TOWER
- 1 名前:七誌 投稿日:2003/11/04(火) 20:54
- 完結するまでレスなし放置の方向で。
でも、たまに( ´,_ゝ`)プッ( ´_ゝ`)フーン(゚Д゚)ゴルァ!!( ‘д‘)<禿(ry(ё)y-~~
などがあると読んでる人がいるんだ(((( ;゚Д゚)))(*´∀`)と動揺します。
つまらない話&しょぼい文章力なのでそんな奇特な方はいないでしょう・・・・・・・
では1レスだけ書いて_| ̄|○サヨウナラ
- 2 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/04(火) 20:56
-
―――――――――――――――――――――――
傷ついた羽で
羽ばたきを繰り返す。
意識が遠のき、無意識のまま
微かな羽ばたきを何度も何度も繰り返す。
空気を動かすこともできないそれは
空を飛ぶには弱すぎて
それでも、少女は繰り返す
どうなってもいい。
あの場所へ行けるなら――
―――――――――――――――――――――――
- 3 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/05(水) 08:31
-
- 4 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/05(水) 08:32
-
1
雑踏。
視界には時が止まったかのように凍りついた人々。
その間を縫うように小走りに駆ける少女。
あたしは、少女が誰なのか知らない。
あたしは、少女が誰なのか知っている。
知っているはずだけど知らない。
あたしは、少女を追いかける。
少女は、どんどん離れてく。
そこで気づく。
動かしていたと思った足はただの一度も動いていないということに――
あたしの足はまるで石のように固まって。
離れていく少女の背中。
伸ばそうとした手も動かずに
呼び止めようとした声も出ずに
あたしは、小さくなった少女の背中を見つめることしかできなかった。
少女が消える。
――そして、覚醒
目覚める瞬間、少女が誰なのか分かったような気がした。
だが、それはあくまで気がするという話で実際は全く分からない。
- 5 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/05(水) 08:34
-
※
外とは違った独自の法が行き渡った塔。
その最上層には天国が最下層には地獄があると言われている
いつから存在しているのか――
人工的に作られたものなのか――
全てが謎に包まれたこの塔の丁度中央部に属する階層に藤本美貴は住んでいる。
彼女は、毎日定時に仕事に出かける。
彼女の仕事――犯罪者を狩ることからその業種につくものは狩人と呼ばれる――リストによって得た情報から、目標を追跡、そして罪を裁く。
狩人といえば聞こえはいいが、やっていることは犯罪者と同じく殺人だ。
いつからだろう?
美貴は、思う。
いつから、自分はこの仕事をしているのか。
慣例になりつつある疑問。
脳以外のほとんどの機能が機械化された体。
それは、過去に自分が機械化の手術をうけたということに他ならない。
何故なのか?
何時なのか?
おそらく、その手術のあとからこの仕事をはじめたのだろうがまったく思い出せない。
美貴は、自嘲的に笑むとゆっくりと目を瞑った。
- 6 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/05(水) 08:36
-
狩人の前頭葉にはいつどこにいても本部から情報が得られるように超微細な端末が埋め込まれている。
視覚を遮断したのは、その精緻性を意図的に向上させるためだ。
すぐさま脳にダイレクトに入ってくる情報――多くの人間の顔写真と詳細なデータ。
所属している本部から送られてくるそれは美貴の仕事に必要不可欠な犯罪者リストである。
美貴は、ざっとそれに目を通して行く。
賭けられている報酬の金額順に並んでいる犯罪者の顔、そのトップの顔写真は空白のままでunknownと記されている。
目撃情報が唯の一つも入っておらず正体・性別・潜伏場所、その全てが不明。
彼、もしくは彼女――は、犯行現場に必ずMのマークを残すことから通称Mと呼ばれている。
透明な連続殺人鬼M。
そのため、唯でさえ人での足りない狩人が情報のないMを探すことはなく
随分前からそのリストの最上部はMの犯行記録だけがつけられるようになっていた。
美貴もご多分に漏れずMを探す気はさらさらない。
次ページまで目を通してミキは瞳を開いた。
- 7 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/05(水) 08:37
-
右腕を引っ張る――ミキの右腕は刀を納める鞘のようになっている――と、その下から黒光りする銃が姿を現す。
ミキの肉体は常人の何倍もの力がだせるようになっているためあまり武器は必要ではない。
右腕につけられたそれはミキが持つ唯一の武器だった。
ガチャリと制御装置を外す。
仕事の用意はそれだけで完了。ミキは、体と一体化した銃を動かす。
重みはとうに感じられなくなった。
まるでもとからそこにあったかのように馴染んでいる。
銃は自分で――自分は、銃だ。
言い聞かせるように呟くと、仕事着である漆黒のコートを羽織りミキは立ち上がった。
リストから選出した今日の獲物を狩るために――
- 8 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/06(木) 08:07
-
2
ミキは走っている。
目標まであと200といったところか。
速度をあげられるか?
自身の体に問う。
肯定。
それならば、と、ミキは地面を強く蹴った。
加速。
体内にあるモーターはフル稼働で音をたてている。
目標との距離が、100を切る。
体力の限界がきたのか、目標は己の足に絡まるように転んだ。どうやら生身の人間だったらしい。
まだ若さの残る容貌だ。
アスファルトに尻をついたまま、目標は怯えた眼でこちらを振り返る。
目標の顔を確認しリストと照らし合わせる。
間違いはない。当たり前だ。
ミキは、右手を伸ばし目標に向けた。
- 9 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/06(木) 08:08
-
目標の口が馬鹿みたいに開かれる。
その口は無駄だと分かっているはずなのに命乞いの言葉を吐き出しはじめる。
「こ……殺さないでくれ。ただ俺は……」
ミキは、冷徹な眼差しで目標を見据えている。
引き金を引けば無くなる命。今、その命は己の掌の上にある。
どうとでもない自分がどうにでもできる命。
心の中で嘲笑し、そのまま、至近距離から射撃。
目標の身体が跳ね飛ぶ。
ミキはピクピクと動く目標に視線を定めたまま銃をおろす。
やがて、その身体が完全に停止するのを見て戦闘態勢を解いた。
80%ほど戦闘用に割り振られていた身体が通常の状態へ戻る。
ミキは小さく息をつく。
これほど無駄な行為はない。
この街では、湯水のように生命が消費されていく。
最下層に行けば、一文の足しにもならないような僅かな金銭目的でも人は殺される。
狩人が狩るべき罪は星の数ほどあり、そして、自分たちは圧倒的に数が少ない。
本当に無駄だ。
まぁ、それでもなにもすることがないよりはマシだ――思いながら、ミキは目標であったモノを死体袋に詰めると担ぎ上げた。
- 10 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/06(木) 08:10
-
3
階層を移動する。地上478階。
目的地は細く入り組んだ路地にある店。
相変わらず、悪趣味な看板がかけられている。
ミキは、慣れた様子でその店のドアに手をかけた。
「飯田さん、います?」
薄暗い室内に向かって呼びかける。
応接セットと呼ぶのもためらわれるほど古ぼけたソファーと机。
壁際には微かに血の残った医療用ベッド。そして、薬品棚らしい金属製の棚。
ジジ……と、天井の蛍光灯が泣いている。
「いるよ〜」
壁と同化しているように見えるドアの内側からこの部屋の主である飯田が顔を出した。
ミキの顔を見ると「あんたも仕事熱心だね〜」と笑う。
「暇人ですからね」
ミキは言いながら担いでいた死体袋をなにもない机の上に置く。
飯田は、長い髪を1つに縛ると死体袋に手をかけた。
チャックを半分ほど下げていくと死体が見えるようになる。
「リスト番号582だね」
死体の顔を確認すると飯田は言った。ミキは、頷く。
飯田もまた本部と繋がった人間だ。
彼女は、ミキがまだ1人で狩りをしていた頃、突然現れて
「今日からあなたの面倒を見ることになった飯田カヲリだよ」と手を差し出してきた。
後になって、新しく狩人に登録された人間には本部直属の死体仲介業者があてがわれるのだと教えてもらった。
ミキにとってはそれが彼女だったのだ。
- 11 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/06(木) 08:11
-
飯田は、死体袋のチャックを再び上げもとの形に戻すと、
ソファーの上に置いていた書類にペンを走らせる。
「じゃ、これ申請しとくね」
「お願いします」
死体仲介業者とは、狩人が狩ってきた犯罪者の後始末と彼らにかけられていた報酬の申請をするのが主な仕事である。
長く狩人を続けているものは、最初に本部からあてがわれた業者から
自分の性質にあう業者に変えていくのが恒例になっているらしい。
が、ミキは飯田以外の業者と取引をしたことはない。
そうする必要がないといったほうが正しいだろう。
他の仲介業者と違って随分人間味があり、仕事以外の面でもいろいろと世話を焼いてくれる飯田を
最初こそ敬遠したものの今では単純に気にいっていた。
- 12 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/06(木) 08:12
-
「じゃぁ、ミキはこれで」
「あ、ちょっと待って」
ドアノブに手をかけたところで呼び止められる。
「なんですか?」
「可哀想な話聞きたくない?」
飯田は、悪戯っぽく笑んでいる。
どうやら、仕事の話らしい。飯田独自の情報網。
彼女は、どこで仕入れてくるのかときたまそういった情報も教えてくれる。
それもミキが飯田を気にいっている理由のひとつだ。
膨大な犯罪者がいるこの街ではリストに載らない犯罪も多い。
リストに載って狩られるのは大抵上層で犯罪を目撃された間抜けな人間ばかりだ。
それ以外の犯罪者たち――例えば下層で犯罪を行うような――は、現行犯もしくは許可を持った情報屋の情報によって狩ることができるようになっている。その際は本部に報告する必要もなく死体を直接売ることができるので狩人たちにとってはちょっとした小遣い稼ぎになっていた。志願者の少ない狩人だけに許された特権ともいえるだろう。
ミキは、人からすれば不敵とも言える笑みを口元に浮かべ飯田に向き直った。
- 13 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/07(金) 07:22
-
4
500階層にあるカフェ。
飯田は、大まかな話を歩きながら話してくれた。
話の主な内容はよくある臓器売買について。
生活するお金を得るために自分の体の一部分を売る。
失った臓器の代わりに体には人口パーツが与えられる。
その行為は、ありきたりすぎてこの塔では犯罪として認められていない。
たとえ、臓器を売っているのがまだ若い少女だとしてもだ。
だから、ミキは拍子抜けしていた。
「それって自分の体を売ってるってことですよね。だったら、別に犯罪でもないし」
「そうなんだけど・・・・・・」
飯田は、言いよどむ。ミキは、釈然としない表情で彼女を見る。
自分の言っていることにおかしなところはないはずだ。
だとしたら、それ以外に飯田が気にするようななにかが今の話にあったんだろうか?
「他に気になることでもあるんですか?」
「ん〜」
煮え切らない返事。
ミキは頬杖をついたまま注文したピーチティーを口に含む。
- 14 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/07(金) 07:24
-
「ペースがね」
ややあって、飯田が口をひらいた。
「ペースが早すぎるの」
「へ?」
飯田の言葉にミキは意味が分からず首をかしげる。
その反応に飯田は苦笑する。
「代用の人口パーツが馴染む前にまた他の臓器を売ってるのよ、その子」
「・・・それってなんかまずいんですか?」
「まずいよ。そんなことしてたら体がドロドロに腐っちゃう」
飯田は、悲しそうに眉を寄せた。
そんなのただの自業自得ではないか、思いながらミキは飯田らしいその反応を呆れた目で見つめる。
どうも彼女は他人のことを自分のことのように置き換えて考えるところがある。
自分さえよければいいという住人が多いこの塔にしては珍しい思考の持ち主だった。
ミキの視線に気づいたのか飯田は微かに笑い
「助けてあげられないかな」
「助ける?」
ミキが目を丸くして繰り返すと飯田は強く頷いた。
- 15 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/07(金) 07:25
-
助ける?
自分がそのバカな少女を助ける?
正義のヒーロー気取って君を助けに来たよ、とか言って?
「ぷっ」
その姿を思い浮かべてミキは噴出してしまった。
「あははは、ちょっ・・・ははは・・・じょ、冗談やめてくださいよ、ぷっ、ふは」
相好を崩して笑い転げるミキを飯田は呆気に取られたような困ったような複雑な表情で眺めている。
それでも、ミキの笑いは止まらない。元々、笑い出すと止まらないタイプだ。
しかも、人助けという常識――あくまで塔の中の常識だが――では、考えられないことを頼まれれば仕方がない。
時間にして30秒ほど笑ったところで、肩で息をしながらようやくミキは笑いをおさめた。
「・・・はぁ、ふぅ・・・・・・あぁ、お腹痛い・・・・・・涙出ちゃったじゃないですか」
指で目元を拭いながらへらへらと飯田に声をかける。
が、飯田の表情が変わっていることに気づきミキはすぐにまずいと言った風に顔を引き締めた。
- 16 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/07(金) 07:26
-
5
数日後
いつものように漆黒のコートを纏ったミキは下層35階層に来ていた。
塔は、上層階に行けば行くほど治安はよく、逆に下層階に行くほど治安が悪くなる。
どのみち、塔の外の世界と比べればどこの階層でも同じことらしいが。
外の世界で犯罪を犯した者が塔に逃げ込み、
そして、上層階でさらに犯罪を犯したものが下層階に逃げ込む。
滅多なことではそこまで狩人が追ってこないことを知っているからだ。
そのため、下層の治安の悪さはかなりのものだった。
わざわざ好き好んで上層から降りてくる者はいない。
そんな血と腐臭の匂いが混じった街をミキは早足で歩いていた。
- 17 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/07(金) 07:27
-
※
- 18 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/07(金) 07:28
-
「ともかく、助けるだけじゃミキにはメリットないんですけど」
「と、思うでしょ」
飯田の口元が少しだけ上がる。
さっきまで怒っていたかと思えばもう切り替えたのかどこか不敵な笑みだ。
「違うんですか?」
「ずっと前に、ミキが死にたがってた時あったじゃん」
飯田の言葉にミキは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
飯田に出会う前の話だ。
あの頃は、ワケも分からないままリストに載っている顔を追いかけまわし何度も何度も大怪我を負っていた。
見ようによっては確かにそう見えたのかもしれないが
「・・・・・・別に、死にたがってたワケじゃないです」ミキは、不満げに言う。
「あぁ、そうだったね。ゴメンゴメン」
確信犯だ。
たいして悪びれもせず謝る飯田をミキは睨みつける。
それに、飯田はパチパチと瞬きを繰り返し
「でね、あの時に追いかけてたヤツ覚えてる?」話を変えた。
- 19 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/07(金) 07:30
-
「あの時?」
「そう。ほら、カオリと会ったあとの・・・・・・ミキがはじめて殺せなかったヤツ」
そこまで言われてミキはようやく思い出す。
確か、売買する臓器を得るために無差別に人を殺すようなヤツだった。
本部に高額な報奨金つきでリストアップされたが、
居場所を突き止めるよりも先に上手く下層に潜り姿を消した。
ミキが、狩人になってはじめての失敗になる。
あと少しでその首に手が届いたはずだと思い出すと腹が立ってきた。
「そいつが関係してるって言うんですか?」
「興味でてきたでしょ」
飯田は、ニヤリと笑った。
※
数日間の調査で得た情報。
情報の回転が速いこの塔では探し人を見つけるのはほんの僅かな確率だったが、
それが正しければ、目標はこの階層にいる。
ミキは迷いのない足取りで複雑な路地を抜けて1つの建物の前で立ち止まった。
廃墟といってもおかしくないビル。
周辺には薬物中毒の少年たちや幼い子供の死体。
気にせずにビルの中へ足を踏み入れる。
チカチカと点滅しているライト。
薄暗いエントランスの奥にさらに地下へと続く階段が見える。
ミキは、その最初の一段に足を乗せた。
――最下層は地獄に通じる。
ひんやりとした風に頬を嬲られ降りていきながらミキはふとその言葉を思い出していた。
- 20 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/08(土) 07:25
-
- 21 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/08(土) 07:27
-
6
ドアを開ける。
薄暗いエントランスとは打って変わってそこはちゃんとしたライトがつけられていた。
部屋の中にいたのは、手術着を着た男と今まさに臓器を切り取られようとしていた少女だった。
男は、ミキの姿を見るなり銃を向けた。
ミキは両手をあげてヘラッと笑う。男の眉間に皺が寄った。
「狩人がこんなとこまでなにしにきた?」
「もちろん、狩りに決まってる」
男の問いに答えるなり、ミキは横に飛んだ。同時に男が発砲する。
銃弾は、さきほど彼女が立っていた丁度真後ろのドアへと突き刺さる。
ちぃっという男の舌打ち。
ミキは、そのまま壁を蹴って男との距離をつめ、光のごとき速度で手を伸ばした。
男が、ミキに照準を合わせる。
遅い。
既にミキの右手は男の首を掴んでいた。
- 22 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/08(土) 07:28
-
手の内で男が必死に暴れる。
銃声。
苦し紛れの発砲は見当違いの方向へ。
右手に力を込める。
手の中で肉が、骨が軋む音がする。
さらに力を込めた。
「やめてっ!!!」
唐突な声。
同時に、手の中で鈍い音が響いた。
男の抵抗が止まる。
ミキは、男から手を離し声の主に視線を向けた。
手術台に乗った少女。
横たわったままミキの顔を憎悪に満ちた目で睨んでいる。
こんなところまで――あくまで目標である男を狩るついでだったが――助けに来たというのにそんな目で見られるのは彼女にしてみれば心外だった。
- 23 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/08(土) 07:30
-
「立ちなよ」
ミキはややムッとしながらもそう促す。
しかし、少女は微動だにしない。ただミキを睨みつけたまま
「どうして・・・・・・殺したんですか・・・・・・」
「こいつが、犯罪者だから。ミキは狩人だから。それだけ。いいから、早く立ってよ」
簡潔に答える。
「置いてけばいいじゃないですか・・・・・・私は、まだすることがあるんです」
かたくなに動こうとしない少女にミキは面倒くさそうにため息をついた。
「別にミキ的にはあんたのこと置いてってもいいんだけど、一応、頼まれてるからね。無理やりにでも連れてかなきゃ」
言いながら、ミキは少女の体に手をかけ――そして、息を呑んだ。
少女の体の大半は壊死していた。
ドロドロとした腐肉の感触。そこから除く人工パーツ。
それさえ満足に機能していないようだ。
かろうじて動いていたのは何世代も前のそれも整備の怠った人工心臓。
こんな状況でよく生きていられたものだ。
少女を見る。少女の顔に気まずそうな色が浮かんだ。だが、強い光を放つ目はそのままだ。
ミキは、少女から視線を外し考える。
このまま少女を運ぶことは容易いが少女の心臓がもつかどうか、といえばひどく微妙なところだろう。
どうすべきか。ミキは、少女の心臓と自身の胸を交互に見やると
「・・・・・・ったく、めんどくさい」呟いた。
- 24 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/08(土) 07:31
-
おもむろに手術台の横に用意されていたメスを手に取りそれを自身の胸に突き刺す。
少女の顔が驚愕の色に染まる。
お構いなしに傷口から胸を開き中から何本かのチューブを取り出す。
「な・・・なにして・・・」
「ちょっと寝てて」
ミキは、短く言うと少女の心臓の機能を止めた。
ガクリと意識を失った少女の体に先ほど取り出したチューブを手早く繋いでいく。
一時的に、自分自身の人工心臓の機能を少女に貸すことにしたのだ。
これならば少女を死なせることなく飯田の元に連れて行けるだろう。
「よしっ。行きますか」
全てを繋ぎ終えるとミキは壊れ物を扱うような優しい手つきで少女を抱きかかえた。
- 25 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/08(土) 07:32
-
- 26 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 04:58
-
7
地上478階。
戻ってきたミキとその腕に抱かれた少女の姿を見て飯田は痛々しそうに眉を寄せた。
ミキは、少女を壁際の医療用ベッドにそっと横たわらせる。
他人と共同で人口パーツを使うと負担がかかる。
現に、ここまで上がってくるのに彼女の息は上がっていた。
早く自室に帰って眠りたかったが少女と心臓が繋がっているのでそうもいかない。
ミキは、仕方なくすぐそばに置いてある椅子に腰を掛け
「ちょっと寝ますね」
短くことわりをいれると体を休眠モードにシフトさせた。
- 27 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 04:59
-
ミキが寝息をたてはじめると飯田はすぐに少女の体の状態を確認する。
予想はしていたことだがひどいものだ。
彼女の命を奪いそうな壊れかけの人工パーツたち。
新しい物と取り替えなければ近いうちに彼女は死んでしまうだろう。
しかし、今すぐにそれを手にいれるのは不可能だった。
彼女に取り付けられているような悪質なパーツが出回っている塔で正常なパーツを売っている業者を探すには時間を要する。今すぐ彼女を助けたい飯田にとっては苦渋の決断だが、今はできる限りの修理をして時間を稼ぐしか他に方法はなかった。
飯田は少女の傍を離れ器具の準備をはじめる。
呻き声。
ミキのものではない。振り返ると少女が薄目を開けていた。
飯田は、器具を持って少女の傍に戻る。
- 28 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:00
-
「名前は分かる?」
「・・・・・・リサ」
まだぼんやりとしているのか答えるまでに少し間があった。
「リサちゃんか。ひどいめにあったね。でも、大丈夫だよ。ちゃんと治してあげるからね」
安心させるような声色で飯田が言うと
「別に・・・・・・ひどいめになんてあってません」リサは、少しだけ疑問符を浮かべてからきっぱりと言い切った。
思いがけない強い言葉に飯田は顔を上げた。
横たわったままのリサの真っ直ぐな視線とぶつかる。
「私は、自分で・・・自分の意志で体を売ってきたんです。それのどこが悪いんですか?」
「・・・・・・あ・・・どこも悪くないよ、ただ」
言いかけて、飯田は言葉に詰まった。
リサの体を無言で見つめる。
歩けないほどまでに壊れきっている体――
「ただ・・・なんですか?」
「・・・・・・あなたにはもう売れるパーツなんて残ってないでしょ」
そのどこを売ると言うのだろう。
重い口調で告げる飯田から彼女はふいっと顔を背け
「・・・まだあります」と小さくいった。
- 29 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:02
-
10秒ほどの沈黙。
飯田は困ったように瞳を歪め話題を変えた。
「メンテもずっと受けてないみたいだし・・・・・・
どうして、こんな風になる前に貰ったお金を使わなかったの?」
「お金は・・・・・・他に使うことがあったから」
ポツリとこちらを向かずに呟く。
「使うこと?」
この塔で、命を削ってまで得たい何かを持つのは珍しいことだろう。
なぜなら皆、生きるために精一杯だからだ。
彼女が住んでいた下層ではよりその傾向が強い。
よほどゆとりがない限りはそんなことを思う余裕はないはずだ。
それなのに――
「なにに使う気だったの?」
飯田が尋ねるとリサは少しだけ躊躇った後こちらに顔を向け
「最上層に行くために」どこか誇らしげな表情で答えた。
「そのためにはお金がたくさん必要だって」
彼女の返事に飯田は言葉を失った。
彼女の顔を見ているのが辛くなりうつむく。
- 30 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:03
-
行き来自由な上層と下層とは違って最上層と呼ばれる地上1000階以上の場所は
選ばれた者だけにしか住むことが許されない絶対不可侵の領域だ。
そして、最上層に行くために必要なのはお金などではなかった。
必要なのは、血縁。
つまり、生まれた時からそこに住む者は決まっているのだ。
例外は、特権階級である彼らに見初められるか養子縁組になることだろうが――
しかし、そんな奇特な人物と出会う可能性など0に等しい。
それを知っているからこその反応だった。
一体、誰がこの純粋な少女にそんな嘘を教えたのだろうか。
お金などいくらあっても行けるのは999階までだと――
そう教えてくれる人は少女の傍にはいなかったんだろうか?
- 31 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:05
-
「あの・・・」
リサに呼びかけられ飯田は我に返る。
「あ、ゴメンね。お喋りはここまでにしてそろそろ修理はじめるね」
修理が終わったら彼女に本当のことを教えてあげよう。
そして、体を治すことに専念させるべきだ――
飯田は、怪訝そうな表情のリサに無理やり笑みをつくると美貴と繋がっている彼女の人工の心臓を取り出した。
そのままスイッチを入れる。弱く不規則な鼓動。
埋め込まれる時点で既に壊れかけていたと思われる。
よくもったものだ。
いったい、なにが彼女を支えていたんだろう。
そう考えて、飯田はハッとした。
いつ死んでもおかしくはない彼女を支えていたのは最上層に行きたいという思いだけだったのではないだろうか。
そう気づいて、不意に真実を告げるべきかどうか迷いを覚えた。
それほどまでに強い願いを打ち壊すことが果たして彼女にとっていいことなのだろうか。
もちろん、頭では分かっている。
このままいけばリサは死ぬ。
それもそう遠くないうちに確実に苦しんで――そんなことくらい分かっている。
分かっているのだが――
抱き続けたものを壊された彼女がこれから先、生きていくことができるのだろうか。
- 32 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:06
-
「動けるようになります?」
厳しい表情で固まったままの飯田にリサが不安そうに尋ねてきた。
少しだけ表情を和らげ頷くとホッとしたようにリサは微笑を浮かべた。
その安堵に篭められているモノ。
「・・・・・・動けるようになったらまた同じことをするつもりなの?」
「えぇ。でも、この人が業者さん殺しちゃったから新しく探さないといけないけど」
リサは、傍らで眠っているミキを見ながら顔をしかめる。
その仕草は、年相応の少女らしいものだ。飯田は目を伏せる。
視線の先には取り出した彼女の壊れた心臓。
「もうやめなよ」
「え?」
「動けるようにはなるけど、完璧に治るわけじゃないから・・・・・・また同じこと繰り返せば」
そこまでいって息を吸う。
手元のパーツから視線をあげてまっすぐにリサを見る。
「確実に死ぬよ」
敢えて避けていた言葉を口にした。
飯田は、今きっぱりと冷徹にそう言い切ってみせたのだ。
今まで生きていたのがまぐれだとリサに教えるために――
だが、それに対してのリサの反応は飯田の予想を超えるものだった。
「いいんですよ、別に」
「え?」
戸惑う飯田に儚い笑みを浮かべながら彼女は言葉を繋いだ。
「だって、天国なんでしょ・・・・・・最上層は。だったら」
キラキラと瞳を輝かせてそう口にする彼女に飯田はもうなにも言葉を見つけられなかった。
- 33 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:07
-
8
- 34 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:08
-
「それで、そのまま行かせちゃったんですか?」
目を覚ましたばかりのミキが呆れ果てたように頭に両手をやった。
彼女が呆れるのも無理はない。
リサを助けてほしいといったのは他ならぬ自分自身なのだから。
「ゴメンね」
「信じらんなーい。ミキがなんのために・・・」
ミキは飯田の謝罪の言葉など聞こえていないのかぶつぶつと文句を口にしている。
彼女が、人の話を聞かないのはよくあることなので気にはならない。
それに文句を言ってもらったほうが少しは気が紛れる。
自分が、リサの命を見殺しにしたことに変わりはないのだから――飯田は自嘲的に笑んだ。
それは、泣き顔にも見える不思議な笑みだった。
- 35 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:11
-
「・・・・・・結局、また救えなかったな」
「え?なんかいいました?」
溜まらず零れた言葉に、今まで聞く耳を持たずに文句をいっていたミキが素早く反応する。
飯田は苦笑し「お詫びにおごるよって言ったの」とミキの頭を軽く叩いた。
子供扱いされたのが気に食わなかったのかミキは一瞬変な顔をしたが
すぐに飯田の言葉に食いつき
「じゃ、肉ですね、肉!!それも上質のカル」
「無理だから」
「言ってみただけですよ。屑肉で我慢してあげます」
頬を膨らませながらも満更ではなさそうだ。
飯田は、やれやれと言った風に再度ミキの頭をポンポンと叩き
「まぁ、屑肉よりはちょっと高いのにしてあげるよ」言った。
ミキの顔がパッと明るくなる。
「ってことは、上質のロー」
「却下」
「ってことは、上質のハラ」
「上質から離れなさい、バカ」
2人のやりとりが人口の太陽のつくる夕日の街に響いた。
- 36 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:12
-
Fine
- 37 名前:第1話 願望 投稿日:2003/11/09(日) 05:13
-
―――――――――――――――――
身体が砕ける
粉々に砕けていく
粉々になった私は
風に舞い上がり
上へ上へと
憧れ夢見た
天国へ吹かれていく。
―――――――――――――――――
- 38 名前:七誌 投稿日:2003/11/09(日) 05:13
-
- 39 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/09(日) 07:21
- ( ´_ゝ`)フーン
- 40 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/11(火) 03:03
-
―――――――――――――――――
天使なんていないと思ってた。
あなたに会うまでは。
今は、こうしていられるだけでいい
ここで、あたしが望むものは
他になにもないから
あなた以外には何も無いから
―――――――――――――――――
- 41 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/11(火) 03:03
-
- 42 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/11(火) 03:04
-
1
地上478階。
いつもの用件でミキはその店に立ち寄る。
飯田の店を訪ねてくる狩人はそう多くない。
他人からの干渉を嫌う狩人と彼女の性格が合わないことと、一見、迷路のように入り組んだ道を通らないと店にたどり着けないことがその理由だろう。
だが、その日はいつもと違って先客がいた。
「ハイ!ふじもっちゃん!!」
ミキ以外、滅多に狩人の訪れないこの場所に彼女――吉澤ひとみ――が姿を現すようになったのはつい最近のことだ。
彼女もミキ同様狩人をしているがその属するところは違う。
ミキは、自覚のないうちに本部に登録された本部直属の狩人だが、
彼女は本部から分散されてできたギルドに登録している。
本部とギルドでどう待遇が違ってくるのか、ミキにはよく分からない。
ただ、ミキがそう年の変わらない吉澤と仲良くなるのに時間はかからなかった。
- 43 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/11(火) 03:06
-
「最近よく会うね、よっすぃ〜」
「あたし本部直の狩人じゃないから、報酬後回しにされやすいんだよ。
カオリンの店だとそういうことがないし死体も高く買ってくれるからね」
机に置かれた死体の状態を見ている飯田に吉澤は笑いかける。
「隠れた名店でしょ」
飯田は、死体から目を離さずに冗談交じりにそう言うと
「ミキのはここにおいて」
すぐ傍のソファを指差した。
いつも死体を置いている机が占領されて担いできた死体をどこに置こうか迷っていたミキはすぐに指定されたソファの上にそれを置く。
そして、一息。
「っていうか、最近稼ぎすぎじゃないの?」
死体をおいて身の軽くなったミキは壁際の医療用ベッドに腰掛けながら吉澤を見る。
ミキの言葉に吉澤はにひひと意味ありげな笑みを口元に浮かべた。
- 44 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/11(火) 03:07
-
「なに?なんかいいことでもあったの?」
「いや〜、人生って素晴らしいよね」
視線を上に上げながら暢気に、だが、自分の言葉を噛締めているかのような吉澤にミキは首を捻る。
そんなミキに彼女はキラキラした瞳を輝かせ
「ふじもっちゃんも天使を見つけると分かるよ」
「はぁ?」
あまり耳に馴染みのない単語にミキは反射的にそう返していた。
天使?
天使というのはあの御伽噺などにでてくる翼の生えたあれだろうか。
不可解な顔のまま吉澤を見ると
「まぁ、天使ってのは例えだけどね」
彼女は、両手を頭の後ろにくみながらミキの反応を楽しんでいるかのように笑った。
- 45 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/11(火) 03:09
-
「よっすぃ〜」
今まで2人の会話に参加せずに死体の確認をしていた飯田が吉澤の名前を呼んだ。
吉澤は、「ん?」と声を上げてミキから飯田に視線を移す。
「こっちの死体は3000ってとこ。あと、リスト1135、1136の確認終わったから申請しとくね」
手についた血を白い布で拭いながら飯田はそう口にした。
吉澤は、死体の値段に納得いかないのか少し不満気に飯田を見る。
ピッと指を一本たてて
「もう一声とか」
「ないね」
「ですよね〜」
値段の交渉――と呼べるものではないが――をばっさりと切り捨てられた吉澤はへらっと笑って頭を掻いた。
「それじゃ、また来ますね」
申請の必要のない死体の分のチップを受け取ると吉澤は足早に店からでていった。
吉澤の背中を見送りながらミキは嘆息する。
- 46 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/11(火) 03:10
-
「いったい、なんなんですかね〜天使って」
「さぁ?」
おざなりな答え。
意識はもうとっくにミキが店に持ち込んできた屍体の確認のほうにいっているようだ。
なにを話しても今の飯田の耳には届かないことを察してミキはちぇと小さく舌打ちをする。
それから、吉澤が狩ってきた3つの死体をしげしげと見やる。
自分のように体のほとんどが機械化されているならまだ分かるが吉澤の体は生身の部分のほうが多い。
死体1体でさえ大した重量に感じられるだろう。
それなのに、一度に3体もよく運んでこられたものだ。
そこまでして多くを稼ぎたいのは先ほど彼女が口にしていた天使と関係しているんだろうか。
もちろん、それは例えのようだから天使のような誰か、もしくはなにかなのだろうが――
どちらにせよ、あまり物事に執着しなさそうな吉澤をここまでさせる存在に、ミキは少なからず興味を覚えていた。
- 47 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/12(水) 09:56
-
2
「リスト番号932、確認終了」
ややあって、飯田が伸びをしながら立ち上がった。
連続して死体の確認。
それも中腰でしてきたものだからさすがに腰が痛いのか片手で腰をたたいている。
お疲れさまです、と心の中で一言。でも、それはそれこれはこれ――ミキは、待ってましたといった風に飯田に問いかける。
「飯田さん、天使ってなんなんですかねー?」
「え?あぁ、よっすぃ〜が言ってたこと?」
少し疲れの浮かぶ顔でミキを振り返る。
「そう。あそこまで入れ込むなんてミキには考えらんない」
「意外だよね。よっすぃ〜って淡白そうなのに」
大げさに肩をすくめたミキに飯田は苦笑しながら
手を消毒し束ねていた髪をほどくと「天使ねぇ」と独り言のように呟いた。
なにかを思いだしているかのような表情を浮かべる飯田をミキは怪訝そうに見つめる。
- 48 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/12(水) 09:57
-
「そういえば、こんな御伽噺があったね」
飯田が思いついたように口をひらいた。
「え?」
「1人ぼっちの男と天使の話。聞いたことない?」
自分の質問から御伽噺までよく飛躍できるものだ。
確かに天使繋がりだけど――彼女の言葉に多少呆れながらミキは、首を振る。
「そっか。じゃぁ教えてあげるね。」
「ぅえ?」
「あるところにね、一人ぼっちの男がいたの」
ミキの返事を聞くよりも先に飯田は勝手に御伽噺をつむぎ始めた。
こうなると最後まで聞かないと帰してくれないだろう。
飯田に質問をしたことを後悔しながらミキは観念したようにため息をついた。
- 49 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/12(水) 10:00
-
「一人ぼっちの男は、小さい頃から一人ぼっちでその街で暮らしていた。
だから、一人ぼっちの男は自分が1人でいることに慣れていると思っていたの。
一人ぼっちの男にとってはそれが当たり前だったから。
だけど、ある日
一人ぼっちの男の前に天使が降りてきてはじめて男は気づく。
天使が一人ぼっちの男に微笑みかけてくれた時に初めて
―――――本当は自分はずっと淋しかったんだって。そう気づいたの。
そして、男は天使の微笑みに恋をする。
それからというもの一人ぼっちの男は天使にもう一度微笑みかけてもらおうと
天使が喜んでくれそうなことを考えては試したの。
でも、天使はあの時の微笑みを一人ぼっちの男にくれることはなくて
くる日もくる日も一人ぼっちの男は天使のために頑張った。
いつかきっと微笑みかけてくれるってそう信じながら
- 50 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/12(水) 10:00
-
そこまで語ると不意に飯田は言葉を止めた。
「え?終わりですか?」
渋々、聞いていたものの一人ぼっちの男がどうなったのかも分からない中等半端な状態で
話を止められては気持ちが悪い。
ミキが不満の声を上げると飯田ははにかんだように笑い
「最後、どうなったのかど忘れちゃった」と頭に手をやる。
その答えに思わずミキは腰掛けていた医療用ベッドからずり落ちそうになった。
- 51 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:08
-
3
「そろそろ帰りますね」
すぐに思い出すからと言う飯田に付き合って、しばらくはおとなしく待っていたミキだったが壁際の時計を見て立ち上がった。
御伽噺のラストがどうなるのか気になっているのは事実だが時間も時間だ。
それに、今日中に彼女がこの話のラストを思い出せそうにないだろうということを薄々悟り始めていた。
「え?でもここまで出かかってるから」
飯田は、慌てたように喉元を押さえる。
その姿にミキは軽く笑い
「今度、ミキが来る時までに思い出しといてください」
いい残し店を後にした。
こんな時間まで長居したのははじめてだろう。
もともと、立ち寄った時刻がいつもより遅かったのもあるが、
外はとっくに人口太陽が沈んでおり下卑たネオンがチカチカと輝いていた。
- 52 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:09
-
ミキは、夜に街を出歩くのはあまり好きではない。
下層ほどではないにしても、もともと夜とは事件が起こりやすいものだ。
昼間では犯罪の牽制になるこの黒いコートが夜になると犯罪の引き金になることもある。
狩人の存在は、犯罪者からすれば目の上のたんこぶにしかならない。
狩人が何人かの手によって惨殺されたという話もたまにではあるが耳にする。
もちろんミキには絶対に相手を返り討ちにする自信はあったが、あまり面倒なことには巻き込まれたくない気持ちのほうが強かった。
ミキは、足早に家路を急ぐ。
と、前方から見覚えのある顔が近づいていることに気づいた。
吉澤だ。その隣に守られるように少女――いや、実際には少女と呼ぶ年ではないのかもしれない――が並んで歩いている。
ミキは、その二人を見て奇妙な違和感を感じた。
吉澤の全身をとりまいているなにかを警戒した冷たい空気と、その隣にいる少女の屈託のない笑顔がまったく合っていない。
なんとなく声を掛けるべきかどうか躊躇っていると、ミキに気づいたのか吉澤の瞳が緩く細められた。
- 53 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:11
-
「今、帰り?」
吉澤が足を止めて片手を上げる。
先ほどまでまとっていた冷たい空気は完璧に掻き消えている。
どうやら杞憂だったようだとミキは微苦笑しながら吉澤のほうへ歩を進めた。
「飯田さんとちょっと話してたら遅くなっちゃってさー」
「飯田さん話長いからね〜」
吉澤も同じような経験があるのかクスクスと笑っている。
「よっすぃ〜は?こんな時間にどこ行くの?」
「え?あぁ――っと、なんですか?」
ミキの問いかけに吉澤は口を開きかけたが隣の少女に腕を引っ張られて一旦言葉をとめる。
ミキもつられて少女に視線を移す。
少女は、放っておかれたのが気に食わなかったのか不機嫌そうに吉澤を睨みつけている。
「待つの嫌い」
「あ、そうですよね。すみません」
「分かってるなら待たせないで」
「はい、すみません」
なんだ、この会話は?
――2人の会話にミキは呆気に取られてしまった。
その間にも少女の口からは文句の言葉が次々と投げられ、吉澤はそんな少女にペコペコと頭を下げる始末だ。
普段から優しいとはいえ、さすがに吉澤の少女に対する態度には呆れてしまう。
- 54 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:11
-
「ごめん、もう行かなきゃ」
吉澤はミキに向かって困ったように言う。
そんなにあの少女を怒らせたくないのだろうか。
傍目から見てもそわそわと隣の人物を気にしている吉澤を不思議に思いながら
ミキは「じゃ、またね」と返した。
ホッとした風に吉澤は顔をほころばせまだ膨れっ面の少女の手を取って歩き出した。
しばし、2人の後姿を見送る。
もしかしたら、あれが吉澤の言っていた天使なのだろうか?
恋は盲目とはいえ――
「なんだかな」
ポツリと呟く。
しかし、吉澤らしいといえば吉澤らしいのかもしれない。
なんにせよ、この街であそこまで思える人物を見つけられたということは幸せなことだろう。
自分もいつかそんな人に出会えるのだろうか?
そう考えてミキは自嘲的に笑った。
過去のことも分からないのにいつかもなにもないものだ、と。
- 55 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:12
-
- 56 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:13
-
4
雑踏。
視界には時が止まったかのように凍りついた人々。
その間を縫うように小走りに駆ける少女。
これは夢だ。
自分で夢と分かる夢。
もう何度も繰り返してみている。
記憶の欠片を断片的に再生しているだけの。
あたしは、どこか冷めた視点でその夢を見ていた。
いつもの光景。
いつもの――
不意に場面が切り変わる。
ぼやけた視界に入ってきたのは、古ぼけて黒ずんだ天井とソケットのついていない裸の電球。
その電球に明かりは灯っていない。
カタンと物音がしてあたしは息を呑む。誰かが立っている。
顔のない人物。
顔の部分だけがぽっかりと穴があいたかのように見えない。
『・・・・・・きないの』
声が聞こえた。
その人物はあたしの頬を撫でながら悲しげに言った。
『ごめんね』
あたしに背を向ける。
その後姿は、いつもの少女のもので
そして、いつもどおりあたしの体は動かない。
徐々に少女の姿がぼやけていく。
「待って!!」
- 57 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:14
-
※
ミキは、ベッドから飛び起きた。
人工の光がカーテンを透かして部屋を満たしている。
まるでまだ夢の中にいるような気がしてミキは部屋中を見回した。
変わらない殺風景な部屋。
リノリウムの床にそっと足を下ろすとひやっとした感覚が足の裏に伝わった。そこでようやく現実感が戻ってくる。
ホッと安堵の息を漏らすと
「・・・・・・勘弁してよ」
疲れたように1人ごち、ミキは右手で額に浮かんでいた汗を拭った。
今だけでいいのに――
過去のことなど分からなくてもここでは生きていけるのだから――
壁にかけられている鏡に目をやり気合を入れるように両手でぴしゃりと頬を叩く。
と、同時に
トントン
控えめなノックの音がミキの耳に届いた。
休息のためだけにあるようなこの部屋を訪ねてくる者はいない。
いや、この塔でといったほうがいいだろうか。
訪ねてくるとしたら飯田しか思い浮かばない。
かといって彼女が自分になんの用件があるというのか――ミキは怪訝に思いながら玄関に向かった。
- 58 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/13(木) 10:15
-
「は〜い」
玄関先で陽気に片手をあげる人物を見てミキはポカンと口を開けた。
「よっすぃ〜・・・・・・どうしたの?っていうか、なんでミキの部屋知ってるの?」
てっきり飯田だと思っていたミキは思いがけない人物の姿にしばらく面食らってしまったもののすぐに気を取り直してそう尋ねる。
「いや〜、この間は悪かったな〜と思ってさ」
この間?
一瞬、なんの話だろうと考え、それが先日の夜を指していることに気づく。
「あぁ、別に気にしてないよ」
あの日以来、吉澤が店に来ていないと飯田から聞いていたので
逆にこっちが気にしていたぐらいだ。
そういうと、吉澤は「いろいろ忙しくてさ〜」と頭に手をやった。
まだあの少女――おそらくは彼女の言う天使――のために働いているんだろうか。
その姿勢には、呆れたを通り越して尊敬するが。
それにしても、だ。
ミキは、若干、やつれたように見える吉澤に同情してしまう。
「で、今日はどうしたの?それだけいいにわざわざここまで来てくれたの?」
「そうだよ〜」
ここに来る暇があるなら体を休めればいいのに。
変に気を使うところがある。
「それじゃ、朝からお邪魔しました」
「え?帰るの?」
本当に用事はそれだけだったらしくさっさと出て行こうとする吉澤にミキは慌てて声をかけて引き止めた。
わざわざ来てくれたのにこのまま別れるのもどうかと思ったのだ。
「ちょっと待ってよ。時間あるなら一緒に朝ご飯食べよ」
ミキは、寝癖のついた髪を手で撫でつけながら言った。
- 59 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/13(木) 16:08
- (ё)y-~~
- 60 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/14(金) 09:45
-
- 61 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/14(金) 09:48
-
※
「あれー、ミキちゃんでしょ?」
地上450階層にあるカフェ・ヴァルナにつくといきなりそう声をかけられた。
椅子に座りかけていたミキは声の主に視線を動かす。
騒がしい店内でも正確に居場所が分かったのはその人物がミキに向かって手を振っていたからだ。
声の主は、情報屋の里田だった。
彼女には飯田の紹介で今の部屋を借りる時に何度か世話になったことがある。
しかし、ミキはそれ以来彼女とは会っていなかった。
それは、彼女が日中のほとんどをこのヴァルナで過ごしていることと関係している。
ヴァルナは、狩人の情報交換用の場所として建てられたといわれている。
そのため店内には同業者と里田のような情報を売って暮らす情報屋しか見られない。
以前、一度だけ飯田に連れられてこのカフェを利用したことがあるが、
はじめて体験する活気に満ちた雰囲気が肌に合わなかったのと、
ここの情報屋を頼りにするほど捜索が困難な犯罪者を追うことがなかったため
ミキはそれ以来この場所に足を踏み入れたことはなかったのだ。
きっと吉澤が店を決めたのでなければ二度と訪れることはなかっただろう。
戸惑いながらもミキが里田に頭を下げると彼女はコーヒーカップ片手に2人の席にやってきた。
- 62 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/14(金) 09:49
-
「よっすぃ〜も一緒なんだね。2人が知り合いなんて知らなかったよ」
彼女はどうやら吉澤とも知り合いのようだ。
親しげに話し始める。
「情報屋失格だね、マイマイ」
「仲がいい悪いの情報売ってるわけじゃないからね」
吉澤の言葉に顔をしかめながら里田は言う。
「それより、2人が揃ってここに来たってことは情報が欲しいってこと?」
「食事しにきたってこと」
吉澤はきっぱり言う。情報屋のあしらい方も慣れたものだ。
もちろん、2人が仕事上だけでなく仲がいいからなのかもしれないが。
吉澤と里田の会話を適当に聞きながしながらミキはメニューを手に取る。
「またまた〜。二人ともあれ探してるんでしょ、臓器強奪犯」
「臓器強奪犯?」
里田の言葉にミキが少し興味を持って顔を上げた瞬間、吉澤が水の入ったグラスに肘をぶつけた。
グラスはテーブルから転がってフロアに落ちると砕けてしまった。
- 63 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/14(金) 09:50
-
「やっべ」
吉澤が慌てて立ち上がる。
「ったく、ドジだな〜」
言いながら、ミキも立ち上がってテーブルの上のおしぼりを手に取った。
濡れた箇所をふき取る。
吉澤は「悪いね」と砕け散ったガラスの欠片をあつめはじめた。
里田は、そんな2人をまるで変な物を見るかのように眺め
「すみませーん」と、カウンターにいるボーイを呼んだ。
ボーイが、その声に3人のテーブルにやってくる。
「あとは、お店の人に任せてこっちに移ろうよ」
里田は、ミキと吉澤にそう声をかけると隣の席についた。
ミキと吉澤は顔を見合わせ苦笑した。
里田の声に駆けつけたボーイは2人ににっこりと笑いかけると後始末をはじめた。
- 64 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/14(金) 09:51
-
「2人って律儀っていうか真面目っていうか変だよね〜」
ボーイにお礼を言ってから隣の席に落ち着いた2人に
里田はにやにやとよほど面白いモノでも見たかのように言った。
自分たちがしたことの――正確には吉澤だが――後始末をすることがそんなにおかしいことだろうか、とミキは首を捻る。
「いや、ふじもっちゃんが片付けはじめるからさすがにあたしも片付けないとまずい感じだったじゃん」
「はぁ?」
ミキは、驚いて吉澤の顔を見る。
吉澤は、特におかしなことを言ったつもりがないのか「なに?」と顔に疑問符を浮かべた。
その反応にミキは絶句する。
そういえば、吉澤は立ち上がっただけでミキがテーブルを拭きはじめるまではなにもしようとはしなかった。
自分にとって当たり前の行為がここではどうやら違うことを知って
ミキはやはりこの場所は性に合わない、と頭を振った。
- 65 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/14(金) 09:52
-
「それより、さっきの話は?」
気を取り直して里田にたずねる。
「あぁ・・・・・・それがさー、あまりの手際のよさに同業者の可能性が高いっていう噂が立ってるんだよね」
「同業者?」
「そう、狩人か情報屋か・・・はっきりしてないけど。目撃した人間もいないし」
「目撃した人間いないならどうやって臓器売るんですか?」
「自分の代わりに下層の子供に売りに行かせるんじゃないかな」
「じゃぁ、その子供抑えたらいいんじゃん」
吉澤が気楽に言うと里田はチッチッと指を振った。
「その子供が生きてるんだったら遅かれ早かれリスト行きでしょ」
「ってことは」
「そゆこと。自分の顔見た人間は生かしておかないってね」
ミキは、形のいい眉を寄せる。
それでは、いつまでも終わることがない悪循環だ。
保身のために子供まで殺すのはひどすぎる。
吉澤も同じ思いなのか沈痛な面持ちで里田を見ている。
2人の視線を受けて里田の顔がパッと輝く。
「おっ、2人ともやる気になってきた?」
「そうですね」
「うん」
2人は、同時に頷いた。
「じゃぁ、はいっ」
里田は、にこやかに手を差し出す。
その手の意味が分からずミキは
「なに?」
「これ以上の情報は情報料が別途必要となります」
ここまで話しておいて、まったくちゃっかりしたものだ。
ミキは、苦笑する。
どうする?と言う風に吉澤を見ると彼女は不意に立ち上がった。
- 66 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/14(金) 09:54
-
「あたし、そろそろ帰らなきゃ」
「へ?」
吉澤の言葉に里田が間抜けな声を出した。
吉澤は笑いながら店内の時計を指差す。その時間を見て、あぁ、と納得したように里田が口を開ける。
どうやら、里田から逃げ出すための口実ではないようだ。
「例の天使さん?」
里田が確かめるように問うと
「そう。そろそろ起きる頃だからさ」
吉澤は頷き、彼女にウィンクすると行ってしまった。
吉澤を目だけで見送るとミキは里田に視線を移す。
「例の天使さんって?」
「情報料情報料」
里田は、冗談っぽく指で丸を作る。
まったく仕事とは関係のない情報まで売りつけようとするその商魂にミキは呆れながらも感心しついこう言ってしまった。
「ここの代金だけおごりますよ」
「サンキュ」
里田は顔をほころばせて先ほどのボーイを呼ぶと追加の注文をした。
その光景を見てミキは先ほどの自分の発言を心底後悔した。
- 67 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:28
-
- 68 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:32
-
5
臓器強奪犯を探し始めて3日がたった。
死体仲介業やストリートの人間に話を聞いていくうちに、ミキは里田の話があながちガセじゃなかったことを知った。
手際がいい、どころではない。よすぎる。
本部から送られてくる情報を元に狩人が狙うのは大抵、多額の報奨金がかかっている犯罪者だ。
不動の立場にいるMを除いて上から順に入れ替わる顔。
そのリストが狩人に送られてくる時間は決まっている。
リストが送られてきてから一時間の間が狩人にとっては正念場と言われる。
リストの上部にいる犯罪者を他の狩人よりもいかに先に狩るか、その競い合いが至るところで繰り広げられるのだ。
そのため、獲物の被った狩人同士の争いも多々起こるらしい。
適当に目に付いた犯罪者を独自の時間帯に狩っているミキは一度もそんな修羅場に遭遇したことはないが。
ともかくその時間帯だけは普段バラバラに行動している狩人が示し合わせたかのように一斉に動き出し、
結果として一つの階層における狩人の人数に大幅な偏りが生じる原因になっている。
そして、狩人の少なくなった階層ではその時間帯に犯罪が起こりやすくなるという矛盾が生まれていた。
しかし、それは狩人たちにはなんら関係のないことだった。
- 69 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:34
-
狩人の存在理由は、正義のためだとか治安維持のためだとよく間違われるが、その職業に就く大半は
――チマチマと仕事をして稼ぐより命をかけてでも多額の金をこの手に入れたいと考えている――もっとも他人よりも自分のことを優先にする類の人間たちだといえる。
彼らは自身が獲物を狩れさえすればそれで満足なのだ。
臓器強奪犯は、狩人が動き出す時間、そして、狩人が手狭になっている階層をしっかりと把握しており
――そのチャンスを一度も逃していない。
なぜ、そんなことが可能なのか。
狩人が動き出す時間帯は普通に生活していて知ることはできるかもしれない。
だが、狩人のいなくなる場所まで割り出すことは無理だ。
犯人が、本部からの犯罪者リストを見ることができる立場の人間だというのなら話は別だが――
やはり、同業者か情報屋、または飯田のような仲介業者。
なんにせよ本部とかかわりのある者に違いはない。
ミキは、机の上に散らばったメモ用紙を整理する。
3日間で得た情報は犯人の行動範囲を特定するにはあまりにも少なすぎた。
「もう少し頑張るか・・・・・・」
ミキはため息をついて仕事着である黒のコートを羽織ると立ち上がる。
意地を張らずに里田の力をかりたほうが早いかもしれないなと思いながら――
- 70 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:36
-
※
地上478階層。
街は、相変わらず雑多で騒々しい。
里田のところに行く前に飯田からなにか情報を聞き出せないかとミキは思いつき彼女の店に向かっていた。
途中、大きな広場でパフォーマーが子供たちの相手をしている姿が目に入ってくる。
裏でなにが起ころうとも表向きは平和な部類に位置する階層だからこそ見られる光景。
無論、表裏一体の世界。表の道を歩いているつもりが気づかないうちに裏側に引きずり込まれることもある。
この階層でも夜中になんの警戒もせず出歩いて殺される者が絶えないのはまた事実なのだから。
ミキが、くたびれた笑みを口元に浮かべてパフォーマーの少し古臭いパフォーマンスを眺めていると、
歓声をあげる子供たちと一緒に場違いなほど楽しげな声を上げている少女の姿が映った。
ミキは、彼女に見覚えがあった。
吉澤と一緒に歩いていたあの少女だ。
- 71 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:37
-
――安倍さんって言うらしいんだけど・・・・・・なんかいろいろやって最上層を追放されたとかで
里田の声が蘇る。
――今は、一緒に暮らしてるみたい。そりゃ、もうまるで人形を扱うみたいに大切にしてるし
――一回会ったことあるけど超態度でかいし我侭だし、私には、なんでよっすぃ〜があんな人を天使って呼ぶのか分かんないよ
自分も里田同様、少女に天使とは程遠いイメージをもっていたが、
今ああしてはしゃいでいる姿は確かに見る人によってはそう思わせるのかもしれない。
ミキがそんな風に思っていると少女の元にやさぐれたチンピラ風の男が駆け寄ってきた。
途端、少女の顔が嬉しそうにほころぶ。
少女は男と二言、三言交わすと腕を組んで歩き出した。
ミキは目を疑う。
しかし、目の前の光景は現実で――吉澤が働いている間に自分は遊んでいるわけか――なんだかうんざりした気持ちが胸に浮かんできた。
2人が広場から姿を消すのをぼんやり見届けるとミキは再び歩き出した。
- 72 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:37
-
- 73 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:40
-
気分を一新させて、大通りから離れるように行くと細く入り組んだ路地に入る。
ミキは、躊躇いもせずにその路地に足を踏み入れる。数分もすれば飯田の店だ。
大した情報はないかもしれないが、聞いておいても損はないだろう。
それに、ここんとこ顔見せてなかったし・・・・・・心の中で呟く。
以前、狩りに没頭して飯田の店に顔をださない日が続いたことがあった。
部屋にも戻らないほどあの頃は仕事をしていた。今、思うと生きているという実感が欲しかったのかもしれない。
そんな中、久しぶりに戻った部屋の前で自分を待ってうずくまっている飯田の姿を見つけた。
ミキが驚いて声をかけると彼女ははじかれたように顔をあげ
「生きてたんだ。よかった」
とうっすらとキレイな涙を流した。
滅多に店を休まない彼女がわざわざ店を休み自分の部屋に何度も足を運んでくれていたと知って、
ミキはただただ首をかしげた。
本部から頼まれているからか、彼女は出会った頃からなにかと自分の世話を焼いてくれてはいたが、
そこまでするのは仕事の範疇だけですませられるものではない。
なぜ、彼女がそこまでしてくれるのか。
きっと自分だけでなく出会う全ての人に対してそうなのだろうが、
どうして彼女が過剰なまでに優しく他人のことを思えるのか分からない。
ただ、自分の前で泣いている飯田を目にして以来、ミキは彼女に黙って姿を消したりしないように心がけるようになった。
- 74 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:41
-
そんなことを思い出しながら歩いていると少し離れた場所で奇妙なうめき声が聞こえた。
奇妙な・・・・・・だが、よく知っている声。
人の命が奪われる時の声。
ミキは、聴覚を研ぎ澄ましてその声の聞こえる方角を掴む。
そして、走り出した。
飯田の店のある場所よりもさらに奥まった道を駆け抜ける。
もううめき声は聞こえない。
代わりにグチャグチャと内臓を取り出す音が研ぎ澄まされた耳に入ってくる。
もうすぐそこだ。
ミキは、路地を曲がった。
「!!」
薄暗がりにしゃがみこんでいる影とその足元に人形のように力なく転がったモノにミキは息を呑む。
その音に、しゃがみこんでいた影が振り返った。
顔全体が黒い布に覆われていて顔を確認することができない。
だが、ミキは確信していた。これが例の臓器強奪犯だと。
- 75 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/15(土) 07:44
-
現行犯。
即、狩る。
ミキは距離を詰めようと地をけった。
瞬間、強奪犯が地面に向かって何かを投げつけた。
まずい。
思うよりも先に身体が反応していた。
ミキは頭をかばうようにして地面に転がる。
間髪を入れずに爆発音。
しかし、その威力はたいしたものではない。
投げた本人は今の時間で安全圏まで逃げられない生身の人間ということか。
冷静にそう判断し、爆風に目を細めながら強奪犯を探す。
煙の中に小さくなっていく影が見えた。
ミキは、すぐさま追いかけようと立ち上がる。
・・・・・・違和感。
「あ」
端的に漏れる言葉。
あるはずの左腕がなかった。
脳を戦闘用にしていたため痛覚が鈍っていたのだ。
よくよく見てみれば色々な箇所から血がポタポタと垂れている。
大した威力ではないと思っていたがどうやらそうでもなかったらしい。
さすがにこの状態で追うのは厳しいだろう。
ミキは、追跡を諦めてゆっくりと立ち上がった。
- 76 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/15(土) 17:19
- ( ´_ゝ`)フフーン
- 77 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/15(土) 19:44
- 川-从
- 78 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/16(日) 06:31
-
- 79 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/16(日) 06:34
-
6
店の近くでよかった――ミキは、治療を受けながらぼんやりと思う。
「ぼーっとしてるけど大丈夫?」
心ここにあらずといった様相のミキに飯田が心配そうに声をかけた。
「え?あ、いや・・・・・・まだ脳が戻ってないだけですよ」
半機械化された脳は戦闘用から通常に戻されて数十分は上手く機能しない。
飯田の声にミキは少し送れてそう返事をした。
納得したのか彼女はふーんと相槌をうつとあとは治療に専念しはじめた。
それにしても――
医療用ベッドに横たわったまま先ほどのことを考える。
あそこまで接近して逃してしまったのは不覚だった。
目の前にいた犯人はいつも相手にしている獲物たちのように屈強な体躯をしておらず、
それどころかナイフ以外はなにも持っていないように見えた。殺気もなにも感じられなかった。
だからこそ、自分でも気づかないうちに油断していたのだろうか。
目標を前に油断するなんて普段なら考えられない。
油断はしない。何があろうとも油断はしないし、敵は甘くみない。
目標を前に油断するのは馬鹿だ。狩人としてのミキの信条。
なのに――
考えているうちに自分が腹だたしくなって、ミキは我知らず唇を噛締めていた。
- 80 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/16(日) 06:35
-
「よし、動かしてみて」
しばらく、考えをめぐらせていると不意に飯田からそう声をかけられた。
左腕の治療がすんだらしい。
ミキは、新しく繋ぎなおされた左腕を顔の前にもっていくと確かめるように閉じたり開いたりを繰り返した。
それから、順序だてて新しくなったパーツを動かしていく。
やがて、全てを確認し終わるとミキは「大丈夫みたいですね」と身体を起こした。
「当たり前でしょ。それより、なにがあったの?」
問われて、まだ事情を話していなかったことに気づきミキは頭をかいた。
- 81 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/16(日) 06:38
-
※
「らしくないね〜」
怪我するに至った経緯を簡単に話すと飯田は一言そういった。
確かにその通りだ。全く、らしくない。
自分でそう思うくらいだから飯田にはなおさらそうなのだろう。
ミキは、肩をすくめる。
「犯人の顔は見たの?」
「顔は隠してあったから・・・・・・」
飯田の言葉で、逃してしまっただけでなくなんの手がかりもつかめなかったことを思い出しミキは苦々しく顔をしかめた。
「でも、一応見たんでしょ?」
「だから、布に覆われてて見えなかったんですってば!」
同じことを聞かれてミキは少し声を荒げる。
何度も自分の失敗を口にするのは悔しい。だが、飯田はそんなことお構いなしに続けた。
「違うよ。布越しに見たんでしょって聞いてるの?」
「は?そりゃ・・・・・見ましたけど」
「なら、大丈夫だよ」
ミキの答えを聞いてにこやかにそう口にする飯田。
時折、彼女は脈絡のないことを自信満々に言うことがある。今がまさにそうだ。
なにが大丈夫なのか、今の流れでそんなことを言われてもミキにはまったく意味が分からない。
呆気に取られながら
「どういうことですか?」
尋ねると飯田はニッコリと笑い
「カオもそうだけど、本部に属している人間の視覚は逐一記録されてるんだよ。知らなかった?」
「え?どういうこ・・・・・・」
ミキは思わず聞き返そうとして口をつぐんだ。
本部に属している人間の視覚は逐一記録されている――
飯田が事も無げに口にした言葉をミキは頭の中で繰り返す。そんなことはじめて聞いた。
仕事の時以外の、たとえばこうして飯田と話していることなども記録されているのだろうか。
だとしたら、あまり気分のいいものではない。顔を顰め、無言で先を促す。
- 82 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/16(日) 06:39
-
「だからね、ミキが布越しに見た犯人は上で分析されて・・・・・・早ければ明日にでもリストに載るんじゃないかな」
「あぁ・・・・・・そっか」
ミキは、軽く頷く。
「そうですね、そういうことか〜」
ようやく飯田の言った大丈夫という言葉の意味が飲み込めてきた。
「どうしたの?」
段々と口元に笑みが浮かんでくるミキを飯田は不思議そうに見ている。
「絶対、一番に見つけてぶっ飛ばすっ!!!!!!!!!」
ミキは、ベッドの上に大またで立ち上がり修理したばかりの左腕を高く突き上げた。
その間抜けな姿を見ながら飯田は呆れたような苦笑いを浮かべる。
そして、約束していた物語の続きを追及されずにすんだことに密かに胸をなでおろしていた。
- 83 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:43
-
- 84 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:45
-
7
ドンドン、と時刻を考えない無遠慮なノックの音に起こされる。
ノックというよりも扉を殴りつけているような感じだ。
こんな時間に何事だ、とミキは目をこすりながらベッドからしぶしぶ体を起こす。
ノックの音は諦めることなくまだ鳴り続いている。
「誰?」あくび交じりに問うとすぐさま
「私!!開けて!!」
いやに切羽詰った声が返ってくる。
聞き覚えのあるその声の主が里田だと瞬時に気づく。
ミキは、慌ててドアを開け――ギョッとした。
里田の顔は蒼く、ここまで走ってきたのか髪もボサボサだ。
「ど、どうしたんですか?」
「まだ見てないんだ、リスト」
里田は目を丸くしているミキにそういうとふっと切なげな吐息を漏らした。
それから、なにかに耐えているかのように唇を噛締めミキの手に二つ折りにされた紙を差し出す。
ミキは、ワケが分からないままそれを受け取り紙を開いた。
階層の地図。ある箇所に赤く印がつけられている。
「これって?」
「ただで情報あげるのはじめてだよ」
先程からまったく要領を得ない里田の言葉にミキは嫌な予感を覚えた。
背中に得体の知れない気持ちの悪い汗が流れる。
今、彼女はリストのことを口にした。ふと飯田の言葉が蘇る。
- 85 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:45
-
――だから、多分ミキが見たってヤツは上で分析されて・・・・・・明日にでもリストに載るんじゃないかな
- 86 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:46
-
リストは、いつも定時に更新されるが緊急の場合だけは別だ。
もし、ミキが見た犯人が噂どおりの同業者だとしたらそれに値するだろう。
ミキは、両目を閉じた。
入ってくる情報。
顔。顔。顔。その上部に・・・・・・ミキのよく知る顔があった。
驚いて目を開ける。
信じられない。信じられなかった。
「・・・なんかの間違いじゃないの?」
頼むからそうであってくれ。そんな祈りに似た思いで里田に問う。
しかし、里田は口を真一文字に結んだまま首を振り
「どうせ狩られるならミキちゃんがいいって言ってた・・・・・・」
その呟きが耳に届くのと同時にミキは外へと駆け出していた。
- 87 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:46
-
- 88 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:48
-
この幸せはいつまでも続くだろう
一人ぼっちの男はそう信じていた
いつまでもキラキラと宝石色の瞳をした天使が傍にいてくれると信じていた―――――
- 89 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:50
-
※
黒い空。
大嫌いな深夜の狩。
だが、誰よりも早く目標を見つけなければ――
その顔は強張っており、目には怒りとも悲しみともとれる色がゆれている。
ミキは、尋常ではないスピードで夜の街を駆け抜けた。
- 90 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:51
-
- 91 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:54
-
8
下層75階。
ミキは、その階層に広がっている地下道にいた。じめじめと湿った空気が鎮座している。
地下道はまるで蜘蛛の巣のように階層全体に広がっており
一日あっても回れたものではなさそうだ。ここを使うのはきっと犯罪者しかいないだろう。
思いながら、地下道を進んでいくとチェーンに遮られた通路に突き当たった。
『立ち入り禁止』と書かれたプラスチックのプレートがぶら下がっている。
その通路の天井から等間隔で下りている蛍光灯はまるで意味をなしておらず視界は50mもない。
ミキの脳はすぐさま視覚の調節をする。
数秒後、はっきりと空間の全体像が映し出されるとミキはチェーンを飛び越えた。
- 92 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:57
-
どこかから水が漏れているのか床には水溜りがいくつもできており
自身の足音が時折バシャバシャと狭い通路に響く。
そこは先ほどまでと違って迷ってしまえば二度と抜け出せないような閉塞感に包まれていた。
入り組んだ通路を地図を頼りに駆けること数分、不意に空間が開ける。
指定された場所についたようだ。ミキは、辺りを用心深く見回す。
正方形の空間は、地上から持ってこられたかのようなゴミで溢れており、
壁面はごちゃごちゃとパイプで囲まれている。そこから、時折白い蒸気が吹き出していた。
どうやらここは地上の――といっても下層だが――空調や換気を管理する為のスペースらしい。
ミキがその場に立ち尽くしているとバシャッと水のはねる音がした。
「っ!!」
反射的に身構えたミキの瞳にまず映ったのは鮮やかな光。
強いライトが顔に向けられている。ミキは手をかざし指の隙間から前方を見やる。
その中に黒い人型がぼんやりと浮いている。
暗い通路に合わせていた視覚機能が裏目にでていた。
すぐに調整をしなければいけない。脳がミキにそう告げている。
しかし、ミキはそれをしなかった。否、できなかった。
どこかでまだ信じていたのかもしれない。
あれは間違いだと――
だが
「・・・やっぱりあの時殺しておくべきだったかなぁ」
髪をかきあげながらポツリと漏らされる声。
ミキの否定を嘲笑うかのように彼女――吉澤ひとみは立っていた。
- 93 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 07:58
-
危険を感じて脳による視覚の自動調節が始まる。
いまだぼんやりとしている吉澤の姿。しかし、その手に握られている光るものにミキは気づく。
ナイフだ。咄嗟に銃を構える。
だが、吉澤はそれ以上近づく気がないのかミキから5mほど離れたところで立ち止まった。
「…なんで?なんでこんなことになってんの?」
吉澤に照準を合わせたまま問う。
「なんでかな?」
吉澤は、笑ったようだった。
その手から零れ落ちたナイフが地面ではね乾いた金属音を立てる。
ミキの目に吉澤の姿がくっきりと映った。やはり笑っている。
銃を向けられているのにまるで気にしていないようだ。
吉澤に戦う気がないのを悟ったミキは銃のとりつけられている右腕を下ろした
- 94 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 08:01
-
※
「ふじもっちゃんは、この塔の出身だっけ?」
ふと思いついたような問いかけ。
ミキは、首を振りながら
「・・・多分、違うと思う」答えた。
「多分?」
「昔の記憶があまりなくてさ・・・・・・外の世界から来たような気はするんだけどね」
「そっか。あたしはさ、この塔で生まれたんだ。塔の下層でね。
下層は、知ってのとおり地獄みたいなところで・・・・・・あたしは、物心ついた時から一人で生きてた。
何度も死にかけたよ。今、こうしてるのが不思議なくらいいろいろなことがあった」
淡々と語る吉澤にミキは眉をひそめる。
「だから、必死で上を目指した。上層まで行けば1人じゃなくなるって・・・・・・
でもさぁ、上層で狩人に登録して自分で稼げるようになって暮らしが安定してきて・・・・・・
それでも、あたしは1人だったんだ。ずっと1人だったんだよ」
吉澤の言葉はまるで自分ではない他の誰かに語りかけているかのようだった。
そう、彼女の愛する天使に語りかけているかのように――その視線はどこか遠くを見ていた。
「はじめてだったんだ、この街であんなに綺麗な心の人に出会ったのは・・・・・・
あたしはただあの人を喜ばせたかっただけで汚れてほしくなくて・・・・・・」
不意に吉澤の視線が揺らぎ、思い出したかのようにミキに焦点が合わされる。
口元には自嘲的な笑み。
- 95 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 08:01
-
「・・・でも、今のあたしが傍にいたらあの人は汚れちゃうのかな?」
- 96 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 08:02
-
「・・・・・・よっすぃ〜」
ミキは、まっすぐな吉澤から目を反らす。
吉澤の気持ちなんて分からない。
あの少女のために献身的になる必要がどこにあったのか。
あの少女にそんな価値があるのかどうか。
理解できるはずがない。
しかし――
モノの価値なんていうものがひどく曖昧な境界上に在ることは知っている。
自分にとって大切なモノが他人にとってさほどでもないモノであるように――
だとしたら、吉澤の行動は理解はできないが認めるしかないのだろう。
ミキは、諦めに似た眼差しを吉澤に向ける。
吉澤は、穏やかに微笑んでいた。もう分かっているとでもいうように。
- 97 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 08:03
-
「なんで、ミキなの?」
「ちょっとあたしに似てるから」
ミキは、「はっ」と小さく息を吐きだし
「よっすぃ〜と仲良くなる前でよかったよ」ポツリとそう口にした。
それから、右手を静かにあげる。
再び合わせられる照準。
「もう少し時間たってたら・・・絶対に殺せなかったと思うから」
ミキの言葉に吉澤は肩を揺らして笑い
「ありがとう」
言った。
- 98 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 08:03
-
- 99 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 08:03
-
だけど『いつまでも』という言葉はこの世にはなかった。
天使は、本当は天使なんかじゃなくただの人間だったから
一人ぼっちの男をおいて、どこか遠くへいってしまった。
一人ぼっちの男は、いなくなってしまった天使を思うあまり気が触れて
一人ぼっちのまま雪の降り積もる夜に死んでしまった。
- 100 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/17(月) 08:04
-
- 101 名前:読み人 投稿日:2003/11/17(月) 08:35
- (0^〜^)<・・・
- 102 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/17(月) 09:19
- ・゚・(ノД`)・゚・。
- 103 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/17(月) 19:22
- ・゚・(ノД`)・゚・
- 104 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:47
-
- 105 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:48
-
9
「よっちゃん?」
ミキを迎えたのは、子供のような声。
しかし、ミキの姿を認めるとそれは刺々しいものにかわる。
「誰?」
「よっすぃ〜の知り合い」
「・・・・・・ふーん、で、よっちゃんは?」
「さっき、事故で死にました」
ミキは、努めて平然と口にした。
自分が動揺していたら彼女はもっと取り乱すだろう。それは、吉澤が望む形ではないと思った。
しかし、予想に反して彼女はまったく取り乱すこともなく――悲しみの色さえ一切浮かべずに――ただ静かな瞳でミキを見つめていた。
一緒に暮らしていたにしてはひどく冷たい。
いくら彼女が他所で他の人間と遊んでいようともこれはあまりにも無関心すぎる。
ミキは、その反応を意外に思ったが彼女が最上層出身だということを思い出して無理矢理納得した。
最上層では死という概念がこことは少し違うのかもしれない。突然のことに対応できていないのだろう、と。
「よっすぃ〜は、最後まであなたのことを心配して・・・・・・だから」
「そう」
ミキが言葉を言い終わる前にあっさりとした返事を返すと彼女はクルリと背を向け部屋の奥に戻ってしまった。
ミキは部屋に入ろうか一瞬躊躇い、彼女のあとにつづいた。
- 106 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:50
-
静かに部屋に足を踏み入れる。
つけっぱなしのTVが欲望を垂れ流しにしている中、彼女は窓際にぼんやりと座っていた。
視線はTV画面に向けられているが見ているかどうかは定かではない。
「・・・あの、大丈夫ですか?」
「なにが?」
「なにがって・・・・・・」
ミキが口ごもると彼女は視線をミキに向け薄い笑みを浮かべた。
どこかミキを馬鹿にしたように――
「あなたがなっちとのことどう聞いてたのか知らないけど・・・・・・
正直、死んでくれてすっきりしてるんだよ」
「え?」
ミキは、彼女の口からでた残酷な言葉に耳を疑う。
死んでくれて・・・・・・スッキリした?
