Dance Dance Dance

1 名前:大淀 投稿日:2003/10/08(水) 19:16
いしよしで学園ものです。

よろしくお願いします。
2 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/08(水) 19:17

いつもと変わらない朝。
ひとみは、のんびりと学校へ向かっていた。

「ひとみちゃぁーーーーーーん!!!」

背後から聞こえた、自分を呼ぶ大きな声。
振り返らなくとも分かる、愛しい人の声。

女同士ということは、百も承知だった。
初めはその気持ちは友達としての『好き』なんだと自分に言い聞かせていた。
けれど、どうしようもなく梨華に惹かれてしまう思いは、
ひとみの中で『恋愛感情』なんだと認めざるを得なかった。

「朝からそんなおっきい声出さないでよ、梨華ちゃん。」

「むぅー。だって遠くからひとみちゃんのこと、見つけちゃったんだもん。」

「まぁ、いいけどさ・・・」
3 名前:Dance 投稿日:2003/10/08(水) 19:18
ひとみの心臓は梨華の言葉を聞いて、ばくばく暴れだした。
その動揺を隠すため、無愛想な言葉しか口に出せなくなっていた。

梨華はひとみとは対照的に、天真爛漫で、素直だった。
しかし、ひとみのことを何とも思ってないから、何でも口に出せるのだ。
そう思って、余計に梨華に告白できないひとみであった。

『こうやって、梨華ちゃんとはただの友達でいるのが一番なんだ。』

ひとみが悩んだ末に出した、一つの結論だった。


「だいぶ暑くなってきたね。」

「もうすぐ、衣替えじゃん。早いねー。」

「やだなぁ・・・」

「どうして?あたしは夏服、好きだけど。」
(ていうか、梨華ちゃんの夏服姿が、好きだよ。)

「だって、半袖だと、日焼けするじゃない。」

「プッ。いいじゃん。ちょっとくらい焼けてたほうが、健康的でいいと思うけど。」

「ひとみちゃんは色が白いからそんなことが言えるのよ。」

ひとみは制服のシャツをまくって、自分の肌を見つめた。
梨華とは対照的な、白い肌。
(確かに、あたしって日焼けしないよなぁ・・)
4 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/08(水) 19:19
「・・・ひとみちゃん!」

「へ? あぁ、ゴメンなんだっけ?」
ふと我に返る。

「とにかく、今年はなるべく日焼けしないようにするの!」

「無理だと思うけどなぁ・・・」

「できるの!」

ひとみはすぐムキになる梨華を、微笑みながら見つめていた。




「おはよう、梨華ちゃん。」
ひとみと梨華が教室に入ると、小柄な少女が、梨華に声を掛けた。
加護亜依である。

「よっすぃーもおはようなのれす。」
加護と同じくらいの体型で朝からおやつを頬張っている少女が、ひとみに声を掛けた。
辻希美である。
5 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/08(水) 19:20
「ところでよっすぃー。」

「なに?」

「体育祭に出る種目、もう決めた?」

「ん、あーまだ。」

「よっすぃーは何に出ても大活躍なのれす。」

ひとみはバレー部だ。1年のときから、エースとして活躍している。
バレーに限らず、スポーツ万能だった。

「へへへ。照れるじゃん。梨華ちゃんは何に出るの?」

「ひとみちゃんとは違って、私は運動音痴ですよ―だ。」

自分でそう言っている梨華だが、中学時代はテニス部のキャプテンで、
運動音痴というわけではない。

「あーあ。梨華ちゃん拗ねちゃったやんか。
よっすぃー、責任取りなさい。」

「そうなのれす。よっすぃーが悪いのれす。」

「なんもしてねーよ!」

「えーん、ひとみちゃんがいじめるよぉー。」
梨華も悪ノリし、泣きマネをしている。

4人でそんなやり取りをしていると、1限目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
6 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/08(水) 19:22
先生が黒板に板書するチョークの音だけが、カツカツと教室に響く。
周りの生徒は必死にノートに書き写していたが、
ひとみは頬杖をつき、梨華をぼんやりと見つめていた。

梨華ちゃん・・・。
好きだよ・・・。
言葉にして言わなくても、伝わったらいいのになぁ・・・。
つか、あたしのこと、どう思ってんの?

バチッ。

梨華と目が思いっきり合ってしまった。

梨華は真っ直ぐにひとみを見つめている。
ひとみは真剣な梨華の眼差しに、目をそらせなくなってしまった。

1秒。2秒。
たった数秒のことが、とても長い時間のように感じる。
ひとみは全身の血液が顔に集まり、顔が心臓になってしまったかのように、波打つのがわかる。
いつも見慣れている顔なのに、どうしてこうもときめいてしまうのか。
7 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/08(水) 19:22
自分が愛しい人を見つめている。
愛しい人も自分を見つめている。

それだけでドキドキするが、授業中に見つめあうということが、余計にドキドキさせるような気がする。

「こぉら、吉澤!よそ見しないで、ちゃんと写さんか!」

「すみません・・・」

しゅんとなって俯く寸前、ひとみの視界に穏やかに微笑む梨華の姿が映った。
8 名前:大淀 投稿日:2003/10/08(水) 19:25
えと。
第1回はこのへんで。
がんばって更新していきたいと思います。
9 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/08(水) 22:23
新スレおめでとうございます。
最後まで完結してほしいです。よろしくお願いします。
10 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:54
その日の放課後、ひとみは掃除当番に当たっていた。
ジュースをおごるという約束で、梨華はひとみの掃除を手伝っていた。
辻と加護も誘ったが、「今日はあいぼんの家でお菓子パーティーなのれす。」と言って断られてしまった。

「ひとみちゃん、他の当番の人はどうしたの?」
ほうきでゴミを掃きながら、梨華はそっと尋ねた。

「さぁ・・・」
ひとみは俯き床をぼーっと眺める。

「あのね、ひとみちゃん・・・」

「何?」

「どうして今日、授業中にこっちを見ていたの?」

「!」
はっとして梨華に体を向ける。
体が硬直し、またひとみの鼓動が高鳴る。

「ねぇ・・・、なんで?」

梨華がひとみに詰め寄る。
11 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:55
(それは、梨華ちゃんが好きだから・・・ なんて言えねぇ〜!!)

何も言葉を発しないまま、ふるふると頭を横に振る。
ひとみが握っていたほうきが、カランと音を立てて床に転がる。

梨華はひとみの頬をそっと両手で包み込む。
(梨華、ちゃん・・・?)

梨華はさらにひとみとの距離を縮めた。
ひとみは何も考えられなくなり、梨華に吸い込まれるように顔を近づけていく。
視界がぼやけ二人の唇が一層近くなった時。


ガラッ。

突然教室のドアが音を立てて開いた。
慌てて二人は体を離す。

「あ、見つけた。吉澤先輩!」
ドアを開けた少女は、梨華の間に割って入り、ひとみに思いっきり抱きついた。

「や、ちょっと何すんの。」
少女・・・松浦亜弥を引き剥がし、チラッとひとみは梨華を見たが、
梨華はぷいっと窓の方を向いてしまった。
12 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:55
「あのね、先輩。お願いがあって来たの。」
「・・・なに?」
「体育祭で、私と踊って欲しいんです!」
「・・・は?」

ひとみの通っている高校では、体育祭の中でダンスパーティーがある。
そこで一緒に踊って結ばれたカップルは少なくない。
しかもその相手とは永遠の愛が約束されるというジンクスもあった。

「もしかして、もう相手決まってるんですか?」
「まだだけど・・・」
「じゃ、決まりですね。」

「・・・や、ちょっと考えさせてよ。」
「ぶぅー。私が一番に声掛けたのに?」
「覚えとくよ。」

ひとみは亜弥に微笑んだ。
それに少し満足した亜弥は、もう一度ひとみに抱きつくと、教室を出て行った。

二人きりになってしまったひとみと梨華は、お互いに口をきこうとしない。
気まずい空気が流れる。
13 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:56
夏が近づいている。
夕方になってもまだ太陽は高い位置にあった。
時計は5時になろうとしている。

沈黙を破ったのは、ひとみだった。
「梨華ちゃん・・・」

窓から校庭を眺めていた梨華は、返事をせずに、ひとみの方に振り向いた。
「掃除、手伝ってくれてありがとね。ジュースおごるからさ、帰ろうか。」
梨華はまた校庭に向き直って、ひとみの返事に頷いた。

掃除を済ませ、学校を後にする。
二人は公園にやってきた。
「はい。お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。」
ひとみは梨華にミルクティーを手渡す。

「ありがとう・・・」
梨華はベンチに座り、黙ってそれを飲んだ。

キィ、キィ・・・
ブランコの軋む音が、規則的に鳴り響く。
ひとみは黙ってブランコをこぎ続けていた。
遠くに見える学校の近くには、ようやく太陽が沈もうとしていた。
14 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:57
体育祭が間近に迫っている。
クラスでおそろいのハチマキを作ったり、応援の旗を作ったりと、毎日準備に追われていた。

「ごめん、加護!準備の途中で悪いんだけど、あたし部活に行かなくちゃ。」
「はぁ?よっすぃー、マジで?男手が足りなくなるよ!」

クラスメイトもぶーぶー文句を言っている。

「ほんとごめん。本番はその分頑張るからさ!」
ひとみはそう言ってウインクすると、走って行った。
15 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:58
走っている間、ひとみは考えていた。
 
 もう、梨華ちゃんとの関係がぎこちなくなってから、2週間以上経つ。
 今日も梨華ちゃんと喋れなかった。
 辻と加護を挟んでなら何度か話したけど、明らかに梨華ちゃんはあたしの事を避けている。
 
 原因が分からない。
 もうここまで喋らなくなると、話し掛けづらくなってしまった。
 
 苦しいよ・・・梨華ちゃん。
 近くにいても話せないなんて、遠くから見てるだけの方がいいよ。
 あたし、何かした?

 真実を知るのが怖くて、聞くことができない・・・
 もう、元に戻れないのかな・・・?
16 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:58
息も切れ、梨華との関係に胸を痛めて走っていると、窒息しそうになる。
「はぁっ・・・」
走るのを止めて、ゆっくりと歩くことにした。

顔を上げて、前方に目をやると、亜弥の姿が見えた。

「・・・松浦さん?」

「吉澤先輩。」

衣替えをした、亜弥の夏服姿に見とれてしまった。
亜弥は、かわいいと思う。
けれど、梨華の夏服姿が一番かわいく見える。
17 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 12:59
肌が焼けるのを気にして、日焼け止めを一生懸命塗っている梨華。
半袖から覗かせる、ほっそりとした二の腕。
それに梨華の笑顔がプラスされると、ひとみは梨華がまぶしくて、直視できなかった。

もっとも、最近の梨華との関係からいって、その笑顔が自分に向けられることはまず無かったが。

「先輩。ダンスパーティーのこと、考えてくれましたか?」

「あぁ・・・」

梨華のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
本当は、梨華と踊りたかったが、叶えられそうにもない。
他にも自分に声を掛けてくれる人もいたが、梨華以外の人なら誰でも同じだと思う。
18 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/19(日) 13:00
「いいよ・・・踊ろっか。」

「ホントですか?! どうしよう、嬉しいです!!!」

嬉しそうな亜弥の表情に、ひとみもつられて微笑んだ。
しかしその表情とは裏腹に、ひとみの心は悲鳴をあげていた。

『梨華ちゃん・・・!!』
19 名前:大淀 投稿日:2003/10/19(日) 13:04
うぃっす。ここまでです。

>>9 名無し読者さん
頑張りやす。
こうして何らかの反応をいただけると、
頑張り甲斐があるってもんです。
ありがとうございます。
20 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/22(水) 22:12
体育祭当日。
心のどこかで願っていた梨華との関係の修復も、叶わなかった。

体操服に着替え、教室に入るといつもより騒がしかった。

「「よっすぃー!!」」
辻と加護の声だ。
呼ばれても、どこからか分からなかった。
きょろきょろと辺りを見回す。

『こっちだよ。』
その声だけがはっきりと聞こえた。
ひとみをドキドキさせる、甘い声。
聞こえてくる方に体を向けると辻と加護と梨華がいた。
梨華が辻にハチマキを巻いてあげていた。

「おー!これがうちのクラスのハチマキ?光ってんじゃん!かっけー・・・」

スパンコールが施され、どこからでも目立ちそうなハチマキだった。

「ひとみちゃん・・・これ。」
梨華はひとみにハチマキを渡す。
21 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/22(水) 22:13
「あ、ありがとう・・・」
声が上ずる。
緊張して、そのハチマキを受け取った。

「着けてあげようか?」

「あ、お願いします・・・」
何で敬語なんだよ、と自分で思いながら、ひとみは梨華に対しくるりと背を向ける。
梨華は慣れた手つきで、あっという間に巻いてしまった。

「よっすぃー、かっこいいのれす!」

「よっすぃーの刺繍、梨華ちゃんがしたんだよ。」

「刺繍?」

見ると、ハチマキの端に、『ひとみ』と書かれている。
パッと梨華に目を向けると、少し顔を赤くして、俯いていた。

「ありがとう、梨華ちゃん。すっげーよく出来てる。
よっしゃ!今日はめちゃくちゃ速く走れそうな気がする!!」
22 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/22(水) 22:14
ひとみはハッとする。
喋りすぎてしまったと後悔した。

「頑張ってね、ひとみちゃん。応援してるから。」

さっきまで鉛のように重くなっていた心が、梨華の一言で、すっと軽くなる。
ひとみは自然に笑顔になった。
梨華もそれに応え、二人は笑顔で見つめ合った。
23 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/22(水) 22:15
開会式が始まるので、校庭に出た。
肩をぽんぽんと叩かれる。
ひとみが振り向くと、そこには後藤がいた。

「おはよう。よっすぃー。」
「おはよ。」

「ダンスの相手決めた?」
「あぁ。松浦さんにした。」

「ええぇ!?」
「何だよ。」

「てっきり、梨華ちゃんだと思ってたから。」
「ふぅん・・・ごめんね。予想と違くて。ごっちんは?」

「もちろん、いちーちゃん!」
「ハイハイ。よかったねぇー。」
ぽんぽんと、後藤の頭を叩く。

「よっすぃーさ、いいの?それで・・・」
「何が?」

「梨華ちゃんのこと。本当は踊りたいんでしょ?」
「・・・・・・」

「素直になった方がいいよ。たとえいい結果じゃないとしても。」
「・・・・・・」

「逃げないで。がんばれ。」
「ごっちん・・・」
24 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/22(水) 22:16
後藤はそう言うと、風のように去っていった。
それを目で追うと、その先には市井がいた。

必死で梨華が好きなことを隠していたつもりでも、ひとみの気持ちは後藤には通用しなかった。
『後藤には何でもお見通しだよ〜』そんな声が聞こえてきそうで、ひとみは苦笑する。
でも、誰に何と言われても、梨華に気持ちを伝えようとは思えない。
梨華を深く傷つけてしまうかもしれない。
そして、自分から離れていってしまうことも予想できてしまう。
今のままで十分だと思うことにしたのだ。

開会式が終わり、競技がスタートする。
ひとみは100m走の集合場所に向かった。

100m走の出場選手は、各部活のエースばかりだ。
その中に、市井の姿があった。

「市井さん。」
「お、吉澤じゃん。手加減しないからな。」
市井はニヤリと笑った。
「こっちこそ、負けませんよ。」

「・・・後藤に聞いたんだけど。」
「はぃ?」

「ダンパ。松浦と、ペア組むんだって?」
「はあ、まぁ・・・」

「石川は・・・」

バァン!
25 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/22(水) 22:16
しまった。

そのあと必死に追い上げたけど、2位になってしまった。
市井さん、ズルイっす・・・

「何やってんねん、よっすぃー。完全に出遅れてたやんか。」
「スイマセン・・・」
「鈍いよっすぃー、カッコ悪い。」
梨華ちゃんは笑っている。

その後は、辻の必死のパン食い競争。
加護のすばしっこさが目立った障害物走。
梨華ちゃんの借り物競争は、探してる姿がとてもかわいかった。

あたしたちのクラスは、午前中2位で終了した。
26 名前:大淀 投稿日:2003/10/22(水) 22:19
ハイ。ちょこっと更新です。
27 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/23(木) 01:17
更新お疲れ様です。
なんか展開が早すぎてついていくの精一杯…。
せっかく面白くなりそうなのに勿体無い気がしました。
そうは言っても次の更新楽しみにしてます。よけいなお世話ですみません。
完結に向けて頑張って下さいね。
28 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:30
「あぁ〜喉渇いた。お茶、持って出ればよかった。」
校庭から自分の教室へと向かう、廊下の途中でひとみは何気なく呟く。
自分の後ろでは辻と加護が何やらじゃれていた。
お互いの腕を引っ張って、「おーえす!おーえす!」と声を張り上げている。
その姿は綱引きの練習の様にも見える。

ふとペットボトルのお茶がひとみの視界に入る。
左横を歩く梨華を見た。

「飲んで、いいよ。」
「ありがと・・・」
やや緊張しながらペットボトルを受け取った。
それはひんやりとして気持ちが良かった。
逆にどんどん熱を帯びてくる手のひらが強く感じられる。

(なんだろうな、こんな事でも、めっちゃ嬉しい。
 梨華ちゃんの優しさに、慣れてしまってたのかもしれない。
 距離を置いてみて、やっぱり気づく。
 あたし、好きだ。梨華ちゃんを好きになって幸せだ。)
29 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:30
「もらいー!!」
「!!!」

辻が、ペットボトルを奪って走り去った。
加護もそれを追っていく。ひとみに振り返り、意味深に笑っていた。

「ちょっっと、返せよ!!」
その加護の笑みが無性に腹が立つ。
自分の心の中を覗かれたような気持ちだった。
梨華にばれてないかな、と気になった。
隣りに歩く梨華は走り去る二人を見て笑っていた。
まるで天使の微笑だ、なんて思ってしまう。
梨華の隣りを歩く自分は何てアブナイ考えを持つ『友達』なんだと思い、梨華と一緒に笑った。

辻と加護は先に教室に帰っていた。
遅れて梨華と教室に入る。
「あ!」
辻はひとみたちに気づいたようだった。
加護は何か書いている。辻が何か囁くと、加護もこちらを向いた。
30 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:31
「何か怪しくない?」
梨華が言い、ひとみは頷く。
「何コソコソやってんだよ?」
いつも以上に低い声で、二人に問う。
ぽーんと、ペットボトルを投げられた。それを上手くキャッチする。
「ん?何か書いてある。」

そこには梨華とひとみの相合傘が書いてあった。
その横には何とも下手くそな絵が描かれてあった。
ひとみと梨華らしき人物が、キスをしている。
「ラブラブ」と声をそろえて絵の中の二人は言っている。

「『ラブラブ』なんつって、セリフ言うカップルがいるかー!!」
ひとみは辻と加護に向かってペットボトルを投げ返し、怒鳴り散らす。
二人は無言でひとみと梨華を指差す。
「バカか!だいたいこれは梨華ちゃんのやつなのに!!」
大声は止まらない。
照れだ、これは。自分は確実に照れている。
ひとみはそう思った。
31 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:31
辻と加護はゲラゲラ笑っているが、自分が照れているせいかな、と恥ずかしくなった。
「よっすぃー、顔真っ赤だよ。」
「何こんくらいで照れてんねん。」
まだ笑っている。

「だまれ。」
二人を静かにさせようと思っていった言葉も逆効果。
まだ笑っている。
あきらめて加護からペットボトルを奪い取る。

「ごめんね、梨華ちゃん。」
そう言ってひとみはペットボトルを返した。
梨華はまたあの、天使の微笑でひとみを見つめていた。
その表情はひとみには刺激が強すぎた。
ひとみは昼休みの間中、梨華を真っ直ぐ見ることが出来なかった。

(眩し過ぎて・・・輝いていて・・・綺麗だった、梨華ちゃん。)
32 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:32
午後の部が始まる。
校庭では、各部活による応援合戦が繰り広げられていた。
4人の中で、部活に入っているのはひとみだけだった。
ひとみの学校は、スポーツ科があり、運動部に入っているのはそこの生徒が過半数を占めていた。
普通科のひとみは、バレー部のレギュラーであり、一目置かれていた。

梨華と、辻と加護はグランドの端の方の土手で、見物していた。
「まだかなぁ、よっすぃーの番。」
「うん。」

夏本番。太陽がその日一番高い位置に昇る頃。
ジリジリと焦がす太陽を、まぶしそうに梨華は見つめていた。

「あのね、梨華ちゃん。」加護が呟く。
「なぁに?」
「よっすぃーと、何かあった?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「やっぱり何かあったんだ。 ・・・教えてくれる?」
33 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:33
恐る恐る、梨華を傷つけないように加護は尋ねた。
となると、自然に大阪弁は抜けていた。
加護の優しい口調に、梨華は気付く。
いつも辻やひとみたちとふざけているが、加護は些細な変化に気付いてくれて、心配してくれる。
優しい仲間に恵まれて、梨華は幸せだと思う。
梨華は目を閉じて、決心したように再び開け、ゆっくりと口を開く。

「あのね・・・」

 笑わずに聞いてね?
 あいぼんとののとは高校で初めて会ったんだよね。
 私とひとみちゃんは、中学の時からの知り合いだったの。
 知ってるよね。
 でも私たちのこと、詳しく話したこと、なかったんじゃないのかなあ。
34 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:33
 中学の時はほとんど喋ったことがなくてね。
 私はテニス部の部長で、彼女はバレー部のエース。
 チームで一番上手くて、キャプテンにぴったりだったんだけど、
 ひとみちゃんは人の上に立ってみんなを引っ張っていくのが苦手だったみたい。
 でも、後輩とかの面倒見はすごく良かったし。
 だから裏でみんなを支えて、場を盛り上げて、部の雰囲気を和ませるのが上手かったの。
 あ、何で知ってるかというと、雨でコートが使えないとき、テニス部は体育館で練習するの。
 ひとみちゃんは『バレー部の吉澤さん』で知らない人はいなかったから。
 プレーも抜群に上手くて、自然と目で追って・・・って感じで。
 
 今のように仲良くなってから聞いた話なんだけど、
 その当時ひとみちゃんも私のこと、知ってくれてたみたい。
 「テニス部部長の石川さん。黒くて有名だったよ。」って言ってた。失礼だよね。
35 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:34
 で、まあ二人とも部活を引退して。
 受験勉強のために図書館に行ったの。
 秋・・・冬だったかなぁ。
 寒かったのを覚えてる。
 そしたら、ひとみちゃんに偶然会ったの。
 空いてる席が、ひとみちゃんの横しかなくって。
 「ここ、いいですか?」って話し掛けたのが最初だった。
 「いいですよ。」なんてこっちを向かずに本に夢中だった。
 すごい熱心に勉強してるんだなって感心したの。

 何読んでたと思う?
 『あやとり入門』だよ。
 のび太くんを超えようと思ったんだって。
 まぁ、そこから仲良くなったのは本当。
 一緒に受験勉強したりして。
 偶然志望校も一緒で。
36 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:35
 放課後に、教室で勉強の教え合いっこしたりして。
 帰る時ひとみちゃんはよくミルクティーを奢ってくれたなぁ。
 手がかじかんで、はぁーって息吹きかけてたりすると、
 ひとみちゃんは私の手を取って自分のコートのポケットに入れて、温めてくれた。
 「ありがと。」って言うと「何が?」なんてとぼけたりして、おかしかった。  

 試験の日、私すっごい緊張しちゃって、震えてたの。
 そしたらひとみちゃん、学校の校門のど真ん中で人がいっぱいいるのに
 「大丈夫だよ。」って、ギュッって抱きしめてくれた。
 恥ずかしかったよぉ。
 でもそれで緊張も吹っ飛んで、落ち着いて問題を解くことが出来た。
 ひとみちゃんと一緒に合格した。
 後でいくらそのことを話しても、「そんなのしてないよ。」って笑ってごまかすの。
 ひとみちゃん、照れ屋さんだから。
37 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:35
 で、あいぼんとののに出会った。
 4人でいつも一緒で、楽しかった。
 今まで以上にひとみちゃんと仲良くなれて、すごく嬉しかったんだけど・・・
 何か、何かね。ダメなの。
 ひとみちゃんが他の人に優しくしてるのをみたら、嫌なの。
 私に一番優しくしてほしいって思うの。
 ワガママだって、分かってるんだけど。
 ひとみちゃんは優しくて、カッコよくって、すごく人気があって。
 私にとって完璧すぎるお友達だから、だから取られたくないって思うの。
 松浦さんとか、最近ひとみちゃんにべったりだから、困ってるの。
 ひとみちゃんはぜんぜん悪くないんだけど、
 何かデレデレしてる姿見てると、すごい頭にくる。
 だからひとみちゃんと上手く喋れなくって・・・。
 ひとみちゃんも何か感じてるのかな、避けられてる気がするし。
 あぁ、どうしたらいいのかな・・・?
38 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:38
話を聞いていた辻と加護はお互いに顔を見合わせる。

「「それって、梨華ちゃん・・・」」

梨華は首を傾げ、不思議そうな顔をする。
梨華はまだ、自分の気持ちに気付いていなかった。

ニヤリ。
怪しく笑うと、加護が辻に耳打ちする。

「何話してるのよぉ」
梨華がふくれる。

「梨華ちゃん、のの達にまかせるのれす!」
「とりあえず、梨華ちゃんは今日のダンパ、よっすぃーを誘うこと!」

「えぇ!出来ない!第一松浦さんもひとみちゃん誘ってたもん!
 私とは踊ってくれないよ。ぐすっ・・・」

梨華は目に涙を浮かべる。
39 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/10/29(水) 09:39
「な、泣かんでもええやん!いけるよな、のの?」
「そうれす。きっとよっすぃーはOKしてくれますよ。
 特に梨華ちゃんからのお誘いなら絶対に断ることはないない!」

「そうかな・・?」

「「そうそう!」」

「じゃ、頑張ってみる!」

加護は、思っていた。
『分かりやすぎや、梨華ちゃん。あと、かなり鈍感。
 よっすぃー、前途多難ですよ、コレは・・・』
40 名前:大淀 投稿日:2003/10/29(水) 09:42
今日は以上です。

>>27 名無し読者さん
感想ありがとうございます!
すごく、すごーく参考になりました。
余計なお世話だなんて、そんなのないッスよ!
批判も大歓迎なんでヨロシクお願いします。
41 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/29(水) 19:00
なんかイイです。
次も楽しみにしています。
42 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:34
「あ、ほらぁ梨華ちゃん!」
「ん?」
「よっすぃーの出番やで!」
「もっと近くに寄るのれす!」

梨華は辻と加護に手を引かれる。
ひとみの姿を見るために、グランドの中央に駆け寄る。

『続いては、バレー部による応援です。』

ばばばぁーっと、黒い服に身を包んだ十数人の人が、グランドのど真ん中まで、走ってくる。
『あぁっ、ひとみちゃん!』
どんな服を着ていても、どんなに大勢の人ごみの中でも、ひとみを見つけることが出来る。
なぜだか、梨華はそんな自分がおかしくなった。
と同時に、きゅん、と心臓がむずがゆくなる。
思わず胸のあたりに手を当てる。
43 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:35
「おおっ、よっすぃ〜カッコイイ!」

学ランに身を包んだひとみが一段と目立っていた。
白い手袋をはめて、白くて長いハチマキをつけて。
凛々しい表情で、声を張り上げている。

『ひとみちゃあん・・・。』

梨華は、体操服の胸の辺りをぎゅっと握り締める。
ばくばくばくばく。
これ以上ないくらい早く心臓が波打つ。

『さ、酸素・・・。』
目はひとみに釘付け。
ぎゅうっ。
ちぎれるくらい、梨華は体操服を握り締めた。

梨華の隣りに立つ、加護はそれを見逃さなかった。
『梨華ちゃん、ときめいてるぅ!
 よっすぃ〜に、ときめいてます!!!』

加護は辻に突付いて、合図を送る。
『梨華ちゃんのときめきに気付け、のの!』
44 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:36
辻は・・・

「???」

目まで?を浮かべ、全く気付いていなかった。
「あいぼん、よっすぃ〜の勇姿を見逃してはいけない!」
ばしん!とどつかれる。

加護はがっくり、と肩を落とす。
『どいつもこいつも、鈍いねんから。
 このままじゃ、肝心のよっすぃ〜も、やなぁ・・・。』

バレー部の団体のセンターには、市井が立っていた。
バレー部の主将でもあった。

『市井先輩、よっすぃ〜の次に人気があるからな。
 ごっちんと付き合ってるし。落ち着いちゃってるし。
 今では後藤命、やもんなぁ。きっとごっちんは今ごろ、梨華ちゃん状態やろうな。』
45 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:37
その頃、後藤は・・・
ぎうううううううう。
「いっ、いちーちゃあぁぁぁんっ・・・」
同じく体操服の胸辺りをぎゅっと握り締めていた。
今にも倒れそうだったが、何とか持ちこたえていた。
市井の姿を見るために。
加護の予想は、大当たりだった。

市井が、締める。
「みんなぁ!午後からも正々堂々と勝負し、楽しもう!
 バレー部の応援でしたっっ。以上!!!」
46 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:37
ばさぁっ。
バレー部一同が一斉に礼をして、グランドから退散する。
いつまでも、バレー部に投げかけられる黄色い声援は鳴り止むことはなかった。

「お疲れッス。市井さん。」
「お〜吉澤。」
市井は額を流れる汗を、タオルで拭き取りながら、ひとみの方へ振り向く。

「この学ラン。気に入っちゃいましたよ!ちょっと暑いけど。」
「結構みんなにもウケたよな?」

「ほとんどは市井さんに対してでしょ。」
「よく言うよ、市井より目立ってたくせに。しっかしマジでモテるよな、吉澤は。」
47 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:38
「なぁに言ってんすか。モテませんよ。」
「とか言っちゃって、ダンパいっぱい誘われてたじゃん。」

「や、別にそういうの興味ないんで。」
「へ〜え。まぁ吉澤は石川しか見えてないか。」

「ちょっと先輩。」
「な、なんだよ。」

ひとみに肩を組まれて、耳元で低く囁かれた市井はちょっと引いた。

「ごっちんと、何企んでんすか?」
「・・・べっ、別に何も企んでなんかないよ。
 やだなぁ吉澤くん。そんな怒んないでよ。アハハ・・・」

「あたしは別に梨華ちゃんとどうなろうとか、そんなのぜんぜん考えてないんです。
あたしの気持ちなんて梨華ちゃんにとっては迷惑だから。
今のままでいいんです・・・。」
「吉澤・・・」
48 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:39
「だから市井さん、何も言わないで。
友達のままで、充分だから。
何でか分かんないんだけど最近ギクシャクした感じはあるけど・・・」
「そうなのか?」

市井の目が光り輝く。
(ヤバッ・・・)
ひとみは市井の目に、なぜか恐怖を感じた。

「いい!いいっす!!なんもしないで!」
目の前で手のひらを何度も交差させながら慌てるひとみ。

「ムム。まだ市井何もいってないじゃん。」
「分かります。ごっちんと手ぇ組んであたしと梨華ちゃんを仲直りさせよーってことでしょ。」

「うまくいくよ〜、市井と後藤なら。」
「けどー、原因が分かんないんすよね。心当たりがないんです。」
49 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:40
「市井がうまく聞き出してやるよ。」
「そうですか・・・?」

「おぅ!任せとけ!」
「やあった〜!!!ありがとうございます!」

がっちりと肩を組み合う、学ラン姿の美男子二人組。
いつのまにか大勢の人に囲まれていて、しばらく写真撮影につき合わされてしまうのであった。
50 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:40
「オッケ、わかった。」
人気のない校舎裏で、密談は続く。

「くれぐれも、怪しまれないよ―にするんだぞ。」
「うん。で後藤は具体的にはどうすればいいわけ?」

「そうだな・・・いきなり直接本人に行くのはちょっとなぁ。
周りから固めていこうか。石川も何か話してるかもしれない。」
「となると・・・」

「「あいぼんと、のの。」」

「だな。」
「話してくれるかねぇ?」

「買収するに決まってるだろ。」
「うぇ??」
51 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:41
「へへ。さっきさぁ、いっぱいお弁当とかお菓子とか貰ったんだよ。これを渡せば・・・。」
「誰に貰ったの?」

「誰って・・・学ラン着てたら写真いっぱい取られちゃって、そのお礼にってくれたんだよねぇ・・・
って・・・・あ。」
「だ・れ・が・そ・ん・な・こ・と・し・て・い・い・っ・て・い・っ・た・のおっ!!!」

ぎゅむむむむ。
後藤は市井のほっぺたを思いっきりつまむ。

「ご、ごめんらはい・・・」
「もぅ、そんなにお弁当がほしかったら後藤に言ってよ。」
52 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:42
「別にお弁当がほしかったわけじゃないから。
 くれるんだったら貰っておこうかな、くらいの気持ちで・・・さ。」
「くれるんだったら誰からのでもホイホイ貰うんだ!」

「違うって!だからこうしてののとあいぼんのために有効利用しようとしてるんじゃん。」
「有効利用っ?!いちーちゃんそれヒドイ!」
後藤は思いっきり市井を睨んだ。

「ぐっ・・・。」
「全然作ってくれた人の気持ち考えてないよ!」

「ぃゃ・・・そんな、こと・・・は、」
「そーゆーことじゃん!」

「後藤のはすっげー嬉しいよ。うん。後藤のだけ。」
「じゃーそんな軽い気持ちで受け取っちゃダメだよ!」
53 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:42
「うん。ごめん。そうだった。」
「そうだよ・・・後藤はいつも気持ち込めていちーちゃんのために作ってるのに。
それを、他の人にあげてるなんて知ったらすごく悲しいよ。」

「後藤のはいっつも二人で食べてるじゃんか。な?
そんな泣きそうな顔するなよ。」
「うぅ・・・。」

「よしよし。」
市井は後藤の長くて綺麗な髪の毛を、優しく撫でる。

「後藤。お弁当は、ちゃんと返してくるよ。それで『ごめん』ってちゃんと誤ってくる。」
「うん。」

「じゃ、また後でな。」
「うん。」

市井は、後藤に背を向けて駆け出した。
54 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/11/17(月) 11:43
「あ。」
市井は後藤に向き直り、近づき距離を縮めた。

ちゅっ。
軽く唇を合わせる。

「好きだよ、後藤のそうゆう優しいトコ。」
ニコッと笑い、もう一度市井は駆け出した。
後藤はボーっと市井の背中を見つめていた。

(後藤は、いちーちゃんに愛されてるんだなぁ・・・)
55 名前:大淀 投稿日:2003/11/17(月) 11:50
学ランよっすぃ〜超カッコいいだろうなぁ。

大阪ドーム行ってきました。
吉澤くん大活躍でした。
よっすぃ〜、梨華ちゃんとニヤニヤ見つめ合ってました。
その瞬間、きゅうううん!ってなった。
吉澤一家が見られて大満足でした。
56 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:40
(うぇー。疲れた・・・。写真、写真って、みんななかなか離してくんなかったし。)

学ラン姿をこれでもかと写真に撮られてしまったひとみと市井。
市井はするりと抜け出した。
しかし気のいいひとみは撮影を受け入れてしまい、ぐったりと疲れていた。

(自分の出番が来る前に、これ・・・着替えなきゃなぁ。)
学ランの肩の辺りを軽くつまんで、ぼんやり考える。
着替えるために、部室に向かった。
57 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:41
部室の前に、佇む人影が見えた。
両手を後ろで組み、顔は俯きつま先で砂をいじっている。

亜弥だった。

「松浦さん。」

声を掛けると、すごい勢いで頭を上げる亜弥。
あまりの勢いにひとみは戸惑う。

「え・・・っと、どうしたの。こんなとこで。」
ひとみはまた一歩歩み寄ると、亜弥に尋ねる。
「先輩を待ってたんです。」

「ほぅ。」
「・・・応援合戦のときの先輩、めちゃくちゃカッコよかった。」

「これ、なかなか暑いんだけどね。」
「その服も、とってもよく似合ってますよ。」
58 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:42
ふわふわと笑う亜弥を見ると、心があったかくなる。
純粋で、素朴で、まっすぐで、そして素直。
どこか梨華と似たようなところを亜弥には感じる。

「そう?でも、ちょっとクセになりそうなんだよね。」

あ、また笑った。

「吉澤先輩。」
ん?と眉を上げて亜弥に問う。

後手に持っていた小さなカバンの中から、カメラを取り出す。
「これ・・・」

さっきまでカメラ攻めでしたよね、と遠慮がちに蓋を開ける。
「いいよ。一緒に撮ろっか?」
59 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:43
すみません、とひとみは通りすがりの人に声を掛ける。
亜弥からカメラを受け取り、手渡す。
「いいですか?」と亜弥はひとみの腕に手を絡ませる。
本当は苦手なのだが、ひとみは断ることが出来なかった。

カシャッ。

シャッター音が鳴ると、ひとみはカメラを受け取り、亜弥と一緒にお礼を言った。

「先輩、ありがとうございます。」
深々と頭を下げる。
「うん。じゃ、あたし着替えるから。」

ガチャリをドアノブを回すと、部室に入っていった。
亜弥はカメラを抱きしめ、閉じられたドアを見つめていた。
60 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:43
締め切った部室は、むせ返るような熱がこもっていた。
一つしかない窓を全開に開ける。
微かに、生徒たちの歓声が聞こえてきた。
ふう、と一つ息を吐くと、パイプ椅子に腰掛ける。

(みんな、こんなのがどうしていいんだろう・・・)
ボタンを外して、学ランを何気なく見つめる。

梨華もいいんだろうか?
ちょっとでもカッコいいと思ってくれただろうか?

