白球入魂
- 1 名前:3割君 投稿日:2003/10/05(日) 18:00
- 1ヶ月に1度の更新を目標に頑張ります。
- 2 名前:3割君 投稿日:2003/10/05(日) 18:00
- 兵庫県神戸市に本拠を置く『神戸ハロプロズ』。
ほんの数年前までオリックスブルーウェーブと呼ばれていた。
イチロー、田口のメジャーリーグ流出。藤井康雄の引退。
谷、FA宣言でメジャー挑戦。ドラフト戦略の失敗。
首脳陣と選手との対立。
数々の問題を抱え、ブルーウェーブは身売りしてしまった。
今までいた有力選手はチームを去り、ある者は他球団に拾われ
ある者は球界から姿を消した。
球団譲渡から3年。ハロプロズが獲得した選手達は確実に力をつけ
チームは年を追うごとに強くなっていた。
※娘。メンバーは実年齢どおりではありません。+5〜6歳ぐらいでお考えください。
- 3 名前:3割君 投稿日:2003/10/05(日) 18:02
- 〜第1話傷だらけのエース〜
8月某日。姫路球場で行われたウェスタンリーグ公式戦
「サーパス神戸vs中日ドラゴンズ」
マウンド上に立っていたのは背番号17番松浦亜弥だった。
「高校生のとき以来だな、この球場」
両翼95mセンター120mのこの姫路球場は、高校生のとき東洋大姫路の
エースとして何回も踏んだマウンドだった。球場に生えた蔦(甲子園かよ)。
薄紫に白文字の読みにくい電光掲示板(もっと読みやすい配色にしろって)。
地方球場にしては珍しい2階建てスタンド(満員になった事はあるのか?)。
すべては復活の舞台にふさわしかった。
- 4 名前:3割君 投稿日:2003/10/05(日) 18:04
- そして松浦は右腕に刻まれたメスの跡を見つめた。
あれは2年前の4月…
開幕戦、福岡ドームでのホークス戦。ルーキーの年に12勝をあげた
私は開幕戦の先発投手に指名された。私には2年目のジンクスなんて
関係ない。それを証明するための決意のマウンドだった。
いつも以上に調子が良かった私は、初回から飛ばして行った。
超強力ダイハード打線を6回まで被安打2本、四死球0、三振を11個も
取り完封ペースだった。
7回裏、打順は3番の井口。小久保、松中、城島の前にランナーを
出したくなかった私は
いつも以上に気合を入れたストレートを投げ込もうとした。そのときだった。
プチンというゴムが切れたような音とともに右ひじに激痛が走った。
握っていたボールは力なくマウンドとホームベースの間を転がった。
私はあまりの痛さに立っていられなく右ひじをおさえたまま倒れた。
地獄はここから始まった。
診断結果は右ひじじん帯断裂。全治は不明、少なくとも1年以上は
かかるかという重症だった。アメリカに渡って手術をしリハビリに励んだ。
翌年もシーズンを棒に振った。野球生命の危機に立たされひとつわかった事が
ある。
「私は野球が好きだ。もう一度1軍のマウンドに立ってやる」
- 5 名前:3割君 投稿日:2003/10/05(日) 18:07
- 投げられない間、ひたすら走った。ひたすら下半身をいじめた。
今までボールを握らなかった日はないぐらい野球の練習に明け暮れていた。
なのにボールを握ることもできない。投げたくても投げられないもどかしさ。
苦しみは意外なところにあった。
ボールを投げられるようになったのは1年後の秋だった。
そして今年、復活を目指しキャンプに臨んだ松浦だった。ブルペンに入って異変に気づく。コントロールがまったくない。ストライクが入らない。
久しぶりに投げたから一過性で入らないだけだと思っていたら1週間経っても2週間経っても変わらなかった。松浦はある決断をし、コーチに相談した。
「サイドに変えます」
- 6 名前:3割君 投稿日:2003/10/05(日) 18:08
- フォームを変える、一見簡単そうだが今まで反復練習で染み込ませてきた
フォームを消すのは容易でないし、一度サイドに変えたら肩の筋肉は
もう2度とオーバーには対応できなくなる。危険な賭けであった。
だが今までの自分を捨ててもあの1軍のマウンドに帰りたかった。
事は簡単に進まなかった。
コントロールのばらつきは幾分良くなったが、これでは1軍では戦えない。
松浦は再び決断した。アンダースローに。
アンダースロー。数々のピッチャーがこのフォームで投げてきたが、
下半身の負担が大きく寿命が短い。200勝以上したのは阪急山田久志
ただ1人である。そしてこのフォームでうまくいかない事はすなわち、
投手生命の終わりを意味する。
オーバーはサイドに、サイドはアンダーに変えられるがアンダーは
行きつく先がない。それに逆はできない。アンダースローは投手の
終着駅なのである。
- 7 名前:3割君 投稿日:2003/10/05(日) 18:09
- 松浦もその辺の事は理解していたし、もともとは死んだ身である。やらずに球界を去るより、やってみてだめだったらだめだったで仕方がない。覚悟の上での決断だった。
そして今日2軍だが実戦のマウンドに帰ってきた。
ここまで長かった。一度は死んだ身、ここで散ろうとも悔いはない。
松浦は1球ずつ丁寧に投げて行った。かつてのように力任せには投げない。
体全体を使った躍動感のあるピッチングフォームだった。
すると不思議な事が起こった。7分の力で投げているのにバッターは空振りかポップフライまたはどん詰まりのゴロだった。無駄な力を抜いているのでボールの切れがましたのだった。
松浦は5回を被安打4、四死球3、自責点0、三振5という復帰初登板とは思えない投球内容で降板した。
この記事は良く見ないと見逃すようなスポーツ新聞の片隅の小さな場所に載っていた。
松浦達が翌年パ・リーグに「ハロプロ旋風」を起こすことはこのときまだ誰も知らない。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/07(火) 15:19
- へぇ〜面白い。続きみたいです。
- 9 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:21
- 開幕戦、それはこの世界に身を置く者としては正月みたいなものだろう。
ルーキーであっても、ベテランであってもこの日は緊張する。
昨年3位に付けたハロプロズはこの日、本拠地UFAスタジアムに千葉ロッテを迎えた。
ハロプロズ発足当初は最下位であったが4位、3位と前身のオリックスが99年を最後に
遠ざかっていたAクラスに昨年復帰した。よって、今年の開幕開催権はハロプロズにまわってきたのだ。
ちなみにUFAスタジアムとは前はヤフーBBスタジアム、その前はグリーンスタジアム神戸とも
呼ばれていた球場だ。球団譲渡の際ハロプロズの親会社UFAがチームには企業名を付けない代わりに
この球場に企業名を付けたのだ。
本日の予告先発投手、ハロプロズ−松浦 マリーンズ−清水直
ハロプロズの先発は去年14勝した安倍ではなく何と一昨年の開幕戦で右肘じん帯断裂の怪我で
丸2年1軍のマウンドに立っていない松浦だった。監督は思い切った起用をしてきた。1年を占う開幕戦に
2年ぶりに1軍のマウンドに立つ投手に投げさせるなんて監督は何を考えてるのだろうか。それが、大半の関係者の
思いだった。
- 10 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:22
- 17時15分。
開幕セレモニーがあるためかいつもより早いスタメン発表だ。
「Welcome to UFA stadium。ただいまより千葉ロッテマリーンズ対神戸ハロプロズの
Today's Starting Line upならびにアンパイアの紹介をいたします」
球団は変わってもここのアナウンスは変わらなかった。一時はウグイス嬢のときもあったが
この球場にウグイス嬢は気持ち悪いとの声が上がり、2001年からナビゲータを勤めていた
谷口さんが3年前に復帰したのだ。
谷口さんはビジターチームの紹介を淡々としていく。
千葉ロッテ
1 左 大塚
2 中 井上純
3 一 福浦
4 指 フェルナンデス
5 二 堀
6 右 喜多
7 捕 里崎
8 三 今江
9 遊 小坂
P 清水直
※時系列は意識しておりません
- 11 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:23
- 「続いては神戸ハロプロズのToday's Starting Line Up」
「Leading Off and play fieldng at In Right Fielder
No.2 NOZOMI TSUJI」
1番 ライト 辻希美 背番号2 右投左打
強肩強打のリードオフマン。今年は盗塁王のタイトルを狙う。
昨年度成績
.294 16本 42打点 24盗塁
「Batting 2nd and play fieldng at Shortstop
No.8 MARI YAGUCHI」
2番 ショート 矢口真里 背番号8 右投右打
攻守の遊撃手。しぶとい打撃が持ち味。
昨年度成績
.276 2本 24打点
「Batting 3rd and play fieldng at In Left Fielder
No.6 KAORI IIDA」
3番 レフト 飯田圭織 背番号6 右投右打
昨年自身初のホームラン30本越え。今年は加えて100打点も目指す。
昨年度成績
.274 32本 87打点
- 12 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:23
- 「Clean Up the post and play fieldng at First Base
No.31 YUKO NAKAZAWA」
4番 ファースト 中澤裕子 背番号31 右投右打
ハロプロズ現役最年長だが今年も健在。今年は3割キープを目標に。
昨年度成績
.298 21本 71打点
「Batting 5th Designated Hitter
No.44 HITOMI YOSIZAWA」
5番 DH 吉澤ひとみ 背番号44 右投右打
三振かホームランかの打撃スタイルがファンを惹きつける。
昨年度成績
.268 41本 95打点
「Batting 6th and play fieldng at Second Base
No.3 MIKI FUJIMOTO」
6番 セカンド 藤本美貴 背番号3 右投右打
ルーキーながらレギュラーポジションを手に入れた期待の内野手。
昨年度成績
--- --本 --打点
- 13 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:24
- 「Batting 7th and play fieldng at Third Base
No.9 AI KAGO」
7番 サード 加護亜依 背番号9 右投右打
昨年チームで唯一3割を記録した。昨年のリーグエラー王の汚名を拭えるか。
昨年度成績
.308 1本 35打点 失策31
「Batting 8th and play fieldng at Catch
No.22 KEI YASUDA」
8番 キャッチャー 保田圭 背番号22 右投右打
冴え渡るリード、うなる強肩。打撃ではチームに貢献できないけれど若手投手陣を今年も引っ張る。
昨年度成績
.228 1本 8打点
「Batting 9th and play fieldng at In Center Fielder
No.1 AI TAKAHASHI」
9番 センター 高橋愛 背番号1 右投左打
飯田、辻とともにリーグ1の鉄壁外野陣を構成する。オープン戦も好調で今年は飛躍の予感。
昨年度成績
.259 8本 21打点
- 14 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:24
- 「Today's Starting Pitch
No.42 AYA MATSUURA」
松浦亜弥 背番号42 右投左打
2年前の開幕戦の大怪我から今日1軍復帰登板。背番号も42に改め心機一転。
昨年度成績
--勝--敗--S 防御率----
神戸
1 右 辻
2 遊 矢口
3 左 飯田
4 一 中澤
5 指 吉澤
6 二 藤本
7 三 加護
8 捕 保田
9 中 高橋
P 松浦
- 15 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:25
- 「Playing manager No.31 YUKO NAKAZWA」
中澤裕子 背番号31
選手との兼業だが昨年はチームを3位に導く。打って走って守れる監督。
今年は悲願の優勝を目指す。
開幕セレモニーも終わり、守備位置に散るハロプロズナイン。
ファーストベースに立つのは・・・・・・
〜第2話 4番、ファースト、監督中澤裕子〜
プロ野球チームの監督。一度は夢見るこの職業。
一見華やかそうに見えるが所詮は暫定政権。
チームが成績が良ければ褒め称えられ、悪ければこれほどかというほど叩かれ
最悪の場合はもう2度とプロ野球界には帰ってこれなくなる事だってある。
日本プロ野球12チーム。これまで幾人もの監督がこの地位に就いたが
名監督と呼ばれたのはほんの一握り。選手と監督を兼業したのは
両手、いや片手で足りる人数だけなのかもしれない。
- 16 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:25
- 高度なデータ野球全盛のこの時代、監督の役割も大きくなって行っているが、
時代の流れに逆らうかのごとく選手兼監督として君臨する1人の女がいた。
神戸ハロプロズ監督、中澤裕子。
今からさかのぼる事2年前のシーズン終了後、それは突然の出来事だった。
ある日スポーツ紙面をにぎわせた記事。
『寺田監督辞任、後任は主力選手の中澤裕子が兼任』
その記事が出る前日・・・
Trrrrr Trrrrrr
「朝っぱらから何やねん。もうちょい寝かせてぇな。睡眠をしっかり取らんとこの美貌が保てへんやん。
居留守でも使お。どうせ何かの勧誘やろ」
中澤は電話をそのまま放置した。
(どうせ留守やと思ってあきらめるやろ)
- 17 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:26
- Trrrrr Trrrrr
電話は鳴り止まない。業を煮やした中澤は不機嫌そのもので電話に出た。
「もしもし、中澤ですけど」
いかにもだるそうな声で応対する中澤。しかし
「おはようございます。えっ?今すぐ来い?事務所へ?はい、わかりました。
すぐに行きます。・・・・・・わかりました。では後ほど・・・・はい、失礼します」
球団からの電話だった。珍しい。何やろう?
「まさか!!!」
真っ先に脳裏に浮かんだのは戦力外通告。私は今年は3割やしホームランは32本打ったんやから
こんな美貌と実力を兼ね備えたスーパープレーヤーをまさか戦力外にはしないやろうし・・・。
トレードか。いくら実力があっても主力選手がトレードで放出されることはこの世界には良くある事やし。
うちは給料上げろとはあんまり言わんかったし、首脳陣にはたて突いてもないし。うちを放出してまで取りたい
奴は球界にはおらんと思うし。
わからへん。とりあえずは事務所へ行ってみる事やな。
事務所へ向かう道中、中澤は浮かない表情だった。
契約更改以外にはあんまり行く事のない球団事務所へ理由もわからず行くのだから.
- 18 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:26
- 神戸市内の球団事務所に到着した。受付の石井さんに挨拶して
行くべき場所を聞いた。そして球団幹部達の待つ応接室へ・・・
応接室のドアの前に立った中澤は一息ついた。
トントン
「失礼します」
中にいたのは球団オーナー、球団社長、そして寺田監督だった。
「まぁ、座りたまえ」
ソファーの上にちょこんと座った中澤。
中澤に向かってオーナーがしゃべった。
- 19 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:27
- 「本題に入るが、本日を持って寺田監督は退任となった」
「えっ?」
オーナー言葉に対して中澤はただびっくりした。
(前置きぐらいせぇや。急に呼んで二言目がそれかよ)
急に呼ばれて何の前置きもなく監督の退任を聞かされた中澤にとったら
「びっくり」以外の感情は浮かばなかった。
そんな中澤の気持ちを知る事のないオーナーは話を続けた。
「後任監督のことだが」
(そやそや、やっぱ気になるわ。うちのようなチームにつんく、いやっ寺田監督以外に
だれが監督するんやろ?)