確かにそう言った。
どういうことだ。信じられない面持ちで見ているとくすくすと彼女は笑う。
「だって、あの人なっちのこと天使天使って口うるさかったし・・・・・・そんなのいるわけないのにさ」
強がり――なんかではない。その言葉はきっと本心だろう。
だけど、それならばなぜ――
「・・・なんで一緒に暮らしたりなんてしてたんですか?」
「行くところがなかったからに決まってるっしょ。よっちゃん、なんでも言うこと聞いてくれたしお金も持ってたから。
でも、丁度よかった〜そろそろここ出て行くつもりだったから」
ミキの問いかけにあっさりと彼女は答える。ぐらりと視界が揺らぐ感覚にミキは目を細める。
彼女の主張はもっともなものだ。もっともすぎるからどうしようもない。
この街では・・・・・・生きるためには手段を選ばない人間のほうが多いのだから。
- 107 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:51
-
「ねぇ」
ミキに視線を合わせたままリモコンでTVを消す。
ノイズが消えおとずれる静寂。
「あなたは、天使なんていると思う?」
彼女は歌うような口調で言った。
挑戦的な眼差し。ミキは、あがりそうになる右腕を必死で押さえる。
- 108 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:51
-
「・・・・・・・・・・・・まさか」
- 109 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:52
-
しばらくの沈黙のあとミキは唇を歪めて笑った。
天使なんているわけがない。
だから、そんなことも気づかなかった吉澤が馬鹿なだけだ。
自分にそう言い聞かせながら。
そうでもしなければ、今ここで彼女を撃ち殺してしまっただろうから。
- 110 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:52
-
- 111 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:54
-
10
キィ……っと小さく扉が軋む音がして、浅い眠りの中を漂っていた飯田は薄く目を開ける。
お客さんかな?思いながら、飯田は入り口に目を向ける。
そこには見慣れた人物がずぶ濡れで立っていた。
「ミキ・・・・・・?どうしたの?」
「外・・・雨降ってて」
ミキは、頬に張り付いた髪を手で払う。
機械によって定期的に振る雨をしっかりしている彼女が忘れるはずがない。
なにかがあったことは彼女の様子から簡単に伺えた。
しかし、どうにも聞ける雰囲気ではない。
「ともかく、これで体拭いて」
飯田は、タオルを手渡しながらそっとミキの顔色を伺う。
無表情。飯田は、小さく息を呑んだ。
- 112 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:55
-
ミキは、渡されたタオルで体を拭くでもなく顔を見られたくないとでもいうように頭にかけた。
それから、心底、疲れきったようなため息を吐く。
カチカチと時を刻む音だけが空間に響く。
一体、どうしたというのだろう。不安が頭をもたげはじめる。
それを誤魔化すように飯田は口をひらいた。
「そういえば、この間の物語のラスト思い出したんだよ」
「え?」
飯田の声にミキが緩慢な動作で顔を上げる。
「やっと思い出したの。ほら、1人ぼっちの男と天使の」
飯田がそう口にした瞬間、ミキの体がビクンと反応した。
目を伏せなにかに耐えるように歯をくいしばっている。飯田は、その異変に気づいて言葉を止めた。
「・・・・・・どうしたの?」
「・・・あ、いや・・・・・・もういいんです」
ミキは飯田を見ることなくかぶりをふる。
「え?」
「その話・・・・・・もう聞きたくないんです」
力無く吐き出される拒絶の言葉。
「・・・そう」
「・・・・・・すみません」
「いいよ、別に」
飯田は、タオル越しのミキの頭を撫でながらささやく。
不意にミキが飯田の肩に己の額を預けてきた。僅かにその肩は震えている。
飯田は無言のまま彼女を抱きしめその背中をあやすように優しく撫で続けた。
- 113 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:57
-
※
「・・・・・・もう大丈夫です」
ややあって顔を上げたミキは笑っていた。
唇の端をほんの少しだけつりあげた無理な笑みだったが――
「ミキ、帰りますね。こんな時間にすみませんでした」
「ちょっと待って」
足早に出て行こうとするミキの腕を掴む。
彼女は、戸惑ったように飯田を振り返った。
なにがあったのかを無理に聞きだすつもりはないが放ってはおけない。
放っておけば彼女はこのままふっつりとどこかへと消えてしまいそうな気がした。
飯田の脳裏に1人の少女の姿が浮かぶ。
もう二度と守れたはずの誰かを失いたくはないのだ。
- 114 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:58
-
「一緒に暮らそう」
「は?」
唐突な言葉にミキがポカンと口を開ける。
「ミキは一階の空いてる部屋使えばいいから」
「・・・なんですか、いきなり」
「いいから、カオを助けると思って」
「・・・・・・意味分かんないんですけど」
「お願い」
飯田は、両手を顔の前に合わせて頭を下げる。ミキは黙ったきりだ。
恐る恐る手の隙間からミキの顔色を伺う。
「・・・・・・家賃はなしですよね」
ミキがふっと息を吐いてようやくいつもの笑顔を見せた。
「なにいってんの〜、ちゃんと払ってもらいます」
飯田はホッとしてミキの頭に手をやる。
「けち・・・・・・」
「カオリはケチじゃ・・・・・・ミキ?」
いいかけて飯田は言葉を失う。
「ホント・・・・・・けちだなぁ」
口元は笑っているのに彼女は静かに泣いていた。いや、その瞳には涙など浮かんでいない。
だが、確かに飯田にはそう見えた。
普段なら気にならない時計の音と、窓を打つ雨の音がやけに大きく聞こえた。
- 115 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 07:59
-
Fine
- 116 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 08:00
-
―――――――――――――――――
あなたは私を天使だと言うけれど
私はそんな薄っぺらい存在なんかじゃないの。
この世界で純粋無垢のまま生きていくなんて
なんの面白みもないでしょ。
だから
私は、天使なんていないと思うの
―――――――――――――――――
- 117 名前:第2話 堕落 投稿日:2003/11/18(火) 08:02
-
- 118 名前:第2話 堕落訂正 投稿日:2003/11/18(火) 08:05
- 16日の部分、改稿前のファイルで更新してしまいました。
次の日に訂正しようと考えていたのにさらに忘れて更新→すぐに気づいてしくったダンスを踊って誤魔化しました・゚・(⊃Д`)・゚・。。
今さらなので迷いましたが新しい話に入る前できりがいいので一部のっけます_| ̄|○
ダッセーこいつ( ´,_ゝ`)プッ と笑ってください。
今後ミスしないように・・・・・・・ムリポ(´・ω・`)ファイル整理はきちんとするように気をつけます
>>81の途中から
本部に属している人間の視覚は逐一記録されている――
飯田が事も無げに口にした言葉をミキは頭の中で繰り返す。そんなことはじめて聞いた。
仕事の時以外の、たとえばこうして飯田と話していることなども記録されているのだろうか。だとしたら、あまり気分のいいものではない。
「狩人って嫌な商売ですね」
ミキが顔を顰め噛締めるように言うと飯田は微苦笑し
「狩人でもよっすぃ〜みたいにギルドだったらそういうのはないのよ。
あるのは本部直属の人間だけ」
「へぇ・・・・・・」
相槌を打ちながらふとどうして自分は本部直属になっているのか不思議に思った。
覚えていないことだからどうしようもないが。
どうせならギルドにしとけよ、昔の自分――心の中でツッコム。
「でも、そのおかげで助かることもあるじゃん」
ミキの表情をどうとったのか飯田がとりなすように言った。
ミキは、ん?という風に眉を寄せる。
>>82に繋がる予定でした。
とりあえずここが抜けたらグダグダの話にいっそうの拍車がかかるってものです。
えぇもう、ツッコミキティお願いします・゚・(⊃Д`)・゚・。
- 119 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/18(火) 08:43
-
ノノノハヽ
从从从从
(⊃ つ ビシッ
し'⌒∪
- 120 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/18(火) 12:14
- ( ´,_ゝ`)プッ
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/18(火) 15:18
- ( ´,_ゝ`)プッ ( ´,_ゝ`)プッ ( ´,_ゝ`)プッ =3
- 122 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/19(水) 09:04
-
- 123 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/19(水) 09:06
-
―――――――――――――――――
泣いて愛と平和を叫んでも
意味はなく
戦うしかないと悟った
ひとりで戦うしかないと悟った。
何が正しいか何が間違いかなんか分からない
だから、私は信じることにした
―――――――――――――――――
- 124 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/19(水) 09:07
-
- 125 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/19(水) 09:09
-
1
ある階層に連続殺人鬼が潜んでいる。
彼女は、深夜1人で出歩いている人間を老若男女問わず襲い、殺す。
それだけだ。金目のモノは一切取らずにただ殺すだけの無意味な行為。
そこにはなんの目的もないように思える。
それはMに通じるものがあったが、彼女はMのようにわざと自己を主張するようなことをしなければ、
Mのように誰からも目撃されずに綺麗に隠れているわけでもなかった。
そのため、簡単に消費される命に慣れきっているこの塔の住人の間では
彼女の犯行はよくある事件の一つであり大した興味の対象にはならなかった。
だが、リストに顔も情報も載っているにもかかわらず、
いまだなお誰からも狩られることなく生きている彼女の存在は
少なからずミキの関心をひいていた。
- 126 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/19(水) 09:10
-
「変な話だと思いません」
ミキは、いつものように医療用ベッドに腰掛けて飯田に話しかける。
「ん〜、そうだね〜」
薬品棚の前で手にしたファイルになにやら書きこんでいる飯田は聞いているのか聞いていないのかおざなりな答え。
ミキは、不満そうに鼻を鳴らし瞳を閉じた。
ズラっとでてくるリスト。相変わらず、Mがトップを飾っている。
そのページの真ん中辺りに彼女の名前は見つかる。
タカハシ・アイ 下層2F 殺傷人数18 ランクB+
もう暗記してしまった情報。
これだけ分かっていて狩人の誰一人として動いた形跡がない。
狩場として敬遠する下層とはいえありえないことだ。
彼女の身体データなどを見ても変わったところはない。
ならば、なぜ彼女は狩られないのか。狩人が狙わない理由。
自ら、行ってみるのが一番てっとりばやいか――ミキは、ガシガシと髪をかき難しい顔をしたまま瞳を上げた。
と、さきほどまでミキに背を向けていたはずの飯田と目が合う。
不意のことに驚いて少しだけ身を引いてしまう。
- 127 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/19(水) 09:12
-
「な、なんですか?」
大きな瞳に見つめられてなんとなく落ち着かない気持ちになりながらも
そうたずねると彼女はパチパチと瞳を瞬かせ
「今日、暇かな?」
「はい?」
「ちょっと付き合って欲しいとこがあるんだけど?」
「はぁ、どこですか?」
「下層2階」
「下層2階、ですか?」
飯田の言葉に、まるで自分の心を読まれたのかとミキは驚いた。
飯田は驚くミキの様子に怪訝そうな表情で頷き
「薬を買いに行きたいんだけど1人だと危ないでしょ」
「あ・・・そういうことですか」
上層で手に入る薬があれば入らないものもある。
特に、飯田のような仕事をするモノが使う薬はあまり上層部では手に入らない。
おそらく今回のもそういった類の薬なんだろう。
たまたまそれがタカハシアイのいる階層に売っているだけか、ミキはそう納得しながら用心棒代わりになることを了承した。
- 128 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:30
-
- 129 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:30
-
2
予想に反して下層2階は上層とあまり大差ない街並みをしていた。
街は活気に溢れており店のネオンもキラキラと輝きを放っている。
ところどころから威勢のいい売り子の声が聞こえる。
「賑やかだね」
「そうですね」
すれ違う人々の顔には絶えず笑顔が漏れている。
従来の下層のイメージとは正反対だ。
「ミキ、いらなかったね」
「飯田さんがついて来いって行ったんじゃないですかー」
勝手な言い分に口を尖らせると飯田は「そうだったそうだった」
とわざとらしく頭に手をやりカラカラと笑った。
ミキは盛大にため息をつく。それに反応して飯田は困ったように頬をかき
「そ、それじゃ、さっさと薬買って帰ろうか」
少し歩調を速め人ごみを縫うように歩き出した。
ミキは再度呆れ混じりのため息をつき、はぐれないようにそれにつづいた。
- 130 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:32
-
※
飯田に連れられてやってきたその店は薬屋というよりは場末の酒場という形容詞がよく似合っていた。
妙な記号が刻まれたネオンが、時折、明滅しながらも薄暗い路地裏に光を投げかけている。
飯田が古びた木製のドアを開ける。
途端、漏れてくるのは軽快なジャズの音色。
こんな場所で聞くにはいささか不似合いな気もする。
飯田の後ろについてミキは店内に足を踏み入れた。
壁際につけられたファンが低い音を立てて空気をかき回してはいるが
まったく意味を成していないようで、店内は得体の知れない煙に包まれており白く濁っている。
ミキは、部屋全体を見回した。
ビリヤード台、カウンター、その奥にはウィスキーやバーボンの瓶がある。
外観同様、中も薬屋といったものではない。
飯田が、店を間違えているのではないかという気にさえなってくる。
- 131 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:34
-
「飯田さん……あれ?」
気がつくと先程まで隣にいた飯田の姿が消えている。
「飯田さん?どこですか?」
「こっちだよ」
呼びかけるとすぐに店の奥から返事が返ってきた。
ホッとしながらそちらへ足を向ける。
見回したときには気がつかなかったがそこにはさらに奥に続くドアがあった。
声はこちらから聞こえたのだから、飯田はこの中にいるのだろう。
「飯田さん?」
呼びかけながらミキはそのドアノブを押し開けた。
店内とは打って変わった綺麗な空気がミキを迎える。
室内は、薬品類の詰まった棚が壁いっぱいにつけられており、
他には今しがた入ってきたドアが一つあるだけで出入り口になるようなものはなにもない。
どうやって換気をしているのかだろうと不思議に思ったが
飯田と話している金髪の女の存在に気づいてその疑問はミキの中から消えた。
- 132 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:35
-
「ん、誰?」
立ったままのミキの姿をみとめて金髪の女が少し変わったイントネーションで飯田に問いかける。
「今、一緒に暮らしてる子。ミキ、こっち座りなよ」
「あ、はい」
誘われて女の背後を回り飯田の隣に座る。
女はニヤニヤと下卑た笑みを口元に浮かべてミキを見ていた。
その視線は、観察していると言ってもあながち間違いではないだろう。
あまり気分のいいものではない。
「なんですか?」
ミキは不躾な女を軽く睨みつけながら言った。
女は、気にする素振り一つ見せずに楽しそうに頬杖をつき
「いや、カオリが気に入るだけあってかわいい子やな〜と思ってな」
「変なこと言わないでよ、祐ちゃん」
飯田が、顔をしかめる。
「うちは、中澤裕子や。よろしゅうな」
彼女、中澤はそう名乗ると手を出してきた。
差し出された手と中澤を交互に見やる。中澤がん?と言った風に目を細める。
「……藤本ミキです」
結局、その手をとらずにミキは自己紹介をした。
中澤の手は所在投げに空を彷徨いもとの場所に戻る。
「こいつ、性格悪いんとちゃう?」
彼女は、ひそひそ話をするように――実際にはミキにも聞こえるように皮肉っぽく――手で口元を隠し飯田に言う。
ミキはムッとしたが
「祐ちゃんがエロ目で見てるからだよ」
そう返す飯田の言葉にミキはうんうんと頷く。
中澤はポリポリと頬をかきながら
「エロ目言われてもな〜、地やでこの目は」
と苦々しい笑みを浮かべた。
- 133 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:37
-
「それより、頼んだ薬はできてるの?」
「当たり前やん」
中澤は立ち上がり左の壁際の棚から小箱を手にとって戻ってくる。
その中には数十本ほどの小瓶が入っていた。
「えっと10本やったよな」
中の小瓶を飯田に見せながら言う。
飯田は少し身を乗り出してそれを確認している。
全部同じように見えるが飯田は選ぶように小瓶を指差しているので
それらは全て違うものなのだろう。
飯田は中澤の言葉に二、三頷きながら10本の小瓶をカバンにしまうと、
そのままなにやら専門的な話をはじめた。
まったくちんぷんかんぷんな話をする2人をミキは退屈そうに眺め片肘をついた。
- 134 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:39
- ※
「じゃ、これももらうね」
しばらくして飯田は新たに中澤から受け取った小瓶を手にそう言った。
どうやら、目的以外の薬まで買わされたようだ。
この塔の商人は商魂たくましいな、とミキはぼんやり思う。
飯田が押しに弱いだけかもしれないが。
と、思い出したかのように飯田がミキのほうに顔を向けた。
「そういえばさ〜、ミキ」
突然、話かけられてミキははっとする。
「なんですか?」
「あのこと聞いてみれば?」
「あのことって?」
ミキがキョトンとしたまま問うと、飯田はあれ?と意外そうな顔をした。
「ほら、連続殺人鬼のことだよ」
今度はミキが意外そうな顔をする番だった。
確かに彼女には例の不思議な連続殺人鬼ついて話はしたが、あまり興味をもったようには見えなかった。
ましてミキがこの階層についてきたのがその捜査も兼ねてとは一言も言っていない。
それなのに――
もしかしたら、彼女がこの階層に行こうと誘ったのは偶然ではなかったのかもしれない。
かなわないな、とミキは小さく嘆息する。その行為をどうとったのか慌てたように
「あ、祐ちゃんこう見えても情報屋もしてるんだよ」
飯田はそう付け加え、ねぇ、と同意を求めるように中澤に視線を移した。
- 135 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/20(木) 06:40
- 中澤は、苦笑して「元情報屋や、元」と答える。
「あれ?そうなの?」
飯田は、そのことを初めて聞いたらしく驚いた声を上げた。
そんなに大げさな声を上げるなと言う風に中澤はその苦笑を強める。
「もう年やから情報屋やる元気なくてな」
中澤は言う。
その言葉にミキはなんとなく中澤を見た。
分析。自ら、年という割には若々しい肌をしている。
いったい、幾つなのだろう?若いといえば若いし年といえば年のような気がする。
よく年齢の分からない顔だ。
しばらく見ていると中澤は睨まれていると勘違いしたのか
「そんな目つきせんでもええやん。知らんって言うてるワケやないし」
と、ミキを見て薄い笑みを浮かべた。
- 136 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/21(金) 07:35
-
3
2年前、下層2階で1人の少女が殺された。
綺麗だった顔は無残に切り裂かれ、しなやかな指は切り取られ、真っ直ぐに前を見詰めていた瞳を抉られて殺されていた。その死体には生前の少女の面影がまったく残されていなかった。
死体を見慣れている街の人間もさすがにその猟奇的な事件に恐怖した。
しかし、しばらくして少女を殺した異常な殺人鬼が狩人に狩られたことを知ると
街の人たちの記憶からその事件のことはあっけなく消された。
これでその事件は終るはずだった。
終ったはずだった。
身元不明で処理された少女のことを知るたった一人を除いては――
- 137 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/21(金) 07:51
-
2年も前の、それも犯人はとっくに狩られている事件の話を中澤は長々と語った。
彼女が話し終えるのを待っていたミキは訝しげに
「それが、今回とどう関係してるんですか?」
「殺された少女にはな、たった一人だけ肉親がおったんや」
中澤が意味ありげに言う。
話の流れからそれが誰を指すのか――
「……高橋愛?」
ミキが、確認するようにたずねると彼女は頷く。
2年前に惨殺された妹。1人、残された姉。
そして、犯行。
簡単に妹を忘れた街の人に対する憤りのない怒りだろうか。
そこまでならなんとなく分かる。少し弱いが理由にはなる。
だが――その後がまったく繋がらないのだ。
彼女の妹が殺されたことには同情こそするが、それが彼女が狩られない理由にはならないだろう。
いよいよ分からなくなってきた。ミキの鼻梁に疑問の皺が寄る。
- 138 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/21(金) 07:53
-
「彼女の背景は分かりました。でも、ミキが知りたいのはそういうのじゃなくて、
どうして彼女が捕まらないかってことで」
「それは、街の様子みたら分かるやろ」
ミキの言葉を遮って中澤が言う。
「は?」
「この街は今じゃ上層にも負けんほど治安がよくなってるんや」
言われて、ミキは笑顔の絶えない住人たちを思い出す。
確かにそのとおりかもしれない。
「それが、彼女のおかげだとでも?」
「そういうことやな。この事件が起こってから、みんな夜に外を出歩かんようになって、犯罪数が圧倒的に減っとるから」
「だから、なんですか?」
「それを喜んどるヤツも少なくないってことや」
中澤は口元を少しだけ上げて笑んだ。
- 139 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/21(金) 08:09
-
つまり、高橋愛が深夜の殺人を続ければこの街にはそれ以外の犯罪が起こらなくなる。
今では彼女に殺されるのは殺人鬼がいることを知っていてそれでも外を出歩く無謀なヤツらだけ。
彼らが殺されても自業自得。
しかし、もし、狩人が高橋を狩れば街には犯罪が戻り
住民たちが警戒しなければいけないのは深夜だけというわけにはいかなくなる。
そういうことだろうか。
ただでさえ犯罪数に対して人手の足りない狩人がその事実に気づいているなら
高橋を狩ることをやめたのは容易に想像がつく。
ヴァルナなどでそういった話し合いが行われたのかもしれない。
本部にもギルドにも報告しない狩人だけの秘密。
なんにせよヴァルナに行かない自分が知らないのは無理もない。
ミキは、まいったなというように小さく息をつく。
「中澤さんは、彼女のことどう思ってるんですか?」
ミキは、聞いた。
中澤は曖昧な表情を浮かべポリポリと口元を掻く。
「さぁな」
短く答え、懐に手をやり古ぼけた銀製の懐中時計を取り出した。
特に飾り気もなくシンプルなデザインをしている。
「そろそろ帰ったほうがええんちゃう」
懐中時計を開きながら彼女は言った。
その言葉には、もうこれ以上なにも語らないと言う強い意思が込められていた。
- 140 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/21(金) 08:10
-
※
下層は上層よりも夜になるのが早いらしく店を出る頃には辺りはもうとうに薄暗くなっていた。
あれほどいた人影も今はまばらで、その誰もが足早に家路を急いでいる。
「どうするの?」
中澤が話している間中、一言も発さなかった飯田が独り言のように呟く。
どうする、とは連続殺人鬼のことだろう。
ミキは、彼女をチラリと一瞥する。
「どうもこうも…居場所が分かってるんですから狩ってきますよ」
連続殺人鬼のおかげで廃墟のように静まり返った商店街を眺めながら答えた。
飯田の目つきが非難めいた、だが、どこか悲しみを帯びたものにかわる。
飯田と出会って初めて見る表情だった。
「ミキは、狩人ですから」
あえて気づかない振りをして呟く。
飯田の長い髪を冷たい風がさらっていた。
- 141 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:08
-
- 142 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:09
-
4
飯田を上層まで送るとミキは再び下層に引き返した。
調べなくとも居場所は分かっているのだ。この階層の端の端に獲物である彼女はいる。
迷うことなく一直線にその場所に向かうと徐々に街の様子が変わってきた。
うずたかく積み上げられたゴミの山。なんとも言えない腐臭。
どこまでも続くあばら屋と薄汚れたプレハブ小屋。
それは、入り口とはあまりにも違う光景。隠された下層の姿。
この場所に彼女の妹は捨てられていたと言う。
こんな場所にゴミに紛れて捨てられていたという。見つかっただけでも運がよかったのだろうか。
ミキは、顔をゆがめる。
妹の死体が見つかったこんな忌むべき場所に今彼女はたった1人で住んでいる。
- 143 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:10
-
※
ミキは、プレハブ小屋の1つに足を踏み入れる。
中は、電気が通っているらしく微弱ながらも灯りが灯っていた。
だが、空気は妙に埃っぽくどこか退廃的なものを感じさせる。
まるで生きた人間が使っている部屋ではないかのようだ。
注意深く辺りを見回す。
古臭い、かびた匂いを放つ木材の机や椅子が大地震の後のようにそこら中に散らばっていた。惨憺たる有様だ。
本当にこんなところに彼女は住んでいるのだろうかそんな気にさえなってくる。
しかし、その中に一つだけやけにリアルに生活感を感じさせている存在(モノ)があった。
部屋の隅に置かれた子供用と思われる勉強机。
虚ろな部屋でそこだけが別世界のようにくっきりと浮かびあがってみえた。
ミキは、その机に近づく。
机の上には、小さなカードやかび臭い本・羽根ペン、インク瓶など
その他さまざまなものがごちゃごちゃと置かれてある。
その中に埋もれるようにしてガラスにヒビの入った写真立てが立っていた。
色あせた写真の中で2人の少女が仲良く手を繋いで笑っている。
1人は、高橋愛だ。
少し若いがリストに載っている顔とそう変わっていないから間違いない。
隣の少女は殺されたという彼女の妹なのだろうか。
他になにかないかとミキは引き出しに手をかける。その瞬間、背後でガチャっとドアの開く音がした。
- 144 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:13
-
「おかえり」
ミキは素早く銃を構えこの部屋の主、高橋愛を迎える。
高橋はドアノブに手をおいたまま顔を上げた。
侵入者であるミキに驚いた様子は全く見受けられない。
自分の姿が見えていないのだろうか。ミキは、灯りの届く場所までゆっくりと移動する。
視線があった。それでも彼女はまったく動じた様子はない。
それどころかミキを凝視したまま
「狩人の方ですか?」
問いかけ。
「そうだよ」
「そうですか」
なんだこの会話、ミキは内心苦笑しながら自分に突っ込む。
命乞をするのでもなければ、口汚い罵倒を投げかけてくるわけでもない。
今までにないパターン。どうにも調子が狂う。
ミキは軽く息を吐きだし威嚇するような鋭い視線を高橋に向けた。
さぁ、どうでる?心の中で問うて、相手の次の行動を待つ。
そして、返って来たものは――「あ」という小さな呟き。
高橋は思い出したかのように部屋の中に入り、
自身に向けられている銃の存在を気にすることなく羽織っていた灰色のジャケットを脱ぎはじめた。
その行動にミキは多少面食らう。
先ほどから驚かされっぱなしだがさすがに着替えまではじめるとは思わなかった。
狩人を前に逃げない目標ははじめてだ。それがまったく強がりにも見えない。
覚悟はしていたのだろうが、なんだか気が抜けてくる。
- 145 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:14
-
「・・・逃げないの?」
ミキの問いかけに彼女はクッと喉を鳴らして笑う。
ミキは、いぶかしげに眉を寄せた。
「なに?」
「いえ……そんなこと聞かれるとは思わなかったから」
そういうことか――言われて納得する。
確かに彼女を殺しにきた自分が逃げないの?と問うのはおかしい気もする。
それにしても――
「随分、冷静だね」
「いずれはこうなると思ってましたから。それに――」
高橋は答えながら脱いだジャケットを床に転がっている椅子の足に丁寧にかけた。
「それに?」
ミキが促すと高橋は椅子から顔をあげ真っ直ぐな眼差しをミキに向け
「私が犯罪を減らすためにしたことは間違ってないから」
「確かにね」
思わず頷いたミキに彼女はまた喉を鳴らす。
「狩人が認めちゃっていいんですか?」
「いや、よくないけどさ」
呆れたように言われてミキは鼻をかく。
- 146 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:15
- 無論、高橋のしてきたことが間違っていないと考えていたわけじゃない。犯罪をなくすために犯罪を犯す、それは明らかに間違っている。
犯罪というのは癖になるものだ。その行為を楽しく思えてきたときにそれは当初の理由から形を変えてしまう。
だから、もし彼女がミキを見て見苦しく逃げたり無様に抵抗をしていたらおそらく自分は考えを変えなかったと思う。
だが、高橋愛はそのどれをもしなかった。
はっきりと自分は間違っていないと言い切り――しかし、狩人に狩られることを覚悟していた。
それは、彼女が人を殺す快楽に溺れることなく自らが犯罪を犯すに至った理由を今でも変わらずもっているということだ。
彼女の理由、この階層で二度と妹のような事件が起こらないように――それだけ。
彼女は殺人が悪いことだと知っている。
知っていてなおそれだけのために自分が殺人鬼になって犯罪を減らした。
今ここで彼女を狩れば犯罪が増えて新たに多くの人が苦しむことになるだろう。
ミキは、高橋を真っ直ぐ見詰め返した。
銃はまだ彼女に向けたままだ。
- 147 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:16
-
「ねぇ」
「なんですか?」
「もし、この階層から犯罪がなくなる日がきたとして――それでもあんたは人を殺す?」
最後の質問。
高橋は不愉快そうにミキを睨みつける。わかりきったことを聞くなと顔に書いてある。
ミキは、ふっと表情を緩めると銃をおろした。
高橋の眉が訝しげに寄せられる。
「……この階層に犯罪者があんただけになったらまた来るよ」
彼女の肩をすれ違いざま叩きながらドアノブに手をかける。
「はぁ?」
後ろで意味が分からないというような声が聞こえた。
同時にドアが閉まる。
彼女は部屋の中で固まっているのかミキの言葉を聞き返しにくる気配はない。
ミキは、プレハブ小屋を振り返り――そういえば、彼女が驚いたのは今のがはじめてだな、と気づいて肩を揺らした。
- 148 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:16
-
- 149 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:18
-
「さすがミキだね。カオリが見込んだだけあるよ」
悲しいような怒っているかのようなそんな複雑な表情でミキを出迎えた飯田は
話を聞いてころっと態度を急変させた。
「単純ですね」
ミキは、呆れた顔でそう漏らす。
「いいの、単純で」
単純といわれた飯田はムッとしたように頬を膨らますが、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑った。
他人事なのに本当に嬉しそうだ。ミキは首を捻る。
「そんなに嬉しいんですか?」
「そりゃぁ、嬉しいよ。ミキが優しいいい子に育ってくれて」
飯田は、出てもいない涙を拭うしぐさをしながら言う。
「ワケわかんない。ミキ、もう部屋に戻りますね」
ミキは肩を竦め腰掛けていた診察用ベッドからぴょんと飛び降りると2階の自室に通じる階段に向かった。
「明日は、カオリがご馳走してあげるからね〜」
飯田のご機嫌な声を聞きながら階段を上る。
踏みしめるようにゆっくりと――
この階層から犯罪がなくなる。
きっと、そんな日が来ることは永遠にないだろう。
まぁ、いいか――
ミキは、ドアをあけるとまっすぐにベッドに向かった。
- 150 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:19
-
※
ある階層に連続殺人鬼が潜んでいる。
彼女は不幸だ。
だが、彼女のいる街の人間は幸福だろう。
その階層の街は、この塔で一番犯罪発生率が低い。
- 151 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:19
- Fine
- 152 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:21
-
―――――――――――――――――
それは間違ってるけど
きっと間違っていない
自分が選んだ道を
信じることができるなら
きっと間違いじゃない
―――――――――――――――――
- 153 名前:第3話 善悪 投稿日:2003/11/22(土) 06:22
-
- 154 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/23(日) 10:33
- 川 ’−’)
- 155 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/24(月) 11:06
- :::△::::::
б:::||'-' 川:::б
::::::::::::
- 156 名前:4話、遊戯 投稿日:2003/11/25(火) 10:57
-
- 157 名前:4話、遊戯 投稿日:2003/11/25(火) 10:59
-
―――――――――――――――――
ここにいていい理由を失くしたの
探しても探しても見つからない
だから、気が狂うほどの刺激を頂戴
代わりなどないと思わせるほどの
そしたら、きっと大丈夫だから
―――――――――――――――――
- 158 名前:4話、遊戯 投稿日:2003/11/25(火) 11:00
-
- 159 名前:第4話、遊戯 投稿日:2003/11/25(火) 11:03
-
1.
その日、ミキは腐臭によって目を覚ました。というよりも、覚めざるを得なかった。
慣れているはずの匂いだが今日は特にひどい。いったい何事だろう。
ミキはガシガシと不満げに髪をかきながら嗅覚をシャットアウトし階下に向かった。
「あれ、今日は早いね」
仕事をしていたらしい飯田はドアの開く音でミキを振り返った。
その手には、手術用の手袋、顔には防臭マスクがかけられている。
彼女の前にあるのは3体の死体。その中の1つはぐずぐずに腐っている。
どうやら、これが腐臭の原因らしい。
「どうしたんですか、これ?」
不機嫌そうな顔をしたままミキは飯田に問う。
狩人が持ってきたにしては随分状態がよくない。
「さっき清掃屋さんが持って来たの」
「ふ〜ん…どおりで」
清掃屋は、その名の通り街の掃除を行っている人間だ。
彼らが片付けるのはゴミではなく街に転がって放ったらかしにされた死体。
そのため、仲介業者に持ち込まれるときには大抵の死体は腐りかけている。
納得しながらミキは飯田の隣に立つとその死体を眺めた。
死体は汚く汚れているが、よく見ると3体ともまだ若いことが分かる。
少しおびえた顔をして死んでいる。
直接の死因は頭部への一発だが、体にはまるで猫が鼠を甚振ってもてあそんだかのように細かな傷がたくさんつけられていた。
- 160 名前:第4話、遊戯 投稿日:2003/11/25(火) 11:04
-
「最近、多いんだよね。このくらいの子供の死体」
飯田が最後の死体の服を脱がしながら口にする。
その上半身には子供がするにしては奇妙なタトゥが彫られていた。
ぐるぐると不規則な渦を巻いてじっと見ているとくらくらしてくる。
よくこんな悪趣味なものを体にいれたな、ミキは目を細める。
「趣味悪いよね」
飯田も同じことを思ったらしく苦々しい口調でそうもらした。
「流行ってるんですかね」
「さあ、どうだろ。カオリには理解できないけど」
「ですよね」
ミキは、その奇妙なタトゥから既に確認の終わっている2つの死体に視線をずらしながら頷く。
そこで眉をひそめた。1体の右腕に小さくだがタトゥを発見したのだ。
飯田が見ている死体の上半身に目をやる。大きさは違えどそれはまったく同じものだった。
もう1体の死体にも同じものがないか目を見張る。
顔から体に反って視線を下げていく。傷以外にはなにもみつからない。
しかし、同じような殺され方をしているこの3体の死体になんの関連性がないとは思えなかった。
この死体にもどこかに同じようなタトゥがあるはずだ。妙な確信。
表にないのならば――ミキは、おもむろに死体をひっくり返す。
やはり、あった。
肩甲骨の真上あたりに幾何学模様の奇妙なそれはポツンと存在していた。
ミキは、吸い寄せられるように死体の背中に釘付けになる。
- 161 名前:第4話、遊戯 投稿日:2003/11/25(火) 11:05
-
「ちょっとミキ、なにしてんの?」
突然、死体をひっくり返したミキに飯田が動揺したような声を上げる。
その声で我に返ったミキはひっくり返した死体を指差す。
「見てくださいよ、これ」
「なに?」
ミキの指しているものを見て飯田は眉を寄せる。
「なんかあるような気がしません?」
「どういう意味?」
「飯田さん、さっきこのくらいの子たちの死体が多いって言ったじゃないですか」
ミキの言葉に飯田は神妙な面持ちで頷く。
「このタトゥと関係あるのかなって」
「・・・・・・このタトゥしてる人が殺されるとか?」
「ん〜」
ミキは、唸る。
確証はまったくないが――同じ年頃、同じ殺害方法、同じタトゥ。
これには、なんらかの意味があるとしか思えなかった。気になるのだ。
「ねぇ、ミキ」
考え込むミキに飯田が口を開きかけた時だった。
「カオリー、おっはー」
店の扉がきぃっと音を立てて開き、1人の少女が顔を覗かせた。
- 162 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:16
-
※
「…また参加者か」
引き取り手のない死体を引き取って始末をする焼却屋の彼女、後藤真希は
3体の死体に彫られてあるタトゥを見て気のない声で呟く。
「参加者って?」
ミキが、その言葉に素早く反応した。飯田もつられて後藤を見る。
「いや、だからゲームの」
2人に凝視されて後藤は戸惑いながらそう答える。
「ゲームって?」
「知らないの?最近、若い子達の間で流行ってるんだよ」
馬鹿にするように言いながら後藤はタトゥを指差す。
「このタトゥは参加者の証。1チーム3人でボスを探しだして殺せばゲームクリアってところかな」
「ボス?」
「そう、このゲームを作ったヤツら……
っていうか、あたしは死体引取りにきただけで情報屋の真似事するつもりないんだけど」
途中で気づいたのか後藤はふんっと鼻を鳴らした。
- 163 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:19
-
それから、死体を袋に詰めてストレッチャーに似た機械の上に慣れた手つきで乗せていく。
飯田は、チラリとミキを見る。
はっきりしないことが嫌いなミキは途中で話を止められて不満を露にしていた。
このまま後藤を帰らせたらしばらくの間機嫌が悪くなるのは明確だろう。
彼女は機嫌を損ねると――飯田にあたることはないが――リストに載った犯罪者にあたりまくり、
スッキリした顔でグチャグチャになった死体をここに持ってくるから後々大変だ。
飯田は、小さく嘆息し
「ミキは狩人なんだよ、ごっちん。だから、協力してあげてよ」
最後の一体を機械に乗せようとしている後藤に慌てて声をかけた。
「へぇ〜」
後藤は、顔だけを飯田に向け持っていた死体を機械に乗せる。
それから振り返ると意味ありげな笑みを口元に浮かべミキを一瞥する。
値踏みするような視線。
「なに?」
ミキがその視線にムッとしたように問う。
「べっつに〜」
後藤は、へらりと笑う。
どうしてこう人の神経を逆なでするようなことをするのかと飯田は気が気ではない。
はらはらとしながら2人を交互に見る。
- 164 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:22
-
「ミキちゃんは、ヴァルナとか行かない人でしょ」
不意に後藤がそう口にした。
いきなり呼ばれ慣れてないちゃん付けで呼ばれたのが気持ち悪かったのかミキは変な顔になる。
それを自分の言葉に対する否定と受け取ったのか後藤は意外といった口調で
「あれ?行ってるの?」
「いや、あんまり行かないけどなんで?」
気を取り直したのか落ち着いた口調でミキが首を振る。
「なんとなく。で、ミキちゃんはゲームを取り締まりたいの?」
「ゲームの内容が知りたいだけだよ。取り締まるかどうかはそれ次第だね」
ミキの答えに後藤はわざとらしく「んぁ、残念」と顔をしかめた。
怪訝そうな表情になるミキ。
「どういうこと、ごっちん」
飯田は、ミキに対する先ほどからの後藤の態度にもう勘弁してほしいといった風に問いかけた。
後藤はふにゃっと笑って
「もし、取り締まるんだったらいい情報屋さん紹介しようかと思ってたんだけどね〜」
「いい情報屋?」
「そう。このゲームのことに関しては一番詳しいはずだよ」
後藤は、飯田にいたずらっ子のようにウインクをする。
「どうする、ミキ?」
それをうけて飯田はミキを伺うように見た。
後藤も口元に楽しそうな笑みを浮かべてミキに視線を向ける。
二人の視線を受けたミキは観念したように天を仰ぎ大きくため息をついた。
- 165 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:22
-
- 166 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:23
-
2
数時間後、ミキはメモを片手に、後藤に教えてもらった場所へと来ていた。
「……ここ?」
半信半疑に呟きながら、メモに書かれた目印と建物の壁にスプレーで書かれた趣味の悪いハートのマークは一致している。
どう考えても、メモに書かれた場所はココなのだという事実しか発見できない。
それでもまだ疑い混じりの視線を投げかけている彼女の目には小さく古い木造の雑居ビル。
近代的なビルが立ち並ぶ中でそこだけがまるで時間が止まっているかのようにさえ感じられる。
「っていうか・・・・・・傾いてるし」
見上ると、その木造家屋は梁も柱も少し左に傾き歪んでいるように見えた。
大きな地震がきたらひとたまりもなさそうだ。
ミキは、不安気に顔をしかめるとそのビルに足を踏み入れた。
- 167 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:24
-
ホールというにはあまりに狭く薄汚い。
蛍光灯の光は薄く、室内を万遍なく照らすには不十分で、
足元には紙コップや下世話なチラシなど様々なゴミが散らばっている。
それらを踏みしめ奥の階段に進む。
建物同様、木で作られた階段は足をかけるとギシギシという木の軋む音がした。
本当にこんなところに人が住んでいるのだろうかと不安になってくる。
飯田の知り合いだからといって簡単に信用するべきじゃなかったかもしれない。
あからさまに胡散臭い後藤の顔が浮かんでくる。
ミキはため息をつきながらメモを投げ捨てた。
「ちょっと、人の家にゴミ捨てないでくれる」
途端、背後から不機嫌そうな声がかけられた。
ギョッとして振り返るとそこには年齢のよく分からない猫目の女が、さっき投げ捨てたメモを片手に階下からミキを見上げていた。
「家って・・・・・・じゃぁ、あんたが情報屋の圭って人?」
ミキの言葉に女は「なんだ、お客さんだったの」と口端を歪ませてにやりと笑んだ。
- 168 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:25
-
※
汚いのは気にしないでと通された部屋は彼女の自己申告どおり確かに汚かった。
ミキもあまり掃除をするほうではないが、物の数が圧倒的に違う。
部屋は、建物の外観からは想像できない広めのワンルーム。
壁に沿って、パイプベッドとPCデスクが置かれており、その横にオーディオのセットがあった。
カーテンレールにはクローゼットの代わりらしくハンガーに何着か洋服がかけられている。
床には、たくさんの紙の入ったダンボールとCD。
空になったビールの空き缶、灰皿から溢れそうになっているタバコの吸殻。
ベッド以外なにもない自分の部屋とは大違いだ。
- 169 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/26(水) 07:28
-
「適当に座りなよ」
言われて室内を見回す。座れるようなスペースはない。
唯一、あるといえば――
戸惑いながらパイプベッドの上に乗せられている何着かの服を端に寄せ、ミキはそこに腰を下ろした。
圭は、デスク前の回転チェアーに座るとこちらを向いて足を組んだ。
「で?何の情報が欲しいの?」
「ゲームについて詳しいって聞いたんですけど」
前置きなどはいらないだろう。
そう考えミキが早速本題に入ると圭の表情は一瞬固くなった。
が、すぐにまた先ほどの笑みを浮かべ
「それを知りたいってことは確実にボスを仕留めてくれるってことでいいのかしら」
「まぁ・・・・・・ここまできたからにはそうしないとアホらしいですしね」
言いながらもミキはやる気なさげに肩をすくめる。
上辺だけのポーズ。現に圭を睨むように見つめる瞳は真剣だった。
「それなら、知ってることを教えてあげるわ」
圭は、ミキの視線を軽くかわすと意味ありげに微笑んだ。
- 170 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/26(水) 20:14
- ノノノハヽ
(∩´ Д `) んあ〜
□……(つ )
- 171 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/26(水) 21:36
- ( `.∀´)
- 172 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/27(木) 07:55
-
- 173 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/27(木) 07:57
-
3
「さて、なにから話そうかしら」
圭は思案げに呟いた。
自分からあれこれ聞きたいのを我慢してミキは彼女の言葉を待つ。
「・・・ゲームの参加者はランダムで選ばれる。人によって様々ね、
メールが来たとか電話がかかってきたとか手紙が届いてたとか・・・・・・
でも、大抵の人間はただの悪戯として相手にしない。
ゲームに参加するのはその中の一握りの退屈している人間。
参加の証に、指定された場所にいって共に行動する仲間に会うの。
それから用意してあったタトゥをつける」
「そのタトゥには意味があるんですか?」
「まあね。正確にはタトゥじゃなくて機械なんだけど・・・・・・これには二つの意味があるわ。
一つはゲームに参加している証。そして、もう1つはボスへの手がかり」
「手がかり?」
眉を顰めてミキは聞き返した。圭は、頷く。
「例えば、AとBという二つのチームがゲームに参加してるとするでしょ。
その二つのチームが殺し合いをしてAチームが勝つと、
負けたBチームのタトゥが変化して1つの文字になるの。
それを一文字一文字集めていくとボスのいる場所が分かるって仕組みになってるのよ」
後藤はゲームの参加者同士が殺しあうとはいっていなかった。
どうやら自分が考えていたよりもゲームの中身は単純なものではないようだ。
ミキは、ゴクリと唾を飲み込む。
ボスを探し出すために殺しあうということは街に転がっている参加者の多くはゲームの途中で殺された者たちだったのだろう。
- 174 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/27(木) 07:59
-
「つまり、ボスがゲームを全て管理してるってこと?」
「そういうこと。ゲームの創設者=ボスだからね。
一応、ボスが負けたらそのチームが引き継ぐって話だけど・・・・・・
きっとそんなめんどくさいこと誰もしたがらないでしょうから、今のボスを倒せばこのゲームはあっという間に廃れるわね」
圭がそこで一息ついたのでミキは
「1つわかんないんですけど」当初からあった疑問を口にした。
「なに?」
「ゲームが広まってきてミキみたいな狩人が動き出して・・・・・・
そこまでリスク冒してゲームを続ける意味ってなんなのかなって」
その問いかけに圭は薄く笑んだ。片目だけを細めた奇妙な笑顔だ。
「狩人は動かないわよ」
「なんで?」
「参加者は結構多いから。ヴァルナにいってみたら話は聞くと思うけど・・・・・・
ゲームは取り締まらないっていう暗黙の了解になってるのよ」
後藤が、ヴァルナに行くか行かないかを聞いたのはそういうわけだったのか。
ミキはニ、三頷きながら圭に続きを促す。
- 175 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/27(木) 08:01
-
「リスクを冒してやる意味は価値が得られるから」
「価値?」
意味を汲み取れずミキは圭を見つめる。
圭は肩をすくめ奇妙な笑顔を再び浮かべた。
「そう、命の価値。ゲームの創設者でありボスでもある3人組もゲームの参加者もそれを求めてるの。
だから、強い相手を殺せばその生命はそれだけ生き抜く力が、価値があるってことになるわけ」
「・・・・・・はぁ」
圭の説明は簡潔だが、なにをいっているのかミキには理解できない。
人を殺せば価値ができるなんて冗談もいいところだ。
ミキは、困惑気味に小さく口を開け放した。
圭は、ミキの困惑に気づいているようだが、それを無視して続ける。
「はまれば面白いのよ。この街じゃ生命なんてゴミみたいなもんでしょ。
その中で自分だけは価値があると思えれば優越感にひたれるし」
「ミキにはまったく理解できませんね」
心で呟いた言葉が思わず音になって漏れた。
ミキの言葉に圭は自嘲的な笑みを浮かべ肩を竦めた。
- 176 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/27(木) 08:04
-
「そうだ、ボスがどんなヤツらかは分かってないんですか?」
どこか気まずくなってミキは話を変えた。
ミキがたずねると圭は小さく息を吐き出したようだった。
「ボスのグループはまだ10代前半の少女3人よ」
苦々しくそう口にする。
「え?」
「何人もの敵を殺してやっとボスまでたどり着いたと思ったらそこには女の子しかいないの。
まさか、こんな子達がボスなワケがない、騙されたのかっって考えるでしょ。
その一瞬の隙にあっという間に殺されるの。
もし、そこから生き延びて逃げた人がいても彼女たちには執拗に探し出して殺す冷酷さもある」
「ってことは、生き残りはいないのか・・・・・・」
圭の言葉にミキは呟いて、ある種の違和感を感じた。
彼女の言葉と自分の発した言葉。どこかがおかしいような気がしたのだ。
まるでボタンの掛け違いをしているかのように。
- 177 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/27(木) 08:05
-
「たった一人だけチームの仲間を見捨てて上手く逃げた人がいるらしいけどね」
ポツリと独り言のように言うと圭は机の上に置かれたカラフルなパッケージのタバコをとってミキを見る。
「吸っていいかしら?」
「自分の部屋なんですからご自由に」
「そうね」
圭は微かに笑いタバコをくわえるとパチリと火をつけた――チェリーのような香りの煙が部屋に広がる。
ミキは、タバコを吸う圭を横目で見やりながら今までの話を頭の中でまとめていた。
ゲームの全容。
命の価値を求めるプレイヤー。
そして、ボス。
ゲームを終わらせるにはクリアするしかない。
かといって、自ら参加して探すのでは時間もリスクもかかりすぎる。
ボスの居場所が分かれば話は早いんだけどな、
ミキは美味しそうにというよりはなにかから気を紛らわしているかのように深く煙を吸う圭を見る。
- 178 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/27(木) 08:27
-
「…ボスの居場所とかって分かりませんよね?」
分かるわけないと思いながらも駄目元で問いかけてみる。
不意に圭は厳しい表情になって煙草を立て続けに口に運んだ。
ミキは突然のその変化に戸惑い片眉を微かに下げて圭を窺う。
忙しなく灰を落とす仕草は落ち着きがない。
指先まで火種が近づくと彼女は勢い込んで煙を吸い込み、肺活量の全てを使ってそれを吐き出した。
グシャグシャっと灰皿に煙草を押し付ける。
「・・・あの」
「999階層の旧天空劇場の地下」
ポツリと、しかし確信に満ちた声で圭はいいきった。
あまりにあっさりとそういわれてミキは一瞬疑いの思いを顔に出してしまった。
それを見た圭は苦笑して
「変わってないのよ、ずっと。参加者は自分がゲームに勝つことしか考えないから
ボスの居場所を教えあわない・・・・・・」
その言葉を聞いてミキはようやく先ほど自分が感じた違和感の正体に気づいた。
彼女の言葉からミキは、生き残りはいないと考えた。
それに対する圭の返しは、1人だけいるというものだった。1人だけ。
その1人が危険を冒して一介の情報屋にゲームの内容を話すだろうか。
そこから自分の居場所が彼らに知られるかもしれないというのに――考えられない。
しかし、それならばどうして彼女がボスの正体を知っているのか。
どうして彼女はボスの居場所を知っているのか。
どうして――
ミキは自ら達した結論に目を丸くした。
「・・・・・・もしかして、あんたが」
ゲームのたった一人の生き残り?
ミキの言葉にならない問いかけに圭は奇妙で曖昧な笑みを返すだけだった。
- 179 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/27(木) 13:33
- ( `.∀´) y-~~
- 180 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/27(木) 18:17
- ヽ^∀^ノ
- 181 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 06:45
-
- 182 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 06:55
-
4
上層999階。
最上層に近いその場所はミキが普段過ごしている場所とはさすがに空気が違って感じられる。
圭に教えられた旧天空劇場には迷うことなくたどり着けた。
しかし、道に面した3つの両開き扉は鎖が幾重にも巻かれ大きな南京錠で封印されていて
もう正攻法では出入りする事ができなくなっていた。
かつては上演中の演劇や上演予定の演目のポスターが張られていたであろう掲示板には
今はもう何も張られていない。この劇場が閉鎖されてから、随分経つようだった。
ミキは、どこか出入りできる場所がないか劇場にそってぐるっと裏手に回りこんでみる。
それはすぐに見つかった。関係者が使っていたと思われる下り階段。
錠前が壊れていてドアが微かに開いていた。
「ここか……」
ミキは、右腕を一瞥し階段に足をかけた。
上から5段目あたりまで降りるともう日の光は届かなくなりその先は真っ暗になっている。
天井には蛍光灯用のカバーが張り付いていたが、既に半分程が割れてしまい、中からソケットが覗いている。
どの深さまで階段が続いているの見当もつかないが
ミキは視覚をその都度調整しながら一段一段慎重に降りて行く。
何段降りたのか。段々、肌寒さを感じるようになってきた。
日の光が常に届かないため空気が温まらないのだろう。
どこか粘着性の肌に纏わりつくような感覚を覚える暗さ。
頭上を振り仰ぐと、ぼっかりと四角に開いた白い空間が見える。
あそこが、たった今降りてきた階段の入口だ。
高さからして、3階分ほど下ったらしい。ミキは、一息つくと再び歩を進めた。
- 183 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 06:57
-
しばらくして、ようやくたどりついた半畳ほどの広さの踊り場。
目の前には、金属製の扉がある。
銃を構えたままドアを押す。ぎぃと蝶番が軋む音がして、ドアは3分の1程開いた。
さらにドアの端に手を当てて力を込めるが、ドア自体が歪んでしまっているのかそれ以上はどうやっても開きそうにない。
仕方なく、開いた隙間からどうにか体をねじ込ませるようにしてミキは建物の内部へ入った。
中は変わらず電気は灯っていなかったが、
どこからか漏れてくる機械の動作音らしきブーンという低音とともに
人間の視覚能力でも室内の輪郭を把握することができる程度にぼんやりと薄明るくなっていた。
入口付近は10畳程なにもない空間が広がっており、
そこから奥へと細い通路が真っ直ぐに伸びている。
通路の両側には約2メートルおきにドアがあった。出演者の楽屋か何かなのだろうか。
確かめるように周囲に視線をやっているとガタンという音が聞こえた。
それから、パタパタと何者かが走り去る足音。
ミキはすぐさまその足音のした方へ駆け出す。
足音の主はあっさりとミキの視界に入ってきた。
少女だ。
ボスの1人に違いない。
「止まれっ!!!」
ミキは、叫びながら銃を撃つ。
一足早く、少女が均等に並んだドアの1つに体を滑り込ませた。
- 184 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 06:59
-
用心しながらそのドアを蹴破る。室内の光が筋となって廊下に落ちた。
この場所だけ電気が通っているようだ。さきほどの少女の姿はない。
ミキは、慎重に部屋を見回す。
部屋の奥は様々な機器で埋め尽くされていた。色とりどりのライトがあちこちで点滅している。
そのライトの奥には20インチほどのディスプレイが5つと、
さらに小さなディスプレイがいくつか置かれていて、その全てがフル稼働していた。
ミキは、呆然とそのディスプレイに近づく。
刻まれている膨大な数字や何かの波系グラフ。ゲームに関連するものだろうか。
そんなことを考えていると
「ゲームオーバー」
冷たい声と共にカチャリと冷たいものが頭に突きつけられた。
銃だ。
ミキは、ちぃっと舌打ちをしながらゆっくり両手を挙げる。
「・・・・・・さゆ、でてきていいよ」
まだ幼さの残る声で背後に立っている人物がいうと、部屋奥の機械の陰から先ほどの少女が姿を現した。
その少女は、保田のいっていた通り若い。
確かに、予備知識なく少女を見れば一瞬引き金をひくのを躊躇ってしまうかもしれなかった。
- 185 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 07:02
-
「あんた、ゲームの参加者じゃないよね。なにしにきたと?」
銃を突きつけている少女が正面に回りこみながらミキを見る。
この少女も先の少女同様幼い。
「迷い込んだ、みたいな」
言うなりガンとした衝撃が頭に走る。
少女がなにひとつつ迷うことなく銃のグリップでミキの右側頭部を叩いたのだ。
気絶しない程度に、狙った場所を正確に。
「短気だな〜、ミキの大事な脳が壊れたらどうすんの?」
ミキは、うずくまりながら殴られた箇所をさする。
「れいな、さっさと殺そう」
後ろにたっていた少女がそんなミキを嬉しそうに見下ろしながら言った。
彼女たちは、ミキを殺す事に何の戸惑いも無い。
自分の生命に価値を加える事だけに興味を持っているのだ。
れいなと呼ばれた少女は自分を見上げる形になっているミキの額に銃を向ける。
「どうせ殺すんなら、1つだけ質問に答えてよ」
ミキは、銃とれいなを交互に見比べヘラッと相好を崩した。
「・・・・・・なん?」
その反応を訝しそうに見ながられいなが頷く。
- 186 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 07:03
-
「あんたたちがゲームのボスってことでオッケー?」
「そうだよ」
「3人組って聞いたけど」
「絵里はちょっと出てるの」
れいなの隣に立つ少女が笑う。
後でもう1人を探さないといけないのか。面倒くさいな、ミキは小さく息を吐く。
それから、人差し指を立てて
「後、もう一個いい?」
「質問は一個やろ」
レイナが憮然とした表情で引き金に力を込めかける。
ミキは、チラリとその後ろにいる少女に助けを請うような視線を投げかけた。
視線に気づいたのかただの余裕なのか少女はれいなの肩に手を置き彼女を制すと
「いいよ、聞いてあげる」
笑顔のまま言った。
- 187 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 07:05
-
ミキは、ありがとうといってから2人に向かって
「人殺すのは楽しい?」
ミキの質問に2人は一瞬キョトンとしすぐさま噴出した。
「楽しい楽しくないの問題じゃないよ。これは私たちが私たちであるためのゲームなんだから」
「殺せば殺すだけ価値が得られるからってこと?」
「そう。ゲームに勝ち続けることはそれだけ私たちの生命に価値があるってことだから」
いったい、どういう育ち方をすればこんな考えを持つのか。
誇らしげに言うれいなにミキは蔑みの篭もった視線を向けた。
「生命の価値ね・・・・・・
そんなことで価値が得られるならミキは超価値のある人間になっちゃうじゃん」
間近にいる彼女には届かないほど小さな声で呟くなり、
ミキは額に突きつけられていた銃を素早く手で払い――
次の瞬間には、れいなを撃ち殺していた。
- 188 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/28(金) 07:07
-
「え?」
目の前で起こった一瞬の出来事に後ろにいた少女が目を見開いた。
なにが起こったのかまだ認識できていないのか、
少女は吹き飛ばされて地面に転がったれいなの体とゆっくり立ち上がるミキの姿をぼんやりと見比べている。
驚きすぎて動けないのか逃げる気配はない。
ミキは、かまわず少女に近づく。わざと足音を響かせて少女にプレッシャーを与えながら。
ようやく状況を把握できたのか少女の体ががたがたと震えだした。
彼女の歯は恐怖に音を鳴らしその唇を噛んでしまっている。
彼女は今はじめて死の恐怖を味わっているのだろうか。
こんなゲームをしていたというのに先程の余裕はどこにいったというのか――ミキは呆れた笑みを浮かべた。
「人の命を奪ったって自分の価値には繋がらないんだよ」
「・・・・・・それじゃぁ・・・・・・この塔で私たちの・・・価値はどうやったら分かるの?」
少女は、首を振りながら懇願するような目でミキを見た。
自分の価値――
そんなものは分からなくてもいいのだとミキは思う。
分かったところでそこになにがあるというのか。
必要なのはこの塔で生きていくこと、それは自分の価値ではない。
意志だ。
「そんなの知らないよ。ミキが分かるのは、あんたたちの生命は生き抜く力がなかったってこと。
こんなくだらないこと考えるぐらいならもっと他に頭を使えばよかったのにね」
ミキは苦々しげに唇をゆがませ恐怖に顔を引きつらせた少女を撃った。
- 189 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/28(金) 22:25
- (O^〜^)
- 190 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/29(土) 07:51
-
- 191 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/29(土) 07:52
-
5
価値。
物の価値。
人の価値。
生命の価値。
自分の価値。
いくら考えてもやはりそんなものは必要ないと思う。
だが――
やり方はどうあれ価値がほしいと願う心は、ある意味とても純粋なのかもしれない。
理解はできないけれど。ミキはキュッと目を細める。
もしかしたら、理解できない自分のほうがおかしいのだろうか。
吉澤のことを思い出した。
彼女は他人に価値を見出し、それを自分の存在価値に置き換えた。
極端かもしれなかったが人間には誰しもそういうところがあるのかもしれない。
じゃぁ、自分はどうなんだろう。段々分からなくなってきた。
自分はとっくの昔に生きるために必要だったなにかを失っているのかもしれない、
彼女たちのように求める気も起きないほど完璧に――ミキは、自嘲的な眼差しで2人の少女の死体を見下ろす。
と不意にパチパチという拍手の音が聞こえた。
- 192 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/29(土) 07:53
-
ミキが、その音にバッと振り返るとドアのところに1人の少女が立っていた。
楽しそうな笑顔を顔いっぱいに浮かべている。この少女が、最後の1人なのだろうか。
咄嗟に身構えるが、少女はミキではなくその足元にころがっている2人の少女の死体を見つめていた。
その目にはなんの感情も読み取れない。
まるでその辺に転がっている石ころを見るかのような目つきだ。
ミキは、戦闘態勢をとったまま全神経を少女に傾ける。
「あなたが殺したんですか?」
少女が、死体から視線を外しミキを真っ直ぐに見詰めてくる。
「そうだよ」
少女を見つめ返しながら頷くと彼女は暗く淀んだ笑みを口元に浮かべた。
仲間が殺されたというのになんとも思っていないようだ。
それどころか――
「やっとあなたみたいな人が来たんですね」
ふふっと笑う。
先ほどの2人とは明らかになにかが違う得も知れない空気。
なにを考えているんだ。ミキは、ゴクリと唾を飲み込む。
- 193 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/29(土) 07:55
-
「ああ、そんなに警戒しないでください。
私はそこの2人と違ってゲームをする気はありませんから」
「・・・どういうこと?」
ゲームをする気がない?
