月夜の悪夢を観る少女
- 1 名前:A.I 投稿日:2003/11/24(月) 22:57
- 小川メインのアンリアル。
sage推奨です。
- 2 名前:A.I 投稿日:2003/11/24(月) 22:57
- 《序曲》
私に力を−The sword of love−
- 3 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 22:58
- 「こらー!待て、この泥棒ネコがー!」
市場に響き渡る怒鳴り声。
その声の主は、ひとみを追いかけていた。
ひとみはその怒鳴り声から逃げるようにして走る。
胸に抱えられているのは3個のリンゴ。
真っ赤な真っ赤なリンゴ。
「誰か…誰かそいつを捕まえてくれ!」
果物屋の店主は、息を切らして立ち止まった。
周りの大人たちは驚いた顔をして、駆け抜けるひとみを見ているだけ。
――捕まりなどしない。
ひとみは余裕の笑みを浮かべた。
体も心も醜く太った大人たちに捕まるわけがない。
(ウチは、あんたらみたいに醜くはない)
ひとみは風のように、ただただ走っていた。
振り返らずに、真っ直ぐ前を見て。
- 4 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 22:59
- 古びた橋の下に滑り込む。
ひとみは人が通らないことを確認すると、大の字になって転がった。
乱れた呼吸。
ドックン、ドックン、と鼓動する心臓。
流れる汗。
生きていると実感できた。
(ウチは…醜くない)
ひとみは真っ直ぐ前を見ていた。
それが生きる術だ、と教えられたから。
そして、他人を思いやる気持ちをなくすことも。
それが一番身に染みている。
ひとみはゆっくり目を閉じた。
- 5 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 22:59
- ―――――――――――
―――――――――
―――――――
―――――
暗闇の中。
佇むひとみ。
目の前には、額に銃を当てられている金髪の女。
銃を握っている男は鼻息が荒い。
相当怒っているようだ。
それに反して、金髪の女は挑戦的な笑みを浮かべている。
ひとみは知っていた。
その金髪の女を。
自分を育ててくれた人。
親代わりに育ててくれた人。
ひとみはその人が大好きだった。
その人が目の前にいる。
死と隣合わせの場所に。
男は引き金にかけてある指に力を入れた。
はじける音。
火薬のにおい。
地面に吸い込まれる金色の髪。
飛び散る血。
真っ赤なリンゴのような血。
ひとみは、それに手を伸ばす。
しかし、それは消えていった。
ひとみの手は宙を漂っていた。
―――――
―――――――
―――――――――
―――――――――――
- 6 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 23:00
- 「大丈夫?」
はっと目を覚ます。
薄汚れた服を着た女の子が目の前にいた。
服は汚れていたが…とても美しい顔立ちの少女。
とても女の子らしい声。
「あ、うん…」
自分と同じ孤児なんだろうか。
「うなされてたよ?」
「ちょっと、夢みてたんだ…」
上半身を起こす。
すると、少女はひとみの顔を自分のほうに向けた。
真剣な眼差し。
その瞳の奥にある物は、自分と同じような気がした。
- 7 名前:_ 投稿日:2003/11/24(月) 23:00
- 「泣いてる」
ひとみはそう言われて、初めて自分が泣いていることに気付いた。
頬を触り、指を見る。
濡れていた。
これはの悲しみからの涙なのか、それとも苦しみからの涙なのか。
「怖い夢だったの?」
「いや、怖くないよ…とても綺麗な夢」
少女はそう、と言って手を離した。
ひとみは惜しそうにその手を見ていた。
ずっと触られていてほしい。
心をくすぐられるような、そんな気分がした。
- 8 名前:A.I 投稿日:2003/11/24(月) 23:03
- 短いですけどここまで。
恋愛モノではないですので。
更新ペースはかなり気まぐれです。
月1だったり週1だったり(;´ Д `)
放棄はしません。完結目指すぞー。
- 9 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:03
- それが、ひとみと梨華の出会いだった。