「君にやってもらおうと思う」
(そうか、うちが監督をやるねんな)
(・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・)
- 20 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:27
- 「え─────っ!!??」
事を理解した中澤は慌てふためいた。
「そんなん、まだうちは選手でいたいし、監督なんて無理無理」
突然の事態に中澤の思考回路は一旦停止した。
オーナーの言葉に、先ほどの寺田監督の退任の話が吹っ飛んでしまうような衝撃を受けた。
「話を最後まで聞きたまえ。中澤君」
オーナーはこう言って苦言を呈した。
「すいませんでした。ちょっとあまりに突然の事やったんで」
オーナーの言葉に少しばかり冷静さを取り戻した中澤。
しかし、内心はまだ焦りで一杯だった。
「寺田君説明したまえ」
オーナーに言われ今まで黙っていた寺田監督、みんなには「つんく」さんと呼ばれている
男がすっと立ち上がった。
「急にすまんかったな。こんな話持ち出して。今から説明するからよう聞いてな」
つんくさんが言っていたのは以下のようなことだった。
・つんくさんは人事、現場を指揮する全権監督であったが今後GM(ゼネラルマネージャー)として
人材確保 の方に専念する。
・人事と現場を分離に伴いうちは現場での監督。プレイングマネージャーと呼ばれるものに就任。
・うちは選手を辞めなくていい。いわゆる選手と監督の兼業。
・契約内容の主なものは3年で優勝争いをするチームにすること。
あと選手だけではなく監督での給料が別に入る。
- 21 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:28
- すまんの、中澤。やっぱ俺はプレイングマネージャーは向いてへんと思ったんや」
つんくはこの年の開幕戦の事を語った。松浦のことだった。
あの時、すでに球数は120超えていたから7回頭からピッチャーを変えるべきだったこと。
あの時、「行きます。このクリーンアップだけは打ち取ります」と松浦が言ったのを信じて
7回のマウンドに送り出してしまった事。そして野球生命の危機に陥り来年の復帰も危うく
なったこと。すべてを後悔していた。
「非情になるときは非情にならなあかん。俺にはそれが出来ひんかった。
だから1人の野球選手を潰してしまった。お前は俺より勝負師や今年の
シーズンのプレーを見とったら わかる。それに、 チームのみんなからも
信頼されている。だから俺はお前が監督するのがベストやと思ったんや。
あいつらも育ってきたし俺は現場のほうから手を引かせてもらう。
それにな俺は選手発掘するほうがええしな。」
寺田前監督の言葉を聞いた中澤は答えはもう決めていた。
「オーナー、それと社長。この話、引き受けさせていただきます」
ここに中澤裕子監督が誕生した。
- 22 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:28
- 翌年、ハロプロズは優勝争いをするも終盤に息切れし3位に終わった。
だが、中澤は手ごたえを感じていた。つんくさんが監督を辞めるときに言った
あいつらは育ってきとると言われた4年目の石川、吉澤、辻、加護。
2年目の高橋。今はファームにいるが小川、紺野、新垣も順調に育ってきてるらしい。
それと、松浦が夏にファームで復帰して3勝した。来年には帰ってこれるだろう。
来年は優勝を十分狙える位置にある。
監督の私がやる事をやれば、選手もやってくれるだろう。
今年の2月1日。キャンプインのときに大きく言った。
「今年は優勝を狙う。今年は目先の1勝に全力を出して行きたい。
健闘なんて言葉はいらん。うちらはトップを目指すんや、トップになるんや」
- 23 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:29
- そして今日・・・
投球練習も終わり、キャッチャーが2塁へ送球する。送球を受け取ったセカンドから
ボールはサード、ショート、再びセカンド、そしてファーストの中澤のところへ送球がきた。
いつもならそのまま投手へ投げ返すが、今日はボールを持ってそのままマウンドへ走って行った。
「久しぶりやな」
「はい」
「緊張しとるか」
「してますね」
「うちもや。たぶん他の奴らもしとるわ。もちろん相手もな」
「えーっ!?中澤さんでも緊張するんですか!?」
「なんや、うちが何か別人種みたいな言い方やん」
「すいません」
「松浦」
「はい?」
「監督としての支持は1つだけや」
「何ですか?」
中澤は松浦にボールを手渡した。
「うちをしびれさす投球をしてくれ」
ボールを受け取った松浦は大きく頷いた
- 24 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:29
- 時をさかのぼることキャンプ中、休憩していた松浦と話をした事がある。
「どうや1軍のキャンプは」
中澤は、投球練習を終えブルペンの横で休憩していた松浦に話しかけた。
「今年は何かみんなの目の色が違うって言うか、やっぱり優勝ってものが
現実に見えてるからですかね。私が実働してたときは最下位でしたからね」
笑いながら答える松浦。
「そやそや、あのときは石川あたりの奴らが全然物にならんかったからな。
なっちとごっちんとあんたで36勝したのにあかんかったな。今、思うても
不思議やわ。あん時に比べたらカオリは荒さがなくなったし、吉澤・辻・加護は
ボコボコ打つようになったけどな。 守備は相変わらず3人ともお粗末やけどな。
少しは矢口や圭ちゃんを見習って欲しいけどな。おっと、すまんすまん。
ついつい監督としての愚痴が出てもうたわ」
苦笑いする中澤。
「監督業楽しそうですね」
松浦は聞き返した。
- 25 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:30
- 「楽しいと言うてられるかい。でもな勝ったらやっぱうれしいねん。
今、野球楽しいか?」
中澤は質問してみた。
「楽しいですよ。やっぱり私は野球バカなんですかね」
「この世界におる奴みんな、野球バカやで」
二人とも笑った。中澤は聞いて見たい事があったので尋ねた。
「なあ、背番号17から42に変えたよな。何でなん?
17って結構いい番号やと思うけどな」
松浦は一瞬表情を曇らせたがいつもの表情に戻って言った。
- 26 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:30
- 「一度松浦亜弥は死んだんです。今いる松浦亜弥はゾンビみたいなものです。
42は死人っていう意味ですね。フォームもアンダーにまで変えたし。知ってますよね
アンダーは踏襲の終着駅ってこと。2軍では 通用したけど、この先もし1軍で
通用しなければ本当の死−この世界から去る事−を迎え ちゃいますからね。
42を背負ってると、『もう後がないぞ』て自分を奮い立たせることが出来るんですよ」
そう言った松浦はケロッとしている。
「そうか・・・。ヤバッ、バッティング練習の時間や。最初に打っとかな
後の奴らを見られんからな。松浦、あんまり無理すんなよ」
「わかってます」
中澤は立ち上がってグランドに向かって走り出した。
その目には涙があふれていた。止まらなかった。
(松浦は選手生命を賭けてやってるんや。選手だけに選手生命を賭けさせるわけには
いかん。うちも選手生命を賭ける)
その夜、宿舎の前では素振りをする音が一晩中鳴り響いていた。
- 27 名前:3割君 投稿日:2003/10/11(土) 21:30
- マウンドに立った松浦。球審の手が上がった。
「さぁ来いや。うちんとこにきた球は顔面にぶつけてでも止めたるからな」
監督中澤裕子は今日もファーストベースを守り続ける。
〜第2話 4番、ファースト、監督中澤裕子 終〜
- 28 名前:閑話休題 投稿日:2003/10/11(土) 21:35
- 第1話、2話を書いてみました。
形としては1話ずつ誰かにスポットライト浴びせ、過去から
現在へと流れていく物語になります。
構想は一応出来てるんですが、書く時間があるかどうかの問題です。
選手の背番号については
1.名前に由来するか。
2.物語上
3.適当
1,2,3の順に優先順位を付けて決めました。
- 29 名前:閑話休題 投稿日:2003/10/11(土) 21:42
- ()内は背番号
辻、矢口、吉澤、藤本についてはわかると思います。
飯田(6)
三番でレフトだから、阪神金本と同じにした。
中澤(31)
書き終わる頃には31歳になってそうだから。
加護(9)
アルファベットのIが9番目だから。
保田(22)
圭を分解すると十、一、十、一となって全部足したら22だから。
高橋(1)
アルファベットのIはローマ数字で1番だから。
松浦(42)
本編どおりです。
- 30 名前:閑話休題 投稿日:2003/10/11(土) 21:47
- あと登場してない人で名前で確定した背番号
(ポジション等はのちの本編で)
安倍(7)
石川(14)
道重(33)
田中(0)
新垣(21)
以上モーニング娘。
後藤(5)
市井(11)
以上ソロ
斉藤(13)
柴田(4)
以上メロン記念日
- 31 名前:リエット 投稿日:2003/10/12(日) 06:02
- 更新お疲れ様です!
野球の話を最近見なかったので期待しています!
これからも一人一人のエピソードが語られていくのかな。
- 32 名前:たか 投稿日:2003/10/14(火) 10:20
- かなりいいじゃないですか。
かなり面白い。
- 33 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 22:56
- 試合は6回表。
ハロプロズは何度かチャンスを作るが清水直に踏ん張られ無得点。
松浦にいたっては被安打1、無四球、三振8個の快投を続けていたが、
この回フォアボールと松浦のフィルダースチョイス、そして送りバントで
1アウト2、3塁。マリーンズ先制のチャンス。大塚を打ち取り2アウト。
「さてと、こっからが難しいんだよな」
背番号22、保田圭は笑っていた。
〜第3話 マスク越しに見る世界〜
キャッチャー。
投手の次にボールを長く持つポジションだ。野手が9人いるが、
1人だけ他の8人と違いバックスクリーン方向を向く。そしてただ1人
鎧とも見てとれる防具に身を包み、時にはボールと時には走者と激闘する。
外国人選手とクロスプレーにもなったらもうたまらない。危険な職業だ。
- 34 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 22:57
- 保田圭
球界を代表するまでになったキャッチャー保田圭。
リードは極めてオーソドックスだ。アウトローを中心に組み立て
決め球をストライクからボールになるところに投げさせて相手を打ち取る。
時には大胆に攻める事もあるがこの基本スタイルは変わらない。
そんなキャッチャー保田の原点は3年前のある出来事にあった。
ベースボールマガジン春季号のキャッチャー特集で語っている。
「私には恩師がいました。私を一人前にしてくれた人です。
私はその恩師の現役生活を自分の手で終わらせてしまいました。
もう2度とあんなことは起こさせないと自分で決意しました。
それからですね、配給の勉強をもっとするようになったのは」
時をさかのぼる事3年前
9回2アウト、最後のバッターが打ち上げた。落下点に入ったレフトががっちりと
ボールをつかむと、それを見届け私はピッチャーの元へ向かった。
「おめでとうございます」
9回を抑えて完投勝ちした稲葉さんの元に駆け寄った。
稲葉さんは他のナインとハイタッチしベンチに戻った後、私のの両頬をつねった。
- 35 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 22:58
- 「はひふるんれふか(何するんですか)」
「何するんですかじゃないやろ。3点差でリードの6回2アウトランナーなし、
バッターカブレラ。 初球は何から入った?」
いつも反省を求めるとき、稲葉さんは両頬をつねってくる。
6回2アウトのカブレラの打席か。覚えてる覚えてる。
「前の打席、アウトコースへ逃げるスライダーで打ち取ったから、それが頭に入ってると
思ったからインハイのストレートで入りました」
「で結果は?んで反省は?」
「力で持っていかれて左中間を破る2ベースでした。インハイの球ですが
カブレラじゃなければ打ち取れてるか空振りを取れてましたよ」
考え込む稲葉さん。今日はまだあっさりしているな。まぁ、2失点完投だから
そりゃ機嫌はいいよね。もし負け試合だったら怒鳴られるどころでは済まない事もある。
まあ、私は最近はましなリードをするようになったからか最近はあまり怒ってこない。
逆に謝られることもあった。『あの配給は良かったけど私が失投してしまった、ごめん。』
という風に。稲葉さんは口を開いて言った。
- 36 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 22:58
- 「それは、ベターなリードや。ベターはベターでしかあらへん。
そこん所よう考えてみ。うち、ヒーローインタビューあるから今日は
これぐらいにしとったろ」
お立ち台へ走っていく稲葉さん。
相変わらず稲葉さんは厳しい。私が1軍に上がったときから、投げるときはキャッチャーに私を指名して
投げていた。イニングを終わるたびに自分の休息時間を犠牲にしてまで、私に自分の配球理論と
イニングの反省などをやった。最初の頃は、たくさん怒られたりもした。それに対して言い返す
こともあったけど。
「あの場面で何で高目のストレートやねん。あいつはハイボールヒッターやろ!!」
「普通のバッターは好きな所の近くに、不得意な所があるんですよ。私が要求したのはそこです」
「3点差以上ならそれでええけどな、今1点差やで。同点本塁打なんか打たれたらどないする
つもりやったんや」
保田はたいてい稲葉に丸め込まれた。
当然だ。稲葉は間違ってることは言ってない。まあ、正しいとも言えないこともあるが。
保田は今ならば稲葉さんの言ってる事がわかる。だいぶリードと言うのもわかってきたし、
それにつれて私がマスクをかぶる試合も増えた。常々稲葉さんが私に言っていた事を思い出した。
- 37 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 22:59
- 「キャッチャーのリードの基本はアウトコース低目や。そこに変化球でも投げときゃ
悪くてもおっつけられて内野の頭を越えるヒットやゴロで抜けるヒットにしかならん。
リードは投手を信用しすぎてもしなさすぎてもあかん。バッターの弱点ばかり突くリードや
ピッチャーの持ち味を生かそうとするばかりでもあかん。殺してもあかんけどな。
要はバランスや。これがないとええキャッチャーにはなられへんで」
頑張ります、稲葉さん。私、いいキャッチャーになって投げる事に集中してもらいますから。
3ヵ月後
シーズンも終盤に差し掛かった。今年は、最下位街道驀進中だった。
その中でもルーキー松浦、エース後藤、そして安倍がそれぞれ10勝以上した。
稲葉さんも7勝という今のこのチームにおいてはまずまずの成績だった。
でもこの4人以外は全然勝てなかった。
迎えたホークス戦。
ホークスは優勝へのマジックは2と優勝へのカウントダウンを始めていた。
福岡で行われる3連戦の1,2戦は安倍、後藤の頑張りで2連勝をした。
そして3戦目、先発のマウンドに立つのは稲葉。
7回まで無失点の好投を見せた。対するハロプロズは相変わらずの貧打線。
そうこうしてる内に稲葉が8回突如崩れ2アウト満塁の大ピンチを迎えていた。
バッターは2番川崎。ここで抑えないと井口、小久保、松中、城島、バルデスとまわり致命的になる。
ベンチの判断は続投だった。当然だ。この場面で任せられるピッチャーがいないのだ。
- 38 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 22:59
- 球場全体が川崎コールで包まれる中。
1球目、川崎の抜群なバットコントロールでレフトへ流されるのを恐れた私が
出したサインはインハイのストレート。稲葉さんはサインに首を振った。
稲葉さんは決して私が出したサインには首を振らなかった。このとき初めて
私が出したサインに首を振った。私はもう1度、同じサインを出した稲葉さんは
もう1度首を振るかと思ったが頷いた。
満塁だったので稲葉さんは振りかぶった。
ワインドアップモーションから投げられた球は私の構え通りにきた。
川崎は振りに行った。
(当たってもポップフライだ)
川崎が打った打球はライトへ上がった。
(打ち取った)
私はそう信じた。だがライトは打球を追うのを辞めない。
ライトの歩が止まった。打球はライトスタンド最前列に飛び込んだ。
- 39 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:00
- 満塁ホームラン。予期せぬ出来事にホークスベンチ、ホークスファンは大喜び。
逆にハロプロズナインは呆然としていた。稲葉さんも、そして私も。
(稲葉さん・・・)
稲葉さんは座り込んだまま立ち上がらない。
寺田監督とコーチが出てきた。ピッチャー交代だ。
稲葉さんはすっと立ち上がりあっさりとベンチへと下がって行った。
その後登板したピッチャーが後続を打ち取り、そして9回の攻撃を
3人で片付けられハロプロズは敗戦した。
翌日、ホークスは優勝しその翌日稲葉が引退を発表した。
スポーツ紙よりコメント一部抜粋
「長年、ブルーウェーブ、ハロプロズの選手としてやって来ましたが、先日ホークスの
川崎君にインハイのストレートをライトスタンドまで運ばれました。そのとき、
限界だと感じまして引退を決意し、今日の発表となりました。今まで応援してくれた
