フール・オン・ザ・ヒル

1 名前:はなたれ 投稿日:2003/11/05(水) 20:44
冒険物ファンタジーを書きます。
読み難いところ多々あると思いますが、
よろしければお付き合いください。
2 名前:第一章 投稿日:2003/11/05(水) 20:47
十七の誕生日にひとみは旅立つ決心をした。すでに友人たちにとは別れもすましてある。
「竜殺しの一徹」ひとみの父は名の知れた冒険者だった。
ひとみは幼少のころ、まわりの大人達によく言われたのが,
「ひとみちゃんのお父さんはすごいね〜」「立派なお父さんだね」
「ひとみちゃんも将来楽しみね」「お父さん名誉を傷つけちゃダメよ」
「大きくなったら村を守ってね」
ひとみは思う、
(小さな村の大きな英雄の娘。この村での私はそれ以上でもそれ以下でも無いのだ)


一方で一徹は「こいつはダメだ」「根性が無い」「英雄なんかに成れるものか」
「旅に出ても犬死するだけだ」と客人達に話した。
それは、娘にプレッシャーを与えまいとする父の優しさだったのかもしれないが
そんな時、ひとみはいつも感情を殺してニヤニヤと笑うだけで、
一徹に反論することは無かった。
3 名前:第一章 投稿日:2003/11/05(水) 20:51
濃いブルーの大空に浮かぶ大きな雲々の下、一面に広がる大草原。
北にピレネー山脈を眺める豊かな放牧地に平和な村。
南から吹く温かな風が草花を揺らす。

小高い丘の上に建つ小さなログハウスの中。
睨み合う親子。吉澤ひとみと、その父一徹だ。
「行くと言うなら私は止めない!だが、二度とこの家の門をくぐれると思うな!」
テーブルをひっくり返すと、一徹はそう言って部屋を出ていった。


ひとみには旅の目的など特に無かった。
大人達の期待から逃げ出したかったのかもしれないし。
父を見返してやりたいと思っていたかもしれない。
もちろん、世界を救う勇者になりたいなどとは夢にも思わなかった。
親しい友人にひとみは、こう話した。

「ただ純粋に私の夢はこの村には無いと思う。世界のどこか、南に広がる地平線の
ずっとずっと向こうに、きっと私の夢はあると思う」
4 名前:第一章 投稿日:2003/11/05(水) 20:54
旅立ちの日まだ朝日も昇らぬうちにひとみは家を出る。
履き慣れたジーンズに皮のブーツおろしたてのシャツに迷彩のマント。
小さなカバンにパンとナイフ、銀貨を数枚、その他、最低限の荷物をもって。
ひとみの母は「家にはお金が無いから」と言って、
一徹の『黒い剣』と自分の『白い剣』をひとみに手渡した。
それはひとみの父と母が冒険者時代に使用していた古代の宝剣。
最後にひとみの母は

「生きていて、英雄になんて成らなくていいから、とにかく生きていなさい。」

泣きながら言った。
一徹は顔を見せなかったが、
『黒い剣』を自分に託してくれたことが父の気持ちなんだとひとみは思った。
ひとみは愛馬チャーミーに跨ると南に向かって走り出した。
けっして後ろを振り返ることもなく。
母親に涙を見られないように・・・
5 名前:第一章 投稿日:2003/11/05(水) 20:57
ひとみはまず港町ムールを目指した。
ひとみの村とは違いそこそこ発展した中規模の都市だ。馬で七日ほどの距離。
そこで馬を売って商船で冒険者の町アルカディア・シティを目指すのが
ひとみの考えた当面の予定だ。
アルカディア・シティーは通称「始まりの町」冒険者を志す誰もが最初に訪れる町。
途中小さな村を何度も通り抜ける。
老馬チャーミーの足と相談しながらも旅は順調と言えた。
6 名前:第一章 投稿日:2003/11/05(水) 21:01
六日目の夕方  赤根芋の森
ひとみは適当な樹にチャーミーをつないで野宿の準備にかかる。
一年を通して暖かいこの地方では野宿も楽なものだ。
ひとみはマントに包まりウトウトしながら
(この森をぬければ明日の夜にはムールにつくだろう)と思いながら眠りかけた
その時、突然チャーミーが鳴き出す。
何かを警告するように。
ひとみは慌てて起き上がり辺りを見まわす。

「ガルルルルル!」

暗闇のなか目だけを光らせる何体かの動物
(狼か?  ちがう犬、  野犬だ!)。
7 名前:第一章 投稿日:2003/11/05(水) 21:06
ひとみは剣に少し自信があった。村の剣術大会でも優勝していた。
「落ち着いて」
「たかが野犬じゃないか」
声に出して気持ちを静める。
ひとみは『黒い剣』を抜く。
漆黒の刀身にびっしりと古代語文字が刻まれた長剣、柄頭には黒い宝玉が妖しげに輝く。
剣を構えながら野犬の数をかぞえる。
(六頭?  七頭?   いや十頭!)
大きな群れだ。
(囲まれてはいけない樹木を背にしなければ。)
チャーミーをつないだ樹に移動しようとするひとみ、
しかし、いつのまにか忍び寄ったニ頭に後ろを取られる。
全部で十二頭、囲まれる。
六体ずつ二重に円をつくる野犬たち。
獲物の隙を伺うように、ゆっくりと距離を詰めくる。
ひとみは恐怖を押さえつけるように気合の声をあげる。

「やあっ!」

野犬たちは鼻にも掛けない。
8 名前:第一章 投稿日:2003/11/05(水) 21:09
もっとも痩せた老犬が吠える。

「ガルルルルルル!」「ウオン」

それを合図に二頭の野犬が飛び掛る
(きたか)
ひとみは一頭を鼻先でかかわし、もう一頭の腹に蹴りを入れる。
直に違う一頭が襲いかかる、この群れでもっとも大きな一頭だ。
刹那、チャンスだとひとみは思った。
間違い無く群れのボスと思われる、この犬を殺せば他の犬たちは退散するだろうから。
獲物の首を狙って飛び掛るボス犬。
ひとみは黒い剣を振り下ろす。
しかし、虚しく空を斬るは黒い剣。
(はやい)
ボス犬の牙を何とかかわす。
休ませてはくれない、つぎつぎと襲い掛かる犬たち
防戦一方となったひとみの振う剣は空を斬るばかり
なんとか状況を打破せんと放った一撃もボス犬の耳を半分落としただけだった。
9 名前:はなたれ 投稿日:2003/11/05(水) 21:25
初め少し重い感じになってしまいましたが、
基本的にはマターリとした話です。
感想など頂けると嬉しいです。
ではまた次回、更新で。
10 名前:第一章 投稿日:2003/11/06(木) 18:23
痺れを切らした数頭の野犬たちがひとみを無視してチャーミーを襲う。
「ヒヒーン!」
暴れて抵抗するチャーミー。
チャーミーは樹に繋がれたままだ。
そのことがひとみの気持ちをさらに焦らせる。
(早く何とかしないと!)
焦りから動きが散漫になった獲物を野犬たちは見逃がしてはくれない。
とうとうボス犬が獲物の左肩に噛み付いた。

「ウギャァァァァァァァ!」

痛みに悲鳴を上げるひとみ。
だがボス犬は離してはくれない。
左右に体を揺さぶり肉を噛み千切らんとするボス犬。
ひとみは握った剣の柄頭をボス犬の目玉に埋めも込むと、
たまらず獲物から牙を抜くボス犬。
ひとみの肩から大量の血しぶきが上がる。
ひとみは過ってこれほどの血液を見たことがなかった。
しかも、その血液はひとみ自身から流れているのだ。
11 名前:第一章 投稿日:2003/11/06(木) 18:26
目眩がして、咽が渇いていた、首筋から脂汗がにじむ。
(こんなところで死ぬの?)

「ウォン!ウォン!」「ガルルルル」「ウォン!」「ウォンウォン!」

一斉に吠え出す野犬の群れ。
漆黒の恐怖がひとみの心臓を掴んだ。
(怖い )
初めての実戦、
精神的にも限界だった。

「ウワァァァァァァァ!」

ひとみは声をあげ剣を振回し、走り出した。
戦うことを放棄して逃げ出したのだ。
森に向かって逃亡するひとみの後ろからは、
愛馬チャーミーの断末魔にも似た悲鳴が聞こえた。

ひとみは母が言った「生きてなさい」と言う言葉だけを思いだし走った。
12 名前:第一章 投稿日:2003/11/06(木) 18:29
野犬たちはひとみを逃がそうとはしなかった。
六頭の犬がひとみを追う。
付かず離れず、追いつこうと思えば直に追いつけるがそうはしない。
散々獲物を走らせて、疲れて足が止まるのを待っているのだ。

「ウォン!ウォン!」「ウォン!ウォン!」「ウォン!ウォン!」

逃げるスピードが落ちてきたひとみを執拗に追い立てる野犬たち。
一頭がマントに食いつく。
体制を崩しながら、なんとか走り続けるひとみ。
マントは犬に持っていかれてしまう。
(はは、犬死だね、、、、ごめんなさい、、母さん、)
もう駄目だと、ひとみがあきらめかけた、その時!
「シュゥゥゥゥゥ!    パシン!」
どこからともなく飛んできた石が野犬の鼻っ柱をとらえる。
続けてもう一発。驚くほど精確に野犬を撃つ。

「早く!  こっちです! 上がってください!」

ひとみは声のする方を見ると緑色の服をきた少女が大木の上からロープを垂らして手招き
していた。
ひとみは最後の力を振り絞ると全力で少女がいる大木に向かって走り出した。
少女は再び石を投げてひとみを援護した。
最後まで追ってきた一頭にダガーを投げる。
「ドス!」
ダガーは犬の眉間に刺さり、一瞬で絶命させる。もう、追ってくる犬は居なかった。
13 名前:第一章 投稿日:2003/11/06(木) 18:32
ひとみがなんとか少女のいる所まで上ると少女は、

「大変でしたね!大丈夫ですか〜?」

と笑顔で声をかけると、手早くひとみの肩を治療してやった。
ひとみは「ありがとうございます。あなたは命の恩人です。」
と言って頭を下げると少女は。

「やめてください!そんなんじゃないです!ちがいます〜!」

と照れ笑いをうかべて手をフリフリさせた。

「私、小川麻琴です。ムールの町に行く途中なんですけど。あなたは?」

ひとみは自分の名を名のり自分もそうだと答えた。

「そうなんですか?いっしょに行きませんか?一人じゃ寂しいですし。」

ひとみは小川の顔をじっと見た。自分よりも幾分か若い。
真っ黒の髪に目つきは少し悪いけどふっくらとした輪郭、
どこか憎めない愛嬌のある顔をしている。
(昔、飼っていた蛙のピーちゃんに似ているな〜)と思うひとみ。

「うん!いっしょに行こう。」
14 名前:第一章 投稿日:2003/11/06(木) 18:35
あれから一時間経つがひとみは眠れそうに無かった。
目を瞑るとチャーミーの断末魔が何度でも甦った
身体がふるえる、野犬に噛まれた痕が焼けるように熱く痛んだ。
(剣には自身があったのに、何も出来なかった。)
チャーミーのことを思い出す。
小さな頃からひとみが世話をして一緒に成長してきた、いわば兄弟のようなものだった。
それを自分が弱いばかりに見殺しにしたのだ。
(ごめんよチャーミー、、ごめん、、ごめんなさい、、、)

小川はなかなか寝付けないひとみに気づくと。
「大丈夫ですか?痛みますか?寒くないですか?」と言って。
自分のマントをひとみにかけて、「大丈夫ですよ」っと手を握った。
その瞬間、ひとみの目から涙があふれた。
小川は黙って、涙をハンカチでぬぐってやると優しくひとみの頭を撫でた。
小川に手を握られると肩の痛みが楽になる気がして
ひとみはなんとか眠りに着くことができた。
15 名前:第一章 投稿日:2003/11/06(木) 18:39
次の日の朝、なれない木の上での睡眠にひとみ身体は痛んだ。
しかし、肩の痛みは驚くほどひいていた。
木の下でひとみが起きたことに気づいた小川は、
「おはようございま〜す!」と声をかけて、
「あ、一緒に食べますか〜?」と焚き火で焼いている肉をゆびさした。
ひとみは「え?  なにそれ? まさか昨日の?」
よくみると昨日、小川が仕留めた野犬の死体が無くなっている。

「ちがいます〜!犬じゃないです〜!犬は食べないです〜!本当に違いますから〜!」
と手をフリフリした。


話を聞くと今朝捕まえた鳥の肉らしかった。
そのほかにも森のキノコや木の実があつめてある。

「すごいね?これ全部食べられるの?」

「はい、美味しいですよ!吉澤さんも食べてください。」
と言って小川は焼いたキノコを口にはこぶ。

「カッケー!キノコなんてよく見分けがつくね!マコちゃんは物知りなんだね?」
とひとみが言うと。小川は少し悲しげな顔をして話す。

「とっても食いしん坊で、物知りな友達が、昔教えてくれたんです・・・」

一瞬の沈黙の後
「さあー早く食べましょう!下りてきてくださいよ!」
と笑顔で小川は言った。
16 名前:第一章 投稿日:2003/11/09(日) 15:08
食事を終えて出発の準備をするひとみと小川。
ひとみの荷物も少なかったが、小川のそれは常識を逸脱していた。
ウエストポーチ、一つ。それも大して中身が詰まっているとも思えなかった。
ひとみは鞄を普段と逆の右肩にかけると。
「おまたせ、じゃーいこう?」
と小川に声を掛けた。

道中、小川は「見てください!あのキノコ美味しいんですよ!」「この木の実は食べれます。」
「この薬草は傷の消毒になりますよ。」「この葉っぱで肉や魚を包んで焼くと美味いです。」
などなど。一々、歩みを止めて寄り道するので旅はなかなか進まなかったけど。
怪我を負っているひとみには、それでも十分なペースだった。

