Re≪かっけーバ カ
- 1 名前:サバンナの休日 投稿日:2003/12/16(火) 04:20
- おバカなあの人が、強引ぐ舞ウェイなあの人に引きずられ
ハロプロの皆さんを巻き込み巻き込まれ
毎回すっぱい「でいと」を強いられる話。多分。
- 2 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:23
-
素直というか、単純バカというか、
騙されやすい性格が災いして、私はいつも損ばかりしている気がする。
そぅとぅ都合の悪い傾向だが、所属していたアイドルグループが解散し、
私が人並みに大学受験を経験してから、それはますます顕著になった。
二年間の浪人生活が、私に賢くなった、という錯覚を与えてしまったらしかった。
元々お世辞にも知能指数が高いとは言えない脳みそだが、
私のいわれのない自信はムクムクと成長、
反比例して用心深さはグングン減少した。
結果、そう大したこともない教養と引き換えに、以前は持っていた野性の勘、
敏感に「なんとなくこれはクサイなという感じ」
を察知する能力さえ失ってしまい、私の騙される比率は前よりも高くなってしまった。
- 3 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:24
-
ああ、老子さんの言っているとおりだ。学を絶てば憂いなし。
学問はむなしい、と言ったのは旧約聖書のコヘレトだったろうか。
道教もユダヤ教もなかなかいいことを言う。
なるほど、宗教はアヘンかもしれない。
と、中途半端な教養をひけらかしてはみるものの、ええ、まぁ、
私バカですよ。私バカですよ。
宗教、といえば、よくぞ今までどの団体もこんなバカを勧誘しなかった、と思う。
勧誘されたら間違いない、私はその団体に一生を捧げていただろう。
一昔前なら白い服を着て「スカラー波による攻撃が」とかなんとか
訴えて、真っ先にテレビに映るタイプだ。
もしかしたら今頃、何かの団体でひとかどの地位を築いていたかもしれない。
とにかく、私は信じやすいタチなのである。
- 4 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:25
- そんな私に、ちょっとした危機が訪れた。
一週間前、大学のパンキョ、つまり一般教養科目で出されたデッサンの課題を、
飯田さんにやってもらおうと彼女の自宅を訪ねた時の事である。
飯田さん、と言えば、近頃人気の売れっ子イラストレーターで
今期はルイヴィトンとのコラボレーションが話題になったが、
あの、飯田さんだ。
飯田さんはアイドル時代からどこか飛んだ所のあった人だ。
普段は良識と豊かな包容力をあわせ持つリーダーだったが、
時に、(矢口さんはそれを“交信時”と呼ぶ)一種のトランス状態に
陥ると、手のつけようがなくなってしまうことがあった。
また、妙にあけすけな所があって、
平気で手帳を楽屋のテーブルに置きっぱなしにしたり、
バッグはいつも口が開いたまま、
驚くべき事に彼女の部屋を訪ねればいつも鍵があいていた。
そこで私が無用心ですよ、と呆れると決まって
「だって、吉澤が来るの分かってたんだもん。」
と彼女は微笑むのだ。
そして、日によっては、どこか恍惚とした表情で宇宙のアカシックレコードや
超古代文明の話を、時々私には理解不能な言語を交えながら、熱く語ってくれたものだ。
- 5 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:27
- この日も、果たして飯田さん宅の鍵は閉まっていなかった。
そして、玄関では仁王立ちで待ち構えていた飯田さんが、
天動説についてとうとうと語りだした。
「あのね、ヨシザワ。カオ、わかったの。太陽が地球の周りを回っているの。」
大きな瞳をカッと開いてそう力説する
飯田さんに気おされながら、私はしどろもどろになった。
美人の真顔というのは、これでなかなか怖いのだ。
顔が整っている分だけ無表情が強調される。
目をキラキラと輝かせながら、せわしなく口元を動かす飯田さんは、
それだけで圧倒的な存在感を放っていた。
「でも、カオリさん」
私は弱々しく反抗を試みた。私はもう昔の私ではない。
少なくとも、アメリカの大統領はソビエトではない。
645年に大化の改新が生まれたのでない事は、二年前から知っている。
天動説なんて、当の昔に否定された見解だ。今さら蒸し返すなんて、
コペルニクスの死はどうなる。ブルーノは。
ああそうだ、私はもうただのバカじゃない!
「あの、潮の満ち干きとか、水平線とか・・・」
ガリレオよろしく論証しようと口を開き、飯田さんと視線がぶつかって
「ある、じゃないっすかぁ・・・」
そのまま語尾から覇気が抜けていった。
無理だ。
だいたい、主張に対する意気込みからして違う。
何故だかわからないけれど突如天動説を熱烈に支持する飯田さんと、
今まで地動説に何の疑問も抱かなかった私がまともにやりあえるわけがない。
それに私は文型の人間である。
高校時代の理科の通知表は、ついぞ赤以外お目にかかったことがないぜ。
ていうかむしろ全科目赤以外お目にかかったことがないぜ。
しかし、このまま引き下がるのはどうもシャクだった。
私は携帯電話を取り出し、アメリカの紺野に国際電話をかけた。
- 6 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:30
- そのまま語尾から覇気が抜けていった。
無理だ。
だいたい、主張に対する意気込みからして違う。
何故だかわからないけれど突如天動説を熱烈に支持する飯田さんと、
今まで地動説に何の疑問も抱かなかった私がまともにやりあえるわけがない。
それに私は文型の人間である。
高校時代の理科の通知表は、ついぞ赤以外お目にかかったことがないぜ。
ていうかむしろ全科目赤以外お目にかかったことがないぜ。
しかし、このまま引き下がるのはどうもシャクだった。
私は携帯電話を取り出し、アメリカの紺野に国際電話をかけた。
- 7 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:31
- 紺野はイェール大学の4年生に飛び級して、物理学を専攻している。
ここは近代科学の視点から、私に変わってガツンと言ってもらいたい。
コール音を確認しながら、時差があることを思い出したが、
その時の私は、相手の迷惑などどうでもいいほどに興奮していた。
しつこく待っていると、じきに眠そうな紺野の英語が、耳元で聞こえた。
―Hello?
「あーああ…、ジスイズヒトミスピーキンハウアー…」
―はいはい、吉澤さんでしょう?
名前、液晶に写りましたから
私だと分かった上で英語で応答するなんて、紺野も人が悪い。
久しぶりの会話だと言うのに彼女は少々不機嫌だった。
睡眠を妨害されたのだろう。
- 8 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:31
- けれど、受話器越しに伝わってくるあのフワフワした雰囲気は健全で、
時々話の合間に入れてくれる相槌の柔らかい声は耳に心地よかった。
しばらく、のんびりと静かな口調でうけ答えしていた紺野だったが、
飯田さんの天動説のくだりになると、急に元気になった。
―ふふっ、吉澤さん、天動説だなんてアナクロだと思ってるんでしょう?
雲行きが怪しくなってきた。
専門用語を使い出した紺野は、交信中の飯田さん以上に始末に負えないの
だということを私は今更、思い出した。
- 9 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:32
-
参った。
やっぱり私はどこまでも文型の人間だった。
5分後、私はすっかり天動説支持者になっていた。
紺野が相対性理論を持ち出したあたりから旗色があやしくなり、
地球の自転が必ずしも地動説の根拠にはならないと指摘された時点でノックアウト、
「完璧です」の言葉で、締めくくられる頃になると、
アインシュタインの偉大さを噛みしめるにいたった。
飯田さんの「太陽は黒いわ」という言葉に大きく頷き、
お茶まで頂いて家路につく時分には、辺りはすっかりオレンジめいていた。
そして私は、飯田さんに頼もうと思っていた課題のことなど
すっかり忘れてしまっていた。
- 10 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:33
- 夕闇に彩られて黒色を帯びた太陽を、やはり天は動いているのだ、
と、感動に近い気持ちで見ていると、ふいにジーンズの後ろポケットが振動した。
着信だった。
上機嫌の私は、送信者の確認もせずに、直接、電話をとった。
はいもしもし、と勢い込んで出ると、
電話の相手はやや間があってからクスクスと笑った。
いや、訂正する。ドウェヘヘ、と笑った。
興奮すると高くなる、少し癖のある話し方。
その特長ある抑揚に、私の背筋は一気に凍りついた。
- 11 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:34
- ―あれれぇー、そんなに嬉しいの?
ともすればちょっと妖艶なしゃべり口は、相変わらずだ。
雲の袂が紫がかって灰になっていく様子をぼんやりと眺めながら、
私は今日こそは断るんだぞ、と心の中で何回も唱えた。
彼女がこういう口調で話す時は決まっている。
私はこれから呼び出されるのだ。
- 12 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:35
- −えっとさぁー・・・今日ヒマ?だよね?ね、よっちゃんさん?
これは誘いの電話ではない。確認の電話だ。いや、脅迫の電話か。
遠慮がちに、それでも私が断るはずはないという確かな自信を
持って、彼女は切り出した。
とんでもない。ヒマなわけはない。
電車に乗り、バスに乗り、もうそこまで我が家の門が見えているというのに。
ゴールはずぐそこだ。ここはなんとしてでも持ちこたえなければ。
カーン
頭の中で、おごそかに試合開始のゴングが鳴り響いた。
まずは一つ深呼吸を。口で息をしている。
この状態はよろしくない。いつもの二の舞になってしまう。
私は携帯を右手に持ちかえて、左手のにじんだ汗を、
Tシャツのすそでごしごしと拭いた。
- 13 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:38
- 東の空から少しづつ、夜の気配が忍びよってきた。
そして、彼女が、あの悪魔の台詞をはいた。
―ね、よっちゃんさん、でいと、しよっ!
先制パンチ、炸裂。
無条件降伏、白旗掲揚、白いタオルがリングに投げ込まれた。
カタカナのデート、でも、英語のDateでもない“でいと”という独特の発音に
いよいよ私の心臓は大きく反応してしまった。
彼女が発する“でいと”という単語は不可解な魔力を持っている。
返事をするのに、ものの三秒も要しなかった。
私はいつものように二つ返事で承諾した。
彼女は「だからよっすぃー好きだよ」といつものように笑った。
私の腕のセイコーは六時を指している。
- 14 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:40
- 決まった。
性懲りもなくまたやってしまった。
いい加減に振り回されて、ヘトヘトになるのは目に見えているのに、
いやだいやだ、と思いつつ、彼女に「でいとしよ」と言われると
私はどういうわけだか断る事が出来ないのだ。
今日中に家に帰ることは叶わないだろう。
もしかしたら、明日の1限目は出られないかもしれない。
私は今から彼女の待つお台場のテレビ局に行く。
家々の隙間に沈んでいく夕日をみながら、私は心の中で撤回した。
天動説は間違いだ。
天体にでーんと居座った太陽が、そう簡単に動くわけないじゃん。
回るのはいつだって地球なんだよ。
- 15 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:41
- 先ほどイエズス会に入信するのではないかというほど
熱心な天動論者と化した私は、すっかり元に戻ってしまった。
それを彼女に告げると、
彼女は、急に何言ってるの、とケタケタ笑った。
彼女の笑い声をBGMに、私はバイクの格納されている駐輪所に向かった。
トボトボとした足取りで、
ウキウキとキーを取り出しながら。
こいつって二人きりだと結構しゃべるんだよなー、と頭の遠いところで考えた。
そして、確信した。
- 16 名前:1.それでも地球は動いている 投稿日:2003/12/16(火) 04:41
-
間違いない。
やっぱ、私はバカだ。
- 17 名前:サバンナの休日 投稿日:2003/12/16(火) 04:50
- しょっぱなから>>5-6の一部が被るという失態を犯しました南無。
お暇な方、よかったらまったり彼女らと
メルヘン街道ゥを走ってやってください。
- 18 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/16(火) 14:39
- え?相手は誰?
- 19 名前:麻ーチ 投稿日:2003/12/16(火) 16:55
- 個性的なのに綺麗で読みやすい文章、うらやましいです。
今後の展開に期待しておりますm(__)m
- 20 名前:名無し 投稿日:2003/12/17(水) 13:56
- 面白そう!ガンガッテ
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/17(水) 14:29
- 出てきた人みんな面白い
- 22 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/19(金) 00:38
- あっという間にトリコです
次回更新楽しみにしております
- 23 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/12/19(金) 17:28
- かなり面白いです
こういう小説は個人的に大好きです
がんばってください
- 24 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:47
-
むかぁーし、むかぁしのことでした。
でっかいでっかい宇宙の片隅に
ちっちゃなちっちゃな地球という、青く輝く美しい星がありました。
そして、地球に浮かぶ、まるで鳥のような形をした日本という島の、
そのまた浮き島のお台場には、人間たちの娯楽を配信する
テレビ局という場所がありました。
- 25 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:48
- そのテレビ局へ続くお台場の道を、一路、鉄馬にまたがり
ひた走る一人のおバカがおりました。
名を、吉澤ひとみといいます。
時は、おりしもクリスマス直前。
街は、色とりどりのイルミネーションできらびやかな顔をみせています。
流星群のように愛車の横をすり抜け、流れていく光の矢を横目に、
吉澤はたなびく前髪に視界をさえぎられながらも、
必死の形相で空気抵抗に耐えておりました。
- 26 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:48
-
やわらかそうなダークブラウンの髪と、
同じ色をした印象的な瞳を持つ吉澤は
黙っていれば間違いなく美少女のたぐいです。
それもそのはず、吉澤は数年前まで、国民的なアイドルグループで、
それなりにアイドルをしていました。
- 27 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:49
- その、吉澤ですが、顔は真剣そのもの。
腕のデジタル表示を見やりながら、
「やっべぇーやっべぇー」と過去の経歴に似合わぬセリフをはき、バイクをとばします。
彼女を待たせるとやばい。
ていうか、今日は何をやらされるんだろう。
・・・想像して、吉澤は真っ青になっているのでした。
- 28 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:50
-
そう、吉澤は今から「でいと」をするのです。
- 29 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:50
- ここで、少し補足しましょう。
“でいと”と“デート”をイコールで考えている皆さんは
なんとなく甘いイメージを描くかもしれません。
しかし、それは大きな誤りだといわなければなりません。
“でいと”はもちろん精神力が必要ですが、それ以上に肉体労働なのです。
“でいと”後は心身ともに疲れ果て、三日は使えないのが原則。
それなりの心の準備も必要なのでした。
- 30 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:51
- ひと夏のアバンチュールを楽しんだ彼女の、とばっちりを食らい
相手の男に、なぜか吉澤が殴られるはめになったバイト帰りの公園。
ふぐを食べたいという彼女の、乞われるままにもぐった、晩秋の瀬戸内海。
今すぐ会いに来いと言われ、勇んで上ったZETIMA社のビル。
その他、その他、エトセトラ。
ウィンカーを左に出しながら、信号のゴーサインを待つ
吉澤の胸に、今までの“でいと”の記憶が走馬灯のようによみがえります。
- 31 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:51
- そうして、それらのセピア色の思い出たちが、
ネオンの渦の中でトパーズ色に変わる頃、
吉澤のバイクは、テレビ局の裏口に着いていました。
- 32 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:52
- 「おおーぅつ!よっちゃん!ひっさしぶりやなぁ」
まず、黄色い声を上げながら、潤んだ黒目がちな瞳をくりくりさせ、
むしろ大きな胸を揺らして突進してきたのは、稀代のグラビアアイドル。
あいぼんこと加護亜依でした。
「まぁたアッシー君みたいなことやっとるんかぁ?
恋人でもないのに、ホンっト、よっちゃんはバカやなぁ。」
- 33 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:53
- 「もったないな〜。なんなら、このあいぼんと付き合わへん?」と、
世の青少年を悩ませるグラマラスなバディーをくねらせながら
まんざらでもない表情のあいぼんに、一瞬よろめいた吉澤でしたが
すぐにふるふると、頭を小刻みに横に振りました。
- 34 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:54
- この歳で女性誌の見出しを毎回にぎわしているあいぼんは、
吉澤が知る限りではマトモな恋愛をしたことがありません。
「男の人って、信用できないよね」
と、達観したように語るものの、毎回不倫ばかりしています。
あいぼんは、俗に言う「魔性の女」というやつに違いありませんでした。
何しろ、娘。時代のあいぼんも、仲間内で相手をとっかえひっかえ
さながら和製ビバリーヒルズ青春白書のように…、と、これはまた別のお話。
- 35 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:54
- さて、吉澤の目は今までの一連のあいぼんとの会話中も、
お目当ての人物を探して宙をさまよっておりました。
そうして、いつものように、なんなく彼女をみつけだしたのは言うまでもありません。
- 36 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:55
- 彼女は、物憂げに壁にもたれかかりながら、小首をかしげてこちらを見ておりました。
目の上まで、まっすぐおちかかった栗色の髪に、
面倒くさそうに細められたアース色の瞳、
ジーンズのミニスカートからすらりと伸びるカモシカのような足が、
スタイルの良さを強調しています。
おまけに、彼女がこの2年間の間につちかった、
やんごとないスタァのオーラがそこはかとない存在感を醸し出していました。
- 37 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:55
-
「ミーキーティー!!!」
- 38 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:56
- 一声名前を叫んで、思わず腕の中のあいぼんをぽい、とうっちゃった吉澤は、
飼い主を見つけた子犬のように一目散に美貴にかけよりました。
しかし、今日は虫の居所が悪いのか、美貴は吉澤を“でいと”に呼びつけた
当の本人であるにもかかわらず
「うっせ、ばぁーか。」
絶対0℃の冷笑で、斬って捨てました。
- 39 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:56
- 「まず、美貴を5分も待たせたし。
あと、こんな寒い日に車じゃなくてバイクで来たし。」
あったま悪いんじゃないのー?と早速ダメだしをする小柄な美貴に、
すんません、とどんどん小さくなっていく大柄な吉澤の図は
はたから見て涙を誘う光景でしたが、それも
もはや日常と化してしまっているのか、隣で見ているあいぼんに止める気配はありません。
と、そこへ目じりのきりりと切れ上がった女性が奇声を発しながら
吉澤のほうに近づいてきました。
- 40 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:58
- ヨシザワっ。ヒサブリじゃないのぉっ。」
一升ビン片手に半ば出来上がっているのは大先輩の保田圭でした。
「圭ちゃん・・・顔近すぎ・・・。しかもナニ飲んでるんすか・・・」
久しぶりに保田のアップを間近にした吉澤は目をしばたかせながら
アルコールの匂いに顔をしかめます。
対する保田は、「ああ、番組で飲んだんだけどお土産に一本貰ってさ」と、
矢継ぎ早に言いました。
- 41 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:58
- 「お、“倶楽部・圭”、でしょ?ヨシザワもたまに観てますよ。」
今週は岐阜県の特集でもしたのでしょうか。
「鬼ころし」とでかでか書かれた筆文字のラベルを上機嫌でつまはじきながら、
保田は「ありがと」とはにかんだような笑顔を見せました。
保田は、娘。卒業後、しばらくして
旅レポーターとして人気を博すようになり、
今では自分の番組を持つまでに成長しておりました。
- 42 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 17:59
- 「そうだ。せっかく吉澤もいるんだし、久しぶりに今夜は飲もっ。」
ぽん、と手を打ち、
「皆も今日はキリキリ飲むわよー」と、やや興奮気味の保田の声に被って
「あのぅ、保田さん、そろそろ、離して、もらいたいんですけど・・・。」
ふいに下の方で、いまにも消え入りそうな声が、遠慮がちに懇願しました。
その声の主を探して吉澤が、すっと目線をすべらすと、
そこには懐かしい新垣理沙、通称ガキさんの姿が。
ただし、保田に脇で首をしめられ、中腰になっているその体勢は
いかにも苦しそうです。
- 43 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:00
- 「うわーっ。ガキさん、しばらく見ないうちに大人っぽくなったなぁ〜。」
ようやく保田の触手から逃れたガキさんを見て、
吉澤は感嘆の声を上げました。
今時珍しい、長くて黒い髪はガキさんの白い肌に映えています。
ご存知、清純派アイドル・全国男子高校生の心の恋人新垣理沙。
そのタイトルにふさわしい、たたずまいです。
さすが、世に「ガキさんブーム」を巻き起こしている渦中の人、だと吉澤は感心しました。
一方、ガキさんは、今や渋谷のギャルがこぞってまねをするという、特徴的な
太めの眉をハの字にして、ほんとうに困った、という顔をしました。
- 44 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:00
-
「あの、保田さん。私、未成年ですし、あのですね、その、
私帰らないと、ウチノヒトが待ってるんで、今日は・・・」
無理です、の言葉を飲み込みながらガキさんはうつむいてしまいました。
美しく成長したガキさんでしたが、首だけ突き出して返事をする動作は
昔も今も変わりません。
- 45 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:01
- 「え?またぁ?この頃ずっとそうじゃない。
それにあんた、一人暮らしはじめたんじゃないの?ウチノヒトって、誰よ?」
保田の素朴な質問に、ガキさんはますますうつむいて言葉を濁します。
すると、それまで黙って聞いていたあいぼんが、ははーん、と意味ありげに鼻を鳴らして
同じく静観していた美貴に何事か耳打ちをしました。
普段と変わらないクールな表情でそれを聞いていた美貴ですが、
吉澤は見逃していませんでした。
一瞬美貴の口元に、わずかにいたずらっぽい笑みが刻まれたことを。
- 46 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:02
-
悪の枢軸、大結束の瞬間です。
やっかいなことになりました。
美貴があいぼんのたくらみにのるということは、
すなわち吉澤もそのたくらみに、乗らざる得ない結果になるということです。
それは、吉澤が経験則上知っている
どうあがいても無駄な自然の摂理なのでした。
そんな吉澤の心労もつゆ知らず、心得た、とばかりに美貴が提案しました。
- 47 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:02
- 「保田さん、じゃぁ、理沙ちゃんのマンションの近くで飲みましょうよ。
理沙ちゃんは、ジュース飲んでればいいよね?」
「ね?」と営業スマイルで凄まれて、ガキさんはしどろもどろになってしまいました。
更に、それを見ていた、先ほどまでほろ酔いだったはずの保田が、ニヤリと笑い
「そう、それがいいわよね。」
と駄目オシの一言を付け加えます。
着々と築き上げられるガキさん包囲網に、良心の呵責に耐えられなくなった吉澤が、
- 48 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:03
- 「でも皆、この大事なカキイレドキに飲んだらやばくないっすか?
この時期、撮り多いでしょう?明日も大変だろうし・・・」
と助け舟を出すものの、
「まつーら社長のはからいで、全員明日は丸一日オフなんや。」
出帆早々、あいぼんの一撃によって沈没してしまいました。
更には、愛しの美貴に睨まれ、無言の圧力を受けた吉澤は、
「が、ガキさん、携帯貸してっ。ほら、ほら、
うちがそのウチノヒトとやらに言っといてあげるよっ。」
- 49 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:03
- 半ば強引に奪ったガキさんの携帯から、
ウチノヒトに電話でことづける芝居をするという悪知恵を発揮し、
ついに悪の枢軸の仲間入りを果たしてしまったのでした…。
- 50 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:04
-
いい具合に、その日はクリスマスキャンペーンとかで、お店は全ドリンクを
いつもの半分の値段にしていました。
ウチノヒトに怒られるから、絶対にお酒は飲まない
と断言したガキさんでしたが、
一口くらいならいいだろう、という保田の押しに負け、
口をつけたテキーラがまわり、もともとアルコールに耐性のないせいか
すっかり酔いしれてしまいました。
- 51 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:04
- こうして、8時、9時、10時、と時がたつにつれ、ガキさんのまわりは
ニヤニヤ笑いの目配せがとびかいました。
その様子を複雑そうに見つめながら、吉澤は先ほど店までの道を、
バイクの後ろにのせた
あいぼんが言っていた事を思い出しておりました。
- 52 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:05
- 『あやしい。あれは、絶対、男やな』
『男?は?あのガキさんに男?』
『ふふん、よっちゃん、ガキさんのこといつまでもガキやと思てたら大間違いやで。
一人暮らしやのに、ウチノヒトがおるなんておかしいやないか。
どう考えても家族やないやろ。
それに、最近どーぅも様子がおかすぃと思ってた。』
- 53 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:05
- 『おかすぃ、って・・・』
『まず、帰る時刻になると、急にそわそわし始めるやん?
そんで、ずぅーっと携帯気にしてんの。
なにかあると、“ウチノヒトに聞くから”、とか
“ウチノヒトが待ってるから”とか、
そんなんばっかやしぃ・・・。ああと、それにそれに
おばちゃんも、最近新垣様子がおかしいんとちゃう?つってたわ。』
- 54 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:06
- 結論としてあいぼんも保田も、ガキさんの愛すべき、「ガキ」らしさ、
子供っぽさを好いていたのでしょう。
ガキさん、はいつまでたっても、彼女たちには「ガキ」さんなのです。
- 55 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:06
- その「ガキ」さんに彼氏がいるかもしれないという事態。
それに対する寂しさとか。
ガキさんをこんなにも束縛する
どこの馬の骨とも知れないヤロウへの不満とか。
好奇心とか、好奇心とか、好奇心とかがあいまって、
今回の「ガキさんを遅く家に帰しちゃいねぇ作戦」が急遽決行されたようでした。
- 56 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:07
- しかし、いざガキさんの部屋の前まで来ると、
「ガキ」さんを送り返すに当たって、誰が先頭になるかが問題になりました。
何しろ、ウチノヒトに出くわした場合は、
一言ガツンと言わなければならない大事な任務を背負っているのですから。
とはいったものの、誰もすすんで行こうとはしないのが現状なのでした。
「そりゃぁ、圭ちゃんでしょう。はじめに飲みに行こうって言い出したのは
圭ちゃんだし、年も一番上じゃん。年の功っすよ。」
なんとなく身の危険を感じた吉澤が、先手必勝で言い放ちました。
が。
- 57 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:08
- あんたねえ、なんのために勉強して大学入ったのよ。
がんばんなさい、法学部でしょ。」
「そうやで、しかも2浪やん。」
わけの分からない理由で、二人から返り討ちにあってしまいました。
吉澤は、すがる思いで、美貴の方を見ます。
すると、美貴はおもむろに口を開き、艶然と微笑みました。
- 58 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:08
- 「だって、よっちゃんさんって、たくましいんだもん。
フットサルの選手だし、ボクシングもやってるし。
なんか、頼りがいあるって言うか・・・ふふ、
そんな、よっちゃんさんが・・・・好き、だな。」
「ヨシザワ、いかせていただきまっす!!」
コンマ1秒で即答した吉澤は、うおおおおっ、と意味不明な雄たけびをあげて
ガキさんの腕を掴み、先頭に踊り出ました。
後ろのほうから、「バカだわ」「バカやな」という声がしましたが、聞こえません。
- 59 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:09
- 一方、「ガキ」さんは鍵を取り出すと、急に服従の本能にとらわれました。
そして、ドアを開けながら、シーッと唇に指を当て、早口で話しました。
「ウチノヒトに気付かれないように、寝室に行きますから
お願いします、気をつけてください。」
少し開いた戸口からは光が漏れていました。
しばらく躊躇したあと、吉澤は、自分がフットサルの選手で、
ボクシングを習っていて、法学部で、しかも2浪の事を思い出し
敢然と入り口の戸を押しました。
玄関を開けると、すぐにだだっ広いリビングにつながっていました。
- 60 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:09
- その場の光景!
ウチノヒトは、待ちくたびれたのか、
無駄に終わった夕食の支度を前に、椅子に腰掛けて眠っておりました。
テーブルの上には、魚の煮付けがラップをかけられて冷たくなっています。
二組の食器が向かい合わせきちんと置かれていて、
ウチノヒトがまだ食事を済ませていないのが分かりました。
しゃれた青いガラスビンの中には、小さな花が入り、
テレビのリモコンが、ガキさんの席の前に添えられていました。
こうした、単純なものの単純な配置に、
つつましい家庭のひとコマがうかがえました。
- 61 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:10
- そして、ウチノヒト。
・・・分別臭い顔で、いかにも亭主然としているのは・・・
11になるガキさんの妹の、梨紗子に過ぎませんでした。
彼女はしばらく眉をひそめると、目をさまして
すぐに今夜の状況を察したようでした。
「こんばんは。いつも姉がお世話になっております。
狭いところですがどうぞ、おかけください。」
- 62 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:10
- 吉澤ご一行にソファーをすすめると、ガキさんには
「お姉ちゃん。ご飯済ませてきたんでしょ?」
ウチノヒトらしい、大切な質問をしました。
「えと、妹さん。あっと、今日のことはですね、少しもガキさん、悪くないんスよ
・・その、ゲーノーカイの習わしというかですね、あの、
誰にも免れる事は出来ない悪しきカンシューというかそのぉ・・・」
- 63 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:11
- 先頭を任された吉澤は、なぜか分かりませんが、べらべらとしゃべりました。
相手が、ガキさんを困らせる太ぇヤロウならいざしらず。
こんな小さな子供なら、饒舌たくみに話す必要もないでしょうに。
見かねた娘。1の雄弁家だったあいぼんが、事の次第を話すと
梨沙子は、うらむ様子もなく、そうですか、とほほえみました。
しかも、その間もガキさんの服装をととのえたり、冷たい水を飲ませたり
忙しく立ち回って、休む事をしません。
- 64 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:12
- 吉澤が後ろを振り返ると、いつのまにか美貴はいなくなっていました。
年の功のある保田も、決まり悪そうに頭をかいています。
保田は、ある種の臆病な気持ちにとらわれておりました。
「もちろん、加護さんのおっしゃるとおりです」
といって、すぐさまあいぼんに同意した梨沙子には、
家庭の規律と幸福を守るウチノヒトらしい聡明さがありました。
それは、ものごとを、もっと上から判断しようとする
断固たるウチノヒトとしての姿勢なのでした。
- 65 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:12
-
可愛らしいウチノヒトは、マンションの外までご一行を見送りに出ました。
真面目で、細やかで、彼女は全ての事に気を配っていました。
「保田さん、失礼ですが、ストッキングが伝線しています。
加護さんは、ポケットが裏返しになってますから
財布を落とすといけません。
この道を左に曲がって、道なりにいきますと、駅があります。
まだ電車はありますね。タクシーもそこで拾えると思います。」
- 66 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:13
-
梨沙子が消えた後、フットサルの選手で、ボクシングを習っていて、法学部で、
しかも2浪の吉澤は、しばらく立ち止まり、
じっとガキさんの部屋の方をみつめていました。
娘。1の雄弁家のあいぼんも、年の功の保田も、それに倣います。
「ガキさんちって複雑なんやろか。妹が一緒に住んでるなんて。」
誰に向けるともなしのあいぼんの問いも、
そんなことはどうでもいいような気がして
白い息と一緒に、寒空に溶けていきました。
- 67 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:13
- そうして、「私、今晩は一人でもっかい飲みなおすわ」という保田の言葉を
皮切りに、ご一行は、解散することになりました。
皆、なんとなく淋しい気持ちになっていました。
本当に自分は、「ガキ」さんに過ぎない、という気持ちがして・・・。
- 68 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:14
-
- 69 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:14
- 二人を見送った後もなお、マンションの前で吉澤は、
ひとり、愛車を傍らに感慨にふけっておりました。
「寒いよ、バカ。」
背後の声に吉澤が振り返ると、そこには
腕を組み、余裕たっぷりの態度でちっとも寒そうにしていない、
いなくなったはずの美貴の姿がありました。
てっきり美貴は勝手に帰ったと思っていた吉澤は、
急いで自分のダウンジャケットを脱いで、コートの上から美貴にはおらせます。
- 70 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:14
- 「よっちゃんさん、アイス食べたい。」
ジャケットの前を合わせながら上目遣いの美貴に、「今寒いって言ったじゃん」と
吉澤は反論するも、「そういう気分なの」と言われ、
速攻でコンビニにアイスを買いに走りました。
- 71 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:15
- 三分後。
色とりどりのアイスの袋たちを前にし、呆れ顔の美貴。
「なにこれ。まさか全種類買ってきたんじゃないよね。」
「全種類買って来ました。」
「バーカ。」
くすっと笑いながら、美貴はアイスの山の中からストロベリーのソフトクリームを
取り出し、カバーをはずして口をつけました。
- 72 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:15
- 一瞬、顔をしかめると、左手をひらひらさせて、隣の吉澤を手招きします。
寒いから、もっと近くに寄れ、ということなのでしょう。
吉澤がすぐさま身を寄せたのはいうまでもありません。
かーんと冴えた夜の空気は、都会の空にも星をまたたかせていました。
目の前に迫ったクリスマスの予感をはらんだ、かぐわしい晩です。
あれはカペラ、あそこにはすばる、あっちにはアルデバラン。
星空を指差し、受験勉強の成果をいかんなく発揮する吉澤の横顔を見ながら、
美貴は不思議そうな顔でアイスクリームを舐めておりました。
- 73 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:16
- 「別にホンキでよっちゃんさんが美貴に惚れてるとは思わないけどさー
なんでそんなにかまうの?何がいいわけ?」
お金?顔?地位?性格はないとして、カラダ?