学ランを脱いで、首筋の汗をタオルで拭き取る。
体操服に袖を通し、短パンに履き替えると、部室を勢いよく飛び出した。
61 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:44
グランドでは、綱引きや玉入れなどの団体競技が行われていた。
団体競技は勝つと獲得する点数も多いため、どこのクラスも必死だった。

特に梨華。
騎馬戦で、馬の上に乗っていた彼女は、最後敵チームと一騎打ちになった。
微妙なタッチの差で、ハチマキを奪い合ったが、判定は梨華の負けだった。
『自分の方が先に取った!』と必死に審判に講義するも、認められず。
競技が終わってからも、『絶対私のほうが早かったもん・・・』とウジウジ言っていた。
梨華を必死になぐさめる辻を尻目に、ひとみは泣きそうに笑うしかなかった。
62 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:45
そして最後の競技、クラス対抗リレーが始まる。
校内アナウンスが流れる。
『クラス対抗リレーに出場する選手は、召集場所にお集まりください。繰り返します・・・』

どこのクラスもこのクラス対抗リレーに勝負を掛けている。
さすがのひとみも、緊張して、手が汗ばんできた。

(うわ・・・みんな足速い人ばっかりじゃん。)
アンカーがスタンバイする場所で、ひとみは思っていた。
第一走者がバトンを持ち、トラックに立つ。
63 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:46
『位置について。用意・・・』
誰もが、息を飲んだ瞬間。

バァン!!!

ピストルの音が鳴り響く。
応援席から一斉に、「頑張れー!!!」という声援が届いてきた。

第5走者から、3位でひとみにバトンが手渡された。
息を切らしながらひとみに懇願する。

「吉澤さん、お願いっ!」
「・・・まかせて。」

第5走者に労いの意味も込めて、軽く微笑む。
落ち着いて、バトンを受け取る。ぎゅっと握る。
走り始めて50mを過ぎた頃、ひとみは難なく1人抜かしていた。
64 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:47
(まず、一人。)

ひとみの足の速さは、他のアンカーよりかなり優れていた。
ひとみの真っ直ぐで綺麗なフォームに、会場の多くの視線は集中していた。

(あと一人・・・。)

周りの声援は全く聞こえない。
音のない世界を、走っているようだった。

ドクン、ドクン・・・

自分の心臓の音と、荒くなった息だけが、ひとみの耳に入ってくる。

ザアッと、一瞬強い風が吹いた。
その風の中で・・・静かな空間の中で、確かに聞こえたひとつの声。
65 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:47
「ひとみちゃん!勝って!!!」

間違いなく、梨華の声だと思った。
どうして梨華の声だけこんなにもクリアーに聞こえるのだろう?
あと一人抜かさなければならない緊迫した状態の中で、ひとみは思う。

『梨華ちゃん、あたしたち仲良かったよね?
 どうして、こんな風にぎこちなくなってしまったのか分からないけど・・・
 もとに戻れるのかとか、理由とか、気になることはたくさんあるんだ。
 梨華ちゃんの気持ちも分からない。
 でも、これだけはハッキリ言える。 ・・・・ずっとずっと、梨華ちゃんが好きだよ・・・・』
66 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:48
無我夢中に走った。

ひたすら、前だけを見つめて走った。

大きく腕を振り、すっと上半身を上げて、ストライドを広げて。

ひとみは、大きく手を広げ、1位でゴールテープを切った。
67 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:49
たくさんの生徒が、ひとみの周りを取り囲んでいる。
少し離れたところから、梨華はその光景を見ていた。

軽く眉間が寄る。
ざわざわと落ち着かない気持ちになる。
どうしてだろう。
いつからだろう。
暑い夏のせいだと思っていた、梨華の背中を伝う汗は、違うものに思えてきて。
余計に梨華の心は落ち着かなくなる。
68 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:49
お疲れ様、と一言声を掛けたくてひとみの近くまでやってきた。
けど。
きゃあきゃあと言われているひとみには近づけない。
あの人達をかき分けてまでそんなことは出来ない。
その場を離れればいいものを、梨華の足はそれを拒むかのように動かなかった。

気になる。
だけど、ざわついた心をどうにかしたい。
69 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:51
あ・・・この感じ。
初めてだと思っていた感情が、以前にも感じた経験があることに気付く。

亜弥がひとみをダンスパーティーに誘った時。
訳が分からなくてひとみと話すことはもちろん、目も会わせることが出来なかった。

(私って、おかしいのかな?)
70 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:51
「梨ぃー華ぁーちゃんっ。」
振り返ると、後藤がそこに立っていた。

「ごっちん・・・」
「すごいね、よっすぃー。」

二人でひとみを見つめる。
「よっすぃーさ、1年の松浦と踊るらしいよ。」
「ふうん・・・」
興味なさそうに返事をする。
ひとみは、自分の周りを取り囲む生徒に笑顔を振り舞いている。
71 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:52
「よっすぃーさ、てっきり梨華ちゃんと踊るものだと思ってたからびっくりしちゃった。」
「別にそんなの、決まってないよぉ・・・」

「誘っちゃえばいいのに。『私と踊って!』って。」
「ひとみちゃんは、松浦さんを選んだんだから、もう言えないよ。」

「そっか・・・」

体育委員は、忙しそうに片付けを行い、ダンスパーティーの準備に取り掛かっていた。
72 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:53
『只今より、ダンスパーティーを行います。
生徒の皆さんは、それぞれパートナーを探し出し、スタンバイしてください。繰り返します・・・』

グランドは、全校生徒で溢れかえっている。
ひとみは、きょろきょろと見回して亜弥を探していた。
「う〜ん、待ち合わせ場所でも決めとけばよかったかなぁ。」

ふと、一人でいる梨華の姿が目に止まる。

(梨華ちゃん、誰と踊るんだろう・・・?)
辻加護たちとかな?と思いながら梨華の姿を目で追っていると、ドンッと背中に衝撃が走った。
前に体がよろめく。
振り返ると、加護と辻だった。

「よっすぃー。」
「あいぼん、痛ぇよ〜。」
背中をさすりながら、軽く加護を睨む。
73 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:54
照れくさそうにはにかんで、ひとみを見上げる。
「ゴメンゴメン。それより、梨華ちゃん見なかった?」
「さっき、その辺にいたんだけど、あいぼんがぶつかってくるから見失ったよ。」
二人で梨華の立っていた辺りを探すが、すでにいなくなっていた。

「そうなんか・・・もうちょっと探してみるわ。いこっ、のの。」
「うん!」

辻と加護は手をつないで行ってしまった。

一人残されたひとみは、梨華のことを考えていた。
74 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:55
梨華は、運動場を離れ、校舎内にいた。
とにかく、一人になりたかった。
ひとみと亜弥が二人で踊っている姿を見たくなかったからだ。
なぜか、梨華は亜弥をいい後輩として見ることができない。

(いい子なんだって、分かってるんだけど・・・)

ひとみと踊ることは約束をしていたわけではなかったが、少し期待はしていた。
しかし、それはあっさりと後輩に奪われてしまった。
ひとみは優しいから、亜弥の言うことは受け入れるのだろう。
梨華はやりきれない思いでいっぱいになる。

一つの教室の扉を開ける。
普段施錠されていると分かっているが、なぜか開けずにはいられなかった。
ガラッと音を立てて、扉は開いた。
75 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:55
誰もいない教室。
騒がしくしている主がいないと、教室の広さが強調され、寂しく感じられる。
ゆっくりと足を踏み入れる。
梨華の足は、一つの机に向かっていた。
そっと指先で触れてみる。
何度も、何度も繰り返す。

心を鷲掴みにされたような痛みが胸を駆け巡る。
思わず目を硬く瞑る。
深く深呼吸をして、息を整えていると遠くから軽やかな音楽が流れてくる。

「始まっちゃった・・・」

梨華は、この切ない思いを、夏の空に吸い込んでもらいたいと強く願った。
76 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:56
満面の笑みでひとみに寄り添う亜弥。
アップテンポなナンバーに乗っかり、二人は楽しそうに踊る。
亜弥と目が会い、ひとみがふっと微笑むと、亜弥は嬉しそうに笑った。
会場は大いに盛り上がっている。
誰もが笑顔だ。
何かを楽しむということが、久しぶりのように感じる。
ひとみも梨華の事をしばし忘れ、楽しんでいた。

「おっ♪」
「どうかしたんですか?」
亜弥はひとみの視線の先を追う。
そこには、二人の影があって、それをぐるっと囲むようにして人垣が出来ていた。
辻と加護だ。
77 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:57
「松浦さん、あっち行って踊ろっか。」
「え?」
「辻と加護がいるみたい。」

亜弥はさっさと行ってしまったひとみの後を追った。
ひとみは、そこに梨華の姿を探していた。
人を掻き分ける。

「ほら、松浦さん。はぐれるから。」
ひとみはすっと手を差し出す。
亜弥は黙ってきゅっと握り、嬉しさを感じていた。

「お〜う。ののにあいぼん。」
軽く手を上げて、辻と加護に近づいた。
ひとみと亜弥のつながれた手を見て、顔を見合わせる辻と加護。
それに気づいたひとみは、パッと手を離す。

(やっべ。怪しまれたかな。別に深い意味は無いんだけど。)
ぽりぽり頭をかく。
78 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:57
「あのさ、梨華ちゃんは?」
辻と加護の傍にいると思っていたので、拍子抜けしてしまった。
「それが・・・まだ見当たらないんれすよねぇ。」
「誰か、他の友達とおると思って・・・」

心配になる。
急に、体の具合が悪くなったのかもしれない。
トラブルに巻き込まれたのかもしれない。

悪い考えが駆け巡る。

『最後の曲となりました。皆さん十分にお楽しみください。』
独特のイントロが流れる。スローテンポで、ムードのある曲。
この学校だけに伝わる、伝説の曲だった。
79 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:58
「ごめん。松浦さん頼むわ。」
「えっ。ちょっとよっすぃー?」
辻と加護に亜弥を押し付け、ひとみは駆け出した。

「吉澤先輩!」
亜弥はひとみの腕をつかみ、それを阻止する。
「ゴメンね、松浦さん。」
目だけで、訴える。

どうしても、梨華ちゃんが気になるんだ。
だからこの手を離して。
80 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:59
亜弥は、どうしてもこの曲を吉澤と踊りたかった。
伝説の曲。
そして、吉澤と結ばれたいと思っていた。
緊迫した雰囲気の中、どんどん流れていく伝説の曲。

「ほんとにゴメン・・・」
うなだれるように、少し力を緩める。
81 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 10:59
「私、私・・・」
「どうかした?」
なかなか話し出さない亜弥の表情を読み取ろうと、顔を覗き込む。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました。」
ぺこっと頭を下げる亜弥。
「うん。あたしこそありがとね。」
軽く手を振り、ひとみは再び駆け出した。

亜弥を置いて、梨華を追いかけてしまった。
82 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:00
辻と加護は、これからどうしたものかと戸惑う。
ひとみに亜弥を頼まれたが・・・。

「あ、あの松浦、さん・・・?」
辻は亜弥の放つ空気にオドオドしながらも、その背中に呼びかける。

「辻先輩。」
「は、はい。」

「吉澤先輩は、石川先輩と付き合ってるわけじゃないですよね?」
「え・・・えぇ!」

後輩の突然の質問に辻は慌てる。
83 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:01
それを制し、加護が口を開く。

「あんなぁ、無理やで。よっすぃーは。」
「どういう意味ですか?」

「よっすぃーが好きかなんか知らんけど、松浦さんが選ばれることなんかないってことや。」
「どうしてそんなことが分かるんですか!」

加護は自分より背の高い松浦を見上げ、睨みを利かせる。
そして、腕を組む。
拒絶の仕草。

「ムリムリ。」
「答えになってません!」
84 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:02
「あいぼん・・・」
二人の会話がエスカレートしそうになり、慌てる辻。
加護の左腕に右手でそっと触れるが、何も感じない。

「分からんの?ダンパの途中で放ったらかされても。」
「!!」
亜弥がぴくりと反応する。
そして、加護にも聞こえないような小さな声で一言ぼそりと呟くと、その場を駆け出した。

「あいぼん・・・」
心配そうに加護を見つめる辻の髪の毛を、加護はくしゃくしゃと撫でた。
85 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:02
「どこ行ったんだろう・・・」
運動場を見渡し、走り回るが、ひとみは梨華を見つけることが出来ない。
「しかも誰に聞いても梨華ちゃん見てないし。」
無理もない。みんな踊ることに夢中だから。
「校舎の中かも・・・。」
ひとみは梨華の靴箱を除く。
そこには梨華の運動靴があった。
急いで自分も靴を脱ぎ、校舎の中へ入っていった。
86 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:03
その頃梨華は教室を出ていた。
音楽室へと向かう。
ダンスパーティー最後の曲を聞きながら。
(この曲、ひとみちゃんと踊りたかったなぁ・・・今ごろ、松浦さんと一緒なんだろうね・・・)
誰もいない、ひっそりとした廊下を歩きながら梨華はひとみのことを考えていた。
87 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:03
ガラッ。
ひとみは自分のクラスの教室を開ける。
そこには梨華の姿はなかった。

腕組みをして考える。
梨華は確かにこの校舎の中にいるのだ。
しかし、探すには少し広すぎた。

(考えろ、考えろ・・・)

ふと、一つの考えがよぎる。
(特別棟?)
普段人気が無い所で、暇な時はよく梨華と辻と加護で遊んでいた場所だった。
88 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:04
音楽室からは、運動場が見渡せた。
梨華がこの場所に来たのは、そのためだった。
松浦とひとみの姿を探す。
ふと、人垣に視線が止まった。
辻と加護だ。
辻がタキシードを着て、ドレスを着た加護を上手くリードしている。
「かわい・・・」
その光景に梨華は微笑む。
89 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:04
そして、ひとみの姿を探す。
松浦はきっと、ひとみと一緒に踊ることが出来て心底嬉しそうな表情をしているだろう。
そんな表情を見ることは辛かったが、どうしてもひとみの姿を見たくて、目はそれを探してしまう。
見る限り、二人はいなかった。

(二人っきりで、別の場所に行ってるのかもしれない。)
悪い考えが駆け巡る。
こんなことなら、後藤の言うように、ひとみを強引に誘っておけばよかったと思う。
確信はないが、ひとみは自分を選んでくれるかもしれない。
なのにひとみを避けてしまって、二人の関係は崩れてしまった。
ひとみをいつも近くで感じすぎていたが、離れてしまった今、ひとみの気持ちが分からなくなってしまった。

(ひとみちゃんの心の中には今、誰がいるんだろう・・・?)
少なくとも勝手に消えてしまった自分ではないなと思いながら、グランドを見つめた。
90 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:05
ガラッ。

窓のそばにいた梨華は、ゆっくりとドアの方に振り向く。
「!?」
「探したよ。」
そこには確かに、ひとみの姿があった。

「え?」
「みんな心配してた。」

ひとみは梨華に歩み寄る。
「梨華ちゃんが見つかって、よかった・・・」
「ごめんなさい・・・」
91 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:05
梨華に会ったらどんな風に話そうかと考えていた。
今の関係では軽軽しく離せない。
ズカズカと梨華の心に踏み込んで嫌われるのが怖かった。
何気ない一言で、梨華の気持ちを傷つけてますます自分から離れてしまうのも怖かった。
慎重に、言葉を選んで話そうと思っていた。
だが、梨華に会ったとたんその考えは消え去ってしまった。
するすると口から流れる言葉。
自分の本当の気持ちが今なら何でも言えそうだった。
硬く封印した『好き』という言葉以外は・・・。
92 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:06
ひとみは一方的に梨華に話し掛けた。
それに対して一言二言、梨華は返事をした。
そして、最後の曲が鳴り止んだ。

『これで、ダンスパーティーは終了となりました。
 引き続き閉会式となります。生徒の皆さんはクラス別に集合してください。』
93 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:07
「終わったね。」
「うん。」
二人は窓の外を見つめる。

「ここ、運動場が見渡せるんだね。」
「うん。」

「・・・・梨華ちゃん、具合でも悪かったの?」
「ううん。」
梨華は俯き首を振る。

「ダンパ、嫌だったの?」
「・・・まぁ、そういうことなのかな・・・」

「そっか。よかったよぉー。」
「?」
梨華は訳が分からないという顔をした。
94 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:07
「あのね、本当はあたし、梨華ちゃん誘おうかと思ってたんだ。」
「!」
梨華は驚いた。そんなそぶりを全く見せなかったというのに。

「・・・言いにくいんだけど・・・」
「なあに?」
ひとみはさっきまでと梨華の雰囲気が違うことに気付いた。
柔らかくなった。
言いたいことを後押ししてくれるかのようだった。
それは決して急かすのではなく、優しく促してくれる。
ゆっくりとした時間が流れていた。
95 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:08
「梨華ちゃんが、あたしのこと、避けてたから。
 ずっと梨華ちゃんに何か悪いことしたのかなって、考えてたんだ。
 でも、分かんなかった。そしてそれはもっと悪いことだった思った。
 知らない間に梨華ちゃん傷つけて、怒らせてたんだよね。」
「あのね、ひと」
全くの自分の暴走のせいなのに、ひとみは自分が悪いと決め付けた。
そして悩ませてしまった。
梨華は弁解しようとしたが、ひとみはさらに言葉を続けた。
96 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:09
「でもほんとに分かんないんだ。ごめんね・・・。
 何に対してかも分からないのに、謝られてもっと気分悪くさしてるとは思うんだけど。
 あたし、ずっと梨華ちゃんと仲良くやっていきたいと思ってるからさ。
 もう、嫌われちゃったかな・・・」
97 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:09
『仲良く』

『嫌い』

『好き』

梨華は今、やっと分かったような気がした。
98 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:10
私、ひとみちゃんのこと、好きなんだ。
ただの友達とは違う、好き、なんだ・・・。

たった一人にしか抱けない特別な感情。
ひとみちゃんが好き。

今自分の気持ちに気づいて、じわじわ溢れてくるひとみへの愛情を感じていた。
嬉しさと感動が入り混じりほわほわとあったかくなった。

だから松浦さんとひとみに苛立ちを感じた。
嫉妬して、結果ひとみを避けた。
今まで自分のしてきたことは、気づかなかった感情によって引き起こされていたのだ。
99 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:11
「・・・梨華ちゃん?」
目の前にひとみの顔が近づいていて驚いた。軽く混乱する。

「えぇ!なに??」
「・・・何か変だよ、梨華ちゃん。顔赤いし。」

ぱっと両手を頬に当てた。
やだっ、といってひとみの顔を見る。
嬉しい。今ひとみちゃんと一緒にいることが出来て。
やっぱり私、ひとみちゃんが好きなんだ・・・
100 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:11
早く並べという教師の大声が耳に入る。
閉会式が始まろうとしていた。

「ひとみちゃん、閉会式始まっちゃう。」
「あー、ほんとだ。どうする?」

「遅れて行って怒られるのは嫌だよ・・・」
「サボる?」

「私お腹痛くなってきちゃった。」
「ははっ。看病してあげるよ。」

二人は声を出して笑い合った。
101 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:12
「梨華ちゃん」
「ん?」

ひとみは何かを思いついたようだった。

「一緒に踊ってもらえませんか?」
102 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:13
言えずにいた言葉。
ダンスパーティーは嫌だといった梨華。
断られることは目に見えた。
だが、言わずにはいられなかった。
結果が分かっていても、伝えたかった。
結果が怖くて、今までの自分はストレートに言えなかった。
今までひとみは素直になるということが、できずにいた。

梨華の気持ちも大事だが、同じくらい自分の気持ちにも大事にしたい。
この部屋に入った瞬間から、育った感情だった。

しかし、梨華は。
103 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:13
ひとみのその言葉は、梨華が聞きたかった言葉だった。
差し出されたひとみの手を、そっと握る。
ひとみの手は、軽く震えた。
手はつながれたまま、スピーカーの前に移動する。

「知ってた?音楽室にあの曲、置いてあるんだよ。」
そう言ってひとみは梨華に微笑んで、1枚のレコードをセットする。
104 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:14
あの曲?

そして、ふたりは窓の前に移動する。
ひとみは自分のしていたハチマキを外す。
梨華の首にそれを掛け、蝶結びにする。
梨華は不思議そうにひとみを見つめる。
105 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:14
「梨華ちゃん。」
「ん?」
「このハチマキのおかげで、リレー1位になれたんだ。」

「そんなことない。」
「あるよ。」

「ない。」
「あるよ。」

「ない。」
「あるよ・・・」

ひとみは梨華の腰に優しく手を回した。
106 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:15
「もうひとつ。」
「何?」

「走ってる時、梨華ちゃんの声が聞こえたんだ。」
「・・・・」

「『ひとみちゃん!勝って!!!』って。」
「・・・・」

「他の人の声は聞こえないのに、梨華ちゃんの声だけ聞こえた。」
「ひとみちゃん・・・」

「梨華ちゃんの声だけ・・・」
「・・・・」
107 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:15
梨華もひとみの肩に手を置く。
視線を絡ませ、ぴったり寄り添う二人の姿は、美しかった。

二人のダンスパーティーが今、始まる。
108 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:16
I have not met you any longer for a long time
My heart is likely to break
Therefore, I write one sheet of letter to you
...............
The night which cannot meet you is hot above all
It goes to meet you through a dream
I love you
Whom in the world
All the time, it is near you
...............
109 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:17
私はもう長い間あなたに会っていない。
私の心は張り裂けそうだ。
だから私はあなたに一枚の手紙を書く。
・・・・・・・
あなたに会えない夜は何より辛い。
夢を通ってあなたに会いに行くよ。
私はあなたを愛しています。
世界中の誰よりも。
ずっと、あなたのそばに。
・・・・・・・
110 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:17
透き通る美しい女性の声。
伝説の曲は、切ない音を奏でていた。
111 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:18
梨華は、ひとみの肩に顔をうずめる。
すうっと、息を吸うとひとみに包まれているような気がした。
さっきまでの胸の苦しさは嘘のようだった。
今は信じられないくらいの心地よさで一杯だった。
『傍にいたい・・・』
112 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:19
密着する梨華の柔らかな肌の感触。
梨華の腰に回した自分の手は熱く、梨華の髪の香りは、眩暈がするほどいい匂いで。
ひとみは今すぐに抱きしめてキスがしたいと思った。

梨華はどうして誰とも踊らず、こんな所にいたのか。
本当は誰と一緒に踊りたかったのか。
ここ2週間ひとみを避けていた理由はなんだったのか。
梨華への疑問はいくつもあった。
知りたいと思う。
でも、今こうして一緒に踊ることに集中していたかった。
ひとみは、梨華を独り占めしている喜びで、胸が一杯だった。
『傍にいたい・・・』
113 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:19
新たに今ここで生まれた梨華の愛情。
やっと少し素直に変わることのできたひとみ。

ふたりの切なさも、愛しさも、今この瞬間だけは閉じ込めて。
ふたり同じ時間を共有していた。
114 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/07(日) 11:20
やがて曲が終わりを告げる。

「・・・・・・・・終わっちゃったね。」
梨華が口を開く。
「うん。」
お互い、ぴったりとくっついたまま、離れようとはしなかった。
照れてしまって顔が見れない。
その気持ちを隠すかのように、ひとみは梨華を抱きしめた。

そして、梨華の耳元で囁く。
「・・・梨華ちゃんと踊れて嬉しかった。」

抱きしめる腕にきゅっと少し力をこめて、そっと優しく腕を解く。
「行こ。みんな心配してる。」
「うん。」
手をつないで、二人は音楽室を後にした。
115 名前:大淀 投稿日:2003/12/07(日) 11:25
本日分は終了です。
ずいぶん開いちゃってたんで、どかんとやりました。

読んでくださってる方・・・いるかどうか分かりませんが。
多すぎてすみません。

東京ドームでのふたりの愛のゴール、超嬉しかったっす。

また近いうちに更新できればと思っています。
116 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/07(日) 19:55
更新お疲れ様です(どかんと更新、うれしかったです)。
ちゃんと読んでます、読んでます!
二人っきりのダンス、最高ですね。
次も待ってます。
117 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:26
音楽室の一件以来、ひとみと梨華は普通に喋れるようになっていた。
空白の2週間。
何が原因で、何がどう作用したのか、ひとみには分からなかった。
結局梨華の態度が変化した理由は聞けないまま・・・。

以前のひとみならば思い悩んでいた。
真実を知ることが怖くて、それでも知りたくて。
その葛藤の中で、揺れていた。
揺れているから、前にも後ろにさえも進めない。
118 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:27
しかし今は無理に知ろうとは思わない。
決して本当のことを知ることが怖いわけではない。
流れのままに、ナチュラルな自分でいたかった。

知る時は、いつかきっと来る。
その日まで、待つことにした。
119 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:28
食パンを一枚かじる。
キンと冷えたオレンジジュースを飲み干した。
天気予報は今日も晴れを告げていて、朝日が眩しい。
壁に掛けられた時計に目をやると、もうじき梨華がやってくる時間になっていた。

いってきます、と母に声を掛ける。
履き慣れたスニーカーを履くと、ドアノブに手を掛ける。

いつだったか、梨華はCDを貸して欲しいと言っていた。
その事を思い出し、2階の自分の部屋へ戻る。
アメリカのヴォーカルグループ。
ひとみの部屋でかかっていたのを聞いて、梨華は気に入ったようだった。
120 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:29
「これこれ。」
誰に言うわけでもなく、一人呟く。
CDを鞄に突っ込むと、家を出た。

毎朝梨華と出会う、横断歩道もないカーブミラーがあるだけの小さな十字路。
いつものように、鞄を両手で抱え、梨華は立っていた。

「おはよ、梨華ちゃん。」
毎朝冷静を保って、挨拶をするのは大変だ。

決まって梨華も、ひとみに目をやる。
「おはよっ。」
121 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:30
肩を並べて、学校へと向かう。
道路の、車側を歩くのは自然とひとみの役目になっていた。
開いた右手を、梨華の左手と絡ませることができるのは一体いつになるんだろう。
楽しそうに話す梨華の瞳にその答えを探すけれど、見つけることはできなかった。

「そうだ梨華ちゃん」
「えっ、なに?」

鞄の中から例のCDを取り出す。
「これ、前に貸して欲しいって言ってたやつ。」
「えーっ、ホントに?!」

「うん。返すのはいつでもいいから。」
「ありがとう、ひとみちゃん。」
122 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:30
ひとみは照れくさくなり、ふっと笑うと鞄を肩に掛け直す。
早く聞きたいなぁ、とCDのジャケットを見ながら梨華は楽しそうにしていた。

「放課後、うち・・・来る?」
「いいの?」

「うん。梨華ちゃん家のが遠いでしょ?」
「ひとみちゃん部活は?」
123 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:31
「・・・あれだ、テスト1週間前とかいうやつらしい。」
「そうだったね。」

「じゃ、来る?」
「もちろん!」

梨華はまた、ジャケットを見た。
今度は、早く放課後にならないかなぁ、と呟いていた。
そんな姿を微笑ましく思い、幸せな気分になったひとみだった。
124 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:31
教室の扉を、ガラッと開ける。
いつもと同じ時間に着くことができた。
そこには辻と加護が来ていて、机を囲んで話をしていた。

「おはよ!なーにやってんの?」
ひとみは、加護の肩に両手を置き、二人を覗き込んだ。

「って、えぇ?!べべべ勉強してんの?」
「そうだよ。来週から期末テスト。」
「成績悪かったら夏期講習れすよぉ・・・ヤダヤダ。」
一気にテンションも下がる。
125 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:32
「テスト範囲、写してくる・・・」
肩を落として、机から離れる。
「そこからスタートかいな。遅!」
「うっさい、あいぼん。」

「ひとみちゃん。」
「なに?」

呼ばれて、振り向く。

「私のでよかったら、写す?」
「あ・・・ありがと。」
126 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:32
「ほらぁ、あいぼん。梨華ちゃんは、優しいなあ。」
テスト範囲のかかれた紙を、ひらひらさせて加護に見せびらかす。

「はいはい。ひとみちゃん、そんなことよりテスト範囲写そうね。」
「へぇい・・・」

結局どんなことを梨華に言われても、ひとみは嬉しいのであった。
127 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:33
ひとみはこの日、授業を真面目に受けた。
一生懸命先生の話を聞いたが、内容の半分も理解することができなかった。

授業中は外の景色をぼんやり眺めるか、梨華をこっそり見つめるかのどちらかであったから。

しかしひとみは落込まない。
放課後、梨華と一緒に過ごせることを心待ちにしていた。
128 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:34
一日の終わりを告げるチャイムが鳴る。
ひとみは鞄に教科書を詰めている梨華に声を掛けた。

「おーい、梨華ちゃん。帰れる?」
「ゴメンね、昇降口に先行って待っててくれる?」

「うい。了解!」
待ちきれない気持ちを抑えて、ひとみは昇降口に先に行くことにした。

家へと向かうたくさんの生徒を眺めながら、ひとみは梨華を待っていた。
教科書を手に問題を出し合いながら帰る人、じゃれあいながら仲良く帰る人・・・
何人もの生徒を見送るが、何分待っても梨華はやってこない。
129 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:34
「何やってんだろ、梨華ちゃん。」

心配になってきて、教室に戻る。
数人の生徒がまだ残っていたが、そこに梨華はいなかった。

「ね、梨華ちゃんは?」
窓際の眼鏡を掛けた子が、石川さんなら先生に呼ばれて職員室に行きましたよ。と教えてくれた。
早足で職員室に向かう。

職員室で会釈をする梨華がいた。

「梨華ちゃ・・・」

右手を挙げて、声を掛けようとした。
130 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:35
ドアから、担任が出てくる。

「じゃ、よく考えてみなさい。」

ぽん、と梨華の肩に手を置く。
はい、と細い声で返事をして、歩き出す。

数歩歩いたところで、梨華はひとみが立っていることに気づく。

「あ、ひとみちゃん・・・」

その表情はいつもの輝きが失せていた。
131 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:36
「梨華ちゃん、何かあったの?」

「うん・・・何でもない。」

(うん? 何でもない? どっちなんだよ〜!)

ひとみは根掘り葉掘り聞きたい衝動に駆られたが、抑えることにした。

「遅くなってごめんね?」
「いいよ・・・別に。気にしないで。行こう。」

ひとみは梨華の鞄を持ち、梨華の背中に手を回して歩き出した。
132 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:37
ひとみは考えていた。

梨華の様子がおかしい。
きっと職員室で何かあったのだ。

『よく考えてみなさい。』

担任のその言葉がぐるぐる頭を駆け巡る。

二人はしばらく黙ったまま、歩いていた。
133 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:38
ぽつり、ぽつりとぎこちない会話を繰り返しながら歩いていると、やがてひとみの家に着いた。
鞄から家の鍵を取り出して、ドアを開ける。

「どうぞ、入って。」
ゆっくりと微笑むと、梨華もそれに応え、中に入った。

リビングを抜けて、2階のひとみの部屋に通される。
ひとみは二人分の鞄をベッドの脇に置いた。
その様子を見て、梨華は今までずっと瞳に鞄を持たせていたことに気づく。

「あ、やだ私、ずっとひとみちゃんに鞄持たせてたんだ。」
「いいよ。あたしのは弁当箱くらいしか入ってないから軽かったよ。」

梨華の頭を優しく撫でる。
134 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:38
「ごめんね・・・」

梨華は俯き、心から謝る。

「ちょっと飲み物とって来る。」
「うん。ありがとう・・・」

ぱたん。

ドアが閉まる音を聞き、梨華は部屋を見回した。

久しぶりにひとみの部屋にやってきたが、何も変わっていなかった。
ごちゃごちゃとしている自分の部屋とは違って、すっきりと片付いている部屋。
135 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:39
ハンガーにかかっている、爽やかな白いシャツ。
机の上に置かれたままの、アンパンマンのマグカップ。
たくさんあるCDラックには、最近ハマっているという洋楽たちがずらりと並んでいた。

そのすべてにひとみらしさが感じられて、嬉しくなった。

そばにあるクッションを抱えるとひとみの香りがした。
ひとみに抱きしめられているような錯覚を覚えた。

「ひとみちゃん・・・」



「なに?」

ふたつのグラスを持ったひとみと、目が合った。
136 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:40
よいしょ、と梨華の隣りに座る。
氷の入ったオレンジジュースを一口飲んだ。

ひとみの横顔はとても綺麗だ。
日焼けを感じない白い肌。長いまつ毛。
窓から時折吹き込む風に揺らされる髪の毛からは、優しい香りがした。

「CDかけようか?」

ブラウンの瞳に、自分の姿が映り込んだ。

ひとみはCDをセットして、また梨華の隣りに座る。
137 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:42
You are my everything

Nothing your love won't bring

My life is yours alone

The only love I've ever known

Your sprit pulls me through

When nothing else will do

Every night I pray on bended knee

That you will always be

My everything…
138 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:42
「いいね・・・」

「うん・・・」

ふいに、ひとみの手が梨華の手に触れた。

もっと触れたいという気持ちが膨らむ。

手はそのままに、梨華に尋ねる。
139 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:43
「・・・暑いけど、いい?」

「うん・・・いいよ・・・」

ぎゅっと梨華の手を握る。

梨華も握り返し、絡めるように握り直す。

痛いほど強く握り合う。

やがてお互いの体はもたれかかるような体勢になり、優しい歌声に聴き惚れていた。
140 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:44
梨華は甘えるようにひとみの肩口に頭を擦り付ける。
そんな梨華をとても愛しく思う。
ひとみはそっと梨華の髪にキスを落とした。

「もっかい・・・」

「え?」

「もっかい、して・・・?」

ちゅ。

「梨華ちゃんがして欲しいなら、何度でもしてあげるよ・・・」

切ない心の痛みを感じながら、二人甘い時間を過ごした。
141 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:44
気がつくと6時をとうに過ぎていた。
(離れるのはやだけど、ケジメはつけなちゃな。)

優しくそっと梨華を引き離す。
梨華は何で?とひとみに目で投げかけた。

「また、明日もおいでよ。」
「うん。」
優しく諭す。

「送ってく。」
「待って。」

「へ?」
142 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:45
立ち上がろうとするひとみを引き戻す。
「ぅわ!」

梨華の腕の中に閉じ込められる。

どきどきどきどき。

自分のものなのか分からない程に高鳴る心。
至近距離で見る梨華はとても綺麗で。

ひとみは抱きしめられる梨華の背中に手を回すだけでいっぱいだった。
143 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2003/12/13(土) 19:45
「ハイ、おしまい!」

天使のような笑顔で見つめられ、体を押し返された。

(な、なんだよ・・・急に!)

夕日に負けないくらいひとみの顔は真っ赤に染まっていた。
144 名前:大淀 投稿日:2003/12/13(土) 19:49
>116さん

ありがとうございます。
いやいやいやいや。ダメっす。ダメダメ小説っす。
でもね、書いてて楽しいです。
これからもよろしくお願いします。

以上で更新終わりです。
それでは失礼いたします。
145 名前:116 投稿日:2003/12/13(土) 21:18
うわぁー。私の心拍数もかなり上がってます。
いしよしってやっぱりいいですね。大好きです。ハハ
楽しんで書けているっていい事ですね。
お陰で私も楽しい&うれしいですよ!
146 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/14(日) 00:10
甘くせつなく・・・
いいですねぇ〜。
いつも楽しく読ませていただいてます。
147 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:30
「だぁぁぁぁ!もーダメ!」

「ひとみちゃあん、もうちょっと真面目にやろうよ。」

ひとみの家で勉強会をしている。
辻と加護も入れて、4人で教え合えば早いということになった。
が、しかしひとみだけは先ほどから集中力が持続できず、すぐに投げ出していた。

「ねぇねぇあいぼん、ちょっと休憩しない?」
「やだ。赤点取りたくないもん。」

チッ。
148 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:30
「ねぇねぇのの、おいしいお菓子があるんだけど。」
「ホント?」

「ひとみちゃんっ!!!」

ビクッ。

ひとみは全身の毛が逆立つ思いをした。
仕方なく辻加護を道連れにするのを諦めた。
仕方なく、さっぱり分からない日本史の教科書を開く。
149 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:31
(日本の歴史なんかじゃなく、梨華ちゃんの歴史だったらやる気も出るんだけど。)

意味も無く、ぱらぱらとページをめくる。

(しかも、絶対100点取る自信あるし。)

そんなひとみのの姿を、梨華はじっと見つめていた。

(どうしたらひとみちゃんのやる気を引き出すことができるのかな?)