太陽が西へ少し傾き出した頃。蒼い水面の輝く美しい渓流に出る。

「少し早いですけど今日はここまでにしませんか〜?」

小川の申し出は、疲れていたひとみには大変ありがたかった。
17 名前:第一章 投稿日:2003/11/09(日) 15:11
「そうしよう」とひとみが返事をすると。
小川はウエストポーチから釣り針と糸をだすと、手早く仕掛けを作り出して、いつのまに
捕まえたのか?蛙を針に引っ掛けて川に掘り込むと糸の先を近くの木にくくり付けて行く。
小川はそれを三つほど作ると今度は「傷見せてください!」と声を掛けてひとみの包帯を
取る、そして綺麗な水で傷口を洗い流して薬草をはりつけると、手早く包帯を巻き直した。
この間たった五分。あまりの手際の良さにひとみは声をうしなう。



二人は並んで大きな石に座ると、靴を脱ぎ旅で疲れた足を水面につけて冷やす。
そのままの体勢で目を閉じ耳を澄ますひとみ。
木の葉が風に揺れる音や、川の流れ、小鳥のさえずりに交じってかすかに、聞こえる音。
「コォォォォォォー!」
ひとみは「何だろうね?この音?ゴーってさ?」小川に聞くと。

「きっと近くに滝か何かがあるんじゃなですかね〜!散歩がてら見に行きますか〜?」

二人は立ち上がると河上に向かって歩き出した。
ごつごつとした大きな岩だらけの河原、ひとみは苔で足を滑らさ無いようにう気をつけて
歩いていく。三十分ほど行くと、
18 名前:第一章 投稿日:2003/11/09(日) 15:14


「ズゴゴゴゴォォォォォォ!ザザザザザザ!」


肺を直接振るわせるような重低音。辺りを漂う冷気。
高さ五メートル川幅二メートルほどの滝。
回りの木々の鮮やかグリーン、濡れた苔の深いグリーン、滝壷はキラキラと白く輝き、や
がて深い深い水色へと変わっていく、自然が見せる様々な色のコントラスト。

「なんて綺麗なんだろう!」

ひとみは声に出して言う。

「ズゴォォォォォォ!ザザザザザザ!」

重低音はけっして鳴り止まないが「静寂」そんな言葉が頭に浮かぶ風景。


19 名前:第一章 投稿日:2003/11/09(日) 15:19
二人は三十分ほど滝を眺めて、元居た場所に戻るころ、空は暁色に染まり始めていた。
小川が仕掛けていった三つの釣り糸のうち一つにに魚が掛かっていた。
「見てください!釣れました!でっかいですよ!」といって小川は魚を引き上げて見せた
体長一メートルはあろうかと思われる長細い体、黒い肌が何故かヌメヌメと光っている。

「な、何それ? 気持ち悪い、食べられるの?」ひとみは失礼だ。

「え〜おいしいですよ〜!川うなぎ!知らないんですか〜?」

と言ってポケットからナイフを出すと小川は暴れる鰻を絞めてしまう。
針と糸を手早く片付けると、すぐに鰻をさばき出す。熟練の職人のような起用な手つきだ
味付けをして、昼間とってきた山菜やキノコと一緒に大きな葉っぱで包むと。
焚き火の横に置く。かなり遠火でじっくり蒸すように焼く。

鰻が焼きあがる頃にはすっかり日も暮れていた。
「ホォーホォー」っと鳩の鳴く声
小川は鰻を葉っぱで作った皿に乗せてひとみに渡す。

「うなぎは体力がつきますから沢山食べてくださいね!」

「ありがとう」と言って受け取るひとみ。
恐る恐る口に運ぶ。(うまい!)
ほどよく油の乗った白身の魚。身もやわらかく口の中で溶けるよう。
なんとも淡白な味わい。キノコ山菜との愛称も抜群だ。

「おいしいィィィィィィー!スゲェェェ!美味しいよ!天才だねまこちゃん!」

そう言ってひとみが誉めると
小川は「エヘヘヘ!」と嬉しそうに笑った。
20 名前:第一章 投稿日:2003/11/09(日) 15:23
食事が終わると小川は適当な木を見つけ上っていくと、上からロープをたらし
「今日はこの木の上で寝ましょう」とひとみに言った。
木の上で寝転がりひとみと小川は色々な話をした。

「吉澤さんはどうして旅をしてるんですか?」と小川が聞くと。
「理由なんかなんか無いよ!ただ何と無くかな?」
と答えて自分が生まれ町や家族のことを掻い摘んで話した。

「マコチャンは?」

「私は、、、」

小川は一瞬、躊躇し、しかし決意を込めて言った。

「行方不明になった大事な、友達を助けたいんです。」と

ひとみは自分に出来ることがあれば何でも言って欲しいと言った。
「ありがとう!」と小川は笑顔で答えて。

「彼女を助けるためなら、私は何だってやらないといけないんだ。」

自分自身に言い聞かせる要に、そう言うと

「そろそろ寝ませんか〜?明日の昼にはムールに着きたいです〜!」
と笑顔にもどった。
21 名前:第一章 投稿日:2003/11/09(日) 15:27
ひとみは星空を眺めながら思う。
もう少し小川と一緒に旅を続けてみたい。
そして、自分に良くしてくれた小川に恩返しがしたいと。
ひとみは決新する。
明日の朝、小川に自分も一緒に連れていってくれないか頼んでみよう。

気持ちの良い風が吹いていた。
今夜は良く眠れそうだとひとみは思った。


早朝、ひとみは自然と目を覚ます。
相変らず身体が痛んだけど。肩の傷はもうほとんど気に為らないほど回復していた。
体を起こして小川の姿を探す。
が、見当たらなかった。
ひとみの『黒い剣』『白い剣』と共に。
慌てて木の下に下りてみると、置き手紙があった。

( あなたみたいなお嬢ちゃんが目的も無しに旅しても、
  そのへんの河でドザエモンになるのがオチです。
  とっとと田舎に帰って畑でも耕してろYO! 
               
    PS  あんまり分不相応な物を持ち歩くと悪い人に狙われちゃうよ! )



ひとみの頭の中は真っ白になった。
22 名前:ななち 投稿日:2003/11/10(月) 00:00
面白いです。鰻の話を読んでお腹が空いてしまいました。
これからどうなるか楽しみです。頑張って下さい。
23 名前:第一章 投稿日:2003/11/14(金) 15:56

 太陽が最も高く昇るころ、ひとみはムールの町にたどり着く。
豊富に捕れる魚介類と気候の良さから、避暑地として栄える豊かな町。
遠くの町からはるばる海と太陽を求めてやってくる人々のため道は石畳に覆われ、
沢山の露店や土産物屋やカフェやホテルが所狭しと立ち並ぶ。

ひとみは町の中心部、大きな噴水がある「祈りの広場」でベンチに腰掛けると、
観光客のカップルや家族が嬉しそうに噴水にコインを掘り込む姿をボケっと眺めながら、
小川のことを考えていた。
ひとみには何故この様なことに成ったのか理解できなかった。
小川が最初から自分の剣を奪うために近寄って来たとは思えないし、
何より騙された今も小川のことを悪人だと思うことが出来なかった。
ひとみは思った。

(もう一度あって確かめなければ!
せっかく父と母が託してくれた剣を、このまま無くしてしまうわけにはいかない。
とにかく小川を探さなくてはいけない。)

ひとみはベンチから立ち上がると小川を探すため町を歩き出す。当ての無いまま。
24 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/14(金) 15:59
時は2時間ほどさかのぼる。

ムールの町で最も高級なホテルの、最も見晴らしのよい客室内。
昼間だと言うのにすべての窓はカーテンで閉められている。
天井から吊るされた小ぶりのオイルランプだけが、怪しく鈍い明かりを灯す。

過剰に装飾がほどこされたビロード張りのロングソファーの上、黒いローブを目深に被っ
た小柄な少女は先ほどからイライラしながら右手の指輪をカチャカチャ鳴らしている。
その隣でやはりローブを目深に被った、少女より幾分年配の女が足を組みなおして言う。

「こら!矢口!イライラすなや。もう、来るさかい静かにしとって!」

矢口と言われた少女は更にイライラしながら無造作にフードを外す。
あざやかな金髪と体格の割に大人びた顔が表れる。
少し尖った耳が彼女に半分混ざった妖精の血を表している。
『ハーフエルフ』と呼ばれる人種だ。
隣に座る中澤裕子も同じくハーフエルフ、左手に古代文字がビッシリ書かれた木製の杖を
持っている。人の十倍は生きると云われるエルフの血を持つもの達。
若く見えるが、かなりの高齢だろう。
矢口が中沢に何か言い返そうとした、その時。

「コンコン」 

「小川です。」
25 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/14(金) 16:00
矢口は再びフードを被ると、
「入れ」と短く言った。
小川は部屋に入ると黙って二本の剣を差し出した。
矢口はそれを受け取ると

「たかがガキから剣奪うのに何日も掛かってんじゃねーよ。」と悪態をつく。

「ごめんなさい、でも助けてあげないと、あの人死んじゃってたかもしれないし。」

「バーカ!甘いこと言ってんじゃないよ!」

すると矢口をたしなめるように、
「まーええやんか?ちゃんと持ってきたんやし!」

「だってゆうちゃん!」

不服そうな矢口を無視して中沢は剣を手に取ると。

「これやこれ!ようやったな小川、ごくろうさん。」

そう言うと、柄頭の宝玉を外していく。
『黒い剣』から『黒い宝玉』を『白い剣』から『白い宝玉』を。
小川はその様子をだまって見つめる。
中沢は外した宝玉を懐にしまう。満面の笑みで。
26 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/14(金) 16:03
「小川!次で最後やさかい、がんばってや!」と中澤が言うと、

小川は黙ってうなずき、中澤を真直ぐに見据える。

「次の仕事が終わったら、あさ美ちゃんを返してくれるんですよね?」

中澤は小川から目をそらさずに言う。

「あたりまえやんか〜、うちらは魔女やけど約束はまもるさかい!」

「解りました・・・」小川はそう言って立ち去ろうとした時、

「ちょうまって!次行く前に悪いけど、この剣そこらの店で売り捌いて来てんか!
うちら、こんなもんは使わへんよってな!」

小川は宝玉を外された二本の剣を抱えると、だまって部屋から出ていった。

小川が出て行くのを見届けると中澤は「フー」とため息を吐くとソファーに倒れこんで、
矢口の膝に頬をうずめた。

「見たか、あの子の目・・・うちら、可哀想な事してるな。」

矢口は黙って自分と同じ金色の髪をなでてやった。


27 名前:はなたれ 投稿日:2003/11/14(金) 16:18
ななちさん感想ありがとうございます。
誰も読んでいないのじゃないかと思っていたので、
嬉しかったです。
ウナギの部分は自分でも好きな所です。
設定等、解りにくい所は質問してください。
読んでくださる皆さまが娘。達と一緒に冒険している
気分に成るような作品にしたいと思っています。

次回は日曜日に更新したいと思います。
28 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/16(日) 16:29
ムールの町が黄昏色に染まる頃になっても、ひとみは小川を探していた。
しかし、手がかりすら掴めずにいる。
もしかしたら、この町に行くと言ったこと事態が嘘だったのかもしれないと考え始めていた。
このまま小川を見つける事が出来なければ、新しい剣を買わなければいけないが、
ひとみの所持金はわずかな物でしかない。

「ハァー」

ひとみは、ため息を吐きながら「武器の石黒」と書かれた店のウインドウを見る。
しょぼくれた顔の自分が写っていた。

「ハァー」

もう一度ため息を吐くと今度はウインドウの中を覗きこむ。
大小色々な剣や防具が並べられ店内には何人かの客がいる。
ひとみが自分に買えそうなものが無いかとおでこをウインドウに擦り付けて見る。
すると、店のカウンターの上にどこかで見た二本の剣。
そう、それは間違い無くひとみの剣だった。
ひとみは慌てて店の中に入って行く。
29 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/16(日) 16:31

「す、すいません、この剣!」
カウンターの上の剣を手にとると、柄頭にはめられた宝玉が無くなっていた。
鼻にピアスをした女主人はひとみが話し終える前に、

「ごめんなさい!今この人が買ってくれたところなの。」
と言って一人の少女を指す。

すけるような白い肌に大きな目鼻立ち、栗色の綺麗な髪を後ろで束ねている。
白いソフトレザーの短いパンツにノースリーブ、編み上げのブーツとマントも白い、
全身白尽くめだ。手にぶら下げた、コーヒー色のボストンバックだけが妙に浮いて見える。

「んあ・・・」突然紹介された少女は少し驚いた顔をする。
しかし、直に気を取り直して「そういうことなの!ごめんね!」と言って、
ひとみから剣を奪うと二本をベルトに吊るして店から出て行こうとする。
ひとみはそれを慌てて引き止めると必死になってこれまでの経緯を説明し出した。
ひとみの話を聞き終えると少女は気の毒そうな顔をしながらも、

「可哀想だと思うんだけど!それってあんたが間抜けなだけじゃん?田舎に帰ったら?」

武器屋の主人石黒も静かにうなずく。
それでもひとみは何でもするからとすがりつく。

「じゃー黒い方だけ譲ってあげるよ!私もお金全部使っちゃって困ってるからさ!
で?あんたいくら持ってんの?」

正直に財布の中を見せるひとみ。

「ざけんじゃないわよ!私が今いくらで買ったと思ってんの?」
30 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/16(日) 16:37
石黒は二人のやりとりを、黙って、眺めながら思う。
自分が冒険の旅に出たのは何時の時だったか、この二人ほど若くは無かったろう。
目の前で争う少女達は顔もまだ幼く、今さっき田舎から出てきましたと言わんばかりだ。
何処から来たか知らないが、この町にたどり着けたのが不思議なぐらいに。
しかし、その目の輝きを見ていると嫌でも思い出した。
若かりし日々と過っての仲間達を。
そう、今にも、店のドアを開いてあいつらが入ってきそうな、石黒をそんな気持ちにさせる。
(せっかく、旦那と子供がいなくて羽を伸ばせると思ってたのにな〜。)
見ず知らずの者にたいして、少し甘いかなと思ったが、ほっておけなかった。
仕方なく、石黒は以前口論をつづける二人に助け舟をだしてやる。