なんとはなしにそう聞く美貴の横で、吉澤はうーん、と伸びをしました。
「まぁ、カラダは、ないっすねぇ。」
にやにやと笑いながら、美貴の胸元を顎で指す吉澤に「死ね、バカ。」
と、美貴の容赦ないツッコミが入ります。
- 74 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:16
-
「まぁ、ウチも自分でよくわからないんですがぁ、
すっげ、気になるんですよね。」
バイクに背を預けながら人ごとのように吉澤は言いました。
美貴はふーん、と、気のない返事をしました。
- 75 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:17
- 「雪、見たいな。」
突然、今日の天気を話すような口調で、美貴が言い出しました。
「クリスマスと言えば、雪だよね。
久しぶりに見たいなぁ。
ね、よっちゃんさん、雪、見たい!!」
キラキラと瞳を輝かせながら、美貴が吉澤を見やります。
うっ、と言葉に詰まりながら、吉澤は後ずさりします。
離れた間合いの分だけ、詰め寄る美貴。
- 76 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:18
- 「お・ね・が・い。」
仕上げに、吉澤の右頬に軽く唇を押し当てました。
美貴の舐めていたアイスクリームがべっとりとついたほっぺたを
呆然と押さえる吉澤に
「あげる。美貴のアイス。と、つば。」
にっこりと、美貴は笑いかけました。
- 77 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:18
- 明日の1限目。
背中のリュックには、パンキョの課題。
山ずみのアイスクリーム。
残りガソリン量の少ないバイク。
「ね、よっちゃんさん。でいと、しよ!」
それらのマイナス因子をなぎ倒して、美貴の最終宣告が下されました。
「は!美貴様の仰せのままに!」
- 78 名前:2.「ガキ」さんsはかく語りき 投稿日:2003/12/19(金) 18:19
-
むかぁーし、むかしのことでした。
ちっちゃなちっちゃな地球の片隅に
でっかいでっかい吉澤というひとりのおバカがおりました。
- 79 名前:サバンナの休日 投稿日:2003/12/19(金) 18:30
- 更新しました。勢いでキッズを出してしまいました南無。
レスが沢山ついていて、涙にチョちょぎれてます。
>>18 名無し読者さま
藤本さんですた。しかし藤本さんにその自覚があるかと言うと・・・
>>19 麻ーチさま
文章をほめて頂いたので、毎回文体を変える所存です。
ありがとうございます。
>>20 名無しさま
ガンガリマス!
- 80 名前:サバンナの休日 投稿日:2003/12/19(金) 18:32
- >>21 名無し読者
そうですか!毎回面白くできるといいんですが・・・
>>22 名無し読者
そのままトリコになっていただけると幸いです。
>>23 名無し募集中。。。
どういう小説か自分でもわかってませんが、とりあえずがんばります。
ありがとうございまっす。以後ご贔屓の程を・・・
- 81 名前:サバンナの休日 投稿日:2003/12/19(金) 18:35
- これからもっと人を出していきたいと思います。
それでは、次回更新で。
- 82 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/12/19(金) 18:37
- みきよしいいですねえ
面白かったですよ本当に
がんばってください
- 83 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 01:14
- すんばらしい。最高に萌える上に笑える。ドツボです。
あと小うるさいですが、理沙でなくて里沙だすよ
- 84 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/20(土) 19:44
- おバカな、でも温かい小説好きっすよ
- 85 名前:捨てペンギン 投稿日:2003/12/22(月) 19:21
- おもしろいです
他のメンバーがどうなっているのかすごく気になります
- 86 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:12
- ピーンポーン ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
- 87 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:13
- ―美貴たーん。あなたの亜弥たんが来ましたよ〜。ドア開けてくださぁい。
―藤本さん、お休みになってるんじゃないですか。今日はまるまるオフなんでしょう。
―あけてよ〜ぅ。美貴たんのだーい好きな恕恕苑のカルビ弁当、持ってきましたよぉ。
―松浦さん。いえ、松浦社長。どうせ合鍵持ってらっしゃるんでしょ?
藤本さん、多分寝てますよ。勝手に入ればいいじゃないですか。
―あらあらぁ、ブッソウなことを言いますねぇ、紺野、“センセ”は。
―“先生”は余計です。まだドクターを取ってませんし。
今日は明日の学会に備えて、この後資料の整理をしなくてはいけないんです。
急いで頂けると非常にありがたいのですが。松浦、“シャチョー”。
―へぇ〜ガッカイ?すっごぉい。
紺野センセが出世するのはぁ、亜弥にとってもよろこばしいことですぅ。
でも、あんまり有名になりすぎて、この事が皆にばれたら困りますから。
そこんとよろしくネ、センセ。
- 88 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:13
- ―毒を食らわば皿まで、ですか。いたし方ありませんね。
私は今イェールで物理学の4年に在籍していることになってますから。
この日本で、私と医者という職業を結びつけて考える人は、まずいませんよ。
私が精神学畑でノーベル賞モノの大論文でも発表して騒がれない限り、ね。
第一、私が話さない以上、どうやって2年前のコトが明るみに出るんです?
―・・・・・・美貴たんを診てもらってるから仕方ないけど
昔から、あんただけはなんか苦手だわ。
―ふふふ、それはお互い様です。それにしても、まだまだ助手風情で、
しかも昔から苦手な私なんかに、よく愛しの藤本さんをまかせられますね。
―あんたは苦手だけど、昔から、能力は高く評価してるから。
―驚いた。それも、お互い様みたいです。
- 89 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:15
-
その少女は、ひたむきで純粋な、美しい瞳をしてゐた。
- 90 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:16
- 「流石一年生で埼玉県の中学選抜に選ばれただけのことはあるべサ。
がツつすごいベ、吉澤ひとみ。」
名前をヨシザワヒトミと云ふらしかつた。
「内地」から、はるゞ日本最北の地まで試合にやつて来た
選りすぐりの少女たちの中でも、彼女は異彩を放つてゐた。
「まアた決まつた!吉澤のクイツク。」
傍らで、ミキの同級生がつぶやくやうに言つた。
その響きに、敵に対する揶揄だとか怨恨のたぐひは見当たらない。
こんなひともいるのだ、とミキは思つた。
いまや会場全体が、ヨシザワの一挙手一投足に
魅せられてゐると云つても、過言ではない。
試合開始直前の、ホオム独特の熱気はもうひいてゐた。
先ほどまで聞こえてゐた「けつぱれエ」と云ふ北海道弁の声援も、今はまばらであつた。
ミキの応援する北海道選抜のスコアボオドは、もうずつと動いていない。
代はりに、ヨシザワの手のひらから、ボオルがすうつとコートに吸い込まれる音がする。
- 91 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:16
- 「来た!バツクアタツク!」
ヨシザワの體がしなるが否や、ピイ、と審判の笛が鳴つた。
嬉しそうに仲間とハイタツチをするヨシザワを見て、
こんなひともいるのだ、とミキはまた思つた。
ボオルを追うヨシザワの目は、愚直なほどに真つ直ぐであつた。
世の中には、死ぬまで自分に何の疑問も抱かず、
たゞひたすらに、日の当たる方へと歩いてゆける種類の人間もいるらしい。
さうだ、ヨシザワの姿は、ひまわりを思わせる。
「ミキスケ、残念だつたね。本当ならミキスケもあすこに立つてゐるはずツしヨ。」
「そうよオ。三年生以外は選抜の申し出断るなんて、コーチもなまらだ!」
同級生の慰めの言葉に、ミキは口元に曖昧な笑みを浮べた。
「ちょつとバレエボオルが出来るからつて、いゝ気になつてるんぢゃないよ」
と、隠れて少女たちが言つていたのをミキは知つてゐる。
さふして、少女たちがミキを心底恐れてゐるのも知つてゐる。
ミキには大勢の取り巻きは居たが、友人は居なかつた。
しかし、そんなことはたひして問題ではなかつた。
ミキには、友人と戯れるよりもずつと大事な使命があつたから。
- 92 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:17
-
締め切つた体育館の窓から、放射線状に伸びた光の柱の中で
ヨシザワは、キラキラと笑つてゐた。
- 93 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:18
- Trrrrrrrrrrrrrrr……..
Trrrrrrrrrr………..
Trrrrrrrr……….
Trrrrrr………
『おかけになった電話は 電波の届かない場所にあるか
電源が入っていないため かかりませ…』
ブチッ
―おっかしいなぁ。よしこ、今日大学1限目からあるはずなんだけど・・・。
つながんないってことは、寝坊してるんだろーか。
―あのばりばり体育会系のひとみちゃんが、ガッコ休むかしら。
はっ、もしやどっかで行き倒れになってるなんて・・・
―うーん。そういや昨日もメール帰ってこなかったんだよね。
―嘘ぉ。どうしようどうしよう・・・徹夜でどっか行ったのかなぁ。
- 94 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:19
- ―あはっ、梨華ちゃん、それ、あるかも。
またまた呼び出されたんじゃない?あのコにさぁ。
―・・・・・あ。あの女ねっ。ミキティーねっ。もうっひとみちゃんのばかばかばかっ。
―仕方ないなー、今日の試合はよしこ抜きでやるかぁ。
それと、梨華ちゃんはよしこの部屋に押しかけちゃだめだよ。
よしこ、休めないじゃん。
―ええええぇぇぇぇ?やだぁ。だってだって、ひとみちゃん、疲れて
死にそうになってるかも。死ぬ前に梨華ちゃんに会いたい、って言ってるかもぉ!
―はいはい。・・・・・・・・・・おやすみ、よしこ。いい夢見てね。
- 95 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:20
-
その少女は、透明で灰色な、美しい瞳をしてゐた。
- 96 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:21
- それは、ほつそりとした少女の體に、そこだけ輝いて妙にちぐはぐであつた。
加へて、ワンピイスの下から覗く脚はすなおに細く、どこか病的だつた。
ヨシザワは、薄気味悪くなつた。
先刻からじつとこちらを見てゐる少女は得体が知れなかつた。
「兎に角、東京の公園には、偏屈な趣味を持つた生き物も居るらしい。」
さう、思ひ直してヨシザワは、
少女に背を向け、再びスパイクのまねごとを始めた。
ヨシザワにとつて、スパイクを打つてゐる時が、一番心の落ち着く時だつた。
しかし、その機会も怪我をしてチイムを抜けた今となつては、
かうやつて一人でまねごとをするだけでしか得られない。
ヨシザワは、感傷を振り払うやうに、上空を睨んだ。
ボオルは、天上のお月様だ。
それを、ヨシザワが頭から叩ひてやる。
すると、お月様はうなりを上げて公園の噴水に急降下する。
ヨシザワは噴水の水がバシヤリと音を立てる感じまで、想像する事が出来た。
空想のスパイクが決まるたびに、ヨシザワは「やつた!」と歓声をあげた。
- 97 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:22
-
十何回目かのスパイクを打とうとした時だつた。
ふと、後ろに居る少女の気配が近づひてくるのが感じられた。
すでにジヤンプの体勢に入つてゐたヨシザワの手元が、わずかに狂つた。
ばしん。
と、お月様は、ヨシザワの手の中で情けない音を立てた。
然して、植ゑ込みの中に落ちてしまつた。
しばし静寂が訪れた。
「下手くそ。」
と、不躾に背後の少女は言つた。続けて、
「名前はなんて云ふの?」
と、当然の會話の流れのように聞いてきた。
問ふてゐると云ふよりも、どことなく確認するやうな響きがあつた。
ヨシザワがむつとしたのと、面喰つたので黙つてゐると、
それをどうとつたのか、少女は「私フジモトミキ」と、己を指差した。
さふして、ヨシザワの答えを待つてゐる。
- 98 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:23
- 仕方なしにヨシザワは
「よしざわ。」
と、ぶつきらぼうに答へた。
答へて、少し嘲笑的に笑つた。
とつさに、名前の「ひとみ」、ではなく苗字の「吉澤」を名乗つてしまつた。
小さい時からバレエ一筋で生きてきたヨシザワの、体育会特有のくせだつた。
一方、ミキという少女は、先ほどお月様が落ちたあたりの草むらに
つかつかと入つていつた。
中腰になつて、しばらく何かをさがす素振りをしたあと
振り返つて、「はい」と両手をさしだしてきた。
手のひらがおわんを持つやうな形を作つてゐる。
「ボオル。」
と、ミキは言つた。
たちまち、ミキの手のひらに眞ん丸お月様が現れた。
さふして、それを、ミキは、慣れた手つきでヨシザワの方に打ち上げた。
綺麗なフオームの、トスだつた。
- 99 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:25
-
「なにをしてゐるの?」
と、しばらく二人の間でボオルが行き来した後
目で弾道を追ふ素振りをしながら、ミキが問ふた。
問はれたヨシザワは、公園の時計を見上げた。
針は、11時をさしてゐた。
ヨシザワは、家で待つてゐる家族の顔を思ひ出して、
急に居たゝまれない心持になつた。さふして、
「夜あそび。」
と、正直に、少し気まづさうな調子で答へた。
ミキは、一瞬驚いた表情を作つてから、「変な奴」と、くすりと笑つた。
「そつちこそなにをしてゐるの??」
ミキからのボオルをやはらかく受け取つて、今度はヨシザワが尋ねた。
ミキはちょつと考えた後、ふいに真顔になつた。
- 100 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:26
-
「復讐。」
ボールが綺麗な放物線を描いて、ミキの手元に戻つた。
- 101 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:27
-
―藤本さん、起きませんね。じゃぁ、とりあえずパキシルとワイパックスを
7日分置いてきますよ。勿論、薬がなくなる前にまたお邪魔させていただきます。
シャチョーのほうから、何か、報告あります?
―たいしたことじゃないんだけどぉ、今美貴たんのマネージャーやってる道重を、
亜弥の秘書にしようかなって思ってるの。
―今のうちから将来の側近の人材育成ですか。
―まあね。それで、マネージャーに空きができるから誰か適当な人を探してるわけ。
―そうですか。ああ、たまには藤本さんに直接選ばせたらどうです?
ま、どうせ結果的にシャチョーが選ぶんでしょうがね。
- 102 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:28
-
「まア、綺麗。ほら、マゝの言つた通りでせう。
やツぱりひいチヤンは、亡くなつたおばあちやまに似てゐるわ。」
- 103 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:28
- 普段より女の子らしい格好をしたヨシザワを見て、彼女の母親は満足さうに言つた。
それに、ヨシザワは笑つて返した。
ヨシザワがバレエボオルをやめてから、ひさゞに見る母の笑顔だつた。
バレエをやめて以来、ヨシザワの成績は坂を転げ落ちるやうに低下した。
素行もずつと悪くなつた。家へ帰るのが遅くなつた。
ヨシザワは何より、落胆した両親の顔を見るのが嫌だつたのだ。
しかし、ヨシザワの変貌振りにもかかはらず、
評判がぐあらりと変わつたわけではなかつた。
それが、余計ヨシザワには気に入らなかつた。
周囲の同情の目が、ヨシザワには堪へた。
そんなヨシザワを母が、オーデシヨンに応募した。
此の儘まかり間違つて不良化してしまうよりは、と、一計を案じたのかもしれない。
さふして、今日は、どう云ふわけか最終選考まで残つてしまつたそれの、集合日だつた。
「ひいチヤン、ちやんと連絡するのよ」
と、玄関口で母は心配そうに言つた。
「任せてヨ。」
と、元気に答へてヨシザワは家を出た。
- 104 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:29
-
しかし、東京駅でタクシーを拾つたヨシザワの心中は、未だ定まつてはゐなかつた。
母の気持ちは痛いほど分かつたし、不安にさせて申し訳ないとも思つた。
だが、成り行きとはいへ、オーデシヨンを受けるのは思ひ出作りのため、
とうそぶく自分を、軽薄だとも思つた。
また、たとへ受かつたとしても、アイドルなぞ到底自分には無理な話だと思つた。
「東京、か。あの子にまた逢へないかな。」
窓の外を流れる景色を見ながら、会場につくまでの時間を、
ヨシザワは“あの子”のことを考えるのに費やした。
池袋の公園で出会つた、ミキと名乗る少女。
結局あれから一度も遇ふ事はなかつた。
遇へないまま、三ヶ月の時が流れ、季節が一つ変わらうとしてゐた。
しかし、透明で冷たいミキの瞳は、ふとした瞬間にヨシザワの心を支配するのだつた。
まるで、ルウチンワアクのやうに。
- 105 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:30
- 「お客さん、目的地に着きましたけど。」
運転手が、振り向いて、さふ言つた。
ヨシザワはしばらく逡巡した後、「結構です。」と小さな声で言つた。
「このまゝしばらく走つてください。」
「お嬢チヤン、いゝの?」と、運転手は驚いて念を押した。
ヨシザワは、無言で深く頷いた。
「・・・・さう。わかりました」
運転手は、解せない、という顔で、しかし再びハンドルに向き直つた。
これでいゝのだ、とヨシザワは思つた。
蛇行運転をしてゐた車は、ゆるゝと、再びその速度を速めやうとしてゐた。
・・・・その時だつた。
- 106 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:31
-
窓の向かうの人間と、目が、合つた。
いつぞやの彼女だつた。
瞳を細めて、こちらを見てゐる・・・氣がした。
「こつちへ来い」と言つてゐる氣がした。
さふして、彼女は、ミキは、オーデシヨン会場の入り口へと消えていつた。
- 107 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:32
-
車は、速度をいや増すばかりであつた。
ヨシザワは、はツとして後ろを振りかへつた。
自分でも氣付かないうちにほとんど悲鳴に近い声で叫んでゐた。
「とめて!車、止めてください。」
- 108 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:34
-
Trrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
Trrrrrrrrrrrrrrr……..
Trrrrrrrrrr………..
ピッ
- 109 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:35
- ―・・・・ぁい、もしもし・・・ああ、梨華ちゃん。・・・・・ぅぅん?はぁ、生きてますケド。
・・・あの、石川さん、うざいんですけど。アニメ声がうざい。アタマイタイ。
あのーあのーもうちょっとトーンダウンして。頼むから・・・
何しろ昨日は・・・え?うん、そう。だって、ミキティーが冬景色といえば
津軽海峡って言うんだもん。ああああ、うっさい!わかった、もうしないから!
寝たし、もう平気っすよ!ちゃんと夢も見たし、ぐっすり眠りましたよ。
・・・はあ?・・・・あのさーなんでそこで石川さんの夢みなきゃなんないの。
いや、違う、違う。昔のね、夢を見てたみたい。えへへへへ。
・・・うん?はい?レンシュウジアイ?え・・・・まじっすか。うっそ??
ぁ、もうこんな時間かよ!!!???やべーマジでやべぇー。
いや、まだ間に合うからさ。速攻でそっち行くって。
大丈夫大丈夫、ダッシュで行くから待ってて。じゃっ
ピっ
- 110 名前:3.夢判断 投稿日:2003/12/23(火) 13:36
-
- 111 名前:サバンナの休日 投稿日:2003/12/23(火) 13:45
- イブイブ更新。趣向を変えて、バカには、バカなりの過去があったということで。。
レス、ありがとうございました。
>>82 名無し募集中。。。 様
とりあえず、みきよしを書こうというのが当初のコンセプトなんですが、
この後、あやみき・いしよしなづy〜ぇfk(ry
>>83 名無し読者 様
なんという失態。あろうことかお豆さんの名前を間違えるとは。
ご指摘ありがとうございます。これからも、ご愛顧のほどを。
>>84 名無し読者 様
おバカは、一番のほめ言葉です。多分今泣いてます。
>>85 捨てペンギン様
メンバーのその後は、とりあえず、全員分考えていますが
多分よっちゃんさんが一番マトモかと思われます(w
- 112 名前:サバンナの休日 投稿日:2003/12/23(火) 13:47
-
それでは、次回更新でお會いしませう
- 113 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/12/23(火) 20:09
- おお……いきなり雰囲気が。
舐めてましたw
心底面白いです
- 114 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/12/23(火) 20:33
- 更新お疲れ様です。とても面白いです
もうなんていうか言葉にできないくらい自分好みです
次の更新もがんばってください
- 115 名前:ss.com 投稿日:2003/12/24(水) 09:53
- 更新お疲れ様です。一気に読ませてもらいました。
目先がコロコロ変わる展開で、飽きさせない作者さんの手法に完全にハマり
ました。
松浦社長の事務所の売れっ子タレント藤本サン。紺野ドクターの診察が必要
って、すっげー気になる!
期待してます!!!
- 116 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2003/12/27(土) 13:14
-
ニコニコ ニコニコ
川VvV) (^〜^0)
- 117 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/01/13(火) 11:21
- 次の「でいと」まだですかね?
- 118 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/01/25(日) 18:29
- 更新まだかな〜
- 119 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:54
-
1985年。
G5のプラザ合意が空前のバブル経済を生んだ同じ年に藤本美貴は生まれ、
その18年後、彼女が加入したアイドルグループは
彼女が19になった年に解散し
その2年後の2月5日の12時、美貴は久々のオフと昨日の打ち上げの疲れから
まだベッドで夢の世界にあった。
その頃、美貴の“忠犬バカ”こと吉澤ひとみは
大学のある高田馬場にて、練習場に向かおうとバイクのある駐輪所にいた。
仲間内で一番平凡なその後を、今のところフットサル一筋で過ごしている。
結局、体育会系の血は変えられないのさ、と本人談。
- 120 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:55
- 同時刻、吉澤に忌野清志郎を超えるロッカーになると約束した石川梨華は
背中にしょった相棒のギター、その名もポジティブ1号と共に、既に練習場に到着。
ロックを勧めたよっちゃんの読みもあながちハズレやなかった、とは加護亜依談。
だって、バラード歌われるよりかはマシかと思って、とは吉澤談。
さて、その石川の行動そのものをロック、と評した後藤真希。
何でも器用にこなせる彼女は洋服のデザイナー。
先輩・市井紗耶香と共同で立ち上げたブランド“ichigoma”はなかなかの滑り出し
そんな彼女はもちろんフットサルも器用にこなす。
しかし、いかんせん睡魔には勝てず、電車の中で居眠り中。
20分後、真希が乗り越しに気付いたその時、
吉澤は何故か未だに高田馬場。しかも芳野屋の中。
そしてどういうわけだが吉澤の正面には天才・紺野あさ美の姿が。
常日頃、時間厳守を心がけている吉澤だが
久しぶりに帰ってきた紺野のなつかしい姿と
その口から繰り出される年金問題の是非とその対策にまったく動けなくなっていた。
- 121 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:56
-
そのまた10分後、降車駅に着いた真希が、自慢の足を生かして
練習場への道をひた走っていた頃、ベッドの中の美貴はうなされていた。
彼女には周期的に訪れる悪夢。
しかし、最近は目の回るような忙しさだった為か、
しばらくおめにかかっていなかった。
美貴がはぁはぁ、と荒い息をつき、がばっとベッドから起き上がった時、
小川麻琴は吉澤用に調合した特製パワードリンクを片手に、
今か今かと吉澤の到着を待っていた。
- 122 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:57
- 「まこっちゃんってば、すっかりよっちゃんの専属トレーナーだね。」
と、チームメイトに冷やかされるのは今や慣れっこの小川。
得意料理はかぼちゃの煮つけの本業・ダンサ−、
副業フットサルチームマネージャーの18歳。
「よしざわさん、遅いですよー」
と、腕時計の文字盤を太陽に透かしたような格好で眺める麻琴の腕で、
二連の腕輪がひんやりとした音を立てたる。
シルバー製のごくシンプルな、しかし仕立てのいいバングルと、
縁日で売っていそうなどう考えても安物の金メッキのわっか。
無意識のうちにそれらを撫でる麻琴を見て、先ほど到着した真希は笑みをこぼした。
「ほーんと、小川はよしこオタクだねぇ。」
練習場の芝生に寝転んで真希が言うと、麻琴の顔はすぐに朱に染まった。
- 123 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:57
- 「ち、ちがいますよぉ〜。」
うつむきながらも、やはり撫でる動作はやめない。
もはや癖になっているのだろう。
アイドル時代に吉澤とおそろいで買った腕輪。
ひとつはコンビニで吉澤が面白半分に買ったばったモン。
もうひとつは、後日麻琴にせがまれ吉澤が買いなおしたストリートブランド。
「あのね、ごとぉ前から気になってたんだけどさ」
「はい?」
小川の背後に広がるうす桃色のオーラをちらっと見やって、真希は頭をポリポリ。
やや言いにくそうに切り出した。
- 124 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:58
- 「小川はそのぅ・・・よしこにマジなわけ??」
「ど、どういう意味ですかっ?」
フォルティッシモにデクレッシェンド。
頭のてっぺんから発せられてるんじゃないかと疑いたくなるような
素っ頓狂な声で反応する小川に、真希は聞いた事を既に後悔しはじめていた。
しかし、こんな大げさな態度で返されては、いまさら引っ込みもつかず
真希は腹筋の体勢からゆっくりと体を起こす。
- 125 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:59
-
「だからー・・・その、レンアイカンジョウ?もってるわけ?」
「・・・レンアイカンジョウ?」
- 126 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 16:59
- 「え、なにが。は、誰に?」
怪訝な。
まさに怪訝という言葉にふさわしいしかめっ面で吉澤は答えた。
これはイエールじこみの紺野流高級アメリカンジョークなのだろうか。
それとも、バレンタインが差し迫っているにもかかわらず
チョコレート屋で汗を流す勤労学生の自分に対するいやみなのだろうか。
そんなことをグルグル頭の中で考える。
だいたい、紺野という人物に、吉澤は昔からどこか苦手意識を持っているのだ。
それは、紺野が天才で吉澤がバカだからというわけではなく。
(いや、それも間接的には関係しているのだろうが)
しゃべり方はソフトでほわほわしているくせに、しゃべる内容は実にするどい紺野は、
バカがつく正直に分類されるであろう吉澤には得体の知れない存在である。
一方、紺野は相変わらず手元のメニューに熱い視線を注ぎながら
「何度も言わせないでください。藤本さんにですよ。他に、誰がいるんです」
当然の帰着だとばかりに言い放った。
吉澤は水を飲みつつ、小首をかしげて紺野の言葉を咀嚼する。
- 127 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:00
- れんあいかんじょうふじもとさんにですよ
恋愛感情→藤本さんにですよ
ああ、うちがミキティーにラブかどうかってことね。
「・・・・って。ええええええ????」
ぶぅーっと口からYosizawa発Konnno行きの水が噴出されると
お約束のように真正面に座っていた紺野は、
しかし器用にメニューを盾にして、間一髪、難を逃れていた。
「もう、落ち着きないですねー貴方と言う人は。今年21でしょう?
そんなことだから国民年金基金の学生免除手続き忘れちゃうんですよ。」
ぐへぇっ。
つぶされたカエルのような情けない声をあげる吉澤。
そう、紺野という人物は、癒し系の笑顔で、確実にイタイトコロをついてくるのだ。
- 128 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:00
- 「いや、ミキティーに恋愛感情とか、考えたこともないからびっくりして。」
一瞬脳裏に浮かんだ国税局からの請求書のイメージを、片隅にうっちゃりながら
吉澤は紺野の質問に答えようと口元をぬぐう。
そして、考える。
すぐにやめる。
だって、わっかんねぇもん。
「ま、あえて言うなら・・・」
「あえて言うなら?」
- 129 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:01
-
「イエス。よりのノーっすね。」
「何言ってるんですか!そんなんじゃないですよ。ぜんっぜん、違いますから!」
- 130 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:01
- 唾を飛ばさんばかりの勢いで・・・いや、実際に大量の唾を飛ばしながら、
小川は真希に詰め寄っていた。
「小川の場合なんていうかぁ、あ、そうだ、リスペクト。
リスペクトってやつですもん。」
まこピー on ステージ。
明後日の方向を見はらかし、大げさな身振りで否定する小川を
疑惑の目で見つめ返す真希。
「ふーん。じゃぁ、もしも、の話だけど。
よしこに告られたらとしたらどうする?」
シ―――――――――――――――――――――――――――ん。
一瞬、痛いほどの静寂が二人を包み込んだ。
沈黙後、ふにゃっと相好を崩して、真希の肩をばんばん叩きながら
小川はカラカラ、笑った。
「何言ってるんですか。小川の場合は、あくまでリスペクトなんですよ。
だいたいそんな非現実的な・・・・・・・」
- 131 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:02
- (暗転)
麻琴、ひとみの二人。
照明は舞台上のフットライト(オレンジ)のみで、逆光で二人のシルエットが強調されている。
バックスクリーンに夕焼けの映像。川原のセット。
麻琴はセーラー服、ひとみは学ランを着用している・
麻琴:吉澤さん、どうしたんですか。急に改まって。
ひとみ:小川・・・ずっと前から・・・
麻琴:吉澤さん?
ひとみ:あの、ミスタームーンライトで組んだ時から実は小川のことが・・・
(突然、麻琴を抱きしめる)
麻琴:ちょっと、よ、よよよよ吉澤さんっ
ひとみ:いい先輩で居たいと思ってたんだ!けど、もう限界だよ!
小川、ウチのものになって!!
麻琴:そ、そんな急に言われてもっ
ひとみ:今夜誓うよ多分きっと愛しているよできるだけ
麻琴:きゃっ、何するんですか!だ、ダメですって、もぅ、やめ・・っ・・・・・・ぁっ
- 132 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:03
- 「いやーお代官様、ごかんべんを〜」
「わわわわっ」
真希に横からチャチャを入れられ、小川の想像、いや仮想、またの名を妄想は中断された。
なかば混線状態で口をパクパクさせる小川。
ニヤニヤ半笑いの真希は、前髪を軽く吹き上げ
座り込んでフリーズした小川の頭を手すりに立ち上がった。
「おがわぁ、今あやっすぃこと考えてた〜?」
「な、どうしてそれをっ・・・はっ!」
真希の指摘に説明不要のあからさまなリアクション。
口を両手でおさえたまま、再びフリーズ状態に陥る小川の髪をくしゃ、
と撫でて、真希はさっさとその場を離れていった。
- 133 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:03
- 「モーニング娘。はメンバー内恋愛禁止ですからねv」
もちろん、にくらしい捨て台詞を残して。
一方、からかわれた格好になった小川は、
やや間があってから、猛然と抗議の体勢に入った。
が、シュート練習に向かった真希の背中は、すでにぐんと遠くなっている。
「ちょっと、なんですか後藤さん!!!
っていうか、それ言うなら私よりもこっちでしょ、普通!」
小川が指差した先には、まっピンクの熱気。
吉澤のタオルを握り締めながら体育座りの石川梨華。
- 134 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:04
-
「ああ、愛しいあの人、お昼ご飯ナニ食べてるんだろう?」
「牛丼、大盛り、つゆだくで。」
- 135 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:04
- 「おまえなぁ〜おごるって言ったけど、
いくら人の金だからってちょっとはエンリョ、ってもんが・・・」
吉澤、既に7杯目に突入している紺野に呆れ顔。
そうだ、紺野はかわいい顔して大食いなんだった、と
今更思い出しておごると約束した15分前の自分を恨む。
っていうか、どう考えても自分より紺野の方が金もってそうだよな、
と横目で紺野を盗み見すると、ばっちり目が合いにっこり微笑まれた。
そして、紺野はおもむろにスーツの内ポケットに手を差し込み、一言。
「そうそう、吉澤さん、そういえばここにあなたの恥ずかし〜い写真があるんですが・・・」
「あ、おやっさん卵もつけてやってください。」
「おやおや、更にはこんなところにネガ発見」
「よ〜し、ヒーちゃんチーズケーキもつけちゃうわよ」
- 136 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:05
- 噂にたがわぬバカっぷりをいかんなく発揮する吉澤に、
紺野は首をかしげて思案顔になった。
「しかし、解せませんね。」
「えぇっ、カレー丼も欲しいわけ?」
芳野家ってカード使えるんだっけ、と青くなる貧乏学生吉澤に
紺野はため息をついて、言い直す。
しかし同時に、心の中では、カレー丼も食べようかなぁ、と思っていたりもする。
「ちがいますって。“イエスよりのノー”っていう貴方の答えですよ。
そりゃね、男女関係ならわかるんですけど藤本さんと吉澤さんは
友達という名の主従関係な訳で」
「しゅじゅうって・・・」
「ノーってコトは吉澤さんはそっちのケはないってことですよね。藤本さんに至っては
明らかに男好きですし。だから、不思議なんですよ、貴方たちの関係がね」
- 137 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:05
- お百姓さんの苦労を考えて食べるべさ、という母の教えを忠実に守り、
米粒一つ残らず平らげようと箸をせわしなく動かしながら、紺野が言った。
吉澤は「うーん」とうなりながら頬杖をつき窓の外を眺める。
「ミキティーのことは好きだけど。」
紺野がふっと顔を上げた。
吉澤は「あ、だからソウイウ意味じゃなくてさ」、と手をひらひらさせる。
「好きっていうかね。その、めちゃくちゃ気になってしょうがないわけで」
「ほぅ?」
「なんかひっかかるんだよ。魚の小骨がつまったときみたいにさ。ココらへんで。」
とん、と喉元を指差し、吉澤は困ったような笑顔を浮かべた。
あの冬の池袋の公園。
そこで美貴と出会ってから、引っかかり続ける何か。
いつか、なにもかも氷解する時がくるだろう。
- 138 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:06
- 「・・・・・・・・その先が知りたいわけなのだよ、紺野クン」
ちょっと芝居がかった調子でおどけてみせる吉澤から目をそらさずに、
紺野はゆっくりと問いかける。
「では、例えば藤本さんがあなたを恋人にしたい、と言ったら?」
吉澤も、目をさらさずに答える。
「・・・ミキティーがそういうなら、いいんじゃない?」
「ふむ。」
紺野は、目線をどんぶりに落とし、そうですか、と付け加えた。
二人以外、客のまばらな店内で、紺野の箸が陶器にぶつかる音は、いやに響いた。
耐え切れなくなって吉澤が立ち上がる。
- 139 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:07
- 「あーもうあったま痛ェ。とにかくあのコが幸せならおいらはなんでもいいよ。
うち、基本的にバカなんだから難しい事わかんねーって!
