卒業アルバム
- 1 名前:レモン 投稿日:2003/11/08(土) 16:38
- カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)の新曲、
「先輩〜LOVE AGAIN〜」のPVの制服の5人を見て
そんな5人のPVでのキャラクターを使って
番外編として、小説を書いていこうと思います。
よってそのPVで絵的なイメージは補ってもらえると幸いです。
当方、初心者で更新速度も遅かったり不定期だったりしますが
プロットはなんとなく仕上がっているので、最後までお付き合いお願いします。
[主な登場人物]
藤本美貴:藤本美貴
木村麻美:あさみ
紺野あさ美:紺野あさ美
斎藤美海:みうな
里田舞:里田まい
- 2 名前:プロローグ 投稿日:2003/11/08(土) 16:38
- あたしたち五人はいつも一緒。
これからもずっと一緒にいられる。
どんなに離れていても、どんなに環境が変わっても、
あたしたち五人は昔も今も、そしてこれからも・・・。
〜プロローグ〜
成人式の日。その日は1月だというのに春先のような暖かさだった。
式には麻美、美海、紺ちゃん、そしてあたしの4人だけ。
相変わらず舞ちゃんは、そういうのには参加しなかった。
その後四人は着慣れない振袖を脱いで、あたしたちは舞ちゃんといつもの森に集まった。
そしてその時この中の一人とこの日を最後に会えなくなってしまうなんて事は
あたしも、残りの三人も、誰もそんな事考えもしなかった。
成人式の日の翌日、彼女の遺体が発見された。
場所はあたしたちの森だった。
左手首には彼女の命を奪った大きな傷と、たくさんのためらい傷。
そしてその腕には「ゴメンネ」とナイフで傷つけてあった。
成人式の夜遅くから、この辺りは大雨が降った。
彼女は、その雨に打たれながら何を想ったのだろう。
その森は、あたしたちの通っていた高校のすぐ真裏にあった。
そこは、学生だったあたしたちの溜まり場で
昼の間は木漏れ日で太陽が射しとても明るく
夜になると木々の間から薄っすらと月の明かりが漏れてくる、
四季の自然が美しく青春を演じたいあたしたちには持ってこいの場所だった。
それから高校を卒業し、1年と10ヶ月。
みんなそれぞれの生活を送り、五人はそれぞれの人生を歩み出していた。
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2003/11/08(土) 16:39
-
―――――――――――――
あたしたちが知り合ったのは高校の時。
2年のクラス替えで、同じクラスになった。
紺ちゃんとは、アタシは同じ中学出身だったし
麻美とは、1年の頃から引き続いての同じクラス。
そして美海こと斎藤美海は1年の時に紺ちゃんと生徒会で一緒だったらしい。
何かと知り合いの多いクラス編成だった。
そして舞ちゃん。
彼女は学校では有名だった。どう有名だったかというと
遅刻の常連、授業中たまに居なくなる。昔の言い方をすれば不良というのかも知れない。
ちなみに麻美はそんな舞ちゃんと小学校からずっと同じだったらしい。
そんなバラバラな繋がりを持った五人が同じクラスになった。
「おはよー!」
「元気だねぇ、麻美は。」
麻美は朝から元気で笑顔。こっちも自然とその元気をいつももらっていた。
「っていうかさ、また同じクラスになっちゃったね!」
「うん。」
「誰か、知り合いいる??」
「えっと、紺ちゃん。」
「あ、知ってる!去年生徒会やってた子だぁ!」
「うん。中学が一緒でさ。」
その紺ちゃんに目をやると、やっぱりというか何故だかというか、
教室の真ん中の一番前の列に一人ポツンと座っていた。
紺ちゃんは人見知り激しいというか、少し気の弱い面もあって
クラス替えで紺ちゃんにすぐ友達が出来るのか、あたしも心配だった。
そして、その後ろの席では美海が一人本を読んでいた。
- 4 名前:プロローグ 投稿日:2003/11/08(土) 16:40
- 「あたしはぁ、舞ちゃんってわかる?」
「里田さんでしょ?」
「やっぱ知ってるんだ。」
「そりゃね。」
「舞ちゃん有名人なんだぁ。」
「その有名人っていい意味じゃないじゃん。」
「ま、そりゃそうだけど。いい子なんだよ、結構。」
「そうは見えないけど。」
正直、あたしは舞ちゃんの事は苦手だった。というか、あまり話したくもないと思っていた。
なんとなくチャラチャラした印象があった。そういうのはちょっと受け付けなかった。
そんなざわついた教室に、担任の先生が入ってきた。
その担任は真中先生といて、あたしのバレー部の顧問を担当している先生だった。
男の若い先生で、あたしはその先生の熱血ぶりが結構好きだったし
なかなかイケてる顔立ちで女子生徒からの評判もよかった。
最初のHR。
なんとなくだけど少しみんなクラス替えで興奮しており
いつもとは違う、ちょっとだけ高揚した雰囲気が漂っていた。
そんな中、後ろの扉から生徒が一人入ってきた。
彼女の存在は、周りのその楽しげなムードを一発でかき消すほどだった。
彼女が教室に入ってきた瞬間、一瞬だけどクラスが静まりかえった。
彼女は悪びれるでもなく、一番後ろの空いていた席に座った。
- 5 名前:プロローグ 投稿日:2003/11/08(土) 16:41
-
「里田。」
先生は舞ちゃんに少しキツめの口調でそう言った。
一瞬周りの空気は凍りついた。
「具合悪かったんで遅れました、すいませんでした。」
舞ちゃんはそれだけ言って、何事もなかったかのように机に突っ伏した。
先生はその後、舞ちゃんに何も言わなかった。
「今度から事前に連絡するように。」
とそれだけ言って、後はすぐにHRを続けた。
あたしはそんな見え透いた嘘を平然とつく舞ちゃんにも腹が立ったが
そんな舞ちゃんを怒らない先生にも少し苛立ちを感じていた。
それが五人の最初だった。
- 6 名前:プロローグ 投稿日:2003/11/08(土) 16:42
-
―――――――――――――
「変わらないね、ココ。」
森に着くなり、麻美は無邪気に走り出した。
麻美は高校を卒業してから、ずっと憧れていた女優を目指し都内で一人暮らし。
今は小さなアングラ劇団に通いつつ、アルバイトで生活を賄っている。
「なんかさ、若かったんだよ〜あたしたち。」
そういう麻美にあたしは笑いながらこう答えた。
「麻美は今でも若いよ。っていうか子供っぽさが抜けてない。」
「もー、美貴ちゃんはすぐ大人ぶっちゃうんだから!」
そういうあたしの方が、あの頃からちっとも大人なんかにはなっていなかった。
麻美とは卒業してから何度もあった。
麻美は最初、芝居の道へ進む事への親の反対を押し切って家を飛び出したため
当時は住む場所もアテもなく、3カ月ほどあたしのアパートで暮らしていた。
それに比べて美海や紺ちゃんは、以前よりずっと落ち着いた雰囲気になっていた。
美海は、大学に通いながら作家になる為に小説を書いていた。
そして、高校時代から付き合っていた彼氏とも上手くやっているようだった。
美海の彼氏は静岡に住んでいて、それに合わせて美海も静岡の大学に進んだ。
美海は高校入学と同時に静岡から転校してきて、それからずっと遠距離恋愛をしていた。
「でもさ、麻美ちゃんと会うとやっぱホッした。」
そういう美海に、紺ちゃんも小さな声で
「でもみんな相変わらずだったから、ね。」
と相変わらずの一面をみせ、あたしはちはそんな紺ちゃんを見て笑った。
- 7 名前:プロローグ 投稿日:2003/11/08(土) 16:42
- 紺ちゃんも、国立の医大を受験する為に浪人中。
紺ちゃんはなによりもかしこかった。成績優秀。
そんな紺ちゃんは本当は保母さんになるのが夢だった。子供が大好きだった。
けれど、今は医大を目指して受験勉強している。
紺ちゃんの親は両親共に医者だった。
そんな両親は紺ちゃんを医学の道に進めたがっていた。
その方向に納得するまでには紺ちゃんにもいろいろあった。
「美貴ちゃんは?」
「え?」
「うまくやってる??」
紺ちゃんに唐突に自分の事を聞かれて困ってしまった。。
あたしは特別夢も何もなかった。それは今だって変わりなかった。
「まぁ、そこそこかな。何も特にといった感じだよ。」
あたしはいつも悩んでいた、いや今も悩んでいる。
自分が何をしたいのか、何になりたいのか。
そこへ、待ち合わせ時間から少し遅れてもう一人の仲間が顔を見せた。
- 8 名前:プロローグ 投稿日:2003/11/08(土) 16:43
-
「ごめん・・・。」
「いっつも遅いよぉ!もう!」
麻美が怒ると舞ちゃんは申し訳なさそうに笑った。
時間にルーズなところは相変わらずだったけれど、
舞ちゃんのその笑顔は、20歳ながらも一児の母の顔だった。
「子供がダダこねちゃって・・・。」
舞ちゃんは正確に言うと、高校を卒業していない。
舞ちゃんは高校3年2学期の後半で学校を退学し出産、未婚の母となった。
卒業式には顔を出したけれど、その時はもうお腹の膨らみが目立っていた。
「子供、預けたの?」
「うん、ちょっとかわいそうだったけどね。」
あたしと舞ちゃんとは高校卒業以来だった。
その後、麻美からの電話で舞ちゃんが女の子を出産した事を聞いた。
「大きくなったんだ・・・。」
「そりゃなるよ、子供は成長が早いからねぇ。」
街で一度、妊娠中の舞ちゃんを見かけたことはあったけれど
言葉を交わすのは久しぶりだった。
「ま、何はともあれそろった事だし乾杯って事で!」
麻美はそう言うと、持ってきたコンビニ袋から山ほどのビールとつまみを取り出した。
- 9 名前:レモン 投稿日:2003/11/08(土) 16:43
- 今回の更新はココまでです。
- 10 名前:名無し読者。 投稿日:2003/11/09(日) 23:30
- 新作発見!!ステキな感じですね。期待してます。
- 11 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:33
-
〜第一章 瞳の翳り〜
2年生に入ってからの最初のHRも終わり、あたしたちは始業式のために
体育館に移動して、全学年集合。出席番号順にキレイに並ばされていた。
始業式は、やけに長く感じられる校長の話とそれから転任する教師の挨拶、
別に普段通りの退屈な行事で、麻美もフラフラ立ったまま寝てたみたいだし
あたしも欠伸ばっかりしていた。
そんな始業式、早速といっていいほど彼女はあたしを驚かせた。
何の前触れもなかった―――――
始業式が始まり15分ほど・・・。
前の方から一人の生徒がこっそりかがみ込んで列から抜け出して
こちらに近づいてくるのがわかった。
髪の長い少女。
- 12 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:34
-
その少女があたしの横を通り過ぎようとした時
その顔を見て驚いたあたしは思わず「あっ!」と声をあげてしまった。
舞ちゃんだった。
みんなの視線がこちらに集まる。
その声に気づいた教師があたしの方に近づいてくる。
マズイ・・・・・。
すると舞ちゃんは「バカ!」とあたしに苦笑いを向け
その瞬間―――――
走り出した!
- 13 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:35
-
・・・・・・・・!
