亀井絵里聖誕祭 〜Flower Side〜
- 1 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 20:22
- 亀井絵里ちゃんお誕生日おめでとう!ということで
花のかんばせ(顔)を持つ絵里りんお祝いスレッド@M-SEEK花板です
月板に姉妹スレッドがありますが、
こちらには見た目通りの心優しい絵里りんの小説をお願いします
(姉妹スレッドは腹黒い絵里りんの小説用です)
1ヶ月後の2004/1/23に
花板のスレッドと月板のスレッドのレス数を比べまして
多いほうを絵里りんの小説用キャラと勝手に決めようと思ってますので
皆様ふるってご参加ください
姉妹スレッドのアドレスは2に・・・・
- 2 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 20:23
- 姉妹スレッド
亀井絵里聖誕祭 〜Moon Side〜
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/moon/1072092172/
- 3 名前:ミチシゲバイブル 投稿日:2003/12/22(月) 23:29
- ブラウン管からの青白い光が暗いリビングを照らしている。
道重さゆみはクッションを抱きしめながら、ソファに深く腰掛けている。
瞬き一つすることなくて、そしてとても静かだった。
画面の中には、亀井絵里が居た。
右側の釣り上がった文字で再販売価格維持契約関連商品の指定と書かれた
フリップを出した後、司会者からそのフリップで叩かれている。
音がないためにそのやりとりは解らないが、何だか楽しそうな雰囲気は伝わってくる。
頭を抑えながら八重歯を覗かせる絵里のアップを見てさゆみは思う。
絵里にあってさゆに無い、そんな何かがある。
- 4 名前:ミチシゲバイブル 投稿日:2003/12/22(月) 23:30
- 「はかなさ、じゃない?」
ふたりきりの控え室。
他に誰も居ないのを良い事にさゆみが持ちかけた相談に、
同じく他に誰も居ないのを良い事に煙草の煙りを吐き出しながら、
田中れいなが答える。
「あいつさ、なんかか弱い感じすんじゃん」
さゆみの太腿に、れいながそっと手を置く。
「でも、あんたにあって絵里にないものもあるんだから、気にすんなよ」
「それ何……んっ」
れいながゆっくりとさゆみに顔を寄せて、さゆみは瞳を閉じた。
- 5 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 23:31
- 仕事帰りに電車の中、運良く端に座れたさゆみは壁に凭れた。
瞳を閉じて疲れた体を休ませると、心地よい眠りに誘なわれて行く。
絵里が居た。
何故か白衣を着ていて、釣り上がった形の眼鏡なんかかけている。
「急激な景気変動により長期プライムレートの負荷が高くなった場合に日銀は公定歩合の操作以外に何をすべきか?」
はっ?
「何をいきなり?」
「道重君、こたえなさい!」
言いながら眼鏡を指先で持ち上げる絵里は真剣な顔をしていた。
絵里に睨まれたままさゆみは学校の授業を思い出す。
負荷が高くなるってことは金利が上がるってことで市場にお金を回す必要があるからえっとつまり……?
「かっ、買いオペ?」
「他には」
「他にはぁ?」
- 6 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 23:31
- 目が醒めると終電は終点だった。
深夜割増料金のタクシーは止まる暇なく値段を上げ続けて行き、
一万円を超えそうなその時、さゆみはストップをかけた。
有り金のほとんどを支払ったさゆみは、突き刺すような空気の中を歩いて家に向かう。
絵里のせいなんだからね!