っていうかこんな時間だし!また小川に絞められるじゃんかよ!」
携帯電話のデジタル表示を見て、あわただしく身支度を済ませた吉澤。
あたふたと財布を取り出し、全財産を紺野の前に差し出した。
「もってけ、ドロボー!!」
「吉澤さん、電車賃あります?」の問いに「バイク!」と短く答えて、
吉澤は荒々しく店のドアをあける。
みるみる遠くなっていく吉澤の背中を見送って
紺野は口元を黄色いハンカチでぬぐい、くるりと後ろを振り返った。
「ね、シャチョー。適任でしょ。」
- 140 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:08
- その先には、カレー丼と格闘中の松浦亜弥。
ピンクのサングラスのむこうで、大きな目がしばたいた。
「確かにそうだわ。力持ちだし、体育会系だし、ちょっと頭弱いけど勘はいいしね、
よっちゃんさんは。使いやすいっちゃあ、使いやすいわ」
「彼女だったら、つねに藤本さんを一番に考えて行動しますよ。」
「マネージャーとしての必要条件は満たしてるわね。」
亜弥は立ち上がって、
「はい、これ、この店を貸しきったお代だから」と店員に小切手を渡した。
店員の耳元で、「このことは誰にも言っちゃダメだよ」と囁くと
男は無言で大きく何度もうなずいた。
その光景を視界の端に捉えながら、
紺野はさきほど吉澤が消えていった方をみつめた。
「ふふ、それにしてもね吉澤さん。」
- 141 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:09
-
「そういうのを、人は愛情っていうんじゃないのかな」
「ダイキライ、あんなやつ、ダイキライ。」
- 142 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:09
- オフの日に、メイクもしないで、どうして高田馬場なんてヘンピな場所にいるんだろう。
亜弥たんでも、美貴のためにお金を使ってくれる男でもなくて、
どうしてよりによって、アイツなんだろう。
「携帯、出ろよ、ぶぁーかぁ。」
以前、吉澤と一緒にでいとした時、目にした吉澤の大学近くの駐輪場。
吉澤がここにくるという確証はなんらないのに、美貴は気付いたらそこに立っていた。
理由は、例の怖い夢をみたから。
起きた時に、寂しかったから。
吉澤に無性にバカ、と言いたくなったから。
パジャマの上にダフルコートを羽織っただけの美貴。
申しわけ程度にメッシュキャップをかぶってはいるが、行き交う人々は
いぶかしげに美貴のことを見ている。
藤本美貴だとばれるのは、時間の問題かもしれない。
- 143 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:10
- 「また、亜弥たんに怒られちゃうな。」
自虐的に笑って、美貴は帽子のつばを引き下げた。
狭くなった美貴の視界に、男物のスニーカーが映る。
やばい、と美貴が本能的に身をよじった瞬間、男の腕が美貴を引き寄せた。
「あれれ?ミキティー?」
想像していたよりも高い男の声に驚いて、美貴は思わず顔をあげる。
と、そこにいたのは美貴の待っていた吉澤ひとみその人だった。
「ど、どうしたのさ・・」
ただならぬ美貴の様子に吉澤はあっけに取られていた。
一方、美貴の方は、吉澤に用意していた、「遅いっつーの」とか「ばーか」とか
いった類の言葉を発しようとするのに、うまく声が出ない。
変わりに、なぜか目じりの方に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
それは、自分ではもう制御がきかないほどに。
- 144 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:11
- 「み、ミキティ、だいじょっ・・・」
吉澤の「大丈夫?」のセリフが途中で「パン!」という乾いた音に変わる。
そばを通った学生風の4人組が、何事かと振り返った。
美貴に頬を張られた吉澤はしばらくじっと美貴を見詰めた後、
急にものすごい笑顔になった。
「いや〜だ〜もしかしてつぼみじゃん?ひさぶり〜」
そう言って、美貴の腕を自分のバイクが止めてある場所まで引っ張っていき、
強引に後ろに座らせる。
「きゃぁー、ドルチェ・アンド・ガッバー菜じゃん!このキャップ。
いいな、うらやまっすぃ〜。ヒーちゃん借りますねぇ」
すばやく、帽子を脱がせ、自分のヘルメットを美貴にかぶせる。
今日は、されるがままになっている美貴は、黙ってメットの紐を固定した。
吉澤は、美貴の帽子をひょいと斜めにかぶると、後ろを振り返らずに言う。
- 145 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:11
- 「白百合お嬢様、今日はどこへ行きましょうか?」
「・・・・・・・人のいないところ」
「らじゃっ!」
ぶおん、と一声。
吉澤の愛車は発進した。
後ろから腕を回している美貴の肩が、ひそかに震えていた。
吉澤は、気付かないフリをして調子はずれの鼻歌を歌った。
- 146 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:12
-
1時間とその半分。
吉澤がハロプロメドレーを歌い終わって、平井堅のものまねでもはじめようかと
考えていた頃、バイクは人のいない冬の海岸まで到着していた。
バイクを停車させ、吉澤は「一休みしようか?」と、背中の美貴にたずねた。
はっきり言って、ここまで長く美貴を乗せて走るつもりはなかった。
しかし、後ろの美貴が何も言ってこないので、
吉澤はただバイクを走らせるしかなかったのだ。
美貴は、静かにバイクから降りると、ヘルメットをぽい、と
砂浜に放り投げ、そのままヘナヘナとその場に座り込んだ。
冬の海岸はグレーと藍で、どことなく物寂しい。
その背景に溶け込んでしまうのではないかと言うほど、美貴の後姿は華奢だった。
ふいに、吉澤は美貴を抱きしめてやりたい、という衝動に駆られた。
それは、昼間紺野が言っていたレンアイカンジョウから
来るものというよりは、使命感に似ている。
美貴の背中から発せられる「寂しい」という感情を自分が中和してやりたい、
中和できるんだという自負に基づく義務感でもあった。
- 147 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:13
- 「あのですね、ウチは、ヨシザワヒトミはですね。」
後ろから柔らかく、本当にそっと、美貴を抱き寄せながら、吉澤は静かに宣言した。
「絶対裏切りません。何があってもミキティーの傍にいます。」
美貴の瞳が大きく見開かれた。
吉澤と、振り返った腕の中の美貴との視線が交わる。
美貴は怒ったような泣き出したいような顔をして、ぼすっと吉澤の右腕に顔をうずめた。
小さく、鼻をすする音がした。
「ばか、誰が傍にいてくれって言ったよ?」
くぐもった声で否定しても、まったく凄みがない。
「抱きしめていいなんて、許可してないじゃん」
「ごめん。でも、藤本さんのマジ泣き顔なんて、
恐れ多くて見ちゃいけないと思ったから。」
「泣いてないって。これはただの塩化水だってば。」
「うん。そうでした。」
美貴は、顔をゆっくりと上げ、吉澤のほうに体ごと向き直った。
美貴は、いらだっていた。
泣いている理由を聞かない吉澤にもいらだっていたし、
こんなところを吉澤に見せてしまっている自分にもいらだっていた。
- 148 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:14
-
「ちくしょー、絶対、裏切るなよ。」
「うん。」
「ちゃんと美貴のこと、見張ってろよ。」
「うんうん。」
「・・美貴の、傍にいろ。」
「オス。」
海から吹く、冷たい風が二人の間をすっと通り抜けた。
吉澤のことを睨んでいた美貴の瞳がわずかに伏せられる。
- 149 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:14
-
「・・・・よっちゃんさん、寂しいよ・・・。」
- 150 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:15
- ぽつりと、そうこぼした美貴に、吉澤は少なからず驚いた。
一切バリヤーのはりめぐらされていない、裸の美貴を見た気がした。
なんとなく、二人の目が合った。
吉澤は、何も考えていなかった。
美貴の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけた。
まるでサイレント映画のコマ送りのように、
静かに、二人の距離が近づいた。
そして、3秒間の間、唇が触れるか触れないかのところで、
二人の距離は0になっていた。
- 151 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:15
- しばらくして、ただ無心に自分を見上げる美貴を見て、
吉澤は我に返った。
急激に、体が冷えていき、頬だけが熱くなっていくのを感じる。
本当に、何気なく、無意識のうちに自分がしてしまったことを
まだ自分自身で整理できずにいた。
そして吉澤は、「ウ・・・」と、喉の奥で低くうなった次の瞬間
「わああああああああああっっっっっっ!!!!!!!」
と、叫びながら、一目散に砂浜を駆け抜けていった。
元バレーボール埼玉県選抜の俊足をいかんなく発揮して、
みるみるうちに小さくなっていく吉澤の後姿を見ながら、
やっと、美貴も我に返った。
「・・・ぁんの、キス魔!!」
立ち上がり、吉澤を呼び止めようとするものの、
すでにニクイアンチクショウの姿は、米粒大になっている。
- 152 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:20
- 「ちょっと!!バイクおいてどこ行くんだよ!!
美貴帰れなくなっちゃうんですけど!!!!!」
「ふざけんなよぅっ」と叫ぶものの、吉澤には届かない。
やれやれ、と腰を下ろして、美貴は小さくため息をついた。
しかし、その表情に、先ほどまでの寂しさはなかった。
灰色の空から顔を出した太陽の光を反射して、キラキラと輝く藍色の波の背が、
何か春の予感をはらんでいるような気がして、美貴は微笑んだ。
- 153 名前:愛は、藍よりいでて哀より尊し 投稿日:2004/02/05(木) 17:20
-
- 154 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/05(木) 17:26
- 大学の試験の関係で、1ヶ月も放置してしまいました南無
>>113 名無し募集中。。。 様
舐められてましたw
心底面白いと言っていただけるよう精進します。
>>114 :名無し募集中。。。 様
114様の好みとは光栄です。
ちょっとCP色が強くなってきましたが、どうぞご愛顧のほどを。
>>115 :ss.com 様
松浦シャチョーと紺野ドクターは美貴帝の事情を知っている唯一の人で
あり、キーパーソンなのでこれからも出てきます。
目先がコロコロ変わって読みにくいかもしれませんが、今後もおおきに
- 155 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/05(木) 17:29
- >>117 名無し募集中。。。 様
1ヶ月ぶりの「でいと」です。保全ありがとうございます。
>>118 名無し募集中。。。 様
更新れす〜。
- 156 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/05(木) 17:29
- それでは、また次回の「でいと」で
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/05(木) 17:29
- 大量更新キタ━━川VvV)人(^〜^O)━━!!!!!
首を長〜くして待ってました。今後の展開が楽しみ。
- 158 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/05(木) 17:53
- 更新乙です!!
我も首が3bほど伸びてしまったです
がんがって下さい!!
- 159 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/05(木) 20:27
- 更新乙です。
キャラのアホさが光ってますね。
ストーリーも展開も素敵過ぎ!
次回の更新も楽しみにしてます。
- 160 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/02/06(金) 04:45
- 更新お疲れ様です
文もうまいしとても面白いです
今一番大好きな作品です
がんばってください
- 161 名前:ss.com 投稿日:2004/02/06(金) 19:42
- おおっ!大量更新!!作者さん、お疲れ様です。更新も試験もネ。
あの、目先がコロコロ変わるっていったのは、それがおもしろいって意味ですから。
読みにくいなんてこれっぽっちも思ってないから。
登場人物のキャラがメッチャいいです。
頑張って下さい。期待してます。
- 162 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:42
-
その日は日曜日で、午前中から小雨が降っていた。
外はだいぶ冷えるそうだ。
私は、頬杖をついて、窓越しにグラウンドを眺めていた。
着いたときには黄土色をしていた土が、黒く湿った色にかわっている。
その中を、栗色に染め直したばかりの髪をなびかせたよしこが走っている。
黄色のポールの間を、器用にすりぬけながらのジグザグ走行。
それを、なんべんも、なんべんも、飽きることなくやっている。
学生会館から見下ろすグラウンドには、よしこ以外人の姿は見えない。
- 163 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:42
- 「ひとみちゃん、断ったんだって、プロ入りの話。」
テーブルを挟んで向かい側に腰をおろしながら、梨華ちゃんが言った。
そして、紙コップに入ったインスタントコーヒーをすする。
白い湯気の向こうの梨華ちゃんの顔は、いつもからは想像できないほど、無表情だった。
けれど、梨華ちゃんの視線の先には、いつものようによしこがいた。
「ひとみちゃん、蹴ったんだよ。あのジェベロ磐田の女子チームを。」
「へぇ。」
独り言のように言う梨華ちゃんに、私も曖昧な返事をする。
細かい雨が降りしきる中、よしこは、相変わらずさっきと同じ動作を繰り返していた。
よしこは、フットサルが本当に好きなんだと思う。
もしかしたら、バレーボールよりも好きなのかも知れない。
「あんなに好きなのにね。 この前なんてひとみちゃんったら、
マンガの真似してボール蹴りながらゴハン食べるの。お行儀悪いでしょ?」
「『ボールは友達、怖くない』ってか?」
「そ。ほーんと、バカ。」
くっくっく、と、窓の方を向いたまま梨華ちゃんが笑った。
口元がわずかに震えていた。
私は、見ない振りをしてもう一度視線をグラウンドに移した。
- 164 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:43
- グラウンドはよしこの独壇場だ。
12本のポールの隙間をすいすいと縫って、よしこはゴールの前に躍り出ていた。
地面をちょっと蹴ると、いつの間にか背面で浮き上がったボールが
まるであるべき場所に帰っていくように、すっと彼女の頭のてっぺんに吸い寄せられる。
そのまま、ごく自然な流れでボールは、右ひざの上へすとん、と落ちた。
そして、次の瞬間、急にスピードを速めたそれは、
いつのまにかよしこの効き足の、丁度いい所で止まっていた。
ずどん。
と、音がした気がした。
ボールは既にゴールの中にあった。
「きれいだな、よしこのシュート。」
荒削りだけど、間違いなくよしこはダイヤの原石だ。
もしかしたら、フットサルにはちょっとスケールが大きすぎるのかも知れない程に。
- 165 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:43
- だけど、はっきり言って、うちのチームは強くない。
一応大きな大会で全国出場経験があるけれど、
それはよしこの力によるところが大きい。
私達は、よしこのように気の利いたフェイントもできないし、
よしこのように、フットサルの練習に時間を割くこともできない。
誰から見ても、よしこがこのチームにいるのは不自然だった。
そこへ来た、プロのサッカーチームの誘い。
なんでも、たまたまよしこを見た監督が、そのプレーにほれ込んで、
実績の少ないよしこを使いたい、とオファーしてきたのだ。
その上、一から育てるつもりがある、とも。
よしこの実力から考えれば、ある意味当然の事とも思える。
でも、業界常識的には異例の事だ。
もちろん、チーム皆が賛成した。
よしこも乗り気だった。
それなのに
「断っちゃったのか。」
- 166 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:44
- 私は、驚いてはいなかった。
正直、なんとなく、予感していた事ではあった。
というより、予想の範囲内の事だった、と言う方が正しい。
よしこが自分のポリシーも何もかも投げ打つときの理由は、いつもたった一つ。
よしこにとって、それは藤本美貴。
それは、梨華ちゃんにとってのよしこがそうであるように。
・・・いちーちゃんにとってのなっつぁんが、そうであったように。
「あ、小川だ。」
雨足のやや強くなった中を、青いビニル傘をさした小川が小走りに歩いていた。
よしこになにごとか言っている。
きっと、「風邪ひきますよ」「一休みしてください」
・・・そんな類の言葉をかけているのだろう。
小川がよしこの腕にまとわりつくと、よしこはわざと大げさに嫌がってみせた。
「小川ってさぁ、よしこのことホンット好きだよね。」
「うん。」
「この前なんて、『吉澤さんはジャニーズよりかっこいいです!』ってそれは
アリエナイよね〜?ちょっとアブナイわ。あれじゃまるでオタクだよ。」
小川とよしこがじゃれあっている様子は、犬の兄弟みたいで、ほほえましい。
ふいに、「なつかしいな」と梨華ちゃんが言った。
- 167 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:45
- 「梨華ちゃんだって、よしこの前だと似たり寄ったりですぞ」
私がからかってやるつもりでそう言うと、梨華ちゃんは「違うの」と小さく返した。
「私の場合は、もう、なんか違うの。」
コップのはしに口をつけたまま言った梨華ちゃんの前髪を、コーヒーの湯気が撫でる。
「最近の私、ひとみちゃんに何も考えないで、ただ無邪気にああはできない。」
「女子校ノリの限界ってやつかもね」
と、笑って真っ直ぐこちらを見た梨華ちゃんは、知らない人みたいに大人っぽかった。
少なくとも、よしこの前ではしゃぐ、ロック魂全開の梨華ちゃんではなかった。
「だって、私もう21だもん。
あと数ヶ月もすると、安倍さんが死んだ年と、同じになる。」
久しぶりに聞いた「安倍」という単語に、私の胸のどこかがちくりと痛む。
静かに、ゆっくりと、何か黒いモノがこみ上げてくるのを感じる。
同時に、あの日呆然と変わり果てたなっつぁんの姿を見ていた
いちーちゃんの背中が、浮かんで消えた。
- 168 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:46
- 「二年と半分。」と、私はつぶやいた。
「そう、たった二年なのに」と梨華ちゃんが消え入りそうな声で言った。
「ねぇ、ごっちん。なんで、人はいつまでもコドモじゃいられないんだろ。
何でも、うやむやにできる時期って・・・どうして短いのかな・・・。」
私は、うん、とだけ相槌を打った。
彼女の言いたいことがわかったから、それ以上何も聞かなかった。
梨華ちゃんは、黙ってこげ茶の揺れる水面をみつめている。
- 169 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:47
- 「それで、さっきの話だけど、ひとみちゃんね。
フットサル自体も・・・やめることになるかも、って。」
梨華ちゃんは、ピンクのリップで色づけされた唇が白くなるほど、口をきつく結んでいた。
けれど、梨華ちゃんは私やよしこよりはるかに現実的で、強いのだ。
もちろん、いちーちゃんなんかよりはずっと強い。
私の方はというと、知らず知らずのうちによしこといちーちゃんをダブらせていた。
よしこが束縛される存在など、「藤本美貴」以外にないことを
よくよく承知していたにもかかわらず。
私の頭の隅っこで、過去のいちーちゃんのセリフが
まるで今発せられたかのようにリアルに蘇ってきた。
−ごめんよゴトウ。いちーね、もうゴトウの教育係できなくなった
「美貴ちゃんのマネージャーやるんだって。」
−モーニング娘。やめるんだ。なっちがいちーのカオ、もう見たくないって言うから
- 170 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:48
-
それから、午後になって太陽が顔を出したけれど
私だけはグラウンドに出なかった。
私の脳裏には、いちーちゃんの気の抜けた笑い顔があった。
何気なく髪をかきあげる仕草にさえ、どことなく何かを諦めたような空気がまとわりつく。
オトナになるってそういうことだよ、と、ある人は言った。
でも、私はそんないちーちゃんを見たくはなかった。
「よしこ、ジェベロ蹴って、ミキティーのマネージャーやるって本当?」
練習が終わった後、よしこだけ呼び出して私は聞いた。
「フットサル辞めるかもってのも?」
よしこはこっちを向いたまま答えない。
そして、唇の形をぐにゅりと曲げた。
よしこがこういう仕草をする時を、親友の私は知っている。
何か言い訳を考える時だ。
- 171 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:48
- 「ごめんっ!一番はじめにごっちんに言うつもりだったんだけど、
梨華ちゃんに何度も聞かれちゃってさ」
顔の前で手を合わせて、ゴメンのポーズを作る。
「いやーあやゃ様直々に頼まれちゃって。しかもけっこうな高額。
時給3サウザンドイェンよ。すりーさうざんどいぇん。
ほらさ、2浪して入った大学だけど、世間は就職氷河期よ、ごっちん。
いまの内から業界にコネ付けしとく、ってのも悪かないよね〜。」
早口でまくし立てるよしこの、ヘラヘラした笑顔が気に入らない。
「よしこ、あんなに一生懸命練習してたじゃん。
フットサルの星になってやるぞ、って。毎日朝から5キロ走って。」
よしこのジーンズの下には、アンクレットがあるはずだ。
今だって、多摩川の土手にでも行って、一人で壁撃ちでもしようかなんて思ってる癖に。
- 172 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:49
- 「いいじゃん。大学出て、就職して、それなりに生活してさ。
その内結婚しちゃったりするかも。んで、ヒーちゃん2世が誕生する頃にはごっちん、
ビッグデザイナーになってんじゃん?パリコレとか出ちゃったりしてさ。
私は子供に、後藤真希先生と昔マブダチだった、なんて自慢すんの。
ほら、ウチ、バカじゃん?大したとりえもないし。
わきまえて、平凡に、穏便にサ、やっていくっすよ。」
「・・・さいってい」
「わきまえて」 「平凡」 「穏便」
そんな便利な逃げ道を、このバカはいつ覚えたのだろうか。
それこそ、本来のよしこから遠い言葉はないのに、何を勘違いしているのだろう。
−仕方ないさぁ。いちーは器用貧乏だからさぁ
「ふざけんなっ!」
喉元に嵐がうずまいているのが、自分でもわかった。
私は、よしこの限りなく真っ直ぐなところが好きだ。
気を使っていることを隠すための薄く計算されたバカも、
何も考えずに直感で行動するバカなところも
真っ直ぐなところが、私は好きだ。
私は、よしこには、自分の進むべき道を突き進んで欲しい。
いちーちゃんのようにはなって欲しくなかった。
- 173 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:50
- 「私よりウマイ人なんて、そこらじゅうにいるよ。
いつまでも夢みたいな事、言ってられんだろ。現実をみなきゃ。」
「うそつきっ!ミキティーの為に全部ナシにするくせに!
『現実を見なきゃ』?なんだソレ?はっきり言って今のよしこ、かなりカッコ悪いよ!」
私は、よしこのシャツの襟元を、ありったけの力で自分の方へ引き寄せた。
よしこの顔が、私と鼻も触れ合わんばかりに近くなる。
「ごっちんには適わないな」とよしこが口の中で言った。
けれど、目線は微動だにしなかった。
「あの子、消えちゃうかもしれないから。」
おもむろによしこが口を開いた。
「うまく言えないけど」
よしこの大きな瞳には光があった。
愚かしい、野暮ったい、でも、綺麗な光だった。
ああ、まっすぐだ。この人はバカバカしいほどに、まっすぐなんだ。
- 174 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:51
- 「見張ってないと、ミキティー、いなくなっちゃう気がするんだ。」
−なっちを放っておけないんだよ
「こ・・・ン・・・ばっかやろ」
「ヨシザワ、バカですから。」
バカを言い訳にするな、と言おうとして、言葉にならなかった。
感情の塊りがこみあげて、うまく息が出来なかった。
そっくりだ、と私は思った。
よしこは、いちーちゃんに似ている。
「ミキティーを守るとか、大それた事ウチには無理だと思う。でも、傍にいる。」
−なっちを救ってやりたいんだ
「そういうの、めちゃめちゃうざいよ!
そんなの、よしこの勝手な思い上がりじゃん!」
「・・・ごっちん。」
「ごめん。ありがと。」と、よしこは続けた。
なにが「ごめん」でなにが「ありがと」なのか、私には全然分からなかった。
- 175 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:52
-
夜になると、急激に冷え込んできた。
家から外に出ると、手がすぐに冷たくなった。
明日までに仕上げたいデザイン案があったけれど、私は青山を歩いていた。
出掛けに、いちーちゃんに電話をかけた。
留守電じゃなかったけど、いちーちゃんは出なかった。
私は、どこかでほっとしていた。
骨董通りを脇にそれ、路地裏を曲がって、私は待ち合わせ場所の喫茶店を目指した。
よしこと別れてすぐ、私は携帯で藤本美貴を呼び出した。
番号は知っていたけれど、いままでかけたこともなかった。
それどころかこの二年間、メールさえも送った事がなかった。
「今上がったばっかりだから、一時間待って。」とだけ彼女は言った。
- 176 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:52
-
カランコロン。
ドアノブにくくりつけられた、小さなベルが懐かしい音を立てる。
全体にレトロで、あめ色のマホガニーで統一されていたこの店は、
芸能人の隠れ家的スポットだ。
人気の少ない店内の奥の方で、白い帽子をかぶった女の子が、ひょい、と手を上げた。
「久しぶりだね、ミキティー。」
喉がかわいて、しわがれた声が出た。
こっちもコートを脱いで、腰を下ろす。
頼んだコーヒーが来ても、私は何一つ核心にふれる話題を切り出せなかった。
むしろ、何を言いたかったのかさえ、わからなくなっていた。
- 177 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:53
- 「二年ぶりだね。」
「そうだね。」
「皆変わったね。ごとぉ、亜弥ちゃんがアップフロントのご令嬢だったなんて
びっくりしたよ。しかも、帝王学でアイドルやってたなんてさ〜。
さすが、いい家の人はナニ考えてるかわかんないわ。」
「まぁね。」
彼女はそっけなく答えて、ダージリンを口に運んだ。
私は、無理に笑顔を貼り付けて、申しわけ程度に「寒いね。」と言った。
彼女は、やっぱり「ああ」としか返さなかった。
- 178 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:54
- 「高橋、元気?」
「TVの通り、元気にやってるよ。」
「加護は?」
「あの子はTV以上に元気。」
「あ、よしこさぁ、髪ちょっと切ったよね、横っちょの方。気付いた?」
「ああ、あれね。ヤる時に上から垂れてきてくすぐったかったから丁度良かった。」
「・・・・・・・・・え」
「あはは、ウソウソ。そんな関係じゃないし。この前キスされたけど。」
「・・・あ、っそう・・・」
藤本美貴は、眉毛を片方だけ器用に上げて、こちらをうかがっている。
彼女の眼を見ていると、私は何もかも見透かされているような気がしてきた。
後藤、おまえはよしこをいちーちゃんに見立てて
昔なっつあんに言えなかった事をこのコに言おうとしてるんだろ?
そう、私の中で、誰かがつぶやいた。
- 179 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:55
- 「ミキティー、よしこをマネージャーにするんだって?
あんなおバカなマネージャーつけるなんて、
業界広しといえどもミキティーしかいないよ。」
私は、なるべく自然に、あたりさわりなく切り出そうとした。
ミキティーは「ふふふ、そだね。」とちょっと笑っていたずらっぽく
「あげないよ。」
と付け加えた。
唇に人差し指で封をして微笑む彼女は、文句なしに可愛かったけれど
私を見つめる視線だけは刺すようで、背筋が凍る気がした。
そして、私は奇妙なデジャビュに襲われた。
確かに、よしこはいちーちゃんに似ている。
しかし、それ以上に藤本美貴は安倍なつみに似ていた。
「・・・・・・・よしこの、いち親友として言わせてもらう。」
私は、テーブルの下で組んでいた手をぎゅっと握り締めた。
- 180 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:56
- 「その話、ミキティーから断ってもらいたい。」
「何で?」
細められた彼女の灰色の瞳に負けないように、
私は背筋を思いっきり伸ばして、顔を上げた。
「ミキティーの前にいるよしこは、ちっともよしこらしくない。」
「美貴の前のよっちゃんさんは、違う?」
「違うよ。知ってる?よしこ、ミキティーのマネージャーやるために
プロ入りの話まで断った。」
「へぇ。」
あまりにも無関心な。
あまりにもそっけないミキティーの、彼女の、返答だった。
ほらね、いちーちゃん。
どんなにいちーちゃんが気にかけても、なっつぁんはどうも思っちゃいない。
私は、心の中で、そう舌打ちしていた。
- 181 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:57
-
「あいつ、よっちゃんさん。何がしたいんだろ。」
急に、ほとんど独白じみた調子でミキティーが言った。
私は、黙って先をうながす。
「よっちゃんさん、何をすれば喜ぶんだよ?
美貴の、お金も、顔も、カラダも、興味ないっていうんだよアイツ。
何の得があってそんなことするのか、こっちが聞きたい。」
−ゴトウ、いちーはね。なっつぁんの隣にいるだけで満足なんだよ。
「あと、その話。聞いてやってもいいけど意味わかんないな。
だって、”美貴の傍にいたい”、って言い出したのはよっちゃんさんの方だよ。
それに、どうしてこれがホントのよっちゃんさんだとか、
あれは違うとか言えるわけ?どれもよっちゃんさんに変わりはないのに。」
−どれも紗耶香には変わりないっしょ。
- 182 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:58
- 「少し、驚いた。
ごっちゃんて、人のことにはあんまり立ち入らずに上手く
立ち回るタイプの人間かと思ってたんだけど。」
「ああ、・・・よく、言われる。」
それっきり、私は何もいえなくなってしまった。
結局、二年たっても、私は全く成長していなかった。
- 183 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 16:59
-
その夜は本当に冷えた。
青山霊園の入り口の下には、鈍く光るものがあった。水たまりだった。
それが、夜明けでもないのにもう凍っていた。
私は、それをふんずけてやろうと思って、やめた。
中央に、いちーちゃんみたいな人影が、見えたから。
- 184 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 17:00
- 近づいて見ると、その後姿はやっぱりいちーちゃんだった。
そして、いちーちゃんの前にはなっつぁんがいた。
「なつみ、今日は冷えるな〜マジで。」
なっつぁんに赤いマフラーをかけてやりながら、いちーちゃんが言った。
もちろん、なっつぁんは何も答えない。
月明かりに照らされたなっつぁんは・・・・・
・・・・なっつぁんの墓石は、青白く冷たく、押し黙っていた。
「プルーストの『失われた時を求めて』って小説にさ、
恋の条件、ってのが書いてあるんだよ。なつみ、知ってる?」
ハンカチで表面の水滴をふいてやりながら、いちーちゃんは語りかける。
「『その人を占有したい、っていうきちがいじみた欲求を感じた時』だってさ。
でも、最近いちーね、それは別に恋だけに当てはまる事でもないと思うんだよ。」
- 185 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 17:01
- 「よしこれでオッケー」と笑って、いちーちゃんはかがんでいた腰を上げた。
そして、こちらを振り返った。
「ゴトウも、そう思わない?」
「ごめん、いちーちゃん。盗み見するつもりじゃなかったんだけど。」
私が、あわててそういうと、いちーちゃんは「いいって」と例の気の抜けた笑顔をみせた。
「いちーちゃん、ごとぉ、さっきミキティーに会ったよ。」
私は、全くの沈黙になるのが嫌で、妙に大きな声で話した。
話題など、何でも良かった。
神聖なこの場所は、まるでいちーちゃんとなっつぁん以外立ち入れない聖域みたいで
それがたまらなく悔しかった。
- 186 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 17:02
- 「ミキティー、なんでかな、なっつぁんに似てる、と思った。」
私の言葉を聴いたいちーちゃんの目がわずかに見開かれる。
「・・・そっか。」
いちーちゃんは、小さくうなずいて、またなっつぁんの方に向き合った。
また、いちーちゃんとなっつぁんの世界が戻ってくる。
けれど、次のいちーちゃんの言葉は全く予期していないものだった。
「そりゃそうだよ。」
「え?」
「だって、ゴトウ・・・」
- 187 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 17:02
-
「美貴ちゃんは、なつみの実の妹だから」
- 188 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 17:03
-
・・・二年の時を経て、私の周辺で何かが動き出した音がした。
- 189 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 17:03
-
- 190 名前:5.失われた時を求めて 投稿日:2004/02/07(土) 17:03
-
- 191 名前:サ 投稿日:2004/02/07(土) 17:12
- 「でいと」してねーじゃん、って言われそうですが、あんまり話が進まないので
ごとぉさんに来ていただきました。この番組は、いちごま、じゃない、よしごま
でもなく、なんとなく多分いしよしかもしれず、そこはかとなくあや美貴臭いみきよしでお送りしています。
>>157 名無飼育さん様
キタ━━川VvV)人(^〜^O)━━!!!!!ありがとうございます。
みきよしいいですね、みきよし。と、言ってみる
>>158 名無し読者様
首が3bは流石に傷害罪で訴えられると思い、がんがりました!