ほんのわずか10秒足らずの出来事だった。
そんな舞ちゃんが教師に捕まえられるまでの短い間、
あたしは息をするのも忘れて舞ちゃんを見つめていた。
というか、正確に言うと見とれていた。
舞ちゃんの走るフォームはやけに美しく、
さながら肉食動物に追われている、カモシカのようだった。
長くもてあますような手足がキレイに伸び、
始業式を抜け出している生徒のようには見えなかった。
カモシカは前方から回り込まれ、敢えなく捕らえられた。
舞ちゃんはそのまま男体育教師に腕を捕まれ
体育館を後にした。
・・・・・・・・。
- 14 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:36
-
始業式が終わっても、あたしはさっきの光景が頭から離れず
教室についても机の上で一人ぼーっとしていた。
するとその目線の先を麻美が遮った。
「どうした?」
「いや、ううん。」
「びっくりした?」
「え?」
「舞ちゃん。」
「あ、ああ。」
なんだか考えていたことを読まれたくなかったわけじゃないが
ちょっと興味のない返事をした。
「速いでしょ?」
麻美から出た言葉はあまりに図星だった。
「舞ちゃん、陸上部のエースだったから。」
「そうなの?」
「中学時代はね。後輩の憧れの的だったんだよ。」
「そんな風には見えないね。」
なんとなくあたしはそんな舞ちゃんの過去が癪にさわった。
中学時代は後輩の憧れの存在だったとしても、今はこんなにフラフラしている。
まさに今の舞ちゃんには適当という言葉が似合うと思った。
舞ちゃんに過去の栄光があろうとも、そんなのは過去のものだと思ったし
あたしはそういういい加減な感じが大嫌いだった。すると
「ま、今あんなんだけどねー。」
あたしの心を読んでるのか、そう言って麻美は笑った。
- 15 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:37
-
麻美は意外とこういう所は鋭かった。
いっつも底抜けに明るく3枚目、どちらかというとお調子者で
クラスのムードメーカー。たまに暴走しちゃうけど、みんなの人気ものだった。
けれどそんな麻美はすごく人の心に敏感だった。
だから、クラスで一人で寂しい想いをしてる子がいるといち早く察知して話しかけた。
人見知りしない麻美は友達増やすのだって得意だった。
そんなあたしたち二人が舞ちゃんの話題をしている中
教室の前の扉がガラッと開き、話題の当の本人が何事もなかったかのように教室に戻ってきた。
舞ちゃんはクラスメイトの視線をよそに、平然と自分の席につき
そのまま、机に突っ伏した。
麻美はそんな舞ちゃんの元に向かって行き
「舞ちゃん初っ端からやりすぎ。」と笑って言った。
すると舞ちゃんはおもむろに顔をあげて、
「だって、見つかるはずじゃなかったんだ。」
とちょっと子供のような口調で口を尖らせて、その後笑った。
その表情はいたずらをして見つかった子供のようで
そんな一面を初めて見たあたしは不覚にもちょっとドキっとした。
舞ちゃんはその後もいろいろやらかした。
舞ちゃんは何度となくそんな事を繰り返していたが
あの始業式以来、先生には一度も捕まったところを一度も見たことがなかった。
あたしはその度に何故か舞ちゃんに釘付けになっていた。
けれど、度々起こす舞ちゃんの突拍子もない行動を理解することはできず、
あたしの苛立ちは逆に募る一方だった。
- 16 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:38
-
―――――――――――――
あたしは2年になってから中澤先生のところに行ってなかった。
といってもまだ4月半ば、ところどころ桜も残っていて
新学期の雰囲気はまだまだ新鮮に感じられる頃だった。
中澤先生ってのは保健室の先生で、関西弁の金髪。
とてもじゃないけど学校の先生には見えず、でも中身はあったかい先生だった。
あたしは中澤先生とはすごく馬があった。
風邪で具合が悪かったりしたときに、何度か人生相談もしてもらった。
「おう!」
「どうも・・・。」
「何?2年になってから初めて会うんちゃう?」
「そうかも。おじゃまします。」
あたしはこの日、特別用事はなかったんだけど
廊下を歩いてる時に中澤先生に放課後少し顔を出すように言われていた。
- 17 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:39
- 「すごいクラスやな、藤本のクラスって。」
「え?」
「紺野に里田。学校一の優等生と不良か・・・。」
そう言って中澤先生は笑った。
「笑い事じゃないですよ。紺ちゃんはいいけど、里田さんは・・・。」
「もう、アイツなんかやらかした?」
「やらかしたとかそんなもんじゃないですよ!」
「まあまあ。でもアイツそんな悪い奴やないんやで。」
いくら中澤先生がそう言っても、あたしはこれには賛同しかねた。
この時は本当の舞ちゃんの事なんてこの時はコレっぽっちも知らなかったし
やっぱり見た目とか行動のイメージだけが先行していた。
「なぁ、斎藤美海っておるやろ?」
中澤先生の突然の切り出しにあたしはびっくりした。
「去年紺ちゃんと一緒に生徒会やってた子だ。」
「アレな、ちょっと頼みたいねん。」
「なんで・・・?」
「どうも、人間関係がな・・・。」
「イジメ?!?!」
あたしはちょっと大きい声を出してしまった。
そういうの、あたしは許せなかったんだ。
- 18 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/12(水) 03:39
- すると中澤先生はなだめるようにこう言った。
「いやいや、そんな感じじゃないみたいやけど・・・。
しゃべれへんやろ?本ばっかり読んで。
転校生やねん。ま、そうは言っても高校入学からの転校生やけど。
でも同じ中学とかの子はおれへんから。で、友達おれへんみたいやし。」
「はぁ・・・・。」
「いや、無理に話しかけろとかそういうんじゃないで。
でも、まぁ。ちょっと気に留めといて欲しいねん。
ホラ、藤本は木村とも仲ええやん?アイツとかって、そういうの上手いやん?」
なんだかよく理解出来ずじまいだったけど、
忠告通り、気には留めておくことにした。
正義感みたいな大げさな事じゃないけれど、何かあったらとは思っていた。
で、その美海は毎日学校で本ばかり読んで
中澤先生の言うとおり、誰とも接触してる気配はなかった・・・。
とにかくあたしと麻美はしばらくそっと様子を見ることにはした。
- 19 名前:レモン 投稿日:2003/11/12(水) 03:43
- 今回の更新は以上です。
>名無し読者さん
タイトル通り、少し断片的なものになると思います。
ご期待に添えるかどうかわかりませんが、よろしくお願いします。
- 20 名前:レモン 投稿日:2003/11/12(水) 04:00
- 【訂正箇所】
>>4 上から12行目
その担任は真中先生といて、→その担任は真中先生といって、
>>6 下から1行目
と相変わらずの一面をみせ、→と、紺ちゃんが一番相変わらずの一面をみせ、
>>17 上から10行目
この時は本当の舞ちゃんの事なんてこの時はコレっぽっちも知らなかったし
→この時は本当の舞ちゃんの事なんてコレっぽっちも知らなかったし
お見苦しい点がばかりで申し訳ありません。
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2003/11/15(土) 08:00
- なかなか面白いですよ。まってます。
- 22 名前:たか 投稿日:2003/11/28(金) 17:44
- 新作だ!!(わくわく)面白そうな小説じゃないですか!!
まだ皆どんな人か分からないけど、みんな色んな思いを秘めていそうですね。
気になります。これからずっと読みつづけたいと思っていますのでよろしくお願いします!!
- 23 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:46
-
―――――――――――――
美海には話し相手はいなかった。
かといって、美海がそういう人間を求めていたようにも思えなかった。
美海は休み時間になると本を開き、授業が始まると本を閉じる。
昼休みになると教室を出て行き、昼休みが終わる頃に教室に戻る。
部活にも入っていなくて、放課後はただまっすぐ帰っているようだった。
そんな美海だったから麻美も
「別にどってことなさそうだよ。」と言ったっきり
麻美自身、その後気にも留めていなかったようだった。
でもあたしは何となくまだ引っかかっていたんだ。
時折見せる、美海の横顔が・・・・。
そういうのは放っておけなかったんだ。
- 24 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:46
- その日は部活もテストが近いことで休みに入っていて
あたしも一人、放課後まっすぐ家に帰るところだった。
あたしは帰りに美海を見かけた
校門を出た付近であたしは美海を見つけた。
美海は校門を出ると、すぐ右に曲がった。
うちの学校はほとんどの人間が電車通学で
校門を出て左に向かうと駅があるので、右に向かう生徒はほとんどいなかった。
あたしは少し自分の行動に疑いを持ちつつも、その日は美海について
右に曲がって付いて行くことにした。
- 25 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:47
- 美海は学校のちょうど真裏にあたる森らしきところに入っていった。
そこは学校から見ると、少し丘のようになっている場所だった。
あたしは1年間この学校に通っていたが、ココへ来るのは初めてだった。
美海はそのまま、なだらかな坂を上り森の中へ進んでいった。
森の中は少し暗く、うっそうと生える木々の葉が空からの光を遮断していた。
そして5分も歩かないうちに、先にやけに明るく見える空間が目に入ってきた。
そこは、密に木々が茂っていた先ほどまでの道なき道とは違い、
午後とも夕方ともつかない太陽の日差しがやわらかく地面を照らし、心地よい空気が漂っていた。
あたしは、こんな所があったのかと美海の事も忘れて辺りを見回していた。
- 26 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:47
- すると、正面から突然美海が振り返って話しかけてきた。
「いいトコロでしょ?」
「え?」
あたしはびっくりしつつも、自分が美海をつけていたという事実を思い出し
急に我に返った。
「ココ、誰も来ないんだ。」
「うん。」
「はじめてのお客さんだね。」
「え?」
あたしはワケがわからなかった。
- 27 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:48
- 「小さい頃読んだ絵本にね、こういうのがあった。
何をしてても弟に邪魔される女の子がいてね、
ダンボールを拾ってきて、そのダンボールで外に部屋を作るんだ。
そしたらいろんなお客さんがやってくるの。うさぎとかきつねの子供とか。
でもどんなおもてなしをしたって帰っていっちゃう。
で、それは全部夢で。目が覚めると、弟が迎えに来て弟をおもてなしするの。」
「・・・うん。」
「私それにずっと憧れててさ。この女の子みたいに、邪魔してくれる人もいないんだけど・・・
でも、きっと誰か来てくれるって思ってた。」
美海はそう言うと、鞄から大きな布を取り出して地面に広げた。
- 28 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:48
- 「どうぞ・・・。」
「え?」
「おもてなし・・・するから。」
あたしは少し戸惑ったけれど、お客さんになってみることにした。
あたしが座ると、美海は少し笑った。
初めて見た美海の笑顔だった。
「藤本さんでしたよね??」
「あ、うん。でも美貴って呼んで、みんなそう呼んでるし。」
「じゃ、美貴ちゃん。」
「うん。」
「又、ここに来てくれる?」
「え?」
「お友達になって下さい。」
こんなに率直に言われたのは初めてだった。
あたしは美海がどうしてこんな事を言うのかわからなかった。
- 29 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:50
- 「どうして?」
「え?」
「どうしてそんな事いうの??」
あたしが聞くと、美海は少し考えた。
あたしたちの間を柔らかな春風が抜けていった。
「電車って好きですか?」
「??」
「電車乗ってるの大好きで・・・。」
「電車・・・」
「電車に乗ってると、いろんな人がいてついつい見ちゃうの。
特にね、始発の人の少ない時間帯。みんなそれぞれいろんな人生があるんだろうなって。
いろいろ想像しちゃう。」
美海はゆっくりと言葉を選ぶように話した。
「でも教室はそういうのが見えない。みんなとりあえず仲間作って・・・。
その場限りっていうの?だから好きじゃない。」
あたしは何が美海をそうさせるのかわからなかった。
「でもここなら、なんでも話せそうな気がする・・・。
誰も邪魔しないし。自分の時間が流れてて、ありのままの自分でいられる。」
- 30 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/11/29(土) 01:50
- その後、美海もあたしも何も話さなかった。
まだ多くを話してはいけないような、そんな気分だった。
でも、美海の美海の中だけの世界、それが少し私を引きつけた。
あたしも寝っ転がったりして、ただただボーッと時を過ごした。
木々の間から吹き抜ける風はとても心地よく、すごく贅沢な時間を過ごした。
美海の存在も、なんとなくその中に溶け込みお互い気を遣うことはなかった。
日も少し傾いてきた頃、あたしたちは何の合図もなかったけれど二人でココを後にした。
そして別れ際にこう言ってみた。
「ねえ、お客さんって増やしていってもいいのかな?」
すると美海は少し考えてこう言った。
「美貴ちゃんの友達なら・・・。」
この時、あたしはこの森があたしたちのいろんな想い出の巣となる事は想像もつかなかった。
それから・・・この森で仲間の一人が最期を迎えることも・・・。
- 31 名前:レモン 投稿日:2003/11/29(土) 01:56
- 超少なめの更新ですいません。
作者、ちょっと忙しくなっております。
更新頻度も少ないですが、細々やっていきますので・・・。
しかもちょっと紺野と藤本以外はマイナーメンバーかもしれませんが
この五人が大好きなもんで・・・。
元になった「先輩〜LOVE AGAIN〜」のPVも発売されたので!
よろしくお願いします。
>名無し読者さん
稚拙な文章で申し訳ないです。
こういう変わったカタチの小説ですが最期までおつきあいいただけると幸いです。
これからもよろしくお願いします。
>たかさん
ありがとうございます。
何も特別な五人じゃないけれど、それぞれの悩みだったり葛藤を
描けたらいいなと思っています。
- 32 名前:ss.com 投稿日:2003/12/01(月) 19:22
-
いい感じですね、これ。美海の不思議な存在っていうのかな…。
なんか引き付けられます。私的にツボです。
レモンさん、頑張って下さい。
>元になった「先輩〜LOVE AGAIN〜」のPV
買いましたがな、もちろん!
- 33 名前:たか 投稿日:2003/12/04(木) 23:40
- 良いな〜。独特の雰囲気を出してますね〜この小説。それぞれ違うタイプの
人たちの関わりや色んな成長か・・・良いです。この小説好きっす(早っ
思いをぶつけ合って互いに成長するんだろうなぁ。楽しみに待ってます。
- 34 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:27
-
―――――――――――――
あたしと美海もそれ以来学校では特別話したりしなかった。
別に避けてたわけじゃない。ただ、テスト前だったのもあるし
特別学校で話さなければいけないこともなかった。
美海も美海であたしを教室で意識したりはせず
いつお通り自分の席に着いて本を読んでいた。
そしてあたしも、麻美にあの日の話を少ししたけれど
麻美をわざわざ誘って森へ行くこともなかった。
それに・・・・
特別な理由はないけれどあの日以来あたしは森へは一度も足を運んでいなかった。
テスト自体は相変わらず、可もなく不可もなくといった感じだった。
ちなみにクラスのトップは紺ちゃん。
麻美は散々だったようで、しばらくは落ち込んでいた。
テストも終わり、部活も始まりいつも通りのサイクルに戻った。
季節も5月を過ぎ、夏を感じさせる草木の甘い香りが漂い始めた。
- 35 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:28
- そんなある日、あたしは部活の帰りが麻美と一緒になった。
麻美はテニス部、あたしはバレー部に所属していてお互い体育会系。
部活の終了時間はだいたい一緒で、こうして帰りを共にする事も珍しい事ではなかった。
すると、もう一人後方からあたし達に誰かが声をかけてきた。
数少ない人形劇部、紺ちゃん。
「あの〜・・・。」
「あれ?紺ちゃん、どうした?」
「あ、二人の後ろ姿が見えたから・・・なんか私おじゃまだったかな・・・。」
「ううん!そんな事ないない!」
紺ちゃんはいっつも自信なさげな口の利き方をする。
でもあたしはそんな紺ちゃんは大好きだった。
とそんな中、突然紺ちゃんは麻美にこう聞いた。
「木村さんって、里田さんと同じ中学でしたよね??」
「あぁ、うん。」
あたしと麻美は顔を見合わせた。
「陸上女子100Mの里田さん。」
「あ、そうか紺ちゃんも中学の時は陸上100Mだったもんね。
しかも紺ちゃん速かったんだよぉ!ね?地区大会優勝だもん。」
あたしが紺ちゃんや麻美ににそう話しかけると、二人の表情はお互い別々な曇りを見せた。
あたしはその二人の表情の意味は全く掴めずにいた。
「どうして里田さん、地区大会の決勝出なかったんですか?」
- 36 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:28
-
―――――――――――――
紺ちゃんは簡単に言うと優等生。
中学の時から勉強も生活態度も優秀で、先生にはいたく気に入られてた。
なんせ中学3年間学級委員。
頼まれるとイヤと言えないのが紺ちゃん。
「あたしがやらなかったら他の人がやるハメになっちゃうし・・・。」
そんな典型的なお人好しだった。
そんな紺ちゃんも意外な一面を持っていた。
陸上部。
- 37 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:29
- 紺ちゃんはこう見えても、ウチの中学の陸上女子100Mの選手。
それもこの辺りの中学では有名な選手だった。
ただ、詳しくは知らないけれど、どんな何故か大会でも優勝する事はできず
3年に入った頃には『万年2位』というレッテルを貼られていた。
でも紺ちゃんはそんな事、気にもとめていないようだった。
「あのね、いっつも決勝で一緒になる人がいるんだけどね、その人の走りってすごいんだ!