それから、2人は決まった日、決まった時刻に会うように
していた。もちろん、あの橋の下で。
他愛もないお喋りをして、川に入って遊んだり、果物を食べたり。
友達のいなかった2人にとって、それらはとても新鮮なものだった。
そして、ある日のこと。
ひとみはいつものように、あの橋の下で梨華を待っていた。
そして梨華はやってきた。
だが、梨華の口から出てきた言葉は――
- 10 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:03
- 「ひとみちゃん、もう会えないかもしれないの…」
一瞬、言っている意味がわからなかった。
「え?なんで?」
目が丸くなっているのが、自分でもわかりそうだった。
そのくらい、ひとみは驚いていた。
「私ね。遠い所に行っちゃうの…」
「引っ越しするの?」
ゆっくりと、静かに首を横に振る梨華。
「…私ね、売られちゃうの。お金持ちの家に行くんだ。
パパとママがそうしなさいって…だからもう会えないの」
ひとみは思わず立ち上がった。
- 11 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:04
- 「なんで?!なんで、梨華ちゃんなの?!」
怒鳴るひとみ。
梨華は瞳を閉じている。
「生活が苦しいからって…ママたちのためなの」
「イヤだって言いなよ!」
「できないよ…」
ひとみは、少しずつ後ろに下がる。
梨華は顔を伏せたままだ。
その姿も、ひとみにとってはショックだった。
- 12 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:04
- 「なんで…わかんないよ…梨華ちゃんの言ってること、わかんない…」
「ひとみちゃん」
梨華がひとみの肩に手をかけようとする。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
手が肩につく前に駆け出した。
振り返らずに、走り続けた。
梨華は遠いところへ行く。
自分を捨てて、どこかへ行く。
「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!」
ひとみは走った。
振り返らずに、走り続けた。
自分には力がない。
梨華には思想を与えてはくれない。
「くそぉ、くそぉ…ちくしょお!」
ひとみは神を呪った。
なぜ、自分たちを愛してくれないのか。
なぜ、自分たちは愛されいないのか。
ひとみは走り続けた。
- 13 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:05
- + + + +
梨華と会わなくなって数日。
ひとみはパンを盗んで走っていた。
生きるための盗み。
ひとみは当たり前のことをしていた。
市場を出て、細い道を通る。
いくつも分かれ道がある複雑な道。
だが、いつもとは違う場所に出た。
「あれ?」
どこかで道を間違えたらしい。
目の前には金持ちのとても大きな家がある。
ひとみはその高い塀を眺めながら、歩いていた。
「あ…」
家の門で馬車がとまっていた。
そこから出てくるのは、太った醜い男。
そして、その後を少女が歩く。
綺麗な少女。
- 14 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:06
- ――梨華だ。
「梨華ちゃん…」
ひとみはパンを抱えたまま立ちすくんでいた。
俯き加減の梨華。
その横顔からは、諦めが滲み出ていた。
抱えていたパンが、地面に落ちる。
そんなことは気にも留めず、ひとみは市場へ続く坂道を登る。
汚れたパンは誰にも拾われることはない。
日が落ちるのを待つと、ひとみは剣を盗んだ。
人通りの少ない路地。
剣を引きずりながら歩いていく。
その姿は、風とは呼べなかった。
まるで、獲物を狙う炎のよう。
- 15 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:06
- + + + +
「ひぃぃぃ、ま、待ってくれ!」
ひとみは血に染まった剣を男に向ける。
「か、金なら腐るほどある!だから、だから…!」
ひとみの動きが止まる。
男は腰が抜けているのか、立とうとしない。
「金?」
男はしめた、とい表情を浮かべる。
「そうだ、金だ!欲しい物なら何でも買えるぞ!好きなだけくれてやる!