いや、嘘です。ありがとうございます。
>>159 名無し読者様
書いてる人もアホなので、 素敵過ぎの言葉に
単純に喜びました。
- 192 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/07(土) 17:17
- >>160 名無し募集中。。。様
今一番大好きな作品です 、などと言われ
恐縮しつつも小躍りし、泣いてみました。
>>161 ss.com 様
毎度、ありがとうございます。
あ、そういう意味でしたか。実は、娘。小説界のユリウスを狙って視点を
コロコロ変えてみました、というのは真っ赤な嘘です。
今回はちょっとシリアスよりですが、次回辺りにはキャラもはじけるかと・・・多分
- 193 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/07(土) 17:19
- 今更ながら、全開のタイトルに「4」をつけるのを忘れていた事
気付きました南無。
では、次回更新で、お会いしましょう。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/07(土) 18:31
- しかし、なんつー展開、なんつーセンス。ワクワクとドキドキで一杯だ。
間違いなく今一番面白おかしくかっけーバカな話。
もし宜しければ、今までに書かれたお話をこっそりひっそり時には大胆に教えて欲しいです。
- 195 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/07(土) 21:58
- 面白いよ、アンタ面白杉様だよ
更新頑張って下さい
アホ吉と美貴ティのやりとり大好きです
- 196 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/02/08(日) 04:29
- 今回の更新もかなり面白いでしたよ
お疲れ様です
藤本と安倍は現実で顔似てるような気がします
次の更新も頑張ってください
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/09(月) 00:56
- 後藤の心理描写の巧さにゾクッとした。本当に上手だと思う。
読むことが純粋に楽しい。そして楽しみ。がんばって。
- 198 名前:ss.com 投稿日:2004/02/10(火) 08:04
- WOW!立続けの大量更新!!お疲れさまです。
シリアスもすごくイイです。
少しづつ、登場人物の背景が見えて来て、ますます引きずり込まれました。
でも、確かに2階席あたりから肉眼でライブ見てると、なっちとミキティって
一瞬、見間違う事がありますね。作者さんの着眼点に脱帽です。
- 199 名前:名無し娘。 投稿日:2004/02/16(月) 11:55
- 文体がかなり和みます〜。
素敵ですね!これからも更新楽しみにしてます。
- 200 名前:名無し野郎 投稿日:2004/02/18(水) 05:11
- 今日全部読ませてもらいました
すっげーツボです
次の更新も楽しみにしています
- 201 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:41
-
………………………………..
お天気の日の、海の沖は なんと、あんなに綺麗なんだ!
お天気の日の、海の沖は、まるで、金や銀ではないか
……………………………………………..
- 202 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:41
- 船は、岬から岬へ、島から島へと白い一条の泡を引きながら進んでいる。
明るく、朗らかなライトブルーの海。
太陽の栄光を存分に反射した水面は、キラキラと輝いている。
イチーは、この絵が好きだ。
ナツミが死んだ日の午後、一緒に見た海に似ているこの絵が好きだ。
目を閉じると、その時の記憶が、鮮明に蘇ってくる。
潮のかおりさえも思い出される。
あの時、何かを言いかけてやめたナツミの困ったような顔も。すべて。
だから、イチーはこの絵が好きだ。
- 203 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:42
- 「やっぱりここかぁ。」
ふと、背後で、馴染みのある声がした。ゴトウだった。
「いちーちゃん、いなくなったと思ったら必ずと言っていいほどココにいるよね。
おかげでごとぉ、美術館の人に顔覚えられちゃったよ。」
やれやれ、と大儀そうに作品に近づいてネームプレートを読む。
「ひがしやまかいい・・・へー、コレ、東山魁偉の作品なんだ。」
ゴトウの言葉に
「へー、そうだったの。」
と、イチーは素直に驚いて見せた。
こんなに何回も通っておきながら、作者が誰か調べないなんて、
いかにもいちーちゃんらしい、とゴトウは微笑んだ。
- 204 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:43
-
「いちーちゃん、ごとぉ、よしこを殴ってまいりました!」
突然、大声を出したものだから、部屋の隅でパイプ椅子に座っていた監視員が、
びっくりして読んでいた本を落とした。
イチーは、頭を軽く下げて謝ると、「ええ?」とゴトウを見る。
「ごとぉ、梨華ちゃんみたく大人じゃないから。
今日、よしこがフットサル辞めます、ってみんなの前で言ったからさ、つい」
「がっつーんと一発」と、拳を振って、ゴトウはにかっと笑った。
イチーは、過去の自分の体験を思い出し、青ざめながら
「ゴトウ〜お前のパンチは重いんだよ・・・・。かわいい顔して行動は
メンズだよなー・・・吉澤、ご愁傷様・・・。」
と、遠くを見つめて手を合わせる。
ゴトウは「でもね」と言葉をつなぎながらイチーの前に回りこんだ。
「ごとぉが、よしこの親友であることにはまったく変わりないよ。
何かあれば助けるし・・・突き放せばいいんだけど、ごとぉ甘いから。
いちーちゃんみたいなバカ見ると、放っておけなくなっちゃうんだよね。」
- 205 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:44
- ふにゃりと笑って、だから、ごとぉもバカですね。と、ひとりごちる。
静寂が訪れた。
監視員が本のページをめくる音が、静かに響いた。
イチーは目を閉じると
「ありがとう!」
と、突然、声を大にして言った。
今度はパイプ椅子ごと監視員がひっくりかえる。
ゴトウも驚いて、目をしばたかせた。
「大切な人を失った時って、世界がモノクロになるとかゆーじゃん?
確かに、最初はそうだったんだ。だけど、最近ちょっと変わってきて・・・」
イチーは、額縁の中の海を懐かしそうに見た。
「二年たって。なつみの死を客観的に見れるようになった。」
イチーの目に映ったブルーが、瞳の色とあいまって淡い色を描き出す。
ゴトウは、イチーの横顔を黙って見守る。
- 206 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:44
- 「したら、死ぬってことを前提に考えるとさぁ、なんか日常のなんでもないことがさぁ、
すんごい、キラキラして見えるんだなぁ、って気がついた。」
イチーは、「そう思えるようになったのは」と、振り返り、ゴトウをみつめた。
そして、
「ゴトウが隣にいてくれたからだよ。ありがとう。」
柔らかい、笑顔を浮かべた。
ゴトウは、「どういたしまして」と、はにかんで、天を仰いだ。
しばらく、二人して、海を見ていた。
- 207 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:45
-
……………………………….
沖のほうでは波が鳴らうと 私はかまわずぼんやりしてゐた。
ぼんやりしてると頭も胸も ポカポカポカポカ暖かだつた
ポカポカポカポカ 暖かだつたよ
(中原中也「思ひ出」)
………………………………………………………..
- 208 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:45
-
「よしっ!今日もカワイイ!あ、もちろんしゃちょぉは別格ですけど」
社長室でも、ミチシゲは身だしなみチェックに余念がない。
前髪は、今日も彼女のこだわり通り、まぶたの上ギリギリラインまで落ちかかって
6:4の割合で左右に流れ、プリティー感と、デキル女っぽさを演出している。
・・・・・らしい。(本人談)
かつての後輩と、立場が逆転してしまった見習いジャーマネのヨシザワは、
恐縮しながら契約書に目を通していた。
- 209 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:46
-
「で、道重。引継ぎはおおむね終わったの?」
「はい。吉澤さんはバカですけど、筋はなかなかいいです。さゆには及ばないですけどね。」
ミチシゲはこれでいてなかなか仕事ができる。
娘。時代はついぞお目にかからなかった事務処理能力で、
ヨシザワに対しても要所・要所をおさえた指導をする。
ただし、極度のナルシストであり、極端なアヤャ様シンパなので
一緒にいると、多少、というか非常に・・・イヤむしろ、ものすごく疲れる。
よって、2週間の研修期間中、ずっと行動を共にしていたヨシザワは
もはや疲労困憊もいいところであった。
「亜弥ち・・・・社長、なんですかコレ。」
仔細らしく顔をしかめながら、ヨシザワはペンの尻で書面の一部分を指した。
マツーラは、こっちをみようともせず、
「読んで字のごとくですよぉ?」
机に向かったまま、ノートパソコンのディスプレイを眺めている。
- 210 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:47
- 「“但し、みきたんに手を出さぬこと”って、但し書きなのにめちゃめちゃ
フォントデカいじゃないっすか。しかも太字だし。」
「だーかーら、読んで字のごとく、って言ったでしょ?」
マツーラは立ち上がった。
つかつかとパンプスの底を響かせながらヨシザワの前まで来て、
ぐいっと顎を引く。
「こういうことです吉澤さん。美貴たんに手を出したら・・・美貴たんを傷つけたら
亜弥、一生吉澤さんのこと恨んじゃいます。
債務不履行の損害賠償だけじゃすまなくて、あらゆる手段使っちゃうかも」
静かな声であった。顔も笑っていた。
だが、有無を言わせぬ帝王の貫禄と、その後ろにちらちらと見え隠れする
狂気じみたものに、ヨシザワは異様な緊張を覚えた。
ヨシザワは、目じりのあたりにしびれを感じつつも、
「いや、あの、ウチ、女なんですけど。」
一応納得できない理由は付しておく。
「女だろーが犬だろーが、美貴たんの天使の笑顔を見ちゃったらあぶないわ!」
- 211 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:48
- 天使というフレーズに首をかしげつつも、
勢いに押されてヨシザワは「はい」と短く答えた。
その様子を軽く一瞥して「でもまぁ」と、マツーラは続けた。
「そのうち襲いたくなっちゃう時もあると思うの。うん、わかるよすっごく。
だって、美貴たんすごーく可愛いもん。あくまで亜弥の次だけどね。亜弥の次ね」
相変わらずの自分大好きトークに、ヨシザワはこれまた「はぁ」と、短い返事。
「どうしても、我慢できなくなったときはしょーがない、
代わりにこの世界一可愛いまつーらの胸を借りなさい。」
「はい????」
話の展開についていけなくなったヨシザワを、値踏みするようにまじまじと見つめて、
マツーラは片目をつぶってみせた。
「ぶっちゃけですねぇーまつーらは吉澤さんみたいなタイプあんま、
好きじゃないんだけど〜、ま、いっか。それも新しいプレイで。」
語尾のハートマークが、何ともいえない恐怖感を煽る。
「ぷ、プレイってなんスか!!」
と、ヨシザワが叫んだところで、マツーラのポケットが振動した。
- 212 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:49
- 着信だ。
着うたに自分の曲を使うのは、いかにもマツーラらしい。
マツーラは、2、3、電話の相手と言葉をかわすと、
あわただしく通話を終了し、何も言わずに部屋を出て行った。
ドアが閉まった音を確認して、ヨシザワはようやく大きく息をついた。
疲れと汗が、時を同じくして、どっとおしよせる。
「昔からタダモノじゃないと思ってたけど・・すごいね、おたくの社長。」
隣で立っているミチシゲに同意を求める。
ミチシゲは、二度も三度も首を縦に振って、
「そうです、そうです、しゃちょぉは素晴らしいお方です。さゆの目標です。」
と、ヨシザワの言葉をどう取ったのか、うっとりした目で虚空をみつめた。
そして、思い出したようにヨシザワの方を振り返り
「吉澤さん、ところでその顔はどうしちゃったんですかぁ。」
と、汚いものでも見るような目つきでヨシザワを見る。
ヨシザワは、ああ、と頬の痣を、つるりと撫でた。
- 213 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:50
-
「ごっちんに・・・い、いや、ちょっとタンスの角にぶつけちゃって。」
いかにも嘘っぽいヨシザワの言い訳には触れず、ミチシゲは大仰に
ため息をついて、腕を組みなおす。
「吉澤さん、いくら裏方だからって、見かけに気をつけなきゃダメです。
三日前から気になってたんだけど、スニーカー汚いです。
底が減ってボロボロじゃないですか。いいです?
しゃちょぉが『あやゃ帝国にみるマーケティング戦略と構造主義』112ページ17行目で
語ってらっしゃるように靴はその人の人となりを判断する上での重要ポイントなんで
す靴を見るとわかってしまうんですよってよしざーさん聞いてます?」
一気にまくし立てられて、ヨシザワは辟易とした。
「いや、なんか似てるね。重さんと社長。」
ミチシゲは、心底嬉しそうに微笑んで、「そうですか?」と、何度も
口の中で繰り返した。
- 214 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:51
- 「うふふ、そうかなぁ?一応いとこですけど、私なんか、全然ふさわしくないですよ。」
「いっ、ITOKO!?」
「そうですよ〜。ちなみに紺野さんは親戚で、松浦家の分家の当主ですよ。
あれ、まさかそんなことも知らなかったんですか?」
「SINNSEKI!?BUNNKE!?」
「いちいち変な発音しないでいいですよー。あ、さゆ、この後用事あるんで。」
マイペースなのは血筋なのか、ミチシゲは言いたいことだけ言うと、
さっさとその場を離れてしまった。
残されたヨシザワは、愕然と頭を抱え込む。
マツーラが帝王学でアイドルをやっていたのは有名な話だが
もしや、ミチシゲやコンノもその口なのだろうか。
そうだとしたら、モーニング娘。って一体・・・・
と、根幹的なことを考えそうになり、ヨシザワは頭をブンブンと振った。
世の中には知らない方がいいこともあるのかも、なんてしみじみ思いながら
代わりに今日の献立でも考えはじめる。
社長室を出て、エレベーターの中でハンバーグにしようと決定し、
メインホールまでやってきたところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
- 215 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:51
-
「おい、よっすぃー。無視すんなよ。いくらおいらがちっちゃいからって!」
「矢口さん!?」
癖のある言い回しに確信を持って振り返ると、
果たして、“歌のヤグヤグおねーさん”こと矢口真里が、ちょこんと、そこに立っていた。
「矢口さん、かぁわいい〜。」
と、思わずかけよって、ヤグチをひし、と抱きしめるヨシザワに
「くるしーくるしー」と、ヤグチも嬉しそうに抗議する。
「いつ振りですかね??あ、もしかして去年の二人焼肉大会in新大久保
以来じゃないですかね?」
「だな〜。っていうか、よっすぃーまた大きくなった?なんか成長してない?」
「矢口さん、ウチ、もう二十ですよ〜してないっすよ〜、2センチしか。」
「バリバリしてるじゃないかよっ!」
あはは、とヨシザワをこづいて、ヤグチは顔を赤くして笑った。
ひととおり師弟再会を喜んだ後、ココじゃなんだから、と端っこに移動する。
ヤグチは笑いを収めると、澄んだ目で真っ直ぐにヨシザワを見つめた。
- 216 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:52
- 「よっすぃー、顔、手形ついてるよ。どうしたの?」
ヨシザワはどもりながら、気まずそうに「いや、その・・」と、言いよどんだ。
ヤグチは、ひょっくり首だけ前に出して
「当ててみよっか。ごっつぁんにぶたれた。」
ずばっと、言い当てた。
そして、「なんでわかるんですか」とでも言いたげなヨシザワの額にデコピンを食らわせる。
「昔、同じ風に痣こさえてるヒト、みたことあるからね。
ごっつぁん相当怒ってたから、もしやとは思ったけどビンゴだったんだ。」
苦笑いともとれる、急に老け込んだような笑顔で、うなずいた。
「ごっちんに聞いたんですか?」
「うん、まぁ、簡単にね。プロチームのオファーおじゃんにしたんだって?」
「はい。」
「ヤグチは止めないよ。
ま、ここまでよっすぃーのミキティー病が進行してるのはビビったけどね。」
- 217 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:53
- 意外にも甘えベタなヨシザワにとって、ヤグチは数少ない相談相手の一人である。
だから、ヨシザワがミキに「バカは嫌い」と言われて大学受験を決意した事や、
彼氏を作ったら作ったでミキに横取りされ、それでもヘラヘラしてることや、
結局ミキに捨てられたその彼氏に逆恨みされて刺されそうになったことや、
やっぱりそれでもヘラヘラしてること、その他、その他の
呆れた事情を知っている。
しかし、流石のヤグチもあんなに打ち込んでいたフットサルをないがしろにするほど
ミキの優先順位がヨシザワの中で高いとは認識していなかった。
「ホント、よっすぃーってばミキティーバカ。ヤバイ完璧にハマってるね。
ガキの一時の恋愛感情ならまだいいよ。そこまで根が深いと逆にタチ悪い。」
「止めない。」と言ったわりには、ズバズバと否定の言葉を連ねるヤグチ。
「タチ悪い」にしゅんとするヨシザワに気付いて、優しい口調になる。
「あのさぁ、よっすぃー、これは、ヤグチの個人的意見ね。
つーか愚痴に近い。だから、聞き流してくれるだけでかまわない」
「あ、っはい!よろしくお願いしまっす!」
落ち込みつつも、そこは体育会系、ヨシザワの返事は常に爽やかだ。
ヤグチは、あれこれと考えを纏めているようで、軽く眼をつぶり、
やがて眼を開けて、子供に昔話でも聞かせるような柔らかい口調で言った。
- 218 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:55
- 「人ってさぁ、その人にピッタンコあってる靴ならば、
きっとどこまでも歩いていけると思うんだよ。」
「はぁ」
「でもね、沢山の人が、この靴は違う、これもハズレって、さぁ。
そういう不満をかこちながら、生きていくんだと思うわけさ。」
「言いたいこと、わかる?」と、聞くヤグチに、
「わ、わからないっす・・・」と、ヨシザワは素直に首を振った。
ヤグチは、寂しそうに微笑して、かまわず続けた。
「もしくは、行きたいところがあるけれど、靴が合わないから行けない。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら・・・でも精一杯歩いてくんじゃないかな。」
ヤグチが遠くの方を見つめてそう言ったので、ヨシザワもそれに倣う。
二人並んで、視線を平行に放った。
- 219 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:55
- 「この世に、自分の行きたい場所を知っててさぁ。
そんで、ぴったりの靴も持ってる人って、よっすぃー、きっと少ないよ。
ヤグチはね、まだ自分の欲しい靴がなんなのかさえわからない。
ねぇ、よっすぃー?よっすぃーはフットサルが本当に好きだよね。
そんで、フットサルにぴったりサイズの合った靴も持ってるんだよ、きっと。
だから、ヤグチはちょっとよっすぃーが許せない。
嫉妬もこめて、ムカツク。ごっつぁんが殴った理由も、きっとそう。」
ちょっと間をおいて、ヤグチは意見を求めるようにこちらを顧みた。
ヨシザワは、真面目くさった様子で
「靴、ですか。そういえばさっき重さんにも注意されました。
底がすりへってみっともないって。」
と、チンプンカンプンなことを言った。
いかにも反省してます、といった感じに口を引き結んでいる。
ヤグチはきょとんとした後、急にふきだした。
「あはは、そっかぁ。うん、ごめんね、わっかんないよなぁ。あははは、すまんすまん。
なんかごっつぁんが言いたい事わかるなぁ。そっくりだな、紗耶香に。うん。」
- 220 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:56
- 「・・・・そっくり???」
怪訝なヨシザワの顔の前で、「いや、いーのいーの」と手を振って
ヤグチはうん、と背伸びをする。
「いやぁ、ごめんよぉ。ひよっこがひよっこにアドバイスとかわけわかんねーし。
今のナシの方向で。忘れて、忘れて。」
「え、はい。」
「昼ヒマ?おいらと飯でも食いにいこうか」
なんとなく、釈然としないものを感じつつも、ヨシザワはヤグチに従った。
結局、その後食事にでかけても同じ話題が出る事はなかった。
問い直そうとも考えたが、ヨシザワは、ヤグチの妙に大人びた横顔を見て
その考えをひっこめた。
滞りなく食事をすませ、当たり障りのない会話をする。
ヨシザワは、なんとなく寂しい気持ちになった。
ただ、帰り際にヤグチが発した言葉が、しばらく余韻となって、残っていた。
「よっすぃー、肩に力はいってる。無理に男っぽくしなくていいんだよ。」
- 221 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:57
-
………………………………………………
空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気ほどよいものはないのです
………………………………………………
- 222 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:57
- 空気清浄機は、正しく作動している。
ヒーターで温まった部屋の窓には、結露が生じ、それが涙のような染みを作っていた。
「これで、平気でしょう。」
注射器をしまいながら、コンノが言った。
マツーラは、眠っているミキの輪郭をなぞりながら「ありがとう」と、小さく言った。
「最近、フラッシュバックが激しいですね。私も月2の割合で帰るようにはしてますが
ちょっと、間に合わなくなってきました。」
「そうね、もうちょっと、強い薬が必要だわ。」
「薬…ですか。」
ベッドの上、布団に包まれて、泥のように眠っているミキを見やって、
コンノはマツーラに見つからぬように、嘆息した。
コポコポと、清浄機が水を霧に変えている音が響く。
- 223 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:58
- 「シャチョー。もう、やめましょうこんなやり方。
認知療法を含めたカウンセリングが必要です。」
マツーラは、一瞥もくれずに、コンノの提案を「だめ」と、一蹴した。
コンノは、それでもひるまずマツーラに歩み寄る。
「睡眠暗示で、記憶を消して。
中毒性のあるリタリンで自律神経を麻痺させて。
それで、本当に藤本さんは幸せでしょうか。
確かに、現段階での苦痛は取り除けます。
だけど、そんなのはただのその場しのぎにすぎませんよ。
いつ、ふっと記憶が戻るかもしれないんですよ?
その時の藤本さんのことを考えれば・・・」
「センセ、ちょっとお口がすぎるんじゃないの?
いくら亜弥がセカンドオピニオンを得られないからって」
コンノの、破れかぶれの早口を、マツーラはぴしゃりとさえぎった。
それは、どんな論客をも黙らせる、凛とした強さがあった。
コンノは、固く拳をにぎりしめ、更に歩を進める。
「亜弥ちゃん。」
語調を改めたコンノに、はっ、とマツーラが顔を上げた。
- 224 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 19:59
- 「これは、ドクターとしてではなく、亜弥ちゃんと遠く血でつながった、
幼馴染の紺野あさ美として言ってるんです。
今の亜弥ちゃんが藤本さんを守る姿、なんだか親鳥が雛を守るために
近づいてくる害をすべて排除しようとしてるのに似てる。
はっきり言って、どうかと思う。」
「何か問題あるの?」
「あります。まず、このやり方では、根本的な解決になりません。
次に、一生こうやって藤本さんを守っていこうとするのは不安定です。
ずっと続けられる保障はありますか?
せめて、本人くらいには事情を説明しておくべきだと思う。
それに、藤本さんはまだしも、目撃者の辻さんの記憶まで操作するなんて・・」
マツーラは、やっと立ち上がって
「あらら〜」と、大げさに驚いて見せた。
「随分しゃべるのね」と、付け加えて。
そして、興ざめ顔で、
「警察にでも訴える気?」
と、肩をすくめて見せた。それは、暗にコンノも立派な共犯者である、
という事をもう一度強く自覚させる言葉であった。
コンノは、それを敏感に察して、言葉をつまらせた。
マツーラは、ふっと目を伏せて、ミキの布団を引き上げる。
- 225 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:00
- 「あたし、ずっと一人だった。」
眠っているミキに、優しい視線を注ぎながら、マツーラが言った。
「〜せねばならない、〜なすべし、〜すべからず・・。
それを覚えることを繰り返す毎日。
取り巻きは沢山いたし、欲しいものは何でも
手に入ったけれど、孤独だったわ。程度の差はあれ、あなたにもわかるはずよ。」
マツーラのこのような表情は、初めてだ、とコンノは思った。
それは、どことなくもろくて、はかない。
強い彼女しか見たことのないコンノには、衝撃的だった。
「初めて美貴たんを見た時ね、あぁーこの人も亜弥と同じなんだって思ったの。
美貴たんは、亜弥と似てる。ふふふ、こんなこというと、あさ美ちゃんに
ナルチシズムの極致ですね、なんて言われそうだけど。」
コンノは、「いえ、そんなこと・・・」と、口ごもった。
そして、それっきり黙ってしまった。しばらくして、マツーラが
「吉澤さんに連絡するよう、道重に言って。
美貴たんが起きた時一人だとかわいそうだから。」
と言うと、コンノは「はい」とだけ言って、部屋を後にした。
- 226 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:01
-
………………………………………………
煙よりよいものはないのです。
煙より 愉快なものもないのです
やがてそれが おわかりなのです
同感なさる時が 来るのです
(中原中也「冬の夜」)
…………………………………………….
- 227 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:02
- ミキが、マグカップを二つ、盆に載せて持ってきた。
「飲まないの?」
ヨシザワは、急にあたふたと顔を上げて「ども、ども。」と、
おどおどとした調子で言い、ミキの顔をちらりとうかがう。
ミキは、ヨシザワが座っているソファーの端にどかっと腰掛け、窓の外を眺めた。
「えぇー、美貴様が手ずから入れてくださったココア、頂きまっす。」
もう一度、つつましやかな声で言うヨシザワに、ミキは「どうぞ」と、淡白な返事をした。
そして、ゆっくりとココアをすすって、また、外を眺める。
高層マンションの15階にある、この部屋の窓からは、ネオンに彩られた漆黒が見えた。
意外に女の子らしい部屋だな、とヨシザワは思った。
思って、少し緊張した。
緊張した自分にちょっと照れた。
ヨシザワは、できるだけ自然の風を装って、カップに口をつけた。
- 228 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:02
-
「で、よっちゃんさんは、何しに来たの?美貴のこと襲いに来たわけ?」
ぶううううっと、ヨシザワのカップの中で、水面があわ立つ。
ダラダラと口の端から茶色い液体を垂れ流すヨシザワの顔面に、
「きったなー」と、ミキの脚蹴りが飛んだ。
それを律儀に真正面で受け止めてもだえるヨシザワが、
嬉しそうなのは気のせいであろうか。
あんなに強烈な蹴りをくらったのに、ちゃっかりカップを足元に
避難させているのは、流石の経験がものを言っている。
「心配になったから来たんだよ。ミキティー急に昼間ぶっ倒れたって聞いたから・・」
ヨシザワは、パーカーの裾と、中に着込んだチェックのネルシャツの乱れをを調整し
「キティーちゃんのパンツはいてる人なんか、誰が襲うかっつーの」
と、ぼそり、付け加えた。
「見てんじゃねーよ、このクソバカエロ。」
お約束どおり、間髪入れずすらりと伸びた足からかかと落としが炸裂する。
横目でキティーちゃんの隣にダニエル君の絵柄を確認し、
ヨシザワは硬いフローリングに沈んだ。
顎を強打したが、その表情はやはり心なしか幸せそうだ。
- 229 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:03
- 「あぁ〜よかった。ミキティー、すっかりいつもの調子だなぁ。」
妙に納得しながらもそりと起き上がり、満面の笑みを浮かべるヨシザワ。
「で、もう大丈夫なの?明日の仕事は?」と、ミキの顔をのぞきこむ。
それを見あげるミキの、まつげの長い瞳が、一瞬細められた。
「その顔。」
立ち上がって、ヨシザワの頬の下、やや青黒くなっている所を撫でた。
ソファーがぎしりと音を立てて揺れる。
「ごっちんにでも殴られたの?」
こうも簡単に言い当てられると、言い訳を用意していたヨシザワも言葉が出ない。
ミキは、「この前、会って聞いたんだけど。」と言いたして、ヨシザワとの距離を縮める。
「サッカーのプロチーム入り断ったんだって?
なんで・・・そんなに美貴にかまうの?バカだよ、あんた。」
ヨシザワは、ただ困ってしまって、決まり悪そうに頭をかいた。
ミキも、小さくため息をついたっきり、うつむいてしまった。
- 230 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:04
- しばしの静寂の後、ミキが上目遣いに切り出した。
「ねぇ、よしこ。キス、しよっか。」
「よしこ」なんて、テレビ以外で呼ばれた記憶のないヨシザワ、
思いもよらない急展開にあせる。
「みみみみみみみみみみみみみきてぃー?」
「ミキティーじゃなくて、美貴でいいよ。」
すっかり、ひけているヨシザワの腰をつかまえて、
そっと息を吹きかけるように耳元でミキがささやいた。
ヨシザワの首に、背伸びで腕を回して、これまであまたの男ドモを骨抜き、
屍にしたという、伝説の必殺・流し目をお見舞いする。
その妙に艶っぽいたたずまいに、ヨシザワは慌てて顔をそむけたが、さらに視線の先に
ミキの思いがけず赤い唇があって、目を白黒させた。
- 231 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:04
- 「み、みきてぃっ、体調の方はもぉ平気なんですかっ」
「ふふふ、美貴ね、こう見えても体弱いから」
「・・・・・・えっ、」
頬を固くするヨシザワに、ミキは力弱く笑いながら、
「たいしたことないから」と首を振った。
そして、ヨシザワの鎖骨の辺りをシャツ越しに、「の」の字でなぞりはじめた。
「たまに発作起こしちゃうけど、お薬飲んでれば平気。
だから、よろしくね。マネージャーさん。」
「あ?ぁぁぁあ、はいぃ。」
断然おかしな雰囲気になってきた。
はっきり、きっぱり、ソッチのベクトルでミキが好きになる予定は
ないつもりのヨシザワではあったものの。
どっきり、ぴったり、可愛らしいフジモトミキを見てしまうと
その確信もグラグラと揺らいでくるのであった。
しかしまた、哀しいかな、ミキが可愛らしい時は何か裏があるということを
身にしみて理解しているヨシザワなのであった。
ヨシザワは、ごほん、と咳払いをすると、ミキの両肩に手をかけた。
- 232 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:05
- 「・・・藤本さん、何かたくらんでます?」
ミキは、目を手の甲でやたらこすりながら、しなを作り
「ひどい・・・っ、何もたくらんでなんか・・・」
「いるね。」ぺろっと舌を出した。
そして、さも面倒くさそうに前髪をかきあげながら、ソファーに座りなおす。
とてもさっきまでと同じ人には見えない。
ヨシザワもその場であぐらをかいた。
「だからさー」と、何が「だから」かわからないが、彼女の中では繋がっているのだろう、
ミキはヨシザワの方に向き直って言った。
「しばらく、美貴とでいと、しよっ。」
予想通りのでいとしよっ攻撃に、ヨシザワはぅっ、と唸った。
急いで、断りの言葉を思い浮かべたが、続いて繰り出された
第二波の対策までは手が回らず、
「毎日。」
と、付け加えたミキに「はぁ?」と、思い切り怪訝な返事をしてしまった。
ミキは、ヨシザワの間抜け面にクッションを投げつけて、
- 233 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:05
-
「バカ、付き合おうつってんだよ、ありがたく思え。」
あっけらかん、と言い放った。
しかし、あまりにもサラッと言ったので、
ヨシザワが、その意味を解するのに数秒を要した。
理解したら理解したで、「えええ?」と、叫んだきり、しばらくものが言えなくなっていた。
両手でソファーの前の卓の上をやたら撫でまわし、「・・はぁなるほどねぇ・・・へぇ」
と、言いよどんだ後、はっとしたようにミキの方を見た。
「付き合うって、れ、レズるんですか?」
「だって、美貴のこと、好きなんでしょ?じゃ、いいじゃん。」
ああ、そうか。と、納得しかけてヨシザワはまた「えええええ?」と叫んだ。
「うっさい」と、ミキ方面から今度はテレビのリモコンが飛んでくる。
抜群の運動神経でとっさにそれを受け止めたヨシザワに、ミキは不機嫌に顔をしかめて
「この藤本美貴が付き合ってあげる、つってんだよ?嬉しくないの?」
ほとんど脅迫に近い調子で言った。
「う、嬉しい。嬉しいッす。」
半分怯えながら、コクコク、とヨシザワは頷いた。
その様子にいよいよいらだって、ミキは立ち上がった。
いつのまにか声が大きくなっている。
- 234 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:06
-
「あーもう、マジであんた、わかんない。何したら喜ぶの?何がしたいわけ?