ファンの皆さん本当にありがとうございました」
- 40 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:01
- 稲葉貴子引退試合当日
UFAスタジアムには最後の勇姿を一目見ようと3万5千人のファンが集まった。
保田は心に決めていた。今日は稲葉さんに最高のピッチングをしてもらおう。
試合は驚くべきペースで進んだ。稲葉は快投を演じた。
稲葉は何と相手を1安打に抑え完封勝利をしてしまった。
ファンは、「なぜ引退なんだ。まだいけるんじゃないか」と思った。
そして引退の挨拶。
「ファンの皆さん。私は長年このチームで投げさせていただき、幾多の思い出を
作らせてもらいました。これもファンの皆さんの応援あってこそだと思っています。
今日で私は引退しますが、稲葉貴子の魂は1人の選手に渡しました。
保田、今日のリード良かったよ。楽しく投げさせてもらったよ。ありがとう。
保田がこのチームにいる限りは私の魂はこのチームにあります。
ファンの皆さん今後ともこのハロプロズをよろしくお願いします」
保田は、涙が止まらなかった。稲葉さんは監督から花束をもらい場内を1周した。
スタンドから稲葉コールが起こっていた。
- 41 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:01
- それから2時間後、誰もいないUFAスタジアム。
グラウンドにいるのは私と稲葉さんの二人だけ。
「稲葉さん。引退を決めたのって、あの時インハイのストレートを要求した私のリードミスですか?」
私は率直に聞いてみた。
私はそのとき「そうだよ」と言って欲しかったのかもしれない。
稲葉さんはすぐにその質問に答えた。
「あのリードは間違えてはいなかった。後藤、安倍、松浦ぐらいの
ストレートの持ち主だったら間違いなくファーストフライか空振りだったな。
それを私はライトスタンドまで運ばれた。それは私の球威がなかったただそれだけ」
稲葉さんの顔はすっきりしていた。何か肩の荷が下りたように。
稲葉さんはこっちを向いて言った。
「私の仕事は終わったよ。あんたを1人前にするのはね」
「えっ?」
保田は聞き返した。いきなり何を言い出すんだ、と思った。
- 42 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:03
- 「つんくさんに言われてたんだよ。去年の春の時点でオリックスの身売りは決まって
たんだよ。 今年から監督するつんくさんが保田を一人前にしてくれへんかって
言うてた。最初は断ったよ。 自分の事で精一杯やったし、それにピッチャーやし。
でもあのおっさんに乗せられた。人を育てるんは楽しいでって。それからは前の監督に
無理言うて、あんたを女房役に指名したんや。最初の頃は負けてもあんたのせいに出来たよ。
段々とあんたが成長していくうちに、負けてもいいわけ出来んようになって行ったけどな」
稲葉さんは笑いながら言った。私は黙って聞いていた。稲葉さんは再び話を続けた。
「正直あんたは今シーズンの最初には一人前になったと思ったよ。でもな、私はあんたを一流に
したろって思ったんや。一流になるにはちょっと足らんとこがある。あんたは後藤達のような
実力ある選手はうまい事出来る。でもな、下から上がってきた子やこれから伸びるような子には
まだまだや。よう勝たせてやれん。後藤たちはな、あんたがそれほど考えんでも普通に勝っていくわ。
問題はそのほかのピッチャーや。このピッチャー達をあんたがどう生かすかや。そうすれば
優勝だって遠くはないわ」
一言一言に重みがあった。
「私は来年から1軍の投手コーチやってさ。あんたの事にはかまってられへんからな。
しっかりせぇよ。意味もなくピッチャーを負けさせたりしたら怒るからな」
私は泣いていた。
- 43 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:03
- 「泣くな。泣くのは早い。優勝したときに泣け。
私からはこれが最後の言葉や。」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた。稲葉さんは引き上げて行った。
私は稲葉さんが見えなくなっても私は頭を上げなかった。
バッターは井上純、次は福浦か。1球目アウトローへのストレート。
松浦は頷いて、セットポジションの構えから構えたところへ投げ込んだ。
「ストライク」
球審の声が響く。
オーケー、ここへ投げ込んでおけば打てないだろう。
アンダースローで低めに速球を投げられる松浦も対したもんだ。
- 44 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:04
- 守備位置を確認した。内野は前進、外野も前進。
ここは詰まらせるのか、三振が一番のようだ。
2球目もさっきと同じところ、アウトローへのストレート。
松浦は頷き、セットポジションから構えたところと寸分も狂わず
投げ込んできた。
「ストライク」
さあ追い込んだぞ。どうするか、1球遊ぶか決めに行くか。
よし、この球だ。保田の出したサインに、松浦は頷きセットポジションに構えた。
ランナーに目をやり、足を上げ。力いっぱい投げ込んだ。
バシッ
保田は球を受けた瞬間、腰を上げベンチに歩き出した。
「ストラックアウト」
三球三振。インコース低めぎりぎりいっぱい。松浦はこの回を無失点に押さえ込んだ。
ベンチに残っていた選手は全員立ち上がって松浦を出迎えた。
保田はそのまま防具をはずし、打席へと向かった。
- 45 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:04
- 稲葉が引退した翌年、後藤はメジャーへ行ってしまい、松浦は大怪我。
誰もがハロプロズの2年連続の最下位を予想した。
だが保田の好リードに引っ張られ今まで戦力として考えられなかったピッチャーが
後半に入ると勝ち星を挙げ、何とか4位につけた。
後半戦だけの成績はリーグ2位とかなりの健闘だった。
その翌年はさらに順位をひとつ上げついにAクラス入りを果たした。
しかし順風満帆とは行かなかった。同じポジションの2年目小川が突如の打撃開眼。
シーズン後半はスタメンマスクを奪われる機会もあった。
保田は考えた。インサイドワーク、肩、リードなら負けない。
でも打撃では小川と勝負できない。自分も打撃に関して成長しなければ
スタメンマスクを奪われる。レギュラーポジションを取ってから初めて危機感に襲われた。
保田は若手中心の秋季キャンプも参加し打撃向上を目指した。
監督の裕ちゃんにも打撃理論を聞いた。バットを毎日振り続けた。
バットを振らなかった日はない。手にできた豆が何回もつぶれた。
それでも振り続けたのはスタメンキャッチャーへの執念だった。
- 46 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:05
- 自分でも驚くぐらいの執念だった。自分はこんなにもレギュラーポジションに
執着心が遭ったとは思わなかった。まあ、この世界で食っていくためにはこれぐらいの
執着心は必要だろう。
オープン戦。練習の成果はあまり現れず去年の打撃成績よりちょっといいぐらいだった。
だが、確実に強い打球を打つ回数は増えて行っているし手ごたえを感じていた。
小川もレギュラー獲りへアピールとなるホームラン4本の成績だった。
監督が開幕スタメン捕手に選んだのは保田だった。
理由は久しぶりに1軍で投げる松浦をリードするのは経験者のほうがいいという
監督中澤の判断だった。そのとき、保田は中澤に感謝した。
「裕ちゃんありがとう。松浦を先発にしてくれて。そして、私をキャッチャーにしてくれて」
保田は6回裏の先頭打者だ。
ピッチャーは清水直。去年までの私のデータはヒットゾーンは外より真ん中の高さ、
逆にデッドゾーンはインコース高目。よし、狙いだまはインハイのストレート。
- 47 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:07
- 清水は振りかぶって第1球目を投げた。
ボールは真ん中低めの変化球。バットが自然に出た。
カーン
打球はレフトに上がった。ストレート待っていたのに変化球を投げられた。
保田体制を崩されて早目に手を出してしまった。
「切れるな。巻け」
打球はレフト線を伸びていく。
(切れるな、切れるな)
ガーン
打球はレフトポールの上部に当たりグラウンドを転々としていた。
大歓声が起こり保田は走り始めた。
ハロプロズシーズン最初のホームランは何と昨年ホームラン1本の保田だった。
右手で小さくガッツポーズを作りベースをまわる。そしてホームベースを踏み
次打者の高橋とハイタッチをし、ベンチへと戻った。ベンチの前ではお祭り騒ぎ。
監督の裕ちゃんとタッチをし、他の選手と次々とタッチをして行った。
そして列の最後にいた松浦とタッチをしベンチに入った。
- 48 名前:3割君 投稿日:2003/10/17(金) 23:07
- そこには稲葉コーチがいた。
「今日、傘持ってきてないぞ。雨降ったらお前のせいやで」
こうは言ってるものの顔はとても嬉しそうだ。
「あと1回。松浦をよろしくな」
「はい」
稲葉さん、あなたの期待は裏切りません。見ててください。
この1点守りきりますから。
一方攻撃の方は先頭打者のホームラン以外はぴしゃりと抑えられ、6回の攻撃は終わった。
7回の守りに出るとき大きな声で言った。
「しっかり守っていくぞ!」
試合は保田のホームランによって動き出した。
〜第3話 マスク越しに見る世界 終〜
- 49 名前:たか 投稿日:2003/10/18(土) 09:59
- おおっ更新されてますね〜。この小説も僕は好きです。
この先もずっと見続けて行きたいと思ってます!
- 50 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:30
- 3塁手、そこはホットコーナーと呼ばれている。右打者が引っ張った強烈な打球が
来る事からその名前がついたのだが、そこに守る人間は昨年までこう呼ばれていた。
「エラー女王」
不名誉な呼び名を払拭するために今シーズンに挑んだ女。
背番号9 加護亜依
- 51 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:31
- 第4話 エラー王と呼ばれた女〜
打球がセカンドへ向かっていく。
打球はセカンドが差し出したグラブを弾き転々とする。
バックスクリーンには「E」ランプが灯った。
今シーズン28個目のエラーだ。
「またやってもうた」
このセリフを言ったのはもう何回目であろうか。
入団当初から天性の打撃センスを見せつけ2年連続で3割をマークした
背番号9番加護の弱点は守備であった。
しかし、加護がセカンドを守り始めたのはプロに入ってからだった。
入団当初、加護の守備位置はサードだった。しかし、そこには
ゴールデングラブ賞を獲得した事がある平家がいた。守りも良く、
チームバッティングができレギュラーを外れる要素がまったくなかった。
- 52 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:31
- そして、当時の寺田監督が出した結論。セカンドへのコンバートだった。
それは、加護が体験する地獄への入り口だった。
セカンドの練習を始めて気づいた事。それは縦横無尽に
駆け回らなければならないポジションだということ。
足の速くない加護にとっては結構きついものだった。
加えて本拠地UFAスタジアムは内野が天然芝なので走路の
アンツーカー(赤土)部分にくると急に打球が弾み厄介だった。
加護はいささか不安を覚えた。
不安は見事に適中した。
記録したエラーは1年目18個、2年目23個、3年目24個と
上達するどころかエラーの数が年を追うごとに増えて行っているのだ。
エラーをしたらだめだと大事に行くと体が緊張しエラーをする。
エラーをするからもっと大事に行こうとする。出口の見えない悪循環。
- 53 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:33
- 球場のファンから浴びせられる容赦ない野次。
「PLの奴に守らしたほうがよっぽどましやで」
「じゃかましい。うちも好きでエラーしとんのとちゃうんじゃ!」
(最低や。お客さんに暴言を吐くなんて・・・)
崩れてしまった自信。イライラから客にも当たってしまう始末。
もし、加護が打撃センスがなければ2軍に落とされて、
守備を鍛え直してきたであろう。しかし、加護は試合に
出続けるため根本的な解決策が打てなかった。
打率3割8厘。この数字を見れば誰だって一流選手だと思う。
しかし、誰もそんな数字に人は見向きもしなかった。
人は見たもの、それは失策31という数字だけだった。
そして、また加護をこう呼ぶ。「エラー王」
- 54 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:33
- 脱出のきっかけは意外な所からやってきた。シーズンオフ、サードの平家が
突然の戦力外通告でチームを去った。理由はここ3年間の成績不振。
この世界の恐ろしさが改めてわかる。しかし、加護にとっては大きなチャンス。
ポジションが空いた。このチャンスをどうにか生かさないと一生『エラー王』と
呼ばれる。加護は三塁手用のグラブを新調した。
そして今年の春キャンプ。恒例の声出しの時に宣言した。
「今年はサードのポジションを狙います」
空きポジションだったサードのレギュラー獲得競争はし烈だった。
俊足が持ち味のルーキー亀井、攻守の新垣が名乗りを上げた。
加護は動じなかった。サードの守備はセカンドに比べて難しくはない。
打球を体の前に落とせばアウトにはできる。ただ、右打者が思い切り
引っ張ってくる打球を恐れないで守る事ができるか、ただそれだけだった。
紅白戦、オープン戦を使って3人はテストされた。
- 55 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:34
- 開幕2日前。監督から開幕オーダーが発表された。
「7番サード・・・・・・加護」
そのとき加護は小さくガッツポーズをした。
プロ入りして今年で5年目加護はやっと本来の守備位置に戻る事ができた。
「加護、あくまでも開幕戦のスタメンやからな。成績が残されんなら亀井、新垣に
いつでも変えるで」
監督の中澤にはこう釘を刺された。
加護の心の中に秘めた思い。
(このポジションは誰にも渡さへん)
- 56 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:34
- レフトスタンドから鳴り響くドラムコール。相変わらずロッテファンは熱狂的だ。
試合はラッキーセブン。松浦も段々と疲れが見えてきた。この回先頭の福浦に
ツーベースヒットを打たれた。インコースを攻めたストレートがシュート回転し真ん中
に入ったところを右中間を破られた。ハロプロズベンチは動かない。松浦は続投。
4番をフェルナンデスを打ち取りワンアウトとなったが、ランナーはサードへ進んだ。
バッターはチャンスに強い5番堀。絶体絶命の大ピンチ。
松浦はセットポジションに構え、1球目を投げた。
堀が振りぬいた打球は1塁線を襲った。
「ファールボール」
わずかに打球はファールゾーンへ切れた。
どよめく観客、色めき立つレフトスタンド。
この1球1球が勝負だった。
- 57 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:34
- 松浦は再びセットポジションに構えた。
保田のサインはアウトローへのカーブ。
ランナーにチラッと目をやった。足を上げ2球目を投げた。
「しまった」
投球は何とど真ん中。打ち損じてくれと思った。
だが、堀はこんな絶好球を見逃すわけがない。
カーン
引っ張り込んだ強烈なライナーが3塁線に飛んでいく。
(やられた)
松浦はそう思った。松浦だけではないハロプロズナインも。
- 58 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:35
- バシッ
前進守備をしていた加護がダイビングしながら打球を捕った。と言うよりは
グラブの中にねじ込んだ。そして倒れこんだ姿勢のまま匍匐前進のように
前へ進みベースにタッチした。
「アウト」
ランナー福浦は戻れなかった。
(うわーっ、かっこ悪。もっと颯爽と取れば良かったかな)
ショートの矢口がやってきて、
「ナイスプレー」
と言って手を差し出した。
その手を取り加護は立ち上がった。
「どういたしまして」
加護はベンチに向かって駆け出した。マウンドには松浦がまだいた。
加護は何も言わず手を出してハイタッチした。そしてそのまま、ベンチへ帰った。
松浦はその後ゆっくりとベンチに向かって歩き出した。
帽子を取って右手を上げた。すると球場全体から大歓声と惜しみない拍手が送られた。
復活登板、被安打2、四死球1、三振8。見事な快投であった。
(今日だけやで。主役を譲るのは)
- 59 名前:3割君 投稿日:2003/10/26(日) 13:35
- 今日ばかりは主役になれない事は百も承知だ。
でも主役を助ける助演女優にはなれたと自分では思う。主役はこれからのシーズンで
何度もなってやるわ。
今日のこのワンプレーで人は彼女の事を『エラー王』と呼ばなくなった。
人は単純なものだ。エラー王の印象よりも強い印象、復活登板松浦の大ピンチを
救った超ファインプレー。これが見事なまでにエラー王の印象を拭い去った。
そしてこれから先も彼女はエラー王と呼ばれる事はなかった。
試合は1対0.最初得点差が続く。
〜第4話 エラー王と呼ばれた女 終〜
- 60 名前:壱ダイエーファン 投稿日:2003/10/27(月) 22:51
- ダイエー日本一!!!!
おめでとう!!!!!!!