ほ、ほら。これは金庫の鍵だ!これで…」
- 16 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:07
- 「あんたは…醜いね」
剣を振り下ろし、腕を切る。
真っ赤な鮮血があたりに飛び散った。
「ぐあ…あぁぁ…」
本当は、切り落としてやりたい。
だが、ひとみの力では無理だ。
だから切り刻む。何度も何度も。
腕の次は胸。その次は腹。そして脚。
剣だけではなく、ひとみ自身も真っ赤に染まっていく。
身体も、心も。
「……っ!」
何度も何度も斬り付ける。
何度も何度も。
- 17 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:08
- 「ハァ…ハァ…」
夢中になって切っていた。
気がつくと、男だった肉塊はすでに絶命していた。
口の端を舐めると、男の薄汚れた血が口の中に入ってきた。
それを唾と一緒に吐き出す。
奥にあるドアに手をかけ、寝室に入る。
そこには――
「梨華ちゃん…」
「ひとみ、ちゃん?」
シーツに包まった裸の梨華。
ひとみはゆっくりと梨華に近づく。
「来ないで!」
ビクッと震えて立ち止まる。
が、ひとみは再び歩き出す。
- 18 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:09
- 「こ、来ないで…ひとみちゃん…」
その身体は震えていた。
赤い痣がいくつも付いている。
「見ないで…」
ひとみは、梨華は自分を恐れて震えていたのかと思っていた。
自分がした行為。人を殺めた。
だが、違った。
梨華は汚された自分を見てほしくなかったのだ。
壊れてしまった自分を。
「梨華ちゃん…」
ひとみは優しく抱きしめる。
冷え切った梨華の体を。
だが、梨華はひとみの体を押しのける。
「ひとみちゃん…ありがとう」
梨華は涙を流しながら笑う。
しかし、その瞳には何も写ってない。
希望も何もない。
ただ、頬を伝う雫には絶望があった。
ひとみはそれを拭うことなく、剣を強く握り締めた。
「愛してるよ、梨華ちゃん」
剣を頭上高く上げる。
そして、最後の一振りを愛する人に――……
- 19 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:10
- ひとみはあの橋の下にいた。
小さな川で身体についた血を洗い流す。
空では、その姿を月が見ている。
ひとみは気にせず洗い続けた。
透き通った水は、赤く濁っていく。
ひとみの心と同じように。
剣は洗わず、布に包んで持ち歩くことにした。
――旅に出よう。
行き先など決まっていない。
だが、進めば道はある。
振り返らずに真っ直ぐ歩いていく。
振り返らずに。
- 20 名前:A.I 投稿日:2003/11/26(水) 17:11
- もう1つ
- 21 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:18
- 真希は、父がとても好きだった。
警備隊長の父。
とても逞しくて、大きくて、男らしい父。
悪いことをしたときは、とても怒る。
だが、決して手は上げない。
良いことをしたときは、とても褒める。
そして、その大きな手で、頭を優しく撫でてくれるのだ。
真希は、父がとても好きだった。
- 22 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:19
-
「…………」
セピア色の写真。
父親と一緒に写っている笑顔の自分。
真希は写真を本に挟んで、もとの棚にしまった。
――いつからだろう。
父に対する好きの感情が、恋愛のそれに変わったときは。
少なくとも、さっきの写真の時期ではないだろう。
屈折のない笑顔。
純粋な好き。
「お父さん…」
- 23 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:19
- 今の自分は純粋じゃない。
異常だ。
汚れている。
父親に恋愛感情を抱くなんて考えられない。
真希はそう思っていた。
そして苦しんでいた。
真希の中で黒い物が渦巻いている。
「真希、ご飯よ」
母がドアを開けた。
真希はムスっとした顔で母の目の前で立ち止まる。
「今度からはノックしてよね」
そう言い残して食卓へ向かう。
母は戸惑いながらその後をついて行った。
- 24 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:19
- カチャカチャ、と食器とスプーンがぶつかる音が食卓に響く。
誰も口を開こうとはしない。
「ごちそうさま」
立ち上がる真希。
母は何か言いたげに真希を見る。
気付いてはいるが、あえて無視し、自分の部屋に行こうとする。
すると、父が真希を呼び止めた。
「真希」
真希は無言で振り向く。
父が真希のほうへ歩み寄ってきた。
