番。
でも、それは出来ない。
2進数だった。
0は1にはなれない。無いものは与えられない。
自分がどれほどあの国に惹かれているか知ったら、亜弥はどう思うだろう。
あの街並みにも、人にも、海にも、どれほど思い焦がれているか知ったら、彼女は
どうなってしまうのか。
自分がどうしたいと思っているか知ったら。
あの国の全てを知りたいと思っていると、知ったら。
『フィレンツェとかミラノとかにも、こういう感じの教会があるよ。
向こうの方がもっと立派かもしれない』
スタッフの言葉が脳裏にこびりついて離れない。
頭をひとつ振って、美貴はそっと亜弥にキスをした。
「愛してる」と等価のキスを。
- 216 名前:円 投稿日:2003/11/15(土) 19:47
-
9回目終了。
なにやってんでしょうこの二人その2(苦笑)
- 217 名前:円 投稿日:2003/11/15(土) 19:51
- 個別レス復活。皆様ありがとうございます。
>>194
そりゃもう! いかに松浦さんを可愛く表現するか、いかに藤本さんをヘタレに描くかと
いうのは、あやみきを書く上で誰もが通る道ではないかと(爆)
お話は丁度半分を過ぎた辺りですね。
>>195
も、萌えますか? その辺に関しては自分じゃよく判らないので、そう言って頂けると
嬉しいです。
ほうほう、藤本さんはコンタクトなんですね。じゃあマジで眼鏡かけてたりするのか!
みみ、見たい!(壊)
>>196
ありがとうございます。
いやもう、なんていうんでしょう。なんとなく、自分が書くものというのは10代の人と
20代以上の人で違うんじゃないだろうかと思います。
基本的にノスタルジックですから(笑)
- 218 名前:円 投稿日:2003/11/15(土) 19:54
- 季節タイトルがちょっと苦しい……。
そして今更気付きましたが、春は間違いが大量にあります。
と、とりあえずあの頃の松浦さんは15歳です(苦笑)
- 219 名前:円 投稿日:2003/11/15(土) 19:55
- >>196さんのレス返し訂正。
自分が書くものというのは10代の人と
20代以上の人で違うんじゃないだろうかと思います。
→自分が書くものというのは10代の人と
20代以上の人で受け止め方が違うんじゃないだろうかと思います。
- 220 名前:いの 投稿日:2003/11/15(土) 21:39
- いぇい!一番乗り!
甘い二人の中にもせつなさがありますね。
この先どうなってしまうのか…
- 221 名前:名無しだお 投稿日:2003/11/15(土) 23:22
- 自由人...
- 222 名前:ななしー 投稿日:2003/11/16(日) 00:23
- 何ていうか、巧いですよね、話が。
展開とか描写とかその他全部ひっくるめて。
これからも楽しみに読まさせて頂きます。
- 223 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 01:23
- 季節タイトル、とても好きです。
PENGUINなんか、円さんのお話にとてもあいそう。あ、リクではないです。
何ごとにも囚われないな藤本さんに、とても共感を覚えます。自分の彼女のイメージもこんな感じで。
松浦さんといるときだけ不自由で、だけどそこに限って不自由も悪くないと思ってそう。
エロいことをわざわざ書かなくとも色っぽい文章が好きです。
- 224 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/16(日) 15:37
- カレカノが読みたくなった。なんとなく
- 225 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/17(月) 01:23
- 昨日から何回か読み直しています。
なんていうか、こう、物凄く微妙なバランスの上に成り立っている2人だなぁ、と。
その危うさにやられてしまいます。
相変らず松浦さんが愛くるしくて悶えてしまいます(笑)
- 226 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:54
-
▼
- 227 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:55
- 「なぁんで! 藤本だけ『と』なんですか!!」
と、プロデューサーに噛み付いたのも記憶に新しい10月中旬。
美貴と亜弥、それからモーニング娘。を卒業したばかりの後藤真希は、揃って
レコーディングスタジオに入っていた。
「にしても、びっくりだよねー。いきなりだもん」
美貴がブースに入っている間、亜弥は真希と並んでソファに座り、雑談をしていた。
「まあねー。うちらって色々あるけど、これは後藤も予想外だったよ」
「でっしょ? つんくさんから聞いた時、冗談だと思ったもん」
「んはは。でもまっつーは美貴ちゃんと仲いいじゃん。嬉しいんじゃないの?」
ペットボトルのお茶を紙コップに注ぎながら真希が言うと、亜弥は微妙な表情を浮かべた。
正直、かなり嬉しい。隣の彼女には悪いが、ちょっとだけ、本当にほんの少しだけ
お邪魔だと思ってしまうくらい。
ただ、美貴の方はそうでもなさそうなのが気になっていた。
表面上は「嬉しいねー」と言っていたが、ふとした時に、何か悩んでいるような思いつめて
いるような表情をしているのを、亜弥は見逃していなかった。
その事をそのまま真希に告げると、彼女は紙コップの端を軽く噛みながらブースの中を
覗き込んで、本気でもない口調で呟いた。
「なんだろ。ひょっとして後藤、美貴ちゃんに嫌われてんのかな」
「それはないと思うけどぉ……」
「まあでも、美貴ちゃんはデビューしたばっかだし、ずっとソロでやってんじゃん。
いきなりユニット組めとか言われて困ってんのかもね」
「そうなのかなぁ」
真希は3人の中で一番キャリアが長く、なによりついこの前までグループの一員として
活動していた。ある意味、美貴とは真逆の立場にいるから、よく判らないのかもしれない。
- 228 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:55
- ブースの中では美貴がプロデューサーの指示を受けながらレコーディングを行っている。
音は何度も途切れ、また同じ箇所から始まる。時間がかかりそうだった。
「直接聞けば?」
「聞いても教えてくんない」
拗ねた口調で答えると、真希は困ったように亜弥を見て、意味もなく「ぽむ」と呟いた。
「にゃはは、ぽむだって」亜弥が可笑しそうに笑うが、見ようによっては苦笑とも取れる
笑みだった。笑われた方はどうして笑われたか判っていないのか、ん?というように
小さく首を傾げて、それから調子を合わせて笑った。
亜弥が笑いを引っ込め、うんざりした表情に変えてから天井を仰ぎ、肺の空気を全部
出すような大きな溜息をつく。
「みきたんが何考えてるかわかんないんだよぉー」
「判んないかー」
「うん。ユニットの事も、あたしの事どう思ってんのかも判んない」
「まっつーの事?」
あ、と。亜弥が自分の口を手のひらで塞ぐ。そんな事をしても一度出た言葉は戻らない。
油断していた。誰にも言った事がなかったのに。煮詰まっていたのかもしれない。
真希は片目を軽く閉じて、指先で紙コップの縁をゆっくりと撫でた。
亜弥が何か言うのを待っていたのだが、何も言わないので仕方なく自分から口を開く。
「好きなの?」
一応、疑問の形を取っていたが、どちらかと言えば確認に近い口調だった。
「………………うん」
亜弥は迷いながら、結局はそれを肯定する。
「ふーん」
ペットボトルの蓋を開けて、2杯目を紙コップに注ぐ。
唇を湿らせる程度に口をつけて、真希は軽く笑った。
- 229 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:55
- 「なんだったら、後藤使っていいよ」
「え?」
「気持ち知りたいならね」
クスクスと、悪戯を思いついた子供そのままの表情で笑いながら、真希は言った。
亜弥はそれに捕らわれる。
真希が身体を寄せ、亜弥の耳元で囁く。亜弥は少し驚いたように目を丸くして、
小さく息を呑んだ。
「……いいの?」
「うん。誤解されて困る人もいないしねー」
きひひ。真希が歯を見せて笑う。
誰の目から見ても面白がっているのは明らかだった。
それからしばらくして、美貴がブースから出てくる。
「次、後藤入れー」
プロデューサーの声に真希が立ち上がる。一度亜弥に振り向いて、意味ありげに
微笑みかける。亜弥も少しぎこちないながら、同じように微笑み返した。
「じゃ、まっつー。考えといてね」
「……うん」
亜弥がひらひらと手を振って真希を見送る。
美貴はちょい、と首を傾げながら、今まで真希が座っていた場所に腰を下ろした。
なんとなく感じる違和感に、美貴の片眉が上がる。さっきの、亜弥と真希の何かを
秘めたようなやり取りも気になる。
「亜弥ちゃん? ごっちんと何話してたの?」
「え? ん……なんでもないよ」
亜弥の様子に、美貴は違和感の正体に気付く。
視線が。ブースから出てきて一度も、亜弥の視線は美貴を捕らえていない。
美貴は表情を険しくすると、俯く亜弥の横顔を見つめた。
- 230 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:56
- 「ごっちん、亜弥ちゃんに考えといてって言ってたよね」
「ん……」
「なに?」
珍しかった。ここまで突っかかってくる美貴は珍しい。
亜弥が目を閉じ、細く息を吐き出した。
「……今度、一緒にご飯食べに行こって誘われただけ」
「じゃあ最初っからそう言えばいいじゃん。なんで誤魔化すの?」
硬い口調。美貴の爪先が苛々と床を叩いている。
それにつられるように、亜弥の鼓動が狂う。
「い、いいじゃん。あたしが誰と何話してたって、みきたんには関係ないよ」
「関係ない事ない」
「なんで? あたしがごっちんとご飯食べに行くのが、なんでみきたんに関係あるの?」
「だっ……」
反論しようとした美貴の口が、途中で真一文字に結ばれる。
目を逸らし、時間稼ぎのためかペットボトルのキャップを捻る。新しい紙コップに
中身を注いで、一息で半分ほど飲み下した。
「それ、二人だけで行くの?」
「……うん。ごっちんがそう言ってた」
「――――ふぅん」
残ったお茶を飲み干し、紙コップをグシャリと握り潰してテーブルの上に投げ捨てる。
それを黙って見ていた亜弥は小さく溜息をつくと、投げ捨てられたそれを拾い上げて
トラッシュボックスに捨てた。
- 231 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:56
- 紙コップを放った手を、美貴がいきなり掴む。亜弥はビクリと身体を震わせて、
反射的にそれを振り解こうとした。
「亜弥ちゃん」
亜弥を逃すまいと指に力を込め、そのまま自分の方に引き寄せる。
「ちょっと来て」
「あ……」
美貴が亜弥の手を引っ張り、半ば無理矢理立ち上がらせる。
有無を言わさず出入り口に連れて行き、そのままスタジオを後にした。
亜弥が後ろを振り返って、レコーディングをしている真希を見やる。
一瞬、目が合って。
僅かに、気のせいかと思えるくらい微かに、彼女は笑った。
- 232 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:56
-
- 233 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:56
- 人気のない場所を探し、非常口の手前にあるスペースで美貴は足を止めた。
亜弥はまだ美貴と視線を合わせようとしない。
外は風が強いのか、非常口のドアがガタガタと鳴っている。
美貴の手が亜弥の頬を包み、ゆっくりと撫でた。
「……ホントに、ご飯誘われただけ?」
「あ、当たり前じゃん……」
「ホントに? 嘘ついてない?」
「ついて、ない」
キッと顔を上げ、亜弥がはっきりと告げる。それに少し怯みながら、美貴は口元を
引き締めた。
亜弥の頭の両脇に手を置き、自身の中に閉じ込める。身長がほとんど同じだから、
ひどく顔の位置が近くなった。
そこから更に近づき、前髪が触れ合うほどの距離で、美貴が囁く。
「……亜弥ちゃん」
「な、なに?」
「美貴のこと好き?」
それはひどく曖昧で輪郭のはっきりしない問いかけだった。
どういう意味の「好き」を言わせたがっているのか、判断を下しにくい語調の
問いかけだった。
だから亜弥は判ってしまった。
彼女の気持ち。
「好き、だよ」
「だっ……」
ブースにいた時と同じように、美貴は言葉半ばで声を詰まらせる。
亜弥は戸惑わない。確信してしまえば、彼女がどう言いたいのか読み取るのは容易い。
- 234 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:57
-
『だってあんた、美貴のこと好きなくせに。』
『だったら、なんで他の子と仲良くすんの?』
- 235 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:57
- それは彼女の中にある、小さな子供のような独占欲。
そして、彼女がキスをしてくれるという事実。
組み合わせて出てくる答えは、疑いようのない、彼女の恋だった。
悲しむべきだろうか、それとも、喜んでいいのか。
亜弥は悲しむには彼女に対する想いが深すぎたし、喜ぶにはプライドが高すぎた。
だから、少しだけ怒っていた。
「……初めてそういう事訊いたね」
「え?」美貴が訝しげに眉を顰め、それから自分が危険な橋を渡ったことに気付いて
気まずそうに目を逸らした。
そう。亜弥の本心を確かめない事が彼女の最後の自由だった。
認識することと意識することは違う。亜弥の恋を認識しながら、はぐらかし続けて
意識することを避け、そうして美貴は自由を確保していた。
亜弥だってそれくらい知っていた。だから意図的にいつもと同じニュアンスで答えた。
その答えはひどく精神面に堪えたが、おかげで彼女を失う事もなく、彼女の恋を確認できた。
背中に当たっているドアが、ガタガタと揺れていた。
泣いてしまえと言っているようだった。
- 236 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:57
- 「まっつー? 美貴ちゃーん? どこいんのーっ」
曲がり角の向こうから、真希の声が聞こえてきた。亜弥は突き飛ばすように美貴を離し、
声のする方へ歩き出した。
「あ、亜弥ちゃ……」
数秒間呆けた後、美貴が慌てて亜弥を追いかける。
「ごっちーん、こっちこっち!」
亜弥はもういつもの調子に戻って、美貴の死角にいるらしい真希へ手を振っている。
その姿を眺めながら、美貴は疲れた息を吐いた。
真希が姿を見せ、亜弥に話しかける。
「まっつー、ブース戻って。つんくさん待ってるよ」
「うん、ごめんねわざわざ」
「別にー。あと、ちょっと美貴ちゃん借りていい?」
「え?」
亜弥が訝しげに真希を見つめる。何を言うつもりなんだろう? さっきは食事の話で
美貴を試す相談しかしていなくて、彼女の意図が読めない。
不安が表情に出たのだろう、真希は小さく笑って、自分より少し背の低い亜弥の頭に
手を置いた。
「別に、喧嘩とかするわけじゃないよ」
「う……ん」
緩く肩を押されて、亜弥は後ろ髪引かれる思いでその場を離れた。
残された二人は目を合わせない。鋭く見つめてくる美貴とは対照的に、真希が
笑みの浮かんだ瞳で亜弥の後ろ姿を見送っているからだ。
亜弥が見えなくなってから、ようやく真希が身体の向きを変える。
- 237 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:58
- 「まっつーって可愛いよね」
「……なに、いきなり」
「可愛いと思わない?」
肩を竦めるだけで美貴の視線をかわし、逆にまっすぐ美貴を見据える。
耐え切れなくなって、美貴が目を逸らした。
真希はそれに微かな笑みを浮かべた。
右眉を上げ、唇の左端を引き上げた、アシンメトリでアンバランスな笑みだった。
「――――よっすぃが言ってたんだけどさ、まっつーとあたしって似てるんだって」
「え……そうかな」
「うん。後藤もなんとなく判る」
「ふぅん……。美貴にはよく判んない」
真希が何を言いたがっているのか判らなくて、美貴は困惑気味に眉の角度を変えた。
真希の笑みは崩れない。ただ、目を細めて小さく口を開けたおかげで、幾分穏やかには
なっていた。
「一番近くにいる人って、本当は一番遠くにいるのかもね。
……ま、そんなのうちらだけかもしれないけど」
「は?」
「心配しなくても、まっつー取ったりしないよ」
美貴の表情は、もうはっきりと戸惑いを露わにしていた。彼女の言葉ひとつひとつが、
不連続でぶつ切りで、何の事を言っているのか全く見えない。
真希はそんな美貴の戸惑いになど一切構わず、寸断された言葉を紡ぎ続ける。
「あの子はあたしに似てて、君は市井ちゃんに似てる」
「市井、さん?」
話に聞いた事があるだけで、実際には会った事のない人の名前。
ただ、彼女が真希の教育係をしていた事や、人気が急上昇している時に突然
モーニング娘。を脱退した事は聞いていた。
「どんだけ好かれてても、どんだけ愛されても、自分の方優先するとこが似てる」
まるで。
まるで何もかも見透かしたように、彼女は冷たく言った。
- 238 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:58
- 「なに……それ」
「後藤は、市井ちゃんにぎゅーってつかまってた。そんで、そのまんま
一緒にダーッて走って、ワーって騒いで、そういうのがずっと続くと思ってた」
思い出を語っているくせに、真希の表情からは何も窺えない。
美貴はどう相槌を打っていいか判りかねて、ただ黙ってそれを聞いていた。
「そしたら市井ちゃん、いきなりいなくなっちゃった。
もう後藤、ブワーってなって、ドカーンて来て、んで……」
真希が視線を落とす。それでもまだ、口元には笑みが張り付いている。
「後藤の中から、市井ちゃんは消えなくなった」
「ごっちん……?」
心の中を見透かされているような気がする。
愛されているのに、愛しているのに、自分の道を歩むためにそれを切り捨てた彼女。
真希は視線を美貴の顔に戻す。
その眼差しに、美貴の唇が見る間に乾いた。
「だから、まっつーなんか要らない。誰も要らない。後藤の中にはもう、誰も入れさせない」
それはひどく、強くて脆い瞳だった。
「……市井ちゃんと同じ事すれば、まっつーはずっと、美貴ちゃんの事忘れないよ。
後藤が保証してあげる。もしそうなったら、あたしがまっつーを支えてあげる。
よっすぃが今の後藤を支えてくれてるみたいにね」
「あ……」
それはひどく、甘美で苦い誘惑だった。
内側に入り込む事はせずに、外側から支えてくれるという。
手に入れずに、手を添えてくれるという。
- 239 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:58
- 「あはっ」真希が声を出して笑う。それは、彼女の雰囲気を幼くさせる。
カメラパフォーマンスの時に見えるような、クールで人を寄せ付けない雰囲気が
一切なくなった、無邪気な表情で彼女は尋ねる。
「美貴ちゃんは何がしたいの?」
彼女は理解している。美貴の中にある欲求。
「美貴は……」
彼女の持つ、人を惹き付ける力。ブラウン管越しでも、千人単位の人込みに紛れても
いない今の状況で、彼女の力を一身に受けて。
美貴は捕らわれる。
「美貴は……行きたいとこが、あるんだ」
「……そう」
やっぱり。真希が言外に呟く。
そう言うと思っていた。亜弥は判っていないようだが、目の前の彼女は明らかに、
自分の立場や、周りにいる人間を足枷に思っている。
それは真希にしか判らない事だったかもしれない。
同じなのだ。
子供特有の純粋さで、何度も「ずっと一緒だよ」と約束をしてくれた、彼女と。
子供特有の残酷さで、一度もこちらを振り返らずに去ってしまった、彼女と。
- 240 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/22(土) 09:59
- 「だったらそうしたらいいよ。市井ちゃんの時も結構話題になったけどさ、
そんなのすぐ終わるから」
「ごっちんは……なんで美貴に、そんな事言うの?」
「別に? 市井ちゃんの時も止めなかったから」
不意に、真希が美貴の肩を叩いた。
「さー、戻ろうよ。まっつーきっと拗ねてるよ」
「あ、うん……」
「後藤、ちょっとジュース買ってくるね。何がいい?」
「え、いいよ」
「いいから。適当に買ってきちゃうよ?」
まるでスイッチが切り替わったみたいに、真希は明るい調子で美貴に触れる。
美貴はそれに戸惑ったまま、何となく思いついた商品名を挙げた。
「じゃ、行ってくるねー。美貴ちゃんは先に行ってて」
真希はさっさと美貴に背を向けて、自動販売機があるフロアに向かってしまった。
その場でバカみたいに突っ立っていてもしょうがないので、美貴は釈然としないものを
感じながらもブースへ戻った。
美貴の気配が消えてから、真希が足を止めないまま呟く。
「まいっちゃうよねぇ、こういうのは」
両手を頭の後ろで組みながら、真希は自嘲にも似た苦笑を浮かべた。
- 241 名前:円 投稿日:2003/11/22(土) 09:59
- 10回目終了。
これ書き終わったのって9月なんですが、なんとも微妙なことに……。
あの頃はよもやこんな事態が待ち受けているとは夢にも思わず_| ̄|○
ちなみに、今現在ごまっとうは初代プッチモニと並ぶくらい格別なユニットとなって
おります。自分の中で。どっちも素敵過ぎるメンバー構成です。
ごっちんは必要です。あやみき二人っきりの時とはまた違う、どことなく緩やかになる
空気がとても好きでした。<リアルタイムで見ていたかった……。
- 242 名前:円 投稿日:2003/11/22(土) 09:59
- レスありがとうございます。
>>220
甘い事は甘いんですけどね(苦笑)なにせ更新の度にキスシーンありますから(爆)
<自分で気づいた時、ちょっと恥ずかしかった。
既に伏線は出きったので、あとはもう一本道であります。
>>221
人というのは多角的なものだと思いますが、小説を書く上ではそのどれかを
クローズアップして書く事が多いんです。
で、今回は藤本さんを形成するファクタから、彼女の持つ「自由」を前面に出してみました。
彼女の自由はまさに「自らを由とする」雰囲気があって、ちょっと憧れますね。
なんとなく、末っ子気質な我がままというか。許される自由というんでしょうか。
ていうか語りすぎですか(苦笑)
>>222
うひゃあ、ありがとうございます(照)
描写は自分の好きな画を優先してしまうので、一本調子になりやすいんですが(苦笑)
ちょっと大人びた雰囲気の苦笑とかすごい好きです。実際の藤本さんは笑うと子供っぽく
なって、それが好きだったりするんですけど。
- 243 名前:円 投稿日:2003/11/22(土) 09:59
- >>223
PENGUIN……じ、実はゴマキペンギン話のタイトルで使おうとした事が……(^^;)
意外と難しかったんでお蔵入りになりましたが。
松浦さんといる時だけ不自由というのは、非常に同感であります。
書いてる本人がムッツリスケベなので、文章もそんな感じになってますね(爆)
>>224
惜しい! 実は「オンナになる日」の方だったりします。
いや、元ネタという意味ではないですが。目指す方向性として。
>>225
微妙な二人を書くのが好きなんです。(って、前にも書いた気がするな……)
女の子特有の揺らぎとか、深い激しさとか。そういうものを描いていきたいと
思ってたりするので。
松浦さんの描写は四苦八苦しながら書いてます。
「違うんだよ! 松浦さんはもっと無自覚かつ可愛く!」とか一人で吠えながら(爆)
- 244 名前:円 投稿日:2003/11/22(土) 09:59
- さて、この期に及んでまだアンリアルだと言い張るつもりですが、
理由はそろそろ気付かれているような気がします。
切ないファン心理です(苦笑)
- 245 名前:あやみき信者 投稿日:2003/11/23(日) 17:48
- ま、まさか。。。お別れエンド!?
そんなの切なすぎです〜〜〜><;;;
- 246 名前:たか 投稿日:2003/11/23(日) 22:07
- あ〜〜!!!すみません!!すみません!!こんなに更新されていたなんて。
ただの読者が読むのを忘れてしまうなんて!ほんとにすみません!!
作者さんの小説すごい好きです!!ごっちんの感情の表現の微妙な文章の構成
や描写。素直になれないでいるんだけど亜弥ちゃんのことの好きでもあり夢も
あるつらい立場の美貴さんの感情の書き方とかすごく味があってとてもいいです!!
松浦さんの可愛くて純粋な想いと夢や想いに正直になれない藤本さん二人に巡る
雰囲気がはまりました。表面上では幸せそうであるけど内面上に複雑な感情を秘める
二人。安心しそしてとても不安な二人の関係。作品名マジでぴったりですね!!!
素直に二人に幸せになってほしいという考えもあるんですけど微妙に他の思いも..
う〜む。動き始める気持ちに期待大ですっ!!!
にしても作者さんアヤミキ上手すぎっす。藤本さんのへタレさといい..(笑)
作者さん頑張れっす。応援してま〜す。
- 247 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/24(月) 16:53
- あややとごっちんは本人も言ってますが自分も似てるって思ってました。
タンと市井ってのは、確かに似てる。気付かなかった笑
同じ運命をたどるのか否か、二人の愛は真っ直ぐに進むのか。
本当に毎度萌え〜ですね。文章表現自体が私の萌えポイントをついています。
- 248 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:01
-
▼
- 249 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:01
- 3人のユニットは成功を収め、亜弥と美貴については年末の紅白出場も決まった。
美貴はその知らせを受けてすぐ、一度も連絡を取っていなかった家族へ電話をした。
電話に出た父親は、勘当した事などまるで忘れているように喜び、途中で代わった
母親も祖父母も喜んでくれた。
マイナスの感情は浮かばなかった。祝ってくれるのが嬉しかった。
わだかまりが無くなって、それで美貴は決心できたから。
- 250 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:02
-
▼
- 251 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:02
- 美貴の前には、プロデューサーであるつんくとマネージャー、それから和田が座っている。
つんくは煙草に火をつけると、渋い顔で最初の一息を吐き出した。
「……本気か?」
「はい」
「なんでや?」
つんくの顔は苦渋に満ちている。美貴はそれを静かな面持ちで見つめている。
「もっと、面白い事見つけちゃったんで」
「……ハッ……」
煙草を指に挟んだまま、つんくは苦笑した。
アッシュトレイの上に煙草を持っていき、親指でフィルター部分を弾いて縁に叩きつける。
煙草から剥がれ落ちた灰が、トレイの中へ転がった。
「藤本はホンマ、おもろい事が好きやなぁ」
口の端を歪めて。しみじみとした口調で。
それはまるで、父親のようで。
美貴は小さく笑う。
- 252 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:02
- 「わかっとると思うけど、すぐには無理やで? もう、紅白も決まっとるし」
「はい。まあ美貴的には2月くらいかなーって思ってるんですけど」
「それはお前が決める事とちゃうわ。……うん、その辺は、俺らの仕事やからな」
つんくが和田に向き直る。和田は難しい顔で溜息をついた。
「市井以来か……」
和田の小さな呟きに、美貴の表情が微かに変わる。
また、彼女の名前。
少しだけ気に障った。
「そしたら、あとはこっちでスケジュール調整するから」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、美貴は事務所を後にした。
「さて……次が大変なんだよね」
彼女はこんなに簡単に許してくれないだろう。
- 253 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:03
-
▼
- 254 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:03
- いきなり殴られた。
「あた……。亜弥ちゃん、もうちょっとこう、口でなんか言ってから……」
左頬を押さえながら言うと、亜弥は今まで見た事がないくらい鋭い目で美貴を睨んだ。
「……で」
「え? なに?」
「ふざけないで! なんで!? なんでいきなり辞めるなんて……」
やっぱり怒るよね。亜弥が激昂しているせいか、妙に冷静になってしまって、
美貴が心の中で肩を竦める。
なんで、と聞かれて、美貴が返せる言葉はひとつだけだった。
それが彼女を傷つけると判っていても。
「イタリア、行くんだ」
「……イタリア?」
「うん。ほら、ロケで行ってたじゃん? こーれが面白くてさぁ。
もっと色んなとこ見たいんだけど、この仕事してたら行けないから」
「だから……やめるの?」
「うん」
芸能界も面白かった。亜弥と一緒に仕事をするのも面白かったし、沢山の人の前で
歌うのも楽しかった。
ただ、それ以上にあの国が楽しかった。
亜弥は呆けたような表情でその場に座り込んだ。
視線を合わせるために、美貴も腰を下ろす。頬を押さえたまま亜弥の顔を覗きこみ、
泣いていないか確認した。
亜弥はショックで麻痺しているのか、涙は浮かんでいなかった。
「いつから、どれくらい向こうにいるの?」
「判んない。だって、つんくさんにも今日言ったばっかだし。
でもとりあえず、来年の話だよ」
最後の部分は、取り繕うような口調になった。やはり多少なりとも後ろめたさはあって、
それが出てしまったのだろう。
「やだ!」
俯いたまま亜弥が叫ぶ。
- 255 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:03
- 「いなくなっちゃやだ! みきたんがここからいなくなんのやだよ!!」
叫んだ事で箍が外れたのか、ボロボロと大粒の涙がこぼれ始める。
「亜弥ちゃん……」
美貴が顔を歪める。
これは、殴られるより痛い。口より先に手が出たのは、ある意味彼女の恋心故
だったのかもしれない。
「ごめん。でも、もう決めたから」
突き放すような、あやすような、矛盾した二つの判断をどちらも下せるような口調で
美貴は言った。亜弥はそれに大きく首を振ることで応える。
美貴が微かな、しかし重い溜息をつく。
どうしようもない。美貴の思いは覆らないし、亜弥の想いもすぐには消えない。
だから美貴には、これ以上言う事はない。
ん、と美貴が両腕を広げると、亜弥は逡巡を見せながらその中へ潜り込んできた。
甘えるように頬をすり寄せ、僅かに熱を持った吐息を洩らす。
きっと美貴は、自分がどれだけ残酷な事をしているか判っていない。
待つ事を許されないという事が、どれだけ辛いのか、判っていない。
諦める事が出来ないという事が、どれだけ寂しいものか、判っていない。
それでも彼女は、たとえ理解したところで止まらないんだろう。
- 256 名前:秋 『困っちゃうんだよなぁ。』 投稿日:2003/11/29(土) 13:04
- 「別にほら、今すぐいなくなるわけじゃないしさぁ。紅白だって一緒に出ちゃうじゃん。
オフとかも、今までみたく一緒に遊ぼうよ。美貴も頑張って時間作るから」
ああ、やっぱり判ってない。
そんな言葉は全然嬉しくないのに。
「……ないで」
さっき叫んだせいか声が掠れて、亜弥は空咳をする。
願わずにいられない。
「行かないで。あたしから離れないで。遠くになんか行かないで。
ずっと、ここにいてよぉ……」
無駄だと判っているのに。
「亜弥ちゃん……」
ギュッと抱きしめてくる腕から震えが伝わってきて、美貴は戸惑いがちに亜弥の髪を撫でる。
真希も、こんな風に彼女に縋ったんだろうか。縋らなくても、縋りたかったんだろうか。
だとしたら、真希なら亜弥の気持ちを判ってあげられるだろうか。
「……ごめん。ごめん亜弥ちゃん」
君の気持ちを判ってあげられなくて。君がどれだけ痛がっているか感じられなくて。
それから二人は、一言も発しないまま抱きしめ合っていた。
日が暮れて、亜弥が泣き疲れて眠ってしまっても、美貴は彼女の背中を抱きしめていた。
自分の無力さを痛感する。それは本当に痛みを伴って訪れた。
何一つ理解してあげられない事に。自己犠牲の精神を持ち合わせていない事に。
真希は……違うんだろう。彼女なら、きっと理解も共感もできるんだろう。
だから、彼女に任せてしまおう。卑怯だけれど、それを言い出したのは真希なんだし。
美貴はそう考えていたし、真希もそう考えていた。
そうして、時間が経てばいつかは解決すると思っていた。
それが大いなる間違いだという事に、美貴はまだ気付いていない。
真希の秘めた思いにも、まだ気付いていない。
- 257 名前:円 投稿日:2003/11/29(土) 13:04
-
11回目終了。 そして秋が終了。冬が始まる〜♪(爆)
リアルでこの展開を書きたくなかった、ということでした。
自分の気持ち的な問題です(苦笑)
……こんな簡単に話進まないよな普通……。
- 258 名前:円 投稿日:2003/11/29(土) 13:05
- レスありがとうございます。
>>245
えーと、ノーコメントという事で……(^^;
さすがにラストをネタバレするわけにはいかないので(苦笑)
>>246
いやいや、気の向いた時にちょろりと覗いていただければ十分ですよ。
不安定な安寧というのは自分が一番よく書く題材ですね。
>>247
松浦さんとごっちん、藤本さんと市井ちゃんは、どっちも似てるくせにベクトルが
真逆だなというのが自分の印象です。
内に向かう松浦さんと外に向かうごっちん、軟質な藤本さんと硬質な市井ちゃん。
- 259 名前:円 投稿日:2003/11/29(土) 13:05
- 流し雑談。
雑談スレで日本語の使い方についての話題が出てたのでその辺を。
個人的には、日本語として間違っていても表現として間違ってないならいいんじゃないかと
思ってたりします。
「気だるい焦燥」とか「鬱屈した爽快感」みたいな、矛盾した表現をよく使うんですが、
日本語の意味合いとしては間違ってるけど、ここはこうじゃなきゃ駄目なんだよー
みたいな。
あと、単語の意味よりレトリックを優先する事もあったりします。
前に書いた話で「多情」という言葉を思い切りずれた意味合いで使ったりしてますし。
ちなみに文法そのものが間違ってるところは素で間違えてます(爆)
てにおはが滅茶苦茶だったり(苦笑)
と、ささやかな主張と多大なる言い訳をしてみたり。
- 260 名前:赤鼻の家政婦 投稿日:2003/11/29(土) 13:27
- スキだ。
んもぅ、たまらなくアナタの書く文がスキだ。
公衆の面前で告白してもいい! <やめなさい。
松浦さんのまっすぐな想いは間違いなく藤本さんに届いているはずなのに、
目に見えずに、けれど確かに存在する『気持ち』というものは、どうしてこう、厄介なのか。
固唾を飲みつつ、
電信柱の影で転がりながら続きをお待ちしてます。<忙しない待ち方だな、ぉぃ
- 261 名前:つみ 投稿日:2003/11/29(土) 14:51
- これはやばいですね・・・
なんか言葉にできないっす。
この2人はすべてがアンバランスで
すべてが矛盾してるというか・・・
よくわからない感想ですが次回もまったり待ってます。
- 262 名前:円 投稿日:2003/11/29(土) 16:58
- すいません、一点だけ訂正を。
「てにおは」じゃなくて「てにをは」ですね(苦笑)
これでも国語得意だったんだけどなあ……
- 263 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/30(日) 01:37
- 市井と後藤・藤本と松浦・・・
確かにこの二組は似てそうで似てない組み合わせですね〜
言葉遣いですが、自分も小説では雰囲気優先というか
『正しい日本語』というものにこだわる必要はないと思います。
こだわらないほうが作者さんの味が出ていいと思うのですが・・・
と、雑談流しのほうにレスしてみるw
まったり更新待ってます。
- 264 名前:たか 投稿日:2003/12/04(木) 23:14
- やっぱりすごいっす。
亜弥さんの切なさがとてもひしひしと伝わってきます。それは美貴さんも
分かっていると思います。夢を追う気持ちっすか・・・。亜弥さんが美貴さんの
事がたまらなく好きだからこそ相手の夢を応援したり、素直に喜べない。
当然の気持ちかなぁ。愛ゆえに起こりうる二人の姿。素敵です。
決意や夢。そして愛。これも微妙な場所で成り立っているんだなぁ。
次回が気になります。すごいっす。(二回目)円さん
- 265 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:24
-
▼
- 266 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:24
- その日は、2月26日に決まった。記者会見をして、その様子がテレビで流れたり
新聞に載ったりした。紅白出場直前という時期だったせいか、それは結構な話題になった。
「てゆーかさ、誕生日ネタってごっちんと同じじゃん。使いまわしじゃん!」
「んはは。いいじゃん、気にしない気にしない」
喫茶店の片隅で、二人は声をいつもより低くして会話をしていた。
美貴の前にはカフェラテが湯気を立てている。
真希はミルクティーの入ったカップの持ち手に指をかけているが、持ち上げてはいない。
「まっつーは仕事?」
「ああ、うん。2本撮りだから時間かかるみたい」
「へえ。二人とも忙しいねー」
真希の言葉に、美貴は少し苦笑する。
「まあね。だからあんま会えないんだ、最近」
「そっかぁ……。でも、すぐ行っちゃうんでしょ?
もう2ヶ月ちょっとしかないじゃん」
その言葉通り、美貴は引退の日の翌日、18歳の誕生日を迎えてすぐに
この国を発つ予定だった。
おかげで公私共に目の回るような忙しさだ。
- 267 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:25
- 美貴はちょっとだけ肩を竦めて、「出来るだけ早く行きたいから」と悪びれもせずに言った。
内心の不満を表情に出してしまわないよう注意しつつ、真希が相槌を打つ。
「へえ。……で、どう?」
「なにが?」
「だからまっつーだよ」
キョトンとする美貴に苦笑しながら、真希がカップを口元に運ぶ。
美貴は溜息をひとつ落として、「フツー」と呟いた。
「言った時は泣かれたけどさ。今はもう、全然いつも通り」
「泣かれたんだ。あは、美貴ちゃん女泣かせだ」
「いやそれ使い方違うから」
美貴のツッコミに、真希は微かに笑う。
そうかな? 反駁は喉に流し込まれたミルクティーに押し戻される。
「これってやっぱ、後藤のせいって事になんのかな」
「なんで?」
「いや、後藤がやっちゃえって言ったから」
言いながら、真希はぼんやりとテーブルに飾られた観葉植物の青々とした葉を見つめ、
その一枚に指先を滑らせた。
ピン、と弾くと他の数枚が一緒に揺れて、落ち着いた。
美貴はその指先を目で追う。丁寧に磨かれた爪はマニキュアをしてるわけでもないのに
光を反射して煌いていた。
- 268 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:25
- 「ごっちんに言われなくても、いつかはこうしてたと思うよ」
「ふぅん。じゃあ、あたしは気にしなくていい?」
「うん」
「よかった」
カフェラテにはまだ口をつけていない。ミルクティーはもう3分の1くらいしか残っていない。
真希がメニューを手に取る。やけに大きいそれを開き、視線を斜めに流す。
「なんか食べる? 桃のタルトとかお薦めだよ」
「んー。じゃ、それ」
「おっけー」
手を上げて店員を呼び、二人分のタルトを注文する。それから自分用にコーヒーを頼んで、
メニューをテーブルに戻した。
店員が去ってから、美貴はおもむろに口を開く。
「ごっちん、市井さんの事、今でも好き?」
「好きだよ」
簡単に、真希は答えた。
「昔の、いつも一緒にいてくれた市井ちゃんも、復帰するまでのダメダメな
市井ちゃんも、頑張ってる今の市井ちゃんも。
市井ちゃんの全部が好き。後藤の知ってる市井ちゃんも、知らない市井ちゃんも、
他の誰かと一緒にいるかもしれない市井ちゃんも、あたしの事なんか忘れちゃってる
かもしれない市井ちゃんも、全部愛してる」
静かな言葉に呑まれそうになるのをかろうじて堪え、美貴はカップに手をかける。
カタ、と一度だけ震えた。
それは、ひどく深くて。
頭の悪い愛情だった。
- 269 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:25
- 美貴が思っていた彼女は、もっとクールでマイペースで飄々としてて、周りの全てを
受け流して、そうして自分を確立しているような、そんなイメージだったのに。
コーヒーカップの縁に唇を当てる。冷め切ったそれに歯がぶつかって音を立てる。
苦労しながら一口だけ飲んで、ソーサーにカップを戻した。
「……亜弥ちゃんも同じような状態になる、て言いたいの?」
「かな、と思うけどね。実際どうなるかは判んない。
案外、あっさり美貴ちゃんの事なんか忘れて他の誰か見つけるかもね」
「――――っ」
微かに美貴の表情が変わったのを目ざとく見つけて、真希は嘲るように言った。
「嫌なんだ?」
「……別に」
タルトが運ばれてきて、二人の前に置かれた。真希は空になったティーカップを
店員に渡し、代わりにコーヒーを受け取る。
「さー、食べよう食べよう」真希がタルトにフォークを突き刺す。
銀色のフォークが光を反射する。反射した光で真希の爪が煌く。乱反射した光で
美貴の目が眩む。
美貴は俯いて、フォークでタルトを切り分ける。シロップ漬けにされた桃が
半分に千切れる。ずるりと落ちそうになるのを指先で押さえながら口に運ぶ。
甘い蜜の味が口の中に広がる。咀嚼すると、サクサクした食感が伝わる。
指先についたシロップを舐め取り、カフェラテを口に含む。
「イケるっしょ?」
「うん、おいしい」
「これね、後藤のお気に入り」
- 270 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:26
- 無邪気に笑って真希は言う。美貴も相槌の代わりに笑みを浮かべる。
「いちーちゃんに教えてもらったんだ、ここ」
無邪気に笑ったまま真希は言う。
彼女の呼び方が、少しだけ変わっていた。
それは、一瞬だけ過去に戻ったという証。
「こんな風に、ごとーの外にも色んな所にいちーちゃんはいるんだ」
「……うん」
「判ってないでしょ?」
あは、と笑って、真希はタルトを口にする。
「ズルいんだよね。市井ちゃんも美貴ちゃんも。ズルい女って感じ?」
真希が自分で言った冗談に肩を震わせる。
美貴は喉の奥に棒がつっかえているような表情で真希を見つめた。
見つめられたまま、その視線をかわそうともしないまま、そんな必要はないというように
美貴の瞳を見つめ返したまま、真希は冷たく吐き捨てるような口調で呟く。
「……判ってないくせに判ったような顔して。あたしがどんな思いしたかなんて、
ホントは全然判ってないくせに」
彼女が見つめているのは美貴だった。それは確かだった。
ただそれは。
その言葉は、美貴に向けたものでも独白でもなくて。
美貴は自分が重ねられている事を知っている。
- 271 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:26
- 「ごっちんは……美貴にどうさせたいの?」
背中を押したり、責めてみたり。
もう、撤回なんてできないところまで来ているから、彼女が何を言っても変わらない。
それでも、美貴は不安になる。
真希はハッとしたように一度目を見開いて、それから首を横に振った。
「ううん、別に。ごめん、後藤もなんかテンパってる」
真希が溜息をつく。似ているから、どうしても重ね合わせて見てしまう。
自分の役割を忘れたらいけない。自分がしなければならないのはあくまでサポート役で、
救ったり突き落としたりはしちゃいけない。
「美貴ちゃんを責めたりとか、そういう事するつもりはないんだ。
何回も言ってるけど、ただまっつーが壊れないように支えてあげたいだけ」
「ん……それは、美貴からもお願いしたい」
彼女は判っているみたいだから。
自分が何一つ理解できないものの解答を持っているみたいだから。
悔しくないわけじゃない。だが、許せないわけでもない。
だから彼女に託したい。
美貴のバッグから音楽が鳴り響いた。美貴は驚いてフォークを取り落とす。
「電話?」
「メール。…亜弥ちゃんから」
- 272 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:26
- 携帯電話を開いてメールを読んだ美貴が、チラリと真希の顔を窺う。
それで感じ取ったのだろう、真希は軽く笑って目を伏せた。
「終わったって?」
「うん」
「あたし、もうちょっと休んでるから。
……せめて、ちょっとでも多く一緒にいてあげなよ」
ひどく大人びた表情で、ひどく穏やかな声で、美貴の背中を押す。
「ん……。じゃあ、またね」
「またね」
美貴は自分の分の代金をテーブルの上に置くと、店を出て行った。
真希が静かにコーヒーを啜る。昔は苦いだけのこの飲み物が嫌いで、よく年上の仲間達に
からかわれていた。
彼女は、自分がコーヒーを飲めるようになった事を知っているだろうか。
誰かに聞いてたりするかもしれない。誰にも聞いてないかもしれない。
コーヒーを飲めるようになった理由は、身の内にもっと苦いものを抱え続けているからで、
その原因は彼女にあるのだけれど。
「……まっつーもコーヒー飲めないんだっけ」
口元に笑みを覗かせながら呟いて、もう一口コーヒーを飲み込む。
彼女が飲めるようになったら、教えてあげようか。
それは些細な報告だし、多分美貴には、その意味がわからないだろうけど。
――――ああ、でも……。
思い至って、さっき浮かんだ考えを取り消す。
彼女と自分の差異。
その差異は、ひょっとしたら未来を変えるかもしれない。
自分達とは違う道が、伸びているかもしれない。
「まっつーはごとーより我侭だからねぇ」
くつくつと笑い、真希はコーヒーを飲み干してから伝票を手に取った。
- 273 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:27
-
▼
- 274 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:27
- キーホルダーの輪の部分に人差し指を入れて、チャリチャリと回しながら目的の部屋まで
歩く。スタジオとマンションの位置関係を考えると、亜弥はまだ帰っていないはずだ。
予想通り、亜弥の部屋には明かりがなかった。
合鍵を使って玄関の鍵を開ける。勝手知ったる他人の家という事で、迷いもせずに
電気のスイッチを入れた。
いつものようにソファへバッグを放り投げて、その上に脱いだコートを引っ掛ける。
「寒い寒い」エアコンを入れ、ついでに設定温度を3度ほど上げた。
シンとした部屋を意味もなく見回す。見慣れた部屋だが、久し振りなのでなんとなく
新鮮だった。
「……ん?」
見慣れている部屋に、見慣れない物。雑誌類が詰め込まれたラック。そこに収まっている
ほとんどは、亜弥がグラビアを飾っている物だった。
その中で、異彩を放っている背表紙を見つけて、美貴がラックからそれを抜き出す。
「あ……」
抜き出したそれは、ガイドブックだった。
2ヵ月後、美貴が旅立つ先の国を紹介している、ノートサイズの本。
彼女は、どういうつもりでこれを買ったんだろう。
- 275 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:27
- パラパラと美貴の指がページを繰る。綺麗な写真と、それについての説明が流れていく。
美貴の手が止まる。少し視線を泳がせて、自分のバッグからペンを取り出した。
それはちょっとした悪戯だった。
気付くだろうか。
待っているのは、ゼロか、イチか。
パタンと本を閉じ、美貴はそれを元の位置に戻した。
- 276 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:27
-
- 277 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:28
- かじかんだ指が解れる頃、ガチャガチャと鍵の回る音が聞こえてきた。
明かりがついているから亜弥も判っていたのだろう、「ただいまー」と声を張り上げながら
リビングに入ってきて、目標捕獲とばかりに美貴へ抱きついた。
「みきたーん、会いたかったーっ!」
「うんうん。美貴も会いたかったよー」
くっと抱きしめ返してやりながら、押される力そのままに身体を横たえる。
亜弥は上がり続けるテンションのままに、美貴の首筋に額を押し付けた。
わふわふとじゃれついてくるその様は、飼い主がリードを持っているのを見つけた
犬を思わせた。
「ふはっ、亜弥ちゃんくすぐったいっ」
乱れた亜弥の髪が鼻先や頬に触れて、美貴が思わず身を捩る。「だめー」亜弥は
逃げようとする美貴の頭を捕まえると、へへ、と軽くはにかんだ。
「ねえねえ、ちゅーしていい?」
「いーよ」
亜弥の両手が美貴の髪の毛に潜り込んで、それから軽く音を立ててキスをする。
美貴は薄く目を開けると、顎を持ち上げて亜弥の鼻先に唇を当てた。
満足そうに息を吐き出した亜弥が美貴にもたれかかる。その幸せな重みを感じながら、
美貴が柔らかく亜弥の背中を撫でる。撫でている手が熱を持ち始めて、美貴はそれを
持て余す。
- 278 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:28
- 「もー、最近全然みきたんに会えないからさー。めっちゃくちゃ寂しかった」
持て余している熱を逃がすように、亜弥が身体を起こす。
熱はエアコンの人工的なそれに融けて、ゆっくりと部屋をたゆたう。
「美貴も寂しかったよ」
「ホント?」
「うん」
「ホントにホント?」
「うんうん」
「えへへー」喜色を含んだ笑声を溢し、亜弥が美貴の髪の毛をかき回した。
既に決まっていた仕事を前倒ししたり、新しい企画が持ち上がったりして、
美貴のスケジュールは今までにないくらい詰め込まれていた。
おかげで二人の時間はほとんど重なる事がなくて、メールや電話はしていたものの、
こうして直接会うのは実に数週間ぶりだった。
テンションが上がりすぎている亜弥を宥めるように、美貴が「いいこいいこ」と
その頭を撫でる。
「頑張ってきた?」
「めっちゃくちゃ頑張った。着替えとか新幹線より早かったね」
「いや違うから、美貴収録のこと聞いてるから。しかも新幹線より早いとか
ワケ判んないから」
苦笑しながら普段と変わらないツッコミを入れる。
頑張って早く帰ってきた亜弥は、その言葉に頬を膨らませた。
「お仕事も頑張ったぁ」
「んーよしよし、亜弥ちゃんいい子だねぇ」
- 279 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:29
- 褒めろと表情で言われて、美貴がにひひっと笑いながらからかう。亜弥はうーとわざと
らしく唸って、それから首を倒して美貴の耳に噛み付いた。突然の刺激に噛まれた方は
あまり上品でない笑い声を上げた。
「だから、くすぐったいって!」
首を竦め、亜弥の肩を押し返して止めさせると、彼女はきししっと真希がたまにするのと
同じ種類の笑声を溢し、美貴の目を覗き込んだ。
「犬のしつけであるんだよ。耳噛んで言うこと聞かせんの」
「なに、ナナちゃんにしてたの?」
「うん。お父さんがね」
「てゆーか美貴、犬?」
どっちかっていうとキミの方が犬だよね。言外の言葉を亜弥は聞こえない振りでやり過ごす。
犬だったら良かったのになぁ。口に出さず呟く。どっちが飼い主でもいいけど、そういう、
主従関係がはっきりしている間柄だったら良かったのに。
命令できる人、忠実に守る犬。そういう、判りやすい関係だったら良かったのにと思う。
違うから。同じ人間で、違う人間だから。
亜弥は妙に切なくなってしまって、無邪気にじゃれる犬を演じるために彼女の顎へ唇を
落とした。
それを拒まないまま、色気のない笑みを口元に上らせた美貴が喉を震わせながら囁く。
「あのね亜弥ちゃん」
「ん?」
「今度の美貴の誕生日、亜弥ちゃんと一緒にいたいんだけど」
- 280 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/06(土) 11:29
- 急すぎるため、今までのメンバーのようにライブを行う事は出来ない。
その代わり、急遽生放送をねじ込んで放映する予定になっていた。
亜弥も出演するから、収録が終わればそれからは一緒に過ごす事が出来る。
美貴は屈託のない笑みを浮かべて亜弥の顔を覗きこんだ。
「一緒にいて?」
それは、ある種残酷な申し出だった。
どこまで行っても、彼女は自分が持っている残酷さに気付かないだろうし、
亜弥もそれを言う事はないだろう。
「……うん。一緒にいる」
じゃれつく子犬の表情を崩さないまま、亜弥が頷く。
『無邪気で素直』という、君の一番の罪。
そんな部分すら愛してる。
- 281 名前:円 投稿日:2003/12/06(土) 11:29
-
12回目終了。
ああ、またごっちんの台詞で微妙なものが……(T▽T)
- 282 名前:円 投稿日:2003/12/06(土) 11:29
- レスありがとうございます。
>>260
自分も家政婦さんの文章が転げるほど好きです。やった、両思いだ!(爆)
気持ちってのは、自分のものなのに自分でコントロール出来ないですから。
だから藤本さんは見ないようにしているわけですが。
頭ぶつけないように気をつけてください(笑)
>>261
自分が「言葉に出来ないもの」を書こうとしているせいかと(笑)
松浦さんが全部解ってるのに解を出さないから、アンバランスになってしまってるんですね。
さて、松浦さんは何を選ぶのやら。
>>263
そう言ってもらえると救われます。ありがとうございます。
でも意味の重複はほとんど素で間違えて、後でヘコんでたりします。
「一番最初」ってなんだよ……みたいな(苦笑)
>>264
もー二人とも、何もかも理解してますから。松浦さんが迷ってるだけですから。
というか、松浦さんは最初から矛盾しているんですけども(苦笑)
色々と面倒臭い人達です。<お前が書いてんじゃ。
- 283 名前:円 投稿日:2003/12/06(土) 11:30
- ではまた来週。
- 284 名前:つみ 投稿日:2003/12/06(土) 11:49
- ああ・・・
意味深な発言が飛びかよってますね・・
藤本さんのあの行動がのちのち意味を持ってくるんでしょうか?