- 61 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:05
- 道重さゆみ 背番号33 左投左打
ルーキーながらクローザーに指名された期待の星。この左腕が今シーズンの
ハロプロズの鍵を握る。
昨年度成績
--.-- --勝--敗--S
田中れいな 背番号0 右投右打
道重と同じくルーキーながら開幕1軍を果たした。強気な投球は
1軍に通用するのか。
(今回はチョイ役以下です。今後、話は持ってきます)
昨年度成績
--.-- --勝--敗--S
UFAスタジアムのブルペン。
ここは、グラウンドから見える位置にある。
近年ブルペンがスタンドの下にある球場が多く、グラウンドから見えるブルペンは
ここUFAスタジアム、西武ドーム、神宮球場ぐらいだ。
グラウンドのプレー、観客の興奮が直に伝わってくるこの雰囲気は、
リリーフ登板のピッチャーが登板する際の心の準備をさせやすくする。
そして、各チーム2人ずつが投げられるブルペンで投げ込んでいる投手が1人。
クローザーの道重さゆみだった。
- 62 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:05
- 〜第5話 若き守護神〜
ボールが転々と外野を転がる。歓喜の輪ができヒーローは祝福される。
それを尻目に呆然と空を仰いでいる者。打たれた投手だった。
勝者と敗者を隔てる壁はとてつもなく大きかった。
背番号1の道重さゆみは、しばらく経ってから大きく息を吐いて整列に向かった。
足が重いのか、足どりはゆっくりだった。
全国高等学校選手権山口大会決勝。甲子園行きを賭けた子の試合は、
延長14回の末、宇部商業はサヨナラ勝ちを収め甲子園行きの切符を手に入れた。
対する市立下関の道重。延べ投球数187球、被安打6本、四死球4個、失点は1。
1−0の白熱した試合であった。誰も道重を責める事は出来ないだろう。
今日のピッチング内容では。
閉会式が試合後行われていた。宇部商キャプテンに優勝旗が渡され、その後笑顔で
金メダルを受け取るナイン。悔しさを顔に滲ませながら銀メダルを受け取る市立下関ナイン。
山口県1位と2位の違いは、天と地のごとく大きい事をそれは物語っていた。
このときの道重には、悔しいなどという気持ちは全然無かった。
とにかく疲れた。早く横になりたい。そればかりを考えていた。
式の間中道重はずっと空を見ていた。
- 63 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:06
- 準々決勝からの3試合は大会日程が雨でずれ込み、4日で3試合というハードなスケジュール
であった。3試合をすべて完投し、1回戦から合わせると6試合をすべて完投した事になる。
1回戦から道重の踏ん張りによって薄氷の勝利を積み重ねてきた市立下関ナインは、最後の最後で
道重を援護する事ができなかった。
式が終わり、帰路へ向かう車の中で道重は子供のように眠り続けた。
車の中は葬式が行われたように静かだった。口を開こうと思うものなどいなかった。
翌日、道重は部室を訪れた。自分の荷物を整理するために。
部室に入って部屋の中を眺めて見た。壁に書かれた文字を見た。
「甲子園に行くぞ」
去年の夏、先輩達からチームを受け継いだときに書いたものだ。
去年は冗談のつもりで書いた。まさか甲子園に行けるとも思ってなかった。
新チームになって最初の秋の大会は県大会にすら行くことができなかった。
年が明け、春の大会でも地区大会で破れ県大会に行けなかった。
時はめぐり夏、市立下関は道重の粘投と固い守備で3回戦まで勝ちあがった。
同校創立以来の3回戦進出だった。山口で3回戦進出、それは県ベスト16を表す。
- 64 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:06
- ここからがつらい試合の連続。相手は1回ないし2回勝ち上がってきたチーム。
勝ち方を知っている。というよりかは、何をしたら負けるかをよく知っている。
「勝ちに不思議な勝ちあり。負けに不思議な負けなし」
3回戦、準々決勝、準決勝と1点差の苦しい内容だが勝ち上がった。
そして決勝、強豪宇部商業を最後まで苦しめた。最後はこの試合初の連打で
サヨナラ負けを喫した。道重は苦しい試合展開の中、決勝まで投げてきた。
ナインは誰も道重を責めなかった。逆に自分達を責めた。もっと援護できなかったのか、と。
道重は荷物をまとめ部室を出た。今日は野球部は練習していない。
明日から1つしたの学年が中心となって、秋の県大会を目指し練習にはげむ事だろう。
そして学校を後にした。
家への道中、ふと自分の進路を考えた。今から勉強して大学目指すと言っても今の成績は無理だ。
就職にしてもこの不況の中、学校に求人すら来ない。自分から野球を取ったら何になるだろう。
幼い頃から野球が好きで、毎日が野球を中心に回っていた。何か知らないけど大きな喪失感
みたいなものが道重の中に芽生えていた。これからどうしようか。
- 65 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:06
- 家への近くまで帰ってきたときふとひとつの公園が目に入ってきた。
(ここで、みんなと野球をやってたんだ)
道重は自分の原点を見た。道重の兄達がやっていた輪の中へよく入ってやったものだった。
公園では小学生ぐらいの子達が今野球をやっていた。アウトかセーフでもめたり、大きな
打球を打てば「すげえ」と言われる。なんら変わりはなかった。
道重はそれを見た後、いつもより快調に自転車を飛ばして帰った。
やっぱり私には野球しかない。決心した。何でもいいから野球をやっていたい。
翌日、顧問の先生の元へ向かった。野球で大学へ行く事ができないかと。
そして、グラウンドに着いたものの先生がいない。後輩に聞いて見ると、先生なら来てはいるんだけど
グラウンドに来ていない。
今日から新チームになって秋の大会を目指し頑張っていくのだろう。
道重は後輩達に「頑張れ」と言い残し職員室へ向かった。
- 66 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:07
- 職員室へ入った。先生は電話している。とりあえず電話が終わるまで中で待っていた。
他の先生達が口々に県大会の活躍の事で道重を褒めた。凄かった、ここまで勝ち上がったのは
初めてだ、と。先生は電話を終えた。それを見計らって先生に声を掛けた。
「先生、相談があるのですが」
「ちょうど良かった。道重ちょっと来い」
そう言われ、別室へ連れて行かれた。別室に入り、二人は椅子へ座った。
「このあと進路をどう考えている?」
先生が聞いてきた。自分が言おうとしていた話題で道重はびっくりしたが、
この際と言う事で話した。
「とりあえず、野球で行ける大学を探します。勉強の方で大学へ行けそうにないですから」
それを聞いた。先生は頷いた後、こう切り出した。
「さっき電話があった。道重、お前に興味があるって言ってきたところがある」
- 67 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:07
- 道重にとって出来れば、関東六大学とか九州共立大学とか東北福祉大とかプロへ
行きやすい所からお声がかかればうれしかった。
「それって、どこですか?」
「先生もびっくりしたよ。神戸、神戸ハロプロズ」
何を言っているのかわからなかった。そんな大学名あったっけ。
神戸はどんな大学があったっけ?カタカナの大学何って珍しいな。
そんなことを思っているうちに事態を呑み込んだ。
「え?それってまさか・・・」
「そのまさかだよ。今日、さっきハロプロズのほうから、『お宅の学校の道重さんは
大学進学を考えてるとか聞いてませんか』って聞いてきたんだよ。そんなこと聞いてなかったから
本人と今日か明日話します、と言って今日は切ったんだけどな。で、どうだ?どうする?」
先生はこう聞いてきた。どうするもこうするも道重にとって変わりはない。
プロに行けるなら行くに越した事はない。
- 68 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:08
- 「親とも相談しなければならないけど、もし取ってくれるのなら喜んで行きます」
そう伝えた。自分が言おうとした用事が消えてしまい、先生との話し合いはその後
10分ぐらいで終わった。
それからはとんとん拍子で話が進んだ。入団の意志を見せるとすぐに、
ドラフト4巡目で指名するということが伝えられ、そして11月私はドラフトで指名された。
この学校始まって以来の快挙だった。
1月、道重は合同自主トレがあるから一足先に卒業を認めてもらった。2月後半の式には
ちゃんと参加する。合同自主トレはキャンプに耐えられる体力づくりを中心に行われた。
2月キャンプイン。道重は何と1軍のキャンプに帯同する事になった。
今までテレビで見ていた人たちが身近で練習している。ブルペンで投げている時、隣には
安倍、その隣は松浦とそうそうたる面々が投げていた。刺激になった。
この二人はかなり練習をする。実力者の二人が猛練習していると他の人も猛練習する。
道重だってそうだ。この二人以上に練習をしないと普通に考えても実力差は縮まらない。
ハロプロズ投手コーチの稲葉の主な仕事は、練習しろとはっぱを掛ける事ではない。
安倍、松浦達にその辺でやめておけとストップを掛けることだった。
- 69 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:08
- 虎視眈々とチャンスを待つ道重。それはすぐに訪れた。クローザー不在で1人新たに
クローザーを抜擢したい。道重は迷わず立候補した。
誰も敗戦処理何かしたくない。やるからには一番目立つところ。
それはやっぱり抑えのエースだろう。先発は1週間に1回ぐらい。クローザーは勝ち試合の
ほとんどで登板する。
もともと、道重は普通な性格だった。だがこの世界に入ってしまったために変わった。
自分でも気づかなかった野心が芽生えさせ、そして育てた。
野球は楽しくやるものだ。だから勝つための猛練習は意味ない、そう主張する人はたくさんいる。
チームワークを良くしようと頑張る人も居る。だが、そんなものこの世界にはいらない。
勝つためにいろいろ考え鍛錬する。そしてその結果勝つことが楽しい事であるしそれが仕事だ。
チームワークは作る物ではない。ひとつの目的を共有した時に自然に作られるものだ。
プロ野球は、少なからず何かしらの才能を持ってこの世界に入ってきた者の集まり。
その中でも消え行く者、残る者、輝く者、輝かぬ者、それを隔てるものはメンタルの部分に
よるところが大きいのである。
- 70 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:09
- 道重はキャンプ途中元々得意だったスライダーに磨きを賭けた。スライダーでも種類を増やした。
元から投げていた普通のスライダーに加え、高速スライダーと縦に落ちるスライダーを
習得した。指が短くフォークボールが投げられなかった道重には、落ちるスライダーは武器と
なってくれるだろう。
その後オープン戦で好投をし、道重はクローザーという地位を手に入れた。
プロに入った事で満足してしまい、自分を磨くことを忘れた人間が消えていくこの世界で、
得意球に磨きを掛け、貪欲に上へと向かう姿勢がある道重がこの地位を手に入れたのは
必然だった。
- 71 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:09
- そして、開幕戦。8回裏、ピッチャーは松浦から同期の田中れいなに変わった。
田中は2アウトとしたが、8番今江にツーべースヒットを浴びた。そしてバッターは9番小坂。
指令が来た。出番だ。
「ハロプロズ。選手の交代をお知らせします。ピッチャー田中に変わりまして道重。
Hellopros Pitch No.33 SAYUMI MICHISHIGE」
不思議と緊張はしない。早くマウンドへ行きたくて仕方がない。
ブルペンのドアが開かれ、道重は走ってマウンドへ向かった。
マウンドには内野陣が集まっていた。その輪が解けると、道重は足場を慣らす。
稲葉コーチから
「とにかく落ち着いて行こう」
と言われた。8球の投球練習が終わり、試合が再開する。ロージンバックを
手に取り大きく息を吐く。セットポジションに構える。
小坂に対して第1球目を投げた。
ボコッ
鈍い音がして打球はショートへ上がった。ショートの矢口さんががっちりと取って
スリーアウトチェンジとなった。1球でピンチを切り抜けベンチへ戻って行く。
保田のサインは高速スライダー。道重は曲がりを小さくした。
ストレートと思って振って行った小坂のバットの芯をはずした。
予定通りだった。
- 72 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:10
- ハロプロズ打線は6回裏の保田のホームランから沈黙している。
8回裏も3人で片付けられ、道重は9回のマウンドへ行った。
9回のロッテの攻撃は1番からだ。最少得点差のまま9回に突入。
ここからが本当の戦い。道重がクローザーとしてやっていけるか、首脳陣、チームメイト、
ファンが見つめていた。時計の針は8時半を過ぎたところだ。息詰まる投手戦にハロプロズファンは
逃げ切ってくれと願い、ロッテファンは逆転を信じている。そして9回の攻撃が始まる。
バッターは1番の大塚。
道重はランナーはいないがセットポジションから第1球目を投げた。ストライク。
アウトコース低めのストレート。リズム良く第2球目を投げた。
力のない打球はセカンドに向かう。セカンドの藤本が難なく裁き1アウト。
アウト2つを取る重み。それは先発ピッチャーが浅い回の時に取るアウト2つとは違う。
押しつぶされそうなプレッシャーが、まだ肌寒いこの季節に額の汗として出てくる。
- 73 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:10
- 2番。ここでロッテベンチはここで代打初芝を出してきた。
ひとつ間違えるとスタンドまで持っていかれるバッターだ。
道重は気を落ち着かせるため大きく息を吐いた。そしてサインを覗く。アウトコースのストレート。
そのサインに頷き1球目を投げた。
初芝はそれをカットして来た。
2球目サインを覗く。インコースよりのスライダーだ。
道重は慎重にそのコースに投げ込んだ。
「ファールボール」
初芝は振ってきた。しかし、インコースに食い込むスライダー、あれは右打者が打てば
ファールがボテボテのサードゴロだ。予定通りのコースに投げ込めた。
私は3球目を投げた。球はど真ん中に行っている。
初芝はしめたと思った。振るスイングでその球を捕らえに行く。
「消えた!?」
初芝の目からはそう見えた。ボールはキャッチャー保田のミットの中だった。
3球三振。ツーアウトまで追い込んだ。初芝は首をかしげた。
- 74 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:11
- 投げたのは今年覚えたての縦に落ちるスライダーだった。オープン戦では高目に浮き
痛打されることがあったがここ1番で低めに決まった。自信?そんなもの最初からない。
低く投げて打ち取るそれが自分の役目だと言う事は、道重自信わかっている。
自信持って投げる事なんてそうそうない。投手の心理には打たれるのではないかという事が、
いつも付きまとう。
バッターは首位打者候補の福浦。左バッターに打たせる気はまったく無い。
と言うよりかは、ベンチがそれを望んでいる。だから私も打たせる気がない。
キャッチャーのサインを覗き頷いた。足を投げて投げ込んだ。
アウトローへはずすボール球だ。2球目、高速スライダーをアウトコースよりに投げた。
福浦はそれ見送り、カウントは1ボール1ストライク。同じ球を3球目投げ込んだ。
今度はカットして来た。
保田さんはサインを出してきた。このサインはすぐに頷いた。
「これがラストボールだ」
- 75 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:11
- 自信持って投げる事なんてそうそうない。そうは言ったが自信を持って投げられる球がまったく
ないのはしんどい。でも道重にはひとつあった。この球で自分は県大会を勝ち上がり、そして
このプロ野球と言う世界に入った。このボールがポコポコ打たれるようなら、この世界に
自分の居場所なんてないよ、そこまで自信を持っているボールだ。
道重から投げ放たれたボールはインコースのボールゾーンからストライクコースへ切れ込んで行った。
「ストラックアウト」
審判の声が響き、そのあと球場中に大歓声が響き渡る。
投げた球は伝家の宝刀、大きく曲がるスライダーだった。
福浦はまったく手が出なかった。
試合が終わった。キャッチャーの保田が走り寄って来る。
ナイン達もマウンドに寄って来た。ハイタッチを交わした。
ファーストを守っていた中澤とがっちり握手をした。そして短い言葉のやり取り。
「お疲れさん。これからも頼むで」
「はい」
- 76 名前:3割君 投稿日:2003/11/09(日) 14:15
- ベンチに戻ると一番最初に松浦が待ち構えていた。帽子を取り挨拶をした。
松浦は目で合図を送ってくれた。
(今日は自分を褒めておこう。今日は誰も褒めてくれそうにないから。
だって今日は松浦さんが主役だから。)
道重さゆみ。ハロプロズ史上最強のクローザーがここに生まれた。
第5話 若き守護神 終
松浦と保田はお立ち台の上に上がった。
次の日のスポーツ新聞、なんとあのデイリースポーツで、
阪神が勝利したにも拘らず裏1面で掲載された。
「松浦復活」
本日の結果
勝利投手:松浦 1勝
セーブ :道重 1S
敗戦投手:清水 1敗
本塁打:保田 1号
予告先発
神戸:安倍
千葉ロッテ:黒木
- 77 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/30(日) 20:40
- 現実の黒木は先発の予定は・・・
ジョニー・・・
- 78 名前:3割君 投稿日:2003/12/18(木) 16:46
- ここで問題。パ・リーグで強いチームはどっち?
A:139勝1敗
B:1勝139分
- 79 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 20:30
- Bですな。Bは勝率10割だから。
あっ、おもしろいっす。作者さんがんぎゃれ
- 80 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:15
- 安倍なつみ 背番号7 右投右打
ハロプロズの顔とも言える人気選手。熱いハートで今日も勝利を目指す。
昨年度成績
2.79 16勝7敗0S
開幕第2戦。1回表から試合は荒れているかのように見えた。
千葉ロッテマリーンズの先制のチャンス、ノーアウト満塁。
3人のランナーはすべて四球のランナー。
マウンドに立つのは安倍なつみ。人は彼女の事をこう呼んだ。
「永遠のエース候補」
- 81 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:17
- 「一発病」(野球用語)
@投手がよくホームランを打たれること。
Aホームランを打たれることによって調子を崩すこと。
B打たれてはいけない場面に限ってよくホームランを打たれること。
投げた瞬間、安倍は顔を背けた。誰よりも早く今から起こることの結末が見えたから。
安倍はインサイドの厳しいところ突こうとした。キャッチャーかフィールドプレーヤーが
持っていなければならないボールはライトスタンドにあった。1−0とリードされた8回裏
2アウト。バッターはダイエーの4番松中。この場面、長打力のあるバッターなら一発を狙ってくる。
そんな事は十分にわかっていた。そう、わかってはいた。安倍の投げた球は吸い寄せられるように
真ん中へ向かった。結果はこのあり様・・・。
安倍は続く城島を打ち取ったが、ハロプロズは逆転する事もなく敗れた。
この時のハロプロズは低空飛行を続けていた。前の年14勝を挙げた後藤は入札制度で
メジャーへ行ってしまった。同じく12勝を挙げた松浦は、開幕戦で大怪我。2人合わせて
26勝を挙げたピッチャーがいなくなってしまった。問題は打撃陣、チームで安定して成績を
残しているのは中澤ただ1人。そのほかの選手は話にならなかった。超極貧打線はもう末期的であり、
手の施しようがなかった。
- 82 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:17
- こんなチームに残された戦い方はひとつ。とにかく点をやらないこと。
ここで問題。パ・リーグで強いチームはどっち?