彼女は、最後の1人じゃないのか?
ミキは、訝しげに思い少女の顔をまじまじと見やる。
「どうって・・・・・・生き残れば自分に価値があるなんて馬鹿馬鹿しいと思いませんか?」
ゲームの本質全てを否定する言葉を口にしながら少女はまた笑った。
それは、やはり暗く淀んだ笑みだ。
- 194 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/29(土) 07:57
-
「れいなもさゆもよっぽどなにかがほしかったのかな?
私がゲームの話をしたら簡単にのめりこんでくれて協力してくれた」
「・・・・・・」
「楽しそうでしたよ、ゲームをしてる時の彼女たち。まぁ――」
少女は、言葉を区切って視線を落とす。
視線の先には2人の少女の死体。流れ出す血が赤い川をつくっている。
「こうなったらあんまり関係ないですけど」
先ほどの少女たちとの決定的な違い。
彼女の焦げ茶の瞳の奥の奥――
常人なら見落としてしまうような奥底で揺らめくモノにミキは気づいた。
全ての光を灯を拒絶するかのような昏い炎。
ミキの考えが正しいならおそらく――
「あんたもすぐそうなるよ」
ミキは、スッと銃を向ける。
「そうですね」
案の定、銃を向けられているというのに少女は顔色一つ変えず頷いた。
自分の生命に価値が無いと言うのなら創ればいいのだと他人を殺して生き残ることに自分の価値を見出した少女たちと、
自分の生命に価値が無いと言うのなら創ればいいのだと他人から求められ殺されることに自分の価値を見出した少女。
決定的に違うのは、殺す側か殺される側か。
それだけで銃を向けられ時の態度がこうも違うのだ。
- 195 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/29(土) 08:06
-
「でも、あなたなら殺されてもいいですよ」
最初から、彼女は誰かに殺されたかったのだろう。
しかし、ただ殺されるだけではこの塔ではありきたりすぎる。なんの価値もない虫けらの死と一緒だ。
彼女はそう考えこのゲームを作った。ゲームのボスという立場を作った。
ゲームの参加者はこぞって自分たちを探す。そして、殺すためだけに自分たちの元へやってくる。
彼女の望みどおりに。
だが、それでも彼女には物足りなかったのだ。
途中で彼女を殺した人物が誰かに殺されてしまえばそれは価値のない死になる。
だから、自分を殺すのは圧倒的に強い存在でなければいけない。
塔で生を真っ当できるほど強い者。彼女の命を背負って最後まで生き抜ける者。
それを判断するためにまず先の少女2人を犠牲にした。
そういうことなのか。ミキは、少女を鋭く睨む。
「・・・・・・ミキは、あんたのおめがねに叶ったわけだ」
「そういうことです」
どこか恍惚の表情で自分を見つめている少女にミキは嫌悪を感じた。
まだこの2人のほうがましだ。足元にチラッと目をやる。
「・・・・・・死にたいなら自殺すればいいのに」
「自殺ですよ。間接的な」
あっけらかんと言う彼女にミキは怒ってるんだか笑ってるんだか何やら判別のつきにくい表情を顔に浮かべる。
- 196 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/29(土) 08:07
-
「あんたは殺さないほうが苦しみそうだからそうしたいけど・・・・・・」
一旦、息をつく。保田との約束がある。
「甘いんだよな〜、ミキって」
ミキは、気だるげに少女に視線を戻す。少女が嬉しそうに微笑む。
ミキは、片目を細めてもう一度息を吐いた。
右手の銃を左手で苛立たしげに弄りながら
「そうそう、1つだけいいこと教えてあげるね」
思いついたように口を開く。
「なんですか?」
「ミキがあんたを殺すのは、ある人との約束があるからで別にあんたを殺したいからじゃないんだ。
そもそもあんたには高い銃弾使って殺すだけの価値ないし」
「え?」
少女から演技じみた笑顔が消えて疑問の声が漏れる。
あくまで彼女は人から求められ殺されたいのだろう。
だが、ミキが彼女のためにそうする義理はない。そのつもりもなかった。
なにより彼女の考え自体にミキは苛立ちを覚えていたのだから。
あっさりと少女の願望を打ち砕くと、ミキはゆっくりと身をかがめ転がっていた石ころを拾う。
左腕の機能に全てを集中させ
「これで十分でしょ」
にっこりと笑いながら少女の額の中心めがけて投げつけた。
ミキが投げつけたそれは次の瞬間には少女の額を通過して後ろにあるドアにめり込んでいた。
ガンと突き刺さる音から少しおくれて少女がドサリと倒れる。
その顔に浮かんでいるのは人間らしい恐怖の表情だった。
- 197 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/29(土) 16:13
- ノノ*^ー^)
- 198 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/30(日) 06:16
-
- 199 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/30(日) 06:17
-
6
数週間後――
飯田は、いつもと変わらず持ち寄られた死体を鑑定し
ミキは、いつもと変わらずリストに載った犯罪者を狩りにいき、
街はいつもと変わらず動いていた。
そして、
「そういえばさ、ミキちゃんホントにゲーム取り締まってくれたんだって」
いつもと変わらず死体を引き取り帰ろうとしていた後藤はふと思い出したかのようにドアの前で飯田を振り返った。
「ボスは倒したって聞いたけど」
飯田は、首をかしげながら答える。
あまり詳しいことは聞いていない。
- 200 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/30(日) 06:18
-
「んぁ、それでか〜」
「なに?」
「ボスがいなくなったからゲームはなくなっちゃったんだよ」
「ふ〜ん」
「まぁ、またすぐ代わりのものが出てきそうだけどね」
「ちょっと、そういうこと言わないの」
「あはっ」
後藤は、不吉なことを言い残すと店を出て行った。
1人になった飯田は小さくため息をつく。
代わりのもの。
なにかがなくなればすぐにそれを補充するものができる。
人間の歴史とはその繰り返しなのだろうか。
「・・・・・・代わり、か」
いつになったらそう思えるものに私は出会えるのだろう。考えようとして飯田は、首を振った。
まだ瞳をとじればあの時の光景が浮かんでくるのだ。
きっと自分があの子の存在を忘れないかぎり――
あの子以上の存在に出会わないかぎり――
そんなことは無理だろう。
- 201 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/30(日) 06:19
-
「飯田さーんっ!!左手が吹っ飛んじゃいましたーっ!!!」
感傷に浸っていると乱暴にドアが開かれそんな声が耳に入った。
「この間、直してあげたばかりでしょー」
飯田は、苦笑しながら右手で吹き飛んだ左手を持ったミキの頭を軽く小突く。
「けが人に暴力はんたーい」
「こんな元気なやつはけが人とは言わないの」
自分は生きている間、あの子の存在を忘れることはできない。
だが、この街で彼女を救えなかった罪滅ぼしはできるのかもしれない。
今は、それでいいのだろう。
飯田は、小さく笑むと治療を始めた。
- 202 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/30(日) 06:20
- Fine
- 203 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/30(日) 06:21
-
―――――――――――――――――
探し物は絶対に見つからないよ
だって、そんなものは、
ハジメからないんだから・・・
―――――――――――――――――
- 204 名前:第4話 遊戯 投稿日:2003/11/30(日) 06:22
-
- 205 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/30(日) 12:03
- ノノノハヽ
从从V)
- 206 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/01(月) 18:36
- 从 `,_っ´)人ノノ*^ー^)人从*・ 。.・)
- 207 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/01(月) 23:04
- 川 ‘〜‘)||
- 208 名前:挿話 投稿日:2003/12/02(火) 07:48
-
- 209 名前:挿話 投稿日:2003/12/02(火) 07:49
-
「暇ですね〜」
ミキが医療用ベッドに寝転がったまま心底退屈そうな声をあげた。
さっき狩りから帰ってきたばかりだというのに、
飯田は彼女が狩ってきたばかりの死体を確認しながら思う。
「なんか面白い話ありません?」
「面白い話?」
死体から目を外して問い返す。
ミキは、期待に満ちた目で頷いた。
「ん〜、難しい注文だね」
「なんでもいいですよ。飯田さんの超くだらない駄洒落全集でも」
無自覚に失礼なことを言うミキを軽く睨みつけ、飯田は「そうだね〜」と前掛けで手を拭きながら考える仕草を見せた。
ややあって
「じゃぁ、昔話ね」
「うん」
ミキは無邪気に笑ったが、飯田はどこか懺悔を請うような瞳で口を開いた。
- 210 名前:挿話 投稿日:2003/12/02(火) 07:53
-
※
昔々、世界のどこかに閉じられた街がありました。
そこには多くの子供とそれを世話する大人たちが暮らしていました。
「ここは天国なんだよ」大人たちは常日頃からそう子供たちに言い聞かせていました。
「ここは天国なんだ」疑うことを知らない子供たちはキラキラとした眼差しでその言葉を噛締めます。
全てを知っている大人たちは笑いました。何も知らない子供たちを笑いました。
ある日のことです。子供の1人が1人の大人に尋ねました。
「ここが天国なら私たちは死んでいるの?」と。
今までそんな疑問を抱いた子供はいませんでした。
尋ねられた大人は驚いてしまって口ごもります。
そんな大人を見上げる子供の瞳はやはりキラキラと輝いていました。
大人は用心深く辺りを見回して子供の前にしゃがみこみました。
「これから教えることは誰にも言っちゃいけないよ」子供は、素直に頷きます。
「ここは天国じゃないの」「じゃぁ、地獄なの?」子供の瞳が不安げに揺れます。
大人は小さく首を振って「地獄でもないよ」悲しげに笑います。
「じゃぁ、なんなの?」純粋な瞳が突き刺さります。
「ここは、煉獄なんだ」大人は静かな声でそういうと子供の頭を軽く撫ぜて立ち上がりました。
後ろからその大人を呼ぶ声がします。子供は、心配そうに大人を見上げました。
大人は子供を安心させるように穏やかに笑うとゆっくり歩き出しました。
歩き出した大人を他の大人が取り囲みあっというまにどこかに連れて行きます。
取り残された子供が立ち尽くしていると他の子供たちがやってきて言いました。
「ここは天国だよ」
「・・・・・・そうだね」子供は、本当のことを教えてくれた大人が連れられていった場所を一瞥すると悲しげに頷きました。
※
- 211 名前:挿話 投稿日:2003/12/02(火) 07:55
-
「・・・おしまい」
「えー、意味分かんない」
ミキが声を上げた。
「だよね」
飯田は、目じりだけ下げた笑みを浮かべる。
「でも、昔話なんてそんなもんだよ」
「またまたー。適当に作ったからオチが思いつかなかっただけでしょ」
よっと、体を起こし悪戯っ子のような瞳をぶつけてくる。
飯田は、まぁねと苦笑した。ミキも笑う。
それから思い出したように「そういえば煉獄ってなんですか?」問いかけた。
「煉獄・・・・・・」
飯田は、一瞬口ごもり「この塔みたいなところだよ」囁くような声で答えた。
ミキは、怪訝そうに眉を寄せる。
「ほら、最上層は天国に最下層は地獄に通じるっていうでしょ。
煉獄っていうのは天国と地獄の狭間にあるのよ」
「へぇ〜」
ミキは分かったような分かっていないような相槌をうつとベッドからひょいっと飛び降りた。
飯田の傍まで歩いてくるとソファに置いてある死体を見る。
「確認すみました?」
「え?あぁ、うん。申請しとく」
「お願いします」
ペコリと頭を下げるとミキは自室に向かう階段を上っていった。
飯田は、ふぅと息をつく。視線の先には死体。
「・・・・・・煉獄から煉獄へ、か」
ポツリとつぶやくと死体袋のチャックを上げた。
- 212 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/02(火) 21:22
- 川VoV从
- 213 名前:5話、異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:42
-
- 214 名前:5話、異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:43
-
―――――――――――――――――
最初は簡単だった。
押さえようとすれば片手で抑えられた。
でも、いつしかそれは両手になり
今では全身で抑えなければならない。
ヤツが外へ姿を現さないように
必死で――
―――――――――――――――――
- 215 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:43
-
- 216 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:45
-
1
キッチンにはあたしと少女。
一緒に買い物に行った後、一緒に夕ご飯を作ることになった。
相変わらず少女の顔は見えないが、
今日の夢は、今まで見てきたものとは少し違って随分と甘い展開のようだ。
「ねぇ、もし私がいきなりいなくなったらどうする?」
「なに、いきなり?」
「答えてよ」
「ん〜、どうもしないんじゃない」
「え〜!!ホントは?ホントは泣いちゃうでしょ?」
「さぁ」
「泣いちゃうよね?ねぇ、ねぇ」
「泣いちゃう、泣いちゃう。悲しすぎて狂っちゃうかも」
なおも食い下がる少女にあたしは呆れたようにそう言っていた。
現実にあったことだろうと思うと、まるであたしと少女主演のラブストーリーを見せられているようで気恥ずかしささえ覚えてしまう。
機械になったあたしの体と半分ほど残っている脳みそが変な反応を起こして
忘れてしまった少女との記憶を呼び覚まさせようとしているのかもしれない。
じゃなければ、こうも夢の中の自分と少女とを傍観者の視点で見られるはずがない。
思い出したところでそこになにがあるのか――
「そっか。じゃぁ、いなくなる前に……ね」
「え?」
「大好きだよ」
あたしには、まだ分からない。
- 217 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:47
-
※
「…キ?・・・・・・ミキ!!」
誰かが自分の名前を呼んでいる。
少女の声ではない。
「起きて・・・・・・起きてって、もうミキ!」
次に肩を強く揺さぶられた。重く感じていた瞼がようやく持ち上がり意識が少しだけ覚醒する。
微かに見慣れた顔がミキの視界に移った。
「飯田…さん……?」
まだ自分は寝ぼけているのかと、ミキはぼんやりした頭で思った。
飯田が、このように自分を起こしに来ることは一つ屋根の下で暮らし始めてから一度といってなかったからだ。
飯田は機嫌を伺うような少し気弱な表情でミキを見ている。
「早く起きて」
「……なんですか?」
目をこすりながら上目で飯田を見る。
「ミキにお客さんが来てるの」
「お客?」
「そう、柴田さんって子」
柴田――まったく聞き覚えのない名前だ。
「そんな人、知らないです」
言いながら、頭から布団をかぶろうとする。
が、飯田がそうはさせてくれなかった。
布団を素早く引き剥がしミキの手を強く引っ張ると無理矢理その体を起こさせる。
「ミキが覚えてないだけでしょ。待ってくれてるんだから早くしてあげなよ」
「う〜」
ボサボサの髪を掻き毟りながらようやくミキは重い腰を上げる。
飯田は、ホッとしたように息をつくと立ち上がったミキの肩を押して促した。
- 218 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:52
-
※
階下におりて部屋に入ると見知らぬ少女が真剣な面持ちで座っていた。
ミキの顔を見て立ち上がる。どう記憶を呼び起こしてみてもその顔にはまったく覚えがない。
「あの……すみません、起こしてしまって」
「ほんとすみませんって話だよ」
ミキは、わざとらしいまでに大きなあくびをしながら少女と向かい合うようにして座った。
少女が、申し訳なさそうに深々と頭を下げる。
なんだか悪者扱いをされているようだ。
「別にいいけど・・・・・・あんた誰なの?ミキ、あんたのことぜんっぜん見覚えないんだけど」
「あ、柴田あゆみといいます」
少女が顔を上げる。
「うん、それで?」
「ミキ」
ぶっきらぼうなミキに後ろにいた飯田が諌めるような声を出した。
柴田はかまわないというように飯田に首を振る。
そして、ミキに視線を戻すと
「実は、お願いがあるんです」
「はぁ?」
「単刀直入に言うと、あなたにこの子を殺してほしいんです」
柴田は、淡々とした口調でそう言うと薄いジャケットの内側から一枚の写真を取り出し
ミキの前にスッと滑らせた。
- 219 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:54
-
ミキは、飯田をチラリと見る。飯田は、目を丸くしていた。
どうやら彼女も柴田がなんの用でここにきたかは知らなかったらしい。
だが、彼女が驚いている理由はそれだけではないだろう。
顔にこそ出さないまでもミキ自身も柴田の言葉には驚いていた。
たったいまはじめてあった人間に殺しを依頼する。
それもそんじょそこらの人間ではなく――犯罪を犯そうとするものがもっとも関わりを持ちたくないはずの――狩人である自分にだ。
どこにそんな馬鹿がいる。頭がおかしいんじゃないだろうか。
ミキは、言葉の真意を測るようにまじまじと柴田を見つめた。
しかし、柴田の表情からはなにも読み取ることが出来ない。
ただ腿の上に置かれた拳が多少震えていて隠されている彼女の心情を僅かに表していた。
それが恐怖によるのか怒りによるものなのかは判断がつかない。
ミキは小さく肩をすくめる。
- 220 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:55
-
「あのさ、ミキって狩人なんだ。あなたの恨み晴らしますみたいな稼業じゃないんだけど」
「知ってます」
ミキの言葉に柴田は毅然とした口調で答える。
柴田の強い意志を感じ取ってミキは先ほど彼女が自分の前に置いた写真をゆっくり手に取った。
肩より少し長い茶色い髪、焼けた肌、全体的に線の細い印象の少女と、
目の前にいる柴田が無邪気に笑いながらこちらに向かってピースサインをしている。
これといった変哲のない仲のいい友達、もしくは姉妹といった感じだ。
それが、どうして一方が一方を殺そうとしていえるのだろう。
写真からは分からないなにかが2人の間にあったのだろうか。
ただの仲違いなんかではない、なにか。
いや、もしそうだとしても殺そうとまでは考えないだろうし、ましてや狩人に頼むなんてありえない。
殺すための武器なら簡単に手に入るのだから。
それがわざわざ狩人である自分に頼みにきたということにはもっと深い理由があるのではないか――
写真の中の二人と柴田を交互に見比べながらミキは「なんか理由があるわけ?」と尋ねた。
柴田は、その言葉にコクリと頷く。
- 221 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:56
-
「……藤本さんは、先月の爆発事件知ってますか?」
「うん、聞いたことはある」
ミキは思い出すように口元に手を当てる。
確か、248階でとち狂った馬鹿が大きなマーケットを爆破したというものだったはずだ。
犯人はその場で死亡。死傷者9名、重軽傷者36名を出す惨事になったらしい。
「その中に、彼女……梨華ちゃんもいたんです。
体の色んなとこが吹き飛んじゃってて運ばれた先で体の半分を人工臓器に変えてなんとか助かったんですけど……
それから、梨華ちゃんは」
柴田の顔が苦しそうにゆがみ言葉が止まる。
ぎゅっと握られたこぶしは関節が白く浮き上がっている。
「大丈夫?」
心配そうな飯田の声が柴田にかけられる。
柴田は「大丈夫です…すみません」と、弱弱しい笑みを浮かべ思い立ったようにゆっくりと立ち上がった。
ミキは、視線を上にあげる。飯田も怪訝そうに柴田を見ていた。
- 222 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:58
-
柴田は、2人の視線を一身に受けながら上に羽織っていたジャケットを脱ぐと、
その下に来ていたシャツのボタンに手をかけた。一つずつボタンをはずしていく。
彼女の上半身がどんどん露になっていく。
突然の行動に面食らってミキは言葉なくパチパチと何度も瞳を瞬かせてしまう。
しかし、次の瞬間――
彼女がシャツをさげ上半身全てが露になった瞬間、ミキは痛ましげに目を細めた。
背後で飯田が息を飲む音が聞こえる。
彼女の右肩から右腹部にかけての大きな継ぎ目。
明らかにその部分が人口の物であることが伺えた。
ミキを驚かせたのはそれだけではない。
彼女の上半身の残っている生身の部分、そこでさえ大小多くの傷が見て取れる。
まるで野生の肉食獣にでも襲われたかのようだった。
「……彼女にやられたの?」
ミキの上擦った問いかけに柴田は一瞬否定するように首を横に振りかけ、
しかし、観念したように小さく頷いた。その反応はいささか奇妙なものだった。
仲がいいと信じていた人物から裏切られたことを信じたくなかっただけなのだろうか。
ミキは、そう考えたが――それが間違った考えだということを続く柴田の言葉から気づかされた。
- 223 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 07:59
-
「でも、あれは…あんな化け物……梨華ちゃんじゃない・・・・・・」
柴田は震えが止まらないとでも言うように両手で自らの体を抱きしめながらそう吐き捨てた。
その中の1つの単語にミキは眉を寄せる。
化け物?
彼女はそう言った。
一体、どういう意味だ。ミキが詳しく話を聞きだそうと口を開きかけた時
「…ウイルス」
飯田の呟きが聞こえた。
「え?」
その言葉に振り返ると飯田は悲しげに眉を歪めていた。
- 224 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/03(水) 08:00
-
「・・・・・・ウイルスってなんですか?」
「悪意のある人間がたまに人工パーツに取り付ける事があるの。
種類によって作用は様々だけど…
人の細胞内に侵入して強制的に細胞変換を行うものもあるって聞いた事があるわ」
ミキの問いかけに心持ち肩を落としながら飯田が答える。
そういう噂は聞いたことがある。
日常で使われることのない力を極限まで出せるようにと開発されたハイ・ドラッグと似たようなものが出回っていると。
だが――強制的な細胞変換というのはこの二つが違う類のものだと明らかにしていた。
「そしたら、どうなるんですか?」
「そのウイルスに組み込まれたDNAが人以外のものだったら」
飯田は、唇を噛んでいる柴田を見やり
「それこそ・・・・・・化け物と呼ばれるモノに変化していくでしょうね」
呟いた。
- 225 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/03(水) 17:28
- ヾ川σ_σ||ツ
- 226 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/03(水) 21:12
- ( ^▽^)( ^▽^)( ^▽^)
- 227 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/05(金) 19:34
-
|ハ,_ヽヽ
|vV从
とノ
|
- 228 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/06(土) 06:09
-
- 229 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/06(土) 06:12
-
2
親友で愛しい柴田あゆみが部屋で凶悪な事件に巻き込まれた時、自分は一体どこでなにをしていたのだろう。
一緒にはいなかったことは確かだがはっきりとは思い出せない。
ショックで忘れてしまったのだろうと知らない人間から慰められた。
石川梨華は、窓からの強風に目を細める。
思い出せるのは半身をもがれて血の海に横たわる柴田の姿。
石川は、彼女に駆け寄って泣き叫んだ。
怖かった。彼女がいなくなってしまうことが。怖くて怖くてたまらなかった。
自分が事故に巻き込まれた時の彼女もあんな気持ちだったのだろうか。
医者の話によるともがれた右の肩口から右腹部には刃物が用いられた形跡は見当たらず、
あくまでも素手で無理やり何者かに引き裂かれたらしい。
人間を素手で引き裂くなんて残虐なことを普通の人間ができるはずがない。
そんなことができるのは機械化された人間、もしくはハイ・ドラッグの常用者ぐらいだろう。
知り合いにそんな人間がいるとは考えたくないが、用心深い柴田が知らない人間を簡単に部屋に招き入れるとは思えない。
つまり、彼女が安心して部屋に招きいれたとすれば犯人は石川も知っている人物に違いなかった。
- 230 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/06(土) 06:13
-
犯人は一体誰なのか。
なんど問いただしてみても柴田は犯人をかばっているのかその件に関しては
口を貝のように閉ざしたまま一切話そうとはしてくれなかった。
あんなひどいめにあったというのに、犯人を隠す必要なんかがどこにあるのだろう。
彼女が教えてくれないのなら自分で見つけ出すしかない。
見つけ出して――石川は強い眼差しで立ち上がった。
足元に2人が可愛がっているペットのミルクがじゃれ付いてくる。
石川は険しくなっていた表情を緩めミルクの頭を撫でようと手を伸ばした。
瞬間―――
ドクン
体の奥底でなにかが蠢く奇妙な音が聞こえた。
- 231 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/06(土) 06:16
-
※
「・・・ウィルスを取り除くことはできないんですか?」
重たい沈黙を破ったのはミキだった。
ウィルスによって体が変化して化け物になるのならばその原因そのものを駆除してしまえばいいのではないだろうか。
単純且つ基本的な発想。しかし、飯田は難しい顔で首を振る。
「そんな簡単なものじゃないのよ。ウィルスが潜伏してる時ならなんとかなったかもしれないけど・・・・・・
もう細胞ごと取り込まれてるんだったら無理よ」
「・・・・・・そう、ですか」
チラリと柴田を見ると、強張った表情のまま視線を落としている。
「今、その梨華ちゃんって子はどうしてるの?」
声をかけると、柴田の視線があがる。
「部屋で・・・まだ寝てると思います」
柴田の言葉にミキは、ん?と眉を寄せる。どういうことだ。
石川梨華という少女は化け物に変身したはずではなかったのか。
「分からないんです。梨華ちゃんがどうなってるのか」
ミキの心を読み取ったかのように柴田が続けた。
「梨華ちゃんは確かに私を殺そうとして、だけど、私を病院に連れて行ったのも彼女だし・・・・・・
今だって私にこんなことした犯人を捜そうとしてる」
分からないんです、と嗚咽混じりに柴田は唇を噛んだ。
- 232 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/06(土) 06:17
-
「飯田さん・・・」
ミキは、どういうことなのか飯田を見る。
「調べてみないとはっきりいえないけどまだ体が安定してないだけだと思うわ。
一回変態してるんだったら・・・」
飯田は、感情を出さないように注意深く言葉を選んでいるようにみえた。
「どうしようもないってことですか?」
中途半端に紡がれる言葉はどうにも気持ち悪い。
柴田のことを考えれば口にすべきではなかったが、ついその言葉が口をついてでてしまった。
言ってしまってすぐにミキははっと気づいて慌てて口を押さえる。
しかし、柴田はミキの言葉が聞こえていないのか思いつめた表情で膝の上に組んだ両手を見つめていた。
ミキが口を押さえたまま飯田を見ると彼女は困ったような顔のまま無言で頷いた。
誰も言葉を発せずにただ時間だけが過ぎていく。ひどい緊張感が空気の節々に漂っていた。
- 233 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/06(土) 06:18
-
「・・・・・・あのさ」
二度目の沈黙を破ったのはやはりミキだった。
柴田の身体がピクリと動く。俯いたままだが声は聞こえているようだ。
「ミキって狩人なんだ」
ミキは、最初に柴田に言ったことと同じ言葉を言った。
その口調はまったく違うもの――ぞっとするほど暗く冷たい声――だった。
飯田がなにか言いかけようと口を開く気配がしたがそれを無視してミキは続ける。
「狩人は獣を狩るのが仕事だよ。それでいいの?」
はじかれたように柴田が顔を上げるとミキの鋭い視線とぶつかった。
「・・・・・そのほうが彼女のためです」
聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小さな声で言うと柴田は口を歪めた。
「じゃぁ、家まで案内して」
ミキは、表情を変えずに立ち上がった。
- 234 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/06(土) 21:05
- ノノハヽヽ
(V。V;从
- 235 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/06(土) 23:43
- 川σ_σ||ノヽ(^▽^ )
- 236 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/07(日) 00:04
- '`,、( ・e・) '`,、
- 237 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 06:46
-
- 238 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 06:48
-
3
お腹が空いていた。
ひどくお腹が空いていた。
丁度いいところに、若い男が一人で歩いてきた。
後ろから羽交い絞めにして街灯の光も届かない路地に引きずり込んだ。
男が暴れる。
うるさい。黙れ。
迷うことなく男の首に手をかけるとまるで人形のように簡単に男の首はもげ落ちた。
静寂。
男の腹に顔を突っ込むようにして内臓を食べる。
まるで肉食獣の食事風景。
男だったものはグチャグチャと掻き乱され壊れていく。
全てを食べ終えゴミとなった男の体から顔を離しながら口を拭った。
――まだ足りない。どれだけ食べても足りない。足りない。タリナイ。
欲しているのはこんなものじゃない。分かっている。
欲しいのは――
脳裏に1人の少女の顔が浮かんだ。
- 239 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 06:59
-
※
柴田と石川の共同の家は536階にあった。
500階層全体は、居住区になっており他の階層では珍しい――塔の外で見られるような―― 一軒家といったものが多く見る事ができる。
そのため、そこに住む者は比較的温和で争いを好まない家庭が多いらしい。
二人の家は、広い通りから小道に入った場所の落ち着いたレンガ作りの建築物が並ぶ通りに建っていた。
あまりにものどかな光景にまるで別世界に紛れ込んだような感覚をミキは覚えながら
慣れた足取りで先を行く柴田の後についていた。
家に入る時、柴田は扉を開けることに一瞬躊躇いを見せた。
この中に、石川がいる。それが彼女の手を止めたのだろうか。
「ミキが先に入ろうか?」
そう声をかけると柴田は「・・・いえ、大丈夫です」
気丈にも笑顔を浮かべて扉を押し開けた。
- 240 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 07:01
-
玄関を入ってすぐ右手に約1メートルほどの高さの棚があり電話と一緒に造花が飾られていた。
ピンク色の小さなバラ。さらにその外側には白い小さな花。可愛らしい趣味だ。
廊下を進むと左手にひとつ正面にひとつドアがある。
柴田は、迷うことなく正面のドアを開けた。
ドアが開いた瞬間、生ぬるい外の匂いがした。
それに混じって微かに血の匂いがする。ミキの体に緊張が走る。
柴田は、まったく気づいた様子がない。当たり前だ。彼女は自分と違ってほぼ生身の人間なのだから。
ミキは、緊張にゴクリと息を呑む。
注意深く、室内を見回すと窓が開け放たれているらしく白いカーテンがはたはたと風に揺れていた。
大きなピンク色のソファと足の低いテーブル、一本のタバコも入っていない――
おそらく飾りのためだと思われる――お洒落な形の灰皿、渋い感じの絨毯、あとはテレビに色んな調度品。
どうやらリビングのようだ。
この部屋に自分たち以外の何者かがいる気配はまったくしない。
警戒態勢を崩すことなくミキは血の匂いの発生源を探るために嗅覚の調整をはじめた。
血の匂いは、この部屋ではなく部屋の右側にあるドアの奥からしていた。
- 241 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 07:01
-
「梨華ちゃん・・・?」
柴田がいるはずの彼女の名を呼ぶ。しかし、返事は帰ってこない。
ミキは、聴覚を研ぎ澄ます。奥の部屋からはなんの物音も聞こえない。
「柴田さん」
「え?」
「あの部屋は、誰の部屋ですか?」
ミキは、血の匂いが漏れだしている部屋を指差す。
「あそこは、私たちの寝室だけど」
柴田が戸惑いがちに応える。
「ちょっと見ていいですか?」
「いいけど・・・・・・どうして?」
柴田の疑問には答えずミキはつかつかと部屋の奥に進みそのドアノブに手をかけた。
鬼が出るか蛇が出るか。化け物がでてくるならばどちらでも同じことか。
口元には薄い笑みを浮かべながらミキはドアを開けた。
が、すぐ次の瞬間にはその笑顔は消える。
寝室を――寝室だった部屋を前に慄然と立ちすくんだ。
- 242 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 07:02
-
室内は、人間がやったものなのかそれさえ判断がつけ難いほど惨憺たる有様だった。
窓は割れガラスの破片が床一面に散乱している。
壁には奇妙な引っかき傷が無数につけられており、ベッドは無惨な姿で転がっていた。
しかし、ミキが気に留めたのはそれではない。
ガラスの破片と一緒に床に転がっていたもの。
赤い塊。
グチャグチャの肉の欠片。
血の匂いの正体。
「藤本さん?」
「ダメっ!!」
ミキが制止の声を上げるのと柴田が傍らから部屋を覗き込んだのはほぼ同時だった。
ひっと息を呑んで柴田の体が数歩下がる。
しかし、その視線はある一点から反らされることなく固まっていた。
柴田は、目を大きく見開いて赤い塊――おそらく犬か猫の類の生物――だったモノを見ている。
いや、見えているのか・・・・・・その焦点は曖昧だ。
ミキは、慌ててドアを閉める。
それでも、柴田は立ち尽くしたままだった。
- 243 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 07:03
-
「柴田さん・・・・・・」
呼びかけても返事をしない。
まるで何も聞こえていないみたいだ。
「柴田さん、大丈夫ですか?」
言いながらそっと肩に手をおくと彼女の体はミキの手を拒否するようにビクリと揺れた。
ミキは、その反応に驚いて手を離す。
「・・・あ・・・・・・ゴメン」
柴田は、自分のしたことに気づいてようやくはっきりとした視線を美貴に向けた。
ミキは気にしてないと首を振り
「大丈夫ですか?」
再度聞くと柴田はコクリと頷いた。
意外に芯が強い。
そうでなければ化け物に変わった親友と一緒になどいられないだろうが。
- 244 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/07(日) 07:05
-
ミキは、安堵の息を漏らし今しがた閉じたドアを一瞥する。
目的だった石川梨華はどこかに消えてしまった。
逃げたのか、それとも――
もし、目覚めてしまったのならそう遠くないうちにリストに載るだろう。彼女を狩るのはそれからでも遅くはない。
リストに載ったほうが闇雲に探すよりは必要な情報が手に入りやすくなる。
引き受けた仕事を延期するのは少々気が引けるが全く目的の居場所が分からないのだからどうしようもなかった。
「これから、どうします?」
どこか思いつめた表情の柴田に声をかける。
柴田は、弱弱しく首を振った。
曖昧なその態度にミキは内心呆れたが言葉を続ける。
「とりあえず、当分この場所から離れたほうがいいと思うんですけど。
もし、石川さんが帰ってきたら危ないし。なんならミキたちと一緒に暮らします?」
「・・・・・・ううん、大丈夫。他に行くところはあるから」
「そうですか」
「ありがとう、協力してくれて」
「お礼はミキが狩りに成功してからにしてくださいよ。まだ諦めたわけじゃないんですから」
ミキの言葉に柴田は微かに笑った。
- 245 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/07(日) 09:44
- _, ,_
川VoV从
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 00:46
- 从‘ 。‘从
- 247 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 03:34
- ( T(エ)T) クゥン
- 248 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/08(月) 06:10
-
- 249 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/08(月) 06:12
-
※
これは、誰の血?
自分の血?
違う。
怪我なんてしてない。
どこにも痛みなんてない。
じゃぁ――
じゃぁ、どうして血塗れなんだろう。
石川は、ガタガタと震える体を抱きかかえる。
寒くもないのに震えは一向に止まらない。
ふと指先を見た。
猛禽類のような鋭い爪。
血塗れの爪。
泣きそうだった。
本来ならとっくの昔に泣いていただろう。
しかし、涙はまったく出てこなかった。
「・・・・・・柴ちゃん」
いつも自分の傍にいてくれた人の名を呼ぶ。
自分のものとは思えないほど掠れた声。
「怖いよ・・・柴ちゃん」
呼ぶたびになぜか喉が渇いてくる。
彼女が欲しいと、体が訴えていた。
- 250 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/08(月) 06:14
-
※
ミキが帰った後も柴田はその場所から動けずにいた。
ああ言ったものの本当は行く宛てなどどこにもない。
なによりこの場所を離れる気がなかった。ここは、石川との思い出の場所なのだ。
柴田は、閉じられた寝室のドアを見やる。
――柴ちゃん、このコにしよ?超カワイイ
――ミルク?牛乳みたいな名前だね〜。
――笑ってないでツッコンデよ。ボケてみたのに
――ほら、見て。ミルク、柴ちゃんよりも私に懐いてるよ
ミルクは2人でペットショップにいって選んだ大切な家族だ。
彼女はミルクを可愛がっていた。まるで我が子だとでもいわんばかりに。
そんな彼女が――柴田は、寝室で見た光景を思い出してその端正な顔をゆがめる。
どこかでまだ信じていたかったのかもしれない。彼女が人間だと。
だが、そんな僅かな祈りは彼女自身の手によって粉々に打ち砕かれてしまった。
「梨華ちゃん・・・・・・」
ソファに力なく体を沈めたまま涙交じりの声で柴田は呟く。
まるでその呟きに呼応するかのように電話の音が静寂を破った。
- 251 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/08(月) 06:16
-
※
「結局、なにもしなかったの?」
飯田は、大きな目をさらに大きくして言った。
そういわれると思っていたミキは口を尖らせ肩をすくめる。
「仕方ないじゃないですか。石川梨華はいないし手がかりも全くないし」
「そうだけど・・・柴田さん、置いてきて大丈夫なの?」
「なんか他に行くところあるらしいですよ」
「・・・ならいいけど」
「ともかく、捜索するにしても明日から今日はもう休みます」
まだ何か言いたげな飯田に会話の終了を告げて部屋に向かう。
ミキが階段に足をかけた時、店の電話が鳴った。
珍しいこともあるものだ、ミキは足をかけたままそちらを振り返る。
飯田が立ち上がりそれに応じる。が、すぐに神妙な顔をしてミキのほうに視線を向け
「柴田さんから」
受話器を差し出した。
- 252 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 19:14
- ノノノハヾ
从VエV从
- 253 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 20:14
- 川VvV)y-~~~
- 254 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/08(月) 21:50
- ( ´_ゝ`)フーン
- 255 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 09:51
-
- 256 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 09:53
-
4
535階層にある噴水公園。
柴田の前には石川梨華が普段となんら変わらぬ姿で――その身に纏っている衣類が
真紅に染まっていないことを除けばだが――立っている。
しかし、石川のそんな姿を見ても驚くほど柴田の心は冷静だった。
彼女に呼び出された場所にこうしてのこのこ来たのだから死はとっくに覚悟していた。
柴田が石川から2メートルほど離れたところで足を止めると彼女は
「来てくれたんだ」
やや強張った表情のままゆっくりと歩み寄ってくる。
「そりゃ、あんな電話貰ったら行かないわけにはいかないでしょ」
「駄洒落?」
「違うよ」
こんな時にこんな馬鹿みたいな会話をしている自分に柴田は苦笑する。
石川も釣られたのか微かに笑みを浮かべたがすぐに表情を引き締めなおし
柴田をすがるような瞳で見つめてきた。その瞳の色に柴田は微かに驚きの色を浮かべた。
焦げ茶だった彼女の瞳は衣類と同じく血のような真紅に染まっていたのだ。
石川はなおも柴田を見つめ続ける。
凝視しているといってもおかしくないそれは、まるで自分の瞳に脳に柴田の全てを刻み付けているかのようだった。
柴田も同じように今の彼女を見つめる。少しの間。
- 257 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 09:55
-
「…ねぇ、柴ちゃん」
ややあって石川が目を伏せた。
「ん?」
「私は・・・・・・人間だよ」
石川は、苦しそうに身をくねらせなにかを抑える仕草を見せながら呟く。
柴田は微かに口を開けた。
あぁ、もう彼女は体の異変に気づいている。
もうどうしようもないことを知っていて、こんなことをいっているのだ。
彼女を認められなかった自分と同じように、彼女もまた自身を認めたくないのだろう。
「そうだね」
柴田は石川の姿が映らないように少し俯きがちに頷く。
ザッと砂をける音がした。
その音に視線を上げると、一瞬で彼女は手を伸ばせば届くほどすぐ近くまできていた。
柴田は小さく息を漏らす。彼女はいつのまにか泣き出しそうな顔になっていた。
その息は荒く頬は紅潮している。
- 258 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 09:57
-
「でも、お腹がすくの。お腹が空いてたまらない」
不意に、ミシリと皮膚が避ける音がして――
柴田は驚愕に目を見開く。
「いやーっ!!!!」
石川の腕から得体の知れないなにかが皮膚を突き破るようにして生え出していた。
石川は、いやいやと駄々をこねる子供のように必死に首を振り続ける。
しかし、そんな必死の抵抗はまったく意味をなさない。
顔に生温いなにかが張り付くのが感じられたが、柴田は食いつくように石川の変化に見入っていた。
その瞳からは最初の驚きは消えある種の決意の色が浮かんでいる。
「・・・し、ば・・・ちゃん」
最後の呼びかけをきっかけにまるで寄生した蜂が宿主から出てくるように、
石川の体はあっという間に変貌を遂げた。意識はもう手放してしまっただろう。
もう彼女だった部分はその愛らしい顔だけしか残されていない。
それすらも、あと数分で消えてしまう。
柴田は彼女を見つめたまま悔やむように唇をかみ締めた。
- 259 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 09:58
-
「ずっと一緒に暮らしてたのにさ・・・・・・」
ポツリと柴田は呟く。
彼女だったソレはぐるるると喉の奥を鳴らしている。
もう自分の声は届かないのかもしれない。それでも柴田は続ける。
「まともに言ったことなかったよね」
悲しげに石川だったソレの頬に手を伸ばす。
不意にソレは大きく咆哮した。
刹那。
空気を切る音。
鮮血。
飛び散って。
柴田の体は宙を舞っていた。
- 260 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 09:59
-
※
柴田から石川梨華に呼び出されたという連絡を受け
飯田の店を飛び出したミキは、ようやく535階にある噴水公園にたどり着いていた。
公園の中央、100メートルほど先にある噴水の前で柴田が奇妙ななにかと対峙している姿が目に映る。
石川梨華という少女はもはや写真で見せてもらったような形状をしていなかった。
人間とは掛け離れた変態を遂げた石川梨華の姿はミキを少なくない驚愕に包んだ。
柴田が一歩足を踏み出してそれに手を触れる。
次の瞬間――
奇妙な生物は、地の底から響くような咆哮をあげ彼女に向かって腕を振り上げた。
「柴田さんっ!!!!」
叫びながらミキは駆け出していた。
- 261 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 10:01
-
※
ドサリと物が落ちる音。
石川だったソレは、血塗れで地面に転がっている少女の襟元に長い爪をかけ顔の前に持っていく。
これを食べれば空腹はおさまる。
なぜかは分からない。本能でそう感じる。
「・・・・ぐ・・・華・・ちゃ・・・・・・」
血塗れの少女が微かに目を開く。
息は絶え絶えなのに見つめてくる瞳は限りなく優しい。
自分に向かってゆっくりと伸ばされる両手。
いったいなにがしたいのか。ソレは、戸惑う。
「愛・・・して・・・・・・・る」
少女が笑った。
その笑顔は、自分を見つめる瞳同様優しいものだ。
―愛
――愛、してる?
湧き上がってくる得も知れぬ感情にソレは混乱する。
分からない。分からない。
意識の上では少女が何を言ったのかまるで理解できないのになぜか許されているような気がした。
そして、なぜだか悲しくなった。
この少女の名前もなにも思い出せないことが――
悲しくて悲しくて仕方なかった。
ソレは、腕を曲げ少女の体を引き寄せる。
顔が見たかった。
もっと近くで――
その時、数発の銃声が続けざまに聞こえ同時に全身の至るところに鋭い痛みを感じた。
知らない人間が立っている。息が荒い。その顔は、怒りに満ちていた。
ソレは、少女を胸に抱くようにしながらゆっくりと膝をつく。
大きく開いた穴からポタポタと流れ落ちたどす黒い血が、白い砂に弧を描い飛び散っていた。
- 262 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/09(火) 10:06
-
※
柴田を胸に掻き抱いたまま祈るような姿勢で動かなくなった奇妙な生物にミキは慎重な足取りで近づく。
この程度で死ぬはずがない。
一歩一歩――
ミキの足音に奇妙な生物が不意に顔をあげた。
その視線は天に向かっており、なにかを訴えかけるようにパクパクと口が動いている。
「・・・・・・ェ」
奇妙な生物の喉からくぐもった音が漏れた。ミキは険しく眉を顰めた。
纏っていたものを脱ぐかのようにシュウシュウと奇妙な生物の体が縮んでいく。
その光景に、ミキは自分でも気づかないうちに口を開けていた。
「ナン・・・デ?」
「?」
「・・・・・・柴、チャン」
そこには、写真の中の少女がいた。
戻れるはずがないのに。飯田はそう言っていたのに。
体も顔も血にまみれているがまぎれもなくソレは石川梨華の姿をしていた。
しかし、目だけは爛々と赤く光っている。
彼女は、その真っ赤な目からボロボロと大粒の涙を流して動かなくなった柴田を抱きしめていた。
「石川・・・・・・梨華?」
ミキの口から自然にその名が漏れる。
その声が聞こえたのか彼女は力なくミキに視線を向けた。
よく見ると、彼女の体についている血は柴田だけのものではない。
先程、ミキが撃った箇所からドクドクと溢れるように血が流れ出ている。
常人ならとっくに死んでいてもおかしくない傷だ。彼女にとって致命傷にはならない傷。
「私・・・・・・だったの・・・かな」
誰に問いかけるでもない呟き。
止め処なく零れる涙の雫。地面には大きな血溜まりができている。
石川は、自らがつくるそれに視線を落とし儚げな息を吐いた。
「・・・私・・・・・・人間、じゃないね」
二度目の呟きはミキに向かって。
ミキは無言で銃口を石川に向ける。
「・・・ありがとう」
石川は、眉を少し下げて気弱な笑みを浮かべた。
それはどこか柴田の笑みに似ていた。
- 263 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/09(火) 18:55
- ( `.∀´)
- 264 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 08:59
-
- 265 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 09:02
-
5
抱き合ったまま崩れ落ちた少女をミキは見下ろす。
2人の少女の顔はなぜか幸せそうだ。
理不尽なことに巻き込まれて最後にこんな顔ができるほど彼女たちは幸せだったのだろうか。
「――幸せだったんだよ」
不意に聞こえた声にミキが驚いて顔を上げると夢の中の少女が目の前にいた。
先程の自分と同じように2人の死体を見下ろしている。
顔はマジックで塗り潰されたかのように真っ黒で、少女がどんな表情を浮かべているのかは分からない。
ミキは、目を疑う。
これは、夢?
いや、起きている。
自分は確かに起きているはずだ。
ミキの動揺を他所に少女は笑っている。2人の死体を前に楽しそうに笑っていた。
表情は見えないのにどうしてかそれだけは感じられた。
- 266 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 09:02
-
少女の細く長い指先は祈るように身体の前で組み合わされている。
ミキは、恐る恐る少女に手を伸ばす。
しかし、ミキの指は空を切る。
気がつくと少女は遥か遠くに移動していた。
呆然としていると少女が振り返る。足が動かない。
少女は、悪戯っ子のように楽しそうに指鉄砲をつくり
「バン」
ミキを撃つ真似をした。
同時に無数の小鳥が近くの大樹から一斉に飛び立ち少女の姿はその中に掻き消える。
ミキは細かく頭を振り目を瞬かせた。
- 267 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 09:03
-
「・・・夢?」
- 268 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 09:05
-
それは一瞬の幻。奇妙な白昼夢。現実性を帯びた空想。
それほどまで自分はあの少女に会いたいのだろうか。
ミキは、掌で眼を覆う。
それからもう一度死体に目を向けた。
幸せ?
この2人が幸せだと少女の幻は言った。ミキの問いに答えるように。
つまりは自分自身の心が言ったことだ。
どうしてなのだろう?
分かるような分からないような曖昧な気分。
否。
心のどこかでは分かっているのだ。
ただ、分からない振りをしているだけでしかない。
きっとそのほうが自分にとって都合がいいから。
きっと少女のことを忘れたのは
「っ!!」
ズキリと残されている生身の部分が悲鳴を上げた。
まだ思い出すには早いらしい。
ミキは汗を拭うように手で顔をこすると石川と柴田の体を抱えて歩き出した。
飯田の待つ478階層に向かって。
- 269 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 09:05
- Fine
- 270 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 09:06
-
―――――――――――――――――
信じていたのに裏切られたような気がして
辛くて、苦しかったけれど
とても彼女のことを嫌いにはなれなかった
自分の中の何処かで、
まだ彼女が生きていたから
ただ、守りたかった。
―――――――――――――――――
- 271 名前:第5話 異形 投稿日:2003/12/10(水) 09:07
-
- 272 名前:_ 投稿日:2003/12/10(水) 13:30
- 川σ_σ||人(^▽^ )
- 273 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/10(水) 20:11
- _, ,_
川σ_σ||
- 274 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/10(水) 20:37
- _, ,_ _, ,_
川σ_σ|| ( ^▽^)
- 275 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/11(木) 00:05
- _, ,_ _, ,_ _, ,_ _, ,_
( ・e・ )( ・e・ )( ・e・ )( ・e・ )
- 276 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 08:59
-
- 277 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 09:00
-
夢を見るようになったのはいつだったのか。
きっかけはあの時だったのかもしれない。
- 278 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 09:06
-
その日、ミキは飯田の店に寄った帰りに死体を見つけた。
路地裏に死体が転がっているのはよくあることだ。ミキは、死体の前で足を止める。
犯罪者リストには載っていない顔。ただ運が悪かっただけの一般人だろう。
犯人の手がかりになるようなものはないかとりあえず確認してみる。
額をナイフで一突きにされた死体。
なぜか胃の辺りに不快な感覚が堕ちた。
これよりもっとひどい状態の死体をみたこともあるのに――この現場はどこかおかしい。
- 279 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 09:07
-
死体も凶器も残っているのに、そこには何も残っていないように思えた。
どれだけ冷酷な殺人鬼でも必ず残してしまう意思がなかった。
ミキは、湧き上がってくる唾液を飲み込む。
そこにあるのは透き通るような殺意だけ。
『殺す』という意志だけが存在していて、あたかもその意志自体が殺人を行っているように、ミキには感じられた。
大した理由もなく意思もなく人を殺す。この犯人は、殺すのは誰でも良いと考えている。
ただ殺したいだけなのだろう。
『殺す』ということが目的ならばそれ以上の動機は必要ない。
犯人にとって、目的が行為で行為が目的なのだ。
犯人は、人を殺すことで何かを得ようとしているわけではない。
こんな殺し方ができる人間が野放しになっているのか、ミキはまだ不快感の残る腹部を手で押さえた。
- 280 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 09:08
-
これ以上、調べてもなにも出てきそうになかった。
リストに犯人が載るのを待ったほうがはやい。
ミキは死体をそのままにしその場から立ち去ろうとして、不意に足を止めた。
死体の真下。僅かに見えた文字。
ミキは、微かに顔を強張らせて足で死体を蹴る。
死体は、ゴロリと回転してその下にある文字――『M』が飛び込んできた。
狩人なら知らない者はいない。透明な殺人鬼Mの残す記号。
ミキがMの犯行現場を見るのはこれが初めてだった。
赤い文字。
死体の血で描かれた文字。
ミキの目は食い入るようにそれを見ていた。
途端に、脊髄に凄まじい悪寒が奔った。
周囲の気温が一気に冷やされるような感覚。末端器官が震えだす。
思考の全てが、得体の知れないなにかに塗り替えられる。
- 281 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 09:09
-
「・・・っ」
ぐらりと世界が廻る。
瞼の裏で何者かの影が蠢き、驚いて眼を開けてもそれは網膜に灼き付いて消えようとしない。
鼓動の音が直接全身に響く。一秒間に何千回と脈動するように。
別世界に投げ出されたような感覚。
ミキは、顔を歪める。耐えられない。ミキの精神が悲鳴を上げた。
体を支えられず地面に膝をつく。瞬間、全ての不快な現象は消え去り、ミキの現実が戻ってきた。
「・・・んだ、今の」
ミキは、手を添えて頭を細かく振る。
膝の前に『M』の文字。それを見ても先程のようなことは起こらない。
少しの安堵。そして、妙な胸騒ぎ。
終わりではなくはじまり、そんな意味不明な予感。
しかし、ミキはそれに気づかない振りをした。
今のは、どこか機能が壊れただけなのだと、そう思いこみながらゆっくりと立ち上がった。
- 282 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 09:10
-
その夜、はじめて夢を見た。
ひどくはっきりとしていてひどく曖昧な夢を。
それが現実にあったことだと気づくまでにそう時間はかからなかった。
- 283 名前:挿話 投稿日:2003/12/11(木) 09:10
-
- 284 名前:_ 投稿日:2003/12/11(木) 14:21
- _, ,_
川VvV从
- 285 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/11(木) 21:15
- ノノ_,ハ ,_ヽ
从VvV)
- 286 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/11(木) 21:23
- _, ,_
( ´_ゝ`)
- 287 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/12(金) 00:02
-
(ё)y━・~~~
ノ( ヘヘ
- 288 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/13(土) 12:46
- ノノ_,ハ,_ヽヽ
川VoV从
- 289 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/13(土) 13:12
- , ,_ _, ,_ _, ,_ _, ,_ _, ,
(e・(・e・( ・e・ )・e・)・e)
- 290 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:35
-
- 291 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:37
-
―――――――――――――――――
もう引き返せない
引き返すことは出来ない
引き返したくないわけじゃなく
引き返すことが出来ないんだ
だから、ごめんね
ごめんね
幸せになってね
―――――――――――――――――
- 292 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:38
-
- 293 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:40
-
1
「調子でも悪いの?」
飯田は、医療用ベッドにごろりと寝転がっているミキに声をかけた。
最近のミキは狩にでかけるたびに必ずといっていいほどどこかに怪我をして帰ってくる。
それはどれも致命傷になるようなものではなかったが――
なにか不具合があるのを隠しているのではないかと飯田は心配になっていた。
ミキは、飯田の声に反応らしい反応も見せずになにかを考え込んでいるかのように天井を見つめている。
聞こえていないのだろうか。
「ミキ?」
呼びかけながらミキのすぐ目の前に手を翳す。
と、本当に驚いたのかミキは体をビクリと少し跳ねさせ
「な、なんですか?ビックリするじゃないですか」
大きな声を上げた。
「そっちが無視するからでしょ」
「え?なんか言ってたんですか?」
ミキは、キョトンとした顔で聞き返す。
どうやら本当に飯田の声はミキに届いていなかったようだ。
やはりどこかおかしい。
意識していなくても彼女の体はいろいろな情報を取り入れることができるようになっているはずだ。
こんな近くにいる自分の言葉を聞き逃すなんてまずありえなかった。
- 294 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:44
-
「体の調子でも悪いのかって聞いたの」
飯田は、少し真剣な面持ちになってもう一度尋ねた。
「調子は、まぁ普通に普通ですよ」
ミキは、そんな飯田の気もしらず軽い調子でこたえる。
その顔に嘘はない。
「・・・なら、いいけど」
釈然としないまま飯田は立ち上がり治療に使っていた器具を棚になおしながら顔だけをミキに向ける。
「怪我には気をつけてよ」
「はーい」
ミキがベッドから体を起こして幼稚園児のように手を上げて返事をした。
心配して言っているのになんだか馬鹿にされたようで少しだけ飯田はムッとなる。
「ホントに分かってるの?」
「分かってますよ〜。今後、気をつけますって」
念を押すように強く言うとミキは少しウザったそうに髪をかきあげながら、
しかし顔は笑顔のままそう答える。その行為は飯田に再び心配の念を呼び起こさせた。
飯田は、棚に向けていた体をくるりと反転させ真っ直ぐミキに向き直る。
ミキは怪訝そうに首を傾げた。
- 295 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:45
-
「ホントになにもない?」
「・・・ないですよ」
「ホントに?」
「・・・・・・・」
じっと凝視を続ける飯田にミキは気おされたように視線をそらすと
落ち着きなくガシガシと頭を掻き大きく息を吐く。それから
「夢・・・」
ポツリと漏らした。
「え?」
「飯田さんは、夢とか見ます?」
唐突にそんなことを問われて飯田は面食らう。
が、すぐに気を取り直して頷いた。
「ミキも最近よく見るんですよ」
ミキは、どこか弱弱しい笑みを口元に浮かべる。
あまりいい夢ではないのだということが窺える表情だ。飯田は眉を寄せる。
「どんな夢?」
「多分、ミキの脳が覚えている過去のことだと思うんですけどね」
それがリアルすぎてと抑揚のない声で言うとミキは肩を竦めた。
飯田は、眉間の皺をさらに深くして
「それって、記憶が戻りそうってこと?」
確認するかのようにゆっくりとした口調で問いかけた。
「・・・さぁ?」
飯田の言葉にミキはもう一度肩を竦めた。
その様子は失った記憶が戻りかかっているにしては嬉しくなさそうにみえる。
しかし、それは仕方ないのかもしれない、飯田は思った。
- 296 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:53
-
飯田は、なぜ彼女がこの塔で生きることになったかをミキの面倒を見ることになったときに本部の人間から聞いていた。
本人の知らない過去の一部を知っている。
彼女は外の世界で何者かに殺されかけ瀕死の状態だったところを本部が引き取り機械化を行った。
外の世界と塔の監視者たる本部。交わっていないようで交わっている不思議な関係。
本部が本来なにを目的としていたのかその中にいても正確に把握しているものはいなかった。
もしかしたら、本部は外ではまだ違法とされている医療行為の実験をするために設けられたのかもしれない。
以前、飯田はそう考えたことがある。
見返りとして実験対象となった者は塔の中で狩人として働かされる。
ミキは本人の預かり知らぬところで塔に送り込まれ狩人として登録されたのだし、
そんな風にして登録された狩人はミキ以外にも大勢いたので、あながち自分の考えは間違ってはいないのかもしれない。
塔の秩序を少しでも守るためには本人の意思など関係なかった。
むしろ、最新の技術によって蘇らせたのだからそれくらいしてもらって当然だと考えている本部の人間は多い。
それに、機械化された人間はやはり常人より遥かに身体能力が優れてしまうのだから、
もっとも狩人に適しているともいえた。
- 297 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/14(日) 07:56
-
しかし、そうやって狩人にされた外の世界の人間たちの中でも
ミキは異例中の異例だと聞かされている。確かにそうだ。
彼女の場合、体の一部、使えなくなった部分だけを機械化したのではない。
使えそうな部分をどうにか残した結果、脳以外のほとんどの機能を機械のものに取り替えるという
今までにない大掛かりな手術になったのだ。
そうしなければ彼女は死んでいたか、あるいは植物状態のままだったのだろう。
いったい、彼女はどれだけひどい状態で本部の元に届いたのか。
飯田には推測することしかできない。
ただ、もし今彼女が思い出そうとしているのがその時の記憶だとしたら――
つまり、殺されかけた時のものだとしたら思い出さないほうが彼女にとっていいのかもしれない。
そんなことを考えながら飯田は口を開く。
「あんまり気にしないほうがいいけど・・・・・・なんだったら、検査うけてみる?」
「検査?」
ミキはパチパチと瞬きをしながら繰り返す。
「そう、脳の検査」
飯田の言葉を聞くなりミキは顔を曇らせ「いいですよ」と首を振った。
いまさら、遠慮しているのだろうか。それとも、検査に対しての不安なのだろうか。
今まで彼女から遠慮というものをされたことはあまりないので――そもそも、
そういう概念を持ち合わせているのかさえはなはだ疑問だ――おそらく後者だろう。
この塔には病院と銘うった胡散臭い建物ばかりが存在しており、
そこからまともなものを探す方が容易ではないのだからミキが不安に思うのも仕方がないのかもしれない。
ましてや、検査する部分は彼女にとって人間の証として残された唯一の器官なのだから。
「カオリの知り合いがいる病院だからヤブじゃないよ」
安心させようと口にした言葉にミキは困ったように首を傾けて笑い
「そういうんじゃなくて・・・」
手を振った。
「別に全然眠れないってワケじゃないから大丈夫だし。それに――」
ミキの目が微かにふとなにかを懐かしむような色に染まる。
「それに?」
疑問符を顔いっぱいに浮かべながら飯田は先を促すようにミキを見た。
ミキは一瞬の逡巡のあと
「ミキ、病院って嫌いなんです」
子供のような口調でそう言うと照れくさそうに頬を掻いた。
- 298 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:41
-
- 299 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:43
-
2
――私のこと言えばいいのに
言えないよ。
――どうして?
それこそ病院行けって言われるじゃん
――病院嫌い?
嫌いだね
――子供みたい
そうだよ
――昔からそうだよね
昔?
そこでミキはハッと目を開けた。
眠っていたわけではない。
会話をしていたのだ。記憶の中に確かに存在している彼女の幻影と。
それはあの白昼夢以来癖になっているくだらない自己満足だった。
彼女の言葉は全て自分が考えているのだから――
- 300 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:44
-
ただ、こうした行いは過去の片鱗を思い返すのにひどく役立っていた。
そう遠くないうちに自分は全てを思い出せそうな気がする。
何故ここにいるのか。何故全身が機械化されているのか。
そして、夢の中の彼女は誰なのか。
きっと唐突にそれは分かるのだろう。それまでは、今のままでいい。
ミキは、全身の力を抜いてベッドに倒れこんだ。
薄汚れた天井。
遠くで彼女が笑う。
近くで彼女が笑う。
ミキの意識は徐々に深い部分へと沈んでいく。
それにしてもなぁ、ミキは揺蕩う意識のなかで思う。
自分は、昔から病院が嫌いだったのか。
今頃、先ほどの答えのおかしさに気づいてミキは微苦笑を浮かべた。
- 301 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:48
-
※
静かだな、飯田は頭上を見上げた。ミキは今日珍しく狩を休んで部屋にいる。
そのおかげで、といえば言い方はおかしいが飯田の店は開店休業状態になっていた。
飯田は視線を戻すと疲れた顔で死体が置かれたこともある皮張りのソファに腰を下ろす。
今まで、部屋の掃除をしていたのだ。
どのみちすぐに血やら腐肉で汚れるのだから、あまり意味がある行為ではない。
たんなる暇つぶしだった。なにより、飯田は昔から掃除が好きではないのだから。
自分が気になっていた箇所だけをピンポイントで綺麗にしてそれでいい。
それでも積年の汚れを落とすのには多少の時間は要した。
飯田は、滅多に吸わないタバコを取り出し口にくわえる。
それから、壁にかけられた時計を一瞥しこれまた滅多につけないTVの電源を入れた。
下世話な番組しか流れない塔で比較的まともなニュースが流れる時間だった。
飯田は、チャンネルを回す。
エアボードと呼ばれる宙に浮かぶスケートボードに乗った少年たちが殴り合いをしながら
ゴールを目指す命がけの競技、奇形児たちのプロレス、塔のお勧めスポット、
ギャンブルのいかさま公開などの映像を次々と変えていくとようやく、目当てのニュース番組のチャンネルを見つけた。
- 302 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:50
-
鮮やかな金髪をぐるぐるに巻いた、およそキャスターらしくないキャスターが淡々と今日の出来事を話していく。
事件だらけのこの街だからどれだけ人が死のうがなんの感情も浮かばないといった感じだ。
飯田も内容を聞いているのかいないのかぼんやりとTV画面を眺めている。
「最後のニュースになりました。999階層、天上劇場のトップダンサー、ピーマコさんが今朝方何者かに暴行を加えられ病院に運ばれた模様。
容態に関する詳しい情報は入っておりません。なお・・・・・・」
そのニュースに飯田はピクリと反応した。少しだけ音量を上げる。
ピーマコ、聞いた事があった。
確か、下層で生まれというハンデをその才能と努力で克服し、999階層の舞台の主役を勝ち取った奇跡の天才ダンサーの名前だ。
下層出身者は上層出身者に蔑まされ上層出身者は最上層出身者に蔑まされる。
そんな因習が罷り通っている中で彼女は今や下層の子供たちにとって希望の星になっている。
いや、下層だけでなく上層に住む人々の間でも彼女のダンスは夢を与えてくれると評判だった。
しかし、残念なことに全ての人間がそう思うわけではないのもまた事実だった。
彼女の周りでは、極一部の人間による嫌がらせ以上の妨害が頻繁に起こっていたとも噂されていた。
自分とは関係のない場所で起きている事象に飯田はいつもやりきれない思いを抱えずにはいられなかった。
どうして他人を傷つけることでしか自分を満足させることができない人間がいるのだろう。
頑張っている人を。頑張って生きている人を。
もしかしたら、暴行を加えたのは彼女を妬む者たちの仕業なのかもしれない。
怪我がたいしたことなければいいが、飯田は小さく嘆息するとTVを消した。
- 303 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:51
-
- 304 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:51
-
※
少女は、呆然としたまま彼女の名前を呼ぶ。
掠れた声で呼びかける。
彼女は、少女の声が聞こえたのかゆっくりと顔を向けた。
その顔にも包帯が巻かれているため少女には彼女がどんな表情をしているのか分からない。
少女は、白いベッドの上に横たわる彼女に恐る恐る近づく。
前合わせになった服から伸びている腕には仰々しく包帯が巻かれていた。
足だった部分は途中からその下には何もないのだということを示すかのように凹んでいる。
それに気づいて少女は息を飲んだ。
あぁ、神様
どうして、彼女なのですか?