「あなた達、泊まる所とか仕事のあてはあるの?今、旦那が湯治に行っててさ人でが足り
ないんだけど!二週間ほどだけど店手伝って行かない?」

ひとみにとって良い話だった。懐は寂しかったし仕事のあてもなかったから。
何より二本の剣を、少なくとも二週間は見失わずにいれる、すぐに返事をした。
31 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/16(日) 16:39
少女のほうもひとみと似たようなものだったが、少し迷った。しかし、
ひとみが捨て犬のような目で自分を見つめているのに気づくと返事をしてやる。

「じゃー私もお世話になります。後藤です、後藤真希です。よろしく、お願いします。」

と石黒に挨拶した。ひとみも石黒と後藤に自分の名を名乗った。
日も暮れて、いつのまにか店内は三人だけになっていた。

「じゃー早速だけど看板かたずけてくれる。もう店閉めるから。」
「はい!まかせてください!」ひとみは荷物も下ろさずに店を出て行く。
後藤はカウンターに荷物を下ろすと、ヤレヤレっといった顔でひとみを手伝いに行く。

ひとみと後藤が二人で看板を店内に運ぶと、石黒は戸締りをして、
ふたりを一番奥の部屋へ案内してやる。
店舗よりも少し大きな部屋にほこりをかぶった沢山の武器や防具が積み上げてあり、
その片隅に小さなベットとソファーとテーブルがおいてあった。
32 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/16(日) 16:40
「倉庫で悪いんだけど、ここに寝泊りしてね。喧嘩しちゃダメよ!」

二人は顔を見合わせて笑いながら石黒に返事をした。

「おなか減ってるでしょ? なんか作ってくるからまってて。」

そう言うと石黒は部屋を出て行った。
石黒が出て行くとひとみは「よろしくね!」とあらためて後藤に挨拶した。
後藤は「うん!よろしく。」と言って「でも、剣は諦めてね?」と付け足した。
ひとみは曖昧に笑って返事をしておく。
二人はベットとソファーを賭けてコインを投げた。
後藤はコインを当ててベットを確保するが、
ひとみがショボンとしているのを見て「一日交代で良いから。」と言ってやる。
後藤は満面の笑みでお礼を言うひとみに、故郷の弟を思い出した。
33 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/16(日) 16:43
それぞれが自分の寝床に荷物を下ろして腰をかけた。
お互いにに疲れているのか特に話しはしない。

三十分ほどして石黒が三人分のスープとパンとワインを持って下りてきた。
石黒は食事をしながら過って自分も冒険者だった事を二人に話し、
仕事の賃金は安いけど、そのかわり二週間の間、剣の稽古をつけてやる約束をした。

気さくな石黒の性格にも助けられ三人は楽しく食事を取ることができた。
夜も深け、ワインのビンが空になる頃には、
ひとみと後藤はお互いを「ヨッシー、ごっちん」とあだ名で呼ぶようになっていた。

石黒はすっかり仲良くなった二人を見ながら、過っての仲間を思い出していた。
(きっと、かおりやゆうちゃんは今も何処かを旅しているんだろな。)
ずいぶん連絡がこなくなってひさしいが、何度か噂を聞く。
天下無双の剣士「摩天楼」や「チェインギャング」と呼ばれる魔女、きっと彼女達だろう。

34 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/16(日) 16:44
食事を終えると石黒は二人に毛布を渡してやった。

「明日から稽古と仕事だからゆっくり休みなさい! 稽古は早朝ね! 」

石黒はそう言うと自分の寝室にもどって行った。
明日に備え二人も眠る事にする。
後藤は眠る前に聖書の上に手を置くと自らの神に祈りをささげる。
小さな頃から一度も欠かしたことの無い習慣だ。
祈りが終わるとテーブルの上の蝋燭を吹き消した。
「おやすみ、ヨッシー。」

「おやすみ、ごっちん。」

ひとみは毛布に包まり今日一日を思い出していた。
出会いや別れ、裏切り沢山の事があった。その一つ一つを思い出す。
石黒に聞いた話では、剣を売りに来た人物の特徴は小川にそっくりだった。
小川のことを思うと胸が痛くなった。
ひとみは明日のために、考えるのを止め、眠る事に集中した。
ワインを飲んでいたからか、すぐに眠たくなった。
35 名前:ななち 投稿日:2003/11/19(水) 01:37
更新お疲れさまです。
登場人物も増えてきて楽しみです。
舞台のイメージは中世ヨーロッパですか?
次回更新も楽しみにしています。
頑張ってください。
36 名前:はなたれ 投稿日:2003/11/20(木) 15:21
ななちさん、ありがとうございます。
これからも色んな人がどんどん出てきます。

作者的には中南米のラテンな架空世界が舞台ですが、
そのへんは読者様の想像力におまかせです。

では、今週の更新です。
37 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/20(木) 15:30


「おら!起きろ何時まで寝てるんだよ!」

早朝、東の空が微かに明るくなるころ、ひとみと後藤は石黒に叩き起こされる。
ひとみは久しぶりに室内で寝たので熟睡していたようだ。
二人は石黒に竹刀で突つかれながら裏庭の井戸まで誘導される。
井戸水で顔を洗うと冷たさに少し目が醒める。
石黒は二人に準備体操をさせると、真剣を渡す。
真剣を手に取ると、刃物を持つ緊張感からいっきに目が醒めた。

「じゃー素振りから。一撃づつ、敵をしっかりイメージして、上段から。」

石黒の掛け声に合わせて剣を振るが、すぐにストップが掛かる。

「吉澤!怪我してるのか?」

ひとみは事情を話して肩を見せると、石黒は傷を見て休ませたほうが良いと判断する。
しかし、ひとみは大丈夫、出来ると主張する。石黒は首を横に振る。
すると、後藤が、
「何とかしてあげられるかもしんないから、見せてみて。」

ひとみを座らせると傷を良く見てから、
傷を両手で優しく包み込むと、おもむろに神に祈りはじめる後藤。
38 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/20(木) 15:32

「慈愛の神様。どうか私に力を。大いなる慈しみをもちて、彼女の傷を癒したまえ。」

突如、後藤の手から眩い光が溢れ出す。
すると、ひとみの傷はミルミル閉じていき、最後には跡形もなく消えていた。

奇跡、ひとみは神の奇跡を体験し言葉を失う。
石黒は後藤が首から下げている装飾で彼女が神を信仰しているのを知っていたが、
まさか、奇跡を行なえるほどだとは思ってなかった。

「ごっちん!ありがとう、すごいね!感動したよ。」

「あはは!こんなの朝飯前でございますよ、ひとみ様!」
後藤は薄っすらと額にに汗をにじませながら、おどけて見せる。

ひとみは剣をニ三回振ると大丈夫、続きをしましょうと石黒に声をかけた。

石黒は素振りをみながら、二人が日々の鍛錬を怠っていないと悟る。
おそらく二人とも子供の頃から毎日、何百回と剣を振りつづけてきたのだろう。
つづいて二人に竹刀を渡すと、自ら相手をする。
39 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/20(木) 15:36

まずはひとみからだ。
向かい合って礼をする。
互いの剣先が触れたのを合図に始める。
吉澤はまず様子を見るように距離を取り守備的に構える。
(石黒さんスゲー!全然すきが無いじゃん。)
ひとみは剣を出せない。

(バカでは無いようね!じゃーこちらからいくわよ。)
石黒はひとみの技術を確かめるように何度か打ち込む。
打ち込んでみると解った。
受ける、いなす、かわす基本がしっかり出来ていて判断もなかなか良い。
(なかなかやるじゃない?)
石黒はあえて守備を緩めると、今度はひとみに打たせる。
ひとみは己のすべてをぶつける。
石黒はそのすべてを受けてみて思う。
悪くは無い。
平凡だがスピードと力がある
特に突きと右からの払いは電光石火のよう
決める為の形を持っていて本人も良く理解していると思う。
しかし浅い。
剣先だけで戦ってる感じで、怖さが無い。
自分の形に持って行く駆引きも下手だ。
40 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/20(木) 15:39

ひとみはパワーに分があると見ると、鍔迫り合いを挑んでいく。石黒も負けじと押し返す。
そのままの状態で石黒は無防備なひとみの腹に蹴りを入れる。
石黒の強烈な蹴りをみぞおちに受けて、
ひとみはうずくまる。

「剣の稽古に蹴りなんて汚いですよ〜!」

「汚かろうと、これが実戦なら今ので、あんたが死んで終わり。」

ひとみは言い返せない。

「じゃー次!後藤こい!」

石黒はつづいて後藤の相手をしてやる。
後藤は今の試合で石黒の実力に驚いた。
自分達とくらべれば大人と子供ほどの差がある。
世界は広いと。
41 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/20(木) 15:45
後藤はひとみとは違い先に打って出る。(あいてにペースを与えては行けない。)
石黒は受けてやる。(必死だね!好い顔してやがる。)
右から左から揺さぶるような後藤の連打。
石黒は面白いと思った。

後藤は剣を打つ前に必ず細かいフェイクをいれてくる。
その技術は天性の物。
駆引きも上手い沢山のコンビネーションを持っている。
石黒は何度か裏を取られそうになる。
今のままでも五本に一本はとられるのではないかとも思う。
しかし、それは稽古での話し。

やはり後藤もひとみと同じような欠点を持っていた。
メリハリが無い、やはり剣先だけで闘っている感じだ。
たまに張りのある剣を振るが、放つ前に、それが顔に出るので、
簡単に予測できた。

今度は石黒が打つ。
ひとみほどでは無いけれど基本をおさえている。
ただ、ひとみと違いつねにカウンターを狙ってくる。
(顔に似合わずいやらしい剣ね、やりにくい。)
42 名前:第一章 2 ム−ルの町で 投稿日:2003/11/20(木) 15:47
鍔迫り合い

「ごっちん!気を付けて!」ひとみが声をかける。

後藤は先ほどの教訓から蹴りに備えている。
ならばと石黒は力押しで後藤を崩そうとしたとき、
後藤は石黒の剣に体重を預けたまま巧みなステップでいなし半回転しながら、
石黒の背後に剣を放つ。(勝った!)後藤は確信する。
『クライフ・ターン』
伝説の剣豪ヨハネ・クライフが得意とした形だ。
しかし、石黒は紙一重でこれをかわすと、大技で体制を崩した後藤の背中を打つ。
(なんて、引出しの多い子かしら・・・)
今のは危なかったと石黒は思ったが、
「後藤!サーカスプレイがしたいなら、ヤスダ大サーカス紹介してやろうか?」と
不用意な大技を戒める。

後藤は背中を押さえて悔しがっている。
ひとみは後藤の背中を擦ってやる。

「ごっちん!カッケーじゃん!なんだかファンタジーを感じたよ!」

「不発だったけどね!二週間の間に,一本は捕れるようにがんばろう?」

「うん、がんばろう!」


石黒は二人それぞれにアドバイスを送ると、
そろそろ店を開けるから準備をしろと言って庭から出て行った。
43 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/20(木) 15:52



そのころ、小川は商船の甲板から徐々に近づく陸地を眺めていた。
巨大な城壁に囲まれた街、アルカディヤ。
冒険者達の自治で収められた、多くの旅人達の始まりの町。
もっとも、ここにたどり着け無い者の方が多いと聞く。

小川の次のターゲットはこの町にいる。
『恐ろしき双子』最近、名を上げる二人組。
その一人は摩天楼を倒すとまで息巻いてるらしい。

(この仕事を終えればあさ美ちゃんを返して貰える。)

小川の心に仕事に対する不安は無かった。
この半年間、中澤に言われるまま多くの修羅場を乗り越えたきた。
誰の命も落とさず仕事が終われば良いが、それが無理なら、それは仕方が無いこと。
自分には何よりも優先しなければならない事がある。
小川はふと自分の考えが可笑しく思える。

(変ったな、私・・・)

半年前のあの事件を思い出す。

44 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/20(木) 15:56


その日は土曜日、小川は朝から親友の紺野あさ美の家に遊びに来ていた。
週末は小川はが紺野の家に泊まり、紺野の妹が小川の妹を訪ねて小川の家に行くのが、
ここ何年かの習慣になっている。

紺野の家は何百年の伝統を持つ大きな教会だ。
大昔の聖者が旅の途中一夜にして建てたと言う伝説があり、
今も多くの巡礼客が訪ねてくる。
また、紺野の曽祖父も百年前の魔人戦争で大きな働きをし、聖人として祭られている。

一方、小川の家は今でこそ小さな酒場を営んでいるが、
祖父は「疾風の五郎」と呼ばれた凄腕の盗賊だった。
小さな頃から「泥棒の子」と呼ばれたり、いらぬ疑いをかけられることも少なくなかった。

巡礼客を相手に土産物屋や宿屋を営む者も多いこの町では、
教会の子供で、しかも奇跡まで行なえる紺野と小川が親しくしているのを、
良く思わない者も多い。
しかし、紺野も紺野の親もその様な素振りを見せたことは一度も無かった。
45 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/20(木) 16:01

小川が紺野の部屋に入ると、紺野は聖書の上に手を置き祈りを捧げていた。
小川は邪魔しないように静かにドアを閉めるとベットに腰掛けた。
待ちくたびれてベットに寝そべると、目を閉じ祈りを捧げる紺野の横顔を見る。
普段の紺野からは想像できないほど神々しいと思う。

紺野は祈りを終えると、ぼけっと自分を見ている小川に笑顔をおくった。
それから二人は小川が家で作ってきたお菓子をつまみながら話をした。
もうすぐやって来る『南瓜の祭り』のことや、その前日にある小川の誕生日のことなど。

そして、午後から何処に行こうかと言う話になった時、
小川は昨日、酒場の手伝いをしている時、大人達がしていた話を思い出した。
それは、町外れの廃墟の館にニ三日前から何物かが住み着き、
夜毎、奇声が聞こえると言う話し。
その他に羊が何頭か居なくなった話しや、黒いローブを被った小人を見た話し、
鬼のような顔をした金髪の女が館の窓から見えた、などなど。
それらを紺野に話し終えると、
「あさ美ちゃん。今夜、二人で捕まえに行こうか?」と笑いながら言った。
46 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/20(木) 16:04

