"Dancin'girl Bebop!"
- 1 名前:アミノ 投稿日:2003/10/09(木) 02:37
- いしよしごま+α。
- 2 名前:第1話 予告 投稿日:2003/10/09(木) 02:42
-
あたし吉澤ひとみは、はれて念願の探偵になった。
後藤真希っつう奴と二人で、事務所を開いたんだ。
でも、仕事がなくて困ってんの。
そんなとき、やっと来ました、仕事の依頼。
矢口真里っつう家出娘を、捜せってか。
第1話
『 ユーロビート・クライム 』
こうご期待!
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/10/09(木) 16:29
- うん、期待してる!
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/10/10(金) 06:19
- 面白そう
続き楽しみ!
- 5 名前: 投稿日:2003/10/11(土) 23:26
-
第一話
『 ユーロビート・クライム 』
- 6 名前:01. 投稿日:2003/10/11(土) 23:34
- ――
―
とある雑居ビルの一室にある、探偵事務所。
ひとみは、カーテンの隙間からこぼれる朝日で目を覚ました。眠た目を
こすり体を起こす。枕もとの時計は、7時半を指していた。
部屋を出て、広間のソファに座ってテレビをつけた。事務所兼住まいの
このビルで生活をはじめて、はや1ヶ月になる。ひとみはタバコをくわえ火
をつけると、留守番電話のランプを確認した。点滅はしていない。メッセー
ジは0件。
「今日も暇か」
ひとみはふーっと煙を吐くと、灰皿にトン、トンと灰を落とした。難事件を
抱えているわけでもないが、額に拳を当て、物憂げな表情。自らに酔い
つつ御満悦。
ひとみがこの職業、『探偵』を選んだ理由はいくつかあるが、一つは、時
間の融通がきくから、だった。というより、毎日定時に出勤しなくていい、と
いったところか。ひとみは満員電車が嫌いだ。事務所に住みこんでいるの
だから、ラッシュの電車には縁がない。
もう一つの理由は、大きな会社が合わないから。大きな企業ほど、仕事
の融通は聞かない。仕事のやり方を強要されるのが我慢できない、とひと
みは考える。
1年間の訓練校を修了して、ひとみはこの事務所に配属された。実はこ
の事務所、ひとみともう一人しか所員がいない。2人ともが新卒所員。新人
のうちになんでもやらせて勉強させとけ、ということなのか、単にほっぽり
出されているだけなのか、それは分からない。
ひとみは訓練校卒業時に、C、の成績を授かった。もう一人の所員の卒
業成績は、B−、だったようで、ひとみはそれが少し悔しい。
- 7 名前:01. 投稿日:2003/10/11(土) 23:35
- ひとみの部屋の向かいにある部屋の戸が開き、Bランク所員が起きてき
た。寝ぼけ顔にぼさぼさ頭。あまり寝覚めは良くなさそうだ。
ひとみはコーヒーを飲みつつ声をかけた。
「おはよ。今日早くない?」
「あんま寝れなかった」
そう答えた彼女の名前は、真希。あくびをしながらソファに腰掛けた。
「コーヒー飲む?」
「いい」
コーヒーを断った真希は、電話の留守録ランプに目をやる。
「メッセージなしか」
「いい加減、指令ほしいよな」
「ここきてから、仕事したの一件だけだよね」
「じいさんの財布捜しただけだもんな。あれから3週間は経ってるよ」
ひとみは、だるそうに背をのばす。自由な時間がある、と喜んではいら
れない。1日中部屋にいるだけは、わずかな報酬しかもらえない。どこぞ
の暇なお役所とはわけが違う。固定給はもちろんあるが、歩合が大きい
職業なのだ。
きのうさあ、とひとみは愚痴る。
「街、歩き回ってみたわけよ。仕事探しで」
「うん」
「結局散歩で終わっちゃった」
「依頼待つしかないよ」
「だよね」
- 8 名前:01. 投稿日:2003/10/11(土) 23:37
- ひとみはけだるそうに、机の上のDVDリモコンを取った。
「映画でも見てようかな」
「いいけど、なんか仕事入ったら中断だよ」
「こねえじゃん、仕事」
「まあね」
「あー、やっぱやめ」
ソファにドサッと横になるひとみ。天井をなんとなく見つめる。
真希はもう一度あくびをした。
「暇なら暇で、本読んでるからいいけど」
「あたしはもう暇すぎて、体なまって死にそう」
あはは、と真希は笑った。
「どっかで運動してくれば」
「え、いい?」
「いいよ。どうせ暇だし」
「おーし、駅前のスポーツジムいってくる」
ひとみが自分の部屋に入ろうとしたその時、インターホンが鳴った。
「また本部からの宅急便かな」
「だろうね」
「まとめて送れっつーんだよ」
「ほーんと」
真希が玄関の扉を開けた。そこには予想に反して、きちんとした身なり
の中年夫婦が立っていた。
- 9 名前:02. 投稿日:2003/10/11(土) 23:46
-
夫婦を事務所の中に招き入れると、真希はお茶を出した。
「どうぞ」
「すいません」
真希は男の対面に座り、自分の湯のみにもお茶をそそいだ。男が名刺
を真希にわたす。
『 生耀会病院 院長
矢口 恒夫 』
「お医者様ですか」
「はい、都内で病院を経営しています」
「ここには、どなたかの紹介をうけてこられました?」
「KMCAから紹介を受けました」
男は、KMCAと小さく記された封筒を真希に渡した。真希は封を切り、中
の紹介状を確認する。KMCAというのは、ひとみや真希が所属している事
務所のことで、<KeMeCo Agency>の略である。名前の由来はボスにある
らしいのだが、ひとみも真希も詳しいことは知らない。
「御用件をうかがいますね」
「はい」
男が自分のカバンを引き寄せたそのときだった。
- 10 名前:02. 投稿日:2003/10/11(土) 23:47
- 電話が突然大音量で鳴り、夫婦を驚かせた。すいません、とひとみは言
い、電話を取る。
「はい。吉澤」
「KMCA総務の藤本です。吉澤ひとみに用件を伝えます」
この藤本と名乗る女性は、本部事務の藤本美貴。ひとみの訓練校のとき
の友達だ。美貴は卒業成績、F、を受け、実務には就けなかった。が、本人
はあまり気にしていない。
「どうぞ」
「本日午前9時ちょうどに、依頼人がそちらに伺います」
「そのお客さん、もう来てる」
「え、ほんと? じゃそういうことで」
「美貴ちゃん」
そそくさと電話を切ろうとした美貴を、ひとみは低い声で呼び止めた。
「はい」
「事務連絡、遅れたな」
「う」
電話の向こうでドキリとしている、美貴の様子がよくわかる。
「ほんとは、何時に伝える予定だ?」
「8時……ちょうど」
「いま8時50分だろーが! もうちょっとでスポーツジムいくとこだったっつーの」
「え、スポーツジム? 勤務中でしょ」
しまった、とひとみは思った。
- 11 名前:02. 投稿日:2003/10/11(土) 23:48
- 「いや、それは置いといてさ。なんで8時ちょうどの連絡が、50分に届くか
なこれ」
「寝坊しちゃって」
「また彼氏んち泊まってたんだろ。いい御身分だ」
「ううん、昨日はあたしんちでした」
「このやろ」
「じゃ、そういうことでー」
「こら!」
一方的に電話は切られた。ひとみは憮然として受話器を置く。
「いまの電話、こちらのお客様の件?」
「そうだよ。美貴ちゃん寝坊して、連絡遅れたんだと」
あはは、と真希は笑い、夫婦の方に向き直った。
「すいませんでした。話つづけてください」
「あ、はい」
男はカバンから、一枚の写真を取り出した。
「この女の子を探してほしいんです」
真希がその写真を受け取る。写真には、金髪の女の子が一人写っていた。
「この人は?」
「私の娘です。名前は真里といいまして、歳は20。背が小さくて、150セン
チありません。1年ぐらい家に帰ってきてないんです」
「1年も、ですか」
「電話が時々かかってくるので、身の心配はしてないんですが、どこにい
るか教えてくれないんです」
- 12 名前:02. 投稿日:2003/10/11(土) 23:50
- ひとみがお茶菓子をぽりぽりかじりながら、聞いた。
「ふーん。1年もほかりっぱにしといて、どうして急にまた?」
「そろそろ限界、といったところです。下の子なので自由にさせておけと思っ
ていましたが、いい加減帰ってきてほしい」
真希は名刺をもう一度見ると、分かりました、と言った。
「真里さんの、電話番号はわかりませんか?」
「携帯電話を持っているようなのですが、番号はわからないです。いつも非
通知で」
女は、残念そうにそう言った。
「そうですか。では、真里さんの行きそうな所や、現在いそうな場所に心当
たりはありませんか?」
「お前、なんかないか」
男は隣の女に、厳しい口調で聞いた。
「は、はい。真里は、なにかのクラブに入ってるみたいです。普段何をして
るのか聞いた時、よくクラブに行ってる、と言ってました。なんのクラブかは
わかりませんが」
それクラブ違、と言いかけたひとみをさえぎって、真希が言った。
「わかりました。なにか分かり次第連絡します」
「はい。出来れば数日中に、御一報いただきたいのですが」
「わかりました」
失礼します、と男はいい、事務所を出ていく。その後ろに付き従うように
女も出ていった。
- 13 名前:02. 投稿日:2003/10/11(土) 23:50
- ひとみはかったるそうに足を組んだ。
「なんかやな感じの親父」
灰皿を手元によせてライターを探すひとみは、真希が黙って一点を見
つめ、何か考えているの気付いた。
「どした?」
「ん、ああ。あの医者の夫婦がね、なんでKMCAみたいなとこに依頼した
のか考えてた」
KMCAはそれほど大きな組織ではない。まだ20代のボスが、数年前に
一人で起こした小企業だ。もっと名の通った大手に依頼するのが、自然
ではある。
「もっとデカイとこにすればいいのにって?」
「うん、お金あるんだろうし」
「あれじゃん? うち女多いからだよ。女捜すには女ってことで」
真希の表情が、パッと晴れた。
「なるほど。ボスも女だし」
「そうそう」
「やるね、Cランク」
「それは言うな、それは」
- 14 名前:03. 投稿日:2003/10/11(土) 23:54
-
この街で大きなクラブがある場所といえば、寿区の通りだ。そう主張する
真希は、ひとみを夜の寿ストリートに連れ出した。時々声をかけてくるナン
パ男とチラシ配りをかわしながら、ひとみは街を観察する。派手な色のネ
オンが、通りの両側を飾っている。空気は良くない。髪にまとわりつくような、
心地の悪い風が吹いている。
「あたし、このへん好きくないな」
と、ひとみが言った。
「そうなんだ」
「好きなの?」
「好きでも嫌いでもない」
<Con-casse>という文字が赤く光る看板の前で、真希は立ちどまった。
「ここ、一番大きいクラブ」
地下への階段を降り、頑丈な扉を空けると、ものすごい音圧が二人を襲
い、ひとみは耳をふさいだ。真希はひとみの耳元で、はぐれるとわかんな
いからついて来て、と言い、人が集まってるほうへ歩いてった。
人だかりの奥にあった暗いバーカウンターで、飲み物を作っている店員
がいる。真希は、真里の写真を見せて、この子知らない? と聞いた。店
員はうざったそうに2階のテーブルを指さし、あいつに聞け、と言い、背を
向けた。そのテーブルには男が一人いて、1階のフロアを眺めている。
ひとみと真希は急な階段を上がり、男に近づいた。2階は1階より静かだ。
男はひとみたちに気付いたが、全く興味なさそうに、
「逆ナンか?」
とだけ言うと、また下のフロアに目をやった。
- 15 名前:03. 投稿日:2003/10/11(土) 23:55
- 「この子知ってる?」
と真希は男に写真を見せた。男は写真にちらっと目をやり、お、と言った。
「真里じゃん。写真写り悪りいな」
「どこにいるか知らない?」
とひとみが言った。
「知ってるけど、お前ら誰?」
「友達」
表情も変えずにそう言った真希を、男は不審げににらむと、まあいいか、
と言った。
「通りのはずれに、谷町ビルってあるだろ。そこの5階だよ」
通りはずれのよどんだ雰囲気の場所に、谷町ビルはあった。
「ずいぶん年代もんだな」
そう言って、ひとみはビルを見上げた。
「うちの事務所と同じぐらいだね」
「それ言うなよ」
ひとみは苦笑する。
ひとみは薄汚れたガラスの扉を開いた。切れかかった蛍光灯が一本だけ
光っている。エレベーターは見当たらず、奥に小さな階段があるだけだ。
「階段で行けってことですか」
愚痴るひとみを、真希がたしなめた。
「古いし仕方ないよ」
- 16 名前:03. 投稿日:2003/10/11(土) 23:56
- 傾斜が急な階段をおそるおそるのぼって、ひとみと真希は5階についた。
左から3つ目のすすけた扉に『 Mari 』と書かれた表札がある。コン、コン、
とひとみがノックしたが、返事はない。ひとみがノブを回して扉を押すと、
引っかかるような音がして、開いた。
「開いてんじゃん」
ひとみと真希は中に入った。黄色い裸電球が一個だけ点いていて、部
屋の様子を浮かび上がらせている。パイプベッドの上の綺麗とはいえな
い毛布が、人の形に膨らんでいる。窓際には、本が積まれたビジネスデ
スクがあり、その横にダンボールがある。家具はそれぐらいしかなかった。
ひとみと真希がベッドに近づいても、動く気配はない。真希が、パンパン!