傍にいるって言ったり、急にキスとかしてきたりさー。
美貴だって、一応ギブ&テイクくらい心得てるよ。ほら、言ってみ、何したいわけ?」
騎虎の勢いである。
一方ヨシザワは「ウチは・・・」と言いかけて、
床の一点を見つめたまま、物思いに沈んだように口をつぐんだ。
「・・自信ない。ウチと付き合うとか、やめた方がいいよ。」
「は?」
「ウチ、別にそんなタイソウナモンじゃなくていいんだよ。
・・・変な言い方だけど、ウチは空気、ミキティーを取り巻く空気になりたい。
ミキティーが消えろ、って言ったら、煙にでもなってすぐ消えれるし。
そうすれば、ミキティーを傷つける事もないし、尚且つ役に立てるわけだよ。」
元来、ヨシザワは喋りが得意ではない。
というよりも、自分の思考を取りまとめる事が下手である。
「思ったことの垂れ流し」と、予備校時代も小論文の講師にこっぴどくしごかれたが、
こればっかりはどうにもならなかった。
ただ、不器用に言葉を選ぶその姿からは、隠し立てのない誠実さと、
ひたむきさが伝わってきた。
- 235 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:06
- 「よっちゃんさんといると、なんかひっかかるんだよね。」
いく分か落ち着いたトーンで、ミキが言った。
そして、急につき物が落ちたような顔で、すたすたとソファーの前までくると
そのままなだれ込むように体を沈めた。
- 236 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:07
-
「もしかしたら・・・・・・美貴、人殺しかもしれないんだけど」
- 237 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:08
- 唐突に、抑揚のない声でミキが言った。
そっけない風であったが、その分どこか浮いた感じがあった。
「そうだとしたら、それでも、そう思ってくれる?」
本気とも、冗談ともとれる口調で。
でも、顔だけはどこか薄ら笑いを浮かべ、目を細く開けてヨシザワを見ている。
「例えさつじはんだろーがミキティーはミキティーじゃん。
ちょっと人殺すくらい、ヨシザワには問題ナッスィンですね」
「“ちょっと”って・・・・・」
噴出した。
ミキにしては珍しく、声を上げて笑った。
「あはは、バーカ、キショイよ。」
「ごめん。」
実に楽しそうに笑うミキの理不尽な言葉に、
きょとんとしながら、ヨシザワはとりあえず謝った。
会話にバカが枕詞のようにつけば、それすなわちフジモトミキ平常営業のサイン。
- 238 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:08
- 「あと、そのミキティーって言い方ヤ。ミキまでは割と緩やかに上がるのに
ティーで急に高くなるでしょ。なんで“ティー”にアクセントおくかなぁ、“ティー”に。
そこヤ。なんか“ティー”がすっごくヤ。美貴か藤本で呼んで。」
「え??じゃ、じゃぁふ・・・フジモッティー・・・?」
「だから美貴でいいつったっしょー?!」
お次は、手を叩いて笑う。しかも、お国言葉で。
あっけに取られているヨシザワの姿がさらにウけたのか、ミキは
おなかをおさえて笑いむせび、よろよろと中腰になった。
そのままあぐらをかいているヨシザワの膝に、ごろん、とダイブする。
顔を傾けてヨシザワを見上げるミキの目には、涙さえにじんでいた。
本当にドツボにはまったらしい。
「み、美・・貴・・じゃ、そのあの、弱冠ですね照れるというか、
かといって藤本じゃ呼び捨てでなんですし、
真ん中をとってフジモッティーというのは」
「どうかなぁ・・なんて思ったんだけど」と、小さくなりながら恐る恐るそう言う
ヨシザワに「あのさー」と、少々鼻にかかったミキの声がかぶる。
- 239 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:09
- 「“ティー”がヤなんだけど。フジモッ“ティー”じゃ意味ないだろバーカ。」
「で、ですよね。」
「あはは、寝るっ。」
くくく、と奥歯でまだ笑いをかみ締めつつも、これまた唐突に言い放ったミキは
既に寝の体勢に入っていた。
そして、宣言どおり、5分後にはすこやかな寝息をたてて、夢の世界の住人となっていた。
「ごっちん以外にはじめて見たよ・・・こんな早く寝れる人。」
まだ、先ほどのミキに気おされた状態のヨシザワは、
ぼんやりと膝の上で眠るミキの横顔をみつめた。
なんとはなしに軽く頬をつねってやると、「んっ」と小さな子のように顔をしかめる。
どこまでも指のとおる暖かい髪を、さらさらと撫でると、すぐに表情が和らいだ。
- 240 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:09
- 「猫みたいだな。」
と、誰ともなしに言いながら、ヨシザワは、しばらくミキの髪を梳いていた。
そうしていると、その内正体不明の息苦しさや胸騒ぎにも似た感じが
せり上がってきて、ヨシザワは、はた、と手を止めた。
同時に、昼間ヤグチに言われた言葉が蘇ってくる。
「“タチ、悪い”かぁ・・なんかウチ、ヤバイよなぁ・・。」
このままあぐらをかいているのはツライ、と頭のどこかで自覚しつつも
ヨシザワは何故だか、今この場の空気をひどく大事にしたくて、からくも耐えた。
そしてそれは、ミキが起きる翌朝まで続いた。
- 241 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:10
-
…………………………………………….
愛するものが死んだ時には、 自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、 それよりほかに、方法がない。
けれどもそれでも、業が深くて、 なほもながらふことともなつたら、
奉仕の気持ちに、 なることなんです。
奉仕の気持ちに、 なることなんです。
………………………………………………….
- 242 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:10
-
「おっす、なつみ。今日も寒いなぁ。」
冷たい夜気が、辺りを包んでいる
霜に美しく焼けた、木々の枝からは、冬の匂いがした。
イチーは小刻みに震えながら、墓石の前に、花を捧げた。
「あの日もそうだったね。なつみ、覚えてる?
なつみが初めて家に来た日だよ。」
イチーはポケットに手を突っ込んで暖をとりながら、墓石に話しかける。
「なつみがホームシックにかかってるんじゃないかとか、勝手に思って
いちーがおせっかいでなつみを家に招いたの。」
「あんたみたいな、無意識の偽善者、大ッ嫌い。」
ナツミは、帰り道イチーにそう言った。
いつもニコニコ気のよさそうな笑顔を浮かべている道産子は
単なるポーズに過ぎなかったのだ、とイチーは知った。
その日も、頭上にはこんな寒空が広がっていた。
- 243 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:11
-
「あれから、色々あったよなー。美貴ちゃんが会いに来たりさ。
事件がおきて、寺田や・・・・なつみが死んだ。」
ほうっ、と手のひらに息を吹きかける。
重力の支配に脅かされているこの場所は、間違いなく死者の眠るトコロだ。
そこかしこにある深緑色の苔は、何かしら漠然とした悲哀を感じさせた。
「その後・・・いちーは、なつみが寺田と刺し違えたんじゃないかなんて、思ったりして。
なつみを救えなかった、って。しばらく、人と会うのが怖くなったりして・・・・。
・・・・・・・・・でも、それでも、なんとか二年半たったんだよなぁ。」
白い息が、夜空に溶けていく。それは、哀しいほどに
イチーがなつみとは違う生きている人間なのだ、ということを現していた。
- 244 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:12
-
…………………………………………………..
愛するものは、 死んだのですから、
たしかにそれは、 死んだのですから、
もはやどうにも、 ならぬのですから
そのもののために、 そのもののために、
奉仕の気持ちに、 ならなけあならない。
奉仕の気持ちに、 ならなけあならない。
(中原中也「春日狂想」)
…………………………………………………..
- 245 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:13
-
「なつみ、今日ココに来たのはね、しばらく会いにこれないからなんだよ。」
イチーは、にっ、と笑って、墓石を撫でた。
ひんやりとした感触が、冷たくイチーの手のひらを伝う。
「曲、また書いてみようかと思うんだ。
なんてことはない、ありふれた日常を、綺麗な曲にしたいと思うんだ。」
ちょっと照れながら、報告する。
そして、拳を振り上げて
「そんで、いつかきっと、なつみの曲をかいちゃる!!」
と、高らかに宣言した。
静かな霊園に響き渡る自分の声に「えへへ」と満足そうに微笑んだ。
「だから、それまでお別れだよ。待ってろよ。」
低く、静かに囁いたイチーの肩に、ふわりと、白いものが舞い落ちる。
「寒いわけだよ」と、イチーは鼻の下をこすった。
「・・・・・・雪かぁ・・・・。」
- 246 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:13
-
………………………………………………….
私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、
神様に長生きしたいと祈りました。
(中原中也「生ひ立ちの歌」)
…………………………………………………..
- 247 名前:6.生ひ立ちの歌 投稿日:2004/02/19(木) 20:13
-
- 248 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/19(木) 20:15
- 更新終了しました。この話、終わるんでしょうか・・・南無。レス、毎度どうもです。
>>194 名無し読者 様
ありがとうございます。展開的には深夜やってるドラマのありえなさ、みたいなのを狙ってます(謎)
こっそり、ひっそり言いますと、その昔某big掲示板でいちーさんとごとーさんがニャンニャン
しそうでしない話を書いたことがあります。。。大胆に言いますと、今回駄作短編に参加しますた。
>>195 名無し読者 様。
そういえば、というか、一応明らかにみきよしですので
そのように言って頂き光栄です。
ちなみに、杉様より里見浩太郎派です。
>>196 名無し募集中。。。 様
ありがとうございます。
実は、二人が似てるなーと気付いたその日に話のプロットを変え(ry
遠めで見るとたまに迷いますよね・・
>>197 名無し飼育さん 様
ありがとうございます。あまりのお褒めの言葉にこちらがゾクっとしました。
とりあえず゚・(ノД`)ノ・゚・ておきます。
- 249 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/19(木) 20:16
- >>198 ss.com 様
毎度ご来店、どうもです。作者の着眼点というよりは、某 川??v??从<なち姉たん
スレへのオマージュ、またの名をパクリ、あるいはネタ盗りだったりするわけですが、
今後もおおきに(笑)
>>199 名無し娘。 様
更新楽しみ、の言葉を胸にこれから生きて逝きます。どうもです。
>>200 名無し野郎 様
おお、TUBOですか!それはそれは(・∀・)ありがたい。
是非、今後お暇な時でもまた見てやってくらさい。
- 250 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/19(木) 20:16
-
でわでわ、次回更新にて。
- 251 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/02/20(金) 04:33
- 大量更新お疲れ様です
話がだいぶ広がりましたね超面白いです
次回の更新まで待ってられないくらい
続きが気になります
次もがんばってください
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/20(金) 19:41
- 面白すふぃだぜ、こんちくしょー。ニャンニャンしそうでしない話読みたいぜこんちくしょー。
すらすら読めてしまう。とんでもない語感の持ち主だな。
どう展開していくのかな。続きが楽しみです。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/20(金) 21:35
- 中也好きにはたまらぬ構成でした。ありがとうございます。
本文の手腕もお見事です。次回更新を楽しみに待っています。
- 254 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:06
-
2007 02/26 Mon 20:44
濃紺のきちんと糊付けされたスーツ。
仕立てのいいYシャツ。
銀色のアタッシュケース。
・・・明るく染め抜いた金髪がやや不釣合いではあるものの、
その女は紛れもなくエクゼクティブに見えた。
本日の最終便がまもなく到着する成田空港のロビーは閑散としている。
金髪女は、時計をしきりに気にしながら、手に持った書類を何度も読み返していた。
その様子も、いかにもエクゼクティブ然としている。
二月最後の週の月曜日。
これから二十分の間、女はただじっと思わしげに同じ書類を読み返すことになっている。
ときおり、金髪女の前を人が歩いていくが、
皆一様に疲労を顔に滲ませ、女に目をくれるものはいない。
いたとしても、この時刻に文書片手にじっと人を待っている女の背中に、
ジャパニーズ企業戦士の悲哀を読み取って、黙って通り過ぎていくだけである。
それもまた、女の計画通りであった。
- 255 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:07
- 金髪女は空港の外に、黒いBMWを待たせていた。
ナンバープレートは、仙台の郊外にある解体工場から盗んできたもの。
車本体は、小倉市内から盗んできたものだが、それは女のあずかり知らぬ事だ。
そのようなコセコセした窃盗行為は、下っ端の役目であり、女には関係ない。
待機を始めてすでに15分が経った。
ふいに、ヒール靴がこちらに向かってくる軽快な音がして、金髪女は顔を上げた。
すらりとした肢体を高級スーツに包んだ一分の隙もない女性が、金髪女の前に立っていた。
「好きな曲は?」
と、金髪の女は質問した。
帽子を目深に被った相手の表情は、はっきりとは読み取れない。
しかし、たとえ女の顔がわかった所で、業界でもトップクラスの変装技術を持つという
彼女にとって、それが大きな痛手になるとも思えなかった。
「からすの女房。」
相手の女は答えた。
合言葉だ。実に馬鹿馬鹿しいが、きわめて重要な確認作業である。
和田のセンスは昔から謎だ、と、金髪女はちょっと苦笑した。
- 256 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:08
- 「Are you Ms. Nakazawa? 」
「是的。請踵我来。」
英語で名前を確かめる相手に、金髪女は中国語でついてくるよう促した。
これも、あらかじめ打ち合わされていた儀式だ。
女は、黙って金髪女の―・・中澤の背後数メートルを歩いていった。
- 257 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:08
- 2007 02/26 Mon 20:47
こい【恋】コヒ
@ 一緒に生活できない人やなくなった人に強く惹かれて、切なく思うこと。
また、そのこころ。
「“強く惹かれて、切なく”・・ねぇ。」
広辞苑など、いつ振りに開いただろうか。
おそらく、去年の受験以来だ。
「“強く、惹かれて”・・・。」
舌の上で言葉を転がしながら、ひとみは頬杖をついた。
美貴に“付き合おう”と、言われた日から、ひとみはどこか落ち着きがない。
それをひとみ自身、自覚してはいるものの、
もやもやとした塊りの正体は一向にわからなかった。
自分はバカなのだからワカラナイのだ、と斬り捨てる事も考えた。
しかし、不快なようでどこか心地いい不安の塊りは、
ひとみの胸をつかんで放さなかった。
- 258 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:09
- 「これ、どうしよっかなぁ。」
ひとみのリーバイスの後ろポケットには、美貴への誕生日プレゼントが
今日も渡されずに、眠っている。
明日、仕事で会った時、ただ、何気なく渡せばいいのだろう。
しかし、今のひとみにとって、それは限りなく不可能な事に思われた。
「♪恋という字うぉーおぉべいびー」
【恋】なんて辞書で調べているということに、急に照れを覚えて
ひとみは突然、わざと調子をはずして大声で歌った。
「辞書で引いたぞ〜ぃ、おおべいべっ、あーなたの名まーえ―そこぉにたぁ・・」
歌うのをぴたりと止めて、ひとみは辞書の紙面をみつめた。
穂を尖らせた鉛筆の先が、震えている。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁっっ!ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!
さすがにこれは・・・ああああもうっ、何やってんだウチっ」
【恋】という字の隣に、無意識に書いてしまった「藤本」。
ひとみは、慌ててそれを消しゴムでこすろうとして、手を止めた。
走り書きのように書かれた「藤本」は、頭でっかちで、いかにも貧相だ。
ひとみは、筆箱からシャープペンシルを取り出して、鉛筆と持ちかえる。
- 259 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:10
- 「違う、そういうつもりじゃなくて、字ぃ汚かったから、書き直すんだぞ。
漢字の練習、漢字の練習。ハイ、ヒーチャン漢字の練習しまぁ〜す。」
一人きりの部屋、誰にもことわる必要などないのに、
ひとみはことさら大きな声でそう言った。
藤本
そして、紙の端に小さく薄く、なるたけ控えめに書いてみる。
中学の時は「藤」という漢字が上手に書けなかった。
藤本の「藤」なのに綺麗に書けないのが悔しくて、風呂に入るたび、
湯気で曇った鏡に練習した。そんなこともあった。
- 260 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:12
-
美貴
今度は、やや力を込めて書く。
少しでも達筆に見せようと、「美」最後の一画を、大げさにはらってみる。
すると、それは思いのほか大きくなってしまった。
そのせいか、続く「貴」のアンバランスな不恰好さといったら!
ひとみは苦笑して、「美貴」を消した。
みき
ひらがなに書き換える。
やっぱり、こっちの方が書きやすい。
ひとみは何だか無性に嬉しくなってもう一度書いてみる。
みき
さらにもう一回。
みき
- 261 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:13
- いよいよ、ノってきた。
この際、連続で書いてみる。
0.5ミリのシャープペンシルの芯が、紙の上で尖った音をたてた。
みき
みき
みき
みき
みき
みき
おや、とひとみは思った。
むやみに書いているうちに、そこに一定のリズムが聴こえはじめたのだ。
手の調子が決まってきた為だろう。
書き物をしていれば、当然聞こえるはずの音だ。
ひとみは、耳を澄ましているうちに、それが可愛い音のような気がしてきた。
童話の小人が、おじーさんおばーさんに、恩返しに靴を縫っている時の音は、
きっとこんな感じに違いない、なんて乙女チックな考えまで浮かんでくる。
- 262 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:14
-
みき
みき
みき
みき
みき
「この響き、なんかに似てるよなー」
手を休まず動かしながら、ひとみは呟いた。
その音を、何かの言葉に当てはめてみたい、という欲求に襲われる。
“What time is it now?”が“掘ったイモいじくるなー?”という風に。
“みき”という字を書くときに発生する音も、何かに言い換えられるはずだ。
みき
強いて言えば、サ行の音が多い気がする。
み
き
更につっこめば、スとサの中間みたいな音のような気もする。
ひとみは、音の正体を探るのにやっきになった。
広辞苑の【恋】のページが“みき”で埋め尽くされていく。
- 263 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:14
- そして突然、ひとみはその音が暗示するものが何なのか、理解した。
「そうだよ。これって・・・」
いささか昂奮しながら、急いで、書いてみる。
み き
『・・・バーカ』
カノジョの声だ。
正確には、カノジョが発する言葉の、その後に残る響きだ。
ひとみは、じわじわと胸の中心から火照っていくのを感じた。
どうしようもない疼きが、体全体に広がっていくのも。
そして、疼きはしびれとなり、震えとなる。
ひとみは、それを誤魔化すように、メチャクチャに書きなぐった。
- 264 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:15
-
み
き
『うっさい』
き
み
『付き合おうつってんだよ、ありがたく思え。』
み
き
『ねぇよしこ、キス、しよっか。』
多少、シャープペンの手加減を誤った。
ほんの少しだけリズムが崩れる。
み き
『よっちゃんさん、寂しいよ・・・・』
「・・・・・・っ!!!!!!!!」
- 265 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:16
- 堪えられなくなって、ひとみは力任せにペンを投げつけた。
狭いリビングを突っ切って、洗面所へ直行する。
自分でもよくわからない叫び声をあげていた。
蛇口をひねり、頭から水を被った。
髪を十分な水が伝っていくのを確認して、ひとみは顔を上げた。
そして、目の前の鏡にまざまざと自分の顔を映した。
鏡には、ひとみの青ざめた顔があった。
頬は高潮しているのに、目の周りだけが妙に白かった。
「くそぉーうわぁー参ったなー」
何故ここまで走ったのか、ひとみにもはっきり分からなかった。
文字通り、頭を冷やしたかったのかもしれない。
もしくは、確認したかったのかもしれない。
今感じている苦しさの度合いを。
「・・・・・・参ったな。なんでこんなに苦しいーわけ」
ひとみは、したたる水もそのままに、呆然とその場に座り込んだ。
- 266 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:16
- 2007 02/26 Mon 20:59
車の前に来ても、二人は握手する事も、ましてや目を合わせることもなかった。
「盗難車ね。」
女は完璧な日本語で、ゆっくりとしゃべった。
数々の顔を持ち、あらゆる言語を使いこなすと言われている
CIA子飼いの、神出鬼没な伝説の殺し屋「ジャッカル」が、目の前にいる。
その事実に、中澤は多少なりとも昂奮を覚えていた。
が、あくまで礼儀正しく、無駄のない口調で対応する事は忘れていない。
「そう。もちろん消毒済みですわ。」
「今から約3時間後、新宿の路地にこの車を乗り捨てる。
銃とその他の小道具は全てこの中に残していく。いい、車は完璧に破壊してね。
証拠はすべて車もろとも爆破するの。いいわね。」
- 267 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:17
- 「そのように上から言われております。」
「前金は受領したわ。報酬はチューリッヒの指定口座に電子送金でヨロシク。」
「それも、指示されております。」
「任務が完了したら、約束どおりなんの問題もおきないようにして。
24時間後にはニューヨークにいる。」
「・・・ええ、全て段取りどおりや、思いますけど。」
中澤は、いちいちうなずいた。
中澤とて、二年半の生活で殺人ゲームにはまんざら素人ではなくなっていた。
しかし、余計な話はするな、との指示がある。
中澤は、アタッシュケースを女に手渡した。
一瞬、女の顔をのぞきこみ、そのまま立ち去ろうとして、我慢できずに振り返る。
- 268 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:18
- 「ちょぉ待ちぃ、アンタ・・アヤカ、木村アヤカやろ・・?
ははぁ・・なるほど・・・アンタ、CIAの・・」
「Ms.ナカザワ、これ以上話すのは契約違反ですよ。」
中澤の目は思いのほかあどけなく開かれたあと、すぅっと細くすぼめられた。
その瞳の変貌のさなか、一瞬冷たい焔が点るのを、アヤカは見た。
中澤は、「そうやったなぁ」としみじみと言った。
そして、何事もなかったかのように微笑んだ。
「そちらが用意するように言ったもの、全部入ってます。」
アヤカは、すばやく中身を確認した。
それが終わると、運転席に腰掛け、そのまま車を発進させる。
そうして、黒いBMWは、いっそう濃い闇の黒へと溶けていった。
- 269 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:19
- 2007 02/26 Mon 21:49
ピーンポーン
チャイムが鳴っている。
ひとみは、のろのろと起き上がって、玄関を下り、ドアノブに手をかけた。
覗き穴から外を確認もせず、そのまま扉を開ける。
今は、そんなちょっとしたこともおっくうだった。
「あれ、よっちゃんお風呂タイムやったのん?」
立っていたのは、加護だった。
しとどに濡れたひとみの髪を見て、加護は「びしょびしょやぁー」と、
眉毛の上で、軽くウェーブしているそれを指先でいじくりまわした。
ひとみは、「いや・・・」と言葉をとどこおらせて
「あ、まあ、とりあえず入ってよ。」
と、うながすと、加護は元気よくうなずいて、後ろを振り返った。
- 270 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:19
- 「ごとうさんも、ほら、早う。」
加護の視線の先から、黒い影がぬぅっと姿を現した。
真希が決まり悪そうに、エレベーター脇の階段から顔を出した。
「よしこ、この前はごめん。」
ひとみが何か答えようと口を開ける前に、真希が「でも」と、遮る。
「でも、あれはごとぉの正直な気持ちだから。
よしこはフットサルやめるべきじゃない、っての。
だから・・・・だから、もし、もしよしこが、またフットサルやりたくなったら
いつでも帰ってきてよ。一緒に、やろ。」
「ごっちん・・・」
「後、殴ってゴメン!」
そう叫んで、土下座し始めた真希。
ひとみは驚いて、それを止めようと手を伸ばす。
なんだか任侠映画みたいやなぁ、と加護は鼻を鳴らした。
一方、そんな加護を蚊帳の外にうっちゃって、
二人の間には青春群像劇さながらのドラマが繰り広げられていた。
- 271 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:20
- 真希の様子を見たひとみの眼には、すでに感動の涙がたまっている。
ひとみは、「ごめん、ごめん。」と頭を垂れる真希を強引に立たせると、
顔を上げさせて、自分より少し下の目線を絡ませた。
沈黙の後、二人は無言のうちに笑顔の交換を行った。
真希は、「よしこぉ」と、ふにゃっと相好をくずし、
「でも、ムカついたのは事実。ってゆーか今もまだムカついてるんだけど。」
それでも、言いたいことははっきりと言った。
ひとみも、真希をみつめて「ごめん」と言い、
「でもそぉとぉ、痛かったんスけど。」
ニヤリと笑って付け足した。
「そうだよね。殴るこたぁなかった。ゴメン、そぉとぉ痛かったよね、よしこ。」
「うん。そぉとぉ。」
「えへへ、そぉとぉ。」
「「そぉ〜とぉ〜」」
二人して、きれいにハモって、もう一度顔を見合わせる。
そして
- 272 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:21
-
「よしこ――――!」
「ごっち―――ん!」
お互いの名前を呼び合い、わぁっと駆け寄る二人。
その瞬間、さくらの芳しい香りを乗せてシャボン玉があたりに舞い、
バックに夕日が昇った。・・・・・・・・・ように、加護には見えた。
がっちり抱き合い、ヒサブリに濃い友情確認作業を行った二人を、
加護はげんなりとした顔で見守る。
「おいそこ。はよ、入ろ?うち、二人にむっちゃ大事な話があるんや。」
- 273 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:21
- 2007 02/26 Mon 22:16
二階の寝室のドアが開き、アヤカが姿を現した。
白い三本線の入った黒いアディダスのジャージ、同じ色のTシャツ、
手首に巻かれたリストバンド、ロイヤルブルーのナイロンキャップ
・・・・どこからどう見てもジョギングをする人間のスタイルだ。
ご丁寧に、酸素を取り入れるのに効果的とかいう、バンドまで鼻につけている。
「70年間生きてきて、いつかこういう日が来るとは思っていたがね。
なるほど、今日、私は殺されるわけか。」
この屋敷の主人――---正義派として知られる弁護士で、技術者でもある知識人の中堂氏は、
机に向かったまま振り返らず言った。
「依頼主は、どうせ首相をやってるハナタレ小僧だろ?」
中堂氏の質問には答えず、アヤカは静かに近づいていく。
- 274 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:22
- 「いや、あいつがそこまで頭が切れるとは思えんな。やつは顔だけのデクノボウだ。
官房長官か、石崎か・・・まぁ、そこら辺が妥当かな。」
やはり、アヤカは黙っている。
「お前は、公安の秘密部隊の者か。それともアップフロントの旧寺田派か?
だったら、殺される前に言っておく。お前たちは政府に利用されているだけだ。
最終的には体よくすべての責任を押し付けられて、アップフロントもろとも・・・」
「喋り過ぎだ。」
低く囁いて、アヤカは中堂氏の背中に
消音器のついた22口径のオートマティックを押し付けた。
「例の資料はどこだ。」
「ここには、ない。」
「嘘をつけ。事前の情報で分かっている。
お前は重要な資料は常に自分の身の周りにおいて行動する癖がある。」
「流石だね、全くその通りだよ。」と、中堂氏は禿げかかった頭をつるりと撫でて笑った。
そして、背中に感じる金属の鈍い感触に、やや顔をしかめる。
- 275 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:23
- 「しかし、今現在ここにはない、というのは本当だ。
嘘だと思うのなら、私を殺した後にでも探してみるがいい。」
「それは私の仕事ではない。私の仕事はお前を殺す事だ。」
「・・・・・ははは、それもそうだな。」
乾いた笑い、が空しく室内にこだました。
中堂氏は、コブシを固く握り、心の中で祈る。
資料を託した少女が、無事に生き延びてくれる事を。
死んだ安倍から自分が引き継いだ意思を、彼女たちが全うしてくれる事を。
自身で国家の重要犯罪を暴けないのは残念ではあるがそれもいたし方あるまい――
と、中堂氏は静かに目を瞑った。
「・・・・頼んだぞ、のの坊・・・・!」
銃弾を3発後頭部に受け、中堂氏はどうっ、とうっぷした。
血の赤が、あとからあとから、机上を染めた。
- 276 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:24
- 2007 02/26 Mon 23:08
「つまり、平たく言うと・・・よっちゃんに、スパイをやってもらいたいの。」
ひとみは、加護の顔をみつめたまま、難しい顔をしていた。
答えを渋っているのではない。
ここに至るまでの一連の話の流れを整理しきれていないのだ。
それを長年の勘で察知した真希が、
「ごめん亜依ちゃん。よしこバカだから。」
と言うと、「うん、よっちゃんがアホなんはわかっとる。」と、加護もうなずいた。
そして、「飴ちゃん舐める?」
と、ポケットからミルキーを取り出して、ひとみに手渡した。
加護は、昔からミルキーを常に携帯している。
だから、ひとみにとって、ミルキーはママの味ではなく、
ミルキーはアイボンの味なのであった。
そしてひとみは今日も、アイボンママからミルキーをありがたく受け取って、
脳に糖分を補給しながら、今までの会話を反芻していた。
「・・・・ミキティーが、安倍さんの妹・・・・だっけ?」
ひとみの第一声は、やはり美貴に関することだった。
「それって、つまり・・・・何?」と、また頭を抱え込む。
真希は、困ったように眉根をよせた。
「ごとぉもいちーちゃんから聞いただけだから・・・しかも、いちーちゃん
何か知ってるみたいなんだけど、絶対話そうとしないんだよ。
だから、ごとぉにもそれ以上は分かんないんだけど。」
「・・・深いんや、きっと。」
加護が、飴の包み紙をクシャクシャに丸めながら言った。
- 277 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:25
-
「うちらが思っとる以上に。色々絡んどるんや、あのハワイフェスタには。」
加護の発した“ハワイフェスタ”という単語に、真希もひとみも、顔を曇らせた。
かつての仲間内でもこの2年半、ほとんどタブーになっていたその言葉――ハワイ
フェスタ―2004年8月の下旬、ハワイで行われる予定だった
一大ファンサービ企画である。
ハロープロジェクトのメンバー全員が現地入りし、
翌日のコンサートを皮切りにスタートするはずだったこのお祭りは、安倍なつみと
プロデューサーであるつんくの衝撃の死によって永遠にその幕が上がる事はなかった。
そして、ハロープロジェクトは翌9月解散し、代わってプロデュースに乗り出したのは、
数日前に若干22歳でアップフロントエージェンシー、
社長代行の任に就いたばかりの松浦亜弥だった。
一ヶ月前まで第一線で活躍していた“18歳のアイドル”は、
天才的な手腕で瞬く間に混乱を鎮圧し、そればかりかスキャンダルを逆手にとって、
更に社の地位を不動のものにするという荒業をやってのけたのだ。
- 278 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:26
- 「しゃちょうが言うてはること、あれは嘘やで。
しゃちょうはタヌキやもん、ずぇったいホンマの事はしゃべらんやろ。」
加護は、ひとみの前にある飴の包み紙を、中指で自分のところに引き寄せた。
そして、それを器用に正方形の形にちぎる。
「現地の強盗・・・だっけ、犯人。」
「現金とカードが盗まれてたとか言ってたよね・・・」
卓上で折り紙を折り始めた加護の横で、ひとみと真希が、静かに会話を交わす。
各人の顔には、わずかばかりの時間感傷の色が、見て取れた。
結局、あの事件を境に芸能界を引退した者のうち、普通の生活をしているのは
ひとみと、真希の二人だけ。
木村アヤカは直後に行方が分からなくなり、
中澤裕子は、つんくの葬式の直後に和田薫と失踪。
辻希美は、長野県奥深くのサナトリウムで、しばらく休養、とのことだった。
「のの、どないしてんねんやろ?」
と、加護は鶴の羽部分を折りながら、ぼんやりと言った。
ひとみは、何ともいえない無力感に襲われながら、
自然と顔がうつむいていくのを感じた。
- 279 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:27
-
「うちなぁ、くあしく調べよかと思てんねや。そんで、しばらくオフもらう」
「・・・・・・・・マジ?」
「マジ。もちろん、事務所にてーしゅつする理由はちゃうけどな。」
「だから、ウチにも協力して欲しいわけか」
「そゆこと。よっちゃんには、しゃちょーサイドで動きがあったら、教えて欲しい」
「返事は今じゃなくてもええよ。」と、加護は言った。
ひとみは、腕を組んだまま、どうしたものか、考え込んでしまった。
と、今まで加護とひとみの話を黙って聞いていた真希が、おもむろに口を開いた。
「亜依ちゃん。この話、ごとぉとよしこ以外にしゃべった?」
「まさか・・・今が初めて。」
「そっか。」
- 280 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:28
- 真希は、後ろで纏めていた髪をほどいて、ゴムでついた癖を直しながら、
「じゃぁ、ごとぉ、この話忘れるから。亜依ちゃんも調べたりとか、やめなよ。」
と、つとめて明るい声で言った。
「ごとうさん、それって・・・」
「今更昔の事蒸し返されたくない人もきっと、いるよ。
とりあえず、今一応うまくいってるんだもん。松にしたって、松なりの社長としての
考えがあってその場をおさめたんだろーし・・・。
ごとぉはね、うちらのワガママで波風立てないほうがいーと思うんだ。」
加護の顔は、一気に赤みがさしたかと思うと、可哀相なぐらい急に青くなった。
となりで見ているひとみは、その様子がいたいたしくて、目を背けた。
加護は、思いもかけない真希の反応に、本音をポロリと漏らした。
「ごとうさん、このままウヤムヤにしといて、ええんかなぁ・・?