小川からすれば、もちろん冗談のつもりだ。
紺野を危険な目に会わせられないし、そんなことが回りの大人達ばれたら、
何を言われるかわからない。
現に昔、紺野と二人で森で迷子になった時の、
小川と家族に対する村人たちの風当たりは酷いものだった。
何よりも賢明な紺野がうなずくはずは無かった。

しかし、紺野は少し考えると「うん、行こうよ。」と言った。
紺野がこの話しを聞くのは初めてではなかった。
教会の礼拝所で大人達が親告な顔で話しているのを聞いていたからだ。
紺野の父が近いうちに様子を見に行くことになっている。
危険な事は分かっていた。
でも、もし捕まえることが出来れば自分達は村の英雄になれる。
そうなれば、もう誰も小川のことを悪く言う者は居なくなるだろう。
そう思うからこそ紺野は「行こう」そう答えた。
47 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/20(木) 16:07

小川は驚いていた。なぜならば、
紺野がいつもどおり自分を優しく戒めてくれることを期待していたからだ。
以外な返事に言葉を詰まらせる小川にたいして紺野は、

「大丈夫。私がまこちゃんを守ってあげるよ。」と笑顔で言った。

何も怖くは無い彼女が居れば。紺野の笑顔を見て小川はそんな気持ちになる。
「うん。行こう!」二人で力を合わせれば何だって出来る。
小川も紺野もそう信じて疑わなかった。

それから二人は準備をするため一旦別れた。夕方、小川が紺野の家を再び訪れるまで。
ふたりは今夜の冒険に備え食事を終えるとすぐに眠る事にした。
小川に緊張感は無かった。
小さな頃から祖父五郎に、そのすべての技術を厳しく叩き込まれてきた。
最悪でも紺野一人を逃がす事は出来るだろう。
もっとも文武両道を地で行く紺野を逃がすことなど無いだろうが。
48 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/20(木) 16:12

現に小川は『南瓜の祭り』で行なわれる武術会で一度も紺野に勝ったことが無かった。
その後に行なわれる『パンプキンパイ早食い大会』と共に。

不意に小川は去年の決勝、口の中パンパンに南瓜パイを詰め込んだ紺野の顔を見て、
自分の口の中の南瓜を観客席に噴出してしまった事を思い出して、心の中で笑う。
(今年も勝てそうに無いな!あの顔は反則だよw)
などと思いながら笑いを堪えて肩を振わせていると。

「まこちゃん、まだ起きてるの?眠れない?」と紺野が心配そうにたずねた。

「いや、思い出し笑いしちゃった。」

「え?何を思い出したの?」

「えっと、去年のかぼ・・・・」

小川が何を思い出したか悟った紺野は「もう!まこちゃん!」と怒って頬をふくらます。
怒った紺野のほっぺを見て小川は終に声を出して笑ってしまった。
その後、小川は小一時間かかって紺野の機嫌をとった。
結局、二人はほとんど眠らずに出発することにした。
家の者に気付かれない様に、そっと静かに。
49 名前:はなたれ 投稿日:2003/11/20(木) 16:22
更新終了。
「第一章 3 紺野と小川の冒険」は自分でも好きな話しです。
オガコン好きの方は、この話しだけでも読んでみてください。

週末は忙しいので、次回更新は来週になります。
50 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:13

町外れの館までは歩いて一時間半ほどの距離。
二人はランタンに火を灯し手をつないで歩いて行く夜の町を。
風が気持ち良かった。


小川は祖父の遺品にもらった年代物のラウンデル・ダガーを腰から吊るし、
ウェストポーチの中には仕事で使う道具をいれてきた。
紺野は祭礼用の白いローブをまとい家から拝借してきたメイスを肩にかけている。
何枚かの鉄片を放射状につけた出縁付のメイスは紺野の父の物だ。

やがて二人は噂の館を視界でとらえる距離まで近づいた。
百年以上はたった古い木造建築だ。
小川はランタンの灯を消す。
一瞬あたりが暗闇に包まれるが、直に目が慣れる。
館から明かりは漏れていなかった。
小川は少しホットする、ただの噂話だったのかもしれないと。
しかし慎重に近づいていく。
51 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:15

小川は館のドアを調べる、カギはかかっていない。
ドアを開ける時に音がしないように金具に油を射すと、そっと、開いた。
小川はホコリだらけの室内に二人分の足跡を確認すると、
それを、紺野に静かに伝える。
紺野は「お肉を焼く匂いがするよ。きっと羊だよ!」
羊だけがもつ独特の香りが微かに漂っていた。
二人は匂いをたどり二階に上がって行く。

二階の廊下の一番奥の部屋から光が漏れていた。
小川達が歩いてきた道とは反対側の方角だった。
ドアから声が漏れる。

「じん〜じん〜じんぎすか〜ん♪へいほら♪へいほら♪  あ!矢口、肉焦げてるやんか!」

「ゆーちゃん!飲みすぎだよ!あいつらもう来ちゃうよ。」

「しかし、ラッキーやな。むこうから来てくれるなんて。探す手間はぶけたわ。」

小川は会話から二人が女だとわかる、しかし、仲間が来るのかもしれないと思った。
今のうちに捕まえなければ。紺野の考えも同じだった。
思い切って部屋に踏み込む。
52 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:19

想っていたより広い部屋だった。
部屋の一番奥にある暖炉の前に二人の女がいて、酒瓶や羊の骨が散らばっている。
暖炉の炎だけが室内を照らしていた。
紺野は二人の姿を見て後悔する。ハーフエルフだ。もしかしたら魔法を使うかもしれない。
しかし、もう逃げる事は出来ない。やるしかないと覚悟を決める。

「なんや関係無いのもおるやんか。まあええか!ほな矢口、やってこい!」

矢口は中澤の言葉を無視して羊の肉をつまんでいる。

「おいら知らないよ!もともと反対だったし、ガキの力借りるなんて。」

「ちっ!」
中澤は舌打ちすると呪文とそれに合わせ複雑な印をむすぶ。

「死と破壊の女王よ。いま一度、この醜き抜け殻に生命を。汝が忠実なる下僕に、
より多くの働き手を。終末を呼び寄せる使命を果たすために……」

呪文の詠唱が終わると辺りに散らばった骨が一箇所に集まると、
瞬く間に五体の戦死があらわれる。『スケルトンゴーレム』
血や肉を持たない骨だけの魔法生物。やはり骨で出来たこん棒と盾を持っている。
羊の頭蓋骨を頭にもつ、その姿は聖書に出てくる悪魔を彷彿させる。
53 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:25

「可愛がったって!」

中澤の言葉と共にいっせいに動き出すゴーレム。
一歩前に出た紺野にこん棒を振り下ろす。
紺野は臆することなく、それをかわすと、先頭のゴーレムにメイスを振り下ろす。
ゴーレムは盾で防ぐが紺野のパワーに盾が砕ける。
休むことなく今度は振り上げる。
ゴーレムの頭が吹っ飛びワンバウンドして中澤の足元に転げ落ちる。

「キャハハハハ!ゆーこのゴーレムよわ!『チェインギャング』の名が泣くね。」

「いや、ちゃうねん!酔ってるからな。」

中澤の良い訳も虚しくゴーレムはどんどん倒されていく。
「しかたないから手伝ってやるよ。『ハートブレーカー』矢口様がよ。」
矢口は立ち上がり片手で印を結ぼうとした時。

「動くな!口も動かすな!死ぬぞ。」

矢口の咽元に冷たい感触がはしる。
いつのまに忍び寄ったのか、小川が矢口を押さえつける。
54 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:29

「さすがやなー。うちが見込んだだけあるわ。」

そう言いながら中澤は距離を捕る。その時、

「キャハッハハハハハハ!」

突然、矢口が笑い出す。
小川は紺野を見る。同時に紺野もすべてのゴーレムを片付けていた。
(あーあ、あさ美ちゃんに見られたくなかったのにな。)
正確に矢口の動脈を切る。音も無く大量の血しぶきが上がる。

「ボタボタボタボタ」

吹き上がった血しぶきが床に落ちる音だけが生々しい。
矢口から手を離す。
力なく床に倒れる矢口の死体。

「キャハハハハッハハハハ!」

相棒の死に頭がおかしくなったのかと小川は中澤を見ると、
中澤は笑っていない。
55 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:32
中澤の隣の空間を歪ませ、矢口があらわれる。

「キャハハハハハ!お前等なんかにやられないよ。バーカ。」

小川がうつむくと、足元には矢口ではなく、羊の死体が転がっていた。

「まこちゃん!気を付けて!」

紺野の忠告に顔を上げる。
遅かった。その時には矢口は次の呪文を完成させていた。

「悲しみに暮れる哀れな者バンシーよ、美しき汝の姿の現われんことを望む。
汝の住まいし暗黒の世界より、門をくぐりて我が前に出でよ!」

詠唱とともに床からせりあがってくる半透明のニ体の精霊。
沢山の男女の顔が合わさった塊、全体に鉄条を巻き付けられ至る所に鉄杭が打ち込まれている、
その全ての顔は哀しみに暮れ、嗚咽の声をあげている。哀しみを司る精霊『バンシー』
小川は部屋中にこだまする嗚咽に思わず耳をふさぎたくなる。

「行け!」

矢口の命令とともにバンシーは小川と紺野それぞれを襲う。
56 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:36
小川はダガーで応戦しようとするが実態を持たない精霊にダメージを与えられない。
バンシーが小川を包み込む。

一面ダークブルーの世界に落ちる。
胸を張り裂くような痛みが次々と小川を襲う。
まるで、全ての人の哀しみを乗せたハンマーで胸を打ち抜かれたような痛み。
何度も、何度も。

(痛い!苦しい、、、)

悪魔に心臓をギュッと握られ、そのまま心臓だけを奈落の底まで持って行かれる。
そのくせ、チューインガム見たいに糸を引き、いつまでも自分の体と繋がっている。

(いっそ自分の心ごと引き千切ってくれれば楽なのに。)

悪魔は小川の願いを聞き届ける。
やがて小川の心は痛みすら感じなくなり全ての感情が遠のいて行く。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

小川は真青になり倒れこむ、口と目を半開きにして放心しているようだ。
57 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:38

「おい!矢口、大丈夫なんやろな?」

「大丈夫だよ!取り付かせたんじゃ無いから。」

紺野も同じように哀しみに苛まれていた。
一面ダークブルーの世界。
胸を張り裂く痛みに膝を落とす。。
しかし、哀しみに囚われないように必死にレジストを試みる、
自らが信じる神の名を何度も唱え。

「おねーちゃん!無理したら心が壊れるで!」

勝利を確信した中澤が野次をとばす。
中澤たちは紺野を甘く見ていた。
矢口が操る精神を司る精霊を打ち破った者など、ほとんど居ない。
まして、目の前の幼い少女には不可能に近い出来事だと。

しかし、紺野の信仰心がバンシーの深い哀しみを打ち砕く。
58 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:42

紺野はすばやく呼吸を調えると、
膝を突いたままの姿勢で両の手のひらを、勢い良く合わせる。たたき付ける様に。

「パァン!」

部屋中に乾いた音が響く。
中澤は空気が仰々しく変るのを感じた。
紺野は合わさった手のひら擦り合わせ、気を練ると前方に勢い良く突き出す。

「ゆーちゃん!気を付けて!」

そう言って矢口は一歩前に出て構える。
気を付けろと言っても目に見えない気の塊をうけるのは至難の技だ。
タイミングが取れないし、かわす時間も無い。
予想よりも少し早い気弾にタイミングを外され吹っ飛ぶ矢口。
矢口が一歩前に居てくれたおかげで中澤はなんとかタイミングをとり、踏みとどまる。
しかし、中澤の目に飛び込んだのはメイスを拾って自分に向かってくる紺野の姿。

(あかん!呪文がまにあえへん、殺られるやん。)

59 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:46

紺野はその時、何故そうしたのか解らない。
今日までで一番大きな気を練ることが出来たし、
その後の飛び出しも絶妙のタイミングだった。
頭に描いたように自分の体が動いた。
あと数メートルで敵に届く、魔法は間に合いそう無い。
目の前の敵に自分のメイスを叩き込めば全てが終わる。
小川と一緒に町に帰れるはずだった。
しかし、紺野は真青な顔をして倒れている小川を視界で捉える。

駆け出していた。小川に向かって。目の前の敵の事も忘れて。
抱き上げると小川の体は冷たかった。目を半開きに開けて、呼吸も浅い。
混乱する紺野。

(早く父に見てもらわないと・・・)
60 名前:第一章 3 紺野と小川の冒険 投稿日:2003/11/27(木) 15:49

紺野は小川を背負うと部屋を出て行こうとする。

(早く、早くしないと、まこちゃんが・・・)

中澤は冷静に呪文を唱え印を結ぶ。

「昏睡をもたらす冥界の雲よ、冥界の門を開きて我の敵を漆黒の眠りへ誘え。」

紺野の頭を紫色のガスが包む。
混乱していた紺野はそれを防ぐ事はできなかった。
小川を背負ったまま倒れこんだ、紺野の顔がミルミル青くなって行った。
小川はその一部始終を見ていたが、何も感じることは無かった。

何故だか小川は去年の『南瓜の祭り』を思い出していた、早食い競争の紺野の顔を。
だけど、もう、可笑しいと思うことは無かった。
やがて、小川の意識も薄れて行く・・・・


61 名前:はなたれ 投稿日:2003/11/27(木) 16:04
更新終了。
週末が忙しかったので執筆できず、
書き溜めてあるストックが少し減ってしまいました。
つねに、一定量のストックがないと不安になっちゃいます。
では、また次回。
62 名前:名無し娘。 投稿日:2003/12/26(金) 12:43
面白いです。期待してます。
63 名前:はなたれ 投稿日:2004/01/05(月) 14:30