さゆみは携帯を星空へ向けると、怒りのメールを絵里とれいなに飛ばした。
間髪を入れずにさゆみの携帯が二回、震えた。
絵里からは「そんなことより今日、私の誕生日だって憶えてる?」と返って来た。
れいなからは「そんなことより今日、絵里の誕生日だって憶えてた?」と返って来た。
- 7 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 23:32
- ラブソングが流れている。
暖かい部屋、ケーキの甘い匂い、きらきらと輝くクリスマスツリー。
れいなは付け髭までしてサンタクロースの格好、さゆみはトナカイのかぶりもの、
絵里だけが銀色のドレスを着て。
「おめでとう」
そう言ってれいなが絵里の右頬にキス。
「おめでとう」
そう言ってさゆみも絵里の左頬にキス。
「ありがとう」
はにかむ絵里は本当に、本当に可愛くて、天使のようで。
- 8 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 23:33
- 「さゆ、れいな」
「んっ?」
ドレスの少女がトナカイとサンタクロースを引き寄せ、そっと耳打ち。
「言いたいことがあるの」
「何?」
「何々?」
「さゆにあって、あたしに無いもの。れいなにあって、あたしに無いもの。どっちもいっぱいある」
「あたし、二人とも大好き」
そして絵里はさゆみに唇を寄せてキス、れいなに唇を寄せてキス。
れいなは含み笑いでさゆみを見る。
さゆみは頬を染めていた。
- 9 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/22(月) 23:33
- ミチシゲバイブル
おわり
- 10 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:28
-
「…やっぱり」
マネージャーに渡されたスケジュール表を見て、絵里は少なからずがっかりした。
ある程度予想はしていたけれど、やはり心のどこかで違っててほしいという願望があったんだと思う。
あさっての12月24日、25日、両日とも午前から午後まで仕事。
ついでにその前日――つまり明日――の23日、誕生日も午前はないけど午後はずっと仕事。
自分が選んだ道だから、文句なんて言えない。
でも、やっぱりちょっと残念だった。
- 11 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:28
- 「絵里ー」
「ん?」
れいながキャスケットを目深にかぶって、絵里の手にあるのと同じ紙を振りながら走ってくる。
ベージュのダッフルコートを着込んで、マフラーも巻いてるということは、もう帰るということだろう。
「帰るの?」
「うん、帰らんの?」
「一人?」
「うん」
「さゆは?」
「まだ打ち合わせあるって」
さゆは6期の中で、1人だけ違う仕事をしてる。
中澤さんと一緒にやってる深夜番組。
ハロプロのリーダーの中澤さんと一緒にやれるなんていいなぁ、ってこぼしたら、れいなは「あたしはこわい」ってぼそっと呟いた。
みんな、中澤さんのことこわいっていうけど、かわいいと思うんだけどなぁ…?
- 12 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:29
- とにかく、さゆはそのせいで、一緒にホテルに帰れなかったりする日がある。
いつもは大体3人で帰ってるんだけど。
キャスケットからのぞくれいなの目は猫みたいだ。
「帰るやろ?」
「うん、着替えてくる」
「あたしもいく」
カツカツとブーツを鳴らしてついてくるれいなは、まるで猫みたいだ。
- 13 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:29
- 初めて会った時は、中澤さんよりれいなの方がこわかった。
何よりもその目が、まるで見るもの全てを攻撃してるみたいで。
初めて目が合った時、にらまれてると思って、すぐに目をそらしちゃったのを覚えてる。
合格した後、ホテルでれいなが告白してくれた。
(あんとき、ショックやったとー)
明るい感じで言ってたけど、あの時こわいと思ってた目は、悲しそうに見えた。
それからだ、れいなが淋しがりだって知ったこと。
たぶん、絵里以上に。
- 14 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:29
- 「さむっ」
「そんなにさむいぃ?」
「さむかー、手袋持ってきたらよかった…」
「絵里はかしこいから持ってるもーん」
「…貸せ」
「…かたっぽなら」
「両方」
「……やだ」
れいなが意地っぱりだったり、命令したがりだったりするのは、自分の弱さを隠す武器でもあり、防具なんだと思う。