そうだ。
150 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:32
「ひとみちゃん。」

「んー?」

「テストが終わったら、夏休みにどっかに旅行に行かない?」

「ぅえ?」

「「賛成!!!」」

辻と加護も話しにノッてきた。
目が点になっているひとみ。
151 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:32
「ご褒美だよ。だから、テスト頑張ろ?」

ひとみの目に光が宿る。
「うっしゃあ!全教科満点取るぞ!」

「・・・単純。」
ぽつりと、加護が呟く。

ひとみは俄然テストに対してやる気を見せている。
梨華は、ふっと微笑んで、その姿を見守っていた。
152 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:33
わなわなわな。
ひとみはたくさんの紙切れを握り締め、震えていた。

「ののー。赤点何個あったー?」
「聞いてよ、あいぼん。今回は、1つだけなのれす!」
「・・・・・・。」

「おぉ、やるやんか。うちは2つ。」
「おぉー。」
「・・・・・・。」
153 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:34
ぐしゃ。
ひとみの握り締めていた紙切れが、その存在感を主張するように、音を立てた。

「な、なんでだよおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!」

「ひ、ひとみちゃん落ち着いて。」
梨華が制す。

「梨華ちゃん、これが落ち着いていられますか!」
154 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:34
「ん?吉澤さんは赤点いくつだったのかな〜?」
加護がふざけて、ひとみに問う。

「んがぁ、あいぼんっっ!!!」

ひとみはそのたくさんのテスト用紙を撒き散らし、加護に襲い掛かる。

とっさに逃げた加護だったが、ひと回り以上に背の高いひとみにあっさりと捕まってしまう。
ひとみは後方から加護の腰を抱きしめる。
155 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:35
「ぐうぅぅぅ!!!」

耳元で、囁く。

「今、何つった?」

「あ、赤点いくつだ、って・・・。」

辻と梨華は、苦笑い。

「そんなに聞きたい?」

「え、いやぁ、その・・・。」

「教えて欲しい?」

「それはその、なんていうか・・・。」
156 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:35





ガラッ。


「いよぅ、よっすぃー!赤点6つだったんだって?」





157 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/03(土) 01:37
突然扉が開いて後藤が入ってきた。
辻と梨華は、思わず手で顔を覆った。

かくしてひとみはただ一人、夏休みに補修に出ることになった。

ご褒美だった、旅行に行く約束も果たせないまま。
158 名前:大淀 投稿日:2004/01/03(土) 01:45
みなさま、新年あけましておめでとうございます。

ちょこっと更新致しました。

赤点キングのよっすぃーと、タイミングの悪すぎなごっちんの巻でした。
それでは今年もよろしくお願いいたします。

>145さん
またまたレス、ありがとうございます。
嬉しいお言葉、作者は超喜んでおります。
今年もよかったら見守っていてください。

>146さん
レスありがとうございます。
そぅです、目指すべきところは『甘く切なく』なのです。
今年も頑張っていきたいと思っております。
159 名前:145 投稿日:2004/01/03(土) 13:49
大淀さん、あけおめです〜
こちらこそよろしくお願いいたします。
今年も読んでます、読んでます!
素直な気持ちでレスしたのですが、喜んでいただいたなんて照れますぅ(^_^;)
160 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:08
追試も無事に合格し、何とか単位も取れた。
通知表の結果なんてどうでもいい。
ただ、梨華たちと旅行へ行けなくなってしまった事が何よりも辛い。

ひとみは考えていた。

目の前に迫っている夏休み。
本当ならばわくわくして、どきどきして、待ち遠しいはずなのに。

補習の日々。
うんざりだ。
161 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:09
思えばテストを頑張ったご褒美として、梨華が持ちかけた旅行話。
ひとみはただ一人、補習組になってしまった。

責任感が人一倍強い梨華のことだ。
余計なプレッシャーを与えてしまったのかもしれないと、思い悩んでいなければいいが。
162 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:09
「よっすぃー」

間延びした、後藤の声が聞こえた。

「あー、ごっちん。」

返事をする。

「ちょっと。」

後藤に手招きされ、教室の外へと出る。

辻加護と梨華はトイレにでも行っているのか、教室に姿は見えなかった。
163 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:10
廊下に出ると、腕組みをしている市井と目が合う。
ひとみは、会釈をする。
市井もそれに応え、ニカッと笑った。

そろそろ切らなきゃなぁ、などといっていた市井の髪。
真っ黒で、ツヤのある前髪の間から覗かせる切れ長の目は、優しかった。

「梨華ちゃんは?」

市井の顔から目を外し、後藤に目をやる。

「さぁ」

こっちが聞きたいくらいだと、心の中で呟いた。
164 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:11
「ところでさー」

相変わらずマイペースに、話を進める語頭。

「梨華ちゃんから何か大事なこと、聞いてない?」

「え」

大事なこと・・・。

梨華と話すことといえば、昨日見たテレビの話。お互いの家族の話。他愛もない雑談だった。
そのどれもが辻加護を交えていて、特に重要な話はここ最近していない。

ひとみには思い当たる節はなかった。
165 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:11
市井はそんなひとみの表情から答えを読み取った。
後藤に目で合図を送る。

「例えばさぁ・・・・・・好き!とかね。」

「えぇ〜!!何言ってんの?」

後藤の冗談を真に受けたひとみは、心底慌てた。

「まぁ、二人の間に進展はなさそうだよね。」

「そうだよ!あたしは前から今のままでいい、って言ってんのに。」

「後藤もはじめはそう思ってたよ。でも、『好き』って気持ちは抑えられないじゃん。」

「いいの。あたしは梨華ちゃんに嫌われるよりも、友達でいたほうが幸せなんだから。」
166 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:12
そこなんだよ、吉澤。」

今までずっと喋らなかった市井が、口を開いた。
意外なところで市井が出てきて、ひとみは少し驚いた。

「結局な、堂々巡りなんだよ。『嫌われたくない』ってのも、愛しているが故の感情。
 石川のことが欲しい、って思ってるから確実に傍にいられる距離の関係を望んでんだよ。」

さらに市井は続ける。

「まぁ、吉澤みたいなのも一つの愛し方なんだろうけど。
 でも、吉澤の気持ちはどうなる?押さえつけた感情の居場所はどこなんだよ。
 全部ぶちまけてからでもいいんじゃないか。」

「市井さん。」

真っ直ぐに、市井を見つめる。
その目には、一点の迷いもない。
167 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:14
「あたし、梨華ちゃんのこと、本気なんです。一時の感情じゃない。
 
 梨華ちゃんに対して言う、『好き』という言葉は固く封印してあるけど。
 ちゃんと、愛してますから。自分の気持ち、ちゃんと大事にしてありますから。

 友達としてだけど梨華ちゃんの傍にいて、ずっと守ってあげたい。

 それって、口約束だけで付き合っているカップルよりも、ずっとずっと強いもので結ばれていると思うんです。
 ただ、想いの向きが一方的にあたしからなのが特殊なんですけどね。

 触れ合うことで伝えられる愛はないにしろ、あたしは梨華ちゃんを好きなことだけで充分なんです。」
168 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:14
「・・・・・・。」

市井は絶句する。

これほどだったのか。

まだあどけない顔をしているが、吉澤のしている恋は誰よりも大人の恋だった。

市井が考えているよりもずっと吉澤は考えていて、
市井が思っているよりもずっと吉澤は大人だった。

石川は、吉澤にとってのすべてなんだと思った。

ただ。

その吉澤にとってのすべてが、掌からこぼれ落ちてしまったら。
169 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:15
「よっすぃー」

「ん?」

「幸せ、なんだね?」

こくり、と頷く。

その表情は17歳とは思えないほど大人びていて、綺麗だった。
170 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:15
市井は思う。

いちーたちは、この恋を見守るしかない。
見守るしかできないのだ。

だますとか、試すとか、そんな汚いものは何もない。

あるものは石川を思う強い愛情だけ。

これほどまでに真っ直ぐで、綺麗なものを、市井は見たことがなかった。

自分は吉澤のように愛すことはできないけれど、
自分なりの精一杯の愛し方で、後藤と歩いていこうと思った。


171 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:16



「ふぇ〜」

「なんて声出してんだよ。」

吉澤と別れ、二人は公園にいた。

「よっすぃーが、あんなこと思ってたなんて。」

「ちょっとクサイけどな。」

くすりと笑って、市井は滑り台から飛び降りる。

「すごい大人の恋だね。」

「赤点6つも取るアホだけどな。」

後藤の隣りに腰を下ろす。
172 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:17
「なにいちーちゃん、さっきからけなしてばっかり。」

「まぁ、すごいわな。」

「ホントに思ってるぅ?」

後藤は市井の顔を覗き込む。

「うん」

不覚にも、どきどきしてしまう市井。
こんな時でも、後藤に愛しさを感じてしまう。

「ごとーは、ガマンできない。
 いつだっていちーちゃんに好きって言ってもらいたいし、いつだってキスしてたい。」
173 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:17

「ふうん・・・。」

「気のない返事っ・・・ん!」

市井は深く口づけた。
唇を離しては『好き』と囁き、また口づける。

抱きしめる腕に力を込めて、精一杯に想いを伝えた。



吉澤ぁー、いちーはこんな風にしか愛せない。
お前のように、できないんだ。

間違ってる?

何が、正しいんだろうなぁー・・・・



174 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:18

薄く目を開いた先には、夕日に照らされオレンジ色に輝いた、後藤の少し濡れたまつ毛が見えた。

まつ毛に感動するなんて変だけど、無性に泣きたくなったんだ。

吉澤、ちゃんと石川を捕まえとくんだぞ。

絶対なんてものは、ないんだから。
信じられるものは、自分だけだろうから。


175 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:19
夏休みに入り、ひとみは忙しい日々を送っていた。
午前中は部活に、午後からは補習授業だった。

7月の大会で、市井らの3年生は引退となる。

後藤は暇なんだろう、毎日のように体育館へやってきては、市井に声援を送っていた。

「市井さん。」
「なんだよ。」

「あんだけ毎日来られて、よく集中途切れませんね。」
「あー・・・」

二人して二階を見上げる。
二階から、後藤が大きく手を振っていた。

市井が手を振り返す。
176 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:20
「かわいいもんだよ、あんなんでも。」
「ノロケっすか。」

「見られてると、やる気も出るんだ。」
「そんなもんですか。」

「そんなもんなんだよ。」

おりゃ、と乱暴にひとみの頭を撫でた。
177 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:20
「吉澤。」
「・・・はい。」

「最後の大会さ、どばっと応援呼んでくれよな。」
「やる気が出るからですか?」

「・・・いーや。お前のため。」
「?」

「いちーは、好きな人の応援じゃなきゃダメなの。」

ポカリちょーだい、とひとみの手から奪っていってしまった。

「先輩っっ!!!」

真っ赤になりながらも、ひとみは今晩梨華に電話しようと思っていた。
178 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:21



その夜。
授業で出された宿題をやっていた。

はじめの3問でペンを置き、ベッドに横になる。

「やる気ねぇ〜」

こんな時、梨華に『頑張って、ひとみちゃん!』なんて言われたら、
やる気も出る・・・って!!!

あたしも市井さんと同じなんだなぁ。

そうだ。
今度の大会、応援に来てくれるか電話してみよう。

179 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:22


『もしもし?』
「あっ、梨華ちゃん寝てた?」

『ううん。起きてた。』
「そっか。よかった。」

時計に目をやると、まだ9時だった。
いくらなんでもまだ早いか。

『夏休みはどう?』
「どうって・・・部活と補習の毎日だよ。」

『頑張ってね。頑張ったぶん、絶対に力はつくから。』
「そうだね、ありがと。」

『私もねー、ひとみちゃんに負けないように頑張ってるんだ。』
「何を?」

『ヒミツだよ。』
「うー、気になる。」

楽しそうな梨華の笑い声が、電話越しに聞こえた。
それだけでひとみは嬉しくなる。
180 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:23
「ところでさ。」
『うん』

「市井さんの最後の大会がもうすぐあるんだ。」
『そう・・・』

「ごっちんも毎日練習見に来ててさ。」
『差し入れ持って?』

「そう。これが嬉しかったりするんだけど。」
『料理上手だもんね。』

「でね、よかったら・・・応援にきて欲しいな。」
『もちろん、行くよ!』

「ありがとう。日にちは、29日と30日なんだけど。大丈夫?」
『あっ・・・30日、夕方まで予定があるの。どうしよう。』

「そうかぁ、残念。でもちゃんと予定を優先してよ?」
『ごめんね。29日は絶対行くから!』
181 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:24
「うん。待ってるよ。」
『頑張ってね。』

「まかせて。」
『・・・ひとみちゃん』

「なに?」
『明日、図書室で勉強しようと思うの。』

「わざわざ?」
『うん。で、一緒に帰って欲しいな・・・なんて。』

「あはは、いいよ。」
『よかったぁー。』

「終わったら電話するね。」
『うん。』

「じゃ、おやすみ。」
『おやすみなさい。』


ツー、ツー、という音がすると、ひとみは携帯にキスを落とした。

おやすみ、梨華ちゃん・・・・

182 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:24
次の日、午前中の部活を終え、ひとみは一人で部室にいた。

他の部員たちはすぐに家に帰る。
しかしひとみには午後から補習があるので、ここで昼食をとる。

コンコン。

ノックする音が聞こえ、ひとみは返事をする。

「はーい」

どうせ誰かが忘れ物でもしたのだろう。
あえてドアを開けようとはしなかった。

「開いてるよー」

ガチャ。

そこに立っていたのは、松浦だった。
183 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:25
「松浦さん・・・」

「来ちゃいましたぁ・・・」

照れくさそうに笑った。

「あ、どうそ入って。」

ひとみは快く招き入れた。
机には食べようと思っていた、菓子パンとコーヒー牛乳が置いてあった。

「先輩、お昼にこんなもの食べてるんですか?」
「まぁね・・・」

母は仕事で弁当など作ってくれないし、自分で作る気にもなれないので毎日コンビニで買っていた。

「よかったら、これ食べませんか?」

松浦が手に下げていた鞄から取り出したのは手作りの弁当だった。
184 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:26
「これ、松浦さんが作ったの?」
「はい。おいしいかわかりませんが。」

「すっげー・・・」

普段料理をしないひとみは、素直に感動した。

松浦は、割り箸を割ってひとみに手渡す。

「ありがと。ほんとに食べていいの?」
「もちろんです。先輩のために作ってきたんですから。」

赤、緑、黄色。
色とりどりに飾られたおかずの数々は、とてもおいしそうだった。
185 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:26
中でもひとみの目を引いたのは、卵焼き。
ふっくらとして、綺麗に巻かれている。食べるのがもったいないくらいだ。

「うまそう。じゃ、遠慮なく頂くよ。」
「ハイ、どうぞ!」

その黄色い卵焼きを、一口にパクつく。

「・・・んまぁい!」

幸せそうに微笑んだ。

「マジで美味いよ、松浦さん。最高!」
「ホントですか?」
186 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:27
「あぁ。梨華ちゃんもよく作ってくれるんだけどね。
 いつも最後はあたしが手ぇだしちゃうの。危なっかしいからさー。」

ひとみはその光景を思い出し、ふふっと笑った。

松浦は何も語らず、ただじっとひとみを見つめた。
はた、と松浦と目が合う。

「あ・・・体育祭の時はほんとゴメン。」

ひとみは頭を下げる。

「先輩・・・」

「途中でほったらかすような形になっちゃって。ちゃんと謝ろうと思ってたんだ。」
187 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:28
「先輩。あの時、何があったんですか?」

松浦は、答えがわかっていても、聞かずにいられなかった。

「・・・梨華ちゃんがさ、いなくなっちゃって。心配で、探しに行ったんだ。」

「もし、逆だったら?」
「・・・?」

「もしも、あの時一緒に踊っていたのが石川先輩で、いなくなったのが松浦だったとしたら。
 同じように石川さんをほってまで探しに来てくれましたか?」

松浦自身、意地悪な質問だと思った。
188 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:29
「なんで、そんなこと聞くの?」

「それは、」

松浦が話そうとしたとき、ひとみの携帯が鳴り響いた。

「ちょっとゴメン。」

松浦はひとみの携帯に目をやった。

「もしもし。・・・・・・梨華ちゃん?」

松浦は、ハッとした表情になり、バレー部の部室を後にした。

「あっ、ちょっと松浦さん!」
『・・・・・・。』
189 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:29
梨華は、ひとみが松浦と一緒にいるとわかり、嫉妬を覚えた。

『そこに、松浦さんいるの?』
「あ、うん。『いた』んだけどね・・・。」

『大丈夫なの?』
「なんかね、突然お弁当持ってきてくれてさ。だけど飛び出してった。なんだろ?」

やっぱり松浦さんもひとみちゃんのこと・・・
松浦の気持ちを考えると、どうしていいかわからなくなってしまった。

誰よりもひとみのことを好きなのに、心が揺らいでしまう。

ただ、好きなだけなのに。
190 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:30
『私、電話切るね。』
「えっ、待ってよ梨華ちゃ・・・」

ブツッ。

突然いなくなってしまった松浦と、突然電話を切ってしまった梨華の行動に、ひとみは戸惑う。

ひとみはしばらく、梨華と自分をつないでいた携帯を眺めていた。
191 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:32


夕方。

約束どおり、ひとみと梨華は一緒に帰っていた。
ひとみは梨華が隣りに歩いていることが、不思議に感じた。

夏休みに入って初めて会ったことになる。
嬉しくて、嬉しくて、にやけそうになる顔を我慢するのが大変だ。

「ひとみちゃん」
「えっ?」

急に呼ばれ、ドキッとする。
浮かれていた心も、少しは落ち着く。

「松浦さんと仲いいんだね。」
「・・・そうかな?」

「だって夏休みに、同じ部活でもないのに部室で会ってたじゃん。」
192 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:32

ニヤリ。

「なぁに梨華ちゃん、妬いてんの〜?」
「えっっ!!」

「わざわざ、あたしのためにお弁当作ってきてくれたんだよねぇ〜。」
「・・・・・・。」

ひとみはわざと、梨華に妬かせるような言葉を発してしまう。
ガキだなぁ、あたし。などと思うが、梨華の反応が見たくて言ってしまう。

「うまかったなぁ〜。料理上手な人って、好きだなぁ。」
「・・・・・・っく・・・。」

「松浦さんて、かわいいよね。顔もそうだしー、やることも全部かわいい。」
「・・・ぅだ、よね?・・・」
193 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:33
「今、何て言ったの?」
「そうだよね。松浦さんかわいいし、ひとみちゃんが好きなのも、あーゆー子なんでしょぉ?」

梨華は、とても悲しそうに目からぼろぼろと涙を流していた。

「ええっ!ちょっと何泣いてんの、梨華ちゃん!」
「泣いてなんか、ない・・・・・・」

「泣くほどのことじゃないでしょーが!」
「ひとみちゃんにはっ、関係ないでしょ・・・!」
194 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:34
涙はとめどなく溢れる。
それを拭おうともせず、ただ必死にひとみを見つめた。

私を、ひとみちゃんの心に刻み込みたい。
たとえ松浦さんを好きでも、他の誰かを好きでも、変わることはない。変われないのだ。


ひとみは、予想外の梨華の反応に、驚いていた。
自分たちの年代は、友達に対しても嫉妬をすることもあるかと思う。

でも、まさか。

梨華が泣くなんて。

本気で嫉妬してくれた。

梨華にとって、自分はどのくらい大事な『友達』なのか?

今、目の前の『友達』に出来ることといえば。
195 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:35


「・・・んっ・・・」
「梨華ちゃん。」

ひとみはその大きな掌で、梨華の顔を包み込んだ。
まだぼろぼろと零れ落ちる涙を、親指で何度も拭う。

その涙は温かく、それに触れたひとみも悲しくなった。
故意に泣かせてしまったことで、切なく胸は痛む。
謝罪の言葉を述べようとするが、上手く言えない。


196 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:36


なんて綺麗な瞳なんだろう。
ひとみは、いつでも優しい眼差しを自分へ向けてくれる。

こうして今も、泣いている梨華の涙を優しく拭ってくれる。
自分を泣かせた張本人だけど、泣いているときになぐさめて欲しいと思うのは、ひとみ意外にいなかった。

197 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:37
「あたしは、ずうっと梨華ちゃんの傍にいたつもりだけど?」
「・・・ほんとに?」

「あぁ。」
「でも」

「分かってよ。梨華ちゃんの後輩でもあるんだから。」
「やりすぎだよ。」

「お弁当のこと?」

梨華は黙って頷く。

「んー・・・じゃ、これからは断るよ。」
「えっ」

「変かな? だって、『あーゆー子』よりも、梨華ちゃんがいいから。」
「・・・・・・」
198 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:38
「梨華ちゃんが、いちばん大事だよ。」
「ひとみちゃん・・・」

ひとみの言葉によっていつのまにか、梨華の涙は止まっていた。
それを見てひとみは、梨華から手を離そうとする。

自分の頬から離れることを感じた梨華は、慌てて自分の手を重ねた。

「私も、ひとみちゃんがいちばん大事!」

とびきりの笑顔で、思いを伝えた。
199 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/04(日) 10:38
気がつくと、目を閉じたひとみの顔が迫っていた。
『キスされる!』

覚悟して目を閉じようとしたら、すうっと身を引くひとみ。

「あ・・・ごめん。なんか・・・」
「・・・ううん。」

ひとみの顔は真っ赤になっていて、自分自身今何をしようとしたのか理解できなかった。
梨華もその気になっていたのでキスできなかったことが恥ずかしく、俯いていた。

『今あたし、どさくさにまぎれて梨華ちゃんにキスしようとしたよね?』

『からかわれたの?私だけその気になってたなんて、恥ずかしすぎる!』

気まずい沈黙が流れたが、お互いの気持ちを知ることができて、二人は幸せに満ちていた。
200 名前:大淀 投稿日:2004/01/04(日) 10:48
とりあえず、ここまでです。

辻ちゃん加護ちゃんが卒業だとか。
4期最高だったのに。 頑固一家が大好きだったのに。
だいぶヘコんでます。

>159さん
毎度ありがとうございます。
また感想なんぞをいただけると嬉しい限りでございます。

梨華ちゃんよっすぃ〜は結構キテるんじゃないでしょうか。
同期の卒業だもんねぇ。

これからもお二人には支え合って頑張ってもらいたいと思います。
201 名前:159 投稿日:2004/01/04(日) 13:12
自分はただのいしよし好きだと思ってたのに、実は4期が揃って楽しくしてて、
その中でのいしよしの笑顔が大好きだったんだなぁーって思い知らされました。
大淀さんが言われるようにほんと支え合って頑張ってほしいですね。
その大淀さんの気持ちが込められた文章に、さっきまではただ凹んでただけだったけど
やっと涙を出すことができました。ありがとう。
202 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:43
「ちゃーんとクギ刺しといたのになぁ。」

また一本、テーブルの上に置いてあったポッキ―に手を伸ばす。
加護は、それを口にくわえ梨華に言った。

「クギって?」

訳の分からない梨華は尋ねる。

「松浦にさ」
「うん」

「『無理やで、よっすぃーは』って、言っちゃったのれす!」

辻は勢いよく辻が立ち上がった。
その拍子に、ジュースの入ったグラスが揺れた。
203 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:45
「よっすぃーに近づきすぎるからや。」

梨華は、松浦が弁当を作ってきたことを、辻と加護に相談していた。
一人で考えていても、大きな不安に襲われそうになるので、自分を応援してくれる友人に助けを求めた。

こんな時、友達のありがたさが身にしみる。
自分ひとりでは解決できないことを恥ずかしく思うが、支えてもらうと嬉しいし、心地良い。

「でも、全然堪えてないみたいれすね。」

「逆に火をつけてしまったかもしれん。」

「よっすぃー、カッコいいから。」
204 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:45
今までにも、ひとみに言い寄ってくるものはたくさんいた。
その度に梨華はざわざわと落ち着かない気持ちになっていた。

今思えば、『嫉妬』だったのだ。

梨華はそれをどうやって潜り抜けてきたのか。

自分の想いに気づいてから梨華は、今まで出来ていたことが出来なくなってしまっていた。



205 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:46
「ラスト!」

体育館に一際大きな声が響くと、ボールがズバンと音を立て、コートに突き刺さる。

着地した美貴は表情を崩さなかった。
マネジャーから差し出されたタオルを黙って受け取ると、そのまま出口へと向かう。

「藤本先輩!」

「・・・なに?」

呼び止められたことに対してか、美貴は少しムッとして振り返る。

「この後、ミーティングが・・・あるん・・・ですけど・・・」

人を威嚇するような美貴の表情に怯え、少女の声は消え入るようになる。
206 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:47
「いい、行かないから。」

一言だけ言うと、美貴はつま先を翻して去っていった。

美貴の後輩は明らかに落胆した表情をしていた。
黙って床を見つめる。

「いいんだよ、紺野。」
「矢口先輩・・・」

美貴に声を掛けた少女、紺野あさ美はすがるような眼差しを矢口に向ける。

「プレーは超一流。それだけのエースがいたって、いいんだよ。」
「・・・・・・。」

美貴の態度に、引っ掛かりを感じながらも、そっとしておくことにした。

体育館を出た美貴は、黙々と歩く。
時間に追われているわけでもなく、ただ歩いているけれど、美貴は何かに急かされているようだった。



207 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:48


引退試合当日。
ひとみたちの通っている学校――――早乙女高校は、すでに試合会場に到着していた。

「市井さん。」
「おう。」

「一つでも多く、勝ちますよ。」
「あたりめーじゃん。」

二人はにやりと微笑み、ベンチスタンドを見上げた。
そこには後藤と梨華、加護辻に松浦がいた。

「何で松浦がおんねん。」
加護が梨華に囁く。
208 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:49
「何で松浦がおんねん。」
加護が梨華に囁く。

「いいじゃん。 応援は多いほうがいいでしょ。」
「あんなのでも?」
辻は親指で自分たちの後ろを指す。

そこには市井とひとみのファンの子達が大勢いた。
市井とひとみが姿を見せる度、スタンドからは歓声が沸き起こっていた。

「はぁ〜っ。」
加護はひとつ、大きな溜め息をついた。



209 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:50
「1回戦の相手は、塩五高校。 一気に波に乗れるように、ここでは点差をつけて勝ちに行く。」
「2回戦、が問題なんですよね。」

「そう。」
市井はゆっくりと頷く。

「桜ノ宮学園。 今まで大会にも上がってこないくらいの無名校だったんだけど。」
「強力なエースの登場ですか?」

市井はひとみを見つめて、言う。
「絶対的なエースの登場だよ。」
「名前は?」

「藤本美貴」

「ちなみに吉澤と同い年」

「へぇ」
ひとみは器用に片眉だけ上げて、興味なさげに返事をした。

210 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:50
「後はみんなたいしたことない。」
「じゃ、藤本を徹底マークですね。」

「あぁ。 でも、手強いぞ。 リベロの矢口がゴキブリのようにしつこいんだ。」
「ゴキブリ・・・」

「今、何て言ったの? ヤグチのこと。」

どこからともなく声が聞こえてきた。
ひとみは辺りを見回すが、人の気配はない。

「どこ見てんだよ!」
威勢のいい声を聞いて見下ろすと、背の低い金髪の少女が、拳を振り上げていた。

「誰?あんた」
市井はやれやれといった感じで、少女に話し掛ける。

211 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:52

「矢口さん、美貴、先に行ってますよ。」

「「美貴?」」
ひとみと市井の声は、見事にハモっていた。

美貴の冷ややかな視線が、二人に突き刺さる。
「・・・何」

「あんたたち、早乙女高校のヤツラだろ!」
矢口は市井に食って掛かる。

「そうだけど、何か?」

「ヤグチをゴキブリ呼ばわりしやがって!タダじゃおかないからな!!」
なぁミキティ、と矢口は美貴に同意を求めた。


212 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:52
「別に」

ひとみはヤグチと美貴の温度差に、奇妙な違和感を感じた。

「相手がどこだろうと関係ないですから。」

「テメェ、うちらをバカにしやがって・・・」
市井は美貴の胸倉を掴む勢いで美貴につかつかと歩み寄る。

「市井さん」
ひとみはそれを阻止するように市井の腕を掴んだ。

「離せよ。吉澤」

213 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:53
「藤本さん」

美貴は目をひとみに向けて、視線だけで返事をした。

「バレーはいつから始めたの?」

「・・・高校からだけど」

「そっか。 お互い、いい試合をしようね。」
ひとみは美貴に少し微笑んだ。

居心地悪そうに、美貴は顔を背けると、その場を立ち去った。

「おぉい、ミーキティ! 待ってよ!!!」
矢口は美貴の後を追いかけていった。


214 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:54
「フン。 桜ノ宮学園、感じ悪ぃな。」

ひとみはそうでもない気がした。
ただ、美貴の態度がとても気になった。
すべてのことに関心がなさそうだった。 自分のことにさえも。
一体美貴はどんなバレーをするのかが、ひとみはいちばん気になった。


早乙女高校は順調に塩五高校を下した。
同じく桜の身や学園も1回戦を勝ち進み、早くも早乙女高校と対戦することになった。

「絶対に、ブッ潰す。」
市井は、桜ノ宮学園を倒すことに燃えていた。

ひとみはその横で、入念にストレッチを行う。
ふと、桜ノ宮学園のベンチに目をやると、美貴と目が会ったような気がした。
人を突き刺すような強い眼差し。

市井のように気合が入っているのとはまた違っていた。

市井がメンバーに声を掛ける。
ひとみもその輪の中に入ると、市井は言った。

215 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:55
市井がメンバーに声を掛ける。
ひとみもその輪の中に入ると、市井は言った。

「いちーたち3年は、この大会が最後。 負けたら引退。
 一つでも多く勝ち進むよ。 いいな?」
全員がしっかりと頷いた。

「がんばっていきまー―――っ、」
「「「「「「しょい!!!」」」」」

ネット越しに、桜ノ宮学園と握手をする。

「よろしく」
ひとみは美貴に声を掛けた。

ふいっと返事もせず、美貴は振り返るとベンチに戻っていった。

「アイツ、どこまでも感じ悪ぃな。」
市井がひとみに言うと、ひとみは肩をすくめ、苦笑した。



216 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:56
サーブは早乙女学園から。
ぎゅうんと、フローターサーブが繰り出される。

難なくヤグチがキャッチすると、セッターからレフトの美貴へトスが上がる。

ズバンと小気味良い音と共に、それはコートに突き刺さった。

「フン」
美貴はひとみを見つめ、鼻で笑った。

「なんだ、今の・・・?」
ひとみは今まで見たことのないスパイクに、驚いた。

「よっすぃー、しっかりしろ!」
スタンドから加護が叫ぶ。

梨華は祈るようにして、ひとみを見つめていた。


217 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:57
桜ノ宮学園からのサーブ。
天井まで届きそうなくらい高く上がると、急に下降して速度を増す。

「ぅわ!」
何とかレシーブするものの、大きく反れスタンドへ飛んで行ってしまった。

0−2。
『落ち着け。落ち着くんだ。』

予想していたとおり、美貴に何度もトスが上がる。
美貴のスパイクは、テクニックよりもパワーが先行していた。

重く、突き刺すような鋭いスパイク。
ひとみは何度もレシーブしながら、美貴のスパイクは美貴の視線そのものだと感じ始めていた。

美貴のバレーは、バレーを楽しんでいないようにも思えた。
美貴の中に抱え込んでいる黒く大きな塊を吐き出すかのように、ただ必死に打ち込んでいる。

「くっそ・・・」
市井の顔は苦痛に歪んでいた。

218 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:57
「1本。 まず1本決めましょう。」
落ち着いて、ひとみが声を掛ける。

「吉澤・・・。」

セッターに返ったボールは、後ろにいるひとみにトスされた。

「行け、吉澤!」

ひとみは誰よりも高くジャンプする。
それはまるで空中に止まっているかのようだった。

ひとみは力を込めてバックアタックを打つ。

矢口はそれを受けようとするが、大きく弾いた。

「よっっっっしゃぁ!!!」
ひとみはチームメイトの所へ駆け寄る。

市井に頭をぐりぐりされて、嬉しかった。
みんなで決めた1本。
ひとみは、全員で戦えるバレーが好きだった。
219 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 02:58
「まだまだ。」

矢口たちが少しひるんでいる間、美貴はこう呟く。
やがて矢口たちも冷静になる。

美貴は、背中でチームを引っ張っていた。

21−25。
第1セットは、桜ノ宮学園が勝ち取った。

「予想以上に強いよ、藤本は。」
ベンチで息を弾ませながら、市井は呟く。

「まだまだこれからっす!」
ひとみはタオルをぶんぶん振り回しながら、熱弁する。

「ひとみちゃん」

ん?と振り返ると、梨華がいた。

「あっ、梨華ちゃん・・・」
とたんに真っ赤になるひとみ。

「惜しかったね。でもまだ諦めちゃダメだよ。」
「もちろん!」

ビッ、と親指を立てて、梨華にウインクをする。
「で・・・作戦は?」
220 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 03:01
いつのまにか加護はノートパソコンを取り出し、分析し始めていた。

「え?あいぼん?」

「矢口のサーブカットは文句なしの出来。セッターも崩れず藤本にトスを上げてるし。
 矢口、セッター、藤本のラインを崩さない限りちょっと難しそうやな。」

「ブロックは藤本に絞ってるんだけどさ。」

「2枚付かれても簡単に打ち破ってるな。何しろパワーがすごい。」

「ダンプカーよっすぃーと同じくらいれすか?」
「つじぃ!」

「・・・・・・・・・。」
221 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 03:02
「あ、あいぼん?」

「真っ向勝負。」

「「「「えっ?」」」」

「藤本に、よっすぃーをぶつけよう。」

「はっ?」

「よっすぃー、レフトでもいけるよな?」

「はっ?」

「一騎打ちや。」



222 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 03:02
第2セット。
ひとみはセンターから、レフトのポジションについていた。

「レフトもいけんの?」

珍しく美貴が話し掛けてきた。

「さぁ?」
ひとみはとぼける。

美貴は不機嫌そうに、ひとみから目をそらした。

なんとかサーブが上がり、ひとみに渡る。
美貴は急いでブロックにつく。

ニヤ、と怪しくひとみは笑うと、空中で体を捻り、ストレートにスパイクを打ち込む。

「ぅしゃ。」
ガッツポーズをする。

梨華は、辻とハイタッチして喜ぶ。
「きゃああぁ!」
223 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/14(水) 03:03


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224 名前:大淀 投稿日:2004/01/14(水) 03:13
更新いたしました。

>201さま
いつも読んで頂いてありがとうございます。
ん〜、まぁ4期の卒業は深いものがありますね。
辻ちゃん加護ちゃんが入ってきた辺りで「なんだよ、子どもじゃん」って思って、
「モーニング娘。にはついていけねぇなぁ、ハハ」なんて離れたんですけどね。
今じゃありえないくらい大好きだし。
ふたりを知れば知るほど好きになった。
結局本当のことを見ようとしてなかったからなんですね・・・あぁ後悔。

こないだのハロモニ見て・・・じん、ときた。つか、泣いた。
『運命』なんだね。ふたりは。

よっすぃ〜がいたから頑張れた。
梨華ちゃんがいたから頑張れた。
このふたりもきっとそう思ってるはずです。
225 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 16:55
「梨華ちゃん、いつまで泣いてんのぉ」
ひとみは、泣きじゃくる梨華の背中を優しくさすっていた。

コートでは、まだ試合が行われている。
観客は試合に見入っていることだろう。

ひとみと梨華は、長い廊下の隅っこに座り込んでいた。
さっきから泣き止まない梨華に付き添っているが、まだまだ時間がかかりそうだ。

ジャージを着た他校の生徒が通り過ぎる度、不思議そうな顔をして二人を見る。
ひとみは照れくさいような気持ちになる。
そして困ったように笑うのだ。
226 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 16:56
「負けたんはあたし達なんだかんね。」
「私だって、応援してたもん。」

「分かってるよ。」
「ひとみちゃんは、悔しくないの?」

ひとみだって悔しい。
だけど、こうして梨華が先に泣きじゃくってしまうと自分は泣けなくて、複雑な気持ちになってしまうのだ。

「当たり前じゃん。悔しいよ」

ひとみたちは惜しくも、桜ノ宮学園に負けてしまった。
同時に、市井たちの引退も決まった。
227 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 16:58
「だったら、えっ・・・っく。」