フォームがすごくキレイで・・・。バンビみたいなの。
その人に私、絶対勝てないんだけど、不思議と悔しくないの。
ゴールした後の彼女の笑顔がすっごくキレイで、もともと美人な人なんだけど、
なんか同性のあたしでも魅了されちゃう。」
こんな事を言う紺ちゃん、ここにもお人好しが出ていた。
でも実際、紺ちゃんが練習で手を抜いてるところなんて見たことなかった。
いっつも必死だったし、練習もみんなが終わっても暗くなるまで一人校庭を走っていた。
「だってね、あたし不器用でドンくさいから・・・。
人が1日練習する内容の10倍やらなきゃ、絶対に速くならないんだもん。」
紺ちゃんからのこんな台詞に飾りっ気は一切なかった。
人一倍努力家の紺ちゃん。あたしは紺ちゃんに一度は優勝して欲しいと思っていた。
- 38 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:29
- そんな紺ちゃんは努力の甲斐あってか3年の引退前の地区大会で悲願の優勝。
最後の最後に『万年2位』のレッテルを自ら剥がした。
残念ながらその後の大会では予選落ちだったけれども・・・。
だから紺ちゃんが高校に入って人形劇部に入るって聞いた時には本当に驚いた。
「人形劇部ってね、ボランティアで孤児院とかに行くんだって!
私、本当子供大好きだからもう楽しみでしょうがない!」
やっぱり紺ちゃんのそんな台詞には嘘偽りは見えなかったけど、
中学時代打ち込んだ陸上を、どうしてこうもさっぱり諦められるのか、
それだけは理解できなかった。
- 39 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:29
-
―――――――――――――
「どうして里田さん、陸上やめちゃったんですか?」
紺ちゃんは麻美にそう問いつめた。
麻美も紺ちゃんの方を向いてじっと黙っていた。
あたしもこの空気が読めなかったわけじゃない・・・。
それは、麻美から以前聞いたことがあったからだった。
『舞ちゃん、陸上部のエースだったから。』
その言葉は過去形だった。
その時、後ろの方から声がした。
「麻美ちゃーん!」
その声の主は紛れもなく、舞ちゃん張本人だった。
- 40 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:30
- 「何やってんの?帰り?」
舞ちゃんのその脳天気な問いかけに麻美は少し戸惑ったようだった。
「・・・うん。」
「なになに?どうしたどうした?乙女な恋のお悩みですか?」
舞ちゃんは冗談っぽくそういうと、あたし達3人をキョロキョロ見た。
けれど、誰も口を開かず、なんとなく気まずい雰囲気が漂っていた。
それでも舞ちゃんは構わず同じテンションでこう続けた。
「なんだよ!もう!アタシの陰口でも言ってたかぁ?」
舞ちゃんは何も入ってなさそうな鞄を振り回しながら
あたしたちの周りをぐるっと一周した。
「いや、あのね・・・」
麻美がそう言おうとした瞬間、
「わかったわかった!アタシは去りますよ。」
そう行って舞ちゃんは三人を通り越して歩いていった。
- 41 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:30
- 舞ちゃんは後ろを気にするでもなくどんどん離れていった。
あたしはそれをただ見ているのがなんとなく嫌だった。
麻美も紺ちゃんも黙ったままだった。
こういう雰囲気大嫌いだった。白黒ハッキリしなのはキライだった。
それに・・・あたしも何があったのか知りたかった。
時間は流れ、距離も離れて・・・
だから・・・・・
「ちょっと待ってよ!」
あたしは舞ちゃんを呼び止めた。
立ち止まって振り返る舞ちゃんに、あたしは思い切って聞いてみた。
- 42 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:30
-
「なんで陸上辞めたの?」
舞ちゃんはこっちを見て、少し困ったような顔をしているように見えた。
でもそれも夕方の陽の光が逆光になってよく見えなかった。
一瞬時間が止まったみたいだった。
振り返った舞ちゃんはおどけたような声でこう言った。
「飽きちゃっただけー!」
そして舞ちゃんは・・・走っていった。
あたしはそんないい加減な事を言う舞ちゃんに、また気持ちを逆撫でされていた。
なんだかからかわれているような気分だった。
舞ちゃんという人がまったく理解できない自分にも苛立ちを感じていた。
だからあたしはもう一回呼び止めようとした。その時・・・
自分の肩に麻美の手がかかったのがわかった。
- 43 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:31
-
「事故・・・。」
麻美は静かにそう言った。
「え?」
「事故にあったんだ。」
「事故って?」
「交通事故。決勝戦の日の前日。練習の帰り。」
「・・・・・。」
「舞ちゃんの左足、もうボロボロだよ。」
- 44 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:31
-
麻美もそれ以上は語ろうとしなかった。
紺ちゃんもじっと俯いたままだった。
あたし達はそれから三人、誰一人一言も口を聞かなかった。
いや、聞けなかった。
帰り道は夕日に照らされた桜が綺麗で、
その桜の美しさが逆にあたしの心を締め付けた。
舞ちゃんの過去。
聞いちゃいけなかった、絶対。
あたしは舞ちゃんの大きな傷に塩を擦り込んだ。
- 45 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:31
-
―――――――――――――
翌日の、やけに天気がよく空は雲一つなく晴れ渡っていた。
教室に入ると舞ちゃんの姿はなかった。
あたしは少し責任を感じていた。
舞ちゃんが朝から教室にいない事なんて珍しいことではなかったが
今回ばかりはやけに気になって、授業中もそわそわしていた。
そして昼休み、突然の麻美からの誘いだった。
「屋上行かない?」
「屋上?」
「主にでも会いに行こうよ。」
「へっ?」
「屋上の主」
あたしは麻美の意向が全然掴めなかった。
「天気もいいしさ。心ちょっと晴らしにいこうぜ!」
結局麻美はあたしを強引に教室から誘い出した。
- 46 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:32
-
屋上に上がると、一人手すりによっかかってる生徒がいた。
屋上の主。舞ちゃんだった。
舞ちゃんは扉の音で振り返ると
「おう!」
と声を掛けきた。
あたしは昨日の事を思い出し、足が止まった。
麻美はどうもその昨日の事であたしと舞ちゃんを意図的に引き合わせたみたいだった。
すると麻美は一人でそのまま舞ちゃんの元に歩いていった。
「舞ちゃんは屋上好きだねえ。」
「だって、ここなら誰も干渉しないでしょ?」
「だったらあたしたちも帰ろうか?」
「いいっていいって。ま、座ったら。」
舞ちゃんは意外にも終始笑っていた。
麻美も舞ちゃんには慣れているようだった。
というか、他の生徒とまいちゃんが楽しげに話しているのは見たことなかった。
あたしは、勇気がなかった。
けれど麻美の手前、一人だけ引き返すわけにはいかなかった。
- 47 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:32
- 舞ちゃんはおもむろにコンクリートに腰を下ろした。
そして麻美はその横に座り、その麻美を挟むようにしてあたしも腰を下ろした。
舞ちゃんはポケットから煙草を取り出して口にくわえた。
「おいおい・・・」
「あん?」
「堂々とまぁ・・・学校の中で。」
「誰も来ないってば。」
「そういう問題じゃないだろ。」
「ちゃんと灰皿持ってるし。」
舞ちゃんはそう言って、ポケットから今度は携帯の灰皿を取り出した。
麻美はそれを見てクスッ笑った。
舞ちゃんは麻美越しにあたしの方をチラリと見ると煙草を一息吸い煙を空に吐きだした。
「舞ちゃん学校来たなら教室に顔出しなよ・・・」
麻美は舞ちゃんにあきれた声でそう言った。
舞ちゃんはそれを聞いてちょっと笑っただけだった。
- 48 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:33
- 屋上の風は少し強く、舞ちゃんの長い髪は風になびき
それを舞ちゃんはくわえ煙草で押さえると、髪を耳に掛けた。
舞ちゃんの顔をこんなに近くで見たのは初めてだった。
舞ちゃんの横顔は輪郭から何からとても美しく
けれど、大きな瞳が見ているものは何か霞がかっているような
どこか空虚を見つめているようでもあった。
舞ちゃんの周りだけ、色はなく世界がモノトーンだった。
「何?」
あたしの視線に気づいた舞ちゃんが麻美越しに聞いてきた。
「ううん、別に」
あたしはなんだか舞ちゃんの方をじっと見ていた事に気づかれるのがイヤで
そっけなくそう答えた。
というか、本当は昨日の事謝るべきだと思っていた。
けれども、舞ちゃんのその大きな瞳を見ると何も言えなかった。
舞ちゃんはまた視線を空に移すとボーッとまた煙草を口にした。
- 49 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:33
- すると麻美が舞ちゃんにポツリと声を落として話しかけた。
「なかなか消えないね・・・」
麻美の視線の先を追うと、まいちゃんの足があった。
舞ちゃんの左足には、ずれた靴下から大きな傷跡が見えていた。
やけに細い舞ちゃんの足に伸びたみみず腫れのような大きな傷は
とても痛々しく、その怪我の大きさを物語っていた。
「まだ痛む?」
「んにゃ。」
舞ちゃんはそう言うと、靴下を引き上げて傷を隠した。
けれどもその傷は大きすぎて、靴下を引き上げても全ては隠れる事がなかった。
あたしは見ちゃいけないものを見た気がして
そこから視線をそらした。
- 50 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:34
- 「昨日ね、美貴ちゃんと紺ちゃんには言っちゃった。」
麻美は申し訳なさそうに舞ちゃんにそう言った。
「別にいいんじゃない?本当の事だし。」
舞ちゃんはそう言うと、短くなった煙草を一息吸ってそれを灰皿に押しつけた。
切り出し方に迷っていた。
しばらくの沈黙・・・その空気が謝るという事を難しく感じさせる。
「美貴ちゃん気にしてたよ。」
その沈黙を破ったのはあたしでもなく舞ちゃんでもなく麻美だった。
「え?」
「昨日の事。」
「ああ・・・」
「だから無理矢理連れて来ちゃった!」
麻美はあたしに向かってペロッと舌を出して見せた。
どう考えてもあたしの番だった。
- 51 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:34
-
「ゴメン・・・」
たった三文字。それしか言えないあたしに舞ちゃんはこう返した。
「ヤワじゃないから・・・そんなに。」
「え?」
「そんなヤワじゃねえーっつうの。」
そう言って舞ちゃんは立ち上がった。
舞ちゃんが立ち上がってせいで、太陽が隠れる。
あたしが舞ちゃんを見上げると、逆光でよく見えなかったけれど
確かに舞ちゃんは笑顔だった。
- 52 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:35
- あたしは舞ちゃんに思い切って聞いてみた。
「紺ちゃん知ってる?」
「紺ちゃん?」
「紺野あさ美ちゃん。」
「あぁ・・・」
「紺ちゃんから里田さんの事、聞いたことがあってさ、何回も。」
「そうなんだ。」
「憧れだったみたいだよ。」
「へえ〜変わりもんだね。」
舞ちゃんは不真面目にそう答えると、またポケットから煙草を一本取り出し火を着けた。
あたしはそんな舞ちゃんが眩しくもあり、でもちょっと寂しかった。
舞ちゃんはいっつも太陽を背にして立つんだ。
決して太陽に正面向いて光りを受け立つことはしない。
- 53 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/07(日) 20:36
- そして昼休みの終了を告げるチャイムの音・・・。
「ホラ、戻んないと怒られるぞ。」
舞ちゃんはあたし達にそう言った。そして麻美は舞ちゃん笑いながらこう言う。
「舞ちゃんも授業出なよぉ!」
「今日はいいや。」
舞ちゃんは笑っていた。それでもやっぱり舞ちゃんの笑顔は影になった。
そんな舞ちゃんにあたしはこう言った。
「今度さぁ、放課後ちょっと付き合ってよ!」
「へ?」
「秘密基地!」
「秘密基地ぃ?」
「舞ちゃんも仲間に入れてあげるよ!」
あたしはこの日、舞ちゃんの事を初めて名前で呼んだ。
秘密基地。それは美海が教えてくれたあの森のことだった。
美海はあの森でありのままの自分でいられる。
だから舞ちゃんもあの森に行くと、光を取り戻せるかもしれない・・・
単純だけど、そう思った。
- 54 名前:レモン 投稿日:2003/12/07(日) 20:39
- 今回の更新はココまでです。
>ss.comさん
どうもありがとうございます。
美海はまだまだこれからの人なので今回は思い切って濃く書きました。
本当、感想をわざわざ書き込んで下さいましてありがとうございます。
>たかさん
毎回毎回感想書いて頂いて励みになっています!
いろんな小説読んでらっしゃるようなので
これからも細かな意見などどうぞよろしくお願い致します!
あと、この五人出演のここ最近のオススメ小説ありましたら教えて下さい。
- 55 名前:レモン 投稿日:2003/12/07(日) 20:45
- 【訂正箇所】
>>44 上から6行目
照らされた桜が綺麗で、→照らされた新緑が綺麗で、
- 56 名前:たか 投稿日:2003/12/09(火) 18:27
- いいっすね〜やっぱり。今日の更新で一気に舞さんが好きになりました。
美貴さんも素直になれたみたいだし。満ち足りた気分っす。後細かなことに
なっちゃうんですが、舞ちゃんは決して太陽に正面向いて光を受けない。
とかそうゆう例えが綺麗で良いです。こんなとこにもいい言葉があって作者さんはとても
すごいと思います。 単純だけど、そう思った。 とかの言葉も、前の文章が
上手いから、そのひとことがとっても聞こえが良いなぁって思います。
次も楽しみにしてま〜す!!