その証拠に、武器も防具もなんにもつけてないれいなを知ってる絵里は、れいながこわい顔して、
「ぁあ?」
とか言ってもこわくない。
まぁ寒がりな猫さんのために、早く着替えてあげよう。
- 15 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:29
- 絵里が着替えるのを待つ間、れいなは携帯をいじってた。
いつも思うけど、れいなは携帯打つの速い。
絵里がメール1個返してる間に2個くらい返してる気がする。
聞きなれた着メロだから、きっとメールの相手はさゆだ。
「さゆ?」
「うん、打ち合わせ長くなりそうやけん、先ご飯食べといていいって」
「そっかー、どうする?コンビニでなんか買う?」
「んー、どっちでもよか」
「れいな決めてよ」
「絵里が決め」
「んーじゃあ、スパゲッティー」
「んじゃどっかファミレス行く?」
「うん」
最近は大体コンビニで済ませることが多かったから、どこか入って食べるのは久しぶり。
頭の中でメニューを思い浮かべながら、何にしようか選んでると、れいなの声がした。
- 16 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:30
- 「絵里」
「ん?」
「明日誕生日やん」
「あ、うんっ」
「おめでと」
「ありがとー」
「やし、今日おごっちゃる」
「え、いいの!」
「今日だけ特別」
「ありがとーっ!」
うしろから抱きつくと、れいなが携帯を落としそうになった。
あわててとろうとして、椅子ががたんってなって、携帯は無事にとれたけど絵里たちの体は―――
がしゃーんっておっきな音しながら、携帯のかわりに床に倒れ落ちた。
- 17 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:30
- 「ったぁ…」
「…れぇなぁ」
「ぅえ!?あ、ご、ごめんっ」
どう転んだらこういう体勢になったのか、うしろから抱きついたとき、位置的に上だったのは絵里だったのに、床に倒れたときは何故かれいなが上。
しかもれいなの腕が顔面に直撃していたい。
鼻がひりひりして、涙がちょっと出てきた。
「ど、どっか当たった!?」
「腕、顔に当たったぁ…」
「ごごごご、ごめん!!!い、痛かったやろ?」
「うぅ〜…」
…でもうろたえてるれいなもかわいい。
いつもはふんぞり返ってるボス猫みたいなのに。
かわいいから、ちょっといじわるしたくなっちゃう。
- 18 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:31
-
「…ゆるして?」
「…いや」
「はぁっ!?」
「チューして?」
- 19 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:31
- チューされる権利はあると思う。
今のこの状況。
漫画の世界だったりしたら、絶好のキスシーン。
ひりひりしてる鼻。
れいなのせいだから、れいなには絵里に借りが1つある。
絵里の気持ち。
れいなをかわいいと思う気持ち、れいなを好きな気持ち。
- 20 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:32
-
そして―――――
「…1回しかしんけんね」
(…やらかーい)
優しい猫さんの気持ち。
- 21 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:32
-
「えへへ」
「……」
「れいな?顔赤いよ?」
「あっ、赤くなんかなかとっ」
真っ赤になった猫サンタは、今年一番に今年一番のプレゼントをくれた。
さっきくっついた唇から、今つないでる冷たい手から。
こんなサンタになら、クリスマスとプレゼント一緒にされちゃってもいいよ、れいな。
- 22 名前:ふゆのねこ 投稿日:2003/12/23(火) 20:35
- 「ふゆのねこ」
おわり。
…と、投稿し終わって、腹黒の方かなと思ったり。すいませんー。
- 23 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 00:15
- やっべぇれなえり可愛すぎ!!
- 24 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/24(水) 12:36
- ●ふゆのねこ
たいへん美味しゅうございました。恋する少女の子悪魔的態度は遥か
昔から「白」と決まっております。たとえ道重が悔しさのあまり
ベッドの上で泣きながらばたばた暴れていたとしてもそれは「白」です。
恋愛にルールはありません。
キャスケットにパンツ姿の男の子っぽい田中とお姉さんチックな亀井って