また来週までまったりまってます!
- 285 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/06(土) 20:18
- 後藤がこれからどんな行動を起こすのか、期待と不安が半々になりながら読んでます。
一見幸せそうに見える二人が、どこか悲しくみえて、読んでるこちらも切なくなりました。
期待して次回の更新も待っております。
- 286 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/06(土) 23:06
- 皆いろいろな思いを持ってるんだろうなァ
悲しみとかいろいろな気持ちを持ってる亜弥さんが幸せそう
名のが逆に可哀想に思えてきます・・・藤本さんの言葉や行動が
どことなく強がっているというか・・・みんなのすべての言動一つひとつ
がきになるほど円さんの描写の仕方が上手い!!それと後藤さんも・・・
その辺の意味ありげな言葉のタイミングや文章がやっぱ上手いです!!
良い!!めちゃくちゃ!!ほんとぶっ倒れそうっす。新しい展開
が気になるしそれに円さんの天才的な小説にやられ、ついに倒れてしまったっす。
「あ〜れ〜!!。」バタッ
- 287 名前:たか 投稿日:2003/12/06(土) 23:07
- あ〜↑の286の感想かいたの僕です!!すみません。名前がなく。
- 288 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/07(日) 03:27
- ここで言うことじゃないが彼↑はどこのスレでも感想がやたら長いな(w
自分の中で最近一番気になる人だ…。
もちろんそれ以上に作者さんの小説の展開が気になる訳だが。
- 289 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/08(月) 10:08
- ここにレスする読者も作品同様丁寧で上品な雰囲気がでていますなぁ。
個人的には松浦さんが切なすぎます、そして藤本さんは鈍感です。
後藤さんは冷静さを装って熱い自身を隠している気もします。
とりあえず、ごまっとうのこういうトライアングル大好きです。
ttp://d.hatena.ne.jp/onna2/20031205
あのonnaさんも虜だそうで、円さん、やっぱり凄い。
- 290 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 10:26
- >>289
あんまり個人の日記勝手にさらさない方がいいんじゃないでしょうか?
- 291 名前:たか 投稿日:2003/12/09(火) 17:36
- >>288様本当に申し訳ありません。
- 292 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/09(火) 17:52
- ↑謝るような事はしてないよ。
- 293 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/10(水) 16:27
- >>292へ
俺もそう思う。作者は長い感想を書いてもらえればそれはうれしい事
だと思うしたかという人の感想読んでみると確かにうなずける内容だと思うんで
自身もって良いと俺は思う。作者さんカンケーない事書いてスマソ。
おもしろいです。次期待してます。
- 294 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:17
-
▼
- 295 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:17
- 時は慌しく過ぎ去って。
両手に抱えきれないくらいの花束を受け取り、美貴がカメラに向かって微笑みかける。
しばらく待っていると、スタッフから「OKでーす!」と声がかかった。
「藤本、お疲れ!」
隣に立っていた中澤裕子が美貴の首根っこを捕まえてガシガシとその頭を撫でた。
「わわわ、お、お疲れ様です」
「さ、これからホントのお別れ会やで! 覚悟しときぃ」
「なんの覚悟ですか」
うなじの辺りに嫌な予感を感じながら、美貴は疲れたような笑みを浮かべる。
今日はもう、ハロープロジェクトのメンバー全員が身体を空けている。
美貴の送別会のためにスケジュールを空けてくれたのだ。その心遣いに、美貴は素直に
感謝していた。
「そりゃもう、今夜は寝かさへん勢いであんな事やこんな事」
「あ、それ困ります。今日は亜弥ちゃんといたいんで」
へっへっへ、とセクハラ親父のような笑い方をしながら言われた台詞を、
美貴は一言でバッサリと切り捨てる。
途中で遮られて、裕子はちょっと悲しそうだった。
- 296 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:18
- 「なんやなんや、やっぱりみんな若い子の方がええんか。
アタシだってまだまだイケるで! 誰だったか言ってたやんか、20代はイケイケって!」
「でも中澤さん、あとちょっとで30でゃいへふほえ」
美貴が何を言おうとしているか読んだ裕子が思い切りその頬を引っ張る。
「この口かっ。生意気な事言うのはこの口かっ!」
「あーっ、オバチャンが美貴ちゃん苛めてるー!」
「それ、悪者から美貴ちゃんを助けろー」
「あたたっ! こら、辻、加護! 重いわあんたら!」
両サイドから飛びつかれて、裕子が悲痛な叫び声を上げる。
美貴はそれを爆笑しながら見ていた。
「藤本、笑っとらんで助けんかい!」
「じゃあ美貴、準備してきますねー」
さようなら〜とにこやかに手を振り、子供二人に襲われている裕子をほっぽって
スタジオを後にする。
「は、薄情者〜」
裕子の恨み言が背中にぶつかってきたが無視した。
- 297 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:18
-
- 298 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:18
- 一通り挨拶を済ませ、裕子が乾杯の音頭を取ってからは、もうみんな好き勝手に
騒ぎ始めてしまった。
成人組はアルコールによって。そうでないメンバーは持ち前のテンションで。
烏龍茶を舐めながらその騒ぎを眺めていたら、不意に肩を叩かれた。
振り向くと、グラス片手に真希が立っている。
「お疲れー。いやぁ、早いもんだね」
「ね。でも面白かったよ。色んな事できたし」
美貴が柔らかく目を細めて、軽くグラスを挙げる。真希はそれに自分のグラスを合わせ、
ニッと笑うと、首の動きで後ろを示した。
「抜けちゃっていいよ。こんだけ騒がしかったら気付かれないっしょ」
真希が示した方には、数人のメンバーと談笑している亜弥がいる。
たはは、と笑って、美貴はグラスに口をつけた。
「でも、始まったばっかだしさぁ」
「いいってば。早くしないと裕ちゃんに捕まっちゃうから」
真希は妙に急かしてくる。なんなんだろう、と首を傾げて、それから気がついた。
「ひょっとして、市井さんの時……」
恐る恐る尋ねると、真希は珍しく憮然とした表情を浮かべて頷いた。
「裕ちゃんのせいで指一本触れなかった」
「あぁ……」
なるほど、スタジオで裕子が言ってた事はあながち冗談でもないらしい。
メンバーには悪いが、そんな事態は回避したい。
- 299 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:19
- じゃあ、お言葉に甘えようかな。口の中で呟いて、美貴がジッと亜弥を見つめ始める。
少しして、亜弥が不自然なタイミングでこちらを見てきた。明らかに会話の途中で意識を
変えてきている。
美貴が小さく頷くと、亜弥は二言三言その場にいるメンバーに告げてから、二人がいる方へ、
というか、美貴の元へと近づいてきた。
真希が小さく口笛を吹く。
「やーだねー。やだねーもー」
からかうように言ってくるのに、美貴は「いーだろー」と勝ち誇った笑みを浮かべた。
トコトコと歩いてきた亜弥が、美貴の目の前で足を止める。
「どしたの?」
二人の顔を交互に見やって尋ねる。真希が歯を見せて笑った。
「じゃ、あたしは裕ちゃんブロックしてるから」
真希が何かを含んだ表情で亜弥の頭をポンと叩き、既に出来上がりかけている裕子の
方へ去って行った。
- 300 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:19
- 亜弥はまだ状況が飲み込めていないようで、キョトンとした顔で首をかしげている。
それがおかしくて、美貴が軽い笑声を上げた。
「なに? なにみきたん」
「んー? うん、なんだろうね」
「ふはっ、なにそれ」
美貴が壁に凭れて、亜弥に視線を絡める。「耳貸して」亜弥が顔を寄せると、そこに
吐息と共に囁きを吹き込んだ。
「帰ろ」
「え、いいの?」
「うん。それとも、もっとみんなといたい?」
あ、やだなあ。
亜弥がちょっとだけ唇を尖らせる。
大事な部分には鈍感なくせに、こういうところだけ確信してるんだから。
「……みきたんと二人がいいよ」
それでも、彼女が思っている通りの答えしか返せない。
美貴はクスリと笑って、亜弥の手を取ると、凭れていた壁から身体を離した。
「それじゃ行こっか」
「うん」
人目につかないよう、壁伝いに出口へ向かう。そっとドアをくぐり、廊下に出たところで
悪戯の共犯者みたいに笑い合って、それから全速力で駆け出した。
- 301 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:19
-
- 302 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:19
- 「おやぁ? 藤本ー? 藤本どこ行った〜?」
主役がおらんぞー。裕子の声に、真希が慌ててビールを彼女のグラスに注ぐ。
「トイレでも行ったんじゃない? まま、そんな事よりもう一杯」
「おー、ありがとなぁ。ごっちんにお酌してもらえるなんて、こんな贅沢なコトないわ」
くいっと一息でビールを飲み干し、裕子は幸せそうな呼気を吐く。
その酒臭さに少し顔をしかめながら、真希がチラリと会場を見回した。二人の姿はない。
上手く抜け出したようだ。真希はそっと胸を撫で下ろす。
唇についたビールの泡を舌で舐めながら、裕子がキョロキョロと周りを見回した。
「あれあれ、松浦もおらん。なんやもう、二人してどこ行ったんや。
みんなして裕ちゃんの事除け者にして。アタシだって、アタシだって頑張ってんのにっ」
「ゆゆ裕ちゃん落ち着いて。誰も除け者になんかしてないって」
酔っ払いの相手ほど気疲れするものもない。いきなり両手で顔を覆って喚き始めた
裕子を宥めながら、真希は胃の痛みを覚え始めていた。
がしっと両肩を掴まれる。
ひとしきり喚いた後に現れた裕子の瞳は、据わっていた。
「……ごっちん」
「は、はい?」
まずい。真希は瞬間的に察する。
- 303 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:20
- 「藤本と松浦、探してこい」
命令形ですか。
口元を引きつらせながら、真希は「まあまあ」と裕子を押さえる。
「いや、すぐ戻ってくるって。ちょっと待ってようよ」
猫撫で声で宥めすかすが、裕子は聞く耳を持ってくれない。
嫌や、と子供のように呟いて、騒いでいる面々を適当に手招きしながら叫ぶ。
「おいそこの! 誰でもいいから藤本と松浦……」
「裕ちゃん」
溜息と共に放たれた呼び声は、多少の怒気を含んでいた。
「う?」裕子が胡乱な瞳で真希を見やる。
「お願いだから、そっとしといてあげて。最後なんだよ?」
「なん……」
反論しようとした裕子の口が閉じる。酔っていても、彼女の瞳に込められたものは
感じられた。
「……しゃぁないなあ」
ぶつくさ言っているものの、裕子は二人を探す事を諦めてくれたようだ。
それに真希がホッとした直後。
「そんなら、ごっちんにあんな事やらこんな事やらしちゃるぅ〜!」
「はあ!? ちょ、やだやだ! よっすぃ! よっすぃ〜!!」
真希が必死にSOSを送った相手はその頃、
割り箸を鼻に突っ込んだ加護亜依をデジカメで激写していた。
- 304 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/13(土) 01:20
-
13回目終了。
すごい、こんなに登場人物の多いシーンは初めてだ!(笑)
それなのに短くてすみません。しかも展開早すぎるし……。
- 305 名前:円 投稿日:2003/12/13(土) 01:20
- レスありがとうございます。
>>284
あからさま過ぎる伏線ですね(笑)<藤本さんの行動。
レトリックはあれどトリックはないのが自分の文章ですダメじゃん。<早!
>>285
ごっちん……ごっちんは……。はっはっは(笑って誤魔化す)
この話、エゴイストばっかりですからねえ。
その最たる人がごっちんかもしれません。
>>286
藤本さんは無自覚です。というか「無」です(謎)
おっと、これ以上はネタバレになってしまうのでお口にチャック(爆)
天才的ではないですよ。一生懸命天才の真似事をしてる凡人です(苦笑)
>>288
この先、急展開となっております(笑)
>>289
じょ、上品ですか? いやレスを下さる方々は上品ですが。
すごいや、初めて言われた。エロくさいとはよく言われるんですが(爆)
えーと、onnaさんありがとうございます(笑)<ここで言うな。
>>290
個人的には同意です。ただ、今回はご本人のレスポンスがないのでなんとも(^^;
>>293
自分も長文レスは気になりません。うれしっす。
ただ、作者さんによってはプレッシャーになってしまうかもしれないので、
その辺の見極めは必要かなと。
- 306 名前:円 投稿日:2003/12/13(土) 01:21
- 流談(略しすぎ)
着々とDD振りに磨きがかかる今日この頃。
田中さんかわえぇですね。
しかし。へ、平成生まれか……_| ̄|○
- 307 名前:つみ 投稿日:2003/12/13(土) 10:25
- 最後の夜になるんでしょうか・・・
そろそろクライマックスに近づいて来てるっぽいんでしっかり見てます!
次回もまってます!
- 308 名前:たか 投稿日:2003/12/14(日) 08:36
- 面白かったっす。二人の最後の時間っすね次は。今回の話では後藤さんの優しさ
がとても個人的によかったっす。ゴトーさんいいっすねぇ。
まぁ中澤さんもとても面白かったけど(笑)最後の文も。細かいとこで面白いっす。
いよいよおおずめっすね。頑張ってください!!
- 309 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:06
-
▼
- 310 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:07
- 一瞬たりとも離れたくないと言うように、亜弥はずっと美貴の手を握っている。
おかげで美貴はいつまで経ってもコートを脱げない。
「あーやちゃん」
「うー」
「今日はもう、どこにも行かないから」
今日はという事は、明日になればいなくなってしまうという事で。
亜弥はそれが嫌なのだけれど。
口をへの字にした美貴が、掴まれていない方の手を亜弥の肩に廻す。その腕で
引き寄せて後頭部を撫でると、亜弥は渋々といった様子で手を離した。
「みんなに悪い事しちゃったかな」
美貴はコートを脱ぎながら、いつもの調子で話しかけてくる。
亜弥は一抹の寂しさを感じる。ただ、それは表には出さない。
無造作にソファへ投げられたコートに、亜弥が眉を上げた。
「みきたんっ、コートちゃんと掛けてよ!」
「あ、はい」
「もう……もう、何回言っても聞いてくれないんだから」
「だってさあ」
美貴が苦笑しながらハンガーにコートを引っ掛け、フックに吊るす。
こういうルーズさが亜弥は許せないようで、知り合ってからこっち、何度同じ事で
怒られたか判らない。
- 311 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:07
- 同じようにコートを脱いだ亜弥が、ふと思い出してコートのポケットを漁った。
「みきたん、はい」
「ん?」
ポン、と渡された小箱に、美貴がキョトンとする。
「誕生日プレゼント」
「え、あー、そっか。ありがと」
「開けてみて?」
「うん。へへ、なんだろ?」
包装を解いて、箱の蓋を持ち上げる。
出てきたのは、シルバーのプレートとチェーンで構成されたブレスレット。
プレートの両端には、小さな石が填め込まれている。石は深い紫と淡い乳白色のものが
一つずつ。
それが何を意味しているか気付いて、美貴が小さく笑った。
「アメジストとムーンストーンだ」
「あ、あれ? みきたん知ってたの?」
「知ってるよそりゃ。失礼だなあ」
ピン、と額を指で弾かれる。亜弥の頬が紅潮する。
自分だけの秘密にしておくつもりだったのに。
それは、密やかな繋がり。
- 312 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:07
- 「嬉しいよ。ありがと」
「う、うん」
こういうのはこっそりやるからいいのであって、バレると非常に恥ずかしい。
美貴が蓋を元に戻し、バッグに仕舞った。「ちゃんと持ってくからね」背中を向けたまま
言うと、亜弥はトレーナーの袖で真っ赤になっている顔を覆った。
――――この人、鋭いんだか鈍いんだか判んない。
亜弥が意味もなく腕をバタつかせ、それからおもむろに違う話題を口にする。
「あ、お風呂入る?」
「ん? 亜弥ちゃん先入っていいよ」
「えー、一緒に入ろうよ」
不満げに言うのに、美貴はその頭を撫でる事で答える。
「ちぇーっ」
「ゆっくりしてきな? 待ってるから」
残念だったが、とりあえずキス一つで許した。
亜弥が着替えを持ってバスルームに消えてから、美貴は勢いよくソファに座り込んだ。
目を閉じると、見る見るうちに首から上が熱を持って、同時に顔が茹だこ状態に変わる。
「なんでこんな……可愛い事しちゃうかな」
ソファの背凭れに顔を埋めて呟く。こんな状態で一緒にお風呂なんか入れません、
という話だ。
「……ふぅ〜」
さて、亜弥が戻ってくるまでに顔を元通りにしておかないと。
- 313 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:08
- 亜弥が上がってきてから美貴も入浴を済ませ、パジャマに着替えて戯れる。
並んで座ってテレビを見たり、お菓子をつまみながら取り留めのない話をしたり。
まるで、これからも同じような日々が続くように。
これが最後だなんて、二人とも忘れているかのように。
けれど、当たり前だけれど。
忘れてなんかいないのだ、二人とも。
その意識は、認識できないほどゆっくりしたスピードで部屋の中に溜まって、
いつの間にか二人の間に重い空気を作った。
キスをしている間くらいしか止まった事のない会話が、途切れた。
美貴が部屋の中を見回す。残念ながらどこにもきっかけになるようなものはなくて、
結局、意味のない笑い声だけが気まずげに洩れただけだった。
ちらりと見えた壁掛け時計。彼女が意識していたのはそれだったのだと、今更気付いた。
日付が、もう少しで変わるから。
- 314 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:08
- 「も、もう遅いし、そろそろ寝よっか?」
「…………」
美貴の言葉に、亜弥は答えない。応えない。
眠って、目が覚めたら。
彼女はいなくなってしまうから。
これくらいの我侭は、許されてもいいんじゃないかと思う。
「あの、亜弥ちゃん?」
「……もうちょっと、ダメ?」
きゅ、と美貴のパジャマの裾を掴んで、尖らせた唇から気弱な我侭を見せる。
美貴は思わずそれに頷きかけるが、途中で思い止まって結局は首を横に振った。
「明日早いし……んっ」
唐突に、予告なしに抱きつかれ、唇を奪われる。
亜弥はしがみついたまま、美貴とキスを続けた。
聞きたくなかった。明日の話は聞きたくなかった。
自分の前からいなくなる話なんて聞きたくなかった。
- 315 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:08
- 「…………ハッ……」
苦しくなって、美貴は半ば無理やり唇を離した。
なおも迫ってくる亜弥を困惑気味に手で制し、自らの失言をフォローするより先に、
彼女を宥めるために急いた口調で言う。
「わかっ……判った、から。寝なくていいから、ベッド行こ?」
「……寝ない?」
「うん。ほら、前だってさあ、ベッドの中で話したりしてんじゃん」
「判った」
美貴を捕まえていた腕を解き、立ち上がって一緒に寝室へ向かう。
もう、彼女の体温を感じながら眠る事もないのだと思うと、ひどく哀しかった。
並んでベッドに入り、お互いの顔が見えるように向き合う。
明かりを落としても柔らかい月光が差し込んでいて、微かに表情が見て取れた。
美貴の手が優しく亜弥の髪を撫でる。その、あまりの心地良さに眠ってしまいそうになる。
冷えていたシーツが、二人の体温で次第に気持ちのいい熱を帯びてくる。
いつも目覚まし時計代わりに使っている携帯電話は、どちらの物も電源を切った状態で
バッグに押し込まれている。
- 316 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:09
- 「ねえ、みきたん」
「うん?」
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
美貴が微笑する。
「覚えてるよ」
「あの時、マジむかついた。全然あたしの事判んなくてさー」
「えぇ? 美貴、まだその事で怒られなきゃなんないの?」
困ったように眉根を寄せ、小さく溜息をつく。
亜弥はその仕草にからかうような笑みを浮かべて、美貴の頭を軽く叩いた。
「もうね、松浦絶対忘れないよ、あの時の事」
「いやいいから忘れてよ」
「やだよーだ」
「ちょっと、亜弥ちゃぁん」
本気だと思ったのか、美貴が気弱い口調で呼ぶ。それがおかしかった。
毛布から腕を引き抜いて、緩く美貴の髪を撫でる。美貴の瞳が柔らかく細まる。
「でも、こんな仲良くなるとか思ってなかった」
君に、恋をするなんて思ってもみなかった。
- 317 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:09
- 美貴はそれに「うん」とだけ応えた。
「色んなとこ行ったよね」
「だね。渋谷とか原宿とか、オソロの物もいっぱい買って」
「うん。すごい楽しかった。ほら、それまであたし、あんまり友達と遊びに行けなくてさ、
一人で出かけてばっかだったから」
独りでいたから。
「……みきたんが初めて電話くれた時、嬉しかった。みきたんがあたしの事
心配してくれると嬉しかった。みきたんに会えると嬉しかった。
みきたんがキスしてくれると幸せになれた」
「亜弥ちゃん……」
美貴は既視感を覚える。薄明かりに浮かぶ、亜弥の瞳。
真っ直ぐに見据えてくるそれは、あの時の真希の瞳と同じ色で。
美貴は全ての言葉を飲み込む。
今の彼女に、何が言えるというのか。
だから、彼女の言葉を聞いていくしかない。
- 318 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:09
- 「それからずっと、みきたんは松浦の特別な人」
亜弥はとっくに気付いていた。ラインを超えてしまった事。
それでも、言葉は止まらない。
「……松浦の、一番大事な人」
言った後に、へへ、と笑って。
彼女が答えを返せない事くらい判っていた。
「なんてね」とか言ったら、誤魔化せるだろうか。
「友達」という単語を使えば、誤魔化せるだろうか。
問題はそこじゃなかった。
言えなくて、使えない自分の気持ちが、最大の問題だった。
最後の最後で堰を切ってしまった気持ち。
それを取り繕う事はしたくなかった。
- 319 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:10
- 「亜弥ちゃん」
少し強い口調で呼ぶ声。美貴は真っ直ぐに亜弥を見つめている。
「誕生日プレゼントのお返し、してないね」
それは、今までの流れを断ち切るように見えて、その実ひどく危険な言葉だった。
亜弥が驚きに目を丸くする。
だってそれは。
「何がいい?」
そんな事を聞かれたら。
「何でもいいよ。亜弥ちゃんが欲しいもの、言って?」
答えを確信している言葉。
「あ……」
言っても。
それを望んでも、いいと。
それはやはり、彼女の残酷さだった。
最後の最後で扉を開けてしまう、彼女の弱くて酷い、甘さだった。
- 320 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:10
- 亜弥は目を閉じて、そして囁いた。
「……みきたんが」
「ん……?」
「みきたんが、欲しいよ」
ずっと望んでいた事。彼女の100%を。
美貴が腕を亜弥の身体に廻す。
まるで初めて触れられるように、亜弥が小さく震える。
違う。
まるで、ではないのだ。
亜弥は今、本当に、初めて美貴に触れられた。
「いいよ。朝になるまでは、美貴の全部を亜弥ちゃんにあげる」
キスをしても埋まらなかった距離が消えていた。
それは、残酷で残酷で残酷で残酷な、彼女の優しさ。
罪深い、彼女の素直。
『愛してる。』
- 321 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:10
- 「うん……。ちょうだい?」
美貴が一度身体を起こし、亜弥の手を取って優しく組み敷く。
月光に照らされた二人の顔は微笑っていて。
そのくせ泣きそうなようにも見えた。
サラサラした亜弥の髪を、美貴の手が柔らかく撫でる。
そして、ゆっくりと亜弥の唇に感情のこもったキスを落とした。
「ん……っ」
美貴が深く求める。触れ合って、受け止めて、絡む。瞼は薄く開いている。
激しくはない。それは緩やかに流れる小川へ手を浸すような、優しくて穏やかで静かな
キスだった。
亜弥の腕に力がこもる。
「好き……大好き」
「ん……。美貴も大好きだよ……」
角度を変えて何度も口付ける隙間を縫い、本当の気持ちをお互いに囁く。
美貴の唇が亜弥の首筋を這って、それに呼応しているように、手のひらがパジャマの
裾から侵入してくる。
素肌に触れた手のひらは熱い。月光は二人の熱を冷ましてくれそうにない。
- 322 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:11
- 「……亜弥ちゃんさ」
「ん……?」
「美貴が寝てる時、イタズラした事あるでしょ」
亜弥の素肌を這う指先に、微かな震えが伝わる。
美貴は喉の奥で笑って、亜弥の首筋に頬を寄せた。
「お、起きて……」
「何回かね。結構困ったよ、やっぱそーゆー気分になっちゃうからさぁ」
からかいじみた口調に、亜弥の顔が羞恥の朱に染まる。
言い訳は……出来ないだろう。
けれどそれは。
君が、許してくれなかったから。
パジャマの内側に入り込んだ美貴の手のひらが、愛しそうに亜弥の肌を撫でる。
唇が耳朶に触れて、そのまま舌先が耳をなぞった。
「てゆーか、美貴もしてたけどね」
片手でパジャマのボタンを外しながら言うと、亜弥は「へぇ!?」と間の抜けた声を出した。
思わずまじまじと美貴を見つめてしまって、その顔に浮かんでいる妙に艶っぽい笑みに
囚われる。
「うそ?」
「ホント。知らなかった?」
「……知らない」
「亜弥ちゃんのせいだよ。あんまり可愛いから」
亜弥の呼吸が乱れ始める。それを聞き止めて、美貴は意地の悪い笑みを浮かべた。
- 323 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:11
- 「今、想像したでしょ」
「しっ、してないよっ」
「うっそだぁ。亜弥ちゃんやらしー」
子供が野良犬を囃し立てるような、悪意の見えないからかい。
亜弥は喉の奥で小さく唸ると、ふいと顔を背けた。
その仕草に美貴は少し焦ったような表情を浮かべて、亜弥に触れる手を止めた。
「亜弥ちゃん? 怒った?」
「……知らないよっ」
「ちょっ……」
美貴が困り果てた様子で、ご機嫌を取るように髪を撫でてくる。
それをわざと不機嫌そうな素振りで振り払って、軽く睨んでやると、
ますます困ったような顔をする。
行ってしまうくせに、最後の最後でこんな部分を見せる彼女が、愛しかった。
「しょうがないなぁ」
亜弥は声を殺して笑いながら美貴の頬を両手で包み、
「好きって言ってくれたら許してあげる」
聞いてる方が照れるような甘い声で告げた。
- 324 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:11
- それを受けて、美貴が苦笑しながら亜弥の首筋に顔を埋め、くすぐるように囁く。
「好きだよ。亜弥ちゃんが大好き。世界中で一番、亜弥ちゃんのことが好き」
言い終えてから、きゅっと手を握ってくれる。
不謹慎だし、馬鹿馬鹿しいとは自分でも思うのだけれど。
死んでもいいな、と思った。
「……じゃ、許してあげる」
「ははっ。ありがと」
美貴は小さく苦笑して、それから愛しげに亜弥の髪へ指先を潜らせた。
その時、二人の距離は0.3ミリ。どちらからともなく微笑み合う。
泣きそうには、見えなかった。
「……続き、していい?」
「……ん」
柔らかい唇を食むように口づけて、それから美貴が、静かに唇を亜弥の胸元に落とす。
- 325 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/20(土) 04:11
-
42分後、全ての隙間が埋められて、彼女は彼女を手に入れた。
- 326 名前:円 投稿日:2003/12/20(土) 04:12
-
14回目終了。
ラストで暗示しているのは、行為ではなく言葉だったりします。
……と、作中以外で説明を入れてしまうあたり、物書きとしてまだまだですね(苦笑)
- 327 名前:円 投稿日:2003/12/20(土) 04:12
- レスありがとうございます。
>>307
さて、どうなんでしょうか。最後といえば最後、かもしれません。
ひょっとしたら最初なのかもしれません(謎)
いやぁなんというか。これが最終回でも別にいいかなとか思ってみたり(爆)
冗談です。
>>308
さて、どう(ry
後藤さん優しいです。優しさの理由は優しくないかもしれませんが。
真の主役はごっちんのような気がしてきました、この話(苦笑)
吉を出すとなぜか1ボケ入れないと気が済まないらしいです、自分。
なんでだろう、よっちぃ大好きっ子なのに。<子って年でもない。
- 328 名前:円 投稿日:2003/12/20(土) 04:12
- 流し。
- 329 名前:円 投稿日:2003/12/20(土) 04:13
- もいっちょ。
- 330 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/20(土) 08:25
- はうっ・・・!
仕事行く前に読むのではなかった。
泣いてしまいそうです。
どうしても松浦さんに感情移入しちゃいます。
心臓鷲掴みされる感じが病みつきです。
- 331 名前:つみ 投稿日:2003/12/20(土) 11:49
- こんな寒い日にこんな心温まる物語がみれてうれしいです!
最後の言葉が身にしみました。
これで年が越せそうです。
- 332 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 16:10
- さすがです。円さん。
まだ終わっていないのに、読んだ後になんだか達成感がありました(w
ここで区切りですね。ほんと、溜息が出るほど面白い作品です。
これからも頑張って下さい
- 333 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 17:27
- 恋する惑星?あのフレーズ大好きっす
だと嬉しいなぁ、ってそんな事知るかよ!と、はい・・
夜が明けるのが嫌だな
- 334 名前:たか 投稿日:2003/12/20(土) 21:46
- 面白いな〜。本当に。あと一日という悲しみの中で美貴さんを想う亜弥さんが
めちゃくちゃ可愛く描けていました。ほんとにすごいっす。それと最後なのに
いつもと変わらないってのが心揺さぶりました。明日の今頃は・・・って僕も
思わず想像してしまいました。それほど円さんの文章が上手いです!!!!
文章全体になんか力があるっていうか・・なんて言うか・・。
クライマックス楽しみです!!!!頑張ってください!!
- 335 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 23:58
- ずっと朝が来なければいいのに。
読んでてすごく切ない気持ちになりました。
- 336 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:22
-
▼
- 337 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:23
- 目が覚めて、無意識に隣へ手を延ばす。
あるはずの感触も温もりも見つけられなくて、亜弥は瞼を上げた。
「……みきたん?」
起き上がって部屋の中を見回す。見える範囲に美貴の姿はなくて、ただ、ベッドの脇に
脱ぎ捨てられたパジャマが抜け殻のように落ちていた。
リビングにいるのだろうかと、ベッドを抜け出してドアを開ける。
「みきたん?」
呼び声に応じる気配は何もなかった。
ドアというドアを全て開け放っても、どこにも美貴はいなかった。
無意識に、右手がパジャマの胸元に延びる。
強く、強く強く強く、指先に触れたパジャマを握り締める。
痛みはない。辛いのかもしれない。悲しいのかもしれない。ひょっとしたら、
期待していたのかもしれない。忘れてしまいたかったのかもしれない。
聞こえないふりを、していたかったのかも、しれない。
それは――――空虚だった。
- 338 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:23
- 首の後ろに、針で刺されているように鬱陶しい痛みを覚えた。
判っていた。こうなる事は判っていた。予想していたし確信していたし願っていた。
彼女が、こうする事を、願っていた。
それと同時に、彼女がこうするという予感が外れる事を、願っていた。
言えない言葉を言わないままにしてくれる事を願っていたし、言えない言葉を言わずに
留まってくれる事を、願っていた。
右手の爪が、強く握りすぎて白くなっている。
「や……だ」
呆然とした声が出て。
ぼんやりとした瞳から。
ボロボロと涙が零れた。
いつかのように、彼女は眠っている間にいなくなった。
いつかのように待っていても、美貴は戻ってこない。
だって、約束していないのだから。
- 339 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:23
- 部屋の中は昨夜と何も変わっていない。家具も小物も洗面台に置かれた2本の歯ブラシも
キッチンの食器棚へ収められたお揃いのマグカップも。
そして、亜弥の身体に残る、彼女の熱も。
発つ鳥は、先人の教えを守ることなく大量に跡を濁して、そのくせ亜弥の肌はどこまでも
白いままにして飛び立った。
それが彼女の答えだったし、それは彼女の甘さだったし、それに含まれた意味は、亜弥に
対する問題提起だった。
自身を支えきれなくて、思わず手近にあった椅子へ崩れ落ちる。
右腕がテーブルにぶつかり、その衝撃で、置かれていたこの部屋の鍵がチャリリと鳴った。
それは安っぽいキャラクター物のキーホルダーに付けられていた。付けられている鍵は
ひとつだけだった。たったひとつのそれが、鈍い銀色に煌いていた。鈍く煌く鍵の
輪郭はぼやけている。
それは。
ここに、存在していて欲しくなかった。
濡れた双眸でぼやけた鍵を見つめる。じりじりと痛む右腕を延ばし、指先でキーホルダーを
押さえながら引き寄せる。
鍵は、冷たかった。
- 340 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:23
-
そうして、二人が恋人だった時間は終わりを告げた。
- 341 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:23
-
▼
- 342 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:24
- 呼ばれたのが自分でよかったと、真希は心の底から安堵していた。
今の彼女を見たら、誰だって慰めるだろう。
優しい言葉をかけて、頭を撫でてやって。
多分、彼女はそんなものを望んでいない。
――――違うか。
音にもならない、微かな溜息をつく。
望んでいなかったのは自分だ。誰にも何もされたくなかったのは、過去の自分だった。
同一視しすぎている。その自覚はある。
それでも、やはり自分の価値観で動くしかない。
彼女が自分を、加護でも吉澤でもなく自分を選んだことの意味を、考えなければならない。
真希は膝を抱えて蹲っている亜弥の正面に腰を下ろし、しばらく黙って彼女を見ていた。
ソファが柔らかすぎて、なんとなく浮かんでいるような感覚を覚える。
軽く身体を揺らし、その感覚を楽しむ。
それにも飽きて、頭の中で適当に思い浮かんだ曲を歌った。
- 343 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:24
- 3曲ほど歌い終えてから、細く長く息を吐く。
「まっつー」
呼び声に亜弥が顔を上げる。頬に涙の筋がはっきりと残っていた。
真希は優しく微笑む。手負いの獣に、自分は危険な存在じゃないと示すように。
判っているからと、告げるように。
「……おいで?」
緩く目を伏せて呼ぶと、亜弥は緩慢な動作で立ち上がり、そのまま倒れ込むようにして
真希に身体を預けた。
ソファに深く埋まった真希の身体は動かない。
唇が音を発することも、腕が抱きしめることも、手のひらが撫でることもない。
「美貴ちゃん、抱いてくれた?」
静かな問いに、亜弥は微かに頷いた。
いつもならそんな質問には答えられないだろう。
だからそれも、やはり彼女の空虚だった。
真希の唇から熱を含んだ吐息が洩れる。
それなら、彼女はもう埋まってしまったんだろう。
それなら、彼女はもう完成されてしまったんだろう。
隙間が埋まって、虚空が詰まって、もう誰も、恋焦がれている相手でさえも。
彼女を、崩せない。
- 344 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:24
- 「……後藤使っていいよ。大丈夫だから」
差し出したところで、どうにもならないのは判っているから、真希は自分を使わせてやる。
確かめれば納得するのだ。ああやっぱりと安堵するのと同時に落胆して、そして、
決められる。
誘いに乗った亜弥が真希の首筋に軽く噛み付いた。それでも真希は眉一つ動かさない。
亜弥の行動に、真希は微笑を崩さないまま息をついた。
それは本能でも理性でも情動でも希望でもなく、ただ、彼女の寂しさだけが含まれた
攻撃的な虚空の発露だった。
唇を塞がれる。それはひどく丁寧なキスだった。真希は全身を弛緩させたまま、
亜弥の唇を受けとめる。
額に、耳に、こめかみに、瞼に、頬に、鼻に、顎に。次々と唇が落ちてくる。
その全てを優しく受け止めた真希が、ようやく視線を亜弥に合わせた。
顔を上げた亜弥は、どこか悔しそうな表情だった。
それを見た真希が微苦笑を浮かべる。これじゃあまるで……。
- 345 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:25
- ――――……まいっちゃうね。
吐息で苦笑と感情を流した。重ねすぎるのはまずい。古傷を抉るのは趣味じゃない。
こんな、歪んだナルシズムはいらない。
今しなければいけないのは彼女を支える事であって、感傷に浸る事じゃない。
亜弥が凭れかかって来る。真希は少しだけ首を倒して、額を置くスペースを作ってやる。
片手を柔らかく亜弥の腰に置いて、真希が囁いた。
「消えないよね」
「……うん」
「駄目なんだもんね?」
「……うん」
「じゃあ、ごとーと一緒に待ってようよ」
独りで待つのは辛すぎるから。
全てが埋まってしまって、他に何も要らなくて入れなくて、それでも壊れる事が出来ない
辛さはよく判っている。だから彼女を支えたかった。
吉澤が、自分に入ろうとしないように掴もうとしないように、ただ触れるだけの存在で
いてくれているように、真希は亜弥に両手を押し付けた。
それは熱くも冷たくもない、温もりのある優しい手のひらだった。
「……ごとーと一緒にいよ」
これ以上失わないように。繋がりを自ら断って、独りになってしまわないように。
- 346 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:25
- 真希の手がゆるゆると上がって、亜弥の髪を梳る。
亜弥は何も言わず、ただ、ぼんやりと真希の優しさに触れていた。
「ごとーは、まっつーを独りにはしない」
崩せないなら崩さない。壊せないなら壊さない。
「……ごっちん」
「ん?」
「ありがと」
「……うん」
真希が緩やかに笑う。
彼女はもう決めたんだろう。決めさせたのは自分だから、責任を取らなければいけない。
これ以上、失わせるわけにはいかない。
- 347 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:25
-
気を付けてはいたものの、やはり真希は彼女に自分を重ねすぎていたのかもしれない。
真希はこの時、最も基本的で、最も簡単で、最も重要な事を忘れていた。
彼女が『松浦亜弥』だという事を。
- 348 名前:冬 『素直』 投稿日:2003/12/26(金) 01:25
-
15回目終了。
夜が明けました。
そして石を投げられそうな展開となりました(爆)
でも実は、この場面が一番書きたかったとこでしたり。
でもって冬は今回で終了です。
- 349 名前:円 投稿日:2003/12/26(金) 01:26
- レスありがとうございます。
>>330
うはぅ! すす、すみませんすみません。
しかしながら、読んでくれた人の心を動かせた、というのは書き手として至上の
喜びでもあります。
>>331
せっかく温まってもらえたのに、今回は年が越せなくなりそうな展開ですみません(苦笑)
や、やっぱり年明けてからにした方がよかったかなあ……(^^;
>>332
ありがとうございます(照
よかった、「ここで終わるのかよ!」とか言われたらどうしようかと思ってました(爆)
こういうシーンはなかなか難しいです(苦笑)
>>333
イエース! そうです、恋する惑星のキャッチコピー(?)です。
何気に王家衛監督リスペクト人間でしたり(笑)
こういう感じで、ハロプロとなんら関係のない小ネタを盛り込んだりしています。
>>334
松浦さんは矛盾してますから(笑)<何度言うつもりか。
いつもと変わらない風にしていたのは、松浦さんの悪あがきです(笑)
>>335
朝、来てしまいました(苦笑)
今回はさらにちゃぶ台をひっくり返したくなるような展開となっておりまして(殴)
- 350 名前:円 投稿日:2003/12/26(金) 01:26
- 公私共に忙しく、上手く時間が取れないため、変則的な更新となっております。
次回は1月10日前後かと。
- 351 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/26(金) 01:48
- ぎゃあ!こんな気持ちのまま新年を迎えるなんて!
夢にまで出てきそうですよ…。
でもこの時期何かと忙しいですからね。
おとなしく(外面だけ)待ってます。
- 352 名前:たか 投稿日:2003/12/26(金) 10:17
- よかったっす。後藤さんの優しさ溢れる回でしたね。
松浦さんがとても可哀想でした・・・(悪あがきも効果無しっすか (苦笑)
なんか僕も後藤さんが影の主役のように見えてきました・・
優しさは温かかったけど悲しい雰囲気でしたね。
藤本さんが戻ってほしいと思ってるのは僕だけでしょうか・・・
- 353 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/26(金) 10:25
- あいたたた…
こんな気持ちのままで新年まで我慢だなんて殺生ですよ〜(泣
まぁ、この時期色々ありますからね。
俺もおとなしく10日前後ってのを待ってます。
- 354 名前:つみ 投稿日:2003/12/26(金) 13:40
- こんなキモチのまま年を越すなんてつらいですね〜
でも新年一発目のお年玉ということで期待してますんで
よろしくおねがいします!
- 355 名前:332 投稿日:2003/12/26(金) 22:12
- 今年最後の更新お疲れ様でした。
最後の1行が…あぁ、なんだ…(w
続きが気になって仕方が無い。でも焦らずゆっくり更新してください。期待してますから。
と、言ってペースを崩させてみたり(w
- 356 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/31(水) 18:27
- うわぁ!ここで区切って年越しですか〜!!