つなぎの作業服に着替えた、ひとみと後藤が店舗に行くと、
石黒が店内の掃除をしているところだった。
ひとみははりきって手伝おうとしたが石黒はそれを断る。

「いいよ、掃除は自分でやるよ。すぐ終わるから座ってまってて。」

ひとみと後藤は座って石黒が掃除するのを見つめる。
雇われている立場を考えると、とても、居心地が悪かった。
石黒の掃除はじつに丁寧で店舗に対する愛着がうかがえた。

隅々まで掃除を終えると二人をつれて倉庫へいく。
ひとみと後藤が寝泊りしている部屋だ。
石黒は一つの木箱を指すと、ひとみと後藤にテーブルの上へと運ばせる。
二人で運んでもそこそこ重い箱の中には古いナイフと包丁がびっしり詰っていた。
ひとみと後藤に研ぎ方や仕上の方法を丁寧に教えてやると二人に砥石をわたして、

「じゃーがんばって!私は店舗に居るから何かあったら来て。」

そう言うと石黒は急ぎ足で部屋を出て行く。
64 名前:はなたれ 投稿日:2004/01/05(月) 14:33
ひとみは剣や鎧を扱かわしてもらえると思っていたので、
少しガッカリするが、先ほどの丁寧に掃除をする石黒の姿を思い出し気を取り直した。
ひとみは刃物の研ぎ方を知っていたのでどんどん作業を進めて行く。
後藤は初めてだったのでひとみに要領を聞きながら作業をした。

「ごっちん!ダメだよ同じとこばっか使ったら。砥石の方が削れてるじゃん。」

ひとみは後藤の手を取り丁寧に教えてやりながら、
後藤の綺麗な手を見て思う。
(きっと、家事とか自分でしたこと無いんだろな〜)

「何度も研がないで。なるべく少ない回数で角度を一定にし研ぎあげるのが理想だよ。」

「う、うん。こうかな?」

「うん!最初に決めた角度をぜったい変えないで。」

ひとみが何十本かのナイフを仕上げ、後藤が何本かのナイフと砥石を駄目にする頃、
石黒がお昼を持って入ってきた。
三人でお昼を食べると、少し休憩をして午後からまた同じ作業に入る。
65 名前:はなたれ 投稿日:2004/01/05(月) 14:39
夕方、作業が終わると二人は石黒の許可をもらって散歩に出た。
トコトコと船着場まで歩いていく。外の空気が清々しい。
一日中、同じ部屋に居たから息が詰っていた。
二人は歩きながら背中をのばす。開放感から話しも弾んだ。

港まで足を延ばすと、桟橋の一番先に腰掛けて海を眺めた。
ひとみは何処までもつづく水平線を見ていると、
実際は自分の故郷からは、そんなに離れていないにもかかわらず、
(なんだか、ずいぶん遠くまで来たんだな。)と、そんな気持ちになった。
後藤は桟橋の下を覗きこんで魚を眺めている。

帰り道、アルカディアまでの商船の値段を商船会社の予約ロビーに聞きに行く。
もっとも安い船室でも、ひとみには払えそうに無かった。
(やっぱり歩いて行くしかないか・・・)
野犬にさえ勝てなかった自分が徒歩でアルカディアまで辿り着けるのかと思う。

「ごっちんは二週間たったらどうするの?」

「んー。どうしょっかな? わかんないけど、多分、その時にはきまってるよ。」

(私と一緒にアルカディアに行こう。)ひとみはそう言いたかったけど、
言えなかった。断わられるのが怖かったから・・・
66 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:16
その頃、小川はアルカディアの町の片隅、
『平家飯店』のカウンターで人を待っていた。
裕に十人は座れる大きなカウンターは一枚板で出来ており奥行きも十分ある。
その向こうに広々としたオープンキッチンが広がっていて、
掃除が良く行き届いて、清潔感があり、決して食欲を損なわない。
カウンターの後ろには、円卓が数個おかれており、それぞれに七八人の客が座っている。
大きく開けられた窓から外の空気がつねに入ってくる。
食事時で店内は多くの客でにぎわっているが、女将の平家は、
数人のウエイトレスとコックを上手く使って、自分はカウンターの前で酒を飲みながら
客と談笑している。

「ごめんな!そろそろ帰ってくると思うねん。」

平家はそう言うと空になった小川のグラスに、
先ほどから談笑していた客が頼んだボトルのワインをそそいでやる。
小川は四つほど離れた席に座る客に会釈しておく。
平家は自分のグラスにも客の酒を注いで話しをつづける。
67 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:19

「しっかし、あの『疾風の五郎』のお孫さんやったら、あの子らも喜ぶと思うわ!
ゆうちゃんの保証付きやし。腕にも自身あるんやろ?」

「はい!中澤さんがわざわざスカウトに来るぐらいですから。」

「ほんまに頼もしいわ!あの子らも今、飛ぶ鳥を落とす勢いやし。楽しみやわ!
ほな、もー帰って来る思うし、もうちょっと待ったって。」

そう言って、もう一度ワインを注ぐと、平家は先ほどの客の所へもどって行った。
68 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:22

それから三時間ほどたって店内もほどよく静かになってきた頃。
先ほどの客は平家に言われるまま何本ものワインを空けすっかり酔いつぶれている。
酒場の娘の小川が小さなころから何度も見てきた風景。
小川も何度もお裾分けを頂き、顔を赤く染めていた。
平家だけが先ほどと何も変らず、まばらになった客と相変わらず談笑している。
厨房ではウエイトレスやコック達が遅い夕食を食べている。
自分と同世代のウエイトレスが仕事仲間達と楽しそうに話すのを小川は見つめていた。
つい半年前まで自分も紺野と一緒にあんな風に笑っていたのが、
随分、懐かしく思えた。
小川の視線に気づいたウエイトレスの少女は少し驚いた顔をしたが、
すぐにニコっと小川に微笑んだ。
小川は何故だか腹が立ってあからさまに顔を背けてしまう。
ウエイトレスの少女は少し悲しそうな顔をするが、すぐに同僚達との会話に戻って行く。

(寂しくなんかないもん。この仕事が終われば、あさ美ちゃんを返してもらえる。)

そう、自分に言い聞かせるとグラスに残ったワインを一気に飲み干す。
69 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:25

「あんた!えー飲みっぷりやんか。もう一杯、奢ったろ。」
平家がそう言って酒を注ごうとしたとき、店のドアが開いた。
 
「おう!やっと帰ってきたわ。コラ!辻加護、今日ははよ帰って来いゆうたやん。」

「すいませ〜ん!平家さん。ののが辛気臭いさかい。」

栗色の髪をツインテールに結んだつぶらな瞳のハーフエルフの少女は加護亜衣。
見た目は十二三才に見えるが、そのルックスに似つかわしくない、
妙におっさん臭い話し方からして、そこそこの年齢だろう。
白いレースが美しいピンクのワンピースが良く似合っている。
高級感のある赤い小さなポシェットをさげている。

「辛気臭いのはののじゃなくて鍛冶屋のおやじです。」

黒い髪をポニーテールに束ねた小川と同じくらいの歳の少女は、
意志の強そうな目鼻立ちとは反対に、舌足らずで話し方がどこか幼い。
デニムのオーバーオールに白いシャツを着て、
パンパンに膨らんだ大きなリュックを背負っている。

「これを作って貰ってたのです。」

辻希美はそう言って、頭の部分に複数の棘を付けたメイス『モルゲンステルン』を
平家に見せる。
70 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:28
(この二人が『恐ろしき双子』?)
自分より小柄で幼く見える二人に小川は困惑する。

「この二人が『恐ろしき双子』ですか?本当に?」
酒に酔っていたのか、思っていた事を口に出してしまう小川。

加護は少しむっとした顔をする。
「平家さん。この子誰?」

「ああ、あんたらが探してた凄腕の盗賊さんや!」

「え〜っと、辻はあいぼんと違って人間だから、成長しちゃったのです。
昔はもっと似ていたのですよ。」と辻は小川に少し見当違いな説明をする。

「そうなんや!一時期はほんまに双子見たいやったわ!髪型もお揃いでな!」
平家は辻に話しを合わせる。

「平家さん!凄腕て、まだガキですやん?この子。」
加護はまだ先ほどの小川の発言を根に持っているようだ。

「大丈夫!あの『チェインギャング』のお墨付きやで!」

「よろしくお願いします。頑張りますから!小川麻琴です。」
と小川は自分から歩み寄る。なにしろ、ここでふられると仕事がやりにくくなるから。

「よろしくです。辻のことはののって読んでくらさい。」

「しゃーないなー!ほな、うちのことは加護姉さんって呼ばなあかんで。」
小川は加護の愛くるしいルックスとは正反対の性格に『恐ろしい双子』の片鱗を見る。
71 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:32

「じゃー今日は宴会なのです。平家さん、料理とお酒をどんどんもってくるのです。」

「コラ、のの何言うてんねん・・」
「まいど!さすがわ辻ちゃん、太っ腹やわ!」
平家は加護の言葉をさえぎると、

「みんな宴会やで!いまから双子ちゃんの奢りやで!」
と店中の客に言ってまわる。
店中の客から歓声があがる。
加護はしかたなく、
「あんまり、高い酒あけんといてや!」と平家に注文する。
平家はニコニコ顔で厨房に指示を出しに行く。
どんどん運ばれる酒と料理。
辻は円卓の一つで食事をしながら。
新しく作った『モルゲンステルン』について大男達と話している。
小川が、その様子を一人カウンターで眺めていると、

「コラ小川!せっかく加護姉さんの奢りやのに辛気臭い顔すんな!こっちこい。
加護姉さんがお酌のしかたから教えたるさかい!」
72 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:35

小川の体に流れる酒場の娘としての血が騒いだ。
(このやろう!酔い潰してやる。)
小川は平家に頼んで火の精霊がやどっていると云われる蒸留酒をボトルでもらうと
ショットグラスを二つ指にひっかけ加護のいる円卓に向かう。
「ドン!」っと勢い良くテーブルにボトルを置くと、

「お酌さしてもらいます。加護姉さん!」とあえて加護の話し方を真似る小川。

加護と同席している柄の悪そうな連中がニヤニヤしながら加護の動向に注目する。
加護は組んでいた腕を解いてグラスをうけとると、

「ほんま、よう笑かしてくれよるわ!こんガキ。」

百万ドルの笑顔で、うけとったグラスをさしだす。もちろん、目は笑っていない。
73 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:41
加護の答えに同席者が歓声をあげると店内の注目がいっきにそそがれる。
辻は相棒がおこした騒ぎに眉間に皺をよせて困った顔をしている。
平家は騒ぎを見逃さないように、あわててカットしたライムと塩を持って
駆けつけると、そのまま特等席に居座る。

(ガキはあんただろ?)小川は心の中で悪態をつくと、蒸留酒の封を切る。
広がる香りに、なみいる猛者達を酔い潰してきた過去を思い出す。

「トクトクトク」

小川は加護のグラスに酒を注いでいく。
溢れる寸前、すっとグラスを上げ二三回捻りをいれる。
グラスには表面張力ぎりぎりまで酒が注がれ、ボトルの口からも酒は一切、滴っていない。
(へー!それなりに楽しましてくれそうやん?)
加護は小川が酒を注ぐ様を見て小川の実力はかる。
74 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:45

「ほないただきます。」
加護は塩を舐めるとクイっとグラスを空ける。
「プハー」っと息を吐くと、加護の顔がミルミル赤く染まっていく。

「いやー若い人に注いでもらうと美味しいわ!」
そう言うと、今度は小川のグラスに酒をなみなみと注ぐ。

小川はライムを手に取ると実の部分だけをかじる。
口の中いっぱいに広がる柑橘の甘酸っぱさに唾液が過剰に分泌される。
その勢いでグラスの酒を一気にあおる。のどもとから食道へ焼けるように熱い塊が
下っていく。やがて、それは腹部で一旦落ち着き、満開の桜を咲かせると、
今度は腹の中で蒸発したアルコールがのどを逆流していく。

「プハー!・・・うまい!」
心から、そう言うと小川は加護に向かって不敵な笑みをうかべる。
夜はまだ始まったばかりだ。


75 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:48


三十分後、二本目のボトルが半分近く無くなっている。
加護と小川がグラスを空ける度に店内から「オイ!!」と掛け声があがる。
二人とも顔を真っ赤にして目が座って来ている。
辻もすっかり興奮して加護を応援している。
「小川さんもがんばるやよー」とウエイトレスが声援をおくる。

「いやー!うまい酒やわ・・・まだまだ飲めるで。クイっと。」

「オイ!!」

「加護さん!目の下・・・黄色い・・ですよ。  クイっと。」

「オイ!!」

「加護さん言うな!加護・・姉さん・・やろが!  クイっと。」

「オイ!!」

小川はグラスから気化するアルコールの臭いにむせそうになるのを
必死になって堪えて酒を飲み干す。
心なしか肝臓のあたりががパンパンに腫れてるような気がした。
(負けてたまるか!)