と手を叩いた。音に反応して、毛布がかすかに動いた。
毛布の中から不機嫌そうな、くぐもった声が聞こえたが、起きあがりはし
ない。おじゃましてますよー、とひとみが言うと、毛布がもぞもぞと動いた。
「なんだよお、夜は寝てんだからさあ」
寝起きで口のまわらない真里は、ぶつくさ言いながらゆっくりと起きあが
る。薄目を開けて、二人を確認した。
「随分、いけてる二人組だね」
真里は首をこきこきっと鳴らして、どうやって入ってきた? と言い、不思
議そうな顔をした。
- 17 名前:03. 投稿日:2003/10/11(土) 23:57
- 「鍵かかってなかったですよ」
「あー、また忘れてた」
真里は、ふらっと立ちあがると、おぼつかない足取りで鍵を閉めにいって、
またベッドに腰掛けた。
「で、不法侵入のお二人はなんの用? 眠いんですけど」
真里は、目が半開きのまま、無理やり笑顔を作った。
「落ちついてますね。突然来たのに」
そう真希が聞くと、真里は枕もとのケイタイを取った。
「さっきメール来てたんだよ。『女二人組が来るかもよ』って。コンカッセに
目つきの悪い男いたでしょ、あいつから」
「なーんだ」
間の抜けたように、ひとみが言った。
「だから驚きはしてないんだけど、寝つきに入ったとこだから、正直ウザイ。
用事なに?」
真希が説明する。
「あたしたち、探偵です。あなたの両親から捜索を頼まれました」
「へー、あいつらついに探す気になったか」
と言って、真里は空笑いした。
- 18 名前:03. 投稿日:2003/10/11(土) 23:59
- 「あたしがこの辺にいるってこと、あの人達も知ってるはずだけどね。いま
さらなに言ってんだか」
「帰ってきてほしいみたいですよ」
「帰る気はない。そう伝えて」
真里は、真希をじっと見据えている。
ひとみが、帰ろう、と真希をうながし、
「おじゃましました」
と言って、軽く頭を下げた。
「そういう用事じゃなければ歓迎するよ。次は遊びにおいで」
真里には答えず、ひとみと真希は部屋を出た。
ぬるい夜風の吹く寿ストリートを、二人が歩く。真希が、ねえ、と言った。
「もっと押しても良かったんじゃない?」
「いや、ありゃ無理」
「そうかな」
「っていうかさあ、あたしあの医者の両親が気にくわない。あの親父、別
に心配そうじゃなかったじゃん」
「まあね」
「あの人が帰りたくない気持ち、なんとなくわかる」
ひとみはタバコに火をつけ、ネオンの明かりにかぶせるように煙をふき
かけた。
- 19 名前:04. 投稿日:2003/10/12(日) 00:02
-
後日、矢口恒夫とその妻にもう一度事務所に来てもらい、真希が状況を
説明した。
「――というわけで、説得をしたのですが、戻る気はないと伝えてくれ、との
ことです」
淡々と、そう説明する真希の隣で、ひとみがじっと矢口恒夫を見ている。
「そうですか」
と矢口恒夫は言い、軽くため息をついた。親が子供を心配してるというよ
りは、厄介な仕事を抱えてしまって困る、といった感じだった。仕方ない、と
いうふうに話し出す。
「実は今回真里に戻ってきてほしいのには、事情があるんです。今度長男
が結婚することになりまして。それで真里にもぜひ出席してほしいと」
「結婚式で家族が欠けちゃマズイもんな」
そうひとみは言った。
「結婚式のこともありますし、娘にも戻ってきてほしいし、です」
「どっちが大事な理由なんだか」
「ひとみ」
悪態をつくひとみを止めて、真希は話を続ける。
「その結婚式の話、真里さんに伝えましたか?」
「いえ、このごろ連絡がないものですから」
遠慮がちに、妻のほうが答えた。
「わかりました。もう一度説得に行ってみます」
お願いします、と言って二人は事務所を出ていった。
- 20 名前:04. 投稿日:2003/10/12(日) 00:05
- 「やっぱあたし、あいつ気にくわねえわ」
そう言って、ひとみは煙草をくわえ火をつけた。
「だからって、お客さんに突っかからないでよ」
「あたし、突っかかってた?」
「思いっきり」
「そりゃごめん」
反省の色なく、ひとみは言った。
真希は、やれやれ、と手櫛で自分の髪を整え、トイレに入った。
ひとみが煙ののぼる煙草をくわえたままソファに寝転がった時、勢いよ
く事務所の戸が開いて、藤本美貴が入ってきた。
「おっはー」
美貴を見て、ひとみはニッと笑った。
「今日休みか、いいねえ」
「ひとみは、毎日休みみたいなもんじゃん」
「う、それ痛い」
ひとみは大げさに胸を押さえる仕草をした。
美貴はソファに座って、スカートの脚をくんだ。ひとみはちらっと、美貴
の足もとのブーツに目をやった。
「そのブーツ、いいね」
美貴がよくぞ聞いてくれた、とばかりに目を輝かせる。
- 21 名前:04. 投稿日:2003/10/12(日) 00:06
- 「でしょ。アジットのだよ」
アジットは、最近人気のブランドだ。ファッションにほとんど気を使わな
いひとみも、名前は知っていた。
「似合ってるよ」
「どもども」
真希がトイレから出てきて、美貴に軽く挨拶をした。ひとみは、さて、と
言い立ちあがった。
「今から仕事なんだ」
「まじ?」
美貴は、目をわざとらしく広げた。
「そんな驚き、いらない」
「あはは、よかったじゃん仕事入って」
「せっかく来たのに悪いね」
「ううん。あたしもちょっと寄っただけ。今からデートだし」
「あー、そうですかはいはい」
「へへ」
美貴は少しだけ照れた。
- 22 名前:04. 投稿日:2003/10/12(日) 00:07
- 「ひとみも彼氏作ればいいのに」
「なかなかこれってのがいない」
「訓練校んとき、けっこうナンパされてたのにね」
「しょぼいやつしか寄ってこないんだよ」
ひとみは、やってらんねえ、と大げさにため息をついた。
「よし、行こっか」
真希はそうつぶやいた。仕事に向かう二人と、デートに向かう一人は、
一緒に事務所を出ていった。
- 23 名前:05. 投稿日:2003/10/12(日) 00:09
-
時刻は昼過ぎ。ひとみと真希は、真里の部屋の前に来ていた。ひとみが
ドアをノックする。
「開いてるよー」
と、ドアの奥から高い声が聞こえた。二人が部屋に入ると、真里は灰色
の事務デスクに向かっていた。読んでいた本から目を離した真里は、二
人の姿を確認してニッと笑った。
「イケテル二人か」
「ども、イケテル二人です」
ひとみがおどけて答え、真希は黙ったままだ。
「遊びに来てくれた、ってわけじゃなさそうだね」
真里は、真希の表情を見てそう言った。
「もう一度説得に来ました」
「気はかわんないよ」
「お兄さんが結婚されるそうです」
真里の表情が、一瞬かたまった。
「へー、アニキもついに結婚かあ」
「真里さんにも式に出席してほしいそうです」
真里は真希から目線を外し、窓の外の空を見つめる。
- 24 名前:05. 投稿日:2003/10/12(日) 00:10
- 「結婚式か。すっぽかしたら矢口家の面目潰しだ」
そう自嘲気味に呟く真里に、ひとみがだるそうに、
「行かなくていいと思うけどね」
と言った。
真希が、だまってろ、といわんばかりにひとみをにらんだ。ひとみは、
へっ、とベットに腰掛ける。
「結婚式だけでも出席してほしいそうです」
真希はしれっと、矢口真里の両親が言ってもないことを伝えた。
「事情はわかった。少し考えさせて。正直迷ってる」
「はい」
「兄貴とは、仲悪くもないから」
「お兄さんの門出を祝ってほしい、御両親が言っておられました」
ひとみと真希は、真里の部屋のあるビルを出た。しばらく歩いたところで、
「ひとみ、あれはないでしょ」
と、真希が言った。
「は?」
「仕事潰すようなこと言って」
「本心だよ」
「本心なんか言わなくていいの。真里さんを式に出席させるのが仕事。OK?」
「おーけーおーけー」
- 25 名前:05. 投稿日:2003/10/12(日) 00:11
- 少し離れて、無言で歩くひとみと真希。今度はひとみが、真希に言う。
「ねえ」
「ん?」
「仕事なら、嘘ついてもいいんですか」
「嘘って?」
「お兄さんの門出を祝ってほしい、とかさ」
「嘘じゃないよ。あの両親はそう思ってる。口には出さなかったけど」
「口に出してないんだから嘘じゃん」
「整えて、親切に伝えただけ」
「はいはい」
真希は、でも、と言った。
「お母さんのほうは、心配してたみたいだったけど、親父のほうはあれだ
ね」
「体裁」
吐き捨てるように、ひとみが答えた。
「たぶん、そう」
「結婚式で身内が欠けてんのが、体裁悪いんだろ」
「きっと、いいとこのお嬢さんとの結婚だろうしね」
「やっぱそう?」
「そうでしょ。豪華な式になるんじゃない」
- 26 名前:05. 投稿日:2003/10/12(日) 00:12
- 「よし、どんだけ無駄に豪華か、見に行っちゃうか!」
やけ気味にそう叫ぶひとみに、真希はすっと答えた。
「普通に行くよ」
「へ?」
「矢口真里さん、来るかどうか確認したいし。来てたら仕事終わり。来てな
かったら、次どうするかの話になると思うし」
「なんだよ、もう行くつもりだったか。このちゃっかり者め」
ひとみが、にっと笑った。
「仕事でね」
冷静な表情のまま返す真希。
「引き出物は、なにかねー」
「いや、だから仕事だって」
「あたしら、友人席かな」
「呼ばれてないのに、席があるか」
「やっぱ料理は気にな――」
「しつこい」
真希が、ひとみの頭をポコっとたたいた。
- 27 名前:06. 投稿日:2003/10/12(日) 00:14
-
矢口家の結婚式当日の朝。ひとみは事務所のソファでぼんやりと目を
覚ました。頭が少し重い。昨日の晩、酒をあおったせいだ。時計を見ると、
ちょうど正午だった。
「おいおい、マジ?」
ひとみは頭を押さえながら、真希の部屋の扉をあけたが、真希の姿は
なかった。
「頭いてえ」
ひとみはリビングのソファにもたれかかると、テーブルに書き置きがあ
るのを見つけた。
『先に行く 披露宴は11時半から 真希』
ひとみは、やば、と呟き頭を揺らさないようにしながら、急いで着替る。
台所のパンを引っつかんで、足早に事務所を出た。
- 28 名前:06. 投稿日:2003/10/12(日) 00:15
- 矢口真里の兄の結婚式の会場は、ホテルのホールではなく、とある結
婚式場だった。というのも、相手方の親類が、そこの式場を経営していた
からだ。式はそこで、300人の親類縁者を招いて、盛大に行われた。
ひとみの真希の事務所からは少し距離のある、その式場にひとみが到
着したのは、午後1時過ぎだった。ひとみは、会場の正面玄関横に座っ
て、本を読んでいる真希を見つけた。真希は丁寧に髪をまとめ、礼服を着
ていた。
「ごめんごめん」
ひとみの声に気づいた真希は、本から顔を上げると、
「遅いよ」
と、そう不機嫌そうでもなく言った。
「寝坊しちゃった」
「昨日遅くまで起きてたもんね」
真希はひとみの身なりに目をやり、
「ネクタイ、曲がってるよ」
と言った。
- 29 名前:06. 投稿日:2003/10/12(日) 00:17
- ひとみはざざっとネクタイを直し、真希の横に腰掛けると、黒スーツのポ
ケットから煙草を取り出した。
「真里さん、来てた?」
「うん」
「お、じゃあ仕事完了だ」
「最後、矢口さんの御両親に挨拶して、終了ね」
ひとみは、煙草に火をつけ、ふかした。
「はーい」
ふいに、式場のフロアがにぎわしくなった。披露宴が終わったようだ。式
に参加した人の群れがざわざわと、ひとみと真希の前を通りすぎていく。
ひとみと真希は立ちあがり、式場に入る。
この式場で一番大きな部屋の前で、矢口の両親と、矢口真里、そして相
手方の家族が談笑していた。式の主役である矢口の兄と相手の女性は、
席を外しているようだ。矢口真里は、金髪だった髪を黒に近い茶色に整え、
しわ一つない黒い礼服を着ていた。
「このたびは御結婚、おめでとうございます」
真希は、自然な会釈をして、矢口の家族と、相手方の家族に挨拶した。
「ありがとうございます」
- 30 名前:06. 投稿日:2003/10/12(日) 00:19
- 真希は問われる前に、自己紹介をした。
「真里さんの友人です。式には間に合わなくて、すいませんでした」
「いえいえとんでもない。御丁寧に」
相手方の父親は、とても嬉しそうに答えた。相手方の母親が、
「真里さんのお友達も、しっかりしてらっしゃるのねえ」
と、感心したように言った。
真里は少しはにかむと、
「ええ、大切な友人です」
と、デパートの受付嬢のような笑顔で、答えた。
相手方の母親が、ひとみと真希に、
「あなたたちも、医学部を志望されてるの?」
と聞いた。表情を曇らせたひとみが口を開く前に、真希が素早く、
「はい、お互い刺激し合って、頑張っています」
と、にっこり笑った。
さらに機嫌の良くなった相手方の父親が、
「真里さん、御友人にも恵まれておられて。御両親も安心ですな」
と、矢口の両親に笑いかけた。
- 31 名前:06. 投稿日:2003/10/12(日) 00:20
- 矢口の母親が、ちょっとすいません、と笑顔で言い、ひとみと真希にだ
け目線で合図して、トイレのほうに歩いていった。ひとみと真希も笑顔で
それに従う。矢口の母親はトイレを通りすぎ、小さな控え室へと入った。
ひとみと真希もそれに続く。
ひとみと真希が控え室に入るなり、矢口の母親は深深と頭を下げた。
「本日は、ありがとうございました」
「いえ、真里さんも式に参加されたみたいですし、安心しました」
と、真希は仕事口調で答えた。
「これで、依頼完了ということで」
ひとみも仕事口調を真似る。
はい本当にありがとうございました、と矢口の母親は言い、
「お礼と言ってはなんなのですが」
と、矢口の母親は鞄に手をやり、二つの祝儀袋を取り出した。
「いや、あたしらちゃんと報酬もらえますんで」
と、ひとみが断わる。
「おさめてください。おめでたい日ですし」
頭を下げて頑なに渡そうとする、矢口の母親に従った。
無理やりにぎらすようにして、ひとみと真希に祝儀袋を渡すと、ではこれ
で、と、矢口の母親はそそくさと控え室を後にした。
- 32 名前:06. 投稿日:2003/10/12(日) 00:21
- ひとみは、腑に落ちないといった様子で、祝儀袋を見つめる。
「変な感じ」
「まあ、口止め料みたいなもんじゃない?」
真希がそう言って、さっさと袋をポケットにしまった。
ひとみがパイプ椅子に座って、窓の外を眺めていると、控え室の扉がノッ
クされた。扉が開かれ部屋に入ってきたのは、矢口真里だった。真里は
空いているパイプ椅子に座り、真希を見て、
「あんたなかなか演技上手だね」
と言った。
「どうも」
真希はすこし笑った。
「突然向こうがあんなこと言うから、焦った。ありがと」
真里も微笑み返した。
「真希は、憎いぐらい機転きくね」
と、ひとみが悪態をつく。
「あんた、真希っていうんだ」
「はい。そういえば名乗ってなかったですね」
- 33 名前:06. 投稿日:2003/10/12(日) 00:24
- 真里は、ひとみを見た。
「そっちの子の名前は?」
「機転のきかない、吉澤ひとみです」
男前な表情を作って、ひとみが答えた。
「きゃはは」
真里は楽しそうに笑うと、さて、と腰をあげた。
「リラックスしたし、親戚に挨拶してくるかな」
真里は鏡を取り出して、身なりをチェックすると、一つ深呼吸した。
ひとみは真里に聞く。
「真里さん、これで実家戻るんですか?」
「ううん、今日だけだよ」
真里はそう言って、目を細めて笑った。
「次会うときは、遊びで、がいいね」
本気かどうか分からないふうに、真里は言った。ひとみと真希はなに
も答えなかった。真里は、バイバイ、と手を振り、控え室を出ていった。
- 34 名前:07. 投稿日:2003/10/12(日) 00:26
-
ひとみと真希は、結婚式場を後にして、ぶらぶらと帰り道を歩く。ひとみ
が祝儀袋を開けると、中にはピンとした一万円が5枚入っていた。
「おー、5万だ。真希のは?」
「そりゃおんなじでしょ」
「わかんないよ」
「お年玉じゃないんだからさ」
真希は、呆れたように祝儀袋を取りだすと、中を確認した。
「5万」
「一緒か」
「そりゃそうだって」
知らない街の風が、2人の横を吹き抜けていく。ひとみも真希も、ぼんや
りと前方を見ている。建物の向こうに、電車の駅が見えてきた。
「あたし、ちょっと寄るとこあるから、先帰って」
そうひとみは言った。
「あたしもちょっと寄るとこあるんだ」
「そっか。電車乗る?」
「うん」
「あたし乗らないから。じゃ、ここで」
「うん、じゃ」
- 35 名前:07. 投稿日:2003/10/12(日) 00:27
- ひとみは真希と別れて、見知らぬ街を歩く。ひとみの事務所がある街より
も、華やかで綺麗な街並だ。小さな路地に面したスロット屋を見つけて、ひ
とみはそこに入った。耳障りな金属音と電子音が鳴り響き、生ぬるい空気
が漂っている。入り口近くの台に座っていた中年男に、ひとみは話しかけた。
「ねえ」
返事がない。今度は肩をつついて、大きな声で言った。
「ねえ」
「あ?」
「ハイリスクハイリターンな台って、どれ?」
「姉ちゃん、景気いいな」
「まーね」
中年男は、後方を親指で指して、
「この列の奥のやつ、打ってみろ」
と言った。
ひとみはほとんどスロットを打ったことがない。5万円を、さらっと突っ込
んだ。
- 36 名前:07. 投稿日:2003/10/12(日) 00:29
-
ひとみは先に事務所に帰りつき、ソファの端に座ってゴールデンタイム
のお笑い番組を見ている。そこに真希が帰ってきた。ひとみが振り返る。
「おかえり」
「ただいま」
「どこ行ってた?」
「友達たちと食事してた」
と真希は言いながら、冷蔵庫の中のピスタチオを取り出して、ぽりぽり
食べる。
「まだ食ってんじゃん」
「あたしは、あんま食べてなかったから」
「そうなの?」
「周りががつがつ食べてて、それ見てた」
「へー」
- 37 名前:07. 投稿日:2003/10/12(日) 00:32
- ひとみはこった首を回した。それに気付いた真希が言う。
「どしたの、肩こり?」
「ちょっとスロット打ってた」
「ギャンブル好きじゃないって、前言ってなかったっけ」
「あー、たまにはね」
「ふーん」
真希はピスタチオの袋を持って、ひとみの横に座った。
「で、勝った?」
「負け負け」
「なんだ」
「ま、そんなもんだって」
―
――
- 38 名前: 投稿日:2003/10/12(日) 00:36
-
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
【 turn it up, dancing girls. 】
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
- 39 名前:第2話 予告 投稿日:2003/10/12(日) 00:39
-
ども。吸ってるタバコは金ピース、な吉澤です。
真希と買い物行っててケンカして、
あたしは一人、公園でタバコ吸ってたわけ。
そこで出会った、亜依って名前の可愛い子。
頼み事されちゃ、はりきっちゃうよね。
第2話
『 トランス・ペアレンツ 』
できれば見るなよ!
- 40 名前:つみ 投稿日:2003/10/12(日) 00:43
- 迷?探偵コンビいい感じですね。
次回も楽しみに待ってます!