- 57 名前:たか 投稿日:2003/12/10(水) 17:05
- う〜ん。おすすめ小説ッすかぁ。何しろ僕もまだまだなもんであまり
知らないんですよねぇ。すみませんお役に立てなくて。発見できたら
お教えしてもよろしいでしょうか?
- 58 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:48
-
―――――――――――――
2年に進級したあたしたちにはテスト直後のこの時期に
親を伴っての進路の確認という非常に面倒な行事が待っていた。
個人面談。
うちの親はあたしには特別干渉しない親だった。
両親共に仕事をしており二人とも忙しくしていた。
父の作った会社。母もそこで働いていた。
家に帰るとラップがかかった夕食が並んでいる。
スーパーで買ってきた総菜が皿になんとなく盛りつけてあるだけの夕食。
そのテーブルの上には置き手紙さえもない。
あたしの生活はいつもそうだった。
あたしは2階の自分の部屋にあがってベットに転がった。
すると机の上に紙切れのようなものが置いてあった。
そこには母親の字で個人面談の予定。
『ごめんなさい。今回は行けません。』
- 59 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:48
-
―――――――――――――
美貴には将来の夢も何もない。
小さい頃からそうだった。小学校の文集『将来の夢』。
この時の文集を読みなおすと、今でも胸が痛くなった。
「わたしは将来、学校の先生になりたいです。」
幼かった美貴が初めてついた大きな嘘。
美貴はこれっぽちも学校の先生になんてなりたいと思っていなかった。
美貴には7つも離れた姉が一人いた。
その姉はもう結婚をして新しい生活を持っていた。
そんな姉は成績優秀、スポーツも万能。
でも美貴は比較される事が嫌だったわけじゃない。
- 60 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:48
-
『線路から脱線しちゃいけない。』
『??』
『線路を踏み外すと痛い目に遭うでしょ?事故に遭うでしょ?』
『うん。』
『自分が電車だったとしたらお客さんが乗っている。
お客さんはみんな怪我しちゃうの。電車だけが壊れるわけじゃないの。』
『お客さん??』
『お客さんっていうのは美貴や私のお父さんやお母さん。
一人で生きてるわけじゃないのよ。でも他の人に自分のせいで迷惑かけたらどうなる?』
- 61 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:49
- 美貴がまだ生まれていなかった頃、
まだ父親が始めた会社は軌道に乗っていなかった。
それどころか、危険な状態にあった。そんな中に育った姉。
姉はいつも感じていたんだろう、親に迷惑かけまいと。
そして会社が安定した頃に美貴は生まれた。
姉妹とはいえ、幼い多感な時期を過ごした環境があまりにも違いすぎた。
父親も母親もいよいよ嬉しい悲鳴をあげつつ仕事に精を出し
忙しい両親に代わり、美貴は姉に育てられたといっても過言ではなかった。
年も大きく離れていた姉。そんな姉の言うことは絶対だった。
だから美貴は姉の背中を目指してずっと歩いていた。
脱線しないように脱線しないように・・・。
- 62 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:49
- けれども美貴が中学を卒業する年に姉は結婚した。
結婚してもう2年。姉は子供を作らないという。
そんな姉に美貴が理由を聞くとこんな返事が返ってきた。
『乗客はこれ以上増やしたくない。
というか、今の生活を壊したくないの。』
この時、初めて美貴は姉に反発心を抱いた。
今まで刺激を与えられる事を拒み続けてきた姉。
そしてそれに習うように美貴も刺激に触れないように生きてきた。
舞に苛立ちを感じていたのも、こういう精神の名残かもしれない。
- 63 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:50
- でも今は違う。
追いかけてきた人は美貴の理想とはほど遠いところにあった。
というか、無心に追いかけてきた人は美貴の理想とは違った。
美貴は中学3年にしてやっとその事に気が付いた。
でもそんな事を今になって気づかされたところで、
美貴はどうしていいかわからなかった。
だから漠然と日々を過ごす・・・。
- 64 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:50
-
―――――――――――――
家に一人でいる事が辛くなったあたしは紺ちゃん家に行くことにした。
紺ちゃん家は中学が一緒だっただけあって、家も歩いてすぐの所にあった。
紺ちゃんの両親は代々続く産婦人科。
二人とも夜遅くまで、病院にいて、紺ちゃんの弟も進学塾に通っていた為
紺ちゃんの家に行っても、いつも紺ちゃん一人だった。
紺ちゃん家を訪ねるとやっぱり今日も一人だった。
「夜遅くごめんね。」
「いいのいいの、私もいつも一人で淋しかったから。」
「紺ちゃん家、何気に久しぶりだな・・・」
あたしと紺ちゃんは1年でクラスが違ったため、
ここに遊びに来るのはほぼ一年ぶりだった。
- 65 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:51
- 紺ちゃんの部屋は相変わらず綺麗に片づいていた。
あたしはいつものようにベットを背に座ると、視線の先には紺ちゃんの勉強机。
机にはたくさんの参考書、それから中学時代の陸上部で獲った表彰状。
その中に最後の地区大会で優勝したときのものはなかった。
「やっぱり飾れない?」
この間の事もあったのであたしは紺ちゃんに聞いてみた。
「・・・・うん。」
「そっか。」
「ショックだった・・・。」
「うん。」
あたしはこの間見た舞ちゃんの足の傷を思い出した。
その傷は今でも鮮明に思い出す。
まだ赤く大きな傷は舞ちゃんの足に大きく張り付いていた。
「本当にね、憧れだったんだ。」
紺ちゃんはそう言って自分の獲った賞状達を見つめた。
- 66 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:51
- そしてもう一つ、あたしはいつも気になっていたことがあるんだ。
それはその机に並べられた写真立て。
そこには紺ちゃんと弟、そしてもう一人女の子が写っていた。
でもこの事は紺ちゃんには聞いたことがなかった。
「ねえ、美貴ちゃん。美貴ちゃんは将来どうするの?」
「将来ね・・・何にも。」
「何にも?」
「・・・うん。」
紺ちゃんの夢は保母さんになる事だった。
何よりも紺ちゃんは子供が好きだった。
だから今だって人形劇部に入っている。
人形劇部の部員は紺ちゃんを合わせてもたった3人。
そんな人形劇部に入ったいきさつは、この部活でのボランティア活動にあった。
人形劇部は季節ごとに学校に近くにある施設の子供達を招き
小さな発表会をやっていた。
紺ちゃんはその中で子供達と触れあう事をなによりも楽しみにしていた。
ただ、紺ちゃんは両親に産婦人科医になる事を進められていた。
そして紺ちゃんは何故かその進路には猛反発していた。
- 67 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:51
- 「ねえ、紺ちゃん。1つ聞いていい?」
「うん?」
「どうしてさ、医者の道を避けるの??」
あたしがそう聞くと紺ちゃんは黙り込んだ・・・・。
そして、ふと大きな瞬きをするとゆっくりと話はじめた。
「私ね、妹がいたの。」
「妹?」
紺ちゃんには弟が一人いただけだと思っていたあたしはびっくりした。
それと同時に、写真立ての女の子が妹だった事をあたしに解らせた。
- 68 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:52
- 「死んじゃったんだ。病気で。」
「初めて聞いた・・・・。」
「昔からね、家にはあたしと弟と妹の3人だけだった。
まだあたしも弟も小学生で、妹は保育園に通ってたの。
あたしは学校の帰り、毎日弟と二人で妹を迎えに行ってた。
その日は朝から妹の具合が悪かったんだ・・・。顔が赤くて、熱っぽかった。
そして、学校からの帰り保育園に迎えに行くと妹は熱を出して寝込んでたの。
保育園の先生がずーっと看病してくれてて。家まで一緒について帰ってくれた・・・。
- 69 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:52
- ―――――――――――――
『お母さんいますか??妹が、熱出して大変なんです!!』
『ごめんなさいね、今先生は分娩中の患者さん見てるから・・・』
『じゃあ、お父さんでもいいです!お父さん呼んでください!』
『院長も明日の手術の大事な会議で出られないの・・・』
あさ美の両親はそれでも家には帰ってこなかった。
というか、帰って来れなかったのかもしれない。
そしてその時、一緒に帰ってきてくれた保育園の先生は
痺れを切らし、自ら救急車を呼んだ。
でもその日は夕方過ぎから記録的な大雪が降っていた。
その為、救急車の到着にはかなり時間を要すると言われ
その保育園の先生はあさ美の妹を背中におぶって
弟の手を引くあさ美の手をしっかり握って、病院に向かった。
その道中、タクシーを探すがタクシーもほとんど走っていない。
見つけたところで先客を乗せたタクシーばかりだった。
『大丈夫・・・もうすぐだよ・・・』
保育園の先生はそうやってずっとあさ美の妹を励まし続けた。
そして病院に着いた時は、もう妹の意識はなかった・・・。
- 70 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:53
-
―――――――――――――
それ以来ね、お父さんもお母さんも医者なんかじゃないって。
確かに人の命の誕生は助けられるけど・・・肝心な妹の命は助けられなかった。
病気を治せない医者なんて・・・」
紺ちゃんは堰を切ったように話し続けていたが、そこまで言うと黙り込んでしまった。
あたしはこんな紺ちゃんを見たのは初めてだった。
瞳は何かを捉えて話さないそんな強いものを放っていた。
「ゴメン・・・悪いこと聞いちゃったね。」
あたしがそう言うと、紺ちゃんは我に戻ってあたしに力のない笑顔を向けた。
「その時の保育園の先生・・・忘れないよ・・・。」
- 71 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:53
- その後、紺ちゃんはあたしに暖かい紅茶を出してくれた。
久々に人が入れてくれた紅茶を飲んだあたしは
忘れかけていた紅茶の柔らかい香りに紺ちゃんの優しさを感じ
あえて、そこに砂糖という甘さを加えてみた。
あたしはその紅茶を飲むと、夜も遅くなっていたので紺ちゃん家を後にした。
あたしは紺ちゃんみたいに、そんな夢はなかった。
というか、夢を持とうなんて考えた事がなかったのだ。
帰り道、あたしは自動販売機で紅茶を買ってみた。
それはいつも飲んでいるものだったけれど、
紺ちゃんが入れてくれた暖かい紅茶とは比べものにならないほどひどく不味く
ほとんど口にしないで、公園の垣根にそれを流して帰った。
後味は妙に人工的な甘さが漂い、あたしはそれに吐き気を覚えた。
そして空からは雨がパラつき、その中を走って帰った。
- 72 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:54
-
―――――――――――――
個人面談の日、私は一人で教室に向かった。
部活も顧問である真中先生が担任だった為、
この日は自主連で、時間に合わせてあたしは部活を抜け出した。
教室に着くと前の生徒の面談は終わっていたようで
教室の扉は開いていた。
中に入ると担任の真中先生がこちらを向いて座っていた。
「お母さん、忙しいんだって?」
「はい。」
「部活の連中はちゃんと自主連してるか?」
「はい。」
成績は中の上、部活もそれなりに頑張っていて、生活面も問題は無し。
そんなあたしに先生も特別何も言ってこなかった。
本題である、高校卒業後の進路という質問に対しても、
「とりあえず成績に見合った大学を受験します。」
「それじゃ安心だな。」
こんな短い会話であたしの個人面談は終わってしまった。
- 73 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:58
- 昔からそうだった。
あたしの個人面談はすぐに終わる。
母親が来てもこれは変わらないことだった。
姉の背中を追いかけていた頃と同じ。
あたしの意志が変わっても、現状は何も変わらない。
その事実があたしを苦しめる。
自分を困らせたいわけじゃないけれど
何もないより悩んだ方がいい。
あたしは何もない事が悩みなのかもしれない。
けれどそれは悩みと言えるのだろうか?