A:139勝1敗
B:1勝139分
答えはBだ。パ・リーグは勝率によって順位を決める。Aの勝率.992よりBの勝率1.000の方が強い。
引き分け制度にしても、それがある事自体、1988年10月19日(奇しくも阪急が身売りするのを
発表したのと同じ日だが)をまったく教訓としない馬鹿げた制度。その恩恵に授かろうとするのは
馬鹿げているを通り越して悲しい。
投手が踏ん張り最少得点差で逃げ切る。最初のうちはうまく行っていた。異変が起こったのは6月。
安倍が勝てなくなった。好投しても、好投しても。踏ん張り続けても味方が点を取ってくれない。
こらえきれなくなった安倍は、試合終盤の大切な場面で痛恨の1球をたびたび投げるようになって
しまった。「一発病」だ。この病気は実はチーム内では前々から流行っていた。
- 83 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:19
- 後藤と松浦の二人で26勝、安倍は10勝した。10勝投手が3人、優勝チームのような数字。
この年でユニフォームを脱ぐ事になった稲葉が7勝。だがこの前の年は最下位であった。
なぜか?ハロプロズが誇る超極貧打線のせいだ。この3人以外のピッチャーは今の安倍と
同じように、踏ん張っても点を取ってくれない打線のためこらえきれず痛打を食らう。
去年まで何事もなかった安倍が今年は感染してしまった。後藤、松浦の不在が精神的に負担と
なっていたのだろう。この年のハロプロズは6月を持って終戦した。
安倍から始まった一発病が瞬く間にチーム内の投手に広がって行った。
安倍自身もどん底に苦しんでいた。苦しみは終わりがあるから耐えられる。
終わりのない苦しみは拷問。逃走するしか逃れる術はない。
- 84 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:20
- FIGHT or FRIGHT?
(闘争か逃走か?)
安倍にはFRIGHTという選択肢は用意されていなかった。一応、このチームの投手の柱だから。
安倍はエースと言う称号が付けられた事がない。ルーキーの時に12勝を挙げ、新人王も獲得し、
一躍エース候補となった。しかし2年目、俗に言う「2年目のジンクス」にはまってしまい7勝に
とどまった。そうこうしている内に3年目、怪物がやってきた。後藤真希。ハロプロズの歴史を
飾る中ではあまりに大きすぎる存在。MAX156kmのストレートを武器に、調子がいい時には
相手を完璧なまでに抑え、調子が悪ければ悪いなりに最低でも試合を作る。時折精神面のもろさを
うかがわせる安倍と彼女は常に比較された。彼女こそエースだ。世間はそう認識した。後藤は
その期待にこたえるかのように新人ながら15勝を挙げた。
- 85 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:20
- 4年目の安倍は決して悪くなかった。防御率リーグトップの2.45、勝利数は7。好投しているのに
味方が点を取ってくれない。この頃のチームは貧打線、慢性的なタイムリー欠乏症だった。
安倍は言い訳をするつもりはなかった。同じ貧打線抱えつつも18勝を挙げた後藤がいるので
言い訳にはならない。防御率は2.56だった。二人を分けたのは立ち上がり。安倍の失点はほとんど
1回、2回の失点が多かった。先制されれば貧打線では勝ち越し出来ない。後藤はやすやすと先制点は
やらなかった。
- 86 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:21
- 5年目、チーム名が変わった。ブルーウェーブからハロプロズへ。松浦と言うピッチャーが
入ってきた。球はそれなりに速いが特筆するべきは、コントロールの良さ。ボール半個分の
コントロールを持っている。今年は行ける。安部はそう思った。
シーズンが始まっても一向に打撃陣が奮起しない。ハロプロズは奇策を打った。
この日のオーダーは9番投手で安倍。DHを無くしたのだ。DH制はあくまでも任意。
使いたければ使う、だが無理して使う必要はない制度。だから使わないのだ。
寺田監督に直訴したのは安倍本人。ほんの数日前に事件があったからだ。
その日、9回を1点に抑えながらも相手に完封され負け投手になった後藤が、
ロッカールームで放った一言。まあ言えばキレた。お前らはそれでもプロか、と。
- 87 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:24
- 安倍自身、後藤の擁護はするつもりはなかった。だが気持ちは分からなくもなかった。
その日の後藤は1回に2つのエラーで1失点し、そのまま負け投手になった。
打線も1点も取れなかった。普段はそんな事では怒らない後藤がこの日は我慢が出来なかった。
バントミス、サインミスなど初歩的なミスが多すぎた。後藤の罵倒は止まらない。
本来この場で締めるべき中澤も、思い当たる節があるのか何も言わない。
怒っている後藤を市井でさえ止める事が出来なかった。後藤を止めたのは安倍の一言。
「自分がホームラン打って、自分で守りきればいい」
後藤の怒りは少し収まった。安倍の言った言葉の馬鹿らしさに。
そこで後藤はようやく罵倒をやめ、ロッカールームから出ようとした。
後藤がロッカールームを後にするとき安倍の耳元でささやいた。
「あそこで冗談言うとは思わなかった」
「冗談は3割ぐらいだけどね。あと7割は本気だべ」
- 88 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:24
- 試合は0−0で進んだ。7回裏2アウトランナー無。バッターは9番安倍。
ここまで2打席は送りバントと三振。正直プロの球の速さには戸惑った。
プロに入って初めての打席だったから。マシーンを使って打撃練習をしたのが効いたか、
打てなくはないと思った。この日3回目の打席、初球。ボールの下を叩いてしまった。
真後ろへ行くファールボール。タイミングは合っている。そして2球目。
振りぬいた打球は弾丸ライナーでレフトスタンドに突き刺さった。先制ホームラン。
ベースを周り終えベンチに戻ったら、やんややんやの祝福だった。
試合はそのまま進み、1−0で勝利した。
そのあと後藤、松浦の二人がDHを使わないで打席に立った。
話題にはなったが、チームの成績に影響が出るわけでもなくシーズンを終えた。
10勝投手3人いて最下位。近年、ロッテ、日本ハムも力を付けたため最下位ラインが高くなった
ためこんな珍事を起こしてしまった。だが、1位から最下位までの差が20ゲームない、一時のチーム
の好不調で順位が大きく入れ替わる戦国時代の到来を予感とさせるシーズンだった。
- 89 名前:第6話 永遠のエース候補 前編 投稿日:2003/12/21(日) 17:26
- そして10月。新聞には「後藤メジャー入りへ」の文字が並んだ。
3年目のシーズンを終えた後藤を、球団が入札制度に掛けるというものだ。
ドラフトで入団した選手は3年間は入団したチームにいなければならない。
その期限が切れて、晴れてメジャー挑戦となった。
球団側は、「早期の挑戦は後藤本人にとってプラスだろうし、プロ野球界にとっても
プラスになると思ったのでこの結論に達した」と言っている。もともと在京球団希望だった
後藤をドラフトのくじで引き当て、入団させたのは3年経ったらメジャー挑戦を認めるという、
野球条約に反する契約を提示していたからだ。そうでもしなければ、この逸材を自チームに入団
させられない、という当時の編成部の思いからだ。
後藤がこのチームに愛想をつかした、安倍はそう思った。
後藤が抜けたハロプロズ、安倍とこのチームに試練を与える事となる。
第6話 永遠のエース候補 後編 へ続く
- 90 名前:3割君 投稿日:2003/12/21(日) 17:36
- >>79さん正解です。
自分自身、パ・リーグの制度には多々疑問があります。
勝率によって順位を決める制度とか、プレーオフとか。
ハムが本気でチーム作りを考え始めましたし、ロッテには
ボビーが帰ってきます。オリックスも少しは危機感を持った
みたいだし少しはパ・リーグも盛り上がるかもしれません。
某選手の無償トレード問題に付いては言葉が出ません。
だからここで叫ばしてもらいます。
よーく考えよー♪小久保は大事だよー♪ルール♪ルール♪
- 91 名前:79 投稿日:2003/12/27(土) 21:45
- オリックスにはムーアと村松が入ったし、ダイエーは小久保と村松が抜けてどう戦うか。
日ハムには新庄、ロッテには内、稼頭央の抜けた西武、ローズの抜けた近鉄って感じで
パリーグも複雑ですな。オリックスとロッテの躍進に期待します!
- 92 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:56
- それでは続きを書き込みます。
永遠のエース候補 後編
それは突然の出来事だった。翌日の登板を控え、ホテルのテレビでチームの試合を見ていた
私の目に飛び込んできたもの、それは右ひじを抑え顔をゆがめている松浦の姿。
6回までダイエー打線を2安打に抑え、赤子扱いしていた松浦。7回裏、先頭の井口に対する
初球。キャッチャーミットに収まるべきボールは力なく転がり、マウンドには苦痛に顔が
歪む松浦。松浦は担架に乗せられ退場して行った。
それをブラウン管越しに見た私の背中には冷たい汗が流れた。
私が見る限り松浦の右腕には力が入ってなくだらんとしていた。
想像するだけでも怖い。ただではすまない怪我だというのが見て取れた。
でも不思議とそのとき、私の思考は別の所に向いていた。
先発の駒が1人減った・・・。
- 93 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:57
- それは6年目のシーズン開幕戦での出来事でだった。松浦の離脱はチームに、
そして私自身に深刻な影響を与えることになってしまったのだ。中6日のローテーションが
中5日になった。間が1日少なくなる事で調整方法はがらっと変わる。今までの中6日の
調整方法からの移行。私は今まで中6日でやってきたからどうやればいいかまったくわからなかった。
その疑問を解消する事は出来なかった。だって、
気が付いたときには上の先輩はもういなかったのだから。
出来るだけ私の登板機会を増やそうとした当時の寺田の思惑。
私が中6日で投げていたのはほとんどの試合を1人で投げ抜いているからだ。
最初にマウンドに立った以上は最後まで投げきる。それが私のポリシー。
それは変える事はない。それはこの世界での私の生き方。とやかく言われる
事ではない。それに去年までは後藤、松浦という非情に完投能力が高い投手が他にいたからだ。
- 94 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:58
- 今年は石川という成長株がいるが、彼女は完投型のピッチャーではない。
言えばペース配分が下手で常に全力で投げてしまう。だから球数を制限して
その球数分だけ全力で投げさせた方がいいからだ。それに彼女はスタミナが
あまりあるほうではない。そしてもうひとつ、クローザーの市井がその年から先発転向。
去年と一変して先発完投型の投手がいなくなったから、松浦と安倍の二人に合わして
中6日にしていたが松浦が戦線離脱した事もありローテーションが中5日になった。
しかし、ハロプロズ監督の寺田は最大の過ちを犯してしまった。
私はその時は必死で気づかなかったけど。中5日で投げている投手に
毎試合完投を求めてしまったことだ。石川、市井などは100球をめどに
降板させるのだが、私に対してはそのような事はせず球数がどんなに多くても、
少なくとも7回は投げさせた。私は投げ続けた。その年の初登板から4連勝、
その後も順調に勝ち星をのばして行った。
- 95 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:58
- 6月頃からだったかな、最初に異変を感じたのは。いっぱいに投げても球が行かなくなった。
わかりやすく言うとボールのキレと勢いがなくなっていた。勢いがないからジャストミート
されると恐ろしいほど打ち返される。それでも騙し騙しでやって来たんだ。コースに投げ分け
カットボールなる打者の手元で微妙に曲がるボールを駆使し、やっとの事で抑えてきた。
傍目から見たら絶好調の投手。勝ち星を順調にのばしていたから何の問題もないように見えた。
誰もが安倍を安心して見ていた、たった一人を覗いて。6月の終わり頃、キャッチャーの圭ちゃんに
話しかけられたんだ。
「なっち。あんた、最近疲れ溜まってるんじゃない?」
「そう?この時期は大体、他のピッチャーも疲れが出てくる時期だべ」
「何の問題もない?肩に違和感があるとか」
「ないない。大丈夫だべ」
「ならいいんだけど」
(うそついてごめんね、圭ちゃん。私は休むわけには行かないんだ)
- 96 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:58
- あの時、圭ちゃんもわかっていたと思う、私の状態を。
その年の夏は訪れが早く、そしてとてつもなく暑かった。
6月初旬から連日、最高気温が30度を超えた。このうだるような暑さは私の体力を
徐々に奪って行った。
6月に入ってからまだ1勝もしていなかった。そして乗り込んだ
福岡ドーム。冷房が効いているから好きな球場のひとつである。
私は6月に入ってからは初めてと言っていいぐらい状態がよかった。
思っているところにボールが行くし、キレも抜群。7回と2/3を1点に抑えていた。
そしてバッターは松中さん。投げた球はど真ん中へ。
その場面、2塁打や3塁打は打たれてもよかった。本塁打さえ打たれなかったら。
結果は残酷であった。1流バッターにど真ん中のストレートを投げ込んでただで済むはずがない。
ただ救いなのはあそこまで完璧な当たりをされてもソロホームランだったので1点で
済んだことだった。私はその次の城島さんを打ち取ってそこでマウンドを降りた。
- 97 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:59
- 私の記憶はそこまでだった。気が付いたときには病院のベッドの上だった。
降板した後ベンチの中で私は倒れ、福岡市内の病院に運ばれたらしい。
過労による貧血。確かにあの暑さでは普通にいるだけでも疲れた。
暑さだけのせいじゃないということも同時にわかっていた。
「情けねえ」
- 98 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:59
- 次の日、病室を裕ちゃんが訪ねて来た。
「元気か?」
元気じゃねえからここにいるんだろが、という言葉をぐっと飲み込んで接した。
「まあね」
裕ちゃんとは同期入団。私は高卒ルーキーで裕ちゃんは社会人を経ての入団。
イチローさんとは同い年に当たる。裕ちゃんは野手陣を引っ張っていく立場だ。
「無理しすぎや」
「そうかもね」
裕ちゃんはベッドの横の椅子に座った。
「一昨日な、あんたが倒れた日。圭坊がな、つんく♂さんに楯突いたんや。
『あんたが無茶な使い方をするからなっちは倒れたんだ』ってな」
私は黙って聞いていた。
「前々から圭坊は、あんたを中5日で投げさせるならもう少し球数減らしてくださいって
言うとったらしいわ」
やっぱり圭ちゃんは気付いていたんだ。
- 99 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 14:59
- 「あそこまでキレた圭坊始めて見た」
「・・・圭ちゃんには悪いことしたな」
「なんでや」
「疲れがたまって自分でもやばいと思ってた。自分から無理なときは無理って
言えば、圭ちゃんにわざわざ心配させなくても済んだ」
「それはちゃうな」
「えっ?」
「ピッチャーってやっぱりお山の大将であったほうがええと思うねん、うちは。
まだ投げられるかって聞かれて『無理です』ってきっぱり言う方がピッチャーと
してはやばいと思うで。それにあんたはチームのためって頑張りすぎや」
私は心を見透かされていた。
- 100 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 15:00
- 「あんたは今年でまだ24やろ?若い若い。うちがこの世界に入ってきた頃よりも
若いんや。チームに対する貢献を重心に置かんでもええやろ。今は応援してくれる人と
自分のために頑張ればええんや。チームへの貢献はうちら年寄りの仕事や」
「裕ちゃん」
「ほなうちはそろそろ試合があるから失礼するけど・・・」
「裕ちゃん今日の試合、ホームラン打って」
「はぁ?いきなり何言うねん」
「別にいいよ。無理なら」
その時裕ちゃんは、にやりと笑って一言
「あほか」
と言って私のいる病室を後にした。
私は裕ちゃんが昔話してくれた事を思い出した。入った時は26歳で、
後がなかったからがむしゃらにやった事。一塁手が不在になった時に滑り込んで
運良くレギュラーを獲得した事。主力がチームを離れたのに乗じて4番の座を
射止めた事。毎年入ってくる若い選手とのポジション争い。ひとつずつ
いろんな事を乗り越えて精神的にも強くなってきた事。
- 101 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 15:01
- 中澤は今やリーグ、いや日本を代表するバッターだ。そして、その日の試合をテレビで
見てみると満面の笑みでベースを1週する裕ちゃんがそこにいた。改めて感じたこの人は凄い。
その2日後に私は退院した。入院する前にあった何かもやもやした気持ちはすっかり
なくなっていた。この出来事を境に再び上り調子を描いて行った。
少々打たれても動じなくなった。5点取られても味方が3点返してくれたら、2点差だから
ワンチャンスで返せるなと思って我慢のピッチングが出来るようにもなった。
(我慢と言うより無責任に近いのだが・・・)
チームは相変わらず弱かったけど、若くて活きのいい野手も台頭し始めた。
その年は最下位に終わったけど明るい兆しが見えた。そして去年、ハロプロズは
前半出遅れるも後半猛チャージをかけ、3位となりプレーオフ出場。惜しくも
日本シリーズ出場とならなかったが頂上が見えてきた。
そして今年、松浦が帰ってきた。面白い新人も入ってきた。
今年に賭ける思いはみんな暑いです。
悲願の優勝へ。頂上(てっぺん)へ。
- 102 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 15:02
- 安倍はいけない事を考えていた。
(黒木さんの復帰祝いをしよう)
マウンドへ上がる前に一度保田に持ちかけた。保田は最初は反対したがしぶしぶ
引き受けたようだ。
試合開始数分後、ノーアウト満塁。いずれのランナーもストレートのフォアボール。