- 41 名前:アミノ 投稿日:2003/10/12(日) 00:44
- >>3
m(__)m 期待に添えてますように。
>>4
m(__)m 第2話もお楽しみにしていただけたら嬉しいです。
- 42 名前:アミノ 投稿日:2003/10/12(日) 00:48
- >>40
m(__)m 次回も、迷?探偵コンビをよろしくです。
- 43 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/10/14(火) 22:00
- 面白っ!
藤本のキャラがいいですね。つーか全員(・∀・)イイ!!
1レス目が非常に気になるところですが、まずつっこまなければならないのは
「できれば見るなよ!」かよっ!
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/15(水) 00:53
- ははっ吉澤さん、金ピースかよ!
いやそれにしても面白い。続きに期待大。
- 45 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 01:09
-
第2話
『 トランス・ペアレンツ 』
- 46 名前:01 投稿日:2003/10/26(日) 01:10
-
――
―
「もうそれでいいって。さっさとしよーぜ」
うだうだ文句をたれるひとみを、真希はにらんだ。2人は、食材を仕入れ
に、近くのスーパーに来ていた。食事の買い出しは当番制なのだが、今
日はお一人様数量限定の特売があり、一緒に来ている。
真希は、一玉と半玉のキャベツを手に取り、真剣に値段を見比べてい
る。それを見たひとみは、さらにイライラ。
「どっちでもいいじゃん、それ」
「少しでも安く上げよう、っていう主婦心がわかんないか?」
「わかんねー」
馬鹿にしたようにそう言うひとみを、真希はにらんだ。
「先、帰れ」
「はいはい、そりゃありがたい。じゃあね」
捨て台詞を残し、ひとみはさっさと真希から離れた。
- 47 名前:01 投稿日:2003/10/26(日) 01:12
-
スーパーの裏にある公園のベンチに座って、ひとみは煙草に火をつけ
る。公園には親子連れがわんさかいて、子供は子供で遊び、母親達は
母親達で集まって井戸端会議をしている。
そんなのどかな風景の中に、ひとみは一つの違和感を見つけた。中学
生ぐらいの少女が、木の陰にボーっと立っている。2、3歳児と20代女性
がほとんどのなか、その少女はひときわ目立っていた。
ひとみは戯れにその子に近づき、話しかけた。
「こんにちは。学校は? サボり?」
少し驚いた様子の女の子は、黙ったままひとみをただ見上げている。
「あたしはね、サボりじゃないよ。学生じゃないから」
そう言って笑うひとみにつられて、女の子も少し笑った。
「中学生かな?」
「うん」
「じゃ、学校はサボりか」
- 48 名前:01 投稿日:2003/10/26(日) 01:13
- 「へへ」
女の子は、きまりわるそうに笑うと、ひとみに聞いた。
「学生じゃないって、フリーター?」
「ううん、ちゃんとした社員。いや、ちゃんとしてないな」
そういって、顔をしかめるひとみに、女の子はまた笑った。
「会社はちゃんとしてるかな」
「なんの仕事?」
「いわゆる、探偵ってやつ」
ひとみは小さめの声で、そう言った。女の子がその言葉に興味を示す。
「探偵って、探しものしてくれる人?」
「うん、お任せ」
「じゃ、頼んでもいいかなあ」
女の子は、少し言いにくそうにしている。
「え、なになに、言ってよ。探し物は得意だから、うん」
と、ひとみは見栄を張った。探し物なんて、家出少女の件しかやったこと
のない、新米探偵なのにも関わらず、だ。
- 49 名前:01 投稿日:2003/10/26(日) 01:16
- あ、とひとみは言った。
「その前に、自己紹介しとくよ。あたしは吉澤」
「わたし、加護亜依」
「亜依ちゃんね。よろしく。で、その探し物はなんなの?」
亜依は、一呼吸置くと、
「私の両親、探してほしいんだ」
と真剣な目で言った。
「え、まじ」
「うん」
「いま、ご飯とか、寝るとことか、どうしてんの?」
「友達んちに泊めてもらってる」
「そっかそっか。あと詳しいことは、事務所で聞くよ。すぐ近くだから、行こ」
- 50 名前:01 投稿日:2003/10/26(日) 01:17
-
「ま、座って座って」
亜依を連れて事務所に戻ってきたひとみは、一人がけのソファに亜依を
座らせた。ひとみは台所から、なにか飲み物いる? と亜依に聞いた。
「いらないです」
と、亜依は遠慮がちに答えた。
「一応置いとくよ」
ひとみは、亜依の前にお茶を置き、自分はコーヒーを持って、ソファに掛
けた。
「で、両親のことだけど。いつからいないの?」
「2、3日前」
「なんか、手紙とかは?」
亜依は無言で首を横に振る。
「そっか」
困った様子の亜依に、ひとみの胸も苦しくなる。ひとみはテーブルの引
出しから、メモ帳を取り出した。
「両親と一緒に住んでたのはどこ?」
「大福町」
「大福町か、ここから近いね。両親の名前は?」
「お父さんが浩輔、で、お母さんがちひろ」
- 51 名前:01 投稿日:2003/10/26(日) 01:18
- ひとみは聞いたことをメモに書き記す。そのとき真希が、たっぷりの買い
物を両手に抱え、事務所に帰ってきた。
真希はただいまとも言わない。ひとみもお帰りとも言わない。真希は、ひ
とみと亜依の方にちらっと目をやると、台所へ行き、買ってきた物を冷蔵
庫に詰めはじめた。
ひとみは、けっ、と悪ぶり、コーヒーをぐっと飲んだ。真希は食材を冷蔵
庫に詰め終わると、ひとみのほうを見もせずに、
「本読むから、テレビ大きい音にしないでよ」
と捨て台詞を残して、自分の部屋に入っていった。
「はーい、はい」
ひとみはひとみで、適当に返事をした。亜依は真希の部屋を見ている。
「あ、気にしないで。話続けよう。おじいちゃんとおばあちゃんち、教えて
くれる?」
「えっと、おばあちゃんちが、琴川」
「琴川市?」
「うん。おじいちゃんちは、浪岡町」
琴川市は、電車で1時間ぐらいのところにある。波岡町は、大福町の隣
の地区だ。ひとみは、細かな住所も聞いてきっちりと書き留めると、よし、
と言った。
- 52 名前:01 投稿日:2003/10/26(日) 01:20
- 「じゃ、亜依ちゃんの連絡先教えてくれる?」
亜依は困った顔をした。
「ケイタイは持ってない?」
「うん」
「そっかー。友達んちの電話番号は?」
「わかんない」
ひとみも困った。こういうときに真希に聞けば、なにかいい案を出してく
れるのだが、今は、助けを頼みたくない。そんなとき亜依が、じゃあ、と言
った。
「公園で」
「あ、さっきの公園で待ち合わせか」
「うん」
「そうだね、そうしよう。じゃあ、明日の4時に公園で。期待しててね」
ひとみが自信ありげに言うと、亜依はやさしい顔で、うん、とうなずいた。
- 53 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 01:22
-
- 54 名前:02 投稿日:2003/10/26(日) 01:26
-
ひとみが真希とスーパーでケンカし、亜依と公園で出会った日の、翌日。
ひとみは亜依が両親と住んでいた、大福町のアパートの前に来ていた。
古めかしい2階建てアパートの、赤く錆びついた階段を、ひとみはゆっ
くりと上る。207号室が、亜依と両親が住んでいた部屋だ。綺麗とは言え
ない廊下に注意して歩き、ひとみは207号室の扉の前。
電気のメーターは回っていない。少しすすけた鉄のノブを回すが、扉は
開かない。窓から中の様子をうかがおうとするが、カーテンがしっかり閉
じられていた。郵便受けには、いろいろなチラシが挟まっている。両親は
1度も戻ってきてないようだ。
ひとみはそのまま浪岡町へ向かった。波岡町も大福町と同じく、閑静な
住宅街の路地を、ひとみはのんびりと歩く。わりと新しい家が多いが、昔
からの家も残っている。住むならこんなとこがいいな、とひとみは思った。
家の陰にいた小さなぶち猫が、ひとみを見ている。撫でようとそっと近づ
くが、逃げられてしまった。
- 55 名前:02 投稿日:2003/10/26(日) 01:28
-
波岡町の亜依の祖母宅は、清潔なこじんまりとした家だった。ひとみは
呼び鈴を鳴らそうとしたが、ない。玄関をそっと開けて、こんにちはー、と
ひとみは言った。
数秒の無音のあと、はーい、という返事が来て、とたとたとおばあちゃん
が現れた。
「はいはい」
「加護亜依ちゃんの親御さん、いらっしゃいませんか?」
おばあちゃんは、少しひとみを観察した。
「あなた、どなた?」
「亜依ちゃんの友達です」
おばあちゃんの顔が、ほころんだ。
「あー、亜依の。もう何年も会ってないねえ。元気?」
「元気ですよ。で、親御さんは帰ってきてませんか?」
「去年、来たきりだねえ」
「そうですか、おじゃましました」
不思議そうにしているおばあちゃんに軽く会釈して、ひとみは玄関を出
た。
- 56 名前:02 投稿日:2003/10/26(日) 01:28
- ひとみは自分のメモを確認する。ひとみは最寄の駅まで歩くと、そこか
ら琴川へ行く電車に乗った。普通電車にしばらく揺られていると、車窓か
らの風景が緑豊かになってきた。琴川市は田園風景広がる、田舎の小さ
な市だ。
電車旅は長いようでいて、短い。琴川駅についた吉澤は、駅員にメモの
住所を見せて、そこまでの行き方を尋ねた。
琴川駅からバスで十分ほどいったところに、亜依の祖父の家はあった。
大きな二世帯住宅といった立派な家で、丁寧に刈られた庭木や、盆栽、
小さく澄んだ池、などがあった。
ひとみは庭石を一つ一つ踏みながら、玄関へ歩いて、インターホンを押
した。耳慣れたメロディーが少し暗めの廊下に響いて、ジャージを着た30
代ぐらいの女性が、ノーメイクで出てきた。
「はいはい」
「ちひろさん、ですか?」
いきなり自分の名前を言われた女性は、不審がっている。
「そうだけど、あんただれ?」
- 57 名前:02 投稿日:2003/10/26(日) 01:30
- 「あたし、亜依ちゃんの友達の、吉澤ひとみといいます」
とたんに女の顔色が変わった。
「と、ともだち?」
「はい、亜依ちゃんに頼まれて、探しに来たんです」
「あんた、なにいってんの。か、帰って」
当惑してどもる女を、ひとみは見据えた。
「あんた母親でしょ? 突然子供残して親の家引っ込んでそれはなくねえ?」
ひとみが女をじっと見ていると、奥のほうから、くたびれたTシャツを着た
30代ぐらいの男が出てきた。
「何騒いでんだ」
「こんにちは」
ひとみは男に挨拶程度の笑顔を作り、聞いた。
「亜依ちゃんのことで話――」
「し、知らねえよ!」
男は声を荒げた。ひとみはだんだん不機嫌になってきていた。
「あんたら、加護亜依ちゃんの両親なんだろ。なんで子供ほっぽってんだ?」
- 58 名前:02 投稿日:2003/10/26(日) 01:32
- 動揺する両親にひとみがすごんでいると、女が男に不安そうに話しかけた。
「浩輔」
「だまってろ」
男ににらまれて女は下を向いて黙った。おい、と言って男がひとみに近寄る。
「帰れ。うちには関係ない」
「関係あるだろ? そんな動揺してさ」
女が自分の手を握りしめて、指を震わせている。
「亜依ちゃん、今友達んとこにとこいるってさ。早く迎えに――」
「バカいわないで!」
体を震わせながらそう叫んだ女を、ひとみはにらんだ。
「あのなあ、本人が言ってたんだよ」
そうひとみは突っ込むが、女は涙目で、しかも視点が定まっていない。
「もう帰って!」
ひとみは男と女をにらみつつ、玄関をあとにした。
- 59 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 01:33
-
- 60 名前:03 投稿日:2003/10/26(日) 01:34
-
琴川市から帰って来たひとみは、再び大福町の、例のアパートの前に
いた。おかしい、なんかわかんないけどおかしい。ひとみにはわけが分か
らなくなっていた。
なぜ加護亜依の両親は、急にここから琴川市に引っ越したのか。しかも
娘を置いて。数日前まではここに家族で住んでいたはずだ。なのに今は
誰もいない。
ひとみは亜依にもう一度会って話を聞きたいと思ったが、公園での待ち
合わせは4時だ。ひとみはケイタイで時間を見たが、まだ1時を過ぎたと
ころだった。ひとみは亜依が通っている中学校に行って、話を聞いてみる
ことにした。
大福町の中学校は、アパートから五分ほど歩いたところにあった。『大
福中学校』と刻まれた、黒い石造りがある。昼休みの終わった静かな校
庭を横目に、ひとみは職員玄関へと歩いた。
職員玄関をくぐると、ひんやりした空気と中学校の雰囲気がなつかしい。
生徒の版画が壁に飾られている。
- 61 名前:03 投稿日:2003/10/26(日) 01:47
- ひとみは職員室に入った。今は午後の授業中の為、教師はほとんどい
なかった。だれも部外者の訪問に気づいていない。ひとみは、真ん中あ
たりの席に座っている、メガネの女性教師に近づいて、話しかけた。
「すいません」
「はい」
作業をしていた女性教師が顔をあげた。うちの卒業生かな? といった
表情でひとみを見ている。
「加護亜依ちゃん、ってここの生徒ですよね?」
「ああ、加護亜依さんね、転校しましたよ」
「転校?」
「はい。急にご両親がいらしてね、引っ越すから、と」
「亜依ちゃん、学校ではどんな感じでした?」
「そうですねえ」
女性教師は少し沈黙してから、言った。
「不登校気味でしたね。学校に来ても、すぐ帰ってました」
「亜依ちゃんの友達に会えますか?」
「別にかまいませんけど、あなたは?」
女性教師は、メガネ越しの鋭い目でひとみを見た。
- 62 名前:03 投稿日:2003/10/26(日) 01:49
- 「えーと、亜依ちゃんのいとこです」
女性教師は納得していない様子だったが、まあいいですけど、と言った。
「加護さんは、あまり学校に来てませんでしたので、親しい友達はいない
かもしれませんよ」
「亜依ちゃんのクラス、何組ですか?」
「3−Dですけど」
「友達に話を聞きたいんです」
そうしつこく言うひとみに負けたようで、女性教師は立ちあがった。
「もうすぐ授業終わりますから、一緒に3−Dまで行きましょうか」
「お願いします」
ひとみは、丁寧に礼をした。
ひとみが女性教師と一緒に、3−Dの前の廊下で少し待っていると、授
業が終わって、生徒たちのにぎわしい声が聞こえてきた。
「あれ、先生、なにしてんの?」
3−Dの教室から出てきた小柄な女生徒が、親しげに女性教師に話し
かけた。
「加護さんと仲良かった子って、わかる?」
「あ、うーん、仲良かったのは、あたしかなあ」
女生徒は、ぼそっとそう言った。
- 63 名前:03 投稿日:2003/10/26(日) 01:51
- 「亜依ちゃんのこと聞きたいんだけど」
ひとみが突然そう言って、女生徒は不思議そうな顔をした。
「この人ね、加護さんのいとこ」
女性教師が説明を入れた。
「そうなんだ。でも、あたしもあんまり知らない。加護さん、無口だったか
ら。あたし以外の人とは、ほとんど喋ってなかったと思う」
「亜依ちゃん、転校するとかって言ってた?」
「ううん。でも、ぜんぜん学校来てなかったし、そうなのかなって」
ひとみがしばらく考えこんでいると、女生徒は、じゃあ、と言って友達の
ほうへ走っていった。
ひとみと女性教師は、一緒に職員玄関まで来た。
「ありがとうございました」
とひとみは、礼を述べた。
- 64 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 01:51
-
- 65 名前:04 投稿日:2003/10/26(日) 01:52
-
大福中学から事務所に戻ったひとみは、ソファで煙草をくゆらせながら
考えていた。親しい友達のいなかった亜依ちゃん、なぜ友達のとこに泊ま
ってるなんて言ったんだろうか?