- 25 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:20
- 「全然食べてないじゃないか。せっかく母さんが作ってくれたのに」
父は真希をまっすぐと見据えている。
黒い物が動き出す。
だが、真希は父を見ようとしない。
体の中を這いずり回る。
顔を背けていた。
「どうしたんだ?最近、痩せてきてるんじゃないのか?」
そう言って真希の腕を掴む。
黒い物が出てくる。
だが、真希はそれを振りほどいた。
- 26 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:21
- 「いや!」
「…真希?」
驚いた表情をする父。
「あ…」
真希は信じられないといった表情で後ずさる。
そして部屋に駆け込んだ。
タンスや机を急いで動かして、部屋に入れないようにする。
「はぁ…はぁ…」
ベッドに倒れる。
バスンと弾かれる体。
そして徐々に真っ白なそのシーツに飲み込まれていく。
体が完全に動かなくなったとき、真希はまぶたを閉じた。
そして、今度は暗闇に飲み込まれていく。
- 27 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:21
- ―――――――――――
―――――――――
―――――――
―――――
真希は暗い廊下を歩いていた。
自分の家の廊下。
冷んやりとしていて、それが真希には恐怖に思えた。
ギシギシという音。
その音がする部屋に向かう。
真希はぬいぐるみを大事そうに抱え、ゆっくり歩く。
そのぬいぐるみは父から貰った物だ。
(おとーさんがねるおへや)
そこが辿りついた部屋だった。
中からはベッドがきしむ音と誰かの声。
真希はドアノブに手を伸ばす。
そして、片目で覗ける程度の隙間を作った。
そこから中の様子を伺う。
(あ…)
父がいた。
裸になった父。
そして、組み敷かれている母。
2人がベッドで絡み合っている。
真希はいけないものを見ているような気がした。
だが、目を離すことが出来ない。
父がしている行為から。
(おとーさん…)
真希の瞳には父の姿がしっかりと焼付けられていた。
―――――
―――――――
―――――――――
―――――――――――
- 28 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:22
- 「……っ!」
目を開ける。
見慣れた天井。
真希はびっしょりと汗をかいている。
心臓はドックンドックンと脈を打っている。
真希にはわかっていた。
これが恐怖からのものではないと。
興奮からのものだと。
「くっ…」
――抱かれたい。
指を一番敏感なところへ持っていく。
頭の中には父と絡んでいる自分。
真希は声を押し殺した。
- 29 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:22
- + + + +
「はぁ?!それ、どーゆーこと?!」
「だから、療養所に行ってみないかって言ってるんだよ。
お前、最近飯食べてないだろ?そのままじゃ死ぬぞ!」
父は大きめの袋に、真希の服をどんどん詰め込む。
真希はそれを止めようとした。
「やめて!あたしは平気だよ!だから、やめて…やめてよぉ…」
こぼれてくる涙。
ポロポロと床へ落ちる。
真希は泣きじゃくった。
父は立ち上がり、そっと真希を抱え込む。
- 30 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:22
- 「っく…やだ…いやだ…」
「ごめんよ、真希。父さんは心配してただけなんだよ。
お前が元気ないから、何かあったのかって…ごめんな?」
ゴツゴツした大きな手で真希の頭を撫でる。
すると、涙は流れなくなった。
安心感。
それが体の中に駆け巡る。
そして、真希の鼓動が速くなっていく。
体が燃えるように熱い。
蒸発しそうだ。
(抱かれたい…)
真希の中で黒い物がうごめく。
それが爆発する前に、真希は父から離れた。
「真希?」
そして駆け出した。
- 31 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:23
- 夜。
真希は獣道を歩いていた。
この先に廃屋がある。
そこに真希の友達が住んでいた。
「やぐっちゃん…」
あちこちに穴が開いているドアの前に立ち止まる。
そして、その友の名前を呼んだ。
「お、ごっちんじゃん。久しぶりー」
奥から出てきた、金髪の小柄な少女。
その少女は自らを『矢口真里』と名乗っていた。
それが本名なのかはわからない。
「どーした?こんな所まで来るってことは、何かあったんでしょ?」
「うん…まぁね」
真里は柔らかく微笑む。
そして、部屋の奥へ進んでいった。
「入りなよ、寒いでしょ」
「うん…」
- 32 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:24