イメージが想像されてしまってたまりません……。
- 25 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:49
- 遠過ぎたエリー
- 26 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:50
- じりじりと照りつける夏の陽射しの中、田中れいないは長く続く坂道を登るべく
必死に自転車をこぎ続けていた。玉の汗がおでこから頬を通って顎の先へと集まって
行くのがわかり、むず痒さにたまにぶるぶると顔を左右に振ったりする。
夏休み。
じぃじぃと鳴く蝉の声やゆらりと浮かぶ陽炎、湿気を含んだ空気と戦いながら
れいなが目指すのは、塾だった。中二のれいなにとっては受験なんてまだまだ遠い
未来のこととしか思えないのに、れいなの親は違うようで、今から始めないともう
間に合わないなんて言う。もっとも小学一年生の頃かられいなの親友で、家ぐるみで
仲の良い道重さゆみも同じ塾に通わされ始めた事実から推測するに、お互いの親同士
が共謀して中学二年の夏休みから塾に行かせようと決めたのだろうけれど。
- 27 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:50
- 「もう!」
普段なら辛いながらもなんとか登り切れるこの坂の途中でれいなは立ち止まり
大声を上げた。敗因はわかっている。普段ならこの坂で全力を出し切るのに、
今日はこの坂の前から全力で自転車をこいでいた。遅刻である。
れいなは自転車を降りた。残り半分を押して登ろうと嫌な決意をしながら汗で
貼りつく前髪をかきあげたとき、ふと回りの景色の美しさに気付いた。絵の具で
塗ったように水色の空と綿菓子のお化けの雲、右側には深緑に色付いた杉の木が
立ち並び、左側にはくすんだ白色の大きなお屋敷があってその二階の角の窓には
白い服と黒い髪の、そして頭に包帯を巻いた少女の影が見える。ずっとれいなの
ほうを見ていた。
マネキンかと、最初は思った。遠くて表情は読み取れないし、体だって少しも
動かさない。たっぷり三分はそんな状態が続いた後で、先に動いたのはれいな
だった。はっと自分の立場を思い出すと、自転車を押しながら大急ぎで坂を
登って行った。
- 28 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:51
- 「ユーレイ、だったりして」
塾が終わってのお昼ご飯中、道重さゆみが幽霊を真似たポーズで言った。右手に
ハンバーガー、左手にドリンクを持った姿ではれいなを怖がらせることはなかった
けれど、きっとさゆみ自身にもそんな気はなかっただろう。
「怖いこと言わないでよ」
「頭に包帯を巻いてるってのがいかにもそれっぽい」
さゆみがミニスカートの脚を組み換えて、れいなは目を奪われてしまう。れいなと
さゆみは同い年だったけれど、さゆみが胸の突き出た女性らしい体つきをしている
のに対し、れいなは胸よりお腹が目立つ幼児体系で、れいな自身それをかなりの
コンプレックスに感じていた。
「れいなまた見てた」
「あたしももっと女らしい体になりたい」
頬杖を突きながら、れいながジュースにごぽごぽと息を吹き込む。眉間に皺を
寄せたその真剣そうな顔を見てさゆみは笑う。
「そんなことしてる内はダメだと思うよ」
- 29 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:51
- 塾の帰りは行きと比べ物にならないほど楽だった。重力にまかせているだけで
自転車は坂を降り切ってしまう。湿気を含んだ重たい風に前髪を浮かせながら、
杉の林の隙間からやや傾いた陽の光の覗いたり隠れたりを感じながら、坂を下る
途中でれいなは顔を上げる。行きに見たお屋敷の二階の角の窓。
居た。
朝に見かけたときと同じ服で変わらない場所――もしかしたら動いていないの
かも知れないけれど――に居て包帯の巻いた顔をこちらに向けている。一瞬だけ
だけど、景色のすべてが白黒に変わったような気さえした。
「うぉっと!」
前輪が小石を踏んでバランスが崩れかけた。れいなの背中にぶわっと玉の汗が
浮き上がる。視線を正面に戻しぎゅっと力を入れてハンドルを握り直すと、
れいなはスピードを落とすことなく坂を降り切った。
- 30 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:52
- 次の日の朝、塾へ行く途中の同じ場所でちょっとだけ早い時間に、れいなは
ちょっとだけ迷ったけれど、やっぱり自転車を降りて顔をあげた。そして昨日
見た人影をやっぱり見つけた。包帯を巻いた女の子がじっとこちらを見ている。
マネキンではない、とれいなは思う。視線を感じるから。だとしたらあれは?