友達のところじゃないとしたら、今はどこにいるんだろうか?また別の親
戚の家、野宿、まさか彼氏のとこだったり? いや中学生で彼氏んちはな
いかな。いやいや、最近の中学生は進んでるからなあ。うーむ。
ひとみはいろいろな考えをめぐらすが、まったくまとまらない。これ以上
考えてると頭がオーバーヒートしそうだ。もう仕方ない、真希に相談してみ
るか。
ひとみは、指にはさんでいた煙草を灰皿にもみ消して、髪をくしゃくしゃっ
としながら立ちあがると、真希の部屋に入る。
「おじゃまします」
「取り込み中」
読書中の真希は本から顔を上げようともせず、そう言った。不機嫌さが
言葉ににじみ出ている。
- 66 名前:04 投稿日:2003/10/26(日) 01:53
- 「真希ちゃーん」
ひとみは真希の肩に両手を置く。
「うざったい」
「ひでえ、まじひでえー」
そう言うと、ひとみはウソ泣きで鼻をすするが、真希は無反応だった。
ひとみは真希の本棚にある本をおもむろに取って、ぱらぱらとめくった。
ひとみは真希の様子をうかがいながら、昨日はわるかったよ、と言った。
真希の部屋の厳しい空気が、すこし和らいだ。
「まあ、許す」
と、真希が言った。よしこれで大丈夫、と、ひとみは思う。
「ちょっとね、聞きたい事あるんだ」
「なに?」
「昨日、事務所に女の子いたじゃん。あの子のことで、よくわかんな――」
「ちょっと待って」
真希はひとみの方にきちんと向き直った。
- 67 名前:04 投稿日:2003/10/26(日) 01:54
- 「昨日? 女の子?」
「だからさ、真希が帰ってきたとき、あたしと一緒にいた女の子だよ」
真希は眉を寄せた。
「あの時、ひとみ一人だったじゃん」
「はあ?」
「いつもどおり、一人でコーヒー飲んでたよね」
「うそ」
「嘘? いつもどおりでしょ」
棒立ちになって宙を見つめるひとみをほっぽって、真希は再び本に向
かった。
ボーっとしたまま、ひとみは真希の部屋を出た。
そんな、なんで? あたし一人? 亜依ちゃんは……
- 68 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 01:55
-
- 69 名前:05 投稿日:2003/10/26(日) 01:57
-
時刻は午後4時。ひとみは例の公園にいた。公園に亜依はいない。ひと
みは、ベンチに腰かけ煙草を吸った。しばらく時間がたって、ひとみはまた
煙草を吸った。
1時間が経った。
亜依は、こなかった。
数日後の早朝。テレビで中学生女児虐待死のニュースが報じられた。古
いアパートの押入れから、遺体が発見されたという。いたましい事件が起こ
ってしまいました、とニュースキャスターは悲痛な表情を浮かべる。
ひとみは薄明かりの中、そのニュースを無表情で見つめていた。ひとみ
の顔がブラウン管からの明かりに照らされている。指に挟んだ煙草の灰が、
音もなく落ちた。
―
――
- 70 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 01:59
-
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
【 doom to trance, dancing girl. 】
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
- 71 名前:第3話 予告 投稿日:2003/10/26(日) 02:06
-
ども。最近綺麗になったともっぱらの噂、吉澤です。
石川梨華っつう、他の事務所をクビになった探偵が、
うちで臨時に働くことになったわけ。
爆破予告された遊園地へ向かう、あたしたち3人。
仕事とはいえ、女だけでって悲しいね。
真希は一人でどっかいっちゃうし、
あたしと梨華ちゃん二人で、遊園地をうろうろ。
第3話
『 スクリュー・サルサ・カーニバル 』
梨華ちゃん、はあ……。
- 72 名前:アミノ 投稿日:2003/10/26(日) 02:12
- >>43
m(__)m 藤本をもっと出していけますように。
>>44
m(__)m 期待に応えられるよう。第3話も面白くありますように。
- 73 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 02:34
-
- 74 名前: 投稿日:2003/10/26(日) 02:34
-
- 75 名前:つみ 投稿日:2003/10/26(日) 10:14
- かぁ〜〜(泣)
あいぼぉぉぉん!!!
悲しすぎる作品でした・・・・
- 76 名前:名無し 投稿日:2003/10/26(日) 16:16
- そー来たか。
全く気付かんかった。
そして次回予告を読んで微笑んだ。続きめちゃ期待。
- 77 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/05(水) 17:58
- オモロイです。
軽いノリで実は軽くないテーマ、毎回ゲスト登場。
こゆの大好き。
バックシティーバック!
- 78 名前: 投稿日:2003/11/16(日) 23:59
-
第3話
『 スクリュー・サルサ・カーニバル 』
- 79 名前:01. 投稿日:2003/11/17(月) 00:01
-
――
―
ひとみは朝起きて、電話のメッセージランプに気がついた。赤いボタンを
押すと、藤本美貴からのメッセージが流れた。
「――おはようございます。本日、そちらに臨時のエージェントが行きます。
9時に到着の予定です」
エージェント? と、戸惑うヒトミの前で、もう一つのメッセージが流れた。
「――言い忘れたど、可愛い女の子だよ」
真希はまだ起きていない。遅くまで本でも読んでたのだろうか。壁の時
計は9時30分を指していた。
「初日から遅刻かよ」
と、ひとみはぼそっと呟いたそのとき、事務所の扉が開いて、ゆっくりと
一人の女の子が入ってきた。
- 80 名前:01. 投稿日:2003/11/17(月) 00:03
- 「遅れてごめんなさい。道迷っちゃって」
にっこりとして、女の子は言った。反省してるようには見えない。背はひ
とみよりも小さくて、華奢だった。髪はふわっと整えられていて、乱れがな
い。
「急いだように見えないけど」
ひとみの突っ込みには答えず、女の子は財布から名刺を取り出して、
ひとみに渡した。
「はい、これどうぞ」
「石川梨華、さん」
「うん、よろしく」
「飲み物、コーヒーでいい?」
「うん」
「紅茶もあったと思うけど」
「あ、じゃ紅茶がいいな」
- 81 名前:01. 投稿日:2003/11/17(月) 00:04
- ひとみは台所へ行った。棚には、ひとみがいろんな種類のコーヒーを
並べていて、紅茶はどこか奥の方にあったはずだ。ひとみは紅茶をほ
とんど飲まないし、真希はもっぱら日本茶だから、紅茶がすぐ見つから
ないのは自然といえる。
棚をくまなく探したが、紅茶はみつからなかった。二人とも飲まないか
ら片付けてしまったのだろう。
「ごめん、紅茶なかった」
はにかみ笑いしながら、ひとみは二つのコーヒーを持っていった。
「コーヒーでもいいよ」
と梨華は明るく笑った。
「臨時、だったよね」
コーヒーをすすりながら、ひとみは聞いた。
「うん」
「どうしたの、リストラでもくらった?」
「うん」
「え、マジ?」
「んー、リストラじゃなくて、クビかな」
「一緒じゃん」
「一緒じゃないよ。経営危なくなかったもん。うちには君は合わない、って
辞めさせられちゃったんだ」
そう言って、梨華はしゅんとした。
- 82 名前:01. 投稿日:2003/11/17(月) 00:04
- 「じゃ、うちで雇ってあげるよ」
「ホント? ありがとう」
パッと輝いた梨華の目に見つめられ、ひとみは照れ隠しに早口で喋る。
「ま、まあうちもさ、ここんとこ仕事こないから暇なんだけどね、はは」
「置いてもらえるだけで嬉しいよ」
梨華はにっこり笑った。
ひとみが照れていると、真希が手に湯のみを持って部屋から出てきた。
目は半開きで、眠そうだ。
「んー、いま、何時?」
「9時半すぎ」
時計を自分でも確認した真希は、梨華の姿に気付いた。
「お客さん?」
「臨時、じゃなくて、正式にうちで働くことになった、石川梨華さん」
ひとみは真希に、さっきもらった名刺を見せた。梨華は、よろしくお願い
します、と元気に頭を下げた。
「どうも。よろしく」
「梨華って名前、リカちゃん人形みたいだよな」
そう言うひとみに、真希は寝ぼけ顔で、そうだね、と同意すると、電話の
メッセージランプに気付いた。
- 83 名前:01. 投稿日:2003/11/17(月) 00:06
- 「梨華って名前、リカちゃん人形みたいだよな」
そう言うひとみに、真希は寝ぼけ顔で、そうだね、と同意すると、電話の
メッセージランプに気付いた。
「メッセージ来てるね」
「さっき聞いたやつ。残しといた」
真希はひとみが聞いたメッセージをもう一度流した。
「――おはようございます。今日臨時で、そちらにエージェントが行きます。
9時に到着の予定です」
「そのことか」
「――言い忘れたけど、可愛い女の子だよ」
真希は梨華をちらっと見て、
「たしかに」
と言うと、にこっと笑った。あ、ありがとう、と梨華も顔を赤らめた。
- 84 名前:01. 投稿日:2003/11/17(月) 00:07
- 突然電話が鳴った。少し驚いた真希は、お、という表情をし、受話器を取
った。
「はい。後藤です」
「――応援要請、応援要請」
メッセージは機械音声のテープで流れている。真希はいったん受話器を
耳から離して、ひとみに言った。
「応援要請だ」
ひとみの目に光が宿った。気持ちが高ぶる。
「おーし、仕事きたぞ!」
- 85 名前: 投稿日:2003/11/17(月) 00:08
-
- 86 名前:02. 投稿日:2003/11/17(月) 00:10
-
要請を受けた日の、2日後。
3人は今回の仕事場である、本日オープンの遊園地に着いた。任務は、
オープン1日目の遊園地の治安を護ること。先日、この遊園地に爆破予告
が入ったのだ。そんなに大きな遊園地ではないが、相当の人出が予想さ
れる日の爆破予告ということで、急遽ひとみのところにも応援要請がきた。
「――保田さんからのメッセージを伝えます。――オープン1ヶ月前から
昨日まで、警備会社の方で厳重に管理していたということだから、昨日
以前に爆弾がしかけられた可能性は考えなくていい。お客さんと従業員
に注意して、怪しい動きをした奴がいたら速やかに捕らえろ。いつも通り、
手柄に応じてボーナスも出るわよ。キリキリいけ。―― 以上です」
「爆弾か」
ひとみはさっきの指令を思い出して、つぶやいた。
「めんどくさいなあ、入場んとき一人一人調べりゃいいのに」
「無理だよ」
真希が即座に否定した。
「ボディチェックするような遊園地に、次から来たいと思う?」
「そっか」
- 87 名前:02. 投稿日:2003/11/17(月) 00:11
- チケットを切るゲートの横にある裏口で、警備員に「KMCAです」と言い、
3人は中に入った。真希は入ってすぐ、インフォメーションセンターで園
内地図を3つ取り、ひとみと梨華に渡した。
「じゃ、なんかあったらケイタイに」
と言うと、真希は人込みの中に消えていった。
「真希ちゃん、行っちゃったね」
梨華はさみしそうに、人込みを見つめている。
「真希は、人の多いとこだと、一人になりたいらしい」
「へー」
「昨日梨華ちゃん、真希の部屋いってたよね」
「うん」
「本棚の横にさ、これぐらいの白い箱なかった?」
ひとみは、炊飯器ぐらいの大きさを、手で囲った。
「うん、あった」
「あれね、中はマッチでいっぱいなんだよ」
「え、マッチ?」
「うん、マッチ箱。集めるの趣味なんだって。変わってるでしょ」
「変わってる」
「マイペースですよ、やつは」
- 88 名前:02. 投稿日:2003/11/17(月) 00:13
- あたしはさ、とひとみは言った。
「遊園地、一人で歩くの嫌いなんだ。二人で動こうよ」
「うんうん」
梨華は二つ返事で喜んで、園内を見まわす。ゆっくりと回る観覧車が目
に飛びこんできた。
「ねえ、観覧車乗ろうよ」
「え、仕事は?」
「仕事も兼ねてだよー」
「ん、まあ爆弾仕掛けられてそうだもんな」
「うんそうそう」
梨華は仕事のことなど忘れたようなウキウキ顔で、ひとみを引っ張って
いく。観覧車待ちの列には、親子連れやカップルの姿が目立つ。二人も
おとなしく列に並んだ。
ひとみは、ベンチに一人で座っている野暮ったい男性が目にとまった。
男は落ちつきなくあたりを見渡したり、地面をジーっと見たりしている。
- 89 名前:02. 投稿日:2003/11/17(月) 00:14
- 「あいつ、あやしくない?」
「どこ?」
「右のベンチのやつ」
「落ちつきない感じだね」
ひとみと梨華はベンチのほうに身体を向けずに、横目で男の様子を観
察する。
ひとみが仕事の顔つきになった。
「ちょっと職質してみるか」
「職質って、警察みたい」
梨華がくすくすと笑った。
「似たようなもんだよ。どっちも嫌われ仕事」
「まあ、好かれる仕事じゃないよねー」
残念そうな顔で、梨華は言った。
二人がぶつぶつ言っていると、男の座るベンチのところに、女性と子供
がソフトクリームを持って走ってきた。
- 90 名前:02. 投稿日:2003/11/17(月) 00:14
-
――
「遅いよ」
「ごめんごめん、混んでたの。ねー」
女に話しかけられた子供も、ねー、と陽気に答えた。
「一人でいても暇なんだからさあ」
「ごめんごめん。はい、どっちにする?」
「んー、じゃバニラ」
男はバニラソフトを受け取り、一口なめた。
「お、美味いね」
「でしょー」
3人は、仲良さそうにジェットコースターのほうへ歩いていった。
――
- 91 名前:02. 投稿日:2003/11/17(月) 00:16
- 「家族連れか」
そうひとみは言うと、気の抜けたように首を落とした。
「楽しそうだったね」
「普通のおっちゃんまで怪しく見えちゃうよ」
「でも、普通っぽい人こそ注意したほうがいいよね。それこそおじいちゃん
とか子供も、気を配っておくぐらいのほうが」
そう梨華は言うと、真剣な顔であたりを観察する。ひとみは、この子仕事
できる感じするんだよなあ、なんで前の事務所クビになったんだろう、と不
思議に思った。
「ひとみちゃん」
梨華につつかれて、ひとみは我に我に返った。いつのまにかひとみ達が
観覧車に乗る番になっていた。
二人は黄色い観覧車に乗りこむと、合い向かいに座った。曇った窓から、
園内の様子が一望できる。観覧車は徐々に高さを増し、人が蟻ぐらいの
大きさになった。
- 92 名前:02. 投稿日:2003/11/17(月) 00:16
- 「そういえばさ、梨華ちゃんて彼氏とかいないの?」
「いないよ」
「へー、もてそうなのになあ」
「いえいえ」
梨華は嬉しそうに、下を向いて謙遜した。
狭い観覧車の中は、二人だけの空間。そのことに改めて気づいたひと
みは、少し照れた。目の前にちょこんと座っている可愛い女の子。あれ、
結構肌黒いんだなあ。でもきれいだなあ。
「座席の下、調べようか?」
そう言う梨華の声で、ひとみは我に返った。ひとみと梨華は互いに、自
分の座席の下を調べる。怪しいものはなにもなかった。
ひとみは立ちあがり、天井を調べる。とくに怪しいものはない。座って、
もう一度梨華と向かい合う。
「観覧車、全部調べるのはキツイね」
「全部は無理だよー。一つでいいんじゃない?」
陽気にそういう梨華に、ひとみは問いかける。
「梨華ちゃん」
「ん?」
「観覧車乗りたかっただけでしょ」
「あれ、ばれてた?」
梨華は悪戯っぽく微笑んだ。
- 93 名前: 投稿日:2003/11/17(月) 00:17
-
- 94 名前:03. 投稿日:2003/11/17(月) 00:18
-
観覧車をひととおり楽しんだひとみと梨華は、くっちゃべりながらベンチ
に座っている。
「つーわけで、真希は結構変なとこあるんだよ」
「へー。でもなんか、らしいかも」
梨華はうーん、と背伸びをした。今日の天気は遊園地日和の快晴だ。
「真希ちゃん、頑張って探してるかなあ」
「すげー丁寧に探してると思う」
「あたしたちもがんばんないとね」
「そだね」
ひとみは少し離れたとこにあるジェットコースターを指さす。
「とりあえず、あれ乗ってからにしよ」