梨華が何度も口をぱくぱくさせるが、うまく言葉にならない。

「無理に喋らなくていいよ。」

そっと頭を撫でる。
「あ・・・んなに、頑張ったのに。」

勝負の世界は厳しい。
華やかな舞台に立ち、スポットライトを浴びるのはいつだって、勝者なのだ。

全く歯が立たなかったわけでもない。
実際、ひとみがレフトのポジションについてからはペースを掴み始めていた。
だが、試合中の仲間の負傷により選手が交代した。
流れが自分たちに傾きかけていたものは消え去り、美貴の調子も上がってきて気がつくと勝負は決まっていた。
228 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 16:59
廊下の人通りはいつのまにかなくなっていた。
重く閉ざされた扉の向こう側から、割れんばかりの歓声が耳に入ってきた。

「すげーんだよ、桜ノ宮の5番が!」

ひとみたちの目の前をバタバタと走り、通り過ぎる男子生徒。

桜ノ宮の5番・・・美貴だ。

自分がもう少し強かったら、今ごろコートに立っていたかもしれないと、ひとみは強く後悔した。
229 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:00



松浦は試合中もじっと椅子に座り、桜ノ宮と早乙女の試合を観戦していた。
始めは熱心にひとみを見つめていたが、やがて興味は他へと移った。

背中には『5』の数字をつけて戦っている。
表情はさっきから不機嫌で、プレイそのものはすばらしい。

『藤本美貴』

一体、どんな人物なんだろう。

試合が終了し、ひとみたちが負けた。
松浦はひとみに一体どんな言葉をかけたらいいのか考えていた。

スタンドからコートへ移動する。
途中で自販機を見つけると、松浦はポカリを買った。

ゴトン。

缶の落ちる音を聞く。
すぐには取り出さず、松浦はぼーっと考え事をしていた。

さっきの美貴の姿を思い出す。
230 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:01
「だけど、口の割にはあんまりたいしたことなかったじゃん。」

自販機の傍を離れ、スタンドに戻ろうとした。
すると、威勢のいい声が聞こえてくる。
長い廊下に、大きすぎるほどの声が響き渡る。

見ると、桜ノ宮学園の生徒が、ぞろぞろ歩いてくる。
勝利にいまだ興奮冷めやらぬ勢いで、話が盛り上がっていた。

藤本美貴。

松浦は美貴に釘付けになった。
チームメイトは早乙女高校がどうだった、などと話しているのに美貴は全く興味がなさそうだった。
何を考えているか分からない。
231 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:02
美貴と松浦の距離はどんどん縮まっていく。
3,2,1・・・ゼロ。
ゴトッ、と大きな音が鳴り響く。

それが自分の持っていた缶が落ちた音ということを、松浦は理解できなかった。
背中を向けたはずの美貴がこちらを振り向く。
そして自分の方に歩み寄ってくる。

「落ちたよ」

松浦の前に差し出されたのは、ポカリの缶。
異常に高鳴る鼓動。

「ねぇ」

「ねえってば」

「いらないの?」

何度か話し掛けられたが、松浦は言葉を返すことが出来ない。
232 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:03

宙にポカリの缶が舞う。
それを横から掴み取るようにキャッチすると、美貴は去っていった。

「もらってくね」

魔法をかけられたように、松浦の体は動かなかった。


「・・・ミキティ」
「何ですか、矢口さん。」

矢口の方を振り向くわけでもなく、美貴は返事をした。
さっきからずっとポカリの缶で遊んでいる。
233 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:04
「初対面なのに随分とかまってましたねぇ?」
「何のことですか。」

自分の話を話題にされたくない美貴は、とぼけて見せた。
もちろん、さっき初めて会った松浦の話をしていることは美貴にも分かっていた。

「さぁねぇ」

余裕を見せている矢口にムッとする。

「あ、そう言えば・・・」
「・・・・・・。」

「さっき、正式に早乙女高校との合同合宿が決まったよ。」
「?」

「ポカリの子、早乙女高校の生徒なんだってさ♪」

美貴の表情が一瞬こわばったが、何事もないようなフリをした。
手には、ポカリの缶をぎゅっと握り締めて。
234 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:05
ひとみたちは一旦それぞれの家に帰った。
着替えてから、また集まることになっていた。

今日で引退になってしまった、市井たち3年の送別会。

ひとみは私服に着替えると、財布と携帯を持って家を出た。
自転車にまたがると、梨華の家に向かった。

インターホンを鳴らす。
しばらくすると、梨華が出てきた。

「ごめん、お待たせ。」
「大丈夫。 さ、乗って。」

ひとみは親指で自分の後ろを指差した。

「え?後ろに乗るの?」
「もちろん。」

スカートをはいた梨華は横向きにまたがった。
235 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:05
「しっかり捕まっててよ、梨華ちゃん。」
「うん・・・」

ひとみは大きく息を吸い込むと、勢いよくペダルをこいだ。

「きゃあっ!」
「ほら、ちゃんと捕まってないと落ちちゃうよ?」

ひとみの声はとても楽しそうだった。
梨華の手首を掴むと、自分の腰にその手を回した。

「・・・重くない?」
「んー、そう言えば。」

「ひどーい!気にしてるのに。」

梨華はひとみの背中で頬を膨らませた。
ひとみの笑い声が響く。
ひとみと梨華は幸せな気持ちをかみしめていた。
236 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:06
学校の近くのお好み焼き屋に着くと、ひとみは梨華を降ろした。
店の前に自転車を止めて、中に入る。

予約していた席にはまだ誰も来ていなかった。

「一番乗りだ。」
「ほんとだー。」

ひとみは難なく梨華の隣りの席を確保すると、運ばれてきた水を飲む。

『まだ何か試合に負けた気がしないなぁ。』

市井に出会ってからの2年間を思い出す。

入部当時は怖くてあまり話し掛けられなかったこと。
うまく出来なくてたくさん怒鳴られたこと。
試合に負けて、慰めあったこと。
厳しい練習でくじけそうになった時、励ましてくれたこと。

走馬灯のように蘇る、楽しかった日々。
237 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:07
気がつくと、梨華が手を握っていた。
ひとみは梨華を見つめた。

「梨華ちゃん・・・」

目を泳がせて、動揺しているひとみに優しく微笑む。

「あのね」

「うん?」

ひとみには梨華の言いたいことが分かりすぎるほど分かっていた。
繋がれた手から、じわりじわりと自分の身に浸透していく。

絡み合った視線は、お互いに手放せなくて。
触れ合った肌はどんどん熱を帯びていく。

梨華にたくさん伝えたいことがあるのに、こんなにも今近くにいてくれているのに。
ひとみはずっと友達のフリをして、本当の気持ちを隠している。
そしてそれはおそらくずっと、この先も、続いていくのだろう。
それでも梨華のそばにいられるのなら、それでいいと思っていた。
238 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:08
今までにも恋人同士になることが出来たらいいと、何度も思った。

梨華を独り占めしたい。
その笑顔を、自分だけに向けてほしい。

しかし、梨華は純粋にひとみを『友達』として見ている。
歪んだひとみの感情。
この感情を梨華に知られたら、きっともう元には戻れない。

友達でいられたら『別れ』は来ない。

ひとみは気づき始めていた。
『友達』に誰よりもこだわっているのは自分だということに。
そして自己暗示をかけて、自分で自分を縛っていることに。

何よりも怖いものは、『梨華を失うこと』ではない。
『自分が傷つくこと』だった。
239 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:09
「・・・ひとみちゃん?」
「えっ?」

何度も自分の名前を呼んでくれていたらしい。
つながれていた手はいつのまにか離れていた。

「怖い顔してる。」
「あ・・・ゴメン。」

梨華は目の前にいるひとみが何を考えているのか分からなかった。

思えばいつも自分のことしか考えてこなかった気がした。

いつもひとみに気を使わせて。
面倒なことはひとみに全部任せていた。
黙っていても、ひとみが進んでやってくれていた。

ひとみの優しさに、すっかり甘えている。
ひとみの苦しみを、何一つ分かって上げられない。

梨華は改めて、自分が情けなくなった。

『守ってあげたいと思うのは、ひとみちゃんだけなのに。』
240 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:11
「何?この辛気臭い雰囲気は?」
「梨華ちゃん、よっすぃー!」

二人がそれぞれに思いを馳せていると、辻と加護がやってきた。

「他のメンバーは、まだ?」
「そうみたいっすね。」

4人でしばらく雑談をしていると、やがて松浦がやってきて、他の部員たちも集まりだした。

「そろそろ始めっか。」

市井の一言で、送別会は始まることになった。

「「ちょっと待てコラ―――――――――――!!!!!」」

辻と加護のド派手な登場に、その場にいた全員が目を丸くした。
241 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:12



・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




242 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:13
「ほら辻ちゃん、そんなに頬張ったら喉詰めるよ?」
「はいひょーぶれふっ!」

「加護ちゃん、こっちのも食べる?」
「うん!ありがと!!」

「市井さん、飲み物ありますか?」
「おー、お茶もらえる?」

幹事でも部員でもないのに梨華はしきりに働いていた。
ひとみはそんな梨華の姿を微笑ましく思いながら、見つめていた。

「梨華ちゃん、そんなのいいからさ、食べなよ?」

ひとみは焼きそばを梨華の皿にのせながら、声をかける。

「はい、どーぞ。」
「ありがと・・・」

手渡された皿をじっと見つめている。
243 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:13
「おーい旦那、奥さんが食べさせて欲しいってよ!」

市井がわざとみんなに聴こえるように言った。

「・・・食べさせてあげよっか?」
「いい!自分で食べれるから!」

『真に受けちゃって、かわいー・・・』
ひとみはしみじみと思った。

ぼとっ。

慌てて食べたせいか、梨華はスカートにべったりとソースを付けてしまった。

「あーあ。シミになっちゃうじゃん。洗いに行くよ。」

ひとみはすっと梨華の手をとり、席を外した。

244 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:14
「もぅ!あんなことみんなの前で言わなくたっていいのにぃ。」
梨華はさっきから文句を言っている。

ひとみは鏡を背に向けながら、頭の後ろで手を組んでいる。

「たまにはいーじゃーん?甘いのも・・・」

梨華にぐっと顔を近づけた。
口の端を上げて、余裕の微笑。

「やめて!」

ハンカチで拭いていた手で、突き飛ばされる。
突き飛ばされるとは思ってなかったひとみはよろめいた。

「・・・ごめん」
「何でそんなことするの!」

「・・・だって」
「?」
245 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:15
これ以上ないくらいの真剣な眼差しで、低く囁く。

「梨華ちゃんがいちばん好きだから。」
「えっ・・・!」

ひとみは梨華の表情を見逃さなかった。
驚き。 戸惑い。 悲しみ?
眉間に軽く寄った皺は、拒絶を意味したのだろうか。

―――やっぱり。

少し勇気を出して梨華の気持ちをうかがった。

―――無理。

これ以上梨華に近づけない。
はっきり境界線を引かなくちゃ。
ひとみは今までで一番真剣な嘘をついた。

「・・・友達として。」
「は・・・い?」

「友達として、好きだから。 梨華ちゃんが一番好き。」
「・・・・・・・・・。」
246 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:16
どうしてこんなに笑顔で言えるんだろう。
梨華は不思議に思っていた。

もしも自分がひとみに告白するとしたら、きっと涙を流しているだろう。
決して、ひとみのように言えない。

それは、ひとみとは違って冗談ではなく、本気だから。
真剣な恋をしているから。

きっと、もう届かない。

ずっと、ひとみと一緒にいられたらいいと思っていた。
だけど・・・この先ずっとふたりの気持ちのギャップに苦しむことが目に浮かんだ。

居たたまれなくなって、梨華は飛び出していった。

「ちょっ・・・!」

掴もうと伸ばした手は居場所が無く、静かに降ろすしかなかった。
247 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:16
「あっれー?石川、もういいの?」
「・・・市井さん。」

「どうしたんだよ。」
「やっぱり、言います。・・・今、言います。」

「石川・・・」
「梨華ちゃん、いいの?」
「いいの、ごっちん。」

梨華は決心したように2人を見据え、はっきり言った。

「今言わないと、ずっと言えない気がするから。」
248 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:17


そこへ、ひとみが遅れてやってきた。
「ちょっと梨華ちゃん!」

梨華はひとみに振り向いた。
少し、悲しそうな笑顔で。

「え・・・?」

さっきとはまるで違う梨華の雰囲気に、戸惑うひとみ。
自分のいない間に、何が起こったんだろう。

テーブルから少し離れてひとみは梨華を見た。
足がすくんで、動けなかった。

梨華は、ずっとひとみには言えなかった。
悩んだ。 苦しんだ。

「ごめんね、ひとみちゃん。」

今なら言えそうな気がする。
249 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/20(火) 17:17
「な、なにが・・・?」

「ひとみちゃんに黙ってたことがあるの。」
「えっ?」

「今言わないと、ずっと言えそうにないから、言うね。」
「だから、なにが。」

「実は、」
250 名前:大淀 投稿日:2004/01/20(火) 17:23
更新いたしました。

んで、訂正です。
『二人がそれぞれに思いを馳せていると、辻と加護がやってきた。』

×辻と加護
○市井と後藤

申し訳ありませんでした。

梨華ちゃんお誕生日おめでとう!!!
( ^▽^) 19歳おめでと!>(^〜^0)
251 名前:わく 投稿日:2004/01/21(水) 13:30
一気に読みました・・・・・・・

りかっちファイ!!!
二人とも好き同士なのに・・・・もどかしいっす(^^ゞ
早くラブラビないしよしがみたあ〜い☆
作者さん更新期待しております!!
252 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:54



「実は、私アメリカに留学することになったの。」

ひとみは、耳を疑った。

『留学?』 『アメリカ?』

すべての音がシャットアウトされて真っ白な世界にいるような感覚。
息が出来なくて苦しくて、目もチカチカする。
その場に立っていることで精一杯。
非現実の一面真っ白な世界にそのまま倒れた方がずっと楽だと思った。

遠くで驚きの声が飛び交っているのをぼんやりと聞いていた。
一つひとつ丁寧に説明する梨華の後姿が、なぜだかひとみには違う人に見えた。

いっそ別人だったらいいと思った。
253 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:55


・・・梨華が、いなくなる。


ひとみはその後どうやってみんなと別れ、梨華にどのような言葉をかけ、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
ベッドに寝転がると、目に浮かぶのは梨華の姿。
いつでもそばにいて、いつも近くで笑っていてくれていた。
何かあると頼ってきたのは梨華の方だった。
だけど、梨華の存在にひとみはいつも救われていた。
254 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:55
―――――――♪♪♪

「ん?」

そばにあった携帯が鳴り響く。
梨華からのメールだった。

『今、ひとみちゃんの家の前にいます。 梨華』

ひとみは慌てて玄関まで走り出す。
会いたい。

「・・・梨華ちゃん!」

梨華は首を傾げ、ニッコリ笑った。
「ごめんね、急に」

「公園で、話そっか?」
255 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:56
公園に着いても、梨華は何も話そうとしなかった。
これから、告げられることは分かりきっているひとみはじれったい気持ちになった。
言うなら、早く言って欲しかった。

「なんで、言ってくれなかったの?」
「・・・・・・・・・。」

ひとみに話すより前に、市井と後藤には話しているようだった。
梨華にとっての一番の友達は、自分だと思っていた。
だから少し寂しく感じた。

「ごめんね、黙ってて・・・」

今にも泣きそうな顔で、肩を震わせている梨華を見て、ひとみはぐっと拳を握った。
抱きしめたいのに抱きしめられない。
ただの、友達だから。
256 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:58
「ずっと、留学するのが目標で。」
「・・・うん。」

梨華にそんな気持ちがあるのを知らなかった。
こんなにそばにいたのに。
梨華の事を一番知っているのは自分だと思っていた。

「いつ、行くの?」

すぐに留学しないかもしれない。
ほんの少しの期待を込めて、ひとみは尋ねた。

「2学期が始まって、ちょっとしてから、かな?」

目の前に広がっているであろう少し先の未来を見据えて、梨華は嬉しそうに微笑んだ。
257 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:58
『梨華ちゃんは、あたしがいなくても一人で歩いていけるんだ。』

そう思うと急に悲しくなった。
涙が溢れてきたが、零れ落ちるのを必死に我慢した。
公園は街頭のわずかな明かりだけだった。
ここが薄暗くて本当によかったと思う。
もしも自分の泣き顔を見られていたら、気持ちが押さえられなかったかもしれない。

「見て、ひとみちゃん。星が、見える・・・」

その言葉に誘われるままに、空を見上げた。
見上げた空はとても澄んでいて、どこまでも広がっていた。
梨華が言う星はとても小さく、それでいて無数に瞬いていた。
258 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:59
昔田舎で見た天の川とはまるで違う。
しかし、小さいけれど都会でもこんなに星が見えるのだと気づいた。

海の向こうでも見えるのだろうか。

梨華が住む、アメリカは・・・


「アメリカかぁ・・・遠いね。」

ひとみは切ない吐息と共に、そう呟く。

「これと同じ星も、見えるかな?」

梨華はひとみに駆け寄って、子どものようにはしゃいだ。
259 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/01/26(月) 12:59
「・・・見えるんじゃない?」

どう答えればいいのか分からずに、そっけなく返事をしてしまう。
あたしの気も知らないで。

ひとみはまだ、気持ちの整理がつかなかった。
何も思い浮かばない。
今、目の前にいる梨華も幻かと思えてしまう。
一瞬でも見逃したくない。

ひとみは、梨華を目で追った。
日本から」いなくなってしまうまでに、梨華を目に焼き付けておこうと必死だった。
260 名前:大淀 投稿日:2004/01/26(月) 13:09
ちょぴっと更新です。

なっち、卒業おめでとう。そして、ありがとう。
泣いてる梨華ちゃんを肩に手を回して支えて、笑顔で見送るよっちぃ・・・
あぁー・・・つらいよぅ。
オイラはよっちぃのように強くないもので。

>わく様
初めまして。
まだ痛いのが続いてしまいます。
ゴメナサーイ (^▽^;)
温かく見守っていただければしあわせです。

今ね、実は次回作をこれと平行して執筆中です。
去年の暮れからあっためてます。ホカホカ

では、また。
261 名前:わく 投稿日:2004/01/26(月) 21:25
おうっ・・・まだ痛いんすか。。。。
でもきっとその後には幸せにつながっていくと信じて!!!!
執筆がんがってください☆楽しみにしてます\(゜ロ\)(/ロ゜)/

昨日のなっちラスコン、いしよしあったんすね。
なっち。。。。淋しいっすわ☆俺、いしラブだし、いしよしいなくなったら途方にくれてしまいます(苦笑)
262 名前:大淀 投稿日:2004/02/14(土) 20:13
バレンタインということで、短編をひとつ。

本編とは全く関係ありません。

あ〜チョコ食いたくなってきた。

んでわ。
263 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:14





St.Valentine's Day, Rainy day





264 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:14

バレンタインだってのに、雨だった。

雨はキライ。
濡れるし。電車は遅れるし。何でか家を出るのが遅くなる。気分まで憂鬱になる。
あたしはどす黒い空を睨みつけた。


「ねぇよっすぃー」

楽屋の小さな窓から7階下の道路を眺めていたあたしに、梨華ちゃんは呼びかけた。
くるくると回る、色とりどりの傘から目を離し、振り向く。

「なに」

不意に発した言葉はあたしが思っている以上に不機嫌そうなトーンで。
呼びかけた張本人は少し、肩を震わせた。

や、別に梨華ちゃんに対して怒っているわけじゃないんだけどさ。

この、雨に。
なんかイラついてて。
265 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:15



……でも、少し、怒ってるかな…。



さかのぼること約半年。
真夏のさ中、久しぶりに屋外ロケ、だった日のこと。



――――――――――――



266 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:15

「よーっすぃー!」

午前中ようやく予定の半分を取り終えた。
まだ後半分もあると思うと気が重い。

週末にはツアーの予定がびっしり。

芸能人て、世間が休みの時に働いて、世間が働いているときにも働いているんだ。

つまり、十分な休みなんてない。


「もぅ、人が呼んでるって言うのに何で返事もしないの!よっすぃーはぁ」

遠くで聞こえてた梨華ちゃんの声が、いつのまにか隣りにいて、
しかも怒って腕の辺りをばしばしと叩いている。

「…痛いんだよ」

何回目かに振り上げた梨華ちゃんの腕を、ひょいと掴む。
手首をがしっと握って。 特に離そうともしない。
267 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:16

握られた方と逆の手で、あたしの腕を解いた。

あたしは「イタイ」という気持ちいっぱいで、梨華ちゃんをずっと見つめていた。
不意に、顔を上げた梨華ちゃんと目が合う。
梨華ちゃんは少し目を大きくしたかと思うと、すっと視線を外した。

あたしから逃げるようにして、先をずんずんと急ぐ。

「おーい、梨華ちゃん!」

どこへ行くつもり?
呼びかけても、返事もしなければ、振り向きもしない。

今度はあたしが梨華ちゃんを追いかける番?


なんだかさ、最近急に大人になっちゃって。
加入当初はいつもメソメソしていた梨華ちゃん。
同期で年も近くって、慰めたり励ましたりするのはいつもあたしだった。

口では「しょうがないなぁ」なんてちょっとあきれたフリをするんだけど。
梨華ちゃんを守れるのがあたしだけだと思ったら、ちょっと優越感を感じた。


268 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:17



―――ちょっと待て。ひとみ。



友達に、しかも女の子に、こんな感情を抱くのって、ちょっと行き過ぎてやしませんか?

あたしは急に戸惑いを感じ、追いかけていた足を止めた。

梨華ちゃんがそれに気づいて、ようやく振り向いた。


「ちょっとぉ」

泣きそうな顔をしている。

「………」

沈黙が流れる。
辺り一面芝生の公園。
他には何にも無い。

ロケバスが遠くにちっちゃく構えていた。

静けさで埋め尽くされる。

ジリジリと太陽に焦がされているのを感じて…少し、汗ばんできた。

梨華ちゃんの肩まで下ろされた髪の毛が、オレンジ色に光ってる。
触るとぷにぷにした肌も、健康的に焼けていて。
髪の毛も同じように黒くしてみても、案外似合うんだろうなと、ぼおっと思っていた。
269 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:17

急に、梨華ちゃんが駆け出す。
超ミニのスカートから伸びた細っこい足は、間違いなくあたしに向かっている。

う、うわ…

あたしはそこから一歩も動けず、梨華ちゃんに抱きつかれた。

一緒に芝生になだれ込む。

その衝撃でふわりと舞った梨華ちゃんの髪の毛からは、とてもいい匂いがした。
とても、女の子で。

「なんで追いかけてくれないの、よっすぃーは」
「や、なんか…」

わかんない。

「私のこと…キライなの?」
「そんなことないよ。」

自分の気持ちが。

「じゃあ、どう思ってるの」
「どうって…」
270 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:18
ずっと一緒にいたはずの梨華ちゃん。

「………」
「………」

大好きだけど。
大好きなんだけど。

あまり見ることのない超至近距離の梨華ちゃんに、どきどきする。
ゆっくりと、そのまぶたは閉じられた。

え、えええええええ!?
ちょ、ちょっと、これ、これこれこれは?!

梨華ちゃんの唇が、押し付けられる感触。
ほっぺとは比べ物にならないくらい、ぷにぷにしてて…
柔らかさを味わうことに、流されてしまった。

どのくらいそうしていたんだろう。

ちゅっ。

と唇が離れるときに梨華ちゃんが立てた音で、終わったことに気がついた。
271 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:19

あの…超人気アイドル『石川梨華』とキスしてしまいました。

キス! ちゅう! 接吻!

やばい、アイドル同士がキスしたんだよ。

ど、どういうつもりだっ!



―――――――あ。

あぁ、あたしは気づいてしまった。
スキ、なんだ。

あたしは梨華ちゃんを好きなんだ。

もしかすると、初めて会ったときから。



272 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:20




「んー…」

梨華ちゃんが考えている。

「…やっぱり、私がよっすぃーを追いかけているほうがいいかな」


いや、イシカワさん。
追いかけているのはすでに、あたしの方です。


273 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:20



――――――――――――


そこからあたしの片想いが始まったんだ。
長い、長い片想いが。

そして今も、恋愛進行形。片想い進行形。

梨華ちゃんは全く態度が変わらなくて、本当にあたしに対しては
『オトモダチ』レベルで接していた。

あれきり一度もキスされないし、収録中に手を繋いだりくっついたりされることもない。

だからなんとなくあたしからもできなくなって、世間では『不仲説』まで報じられることに。

別に仲が悪いわけじゃない。
かといって、トクベツ仲がよい訳でもなかった。
274 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:21

「今日、うちに来ない?」

テレビでピンクだらけの梨華ちゃんの部屋を語ったことがある。
あたしは照れもあって「吐き気がする」なんて言ってしまった。

で、随分梨華ちゃんの家にも行っていない。
誘われなかったから、こっちから行きたいとも言わなかった。

「…うん。」

何も考えずに、返事をした。


275 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:21



相変わらず雨はやまない。
タクシーで梨華ちゃんのマンションまで行った。

二人とも傘を持っていなかったので、入るまでに少し濡れてしまった。

「はい、これ。タオル」
「ありがと」

がしがしと乱暴に頭を拭く。
マジ、二人っきりって超緊張するんですけど。

!!!!!!

前後左右にぶんぶん動くあたしの手を、そっと取る。

「貸して。拭いたげる」

おとなしく、やってもらうことにした。

最近、板についてきた梨華ちゃんのお姉さんぶり。
だけど、あたしにはお世話とか焼いてくれないんだよね。
276 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:22

めずらしい。 とてもめずらしい。

だから今日は雨が降ってるのかな、なんて思ったりする。


「はい、おしまい」


梨華ちゃんと向かい合わせに座って、仲良く紅茶を飲む。

ずずず。ずずずず。

紅茶をすする音だけが、空しく響く。

「…なんか、甘いものでも食べない?」
「あ、ああ。そうだね。」

なーんでこんなにぎこちないんだろう。

277 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:23
梨華ちゃんは立ち上がって、キッチンから何やら取り出してきた。

????

それは、綺麗にラッピングされた赤い箱だった。

「これって…」
「昨日、作ったの。チョコレート」

いかにも手作りらしい、まあるいトリュフだった。
変なもの、入ってないでしょうねぇ。

ひとつ、口に運ぶ。
甘い香りと味が、口の中に広がった。

「ん、うまい」

あたしは俯いてて分からないけど、梨華ちゃんに見つめられている気がした。
恥ずかしさを紛らわすために、3つめを口に運ぼうとした瞬間。
278 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:23
「ねぇ…私。」
「ん?」

「そろそろ、よっすぃーに追いつけるかなあ。手の、届く範囲になった?」

仕事のことだと思った。

「なんで?もう十分梨華ちゃんはやってるじゃん。
 一人での仕事も多くなってきたし、前みたいに泣かなくなった。
 あたしなんかより、ずっと先を歩いてるよ。すごいじゃん。」

「違う!」

突然怒鳴られて、あたしは心底驚いた。

「…もぅ、なんでそんなによっすぃーは鈍いの…」

「あたしが鈍いって? 何のことを言ってんのかわからない。」

「だから、それ。」

「はぁ?」
279 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:24
梨華ちゃんは急に立ち上がって、カーペットに座っているあたしの前に立つ。
しゃがみ込んだかと思うと…

「ん!」

突然、キス、された。

目を閉じる暇もなく、それはすぐに離されてしまった。

チッ。


梨華ちゃんはあたしをきっと睨むと、怒ったように口を開いた。
280 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:24
「今日は何の日?」
「…バレンタイン。」

「私がよっすぃーに渡したものは?」
「チョコレート。」

「よっすぃーと今一緒にいる人は?」
「梨華ちゃん。」

「よし。じゃあ私、よっすぃーに追いつけた?」
「………」

だから、それがわかんないんだってば!

「…何の、ことだよ…」
「忘れたの?」
「何を。」

「…去年の夏に、その、キス…したこと…」
「あぁ。覚えてるよ。」

当然。梨華ちゃんを好きだって気づいた日だもん。
…え?

281 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:25
『…やっぱり、私がよっすぃーを追いかけているほうがいいかな』


急に、あの日の梨華ちゃんが言った言葉がリフレインした。


そうか。

そうだったんだ。

あれは、梨華ちゃんの宣戦布告だったんだ。

『よっすぃーを、オトしてみせる!』的な。

ま、その瞬間からあたしは落ちちゃったんですが。



目の前であたしの返事をじっと待っている梨華ちゃん。
ふるふる震えて、まるで子犬みたい。
282 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:26
今、あたためてあげる。


―――梨華ちゃんを、優しく抱きしめた。

ビクンと体を硬直させて、梨華ちゃんは黙ってしまった。

梨華ちゃんの顎に手をやって上を向かせて、見つめ合う。
あたしは梨華ちゃんにニコッと微笑むと、そっと唇を重ねた。

ちゅっ、ちゅっ、と梨華ちゃんの唇を吸う。

「っ、はっ…」

梨華ちゃんが息継ぎしたのを確認して、もう一度口づけた。
梨華ちゃんの口腔内に舌を入れて、夢中で絡める。
次第にそれに答えてくれるようになった。
ぺちゃぺちゃと、部屋に広がるその音が、とってもエロい。

あったかくて、柔らかい梨華ちゃんの舌。

あまぁい…微かに残るチョコレートの香り。

精一杯の愛情を込めて…

あたしの唾液を梨華ちゃんの口に流し込むと、こくんとそれを飲み込んでくれた。
283 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:27

いつか梨華ちゃんがしてくれたように、ちゅっと音を立てて唇を離した。

「―――ねぇ、梨華ちゃん。」
「な、なによ」

顔を真っ赤にして、慌てる梨華ちゃん。

「あたしの気持ち、伝わった?」
「…言ってくれなきゃ、わかんない。」

「む。そうきたか。」
「当然だよ。」

梨華ちゃんの顔を両手で挟む。
ぐいっと顔を近づけて、そっと甘く囁く。

「初めて会ったときから、ずっと、ずっと好きだった。
 好きだよ、梨華ちゃん。大好き…」

「よっすぃー…」

なんだか、随分結ばれるのに時間がかかったみたいだね。
284 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:27
「私も。ずうっとよっすぃーのこと…」
「…こと?」

カンジンなとこで、照れるなよぉ。

「ス、キ、でした…」
「ちゃんと言って。」

さらに引き寄せて、音を立てて素早く3回キスをした。

ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ。

「んもう、大好き!」


285 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:28



窓の方からはしとしと雨が降り続いてる音がした。

あたし、今夜止まれそうに無いよ。

静かに、部屋の明かりを落とした。

梨華ちゃんの手を握って、ベッドまで向かう。

梨華ちゃんを優しく横たえて、優しくキスをした。

ちょっと、雨!

もう少し激しく降ってくれ。

梨華ちゃんとのはじめては、あまりに恥ずかしすぎるから。

雨の音で紛らわしたい。

いつもはキライな雨だけど、今日ばかりは。

梨華ちゃんと両思いになった時の音だから。

これからは大好きになりそうだ。
286 名前:St.Valentine's Day, Rainy day 投稿日:2004/02/14(土) 20:29





St.Valentine's Day, Rainy day

【Fin】




287 名前:大淀 投稿日:2004/02/14(土) 20:33
おしまいです。

作者の住んでいるところは雨でしたが、他の地域はどうだったんでしょうか?

よっすぃーも梨華ちゃんからチョコ、もらってるといいなぁ。

( ^▽^)つ□<よっすぃー大好き!
(0^〜^)<さんきゅー
288 名前:146 投稿日:2004/02/14(土) 22:21
やべ〜、短編すげーいいっす。
なんだかふたりともかわい〜
289 名前:わく 投稿日:2004/02/14(土) 23:58
(^▽^)<大好き!
(O^〜^)<大好き!

萌えますた☆VD最高!!
290 名前:ガイ 投稿日:2004/02/15(日) 00:25
PCの前で顔がニヤけてしまいますた・・・
291 名前:大淀 投稿日:2004/02/15(日) 21:16
調子にのってもいっちょ書きました。
よければ…読んで下さい。

『St.Valentine's Day, Rainy day 』の続編ってカンジで。

292 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:17





St.Valentine's Day, a cold day




293 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:17


―――――秘密の、恋だった。



よっすぃーと恋人同士になって2年が過ぎようとしている。

お互い芸能人で、お互い女の子。

マスコミに報道されたりしたら大騒ぎになることなんて目に見えている。

けれど、どうしようもなくよっすぃーに惹かれてしまう思いだけは、止めようが無かった。

2年前のあの日、バレンタインの日に私たちは恋人同士になった。

よっすぃーは『初めて会ったときから好きだった』と言ってくれた。


何度聞いてもその言葉を疑ってしまう。

あの頃は、素直に信じることができたのに。

本当なの? 本当に、私が好きなの? 私のこと、本気で好きなの?


294 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:18



久しぶりのオフに、やって来たのは人工スキー場。
日帰りだけど、よっすぃーとどこかに出かけるのは久しぶりだったから、とても楽しみにしていた。

待ち合わせの駅。
幾人も私の前を通り過ぎる人の中に、よっすぃーだけを探していた。

「梨華ちゃん!」

不意に呼ばれたその声は、よっすぃーのものではなかった。

「美貴ちゃん。」

私と同じような白いニット帽は私よりも似合っていて。
足も長くて、黒いブーツもオトナっぽくて。
少し短めの丈のジャケットも上手く着こなしていた。

どうしてここにいるの?

「おおーーぃ!!!」

「よっちゃんさん、遅いよ!」

分かった。 すべてが読めた。

よっすぃーが誘ったのは、私だけじゃなかったんだ…

295 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:18


「ごめん、梨華ちゃん。」
「何が?」

何に謝っているのか分かっていても、聞いてしまう。

「急にミキティも予定が空いたらしくて、誘ったんだ。
 ホラ、人数多いほうが楽しいでしょ?」

いたずらっ子のように笑うその顔にも、ときめかずにはいられない。

私がワガママだったら、困るのはよっすぃー。
私の重すぎる恋心にも、困るのはよっすぃー。

―――私の存在にも、困る日がくるの?


思わず抱いたその想いに、どうしようもなく泣きたくなった。

よっすぃーにそのすべてをぶちまけて、思い切り泣けたらいいのに。


296 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:19



仲良くスキー場に向かう電車の中でも、楽しそうに話す美貴ちゃんとよっすぃー。
私の気持ちも知らずに、なんて、よっすぃーを憎みそうになる。

ひとしきりスノボを楽しんだ後、よっすぃーは雪合戦を始めた。

手袋が濡れてびしょびしょになったといって、素手で雪をすくってる。


「そろそろ戻らない?」

私の一言で、ホテルに戻ることになった。


「あー。さみー。」
「素手で雪なんか触るからだよ。」

さっきからずっと喋ってるのは美貴ちゃんとよっすぃー。

私はそっとよっすぃーの手を取った。
両手で包み込むように、よっすぃーの冷え切った手を暖めた。

よっすぃーの手を握ることにさえ、私は理由なんか探してる。


297 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:20



温泉に入った後、もう一度滑ることにした。

「ちょっくら、一人で滑ってくるよ。」

美貴ちゃんはそう言って、一人で行ってしまった。
雪原には私とよっすぃーだけ。

「…ごめん。」

すぅ、と息を吸って、よっすぃーは言った。

いつでも私の気持ちを読み取って、先に謝るのはよっすぃーで。
誰にでも優しくて、いつでも優しくて、それが余計に私の気持ちを切なくさせた。

今みたいに、すぅ、と言いたいことを吸い込んでるんでしょ?

298 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:20


よっすぃーはそっと私の頭にキスを落とす。

唇以外にしかキスされなくなったのは、いつからだろう?