- 熱気を帯びたストーブの上に置かれたマグカップ。
そこから甘い匂いが漂う。
真希は、心がくすぐったいようなそんな気がした。
「ほい、ココア。熱いよ」
布を包んでそれを渡す真里。
真希はありがとう、と言って受け取った。
「んで?何があったのさ」
真里はココアを口に含む。
真っ暗な部屋にはストーブだけ。
その周りだけがオレンジ色に染まる。
だが2人の影はオレンジ色ではなく、真っ黒だった。
――自分も真っ黒になったのか。
- 33 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:24
- 「ごっちん?」
「………」
何も話し出さない真希。
その視線の先にはココア。
「ごっちんはさ、何がしたいの?」
真里は真希の目を見据えて話す。
真希も真里の目を見る。
そこには自分。
真っ黒になった自分の姿。
「何かしたいから、動きだしたいから、ここに来たんじゃないの?」
「そうかも…しれない」
真里は立ち上がると、引き出しをあさり始めた。
真希はそれを見つめている。
「えーっと、確かここに…お、あった!」
ニヒヒ、と笑う真里を不思議そうに見る真希。
- 34 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:24
- 「はい」
引き出しから取り出したそれを、真希に見せる。
「…ナイフ?」
「そう、ナイフ」
真希はそれを手に取る。
そこに写っているのは、自分。
真っ黒ではない自分。
昔の、汚れてなかったころの自分がいたような気がした。
「それを使うときは、自分を守るときにだけ使うんだ」
「守る?」
「ごっちんが何で悩んでるかは知らない。
だけど、悩んでるときってメチャクチャ無防備なんだよ」
「そうかな…」
真里は昔を思い出しているような表情で宙を見る。
「オイラはそう思ってる。おかげで、前に死にそうになったことあるし」
- 35 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:25
- ハハハ、と真里は自分をバカにするように笑った。
「悩んで悩んで、悩みまくっても解決しなかったらさ、
その悩みの種を壊せばいいんだよ」
真里の瞳がキラリと光る。
まるで、真希が何をするかを把握しているかのような表情。
「壊す…」
「オイラはそうしたよ。そのナイフでね」
真里は真希が握っているナイフの刃を、指でなぞった。
真希の瞳にはナイフの刃が映る。
そして、その刃には自分の瞳が。
真希は真里が住みついている廃屋を出た。
- 36 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:25
- + + + +
「真希」
家の前には父がいた。
リビングの明かりがついている。
母はそこにいるのだろう。
「どこに行ってたんだ?」
「…友達のとこ」
真希は家に入ろうとする。
だが、父は入り口の前に立ち入らせないようにしている。
真希は父の顔を見ようとしない。
「真希、父さんが嫌いか?最近、話もろくにしてくれないだろ。
昔はお父さんっ子だったのに…何がイヤなんだ?」
真希は体が震えた。
体が燃える。
血液が沸騰する。
――愛してる。
そう言いたかった。
そう言って、抱きしめたかった。
唇で触れて、舌でなぞって、歯で噛み付いて、そして――……
黒い物が真希を支配した。
- 37 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:26
- 「真希」
レンガでできた壁に寄りかかる…いや、倒れこむ父。
真希はそれを愛しそうに見ている。
手にはナイフ。
赤く染まったナイフ。
「おとーさん…」
父に抱きつく真希。
再び父の中に入っていくナイフ。
それは真希の心。
「父さんが嫌いか…?」
「ううん、愛してる。あたしは、おとーさんを愛してる」
真希は赤く染まった手を、父の顔に持っていった。
- 38 名前:_ 投稿日:2003/11/26(水) 17:26
- 「おとーさんは優しすぎたの」
ナイフを抜くと、真希は父から離れた。
そして背を向け歩いていく。
「あなた!」
母の声が聞こえた。
だが、真希は振り返らなかった。
真希は上を向いた。
月と目が合う。
真希はにっこりと笑った。
――旅に出よう。
行き先など決まっていない。
だが、進めば道はある。
振り返らずに真っ直ぐ歩いていく。
振り返らずに。
- 39 名前:A.I 投稿日:2003/11/26(水) 17:27
- 更新終了。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2003/11/27(木) 14:04
- カルマの坂ですか。
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2003/12/03(水) 19:47