「オイ!!」

(きっついなー!そやけど負けられへんがな!ののも見てるしな。)
加護はショットグラスに注がれた酒を二回に分けて、なんとか飲む。

「オ、オイ!!」
76 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:51

小川はそれを見て勝負をかける。

「これじゃー何時までたっても勝負になりません。これで飲みましょう。」
小川はショットグラスの五倍は入るであろうグラスをさす。

「う、うちも、そー思っとったとこやがな!」

店内から一際大きな歓声があがる。いよいよこの勝負もクライマックスだ、
店内にいる誰もがそれをよく解っている。
静まり返る店内。

加護は静かにグラスに酒を注いでいく、少しでも蒸発しないように。

「トク トク トク」

酒を注ぐ音だけが店内に響く。
77 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:54

小川は一息で酒を飲み干すため、静かに呼吸を調える。
必ず飲み干すと心に言い聞かす。
アルコールで痺れて感覚の鈍くなった口内に酒を流し込む。
もう飲むなと体が反発するのを感じる。

(加護は次の一杯をおそらく飲みきれない。これを飲めば私の勝ちだ。)

小川は一口また一口と飲み干していく。

喉が乾いてる時にレストランで水を頼むとする。
もし、その店のギャルソンがこのグラスに水を持ってきたら、
「こんなんじゃ足りねーよ馬鹿!このオカマ野郎!」
とケツを蹴り上げたくなるほど小さなこのグラス。
それが今はとてつもなく大きく大きく見える。
(そうだ、明日の昼。このグラスにボートを浮かべて昼寝しよう・・・・・)
78 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:56

「小川!飲むんやったら早よ飲めや。」

加護の言葉に我に帰った小川は何とかグラスを傾ける。
強烈な吐き気に襲われる。
口を強く閉じて必死に我慢する。
手足が震えるのを加護に悟られないようにする。

小川がグラスを空けても、もう誰も歓声を上げなかった。
ただ、黙って加護に注目している。

小川はいそいで加護のグラスに酒を注いだ。
後、何分も意識を保てそうに無い。
小川は少し酒を溢してしまうが、そのことで少し気持ちが落ち着く。

加護はゆっくりとグラスを口に運んでいく。

(早くしてよ!吐いちゃうじゃん)
79 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 15:58

加護も気合を入れ、これを飲み干せば自分の勝ちだという気持ちで飲んでいくが、
すでに未知の領域に突入していた。
もしかしたら限界なのは自分だけで小川はまだまだ飲めるんじゃないか。
弱気になりそうな心を必死で鼓舞するが、平然とした顔の小川が目に入る。

(あかん!あの子ぜんぜんいけそうやんか。)

加護は口からグラスを放してしまう。そのとたん強烈な吐き気が加護にも襲う。
思わず口を押さえる加護。

(お願い!そのままグラスを置いて。もう飲むな!もう飲むな!吐け!吐いちゃえ!)

祈るような気持ちでそれを見る小川、
否、この時、小川は実際に両手を組んで祈ってしまっていた。
諦めかけた加護の視界にそれが飛び込む。

(なんや?あの子も限界やったんか!はったりかましやがって!)

加護は再び百万ドルの笑顔を小川に向けると、グイっと残りの酒を飲み干してしまう。
加護も急いで小川のグラスに酒を注ぐ。
80 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 16:01

加護が注いだ酒を無意識で口に運ぶ小川。
しかし、半分ほど飲んだところで、バタン!っと倒れてしまう。
小川の手を離れたグラスがコロコロと転がり、床に落ちて「パリン」っと割れてしまう。
「ウオォォォォォォォォ!」一斉に沸き起こる大歓声。
小川は薄れて行く意識の中で加護の勝利の声を聞く。

「やったで!のの!うちの勝ちや!」

「う!酒くさいのです。近づかないでください!」

「なんでや!のののためにがんばったのに!おえぇぇぇ!」

「たのんでないのです。汚いから、あっち行け、なのです。」


(なんだよ・・やっぱり限界だったのかよ・・次は負けねーからな・・・・)

81 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 16:04


明け方、小川は強烈な頭痛に目を覚ます。
テーブルの上には食べ残しや酒瓶が散らかっている。
何人かの客が酔いつぶれて眠っている。
窓の外に見える空がほのかに明るくなってきているのが、
やけに白々しく思える。

「なんや?おきたんか?」

声に振りかえると加護がカウンターに座ってビールをちびちび飲んでいた。

「上に部屋取ってあるさかい、まだ寝るんやったら上で寝ーや!」
加護は昨晩の請求書と明細をピラピラとめくりながら眉間に皺をよせている。
小川は立ちあがると頭痛を我慢して、よろよろと歩いて加護の隣りに座った。

「平家さんは?」

「ああ、さっき市に行かはったわ!今晩の仕入れやて。」
82 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 16:06

小川は咽が乾いていたのでビールを貰っていいか聞くと、
加護はグラスを取ってきてやり、ワインクーラーでよく冷やしたビールを小川に注いでやる。
小川は乾いた咽に一気にそれを流し込む。

「ワインクーラーの中にトマト入ってるで。」

小川はワインクーラーに手を突っ込むと氷を掻き分けトマトを引っ張り出す。
骨が軋むような冷たさに手が痺れた。
小川は良く冷えたトマトをそのままかじると、グラスに残ったビールを飲み干した。
トマトの甘味がビールの苦味を押さえ、ビールの香りがトマトの青臭さを消す。
頭痛と眠気が一気に引いていく。
加護がすぐにビールを注ぎ足してくれる。小川もそのままボトルを受け取ると、
加護のグラスにビールを注ぎなおした。
二人は軽くグラスをぶつけると、それぞれのグラスに口をつける。

「加護さん強いですね?いつもこんな時間まで一人で飲んでるんですか?」

「ん?ああ!みんな先に潰れてまいよるさかいな!」
加護はビールを飲み干すと、遠くを見るような目でそう言った。

「今度は負けませんよ!」

「アハハハ!楽しみやわ!」
心底楽しそうに笑うと、新しいビールを開けた。
83 名前:4 アルコールの雨 投稿日:2004/01/05(月) 16:11

結局、その後二人で五、六本のビールを飲む。
表通りに人の行き来を感じるころ加護が、

「たまには先に寝かせてもらうわ!ごめんな!ハハ、うちが先に寝るなんて初めてや!
そやけど、たまにはエエもんやな?」

「そうですか?  加護さん、おやすみなさい!」

「あはは!加護さんちゃうやろ?加護ねーさんや! ほな、おやすみ。」
加護は千鳥足で二階へ上がって行った。
小川はそれを見届けると残ったビールを飲んで行く。
この半年で砂漠のように乾いた心に、久しぶりに降った雨が止んでしまわない様に。



84 名前:はなたれ 投稿日:2004/01/05(月) 16:31
前回の更新の後、大幅にストック分を書きなおしていました・・・
「4アルコールの雨」も前回「紺野と小川の冒険」に引き続き
自分ではお気に入りです。加護や小川が大酒を飲む設定に違和感があるかたも
いらっしゃると思いますが、ファンタジーなので勘弁してください。
でも、小川と加護って酒強そうな感じしませんか?
では、また次回更新で。
85 名前:はなたれ 投稿日:2004/01/05(月) 16:36
名無し娘。さんレスありがとうございました。
頑張りますので応援してください。
86 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/14(水) 17:41
小川は何を企んでるんだろう…
個人的には、小川はともかく加護ちゃんより辻ちゃんの方が酒呑みになりそうな気がw
87 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/29(木) 00:32
ファンタジーは大変そうですが読む方は面白いね。頑張って下さい。
88 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 12:43



ムールの町、武器の石黒のカウンターでひとみと後藤は店番をしていた。
二人がここへ来て一週間、初めてのことである。

「彩さん何所いったんだろうね?ごっちん。」
ひとみはカウンターで頬杖をつきながら後藤に話しかける。

「ん〜、どこいったんだろうね〜?」
ひとみの質問に適当に答える後藤は、先ほどから一生懸命に店の台帳を見ながら、
商品の値段を確認していた。しかし、どんなに確認しても値段の解らない物が沢山ある。
たまに入ってくる客に限って、その値段の解らない物の値段を聞いてくる。
その度に「今、ちょっと解りません。」と答えなければいけない。
すると客は「そうなの?じゃーまた来ます。」と帰ってしまう。
後藤は大事な客を逃がしたような気分になり、それが心苦しい。
ひとみは「商品を盗られないようにしとけば良いんじゃない?」と気楽に鼻歌を歌っている。
89 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 12:46

若い女性がウインドーを覗いているのが見える。
入ってくるのだろうか、緊張する二人。
ひとみも頬杖をつくのを止めてウインドーを凝視している。
後藤は(入ってきて、んで、何か買ってって!)と祈る。
しかし、ウインドー越しにひとみと目が合うと店に入らずに行ってしまう。
「もう!目を合わせちゃ駄目っていったのに!バカよっしー。」

「だって、他にする事ないじゃん!」

「んーと、じゃー、この紙に何か適当に書いてて。」
そう言うと台帳の一番後ろのページをビリっと破いてひとみにわたす。
ひとみはムッとして、
「邪魔なら私、倉庫にいって作業してこようか?」

「駄目!何にもしなくて良いから、ここには居て!」
後藤が倉庫に帰ろうとするひとみを引き止めようとしていると。
また、ウインドーを覗く人影、今度も女性だ。
ひとみは慌てて後藤にもらった紙に何かを書き写すふりをする。
後藤も朝から何度も見た台帳を覗きこむ。
二人とも仕事をするふりをしながら視界でウインドーの客をとらえる。
(お願い!入ってきて!)
後藤の願いを神が聞き届けお客が入ってくる。
黒い短髪の女戦士だ。

(キタ━━━━━━(´Д`)━━━━━━━!!!!)
90 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 12:47

「い、いらっしゃいませ!」

緊張しながら挨拶する二人。
女戦士はそれを無視して店内を物色する。
後藤は挨拶を無視されてあからさまに嫌な顔をするひとみに肘鉄をいれる。
女戦士は一本のナイフを手に取って見ている。
(あ〜それは駄目!値段わかんないし。違うのにしろ〜!)
後藤が念をおくる。
女戦士はナイフをもとに戻すとセール品のコーナーを見始める。
それは、後藤とひとみがこの一週間手入れしてきた物だ。
(それなら、一律の値段だし、私達の愛もこもってる。買え〜!)
女戦士はセールの品の中から二本のナイフを選んでカウンターへやってきた。
二本とも後藤が手入れしたナイフだった。
「あ、ありがとうございました!」
満面の笑みで御礼を言う後藤にたいして、女戦士も何故か笑いながら金を払って出て行った。
自分が手入れした物を自分で売る喜びに浸る後藤の目に一枚の紙が目に飛び込む。

『商売の鬼!マダム後藤の店にようこそ!』と丁寧に後藤の似顔絵付きで書いてあった。
91 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 12:48

「何これ?」
鬼の形相でひとみに問い詰める。

「あはは・・・何か書けって言うから。」

後藤がひとみに鉄拳制裁を加えようとしたとき石黒が戻ってきた。

「おいおい!お前等、店内でいちゃつくんじゃないよ!」
二人をからかいながら入ってくる石黒の右腕は包帯でグルグル巻きにされ、三角巾で吊るされていた。
「彩さん、大丈夫ですか?」吉澤が聞く。

「ん?ああ、大丈夫だよ。それより店番どうだった?」

後藤は先ほどナイフを売った事とひとみの悪戯を石黒に報告する。
「あはは!すごいじゃない! 私なんて、この店出して一ヶ月は何にも売れなかったわよ。」

石黒が大げさに誉めるので後藤は急に照れくさくなる。
もしかしたら、誉めて欲しそうにしてたのかもしれないと。
後藤は自分が感情を表に出しやすいのを気にしているのだ。
92 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 12:50

「おまえら冒険者なんて辞めて、ずっとうちで働けよ!」

最近、毎日のように石黒は二人にそう言っていた。
その度に二人は決意は変らないと石黒に話した。

「どうして、怪我したんですか?」と今度は後藤が聞く。

「えっと、バナナの皮で転んだんだよ。それより、今日出かけた理由なんだけどね。」
石黒は二人に留守番を頼んで出かけた理由を話す。
それは、急な仕事の依頼で、武器屋石黒にではなく、剣士石黒への依頼だと言う。
依頼内容は、ある身分ある方の令嬢がさらわれたので助け出して欲しいとのこと。

「お世話になってる人の依頼だから引き受けたの。だけど、帰り道で怪我しちゃって、
悪いんだけど、あなた達も手伝ってくんない?」

もちろん二人はそれを引き受ける。
後藤は自分の力で石黒の傷を癒そうかとも思ったが、
実戦を経験する折角のチャンスだったので黙っておく。
93 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 12:52

「ちなみに犯人は令嬢のボディーガードを二人殺ってるから。気を付けないと死ぬぞ。
じゃー夜出発するから、今日はもう仕事は良いから身体休めてなさい。」

二人は黙ってうなずく。
後藤は剣を持っていないひとみに自分の『黒い剣』を渡してやる。

「貸して上げるだけだかんね!明日の朝、絶対返してよね。」
ひとみは黙って後藤の目を見て頷いた。

「七時に『祈りの広場』に集合だ。もう一度言うけど、死ぬかもしれない。私は怪我をしてるから
助けてあげれないし。自身がなかったり、怖ければこなくて良いから。」

もちろん怪我をしているのは嘘だった。いざとなれば助けてやるつもりでいる。
石黒は二人が旅立つ前に何とか、
自分の目が行き届く形で二人に実戦を経験させてやりたかったのだ。
そのために、怪我をしている芝居までしているのだ。
94 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 12:55

石黒は部屋を出る二人を見ながら思う、
後藤はおそらく来るだろうと。
良くも悪くも恐れを知らない。
後藤の剣にメリハリが無いのは敵に動きを読まれないために、
ポーカーフェイスに徹しているからだろう。
際立った剣速も力も無い後藤が勝つには相手の裏を取らなければならない。


吉澤はどうだろうか。
自信が無いのか踏み込みが甘い。
しかし、その身体能力は脅威的だ。
解っていても止められないような剣を放てる可能性がある。
自信を持たせてやりたい。

なんにしろ、二人には経験が足りない。
しかし今夜、生きて帰れれば大きく変る。
石黒には、そんな確信があった。

95 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:01


午後七時 『祈りの広場』で石黒は後藤とひとみを待っていた。
先に来たのはひとみのほうだった。五分ほど遅れて後藤がやって来る。
二人とも覚悟は出来ているのか、思いのほか気負いが感じられなかった。
犯人の居場所はすでに見つけてある。
貧民街にある民家だと言う。
そう、遠い場所ではない。
町の中心を流れる川に掛かった一本の橋を西にわたる。
バカンスに来た客達が間違って渡らない様にか、貧民街へ渡る橋はこのたった一本だ。
小さな建物が沢山、所狭しと立ち並び、通りには売春婦や売人などが立っている。
路地裏にたむろしたチンピラ達が場違いな訪問者にガンを飛ばしてくる。
石黒はそれを無視して通りを進んで行く。
後藤はチンピラ達に、まだ幼い少年達がまざっているのに驚いた顔をしていた。
腐った魚や汚物の入り混じったような臭いが鼻をつんざく、