ユーレイだったりして。さゆみの言葉を思い出してれいなは、ぶるっと頭を
振った。そして思い付いた!簡単なこと。
手を振ってみた。
するとやや時間があってから包帯の女の子もゆっくりと手を振り返してくる
のが見えた。幽霊なんかじゃないじゃん。何言ってんだよバカさゆみ。れいなの
顔にぱぁっと紅みが差す。それまで肘から上をふらふらと揺らす程度だったのを
ぶんぶんと腕ごと振ると、少女が振ってた手と逆の手で口を抑えるのが見えた。
どうも笑っているみたいだった。そしてれいなは弾かれたように姿勢を正す。
もう片方の手で抑えてた自転車を両手で支え直すと、一目散に坂の上へと押し
上げて始めた。
- 31 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:53
- 「じゃあ普通の人間だったんだ」
つまんないの、とでも言いたげに唇を尖らせるさゆみに、れいなはジュースを
一口すすってからふふんと不適な笑みを浮かべる。
「この世には不思議なことなんて何もないのだよ、道重君」
「黙れ」
さゆみはべっと舌を出す。片目を閉じた仕種がやけに似合って思えた。
「きっとあの子、可哀想な子なんじゃないかな、って思うんだ」
「包帯を巻いてるから?」
れいなはこくりと頷く。
「考え過ぎ。そんな子は世の中にごろごろしてるわよ」
平行線の気配を感じてれいなは黙る。そして間もなく昼食の話題は最近流行の
ファッションへと移っていった。
帰り道もれいなは、勢いついて坂を下りながらも朝と同じ場所で片手を離し
大きく振った。相手の様子を確かめる余裕は無いけれど、きっとあの子も手を
振り返してくれてるだろう。そう確信があった。
そしてこの日かられいなには塾の行き帰りに新しい習慣が増えた。
- 32 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:53
- 蝉の声はいつの間にか消えて、海水浴のニュースも流れなくなっていた。始まった
ときには永遠に続くように思われた夏休みも、とうとう終りが見えてきた。毎日の
ように塾に通ったれいなとさゆみだが、夏らしいことをしなかったわけではない。
土日で塾のない日は大きなイベントとしてはクラスメイトと海や遊園地に出かけたり
したし、小さなイベントではお互いの家に泊まりに行ったりした。もし日記をつけて
いたとしても、割と行動的で他人に見られても恥ずかしくない日記になっただろう、
なんて事をれいなは考えたりしていた。
ただ終りの日が近付くにつれて、れいなの中でひとつの悩みがだんだんと大きく育ち
つつあり、そして夏休みが明日で終るという日に――塾へ通う最後の日に――れいなは
結論を出した。悩みを親友に打ち明けて協力を仰ごう、と。
- 33 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:54
- 「ねぇ、さゆみん」
猫撫で声で言うれいなに、さゆみの眉がぴくと釣り上がった。伊達に小学一年生
からの親友なわけではない。れいながこんな声を出すときにはろくでもない依頼を
抱えている時だけだとさゆみには解っている。
「今回は何よ」
「さっすがさゆみん、話が早い」
さゆみは思い出す。五年生のときはバレンタインデーに渡すチョコの作り方を
聞かれた。何度教えても上手く出来ないれいなは逆ギレするし、歯が溶けそうな
くらいに甘い失敗作のチョコを何個も食べさせられて具合まで悪くなったっけ。
「持ち上げなくて良いから、早く」
「一緒に出かけない?」
「どこへ?」
「それは着いてからのお楽しみ、ってことで」
さゆみの眉はまだ下がらない。六年生のときは洋服を買いにデザイナーズショップに
行きたいから着いてきてと言われて、何も持たずに片道三時間の旅に出されたことが
ある。見知らぬ土地で迷子にはなるしお腹が空いてもお金が無いし散々だった。
だからさゆみは入念に聞き返す。れいなの猫撫で声には重大な裏があるのだから。
「ど、こ、へ?」
- 34 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:55
- 見つめあって、沈黙が降りる。先に折れたのはもちろんれいなだった。