- なかなか読ませますね〜。楽しみです。
- 42 名前:A.I 投稿日:2003/12/03(水) 22:59
- >>40 名無しさん
カルマの坂とちょうど内容が似ていたので、
歌詞を引用させてもらいました。
>>41 名無しさん
ありがとうございます。
それでは本編に入ります。
- 43 名前:_ 投稿日:2003/12/03(水) 23:00
-
ここは、闇が支配する世界。
――空に浮かぶのは妖しく輝く月。
ここは、夜が支配する世界。
――空に浮かぶのは妖しく笑う月。
月光だけが唯一の光。
- 44 名前:_ 投稿日:2003/12/03(水) 23:01
- 暗い部屋。
一面コンクリートで出来ている部屋は、灯りがないのもあって
寒いという印象を与える。
机や椅子、食器棚や小さなベッドなどの家具はあるが、人が
住んでいるようには思えない。
ヒビの入った窓ガラスの向こうには、暗闇を漂っている月がいる。
月――今は夜。
いや、ここではずっと夜が続いている。
この部屋が暗い理由は、夜が続いているからだった。
だが、光が決して入らない深海のような、恐怖を与える暗さではない。
夜の浅海…そこに一筋の光が差している神秘的にも思える暗さ。
カスカスのパンをちぎって口に放り込んだ。
コトコトと音を立てている鍋のフタを開けると、中に充満していた
白い湯気とおいしそうな匂いが、麻琴の顔を覆う。
薄汚れたカップにスープをよそうと、イスに座って口に含んだ。
- 45 名前:_ 投稿日:2003/12/03(水) 23:02
- 「あったか〜…へへ」
仕事が終わったあとの、スープは格別だ。
麻琴は心からそう思う。
数ヶ月前なら確実に吐いていたと思うが。
それどころか、食事もろくにとっていなかっただろう。
「うー、さぶ…お給料入ったらストーブ買おっかなぁ」
このボロついた部屋にストーブを置いたら、
どれだけ明るくなるだろう。どれだけ暖かくなるだろう。
麻琴は期待を膨らましていた。
しかし、気付く。
- 46 名前:_ 投稿日:2003/12/03(水) 23:03
- 「あ…灯油も買わなきゃストーブつけられないじゃん」
麻琴の給料ではストーブは買っても、灯油が買えるほど金は
残ってないだろう。
灯油を買うか、ストーブを買うか。
燃料か、本体か。
「食べ物いっぱい買お…」
どちらにするか迷ったあげく、麻琴はそう決意した。
と、その時。
――ジリリリリッ
呼び出しのベルが鳴る。
また誰かが殺されたのか、そう思いながら薄っぺらいコートを羽織る。
スープを全部飲み干し、パンを口の中に放り込むと、ドアの近くに
置いてある大きめの袋を手に取った。
冷んやりとした部屋に、ドアの閉まる音が響き渡る。
- 47 名前:_ 投稿日:2003/12/03(水) 23:04
- + + + +
死体をビニール袋に入れ終えた麻琴は、保田圭が来るのを待った。
だが、いつまで経っても来る気配がない。
仕方がないので、先に掃除をすませることにした。
バケツに水をいれ、ブラシにそれをつけると、血まみれになっている
地面をこすり始める。
「う〜、寒っ」
すると、前から叫び声が聞こえた。
「ん?」
男がカバンを持ってこちらに走ってくる。
――ひったくりか?
麻琴はそれをポケーっと眺めていた。
- 48 名前:_ 投稿日:2003/12/03(水) 23:06
- 「どけぇ!」
男が麻琴に怒鳴りつける。
麻琴は立っている場所から、少しだけ右に動いた。
男はあっという間に走りさっていく。
その姿を見届けると、麻琴はまた地面をこすり始めた。
シュッシュッという音が、街に響く。
(やっぱカバンは持ち歩くモンじゃないね)
この街では、窃盗から殺人まで日常的に行われていた。
警察などいない。
誰も捕まえようとはしないのだ。
親を殺された子どもなんかが、復讐で殺した奴を殺すという話があるが
そんなにめずらしいものじゃない。
ほとんどがそれだと言ってもいいだろう。
- 49 名前:_ 投稿日:2003/12/03(水) 23:06
- (私はおかしいのかなぁ)
死体処理、という仕事がら、人の命がなくなることを軽く思って
しまうようになった。最初こそ食べ物が食べれなかったり、吐いたりして
しまっていたが、もう慣れてしまった。
感覚が麻痺しているのだ。
(違う、みんなが…この街が麻痺しちゃってるんだ)
老人のカバンが盗られても、誰も助けようとしない。
人が道のど真ん中で死んでいても、誰も見向きもしない。
見て見ぬ振りをしている。
そして麻琴もその中の1人。
血が染み込んだ地面を十分こすると、麻琴はバケツの中に入っている
水を撒いた。透明な水は赤い液体とともに流れていく。
麻琴はそれを見つめていた。
- 50 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:42
- 「小川ぁー!」
名前を呼ばれた。
振り返ると、知り合いがそこにいた。
「保田さーん、遅いですよぉ」