複雑に入り組んだ路地を石黒について歩いていくと、やがて、一軒の民家を視界でとらえる。
石黒は二人の目を見て決意が変っていないのを確認すると、行けっと目で合図を送った。
96 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:07

後藤とひとみは足音を殺して民家のドアの前まで行く。
後藤は短く神に祈ると静かに『白い剣』を抜く。
ひとみも『黒い剣』を抜くと、後藤と目を合わせて、少し助走を取ると、
勢い良くドアを蹴破った。
その勢いのまま一気に家内へ押し入る。
後藤もすぐそれに続く。
突然の来訪者に慌てて振向く二人の男。
その顔を見てひとみは驚く。

(仮面?  いや、違う。)

眉間から顎のフェイスラインまでを真っ黒にペイントしている。
邪神に魂を売った者達、『スーダヤ教徒』だ。
一人は髪をオールバックにしており、もう一人はドレットに編んだ髪を後ろで束ねている。

ひとみはドレットの方に椅子を蹴りつけると、近くにいたオールバックに斬りかかる。
ひとみに不意打ちをくらったドレットは誘拐してきた少女を盾に取ろうとするが、
すかさず、後藤が少女とドレット間に割って入る。
ドレットは後藤を睨み付けながら悪趣味な装飾が施されたレイピアを抜く。

最後に石黒が入ってくる。
後藤が上手くポジションを取り少女が無事なのを確認する。
97 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:09

オールバックの男はひとみの最初の一撃に胸を浅く切られる。
男の予想を遥かに凌ぐ剣速に交わしきれなかったのだ。
もう半歩距離が近ければ、勝負は今の一撃で決まっていただろう。
男は冷静に距離をとると腰のショートソードを抜く。
ひとみは十分に踏み込んだつもりだったが、
相手に致命傷を与えられなかった事に戸惑う。
敵が剣を抜いてしまったからには、今の様に踏み込むのは難しくなる。

男はひとみにペースを握られない様に先手を打っていく。
怒涛のラッシュをひとみはしっかりと受け捌く。
男は動作も鈍く技術も無かったが、剣に得たいの知れない重さがあり、
剣を受けるたびにジンジンと腕が痺れた。

ひとみも負けじと反撃に出る。
隙だらけの男の胴や足元を狙って剣を振る。
ひとみの放つ剣は次々と男を捕らえるが、かすり傷を負わすだけで終わる。
痛みによる恐怖からか?男の目に狂気がやどる。

「吉澤!腰が引けてるぞ!」

石黒の激が飛ぶ。
98 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:11


後藤は睨み付けて来るドレットの男を睨み返しながら、少しづつ間合いを詰める。
男はニタニタ笑いながら剣を構えている。
膝を曲げ、腰を深く落とした状態で剣先をまっすぐ後藤の方に向ける。
アンガルドと呼ばれるフェンシングにおける基本姿勢だ。
後藤は突きを警戒するように構える。

男は正確に後藤の左胸を狙って剣を突き出す。
後藤は身体を半身によじり、それを交わすと、
右手一本に持ち替えた剣で男の眉間を突く。
男は寸前で状態をそらすと、それを交わした。

塗り残された男の白い眉間から血が滴る。
「ちっ!」と男が舌打ちしながらそれを拭うと、
後藤は先ほどの男の構えを真似して見せて、不適に微笑んだ。

男はカウンターを恐れてなかなか先手を打てない。
後藤も男の突きの速さとリーチの違いを考えると不用意に飛び込めない。
息の吐けない駆引きと睨み合いが始まる。

99 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:15


ひとみは小刻みにリズムを取るように呼吸を重ね冷静に目の前の男の剣を受ける。
狂気を帯びた男の剣はますます重さが増していた。
しかし、一向にその剣がひとみを捕らえる事は無さそうだだった。

(こいつは強くない。ボディーガードを殺ったのは、おそらくドレットの方だ。)

ひとみは床に転がっている酒瓶を男に向かって蹴り上げる。
とっさの事に男はそれを剣でなぎ払う。
瓶は割れると破片を飛び散らす。
男は思わず左手で目を覆う。
ひとみはその瞬間を見逃さない。

「ドォン!」

床を蹴破らんばかりの勢いで踏み込み両手で袈裟に切りつける。
ひとみは確かな手応えを感じた。

「ウォワァ!ィ、イテェェェエェェェ!アァァァァ!クッゥゥゥソェェエイィィ!」

ひとみの一撃に左腕を半分持っていかれた男が痛みから奇声をあげる。
100 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:17
ひとみは又しても自分の渾身の一撃が男を絶命させられなかった事に苛立ちを覚える。
左手から大量の血を噴出しながら、肩で息をして自分を睨み付けて来る男に、
止めを刺すために剣を構え間合いを詰めるひとみ。

「油断するな!まだ、死んで無い!」

石黒の叱咤と同時に男が剣を振りまわす。

今まさに消えて行こうとする命、その、最後の炎が激しく燃える。
一撃ごとに重さを増して行く男の剣にひとみは防戦一方になる。
黒に塗り潰された男の顔から表情を読み取る事は出来ないが、
その瞳に宿る狂気が激しさをまし、ひとみの心を圧迫する。
得体の知れない男の気迫にひとみは恐怖を覚える。
しかし、逃げ出す事はできない。
背中を向けた瞬間を目の前の男は見逃さないだろう。

隙を見て男の足を切りつけるひとみ。
しかし、男に痛みの感覚はもう無く、馬車馬のようにひたすら剣を振る。
男の命その物を乗せた剣の重さに、
剣を落としそうになるのを必死で堪える。
ジリジリと押され続け、やがて壁際まで追い詰められる。

101 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:21


後藤とドレットの睨み合いは今だ続いていた。
時折、剣を揺らしてフェイントを掛け合うが、剣と剣が触れ合う事は無かった。

ドレットの男は焦っていた。
目の前の敵から目を離すことは出来ないが、
先ほど悲鳴と共に飛んできた片腕を視界で捉えていた。
それは、間違い無く自分の相棒の腕であり、相棒が倒されるのは時間の問題だと思えた。
一対一の間に倒さなくては、目の前の敵は倒せない。

後藤は男から焦りを感じると罠を張る。
あえて、隙を作る事によって、男に先手を打たせる。
男はそれを解っていたが、あえて罠に乗り渾身の一撃をくりだす。
後藤の予測を超えるようなスピードとパワーで。

後藤は男が捨て身で放った一撃に思わず剣を落としてしまう。
石黒はそれを見て信じられないような顔をする。
後藤はすぐに短刀をぬく。
石黒も後藤を助けるため剣を抜こうとする。

男は後藤の短刀を見て自分の得物と長さの違いに勝利を確信する。
102 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:24
ドレットの男が威嚇で放った一撃の腕を狙って後藤が切りつけようと一歩ふみこむ。
その、あまりにも不用意な一歩、大きなチャンスに男はニ撃目をくりだす。
心臓を目掛けてくりだされた剣を交わすため後藤は、
踏み込んだ右足を軸にして左へ回転する。

チャンスを外して焦った男は後藤のトリッキーな動きについて行けず、
回転する後藤の背中に放った一撃も、後藤を捕らえることが出来ない。
後藤はちょうど半回転すると前方に出された左足に重心を移動して、
さらに、一歩前進する。
まるで、ダンスでもするような華麗なステップ。

『ジズー』と呼ばれた伝説の騎士が使った『マルセイユ・ルーレット』と云われる技。
石黒でも実戦で『マルセイユ・ルーレット』を見たのは初めてだった。

男が四撃目を放つため剣を引こうとした時には、後藤は男の目と鼻の先まで来ていた。
「トス!」
後藤は胸を切りつけるようなフェイントを入れ、短刀を男の心臓に突き刺す。
男の目から精気が消える。
ビクンビクンと脈打つ心臓の奮えが刀身を伝わってくる。
後藤が返り血を浴びないように、大げさに飛びのくと、
男は床に倒れた。
男の胸から流れる大量の血液が床に真っ赤な花を咲かせる。

『美しく勝利せよ』石黒は剣豪クライフの名言を思い出す。

石黒と後藤はひとみの方を見る。
103 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:27


壁に追い詰められたひとみに、
男の剣が壁を崩しながら振り下ろされる。
ひとみはそれを受けきれず、左肩に刀身が食い込む。

刹那、痛みと共に、野犬との闘いや、ここ数週間がフラッシュバックする、
と同時に放たれる無心の剣が、剣を握る男の右腕を落とす。

「まだだ!もう、一撃!」

石黒の言葉に身体を反応させるひとみ。
息が掛かりそうなほどの距離まで踏み込んで剣を振り下ろす。
パックリと開いた切り口から血液のシャワーが噴出す。
それは暖かいとかではなく、まるで熱湯のように熱かった。
男は崩れ落ちると二度と起き上がる事はなかった。

石黒は二人の勝利を見届けると、誘拐されていた少女のもとへ駆け寄った。
眠っている少女を起こさない様にそっと背負うと後藤とひとみと共に帰路につく。
橋を渡って来た時、群がってきた物乞いも、睨み付けて来たチンピラ達も、
真っ赤に染まったひとみの姿を見ると目をそらした。
川を渡ると少女を届ける石黒と別れ、後藤とひとみはビーチに向かって歩く、
返り血を洗い流すために。

104 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:32


ひとみは石黒の家に帰ると風呂を借りて、作業用のつなぎに着替える。
前に来ていた物は洗っても綺麗になりそうに無かったので捨てる事にした。
興奮していたのか、いつもなら眠りに就いている時間なのに妙に目が冴えていた。
しかし、明日のために明かりを消しベットに横たわると、
眠るため身体の力を抜いて目を閉じる。

張り詰めていた物が切れたように、心臓がドキドキと鼓動を打つ。
呼吸が乱れ胸が締め付けられるように痛み、吐き気がした。
自分の剣が敵の脂肪と筋肉を切り裂く感触。
刃と骨が激しく擦れ、骨が切れ、刃が欠けていく感触。
生々しい返り血の熱さを思い出す。

今日は勝てたけれど、何時かは自分も、あの男の様に死ぬかもしれない。
切り捨てられ、朽ち果てて行く己が躯の幻覚を見る。
冷や汗が流れて、体が震えた。
目を粒って居られなくなり、ひとみが目を開くと、
同じように奮える後藤が毛布に体を包んで枕元に立っていた。

後藤はひとみと目が合うと「あは」っと情けない顔で笑うとうつむいた。
窓から射す月明かりに照らされた後藤の姿は、まるで天使のように美しかった。
その夜、二人は身を寄せ合って眠った。
それぞれの胸に痛みを抱いたまま。


翌朝の稽古で二人は初めて石黒から一本を獲る。
105 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:43
久しぶりの更新になってしまいました・・・
今回は少しハードボイルドな感じで書いてみました。
キャラクター達がモンスターではなく人を殺ってしまうのに少し抵抗がありましたが、
架空の生物では上手く表現できないのでやってしまいました・・・
次回はほのぼのとした話しになると思います。
では、また次の更新で。
106 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:47
名無し読者様レスありがとうございます。
たくらんでるのは中澤なんです。
辻ちゃんには大きくなってもファンタとか飲んでてほしいです。
107 名前:5 経験 投稿日:2004/02/02(月) 13:52
名無しさんレスありがとうございます。
妄想癖があるので話を考えるのは好きですが、
書いてもなかなか話が進んで行かないので驚きました。
地道にやっていきます。
108 名前:はなたれ 投稿日:2004/02/02(月) 13:59
やってしまいました・・・
105、106、107の名前欄を書きかえるのを忘れてしまった・・・
こんなマヌケ人間の書く話しですが、また読んでくださいね。では次回に。
109 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/02/26(木) 00:24
以前の石黒さんの場面でも思いましたが、臨場感があって戦闘シーンがイメージしやすいです。
頑張って下さい。
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/14(水) 19:25
待ってます
111 名前:はなたれ 投稿日:2004/04/23(金) 16:35
放置していてゴメンなさいです。三国志NETにどっぷりハマってました・・・・
ストックは沢山あるので、頑張ってうpしていきます。
112 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:40

アルカディアの南に広がる荒野を南東に向かって出発して七日ほどたっていた。

サンバイザーを被り、ニ人分の荷物が入った大きなリュックを背負いながら黙々と歩く辻、
辻の少し後ろを、影に隠れるように歩く加護は、
ピンクのワンピースに、白いシルクを張った子供用の日傘をさして歩いている。
恐ろしく、場違いだ。
小川はその更に後ろを頭からタオルを被りながら歩いていく。
東に昇ったばかりの灼熱の太陽から降り注ぐ熱に体力を奪われない様に、
誰一人として口を開かない。
加護が時折、磁石を見てあっちだこっちだと指示を出すのを見て、
小川は本当に着くのかと不安になる。

小川が『恐ろしき双子』と呼ばれる二人と合流して十日ほどたつ。
これから向かう古代遺跡の中にどうしても開かない扉があると言う。
加護が言うには、その扉の奥には古代王朝の宝が眠っているらしい。
それを扉を開けるのが小川が二人に頼まれた仕事だが、
小川には果たすべき、もう一つの目的があった。

それは『恐ろしき双子』が持つ宝玉『深紫の炎』を手に入れること。
しかし、その機会は一向にやってこなかった。
小川は宝玉を持っているのは、辻の小遣いからお菓子代まで細かく管理している、
加護の方だと思っていたが、加護はたった一つの荷物である小さなポシェットを
何時も大事に抱えており、小川はその中身を覗き見る事さえ出来ないでいた。
113 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:41

やがて三人は小さな遺跡にたどり着く。
朽ち果て原型を無くしているが、
何本か倒れずに残っている、石柱と彫像が失われた文明の技術力を示している。
至る所に穴が彫られ、盗掘されつくしているようだ。