ぬぬぬ、続きが気にならないわけではないですが、
作者さんのペースを乱すわけにはいかない…
歯がゆさいっぱいで年を越すことになりそうですw
今年いっぱいお疲れさまでした。また来年ヨロシクです。
よいお年を〜。
- 357 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:27
-
▼
- 358 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:27
- あの日訪れた空虚を懐かしんでしまうくらい、亜弥は忙しかった。
コンサートツアーが発表され、そのリハーサルや合間を縫って行われる数々の撮影。
楽屋に一人、ぽつねんと佇み、携帯電話を手にする。
鳴らないメロディ。ただ一人のために設定した、それ。
静かな楽屋。ドア一枚隔てた向こうにある喧騒。
その喧騒の隙間から、ドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞー」
亜弥はいつものように答える。
ドアが開いて、真希が入ってくる。手には紙袋。
「やっほーまっつー。これ、差し入れ」
「ありがとー。何かな?」
受け取った袋の、簡単に折られた口を開ける。果実の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「桃のタルト。これね、後藤のお薦め」
「へー。あ、ごっちん座ってよ」
「うん」
亜弥が座っている場所の真向かいにある椅子へ腰掛けて、真希はテーブルに肘を乗せる。
何が、と断定する事は出来ないが、確実に何かが変わっている亜弥の横顔を見つめる。
ふっと、亜弥に気付かれないように微細な笑みを浮かべ、ここにいない彼女を思う。
- 359 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:28
- 無造作にテーブルの上へ置かれた本を見つける。亜弥の私物であることは一目で知れた。
真希にも覚えがあった。同じ音楽を聴いたり、同じ景色を見に行ったり。
そんなものが、代わりになるはずがないのに。
亜弥がインスタントの紅茶を入れてくれる。「ありがとう」礼を言ってそれを片手で包む。
「寂しい?」
尋ねると、亜弥は小さな苦笑いを浮かべた。
「どうかな。よく判んない」
手紙とか、電話とか、そういうものが亜弥に届いた事は一度もない。
便りがないのは良い知らせというし、向こうで元気に面白い事を探しているんだろう。
亜弥の方から、連絡を取る事もなかった。
それはルール違反だったから。
美貴の家族や、もしかしたら目の前にいる真希にでも聞けば、連絡先を教えてもらえる
かもしれない。
けれど、亜弥がそうする事はなかった。
彼女が示した回答方法はひとつだけで、それ以外の方法を取ったら、きっと納得しない。
- 360 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:28
- 見つけたのはすぐだった。
それに気がついた時、亜弥は怒りを覚えて、それから嬉しくて一人で泣いた。
その事は、真希にも言っていない。これは二人だけの秘密。
ただ、亜弥が出した答えだけは告げていた。
「みきたんはね」
「うん?」
「面白い事探しに、向こう行っちゃったんだ」
真希の眉が微かに上がる。
「知ってる、けど」
「バカみたい」
そう言う亜弥の顔はひどく優しくて、その言葉が愛情だと知れた。
真希は少し切なくなる。
自分が間違っていた事をこんな風にはっきり突きつけられて、それこそバカみたいだと思う。
- 361 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:28
- カップから手を離して腕組みをする。ストレッチをするように首を上に向けて、
ぷかっと息を吐いた。
「んあー。マジ惚れてるじゃん」
「嫌いだよ」
「へ?」
「大っ嫌い」
亜弥の言葉に、真希が困ったように頭を掻く。
――――だから、そういう顔で言っても説得力ないってば。
そんな柔らかい表情で、甘い声音で。
好きだ好きだと大声で言ってるのと同じだ。
それは、自分達の間にある、小さな差異。
「……まっつー」
「ん?」
「ホントは後藤、なんにも出来ないんだよねぇ」
亜弥は、その台詞の意味が判らないようで、微かに眉の角度を変えただけで
何も答えなかった。
- 362 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:28
- 「だってまっつーは、後藤じゃないし」
その瞳はどこまでも優しくて。
「後藤は、よっすぃじゃないんだから」
その声は、少し寂しそうだった。
「そんで……美貴ちゃんは、市井ちゃんじゃない」
簡素なカップに入った紅茶を、小さく音を立てて啜る。
「……ごっちん?」亜弥が訝しげに問いかけたが、真希は微笑を浮かべるだけで誤魔化した。
判っていないはずがなかった。彼女を重ねて、自分を重ねて、それがぴったり一致する
はずなんてない。
ずれた差異に気付かないふりをして、はみ出した相違から目を逸らして。
そんな事をしても、彼女達の影に、自分達は隠れない。
「昨日、市井ちゃんに電話かけてみた」
「市井さん?」
「うん。番号変わってなかった」
それに含まれた意味に、亜弥は微妙な笑みを溢す。
「よかったね」と、言ってやるべきだろうか。
迷っているうちに真希が口を開いたので、亜弥は声を発する機会を失った。
- 363 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:28
- 「元気そうだったよ」
「そっか」
「……会えないんだけどさ」
「なんで?」
「断られたから」
思い出したのか、真希が目を伏せて軽く笑った。
「まだ、後藤には会えないんだって」
どうしてか、真希は嬉しそうだった。
その理由を尋ねようとは思わなかった。
真希が親指でカップの縁についた紅茶を拭い、目を眇めて亜弥を見つめる。
何も知らない人が見たら、喧嘩を売っているように映ったかもしれない、そんな表情だった。
けれど亜弥は、その表情の意味を取り違えない。
「ごっちんってマイペースだよね」
「あはっ。よく言われんだけど、実は後藤、よく判ってないんだ」
「うん」と、特に意味もなく頷いて、亜弥は笑う。
「ごっちんはごっちんでいてよ。他の誰でもなくて、そのまんまでいて?」
「……うん」
ふふ、と笑って。
牽制なのかなと、ふと思った。
- 364 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:29
- 「失礼します。松浦さん、準備お願いします」
スタッフが亜弥を呼びに来た。亜弥はにこやかに応え、真希に向き直る。
「じゃ、あたしもそろそろ」
「うん。差し入れありがとね」
一緒に楽屋を出て、それぞれ違う方向へ歩き出す。亜弥はスタジオへ、真希は外に。
ピタリと真希が足を止め、振り返って、声を張り上げた。
「まっつー!」
その声に反応して、亜弥が振り向く。
真希は一度だけ苦しそうに息を吐いて、それから亜弥を真っ直ぐに見つめた。
彼女の背中を押すことが、自分の義務とは思えなかった。そんな権利があるとも
思えなかった。
胸が痛くて、潰れてしまいそうなくらい胸が痛くて、真希は泣きたくなる。
それは、同一視していた彼女を、自分から切り離すことによる痛みだった。
痛かったが言いたかった。同一視するのでもなく、無視するのでもなく、
代わりにするのでもなく、ただ彼女を彼女だと意識して見て、その背中に触れていた
両手を少しだけ強く押してみたかった。
そうしたら、彼女の願いを叶えられるような気がした。
他の誰でもない、自分のままでいられると思った。
「いちーちゃんを好きなごとー」と、折り合いをつけられるような、気がした。
だから真希は叫ぶ。
- 365 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:29
- 「誰に何言われたって、自分のしたいようにしたらいいし、それで何があったって
まっつーは大丈夫だし、あたしはずっと……」
そこで口ごもる。どう言ったらいいんだろう。
「味方」、「仲間」、「同士」……どれも違った。
亜弥は軽く手を振って、ひどく綺麗な笑みを浮かべた。
真希は伝わった事に安堵する。
多分、彼女の決意を知ってる人間は自分だけだし、それに納得できるのも自分だけだった。
だから、伝わった事に心底ホッとした。
撮影に向かう亜弥の背中に、届かない言葉を放つ。
「まっつーはホント、ごとーより我侭だよ」
こっちなんか、もう3年も待ってんのに。
たった2ヶ月で痺れを切らしちゃうなんて。
- 366 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:29
-
▼
- 367 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:29
- 亜弥の前には、プロデューサーであるつんくとマネージャー、それから和田が座っている。
つんくは煙草に火をつけると、渋い顔で最初の一息を吐き出した。
「……本気か?」
「はい」
「なんでや?」
つんくの指先が、苛々と煙草を叩いている。亜弥はそれを穏やかに見つめている。
「大事なものがあるんです。……一番、大事なもの」
横に置かれたバッグには、折り癖のついた本が入っている。
つんくが深い溜息を吐き出した。
「そんな事したらどうなるか、判らんワケでもないやろ?」
「そうですけど」
「だったら、そんな我侭言ったらアカン」
「いくらつんくさんの言う事でも聞けません」
長くなった灰が、自重に耐え切れなくなって床に落ちた。
「おっと」つんくが慌てて残りの灰をアッシュトレイに落とす。
- 368 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:30
- 煙草の先をじっと見つめ、何かをぶつけるようにそれを乱暴にもみ消す。
それから、肘掛けに置いた腕で頬杖をついて、重苦しい口を開いた。
「松浦はホンマ我侭やな」
口の端を歪めて。しみじみとした口調で。
それはまるで、父親のようで。
亜弥は叱られた子供のように肩を落とす。
「……上には、俺が話をつける」
「え、いいんですか?」
「しゃぁないわ。ダメや言うたところで、聞きそうにないしな」
つんくは苦笑いを顔に貼り付けたまま、ひらひらと手を振った。
「どこでも行ったらええわ」
「……ありがとうございます。それと、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げ、亜弥は事務所を後にした。
- 369 名前:春 『さみしい気持ち』 投稿日:2004/01/04(日) 04:30
- 「いいんですか? 大変な事になりますよ?」
和田が重く立ち込める沈黙を破る。
「そんなん言うてもなぁ……。松浦の目、見たか?」
「は?」
顔を手のひらで撫でさすって、顔に張り付いた苦笑を拭い去る。
軽く閉じられた瞼の隙間から覗く鋭い眼光に、和田が微かに身じろぎをした。
「おもろいな……おもろいなぁ松浦は」
出会った時から感じ続けている、彼女の自信。
きっと、この先何があっても、彼女は壊れないんだろう。
つんくが面白そうに笑う。
さて、事務所に話をつけて、それから曲を作ろうか。
彼女のための曲を。
- 370 名前:円 投稿日:2004/01/04(日) 04:30
-
16回目終了。
えらい勢いで前回更新時の予告を無視してしまいました(苦笑)
春はこれで終了です。というか、次でラストです。
あまり間を空けて中だるみしてしまうと難なので、4日中か日付が変わるあたりで
ラストまで行っちゃおうかと。
- 371 名前:円 投稿日:2004/01/04(日) 04:30
- レスありがとうございます。
>>351
無事に新年を迎えられたでしょうか?(^^;
夢に出てきたらむしろラッキーかも!(笑)
そ、外面だけ!? という事は内面は……ガクガクブルブル。
>>352
藤本さんが戻るラストも考えたんですが。
それはちょっと違うかなと。<ネタバレですね(爆)
>>353
この時期、地元を離れてる身としては大変です(苦笑)
ちょっと早めに更新してしまいました。でもまだすっきり出来ないんじゃ
ないかとも思いますが(苦笑)
>>354
お年玉……そうか、ここでも自分はあげる方の立場なんだ(笑)
いや、なんだか期待を裏切ってしまったような気がします。
諭吉かと思ったら漱石だったくらいの勢いで(爆)
>>355
ペース乱されてしまいました(笑)冗談ですが。
ええもう、松浦さんですから! あの松浦さんがおとなしくしてるはずが
ありませんから!(笑)
>>356
えーと。ホントはもう一回前の、藤本さんと松浦さんがうなうなする回で
2003年最後になるはずでした。
どこで配分を間違えたのか、未だに判りません(苦笑)
こちらこそ、本年もよろしくお願いします。
- 372 名前:円 投稿日:2004/01/04(日) 04:31
- 流し独り言。
予定では今日地元から帰って、ゆっくり休むはずでした。
が。辻加護卒業のニュースが自分でも驚くくらいショックで全く眠れず、
こんな時間の更新となりました(苦笑)
自分DDなんですが、推しとか萌えとかとは別の次元で4期メンが大好きでして。
おかげで自分の作品、やたらと4期登場頻度が高いです。特によしこ(苦笑)
まあどうなっても、あの子達を「書かない」というのは無理だろうなと思うんですが。
なんだか子供を送り出す親の気分です。
……あぁっ、新年一発目なのに暗い! すみません……。
- 373 名前:つみ 投稿日:2004/01/04(日) 07:09
- まってました!
松浦さんは一体何を・・・
今日中にラストまででいきますか?!
まってます!
- 374 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/04(日) 15:56
- いよいよラストですか…
正座して待ってます。
- 375 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/04(日) 23:09
- ドキドキ
- 376 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/04(日) 23:32
- まだかな〜♪
なんか久しぶりに結末が見えない話です。
すごく楽しみに待っています。
- 377 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/04(日) 23:58
-
▼
- 378 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/04(日) 23:59
- 「ああっぢぃ〜」
日本語で言ったのだが、そのウンザリした口調で勘付かれたのだろう。
横を通り過ぎていく人達が、胡散臭そうにこっちを見ていく。
「おっと」
適当に笑顔を振り撒き、手を振ってみる。そうすると、簡単な挨拶と笑みが返ってきた。
もう半年以上になるから、言葉も日常会話程度ならできる。美貴は同じように挨拶を返す。
ここに来るのは、すでに毎日の習慣になっていた。
この国で最もメジャーな観光地というわけでもないが、大都市である事に
変わりはないので、毎日それなりの観光客を目にする。
その中には面白い事を連れてくる人もいたりして、ここ半年は結構充実していた。
しかし、この暑さはなんとかしてほしい。時間によっては日陰になって多少涼しくなるが、
日中はほとんど直射日光に当てられている。
おかげですっかり日焼けしてしまって、多分石川梨華といい勝負だ。
- 379 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/04(日) 23:59
- 美貴が凭れかかっているのは巨大な扉だった。もちろん、扉だけがでんと建っている
わけではなく、その巨大な扉を配しているのは更に巨大な教会だった。
セント・ジェンナーロ教会。ナポリにあるそれは、以前ロケで訪れた事がある。
その時に魅せられて、こうして移り住んでしまったのも既に懐かしい。
その荘厳さに感動したのも今は昔。すっかり見慣れてしまって、ただの馬鹿でかい
教会にしか見えない。
まあ、そんな事を口にしようものなら大変な目に遭う事は判りきっているので、
一度も誰かに言った事はないが。
他の街にある教会も手当たり次第に訪れてみた。どれも面白かったが、すぐに飽きた。
そうして美貴は毎日、一日の大半をここで過ごしている。
汗で額に張り付いた前髪をかき上げる。ここに来る途中で買った水はぬるくなっていた。
それを一口だけ口に含み、美貴はぼんやりと通り過ぎていく人と乗り物と動物を眺める。
いつもと同じ景色と、いつも違うはずの人達。
ぼんやりと日が暮れかけるまでそこで過ごし、人通りが絶えた頃になって腰を上げる。
ホームステイ先はここから少し離れている。早めに帰らないと叱られてしまう。
美貴の右手にはシルバーのブレスレット。そのチェーンが覆っている部分だけ、
肌に白く跡がついていた。
指先で、軽くプレートを撫でる。元気にしているだろうか。
- 380 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/04(日) 23:59
- 「いたー!!」
突然響いた叫び声に美貴が振り返る。あまりにも悲鳴じみていたので、誰か転んだか
事故にでも遭ったのかと思ったのだが、声の主を見つけた瞬間、それが勘違いだと判った。
「……ふはっ」
思わず吹き出した。声で判らなかった事がバレたら怒られるだろうか。そんな下らない
事を考える。
駆け寄って来るのが見えたから、美貴は両手を広げて待ち構えた。
「もう、バカー!」
亜弥の両腕が、鞭のようにしなった。
「ぶ!」
亜弥が振り上げたバッグが顔面にクリーンヒットする。中身はあまり入っていないらしく、
それほど痛くなかったが、美貴は大げさに顔をしかめて手のひらで鼻柱を押さえた。
「あの……亜弥ちゃん。一応今って感動の再会シーンなんじゃないかと思うんだけど」
「うるさい! 勝手に、あたしに黙って行っちゃったくせに! 偉そうな事言うな、バカ」
「またバカって言う……」
やれやれと息をつき、しょうがないので自分から抱きしめる。
殴って怒鳴って気が済んだのか、亜弥は大人しく美貴の腕に包まれて、その腰に手を廻した。
- 381 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/04(日) 23:59
- 日は暮れかけていて、少し陰になる位置にいるから、まばらに通り過ぎる通行人も
こちらに注目したりはしない。
だから、まあいいかな、と思う。
美貴の手が、そっと亜弥の髪を撫でて、唇が頬に触れる。
「会いたかった?」
「会いたくなかったら、わざわざ来ないよ」
拗ねた口調で言われて、美貴は軽く苦笑した。
「まーあれだよね。いっつも美貴が亜弥ちゃんに呼ばれて行ってたからさぁ、
一回くらい、亜弥ちゃんが来てくれてもいいんじゃないかなぁって思ったんだ」
「いやいや、うちに来るのとイタリアじゃレベルが違うから」
「うん。簡単には来れないよね」
人気アイドルが、住所も連絡先も知らない人を探しに来るなんて。
簡単じゃない。美貴も出発前に、彼女のスケジュールを聞いていた。
本当なら、今はツアーの最中のはずだ。
「見つけんのに2ヶ月くらいかかった。もうイタリア、教会多すぎ。
言葉わかんなすぎ。広すぎ」
「うん」小さく頷いて、亜弥の首筋に張り付いた髪を払う。そこに唇を当てると、
亜弥が微かに身を竦めた。
- 382 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:00
- 甘えるように触れてくる唇を受け止めながら美貴の頭を抱え、亜弥は夏の匂いが
する髪に頬を摺り寄せた。
「何回も往復してさ。もうマイル貯まりまくりだよ? ヨーロッパ一周できるくらい」
「そっか」
そんな簡単に、何度も海外へ来れる身じゃないはずだった。
そうするためには、彼女の代名詞を捨てなければならないくらい、忙しいはずだった。
「だいたい、みきたん松浦の事置いてったくせにあんな事して。どっちだよとか思ったもん」
亜弥のバッグの中には、一冊のガイドブックが入っていた。
その中の1ページに書き込まれた、簡素な文章。
喉で笑って、美貴は気持ちよさそうに目を閉じた。
どっちだったのかは、自分でもよく判らない。
来て欲しいと思っていたのかもしれないし、来なくてもいいと思っていたかもしれない。
ただ。
「教会で待ってるって。そんだけじゃ判んないよ。ちゃんと名前も書いといてよ」
「だって、すぐに見つかっちゃったらつまんないじゃん」
本当に。
面白いな、と思ったのだ。
彼女が代名詞を捨ててでも、来てくれたら。
- 383 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:00
- 亜弥が少し身体を離して、美貴の右手首を掴む。
「してくれてるんだ」
「当たり前じゃん。見てこれ、ここだけ白くなってんの」
ブレスレットはもう、身体の一部のように馴染んでいた。
亜弥は嬉しそうに微笑むと、それを軽く撫でてから持ち上げ、填まっているアメジストへ
静かに唇を押し当てた。
「そっちなんだ?」
からかうような、寂しがっているような、挑発するような語調の言葉に、
亜弥がちらりと笑う。
「だって、もう出来ないから」
「してもいいよ」
「いいの?」
「うん。特別にね」
特別。それは例外と同義だった。
結局、亜弥が出した答えはそういう事だったし、美貴もそれでいいと思った。
答えを出せずにいた亜弥に苛々していたからヒントをあげた。その結果がどうであれ、
それを正しいとか間違ってるとか言うつもりはなかった。
本当はどっちでも良かったのだ。彼女が来ても来なくても。
願ってなんかいなかった。
ただ、結果だけを求めていた。
- 384 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:00
- 亜弥がゆっくりと美貴の首筋に腕を絡める。美貴は微かに目を伏せただけで動かない。
静かに唇と唇が触れ合って、離れた。それだけだった。
「……ホントは、永遠の愛とか誓っちゃってもいいシチュエーションだよね」
なんたって教会の前だしさ。亜弥が拗ねたように言うのに、美貴は苦笑を洩らした。
「ヤだよ」
「うん」
別に本気で言ったのでもなかった。
ただ、本音だった。
亜弥が美貴の肩口に顔を埋めて、日焼けした肌に噛みつく。夏の味がした。
「いたた」美貴が僅かに顔をしかめ、亜弥を押し返す。
「なに、いきなり」
「噛みたかったから」
「てゆーか亜弥ちゃん、前にも噛み付いてきた事あるよね。なに、実は吸血鬼?」
「なわけないじゃん」
亜弥は肩を竦めながら苦笑する。
- 385 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:01
- それはあまりにも純粋で動物的な性衝動だった。
彼女に牙を突き立てて、穴を穿って喰らって。
彼女とひとつになりたいという、本能。
純粋だったら、動物だったら、喰らえていたかもしれない。
真っ直ぐに彼女を愛せていたら、狂えていたかもしれない。
苦笑いの形を保ったままの唇から、静かな、独白のような呟きが洩れる。
「――――みきたんなんか大っ嫌い」
「え?」
さすがに予想していなかったのか、不意に呟かれた台詞に美貴が小さく眉を上げる。
「どうしていいか判んない。みきたんはあたしに何もしないくせに、あたしに全部
決めさせようとするから。だから、そんな意地悪なあんたなんか大っ嫌い」
「……そう」
亜弥の表情は消えて、美貴の口調も色を失って。
そこには、形のあるものは何一つ存在していなかった。形のない、更地のような
虚空だけが詰め込まれていた。
「でも愛してる」
それは、捩れて、歪んで、矛盾している恋だった。
捩れたまま、歪んだまま、矛盾したまま固まってしまった不動の恋だった。
- 386 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:01
- 「世界中で一番、みきたんを愛してるよ。みきたんより好きな人なんていないし、
あたしよりみきたんの事が好きな人もいないよ。
みきたんよりあたしに優しくしてくれた人はいないし、みきたんよりあたしに冷たく
した人もいなかった。
あたしみたいにみきたんを許せる人はいないし、あたしよりみきたんを許せない人も
いないんだよ」
彼女の全てが好きで、全てが嫌いだった。
誰にも渡したくなかったし、誰かのモノになってほしいと願っていた。
側にいてほしかったし、近づいてほしくなかった。
彼女に巡り逢えた幸運を感謝したし、彼女と出逢ってしまった不運を嘆いた。
彼女と一つになれない不運を嘆いたし、彼女と一つにならずに済む幸運に感謝した。
「だから、離してあげる」
決意を込めたわけでも、誓いを立てるわけでもない、押しつけがましさの欠片もない、
単なる許しの印だった。
贖いを果たしたわけでも許しを請われたわけでもないが、果てに辿り着かないためには、
壊れてしまわないためにはそうするしかなかったから、そうした。
- 387 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:01
- 美貴は呆けたような表情で、音のない呟きを洩らしてから、瞬間の躊躇を見せた。
「連れ戻さないの?」
それは、美貴の無邪気で純粋で残酷な、彼女の恋を形成するファクタだった。
一箇所だけに空いた、1%の空洞。
15パズルのように一箇所だけが空いているから、他のピースがガチャガチャ動く。
それは完成する事のない、固定される事のない、終わりのない浮動の恋だった。
まるで母親のような表情で亜弥が笑う。
「あたしが好きなのは今のみきたんなの。連れ戻して閉じ込めてずっと側にいてもらって、
そうしたらあたしは、みきたんの事好きじゃなくなるから」
一瞬だけ、美貴が打ち捨てられたような顔をした。
亜弥が笑みを深くする。
彼女のそういう弱いところが、いとおしくて鬱陶しかった。
「でも、あたしにはみきたんが必要なの」
殻を破り籠を壊し柵を飛び越え枠に填まらない彼女が欲しかった。
だが、手に入れてしまえば彼女は殻に篭り籠に入り柵に囲まれ枠に収まってしまう。
それは無いものねだりの恋だった。
初めから、手に入らないと判っていた恋だった。
- 388 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:02
- 彼女の身体にある残滓を手繰るように、それでも彼女の羽をもいでしまわないように、
亜弥は言葉を紡ぐ。
「みきたんがどこにいても見つけてあげる。どこまで行っても追いかけてあげる。
だからあたしの事忘れないで」
彼女の存在が自分の中から消える事はない。
ただ、彼女の中から自分が消えたら、きっともう追いかけられない。
ふぅと、美貴が小さく溜息をついた。
「……亜弥ちゃんはこれからどうすんの?」
話を終わらせたがっているのがよく判った。
まるで手に取るように、彼女の心が読めた。
自分の中にある彼女を目の前にいる彼女に投影していた。
今は特別だったから。彼女の中にある残滓と、自分の中にある熱が糸で繋がっていたから、
彼女を読み取る事が出来た。
それはやはり、例外と同義の特別だった。
気分を入れ替えて、彼女にしか見せない笑みを浮かべ、明るい口調で答える。
つまり、繋がっていた糸を自ら千切った。
- 389 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:02
- 「んー、とりあえず今年はゆっくりしよっかな。来年からまた忙しくなっちゃうから」
「え、なんで?」
「だってお休みもらえたの半年だけだもん。つんくさんには1年ってお願いしたんだけどさ、
さすがにそこまで長いと無理だって」
「……ちょっと待って亜弥ちゃん」
「ん?」
美貴が動揺を隠さないままストップをかける。
「……えーと」
いや、確かに確認はしていなかった。
美貴が勝手に思っていただけで、ちゃんと聞いたわけじゃなかった。
窺うように亜弥の顔を覗きこんで、美貴が恐る恐る尋ねる。
「ひょっとして、芸能界辞めるとかしてないの?」
「え、なんで辞めなきゃいけないの? やだよー、あたしこの仕事大好きだもん」
ツアー中止しちゃったし、雑誌とかに色々書かれて実は大変なんだけどねー。
あはははーとお気楽に笑う亜弥を、美貴が恨めしそうな目で見つめる。
それから自分の浅はかさに脱力し、がっくりと肩を落とすと、
いじけたような調子で呟いた。
「……ドラマとかでよくあるじゃん。大人気のアイドルが芸能界引退してさぁ、
そんで恋人追いかけるみたいな」
「なにみきたん、そういうの期待してたの?」
呆れたように言われて、美貴の頬が朱に染まる。
- 390 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:02
- ――――この子にそういう感動を期待するのが間違ってた。
いつだって、彼女はこっちが予測するより右斜め上を行っていて。
だから面白いんだけど。
亜弥が美貴の右手を取り、それを引き寄せて肩に頬を乗せる。
「だから、今年はどこ行っちゃってもいいよ。なんたってヨーロッパ一周できるくらい
マイル貯まってるから」
「あはは。どうしようかな、今度はオーストラリアとか行っちゃうかも」
「あー、いいねそれ。コアラ抱っこしたい」
幸せそうに、亜弥が相槌を打つ。
美貴が微かに苦笑した。
「別に亜弥ちゃんの都合で決めるわけじゃないし」
「いいじゃん、行こうよオーストラリア」
それはあまりにも普通で、まるで友人と旅行の計画を立てているような口調だった。
美貴ですら、ともすれば錯覚してしまいそうな口調だった。
なんだか、まだ答えが出ていないような、そんな気になる口調だったが、そんな事は
あり得ない。
- 391 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:03
- 彼女の答えが0なのか1なのかは、よく判らなかった。
ただどっちが出てもいいと思っていたから、それはあまり気にならなかった。
よく判らない答えが出るという、必然だったんだろう。
「亜弥ちゃんは我侭だね」
愛しさと恋しさの、どちらも捨てる事が出来なかった彼女の答えは、
ひょっとしたら最もつまらないものなのかもしれなかった。
愛のままに曖昧に続くこの関係は、ひょっとしたらとても下らないものかもしれなかった。
ただ。
つまらなくて下らないから、それに執着する必要はなかった。あってもなくてもいいから、
それに囚われて他のものを捨てる必要性は存在しなかった。
だから、彼女の決断を拒絶する理由はどこにもない。
亜弥が挑発的な笑みを見せる。
「みきたんにだけね」
「ふはっ、特別だ」
「うん。そんくらい、いいじゃん?」
- 392 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:03
- 手に入らなくても、側にいなくても、糸が断ち切られても、何もなくても。
そういうのも、ひとつの幸福なのかもしれなかった。理屈をつけても、誰の目にどう
映っても。
身を包む彼女の腕は心地良いし、身の内にある恋心は消えることがない。
「そうだねえ」美貴が緩やかに笑う。
腕の中にいる彼女の体温は心地良いし、身の内にある冒険心は消えることがない。
それはアンバランスでアンビバレンスな、二人の恋。
その恋は一つしかないという意味で特別だった。変わらない替えられない特別な恋だった。
だから、罪なんて一つも無い。比較対象がないなら善も悪も無い。
- 393 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:03
- 「亜弥ちゃん」
「なに?」
「好きだよ」
「知ってるよ。なんでいきなりそういう事言うの」
照れているのか、顔をしかめながら笑って、亜弥が見つめてくる。「なんとなくね」お返し
とばかりに苦笑しながら答えた。
浮動の恋だから、こういうこともある。
手のひらが微かな熱を帯び始める。それに、自分で戸惑っていた。
ガチャガチャと99のピースが動き回る。空いていた箇所にピースが填まる。
誤魔化しきれない感情と、それに直結した欲求。
ずっと持て余していたそれは、今はもう手に負えなくなっていて。
「……あー、どうしよ」
「ん?」
亜弥の頭を抱え込みながら、美貴が溜息をつく。
じわじわと込み上げてくる熱に浮かされる。
彼女はまだ気付いていない。
「なんか今、亜弥ちゃんにやらしーコトしたい気分」
困った困ったとぼやく美貴の肩に頬を乗せながら、亜弥は呆れ顔で呟く。
「……スケベ」
「ね。どうしよっか」
「知らないよ、馬鹿」
「判んない?」
「判んない。全然判んない」
「でも美貴は判ってるんだな」
クスクスと笑いながら、抱え込んだ亜弥の頭を優しく撫でる。
- 394 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:04
- 浮動の恋は流動的ではあるが、消える事はないのかもしれない。99のファクタは常に
動いて隙間を埋めて別の隙間を生んで、その繰り返しなのかもしれない。
「要するに、今の美貴は亜弥ちゃんの事が好きで好きでしょうがないって事」
明日になればまた変わっているかもしれないが、今は確かにそれが真実だった。
今を生きる現代の若者らしく、美貴は無邪気に素直に残酷に冷徹に想いを伝える。
亜弥は捩じくれた感情の詰め込まれた嘆息を溢し、美貴の背中に腕を廻して引き寄せた。
「やっぱ、あんたなんか大っ嫌い」
その言葉に、美貴がくっと笑う。
「それじゃ、愛してるって言ってあげよっか?」
「うわ、超ムカつく」
「いーっ!」と歯を見せて、亜弥が力任せに美貴を突き飛ばす。「うわっ」たたらを
踏みながら、美貴は軽く苦笑いを浮かべた。
突き飛ばされたせいで二人の距離が少し離れた。
「亜弥ちゃーん」
美貴が両手を広げる。
その時、二人の距離は2.5メートル。二人の間には何もない。
「――――」美貴の唇が動く。音はない。
- 395 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:04
- 「判った?」
「全っ然判んない。てゆーか暗くて見えないし」
見えなかったが、『愛してる』じゃない事だけは確かだった。
「あはは。まあ美貴が判ってるからいいや」
「なにそれ」
「なんだろ?」
亜弥は不機嫌そうに口の端を曲げ、一足飛びに距離を縮める。
「判ってんじゃん」美貴が呟いたが無視した。
日が暮れて気温はぐっと下がったが、美貴の身体には未だ微熱が留まっていた。
甘えるように美貴の首筋に擦り寄ると、微熱が伝わってじわりと頬を温めた。
亜弥はその熱に微かな切なさを覚える。
「やだなーもう」
「ん?」
「ぶっちゃけるけど、みきたんが初恋なんだよ? もう全然、ちゃんとしたお付き合いとか
なかったわけ。もうめっちゃ夢見てたね、恋ってやつに。
片想いでちょっとドキドキしたりハラハラしたり……まあ、そういうのはあったけど。
で両想いになって、すんごいイチャイチャしてラブラブでずっと一緒だよねーとか
言っちゃったりなんかしてみたいな、そういうのに憧れてたのにさ、なんでこうなんの?
めっちゃ損した気分」
口を挟む隙間のない、暴風雨のような言葉を浴びせ、肩口に顎を乗せながら息をつくのに、
美貴は何とも言えない表情を浮かべる。
「んー、それって美貴のせい?」
「そうだよ」
決めたのは亜弥だから、これは八つ当たりだった。
選ばない事を選んだ彼女の、天秤に乗った矛盾の欠片だった。
- 396 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:04
- 「こんなんなるなら、あんたあたしの事好きにならなきゃ良かったのに」
唇を尖らせて言う。
自分が好きにならなければよかったとは考えない。これは不動の恋だから。
「なんなら、片想いに戻っとく?」
1%の余裕がある美貴は、からかい口調でそんな事を言ってくる。
亜弥が大きく眉を歪めた。
「も……マジでムカつく」
「ふぅん?」
全く堪えていないらしい様子の美貴に、亜弥は小さく唸ると、
その唇に殴りつけるようなキスをした。
何も誓わない、何も奪わない、ただ愛情だけがこもったキスだった。
- 397 名前:夏 『君に会いに行く』 投稿日:2004/01/05(月) 00:05
-
誓わない人間まで見守ってやれるほど、神様は暇じゃない。
だから二人がこの日どんな夜を過ごしたのか、果たして一緒に目覚める事ができたのか、
曖昧な関係はいつまで続いたのか、捕らわれたのか逃げおおせたのか、離し続けたのか
逃げ続けたのか、留まる日が来たのか来なかったのか。
そんなものは、神様だって知らない。
《Four seasons "10(Two.)"》
- 398 名前:円 投稿日:2004/01/05(月) 00:05
-
以上をもちまして、『18ヵ月(微熱パズルと捩れ天秤)』は完結です。
レスをくださった方、読んでくださった方、ありがとうございました。
えー、そして色々とごめんなさい。
- 399 名前:円 投稿日:2004/01/05(月) 00:05
- 以下ネタバレ雑談。
当初、王道の逆を行く話を書きたくて始めたものでした。
相思相愛のくせにくっつかない二人。すれ違ってないのに通じ合わない二人。
くっつかないのに満たされる二人。
そして、遠い異国の教会で永遠の愛を誓わない二人(笑)
この話、やたらキスシーンが多いわけですが、個人的にキスってのは「食」にとても近い
なあと思ってまして。ま、ホントに噛んだりしてますけど。
つまり。「どれくらい好きかっていいますと、もう食べちゃいたいくらいなんです。以上!」
ってことです(笑)<あやみき史上1,2を争う名言だと思います。
ラストの「10」は2進数でもあり10進数でもあり。
ごっちんが所謂デウス・エクス・マキナになってしまったのが最大の反省点です。
というわけで、番外編はごっちんの話です(笑)
- 400 名前:円 投稿日:2004/01/05(月) 00:06
- レスありがとうございます。
>>373
お待たせしましたっ。
松浦さんの出した答えは、自分が一番納得できるものにしてみました。
色々考えたんですよ、メモが1ページ埋まるくらい(笑)
>>374
あ、どうぞどうぞ足を楽に。いや、長かったです、書き上げてから(苦笑)
>>375
おお、ドキドキされてしまった(笑)ありがとうございます。
>>376
来ました。結末、読まれるかなーとか思いながら書いてたので嬉しいです。
ありがとうございます。
- 401 名前:円 投稿日:2004/01/05(月) 00:06
-
えー、例によってというか、番外編があります。上でも書いてますが。
いちよしごまです。藤本さんと松浦さんは出てきません。
それを載せて、この話はお終いとなります。
- 402 名前:円 投稿日:2004/01/05(月) 00:06
- では、よければもう少しだけお付き合い下さい。無理にとは言いませんが(^^;
- 403 名前:円 投稿日:2004/01/05(月) 00:06
-
- 404 名前:つみ 投稿日:2004/01/05(月) 00:08
- いや〜!!
作者さんお疲れ様でした!
このあやみきはいい栄養になりました。
まつーらさんと藤本さんがホントにこんな感じじゃないのかと思えてきました^^
番外編もあるのですか!
いつまででも待ってます!
- 405 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/05(月) 11:12
- お疲れ様でした!
密かに最初からずっと読んでました。
円さんのあやみきは普通とは一風違って、はらはらしたりどきどきしたりと、とても楽しませていただきました。
甘々なが好きな私ですが、円さんのお話だと「あー、おー」と、たとえ甘くなくとも一人納得したりしてました(笑)
番外編も楽しみです。これからも素敵なあやみき、もとい小説を書いてください。
円さん大好きです(笑)
- 406 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/05(月) 23:01
- お疲れさまでした。
うーん、これが二人の…いや、二人にしかない愛情の形なのですねぇ〜
途中ハラハラドキドキしましたが、無事二人の思惑が一致してよかったです。
逃げるミキティ、追うあやや…はたから見る分としては楽しそうでいいですね!!
本人たちは楽しんでいるのか苦しんでいるか不明ですが、
それもひとつの愛の形っと…w
番外編期待しております。
- 407 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/06(火) 00:27
- 作者さん、お疲れ様でした。
なんか楽しかったです(なんかって…
毎週毎週どきどきしながら更新を待ってみたり。
そういうのが、すごく楽しかったですね。
いやあのもちろんお話の内容もですが(汗
そんなわけで色んな意味で楽しませてもらいました。
ありがとうございます。番外編も楽しみにしてますね。
- 408 名前:たか 投稿日:2004/01/06(火) 17:02
- 完結おめでとうございます!!(もちろん番外編も期待しております)
途中の辺りとかかなり切なくなったりしたんですけど、
最後めちゃくちゃ感動しました。二人がくっついてないのに
なぜかすごく満ち足りた気分になりました。
離れてても通じ合ってる心、とても素晴らしいです。
この作品でめちゃくちゃファンになりました!!
- 409 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/06(火) 23:17
- >>408
こらこら、まだ読んでない人もいるだろうから
ネタバレな書き込みはやめた方がいいですよ。
それはそうと作者さん、お疲れ様でした。
すごくよかったです。ほんとによかった。
やはり前作と同じく、もう少し読みたいなと思ってしまいます。
でもここで終わるからこそいいんですよね。
とても楽しく読ませてもらいました。ありがとうございます。
次回作にも期待大…なんて最後にプレッシャー与えてみたり(w
- 410 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/07(水) 05:21
- 今日はじめて読ませてもらいました。
あやみき好きではなかったんですが、
思わずひきこまれてしまいました!
すごかったです。
二人のキャラも話もほんとよかったです。
作者さま、ありがとう!!
- 411 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/07(水) 13:58
- なんか泣けた。
良かったです。ありがとう。
- 412 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/07(水) 13:59
- 悪い。ageてしまった…。
ほんとすいません。
- 413 名前:絶詠 投稿日:2004/01/07(水) 20:34
- 前々から読んでいたのですが感想を書くのは初です。
みきあやLoveなもので、…泣きまくりです。
やっぱり文章にしてもキャラにしても感動するところばかりで…。
作者さんにホントに感謝です。
ありがとうございました!!
- 414 名前:あやみき信者 投稿日:2004/01/08(木) 01:42
- ついに完結ですね〜・・・
本当はめっさ長い感想書きたくてしょうがないんですが、それもあれなんでやめときます;
とりあえず、お疲れ様です。いやはや、本当に名作でした!!
- 415 名前:素潜り読者 投稿日:2004/01/10(土) 10:44
- 遅れましたが…完結おめでとうございます。
そして、お疲れ様です!
毎回毎回読み手を飽きさせない作品をどうも有難うございました。
ラストはどうなるのかなぁーと思っていたら、こんな感じで(w
自分は、良い終わり方だなと感じました。
難しいラストを上手く書き終えた作者さんに尊敬です。
いちよしごまも楽しみにさせて頂きます。
- 416 名前:円 投稿日:2004/01/10(土) 22:48
- レスありがとうございます。
>>404
毎度のレス、ありがとうございました。
ホントにこんなだったら面白いですね。<自分が。
そしたら自分もイタリアまで行きます(笑)
>>405
いちゃこら度は中盤から上がったわりと、なぜか甘くならなかったという
微妙な話でした(苦笑)
いやん、告白されちゃった(笑)ありがとうございます。
>>406
>逃げるミキティ、追うあやや…はたから見る分としては楽しそうでいいですね!!
そりゃもう。あのスタンスが大好きですんで。
最近藤本さん(本物)は追いかけてこないと自分からちょっかい出してますが!(笑)
とりあえず、藤本さん(作中の)は面白がってると思います。
>>407
自分も毎週どきどきしながら更新してました。いつ職場から電話がかかってくるかと(爆)
10月頃から忙しくなっていたので……(^^;
更新を待っている間のどきどきというのは何ともクセになりますよね(笑)
>>408
綺麗なものが好きなので、どういう話であれハッピーエンドにしてしまいます。
二人がくっつかないのは最初から決まってたんですが、どういう形にするか非常に
迷いました。いっそあやごまで落ち着かせてしまうかとか(爆)
<刺されそうなのでやめました。
- 417 名前:円 投稿日:2004/01/10(土) 22:48
- >>409
先を、と思わせてしまうのは、自分が始まりしか書かない人間だからかもしれません。
じじじ次回作ですか? えーとえーと……( ̄ε ̄;)〜♪<誤魔化すな。
言えなーい。11月から全く書いてないなんて言えなーい(殴)
>>410
あやみき楽しいですよ(^^)妄想の斜め上をいくバカップルぶりが(笑)
いや、なんだか嬉しいです。あやみきが好きで書いてても、やはり自分は「物語」を
書きたいと思っているので。
>>411
なな泣けましたか? うわあ、ありがとうございます。
ちょっと、自分では感動ポイントが判りませんが(苦笑)
>>413
キャラクター付けは書く上に非常に悩むところでした。二次創作なので尚更なんですが。
なんかこう、藤本さんは書きやすいんですが松浦さんは何考えてるか判らなくて(^^;
書きながら「なんでそこでそういう事しちゃうんだよ!」とか松浦さんにツッコんでました(爆)
というわけで、受け入れて頂けると非常に嬉しいです。ありがとうございます。
>>414
ありがとうございます。ついに完結か、と一番強く思っているのは自分かもしれません(笑)
休日出勤の前に更新するのが習慣となっていたので。<嫌な習慣。
>>415
ラストもやはり、王道の逆というところに拘ってみました。
松浦さんが藤本さんを追いかけてくっつくのが王道なら、くっついてから松浦さんが
追いかけ始めるところで終わる話があってもいいじゃないかと!