無色透明なあたしの存在。
- 74 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:58
-
教室を出ると、廊下にはとても面談に来ているとは思えない女性が座っていた。
その女性は一目で水商売とわかる格好をしており、安っぽい金の装飾品と
シャネルの鞄がやけにアンバランスだった。
そしてその横には髪の長い生徒が廊下の窓を向いて立っていた。
「舞ちゃん」
振り向いた舞ちゃんは少し気まずそうな顔をした。
「ウチの母親。」
舞ちゃんがその女性を紹介した。すると舞ちゃんのお母さんは無愛想ながらも頭を下げた。
舞ちゃんのお母さんはよく見ると舞ちゃんと似ていて
綺麗な顔立ちをしていた。そして、あたしの母親なんかよりずっと若く見えた。
「じゃあね。」
舞ちゃんはそれだけ言うと、二人で教室の中に入っていった。
- 75 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:59
-
そして部活も終え、あたしは麻美を待って一緒に帰る事にした。
「今日ね、舞ちゃんのお母さん見た。」
「ああ!若いでしょ?」
「うん、びっくりしちゃった。」
「確かおばさんが22歳の時の子供らしいよ、舞ちゃん。」
「そうなの?」
「なんか昔アイドルやってたらしいんだよね?」
「え?」
「舞ちゃんのお母さん。詳しく聞いたことないんだけどさ。でも、綺麗な人だよね。
あたしらが小学校の時なんてもっと若くて綺麗だったもん。」
あたしは舞ちゃんのお母さんの意外な過去に驚いた。
ただ、一目見た時から普通の人ではないような感じはした。
「お父さんは?」
「あたしが小学校の時は何度も会ったことあるよ。お兄さんもいたし。
でも離婚しちゃったの。お兄さんはお父さんの方に付いていったの。」
「そうなんだ。」
あたしたち二人が校庭で話していると空から声が聞こえた。
- 76 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:59
-
「おーい。」
見上げると屋上からこちらを見下ろす舞ちゃんに姿があった。
大きく手を振る舞ちゃん。
あたしたちは屋上に向かった。
- 77 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 10:59
-
―――――――――――――
「何やってんの?」
麻美が開口一番尋ねると、舞ちゃんはコンクリートの上に寝っ転がった。
「なんとなくね、帰る気になんないじゃん?」
「おばさん来たんだって?」
「そそくさ帰ったけどねー。」
「そうなんだ。何か言われた?」
「別にー。」
「別にって、んなわけないだろ?!」
舞ちゃんは寝転がったまま煙草をくわえて火を着けた。
- 78 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:00
-
「昔、ファンだったんだって。ウチの母親の。
だからさ・・・変わりっぷりにビックリしてたよ。
そりゃさ、昔ブラウン管越しに憧れてたスターのあんな落ちぶれてた姿みたら
ショックだわな・・・。」
舞ちゃんはそう言って笑った。
「おばさんは?」
「機嫌悪くなっちゃってさ。いつもの事なんだけど。
話もそこそこにすぐ帰ったよ。笑っちゃうよ。
先生は先生でそんな母親にオロオロしちゃって、すぐ終わった。」
そしてあたしの顔を見るなり舞ちゃんはあたしに
「ウチの母親、アイドルだったんだ!スゴイっしょ?」
とおどけながら言った。。
「聞いた。綺麗なお母さんじゃん。」
「綺麗なだけじゃね・・・。ま、母親に似てるあたしも美人ってことか?」
「いやいやいや・・・自分かいかぶりすぎだから。」
そんな冗談にあたしは突っ込んだけれど、
でも本当に舞ちゃんはお母さんにそっくりで綺麗だった。
- 79 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:01
-
その時、突然屋上の扉が開きその真中先生が入ってきた。
先生は走ってきたのか肩で息をしていた。
「里田!」
先生が入ってきたのにも関わらず、舞ちゃんは手に持った煙草を捨てたりせず
そのまま先生の方を振り返った。
あたしはそんな舞ちゃんを見て、冷や冷やしていた。
でも先生はそれには一切触れなかった。
というか、舞ちゃんを探し回ったのだろう。息を整えるのに必死だった。
普段、誰も行かない屋上。こんなところまで探しに来た先生に少し驚いた。
「悪いな・・・お母さんに謝っといてよ。」
先生はそう言うと、舞ちゃんの傍まで来てしゃがみこんだ。
- 80 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:01
- 「いいよ、放っておいたら。」
「よくないさ・・・。」
「どうして??」
「だって、アレじゃないか・・・。生徒の母親を怒らすなんてさ・・・。」
「だからいいってさ、あっちが勝手に機嫌悪くなっただけなんだから。」
「いや、オレもオレで勝手に昔の話だしちゃってさ」
「それもいつもの事で慣れてるはずだから。」
「でも伝えるだけでも伝えておいてくれよ。」
「何を?」
「オレが気に掛けてたって・・・」
すると舞ちゃんは突然立ち上がり先生を見下ろす形になった。
「不自然だよ。」
「え?」
「そういうのってさ。」
「不自然?」
舞ちゃんは煙草を自分の持っていたは灰皿に押しつけると
端の手すりの当たりまで歩いていった。
そして、手すりによっかかり景色を眺めたかと思うと
突然こちらを向いて、先生を見つめた。
- 81 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:01
-
「みんなそう・・・。」
「みんな?」
「先生も一緒なんだね。」
「オレも一緒ってどういう事だよ?」
しばらく舞ちゃんは黙っていた・・・。
「ま、いいや。麻美、美貴ちゃんも帰ろ。」
あたしはその時初めて舞ちゃんに『美貴ちゃん』と呼ばれた事に少し動揺した。
麻美は先生の方を気にしていたけれど、
舞ちゃんは構わず鞄を拾い上げて歩いていった。
一人屋上に取り残された先生を置いていくのは気が引けたが
あたしも麻美もとりあえず舞ちゃんに付いていこうとした。
そして舞ちゃんが屋上の扉を開けた瞬間。
後方から先生が声を掛けてきた。
- 82 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:02
-
「里田!」
あたしと麻美はそんな先生の方を振り返った。
「煙草・・・やめろよ・・・。」
先生の口調は妙に優しかった、そして・・・なんとなく自信なさげだった。
あたしが知っている部活の顧問ではなかった。
というか、その瞬間だけ先生は教師じゃなかったみたいだった。
そんな言葉を背中に受けた舞ちゃんは
そのまま何も応えず屋上から出て行った。
麻美はそれを見送りつつも先生の方を振り返ってこう言った。
「先生。これ以上舞ちゃんを傷つけないで・・・。」
「傷つけるって??」
麻美もそれには答えず、先生に一礼すると屋上を出て行った。
あたしも状況が全く読めず、麻美の後を追った。
- 83 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:03
-
学校の中に入ると麻美はそこで待っていた。
舞ちゃんはもういなくなっていた。
麻美はあたしが来たのを確認すると、ゆっくりと話し出した。
「舞ちゃんのお母さんね、小学校6年の時のあたしたちの担任の先生と不倫して
それが原因で、離婚したんだ。舞ちゃんのお母さんすっごく綺麗でしょ?
しかも元アイドル。あたし達の教師の世代だったらみんな知ってるよ。憧れの人だもん。
でも舞ちゃんはお母さんのそんな過去のせいで家族がバラバラになったと思ってる。」
麻美はそう話しながらも階段を降り、廊下を歩いていった。
「浅倉舞って聞いたことない?」
「あ・・・知ってる。」
その名前は誰でも一度は聞いたことがある
20年ほど前に一世風靡したアイドルの名前だった。
- 84 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:03
-
「舞ちゃんのお母さんの事だよ。舞っていう名前はお母さんのアイドル時代の芸名。
だから舞ちゃん自分の名前大嫌いなんだ。
でも、18歳の時に突然芸能界引退したんだよ。スキャンダル?っていうの?
出来ちゃった結婚みたいな。相手はごくごく普通の人だったみたいで。
でその時に生まれたのが舞ちゃんのお兄さん。」
学校を出ると、夕方も過ぎたいぶ日も落ちてきていた。
「真中先生っていくつだっけ?」
「35とか6とかじゃない?」
「じゃ、先生が高校生くらいの時のアイドルだね。」
麻美はそう言ったっきり、舞ちゃんの事は話さなかった。
あたしもこれ以上深く舞ちゃんの過去は今は知りたくなかった。
舞ちゃんの過去には辛い事がありすぎるような気がした。
- 85 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:04
-
舞ちゃんを囲むモノトーンな空気と虚ろな瞳。
あたしは少しずつそのワケがわかってき気がした。
あたしたちはそれから他愛もない部活なんかの話をして別れた。
- 86 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/12(金) 11:04
- 家に帰るとその日は珍しく母親が夕飯の支度をして待っていた。
「美貴、ごめんね今日。」
「いいよ。特に何もなかったし。」
「夕飯作ったから・・・食べなさい。」
母親の手料理を食べるのは久しぶりだった。
いつも母親と二人で食事する時は会話も何もなかったけれど
あたしは今日は学校のことや部活の事をいろいろ話した。
母親もそんなあたしの話を熱心に聞いてくれていたようだった。
食後、母親の入れてくれたカフェオレを飲んだ。
母親の入れてくれるカフェオレは牛乳が多く最初から砂糖が入っていて甘い。
でも今日はその甘さが、舌に心地よいだるさを残した。
- 87 名前:レモン 投稿日:2003/12/12(金) 11:09
- 今回の更新はここまでです。
>たかさん
どうもありがとうございます。
里田さん、娘。小説とかではまだ出演数が少ないようですが
独特の雰囲気がある人だなって前から思ってまして
今回は、あのPVからその私の勝手なイメージで書いています。
作者的にも思い入れのある人間になりそうです。
それから、なんかこの間余計な事を書いてしまったようで・・・。
あの、気になさらないで下さいね。
自分でもいろいろ調べてみますんで。
- 88 名前:たか 投稿日:2003/12/12(金) 21:16
- 今日もおもしろいのを読ませて頂いてありがとうございます。
僕がこの小説の好きなとこは、美貴さんの気持ちの文章の書き方
がすごく素直に思ったことを書いてる気がして実際の日常生活での
感情と似るとこがあるとこです。う〜ん。なんか上手くいえないんですが。
それとこの間の感想でも書いたのですが、時々とても不思議なたとえ
をしてる綺麗な言葉が使ってあるとこっすね。とても良いです。
舞さんの暗いいとこが見え始めた感じがしてちょっと僕自身も
考えてしまいましたよ。ははは。面白いです!!楽しみにしてます!!
- 89 名前:ss.com 投稿日:2003/12/13(土) 08:35
- 更新、お疲れ様です。
ウーン、それぞれみんな、いろいろな事情を背負ってるんですね…。
予断ですが、私の高校時代の友人にも、事故でプロも狙えるといわれていた
野球を断念した奴がいました。
彼も、作中の舞ちゃんみたく表面上はサバサバしてましたね。
で、私ら、アホだったから、美貴さんみたく深い所まで考えてなかった様な…
ヤツの事、傷つけてたかもなァっと、ちょっと反省です。
ゴメンなさい、関係ない事、ながながと…。期待してます!
- 90 名前:レモン 投稿日:2003/12/17(水) 05:47
-
―――――――――――――
部活の練習中に怪我をした。
「ま、しばらくは部活は無理やな。」
「どうもありがとうございます。」
「念のため病院行ったほうがいいかもしれんけど、
ま、腫れも少ないし大丈夫やろう。」
あたしの右手首は中澤先生の手によって包帯でしっかりと固定された。
「ノート取れないな・・・。」
「そりゃ誰かに貸して貰うとかしたらええやん。」
「でも麻美は授業中寝てるし、紺ちゃんは自分の勉強で忙しそうだし。」
「里田はもっての他やな。」
あたしも先生も舞ちゃんを思い出し二人して笑った。
考えたら舞ちゃんがまともに授業を受けている姿なんて見たことがなかった。
- 91 名前:レモン 投稿日:2003/12/17(水) 05:48
- 「あいつもな・・・あの事故さえなけりゃな・・・」
あたしは先生がその事実を知っている事に驚いた。
「先生、知ってるんですか?」
「まあな、っていうか里田はよくここ来るよ。」
「そうなんだ・・・。」
「ここで一服して帰るねん。アイツ無茶苦茶やろ?
アタシも仮にも教師やっちゅうねん。」
あたしはその舞ちゃんがなんとなく想像ついてまた笑った。
けれどどうして中澤先生の前で舞ちゃんがそんな風にいられるのかはわからなかった。
それに・・・何でかわからないけどちょっとした嫉妬心みたいなのもあった。
- 92 名前:レモン 投稿日:2003/12/17(水) 05:48
-
「先生にはいろいろ話すんだ・・・。」
「なんでやろな?でも最初は自分から何にも喋らへんかったよ。
最初来た時は、1年の時の体育の授業やったかな?
真中先生に担がれて運ばれてきてん。先生の顔も真っ青で、びっくりしたわ。
まだ治りきってない足で持久走無理して走ったらしくて。
ゴールした瞬間に足押さえて倒れ込んで動かれへんくなったって先生言うとった。
そんでそのまま病院連れてったんや。
その間も、この怪我どうしたんや?って聞いても何にも言わへんし。
それからしばらく松葉杖ついて学校来てて。
体育の時間見学してるのみっともないから、ここにいさせてくれって。
それからやな・・・。ま、最近自分の居場所見つけたみたいやから
前みたいに頻繁には来なくなったけどな。」
先生は一気にそう話すと苦笑いしながら溜息をついた。
- 93 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:50
-
「エエ奴やねんけどな・・・アイツも他人になかなか心開かん。
少し斎藤と似てるかもな。ま、里田には木村もいるし。」
「斎藤って・・・」
「あれからどう?」
美海の事、忘れていたわけではなかった。
けれどあたしも自分の周りの事でいっぱいいっぱいで
あれ以来、美海と接触していない。
「一度話したっきり・・・」
「そっか・・・。」
「なんかでも変に話しかけるのもアレだし・・・。」
「そうやな。ま、あんまり気にせんといて。」
あたしはそれから保健室を後にして部活に戻った。
部活に戻ったら、真中先生が心配そうにあたしの元にやってきた。
「大丈夫か?」
「軽い捻挫みたいで・・・しばらく部活休みます。」
「そっか・・・ま、今日も家帰っていいから。」
「はい。」
先生とはそれだけ話すとあたしは制服に着替えて体育館を去った。
- 94 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:50
-
―――――――――――――
翌日から案の定、授業中は退屈だった。
ノートも取れないし、だからといって教壇に立つ教師を
ずっと見つめているのも辛い話だった。
そして四時間目。あたしはちょっとした事を思いついた。
ノートの端切れをちぎってそこに左手で文字を書き
それを丸めて、後ろの席の舞ちゃんめがけて投げた。
舞ちゃんは窓の外を見ながら頬杖ついてボーッとしていたが
その紙切れが当たるとそれを拾って読み、チラッとこちらを向いて小さく笑った。
そしてチラチラと周りを見回して、教室の後ろの扉が開いてる事を確認すると
先生が後ろから教壇に歩いていった隙にあたしの元までかがんでやってきた。
- 95 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:51
-
「行くよ。」
舞ちゃんはそれだけ言うと、あたしの腕を取り
先生の視線を確かめて教室の中を小さくかがみながらをゆっくりと移動した。
そして教室の扉を出ると・・・
――――走った!