「え、仕事は?」
「仕事もかねてるから」
ニッとひとみは笑った。
梨華もにやけながら、うなずく。
「そうだね、ジェットコースターも怪しいよね」
「うん、あやしい。一番怪しいね」
2人でニヤニヤしてベンチを立つと、ジェットコースターのほうに歩いて
いった。
- 95 名前:03. 投稿日:2003/11/17(月) 00:18
-
近くで見てみても、この遊園地のジェットーコースターは、それほど急
傾斜ではなかった。どちらかといえばファミリー向けのようだ。身長制限
ラインを示した、猫のキャラクターの看板がひとみの目に止まる。
「梨華ちゃん、身長大丈夫?」
と梨華をからかう。
「ひどいなあ、私155はあるよ」
梨華はひとみの背中を、平手で叩いた。
「まあ、制限って130cmとかだよね」
「そうだよー」
ひとみは、猫のキャラクターの身長制限ラインを見た。
「ここ120cmだね」
「ほら、私セーフじゃん」
当たり前なのだけど、梨華は得意げ。
ひとみは、自分を笑うようにため息をついた。
「155cm以上ないと乗れないジェットコースターなんて、ありえないよね」
「そりゃそう……って、なにいってるの?」
「ああ、昔の話昔の話」
- 96 名前:03. 投稿日:2003/11/17(月) 00:20
- ひとみと梨華は15分ほど順番待ちをして、ジェットコースターに乗りこ
んだ。
「久しぶりだなあ」
クローズバーを下げると、わくわくしたようにひとみは言った。ちらりと隣
を見ると、梨華は複雑な表情をしていた。
「あれ、梨華ちゃんビビッてる?」
「ちょっとだけ」
梨華はへの字口になっている。
「なんだ、さっきノリノリだったのに」
「いざとなると怖いの」
ジェットコースターは音を立てて動き出し、急落下への階段を少しずつ
のぼる。ひとみも梨華も言葉になっていない声を、おのおの上げている。
うわー。やっべー。やだやだやだやだ。うお。こええええ。
てっぺんまで上ったコースターは、轟音を立てて急転落下。ひとみと
梨華の叫び声は、その轟音にかき消された。 急速度でアップダウンと
ねじれを繰り返すコースターは、まるで踊り狂う龍のよう。客の叫び声と、
鉄の車輪の音が、重なり響く。
- 97 名前:03. 投稿日:2003/11/17(月) 00:22
- ジェットコースターが一周旅行を終え、元の場所に戻ってきた。気持ち
が高ぶった状態のひとみと、その横で疲れ切った様子の梨華。
「面白かったねー」
ジェットコースター出口の階段を陽気に降りるひとみは、そう梨華に
同意を求めたが、返事は返ってこない。梨華は少し気持ち悪そうにして
いる。
「大丈夫? 酔った?」
「ううん、酔ってない。ただ、思ってたよりすごくて」
「ははは。見てんのと乗るのは、違うね」
ひとみはすっかり普通の状態だが、梨華はまだ、ぼーっとしていた。
二人はどこへ行くでもなく、てくてくと遊園地内を歩く。
遊園地内は家族連れのほかに、カップルも多い。デートの定番コー
スといったところだろう。男一人女一人の2人連れでも、その様子はさ
まざまだ。遠くからでもラブラブだと分かる男女もいれば、まだ仲良くな
りかけであろう微妙な距離の男女もいる。
- 98 名前:03. 投稿日:2003/11/17(月) 00:22
- 「いろんなカップルいるなあ」
ひとみはそう呟いた。
「え、カップル?」
「うん、彼氏と来てる子多いじゃん」
「遊園地だもんね」
「梨華ちゃんも、彼氏と一緒に来たい?」
「んー、そうだけど、今は女2人でいいな。その前に彼氏いないし」
「あー、そうでしたそうでした」
「ひどい」
梨華は、少しふくれた。ひゃはは、とひとみは陽気に笑った。
「あたしもいないけどね。まあ無理してまでヌルイ男と付き合いたくない」
「あたしも、そうかな」
「でしょ。カッケーやつ探すのも楽しいもんだ」
ひとみはそう言って、園内を見渡す。
- 99 名前:03. 投稿日:2003/11/17(月) 00:23
- 「目、ギラギラしてる」
「まあまあ。あ! あそこの男かっけくねえ?」
「どこ?」
ひとみは、自分の斜め前を指さした。
「背高くて、茶色い服の」
「あー、横にすごい綺麗な女の人連れてる?」
「それいうなって」
「あれは、勝ち目ないよね」
「ひでえ」
ひとみはへこんだ顔をする。
「さっきいじめられたから、仕返し」
そう言って、梨華は陽気に笑った。
- 100 名前: 投稿日:2003/11/17(月) 00:24
-
- 101 名前:04. 投稿日:2003/11/17(月) 00:25
-
一通り遊ん、いや、調査したひとみと梨華。遊園地散策を続けるなかで、
怪しいそぶりの男を発見した。小汚い身なりのその男は、片ポケットに手
を突っ込みながら、きょろきょろしている。
「なんだあいつ」
と小声でひとみがつぶやく。
「あやしいね」
梨華も小声で返した。
ひとみと梨華は並んで男に詰め寄り、ひとみが突然聞いた。
「なんか隠し持ってる?」
「は? ひ、人聞き悪いな」
男は無理にへらへら笑いを浮かべていたが、刹那、逃げ出そうと身を翻
した。それにひとみが反応するより速く、梨華が突然に、男のひざを蹴り
落とした。耳障りな打撃音。
「ぐあ!」
男はひざを押さえてうずくまる。梨華はその男の襟を掴んで引っ張り上げ、
ひざでフックを打つかのように男のほほを蹴りはらった。鈍い音がした。周
りの客は、梨華のほうを見てざわついている。
- 102 名前:04. 投稿日:2003/11/17(月) 00:26
- 「ポケットの中のもの全部出して」
抑揚のない声で、梨華はそう言った。
男は回らない口で、ごめんなさいごめんなさい、と言い、ブランド物の財
布をポケットから出し、地面に投げ捨てた。
「ほかには」
無感情な梨華の声が、男の耳に響く。
「ほ、ほか?」
「爆弾はどこ」
「え」
「もう、仕掛け終わったの?」
「え?」
男は恐怖まじりのぽかんとした顔をしている。梨華は無表情のまま、再
び脚を構える。
「す、スリだ」
ひとみは上ずった声で、そう言うのがやっとだった。その声を聞き、梨華
の顔に表情が戻る。
- 103 名前:04. 投稿日:2003/11/17(月) 00:28
- 「あ、そっか」
一転、可愛いトーンでそう言った梨華は、男が置いた財布を取ると、少し
離れたところにいる遊園地の従業員のほうへ駆けていった。
「これ、落ちてました」
にっこり笑って、梨華は財布を従業員に渡す。従業員は呆然とした顔で、
それを受け取った。今の騒ぎの一部始終を見ていたのだろう。梨華を見る
目が泳いでいた。
あまりの事態を把握し切れていないひとみの前に、梨華が戻ってくる。
「犯人違いだったねー」
そう明るく喋る梨華に、ひとみは、そうだね、とひきつった顔で答えた。
- 104 名前: 投稿日:2003/11/17(月) 00:28
-
- 105 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:30
-
ひとみは、真希に電話をする。なかなか出ない。10回のコールの後、
やっと真希が出た。
「はいはい。 ゴメン、今昼ご飯食べてた」
「遅いね」
「さっきまで尾行してたんだ」
「どうだった?」
「ダメ、普通のおじちゃん」
「そっか。あのさ、今から一緒に行動しない?」
真希は数秒黙った。
「うーん、人ごみの中で一人っての好きなんだよね」
「知ってる」
「それに、ばらけてたほうが手広く観察できるじゃん」
「うん、それも分かる」
ひとみの真剣な様子が、真希にも電話越しに伝わった。
「どうしたの、なんかあった?」
「いや、なんにもないけど」
「……わかった、合流しよ。今どこ?」
「えーっと」
ひとみは、近くのアトラクションを探した。
- 106 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:31
- 「テンガロントレイル、っていうのの近く」
「じゃあそこで待ってて」
ひとみは電話を切ると、真希も来るってさ、と梨華に言った。
「うん、3人もいいね」
そうはしゃぐ梨華に、ひとみはなにも言葉が出ない。先ほどの梨華の映
像が、頭に引っかかる。
ひとみの後ろの方から、真希の声がした。
「なーんだ、普通にいるじゃん。様子おかしいから、誰かに捕まってるの
かと思った」
「ないない」
梨華が明るく答えた。
「警戒して損したな」
真希と梨華が明るく笑いあう。ひとみはひきつったようにしか笑えない。
- 107 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:35
- 「ここ、いいポジションだね」
真希はそういって、目の前を見渡す。アトラクション『テンガロントレイル』
の前は、大きな広場になっていて、何本もの通りが交差するところでもあ
る。行き交う人は目まぐるしく変わる。
「なんか収穫あった?」
真希は広場を見渡しながら、聞いた。
「怪しい人いて、捕まえてみたらスリだったんだー」
梨華が残念そうに答えた。喋り方は可愛らしい。さっきのはなんだ、夢、
とひとみは思った。
「それもお手柄だねえ」
「真希ちゃんのほうは?」
「なんにも収穫なし」
「そっかー」
- 108 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:35
- ひとみは、ずっと広場のほうに目線をやっている。植え込みのそばに、
ポケットに手を突っ込んできょろきょろしてる男を見つけた。
「あいつ怪しいな」
「どこ?」
そう聞いた真希は、広場のほうを観察する。
「左から三つ目の植え込みのとこの、茶髪」
「よし。じゃ、梨華ちゃんあいつの後ろ回って。あたしとひとみで左右から
はさむ」
「うん、わかった」
梨華が真剣な顔になって、スッと人ごみに紛れる。
「真希」
「ん?」
「梨華ちゃんのことなんだけど」
「なかなか、やり手っぽいじゃん」
真希はそう言いながら、梨華を目で追っている。
- 109 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:36
- 「そうだね」
「後ろから回ってもらえばいいよね?」
「いや、そうじゃなくて」
ひとみが言いよどむ。
「なに言ってんの。ひとみは右ななめ正面だからね」
真希は、ひとみに喋る時間を与えず、すっと人ごみに紛れた。ひとみも
ため息をつき、人ごみに紛れる。
3人は、男に気付かれないよう、かつ素早く近づく。真希が最初に男に
話しかけた。
「すいません」
「なんだよ」
男はポケットに両手を突っ込んだまま、機嫌悪そうに答えた。
「爆弾しりません?」
「はぁ?」
男は真希を上からにらみつけ、わけわかんねえ、と言うと、真希に背を
向けすたすたと歩き出した。ひとみが右のほうから真希に駆け寄る。
- 110 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:37
- 「どう?」
「爆弾、って言葉に反応なし。違うね」
「そっか」
男の歩く方向には、梨華がいる。梨華は男の前に立ちふさがった。
「おい、どけよ」
男はいらだった様子で、そう叫んだ。
「ポケットから手を出してください」
「なに言ってんだお前」
梨華は呼吸を整えるように、ふーっと息を吐き、
「手を、出せ」
と低い声で言った。
男は、梨華を無視して横を通りすぎようとした。が、梨華に並ぶやいなや
男のひざがカクン、とおれた。
「やばい!」
ひとみはそう叫び、梨華のほうに走り出す。わけのわからないままの真
希も後を追う。
- 111 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:37
- 「爆弾は?」
ひざを押さえて苦しむ男は、梨華の問いに答えられない。
「爆弾はどこだ!」
と、その梨華の声を聞いて、急に動き出した中年男性がいた。その中年
は、小走りで広場から遠ざかろうとする。その不審な動きを真希は見逃さ
なかった。
「ひとみ、犯人いた」
「え、どこ?」
「あそこの小柄なオヤジ」
真希の指差す先で、黒いジャケットを着た髪の薄い中年男性が、人の隙
間をぬって早足で遠ざかっている。
「黒いジャケットで、ハゲかけの?」
「うん。梨華ちゃんが、爆弾、って言ったの聞いて急に動き出した」
「なるほど」
「ひとみ、追って。あたし梨華ちゃん止めてくる」
「わかった」
ひとみは、中年男性のほうへ走りだした。
- 112 名前:05. 投稿日:2003/11/17(月) 00:40
-
真希は、茶パツの男をにらみ下げる梨華に駆け寄った。
「梨華ちゃん、犯人いた」
「え?」
「黒ジャケットにジーンズ、黒い安物の靴はいたオヤジ。背は小さくて小
太りで髪薄い。あっちに逃げた。ひとみが追ってるから梨華ちゃんも行っ
て。あたしは回りこむ」
真希の早口の説明を、梨華は一回で理解した。
「うん、了解」
真希と梨華は、苦しむ茶髪の男を放置して、それぞれ別の方向へ
駆けていく。
「な、なんだ、あいつら」
男はうめき、疾風のように去っていった女の子達をただ見送った。
- 113 名前: 投稿日:2003/11/17(月) 00:40
-
- 114 名前:06. 投稿日:2003/11/17(月) 00:41
-
ひとみは中年男を追いかけて、園内を走る。男は人ごみに紛れた。
「待て!」
ひとみの叫び声に、園内の客が皆振り向く。人ごみをかきわけて後を追
うが、男を見失ってしまった。ひとみは、くっそ、と荒い息で悔しがる。
ひとみは適当に見当をつけて、再び園内を駆けだした。走り慣れてない
石畳の感触が、脚に伝わってくる。走りつつ、怪しいところに注意深く目線
を送っていたひとみは、コーヒーカップの乗り物前に、異様な人だかりを
みつけた。人々は、遠巻きに何かを観察している。
「まさかね」
ひとみは嫌な予感を覚えながらも、その円状の人だかりの中に入
りこんだ。
- 115 名前:06. 投稿日:2003/11/17(月) 00:42
- 予感は的中した。円の中心では石川梨華が、例の中年男をコテンパン
にやっつけていた。中年男はぐったりとし、抵抗の意思がない。なのに梨
華はさらに攻撃を加えようと、脚を構える。遊園地に似つかわしくないバト
ルショー。
「梨華ちゃん!」
ひとみは思いきり叫んだ。その声に梨華が反応し、今まさに男に蹴り下
ろそうとしていた、スタイルのいい脚を止める。
「あ、ひとみちゃん。犯人捕まえたよー」
「わ、わかった。OKOK」
騒ぎを聞きつけた私服警官が、人の輪の中に駆けこんできた。ぼろぼ
ろの状態でぐったりした中年男と、その横に立つ無傷の可憐な女の子を
見比べ、状況が把握できずにいる。
「爆発物所持の疑いで、現行犯逮捕しました」
梨華は得意げに、男の後ろ出を取り、警察に引き渡した。
- 116 名前:06. 投稿日:2003/11/17(月) 00:44
- そんな梨華の様子を、ひとみと、遅れて来た真希が、複雑な表情で見
ている。
「ね、ひとみ」
「ん?」
「あの子、梨華ちゃん。雇うんだよね?」
「もう、美貴ちゃんに、いいって言っちゃったよ」
ひとみは諦めたように、あぶないお姫様を眺める。
真希は、しょうがない、という風に目をふせた。
―
――
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/11/17(月) 00:46
-
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
【 screw-atack! lunatic girl. 】
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
- 118 名前:第4話 予告 投稿日:2003/11/17(月) 00:49
-
事務所の窓から見る外の景色は、変わりばえしない。
そんなさびれた路地裏に、一人の少女がいた。
名前は? 絵里、か。絵里ちゃんね。
真希と梨華ちゃんが、制服着て女子高に潜入するぞ。
しっかし、梨華ちゃんのスタイルの良さはムカツク。
第4話
『 クラウディ・ソウル・レビュー 』
あたしの出番ほとんどないよ。
吉澤ファンは見なくてよし!
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/17(月) 00:57
- 更新、お疲れさまです!
石川さん登場と思いきや凄いキャラで驚き&笑いますた。
次回も楽しみにしてます!