よっすぃーとの想い出が、落ちていくのを感じた。

帰ったら、少し髪を切りに行こう。
はさみを通して、髪を落として、よっすぃーを好きな気持ちも落としに行くんだ。


「ね、よっすぃー。」

「ん?」
299 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:21

これから私が言おうとしている言葉を知らずに、笑顔で私を見る。
言おうとして、飲み込んでは頭の片隅に追いやったその言葉を。

ずっと、ずっと考えてたんだよ。

あのね、私、よっすぃーのこと、本当に好きなんだ。
本当に本当に、好きなんだよ。
本気だから、よっすぃーには幸せになって欲しい。

私と一緒じゃ、あなたも私も幸せにはなれない。

だから。


300 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:22



「もう、別れよう?」

よっすぃーが真剣な顔をして、何か怒鳴っていたけど、全く耳に入らなかった。

よっすぃーの首筋が、遠くに見える雪山のように白いなぁ、なんて思っていた。

よっすぃー、大好きだよ。




―――――――――――――――


301 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:22



たぶん、別れたんだと思う。

私たちは仕事場では、全く付き合っているなんて素振りを見せなかった。

二人っきりでいるときだけ、恋人同士になった。

何が変わったって…よっすぃーが私の部屋にに来なくなったこと。
よっすぃーが片付けていてくれていた私の部屋は、すぐに汚れてしまうようになった。

よっすぃーがつけてくれる赤いシルシも、無くなった。


302 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:23



「かごぉ〜」

あいぼんを追い掛け回してるよっすぃーを目で追った。
付き合ってる頃はよっすぃーが誰かとじゃれあう姿が嫌で嫌でしょうがなかった。

あ、キスした。

いつか、その不満をよっすぃーにぶつけたら、

『ほんとは梨華ちゃんにしかキスしたくないんだからさ。
 プライベートでは梨華ちゃんにしかキスしないよ!』

なんて言って、一晩中キスしてくれたっけ。

駆け巡る思いは止まりそうに無い。
頭を冷やすために、廊下に出た。


303 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:23



「梨華ちゃん!」

呼び止められて、その声が誰かだなんて、分かりきっている。

私は、振り向かなかった。

振り返れば、また優しいあの胸に飛び込んでしまいそうだったから。



「ジュース、おごるよ。」

差し出してくれたのは私がいつも飲んでいるミルクティー。
その隣りでいつもよっすぃーは、コーンポタージュを飲んでいた。

304 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:24


「梨華ちゃんさ」

プシュッとプルタブをあける音に、私は顔を上げた。

よっすぃーの手には、缶コーヒーが握られていた。

コーヒー飲めないんじゃなかったっけ。



私の知らないよっすぃーが、増えていく。

もぅ、何があっても驚かないようにしなきゃ。

ダメだね、私…


305 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:25
二人で愛し合った後、目覚めた朝。

隣りには裸のあなたがいて
ちゃんと遅刻しないで仕事に行くあなたが好きでした

ずっと一緒にいられると思ってた

一緒にいたいと思ったのは私
一緒にいられないと決めたのも私

恋をしていたのは私だけだったんだ


ズキズキ胸が切り刻まれるように痛むけど
本当に大好きだったから
大好きだから
別々に歩く二人もいると思う


いつのまにか隣りによっすぃーが座っていて
冷え切ったミルクティーが時が過ぎ去ったことを教えてくれた

握るわけでもなく そっと重ねられたよっすぃーの手からは

『お互い頑張ろうね』の言葉で溢れていた


306 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:25



―――――――――――――――


3回目のバレンタインがやってきた。

あれから他の誰かに恋するわけでもなく
本当に好きなのはよっすぃーだけだと思い知らされた。

私の部屋はよっすぃーのものがたくさんあって、よっすぃーがたくさんいるんだけど
増えるわけでもない。

あの日から、時が止まってしまったようだった。


誰にもあげる人がいないから、チョコレートは用意しない。

あげることを想像して気持ちを込めるのは、まぁ、よっすぃーしかいない訳だけど。

307 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:26


楽屋へと向かう廊下を歩いていると、よっすぃーの声が聞こえてきた。

『はい、じゃあ仕事が終わったらそっちへ行ってもいいですか?
 合鍵はこないだもらったんで。 じゃ、お願いします。』

合鍵…相当親しい人なんだ。

よっすぃーならもう次の人もできるかぁ。

私は、よっすぃー以外の人は考えられないけど。

よっすぃーの新しい恋人ができた。

本当に、終わっちゃったんだなぁ…


308 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:26



仕事から帰ってくると、ポストには一通の手紙が入っていた。

よっすぃーからだった。

『何も考えずに、これを持って、この場所まで来て。』

一つの鍵が同封されていた。


その場所はマンションの一室だった。
書かれている通り、何も考えずに鍵を開けて、中に入った。

勝手に入っちゃっていいの?

大体、誰の部屋なの?

靴を脱いで、中に入る。

リビングには、誰もいなかった。
309 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:27
真っ赤なソファーが目に付く。

部屋の真ん中に置かれたガラスのテーブルには、一枚の写真が置かれていた。

3年前の、私たちの写真。


あ…

コルクボードには、よっすぃーと私の写真が無数に貼られていた。

コンサートで肩を組んで写っている写真。
二人で真冬の海に行ったとき、寒さをこらえて撮った写真。
よっすぃーの実家に行ったときの、私とよっすぃーとよっすぃーのお父さんとお母さんの写真。
よっすぃーと私とラッキーの写真。
クリスマス、ケーキを食べさせあっている写真。
ふざけて撮った、裸で抱き合っている写真。

そのどれもが、私とよっすぃーの想い出だった。


310 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:27



「―――梨華ちゃん」

振り向くと、大好きなよっすぃーがそこにいた。


仕事仲間で、いつも手の届く距離によっすぃーはいた。
でも心の距離は、名前さえ知らないどこかの惑星ほどに遠かった。

切なくて、切なくて、どうしようもなくて。
好きで、好きで、本当に好きで。

好きだから、よっすぃーを諦めようとした。
自分から、別れを告げた。

自分で決めたのに、日増しにつのる後悔とよっすぃーへの愛。

誰かに助けて欲しいって思うけど、助けられるのはよっすぃーだけなの。

もぅ…よっすぃーに飛び込んでも、いい?
311 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:28
「振られちゃったけど」
―――誰のせいよ!


「ずっと好きで」
―――よっすぃーだけじゃないわよ!


「本当に好きで」
―――好きだよ!


「大好きだって、ずっと想ってた」
―――ウソつきぃ!


「何回も、何回も、忘れようと思った」
―――こっちのセリフだよ!


「どうしたらまた好きになってくれるかなって」
―――はじめっから好きなんだから!


「ひょっとしたら新しい恋人もいるかもしれないし」
―――よっすぃーこそ、あの電話は誰なのよ!


「また振られるのも怖くて」
―――振るわけ無いじゃない!

312 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:29
「だけど」


「梨華ちゃんだけが、好きなんだ」


「今も」


「ずっとこれからも」


「ね」


「何か言ってよ」



313 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:29




――――――よっすぃ!

「好き!好き好き好き!大好き!」

私はずっと我慢していた。
ぼろぼろと涙をこぼして、私はよっすぃーの胸に飛び込んだ。

よっすぃーもぎゅって、体が軋むくらい抱きしめてくれた。


胸を締めつける切ない思いをキスに込めて、よっすぃーにしがみつく。

314 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:30


よっすぃーの腕の中で、何回『好き』って言ったことだろう。
何回『よっすぃー』って呼んだことだろう。

よっすぃーも私を抱きしめて、何回『好き』って言ったことだろう。
何回『梨華ちゃん』って呼んだことだろう。

私はもう、よっすぃーのことしか考えず、よっすぃーを離したくなかった。

もう、離さない。 離れてやらないんだから!

315 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:30


「―――望むトコロです」
「…ばか。」

乱れた息を整えながら、私はよっすぃーをぎゅってする。
よっすぃーは私の肩を抱いて、あらゆるところにキスしてる。
着ているものは何もなく、暖房もかかっていないから、
今さらながら寒さを少し感じた。

でも、よっすぃーがいれば、なにもいらない。

よっすぃーがいれば、寒い夜だって、あったかくなれる。

ほら。
窓を見て。

曇っていただけの窓が…

さっきよりひどく泣いてるよ?


316 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:31



「あの…梨華ちゃん」
「なぁに?」

「この部屋さ、不思議に思わない?」
「…あ。 誰の部屋なの?」

「あたしとぉー、…梨華ちゃんの。」
「!?」

「あたし、18になったんだよね。」
「うん。」

「やっと、親の許しが出たんだ。」
「許し?」

「梨華ちゃんと、一緒に住まさしてくださいって。」
「あの、廊下での電話は…」

「ん? あぁ、聞いてたの? あれ、不動産屋だよ。」
……なるほど。
317 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:32



「赤いソファーは、二人でいつも座ること。」
「私とよっすぃーが?」

「カワイイ食器は、梨華ちゃんが欲しいっていってたやつ。」
「グラスは…バカラ?!」

「高かったよ!! コップだけで、何であんなにすんの?」
「えへへ〜。」

「休みの日とかは、DVDで映画でも見てさ。」
「ホラーとかね?」

「ベッドルームはまだ見せてないけど…」
そうだった。 何も考えずにリビングで、しちゃったもん。

「一応、ピンクにしといた。」
「キャー! よっすぃー、大好き!」

「…知ってる。」
318 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:32
それからよっすぃーは、部屋の隅々まで詳しく説明してくれた。

でもね、よっすぃー。
ひとつだけお願いがあるの。


「なに?」

「二人の、写真だけは…しまっとこ?」
「なんでー!? いいじゃん。記念じゃん。」

「だって、ハダカ、のもあるし…」
「愛し合ってる証拠じゃん。」

「恥ずかしいよ…」
「ふうん。」

ふうん。じゃない!
319 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:33
「そんな、おっぱい出しながら言っても説得力ないよ?」
「!!!」

バカ!って叫んで、そこらじゅうに広がっている服を投げつけた。
よっすぃーは抵抗もせずに、ぼふぼふと服をかぶっていく。

「最後に、もうひとつプレゼントがあるんだ。」

なんだろう?

「愛の、証! じゃーん!!!」

よっすぃーはとても嬉しそうに、小さな箱を取り出した。

小さくて、シンプルなリングだった。
320 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:33
コホンとひとつ咳をすると、私を見つめてこう言った。

「梨華ちゃん。これからもずっと、あたしと一緒ににいてください。」

「はい。ずっとずっと、離れないでいようね。」


また窓が、部屋のぬくもりを教えるように、水滴がひとつ伝ったけど、
目を閉じてよっすぃーの唇に触れたから、見えなかった。
321 名前:St.Valentine's Day, a cold day 投稿日:2004/02/15(日) 21:34





St.Valentine's Day, a cold day

【Fin】




322 名前:大淀 投稿日:2004/02/15(日) 21:42
>288さま
ありがとうございます。
初期型いしよしを思い浮かべて書きました。
カワイさを感じていただけたようで嬉しいです!

>わくさま
またまたのレス、ありがとうございます。
そうー!恋人同士の一大イベントっちゅーことで盛り上げてこーかなと。

>ガイさま
ありゃ。恐縮です。
作者もニヤニヤ執筆でいってました。


なんかね、つづきが書きたくなってしまっていっちゃいました。

(0^〜^)<もう一本いっとく?
( ^▽^)<ごーごー!
323 名前:ひらの 投稿日:2004/02/15(日) 22:21
はじめまして!前からROMっていました。
良いです〜
本編も好きですけど、短編も私のツボにはまりました。
これからも更新楽しみに待ってま〜す!
324 名前:ガイ 投稿日:2004/02/15(日) 23:45
こちらもニヤニヤが止まらなーい!
更新お疲れさまでした。
次回も楽しみにしております。
325 名前:わく 投稿日:2004/02/15(日) 23:49
(^▽^)<もう1本いってみよう!!>(^〜^O)

あ〜最高です☆途中どうなっちゃうんだ?!ってドギマギしましたが、こんなステキな結果になって・・・・
あ〜やっぱいしもよしも一緒にいなきゃいかんっすわ!!強

また次回作も期待大です!!!!
326 名前:エム 投稿日:2004/02/16(月) 01:39
良いですね〜 甘・甘♪いしよしのふたりはこういうのがピッタリ
ですね☆ 途中の展開にちと、ドキドキしつつ・・ハッピーエンドって
やっぱり理屈なく好きだな〜。本編もずっと拝見してました。
これからもひっそりついていきますね。頑張って下さい。
327 名前:大淀 投稿日:2004/02/16(月) 23:29
ウヒョ―――イ!三夜連続!

他メンが語るいしよしをテーマに、書きました。

感想なんぞをいただけると、作者は天に舞い上がる気持ちになります。

では…
328 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:29





すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯




329 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:30



【ミキティ視点】


330 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:30

週末前の金曜の夜。

目が回るほど忙しい1週間。
仕事や何かで溜まったストレスを発散しに、あたし達は出掛けて行く。

月火水木金。ほんっっっとに長い。

いつだって月曜日はユウウツで仕方がなくて、
いつだって金曜日は嬉しくて仕方がない。


「「「「ミ――――キティ―――!!!」」」

ホラ、来た。ゴキゲンな仲間たちが。


「今日はよっちゃん、車なの?」

「まぁね。もう親の車じゃないんだよ」

そう言って得意気に愛車の真っ白なステップワゴンを撫でている。
331 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:32


「とりあえず、何か食べる?」

「キタ!ごっちんの底なし胃袋!」

「なんだって?」


始めは少しぎこちないけど、いっぺん集まっちゃえばこんな冗談が始まる。
24時間営業のファミレスに入る。


「そういえばさぁ〜」

「ごっちん、口にソースついてるって」

「ちょっとお、勝手になっちのアイス食べないでよ!」

「のの!食い過ぎだっつの。それ何杯目?」

「さんばぁいふぇれふ!」

全くまとまりのないあたし達の会話。
学生時代からこんな感じだった。
332 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:32
「―――なっち、さっちゃんは?」

「出掛けるまでずっとぐずっててさぁ。
 何とか寝かしつけてこっそり抜け出してきたべさ。」


『さっちゃん』は安倍さんの子どもで、ほんとは『さくら』と言う。
あたし達の中で一番家庭的だった安倍さんは、周囲の予想通り一番最初に結婚した。


「いいなぁ〜。あたしも子ども欲すぃ〜!」

「カワイイよぉ。よっすぃー恋人はいんの?」

「うぐ……」


そう言ってよっちゃんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。
ウヒャ! よっちゃん、いるんだぁ。
333 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:33
「誰誰?なっちの知ってるひと???」

「こ、恋人じゃないっすよ!」

「う〜ん、でも好きなんでしょ?」

「ま、まァ…」


さっきよりずっと顔を赤くして、ぽりぽり頭を掻いてる。
何だよ、あたしたちに隠し事なんてダメだよ?


「今度、連れといでよ!」

「うえぇ?!」

よっちゃんは素っ頓狂な声を挙げて、水をひっくり返してしまった。
全く純だねぇ。
334 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:33


ささっと素早く零れた水を、安倍さんが拭いた。
よっちゃんは目をキョロキョロさせて、オロオロしてる。
オトコマエなんて騒がれてたあのよっちゃんが、好きな人の話となると
途端にへなちょこになるのがおかしかった。


ほんと、よっちゃんの好きな人に会いたいなぁ。
よっちゃんが好きになった人なら、きっとあたしたちも好きになるよ。


よっちゃんのユデダコみたいな顔を窓のガラス越しに見ながら、
まだ見ぬよっちゃんの彼のことを思っていた…


335 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:34



「おはよう、よっちゃん!」
「…おはよ」


まーた1週間が始まった。
あたしとよっちゃんは同じ会社に勤めている。

おもにプログラム関係のオシゴト。
もう新人といわれることもなくなって、結構仕事を任されるようになった。

受付のお姉さんの爽やかな笑顔に答えて、エレベーターに乗り込む。

壁にもたれて、階を表示しているランプをぼーっと見ていた。


ん?

なに、よっちゃんニヤニヤしてんの。

あやしー。


チン、と音がして12階に到着。
336 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:35
「よっちゃん、降りるよ」

あっ、と呟いてよっちゃんは慌てて降りた。



昼休み、あたしとよっちゃんは近くのカフェでランチをとっていた。
よっちゃんはさっきからへこんでいる。
簡単なミスが多くて、ちょっぴり上司に怒られたから。

「よっちゃん今日どうしたのさ」
「どうもしないけど…」

「ぼんやりしすぎ。」
「そうかな」

なんて言ってるそばから、ぼーっとしてるし。

「あ。彼のことでも考えてたんでしょ」
「!!!」

図星ですか。

「誰よ一体?」
「………」

「会社の人?」
「…うん」

恥ずかしがるよっちゃんはなんだか小さく見えた。
カワイイ。
337 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:36
「ミキティだから言うけど」
「お?!」

やっと話す気になったか。

「…受付の」
「ほう。」

「石川さん」
「うん。」

カワイイよね。華奢だし。
行儀も良くて、モテそうだもんね。

「あのぅ…コメントなし?」
「えっ?」

「だから、好きなんだ。」
「………」

受付の、石川さん。
石川さん。
イシカワ…

よっちゃんの、好きな人。
338 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:36
―――???

えええぇぇぇぇ!!!!


「い、いいい石川さん?!」
「うん」

「ちょっと、ビックリだよ…」
「変かな?」

へっ、変て言うか…
まぁ、よっちゃんだったら、その…ね?

だから、朝から様子がおかしかったんだ。
受付に、石川さんいたもんね。

お似合いのふたりだとは思う。
いや、かなり。
そこらの男に甘えるよっちゃんよりも、石川さんを守るよっちゃんのほうがよっちゃんらしい。

339 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:36


「―――仲いいの?」
「や、会ったらちょっと喋るくらい。」

「…今日、ご飯でも誘ってみたら?」
「で、でで出来ないって!」

「いーじゃーん。美貴も付き合うし。ね?」
「う、うん…」


休憩の終わりに美貴が誘ってみると、石川さんは快くOKしてくれた。
7時に、会社の近くのレストランで待ち合わせることになった。
340 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:37

「こんばんわ…」

プライベートの石川さんは受付でいるときよりもずっとかわいかった。
よっちゃんも石川さんにときめいてるのが手にとるように分かる。

喋りまくるのはずっと美貴だった。
石川さんもそれに笑ってくれて、よっちゃんは石川さんに見とれてるってカンジ。

もぅー。
よっちゃんがもっと石川さんに積極的に行かないと。


「でも、吉澤さんて、すごくモテますよね。」
「へっ?」

「受付でも、人気なんですよー?」
「はぁ、それはどうも…」

「だから、こうやって藤本さんと吉澤さんと食事したら、自慢できますね。」

やるじゃん、よっちゃん。
悪くは思われてないみたい。


おいしい食事と会話を楽しんだ後、明日も仕事だし、早めに帰ることにした。

341 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:37
「ごちそうさまでした。すみません、何か奢ってもらっちゃって。」
「いいんですよ。誘ったのは美貴たちだし」

食事代は、全部よっちゃんの奢りだった。
そんくらい、してもらわないと、ね?

月末に苦しむ姿が目に浮かぶ。


「じゃー美貴は地下鉄だから。」
「石川さんは?」
「JRです。」

「吉澤さんは?」
「あたしも地下鉄、なんだけど…」

よっちゃんのバカ!

「よっちゃん、石川さん送ってってあげなよ。」
「ふぇ?」

こんな時でもヘタレなよっちゃんにいい加減にしろと怒鳴りたくなる。

「いいですよ、人通りも多いし、大丈夫です。」
「ホラ、よっちゃん、行けって。」
「う、うん」

「じゃあね、石川さん。」
「えっ、藤本さん」
342 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:38


無理矢理よっちゃんを石川さんに押し付けて、美貴は先に帰ることにした。
よっちゃん、分かってるよね?

すぐに帰ったりしたらはっ倒すかんね。


343 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:38


【よっちゃん視点】



344 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:39


…うぅ。
石川さんともう少し長くいられると思うと、すごく嬉しいんだけど。

正直、どうしていいか分からない。

お茶くらい誘っても大丈夫かな。
ほんとはあたしが送るの、迷惑じゃないかな。

石川さんはさっきからずっとニコニコしてて、どう思ってんのか謎である。


「あの、石川さん…」
「なんですか?」

「え、と」
「?」

ハッキリしろ、吉澤!

もう一人の自分が何とか奮い立たせるけど、なかなか言い出せない。
345 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:39


「吉澤さん?」
「はいぃ!」

「よかったら、お茶でもしませんか?」
「えっ」

「吉澤さんと、もっと喋ってたいの」
「………」

石川さんは、あたしが言おうとしていることを、たやすく口にした。


――――――――――

346 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:39
駅の構内の、喫茶店。
石川さんと、二人きり。
夢にまで見た光景だ。

受付で見る笑顔よりも、石川さんは眩しくて。

めちゃくちゃスキだって、再確認。


「石川さんて、休みの日は何してるの?」

敬語も自然に抜けて、緊張もようやく解けてきた。

「えっと、映画とか…買い物かな。」
「映画、好きなの?」

「うん」
「今度、一緒に見に行かない?」

次のデートも誘えるようになった。


「で、そん時のミキティが…」

あたしの学生時代の話を、おもしろおかしく石川さんに話した。
目の前の石川さんは笑って聞いてくれた。

時が経つのは楽しいほど早くて…
347 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:40
「あっ、もうこんな時間。」

時計は10時を指していた。

「ほんとだ。ごめんね、遅くまで。」
「いいの。吉澤さんと話せて、とっても楽しかった。」


その笑顔を、あたしだけのものにしたい。
ずっと、そばで笑ってて欲しい。


「今度さ…」
「……?」

「あたしの仲間に、会ってみない?」
「えっ?」

「紹介したいんだ」
「いいの?」

「もちろん」


固く見詰め合った表情からは、『いいよ』と読み取れた。

私が出す、と言った石川さんを制して、あたしは会計を済ませる。
こんなの、石川さんの笑顔を見れたのがあれば、どうってことない。

食後の缶コーヒーを我慢すればいいだけの話。
348 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:40


そのまま石川さんを駅まで送っていく。

改札を通って、人ごみに消えていく石川さんを、ずっと見つめていた。


349 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:41
それからは休みの度に、一緒に石川さんと過ごした。
映画に行ったり、買い物に行ったり。
昼休みの時間が重なると、一緒にランチをとったり。

くるくると変わる石川さんの表情に、夢中になった。

石川さんはいい大人の女性なのに、どこか子どもっぽいとこもあって。

ふざけて手を繋いだり、抱きついてきたり。

ばくばく暴れ出す心臓を押さえるのに必死だった。



「ね、石川さん」
「うん?」

会社の隣りにある公園で散歩をしている犬を見つめながら話し掛けた。

この前、あたしがハトに餌をやろうとしたらすごい剣幕で怖がった。
もう、すごかったんだから。
350 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:41
「今度、仲間と会うんだけど」
「ごっちんとか?」

あたしは今まで、石川さんにはしすぎるくらい仲間の話をしてきた。
大切な大切な仲間を、石川さんにも知ってもらいたかった。

会ったこともないごっちんを、昔からの友達のようにあだ名で呼ぶ。

くすぐったいような幸せな気持ちになる。


「石川さんも、来ない?」
「行ってもいいの?」

前からみんなに会いたがっていた石川さん。

ねぇ、石川さん。

もうみんなには、石川さんのことも話してあるんだよ。

みんなのことだから、きっと優しく歓迎してくれるよ。


どこに連れて行こう?

あたし達だけの、秘密の場所がいいかな。

星が落っこちてきそうな、夜景を見せてあげよう。

きっと、石川さんも気に入ると思うよ。
351 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:42



【ミキティ視点】


352 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:42
よっちゃんが、石川さんを連れてきた。
どうやらふたりは付き合いだしたらしい。

みんなには、『よっちゃんの好きな人』から、『よっちゃんの彼女』の石川さんとなった。

よっちゃんはさっきから、丁寧に愛車を磨いている。

そろそろ、石川さんから連絡が入る頃かな。


――――♪

「あっ、梨華ちゃん?」

嬉しそうな声出しちゃって。

『い、石川さん?』なんてどもってた頃が懐かしい。


353 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:43
石川さんを乗せて、秘密の場所へ。

ぐねぐねと山道を走る。
カーブを曲がるたびに、胸が騒ぐ。

よっちゃんの運転。
助手席の梨華ちゃんは、さっきから喋りっぱなし。

すっかりみんなとも打ち解けた。

『ねぇねぇ』なんて、よっちゃんに何度も話し掛ける。
よっちゃんの腕に触れるその手からは、『大好き』の気持ちが溢れていた。

354 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:44
「梨華ちゃん、そろそろ目、つぶってて」
「えっ?」

梨華ちゃんの後ろから、辻ちゃんが目隠しする。

「きゃあ!」
「ゴタゴタいわねーのれす」


山のてっぺん近くの、ゴルフ場に入る。

梨華ちゃん、ここから見える夜景は、ほんとすごいんだよ。

あたし達の、宝物。

よっちゃんの大切な人だから、梨華ちゃんにも見て欲しい。


キュッ、と車を停めて、サイドブレーキを引く。

車内には、みんながごくりと息を飲む音と、沈黙が流れて。
355 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:44
「ね、もう着いたの?」
「着いたよ」

優しく辻ちゃんの手を離して、今度はよっちゃんが目隠しする。

「いい?離すよ。」
「うん…」

「いち、にぃのぉ…さんっ!」


今、梨華ちゃんの目にはどんな風に映ってるだろう。
目の前に広がる、言葉に出来ないくらいキレイな夜景。

星が落っこちてきそうな夜空と、
それぞれの家庭が灯す、街の明かり。


「う……わぁ…」

よっちゃんは、梨華ちゃんを見つめて、とても満足そう。

「降りてみる?」
356 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:45


「こうやって、柵から身を乗り出すの。」
「こう?」

「空を、飛んでるみたいでしょ?」

後ろから、梨華ちゃんが落っこちないように、支えてあげてる。
梨華ちゃんの細い腰に手を回して、抱きかかえて。

よっちゃん。

その腕で、ずっと梨華ちゃんを守ってあげるんだよ。


あたし達は、静かに二人から離れた。
357 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:45



【よっちゃん視点】


358 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:46
「梨華ちゃん…ど?」

「うん…すっごく、キレイ。」


梨華ちゃんもずっとずっとキレイだよ、なんて言いかけたけど、照れて言えない。

梨華ちゃんを後ろから抱きしめる。
言えない言葉を、補った。



今までずっと自分を守ってきた。

梨華ちゃんに出会って、大切なものがまた増えた。

これからは、もっともっと強い力で梨華ちゃんを守ってあげなくちゃ。
359 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:46


「梨華ちゃん、大好きだよ」

「私も…ひとみちゃん。大好き…」


梨華ちゃんは少し後ろに顔を向けて、あたしの首筋に顔をうずめる。


ね、みんな。

10年先も、20年先も、なんとなく側にいて
いつだって、同じように変わらずずっと笑い転げてる気がするんだ

その隣りには、必ず梨華ちゃんがいて―――
こうやって、抱きしめてたいなぁ

360 名前:すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯 投稿日:2004/02/16(月) 23:47





すっごい仲間と、星がおっこちてきたような街の灯
【Fin】




361 名前:大淀 投稿日:2004/02/16(月) 23:57
>ひらのさま

はじめまして。
ツボ…ありがとうございます。
こうして感想いただけるととっても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。


>ガイさま

毎度ありがとうございます。
今日のはどないでしたか?
勢いに任せてピヤッと書いてしまったので抜け抜けだとは思うのですが…
スミマセン。


>わくさま

(0^〜^)<も1本いってみた!>(^▽^)

いしよしフォーエヴァー。今後ともよろしくお願いします。


>エムさま

はじめまして。
ひっそりと言わず、ガンガンきてください!
おもんないんじゃ、コラ! …とか。
これ間違っとるぞ、コラ! …とか。
頑張ります。ありがとうございます。

ぢつは、元ネタ(うた)あるのね。 …ポツリ。
362 名前:ガイ 投稿日:2004/02/17(火) 00:10
もう今回もサイコーです!
にやにやにや・・・
それにしても3日連続お疲れ様です!
いや〜、ハマりますよ!
次回もぜひ期待です〜
363 名前:146 投稿日:2004/02/17(火) 00:40
うわぁ〜〜〜
なんちゅうか、ほんとイイ!!
何本でもOKっす!
364 名前:エム 投稿日:2004/02/17(火) 01:05
お疲れ様です。
おっもしろいぞ〜・・コレコレ♪
三夜連続・尊敬だぞ〜・・パチパチ♪
情景が目に浮かぶようでした☆

元ネタ・・?!いえいえ、作者様の腕でしょう!!
365 名前:ひらの 投稿日:2004/02/17(火) 01:52
わ〜い!また更新されてた〜!更新お疲れ様です。
まさに今回もツボのツボです!
またの更新お待ちしております。
366 名前:大淀 投稿日:2004/03/03(水) 05:09
>ガイさま

毎度ありがとうございます。
ハマっていただけるなんて、嬉しいッス。
これからも、よろしくお願いいたします。

>146さま

こりずに、もう1本書いてみました。
また感想なんぞをいただけると嬉しいです。

>エムさま

いやいやいや。
照れます。恐縮です。
情景…こうゆうの、作者大好きなんですよね。

>ひらのさま

ツボのツボっすか!
たは…またツボれるような話を書ければなぁ。
感想またよろしくです。
367 名前:大淀 投稿日:2004/03/03(水) 05:11
短編を、もうひとつ。

吉澤さんの一人称が『僕』なのは、どうしても言わせたかったから。
なんて…

んで、いしよしです。
368 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 05:12






約束の丘





369 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 05:13

2×××年。



古代から続けられてきた争いは絶えることなく、今でも残っている。

文明は急速に発達し、その発達は留まる事はないと言われてきたが、
無駄に資源を使い果たしてしまった人間たちのせいで今は滅びたような世界となっている。

昔は緑で溢れていたと言う森林は過度の伐採でなくなってしまった。
僕はそれらの木々を写真でしか見たことがない。

見上げる空は薄汚れ、遠くで灰色の煙がくすぶっているのが見える。
生まれた時からこうだった、と思う。



僕は今18歳。
国境に程近い、海の見える町に住んでいる。


370 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 05:15

僕が石川家に仕えるようになったのは11歳の時だった。
すでに僕は両親を亡くしていて、行く当てもない僕を救ってくれたのは石川家の主人だった。

食べるものに困り、痩せ細り衰弱していた僕。

僕には幼い時の記憶が所々抜け落ちている。
当時名前も言えなかった僕につけられた名前は『シン』だった。

僕と同じように石川家で働いている、70近くにもなる爺が名付け親らしい。
爺は昔、辺境の地にいたらしい。

『シン』というのはそこの言葉で『白』という意味だそうだ。
僕の肌が白いから。

ここに住んでいる人は皆割と、褐色の肌をしている。
僕はその中で、一際目立っているみたいだ。



11歳でここに来てから、7年が過ぎた。
僕は満足な教育もさせてもらえずに、汗臭い中年のオッサンたちに混じって、朝から晩まで肉体労働に励む。

僕を置いて行ってしまった両親を憎むわけでもなく、
勝手に拾っておいてこんな待遇をしてくれたご主人様を憎むわけでもなく、
僕はただ生きるために必死だった。

371 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 05:16
名前の由来にもなった肌の白さは見る影もなく土で黒ずみ、
ガリガリだった腕や妙に出っ張った腹の辺りも、筋肉で引き締まり、腹筋は割れるほどになっていた。

あるとき、部屋―――と言ってもほぼ牢屋と言ってもいい―――で休んでいたとき、
見張りをしている太っちょのアーサーに呼ばれた。


「ヘイ、シン!」
「何、アーサー?」

「良かったな。外に出られるぞ」
「外?」

372 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 05:17
僕のような労働者は皆地下に住んでいた。
昼間、働いているときには外に出られるけど、自由に歩き回ることは認められていない。

他の連中は外の世界に出ることを待ち焦がれている。

けれど、僕にはその気持ちが分からなかった。
僕には外の世界なんて考えられなかった。

気づいたときからここで生活してきた僕にはここの世界が当たり前で、
外の世界への憧れや、好奇心などまるで持ち合わせていない。

ここには僕くらいの年のやつはいないけど、アーサーや、掛替えのない仲間たちがたくさんいる。
―――みんなオッサンだということは言わないけど。

373 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 05:18
とにかく僕は嫌だった。

僕は抵抗し続けた。

無理矢理連れ出そうとするアーサー。


「やめろ!!!放せっつってんだろ!」


ありったけの力を振り絞って、アーサーを力任せに振りほどこうとした。
いくら18歳の若者の力でも、所詮女の子だ。
丸太のようなアーサーの腕にかかれば、僕の力なんてびくともしない。

僕が見た最後のアーサーの表情は、とても切なかった。
尻もちをついた僕を上から見下ろし、「じゃあな」とだけ声を掛けて…

ガシャン、と冷たい鉄格子の音だけが、いつまでも耳に響く。

牢獄のような暗闇から投げ出されるようにして、僕は光を得た。


一体、これから僕の生活はどうなるんだろう。
374 名前:大淀 投稿日:2004/03/03(水) 05:20

…続きます。

少量ですみません。
375 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:37
外に投げ出されて、考える暇も与えられず、
僕はズルズルと引きずられていた。

自分で歩く気さえ起きない。

僕は脱力し、身を任せることにした。


「―――!!!」


急に重たくなったからだろう、僕を引きずっていたヤツは目を白黒させて僕を振り返った。

「何だよ。」

僕は不貞腐れて言う。

「お前なぁ…」

呆れた様にヤツは溜め息をつく。
376 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:38
「ラッキーなんだぞ?ちっとは喜べよ。」
「これのどこがラッキーなんだ?」

「働かなくていいんだぞ。ウマイもんが食えるんだぞ。」
「それだけ?」

「あとは…」

腕組みをして、ヤツは唸ってしまった。
それだけなら、働いてもいい。飯だって、不味くたっていい。

パチン!と指を鳴らし、ヤツはひらめいたように言った。

「お嬢様!」
「…お嬢様?」

「そう、石川家の次女様だよ。梨華お嬢様。歳は19だったかな。」

僕の、ひとつ年上か…
ここに来て、初めて出会う同年代の子だった。

「美人も美人。超美人。」
「………」

僕、僕って言ってますけど一応女の子なんだよね。
アンタみたいなのと一緒にしないで欲しい。
377 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:38
「見るだけなら、天下一品。」
「見るだけ?」

どういう意味だろう。

それだけ言うと、ヤツは再び歩き出した。
僕は、もう少しお嬢様のことについて聞きたかったけど、聞けなかった。
378 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:39

お嬢様がどんなに美人でも、僕の決意は固かった。


僕は密かに地下へ戻るのを目論んでいる。


僕が出来る攻撃は、『拒否』しかなかった。
しばらくの間、僕は何を聞かれても黙り続けた。

上流階級とまではいかないが、それなりに小奇麗な格好をさせられ、
―――といっても着せられたのはなぜか男物だったけど―――
パンと肉だった食事は毎食フルコースになった。

部屋は一人部屋だった。
地下では冷たいコンクリートの上で寝起きしていたが、今ではふかふかのベッド。

どうも落ち着かなくて、僕は床で寝ている。
床、といっても豪華な花の刺繍がしてある絨毯が敷き詰められていた。
379 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:40
一体、地下とここの天と地ほどの差はなんなんだ。

上の奴等がワインを飲んでいる間、僕らは必死に働いて、
上の奴等が夜、ゲームに興じている間、僕らは冷たい牢屋の中でネズミと仲良く寝ているんだ。

僕はみんなに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

アーサーはそれでも、「良かったな。」と言ってくれた。


僕は絨毯の上に寝転がった。
みんなのことを思う。

アーサー…今頃、爺と賭けゲームでもしているのかな。

爺は何でも出来た。
賭けだって負けたことがないし、知識だって爺に聞けば分からないことなんてなかった。

賭け事をする時、爺は意地悪くアーサーを翻弄する。
すぐムキになるアーサー。

アーサーの一喜一憂する姿を見るのが大好きだった。


380 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:41
「シン、食事よ」

僕やその他の身の回りの世話をしてくれるメイドがやってくる。
確か名前を言って握手をしたような気がするが、今さら彼女の名前がなんであろうと関係ない。

「残さず食べるのよ。叱られるのは私達なんだから」

ここに来て、食べる事か寝る事しかしてないな、僕。

「………」

何を言われても、僕は喋ろうとしなかった。
こうして口を閉ざしておけば、次第に僕に飽きて、また地下へ戻れる。

それだけを願っていた。


運ばれた食事。
アーサーなら喜んでガッつくだろう。
381 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:41
僕は静かに、4分の1だけ食べる。

…味なんてしない。

そしてまた4分の1を細かくちぎる。
皿にのせ、ベランダへと移動する。

ピューッ、と口笛を吹くと、どこからか鳥たちが飛んでくる。

「たんとお食べ。」

僕の楽しみといえば、これくらいだった。

窓からは、海が見えた。
382 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:42
いつか、爺が言っていた―――


 その昔、地球はもっと広く土地が存在していた。
 でも、海の水位は徐々に上がり、海の底に沈む島々は増えていく一方だった。
 この辺りの島も、元はひとつの大きな大陸だったんだよ。
 
 元の地球に戻すことは不可能なことかもしれない。
 でもシン、限りある自然を大事にするんだ。
 神様が授けてくださったこの青い地球を、後に生まれてくる子達にきちんと手渡すんだよ。

383 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:42
昔の地球の話は興味深かったが、正直神はどうかと思う。
今時、宗教を信仰しているのは僕の周りにはいなかった。
爺だって、上の世界でも同じようなものだと言っていた。

ここで見る空は、下よりも幾分かはきれいなものだった。

窓から見る海も、波音と一緒にとてもきれいなものに思えた。
海から少し離れた所に、小高い丘があった。

(一度、行ってみたいな)


少しはここも、いいかもしれない。


384 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:43
1週間も経った頃、いつもとは違う足音が聞こえてきた。


トン、トントン。

ドアをノックする音がした。
ここにやって来る者は、ノックさえもしない。

一体誰だ?