舞ちゃんの足はやっぱり速く、あたしもついて行くのが大変で
どっちかっていうと舞ちゃんに引っ張られている感じだった。
そして廊下の角を曲がり階段を駆け上がる、
胸の高鳴りが自分の耳にも聞こえてきた。
もちろん、舞ちゃんの弾む息づかいも。
あたしたちは一番上の階まで駆け上がると、屋上への扉をあけた。
- 96 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:53
-
屋上の扉を開けると校舎内の湿った暗い空気とは違い
太陽の光が見えるほど眩しく、目が眩んだ。
屋上に着いたあたしたちはそのままコンクリートの上に寝転がった。
6月の梅雨時だというのにその日は晴天が広がり
太陽がちょうど真上にあって日差しがまぶしかった。
二人とも肩で息をしていた。
あたしは何がおかしいのか笑いが止まらなかった。
「あのねぇ、アタシだって毎時間こんな事やってるわけじゃないんだから。」
舞ちゃんは息切れした状態のままそう言った。
「わかってるって。でも速いよ舞ちゃん。」
「そりゃそうじゃん。これでも中学の時、記録持ってるんだから。」
「それにしては息切れしてんじゃん?」
「脱走する時間選んでよ。ちょっと数学の時間で脱走するのは無謀だって。」
確かに数学の教師は一番授業中に厳しく、
舞ちゃんも数学の時間に脱走した事は見たことがなかった。
あたしたちは二人して笑った。
何がおかしいのかわからなかったけど
太陽の匂いと屋上に吹く柔らかな風が心地よかった。
- 97 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:54
-
「美貴ちゃんってカワイイ顔してこういう事するんだ。」
「意外?」
「ま、意外っちゃぁ意外かな?」
「そっか・・・」
「でもね、同じ匂いはするね。」
舞ちゃんはそう言うと起きあがり、ずれた靴下を上に引き上げた。
「大丈夫?」
「え?」
「足・・・。」
「これくらいならね。」
「やっぱり痛むの?」
「たまにね。」
「そっか・・・。」
「ま、でも全力疾走じゃないから。」
「え?」
あたしが驚いたのと同時に舞ちゃんは立ち上がって煙草を取り出した。
ライターで火をつけようとするけど、屋上は風が強くてなかなか火がつかない。
- 98 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:55
-
「さっきさ・・・同じ匂いがするって。」
「ああ。」
「どんなの?」
「あんまり嬉しくないでしょ?」
「そういうわけじゃないけど。」
「いいっていいって。
なんかね・・・どこ見て走っていいかわかんないんだよね。目標?っての?
アタシも今そういうのないからさ。」
「前はあったんだ。」
「無くはないけど・・・あったとも言えないかな。」
「それって聞いていい?」
「・・・・・家族。」
あたしはてっきり陸上の事だと思っていた。
舞ちゃんの家族はバラバラになった。
だから家族の温もりが欲しいのかもしれない。
でも、それはあたしも一緒だった。
うちはまだバラバラになっていないから取り戻す事ができるかもしれない。
けれどもう舞ちゃんにとってはそんな些細な願いも過去形になっていた。
- 99 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:55
-
「やっぱ似てるかもねー・・・あたしたち。」
「そう?」
「うん。あたしも取り戻したいもん。」
「そっか・・・。」
「舞ちゃんは?もう無理?」
「うーん、無理かな?っていうか諦めちゃった・・・。」
明るく舞ちゃんはそう言ってたけど心なしか、表情は翳りを見せた。
あたしはそれ以上聞くの事が出来ず、思わず瞳を閉じる。
舞ちゃんに纏わる話は全て過去の話だった。
この人には未来を感じない。
それは今まで接してきた紺ちゃんや麻美とはあまりにも違いすぎて
あたしは舞ちゃんの事を知るのに戸惑いを感じる。
紺ちゃんや麻美は、眩しいくらいに未来を見つめている。
今日の日差しもそんな紺ちゃんや麻美のように真っ直ぐにあたしを照らす。
- 100 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:56
-
気が付くと、隣に舞ちゃんの姿がなかった。
そしてふと後ろを見ると、扉のある建物の壁にに凭れて煙草を吸っていた。
太陽を避ける。
そして、影へ逃げ込むんだ。
あたしはそこへは行かず、太陽の日差しを受けたまま
コンクリートの上で目を閉じる。
まだもう少し、あたしを照らしていて欲しい・・・。
どれくらい経っただろう・・・。
あたしは屋上でそのまま眠ってしまった。
しばらくすると屋上の扉が開く音がした。
- 101 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:57
-
「美貴ちゃん。」
そう呼ばれて目を開けると、麻美が空からあたしを覗き込む。
「もービックリしちゃったよぉ。いきなりいなくなるんだもん。」
そう言われて起きあがると、舞ちゃんの姿はもういなくなっていた。
「あれ?舞ちゃんは?」
「呼び出されちゃった、真中先生に。」
「え?なんで舞ちゃんだけ?」
「さぁ・・・。美貴ちゃんが舞ちゃんに連行されたと思ったんじゃない?
っていうかもうお昼だよ。」
麻美は笑いながらあたしにパンと牛乳を差し出した。
「あたしが誘ったのに・・・」
「そうなんだ。珍しい事もあるもんだぁ。」
「あたし先生んとこ行ってくる。」
「いいよいいよ、舞ちゃんそういうの慣れてるからさ。」
「でもさ・・・」
「いいんだって。甘えときなよ。
それに後で恩着せがましく言ってきたりなんてしないからさ。」
麻美の明るいテンションと裏腹にあたしの気持ちは少し沈んでいた。
「それよりさ。探してたよ、斎藤さん。」
「え?なんで?」
「わかんない。急にいなくなったから心配したんじゃない?」
あたしは麻美が買ってきてくれたパンを食べて教室に戻った。
- 102 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:58
-
教室に戻ると舞ちゃんの姿はなく、鞄もなくなっていた。
そしてその日はもう教室には戻って来なかった。
結局、HRの時もあたしは真中先生に何にも言われなかった。
放課後、授業を終えたあたしは教室を出ようとする先生を捕まえた。
「先生。」
「ん?」
「舞ちゃん・・・。」
「ああ、帰ったよ。」
「どうして?」
「どうしてって・・・。」
「何か言ったんですか?」
「イヤ・・・。」
「あたしが誘ったんです。」
「・・・そうなんだ・・・」
先生はそれを聞いてもまったく響いてないようで
あたしはちょっと腹が立った。
「そうなんだって・・・」
- 103 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:58
-
先生はあたしを避けるようにして教室を出て行った。
少し気になった。
先生は舞ちゃんの名前を出した瞬間からあたしと目を合わせなかった。
舞ちゃんも別に少し怒られたくらいで帰るような事は今までなかった。
どちらかというと、そんな事は全く気にも留めてないようだったし。
部活にも出られないあたしは、その日わざわざ体育館まで行く必要もなく
真中先生の背中を見送った。
そしてあたしが教室を出ようとした時、誰かがあたしの肩を叩いた。
美海だった。
「部活、出られないんでしょ?」
「あ、うん。」
「ちょっと時間・・・いい?」
「いいけど。」
あたしは美海と共に、あの日以来の森へ行った。
- 104 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:59
-
―――――――――――――
森への道のりを進む間あたしたちは一度も言葉を交わさなかった。
2人は横に並んで歩かず、先に進む美海にあたしが少し遅れてついて行く。
そう、美海は森へ行って初めて呼吸をする。
森へつくと、美海はやっとあたしの方を振り返り
鞄の中からルーズリーフを何枚かあたしに手渡した。
「何これ?」
そのルーズリーフにパラパラと目を通すと、
それは今日の全ての授業分のノートだった。
「え?でもこれ今日は写せないよ。」
「違うよ。」
「?」
「それ、あげる。」
「え、でも・・・」
「大丈夫。私の分はちゃんと取ってるから。
逆に言えば、それは写したものだから。」
あたしは美海のそんな気遣いが素直に嬉しかった。
しかも美海の持ってきたソレはコピーではなく
美海は一枚一枚手書きで書き写したものだった。
癖がなく均等に並んだ美海の小さな字。
- 105 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 05:59
-
「ありがとう。」
美海はそんなあたしに優しく微笑んだ。
そして鞄から大きな布を広げると、そこにチョコンと座った。
「どうぞ。」
「あ、じゃあお邪魔しまーす。」
あたしは靴を脱いでその布の上にあがった。
森の中は時おり吹く柔らかな風が木々の葉を揺らし
耳障りの良い音をあたしたちの耳に響かせる。
その音は、あたしの中のいろんな蟠りを篩にかけている音のようで
心がすーっと素直になっていく。
「溜息はね、別についてもいいんだよ。」
美海は本に目を落としたままあたしに話しかける。
そういえば、あたしは溜息をよく吐く癖があった。
「え?どうして?」
「溜息の中に紛れ込んだ嫌な気持ちを吐きだして、
その代わりに新鮮な空気をしっかり取り込めばいいから。」
「へぇ〜、おもしろい事言うんだね美海って。」
「そう?」
「なんか心の中読まれてるみたい。」
「そうかな?」
美海はあたしの顔をチラッと見ると、少し淋しそうな笑顔を見せた。
- 106 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 06:00
-
「羨ましいけどね。」
「え?あたしが?」
「うん。」
「どうして?」
「みんな美貴ちゃんを見てる。」
「へ?」
「木村さんも、紺野さんも、それから・・・里田さんも。
仲間っていうの?自分を誇張する為に群れる存在するんじゃなくて
ちゃんと美貴ちゃんを見てる仲間がいるじゃない?」
そう言われてみたらそうだった。
あたしは事実、幼少の頃から友達には苦労しなかった。
特別人気者だったわけじゃないけれど、あたしの周りには常に友達がいた。
「美海は?いないの?」
あたしがそう言うと、美海は読んでいた本から目を上げた。
「いない・・・かな。」
そして再び本に視線を落とすと、また活字を追い始めた。
- 107 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 06:00
-
美海は現実を見つめられないのかもしれない。
だから架空の世界に逃げ込み、自分を一人にしてしまう。
それは太陽を避ける舞ちゃんと少し似ている気がした。
舞ちゃんは光じゃなくて影を選ぶ、自ら進んで。
カタチは違うけれど、二人とも直視できない何かを抱えている。
そして自分の弱さや傷をを隠してしまう。
「ねえ、美海は誰も見ないの?」
「見る?」
「さっき言ってたじゃん。みんなあたしの事見てるって。
でもあたしだってみんなの事見てる。もちろん・・・美海も。
だって、それはこうして美海がちゃんとあたしの事見てくれてるじゃない?
自分から進んで見なきゃ、誰も見てくれないよ。」
美海にはあたしのその言葉がどう響いたのだろうか?
美海はその後、しばらくあたしの方を向いていた。
その間は木々のざわめきも嘘のように静まり、
そこには美海とあたししかいない、そんな錯覚を覚えた。
- 108 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 06:01
-
そんな沈黙を破るかのように、あたしの鞄から携帯が鳴った。
「ごめん。」
そう言って、あたしは自分の鞄を開け携帯を取り出した。
それは麻美からのメールだった。
[美貴ちゃん、学校まで来れる?話聞いてほしい。 麻美]
そのメールを見ると、あたしは鞄を持って立ち上がった。
「麻美が話し聞いてほしいっていうから、ゴメン、帰るね。」
あたしは急いで靴を履き、壁のない美海の部屋から出た。
美海はそんなあたしを表情を変えずにずっと見ていた。
本当はまだまだ美海に聞きたい事があったけれど、
麻美が話を聞いてほしい、なんてメールしてくるのは珍しい事だった。
だから、美海の方はそれ以上あんまり見ないようにして、
ここから立ち去ろうとした。
けれども、さきほどからの美海の視線は
まだあたしの背中に向けられている気がして、もう一度後ろを振り向いた。
- 109 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2003/12/17(水) 06:02
-
すると、美海はやっぱりこちらを向いていた。
だから、あたしはそんな美海に
「ノート、ありだとう。嬉しかったよ。」
と言った。
美海はそれを聞いて、少し表情を笑顔にした。
「また来る!」
あたしはその言葉を最後に、森から続く下り坂を降り
学校へ急いだ。
美海に言った事は嘘じゃない。
きっとまた来る。
それまで待ってて・・・。
- 110 名前:レモン 投稿日:2003/12/17(水) 06:04
- 【訂正箇所】
>>90-92
名前欄に作者の名前を入れてしまいましたw
レモン→第一章 瞳の翳り
- 111 名前:レモン 投稿日:2003/12/17(水) 06:13
- 今回の更新はここまでです。
>たかさん
美貴の視点は読者の視点の近くあって欲しいと思うのが私の願いです。
ですからその様な感想を頂けてとても嬉しく思います。
私自身が女性なので、なるべく日常の葛藤みたいなものを
年頃の女の子の視線で描ければ・・・と思っています。
今後ともよろしくお願いします。
>ss.comさん
いつもありがとうございます。
他の4人のエピソードを通して美貴という人間が伝わればと思います。
ss.comさんも作品を書いてらっしゃるようで。
今度時間がある時に是非じっくり読ませて頂きますね。
ちょっと見たところによると、みきまいですね。
- 112 名前:レモン 投稿日:2003/12/17(水) 06:52
- 【レスへの訂正】(笑)
>>111
>ss.comさん
みきまいじゃないですね、あやみきでした(笑)
みきまいなのは私の作品だっちゅうの。
ま、でも基本的に今の所CP色は薄い作品になりそうです。
- 113 名前:たか 投稿日:2003/12/20(土) 22:46
- 面白かったです。明るく振舞っている舞さんだからこそ時々見せる悲しい感じ
の感情がとても重みがあると思いました。藤本さんが色んな人と思いをぶつけ、
そしてみんなのことをちゃんと考えてる姿が浮かんできて、とてもいいなぁと思いました。
そして美貴さんが見ている色んな人の悩みや姿が見えてくるようで、すごかったです。
これからも頑張ってください!!!