「……あの子の家」
「あの子って?」
ピンと来たさゆみは体をやや前のめり気味にしてれいなに顔を寄せた。大きく
開けたノースリーブのシャツの胸元には、塾のクーラーの効きが悪いせいかうっすらと
汗の玉が浮かんでいる。れいなはテーブルの下でジーンズの脚を揃え直した。
「もしかして包帯の子?」
れいなは答えないけれどばつの悪そうな笑みを浮かべていて、暗にさゆみの答えが
正解であると告げていた。さゆみはれいなの瞳を正面から受け止めながら、お昼ご飯を
口に運び、飲み込む。
「れいな独りで行けば良いじゃん」
視線を逸らしてれいなは下唇を軽く噛む。言いたい事で頭の中が溢れているのを
ゆっくりと整理するときに出るれいなの癖。さゆみはれいなの言葉を待った。
「怖いんだ」
- 35 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:55
- 「あたしは勝手にあの子が重病患者とかで、ずっとあの部屋から出られなくて」
話しながらたまに言葉を途切らせる。あの子に失礼なことを言わないように
れいなは一度頭の中で言葉にしてからさゆみに伝えていた。
「友達どころか知り合いさえ居ないんじゃないかって想像しちゃってる」
「想像と言うか妄想に近い気がする」
さゆみが笑いを込めた口調で答えるけれど、れいなは想いを口にすることで
想像の一部を確信に変えつつあった。きっと間違いない。薄暗くがらんとした
部屋から出たことなくて、まったく同じ毎日の繰り返しの中で唯一繰り返しでは
ない、あの真下の道を通る人達を見ることだけが彼女の楽しみなんじゃない
だろうか。
「でもそこまで想像してるならさ、独りで会うったって怖くないでしょ」
れいなは首を横に振る。さゆみは眉をしかめたまま。
「もしあたしが考えてるような理由でなく、あの部屋に居るとしたら?」
「どういう意味?」
「死が近い病気とか、両親に虐待されて閉じ込められてるとか、監禁されてるとか」
れいなは背中が軽く猫背になり、小さな体がより小さく丸まった。そのまま
さゆみを困ってますと言わんばかりの瞳を作って見上げる。
「そんなだったらあたし独りじゃ受け止め切れないから。だから……」
捨て猫みたいな目つきと思わせぶりな言葉に、さゆみは「もう!」と天を仰いだ。
- 36 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:56
- 塾帰りの下り坂、いつもの場所で今日はスピードを落とす。れいなの後について
さゆみもスピードを落とすと、れいなの指差す先に視線を向けた。
「ねっ」
「…うん」
れいなから聞いていた通りの光景だけど、実際に見てみると想像以上に現実から
切り離されていて、ちょっと怖くなる。さゆみは辺りを見回した。この包帯の少女の
存在に気付いたのがれいなだけということはないだろうから、誰かにこの家の事情を
聞けばきっと詳しく教えてもらえる、そう思って。しかしまだ陽は高いにも関わらず
人の気配どころか、虫や鳥の鳴き声すら聞こえなかった。この辺りだけ一足早く秋に
あってしまったみたいに。さゆみは唾を飲み込んだ。
れいなは自転車を降りると二階の窓に向かって手を振った。窓の中の少女もぎこち
なく振り返してきて、さゆみも小さく手を振る。街灯の下、歩道ぎりぎりに寄せて
自転車を停めるとれいなは鞄を抱える。コンクリートの階段を登りインターフォンの
ボタンに指をかけそうになるのをさゆみが慌てて止めた。
「ちょっと待って。何を言うつもり?」
- 37 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:56
- 「あっ……」
「名前も知らないんでしょ?」
れいながインターフォンから指を外す。子供だ、とさゆみだけでなくれいな自身も
思った。行動を起こせば何とかなる気がしていた。ふたりしてきょろきょろと玄関を
見回すも表札も傘立てなんかもなく、あの子の名前はおろか名字も解らない。さゆみが
小首をかしげながら、れいなの顔を覗き込む。
「また今度にしない?」
眉尻を下げて言うさゆみを、れいなが強く睨んだ。素早くまたインターフォンに指を
かけると、今度は止める間もなく鳴らした。今度?