立ち上がりから安倍のコントロールは乱れていた。ここからだった。
今日の4番、5番、6番は李に、初芝に、井上純。
左打席に立つアジアのホームラン王をじっと見る安倍。口元が笑っていた。
1球目ど真ん中のストレート。李は悠然と見送る。ストライク。
バッターとの駆け引き、そんなものは安倍の頭にはない。必要ないからだ。
2球目インコース低めのストレート、ファールで逃げる。
真ん中を狙ったが指に引っかかってインコースへ行ってしまった。
- 103 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 15:02
- 3球目。
満塁だがセットポジションは取らずに振りかぶった。足を上げ投げ込んだ。
結果を見るまでもなかった。誰よりも早く今から起こることの結末が安倍には
わかっていたから。バットは空を切りボールがキャッチャーミットの中に
納まっているという結果が。
空振り三振。アジアのホームラン王にたいして三球三振と言うおまけ付き。
アジアのホームラン王を空振りに取った後、5番の初芝も三振に取った。
残るは1人。その井上純も2ストライクと追い込む。
投げた。保田はボールを受け取ってすぐにダグアウトへ駆け出した。
安倍もダグアウトへ向かって歩き出した。審判の右手が高々と上がる。
- 104 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 15:04
- 復帰祝い。それはフォアボールでノーアウト満塁にした後、三者三振を取る離れ業。
野手にとっては守りにくいことこの上ないことだが、投手から見たらとてつもない
こと。言葉で「復帰おめでとう」と言うのは簡単。だからこそ言葉以上のメッセージを
込めて投げた。向こうがそのメッセージを感じてくれるかどうかわからない。
わからないけど出さずにはいられなかった安倍。
「遊びもほどほどにせえ。こっちはたまったもんやない」
中澤はベンチで安倍にこう言ったが、ファーストを守る彼女がマウンドに上がってるときに
あえて何も言ってこなかったのは、安倍への信頼。この世界の酸いも甘いも知ってきたその
右腕を中澤は他の誰よりも信じていた。
もし安倍に対して「あなたはエースですか?」と尋ねたらこう答えるだろう。
- 105 名前:3割君 投稿日:2004/01/31(土) 15:05
-
「違うよ。なっちは大エースだよ」
第6話 永遠のエース候補 終
- 106 名前:YONE 投稿日:2004/02/07(土) 00:11
- 面白いですね。
期待してます。
- 107 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:14
-
〜特別短編〜
- 108 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:15
- 打球は正面。これで試合終了だ。
差し出したファーストミット。打球はその下を抜けていく。
ミットに入っているはずのボールはライトを転々と転がっていた。
痛恨のトンネル。
頭の中は真っ白だった。
神戸対日本ハム。先発の石川がふん張り3-2でリードした9回表。
ハロプロズはリリーフに抑えのエース柴田さんを投入。
逃げ切りを図った。ただその日の柴田さんは調子がよくなく、ヒット2本でランナーを出し
2、3塁。そして、何とか2アウトまで持ち込んだ。
だがバッターは3番小笠原さん。この日、ホームランとシングル2本と大当たり。
球場は騒然となっていた。1打出たら逆転。打つか、抑えるかの戦い。
レフトスタンドのボルテージは限りなく高くなり、ライト側は固唾を呑んで見守っていた。
柴田さんの左腕から繰り出された初球。小笠原さんは引っ張った。
この時は誰もが試合終了だと思った。もちろん私も。
試合は終わらなかった。私が続けさせてしまった。
トンネルをした瞬間、私の顔から血の気が引いて行った
のを感じることが出来た。
- 109 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:16
- 日本ハム逆転、3-4。勝ち試合が一転、追う展開となってしまった。
その後柴田さんは後続を抑え、チェンジとなった。
ベンチに帰りたくなかった。みんなの刺すような目を想像すると怖かった。
ただ幸いなのは、次の攻撃の二人目の打者だったこと。
ベンチに入ってすぐ打撃の用意をし、ネクストサークルへ向かった。
ベンチの他の選手とは目を合わせなかった。いや、合わせる事が出来なかった。
ネクストで待つ私。飯田さんがセンター前ヒット。
私は中澤さんと途中交代で出たので、4番の位置だった。
代打か?そのままだ。
ノーアウトでランナーが出た。送るか、強硬か。
サインは送りバント。
- 110 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:16
- 何としてでも決めようと思った。1球目。
その意に反して打球はファールゾーンに転がって行く。
2球目。今度はファールチップ。
これで2ストライク、追い込まれた。
私自身の心も。
3バントか。それとも強行か。
サインは…、打て。
エラーもした。バントにも失敗した。
これでまた2軍行きの切符が見えた。なら1軍へ置き土産をしてあげる。
渾身のフルスイングを。
3球目。ピッチャーセットポジションから投げ込んだ。
「どうにでもなれ」
- 111 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:17
- その気持ちで振ったバット。打球はライナーで飛んで行く。
ライトが後方へ1歩踏み出して、その歩を止めた。
打球がグラウンドに落ちてくる事はなかった。
それはライトスタンドに突き刺さっていた。
逆転サヨナラホームラン。
うれしさよりもまずホッとした。
負けなくてすんだ。
プロ入り初ホームラン。だけどここまでうれしくないホームランは初めてだった。
打った時の感触も感じなかった。そこにあったのは、ただ振ってそれがスタンドまで届いた
という事実だけだった。
- 112 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:17
- ダイヤモンドを1周し、ホームベースを踏んだ。
みんな手荒い祝福をくれた。私は何も思ってなかった。
負けなくてよかった。
ただそれだけを思うと私はうずくまって泣いてしまった。
「あいぼんやりすぎれす」
「うちボディーブローしかしてへんで
そんなん言うたらよっすぃーかて跳び蹴り食らわしたやん」
「そんなあ。私は抑えたつもりなんだけどな」
「ごめんなさい、ヒック・・・。」
紺野はチームメイトに抱きかかえられてベンチに戻った。
それからが大変だった。勝利後のヒーローインタビューを
紺野が拒否してしまった。
- 113 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:17
- 『私には受ける資格はない』。そう言ってベンチ裏に帰ってしまった。
困ったのは広報担当者。
「中澤さーん。何とかしてくださいよー」
「ごめんな石井ちゃん。今、辻や新垣、小川辺りが説得に行っとるから」
「あさ美ちゃん。ファンのみんなが待ってるよ」
「里沙ちゃん。私にはそんな資格ない・・・」
「困ったなあ・・・」
すでに辻、小川が説得したのだが紺野は頑として聞き入れなかった。
3人に焦燥感が出始めた頃。1人の選手がやってきた。
- 114 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:18
- 「石川さん・・・」
紺野が顔を上げた。
「ほら、行きなよ。ファンが待っているよ」
「私にそんな資格ない」
「サヨナラホームランを打ったのに?」
「私、大事な場面でエラーをした。石川さんの勝ち星を消してしまった」
先発の石川には勝利投手の権利があったのだが、逆転された事によって
その権利が消滅してしまったのだ。
「確かに、許されないよね」
石川がこう言い放った。
「石川さん!」
新垣が慌てて石川をたしなめる。
「このまま自分の殻に閉じこもっていたら許されないよね。
ここでちゃんとファンの前に出て行ったら許してあげる、って言ったら」
「へっ?」
紺野が見上げた。
- 115 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:19
- 「エラーの1個や2個くらいで起こるような私じゃないもんね。
あいぼんなんか、私が投げてるときに1イニングに3回エラーした事あるよ。
それに比べたら」
「全部聞こえとるで」
「い、いたの?あいぼん?」
「気になったから来てん。あとよっすぃーも連れてな」
加護が指で後ろにいた吉澤の方を指した。
「あまりに遅いから実力行使でもしようかなって」
「ほーら行くよ。エラーの事は誰も怒らないと思う。
でもこのままファンを待たせるような事があったら
みんな怒ると思うよ」
- 116 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:19
- 紺野はゆっくり立ち上がった。
そしてグラウンドへ向かって歩き始めた。
ベンチの中で石井に謝罪してグラウンドへ入った。
すると大歓声が巻き起こった。
「放送席、放送席」
ヒーローインタビューが始まった。
「すまんかったな。」
「いえいえ」
中澤と石井が話をする。
中澤は思った。
自分が昔、痛恨のエラーをしてしまった時のことを。
これで紺野も一段階大きくなれるな。あと紺野。
バントの練習もしっかりせえよ。
- 117 名前:3割君 投稿日:2004/03/01(月) 11:29
- 「やるじゃん梨華ちゃん」
「そうやで」
「あさみちゃんたちなおったのれす」
「私達も入ってきて最初の方はミスとかたくさんしたけどね。
でもそれってみんな通ってきた道だしそんなことでくよくよしてたら
この先この世界でやっていけなくなるもんね」
「そやそや。ミスなんか気にしたらあかんで」
「あいぼんはちょっとぐらい気にした方がいいよ」
「よっすぃーちょっとそりゃひどいで」
「りかちゃんは、かちぼしをにがしてくやしくないんれすか?」
「くやしいよ。だって私の勝ち星が柴ちゃんの物になったんだよ。
ぐーっ、くやしい、くやしい、くやしい」
「ピッチャーはこれぐらいの気持ちを持ってたほうがいいんだよね・・・?」
「そうやな・・・。はははは・・・・」
「にまいじたなのれす」
これは去年の夏のとても暑い日の出来事だった。
特別短編 終わり
- 118 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:03
- このチームを語るにはまずこの人を語らなければならない。
彼女の存在がパ・リーグのお荷物であったチームを変えてしまったから。
Episode 0
オリックスブルーウェーブ。
阪急ブレーブスからオリックスブレーブスを経て誕生した球団。
チームはこれといったスター選手もなく3位が指定席であった。
しかし革命が起こった。そう、誰もが知っているイチローの登場。
そのバットから繰り出される魔法に酔いしれた。
イチロー登場の翌年の95年、オリックスブルーウェーブに変わってから
初めて優勝を勝ち取る。その翌年の96年、パ・リーグでV2を果たし
日本シリーズにも勝った。今思えばこの年が絶頂だったのだと思う。
97年以降は優勝争いをするものの勝ちきれずに2、3位にとまる。
徐々にではあるがイチロー頼みのチームに限界が見えてきた。
99年、00年のイチローが怪我した後のチームの落ち込み振りを
見ればわかるだろう。00年にはオリックスブルーウェーブに変わってから
初めてのBクラスとなった。
- 119 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:04
- そして終焉はやってくる。イチローがメジャーへ行ってしまった。
それを境にチームは別物となってしまった。イチローに続き、
田口もメジャー挑戦へ。藤井康雄の引退。歴戦の勇者たちが
次々とチームを去っていった。
チームはどん底へ陥った。リーグ2位の防御率を誇ったかと思えば、
最低の攻撃力で最下位。翌年にリーグ2位の打率を誇ったかと思えば、
投手陣が崩壊で最下位。
そして、オリックスブルーウェーブが消えた。
- 120 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:04
- ブルーウェーブ最後の年、1人の選手が当時のブルーウェーブに入団した。
あどけなさが残る顔。細くて、見るからに貧弱そうな体。プロと言う荒波を
潜り抜けれそうにもなかった。しかし、ひとつだけほかの選手と違った
ところがあった。その目は他の誰よりもぎらぎらしていた。
姓を辻、名は希美。
入団発表。期待の高校生ルーキー加護、社会人の大砲吉澤、快速球投手の石川。
期待の新人達が監督の横に座り入団発表を行っていた。辻の席は後ろの段の端っこ。
ドラフト9順目の選手で契約金がゼロの選手だったのだから。
「つぃののみれす。がんばります」
緊張してうまく喋られなかった。
- 121 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:05
- プロ野球という世界は本当に厳しい。
この世界に入るためには各球団のスカウトの目に留まるか、
はたまた球団が主催する入団テストに合格するかしてドラフトで
指名されなければならない。昔はドラフト外入団という制度があったが
今はなくなり、プロ世界への入り口はドラフトだけである。
指名されたとして入団しても活躍できるのはほんの一握り。
プロに入るからには高校などではエースで4番を打ってたのだろう。
しかしプロに入って長距離打者と活躍できるのは、ほんの上澄みだけだ。
- 122 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:06
- かつて剛球でならした人が技巧派に転身したり、長距離打者として活躍した人が
アベレージヒッターに転身したりして生き残りを図る。
そしてプロの世界でも自分を変えずに通用するかなりの能力を持った人と、
自分の能力を見つめてプロ世界に順応した人だけが生き残り、後は淘汰される。
辻希美はテストに合格して下位指名されたのだ。
当時のオリックスの方針で「下位選手には契約金は払わない」ということで
契約金ゼロ、年俸480万円。これが出発点だった。
- 123 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:06
- 1年目。キャンプは2軍スタート。
オリックスの2軍は独立採算を打ち出しておりチーム名もサーパス神戸というものであった。
かつてのオリックスのユニフォームの黄色と紺のラインの黄色の部分を水色に変えたような
ユニフォーム。
同期入団の加護、吉澤、石川は1軍キャンプに帯同し、宮古島に行った。
サーパスの選手は高地県内でキャンプ。
新規入団選手は初日に声出しをする。
- 124 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:07
- 「新規入団柴田あゆみ。先に1軍へ上がった3人には負けたくありません!!」
ドラフト4順目の柴田あゆみ。大学ではあまり目立った活躍をしなかったが
スカウトからの高評価を得てドラフト4巡目に指名。投手、左投左打。
「新規入団斉藤瞳。ここが2軍だろうと全力で頑張ります!!」
ドラフト5順目の斉藤瞳。重い直球が武器の本格派の投手、右投右打。
「新人の大谷雅恵です。ブルウェーブのユニフォーム目指してがんばります!!」
ドラフト6順目の大谷雅恵。強肩の捕手、右投右打。
「村田めぐみです。1日1善を目標にします!!」
何かずれてることを言ってるのがドラフト7順目の村田めぐみ。
スカウト曰く、「とらえどころのない選手」らしい。投手、右投右打。
- 125 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:07
- 「木村麻美。私を入団させてくれたこのチームのために、活躍という恩返しをします!!」
彼女は後に登録名をあさみと変えることとなる。
左打者の内角をえぐるシュートボールが武器。
投手、左投左打。
そして、
「辻希美。今1番うれしいことは、1日中野球をしていいこと!
目標、1軍に行って1軍の優勝に貢献すること!!」
外野手、右投左打。
- 126 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:09
- 声出しも終わり選手全員でランニング。
後方の真ん中を辻は走っていた。
「あなたが辻さんですか?」
辻にイントネーションがおかしい日本語で話してくる奴がいた。
「そ、そうだけど・・・」
辻が戸惑い気味に答えた。
するとそいつは切り替えしてきた。
「私はミカ。同じ外野手だからよろしく」
- 127 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:10
- 彼女の名はミカ・タレッサ・トッド。2年目、投手、右投右打。外国人枠の影響で今は2軍にいる。
彼女が戦うのは2軍にいる選手ではない。1軍にいる外国人選手。
その選手を超えない限りは2軍で1番うまくても決して1軍には上がれない。
辻は彼女にプロ意識というものを教えられることになる。
「そうそう、神戸の街のこと知りたかったらアヤカに聞いて。右斜め前で走ってる人。
あれがアヤカ。ポジションはピッチャー」
アヤカ(登録名)。本名、木村絢香。ミカと同じく2年目。
ハワイに野球留学しているところをスカウトに見い出される。
出身は兵庫県神戸市。チームとしては数少ない地元出身の選手。
辻、斉藤、村田、大谷、柴田、あさみ、ミカ、アヤカ。
後に「サーパスの奇跡」と呼ばれるサーパス神戸の快進撃の中核となる人達の出会いであった。
- 128 名前:3割君 投稿日:2004/03/30(火) 17:12
- 本編はちょっとお休みして「サーパス神戸編」をしばらくやります。
今日は登場人物の説明に終始しましたけど次から話が始まります。
- 129 名前:みっくす 投稿日:2004/04/01(木) 04:58
- おお、いっぱいでてきましたね。
「サーパスの奇跡」
どんなのかたのしみにしてます。
- 130 名前:YONE 投稿日:2004/06/20(日) 01:54
- もしも両球団が合併しても
この話は終わらないですよね??
ちなみに私は、合併反対です。
新規参入30億円撤廃して
アコムに近鉄売却、そして四国(松山坊ちゃんスタジアム)
をフランチャイズってか四国全体をフランチャイズ
した球団を新設したら良いのにって勝手に思ってしまいました。
まぁ色々な思惑があるでしょうからね・・・
プロ野球の灯を消すな・・・!!