- 418 名前:円 投稿日:2004/01/10(土) 22:49
- 番外編。
- 419 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:49
-
『いまここにいる君と、もうどこにもいない彼女のために』
- 420 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:49
- 今時期にしては珍しく風が穏やかで、薄手とはいえコートはまだ早かったかな、と
少しばかり後悔した表情で溜息をついた。
両手で包んでいる缶コーヒーは既に冷え切っていた。ズズズッと行儀悪く音を立てながら
それを啜り、座っているベンチの脇に置いた。
コーヒーの逆側には、何を考えているのかよく判らない表情で、ぼんやりと前方を
眺めている友人がいる。その背中は丸まっている。綺麗な曲線。彼女の身体は曲線で
構成されている。少年テイストな顔立ちやわざと乱暴に喋る口調と相容れないそれは、
けれどなんだか安定していて納得できる。
要するに、後藤は彼女の曲線が好きだった。
「ごっちん、あたしらいつまでこうしてんの?」
「んー、市井ちゃんが来るまでだねえ」
「いつ来んだよ」
「判んないけど、いつかは来るよ」
ばーさんになっちまうっつーの。吉澤が缶コーヒーの縁を何度も噛む。ガチガチガチ。
後藤は彼女が空腹なのだと思う。だから、噛むんだろう。
- 421 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:49
- 市井の自宅にほど近い公園のベンチに、二人は座っている。
一時間くらい前に彼女の家を訪ねた。出かけている、と言われてあっさり引き下がった。
それからずっと、二人はベンチに座って市井を待っている。
「けどさー、びっくりしたよ。うん、びっくりしたよね」
どうしてか吉澤は二回続けて同じ事を言った。「うん」後藤は一度だけ返した。
ガチン。吉澤が缶に噛み付く。残っていた中身を一気に飲み干す。
立ち上がり、砂場の横に設置されているくずかごへ、空になった缶を捨てる。砂場には
ビニールシートがかけられている。猫や犬が汚さないように。冗談じゃないね、と
吉澤は口の中だけで呟く。
シートをめくり上げて中の砂を一掴み取り、それを握ったまま後藤の隣へ戻った。
「どうすんの、それ」
「市井さんにぶつける」
「やめてよ」
「嘘だよーん」
つまらなそうな顔をして、つまらなそうな声で言って、吉澤は砂を投げ捨てる。
握り固められた砂が地面と激突して、存外広い範囲に飛び散った。味気のない花火の
ようで、その光景は少し寂しい。七色の砂を投げたら、綺麗だろうか。
- 422 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:50
- 手についた砂を払い、空を仰ぐ。空は真っ黒だった。風がふわふわと吹いていて、
吉澤の唇を優しく撫でている。
「……引退、かあ」
撫でられて乾いた唇を一度舐めてから呟く。後藤は「引退だねえ」と応えた。
「ああ、ミキティからメール来たよ。メールっつっても携帯とかパソコンとかじゃないよ。
エアメールよエアメール。元気みたいだった。つーかミキティって結構、字ガキっぽいよね」
「そうだねえ」
「あややもずーっと追っかけてるみたいだしさぁ。すごいよな、世界をまたにかけた
追いかけっこだよ。なんだっけ、ワールドワイルド? ワールドワイルドだよ。
パスポートとかスタンプでいっぱいになってんだろうなあ。吉澤ちょっと憧れなんだよね、
こう、どのページ開いてもスタンプが押されててさあ、こんだけ行ったぜみたいな」
「そうだねえ」
自身の言い間違いに気付く事もなく、吉澤は大げさな溜息をつく。
「ごっちん、さっきからうんとかそうだねとかよっすぃ可愛いねとかしか言ってないじゃん。
もっと会話しようぜ、トークトーク」
「よっすぃ可愛いね」
「真希ちゃんも可愛いよっ」
「そうだねえ」
駄目だこりゃ。吉澤が腰を曲げて自身の膝を抱える。背中が丸くなる。後藤はその背中を
撫でたくなったので、撫でた。
- 423 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:50
- 蹲る吉澤と、その背中を撫でる後藤。まるで、自分が彼女を慰めているみたいだなと
やや自嘲気味に後藤は思う。本当は逆なのに。
ここで待っていようと、言い出したのは吉澤だった。帰るつもりだった後藤はその言葉に
面食らって、けれど吉澤が待ってようよだって市井さんに言いたい事あるんじゃんだったら
帰ってくるまで待ってようぜと、わざと乱暴な口調で言うので、後藤はそれがなんだか
嬉しくて今ここにいる。
吉澤はどうしてかいつもこんな感じで、以前後藤が後藤としては結構な覚悟を以って
「最初はよっすぃのこと嫌いだった」と告白した時も、やっぱり乱暴な口調で
知ってるよそんなのだってごっちんあたしの事睨んでたじゃんそんなの誰だって判るよ
ばーかと、不貞腐れた顔で言ってきたものだった。
その時も、今と同じように、なんだか嬉しくて笑えてしまって、頭の中ではそれなりに
色々な言葉が浮かんでは消えていたが、何も出てこなくて笑うしかなかった。
吉澤が身体を起こす。「さみーよチクショウ」眉を寄せて、ケッ、とでも言いそうな顔で
呟いた。
「後藤のコート貸そっか?」
「嘘だよ寒くなんかないよ。市井さんがなかなか来ないから、なんかいらついてるだけ
だよホントは」
「だったら帰ろうよ。明日だって仕事あるんだし」
「やだよ。なんかヤじゃんそういうの」
- 424 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:50
- 後藤の身体を乗り越えるようにして、逆側に置かれているコーヒーを取る。
そのまま、後藤の膝に乗っかったまま、吉澤はコーヒーを飲んだ。
「あー、後藤の取った」
「ごっちんのものは吉澤のもの。吉澤のものは吉澤のもの」
「ジャイアンだ」
でも本当はコーヒーなんか飲みたくないんだよ冷めてるししかもこれブラックじゃん、
吉澤は怒ってばかりいる。
将来、いつかこの仕事をしなくなる日が来たら、吉澤は翻訳家になればいいと思う。
後藤専用の翻訳家。後藤が言葉に出来ない言葉を、翻訳してまるで自分の事のように
言うのが仕事。
びっくりしたのは後藤で、市井を待っていたかったのは後藤で、砂をぶつけるのが嘘なのも
後藤で、市井が来なくて苛々しているのも後藤で、冷めているうえにブラックのコーヒー
なんて飲みたくないのも、やはり後藤だった。
吉澤が身体を元の位置に戻す。「吉澤選手、第一球投げましたっ」アナウンスと共に空き缶が
くずかご目掛けて放物線を描く。カランと軽くて乾いた音が、公園に響いて消えた。
- 425 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:51
- 「ストラーイクっ」
「おめでとー」
後藤が拍手をして、吉澤がどーもどーもと頭を下げる。
それから立ち上がり、跳ねて砂場に転がった空き缶を拾い上げた。
ストライクじゃねえよ外してるじゃんでも惜しかったよね、さして気にした風でもない
顔で後藤に言ってくる。
「ちくしょー帰りてぇー。なんであたし、こんなとこいるんだろ」
「よっすぃが待ってようって言ったからだよ」
「知ってるよそんなの、こう見えても結構記憶力いいんだからちょっと前に自分が
何言ったかくらい覚えてるよ」
唇を尖らせながら口答えする吉澤に、後藤はへらりと笑う。
後藤は彼女の言葉を覚えていた。本人が覚えているかどうかは判らない。
市井を失って、自分の中にあった一意の存在が見えなくなって、彼女の事がどうでもよくて、
周りが見えなくなっていた頃の、言葉。言葉たち。
- 426 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:51
-
▼
- 427 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:51
- 特別番組の収録だった。海外に赴いて、ゲームをしたり遊んだり笑ったり笑ったり笑った。
撮影が終わればホテルに戻って眠って、たまに隣室から矢口の声が聞こえてきたり、
その頃は現役でリーダーだった中澤に部屋へ乱入されたり、何故か教育係に任命されて
その兼ね合いでよく話していた加護の世話をしたりした。
何日目の夜だったかは忘れた。それは、あまり重要ではなかった。
ベッドに寝転がっていたが眠ってはいなかった。ウトウトとはしていたかもしれない。
不意にドアがノックされて、後藤は視線をそちらに向けた。ホテルのドアだから、当然
鍵がかかっている。自分が開けない限り、そのドアは開かない。
加護かと思って、「なにー?」と相手に聞こえるように大きな声で問いかけた。
あの、吉澤だけど。遠慮がちな返答があった。返答になっていない返答だった。
後藤の眉が不機嫌に顰められて、それから壁に対して身体を横向けた。
「後藤さん、ちょっと話、あるんだけど」
遠慮がちなまま、しかしさっきよりは少し強い声音。
- 428 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:51
- 後藤がベッドから滑り降り、ロック用のバーを上げ、ドアを開ける。
僅かに申し訳なさそうな、多分に中へ入る事を嫌がっているような表情で、吉澤は
ドア前に立っていた。自分から訪ねてきたくせにどうしてそんな顔をしてるんだ、と
後藤は更に不機嫌になる。
「……入れば?」顎をしゃくって部屋の中へいざなう。
「あ、うん。お邪魔します」吉澤はどういうわけか驚いた様子を見せながら頷いた。帰れと
言われると思っていたのかもしれない。
入浴後なのか、真っ黒な髪が素直に落ちていて、歩く度にそれがするすると揺れた。
吉澤の手には紙袋が乗っていた。瓶の触れ合う、鈴に似た音が微かに聞こえる。
そこ、とベッドを示した後藤に従い、吉澤が腰を下ろす。後藤は椅子を引き出してそれに
座った。居心地悪そうな顔をどちらもしていて、吉澤は何かを誤魔化すみたいに笑う。
きっと、自分が不機嫌だという事を隠したいんだろう。
「あ、これ。ジュースとかお菓子とか。全部英語だからよく判んなくて適当に買ってきた
んだけど。炭酸大丈夫?」
「……平気だけど」
「そ、よかった」
瓶を取り出して後藤に差し出す。吉澤を見下ろしながら、後藤はそれを受け取る。
吉澤も同じものを取り出してキャップを開けた。
- 429 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:52
- 「なに?」
瓶の口に下唇を当てながら後藤が言う。吐息が瓶の中で流れて笛のような音がした。
「あのっ、市井さんのこと、辛いの判るんだけどさぁ」
急かされて唐突に核心へ入ってしまい、その事に本人が一番焦ったようで、吉澤は
「あちゃー」とでも言いそうな顔で瓶に視線を移した。
後藤はつまらないと鼻を鳴らす。どうせ中澤辺りに言われたんだろう。年が同じだから
とかなんとか理由を付けられて。今まで誰もその話題に触れなくて、矢口や保田は自分達
自身がその話題に触れられたくないようだったし、安倍も飯田もどこか遠慮していたし、
中澤と石黒は、自分達では後藤と同じ視点に立てないから何も言わなかった。
だから、吉澤はきっと、嫌な役回りを押し付けられてしまったのだ。
「別に関係ない」
「でも、やっぱ仕事にも影響出るし、新メンバー……あたし達だけど、もう後藤さん、
先輩になるんだからって、中澤さんが……」
なんだ、やっぱり裕ちゃんに言われたのか。微かな落胆。
「仕事? ちゃんとやってんじゃん。今日だって頑張ってたじゃん」
「……やる気、なさそうに見えたよ」
おずおずと、遠慮しいしい、逆鱗に触れてしまいはしないかと探りながら吉澤は言った。
- 430 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:52
- そしてやはり、その言葉は後藤の逆鱗に触れた。
「っさいなあ!」苛々と声を荒げて持っていた瓶をテーブルに叩きつける。
「こういう顔なのっ。いい加減にしてほしいよホント。もう何回言われたか判んない。
やる気ない生意気そう影で何してるか判んない! みんな後藤の何を知ってんの?
いちーちゃんはそんな事言わなかった、ホントに疲れて頑張れない時だけ怒ってくれて、
頑張った時は褒めてくれたの! ごとーにはいちーちゃんしかいないの! あんた達
なんか、いなくたっていい!!」
瓶が跳ねて、中身が飛び出して、テーブルが濡れて、吉澤の髪も濡れた。
手のひらで髪を拭い、倒れた瓶を直し、バスルームからタオルを持ってきてテーブルを
拭きだした吉澤を、後藤は手負いの獣を思わせる瞳で睨む。
吉澤はその目を見ないようにしながら、それでも傷付いたような顔をして、それから。
「やっと、ホントの事言ってくれた」
疲れたような笑みを浮かべた。
「あたし、バレーやってたんだけど。嫌な事あった時とか、なんかずっと、二時間とか
スパイクばっか打ってたり、家の周り走ってたりしたんだ。そうすると気が紛れるって
いうかさ、ストレス発散みたいな? 全然すっきりなんかしないんだけど。
でも、そうやって外に出さないと駄目だと思ってて」
あはは何言ってんだろ自分でもよく判んないや後藤さんも判んないよねごめん。
照れ笑いを浮かべながら吉澤が言う。後藤はまだ、その誤魔化し笑いの浮かんだ口元を
睨んでいる。
- 431 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:52
- 何を言ってるか自分でも判らないのは後藤で。
ごめんと言いたいのも、後藤だった。
- 432 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:53
- 吉澤はタオルをテーブルの隅に置くと、洗面台で手を洗ってジュースを流し去り、
それから後藤の前へ行ってその髪を撫でた。
「市井さんのこと、大好きなんだね」
吉澤からはもう、不機嫌さを隠そうという意志は消えていた。
後藤はもう、不機嫌ではなくなっていた。
「うん……。大好き。いちーちゃんが大好き」
だから、君達はいらない。入れない。
吉澤は隠していない不機嫌さを更に深める。
「そういうの、ちょっと羨ましいって思う。けど……だからってあたし達を
馬鹿にするのは許さない」
「別に、馬鹿になんか」
「してるじゃん。してるよ。自分で判ってないかもしれないけど馬鹿にしてるんだよ」
そんな事は。
そんな事は、思っていない。
- 433 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:53
- だって、君たちの事なんて、どうでもいいんだよ。
一意の大好きな人がいて、あとはもう、何の関心も、ない。
吉澤が強く息を吐き出す。
「後藤さんが男だったら殴ってるとこだよ」
「……ああ」
それもいいかもしれない。それで彼女の気が済むなら。
髪を撫でる、どうしてかひどく心地良い手を、離してくれるなら。
だが、後藤の願いとは裏腹に吉澤の手は優しく髪に触れ続けた。
「でも後藤さんは女の子だから、慰めてあげるんだ」
不機嫌に眉を寄せ、唇を歪めて、それなのに手のひらは優しくて。
後藤は泣きたくなる。
後藤が泣きたくなったから、吉澤の双眸から涙が零れた。
冗談じゃないよ自分だけ辛いみたいな顔してこっちだっていきなりで驚いて全然
訳判んないのになんかカメラの前で笑わなきゃなんないし誰も助けてくれないし。
唇を引き結んだまま、吉澤はそう言った。言ったと思っただけで言っていないかも
しれない。
そんな事は、さして重要ではなかった。
- 434 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:53
- 吉澤が手を離して、服の袖で涙を乱暴に拭った。「へへ、恥ずかしいな」部屋に入ってきた
時と同じ、何かを誤魔化すような笑顔で吉澤は言った。
その笑い方が、気に入らなかった。
何かを誤魔化す目と眉と口元。
優しい、手のひら。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだイヤ。
似てないくせに同じで、いやだ。
「? ごと……」
同じくせに違う人間だなんて、許せない。
後藤が吉澤の腕を掴む。ひょろりと、まるで成長期前の少年みたいに真っ直ぐ伸びた腕は
簡単に引き寄せられて、繋がっている頭が後藤の眼前に迫る。
- 435 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:54
- 「……キスしてよ」
「へ?……はあ!?」
「ごとーにキスして」
それは命令のような懇願だった。
「いちーちゃんみたいにキスしていちーちゃんと同じキスして」
「ちょ……っ」
吉澤は戸惑っている。
後藤は留まっている。
「いや市井さんみたいにとか言われてもあたし市井さんじゃないしっていうかそういうの
した事ないしっ」
「いいから」
吉澤の口はだらしなく開いている。後藤はその口腔目掛けて懇願する。
「――――ああもうっ!」覚悟を決めたのか吉澤が吠えて、それからギュッと固く目を閉じた。
する方が先に目を閉じてどうするのかと後藤は呆れる。呆れている内に唇も結ばれて、
目を瞑っているのだから当たり前だが目測も何もなく吉澤の顔が迫ってくる。後藤は
位置を調整しながら軽く目を伏せる。
- 436 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:54
- 触れ合う。少し震えている。緊張なのか力んでいるのかはよく判らなかったが、ただ、
確かめたい事は、確かめられた。
ああなんだやっぱり違うんだこの子は違うんだだったらもういい。
顔を上げた吉澤は真っ赤になっている。どこか怒った風に見える表情で、それでも視線は
後藤に向いていた。
「こ、これでいいの!?」
「うん、もういい」
違うんだったら、もういらない。
吉澤は怒った顔のまま喉の奥で唸り声を上げた。それは獣というよりは植物が芽吹く時の
土を持ち上げて抜ける音に近かった。
「もうこういう事しないからね」
「しなくていいよ」
「だいたい、友達とはこういう事しないんだよ普通っ」
怒った顔が怒った声で言うのに、後藤はきょんと目の色を幼くする。
- 437 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:54
- 「友達?」
「いや友達っていうかさ仲間みたいな。だって同じグループのメンバーだし同い年だし、
年はあんま関係ないかもしれないけど。あ、後藤さんが先輩だってのは判ってるよ。
吉澤バレーやってたからそういうのちゃんとしてると自分では思うし」
後藤が不快に感じたと思ったのか、吉澤はわたわたと手振りを加えながら言い訳してくる。
何も言わずにいると、次第に言い訳も材料が尽きたようで、吉澤は肩を落として
「ごめん、もう帰るから。明日、頑張ろうね」
多少の距離を置いた口調で言った。
「うん、さっさと帰って」
「……ごめん。おやすみ」
吉澤が出て行く。ドアの閉まる音と、オートロックがかかる音。
静かになった部屋の中で、後藤は溜息をついた。
不機嫌ではなくなっていた。
頭に手をやり、吉澤に触れられていた箇所を覆う。感触を反芻する。温もりを思い出す。
「……友達ねぇ」
彼女の事が嫌いだと、思った。
- 438 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:54
-
▼
- 439 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:55
- あっけないもので、彼女のことを嫌いになった途端視野が開けて、それから少しずつ、
後藤は閉ざしていた世界を開放していった。
そしてやはりあっさりと、彼女を嫌いだと思った感情が実は真逆のそれだと気付いて、
親友と言っても差し支えないくらいに仲良くなるまで、そう時間はかからなかった。
あーもー市井さん何やってんだよどこ行ってんだよ眠くなってきたよねーごっちん
帰っちゃおうか? 吉澤は勝手な事を言っている。
後藤が手を延ばして吉澤の頭を撫でる。自分で切って自分で染めている髪は、雑種犬の
ようにまだらで揃っていなくて触ると気持ちが良かった。
「……ちぇ」
幾分拗ねたように舌打ちをして、吉澤が後藤に向けていた視線を公園の入り口へ移す。
「あ……」
腕組みをして、苦虫を噛み潰したような表情で街灯の下に立っている人物に、吉澤が
思わず声を洩らす。
「マジかよ信じらんないよ。お前らいつからここにいんの? まさかうち来てからそのまま
ずっと待ってたとか言うんじゃないよな?」
呆れたように言うのに、吉澤と後藤は揃って「いやー」と誤魔化し笑いを浮かべた。
その様子に市井はオーバーな嘆息をして見せて、それから上着のポケットに手を入れた。
膨らんでいるそこに入っている物を確かめる。二人に向かって「待て」の合図に片手を
かざす。
- 440 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:55
- 「ちょっと待ってて」
市井が街灯から外れる。戻ってきた時、手には肉まんの入った袋と細長い缶を三本、
その腕に抱えていた。近くのコンビニへ行ってきたらしい。
「奢ってやる」
「あー……ありがとうございます」
吉澤が肉まんとコーヒーを受け取る。
挨拶もなしにこういう行動に出るのが、彼女らしいなと思った。
「ごとー、ほら。お前ココア好きだったよな?」
「ん、ありがと」
へらりと笑って、後藤が缶を受け取る。
市井さん古いっすよごっちんもうコーヒー飲めるんですって。
吉澤は肉まんを口の中いっぱいに押し込んだ。
「いちーちゃん、どこ行ってたの?」
「……さあね」
憮然とした口調で答える市井の横顔を、吉澤は微かな憤りを抱きながら見ていた。
幼い、図体だけはでかい子犬のような空気を出している後藤を気配で制し、横から口を
挟む。
- 441 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:55
- 「どこにも行ってないんでしょ?」
「……ちょっと友達ん家に行ってたんだよ。借りてたCD返しに」
「嘘だ。市井さん家にいたんでしょ。吉澤達が行った時も」
「嘘だよずっと家にいたよ。いいだろ会いたくなかったんだよだってカッコ悪いじゃん」
お前らタイミング悪いんだよ。口の開いていない缶を手の中で遊ばせながら市井は
拗ねた声で言った。
吉澤が肉まんを口に押し込む。片手が空いて、人差し指がプルタブを上げる。一気に喉へ
流し込み、空き缶を左手に持ち替えた。
後藤がココアに口をつける。少しずつ、大事に大事に体内へ入れていく。
「いちーちゃん、ごとーの曲聴いてくれてる?」
吉澤の憤りも、市井の韜晦も、何もなかったように後藤は問いかけた。
どこにいても、何をしていても、今彼女がここにいればいいというように、後藤は笑った。
何かを言いかけた吉澤を、今度は市井が気配で制す。
自然なような、それでいて何かを隠しているような笑顔で後藤に向き合い、市井は何かを
思い出すような素振りを見せる。
「あー、テレビで見たかな。なんかすごい衣装だった。羽付いてるやつ」
「それ古いよいちーちゃぁん」
「……この前見たのは、結構、かっこよかった、かな」
市井が後藤の隣に腰掛ける。背筋はまっすぐ伸びている。後藤はその潔い直線に見惚れる。
- 442 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:56
- 甘えるように擦り寄ると、市井は少し困ったように笑った。頭を撫でてやるかどうか、
迷っているようだった。
「いちーちゃん、久し振り」
「うん。久し振りだね。ごとー、ちょっと痩せすぎじゃないの? ちゃんと食ってる?」
「大丈夫だよぉ。結構戻ったんだよ、今。ツアーやってる時とか、もっと落ちてたもん」
「駄目だろ、そういう時こそちゃんと食わなきゃ」
市井の指先が、後藤の僅かに削ぎれた頬を撫でる。心地良さそうに目を細める後藤の腕が、
ゆっくりと市井の腰に廻される。市井は微かな怯えと多少の困惑と多分な喜びをまとめて
苦笑を作り上げた。
吉澤は目眩を覚えそうなほどの既視感に襲われる。
それはまるで、何かを修復しようとしているような光景だった。
もう、そこには何もないのに。誰もいないのに。
何やってんだよ二人ともそれじゃ駄目なんだよもう駄目なんだよそんな事したってもう。
気がついたら、右手に鈍い痛みが走っていた。
「よっすぃ!?」
「い……ってぇ」
無意識なのだろう、後藤が市井をきつく抱きしめている。その腕の中で、市井は自身の
頬を手のひらで押さえている。「ごっちん、離せ」低く、押し殺した声で命令した。
- 443 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:56
- 後藤が激しくかぶりを振る。腕に力を込める。
「何すんの! なんでいちーちゃん殴んの!? よっすぃ訳わかんないよ!」
「いいよ後藤。吉澤は悪くない」
「……いちーちゃん?」
市井は頬をさすりながら立ち上がり、吉澤の額に軽く拳を当てた。
「本気で殴ったな」
「冗談でなんか殴れませんよ」
「うん、ありがとう。吉澤がいてくれてよかった」
きっと、自分がいなくなったあの日から。
君がいてくれて、よかった。
吉澤がニィッと笑う。
それに苦笑を返して、市井は溜息をついた。
「……だから、まだ後藤には会いたくなかったんだ」
残像を追いかけているのはこっちも同じだったから。
『いちーちゃん』を演じるのは、ちょっと、疲れるから。
明日、腫れるだろうなあ。冗談めかした口調で言うのに、吉澤は「天罰っすよ」と悪びれ
ない返事をした。
本当はもう、『ごとー』はどこにもいなくて。
だから吉澤は市井を殴った。もうどこにもいないごとーのために。
そして、今ここにいる市井のために、笑った。
- 444 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:56
- 「頑張って下さい、これからも」
「おう、まかせとけ」
「後藤、おいで?」まるでエスコートをするように片手を取って後藤を立たせ、その髪を
優しく撫でる。
「……ホントは判ってたんだろ?」
優しい声に、後藤は小さく笑う。
眉尻を下げて、唇の両端を微かに上げた、シンメトリでバランスの取れた笑みだった。
判らないはずがない。隠してみて、重ねてみて、そこにあるのは残像だけだと確認して、
それでも判らないほど愚かでもない。
もう、あの頃には戻れない。彼女たちを身代わりにして、自分たちの過去をなかった事に
して、もう一度やり直そうとしたって。
彼女たちの道は自分たちとは違う方向へ伸びた。種類の違うものは、上書き保存なんて
出来ない。
本当は、それを望んでいたのだ。彼女たちを身代わりになんかしたくなくて、自分たちの
思い出をなかった事になんかしたくなくて。
ただ、彼女が欲しかっただけだった。
だから自分が間違っていて、よかったと思う。
彼女たちのためだと言いながらそれは自分のためで、だから松浦が自分よりも我侭な結論を
出してくれてよかったと、思う。
それはアンバランスでアンビバレンスな、後藤の追憶。
- 445 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:56
- 笑ったまま何も言えずにいると、市井はそれを不理解と勘違いして慰めるように
後藤の頭を撫でた。
「吉澤は悪くない」
「判ってる。わかってるよ、ホントは」
後藤がちらりと吉澤を窺う。それに軽く笑いかけ、吉澤が小さく首を振る。
これ以上は助けない。
後藤は諦めて視線を戻す。
吉澤はどくどくと痛む右手をポケットに隠して二人に背を向けた。やるべき事はやったし
言うべき事も、言った。
持ったままだった缶コーヒーの缶を唇に当てる。口を開けて、前歯で噛んだ。
ガチガチガチ。特に空腹は覚えていない。
自分を置いて消えてしまったいちーちゃんを殴りたかったのはごとーだったし、これから
また新しく始まる市井に頑張れと言いたかったのは、後藤だった。
その先は自分でやってもらわないといけない。だから吉澤は背を向けた。
背を向けたまま、その場に立ち止まっている。正面から支えていた手を離して、しかし
彼女が寄りかかってきてもいいように。
「市井ちゃん、痛い?」
「いてーよ滅茶苦茶いてーよ。顎砕けるかと思ったよ」
苦笑混じりの声。吉澤は振り向かないまま肩を竦める。
- 446 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:57
- 「髪伸びたなぁ。いや、ちゃんとテレビとか見てたけどさ。実際触るとすげえ長い」
指先に後藤の髪を絡め、くるくると巻きつけて、するんと落とす。市井に触れられた
真っ直ぐな髪は、名残惜しさの欠片も見せずに元の位置へと戻った。
「あーでも、そろそろ切ろうかと思ってんだよねえ」
「ふぅん。まあそういうのもいいかもな。長いと洗う時とかめんどくさそうだし」
さして興味もない口調で市井が相槌を打つ。いちーちゃんといた頃くらいまで切ろうかな
という言葉は、子供じみているし嫌味に受け取られかねないので、後藤は言わなかった。
ひとしきり後藤の髪をいじって満足したのか、市井は寄せていた身体をわずかに離して
正面を向いた。
その直線的な視線に、後藤は見惚れる。
市井がふっと息をつく。
「後藤はわたしの事、好きか?」
視線を合わせることなく、小さく問いかける。その口元は微かに端が上がっている。
後藤の下睫毛が濡れた。こくん、と頷いた彼女は、我慢が出来なくて市井を抱きしめた。
「大好き。市井ちゃんが大好き」
後藤が笑う。今ここにいる市井と、もうどこにもいない、いちーちゃんのために。
「そっか。わたしも後藤の事が大好きだよ」
市井も笑う。今ここにいる後藤と、もうどこにもいない、ごとーのために。
もう大丈夫だよと告げるために、笑った。
- 447 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:57
- 市井の手のひらが、柔らかく後藤の後頭部を撫でる。彼女に抱きしめられたのは何年ぶり
だろうと考えて、思い出すことそれ自体が無意味だと気付いてやめた。
思い出より高くなった背と、長くなった髪と、大きくなった手のひら。
そのひとつひとつが愛しくて、だから市井は意図して言いたい事を言わない。
後藤にではなく、吉澤に。
ありがとう。この子を守ってくれてありがとう。勝手な事をした自分の作った空虚も何も、
包んでくれてありがとう。この子の世界を壊さないでくれてありがとう。
後藤が折り合いをつけられなかった『ごとー』を、支えてくれてありがとう。
後藤を大事にしてくれて、ありがとう。
言ったらきっと、吉澤は笑いながら答えるだろう。
何言ってんすか市井さんあたし別にそんな深く考えてないんでごっちんとはフツーに
友達やってただけっすよーやだなー。
わざと乱暴な口調で、オーバーアクションをつけて。
だから市井は言わない。
ごとーを泣かせたいちーちゃんを殴りたかったのは吉澤だったし、ごっちんの大好きな
市井さんに頑張れと言いたかったのは、吉澤だった。
市井はそれを判っていて、悔しくて言いたくないから、言わなかった。
- 448 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:57
- 「市井ちゃん、これからどうすんの?」
首筋に顔を埋めてきながら、後藤が聞いてくる。
「んー、とりあえず就職活動」
「あはっ。超現実的」
「ばーか、夢を追ってんだよ」
凭れかかる後藤を受け止めながら挑発的な口調で言う。「うん」後藤は眠そうな返答と
首肯をする。
いつも側にいてくれたいちーちゃんを好きなのはごとーで、勝手に消えたいちーちゃんを
それでも好きなのはごとーで、他の誰かと一緒にいるかもしれないいちーちゃんを好き
なのもごとーで、ごとーの事を忘れていなかった市井ちゃんを大好きなのは、後藤だった。
「これからは会える?」
「会えるかもしれないし、会えないかもしれない」
「……市井ちゃん、そういうワケ判んない事言ってこっち困らせんの、いい加減やめてよ」
「後藤が会いたいと思って、わたしも会いたいと思って、時間があれば会えるよ」
「だったら会えるんじゃん」
なんでこう素直じゃないのかなー美貴ちゃんみたいに素直すぎるのもアレだけどこれも
結構やんなっちゃうなんてね市井ちゃんだからやんなる事なんてないんだけどさ。
愚痴を織り交ぜつつ溜息をついて、後藤は抱きしめる腕の力を強める。
- 449 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:58
- 「んーじゃ、今度のオフに電話するから、観覧車乗りに行こうよ」
「はあ? なんで観覧車」
「好きな人と乗るって決めてんの。だから行こ」
しょうがねーなー。くすぐったそうに、照れ笑いしながら市井が頷く。
後藤は嬉しそうに笑って何度も約束だよと繰り返し、この約束は破られなければいいなと
思う。
そして、市井と観覧車に乗ったら、次は吉澤と乗りに行こうと、薄ぼんやりと思った。
「あ、じゃあその時一緒に行こう」市井がふと思いついて言う。後藤は何の事を言っている
のか判らなくて、市井を抱きしめる腕を緩めてその顔を見つめた。
「携帯ショップ。解約しないと」
「え、なんで。変えんの?」
「いやもう変えてる」
「市井ちゃん、何言ってんの?」
市井はあーと小さく唸って、それからポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出した。
最近出たばかりのそれは、本当に買ったばかりらしく新品同様に煌いている。
月光を反射している携帯を開き、市井がボタンを操作した。
途端、後藤の携帯からメロディが流れる。窺うように市井を見遣ると、彼女はん、と首の
動きだけで促した。
後藤が携帯を開く。ディスプレイに出ている番号は知らないもの。
「そっち、今のメイン。前のはもう解約しちゃうから変えといて」
ぶっきらぼうに、不貞腐れたように、不機嫌そうに。
つまり、後藤に悟られるのが面白くないという気持ちを隠そうともせずに、市井は言った。
- 450 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:58
- 後藤が僅かに首を傾げる。買い換えて番号を変更したなら、前のも一緒に解約したら
良かったのに。
そう思ってから、気付いた。
「……後藤がいたから?」
変わってなかったんじゃない。変えていたが残していたのだ。
いつか来る着信のために。もうどこにもいないごとーを引き摺っている後藤のために。
それはごとーといちーちゃんを繋ぐ残滓だった。
新しい番号は、後藤と市井を繋ぎ直す糸だった。
子犬のような、成熟して落ち着いた成犬のような、その中間にあるような笑みを、後藤が
浮かべた。携帯電話を操作してさっきの番号をメモリに登録する。
「前の消しちゃうよ?」「いいよ」市井の言葉を受けて『いちーちゃん』の番号を消した。
メモリーを、消した。
- 451 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:58
- 吉澤が小さなクシャミをした。上着の袖で乱暴に鼻の下を擦る仕草は、ガキ大将のようで
微笑ましい。背中は女性的な曲線を持っていて安定している。
「うわ、もうこんな時間か。二人とも明日早いんじゃないの?」
「んー……まあ」
市井が微かに顔を険しくして、寝坊とかすんなよと言った。昔からそういう部分には
厳しい。
「じゃあ後藤、またな」
「ん。じゃあね市井ちゃん。ありがと」
糸を残しててくれて。新しい糸を与えてくれて。
後藤を、好きでいてくれて、ありがとう。
「おう」
市井が柔らかく微笑む。
後藤が市井に手を振って、背中を向けている吉澤の肩に手を置く。
「よしこ、帰ろ」
「んー」
鼻の頭を赤くした吉澤が頷く。
振り返って、市井に小さく頭を下げた。
「じゃ……おやすみなさい」
他にうまい言葉が見つからなくてそう言う。市井は軽く笑って「おやすみ」と答えた。
- 452 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:59
-
背中を丸めたまま、吉澤は後藤と連れ立って歩く。夜も更けてきて、さすがに少し寒い。
「市井さん、元気そうだったね」
「うん。相変わらずカッコよかった」
ずれた返答はいつもの事なので、吉澤はそれに対して応えない。
後藤の長い髪がさわさわと風に揺れている。吉澤がその一房を指に絡める。
「髪切るなら、吉澤がやってあげよっか?」
「え?」
「お友達価格でお安くしときますよ」
おどけた調子で言うのに、あは、と後藤が笑う。
「いらねーよぉ」
わざと乱暴な口調で断った。
「なんだよー、染めるのもやってやるから」
「いらないって。よしこ、自分だけにしときなよ」
「ちぇーっ」
残念がるふりをしながら、吉澤は後藤の髪を触る。離せば、真っ直ぐな髪は名残惜しさの
欠片も見せないまま、元の位置に戻る。
吉澤の手も、名残惜しさなんて微塵も見せないまま、下ろされた。
- 453 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 22:59
- 「ごっちんなんか歌ってよ」
「あはっ、なんでさ?」
「いいじゃん、ごっちんの歌が聴きたい気分なんだよ」
「後藤の歌は高いよー?」
からからと笑いながら言うのは、彼女の機嫌が最高にいい証拠だ。
最高に機嫌をよくしたのが自分以外の誰かだという事は、少し悔しかった。
最高に機嫌をよくした後藤の隣にいるのが自分だという事が、結構嬉しかった。
「……市井さんは、ごっちんの一位なんだよね」
「あはは何それサブいよ」
「うっせーよ自分でもちょっと思ったよそんなの」
ぶすっとした顔で憎まれ口を叩く。後藤はからから笑ったまま、少しだけ足を速めて
吉澤の前に出ると、その顔を覗きこんだ。
「でも、よっすぃも一番だよ」
「え?」
「なんだろー、なんかの一番。友達ってのも違うし、ハロプロの一番でもないしー」
でもとにかく、何かの一番にいるのは、キミ。
吉澤は目を丸くする。彼女の言葉に出来ない言葉を、言葉に出来ない。
「そりゃあ……ドーモ」
だから自分の言葉を言うしかない。
- 454 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 23:00
- 夜空を見上げると、星が瞬いていた。
吉澤の目の中で、星が瞬いていた。
――――やべ、超嬉しい。
馬鹿だなあと自分の中にいる自分が苦笑する。
自分に呆れながらも、彼女の言葉が素直に嬉しくて笑えてくる。
嬉しくて、後藤の歌を聴きたいと思った。
「よしこ、なんかリクエストある?」
吉澤の前を歩きながら後藤が問う。吉澤は敢えて追い越そうとも隣に並ぼうともせず、
背中を丸めて歩きながら答えた。
「22歳の私」
「それなっちの曲じゃん」
「ミニモニ。数え歌お風呂ば〜じょん」
「……いーちぃにーぃさーんし」
「嘘だよ聴きたくないよごっちんがアレ歌ったらキショイっつーの」
歩幅を広げて後藤の隣まで進む。クシャミが出て、後藤に汚いと言われて、拗ねたら
後藤はポケットティッシュを取り出して吉澤の鼻に押し付けてきた。
鼻の穴を押さえつけているティッシュに手をあて、びぃっと強くかむついでに、
手の甲で目元の辺りを擦った。
- 455 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 23:00
- 丸めたティッシュを上着のポケットに突っ込む。もう片方の手もポケットに突っ込む。
「あー……愛のバカやろう」
「お、やっと後藤の曲出てきた」
楽しそうに笑って、後藤が言った。吉澤は彼女が楽しそうに笑ってくれてよかったと思う。
後藤が軽くハミングをして歌い出しを探る。スニーカーが地面を蹴る音が、次第に
リズムを刻み始める。吉澤はそれに合わせて足を進めている。
後藤の唇から旋律が流れ始めて、吉澤はそれを黙って聴いていた。
旋律が流れる。声域が心地良い。音階が身体の内側に染み込んできて、吉澤は一瞬だけ
目を閉じた。
最後の一音が後藤の唇からこぼれ、ゆっくりと消えていく。内側に入り込んだ音が抜ける
その瞬間、吉澤が小さく身震いをした。
それは快楽に似ていた。似ているが、同じものではなかった。
もう少し、痛みのあるものだった。
「ゴセーチョーありがとうございましたっ」
「いやいや、結構なオテマエで」
おどけた調子で言われた言葉に、やはりおどけたポーズで礼をする。
- 456 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 23:00
- 「次、よっすぃの番だよ」
「は? なんで」
「後藤歌ったんだから、よっすぃも歌うんだよ」
きししっと後藤が歯を見せる。僅かに不機嫌な顔を作った吉澤が後藤を追い越した。
後藤は一拍だけ足を止め、それから吉澤の背中を追いかけた。
「ちょっと、よっすぃ」
「やだよーん。吉澤の歌はそんな簡単に聴かせられませーん」
逃げるように吉澤が歩く速度を上げる。まだらで揃っていない髪が揺れる。
後藤が不機嫌な顔でその髪を引っ掴んだ。
「いてて!」
「ダメだよ」
「あー、今度今度。次のオフにいくらでも歌ったげるって」
「そうじゃなくて」
微かな余韻。名残惜しさが髪の毛から伝わり、吉澤は思わず振り返る。
「後藤置いて、行っちゃダメだよ」
吉澤を見つめる後藤の双眸は揺れている。揺れているのを見つけた吉澤がすんと鼻をすする。
- 457 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 23:01
- なんだよそれなんでそんな顔してんだよ本気で逃げるわけないじゃんなんか吉澤苛めてる
みたいじゃんあたし悪者かよ冗談じゃないってなんでそんな。
「……ごっちん、それ超ワガママ」
その台詞には、苦笑と多少の韜晦があった。
「市井さんはよくて、あたしはダメなのかよ」
「そうだよ」
そうだろう。完成しているとはいえ、隙間が埋まっているとはいえ、彼女の内にあるのは
空虚だった。そこには支えがない。
『ごとー』という空虚を内包した彼女は、壊れる事はないと判っていても、恐いんだろう。
「いかねーよ」
吉澤は軽く肩を竦めながら答える。呆れていますよとアピールすることで、彼女の負担を
軽くする。後藤は笑みこそ浮かべていないが不機嫌そうではなくなっていた。その様子に
吉澤が自嘲じみた吐息をこぼした。
- 458 名前:_ 投稿日:2004/01/10(土) 23:01
- 物理的な距離がどうなろうとも、自分は彼女を放せない。
あの時に決めたから。あの日、彼女の空虚と正面から対峙して、そして決めた。
覚悟を決めるでもなく、未来を決めるでもなく、ただ決めたのだ。
後藤とごとーのために。
「ならいいや」
後藤が早足になって追い越し返す。二人の線が重なった一瞬に、吉澤はふふりと笑った。
自分でも聞こえるかどうかというくらい小さな笑声だった。後藤は気付かないまま、前を
向いたまま進んでいく。
それでいいのだと思う。
後藤の背中を見つめる。特に空腹は覚えていない。
《I/O(Line & Circle.)》
- 459 名前:円 投稿日:2004/01/10(土) 23:01
-
以上、『いまここにいる君と、もうどこにもいない彼女のために』でした。
長いタイトル……(苦笑)
こんなネタを使っても、やはりこれはアンリアルなわけでして(まだ言うか
いや、半リアル、くらいかもしれません。
たとえ見れなくなっても、何をしているか判らなくなっても、自分はずっと市井ちゃんを
好きでいるような気がします。
なんかもう、生きてるならそれでいいとか、そういう次元です(苦笑)
- 460 名前:円 投稿日:2004/01/10(土) 23:02
- スレ容量余ってるので、なんか書けたらいいなーと思っております。
あやみきに限らず。恋愛に限らず。<と言いつつ、現在一番書きやすいのはこの辺でしたり。
6期が自分の中で今熱いので、そこら辺も頑張りたいと思いつつ。
田中さん可愛い可愛い。亀井さんも道重さんも可愛い。
- 461 名前:円 投稿日:2004/01/10(土) 23:03
- それでは、一旦フェイドアウト。
- 462 名前:円 投稿日:2004/01/10(土) 23:16
- どわー……すいません、上げてから気付いてしまいました……。
石黒さん、この時期いないっすよね……。
429レス目は、脳内で修正していただけると有難いです(苦笑)
- 463 名前:つみ 投稿日:2004/01/10(土) 23:43
- いやいやお疲れ様でした!
いちごまとよしごまがいい感じでした!
これでこの物語は完結しましたね^^
次回からの新作も楽しみに待ってます!
- 464 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/11(日) 03:53
- 番外編、お疲れ様でした。
吉澤と後藤の繋がりだとかそういうのがなんか納得出来て面白かったです。
次は是非とも6期で書いてください(笑)
- 465 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/11(日) 09:45
- 更新お疲れ様です。
番外編、とても良かったです。
こちらの方も完結という感じで、とてもスッキリしました(w
次回も寝ないで期待してます。
- 466 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/11(日) 22:17
- この辺り、凄い良かったです。
文章表現も丁寧で、新鮮で驚いたし、時事ネタも絡めていたりして感動しました。
すいません、実は今までの作者様の作品は読んだことはなかったのですが、
一気に読みたい衝動に駆られました。
これからも頑張ってください。
- 467 名前:円 投稿日:2004/01/18(日) 00:03
- レスありがとうございます。
>>463
ようやっと完結です。書いてるときはリアルタイムだったのに、載せる頃には
思い切り時期外れになってしまいましたが(苦笑)
>>464
うちのよしごまは、基本こんな感じで。はっきりきっぱりした恋愛を書くのも好きですが、
こういう関係性を書くのも好きだったりします。
>>465
すっきりしてもらえて嬉しいです。どうしてもこう、みんな決着をつけてあげたくなる
親心が働いてしまうので、何か書くと大抵番外編が出来てしまいます(笑)
>>466
ありがとうございます。時事ネタはなかなか難しいところなんですが。
今回もやはり時期を外しまくってるし……(苦笑)
あ、自分は大して量書いてないので(笑)
- 468 名前:円 投稿日:2004/01/18(日) 00:04
- 田亀でゴー(笑)
- 469 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:04
- 悪いことがしたい。
れいながコントローラのポーズボタンを押し、ゲームを中断させる。それから呆れたような、
眉を多少上げた顔を作って、その言葉の主を見遣った。
「絵里、なにわけ判らんこと言っとると?」
その絵里はといえば、れいなの表情にも口調にも大した反応を見せず、ほにゃりとした
笑みを浮かべたまま小首を傾げてれいなを見ている。
「だから、悪いこと」
「なんで悪いことしとぅとよ?」
「15歳になったら悪いことするんだもん」
本当に訳が判らない。れいながゲーム画面に視線を戻す。付き合いきれない、という
空気を全身から放出して、コントローラを操作し始める。
絵里は慣れているのかショックを見せる事もなく、それでも少しだけ怒った顔をして
れいなのシャツを引っ張った。
「ねえ、れーなー」
「勝手にしたらよか。なんであたしにそんな事聞いてくると」
「だって、れいななら悪いこと知ってるかと思って」
「はあ?」
- 470 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:04
- 多少の怒気を込めた、溜息とも反発とも取れる呼気を吐き出す。テレビの中で、れいなの
操っていたプレイヤーが敵の攻撃を受けて倒れた。
「あっ」慌てて操作を再開してももう遅い。『GAME OVER』の味気ない文字が画面いっぱいに
映し出され、れいなは苛々とコントローラを投げ出した。
自分に対する、周りの評価は知っている。服装や目つきについてどう言われているかも
知っている。それは一部事実であり、一部事実の歪曲であり、総合的には単なる事実無根の
噂だった。
基本、れいなはそれらについて冷静な対応を取る事が出来ている。相手にしなければ
いいのだ。よく知らない人間のことを、自分が楽しむためだけに面白おかしく無責任な
話題のひとつとして話す連中に、付き合ってられるほど暇でもない。
だが、相手が絵里となると話は別だった。彼女は「暇でもない」自分が、自由になる時間の
うち何割かを割く程度に近しい相手だからだ。つまり、れいなはその単語をどうしてか
気恥ずかしいものとしてあまり使いたがらないが、彼女は、友達なのだ。
友達にまでそういうことを言われるのは、我慢がならなかった。
「絵里のせいで負けた!」
それでもそれを直接言うのは悔しくて、恥ずかしくて、れいなはそんな当て擦りで絵里を
責める。
半ば言いがかりで怒られた方はやはり面白くなくて、ふくっと頬を膨らませてれいなを
睨んだ。れいなも負けじと睨み返す。しばらくお互いに無言で相手を睨み、ゲームが
スタート画面に戻って更にデモを流し始めたところで、言いがかりをつけた方が先に
目を逸らした。
- 471 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:05
- 「……勝手にしたらよか」
デモ画面を眺めながら呟く。先ほども同じことを言ったが、その意味合いは多少違って
いたかもしれない。
絵里が、コントローラを投げ出したせいで所在のなくなっていたれいなの手を取る。
「……」れいなはそれに表情だけで反抗する素振りを見せたが、振り解く事はなかった。
「れいな、なんで怒ってるの?」
気弱い口調で問われ、れいなが微かに唇を尖らせる。
「……絵里が、変な事言うから……」
「変な事って?」
「あたしが、悪いこと知っとう、って」
飲酒程度なら、ある。親戚の叔父さんが冗談半分に飲ませてきたりしたから。
だがそれ以上の事はない。少なくとも、教師に見つかって叱られるような事は。
絵里はちょい、と首を傾げると、そのままれいなの顔を覗きこんできた。その先にある
年下の友人の拗ねた口元に視軸を定め、その口元目掛けてふっと息を吹く。
「わっ」
「だってれいな大人っぽいし、色んなお店とか知ってるから、悪いことも知ってると
思ったんだもん」
唐突な行動に驚いて身体を仰け反らせたれいなの背骨が、ぐきりと嫌な音を立てた。
それに伴う痛みに気を取られて、れいなは絵里の言葉を聞き逃す。
「あん? なに?」
「だから」
絵里がもう一度同じ言葉を繰り返した。それに含まれる意味は変わらない。
- 472 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:05
- 聞き終えたれいなは一瞬視線を泳がせて、それから床を見つめて溜息をついた。
「ああ……そう」ようやく自分の勘違いに気付く。彼女はあくまで「知っている」ことを
求めていたのであって、「している」のとは違うレベルの話をしていたという事だ。
勝手にしていたのはれいなの方だった。勝手に、違う話を混同して、勝手に怒って。
どこが大人っぽいのか、と自分に呆れた。
ゲーム機の電源を切り、適当にテレビのチャンネルを変える。当たり障りのないバラエティ
番組で止めて、れいなは絵里に向き直った。
「なんで悪いことしたいと?」
「絵里ね、15歳になったじゃん? だから」
「だから?」
「悪いことするの」
さも当然という口調で言われて、れいなが脱力する。だから、の次には理由が来るのだと
思っていたが、全部飛ばして結論を言われてしまった。
「なんで15歳になったら、悪いことせんといけなかの」
「お父さんが言ってたんだもん。俺が15くらいの時は悪かったもんだーって」
それは単なる思い出話であって、別に絵里もそうしなければならないという意味はないの
ではないのか。れいなは浮かんだ反駁を飲み込む。なんとなく、言っても無駄なような
気がした。なにせ隙間に入るのが好きだとか訳の判らない事を平気な顔で言うような子だ。
今のこれだって、彼女の中では当たり前の事なんだろう。
- 473 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:06
- 呆れてから諦めて、れいなが口を開く。
「だったら、バイクでも盗んで走れば?」
「絵里バイク乗れない」
「……学校のガラス全部割るとか」
「怪我したらヤだ」
付き合いきれない。煙草でも買ってきて渡してやろうかと思ったが、見つかったら叱られ
るのは自分だし、よしんば渡したところで「煙が目に染みるから嫌だ」とか言われそうだ。
まったく、どうしてせっかくの日曜日に彼女の相手をしていなければならないのか。
電源を切ったゲームはクリスマスに親にねだって買ってもらったばかりで、まだ満足する
ほど遊んではいないのに。
「……屋上」
それなのに、なぜか彼女が納得する程度の「悪いこと」を探している。まったく、冗談じゃない。
「屋上?」
「学校の屋上、立ち入り禁止になっとるから。そこに入ったら悪いこと……だと思う」
まったく、子供だましだ。立ち入り禁止とは言え、厳重に鍵が掛けられているわけでも、
入ったからどうだという事でもない。見つかったら先生に注意される程度。
それなのに、年上のくせに子供っぽい友人は、心底嬉しそうに相好を崩してくれたりする。
- 474 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:06
- 「じゃあ、屋上に入ろう!」
「あー、うんうん。頑張って」
ようやく解放された、と安堵の息をついたのも束の間、絵里のアップが眼前に迫った。
さっきの二の舞にならないよう、れいなは床についた手の力で身体ごと後ろに飛びのく。
「れいなも一緒にやろうよ」
「……はぁ?」
「ひとりだと恐いもん」
――――だったらそんな下らないこと諦めたらよかやん!