・・・・吉澤ファンだけど(w
- 120 名前:アミノ 投稿日:2003/11/17(月) 00:58
- >>75
涙、涙。
>>76
めちゃ期待に応えたいです。
>>77
バッシティー♪ 推察通りのイメージでいきたいです。
- 121 名前:名無し77 投稿日:2003/11/17(月) 01:04
- キター!遊園地で爆破予告、情景浮かび過ぎ、たまらん。
しかもリアルタイムで読めてしあわせ。
次回も楽しみにしてます。
…同じく吉澤ファンだけど。
- 122 名前:アミノ 投稿日:2003/11/17(月) 01:05
- >>119
即レスm(__)m 吉澤はあんなこと言ってますが、見てやってください。
- 123 名前:アミノ 投稿日:2003/11/17(月) 01:13
- >>121
即レスm(__)m 吉澤は出番が少なくてむくれてますが、見てやってください。
- 124 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/17(月) 21:20
- オモシロイだーよ。
チャクターごとにあるサブタイトルも結構好き
- 125 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/11/18(火) 17:15
- ちょっと普通とは違う展開がいいですね
ゲストも楽しみにしています
- 126 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/17(水) 09:30
- 亀吉期待しつつまってますw
- 127 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 00:28
-
第4話
『 クラウディ・ソウル・レビュー 』
- 128 名前:01. 投稿日:2003/12/27(土) 00:33
-
――
―
朝。ひとみは美貴に電話をしていた。調べ物を頼んだのだ。しばらくの
保留のあと、美貴の声が電話にもどった。
「お待たせ。一応機密なんだよこれ。えーとね、石川梨華、卒業成績D。
あ、でも体術A 格闘術Aだ。すごい。で、組織行動E、自制力E、感情バ
ランスE だって。あはは」
「はははは」
「ひとみ、声暗いよ?」
「大丈夫大丈夫、ありがと」
ひとみは頭を押さえつつ、電話を切った。
「どう?」
ひとみの横でくつろいでいた真希が、聞いた。
「どうもなにも、説明しにくい」
「梨華ちゃんのランクは?」
「D、だって」
「え」
真希は驚いて、ひとみを見つめる。
- 129 名前:01. 投稿日:2003/12/27(土) 00:35
- 「格闘系の評価はAなんだけど、協調性らへんが、Eだらけ」
「なーるほど」
「で、総合してD」
「前の事務所をクビになった理由は、これだったか」
「だね」
ひとみと真希の脳裏に、先日の遊園地での、梨華のやんちゃぶりが浮
かんでいた。
遊園地での事件で犯人を捕らえたひとみ達だったが、犯人がかなりの
怪我を負ったため、褒賞は無しになってしまった。
「ちょっとあれはやりすぎ。戒めとしてボーナスはなし」
とは、保田の弁。
- 130 名前:01. 投稿日:2003/12/27(土) 00:36
- 「ボーナス期待してたのに」
ひとみが愚痴る。
「新しいパソコン入れようと思ってたのにな」
真希も残念そうに、デスクの上を見る。仕事用のパソコンは本部のおさ
がりで、かなり古く処理が重いが、我慢して使っている。
「梨華ちゃんには、おとなしめに仕事してもらわなきゃ」
「まったくだね」
「はーあ、映画でも見よ」
ひとみはそう言うと、テレビ下のDVDプレイヤーの電源を入れ、トレイに
『タイタニック』のDVDを入れた。
「またそれ?」
「好きなんだもん」
- 131 名前:01. 投稿日:2003/12/27(土) 00:38
-
「ちわーす。お荷物お届けにあがりましたー」
元気な声で、引っ越し屋のスタッフが入ってきた。梨華の引っ越し荷物
が届いたのだ。真希が、ごくろうさま、と言い、キッチン横の部屋を指さす。
「そこの部屋に置いてください」
「わかりました」
引っ越しスタッフがもっていくダンボールに、女の子らしい丸文字で、『お
洋服 13』と書いてあるのが見え、真希は怪訝な顔をした。
「ひとみ」
「ん?」
ひとみはDVDのリモコンを取り、一時停止させた。
「いまの荷物、『お洋服 13』って書いてあった」
「お洋服、か。梨華ちゃんらしいねー」
ひとみは納得したように頷く。
- 132 名前:01. 投稿日:2003/12/27(土) 00:39
- いやいや、と真希は言った。
「そこじゃなくて、13」
「はっ」
ひとみが、嫌な顔をした。
「13個もあんの? 服だけで?」
怒涛のように運ばれてくる、梨華の荷物。真希とひとみは、ただそれを眺
めていた。
- 133 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 00:40
-
- 134 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:42
-
すべての荷物が運ばれ、引っ越しスタッフが帰っていったあとで、梨華
が事務所に入ってきた。
「荷物きてる?」
「全部そっちの部屋にあるよ。そこが梨華ちゃんの部屋」
ひとみがキッチン横の部屋を指さす。
「はーい」
可愛くそう言って、梨華は部屋の扉を開ける。部屋に入る前に、梨華は、
あ、と言った。
「ビルの横に女の子いたよ。なんかここの事務所見上げてた」
ひとみは立ちあがり、窓のブラインドを指で開く。女の子がこちらを見上
げていて、ひとみと目が合った。女の子は、素早くひとみから見えないと
ころに隠れた。
「いるね」
ひとみは、上着をざっとはおった。
「声かけてみるか」
ナンパ師のようにそう言い捨て、ひとみは事務所を出た。
- 135 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:43
-
ひとみはビルの1階の非常口をそっと開けて、路地に出た。天気は曇り
で、昼間だが路地裏は薄暗い。女の子はビルの壁を背にして、正面入り
口のほうを見ている。こちらの様子には気づいていない。ひとみはそーっ
と近づき、肩にぽんと手をおくと、女の子はびくっとなって、おそるおそる
振り向いた。ひとみはにっこりと笑う。
「どうもこんちは」
整った顔立ちだが、中学生ぐらいだろう。女の子は立ち去ろうとしたが、
ひとみが女の子の手をつかむ。
「あらら、つれないね」
「離してください」
「いま、事務所のほう見てたよね」
女の子はなにも言わないが、否定もしなかった。
「あたし、あそこの人間なんだ。さっき目が合ったよね」
女の子は、返事をしない。
- 136 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:44
- 「なんか困り事?」
「なにも困ってないです」
そう答えた女の子の顔は、やや陰っている。
「あたしには、困ってるように見えるけど」
女の子はうつむいた。
「とりあえず、お茶でも飲んできなよ」
ひとみは女の子の手を引っ張る。女の子は、抵抗しなかった。
「名前は?」
ひとみに聞かれ、女の子は、
「亀井、絵里です」
と小さな声で言った。
- 137 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:46
-
「遠慮なく入って」
ひとみは、絵里を連れて事務所に戻ってきた。真希はそれに反応をせ
ず、デスクで静かに仕事を続ける。ひとみは絵里をソファに座らせて、絵
里の正面に自分も座った。
「ほんとに困ってないならゴメン。でもなんか気になったから」
ひとみはそう言って、絵里に笑いかける。絵里はなにかを言いたそうに
しているのだが、うまく口が開けない様子だ。緊張しているのか、目の前
のテーブルをじっと見つめたままだ。
「よければ、相談に乗る」
真摯なひとみの言葉に、絵里の緊張がやわらいだ。
絵里は、ゆっくりと話し出した。
「あの……わたし、星淑女学園に通ってるんです」
「星淑! お嬢様学校じゃん」
ひとみは大げさに驚いた。星淑女学園は、この地区では名の通った、
良家の御息女が通う学校だ。少し金のある親なら、娘が星淑女学園に
通っている、というのは近所での自慢になる。
- 138 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:48
- 「何年生?」
「中等部三年です」
「エスカレーターで、高校受験もなしだ」
「はい」
「いいねえー」
羨ましそうにそういうひとみに、仕事の手を止めた真希がつぶやく。
「ひとみ、高校受験やってた?」
「ううん。高校行ってないし」
「受験の苦労知らずか」
「んだよ。真希はどうなんだ」
「あたし? アデュセイ来るまで高校行ってました。高校受験も頑張りました」
アデュセイとは、ひとみたち3人が通っていた訓練校だ。
「はいはい、そりゃご苦労様」
真希は、絵里に話しかける。
「星淑って、勉強大変だって聞くけど」
「あ、はい。大変です」
「頑張ってね」
「はい」
- 139 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:49
- ひとみが思いついたように言う。
「あ、ひょっとして家庭教師してほしいとか? あたし無理だな。真希、教
えれる?」
「んー、高一ぐらいまでならなんとか」
「だってさ」
ひとみは絵里に向き直る。
「そういうんじゃないです」
絵里は笑っている。
「絵里ちゃんは成績いいの?」
「いい方だと思います」
「テストの順位は?」
「こないだ、学年で5番でした」
「5番! めちゃめちゃ優秀じゃんか」
ひとみは尊敬のまなざしで絵里を見つめる。
「そんだけ頭よけりゃ、他の高校受けても大丈夫そうだね」
ひとみにそう言われ、絵里は悩みの表情になる。
- 140 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:50
- 「あれ? あたし悪いこと言った?」
「いえ」
絵里は、思いきって言った。
「実は、他の高校を受けようかなと思ってるんです」
「ほお。君の成績なら、どこでも大丈夫だ」
ひとみは、教師口調でおどけた。
真希はデスクから立ちあがり、ひとみの横に腰掛けると、絵里に話しか
けた。
「星淑から他の高校に行く人は、あまりいないよね」
絵里は細い声で、はい、と言った。
「星淑が、合わない?」
「そんなことないです。友達もいるし、星淑は好きです」
真希は口もとを手で押さえ、うつむき加減の絵里を見つめる。
「なんで転校考えてるか、教えてもらえないかな」
真希は優しく、そう言葉をかけた。絵里は唇をかみ、両手をひざの上で
握りしめる。大きく息をすって、吐くと、絵里は話し出した。
- 141 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:52
- 「先生、が、いて」
絵里の声は少し震えていた。ひとみと真希は、ただ絵里を見つめる。
「担任の、先生なんですけど。すごく生徒に人気があって」
「うん」
ひとみは、包み込むように優しく、相づちをうった。
「他のクラスの子からも、好かれてる先生なんです」
「勉強のこととか、先生の部屋まで相談に行ってる子も多くて」
「あたしも、時々、相談にいってて」
「いつも友達2、3人で、先生の部屋行くんですけど」
「そのときたまたま、あたし一人で」
「勉強を、教えてもらってたんですけど」
「先生の雰囲気が、怖くなって」
「急に、触られて」
消え入りそうな声。絵里は下を向いて指を震わせた。真希は絵里をじっ
と見守る。ひとみは自分の髪をくしゃっと握りながら、テーブルをにらみつ
ける。
「ごめん、っていわれて。悪気はないんだよ、誰にも言わないでくれって。
言っても誰も信じないからって」
「友達に、言えないし。クラスでの先生はいつもと変わらないし。なんか夢
だったのかなって」
「よくわからないんです」
「でも、先生を見ると、なんか気持ち悪くて」
「理科の教科係に、なったんです。先生に言われて」
「教科係は、先生の部屋に行くことが多いから」
「明日から学校、行きたくなくて。でも行かなきゃいけない」
ところどころつっかえながら、絵里は言葉を振り絞った。
- 142 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:53
-
「ありがとう話してくれて」
真希は、真剣な瞳で絵里を見る。
「あたしらが、全力で力になる」
ひとみは、言葉に決意を込めた。
真希はとろんとした目つきになり、頬に手をやって指でとんとんと叩く。
長く考えているときの真希のクセだ。真希は指を止め、強い口調で言った。
「明日は、学校休んで」
「仮病、ってことですか?」
絵里は心配そうにしている。
「親に嘘ついて家にいづらいなら、家出て、学校行かずにここにおいで」
- 143 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:54
- 真希が仕事の顔つきで、絵里に質問をする。
「亀井さん、お姉さんいる?」
「あ、はい」
「お姉さん、歳いくつ?」
「19です」
「お姉さんも、星淑だった?」
「はい」
「よし。お姉さんの星淑の制服借りてこれる?」
「え? は、はい。大丈夫です」
「亀井さんは明日、私服を持って、お姉さんの制服も持って、ここにきて」
ふーん、とひとみが言い、真希に向かってニヤリとする。
「やったろうじゃん」
ひとみもすでに、真希の意図を理解していた。
「あたしたちが、そいつの証拠掴んでくるから」
真希はそう言って、隣のひとみの肩をぽんと叩いた。
絵里は思わぬ展開に戸惑っている。
「それって、うちの生徒のフリするってことですか?」
「そのとおり」
絵里は、不安げな表情を浮かべた。
「それって、大丈夫ですか」
- 144 名前:02. 投稿日:2003/12/27(土) 00:57
- ひとみは宙をにらんだ。
「大丈夫でなくても、絵里ちゃんがダメっつっても、あたしは行くよ。そうい
うゲスは絶対許さない」
「星淑のことで、質問させてね」
と真希は言い、絵里にいろいろなことを聞いた。絵里は分かる範囲でそれ
に答え、真希は丹念にメモを取った。
「また明日の朝ね。任せてくれれば大丈夫だから」
真希はそういって、取り終わったメモをデスクの引き出しにしまった。
「そのクソ野郎、絶対にとっちめる」
ひとみも、まかせろ、と親指を立てた。
- 145 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 00:58
-
- 146 名前:03. 投稿日:2003/12/27(土) 01:00
-
翌朝。絵里が紙袋をかかえて事務所にきた。
「おはようございます」
事務所のソファでは、ひとみが煙草をくゆらせながら、寝覚めのコーヒ
ーをすすっていた。
「おはよう」
真希も梨華も、まだ自分の部屋から出てきていない。
「制服、よく似合ってるじゃん」
ひとみに誉められて、絵里は少し照れた。
「あたしの部屋そこだから、着替えてきなよ」
「はい」
絵里はひとみの部屋に入る。真希が自分の部屋から出てきた。
「おせえよー真希ちゃん」
ひとみのおどけは耳に入ってないようで、真希は無言でソファに座った。
髪は整っていて、起きたてという感じではない。口元に手をやり、何か考
えている。
「あ、おはよう」
たっぷりの沈黙のあと、真希は言葉を返した。おっせえ、とひとみはあき
れた。
- 147 名前:03. 投稿日:2003/12/27(土) 01:01
- 「起きてからずっと考えてたんだけど」
そう言って真希は、口元に手をやったまま話しはじめた。
「星淑に行くのは、二人でしょ」
「だね。制服は二つ。あたしと真希で行く」
「んー、そこなんだよね」
「どこ?」
真希は頭をかき、いいにくそうに言った。
「ひとみは、留守番、しててくれないかな」
「はあ?」
「星淑へは、あたしと梨華ちゃんで行こうかな、って」
「なんで。あたしでいいじゃん」
「この事務所に亀井さん一人置いとくわけにいかないでしょ。ひとみが一
緒にいてあげるのがいい」
「んー、梨華ちゃんに任せるのは、ちょっと心配か」
「でしょ」
「じゃあ、真希が留守番。あたしと梨華ちゃんで星淑いくよ」
「そこなんだよね」
「だから、どこだよ」
- 148 名前:03. 投稿日:2003/12/27(土) 01:03
- 「星淑へは、証拠を取りにいくわけでしょ」
「そうだよ」
「証拠って、セクハラの証拠だよね」
「うん」
「亀井さんの担任に、手を出させないといけない、でしょ」
「ちょっと待て」
ひとみは心外という風に、話をさえぎる。
「なにか、あたしじゃ役不足ってか? 相手にされないってかあ?」
「いや、ひとみは綺麗だと思うよ。目鼻立ちはっきりしてるし。どっちかって
いうと美人だよ」
「どっちかっていうとが余計だけど、まあありがとう」
美人といわれて、悪い気はしないひとみ。
「今回の任務は、綺麗な人より、可愛い人が向いてると思う」
「む」
「ひとみ、梨華ちゃん、あたし。この3人のなかで、『可愛い』といえば誰で
すか」
真希の問いに、ひとみはイメージをめぐらす。
「梨華ちゃん、だね。ダントツで」
「あたしもそう思う」
「梨華ちゃんは確定としよう。もう一人はどっちって話だね」
「ここで、ひとみよりあたしだと思う」
「はい。そこ納得いきませーん」
ひとみは手を上げて言った。
- 149 名前:03. 投稿日:2003/12/27(土) 01:03
- 「わかった。はっきり言う」
真希は、仕方ないというふうに姿勢を変えた。
「ひとみはあまり色気がない」
「う」
言葉の刃に刺されたひとみは、胸を押さえる。
「それ、厳しい」
「ひとみはたしかに美人だけど、男っぽいんだよね」
美人という響きに邪魔され、ひとみは反論の意を失う。
「あとほら、美人だと、男が逆に引いちゃうのもあるし」
「とってつけで言いやがって」
「いや、ほんとにほんとに」
ということで、と真希は話をまとめにかかる。
「あたしと梨華ちゃんが星淑に行く。ひとみは亀井さんを見守る」
「分かったよ」
うまく言いくるめられたなあ、とひとみは思った。
- 150 名前:03. 投稿日:2003/12/27(土) 01:05
-
ひとみの部屋の扉が開いて、絵里が出てきた。ジーンズにパーカーと
いったカジュアルな服に着替え終わり、手にたたんだ制服を抱えている。
「これ」
絵里はそう言うと、テーブルの上に自分の制服を置いた。
「借りるね」
真希は制服を手にとると、しばし眺める。
「お姉さんの制服も出してくれる?」
「はい」
絵里は紙袋から、もう1つの星淑の制服を取り出し、テーブルに置く。
「可愛い制服だよな」
ひとみは恨めしそうにそう言った。
「あの」
絵里が切り出す。
「あたし、ここで一人で待ってればいいんですか」