- 131 名前:3割君 投稿日:2004/07/08(木) 11:30
- キャンプも中盤に差し掛かり、2軍のサーパス神戸でも
紅白戦やシート打撃など実戦的なメニューに変わってきた。
だがここに悩める選手がひとり。辻だった。
フリーバッティングではそこそこ打てるのだが、いざ実戦的な
練習になるとまったく打てなくなってしまう。「プロの壁」
だった。多くの選手はここでもがき苦しみ、次第に自信を失い、
挙句の果てには結果が残せずこの世界から消えていく。
辻が打てないのはバットが変わったのは理由のひとつだが
それだけではない。プロの球についていけないのだ。
ストレートには振り遅れ、変化球には目もついていけない。
実践的な球だとバットにかすることすら危うい有様だった。
- 132 名前:3割君 投稿日:2004/07/08(木) 11:30
- 辻は恥をしのんで打撃コーチの元へ訪ねる。
うわさによると打撃コーチは鬼だというらしい。
怖がってられない、そう思った。生きるか死ぬか、
自分は人の手を借りてでもこの世界に生き残るのだから。
辻は意を決してコーチに声をかけた。
「あのー、相談したいことがあるんですけど・・・」
「何だ?言ってみろ」
- 133 名前:3割君 投稿日:2004/07/08(木) 11:30
- 2軍打撃コーチの夏はっきり言って怖かった。一体いくつの
修羅場をくぐってきたのだろうか、と思わせるようなオーラを
醸し出していた。
辻は夏に対して今の悩みを惜しげもなく話した。
ストレートに力負けすること、変化球に目がついていけないこと。
話を聞いた夏は笑みを浮かべた。
「新人でキャンプ中に来る奴は珍しいから。他の奴はじきに慣れて
打てるようになるだろうと思って 来ないんだよな。それは置いて
おいて、今までの打ち方が通用するのアマチュアまでだ。プロだと
絶対通用しない」
辻はわかっていたけどはっきりと言われて凹んだ。
- 134 名前:3割君 投稿日:2004/07/08(木) 11:31
- 「そうしょげるな。あんた、えっと辻だっけ、あんたは自分で何がだめなのか
わかってるからまだ話が早い」
夏は話を続ける。
「今から私が言うことを続けるって約束できるか?」
夏は辻に聞いてきた。辻は夏の眼を見てびびった。
その言葉を言ったとき明らかに夏の目が変わったからである。
でもプロとしてやっていくならどんなに苦しい練習にだって
耐えないといけないんだ、と自分に言い聞かせた。
- 135 名前:3割君 投稿日:2004/07/08(木) 11:31
- 「はい。できます」
と答えた。夏はそれを見て頷いた。そして口を開く。
「今日からの打撃で引っ張るな。センターに打つのは…まあよしとしよう。
それだけだ。これをフリーバッティングでも実行してもらう。
私がいいというまでそれを続けるんだ」
辻は少し戸惑ったような顔をしている。
- 136 名前:3割君 投稿日:2004/07/08(木) 11:31
- 「それだけ・・・ですか?」
「このおばさん何を言ってるんだって思っただろ。別に思ってもいいから私が
言ったことを続けること。それだけだ」
夏コーチの助言を聞いて、それからは試行錯誤だった。
センターより右側、つまりライト側へ打ってはいけない。
辻は左打ち。普通左バッターが打つと打球はライト側へ飛んで行く。
左バッターがレフト方向へ打つというのは、普通は振り遅れであり
打球は弱々しい物となってしまう。
しかし辻のいいところをひとつ挙げるとしたら、辻がいい意味で
バカであることだ。普通は夏のような助言を聞くとあれこれ考えて
しまうのだが、辻の場合は「そっかそれだけでいいんだ」と思って
何も疑わず言われたとおりやるのだ。
- 137 名前:3割君 投稿日:2004/07/08(木) 11:32
- 世の中、壁を越えるのは天才・努力家・バカの3種類の人間だ。
天才はいとも簡単に壁を越えてしまう。努力家は自分を高め、
少しずつ克服していく。そしてバカはそこに壁があることも、
しかもそれを超えてしまっていることにも気づかない。
辻は3番目に属する人間なのだ。
辻はその日からひたすら逆方向へのフリーバッティングを始めた。
自分が生き残る道はこれしかないと思って。
- 138 名前:泡 投稿日:2004/07/11(日) 13:54
- 更新ありがとうございます!
これからも楽しみにしてますのでがんばってくださいね
- 139 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:25
- 6月になった。夏の言葉から4ヶ月。1軍では各地で熱戦が
繰り広げられており、2軍はウェスタンリーグが行われていた。
辻は途中出場ながら出番が与えられて出場した。それなりの
結果を少しずつではあるが残してきている。毎日の素振りと
バッティング練習で小さな手は、豆が出来、そして潰れ、
潰れては出来、その繰り返しで皮が厚くなっていた。
その日の試合は雨のため中止。ここしばらく休みがなかったので
完全オフとなったのだ。
- 140 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:25
- 「おぃーす!!精が出てるネ」
ミカが急に声をかけてきた。彼女もまた休み返上で特打ちをしようとやって来たのだ。
ここ最近、ミカと辻は一緒になることが多い。
話は3月にさかのぼる。このチームは高卒ルーキーが極端に少なく
辻の話し相手となれる年代の選手が2軍にはいなかった。
だからミカは辻に対して積極的に話しかけていた。その日も
教育リーグ(2軍のオープン戦にあたる非公式試合)終了後、強引に
食事に誘ったのだった。
- 141 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:26
- 「アメリカって夏はベースボール、冬はバスケットボールって
2つやっている人が結構多いのよ。それで2つとも
ドラフトに指名されちゃう人もいるよ、たまに」
「そうなんですか」
辻はミカの話を聞いて相槌を打つ。
「日本の人ってベースボールならベースボール。バスケットボールなら
バスケットボールってひとつしかやらないよね」
「ミカさんは野球以外は何をやっていたのですか」
「バスケットボールよ。でも背が低いから諦めた。だからベースボールに
したの」
ミカが話し終わると、辻は考えた。そして静かに話し始めた。
- 142 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:26
- 「私は元々バレーボールやってたんだ。こう見えてもののは
上手かったんだよ。でもある日、背が低いからアタッカーやめろって
言われたんだ。私バレーが好きだったと言うよりアタック打つことが
好きだったんだ。だからきっぱりとバレーをやめた」
「それで野球を始めた」
「そういうことになるかな。理由もミカさんと一緒。背が低いことを
理由にされないスポーツ。いろいろあるけど選んだのがたまたま
野球だった」
なぜか知らないけども辻は自分の過去を話していた。
普段はこんなことはしない。でもミカが自分と似ていたからだ。
- 143 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:26
- 「ねえ辻ちゃん」
「何ですか」
「外国人枠って知ってる?」
「え、まあ」
いきなり何の話だ、と辻は思った。
「1軍の外国人選手の登録数はピッチャー二人、野手が二人の4人だけ。
今、1軍には2人外国人の野手がいる。外国人って普通、チームの主力に
なるために来るもんでしょ」
黙って聞いていた。
- 144 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:27
- 「だからちょっとやそっとでは下には落ちてこない。だから時々思うんだよね。
今1軍にいる外国人選手が怪我でもして2軍へ落ちてこないかなあって。
そしたら1軍へあがれるのにさ。そんなことを思っている自分が
嫌だったんだ」
辻は理解した。
あまりに日本語が達者だから忘れていたけどミカは外国人選手。
日本人の母を持つが国籍はアメリカ。扱いは外国人選手。
プロ野球のルールでは1軍登録できる外国人選手は野手2人、投手2人。
野手の外国人枠は今、二人とも埋まっている。
だから、この二人のどちらかが怪我、不振等のことがない限りどんなに
2軍の中で上手くても1軍へ上がれない。
- 145 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:27
- 「でもね、辻ちゃんが頑張っている姿を見ると、そんな甘いこと
言ってられないんだよね。他人が怪我したのをチャンスって
思わないとだめだって気づかされたよ」
「いやぁー」
ミカの言葉に辻は照れた。そんな姿を見るとミカは微笑ましくなった。
辻はこんな自分に対しても何かを得ることが出来たって言うその人間の器の
大きさに尊敬を抱いた。辻はミカから色んなことを教わった。メンタル面、
例えば打席に入るときは何を考えるのか、トレーニングと休息のバランスなど
自分が知らないことを惜しげもなく教えてくれた。ミカから教えてもらったのは
それだけではなかった。
- 146 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:27
- 「道具を大切にしている?」
ミカは事あるごとに聞いてきた。野球歴が短い辻は本格的な
手入れの仕方を知らなかった。スパイクの金具のところに
ついた泥を落とし、革に付いた埃、グラブも埃を拭き取る事しか
していなかった。それに木のバットの取り扱い方もよく知らな
かった。それを見かねたミカが道具の手入れの仕方を教えてくれた
のだった。
ミカの話だと一流選手ともなれば道具メーカーとアドバイザリー契約を
結んで道具はただで手に入るが、普通の選手は道具に関しては実費。
選手は個人事業主でもあるため年度末に確定申告で経費として落として
もらうのだ。だから無駄な出費をしないためにも道具は長く使わなければ
ならない。
- 147 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:28
- そういった面でのミカの手入れはすばらしかった。ミカはグラブを2年使っている。
さすがに革がくたびれてゲームでは使いにくいが、練習用ではまだまだ使える。
油分補給など手入れを毎日欠かさずやってきたからだ。バットの扱い方も
教えてもらっていた。木のバットは板目で打つと折れやすいから正目で
打つことや、バットケースには乾燥剤を入れ湿気を含まないようにすること
など辻の道具の手入れに関する知識はすべてミカから仕入れたものだ。
ミカはなぜ辻に教えたのか。
ただ、辻を見ているとなぜかやる気が出てくる。
何事にも一生懸命なこと。外国人枠で1軍へ行けなくて
心の中で何かがくすぶっていたが、今はそんなものはない。
実力で1軍の外国人枠を奪おうとする気持ちが芽生えてきたのだ。
- 148 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:29
- 隣のバッティングゲージで打ち続ける辻を見る。
左方向に苦労して打っているのがわかる。
この子ならあの1軍を変えられる、そう思っていた。
昨年と今年、キャンプ中に1度1軍へ上がったが1軍の緊張感のなさは
何とも言いがたいものだった。緊張感を持っているのは後藤ぐらいであ
った。その後藤もチーム内で浮いているように見えた。チーム内に
「なーなー」という雰囲気があった。ただ今年の外国人選手は
そんな雰囲気に流されない堅実な選手二人で実力もあったので、
ミカは2軍へ戻ることとなった。「あんな奴らが1軍か。やってられない」
という気持ちを抱いていたのだが、辻の頑張りはミカを変えた。
- 149 名前:3割君 投稿日:2004/07/13(火) 23:29
- あの子なら変えられる。私を変えてくれたように。
そう思い、ミカは自分の中にあるすべてを辻に出した。手本となれる
うちは手本になってあげる。いつか私を踏み台にして大きくなる選手だ。
根拠?そんなものはない。だが、そんな気がするのだ。
本人は気づいていないけど辻の中には才能が眠っている。
それは一体何であるのかはわからない。ただ言えることは
ものすごい勢いでうまくなってきているのだ。プロに入ってくる前に
正しい指導をされて来てなかったのだろう。だから正しい指導によって
実力がめきめきとついてきているのが目に見えてわかる。
打撃における一番最初の壁を今にも乗り越えるのも時間の問題だった。
- 150 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:40
- ☆
得意なスポーツを聞かれたら、辻はいつもこう答えている。
「バレーボールですね」
- 151 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:40
- 辻は東京の下町生まれ。幼い頃から外を遊びまわるおてんば少女だった。
小学生の頃は夜暗くなるまで遊びまわって母親によく怒られていた。
運動会のかけっこでは6年連続で1位をとった。運動会は辻の晴れ舞台であった。
中学校に入るとバレーボール部に入った。一応小学校にもクラブと言う名の
ものには入っていたけれど本格的に始めたのはこの時からだ。持ち前の身体能力
から3年生になるとその地区の学校では一番のアタッカーになっていた。
普通なら名門高校からお誘いがかかるのだが、大きくない背がネックになった。
大嫌いな牛乳も我慢して飲んだ。背を伸ばすために。だが背は伸びなかった。
- 152 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:42
- 高校でもバレーボール部に入った。そこはバレーの名門校で、
一般スポーツ推薦という試験を経て入った。足りない背は強靭な
足腰から繰り出されるジャンプ力で補っていた。しかし監督は私を
使わなかった。そう、最後はやっぱりこの身長のせいで。
監督はある日、辻に向かってこう言った。
「お前は背が低いからアタッカーにすることは出来ない。
リベロかセッターでならベンチに入れる」
この言葉は、暗にリベロ、セッターに転向したならベンチ入りをさせる
ことを暗に意味していた。
- 153 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:42
- 「アタッカーでは無理ってことですか?」
すばやく裏の意図を感じ取った辻はこう切り返した。
「そういうことだ。だが今からならお前を日本一のリベロか
セッターになれる」
普通の人からしたらほめ言葉であろう。この監督がここまで言うことなんて
なかったのだから。だが辻から返事は一言だった。
「じゃあ、やめます」
- 154 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:43
- このとき監督は相当焦った。アタッカーにしないまでも辻の身体能力を
買っていたからだ。セッターにすれば高い打点でトスを上げられるし、
リベロにすれば広い守備範囲が武器になる。
だが「アタックを打つ」このことが辻にとってバレーのすべてだった。
アタッカーとしての自分が否定されたとき、バレーをやる理由がなくなった。
膝サポーター、テーピング、ユニフォーム、雑誌。
辻の部屋から一切バレーが消えた。
- 155 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:44
- 辻の行っていた学校の一般スポーツ推薦入試というものは、
「入学後は運動部に所属すること」と書いてあった。
そう、バレーでのテストで入学しても、この条文からは運動部にさえ
入っていればいいので何もバレー部にこだわる必要がない。
その日から辻は運動部を探し求めた。
校庭でぼんやりしているときボールが転がってきた。
「すいません。ボールとってください」
(野球か。やったことなかったな。)
- 156 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:44
- 辻はボールを持った。さっき声を出した野球部員の向こうに
キャッチボール相手と思われる部員がいる。
軽く助走をつけ、右腕の先に力を集中した。
彼女の腕から放たれたボールは高く上がった。
ボールを取りにきた部員は思った、「どこに投げてるのか」と。
そして後ろに転がってると思われるボールを探した。
しかし、ボールはない。
- 157 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:44
- 「パシッ」
グラブの乾いた音がした。その音は一際大きかった。
野球部員全員が固まっていた。まるで見てはいけないものを
見てしまったかのように。
「決めた!!今日から野球する」
辻はそういってその日のうちに野球部に入ってしまった。
特別野球が好きだったわけではない。ただ面白そうだったから。
野球選手辻希美の誕生の瞬間であった。
- 158 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:45
- 後に辻はこう回想している。
「野球やるのは初めてであんまり試合に出られなかったんですけど、
そのときの監督がイチから基本を教えてくれました。投げ方、捕り方、
打ち方からすべて。はっきり言って弱小校だったんですけど仲間達は
高校途中から野球を始めた私に、嫌な顔ひとつせずにとっても優しく
してくれましたね。監督も含め、あの人たちがいなかったら今の私は
ないですよ」
- 159 名前:3割君 投稿日:2004/07/22(木) 00:45
- 身長は低かったもののバレーボール界で注目されていた人間が
2年間表舞台から消えることとなった。辻は試合にあまり出られなかった
のだが、3年生の最後の都大会ではライトでレギュラーを獲った。
しかし、その時も2回戦で破れ辻自身が注目されることはなかった。
バレーボール界の人間が辻希美という名を再び目にするのは2年後の
ドラフト会議であった。
- 160 名前:64564 投稿日:2004/08/17(火) 17:41
- 面白い
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 17:19
- 続きを見たい
- 162 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:13
- 「うおりゃぁぁぁぁぁー」
辻の腕がうなる。辻が投じた球はキャッチャーの大谷のミットの中にあった。
ウェスタンリーグ、あじさいスタジアム北神戸での対阪神戦。
9回、1アウト3塁の場面でライトへの飛球。決して浅くは
ない飛球だったがこれを捕球した辻はすぐさまバックホーム。
ランナーもタッチアップしホームへ向かう。辻の送球を受けた
キャッチャーの大谷はランナーにタッチ。余裕でアウト。
これで試合終了。
- 163 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:14
- 監督の寺田は辻を見て思った。
(様にはなってきたな)
時はさかのぼること前年の8月。
グリーンスタジアムサブ球場で行われていたオリックスブルーウェーブ
入団テスト。スカウトが発掘できなかった原石を発見する場所。だが
才能のある選手はこの時点では発掘され尽くし、スカウト網に
かからなかった者のチャンスの場と化していた。
- 164 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:15
- 「おー和田。今年はええ奴取れそうか」
寺田が話しかけた男。それはスカウトの和田薫。
彼が発掘した選手は今ではチームの主力となりつつある。
「今年はええぞ。奈良の郡山の加護なんて『後藤さんがおるから
自分も入ります』ってさ。都市対抗でバシバシ打ってた吉澤も
2順目で取れそうだし、日大の石川も話はついた。今年に関しては
出尽くしたって感があるな」
- 165 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:16
- ここ数年低迷していたオリックス。この状況を打破しようと、
6年前に編成部の改革が行われた。そのとき編成部長に就いたのが
今話をしている和田薫。6年前の平家獲得に始まり、現在主力の
中澤、安倍、飯田、保田、市井、矢口に後藤。これだけの選手が
1軍に定着しているのだからその目は確かなようだ。
だがチームが低迷しているのにはわけがあった。
このチームの病巣は紛れもなく1軍にあった。せっかく獲ってきた
選手が1軍に上がっても、伸び悩んでしまう。チーム方針に一貫性が
なく、ただ目の前の試合を消化するだけであった。
- 166 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:16
- それはイチローがメジャーへ言ってからはよく表れていた。
入札制度でイチローはマリナーズへ行ったわけだがそのとき球団に
支払われた移籍金14億円はどうなったのか?