うちは、いやや・・ののと仕事がしたいねん。」
「辻ちゃんにしたって、なっつぁんの死を乗り越えて今立ち直ろうとしてる最中なんだよ。
そんな時に、もし、何かとてもショッキングなことがわかったら?
この二年半の努力は水の泡になっちゃうし、場合によっちゃ一生
立ち直れなくなっちゃうかも。亜依ちゃんはそれでいいの?」
「う゛ー…それはぁ・・・・いやや。けどぉ。」
- 281 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:29
- 「焦んなくたって、いいじゃない。二年半たったけど、まだ二年半だよ。
人の心なんてそう簡単にどうこうなるもんじゃないから。
亜依ちゃんは、辻ちゃんを信じて見守っててあげよ?ね?」
「・・・・・・・・・・・。」
真希に言われて、加護も考え込んでしまった。
穏やかな口調で諭すように話す真希を、加護もひとみも、オトナだと思った。
しかし、真希は真希で、本当のことを知るのが怖かった。
市井の様子を見ていれば分かる。
あの事件には、裏で、なにかとてつもなく大きなものが関係している。
真希は真実より、今の安らかで、
そこそこ楽しい生活を支えている調和を大事にしたかった。
市井が何も語らないのも、そのためだ、と思えた。
「なんか、夜食つくろっか?よしこ、勝手に冷蔵庫開けていい?」
真希は、今朝家を出て行く時見た、市井の後姿を思い出していた。
市井は、ギター片手に小さな声で歌を歌っていた。曲を作っていた。
それは、この2年半の中で、真希が初めて見出した、明るい兆しだった。
「いや、いーって。」
「そう?じゃ、お茶いれるね。紅茶飲もう?ハニーティーなんかどぅ?」
・・・・・かけがえのない今が、過去に脅かされて、
グチャグチャになるなんて、真希にはまっぴらごめんだった。
- 282 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:31
- 2007 02/26 Mon 23:20
よくしゃべる男だ、と、美貴は思った。
「・・・おたくと同じ事務所の高橋愛ちゃんだけどね。
・・・・・・・って、美貴ちゃん、聞いてるの?」
「ええ、楽しいお話ですね。」
事務的な笑顔を貼り付け、やりすごす。
男は、肩先に酔いをあらわにしながら、テーブルに肘をつき
先程から一人でしゃべっている。
暗い店内の一角には、わざと古ぼけて見えるよう装飾された
ビクターの蓄音機のレプリカ。
男のねちっこい話し方と、BGMのジャズナンバーがあいまって、暑苦しい事この上ない。
「で、あなたのスキャンダルの話ですけどね、美貴ちゃん。
僕が結構ウルトラCを使って握りつぶしてあげてるのは知ってますよねぇ。」
「ええ、松浦社長から。」
50過ぎのこの男は、業界では結構名の知れた芸能記者だ。
亜弥の先代から、社が“仲良く”させてもらっている。
- 283 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:32
- 「ねぇ、美貴ちゃん。」と、いつのまにか一方的に打ち解けた男は
脂ぎった手で美貴の腕を触ってきた。
一瞬、わずかばかりの不快の影が美貴の顔を通り過ぎたが
「すいません、ジントニック頂けます?」
と、ウェイターを呼びつけた美貴は、また平気な顔になっていた。
もちろん、男は美貴の変化など気付くわけもない。
「何もね。な、に、も、僕は恩を売ろうってわけじゃないんだよ。
ただ、やっぱり、ねぇ、感謝の心遣いが感じられると嬉しいなぁ、なんて。」
流石に、誕生日にこの男と飲むというのは失策だったな、と美貴は思った。
いつもなら、仕事帰りに亜弥の家で祝ってもらうのだが
あいにく、亜弥はどうしても外せない会合が入ってしまったとかで、ロサンゼルスにいる。
社は閉まっている。事務所に行けばファンが待ち構えているし、
自宅に帰れば、美貴をオとそう必死な男ドモが、手ぐすね引いて待っているだろう。
だから、面倒を避けるには携帯の届かない場所で今日をやりすごすのが一番なのだ。
安全なら、相手は誰でもよかった。
しかし。
- 284 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:32
- 「美貴ちゃん、ぼくぁお金が欲しいわけじゃないんだよ。
そこんとこ、誤解してもらっちゃこまるな。」
「梨村さん、酔ってますよ・・・大丈夫ですか?」
いつもは割かし紳士なこの男が、この程度のアルコールで絡むとは、美貴の計算外だった。
「こんなことなら、よっちゃんさんトコ行ってりゃよかった」と、思いかけて
美貴は昼間のひとみを思い出し、その考えをひっこめる。
このところのひとみはどことなくぎこちない。
もしかしたら、流石のひとみも、自分に愛想をつかしたのかもしれない。
「あ、ウェイターさんジントニックやめて、焼酎にします。
七夕、あります?あと、つまみに“牛タンの塩網焼き”三人前持ってきてください。」
こうなったら、飲みたいものを飲み、食べたいものを食べてやる。
美貴はメニューに眼を光らせた。
傍らで、男は熱心に美貴を口説いていたが、美貴の全神経は肉に集中されていた。
- 285 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:34
-
2007 02/26 Mon 23:27
「ああ、そういえば、よしこ。」と、やや湿っぽい空気を打ち消すように、
真希は急にひとみの方を向いて
「さっきココに来る前。新宿で会ったよ、ミキティーに。」
意味ありげな微笑を口元に漂わせて、言った。
「へぇ・・・・・」
ひとみは、2時間ちょっと前に感じた苦しさが、
また自分に戻ってくるのを感じながら、興味のなさそうな声を作った。
が、ポーカーフェイスなど気の利いたことがひとみにできる訳もない。
「ほら、駅からちょっと歩くんだけど・・・・前圭ちゃんが連れてってくれた、
完全予約制のバー・・よしこ、覚えてる?」
「う・・ん。」
「あそこ、9時ごろかな、打ち合わせで使ったのね。
したら、入れ違いざまにミキティーに会ったの。」
「ふーん。」
- 286 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:35
- 先程までの雰囲気はどこへやら、加護が「ぷっ」と吹き出した。
ひとみは、あからさまに不機嫌な顔をしていた。
しかし、本人がそれに気付いているかどうかは定かではない。
「隣にいた人、誰だと思う?」
「さぁ・・・」
「芸能記者の梨村さん。」
「ええー?あのオヤジ?ミキティー、どないな趣味やねん?」
横から加護が口を挟む。
ひとみは席を立つと、冷蔵庫の中から紙パックのオレンジジュースを取り出し、
それを口から直接飲み始めた。
だいだい色の液体が、2、3滴、ひとみの仏頂面に垂れかかる。
ひとみは、喉を甘酸っぱさが潤していくのを感じながら
「そりゃ、芸能記者と仲良くしとかなきゃ、色々書かれちゃうじゃん・・・。
だから、そういうお付き合いは大事だって社長も言ってたし・・。」
と、ぶっきらぼうに言った。真希もうなずく。
- 287 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:36
- 「うん、ごとぉもそう思ったのね。だけど、どーも違ったんだなぁ、感じが。」
「違った・・・?」
「何か、嫌がってたんだよ、ミキティー。おびえてたっていうか・・」
「怯えてた?」
「あれは、多分何かをネタに揺すられてたね。いや、脅されてたね。もう間違いないね。」
バッシャーン。と、ひとみの手から紙パックが滑り落ちる。
ひとみお気に入りの黒いリーバイスに、ジュースが飛び散った。
「マジで?」
「マジでマジでマジで」
「まさか・・・」
美貴に限ってそんなこと、と続けようとするひとみを制して、
真希が押し切った言葉は、十分な説得力があった。
「だって、あの、あのミキティーが、だよ。
誕生日に冴えないおっさんと一緒にいること事態おかしくない?
何かよっぽどヤバイネタ掴まれてるね。」
- 288 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:36
- 「・・・よっちゃん、ミキティーまだいるんとちゃう?」
「行ってあげたら?」
二人に勧められるまでもなく、ひとみはすでにジャケットの上にマフラーを巻いて、
玄関にスタンバイしていた。バイクのキーをジャラジャラいわせながら
「ごっちん、そこって先月、圭ちゃんに連れてってもらったトコ?」
履き古したコンバースに足を突っ込む。
「うん、そう。」
「くそっ、じゃー地下だから携帯通じないじゃん。」
ち、っと舌打ちをして、ひとみ、風と共に去りぬ。
後に残された真希と加護は、口元の筋肉を痙攣させながら、
半開きになった玄関のドアをみつめていた。
初めに笑い出したのは、加護だった。
- 289 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:37
- 「後藤さん、嘘やろ、今の。」
笑いをこらえながらやや声高に加護がいうと、その辺りに滞留していた笑いの渦巻きが
堰を切ったように爆発して、二人は声を上げて笑った。
「へへへへ、梨村さんといたのはホントだよ。」
「ちゃう、ちゃう、ミキティーが怯えてたとか脅されてたとか何とか・・・」
「当ったり前じゃーん。危なかったら私も無視らないで話しかけるし。
それに、ミキティーがそんなことでおびえるタマかねぇ・・・まっ、これは
ごとぉなりの気遣いですよ、自分自身を分かってない鈍感バカよしこへのね。」
「前から知っとったけど、よっちゃんはホンマモンのミキティーバカやな。」
笑いは、しばらく鳴りどよもっていた。
真希は、「ミキティーバカと言えば取っておきがあるんだけどさ」
と、片目をつぶって見せた。
- 290 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:38
-
「この前サンリオヒューロランドが閉鎖されそうになったけど存続になったでしょ?」
「ああ、はい、はい」
「あれさ、よしこがサンリオの社長に直談判しにいったからだよ。
ミキティーがキティーちゃん好きだからさー。」
「えー!?」
「信じられる?単身乗り込んで直談判だよ?しかも社長も社長で感動しちゃって
ヒューロランド存続でーすとか言っちゃってさーもぉホント、信じらんない。
で、今日のミキティーの誕生日プレゼント。
その社長から勝ち取ったヒューロランド貸切権。三ヶ月前から用意してたの。」
「・・・・皆アホやな。世の中アホばっかりや。」
ひとしきり笑うと、加護は、自分の髪をグシャっと梳いて真希のほうに向き直った。
- 291 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:40
- 「ごとうさん、かご、事件の調査の件・・もうちょっと考えてみます。」
ちょっとばつが悪そうに、下を向いて言う。
「そ。」と、短く答えて真希は微笑んだ。
そして、加護に見つかって後でひとみが冷やかされないように
テーブルの上の開きっぱなしの広辞苑を閉じた。
【恋】のページの、「みき」の洪水が、真希の視界に流れ込んで、消えた。
「♪ひーとりよりも、たぁのぉしいぞ、ってか?」
あのよしこもついにねぇ、なんて、ちょっと母親じみた寂しそうな笑顔を浮かべながら
これでいいのだ、と、真希は思った。
過去にとらわれて後ろ向きになるのなんて、不健康じゃないか。
だってそうっす。時間は止まんねっす。
願わくは、穏やかな日々が永遠に続きますように・・・・・・
- 292 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:40
- 2007 02/26 Mon 23:44
ひとみは、困っていた。
例のバーを探し当て、ずかずかと店内に押し入り、
「予約制ですから」と、受付が止めるのを振り切って美貴を探し当てたまではよかった。
しかし、ひたすら黙って肉を頬張る美貴と、
その横でぶつぶつ何か言っている酔っ払いの図に、差し迫った緊急性は感じられない。
急に、現在の自分の存在意義に疑問を感じて、ひとみは弱気になった。
「え・・・よっちゃんさん?」
先に声をかけてきたのは、美貴だった。
ひとみは、ああ、と微妙な笑顔を浮かべて二人の座っているテーブルに近づいた。
「なんだ、コノヤロウ。」
と、美貴の隣にぴったりとくっついている中年男は、血走った目でひとみをけん制する。
「ヤロウじゃねーっす。」
いくら何でも、流石に男には見えないだろう、とひとみは苦笑した。
男は相当酔っ払っているらしい。
ひとみは、勇気を振り絞って、更に一歩前に踏み出した。
- 293 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:41
- 「あ、あのさ、ミキティー。よかったら、ウチとどっかいかない?」
しまった。失敗した。と、ひとみは言った傍から後悔した。
これじゃ一昔前のナンパ師みたいだ。
しかも、相手は芸能記者、もとい最高級肉。
美貴のことだ「行かない。お肉食べてる」とでも言うんじゃないか。
だいたい、自分がここにきたのは美貴に危険が差し迫ってると思ったからであり
そうでないとわかった今、これ以上ここにいる必要はないのではないか。
・・そんな考えが、わずか3秒の間にひとみの脳裏に去来した。
美貴は、白いナプキンで口をぬぐった。
「・・・・じゃない」
「は?」
「ミキ“ティー”じゃねーだろバカ。」
上目遣いの瞳が、意地悪そうに細められている。
ひとみは、なんだか嬉しくなって、「美貴、美貴」と続けて2度も呼んだ。
「・・何回も呼ばないでよ。」
- 294 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:42
- テーブルの下から美貴の長い脚が伸びて、ひとみのすねの辺りを手加減無しに蹴る。
衝撃で、空のボトルが倒れ、転がって、男のひざの上に落下した。
男は、うっ、と呻いて前かがみになる。
この一発が利いたのか、美貴の変わりように驚いたのか。
男は酔いがいく分か冷めた様子で、ひとみを上から下までしげしげと眺め
「君は、確か・・・えっと、よしだ・・・じゃない、吉澤。
吉澤ひとみじゃないか。」
芸能記者らしく、ひとみの正体をフルネームで当てた。
ひとみも、急にあらたまって
「今は、道重と一緒に、藤本のマネージャーを任されております。」
と、腰を折って挨拶する。
男は、それでもやはりまだ酔いで思考が追いつかないらしく、
「まねーじゃー?」
と、怪訝にひとみをみつめかえした。
再度、説明しようとひとみが身を乗り出すと、美貴が立ち上がってひとみの隣に来た。
- 295 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:43
- 「ええ、ですから梨村さん・・・」
「・・・付き合ってるんです。」
美貴の周囲・半径3メートル以内の時間が止まった。
「「・・・・・・・・はぁぁ!?」」
たっぷり一呼吸置いて、ひとみと男の口から同時に驚きの声が漏れる。
ひとみは、自分の右腕に寄り添ってエンゼンと微笑む美貴の横顔を
ボーゼンとみつめた。
「吉澤さんが、好きなんです。いけませんか?」
ひとみの肩にもたれかかりながら、美貴は本当に困った顔をした。
「ちょ、ちょっと、美貴ちゃん何の冗談だね。」
「冗談じゃないですよ。ワタシ本気ですもん。」
やや頬を赤らめて恥らう姿は、いつもの美貴ではない。
ようやく茫然自失状態から抜け出したひとみも
「ミキティー、何言ってんの?酔っ払ってる??」
しきりに美貴の肩を揺らすが、美貴は別人のような表情で、
きょとんとした顔。
- 296 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:44
- 「やだな、ヒーちゃんまで。」
「ひ、ひひヒーチャン?」
ミキ“ティー”といっても怒らない ―@
自分をヒーチャンと呼ぶ ―A
可愛いい ―B
「∴わかった、@ABより、お前はニセモノだ!」
びしっと美貴を指差して、ひとみ自身もわけのわからない事を言い放つと、
美貴の瞳は、みるみるうちに涙で潤んでいった。
「ひどいよぉ、ヒーちゃん。こんなに好きなのに、酷いよぉ。」
「え、好・・・えええええええええ?」
完全なパニックだ。
ひとみは、火照ってどうしようもない顔に、手のひらで風を当てながら
もつれていく頭をどうにか食い止めた。
なんて夜だ、とひとみは思った。
美貴の誕生日で、余計に苦しくなったり、加護と真希が来て新事実を明らかにしたり、
美貴を助けに来たつもりが違ったり、美貴はオカシクなるわ、自分もオカシクなるわ、
っていうか今さりげなく告白された気がするわ、本当に、本当に、なんて夜だ。
- 297 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:45
-
「なんてこった。こりゃ、ドえらいスクープだ・・。」
男の目には、記者としての本能のきらめきが舞い戻りはじめていた。
「なんて特ダネだ・・」と、口の中で繰り返している。
「今をときめく人気歌手藤本美貴の本命は、なんと元モーニング娘。メンバーだった・・・
しかも吉澤ひとみはマネージャー業を始めている。禁断一途の愛。
うん、これはデカイぞ、間違いなく大売れだな・・・!!!」
男が、詳しく話をきこうと振り返ると、そこにすでに二人の姿はなかった。
- 298 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:46
- 2007 02/27 Tue 00:14
「手、痛い。離して。」
店を出て数メートルのところで、美貴はひとみの腕を振りほどいた。
手首をさすりながら、不機嫌顔をしかめている美貴は、
先程豹変したことが嘘のように、基本形に戻っている。
ひとみは、さっき美貴が自分に言った告白のセリフを思い出して
体中の血が、一気に顔の表面に集中していくのを感じた。
「み、美貴、ウチのこと、その、好きなの?」
恐る恐る問いただしてみると
「いや、全然。」
ある意味予想通りの言葉が、悲しいほどハッキリと返ってきた。
「もう、なにが哀しくて芸記者の前であんたとお手手つないで
しかも爽やかにレズ宣言しなきゃいけないのよ。」
- 299 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:47
- 吐き捨てるように言う。
ここで、いつもなら「ごめん」と反射的に言ってしまうひとみだが
今日はちょっとちがった。
「そりゃ、こっちのセリフだよ。ってゆーかいつもと違う人みたいに
ワケワカンナイこと言い出したのそっちじゃん!
だからウチが慌ててこうやって連れ出し・・・・」
「ちょっと何?よっちゃんさんの癖に美貴に口答えするわけっ?」
ひとみの思わぬ反抗に、美貴は語尾をいらだたせる。
しかし、自分のとった行動に自分自身戸惑っているらしく
「そうなんだよ、ヘンナコト言ったのは美貴なんだよ・・・・」
ふらふらと歩き出し、「どうなっちゃってんのぉ」と、頭を抱え込んだ。
そして、「いつもと違う人・・・かぁ」と、つぶやいて
路傍に駐車してあった黒い車になだれ込むようにもたれかかった。
「ミキテ・・美貴、この時刻に黒いベンベなんて、それヤーさんの車っぽくない?
危ないから離れた方が・・・」
ブランドマークを搭載したスモーク窓に黒光りの車は、異様な存在感を放っている。
美貴を引き剥がそうとして、ひとみは鼻の粘膜にかすかな異臭を感じた。
「あ、この匂い・・・」
―----この匂いは…ガソリン…
- 300 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:49
-
「・・・美貴、その車から早く離れて。」
「今、頭ごちゃごちゃしてる。ちょっと黙っててよ。」
「いいから!!とりあえず離れて!!!!」
強引に美貴の腕を引っ張って、ひとみは走り出した。
後ろから美貴の抗議の声がしたが、構わず大通りに向かって走り出した。
日付が変わったばかりの新宿メインストリートは、夜を楽しむ人で盛況だ。
そんな中に芸能人の美貴が飛び込んだら、気付かれる可能性は高い。
しかし、ひとみの耳の奥では、危険を知らせる警報が
いよいよせっぱ詰まった調子で鳴り響いていた。
「美貴、もっと走れ!」
首をひねる。
と、ふいに、ひとみは足裏に感じていた地面の感覚をなくした。
- 301 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:50
-
耳をつんざくような爆発音。
ふわり、と二人の体が宙に浮いた。
ひとみは、空中で美貴の体をたぐり、必死に抱き寄せた。
閃光が、ひとみの網膜を焼き付け、視界を漂白していく。
背中が、摩擦熱を生じながら滑るように着地した。
黒いBMWは完璧な宙返りを演じていた。
ホイール、
タイヤ、
ボンネット
・・・次から次へ吹き飛ばされていく。
瞬く間に烈火が車体をむさぼってゆく様を、
ひとみは現実感が欠落したビジョンで眺めていた。
- 302 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:51
-
「美貴っ、美貴、大丈夫!?」
はっ、と、腕の中の美貴を確かめると、無事だった。
ひとみの体がクッションになったらしく、傷一つついていない。
「よかったぁ〜。」
ほっと胸をなでおろしていると、美貴の感触が小刻みに揺れ始めた。
見ると、美貴が変な顔をして「車が・・」と言ったのだが、
そして、一生懸命に言おうとしているのだが、その後が続かない。
「・・・・!!!」
指先が激しくそれを伝えている。
ひとみが美貴を抱く腕に力をこめると、ぎゅっとしがみついてきた。
- 303 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:52
-
「お・・・おねえ・・ちゃ・・」
- 304 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:53
- まただ。さっきと同じだ。
声の感じが、いつもと違う。
「・・・・・美貴?」
ひとみが顔をのぞきこむと、美貴はひとみのシャツをぎゅっと掴んで
「お姉ちゃん」と、そう、はっきりひとみを呼んだ。
「車、かっぱがえってる・・・お姉ちゃん・・・おかーさんとおとーさんが
・・・どしよ・・おねえちゃん・・・。」
意味がわからない。
「おね・・ちゃん・・・おねえちゃん・・・」
美貴は、ガクリと首を垂れて、そのまま意識を失った。
- 305 名前:7.純粋理性批判 投稿日:2004/02/28(土) 11:55
-
- 306 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/28(土) 12:07
- 美貴帝の誕生日。・・・・の、二日後更新です南無_| ̄|○
レス多謝でございます。
>>251 名無し募集中。。。 様
超面白い・・・な、なんと・・・あ、ありがとうございます ((((;゜Д゜)))
話が広がってきましたが、このまま予定通り、ありえない方向に広げ切れるか自分で不安になってきま(ry
>>252 名無し飼育さん 様
あひがとふございまふこんちくしょー。語感をほめて頂いた傍から、
とりあえずとんでもなひ展開になっていくのを自分マズッタカナーアヒャと思いつつ、レスを頼りに ((((;゜Д゜)))更新の次第であります。
>>253 名無し飼育さん 様
中也ファンの方にほめて頂けるとは、中也好きの自分として感無量です。
- 307 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/02/28(土) 12:09
-
では、次回でいともお付き合いのほどを
- 308 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/02/28(土) 13:00
- アンタ面白い…当初こっちが想定してた範疇を遥かに超えた展開。
政府とかCIAまで出できてもう目が離せない。そして更新乙です。次もガンガッテ!
- 309 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/02/28(土) 13:22
- ↑スマソ…興奮してageてしまった。。既に更新が待ちきれません。
- 310 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/02/28(土) 16:23
- 更新お疲れさまです。
読んでる当初はここまで話が広がるとは思ってませんでした
予想外の展開ばかりで同じく次の更新が待ちきれません
次の更新もがんばってください
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/28(土) 17:40
- まいった、としか言えんね。どこに向かうのか全くわかりませんが、
執念深く後をついていきたいと思います。
- 312 名前:dusk 投稿日:2004/02/29(日) 11:15
- 初めて読ませて頂きました。みきよしはなかなかないので、
発見できて嬉しいです。しかもかなり面白い!
思わず引き込まれてしまいました。
続きも楽しみに待っております。
- 313 名前:名無し野郎 投稿日:2004/03/29(月) 15:47
- 更新が待ちきれないっす!!!
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/31(水) 22:09
- tuzuki
- 315 名前:________________________ 投稿日:2004/04/01(木) 05:33
-
火の柱が ごうっと燃え上がっタ
ひばなが チリチリと 音を立てながら
蛍の死骸 みた いに 降り注 いで
あたりは 一 面 オレンヂの海
不思議と熱くはない 感覚もない
夢を 夢を 見ているのだ そう 瞬時に 理解した
- 316 名前:________________________ 投稿日:2004/04/01(木) 05:34
-
美貴の前には 小さな背中二つ 女の子がふたり
照らされた頬を ぼーっと染めている
火だるまになった車の熱が 女の子たちのところまで 届いているのか
手にしたアイスクリームが 溶けて 足元に白い濁流をつくるのもそのままに
女の子たち は ただただ 無心に ながめてる
真ッ直グト突ッ立ッテ 炎に包まれた車 ナガメテル
ああ そうだ
美貴は このコたちを知っている
美貴は この光景を知っている
小さい方の女の子の右手を 大きい方の女の子の左手がにぎりしめていた
- 317 名前:________________________ 投稿日:2004/04/01(木) 05:35
- ―おねぇーちゃん車、かっぱがえっとる
と 小さ い 女の子
おねぇーちゃん
おねーちゃん
なつかしいひびき
おねーちゃん なっちゃん なちねえーちゃん
そ
う
なっちゃん
背の高い方の女の子は なちねーちゃん
となりで震えてる ちんまいコは 昔の美貴
だから美貴は知ッテイる こノ子達もこのSceneも知ってゐル
- 318 名前:________________________ 投稿日:2004/04/01(木) 05:36
- バイクと一緒に放り出された若い男は サッキ転げ落ちタ体勢のまま
道路に這イツクバリナガラ 必死ニ 車から距離をとってイタ
やがて 立ち上がると 自分の金髪にコビリツイタ血ニ気が付いて
電柱にめりこんで ごうごう燃エてRU車に気が付いて
粗しておそら9 ソノ
下 キ
敷
ニ ナッテ イル
オトーサン ト オカーサン ニ 気 ガ 付 イテ
Hysteric奈オン ナノヒトみたい に キンキンシタ悲鳴をアゲタ
- 319 名前:________________________ 投稿日:2004/04/01(木) 05:37
-
―おれのせいやないで
男は関西弁で小さい美貴タチにドナリツケタ。
―これは事故や!俺のせいやない!
幼い二人は ただただ黙って 炎を ミ テ イ タ
おとーさんとおかーさんがいっしょに燃えてること
この子たちにはわかっているのだろうか
代わりにばかやろう と美貴は ソイツに叫んだけど 届くわけもなくて
ソイツが この状況を 眺めている美貴に 気付くわけもなくて
そして 古い映画の 一人上映会は 延々と続いていく
- 320 名前:________________________ 投稿日:2004/04/01(木) 05:38
- .
。
○
- 321 名前:________________________ 投稿日:2004/04/01(木) 05:39
-
8.日比谷公園でつかまえて
- 322 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:40
-
吉澤:ああああ市井さん!もちっとスピードアップできないんですか!?
後藤:しょうがないじゃん、よしこ。今信号待ちなんだから
吉澤:信号待ってる間に美貴が死んじゃったらどうすんだよ!
うわー美貴、目を開けてくれよー美貴〜ミキティーってもぉ言わないから〜
加護:大げさやなぁ・・気ぃ失っとるだけやん…
渡る世間は鬼ばかり。持つべきものは、信頼できる友。
しかし、吉澤からの連絡を受け急遽駆けつけた信頼できる友@各人の顔には、
いちおうに疲労の色がにじんでおります。
√バカだ、バカだと思っちゃいたが、ここまでバカとは思わなんだ。
失神状態の藤本さんをかき抱くミキティーバカ@吉澤に
車中のご一行はツッコミのことばも思い浮かばない様子であります。
- 323 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:41
-
吉澤:貸した金返さなくていいから〜十十で焼肉おごるから〜
三年前美貴のDr.ペッパー飲んだのウチだから〜
加護:なんやて!?あれよっちゃんやったの?加護、犯人やと思われて
しつこくミキティーに
吉澤:うわー市井さん〜もうウチが運転します〜
加護:聞けやボケ!
ああっとぉ、ここで吉澤、後部座席から身を乗り出して市井からハンドルを奪ったぁ!
2輪走行!2輪走行!!
歩道に乗り上げ2輪走行!!!
信号無視で車3台を追い越し、一気にトップに躍り出たぁ。
故アイルトン・セナも真っ青なハンドリングではありますが、これはきわどい!
市井:わおっ、あっぶねぇ〜今あやうく皆で風になるとこだったナぁ〜
加護:よっちゃんのどあほ!いちーさんもゆうちょうに構えてないで抵抗しいや!
めちゃめちゃキケンやん!!人ひいたらどないすんねや!
若いみそらで前科持ちやで???
吉澤:もぉこの際いいじゃん人の一人や二人〜美貴が死んだら市井さんを過失致死罪
で訴えてやる〜むしろ皆訴えてやる〜ウチは救急車呼ぼうって
アレだけ言ったのに〜あいぼんがぁ〜あいぼんがダメって言うからぁ〜
加護:当たり前やろ!コト大きくしてどないすんねや!よっちゃんマネージャーやろ!?
それに、なんべんも気ぃ失っとるだけや、ってゆーとるやないかぁ。
- 324 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:43
- 恋愛お遍路さんを自称してはばからない加護も、
吉澤のスパーク振りにはついていけない模様であります。
ペーパードライバーの市井は安全運転の為、周りの会話に心頭滅却、
意外にマトモな良識派の後藤に到っては、もはや口を挟む余地すらないのかぁ。
おや、ここで吉澤のケータイにメール着信アリ。
阪神タイガースのテーマと共にディスプレイに表れた名前は、勿論我らが石川梨華だぁ。
後藤:ねぇ、よしこ。まさかとは思うけど、うちら以外にも皆にメールしたんじゃ・・
吉澤:ああしたよ。もうシコタマしましたよ。美貴が死にそうで今から社に向かうって。
加護:このあほ…だから失神してるだけやからコトを大きくすなっちゅうに…
もぅ、いちーさん!黙ってないで何とか言ってやってくださいよ。
市井:・・・・・・・吉澤・・・・・・・。
振り返って思案顔の市井だが、前を見ないで大丈夫か??
アクセル踏みっぱなしーのハンドルにぎりっぱなしーのではカーブを曲がりきれ…――――――――‐‐‐あ、あああああ危ないアブナイ!
そそくりだったビルの壁が、すぐそこにまで迫っているっ!
急ブレーキ!急ぶレ―――き!!!!
スリップ。スピン、スピン。
そのままガードレールに真正面からダイブしてしまうのかー!!??
‐--と、一瞬川の向こうにおばあちゃんを見た気がしましたが、
吉澤一行どうにか全面クラッシュだけは免れたようであります。
とはいったものの、右サイドがややめりこんで見えるのは、気のせいでありましょうか。
- 325 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:45
- 加護:い、いちーさん、免許とったばっかなんやろ…?加護はまだ風になりたくなぃ
吉澤:だいじょーぶ、きっと、だいじょーぶ。ビギナーズラックでだいじょーぶ☆
加護:「☆」じゃねー!!
後藤:・・・・・・・・・ご、ごめんいちーちゃん運転頼んだりして。ごとーが代わるよ。ね、ね?
旅は道連れ世は情け、と申します。
乗りかかった船、ということばもございます。
同じ船に乗った彼女らは、さながら運命共同体でありましょう。
市井:へーきへーき。大船に乗ったつもりでいなよ。もうタイタニックくらいの。
加護:沈むやーん
さくっ、とお約束が流されまして、どうにか体勢を立て直した
市井のワゴン(中古ローン5年)のフロントガラスにもさくっ、とひびが入りました。
市井:ちょっとばーかり飛ばしますわよっ!
ばきばきばきっと不吉なエンジン音を立て、市井のワゴン(中古ローン5年)は再発車。
人生ジェットコースター市井、モチロン運転もワイルドにジェットコースター。
加護:…降ろして。
- 326 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:46
-
道重:よし、今夜もしょちょぉの次にカワイイ!
世界に名だたるオフィス街、丸の内。
さて、こちらは、その丸の内にあります深夜2時の社長室。
嵐の前の静けさでありましょうか、実にシンとしております。
もっぱら、いそいそと社長室の掃除にいそしむ
今夜もカワイイあややヲタ@道重さゆみの姿が確認されるだけです。
今やその直筆サインがヤフオクにて15万で取引されているという、
生ける伝説@松浦亜弥社長の留守を任され、ヤル気まんまんの様子であります。
- 327 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:48
- 道重:♪ふぅぉーんふぅぉーんふぅぉーん♪ふふふんふぅーんふーん♪
100db(デシベル)は出ておりましょうか。
鼻歌が公害になるという人もなかなか珍しいものであります。
半径10b以内に人がいないことを、いち小市民として安堵せずにはいられません。
紺野:…さゆみちゃん、死ぬほどうるさい。
おっとぉ。ここで、社長室と続きの仮眠室から、紺野、まさかの登場だぁ。
さすが第二次ファミコン世代、カービーのパジャマ姿が板についているぅ。
さしものコンピューター脳も、道重の歌声に周波を乱されたかぁ?
道重は道重で、真正面からの否定にあからさまに不満顔だっ。
道重:しつれいですが、紺野さんがホテル代ケチるからいけないんでしょ。
だいたい、仮眠室はしゃちょぉ専用なんですよっ!