「シン?」

僕はいつものように黙ることにした。
声質から女の子ということが分かる。

「シン?」

なおも声の主は僕の名前を呼ぶ。

「ちょっと聞いてんの、シ」

3回目になろうとしたとき、僕は勢いよくドアを蹴飛ばした。
385 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:43
「キャッ!」

突然ドアが開いたからだろう、訪問者は小さく悲鳴をあげた。

「どういうつもり?!」

なぜだか彼女はご立腹。

(ごめんね)

僕は心の中で謝った。

「ま、しょうがないか」

386 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:44
彼女はズカズカと部屋に入り込むと、いきなりどかっとソファーに座り込んだ。
僕は戸惑い、とりあえず開いたままのドアを静かに閉めた。

「一般の部屋ってどんなものか見てみたかったけど、案外狭いものね。」

一般…これが一般だとすれば地下はなんだっていうんだ。
いけ好かない野郎だな。

僕は彼女に謝ったことを少し後悔した。

「ところで、シン」

「…はい」

「あなた、女の子だって…本当?」

彼女は立ち上がって、つかつかと僕に歩み寄った。
僕は彼女の気迫に、思わずたじろいだ。
387 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:45

「え、いや。その…」
「はっきりしないわねぇ」

ムギュ!

何を思ったのか、彼女は僕の胸を鷲掴みにした。

むにゅ。むにゅむにゅ。

容赦なく僕の胸を揉んでくる。

しょ、しょしょ初対面なのになにすんだよ!

ばしんと彼女の腕を叩いた。
388 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:46
「ちょっと、アンタね!」

「アンタって…誰に口聞いてるのよ!」

うぐ。
僕は言い返せなくなった。

「…まぁ、いいわ。誰か人が来ると、マズイことになるし」
「………」

「とにかく、シンは一応女の子なのね。」

一応って。

「小ぶりだけど、まあ、感触はそれらしいものだったわ」

小ぶりって。

「それだけ確かめたかったの。じゃ」

彼女はヒラリとドレスをなびかせ、部屋を後にした。
389 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:46
なんなんだよ、アイツ…
お嬢様ってのは、初対面の人に胸を揉んでやっても、許される人種なのか?

―――お嬢様?

僕は、いつか散々引きずり回してきたヤツの言葉を思い出していた。

『見るだけなら、天下一品。』

間違いない。
アレは、石川家の次女ってヤツだ。

とんでもない、お嬢様だよ…
390 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:46
顔だけなら、カワイかったと、思う。
身体つきも、なんか…細ーくて、守ってあげたくなるし。
声も、高くて女の子ってカンジで。


だけど。

だけどだけど。


なんじゃあぁぁ!!!
あの破廉恥お嬢!


391 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:47
―――僕と、お嬢様の出逢いはそんなものだった
   
   いつ終わるかも分からない世界で
   微かな光を見出した
 
   ずっと光を与えられていなかった僕にとっては
   それは眩しすぎて

   僕が光に慣れていないことを差し引いてみても
   彼女は眩しすぎて

   彼女の存在は

   希望の光


   未来を導く

   まっすぐな光

392 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:48
トン、トントン。

ドアをノックす音。
お嬢様が来た合図だ。

「どうぞ」

僕はお嬢様を招き入れた。

「あー退屈。シン、何かない?」
「何かとは?」

お嬢様は、ご主人様の目を盗んでは、こうして僕の部屋へやって来る。

「つまんない人ね」
「すみません」

こういうやり取りが僕らのパターン。
393 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:48
「…何もない部屋ね。」
「すみません」

お嬢様はくすりと笑った。
僕が訳の分からない顔をすると、彼女はベランダへと向かう。

「シンって、謝ってばっかり」
「すみません」

「ホラ。」
「あ、いや…」

僕は照れくさくなって頭を掻いた。
394 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:49
「あ!まーた食べてないじゃない!!!」

お嬢様は僕の残した食事を見つけた。
ここへ来て、僕の食べる量は随分減っていた。
初めは抵抗の意味でわざと食べなかったんだけど、最近は本当に食が細くなってしまったようだ。

「食べなきゃ…ダメじゃない。」

っとお。
一応、こんなお嬢様でも僕のこと、心配してくれてるのかな。

「こんな横文字ばかりの料理、僕にはもったいないです。」

僕は残された料理に、チラリと目を向ける。
お嬢様も僕と同じように、それを見た。

「……じゃ、どんなのがいいの?」

「おにぎり、かな」
395 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:50
「おにぎり…って、何のこと?」

おにぎりも知らないのかよ。
僕はがっくりと肩を落としてしまった。


「わかった。おにぎりなら、食べてくれるのね?」

お嬢様はニッコリと僕に微笑んだ。
―――こんな顔も、できるんだ。

かわいい、じゃん。

396 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:50
僕も、お嬢様を見つめて、同じように微笑んだ。

お嬢様は、慌てたように僕から目線を外す。
僕は不思議な違和感に囚われた。

「?」
「と、とにかく、見つかったらいけないから帰るわよ!」

彼女の声のトーンが一際高くなった。

「は、はい」

勢いよくドアが閉じられて、僕は一人佇んでいた。
397 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:50
―――月が、青白く光っている。
   ベランダの銀色の手すりは、月の光を受けて鈍く光っている。

   目を閉じると、遠く潮騒が聞こえる。

   夜の海は、何だかとても怖いもののように思えた。

398 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:51
トン、トントン。

(こんな時間に…)

僕は夜のお嬢様の訪問に、驚いた。


「シン」

「ダメですよ、こんな時間に来ては」

お嬢様は、昼間のドレスから、薄いネグリジェに変わっていた。
肩はいっそう華奢に見え、くびれた腰はとても魅力的だった。

な、何を考えているんだ、僕は。
やましい思いを振り払うかのように、僕は軽く頭を振った。
399 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:52
「シンのためだよ」
「僕のため?」

差し出されたものは、僕が昼間リクエストしたおにぎりだった。

「これ…」
「シンって、案外ジジ臭いものが好きなんだね。」

「ジジ…」
「古くからの婆やしかわからなかったよ、おにぎりなんて。」

僕の気持ちも考えず、ズケズケと言いたい事を言うのは彼女らしい。
湯飲みに入った緑茶が、ほうほうと湯気を立てていた。
400 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:52
「おにぎりには、緑茶なんだって。」
「ありがとうございます。」

僕は、心からお礼を言った。
僕みたいなやつに、ここまでしてくれることが心底嬉しかった。

「一応、私が握ったんだよ。」
「お嬢様が?!」

確かに。
よく見るととってもいびつで、形も悪かった。

「私、キッチンに立つの初めてで。楽しかったぁー。」

調理器具を引っ掻き回して、あれこれ触って、婆やが慌てているのが目に浮かんだ。
401 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:53
「ちょっとぉ、なに笑ってるの?!」
「別に、何でもありません」

「なんなの、言いなさいよお」
「何でもないですってば」

ポカポカと、僕の肩を叩く。
何だか楽しいや、お嬢様といると。

「………」

さっきまでムキになっていたお嬢様の手が、止まった。
それは、次第に優しい手つきになってきて…
僕の肩にそっと当てられた。

ただ、当たっているだけだというのに、僕の胸はひどく暴れ出す。
402 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:53
「お嬢様…?」

ばちんと、目が合う。
電気もつけず、暗闇の中でお嬢様と二人きり。

誰かに見られでもしたら、大変なことになるだろう。
僕が例え、女でも。

いけないと思いつつも、僕はお嬢様の目からそらせなくなってしまった。

綺麗だ。
本当に美しいと思った。
403 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:53
「い、行くねっ」
「はい」

「ちゃんと食べるんだよ」
「はい」

「じゃ、おやすみっ」
「おやすみなさいませ」
404 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:54
僕は、夜の海を眺めながら、お嬢様が作ってくれたおにぎりを頬張った。
塩加減がまばらだとか、強く握っていないせいでぼろぼろ落ちてしまうとか、
そんなのはどうでもよかった。

お嬢様の気持ちが流れ込んでくるようだった。
『ちゃんと食べろ』と。

明日からは、ちゃんと残さず食べよう。

「あー、うまい」

緑茶の温かさが、妙に、沁みた。



405 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:54
3週間も経つと、僕は屋敷の一部を自由に出入りすることを許された。

梨華お嬢様の教育係というのがやって来て、
『梨華お嬢様のお話し相手になって欲しい』と頼まれた。

午後の勉強を終えたお嬢様と数時間、一緒に過ごすことになった。

そして今日は、庭に来ている。
屋敷の庭はきれいに整備されていて、緑で覆われていた。
花の香り。小鳥のさえずり。頬を撫でる風。

すべてが新鮮で、嫌なことも忘れられた。
406 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:55
「おじょ――さま―――??!!」

メイドだろう、成人の女性が声を張り上げている。

「シン、私はいないって言って」

お嬢様は僕と噴水の隙間に見を隠した。
メイドは自由時間の終わりを告げに来たのだが、お嬢様はもう少しここにいたいらしい。

僕は苦笑すると、目を伏せた。

「シン!お嬢様を知らない?」
「さあ…」

「全く、役に立たないわね!どこに行ったのかしら?」
「………」

メイドは再びバタバタと走り出した。
407 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:55
「―――行きましたよ」
「ホント?」

僕は、どうかしてる。
お嬢様の些細な仕草だとか、こんな風に上目づかいで見つめられるだけで、
狂ったようにどきどきしてしまう。


彼女の長い髪が、風に揺れるたび
僕の心も揺れる

彼女をもっと知りたい

もっと一緒にいたい


408 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:56






「シン?」

僕が目を開けると、お嬢様がそこにいた。
僕がベッドから起き上がろうとすると、お嬢様はそれを制止する。

「いいから じっとしてて」

お嬢様はゆっくりと僕に覆い被さった。

「いけません。人に見られたら…どうなるか」
「どうなってもいいわ」

「…お嬢様」
「梨華。梨華って呼んで」

「梨華、お嬢様…」
「梨華だって」

「梨華、梨華…」

409 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:57
そうだ。
もう、どうなってもいい。

僕は静かに目を閉じた。

梨華の柔らかな唇の感触。
それは、初めての体験で―――
もっと味わってみたくなる。

「ん…」
「梨華、もっと」

「梨華…」

「好きだよ、シン」

410 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:58

―――真っ白な世界。

僕の頬はぐんぐんと熱を帯びていく。

夢だった。

リアルなお嬢様の唇。
今、お嬢様とあったら、まともに顔も見れないな。

「梨華…」

夢の中と同じように、その名を呼べたら。
僕はこっそり、とても小さな声で、お嬢様の名を呼んだ。

411 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:59



―――バンッ!!!

ノックもなしに、お嬢様が飛び込んできた。

「シンッ!遊びに行こ!!!」

僕の視界が歪んだと思うと、背中に強烈な痛みが走った。
ベッドから大きく落ちてしまったらしい。
何度も僕の名を呼ぶお嬢様の声を、人事のように聞いていた。

そんな時、ふと思った。

ここのドアって、鍵、ないのかな…?

412 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 19:59
「―――で、ここのボタンを押すと、シャッターが切れるの」
「シャッター?」

「つまり、写真が撮れるの」
「押してみてもいいですか?」

カシャッ。

「い、今ので撮れたんでしょうか?」
「たぶんね。後で現像して見よ」

庭の隅にある、大きな木下で、僕はカメラというものに夢中。
お嬢様が地下倉庫から持ってきてくれたものだった。

僕はおもちゃを与えられた子どものように、ひたすらシャッターを切る。
413 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:00
空を自由に舞う鳥。
青々と生い茂る木々。
薄暗い空は何だか物悲しく見え、
お嬢様が向けてくれる笑顔は最高によく撮れたと思う。
414 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:00
「気に入ったみたいね」
「はい!」

「それ、あげる」
「え、それは…」

「使ってないみたいだし、シンが使ってあげたら喜ぶよ」
「いいんですか?」

「うん、だから」
「だから?」

「それで私をいっぱい撮って」

「私を撮って」

「ちゃんと、ファインダーから私を見つめて」
415 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:00
一瞬、告白されたのかと思った。
たぶん、昔からお嬢様というのは独占欲が強いものだと思っている。
ここの梨華お嬢様も例外なく。

僕のおもちゃがカメラだとすれば、お嬢様のおもちゃは僕だろう。

僕は微笑むと、お嬢様に向けてシャッターを切った。

416 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:01
「ホラ。なかなかよく撮れてるよ」
「ほんとですね」

初めての割にはよく撮れたと思う。
自信作はやっぱり、お嬢様の写真だった。

部屋中に吊られた写真を見た。
僕は満足していた。

「ね、シン」
「はい?」

お嬢様の方を振り向くと、ぎゅっと腕に抱きつかれた。
息なんてできやしない。
ましてや言葉も発することもできない。

暗室の薄暗い部屋の中で、僕とお嬢様は見つめ合っていた。
417 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:04
「初めてなの」
「えっ」

「こんな気持ち」
「………」

お嬢様は僕の胸に顔を埋め、ぎゅううとしがみついてくる。
僕は、今朝の夢を思い出していた。

「シンのことを思うだけで、胸が締め付けられるし。
 夜も何だか寂しくて、シンにそばにいて欲しいって思うの。眠れないし…
 こうやってひっついてると、嬉しいんだけど、ドクドクいうの…」

お嬢様は、途切れ途切れだけど、一生懸命僕に伝えようとしていた。
それは、僕にはひどく愛しいものに思えて…
このひとを独り占めできたらいいと、一瞬で何万回も思った。
418 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:04

「おじょーさまぁ」

僕は自分でもビックリするぐらい情けない声を出していた。

「責任とって」

責任、って言われても…

419 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:05
僕の手は、勝手に動き出していた。
さらに力が込められたお嬢様の腕を、優しく撫でる。
僕の胸には心地よいものが流れていた。

真剣なお嬢様の眼差しは、僕を焼け石のように熱くする。

もっと見ていたくて…
少し顔を近づけるとお嬢様の瞳は固く閉じられてしまった。

これって、そう、だよね…
僕は口をきゅっと引き締めると、覚悟を決めた。
420 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:06


ちゅううううう。


音がするくらいお嬢様の唇を吸った。
どうすればいいのか分からないけど、もっとお嬢様を感じたくて。

食べるようにそれを全部口に含んだりもした。

僕の行為は止まらなかった。

僕の舌をお嬢様の中に差し込んだとき、微かなものを感じた。

お嬢様は、小さく震えていたのだ。

慌てて我に返る。
421 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:07
「すっ、すみませんっっ!!!」

お嬢様は黙っている。
僕、そんなに下手くそだったかな。

猛烈な後悔と不安が襲ってくる。

だってしょうがないじゃん。
初めてだったんだもん。

「ん。じょ、上出来だよ。合格。」

お嬢様も少し動揺しているのかな。
何だかカワイイぞ。
422 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/03(水) 20:08
抱きしめてもいいかな…

僕はもう我慢できなくて、お嬢様を自分の中に閉じ込めてしまった。

「しちゃった」
「ん?」

「シンと、キス、した。」
「あ、ハイ。」

「キス、しちゃった」
「ハイ」

それから僕は、お嬢様から小さいキスをもらったんだ。
423 名前:大淀 投稿日:2004/03/03(水) 20:09


もうちょっと、続く。
424 名前:コナン 投稿日:2004/03/04(木) 05:09
初めまして素敵な作品ですね。

最高な!いしよしだぁぁぁ〜。・゚・(ノД`)・゚・。感動ぅぅものです。

いしよしでお腹いっぱいにしてくれてありがとうございます。
更新楽しみにしています〜
425 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:10
「し、失礼しますっ」

「声、上ずってるよ」

そう言ってお嬢様はふわふわと羽のように笑う。
きっと、今の僕のどきどきしてる気持ちとか、分かっていないんだろうな。たぶん。


『好き』という愛の言葉を交換し合ったわけじゃない。

はっきりとお嬢様の愛を確かめたわけじゃない。


でも…僕を見つめるその目とか、僕を呼ぶ甘い声だとか。
お嬢様のすべてが、ありのままの僕だけを映していた。
426 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:10
勉強の時間が長引いて、こうして僕はお嬢様の部屋に呼び出された。

そこはやはり石川家の次女。
部屋はものすごく広くて、トイレ・風呂付。

キングサイズのベッドは屋根とレースで覆われていて、いかにもお嬢様らしかった。


広すぎる部屋に、お嬢様と二人きり。
分かっていたけど、切ないくらい落ち着かなくて僕はどこに身を置こうか悩んでいた。
427 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:11
「どうしたの?」

鏡台の前に座っているお嬢様が、鏡越しに僕を見た。
お嬢様はいつものお嬢様で、僕だけが意識していると思うととても恥ずかしくなった。

「なんでもありません」
「嘘。」

「…き、緊張しちゃって」
「どうして?」

お嬢様と一緒にいるからです、とは言えなくて…
僕は話題を変えようと、ベッドサイドにある数々の写真立てに手を伸ばした。
428 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:12

「ダメぇ――――!!!」
「???」

ものすごい勢いで僕の手からそれを引ったくった。
大事そうに胸に抱いて、軽く睨まれた。
僕は両手を挙げて、首を横に振った。

「触らないで」
「…すみません」

気まずい空気が流れる。
大事な写真だったんだ。
429 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:13
横目で盗み見ると、それは海の写真だった。
何の変哲もない、海の写真だった。
その写真にどんな想い出があるのか、誰を思っているのか、僕はとても気になった。
だけど僕には聞く権利もなく、しょぼんとして俯くしかなかった。

「そんなに落ち込まないで」
「いえ。別に」

お嬢様は写真を元の場所へ、伏せて置いた。
そして僕の前に立ち、下から覗き込むようにしてくる。
430 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:14
「シン。あなたねぇ」
「えっ」

「前髪が、長すぎるのよ」
「はぁ」

「だからどんな顔してるのか見えない」

そうだ!
両手を胸の前で合わせると、お嬢様は鏡台へ向かった。

「何をするおつもりですかっ」
「いいから」

よくない。
431 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:15
お嬢様はジェルをむにゅっと掌に出すと、それをこすり合わせて伸ばしていく。
ふわっと頭を包み込まれるようにして、僕の頭につけていく。

前髪はがっちりと上げられて、サイドの毛は後ろに流されるようにセットされていた。
隠していたものを剥き出しにされた気分になり、僕は落ち着きをなくす。

「これでよし」
「恥ずかしいですよ」

「似合ってる、似合ってる」

満足そうに微笑むお嬢様。
お嬢様が笑ってくれるなら、今日くらい我慢しようか。

432 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:16
不意に、お嬢様が僕を引き寄せた。

僕はお嬢様にのしかかりそうになるのをやっとの思いでこらえた。

「ね、シン」

「?」

僕は眼だけでお嬢様に尋ねた。
お嬢様は僕の肘をずっと触っている。

変な気持ちになるのを押さえて、何でもないようなフリをする。
433 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:17
「…どうして、僕、なんて言うの? ほんとは女の子なのに。」
「癖、というかもう、そうなってしまったんですよ。」

「シン…」

すすす、とお嬢様の手はだんだん上に上がってくる。
二の腕を優しく撫で、肩に止まった時、僕の気持ちは爆発した。

「キャ!」

ぎゅう、と力いっぱい抱きしめる。

「ちょっと、シン!」

「……ひとみ。」

「えっ?!」
434 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:18

「僕の本当の名前は、ひとみって言うんです。」
「ひと、み…」

抱きしめる腕になおいっそう力を込めたけど、お嬢様の顔が見えない。

「ひとみ…」
「はい。」

身体を離して、お嬢様を真剣に見つめた。

「私も。」

「私のことも、ちゃんと梨華って呼んで。」
「…そんな、呼べませんよ。」

馴れ馴れしく、呼び捨てになんかできない。
435 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:19
「なんでっ?!」
「いや、なんと言うか…」

「どうして呼んでくれないの? 呼んでくれなきゃ、泣いてやるんだからぁー…」
「えぇっ!」

困る。それだけは、困る。
僕は、お嬢様の涙には弱いんだから。

僕は、お嬢様の目元に、そっとキスを落とす。
ビックリしたように、お嬢様は身を引いた。
436 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:20
「お嬢様の涙は、僕が拭いますから。」
「誰が、泣かせてるのよー。」

「お嬢様のこと、呼び捨てになんかできませんよ。」
「ひとみ…!」

「だからお嬢様は笑っていてください。ね?」
「うぅ…」

僕は、もう一度キスをすると、お嬢様から離れた。
437 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:22
「ひとみぃ」

上目使いで、お嬢様は僕を捕えた。
その目にも、弱いんだよなぁ…

「一度だけでいいの。ちゃんと、梨華って呼んで欲しい。」
「お嬢様…」

「お願い、ひとみ。」
「それは、できませんって。許してください。」

僕だって、何百回、何千回と心の中で『梨華』と呼んだことか。
できることなら、堂々とその名を叫んでみたい。
でも、僕は石川家に仕える身なわけで…
そんなこと、二人っきりであってもできないって思う。
438 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:24
「どうしても、できない?」
「すみません。」

「ひとみっ!」

そう言ってお嬢様は、僕に抱きついた。
僕の腰に、ぎゅうってしがみつくけど、僕はお嬢様の髪を撫でるしかなかった。

ごめんね、お嬢様… こんな僕で。
439 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/05(金) 23:24
本当は、呼びたいよ。

ずっとずっと、呼んでみたいと思ってる。

梨華…


心の中でだけ許される、その名を呼んで、僕は胸が痛くてしょうがなかった。

440 名前:大淀 投稿日:2004/03/05(金) 23:30
つづく。

もはや短編にもなっていませんな。スミマセン。

>コナンさま
はじめまして。レスありがとうございます。
感動なんて、そんな!恐縮です。
ツッコミどころ満載でお届け致しておりますが、これからもよろしくお願いします。
441 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:30
―――秘密の恋をしていた

    静かに燃えていた恋の炎
    いつしかそれは激しいものとなり 僕の心を焦がしていく

    うれしい痛み


    いつか想いを伝えたい

    静かにうごめく波のように  
   
    やさしい温もりだけが残る

    約束の丘で
442 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:31
僕は20歳になった

お嬢様のくれたあのカメラのおかげか、僕には夢ができた。
それは、カメラマンになること。

片時もカメラを放さず、日夜プロを目指して頑張っている。

443 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:32
お嬢様というと。
最近僕といる時間が少なくなった。

今日もそう。
もったいないくらい良い天気だというのに、散歩のお誘いもない。
僕は、少し寂しい気持ちになった。

気分転換をするため、カメラを持って外に出ることにした。

444 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:32


「―――知ってる?」

メイドたちが声をひそめて話している声が耳に入ってきた。

「梨華お嬢様のこと」
「えっ?教えてよ」

「何だか、婚約されるって噂が」
「本当?」

僕は廊下を歩いている足を止めた。
―――お嬢様が、婚約?

耳を疑った。きっと何かの間違いだと。
結婚なんてしない。そう言っていたはずだった。
445 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:33

でも、お嬢様も結婚適齢期。
石川家の後継ぎをと、結婚を強いられているのかもしれない。

いつまでも、こんな関係を続けていけるはずがない。
僕は、考えたくもない未来を突きつけられたような気がして、ぎゅっと目を瞑った。
446 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:33

「相手は、この辺りでも有名な、ダニー様だとか」
「まぁ!」

「石川家の権力も、増大するかもね」
「ご主人様は、反対されるどころかむしろ…」

「大賛成でしょうね」


メイドたちの無邪気な笑い声が、頭に響く。
447 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:34
ダニー…何も知らない僕でさえ、知っている名前だ。
一家は膨大な土地や財産を持ち、最近では人工衛星の開発に力を入れているらしい。

先日、試験的に打ち上げられた人工衛星のスポンサーも、ダニーの父親が持つ会社だったような。
ダニーも開発チームに絡んでおり、頭脳も一流だそうだ。

僕はといえば、夢はカメラマンだということ。
未来に、期待できるようなものなんてない。

僕はとぼとぼ歩いて、中庭へと出た。
448 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:35
「梨華!」

この屋敷ではお嬢様の事を呼び捨てにするものなどいなかった。
自然と声のするほうへと視線が飛ぶ。

(ダニーだ)

ダニーはお嬢様に駆け寄った。
片手には、宇宙の本。

二人ベンチに腰掛けて、ダニーはそっとその本を開いた。
優しく話し掛けるダニー。
宇宙がどうすごいとか、いつか連れてってあげるよ、なんて話しているのだろうか。
449 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:35
両手を胸の前で組んで、目を輝かせて聞いているお嬢様。
女の子はやはり、ロマンチックなものに惹かれるものだ。

僕が見ていることにも気づかず、お嬢様は胸弾むような表情を見せる。
僕には、あんな顔にさせることができない、よな。

止まらない自己嫌悪と、自信喪失の嵐。
庭に咲き誇る名前も知らない花びらが、そっとひとつ、落ちた。


450 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:36
「ひとみちゃーん!」
のんきに僕に駆け寄るお嬢様。

「外行こ、外!ねぇ、お外〜。」

僕の手に指を絡ませ、おねだりしてくる。
僕は迷いつつも、そっと放した。

「イヤなの?」
「僕だって、忙しいわけですよ」

「何が?」
「色々です」

「ちょっとくらい、いいじゃない!ね?」
「ダメです」

「バーカ。ひとみちゃんの、ケチ!」
451 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:36
いつしか僕を呼ぶ名前は、『ひとみ』から『ひとみちゃん』に変わっていた。
21歳にもなるのに、お嬢様のワガママっぷりは、増すばかり。
ダニーといたときの大人びた表情とはまるで違っていた。

「僕じゃなくても、付き合ってくれる人、いるでしょう?」
「え?いないよ!」

「昼間会っていた男性、とか」

僕はわざとダニーの名前を出さなかった。
お嬢様はダニーとの関係を僕にどう説明するのか、気になったからだ。

さあお嬢様、どう出ますか。
452 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:37
「関係ないよ」
「え?」

「パパに上手く付き合っただけ。」

お嬢様は興味なさげに、足を伸ばした。
視線は、爪先に落として。

「だってー。パパが仲良くしろって言うんだもん。
 パパにだって、何かと都合があるんだろうねー」

ホントなのか。
453 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:37
「だから、行こ!」
「ちょっと、お嬢様」

ぐいっと僕の腕を取って、たたっと駆け出した。

「ひとみちゃんしか、いないんだもん…付き合ってくれる人」
「でも」

「いいから!お嬢様からの命令だっ」
「命令?」

「ついて来い、ひとみ!」
「…はい」

僕は結局、お嬢様には逆らえないんだ。
454 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/06(土) 12:38
―――あなたになら、すべて捧げよう

     先の見えない、真っ暗な闇の先の、その未来まで

     きっと間違いなく あなたは光を照らしてくれる


     その時にまで僕は あなたの隣を歩けるようになっているから

     今はもう少しだけ このままでいさせて


     羽を休める渡り鳥も いつか安らぎの地を求めて飛び立っていく
  
     覚えていますか?

     ずっとむかし 遠い彼方

     同じ夢を見たことを

     翼をしまって 笑いあった日のことを
455 名前:大淀 投稿日:2004/03/06(土) 12:40
続きます。

ゆ きゃんどぅー!
456 名前:コナン 投稿日:2004/03/06(土) 23:20
更新お疲れさまです。
カメラマンひとみ!なんかカッコイイっす!

りかおじょうさまは、ひとみちゃんを
どうするつもりなんでしょうか?

続きが気になります。
457 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:03

戦争は激しさを増している。
僕には無縁だと思っていたが、否応なく考えさせられてしまうようになった。

こうして僕がのうのうと暮らしている間にも、世界のどこかでは戦争が起こっていて、
飢餓に苦しむ人々や、罪無く殺されていく市民。
家事に逃げ惑う親子や、愛する人と別れてまで戦いを選ぶ人。

この世界にいる人間の数だけのドラマが繰り広げられている。

ドラマ…そんな粗末なものでもない。
当人たちにとってはそれは生死を賭けた闘いだった。
458 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:05

僕は新聞をたたむとやりきれない思いになり、それを部屋の隅に放り投げた。

今や情報は新聞と、人々の噂のみになってしまっている。

20年前の大規模な電波傷害で、電源を必要とする機器は次第に廃れていった。
遠く微かに目に映る電波塔は、今は廃墟となっている。

電話やパソコンなどの通信機器は、使い物にならなくなってしまった。


文明の発達・技術の開発を目指し、自分の欲だけに溺れていった先人たち。
便利さの追求に囚われて、僕は大切なものを見失ってしまったようにしか見えなかった。

459 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:06


僕に今、出来ること―――

僕が今、やりたいこと―――


もっとこの悲惨な現実を知ってもらいたい。
過去と同じような過ちを犯してしまった人間達を。

そして平和な未来がやってきますように。

美しく青い星を未来の子どもたちに胸をはって明渡せるように。

460 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:06


僕は、再び考えた。


僕に今、出来ること―――

僕が今、やりたいこと―――


461 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:07

そんな中、思ってもみない展開になった。

石川家の中から、戦争に借り出される者が出たのだ。
それは数十人もの数に昇った。

軍に入隊して、訓練を受けている者ならともかく、市民から借り出されるのは僕にとって衝撃的だった。

事態は、思いのほか悪化していたのだ。

その中には、アーサーの名前もあった。

462 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:07

アーサーは地下から出ることを許されて、最後の思い出とばかりに自由に生活させられていた。


僕は屈託なく笑うアーサーを見るのが辛かった。
無事帰ってくる事が出来ないかも知れないのに。
どうしてそんなに穏やかにいられるのか分からなかった。

463 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:08


「なぁ、アーサー。」

僕は熊のようなアーサーの背中に、呼びかけた。

「んー?」

こっちを振り返ろうともせずに、鼻歌なんか歌っている。

「さっきから、何をやっているんだ?」
「これか?」

それは、サーフボードだった。
板の無駄な部分を、削り落としている最中だった。
464 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:08
「俺が地下で研究に研究を重ねて考案していたものだ。
 ま、実際に試したことは無いがな」

想像力だよ、といってアーサーはこめかみを指で指す。
太陽を反射したくしゃくしゃの髪が、僕にはとても男らしく見えた。
465 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:09
「戦争に、恐怖を感じない?」

僕は思い切って聞いてみることにした。
男らしいアーサーのことだろう、きっと満足のいく答えを教えてくれるはずだ。

「青い地球。」
「え?」

「そのために、俺は命をかけることにした。」
「アーサー…」

「シンも、爺に言われたことがあったろ?」
「あぁ。」

「これから生まれてくる子どもたちのために。この星を守ってやれって。」
「………」

「実は、俺には子どもがいるんだ。」
「ええ!!!」

466 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:09
アーサーには、生き別れた子どもがいるらしい。
今となっては、どこに住んでいるのかも分からないようだ。

アーサーは貧しいながらも家族3人で、幸せに暮らしていた。
やがてアーサーの住んでいるところも戦争に巻き込まれ、小さな小さな家は燃やされてしまった。

金を稼ぐため、ここへやってきたというのだが、アーサーはどうしても妻と息子を連れてきたくは無かった。
苦労をかけてしまうのは目に見えている。

ならば俺を死んだものと思って、天国からの仕送りを受け取ってくれ、と。

ある日連絡も途絶えてしまい、仕送りができなくなった。

アーサーは今でも必要以上に給料に手をつけず、家族のために貯金をしている。
いつの日か、生まれ変わって大きな家を建ててやるんだと言った。
467 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:10
「そんな俺も戦争に行くことになった。
 もう会えないかもしれないが、同じ空の下、元気にやっていると思う。
 俺は日陰から、地球を守ってやろうと決めたんだ。」

「アーサー…」

どうして一緒にいられなかったのだろう。
家族は…大切な人とは、何があっても一緒にいなければならないのに。

468 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:10
「それも、愛だ。」
「愛?」

「俺だって寂しいし、辛い。本当は怖くてしょうがないんだ。
 でも、愛する人を思えば、強くなれる。
 死ぬかもしれないが、絶対に帰って来る。」

命を掛けれるものがあるって、素晴らしいことじゃないか。

ガハハと照れくさそうに笑って、アーサーはまた作業を続けた。


僕も、アーサーのように強くなりたい。
お嬢様のことだけを思って、信念を持って、何かをやり遂げたい。
469 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:11
「アーサー!」
「お。」

「僕も、戦場に行く。」
「何だって?」

「戦場に行って、アーサーの姿を撮るよ。」
「はぁ?」

「役に立たないかもしれないけど、きっとみんなの心を動かせると思うんだ。」
「シン」

「何だよ」
「命を粗末にするんじゃない」

「そういうわけじゃなくって」
「お前を、必要としている人がいるじゃないか」
470 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:11
アーサーは、どこでお嬢様の事を知ったんだろう。

「そばにいて、守ってやれ。」
「嫌だ!」

「言うことを聞きなさい」
「アーサー!」

僕の肩をぎゅっと掴む。
僕に走る痛みの分だけ、アーサーの真剣な気持ちが流れ込んできた。
471 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:12
「何を言われても、僕は戦場に行く。」

「愛する人を置いてまで?」

僕はゆっくりと頷いた。

「アーサーと形は違うけど、僕は僕であるために、写真を撮りたいんだ。」
「………勝手にしろよ」

アーサーは吐き捨てるように僕に言葉をぶつけてきたが、とても悲しそうな目をしていた。

やってやる。
こんなやりがいのあることなんて、早々ないに決まってる。

僕の頭の中は、お嬢様のことなどすっかり抜け落ちていて、
カメラと兵士たち、未来の地球のことしかなかった。
472 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:13
―――いつか戦争が終わるその日に
     僕はあなたの隣りで微笑んでいたい

     こんなにもこの星は綺麗だよって

     こんなにも生きてることが素晴らしいんだって

     今でもこうしてあなたといられることが

     何よりも幸せなんだってことを 教えてあげたい

     そんな日がくると思っていた
     訳も無く思っていた

     抱きしめてあげられるのも 優しいキスをするのも
     全部自分だけだって どうしてあの頃は思っていたのだろう
473 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:14
     約束ほど不確かなものは無くて 
     あなたと過ごした日々でさえ まるで昼間見た夢のようにおぼろげで

     氷のように切なく凍みる 
   
     何度苦しい目にあおうとも 
     何度命が危うくなろうとも

     不思議と生きて帰れる自信があった

     それは僕の力でも何でもなくて
     あなたが守っていてくれたおかげだと気づいた時

     僕は何でもできると思った
    
     それが僕の力だと思った

     与えて、与えられる
     互いに求めたその存在を

     僕は噛み締める暇もなく旅立った
474 名前:約束の丘 投稿日:2004/03/07(日) 13:15

    
     遠くで泣き叫ぶ 怪我をしている子どもたち
     自分の中で理由も見つけ出せないまま ただ目の前の敵を打ち落とす若者

     僕はその声に吸い寄せられるように戦場へと行く

     武器をカメラに持ち替えて…
         

475 名前:大淀 投稿日:2004/03/07(日) 13:20
つづく…

>コナンさま

いつもありがとうございます。
事態は変わっていくようです。なんちて。
今後もお付き合いいただけたら、嬉しいです。

つか、なんだよぅハロモニ!
いしよし受賞に叫んじまったよ!しかもののかわいすぎ!
これからももっともっと仲良くしてくれることをお祈りしています。
476 名前:レオナ 投稿日:2004/03/07(日) 13:28
お初でございます。
更新お疲れ様です。いつも、楽しみにしています。
二人の幸せをねがいます。
477 名前:コナン 投稿日:2004/03/08(月) 04:02
更新おつかれさま

ひとみちゃん戦場カメラマンですか!
これからの二人は、どうなるの??

ハロモニは激しく萌えぇぇぇ(コンビじゃなくてCPよ)

いしよしは永遠に不滅でつ!
478 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/28(日) 12:04
(・∀・)イイ!!マジ続き楽しみ〜♪
479 名前:プリン 投稿日:2004/03/30(火) 19:30
はじめまして!
面白すぎるのでレスしちゃいました!
この先どうなるのかなぁwドキドキw

次回の更新頑張ってください!
待ってますよぉ〜♪
480 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:45

優しいピアノの旋律が、僕を包んでいく。
いつもとまるで変わらないその音が、今日だけはやけに僕を悲しくさせた。

それは、明日僕が旅立つから。
戦場へと旅立つから。

何も知らないお嬢様を一人置いて、それでも僕は行く。


止むことのない音楽を耳をそばだてて聴いた。
きっとこの音もしばらく聞けなくなることだろう。

僕は胸に刻み込むように、一つひとつの音を大事にした。
481 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:45

僕ベランダに出て、そこから部屋にいるお嬢様を見ようと思った。
外から、窓の枠に手を置いた。そして僕は顎をその上に乗せる。

ふうっと息を吐き出して、切ない音を奏でるその人を見つめる。

離したくない。
傷つけたくない。

この手でずっと抱きしめていたい。

お嬢様は僕の視線にも気づかずに心を込めてピアノを弾く。
それが何とも言えず美しくて、僕は息をするのも忘れて見とれていた。
482 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:46

―――離したくない、傷つけたくない…!