- 114 名前:ss.com 投稿日:2003/12/21(日) 08:13
- >作品を書いてらっしゃるようで
バレちゃいましたかw ってか、HN変更しないでレスしてるんだから
当然ですけどね…。
いよいよ5人の関係が、それぞれ深まりを見せてきて、何かワクワクし
ちゃいます。
私の方は、こんなに深みのある作品じゃないんで、ほんとにヒマな時に
でも…。
- 115 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/13(火) 04:11
- 作風が大好きです。
特に藤本大好きなので、期待しています。
個人的にはプロローグの衝撃的な展開にどう繋がっていくのか。
これが非常に気になります。
- 116 名前:レモン 投稿日:2004/02/19(木) 03:38
- 更新遅れて申し訳ありません。
必ず復活するのでもう少しお待ち下さい・・・
- 117 名前:HS 投稿日:2004/02/19(木) 19:13
- 作者様の都合の良い様におすすめ下さい。
いつまでも待っています。
- 118 名前:レモン 投稿日:2004/02/26(木) 04:09
- お待たせしております。
今月中に更新目指してリハビリ中です。
ご期待に添える更新となりますかわかりませんが
ちょっとづつ復活できそうな感じですのでよろしくお願い致します。
ちなみにご意見ご感想などありましたら
遠慮無くお願い致します。
- 119 名前:HS 投稿日:2004/02/26(木) 20:57
- 今月中に更新できるという事で楽しみに待っております。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/26(金) 14:08
- いつまでも待ちます。
リハビリ早くできるといいですね。
- 121 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:25
-
―――――――――――――
美海のいる森を離れて学校への角を曲がると
ちょうど校門の辺りで麻美が大きく手を振っていたのが見えた。
「麻美ー!」
あたしは麻美の元へ走っていった。
あたしはさっきまでの美海との現実味の無い希薄な空間から抜けだし
やっと、自分のいるべき空間に戻ったような気がしていた。
「ごめーん!どこ行ってたの?」
あたしの予想とは裏腹に麻美の表情は笑顔で声はやけに明るかった。
「ちょっと・・・」
「わかった!斎藤さんとこだ!」
あたしは息を整えながら頷いてそれに答えた。
「なんだって?」
「なんだってって?麻美はどうしたのよ?
メールで呼び出したりして!ただならぬ雰囲気だったから走ってきたのに!」
そう言うと、麻美の顔からさっきまでの笑顔が消えた。
「今日・・・美貴ちゃんとこ泊まっていい?」
「いいけど・・・なんで?」
「実はさ個人面談、今日やったんだ。」
「え?!」
そう、個人面談の時期はとっくに過ぎていて
全員の生徒はそれを終えているはずだった。
「あの時、無視してたんだ個人面談・・・
そしたら、真中先生に放課後呼び出されちゃった。お母さんもいた・・・。」
- 122 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:26
-
―――――――――――――
麻美はバイトをしている。
学校から家とは反対方向に電車を乗って少しの所にある喫茶店。
麻美は親に内緒でそこで週に2〜3回働いて
そのお金を使って都内の憧れの劇団の舞台を観に行く。
この辺りから都内に出るには鈍行列車で2〜3時間。
麻美はそんな日、学校を休む。
学校を休む時は舞に連絡帳を書いてもらう。
舞は達筆で、大人のような流れる字を書く。
『ねえ、舞ちゃん起きて。明日行くんだ。』
『あん?』
『これ、書いて。』
『またぁ?』
昼休みの屋上。
麻美は壁に凭れてまどろんでいた舞を起こした。
『コレさ、ヤバくない?』
書いてやる事を引き受けながらも舞の手はペンを持ったまま止まっていた。
- 123 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:27
-
『大丈夫だよ、舞ちゃん字キレイだもん。』
『いやさぁ、そういう問題じゃなくってさ。』
『何?』
『おばさんに言った方がよくないか?』
『だって絶対許してくれないもん!』
『アタシ嫌だよ、おばさんに恨まれるの・・・』
『大丈夫、舞ちゃんが書いたって言わないからさ。』
麻美は明日観に行く舞台に胸を躍らせ
若干の冷静さを失いつつ、またこぼれる喜びを隠しきれないようだ。
『いや、絶対バレバレだから・・・。
それに、麻美のおばさんには小さい頃からお世話になってるからさ。』
『じゃ、もしバレたら燃やしちゃうよ!コレ。』
『・・・・・。アタシ麻美のおばさん好きだけどな・・・』
なんだかんだ文句を言いつつも、舞はそれを書いてやらなかった事はなかった。
『何?今度は?』
『え?』
『だから、風邪引いた事にするのか法事にするのとか。』
『あーん・・・風邪はこないだ使ったからなぁ・・・』
『そうだね、麻美はそんな常日頃風邪ひいてるタイプには見えないしな。』
『ちょっとぉ!それってバカは風邪引かないっていう事ぉ?!』
『ホラ、いいからいいから。終わっちゃうよ昼休み。』
舞はこういう時、麻美に対して母親のような視線を向ける。
『あ、そっか。んじゃぁ・・・結婚式!』
『結婚式ぃ?!』
『親戚の結婚式!』
『お前の親戚何人いるんだよ・・・』
苦笑いしつつ、舞は言われるがまま連絡帳を書く。
麻美は舞の書いた連絡帳をマジマジと確かめると
それを持って満足そうに頷くと立ち上がった。
『サンキューね!』
『あいよ。』
麻美は礼を言うと、そのままそれを大事そうに抱えて教室に戻る。
舞は麻美がいつも子供のような無邪気な笑顔を向けてくるから
それを断れないでいた。
- 124 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:27
-
―――――――――――――
「バレたんだ・・・。」
「うん・・・。」
麻美は個人面談の事までも母親に内緒にしていたらしい。
そして、今日になって真中先生に麻美のお母さんは呼び出された。
「おばさんは?」
「帰った。ね、どーしよう・・・。
今日は家帰ったら、もう二度と舞台観に行かせてもらえないって・・・。」
あたしは仕方なく麻美を家に連れて帰る事にした。
麻美はあたしの家までの道のり、何故か関係ない学校の話なんかをしてあたしを笑わせた。
きっと、あたしが気を遣っていると思ったのか
それとも、核心に触れた話をしたくなかったのか。
家に着くと、相変わらず母親は留守にしていて
テーブルの上にはいつもの夕食がラップに包まれて置いてあった。
「おばさん、忙しいの?」
「うん。」
時計は夜6時半だった。
夕食にしてもよかったのだが、
この冷め切ったものを麻美には食べさせたくなかった。
- 125 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:28
-
「ねえ、外食べに行かない?」
「いいけど・・・」
「麻美のバイト先ってまだやってるんでしょ?」
「あ、うん。」
「それからさ、紺ちゃんも誘っていいかな?」
この時間だと、紺ちゃんも一人で家にいるはずだった。
どうせならと思い、紺ちゃんに電話するとやはり紺ちゃんは部屋で一人
退屈な時間を机に向かって持てあましていたという。
紺ちゃんは自転車に乗って、近所の駅まですぐにやってきた。
あたしたち三人は、駅から電車に乗って
そこから30分程の麻美のバイト先に行った。
電車の中では、やはり麻美は今日の事が心配なのか
珍しくじっと大人しく黙っており、あたしや紺ちゃんの他愛のない話に
時折耳を傾けて笑ってみたり、なんとなく頷いたりするだけだった。
- 126 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:29
-
バイト先の喫茶店に来たのはこれが初めてではなかった。
喫茶店はこぢんまりとしていて、
7人掛けのカウンターと、4人掛けのテーブルが5つほどあるだけだった。
この店には矢口真里さんというバイトの人がいる。
矢口さんはフリーター。
あたしたちより、少し年上のちょっと派手で小柄なお姉さんだった。
「あれ?麻美?今日バイトないよ。」
あたしたちが店の扉を開けるなり、矢口さんはそう言った。
「違うんです。今日はちょっと・・・。」
「なんだなんだ?友達も一緒か。」
あたしは矢口さんに挨拶した。
「おう!久しぶり!藤本じゃん!ってアレ?もう一人・・・。」
紺ちゃんは矢口さんのそんな雰囲気にちょっとビビッていたみたいだった。
紺ちゃんはモジモジしながら店に入ると、自分がお客さんなのに
「あの・・・紺野あさ美っていいます。」
と小さな声でまるで自分が悪い事をしたように言った。
そんな紺ちゃんを見て矢口さんは少し豪快に笑うと
「なんも、オイラ脅したりしないってば!」と言い、
あたしたち3人を店のカウンターに招き入れた。
- 127 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:30
-
あたしたちは奥のテーブルから紺ちゃん、麻美、あたしという順に座った。
「お腹空いてんでしょ?アンタたち。」
そういう矢口さんはあたしたちの姉御っていう感じだった。
「わかります・・・・?」
麻美はそう言って肩を竦めると、
「じゃ、カレー3つ!美貴ちゃんも紺ちゃんもそれでいいよね?」
と、さっきまでの凹み具合が嘘のように元気を出した。
そして、矢口さんはあたしたちの座っているカウンターに
3つの水を並べ、キッチンに向かう際にこんな事を言った。
「ちょっと前に舞ちゃんも来てたよ。」
「え?!」
「一人で?」
「ううん、男の人と。結構大人の人って感じ。」
「誰だろう?」」
「え?え?どんな人?」
「ん〜とね・・・背が高くて、割と顔もかっこいい感じ。
でも左手の薬指に指輪してた。」
真中先生だ・・・・。
あたしはすぐにわかった。
もちろん、それに気づいたのはあたしだけではなく
麻美も気づいていたようだった。
- 128 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:30
-
「何話してた?」
あたしはちょっと心配になって聞いてみた。
「そっこまでは・・・あっちのテーブルに座ってたし・・・」
「じゃ、どんな雰囲気だった?」
「・・・ま、男の人がずっと話してる感じ?別に普通だったけど。
舞ちゃんは偶然ウチに連れてこられたみたいな感じ。
で、オイラの事知らん振りするから、事情アリかなって。、
だからオイラも、その人の前では舞ちゃん知らない事にした。」
「それで?」
「それでって・・・さっき舞ちゃんから電話掛かってきて
さっきはスイマセンって・・・それ以上オイラも聞かなかったけど。」
矢口さんはそう言うと、金髪の頭をポリポリと掻いた。
そして、キッチンに入るとあたしたちのカレーの準備を始めた。
真中先生と舞ちゃん・・・。
どうしてこんなところに二人で来たんだろう。
あたしがそれ以上事を考える隙もなく
矢口さんはカレーを三つもってやって来た。
- 129 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:31
-
麻美は、目の前に置かれたカレー香りに酔いしれ
あたかも、TVの料理番組に出ているタレントのように鼻くんくんさせた。
「早ーい!」
「そりゃ、鍋の暖まったカレーをご飯にかけるだけだもん。」
「おいしそぉ・・・」
紺ちゃんがやっと口を開いた。
あたしたちはやっと喋った紺ちゃんの言葉に
みんなで笑った。
そして、カレーを食べた。
ここの店のカレーはすごくおいしく
マスターが研究を重ねて作った自信作。
昼のランチ時には、このカレーを食べる為に小さな店内も満席になる。
紺ちゃんも早速ここのカレーに舌鼓を打つ。
「おいひぃです!」
「でっしょー?!ここのカレーはウマイんだから!」
あんなメールであたしを呼び出した張本人の麻美もカレーに夢中だった。
あたしが左手でカレーを食べるのに悪戦苦闘していると
先に食べ終わった麻美がやっと話し出した。
- 130 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/04(日) 13:33
-
「あたしさ・・・自分が観てるだけじゃ気がすまなくなっちゃった。」
「え?」
麻美があまりにも清々しい口調で切り出したのであたしは少し驚いた。
「芝居・・・あたしもやりたくなった。
だからね、今日お母さんに言ってみちゃった。
もうどうせコソコソ学校休んで観に行ってる事だってバレちゃったし。
そしたらさ、お母さん言葉失うっていうの?」
「ダブルパンチだ・・・。」
「ダブルパンチ?」
「そりゃそうでしょ。麻美さ、考えてもみなよ。
学校休んで舞台観に行ってた事も今日初めて知って、
それだけでもショックなのに、自分もやりたいだなんて・・・。」
「そう、うん、わかってるんだけど。今しかない!みたいな・・・。」
なんでだろう?
麻美は自分の悩み事を話しているはずなのに
そのつぶらな瞳はきらきらしていた。
麻美は真っ直ぐだ。
気持ちがいいくらい自分の気持ちに正直に生きる。
麻美の親も麻美にありったけの愛情を注いでいる。
だから麻美をそれをいっぱいに受けて、それを笑顔に変える。
「なんか、いいね。でも。」
「どこがいいのよぉ。あたしこれでも悩んでるんだけど!」
「いや、わかってるわかって。からかってるわけじゃないの。
でも夢があるっていいよね。」
「そう?」
「そうだよ。紺ちゃんにしてもさ、障害はあるかもしれないけど
一生懸命前を向いて走ってる感じ。」
食べ終わったカレーの皿を下げると
矢口さんが、コーヒーを出してくれた。
あたしたち三人はそのコーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を入れた。
コーヒーは苦みが強くて、あたしにはまだ美味しいとは素直に思えない。
それはあたしだけじゃなく他の二人もそうみたいだった。
- 131 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/04(日) 13:33
-
と、その時店の扉が開く音がした。
振り向くとそこには舞ちゃんが立っていた。
外は雨がいつから降り出したのか、舞ちゃんの長い髪は少し濡れていて
走って来たのか、少し息を切らしていた。
「忘れ物・・・。」
舞ちゃんがそう言うと、矢口さんはレジの引き出しから鍵を取り出した。
「家、入れなくって・・・。」
申し訳なさそうにそういう舞ちゃんの顔には表情という表情はなかった。
そして矢口さんから鍵を受け取るとそれをすぐさまポケットにしまいこんだ。
「やっぱそうだったんだ。」
「すいません・・・。」
舞ちゃんはそう言って、何故かあたしたちの方と目を合わせず
矢口さんに小さく会釈だけすると、その場から立ち去ろうとした。
まるであたしたちを避けているようにも思えた。
すると矢口さんが舞ちゃんを呼び止めた。
「舞ちゃん!」
舞ちゃんは少し俯き加減に振り向かず立ち止まった。
- 132 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/04(日) 13:35
-
「何かあった?」
矢口さんの問いかけに舞ちゃんの身体は少し震えが走ったように見えた。
「何がですか?」
舞ちゃんの声は抑揚もまったくなくて
あたしが知ってる舞ちゃんとは別人みたいだった。
「さっき・・・。店に来たときさ。
ちょっと気になったから・・・。」
矢口さんの問いかけが聞こえているのか聞こえていないのか
舞ちゃんは、扉のドアノブに手をかけたまましばらく何も答えなかった。
「コーヒーでも、飲んでいったら・・・?