紺野:失礼ですが、そのシャチョーから命じられたんですよ。
藤本さんを日本に残すのが心配だから待機していてくれとね。
思えば、早熟の天才プロデユーサー・アマデウス、とその名を恐れられ、
はからずとも芸能界ゴーマニズム宣言を発動した松浦亜弥と同じ血を引く二人、
ここはスマートなかけあいを期待したところですが・・ん?ドアが開いて・・・?
ああ、藤本氏を肩に担いだ、吉澤と愉快な仲間達が社長室に無法乱入、無法乱入。
- 328 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:49
- 道重:ど、どうしたんですか皆さん?きゃっ、ふふ藤本さん??だいじょうぶですかっ!?
ゆっくりと、非常にゆっくりと失神状態の藤本を床に寝かせる吉澤だが、
確かにこの光景は異様です。火サスばりのおどろおどろしさっ。
藤本のだらんと脱力した白い手など、今にも片平なぎさが出てきそうな雰囲気であります。
敏腕マネ道重も、これには驚きをかくせないか。
道重:吉澤さんっっ、どういうことですかぁ!?
吉澤:車がひっくり返って美貴の誕生日だったからサンリオピューロランドで
ダニエル君が好きって全然違う人みたいに美貴が言うもんだから
車がひっくり返って火がボーで美貴が
後藤:・・・新宿で車の炎上事故があって、それに巻き込まれたみたい。
よしこから連絡が来たから、ごとーたちで助けに行ったの。
で、とりあえず面倒を避けて道重マネージャーの指示を仰ぎに来ました。まるっ。
もはや日本語を話しているかどうかも怪しい吉澤に代わり
毎度お馴染み、後藤女史による分かりやすい解説が入ったところで
・・・・・あーあ、道重、道重。
どうした、顔色が悪いぞ道重さゆみ。
- 329 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:51
- 絶対王権制度、そのヒエラルキーのトップに君臨する君主、
松浦の愛しの「たん」は道重の仕えるべき「たん」でもある。
その「たん」にまつわるミスに青ざめているのかぁ?
今彼女の胸には、過去の数千にも及ぶ社長のお叱りの言葉が去来しているはずであります。
しかし、こうする合間も手鏡で自分の哀しみの表情をチェックしているあたりは
さすが、道重さゆみ。ここら辺伊達に松浦亜弥のいとこではなーいっ。
道重:はぁ・・しゃちょぉに怒られる・・特に慎重にしなきゃいけないのに藤本さん関係は
・・どうしよ、あの、藤本さん生きて、るん、ですよね・・・?
紺野:大丈夫。藤本さん、平気ですよ。呼吸も脈も正常です。
チアノーゼもありませんし、強いて言えば、軽い脳震盪が見られるくらいかな。
吉澤さん。藤本さんは、車の炎上を見ておかしくなったんですっけ?
吉澤:あ、うん。いや、正確に言うとそのちょっと前からオカシクて、なんつーか・・・
別人みたいなしゃべり方で・・テヘッ・・そ、その、ええとあのウチのことをす・・
紺野:なにデカイ図体で顔赤らめてんですか、気色悪い。
皆さん、手を貸してください。藤本さんを隣室のベッドまで運びます。
そのあと、ちょと問診してみましょう。
市井:・・・・・・・・・・・。
- 330 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:52
- 吉澤ならずとも、一同とりあえず興奮状態のようです。
なぜアメリカにいるはずの紺野がここにいるのか、
なぜ物理学科なのに医療めいたことができるのか、
なぜカービーのパジャマを着ているのか、ツッコむ者は誰一人としていま・・・
石川:大の大人がカービーですか!
いや、いました!勇者がいました!
石川梨華、扉を開け放ちただいま弥生の風のごとく爽やかに登場!
小川:か、カービーっすか!
遅れてその脇からピーマコ小川も登場!
さらにその脇からこじんまりと矢口登場!
加護:よっちゃん、何人に連絡したんやろか・・
コトを大きくするなってあれほど言うたのに…
後藤:もう遅いと思うよ・・・。
- 331 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:53
-
矢口:よっすぃー、藤本は、藤本は大丈夫!?!わわ!ちょっと藤本しっかり!
あ、お前、SAYAKA!
市井:…あってるけど、その言い方なんか微妙。
石川:ひとみちゃん、メールありが・・きゃぁぁぁああぁぁぁぁあ、
美貴ちゃん、どうしたのぉぉぉっ!??
加護:反応遅!
小川:おわぁぁぁぁぁぁぁあ゛ぁあぁぁ藤本さん!
加護:・・・・・・。
社長室には、さながらガンジス川を彷彿とさせる
モンスーンアジアの混沌が広がっております。
カオスの中心にいる藤本は、この騒がしさにもかかわらず全く起きる気配がありません。
混乱の濁流に紛れて、藤本をベッドに運ぶ件はうやむやになってしまったようであります。
パニックがパニックを呼ぶ、まさに悪循環、これぞ悪循環。
- 332 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:54
- 小川:あああ、そうだ、こういうときってアレですよ、吉澤さん、アレ!
吉澤:そ、そうだね!こういう時こそアレだね!ジンコウコキュウだねっ!!
スーハースーハー、よし、準備OK!
石川:ジンコウコキュウ?それってつまりひとみちゃんとマウス・トゥー・マウス!?
だめェぇぇっ!だめよひとみちゃん!ひとみちゃんがやるなら私がやるっ!
吉澤:え?あ・・・・あ、そぉ?
小川:そうですよ吉澤さん!藤本さんは石川さんに任せといて、
吉澤さんは小川と二人でジンコウコキュウしてましょうよ!
吉澤:…え、はぁ、うん。
石川:おがわ!どさくさに紛れて何言っちゃってるの!
ね、ひとみちゃん。ここは原点に戻りましょうよ。私と人工呼吸という原点にっ。
紺野:厳密に言うとそこが原点じゃないんですが…ま、いっか。
さらに、思わぬ場外乱闘が勃発しそうな予感であります。
状況理解力の乏しい一人のバカの人工呼吸をめぐり、
小川と石川、全面対決も辞さないかまえかぁ?
獲物を狙うハゲタカのような目つき、のっぴきならない状態だぁ。
- 333 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:55
-
藤本:うぅーん…
やや?ややややや?
ここで藤本美貴に動きが出たぞ。
意識を取り戻したのか薄く目を開いて、周囲を確認している。
上体を起こして・・・そして、おお!
立った、立った!藤本が立った!
吉澤:み、美貴・・
藤本:よっちゃんさ…
これは、泣いているのでしょうか?
皆が息をのんで注目する中、藤本は吉澤に近づき・・
抱きついた!?
殴った!??
逃げたー!!!!!
- 334 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:57
- 吉澤:いってぇ・・ちょ、美貴、どうしちゃったんだよぉ
道重:・・やばぃっ!おいかけましょう!
高橋:よしざーさぁん、藤本さんは変わりねぇかぁ、あ、あれ?藤本さん?
うわぁっ!!!!
ああこんな時に、こんな時に、藤本と入れ違いに高橋愛登場っ。
まごうことなく美少女高橋愛、しかし空気を読むのは苦手だ高橋愛、
このタイミングは、このタイミングはまことによろしくないっ。
我らが三次元の世界には慣性の法則というものがあります。
電車が急ブレーキしたとき、体が前に持っていかれるアレでありますっ。
この瞬間、いち早く藤本を追いかけようとしたのは、加護。
その加護が部屋に入ってきた高橋を避けようと急ブレーキを踏んだものだからそのまま
つんのめるのは自然の摂理・・・・・・・ああああ〜〜、と、言っている間に、高橋、加護激突ー!
社長室の入り口は、さながら場末のキャバレーっ。
ダブル“あい”がオンザロック状態だっ。
が、これで終わらない、これで終わらない。
物理法則に逆らえなかった者があと、三人いた模様っ。
石川、小川、道重、次々に将棋倒しになってゆくっ。
これはもう、ドミノだ!
人間ドミノの様相を呈しております!
- 335 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:58
- 道重:む、むねんです、しゃちょぉ。
よしざわさんっ、ぜったい、ぜった、い、つかまえて、く、だ、さ…
あ――――、ここで5人が一気に脱落。
吉澤:重さん、重さんの死は無駄にしないよ…
紺野:厳密に言うと死んでませんが…ま、いっか。
後藤:よしこ、追おう!
吉澤:ああ、そうだよそうだよ・・・美貴、どうしちゃったんだよぉ
- 336 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 05:59
- さぁて、魂と魂の交差点、吉澤と藤本、二人の一大追いかけっこの始まりです。
今までのセオリー通り単なる上野の西郷さんと犬状態になるのか、
はたまた、転じてイタチゴッコになるのかぁ?
おおっとぉ、角を曲がった廊下の中央、吉澤達の前方に黒い影!
顔面メルヘン街道・藤本、速い速い!
のっけから、魅惑のアドレナリン走法をこれでもかと見せ付けております!
まさに、月下美人の花びらが、一陣の疾風となって、戦慄のメロディを奏でるぅ!
対する吉澤、どうした?藤本の姿を見たとたん、減速したぞ?
これは、藤本の姿を確認して思わず安心してしまった為か。
それとも自らすすんで西郷さんの犬ポジションにおさまるということか。
部屋とYシャツとミキティーと、それ以上は何も望まないのかぁ。
吉澤、Are you hungry?
どちらにしろ、このままでは、藤本が風と共にぶっちぎりで去りぬだぞ!?
心のアクティブを稼動させたいところです!
吉澤:ちょっ、なんで逃げるんだよっ!美貴!くっそ・・・・・っていうか足早!
後藤:そうだよしこ、なんかミキティーが怒るような事言ってみっ?
よしこに言われたらミキティームカついて止まるかもっ。
- 337 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:00
- 吉澤:え、あ、うん。よ、よしっよしっ!美貴、ティぃー!なんか返事しろー!
ええと、このバカ!このデコ!このハゲ!この…
矢口:滝川っ。
吉澤:んん、こ、この滝川!ああもう他になんかないかっ
後藤:む、胸、胸胸胸!
吉澤:そ、それだっ!待て!!このヒンニュウ―――――――っ!!
藤本:うっさいっ!
やはり、慣れない毒舌攻撃では藤本の足を止めることはできないのでありましょうか。
最高の毒舌はI LOVE YOUさ。それに気付きたくなかったウチ。
しかし、今はそんな甘ったるい感傷に浸っているヒマはありませんっ。
藤本、廊下つきあたりのホールへ。そして、エレベーターに乗り込んで?
ああ、ドアが、今、ドアが無情にも閉まってしまったぁ。こぉれは痛いっ。
吉澤:くっそー!!
上か?下か?
ディスプレイが点灯するのは、DOTCH!?
- 338 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:02
-
吉澤:・・・・下だ!
後藤:ってことは、外出る気かぁ?あのコ。
吉澤:階段…階段で追いかける。
矢口:マジかよ!隣のエレベーター乗ったほうが速いんじゃん?
よっすぃー、ここ何階だと思ってんの?
吉澤:26階。
この際高さなんざ関係ありません。吉澤の心は一つ。
エレベーターを待っている暇があったら、行くしかないのであります。
矢口:あのさぁーうちらもぉー10代じゃないんだぜぇ?
ハァ、しょーがねーなー。
後藤:あは、付き合ってやりますか。
- 339 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:04
- さあ、行け、しゃかりきヒーチャン!
しかし、相手はエレベーターと言う名の文明の利器。
距離は広がる一方だ。…いや、だが吉澤も、速いっ速いっ。
手すりを器用に使ってすべりおりてゆくっ。
これはなかなかいい勝負…と、思われましたが
うわ、うわわわわっ。
吉澤、コけましたっ。
頭からつんのめって顔面強打、というまったく芸のない転び方ぁ。
後ろから追いついた後藤が手を差し伸べますが、
気付いていないのでしょうか?見向きもしません。
前進あるのみです。
っていうか、もうほとんど転がり落ちています。
こぉれはかなりカッコ悪い。
某オーデション時の天才的美少女時代も
某シングル時の、スーツ姿は新宿タカキュー、踊る姿はメンズノンノと
評されたとかどうとかいう時代も、
フットサルの選手だったという経歴も、
全く思い出させない必死っぷり、そしてまぬけっぷり、および体たらくであります。
うーん、しかし、吉澤ひとみは必死、必死だ。
必死でありますが、かなり無様ではあります。
かなり無様ではありますが、その(落下)スピードは相当速くはあります。
とにかく必死、必死なのであります。
- 340 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:06
-
紺野:そして誰もいなくなった、か。
市井:ざんねーん。いちーがまだいましたぁー。
ビミョーにいしかーさんたちもいますけど。伸びちゃってるけどネ。
紺野:おや、あなたなら犬一番に走り出すと思ったんですが。
市井:いちーは・・・・・・・・・・って、それより、紺野は?なんで追いかけないんだよ。
社長不在のときに事務所の看板が失踪はシャレにならんでしょう。
あんた、いとこなんだから、ヤバくはないのかね?
紺野:うーん洒落にはなりませんねぇ。
でも、まぁ、吉澤さんが追いかける限り、必ず藤本さんは捕まりますよ。
それに、私は知的労働者ですから?
市井:…………。
紺野:やれやれ、まぁ、藤本さんを追いかけるのは皆さんに任せるとして、
こちらはシャチョーに連絡しましょう。
石川さんたちを起こすのはそのあとですね。
しかしまぁ、美貴たんが倒れて、その後逃亡中なんて聞いた途端に、
血相変えてコンコルドでもチャーターしてトンボ帰りしそうだな。
- 341 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:07
- 市井:ふーん・・・の、割には、紺野、ケッコー落ち着いてない?
藤本のああいう発作は毎度の事ってわけですか?
紺野:あはは、何だかさっきから含みのある言い方だなぁ。
でもね、「発作」だなんて大げさですよ。
目の前で爆発が起きてびっくりなすったんでしょ。
ああ見えてあの人神経が細かいんです。芸術家肌なんですよ。
市井:芸術家肌、ねぇ。なつみも、そうだった。
紺野:・・・・・・・。
市井:なつみも、あういうことよくあったんだ。火ィみると急に様子がおかしくなったり、
時々、さっき吉澤も言ってたみたいに・・・別人、みたいな話し方することが。
よく似てる。・・・きょうだい、だからかな。どうだろ、紺野。
紺野:・・・統合失調症。
市井:へ?
紺野:昔の言い方で言うと、精神分裂のことです。
私も、迂闊でした…第三者が見てわかるほど・・・予想以上に進行してたんだ…
市井:紺野、お前。何を知ってるの。
紺野:市井さん、それはこっちが聞きたいですね。あなた、どこまで知ってるんですか?
- 342 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:08
-
藤本を乗せたエレベーターは1階に到着!
すいすいとホールを横切り、藤本は…階下の裏エントランス口前まで来ている!
対する吉澤はぁ?
なななんと、すでに3階まで達していた!素晴らしい。
…ああぁっ!だがやはり藤本のほうが弱冠早い!
ボーゼンとしているALSOKガードマンsを尻目に外へ。
黒いビルの森を合間縫って、広いアスファルトへ。
だがしかし、進むベクトル上には…AM2:30の今、日比谷公園くらいしかないぞっ?
おおおっとぉ!ここで吉澤がようやく裏口に到着した!超人的な速さだ!
傷だらけの矢口、後藤もその後に続く・・さぁ、どうなってしまうのか?
- 343 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:09
-
市井:まいったまいった。
ちぃとばかし割り切れる性格になったと思ったのに・・ダメみたいだね、いちーは。
聞きたくて、仕方がない。でも、聞くのが怖い。
紺野:安倍さんを殺したのは、現地のゴロツキ連中ですよ。いたましい事件でした。
市井:うんうん、そうだったらそれでいいのよ。
でも、ひっかかるんだ。
紺野:と、いいますと。
市井:…何を隠してるわけ?アップフロントは。
紺野:・・・・・。
市井:ああーやっぱ、ダメだわ。いちーお利口さんにはなれんみたい。
もしかしたら、このまま昔の事を吸収してけるのかなーって思ったんだ。
でも、今日の美貴ちゃん見てたら思い出しちゃったよ、なつみのこと。
紺野:・・・。
- 344 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:10
- 市井:ダメだね、いちーは。ダメダメだぁね。
吉澤みたいなムテッポウなパワーもないし、紺野や松浦みたくも取り繕えない。
ゴトウや矢口みたく器用じゃないし、カオリや石川や・・・皆みたいに
日々のつみかさねに一生懸命にもなれない。中途半端だぁな。
紺野:・・・卑怯ですね。
市井:うん?
紺野:あなたみたいに、自分をダメだ、中途半端だとおとしめる言い方は。
それを前提にして、こちらの腹をさぐってくるやり方は・・・アンフェアです。
ある意味、自分が善人だと断じるより卑怯だ。私だって・・・
私にだって、迷いが、あるんです・・・・すいません、もう、やめにしましょう。
あなたが、おおかたの事情を知っていることはわかりました。
市井さん。あなた、中途半端な方なんでしょう。
それならこの件も、ずっと、中途半端なままでいさせてください・・・お願いします。
- 345 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:11
-
吉澤:待てーまてやヒンニュ――――――――――!!
藤本:うっさい!うっさいうっさい!
いい若いもんが、バカの一つ覚えみたいに深夜にヒンニュー、ヒンニュー言いながら
走っていればそりゃ目にもつくというものですが、これはまずい。
第一に、追いかけている相手がただのヒンニューではなく
国民的人気歌手のヒンニューであるということ。
第二に、事務所の入っているここ、丸の内という街は、ドーナツ化現象を絵に描いた
ような、日中とうって変わって深夜は過疎地帯と化す人口希薄ゾーンである。
…と、いう教科書的なお話はおいといて。
問題は、その深夜のゆるーい警備の任についている
前方40b、自転車の警察官が、吉澤藤本の追いかけっこに、あからさまに
いぶかしげな反応を示しているということでしょう。
あっ、そうこう言っているうちにその警官、職務質問モードで藤本をつけ始めたぞ。
これは、これは、本格的にまずいっ。
- 346 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:13
- 矢口:あちゃー。あれ、やばくね?
後藤:やばいね…ねぇ、やぐっつぁん、愛弟子の為に命を捨てる覚悟はある?
矢口:ぅ・・時と、場合による
後藤:そっか。ごとーも親友の為にここはふんばるよ。ごめんね、やぐっつぁん。
キャァァァァァァアァーこの人痴漢ですー
矢口:えええええええ? お い ら か よ !
なんということだっ。
体当たりの捨て身戦法。
後藤、やおら矢口の手首をつかみ上げ、あろうことか痴漢コールだぁ。
しかし、さすがに女の子の矢口では、後藤の痴漢呼ばわりにも警官も反応しな・・・
いや、している!むしろ思いっきり反応している!
藤本吉澤への尾行をあっさり放棄して、こちらに猛スピードで向かってきたっ。
- 347 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:14
- 矢口:あっ、おいらが痴漢でーす。…なんちゃって。
後藤:嘘ぉ・・・ちょっと注意ひこうとしただけなのに・・
矢口:いいってことよ…が、おいらもゲーノージンなんだよな。
後藤:逃げますか。
脱兎のごとく。まさにその表現がぴったりであります。
矢口、逃げる、逃げる!
矢口痴漢呼ばわり、の予想以上の効果に驚いている後藤もそれに続く。
矢口:よっすぃー!!後は任せたからぜってーつかまえろよぉ!!!
あー腰痛ぇ・・・
ちっちゃな矢口に大きな愛がある。
人生ユンケル、走る姿はリポビタンD、がんばれ苦労人矢口。
- 348 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:15
-
市井:ごめん、確かに卑怯だった。
こんなやり方ばっかり身についちゃって。すまん。
紺野:良いんです、アノ程度で少しでも心を乱した私の修行が足りなかった。
これでも、小さい頃からシャチョーを補佐する為の教育を受けてきたんですけど。
市井:そうか。じゃぁ紺野、卑怯ついでに答えてくれない?
あれは、強盗が起こした事件だったのか。
紺野:卑怯だなぁ。
市井:ごめん。
紺野:・・・・・・・・・・・・・・。
市井:ごめん、悪かった、やっぱい・・
紺野:事故、ですよあれは。
市井:…・・・・つまり…強盗の話はでっちあげ?
- 349 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:17
- 紺野:はい。でも、事故です。あれは、完全なる、事故でした。
安倍さんにも、藤本さんにも、なんら責めに帰すべき事由はありません。
市井:ふじもと?…美貴ちゃん、事件に直接関わってるの?
紺野:・・・ええ。でも今はこれしか言えません。多分これからも。
ただ、ひとつ、信じていいですよ。
藤本さんも、安倍さんも、私怨で寺田さんを殺すような事はしなかった。
これって、あなたが、一番知りたいことじゃないですか?
市井:…お見通しかぁー…情けねぇ
紺野:いえ…私も、情けないです。自分が。
機密事項を一部とは言え、こうも簡単にあなたにしゃべってしまった。
不思議だな。この2年半、シャチョーともろくすっぽ話さなかったのに。
・・・結局、単に楽になりたいだけのかもしれません。私も、卑怯です。
- 350 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:18
-
- 351 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:18
-
さぁ、ついに二人は、外灯がほの暗く足元を照らす、真夜中の日比谷公園に突入。
木が生えてはいるものの、全体的に芝生の割合が多く、見通しが良い。
これは、間違いない、チャーンスであります。
吉澤、矢口師匠の犠牲を無にはできないぞ。
この袋小路でなんとしても藤本をつかまえておきたいものです。
吉澤:ちょ、いったん止まって!あ、あの、えっと、話、しよ!ね、美貴――――!!
藤本:……。
吉澤の魂の一番絞りも、相手の耳には届かないのでしょうか。
藤本のほうは、ホームレスさんのお宅を横目に拝見しつつ、
一足先に林をぬけたところでありますが、やはり振り向かない、振り向かないっ。
- 352 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:19
- 闇に映える白いワンピースをひるがえし、ひるがえし、
吉澤の呼びかけにもつれないその姿は、深夜の魔力も手伝って、
さながらギリシャ神話の月の女神・アルテミスを思わせる
ある種の神秘さを持っているとも言えましょう。
しかし、見とれるのは後回しだっ。
ここは唐辛子のような爆発的なスパートで間合いを詰めるのが先決であります。
走れぺペロンチーニ、遅れたヤツはカルボナーラっ。
吉澤:ああもう、なんで逃げるわけ―――!?
藤本:………ぃょ…!!
吉澤:ええっ!??
藤本:美貴にもわかんないよ――――――――!!
吉澤:はぁぁっ?
- 353 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:20
- おおっとぉ、こぉれは参った。
逃げている本人がほとんど訳も分からない状態では収拾がつかないっ。
まさに誰がために美貴は走る、現代のヘミングウェイ状態だぁーっ。
しかし、ここに来て吉澤の日頃の走りこみの成果が出てまいりました。
スタミナは、藤本より明らかに吉澤が勝っております。
その差がじわじわと、そのまま二人の間の距離を縮めている。
そうこうするうちに、遊戯施設の偏在する場所を抜け、
段々と公園の中心部へと近づいてまいりました。
現在の藤本と、吉澤の差は…およそ20b!
これは、追いつくのも時間の問題ではないのか??
んんん?視界がうわっとひらけてきたぞ。
目指す先は…池でありましょうか?
いや、広場だ!中心に水をたたえた広場に出ましたっ。
助かった!このまま藤本が直線上に走れば、池にぶつかるはずですから、
そこでもたついているところを狙えば、
かなりの確率で捕まえられるのではないでしょうかっ!?
まさに天の助け!千載一遇の好機!
- 354 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:22
-
ああ、果たして、藤本、池の前で止まり、そのヘリに立って…
吉澤:え?美貴、まさか飛び込む気じゃ
ヘリに立って…実に、実に、緩慢な動作で、そのまま―――――――
- 355 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:22
- ○
。
.
- 356 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:23
-
一瞬の アルイハ 永遠とも思エル暗黒が 美貴を 包みこんだ
この まま死ヌ乃かな ぁ なんて ぼんやりと 考え て ゐたら
なぜか さっ、と キミの 顔が 浮かんで消えた
美 貴 を呼 ぶ キミの声も 遠くで 聞こえた
なんだか すごく うれしかったよ
- 357 名前:8.日比谷公園でつかまえて 投稿日:2004/04/01(木) 06:24
-
- 358 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/04/01(木) 06:48
- ええ、古館ヲタの方、いらしたら申し訳ない。
そして、更新遅すぎ申しわけありません南無。
>>308-309 名無しどくしゃ様
CIAやら政府やらまで書くのにもすこし時間がかかりそうですが、ご容赦を。
書いてる人は、基本的に厨なのでageもヘッチャラです、気にせんといてください。
でも、あの、恥ずかしいwので基本はsageてくださると光栄です。
>>310 名無し募集中。。。様
ありがとうございます。実は、自分もここまで話を広げるつもりはな(ry
某ドラマ、プ○イドとプロットがかぶりまくったらしいので変(ry
…などということは、微塵もございません。こんな話ですが、読んでてくださってどうもです。
>>311 名無飼育さん 様
゚・(ノД`)ノ・゚・
ええ、もぉストーカー規正法ギリギリラインでもwその言葉が励みです。
>>312 dusk 様
>しかもかなり面白い!
泣くかと思いました。みきよしは確かに少ないですね。
実は当初、あやみきかよしかごでやろうと思ってた足して2で割ってみきよしにした…なんてことはございません。
今後ともお暇な時ありましたら、よんでくらさい。
>>313 名無し野郎 様
すまねえっす。遅くなったっす。
>>314 名無飼育さん 様
kakimasuta sumaso
- 359 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/04/01(木) 06:51
- 今から、取材旅行、もといニューヨークビンボー旅行に行って参りますので
しばらくはパソコン自体触ることができなくなりそうです南無
次回でいとも、どうか、お付き合いの程を。
- 360 名前:名無し飼育 投稿日:2004/04/01(木) 06:51
- 更新お疲れ様
今回も楽しませていただきましたと同時に
連続ドラマで一時間おっかけっこを見せられた気分も
ちょっとだけ味わいましたw
頑張ってください
- 361 名前:名無し飼育 投稿日:2004/04/01(木) 11:06
- 大量更新乙彼です
ヤバイ面白かったです
頑張って下さい
- 362 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/04/02(金) 05:33
- 更新お疲れ様です。
毎回毎回面白いですね飽きません
今回一番かわいそうだったのは哀さんかなw
次も頑張ってください
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/02(金) 17:36
- 面白い。しかし古館とは、あい気づかず
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/02(金) 21:43
- ワラタ
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/03(土) 01:43
- ふと暇つぶしのつもりで読んでみたが驚いた、こりゃ面白い。
そして何より作者の「感」の良さが素晴らしい。
「感」が良いから自ずと言葉選びや構成力のセンスも秀逸になる訳で
若い才能に嫉妬しっぱなしのままついつい読み耽ってしまった。
願わくばこの先
才能におぼれる事なく
稚拙な上手さに走る事なく
作者が今のまま自由な発想と書く楽しみを失わずにいてもらいたいと切に願う。
- 366 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/05/03(月) 06:37
- ほ
- 367 名前:名無飼育 投稿日:2004/05/09(日) 18:04
- マダカナー
- 368 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/05/27(木) 19:31
- 待ってますよー
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/27(木) 22:28
- 保
- 370 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/05/29(土) 20:52
- 本当に楽しみにしています
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/04(金) 00:49
- 待ってます!
- 372 名前:名無し野朗 投稿日:2004/06/13(日) 10:54
- はやく更新しなさい
- 373 名前:名無し飼育 投稿日:2004/07/01(木) 21:22
- 3ヶ月経ったかな
もったいないですよこんな良作放置するの
- 374 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/03(土) 10:41
- 更新できないにしてもとりあえず作者さんせめて顔だけでも出してください
- 375 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/03(土) 12:22
- 1 12月16日
2 12月19日
3 12月23日
4 2月5日
5 2月7日
6 2月19日
7 2月28日
8 4月1日
更新日まとめ。
1ヶ月空く事もあったし辛抱強く待ちましょ。
更新無理なら無理で一言書いてくれた方がありがたいですが
- 376 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/03(土) 13:59
- ↑こういうのが一番ウザ(
普通に待ってればいいじゃん
この作品だけ長い間更新されてないとかじゃないんだから
で、漏れのレスが一番ウザ(
- 377 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/07/10(土) 21:42
- 1回全て読み返してみたんですけど
やっぱいいですね面白い
つくづくいい作品だと思います
はやく更新してほしいなと思うのが正直なところです
- 378 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 18:26
- まだニューヨークにいるのかなあ
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/31(土) 20:29
- ho
- 380 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/08/07(土) 21:33
- なんちゅーか
これがみきよしの火付け役だったんで
続きが読みたいです
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/11(水) 18:27
- カントリーの新曲聞いたら、ミキティのソロ部分で
なぜか>>151のシーンを思い出しました。
マジ大好きですこの小説。
- 382 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/08/16(月) 20:59
- この小説が好きだーーーーーーーーー!
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/22(日) 23:47
- 続きが読みたいなあ。
この小説大好き。
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/01(水) 00:38
- まだまだ諦めんぞ!
いったいどうしちまったんだよぉ・・・
- 385 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/08(水) 17:21
- いつまでも待ちますから、気長にどうぞ。
- 386 名前:名無し野郎 投稿日:2004/09/08(水) 21:54
- 待つのが余裕になってきた
しれっと現れて続き書いてくれい!
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/06(水) 00:09
- 諦めないぞ
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 15:49
- 長い旅行だなぁ。
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/07(木) 17:40
- 作者さんの最後のレスがエイプリルフール
っていうのはNGワード?
- 390 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/08(金) 15:27
- 今気づいた。なるほど、なるほど、なるほど・・・orz
- 391 名前:名無し野郎 投稿日:2004/10/20(水) 08:39
- 放置して戻ってくる寸法なんだろ?
作者さんかっけー!!