「ううん。うちの吉澤ひとみが、亀井さんと一緒にいる」
真希はそう言って、ひとみを手のひらで示す。
「そうですか」
絵里は、少しほっとした様子だ。
- 151 名前:03. 投稿日:2003/12/27(土) 01:05
- 「絵里ちゃんが悪い男に持ってかれないように、この吉澤ひとみ、全力
でお守りします」
吉澤はきどって、紳士的な礼をかました。
その時、スウェット姿の梨華が部屋から出てきた。
「おはよー」
眠そうにそう言って、大きくあくびをすると、梨華はデスクの椅子にちょ
こんと腰掛けた。
「梨華ちゃんとあたしで星淑行くことになったから」
「ん、わかった。昨日話してたとおりね」
ひとみは、え、と言った。
「なんだ、もう話通してたのかよ」
「うん。昨日の夜に」
真希はしれっと言い放った。
「梨華ちゃん」
ひとみは真剣な顔で、梨華のほうを向く。
「証拠とったら、そのクズ思いっきり蹴りつけてきて」
「うん、まかせて!」
「おいおい」
真希は苦笑いした。
- 152 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 01:06
-
- 153 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:07
-
星淑女学園の校舎は、街外れの高台にあり、中等部と高等部が一緒に
なっている。西洋建築の校舎が、赤レンガ造りの校門の奥に、並んで建っ
ている。今日は朝から、晴れとも曇りとも言えないような、あいまいな天気
だった。
「あたし、ちゃんと生徒に見えるかな?」
星淑の制服に身をつつんだ梨華は、隣の真希に聞いた。真希は制服姿
の梨華をひととおり眺める。
「完璧。すごい似合ってるし」
「真希ちゃんも可愛いよ」
「そうかなあ」
真希は、通学路に面したショーウィンドウに写った、自分の制服姿を見る。
「梨華ちゃん、スタイルいいねえ」
真希は感心したように、そう言った。
「え、そう?」
「うん。脚、細いし」
「いえいえ」
梨華はまんざらでもなさそうだ。
- 154 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:08
- 「ひとみがさ、制服着た梨華ちゃん見て、ため息ついてたよ」
真希は、思い出し笑いした。
「そうなの?」
「負けた、と思ったんじゃないの」
「あはは」
「ひとみちゃんと亀井さん、どうしてるかなあ」
梨華は、鞄を後ろ手に両手で持ち、曇りがちの空を眺めて、つぶやいた。
「ひとみはきちんとケアしてあげれてるよ。いい意味でアホだから」
「アホって」
梨華はクスッと笑った。
「ああいう気使わないタイプはいいよ。関係ないことばっか言いそうだし」
「そうだね」
- 155 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:09
- 「映画とか、二人仲良く見てるんじゃない」
「あたしのDVDも、机においてきたよ」
「なに?」
「バトルロワイアルと、マトリックス。ひとみちゃんアクション好きそうだし」
「ひとみはあれで、ラブストーリーが好きみたい」
「そうなんだ」
真希は、はっとして言った。
「バトルロワイアルってR−15指定じゃない?」
「うん」
「亀井さん、中学生だよ」
「あ!」
梨華は、しまったという風に甲高い声を上げた。
「きっと、ひとみの『タイタニック』観てるよ。大丈夫」
- 156 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:10
-
ニセ星淑女学園生徒の2人がムダ話をしているうちに、校門が目の前の
ところにきた。女生徒たちは、校門の脇に立つ先生に会釈をしながら、門
を通っている。真希と梨華も、それにならった。
「ふう」
校門を無事に通過し、梨華が息をつく。
「緊張するね」
真希が、たいして緊張してる様子もなく、そう言った。
「真希ちゃん、全然緊張してないように見えるけど」
「してるんだって、これでも」
生徒玄関でスリッパに履き替えて、真希と梨華は校舎内に入る。吹き抜
けのエントランスが眼前に広がる。真希は、絵里の話を書きとったメモを
取りだして、見る。梨華が真希の手元をのぞきこんだ。
「それ、なに?」
「亀井さんに教えてもらった、星淑の情報。校舎内の地図と、例の担任の
名前とか」
メモに書かれた名前を、梨華が読む。
「中川和彦、理科教師。か」
- 157 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:10
- 梨華は、真希に聞いた。
「ねえ。証拠取りにいくのは、放課後だよね」
「うん」
「放課後まで、学校見物してようよ」
「授業時間中は、動き回っちゃダメだよ。あやしいから」
「そっか」
梨華は残念そう。
「真希ちゃん、放課後までどうするの?」
「図書室で時間つぶそうかなって」
「マンガあるかな」
「どうだろ」
「あたしも図書室行こっと」
- 158 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:11
-
真希と梨華は、別棟にある図書室へ向かう。まだ1時間目は始まってお
らず、廊下にはちらほらと生徒の姿が見られる。移動するのは今のうちだ。
図書室に入ると、数名の生徒がいた。1時間目をサボる気なのだろう。
梨華は小声で真希に、
「朝なのに、人いるんだね」
と囁いた。真希と梨華は図書室の奥へと歩き、本棚の隅の椅子に二人
並んで腰かけた。
「亀井さん情報のとおり。図書室には授業サボりの生徒が、何人かいる」
真希は梨華の耳元でそう囁いた。
「お嬢さま学校の星淑も、普通の学校なんだね」
「あとね、教務棟の屋上と、教室棟裏の中庭が穴場らしい」
「ふーん」
「マンガ探してくる」
梨華はそう言って立ちあがると、本棚の奥へ消えていった。真希も立ち
あがると、本を物色しながら、足音を立てないようにゆっくりと歩く。真希
は推理小説の棚で足を止めた。小学生の頃はよく読んでたなあ、と懐か
しがりながら、シャーロックホームズの「緋色の研究」を手に取り、厚い表
紙を開いた。真希は、まるで本に吸いこまれるような感覚をおぼえる。本
棚の前に立ったまま、読みふけった。
- 159 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:13
- どのぐらいの時間が過ぎたのか。突然肩を叩かれて、真希は我に返る。
振り向くと、梨華がいた。
「あたし、屋上にいるね」
「ん」
短い返事をし、再び本の世界に戻る真希。梨華はあきれたように口を
への字にすると、図書室を出ていった。
- 160 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:15
-
本の世界に行ってしまった真希をほっぽって、梨華は一人で屋上に向
かう。ちりひとつなさそうなクリーム色の廊下をてくてくと歩く。廊下突き当
たりの右のほうから、革靴らしき足音が聞こえた。梨華はさっと柱の影に
隠れる。顔を半分だけ出して様子をうかがうと、教師らしき中年男性が足
早に通りすぎていった。
梨華は制服のポケットから、ケイタイをとりだして時間を見た。9時25分。
1時間目は終わって休憩の時間だ。廊下を歩いていても怪しくはない。梨
華は堂々と歩くことにした。廊下は突き当たりでT字に分かれ、右には階
段、左には職員室、校長室などの部屋がある。梨華は屋上へ行く前に、
職員室をのぞいてみることにした。
職員室の扉は開いている。梨華は中をうかがって、失礼します、と入っ
た。入り口近くの机に座っている、まだ新任教師らしき若い女性に聞いて
みる。
「すいません。理科の中川先生、いらっしゃいますか」
「うーん」
女性は座ったまま背を伸ばして職員室を見まわすと、あそこ、と言った。
女性の目線の先には、窓際で壁によっかかり、テレビを見ている背の高い
男がいた。どちらかといえば男前だ。女生徒に人気、か、と梨華は少し納
得した。
- 161 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:16
- 「窓際にいる、白衣を着た人ですよね」
「そう、だけど?」
女性は、なんでそんなこと聞くんだ、と不思議がっている。
「なにか用事?」
「ちょっと、いま時間ないんで、後から来ます」
「何組の、なにさん?」
「また来ます」
梨華はにっこり笑ってそう言い、失礼しました、と足早に職員室を出た。
梨華は屋上へと、階段を上る。息を切らしながら、屋上へたどりついた。
荒い息。鼓動が早い心臓。運動不足を痛感させられた。やばいな、もう歳
かなあ、と、梨華は独り言をいった。
- 162 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:17
- 教務棟の屋上は、ほんとに人の出入りがあまりないようで、廃れたオー
ラが漂っている。が、汚いと言うわけではなかった。人目から隠れてのん
びりするにはぴったりだ、と梨華は思った。
星淑への通学路を歩いてた頃に曇っていた空は、晴れ間が見えていた。
太陽の光を体に受け、わずかだけれど暖まる。梨華は目を閉じ、太陽の
方へ顔を向け、背伸びをした。
屋上はわりと広く、人がこない場所だといっても、きちんと金網は張って
あった。金網に手をかけ、網のひし形のすきまから、街の景色を眺める。
太陽に照らされているところと、そうでないところの境が、街に線を引いて
いるように見えた。梨華は空を見上げる。太陽のそばにはちらほらと雲が
あり、西の空には、厚めの雲が漂っている。今日の天気は、晴れのち曇り
のようだ。
梨華は、日当たりのいい場所に、古いベンチを見つけた。指で表面をな
ぞって、汚れがないのを確認すると、ゆっくりと寝っころがる。体を空へ向
けると、日の光をより感じる。いい陽気に包まれて、梨華はうとうとと、眠り
に落ちていく。
- 163 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:17
-
――石川梨華は、夢をみた。
- 164 名前:04. 投稿日:2003/12/27(土) 01:18
- 梨華とひとみと真希は、どこかの建物の中にいた。3人で、誰かを追っ
ている。どうやら重要なミッションらしい。ようやく追いつめるが、相手はと
ても強い。ひとみが重傷を受けて倒れる。真希も不覚をとって、やられた。
ついに梨華一人だけになる。ピロピロリーン。梨華に迫ってくる相手。ピロ
ピロリーン。石川梨華、絶体絶命。
「ピロピロリーン。ピロピロリーン」
胸元で鳴るケイタイの着信音で、現実へ帰還した。のろのろとケイタイを
取りだして開き、液晶画面を見る。真希からだ。はあーい、と寝起き声で出
る。
「お昼食べにいかない?」
「いく」
「んじゃ、学食の前で待ってるね」
「はーい」
梨華は電話を切り、体をおこす。
「もう昼かあ」
梨華は独り言をいい、立ちあがって背を伸ばした。
- 165 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 01:19
-
- 166 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:20
-
学食の前。真希はケイタイをいじりながら、梨華を待っていた。生徒で混
雑する学食前の柱にもたれかかながら、梨華の姿を探す。時々生徒と目
があったりして、真希はそむけるでもなく自然に目線を外す。あまりきょろ
きょろすると、生徒と目が合ってしまう。真希は再びケイタイをいじって、待
ち時間をやりすごす。
「すいません」
突然声をかけられて、真希はパッと顔を上げる。一人の女生徒が、真希
の前にいた。
「高等部の人ですか」
「はあ」
真希はいぶかしげに相手を見る。小柄で目の大きな可愛らしい女の子だ。
「あの、お昼、一緒に食べてもらえませんか」
「え?」
女生徒は、ほんの少し顔を赤らめて、目を輝かせている。なんだこりゃ。
食事のお誘い受けちゃったよ。
- 167 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:21
- 「えーと、約束してる人がいるから」
「そうなんですか」
残念そうに、うつむく女の子。
「何年何組なんですか?」
「んー、2年、C組」
真希は適当に答えた。
「名前、聞いてもいいですか?」
「吉澤ひとみ」
真希はとっさに、ひとみの名前を出した。
「あたし、中等部3年E組の、中野です。失礼しました!」
その女生徒は、元気よく自己紹介すると、友達と一緒に学食の奥へ消え
ていった。
「なんなんだ」
あっけに取られた真希は、その女生徒をただただ見送った。
- 168 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:22
-
「おまたせー」
ようやく梨華が、真希の前に現れた。
「遅い」
「あれ、遅かった?」
「いや、遅くないんだけど、ちょっと変なことあって」
「なに」
「女の子に、一緒にお昼食べないかって言われた」
梨華の目が大きく開かれる。
「え、ナンパされたの?」
「ナンパなのか、あれは」
真希は先ほどの光景を思い返している。
「へー。ナンパされないよりは、いいってことにしようよ」
「なんだかなあ」
- 169 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:23
- 真希と梨華は、トレーを持って、カウンターに並ぶ。
「どんな子?」
梨華は興味津々で、学食を見渡す。
「探さなくていいって」
「気になるもん」
「えーとねえ」
真希もあらためて探す。
「デザートの前にいる、背ちっちゃくて、短い三つ編みで二つくくりしてる子」
「あの子か」
梨華はじっと、その女生徒の後姿を見る。女生徒が動いて、横顔が見え
た。
「可愛い子だね」
「いや、可愛くてもどうなのさ」
「可愛くない子より、可愛い子のほうがいいよ」
「そんなもんかね」
「こうなに、可愛い子に誘われて、自信になる。みたいな」
「自信つかねえー」
- 170 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:24
- 真希は適当に丼物を取り、梨華もそれにならう。さらに歩みを進めて、レ
ジでお勘定。
真希はポケットから財布を出し、レジのおばさんに、
「二つ一緒で」
と、梨華のトレーを指さした。
「いいの?」
「梨華ちゃんの引っ越し祝い、まだしてなかったし」
「遠慮なくいただきまーす」
梨華はうやうやしく両手を合わせた。
セルフの飲み物コーナーでお茶をいれると、真希と梨華は真ん中あたり
のテーブルに向かい合って座り、昼食を取る。
「けっこういけるね」
「うん、美味しい」
しばし言葉を忘れて丼を食す、ニセ学生二人。
- 171 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:26
- 「放課後のことだけどさ」
真希が箸を止め、切り出した。
「うん」
「本番前に一度、中川って奴の部屋、見とこうか」
「え、でも」
梨華は心配そうな表情になった。
「お昼休みに行ったりしたら、その先生と鉢合わせない?」
「大丈夫」
真希はメモを取り出して、梨華に見せた。
「星淑の先生たちは、みんな職員室でお昼を食べる。そういう決まりみた
い。亀井さんの星淑情報」
「そっかそっか」
「ちょっと、午前中、のんびりしすぎちゃったしね。現場見て、気を締めな
いと」
「そうだね」
- 172 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:27
- 「梨華ちゃん、屋上で何してたの?」
「お昼寝」
「それもいいね」
「真希ちゃんは、ずっと図書室?」
「うん。推理小説読んでた」
「それ、あたしにはあんまりよくない」
「ありゃ」
真希はお茶をすすった。採光の良い、大きな縦長のガラス窓の外の、
中庭を眺める。
「緑茶は、最高だねえ」
梨華もつられて、中庭を眺める。
- 173 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:28
- 「もう2時間ぐらいしたら本番だね」
真希はケイタイで時間を見ながら、梨華に促す。
「うん」
「あんまり心配はしてないんだ。うまくいく気がする」
「うまくいってほしいね。一応さっき職員室で、その先生見てきた」
「あ、そうなんだ。今から見にいこうと思ってたんだけど」
「もう確認したよ」
「どんなやつ?」
「わりと男前だったかなあ。生徒に人気あるのも、わからなくはない感じ」
「へえ」
真希は、意外そうな声を出した。
- 174 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:28
- 「でも、大丈夫かなあ」
梨華は、への字口で心配がる。
「大丈夫。梨華ちゃんの制服姿見て、確信したよ。まさに適任。あたしはサ
ポート兼ボディーガードでいく」
「お願いね」
「あ、ボディガードは必要ないか。梨華ちゃん、格闘評価Aだし」
「え、なんで知ってるの?」
「ひとみが、KMCAの事務してる友達に聞いたみたい」
「そんなの教えてもらえるんだ」
「協調性項目がEだらけってのが、おかしかった」
ふふっと、真希は笑った。
「ちがうんだってば!」
梨華が大きな声を上げた。
- 175 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:29
- 「卒業試験のときにね、ペアになった子がすごい優秀だったの。で、あたし
もいいとこ見せなきゃって張りきリすぎちゃったの」
「へー、誰とペアだったの?」
「松浦さん」
真希がお茶を吹きそうになった。
「松浦亜弥? 卒業生総代の?」
「そう、あの超優等生」
松浦亜弥は、真希たちの代の首席卒業生だ。卒業試験において全ての
項目でAを受け、将来性を見込まれ、訓練校アデュセイでは異例の『総合
成績AA』を授かった。現在の松浦亜弥は、実務経験を免除されて、KMCA
の幹部候補生だ。
- 176 名前:05. 投稿日:2003/12/27(土) 01:30
- 「松浦亜弥とペアだったんだ。そりゃ焦るね」
「でしょ?」
真希はお茶の湯のみをコトッと置いた。
「ひとみと2人で、前の事務所辞めたのはこれでか、って話してたんだよ」
「ち、ちょっと、所長と合わなくて。ほんとだよほんと」
「そういうことにしとく」
「信じてないし」
梨華はまた、への字口になった。
- 177 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 01:32
-
- 178 名前:06. 投稿日:2003/12/27(土) 01:34
-
学食で昼食を取り終えた真希と梨華は、昼休みが終わらないうちに理科
準備室の前にきた。理科準備室の扉には鍵がかけられているが、扉には