- 305 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/15(月) 07:52
-
- 306 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 10:15
- ∬`▽´∬
- 307 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/15(月) 10:35
- ( ´,_ゝ`)
- 308 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 18:57
- _, ,_
川’〜’)||
- 309 名前:_ 投稿日:2003/12/15(月) 21:44
- _, ,_
∬∬´▽`)
- 310 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/15(月) 22:18
-
§_, ._§
( ・e・ )
( )
∪∪
- 311 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:30
-
- 312 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:32
-
3
はぁはぁという荒い息遣い。
発しているのが自分だと気づくのに少し時間を要した。
頭の中がぼんやりとしている。
なにをしていたのかミキは思い出そうとして足元にあるものに気づいた。
無残な死体が転がっている。その体には無数の穴が開いていた。
おそらく死んだあとに何度も何度も撃たれたのだろう。
そして、撃ったのは――ミキは煙を上げている右腕をぼんやりと見る――自分だ。
ミキは記憶を再構築する。
リストに載った目標を発見し追いかけたことまでははっきりと覚えている。
追い詰められて命乞いをする目標を一発撃ったところも覚えている。
それからだ。
不意に頭の中が真っ白になった。
なにかが違うと感じたのだ。こいつじゃない、と。
大切ななにかが奪われたようにぽっかりと心に穴が開いていた。
そして、湧き上がってくる焦燥感。
奪われたなにかをどうにか取戻そうと動かなくなった死体を撃ち続けた。
- 313 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:34
-
霞がかかったようにぼやけていた自分の行動を分析するとミキはきゅっと眉根を寄せた。
自分はなにを取戻そうとしていたのだろう。
それは自分にとってとてつもなく大切で意味のあるモノだったのだろうか。
自問自答する。
――分からないの?
幻聴。
少女の声。
自分の声。
――ウソツキだね
嘘じゃなくて本当に分からないんだ。
ミキはそう叫びそうになるのをすんでのところで抑える。
分からないはずなのに、心の底からそれを渇望している自分がいることに気づいていた。
そんな自分が恐ろしく思えた。
こんな調子で狩をしていていいのだろうか?
いずれ、自分は犯罪者になるかもしれないな。そう考えて、ミキは自嘲的に微笑んだ。
過去を思い出してしまえばその大切ななにかは分かるのかもしれない。
「・・・やっぱり、病院に行ったほうがいいのかな?」
返事を期待して呟いた言葉は冷たい風に浚われて消えた。
- 314 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:35
-
- 315 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:36
-
神様
彼女は、こんな目にあわなければいけないほど悪いことをしたのでしょうか?
少女は、夜空を見上げたまま問いかける。
あなたは、彼女から翼を奪った。
どうしてですか?
彼女は、あなたを信じていたのに――
どうして?
少女はなおも問いかける。
答えはない。
答えがないことくらい少女は知っていた。
この世界に神などいないのだから。
少女は、立ち上がる。
その口元には笑みが浮かんでいる。
複雑で、それでいて何もない空っぽな笑みが。
- 316 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:37
-
- 317 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:38
-
その夜、狩から帰って来たミキはいやに思いつめた顔をしていた。
手には何もない。
いつもの仕事着を着ているのに彼女は死体の1つも持っていなかった。
しかし、服には血の染みらしきものがこびりついている。
飯田が怪訝に思うのも無理はなかった。
「どうかしたの?」
「いえ・・・・・・」
その返事は歯切れが悪い。
まったく彼女らしくない。飯田は、心配げに眉を寄せる。
この間相談を受けたばかりだ。過去の夢からなにか思い出したのだろうか。
「頭痛いの?」
ミキは、首を振る。
「じゃぁ、なに?そんな顔して気になるでしょ」
「ミキ、少し休業しようかなって」
「休業?」
「はい。なんか狩に集中できないっていうか・・・・・・」
ミキは言う。
怪我をして帰ってくるようになっていたのだから狩に集中できていないのは本当だろう。
しかし、それだけではないような響きがその語尾に感じられた。
- 318 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/16(火) 09:39
-
「飯田さん」
「ん?」
「ミキ、もしかしたら――」
ミキは飯田を見つめる。
なにを言おうとしているのかその目はどこか悲しげだ。
飯田は促すようにまっすぐ見つめ返す。と、不意に彼女は笑顔になった。
やけに純粋な子供の笑み。飯田は、目を見開く。
「やっぱいいです。おやすみなさい」
呆気に取られるほど一転した明るい声でそう言うとミキは階段を駆け上がってしまった。
飯田は、声をかけなかった。いや、かけられなかった。
彼女の言葉が行動が誰かと被って見えていた。
思い出すだけで苦しい誰かと。
助けられなかったあの子と。
だからこそ、彼女を助けたい。
救う事ができる全ての人間を助けたいのだと思ってしまうのだ。
それは優しさではない。
贖罪。
飯田は、目を伏せため息をついた。
丁度その頃街では1人の女が殺されようとしていた。
- 319 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/16(火) 11:33
- . ノノ_,ハ,_ヽヽ
川ω从
- 320 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/16(火) 23:16
- _, ,_
( ´,_ゝ`)
- 321 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/16(火) 23:56
- ( ´ Д `)
- 322 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 08:58
-
- 323 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:01
-
4
飯田の店に休業中という張り紙がされて一週間が経った。
一番のお得意様が休業していれば店を開けておく必要がない。
なにより、ミキのことが心配だった。
この7日間というもの飯田は色々と脳と記憶のメカニズムを詳しく調べていた。
幸いなことに、医者としてのスキルもある。
ミキが病院に行くのが嫌だというのなら、自分が症状を和らげてあげる薬を調合してあげよう。
それがミキの休業宣言から飯田が出した結論だった。
「珍しいよね〜カオリがお店休むって」
休業ということを知らずに死体の回収に来た後藤は出されたお茶を飲みながらのんびりと言った。
飯田は辞書に視線を落としたまま
「いつも休業してるようなもんだったけどね」
「あはっ、確かに」
素直に笑う後藤に飯田は苦笑する。
「それで」
後藤は頬杖をつき口を開いた。
彼女の声色が微かに変化したことに気づいて飯田が辞書から顔を上げると
後藤の悪戯っぽい視線とぶつかる。
「ミキちゃんは例の切り裂き魔探しに忙しいんだ?」
「切り裂き魔?」
なんのことだろう、飯田は首をかしげて後藤の言葉をなぞる。
「あれ?知らない?」
後藤も飯田の真似をするように同じ角度に首を傾げた。
お互い向き合って首をかしげた姿はかなり間抜けだ。
そんなどうでもいいことを思いながら、飯田は後藤の問いかけに首を振る。
本部から狩人に送られてくるリストは毎日更新されるが、仲介業者には狩人が獲物を狩った時にしか情報は渡されない。
そのため、現在の犯罪者リストの中身を飯田が知ることなどできるはずがなかった。
たとえ、ミキが休業する前だったとしても彼女は意見を求めたりする時以外は
仕事の話をするタイプではないから答えは同じものだったかもしれない。
- 324 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:02
-
「ミキちゃんが、犯人探しに忙しいからカオリの店が休業なのかと思ってた」
「関係ないよ、ミキとカオリの店は」
飯田は、軽く嘘をついてみる。
「ふ〜ん」
信じたのか信じてないのか興味なさそうに後藤は相槌を打った。
「それより、切り裂き魔って?」
「流行ってるんだって、若くて綺麗な女の子の体の一部を切っていく事件」
後藤も狙われたらどうしよう〜、彼女はへらへら言いながら身をくねらせた。
体の一部を切り取るとは随分猟奇的だなと飯田は眉を顰める。
そして、それをおちゃらけて言う後藤に――なんでも冗談にするのが後藤の生き方だとは理解しているつもりだったが――さすがに少し呆れてしまった。
- 325 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:03
-
「犯人は分かってるの?」
「コンノアサミって言うらしいんだけどね〜。
これがまた本部直の狩人だったらしくて捕まらない捕まらない」
後藤は、楽しげに節をつけて言う。
追う立場だった狩人が追われる立場になるとは皮肉なものだ。
今までのノウハウをいかしてどう逃げればいいのか把握しているのだろうが、
本部直の狩人ならば登録される際に入れ込まれたアイ機能が生きているかぎり居場所はこちら側に筒抜けといっていい。
場所がばれる前に移動しているのか。それとも、戦って生き残っているのか。
どちらにせよ、それだけのリスクを冒してこんな残虐な犯行を繰り返すのはどうしてだろう。妙に気になった。
- 326 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:04
-
「・・・その子、なにがあったのかな」
心の中の呟きが思わず表に出てしまう。
それを自分への質問だと捕らえたのか後藤はん〜と両手を頭の後ろに回しながら
「別に理由なんてないんじゃないの」
あっけらかんと言った。
「は?」
「悪魔と戦うものは自ら悪魔にならねばならないって言うじゃん。狩人なんてまさにそうでしょ。
ギリギリのとこで踏ん張ってたものがプッツンと弾けちゃったんじゃないの」
後藤の言うことは一理あるかもしれない。
だが――
「でも、体の一部を切り取るなんてちょっとやりすぎでしょ」
「もしかして、切り取った部品使ってフランケンシュタイン誕生とかだったりして!!」
後藤はバッと立ち上がり両手をあげてガォーッとおどけてみせた。
それは、狼男だ。というツッコミを飯田は飲み込んだ。
- 327 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:05
-
- 328 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:05
-
世界は、キラキラと輝いていた。
彼女の世界は輝いていた。
彼女の光は自分をも一緒に照らしてくれていたのだと、少女は思う。
でも――
照らしてくれる光がなくなれば
闇はすぐ傍
息遣いが聞こえるほど近くにあった。
神様なんていないけど
悪魔はどこにでもいるらしい。
だけど、彼女にはずっと光の中にいて欲しい。
輝いて欲しい
そのためなら自分はどれだけ闇に溺れてもかまわないから――
- 329 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:05
-
- 330 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:07
-
※
「ミキ、入るよ」
ノックをしても一向に返事が返ってこないドア越しにそう声をかけながら
飯田は部屋のドアを静かに開けた。
「ミ・・・」
呼びかけようとして飯田は口をつぐむ。
部屋の中、ミキはベッドから見える黒いコートをじっと見つめていた。
しかし、実際に彼女の視界にうつっているのはそんなものではないことぐらいその表情を見れば容易に分かる。
声をかけるのも躊躇われるほど妙な緊張感を湛えた横顔。
口は真一文字に固く結ばれ、目は鋭く光っている。
不意に近づくものがあればすぐにそれを排除してしまいそうだ。
異様な圧迫感に飯田が一歩後じさりした瞬間、ドアの縁に足がぶつかり
室内にカツンと音が響いた。ミキがハッと我に返った風にこちら側を振り返る。
彼女は、ドアの前で立ち尽くす飯田に気づくと
「どうしたんですか?」といつもの顔に戻って首をかしげた。
- 331 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:08
-
リストは、賭けられた賞金順にならんでいる。
顔からして凶悪そうなヤツらほど意外と下のほうにあるのは
人は見かけによらないものだということを示しているのだろうか。
トップのMはいまだにANKNOWNのままになっている。
犯行記録だけが載っているMのページを見ながら、
今、Mの犯行現場を見たらどうなるんだろうな――ミキは、なんとなくそんな疑問を持った。
ページを進めて行く。
飯田の言っている少女の顔はリストの丁度中央に位置する場所に見つかった。
コンノ・アサミ 上層600〜700F 現在地上層689F
殺傷人数5 ランクA
「689階にいるみたいですよ」
飯田に頼まれて久しぶりにリストに目を通していたミキは顔を上げた。
現在地まで分かるのは彼女が元狩人だからだろう。
たった5人を殺しただけでランクAになっているのはそのことも関係しているのかもしれない。
- 332 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:09
-
「そう・・・・・・」
飯田は、なにか考えるように口元に手をやる。
「なに考えてるんですか?」
「彼女は、なんでこんなことするのかなって」
飯田は、至極真面目な顔で美貴を見た。
「・・・・・・・一部分だけ持ってくってことはその部分に異常な執着があるとかじゃないですか。
怨恨なら切り落とした部分を持ち去る必要はないし」
あくまで憶測。
犯罪を犯す人間の心理など知りたくもない。
特に今は――ミキは、ため息混じりに答える。
「もし、そうだとしても急すぎない?狩人だったんだよ。なんかきっかけがあるんじゃないかな」
「きっかけね〜」
しかしいつになく粘る飯田にミキは頭をかいた。
- 333 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/17(水) 09:10
-
「っていうか、そんなこと知ってどうするんですか?まさか狩るつもり?」
狩人でもないくせに、言外にその意味を含めてわざと意地悪く笑う。
飯田は、ムッとしたような顔でミキを見つめた。
「狩れるわけじゃないでしょ。ただ、なんか気になるの」
「気になるって・・・・・・」
飯田の答えにミキは絶句した。
それだけかよ、と心の中で突っ込む。
だが、ぶつぶつと考え始めた飯田を前にやがて諦めたように嘆息し
「とりあえず、情報集めてあげますよ」
「ホント」
「だって、気になったら眠れなくなる人でしょ、飯田さんって」
目の下にクマをつくった飯田の顔はあまり見たくない。ミキは、笑った。
- 334 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/17(水) 09:46
- ・-・
- 335 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/17(水) 15:44
- |
|ハヽo∈
|ー・)
とノ ニヤリ
|
- 336 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/17(水) 15:52
- 川’ー’川
- 337 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/18(木) 07:59
-
- 338 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/18(木) 08:01
-
5
久しぶりに来たその部屋は以前と変わらず散らかっていた。
ただ、命を狙われる危険がなくなったからなのか少しだけ雰囲気が変わったような感じがする。
空気が柔らかくなったというかなんというか。
どちらかといえば前の雰囲気のほうが自分にはあっている。
ミキは多少の居心地の悪さを感じながら前回と同じくベッドに腰を掛けた。
「で、なにが知りたいの?」
保田圭は、タバコを燻らせながら美貴を見る。
相変わらず簡潔な質問。どうやら変わったのは部屋だけのようだ。
「コンノアサミの情報」
「あぁ」
それだけでなんのことか分かったらしく保田はミキに背を向けPC画面に向き直った。
カタカタとキーボードを打つ音が静かな室内に響く。
- 339 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/18(木) 08:02
-
「こっち来て」
手招きされてミキは保田の隣からディスプレイを覗き見る。
そこにあるのは、犯罪者リストに載っているものと同じコンノアサミの顔写真。
ただし、その下にはリストには載ることのない彼女の出生や生い立ちに関する個人情報が羅列されている。
それらは知っていても意味のないこととして本部の情報からは省かれる無駄な情報群だ。
しかし、今回に限っていえばその無駄な情報こそが目当てのモノだった。
「この子、下層生まれみたいね。元々はギルド登録の狩人で本部直属になったのは2年前ね。
今まで狩った人数は約180。少ないほうね」
画面をスクロールさせながら保田は美貴を見やる。
「そうですね」
どれくらいの数を狩れば平均値なのかは知らなかったが少ないと言うからには少ないんだろう。
ミキは適当に相槌を打った。
- 340 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/18(木) 08:03
-
「あとは・・・あら、この子ピーマコと幼馴染らしいわよ」
「ピーマコ?」
「知らない?ほら、この子」
保田はマウスをクリックして画像を拡大してみせる。
煌びやかな衣装を纏った少女が天空劇場のステージ中央、満面の笑みで両手を上げている。
しかし、コンノアサミと幼馴染ということは彼女も下層出身なのだろう。
なにをしても虐げられる立場からの脱出。それは容易にできることではない。
下層出身者でもこのような場所で活躍できるんだな、とミキは素直に驚嘆していた。
「下層の希望の星だったのよ」
希望の星だった――過去形の言葉にミキは反応した。
すぐに突っ込んで聞き返す。
「だったって?」
ミキの問いに保田は顔を曇らせる。
「・・・・・・襲われて再起不能らしいわ。可哀想にね」
保田の答えにミキははじかれたように
「いつ?いつその子は襲われたんですか?」
質問していた。
- 341 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/18(木) 08:05
-
「いつって・・・・・・3週間前くらいだったと思うけど」
睨みつけるような視線で問いかけられた保田は狼狽えながらもそう答える。
ミキはすぐに瞳を閉じてリストに意識を繋ぐ。
浮かんでくるコンノアサミの情報からある情報を探し出す。
それは、すぐに見つかった。
彼女が、最初に人を殺した日付。
20日前だ。
そして、切断部分は足。
これがなにを指すのか、憶測の域はでないもののなにか関係があるのは確かだろう。
ミキは本部とのリンクを切断しゆっくり瞳を開ける。
「どうかしたの?」
心配そうな保田の眼差しにぶつかる。
「いえ・・・・・・ピーマコって子がいる場所って分かります?」
「分かるけど・・・・・・」
「お願いします」
保田は、不思議そうな顔で美貴を一瞥するとすぐに病院の場所をプリントしてくれた。
- 342 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/19(金) 03:52
- ,.、 ,r 、
| ヽ i i,
. | `, | .i
. ヽ i_i / iーー- ,,-ーーーーー、-ーつ
/ ・ × ・`ヽ、 と、 , ´ ・("▼)・ ヽノ
i ,,,-ーーー-、,ヽ .> ,,,-ーーー-、.<
( /ノノハヽヽ ) ( /〆ノハヾヽヽ )
ゝ(((( ´D`)))ノ ゝ(((川*’ー’)))ノ
〆(⌒)-ーー-(⌒) 〆(⌒)-ーー-(⌒)
( i⌒ヽ,, x i⌒ヽ, ( i⌒ヽ, i⌒ヽ,
ヽゝ、__ノー-ーゝ、__ノ ヽゝ、__ノー-ーゝ、__ノ
- 343 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/19(金) 06:57
-
- 344 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/19(金) 06:58
-
※
995階層にある病院。ミキが教えてくれた場所。
コンノアサミの捜索は彼女に任せて飯田はその場所に1人できていた。
コンノアサミが犯罪を犯した理由。
その全ては彼女のためではないかとミキは口にしていた。
その内容は、飯田も納得できるものだった。
ミキの話が事実だとしたら全てつじつまが合うのだ。
ピーマコ、本名は小川麻琴というらしい彼女が暴行を受け、
その幼馴染であるコンノアサミが彼女の再起不能を知り
そして――
なんてことだろう。
飯田は深いため息をつく。
コンノアサミが、まるでかつての自分ができなかったことをしてくれているかのように思えた。
- 345 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/19(金) 07:01
-
小川麻琴は白い部屋の白いベッドに人形のように寝かされていた。
すとんとした医療服から露出している唯一の部分である顔には
いまだ痛々しいまでの包帯が巻かれており、片足の膝から下は完全に失われている。
ピッピッピ――と、一定の間隔で繰り返される無機的な電子音。
飯田は、音を発するその機械を凝視する。これが彼女が生きているという唯一の証。
「・・・お見舞いですか?」
不意にそんな声がかけられて、飯田はビクリと振り返る。
白衣を来た人のよさそうな女がドアの傍に病院に勤める者独特の穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
ネームプレートには平家と書かれてある。
「えぇ・・・でも、休んでるみたい」
飯田は、肩をすくめる。
「さっき痛み止めを打ったばかりなんですよ」
「そうですか。あの・・・」
「なんですか?」
「彼女、再起不能って本当ですか?」
飯田の言葉に平家は一瞬気まずそうに目を泳がせた。
それもそのはずだろう。どんな人間が見ても一目で分かる。
この状態で助かったとしても以前のように彼女が踊れるようになるのは万に一つの可能性もないことぐらい。
ただし――飯田は、平家を見つめる――それはこの状態で助かったとしたらの話だ。
「・・・そう断定できるわけじゃありませんよ」
否定していても肯定としかとれない昏い口調で平家は答えた。
そのおかげでまだ心のどこかで迷っていたことへの決心がきっぱりとついた。
「・・・そうですか。では、小川さんが起きたら頑張るように伝えてください」
飯田は、平家に微笑むと病院を後にした。
- 346 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/19(金) 07:01
-
- 347 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/19(金) 07:02
-
※
少女は、今はもう使われていない薄暗い工場にいた。
その手には、ナイフ。
狩人だった時からの大切な武器。
少女は、器用な手つきで刃を整える。
あと少し、あと少しと祈るような眼差しで。
「――コンノ、さん?」
不意に誰かに名前を呼ばれた。
少女が、顔を上げるとどこか冷たい眼差しの女が立っている。
少女は、磨いでいたナイフを構えた。
彼女から殺気は感じられないが、まったく気配を感じさせずにこの工場の中に入ってきたのだ。
只者ではないことぐらい容易に分かる。
「あぁ、ちょっと待って。ミキ、今狩人じゃないからさ」
そんな少女の行動に彼女は慌てて攻撃の意思がないことを示すように両手を耳の横まで上げた。
少女は、予想外の反応に戸惑いながらなお疑り深く彼女を見つめる。
- 348 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/19(金) 07:03
-
「実はさ、ある人から頼まれてて」
言いながらゆっくり近づいてくる。
彼女の手には、手紙らしきものが握られていた。
「コレ、渡してって」
差し出されたそれを受け取るべきか迷う。なにかの罠か。
彼女とそれと交互に見比べる。彼女は、ふっと笑むと
「ピーマコさんを助けたいなら受け取るべきだと思うよ」
言った。
ピーマコ。
その言葉に少女は大きな目を丸くして彼女を見やり、おずおずと彼女の手からそれを受け取った。
彼女は、役割を果たしたことにホッとしたのか安堵したように息を吐く。
やはり、手紙のようだ。丁寧に4つ折りされている。
「それじゃ、ミキはこれで。狩られないように頑張ってね」
彼女は言うと来た時と同じように静かに姿を消した。
少女は呆然と辺りを見回し、それから折りたたまれた紙を広げた。
- 349 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/19(金) 07:04
-
- 350 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/19(金) 07:16
- [ ゜皿 ゜]
- 351 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/19(金) 08:49
- ( ‘д‘)<禿(ry
- 352 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/19(金) 09:03
- ( ´_ゝ`)
- 353 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:16
-
- 354 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:18
-
6
夜。
街から全ての灯りが消える頃。飯田は、部屋の中央から店の入り口を凝視していた。
物騒だからいつもはかけ忘れることのない鍵はこれから来る客人のためにそのままにしてある。
チラリと時計に目をやる。そろそろ995階から降りて来てもいい頃だろう。
飯田は立ち上がり器材の準備を始める。
今日は、長い夜になるはずだ。
キィッと遠慮がちに店のドアが開いた。
影がおどおどした様子で店に足を踏み入れる。
来たのが誰なのかは分かっている。飯田は、手に持っていた器材を置くと
「こんばんは」
影に声をかけた。
不意に声をかけられたからか影はビクリとした反応をみせる。
あんな大それた犯罪をしておいた割には随分緊張しているようだ。
飯田は苦笑する。
- 355 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:19
-
「ピーマコも連れてきた?」
「・・・はい」
影におぶさるようになったもう1つの影が見える。
「こっち来たら、コンノさん」
飯田の声に、入り口で立ち尽くしていた影――コンノアサミはようやく動いた。
飯田は、カチリと傍らにある電気スタンドをつける。
周囲がぼんやりと照らし出されると、お互いの姿がはっきりと見えるようになった。
よく考えると彼女の顔を見るのははじめてだ。
想像していたよりもずっと華奢でとても狩人には見えなかったが、
真っ直ぐに自分を見つめてくる瞳は少女に似つかわしくないほど鋭い。
まだ警戒しているのか身に纏っている空気は凛と張り詰めている。
突然、あんな手紙貰ったわけだから当たり前だよね、飯田は心の中で呟く。
いきなり攻撃さえされなければ別に問題にすることではない。
- 356 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:24
-
「手紙読んだよね」
「はい」
「あ、ピーマコはここに寝かせて」
飯田は、医療用ベッドを指差す。
コンノは疑いに満ちた眼差しを向けたままおぶっていた少女を丁寧な動作でベッドに横たわらせた。
それから、ベッドの上の少女を一瞥し飯田に視線を戻す。
「願いをかなえるって、どういうことなんですか?」
コンノは、懐から一枚の紙を取り出すと飯田の前にスッと突き出した。
それは飯田が、コンノに会えたら渡すようミキに頼んでいた手紙だ。
手紙には、ピーマコを助けたいのなら彼女を連れて来るようにとこの場所の住所を書いておいた。
コンノが来る確率は100か0。
いや、途中で殺されない限りは100しかなかった。
そして、結果は予想通り。
彼女はやってきた。
ならば、自分も逃げるわけにはいかない。
「そのまんまの意味だよ。コンノさんの今の願い、ピーマコを助けたいんでしょ」
飯田の言葉にコンノは目を見開く。
「コンノさんの気持ちは分かるけどやり方が間違ってるよ」
「・・・・・・間違ってても、私はまこっちゃんを救いたいんです」
きっぱり言い切るとコンノは口を真一文字に結んだ。
その目に宿る決意は鋼鉄であった。圧倒的な意志の力が溢れている。
飯田はそっと目を伏せる。
自分にも彼女のような強さがあれば少しは違っていたのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。今さら考えても意味のないことだ。
飯田は、自虐的に頬を歪め視線を上げた。
- 357 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:25
-
「ねぇ、あなたはいずれ狩られるわ」
言うと、きっと睨みつけられる。
かまわず飯田は続けた。
「それなら、いっそのこと自分で彼女のことを救えばいい」
「え?」
コンノは、ポカンと口を開けた。
「どうせ、死ぬ覚悟だったんでしょ。なら、確実な方法を取ったほうがいいよ」
「・・・・・・確実な方法。あなたならそれができるとでも?
まこっちゃんを前みたいに踊れるようにしてくれるんですか?」
「あの病院の医者よりは腕は確かだよ」
どうする?と飯田はコンノに問いかける。
聞かなくても答えは分かっている。
彼女の幸福は小川麻琴の存在にあるのだから。
ここに来た時点で彼女がこの誘いを断るはずがないのだ。
ややあって、コンノは大きくしっかりと頷いた。
- 358 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:26
-
飯田は、折り畳み式のベッドを新たに診療台の横に組み立てコンノに横になるように告げた。
コンノは、ゆっくりとベッドに横になる。大きな目が飯田を見上げる。
「・・・・・・遺言はある?」
麻酔の用意をしながら飯田は聞いた。
コンノは、隣で眠る小川を横目で見ながら「また踊ってって」言った。
飯田は頷き、彼女の首筋に麻酔を打つ。彼女を死へと誘う麻酔。
「・・・・・・踊ってって・・・・・・まこっちゃ・・・に・・・」
伝えてと薄れ行く意識の中でコンノは繰り返す。
飯田は、再度頷く。
彼女がそう呟く度に何度も何度も。
「カオも、ピーマコが踊ってるとこ見てみたいよ」
思わず漏れた飯田の呟きにコンノはほっとしたように息を吐き、
そして、深い深い眠りについた。
- 359 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:27
-
- 360 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:28
-
※
テーブルの上には冷たくなった少女の体。
一緒に逃げることも守ることもできなかった過去の自分。
弱かったのだ。
もしも、あの時自分にコンノアサミのような強さがあれば
きっとあの子は元気に笑っていただろう。
たとえ、それをこの目で確かめる事ができなくてもそうすべきだったのだ。
- 361 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:29
-
あの子が殺された日、
飯田は、本部を抜け
監視対象の塔に足を踏み入れた。
全てから捨てられたこの塔へ。
やり直したかった。
助けられなかったあの子の分まで
殺めてしまったあの子の分まで
誰かを救うことがこの塔でできるだろうか。
包帯をきつく結ぶと飯田は奇妙な表情で笑った。
泣いているようにも、自分を蔑んでいるようにもとれるそんな笑顔だった。
- 362 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/20(土) 22:29
-
- 363 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:51
-
7
目を覚ますとそこは白い空間ではなく薄暗い灯りのついた見慣れない部屋だった。
小川麻琴は、驚いて体を起き上がらせようとし全身に走った痛みにうめき声をもらした。
「大丈夫?」
うめきに気づいたのか見知らぬ女が心配そうに声をかけてきた。
優しい声だ。その響きに少しだけ安心して小川は尋ねる。
「・・・・・・ここはどこなんですか?」
夜中に自分を訪ねて病院に忍び込んできた彼女の姿はない。
――まこっちゃんは絶対私が助けるからね。
そんな声を聞いたっきりぷっつりと記憶が途切れていた。
- 364 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:52
-
「あさ美ちゃんは・・・・・・?」
いるはずの彼女はいない。どこにもいない。
小川は混乱しきっと正解を知っているであろう女を眼球だけを動かして見つめた。
女は、困ったように後ろを振り返る。
彼女の後ろには、折りたたみ式のベッドがあった。
その上には、原形を留めていない赤い塊。
死体。
しかし、見覚えのあるその顔が僅かに残されていた。
ひゅぅっと喉が鳴る。
「あ・・・・・・さ美ちゃん?」
認めたくない現実。
微かに女が頷く。
瞳から大粒の涙が零れた。
小川は、歯を食いしばってその身を起こすと、女の手をかり彼女だったものに近づく。
そっと指で触れてみるとコンノの頬はまだ少しだけ暖かかった。
それがますます涙をさそった。
小川は、纏っていた服が汚れることも厭わず彼女の体を抱きしめながら泣き叫んだ。
どうして、自分の為にこんなことをしたのか、と。
- 365 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:53
-
黙ったまま小川を見つめていた女はしばらくして「彼女からの伝言」と口を開いた。
この女は悪魔なんだろうか。
全身を彼女の血に塗れたまま小川は虚ろな視線を彷徨わせてぼんやりと女を見あげる。
女は小川の視線の意味を汲み取ったのかひどく悲しげな笑顔を浮かべて
「踊ってって」
それが、彼女の遺言だといった。
――踊って
彼女は、いつもそういっていた。
くじけそうになった時、落ち込んだ時、いつも傍にいてくれた。
彼女がいてくれたからどんなことがあっても自分は踊ってこれたのだ。
小川は、腕の中の彼女を見る。
その顔は、優しく微笑んでいるかのように見えた。
どんどんこみ上げてくる涙をこらえるように小川は天井を見上げた。
灰色の天井ではなく、彼女に宿っていた魂が向かっているはずの天国を見るために。
- 366 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:53
-
- 367 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:54
-
※
999階層、天上劇場。
再び、蘇った天才ダンサーは舞台の中央で華麗に舞っている。
「すごいですね」
ミキが感嘆の声を漏らし
飯田は、それに見入ったまま頷いた。
怪我をする前よりも深みの増したといわれる彼女の舞は
まるで天使の羽を持つように輝いていた。
- 368 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:54
-
Fine
- 369 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:55
-
―――――――――――――――――
生きていく
生きていく
この場所で
貴女と2人
―――――――――――――――――
- 370 名前:第6話 友達 投稿日:2003/12/21(日) 00:56
-
- 371 名前:読み人 投稿日:2003/12/21(日) 05:24
- 川oT-T)人(T◇T∬
- 372 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/21(日) 21:02
- ( T,_ゝT)
- 373 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/22(月) 10:52
-
- 374 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/22(月) 10:53
-
―――――――――――――――――
忘れた訳じゃないけれど
忘れた振りを続けてる
ホントは君が誰なのか
心の奥では解ってる
君は私の大切な人
私は君が好きだった
だから
忘れた振りをヤメラレナイ
―――――――――――――――――
- 375 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/22(月) 10:54
-
- 376 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/22(月) 10:58
-
1
最近夢を見る頻度が増してきた。
それどころか、時折夢のほうが現実世界だと思ってしまうほど鮮明になってきている。
目覚めた時に感じる虚無感や空虚感。
まるでずっとはまっていたパズルのピースが抜け落ちたみたいな感覚。
失ったピースはどこにあるのか?
あたしは一体なにを――
いや、誰を探しているんだろう?
- 377 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/22(月) 11:01
-
※
飯田に教えられた病院の中庭、そこに設置されているベンチにミキはぼんやりと腰掛けていた。
入院患者達の憩いの場所となっている中庭は、季節の花が咲き乱れ、横になれるように芝生を植えてある場所もある。
談笑する患者たちの姿。穏やかな光景を眺めること30分。
自分でもなにをしているのかと思う。
自ら病院に行くと飯田にいったはずだが、どうしても院内に入る気になれないのだ。
唯一残っている生身の脳になにか障害が起こっていたら、そう考えると怖いというのも多少はあったが、
自分でも分からない過去を他人に覗かれたくないという思いがことのほか強かった。
それを知っていいのは自分と彼女だけだ。
思い出せないのに矛盾した思いがミキの胸中を駆け回っていた。
病院に入って行く人影を目で追いかけるとミキは軽く息を吐き立ち上がった。
白くて高いその建物はまるで自分を威圧しているかのように見える。
今日はやめておこう、ミキは心の中で呟くと病院に背を向けた。
- 378 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/22(月) 11:02
-
病院の門を出ると心地いい風が頬を撫でる。
700階層は塔の中で唯一外の世界が見える造りになっている。
外の自然な風が入ってくるのもそのおかげだろう。
ミキにとって702階層は始めてくる場所だった。
通過したことはあっても実際にこの階層に降り立って街を歩いたことはない。
近代的でお洒落な街並みはミキの気持ちを高揚させていた。
屋台ワゴンが数多く止まっている路地を抜けると大きくひらけた通りに出る。
丁度、信号は青から赤に変わったところだった。
「藤本?」
信号待ちをしていると不意に後ろからポンと肩を叩かれた。
この階層に知り合いなど住んでいないはずなのに、ミキは驚いて振り返る。
そこにはやけに小柄な女が立っていた。
ミキも小柄なほうだが、彼女はもっと小さい。後ろから見れば子供といっても通じるほどだろう。
彼女は振り返ったミキの顔を確認するなり
「やっぱ藤本じゃん!生きてたんだ〜」
ぱぁっと表情を明るくし親しげに声をかけてきた。
そんな彼女の態度にミキは戸惑いを覚える。
こんな人知らない。
無視しろ。
早く。
頭の中で警告の声がしていた。
- 379 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/22(月) 11:05
-
「今までなにしてたんだよ?」
ミキの戸惑いに気づいていないのか彼女は嬉しそうにべらべらとよく喋る。
「お見舞いに行ったら退院したとか言われるしさ〜松浦もいなくなっちゃうし、マジ心配してたんだよ」
「松…う、ら」
その名前が耳に入った途端、目の前が赤く染まったような感覚を覚えた。
松浦
まつうら
マツウラ……
ぐるぐるとその言葉が頭の中を駆け巡る。
全身になにかが纏わりついてくる気持ちの悪い感覚。
「どうしたの?大丈夫、藤本」
まるでエコーがかかったかのような声。ガンガンと響く。
肩になにかが触れる。
「・・・じもとっ!!?」
視界が揺れた。
- 380 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 22:26
- ━━━━从‘ 。‘从━━━━!!!!!!
- 381 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 18:18
- ( ´_ゝ`)フーン
- 382 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 19:44
- (゚Д゚)
- 383 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:43
-
- 384 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:46
-
2
胸に妙な圧迫を感じてハッと目を開ける。胸の上に大きな物体。
彼女が、布団の上から抱きつくようにのしかかっていた。
「ミキたん、おはよぉ」
「…おはよう」
至近距離からの甘い声。
押し退ける気にはならなくてミキはそのままの状態で天井を見つめる。
頭がぼんやりしている。視界もこころなしぼやけている。
まだしっかり目を覚ましきっていないようだ。
窓から漏れてくる光が視覚を刺激する。
いい天気だ。眩しさにそう目を細めた瞬間
「今日はすっごくいい天気だよ」
彼女がミキの心を読んだかのようにそう言った。
「そうだね」
口元が自然苦笑を形作る。
ミキは、ゆっくり彼女の腰に手を回した。彼女も同じようにミキの体に手を回す。
彼女の顔がミキの横におかれる。
「どっか行こうよ、久しぶりにデート」
「そうだね」
あれ?頷いて少し妙なことに気づく。
耳元でささやかれている形なのに彼女の吐息はまったく感じられない。
声だけが直接響いてくるような感覚。
なにかおかしくないか?
- 385 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:48
-
「どこに行こうか。2人ならどこでもいいよね」
「そうだね」
いや、それよりも――
「さっきからそればっかり」
「あ、ちょっと考え事してて……」
彼女は誰だ?
「ん〜」
むくれた声。
この子は誰だ?
「ごめんね」
よく知っているはずなのに――
分からない。
「いいけどぉ。今度、同じことしたらぁ」
不意に体が感じていた重みが消える。
彼女がミキの顔の横に両手をついて上半身を起こしたのだ。
空気が一変して張り詰めたものに変わる。
まるで、真冬の寒さの中で全身に冷水をかけられたようにミキは感じた。
「・・・なに?」
ようやくミキは彼女を見る。
そして、「はっ」と息だけで笑った。
彼女の顔にはいつもと同じ黒い穴が開いていた。
- 386 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:49
-
※
- 387 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:51
-
心地よい脱力感から、徐々に意識が覚醒する。
薄暗い部屋。
見慣れない壁、見慣れない家具、見慣れない部屋。
彼女はいない。
当たり前だ。
あれは夢のはずだ。いやにリアルな。
彼女の重みがまだ胸に残っているような感覚。
不意に、どちらが現実なのかわからなくなる。頭の中が真っ白になりかける。
ミキは小刻みに頭を振る。
落ち着け。
落ち着くんだ。
手の甲に爪を立てる。赤い線が、青白い皮膚に走る。
ミキは微かに息を漏らした。現実は、こっちだ。
呑み込まれるな、そう強く言い聞かせ狭いベッドの上で身じろぎするとミキは薄暗い室内を改めて見回した。
あちこちに食べ物が散らばり、空のペットボトルが転がっている。
部屋の中は雑然として、まるでパーティーのあとのようだ。
ここはどこなんだろう?
ミキが疑問を持つのと同時になんの前触れもなくドアが開かれた。
あまりに勢いよくドアが開いたのでミキは驚いて無意識に背筋を伸ばした。
入ってきたのは手に買い物袋をぶら下げたさっきの女だった。
- 388 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:53
-
「あ、起きてた?」
彼女は、心配そうな顔でミキの方へ近づいてくる。
ミキの前まで来るとおもむろにミキのおでこに手を当てた。
「ん、異常なし」
彼女はうなづきミキの頭をポンポンと叩いた。
なんなんだ、この女は。
「あの…ミキ、どうしたんですか?」
「いきなりぶっ倒れたんだよ、マジビックリした」
女は言いながら今しがた買ってきたらしいボトルのジュースをミキに手渡してくる。
あまりに自然な動作。
礼を言いながらそれを受け取る。女はどういたしましてと頷く。
不意に既視感にも似た不思議な感覚が込み上げてきた。
前にも、これと同じ光景をどこかで見たことがあるような気がする。
ミキはまじまじと女を見る。
「なに睨んでんの」
女が笑いながらミキの頭をペシッと叩いた。
それから、散らかった床に行儀悪く座りボトルキャップをひねると
「それじゃ、再会にかんぱーいっ!!」
ボトルを持った手を頭上に掲げた。
呆気に取られてミキが動けずにいると女は
「ノリ悪くなったんじゃないの」
大して気にした風もなくボトルを口に運んだ。
ミキは手にしたボトルをそのままに固まっていた。
- 389 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:55
-
再会。
それが示すのは一つしかない。
彼女はミキを知っているということだ。
しかし、ミキは彼女のことなど全く知らなかった。いや、違う。覚えていないのだ。
腹の中から得体の知れない恐怖がわきあがってくる。
彼女は、おそらくはじめて出会う過去の人間。
この人は、いったいどこまで自分のことを知っているのだろう
「あなた・・・ミキのこと知ってるんですよね?」
ミキはおずおずとそう切り出した。
女がボトルを口に当てたまま固まる。ややあって――
「は?なにそれ?最近流行ってる冗談?」
彼女は、大げさなほどに目を真ん丸くさせた。
- 390 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:56
-
「いや、冗談じゃなくて。ホントに昔のこと分からないんです」
ミキが、首を振りながら言うと女は無言で口元を抑えた。
まるでにらみつけるようにミキをじっと見つめ
「それって・・・・・・記憶喪失ってやつ?」
ミキは、頷く。
「マジで?」
「多分」
ミキの返事を聞くなり女はぐわぁっと神様に祈るように天を仰いだ。
「マジでオイラのこと覚えてないのかよっ!!」
怒っているのか笑っているのか分からない声色で女が叫ぶ。
「矢口だよ、矢口真里。知らない?」
女は自分の顔を指指してミキに詰め寄ってくる。
「・・・知りません」
ミキが答えると同時に女はおよよよと泣き真似をしながら崩れ落ちた。
さっきからオーバーリアクションもいいとこだと思いながらも、なんだか申し訳なくってきてミキは
「すみません」と頭を下げていた。
「あれだけ愛し合ったのに、藤本はオイラの気持ちをもてあそんだのね」
矢口は小さな体を両手でかき抱きながらなおも叫ぶ。
「そ、そうなんですかっ!?」
ミキは心底びっくりして立ち上がった。
途端、矢口がぷっと吹き出す。
「嘘だよ、バーカ」
ミキの反応を楽しむように女、矢口は笑いながら舌を出した。
性格はあまりよくないらしい。
ミキは、からかわれていたことに気づいてムッとなる。
文句の1つでも言おうと思ったが、それよりも先に「冗談はここまでにして」と矢口が咳払いをして
ずっと浮かべていた笑顔を消した。
- 391 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:57
-
「マジで覚えてないんだ?」
「だから、さっきからそう言ってます」
いまさらまじめな顔になっても信用はできない。
ミキは、疑り深く矢口を見つめる。
「もしかしてさぁ、マツウラのことも覚えてないの?」
ズキリ。
鈍い痛みが頭にはしる。
「分かりません」
こらえながら答える。
矢口の瞳が微かに揺れた。
「そっか。大変だったんだな〜、藤本も」
一転、しみじみとした口調になる。
感情の起伏が激しい人だ。まともについていかないほうがいい。
ミキは鼻をこすり先ほどから痛みの原因になっている人物について訊くことにした。
「あの、ミキとその・・・マツウラさんってどういう関係だったんですか?」
全てのきっかけであるその名前。
そして、おそらくそれは夢の中の少女の名前だろう。
思い出せないのに脳が悲鳴を上げてしまうほど、自分にとって大きな存在。
- 392 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/26(金) 07:59
-
「どういうって・・・・・・」
矢口は一瞬言葉に詰まった。
んー、と考え込み
「一言で言うとー、ラブラブ?」
言った。
「ラブラブ・・・?」
「まぁ、お前らが公言してたわけじゃないけどね。外はここと違って同性愛にがあんまり寛容じゃなかったし。
ただ、見た感じ幸せそうだったからさ・・・・・・」
どうにも歯切れが悪い。
まるで他にも何か肝心なことを隠しているかのようだ。
話したくないなら無理に聞き出そうとは思わないが。
「それで、松浦さんは今どこにいるんですか?」
次の質問をする。
矢口の言葉が真実ならおそらく彼女が一番自分のことを知っている。
矢口に聞かなくとも彼女に会えば全てがわかるのかもしれない。
ミキの問いかけに矢口の瞳が一瞬だけ傷ついたような色に染まった。
しかし、彼女はすぐにそれを打ち消し
「さぁ?あの事件から行方不明だよ」
肩をすくめた。
「事件って?」
ミキがきょとんとしながら問うと矢口は信じられないといった風にポカンと口を開けた。
「・・・それも覚えてないんだ」
次いで、呆れたような声を漏らした。
- 393 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/27(土) 07:38
-
- 394 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/27(土) 07:41
-
3
矢口の話は、まるでドラマの中の出来事のように聞こえた。
まったく自分がかかわっていたとは思えないほど現実感がなく、
ミキはその身に起きた凄惨な事件の話を冷静に受け止めることができた。
体のほとんどが機械化されているのだから、自分がどれだけひどい怪我を過去に負っていたのかは少し予想していた。
ただ、それが偶発的な事故ではなく何者かの手によって意図的に行われていたことはまったくといっていいほど思っていなかったのだが。
外の治安もこことそう変わらないのかもしれないな、ミキは矢口の話の途中そんなことを思っていた。
それにしても、先程からの頭痛はますますひどくなるばかりだ。
ミキは、矢口に不審に思われないようになるべく自然な仕草でこめかみに手をあてる。
「松浦も事件に巻き込まれてる可能性が高いらしいけどね。結局、いまだに消息不明」
矢口は、小さく嘆息したが
「あぁ、でも、こうして藤本が生きてたってことは案外どっかで元気に生きてるかもね」
すぐに明るい口調でそう付け加えた。
彼女曰く、ラブラブだったという自分に気を使ってくれているのかもしれない。
- 395 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/27(土) 07:42
-
松浦。
矢口は彼女のことをそう呼んでいる。
自分は、彼女のことをどう呼んでいたんだろうか。
考えるだけで痛みが増してくる。
「松浦……なんて言うんですか、下の名前」
「ホントに覚えてないんだな〜」
矢口が寂しそうな声でそう漏らした。
「亜弥だよ、松浦亜弥」
「亜弥・・・・・・」
矢口の言葉をなぞるように呟いた瞬間、今までと桁違いの割れるような痛みがミキを襲った。
「っ!!!」
耐えられずに頭を抱えてベッドの上に身体を縮める。
頭蓋の奥を、素手でまさぐられるような不快感。
矢口の驚いた叫び。
自分の呼吸音。
心臓の音。
それも一瞬で――
不意に全ての音が止まる。
唐突に痛みは遠のき、その瞬間膨大な記憶が脳髄に直接流れ込んできた。
- 396 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/27(土) 07:44
-
把握しきれないほどの記憶。
ダムが決壊したかのような記憶の奔流。
光。
目がくらむほどの陽の光。
晴れた空。
笑い声。
色とりどりの花。
柔らかな風。
冷たく沈んだ声。
血の匂い。
淀んだ空気。
怯えて泣き叫ぶ、声。
見知らぬ出来事の数々。
しかし、確かな自分の記憶。
――あいしてる
何処で聴いたのか 或いは何処で囁いたのか
まるで他人事のように 無気力に
それでも壊れたレコードのように何度何度も頭の中でリピートされる言葉。
――あいしてる
全てを失ったかのように投げやりな声。
誰の声?
自分の声?
誰かの声。
松浦亜弥。
マツウラアヤ。
亜弥。
「亜弥・・・ちゃん」
顔も思い出せないのに、愛しさを感じる名前。
何故、忘れることなどできたのだろう。
記憶の波は一刻も経たないうちにおさまっていった。
乱れた息を整え、顔を上げると矢口の心配そうな眼差しとぶつかる。
おしゃべりなはずの彼女は自分の名前を小さく呟いたっきりなにも言おうとしない。
ミキは、小さく肩をすくめ微かに笑って見せた。
- 397 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/27(土) 07:45
-
- 398 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/27(土) 07:46
-
※
今日は泊まっていけと引き止める矢口を断ってミキが外に出たのは
夕暮れ独特の冷たい風が吹き始めた頃だった。
ミキは街を歩く。どこを歩いているという意識はなかった。
ただ、機械的に歩を進めていく。
実際に自分を知っている人間とあった反動で思い出した彼女との記憶。
あまりにも鮮烈で溺れてしまいそうな記憶。現実の街並みがくすんでしまうほど。
人の流れでさえ現実味がない。
過去が、足を掴む。
振りほどいも振りほどいてもそこに在る。
ミキは心底怖くなっていた。
今まで過ごしていた時間が失われていた過去に呑み込まれてしまうこと――
否、そうではない。
ミキが本当に恐れたのは――
自分の中で蠢くある種の感情。
狂気の認識。
闇の中に佇む、もう一人の自分の存在。
徐々にそれは光の当たる方へと近づいてきているような気がした。
それを振り払うようにミキは夢中で駆けだしていた。
- 399 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/27(土) 07:48
-
遠くなっていく自身の背中を1つの影がじっと見つめていたことなど今のミキが気づくよしもなかった。
- 400 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:20
- (ё)y-~~
- 401 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 07:59
-
- 402 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:01
-
4
部屋に入ろうとした瞬間、ドンと背中に彼女がしなだれかかってきたような気がした。
次の瞬間、足が突然なくなったかのように地面が目前に迫ってきた。
否。
自分の体が崩れおちていたのだ。
なにが起こったのか理解する間なんてなかった。
彼女の悲鳴。
起き上がろうとしても体は動かない。声もでない。
無様に転がっている視界の先には色の無い液体。
血だ。
もう色を認識することもできなくなっていた。
こんなに血が出ているのに少しも痛くない。痛みでさえ感じなくなっているのだろう。
ひゅうひゅうと喉の奥から漏れる音。
彼女の声はもう聞こえない。
もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない。
そして、自分もすぐに死ぬのだろう。
何者かの手によって殺されるのだ――
普段は意識していないだけで意識しないようにしているだけで、
本当は死というものは意外にすぐ近くにあって、意外に呆気なく訪れるんだな、と思った。
- 403 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:01
-
何者かの足が目の前にある。
眼球だけを動かした。
何者かがしゃがみこむ気配。
なにかをしている。
字を書いているのか?
『A』
微かに読み取れた文字。
自分の血によって書かれた文字。
顔は見えない。
口元が歪められた。
笑っているみたいだった。
泣いているみたいだった。
そのままミキの意識は途絶えた。
- 404 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:03
-
※
あれほど断片的だったというのに今ではあまりにもあっけなく外れる記憶の枷。
瞳を閉じれば脳裏に浮かんでくる赤い光景。
矢口から聞いた時にはなにも感じなかった怒りが浮かんでくる。
それは、自分たちを殺した何者かに対する純粋な殺意だった。
「・・・・・・亜弥ちゃんは、殺された」
呟いて、確認する。
彼女は自分の後ろにいた。
自分よりも先に何者かに攻撃された。
「ミキも・・・・・・殺された」
次に、その何者かはミキを攻撃した。
「でも、ミキは生きてて」
眩しいライト。
手術着の男。
見たことのないような器具。
「ミキは、亜弥ちゃんを殺した人を追ってこの街に・・・・・・」
そこまで呟いて首を振る。
違う。その頃にはもう記憶なんてなかったはずだ。
つまり、ここに来たのはただの偶然だということだ。
自分がここにいることと事件は無関係。
- 405 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:03
-
ミキは、こめかみに手をやる。
繰り返し繰り返し、思い出せる全ての事象をリプレイする。
それなのに――
ここまで思い出しているのに――
どうしても、彼女の顔だけが出てこない。
「なんで?なんで思い出せないんだ・・・・・・?」
なにかが違っているような気がする。
意識の片隅でそう感じる。
なにが違う?
どこが間違っている?
- 406 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:04
-
血。
顔の前にある色のない液体は血。
自分の体から流れだしたモノ。
血に塗れた体。1つ。自分の体だけ。
おかしい。
倒れかかってきたはずの彼女の体はどこにいった?
悲鳴。
彼女の悲鳴だ。
彼女は、まだ生きている。
この時点で彼女はまだ生きていた。
自分はどうなっている?
まるで人形のように倒れている。糸の切れた操り人形だ。
既に自分の意思では体を動かすこともできない。
でも、それでもまだ生きていた。
- 407 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:06
-
ピチャッ。
足。
血を踏んだ誰かの足音。
誰かの足が目の前に。
『A』の文字。
癖のある文字。
血文字。
影。
誰だ?
笑っている。
いや、泣いている。
誰だ?
もう少しで顔が見える。
瞬間――
視界にザァっとノイズがはしった。
- 408 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:11
-
過去を見ていたミキは突然の現実にビクリと身をすくめる。
なにか大事件がおきたときぐらいにしか用いられない本部からの緊急回線が開かれていた。
大事件に値することなんてないに等しいこの塔でそれは形だけのもののはずなのに。
現に、今までこれが遣われたことは一度だってない。
素早く調整するとノイズは消え一瞬で見慣れた犯罪者リストが視界に映し出された。
その一部分が拡大されている。
視界に映し出されたのは今までUnknownになっていた連続殺人鬼Mの顔。
ミキは目を最大限まで見開いた。
網膜が、もう一人の自分を認識した。
その瞬間
激烈な恐怖感が、物理的な痛みとなってミキの脊髄を貫いた。
「…………!」
全身の毛穴が開き、大量の汗が背中を伝う。
M 上層702F 殺傷人数不明 ランクAA。
シンプルなデータが滲んで見える。
正体不明だった殺人者。
顔のない殺人者。
名前のない殺人者。
しかし――
ミキは、その全てを知っていた。
- 409 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:11
-
「ぅ・・・あ・・・・・・」
限界まで開け放された口腔からは言葉にならない音が漏れる。
視界が狭まる。
耳の奥で鎮魂の鐘が鳴り響く。
胃がせりあがる。
喉の奥に異物が詰まったような。
鼻孔が血の臭いで満たされて。
脳髄がぐるぐると地に堕ちていく。
そして。
五感全てが、ブラック・アウトする。
全てが記憶の彼方へ向かって。闇に、堕ちていく。
- 410 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:12
-
- 411 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:13
-
※
部屋に入ろうとした瞬間、ドンと背中に彼女がしなだれかかってきたような気がした。
次の瞬間、足が突然なくなったかのように地面が目前に迫ってきた。
否。
力を失った自分の体が崩れおちていたのだ。
断続的に流れる映像。
次は、彼女の悲鳴。
起き上がろうと必死でもがく。
動かない体。
足音。
何者かの足。
何者かの・・・・・・
見覚えのあるスニーカー。
血に濡れたスニーカー。
「キャー・・・とか言ってみたりしてね」
声。
聞き覚えのある声。
甘ったるい。
およそこの場所にはそぐわない。
- 412 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:14
-
顔。
穴が開いた顔。
見えない。
顔。
暗い。
見えない。
否。
見たくない。
信じたくない。
狂気に満ちた愛くるしいその笑顔。
その泣き顔。
どちらともとれる彼女の顔。
ミキの視界に微かにうつるリストの一番上。
同じ顔。
- 413 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:16
-
「違う・・・違うっ!!こんなのっ!!」
ミキは、本部からの情報を強制的にシャットアウトする。
常に本部とリンクされていなければならない体。それを切った。
ミキの全身に警告の電流が流れる。
「うぁ―――――っ!!!!!!
痛みに悲鳴をあげミキは力なく崩れ落ちる。
焦点の定まらない瞳から電流のせいではない涙がうっすらと零れ落ちた。
「ミキを殺したのは」
――ゴメンね、みきたん
蘇るのは自分を置き去りにして去っていく彼女の背中。
「・・・・・・亜弥ちゃん、だ」
声が震えた。
怯えているのかもしれない。おそらく、怯えているのだ。
ナニに?
彼女?
それとも自分自身だろうか?
自分の精神状態さえ、正しく認識できなくなっている。
脳の最奥部から止めどなく溢れ出す固く苦い不快な感覚が全身に蔓延していく。
夢の終わりの先にある真実。
今まで霧靄の向こうに霞んでいたモノが輪郭をもった不気味な形になってミキに襲いかかっていた。
- 414 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:16
-
Fine
- 415 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:18
-
―――――――――――――――――
あの日から、夢を見続けている。
赤い空間に君とあたし2人きり。
君があたしに語った夢。
あたしが君に語れなかった夢
君がいないとあたしの夢は永遠に醒めない
―――――――――――――――――
- 416 名前:第7話 過去 投稿日:2003/12/28(日) 08:18
-
- 417 名前:七誌 投稿日:2003/12/28(日) 08:24
-
今年最後の更新。
来年は元旦から・・・・・・从*・ 。.・)<頑張れません。
おそらく、7日前後ぐらいからかと。
それでは、よいお年を(・∀・)
- 418 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/29(月) 00:28
- (ё)y-~~
- 419 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/29(月) 09:57
- Σ( ・e・)
- 420 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/29(月) 10:47
- 川v从ノシ
- 421 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/29(月) 22:25
- _, ,_
( ´_ゝ`)
- 422 名前:名無し娘。 投稿日:2003/12/29(月) 23:00
- ( ´,_ゝ`)b
- 423 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/31(水) 05:48
- (゚Д゚)
- 424 名前:名無し娘。 投稿日:2004/01/01(木) 13:13
- __
@ノノハヾ@
あけおめぇぇぇ>,川VvV)
'u'_二_'u'
ДД
- 425 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/02(金) 00:31
- Σ(; ̄□ ̄)
- 426 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/04(日) 16:06
- ( ´D`)( ‘д‘)ノシ
- 427 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:31
-
- 428 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:32
-
―――――――――――――――――
私はただ彼女が欲しかった。
綺麗な手足、
栗色の髪、
笑うとくしゃっとなるその顔、
優しく響く声
簡単に壊すことの出来る彼女の身体
そのなにもかも手にいれたくて
だから、
愛しい彼女の傍にいられない。
―――――――――――――――――
- 429 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:33
-
- 430 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:36
-
1
少女は、その日、気持ちのいい朝を迎えていた。
それはなぜか――何度願ってもでてきてはくれなかった愛する彼女が何年かぶりに夢にでてきてくれたからだ。
晴れやかな気分で目を覚ました。こんな気分は何時以来だろう。
外へ出かけよう、少女は思った。
目一杯のお洒落をして、通りすがる誰もが振り返る可愛い女の子に戻ろう。
彼女がいた時みたいに。
外に出ると少女を歓迎するかのように優しい風が吹き抜けて髪を揺らした。
くすぐったいものを感じながら少女は歩き出す。
あてもなく歩くなんてことも最近では滅多にしていなかった。
視界を流れる景色の色が変わって見える。
なんだかこのまま全てが変わりそうな予感がする。止まっていた時計が動き出すように。
だからといって過大な期待はしない。
確かな予感は感じているが、それがぬか喜びに終わることはよくあることだからだ。
- 431 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:44
-
歩いていくうちに少しばかり小腹が空いて少女は屋台ワゴンの並んでいる通りに向かった。
ずらりと並ぶワゴン車。様々な香り。
人。人。人。
少女は、ぶつからないよう器用に歩く。
その時、視界の端に思いもよらなかった人物の姿がうつったような気がして少女は目を見張った。
その人物は人込みに紛れてどんどん離れていく。
少女は、慌てて追いかけはじめた。人を避ける余裕はすぐになくなっていた。
誰かの肩がぶつかる。無視。
足を速める。またぶつかる。怒鳴られる。
そんなもの気にしない。
少女は迷惑も考えず走りだす。
人ごみを掻い潜って掻い潜って――
パッと視界が開けた。
少女は、目を見開く。
気のせいではなかった。
彼女の後姿を見間違えるはずがないのだ。
少女は呼吸を忘れる。
まばたきを忘れる。
言葉を忘れる。
少女はただその場に立ち尽くし食い入るように彼女の背中を見つめる。
それは、あの時も見つめた背中。
夢で見たばかりの愛しい人。生きて動いているその姿。
彼女は自分の夢からでてきたのではないかと思う。
それとも、まだ自分が夢から覚めていないだけなのかも、と。
それでもいい。
少女には、もうそんなことはどうでもよかった。
彼女が自分を探しに来てくれたのならそれが夢でも幻でもなんだっていい。
嬉々とした面持ちで少女は彼女のあとを追いかけはじめた。
- 432 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:46
-
彼女は、落ち着きなくキョロキョロと街並みを見回しながら歩いている。
少女もそれにならってみた。
特になんの感慨も得ることはない。
だが、彼女が楽しそうなので少女もまた楽しくなった。
しばらくすると彼女は交差点で立ち止まった。
彼女に見つからないように少しはなれたところで立ち止まり、その後姿をじっと見つめる。
変わっていない。あの頃のままだ。
彼女も、そしておそらく――胸を押さえると、まるで全力疾走をした後のように少女の心臓は激しく波打っていた――自分も変わっていない。
だから、まだ彼女に会うのは早いのかもしれない。
そう思って少女は少しだけ苦しくなった。
- 433 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:47
-
瞬間、なんの前触れもなく彼女がこちらを振り返った。
気づかれたのかと少女は慌てて身を隠したが、彼女の視線はこちらに向けられたのではなかった。
どうやら誰かに話しかけられたらしい。
なにを話しているのかは分からない。表情もここからではうかがい知ることはできない。
やきもきしながら彼女の様子を観察していると彼女のすぐ傍に小さな金髪の後姿が見えた。
少女は、それを見て小さく舌打ちした。
矢口真里。
口の中でその名を呟く。
お喋りでうるさい邪魔なヤツ。
それが少女の矢口真里に対する認識。
昔からそうだ。
少女は、明らかな不快を顔に出しながらもその様子を凝視し続ける。
不意に彼女の体がぐらりと揺らいだ。
ついで、矢口の動揺した声が耳に届く。彼女が倒れている。
いったい、どうしたんだろう――少女は、すぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られる。
だが、今、矢口に会うのは得策ではなかった。
必死に気持ちを押さえながら息を潜めて2人の姿を見据える。
矢口は通りすがった人間に声をかけ、彼女を指差しながらなにか説明している。
どうやら、彼女をどこかへ運ぶのを手伝ってもらうようだ。
少女は、気づかれないようにその後をつけた。
- 434 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/05(月) 09:48
-
ついたのは汚らしいボロアパート。
入り口のすぐ傍にある集合郵便受けの中に汚い文字でヤグチとあった。
ここが住処らしい。
矢口にはぴったりの場所だ――少女は、アパートの階段に腰掛けてクッと喉を鳴らした。
さて、これからどうしよう?
しばし考え、少女は徐に懐から綺麗に磨かれたナイフを取り出すとそれを顔の前に翳した。
ナイフは、まるで鏡のように自分の顔を映している。
今日は、とてもいい日のようだ。少女は、笑った。
- 435 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:31
-
- 436 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:34
-
「今日は、泊まっていきなよ」
「いえ・・・・・・帰ります」
「でも、顔色まだ悪いって」
「大丈夫ですよ」
こんな押し問答を繰り返すこと10分。
ミキは、微かに笑みを見せ「今日は、すみませんでした」といって結局そのまま部屋をでていった。
引き止めても出て行ってしまったミキに矢口真里はためいきをつく。
一度決めたことは曲げない頑固な性格は相変わらずのようだ。
それにしても――矢口は、ミキの出て行ったドアを見つめながら首を捻る。
入院先で見た彼女はまるで人形のように手足をもがれていて、
医者も匙を投げてしまうほどひどい状態だったというのに――今の彼女には両手両足しっかりと揃っていた。
まるで切り取られたトカゲのしっぽが再生した後のように完全な形で。
いったい、どういうことなのか?
そして、なぜ行方不明になったはずの彼女はこの塔にいたのか?
訊ねたいことはたくさんあったが、本人に訊ねてみたところできっとなにも覚えてはいないだろう。
そう考えてあえて聞かなかったのだが「やっぱ聞けばよかったなぁ」矢口は、後悔交じりに嘆息する。
それから、思い出したかのようにつぶやいた。
「松浦・・・どうしてんのかな?」
ミキが生きていたのだから、もしかしたら彼女もこの塔に来ているのかもしれない。
一瞬そう考え、それはあまりに安直過ぎるかと矢口は自らの考えに苦笑した。
- 437 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:36
-
松浦亜弥――
あの事件のあと、ふっつりと姿を消したもう1人の少女。
彼女のことを思い出す時は、いつもミキの傍にべったりとくっついている光景が浮かんでくる。
ミキはミキでそんな彼女をしっかりと抱きとめていて――矢口はそんな2人を見ているのが好きだった。
なんだか綱渡りをしているかのようにどこか危うくて、
だからこそ寄り添い信じあっているそんな二人の関係が。
自分はただの観客でしかないのだとしても、
2人になにかあればしっかりと支えてあげようと密かに思っていた。
- 438 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:37
-
――ミキたん以上の人って見つかるかな
- 439 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:38
-
ミキが入院してから1週間後のことだ。彼女は誰にでもなくそう呟いた。
ガラス越しのミキをミキだけをその視界にいれながら。
隣にいる自分のことなど忘れているかのように。
その翌日、彼女は消息を絶った。
矢口には何一つ告げずに忽然と煙のようにいなくなってしまった。
ミキがあんな状態になって少しは自分のことを頼りにしてくれているのではないかと思っていただけに
矢口にとってその事実はショックだった。
結局、どれだけ近くにいたつもりでも彼女の中に自分は塵ほども存在していなかったのだろう。
そして、いつのまにか病院からミキの姿までもが消え、
矢口はもう二度とあの2人には会えないのだと漠然とだが悟った。
後に残されたのは虚しさだけだった。
- 440 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:39
-
それから、しばらくして矢口は塔で生きることを決めた。
もともと外の世界に大した執着はなかったし、
いつまでも2人のことを引きずったまま2人のいない場所で生きていけるほど矢口は強くなかったのだ。
見守っているつもりだったが、本当は彼女たちに依存していただけなのかもしれない。
矢口は、ふっと悲しげな笑みを浮かべる。
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「・・・藤本?」
遠慮がちな叩き方にミキが戻ってきたのかと思いドア越しにそう声をかける。
返事はない。
訝しげに思いながらも矢口はドアノブに手をかけた。
「どうもぉ、矢口さん」
そこに立っていた人物の顔を見て矢口は大口を開けたまま固まった。
- 441 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:39
-
- 442 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:43
-
思いつめた表情でアパートを出てきた彼女を見て少女は金縛りにあったかのように動けなくなった。
なにがあったんだろう?
矢口真里になにかひどいことをいわれたんだろうか?