彼女の目線が、鍵盤から離れる。
そっと、それは上げられたかと思うと、急に僕を捉えた。

「ひとみちゃん…」
「はい」

「とても、キレイ。」
「…え。」

「なぁに驚いてるの」
「いや…もっと、あなたの音を聴いていたい」

お嬢様は黙って、弾き続けてくれた。
優しい、音色で。
483 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:46



「静かですねぇ」

間延びした僕の声がこの雰囲気には合っている。
世界は緊迫した状態なのに、ここは不思議なくらい静かで。

僕らは小高い丘にやってきていた。
ここからは海がよく見える。
丘の真ん中には大きな木が1本、ここを守るようにして聳え立っていた。
484 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:47

いつか、僕はお嬢様とここに来たいと思っていた。

お嬢様からの返事はなかったけど、きっと同じ事を思っている。
僕に流れ込んでくる穏やかな彼女の雰囲気で、それは理解できた。

「ぅあああああああっ」

僕は思い切り伸びをして、地面になだれ込んだ。
地面に生える草が少しチクチクしたけど、かまわなかった。

お嬢様の目はゆっくりと細められ、僕に微笑んでくれた。

485 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:48


その顔、好きだなぁ…なんて思っていると、ざあっと風が吹いた。
僕とお嬢様を引き裂くようにそれは走り去った。

僕とお嬢様の間にある見えない境界線。
これ以上深入りするなと忠告しているようだった。

変に期待させてはいけない。
どうやっても悲しむのは、お嬢様なんだから。

ならば、いっそ。

486 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:48


「お嬢様」

僕は顔を引き締めて、上を見つめたまま話し掛ける。

「なぁに」

甘く僕に話し掛ける。
そんな声を出されたら、僕の決意は崩れそうになってしまいます。

僕は身体を起こしてお嬢様に向き直り、もう一度声に出す。
487 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:48

「…お嬢様」

あぁ、あと何回こうやってお嬢様を見つめてその名を呼べるのだろう。

488 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:49

お嬢様が僕に、唇を差し出す。

僕はそれをスマートに交わすと、お嬢様の唇の端にそっと落とす。
唇のその端の、ギリギリの場所に。
お嬢様は顔を傾けて、唇に欲しがった。

撫でるようなキス。

しっかりとお嬢様を感じてしまったら、僕はいっそう離れづらくなるだろう。

固く手を繋ぐ。

メキメキと折れてしまうほどに。

指を絡ませ手の熱さとは裏腹に、唇では軽く触れ合っていた。
お嬢様はどんどん僕を求めた。

不意に、僕から唇を離す。

489 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:50


「…もぅ」

拗ねたような表情。

「あのですね、ひとつ聞きたいことが」
「ん?」

「教えて欲しいんです。その…僕のことをどう思っているのかを」
490 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:50
うーん、と軽く頭を捻ると、お嬢様はこう切り出した。

「何でもできる気がするの。ひとみちゃんと一緒にいれば。」

僕が予想していた答えとは違っていて、少し拍子抜けした。
お嬢様は、さらに続ける。

「だから、あなたとの約束はすべて守れるって言う自信があるわ」

      
491 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:51
食事は一緒にとろう。
台風が過ぎ去って次の日晴れたら、手を繋いで海岸を散歩して…
悲しいときには一緒に泣いて、寝る前には優しくキスをするの。

畑を耕したりして、そこには苺を植えて。
苺が実ったら、それを収穫して。
ふたりでショートケーキを作るの。
ふざけてほっぺにクリームをつけ合って。

いつかペットを飼おう。
大切に子どものように可愛がってあげる。
名前は何にしようかな。悩んじゃうね。

クリスマス、誕生日、お正月…
イベント毎には一緒に過ごして。

それでね…
492 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:52

ちょ、ちょっとお嬢様?

妄想が暴走して止めようがない。
答えになってないし。

493 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:52

「だから」

くるくると泳ぐ目をじっと僕に預ける。
その目はとても、真剣で。

「そばにいて。ずっと…一緒にいて。」
「………」

「約束できないの?」
「…約束なんて、もろいものです」

それに、その約束は明日破いてしまうものだから。

「何を怖がっているの」
「そんな、僕は別に。」
494 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:52
怖がっているのか?
だとすれば何に?

戦争に?
命を落とすこと?

お嬢様を失ってしまうこと?

それは、すべて間違いじゃない。

「怖くないよ」
「………」

「だいじょうぶ。ひとみちゃんなら、大丈夫よ。」
「何を根拠に」

「ひとみちゃんは、ヘンなところで慎重なんだから。」
「なっ…!」

「ふふ」
495 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:53

お嬢様はふいと僕から目を外して、目の前に広がる輝く海を見つめた。
僕よりワガママで、無鉄砲で。
でも、心は純粋で。

何も怖いものなどないだろう。
素直に生きているのだから。

例え僕がそばにいなくたって、倒れない。
芯のある強さを持っていた。

496 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:53

「―――僕は、あなたのようになりたい」

お嬢様が少し震えたのがわかった。

「ここに来て、ずっとあなただけを見てきたんです」


初めは、なんてお嬢様だと思った。

ひっ、人の胸を触るかと思えば…
夜、勝手に部屋を抜け出して僕の部屋にやってくるし。

でも、なかなか食事を食べない僕を気遣ってくれて。

散歩に誘ってくれるのも、本当は嬉しかったんだ。

自分の思うままに突き進んでいるあなたの後姿がとても眩しかった。

僕はただの平民で親もいないし―――
生まれてきた環境も少しはあるかもしれない。

でも、あなたを見ていると違うって思えるんだ。
もしあなたが僕と同じ立場だったとしても、きっとあなたは同じように歩むだろう。

自分の、道を。

だから僕は、あなたが持つまっすぐに伸びる竹のような、強さが欲しい。
497 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:54
自然と言葉はこぼれていた。

そして夢中でシャッターを切っていた。
僕がずっと見つめてきた、あなたの後姿を。

お嬢様の後姿だけでフィルムを1本使い切った。
フィルムを取り替えていると、お嬢様はようやく僕に振り返った。

あぐらをかいて、カメラをいじっていた僕は顔を上げた。

目で言葉を交わす。
視線を絡ませて…じっと見つめた。

僕は再びシャッターを切り始めた。
どんな言葉を交わすよりも、とても意味のあるようなものに思えた。

お嬢様はじっとレンズを見つめていた。
僕も、ファインダーからお嬢様だけを見つめる。
498 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:55


『ちゃんと、ファインダーから私を見つめて』


いつかお嬢様が僕に言った言葉を思い出す。

カメラ越しに見つめあうなんて、経験のないものだった。
―――何だか、ヤラしいな。

僕は不謹慎な思いに駆られる。

お嬢様はゆっくりと、カメラに手を伸ばす。
ファインダーから覗くお嬢様の顔は消えていく。
と同時にお嬢様の手で視界は暗くなっていた。

僕はゆっくりとカメラを置いた。

すうっと顔を近づけ合うと、当たり前のように唇を重ねた。
深く、お嬢様の口の中のもっと奥まで欲しかった。

すべてを自分のものにしたかった。


499 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:55



どれくらいたったのだろう。
腕の中には、やさしく目を閉じたお嬢様がいて、傍らにはカメラが転がっている。
目の前には青すぎるくらいの海が見え、じりじりと太陽がそれを焦がすように燃えている。

「お嬢様」
「…ん」

気だるそうに目を開けたお嬢様がとても愛しかった。


人間というものはどうして自分中心なんだろう。
さっきまで硬く閉じていたものを、すぐに開こうとしてしまう。

僕は幸せになりたかった。

それは、あなたがいないと。
あなたじゃないと、成り立たない。

お嬢様の幸せだけを、願っていたのに。
深入りさせまいとしたのは僕なのに、お嬢様を深入りさせてしまったのは僕自身だった。

やっぱり、あなただけは僕にとって必要なんです。
いつか帰ってきたときに、戻ってきたい場所はあなたなんです。

僕はもう、歯止めが利かなかった。
500 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:56
「約束します」

「ずっと、あなただけを見つめ、一緒にいることを」
「ひとみちゃん…」

「ずっと、一緒に…」
「うん」

お互いにしがみつき、僕は何度も約束の言葉を口にした。
あなたに誓った約束をもう一度吹き込むように、僕はお嬢様に何度も口づけをした。

ずっと、日が落ちるまで…
501 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:56
―――約束…

     約束なんてものは気休めにしかならないと
     僕は思い込んでいた

     悪魔のように襲い掛かる不安を 約束で解消するものだと

     守れない約束ならば しないほうがましだと


     でも梨華、あなたとの約束だけは違う気がしたんだ

     約束の約束はできないかもしれないけど

     あの日誓った約束

     『ずっと一緒にいる』という約束

     今でも覚えてる?

     約束とともに何度も交わしたキス

     好きだよ、とは言わなかったけど 思っていた
    
502 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/01(木) 16:57


     口にするのは簡単で 言われたら嬉しいものだけど
     僕は怖かったんだ

     あまりに大切すぎて 僕からは言えなかった
     …どぶねずみのような僕だから

     ならば何で清めよう?

     あなたの魂ごと僕の唇で包み込む?
     ただのキスとは違う 深い愛情で


     最後の月を見ていた

     明日見る月はどんな色で輝くのか?
    
     見える色はあなたと違っても

     確かなものは あなたと僕は同じ月を持っていること
    
     そして一緒に見た 青い海

     一緒に過ごした 約束の丘も

503 名前:大淀 投稿日:2004/04/01(木) 17:04
お久しぶりです。遅なってすみません。
更新終了です。

>レオナさま
ありがとうございます。
今後ともよろしくです。

>コナンさま
ですよね!
いしよしは永遠っす。

>478の名無飼育さん
ありがとうございます。
これ、もちょっと続きます。
本編はどこいった〜?

>プリンさま
褒めすぎです。いけません。
続きも読んでいただけたら嬉しいっす。

ちょっと時間は進みます。
んでは次回更新まで。
504 名前:JUNIOR 投稿日:2004/04/01(木) 21:03
いったいどうなってしまうのでしょうか。
かなりいしよしの2人が純愛で見てて微笑ましいです。
ハッピーエンドになってほしいです。
505 名前:コナン 投稿日:2004/04/02(金) 09:52
更新お疲れさまです。

いしよしバンザイ!いしよしオンリー!
愛するいしよしを堪能しますた。(癒されるなぁぁ)

次回をまたーりとお待ちしてます。
506 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:43

   
9月2日

今日ほど自分の無能さを悔やんだ日はなかった。
目の前で人が死んでいく。

初めて死体を見たとき。

写真に撮ることも、見ることさえ怖かった。
ただ、怖かった。

自分もああなるのかもしれないと思うと、怖くてしょうがなかった。

ここへ来てずいぶん考えが変わった。
考えたこともないようなことをただひたすらに、考えさせられた。

今頃…梨華は何をしているのだろう。

黙って出て行った僕を、どう思っただろう。

507 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:44


9月18日

初めて撃合いの最前線へ行く。

容赦なく飛び交うマシンガンの音と、燃え上がる炎。
ひたすら兵士たちの顔を写真に収めた。

命をかけて戦う男の顔。

ここでは本当の人間の姿が見られた。

508 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:44


11月10日

一度、アーサー達一行から離れて、比較的安全な街へと移動する。
本当に、ひとりきりになってしまった。

でも、不思議と僕は怖くなかった。

恐怖心に免疫でもついたのか?

―――いや、違う。

あなたが、梨華がそばにいてくれるから。

目を閉じれば、あなたの笑顔が浮かぶ。
耳を澄ませば、あなたの甘い声が聴こえる。

きっと何も言わなくても、あなたは僕を待っていてくれている。
僕を想ってくれている。

それだけを糧にして、僕は生きることができるんだ。

509 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:45


時間を見つけては、梨華に手紙を書く。
宛名のない手紙。

梨華に届くことはなかったけど、きっと想いは届いているはずだ。


街に着くと、僕はすぐさま歩き出す。
ようやく見つけた小さな新聞社。

僕は撮りためた写真を売るために、ここへ来たのだ。

高く売れなくてもいい。
誰かに、見てもらいたかった。
510 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:45

「ふうん…」

社長というには若すぎる、美女を目の前にして僕は緊張していた。
さっきから、やたらと喉が渇く。

ごくりと唾を飲み込んで、僕は恐る恐る聞いた。

「どう、ですか…?」

「―――甘い。甘すぎる。」

その答えは少し想像していたものだけど、やっぱり堪えた。
がっくり肩を落とす僕。

社長はそんな僕を見て、薬と笑った。

「まだまだやな、若造。」
「はい…」

「名前は?」
「え…と。吉澤ッス。」

ぺこりとお辞儀をすると、社長は頭を撫でてくれた。
511 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:46
「吉澤。」
「はい」

「まだまだや。」
「……っ。」

唇を噛み締める。

「けどな、この写真を通して、訴えたいことはちゃんと伝わるで。」
「しゃ、ちょ…。」

「戦争の悲惨さ…それだけじゃない。」

社長は、数々の写真の中から一枚を選んだ。

民家が燃えている。
その傍らで、ぼおっと立ち尽くす一人の子供。

手にはぬいぐるみを持っていて、だらしなくそれは垂れ下がっていた。
頬はすすで汚れていて、目には涙の欠片もない。
512 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:46
「例えばこの写真。」
「はい」

「この子どもは、何を考えてるんやろうな。
 家を失った悲しみ?絶望?―――それだけじゃないやろうな。」
「何も、考えていないと思います。」

「え?」
「人間は本当にショックなことに対面した時、何も考えられないと思います。
 この子は、自分の未来、夢…争い…何もかもぐちゃぐちゃになっていて。
 放心状態とは、また違う。自分を自分として見ていない、そんな状態かもしれません。」

「そうか…そんな見方もあったか。」

パラパラと写真を眺めたかと思うと、その手をぴたりと止めた。
513 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:47
「おもしろい。あんた、おもろいで。」
「はぁ…」

「これからも、撮り続け。資金のことは心配せんでもいいから。」
「本当ですか!」

「まぁ…こんな会社やから、あんまりアテにはならんかもしれへんけどな。」

社長は僕に微笑んだ。

「中澤新聞社、専属カメラマンに任命する。」
「はいっ!よろしくお願いします!」

大げさすぎるほど僕は深々と礼をした。
また社長は僕の頭を撫でた。

そして僕の新しい道はどんどん開けていった。
戦場に出向いては写真に収め、一区切りつくと社長の元へ帰っていき、それを買ってもらう。

気がつくと2年の歳月が過ぎていた。

514 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:48


「なぁ、吉澤。」
「なんですか?」

久しぶりの休養で、僕は新聞社でカメラの手入れをしていた。

「終わらんね、戦争ってのは。」
「そうですね…」

「吉澤も随分、様になってきたんと違うか?」
「え。」

「え。ってなんや?」
「いや…社長が褒めるなんて珍しいなと思って。」

「たまにはゆーちゃんも褒めることはあります。」
「はは。ありがとうございます。」

「結構、吉澤の写真も注目されてきてるねんで?」
「マジっすか!」

初め新聞の隅のコーナーに週1回載せてもらっていたが、それは現在半ページに拡大していた。
オファーの数も少しずつだけど伸びてきている。
515 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:48
「吉澤。」
「はい。」

「写真集…出してみんか?」
「え…ぅえええええ!?」

「驚きすぎやで、自分。」
「いや、ほんとにびっくりしちゃって。」

「ここらで、区切りをつけるのもいいかもしれん。」


「それに…」
「何ですか?」

「待ってくれてる人、おるんやろ?」
「な、なななんでそれを!」

「社長が、気づかんはずないやろ。」


がむしゃらに頑張ってきた2年間。
一度も手紙は送ることはしなかった。

だけど…想いは色褪せることなく。
毎晩夢で梨華を抱きしめた。キスもした。

想いは萎むどころか、どんどん膨れ上がっていた。
516 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:49
「あの、丘の写真も意味があんねんやろ?」

毎週中澤新聞を飾る、僕の写真。
数枚の写真の中に必ずひとつ、片隅に小さくあの丘の写真を載せていた。

それは、梨華へのメッセージ。
届いていないかもしれない、約束のメッセージだった。


僕はあなたを忘れたりしない。
必ず迎えにいくと。

僕ができる、たった一つのことだった。


「あれは…彼女と約束をした、場所なんです。」
「へぇ。」

「ずっとそばにいる…って約束したんですけど。
 黙って出てきてしまったんです。」
「そうやったんか…」

「でも僕は何一つ後悔していません。」

カメラを置いて、僕はまっすぐに社長を見つめた。
517 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:50
「吉澤。…いい目をしてるな。」

僕はどうなのか分からなかったけど、確かに迷いはない。
社長はそれを言っているのかな。

「明日から、撮りに行って来い。」
「はい。」

「それが終わったら、迎えに行き。愛するお姫様を。」
「社長…」

「明日なんてものは、分からんからな。」
「………」

「昨日まで自分の腕の中にいた恋人を、突然失ってしまう新聞社の社長もいるってことや。」
518 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:51



梨華…今頃、何をしてる?
もうすぐ、この写真を撮り終えたら、必ず迎えに行くよ。

そして、あの約束した丘で、永遠の愛を誓うよ。
今度こそ、絶対に離したりはしない。

随分寂しい思いをさせてしまったね。
泣き虫の君は、毎晩泣いていたかもしれない。

僕を憎んだかもしれない。

でも、君なら絶対に待っていてくれると思ったんだ。
本当は強い、君のことだから。

愛してる。

梨華だけを、愛しているんだ。

もうすぐ…このシャッターを切り終えたら…
519 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:51

その瞬間、大きな爆発音とともにひとみの身体は吹っ飛んだ。
だが、痛みはまったく感じなかった。

岩だらけの地面に強く叩きつけられたひとみは、ぼんやりと見つめていた。
全身が真っ赤に染まっている。

だがそれを、ひとみは自分じゃないような気がしていた。
自分を自分じゃないような気持ちで見つめていた。

あの、子どもと同じように、ぼんやりと見つめていた。


『人間は本当にショックなことに対面した時、何も考えられないと思います。』


ひとみはいつか自分で言った言葉を思い出す。
言葉の意味を、改めて理解したような気がした。


ただ、思い浮かぶのは梨華の笑顔だった。
少しずつ霞んでいく梨華の顔。
目を擦ろうと思っても、全く身体は動かなかった。
そこでようやくひとみは激痛を感じた。

途端、ふっと意識が飛んだかと思うと、ひとみはぴくりとも動かなかった。
ごうごうと燃え盛る炎が、少しずつひとみの身体を焦がしていく。

赤とオレンジのみのその世界に、ひとみは身を委ねていた。
520 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:52



梨華ちゃん梨華ちゃん梨華ちゃん梨華ちゃん………梨華……

いつもそばにいるよ

もう 嫌がられたって 離れてやらないから

いつもそばにいるから
521 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/09(金) 10:53


ずっと好きだから

『愛してる』

幾人もの恋人同士が 世界が…語り尽くしたであろうその愛の言葉を
何度だってあなたに誓ってやる

僕の背中には 気がつくと翼が生えていた
力を込めるとそれはゆっくりと動き出す

どんな切なくて寂しくて辛い夜も この翼があるなら越えてゆける…あなたの元へ

遠い空へ その場所へ
あなたが泣いて肩を震わせる その場所へ

そう…いつも そばにいるよ

青い星がその動きを止めたとしても
新しい星がまたひとつ 生まれたとしても

この想いはひとつだけ


―――あなただけを あなただけを 守ろうと決めていたのに
     思い出すのはあの丘 甦る記憶

522 名前:大淀 投稿日:2004/04/09(金) 10:59
更新しました。

>JUNIORさま
純愛…ですね。真剣に吉澤さんは石川さんを愛しています。

>コナンさま
癒されますか?
そう言って頂けると走り出してしまいそうです。

http://intro85.cool.ne.jp/index.html

宜しければ、見てやってください。
523 名前:JUNIOR 投稿日:2004/04/09(金) 23:14
更新お疲れ様です。
涙が出てきそうです。
あと少しで泣いてしまうところでした。(家族のいる前で)
どうなってしまうのでしょうか。
やっぱり純愛です。頑張ってください。
524 名前:コナン 投稿日:2004/04/10(土) 16:24
更新お疲れさまです。

言葉にならないです・・・・・。・゚・(ノД`)・゚・。
心臓がドキドキしっぱなしです。
どうなるの??

HP見させていただきました、ここの小説もいいですね。
続きが気になります(癒さしてください)

お仕事が忙しいそうですが、是非頑張ってください。
まったりと待ってます。
525 名前:大淀 投稿日:2004/04/11(日) 03:47
>JUNIORさま
やべーっす。泣かしてしまうところでしたか。
このお二人には、幸せになってもらいましょう!!!
頑張りやす。

>コナンさま
どうなるんでしょう?
荒波を乗り越えてもらって、岩壁にも乗り越えてもらって…
なんかこの二人は単純なんではなく、障害を蹴散らしてそれで幸せになる、ってイメージがあります。
儚さ、切なさがよく似合う。
HPご覧になってくださいましたか。
ありあとざいます。
懲りずにまた見てやってください。

それでは、更新っす。

ちょっと変わって、梨華ちゃん視点です。

んでは。



526 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:48




「―――梨華様?」

私の顔色を伺うように、そっと婆やが話しかけてきた。
周りのものは、みんなそう。
いつでも私の機嫌を伺って。
こびるように、私に気に入られるようにして。

「ひとりになりたいの」

ピシャッと冷たい水を浴びせるように言い放つと、婆やは何も言わずに出て行った。
誰も近づけさせない。
氷の心を持つ人だと、言われていることは知っている。
だけど何も考えずに人と付き合うことはできなくなってしまった。
527 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:48

結局は、お金。
誰も私の本質を見抜こうとしない。
私がどんな人間であろうと、関係ない。
みんなが愛しているのは、お金だった。

あの人を失ってから、気づいたことだった。


窓から見える景色は、いつまでも変わらない。
私だけこんな場所にいて…とは思うけど、もう他人を気遣う余裕もなかった。

すべてに嫌気が差して、期待するものも輝かしい未来もなかった。


なにもない。


ただ、それだけのこと。

528 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:49


『ずっと、一緒に…』


そう何度も誓ってくれたあの言葉は、あの時だけのものだった。
あの時だけ。

どれだけ待っても、帰ってくることはなかった。
何の連絡もなかった。

期待するだけ心が痛くて、無駄なものだと思ったのはいつからだろう?

子どもの口約束だと言い聞かせて、大人になろうと決めた。


―――本当は、ただ逃げたかっただけかもしれない。

苦しくて、切なくて、恨んだりもした。
だけど、それ以上に愛していた。愛したかった。

そばにいないというのは予想以上に辛くて…
529 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:49

私が想うのと同じ分、想っていてくれていると信じていた。
お金や、身分なんてものに左右されず、私だけを見つめてくれた。

そう、信じていた。

自ら危険な場所に身を委ねた人。
真意が分からなかった。

だけどきっと帰ってきてくれる。
そばにいてくれる。
それだけを思って、寂しい夜も乗り越えられた。

だけど、いつしか私は気づいてしまう。

初めから、私を見ていなかったことに。

想いを伝え合ったわけじゃない。
愛の言葉をもらったわけでもない。

交わしたものは、キスだけだった。

重ねた唇からは、溢れるほどの情熱と、私を求める気持ちが伝わった。
それさえも幻…いや、思い過ごしにしか過ぎなかった。

530 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:50


忘れよう、愛した日々を。
忘れよう、あの温かい手を。
忘れよう、あの人のすべてを…


私は目を瞑ると、夢の中へと導かれ、眠りについた。


531 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:50



「…お嬢様」

懐かしい声。
無性に泣きたくなった。

目を閉じていても分かる。
分かりすぎるほどに。

そっと、唇に温かいものが落ちてくる。
触れるだけのキス。

ずっと、待ち焦がれていたものだった。

目を開けると、ひとみの後ろから眩しい光が射す。
一秒でも早く見たいその美しい顔。

逆光で、姿は見えない。
浮かび上がったシルエットはまさに、ひとみのものなのに。
532 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:51

「ひとみ…?」

不安気な声が漏れる。

くすりと彼女は笑う。
なんて懐かしいのだろう。

「ひとみちゃん、って呼んでたのに」
「…っく」

とうとう溢れ出した涙。
堰を切ったように、とめどなく溢れる。

「泣かないで」
「ひと…み」

『愛してる』

そう言いたかった。
言ったら、あなたが消えてしまいそうで。
もう、帰ってこないような気がして。

「泣かないで」

ひとみはもう一度言う。

何度も何度も、唇で私の涙をすくう。
533 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:52

「お嬢様」

改めて私を呼ぶと、抱きしめられた。
ひとみの温かなぬくもりに包まれて、私はようやく身を委ねることができる。

「消えたりしない?」
「もちろんです」

また、くすりと笑う。

「ずっと、そばにいます」
「ひとみ…」

「いつでも、どんなときも。あなたのそばにいます」
「…うん」

「例え、離れていても。」
「もう、どこにも行かないで!」

「例え、姿が見えなくても。」
「どういう意味?」
534 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:52

不意に、ひとみに抱きしめられていた強さが弱まる。
だけど、温かなぬくもりは変わらないまま。

閉じられていた瞳を開けると、そこにもうひとみの姿はなかった。
じんわりと、温かさだけが残る。

「ひとみ!」

私は叫んだ。
ざわざわと、葉が揺れている。

そこで、私はようやく気づいた。
あの丘にいたことを。

最後にひとみと過ごした、あの丘だということを。

「ひとみ――――――――!!!」

力の限り叫んでも、もう戻ってこなかった。
もう二度と。

丘に立つ一本の木だけが、力なく葉を揺らしていた。

535 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:53



夢にまで会いに来てくれたのか。
そばにいると、その一言だけを伝えに来てくれたのか。

私は、紙切れを手にしてぼんやりと考えていた。
粗末な文書だった。

ひとみの、死亡通知だった。

こんな紙切れで、ひとみが死んでしまったことを伝えられても、何も実感が湧かなかった。


「…梨華」

振り向くと、ダニーが立っていた。
再三のプロポーズに、私は首を縦に振ることはしなかった。

いつか、ひとみが帰ってくるのを信じていたからかもしれない。
心のどこかで信じていたのかもしれない。
願っていたのかもしれない。
536 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:53

「ダニー…」

やさしくダニーに抱きしめられた。
初めてだった。

不思議と嫌な気分にはならなかった。

ただ、足りなかった。
ぬくもりが、足りなかった。

もっと欲しい。
私の口からは、自然に言葉がこぼれていた。

「あなたのプロポーズを、お受けしま、す。」

語尾が詰まってしまったけれど、本心だった。

結婚しても、幸せになれないかもしれない。
あの人がくれるものも、もらえないかもしれない。


だけど…これ以上ひとりになるのは嫌だった。
支えが欲しかった。

537 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:54


抱きしめられたぶんだけ、悲しさが増す。

私はひとみの笑顔を思い出していた。
うつむくようにしてダニーの胸の中で、ひとみを想い、目を瞑った。



そしてまた、一年の歳月が過ぎた…



538 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:55


私の最近のお気に入りの本。

戦場の写真を撮るカメラマンの写真集だった。
名前は、『RIKA』。
私と同じ名前のカメラマンだということが、興味を持ったきっかけだった。

内容はもちろん素晴らしいが、私は最後の言葉がとても好きだった。

『ずっとあなたのそばに。あなただけのことを想う』

これを見ると、どうしてもひとみのことを考えてしまう。
またひとつ、涙を流した。

「ダメじゃない。忘れたと思ったのに…」
539 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:55

ひとみ…天国には何が見える?
写真は、今でも撮り続けてる?

私のこと…少しは考えたりする?

いまでも―――そばにいてくれるの?


私はひとつ、くしゃみをした。
するとどこからか温かな風が、私を包み込んだ。


ひとみなの?

540 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:56

問いかけても、答えはなく。
ただ、ひとみの存在を感じていた。

なぜ?

そこにはいないはずなのに。


―――ジャリ…

少しずつ、足音が近づいてくるのが分かる。

激しく暴れだす心臓。
顔が紅潮していくのが分かる。

足音は、どんどん近づいてくる。

私の背後にはまた、やさしいぬくもりが溢れ出す。

541 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:56


―――ドサッ。

大きなリュックを地面に置いた音。

その、なんと懐かしいことだろう。

私は、ゆっくりと振り向いた。


542 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/11(日) 03:56


つづく


543 名前:なち 投稿日:2004/04/11(日) 09:34
マジ泣きました(;_;)
この作品に出会えたことを感謝!!
続き楽しみにしてます。
544 名前:JUNIOR 投稿日:2004/04/11(日) 11:32
更新お疲れ様です。
泣いちゃいました。
やばいです。これ以上感動があるのだったら、
涙が止まらなくなってしまいます。
頑張ってください!!
545 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/11(日) 12:22
気が付いたら泣いてました。
この小説大好きです。
頑張って下さい。
応援しています。

546 名前:プリン 投稿日:2004/04/11(日) 12:38
更新お疲れ様です。

泣けた・・゚・(ノД`)・゚・。
皆さんが言ってる様にホントに泣きました。
この小説は素晴らすぃ〜!!!!!
これからも応援させてくださいm(_ _)m

続きが激しく気になりますっ!
マターリ待ってます。頑張ってください。
547 名前:コナン 投稿日:2004/04/11(日) 14:34
更新お疲れさまです。

ヽ(`Д´)ノ ウワァン。・゚・(ノД`)・゚・。
マジ自分も泣けました・・・
ハロモニ見た後ですが泣けますた、はぁぁぁぁぁ

涙で続きが読めないかもしれない(けど読むっす!
惚れた作品ですもの!
548 名前:大淀 投稿日:2004/04/12(月) 15:27
>なちさま

マジっすか?
ほんとにほんとに恐縮です。
よっちゃん辛いけど、ごめんね。

>JUNIORさま

毎度レスありがとうございます。
励みになります。頑張りマス。

>545さま

大好きだなんて…
ありがとうございます。完結に向けて、頑張りマス!

>プリンさま

素晴らしくないない。
反応を頂いて、やる気モードです。
「あ、ありがとうございます。」なんて独り言しちゃった、自分であります。

>コナンさま

ありがとうございます。ほんとに。
終わりが見えてきた感じです。
ハロモニ、やっぱりよっすぃーは梨華ちゃんにつっかかったねぇ。
549 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:28
僕は、一歩…また一歩と近づいていく。
上手く歩くことができないのは、怪我の後遺症のせいだけではない。

ずっと、会いたかった愛しいひと。
この手で、抱きしめたかったひと。


僕は、そっとその人の名前を呼んだ。


「…梨華…」


怯えるようにして僕を見つめた梨華。
呼び捨てにしたことが、そんなに驚かせてしまいましたか?

「ひとみ…なの?」

ゆっくりと頷いた。
ここから、また僕らは始めるんだ。

待たせて、ごめん…

550 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:29


話したいことは山ほどあるのに。
なぜか僕らは、黙ったままだった。

どこからか、教会の鐘が鳴った。

梨華は、ビクッと身体を震わせた。


「どうかしましたか?」
「なんでも…ない」


「少し、痩せましたね」
「ひとみこそ」

「………」
「………」

「どうして、何も聞かないんですか?」
「別に…」
551 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:29

求めていたのは僕だけだった?

不安がよぎる。

確かな愛を感じて、それだから旅立つことができたのに。
心変わりなんて、考えられなかった。

それほどに、梨華を愛していた。


「私、行かなくちゃ」

思い出したようにその場を立つ。
庭の噴水が、光を反射して眩しく輝いた。

頭のてっぺんには、暖かな太陽が。
まだ、昼なのに…

お嬢様の温度と、僕の温度の差が、ひどく気になった。

552 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:30


ダニーの計らいで、僕のパーティーが行われることになった。
相変わらず、梨華の周りをうろついているのが気に食わなかった。

「シン」
「へ?…あぁ、はい。」

ダニーに呼ばれて、気がついた。
シンと呼ばれていたことに。
あまりに梨華が、『ひとみ』と自然に呼ぶものだから。

「挨拶、頼んだよ。」
「はい」

「………」
「…何か?」

「いや、何でもない。とにかく、頼んだよ。」
「?」

僕がいなかった間に時は進み、何かが動いている。

553 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:30


用意されたタキシードに身を包み、鏡の中の自分を見つめる。
驚くほど似合ってるかも。

金髪に染め上げた毛をサイドに流す。
前髪を少しだけ垂らすと、あとはがっちりと上に上げる。

いつか、梨華もこうしてくれたっけ。


僕は、会場へと足を踏み入れた。

たくさんの拍手に迎えられ、会釈をして中に入る。

554 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:31

中央にはたくさんの花に、椅子とテーブル。

その横に、石川家の人々が座っている。

梨華はその中でも一際目を引く存在で…
大きく胸の開いたドレス。
妹は豪華に膨らんだドレスなのに、梨華は細身で落ち着いた、真っ黒なドレス。

それも、目が眩むほど似合っていた。

555 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:31
「こんな盛大なパーティーを開いていただき、ありがとうございます。

 まずは、こうして無事に帰ってこれたこと。そんな僕を温かく迎えてくれたこと。
 感謝してもしきれません。

 皆さんもご承知のとおり…いまだ戦いは終わりを告げていません。
 僕はその中で、一冊の写真集を出しました。

 その撮影の間に、僕は瀕死の重傷を負いました。
 完治するまで1年間、必死にリハビリを続けました。

 実は…名前はシンでもなく、本名のひとみでもなく…
 『RIKA』の名前で出しました。
 
 お世話になった、梨華様への感謝の気持ちを込めて。」

僕は、梨華を見つめてはっきりと言った。
梨華は口に手を当てて、驚いていた。

もしかしたら、見てくれたのかもしれないな。

会場がざわついたのが分かった。

556 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:32
それからつらつらと感謝の気持ちを並べて、舞台から降りた。
しばらく石川家の挨拶が続いた。

僕は中央の席に着き、退屈しながらそれを聞いていた。

やっとそれが終わると、次は挨拶回りだ。
557 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:32
会場をせわしなく歩きながら、お礼を言う。

ふと、階段の上にいた梨華と目が合った。

僕はニコッと笑って梨華を見上げる。

梨華はなぜか困った表情で、僕を見た。
そして、隣りにいるダニーの耳元に、口を近づけて、話し掛けた。

それはまるで昔から恋人同士だったかのように甘く、とても似合っていた。

胸が締め付けられるような痛みを感じた。
僕は、奴に、嫉妬しているのだろうか?

「ひとみ君かな?」

階段の一番上にいたはずの二人が、僕の横にいた。
そしてダニーは僕に話し掛けている。

「はい、そうです」

僕は努めて冷静に振舞った。
ひどく喉が渇く。

でも。

ここでちゃんとしておかないと、梨華に迷惑がかかってしまう、か。
558 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:35
「梨華が、挨拶しろって。シンじゃない、新しいひとみ君に」


……『梨華』


「僕の方こそ。到着してすぐにご挨拶にもいけなくて…すみません。」

「君は、女性だろ?全く…戦場に行くと心も男になってしまうのか。」

そう言ってダニーは口に手を添えて苦笑する。

いちいち気に障るヤツだな。
僕がどう言おうと関係ないじゃないか。

それにお嬢様はこんな僕のことを笑ったりしなかった。

「癖なんですよ。」

「野蛮だな。育ちの差かな?梨華はとても上品だ。いつまでたっても。」

「すみません。」

僕は何を謝っているんだ。
一瞬でも早くこの場を去りたかった。

もうこれ以上、梨華の前で無様な格好を見せたくない。
そう思ってその場を去ろうとしたとき。
559 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:35
「ひとみ君。君は随分梨華と仲が良かったそうだけど?」

コイツ…何が聞きたいんだ?
握り締めている拳に力がこもる。

「RIKAと名乗ったのも、感謝以上の気持ちがあった…とか?」
「ダニー!」

ぴしゃりと、梨華がダニーを制す。

「これは、失礼。女同士なんて、あるはずがない。」
「………」

「それに、梨華はもう私と結婚しているのだからな。」
560 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:36

今…なんて…

結婚?