それに、そのままだと風邪引いちゃうよ・・・」
矢口さんは答えを聞く前に、サイフォンに残っていたコーヒーを注ぐと
カウンターのあたしたちの隣の席に置いた。
そして、キッチンの中に入るとタオルを一枚持ってきてそれを舞ちゃんに差し出した。
舞ちゃんはちょっと考えていたけれどそのタオルを受け取ると
無表情のままあたしの横の席を一つあけて、そこにテーブルのコーヒーを移動して座った。
舞ちゃんが椅子に座ると、舞ちゃんの髪の毛から雨と甘いシャンプーの香りがした。
そして、出されたコーヒーに砂糖もミルクも何も入れず
そのまま、黒い液体のままのコーヒーを口に含んだ。
- 133 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/04(日) 13:35
-
それを確認すると、麻美がいつもの調子で舞ちゃんに話しかけた。
「舞ちゃん。内緒で芝居観に行ってたこと、お母さんにバレちゃった!」
「そう・・・。」
舞ちゃんは麻美の明るい口調とは裏腹に全く興味がないような返事の仕方をした。
そして、水がしたたる髪の毛先をタオルで押さえた。
「なんかさー、今日いきなり呼び出されてー
生徒指導室行ったらお母さんがいて、あたしのいきさつ全部知ってるの!」
あさみは体を舞ちゃんの方に向けた。
「それで?」。
「お母さん超怒ってて、学校で大喧嘩しちゃって。
ムカツイたから、今日帰んない事にした。」
「そう・・・。」
舞ちゃんはそれだけ言うと、またコーヒーを口に含む。
麻美の高揚した口調だけがむなしく店内に響き渡った。
濡れた髪の隙間から見える舞ちゃんの顔は妙に青白く、
目も正面を向いてはいたが、どこを見つめているのか全くわからず
生きている人間の人のようには見えなかった。
あたしも紺ちゃんも、そして矢口さんも
その息の詰まる重い空気の中でじっと二人を見ていた。
麻美もそれに気づいたのか、ようやく話す事を辞めて黙り込んだ。
- 134 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/04(日) 13:37
-
すると、矢口さんが舞ちゃんの座っているカウンターに灰皿を一つ置いた。
舞ちゃんはそれが合図かのように、おもむろに煙草を取り出して火を点けた。
テーブルに無造作に置かれたセブンスターのケースは
妙にへしゃげた形をしていて、舞ちゃんの指先の煙草も真っ直ぐには伸びていなかった。
屋上では感じなかった、煙草の香り。
舞ちゃんの口元から吐かれる煙が店内に広がった。
そして、さっきまで漂っていた雨と甘いシャンプーの香りはそれにいっぺんにかき消された。
「麻美・・・」
舞ちゃんは正面を向いたまま話しかけた。
「何?舞ちゃん。」
「アタシだから。」
「え?」
「先生にバラしたの、アタシだから。」
「今、何て言った?」
麻美は立ち上がって、舞ちゃんの傍まできた
ガタンという椅子の音が、あたしたちの空間に心地の悪い緊張感を漂わせた。
「ねえ、今何て言った?」
麻美は、もう一度舞ちゃんに問いただした。
すると舞ちゃんは、悪びれるでもなく、
「ずっと信用してる方が悪いんだよ。」
と、麻美にそんな言葉を吐きつけた。
- 135 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/04(日) 13:38
-
「ねえ舞ちゃんどうして?」
「どうしてって?」
「どうしてそんなことしたの?」
「いつまでも夢ばっか見てるから。」
「え?」
「いい加減目覚ましたら」
「・・・。」
「子供じゃあるまいし」
あたしは慌ててその会話に口を挟んだ。
「ちょっと舞ちゃん・・・」
それでも舞ちゃんはあたしの言葉が聞こえてないかのように続けた。
「麻美はいっつもそうだよ。」
「・・・・・・」
「願えば叶うなんて思ってる。」
そう言うと、舞ちゃんはもう一度煙草を吸うとゆっくりと煙を吐き出し
麻美の方を見て妙な笑顔をを向け、一言こう吐いた。
「バカバカしい・・・。いつまでも子供のままごとに付き合ってらんないよ。」
相変わらず舞ちゃんは顔にも目にも血の気はなかった。
あたしはそんな舞ちゃんを見て、少し気が怯んだ。
静寂。
そこで初めて、店内に古いジャズのスタンダードナンバーが流れていた事を知る。
それから、後ろで椅子の動く音がし、あたしの視界を一瞬誰かの影が遮ったと思うと
パチンというなんとも痛々しい音が店内に響き渡った。
- 136 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/04(日) 13:39
-
静寂を破った音。
そう、舞ちゃんを頬を引っぱたいたのは紺ちゃんだった。
紺ちゃんは舞ちゃんを引っぱたくと、しばらくそのまま突っ立っていたけれど
自分のした事に気が付いたのか、すばやく近くのテーブル席に腰を下ろし
舞ちゃんに完全に背を向けた。
舞ちゃんは引っぱたかれた頬を押さえる事もせず
「心配してもらってるうちが華だよ。」
と、俯いたまま笑いを含んだ声でそう呟いた。
そして、灰皿に煙草を押しつけると
「ごちそうさまででした。」と矢口さんに軽く頭を下げ、
鞄を手にして、席を立ち、店を出て行こうとした。
それを見た矢口さんは、慌てて声をかける。
「舞ちゃん!!」
舞ちゃんは矢口さんのその声にこちらを向かずに足を止めた。
「何かあった??」
「なんにも」
「さっきの人と・・・」
その言葉に舞ちゃんは少しこちらに横顔を向けた。
「ないですよ。」
そういう舞ちゃんの表情は意外にも笑顔だった。
あたしはそんな舞ちゃんを見たのは初めてで、思わず声をかける。
「でも舞ちゃんらしくないよ。」
すると舞ちゃんは光の映り込まない瞳であたしを見て
「あたしのことあんまり知らないくせに」
と言い、そのまま扉を勢いよく開け、雨のまだ降り続く外へ消えていった。
- 137 名前:レモン 投稿日:2004/04/04(日) 13:45
- >読者の方々
お待たせしまして大変申し訳ありません。
実は区切りの悪い中途半端な更新になっています。
けれども、ここでこれ以上お待たせする書き込みをするよりも
どんな状態のものでも作品を上げて行こうと思って
このようなカタチの更新となりました。
よって、これ以後のシーンも後に続きます。
しかも・・・
いつも名前欄には章のタイトルを入れてましたが
PNを入れてしまうという痛恨のミス。読みづらくさせてしまってすいません。
それでは、次回からも頑張りますのでよろしくお願いします。
ペースがあいても、この作品は絶対に完成させると思っています。
ご意見、ご感想、気にせずお寄せ下さい。
- 138 名前:名無飼育 投稿日:2004/04/04(日) 23:01
- おぉ!復活待ってました!
舞ちゃん、気になりますね…。
次回も楽しみに待ってます♪
- 139 名前:HS 投稿日:2004/04/06(火) 03:21
- 更新されてる!!!
いいですねぇ、やっぱりこの作品は。
舞ちゃん、なにか意図するところがあるのか?
次回の更新も楽しみに待っております。
- 140 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/08(木) 18:16
-
それをただ見つめていた。しばらく。
だけれどさっきの青白い顔の舞ちゃんの顔を思い出し
鞄も持たずに慌てて舞ちゃんを追いかけようとした。
そして店のドアを勢いよく開けたその瞬間・・・
「藤本!!・・・傘持ってるの?!」
あたしの背後から声を掛けて止めたのは矢口さんだった。
「夕立。風邪引くから。」
その言葉にあたしも立ち止まり、仕方なく諦め
さっきまで座っていたカウンター席にに腰を下ろした。
麻美の目からはとめどなく涙が溢れていた。
店の外からは土砂降りの夕立の音が聞こえてくる。
「麻美・・・」
あたしが麻美に声をかけると、麻美は自分の席に座る事もせず拳をギュッと握りしめた。
「舞ちゃん、何かあると人に当たり散らすくせあるんだ・・・。」
麻美はそう言うと、鼻をすすり手の甲で涙をぬぐった。
あたしはそんな麻美の話やさっきまでの様子を見て、舞ちゃんがまたわからなくなっていた。
しばらくの沈黙。
誰も、声を発する事すら出来なくなっていた。
すると矢口さんが一言ポツリとこう漏らした。
「麻美、今日は家に帰んな。」
「え?」
「ちゃんと親と向き合った方がいいよ。傘、貸してあげるから。」
「でも・・・」
麻美の返事を聞く前に、矢口さんは麻美の飲み残しのコーヒーを片づけた。
そしてレジに置かれてあった置き傘を麻美に差し出す。
「今こうして麻美が健全でいられるのは誰のおかげ?」
そう矢口さんに言われた麻美は渡された傘をしぶしぶと受け取ると、
あたしたちの方を向いて力なく笑い「ごめん・・・」と謝りゆっくりと店を出て行った。
- 141 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/08(木) 18:17
-
店内に残されたあたしと紺ちゃんはどうしていいのかわからず
二人共、カップに残っていた冷めたコーヒーを飲み干した。
一人ぼっちで帰って言った麻美がすごく心配だった。
すると突然、矢口さんがあたしに向かってこんな事を言った。
「麻美はオイラにまかせときな。それより舞ちゃんの方が心配だよ。」
「え?」
「さっき、言ったじゃん?男の人と店に来たって。」
「ああ・・・。」
「知ってるんでしょ?相手の人。」
矢口さんの前じゃ隠し事はできない。
あたしは仕方なくそれに返事をした。
「うちの担任です。」
「先生なんだ。」
「ええ・・・。」
「ダメだよ。ちゃんと見ててあげないと。」
「?」
「オイラには舞ちゃんは・・・無理だよ。複雑すぎて。」
矢口さんはそれきりその事には触れずに今度はレコードが置いてある棚を探り
その中から一枚のレコードを取りだし、カウンターの前に置いた。
- 142 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/08(木) 18:25
- 「浅倉舞。初めて?」
「そっくり・・・。」
レコードのジャケットに写る舞ちゃんのお母さん。
黄色の華々しい衣裳に身を包む、いかにもアイドルらしい笑顔。
舞ちゃんに確かに似ている、クリクリとした大きな瞳とか頬の笑い皺に長い髪。
けれども舞ちゃんのお母さんの方が少し鋭い顔をしていた。
「オイラもこないだ初めて見せて貰ったんだ。
舞ちゃん、お母さんのようにはなりたくないって。そう言ってたけど。
生き方とか・・・似てるよ・・・。うちのマスターがよく知っててさ。
舞ちゃんがこの店に初めてやってきた時、中2くらいだったかな?
顔がもうそっくりだったから、すぐわかったみたいで。
いろいろとお母さんの話したらしいんだけど、舞ちゃん全然信じてない。
いい人だったらしいよ。そりゃ、芸能人独特の高飛車なところはあったけれど
今の舞ちゃんみたいに明るくて優しい人だったって。」
「・・・・。」
「でも、どこかで壊れちゃったんだね。舞ちゃんのお母さん、
こと恋愛となると後先考えずに無茶するから。」
さっきまで黙って背を向けて座っていた紺ちゃんも
いつの間にか、こちらを向いて話を聞いていた。
そして、矢口さんにこう訪ねた。
「って事は・・。里田さんと先生・・・付き合ってるんですか?」
矢口さんはそんな紺ちゃんの質問に少し眉間に皺を寄せて考えていたけど
店の端にある一つのテーブル席に目線を送り、こう言った。
「オイラはそんなんじゃないように見えたよ。
ただマスターは言ってた。誰か舞ちゃんの状況を知ってあげていた方がいい、って。」
「それってどういう?」
「わからないけど・・・。でも、舞ちゃんこのまま放っておいたら溺れちゃうって。
そうは言っても、あの子自分の事は人に話さないから。誰かずっと見ていてあげなきゃ、って。」
- 143 名前:第一章 瞳の翳り 投稿日:2004/04/08(木) 18:25
-
あたしたちが店を後にした頃にはもう雨はすっかり上がっていた。
紺ちゃんはさっきの舞ちゃんの話を聞いた後だったけど、麻美に対する言葉が許せないらしく
帰り道にその話を持ちかけた時、「言っていいことと悪い事があるよ。」と呟いた。
あたしはそんな揺れ動く三人を見ながら
自分の気持ちがどこにあるのか、宙ぶらりんな自分に気付いて嫌気がさした。
麻美に対して、舞ちゃんに対して、そんな二人を見つめる紺ちゃんに対して。
何も思わないわけじゃない。でも感情らしき感情が・・・明確にはならない。
誰に対する怒りだとか、誰に対する想いだとか、それを受け止める自分だとか。
美海を放って麻美の元に飛んできて、何もできない自分。
ただ・・・取り残されている感じになった。
紺ちゃんと別れ、家につくとあたしは風呂にも入らず
そのままベッドに倒れ込んだ。
感じるのは、捻挫した右手首にドクドクと流れる血流の響き。
今日は自分を確認したくない・・・。
- 144 名前:レモン 投稿日:2004/04/08(木) 18:29
- この間の更新は中途半端だったので
キリのいいところまで、少しだけ更新しました。
ある意味スピード更新(笑)
しかも改行ミスとかあってイタイ・・・
>名無飼育さん
ありがとうございます。
待っていて下さっていて本当感激です。
これからも感想お待ちしいます。
>HSさん
前回は口約期日までに更新できずにすいません。
相変わらずの駄文ですがこれからもよろしくお願いします。
- 145 名前:HS 投稿日:2004/04/09(金) 02:39
- うぅ〜ん…
一体、舞ちゃんに何があったのか。
次回の更新も楽しみです。
作者様のペースで書いていただければ結構です。
我々読者はいつまでも、いつになっても待っております。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/04(火) 01:09
- 里田(・∀・)イイ!
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/19(土) 17:24
- 期待保全
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/10(土) 20:40
- 待ちますよ〜
Converted by dat2html.pl v0.2