- 392 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/05(金) 23:17
- 実はここで終わってるとか
- 393 名前:__________________________ 投稿日:2004/11/07(日) 20:33
-
9 しょっぱいでいと
- 394 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:34
-
サイアクのバースデイ。
池だと思ったのは噴水で、深いと思ったら意外に浅くて、
底に激突すると思ったらアイツがいて。
美貴とよっちゃんさんは、真夜中の日比谷公園で、寒中ダイブ。
美貴は、立っているのがやっとで、ふらふらで、寒くて、
肌にべっとりと貼りついたワンピースがうっざたらしくて、
それから、やっぱり寒くて、わけがわからなくて、眠かった。
飛び込みの理由も、逃走劇のワケも、さっき垣間見た過去も、
新宿でアイツに口走った言葉も、全部自分から発せられているはずなのに、曖昧だった。
その癖、頭の一箇所が変にかーんと冴えていた。
噴水の中につっ立って、太ももまである水に目をやった。
かの有名な日比谷公園の大噴水が、深夜は営業停止になるなんて知らなかった、
こんなのレアな経験だなーなんてぼんやり考えながら。
いっそのこと、昼間みたく派手に放水してくれたらいいのに、と願う。
- 395 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:35
- 高いところから低いところへ、水は上から下へ流れる。夜は暗くなる。
そんな自然界のアタリマエに美貴は生理的な反感を覚える。
水は下から上へ吹き上げ、夜は明るい方がいい。
真実なんて、なければいい。人工の偽りこそが、真実であればいい。
そして、ありとあらゆる人間の営みも、その偽りの真実を完璧に組み立てる為に、存在すればいい。
偽りのみが、たぶん、退屈でないから。
だから美貴は、自然が嫌い。田舎が嫌い。
北海道のまんなからへんは特に嫌い。
背中越しに、アイツの遠慮がちな気配を感じた。
美貴と一緒に飛び込んだせいで、あいつも随分濡れたのだろう。
服が吸収しきれなかった水分が、波紋をつくる重たい音がした。
いつだってコイツのやり方は、全然スマートじゃない。
野暮ったくて、垢抜けない。
- 396 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:36
- 「大丈夫?」
「………。」
「美貴様、こっちを向いてはくれませんか。」
「………。」
「だめっスか。」
「ムリ。今、鼻水、垂れてるから。」
嘘じゃなかったけど、誰とも話したくないのが本音だった。話してはいけなかった。
顔を付き合わせればその人へ黒いものをぶちまけるか、
そのままずるずると、不本意によりかかってしまいそうだった。
美貴は、そんなダサいことはしたくない。
けれどヤツは、そんな美貴のしおらしい配慮に気付きもしない。
「そんな鼻水、ウチが吸ってやる!!」
言うがはやいが、美貴の首ねっこをつかんで、
ぐいぐいと鼻の穴に舌をねじこんできた。
「んぅっ…ばっ、ばっ、バカこのヘンタっ…イっ…!!!」
両手でヤツの胸元を押し返してみるものの、石のように動かない。
2、3歩、後ろによろめくと、バシャり、バシャり、
美貴とアイツの二人分、水音が遅れてついてきた。
- 397 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:36
- びっくりした。
本当に驚いて、しまいには、抵抗するのもバカバカしくなった。
何の前振りもなくこんなことをしてくるコイツってどうだろう。
こんなんで、不覚にもヘンな声が出そうになってる美貴も、どうだろう。
しめった感触が、鼻腔を這い回って、うねりながら
その容積を縮めたり広げたりしている。
「やめろ」と言おうとして、かすれた息だけが漏れたその横を、
ちう、と、間抜けなバキューム音が通り抜けていった。
大たい骨あたりから、骨が一本そのままポッキリいっちゃったみたいに腰が抜けて、
美貴とアイツは、もろとも再ドボン。
今度は、アイツも落下を予測していなかったらしく、
下敷きになった美貴はマトモに頭を底にぶつけた。
「…・・・……・っぁ…。」
脳の髄がしびれている。そういや、アルコールも入っていたと思い出す。
どうにか体勢を立て直したものの、水をかなり飲んでしまった。
- 398 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:37
-
「ずい分浅いと思ったら噴水だったのか〜。水って換えられてんのかなぁ
…レジオネラ症になんなきゃいーけど。」
美貴の背中をさすりながら、昔よりはちょっと利口になったアイツが、
聞きなれない単語を、不安そうに呟いた。
さっき、出しなに鼻水を吸ってきた人とはとても思えない、
わざとらしいくらいマトモで、真面目くさった顔。
こっちは、驚くやら、呆れるやら、もう、脱力。
すっかり力が抜けて、変に落ち着いてしまった。
あせる心、あせらなければいけないと思う心、戸惑う心、戸惑わずにはいられない心…
そういったものが、すっかりその落ち着きに取って代わられたようだった。
あー、たとえ大学受験をしようとも、雑学を身につけようとも、よっちゃんさんはバカだ。
美貴にかまってる時点で、コイツほどの大バカはいない。
「おい、2浪。あんたのせいで頭ぶつけちゃったよ。」
美貴は、外灯に照らされた、白い水に背中を滑らせた。
そのまま、背泳ぎのフォームで、つい、と伸びる。
「ごめん」、とアイツも、おずおず、並んだ。
- 399 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:37
- よっちゃんさんと、美貴。
二人してぽっかりと浮かぶ、小舟のような思いがした。
やがて、どこかの岸に着くのだろう。
南の島だか、北の果てだか。
妙に居心地が良くなってしまった。
二人は、3年あたり前から、この場所に漂い続けている幽霊のような気がしてくる。
幽霊。
我ながら、いいたとえかもしれない。
幽霊。
美貴は自分自身の幽霊におびえている。
さっき眠っている時に美貴が目にしたもの。あれは何だったか。
紛れもなく過去におこった現実ではなかったか。
あれは、その過去の幽霊がひょい、と何もかも忘れていた美貴に、
不意打ちの制裁をくだしたものではなかったか。小さな美貴の幽霊が。
- 400 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:38
- かつて藤本美貴には、なつみという姉がいた。
幼い姉妹二人は、父と母と、ごく平凡な幸せに囲まれて生きていたらしい。
ある夏の日のことだった。美貴は、幼稚園で同級の友達の家に、なち姉ちゃんと
ふたりして泊まって、おかーさんたちが迎えに来てくれるのを待っていた。
市内からちょっと離れた所にある友達のマンション。
お泊まり会は、本当なら昼間にお開きのはずだったけど、
美貴達がぐずって、その日の夜まで延び延びになった。
最初にぐずりだしたのはどっちだったかな。覚えていないけれど、きっと美貴の方。
美貴の方が小さかったし、どうやら、凄いきかんぼうだったみたいだから。
おとーさんから、車で近くまで来ていて、あと10分くらいで着くという電話があって、
美貴となちねーちゃんは、急き立てられ、帰り支度をした。
そして、皆玄関先に集まって、車を待っていたんだ。
おとーさんとおかーさんが乗っている車を。
- 401 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:39
-
暑い、本当に暑い夜だった。
友達のお母さんから手渡されたアイスクリームは、口をつける傍から溶け出して、
お気に入りの赤いTシャツに、あとからあとから、染みをつけた。
それが、腋の下からじわじわと流れる汗と相まって、ワタシは顔をしかめた。
- 402 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:39
- 時間にするとどれくらいだったのだろう。
アイスクリームが半分まで減った頃だった、沿道の左側から、ウチの車が現れた。
田んぼを挟んで向こうにある細い道には、明かりもまばらで暗かったけれど
白いセダンは、闇の中でも十分認識できた。
その隣で、まとわりつくようにジグザグ併走しているバイクも。
「わやだ…やっくい!酔っ払いでないかい!?」
頭の上で、大人達がざわめいていた。
バイクは、その会話を知ってか知らずか、誇らしげにエンジンをふかしながら、
ますます車に接近していった。
バイクの危険な走行をとがめるクラックション音が、アスファルトにぶつかってひっきりなしに固く呼応した。
そして、次の瞬間、急にスピードを速めたバイクは、セダンの前に躍り出た。
キキキキキキキキキキキキ―――――――――――――――――っ
車のブレーキは悲鳴をあげ、バイクを避けるように大きく左に旋回した。
先には、電柱があった。
- 403 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:40
- 隣で手を繋いでいたなちねえちゃんが走り出した。
ワタシもつられて走り出す。
後ろからは、友達のお母さんが制する声が聞こえたし、手をとって前を走る
おねーちゃんとの歩幅の違いから、何度も道路の砂利に足を取られそうになったけれど、
沿道を目指してひたすら走った。
車は、燃えていた。
ワタシは、それを純粋に綺麗だと思った。
「おねーちゃん、車、かっぱがえっとる。」
答えの代わりに、右手がより強く繋がれた。
ワタシ達はいつのまにか、立ち止まってただただ炎を見ていた。
・・・回想は、関西弁の金髪男の叫び声と、彼のバイクがその場から立ち去ろうとする
落ち着かないクラッチ音で途切れている。
両親を事故死に追いやった男の・・・・・・寺田光男の後姿と共に。
- 404 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:41
-
水の小さな揺れに身を任せて、押し黙った夜空を見上げた。
もしかしたら、今までのことは全て夢だったのではないかという空想が、不意に頭をもたげる。
実は、ここが太平洋のど真ん中で、美貴は遭難者だとか。
飢えと疲労から意識が薄れ、見た白昼夢が今までのそれだったとか。
いっそ、そっちのほうが良かったかもしれない。
…けれどそんなことを考えている間も、やはり頭の一部は冴えている。
蛾の集まる歩道の光も、「球技禁止」のかすれたペンキ文字も、ゴミ箱からはみ出た空き缶のさびた感じも。すべて、ありありと目に染みていた。
- 405 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:41
- 「しょっぱい。」
しばらくして、よっちゃんさんが唐突に鼻水の感想を述べた。
「んと、卵かけゴハンと、とろろゴハンの味を足して2で割った感じ。」
「……説明しなくていい」
「汚いじゃん」って小突いた。呆れた。
「しんじらンない・・。よくそんな気持ち悪いことできるよ・・・・・」
「気持ち悪い?んなわけないね。めっそうもないね。
むしろ鼻水だけでなく涙も一緒にどうぞ。」
ヤツは、ぱかっと口をあけてくる。
美貴は、「コイツ、もう本格的にヤバイんじゃないか」と思った。人として。
- 406 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:42
- 「汚ったなーい」
「汚かねーよ」
「いや、汚ねーだろ」
「汚かねーっすよ。汚かねーって」
段々、押し問答になってくる。
よっちゃんさんの名前の由来にもなったとかいうデッカイ瞳は、
苦しそうな顔の美貴を、そのまま映していた。覗き込むと、宇宙があった。
不思議な目。
ぱっちりと見開かれ、美貴をみつめ、とじる。
何かを訴えかけるわけでもなく、ただ冴えている。ぱっちりと、みつめている。それだけ。
美貴は、目を閉じた。無性に自分の目がイヤになった。
「バ、カ、じゃん、汚いよ」
「きたなかねーもん。きたなかねーもん。」
- 407 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:43
- 心臓が、ぱちんと、はじける音を聴いた。
遠い昔の、風に散る桜の花びらが、右から左、さらさらと通り抜けた。
そしてその向こう側に、おとーさんの姿を、美貴は見た。
春ぼこりの舞う並木道で、小さな美貴は泣きべそをかいていた。
ケンカしてすりむいた膝小僧をかばいながら、とぼとぼ歩いていた。
世界中が敵に思えて、ちっちゃな体ひとつ、ぽんと、だだっ広い世界に
放り出されたように、寂しくて、寂しくて、どうしようもなかったそんな時。
「俺は一生お前の味方だ」
帰りの遅い美貴を心配して迎えに来たおとーさんは、美貴の手をひきながら、ポツンとそう言った。
家に帰るとなちねーちゃんが美貴の口に、飴玉を放り込んだ。
夕飯の匂いがした。鼻をひくつかせていると、おかーさんが美貴の頭を撫でた。
美貴は、急に安心しきって、ワンワン泣いた。帰ってきた、と思った。
おかーさんは、包丁の手を休めて、困ったようにこっちを見た。
美貴、痛かったんかい、なつみ、絆創膏を持っておいでほら泣かないよ美貴―――
- 408 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:43
- …そんなとりとめもない過古が、まぶたの裏でつい何十秒か前のことのように、鮮やかに微笑みかける。
ワタシは、かつて愛されたことがあったらしい。
あるいは「無条件の」というモノもあるのかもしれない。
世界はあながち敵ばかりでもないのかもしれない、わからない、わからない、わからない。
- 409 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:44
- 「あんたってさあ、あんたってほんと、キショイ。キショイ、キショイ、キショイ。」
あるいは、何かを伝えたかったのかもしれない。
けれど、キショイ以外の言葉がみつからなかった。
なら、もうキショイの無限ループがいい。コイツにはそれがお似合いだ。
ヤツのはだけたシャツの首もとに、思いきり噛み付いてやった。
手持ち無沙汰だったから。
「ぐっ…ってぇ…・・・・・・・」
アイツは、小さくうめいた。それでも、コブシを握り締め、黙って耐えていた。
美貴は、やっぱり何か言いたかったのかもしれない。
でも、そんな自分が、自分ながら得体が知れず、キショかった。
そして、見返りも求めず美貴の傍にいたがるコイツは、もっと得体が知れずキショかった。
美貴の歯形がくっきりとついたアイツの鎖骨は、血で滲んでいた。
「何も聞かないの。」
「何を?」
「美貴が…急に走り出した事とか…色々。」
「聞かれたい?」
「…それは…。」
「じゃーいいじゃん。それよりさぁ。」
「それより、って」
- 410 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:45
- 「一緒に住もっか」
うっ血の後をさすりながら、今思いついたとばかりにアイツが言った。
「ナニソレ。新手のナンパ?」
「ち、違うよ。そっちの方が何かと便利かな、と。」
「…家族ゴッコでもしようってわけ。」
「ウザイんだよね、そういうの。」って言おうとして、言葉に詰まった。
アイツは、「そう、家族ゴッコ。」と、いかにも楽しそうに微笑んでいた。
そういうセリフを吐く奴特有の、無意識に人を上から見下したような雰囲気も、
後ろめたさも、まったくなかった。調子が、狂った。
「クーリングオフ可。つーかおためし期間につき、随時返品可。
どうでしょうか藤本さん。」
コイツの真意がわからない。
コイツはなにがしたいのか、美貴はどうしたいのか、わからない。
「ふーん。恋人ゴッコじゃなくていいの?」
この際、美貴に恋愛感情を持っていると言って欲しい。
そうしたら、美貴もそれなりに努力してあげるから。
そっちの方がわかりやすい。明快。
- 411 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:46
- 「ねぇ、美貴のこと、抱きたい?」
美貴の安っぽい誘惑に乗ってくれれば、と思う。
「な、ナイナイナイナイナイっ!ソレはナイっ」
「うそ、意外。じゃ、美貴に抱かれ…」
「ソレも結構ですっ!!ソッチカンケー、え、えんりょしときます!!」
困る。予想の範疇を超えた行動をする人間は。
「ウチらは、タレントとジャーマネでもあり、友達でもあり、古くからの仲間でもあり、
家族っぽくもなれるわけだ。」
逃げ道を確保する前に、アイツのペースに乗せられてしまう。
「それってメチャクチャかっけーくねぇ?」
言い訳を、まだ用意していないのに、信じてしまいそうになっている。
いつか、海でアイツが誓った「裏切らない」という言葉を。
「美貴、と、生活する、ってこと?」
あろうことかこの藤本美貴が、コイツに裏切られるのがたまらなく怖い。
それなのに、もう、胸が勝手に熱い。
- 412 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:47
-
「…それ、かっけー?」
「おう。同じ家に寝泊りして、ぼーっとテレビとか一緒に見て、犬飼っちゃったり、
あとそうだ、クリスマス一緒に過ごしたり、ハンバーグ作ったり、
でっかい思い出を刻んだりすんだよ。かっけー!」
「………。」
「それに、朝はいただきますを二人で言って、帰ったらただいまーお疲れーとかやって、
ソファーに寝転がって雑誌読んだりするんだ。やっべぇ、どうよ?楽しくねぇ?」
バカにするな、と怒鳴ってしまえばいいんだ。
いつもみたいに、ギリギリまで温度を下げた言葉で。
美貴は、そんなにみじめだろうか?
誰かの同情を必要とするほど、おちぶれて見えるのか?
満ち足りた人間の、暇つぶしの自己陶酔になんか付き合ってられない。
こんなの、寒気がする。反吐が出る、と。
……だけど、なのに、どうして。泣いてしまいそうなのはなぜだろう?
「ぶぁーか。だいたい仕事も一緒じゃ、帰んの同時だし、それによっちゃんさんサぁ、
ほとんど雑誌なんか読まないじゃん。」
涙腺が弱くなった。トシかな。
- 413 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:48
- 「…引越しめんどいからよっちゃんさんが美貴のマンションに住み込むんだよ。
家事はもとよりゴミ出し買出し電球交換ぜーんぶやってもらうから。」
「どーんと、こい。」
「美貴、厳しいよ。こだわりあるよ。わがままだよ。」
「そりゃもう了解済みっ…イテっ!!なんで蹴…だって今自分でわがままって…
ああああごめん、えっと、わかりました、はい。」
美貴は、よっちゃんさんの怒った顔を見てみたかった。
だから、ケッコウ無理な事を言ったし、やらせた。酷いこともした。
今度ばかりは怒るだろうと、暗い期待を抱きながら。
「洗濯は、好きだからやってあげる。炊事、炊事はねぇ、肉はうるさいよ。
まず、焼き加減はミディアムレアこれ基本。オージービーフみたいな淡白なのより、
日本の脂の乗った牛が好きだから。分かってると思うけど、ネギ出したら殺すよ。
あの青臭いのがダメなの。なんか騙された気がする」
「ふむ。」
嫉妬。あるいは嫉妬だったのかもしれない。
目の前でニコニコ笑っている、ひまわりみたいに真っ直ぐなバカへの。
- 414 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:49
- 「寝像悪いから、夜中ベッドから落ちたらよろしく。
あと、朝は低血圧で動くのめんどくさいから、着替え手伝って。
コーヒーはブルーマウンテンがいいな、って、聞いてる?」
「…なんか介護の域に達してきたよーな。」
「ソースより醤油派。」
「はぁ。」
「でも朝はパン派。」
「ほぉ。」
「目玉焼きは片焼き派」
「とー。」
「あと、それか・・・」
手首をつかまれ、制された。「一度に言われても覚えらんないよ」と。
アイツの瞳に映る美貴は、泣き出したいような、笑いたいような複雑な顔をしていた。
そして、ヤツの目は、相変わらずぱっちりと開いて、美貴をみつめ、閉じる。
ただ、冴え冴えとしている。それだけ。
でも、暖かい色が混ざっている。そう、今更ながらに気付く。
美貴は、この色嫌いじゃない。この色は、悪くないよ。
「ここにいたらレジオネラ症になりそー、風邪ひくし、とりあえず体乾かそう。」
「またそれかよ」
アイツが立ち上がる。ちゃぷ、と水が鳴った。
なのに、アイツの瞳の中の美貴は、どんどん大きくなっていく。
…アイツに、引き寄せられている……と思ったけど、違う。近づいているのは、美貴。
美貴は、この色をもっと見ていたい。
- 415 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:49
- 手を伸ばす。勿論アイツの方がデカイから届かない。
足の裏に切り傷をこさえたようだ。背伸びもうまくできない。水が染みて、痛い。
いつのまにか、裸足になっていたんだ。走った時に、どこかへやったのか
限定モノのミュールだったのに、惜しい事をした。
仕方ないから首に腕を回してぶら下がる。
ヤツは、あやうくバランスを失いそうになって、宙で腕を振り回し、踏みとどまった。
「あぶないって」と珍しく怪訝な顔をする。なんかムカついた。
ムカついたからかじった。アイツの頬を。
特に意味はない。強いて言えば、近くにあったから、だと思う。
「痛い」
舌に触れる肉が、一瞬ちぢこまって、アイツが顔をひきつらせたのがわかった。
美貴は、いよいよ強く噛んだ。
鉄の味がしたから、血が出たのかもしれない。
でも、アルコールと鼻水とレジオネラ菌とやらの味もするはずだから、
詳しくはわからない。
- 416 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:50
- 「あー・・・・・…痛ぇ、痛ぇ。」
よっちゃんさんが、のんびりとつぶやく。
深夜の噴水に飛び込んだ女と、その女の鼻水を吸ったバカのキチガイ二人。
はた目に、なかなか滑稽な図なんじゃないか。
頬をかじられ、へらへら顔のアイツ。
美貴は前歯2本で、アイツにぶらさがっている。
キス、なんて甘くてキレイなものとは、全く違うけれど
遠くからだと、いわゆるそういう類に見えるかもしれない。
だとしたら、我ながら、なんてガソリン臭いキスだ。
そして、アイツはしょっぱかった。
- 417 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:51
- 次の日、案の定美貴とよっちゃんさんは風邪をひいた。
亜弥ちゃんにこっぴどく叱られ熱を出したアイツに
「バカも風邪ひくんですねぇ」
と、道重は本気で感心していた。一方、アイツは
「れじおねらしょーになったかもしんねぇ」
と、やっぱりしつこく気にしていた。
- 418 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:51
-
よっちゃんさんとの、家族ゴッコはそれなりに愉快だった。
「はい、どうぞ。」
「なんでトーストに海苔つけるわけ。」
「えーだって藤本さんが言ったんじゃないスか。
でもウマイんだよ、これが意外に。トーストにチーズと韓国海苔のっけてチン。」
醤油派だけど朝はトースト派、それをコイツ流に解釈するとこうなるらしい。
「思ってたより、百万倍好きになっちゃったみたい」
「お、ぉぅ、オー、それはそれはどーもえーっと」
「そっと口づけて、ぎゅっと抱きしめて。」
「ぁう、あーえー…あー!?それって…」
「曲の歌詞でしたー。」
「……はい、そうでしたー」
ヤツをからかうのは楽しい。暇を見つけてはアイツをいじる。
それから、気が向いたらヤツを殴る。もしくはかじる。
「殴りますよ?」と言うだけのこともある。ヤツは毎回、神妙にかしこまって
殴られるのを待っている。待ちつつも、薄目を開けてこっちをうかがっている。
それがたいてい左目で、美貴と視線がバッティングすると慌てて全力で目をつむる。
そこがちょっとかわいい。嘘。キショイ。
- 419 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:52
-
ヒューロランドに行った。
美貴の病気のことについて、二人で紺野と亜弥ちゃんに正面切って聞きにも行った。
- 420 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:53
-
「今まで藤本さんの病状について黙っていてすいません。
なるべく内密にしておきたかったので…でも、マネージャーのあなたくらいには話しておくべきでした。」
紺野は、そうアイツに詫びて、自分の医師としての正体を明らかにした。
あれから、美貴は何一つ思い出せていない。
それを紺野は、ショックのせいで一時的に記憶が所々抜けている所為だとアイツに説明した。
美貴は、2年前のハワイ事件の第一発見者で、その時恐らく寺田とおねーちゃんを殺した強盗と出くわしたから、だと。
その時のショックが原因だろう、と。
人が物事を忘れるのは、自然の道理なのだそうだ。
丁度、コンピューターのデフラグをするように、人の記憶も少しづつ薄れ、整理されていく。
それを、『隠蔽記憶』というらしい。
「苦痛に満ちた記憶を、人は意識下に追いやろうとするんです。
そうして、生の現実的な統合を保とうとします。
藤本さんの場合は、その副作用がちょっと大きかったんですね。」
- 421 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:53
- 帰りに、亜弥ちゃんから錠剤を受け取ってアイツは一応納得していた。
美貴はというと、口には出さないものの、分かっていた。
亜弥ちゃんも、紺野も、きっとまだ何かを隠している。
でも、あとからあとから現れては、いつ消えるとも知れない
ちぎれ雲のような記憶しかない美貴には、尋ねる確かな根拠がなかったし、勇気もなかった。
明るみの中に出ている部分を遥かに上回る、隠れた美貴の記憶の半身。
もともとは自分に属しているものなのに、不気味によそよそしく鎮座しているそれを、
美貴はひたすら恐怖した。
だって美貴は、時々、いやな夢を見る。
あの事件から今まで、発作のように幾度となく見た夢だ。
なちねーちゃんの紅く染まった体が、力なく倒れている。
美貴は、銃を持っている。
目の前には、醜く笑った寺田がいる。寺田は血を吐いて死んでいる。
- 422 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:55
- その図は美貴の思考を、どうしようもなく事件の想像に駆り立てる。
そう・・・美貴となちねーちゃんは、寺田に復讐するためにハロープロジェクトに参加した。
そして、美貴はそれを遂げた。・・・なちねーちゃんと寺田を殺して。
夢を見た夜は、そんなことばかり考える。
その度に、美貴はアイツに言う。
「美貴、人殺しかもよ?よっちゃん、一緒にいたら殺されるかも。」
アイツは答える。
「それもまたイイんでない?」
―それも・また・イイ・んで・ない
アイツの口癖の一つだ。
ヤツの「イイ」は、沢山あるイイの中のone of them なんだ。
絶対肯定というか、超絶肯定、というか、そういった類の。
そんな時、私は決まってアイツに噛み付いている。
奥歯から「キショイ」という言葉を漏らして。
- 423 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:57
- 恋なんてかわいいモノではないこのキショイ衝動を、なんて呼べばいいのかわからない。
美貴は、ヤツの健康な魂を気に入っている。
しかし、「目的もなくそんなことを考える美貴はどうかしている」とも思う。
コイツといると、じれったい。
いちいちひっかかって、つまずいて、果てしなく面倒くさい。だがこうも思う。
こんなにわずらわしいほど手間がかかるんだから、その後には
とんでもないラストが待ち構えているんじゃないか。
そう…美貴は、オチが知りたい。単に、それだけ。
「アイラブユーだけど、多分レンアイしてはいない。」
美貴のこと好き?と、一回、気まぐれにきいたら、ヤツはそう形容した。
どっちも同じ意味じゃん、と肩のあたりをはたくと、「違う」と言う。
もっと問い詰めたい気もしたけれど、一日の終わりに枕元で、
「今日、なんか楽しいことありました?」
と毎度真剣に質問してくるアイツの丸い顔を思い出したら、そんな気持ちも萎えた。
- 424 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:58
- 裏切りなんて、鼻で笑ってやれると思っていた。
その相手がたとえば亜弥ちゃんだとしても、どうにかやっていけると。
そりゃ、一ヶ月くらい涙して、納得はできなくとも、
美貴と同じ、一人ぼっちのあの子をきっと理解しようとするのだろう。
でも、たとえば、アイツに裏切られたとしたら?と、想像する。
美貴は……許さない。納得なんて一生しない。理解なんて、死んでもしてやんない。
もし、周りがそんな美貴の凶暴な心を知って、美貴を取り押さえようと襲いかかってきても――――美貴は、決して自分に負い目を感じて、謙虚になろうとは思わない。
そいつらが美貴を殺すまでやけくそになって戦ってやろうと思う。
そうして、そんなことを考えている美貴の口からは、また「キショイ」という言葉が洩れていた。
- 425 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:58
-
美貴は、その内きっとこの気持ちをもてあます。
きっとあのバカも、そんな美貴をもてあます。ああ、キショイキショイ。
だから、ねぇ、傍にいて。
……嘘。絶対にいるな。
- 426 名前:【9.しょっぱいでいと】 投稿日:2004/11/07(日) 20:59
-
- 427 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/11/07(日) 21:08
- えー・・・はじめに、読んで下さっていた方々に深くお詫びします。
申し訳ない、更新が大量に遅れまして_| ̄|○
実は、4月には帰国していたのですが、お恥ずかしながら書いてるヒトは
とある資格試験を受けておりまして、その試験が5、7、10月にある次第でして
試験勉強にかまけて気付いたらこんな大量放置と相成っていました。申しわけありません。。。。
(そして、こんなに放置しといて、お恥ずかしながら落ちますた(ノ∀`) アチャー)
久しぶりにパソコンに触って、もう流石に落ちているだろうと思ったら、保全して頂いていて
びっくり⇒感涙通りこして失禁寸前です。ありがとうございます。
そして、ウザイ言い訳文申しわけ南無_| ̄|○
- 428 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 21:10
- キタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
待ってた甲斐があったYO
- 429 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/11/07(日) 21:22
- 皆々様、こんな社会不適応人間と小話のために保全、感謝します。
>>360 名無し飼育様
ハイ。実は第8回を持って当小説は青春スポコンマラソン物語に転向しました。
名無し読者様もみきよしの二人とベルリン国際マラソンを目指して(ry
毎回、どうもありがとうございます。
>>361 名無し飼育
ヤバイという接頭語をつけていただくとは、書いてるヒトは果報者です。
>>362 名無し募集中。。。
ありがとうございます。今度、モテ哀を中心とした学園ラブコメバトルロワイヤルに
挑戦してみたいと、一瞬本気で思いました。
>>363 名無飼育さん
チッ、黙ってれば良かった(ボソ なんてことはありません。
>>364 名無飼育さん
ズワーイ(゚∀゚)
>>365 名無飼育さん
ありがたいお言葉、胸に染み入ります。面映いばかりです。不肖作者、
人に褒められたことなど小学校の時行方不明だったハムスターを探し当てた時以来です。
真剣に読んでくださって、ありがとうございます。
- 430 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/11/07(日) 21:40
- >>366 名無し募集中。。。様
すいません
>>367 名無飼育 様
゚・(ノД`)ノ・゚・suimasen
>>368 名無し飼育さん 様
遅刻しました・・・
>>369 名無飼育さん 様
(;`.∀' )
>>370 名無し募集中。。。様
_| ̄|○
>>371 名無飼育さん
AAAAHアアアアアすいませえええん
>>372 名無し野朗 様
兄貴!(;´Д`)
>>373 名無し飼育 様
良作と言って頂いたのになんというアホな作者でしょうか・・・
>>374 名無飼育さん
返す言葉もございません…_| ̄|○
375 :名無飼育さん 様
こんなに空いていましたか・・・申し訳ない。。。
>>376 名無飼育さん 様
書いてる人は一度腹を切って死ぬべきor地獄の業火に投げ込まれてきます
>>377 名無し募集中。。。 様
ありがとうございます、読み返して頂けるとは・・・
作者も読み返してな(ry 感無量です
>>378 名無飼育さん 様
ごめんなさい、かえってますた(;´Д`)
>>379 名無飼育さん 様
domo
>>380 名無し募集中。。。 様
うわぁーなんてこった。。そんなことを行って頂けるとは ((((;゜Д゜)))
みきよし作品、増えたのでしょうか?
- 431 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/11/07(日) 21:52
- >>381 名無飼育さん 様
そういう風に日常で思い出していただけるとかホント…
はしゃいじゃってもよいのかな
>>382 名無し募集中。。。 様
お前が好きだーーーーーーーーー!!!
>>383 名無飼育さん 様
すいません、変な話の上に大量放置とかバカかとアホかと。。。
>>384 名無飼育さん 様
ひきこっておりますた・・・すいません
>>385 名無飼育さん 様
お優しい言葉、どうもです
>>386 名無し野郎 様
兄貴、しれっとどころかおめおめとまた来ますた。ども。
>>387 名無飼育さん 様
゚・(ノД`)ノ・゚・
>>388 名無飼育さん 様
あわわわ ((((;゜Д゜)))
>>389 名無飼育さん 様
あばばばば ((((;VvV)))
>>390 名無飼育さん様
( ^▽^ )<しないよ!
>>391 名無し野郎 様
かっけー!わけねぇー!
>>392 名無飼育さん 様
細く長い感じで続きます
- 432 名前:サバンナの休日 投稿日:2004/11/07(日) 21:54
- 長らく申しわけ、そしてありがとうございます南無
まさかそんなに沢山の方に読んでいただいているとは思いもよりませんでした。
次回でいとも、お付き合いくらさい
- 433 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 22:21
- き、き、き、キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
嬉しすぎて読む前にカキコです
作者さん、おかえりなさい!
- 434 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/07(日) 23:16
- マジで嬉いよ!
作者さんありがとう
ずっと待ってました
- 435 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/08(月) 00:08
- 正直、毎日朝・昼・晩と3回以上チェックしてました。
本当にうれしいです!
待っててよかったー(T_T)
- 436 名前:名無しですが 投稿日:2004/11/08(月) 01:17
- この小説でよしみきにはまった自分としては、元祖がもどってきたなぁという感じ
よしみき云々抜きにしても好きだし
トーストに韓国糊、試してみますw(゜∀゜)
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/08(月) 04:38
-
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
あなたが留守にしてる間にハロプロもだいぶ変わりました。
美貴様の髪は伸びよっちゃんさんは痩せました。
- 438 名前:名無し飼育 投稿日:2004/11/08(月) 16:21
- うれすぃ〜〜〜〜〜更新だ!
本来なら感想はsageで書かなければいけないのでしょうが、
今回だけは上げずにはいられません
よくぞ帰ってきてくれました!
そして待っていた甲斐のある相変わらずの素敵な物語・・・・感涙
きっと次の更新までにまた何度も読み直すことでしょう
- 439 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/11/08(月) 16:31
- 心の中で半ば諦めていただけに
ちょっと涙でました
更新ありがとう
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/08(月) 19:18
- 本当に待ってました。
待ってた俺らは勝ち組だ。
- 441 名前:名無し野郎 投稿日:2004/11/08(月) 20:54
- キタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
キタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
キタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
あんたはなかなかやりおるなwさすがだぜ
かっけー復活ありがとう
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/09(火) 23:31
- 待ってたぜ。
- 443 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/10(水) 01:04
- 正直言ってもうダメだと思ってました。
自分は何をやってもやっぱり負け組なんだなぁと思ってましたorz
でも、そうじゃなかったみたいです。更新されたのが本当に嬉しい(ノД`)
そして最後に。…最高の放置プレイでした(*゚∀゚)=3 ムッハー
- 444 名前:かず 投稿日:2004/11/10(水) 01:39
- 嬉しいね。
- 445 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/11/10(水) 16:40
- 颯爽たる復活かっけー
- 446 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/12(金) 02:31
- 更新再開すごく嬉しいです。
よしみきよりもなちみき姉妹に注目している自分は
きっと少数派なのでしょう。
- 447 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/08(水) 01:05
- 期待保全
- 448 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 19:04
- みきよしはどんどんネタが増えてます
続き書いてくれますよね
- 449 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/07(金) 04:32
- マターリ待ちましょ
- 450 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/25(火) 01:10
- いつまでも待ってます。
この小説大好き。
- 451 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/03(木) 18:54
- ほ
- 452 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/29(火) 23:14
- いつまでも待ってます
- 453 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/29(火) 23:19
- 俺も性格悪い女と付き合いたい
- 454 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/29(金) 00:56
- ちょっと保全しときますね
- 455 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/21(土) 23:28
- 諦めないぞ
- 456 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 10:29
- まだまだ!
- 457 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/22(水) 15:30
- ち
- 458 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/01(金) 17:52
- 待つ
- 459 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/02(土) 23:42
- 待ってます
- 460 名前:古賀 投稿日:2005/07/13(水) 05:50
- 待っとります
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 06:55
- 待たせてもらいます。
- 462 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/17(日) 21:40
- 待つよ
- 463 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/29(金) 14:58
- 松
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/08(月) 07:21
- 生存報告だけでも!!
- 465 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 23:14
- 待ってます
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