恫喝は音にはならない。奥歯を噛み締め、拳を床に押し付けて堪えた。
絵里はいまだれいなの顔を覗きこんでいる。クセなんだろうか、とどうでもいい事を思う。
前髪をかき上げる仕草で誤魔化しながら視線を外す。窓に近づいたせいで、寒気が背中を
撫でていく。
「さゆでも誘ったら?」
逃げ道に彼女との共通の友人であるさゆみの名前を挙げる。「あー、そうだねえ」絵里は
炬燵に入ってお茶でも飲んでいるような笑顔を浮かべて頷いた。
「二人より三人の方が恐くないね」
「って、違う違う。絵里とさゆで行ったらよかって言っとぅ」
「なんで?」
「なんで……って……」
きょとんとした絵里の言葉に、れいなが微かにたじろぐ。
- 475 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:07
- なんで、だろう。
別に、屋上に行くのが恐いわけでも、教師に注意されるのが嫌なわけでもない。
高いところが苦手なわけでもない。
実のところ、ひとりで屋上に行った事もある。鍵はいつからか知らないが壊れていて、
ドライバでノブの部分を外すと簡単に取れるのだ。部活の先輩にそれを教えてもらって、
興味本位で入った事が、一度だけあった。
屋上から眺めた景色は、絶景とは言わないがそれなりに気分が良くて、多少のスリルと
相まって結構楽しかった。
恐くも嫌でも苦手でもないから、ひとりで行くのなら何の抵抗もない。
だから、つまり。
「……めんどい……」
これから訪れる反応とそれに対する返し技をいくつか考えつつ、れいながボソリと呟く。
そう。面倒臭いのだ。年上のくせに子供っぽい彼女のお守りをするのも、この寒い時期に
わざわざ屋上に行くのも。
そんな事をする時間があるなら、暖房の効いた部屋で買ってもらったばかりのゲームを
している方がいい。だいたい、中学に入るまでは九州にいたから、東京の冬は寒くて
仕方がない。
「なんでぇ」
ハムスターのように頬を膨らませ、絵里が迫ってくる。れいなの身体はじりじりと壁へ
追い詰められる。背中と後頭部が白い壁に当たる。至近距離に、絵里の艶やかな髪がある。
れいなは息苦しさを覚える。迫ってくる彼女とは違って、挟まれるのは好きじゃない。
- 476 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:07
- 吊りがちな割に気弱い印象を持つ瞳が、真っ直ぐこちらを見据えてくる。頬は膨らんだ
ままだった。れいなの唇から吐息がこぼれて、両手が、彼女の膨らんでいる頬に触れる。
ぷしゅり。
指で頬を突付かれて、絵里の口から詰まっていた空気が押し出された。それと同時に頬も
萎んで、タコのようなコミカルな顔になる。
「む〜っ」
「判ったけん、離れて」
ほとほと困り果てたという表情で言われて、絵里がにじり寄っていた身体を離した。
息苦しさから解放されたれいながほっと息をつく。やはり、挟まれて何が楽しいのかは
理解できなかった。
「そしたら、れいなも一緒に行こうね」
「はいはい。さゆも誘う?」
「うん」
絵里は挟まれているわけでもないのに、うきうきと楽しそうだ。
その顔を眺めながら、れいなは憂鬱な溜息をついた。
まったく、冗談じゃない。
- 477 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:07
-
- 478 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:07
- なし崩し的に約束を取り付けられてしまった翌日の放課後。れいなはMDウォークマンに
繋げられたイアフォンを耳にはめて、机に突っ伏していた。
掃除も終わり、クラスメイトたちは部活に出たり帰ったりしている。外は珍しく雪が
降っていて、集音機でも使ったらカサカサと音が聞こえそうだった。それでもその量は
積もるほどでもない。明日の朝には融けて消えているだろう。
枕代わりに敷いている腕に頬を乗せ、雪が降る様子を眺めていた。綺麗だと当たり前の
感想を抱く。白いものは綺麗で、黒いものは汚い。誰が決めたんだろう。白くて綺麗な
雪は、きっと明日になれば融けて黒い泥水になって、それを見たらやはり汚いと思うん
だろう。それが当たり前ということだった。
「……ねむ」
ウォークマンからはテンポの速いポップスが届けられている。それがギリギリのラインで
れいなを眠りの淵から引っ張り上げていた。寒い日というのは眠くなるものだ。熊なんて
冬眠してしまうじゃないか。
だから、絵里とさゆみが来る前に眠ってしまっても、それはしょうがない事で、自分の
せいじゃない。
ウォークマンのスティックコントローラを操作して、音楽を止める。カサカサと雪が
降って、教室の中は暖房がゴンゴン動いていて、たまに廊下を通り過ぎる人の話し声が
聞こえてくる。その全てが、れいなを眠りに誘う。
目を閉じる。ゆるりと、もやのように睡魔が脳を取り囲み始める。絵里は来ない。
れいなの眉が微かに顰められる。自分が少々不機嫌だということに、れいなは気付いていない。
- 479 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:08
-
どれくらいの時間が経ったのか、眠っているような起きているような、ちょうど境界に
いるような状態にあった脳が、何かを知覚する。
音だった。雪の降る音でも暖房の音でも廊下の話し声でもない。なんだろう。薄く目を
開ける。視界の端に、学校指定のコートに包まれた腕が映る。その手が自身の髪を
するする撫でている事に気付く。音はコートが擦れる音だった。
「あ、れいなおはよー」
机の側にしゃがみ込み、れいなの頭を撫でていた絵里がふにゃりと微笑う。
れいなは薄ぼんやりとした頭をひとつ振り、身体を起こした。口に手を当てながら欠伸を
噛み殺す。絵里を見遣り、それから一度辺りを見回した。
「……さゆは?」
「デートだから行けないって」
含み笑いをしながら告げられた言葉に、れいなが小さく鼻を鳴らす。
「生意気……中学生のくせに」
「ひがまないー」
「別にひがんどらんよ」
わしわしと髪の毛をかき回しながら、つまらなそうな口調で答える。
- 480 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:08
- ――――三年と付き合っとるんだっけ。
以前、一緒に歩いているのを見かけた事がある。さゆみより頭半分背が高くて、年齢の
わりにがっしりした身体をブレザーに詰め込んでいた。坊主頭だったから、多分野球部
なんだろう。
絵里の隙間好きと同じように、それはやはり、れいなの理解の範疇を超えていた。
そういうものに対して興味が皆無か、と言われればそうでもないが、今のところゲームを
していたり絵里たちと遊びに出かけている方が楽しい。
理由の判らない溜息を落としてから立ち上がる。コートを着込み、マフラーを首にかけた
ところで、絵里の首元がすっきりしている事に気付いた。
「絵里、寒くなかと?」
「え?」
「マフラー。いつもしとるのに」
自身の首筋を指差しながら言う。絵里は「あー」と軽く笑った。
「朝、バタバタしてたから忘れてきちゃった」
「ふぅん」
意味のない相槌を打ち、れいなが自分のマフラーを外す。
絵里に投げてやると、彼女は少し驚いたような表情をして、危ういところでそれを
キャッチした。
「あんた喉弱いし」鞄を持ち上げながら、れいなは独り言のように言った。「貸す」返事を
聞く前にドアへ向かって歩き出す。
絵里はもたもたとマフラーを首に巻いてから、早足でれいなを追いかけた。
- 481 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:09
- 「れいな。れーなーっ」
「聞こえとるよ。なんね」
立ち止まり、呆れたような表情で振り返る。絵里はふにゃりと笑っていて、追いついて
かられいなの手を取った。
「ありがと」
「……別に」
口調が素っ気無くなったのは、仕方がない。それでも絵里は、やはり気にした風もなく
ふにゃりと笑っていた。
手を繋いだまま廊下を歩いていく。校舎は、一階が一年生の教室、それから階と学年が
合わせて上がっていき、四階は特別教室がまとめられている。そういえば三年生の絵里は
二度手間だったのだな、と今更ながら気付いた。
れいなが彼女の教室に行った方が手間は省けたはずなのだが、どういうわけかその発想は
二人とも浮かばなかった。
階段を上り、三年生の教室を通り過ぎていく。何が違うわけでもないのに、四月からは
毎日通う事になるのに、やはり今の自分が毎日通っている教室とは異質な空気がある。
「ここ、絵里の教室ー」
ドア前を通り過ぎる時、絵里が指差して言った。「知っとるよ」れいなは溜息混じりに言う。
- 482 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:09
- 絵里の右手はれいなと繋がっていて、逆の手は膨らんだバッグをリズミカルに振っている。
次第に遠心力で勢いが増していき、バッグは振るというより振り回すといった方が近い
状態になっていく。
「絵里、危なかよ」
「だいじょーぶだもん」
「人に当たったらどうしよーと?」
「……れいな生意気。ムカつく」
先輩なのに、と絵里が唇を尖らせる。だからなんだ、とれいなは思う。
拗ねながらも左手を素直に下ろした絵里に、れいなが小さく笑う。
学年も身長も上回っているわりに、普段は訳のわからない事を言って困らせるわりに、
こういう時、絵里は割合素直にこちらの言う事を聞く。
だから、彼女の側にいるのはそれほど苦痛じゃなかった。
正確に言えば彼女の側にいるのは快いのだが、れいなは意識の外でそれを否定している。
- 483 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:10
-
特別教室を通り過ぎ、屋上へと向かう。入り口前の踊り場で立ち止まり、れいながバッグ
から小さめのプラスドライバを取り出した。
何度も取り外されているのだろう、ノブを留めているネジは頭の部分がナメてしまって
いて、なかなかドライバと上手く噛み合わさってくれない。ガチガチと、ドライバの
すべる音が踊り場に響く。
「れいな頑張れー」
見ているだけの絵里は気楽なものだ。なんとなく不条理なものを感じながら、れいなは
無言でネジと格闘を続ける。
ガキンガキン。ドライバが吠える。段々と苛ついてきて、れいなが力任せにドライバを
振り下ろした。殊更大きな音を立てて、ノブがあっさりと取れ落ちる。
「壊した」
「壊れたと」
拾い上げたノブを投げ上げながら言い返す。金属疲労が溜まっていたのだろう、ノブは
根元から綺麗に折れていて、元の位置に戻そうと思ってもそれは無理なような気がした。
仕方なく、ノブをドア脇に放り捨てて、ドアの隙間に手を突っ込んで無理やり開いた。
「開いた」
「開けたと」
肩で息をしながら言い返す。数分間の肉体労働のおかげで、身体はすっかり熱を持っていた。
- 484 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:10
- 冬の夜は早い。暗い空の下に広がる屋上には、ちらほらと雪が降りている。れいなの吐く
息が白くなっている。白いものは、綺麗なのだろうがすぐに消えてしまって少し面白く
ない。ん、と絵里を促し、先に入らせた。
「さむー」言いながら首を竦める絵里は楽しそうだ。れいなはそれにホッとする。
露わになっているれいなの首筋を、冬の冷たい風が通り抜ける。眉をしかめてコートの
襟を立てた。やはりマフラーを貸したのは失敗だったかもしれない。
顔を上げると、絵里はバッグから何かを取り出そうとしている。まさかお茶とみかんが
出てくるんじゃあるまいなと脇から覗き込んだら、目の前にビニール袋を突きつけられた。
「わっ、なんね?」
「花火ー」
突きつけた袋を戻し、絵里が中から花火を取り出す。夏の間によく見かける。平べったい
透明な袋に入れられた、それ。
「なんで花火なんか」
「おうちに残ってたからやろうと思って。これ探してたらマフラー忘れちゃった」
「ああ……そう」
冬に花火、ね。れいなが心の中だけで呟く。考えようによっては、これも「悪いこと」の
うちに入るかもしれない。
つまり、時期が悪いという意味で。
- 485 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:10
- 「火、点かんのじゃなかね?」
「えー? 点くよ」
どういうわけか絵里は自信満々だ。そういう絵里の髪もマフラーも、風に晒されてバサバサ
音を立てている。風と向かい合う形に立っているれいなも額が全開になっていた。
絵里が袋からろうそくとライターを取り出す。無理と。れいなは半ば呆れながらそれを
眺めていた。絵里は火をつける以前にろうそくを立てる段階でつまづいている。「うー」
小さな唸り声が聞こえた。
「諦め? こんな風強かったら、点いてもどうせすぐ消えよぅ」
「消えないもん。点くもん」
「なに意地はっとぅと?」
「れいなと花火するんだもん」
風になぶられた髪の毛をわしわしかき回す。声音の強さとそれに含まれた弱さが気に
なって、絵里の隣にしゃがみ込んでその顔を覗きこんだ。絵里はろうそくを睨みつける
ように見つめながらライターを擦っている。
「絵里」
「……れいなと花火するの」
れいなが溜息をつく。絵里の前に回りこんで、ろうそくを囲むように両手をかざした。
「頑張れ」
「うん」
- 486 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:11
- シャッシャッと、ライターを擦る音だけが聞こえる。二人の髪と肩に雪が張り付いて
白く染めていく。まだらに白くなったそれは、どこか滑稽だった。
滑稽だが、二人は真剣そのものだった。何度も挑戦して、手が冷たくなった時は息を
吐きかけて温めて、それからまた挑戦した。
一瞬、風が凪ぐ。れいなが覆いの範囲を狭める。ろうそくの芯にライターを近づける。
「……点いた!」
ぽわんとろうそくに頼りない灯がともって、二人は思わず両手を上げて万歳する。
手を取り合って喜んだところではっと気付いて視線を落とす。
風から守ってくれる覆いを失ったろうそくは、当たり前のように火を落としていた。
微かに黒くなった芯が、なんとなく申し訳なさそうだ。
「あーあ……」
「れいなが手ぇ離すからー」
「な……っ」
「こらー! お前らなにやってんだー!」
立ち上がり反論しようとしたところへ届いた声に、れいなが全身を震わせる。
「なーんてね。びびった?」
にひひ。屋上のドアに片手をかけて、その人は悪戯っぽく笑った。
- 487 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:11
- 高等部の生徒だろうか。柔らかそうな、肩に落ちた髪は茶色をしている。そのくせ、別段
『いきがっちゃってる』風でもない。それこそが中学生と高校生の違いだと、れいなは
知っている。
「あ、あの……」
「あー、美貴んことなら気にしないで。別に用があるわけじゃないから」
「はあ……」
ひらひら手を振ってくる先輩に、れいなはなんとも気の抜けた生返事をする。
「てゆーか、何やってんの? 寒くない?」
何やってんでしょう。寒いです。
答えたい言葉はれいなの口からは出てこない。絵里は怯えたようにれいなの後ろで隠れて
いて、結局、れいなは誤魔化すみたいに声を出して笑った。
ドアに凭れかかったまま、美貴が首を延ばして絵里を見遣る。
いや、見ていたのはその更に後ろだった。そこにあるものを見つけて、ああ、と口の中で
呟く。
「なに、花火?」
「あ、はい……」
「風吹いてんじゃん。火ぃ点かないじゃん。花火とか出来ないじゃん」
なにやってんのー。面白そうに美貴が笑う。まったくもってその通りです。れいなは
頷くしか出来ないので頷いた。「ずし」絵里の拳が背中に当てられる。
- 488 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:11
- 「ふーん。……ちょっと待ってなよ」
ひとしきり笑ってから、美貴が校舎の中へ戻っていく。先輩の命令は聞かなければいけない。
場合によっては教師の言うことよりも重要だ。それが学校というものだった。
おとなしく待っていると、美貴はものの数分で屋上へ舞い戻ってきた。その手には、
スプレー缶にグリップがついた、妙にごつい道具を持っている。
「家庭科室から借りてきた」
美貴がコックを捻り、グリップを軽く握る。ボゥ、と音がして、炎が飛び出す。
なるほど、これはハンドバーナーであるらしかった。
「これなら点くっしょ」
「はあ……。ありがとうございます……」
借りてきたといっても、承諾は取っていないんだろうなと思いつつ、れいなはそれを
受け取る。
「みきたーん! お待たー」
「お、来た来た。じゃあね。仲良くしなよー。それ、後で返しといてね」
待ち人が来たらしい。美貴は軽く手を振って、再度校舎へ戻って行った。
「なん……? あの人……」
妙な人だ。待ち人だったらしい少女に抱きつかれて、小さく苦笑しながらその頭を撫でて
いるのが見えた。抱きついた方は猫だったらゴロゴロ喉を鳴らしていそうな表情で目を
細めている。一度離れて、まるで当たり前みたいに、腕を組んで歩き出す。
よく判らない焦燥に襲われて、れいなは思わずその光景から目を逸らした。
なんとなく、こう。
「悪いこと」を、している気分になっていた。
それから絵里がまだ背中に張り付いているのに気がついて、半ば無意識にそれを振り払う。
- 489 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:12
- 「れいな?」
「あ、ごめん。いや、なんで謝ると?」
「……なにそれ」
絵里がつまらなそうに頬を膨らませる。「花火、花火」れいなは誤魔化すみたいに明るく
言って、袋から棒花火を取り出した。
「ほら絵里。花火しよ?」
「ん」
バーナーの威力は絶大で、花火の先端を炎に突っ込むと簡単に咲いてくれた。
曇り空だったのも功を奏したかもしれない。空はいい具合に暗くて、花火の爆ぜる形が
よく見える。何本も一度に持ってみたり、火のついた花火を振り回して絵を描いたりして
遊んだ。
時期はずれの花火も、悪くないかもしれない。
「れいなー。ほら、綺麗綺麗」
「わわ! こっち向けんといてよ! 危なか!」
「だってきれーだよ」
「綺麗でも危ないもんは危なかと!」
れいなに向かって花火を回していた絵里が、頬を膨らませながらそれを下におろす。
逃げ回る足を止め、れいなは肩で息をした。
- 490 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:13
- 絵里が新しい花火を取り出して火をつける。今度は大人しく下に向けたまま、ふやんと
笑いながらそれを眺めていた。色取り取りの火花が散って、白く煙る中で、絵里の横顔が
それに照らされている。
れいなは火の消えた花火をぶら下げながら、その様子を眺めていた。
「きれー。ね?」
「うん……」
頷いてから、妙な焦燥感に襲われて持っていた花火を投げ捨てた。熱いわけでもないのに。
花火が収束して、しかし先端には仄かに赤が灯っている。絵里はそれを空に向けると、
大きく振り回した。
「なにしとると?」
「空に落書き」
「……ガキ」
呟くと、絵里は花火を持ったまま、ふくと頬を膨らませた。
「れいな生意気。ムカつく」
絵里の落書きは、れいなに読み取られるのを待たずに消えた。「なに書いたと?」「秘密」
そっけない返事がかえってきて、れいなは溜息をつく。
いつの間にか、花火のパックは空になっていた。れいながバーナーを止めて、散らばった
花火の残骸を集め始める。絵里は完全に消えた花火をまだ振り回している。
「絵里、手伝って」呆れ混じりに言ったが、絵里は聞こえないふりをした。
- 491 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:13
- 「絵里っ」
強めに呼ぶ。ようやく花火を下ろし、絵里が振り返る。
「れいな、ムカつく」
「なんねさっきから」
「れいなバーカ。れいなチービ。れいなガキンチョ」
「はあ!? なんねそれ!」
大股に近づいてきた絵里の右手がれいなの胸元に延びる。その手には火の消えた花火が
握られている。花火の先端は黒い煤で汚れていた。
その先端が、れいなのコートに押し付けられる。丁度れいなの左胸、心臓の辺りに。
「ちょっ……」
二度、花火が走った。左上から右下に一直線。それから、それと交差するように左下から
右上へ。
黒い線が、れいなの左胸に、刻まれる。
「なんばしよっ……」
咎めようとしたれいなの言葉が、途切れた。
唇を塞がれて、言えなかった。
絵里が離れる。れいなを見つめたまま、少しつまらなそうな顔で花火を投げ捨てる。
「い、今……っ、なん……」
「れいなムカつくから。悪いことしてやった」
つまらなそうだが、怒っているのかどうなのかは判断しかねた。
- 492 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:14
- 「ちょっ……だ……えぇ?」
思わず手のひらで口を覆った。頬に落ちた雪が融けていく。絵里の頬に舞い降りた雪も、
一瞬で融けていた。マフラーに水滴がついている。学校指定のコートは薄手でいつもは
寒いはずなのに、どうしてか身体中が熱い。
手のひらで口を覆い、盗み見るように、絵里の顔色を窺う。やはり、つまらなそうな顔の
ままだった。れいなは何も言えない。
「帰る」言い捨てて、絵里はさっさと屋上を後にした。呆然としていたれいなは混乱したまま
花火の残骸とバーナーを持って追いかけた。
掴めそうだった。絵里が書いたらくがきの意味と、自身に訪れた焦燥の理由。
綺麗なもの。白いもの。雪。花火。空の落書き。
いつの間にか、二人揃って走り出していた。誰もいない校舎は薄暗い。二人が駆ける音と、
雪がかさかさ降る音だけが世界を構成している。
絵里を追いかけながら、れいながコートの左胸を強く握る。
寒くて身体が強張っている。上手く走れない。日頃ゲームばかりしているせいで身体が
なまっているんだろうか、既に息が上がっている。
「絵里! ちょっと、待たんね!」
叫んでも彼女は止まってくれない。
当たり前に綺麗なもの。
れいなは絵里を捕まえるために走り続ける。
- 493 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:14
- 左胸のバツ印。黒い煤によるそれは、汚されたと怒ってもいいようなものなのだが。
ムカつくから悪いことしてやった。絵里の言葉が頭の中をグルグル回る。
手にしていた花火とバーナーを放り投げる。両手が塞がっていては彼女を捕まえられない。
絵里はどうしてか校舎の中を走り回るだけで、外に出ようとしない。
れいなはそれを不思議に思うこともなく追いかけ続ける。
この気持ち。ぐっとせり上がってくるような、指先まで何かがたぎり巡って、全てを
奪われてしまいそうな。
なんだろう。絵里を追いかけながら考える。
寂しい、だろうか。まさか。そこまで子供じゃない。置いていかれるのが嫌なんて、
そんな子供じみた感情じゃない。
どうして彼女を追いかけているんだろう。拗ねて怒ってる彼女を捕まえて、宥めて慰め
たいんだろうか。まさか。それほど優しくなんてない。
それでも、どうしてか彼女を追いかけなければいけなくて、身体の内側からぐっと何かが
せり上がってきて、それは指先まで巡っていて。
- 494 名前:『天使のらくがき』 投稿日:2004/01/18(日) 00:14
- 「――――絵里!」
叫ぶ。名前を呼んだら、気付いた。
これは。この気持ちは。
『せつない』、だ。
「……ははっ」
走りながら小さく笑った。自分に呆れてしまって、笑うしかなかった。
どうして切なくなってしまったのか、それはまだ考えたくなかったから、もう自分の
中からは何も探そうとせずに絵里の背中だけを追いかけた。
まったく、冗談じゃない。
《Your hand checks my heart.》
- 495 名前:円 投稿日:2004/01/18(日) 00:16
-
以上、『天使のらくがき』でした。
……田中さん、喋り方わかんないよ_| ̄|○
そしてシゲさんごめんよシゲさん。
- 496 名前:円 投稿日:2004/01/18(日) 00:16
- 6期は可愛いですねぇ。
あやみきもまだまだ好きですが、田亀もかなり好きな今日この頃。
- 497 名前:円 投稿日:2004/01/18(日) 00:18
- 次回は後紺の予定。
というかホントはそっちが先だったんですが、時期を外しそうなので
こっちを先に。<思いっきり冬の話ですんで(苦笑)
- 498 名前:名無し読書 投稿日:2004/01/18(日) 00:35
- 田亀よかったです・・・。
最近私も田亀にハマり始めたので嬉しいです。
願わくば、またいつか、書いていただきたい・・・。
- 499 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/18(日) 00:40
- ご…後紺…近頃めっきり見なくなった後紺…。
どうしようどうしよう楽しみ過ぎる…落ち着け自分。
あっ、田亀よかったです。若いって素晴らしいですね。
友情出演のようなあやみきに得した気分です。
…やっぱり後紺が楽しみでしょうがないです(w
- 500 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/18(日) 01:46
- 田亀ー!
メディアで全然絡まないので、とても嬉しいです。
ふくれる亀井さんがかわいくて仕方なかったです。
後紺も楽しみだー。
- 501 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/18(日) 02:56
- さり気なく出演してるあの二人に激萌え…。
相変わらずノスタルジックな感傷を誘う文章には脱帽。
後紺好きなんで楽しみに待ってます。
毎度同じ台詞ですが、本当にありがとう!!
- 502 名前:つみ 投稿日:2004/01/18(日) 12:58
- 田亀お疲れ様でした!
なんともいえない感じがそそりました。
次回は後紺っすか?!
楽しみにしてます!
- 503 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/18(日) 13:59
- 田亀は特に萌えないだったのに、この作品で萌え〜
ヤバイヤバイ。作者さんに踊らされてる気がする
あやみきにもハマったし。影響され過ぎ、自分
後紺・・・ガッツポーズ!
密かに好きなんです。待ってます。
- 504 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/18(日) 15:23
- 田亀よかったです。自分もこの二人好きで。
本心の判りにくい可愛い年上と、小生意気だけど素直で実直な年下と。
二人のやりとりがどこかムズガユクテほのぼのしてて、好きです。
また機会があれば、読みたい二人だと思いました。作者さんどうもアリガトウ。
- 505 名前:nanasi 投稿日:2004/01/18(日) 22:03
- この続きが異様に気になる!
心のムズムズした感じが、何となく面白いw
次回作楽しみにしています。
- 506 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/20(火) 18:32
- タイトルと繋がる一文が出てきたときに思わずニヤリ。
面白いです。安心して読めます。次回が楽しみです。
- 507 名前:円 投稿日:2004/01/24(土) 01:44
- レスありがとうございます。
意外と好評なようで驚きでした(笑)<スレの本編あやみきなのに。
>>498
なんだかいきなり田亀にハマってしまいまして(苦笑)
もー、見てて楽しくてしょうがないです。なんであんなに可愛いんですかあの二人。
ええとええと、また書けるように頑張ります。
>>499
後紺は、紺ちゃんのごっちんを語ってる時の表情が微笑ましくて好きなんです。
ああ、ホントに好きなんだねえって感じで(^^)
>>500
……絡まないですよね、田亀……(遠い目)
もー田中さん、もっと松浦さんを見習って!みたいな(笑)
<本作はあんな展開でしたが、自分的には田→亀が理想です。
>>501
ええもう、自分はごまっとう+よっちゃんが出てこない話を書けないのかと(苦笑)
あの4人が好きすぎる自分が痛いです。
ノスタルジックに浸っていただけたら本望です。目指すものはそこなんです、実は。
>>502
そそりましたか(笑) エロもないのにそそらせるなんて、自分天才!(殴
- 508 名前:円 投稿日:2004/01/24(土) 01:44
- >>503
萌えてください。そしてごくたまにある絡みに悶えてください。
この辺にハマると、動体視力とか集中力とかが養われていいですよ(笑)
>>504
亀井さんは何考えてるか判らなくてナンボだと思います。
そして田中さんはそれに振り回されてナンボです(爆)
>>505
続きですかー。どうなんでしょう。
実を言うと自分の中にもラスト後の二人はいないので(苦笑)
>>506
今回はタイトル先行だったので、どこにあのシーンを持ってくるか悩んだりしたんですが、
ニヤリとしてもらえたなら書き手冥利に尽きます。
安心……そうなんだ(笑)死人もでなけりゃ事件も起こらないからでしょうか。
- 509 名前:円 投稿日:2004/01/24(土) 01:44
- えいと。ひとつお詫びというか。
自分が紛らわしい書き方をしてしまったせいで、誤解されてしまったかもしれないんですが。
後紺、『天使のらくがき』とは関連性ありません(苦笑)
<「次回」ってのは次回更新、という意味でした。
そう思われた方がいましたら、ホント申し訳ないです。
申し訳ないので書こうかと思います(笑)いつになるかは判りませんが。
何が心配って、スレ容量が間に合うのかというのが一番心配(苦笑)
- 510 名前:円 投稿日:2004/01/24(土) 01:45
- というわけで、後紺。今更「DIN」の頃の話を(苦笑)
- 511 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:46
- 新曲のフォーメーションを説明された時、ざわりとしたのが判った。
周囲が、ではない。いや、ひょっとしたら周囲もざわついていたかもしれない。
ただそれ以上に、自分の心がざわざわと波打ち、物理的な振動となって自身を震わせた。
縋るように、同期で同じ立場になるらしい彼女へ視線を向けた。気付いた彼女は
緊張した面持ちながら、小さな声で頑張ろうね、と言ってきた。
彼女が選ばれたのは判る。合唱部だっただけあって声量もあるし、歌唱力だって結構な
ものだ。ダンスも指先まで綺麗なラインを作っていて、時折見ていてうっとりとする。
先輩たちにひけを取らない、とまでは言えなくても、彼女はきっと、自分よりずっと
先を行っている。
「ど……して…?」
どうして、自分なんだろう。歌もダンスも赤点だとはっきり言われ、自分でも痛いくらい
判っているような、自分が。
どうして、あの人の隣で。
「紺野ー、よろしくねぇ」
肩を叩かれて、震えが一瞬大きくなった。
目を上げると、光が飛び込んできたように眩んだ。
柔らかく肩に手を置いたまま微笑むその人は、どこまでもどこまでも、綺麗だった。
- 512 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:46
- 「あ、あの……」
「大丈夫。紺野だったら出来る」
紺野が何を言おうとしたか読んだのか、後藤は微笑んだまま、優しくそう告げる。
それはまるで神託のようで、だから紺野は。
辛くなった。
自分の力量を把握してないわけでもない。ボイストレーナの先生に言われ続けている
言葉も、ダンスレッスンで叱られる内容も、全部、はいと答えるしかないもので。
俯き、一度唇を噛み締めて震えを堪え、消え入りそうな声で呟く。
「む……無理、です」
「なんで?」
「だって、私は歌もダンスも赤点で、後藤さんの隣で歌うなんて、絶対……」
周囲がざわざわしている。心臓がそれに紛れてドクドクと脈打っている。
彼女が隣にいる。彼女が肩に手を置いている。彼女の声が、ひどく近くで響いている。
あこがれていた、ひと。
- 513 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:46
- 後藤は苦笑のように目を細めて、軽い吐息を洩らした。
「無理じゃない。後藤も入ったばっかの時、いきなり前に出されてびっくりしたけど、
なんだかんだで何とかなっちゃったよ。だから紺野も大丈夫」
ああ、そうか。彼女が触れてくれたのは、そういう事なのだと、遅まきながら理解する。
「でも、後藤さんは歌もダンスも上手だったから」
「いやぁ、そんな事ないよ? 昔のビデオとか見ると下手くそすぎて恥ずかしいもん」
朗らかに笑いながら後藤は言った。彼女は自分自身を過小評価しない。過大評価もしない。
卑屈にはならないし尊大にもならない。
だから紺野は憧れた。彼女のようになりたくて、彼女の側に行きたくて。
ただ、いきなり「そこへ行け」と言われたら、怖気づいてしまって逃げ出したくなる。
「大丈夫だって。絶対出来る」
優しい言葉。
聞きたくなかった。
- 514 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:47
-
■■■■■
- 515 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:47
- 後藤の肩に腕が当たり、思わず大きく身を引いた。
「紺野! なにやってんの、それくらいで下がらない!」
「す、すみません!」
コーチの檄が飛んで、萎縮した身体が止まる。「音止めて。もう一回最初から」リズムを
刻んでいたメンバーが動きを緩く変え、ポジショニングを始める。
「すみません……」
小さな声で誰にともなく言った。聞き止めた矢口や安倍が慰めるように一声かけてくれたが、
紺野の気持ちは晴れなかった。
「後藤さん、ごめんなさい」
「んー」
後藤は気にしなくていいというように紺野の頭をひとつ撫で、自分の立ち位置へ戻った。
音が鳴る。小さなラジカセから流れる音楽と、ステップを踏む音と、コーチのリズミカルな
手拍子。呼吸。誰かの唇から洩れるカウント。
自分自身の鼓動。
音は次第に大きくなって、すべてが混じり合って、どれが何なのか、意識するべき音は
どれなのか、身体の震えは正しいのか、何をどうしたらいいのか。
判らなくなった。
「あ……っ」
気が付いたら眼前に後藤の背中が迫っていた。ステップがひとつ遅れて、横一直線に
重ならなければならない二人の身体がずれる。
どうしよう。取り返さなければ。音が進んで。次の動きは。リズムが崩れて。後藤の背中。
コーチが眉を上げる。
- 516 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:48
- ふっと、視界が開けた。
「ストップ! 後藤、なんでそこで下がるの?」
「……すみませんでした」
幾分真剣な横顔。紺野の隣に後藤の肩がある。
「間違えた子に合わせないで。人数多いからバレないだろうなんて考えない事。
一人がずれたら全体が崩れるの。判った?」
「はい」
叱られているのは後藤だ。しかし、その原因を作ったのは紺野だった。
それを判っているから、紺野は真っ直ぐにコーチを見据えている後藤とは対照的に、
床を見つめてこれ以上ないくらい身体を縮こまらせた。
その後、1時間程度レッスンを続け、今日はそれで終わりになった。
私服に着替えて帰る準備をしている同期の輪へ入りながら、紺野はもそもそとバッグから
着替えを取り出し始めた。
「あさ美ちゃん、大変だったね」
「ん……」
「でも、今日初めてのレッスンやったし」
曖昧に笑いながら、高橋の言葉に頷く。彼女のダンスはやっぱり綺麗で、失敗もしていたが
それでも自分よりずっと安定していた。
少なくとも、安倍がフォローするような失敗は、なかった。
「これからどうする? みんなでどっか食べに行こっか?」
割り込んできた新垣の声に反応するより先に、後ろからニュッと突き出てきた腕に驚いて
悲鳴をあげてしまった。
- 517 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:48
- 「わぁっ」
「みんなお疲れー。センパイからご褒美だよ」
紺野の肩越しに延びている手には、個包装されたクッキーが乗っている。三人が礼を
言いながら受け取った後も、紺野は驚きすぎて動けない。
「紺野?」いつまで経ってもクッキーを受け取ってくれないので、後藤は訝しげに呼び
かけながら紺野の顔を覗き込んだ。後ろから回り込むように顔を向けたせいで、唇の
位置が頬に近い。
「チョコチップ、嫌いだった?」
「い、いえ! 好きです!」
勢い込んで答えたら笑われた。別段、嘲るような調子でも馬鹿にした風でもなかったが、
紺野はなんだかとても恥ずかしいことをしたような気分になって、顔を真っ赤にして
下を向いた。
クッキーが乗った手の逆側から、もう一本手が延びてくる。
カサカサと小さな音を立てながら包装を開け、中から冬空の満月に似た、くすんだ色を
した丸い菓子を取り出す。後藤は紺野を後ろからくるんでいるような体勢のまま、
俯く顔に取り出したクッキーを近づけた。
「ほら紺野、あーんして」
きひひっと笑いながらクッキーを差し出してくる。いくらなんでもからかい過ぎだ。
紺野は赤い顔を更に紅くしながらクッキーを指で摘んだ。
「……ありがと、ございます」
「んー。疲れた時は甘いもんだよねぇ」
ようやく紺野の背中から離れた後藤の微かな吐息が、まとめた髪の隙間を縫って首筋を
撫でる。
- 518 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:48
- 「じゃ、みんなお疲れー。気をつけて帰りなよ」
「はーい。お疲れさまでした」
小川の人懐こい声を皮切りにして、その場にいた面々が口々に挨拶を返す。
紺野は、ただペコリと小さく頭を下げた。
それに対して浮かべられた微苦笑は、俯いてる紺野には見えなかった。
「で、どうする? ご飯行く?」
「そやねえ。あ、この前里沙ちゃんとおいしいとこ見つけたんよ。そこ行く?」
「おー、いいねえ」
盛り上がる三人から少しだけ離れて、紺野が溜息をつく。
「あさ美ちゃん?」それに気付いた新垣が自慢の眉毛を軽く上げた。
「ごめん。……もうちょっと、練習してく」
「え?」
戸惑いがちに聞き返す新垣へ申し訳なさそうな顔を向けて、取り出した着替えを
もう一度バッグへ押し込む。三人はお互いを窺うように顔を見合わせたが、最終的には
「無理しないでね」とねぎらう言葉をかけて部屋を出て行った。
- 519 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:49
- Tシャツの上に羽織っていたジャージを脱ぎ、隅に置いて鏡へ向き合う。
ふぅ、と息をひとつついた。
「ワン、ツー……」
リズムを取りながらステップを踏み始める。腕を振るうたびに、指先からざわざわと震える。
どうしてか、泣きそうになっていた。悔しいのかやるせないのか、それとも単に悲しい
だけなのか。ひょっとしたら嬉しかったのかもしれない。
「あれ? 紺野」
突然声を掛けられて、思わず身体が止まった。
それは。その声は。その人の、声は。
今、一番聞きたくない声だったのに。
ゆっくりと振り返る。泣きそうな顔をしていないかと、少し不安になった。
「後藤さん……」
「あ、後藤ね、ちょっと忘れ物したの。紺野は自主練?」
忘れ物をしたと言ったくせに、特に何かを探す素振りも見せずに後藤は言った。
ドア脇の壁に背を預け、自分の事は気にするなと片手を振る。しかし、憧れの人に見つめ
られながら踊るというのはかなり気恥ずかしい。これなら、コンサート会場で一人で
歌うほうがまだマシだ。
- 520 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:49
- 後藤を見つめる事にも、後藤に見つめられる事にも耐えられなくなって、紺野は下を向く。
「あの、私、今日失敗してばかりだったから……」
「そっか。うん、頑張れ」
歩み寄ってきた後藤に頭を撫でられる。優しくされているのに叱られたような気分になる。
「大丈夫だよ」
彼女の言葉が、痛い。
「出来ないって、最初から諦めちゃ駄目だよ?」
聞きたくない。
後藤は結局、何も持って行かないまま、手ぶらのままで出て行った。帰り際に高橋たちと
会ったんだろうか。だから彼女は。
涙が、出た。
- 521 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:49
- 後藤が待っていてくれた吉澤に軽く手を振る。手持ち無沙汰だったのか、携帯電話を
いじっていた吉澤が人影に気付いて顔を上げた。
「お待たせー」
「鍵あった?」
「うん、あったあった」
にへらと笑いながら、吉澤に頷きかける。唇を引き結んだまま目を細めるという、妙な
笑みを浮かべた吉澤は、結んでいた唇を少しだけ開いて舌を出した。
「鍵、最初っから持ってたべ」
疑う事のない言葉だった。後藤はどう誤魔化そうかと考えを巡らせかけて、途中でそれを
打ち切った。どうせ、彼女には通じない。
小さく肩を竦めて吉澤の隣に並ぶ。日は落ちきっていない。夕食時だからか、通り過ぎる
飲食店から雑多で胃を刺激する匂いが漂ってくる。紺野に何か差し入れてやればよかった
かと、今更ながら思った。
西日が目に痛くて、後藤は手のひらで覆うように瞼をこすった。
信号を三つ過ぎたあたりで、吉澤が口を開く。
「なんで戻ったの?」
蒸し返されて後藤は苦笑いをする。自分でもよく判っていない事を説明するのは、難しい
ようで実は簡単だ。
「紺野、ちょっと気になってね」
そんな、抽象的な一言で済む。
- 522 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:50
- 吉澤は軽く眉を上げ、きょとんとした、コミカルな表情を浮かべた。
「へぇ。珍しいじゃん」
「そっかな」
そうかもしれない。教育係という立場にあった加護相手にさえ、ここまで気に掛けた
事はない。まあ、あの子は年上のメンバーに可愛がられていたし、それを素直に受けとめ
られるキャラクターだったから、自分がそこまでする必要はないと思っていたのかも
しれない。
吉澤と並んで歩きながら、後藤はちらりと後ろを振り返る。
そんな所に、紺野がいないのは判っていた。
後藤の様子に気付かないまま、吉澤は独り言のように呟く。
「んーまあ、大変だろうしね、紺野も。高橋は結構できる子だしさ。比べちゃうのかも」
「比べちゃうんだ?」
吉澤が自身の経験から物を言っているのに気付いて、後藤はそう返す。
自嘲のような笑みを浮かべた吉澤が頷いた。
「比べますよー。ウチ、めちゃくちゃ悩んだもん。自分をどういう風に見せてったらいいか
判んなくてさ。辻と加護は子供っぽい、ていうか子供でなんか可愛くてさ、梨華ちゃんは
もう正統派美少女!って感じで。じゃああたしは何をウリにしていったらいいんだよ
みたいなね」
ふぅん。後藤は小さく相槌を打つ。ウリか。よく判らない。
「じゃ、紺野もいきなり金髪にしてみたらどうだろ?」
自分の経験から物を言ったら、吉澤は面白そうに笑った。
「いいねえそれ」
- 523 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:50
-
- 524 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:51
- 簡単な夕食を取ってから吉澤と別れ、自宅でくつろぐ。
まさかまだ残っている事はないだろうと思いながら、携帯電話を手に取った。
軽めのコールが何度か続いた後、プツ、と通信の繋がる音がする。
『もしもし?』
「あ、紺野ー? 後藤だけど」
『はい……携帯に、名前出るんで』
言われて、後藤はわずかに苦笑した。吉澤にかける時は名乗ったりする事なんてないのに、
どうしてそんな事をしたのか判らなかった。
「あはは、そうだよね。今なにしてる?」
『あ、もう家に帰ってて。これからご飯食べるとこです』
「そっか。今日は頑張ってたね。んーと……ゆっくり休んでね」
特に用事があったわけでもないから、言うべき言葉が見つからない。
紺野ははいと小さく答えただけだった。他に返しようがない。
「紺野はさ、自分なんか、って思ってるかもしんないけど、全然そんな事ないからね。
もっと自信持っていいよ」
『……はい』
「んー、そんだけ。おやすみ」