「加護さん、今日はここですか?」

「ああ!今日はここで休憩や!」

「前にあいぼんと来てから、誰も来てないみたいだね。」
辻は荷物を下ろすと日よけのシートをだす。
それを小川と二人で広げると簡単な日陰を作る。
これから日没までの半日を、この日陰で過ごす。
日中の最も暑い時を避け、日が暮れて気温が落ちてから移動するほうが、
効率良く旅ができるからだ。
114 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:42

三人はそこで簡単な食事と少量の水を分け合った。
日陰で休憩をとり体力が回復した小川は軽口をたたく。

「あ〜ノド渇いた!ビールとか飲みたくないっすか加護さん?」

「アホか!唾でも飲んどけ!」

「アハハ!もう、唾も出ないっすよ。」

「えっと、飴を舐めれば唾がでるよ。ちょっとまっください。」

辻はそう言うとパンパンに脹らんだオーバーオールのポケットをまさぐりだす。
しかし、なかなか見つからないのでポケットの中身を砂の上に並べ始めた。
どう見てもガラクタにしか見えない、ガラス玉やリボンや木の実、飴の包み紙、
などが次々に並べられる。
115 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:47

もういいですと小川が言おうとした時、辻が無造作に砂の上に置いた紫の玉。
それは、紛れも無く『深紫の炎』その物だった。
小川はそれを凝視しそうに成るのをこらえて、『深紫の炎』から視線をそらす。
加護に変化を悟られていないか表情をうかがうと、
不信そうに自分を見る、加護と目が合ってしまう。
小川の背中に冷や汗がながれる。
(悟られた???)
小川は思わず曖昧な笑顔を加護に向ける。

「飴なんか食べたら後でよけいノド渇くで!」
そう言うと加護はプイっと横になって眠ってしまった。
小川は少し安心する、
「あった!  はい、食べて!」
辻はポケットでネチャネチャになった飴を差し出してくれた。
小川は飴を口に掘り込みながら、
視界で辻が『深紫の炎』を左のポケットに突っ込むのを確認する。

「おいしでしょ?」

と言って笑う辻の澄んだ瞳に、小川の胸はチクチクと痛んだ。

116 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:50

三人は日没まで睡眠をとると、もう一度そこで食事をして出発した。
月の明かりに照らされた荒野を星を頼りに歩いていく。
昼間とは打って変わって夜の荒野は寒い。
三人はマントで身体を被い白い息を吐きながら歩いていく。
過酷な旅は、さらに三日ほどつづく。

旅に出て十日目の朝、目的地にたどり着く。
何の変哲も無い小さな岩山にある、一人がやっと通れるくらいの洞窟。
辻がカンテラに灯かりを燈すのを待ってから、
辻、小川、加護の順番で中に入っていく。


壁一面に描かれた幾何学的な動物の絵が、
カンテラの灯かりに照らしだされて幻想的だ。
五メートルほど行くと、壁に人一人通れる位の穴が開けられていて、
辻はリュックを先に入れると、それを押す様に入っていった。

小川が、その後について入ると、そこには、
幅五メートル長さ七メートルほどの石室になっていた。
空気が湿っていて、寒さに鳥肌がたった。
正面と左右の壁に、それぞれ地下へ下りて行く階段があり、
小川の目線よりも少し高いくらいの位置には、
ずらりと石室を囲む様にレリーフが刻まれている。
同じようなレリーフの石棺が部屋の中央におかれ、
その回りには何体かのミイラが散らばっていた。
117 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:52

「ほな、ここで休憩してから、仕事しよか?」

加護が言うより先に、辻はシートを出して、適当な場所に敷こうとしていた。
小川もそれを手伝った。
敷き終わると、加護は一番にそこへ寝そべる。

「扉、見に行くんやったら、正面の階段下りてすぐやし見といで!」

「そうですね、ちょっと見てきます。」

小川は下見をしようと階段に向かうと、

「辻もついてってあげる。」

モンゲルステルンを持って小川の後を追う辻。
118 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:53

残された加護は、遠くを見るような目で辻の後姿を眺めた。
最近の辻は小川と仲良くなりたいのだろうか、やたら親切だ。
それを加護は少し寂しく思う。
しかし、辻の十分の一のペースでしか歳を取らない自分よりも、
辻と同じように成長し歳を重ねる同世代の小川に興味を抱くのも、
仕方が無いことだとも思っていた。
自分達には家族はいないし、唯一、親しい平家にしても、辻とは一回りも歳が違う。
辻のこれからを思うと、同じ歳の友人の一人や二人はいたほうが良いのだろうと、
頭では理解しているが、やはり、寂しいというのが加護の本音だった。
119 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 16:58

小川と辻が地下へ下りて行くと、
そこには先ほどの石室と同じような広さの空間が広がっていた。
しかし、石棺は無く、一番奥に金属製の厳つい扉があるだけだった。
床には砕かれた石像が転がっていた。
小川は足元の鳥の頭のような、石像の破片を拾い上げる。

「『ガーゴイル』って言うんだよ。辻がやっつけたんだから!」

「へー凄いですね!辻さん強いんですね。」

如何にも誉めて欲しそうな辻の期待を小川は裏切らない。
辻は「テヘヘ」っと嬉しそうだ。
小川は辻のあどけない表情に故郷に残してきた義理の妹を思い出した。

グリーンに変色した金属の扉。
二つのダイヤルと一つの鍵穴がついている。
小川は鍵穴が壊されていないのを確認すると、
そっとダイヤルに触れて見る。
錆びが酷かったけれど、そんなに難しい物でもなかった。
小川の目的は他にあるとはゆえ、
こんな所まで来て、出来ないとは言えないので安心する。
120 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 17:00
小川は何箇所かに油を注すと、
眉間に皺をよせて難しそうに見ている辻に、

「だいじょうぶ!あきますよ。」

と言ってやると、

「えへへ!まこちゃんスゲーです。」と喜んで、

「あいぼんが、どんなに頑張っても開かなかったんですよ。」

「え?加護さんも出来るの?」

「えへへ!あいぼんは辻と違って、何でも出来るんだよ。」
まるで自分の事のように加護の事を自慢下に話す辻を見ていると微笑ましい。
121 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 17:02

「辻さんは加護さんの事が好きなんだね?」

「えへへ!大好きですよ!まこちゃんにも好きになってほしいです。」

「え?私が?」

「あいぼんはまこちゃんと話すとき楽しそうにしてるのです。」

「そうかな?」

「そうれすよ!このあいだ飲んでるとき、すごく楽しそうだったよ。」

「あの日は私も楽しかったよ。」

「できたら、ずっと一緒に旅してほしいです。」
小川は自分を仲間に誘ってくれる、辻の言葉が嬉しかった。
が、同時に激しく胸が痛んだ。

「だめだよ、このあと他の仕事の予定が沢山あるから・・・」

「じゃーそれが終わるまで待ってます。」

「うん、いつか一緒に旅して見たいよ。」
小川は心からそう思った。

「やくそくだよ!」

無邪気な辻の笑顔に胸の痛みが激しさをます。
ごまかすように
「もう、もどろうよ。」と言って小川は立ち上がった。

122 名前:6  水あります! 投稿日:2004/04/23(金) 17:04


もどると、加護が
「えらいゆっくりやね!なんしてたん?」
と、不機嫌そうに話しかけてきた。

「えへへ!ないしょです。」
などと辻が言うもんだから加護は顔を真っ赤にして、

「そうなん?ほないいわ。」と不て寝してしまった。
辻はそれを気にする素振りも見せず、
当たり前のように加護の背中に張りつくようにシートの上に寝転ぶ。
加護が一瞬、ニコっと笑うのを小川は見逃さなかった。


123 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/24(土) 14:42
更新おつかれさまです
書き込むのは初めてですが読んでますよ
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/26(月) 03:02
更新乙です!
マコ…悲しいけどがんがれ!。・゚・(ノД`)・゚・。
何気によっすぃ〜の方がヘタ(ryですねw
次回更新お待ちしてますー!
125 名前:6  水あります! 投稿日:2004/05/11(火) 14:33

小川は少しの仮眠をとると、早速、仕事に掛かる。
加護と辻は、まだ眠っていたが、時間が掛かるのが解っていたので、
起こさないでおく。
金庫の前に立ち道具を出すと、
精神を集中して、祖父の教えを思い出した。
指先の神経を研ぎ澄まし、そっとダイヤルを静かに回していく。
126 名前:6  水あります! 投稿日:2004/05/11(火) 14:35



四時間後、はじめた時と同じ姿勢のまま小川はダイヤルを、
静かに右に五つ動かしてく、「カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、」
鍵穴に刺してある、何本かの金具の一つが「ピーン」っと金属音を響かせて跳ね上がった。

「フゥー」

そこで、初めて大きく息を吐くと、小川は手早く道具をしまって行く。
最後にもう一度、金具に油を注すと振り返って、
一時間ほど前から石室の後ろから様子をうかがっていた加護と辻に声をかける。

「開きました!」

辻と加護は目を合わせてニコっと笑うと、はねる様にこちらにやってきた。
 
「お疲れさん!後はうちらにまかせてんか。」

「はい!ちょっと疲れちゃいました。」

「やっと、お宝とご対面や!」

辻は早速ドアをあける。
127 名前:6  水あります! 投稿日:2004/05/11(火) 14:38
金属が軋む音が石室内に響く。
カンテラで中を照らすと、やはり、幅五メートル長さ七メートルほどの石室で、
中央に巨大な石像が建っていて、一番奥には石棺があり、その上には精霊がレリーフされた
銀の杯がおかれている。
 
今度は三人で目をあわせて笑う。

「とりあえず、あの、あからさまに怪しいのかたずけよか?」
加護は石像を顎で指すと適当な石を拾って投げつけると、
案の定、加護の投石を受けた石像はギシギシと関節を歪ませながら動き出した。

魔法によって作り出された石の奴隷『ストーンゴーレム』だ。
二メートルはある巨大なゴーレムは石室とは対照的に一切の装飾は無く、
頭部に申し訳ていどの目と思われる窪みが二つあるだけのシンプルなつくりだ。
ゴーレムの大きさと重量感に小川は言葉を失う。
動き出すと想像以上に迫力がある。
無意識に半歩下がる小川の横からモンゲルステルンを持った辻が、

「辻がやっけるから見ててください。」

そう笑顔で言うと無造作にゴーレムに向かって歩きだす。
まるで親しい友人でも迎えるかのように軽やかに。
128 名前:6  水あります! 投稿日:2004/05/11(火) 14:40

無防備に近寄る辻にゴレームは石の拳を放つが、
辻はそれをステップ一つでかわすと、ゴーレムの左膝に右手でモンゲルステルンを叩きつける。
音も無く吹っ飛ぶゴーレムの膝から下は、そのまま石室の壁にめり込んだ。
辻の圧倒的なパワーに小川は言葉を失う。
しかし、片足を失ってバランスを失ったゴーレムは最後の足掻きと、
辻を飲みこむように倒れてきた。
思わず目を背ける小川。
辻は倒れてくるゴーレムを避けようとせず、逆にゴーレムの腹の辺りに
モンゲルステルンを両手で振り上げる。

「ドォン!!」
129 名前:6  水あります! 投稿日:2004/05/11(火) 14:42

凄まじい衝撃音の後、恐る恐る目を開ける小川。
目に飛び込んできたのは笑顔で手を振る辻の姿と、
そそくさと石棺の中身を調べに行く加護の姿だけだった。
巨大なゴーレムを一瞬で消し去ったイリュージョンに戸惑っていると、
それに気づいた辻が、

「でっかい敵を倒すのは気持ちが良いのです。」

おもむろに、そう言うと人差し指で真直ぐ天を指差す。
小川はその指先にある天井にめり込んだゴーレムの姿を見て再び言葉を失った。
ストーンゴーレムを秒殺する少女、辻希美。

小川は天を指差す少女と天井にめり込んだゴーレムを交互に見ながら思った。
(ののたんは奇跡)と。
130 名前:6  水あります! 投稿日:2004/05/11(火) 14:43

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!なんでぇぇぇやぁぁぁねぇぇえぇぇぇんんんん。」

加護の絶叫に我に帰ると前方を見る。
石棺の蓋を開けてガックシとうなだれる加護。
辻と小川が駆け寄ると加護は冷めた顔で石棺の中身を指差した。
小川は恐る恐る覗いてみる。
暗くて良く見えない。
カンテラの灯かりで中を照らす。
しかし、見えない。
石棺の底は何メートルも下までつづいてるようだ。
辻が石を落としてみる。
静寂が二十秒ほどつづき「ポチャン!」と水のはねる音。

「い、井戸ですか?」

「井戸やな!」

「この辺りは昔から雨が少ないから、水こそが宝だったってオチですか?」

「まーそー言うオチやな。」
131 名前:6  水あります! 投稿日:2004/05/11(火) 14:46
途方に暮れる小川と加護を残して辻はバケツとロープを持ってきた。

「でも、帰りは水の心配しなくて良いから良かったね?」

「そやな!それに、これ売ったら足代くらいはでるやろし。」
石棺の上に置かれていた銀の杯を手に取る加護。
その顔はすでに晴れやかだ。
小川は立ち直りが早いなと思ったが、
一生懸命に井戸の水をくみ上げる辻の横顔を、嬉しそうに眺める加護を見て、
加護の中で辻がいかに大きな存在かが見て取れた。
微笑ましくて、羨ましくて、少し寂しくなった。

井戸水で銀の杯を洗うと、その杯を使って交代で水を飲んだ。
その後、水をふんだんに使って頭や身体を洗うと、遺跡をでる。

三人は遺跡のある岩山にペンキで「水あります!」と書いて帰路についた。
過酷で、小川にとっては憂鬱な帰路に・・・・
132 名前:はなたれ 投稿日:2004/05/11(火) 14:54
109さん110さん123さん124さん、レスありがとうございます。
大変励みになっております。
文法的にも表現的にも稚拙な私の小説を気長に読んでくださって感動です。
きっと寛大で想像力の豊かな方達なんだと妄想してます。間違いない。
では、また次回。
133 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/05/21(金) 01:46
ああ、辻加護小川の仲よさげなところが可愛い…この先どうなっちゃうのかな。
頑張ってください。

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