ぱたぱたと駆け寄る。
黒いコートで身を包んでいる女は、にっこりと笑った。
「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃったわ」
「こっちは寒い中がんばってるんですからー」
――保田圭。
孤児の麻琴を育ててくれた人物だ。
そして、この仕事を麻琴に教えた人物も圭だった。
麻琴を独立させた今は、死体運びの仕事をしている。
- 51 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:42
- 「何かおごるわよ。だからゴチャゴチャ言わないの」
死体が入った袋を車に運ぶ圭。
麻琴はバケツやブラシを抱えると、そのあとについていった。
荷台の上に荷物を置く。もちろん死体も。
そして車に乗り込んだ。
「何食べたい?」
「そーですね、ラーメン食べたいです」
庶民的ねぇ、と笑うと圭は車を走らせた。
麻琴は窓越しに街の風景を見る。
何かを狙っている若者。帰る場所がない子ども。
何もかもを失くした男。絶望のふちに立っている女。
麻琴はそれを目に焼き付けていた。
- 52 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:42
- 「アンタも麻痺しちゃったのね」
運転している圭をほうを見る。
少し微笑んでいるように思えた。
「何がですか?」
「アレ、片付けられるようになったじゃないの」
片手の親指で、後ろを指差す。
その指差した方向を見た。
そこには少し赤く染まった袋。
「あぁ、死体ですか」
振り向きなおす麻琴。
- 53 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:43
- 「そうよ」
「麻痺しちゃったんですかねー?自分的には慣れたって感じなんですけど」
「それが麻痺したって証拠じゃないの」
ピン、とおでこを弾かれた。
麻琴は不服そうな顔でその場所を撫でる。
「でも、アンタだけじゃないわよ」
「麻痺したのがですか?」
「…アタシも同じよ。死体のこと、アレって言ってるんだから」
麻琴は俯いた。
圭は横目でチラッと麻琴を見る。
「ここではね、そうしないと生きていけないの。だから、アンタが慣れた
ことは悪いことじゃないの。ここでは常識なのよ」
「はぁ…」
「アンタはいい子よ」
圭はくしゃくしゃと麻琴の頭を撫でる。
麻琴は嬉しそうにそれを受けた。
- 54 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:44
- ―――――――――――
―――――――――
―――――――
―――――
ズルズルっと黄色い麺を吸い上げる。
「っはー!ここのラーメンおいしーんですよねぇ!」
とても幸せそうな顔で食べる麻琴。
その顔をみながら圭は酒を口に含んだ。
「アンタの顔見てると、ホント飽きないわ」
「そーですか?」
ズズズと音を立ててスープを飲み干す。
麻琴は持っていた器を置いた。
- 55 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:44
- 「あー、おいしかったぁ。ごちそーさまです、保田さん」
「なんなら、もう一杯食べてもいいわよ」
「ホントですかぁ!?じゃあ、もう一杯」
フフフ、と笑うと保田はタバコに火をつけた。
煙を吸い込み、肺の中に充満させる。
そして、一気に吐き出した。
白い煙が空へ昇っていく。
「ねぇ、小川」
「ふぁい?」
麻琴はすでに二杯目の麺を吸い上げていた。
- 56 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:45
- 「『世の果て』って知ってる?」
――世の果て。
世界が始まる場所であり、世界が終わる場所。
この世界の原点。
「そりゃ、知ってますよ。教えてくれたの保田さんじゃないですか」
「あら?そうだったかしら」
瞳を上のほうに向けて、タバコを吐き出す。
「何かを失った人が向かう先、それが世の果てですよね」
「そう。そこに行けば失った物が見つかる」
「まぁ、ただの迷信ですけど…」
バン、という音。
麻琴と圭はその音がしたほうを見る。
- 57 名前:_ 投稿日:2003/12/16(火) 22:45
- ――金髪。
金髪の男がいた。
背が高く、見たことのない服を着ている。
麻琴は寒そうな格好だな、と思った。
その男は振り向くと、ずんずんと歩み寄ってきた。
男にしては、とても綺麗は顔立ちをしている。
「ねぇ、世の果ての話、もっと聞かせてくんない?」
「へ?」
「な、なんなのよ…アンタ」
男は麻琴と圭の肩に手を置く。
2人は、ただ目を丸くするだけしかできなかった。
- 58 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 14:44
- + + + +