言いたい事もないから、無理やり出した言葉をかけるだけかけて、後藤は電話を切った。
これから起こる事態を知っていたら、もっと色んな事を彼女に言えていたかもしれない。
彼女に自分の声が届かない日が訪れると、知っていたら。
- 525 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:51
-
■■■■■
- 526 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:51
- 電車を降りたところで欠伸をひとつ。目深に被った帽子の下で、涙が滲んだ。
「うー、ねむ……」ぼやきながらスタジオに向かい、割り当てられた部屋のドアを開ける。
「おはよー」
誰にともなく言うと、方々から挨拶が返ってきた。
「おー、ごっちんおはよーさん」
「やぐっつぁんおはよー」
「やった、今日はなっちの方が早かった」
「この前はごとーの方が早かったじゃんよー」
「おはよ。あはは、眠そうじゃん」
「圭織もクマすごいから」
口々に言ってくるメンバーへ笑いかけたり軽く手を叩き合ったりしながら進み、バッグを
放り出す。
流れる黒髪と、その隙間から見えるぷくぷくした頬を見つけ、後藤はその頭に手を置いた。
「紺野、おはよー」
その途端、紺野が大きく身を竦めた。なんだか小動物を苛めているような気分だ。
後藤はちょっと悲しくなる。
紺野が振り返り、軽く頭を下げて挨拶してくる。うん、と頷いて、後藤は頭から手を離す
と隣に空いていた椅子へ腰掛けた。
「ちゃんと寝た? 圭織みたいにクマ出るタイプじゃないから、よくわかんないけど」
出来るだけ優しく聞こえるように問いかける。
しかし、紺野はきょとんとした目を後藤に向けたまま、首をかしげて困惑気味に眉を下げた。
- 527 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:51
- 「えと、後藤さん……?」
「ん? どしたの? 後藤の顔になんか付いてる?」
「……あ、新しいギャグ、ですか?」
困ったように、少々怒ったように、紺野が言う。後藤は冗談を言っているつもりはない。
椅子を回転させ、背凭れに抱きつくような座り方に変えてから、椅子の背に顎を乗せる。
それから唇をへの字に曲げて、後藤は紺野の額を突付いた。
「紺野、なに言ってんの?」
「おーい、どうしたどうしたー?」
後藤の背後から矢口が身を乗り出してくる。小さいから半ば後藤を乗り越えるように
首を突き出している。先輩二人に見つめられた紺野が戸惑ったまま視線を彷徨わせた。
「紺野がねー、なんか変なんだよー」
「ん? どしたの紺野」
紺野はまだ戸惑っている。「あの……」遠慮がちに矢口へ視線を定め、小さく口を開く。
「みんなでからかってるんですか?」
「なにがだよ。誰も紺野からかったりしてないよ」
意味の判らない問いかけに、矢口がわずか口調を硬くする。
「まあまあやぐっつぁん。後藤が自分で判んないうちに変な事言ったのかも。
紺野、後藤なんか変な事言ったかな?」
「確かにごっちんは変だけどねー。そっか、紺野もとうとうセンパイに歯向かえるように
なったか。おねーさん嬉しいよ」
「は……? あの、矢口、さん……」
他のメンバーも、異様な雰囲気に気付いたらしい。そこここで聞こえていた雑談の声が
いつの間にか止んでいて、困惑する紺野の声と、お気楽な後藤の声と、おちゃらけた
矢口の声だけが、室内に漂っていた。
- 528 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:52
- 紺野は自分が注目されている事に気付いて顔を赤くしながら、とつとつと話し始める。
「だって後藤さん、さっきから口パクパクさせてるだけで、何も言ってないから……」
だから、からかわれてると思ったんです。そう自信無げに小さな声で落とされた言葉に、
紺野以外の面々が目を幼くした。
「やーやー、後藤、バリバリ喋ってるじゃん」
「そうだよあさ美ちゃん、来た時もおはよーって言ってたし」
「え?」
小川の言葉に、紺野は驚いたように目を大きくする。それから泣き出しそうにも見える
顔をして、矢口を見遣り、次に後藤の顔を窺う。
背凭れに顎を預けたまま、後藤はんーと小さく唸った。静かな空気が室内にこもり始める。
辻の手に握られていたスナックが落ちて、カサリと微かな音を立てた。
「……って、ごっちん何か喋れよ!」
矢口に突っ込まれて後藤はようやく自分の声を求められている事に気付いた。
「あ、えーと。やっほー」
紺野と後藤以外の全員が脱力する。よりによって「やっほー」かよ。そんな無言の圧力が
後藤の両肩に圧し掛かるが、本人が気付いていないので意味はなかった。
誰かがゴクリと喉を鳴らした。辻が新しいスナックを口に運ぶ。加護がその横から
袋の中に手を突っ込んだ。ガサガサと袋からスナックを取り出す音が響く。
ざわざわと、紺野の心臓が揺らめいた。
「……紺野、聞こえた?」
保田の小さな問いかけに、紺野は首を横に振った。その様子に、矢口は信じられない、と
表情で呟く。
- 529 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:53
- 「マジかよ……」
「てゆーか、ごっちん以外の声は聞こえるんだよね?」
「はい……。他のみんなの声とか、普通の音とかは聞こえるんですけど……」
後藤の声だけが、聞こえない。
「ごっちん、紺野になんかしたんじゃないの?」
多少からかいじみた口調で吉澤が言い、後藤の肩を叩く。
「ごっちんに嫌がらせされた紺野はその精神的ショックで、無意識にごっちんから逃げ
ようと……」
「違います! 後藤さんは何もしてません!」
珍しい紺野の大声に、得意げな表情で推理を語っていた吉澤が凍る。勝手に悪者にされた
後藤は特に怒った風でもなく、紺野に対して苦笑を浮かべていた。
「あ……」気まずそうに頬を掻き、吉澤がごめんと謝った。いつも石川をからかう時の
クセが出てしまった。そういう冗談が通じるタイプと通じないタイプがいる事を、判って
いないわけでもないのに。
宥めるように紺野の頭を撫でながら、後藤は優しく後輩を諭す。
「よっすぃは別に本気で言ってるんじゃないよ。…って、後藤が言っても聞こえないのか」
「うん……あの、あたしもホントにごっちんがそんな事したとか思ってるわけじゃなくて、
……あー、ごめん」
「いえ……。すみません、大きな声出して」
後藤の手の下でしゅんと頭を垂れる。年上の先輩に怒鳴りつけるなんて、ひょっとしたら
生まれて初めてかもしれなかった。その事に驚きすぎていて、紺野は自身の頭に置かれた
手のひらがずっと撫でてくれている事に気付かない。
- 530 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:53
- 飯田がパンと手を叩く。視線が一点に集中して、それで紺野は少しだけ気が軽くなった。
「とにかく、マネージャーに連絡して。撮りの時とか、みんなで紺野をフォローしてあげる
ようにしよ。ごっちんの声以外は聞こえるんだから、そんなに難しくないと思う」
「そ、そうだべ。大丈夫、こんなにいるんだから、ごっちん一人の声くらい聞こえなく
たって全然関係ないさぁ」
「なっちそれちょっと酷いよー」
あは、と笑いながら後藤が言ったら、周囲からも笑い声が上がった。
その中で、紺野だけが唇を噛み締めていた。
- 531 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:53
- マネージャーに連れられて行った病院の診断結果は、精神的な要因によるなんとかかんとか。
あまりにも予想通りで、紺野は逆に拍子抜けしてしまった。
医学的知識のない自分にだって、身体的な要因でたった一人の声だけが聞こえなくなる
ことなんてあり得ないと判る。知りたかったのはそれ以上のことだったのに。
待合室で、小川と後藤が待っていてくれた。他のメンバーは練習に出ているらしい。
後藤は紺野とのコンビネーションを練習できないから来ていて、小川は同期代表といった
ところか。
小川へ緩く微笑みかけ、後藤に対して頭を下げる。後藤は淡く微笑って頷いた。
マネージャーが清算をしている間、待合室のベンチに三人並んで腰掛ける。
隣に座った小川が気遣うように顔を覗きこんできた。
「どうだった?」
「ストレスじゃないかって。……ずっと治らなかったら、もう一回ちゃんと検査
しましょうって言われた」
「ずっとって、どれくらいなんだろ……」
「とりあえず一ヶ月したらまた来るようにって」
落ち込んでいる紺野を慰めるように、後藤の指先が軽く長い黒髪を梳く。顔を上げた
紺野が後藤へ視線を向けると、彼女は微笑んで、手のひらで紺野の頭を抱え込んだ。
「後藤さん……ごめんなさい」
「紺野が謝る事じゃない。大丈夫、紺野は悪くないよ」
言ってからわずかに苦笑する。聞こえないと判っているのに、どうしてもいつもの調子で
話しかけてしまう。
困っていると、小川が「あさ美ちゃんは悪くないって」と後藤の言葉を橋渡ししてくれた。
- 532 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:54
- 「んぁー。結構大変だねえ、これ」
「大丈夫ですよぉ。あたしたちがちゃんとフォローしますから」
「ん。ありがと」
マネージャーが戻ってきたので、三人は立ち上がってそちらへ向かった。紺野の両脇に
小川と後藤が付き添う形になったのは無意識だった。誰も意識していなかったが、自然
彼女を守ろうとしていたのかもしれない。
- 533 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:54
- 懸念されていた番組収録は、しかし思っていたより簡単に事が進んだ。
元々、新メンバーである四人はそれほどトークで前に出てくるタイプではなかったし、
後藤の卒業が発表されたこともあって、話題のほとんどはそれに集中していた。
たまに話題が振られる事があっても、飯田の言葉通り他のメンバーがさりげなく紺野へ
伝わるように答えてくれたりして、誰もその事には気付かなかった。
そして歌の方に関しては、逆に後藤の声が聞こえないのが功を奏した。
練習の時はどうしても引き摺られていたキーが、聞こえないおかげでスムーズに
歌えるようになった。聞こえないから不安になって、それで余計声を出すようになった。
褒められる回数も増えてきた。
「いやぁ、ある意味ラッキーだったんじゃん?」
収録後に言われた吉澤の気楽な台詞に、紺野は力なく笑う。冗談だと判っているが、
自分としてはそんなに素直に喜べない。
あの人の声を、忘れてしまいそうで。
あれから自宅で後藤のCDを聴いたり、後藤から借り受けたPVを全部流して見たりした。
それすら、聞こえなかった。CDはバックに流れる音楽だけが耳に届いて、PVも同じような
状態だった。
日を追うごとに意気消沈していく紺野を心配してか、後藤は小まめにメールをくれる。
綴られた文章はいつも、自分を励ましてくれるもの。
大丈夫だよとか、すぐに治るよとか、心配しなくていいとか。
それが辛くて嬉しかった。憧れていた人に迷惑をかけてしまっている事が辛くて、
憧れていた人が自分を気に掛けてくれる事が、嬉しかった。
- 534 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:55
- 自宅へ帰り、バスルームから出てきたところで携帯電話からメロディが鳴っている事に
気付く。慌てて駆け寄り、バッグの中から音の源を取り上げた。
届いていたのは後藤からのメール。携帯を開き、ディスプレィに後藤の言葉を映し出す。
そこにあるのは、いつもと変わらない優しい言葉。
「後藤さん……」
ありがとうございます。ごめんなさい。
後ろの言葉は、返信には含めない。
後ろ向きな言葉を、後藤が望んでいない事を知っているから。
届いたメールへの返信を終え、パタリと携帯を閉じる。『携帯電話』なのに電話の役割を
果たしてくれないそれは、なんだかとても中途半端だった。
違う。中途半端なのは自分だった。他の人の声は聞こえるのに、後藤の声だけが
遮断される自分の耳。早く治って後藤を安心させたいのに、どこかでこのまま後藤の
特別な位置に居続けたいと思う自分の心。
「ごめんなさい。後藤さんごめんなさい……」
後藤に届かない言葉は、いつまでも自分の中でくすぶり続けていた。
- 535 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:55
-
■■■■■
- 536 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:55
- 春の終わりというより夏の始まりといった方が自然なこの時期、外は暑い。
自分たちのまだ時間があったため、それぞれ楽屋で好きな事をしていたり、トイレにでも
行っているのか、たまに表へ出て行ったり、気ままな時間つぶしをしていた。
みんな暑いから外には行きたくないんだろう。
「あさ美ちゃん、アイス食べたくない?」
辻がにじにじと近寄って顔を覗きこんできた。彼女の「食べたくない?」は「自分が食べたい」
もしくは「一緒に食べたくない?」の変化球だ。加入して日の浅い紺野もそれは知っていた
から、遠慮がちな微笑を浮かべながら頷いた。
「んじゃ買い物行こうぜー」
「うん」
揃って楽屋を出て行こうとしたら、後ろから辻の頭に何かが乗せられた。「ん?」仰け反る
ように後ろを見遣った辻の視界に同期の顔が映り込む。ほわんと辻の表情が緩んだ。
「外あっついから、それ被っていきな」
「んー」
吉澤が自身の私物である野球帽を辻の頭に置いて、それに手を添えながら笑っている。
あの喧騒の中でよく外に出るのだと気付いたものだと、紺野は感心した。ドアを出るだけ
だったら、外に出るのかスタジオのどこかに用があるのか判らないから、きっと自分達の
会話を聞いていたんだろう。
- 537 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:55
- キャップを被り直してから、辻が吉澤の腰にまとわりつく。
「あさ美ちゃんの分は?」
「あー、そっか」
「や、私は大丈夫ですよ」
そういうわけにもいかないよ、と返して、吉澤がきょろりと楽屋を見回す。
「ごっちーん! あたしと一緒に買ったキャップ、今持ってる?」
吉澤の大声に、頬杖をついて舟を漕いでいた後藤が胡乱な瞳を吉澤に向ける。
一瞬にして狼狽した紺野が吉澤のシャツの袖を引っ張った。しかし、吉澤はそれに構わず
後藤に顔を向けている。
「んあ? あるけど」
「貸して」
「んー」後藤が脇に置いていたバッグをごそごそ探ってキャップを取り出す。
つばの部分を持ち、フリスビーの要領で吉澤向けて放り投げられらキャップはわずかに
高かったが、吉澤は軽くジャンプして易々とそれを受け取った。
「サンキュ。はい紺野」
「いやっ、ホントに大丈夫ですから」
「遠慮すんなってー」
吉澤は朗らかに笑っている。後藤も気にするなというように手を振っている。
「早く行こうよー」辻が腕を引っ張ってくる。
誰も強さなんて誇示していないのに、これはどうやっても受け取らざるを得ない空気だ。
- 538 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:56
- 「あ、あの……ありがとうございます」
後藤に対してキャップの乗っかった頭を下げ、紺野は逃げるように楽屋を後にした。
辻に手を引かれながら外に出る。やはり外は暑い。二人とも、日差しを避けるために
キャップを目深に被り、狭い視界の中で目当てのコンビニを探す。
紺野のキャップから、自分のものではない香りが届いている。シャンプーか、それとも
何かフレグランスの類なのか。彼女の人柄のような柔らかい匂いだった。
それに気恥ずかしさを感じながら、紺野は出来るだけ顔が赤くならないように、冷静で
いようと努めていた。せめて、日差しのせいだと言い訳が出来る程度に。
「あさ美ちゃん、何アイス食べる? 辻はねー、チョコかイチゴ」
抹茶もいいねえ。辻は紺野と繋いでいる手をブンブン振りながら楽しそうに言う。
振り回されながら紺野は曖昧に笑った。
そういえば、彼女と手を繋ぐ事に、いつの間にか抵抗がなくなっていた。
オーディションを受ける前、自分と同じ年なのにたくさんの人の前で脚光を浴びながら
歌い踊る姿に、憧れていたのに。
後藤とも何度か手を繋いだ事がある。それでも、いつまで経っても動悸は治まらない。
「あさ美ちゃん?」
「あ、うん。私もチョコにしようかな」
「何言ってんの? ジュースも買う?って聞いてんのに」
いつの間にやら話題は進んでいたらしい。紺野はやはり曖昧に笑って、「そうだね」と答えた。
辻は何のジュースにしようかな、と呟いてから、そのままの表情で紺野に言った。
「ごっちんの声、聞こえるようになるといいねえ」
「……うん」
その言葉は。あまりにも、あまりにも無邪気で他意がなくて。
だから紺野は、俯いて頷くしかなかった。
- 539 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:56
- みんなの分も一緒に買ってコンビニを出る。辻は自分用に二つ買っていたうちの一つを、
スタジオに戻るまでの間に食べてしまっていた。楽屋で食べると安倍に叱られるからだろう。
子供は子供なりに抜け道を探すものだ。
「ただいまー」
「ただいま……」
コンビニの袋を抱え、辻にドアを開けてもらう。「おー、お帰り」吉澤が読んでいた文庫
から顔を上げて出迎えてくれた。
「なに、そんな買ってきたの?」
いっぱいに膨らんだ袋を見た吉澤が呆れたように言う。
「みんなの分もあるんだよっ」
「マジ、のの奢ってくれんの?」
「さすが辻さんっ」文庫をテーブルに置いて近寄ってきた吉澤が、紺野の手の中にある袋を
覗き込む。さっそくひとつ取り出し、包装を解いて口にくわえた。
他のメンバーも集まってきて、めいめいに好きなアイスを取り出している。
「あーんっ、それのんが食べようと思って買ったのにー!」「ケチケチすな!」辻と加護が
ひとつのアイスを巡って争っているのを、安倍が厳しい顔で見つめている。
「のの、おいで」
「ん?」
手招きされておとなしくそれに従った辻を前に、安倍がその口元を鋭い視線で見つめる。
「ちょっと、はーってしてみ?」
- 540 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:57
- 辻が両手で口を押さえた。
「なな、なんで?」
「いいから。ほら、はーって」
観念したのか、辻が両手を外し、それでも出来るだけ勢いがつかないように息を吐き出す。
鼻先を辻に突きつけた安倍が、その眉の角度を上げた。
「イチゴの匂いがするべ。やっぱり食べてきたなーっ!」
「ご、ごめんなさいー!」
安倍の剣幕に辻が逃げ出す。大人は大人で一歩先を行くものだ。
辻が逃げ回り、最終的に飯田の後ろに隠れる。「なっち、いいじゃんちょっとくらい」
頼られて嬉しいのか飯田が庇うのに、安倍は激しく首を振った。
「そうやって圭織が甘やかすからいけないんだべ!」ぷりぷり怒る安倍は、本気なのだろうが
あまり迫力がない。
後藤はアイスのコーンを齧りながらその光景を眺めて笑っている。紺野が恐る恐るそこに
歩み寄って、手にしていたキャップを差し出した。
「あの、後藤さん。ありがとうございました」
「んあ? ああ、うん」
キャップを受け取り、後藤が軽く頷く。「面白いねぇ」辻たちのやり取りを指差す。それに
つられて視線を回した。辻を背中に庇う飯田と、ぷりぷり怒る安倍。まるで孫を甘やかす
おばあちゃんと躾の厳しい母親のようだ。紺野も思わず口元に笑みを浮かべる。
- 541 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:57
- 「もー! 安倍さんやだ!」
逆切れした辻が滅多矢鱈に腕を振り回す。「きゃあ!」可愛らしい悲鳴が上がった。こんな
可愛らしい悲鳴を上げるのは一人しかいない。
「紺野!」
後藤が唐突に叫んだ。紺野は反応しない。聞こえないのだから当たり前だ。
小さく、忌々しげな舌打ちをして、後藤が紺野へ腕を延ばす。
「あさ美ちゃん危ない!」
小川の声が響いて、紺野がそれに振り返るより早く、小川の腕が紺野のそれを強く
引き寄せる。紺野は一瞬なにが起こったか判らなくて目を白黒させが、直前まで自分が
立っていた位置に紙コップとオレンジ色の液体が落ちたのを見て、状況を悟る。
「あ、まこっちゃんありがと……」
「あはー。びっくりしたね」
辻が振り回した腕が石川に当たって、その衝撃で石川の持っていた紙コップが宙を舞い、
それが丁度紺野のいる場所目掛けて落ちてきた、という事だった。
「紺野ちゃん、ごめんね。大丈夫?」石川が申し訳なさそうに言ってくるのに、紺野は
淡く笑いながら首を振った。
「まこっちゃんが助けてくれたんで」
「よかったー、ジュースって拭いたくらいじゃ落ちないもんね」
石川が胸を撫で下ろすその陰で、後藤はぼんやりと中空で止まっていた腕を下ろし、逆の
手に持っていたコーンを一口に頬張っていた。その表情からは何も窺えない。
「後藤、ちょっとトイレ行ってくんね」
側にいた矢口へ告げて楽屋を出ようとしたら、その矢口に手を取られた。
「おいらも一緒に行くよ」
「なにやぐっつぁん、連れション?」
「そーそー」
軽く笑いながら言われた冗談に乗りながら、矢口が後藤と連れ立って楽屋のドアを開けた。
- 542 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:58
- トイレに続く廊下を並んで歩きながら、矢口が小さな溜息をつく。
「気にすんなよ。さっきの、別にごっちんが悪いんじゃないんだからさ」
「なにが?」
「誤魔化さなくてもいいって」
スタジオはスタッフが走り回っていて騒がしい。その中で、僅かに気難しい顔をしている
矢口は馴染んでいて、まるでそれがデフォルトだと言わんばかりの気の抜けた笑顔でいる
後藤は、微細な異質だった。
後藤が笑顔のままで小首をかしげる。
「別に気にしてないよ。紺野が後藤の声聞こえないのはしょうがないし、小川が助けて
くれたから大丈夫だったし」
「その言い方が気にしてるって言ってんの。ったく、鈍いなあごっちんは」
「そうかな?」
「そうだよ」
やれやれと呆れた吐息を洩らす矢口に、後藤は頭の上に疑問符を浮かべながら首筋を掻いた。
ざわざわと、周囲がざわめいている。「まあ、いいけどさ」それに混じる、呆れた口調の
まま呟かれた矢口の言葉。
何がいいのだろう、と後藤は思う。
このままでいい、という事だろうか。このまま、自分の声が紺野に届かないままでも。
そうじゃないな。考えるまでもない事に後藤が小さく苦笑する。矢口がそんな事を思って
いるはずがないのだ、彼女は優しいから。
優しいから、言いたい事を飲み込んだんだろう。その代わりとして出てきた言葉が、
「まあ、いいけどさ」だったということだ。
- 543 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 01:59
- トイレは生憎とひとつしか開いていなくて、矢口が手振りで譲ってくれた。
済ませてから入れ替わりに入っていった矢口を待つ。別の個室から出てきた人がすれ違い
ざまに頭を下げてきた。知り合いでもなんでもないが、こういう場所で居合わせた時と
いうのはどうにも具合が悪いもので、だからそんな事をしてしまう。
後藤はドア脇の壁に寄りかかったまま礼を返して、それからまた矢口を待つ姿勢に戻った。
「このまま……」
紺野と会話が出来ないまま。
自分は、モーニング娘。ではなくなるんだろうか。
「……あぁ」
それは、ちょっと嫌かもしれない、と思った。
ただそれが、矢口の「まあ、いいけどさ」に隠された言葉と同じ事なのかは、判らなかった。
聞いてもきっと矢口は答えてくれないだろう。優しいが、そういうところは意地が悪い。
それともそれだって彼女の優しさなんだろうか。
「哲学だねえ」
自分の思考がおかしくて、後藤はひとりで笑った。
最奥のドアが開いて、矢口が出てくる。
「いやー、お待たせお待たせ」
「んー」
手を洗い、ポケットから取り出したハンドタオルで拭きながら矢口が後藤の隣に並ぶ。
矢口がタオルをしまうのを待って、楽屋に戻るべくトイレを出た。
- 544 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 02:00
- 「紺野、ああいうキャップも似合うねえ」
「へ? ああ、さっきの? そうだね、結構ボーイッシュなのも似合うかも」
後藤が含み笑いをする。矢口が片眉を上げて見上げてきたので、後藤はその顔を崩さない
まま矢口と視線を合わせた。
「やぐっつぁん、ちょっと通訳してよ」
「は?」
「紺野にちょっと、言いたい事あるから」
「いいけど……。なに言うんだよ」
「うん、ちょっとね」
楽屋に戻り、紺野の姿を探す。収録が近いのか、みんな衣装に着替えたりメイクをしたりと
準備に忙しそうだ。
後藤は矢口と一緒にヘアメイクをしてもらっている紺野の側に行き、その肩を叩いた。
「はい? あ、後藤さん」
「あのさあ、さっきのキャップ。後藤が卒業するまで紺野の耳が治んなかったら、紺野に
あげるよ」
「おいごっちん、何言ってんだよ!」
ぎょっとしたように目を見開いて、矢口が後藤に噛み付く。後藤はきょとんと目を大きく
すると、「だって」と反論ののろしを上げた。
「みんな聞こえんのに、紺野だけ聞こえないままなのなんかヤだなーっと思ったからさ。
ほら、なんか足りないじゃん。だから代わりに」
「代わりに……ってなあ……」
後藤の言いたい事は判る。学校の卒業と同じだ、可愛がっていた後輩に何か記念の物を。
それは判る。判るがしかし。
- 545 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/24(土) 02:00
- 「ほら、紺野に言ってよ」
「……あー……」
数秒間悩んでから、矢口は後藤の言葉を紺野に伝えた。
予想したとおり、紺野は微かにショックを受けたような表情をして、それでも次の瞬間には
曖昧に笑って後藤に向き直り、相変わらずの気弱い声で「ありがとうございます」と言った。
だよな、そう言うしかないよな。矢口は心の中で歯噛みしながら紺野に同情する。
後藤の言葉に深い意味はない。ちゃんとお別れを言えないかもしれないから、そうなった
時のために代わりを用意しておきたいというだけの話だ。それは判っている。
判っているがしかし。
それではまるで、紺野に声が届かなくてもいいと、言っているみたいじゃないか。
後藤がスタイリストに呼ばれて、衣装に着替えるためにその場を離れた。
紺野はもう前を向いていて、鏡越しに自身の髪がセットされていく様子を眺めている。
「あの、さ。あんま気にすんなよ?
ごっちん、別にそんな深く考えて言ってんじゃないから」
ああもう。自分はフォローがこんなに下手だっただろうか? 矢口は自分に苛立つ。
紺野が小さく笑った。視線を下に向けて、何かを誤魔化すみたいに口元を引き上げている。
「大丈夫です。あの、私ずっと後藤さんに憧れてたんで、帽子とかもらえたらすごく
ラッキーだと思うし。あ、聞こえるようになっても聞こえないふりしちゃおうかな。
そしたら一石二鳥ですよね」
えへへ、と笑いながら言われた言葉に、矢口は音のない、それでも大きな溜息をついた。
紺野はフォローがものすごく下手だ。
- 546 名前:円 投稿日:2004/01/24(土) 02:03
-
……すみません、一気上げ挫けました_| ̄|○
ここで半分くらいなんですが、いったん止めます。
- 547 名前:円 投稿日:2004/01/24(土) 02:04
- 続きは近日中に。
- 548 名前:円 投稿日:2004/01/24(土) 02:05
- ではまた。
- 549 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/24(土) 15:31
- 後紺にときめいてる自分がいる。
…円さんマジック。
- 550 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/01/24(土) 17:41
- 面白いです。ごめんなさい、面白いです。
微妙になちののに萌えてしまった……。
- 551 名前:円 投稿日:2004/01/25(日) 21:18
- レスありがとうございます。
>>549
マギー円と呼んで下さい。嘘です。
後紺といいつつ、微妙にこの二人絡んでませんが(苦笑)
>>550
いやいや、謝らないでください(^^;
なちののも微笑ましくて好きですね。DDでCPDDです(笑)
- 552 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:18
-
■■■■■
- 553 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:19
- 一月経っても、後藤の声は聞こえるようにはならなかった。再度病院へ赴き、今度は
脳外科でCTを撮られたりしたが、言われた事は変わらなかった。最後に心療内科を打診
されたがそれは断った。赤の他人が聞いて判る原因なら、自分やメンバーに判らない
はずがないと思ったからだ。
そして新曲に合わせた番組収録もひと通り終わり、もうすぐ、後藤の卒業が訪れる。
後藤がドアを開けると、ワックスの効いた床とシューズの底が擦れる音が聞こえてきた。
「…………」後藤は無言のまま眉をしかめる。ここ十日ほど、彼女はいつもそうしていた。
音を立てずにそっとドアを閉め、以前そうしたように壁へ凭れかかる。
鏡に向かって踊っている紺野は気付かない。後藤はそれをじっと見ている。時折、溜息が
唇から洩れて、それから何かを言おうかと息を吸い込むが、結局はそれもまた溜息に
すりかわって、鈍く光を反射している床にコロコロと落ちて行った。
「あ……っ」
紺野がバランスを崩して派手に転ぶ。床に打ち付けたのか、肘の辺りをさすりながら
起き上がる。後藤はわざと大きな足音を立てて紺野に近づいた。
「あ……後藤さん……」
ようやく後藤に気付いた紺野が気弱に眉を下げてこちらを見てくる。後藤は口をつぐんだ
まま、紺野の腕を乱暴に取った。
- 554 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:19
- 「無理しすぎてる」
「え……?」
早口に、紺野に読み取られないように呟いた。どうして怒っているのか、自分でもよく
判らなかった。
バッグからタオルとミネラルウォータのボトルを取り出し、タオルに水を含ませる。
擦りむいて赤くなっている肘へタオルをあてがい、しばらく待ってから別の面で水滴を
拭った。
「あ、あの、すみません……」
「謝らなくていい。謝んないで」
「……ごめんなさい」
「あは。聞こえないんだもんなぁ」
思わず苦笑が出る。きっと自分は不機嫌そうな顔をしていたんだろう。だから紺野に
謝らせてしまう。そんな事をさせたくはないのに。
強張っている顔の筋肉を解し、淡く微笑む。多分それが、今出来る最良の方法だから。
「紺野、焦んなくていいんだよ。あんたが頑張ってるのはみんな知ってるし、後藤の声が
聞こえないのだって、全然大した事じゃないんだから。そんな風に無理して遅くまで
練習したりとか、しなくていいんだよ」
長すぎて判らないのだろう。紺野は戸惑ったような、どこか怯えたような表情でタオルの
当てられた腕を見ている。紙とペンを持ってくるべきだったと後藤は後悔したが、慣用句に
あるとおり、後悔は先に立たない。携帯電話も充電を忘れていたせいで、先ほど吉澤と
電話をしている最中に電源が切れてしまった。
仕方なく、紺野の隣に座り込んでタオルを押さえ、下向く紺野の髪を撫でた。
- 555 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:20
- 「もう今日は帰りな? あんまり遅くなると危ないし。明日はオフなんだから、ゆっくり
寝て遊んでおきなよ。そしたら元気になって治るかもしんないよ」
「……聞こえないんです。ごめんなさい」
「いいよ。後藤が勝手に喋ってるだけなんだから」
後藤が手振りで出口を指し示す。帰れと言われた事に気付いた紺野は、一瞬だけ後藤から
目を逸らし、それから首を振った。
「もうちょっとだけ、練習していきます」
「んあー、結構頑固だねえ。……じゃあ、帰んなくてもいいから休憩しよう」
タオルを外し、赤みが引いたのを確かめてからそれを傍らに置く。空いた手を紺野の
胴回りに巻き付けてひょいと抱え上げた。
「ひゃっ……え!?」
ぽふり。後藤の膝の上に乗る形になった紺野が、自身の体勢に気付いて悲鳴のような
声を上げる。
「ちょ……あの、後藤さん!?」慌てて降りようとするのを後藤の両腕が阻んだ。
「紺野、もう何時間も休んでないっしょ? それじゃダメなんだって。適度に休んでおか
ないと、身体が壊れちゃうから」
紺野を抱きすくめ、その肩に顎を乗せて後藤が耳元で言う。吐息が頬と首筋に触れて、
腕が軽く脇腹の辺りを叩いていて、背中に柔らかい感触が当たっている。
あわわ、と動揺しながら、紺野は必死に逃げようとするが、後藤の腕はそれを許して
くれない。
紺野を包んでいた腕の片方が上がって、両目を覆うように当てられる。
「はいおやすみー。30分したら起こすから」
- 556 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:21
- 強引に目を閉じさせられ、子供を寝かしつける時のように柔らかく腹部を叩かれている
から、後藤が休ませようとしているのは判る。
判るがしかし、こんな状態で眠れるわけがない。
「むっ、無理ですぅ……」
「いいから目瞑って。そのうち眠くなるから」
どうやっても後藤は離してくれそうにない。仕方なく、紺野は後藤にくるまれたまま、
逃げようと突っ張っていた腕の力を緩めた。
意識はどうあれ、やはり身体は無理な自主練習の疲労が溜まっていたらしい。
次第に世界が遠くなって、後藤の手のひらと背中のぬくもりだけを感じるようになって、
それに羞恥を覚えるより先に、紺野の意識はどこか深い闇に吸い込まれていく。
「……後藤さんは」
「ん?」
意識を手放す直前。ひょっとしたら紺野自身はそれが音になっていると気付いていないかも
しれないぐらいの位置で。
「このままでもいいですか……?」
「…………」
囁くように落とされた問いに、後藤は答えなかった。答えたところで紺野には聞こえない
のに答えなかったのは、つまり。
答えが自分の中になかった、という事なのだろう。
「……おやすみ」
優しく言って、後藤は紺野の肩を撫で始めた。
- 557 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:21
-
- 558 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:21
- 鏡越しに、ドアが開くのが見えた。
「ごっちん、なにやってんの?」
吉澤が呆れ声で言ってくる。後藤は首だけを後ろに向けて、力のない笑みを浮かべた。
「んー、紺野を抱っこしてるねえ」
「見りゃ判るよ。紺野帰らすからって戻ったのに、なんでそんな事してんのさ」
待ち合わせをしていたのにいつまで経っても現れなくて、おまけに携帯も通じないから
仕方なく様子を見に来たらこれだ。吉澤は腕を組んで溜息をついた。
後藤が首をかしげながら苦笑する。どうしてこんな事をしてるのか、自分でもよく判らない。
「紺野って、意外と頑固なんだね」
「あー、そうだね。ほっぺはやらかいけど」
「ほっぺ関係ないし」
先輩二人が好き勝手言っていることなど露知らず、紺野は微かな寝息を立てて眠っている。
吉澤は後藤の隣に座り込むと、その寝顔を覗き込んだ。ついでに柔らかい頬を指先で
突付いてみる。余程疲れが溜まっていたのか、紺野はそんな悪戯にも全く反応しなかった。
指を引っ込め、胡坐をかいて床に着いた両手で自身を支える。幸せそうな寝顔だった。
そりゃそうだと吉澤は思う。
でも、それじゃあ駄目だとも吉澤は思う。
「やっぱさあ、このままじゃダメだよね」
「んあ?」
「紺野。かわいそうじゃん」
「そう?」
「そうだよ」
後藤は紺野を撫でながらきょとんとしている。吉澤の言いたい意味が判っていない。
なんで判らないのかな、と吉澤は呆れる。
- 559 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:21
- 「ごっちんの声が聞こえないってのは、ダメなんだよ」
「でも、他のみんなの声は聞こえるんだしさ、そんなオーバーに考えなくても
いいんじゃない?」
「そうじゃなくてさぁ……なんていうか……」
紺野が後藤の声を聞くことが出来ないのが問題なのだ。それは多分、他の誰かが後藤の
声を聞けなくなるとか、紺野が他の誰かの声を聞けなくなるとかいう事態とは意味が違う。
後藤はその違いを判っていない。
両手を床から離し、多少前かがみの姿勢になった吉澤が後藤へ視線を合わせる。
「明日オフじゃん。みんなで梨華ちゃん家集まってさ、色々試してみようよ」
「色々って?」
「……今考えてるとこだけど。ごっちん明日なんか予定ある?」
「特にないけど」
「んじゃ決まりね。紺野にも言っといて」
最後まで付き合うつもりはないのだろう、人差し指を立てながら後藤にそう言って、
吉澤が立ち上がる。「よしこ強引ー」後藤は苦笑混じりに文句をつけてきたが、吉澤は
その言葉に棘を見出さなかったので何も言わなかった。
「お疲れー」
「お疲れさん」
軽く手を振って出て行く吉澤の後ろ姿を、後藤は鏡越しに見送った。
「……紺野もよっすぃも、なんでそんなに頑張っちゃうかねえ」
紺野の幼い寝顔を眺めながら、独り言ちる。
後藤は自覚が足りない。
自分は愛されているのだという、自覚が。
- 560 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:22
-
■■■■■
- 561 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:22
- 「第32回、コンコンにごっちんの声を聞かせよう大会〜!」
ドンドンパフパフと鳴り物が軽快に歌う。鳴らしているのは辻と加護だ。
開会を宣言した吉澤と、部屋の主である石川、そして当事者の後藤と紺野の両手から、
激しかったりやる気がなかったりする拍手がこぼれる。激しいのは吉澤のものだけだったが。
「32回もやってないじゃん。てゆーかコンコンってなに?」
「ファンの子が紺野の事そう呼んでるんだって。矢口さんが言ってた」
シャラララ、と手にしたタンバリンを振りながら吉澤が答える。あのタンバリンやラッパは
どこから持ってきたんだろうと、紺野が首をかしげた。
吉澤は鳴り物以外にも、ハンドマイクやらメガホンやらを準備してきていた。それを
どこか楽しそうな表情で一つひとつ取り出しながら、後藤に渡していく。
受け取った後藤は、まだ吉澤が何をしたいのか判っていないようで、膝の上にどんどんと
乗せていった。機械の山が、後藤の膝上に築かれて行く。共通項は音を拾うもの。
「とりあえず、この辺使って紺野の耳元で叫んでみるべ」
「あの……よっすぃ。あんまりうるさくすると近所迷惑になるから」
「へーき。苦情が来ても怒られんのは梨華ちゃんだし」
「そ、そんな……」
ひょっとして自分の部屋が選ばれたのはそういう理由だったんだろうか。石川ががくりと
うな垂れる。
「ごっちん、やってー」
「やってー」
辻と加護の無邪気な催促に苦笑しながら、後藤は山の一番上に置かれたメガホンを手に
取った。
- 562 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:23
- 右手に持ったメガホンを左手に叩きつけながら、紺野へ向き直る。
「大丈夫かな、いい?」
いきなり聞こえたりしたら紺野の鼓膜が破れてしまうんじゃないかと、幾分不安げに
問いかける。聞こえなくても、表情でわかったんだろう。紺野は逡巡を見せたが、
意を決したように唇を噛んで頷いた。
「んじゃ行くよ……」メガホンを口に当て、逆側の広がった方を紺野の耳に押し当てる。
すぅ、と後藤が深く息を吸い込んだ。
「やっほー!!」
さっきの不安そうな表情が嘘かと思えるくらい、遠慮のない大声だった。思わず石川が
自身の両耳を手で塞ぐ。
「てゆーかまた『やっほー』かよ!」教育係直伝のツッコミが吉澤の口から飛び出た。
耳鳴りを覚えている三人とは対照的に、紺野はきょとんとした顔で、どうしていいか
判らずに誰にともなく視線を向けている。定まっていない視軸は何も言わなくても結果が
どうだったかを物語っていた。
「あさ美ちゃん、ダメ?」
「うん……聞こえない」
辻のがっかりした声に、申し訳なさそうな顔で首肯する。
「そんな簡単に聞こえたら苦労しないよねー」気に入ったのか、メガホンを離さないまま
後藤が独り言ちた。
- 563 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:23
- 「ダメだよごっちん」
「んあ?」
吉澤ががしっと後藤の肩を掴む。
「吉澤が思うに、ごっちんには愛が足りない」
「高橋?」
「違う」
「あいぼん?」
「くどい」
吉澤が大きく首を振る。後藤の肩を掴んだまま、その瞳を真っ直ぐに見据えた。
「メンバーに対する愛だよ! やっほーなんてふざけた台詞じゃダメなんだよ!」
真摯な表情で、真剣な声音で告げる。「……一番ふざけてるのはよっすぃだと思う」「うん」
石川と加護の呟きは吉澤には届かない。彼女はこんな時だけ紺野と同じ症状が出るようだ。
「もっとさあ、紺野に愛を伝えなきゃダメなんだよ! さあごっちん、紺野へあらん限りの
愛情をぶつけるんだ!」
「ええぇ!? よ、吉澤さんちょっと待ってください、あの、心の準備とか……」
「だいじょぶ、どうせ紺野には聞こえないから」
「え? えーと……あの……」
目的を忘れかけている吉澤を止めようと、紺野が口を開きかける。
だがその前に、後藤の笑い声が響いて、それと同時に延びてきた手が紺野の口を塞いだ。
「うん、やってみよ」
くすくすと笑いながら後藤が言う。何が起こったのか、何が起ころうとしているのか
よく判らない紺野は、唇に当たる後藤の手のひらに気恥ずかしさを感じながら周囲を
見回した。
- 564 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:24
- 縋るような視線を向けられ、石川が代表して口を開く。
「……ごっちん、やってみるって」
「んぁえぇ!?」
塞がれているせいでくぐもった声が紺野の喉から飛び出る。「んはは!」くすぐったかった
のか、後藤が慌てて手のひらを紺野から離した。
後藤の脇で、吉澤がどれにしようかな、と節をつけて呟きながら道具を選んでいる。
学校で使われるような大きなハンドスピーカを取り出した吉澤を見つめたまま、紺野は
口をぱくぱくと動かした。その声は誰にも聞こえない。出ていないから当たり前だった。
「ではごっちん、どうぞ」
うやうやしくハンドスピーカを差し出し、後藤を促す。吉澤の手から渡されたスピーカの
グリップ部分を持って、後藤は紺野にへらりと笑いかけた。
「紺野、行くぜー」
「え、え、あの、後藤さん……っ」
愛を。高橋でも加護でもない愛を、後藤に囁かれるなんて。
いや、囁かれるわけではないが。叫ばれるのだ。
……その方が恥ずかしいじゃないか。
「ちょっと、ま……っ」
「紺野ー! 好きだぁ〜!!」
紺野の制止を聞かず、後藤が声の限りに叫んだ。その声には多分に笑みが含まれている。
いやむしろほとんど笑い声だった。
- 565 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:25
- 「あはは! ホントに言った! ホントに言いよった!!」
加護が手を叩いて喜ぶ。吉澤と辻も腹を抱えて爆笑している。石川は気弱な笑顔で
紺野の様子を横目に窺った。
その紺野は、顔を真っ赤にして俯いている。「……まさか、聞こえたの?」膝を床に擦り
つけながら紺野へにじり寄り、石川が俯く顔を覗きこむ。
紺野は視線を床に固定したまま、ぼそぼそと、泣きそうな声で応えた。
「……聞こえなくたって、何言われたかくらい判りますよぅ……」
「あ、あは。そうだよね……」
吉澤があれだけ煽っていたし、一言だから唇の動きで読むくらいは出来るだろう。
喉が渇いた。テーブルに置かれたコップを手に取り、一息に飲み干す。冷たい感触が喉を
通り過ぎていくが、生憎と顔の熱は消えてくれない。コップを持ったおかげで幾分冷えた
手のひらを自分の頬に押し当てて冷やそうとしてみるが、すぐに手のひらは元通りの
温もりを持ってしまった。
「ごっちん、そんな笑いながらじゃダメなんだ。もっと真剣に!