「ひとみさん。」

梨華が僕を呼ぶ。

お願いだから、そんな風に呼ばないで。


「私、ダニーと結婚しているの。」

言わないで。


「子どもも…いるの」

もう、言わないで。


「祝福してくれるよね?」

僕が何をしたって言うの。


「ね、ひとみさん。」

わざと僕を傷つけたいの?

ひどいよ。ひどすぎるよ。
561 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:37

戦場に行ったことは後悔していない

だけど…だけど
どうして今なのか やっと掴めると思った幸せ

待たせてしまったけど

ひどく傷つけてしまったかもしれないけど

約束したんだ

ずっと、そばにいると…


僕が君を置いてひとりにしてしまったその間

君は大人になってしまっていたんだね

562 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:38
会場を離れ、庭先に出た

沢山の花と、ゆりかごがひとつ置いてあった
梨華の子どものものだろう


そっと、梨華の写真を取り出す

眩しい笑顔


あの約束だけを信じてに生き延びて戻ったのに
君はもう僕じゃない、違う奴の腕の中
僕はひとりになってしまった


初めから ひとりだったのかもしれない
お嬢様の一時の気の迷い


結婚し、子どもまでいることが真実だった

大事なものを失くしてしまった

一体僕は何をしていたんだろう


僕はひとり


僕はゆりかごに写真を伏せて置き、その場を去った…
563 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:38

走った。
上手く呼吸ができなくて、何度も嘔気が込み上げる。

僕は丘へとやってきた。

乱れた髪も、流れ落ちる汗も、何もかも投げ出したかった。

吐いた。
無理やりかき出すようにして、何度も吐いた。
何もなくなってしまえ。

この切ない思いも。

ふと気付く。
木の根から、シルバーのチェーンが、はみ出していた。

口元の唾液もぬぐおうともせず、無理やり引っ張る。
564 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:39
「ドッグタグ…」


『Hitomi 2×××.10.19』


いつの日付だ?
一年前だけど…


裏を見ると手書きで何か彫ってある

汚くて、傷も沢山ついていて読みにくい。


『Promise Hitomi&Rika』…?
565 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:39
「…ぅああああああああああああああ!!!!!!!!!」

狼のように吠えた。
何度も、何度も。

僕は、タキシードに身を包んだ、哀れな狼だった。

「…うぅ…っく…あああああ……」

この涙も、海へと流れてゆけばいい。
僕も、海底でじっと過ごす、珊瑚になればいい。

このまま溶けて…
566 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:40
目を覚ますと、夜が明けるころだった。

どうやら、ここで眠ってしまったらしい。
僕は、ドッグタグを握り締めていた。

浜辺へと出る。

ザン…と規則的な波の音が、少しずつ心に染み渡る。

諦められないのは、確かな気持ち。
どうしようもなく愛しているのも、確かな気持ち。

もう、梨華は別の道を歩いている。
新しい道を。


「梨華…ずっと、好きだよ…」


ドッグタグを、海に投げ入れる。

大きな放物線を描いて、それは沈んでいった。
567 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:40
「昨日は、ありがとうございました。」

深々と、梨華に礼をする。

「うん。無事で何よりだわ。」

あの頃の僕らの話を一度も交わすことなく、表面的にだけ会話を楽しむ。
もちろん心はナイフを突き刺されたように痛む。

「名前…なんて言うの? って喋れないかぁ」

まだ3が月だそうだ。
子どもが見たいとお願いして、無理に連れてきてもらった。

「響…」
「ひびき…」

半分ダニーの血が混じっていても、梨華の子どもだと思うと愛おしい。

ふわふわと、響の柔らかい髪を風がなでる。
あの頃と同じように、やさしい風が吹いていた。
568 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:41
「わぁ…」

くすりと梨華が笑う。

「喋ったね。」

その横顔が、母親の顔をしていた。
強く…なったね…

芯のある、まっすぐな竹のような強さだと思っていた
だけど、今のあなたは

言うなれば…柳
しなやかな柳

辛いことを乗り越えて 新しい家族を築いて

苦しいことも柔軟に受け止めて
雪の重みにもへし折れることなく 

見かけは頼りないけど
僕よりずっと強くて…ずっと大人で…

強くなると誓ったのに
まだ僕はあなただけを追いかけている
569 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:42
互いを求めるような関係ではなくなった
キスをしていたのも 僕らが子どもだったから、か。

響の面倒を見たり
一緒に散歩をしたり

なるべくそばにいた

ダニーの影が見えると やっぱり切ないけど

それでもそばにいた

梨華がいてくれるだけで幸せだった

僕は前には進めない
後ろに下がることさえも

寝ても覚めても 梨華のことだけ

570 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:42
ある日、響とふたりで散歩をした
最近、歩くようになった響。

よく転ぶけど…あっ。

「ひーちゃん!」

咄嗟にひーちゃんと呼んでしまった。
ひーちゃんと呼ぶと、梨華はいつも怒った。

「響は、男の子だよ!まったく…」

何故かそう言う顔も嬉しそうだった。

響きの膝についた砂を掃ってやる。

「うぇ…」

泣いちゃうの?
泣いちゃうのか?
571 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:43


「ぱぱぁ…」


え?


「ぱぁぱ!」


満面の笑みで、響に抱きつかれた。

今、パパって言わなかった?


「ひ、ひびき…?」
「ぱぁぱ!」
572 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:43
やっぱり。
響は、僕を父親だと思ってるのか?

「ひーちゃんのお父さんはね、ダニーだよ。」
「…?」

首を傾げて、大きな瞳で僕を見上げる。
か、かわいい…

たまらず、僕は響を抱きしめた。

僕の、子どもだったら…
573 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:43
「き、貴様…」

背後から男の声がした。
僕は響を抱きしめたまま、振り返る。

ダニーだった。

怒りに打ち震え、全身がぶるぶると震えている。

「恥を知れ!女の分際で!!」
「ち、違います」

「梨華のことも…お前は必要以上の気持ちを抱いている」
「そんなことは…」

硬い靴で、思い切り蹴り上げられた。
何度も、何度も体中を蹴られた。
口の中が切れて、砂も大量に入る。
574 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:44


「ぱぱぁ!」


呼ぶんじゃない、響!
響は僕に駆け寄る。


「今すぐここを出て行け。今すぐだ!」
「そんな!」

もう近づきません。
話もしません。

僕は土下座をして頼み込んだ。

「お願いします。ここに置いてください お願いします」

ただ…想うことだけでも許してください。

そんなことは言えないけれど…
僕には、必要なんです。

梨華が…

いてくれるだけで―――
575 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:45
「明日までだ。それまでに梨華にお別れでも言うんだな。」

響を抱えて、ダニーは行ってしまった。

吐き出した砂は、血の色に染まっていた。
576 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:45



『あの丘で 待っています ひとみ』

すれ違いざまに梨華に渡した一枚のメモ。

本当にさよならを言わなければならなくなった。


―――約束の丘は 別れの場所

     すれ違って 傷つけ合う 悲しい思い出の場所

     また僕は 彼女を傷つけてしまう

     ごめんね

     もうどうなるわけでもないけど

     最後にもう一度 抱きしめてキスがしたかった…


577 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 15:46


つづく。


578 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:13
「どうしたの?」

僕は何も言わない。

「静かだね…」
「…うん」

「やっと喋った。」
「………」

「話、あるんじゃないの?」

何も言えない。
何を伝えればいいのか、何を伝えたいのか分からなかった。
579 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:14
「梨華…幸せ?」
「………」

「…幸せ、なの?」
「今は振り返っちゃいけないの。今は前しか見てはいけないの。」

「―――どうして?」
「聞かないでよ!」

「…ごめん」
「………」

「………」
「何で帰ってくるのよ」

「え?」
「今頃になって、どうして帰ってくるの!」

ここへ帰ってきて初めて梨華の本音を聞いたような気がした。
いつも、何かを我慢していて。何かに耐えて。
580 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:14
「ごめん。でも、逢いたかったから」
「勝手だわ、そんなの」

「黙って帰ってきたこと?」
「黙って行ってしまったことも。」

「じゃ、報告します。僕は明日、出て行きます。もう二度と、帰って来るつもりもありません。」
「え…?」

「お別れに来たんだ」
「ほんとなの…?」

「うん」
「どうして?」

「………」
「嘘つき!」

「…梨華」
「ずっとそばにいるって言ったじゃない! なのに勝手にどっか行っちゃうし!」
 死んだって聞かされて忘れようとしたのに、ひょっこり戻ってくるし!
 戻ってきたと思ったら今度は帰ってこないの?!」

「梨華!」
「振り回されるのは…もう嫌なの…」

「ダニーと結婚したのも…?」
「愛なんてないわ」
581 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:15
「梨華」
「………」

僕は真剣に梨華を見つめた。
梨華の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうだった。

僕よりずっと、辛い思いをしていたのだから。
生きているのかも分からない人間を待っていたのだから。

僕が死んだと聞いて、張っていた糸が切れたのかもしれない。
誰かに、そばにいてほしかったんだ。

僕が果たせなかった約束を…

582 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:15
「離れていても、忘れたことなんてなかった」
「でも、不安だった」

「そばにいたつもりだった。いつでも想っていたから」
「遠すぎたんだよ…」

「結婚なんてしてほしくなかった」
「誰でも良かったから」

「結婚とは永遠の愛を誓うものなのに。一瞬の愛を感じないのに永遠の愛を誓うの?」
「……響のことは愛しているわ」

「僕だって」
「―――!!!」

「響を愛してる」
「ダニーの子どもでもあるのよ?」

両手で、僕の腕を掴む。
梨華は、必死だった。

まるで、結婚した自分を責めて欲しいかのように。

「きっと、幸せになれるよ」
「ひとみ…」

「元気でね。…さよなら」


これで、よかったんだ。これで…

583 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:15
「―――好きなの!ずっとずっと…好きだったの!!!」


振り返っちゃいけない。
もう、戻れないんだから。

「僕だって、ずっと好きだった。」

一度動き出した時計は、元に戻せない。
僕と梨華が過ごした時間は本物で、またダニーと過ごした時間も本物だった。

「始めよう?―――ここから。この場所から。」

涙が溢れた。
それでもまだ決心がつかない。

「ひとみができないのなら、私がやるわ。」
「えっ?」

僕は振り返った。
風が、彼女を後押ししていた。
584 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:16
「ひとみを連れて、旅立つの。」
「ちょ、ちょっと!」


追い風が、僕らの背中を押す。
響きも連れて、屋敷を飛び出した。



585 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:16
居心地の悪い、列車の中で知った真実。
梨華は僕の写真を見せては、「パパだよ」と教え込んでいたそうだ。

「パパになってくれる?」
「もちろん」

響のおでこにキスをする。

「ぱぁぱっ!」

響も真似して、キスしようとした。

「ん〜っ」

唇にしようとした時。

「ダメぇ!」
「なんだよ。」

「ひとみに一番にするのは、私なんだから!」

ゆっくりと、目を閉じて梨華と唇を合わせる。
ずっと、ずっと待っていたもの。
586 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:17
「梨華…愛してるよ。」
「私も。愛してます。旦那様…」

「だんっ…!」

ボッと顔中が真っ赤になる。

「照れちゃって。カワイイ。」
「まま…?」

「なぁに、ひーちゃん。」
「ちょっとそれ!」

嫌がってたじゃんか。

「だって私が教えてあげようと思ったのに、先に言うんだもんっ。」
「こぉの〜!」

きゃあっといって、されるがままに抱き寄せられる梨華。
587 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:17
「…どしたの?」
「あのね。梨華って、初めて呼んでくれた時。」

うん。僕が帰って来た時。

「嬉しかった。」
「ぃゃ…その…」

「何度頼んでも、言ってくれなかったから。」
「少しは強くなったってことですか。」

ちゅ、と軽く口付けた。

「来い、響。」

響を抱き上げると、僕と梨華の間に座らせた。
やさしく頭を撫でてあげると、すやすやと眠り始めた。

「僕にも、家族ができたんだね。」
「そうだよ。」

「ずっとそばにいるから。」
「約束だよ。」

絡めた小指を離すことなく、3人で眠った。
梨華を抱き寄せて、響も離さない。

もう、離さない…!


588 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:17
「これで、いいかな。」
「すっごくいい!」

小さな街の片隅に、小さな小さな写真屋があります。
お客さんが来ない日もしばしばありましたが、そこの写真屋さんで撮って貰った写真は出来がよいと評判です。

色の白い、きれいな顔立ちのお父さん。

洗濯物を良く飛ばしてしまうお母さんですが、優しくて働き者だといいます。

ふたりの間には、小さな男の子がひとり。
「ひーちゃん」と呼ばれるその子は、幼稚園でもモテモテです。

わんぱくですが、店の前でよくお父さんとサッカーの練習をしたり、キャッチボールをしたり。
いつのまにか、ちびっこたちが集まりだし、お父さんはみんなのお父さんのようでした。
589 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:18
写真屋さんのショーウィンドウには、一枚の家族写真が。

お父さんが今、それを飾って、お母さんとふたりで眺めています。

ひーちゃんを挟んで、お父さんとお母さんが笑っています。
とても幸せそうです。

590 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:19


「ひーちゃんのバカッ!!!」

ガシャーンと、コップの割れる音。
夫婦喧嘩ですか?

「ぼくのこと…?」
「ひーちゃん、悪さしたろ?お母さんに謝りなさい。」

「そっちの、でっかい方のひーちゃんに決まってるでしょ!!!」

ガチャーン!
今度は、お皿の割れる音が。

「あーあ。もったいない。」
「もったいないのはコレよ!」

大きな大きな飛行機のプラモデル。
591 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:19
「なんで?カッケーじゃん、ね?」
「ねー。」

「ねーじゃないでしょ!またこんな物買って!!!」
「お父さんとして、カワイイ子どもにおもちゃを買ってあげたんですぅ」

「そのおもちゃで遊んでるのはどっちよ!」
「な、なんだよ…」

「このロボットだって、おもしろがって分解したのはひとみでしょ!」
「新しいヒーローの誕生だっ」

「スケボーで足捻ってピーピー泣いたのは誰?」
「そんなカワイクないこと言うお母さんには、プレゼントあげませーん。」
「あげませーん」
592 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:19
お父さんがポケットから取り出したのは、小さな宝石箱。

「いつも、ありがとね。梨華、大好きだよ。」

そっとお母さんの手に指輪をはめています。

「ひとみ…?」

「ひーちゃんも何か、欲しがると思ってさ。」
「………」

「泣いてんのぉ?」

笑いながら、お父さんはキスの雨を降らせます。

「ぼくも、ちゅう!」
「はいはい」

お父さんはひーちゃんにもちゅうをして、ふたりを抱きしめました。

593 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:20



―――梨華

―――なに?


―――梨華がいるから、梨華が守ってくれるから、僕は何でもできるんだ。

―――そんなことないよ


―――すごい幸せだよ

―――私も…


―――僕は、約束をちゃんと守れてる?
     ちゃんと、そばにいられてる?

―――これ以上、近い距離なんてないよぉ
594 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:20

―――じゃなくて、さ。
     結婚してても、子どもがいても、一緒に暮らしてても…
     心の距離が遠いと意味がないから。

―――そうだね


―――で?

―――ん、ちゃんといてくれてるよ。
     響にも、同じように。


―――梨華ぁ
     愛してるよ

―――私もずっと、愛してる
595 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:21
3人分のぬくもりのある小さなベッドで、今日も愛を囁き合います。
そして、小さなベッドから落ちないように、寄せ合って眠りにつきます。

冬にはひーちゃんをカイロにして、お父さんとお母さんは取り合いになることも。

そして、今日も大きな太陽が顔を出します。


「おはよう。今日も、いい天気だよ」


596 名前:約束の丘 投稿日:2004/04/12(月) 17:22






約束の丘

【Fin】





597 名前:大淀 投稿日:2004/04/12(月) 17:24
完結いたしました。

短編と言ったのに、かなり時間がかかってしまい、ごめんなさい。
次回からは『Dance Dance Dance』を再開させようかと思っています。

ひとまず…ありがとうございました。
598 名前:プリン 投稿日:2004/04/12(月) 19:19
更新お疲れ様でしたぁ。

泣けた・・・゚・(ノД`)・゚・。
でもハッピーエンドが一番ですっ!
よかったよかった♪

いえいえ。すごく(・∀・)イイ!短編でした♪
もう虜になってしまいましたよ。
次回からの再開楽しみにしてますよ♪
頑張ってくださぁ〜いっ!!!
599 名前:わく 投稿日:2004/04/12(月) 20:44
ずっと読んでました!!!!
すっげえ感動しました!!!!!!!
次回からの再会も楽しみにしてます!!!!
600 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/12(月) 21:11
ayakoさん???

おもしろかったです。ありがとう。
601 名前:600 投稿日:2004/04/12(月) 21:16
すいません。間違えてenter押してしまいました。ごめんなさい。(no2)
602 名前:JUNIOR 投稿日:2004/04/12(月) 23:30
本日2度にわたる更新と完結お疲れ様でした。
今日も大淀さんの文に泣かされました。
いしよしの2人がハッピーエンドだ〜。
やっぱ幸せが1番ですよ。

そんなこたぁないっすよ。
めちゃくちゃいい作品だったです。
これで大淀さんの文が好きになってしまいました。
次回からの再開楽しみに待ってま〜す!!
603 名前:コナン 投稿日:2004/04/13(火) 01:05
完結お疲れさまです

どうなるのかドキドキしてましたが・・・
よかったです、いしよしは幸せになってほしいもの!

いしよしばんざい〜感動させて頂きありがとうございます。
本編も楽しみにしてます。まったりとね。(HPも好き!
604 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/13(火) 23:33
泣けました。
途中せつなかったけどハッピーエンドで良かった〜
605 名前:レオナ 投稿日:2004/04/14(水) 21:02
更新&完結、お疲れ様でした。
すごくよかったです。感動しました。
しあわせな、完結でよかったです。
次回も、楽しみにしてます。
606 名前:大淀 投稿日:2004/07/13(火) 13:39
お久しぶりです。大淀です。
3ヶ月にもわたって放置していて誠に申し訳ありませんでした。
しかも、『Dance Dance Dance』の最終更新日はなんと1月26日!
皆様には忘れられている作品になってしまっているかも…
しかし、何よりも梨華ちゃんとよっすぃーが大好きな大淀、
この作品の続きが気になっているという読者様からのメールもいただき、
何が何でも書き上げなければなりません。
亀よりものろい更新ペースですが、またひとつよろしくお願いいたします。
607 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:40




   【前回までのあらすじ】



608 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:42

ひとみと梨華は早乙女高校の2年生。
バレー部に所属しているひとみは市井たち3年の引退を見送って、
いよいよ自分たちがチームを引っ張っていく立場となっていた。
引退試合となってしまった対桜ノ宮学園戦。
そこにはチームの絶対的エース、藤本美貴がいた。
その桜ノ宮学園との合同合宿も決定し、ひとみは夏休み中も部活に励んでいた。

609 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:43

一方、ひとみへの想いに気がついた梨華は、
ひとみの周りをちらつく亜弥が気になってしょうがない。
ちょっとしたすれ違いにも心が揺れ動いてしまい、不安定になっていた。
そして、以前からずっと考えていた留学。
梨華はひとみのことを想いながらも、アメリカへの留学をみんなに告げてしまう。

梨華とひとみは互いに想い合っているのに、果たしてどうなるのか…。

610 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:43

また、ひとみと梨華の親友にはあいぼんとののが、その同級生兼市井の恋人のごっちん。
桜ノ宮学園には矢口と紺野が、それぞれ出演しています。



611 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:44
「まだ、電気点いてる…」

コンビニの帰り、ひとみは自転車に跨りそっと呟いた。
夜中まで勉強しているらしい梨華。

電話しようにも邪魔だと思ってすることができず、
昼間は部活でひとみにも時間がない。

すれ違いの夏休みが続いていた。

夏休みが終わって、新学期が始まったら、日本を発つ梨華。
海を越え、遠いアメリカへと留学してしまう。

612 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:45

「梨華ちゃん…」

頭の中は、梨華のことだけ。
近くにいすぎた梨華。

旅立つ前に、何とかならないものか。
ひとみは、梨華の部屋の電気が消えるまで、その場を動くことができなかった。


613 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:46
「ひとみちゃん、起きて。いつまで寝てるのー!」
「…ぅわあっ!」

目を開けた瞬間、夢にまで見た梨華がいたら…驚くのは当たり前だった。

「梨華ちゃん、どうしてここに?」
「どうしてって、今日から合宿でしょ?」

こんな朝早くに、わざわざ起こしにに来てくれたことにひとみは二重に驚いた。
確か昨日も、梨華の部屋は遅くまで電気がついていた。
毎晩梨華の部屋の明かりを見ることが、日課になりつつあった。

「さっさと支度して!」
「へぇい」

614 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:47
「いい天気ですねぇ」
「暢気な事言っちゃって」

梨華はひとみの荷物持ちを買って出た。

「合宿が始まれば、毎日地獄のようなもんなんだよ」
「情けないこと言わないの!」

しゅんとなったひとみは、とぼとぼと梨華のあとをついていく。

「ひとみちゃん」
「ハ、ハイ!」

「どうしてこんなに重たいの?」
「さぁ…?」

「一体何を詰め込んだらこんなになるの?」
「さ、さぁ…?」

そうこうしているうちに、ひとみたちは学校へ到着した。

615 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:48
「吉澤先輩、おはようございますっ!」

梨華はひとみたちにばれないように、息を呑んだ。
部室からひょっこり顔を出したのは、亜弥だった。

「私、行くね。合宿頑張って、ひとみちゃん」
「え?うん、ありがとう…」

そそくさと帰ってしまう梨華に少し疑問を感じたが、
今はバレーだけに集中していたいと思うひとみだった。

「ちょっとそこの、早乙女の人。」
「はい?」

振り返ると、そこには美貴がいた。

616 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:48
「ドコで着替えればいいわけ?」

もっと他に言い方はあるだろう、とムッとしたひとみだったが、
たぶん彼女にも悪気はないのだろう。
普通に返すことにした。

「あ、じゃあ空いてる部屋の鍵、持ってきます。
 ゴメン松浦さん、持ってきてくんない?」
「はい!」

「………」

用件しか話すつもりはないらしい。
美貴は後ろを振り返り、遠くを見つめていた。

617 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:49
「あ、あの…」

ひとみは美貴に話しかけようとした。

「さっきの子、マネジャーか何か?」
「え?松浦さん?」

ひとみの言葉を遮って美貴が話しかけてきたので、少し驚く。

「合宿中だけ。うちにはマネジャーがいないから。」
「あっそう」

興味のなさそうな返事。
初めから聞かなければいいのに、とひとみは思った。

618 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:50
着替えを済ませ、今日は合宿初日ということで、軽めの練習で終わった。

「あー。明日からは地獄の日々かぁ」
「先輩。」

荒いものをしながら、亜弥が口を開く。

「んー?」
「松浦、あの藤本とか言う人、ダイッキライ。」

「…なんで?」
「目つき悪いし、練習中だってずっと松浦を睨んでくるんですよぉ。」

619 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:50
どうなのかな、と思った。
美貴自身、あまり他人には関心がなさそうなのに、
亜弥のことだけは聞いてきたのが印象的だった。

「仲良くなれ、とは言わないけどさ。うまくやってよ?」
「えー。自信ありませんよ?」

「まぁまぁ。」

家庭科室の冷蔵庫から、スポーツドリンクを取り出して飲むと、亜弥に近づいた。

620 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/07/13(火) 13:51
「食器拭くの、手伝うよ」
「いいです、先輩は疲れてるんですから」

「いーから。さっさと手は動かす!」
「すみません…」

その二人の光景を、廊下から見つめている人物がいた。


621 名前:大淀 投稿日:2004/07/13(火) 13:53

更新いたしやした。
慌ててんのかな、誤字がいっぱい。

>617 × 初めから → ○ 始めから
>618 × 荒いもの → ○ 洗い物

ごめんなさい。
622 名前:大淀 投稿日:2004/07/13(火) 14:03
前作 短編? 『約束の丘』のぶんから。

>598 プリンさま。

毎度ありがとうございます。
泣けましたか。マジですか。
ちょー嬉しいです。

>599 わくさま。

ありがとうございます。
『Dance Dance Dance』はどうなのかな。
感動していただけて、言葉が出ないくらい感謝しております。

>602 JUNIORさま。

某所では、お世話んなってます。
ありがとうございます。
もっとスキになっていただけるよう、精進したいと思います。
自分では、なっかなか上手くいきませんが…
623 名前:大淀 投稿日:2004/07/13(火) 14:05
>603 コナンさま。

やっぱ、どうなってもいしよしにはハッピーエンドすよね。
うん。
HP更新も頑張んないと。
ありがとうございました。

>604さま。

切なさも織り交ぜつつ、やっぱ最後はハッピーエンド。
最後、どんなふうに彼女たちを幸せにしてあげようか苦労しました。
ありがとうございました。

>605 レオナさま。

ありがとうございました。
感動なものなのか、わかりませんが、
レオナさまの心にちょっとでもいしよし度がアップしていただけたなら、
大淀は天にも昇る思いです。

そしてちょろっとでも無駄になげーこの作品を読んでくださった皆様、
まことにありがとうございました。

624 名前:JUNIOR 投稿日:2004/07/13(火) 23:56
更新お疲れまです。
いえいえ、こちらこそお世話になってます(ペコリ)
む〜。気になるところで切られてしまいました。
想像しながらまってます!(爆)
625 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/10(火) 00:03
期待保
626 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/10(火) 10:10
o
627 名前:大淀 投稿日:2004/08/24(火) 07:43
>JUNIORさま

いつもありがとうございます。
すげーお待たせしてしまいました。
月日が経つのはホントに早い。

では、更新したいと思います。
628 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:44
学校には、屋内プールがあった。

「何よ」

美貴は、怪訝な顔して亜弥に話しかける。
一体、何を受けての『何よ』なんだろうか。

「全然意味わかんないんですけど。」

素直に亜弥に伝えた。


亜弥の目には、光を受けて揺れる水の影が映っていた。

天井にも写るそれが、今ようやく美貴の顔にも写っていることに気がついた。
即ち、今ここへ来て初めて美貴の顔を見たということになる。

629 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:45
「だから、用件は何ですか?」

「あぁ、用件ね。」

亜弥は廊下を歩いているといきなり背後から腕をつかまれた。
声も出すことができずに怯えていると、それは美貴だった。

そして今、連れられるがままにプールに来ている。

「別に、ナイっちゃナイんだけどね・・・」

「用がないなら私、帰ります。」
「待ちなよ・・・」

強くつかまれた腕を、亜弥は振りほどこうと思っても振りほどけない。
亜弥を捉えるようにして見つめた美貴の瞳にさえ、つかまった。

630 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:45
「・・・離して!」

精一杯の力を振り絞って、美貴から逃れると 何度も躓きながら、必死でプールを後にした。

「・・・・・・逃げられちった」

美貴は軽く微笑むと、大きな窓から星さえも見えない真っ黒な夜空を見上げた。


631 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:46
みんなが寝静まるのを確認して、ひとみはそっと目を開ける。
部屋は二手に分かれていて、人数も少ないので人目を逃れるのもそう難しくないはずだ。

ジャージのポケットの携帯をそっと触って確認すると、布団をはがす。
じっと目を凝らしているとだんだん暗闇にも慣れてくる。

今ここで誰かに見つかったとしても、トイレと言えば怪しまれることはないだろうが、
少し戻るのが遅くなってしまった場合に言い訳するのが面倒だった。

別に、悪いことをするのではないのだから、堂々としていればいいのだが、
亜弥に見つかってしまうともっと面倒なことになりそうだった。

なるべく大きな音を立てないようにそっと廊下に出ると非常口を照らす緑が目に入る。

632 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:46
「どこがいいかな・・・」

そっと、声にならないくらいの小さな声で呟く。
廊下を抜けて、昇降口から外へ出ることにした。

画面をスクロールさせて、目当ての名前を表示させると通話ボタンを押す。
呼び出し音がとても大きく聴こえ、待ちきれなかった。

633 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:47
「・・・はい」
「ゴメン、寝てた?」

「ううん、起きてたよ」
「そっか。 よかった。勉強ははかどってる?」

「うん。ちゃんとやってるよ。」
「そっかそっか。帰ったら、宿題写さしてもらおーっと」

「だめだよ」
「えー。ケチ。」

「ケチとか言う人には見せてあげませーん」
「ウソウソ。世界で一番かわいい梨華ちゃん。」

またひとみちゃんは、冗談ばっかり。
梨華は、こんなときにしかかわいいといってくれないひとみに苛立ちを覚えた。
それだけじゃない。
弱さだとか不安だとかを、一度だって見せてくれたことはない。

634 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:49
「どうしたの?」

梨華は、ひとみに問う。
声が聴きたかったから、という理由じゃだめなのかな。とひとみは思う。
じじっと、せみが羽ばたいた音を窓の外に聞いた。
まだ起きてるのか。

「間抜けな梨華ちゃんの声を聴いたら、疲れも取れるかなって思って」

ひとみは冗談しか言えない自分にあきれてしまう。
どこまでも、どこまででも自分の気持ちを偽り通して。
好きだけど、好きなんだけど。

「どう?私の声を聴いたら…元気出た?」

梨華は恐る恐る聞いてみた。
こんな私でも、ひとみちゃんのチカラになれるのなら。
軽く握った拳に、頬を伝い流れる汗。
クーラーがないこの部屋のせいだけじゃなかった。

635 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:49
「うーん。逆に疲れちったよ」
「ひどーい」

ひとみがいつもくれる冗談だと分かっていても、ズキンと胸が痛んだ。
冗談に包まれたひとみの本音。
それをどうやったって、自分ではその殻を取り去ることはできなかったから。
ただの、冗談で気兼ねなく話せる友達。

梨華は、とっくの昔にそんなふたりの関係では物足りなくなってしまっていたのだと感じていた。

「…ひとみちゃん」
「何?もう眠くなっちゃった?」

ひとみは気遣ったつもりだった。
梨華の声が聞きたいというくだらないことで電話して、つき合わせてしまった。
これ以上梨華の重荷にはなりたくないから、嫌われたくなかったから。

636 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/24(火) 07:50
「私そんなにお子ちゃまじゃないもーん」
「なんだぁ、それ」

冗談を言い合えて、一緒に笑い合えて。
それだけで幸せじゃない。
梨華は何度も自分に言い聞かせようとした。

知らない間に増えていくノートの落書き。
意味不明なその図形と適当に書きなぐった線の数々。
ひとつだけ得意げに書かれたウサギの絵だけが、妙に、笑えた。

「電話してるとね、なんで訳分かんない絵をかいちゃうんだろ」
「え?」

「あ、ううん。今そんなの、書いちゃってたから」
「そうなんだ」

つまんない話だったのかな。
でも私、別に面白い話ができるわけじゃないよね…

「ごめんね、私切るね」
「あぁ、ゴメン。あたしこそ」

適当に話して、慌てて電話を切った。
せっかく、話せることができたのに。
最後はなんとも後味が悪かった。

いや、でも…。

どんな終わらせ方をしたって、こんな想いをするに違いなかった。





637 名前:大淀 投稿日:2004/08/24(火) 07:51
更新しました。
638 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:32

「あんさぁ」
「練習したらどうですか?」

「いーの。美貴はエースだから」
「それだったらウチの吉澤先輩だって」

夕食の買出しに出掛けた亜弥は、大量の荷物を抱えていた。
両手にいくつものビニール袋を提げ、ぎこちなく歩いていた。

「…持ってあげようか?」
「結構です!」

からかったとおもえば…急に優しくなったり。
藤本さんって、気持ち読めないなぁ。
亜弥は困ったように、ビニール袋を持ち直した。

639 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:33

「亜弥ちゃんて力持ちだねぇ」
「気安く呼ばないで下さい!」

「おーコワ」

美貴は大げさに首をすくめると、空を見上げた。
じりじりと空を焦がす太陽に、噴出す汗。
最近の日課といえば、亜弥をからかって遊ぶことだった。
それも残り2日になってしまったと思えば、少し残念な気もしていた。

「ほんとに、練習は?」
「うん。サボっちゃった。」

ペロッと赤い舌を出して、美貴は子供のように笑った。
こんな人が、エースなのかと思うと。
秋口までチームに残ることになった矢口さんが気の毒だった。
きっと、矢口さんも色々藤本さんに教えなきゃならないこともあるだろうに。
当の本人が、こんなにやる気のない人だと、きっと苦労するに決まってる。

640 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:33

「あっ、虹」
「えっ」

美貴の視線の指す方に顔を向けると、きれいな虹がかかっていた。
きれい…
見とれていると、持っていた荷物全部を美貴に獲られていた。

「ちょ…っと、やめてください!」
「キレーだね。虹」

顎で虹を指すと、輝きが増して見えた。
美貴は嬉しそうに笑っていた。
カワイイ…
亜弥は美貴の無邪気な一面を見て、素直にそう思った。

意地っ張りで、強がりで、でもほんとに強くって、
イジワルなんだけど優しい一面を持っていて。
クールなんだけど可愛くて。

もっと…見たことのない藤本さんの表情って、あるんだろうな。

641 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:34

「オイオイ」
「へっ?」

慌てて我に返る亜弥。
な…なんなの?!
あたし、ヘンなこと言った?

「そんなに見つめられたら、照れるじゃんか」
「……!そんなことしてませんッ!!!」

顔の前で両手をクロスさせて、後ずさる亜弥。

「っしょっと」
「あ、あたし半分持ちます!」

「いーから」

亜弥の両手で抱えても、しんどかった量の荷物を、
美貴は左手で全部持っていた。
ビニールの紐は美貴の手の平に食い込んで、真っ赤になっていた。

642 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:35

「だって、そんな、全部片手で持っちゃ」

ふふ。
美貴は笑った。

「だってさー」
「?」

「片っぽ空いてたら、さ」
「???」

亜弥の左手は美貴に引かれていた。

「亜弥ちゃんと手、つなげるじゃん」
「藤本さんッ?!」

藤本さんに握り締められた手は、とても熱く感じました。
練習をサボって、荷物を持ってくれて、手を繋いで歩いてた…。

校門から校舎までの道のりが、いつもと違って見えました。
練習や他の人といる時とまるで違う笑顔を浮かべて。

面白がってぶんぶん振り回す手に、私も振り回されて。
でも不思議とイヤな気持ちにはなりませんでした。

むしろ、その不規則な動きに身体を委ねてみたいと。
地面から反射してこもる熱気に、私は息苦しさを感じたけど、
きっとそれだけじゃないと思いました。

643 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:35

練習終了後、ひとみは水飲み場へと直行する。
汗でベトベトになった顔を、勢いよく洗い流す。
手探りで置いてあったタオルを取ろうと思った。
が、探しても見つからない。

「あれ?」
「…ハイ、どうぞ。吉澤先輩」

探していたタオルを差し出してくれたのは、亜弥だった。

「さんきゅ」
「イエイエ」

にゃははと亜弥は笑うと、真剣にひとみの顔を見つめた。

644 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:36

「…ん?」
「キレーな顔ですね、先輩…」

「えー汗だくだよ?」

前髪をタオルの中に仕舞い込んで、後ろできゅっと結ぶ。
それでも亜弥は、オレンジ色に照らされたひとみを見てキレイと思わずにはいられなかった。

絡み合う視線。
気まずい沈黙。
高潮してゆく頬。

645 名前:Dance Dance Dance 投稿日:2004/08/25(水) 18:36

今亜弥は、ひとみへの想いを爆発させないようにと抑えるのに必死だった。
やっぱり、好きなのは吉澤先輩。

抱きしめて欲しいのも、朝までずっと一緒にいたいのも、
悲しくて慰めて欲しいときも、喜びを一緒に分かち合いたいのも。
すべて吉澤先輩としか考えられなかった。

「せんぱーい?」

どこからか吉澤を呼ぶ声が聞こえ、ふたりはそそくさと視線を外した。

「松浦さん、ミーティング。」

優しく亜弥に微笑んだひとみだったが、亜弥は上手く笑えなかった。
白いTシャツの後姿を見つめながら、亜弥はギュッと自分を抱きしめた。


646 名前:大淀 投稿日:2004/08/25(水) 18:37
更新終了でぃす。
647 名前:なち 投稿日:2004/08/31(火) 09:06
更新お疲れ様で〜す(^O^)メッチャ面白いです♪
あぁ続き楽しみ(´▽`)
648 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/19(金) 09:06
待ってます
649 名前:くろ 投稿日:2005/02/11(金) 15:05
某所ではいつもお世話になっています(ペコリ)
続きがとても気になります。
更新お待ちしています。
650 名前:くろ 投稿日:2005/02/11(金) 16:21
某所ではいつもお世話になっています(ペコリ)
この続きが気になります。
更新お待ちしています。
651 名前:くろ 投稿日:2005/02/11(金) 17:50
申し訳ありません。
書き込みを失敗したと思って、また送ってしまいました。

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