赤と白

1 名前:上症 投稿日:2003/11/30(日) 20:07
明るく楽しい小説を書くようがんばります。

駄文に貴重なお時間を割いていただける方、
どうぞよろしくお願いいたします。
2 名前: 投稿日:2003/11/30(日) 20:08
 吐き気が酷い。胃の中にはろくすっぽ入っちゃいないはずだが、脳なのか、はたまた喉が要求しているのか。何かを必至に吐き出そうとしている。口を押さえる。胃液が少し、口から、手から、こぼれ落ちていった。地面、苔だらけの湿った土の上に、酸味が利きすぎた液体がポタポタと黒い斑点を作る。喉がピリッと痛んだ。市井は腰に下げた水筒の水を口に含み、気分を落ち着かせようとした。額にびっしりと浮かんだ脂汗を左手で拭い、腰を下ろしている穴からそっと腰を上げて外を窺う。月はまだ低く、暗い。一面の黒の中に、しかし、所々に光の反射を感じ、それを確認すると、ようやく少し安堵して再び腰を沈めた。
さっき汗を拭った手に目をやる。デキモノのように硬く分厚くなった指の根本の上に、泥が薄黒くコーティングされていた。爪も本来の白い部分は垢と泥で黒ずんでいる。とても女性の手には見えない。一年前までは、昔は、スポーツをしていた市井の手は普通の女の子のそれよりも大きく、分厚く、頼もしい手であった。紅葉のような手、とはとてもとても言えないけれど、スポーツ少女の努力の手としてそれなりに愛嬌もあった。今の手は・・・もう一度市井は自分の左手を眺める。昔と同様、自分のために道具を握っている訳だけれど、その慣れないモノを持って大きく膨れあがる姿は、悲痛に顔をゆがめている様に見える。きっと私の醜い感情を栄養分にしてこの手はここまで大きくなったのだろう、などと他人事の様に思った。今も右手はその慣れないモノを握っていた。
3 名前: 投稿日:2003/11/30(日) 20:09
ブーン、と長い虫の羽音を耳元に感じた。ここに来たばかりの頃は、日本ではあり得ない大きさの虫に驚いたものだった。地面を余すことなく覆い尽くす緑の大木。その周りに必死でしがみつく蔦の密度。緑に隠れて自分達を守ろうとする小動物達。自分たちが生きていく為にそれらの命を狙う猛獣。全てに圧倒された。彼らが生きることによって発するエネルギー、バイタリティーは日本のぬるま湯ではつゆにも感じられないレヴェルのものだった。日本にいた彼女は生きることに特別な手段を考える必要もなかったし、それ故に「生」という単語が彼女にとって意味を持つこともなかった。ただ好きなスポーツをやっていれば十分で、周りの人間は誉めてくれた。一年が過ぎると、しかし市井は、自然界の必然というものに組み込まれていった。100%近い湿度も、歩行の邪魔をする所々ぬかるんだ道も、どうと言うことはなかった。ここで生きなくてはならない以上、我慢しなくてはならないものだ。服にこびり付いてくる小虫、緑のどぎつい色の花弁の奥から異臭を漂わせる巨大な植物も同じ生きていく仲間だった。小さい所でヒル、毒蛇、またはヒョウ等と言った敵対するような動物達への対処の仕方も大分覚えた。それだけの事を一年にして体で覚えた彼女であったが、それでもまだ慣れることのできないモノがあった。それは人間の・・・
そこで突然市井の思考は中断された。鳥の一群がとまっていた木から一斉に飛び立ち、しばらく葉の擦れ合う音が辺りに響き渡った。市井は穴から再び身を乗り出し、外の様子を窺った。向かって右前方の木々のようだ。空では月がようやく頭の真上を通過し、高度を下げようとしているところであった。先程感じた光の反射はますます目立っている。他の穴に潜む味方の銃剣による光の反射だった。市井には仲間がいた。独りじゃない。それだけ確認するともう一度カビ臭い穴の中に潜ろうとした。
4 名前: 投稿日:2003/11/30(日) 20:10
そして、その刹那。
耳を聾せんばかりの轟音が辺りを覆い尽くし、市井は体勢を崩されて穴に落ち込んだ。鼓膜が破れたか耳は全くその用を足さなくなり、轟音の正体が彼女の仲間達の、そして市井の命を奪おうと発せられた銃声であることに気付くのにはしばし時間がかかった。そして、しばらくして耳の感覚が蘇ってくると、耳に飛び込んできたのは
「敵襲」
と言う悲鳴にも似た叫びだった。
「敵」という単語を聞いて彼女は自分が何故この日本から遠く離れたジャングルにいるのかを思い出した。そして戦慄し、再び吐き気を覚えた。
ああ。私がわざわざこんなジャングルに来たのは、戦争するためか。人を殺すためなのか。右手に必死で握っているコレは自分を守る道具ではない、そう、人を殺す道具か。
殺されようとしている中で市井が考えついたのは、自分が誰かを殺さなくてはならないと言うことだった。吐いた。胃の中にある殆ど全部と思える程の量の胃液を地面に垂れ流した。これだけは慣れることがなかった、というのは人を殺すことだった。殺人に慣れるわけがなかった。