そのまま押し倒すくらいの勢いで!」
「やや、やめて下さい!」
ノリにノっている吉澤を、紺野が大慌てで制す。冗談じゃない。そんな事をされたら
声が聞こえるようになる前に心臓が止まる。
- 566 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:25
- だってこの人は。
隣にいるこの人は、ずっと憧れていて。
あんな風になりたいと、ずっと思っていて。
声が、大好きで。
「……私だって、ちゃんと、後藤さんの声、聞きたいんです……」
忘れてしまいそうで恐くて。
「ちゃんと……一緒に歌いたいんです」
引き摺られてもいいから。外してもいいから。
後藤の声を聴きながら、自分の声を届けながら。
「初めての練習の日だって、すごく緊張してたけど、でも後藤さんと歌えるって思って、
嬉しくて……」
「あ……」
悪ふざけが過ぎた事に、吉澤たちがようやく気付く。後藤の表情は困惑していた。
手にしていたハンドスピーカを傍らへ置き、空いた手を一瞬彷徨わせて、それから遠慮
がちに紺野の肩へ触れる。
「紺野……」
「それなのに、全然うまく出来なくて、明日はもっと頑張ろうって思って、ちゃんと
後藤さんの足引っ張らないように頑張ろうと思ってたのに、こんな事になって……」
「紺野、ごめん。判ったから。もう判ったから」
後藤が優しく宥める。吉澤も、辻も加護も、石川も口を挟めない。
「ごめん、ちょっとふざけすぎた。紺野がそんなに悩んでると思わなかったから。
後藤も紺野と話がしたいよ。紺野と一緒に歌いたいよ? だから、ああほら、泣かないで」
- 567 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:26
- 後藤の指先が紺野の頬に触れて、それで紺野は自分が泣いている事に初めて気付いた。
「す、すみませんっ」また先輩に嫌な思いをさせてしまうと、紺野が服の袖で涙を拭う。
石川がボックスティッシュから数枚取り出して、紺野の目元に当ててくれた。
ティッシュを目に押し付けながら、紺野は声を殺して泣いた。
不甲斐ない自分に。面白がっていた吉澤たちに。
冗談で好きだと言った、後藤に。
柔らかく肩を抱いていた後藤の腕に、不意に力が入った。
戸惑う間もなく引き寄せられて、その腕の中へすっぽりと納まる。
「え? ご、後藤さん……?」
「ごめん」
紺野の額が後藤の肩に押し付けられている。だから、紺野は彼女の顔が見えない。
唇も見えないから、読み取る事もできない。
鼓動がざわざわとうるさくて、余計に後藤の声を聴き辛くさせているような気がした。
後藤は何か言葉を発しているのだろうか。紺野には何も聞こえない。
ただ、ずっと静かに背中を撫でてくれている手があって、今はそれだけでいいような
気もした。
後藤は泣き止むまで背中を撫でてくれて、その間に石川以外の三人は帰って行った。
帰り際に「ごめんね」とユニゾンで聞こえてきたが、紺野は顔を上げられなかったので
代わりに小さく首を振ることで答えた。
石川は吉澤たちが帰ってから、気を利かせたつもりなのか寝室の方へ移動して、だから
ここには、今は二人きりだった。
- 568 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:27
- 「紺野」
後藤が小さく呼びかける。
「こーんの。聞こえないの?」
聞こえないか。後藤が苦笑する気配が伝わってきた。
「……ごめんなさい」
「謝んなくてもいいって。きっとね、そのうち治るから」
聞こえないと判ってるのに、後藤はずっと、紺野に語りかける。
申し訳なくて、情けなくて、弱い自分が嫌で。
紺野はずっと、後藤の肩を涙で濡らし続けた。
しばらくして石川がリビングに入ってくる。「もう遅いから」一度キッチンへ行ったのだろう、
その手にはアイスココアの入ったグラスを持っていた。
後藤が腕を解き、二つのグラスを受け取って、片方を紺野に渡す。
「目、腫れちゃったね。ほっぺのぷくぷくが目立たなくなっていいかも」
きしし、と笑いながら言う。「……だって。ごっちんが」石川が律儀に通訳してくれた。
「梨華ちゃん、そういう事は言わなくていいから」
ちょっと気まずそうに後藤が呟いたが、紺野は特に気にした風もなく笑った。
「それ飲んだら帰りなよ。ごっちん、送ってってあげてね?」
「うん」
グラスを揺らし、カラカラと氷を鳴らしながら後藤が頷く。紺野は遠慮しようかどうか
迷って、結局は何も言わずにココアを喉に流し込んだ。
- 569 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:28
-
後藤と一緒に石川のマンションを出て、駅までの道程を並んで歩く。少し背の高い後藤の
横顔を盗み見る。柔らかく目を細めているせいでひどく穏やかに見えた。視線に気付いた
のか、後藤は目を細めたまま、うん?と窺うようにこちらを見てきた。「……いえ」微かな
後ろめたさを感じながら後藤から目を逸らす。後藤は小さく笑って、半袖のシャツから
延びる腕を紺野の腕に触れさせた。
「暗くて危ないからね」
囁いて、紺野の右手を包むように握る。少し背の高い後藤の手は、紺野よりも上の位置に
あるから、多少引っ張られる形になる。自分より大きな手。包み込むように握ってくれて
いる。紺野はどうしてかひどく気恥ずかしくなったが、それを拒む事はできなかった。
「あの……」
「ん?」
「私、兄弟の一番上で、ずっとお姉ちゃんが欲しいと思ってたんです」
「そっか。後藤は上も下もいるからなー。でも妹はいないから、やっぱ妹欲しかったかも」
丁度いいね、と後藤が笑う。それから、そういえば聞こえないんだっけとまた笑った。
「でも、後藤さんはお姉ちゃんって感じでもなくて……。あの、ずっと憧れてて」
「へー。そんな大したもんじゃないけどねー」
「モーニング娘。に入る前から、テレビとかで見ててカッコいいなって思ってて……」
「そっかぁ。何か照れるなぁ」
紺野はずっと下を向いている。繋いでいる手で、後藤は紺野を誘導している。
「……卒業、しちゃうんですよね」
「そうだねぇ」
ちゃんとキャップあげるよ。笑いながら言われた言葉は紺野に届かない。それは幸運だった。
- 570 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:29
- 紺野が足を止める。手を繋いでいるから、自然後藤の足も止まる。
「あの……」紺野は何かを迷うように口を開いたり閉じたりしている。後藤が柔らかい
笑みを浮かべる。歩道は家路を急ぐサラリーマンや学生の足音でざわめいている。邪魔に
ならないように、後藤は紺野の手を引いて歩道の端にいざなった。
後藤が空いている方の手をポケットに突っ込み、中から携帯電話を取り出した。
慣れた手つきでナンバボタンを押していき、最後のボタンを押したところで何かを待つ
ように画面を注視する。
それからよし、というように頷いて、携帯電話をポケットに戻した。
わずかなタイムラグの後、紺野の携帯が震えた。バッグから引っ張り出したそれの
ディスプレィに表示されている名前は、目の前にいる人のものだった。
窺うように後藤の顔を見遣る。後藤が頷く。促され、紺野が携帯を開いてメールを読む。
「紺野と歌えるの、楽しみにしてる」
紺野がメールを読むのに合わせて囁いた。
「あ……」
一瞬、紺野の瞳が大きくなって、それから弾かれたように顔を上げて後藤を見つめる。
後藤は淡い笑みを口元に覗かせて、自分の唇に人差し指を当てながら強く息を吐き出した。
謝るな、と言っているのだろう。
紺野はおかしそうに笑って、勢いよく頷いた。
- 571 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:29
-
■■■■■
- 572 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:30
- 夏の空は高い。リハーサル休憩の合間、紺野は球形の合間を縫うように流れる雲を眺めていた。
屋上のフェンスに手をかけて、鼻歌のように後藤の隣で歌っていた曲を口ずさむ。
くの字型に編成された鳥の一群が視界を通り過ぎて行った。気持ち良さそうだな、と思う。
後藤からは相変わらず毎日のようにメールが届く。それに対して返す言葉に、届かない
言葉は含まれない。
紺野の中にも、もうない。
日差しは強いが、風が出ていて気持ちがいい。眠るのに丁度いい陽気だったが、これから
まだ収録が残っているし、こんなところで寝こけたら、起きた時日焼けで痛い目に遭うだろう。
フェンスを強く握り、猫のように身体を反らす。凝っていた腕と肩に、快い刺激が走る。
時計を見ると、思っていたより休憩時間の終了が迫っていた。これから戻って、メンバーと
他愛のないお喋りをしたらもう終わるくらい。
最後のワンフレーズを唇から落として、紺野はフェンスから手を離した。
エレベータに乗り、目的の階のボタンを押す。一瞬身体が宙に浮かんだような感覚を覚え、
それからエレベータはゆっくりと下降して行った。
- 573 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:31
- スタジオに入る直前、ポケットの携帯電話が一度だけ震えた。所謂ワンコールというやつ
だが、紺野はそれが悪戯などではない事を知っている。
辺りを見回し、コールの主を探す。ほどなくして見つかった。パイプ椅子にだらしなく
座り、吉澤と何か話している。緩みきった姿勢と表情。話し相手が気の置けない友人
だからだろうか、その全身は力が抜けきっている。
紺野は薄く笑って、その背中へ向けて足を進めた。
「後藤さん」
「おっ、紺野ー」
後藤が振り返り、軽く片手を上げる。その手には携帯電話が握られている。
「どうしたんですか?」
「んー、もうちょっとで休憩終わるからさ。戻っといでーって」
「紺野がどこ行ったか心配でしょうがなかったんだって」
吉澤が歪めまくった通訳をする。その顔には軽薄な笑みが浮かんでいて、彼女がこういう
笑い方をする時、紺野は大体、話3分の1くらいに聞くことにしている。半分でも多すぎる
という事には、この一ヶ月で十分思い知らされた。
休憩が終わりに近いからか、スタジオはメンバーでごった返している。「あさ美ちゃん、
パス!」後ろから届いた声に振り向くと、ペットボトルが床を転がってくるところだった。
それを受け止め、顔を上げる。少し離れたところで、高橋と一緒に居る新垣が笑っている。
それに笑い返してペットボトルを持ち上げた。
- 574 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:32
- 「あ、いーなー。後藤にひとくちちょうだい」
返事をする前に、後藤にペットボトルを奪われた。
プラスティックの止め具が弾ける音がする。それから擦れ合う音。後藤がキャップを
摘み上げる。それを手の中で転がしながら、ペットボトルへ口をつけた。
「あ……」
後藤の喉へ中身が流れ込む。反らされた喉が微かに動いている。
ぷは、と小さく息をついた後、後藤がキャップを締めなおしたペットボトルを紺野へ
差し出した。紺野は半ば無意識にそれを受け取る。
「あんがと」
「は、はあ……」
紺野が微妙な表情を浮かべた。後藤は「ん?」と口の中だけで呟いて、それから自身の頭に
手を置いた。
「ごめん、ヤだったかな。よっすぃとかあいぼんとか、そういうの気にしないからさ、
ついクセで」
「えっ、あの……っ」
「口つけちゃったの嫌だったかって。んーなわけないよねー」
軽薄な笑みを浮かべた吉澤がフォローしてくれる。後半につけられたからかいに頬を
染めながら、紺野は首を横に振った。
「そんなこと、ないです…」
「そ? ならよかった」
「ごっちーん! ちょっとー!」安倍のよく通る声が三人のいる場所まで届く。
「お? なんだろ」後藤が椅子から立ち上がり、紺野の頭をひとつ撫でてから安倍の方へ
向かった。
- 575 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:32
- 後藤の背中が小さくなって、安倍と何か話し始めてから、吉澤が紺野へ視軸を移す。
「紺野ー。うちらいつまでフォローしてなきゃなんないの?」
「す、すみません……」
「いいけどさー。ごっちん見てると面白いし。けど、そろそろ言ってもいいと思うんだよ、
吉澤としては」
嫌がっている風でもなく、ただ少しだけ呆れている口調で、吉澤が言った。
「すみません……」
紺野としては謝るほかない。
「いいじゃんもー、聞こえるようになりましたーってごっちんに言えば済む話だろ?」
「そうなんですけど……」
そうなのだ。実のところ、紺野は一週間ほど前に後藤の声を聴けるようになっていた。
結局、プレッシャーだったのだと思う。上手く出来ない自分が腹立たしくて、それなのに
全く怒らずに待っていてくれる後藤に対して申し訳なくて。
彼女の優しい言葉を、聞きたくなかったのだと思う。
だから後藤の言葉だけに耳を塞いで、聞こえているのに聞こえないふりをして、それは
全て無意識下の事で。
最初に聞こえたのは、メールと一緒に囁かれた言葉だった。一瞬、わからなかった。
自分の記憶にある声が、メールの文章と相まって再生されたのかと思った。
まだ忘れていなかったと、見当違いな感動を覚えたりもしたものだ。
- 576 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:33
- けれど翌日になって、後藤の声が普通に聞こえて、あれが自分の記憶ではないと知った。
本当はすぐに伝えようと思ったのだが、後藤の優しさが嬉しくて、自分を気に掛けて
くれる事が嬉しくて、そのままずるずると言えない日々が続いている。
他のメンバーには伝えた。吉澤は自分の努力が実を結んだのだと喜んでいて、紺野は
何となくそれに対して反論できなかった。
「ま、いいよ。可愛い後輩のためにうちらは頑張るのさ」
だから紺野もちゃんとしろよ。それほど軽薄でもない笑顔の吉澤が、紺野の肩を叩く。
メンバーには、この事を後藤に言わないよう頼んである。だからみんな、全てを知って
いながら今まで通りに紺野の通訳をしてくれる。
紺野をフォローする、という言葉の意味合いが変わっていることを知らないのは、今は
もう後藤ひとりだけだった。
「自分で言いたいんだろ? だったら紺野も頑張らないとね」
「……はいっ」
「返事だけはいいんだけどなあ。なんでごっちんがいるとその元気が出ないのさ」
苦笑しながら言われた台詞に、紺野が小さくなった。
そろそろ休憩も終わる。吉澤が立ち上がる。それに続こうとした紺野はペットボトルを
持ったままだったことに気付いて、それをテーブルに置いた。
「あ、それウチにもひとくちちょうだい」
「え! だ、ダメです!」
「なんでー。ごっちんにはあげてたじゃん」
頬を膨らませる吉澤に、紺野はうぅ、と唸って、幾分拗ねたような口調で呟いた。
- 577 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:34
- 「だって、それじゃ吉澤さん、後藤さんと間接キスすることになるじゃないですか……」
「いや、ごっちんも言ってたじゃん、吉澤そういうの気にしないって。という事はですよ、
前にも同じもんに口つけたことがあるっつー話で」
「と、とにかくダメです!」
「……あそ」
どうしても飲みたかったわけでもない。怒るより先になんだか可愛く思えてしまって、
吉澤は年上の余裕を見せて引き下がる。
「じゃあ、紺野はリハ終わってからごっちんと間接キスするんだね」
引き下がったが別の方向からカウンタを食らわせた。
紺野が顔を紅潮させる。
「ななな、何言ってるんですか! そんな事しませんっ」
「じゃ、それどうすんの?」
「……ずっと取っておこうかと」
「……腐るから止めといたほうがいいと思う」
紺野の、後藤に対する憧憬を知らないわけでもない。普段はそれなりに冷静でかなり
温和で優等生なキャラクターである彼女の、そんな微笑ましい部分を垣間見て、吉澤が
柔らかく笑う。
憧れているから、優しくされて辛かったんだろう。そんな事、病院になんて行かなくても
彼女の様子を見ていれば判った。聞きたくない言葉と言われて嬉しい言葉が重なって、
紺野は前者を取ってしまった。それだけの事だった。
それは多分、第三者が見ればすぐに判るシグナルコール。
- 578 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:35
- あの日以来、いや、それよりもずっと前から、吉澤も他の面々も、後藤に対して呆れて
いたのだ。どうして気付かないのかと。
恋と呼ぶには澄みすぎて、愛と言うには色のない、彼女の透明な憧憬に。
それでも後藤は、意識していない部分で感じ取ってはいるのだろう。だから紺野を気に
かけていて、それはある種の特別扱いだった。
問題なのは、後藤はおろか紺野すらそういった自分たちの関係に気が付いていないという
ところなのだが。
気付いている者は何も言わない。彼女の憧憬は透明すぎて、おいそれと他人が触れられる
ものでもないからだ。
だから、後藤にだけ届いていない紺野の想いがいつか伝わればいいと、吉澤は思う。
「っさ、行きますか」
うーんとひとつ伸びをして、吉澤が紺野に手を差し出す。
「はい」紺野がその手を取って一緒に歩き出した。
「紺野さ、言いたい事があったらちゃんと言った方がいいよ。ごっちん鈍いから」
「はあ……?」
「マイク使って好きだー!って叫んだりとかしないと、絶対気がつかないと思うんだよね。
ほら、この前のごっちんみたくさあ」
「……無理ですよぅ」
他のメンバーは既に立ち位置へついている。吉澤が手を離し、少しだけ足を速めて自分の
ポジションへついた。
紺野は微かに口元を綻ばせて、自分を真っ直ぐに見つめて微笑んでいる人の隣へ向かう。
- 579 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:36
- 待っていた後藤は、紺野が隣に来るとその流れる長い髪を一房手に取った。
「頑張ろうね」
唇の動きを読めるようにゆっくりと告げる。紺野はそれが嬉しくてくすぐったくて、
笑い出したくなるのを堪えながら頷いた。
きっと自分は、後藤にそう言ってほしかったのだ。「頑張れ」じゃなくて「頑張ろう」と。
一緒に、一人ではなく後藤と一緒に頑張りたかった。
なんて我侭なんだろうと自分でも思う。でも、背中しか見えていなかった彼女が少しだけ
近づいてくれて、その綺麗な横顔を見せてくれる事が素直に嬉しい。
だから紺野は頑張ろうと決めた。逃げもせず、臆する事もなく、この時だけは後藤の隣に
いても恥ずかしくないように。
「後藤さん」
「うん?」
「頑張りましょうね」
シャツから延びる腕が、紺野の腕に触れる。ふふ、と笑声混じりの吐息を溢して、後藤が
頷いた。
「うん。頑張ろ」
紺野へ向けられた笑みは、とても優しくて、綺麗だった。
- 580 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:36
-
近いうちに、打ち明けようと思う。彼女が隣にいてくれるうちに。キャップはもらえなく
なってしまうが、それは別に構わなかった。
大きな声で言うのは難しいかもしれない。吉澤の言うようにマイクでも使えばいいの
だろうが、出来れば自分の声で直接言いたい。
聞こえるようになった事を。ずっと、一緒に歌いたかった事を。今、後藤の隣にいられて
自分がどれだけ嬉しいのかを。
他のみんなは知っているから、とりあえず。
後藤にだけ聞こえるくらいの声で。
《My mind which it wants to tell only to You.》
- 581 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:37
-
以上、『きみにだけ聞こえない』でした。
……誤字脱字が多すぎる_| ̄|○<すんません……。
このタイトルには元ネタがございます。というか、大抵のタイトルにはあるんですが。
乙一という作家さんの「きみにしか聞こえない CALLING YOU」という作品です。
意味合いが真逆になってますけど(笑)
ちなみに『18ヵ月』はシャ乱Qの曲だったりして。
話の元としては、「声が出なくなるってのはよくあるけど、聞こえなくなる方は
見かけないなー」と思ったのがきっかけでした。
で、そのネタが一番しっくり来るのは後紺かなと。
- 582 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:37
- しかし、こういう日になぜ自分は安倍さん絡みの話を書かないのか(苦笑)
- 583 名前:『きみにだけ聞こえない』 投稿日:2004/01/25(日) 21:38
- 安倍さんのこれからに、善いものが多い事を願いつつ。
紺ちゃん横アリ欠席てマジですか_| ̄|○
- 584 名前:円 投稿日:2004/01/25(日) 21:38
- HN変え忘れた……。
- 585 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/01/27(火) 00:09
- 逆サトラレみたいな感じですね。
優しい気持ちになれました。(●´ー`●)ありがとう
- 586 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/27(火) 02:17
- 円さんの後紺が読めるとは…感激です。
紺野とごっちんの二人は確かに鈍そうですよね
でもそんな二人だからこそ
こんな感じの恋物語があってもいいのかなーと思います
良いものをありがとうございました。
- 587 名前:円 投稿日:2004/02/05(木) 01:14
- レスありがとうございます。
>>585
サトラレといえば、同好の士と話すたびに「サトラレじゃなくてよかったね……」と
しみじみ言い合っている事を思い出します。頭の中ほとんど妄想です(爆)<嫌だ……。
優しい話が好きです。そうじゃない話も読みますが、書く分には優しい話を書きたいです。
>>586
鈍いだろうなあと自分も思います。
そしてそれを見てやきもきする周り(主によっちゃんと矢口)。
理想です。そんな理想を書いてみました(笑)
- 588 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:15
- 彼女に連れられてたどり着いたそこは、廃ビルであるらしかった。
埃や廃材やらでひどく汚れているが、人の気配は多少あった。住所不定者の類か、それとも
ここを溜まり場にしている若者でもいるのか。
彼女は汚れも気配も気にすることなく足を進めている。その半歩後ろについて歩きながら、
小さく溜息を洩らした。
電気など通っていない。エレベータの横に設置されている階段を上り、屋上へと出る。
ネオンが眼下に広がっている。煌びやかだが安っぽい。
安っぽいが、まあ、綺麗だとは思った。
「どうよ?」
「どうよって?」
「なんか感想」
「……いいんじゃない?」
適当な返答だったが、彼女はそれを口元に覗かせた笑みで受け止めた。
- 589 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:15
-
- 590 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:16
- 出会ってから10分くらい経った時、彼女はイーと名乗った。
「イー?」
「そ。アルファベットのE」
最初はイニシャルかと思った。エミとかエリとか、そういうのが本名なのだろうと当りを
つけたのだが、彼女の言い分は違っていた。
「最低の、E」
軽く笑いながら彼女は言った。だから、それを単なる冗談だとは思えなかった。
「……ああ、成績」
「そ。A、B、C、D。そんでE。僕はそこにいるんだよ」
彼女はなぜか、自分のことを僕と言った。普段であればそれについてからかうところ
なのだが、なんとなく、そういうのもいいかと思ってこちらもそれに合わせる事にした。
軽く肩を竦め、イーに笑いかける。これは本当に冗談を言うための前動作だった。
「じゃ、僕はFだね」
「Eが最低だって言ったじゃん」
「知らないの? Eは進級できる最低ライン。Fは落第」
「……ふぅん」
馬鹿にされたと怒るかと構えていたのだが、イーは感心したようにそう呟いた。
エフは拍子抜けしてしまって笑みを消す。
- 591 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:16
- イーはまあ、客観的に見て可愛い部類に入る面立ちだと思う。
特にすれた様子もなく、昼間に歩いているのを見かけても、別段なんの感想も抱かない
ような、どこにでもいそうな少女だった。
「じゃ、行こうか」
どこでもいそうな彼女に手を引かれて歩き始めたのが20分ほど前。つまり、出会ってから
30分は経過していることになる。奇跡的だ、と思う。30分もの間、誰かと一緒にいるなんて。
サビの浮いたフェンスに両腕を絡め、イーが身体を仰け反らせる。
逆になった首が手すりを越えて、楽しそうにゆらゆら揺れている。
「危ないよ」
「こっちの方が綺麗なんだよ」
「でも、危ない」
「エフって、結構真面目なんだね?」
揶揄するように言われて、思わず「そんなでもない」と言い返した。それから手のひらが
冷たくなっている事に気付く。汗をかいたからだ。驚いた。本当にイーを心配したらしい。
- 592 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:16
- イーは仰け反ったまま、片足を上げてみたり軽くジャンプをしてみたり、好きなように
遊んでいる。エフが溜息をつく。それでも無理やりやめさせる気は起きなかった。
「イーイーにすればよかったかな」逆向きのネオンを眺めたままイーが呟いた。独り言かと
思ったが、遊んでいる彼女を黙って見ているのもつまらないので、それに反応を返す。
「なんで?」
「そしたらエフはアナナスだよ」
「……なにそれ?」
彼女にとってそれが説明だったのだろうか。首を傾げながら再度問うと、イーは勢いを
つけて身体を起こし、きょとんとした目をこちらに向けてきた。
「長野まゆみとか読まない?」
「……三日月少年なら」
「じゃ、銅貨にしよっか」
「イーでいいよ」
「それ、ダジャレ?」
イーが拳を口元に当てて笑う。「別に」特に面白くもない口調で答える。
とりあえず、彼女のタイプがなんとなく判った。一人称に「僕」を使う理由も。
変身願望というか、小さい頃に空想で遊んでいた癖が成長しても抜けないタイプだ。
きっと彼女の心にはたくさんの世界があるのだ。それを時々こうやって取り出して遊ぶの
だろう。自分は運悪くそれに巻き込まれたわけだ。
- 593 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:16
- 「エフっていくつ?」
「未成年だよ」
「ふうん。僕も未成年だよ」
「見れば判るよ」
何がそんなに楽しいのか、イーはずっと笑っている。出会った時からすでに笑っていた。
対照的に、エフはつまらなそうな顔をしている。出会った時からずっとつまらなそうに
していた。
「ちょっとこっち来てよ」手招くイーはやはり楽しそうだ。つまらなそうな顔のまま、
エフがその願いを叶える。自身の隣を示す手のとおり、彼女の右脇で立ち止まる。
「座って」
偉そうだな。そう思いながら言う事を聞いた。出会ってから45分。情がわくには短いが、
情けをかけるだけの理由はあった。
おとなしく腰を下ろすと、イーが前に回りこんで背中を預けてきた。自然と彼女の腰へ
腕を廻した。何か思いがあったわけでもない。きっと、人間はそういう風に出来ている
のだろう。
フェンスに凭れかかりながら、ぼんやりと彼女の頭の向こう側を見ていた。
- 594 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:17
- はしごの取れかけた給水塔。誰がどうやって運んだのか、マンホールの蓋が二つ転がって
いる。そこから視線を右に移せば、きちんと揃えられた靴が一足、ぽつねんと置かれている。
有名なメーカのスニーカーだった。黄色と黒で構成されている。踏切だ。
スニーカーの下には、何か四角いものが置かれていた。風で飛ばされないように、靴を
重し代わりにしているようだ。あれがなんなのか確認したいと思ったが、こっちはこっちで
重し代わりの人間が乗っている。
「男の子? 女の子?」
「どっちでもいいんじゃない」
イーはエフの手をいじくって遊んでいる。きっと、小さい頃は通知表に「落ち着きがない」
と書かれていただろう。
「この街はね、ガラスで出来てるんだよ」
エフの手をいじくりながら、イーが言った。
「ふぅん」
「ボトルシップって知ってる? 瓶の中に船が入ってんの。あれとおんなじ。
僕はガラスの外から街を見れるんだよ。だから、ホントは男の子か女の子か知ってるんだ」
「そう」
「女の子だね」
「確かめようか?」
「無理だよ」
- 595 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:17
- みんな嘘なんだよ。イーはまだ手をいじくっている。
ボトルシップが海になんか出れないように、それでもいやに精巧で綿密でまるで本物
みたいなように、この街は全部嘘っぱちで贋物で、そのくせいやに本物みたいなんだ。
イーは笑いながら言う。
どうでもいいよ。エフは言わない。
「イー」
「なに?」
「なんで?」
イーの肩口に顔を埋めた。目を閉じて、少しだけ彼女の身体を引き寄せる。
「エフは、何もかもどうでもいいって思ってるでしょ」
「そうだね」
「だからだよ」
まるで恋人同士のように寄り添い、二人は同時に笑った。二人が出会って59分、エフが
笑ったのは初めてだった。
左腕をイーから離して、背後にあるフェンスを強く握った。サビが手のひらにも指にも
ついて、嫌な匂いが漂う。そういえば血の匂いの表現に使われるな、と思う。妙なものだ。
自分たちの身体を巡っているものの匂いを、嫌だと思うなんて。
- 596 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:18
- 「灯油とかガソリンに、わざときつい匂いつけるのと一緒だよ。すごいいい匂いだったら
みんな自分の身体傷つけちゃうじゃん」
言われて納得した。なるほど、確かにそうだ。怪我をしたら痛いのも、血の匂いが嫌なのも
自分を守るためにそうなっているのだ。
サビのついた左手をイーが掴む。手のひらを合わせ、強く押し付けてきた。
「これで一緒」
「一緒にして楽しいの?」
「別に楽しくないけど」
それでも、イーはぐいぐいと手のひらを押し付けてくる。まるで何か印を残そうとしている
ようだった。
「ガラスは、落としたら割れちゃうんだよ」
「そりゃそうだね」
「僕はずっと、ガラスが割れないように見張ってた。落ちて割れちゃったらみんな悲しむと
思ってたから」
イーが手を離す。サビは半分ほど彼女の手に移っていた。エフはコンクリートに手を擦り
つけて残りのサビを落とした。匂いまではさすがに取れない。
彼女の腰に手を戻す。ゆっくりと、組んだ両手に彼女の手が添えられた。
- 597 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:18
- 「アナナスは、ビルディングの外にお父さんとお母さんがいると思ってた」
「ふぅん」
フェンスに頭を預ける。硬くて痛いが、隙間に上手い事はまって安定する。
「外に、出ようとしたんだよ」イーの声が震え始める。
ファンファンファン。下から耳障りな音。遅いな、と思った。彼女と出会ってから1時間
8分。眠りにつくには十分すぎる。
「ボトルシップはボトルから出ちゃいけないんだよ。出たって、海になんて行けないのに」
「そうだね」
音がやむ。イーがしゃくりあげはじめる。頃合か。これ以上経つと情がわいてしまうかも
しれないから、エフは腕を解いた。
「帰ろう」
「駄目だよ」
「でも、帰るんだよ」
「帰れないよ」
ガラスの街の見張り番は、責任を取らなければいけない。
- 598 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:18
- だらりと両腕を下げ、フェンスに頭を預けながら、エフは溜息をつく。
「……僕は、何もかもどうでもいいんだよ」
「うん。だから」
「だから、イーの責任とかも、どうでもいい」
背中を押して、その隙間から身体を引き抜く。支えを失ったイーはそのまま後ろに倒れ
こんだ。真っ直ぐに空を見上げながら笑って泣いていた。
女の子だよ。それは本当だろう。
ガラスは、もう割れてしまったのだ。
「……帰ろう」
「やだよ」
「でも帰るんだよ」
「……バイバイ」
空を見上げながら手を振る。エフは動かない。
イーが立ち上がり、笑みを形作った唇から鋭く息を吐いた。
「バイバイ、エフ」
次の瞬間に駆け出す。彼女の靴は赤をしている。赤信号だ。
イーの手がフェンスを掴む。サビがつく。一度大きく身を沈め、勢いをつけて一息に
フェンスを飛び越える。向こう側にネオンが煌いている。安っぽいが綺麗だ。
どうでもいい。何もかもどうでもいい。
踏切の下に何があろうが、ビルディングにお父さんとお母さんがいなかろうが、ガラスが
割れようが、ボトルシップが海に沈もうが。
- 599 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:18
- どうでもいい、はずだった。
「――――!! つ……っ」
「なんで!」
腕を掴み、引き寄せた時の彼女は笑っていなかった。二人が出会って1時間24分、イーが
笑みを消したのはそれが初めてだった。
地面に足は着いていない。まったく、赤信号では止まるものだ。小さい頃に教えてもらわ
なかったのか。
そして、踏切が下りていたらくぐってはいけないのに。
彼女の声で聞こえたのは一言だけだった。あとは風切り音にかき消されて聞こえない。
出来るだけ洩れがないように彼女の身体を包み込む。驚いた。どうやら本当に彼女を
助けようとしているらしい。
彼女と出会って1時間25分。どうやら情がわいてしまっていたらしい。
葉が生い茂っている樹に突っ込んだ。枝で身体中を叩かれ、切り裂かれる。
なるほど、やはり怪我をすると痛いのは自分を守るためなのだ。薄れゆく意識の中で痛感する。
彼女に言ったら、また「それってダジャレ?」と笑われるのだろうか。
- 600 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:19
-
- 601 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:19
- ミイラよろしく身体中を包帯でぐるぐる巻きにされ、指一本動かせない状態で目を覚ました
のが2時間ほど前。
親が飛んできて怒鳴られたり泣かれたりしたのが1時間前。付き添いの準備をするために
父親が戻っていったのが45分前、手続きに母親が呼ばれたのが38分前。
イーが目を覚ましたのが、30分前。
「あー、だるい……」
「こっちは痛いよ」
「嘘。麻酔効いてるじゃん」
イーは顔にガーゼを当てられていたり、右足をギプスで固定されていたりするが、こちら
よりはまだ自由になる部分が多い。
自由になる部分のひとつである首を回し、エフへ視線を合わせる。
「余計なことして」
「どうでもいいよ」
「意味わかんない」
「ありがとうとか言えないの?」
こちらは首を固定されているため、天井を見つめながらつまらなそうに言った。
目を開けているのも億劫になるほど眠い。彼女の言うとおり、麻酔が効いているせいか。
- 602 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:19
- 医師の話によれば、退院まで4ヶ月はかかるらしい。最低でも、と頭についていたから、
ひょっとしたらそれ以上かかるかもしれない。そうしたらFだな。色々な意味を込めた
独白が胸の内でこだまする。
「……名前」
「え?」
「名前、教えてよ」
首は多少動かせるものの、彼女だって重傷を負っていることに変わりはない。
ベッドに付けられている名札を見れるほどは自由じゃないようだ。
「どうでもいいじゃん」「よくないよ」つまらなそうに言った言葉に返ってきた言葉は笑って
いなかった。彼女と出会って39時間、あれ以来彼女は笑っていない。
仕方なく、フルネームを名乗った。イーは口の中でそれを繰り返して、それから小さく
「ふぅん」と言った。
「なんだ、ホントにエフなんだ」
「そ。ついでに言うとあんたのおかげで留年決定」
ガラスはもう割れてしまったから、もう彼女に合わせて喋り方を変える事もない。
- 603 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:20
- 「高校生?」
「大学。一年」
「いいじゃん。大学って留年とか珍しくないんでしょ?」
その口ぶりは大学を知らない事を意味していた。高校生かな。天井を見ながら思う。
「そっちは? 名前」
「イーだよ」
「こら」
彼女が笑わなくなって38時間17分、再びその目が三日月になる。
彼女が名乗る。頭の中でそれを変換して、それから小さく溜息をついた。
「マジむかつく。何が最低だよ」
「まーまー。落第だからって怒んないの」
楽しそうに笑いながら彼女が言う。こっちは命の恩人だというのに、どうも彼女は感謝の
気持ちがないようだ。
彼女の家族が現れる気配はない。家が遠いのか、それともなにか他の理由があるのか。
一瞬だけ気になったが、それもまたどうでもよかった。
二人が寝ているベッド以外は空いている。だから二人は遠慮なく話をした。それしか
する事がないのだ。
- 604 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:20
- 色々な事を話したが、お互いの詳しい素性や踏切の話題は出なかった。こっちとしては
そんなものはどうでもよかったし、彼女もどうでもいいと思っているか、触れたくないか
どちらかなんだろう。
麻酔のせいで眠くて眠くて仕方がなくなってきた頃、彼女がぽつりと呟いた。
「……あ、判った」
「なにが?」
「まーあたしは最高だからいいんだけどさ、落第さんにちょっとフォロー入れたげようと
思って」
「……その言い方がもうむかつくんだけど」
彼女もまた、喋り方はどこにでもいそうな少女のものになっていた。見張り番の任を
終えたからだろう。
「二人とも、最大じゃん」
得意げに言われた台詞に、思わず笑った。
「ああ、なるほどね。でもそれって最小にもなるんじゃない?」
「いいじゃん、おっきい方取っておこうよ」
彼女は楽しそうに笑っている。
本当のところ、最大と最小のどっちでもよかったが、とりあえず「そうだね」と
答えておいた。
- 605 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:21
- 「そういえばさ」
「ん?」
眠い上に天井ばかり見ていたら目が痛くなってきて、それから逃げるために目を閉じた。
「なんてタイトル?」
「なにが?」
「屋上で言ってた、長野まゆみの」
笑い声が聞こえた。妙に意地の悪そうな笑声だった。
「教えて欲しい?」「どうでもいいよ」眠いのだ。面倒臭いやり取りをするつもりはない。
「今度貸してあげる」
「うん」
目を閉じていたら睡魔が瞬く間に襲ってきた。閉じているのに瞬くとは妙な言い回しだ。
「ごめん、寝る」
耐え切れなくてそう告げると、彼女はあからさまに不機嫌な声で応えて来た。
「ちょっと、駄目だよ寝ないでよあたし暇じゃん!」
「……どうでもいい」
すでに脳の半分は眠っていた。「おやすみ」最後にそう言って、意識を沈ませる。
彼女が何かを言ったような気がしたが、よく判らなかった。
最初が「あ」だったのは、なんとなく判った。
- 606 名前:『ガラスの街の奇妙な一日』 投稿日:2004/02/05(木) 01:22
- 次に目が覚めたら、とりあえず。
本のタイトルを聞いて、それから彼女の名前を呼ぼう。
二人が出会ってから40時間12分。
友情が芽生えるには十分すぎる時間が経っていた。
《Accident Made the Friendship.》
- 607 名前:円 投稿日:2004/02/05(木) 01:26
-
以上、『ガラスの街の奇妙な一日』でした。
うわー、訳が判らない。自分でもいいんだろうかと思いつつ。
作中に出てくる本については、メール欄参照。
ここ6年くらい、読んでないなあ……。
- 608 名前:つみ 投稿日:2004/02/05(木) 08:01
- なんか引きこまれる作品でした!
自分の中ではEはあの人なんですけどね・・・
おもしろかったです。次回もよろしくお願いします!
- 609 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/06(金) 05:17
- なんか会話にリズムがありますねぇ
二人の駆け引きがテンポよかったです
本のほうは自分の知らない本でした…
たまには娘小説以外も読まなくてはw
- 610 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/07(土) 15:59
- 誰と誰なのかは正直はっきりわかんないんですけどね(w
作品の中にすうっと入っていった感じです。
なんか不思議な感覚を味わえましたね。おもしろかったです。
- 611 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/09(月) 21:45
- 今更ながら『微熱パズル』とても面白かったです。
始まらないまま終わってしまうのかな?という思いで読み進めていたので、
冬に全ての隙間が埋められたときは、涙が出てきてしまった。(もちろん感動で!)
そしてそれだけじゃなくて、始まらないどころか、終わらないどころか、
続いていく何かを感じ、読了後も充足感を覚えました。
おばかな市井ちゃんと、もっとおバカな後藤と、更に馬鹿な吉澤(バカ馬鹿言い過ぎだ!)
のサイドストーリも最高でした。
ところで、今回の話、
マキシマムでミニマムな、最高点の女の子と落第点の女の子のお話しと捉らえさせてもらったのですけど、
最後のサブタイトルもアレだし、間違ってるなんてことはないですよね???
- 612 名前:円 投稿日:2004/02/12(木) 21:03
- レスありがとうございます。
>>608
たまにこういう話を書きたくなります。
娘。でやる意味があるのかと言われたら、ぐうの音も出ないんですが(苦笑)
>>609
「繋がってるようで繋がってない会話」というのを書いてみたかったんでしたり。
でも普通に女の子の会話聞いてると、基本的に相手の言う事聞いてないですよね。
自分も明らかに娘。小説の方が読んでる量多いです(苦笑)
>>610
登場人物をぼかした話ってのは力加減が難しいですね(苦笑)
しかもこれ、本人のキャラクター思いっきり無視してるし。<だから娘。でやる意味(ry
>>611
本編はどうも、読んでくださった方が色んな想像をしてくれてたようで。
「ああっ、すんませんすんません」とか思いながら更新してました(爆)
おぼろげにでも先の見える話が書きたいんですかねえ。番外編含め。
>マキシマムでミニマムな、最高点の女の子と落第点の女の子のお話し
そうです(^^)なんだかこの表現、ネタバレに気を遣って頂いてる感がひしひしと
伝わってきます(笑) ありがとうございます。
- 613 名前:円 投稿日:2004/02/12(木) 21:03
- 藤本さんお誕生日二週間前記念(爆)
といいつつ、誕生日にはなんの関係もない話ですが。
なお、この話には嘘、大げさ、紛らわしい表現が多々存在します。
- 614 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:04
- 「みきたんが好きなの」
その一言を皮切りに、亜弥はそれが友人としてではなく恋愛感情から来るものであること、しかしそれを言うつもりはなかったこと、しかし美貴と会える時間が減って自分の中で
どうしようもなく気持ちが膨れてしまったこと、今まで同性に対してそういった感情を
持った事は一度もないこと、傷つけてしまったならもう二度と言わないこと、しかし友人
としては付き合っていってほしいことを、言葉を変え語尾を変え口調を変えて三回繰り返した。
そこまでで実に一時間が経過していた。多忙な亜弥にとって(もちろん、負けず劣らず
多忙になっていた美貴にとっても)、休日の一時間というのは言うまでもなく非常に
貴重な時間のはずだった。
それでも60分という時間を使ったのはつまり、彼女にとってそれが非常に大きな、そして
重い意味を持った想いだったということなのだろう。
美貴はそれを黙って聞いていた。三回繰り返されたそれを、途中一度も口を挟む事なく
聞いていた。そうしていたから亜弥は不安になったようだった。
三回目の「でも友達でいたい」を言った後、亜弥は押し黙った。
- 615 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:05
- 沈黙が流れる。時間も流れている。貴重な時間は刻一刻と過ぎていく。
向かい合って座る二人の横にはテーブルがある。その上には四角い物が二つ、
黒いケーブルで繋がれた状態で置かれていた。形状は真四角に近い。ケーブルが差さって
いる側の一面は棒のような金具で固定されていて、逆側は上下二つに分かれていた。
一つは光沢のあるピンク色で、もう片方は同じような光沢を持った淡いブルーをしている。
携帯用のゲーム機だ。ソフトによってはケーブルで繋ぎ合わせることで、一緒にプレイを
することができる。キャラクター同士で対戦をしたり、アイテムを交換したりするのが
一般的な遊び方だった。ソフトによっては友達のいない人間は寂しい思いをする。
通信プレイでなければ手に入らないアイテムがあったりする、意地の悪いゲームがあるのだ。
ほんの一時間前、二人はそれで遊んでいた。アイテムを集めたりするタイプではなく、
自分が育てたキャラクターで対戦をするゲームだった。お互い、特にゲーマーと呼ばれる
やり込んで極めるタイプでもないし、そんな時間もなかったので、勝負の方は五分五分
だった。
その何度目かの対戦の最中に亜弥が呟いたのが、あの衝撃の告白だった。
おそらく、衝撃をより受けたのは亜弥の方だっただろう。ぽつりと溢した後に彼女は
驚いたように目を見開いて、その動きを止めた。まるでエネルギーの切れたロボットの
ようだった。そういえばそんなニックネームを付けられていたな、と美貴は思う。
その隙に美貴が亜弥のキャラクターを攻撃し、見事勝利を収めたところで、亜弥は同じ
事を三回繰り返し始めた。そして今、その三回目が終わり、四度目は始まらなかった。
- 616 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:05
- 「……みきたん?」
「あ、うん。なに?」
美貴が何も言わないので、亜弥が促すように声を掛けた。美貴は呆けたような表情のまま
そう応え、亜弥の言葉を待った。
「だから、さ。……あの……」
亜弥としては、たっぷり一時間使って説明したのだから、これ以上言うべき事はない。
口ごもり、下を向く。正座を崩した形の、いわゆる女の子座りをしている亜弥の両手が
その太腿に置かれている。置かれた両手は握られていた。
美貴が片手を口元に持っていく。それで口を覆い、きょろりと部屋の中を見回す。
部屋は隅まで綺麗に掃除がされている。のめり込むととことんやるタイプだから、きっと
この前の休日に一日かけて掃除をしたのだろう。その時美貴は仕事をしていた。
手を外し、逸らしていた視線を亜弥に合わせる。美貴は胡坐をかいている。
ゆっくりとした動作で微笑む。目の前にいる彼女は合格発表を見る直前の受験生みたいに
緊張した面持ちをしている。
「テレビ見よっか。亜弥ちゃんのDVDでもいいよ」
「……いい」
「じゃ、なんか聴こっか。亜弥ちゃんの新曲とか」
「……なんか、あたしがそれしか見せたり聴かせたりしてないみたいじゃん」
「それしか見せたり聴かせたりしてないじゃん」
誤魔化さないで。小さな、それでも強い呟きが亜弥の口から洩れる。
「ちょっと寒くない? エアコンの温度上げてもいい?」
「たん。お願い」
それは縋るような声だった。亜弥は答えを求めている。
美貴は小さく溜息を落として、テーブルに置かれたブルーの携帯ゲームを持ち上げた。
ケーブルを引き抜き、電源を入れる。別に通信プレイ専用のソフトではないから、一人で
遊ぶ事も出来る。
- 617 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:05
- ピキーンと間の抜けた音が響く。手が延びて、それを取り上げられる。亜弥は怒っていた。
「誤魔化さないで」繰り返す。二回目だった。美貴はどうしてか少しだけ苛々する。
「お願いだから、誤魔化さないで答えて」
さほど待たずに三回目が訪れる。四回目はない。
美貴がテーブルに頬杖をつく。
「うん、じゃあ、友達でいよっか。今までとおんなじに」
「……うん」
当たり前のように、亜弥は悲しそうだった。
美貴がその頭を撫でる。亜弥の視線は落ちたまま上がらない。「喉乾いちゃったな」美貴は
助け舟を出すために思ってもない事を言った。
「あ、何飲む?」
「キャラメルマキアート。トールサイズで」
「買って来いって言ってる?」
「冗談だよ。なんでもいいから」
軽く笑う。からかわれた事に気付いた亜弥は不満顔だ。それでもちゃんとキッチンへ
飲み物を取りに向かって行った。長女だから面倒見がいいのか、惚れた弱みなのか。
- 618 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:06
- 亜弥が飲み物を持ってきてくれるのを待つ間、美貴は取り上げられていたゲーム機を
取り返して遊び始めた。電源は入ったままだったが、一度オフにしてからやり直す。
「お待たせー。烏龍茶でよかった?」
「えー、紅茶の方がよかったなー」
「なんでそんな意地悪すんの! それにあれだよ、夜に紅茶飲むと寝れなくなるんだから。
あたしはちゃんとそういうのも考えてね」
「はいはい、ありがと」
グラスを受け取り、またゲームをプレイし始める。亜弥はその側に座って、退屈そうに
美貴を見つめている。
キリのいいところまでプレイを続け、それからセーブをして電源を切った。亜弥が来る
までの時間潰しだったから、彼女が来た今、遊ぶ理由はない。
「みきたん」
「うん?」
「友達のまんまで、いるんだよね?」
「うん。亜弥ちゃんがそう言ったんでしょ?」
どうしてそんな当たり前の事を、という顔で美貴が頷く。「……うん」ちょっと確認した
かっただけだったのだが、自分から傷を広げてしまった気がする。亜弥は膝立ちで美貴に
にじり寄り、その背中に張り付いた。
- 619 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:06
- 「友達なんだから、こういう事してもいいよね」
「いいよ」
首筋に腕を廻し、きゅっと抱きつく。締め付けるように廻した腕から伝う感触は、亜弥の
胸を締め付けた。締め付けられている胸に美貴が身体を預ける。余計苦しい。
「友達なんだから、一緒に遊び行ったりとか、メールとか電話したりとか。
……泊まってったり、してくれるんだよね?」
「うん」
亜弥は一つひとつ確認していく。出来ること、出来ないこと。
出来ないことはひとつだけだった。二度と彼女に想いを伝えないこと。確認するまでも
なく、それは自らが課した制約だった。
それから二人は、あの一時間なんて存在しなかったかのように普段どおり過ごした。
ゲームをして遊んで、亜弥のDVDを見て、亜弥の新曲を聴いて。
一緒にお風呂へ入って、一緒のベッドへ入って、一緒に眠った。
まるで、亜弥の告白なんてなかったように。当たり前に、今までどおりに。
- 620 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:06
-
- 621 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:07
- 数週間が経ったある日、美貴はコーヒーショップの隅の一角に陣取っていた。待ち人は
まだ来ない。約束の時間まではあと10分ほど。それまでには来るだろう。
以前飲み損ねたキャラメルマキアートを飲みながら文庫を読み進める。高橋に薦められた
それは結構面白かった。それについては読み終わった後に「ありがとう」と言えるくらい
感謝していたが、時折予告無しにチェーンメールを送ってくるのはどうにかしてほしい。
予告してから送ってくればいいというわけでもないが。
他に客は少ない。平日の昼間だからだろうか。右斜め前の席では、サラリーマンが新聞を
広げながらコーヒーを飲んでいる。こういった雰囲気に新聞は不似合いだ。興味本位で
その新聞を盗み見すると、官能小説のページだった。読んでいるのは自分の父親と同じ
くらいの男性。頭のてっぺんが少し薄い。その組み合わせはお似合いだ。きっと家では
「お父さんのパンツと一緒に洗濯しないで」とか言われてるんだろう。ごゆっくり。美貴は
口の中で呟く。コーヒーを飲みながら官能小説を読むくらいの楽しみがなければ、一家の
大黒柱はやっていけない。
観察している間に10分が経っていた。遅刻するなんて珍しいな。美貴が時計を気にする。
都合が悪くなったならもっと早く連絡が来るだろう。携帯電話を取り出し、メモリから
名前を探す。
- 622 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:07
- さあ電話をかけようか、とボタンを押しかけたところで、視界の端に小さな頭が
入り込んできた。
「わりーっ、ちょっと道路混んでてさあ。バス動かなかったんだよ」
やや少年的な口調で話しかけてきたのが待ち人であると確認し、美貴は電話を折り畳む。
「珍しいですね、矢口さんが遅刻って」
「だからバスのせいだって! オイラちゃんと間に合うように出たんだから」
矢口は拗ねたように唇を尖らせて反論する。美貴の向かい側へ腰掛け、バッグを隣の席へ
置いてから、「ちょっと待ってて」ともう一度立ち上がった。
カウンタへコーヒーを買いに行く矢口の小さな背中を一瞥し、それから持っていた文庫を
しまう。キャラメルマキアートはまだ半分くらい残っている。冷めると甘さがきつくなる。
美貴はそれを多少の勢いをつけて飲み始める。
「疲れたー。オイラちっちゃいじゃん? 座りたかったんだけどさあ、なんでかバスの中も
混んでて。周りの人に潰されながら来たよ」
コーヒーを手にした矢口は、戻ってきた途端そうぼやいた。美貴はくすくすと笑う。
「子供のふりして譲ってもらったらよかったじゃないですか」
「馬鹿にすんな。そんなカッコ悪い事出来るかよ。第一、こんな頭の小学生とかかなり
無理あるじゃん」
確かに、矢口の髪は不自然なほど明るい色をしている。栗色程度なら大丈夫だろうが、
いかにも『染めてます』というような彼女の髪は、子供のふりをするには不似合いだった。
- 623 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:07
- 矢口の手の中にはカプチーノ。渋い選択だ。身長がどうであれ中身は大人ということか。
「で、どうしたんだよいきなり。なんか相談?」
「んー、相談っていうか」
誰かを前にしている時は比較的感情の出やすい顔が、どういうわけか今日はぼんやりして
いる。休憩中とか一人でいる時の、気を抜いている表情とよく似ていた。
つまり、ちょっと恐い。
美貴はコーヒーを飲む。矢口もコーヒーを飲む。会話は生まれない。矢口のコーヒーは
ショートサイズだ。トールにしておけばよかったと僅かに後悔する。さして遠くない未来、
二杯目を買いに行くだろう。間違いない。
お互いの飲み物が空に近くなったところで、美貴が独り言のように呟く。
「亜弥ちゃんに告白されちゃいました」
丁度、口の中にあった最後の一滴を飲み込んだところだった。危なかった、あと一秒
早かったら含んだコーヒーを全部噴出していただろう。
「こっ、告白!?」
「はい」
愛用のタンブラーを勢いよくテーブルに叩きつけ、同じくらいの勢いで身を乗り出し
ながら発した問いに返ってきた頷きは、ひどくあっさりしていた。
矢口はぐわんぐわんと揺れる頭を押さえ、目を閉じて細く長く息を吐き出した。
告白。告白と言ってもそれが持つ意味は様々だ。罪の告白、秘密の告白。しかし、最も
一般的なのは、やはり愛の告白だろう。
- 624 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:08
- 「えーっと、ちょっと待って。ん? それってつまり、あややは藤本のこと好きって事?