ガラスがはめこんであり、中の様子がうかがえる。
「けっこう綺麗にしてる」
真希は中をのぞいて、そうつぶやいた。梨華も中をのぞく。
「だね」
真希と梨華は、理科準備室の様子を観察する。
「暗幕の影から、写真取れそう」
真希はカメラを手に持ちながら、入り口そばの暗幕と、机との距離を見
ている。
「あたしは、これで音を取る」
梨華は、会議用レコーダーを鞄から取りだして、確認した。
「このカメラさ。シャッター音のないタイプなんだよね」
「業務用のやつね」
梨華がいう業務用とは、探偵業務、悪く言えば盗み撮り用ということだ。
「そう。写真撮れたら派手な音立てるから。それが合図ね」
「わかった」
- 179 名前:06. 投稿日:2003/12/27(土) 01:36
- 「ほんの一瞬、やつの目線を入り口から外してくれたら、その隙にあたし
が中に入りこむ」
「その方法なんだけど」
梨華も考えていたようだ。言葉を続ける。
「あの棚の上の、模型を落とすね」
「いい作戦」
真希はニヤリとする。
「どうしたって、数秒は目が模型にいくはず」
「数秒もあれば、余裕」
エージェントらしき言葉が、飛び交う。
「模型を壊して、謝れば、心理的に相手を優位に立たせられる」
梨華は冷静に作戦を練っていた。これには真希も感心する。
「なるほど、やるね」
「手を出してきやすくなる」
「同感」
真希は、梨華のことを頼もしいやつだと思った。この子ただのやんちゃ
娘じゃないな、と真希は思った。
- 180 名前:06. 投稿日:2003/12/27(土) 01:37
- 「作戦プラン、かなりいいね。これ以上のは浮かばない」
真希は、満足げだ。
梨華は、真希に聞いた。
「もし、手出してこなかったら?」
「手を出してくる、に賭けるしかないね。中川先生を信じよう」
「変な言い方」
梨華はクスッと笑った。
「中川は放課後、いつもこの部屋で過ごしてるみたい。手さえ出させれば、
あたしらの勝ち」
「がんばる」
「梨華ちゃんに手を出さない男がいるとは、思えないしね」
「それ、誉めてる?」
「もちろん」
「嬉しいような、嬉しくないような」
「男がほっとかない可愛い子、ってことだもん」
「ま、喜んどこうかな」
- 181 名前:06. 投稿日:2003/12/27(土) 01:38
- 真希は鞄の中のインスタントカメラを確認した。
「よし。じゃあ、3時半にあそこのトイレで、待ち合わせ」
そう言って、真希は近くのトイレを指さした。
「了解」
「いまからどうする?」
「中庭行ってみようかな。穴場だったよね」
「うん。教室棟裏の中庭」
「真希ちゃんはどうするの」
「図書室」
「また?」
「小説、途中なんだよねえ」
真希は思い浮かべる。
「時間、遅れないでよ」
「大丈夫。あとちょっとだから」
「読み終わって、次の読み始めたりってのは禁止」
「あーそれ危ない。気をつける」
「ダメだからね」
「うーい」
- 182 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 01:39
-
- 183 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:41
-
中庭でボーっと時間をつぶした梨華は、3時半前に、理科準備室近くの
トイレに来ていた。中庭は人のこない穴場ではあったが、そこで時間を過
ごすのは苦痛だった。真希ちゃんみたいに本読んでたほうが良かったか
な、と梨華は思った。
トイレの窓を開け、なんとなく外を眺める、目の前に別棟の校舎が見え
るだけだ。みて楽しむような景色じゃない。梨華はまた、目線を外に送り
つつボーっとした。
ケイタイを取り、ディスプレイに目をやる。時間は、3時33分。まだ真希
はこない。図書室まで迎えにいこうか、と梨華が思ったとき、トイレの入り
口から真希が入ってきた。
「遅刻」
梨華はたっぷり不満げ。
「ごめん」
「次の本読んでたでしょ」
「ううん。読んでた小説、けっこう残ってて」
「はいはい。どっちでもいい」
機嫌悪そうに、愚痴る梨華。
- 184 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:42
- 「怒ってる?」
「暇でつまんなかったの」
「本読んでたら、すぐ時間たつのに」
「あたし、本好きじゃないもん」
「そりゃそうと。例の教師、準備室にいるよ」
真希は話を変え、仕事の顔つきになった。梨華の顔も引き締まる。
「よおし」
「レコーダーは?」
「さっき動作確認した」
梨華は胸ポケットからレコーダーを取りだし、真希に見せる。
「カメラの準備もOK。いつでも行って」
無言で真希の目を見ると、梨華はトイレから出た。真希もそれに続く。
- 185 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:44
-
梨華は、準備室の様子を見た。長身の男が机に向かって、本を読んで
いる。職員室で確認した、例の先生に間違いない。梨華は真希に目配せ
すると、胸元のレコーダーの録音ボタンを押した。コンコン、と準備室の扉
をノックし、梨華は戸を開いた。
「失礼します」
しおらしげに挨拶をし、梨華は準備室に入る。戸は閉めない。男は本か
ら顔を上げ、おう、と言い、梨華をみている。
「聞きたい事があるんですけど、今いいですか?」
梨華は部屋の奥へ行く。あ、これ何なんですかー、と可愛く言い、梨華
は棚の上の模型を手に取った。手を滑らせたように、床へ落とす。バキッ、
と鈍い音がした。
「きゃ!」
「おいおい、気をつけろよー」
男は、椅子から立ちあがり、かがんで模型を拾う。その瞬間、真希が音
もなく準備室に入り、暗幕の影に潜んだ。梨華は、目の端で、真希が準備
室に入ったのを捉える。
- 186 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:44
- 「ごめんなさい」
「あーあ、壊れちゃったな」
男はかがんで、模型を両手に取る。
「え、ほんとですか?」
梨華は男に身を寄せるようにしゃがみ、模型をのぞきこむ。
「接着剤でくっつけるよ、仕方ない」
「すいませんでした!」
梨華は大げさなくらい深い礼をした。男は、戸、閉めてきて、と言い、模
型を持って椅子に腰掛ける。
「はい」
梨華は素直に返事をし、準備室の扉を閉めた。横目で、暗幕の影の真
希とアイコンタクト。
- 187 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:46
- 男は、引出しから瞬間接着剤を取り出し、模型を直している。その姿を、
さも申し訳なさそうに見つめる梨華。
「よし、くっついた」
「よかったー」
男はそっと模型を机に置いて、梨華に笑いかけた。かっこ悪くはない顔
立ちに、妙に鋭い目。
「ほんと、すいませんでした」
梨華は男のそばの椅子に腰掛けながら、しょぼんとした態度を見せる。
「いいよ。直ったし」
そう言いながら男は、制服のスカートからのびる梨華の脚に、一瞬だけ
目をやった。
「でも、申し訳ないです」
「いいって。それより、聞きたい事はなに?」
「あのう」
梨華はわざと、言いよどみながら話す。
「理科のことじゃないんですけど」
言葉に艶っぽさを含ませながら、梨華は上目づかいで聞く。
- 188 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:48
- 「なに?」
「恋愛相談、になるんですかねえ」
「恋愛は専門じゃないよ」
男は、わざとらしく笑った。
「好きな男の人がいて。その人は年上なんですけど」
少し照れた感じで、梨華は男を見つめる。好かれている、と思わせるに
十分な、雰囲気と仕草。言葉はなくとも分かる、恋愛優位に立っている感
覚。この理科教師も、世の男性の多分にもれず、そう思いこんだ。可愛い
女の子が、潤んだ瞳で俺を見つめている。これはいける。
「年上の男ねえ」
そう言いつつ、男は梨華のほうに、すこしだけ身を寄せる。梨華は遠ざ
からない。準備室の中で2人の距離が近づき、男はさらに調子づく。
- 189 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:48
- 「振りまわされないように、気をつけたほうがいいぞ」
男はさらに梨華に近づく。それでも梨華は動かず、潤んだ目で男を見つ
める。スカートのすその乱れを直し、脚を少しだけ動かす。
「そうなんですか」
梨華の上気した顔は、会話内容とは無関係に、場の空気を承諾してい
る。男にはそうとしか思えなかった。男の手が近づき、ゆっくりと梨華の
太ももに触れた。その瞬間、梨華は表情を一変させる。梨華は顔に恐怖
の色を作った。
その瞬間。真希は暗幕の影から、シャッター音のないインスタントカメラ
で、素早く数枚の写真を撮り、入り口の扉を、ガアン! と蹴った。
- 190 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:51
- 「やめてください!」
音を合図に、梨華は甲高い声で叫び、男を突き放した。
「は?」
男は、ポカンと驚いている。
「先生、なにするんですか!」
そう言って、梨華は泣き声をあげる。冷たい目に、無表情で。立ちあがっ
て、胸ポケットからレコーダーを取り出し、録音を止めた。
「ミッションコンプリート」
梨華は抑揚のない声で、そう言った。男は現状を把握できず、目が泳い
でいる。真希がカメラを片手に、暗幕の影から出てきた。
「完璧だね」
真希は梨華の横に並ぶ。
「あー気持ち悪い」
梨華は、男に触られた太ももを、ゴミを払うようにパンパンと叩いた。
- 191 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:52
- 「おまえら、まさか」
男は震えた声でそう言い、梨華と真希を交互に見る。
「俺をはめたのか」
「正解」
真希が、今撮ったばかりの写真をひらひらと振る。男が立ちあがり、真
希に食ってかかろうとした瞬間、梨華の蹴りが男のわき腹に食い込む。
鈍い音がした。
「ぐあ」
男はうめき、わき腹を押さえて、うずくまる。
「もうちょっと、いいよね?」
梨華は真希に確認する。真希は無言で頷いた。梨華は男の髪を掴み、
膝で右フックを打つ。さらに、肩をつかんで中腰に立たせ、梨華は後ろか
かとで男のみぞおちを蹴り上げた。男は呼吸を止められ、うめくことも許
されず床に崩れた。
- 192 名前:07. 投稿日:2003/12/27(土) 01:53
- 「たっぷり反省しろ」
真希は男をにらみながら、吐きすてるように言った。
「あ、ひとみちゃんの分も」
梨華はそう言い、床に突っ伏している男の髪をつかんで引きずり起こす
と、膝で頭を跳ね飛ばすようなアッパーを打ち上げた。男は、もんどりうっ
て、白目をむいて倒れた。
- 193 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 01:54
-
- 194 名前:08. 投稿日:2003/12/27(土) 01:57
-
事務所では、絵里が食い入るようにテレビの画面を見つめていた。その
横でやはり、画面に釘付けのひとみ。
「ただいま」
真希の声がして、真希と梨華は事務所に戻ってきた。ひとみからの返事
はない。真希がテレビ画面を見てため息をついた。
「バトルロワイアルだ」
「見ちゃってる」
梨華も、しまったという顔になる。
ひとみも絵里も言葉がない。二人が帰ってきたことに気づいてないようだ。
映画はちょうど、天才少年が火に包まれるシーンだった。
「服、着替えとこっか」
「そうだね」
真希と梨華は、それぞれの部屋へ入っていった。
- 195 名前:08. 投稿日:2003/12/27(土) 01:58
- しばらくして、映画のエンドロールが流れる。ひとみが背を伸ばす。真希
が着替え終わり、制服を片手に部屋から出てきた。それに気づいたひとみ
が振り返り、
「お、おかえり」
と、と声をかける。梨華も、たたんだ制服を両手で持って部屋から出てきた。
絵里は、まだエンドロールを見つめている。
エンドロールも終わり、絵里が現実世界に帰ってきた。
「すごいですねー」
高揚感を抑えきれない様子の絵里の声は、熱っぽい。梨華はDVDを取
りだすと、面白かった? と絵里に聞いた。
「すごかった。面白かったです」
真っ黒のテレビ画面をまだ見つめ、映画を思いかえしている絵里。
- 196 名前:08. 投稿日:2003/12/27(土) 01:58
- 「この映画、中学生以下は見ちゃダメなんだけどね」
真希はそう言って、事務机に座る。
「大丈夫ですよー。もうすぐわたし、中学卒業だし」
ウキウキしたようにそういう絵里。
「いやー、絵里ちゃんこういうの好きなんだね。見かけによらん」
ひとみが、どこか感心したように言った。
「ひとみちゃん、どうだった?」
梨華が聞く。
「あんま好みじゃないかな。銃とか怖い」
「ひとみの好みは、ラブロマンス」
真希がちゃちゃを入れる。
「そっちのほうが見かけによらないなあ」
梨華が小声でつぶやく。
「なに?」
「なんでもないでーす」
梨華が可愛らしく、ひとみに微笑む。
- 197 名前:08. 投稿日:2003/12/27(土) 02:03
- 真希が鞄から、カメラと写真数枚を取り出して、机に置いた。
「証拠、おさえてきたよ」
梨華もその横に、小型レコーダーを並べる。ひとみが興味深そうに、どれ
どれ、と言いながら写真を手に取り、見る。
「わたしも写真見ていいですか?」
そう言って絵里は立ちあがった。
「いいけど、見ても、平気?」
真希は、絵里の心を気にかけた。が、絵里は、映画の余韻で気が昂ぶ
ってるようだ。
「見てやります」
思いきりよくそう言って、絵里は写真を手に取り、にらみつけた。写真を
にらむ絵里を、見守るように見つめる3人。
絵里は長く息をはいた。
「クソ教師」
そうつぶやいて、絵里は写真を机に置く。
「その写真、明日には校長先生とPTAに送るから。もちろん抗議文つけて」
そう言って真希は、絵里に目で約束する。
「お願いします」
- 198 名前:08. 投稿日:2003/12/27(土) 02:04
- あーそういえばさ、と真希が言った。
「中等部の中野って子に、学食で誘われちゃたんだけど」
「あー、中野さん」
どうやら絵里も知っているらしい。
「びっくりしたよ」
「あの子、すっごい変わってるんで。ごめんなさい」
「亀井さんが謝らなくても」
真希はふふっと笑った。
絵里は、ひとみの部屋で制服に着替えなおすと、丁寧にお辞儀して帰っ
ていった。
- 199 名前:08. 投稿日:2003/12/27(土) 02:06
-
数日後の日曜昼すぎ。天気は快晴で、窓から明るい日光が差し込んで
いる。
ひとみ、真希、梨華が、事務所でおのおの過ごしていると、そこに絵里が
やってきた。
「こんにちは」
「おー、こんちわ」
ひとみがそう言い、真希と梨華も笑顔で迎える。
「例の教師、どうなったよ?」
「クビになりました」
「まあ、当然だな」
ひとみは満足げに腕を組む。
あのー、と絵里は梨華の顔をうかがって、言った。
「バトルロワイアル、また見せてもらえませんか?」
3人は顔を見合わせて、苦笑いした。
―
――
- 200 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 02:08
-
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
【 After cloud comes sunshine. 】
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
- 201 名前:第5話 予告 投稿日:2003/12/27(土) 02:11
-
ども。やくざなキャラで通ってる吉澤です。
訓練校『Adusay(アデュセイ)』の中学生塾、『Beans』。
そこから、一人の子が課外授業にやってきた。
うちなんか見て勉強になんのかなあ。
新垣里沙さん、ね。
第5話
『 ソニック・ラプソディ 』
まいったねこりゃ…。お父さんお母さん先立つ不幸を(ry
- 202 名前: 投稿日:2003/12/27(土) 02:13
-
- 203 名前:アミノ 投稿日:2003/12/27(土) 02:24
-
>>124
サブタイトル、気に入ってもらえてなにより。今後も精進。
>>125
ありきたりでなく書いていきたいです。ゲストはちゃんちゃんと出ますので宜しくm(__)m
>>126
期待に近い亀吉になれてたらいいな。
- 204 名前:アミノ 投稿日:2003/12/27(土) 03:34
- >>5-38
第1話
『 ユーロビート・クライム 』 (ゲスト:矢口真里)
>>45-70
第2話
『 トランス・ペアレンツ 』 (ゲスト:加護亜依)
>>78-117
第3話
『スクリュー・サルサ・カーニバル』 (ゲスト:石川梨華)
>>127-200
第4話
『クラウディ・ソウル・レビュー』 (ゲスト:亀井絵里)
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/12/27(土) 04:41
- 良い
- 206 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/12/27(土) 11:18
- 冒頭の後藤さんと吉澤さんのやりとりがよかったです
次回作も楽しみにしています
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2003/12/28(日) 22:28
- 軽快で読んでいて気持ち良いです。
中野さんって元ネタあるのかな?
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/26(月) 22:59
- 保
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/08(日) 15:04
- 面白いです!亀キャラ良いです!(固定キャラ希望)
次回作の更新お待ちしております。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/08(日) 16:54
- 初めて読みました。
毎回のゲスト登場が新鮮でイイですね。すげ〜面白いです。
予告も好きです。
次回も楽しみにしてます。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/27(火) 00:47
- 保全するで〜(○^〜^)ノ
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 21:28
- 保全
Converted by dat2html.pl v0.2