「ちくしょう、夜襲か」
悲痛な呟きが隣の穴から聞こえてきた。
「これじゃ、富士川の戦いの逆じゃないか。おい、市井、大丈夫か」
未だ轟音の続く中で、その声は半ば叫ぶ様にとなっている。
「はい・・・」
市井は枯れかけた喉から必死で声を絞り出したが、聞こえたかどうか。
「いいか、後方に味方のジープが待機しているはずだ。この再射が止んだら敵は突っ込んでくる。それまでにジープまで逃げろ。夜襲だから大した人数はいない。いいな、走れ。AKのセイフティーは外して、フルオートにしておけ。いいか。お前はゲストだ。生きろよ」
市井は頬が緩むのを感じた。自分を心配してくれているヒトがいる。自分は死なないような気がした。
5 名前: 投稿日:2003/11/30(日) 20:11
「寺田さんはどうするんですか」
少し大きな声が出せた。
「俺は男だ。一泡、相手にふかしてから後を追いかけるよ。いいか、もうすぐ敵の攻撃は止むぞ。いいな、俺が前に突っ込んだのを合図に逃げ出せ。いいか」
また、いいか、か。口元に笑いすら浮かんできた。
「はい」
一分か二分かが経ち、轟音はぴったり止まった。
「いくぞぉ」
寺田は甲高い声で合図をし、穴から飛び出していった。他の仲間達も飛び出していった。市井は自分が逃げなくてはならないことも忘れ、穴から顔を出し、その勇姿を見ようとした。自分を守ろうとしてくれる人は、なんだろう、かっこいい存在だった。顔を上げた。
そして、頬に熱いモノを感じるのと、寺田が前のめりに倒れ込む映像を見るのが同時に起こった。
「・・・ッ」
我を忘れて穴を飛び出し、寺田の元に走った。銃撃は再び始まっていた。耳元に何発か弾の鋭い横切る音を聞いたが、全く気にならなかった。ただ駈けた、前に。何とか寺田の側に寄った。寺田は背中を向けて倒れていたが、喉のちょうど真ん中に黒い穴が開いていた。そこから黒い、赤い液体がとめどなく流れていた。
「・・・」
市井は無言でその穴をふせごうとした。左手の人差し指を当てたがまだ穴の大きさに足りなかった。右手に持っていたAK47突撃銃を捨て、右手の、今度は親指をあてがった。指先に生温い感触を感じる。どれほど強く指を押さえようとも、しかし、指の隙間という隙間から液体は流れることをあきらめない。その内、頭にかぶる鉄兜をハンマーか何かで叩かれる感覚を覚えて市井は、真後ろに吹っ飛ばされ、いくつかある穴の一つに頭から落ちていった。朦朧としてゆく意識の中で、指先を口元にもっていった。鉄の、冷たい味がした。
誰かしきりに叫んでいるのを何となく聞きながら、市井沙耶香はゆっくりとその目を閉じた。
6 名前:上症 投稿日:2003/11/30(日) 20:19
以上です。
すいません、最初、重めで・・・
7 名前:上症 投稿日:2003/11/30(日) 20:22
ごめんない、上は今日の更新以上、と言う意味です。

これから、明るく、楽しくなります(予定
8 名前:上症 投稿日:2003/11/30(日) 22:59
沙耶香→紗耶香

ドタバタしてすいません
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 08:10
。ごと改行したほうが読みやすいですね。

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