そんな疑問が瞬時に頭に浮かんでくる。膝が震えた。
聞きたい。直接。
会って話をしたい。
恐る恐る一歩足を踏み出し、少女は力なく首を振った。
ダメだ。
自分に言い聞かせるように小さく呟く。
会ってしまったらまた自分は彼女を失うことになる。
だめだ。
でも――
会いたい。
彼女が生きていると知ってしまった以上その思いはどうしようもなく溢れ出してくる。
触れたい。
欲しい。
彼女が――
相反する気持ちが少女の中で葛藤の渦を巻きはじめる。
不意に彼女が走り出した。まるでなにかから逃げるように。
彼女が自分の存在に気づいた様子はなかった。
突然のことに少女は呆気に取られて小さくなっていくその背中を見つめる。
湧き上がってくる安堵と喪失感。
否。
喪失感だ。
少女は、酷薄な笑みを口元に浮かべた。
いつのまにか少女に優しかった風は冷たく鋭いものに変わっていた。
- 443 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/06(火) 06:45
-
少女はゆっくり歩き出す、矢口真里の住むアパートへと。
鼻歌交じりに軽く階段を駆け上る。
いきなり自分が来たらこの女はどんな顔をするだろう?
そんなことを考えながらドアをリズミカルにノックする。
「・・・藤本?」
何年ぶりかに聞く声。
はぁずれ、心の中で意地悪く呟く。
警戒するようにゆっくりとドアが開かれ僅かな隙間から矢口が顔を半分だけ覗かせた。
「どうも〜、矢口さん」
少女は、誰からも評判のよい人懐っこい笑顔をつくって
敬礼をするように片手をおでこに持っていった。
矢口は、少女を認識するなりポカンと口を開けた間抜け顔で固まっていた。
- 444 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:17
-
- 445 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:18
-
「しっかし、驚いたな〜。さっきまで藤本が来てたんだよ」
矢口はなんの疑りも見せずに少女を部屋に招き入れた。
その顔は妙に嬉しそうだ。
これからの運命などなにもしらないのだから当然だろう。
「へぇ〜、そうなんですか〜」
少女は、笑い出しそうになるのをこらえシレッとした顔で答える。
矢口が、少し不思議そうな顔をした。
なにか疑われるようなことを口にした覚えはない。
少女は、表情を崩すことなく矢口の様子を探る。
矢口は、考えるように指で髪をいじりながらなにか言いたげに口を開く。
が、すぐにそれを閉じそのままベッド脇に設置された小型冷蔵庫の中からジュースのボトル2本取り出した。
- 446 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:20
-
「…お前さぁ」
言いながら1本を自分に差し出してくる。
「藤本と会ってないの?」
「会ってませんね〜」
ボトルを受け取りながら返す。ボトルの中身は少し減っていた。
誰かの飲みかけらしいことがすぐに分かる。
どこまでも失礼な奴だ。少女は、ニコニコしたまま思う。
そんな少女に矢口は少し言いづらそうに
「っていうかさぁ・・・藤本記憶がないらしいんだ」
「え?」
キオクガナイ?
予想だにしていなかった事実に思わずボトルを落としそうになった。
どういうことなのか、と矢口を見る。
「なんか事件の前の記憶がないんだって」
渋い顔で矢口が答える。
「・・・そうなんですか」
表情こそ変わらないが少女は内心ひどく動揺していた。
事件前の記憶。
ということは、もしかしたら自分のことも覚えていないのだろうか?
自分は今でもこんなにも彼女に囚われているというのに。笑えない話だ。
そう考えるとだんだん悔しくなってくる。
と同時に今度は二度と忘れさせないようにしてやるという歪んだ情熱が沸いてきて、少女はそんな自分に少し呆れた。
- 447 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:20
-
「で、松浦は今までなにしてたの?
事件のあとお前も行方不明になっちゃったからさ、てっきり死ん・・・・・っと、ゴメン」
失言だと思ったらしく矢口は手で口を押さえた。
少女は、口元の笑みを深め矢口の言葉を続ける。
「死んでたほうがよかったんじゃないですか?」
「なにいってんだよー」
物騒な少女の言葉に矢口は少しだけギョッとしたような顔を見せたが
すぐにそれを笑顔に変え少女の肩を軽く小突いた。
少女は矢口の手が触れた箇所をさすりながら意味ありげに目を細めた。
「だって・・・・・・」
「なに?」
矢口は不思議そうに眉を寄せた。
「私が死んでたら、矢口さんは死ななくてすんだんですよ」
「は?」
いったいなにを言われたのかを矢口が瞬時に理解することは難しかったのだろう。
なぜなら少女の顔に浮かんでいるのは先程からまったく変化のない
花のように可愛らしい笑顔だったのだから――
- 448 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:21
-
「ミキたんを呼ぶために死んでください」
そう告げてもなお矢口はそれが冗談だとしか思えなかったらしい。
なにいってんだよ、と笑っている。
少女は面倒くさげにため息をつくと腰にくくりつけていたナイフをスラリと抜き取った。
「ミキたんを呼ぶために死んでください」
もう一度今度はゆっくりと繰り替えす。
ナイフを見た矢口の顔がサッと強張る。その手からボトルが滑り落ちた。
「あ〜あ、もったいない」
少女は、落ちたボトルから零れる液体に視線を向けて細い息を吐いた。
「ちょ、ちょっと冗談やめてよ」
矢口は、引きつった笑みで後ずさりをする。
「冗談じゃないですよ〜。だって私、昔っから矢口さんのこと大嫌いだったんですもん」
笑みをさらに深め少女は可愛らしく言った。
- 449 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:22
-
それはまるで小さな子供がピーマンが嫌いという口調となんら変わりなく、
結局矢口には最後まで自身の身に降りかかろうとしている危機が現実のものだという実感が湧かなかった。
- 450 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:22
-
- 451 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:26
-
どこからか電話のベルが鳴った。飯田はキョロキョロと周囲を見回す。
音は聞こえど肝心の電話が見つからないのだ。
片付けを行った際、色々と物を移動したせいか電話はそれらの下敷きになってしまったらしい。
飯田が積み重なった山の中からようやく電話を引っ張り出した頃には
最初のベルからゆうに数分が経過していた。
しかし、電話は切れることなく鳴り続けている。
不意に嫌な予感がした。
飯田は、恐る恐る受話器を取る。
『カオリ?』
唐突に聞こえた声に飯田は思わず受話器を落としそうになった。
心臓が跳ね上がる。
「……アヤッペ」
受話器を持ち直し、飯田はため息混じりにゆっくりと相手の名を口にする。
アヤッペ。石黒彩。
本部で仕事をしている女。
そして、飯田の元同僚。
飯田がこの塔で生活をするようになってから連絡を取ったことはなかった。取ろうとも思わなかった。向こうからも同様に、それは暗黙の了解だとでも言うように、なにもなかった。
それが、どうして今頃になって――飯田は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
この女から連絡があってよかったことなど今まで一度だってない。
- 452 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:26
-
『久しぶり』
そんな飯田の気も知らず石黒は暢気な挨拶を口にしている。
あの時もこんな感じだった。
いつだってこの女は暢気な声で残酷な決定を下すんだ。
受話器を握る手に力が篭もる。
「・・・なにか用?」
『気が早いな〜』
警戒しながら問いかけると石黒の苦笑交じりの声が返ってきた。
馬鹿にされているようで腹が立つ。
「用がないなら切るよ」
『待ってよ。カオリさ、NO.0226の面倒見てるでしょ』
NO.0226。
それは、本部に登録してあるミキのナンバーだ。
なぜ彼女の口からそれがでてくるのだ。
彼女の管轄は狩人とはまったく関係のない場所のはずなのに――
背筋にサッと冷たいものがはしる。
- 453 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/07(水) 08:29
-
「そ、それがどうかしたの?」
『実はさ、ずっと正体不明だった連続殺人犯からのメッセージが現場に残ってたらしくて、
どうも0226宛てみたいなのよ』
飯田の動揺を気にもとめずに石黒は言葉を続けた。
「メッセージ?」
『そう。ついさっき殺された女の部屋に残ってるから今すぐ0226に現場に来るように伝えてよ。
話はそれだけ』
「・・・・・・危険はないの?」
『危険?どういう意味?
私がそこにいるってことはないからそういう意味の危険はないけど』
どこか馬鹿にしているかのような楽しそうな笑い声。
飯田は、ぼんやりと石黒の姿を思い出す。
白衣。
科学者には到底見えない金髪にピアス。
釣り上がった眉。
そして、冷たく尖った瞳。
人を人とも思っていないような。
『他の狩人も手がかり探しに来てるみたいだけど、
多分0226にしか分からないんじゃないかしら』
それじゃ、頼んだから――
そう告げて、電話はあっさり切られた。
深い怒りとより深い悲しみがないまぜにしたような表情で大きく息をつくと、
飯田は受話器を乱暴に放り投げた。
- 454 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:28
-
- 455 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:29
-
2
702階。
ミキと飯田はボロアパートの前にいた。
飯田が、石黒から教えられた場所。
ミキは、以前から知っていたのか住所を口頭で伝えただけなのに
一度も迷う素振りを見せることなくこのアパートにたどりついた。
そういえば――
自分が紹介した病院もこの階層だったことを思い出す。
その時にでも見かけていたのだろうか――それでも、おかしなことには変わりないが。
飯田は、横目で美貴を窺った。
ミキの表情からは今までとどこか違うなにかが見え隠れしている。
それがなんなのかと問われれば上手く答えられないのだが、
ただ飯田の知っている彼女とはなにか違って見えるのだ。
- 456 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:38
- 石黒の連絡を受けた飯田がミキの部屋に入った時、
部屋の中は野生の獣が暴れたかのように散乱としており、
その中央で彼女は床に膝をついたまま呆けたように虚空を見つめていた。
その顔はまるで大切なものを失くしてしまった子供のように見えた。
誰が見てもその時のミキの状態はおかしかった。
しかし、なにがあったのかを問う前に飯田の存在に気づいたミキから
なにか用なのかとひどく冷静な口調で問われてしまい――
ミキは、話を聞くとすぐさま現場に向かおうするし――結局なにも聞けずじまいになってしまった。
飯田が、彼女を引き止め無理を言って同行したのはミキのことが心配だったからに他ならない。
石黒から得た情報というだけでなく、部屋の中にいた彼女の状態、
最近の様子、仕事の完遂度、なにをとっても今の彼女の精神状態は危ういとしか言いようがなかったのだ。
- 457 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:39
-
- 458 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:39
-
「別についてこなくてもよかったのに」
一段抜かしに階段を上りながらミキが飯田を見る。
「なに言ってんの?助手は必要でしょ」
「助手って飯田さんが?」
ミキが吹き出す。
それからふっと思い出したかのように
「でも、大丈夫ですか」
「なにが?」
「中、血まみれですよ」
まるで現場を見たことがあるかのような口調で断言した。
飯田が驚いてミキを見ると彼女は口元だけでいやに嫣然と微笑む。
その顔になぜか飯田は背筋がぞくりとした。
冷たい笑み。
それはどこか石黒が浮かべるものにも似ていた。
人を人とも思わない、あの笑み。
――いや、考えすぎだろう。
何年かぶりにあんな電話を受けたからあの声を聞いたから――
考えすぎてしまっている、きっとそれだけでしかない。
飯田は、気を落ち着けるように軽く頭を振った。
- 459 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:40
-
「飯田さん?」
ミキは、いつのまにか事件の現場になった部屋の前に立っていた。
不思議そうに数段下にいる自分を見下ろしている。
「あ、うん」
慌てて飯田は階段を駆け上がる。
「じゃ、開けますよ」
「うん」
飯田の返事を確認すると、ミキはゆっくりとドアを押し開いた。
- 460 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:42
-
- 461 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:43
-
部屋を開けるなり鼻腔をくすぐる鉄サビの匂い。
視界にはいってくる赤。
悪戯好きの子供がペンキで遊んだあとのように無邪気に壁中に塗りたくられている赤。
悪戯好きってのはその通りなんだけど――
徹底している。
ここまでするのにはどれくらい時間がかかるんだろう。
ミキは、場違いなまでに冷静にそんなことを思った。
それから、室内の空気を肺一杯に吸い込む。
もう一人の自分ともいえる彼女がつくった世界。
以前と違って不快感は催さない。
逆にひどく心が安定していくのが分かった。
あの時と自分の感覚がここまで変わってしまった理由なんてない。
ココまで来るのにあまりにもたくさんの死体をつくりあげてきたなんていうのは
決して理由にはならないだろう。
単純に狂っているだけなのかもしれなかった。
自分があの決意を固めた時点でもう正常ではないのだから。
- 462 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:44
-
ふと気づくと、飯田は部屋の入り口で愕然とした表情で固まっていた。
ミキは、羨ましげに彼女を見つめる。
彼女だって死んだ人間を扱う仕事をしており血には慣れているはずなのに――
その顔は、可哀想なくらいに蒼褪めていた。
それほどこの現場の有様はひどいのだろう。
そう、これが正常な人間の反応なんだ。
ミキは、心の中で自嘲気味に呟いた。
「だから、言ったじゃないですか」
あえて明るい声で飯田に声をかける。
飯田は、ビクリと怯えた目をミキに向けた。
ミキはため息混じりに飯田の肩をそっと押して部屋の中から廊下へと促す。
よほど、出たかったのか飯田は素直にそれに従った。
「ここで待っててください。ミキ、1人で見てきますから」
気遣うミキの声に飯田は言葉なく頷いた。
まだ蒼褪めてはいるが外から吹き抜けてくる風に打たれていればすぐに気分もよくなるだろう。
ミキは飯田を安心させるようにうなづくと再び室内に足を踏み入れた。
- 463 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:46
-
「・・・綺麗って言えば綺麗なんだけどさ」
壁についた血は雫になり流れ落ち、まるで曼珠沙華、彼岸花のように見える。
ミキは、奥に進む。
昼間、自分が寝かされたベッド。
死体は片づけられており直接見ることはできなかったが、どうやらここに死体が転がっていたらしい。
赤の中になにかが置かれていたかのように白い人型が残っていた。
そこではじめてミキは不快そうに眉を顰めた。
あの時、自分と会わなければ彼女――
矢口真里は、死なずにすんだのではないだろうか。
おそらく、彼女が殺されたのはミキがこの部屋を出てすぐのことだったのだろう。
どうやってM――
いや、松浦亜弥がミキの生存を知り狩人になっていることまでもを知ったのかは謎だが。
- 464 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:47
-
ミキは、唇を噛締めながら室内を改めて見回す。
自分宛のメッセージというのはどこにあるんだろうか。
赤以外なにもないこの部屋のどこに。
部屋全体に目を通し、なんとはなしに顔を上げた瞬間、
「・・・った」
ミキは思わず吹き出しそうになった。
天井。
わざとらしいまでに白く残されたそこに彼女の女の子らしい文字が残されていた。
彼女がどうやってこんな場所に文字を書いたのか、
その姿を想像するだけで呆れすぎて笑みがこみあげてしまう。
- 465 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:47
-
「み、き、た、ん、に、げ、て」
首を直角に向けたまま彼女からのメッセージを声に出してみる。
声に出して見て、ミキは唇をゆがめた。
確かにこれは自分だけにしか理解できないだろう。
他の狩人たちが落胆する様が目に浮かんでくる。
「ミキたん逃げて、ってなにからだよ」
そう小さく毒づいてみても、心の中で出てしまった結論は
莫迦莫迦しくて陳腐なようでいて、妙に納まりのいいような気がした。
分からないフリをしてみても彼女の言いたいことは分かりすぎるほど分かってしまうのだ。
きっと逆の立場だったら自分も同じメッセージを彼女宛に残したことだろう。
ミキは ぎゅっと綺麗な形の眉を寄せた。
- 466 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:50
-
逃げてと残しながらわざと本部に見つかるように尻尾を見せたのは
他ならぬミキに見つけてもらいたいからなのは間違いない。
彼女の中にある会いたい気持ちと会いたくない気持ち。
彼女は、いつだって二つの相反する感情に挟まれていた。
ミキは、いつだってそれに気づいていた。
ずっとどうにかしてあげたいと思っていたのだ。
そうすることが彼女だけでなく自分を救うことになると心の奥底で知っていたから。
彼女と自分はあまりにも似ていて、彼女のことはあまりにも理解できて…
だからこそ、一緒にいればお互い上手く変わることができるのだと信じていた。
結局、その考えは甘すぎて――
ミキが考えていたよりも彼女の気持ちはもっとずっと先に先に進んでおり、
彼女の中の行き場のなくなった気持ちはああいう形でミキに向かって爆発するしかなかったのだけれど。
鼻腔にあの時感じた自身の血の匂いが蘇る。
耳の奥底で肉が切り取られる音が鳴り響く。
悲鳴に近い彼女の笑い声が鼓膜に響く。
「……亜弥ちゃん」
自分が生きていることを知って、今また彼女が苦しんでいるというのなら今度こそ――
それはもうとっくの昔から自分の中に在ったある種の欲望でしかなかった。
ミキの口元に、密かに絶望を宿した笑みが零れ落ちた。
- 467 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/11(日) 21:50
-
- 468 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/12(月) 10:25
- (゚Д゚)ゴルァ!!
- 469 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 22:56
-
- 470 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 22:58
-
3
階段に腰を掛け飯田は髪をかきあげる。
血や肉を見ることは慣れている。慣れているはずだった。
なのに――
飯田は、矢口真里の部屋に視線を向ける。
血塗れの部屋。
なにがああも自分に不快をもたらしたのだろう。
考え、1つの答えに達した。
あの部屋にはなにもなかったからだ。
犯罪現場に残っているはずの憎悪や狂気といった様々な負の感情が
なに一つあの場所から感じられなかった。それがとても恐ろしかったのだと思う。
それはつまり、あの連続殺人鬼にとっては殺すことが目的であり
行為になっているということをあらわしているに他ならない。
人を殺して何かを得ようとしているわけでもなく――
そもそも、何十人もの人間を殺してまで手に入れたいものなどこの世界には存在しないだろう。
否。
あるのかもしれないが、飯田にはそんなもの到底思いつかなかった。
- 471 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 22:59
-
ガチャッとドアが開く音がして飯田は反射的に立ち上がる。
俯きがちにミキが部屋から出てくる姿が見えた。
その全身に漂う思いつめたような昏い雰囲気に気づいて飯田は声をかけるのを一瞬躊躇う。
「ミ・・・ミキ?」
呼びかけると――飯田が一緒に来ていたということを忘れていたのだろうか――
ミキははっとした風に顔をあげる。
しかし、すぐに気を取り直したように微かな笑みを見せた。
それは、いつ崩れだしてもおかしくない笑みのようだった。
ぞわぞわと得体の知れない不安が皮膚に直接はりついてくる。
「ど、どうだったの?」
「……どうって。飯田さん」
ミキは笑顔を浮かべたまま肩をすくめた。
「ミキ、彼女に会いたくなっちゃいました」
ミキは口の中でキャンディを転がすような子供っぽい口調でそう言った。
- 472 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 23:00
-
階下から吹き上げてくる風が彼女の髪をわずかに揺らす。
飯田は視線を彷徨わせながらおずおずと尋ねる。
「彼女って・・・・・・誰?」
「ミキがなくした片割れですよ。ずっと探してたミキの欠片」
そういって、ミキはくっと喉を鳴らした。
まるで、自分で言ったことがさもおかしかったかのように。
飯田にはまったく笑えない。
ミキの言葉は、彼女が変わってしまった理由をあからさまに物語っていた。
ずっと感じていた違和感の正体。
きっとミキは失くしていたモノを取り戻してしまったのだ。
だから、今目の前にいる彼女は、この塔で飯田が見てきた飯田の知っているミキとはどこか違って見えるのだ。
- 473 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 23:01
-
ミキが失くしていたモノ。
それは、彼女自身だ。
そして、おそらくもう1つ。
ミキが『彼女』と呼ぶ人物。
「・・・それが、『M』なの?」
「彼女にあったら、ミキ、飯田さんとはもう二度と会えないと思うんですよ」
問いの答えとはまったくかけはなれている返事を返すとミキは歩き出した。
飯田は、湧き上がる唾液を飲み込む。
メッセージはなんだったのか、彼女とはだれなのか、どうしてそんなことを言うのか、
聞きたいことは山ほどあるのに唇は震えるだけで言葉が上手く出てこない。
丁寧に床を踏みしめるようにミキが近づいてくる。
足音が空間に響き
それがますます飯田を焦らせた。
- 474 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 23:01
-
また失ってしまうのか、自分はまた――
言葉を見つけられないまま飯田は口を開きかけ――
しかし、やはりその口から言葉が発せられることはなかった。
ミキのこれ以上の言葉を拒むかのような睛とぶつかり――彼女の奇麗な弧を描いていた筈の唇も口角が上がっておらず
真一文字に引き結ばれていた――飯田は開きかけた口を閉じてしまったのだ。
どうしようもない無力感に飯田は顔を伏せた。
足音がすぐ傍を通過する。
空気が揺れた。
- 475 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 23:02
-
「ごめんなさい、大切な人の変わりになれなくて」
- 476 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/12(月) 23:03
-
脇をすれ違う際にミキが小さくつぶやいた。
飯田はその声に顔を上げる。
階下に見えるミキの背中。
「どこに行く気なの!?」
震える声でその背中に呼びかける。
「狩り」
ミキは、振り返らずに短い答えを返した。
- 477 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/12(月) 23:06
- (((( ;゚Д゚)))
- 478 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:39
-
- 479 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:40
-
4
飯田に別れを告げてから2週間がたとうとしていた。
狩人になってからはじめてミキはありとあらゆる情報屋から情報を買い――
丁度、顔がリストに載ったので彼女の情報は飽和状態だった――
彼女が目撃された場所という場所に赴いてみた。
しかし、そのどの場所でも彼女の姿を見つけることはできなかった。
今までなにをしても見つからなかった彼女はどうやら隠れんぼが得意らしい。
ミキは、買い取った全ての情報をゴミ箱に捨てた。
元からこんなものは必要なかったのだ。
彼女がこの塔のどこかに潜んでいるのは間違いないのだから、
おそらくミキが自分の事を探していることはその耳に届いているはずだ。
だとすれば、いずれ彼女のほうからミキの前に姿を現してくれるかもしれない。
いや、仮定ではなく――どうにか他の鬼には見つからないようにして――必ず彼女は現れる。
根拠も何もない確信。
ミキはそれだけを胸に今日も階層から階層へと当てもなく渡り歩いていた。
なるべく彼女が自分を観察しやすいように大通りを避けながら。
- 480 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:42
-
※
彼女が、自分を探している姿は遠くから確認している。
嬉しかった。
例え記憶がないとしても、例え狩人として自分を探しているのだとしても――
彼女が探してくれているという事実は少女にとってとても嬉しいものだった。
しかし、どれほど凄腕の情報屋に聞きまわったところで彼女はきっと自分の元にはたどり着けないだろう。
それだけは自信があった。
一時、少女は自ら彼女の元に赴こうかとも考えたが、
自分を追っているのは彼女だけではないことを思い出して考え直した。
彼女に会う前に他の人間に殺されてしまっては元も子もない。
考えに考えた末、口の聞けない女の子に
これから自分が向かう場所を書いた手紙を彼女に届けてもらうように頼んだ。
女の子は、少女の渡すチップを喜んで受け取った。
果たして、彼女は来てくれるだろうか。
小さな不安を抱きながら少女は一足先にある場所に向かった。
上層へ上層へ。
上り続けた。
きっと女の子が彼女に会うよりも先に目的地にたどり着くことができるだろう。
- 481 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:43
-
※
不意に肘のところを強く掴まれてミキはギョッとして振り返った。
飯田かと思ったのだ。
しかし、予想に反してそこに立っていたのはまだ小さな女の子だった。
ミキは眉を寄せる。
それが不味かったのか女の子は怯えたような目つきになってしまった。
睨んだつもりはないのに、ミキは小さく嘆息する。
それから、女の子の怯えを少しでも取り覗いてあげようと「大丈夫だよ」と
彼女の頭を撫でながらかがみこみ目線を同じ高さにあわせた。
「なにか用?」
なるべく優しい声でそう問うと、女の子は無言で
可愛らしいポシェットから一枚の紙切れをミキに差し出した。
- 482 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:44
-
「これ、ミキに?」
女の子はコクリと頷く。
怪訝に思いながら差し出された紙切れを手に取ると女の子は逃げるように
その場から走り去ってしまった。
「ちょっと、ねぇっ!?」
ミキの呼びかけにも振り返らず人ごみに掻き消える小さな背中。
追いかければ簡単に追いつくだろうが――
歩き疲れているミキにそんな気力は沸かなかった。
「・・・なんだ、あれ」
嘆息しながら受け取った紙切れに目をやる。
瞬間、ミキの焦げ茶の瞳が揺れた。
可愛らしい便箋に見覚えのある文字が踊っている。
そこには簡単な住所が書き記されていた。
- 483 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:45
-
※
どこまでも行き来自由な上層階層と
選ばれたものだけが足を踏み入れることを許される最上層。
二つを繋ぐシャフトホールがある999階層に少女はいた。
そこが少女の目的地でもあった。
少女は、安堵混じりに息を吐いて積上げられた機材の上に腰を下ろす。
ここなら誰かがくることはまずないだろう。
頻繁に区画整理が行われるこの階層では誰からも忘れ去られた場所が多数存在する。
ここもその1つなのだ。
- 484 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:46
-
逃亡生活をはじめた少女が、そのことを思い出したのは
彼女が今までに狩った犯罪者の記録を見つけた時だ。
その犯罪者はせっかく空に近いこの場所で、わざわざ地下に潜って惨めな最期をむかえていた。
「…勿体無い」
視線をあげた少女はそうつぶやく。
塔の中にいるとは思えないほど天井は高い。
まるで宙に浮いているみたいだ。ふわふわとして気持ちがいい。
「勿体無い」
あらゆる意味を込めて少女はもう一度つぶやいた。
- 485 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:49
-
※
友達とふざけていて後ろ向きに歩いていた。
人が来ていたことに気づかなくて思いっきりなにかにぶつかってしまった。
「キャッ」という小さな悲鳴。
ぶつかったのが人だと気づいて慌てて振り返ると一人の少女が尻餅をついていた。
「――あっ!!すみません」
ミキはすぐに手を差し出した。
少女は、ミキを見てどこか驚いたように目を開いた。
なにか言いたげに微かにその口が動く。
「どっか怪我してんの?立てない?」
ミキが心配になってしゃがみこもうとした時、女の子がすっと手をだした。
あまりに自然な動作だったのでミキは差し出された手を握った。
- 486 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/14(水) 10:51
-
手にぬるっとした感覚。
ミキは眉を寄せた。
女の子がなにかを思い出したように小さく声を発し、慌ててミキから手を離した。
そのまま女の子はミキを突き飛ばして跳ぶような速さで走っていった。
なんだったんだろう?
ミキはぼんやりとその背中をただ見送った。
誰かの悲鳴が聞こえた。
一緒にいた友達の声。
それでミキは我に返って自分の手のひらを見た。
手は真っ赤に濡れていた。
それは、人間の血だったのだろうか。
あの時の女の子は、松浦亜弥だったのだろうか。
ミキには、今でも分からない。
- 487 名前:七誌 投稿日:2004/01/14(水) 11:30
-
- 488 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/14(水) 16:12
- ( ´_ゝ`)フーン
- 489 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/14(水) 16:29
- ( ‘д‘)
- 490 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/01/14(水) 18:07
- (ё)y-~~
- 491 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:36
-
- 492 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:37
-
※
少女は、両膝の上で頬杖をつき瞳を閉じて彼女の顔を思い浮かべる。
思い出の中の彼女はいつも笑顔だ。
自分たちは幸せだった。2人で過ごす毎日はとても幸せだった。
確かにそうだった。
でも――
それだけでは物足りなかったのだ。
少女は、瞳を開く。
きっと自分はどこかがおかしいのだろう。壊れているのだろう。
少女は、自身の精神構造についてそう自認している。
昔からそうだったのだから仕方ない、少女は薄く笑った。
- 493 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:37
-
最初にそうだと気づいたのは飼っていた仔犬を殺したときだ。
無性に仔犬の全てを自分の物にしたくなった。だから、切り裂いてみた。
両親は何も言わなかった。
仔犬は少女が一番可愛がっていたのだから当たり前だろう。
想像すらできなかったのだと思う。
次は、近所の家の赤ん坊。
自分に懐いていてとても可愛かった。だから、枕に顔を押し付けてみた。
事故だと思われて罪に問われることはなかった。
誰も小学生の女の子が意図的にそんなことをするとは考えなかったようだ。
人だったり動物だったり、その時その時で獲物は違ったが、
その行為を行う時の少女の気持ちはずっと変わらなかった。
少女にとって、愛するということはその対象になるモノの命を奪うことだった。
それは家族だとて例外ではなかった。
- 494 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:38
-
あれは、真夏の茹だるような暑い日だった。
少女は、父親が寝ている間に彼の胸を何度も突き刺した。
母親の首は掻き切った。妹たちも同様に。
少女は、家に火を放ってその場から逃げだした。
走った。
走って少女は一人になった。
そして、彼女と出会った。
出会った時、彼女は大勢の人間に囲まれて楽しそうだったけれど
少女の目には自分と同じように彼女はどうしようもなく一人きりに見えた。
それで自分がどんな状況なのか忘れてつい彼女に手を伸ばした。
彼女は少し驚いたように目を開いたけれど自分の手をしっかりと掴んでくれた。
彼女の掌は真夏だというのにとてもひんやりとしていた。
きっとその時のことを彼女は覚えていないだろう。
- 495 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:39
-
二度目に再会したのはそれから大分経ってからだった。
季節は冬になっていた。
どちらが先に声をかけたのか、その時どのような会話を交わしたのか、はっきりとは覚えていない。
どうしてその時のことを思い出せないのか少女にはよく分からない。
もう一度彼女に会えてあまりに舞い上がりすぎてしまったのかもしれない。
とにかく、少女は再び彼女に出会ったのだ。
後に自分を変えてしまうことになる愛すべき他人に。
こういうのを運命で結ばれた二人とでもいうんだろう、少女は勝手にそう思っている。
- 496 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:40
-
二人が一緒に暮らすようになるまでそう時間は掛からなかった。
少女は、彼女と自分はよく似ていて同時にとても違うことを知った。
彼女は少女の生活にいろいろなモノを与えてくれた。
彼女からもたらされる多くは少女にとってあまり興味のないことばかりだったが、
彼女と一緒ならばそれはそれでまた楽しいとも思えた。
しかし、彼女を知れば知るほど一緒に暮らせば暮らすほど、
少女は今まで自分が知っていたと思っていた感情を本当はまったく知らずにいたことに気づかされた。
そんな自身の気持ちに戸惑いを覚えた。
予想外で予想内の気持ち。
彼女に対する思いはそれまで少女が手にかけてきた者達に抱いていたものとはどこかが違っていた。
どこがどう違うのか少女自身にも分からない。
ただ、彼女が愛しくて愛しくて愛しすぎてどうしようもなく苦しかった。
彼女のそばにいるのは苦しくて安らいだ。
殺したくて殺したくなかった。
- 497 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:40
-
だけど、殺した。
- 498 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:42
-
血まみれの彼女を前に少女は今まで感じたことのない性的な興奮を感じた。
少女はしばらくの間、地面に横たわった彼女を見つめていた。
体中からみるみる血が溢れ出し彼女は血の海に沈んでいって。
少女はそんな彼女を見て泣いた。
彼女が死んでしまったから?
最後に自分の名前を呼んでくれたから?
それとも、彼女があまりにも綺麗だったから?
少女には分からなかった。
どれが本当の気持ちなのかもう分からなかった。
ただ頬を伝う涙を拭おうとする度に彼女の血が自分を撫でてくれるようで、
それがあまりにも優しくて愛しかったので、少女は泣き続けた。
おそらく二度とあのような感覚は得られないだろう。
- 499 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:44
-
あの日、彼女は永遠に自分のものになったはずだった。
同時に――
少女は愛するに値する対象を永遠に失ってしまった。
しばらくたってそのことに気づいて少女は絶望した。
きっとこれからはなにをしても物足りない。
なにも感じない。退屈で死んでしまうだろう。
だから、少女は塔にやってきた。
少しでも危険を求めて。
塔に来てから少女は少し仲良くなった人間をその手にかけてみた。
一瞬の恍惚の後、激しい虚無が襲ってきた。
そんな感覚は今までになかったものだ。
彼女の全てを手にいれて自分が変わってしまったことを少女は再度思い知らされた。
その時、彼女を殺したことをはじめて後悔した。
どうしようもなくて適当に他人を殺してみることにした。
それは、なにも得るもののない単純な作業と同じだった。
ただの暇つぶしでなにを得るものがあろう。
少女は、さらに他人を殺し続けた。
自分で死ぬのは面倒くさいから、どうせなら誰かの手で殺されようと思ったのだ。
それなのに――
- 500 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:47
-
「私のこと忘れて生きてたなんて・・・」
少女は、不満げに口を尖らせる。
もし、彼女が来たなら自分はどうするのか。どうしたいのか。
少女は、視線を下ろしガラスケースの中に入ったモノに目を向ける。
後悔後先たたず、覆水盆にかえらず。
身をもって知ったこと。
あれだけ後悔して、あれだけ時間よ戻れと願ったのに。
彼女への思いはやはり変わらないらしい。
明らかに矛盾していたがそれが真実だ。
「・・・・・・今度はちゃんとしないとね」
ガラスケースの中に浮かぶ彼女の手首。
それを愛しげに見つめながら少女は呟く。
その時、ガラガラと重い鉄のドアを開ける轟音が耳に届いた。
- 501 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:48
-
※
どうしてと目で問えば
「だって、言ってくれたじゃん。私がいなくなったら悲しすぎて狂っちゃうって」
彼女は、泣きながら嬉しそうに返事を返す。
「・・・だから、その前に殺してあげるねって。約束したでしょ」
血まみれの手でミキの髪を愛しげに撫でながら。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
彼女は、相変わらずニコニコとしたままで。
彼女は、相変わらずボロボロと涙を零しながら。
ミキは、自分の腕が切り取られていく光景を客観的に見ていた。
痛みは感じない。
記憶は途切れる。
そして、目の前には
あの時と同じ顔をした彼女がいる。
頭の中が白くなっていく。
自分はいろいろなことを忘れすぎていた。
失ったピースは彼女だったのだ、今さらながら気づいてミキは笑った。
- 502 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/15(木) 08:48
-
- 503 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/01/15(木) 17:53
- ( ´_ゝ`)
- 504 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/15(木) 18:08
- ( ‘д‘)
- 505 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/17(土) 00:10
- (゚Д゚)
- 506 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/18(日) 01:58
- ( ´_ゝ`)b
- 507 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:03
-
- 508 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:03
-
5
2人は対峙している。
懐かしい彼女の顔。
ミキは、一歩足を踏み出す。カツンと空間に足音が響いた。
「久しぶりだね、亜弥ちゃん」
呼びかけると彼女は少しだけ変な顔をして小首をかしげた。
「・・・記憶戻ったんだ?」
「亜弥ちゃんのおかげでね」
「愛の力だ」
亜弥が嬉しそうに顔をほころばせる。
嫌味で言ったつもりだったミキは彼女の解釈にハッと吐き出すように笑ってしまった。
亜弥は自分がなぜ笑われているのか分かっていないはずなのに、ミキと同じように笑顔を見せた。
- 509 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:04
-
「そうだ。ミキ、亜弥ちゃんに聞きたいことがあったんだ」
ミキは思い出したようにそう口にした。
「なに?」
「なんでMなのかなって?ミキの時はAだったじゃん」
殺害現場に残されていた文字。
彼女が残していたのは『M』、自分が彼女に殺されかけた時の記憶では残っていたのは『A』だった。
Mの現場を見た時、それが『A』だったらもう少し早く全て思い出せていたのかもしれない。
早く思い出せたからといって結果が変わったわけではないだろうが。
ただ単純に二つの文字の違いになにか意味があるのかなんとなく気になっていたのだ。
- 510 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:06
-
「それはね」
亜弥は肩を揺らして子供のような瞳をミキに向けた。
「私のことを名前で呼ぶのはミキたんだけだからだよ。ミキたんだけにしかそう呼ばれたくないし。
だから、ミキたん以外のどうでもいい人を殺すときは松浦のMにしてたの」
たったそれだけの理由?
ミキは親鳥を待つ雛鳥のように口を開けた。
というよりも、あまりのくだらなさに口が勝手に開いていた。
「松浦のこだわりだよ」
指をピンと可愛らしく立てる亜弥。
あぁ、そうだ。
美貴は開いていた口をゆっくり閉じる。
彼女は昔からこういう子だった。
そもそも彼女の行動に意味を探そうとする方が無意味なことだったではないか。
AとかMとかそんなくだらないこだわりこそ彼女らしい。
「そういうことかぁ」
「そういうこと」
顔を見合わせて笑う。
相手は自分を殺そうとした人物。
普通なら、もう少し殺伐としていてもおかしくはないのに。
まったく緊張感の欠片もない。
困った話だ、ミキは内心呆れながらも浮かんだ笑顔は消せなかった。
- 511 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:08
-
「でも、ミキたんが生きてたなんてビックリした」
先に笑顔を消した亜弥がポツリと言う。
その顔は少しだけ怯えているように見えた。
自分でもびっくりしてる、おちゃらけてそう返そうかと思ったが、
それではますます緊張感がなくなるなと考え直してやめる。
代わりにミキは意味ありげに目を細めて
「それは、どうかなぁ?」
「え?」
亜弥が首を傾げる。
「だって、ここは煉獄だよ」
以前、飯田に教えてもらった言葉を口にしてみた。
「煉獄って?」
案の定、亜弥はミキが飯田にしたのと同じ疑問符を投げかけてくる。
だから、ミキは飯田と同じように返した。
「ほら、最上層は天国に最下層は地獄に通じるっていうでしょ。
煉獄っていうのは天国と地獄の狭間にあるんだ。ね、ここにぴったりでしょ」
- 512 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:10
-
「へぇ〜、ミキたんちょっと頭よくなったね」
亜弥は、感心したような声を漏らした。
だが、すぐに顔を引きしめ
「なのに、なんでここに来たの?私、逃げてっていったのに」
問う。
君が呼んだからだよ。
その言葉を飲み込んでミキは首をかしげた。
「なんでかな?」
「私に聞かれても」
逆に問い返された亜弥は困ったように肩をすくめた。
「じゃぁ、亜弥ちゃんはなんで逃げてって残しておきながらここの地図をくれたの?矛盾してるねぇ」
「…なんでかな?」
亜弥は微かに眉を寄せた。
「ミキに聞かれても」
終わらせたいんでしょ、なにもかも。
先程の亜弥のまねをしてミキも困った振りをしながら肩をすくめて見せた。
同じことの繰り返しだと気づいた亜弥が小さく噴出した。ミキも歯を見せる。
お互いを見つめたまま笑いあう。
まるで幸せだった頃の2人のように。
ひとしきり笑ったあと、亜弥がミキにスッと近づく。
ミキはそのまま動かずに亜弥を待つ。
お互いの呼吸が感じられるほど近くまでくると亜弥はミキの頬を両手で挟んだ。
- 513 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:11
-
「・・・ミキたん、あったかいね」
「そう?」
「うん」
頷きながら亜弥はミキに抱きついてきた。不意をつかれてミキは少しよろけてしまう。
抱きつくなら抱きつくで予告してほしい。
文句の1つでも言おうと口を開きかけたところで
「あったかいよ」亜弥の濡れた声にぶつかった。
首筋にかかる息が妙にくすぐったい。亜弥が腕の力を強める。
もっとミキを近くで感じたいかのように強く強く。
ミキは黙ったまま亜弥の背中に腕を回す。
彼女の熱は心地良い。
このままでいられたらいいのに、無駄な祈りをしてしまいたくなる。
彼女の中でどちらの気持ちが強いのか、自分の中でどちらの気持ちが強いのか――彼女の温もりを感じているとどうしても反対の方向に考えてしまいたくなる。
だけど
「・・・・・・ねぇ、ミキたん」
「・・・ん?」
- 514 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:11
-
「私たち、もう一度やり直せると思う?」
- 515 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/20(火) 09:13
-
だけど、彼女の口から吐き出された言葉はチープで陳腐で上っ面だけのもので。
どこかで聞いたことがある誰もが言い出しそうな薄っぺらな飾りだけのもので。
だからこそ、やはり答えは1つしかないことに気づかされてしまった。
彼女がどういった答えを求めているのか。
「・・・・・・無理に決まってるじゃん」
望むままにそう告げる。
「そうだよね」
亜弥は逡巡したようだった。
その表れを首に巻かれた腕の震えが物語っている。
彼女は腕はそのままに体だけをすっとミキから離した。
急速に――感じていた温もりが、彼女の熱が失われていく。
それを少し残念に思う自分がいることに気づいてミキは皮肉だなと苦笑を浮かべた。
- 516 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/20(火) 17:20
- (ё)y-~~
- 517 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/20(火) 19:36
- (((( ;゚Д゚)))
- 518 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/20(火) 23:38
- ( ´_ゝ`)フーン
- 519 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:06
-
- 520 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:10
-
「・・・ミキたん」
呼ばれて、視線を合わせると彼女の縋る様な瞳は涙をこらえているかのように潤んでいた。
どうしてそんな顔をしているのだろう。
間違えてしまったんだろうか、答えを。
彼女が望む答えを。
彼女の視線の意味を汲み取れず、ミキは、戸惑う。
「亜弥ちゃ・・・」
呼びかけようとしたその刹那。
彼女はふっと力を抜くように息を吐いて笑った。
絶望と悲しみを淵に滲ませ。
悲壮さを漂わせ。
だがけして嘆くことはなく。
笑った。
笑っただけだった。
その瞳から、一瞬、まばたきすら失念するほどの一瞬、迷いが消えていた。
それだけでミキには十分だった。戸惑いは瞬時に消えた。
ミキは、ただ亜弥の言葉を待つ。
- 521 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:13
-
「私がミキたんをどうしたいか分かってるよね」
言葉を選びあぐねていた彼女がようやく口を開いた。
その視線は真っ直ぐミキに注がれている。
「まぁね」
逸らすことなくしっかり見つめ返しながらミキは軽く頷いた。
「・・・どうしてこうするかも分かってるよね」
「まぁね」
飄々と答えるミキに亜弥の眉がどうしてと問いたげに顰められる。
その疑問に答える気はなかった。
ただ眉を僅かにあげてみせると、ミキの気持ちを悟ったのか亜弥は小さな嘆息を漏らした。
首筋に巻かれていた彼女の両手がまるで全ての力を失ったかのように
ミキの体をなぞりながらズルズルと下に垂れていく。
そして、少しの躊躇いもなく呆気ないほどあっさりと離れた。
ミキは彼女の手がどこに向かうのか目で追いかける。
亜弥の手は少し彷徨い、彼女自身の腰の辺りで動きを止めた。
そこにしっかりと収められている光るものを確認するとミキは視線を上げ再び亜弥を見つめなおした。
金属音。
亜弥の目は動かない。
不意に首筋にひんやりとした感覚が走ったがミキはあえて微動だにしなかった。
彼女の手にあるのはナイフ。
しっかりと握られている。
そして、その切っ先はミキの喉元にあてられていた。
亜弥は、いつになく緊張しているのか大きく息を吸い――ゆっくりと吐きだした。
何度も呼吸の仕方を忘れたかのようにゆっくりと吸っては吐く動作を繰り返す。
なんだかその仕草は追い詰めている立場である彼女のほうが
なにか見えないものに追い詰められているかのようにミキの目には映った。
- 522 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:15
-
「・・・・・・いいの?」
何度目かの深呼吸のあと意を決したように亜弥が言った。
肯定しても否定しても同じ癖に、律儀にそんなことを訊ねる亜弥にミキは薄笑みを浮かべて応える。
「なに?」
亜弥は訝しげに首を傾げる。
「・・・・・・あのさぁ」
ミキは、もったいぶりながら口を開いた。
そういえば、飯田さんに言われたっけ。
自分は誰かに殺されたがってるって。
ミキは心の中で呟く。
そうだったのかもしれない。
だけど――
今は、違う。
いや、本当は最初から彼女と自分は同じ気持ちだったのだろう。
ただ自覚できていなかっただけで。
本当に恐れていたのは彼女ではなく
同じことをずっと彼女にしたいと思っていた自分に対して。
彼女の考えを理解しすぎている自分に対して。
思い出すのも拒絶してしまうほど純粋な彼女への思い。
「我慢してたのは亜弥ちゃんだけじゃないんだよ」
「え?」
彼女がずっと抱えている欲望。
それは、ずっとミキが理性という鎖で心の奥底に閉じ込めていた欲望と同種のもので。
- 523 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:18
-
「同じ愛し方をする人間同士は上手くいかないのかなぁ」
ミキは、そうぼやくと亜弥の手から瞬時にナイフを奪い取った。
人間でしかない亜弥を相手にすることなど今のミキには容易いものだった。
亜弥の目は驚きに見開かれている。
ミキは、奪い取ったナイフを後ろに放り投げる。
ナイフは無機質な音をたてて地面に落ちる。
掌にジクジクとした痛み。
おそらく、ナイフを奪い取る際に僅かに切れてしまったのだろう。
通常の状態のままだとたかだかそれだけの傷でも痛みは感じるのだと
ミキははじめて知った。場違いな発見は妙に新鮮でミキは自然笑みを浮かべていた。
「・・・・・・ミキたん」
亜弥が呆けたように呟く。
ミキは彼女の呼びかけに眉を上げる形で答え笑顔のまま右腕を向けた。
そこにあるものを認めた亜弥は驚きと不安が綯交ぜになったような表情でミキを見つめた。
ミキは少し顔を曇らせる。
もしかしたら、彼女はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。
自分がココに来たのは狩人として彼女を狩りに来ただけなのだと。
ミキは、そうじゃないことを伝えようと左手でそっと亜弥を抱き寄せその額に優しく口付けた。
「ミキたん?」
それでも、亜弥は分からないのかぼんやりとした眼差しでミキを見つめている。
ミキは苦笑する。
言わなきゃダメなんだろうなぁ。
照れくさいからどうにか言わずにいようと考えていたのに、そんなこと思いながらミキは溜息をつき
亜弥からの痛いまでの凝視をそっと目を伏せて避けた。
- 524 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:20
-
もう二度と同じ過ちを繰り返さないために物語の最後の幕を降ろす必要がある。
それが他人から見ればどれだけ滑稽で無意味なことだとしても。
二人にとっては重要で意味のあることだから。そう思うから。
ミキは伏せていた瞼をあげて亜弥を見つめなおす。
亜弥は瞬き一つせずミキの言葉を待っていた。
ミキが空いている掌で髪をすいても彼女は身動ぎもしなかった。
髪から頬へ、頬から首へ、首から胸へ。
ミキは、亜弥が先程自分にしたように彼女の体をなぞった。
そして、最後にだらりと垂れ下がった掌に自らのそれを重ねギュッと握る。
亜弥が不安に眉を寄せた。
「亜弥ちゃん……」
歪んでいるのが二人とも一緒ならどうやっても綺麗なエンディングは迎えられるはずがない。
でも、彼女は自分と同じだからきっとこのエンディングに満足してくれるだろう。
この愛を受け取ってくれるだろう。
- 525 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:21
-
「愛してるよ」
ミキの言葉に亜弥がはにかんだように微笑んだ。
それはミキが今まで見てきた彼女のどんな笑顔よりも狂っていて美しかった。
- 526 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:21
-
パンッ
- 527 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:24
-
紙鉄砲のような間抜けな音。
スローモーションで崩れ落ちる彼女。
いつのまにかまた夢の中に紛れ込んでしまったんだろうか。
そう思えてしまうほど自らの手で引き起こした筈の目の前の光景からは現実感がなくなっていた。
まるで目の前で彼女主演の映画が上映されているようだ。
綺麗だと思った。
ミキは、赤く染まった亜弥に視線を定めたまま誰かの笑い声を遠く聞いていた。
狂ったように延々と続くソレが、自身の喉から漏れたものだと気づくのに少し時間がかかった。
足先には滴が一つ二つぽつりと落ちている。
どちらも本当の気持ちだ。
- 528 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:25
-
ミキは、気だるげに目元を拭うと崩れ落ちた亜弥から顔を上げた。
そこではじめて気づく。
彼女が最初に座っていた場所、そこに液体付けの手首があったことに。
それが、自分のものだとすぐに分かった。
「・・・らしいよね。うん。そっかそっか」
ミキは目を細めゆっくりと彼女の前にかがみこむ。
もう動かない亜弥の耳元に口を寄せ何事かを呟く。
その口元には先ほどの彼女と同じ美しく狂った笑みが浮かんでいた。
- 529 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:26
-
Fine
- 530 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:27
-
―――――――――――――――――
痛いくらいに気持ちが伝わった
彼女も私も分かっていた
傷つけて、傷つけられて
でも離れることはできない
なにをされても好きで居続けられる
愛しい人だから
心の底から好きだと言える人だから
―――――――――――――――――
- 531 名前:第8話 絶愛 投稿日:2004/01/21(水) 07:28
-
- 532 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/21(水) 07:37
- 川v从
- 533 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/21(水) 18:27
- (ё)y-~~
- 534 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/22(木) 02:19
- (#゚Д゚)ゴルァ!!
- 535 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/01/22(木) 08:59
- エエェェ(´д`)ェェエエ
- 536 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:12
-
- 537 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:13
-
君とあたしの違いはどこだか分かる?
多分、あたしのほうが一途なんだよ
- 538 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:17
-
※
人口の太陽は沈みきり、外は真っ暗だ。
静かで、世界中に誰も居ない錯覚に陥る。
彼女と繋いでいる手が軽く冷たかった。
「どこに行こうか?」
繋いだ手に問いかける。
彼女の指に力が入ったような気がした。
握り返すと、脳裏に彼女の笑い声が響いた。
まるで名案だとでも言うように楽しげに、
外に行きたい、と彼女は言った。
「外か…」
呟き、ふと上を見あげてそこには行けないことに気づく。
彼女がくすくすと笑う。
笑うなよ、女は不満げに口を尖らせるとゆっくり歩き出した。
- 539 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:19
-
階層を降りる。
降りる。
この場所で唯一外と繋がっている場所。
色々なことがあったけれどこの街は嫌いではない。むしろ、好きなほうだ。
「外が見えるんだ」
言うと、彼女は子供のように知ってるーと語尾を伸ばして言った。
女は笑う。
丁度すれ違った若い男女のカップルが、こちらを見てぎょっとしたように足を止めた。
化粧だけが派手な頭の悪そうな女が強張った表情のまま自分たちを指差している。
失礼だよね、彼女が笑った。
「別にいいじゃん」
女は小さく笑んだまま足を進める。
- 540 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:20
-
しばらく歩くと、新鮮な夜風が感じられるようになる。
アーチ型の大きな窓が見えてきた。
もう少し時間が経てば人が来るかもしれないが、その場所にはまだ誰もいなかった。
本当の外もまだ暗い。
黒いだけの空。
呑み込まれそうだ、女は思った。
「ここから外に行けるよ」
彼女はなにも答えない。
繋いだ手に視線を合わせて女は肩を竦めた。
彼女の手はとても冷たい。
いつのまにこんなに冷たくなったのだろう、と少しだけ不思議だった。
昔は、自分の手のほうが冷たくて彼女はいつも暖めてくれたのに――
思い出して、女はひどく自嘲的な息を吐く。
- 541 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:21
-
「外どんな風になってるんだろうね」
返事を期待せずに口にする。
丁度、入り込んできた風が返事だとでも言うように髪を浚った。
視線を窓の外に戻す。
時間が止まったかのようにそこからの景色は変わらない。
「早く朝にならないかな」
そう思わない?
――女は、彼女の手に微笑みかけた。
- 542 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:21
-
Fine
- 543 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:22
-
だから
あたしは、君と一緒に行くんだよ
- 544 名前:挿話 投稿日:2004/01/25(日) 08:22
-
- 545 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/25(日) 08:50
- ( ´_ゝ`)
- 546 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/27(火) 11:59
-
- 547 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/27(火) 12:00
-
―――――――――――――――
遠い話をしよう
助けられなかったあの子のために
力のなかった私のために
私に合わせて困ったように笑う少女のために
―――――――――――――――――
- 548 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/27(火) 12:01
-
- 549 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/27(火) 12:02
-
1
Mの死体が見つかったという情報が本部経由で飯田の元に届いたのは
ミキがいなくなってから一ヶ月あまりたったある日のことだった。
Mは、999階層の廃棄されたシャフトホールの真ん中で胸を撃たれて絶命していたという。
発見したのは本部の人間らしいが、彼らがどうしてそこに辿り付くことができたのかはわからない。
知りたいとも思わなかった。
飯田が知りたかったのは一つだけだ。
誰がMを殺したのかというそれだけだった。
しかし、その問いに対する適切な答えは返ってなかった。
飯田は、ミキのことを思った。
Mに会いに行ったのであろう彼女の消息は未だに掴めない。
ミキの言葉通りもう二度と会えないのかもしれない。
そんなこと考えたくはなかったがきっとそうなのだろう。
- 550 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/27(火) 12:03
-
ミキと一緒に過ごした日々は時間にしてみればそう長くはない。
だが――
飯田は、ミキがよく座っていた医療用ベッドに視線を動かす。
今でも、彼女がそこに座っている光景がまだこの目にありありと浮かんでくる。
いなくなってしまったことが嘘のようだ。
今にもどこそこが痛いとかなんとか子供みたいに叫びながら
乱暴にドアを開けて飛び込んできそうな気がして――
飯田は諦めが悪いなと微苦笑を浮かべ首を振る。
その時、静寂を破るように電話が鳴った。
電話をかけてきたのは情報屋の里田だった。
彼女は、少し会って話したいことがあるからヴァルナに来てほしいとそれだけを言うと、
飯田の返事も聞かずに電話を切ってしまった。
ミキがいつ帰ってきてもいいように店に閉じこもっていた飯田は仕方なく外へと足を向けた。
- 551 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/27(火) 12:04
-
※
街を歩けばどこもかしこもMの話題で持ちきりだった。
殺人に慣れきったこの塔の住人にしてはめずらしいことだ。
それだけMという殺人鬼は、誰もが予想していた犯人像からかけ離れたものだったのだろう。
Mの顔写真は本部からの緊急通信によってまず狩人に配られ、
それからその筋に関連した仕事をしている者たちだけに配られていた。
末端である飯田がそれを見ることができたのは、ミキがいなくなったその日の夜になってからだ。
連続殺人鬼の容貌に飯田はひどく衝撃を受けた。
Mの最後の殺人現場である真っ赤に染められた部屋は飯田の記憶に深く刻み込まれていた。
こんな少女があのような行為を一人で実行していたとはすぐに信じられるものではなかったのだ。
Mの死によってようやく情報を得た一般の人間たちは、
今その時の飯田と同じ思いを抱いているのだろう。
- 552 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/27(火) 12:05
-
透明な連続殺人鬼。
そう呼ばれていたのは一人の少女だった。
明らかになったその事実は塔の住人たちを熱狂させるには十分すぎるものだった。
久しぶりに報道に値する事件を絶滅寸前のマスコミはこぞって取り上げ、
モラルのない情報誌は稀代の連続殺人鬼の死に顔までをも大々的に取り上げた。
それは穏やかで幸せそうで――右手首から先が切断されていることを除けば――
まるで眠っている天使のように美しく見えた。
いや、そんな不完全な状態だったからこそ、より一層少女は美しくうつったのかもしれない。
飛び交うMの噂話を耳に入れないように早足で歩きながら飯田はそんなことを思った。
- 553 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/27(火) 17:26
- エエェェ(´д`)ェェエエ
- 554 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/27(火) 23:10
- (゚Д゚)
- 555 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/28(水) 00:05
- ( ´,_ゝ`)プッ
- 556 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:10
-
- 557 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:17
-
2
少し早めに待ち合わせ場所であるカフェ・ヴァルナに着いたのに、里田はそれよりも早く到着していた。
飯田の姿を認めると彼女は軽く手を上げる。
飯田も小さくそれに応え
「…ミキのことってなに?」
席に着くなりそう尋ねた。
里田は気のせいか微苦笑を浮かべたようだった。
飯田が、それを不思議に思って眉を寄せると彼女は視線を落としポツリと言った。
「たいしたことじゃないんだけどね」
「うん」
「単なる噂話なんだけど」
彼女は、言い訳するようにそう前置きをした。
しかし、それでもなお迷っているのか目の前に置かれたコップのストローを
忙しなく指で弄るだけで肝心の言葉を続けようとしない。
彼女のコップの中で氷がたてるからからという音が騒がしい店内にやけに響いて聞こえ、
それは飯田を無性に落ち着かない気分にさせた。
- 558 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:19
-
「なんなの?」
耐えられずに飯田が促すと里田は視線を下げ
「……ミキちゃん、いなくなったって言ってたでしょ」
ようやく口を開いた。
ミキがいなくなってから飯田はただ手をこまねいていたわけではない。
里田や、それ以外の情報屋にミキの捜索を頼んでいたのだ。
今の今まで効果はなかったけれど。
飯田は小さく身を乗り出し里田の言葉をじっと待つ。
「700階層で見た人がいるんだって」
「700階層?」
鸚鵡返しに訊ねる飯田に里田はコクリと頷いた。
「どうして700階層なんかに……」
飯田は思わずそう呟いていた。
Mの死体が発見されたのは999階だ。700階層ではない。
ミキではなかったのだろうか。Mを、あの少女を殺したのは。
だとしたら、今までの自分の考え全ては間違っていたことになる。
しかし、それはどうにも考えられなかった。
あのタイミングであの現場を見てそれでミキが会いに行ったのがMじゃないというのなら、
彼女は誰に会いに何をするためにどこへ消えたというのか。
飯田が思いあぐねていると
「知ってる?」
不意に里田がどこか辛そうな声を発した。
飯田は、顔を上げ里田に視線を合わせた。
しかし、相変わらず里田の視線は下げられたままでこちらを見ようともしない。
- 559 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:25
-
「700階層ってね、外の世界が見えるところがたくさんあるの。
その中にアーチ型の大きな窓があって…意外な観光名所にもなってる」
里田は、訥々と言葉を続ける。
彼女がなにを言おうとしているのか分からずに飯田は眉を寄せた。
「それがミキとどう関係あるの?」
里田は、そこではじめて顔を上げ飯田の瞳を真っ直ぐに見つめた。
どういうことなのかと飯田を責めているように、
悲しげな瞳は何かを問うように揺れていた。
飯田は、ますます分からなくなって。
いや、本能的に分かっていたのかもしれない。
体は正直で背筋から嫌な汗が流れ出していて気持ちが悪かった。
里田の口が重たそうにゆっくりと動く。
「ミキちゃん…らしき人」
不意に。
- 560 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:25
-
ソコカラトビオリタッテ
- 561 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:27
-
続いた声がなにかに仕切られたように遠く聞こえた。
だが、なぜか内容はしっかりと耳に届いていて、
飯田はどうにかそれを聞き間違いだと瞬時に思い込もうとしていた。
「もちろん、それが別人だって可能性もあるけど」
里田はまだ続けていたらしい。
声が届いた。
- 562 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:32
-
「手を握ってたらしいの」
「……手?」
数秒遅れで飯田は反応した。
里田は小さく頷く。
「切断された誰かの手」
切断された誰かの手。
頭の中で反芻する。
どこかで聞いたことのあるフレーズだと思った。
瞬間。
映像が浮かんだ。
Mの死体。
右手のない不完全な少女のオブジェ。
やっぱりそうだったんじゃないか。
なにがそうだったのか自分自身で理解していなかったが飯田はそう思った。
なぜか笑い出したくなった。
だけど、零れてきたのは涙だった。
里田はもうなにも言わなかった。
ただ、優しく自分の肩を撫でてくれる。
それはひどく心地よく、飯田はますます泣きたくなったが
零れそうな涙を手で乱暴に拭うと無理やりに笑顔を作った。
ここで泣くのはフェアじゃないような気がした。
- 563 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/28(水) 06:34
-
別れの間際に。
ごめんなさい、とミキは口にした。
飯田さんの大切な人にはなれなくて、と。
彼女からそう言われた時、飯田はなにも言い返す事ができなかった。
見破られてしまったことが怖くて、引き止めることも放棄してしまった。
飯田が彼女と過ごしたのも、出会う人全てに優しくしていたのも
まさにミキの考えていた――であろう――とおりだったのだ。
誰かの代わりとしてみられていることを、彼女はとっくに気づいていたのだろう。
だから、ミキはあの時もう自分が飯田の傍にいられなくなることを
その代わりができなくなることを謝ってくれたのだ。
謝るべきはこっちのほうだ。
ミキには、もう大切な人がいたのに、
ずっと自分勝手で傲慢な自分に付き合って一緒にいてくれたのだから
感謝こそすれ、泣いてしまうのは間違っているはずだ。
「情報ありがと」
飯田は、まだなにか言いたげな里田に笑いかけると店を後にした。
- 564 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/28(水) 15:16
- ━ ;´Д` ━
- 565 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/28(水) 17:26
- _| ̄|○
- 566 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/28(水) 23:32
- [ ゜皿 ゜][ ゜皿 ゜] [ ゜皿 ゜]
- 567 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 08:58
-
- 568 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:01
-
3
一週間も経つとMの話題はいつのまにか塔から消えてしまった。
その頃、ようやく飯田はミキのいなくなった生活を受け入れなければいけないと思えるようになっていた。
いつまでもくよくよと仕事を休んでいたらミキに怒られる。
彼女以外には客がほとんど来ないとはいえ――
飯田は気合入れに頬を軽く叩くと店の入り口に掲げた休業中の看板を外しに向かった。
その瞬間、飯田の鼻先を掠めてドアが勢いよく開かれ小柄な少女が飛び込んできた。
「ちょっと隠まらせて!!」
いきなりの出来事にポカンと立ち尽くす飯田の脇をすり抜けるようにして
少女は口早にそういうと部屋をキョロキョロと見回し診療台の下に素早くもぐりこんだ。
「ちょ、ちょっとあなた・・・」
我に返った飯田が少女に声をかけようとしたとき再び店のドアが乱暴に開かれる。
驚いて振り返ると今度はやけにスレた感じの女が入ってきた。
- 569 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:02
-
女は不躾に部屋を見回すとツカツカと飯田に歩み寄り
「この子、ここに来ませんでしたか?」
懐から取り出した写真をすっと差し出した。
飯田は、訝しげにそれに目を向ける。
そこに写っていたのは少しピンボケ気味だが紛れもなく今しがた飛び込んできた少女だった。
女に気づかれないように一瞬だけ視線を診療台のほうに向ける。
どうしよう、とは思わなかった。
「さぁ、来てませんけど・・・・・・なにかしたんですか、この子?」
女の目がキュッと細められる。
「余計なことは聞かないほうが利口ですよ。
この辺に逃げ込んでるはずなんでもし見かけたらすぐに連絡をしてください」
女は連絡先のかかれたメモを飯田に押し付けるように手渡し去っていった。
- 570 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:03
-
飯田は、その後姿を店先まで見送りふぅっと息をつく。
嘘は気分のいいものじゃない。
首を捻りながら店内へ戻ると丁度少女が診療台の下から這い出てくるところだった。
その姿に飯田ははっとなる。どことなくその姿はあの子に似ていた。
「…ね、ねぇ」
「おっ!」
飯田の声に少女が顔をあげ
「さっきは助かったで、おばちゃん」
ニカッと笑った。
その笑顔は可愛らしいものだったが、おばちゃん呼ばわりされた飯田の眉間に自然皺が寄る。
やっぱり、全然似てない。飯田は、心の中で苛立ち混じりに呟いた。
- 571 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:13
-
- 572 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:14
-
「お茶菓子もな〜」
まるでミキのようにベッドに腰を掛け
所在なさげに足をブラブラとさせながら加護亜依と名乗る少女は遠慮のない口調で言った。
彼女のためにジュースを用意していた飯田は呆れながら小さく息をつき
「はいはい」と返す。
加護は満足げに笑うと物珍しげに部屋を見回しはじめた。
「はい、どうぞ」
何年ぶりかに使うトレイにジュースの入ったコップと申し訳程度のお菓子をのせて飯田は加護に手渡す。
加護は「おおきに」とそれを受け取ると自分の横に置いた。
彼女がお菓子を口に運ぶたびにぽろぽろとカスがこぼれる。
それは覚えのある光景だった。
「・・・じ」
思わずあの子の名前が漏れる。
- 573 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:16
-
加護は食べるのに夢中で飯田の声には気づかなかったようだ。
こちらを振り向きもしない。
飯田は今にも泣きだしそうな顔で加護から視線を逸らし、
そのまま倒れこむようにソファに腰を掛けた。
自身の気持ちを落ち着かせるために深く息を吸って吐き出す。
そして、再び加護に視線を合わせ
「……どうして追われてたの?」
「ん〜、それが・・・な・・・・・・・うん」
お菓子を食べながら口を開くのでなにを言っているのかまったく聞き取れない。
普段なら呆れるところだが、少しだけ助かったような気がする。
「食べてから喋りなよ」
「うん」
加護は、素直に頷くとよほどお腹が空いているのか
パクパクと勢いよくお菓子を口に運んでいく。
まったくあの子と目の前の少女には似たところなどないのに――
ふとした所でなぜか重なる姿に飯田は泣きそうな顔のまま苦笑した。
- 574 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:16
-
――あの子は殺さないと
――カオリが殺せないなら私が始末するけど
- 575 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:17
-
「ごちそうさまー」
少女の声に飯田ははっと我に返る。
「食べたならさっきの質問に答えてよ」
「なんやったっけ?」
「なにしたの?っていう話」
ゴホンと咳払いを1つ、飯田は加護に言う。
「そうやった。ま、たいした事じゃないんやけど、ちょっとコレ売ってたら
なんやあのおばはんのシマやったみたいで」
加護はポケットの中から透明な袋に入った錠剤を取り出し自慢げに揺らした。
飯田は、眉を寄せる。見たことがあった。
- 576 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:18
-
加護の手にあるのはおそらく非合法のドラッグだ。
それも随分質の悪い性質を持つことで有名な類の。名称はheavenといったか。
このドラッグは、一度投与するともう薬から二度と離れることができなくなる。
依存性という理由だけではない。
Heavenは断とうとするとすぐに死神が襲いかかる。
かといって、投与し続ければ確実に体は蝕まれていく。
二者択一もなにもない。
手にしたが最後。待っているのは死だけ。
Heavenとはそういう意味で付けられたのかもしれない。
だが、死のリスクをもってして得られる快感は他のドラッグの比ではないと言われている。
だからこそ廃れることなく売れるのだろうが――
需要があるから供給があるのは当たり前だ。
飯田は、heavenも含めドラッグ産業全体に関して、そう思っている。
しかし、並のドラッグならいざしらずheavenを供給しているものが
加護のような子供だとは思ってもいなかった。
彼女は、自分の売ったドラッグで確実に誰かが死ぬことを知っていながらそうしているのだろうか。
- 577 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:19
-
「だいたい、シマとか古すぎやっちゅうねん」
険しい顔の飯田に気づいた風もなく加護は口を尖らせている。
「加護・・・」
飯田は、静かに立ち上がる。
「なんでそんな薬売るの?」
飯田の問いかけに加護は、およそその年頃の少女らしくないひねた笑みを浮かべた。
「そんなん決まってるやん、生きるためや!!」
ピッと人差し指を立てる。
きっぱりとした口調。
飯田は、悲しげに顔を歪ませて髪をかきあげた。
「自分が生きるためなら他の人を殺してもいいの?」
「……そうや」
詰問調になってしまった問いに加護は眉根を寄せ唇を突き上がらせ不快そうに頷く。
- 578 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/29(木) 09:20
-
「でも・・・」
「誰だって自分が一番かわいいやろ!みんな、そうやって生きとるやんか!!」
加護は、キレたように叫ぶと診療台から飛び降りる。
言い返せず唖然とする飯田をギロッと睨みつけ
「助けてもらったけど説教はお断りや」出て行ってしまった。
乱暴に閉められたドアのせいか微かに薬品棚のガラスが揺れる。
「・・・・・・その通りだけど」
飯田は、ポツリと呟く。
だけど――そうやって誰かを犠牲にして生き抜いて、
いつか後悔するのは他ならぬ自分だと言うことを彼女は知らない。
自分がそうだったように、本当に大切な人に出会ったときはじめて
犯してきた罪の重さに気づかされるのだ。
他人の命を奪って生きていくことがどういうことなのか。
そして、必ず貯まったツケはまわってくる。
確実に――
飯田は、なにかから耐えるように唇を噛んだ。
- 579 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/29(木) 21:27
- [ ゜皿 ゜]
- 580 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/30(金) 01:50
- 〆⌒ヽ
( ‘д‘)
- 581 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:07
-
- 582 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:08
-
4
あの子は、自分に懐いていた。
素直に愛しいと思えた。
それなのに――
- 583 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:09
-
※
「どうする?」
向かい合うようにして座る女が静かに問う。
答えの分かりきっている質問。
自分に決断をさせようとでもいうのか。
「分かってるんでしょ」
飯田は金属製の固い椅子に座り女の口元だけを見ていた。
「あの子は、殺さないと」
赤い唇が紡ぐ言語はまるで異国の言葉のようで理解できない。
ため息。
「カオリが殺せないなら私が始末するけど」
その言葉にようやく飯田は視線を上げる。
女の鋭い目。
白い服を来た悪魔。
「カオは・・・・・・」
声が震えた。
- 584 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:10
-
※
あの時、どうして自分はなにもしなかったのだろう。
一緒に逃げられず
守ることもできないのならば
いっそのこと死んでしまえばよかったのだ。
あの子は最後の最後まで自分を信じてくれていたというのに――
※
- 585 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:10
-
「いいらさん、さっき石黒さんがコレくれました」
はずんだ息で駆け寄ってくる。
「コレ、飲んだらのんの病気治るよって」
嬉しそうに
「治ったらまた一緒に遊んでくれますか?」
純粋な眼差しが突き刺さる。
泣いていることに気づかれないよう必死で笑った。
きっと奇妙な顔になっていたのだろう、彼女は不思議そうな瞳で自分を見上げていた。
- 586 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:11
-
※
あの子のための墓を掘る。
あの子をおくるために
祈りながら
祈る存在などそれまで一度だって信じたことはなかったのに
その気持ちだけが自分の中に存在していたことに笑いたくなった。
手が悴み真っ赤になっても
飯田は休まなかった。
こらえていた涙が頬を伝い
それさえも気づかず口元に笑みをたたえて
泣きながら、笑いながら――
飯田は、墓を掘り続けた。
- 587 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:11
-
- 588 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/30(金) 08:13
-
暗くなった部屋の灯りもつけず飯田は加護の出て行った扉を力なく見つめていた。
彼女が自分と同じ道を歩まなくてすむようにできることはなんだろうか。
なにをしてあげればいいのだろうか。
分からない。
そんなことをする権利が自分にあるのかどうかも。
そんなことが自分にできるのかどうかも。
助けようとしたミキでさえ助ける事ができなかったというのに。
だが――
何もせずにはいられない。
今の自分に分かっているのは、動き出さなければ何一つ変わらないのだということだけだ。
皮肉にもミキを引き止められなかったことで理解した。
だから、飯田は動き出す。
今度は後悔しないために。
いまだその手に何一つ掴めぬまま。
- 589 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/30(金) 10:39
- (((( ;゜Д゜)))
- 590 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/30(金) 21:52
- ( ´D`)y−~~
- 591 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/31(土) 01:07
- ( ´,_ゝ`)ププーッ
- 592 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/31(土) 05:15
- ヽ(゜皿゜)ヽ
- 593 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:45
-
- 594 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:47
-
5
加護亜依はドアを開けてすぐ目の前にある階段に腰をかけて眠っていた。
まだ追っ手が近くにいるだろうからここにいる方が安全だと判断でもしたのだろう。
警戒心の欠片もない寝顔に飯田は苦笑する。
「・・・加護」
かがみこんで揺さぶる。
加護は、目をこすりながらまだぼんやりとした視線を飯田に合わせた。
途端、それは鋭いものに変わる。
飯田は、辛そうに顔を歪め
「・・・あんたの目は子供のするものじゃないよ」
加護の隣に座った。
- 595 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:47
-
「ねぇ」
「・・・・・・」
返事は返ってこない。
かまわず飯田は続ける。
「行くところないんだったらここで暮らしなよ」
言うと、疑り深い眼差しが向けられる。
飯田は、微苦笑し
「カオリさ〜、一人ぼっちなんだよね」
自嘲気味な呟きをもらす。
微かに触れている加護の肩がピクリと動いた。
- 596 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:49
-
「大切な女の子がいたんだけどね、その子はカオリのせいで死んじゃったの・・・
生きてたらきっと加護と同じ年くらいかな」
それを口に出して飯田は軽い驚きを覚えた。
あの時から目を背けていたはずのあの子の死が、
自分の中でもう過去のものになってしまっていることに気づいてしまったから。
悲しくないわけじゃない。
辛くないわけじゃない。
だけど――
口に出せるまでにはなってしまっていたのだ。
その事実をずっと認めたくなくて――今まで誰にも、ミキにも話さずにいたのかもしれない。
「ふ〜ん」
少しの間のあと、簡単な相槌が返ってくる。
- 597 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:50
-
「最近もね、助けたいなと思ってた子を助けられなかったの」
もっと早く気づいていれば
ミキに話していたならもう少しだけなにかが変わっていたのかもしれない。
なんにしても遅すぎた。
「最悪でしょ」
飯田は、加護に笑いかけた。
泣いているともとれるようなあの笑顔で。
加護は、困ったように飯田から目をそらす。
「・・・うちのおかんがな、生きとった頃口癖みたいに言うてたんやけど」
ポツリと漏らす。
「え?」
「最悪なことに全部耐えたらあとに残るんは最高のことなんやって」
ポリポリと首を掻きながら言う。
おかんは最悪の途中で死んだからほんまのことかどうか分からんけどな。
加護はそう付け加えて飯田に茶目っ気たっぷりな視線を向けた。
- 598 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:50
-
「じゃぁ、加護は?」
「うちがなに?」
「今から最高になってくと思う?」
飯田が問うと加護はへっと笑った。
「そら、おばちゃん次第やな」
加護の言葉は自分と一緒に暮らすことへの了承。
だが、飯田はそれよりもその中のある単語に激しく反応を示した。
「おばちゃんじゃないでしょ」
「お、お姉ちゃんや。お姉ちゃん次第な」
加護が慌てて言い直す。
飯田は満足げに頷く。
「そうそう」
「ったく、しゃあないおば・・・お姉ちゃんやな〜」
呆れたような声で加護は言った。
- 599 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:51
-
- 600 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:51
-
※
彼女と暮らすことは、己が救えなかった人たちに対する罪滅ぼしではない。
きっとこれはただの自己満足で。
でも、それはそれでいいのだろう。
自分に裁きの時がくるその時まで
塔はいつまでも変わらずにこうしてありつづけるのだから。
- 601 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:51
- Fine
- 602 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:51
-
- 603 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:52
-
―――――――――――――――――
いつだってどこだって
生きようと思えば生きられる
いつだってどこだって
なにがあったって
そう思うかぎりは生きていける
―――――――――――――――――
- 604 名前:第9話 未来 投稿日:2004/01/31(土) 10:52
-
- 605 名前:七誌 投稿日:2004/01/31(土) 10:53
-
第1話
( ・e・)<とにもかくにもごめんなさい
第2話
(o^〜^o)(●´−`●)<とりとめもなくごめんなさい。
第3話
川 ’−’)<とりあえずごめんなさい。
第4話
从 `,_っ´)从*・ 。.・)ノノ*^-^)<そこはかとなくごめんなさい
第5話
( ^▽^)川σ_σ||<なにはともあれごめんなさい
第6話
∬´▽`)川o・-・)<かぎりなくごめんなさい
第7、8話
(〜^◇^)川VvV从从‘ 。‘从<どうしようもなくごめんなさい。
第9話
( ´D`)( ゜皿 ゜)( ‘д‘)<なんやかんやでごめんなさい。
- 606 名前:七誌 投稿日:2004/01/31(土) 10:55
- 初っ端からレスなし放置なんて失礼ぶっこいてはじめたことをお詫び申し上げ( `.∀´)
この作品は自分の中で色んな意味で実験作でした。
と、一度は言ってみたかったので言ってみただけです。
当初は藤本さんだけじゃなく飯田さん中心の話もがんがんはいっていく予定だったのは秘密です。
ぶっちゃけ飯田さんと辻さんの過去話やらなんやらかんやら書いていたのに
どうしても自分の中で(゚听)感が払拭できなかったためにカットしたのはさらに秘密です。
個別に見るととても気にいってますなんて口が裂けてもいえません。
そんなわけで飯田さん中心の話が閑話と6話と最終話ぐらいという
体たらくに終わったのは物凄い勢いで秘密にしてください。気のせいです、たぶん。
ツッコミどころ満載のこの話を読んでくださった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
皆様の顔文字レス+途中の_, ,_増殖事件のおかげで(((( ;゚Д゚)))(*´∀`)しながら
ここまでこれました。本当にありがとうございました。
- 607 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/31(土) 11:31
- (* ´ Д `)(从#~∀~#从( `.∀´)<!!!