選手に還元するのではなく、またファンの人に還元されたわけでもなく
14億円は行方不明になった。グリーンスタジアムが何度かの改修工事に
一部使われただけでフロントが吸い上げたのだろう。
- 167 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:16
- 14億円もあれば谷、田口クラスの選手を2・3人獲得することが
出来ただろう。それなのに勘違いした球団は新入団選手契約金なし
などの施策を行った。契約金を払わない球団にはトップクラスの新人は
入っては来ない。やはり経済力のある読売や阪神、そして西武などに
流れていってしまう。かといって新人を育て上げるほどファームは
充実しておらず、独立採算という名目でオリックス本体の経営と切り離し
てしまった。それが今日における成績と観客動員の低迷につながって
いったのだろう。そして主力の谷も移籍してしまった。
- 168 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:17
- だが低コストでたくさんの新人を獲得するというやり方は少なくとも
機能はしていた。いい例が1軍でレギュラーの矢口。彼女は145センチと
いう低身長から他の球団から指名が見送られていた。契約金なしという
低コストの施策がなければ矢口獲得とは行かなかったのだろう。その点を
考えれば中澤、安倍、飯田、保田、市井などもこの施策の恩恵を受けた
選手である。
これだけを見ればこの施策は成功したかに思われたが、所詮は1度
ふるいにかけられた者達。実力面では他のチームに劣り、最下位街道を
驀進することとなった。そこで球団は重い腰を上げた。甲子園を沸かせた
後藤の獲得。後藤は副作用の強い劇薬であった。後藤の入団によって
これまでエースだった安倍がどことなく自信をなくしてしまった。
そして後藤の持っているポテンシャルに周りがついていけず、軋轢が
生じているらしい。まだこのチームは「子供」であった。
- 169 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:17
- 話は逸れたが、和田は入団テストを必ず見るようにしている。
この入団テストが全国に埋もれている新人を発掘する最後のチャンスだからだ。
8月のこの時期すべてのチームがドラフトで指名予定の新人の調査は終わっており、
入団テストに来るのはどこのチームにもお目にかからなかった選手なのである。
しかし、球団スカウトと言えども全国すべての高校、大学、社会人チームを
まわれるはずもなく、どうしても見てまわるのは強豪校や強豪チームに偏ってしまう。
だからこの入団テストには、強豪校・強豪チーム在籍ではない人が大勢来る。
- 170 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:17
- その中から1人ないしや2人が合格しドラフトで指名される。
もちろん合格者がいない年もある。5年、いや7年に1度くらい
テスト入団選手が活躍すればチームとしては儲け物である。
入団テストの中身だが、一次試験が50m走と遠投。
合格ラインは50m走が6秒5以内、遠投が90m以上である。
これで大体15人前後に絞られてくる。
- 171 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:17
- だがここに二人を驚かせた人材が現れた。
遠投試験で120mを超えたテスト生がいた。
1塁ファールラインからレフトスタンドの方向へ向かって
投げるこの試験でフェンスを超え防球ネットにまで届かせた奴がいた。
5球のうち3球がレフトスタンドまで到達しその中の1球が
フェンスまで到達した。
少なくともあんなところまでライナーでボールが届くような選手は
見たことはない。和田は急遽その選手を呼び寄せた。その選手は和田が
かつて発掘してきた矢口よりも少しだけ背の高い女子選手であった。
名前、在籍チームなどを聞いた。
- 172 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:17
- 聞くところによると名は辻希美。東京都立の高校に通いこの夏の
都大会では1回戦負け。在籍高校の名を聞いても和田はピンと
来なかった。完全にノーマークだった。さらに驚かせたことに辻と
いう選手は野球を始めてまだ2年らしい。高校入学当初はバレー
ボールをしていたのだが背が足らず諦めたらしい。セッターとして
生きる道もあったが、元来アタッカー体質だそうでアタッカーで
通用しないからきっぱりとやめたらしい。高校野球都大会はレギュ
ラーにすらなれなかったそうだ。それなのになぜ入団テストに来た
のかと尋ねてみると、就職がない、大学に行く頭もない、だから
プロ野球選手にでもなろうかってことらしい。
- 173 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:18
- めちゃくちゃなやつだ。和田はそう思った。
2次試験の内容はぼろぼろだった。打てない守れない。
ただ足はあった。普通に考えたらここで落とすべきな
選手である。肩と足は十分プロでも通用する。和田は
ひとりでは決められなかった。うちに余分な選手を
抱える余裕はない。だけど・・・
- 174 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:18
- 和田は今まで自分の考えに自信を持ってきてこの仕事をしてきた。
だが今回ばかりは一存では決められない。あの子をうちでどれだけ
育てられるか、という興味があった。だが個人的感情でチームの
編成を決めてはならないのである。だから和田は現場の人間である寺田の
意見がほしかった。
「いいんちゃうか」
和田の予想に反して寺田はあっさりと言い放った。
- 175 名前:3割君 投稿日:2004/10/11(月) 11:18
- 「お前が考えとうことはわかる。でもこういう奴が明日の
大スターになるかもしれへんやろ。少なくとも身体能力の
面では他の奴らに引けはとらない。それだけでも十分な
理由やないか。それにあいつの中にあるもんを俺も見たいしな」
その寺田の一言でドラフトでの指名が決まった。
その一言がひとりの野球選手、ひとつの野球チームの運命を変えた。
それが目に見えてわかるようになるにはまだ先の話なのだが。
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/15(金) 21:09
- 面白い!!
これからも期待してます。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/01(水) 21:07
- 半端なく面白いですね。野球がやりたくなってきました
- 178 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:13
- ☆
七月に入り暑さも増してきた。気温は連日30度近くまで上がり、
あとは梅雨明けの報を待つばかり。連日のようにウェスタンリーグの
試合が開催され、辻は着実に出番を増やしていた。
本日は北神戸での大阪近鉄バファローズ戦。先発は1軍でも活躍している投手。
調子が上がらず2軍で調整しているが、格からして違う。
その日1番ライトで先発した辻の1回、第一打席。
1球目、外のストレート。わずかに外れてボール。速い。
一軍でも活躍している投手が相手。簡単に打たせてもらえそうにない。
- 179 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:13
- 2球目、今度はインコースのストレート。体が反応した。ボールを捕らえたとき、
ボールの重さに負けそうだった。辻は無意識のうちに左手に力をこめた。
コンマゼロ何秒の世界の中で。
打球は三塁手の頭を越え、レフト線に落ちた。
かっこよく言えばテキサスヒット。かっこ悪く言えばポテンヒット。
要は守っている人が誰も居ない場所へ落ちた。1塁塁上で辻は左手を見た。
この感覚は何だ?普段の自分なら確実にサードへのポップフライ
(簡単に取れる平凡なフライのこと)。しかし、左手での最後の一押しが
打球をサードとレフトの間に追いやった。
- 180 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:14
- 続く3回の第2打席。
初球、真ん中からインコースへ曲げてくるスライダー。
バットの芯少し根もとだった。足、腰、肩、肘、手首すべてを連動し、
最後に左手で一押し加えバットを振り切った。打球はライナーで三遊間を
抜け、レフト前に達した。
辻はこのあとの2打席で凡退し途中交代したが、
何かを掴んだようだった。試合後、室内練習後に直行した辻は
打ち込んだ。あの感覚を忘れたくなかったから。
- 181 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:16
- 1度掴んだものの習得は早い。辻の言う「あの感覚」で打てるように
なってから打席での辻は明らかに余裕が出てきた。少々詰まっても
打てないことはない。その考えがボールを最後まで引き付け、打つと
いう行動につながった。その結果、ボールを見る時間が長くなったので
四球を選ぶ数が増えた。夏の狙いはまさしくそれだった。
夏から言葉が出た。
「明日から自由に打っていいぞ」
そう、辻は夏から出された課題をクリアしたのだ。
スタートラインに立つことができた、1軍への切符を掴むための。
- 182 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:17
- ふとしたきっかけ、そうここでは1軍で活躍する投手に打ったことで自信をつけた。
人はラッキーと言うかもしれない。だがそのちょっとしたことをきっかけにして
辻はステップアップしていく。だが、それと同時に辻への試練は足音を忍ばせて
少しずつ近づいて来る。
- 183 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:17
- 時は過ぎ2月。辻の年俸はちょっぴり上がった。
この間、チームにはいろいろなことが起こった。突然のオリックスの
チーム譲渡。新たにチームの親会社となったのは、「アップフロント
エージェンシー」という芸能プロダクションであった。新たに就任した
オーナーは高らかに宣言した。「野球とエンターテイメントとの融合」を。
新フロントは新しいチームを印象付けるために、かつて甲子園を沸かせ、
高校卒業と同時に米国へ野球留学に行っていた松浦亜弥をドラフト1位で獲得した。
新しいユニフォームはかつてのファイターズを彷彿とさせる鮮やかな橙であった。
そうした1軍での華々しさと違い2軍の方はサーパス神戸が存続し、あまり
変わったことはなかった。
- 184 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:18
- かくいう2年目の辻にもチャンスが訪れた。宮古島での1軍キャンプに
帯同することになったのだ。入団してからの初めてのチャンスに辻は燃えていた。
夏の目から見ても辻の成長ぶりには正直驚いた。
昨年の2月のキャンプのときはプロの球についていけないと泣き言を
漏らしていた小娘が、1年で1軍に昇格するとは思っていなかった。
夏は、辻が打撃のことで相談してきた前からその存在は気にはなっていた。
野球歴が3年にも満たない奴が入ってきたということを聞いて、このチームの
編成部の脳が心配になったが辻を入団させた判断は間違いではなかった。
あの子なら私の出来なかった境地に行けるかも。
- 185 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:19
- 辻への第一印象は、基礎がしっかりしていることであった。
高校時代の指導者がすばらしい人間だったのだろう。
投げ方、捕り方、打ち方どれもに癖がなく基本をしっかり守った
ものであった。プロになってくる人間でもここまで基本がしっかり
している人間は少ない。夏は辻を宝石の原石、別の言い方をすれば
何も描かれていない真っ白なキャンパスにたとえていた。逆に言えば
自分の指導が辻の方向性を決定付けるため、他の選手より慎重に指導に当たっていた。
それが実って晴れて1軍キャンプ帯同となった。
- 186 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:20
- 3月のある日、辻は2軍へと戻ってきた。
顔からは自信が消え、一瞬夏は「誰だ」と思うほどだった。
このとき夏はただ、1軍の壁にぶつかっているのだと思っていた。
だが事態は夏の予想よりも悪かった。
フリーバッティングの最中、夏は辻のバッティングを見て愕然とした。
昨年1年をかけて作り上げたフォームがガタガタに崩れ、辻が放つ打球
には勢いがない。
夏は記憶の糸を手繰り寄せる。2ヶ月前の合同自主トレ。
辻のフォームは・・・。夏はすべてを悟った。
その途端、心の底から怒りが湧き起こってきた。
- 187 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:20
- おそらく辻は1軍のキャンプで打撃コーチから、フォームの変更を
指示されたのだろう。辻はこれに応じた。その結果、豪快かつ繊細な
辻の打撃のフォームがコンパクトにそして叩きつけるようなフォームに
変わってしまった。コンパクトと言えば聞こえはいい。言うなれば、
ただのこじんまりしたスイング。体が決して大きくない辻がこのような
フォームで打てばプロの球に押されて当たり前なのだ。
選手はコーチの人形じゃない。100人いれば100通りのフォームが
あるのに、自分がいいと思っているフォームを押し付ける。そんなのは
コーチの仕事であるのか。
- 188 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:20
- 二人の戦いが始まった。二人は話し合い、辻は納得の上で再び昨年の
フォームを取り戻すことにした。見たところ体の使い方がおかしく
なっていた。コンパクトに振ろうとするあまり、全身を動員して打って
いたのが今では腕だけで窮屈そうに打つような形になっていた。
とにかく大きく振れ。夏はそう指示した。今の良く言えばコンパクト、
悪く言えばこじんまりしたフォームを壊すことから始めた。
- 189 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:21
- フォームが程よく壊れかけてきた頃、夏は一人の選手を連れてきた。
背丈は辻より少し大きく、目が大きかった自分と同じ女の子。
「誰?」
辻は夏に聞いた。
「こいつは高橋。今年のドラ3だ。年は松浦と一緒」
ドラ3。いわゆるドラフト3順目に指名されて入団した選手。
年は辻よりもひとつ上。1軍の松浦と一緒だ。
- 190 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:21
- 「高橋さん・・・ですか」
プロ野球の世界は年齢による序列のため大卒のルーキーと、高卒3年目なら
大卒ルーキーのほうが上。この法則に従えば2年目の辻より、ルーキーだけど
年上の高橋のほうがえらいのだ。
「#β○※%▲@♪◎★%p♭♀§℃♀」
辻の言葉を聞いて何か高橋が言ってるようだ。
ただ早口なのと聞きなれないイントネーションで何を言ってるかはわからなかった。
- 191 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:22
- 「夏さん、何て言ってるんですか?」
「高橋は『さん付けなんて恥ずかしい』って言ってるんだ」
「どこの国の言葉をしゃべってるんですか?」
「何言ってるんだ。日本語に決まってるだろ」
辻は「日本は広い」という事を学習した。
とりあえずそれは置いておいて、高橋も辻と同じく
夏の門下生になったのだ。理由は辻と同じ。
- 192 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:22
- 「辻、今のお前は新米の高橋と一緒だ。だから、やることも一緒だ。
お前らはとりあえずライト方向へ打つな」
1年前にはわからなかった夏の指導の意味。今では良くわかる。
論理的にはよくわからないが感覚的にはわかる。
- 193 名前:3割君 投稿日:2004/12/05(日) 11:24
- 「えーっと、あの辻さん…」
プロ野球界の掟を知らない高橋が、先輩である辻にさん付けして呼ぶ。
「辻ちゃん、でいいよ。みんなそう呼んでいる。高橋さん、あとこの
世界では在籍年数関係なしに歳が上の人のほうが偉いから」
「そんでも、『高橋さん』だなんて恥ずかしいよ。んなら私も
愛ちゃんと呼んで」
「わかったやよ」
「やよ?」
二人は夏の課題に取り組み始めた。後の鉄壁な外野陣の右中間を
構成する二人の最初の出会いであった。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/06(月) 01:44
- 面白いです!!
これからも頑張って下さい。
- 195 名前:3割君 投稿日:2004/12/06(月) 16:06
- >>194 改定
「えーっと、あの辻さん…」
プロ野球界の掟を知らない高橋が、先輩である辻にさん付けして呼ぶ。
「辻ちゃん、でいいよ。みんなそう呼んでいる。高橋さん、あとこの
世界では在籍年数関係なしに歳が上の人のほうが偉いから」
「わかったやよ」
「やよ?」
「そんでも、『高橋さん』だなんて恥ずかしいよ。んなら私のことも
愛ちゃんと呼んで」
二人は夏の課題に取り組み始めた。後の鉄壁な外野陣の右中間を
構成する二人の最初の出会いであった。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/11(水) 22:09
- もう更新無いのかな…
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:25
- 放置ですか?
更新待ってます。
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