じゃーなんだ、え? あれ? 好きってなに? いや確かにお前らすごい仲いいけど」
「矢口さん、ちょっと落ち着いてくださいよ」
「お前が落ち着きすぎなんだよ!」
残っていたカプチーノを一気に飲み干す。駄目だ、全然足りない。量も苦さも混乱した
頭を覚醒させるには程遠い。これは二杯目が必要だ、早急かつ速やかに。同じ意味だ。
「お代わり買ってくる」
言い置いて席を立つ。次はエスプレッソだ。それもドピオで頼んでやる。
一杯だけでは心許ないので、カフェモカのグランデサイズも一緒に買った。さあこれで
準備万端、いくらでもかかってこい。
矢口は席に戻ると、取調べをする刑事のように左肘をテーブルに置いて身を乗り出した。
「で。あややに告白されて、どうしたの」
「どうしたのっていうと?」
「藤本はなんて答えたんだよ。その……オッケーしたとか、断ったとか。あ、それを相談
したいってこと? あーごめん、さすがのオイラもそういうのは……」
「あ、それはもう終わってます。亜弥ちゃんが友達でいたいって言うから」
「……あ、そう」
さて、判らなくなってきた。話を聞くに、「お友達でいましょう」という事で亜弥とは
話がついているらしい。矢口も彼女がメールや電話のやり取りをしているのを見かけて
いるし、それを見る限りでは特に変わった様子もなかった。
問題はないように見える。だとすると、一体、美貴は何を相談しようとしているのか。
- 625 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:08
- 「なんか、変なんですよね」
「あややが?」
「や、美貴が」
「は?」
ますます判らなくなった。告白されて意識し始めてしまったという事だろうか。
しかし、目の前の彼女はそういう悩みを抱えているようには見えない。第一、そうだったら
オーケイを出してしまえばいいのだ、向こうの気持ちは既に知っているんだし。
美貴はキャラメルマキアートを飲み終えると、腕組みをしてあさっての方向を向いた。
「亜弥ちゃんも多分、ちょっと変なんですけど。どこがどう変なのか判んないんですよ」
「別に、お前ら変わったようには見えないけど」
「ええ? なんかないんですか矢口さん。ここがおかしいとか、ここが違うとか」
「そんな事言われてもなあ……」矢口は美貴の真似をして腕を組む。二人は相変わらず
仲がいいし、亜弥も別段、悩んでいる様子は見受けられない。美貴のツッコミは最近更に
キレを増しているし、その割と亜弥に対して甘いのもいつもどおりだ。
「うーん……思い当たる節とかはないなあ」
「そんなあ」
珍しく、美貴は気弱に眉を下げた。何事もはっきりさせないと気が済まない彼女は、今の
状況に戸惑っているようだ。
先輩としてどうにかしてやりたいとは思うものの、本当に心当たりが全くないのだから
どうしようもない。
- 626 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:08
- 「あ、そしたらさ、これからお前らのことよく見るようにするよ。なんか気付いたらすぐ
教えるから」
エスプレッソが空になった。矢口は間髪を入れずカフェモカを飲み込む。混乱している
暇はない。カフェインは脳を叩き起こしてくれる。
美貴はともかく、亜弥は同じグループじゃないからなかなか会う機会もないが、幸いに
してもうすぐコンサートが始まる。モーニング娘。単体ではなく、ハロープロジェクト
全体のコンサートだから、彼女に会えるチャンスは多い。というか、確実に会える。
「んー、じゃあ、お願いします」
「おう、センパイにまかせとけっ」
どん、とささやかな胸を拳で叩き、矢口は笑った。
- 627 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:09
- 矢口と別れて、自宅へ帰ろうと駅へ向かう途中、亜弥からメールが届いた。
もう今日の仕事は終わったらしい。「さみしーよー」という一文の後ろに、泣き顔の絵文字が
付け加えられている。
歩きながら返信を打ち込む。綴ったのは彼女の言葉を繰り返したもの。単なる相槌代わり
だった。「へえ」じゃあまりに素っ気無いと思ったからだ。
間を置かずに再度亜弥からメールが来た。今度は最後に怒り顔の絵文字がくっついている。
「ちゃんと聞いてよ!」
埒もない。メールなんだから「聞いてよ」は間違いだと思うのだが。とりあえずその辺を
ツッコむ返事を出した。
もう一度、亜弥からのメール。やり取りが三回繰り返される。
埒が明かない。美貴はディスプレイを待ち受け画面に戻してからメモリを探る。
『もしもし!』
ワンコールで出た亜弥の声は怒っていた。美貴は軽く苦笑して、止めていた歩みを進める。
向かう先は駅だ。それは変わらない。
「なんで怒ってんの」
『みきたんが構ってくんないからじゃん!』
「ちゃんとメール返してるじゃん」
『ちーがーうーっ! メール、ちゃんと読んでよ!』
「読んでるよ」
読んでなければツッコミなど入れられない。しかし、亜弥はそういう事を言っているのでは
なかった。
受話口の向こうで、亜弥が小さく唸ったのが聞こえた。
- 628 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:09
- 『だからぁ……みきたん、暇?』
「ん? 暇だよ。これから帰るとこだったし」
『たん、今日オフだよね? どっか行ってたの?』
「うん。矢口さんと遊んでた」
『……ふーん』
途端、亜弥の口調が尖る。多分、唇も尖っているだろう。多分というか間違いなく。
なに拗ねてんだか。美貴は苦笑を深める。
それは戸惑いを含んだ苦笑だった。あの日から、亜弥と話をするたびに感じる違和感。
今もまた、その違和感は疼いている。違和感。違和感。違和感。
何も変わっていないはずなのに。彼女が素っ気無いメールに怒るのも、他の誰かと仲良く
すると拗ねるのも、今に始まった事ではないのに。
この違和感は。
「で、どしたの?」
『だから……。たん、あたしん家に来たがってるんじゃないかなーって思ったのっ』
思わず噴き出した。それくらいでは治まらなくて、美貴は携帯を耳から離して笑声を洩らす。
『笑ってる、笑ってるでしょ!』聞こえたのか察したのか、亜弥がぎゃんぎゃん吠える。
「笑ってない笑ってない。あー、うん。そうだねぇ。亜弥ちゃん家行きたいかも」
『でっしょー? しょうがないから待っててあげるよ』
「はいはい、ありがと」
通話を終え、顔を元に戻す。電話中ならともかく普通に歩いている時にヘラヘラ笑って
いたら、それは単なる変な人だ。
駅へ向かうのは変わらないものの、どうやら乗り込む電車は変えなければいけないようだ。
- 629 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:09
-
駅に到着し、改札を通り、電車に乗り込む。
その間、違和感は消えなかった。電車が目的の駅に到着し、改札を通り、タクシーへ
乗り込んでも、違和感は美貴の中に留まり続けていた。
待っていたのは「しょうがなさ」なんて微塵もない、華やかな笑顔。それだって日常の内だ。
日常になってからどれくらい経ったかなんて考える事もなくなった、常なる日々。
正常、と言い換えてもいいのかもしれない。ふわりと笑む彼女には何の不和もなく、
ふわんと微笑み返す自身には、何の不安もない。
たん。みきたん。甘い声で呼びかけながら抱きついてくる。亜弥ちゃん。応答は桜桃の
ように甘くなっているはずだ。それくらいの自覚はある。
既に馴染んだ彼女の感触。ということは、彼女にとっても自分の感触は馴染んでいること
だろう。そういう日常。正常。
「お泊まり?」
「うん」
えへへ。亜弥が嬉しそうに笑う。違和感が膨れる。美貴はそれを隠す。
目を閉じる。暗闇に光るダイオードのような、頼りない緑色の光が瞼の裏側で明滅している。
亜弥が首筋に擦り寄ってくる。たん。みきたん。甘い呼び声。なに? 優しく問いかける。
その問いに、答えは返ってこない。それが答え。
- 630 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:10
- 首に巻き付いていた腕が解かれて、その代わりというように手を繋ぐ。単体で動作していた
二つが繋ぎ合わされて、通信プレイがスタートする。
「なんか飲む? キャラメルマキアートは無しね」
「それはさっき飲んできた。さっぱりしたのがいいかな」
「んーじゃ、レモネード入れよっか」
「お願い」
違和感は消えない。美貴は亜弥の背中を抱きしめる。「ひゃうぅっ」驚いたのか、亜弥が
情けない悲鳴をあげる。動かない。二人とも動かない。亜弥は俯いている。フローリングの
床を見つめている。美貴もそれに倣って視線を落とす。木目模様が広がっているだけで、
見ていても特に面白くはなかった。彼女にとっては面白いのかもしれない。
「……たん?」
「ん?」
「どしたの?」
「どうもしないよ」
彼女の背中を解放する。亜弥は振り返ってこちらの顔を窺ってきた。問うように微笑むと、
何も言えなくなってしまったようだった。無言のまま立ち尽くす。
レモネードが飲みたい。さっぱりした飲み物で、流し去ってしまいたい。
キャラメルマキアートは、やはり甘すぎた。
甘すぎるのは性に合わないのだ。彼女の呼び声を除いて。
「亜弥ちゃん」
「な、なに?」
「喉乾いちゃった」
「あ、うん。待ってて」
リビングのソファに座って亜弥を待つ。それほど長い時間ではない。置きっぱなしに
していたゲーム機が転がっている。電源を入れる気にはならなかった。
- 631 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:10
-
レモネードを入れながら、亜弥は困惑していた。
今日の美貴はどことなく変だ。今日だけでなく、ここ数週間ずっと変だ。しかし、どこが
どう変なのかはよく判らない。
やはり、あの日の事が原因だろうか。何も変わらないように見えて、実は二人ともほんの
少し変わってしまったのだろうか。
それでも美貴は、友達でいたいという自分の言葉どおり、今までと変わらずに接して
くれている。一緒に遊び、電話やメールを交わし、一緒にお風呂に入って一緒に眠って。
今までどおり、正常に。
それでも、確かに存在する違和感。違和感。違和感。
「――――わ……っ」
考え事をしていたら手が滑った。持っていたカップが落ちて、床をバウンドし、三度目で
割れて派手に飛び散る。
「あちゃ」顔をしかめ、割れた破片を拾い集め始めた。気に入ってたんだけどなあ。小さく
溜息をつく。美貴とお揃いで買った物だったのに。まったく、縁起でもない。
「亜弥ちゃん?」音に気付いた美貴がキッチンへやって来る。破片を拾い上げることに
集中していた意識が、一瞬拡散される。正確に言えば、一度美貴に集中して、それから
破片の事と美貴の事とに枝分かれしたのだが、身体の方はそれについていけない。
- 632 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:10
- 「た…っ!」
顔を上げたまま手を延ばしたから、その時破片は見えていなかった。
指先を思い切り破片の尖った部分に突きたててしまい、条件反射で手を引っ込める。
「ちょっと、だいじょぶ?」
ガラスの破片というのは、見た目より鋭利だ。慌てながら、美貴が亜弥の隣に膝をつき、
指先から赤の流れる手を取った。
「だいじょぶじゃない。痛いぃ」
涙目になっている亜弥が放った、多少苛立ったような口調。
じわりじわりと指先から血が滲み、亜弥はその手を美貴の方へと差し出した。
それは、本当に不思議な事に。
違和感が少しだけ消えた。
- 633 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:10
- 何も考えずにその指先を口に含んだ。亜弥の目が大きくなる。ぺたりと座り込み、俯いて、
美貴から目を逸らす。その眉は困惑のような形をしていた。
舌先で流れる血を拭う。指先はかすかに震えている。唾液と混じり合った血液を飲み込む。
亜弥が固く目を瞑る。傷口に柔らかい感触。なぞるように動いている。痺れるような痛み。
それとは違う、甘い痺れ。
「……も、いいよ。だいじょぶだから……」
緩やかに吐息を洩らしてから、亜弥はそう囁いた。美貴が唇を離す。血は、もう止まって
いた。
「欠片とかは入ってないみたい。バンドエイド貼っとこうか」
「ん……」
美貴が立ち上がり、リビングへと消える。残された亜弥は自身の指先をじっと眺めている。
それは、支配欲であり独占欲であり性欲であり、一言で言えば恋愛感情だった。
傷付いた指先を、そっと咥える。指に残っていた彼女の唾液を舌先で拭う。目を閉じて、
混じり合った唾液を飲み込む。
携帯ゲーム機に似ていた。ケーブルを接続してアイテムを交換。
何の問題もない。
それは正常な性交だった。
- 634 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:11
- 「亜弥ちゃん」
「にゃあぁ!?」
「にゃあって……猫じゃないんだから」
キッチンへ顔を出している美貴が呆れたように呟く。「ちょっとびっくりしたのっ」背中を
向けていてよかった。今のはちょっと、言い訳がきかない。
「おいでよ。後で美貴が片付けといてあげるから」
これ以上怪我をされたら困るということなのか、美貴が手招く。傷口はまだ痛む。
亜弥が立ち上がり、怪我をした方を宙に浮かせながら美貴へと擦り寄る。柔らかく抱きと
めた美貴は微妙な表情をしていた。
違和感。違和感。違和感。
それは、ボタンの掛け違えというより、ボタンが外れてしまっていたホールにいつの間にか
全く別のデザインをしたボタンがはまっていたような、そういう違和感。
役割は果たしているが、絶対的に間違っているという不和。
何が違うんだろう。何も違わないはずなのに。友人の彼女は友人のまま。彼女は自分を
好きなまま。自分も彼女を好きなまま。それなのに、どうしてこんな。
「……ほら、ちゃんと消毒しないと」
何か言葉を発するたびに膨れ上がる違和感。
- 635 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:12
- 「うん」
亜弥が離れ、一緒にリビングへ戻る。消毒液を吹きかけられた時にひどく染みて、
喚いたらどういうわけか美貴はホッとしたように笑った。
「ちょっとくらい我慢しなよ」
「だって痛いんだもん!」
「すぐ終わるって」
バンドエイドを巻きつけて、それから軽くその手を叩く。「終わりー」救急箱代わりの
ラックへ消毒液とバンドエイドをしまいながら、意図的にからかうような口調で呟いた。
亜弥は拗ねたように唇を尖らせている。本当に痛かったようだ。幼稚園児じゃあるまいし、
こんな事くらいで拗ねなくてもと美貴は思う。
苛々が多少治まっていた。理由は判らない。
「たん」
「なに?」
呼びかけた亜弥は、それ以上何も言わずに抱きついてきた。美貴が軽く目を伏せる。
耳の後ろで鼓動がうるさく鳴っている。緊張しているのでも動揺しているのでもない。
彼女が触れてくるのはいつもの事。馴染んだ感触。正常な日常。
だから美貴は、自身が怒りと戸惑いを覚えている事に気付かない。
- 636 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:12
- ああそうだ。キッチンを片付けないと。あのままにして忘れてしまったら大変だ。
そうだから彼女を離さないと。日常はここで一旦小休止。今日はちょっとした非常事態が
起こってしまったから。ちょっとした非常事態ってなんだよ。美貴は自分にツッコむ。
「亜弥ちゃん、ちょっとどいて。美貴あれ片付けてくるから」
「……ん」
亜弥は名残惜しそうな様子を見せながらも、素直に美貴の言葉に従う。
その瞬間、洗濯機に放り込まれてグルグル回されているシャツの気分になった。
違和感が大きくなったり静まったり、まったく忙しいことだ。ちょっとくらい休ませて
くれたっていいのに。
まずい、止まらない。違和感が膨れる。戸惑う。抑え込んでいたものがシャツのように
グルグル回る。
冗談じゃないどうしてそんなありえないわけがわからない違う間違っているどこかで
ボタンが外れて別のボタンがはまってそれは役割を果たしつつも決定的に間違っている。
ああもうやめてくれないかな何度も何度も何度も何度もあっちに行ったりこっちへ来たり
それでもそれは同じことの繰り返しでどうしてそんな風に違う間違っている誰が君が
自分がそんなのはどうでもいいから一度だけ言ってくれれば判るのにどうして。
亜弥ちゃん、とはっきり発音できただろうか。
- 637 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:13
- 亜弥の視界が激しく揺れる。地震かと思ったくらいだ。それから背中と後頭部に強い衝撃。
両肩を押さえつけられている事に気付いたのは、視界の揺れが治まって美貴の顔へ焦点を
合わせられた頃だった。
「み、みきたん……?」
微かに怯えた声と顔。対照的に美貴は表情を失くしている。
数瞬か数秒か数分か、まさか数十分という事はないだろうが、とにかくどれくらいの時間が
経ったかどちらも判らないような空白ののち、美貴は我に返った。
「え? あ、ごめん。虫が飛んできたから」
「マジ!? えっ、どこどこ!?」
肩を押さえる力が弱まって、亜弥は腹筋だけで飛び起きる。さすが。伊達にアブなんとか
で鍛えているわけではないようだ。
「大丈夫、どっか行っちゃったから」
「うあー……。まさか茶色くてテカってるあれじゃないよね?」
「もっと小さいやつだったよ」
苦笑しながら答える。虫はどこかへ行ってしまった。どこか、誰にも見えないところへ。
「ごめん、痛かった?」ぶつけただろう部分を優しく撫でる。亜弥が小さく首を振った。
美貴はそれでも彼女の髪を撫で続ける。
- 638 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:13
- ああもう、どうかしている。彼女にこんな乱暴な事をするなんて。そんな事をしたい訳が
ないのに。その逆で、もっとちゃんと優しくしてあげたいのに。
苛々するのは、きっと彼女に対してじゃなく自分自身に苛ついているのだ。なんてことだ、
それじゃあさっきのは完璧に八つ当たりだ。最低。
亜弥の顔を上げさせ、その額に自身のそれを押し付ける。それは懺悔に似ていた。
「ごめん」
「大丈夫だよ? ちょっとびっくりしたけど」
間違っている。亜弥は美貴の言葉の意味をはき違えている。
言葉を変えずに三回繰り返された謝罪は、その全てが違う意味を持っていたから、だから
彼女には判らなかったのだろう。
それでも、美貴はその間違いを正そうとはしなかった。
正解が判らなければ、正しようがない。
どこが壊れているのか判らなければ、直しようがない。
直し方は判らないし、どこが壊れているのかも判らないが。
ただひとつ確実なのは彼女を大切にしなければいけないという事。
それが二人の、今まで続いてきた日常の延長を続けるために不可欠な要素。
- 639 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:13
-
- 640 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:14
- 矢口真里、当年とって20歳。身体は小さいが頭脳は大人、どこかで聞いたようなフレーズ
だがそれは関係ない。とにかく、それなりに人生経験を積んでいると自負している。
伊達に5年以上芸能界に身を置いてない。色々な人を、本当に色々な人を見てきた。
仲間たちもそうだし、それ以外にも老若男女問わず数え切れない人たちを見てきた。
だから、自分の観察眼はなかなかのものだと、思っているのだが。
「たん。たーん。手ぇ見して」
「手? はい」
「お、ちゃんとしてるねー。えらいえらい」
亜弥が掴んだ美貴の右手。その中指と小指にリングが填まっている。亜弥の左手にも
同じものが填まっていたから、おそらく一緒に買ったのだろう。矢口の観察眼で見るに、
それなりに値段が張っていそうだ。
「亜弥ちゃんがつけてって言ったんじゃん」
「そうだけどぉ。みきたんたまに忘れるから」
二人はいつもどおりだった。周りなんて目に入っていないような、薄いバリアが
取り囲んでいるような、そういう世界が楽屋の一角に広がっている。おそらく、
あくまで推測の域を出ないが、そのバリアは桃色をしている。
矢口は思う。あの中に無理やり入ろうとしたら、きっとどこからともなく馬が現れて
蹴り飛ばされてしまうだろう。
- 641 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:14
- ――――藤本、断ったんだよな……。
不安になった。あの時彼女ははっきり言ったはずだが、どうも目の前で繰り広げられて
いる光景を見ていると、自分の聞き間違い、もしくは記憶違いだったのかもしれないという
疑念が浮かぶ。
あれから気が変わったのだろうか。それとも心変わりか。いやしかし、あの二人は前から
ああだったと言えなくもない。
これは、確かめなければならない。こっちだって余計な事にかかずらっていられるほど、
暇な時間なんかないのだ。ラジオとか子供の世話とか。いや、自分の子供ではないが。
十歳前後も下のくせにいやむしろだからこそ、みんなすくすく伸びていって矢口としては
それがちょっとご不満。
だから余計なことに気を回してストレスを溜めたくないのだ。成長が止まってしまう。
とっくに止まっているような気もするが。
そんなわけで、矢口はバリアの外から美貴を呼んだ。
「ふっ、ふじもとぉー」
声が上ずった。何を緊張しているのか、まさか本当に馬が来るわけでもあるまいに。
「はい?」亜弥をへばり付かせたまま、美貴が首を回してこちらに視線を合わせてくる。
ちょいちょいと手招きをして呼び寄せ、廊下に美貴を連れ出す。
亜弥とは目を合わせないようにした。なんとなく。
- 642 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:14
- 「どしたんですか?」
「いや、あのさあ。……なんかあった?」
「え? 何もないですけど」
きょとんとした美貴が首を傾げる。嘘をついている様子はない。なかなかのものである
矢口の観察眼はそう判断した。
とすると、意識してしまっているのは自分の方か。あんな話を聞いたせいで、二人が
今までどおり仲良くしているだけでそういう風に見えてしまうんだろうか。
楽屋には大勢のメンバーが集まっているが、誰も二人の様子を気にした風もないし、
つまりそれは誰も不思議には思っていないということだ。そりゃまあ、普通に見てこの
二人が仲良くしている様子というのはちょっと過剰というか行き過ぎな感はあるが、
彼女たちにとってはそれが正常。
うん、やっぱり気にしすぎだ。そう結論付けて矢口は美貴の肩を叩く。
「ごめんごめん、オイラの勘違いだった。なんでもないや、戻ろ」
「はあ……?」
いきなり連れ出され、そして勝手に納得されて、やはりいきなり戻るらしい。
美貴は首を傾げたまま矢口に従う。
戻ろうとしたところで、楽屋のドアが開いた。出てきた亜弥と美貴の目が合う。
前を歩いていた矢口ではなく美貴と視線が合ったのは、ひとえに身長の問題だった。
おそらく、亜弥の身長が145センチだったら矢口と衝突していただろう。
「あれ亜弥ちゃん。どっか行くの?」
美貴はのほほんと笑っている。
「お前探しに来たに決まってんじゃん……」矢口が呆れたように言う。
- 643 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:15
- 亜弥は機嫌が悪そうだ。相変わらず、美貴が絡むと感情を抑えられないらしい。
ホントに馬が来ちゃうかも。矢口は心の中で身震いする。人の恋路を邪魔して蹴られ死に。
嫌すぎる生涯の閉じ方だ。だいたい、邪魔をしているつもりも邪魔をするつもりもない。
いわば冤罪だ。オイラはただ、藤本が変だと思う原因を探してあげてるだけなのに。
矢口が心の中で泣く。
「矢口さんと話してたの?」
「うん。てか、美貴もよく判んないんだけど」
そもそも、違和感といったら今までだってこの二人は違和感ありまくりだ。
ただの友達同士のくせにベタベタしすぎだし、お揃いの物とか嬉しそうにつけてるし。
いやそれはよっすぃと小川もだけど。しかしコンビニで200円のブレスレットって
どうなのよ。ちゃんとしたの買ってあげたのかな、よっすぃ。
二人に挟まれながら矢口は現実から逃避する。
「そっか、おんなじグループだしね。先輩だし」
「そうだねー。ちっちゃいけど先輩だから」
そういえば聞いたことある。あややって藤本に隠し事とかされるとすごい怒るんだよな。
お前は新婚夫婦の奥様かっつーの。あなた最近帰りが遅いじゃない!みたいな。
あり得ないし! 変だし!
「廊下寒いから、風邪ひかないようにね」
「いや、そんな何時間もいるわけじゃないんだからさ」
「にゃはは。だよねぇ」
他の子とじゃれてるとマジ怒るし。ほら、今だって……今だって……。
- 644 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:15
- 「あれ?」
「なんですか?」
「え、あ、あれ? あやや、なんで笑ってんの?」
オイラ藤本と一緒にいるんだよ? しかも二人っきりで話したりしてんのに。
それに、さっきはあんなに機嫌が悪そうで、お前いつものパーフェクトスマイルは
どこ行ったんだよとか言いたくなるくらいだったのに。
今の彼女は笑っている。それはもう完璧なパーフェクトスマイルだった。言葉の重複で
強調したくなるくらいの。
矢口の戸惑いに、亜弥がん?と首を傾げる。
「なに言ってるんですかぁ。矢口さん、先輩なんだからビシビシみきたんしごいてあげて
下さいよ。みきたん、収録中とか結構ぼーっとしてる事多いし」
「いや別に説教してたわけじゃないんだけど……。じゃなくてさ、ほら、今までだったら
てゆーかお前らカップルかよとかツッコミたくなる感じで……」
あ、と。
掴みかけたような気がした。美貴が言う違和感の正体。
仲のいい二人がいました。その片方を誰かが連れて行きました。残された方は不安になって
探しに出ました。見つけた時、楽しそうに話していました。ホッと一安心。さあ戻りましょう。
正常だ。なんの問題もない。たとえばこれが自分だったら。あれ、なっちがいない。
どこに行ったんだろう探しに行かなきゃ。なんだ、裕ちゃんといたのか。じゃあ戻ろう。
当たり前だ。なんの不和もない。
しかし、この二人に関しては。こと亜弥に関しては。
それは……異常だ。
- 645 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:16
- 最初から、いや、最初は違ったかもしれないが、少なくとも今は。
あの二人の関係は、繋がりは、世界は。
そんな次元にないのだから。
「藤本、ちょっと」
矢口が美貴の腕を引っ張る。「うわ、なんですかいきなり」戸惑ったように顰められた眉の
下で、大きな瞳が眇められる。
小柄ではあるが自分より10センチくらい背の高い美貴の腕を取ったまま、矢口は亜弥の
顔色を窺った。彼女の笑みはわずかに困惑したような苦笑に変わっていた。
「……あやや。お前の大事なみきたんの左腕はオイラが預かった。返して欲しかったら
三べん回ってワンと言え」
「何わけ判んないこと言ってんですか。てゆーか矢口さんにそう呼ばれるのってかなり
きついんですけど」
呆れたように言ってくる美貴を無視して、矢口は亜弥の顔を注視する。
苦笑のまま変わらない。「にゃはは」困ったように声を出して笑って、亜弥は可愛らしく
小首を傾げた。
「やだなー矢口さんてば」
「やんないと、ミキティの左腕はオイラがもらっちゃうぞ」
「いや美貴べつに物じゃないんで左腕だけあげるとか出来ないんで出来ても矢口さんには
あげたくないんで」
「そうですよー。みきたんは物じゃないんですから」
笑いながら頬を膨らませて、仁王立ちになって。
亜弥は、最も相応しくなくて不似合いで不条理な台詞を吐いた。
そう、それは台詞だった。自分の言葉でも気持ちでもない、セルフのないセリフ。
- 646 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:16
- 相応しくない。人は物じゃないなんて台詞、壊れた世界にいる彼女には、まったくもって
全然これっぽちも相応しくなんてない。
矢口は次に、美貴の顔を盗み見る。亜弥と同じように苦笑していた。
苦笑の中には二つの要素が混在していた。ひとつは矢口の唐突な行動に対するものだ。
そして、もうひとつ。
彼女は何かを待っている。亜弥がそれを言うのを待っている。自分では気付いていないの
だろうが、どうして言わないのかと戸惑っている。
矢口の観察眼はそれを見逃さない。
――――そっか。そういうことか。
コーヒーを飲みながら交わした、美貴との会話を思い出す。彼女はなんと言っていた?
オーケイしたのか断ったのかと聞いた時、彼女はどう答えた?
彼女は、自分自身の気持ちを言っただろうか? 矢口に、そして、亜弥に。
「……藤本、さ。最近、あややにああしろこうしろ言われたこととか、ある?」
亜弥に聞こえないよう、小声で問いかける。
「いや、そんなのしょっちゅうですよ。亜弥ちゃん我がままだか……ら……」
何を今更、という口調で答えかけた美貴の言葉が尻すぼみに消えていく。
顎に手を当てて考え込み始めた横顔を、矢口はじっと見つめる。
きっと、それが違和感の正体で、亜弥が出した「お友達でいましょう」の答え。
- 647 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:17
- 「あやや、告白した時ってどう言ってたの?」
「……好きだって。それから、友達でいたいって言うから、だから……」
「ああ……やっぱそうか」
矢口は溜息をつく。いっそ笑えてくる。なんて……なんて、馬鹿馬鹿しい。
美貴はまだじっと考え込んでいる。
お泊まり?
たん、あたしん家に来たがってるんじゃないかなーって思ったのっ。
だからぁ……みきたん、暇?
友達でいてくれる?
たんが嫌なら、もう絶対言わない。
初めてなんだよ。こういうの。
黙ってようと思ってた、嫌われたくなかったから。
みきたんが好きなの。
- 648 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:17
- 「合ってるかどうかは判んないけど。多分、そういう事なんじゃないの?」
「……ああ、うん。そういう……」
賢者の贈り物、という話がある。貧しい夫婦がいて、夫は妻の髪を飾る櫛を買うために
時計を売り、妻は時計の鎖を買うために自身の髪を売ってしまう。
贈り物は意味を持たなかったが二人のお互いを思いやる気持ちが最高の贈り物だったとか、
そういう、馬鹿馬鹿しくも綺麗な物語だ。
彼女たちに起きたのも、それと同じ事。
「二人とも、判ってなかっただけなんだよ、きっと」
普通では考えられないような、彼女たちの繋がりは。
通常の次元にない、壊れた、異常とも言えるほどの深い繋がりは。
それでも、最高に綺麗だと矢口は思う。
「ったく、やってらんねー」
わざとらしく言い捨てて、矢口はぼんやりと突っ立っている亜弥の横を通り過ぎ、楽屋へ
戻って行った。そろそろ馬が来そうだったから。
美貴が視線を逸らし、決まり悪そうに首筋を掻く。亜弥はまだきょとんとしている。
「え、と。」どう言ったらいいんだろう。違和感の理由は判った。勘違いしていた事にも
気付いた。彼女が本当はどうしてほしかったのかも、遅まきながら理解した。
顔を上げ、亜弥を見つめる。さて、どう切り出そうか。
- 649 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:17
- 「……ちょっと、散歩しない?」
「もうちょっとでリハだよ?」
「うん。だから、ちょっとだけ」
手を差し出す。亜弥の表情に逡巡が見える。それでも、一歩進んでその手を取ってくれた。
手を繋いで廊下を歩く。携帯ゲーム機のように繋いだ手から言いたい事が伝われば
いいのにと、美貴は思う。
幸い、ロビーには人がいなかった。通路と区切るための間仕切りがある場所へ移動し、
ソファへ腰を落ち着ける。
「たん?」
「ん……」
美貴が口ごもる。
ああ、だから。まだ認めたくないのだ。自分が悪いということを。
それでも、こちらから言わなければならないんだろう。彼女との関係はそういう風に
出来ている。統治者のいない、当事者たちが作り上げた関係はそういう形に出来上がった。
それに、一応年上だし。お互いあまりそれを気にしたことはないけれど。
第一、そう。彼女は気がついていない。こっちもさっきまで人のことは言えなかったが。
ああもう。何をやってるんだか。美貴は溜息をつく。
- 650 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:18
- どれだけ自分に言い訳をしたところで詮無い事だ。正直になってしまえば済む話なのに。
「みきたん?」亜弥が顔を覗きこんでくる。下側から、窺うように。美貴はその視線に
不安なものを見つける。
どれだけ言い訳をしたところで意味がない。理由なんてそれ一つしかないんだから。
彼女の不安が杞憂に終わるという、理由。
「あのさ……」美貴が口を開いたので、亜弥は身体を元の位置に戻した。
「……亜弥ちゃん、最近美貴に我がまま言わないよね」
「そ、かな」
「うん。前は結構、あれやってーとかこれやってーとか言ってきたのに、なんか最近、
違うじゃん」
遠まわしな言い方をしたり、逆に問いかけてきたり。以前はそうじゃなかった。
あれをしようこれをしようと主導権を握っているのは亜弥の方で、その願いを苦笑しながら
聞いてやるのが美貴の役目だった。
ただの友人同士なのに、まるで恋人のように。ただの友人同士ではありえないような、
恋人同士であればありえるような。
それが二人の、正常に壊れた関係だった。
- 651 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:19
- 「それってさ、美貴のせい、かな」
「違うよ、みきたんのせいなんかじゃない。だって、友達だから。別にたん、あたしの
ものじゃないから、そういうの良くないってあたしが思ったの」
だから全然みきたんのせいなんかじゃないんだよ。亜弥は早口に言う。
そうか、これか。あの日からずっと感じていた違和感。
変わっていたのはそこだったのだ。あまりにも小さな、そして決定的な変化。ちょっとした
非常事態。デザインの違うボタン。
それは、直さないと。一度外して、正しいものを付け直さないと。
元の日常に、戻さなくては。
美貴が手を延ばし、亜弥の太腿に置かれた手を取る。そのまま、亜弥の手と足に触れた
まま、それでも足りなくて頬を彼女の肩に乗せた。
「あのね」
「ん……?」
「美貴、別に亜弥ちゃんの我がまま聞くの、ヤじゃないんだよ」
ていうか好き。耳元でそっと囁く。
「けど……」
亜弥が少しだけ唇を尖らせる。判んないかなあ。美貴が困ったように眉を下げる。
- 652 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:19
- 「美貴はね、亜弥ちゃんのお願いだったら何でも聞いてあげたくなっちゃうの」
「え?」
「あの時だってさ、亜弥ちゃん、友達でいたいって言うから。だから友達でいようと
思ったんだって」
三回も繰り返されたら、それは聞かざるを得ない。だからそう答えた。答えろと言われた
から、彼女の願いを叶えるために。
あんな風に、必死になって何度も繰り返す必要なんてないのに。ただ一度、当たり前の
ように告げてくれればよかったのに。
ケーブルで繋がってなんかいないから、言ってくれないと判らない。
鈍いのだ、自慢じゃないが。
亜弥はようやくこちらの意図を汲んでくれたらしい。俯いて、唇を尖らせて、以前と同じ、
我がままを言う直前の表情を浮かべる。
「何でも言ってよ。聞いてあげるから」
「……普通、判るじゃんか、馬鹿」
「ごめん。なんか色んなこと言われたからさ、判んなくなっちゃった」
だから。ただ一度。勘違いも思い違いもすれ違いもないように。
亜弥が軽く息を吸い込む。
亜弥は彼女を失わないために願いを変えました。
美貴は彼女を失わないために願いを叶えました。
そんな二人の想いが最高の贈り物でした。
なんて、冗談じゃない。そんなところで終わらせられるほど、二人は正常じゃない。
とっくに壊れているのだから。壊れた状態こそが、正常なのだから。
- 653 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:19
- 「たん。恋人になって」
ありったけの想いを込めて、誤魔化しも繰り返しもせずに、ただ一度、亜弥が願う。
「うん。恋人になろ」
勘違いも思い違いもすれ違いもせずに、美貴が叶える。
じわりじわりと亜弥の双眸に涙が浮かんで、目尻に溜まったそれを美貴の舌先が掠め取る。
亜弥は一瞬驚いたように身を震わせて、それから照れ臭そうに笑った。
「……今の、お願いしてないよ」
「んー、サービス?」
悪戯に笑う彼女の表情はどこまでも平常。
いとおしそうに抱きついてくる彼女の感情はどこまでも正常。
「じゃ、もいっこサービスして」
抱きついた姿勢のまま、耳元でねだる。
「いいよ」なぞるように唇を滑らせ、彼女のそれと重ねる。
他に誰も登場しない場面で交わされる愛情は、どこまでも健常。
それが、彼女たちの間にある壊れた関係の、なんの問題もない日常。
- 654 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:20
-
- 655 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:20
- 矢口真里、当年とって20歳。既に証明されている通り、その観察眼はなかなかのものだった。
そして、身体は小さいが頭脳は大人。気付かなくていい事にまで気付いてしまう。
「考えてみればさー」
スタジオへ来る途中に買ってきたコーヒーを飲みながら、矢口はそう切り出す。
「なんですか?」チョコレートをつまみながら美貴が応じる。
「オイラもだけど、みんなが気付かないのって当たり前なんだよ。だってお前ら、
くっつこうが何しようが変わんないじゃん」
しょうもない事に巻き込まれた。矢口はそうぼやいてから溜息をついた。
いくら観察眼が鋭かろうと、そもそも前提が間違っているのだ。間違っているものを
ひっくり返せば、それは通常の正常。違いなんて判らない。
矢口の言葉どおり、美貴の背中にはべったりと亜弥が張り付いている。それもまた、何も
不思議はない今までどおりの光景だった。
美貴が苦笑する。さて、反論が見つからない。
「まあまあ。チョコ食べます?」
とりあえず誤魔化した。矢口はそれを一瞥すると、「これ以上甘いもんはいらない」と首を
横に振った。そう言う彼女が持っているタンブラーの中身はエスプレッソだ。
- 656 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:21
- おんぶお化けのように美貴の背中に乗ったまま、亜弥がにゃははと笑う。
「でも、矢口さんには感謝してるんですよぉ。あのまんまじゃ、絶対にみきたん一生
気付かなかったし。ありがとうございますー」
「そりゃよかったね」
やれやれ。矢口が呆れたように息をつく。幸せなのは結構なことだが、ちょっとくらい
こっちの事も思いやってほしいものだ。
そうじゃないと、なんとなく邪魔をしたくなってしまう。もう馬に蹴られる心配もない。
「藤本、手ぇ貸して」
「手ですか?」
美貴が素直に手を延ばしてくる。その中指と小指にはリングが填まっていた。
延ばされた手を、矢口が掴む。腕相撲でも始めるんだろうかと美貴が思った時、矢口は
にやりと笑った。
「あやや。お前の大事なみきたんの右手はオイラが預かった。返してほしかったら
裕ちゃんのとこに行って辻加護が作詞作曲した『27(中澤裕子の歌)』を歌って来い」
「矢口さんこの前より難しくなってますよ。てゆうか矢口さんにはあげないって言ったじゃ
ないですか。あとその呼び方ホントにやめてもらえますかキショイんで」
美貴が呆れたように言ってくる。その背中で、亜弥がふわりと笑った。
- 657 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:21
- 「駄目ですよ。みきたんは髪の毛一本まであたしのですから」
グッド。よく出来ました。
それでこそ相応しい。その余裕、その独占欲、その支配欲、その所有権の誇示、一言で
言えばその恋情こそが。
二人の、壊れた関係には最も似合っている。
「へーへー。ごめんなさいね。ほら、返すよ」
矢口が手を離す。本当に歌ってきたらそれはそれで面白かったのだが、粘っている内に
こっちがダウンしそうだ。
「あーもう、いいからお前らどっか行ってくれよ。胸焼けしそう」
馬に蹴られて死ぬのも嫌だが、胸焼けでダウンするのも嫌だ。どれだけエスプレッソを
流し込んでも、呼吸のたびに入ってくる甘ったるい空気は消えてくれない。
「んじゃ、みきたん行こ」
「ん。矢口さん、時間来たら呼んでくれます?」
「あー、判ったわかった」
とっとと行け。全身で言いつつ矢口が手を振る。二人が立ち上がる。さすがに、背中に
へばり付いたまま歩くのは面倒臭いらしく、亜弥が美貴から腕を解いた。その表情は余裕
しゃくしゃく。身体は離れても心はひとつってか。やってろよ。矢口が毒づく。
- 658 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:22
- 亜弥は楽屋のドアをくぐっているが、美貴はまだ部屋の中。そういう中途半端な状態で、
美貴が足を止める。一言、亜弥に何か言ったようだ。それから首だけを外に出して少しの間。
どっちの方からだったかな。矢口は下世話な推測をする。亜弥の方が可能性は高いが、
そうじゃない可能性だってもちろん存在する。まあどっちでもいいんだけど。
首を戻した美貴が、矢口へ振り返る。
「矢口さん」
「ん?」
「どう思います? こういうの」
お、と。矢口の眉が片方上がる。
こっち側が気になるのか。ふぅん、これはちょっと予想外。正しいボタンを付け直した
ものの、そのボタンが曲がっていないか見てほしいという事だろうか。
ボタンが変わった事を知っているのは矢口一人。
矢口はタンブラーを傾けて中身を一口飲むと、美貴へ真っ直ぐに視線を向けた。
「賛成は出来ないよ。反対もしないけど」
「微妙な言い方ですね」
美貴が小さく苦笑した。
「じゃ、正直に言おっか? 賛成はしないよ。反対も出来ないけど」
「同じじゃないですか」
「違うよばーか」
苦笑が深くなる。左腕には亜弥がまとわりついている。「ほら、時間なくなっちゃうぞ」
矢口が親切にするふりをして追い払う。美貴は苦笑したまま楽屋を出て行った。
「……はあ」
テーブルにタンブラーと顎を乗せて、矢口が深く嘆息する。
矢口真里、当年とって20歳。独身。正直に言えば独り身。意味は同じではない。
- 659 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:22
-
- 660 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:22
- 矢口の哀愁など露知らず、二人は日向ぼっこでもしているような微笑みを浮かべながら
散歩をしている。
亜弥は嬉しそうだ。会える機会が増えたとはいえ、なかなか二人きりになれるチャンスは
訪れてくれなかったから。その笑顔に美貴の心は和ぐ。矢口に感謝。
とはいっても、コンサート当日なのでそれほど時間があるわけでもない。建物の周りを
一周したら丁度いいくらいだろうか。出来るだけゆっくりしよう。好きな子と手を繋いで
歩くくらいの楽しみがなかったら、アイドルなんてやってられない。
リハーサルスタジオは高い塀に囲まれている。その内側をゆっくりと歩く。少しだけ風が
冷たい。塀は打ちっぱなしのコンクリートで、余計に寒々しくしている気がする。
とはいえ、好きな子と手を繋いで歩いているのだから、気分は常夏。いや、春だろうか。
「たん。みきたん」
「ん?」
言い方を変えて二回呼ぶのが、最近の彼女の癖だった。三度目はない。
「今日、打ち上げ出る?」
「別に決めてないけど。どっちがいい?」
「最後じゃないしさ、先帰ろうよ」
「いいよ」
塀の内側には、樹木が植えられている箇所がある。種類は判らないが結構大きい。茶色い
から、少なくとも白樺ではない。
その木の下で、二人は立ち止まる。「ぎゅってして」甘えた声で願われたので、美貴は
彼女を抱きしめる。
- 661 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:23
- 「終わったら、こっち来るんだよ?」
「うん」
「泊まってくんだからね?」
「うん」
塀に背を預け、亜弥のこめかみへ唇を押し当てる。
「そしたら、今日も亜弥ちゃんの可愛い声聞けるのかな?」
「なっ……! ばかっ」
からかい口調で囁かれた言葉の意味を、瞬時に理解した亜弥の頬が紅潮する。
それでも離れようとはしないから、本気で怒ったわけでもないんだろう。
「聞かせてくんないの?」囁く唇がこめかみから頬を伝い、首筋へ流れる。
亜弥の吐息に熱が含まれ始めたことに、美貴は気付いている。当たり前だ、わざと
煽っているんだから。誘っていると言い換えてもいい。同じ事だ。
「たん、意地悪だ……」
「意地悪なんかしてないよ」
なにせ、我がままで可愛くて何でもしてあげたくなっちゃうくらい好きなんだから。
まあ、我がままを言わせようとはしているかもしれない。
それはひょっとしたら、意地悪と言えば言えるのかもしれない。愛情と言い換えても
間違いではない。
力が入らなくなってしまったのか、凭れかかってくる身体を受け止め、美貴はその頭を
優しく撫でる。
その手に全身を委ねながら亜弥は目を軽く閉じ、凪のような、見ようによってはつまらな
そうにも見える表情で、小さく囁いた。
- 662 名前:『きみとわたしの壊れた世界』 投稿日:2004/02/12(木) 21:23
- 「たん。好きってゆって?」
「好きだよ」
一呼吸の間もなく届けられた言葉に亜弥は嬉しそうに笑って、「あたしも」とやはり
嬉しそうな口調で答えた。
彼女たちの関係は。
正常に平常に健常に壊れたまま。
綺麗で美麗で秀麗な愛情を含んだまま。
そうつまりは何も変わらないまま続く、日常の延長。
世はなべて事も無し。世界は平和だ。
少なくとも、彼女たちの壊れた世界は。
それでいいじゃないか。
《The piece of peaceful world.》
- 663 名前:円 投稿日:2004/02/12(木) 21:24
-
以上、『きみとわたしの壊れた世界』でした。
知り合いの女子高生に聞いてみたところ、普通の友達同士で一緒にお風呂入ったり
一緒に寝たりするのは別におかしくないらしいです。
最近の若い子はオープンですね。<年寄り発言。
ところで『27(中澤裕子の歌)』は今でも通じるネタなんでしょうか。
- 664 名前:円 投稿日:2004/02/12(木) 21:25
- といったところでスレ容量がなくなりました。
こちらでの更新は最後になります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
- 665 名前:つみ 投稿日:2004/02/12(木) 21:39
- リアルタイムキタ―!!
いや〜、あやみきのこのスレでの最後を飾るにふさわしい
お話でした!
藤本さんの深いところにある心がとてもよかったです!
微妙にやぐちさんがかわいそう・・・
このスレであやみきを堪能させていただきました。
本当にありがとうございました!
- 666 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/13(金) 01:10
- …ごちそうさまでした。
とても、とてもとてもおいしかったです。
- 667 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/14(土) 01:55
- 萌えました。矢口さんも良かった。
『27(中澤裕子の歌)』は矢口が覚えていたことに感動(w
- 668 名前:名無し読者79 投稿日:2004/02/19(木) 21:00
- ずーっと前作から読んでて、大ファンです。
あやみきの他にもいろいろなCPが登場して…特に後紺が(あやみきの他に)
印象的でした。また書いていただけたらうれしいです…。
あやみき…円さんの小説は、読めば読むほど印象が変わるというか…
何回か読んで、そうかーって思ったり。すばらしすぎます。
- 669 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/26(木) 04:08
- 最近娘。小説離れをしていたものです。もう卒業しようと思ってました。
キャラクター小説の世界で円さんが紹介されていて、れいなと亀の話を読みました。
文章大好きです。円さん大好きです。それにつきます。留年を決意しました。
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