- 608 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/31(土) 14:47
- …完結ですよね?書き込んでいいんですよね?
………作者さん、最高でした!
毎回更新が待ち遠しく、予想以上の更新内容に驚いたり。
色んな意味で楽しませてもらいました。
この三ヶ月、あっという間でした。ありがとうございます。
- 609 名前:名も無き読者 投稿日:2004/01/31(土) 15:15
- 完結おめでとうござい( `.∀´)
最初に見つけて読んだ時は震え上がりましたよ、ホント。。。
なんていうかもう、感動した!!!って感じです。
この作品に出会わせてくれたくれた作者さんに、
心より御礼申し上げます。
- 610 名前:名前なんて無い読者 投稿日:2004/02/01(日) 20:00
- 完結オメデトウゴザイマス!そしてオツカレサマです!
なんですか、すっごいヨカッタですよ!
みきてぃ超カッコイイ!カッコイイみきてぃが異常にスキなんでw
あやみきではなかなか無い話だなぁと
思ってずっと読んでましたが、毎回毎回更新が楽しみでした。
『ことミック』の〆セリフ(?)が出てきたのにもニヤリとしました。
いやぁ、大好きデス!大好きでしたよー!
また次回作とかあるのでしたら楽しみにしてますね!
ホントにオツカレさまでしたぁ!
- 611 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/01(日) 20:11
-
- 612 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/02(月) 17:16
- すごく良かったよ
- 613 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/02(月) 18:51
- お疲れ様。最高だよ
- 614 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/04(水) 01:13
- 2夜かけて読ませていただきました。
随所グロ系あったんで、ちょっと「うっ」と思われるところもあったんですけど
それよりも、7〜8話の方が吐き気がしました。
こういう作品は2度目です。
えー。グロ作品って言ってるみたいですが違います。感動してって意味です。
完結乙でした。
- 615 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/06(金) 14:31
- 読了。すごい惹き込まれた。
良かった。次回作ができたら教えて。
- 616 名前:七誌 投稿日:2004/02/10(火) 10:09
- >>607 その5人の存在を忘れてたわけでは決して……ヽ(゚∀。)ノ
>>608 自分でも予想以上の方向に話が転がってたり転がらなかったり。
>>609 ありがとうござい( `.∀´)
>>610 コンセプトはカッコいいみきてぃ。嘘です。
>>612 よかったです(*´д`)ハァハァ
>>613 最高です(*´д`)
>>614 7,8話はどこぞの板にあるスプラッタ短編集に載せようと思って書いたお話が元だったり
どの板か忘れたのでやめたんですね、これが。新境地感動グロ系_| ̄|○
>>615 そういって頂けると嬉しいです、ありがとうござい( `.∀´)
次回作があるとしたら、
名無しさんでこっそりという感じになるかもしれません。
自分の活動板は色じゃない板なんで速攻で見つかりそうだぁヽ(゚∀。)ノ
まぁ、今書いている話は当分完成しそうにないわけですが(´・ω・`)
- 617 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/11(水) 22:33
- とてもおもしろかったです。
自分の大好きなドラマに雰囲気が似ていて(こんな感想嬉しくないよね、ごめん)
うまい褒め言葉を知らんのです。勘弁すれ。
七誌ハァハァ
- 618 名前:七誌 投稿日:2004/02/24(火) 01:12
- >>617
褒め言葉よりもほしいのは幾千万の(*゚∀゚)=3ハァハァ!!
冗談です。ありがとうございます。よかったら大好きなドラマ名プリプリプリーズ
- 619 名前:保健室のお姉さん 投稿日:2004/02/24(火) 01:16
- 〜ぷろろーぐ〜
七不思議の謎を解明
これが私の今年の目標である。
といっても、もうすでに6つの謎は解明済みで残りは一つになっている。
とりあえず、謎の解明ができた6つの怪談をファイルにまとめておこう。
※ ※
1.合格者の悲劇。
投票で生徒会長に選ばれた人よりも副会長その他生徒会メンバーが実権を握る
(文献調査の結果、それは何年か前のH先輩の代だけで後の生徒会はそうでもなかった
2.恐怖の焼きそば。
調理実習で焼きそばを作るとクラス中が病院送りになる
(科学的調査の結果、去年、卒業したI先輩の類まれない調理法によるものが原因だった。
しかし、焼きそばは調理実習メニューからはずされている
3.社会科資料室の地図。
なぜかそこにある世界地図は上下逆さまになっている
(聞き込み調査の結果、去年卒業した南半球出身という噂のF先輩が掃除当番だったらしい
4.謎のカラオケ館。
ある部室にある見事なカラオケセット
(聞き込み調査の結果、大昔にT学長が「学生はロックや」と息巻いて
作られた軽音部が変化したものらしい。今は活動らしい活動はしていない。
5.猫の鳴き声。
毎日放課後になると音楽室から聞こえてくる謎の声
(目撃情報、中等部のMさんが校舎の裏庭で猫をおびき寄せていたらしい。
私は未確認だが写真は入手できたので信憑性は高いものといえる。
6.放送部ジャック。
お昼休みに流れる校内放送で延々と流れる放送部員ではない人の声
(放送室を覗き見した結果、高等部のMさんが放送部員を殴り倒して放送をしていた。
※ ※
こうして文字に起こしてみると少しも怖くないどころか不思議でもないことばかりだ。
どうして、こんなものが学園七不思議として恐れられているのかいささか不可解である。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
世界中の不思議は全てこの私に解明されるためにあるのだ。
その一歩として我学園七不思議最後の一つを徹底的に調べあげなければいけない。
- 620 名前:ぷろろーぐ 投稿日:2004/02/24(火) 01:19
-
私は、残りの一つに関する極微量の資料を手に取る。
「…魔の保健室、か」
それが、最後の七不思議の名前だ。
毎年、数いる保険委員の中から一人だけ保健室の生贄に選ばれるという。
しかし、誰が生贄になったのか、そしてその実態とはなんなのか
いまだ真相は闇のベールに包まれたままになっている。
なぜかというと、生贄に選ばれた保険委員はその一学期をやり過ごすと
誰もがその過去を隠したいのか口を貝のように固く閉ざしてしまうのだ。
そのため、全ての学年の元保険委員に聞き込みをしてまわってもこれといった収穫は得られなかった。
だがしかし、ここで諦めてしまうわけにはいかない。
この新聞部部長、といっても部員は私だけだが。
ともかく、スクープの鬼紺野あさ美――通称カボチャが似合う女コンコン――
がこのまま引き下がってたまるものか。
燃えるスクープ魂とある決意を胸に私は今日この日を向かえた。
- 621 名前:第1話 立候補しますがなにか? 投稿日:2004/02/24(火) 01:25
-
新学期。
教卓の周囲では、委員決めのジャンケンが凄まじい勢いで繰り広げられている。
誰も彼も恐怖の保健委員にだけはなりたくないのだ。
さっさと他の委員の座を射止めて安全圏に脱出したい。
彼女たちの顔にはそんな祈りと焦りの色が濃く窺えた。
「体育委員、ゲッチュー!!」
そう高らかに宣言するものがいれば、絶望の溜息をもらすものもいる。
阿鼻叫喚の堝とかした教卓周りから上手く逃げ出した教師は、
毎学期毎学期なぜ委員決めの時だけ生徒たちが
命のやり取りをするかのように必死になるのかが分からないと言った風に
呆然とその光景を眺めている。
そして、彼と同様にその光景を覚めた目で遠巻きに眺めている生徒が一人がいた。
紺野あさ美だ。
「あさ美ちゃん」
どうやら安全な委員を勝ち取ってきたらしいあさ美の入学来の親友
小川麻琴が嬉々とした様相で声をかけてきた。
- 622 名前:第1話 立候補しますがなにか? 投稿日:2004/02/24(火) 01:27
-
「あ、まこっちゃん、決まったの?」
「うん。学食委員」
「学食委員。まこっちゃんらしいね」
あさ美は、学食委員活動中のトレードマーク、白い割烹着姿をきた麻琴の姿を想像して、
その余りの違和感のなさにクスクスと笑った。
そんなあさ美を不思議そうに見ながら麻琴も吊られたように笑う。
しかし、すぐにその笑顔を打ち消し
「それより、あさ美ちゃん」
なぜか声を潜める。
「ん?」
「……さっき言ってたこと本当にするの?」
止めときなよ、と言いたげな瞳を見つめ返しながらあさ美は
「……これは戦争なんだよ」
言った。
麻琴はポッカーンと元々開いて言た口をさらに開ける。
「新聞部の意地と名誉にかけて」
「新聞部ってあさ美ちゃん一人じゃん」
「いいの。ともかく、この世に解けない不思議はないんだよ、まこっちゃん」
ニヤリと笑ったあさ美に麻琴は少し引き気味に
「でも、命を懸けてまで調べることでもないよ」
口にする。
それに対して、甘いなぁという風にあさ美は立てた人指し指を横に振り
「限りある命を大切にする時代はもう終わったんだよ、小川麻琴君。
そう、危険はいつもすぐそこ。ならば飛び込んでみせよう、それがコンコン道ってものだからっ!!!!」
「・・・・・・あさ美ちゃん、なんか変な漫画でも読んだの?」
「失礼な」
あさ美は頬を膨らまして教卓に目をやった。
先程の喧騒はいつのまにか収まっている。
戦いの勝者はホッとした表情で、敗れたものは今にも救急車が必要なほど青ざめて、
席についている。彼女たちの視線が注がれているのは黒板の文字。
委員名の下に誰の名前もない委員が一つ。
それが意味すること。まだ決まっていないということ。
- 623 名前:第1話 立候補しますがなにか? 投稿日:2004/02/24(火) 01:30
-
「……また保健委員か」
教師は聞き取れないほど小さな声でつぶやくと、
なぜか緊張気味に誰もいなくなった教卓に立つ。
「…えぇっと、保健委員だけがまだ決まっていないようだが、誰か立候補する者はいないか?」
なるべく生徒たちと目が合わないように視線を泳がせながら教師が言う。
「はいっ!!」
あさ美は、思いっきり手を上げた。
麻琴が諦めたように首を振り、クラスメイトたちは目の玉をかっぴろげて
唯一つ上がったあさ美の手を見つめた。しかし
「いないな。分かってる。聞いて見ただけだ」
聞いた後、すぐに生徒に背を向けた小心者の教師だけはあさ美の挙手に気づかなかったらしい。
「じゃぁ、まだ委員になってないやつでじゃんけんな」
「はいはいはいはいはい!!」
あさ美は必死だ。
麻琴は呆れながら彼女を見る。
「いいか、これで決まっても俺を恨むんじゃないぞ」
「はいはいはいはいはいはいはいはい」
あさ美は必死すぎだ。
麻琴はあきれ返りながら彼女を見る。
「なんだ、さっきからはいはいうるさいっ!!」
教師がようやくあさ美の声に振り替える。
あさ美は、悠然とした笑みを浮かべて立ち上がった。
「私が保健委員に立候補しますがなにか?」
あさ美の声に教室中に大歓声が沸きあがった。
それが歓喜のものなのかなんなのか、呆れかえりすぎて呆けていた麻琴には判断できなかった。
つづく
- 624 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/24(火) 13:59
-
その日の紺野あさ美は誰の目から見ても興奮していた。
今日は、あさ美が待ちに待った委員会がある日だ。
学園七不思議のために恐怖の保健委員となったあさ美にとっては、
まさに聖戦の幕開けといったところだろう。
「ぼぇえええ〜♪」
登校時から休み時間から暇さえあればあさ美は意気揚々と歌を歌っている。
その歌声は耳を塞いでいても直接脳に届いてくる最悪なものだ。
あさ美から発せられる超音波に付き合わされたクラスメイトたちは
皆一様に軽い頭痛を覚えはじめていた。
だが、彼女の一番の被害者は、隣の席にいる小川麻琴だろう。
至近距離からの脳みそ直接アタック。
あなたの細胞に土足でおじゃま、歌声は麻琴にそう告げているようだった。
最後の授業が終わる頃には麻琴の顔は蒼白になっており――
霊能力のあるクラスメイトの一人は、麻琴のポカンと開けられた口から
彼女の魂が出かかっているのを見てしまうほどだった。
- 625 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/24(火) 14:00
-
しかし、あさ美は気づかない。
気づいても自分の歌声のせいだとは思わない。
クラスメイトが帰っても歌い続ける。
委員会が開かれる教室に移動する時も歌を歌う。
途中まであさ美と同じ方向の麻琴の魂はますます磨り減りピンチになっていく。
麻琴は朦朧とする意識の中でお花畑をみた。
遅まきながら自分の命がピンチだと気づいた彼女は
「あ、あさ美ちゃん」
たまらずあさ美に声をかけた。
あさ美の歌声が止まる。
「…ん?なに?」
「あ、あ、あのね」
はっきり『音痴は歌うな』と言えないのが麻琴の優しさなのかなんなのか。
呼びかけたはいいが続く言葉は見つからない。
朝から破壊されつくした脳みそは既に活動停止状態。
- 626 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/24(火) 14:02
-
「なに、まこっちゃん?」
「えっとぉ〜…あ!委員会でないほうがいいんじゃないの?」
この話題があった。麻琴は口早に言う。
あさ美の顔がなに抜かしやがるんだ、このピグモンと言った風にゆがめられた。
ピグモンってなんだろう。浮かんできた疑問。
それはこの際どうでもいいとして、麻琴は続ける。
「・・・だって、やっぱり危ないよ。死んじゃったらどうするの?」
「死なないよ。ちゃんと調べてるから」
「調べたってなにを?」
「歴代の保健委員の名簿」
あさ美は鞄からきっちりファイリングされた資料を面倒くさそうに取り出す。
彼女は目的の部分を探しているのかパラパラとページをめくり――
その中に、かなり極秘の学長以外門外不出だろうといってもいいほどのものが
あったのは気のせいだろうか――そして、ようやく見つけたのか
麻琴に「ほら、これ見てよ」と差し出した。
中等部から高等部の6学年30クラスから選ばれた前学期の保健委員の名前がずらりと並ぶ。
「で?」
「だから、ちゃんと全員の教室に尋ねて生存を確認してきたの」
グッと親指を立てるあさ美。
たいした下準備だ。
麻琴は感心しながら再び名簿に目を落とし――
「ん?」
あることに気づいた。
- 627 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/24(火) 14:02
-
「なに?」
「……この名簿、一クラス足りなくない?」
「え?」
あさ美が名簿に目を落とす。
「ほら、3年4組」
麻琴は空白になっている欄を指差す。
「ホントだ…どうして?」
さっきまで余裕綽々だったあさ美から動揺の声が漏れる。
「絶対ヤバいんだって。3年4組の人死んじゃったから消されたんだよ」
「えぇ!?どうしよう、まこっちゃん」
「委員会さぼっちゃえ!」
あさ美を心配しての言葉。
しかし、あさ美は
「それはダメ!無理!!ありえない!!!」
命を張ってまで七不思議を解きたいのか、はたまた部員一名の新聞部員の意地なのか、
頑として首を縦に振らない。
「じゃぁ、どうするの?」
「……こうなったら3年4組の保健委員を見つける!!」
「えぇっ!?」
「ほら、行くよまこっちゃん!!」
「えぇっ!?」
あさ美の言葉に驚いていると物凄い力で腕を引っ張られる。
あさ美が腕を掴んで猛然と走り出したのだ。
「ウッヒョォオオオオオ!!!!」
麻琴は悲鳴を上げてあさ美に引きずられていった。
- 628 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/24(火) 14:04
-
※
3年4組。
放課後だというのにまだ残ってお喋りをしている者が多いのか
ドアの隙間から笑い声が漏れている。
「あさ美ちゃん、どうするの?」
知り合いもいない。誰が保健委員だったのかもわからない。
なんの接点もない上級生のクラス。
どうする気なのだろう。
麻琴が不安に思いながらあさ美に目をやった瞬間
「たぁのもぉおおおおおお!!!!」
ガラガラと勢いよくあさ美がドアを開けた。
それも
「えぇ!?」
麻琴が立っている側のドアをだ。
なんてことをするんだ、こいつは。
温厚な麻琴もあさ美のこの行動にはさすがに怒りを覚えた。
あさ美を恨みの目で睨みつけると彼女はそ知らぬ顔で口笛を吹く始末。
教室内にいた上級生たちの視線が一斉に麻琴に注がれている。
その中の一人が立ち上がった。
明らかに校則に引っかかっている明るい髪、肌は外人のように白く、背は高い。
ついでにいうと体重も結構あるようだ。
痩せればかなりの美形になりそうだが、二重の大きな瞳は瞼についた脂肪のせいなのか
少々潰れている。彼女は、麻琴の傍まで来ると
「……なんか用?」
ぶっきらぼうに言った。
怖い――麻琴は横目であさ美に助けを求めたが、
いつのまにかあさ美は窓からの景色を眺める生徒Aの演技をしていた。
恨むよ……
心の中でつぶやき目の前の彼女に視線を戻す。
- 629 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/24(火) 14:05
-
「あ、あの」
「ん?」
「前学期、保健委員をしていた方の名前を教えて頂きたいんですけど」
麻琴の言葉に彼女は鋭い目つきになった。
怖い。麻琴は思わず身をすくませる。
それに気づいたのか彼女は困ったように小さく息を吐いて麻琴の頭を優しく撫ぜた。
思ったよりも怖くないのかもしれない。
単純な麻琴はすぐにそう思いなおして安心する。
相手が怖くないなら図々しくなるというもの。
「名前だけでいいんですけど」
「悪いけどそれは言えないんだよ」
「お願いしますよぉ」
「無理。っていうか、本人以外言っちゃいけないって緘口令しかれてるから」
「その本人が分からないから聞いてるんです」
「気合で探すんだ!!お前は根性のありそうな顔をしてる!!あたしが保障する!!」
「なんでですかぁ?」
「ともかく、言えないものは言えない。ごめんね」
彼女は、そう言うとピシャリとドアを閉めてしまった。
慌てて麻琴が開けようとするとガチャッと鍵の掛かる音がする。
「あぁっ!!鍵かけたぁあっ!!!ひどい!!」
「えぇっ!!後藤さんが保健委員だったんですかぁ!?」
麻琴の悲痛な叫びに被さるようにして背後で驚きの声が上がった。
- 630 名前:名も無き読者 投稿日:2004/02/24(火) 15:43
- (*゚∀゚)=3ハァハァ!!
- 631 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/24(火) 19:33
- (*゚∀゚)=3 ムッハー
- 632 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/25(水) 10:49
-
振り返ると、あさ美が嬉しそうに誰かと話している。
こっちは、彼女のために必死だというのに。なんてヤツだ。
ムカムカしながらあさ美の隣に移動する。
あさ美の話し相手の顔を見て麻琴は小さく声を漏らした。
麻琴は彼女のことをよく知っていた。
小学生の頃、一緒に登下校をしていた後藤真希。
中学で転校してこの町をでていったのにまた戻ってきていたのか。
自分のことを覚えていてくれているのだろうか。
懐かしさと期待に胸を膨らませていると彼女が「んぁ?」と首をかしげた。
「あ、同じクラスの小川麻琴ちゃんです」
あさ美が麻琴を紹介をする。
麻琴はペコリと頭を下げた。
真希は口元だけで微笑むがたいした反応を見せてはくれなかった。
昔の彼女は、寝てるか食べてるかどちらかの人だった。
金魚の糞の如く後ろをついてまわっていただけの自分のことなど覚えているワケがないか、少し落胆する。
「で、まこっちゃん、こちらは」
そんな麻琴の気も知らないで今度は真希を紹介しようとするあさ美。
そこで奇跡が起きた。
「小川は知ってるよね、あたしのこと」
真希が、悪戯っ子のような口調でそう言ったのだ。
「は、はい!後藤さん」
麻琴は、ぶんぶんと首を縦に振った。
真希が「首取れるよ」と笑う。照れくさくなって麻琴も笑った。
「なに、知り合いだったの?」
あさ美が小声で聞いてくる。
「まぁね。それより、後藤さんとなに話してたの?」
「後藤さんが4組の保健委員だったって」
「え!?」
麻琴は驚いて真希を見る。真希は、軽く肩をすくめた。
- 633 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/25(水) 10:51
-
「それで話戻るんですけど」
「んぁ?」
「保健委員の活動ってどんなものでした?なにがあったんですか!?
保健室にはなにが潜んでいるんですか!?」
あさ美がとてつもない勢いで真希に詰め寄る。
「ん、んぁ!?」
「見てください、この名簿。後藤さんの名前だけないんです!!
これは後藤さんが保健室の生贄だったということでよろしいんですよね!」
矢継ぎ早の質問に真希が困ったように後ずさる。
あさ美はさらに詰め寄る。
鬼気迫る迫力に殺されると思ったのか真希が麻琴に救いの視線を投げる。
それに気づいて、呆気に取られていた麻琴は慌てて二人の間に割って入った。
「あさ美ちゃん!!ストップストップ!!」
「邪魔しないで!!これはスクープだよ!!」
「スクープもいいけどストップ!!!」
じたばたと暴れるあさ美を必死で食い止める麻琴。
傍観を決め込んだらしく二人の動きを楽しげに眺めている真希。
さっき助けを求めていたくせにちょっとひどい、と麻琴は思った。
「とりあえず、落ちついてあさ美ちゃん。ほら、後藤さん困ってるから!!」
「え?」
後藤さんという単語にピクリとあさ美が反応する。
ようやく我に返ったらしい。あさ美の体から力が抜ける。
麻琴は、ホッとして廊下にへたり込んだ。
拘束が緩んだあさ美は真希に一歩近づく。真希は、警戒態勢。
なにかあったら100m先まで逃げますよ状態。
- 634 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/25(水) 10:53
-
「いったい、どうしたの?紺野」
「後藤さん、保健委員の生贄ってなんなんですか?」
「んぁ、それは言っちゃいけないんだって」
「そこをどうにか」
「そう言われても……」
あさ美の懇願に真希は困ってしまったのか頭に手をやる。
「あさ美ちゃん、今学期の保健委員なんです」
廊下にへたり込んだまま麻琴はあさ美に助け舟をだす。
真希が「へぇ、そうなんだ」とあさ美を見た。
少し態度の変わった真希に気づいてあさ美は
「そうなんですよ。だから予備知識を持って委員会に出たいんです」
しおらしく言う。
「…んぁ、そういうことか。でも、安心しなよ」
「え?」
「七不思議みたいなことはないから」
「本当ですか!」
「うん、ただ」
「なら、よかった。安心して行ってきます」
真希が言葉を言い終わるよりも先にあさ美はペコリと頭を下げると
委員会の行われている教室に向かって一目散に駆け出して言った。
呆気に取られて見送る真希と置いてけぼりを食らった麻琴。
「……今、なんて言おうとしたんですか?後藤さん」
「んぁ、ただちょっと恥ずかしいかもって」
「そうなんですか」
「そうなんです」
放心状態のまま会話をすると二人は大きな溜息をついた。
- 635 名前:第2話 委員会初活動ですがなにか?前編 投稿日:2004/02/25(水) 10:57
-
※
怖くなんかないさ。お化けなんて嘘さ。
真希の情報を得たあさ美の頭の中はそのフレーズがエンドレスリピート。
一人が生きていれば名簿から抹消されていたほかの保健委員もきっと生きていることだろう。
噂に尾ひれがついて怖いものに変わるのはよくあることだ。
つまり、この噂はまったくといっていいほど怖くない。
「アヒャヒャヒャ、遅れてすみません!!」
あさ美は、委員会が行われている教室のドアを勢いよく開けた。
そこになにが待っているのかも知らずに。
つづく
- 636 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/26(木) 06:34
- (・∀・)
- 637 名前:第3話 委員会初活動ですが、なにか?中編 投稿日:2004/02/26(木) 19:19
-
がっらーん。ぽっつーん。
形容するならこの二つが適しているだろう。
あさ美は、ドアの前に立ち尽くした。遅れたといっても10分ほどだ。
初めての集まりがそんなに短時間で終わるはずがない。
それなのに、委員会が行われているはずの教室に生徒は一人もいない。
生徒はいない。
そこにいるのは養護教諭――簡単に言えば保健室の先生――飯田圭織だけだった。
「…あ、あの」
「あなたみたいな子、毎年いるんだよね」
飯田は、立ち尽くすあさ美に怪しげな笑みを浮かべながら近づく。
あさ美は、思わず息を呑み一歩後ずさりする。
飯田の全てが「おじさんは怪しくないよ。ちょっといい子にしてたらお菓子をあげるからね」
と言って幼子に近づく変態のそれと被って見えたのだ。
あさ美の本能が今すぐバク転で逃げろと告げていた。
なぜ、バク転の必要があるのか。その前にバク転なんてできない。
「つーかまえた!」
自分の本能にツッコミを入れている間に急接近したらしい飯田ががっしりとあさ美の肩を掴んだ。
その力たるやとてもじゃないが振りほどいて逃げられるものではない。
- 638 名前:第3話 委員会初活動ですが、なにか?中編 投稿日:2004/02/26(木) 19:22
-
「やだなぁ、そんなにビクビクしないでよ。あなた、保健委員なんでしょ」
あさ美は、言葉なく頷く。
落ち着きを取戻さなければならない。そう、まだなにも起こっていない。
なにを恐れる必要がある。あさ美は、必死に自分に言い聞かせる。
しかし、彼女は知っている。
自分の本能に誤りなど今だかってなかったことを。
心臓がバクバクと音をたてている。
動機・息切れには養命酒。疲れ目にも養命酒。なんでもかんでも養命酒。
悪霊退散にも使えるのだろうか?
どうにか魔の手から逃げ出すためのアイデアをひねり出そうとしても、
混乱した頭ではかなりどうでもいいことしか浮かんでこない。
あさ美は、ぶんぶんと頭を振る。
「まぁ、ちょっとお姉さんと楽しいお話しましょう」
飯田は、がっしりとあさ美の肩を抱いた。
この状態は逃げ出そうとしたらすぐさまネックハングに持ち込める体勢だ。
絶望の文字が視界をよぎる。
「よし、保健室に行こ。あそこのほうがこれからのことも説明しやすいからね」
保健室。
恐怖の保健室。
薄れゆく意識の中であさ美は自分があれほどなりたかった生贄に
見事に当選したことを知った。これは喜ぶべきことなのか、それとも――
今のあさ美にはそんなことを考える余裕はなかった。
- 639 名前:第3話 委員会初活動ですが、なにか?中編 投稿日:2004/02/26(木) 19:24
-
※
「どうぞ」
「・・・どうも」
ニコニコとお茶を差し出してくる飯田。
あさ美は警戒しながらそれを受け取る。口はつけない。
毒が入っているかもしれないから。
飯田は、そんなあさ美の警戒も露知らず、美味しそうに自分の入れたお茶を飲んでいる。
油断させようとしているのだろうか。あさ美は上目で飯田の一挙手一投足を見張る。
「そうそう、あなた名前なんていうの?」
「え?あ、こん……」
素直に言いかけてあさ美は口をつぐんだ。
本名は伏せておくべきかもしれない。
「コン?コンさんっていうの?」
「あ、いえ。まぁはい」
「どっちよ」
飯田の目がきらりと光る。
どうやらはっきりしないことは嫌いらしい。
「こ、コンコンです」
ついそう口にしてあさ美はしまった!!と思った。
自分のことをそう呼ぶ先輩がいることをあさ美は知っている。
これでは、あまり偽名を使った意味がないではないか。
しかも、コンコンって咳かよ狐かよ。
どうせなら、コンボイあさ美にしておけばよかった。
しかし、後悔しても言ってしまったものは訂正できない。
「コンコン?変な名前ね。でも、コードネーム考えなくてもいいみたいね、その名前だと」
彼女の頭の中のコンピュータには既にあさ美の顔とコンコンで一緒に登録されたようだし。
- 640 名前:第3話 委員会初活動ですが、なにか?中編 投稿日:2004/02/26(木) 19:26
-
「じゃぁ、コンコン。委員会始めましょうか」
「え、委員会って?」
「あなた、保健委員なんでしょ」
ギロリ。
睨まれたあさ美はビクリ。
「そうです。保健委員です」
「じゃぁ、委員会は保健委員会に決まってるでしょ」
「その通りです」
「だよね」
「です」
頷くと飯田がスッとあさ美に手を伸ばした。
あさ美の胸に。
手を。
「な、な、な、なにするんですかぁ!?」
思わず飯田の頭に空手チョップ。
しかし、飯田はまったく効いていないのかムクっと立ち上がりあさ美を睨みつける。
「だから、保健委員会だって言ってるでしょ」
保健委員会。
保健。
保健体育。
もしかして、もしかして――
あさ美の頭の中で破廉恥な校医――もとい、行為にふける飯田が浮かんでくる。
それで、生贄に選ばれた生徒はなにも言えないのか。
- 641 名前:第3話 委員会初活動ですが、なにか?中編 投稿日:2004/02/26(木) 19:29
-
「飯田先生!!」
「なに?」
「こ、こ、これは、犯罪ですよ!!学園新聞にのっけますからね!!」
「ちょっと、なにか勘違いしてない?」
飯田がはじめて動揺を見せる。
無駄な情報ばかり持っているあさ美は知っていた。
どこの学校からも受け入れ先がなくてこの学園が飯田にとって最後に残された一校であることを。
つまり、ここを首になったら彼女はすぐさま路頭に迷うことを。
如何わしい行為を生徒に強要していることが発覚すれば飯田は確実に免職になるだろう。
「勘違いもなにも、名簿から抹消した歴代の保健委員のメンバーに
あなたが手を出したのは覆しようもない事実!!
燃えるパンプキン記者!紺野あさ美!!あなたの犯罪はすべてまるっとお見通しだぁ!!」
あさ美は、ズバッと飯田に指を突きつける。
飯田はなにか弁解でもあるのか「ん?」と眉を寄せた。
この期に及んで往生際の悪い。
鼻息荒くあさ美は「なんですか?」言った。
「あなた、コンコンじゃなかったの?」
「え?」
「今、紺野あさ美って言ったでしょ」
「しまったぁあああああああああああああああ!!!」
紺野あさ美、人生唯一にして最大の失敗。あさ美は、がっくりと膝をつく。
陰陽道の基本。本名と生年月日は他人に知られてはいけないとかなんとかかんとか。
限りなく、怪しい情報をあさ美は心から信じていたのだ。
- 642 名前:第3話 委員会初活動ですが、なにか?中編 投稿日:2004/02/26(木) 19:31
-
「終わった…なにもかも。私がここで先生の欲望に任せた破廉恥な行為を断ったら、
先生に呪い殺されるんだ」
「ちょっと変なこと言わないでよ」
「あひゃあひゃひゃ・・・」
あまりにも話が飛躍しすぎていることなどパニック状態のあさ美が気づくはずがなく。
飯田は、壊れたあさ美を見て嘆息し
「まぁいいや。とりあえず、サイズ測らせてもらうからね」
しかしながら、やることはやるらしい。
3サイズを直に触わって計るという荒業をかましていく。
「ふむふむ。よし、オッケー」
「あひゃひゃ」
「紺野、いい加減戻ってきなよ」
「あひゃ」
「ったく、こんなんで仕事できるのかなぁ」
飯田は、心配げにつぶやいた。
その時、ガチャッと保健室のドアが開かれた。
つづけ
- 643 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:46
-
「カオリ」
「あ、ごっちん!!」
ドアを開けたのはどことなく不本意そうな顔の後藤真希。
あさ美の身を心配しながらも泣く泣く学食委員会に行ってしまった小川麻琴に頼まれて
彼女は渋々様子を見に来たのだ。
「どうしたの、ごっちん?」
「んぁ、紺野の様子見に来たんだけど……なにやったの?」
放心したようにあひゃひゃひゃと呟いているあさ美の姿を捉えて真希は眉を潜める。
「コスチューム作らなきゃいけないからサイズ測ってた」
飯田は、飄々と応える。
「サイズ測るぐらいでなんでこんなに壊れてんの?」
「さぁ?」
「ちゃんと説明してから測った?」
「あ、忘れてた」
飯田が頭に手をやった。
真希は、やれやれと首を振りあさ美に近づいた。
- 644 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:49
-
「紺野?かぼちゃのケーキあるよ!!」
耳元で囁く。
途端
「はっ!?ここはどこ、私は誰?」
あさ美の意識が戻った。
飯田が、「おぉ〜」と感嘆の声を漏らす。
「紺野、分かる?」
「へ、あれ?後藤さん」
あさ美は、真希を見ると安心したように顔をほころばせた。
しかし、真希の後ろに立っている飯田を見るとその顔は強張る。
よほど怖かったらしい。
真希は、あさ美の頭を優しく撫ぜながら
「安心しなって。取って食われるわけじゃないから」言った。
「ほら、カオリから説明してあげなよ」
真希は飯田を振り返る。
飯田は、頷き二人の近くの椅子に腰掛ける。
あさ美がキュッと真希の制服の袖を掴む。
「後藤さん……」
「大丈夫大丈夫。後藤、ここにいてあげるから」
真希は、のほほんと笑った。
- 645 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:50
- ※
「カオリは思う、世界は狂っている!!と」
倒置法は習ったけれど、実際に言葉にする人をはじめて見た。
あさ美はどこか遠くを見つめ拳を握り締める飯田をぽかんと見上げた。
「具体的にどこが狂っているかは教えない!!」
「教えてくださいよ」
「まぁ、最後まで聞いてあげて」
ボソリとツッコミをいれたあさ美に真希が言う。
真希に言われてしまうと頷くしかない。
あさ美は、嘆息して続く飯田の言葉を待つ。
「狂った世界は正してあげないといけないの。それがカオリの使命!!
とはいえ、カオリの身一つで世界中を回れるとは思えない」
「そりゃそうですよね」
「最後まで聞いてあげて」
「だから、カオリは考えた!!どうすればいいのか。小さな道も一歩から。
ローマは一日にして成らず!!」
ヒートアップしていく飯田。
引いていくあさ美。
あさ美の隣にいた真希の姿はいつのまにかなくて。
- 646 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:51
-
「狂った世界を是正する第一歩!!教育現場の抜本的な改革!!!
平和への一歩!!!つまりっ!!!」
飯田がパチッと指を鳴らす。
と、消えていた真希が小太鼓を持って登場。
ドラムロールの音が響く。
飯田が息を吸い込む。
ドン。
タイミングよく最後の一音。
「学園防衛軍!!!!!!」
「が、学園・・・防衛軍?」
あさ美は疑問の声を上げた。
飯田が再び指を鳴らす。
カチッという音がして電気が消える。
オートではない。真希が消したのだ。
そして、スクリーンが天井から現れる。
映し出されるのは変な気ぐるみコスチュームの人間。
- 647 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:53
-
「あ、これって!」
あさ美は、知っていた。
七不思議とともにこの学校で有名な謎の怪人。
いったい、誰が好き好んでこんな格好をするのか、
着ている人間の精神を疑いたくなるような気ぐるみ。
変質者スレスレの彼らは、校内になにかあると必ず現れて
さらりと問題を解決していく正義のヒーローであり、
たまに問題を悪化させて逃げていく悪の使いでもあった。
「フィッシュ仮面!!!」
スライドが変わる。
「黒ん棒!!!」
「ネギ刺しマント!!」
「チビンバ!!」
歴代の怪人ヒーローたちの映像が流れる。
あさ美は、それらの名前を叫んでいく。
叫びながらだんだん話が読めてきた。
ということは――
たどり着いた答えにぞくりとしてあさ美は腰を浮かせる。
暗い今のうちに逃げ出せばあんなお間抜けで恥ずかしいだけの気ぐるみヒーローにならずにすむ。
コソコソと匍匐全身。
カチッ。
不意に電気がつけられた。
「逃げても無駄だよ、紺野」
あさ美の顔の前には真希の足。
彼女は、あさ美がはじめてみる冷酷な顔をしていた。
否。
真希自体はいつもどおりの顔をしていたのだが、
あさ美にしてみれば脱出のチャンスを見事なタイミングで潰してくれた悪鬼にしかうつらなかったのだ。
- 648 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:53
-
「コンコン!!」
飯田が後ろに立っている気配がする。
「は、はい?」
ギシギシと油を差し忘れたロボットのようにあさ美は後ろを振り返る。
「これからよろしく頼むわよ」
差し出された右手。
握るべきか否か。
いや、迷える立場ではない。
ここから五体満足で生きて帰るには。
選択肢は一つしかないのだ。
あさ美は、震える手で飯田の手を握った。
飯田は嬉しそうにもう一方の手をあさ美に重ね
「このことは、他の生徒には極秘だからね。もちろん友達にも・・・・・・誰かに秘密を漏らしたら」
「も、漏らしたら?」
あさ美は、ゴクリと唾を飲み込む。
「漏らしたら・・・・・・ね?」
握る腕の力をさらに強くして飯田はにこやかに笑った。
背筋に冷たいものが流れた。
- 649 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:54
-
※
「これから毎日保健室に来るんだよ〜」
飯田の声に見送られながら保健室を出る。
ふらふらするあさ美を支えて歩く真希。
「…どうして教えてくれなかったんですか?」
「んぁ、なにを?」
「保健室の生贄があんな恥ずかしいものだって、言ってくれなかったじゃないですか」
「言おうとしたら紺野が勝手に消えちゃったんじゃん」
真希がきっぱり言う。
あさ美は、言葉に詰まった。確かにその通りだ。失敗した。
「お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください」
「大げさな」
「だって、あんな格好してるのがバレたらお嫁にいけませんよ」
まだあさ美のコスチュームは決まっていないが
歴代のそれを見ると絶望的に恥ずかしいものであるのは間違いない。
「だから、誰も言いたがらないんだけどね」
真希がボソッと言う。
それでか。
それで、保健室の生贄はは謎のままだったのか。
七不思議の謎は解けた。
解けたけれどそれと引き換えに人間として大切なものを失う羽目になってしまった。
あさ美は悲しげな溜息をもらした。
- 650 名前:第4話 委員会初活動ですがなにか?後編 投稿日:2004/02/27(金) 10:55
-
「まぁ、慣れたらそう大変じゃないからさ」
慰めるように真希が言う。
そういえば、彼女もしていたんだ。
あさ美は、それを思い出してあることを聞いてみたくなった。
「後藤さんってどれしてたんですか?」
「なにが?」
「だから、あの中のどれに入ってたんですか?」
あさ美の問いに真希は口ごもる。
「ねぇ、後藤さん?」
「・・・・・・シュマン」
「え?」
「フィッシュマンだよ!!聞かないでよ、恥ずかしいんだから」
真希は、顔を赤くして足を速めた。走り出したと言ってもいいだろう。
あさ美は、ポカンとその背中を見つめる。
フィッシュマン。
あぁ、そう言われれば確かに彼女の顔は少し魚っぽいな。
あさ美は妙に納得してしまった。
そして、なんだかこれからの自分の運命にも納得してしまった。
「待ってくださいよ、後藤さん」
そう叫びながらだいぶ離れてしまったあらゆる意味での先輩の背中を
あさ美は追いかけはじめた。
続く
- 651 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/27(金) 16:03
- (*゚∀゚)=3 ムッハー
- 652 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/27(金) 18:15
- (*゚∀゚)=3 =3
- 653 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:45
-
その日の紺野あさ美は誰の目から見ても焦燥していた。
昨日は、委員会があった日だ。彼女は噂の保健委員。
彼女になにが起こったのかをクラスメイトの誰もが分からなくて、
しかしながら誰もがその原因だけは分かっていた。
そして、原因がわかっているからこそ誰もが彼女に話しかけることに躊躇いを覚えるのだった。
「…はぁ」
あさ美は、好奇と恐怖の入り混じった視線を感じながら溜息をついた。
学校に来るのが憂鬱で憂鬱で食事も喉を通らなかったというのは言いすぎだが、
今朝は当人比1.5%減の朝食しか喉を通らなかった。
「……はぁ」
もう一度溜息をつく。
溜息をつくたびにクラスメイトの視線が同情味を帯びたものに変わっていく。
同情するなら飯をくれ。あさ美は、心の中でつぶやいた。
登校時の彼女の溜息の理由は確かに保健委員の仕事に対してのものだったが、
登校後の彼女の溜息の理由は最早空腹によるものにすっかり変化していた。
- 654 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:47
-
「はぁああああ」
三度目の長い溜息とともにあさ美は力なく机に突っ伏した。
このまま眠ってしまおう。空腹への最大の防御は睡眠。
眠れば全て忘れられる。むしろ、忘れたい。
空腹でぼやけた思考をさらにぼやぼやに蕩けさせていく。
さぁ、あと少し。そう思ったとき、不意に誰かのすすり泣きが耳に届いた。
なんだろうと、突っ伏したまま声のするほうに視線を向けると
クラスの女子全員が自分のほうを悲しげに見つめていた。
まるでお通夜に参加しているかのようなクラスメイトの状態にあさ美は呆れた。
だから、同情するなら飯をくれと。心の中で怒鳴りながら視線を戻す。
なんだか眠気が失せてしまった。
あさ美は、苛立ちながらのそのそと体を起こす。
その時、教室のドアがガラガラッと開いた。
「おはよーぐると」
使い古されたどころか年齢を疑いたくなるような糞つまらない朝の挨拶とともに
遅刻ギリギリで飛び込んできたのは彼女の親友、小川麻琴だった。
子憎たらしいほど満面の笑顔だ。
あさ美は、乱暴に音を立てて立ち上がる。
クラスメイトが一斉に息を呑んだ。
構わずにあさ美は麻琴に向かってまっしぐら。
麻琴が猛然と迫り来るあさ美に気づいて口を開けた。
「お、あさ美ちゃん、おはよーぐひゅひょ!」
有無も言わずにあさ美は麻琴の両頬をつまむ。
「朝から笑顔満面なんていいご身分だね、まこっちゃん。
私が死ぬほどお腹がすいて、お腹と背中がごっつんこどころか、融合しかけてるっていうのに!!」
「ひゃめてひょ、あひゃみひゃん」
「誰があひゃみだ、ごるぁ!!」
自分の攻撃のせいで麻琴の呂律が回らないことなど一切気にせずあさ美は恫喝する。
麻琴は怯えながらバッグからあるものを取り出した。
それをあさ美に見えるように持っていく。
途端、あさ美は麻琴の両頬から手を離しきらきらした目で麻琴を見る。麻琴は赤くなっているであろうホッペをさすりながら「ん」と手にしていたものをあさ美に差し出した。
それは、麻琴が早弁用に買ってきた大好きなかぼちゃのふかしパンだった。
- 655 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:48
-
※
朝の不機嫌をかぼちゃ効果であっさり解消したあさ美は
その後の授業にはいつものように平静に過ごした。
そして、昼休み。
あさ美にかぼちゃのふかしパンを取られた麻琴にしてみれば待ちに待ったランチタイム。
授業が終わるなり食堂に駆け込むと、あさ美と麻琴は仲良くAランチを注文した。
「それで…もぐもぐ……なんで朝ごはん…パクパク……」
「食べ終わってから話したら」
あさ美が呆れたように言う。
麻琴は頷き口の中の物をゴクリと飲み込む。
それから、水を口に含んでぷはっと一息。あさ美に顔を向けた。
「今日、なんで朝ごはんぬいてきたの?珍しいよね」
訊ねるとあさ美はふっと遠い眼差しを投げてくる。
その悟りを開いたような仏眼に麻琴はどきりとした。
「…話すと長くなるんだよね」
「うん」
一体、なんなのだろう。
もちろん昨日の委員会でなにかがあったことは分かっているが。
麻琴はなかなか言葉を続けないあさ美を不安げに見つめる。
「実は」
ようやくあさ美がそう口を開きかけた、その時――
ピーンポーンパンポーン
校内放送の始まりを告げる間抜けな音が響いた。
- 656 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:49
-
『どうもぉ〜!今日も元気にぁゃゃの部屋ズバッと放送しますよぉー。
進行は私謎の美少女ぁゃゃでぇす!!』
既にバレバレなのにいつまでも謎の美少女を自負する高等部2年の松浦亜弥の声が流れはじめる。
放送部でもない彼女が放送室ジャックをし続けて1年。
おそらくもう誰も彼女を止めようとは思わなくなっているのだろう。
なんだかんだで彼女の放送は学園内で人気になっていた。
だが、せっかくあさ美が話し出しそうな雰囲気になっていたのを邪魔された麻琴からすれば
今日ほどこの声がむかついたことはない。そんな麻琴の気も知らず明るい声は続く。
『おぉっと、今日はいつものコーナーの前に生徒さんの呼び出しがありますねぇ。
えぇっと、保健委員の紺野さんは至急保健室に来るようにとのことです。
わかりましたかぁ、紺野さん。至急ですよ。至急。大至急。以上です。はい、それでは――』
隣でガタッと誰かが立ち上がる音がした。
隣にいるのはたった今呼び出された彼女
- 657 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:49
-
「…あ、あさ美ちゃん?」
「行かなきゃ……」
あさ美は、眉を寄せてつぶやいた。
そして、麻琴の存在を忘れたかのように食堂の出口へと向かう。
「行くって、保健室に!?」
麻琴が慌てて呼び止めるとあさ美は振り返り――微笑を浮かべた。
それは、まるで今から戦場にでも行くかのような儚さを含んだ笑顔だった。
あさ美は、麻琴に大丈夫だというように頷くと、あとはもう振り返りもせずに走って行ってしまった。
「……あさ美ちゃん」
どうか、無事に帰ってきますように。
そう願わずにはいられなかった。
が、目の前のランチを置いてまで追いかける気にはならなかった。
- 658 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:51
-
※
それは地獄への入り口に見えた。
あさ美は一分ほど扉の前で立ち竦み、覚悟を決めてドアノブに手をかける。
ゆっくりとドアを押し開いていく。中は暗い。昼なのに暗い。
あさ美は、中を窺おうと僅かに目を細めてみる。
窓から入ってくるはずの光はカーテンで完璧にさえぎられていた。
ごくりと息を呑み淀んだ空気に足を踏み入れる。
後ろで手から離れたドアが音をたてて閉まった。
「…い、飯田先生?いないんですか?」
恐る恐る呼びかける。
返事はない。
「紺野ですけど……先生?」
「コンコンでしょ」
不意に後頭部の上から声が聞こえた。
いつの間に、背後に回ったのだろう?振り返ると飯田が真顔で立っていた。
吹き出る冷や汗。胃が締め付けられるような感覚。
「……まぁ、どっちでもいっか。今日呼んだのはね、ユニフォームが完成したから」
「ユニフォーム?」
「そう。戦いに一番必要なものでしょ」
飯田は言いながら保健室の奥へと姿を消す。足音もしない。
本当に人間なのだろうか、とあさ美はぼんやりした頭で思った。
- 659 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:52
-
「こっち来なよ」
飯田が呼んでいる。
あさ美は、震える足を叱咤しながら飯田の後に続く。
保健室の奥には謎の扉があった。飯田は、その中にいるのだろう。微かにドアが開いていた。
僅かな隙間を覗き込みながらあさ美は飯田を呼ぶ。
「実はさぁ、3つ候補があるんだよね」
中から飯田の声が聞こえた。
と同時にガサガサとなにかが擦れる音。
ドアが開いて
「……」
あさ美は、絶句した。
飯田が奥の部屋から取り出してきた3体のマネキン。
それらが身に着けているもの。
「どれがいいと思う?一応、全部コンコンを想像しながらつくったからイメージはあってると思うんだけど。
迷っちゃうよね、ここまで良すぎると」
飯田は、にこやかに言う。
その顔に悪意はない。
確かに今までの歴代学園防衛軍の姿を見れば彼女が本気でそう思っていることは間違いないだろうが。
「コンコンが決められないなら、カオが決めるけど」
「いえ、じ、自分で決めます」
あさ美は消えそうになる意識を繋ぎとめ辛うじて飯田の言葉にそう反応した。
とんでもないセンスの飯田が決めるよりは、せめて自分で決めたほうが諦めもつく。
3体のマネキンにあさ美はゆっくり近づいた。
- 660 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:54
-
「…これはどういったイメージなんですか?」
「お餅だよ。コンコンのホッペはお餅みたいだから」
全身白タイツ。頭だけ丸い被り物。
その頂点には蜜柑。確かに餅。というか、鏡餅。
餅は嫌いではないが、さすがに全身タイツは勘弁してほしい。
あさ美は、残りの二つに視線を移す。
その二つは頭の部分しかなかった。カポッと被るだけでいいらしい。
全身タイツじゃないだけ餅よりは数倍いい。
「……こっちはどういうイメージなんですか?」
「調査によるとコンコンは南瓜と芋が好きって聞いたからそれ」
いつ調査したのだろう。というのは、怖いのでおいておく。
南瓜と芋か。
通りで心がほかほかする姿形だ。
この二つだったらどっちでもいいような気がする。
違いは南瓜の頭か芋の頭かってことだけだし。
南瓜か芋か。
どちらを取るか悩むところだ。
真剣に悩んでいると飯田が餅のマネキンをあさ美の視界にうつるところに移動させて胸を張って言った。
「カオ的にはこの餅が一番お勧めだね。
コンコンの体の線とかもはっきり見えるしさぁ」
「嫌です、死んでも嫌です」
目の前にきた餅をハイキックで追い払う。
自信作を蹴り飛ばされた飯田はムッと口を尖らせた。
「……じゃぁ、どれがいいの?」
「どれって……」
南瓜か芋か。芋か南瓜か。
そういえば、呼び名はどうなるんだろう。ふと思った。
あさ美の前に学園防衛軍をしていた後藤真希は魚の被り物をしていたから
フィッシュマンと学園の生徒から呼ばれていた。
つまり、英語に変わるのだろう。
南瓜の英語はなんだったか。芋の英語はなんだったか。
英語の苦手なあさ美は頭を捻った。
確か南瓜はプムプキンで芋はポタトだった気がする。
どちらも微妙だ。
- 661 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:55
-
「プムプキンマンとポタトマン」
声に出して響きを確かめてみる。
後者の方がすんなり呼べそうな気がした。
「……じゃぁ、こっちのほうで」
あさ美は、力なく芋を指差した。
「本当に芋がいいの?餅だとモッチーって呼ばれるよ。
なんかのヴォーカルっぽくて格好いいよ」
「芋で、お願いします」
「チッ」
飯田は舌打ちすると芋の被り物をマネキンから取った。
芋の被り物は飯田がギュッと手で潰すとぺしゃんこになって
見事にポケットに収まるサイズにまで縮まった。
「はい、制服のポケットに入れとくんだよ」
飯田は、期待に満ちた眼差しでそれをあさ美に渡してくる。
あさ美は、絶望に満ちた眼差しでそれを見やり、受け取った。
- 662 名前:第5話 いもとかかぼちゃとかもちとか 投稿日:2004/03/02(火) 13:56
-
「あと、これも一緒に常備しといて」
「なんですか、これ?」
渡されたのは、パー○ンバッヂのようなもの。
「事件があったときにコンコンを呼び出す通信機。
これが鳴ったらどんな時でも変身して駆けつけてね」
ようなものじゃなくて、まんまパー○ンバッヂだった。
あさ美は、嘆息してそれを芋マスクと同じくポケットに突っ込んだ。
「分かんないことあったらカオリかごっちんに聞いて。
他の生徒には正体は絶対ばれないように気をつけてね」
「はぁ」
「じゃ、昼休みも終わるし教室戻っていいよ」
飯田の軽やかな声に見送られてあさ美は保健室を後にした。
かくして、彼女の受難の日々は切って落とされたのだった。
つづく
- 663 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:12
-
小川麻琴は隣の席でぐったりとしているあさ美を見つめた。
ここのところ、授業中に変な音を立ててトイレに消えるわ、
昼休みも変な音とともに食事もとらないで消えるわ、どうも最近の彼女はお腹の調子が悪いらしい。
帰ってくると額には玉の汗。ぐったりと虚ろな瞳。
休んで病院に行ったほうがいいのではないかと見ているこっちは心配になってくる。
年頃の女の子が腸の調子を相談しに行くのは
抵抗あるかもしれないが誰でもする生理現象だ、なにも恥ずかしがることはない。
麻琴は今日こそ死相が出ているあさ美にがつんと言うつもりだった。
- 664 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:13
-
「あさ美ちゃん」
「……なに?」
呼びかけると3秒ほどの間の後、あさ美は虚ろな目を麻琴に向けた。
「あのね、最近悩んでることあるでしょ」
「え?な、なにいきなり?」
あさ美の目が泳ぐ。
やはり。
「大丈夫、う○こは誰でもするから恥ずかしいことじゃないよ」
麻琴は、きょろきょろと周りを見回しあさ美にそう耳打ちした。
「え?」
「だから、今日学校終わったら病院行こう。ついてってあげてもいいよ」
「……なんの話?」
「誤魔化さなくてもいいさぁ!」
「誤魔化すとかじゃなくて」
あさ美が言いかけたその時、ブブビビと彼女のお腹の辺りでそんな音が鳴り出した。
あさ美は、疲れきった老人のような溜息をつき
「ちょっとごめんね」と立ち上がると教室から走り去って行った。
「…おならは恥ずかしくないんなら、う○こだって恥ずかしがらなくてもいいのに」
麻琴は見当違いのことを呟き溜息をついた。
- 665 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:14
-
※
まったくなんだって毎日毎日出動しなきゃいけないんだ。
あさ美は、心の中で毒づきながらポタトマン改めポテトマンに変身していた。
といっても、頭に被るだけだが。
頭が芋で下が制服。なんとも微妙な格好だが
彼女は白タイツよりは100倍マシだと自分に言い聞かせている。
そうしていないと羞恥心で精神が破壊されそうだから。
とにもかくにもあさ美は走る。
今回の戦いの場所は中等部3年B組金八先生のクラスだ。
念のために言うと、金八はかねはちと読む。
あさ美は、3年B組のドアを思いっきり開けた。
「誰が呼んだか、芋が呼んだか、学園防衛軍ポテトマン参上!!!」
よくよく考えれば飯田が考えたこの登場の決め台詞も恥ずかしいことこの上ない。
もちろんよくよく考えないことにしている。
そもそも防衛軍なのに一人とはこれ如何にという話なのだ。
突然現れた謎の怪人もとい正義の味方に、教室中が固まっていた。
その中の一人、眉毛のきりりとした少女がこの奇妙奇天烈な格好にも動じずに近づいてきた。
そして、一言。
「ポテトマン……これ、どうにかしてください」
「え?」
少女が指差しているのは掃除用具箱とロッカーの隙間。
あさ美は、そこになにがあるのか怪訝に思いながら覗き込む。
そして
「な、なんじゃこりゃぁああああああああ!!」
叫んだ。
- 666 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:16
-
気を落ち着かせることに数分を費やす。
現場検証にさらに数分。
「謎は全て解けた!!」
あさ美はニヤリと笑った。が、ポテトマスクのためにそれは意味を成さない。
気を取り直して言葉を続ける。
「……容疑者亀井絵里は追跡から逃れるためにこの隙間に入って
結果お尻が詰まってでられなくなったと、そういうことですね」
「別に亀井ちゃん悪いことしてませんけどね」
背後でボソッと呟くのはポテトマンに向かって
最初から物怖じせず接近してきた眉毛少女、このクラスの学級委員新垣里紗である。
「うるさい、眉毛っ!」
あさ美は、その少し上向いた鼻に指をつきつける。
里紗は仰け反りながらも
「だって容疑者とかいうから」まだ生意気な口を叩いている。
「ポテトキック!!」
ただの空手キック。
だが、これでも一応黒帯の持ち主。
飯田に言わせれば、これまでで一番防衛軍にふさわしいとかどうたらこうたら、
これほどまでの逸材がどうして今まで眠っていたのかうんたらかんたら、ということらしい。
そんなわけで、里紗はポテトキックの餌食になって
「きゅぅ」と外見に似合わない可愛らしいうめき声を上げて倒れてしまった。
固唾を呑んで見守っていたB組の生徒がどよっとざわめく。
その時、誰もがポテトマンを悪の怪人だと認識した。
- 667 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:17
-
そんなこととは露知らず、あさ美は掃除用具要れとロッカーの間に挟まっている少女亀井絵里に声をかける。
「自力で脱出できませんか?」
「できないから困ってるんですぅ」
絵里は苦しいのか頬を紅潮させている。
彼女が圧死するのは時間の問題だ。早急な事態の解決が必要。
さぁ、どうする?