麻琴と圭がが男だと思っていた人物は、実は女だった。
そのことを聞いたとき、2人――とくに麻琴――はひどく驚いた。
女にしてはがたいがよく、上下一体の灰色の服を着ている。
誰もが男だと解釈するだろう。
何より、目が違った。
とても力強く、しがみついても振り払われそうな…そんな瞳をしていた。
「ていうかさ、ここの街に着いたとき、マジでビビったよ」
圭と麻琴の間に割ってはいると、酒を一杯注文した。
名前は吉澤ひとみ。
世の果てに向かうために、旅を続けているのだそうだ。
目的は、行方不明の知人を探し出すため。
- 59 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 14:45
- 「なんでですか?」
「ずーっと夜なんだもん。ひとみさん、こんなとこ来たの初めてだぜぇ?」
麻琴は瞳を輝かせて、ひとみに詰め寄った。
ひとみは驚いて体をのけぞらせた。
「他のトコって、ずーっと夜じゃないんですか?!」
「は?」
ひとみは口をポカーンと開ける。
圭は苦笑しながら口を開いた。
- 60 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 14:45
- 「その子、この街から出たことないのよ」
「そうなんスか…」
ひとみはアゴに手をやり、何かを考えている。
そして、思いついたかのように笑うと、ポケーっとしている麻琴に話しかけた。
「他の街のこと聞きたい?」
「うぇ…?あ、はい!聞きたいです!」
「じゃあさ、お願いあるんだけど」
ひとみは悪巧みを考えている子どものようにニヤッと笑う。
圭はその笑みを見て怪訝そうな顔をすると、麻琴に目を向けた。
ひとみは口を開いた。
- 61 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 14:46
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- 62 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 14:46
- 「それじゃあ、保田さん」
麻琴は車の中を覗き込み、運転席でタバコを吸っている圭に会釈する。
その後ろにはヘラヘラと笑っているひとみの姿があった。
圭には、間の抜けた笑いは何かを誤魔化しているように見えた。
「じゃーねぇ、圭ちゃーん!」
酔っ払っているせいか、会ったときよりも陽気になっている。
ブンブンと手を振る姿は、子どもそのもの。
「ねぇ、ちょっとアンタ」
指にタバコを挟み、その先をひとみに向けた。
そして、それをチョイチョイと動かし、圭の近くに来るように合図した。
- 63 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 14:48
- 「アンタじゃなくて、よっすぃ〜って呼んでよぉ。ケ・メ・ちゃん」
「だーれがケメちゃんよ!ていうか、何よ、ケメちゃんって!」
「それより、何か用?ケメぴょん」
圭は諦めたらしく、手を額に当て、それを否定しようとはしなかった。
だが、次の圭の言葉でその陽気な雰囲気は蹴散らされた。
「アンタの顔、どっかで見たことあるのよね」
ひとみの目が変わった。
笑顔。顔は笑っている。だが、目は笑っていない。
圭の一言で確かにひとみの何かが剥がれ落ちた。
少しずつ、体の隅が黒くなっていく。
- 64 名前:_ 投稿日:2003/12/23(火) 14:49
- 「どっかで会ったこと、ない?」
「何言ってるのよー、圭ちゃーん。会ったことなんて一度もないですYO」
ひとみは手を握り、あごの方へ持っていく。
そして体をクネクネと動かした。
そのとき、麻琴と圭の心の声が見事に重なった。
キショイ、と。
「ま、なんかあったら連絡しなさいよ、小川」
癖なのか、口を開けてポケーっとしている麻琴に話しかける。
ひとみは頬を膨らませて文句を言っているが、無視していた。
「…うぇ?あ、はい、わかりました」
妙な間をあけて、麻琴は返事を返した。
圭は窓を閉めると、ゆっくりと車を動かした。
鼻に障る灰色のガスだけを残し、圭が乗った車は闇の中に消えていった。
それが見えなくなるまで見送ると、麻琴はひとみを連れて自室がある
小さなビルへ入っていった。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/23(金) 23:08
- ブラックな小説発見!
楽しみにしてます
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/25(日) 21:41
- 更新待ってます…
- 67 名前:まこちゃんファン 投稿日:2004/06/28(月) 14:46
- 同じく待ってます
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