掃除用具をずらすのも一つの手だが、彼女が巻き込まれる可能性もなきにしもあらず。
うんうん、うなりながらあさ美は頭を捻って考える。
「そうだっ!!」
ピコーンと名案がひらめいた。
「そこの、あなたとあなた!!」
あさ美は、シュッと野次馬の中の二人を指差す。
指差されたほうはたまったものじゃない。
「え?な、なんですか?」
うろたえながらもそう返す。
「ちょっとここに書いてあるものを持ってきてください」
あさ美は、律儀に制服の胸ポケットに閉まっていた生徒手帳の一ページに
なにか書きつけるとそれを破って彼らに渡した。
里紗の悲劇を目の当たりにした彼らが断るはずもなく。
二人は、猛ダッシュで教室を駆け出して行った。
- 668 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:18
-
あさ美は、それを見送り
「なかなか素直な生徒たちですね」と感心の声を洩らす。
それから絵里の方に向き直り
「すぐに助けてあげますからね」
「ハァハァ」
「息苦しいと思いますけど、あと少しの辛抱です」
「ハァハァ」
「気を紛らわすためにお話しましょうか?」
絵里は、苦しそうな息しか漏らさない。
あさ美は、痛ましげに眉を寄せる。もちろん、見えない。
「一体全体どうしてこんなところに入ろうと思ったんですか?」
「え?」
絵里は、困ったように口をつぐむ。
あさ美は、隙間に少しだけ体を滑り込ませるようにして小声で続けた。
「もしかして、あなた苛められているんじゃないですか?あの眉毛に」
「眉毛って……新垣さんですか?」
「知りませんよ、名前なんて」
「虐めなんてないですよ」
「!!」
絵里の言葉にあさ美は驚いた。
99,999999%の確率で彼女は絵里が里紗から虐めを受けて
この隙間に詰め込まれたと考えていたのだ。
その成敗のための突撃ポテトキックでもあったのに。
これではなにもしていない善良な一生徒を突然蹴りつけた悪人になるじゃないか!
目撃者は多数。言い逃れも出来ない。
- 669 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:21
-
「……ま、まぁいい。目撃者なんて消せばいいだけだし」
あさ美がポテトマスクの下で物騒な事を呟いたと同時に
お使いに言っていた生徒二人が帰ってきた。
あさ美は、口が裂けるほどの邪悪な笑顔を浮かべる。
この時ばかりは、ポテトマスクが役に立った。
「どうもありがとう」
二人から例のブツを受け取る。
まずは結晶――仮にSとする――を粉々に砕く。
粉々になったSにうにゃうにゃとうにゃうにゃを混合。
それらを丁寧にかき混ぜる。
「このときの割合が大事。15:2:3」
ぶつぶつと呟きながら作業を進めるポテトマンの姿はまさに異常。
しかし、B組の全員は食い入るようにその動きを見つめている。
まるで集団催眠にでもかかっているかのようだ。
「こうしてコーティングして……出来た!!」
あさ美は、小瓶を天高く掲げた。
一斉にあさ美の手元に視線が動く。
「さぁ、今助けてあげますからね」
にこやかにそういうと隙間にその小瓶を置く。
そして、おもむろに
「ファイアーっ!!!!!!!!」
火を放った。
- 670 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:22
- __,,:::========:::,,__ ___
...‐''゛ . ` ´ ´、 ゝ ''‐... / |/ |
..‐´ ゛ `‐.. | |  ̄T ̄ フ
/ \ 」 \_ |
.................;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::´ ● ● ヽ.:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;.................
.......;;;;;;;;;;゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛ .' \ / ヽ ゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛;;;;;;;;;;......
;;;;;;゛゛゛゛゛ / i'⌒ヽ \-----/ ,:'⌒ l ゛: ゛゛゛゛゛;;;;;;
゛゛゛゛゛;;;;;;;;............ ;゛ ヽノ \/ ヽ ,/ ゛; .............;;;;;;;;゛゛゛゛゛
゛゛゛゛゛゛゛゛゛;;;;;;;;;;;;;;;;;.......;............................. ................................;.......;;;;;;;;;;;;;;;;;゛゛゛゛゛゛゛゛゛
゛゛゛゛i;゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛;l゛゛゛゛゛
ノi|lli; i . .;, 、 .,, ` ; 、 .; ´ ;,il||iγ
/゛||lii|li||,;,.il|i;, ; . ., ,li ' ; .` .; il,.;;.:||i .i| :;il|l||;(゛
`;;i|l|li||lll|||il;i:ii,..,.i||l´i,,.;,.. .il `, ,i|;.,l;;:`ii||iil||il||il||l||i|lii゛ゝ
- 671 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:23
-
ポテトマン戦闘成績――無効
- 672 名前:第6話 狭くないですか? 投稿日:2004/03/05(金) 09:23
-
「……コンコンがこんなにデンジャラスな戦い方するとはカオリ予想外だった」
「なんていうか、このマスクつけると思考が吹っ飛んじゃうんですよね」
「中等部半分吹っ飛んだんだって」
「まぁ、目撃者の消去を果たせたってことで私的には勝利だと思いますけど」
「次はもう少し穏便に正義の味方らしくね」
「任せてください。なんだか楽しくなってきました」
つづく
- 673 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/05(金) 13:24
- (*´∀`)エヘヘヘ
- 674 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/05(金) 21:37
- (*´Д`)/lァ/lァ
- 675 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 07:53
-
休み時間。ハロー学園の図書室はある一人のためだけの空間になる。
そんな情報が学園防衛軍紺野あさ美の耳に入ったのはつい先日のことだ。
というのも、元々ハロー学園の生徒は図書室を利用する者が極端に少なく、
図書委員と司書のおばちゃん、あとは両手で事足りる数の生徒しか利用者がいなかったからだ。
そのため、利用者が一人になっているという事実をあさ美の情報提供者であり
本人曰く学園防衛軍隊長の飯田もこれまで気づかなかったというわけだ。
「というわけで、図書室は腐っている!!」
「なにが"というわけ"なのか分かりませんけど……」
干し芋を片手にあさ美は、拳を天に突き上げている飯田を見上げる。
「だってさぁ、生徒の知識の泉チョリビアになるはずの図書室が
たった一人のジャイアンに占領されて使えないなんておかしいでしょ!!カオリ、それはおかしいと思うの!!」
「でも…別にその子が他の子を締め出してるとかじゃないんですよね」
締め出しているのなら飯田の言うとおりおかしいと思うけれど。
- 676 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 07:55
-
「甘い!!コンコンは甘いね。だから、ほっぺがたぷたぷになるんだよ」
「ほ、ほっぺは関係ないじゃないですか!!」
女の子に対してたぷたぷとはひどい言葉だ。あさ美は、ムキになって言い返す。
しかし、飯田はまったく意に介さずあさ美の頬を指でたぷたぷさせながら言葉を続ける。
「いい、よく考えて。数少ないながらも一定数いた図書室利用者がなぜいなくなったのか……
それは」
「それは?」
「今、図書室を占領しているジャイアンのせいだと思うの」
飯田は、どこを見ているのか分かり辛い顔で至極真面目に言う。
聞くのも面倒になってきた。
こんな風な会話もいつかは――
放課後の保健室。
先生の話も聞かずにあくびをかみ殺したあの日
なんてほろ苦い青春の一ページになるのかな。
そんなことを思いながらあさ美はかみ殺すどころか大っぴらにあくびをした。
「コンコン!!!」
交信していると思ったがそうではなかったらしい。
あさ美のあくびに気づいた飯田が金切り声を発した。
「は、はいっ!!」
思わず、立ち上がってしまう。
「いい、明日の任務はジャイアンの殲滅だよ」
言いながら飯田は腰を曲げてあさ美の目線と自分のそれを合わせる。
ぎょろりと血走った瞳を前にあさ美は「分かりました」そう答えるしかない事を悟った。
- 677 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 07:56
-
※
昨日の今日で、問題解決など出来るわけがない。
そう思うのは所詮凡人。しかし、天才の手にかかればお茶の子さいさいだ。
あさ美はその扉の前に立ち視線を上げる。図書室と書かれたプレート。
マスクの下で余裕綽々の不敵な笑みを浮かべあさ美はその空間に足を踏み入れた。
「・・・うわぁ」
自然、そんな声が漏れる。
あさ美の視界に飛び込んできたのは――本。っていうか、本。むしろ本。
本の山積み谷積み――だった。
恐らく図書室中の本という本を読んではポイ捨てしているうちにこのような状態になったと思われる。
「…図書室の腐敗がここまで進んでいたなんて」
あさ美は、ぎりっと歯噛みする。
それから図書室に巣くうジャイアンを探すべく本を掻き分け前進を始めた。
百年の孤独、孤独の歌声、孤独の発明、孤独を生ききる、愛の哲学・孤独の哲学etc
どうやらジャイアンはタイトルに孤独と着いている本を好んで読み漁っているらしい。
根暗なヤツだ。あさ美は何十冊目かになる本をポイッと自分の辿って来た道に投げる。
そして
「これが最後だー!!」
視界を遮っていた最後の本『愛という名の孤独』を放り投げた。
本に囲まれていた中央の机。
あさ美に背を向けるようにして誰かが座っている。
勿論、図書室のジャイアンであることに間違いはないだろう。
あさ美は、ゴクリと唾を飲み込みゆっくりと近づく。
- 678 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 07:58
-
「誰やよ」
ジャイアンが振り返りもせずに言った。
ビクリとした拍子にあさ美は反対側の本の山に肩をぶつけてしまう。
ドサドサッと本が落ちる。それを避けながら
「誰が呼んだか、芋が呼んだか、学園戦隊ポテトマン!!」
決め台詞。
ジャイアンは振り向きもしない。
折角の決め台詞もここまで反応がないと照れくさいだけで台無しだ。
少しは空気を読んでほしい。あさ美はごほんと咳払いする。
「あのですねぇ、少しはビックリするとか怒るとかなんかしてもらえませんか?」
「……」
ジャイアンは本を読み続けている。
苛々。
「…一人で本を読み続けて感情を失くしましたか?」
「感情……そんなもの生きていくうえで必要ないやよ」
「ジャイアン…」
あさ美はその場から飛び、くるっと回ってジャイアンの前に着地する。
「あなたは激しく間違っている!!」
そして、ビシッと指を突きつけた。
突きつけて、目を丸くした。
ジャイアンかと思っていたその人物は、意外にも、なかなか、
まぁ、自分ほどではないが可愛らしい顔をしていた。猿顔だけど。
彼女は、あさ美の美しさに驚いているのか――
マスクをしているのだからそんなはずはないのだが――元から大きいだろう
瞳を見開きすぎですというくらいに見開いている。
- 679 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:00
-
「私が美しいのは知ってますよ」
「は?」
「……とりあえず、ジャイアンさん。貴方の名前から窺いましょうか」
あさ美は、彼女の前に向かい合って座る。
「…愛。高橋愛やよ」
簡単に聞きだせるとは思っていなかったが、意外にもあっさり彼女は自身の名前を教えてくれた。
「哀ちゃんですね。で、哀ちゃんは図書室を占領してなにをするつもりなんですか?」
「別に占領なんてしてないやよ」
「いや、してますよ。明らかにしてますから。誰も使えなくなってますから、
それを占領といわずしてなんといいましょうか」
「孤独」
「こ、どく?」
あさ美が聞き返すと愛はこくりと頷いた。
「皆、あっしのことが嫌いなんやよ」
「な、なぜそう思うんですか?」
「……あれは2年になってすぐやったんよ。
皆から信頼のあるあっしは学級委員になって張り切ってた。でも――」
いきなり話し出した愛は辛そうに顔をゆがめる。
思いだしたくもない出来事なのだろう。
あさ美は無言で彼女が話すのを待つ。
- 680 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:01
-
「でも……ある日、皆に言われたんやよ」
彼女があさ美をまっすぐに見つめ儚い笑みを浮かべた。
今にも散ってしまいそうな笑顔だ。
「なんていわれたんですか?」
耐え切れずあさ美が問うと、愛は小さく息をついた。
「…無駄に張り切りすぎって」
「それは、ひどい話ですね」
「そう思うやろ。あっしはただ皆のためを思って、クラスの団結力を高める合唱から
宝塚鑑賞会を開いただけなのに。宝塚にいたっては、昼休みに大きなスクリーンを使って
クラス皆が参加できるように先生に許可とったんやよ!!」
「……それは、ひどい話ですね」
二度目の言葉は、言うまでもなく彼女のかなりずれた張り切りっぷりに対して。
無駄に張り切りすぎとしか言わなかったクラスメイトたちはえらいと思う。
あさ美なら有無も言わずネリチャギで彼女を沈めているかもしれない。
一学年違うとこうも考え方が大人になるのか。
- 681 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:02
-
「もうあっしは張り切るのもやめたやよ。なにをしても分かってもらえんのやから、
休み時間は一人でいたほうがマシなんやよ。このまま、誰もいない世界に……
図書室に閉じ込められたのはあっしの方やよ」
「哀ちゃん……」
被害妄想のはげしい愛の訴えにあさ美は眉を寄せた。
しかし、まぁなんというかくだらない話だ。
このまま放っておいて帰りたくなる。一応任務なのでそうもいかないのだが――あさ美は、嘆息する。
「哀ちゃん、こんな所に閉じこもって孤独に関する本を読んでも何も変わらないんだよ」
かなり棒読み。
どうやら自分は素直な性格のようだ、あさ美はそんなことを思いながら言葉を続ける。
「逃げ込んだところにあるのは結局……結局、えーっと」
やはり台本なしアドリブだと格好いい言葉が上手く見つからない。
「結局なんなんやよ?」
愛が追い討ちをかけるように聞いてくる。
「結局……本だけだよ」
「本だけ?」
「本は哀ちゃんの孤独を癒してくれた?」
あさ美の言葉に愛は俯く。
「本は本でしかない。つまり、哀チャンは自分の力でこの部屋をでなきゃいけないんだ!」
自分がなにを言っているのかも分かっていないが、
あさ美は愛から怪しく思われないように必死で言葉を繋ぐ。
- 682 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:04
-
「この部屋をでる?…そんなの無理やよ」
「無理じゃない!!無理だと思うから無理なんだよ。
いい?このポテトマンが哀チャンをこの図書室から無理矢理にじゃなく
自主的に出るようにしてみせるからね!!」
宣言すると、あさ美は立ち上がり愛に向かって
「ちょっと待ってて」
とことわりをいれ自分が通ってきた道をまた戻っていった。
|ニ| ノノハヽヽ |三|ニ||三|
|三| 川 ’−’) |ニ|三||ニ||三|
|ニ| ― O⌒l⌒O ― |ニ|ニ||ニ||三|
- 683 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:08
-
数分後、何かを撒き散らしながらあさ美が戻ってくる。
手にはポリタンク。
映画やなんかではポリタンクの中にはガソリンが入っていたりする。
勿論、ご多分に漏れずあさ美が撒き散らしていたのはガソリンだったりするのだが、
愛にはそんなこと分からない。
「さぁ、図書室から出よう」
「だから、無理やって」
「無理じゃない!!!」
あさ美は、流れるような動作でどこからか取り出したマッチをこすると床に落とした。
- 684 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:09
-
;人;;从;;;;:人;;:.`)
;;:(´⌒;人;;从;;;;:人;;:.`)"
(´⌒;:⌒`〜;;从;;人;;;⌒`;:
゙;`(´⌒;;:⌒∵⌒`);(´∴人;;ノ`/
' (´:(´;lllllllllllllllllllllllllllllllllll⌒;;从;;ノ;;⌒゙./
゙;"(´⌒;(´∴llllllllllllllllllllllllllll;(´∴;ノ;⌒`);
;: (´⌒;;:(´⌒;人;;lllllllllllllllllllllll;:.`)";:(´⌒`);;⌒`)
`(´(´⌒;;从;;ノ;;⌒`llllllllllllllllllll)`)从;;ノ;;;;ノ;`)".;⌒`)
(´;⌒;从;;人;;;⌒`;:人;;:..llllllllllllll;⌒;从;;人;;;⌒`; ;";⌒`)`)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(´;⌒;从;;人;;;⌒`;:人;;:....,,ノ;⌒;从;;人;;;⌒`; ;";⌒`)`~~~
轟音を上げて燃え上がる炎。
周りが燃えやすい紙だらけなだけに、勢いは増してゆく。
- 685 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:10
-
「あんた、あっしを殺す気!?」
愛の慌てたような声。
「死にたくなかったら図書室を破棄して逃げればいいだけですよ!!」
「…あんた、最低やよ!!」
あさ美をどんと突き飛ばして愛は逃げ出した。
遠ざかっていく足音。
「自主的に図書室から出させるって言ったでしょ」
あさ美は満足げに微笑む。
「アヒャーヒャヒャヒャアヒャアヒャアヒャ!!!!!!!!!!」
そして、勝ち誇ったような高笑いがその場に響き渡った。
のもつかの間、すぐさまそれは炎の熱さに苦しむ悲鳴に変わった。
- 686 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:10
-
ポテトマン戦闘成績――自滅
- 687 名前:第7話 休み時間一人で本を読んでいる人 投稿日:2004/03/08(月) 08:12
-
「……穏便にって言ったのに」
「身を挺してがんばったんですよ」
「図書室全焼だって」
「まぁ、新しく建て直されるんですからいいじゃないですか」
「そうだけど……なんかカオリ、コンコンの戦い方がちょっと癖になってきたかも」
「やめてください、照れるじゃないですか」
- 688 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/08(月) 09:35
- (*゚∀゚)=3=3
- 689 名前:名も無き読者 投稿日:2004/03/09(火) 10:52
- 川 ’−’)
- 690 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:00
-
あさ美は相変わらずお腹の調子が悪いらしい。
だが、食べるものはしっかり食べているので然程心配することはないのかもしれない。
小川麻琴は、目の前で二度目の朝食を取っているあさ美を見ながらぼんやりと思う。
というか、学校着くなり食べるなよ、と。
ただいまダイエット中の麻琴は心の中でびしっとツッコミをいれた。
声に出してはいわない。自他共に認めるボケタイプだからだ。
「そういえばさぁ」
「ん…もぐもぐ」
「最近起こってるテロまがいの事件、ポテトマンの仕業ってホントなのかなぁ?」
麻琴がなんとはなしに口に出した言葉にあさ美はいきなり咳き込んだ。
「もう汚いなぁ」
顔にかかった固形物を拭き取る。
「だって…いきなりポテトマンとか言うから」
「いっちゃダメなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
なにか言いたげだが、首を振るあさ美。
麻琴は首を傾げる。
「あさ美ちゃん、今回は追いかけないの?」
「な、な、なにを?」
「だから、ポテトマン。ほら、前は学園新聞に怪人シリーズって載せてたじゃん」
麻琴がいうと、あさ美はぶっと口の中に含んだ牛乳を噴出した。
「もう汚いなぁ」
顔にかかった液体を拭き取る。
「だって…いきなりポテトマンとか言うから」
「だから、いっちゃダメなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「変なの」
そう思うが、麻琴は元来物事にこだわらない性格。
不審なあさ美の態度も気にしない。
- 691 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:01
-
「でも、今までの怪人と違って今回のポテトマンは本当に悪人みたいだよね」
いつも学園の話題NO.1を飾ってきた怪人たち。
トイレが詰まっていたらぶつぶつと「するの?しないの?」と
不気味な文句を言いながら掃除をしてくれたり、
窓が汚れていたら「窓がなくても人は生きていける。人間は意外と頑丈なんだよ!!」と
汚れた窓を豪快に素手で割って、しかし割れたガラスの欠片はしっかり拾って回ったり、
いいヤツなのか悪いヤツなのかよく分からない怪人たちは数多くいたが、
突然クラスに押し入って生徒の一人を有無を言わさず蹴り倒し、
さらにはそのクラスを爆破して姿を消したり、
図書室にある本を焼き尽くして高笑いした怪人なんていなかった。
他にもいろいろポテトマンの噂はあるがどれもこれも過激なものばかり。
明らかに今回の怪人は悪人だ。それは、麻琴だけでなく全校生徒の認識。
「あさ美ちゃんのペンの力で追い詰めたほうがいいんじゃないの」
半分冗談、半分本気。
麻琴があさ美に笑いかけると
「…なんだとゴルァ!!」
あさ美が物凄い剣幕で胸倉を掴んだ。
お腹は一杯のはずなのに、この怒り具合は尋常ではない。
- 692 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:02
-
「…あ、あ、あさ美ちゃん!?」
「ポテトマンは絶対いいやつだよ!!」
「でも」
「彼女は陰謀に巻き込まれてる!!」
「陰謀!?」
「そう、いつもいつもいいことしようとするたびに妨害工作が入るんだよ。ポテトマンのせいじゃない」
「……妨害工作」
「だから、ポテトマンはいいやつ!!分かった?」
彼女がなぜこうもポテトマンを擁護するのかも分からないが、
とにもかくにもここは頷いていたほうがいい。
麻琴は身の保身を第一に考え、あさ美の言葉に頷いた。
こうして世渡り上手な大人になっていくんだな、と思った。
- 693 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:04
-
※
ダン!!
飯田のデスクが力強く叩かれる。
「これは、由々しき事態です!!」
飯田は保健室に飛び込んでくるなり怒りを露にしている紺野あさ美を目を丸くして見上げた。
「…な、なにが?」
「いつのまにか私が悪人になってるんです!!おかしいですよっ!」
憤慨しているためか走ってきたためかあさ美の頬は赤い。
「悪人…まぁ、コンコンはすることが過激だから仕方ないよね」
逸材だと思っていた彼女の仕事振りはやることなすこと、
全てが破壊活動に繋がるテロリスト。
飯田は、あまりにも期待に反したあさ美の仕事っぷりに呆れたを通り越して、
たまにはヒールもいいかもしれないと思い始めていた次第だ。
あさ美もそんな自分の気持ちを汲み取って行動しているのだと考えていた。
しかし、悪人と呼ばれることに抵抗を露にしているということは違っていたのだろうか。
- 694 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:05
-
「私は、いっつも穏便に事を進めているはずなのにいつも見えない妨害工作が入るんですよ」
「見えない妨害工作ね〜」
「そうです!そいつこそがこの学園に巣くう悪人だと思うんです」
どんどんと苛立たしげにデスクを叩くあさ美。よく見れば空手チョップだ。
ここで彼女の話を一笑に伏っしたら今にも自身の頭蓋に
その空手チョップが降ってきそうな勢いだ。
空から降る一億の空手チョップ。想像してゾッとした。
「そうかもね」
飯田は身の保身を考え、あさ美に同意の言葉を返す。
いつのまにか自分は世渡り上手な大人になっていたのね、と悲しみながら。
「じゃぁ、その見えない妨害工作してるヤツのことはこっちで探してあげるから、
コンコンは名誉回復のためにちょっとある生徒のお悩み相談受けてくれない」
飯田は、さりげなく話を動かす。
「お悩み相談?」
「そう。中等部3-Bの亀井さんっていう子なんだけど」
「亀井さん…あぁ、あの苛められて隙間に挟まった」
あさ美は、心当たりがあったのかポンと手を叩いた。
まぁ、教室ごと爆破して忘れるはずがないだろう。
- 695 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:07
-
「彼女、ポテトマンになら悩みを打ち明けるって言ってるのよね」
これまた爆破された被害者なのに不思議だが本当の話だった。
生徒の相談役でもある飯田にはいろいろとそういった情報も入ってくる。
この情報の元になる相談を飯田にしたのは彼女と同じクラスの新垣里紗。
眉毛をくねくねと動かして
「亀井ちゃんは頭がおかしくなったんです」
最後は悲しげにそう零すと彼女は保健室を去っていった。
彼女の悩みは、どうも友達の亀井絵里があの爆破事件以降おかしくなったということだった。
絵里になにがあったのか理由を聞いても、ポテトマンポテトマン。
里紗が悩んでしまっても仕方がない。
「ほほぉう」
あさ美の目がキラキラと輝きだす。
「引き受けてくれる?」
「勿論です!!頼るものあればいついかなる時でもどんなことでもするのがポテトマン!!」
あさ美は、胸を張ってそう宣言した。
よほど頼られることに餓えていたらしい。飯田は、やれやれと首を振った。
- 696 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:08
-
※
「たぁのもぉおおお!!!!!!!」
思い立ったが吉日。忘れる前に即行動。
あさ美は、ポテトマンに変身して中等部3年B組金八先生のクラスに乗り込んでいた。
途端に教室中から物が飛んでくる。
「なんてこったぃ!」
このクラスは陰謀のスペシャリストに洗脳されている。
あさ美は、黒板消しやらチョークやらを素早く避けながら舌打ちする。
しながら、攻撃を加える生徒たちの首筋に手とうを繰り出した。
ばたばたと倒れる生徒。敵わないと尻尾を巻いて逃げる生徒。
あさ美は、教室を見回しお目当ての姿を探す。
お目当ての亀井絵里の姿は教室の一番端っこに見つかった。
この騒ぎの中、ぼんやりと空に思いを寄せている。
多分、ポテトマンである自分に思いを馳せているのだろう。
あさ美は、都合よくそう解釈した。
- 697 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:09
-
「亀井ちゃん!!」
あさ美は、馴れ馴れしく彼女の名を呼ぶ。
しかし
「待て待て待てぇい!!!」
あさ美の行く手を阻むようにどこから持ってきたのか
鎧兜に武装した眉毛新垣里紗が姿を現した。手には、真剣。
「銃刀法違反か。学園の腐敗がここまで進んでいたとは」
あさ美は悔しそうに呟き、構える。
「爆弾持ってる人よりはマシだぁっ!!」
里紗が刀を振り上げる。
あさ美は、素早く制服のポケットからあるものを取り出し
「えいっ!!」
迫り来る里紗の顔面にぶちかました。
それは、里紗にあたると破裂して粉塵になって舞い上がる。
常日頃から持ち歩いている目潰しが役に立つとは。
なんでも用意しておくのはいいことだ。
あさ美は思いながら、ふらふらになっている里紗の足に自分の足を引っ掛けて転ばした。
- 698 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/10(水) 09:10
-
「くっそー!!卑怯だ!!」
鎧兜が災いして起き上がれない里紗。
「今に見てろよ!絶対に復讐してやる!!!」
「弱い犬ほどよく吼える」
叫ぶ里紗をひょいっと飛び越えてあさ美は絵里に近づく。
これだけ大暴れなのに彼女はまだ気づいていないらしい。
「亀井ちゃん!!」
すぐ傍で呼びかけると驚いたように振り返った。
彼女は、あさ美の姿を見ると嬉しそうな笑みを浮かべた。
これでこそ正義のヒーローだとあさ美は感動した。
- 699 名前:名も無き読者 投稿日:2004/03/10(水) 14:42
- ( ・e・)
- 700 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:27
-
※
校舎の裏側まで逃げてきて一息。追っ手は来ない。
全員倒してきたのだから当たり前。
「あの…」
絵里がか細い声を漏らす。
その視線の先を見てあさ美は慌てて握っていた手を離した。
「…セクハラじゃありませんよ」
ゴホンと照れ隠しの咳払いをしながら言う。絵里が笑った。
「分かってますよぉ」
「ならいいですけど」
「私に何か御用ですか、ポテトマンさん」
絵里は、小首をかしげる。なかなか礼儀をわきまえた言葉遣いだ。
なかなかに可愛らしい。
「風の噂であなたが私に悩み相談をしたいと聞いたんですが」
「相談に乗ってくれるんですか?」
絵里の顔がぱっと明るくなった。
「そのつもりですけど」
「やったぁ」
絵里はパチパチと手を叩く。
なかなかに可愛らしい。ここまで喜んでもらえると正義のヒーロー冥利に尽きるといったものだ。
あさ美は、ポテトマスクの下で満足げにほくそ笑む。
- 701 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:28
-
「それで、亀井ちゃんの悩みというのは?」
「…この間のことと少し関係あるんですけど」
言い辛そうに彼女は言った。
この間、といわれて思い出すのは隙間に挟まった姿だけだ。
「苛めですか!苛めですね!苛めなんですね!!」
「いえ、違います」
がく。
あっさりきっぱり否定されてあさ美はがっくりと肩を落とした。
「ポテトマンさん、大丈夫ですか?」
絵里が心配そうにあさ美を覗き込んでくる。
それに首を振って応えながら
「……大丈夫ですよ。それより、悩みの続きを」
「私、実は…あの隙間よりももっともっと狭いところに入りたいんです!!」
「は?」
意味が分からずに一言。
絵里は、もじもじと恥ずかしげな様子。
あさ美は、頭の中で絵里の言葉を反芻して「は?」やはりそう漏らした。
- 702 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:29
-
「死ぬほど体を圧迫されたいんですよ!!」
彼女はさらに力を込めて奇妙な事を口にしている。
なんだ、この変態さんは。
ポテトマスクの下でほくそ笑んでいたあさ美の顔は引きつるしかなく、
ただ呆気に取られて絵里を見つめた。
「ポテトマンさんならなんとかしてくれるんじゃないかと思って」
うっとりと期待に満ちた眼差し。
「無理!!」
きっぱり拒絶。
情なんて生きるうえで一切必要ない。
「えぇ!?」
「絶対無理。さすがに無理。無理無理大セール」
さらに拒絶。拒絶に拒絶。
学園内の不評一掃のための個人お悩み相談のはずだ。
それなのになんだこの依頼は。
ポテトマンが生徒を潰そうとしているなんて不評に拍車がかかるだけだ。
そもそも、圧死したいなんてどういう性癖の持ち主なんだか。
あぁ、気持ち悪い。信じられない。あさ美は、くるりと体を反転させ
「それじゃ、さよなら」
その場を離れようとした。
しかし
「ポテトマンさんって所詮その程度の人間なんですね」
背後での嘲笑交じりの言葉に足を止める。
- 703 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:30
-
「今何かいいましたか?」
「ポテトマンさんって結局困っている生徒一人ですら助けられないダメ人間なんですねーっ!」
「ふぬーっ!!」
ダメ人間はないだろう。ダメ人間は。
なんとも無礼千万な言葉に腸が煮えくり返る思いだ。
あさ美は、きっと絵里を睨みつける。
芋マスクの下からでもその怒りが感じられたのか絵里がぐっと怯んだ素振りを見せた。
「いいですか!ポテトマンに出来ないことはありません!!」
つかつかと近寄り指を突きつける。
「だから、あなたを圧死させることぐらい朝飯前ですよ!!
覚悟しておいてください。明日までに必ずあなたを満足させる方法を考えておきますからね!!!」
まんまと絵里の挑発に乗ってしまったことすら気づかずにあさ美はそう高らかに宣言した。
- 704 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:31
-
※
授業を受けながらあさ美は考えをめぐらしていた。
圧死。
つい売り言葉に買い言葉で言ってしまったが、
やるからには足がつかないようにしなければいけない。
「はぁ……」
「どうかしたの、あさ美ちゃん」
溜息をついていると麻琴が小声でそう訊いてきた。
ちらりと視線を投げる。いつみてものんきな顔だ。
「…どうもしないよ」
あさ美は冷たくいい放ち机の上に突っ伏した。
- 705 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:32
-
放課後になっても完全犯罪への道は険しかった。
いい案がなにも浮かんでこないのだ。
あまりのアイデアの浮かばなさに猫の手も借りる思いで
先ほどスルーした麻琴に完全犯罪のいろはをさりげなく聞いてみようかとさえ思い直したのに、
彼女は学食委員の新メニュー会議というものがあるらしく結局聞くことができずじまいで、
あさ美は一人とぼとぼと昇降口へと向かっていた。
「紺野ぉ」
靴を履き替えていると後ろから誰かに呼ばれた。
「…後藤さん」
振り返ると、後藤真希が手をひらひらさせながら立っている。
麻琴とはまた種類の違う暢気さ。
その姿にあさ美の中のポテトマンとして張り詰めていたなにかが切れる。
「ぎょとぉおさーん!!」
「んぁっ!な、なに?ちょっと紺野ぉ?」
あさ美は、叫びながら真希に思いっきり抱きついていた。
- 706 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:33
-
※
ものすごい勢いで泣きじゃくるあさ美をどうにかこうにかなだめながら
真希は通学路にある喫茶ふるさとへと彼女を連れて行った。
外で話していたら自分が泣かしたと思われそうで嫌だったからだ。
二人が店内に入ると
「お、ごっちんいらっしゃい」
ふるさとの店長安倍なつみがにこやかに声をかけてくる。
店内はまばらに客がおり、少しざわついていた。
真希は、キョロキョロと店内を見回して落ち着いて話が出来そうな席を探し、
一番奥の席にあさ美を促す。あさ美は、無言で座る。
いったい、なにがあったのだろう。
なんとなく予測はつくが、聞いてみないことには何もいえない。
真希は、あさ美が落ち着くのを待つことに決めた。
そこへウェイトレスがお冷を運んでくる。
- 707 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:34
-
「ごっちん、ひさぶりー」
彼女は、お冷を真希の前に置きながら馴れ馴れしく口を開く。
真希は、視線をあげてんぁと驚きの声を上げた。
「美貴ちゃん、ここでバイトしてるの?」
彼女は、去年学園を卒業した藤本美貴だった。
卒業後、ピラミッドのお宝をがめにいったとか、ナスカの地上絵に落書きをしにいったとか、
アンコールワットでアルコールだと叫んで姿を消したとか、
タイの僧侶のまねをして虎に飛び乗りたくなったとか、
モアイの鼻を折ってくると豪語していたとか、
彼女本人が世界地図の上下さえ微妙な割に世界スケールの
風の噂が学園内では実しやかに囁かれていた。
しかし、その噂の張本人は学園の目と鼻の先の喫茶店でウェイトレスをしていたのだから
噂なんて信用できないものだな、と真希は思った。
- 708 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:35
-
「そうだよ。この間、この店の前で行き倒れちゃってさぁ、安倍さんに拾ってもらったの」
「行き倒れてってなにしてたの?」
「美貴より強いやつに会いに行ってた」
美貴は遠い目をして微笑を浮かべた。
意味が分からない。が、真希はあえて詳しく聞かない。
「それより、注文は決まってる?」
「んぁ、なんにもいらない。お金ないし」
あさ美に視線をやってからそう応える。
美貴は真希の目配せの意味に気づいたのか
「じゃ、ごゆっくりー」あっさり引き下がってくれた。
真希は、お冷を一口含む。そして
「ねぇ、紺野。なにがあったの?」
待つと決めた割には少しも待たずにそう訊ねた。
- 709 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:36
-
※
「そっかぁ、やっぱり防衛軍のことか〜」
あさ美の話を聞き終えると真希は間延びした声で頷いた。
ポテトマンが現れてから学園は平和になるどころか、ボロボロになっている。
それは噂でもなんでもない事実。
ポテトマンは悪の怪人とまで言われてしまえば、さすがに自信もなくしてしまうだろう。
「…私は、よかれと思って動いてるんですけど」
よかれと思った行動が裏目にでるのはよくあることだ。
真希もフィッシュマンになったばかりの時は――
思い出そうとしたが、意外になにも考えずに行動していたので覚えていなかった。
飯田から呼び出されても熟睡していたり学園内にいなかったりで出動できなかったことの方が多かったような気がする。
「ま、まぁ、最初はしょうがないんじゃない。慣れだよ、慣れ」
「慣れ…ですか」
「そうそう、慣れちゃえば要領つかめてくるって」
「……でも」
「だいたいがカオリのお遊びなんだしこっちも適当でいいんだよ」
そもそもあさ美は真面目に考えすぎだ。
少しは肩の力を抜いたほうがいいこともある。
そう思って言っているのに、真希が言葉を続けていくうちにあさ美の顔は曇っていく。
- 710 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:38
-
「後藤さんは…適当って言うけど」
「んぁ?」
「私は、生徒が抱える問題を解決してあげたいんですよ」
あさ美の言葉に真希は呆気に取られた。
いや、のめり込みすぎだから。
思わず喉元まででかかったその言葉は、あさ美のキラキラ煌く純粋な眼差しを受けて飲み込まざるを得なかった。
真希は、嘆息する。
確かに飯田が言っていた様に彼女は逸材なのかもしれない。
よくも悪くも。素直な馬鹿だ。
「…ま、まぁ、紺野がそういう気持ちを持ってるんだったらいいんじゃない」
「え?」
「皆も分かってくれるよ。ポテトマンが学園平和のために頑張ってるってこと」
キラキラした瞳に気おされ心にもないことを口走ってしまう真希。
あさ美の瞳が嬉しそうに輝きを増す。
「本当ですか!」
「うん、マジ」
「よかったぁ、後藤さんにそう言ってもらえると頑張れそうです」
「あはっ」
あんまり頑張らないほうがいいんだけどな、と真希は引きつった笑みを浮かべた。
- 711 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:39
-
それから、二人は――主にあさ美だが――とりとめもない会話を続け
「じゃ、そろそろ出ようか」
そろそろ話題が尽きた頃、真希は彼女にそう声をかけながら立ち上がった。
「あ。後藤さん」
あさ美が、ふと思いついたように言った。
「んぁ」
「この近くで体がすごーく圧迫されるような場所ってないですかね?」
「圧迫?」
質問の意図するものが分からず聞き返す。
「そうです。ぎゅうぎゅうと潰されて息が出来なくて死にかける…
っていうか、むしろ死ぬ方向で」
「……死ぬ方向って物騒だなぁ」
眉を潜めるが、とりあえず考えてみる。
ピコーン。
「通勤ラッシュ時の電車とか凄いんじゃないの」
「電車ですか?」
「電車通学の人がそんなこと言ってたような気がする」
「なるほどなるほど。それは、いいことを聞きました」
何度も頷きながらあさ美は今日一番の笑みを見せた。
真希は、彼女のその顔になぜか今日一番の悪寒を覚えた。
- 712 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:39
-
※
翌日。
某刻某車内では
「どう?気持ちいい?」
「ハァハァ、あっ…はぃ」
「満足?満足してる?」
「すごっ…ハァハァ、あたし、こんなの…初めて、です…あ、あぁ……もう…もぅ」
「大丈夫、私が責任持つから」
「あ…っ…ハァハァハァハァ」
奇妙なマスクを被った怪人と制服の少女が怪しげな会話を繰り広げていたとかいたとかいたとか。
- 713 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:40
-
ポテトマン戦闘成績……勝利?
- 714 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:40
-
「そこの変なマスクの君。ちょっと事務室まで」
某刻某駅。
電車から降りた瞬間に、奇妙なマスクの怪人だけが
制服姿の警備員に連れて行かれたとかいかれなかったとか。
- 715 名前:第8話 満員電車とハァハァと 投稿日:2004/03/11(木) 09:40
-
ポテトマン戦闘成績……社会に敗北
- 716 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/12(金) 01:41
- (*゚∀゚)=3=3
- 717 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/12(金) 09:25
- 川*VvV从人(‘ 。‘*从
- 718 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 09:56
-
姉さん、事件です!!
姉さん、事件です!!
授業中の教室に某人情味溢れるホテルドラマを髣髴させる声が響き渡った。
生徒も教師も目を丸くしてその音の発生源を探す。
そして、全員の目が一人の生徒の所で固まる。
注目を浴びている彼女は、しかしながらそんなことも露知らずとても気持ちよさそうに熟睡していた。
「…小川、起こせ」
担任が額に手をやり、彼女の隣の席の小川麻琴に言う。
麻琴は損な役回りだと思いながら、くぴーくぴーと寝息を立てている彼女、
紺野あさ美の肩を揺らした。
「あさ美ちゃん、あさ美ちゃん」
「…ん」
「起きてよ、なんか鳴ってるよ」
「起こしたければ…トロとサーモンとまぐろをサビ抜きでプリーズ」
いやにはっきりとした寝言だ。
トロとまぐろの違いはなんだろう、麻琴はとりあえずそちらに釣られて考え込み
彼女の肩を揺らすのを止める。
- 719 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 09:58
-
「小川」
呆れた担任の声。
「あ、はいはい」
思い出したように再び肩を揺らし始める麻琴。
「あさ美ちゃん、なんか姉さん事件ですとか言ってるよ!」
「一平か?一平のことだね」
あさ美が、麻琴の呼びかけにがばっと突っ伏していた顔を上げる。
それから、制服のポケットに手を突っ込んだ。
カチッと――おそらく一番近くにいた麻琴にも聞こえないくらいの微かな音とともに
一平コールは止まる。あさ美が担任に視線を投げ
「・・・先生!事件です」
「は?」
「頭が痛くてお腹も痛くて動悸息切れめまい風邪の諸症状など
その他もろもろなので保健室に行って来ます」
呆気に取られている担任及びクラスメイトたちを尻目に颯爽とそう言い放ち
あさ美は教室を飛び出して行った。
教室中に静寂が訪れる。誰もが固まっていた。
「……じゅ、授業を続けるぞ」
結局、担任は彼女を追いかけることなく――
むしろ、巻き込まれたくなかったのか平常を装って黒板に体を向けた。
- 720 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 09:59
-
※
あさ美は廊下を走る。
風のように。廊下は走るな、なんて守る人間はいない。だから、走る。
そして、いつものあの場所へと飛び込んだ。
「遅い!!」
迎えるのは不機嫌そうな声。
「授業中ですよ、当たり前じゃないですか」
あさ美は不満げに答える。
彼女にしてみれば、マッハで走ってきた自分に対して遅いとは何ごとだ、といったところなのだ。
「まぁ、いいや。とりあえず、座って」
都合が悪くなるとすぐにこれだ。
あさ美はそう思いながらも勧められた椅子に腰を下ろした。
「授業中に一体なんなんですか、飯田先生。
っていうか、いつのまに呼び出し音を往年のドラマ風に変えたんです?ビックリしましたよ」
ポンポンと疑問を投げつける。
その時、飯田が――
初々しさを失ったコンコンなんてカオリのコンコンじゃない――
などとキモイことを思っていたなどと露知らずあさ美は彼女を睨んでいる。
- 721 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 09:59
-
「呼び出し音がおならみたいで嫌だって言ってたじゃない。
だから、変えてあげたんだよ」
飯田の答えにあさ美は口元に手を当てる。
確かにそんなこと言った気がする。話の中には載っていないのは気にしないことにしてもらう。
それにしてもだ。
「変えるならもっと普通のにしてくださいよ」
「普通?」
「単なる携帯の着信音みたいな感じで」
あさ美の言葉に飯田は悲しげな顔で肩を竦める。
「なんですか?」
「カオは悲しいよ」
「なんでですか?」
あぁ、またこのパターンだ。
ここから始まる飯田圭織ワールド。聞くか聞かないかは自分次第。
ならばとりあえず、聞いておこう。
好き嫌いで選ぶなら飯田圭織ワールドはなかなか好きなのだ。
- 722 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 10:01
-
「コンコンは普通でいいの?普通で満足なの?そんな子じゃないと思ってた!!
だって、コンコンは目玉焼きになにをかけるか毎日小一時間ほど悩む人でしょ!!
醤油かソースかマヨネーズか塩コショウか、むしろ塩か砂糖かポン酢かかぼす!!」
「目玉焼きはあまり食べませんよ、私」
「そっぉおおいうこと言ってるんじゃないの!!」
飯田は髪を振り乱す。
「分かってますよ。あぁ、もういいです。姉さん事件ですのままで。
それより、授業中に呼び出したって事は急用なんですよね」
今日の飯田圭織ワールドは目玉焼き。
頭の中になんとなくインプットしながら、それ以上は聞く気がなくなったので
話をスパッと変える紺野あさ美B型、自己ちゅ(ry
- 723 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 10:01
-
「それでなにか大事件でもあったんですか?」
「あったもあったおおあった」
「日本語変ですよ」
「ワザとだよ。あのね、最近校内の鏡がよく落書きされるのよ」
飯田は、椅子に座りなおし乱れた髪を手櫛で整え言う。
「鏡の落書き、ですか?」
「そう。その犯人を捕まえるのが今回のコンコンの任務」
「犯人を捕まえるって…簡単に言いますけど手がかりは?」
「ない」
きっぱり。
あさ美が思わず拳を握り締めたのは言うまでもない。
「嘘だよ」
あさ美の表情を見て飯田がしてやったりと言った風に笑った。
飯田が次になにかふざけたことを口にしたらすぐさまストレートが繰り出せるようにと
あさ美が脇をしめて準備をしたのは言うまでもない。
- 724 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 10:03
-
「事件は中等部それも2階で起こってるの。
つまり、中2の子の中に犯人がいるんじゃないかしら」
ハロー学園は大きな渡り廊下を挟んで中等部と高等部に分けられており、
3年は1階、2年は2階、1年は3階に教室が置かれてある。
年を取るごとに朝駆け上る階段が減っていくという寸法だ。まぁ、よくある話だ。
「また中等部かぁ……若年層の犯罪が増えているって本当ですね」
自分もその若年層だということを棚にあげた発言である。
飯田は、微苦笑し
「そのための学園防衛軍だよ」
言った。
「そうですね!」
あさ美は、力強く頷く。
そんなわけで、紺野あさ美の――
もとい、ポテトマンの鏡落書き事件の捜査が始まった。
- 725 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 10:04
-
※
授業中だということもあって、廊下には誰もいない。
あさ美はポテトマンに変身して落書きされた鏡のあるトイレに向かっていた。
犯人がいつ犯行に及ぶか分からないものの、
滅多に人が来ない授業中である可能性は高い。
中等部の2階にあるトイレは二つ。どちらかを張っていれば自ずと見つけられるだろう。
そして、主人公中心に世界が回っているご都合主義全開ストーリーが多いヒーロー物。
つまりは――
「あっ」
あさ美がめぼしをつけたトイレに入るなり、一人の少女が落書きをしている姿。
あさ美の声に振り返る。
その少女の顔を見てあさ美は「重さん!?」そう叫んでしまった。
あさ美は、彼女の事をよく知っている。
なぜなら、彼女が入学してきた時以来、自分と同じ匂いを感じると言っては
意味もなく教室に押しかけていたから。もちろん、その時は紺野あさ美としてだが。
ポテトマンのマスクをつけているあさ美に突然呼びかけられて少女が訝しげに――
だけど眉を寄せるようなことはしない。眉間に皺なんてカワイイ私にはできません、
とはいつだったかの彼女の言葉――小首をかしげた。
- 726 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 10:05
-
「どなたですか?」
学園を賑わしているポテトマンを知らないとは、
さすが世界からどこかずれている重さんだ。あさ美は思う。
「私は、学園の平和を守るため日夜戦う正義の戦士、学園戦隊ポテトマン!!」
「戦隊なのにお一人なんですね」
「・・・それには触れないで、お願い」
「分かりました。それでそのポテトマンがなにか私になにか御用ですか?」
手には油性だか水性だか分からないけれどマジックペンを持って、
なにか御用ですかとはずいぶんとなめられたものだ。
信じたくはなかったが、彼女が鏡に落書き事件の犯人なのだ。
目に掛けていた――もちろん思い込み――だけにショックも大きい。
「・・・重さんにはがっかりです」
あさ美は、首をふる。
「あなたが、鏡に落書きをしていたんですね」
「落書き?」
重さんは人差し指を口元に持っていきまた首をかしげた。
- 727 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 10:06
-
「とぼけても無駄ですよ。あなたは、授業中に抜け出してそのマジックペンで
トイレの鏡に落書きをしたんですね」
あさ美は彼女に近寄り鏡を指差す。
重さんは、あさ美が指差した鏡を見てポンと可愛らしく手を叩いた。
そして、言った。
「これ、落書きなんかじゃありませんよぉ」
ぷんぷん、と頬を膨らます。
あさ美も負けじとぷんぷんと頬を膨らま…してもマスクがあるから無駄である。
それに、あさ美の頬は膨らますまでもなく元から膨れているようなものだ。
それに気づいてあさ美は入れようとして頬の筋肉から力を抜く。
「落書きじゃないならなんなんですか?」
あさ美が問うと
「これは、さゆみんのサインです!!」
彼女は、待ってましたとばかりにはじけるような笑顔で答えた。
- 728 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/15(月) 10:06
-
サイン?
マスク越し。いまいち視界が悪い。
あさ美は、顔を近づけてみる。
確かによく見るとローマ字表記の名前が書かれてある。
しかし、sayumiではなくSayamiになっていたりsayemiになっていたりなんともいい加減だ。
まったく呆れてしまう。それと、どうしてトイレの鏡にサインなんて、とも思った。
なにはともあれ、疑問の解消こそ犯罪の抑止。彼女の動機を聞くことにする。
が、その前に時間の確認。時計を見るともうすぐ授業が終わる頃だった。
授業が終われば、女子恒例集団連れションタイムが始まってしまう。
このままここで話を続けるのはまずいだろう。
「話は保健室で詳しく」
あさ美は、彼女の手を取り歩き出した。
- 729 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:04
-
※
保健室にいた飯田を追い出そうとして返り討ちに遭ったあさ美は
仕方なく飯田立会いのもと、重さんの取調べを行うことにした。
「さてと・・・鏡に落書きした動機を早速聞いていいでしょうか?」
「だから、あれはサインです」
重さんは、んもぅっと頬を膨らませる。
あさ美は大きく嘆息し、話が見えない飯田は首を傾げていた。
「分かりましたよ。じゃぁ、どうして鏡にサインなんてしたんですか?」
「知りたいですか?」
「知りたいですね」「知りたい知りたい」
あさ美と飯田の声が重なる。
こっちが真面目に警察口調で応対しているのに、
ムードを壊す飯田の声にあさ美はきっと彼女を睨みつける。
マスク越しなので分かるはずもないあさ美の表情だが、飯田はビクリと反応し
肩を竦めるとデスクの引き出しからあるものをとりだした。
あさ美は、眉を寄せる。重さんも飯田を見て首を傾げる。
飯田が取り出したのはマスクだった。
- 730 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:05
-
「邪魔しないからね」
マスクをかける前に飯田はそう言ってにっこりと笑った。
それから、マスクをかける。
マスクには、バラエティやなんかでお手つき一回休みの時に見られる赤いバッテンマークがついていた。
どうしてそんなものを持っているのだろう。
そんなもの使う機会がどこであるんだろう。
そんな疑問よりも先に、そのマスクがとてつもなく似合っている飯田にあさ美はなぜか悲しくなった。
しかし、すぐに-―それはさておいて取調べだ――気を取り直して、重さんに向き直る。
- 731 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:06
-
「さて、サインを書いた理由を話してもらいましょうか」
「理由ですか?」
「理由です」
「話せば長くなります」
「時間はたっぷりあります」
「次の授業は出たいんですけど」
「私も出たいですよ」
「ポテトマンさんも学生さんなんですね」
「制服見て察してください」
「マスクと制服はあんまり可愛くないと思いますよ」
「言われなくても分かってます」
「ですよね」
くすりと重さんは笑う。
つられて笑いそうになって、あさ美はいかんいかんと首を振った。
これは、話を逸らす高等テクニックだ。しかし、そんな手にはのらない。
あさ美は、ぐっと身を乗り出し
「さっさと話してすっきりしましょうや」
刑事ドラマの真似をしてみた。
いまいち決まっていないことには気がつかない。
重さんがプゲラと馬鹿にした笑いを噛み殺したことにも気がつかない。
マスクの下で飯田がぶはっと噴出したことにも気がつかない。
なぜなら、あさ美の中では、今のセリフ完璧ですだから。
「ポテトマンさんに免じて話してあげますね」
しばらくの間の後、重さんがにっこりと笑った。
- 732 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:07
-
※
以下、重さんの証言
(前文、略)
・・・だから、トイレの鏡は大きいんですね。
私が持ち歩いている鏡も大きいほうですけど、もっと大きいんです。
まるで私の愛くるしい笑顔をうつすためにそこに存在しているみたい。
それで、私は鏡さんに聞いたんです。
「鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ?」
そうしたら、鏡さんは「今私に映っている方です」って。もちろん知ってましたけどね。
だから、もっとオリジナリティのある質問をしようと思って
「鏡よ鏡、鏡さん。世界に私の可愛さに勝てる人間がいると思う?」
そうすると鏡さんは「愚問ですね、いるワケがありません」って。それももちろん知ってたんですよね。
可愛さを訊ねるのは無意味ですよね。答えが分かりきってるから。
私は、溜息。溜息が似合うのも美少女の特権だと思うんです。
それはおいておきますけど、分かりきった質問をするよりも
鏡さんにはもっと他の事を訊ねてみようと考え直したんです。
- 733 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:08
-
「あ、あの」
あさ美は、たまらずに声をあげる。
「なんですか?」
「・・・サインした理由はまだなんでしょうか?」
聞くと、重さんは今さらなにを、という表情になって
「話せば長くなります、って言いませんでしたっけ?」
あ、とあさ美は小さく漏らす。
言った。確かに言っていた。
なんてこった。あれは、言葉のあやでも話を逸らす高等技術でもなく本当のことだったのか。
あさ美は、マスクを抱えた。
だいたい、今の話だけでも聞いていて頭が痛くなるのだ。
鏡と会話なんてその時点で彼女が精神を病んでいるのではないかと疑ってしまう。
これ以上、長無駄話なんて聞きたくない。あさ美の本心だった。
- 734 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:09
-
「30文字でまとめてもらえませんか?」
「30文字?」
「お願いします」
あさ美は、手を合わせてお願いする。
これではどっちが取調べを受けているのか分からない。
「30文字ですか……」
重さんは了承の言葉の代わりに考え始めた。
「鏡さんが私のサインが欲しいと言ったから仕方なくしたまでです。」
。入れて30字ぴったし。
意外に頭がいいらしい。けれど、言っている意味は全く分からない。
鏡がサインを欲しがるなんてありえないし。
「……鏡が重さんのサインを欲しがった。そういうことですか?」
「そうです、話の流れでそうなって」
「話の流れ……ですか」
「はい」
重さんは、笑顔を湛えたまま頷く。
頭痛を通り越して偏頭痛という言葉が脳裏をよぎった。これもまた意味不明だ。
あさ美は、マスク越しにこめかみの辺りを叩く。
- 735 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:10
-
「トイレの全ての鏡がそう言ったんですか?」
「そうですよ」
「……これからも鏡がそう言ったら書いちゃいます?」
「もちろんです」
犯人にはまったく反省の色がない。
これは鉄拳制裁を加えたほうがいいのか、あさ美は真剣に悩んだ。
相手は、入学以来自分が目を掛けてきた――と思い込んでいる――重さん。
しかし、彼女は学園内犯罪の犯人でもある。それも再犯の可能性が限りなく高い。
「飯田先生」
あさ美は、思い出したように飯田を見る。藁にも縋るなんとやらだ。
しかし、あさ美の頼みの綱、飯田は――寝ていた。
「ちぃっ!!」
あさ美は、舌打ち。
彼女の中にある、頼りにならない人間リストのトップに飯田の名前はのせられた。
- 736 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:11
-
「あのぉ」
重さんが遠慮がちに声をかけてくる。
「なんですか?」
「そろそろ教室に戻っていいですか?」
「……ちょっと待ってくださいね。私がいい案を考え付くまで」
立ち上がりかけた重さんの肩を両手で掴んで下に押し返す。
重さんは、微かに溜息をついた。溜息をつきたいのはこっちのほうだ、あさ美は思う。
こんな難しい任務ははじめてだ。
今まではドカーンと一発完遂だったのに。
今回は吹き飛ばしても燃やしても意味がないだろう。
コンコンコンコンと机を叩く音が響く。
机を叩くのは、考え事をするときのあさ美の癖なのだ。
その音が徐々に――コンコンコッコココンコンココンコココンココッコンコ――
リズミカルになっていく。そして、最後の一音。
あさ美は、カッと目を見開いて立ち上がる。そんな彼女を見て重さんがびくっと身を引いた。
「トイレの鏡一枚を重さん専用にします!!!」
これでどうだ、と言わんばかりにあさ美は胸を張った。
ポカンとあさ美を見上げていた重さんは
「・・・そんなことできるんですか?」
やがて、そういった。やや嬉しそうに期待のこもった眼差しで。
その問いに、あさ美はグッと親指を立てた。
- 737 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:12
-
※
キーンコーンカーンコーン
今日も今日とてチャイムはなる。
学校中の話題は一つ、ポテトマン。
「今度は職員室に殴り込みだって」
職員室に殴りこみなんてしてないし。
「なんか鏡がどうとか言ってたらしいよ」
「え?私は、トイレを封鎖せよって言ってたって聞いたけど」
鏡の話はしたけど、トイレを封鎖せよなんて言ってない。
「意味わかんないし」
「ねぇねぇ、校長先生倒れたって聞いたけど、マジ?」
校長先生が倒れたのはもちろん自分のせいではない、と思う。
「ポテトマンらしいよ」
「またポテトマンなんだ」
- 738 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:14
-
あさ美にとっては腹が立つ根も葉もない噂話だ。
教室で延々と繰り広げられる他愛もないお喋りにあさ美は歯軋りをする。
誰か一人くらいポテトマンの苦労を理解してくれる人間がいてもいいのに。
横目で会話をしている塊を見やる。
声が聞こえなかったせいで気がつかなかったが、中には麻琴もいた。
彼女がなにか言ってくれればいいのに。あさ美は、少しだけ期待をこめて彼女を見る。
そして、何も知らない麻琴は口を開く。
「でも、ポテトマンっておいしそうな名前だよねぇ」
ドッと笑いが湧き上がり
ドッとあさ美は椅子から転げ落ちた。
薄れ行く意識の中で、頼りにならない人間リストのトップが飯田から麻琴に変えられたのはいうまでもない。
- 739 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:14
-
ポテトマン戦闘成績……クラスメイトの噂話に敗北
- 740 名前:第9話 鏡よ鏡 投稿日:2004/03/16(火) 10:15
-
「でもほら、重さん?だっけ。は喜んでくれたんでしょ?」
「ええまぁ」
「ならよかったじゃない。さすがポテトマンえらいえらい」
「・・・飯田先生に誉められてもうれしくない」
「なんでよ!」
「あ〜あ、人知れずいいことしてるのにどうしてこうなっちゃうんだろう」
「……」
※補足○リビア
中等部2年のトイレのうちの一つ、洗面所にあるその中の一枚、は
ポテトマンの必死の説得(脅迫ともいう)によって見事なまでの飾りに縁取られた
道重さゆみ専用となっている。
- 741 名前:名も無き読者 投稿日:2004/03/16(火) 16:03
- (*´∀`) b
- 742 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 07:52
-
至って平和な日が続いている。
なにかあるとポテトマンが現れ全てを破壊していくという話に
生徒たちは喧嘩のヶの字も見せなくなった。
おかげであさ美としては商売上がったり、暇真っ盛り。
もとの生活に戻っただけなのに、いつのまにかどっぷりとポテトマンに浸かっていたらしい、
そのことに気づいてあさ美は少し自己嫌悪に陥った。
「ぁゃゃの声はいつ聞いても癒されるなぁ」
隣で相変わらずくだらない事を口走っている麻琴。
放送部員でもない松浦亜弥のお昼の放送は
彼女のような聞き手のおかげで成り立っているんだろう。
こうまで人気になってしまうと、本当の放送部員も何も言えない。
- 743 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 07:53
-
「あさ美ちゃんもそう思わない?」
「まぁ、確かに普通の放送よりは楽しいけどね……」
あさ美は、言葉を濁す。
楽しいのは確かだが、あさ美はこの放送はそう好きではない。
なぜなら、あまりにも自分のことしか話さないから。
別に聞きたくもない、とたまに思っていたりする。
それをはっきり麻琴に言わなかったのは彼女自身少し大人になったのかもしれない。
『それでは、楽しくお送りしてきましたぁゃゃの部屋、今日もお別れの時間になりました。
午後からの授業もズバッといきましょー。バイバーイ』
放送が終わり、昼休みが終わる。
そして、これが自称謎の美少女ぁゃゃこと松浦亜弥の最後の放送だった。
- 744 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 07:55
-
※
「というわけで、松浦亜弥の捜索をお願いします」
「なにがというわけなんですか」
飯田の言葉にあさ美は顔をしかめた。
「第一、簡単に捜索って言いますけどポテトマンはあくまで学園内が活動拠点なんですよ。
松浦さんは学園内にはいないし、外まで探しに行けっていうつもりですか?」
「うん」
あっさり頷く飯田にあさ美は口よりも先に空手チョップ。
飯田はそのまま勢い余って額を机にガツンとぶつけた。
クリーンヒットするとは思っていなかっただけにあさ美の顔が強張る。
「す、すいません。っていうか避けてくださいよ、これくらい」
「……」
「先生?飯田先生?」
突っ伏したままの体制でうんともすんとも言わない飯田に次第に焦りが募ってくる。
あさ美は、立ち上がって彼女の体を揺する。
「ディァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
叫びとともにガバッと飯田の頭が上がり
そして、狙っていたようにあさ美の顎にその頭がヒットした。
あさ美は、ぐわっと仰け反りそのまま後ろに倒れる。
「これくらい避けてよ、コンコン」
飯田がにやにやとムカつく笑みを浮かべて仕返しとばかりにあさ美に言った。
してやられた、あさ美は顎をさすりながら涙目で飯田を見上げた。
- 745 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:03
-
※
結局、なんだかんだの末、松浦亜弥の捜索を引き受けてしまったあさ美は
一日学園内を駆け回っていた。
ポテトマンになってからというものすっかり活動していなかったが、今回ばかりはその経験が役立った。
あさ美は、まず新聞部で鍛えた情報収集の能力を発揮して
松浦亜弥の居場所を突き止めようと考えたのだ。
久しぶりに新聞記者紺野あさ美として情報収集からはじめる事件。
ポテトマンの姿で情報を集めて回りたかったが、
情報どころか空き缶が集まってしまうのでこの選択は止むを得なかった。
- 746 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:05
-
松浦亜弥の失踪は学園中に知られていたが、その理由はとかくいい加減なものばかりだった。
だが、ファンの多い彼女の失踪当日のガチの足取りは意外に簡単に手に入った。
放課後、彼女は高等部1年1組の加護亜依と一緒にいる姿をいろいろな所で目撃されている。
駅前のカラオケからゲームセンター、ファーストフード店。
二人して深刻な顔でうろうろと歩いていたらしい。その後、失踪というわけだ。
この事件は彼女と一緒にいた加護亜依が一枚噛んでいるはずだ。
あさ美はそう結論を出し、早速、ポテトマンに変身して加護亜依のもとへ繰り出した。
- 747 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:06
-
「被告、加護亜依!!」
「被告って、あんためっちゃ失礼やな」
突然ビシッと指を突きつけられ被告といわれれば誰でも気分がいいものではないだろう。
加護は、目の前のポテトマンを鋭く睨みつけた。
クラスメイトたちが、ポテトマンの姿に打ち震えているにも関わらず勇敢だ。
ポテトマンことあさ美はふんっと鼻を鳴らす。
「あなた、松浦さんの失踪に関与してますね」
「はぁ!?」
「しらばっくれても無駄です。ネタは上がってるんですよ」
あさ美は、どんと彼女の机を叩く。
しかし、加護は一向に怯まず――それどころかさらに目つきを険しくして
「ええ加減なこと言うなや!!うちが一番心配しとるっちゅうねん!!」
怒鳴った。
その勢いにあさ美は思わず身をすくませる。
ポテトマンの姿をした自分にこうも好戦的なのはあの眉毛以来だ。
湧き上がる高揚感。マスクの下であさ美は笑い、そしてファイティングポーズをとった。
- 748 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:07
-
「なに考えとんの、あんた」
加護は一瞬ポカンと口を開け――
呆れたようにそう言うとあさ美の頭を叩いた。
「拳で語り合うのかと」
「アホか」
またペシンと頭を叩く。
あさ美は、叩かれた頭をさすりながら
「じゃぁ、なんなんですか?」
「それはこっちのセリフや。失礼なことばっかりぶっこいて……」
加護が嘆息し
「あんた、亜弥ちゃんのことどうする気や」
あさ美を軽く睨みながら言った。
「私がどうこうするんじゃなくて、あなたがどうかしたんですよね?」
あぁ、勘違い。
果てしない勘違い。あさ美は、そのことにまったく気づいていない。
ズビシッ。
あさ美の頭に自身の十八番である空手チョップが炸裂する。
これは効いたとばかりにあさ美はふらりと加護の机に手をかけ頭を垂れた。
- 749 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:08
-
「なんでうちが亜弥ちゃんをどうかせなあかんねん!」
「だって、失踪当日に一緒にいたって話ですし」
「…あれは、ちょっと」
加護が言いかけ自分たちを見守る視線に気づいたのか口を閉ざした。
ちょっと、とあさ美の腕を引っ張って教室の外に促す。
いったいなんだろう。
しかし、彼女がなにか失踪の原因になるようなことを話す気でいるのは間違いない。
あさ美は促されるままに教室の外に出た。
- 750 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:12
-
※
加護亜依からことの真相を聞いたあさ美は難しい顔をしてある場所へ向かっていた。
以前、真希に連れられていった喫茶「ふるさと」。
あのときの記憶が確かなら、松浦亜弥の失踪の原因である彼女はそこにいるはずだ。
あさ美は、ふるさとの看板を見上げてゴクリと唾を飲み込む。
そして、意を決して中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい!!」
出迎えるのは探している人物ではない。
あさ美は無視して店内を見回す。しかし、求める姿は見当たらない。
そうこうするうちに出迎えてくれた彼女――名前プレートに安倍とある――が
あさ美の顔を覗き込んで
「誰かと待ち合わせかい?」
「…いえ、あの藤本美貴さんってここにいませんでしたか?」
「美貴ちゃん?美貴ちゃんは今休憩中だから裏にいると思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
挨拶もそこそこにあさ美は店を飛び出し裏手に回る。
果たしてそこに彼女はいた。
- 751 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:13
-
裏口の前、4,5段ある段差に腰掛けてぼんやりしている。
こういう場面では相手はタバコを吸っているはずだが――
彼女はただひたすらぼけーっと虚空を見ていた。
その顔はなにかと戦っているかのように険しい。
これが彼女の素の顔だとは知らないあさ美は声をかけるのを躊躇した。
が、立てた足音に彼女が気づいてこちらを振り返る。
逆光でまぶしいのか手を顔の前にかざしている。
「…誰?」
意外に穏やかな声だ。
「あ…あの、私ハロー学園の紺野と申しますが」
少し安心してあさ美は彼女に近寄る。
「ハロー学園?」
「はい、あの…藤本美貴さんですよね?」
「そうだけど……あれ?この間、泣いてた子?」
怪訝そうな彼女はあさ美の顔を見て気づいたように言った。
顔が赤くなるのを感じあさ美は咳払いで誤魔化す。
- 752 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:13
-
「実は、松浦亜弥さんのことで窺ったんですけど」
いうと、彼女は心配そうに眉を寄せた。
「亜弥ちゃんがどうかしたの?」
「やっぱり知らないんですね…彼女、失踪したんです」
「失踪!?」
「ええ」
「誘拐とかじゃないんだよね?どこに?なんで?」
矢継ぎ早の質問。
あさ美は落ち着いてという風に手で制す。
「誘拐ではありません。どこにいるかも分かりません。
だけど、失踪した理由は分かります」
「…理由って?」
彼女は、本当に心配そうに聞いた。
「理由は、あなたですよ、藤本さん」
「美貴?」
彼女が目を丸くして自分を指差す。
あさ美は、その目を見据えてしっかりと頷いた。
- 753 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:14
-
※
放課後の教室、彼女が語った物語。
「――それでね、私のためにミキたんは旅立ったの」
「ふーん」
「でも、最近寂しくなっちゃった」
彼女は切なげな吐息を洩らす。
話を聞いていた少女はおや?と眉を上げた。
「だって、ミキたん今どこにいるのか分からないんだもん。
連絡もくれなくなったし……」
「便りがないんは元気な知らせっていうやん」
「毎日電話してくれる約束だったんだよ!もしかして、なんかあったのかなぁ?」
彼女の可愛らしい顔が翳る。
しかし、少女は思う。
毎日電話するとしたらどれくらいの電話料金がかかるのだろうと。
- 754 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:15
-
「電話のないところにおるかもしれんやん」
「でも、でもっ!たんは電話してくれるの!私との約束は破らないもん。
電話がなくても電話してくれるもん、絶対!」
無茶苦茶な理屈だ。
「それとも、私のことが嫌いになっちゃったのかな。
ミキたん、浮気っぽいから外国人のお姉さんにふらふら着いてちゃったのかも」
「いや、それはないやろ」
「そんなのわかんないじゃん!!」
彼女が立ち上がる。その目はLove涙色。
少女はうろたえた。冗談で言っているのかと思ったらどうやら本気だったらしい。
- 755 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:16
-
「決めた、私探す!!ミキたんを探してくる!!」
彼女は窓から見える夕焼けに向かってそう叫ぶと
「え!?ちょっとなぁっ!?」
少女の呼び止める声も聞かずに教室を飛び出していった。
そのあと、少女は彼女を追いかけ駅前で捕獲。説得を試みる。
しかし、結局彼女の固い決意を覆すことは出来なかったという。
これが――少女、加護亜依の語った真実だ。
- 756 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:16
-
※
「亜弥ちゃんが美貴を探しに…」
あさ美の話を黙って聞いていた彼女、藤本美貴はまいったなぁというように鼻をかいた。
それはどこか照れているようでもある。
いや、その反応少し間違ってますよ――あさ美は、ツッコミたくてうずうずしている右手を必死で喰いとめる。
「ともかく、藤本さんが松浦さんにいわれて旅をしていたルートを辿るって
言ってたそうなんですけど…」
「え!?マジで!?」
心当たりはないか聞こうとした矢先に美貴が驚きの声をあげた。
あさ美は、首を傾げる。
- 757 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:17
-
「どうかしたんですか?」
「美貴が旅したとこ辿るって言っても、ほぼ世界一周じゃん」
「じゃんって言われても知りませんけど…そうなんですか?」
「うん。だって亜弥ちゃんが言うからピラミッドのお宝をがめにいって、
ナスカの地上絵に相合傘書きにいって、アンコールワットで二人のための祝杯挙げて、
タイで虎に乗ってるところを写真にとって、モアイの欠片取りに行って、
帰りの旅費稼ぐためにベーリング海のカニ漁に参加したら海に放り投げられて、
結局そのまま泳いできたんだよ。それで、無一文で倒れてる所を安倍さんに拾われたの」
事も無げに口にされたビッグスケールな話をあさ美は大口を開けて聞いていた。
この人物とんでもなく大物なのかもしれない。
そこであさ美は、はっとする。彼女の名前。藤本美貴。
もしかして彼女はあの藤本美貴なのだろうか。
まったく信じられないような話だが――
彼女があのハロー学園伝説の藤本美貴ならばありえないとも言いきれないのだ。
それほどまで、学園には彼女の逸話が溢れている。
- 758 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:19
-
彼女がもつ数あるエピソードの中の一つをあげるとすれば、
彼女から蹴り飛ばされた男子生徒は願いが叶うと言うもので――
彼女の在学中、他校からきた生徒もマジっての長蛇の列。
終いには警察沙汰になったというものだ。
そして、あさ美が今一番詳しく知っているものといえばやはり七不思議の逆さま地図だろう。
北半球と南半球が分からずに、というやつだ。
今でもその証拠の地図は残っている。
しかし、そんな人物がよく世界を旅できたものだ。あさ美は、尊敬の眼差しを彼女に向ける。
「亜弥ちゃん、大丈夫かなぁ?」
彼女はあさ美の視線に気づかず心配そうに空を見上げた。
つられて空を見上げる。綺麗な夕焼け空。松浦亜弥も同じ空を見ているのだろうか。
その時、既にあさ美の中では松浦亜弥捜索の断念は決定していた。
日本国内ならまだしも世界中を飛び回っている人間を探す気にはなれない。
ポテトマンにも限界はあるのだと痛感させる事件となった。
- 759 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:20
-
「ところで、帰ってきてたんならどうして会いに行かなかったんですか?」
「取ってきたお宝、海に全部落としてきちゃったからさ。
少しお金溜まったらもう一回ダッシュで集めに行くつもりだったんだよ」
ダッシュで集めに行けるような距離ではないと思う。
しかし、心底から本気顔の美貴にはなにも言えるはずはなく
あさ美は貝になった。美貴が溜息を着き視線をあさ美にうつす。
「とりあえず、亜弥ちゃん帰ってきたら教えてね」
「は、はい。分かりました」
美貴に見送られてあさ美は歩き出した。
- 760 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:20
-
ポテトマン戦闘成績…バカップルに敗北
- 761 名前:第10話 失踪?誘拐?家出? 投稿日:2004/03/22(月) 08:21
-
「新しい朝が来た、希望の朝〜♪」
ふるさとの店長、安倍なつみはご機嫌よくラジオ体操の歌を口ずさみながら
店のシャッターを思いっきり開けた。途端、歌が止まる。
なつみは、目をパチパチと瞬かせる。
店の前にはボロボロになった人間が倒れていたのだ。
感じる既視感。以前にも似たようなことがあった。
その時は確か頭にカニとわかめを乗っけて倒れていた。
今回の子は、ウニと珊瑚が刺さっている。
「デジャブーだべさ」
なつみは、嘆息し倒れているその少女を抱え起こした。
- 762 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:11
-
放課後といえば部活動。
そんなわけで、校庭はサッカー部野球部ソフトボール部が幅を利かし、
悲しいまでに隅に追いやられているのは飛び交うボールを避けながら黙々走る陸上部。
テニス部はスコート翻しテニスコートへ。武道場では剣道部、柔道部が意味不明の気合の言葉。
音楽室では合唱部、ウィンドアンサンブル部が騒音を。卓球部は卓球場でじめじめと。
そして、体育館。
犬猿の中のバスケ部とバレー部がコート争いをしている。
彼女たちは思う。以前はこんなことなかったのに、と。
バスケ部とバレー部がこんな状態になったのは最近のこと。
3年生の部活引退が原因だ。
バレー部のキャプテンだった吉澤ひとみがいたときは
体育館は今のような鋭い声が飛び交う場ではなく黄色い歓声が飛び交う場だった。
誰にでもワケ隔てなく接する彼女はバスケ部のメンバーにもなぜか人気があり、
コートを争うなんてもってのほか、小さな世界は上手く回っていたのである。
- 763 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:11
-
「…人一人いなくなっただけでこうも変わってしまうんですね」
紺野あさ美は上から醜い争いの場であるコートを見下ろしながら呟く。
「もう分かるよね、今度の任務」
あさ美の隣にいる飯田圭織も同じようにコートを見下ろしながら言う。
「任せてください!」
視線を飯田に合わせあさ美はにやりと笑った。
- 764 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:12
-
※
吉澤ひとみなる人物を中心に体育館の秩序が保たれていたのなら、
彼女を連れて行って一喝してもらえばあっさり解決するはずだ。
あさ美は、ポテトマンに変身すると彼女のいる3年4組へと向かっていた。
「あれ、コン……じゃなくて、ポテトマン」
前方から聞き覚えのある声。
後藤真希。そういえば、彼女は3年4組の人間だった。
あさ美はこの偶然に勝機は我にありと心の中で叫んだ。
彼女がなにと闘っているのかは不明だが。
「後藤さん、丁度よかった。吉澤さんを呼んで頂きたいんですが」
「よっすぃ〜?よっすぃ〜ならもう帰ったんじゃない」
静かな廊下。
そこではじめてあさ美は気づいた。
最近ではポテトマンの姿で歩くだけで廊下は蜘蛛の子散らした状態になるのに、
今は蜘蛛の子散らす前から誰もいなかったことに。通りで静かなはずだ。
- 765 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:13
-
「そうですか……でも後藤さんはなにしてたんですか?」
部活がなくなって受験勉強真っ盛りの3年は帰るのが早い。
だから、3年棟は静かなわけで。
真希がここにいるのはなぜだろう、素朴な疑問。
「んぁー、皆、薄情で起こしてくれなかったんだよ」
真希は、肩をすくめる。
どうやら寝ていて教室に置き去りにされたらしい。
放課後の部活動タイムがはじまっておよそ1時間。
随分と熟睡していたのだろう。彼女らしいといえば彼女らしい話だ。
あさ美は、納得した。
- 766 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:14
-
結局、吉澤ひとみがいなければどうしようもないと理由づけて、
あさ美は真希と一緒に下校することにした。勿論、ポテトマスクははずして。
「ところで、よっすぃ〜に何の用だったの?」
歩き出してしばらくすると真希が言った。
「えっと・・・バレー部とバスケ部の争いをサクッと鎮めてもらおうかと思いまして」
「んぁ〜、鎮まるかなぁ」
あさ美の言葉に真希がぼそっと洩らす。あさ美は、眉を寄せた。
調査では、鶴の一声ならぬ吉澤の一声だったはずだ。
鎮まらないはずがないのに。
- 767 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:15
-
「どういうことですか?」
「いや、最近よっすぃ〜人気落ちてるっていうか……なんていうか」
真希が言い辛そうに言葉を濁す。
「人気が落ちてる?」
これは聞き捨てならない。
あさ美は吉澤ひとみという人物について詳しく知らないが、
とかく同性には人気があるという話だった。
だからこそ、体育館を上手く切り盛りできていたのだろうというのがあさ美の見解。
「人気が落ちてるってなんでですか?」
「なんでって……その」
真希は目を泳がせる。
明確な理由は彼女の口から言い辛いようだ。ますます気になる。
一体それはどういう理由なのか。あさ美は、頭を捻る。
「と、ともかくあたしからはなにも言えないよ。それじゃね」
あさ美が考え始めたのをこれ幸いとばかりに真希は猛ダッシュで行ってしまった。
それさえ気づかずに道の真ん中であさ美はうんうんとうなって考え続けるのだった。
- 768 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:18
-
※
翌日。
あさ美は、再び新聞記者紺野あさ美として学園内を駆け回っていた。
連続した情報収集が必要な事件にあさ美は少し辟易。まぁ、ポテトマンの格好をして(ry
似非ギャル系生徒Aさんの証言。
「吉澤先輩、マジイケてたよぉーバレーしてた時とかぁ追っ掛けいたしぃ
あたしもさぁあえおいjぁんぼいあじゃ(理解不能な言語)」
文学系生徒Bさんの証言。
「吉澤さん?私はあんまり興味なかったけど誰にでも優しいから人気あったみたいよ。
最近?さぁ、あまり聞かなくなったわね」
理系生徒Cさんの証言。
「よっちゃんねぇ、部活してた時はかっこよかったよ。
まぁ、顔立ち自体は整ってるんだけど、今のキャラはどうなんだろう(笑)」
道行く生徒Dさん
「吉澤さん?バレー部だった?あぁ、人気あったよね。
え?今?部活やめてからはあんまり知らない」
その他多数。
全ての証言に共通しているのは過去形。
イケてたとか追っ掛けがいたとか人気あったとか格好よかったとか。
そしてもう一つ。
現在の彼女についての話になると、途端に分からないと同種の答えが返ってくること。
それは部活を辞めたこととも関係しているようだった。
- 769 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:19
-
「あさ美ちゃん、なに調べてるの?」
手帳を前に難しい顔をしていると麻琴が覗き込んできた。
あさ美は麻琴に見られる前に手帳を閉じる。麻琴がぷぅっと頬を膨らませた。
「可愛くない」
「ひどいよ、あさ美ちゃん」
「冗談だよ」
麻琴をからかってストレスを発散するのが最近はまっていることだったりする。
我ながら性格が荒んできているなとあさ美は気づいて少し反省した。
しかし、麻琴をからかってストレス発散する行為はポテトマン就任以前からだということに彼女はまったくもって気づいていない。
「それで、なに調べてたの?」
めげない麻琴は同じ事を聞いてくる。
今度はからかわずに
「ちょっと吉澤先輩についてね」
「吉澤先輩ってあのバレー部の?」
「そうだけど、知ってるの?」
心当たりがあるような素振りの麻琴にあさ美は目を丸くした。
- 770 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:20
-
「知ってるもなにも話したことあるじゃん。
吉澤先輩ファンクラブ会員ナンバー1だよ、私!!」
麻琴が怒りの声をあげて目の前に突き出してきたのは変なカード。
文字通り目の前にあってそれがなんなのか分からない。
あさ美は首を引き少しそれから遠ざかり目を細める。
「よっすぃ〜のクッキー?」
どこかで聞いたことのある懐かしい文字が躍っている。
その下には会員ナンバー1.小川麻琴の文字。どうやら会員証らしい。
こんなくだらないものを友達が持っていた事実にあさ美はゾクッと体を震わせた。
しかし、それほどまでのファンなら最近のことも詳しいのかもしれない。
- 771 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:20
-
「ねぇ、まこっちゃん」
「なに!」
あさ美が自分の話した事を覚えていなかったことに対してまだ腹を立てているのか
麻琴の声は荒い。あさ美は、気づかれないように肩をすくめ
「吉澤先輩ってそんなに格好いいの?」
とりあえず、機嫌取りからはじめることにした。
「格好いいなんてもんじゃないね!!神だよ、神!!!」
単純な麻琴は先ほどの怒りもどこへやら興奮したように話し出す。
バレーの試合で吉澤先輩がどうしたこうしたとか体育祭でどうたらこうたらとか
学食でうんたらかんたらとか。今のあさ美にはかなりどうでもいいことまで喋くり倒す。
- 772 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:21
-
「…で、今の吉澤先輩ってどうなの?」
呼吸のために一瞬だけ麻琴の口が止まった瞬間を見計らって
あさ美は切り込んだ。途端、麻琴の顔が一転してしょぼんとしたものになる。
これはなにかあるはずだ。あさ美の目つきは自然鋭くなる。
このとき既に体育館平和への道というポテトマン任務はあさ美の頭から消えていた。
あるのは学園新聞記者紺野あさ美としての好奇心。
吉澤ひとみの人気衰退の原因解明だけ。
それに関する重要なネタをこの麻琴が持っているのは間違いない。
新聞記者としての勘。そして、麻琴が口を開く。
「吉澤先輩は……」
あさ美は、ゴクリと唾を飲み込み続く言葉を待った。
「吉澤先輩はいなくなったんだよ」
「え?」
「転校しちゃったのかも」
「・・・転校?」
予想外の言葉にあさ美は目を丸くする。それはありえない話だ。
今までの調査では誰一人そんな話をしていない。
それに昨日話した後藤真希も「よっすぃ〜は帰った」と言っていたのだ。
つまりは、彼女がこの学校にいるということを証明している。
- 773 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/23(火) 13:23
-
「なんで転校したって思うの?」
「だって、いなくなったんだよ。校内で見かけなくなったもん」
麻琴は泣きそうな顔だ。
からかわれた仕返しに嘘をついているというワケでもないらしい。
しかし、吉澤ひとみは転校なんてしていない。これは一体どういうことだ。
あさ美は、少し考えこのままでは埒が明かないという結論に達した。
「じゃぁ、3年4組に行こう!!」
麻琴の腕を引っ張って教室を飛び出した。
ちなみにこれから授業が始まるというのにだ。
さぼり決定。麻琴は悲鳴。
- 774 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:22
-
※
3年4組前。
授業をしている教師の声が聞こえる。窓が上手い具合に開いているようだ。
二人は、匍匐前進で窓の下まで進む。こっそり覗いてみよう作戦。
「どう?いる?」
ひょこっと顔だして教室内を伺っている麻琴に声をかける。
吉澤ひとみの顔を知らないあさ美にとっての頼みの綱は麻琴だ。
つい最近頼りにならないリストトップにいた彼女が頼りなのは不本意だが
この際そうも言っていられない。
「やっぱりいないよ」
麻琴がへたり込む。
「ホントにいないの?目ん玉かっぽじってよく見てよ」
「だっていないもん。吉澤先輩はいなくなっちゃったんだもん!!」
「馬鹿!!声が大きいって!!」
あさ美が慌てて口を塞いでももう後の祭り。
ガラガラッと前のドアが開けられ
「なにをしてるんだ、そんなところで」険しい顔をした教師が出てくる。
麻琴はウッヒョォオオオオオと驚きの声をあげて放心。
いつもならこの隙に逃げるのだが廊下に座り込んでいたためそれも適わなかった。
あさ美は、観念してゆっくり立ち上がる。
- 775 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:23
-
「吉澤ひとみさんの顔を見ようと思いまして」
「それは休み時間にすることじゃないのか?」
全くもってその通り。
「いえ、それが休み時間にはできないことでして」
「なぜだ?」
「先生には言えないことです」
「ふざけてるのか?」
「至って真面目ですよ。早く吉澤先輩に会わせてください」
あさ美は、教室に聞こえるような声で言う。
教室のざわめき。椅子が引かれる音。足音。
キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!
まさにあさ美の思う壺。
「あたしになんか用なの?」
教師の後ろからぬっと顔を出してくる人物。
中性的というよりはおっさん――包容力はありそうだ。優しそうだし。
イメージしていた姿とはかなりかけはなれているが
話の流れ的に彼女が吉澤ひとみに間違いはないだろう。
- 776 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:24
-
「まこっちゃん、吉澤先輩、だよ?」
廊下で放心している麻琴の頭をペシッと叩く。
麻琴が我に返ったようにあさ美をみる。
「どこに吉澤先輩?」
「目の前」
麻琴があさ美から視線をずらし――そしてその視線が怪訝そうな面持ちの吉澤ひとみに合わさる、なり
「いやぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
麻琴は絶叫した。
幽霊とかそういった類の信じがたい物を見てしまった反応のそれと同じだ。
あさ美も教師も吉澤ひとみも目が点になる。
- 777 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:25
-
麻琴の体は(((( ;゚Д゚)))と小刻みに震え、今にも倒れてしまいそうだ。
「ちょっとまこっちゃん、大丈夫?」
はげしく首を振り否定する麻琴。うろたえた様な教師の声。
あさ美は冷静に状況を見極め、逃げるなら今だと判断した。
「違う違う・・・あんなの、吉澤先輩じゃない、私の吉澤先輩じゃ・・・・・がくっ」
「まこッちゃぁあああん!!!!!!!!!!!」
小芝居をしながらあさ美は麻琴を抱きかかえ3年4組の教室から脱兎のごとく逃げ出した。
- 778 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:26
-
※
逃げ延びた先は保健室。
ここなら授業中でもなにも言われないだろう。麻琴の崩壊ぶりも心配だった。
「コンコン、どうしたの?」
飛び込んできたあさ美に飯田が目を丸くする。
「ちょっといろいろありまして」
「いろいろねぇ。で、そっちの子は?」
飯田は微苦笑しあさ美に抱きかかえられている麻琴を顎でしゃくる。
思い出して、あさ美は麻琴の余りの重さにどさっと彼女を落とした。
火事場のバカ力というものはあるらしい。
あさ美は呻き声をあげた麻琴を慌てて抱え起こし
「ベッドに寝かせてもいいですか?」
「そっちのベッドはごッちん寝てるから反対側の使って」
「はい。って、後藤さんですか?」
思わず返事をしてから、あさ美は飯田に聞き返す。
「うん、朝からずっと寝てる」
飯田はコーヒーをすすりながら大したことのないように言った。
慣れているのだろう。
- 779 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:27
-
あさ美は、麻琴をベッドに寝かせるとチラリと隣のベッドを覗く。
うむ。確かにあの目の離れ具合は彼女だ。変に納得。
このまま見ていようかとも思う。が、
「コンコン、さっさと事情説明」
飯田の声にあさ美は我に返った。
「事情説明もなにも……」
仕切りの外に出て飯田の前の席、あさ美の定席になりつつあるパイプ椅子に腰掛ける。
さて、どうしよう。任務からかなり外れた調査の説明になる。
あさ美は逡巡し、飯田に嘘をついてもすぐにばれるだろうと
素直に今までの経緯を打ち明けることにした。
- 780 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:27
-
「吉澤先輩にコート争いしてる部員たちを一喝して貰おうと思ってたんですけど・・・
どうも、吉澤先輩の人気が下がっているという噂を聞きまして――
まずはそっちの調査をしようと」
そこまで話してあさ美は上目で飯田を窺う。
飯田は無言だ。
他人の力を借りて任務完遂をしようとしたことを怒っているのかもしれない。
「だって、穏便に片付けたかったんだもん」
聞かれてもいないのにあさ美が呟いた、瞬間
「コンコンはいい子だね」
飯田が柔和な笑みを浮かべてあさ美の頭を撫でた。
今の話からいい子に繋がった理由が分からない。
突然のことにあさ美は目を白黒させる。
- 781 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:28
-
「やっぱり学園防衛軍になるべくしてなったんだよ。よし、任務変更」
「え?」
「よっすぃ〜を元に戻してね」
「は?」
ポンと肩を叩かれて
「カオの大好きな格好いいよっすぃ〜期待してるから」
「へ?」
ポンポンと肩を叩かれて
あさ美は、パチパチと目を瞬かせるのだった。
- 782 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:29
-
※
「結局、部活を辞めて吉澤先輩が太ったということでよろしいんでしょうか?」
「紺野は直球だね」
真希が苦笑する。
あのあと目を覚ました真希からようやく真相を聞きだしたあさ美。
飯田が好きだった吉澤ひとみ。麻琴が好きだった吉澤ひとみ。
それは、部活を辞める前の彼女なのだろう。そして、人気があったのも同様。
「ダイエットさせれば人気も復活しますかね」
「さぁ?一応、今も人気あるんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。ちょっと路線が変わったってだけで」
「路線が変わった?」
あさ美は、首を捻る。
真希が、わかりにくいかなぁと呟き
「じゃぁ例えばの話、あたしが急に頭よくなって
授業中にしっかりノート取ってたりしたら幻滅するでしょ」
「はい」
真希のそんな姿を想像してあさ美は顔をしかめた。
「あはっ紺野は直球だなぁ」
真希は、苦笑を深め指を立てた。
- 783 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:30
-
「つまりそういうことなんだよ。よっすぃ〜、ああ見えて
すっごいクールビューティーって感じだったから近づきがたいみたいな。
でも、今は超近づきやすそうでしょ」
確かに。
あのおっさん風貌は近づきやすそうだ。
あさ美は、頷く。
「だから、昔のよっすぃ〜が好きだった人には受け入れがたいんじゃないかな。
で、バスケ部とかバレー部とかって昔のよっすぃ〜が好きな人ばっかりだから」
そういうことか。
それで、あの時真希は吉澤が何か行っても体育館のコート争いは鎮まらないと言ったのか。
ということは。
「じゃぁ、私は吉澤先輩をダイエットさせればいいんですね!!」
「……そうなのかな」
「そうですよ!昔の吉澤先輩復活。体育館で一喝。喧嘩は解決。完璧です!!」
そうと決まったらのんびりしていられない。
あさ美は、真希への挨拶もそこそこに廊下を駆けていった。
「んぁ〜、紺野は直球だなぁ」
その後姿を真希はどこか羨ましげに見送った。
- 784 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:31
-
※
話の終わりはもうすぐそこ
ポテトマンはやってくる。吉澤ひとみのもとへ、怪しげな気体を発するジュースとともに。
そして――
「コート争いなんてくだらないことするなYO!」
彼女は復活し、彼女のファンは興奮す。
かくして任務完了。
今回は穏便に迅速に犠牲者は――ないわけがなく。
「キャーッ!!」
体育館中に木霊する悲鳴。
「吉澤先輩!?」
「よっすぃー!?」
泣き叫ぶ女生徒。
その中央には吉澤ひとみ。
顔色は土気色というよりは緑色。
上から事の成り行きを見守っていたポテトマンはぽりぽりとマスクを掻きながら呟いた。
- 785 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:31
-
「量が多すぎたかな」
彼女のそんな呟きとともに下からボールが飛んでくる。
狙っているかのように正確に。
「ちょっとあんたが変な物飲ませたんでしょ!!」
「芋野郎さっさと降りてこい!!」
ポテトマンが吉澤にジュースを飲ませている場面を
目撃していたらしい女生徒たちから罵声とボールが飛んでくる。
狙っているかのようにではなく、狙われていたことに気づいてポテトマンことあさ美はとんずらをこいた。
またしてもポテトマンの評判が下がったのは言うまでもない。
- 786 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:32
-
ポテトマン戦闘成績・・・女子の団結力に敗北
- 787 名前:第11話 元・天才的美少女 投稿日:2004/03/24(水) 08:32
-
「よっすぃ〜、入院だって」
「やっぱり急激なダイエットは体に悪いんですね」
「…コンコンの変な薬のせいじゃないのかな」
「失礼な」
「っていうか、もう元に戻ってるらしいし」
「飲ませ続けて命を削るのと、健康のまま体重が増えていくのはどちらがいいんでしょうね」
「・・・さぁ」
- 788 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/24(水) 23:05
- (o^〜^)<……
- 789 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:17
-
その日は、朝から不穏な空気が流れていた。
というわけでもなく、いつものようにまったりとした退屈な授業。
まったりとした昼食。まったりとした小川麻琴。
またりっくすといったところだった。
学園防衛軍ポテトマンこと紺野あさ美も今日は何事もなく過ぎ行くだろうと信じていた。
しかし、その予想はあっさりと裏切られる。放課後になって。
麻琴と新しく出来たケーキ屋に寄って帰ろうという話で盛り上がっていた時になって――あの声が聞こえたのだ。
『姉さん、事件です。姉さん事件です』
あさ美は、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。
震える手でポテトマンバッヂ(あさ美命名)を止める。
仕事の呼び出し。最近ではなによりの最優先事項だ。
だが、今日は…今日だけは違った。
- 790 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:18
-
「…ケーキ」
あさ美は、呟く。たった今交わした会話。
これから、学校をでて二人で一緒にケーキを食べて――
今日は久しぶりに仕事もない最高の一日になる予定だったのだ。
「うん、早く行こう」
なにも知らない麻琴があさ美の肘を掴んで促す。
断りがたい悪魔の誘惑だ。あさ美は、苦悶の表情で彼女を見返す。
「どうしたの?」
「…ケーキ」
あさ美は、再度呟く。
「うん。だから早く行こう」
屈託ない麻琴の声。
揺れ動く心の天秤は限りなく麻琴とケーキのほうへ。
だが
「……姉さん、事件です」
頭にこびりついたヤツの声に天秤はぐらぐらと揺れはじめる。
一体、どうしたらいいんだろう。
あさ美は、悩む。禿げてしまうほど悩む。
- 791 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:19
-
「あさ美ちゃん?早く行こうよ。カボチャのタルトが超美味しいんだよ」
「カボチャ!?」
ガッシャーン。
天秤は完璧に麻琴withカボチャのタルト。
決めた。
あさ美は、拳を握る。
今日ぐらいは休んだ所で誰からも文句は言われないだろう。
人の生き死にが関わっているワケでもないだろうし。
「私、休む!!」
あさ美は、拳を握り締めたまま宣言した。
「は?」
ポッカーンと口を開ける麻琴のは顔はあまり普段と変わらなかった。
- 792 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:19
-
そんなわけで、靴を履き替え校門へと駆け出す。
いや、駆け出そうとして――二人は、足を止めた。
「あれ、なに?」
麻琴が珍しく不安げな声をだす。
校門の辺りにいたのは頭の悪そうな軍団。
明らかにこの学園の生徒ではない。
そして、その軍団の前にいるのは一人の少女。
彼女は、制服からしてこの学園の生徒だ。
少女と軍団の中のボスらしき男はなにやら言い争いをしているらしい。
彼らがそんなところでそんなことをしているせいで、帰るに帰れない生徒たちがちらほらと見受けられる。
「…そして、私は途方にくれる」
そう言わずにいられなかった。あさ美は、深い溜息をつく。
最高から最低へ。さっきの呼び出しの原因はこれだったのだ。
人の生き死にがかかっているかもしれない。
- 793 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:21
-
「やばいよ、あれ」
麻琴が小声で言う。
見れば分かるし、小声で話す必要はない。
あさ美は、ホワタッと麻琴の額をつつく。
「痛いよ、なにするの」
「まこっちゃんの脳味噌に刺激を与えてみただけだよ」
「なんで?」
「なんとなく。とりあえず、まこっちゃんは草葉の陰にでも避難してなよ」
言いながらあさ美は思案する。
自分がポテトマンだとばれないように変身するためにはここでは無理だ。
一旦、校舎に戻って変身したほうがいいだろう。
「あさ美ちゃんはどうするの?」
「先生呼んでくる」
麻琴の声に短い返答を返しあさ美は駆け出した。
- 794 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:28
-
※
一番近いトイレの個室に飛び込む。
ポテトマンマスク装着。準備オッケー。
バタン、ドアを開ける。開けた瞬間、目の前に大木。あさ美は、慌てて体に急ブレーキをかける。
「コンコン、さぼろうとしたでしょ」
大木が喋ったと言うワケではなく
「い、飯田先生!?」
あさ美は、視線を上げて後じさりする。
大木だと思ったのは保健室にいるはずの飯田圭織。
なぜ、こんなとこにいるのだろう。あさ美にはよく事態が飲み込めない。
口を金魚のようにパクパクさせる。
「どうせ校門のあれ見たらここに来ると思って張ってたんだよ」
腕組みしながら呆れたように息をつく。
あまり怒ってはいないようだ。
「…すみません」
安堵しながらも一応謝罪の言葉を述べる。
飯田は頷き
「まぁいいけど。とりあえず、あの人たち追い払ってね」
簡単に言ってくれる。
- 795 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:29
-
「追い払うって言っても…なんなんですか、あれ」
「中等部に喧嘩っ早い子がいるのよ。田中れいなって言うんだけど、
その子が売られてない喧嘩まで買うからああなっちゃったってワケ」
「はぁ?」
「とりあえず、チャッチャッと外のヤツラだけ吹き飛ばしてきてよ」
さらに簡単に言ってくれる。
あさ美はげんなりしながらも――
多勢に無勢。武器ぐらい使ってもいいよね、と自分に頷いていた。
「じゃ、とりあえず行ってきます」
「行ってらっしゃい。あ、終わったら田中と一緒に保健室来てね」
「分かりました。では!!」
あさ美は、今度は校門に向かって駆け出した。
- 796 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:31
-
※
「誰が呼んだか芋が呼んだか学園戦隊ポテトマン!!!!」
あさ美がいつもの台詞を口にした時――
校庭に残っていた生徒たちは蜘蛛の子散らした状態。
皆、ポテトマンの戦闘に巻き込まれないように我先にと逃げ出し、
ある意味、阿鼻叫喚の世界を作り上げていた。
よって、その場に残ったのは頭の悪そうな軍団と中等部の少女、田中レイナのみ。
ついでに忘れてはならない。
あさ美の言いつけ通り草葉の陰に本当に隠れてしまった小川麻琴。
彼女も実は逃げ遅れてでるにでられない状況になっていた。
が、とりあえずはこの際全く関係ない
- 797 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:32
-
「誰も呼んどらんけんどっか行って」
田中レイナはあさ美の台詞に冷めた目でツッコミをいれ手でしっしと追い払う仕草。
「おっと手厳しい」
あさ美は、あちゃーと言う風に手で頭を叩く。
ポテトマンになってからこの台詞に対しての初のツッコミ。
内心、飛び上がるほど嬉しかったりもする。
「なんだ、このダセェ奴」
頭悪そうな軍団の一人がプゲラと笑う。
悪口は聞き逃さないあさ美の耳。
「ダサいとはなんですか、失敬な」
素早く廻し蹴りで地面に沈める。
「てめぇっ!!」
仲間をやられて男たちが逆上する。
「ストーップ!!!」
それを大声で制し、あさ美は田中の腕を掴む。
「なん?」
「いいからいいから、少し下がっててくださいね」
パチッとウィンク。してもマスクの下では意味がない。
いい加減に気づいてもいいのだが、あさ美はいつもマスクの下で無駄な表情の変化をしてしまう。
田中を10mほど後ろに連れて行き、あさ美は男たちの下へ戻る。
「一人でやる気か?」
男たちが下卑た笑みを浮かべる。
あさ美は、チッチッチと指を降り
「ファイアー!!!!!!!!!」
叫んだ。
- 798 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/30(火) 10:34
- (巛ミ彡ミ彡ミ彡ミ彡ミ彡)
,,从.ノ巛ミ 彡ミ彡)ミ彡)''"
_ 人ノ゙ ⌒ヽ
c2 ヽ ,,..、;;:〜''"゙゙ ) 从 ミ彡ミ彡)ミ彡,,)
√川o・∀・) ,,..、;;:〜-:''"゙⌒゙ 彡 ,, ⌒ヽ ミ彡"
| (:::..、===m==<|::::::゙:゙ '"゙ (゚∀。)彡''"
|_=|:::. |::. | ' ``゙⌒`゙"''〜-、:;;,_ ) 彡,,ノ彡〜''"
(__)_) ゙⌒`゙"''〜-、,, ,,彡⌒''〜''"人 ヽノ
"⌒''〜" し(__)
- 799 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:46
-
※
田中は、憮然とした表情であさ美を見つめがらも素直に保健室へとついてきた。
さすがの彼女も燃やされたくはなかったらしい。
「まったくどうしてそう喧嘩が好きなの、あなたは」
飯田がいう。
口ぶりから、彼女と田中が顔見知りである事が分かった。
学園防衛軍などとバカな事ばかり言っているが、一応は生徒の相談役もしているんだろう。
この人には絶対に悩み相談なんてしたくないけれど、あさ美は密かに思う。
「違うし。れいな、喧嘩好きってワケじゃなくてどっちかっていうと巻き込まれ型」
田中ははっきりとした口調で答える。
「巻き込まれ型?」
聞きなれない単語にあさ美は口を挟む。
田中が少し驚いたように顔を向け、それから二、三頷いた。
- 800 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:47
-
「どういうこと?」
あさ美の疑問を飯田が口にする。
田中はどう説明しようか考えるように微かに眉を寄せ、
「やけん……この間、軟弱そうな少年がぼこられよったんよ」
口を開いた。
「普通やったらそのままシカトして行くやろ。もちろん、れいなもそうしようと思っとったんやけど」
「いや、シカトはどうかと思いますけど」
せめて人を呼んでくるとか――言いかけて、あさ美は口を噤んだ。
飯田が話の腰を折るなというオーラを出してこちらを見ていたからだ。
これではいつもと逆だ、あさ美は肩をすくめ田中に話の続きを手で促す。
- 801 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:48
-
「そうしたら、いきなりその軟弱そうなヤツがれいなの腕掴んで
そのぼこっとった人たちに投げつけたんよ。それで、喧嘩開始みたいな」
「うーん、確かに巻き込まれてますね」
「やろ?まぁ、れいなが勝ったからいいけど」
「軟弱な少年はその間に逃げたんですか?」
「ううん。むかついたけん一緒にぼこった」
「…そうですか」
「あとこの間は、階段駆け下りよる女子高生が禿のおっさんとぶつかって
おっさんが転がり落ちてったのをれいなのせいにされて駅員と喧嘩開始みたいな…
他には――」
田中は、確かに本人の言うとおり巻き込まれ型だと認めざるを得ない
多種多様なエピソードを語った。
- 802 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:49
-
「そういうのが重なったけん敵が増えていったんよ」
最後にそう言って彼女は肩をすくめた。
本人がしようとしてするワケじゃない喧嘩はどう対処したらいいのか方法が見つからない。
あさ美は、なにかいい案がないか飯田を見る。
「そうねぇ…」
あさ美の視線の意味に気づいた飯田は頭を捻り
「因縁つけられたら逃げなさい」
誰でも考えつくような当たり前のことを口にした。
「れいなの辞書に逃げるなんてないと!」
飯田の言葉に田中はあっさり首を振る。
確かにそうだろう。逃げるという文字があれば最初からこのような事態にはならないわけで。
「田中さんは、巻き込まれた喧嘩してて楽しいんですか?」
「まぁまぁ楽しい。っていうか、れいな、藤本さんみたいに
校門に警察呼び寄せるくらいの大物になりたいっちゃん」
「藤本さん…?」
「あんた、知らんと?あの伝説の」
田中が目を丸くする。
いや、知っているとは思うが――
伝説の藤本といえばあの人物しかいないだろう。
- 803 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:50
-
「藤本…美貴さんのことですか?」
「そうそう。卒業して速攻でヤバいことしでかして外国に高飛び中らしいんやけど」
田中は目をキラキラさせて頷く。
高飛び中という話は初耳だ。
しかし、藤本美貴はこの学園の目と鼻の先の喫茶店「ふるさと」でバイトをしているわけで。
いうべきかどうか悩む。如何にもうそ臭い噂を信じきっている
意外にも素直な田中の憧れを粉々に打ち砕いてしまうほどあさ美は冷酷ではない。
「れいなの尊敬する人たい」
キラキラ度をさらに増して続ける。
言えるワケがない、あさ美は思う。
「じゃぁさ、藤本が田中に喧嘩するなって言ったら喧嘩やめる?」
あさ美の気も知らずに飯田がいった。
あさ美は、これ以上余計な事をいうなという意味を込めて飯田を睨みつけた。
が、飯田はクエスチョンマークを浮かべてあさ美を見返す。
まったく通じていないらしい。
- 804 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:54
-
「そりゃ、藤本さんが言うんやったらそうしますよ。
でも、今は日本におらんし」
田中は二人の間に流れる奇妙な視線の応酬に気づかずに、飯田の問いかけへの答えを返す。
飯田の顔がぱっと明るくなる。
まずい、奴は言う気だ。あさ美は一瞬で飯田の背後に回り
「藤本なら…ふべしっ!!」
口を開きかけた彼女を力で黙らせた。
「…あの」
田中が目を丸くして机に突っ伏して倒れた飯田と
その後ろで手をプラプラさせているあさ美を見比べる。
「気にしないでください。国家機密を喋ろうとしたようなものですから天罰ですよ」
あさ美はにこやかに答え
「とりあえず、今日のところはお開きにしましょう」
「はぁ」
田中は腑に落ちない表情ながらも頷き立ち上がる。
やはり素直な子だ。
「もし私が藤本さんを連れてきたら、もう喧嘩しないって約束できますか?」
「え?」
「たとえばですよ、たとえば」
「そりゃぁ、喧嘩すんなって言われたらそうする」
田中は唇の端だけを吊り上げるだけのどこか不敵な笑みを残して保健室を出て行った。
あさ美は、彼女を見送り保健室に戻る。
- 805 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:55
-
「さて、どうしたもんですかねぇ?」
倒れている飯田の頭に声をかける。
と、「どうしたもこうしたも」むくりと飯田が起き上がった。
「藤本呼んでくればいいだけの話じゃん」
「それは分かりますけど、田中さんの夢を壊すとなると躊躇ってしまいますね」
「カオの脳細胞を壊すのは躊躇わないくせに」
飯田が頭をさする。
「ちゃんと手加減してるじゃないですか」
「シナプスちゃんとニューロンちゃんの結びつきが弱くなったらコンコンのせいだからね」
ちゃんづけするな、キモイ。
飯田のあまりの痛々しさにあさ美は目を細める。
「とりあえず、藤本さんに事情説明するのが……」
言いかけて気づく。
藤本に事情を説明するには自分の正体を明かさなければ無理だ。
この間のように失踪事件なら新聞部と偽ることも可能だが、
今回は如何ともし難い。ポテトマンの格好で外に出れば話は早いが、
また不法人物として捕まってしまうのは御免だった。
「あぁ、それなら大丈夫だよ」
「え?」
「藤本も昔防衛軍だったからバラしても大丈夫」
あさ美の心を読んだらしい飯田がそう言ってウインクをした。
クマがくっきりとした目でそんなことをされても痛すぎる。
あさ美は、あまりの痛々しさに目をそむけた。
- 806 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:56
-
※
ふるさとは遠きにありて思うもの。
だということは今のところ関係ない。
「すみません。藤本さんいますか?」
ドアを開けるなり訊ねる。
この間の、確か安倍とか言った彼女があさ美を見て驚きながらも答える。
「美貴ちゃんなら裏で休憩してるけど…でも、今は」
「そうですか。では」
安倍の言葉を最後まで聞かずにあさ美は裏へと回った。
「今は行かないほうがいいんじゃないかなぁ」
風のように現れて風のように去って行ったあさ美の残した僅かな余韻。
揺れるドアを見つめながら安倍は呟いた。
あさ美の欠点は人の話を最後まで聞かないことなのだろう。
- 807 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:57
-
裏口の前、この間来た時と同じように四、五段ある段差に彼女はいた。
否、彼女たちがいた。
あさ美は、訝しげに足を止める。
相手の膝の上に座ってお互い向かい合っているシルエット。
所謂、薄野キャバクラ座りだ。
暗い裏通りがなんともいえない桃色に染まっている。
ここで声をかけられるほどあさ美は
「藤本さん!!」
――図太い人間だった。
甘いフィールドを突然破られた二人がビクリとこちら側を振り返る。
またまた逆光で見えないらしい。彼女は、手をかざして
「誰?」
「私ですよ、私」
「私私詐欺かよ」
「違いますって。紺野です、紺野」
あさ美は、駆け寄る。
その時には既に密着していた二人は離れていた。
近くまで行ってあさ美は驚いた。彼女と一緒にいたのはあの松浦亜弥だったのだから。
驚きに言葉を失っていると
「あぁ、この間の新聞部の人か」
藤本が思い出したように言った。
- 808 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:57
-
「誰?ミキたん」
「前、話したじゃん。亜弥ちゃんを探してた人がいたって」
「嘘っぽ〜い」
「嘘じゃないよ。美貴が嘘つくわけないじゃん」
「嘘つきまくりの癖に」
「いつ嘘ついた?何時何分何秒地球が何回回った日?」
「バッカじゃないの。そういう子供っぽいところどうにかしたほうがいいよ、私より年上の癖に」
「そういうとこが好きって言ったの亜弥ちゃんでしょ」
「いつ言った?何時何分何秒地球が何回回った日?」
「自分だって子供っぽいじゃんか」
- 809 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 09:58
-
「あの…すみません。ちょっと先にお話したいんですけどいいですか?」
いきなり痴話げんかをはじめてしまった二人にあさ美はおずおずと口を挟む。
二人がきっとこちらを振り返り
「「よくない!!」」
すごい剣幕でほえた。
「す、すみません」
仕方なくあさ美は、ふるさとの店内で待つことにした。
- 810 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 10:00
-
※
――30分後、カランカランと音を立てて店のドアが開く。
入ってきたのは藤本美貴一人だった。
その顔は、心臓が弱い人が見たら卒倒してしまいそうなくらい恐ろしい。
あさ美は、ゴクリとのどを鳴らす。
「話ってなに?」
美貴は、憮然とした表情のままあさ美の元へくるなりそう切り出した。
「あ、ま、松浦さんは?」
「帰った」
「そうですか…すみません」
どうやら仲直りできなかったらしい。
断じて私のせいではない、あさ美は言い聞かせる。
「で、話ってなんなの?」
「あのお願いがありまして」
「お願い?」
美貴は、不思議そうに眉を寄せた。
――翌日
鬼神藤本美貴が中等部の少女にヤキをいれにきたと学園内は大騒ぎになった。
生存者が語るにはヤキをいれられた少女はなぜか満面の笑みを浮かべていたらしい。
- 811 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 10:00
-
ポテトマン戦闘成績……初勝利!?
- 812 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 10:18
-
「すごーく穏便に進んだね、今回は」
「まぁ、そうなんですけどね」
「どうしたの?浮かない顔して」
「いや、なんていうか」
あさ美がハンカチーフで額の汗を拭った瞬間、バターンと保健室のドアが開く。
「ここにいたのね!!紺野あさ美!!!」
「…ま、松浦さん」
「ミキたんを誑かした罪はあなたの命で償ってもらうから」
「誤解ですってー」
「うるさーいっ!!!!!!!!!!!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄」
―――――――――――――‐┬┘
|
____.____ |
| | | |
| | _, ,_ | |
| |从‘ 。‘从つ ミ |
| |/ ⊃ ノ | |
 ̄ ̄ ̄ ̄' ̄ ̄ ̄ ̄ |
川o・∀.)「アヒャッ―――!!!」
⊂ ⊂ )
⊂ ⊂ ,ノ
- 813 名前:第12話 喧嘩番長 投稿日:2004/03/31(水) 10:19
-
ポテトマン戦闘成績……やっぱり敗北
川‘〜‘)||「…次は松浦さんに防衛軍になってもらおうかな」
- 814 名前:名も無き読者 投稿日:2004/03/31(水) 10:27
- (((( ;゚Д゚)))
- 815 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/02(金) 13:10
- (*´∀`)
- 816 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:43
-
ある日の昼休み。
いつものように呼び出され保健室へ。
飯田は、いつものようにのんびりとお茶を飲んでいる。
あさ美もいつものように彼女に向かい合って座る。
いつもと違ったのは――飯田がいつまでたっても今日の任務内容を口にしないこと。
それに痺れを切らして
「今日の任務はなんですか?」
「今日は任務じゃないの」
あさ美の問いかけに飯田が首を振る。
あさ美は、眉を寄せて彼女を見やる。彼女は小さく笑み
「もうすぐ学期の終わりでしょ」
「え?」
「ポテトマンも終わりだね」
ポテトマンが――終わり?
ガンと頭を殴られたような衝撃が走る。
ポテトマンを終わらなければいけないような悪い事を自分はしただろうか。
自身の胸に問いかける。ないはずだ。
最近では校舎の破壊率も減ってきて穏便に事を進めることができるようになってきた。
- 817 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:44
-
「ど、どうしてですか?私、なにか失敗しましたか?」
あさ美は必死だ。
「なに言ってるの?コンコンはよくやってると思うよ」
「じゃぁ、なんで?」
あさ美は、やっぱり必死だ。
「学期が変わったら保健委員じゃなくなるじゃない」
とかく必死なあさ美に対して飯田が冷静に答える。
保健委員じゃなくなる。ガンガンと頭とボディを一度に殴られたような衝撃が走る。
そういえば、そうだった。
すっかり忘れていたけど最初からそういう約束だったのだ。
学園七不思議。保健室の生贄。
保健委員の中から一人だけ選ばれる――つまり、学園防衛軍。
「…お別れなんですね」
あさ美は、おもむろにポテトマスクを取り出し、
むくむくと膨らんだそれを撫ぜながら呟く。
「お別れだね」
飯田も同じようにポテトマスクを撫ぜる。
- 818 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:44
-
「今まで数多く防衛軍はいたけど、コンコンみたいに
防衛よりも破壊活動に力を入れる破天荒な人は初めてだったよ」
「…それは誉めてるんですか?」
あさ美は、飯田の言葉に気分を害して眉を寄せる。
「誉めてるよ」
「…あんまり嬉しくないですね」
「そう?」
「まぁ、いいですけど」
会話をしながら飯田とのこういった時間ももうすぐ終わりなのだと思い
あさ美は、少しだけ寂しくなった。
- 819 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:47
-
※
飯田に余命宣告をされてからあっという間に数週間がすぎた。
あさ美がポテトマンでいられるのもあと3日になっていた。
3日後には、ポテトマスクとポテトバッヂ(あさ美命名)を飯田に返還しなければならない。
慣れてきたと思ったら終わりが来る。人生とはそういうものなのだろう、きっと。
あさ美は、制服のポケットに入っているマスクを指で弄りながら溜息をついた。
ついて、はっと辺りを見回す。
今日の自分は、朝からずっとこんな調子だ。
そろそろ能天気な麻琴の「どうしたの?」という声が聞こえてきてもいい頃合なのに。
隣の席は空いている。
もしかして、朝からずっといなかったのだろうか?
ポテトマンのことで頭が一杯でこれっぽっちも気づかなかった。
こんな日に欠席なんて生意気な、あさ美はちっと舌打ちする。
とんでもない八つ当たりだった。
と、その時
『姉さん、事件です!姉さん、事件です』
唐突にポテトバッヂが声をあげた。
あさ美は、ポケットの中のポテトバッヂを強く握る。
おそらくこれがポテトマンとしての最後の事件になるだろう。
そして、保健室へ向かって走り出した。
- 820 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:47
-
「飯田先生!!事件ってなんですか?」
ドアを開けるなり訊ねる。
飯田が驚いたように入り口に立つあさ美を見やり、困ったように溜息をついた。
今までにないパターンの反応だ。
まさか知らない間に3日経っていたのだろうか、と自分の体内時計を疑ってしまう。
「とりあえず、座って」
飯田は暗い口調で着席を促す。
あさ美は、戸惑いながらもいつもの定位置に座った。
「それで?」
あさ美が尋ねると飯田は答える代わりにすっと一枚の便箋を差し出した。
あさ美は、飯田を見やってから便箋に視線を落とす。
- 821 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:52
- ∋8ノノハ
川o・-・)
( つl⌒l0
- 822 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:53
-
「こ、これは…脅迫状ですか?」
読み終わって一言。
「そうみたいね」
「そうみたいじゃなくて……まこっちゃんが誘拐されてるじゃないですか!!」
そう、便箋の内容は朝から姿を見せなかった小川麻琴の誘拐と
助けてほしければ云々というお約束なものだった。
「まったく、物騒な世の中になったものよね」
飯田が軽い溜息とともに頭を振る。
「そういう問題でもなくて……どうするんですか、これ。
助けたかったらポテトマンの正体を明かせって書いてるんですけど」
「それが問題なんだよね。もし、コンコンが素直にポテトマンですって言っちゃうと
今まで暴れた分のツケがどかっと押し寄せてくるでしょ。まぁ、カオにはあんまり関係ないけど」
紺野あさ美。ポテトマンになってからの行動。
校舎爆破。図書館放火。一クラス殴打。毒物混入。人体放火etcetc。
被害者諸々。犯罪スレスレどころか犯罪だ。
いくら正義のためとはいえ無罪とはいえないかもしれない。
考えて背筋が凍る。
- 823 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/05(月) 09:54
-
「無視しましょう。無視」
あさ美は、ぽんと手を叩く。飯田はあさ美を試すように眉を上げ
「まぁ、ポテトマンの正体ばらさなかったら殺すとは書いてないもんね。
せいぜい、肋骨の5,6本折られて顔を鏡餅のように腫らして」
「駄目じゃないですか!!!」
「駄目だよねぇ」
飯田が苦笑する。
「もう、どうしたらいいんですか」
あさ美は、わしゃわしゃと髪を掻き毟る。
自分の身も大切だが、麻琴も大切だ。
どちらかを選べといわれても――人生最大の難問だ。頭を抱えてしまう。
「一つだけ方法はあるんじゃない」
「え?」
飯田の言葉にあさ美は顔を上げる。
飯田がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
- 824 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/05(月) 11:32
- Σ(゚Д゚)
- 825 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/05(月) 13:01
-
- 826 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:25
- ┌──────────────────────―─┐
│ |
│ |
│ |
│ |
│ .ノノハヽ |
│ 川o・∀・∩ |
│ (つ ) |
│ し(_) |
│ |
│ Now Konkonning. |
│ |
│ |
│ しばらくこんこんでお待ちください..... |
│ |
│ |
└───────────────────────―┘
- 827 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:27
-
小川麻琴奪還作戦。
ポテトマン最後の事件としてはなかなか上出来だ。
あさ美は、冷たい北風が吹きすさぶ校舎の屋上でそんなことを思う。
約束の時間は22時。生徒たちはとっくの昔に帰ってしまっている時間だ。
だからこそ出来る究極の作戦。
ポテトマンの正体をばらさずに、麻琴を助け出し、尚且つ犯人も捕まえる。
これを究極といわずしてなんといよう。至高でもいいけど。
あさ美は、腕時計に目をやる。あと1分ほどで時間になる。
麻琴を誘拐した犯人の姿はまだ見えない。
まさか来ないつもりではないだろうな、あさ美がそう思ったときバーンとドアが開いた。
あさ美は反射的に振り返る。そして、息を呑んだ。
なぜなら、そこに立っていたのは
「眉毛っ!!!」
あさ美は、呼びかける。
「眉毛じゃない!!新垣里紗だ!!!」
案の定、反論が返ってきた。
新垣里紗。
あさ美が初仕事で殴って気絶させ、目潰しを喰らって転がったあの新垣里紗。
彼女がこんなところにいる理由。
一つしかない。
- 828 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:28
-
「あなたが犯人だったんですね?」
「言ったでしょ、ポテトマン。必ず復讐するって。
私の一族は与えられた苦しみは百倍にして返す主義なんだよ」
「…嫌な一族」
あさ美は、ボソリと洩らす。
それが風の悪戯で里紗の耳に届いてしまったのか
「うるさいっ!!」
彼女は怒鳴ってくる。
「ホント、弱い犬ほどよく吼える」
今度は風の悪戯も介入できないようにあさ美は口の中だけで呟いた。
「それで、まこっちゃ…小川さんはどこですか?
無関係の人間を巻き込むのはどうかと思いますよ」
「私の一族は利益のためには手段を選ばない主義なんだよ」
里紗がくいっとなにかを引っ張るように手を動かすと、縄に繋がれた麻琴が涙目で姿を現した。
「……本当にいやな一族ですね」
あさ美は、憎憎しげに顔をしかめる。
- 829 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:29
-
「さぁ、ポテトマン!!こいつを助けたかったら、その間抜けなマスクを取って素顔を晒せ!!」
里紗は勝利を確信したような顔であさ美に向かって言う。
あさ美は無言のまま麻琴に視線を向けた。麻琴は情けない顔をしている。
こんな時なのになんだか笑える顔だ。
「…こっちゃんは、私が守るよ」
あさ美は、ふっと表情を和らげる。
言わずもがな、マスクの下で。
「どうした、ポテトマン!!怖気づいてるの!?早くしないと――」
「3」
里紗の言葉を遮りあさ美は指を3本立てる。
里紗が訝しげにその立派な眉毛をくねくねと動かした。
「なんのつもり?」
「2」
指は二本に。
「だから、なんの」
「1」
あさ美は、ポテトマスクを脱ぎ捨てた。
しかし――
その場にいた誰もが彼女の素顔を見ることは出来なかった。
なぜなら。
- 830 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:30
-
( ・e・) ι←川o・∀・)
↓ ;;
γ ; ' ; ;
;; \,,(' ⌒`;;) λ←∬´▽`)
,,(' ⌒`;;) (;; (´・:;⌒)/ ; ' ,,(' ⌒`;;) ;;
| ̄l\ .| ̄l\' (;. (´⌒` ' (;. (´⌒` ,;) ) ' (;; (´・:;⌒)/ ;
| ̄l`| | | ̄ ̄ ̄ ̄| | \´:,(' ,; ;'),` ((ヽ(゚∀。)ノ,; ;'),` ((´:,(' ,; ;'),`
TTTTT.| | | (┘) | | TTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTlヽ
[二二二| | | | | [二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二]\lヽ
`l []l[] .| | | 日日日 | | | 田田 田田 田田 田田 田田 田田 田田 | \l
- 831 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:31
- ( ・e・)
↓ ' :\,,(' ⌒`;;):::::::':
γ ' :\,,(' ⌒`;;):::::::':\,,(' ⌒`;;)::::
:\,,(' ⌒`;;):::::::' :\,,(' ⌒`;;):::::::':\,,(' ⌒`;;):::::::'ι←川o・∀・)
TTTTTTTTTTTT' (;. (´⌒ ,,(' ⌒`;;) (;; (´・:;⌒)/ ; ' ,,(' ⌒`;;)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄|ヽ (;; (´・:;⌒)/ ; ' ,,(' ⌒`;;) (;; (´・:;⌒' (;. (´⌒ ,,(' ⌒`;;)
| ̄|| ̄| | | |i (;; (´・:;⌒' (;. (´⌒ ,,(' ⌒`;;) :,,(' ⌒`/:::::::::::::::::::::::::::::
|_||_| | | |i ′ (;; (´・:;⌒' (;. (´⌒ ,,(' ⌒`;;)´⌒` ,;) :::::::::::::::::::::::::::::
_____| | |ヾ (;; (´・:;⌒' (;. (´⌒ ,,(' ⌒`;;)::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: λ←∬´▽`)
_____| |.|ヾ' . ' ; ' ; ::::::::::::::::::::::_,,-'~''^'-^゙-、::::::::
| ̄|| ̄| | | | i((´:,(' ,; ;' ____ ノ::::::::::::::::::::゙-_::::::::
|_||_| | | | |\ i::::::::::::::::::::::::::::::::i
_____| | |_________.||LlLl LlL | i::::::::::::::::;;;;::::_,
_____| |.|_________| |======= | ゞ:::::::::::::::::::::::|.レヽ( ゜皿 ゜)ノ
- 832 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:33
- ━━┓ ┃ ┏┓┏┓
┏┛ ┣━━ ┃┃┃┃
┃ ┃ ━╋┓ ━━━━━━━━━━ ┗┛┗┛
┃ ┗━━ ..┃┛ .● ●
__,,:::=========:::,,_,__
...‐''゙ . ` ,_ ` ''‐..
..‐´ ゙ `‐..
/ ● \
. ..... .........; ;;;;;;::´ ● i ヽ.:;;;;;; ;;;; ;;.......
;;;;;;; ゙゙ .' ヽ __,,;;-ー| ヽ ゙゙゙゙;;;;;.....。
;;; / ヽ .| ゙: ゙゙゙゙;;;
゙゙゙゙゙;;;;;;;......... ;゙ ヽ l ,;'⌒ヽ ゙; ......;;;;゙゙゙
゙゙゙゙゙゙゙゙゙;; ;; ;;.. ..;..... . ;'⌒ヽ .ヽ / .........ヽ、_,ノ........;.......;; ;; ;;゙゙゙゙゙゙゙゙゙
F|xxx・,`::: ゙ ゙゙゙タ.゙゙゙゙゙゙゙ ゙゙゙ ;;;ヽ、_,ノ;;;;; ;;;; ;ヽ;;;/ ゙゙ ゙゙;゙゙ ゙゙!!゙゙ :::::::::::::::`'. |[][]|:
::::日II[][]'l*:: ノ キli; i . .;, 、 .,, . V ` ; 、 .; ´ ;,i!!|iγ ::::::j;'日/ .
口旦 E=Д;'`:::: /゙||lii|li||,;,.il|i;, ; . ., ,li ' ; .` .; il,.;;.:||i .i| :;il|!!|;(゙ :::::::::::::"'、Д
- 833 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:33
-
- 834 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:34
-
ポテトマン戦闘成績……?????
- 835 名前:第13話 ポテトマンよ、永遠に 投稿日:2004/04/06(火) 09:35
-
- 836 名前:えぴろ〜ぐ 投稿日:2004/04/06(火) 10:46
-
青空の下、終業式。
ポテトマン最後の戦いの犠牲はハロー学園。
私には、それだけのものを犠牲にしても助けたい人がいて守りたいものがあったのだ。
飯田先生が提案した作戦。
それは、ポテトマンの原点に戻った作戦だった。
爆弾に次ぐ爆弾。
眉毛は結局最初も最後もそれにやられたというわけだ。
ちなみに爆風で吹き飛ばされたまこっちゃんは下で待機していた飯田先生にキャッチされて無傷。
同じように吹き飛ばされてやっぱり顔に似合わない可愛らしい悲鳴をあげ
気絶した眉毛は私が助けた。罪を憎んで人を憎まず。私は海のように心が広いのだ。
そして、ポテトマスクは――あのまま燃えてなくなった。
如何にもポテトマンらしい終わり方だと思う。だから、後悔はしていない。
「そういえば、七不思議のほうはどうだったの?」
学長のロックな言葉には耳も貸さず、まこっちゃんが小声で聞いてきた。
七不思議か。そういえば、始まりはそれだったんだ。
魔の保健室の謎の解明。全ては遠い昔のことのように思える。
- 837 名前:えぴろ〜ぐ 投稿日:2004/04/06(火) 10:47
-
「この世には知らなくていいことがたくさんあるんだよ、まこっちゃん」
「あさ美ちゃんらしくない」
「私も大人になったんだろうね」
「ふーん」
まこっちゃんの相槌。
先生が態度の悪い生徒を注意しに近くに来たので私たちは話をやめて前を向く。
何も知らない生徒たちの頭。
この中にも元保健委員がいて学園防衛軍として戦っていた人がいるのだろう。
今の私もその一員なのだ。私が正義のために戦うことはもうない。
だから、次の保健委員が誰かなんて。次の学園防衛軍が誰かなんて。
そんなことはもう――私は、小さく首を振る。
この世には知らなくていいことがたくさんある。
だが、それはそれ。これはこれ。
- 838 名前:えぴろ〜ぐ 投稿日:2004/04/06(火) 10:48
-
私は呆けたような顔をして教師たちの中に並んでいる飯田先生を見る。
これからは、敵同士ですよ、先生。
この新聞部部長――といっても部員は私だけ――ともかく、スクープの鬼紺野あさ美、
通称カボチャが似合う女コンコンが来学期の学園防衛軍の正体をキャッチしてみせます
ノノハヽ
ノノo・-・9m<スクープでおじゃま〜!
(O【◎】
おしまい
- 839 名前:七誌 投稿日:2004/04/06(火) 10:51
- 川o・∀・)川‘〜‘)||( ´ Д `)∬´▽`)
( ・e・)ノノ*^ー^)
(o^〜^o)
从 ´ ヮ`)☆
川VvV从从‘ 。‘从 ( ‘д‘)
从*・ 。.・)
で?っていう。
保健室のお姉さんっていうのはどこいったのっていう。
当初の目的は飯田さんに振り回される紺野さんだったっていう。
そんな感じです。どうもありがとうございました。
- 840 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/06(火) 11:48
- 完結お疲れ様でした。
いやはやなんともキレイな最後でした。
いろんな意味で・・・。w
前作とは一風変わった内容でしたが、
めちゃくちゃ笑わしてもらいました。
かつてない事件の解決方法・・・最高ですww
もし次回作があるようでしたらまたついて行かしてもらいますんで
そん時はよろしくどうぞです。
ありがとうございました。
- 841 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/06(火) 23:15
- >>839
哀さんがいないのはデフォですか・゚・(ノД`)・゚・。
脱稿乙です
TOWERのあとにこっち路線がくるとはw
面白かったっす
- 842 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/07(水) 23:48
- 作者さん、完結お疲れさまです。
今回は前作とは全く違った雰囲気で最初は戸惑いましたが(w
いや〜ツッコミ所が多くて感想うまく言えませんが、よかったです。
とりあえず、破壊王コンコンに乾杯。
- 843 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/09(金) 19:09
- 作者さん 乙です。
感想とか言うの下手なのであれですが、
頭の中でアニメのように想像できて笑えました。
でも前回のジュマペールとポテトマンのキャラが
似ているので、次回作はもう少し違うキャラの主人公を書いたら
作者さんの力量ならもっと面白いものが書けると思うのですが…
一読者の身でこんな偉そうな事書いてすんません。次回作期待しています
- 844 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/09(金) 21:59
- えらそうなこと言う前にsageれよ
- 845 名前:七誌 投稿日:2004/04/11(日) 23:04
- >>840
川o・∀・)<メール欄、秘密です
>>841
川 ’−’)<素で忘れてました・゚・(ノД`)・゚・。
>>842
川o・∀・)<完璧です
>>843
川o・∀・)<テレ東で18時からアニメ化が決定してます
>>844
川o・∀・)<餅ついて
- 846 名前:843 投稿日:2004/04/13(火) 06:49
- スマン
Converted by dat2html.pl v0.2