「じゃあいつに来たらあの子の名前が解るって言うのさ」
遠くから小さくピンポーンと音が響いて、さゆみが露骨にやれやれ、という表情を
つくる。ふたりがドアとインターフォンの間で視線を交互にさ迷わせていると、あの子の
母親だろうか、中年の女性と思われるくぐもった声がインターフォンから聞こえた。
「――どなた様でしょうか」
- 38 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:57
- さゆみがれいなを見る。れいながインターフォンに顔を寄せた。
「田中と言います。あのっ、あっ、遊びに来ました」
返事はなかった。取り繕おうとしてかやや早口になりながられいなは続ける。
「あの私達、えっと、あの子のクラスメイトで、一緒に遊ぼうと思って……」
さゆみはこりゃだめだ、と声に出さず思う。クラスメイトならあの子のことを
あの子、なんて呼ぶはずがない。れいなに他意がないのがわかってるさゆみですら
怪しく思うんだから、見ず知らずの他人ならなおさらだろう。そもそもあの部屋に
ずっと居て友達どころか学校にも行ってないかも、と言ったのはれいなではないか。
なぜクラスメイトとか口走ってしまうだろう。これで通してもらえたら、私達が
来ることなんて大きなお世話や迷惑を通り越して騙しているだけじゃない。
「今、塾の帰りでですね、近くまで寄ったからどうしてるかなって、あの、思って」
「――ジュク?」
「あ、はい!塾の行きと帰りによくここを通ってて、あ、塾がこの坂の上に……」
どもりと早口と勢いがれいなの誠意を伝える、なんて奇蹟が起こるはずもなく
インターフォンの向こうからはさゆみの予想通りの回答が戻ってきた。
「――お帰りください」
- 39 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:57
- 九月になり教室にかけられたカレンダーの挿し絵も秋に変わる。また毎日
苦手なスカートをはく生活が始まることに、れいなはため息をついた。校則違反
ぎりぎりまでスカートをたくし上げて脚を出しているクラスメイトやさゆみを
見て、れいなはもう一度ため息をついた。
「れいな」
呼んだのはさゆみだった。教室の後ろ、藤本美貴の横から手招きをしている。
「なに?」
「今日って始業式で終りじゃん。美貴がカラオケ行こうって」
「れいなもさゆみもずっと塾行っててさ、全然遊べないんだもん。行くよね?」
屈託のない笑顔で美貴が言う。れいなの頭をちょっとだけ昨日の、あの包帯の
子のことがよぎったが、れいなは「オッケー」と答える。学校と塾は逆方向だから
これから行くのは確かに面倒だし、さゆみも行ってくれないならちょっと怖いから、
週末の土曜にまたさゆみを誘って行ってみよう。
腕だけの振り付けを交えながら美貴がマツウラアヤちゃんの曲を口ずさみ始める。
れいなとさゆみも乗っかって歌い出した。
- 40 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 21:58
- 夏休みの間に通い慣れた道を、れいなは一週間振りに自転車で走っていた。坂の入り
口でさゆみと待ち合わせてふたり並んで自転車を押しながら登る。夏の暑さが容赦なく
襲ってきて、シャツやジーンズが背中や腿に汗でべったりと貼り付いてしまう。
「……あれ?」
いつもの場所から覗いた窓に、あの子は居なかった。れいながさゆみを振り返る
とさゆみは肩をすくめたジェスチャーを返す。自転車を歩道に寄せて停めると
れいなはこの前のようにインターフォンを押した。
「……あれ?」
聞こえない。この前のようにピンポーンと音が響かなかった。もう一度押しても
やっぱり聞こえなくて、れいながインターフォンを連打するのに合わせてかちゃ
かちゃと音が鳴るだけだった。
「出て行っちゃったってこと?」
さゆみの問いに答えはなかった。覗いた塀の奥もがらんとしてしまっていて、
この前にはあった生活の気配が消えている。れいなは何が何だかという顔で呆然と
しているだけ。
「出て行ったって、どうして?」
「あたしが知るわけないじゃんよぉー」
- 41 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 22:00
- 帰り道でれいなは考えようとする、けれど結論は出なかった。結果を出すには
要素が少な過ぎる。ひとつ思ったのは今日よりもっと早くここに来ていればきっと
あの子の姿を見れただろうってこと。れいなはそれを口には出さない。下唇を噛む
こともしない。さゆみが気付いちゃって変に気とか遣われるのも嫌だし、言った
ところでやり直せるわけでもないのだから。
下り坂を自転車は勢い良く降りる。風が剥き出しになったおでこや腕に気持ち
良くて、れいなは速度を落とすこともない。
「れいな待ってよぉー」
はるか後ろでさゆみが頼りない声を出す。ちらと振り返ったれいなは、風で
めくれそうなスカートを気にしてスピードを出せないさゆみを見つけて笑った。
「スカートなんか着て来るからだよぉーだ!」
れいなは大声で叫んだ。あの子にどんな秘密があったかは解らないけれど、きっと
もう二度とあの包帯姿を見かける事はないだろう。そう思っても涙も出ないし後悔も
なかった。何もかも遠過ぎて――。
- 42 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/27(土) 22:00
- 遠過ぎたエリー
終わり
- 43 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/30(火) 12:21
- 切ない・・・。
- 44 名前:イヴのイヴ 投稿日:2004/01/07(水) 21:09
-
「去年は考えらんなかったよね」
人通りの少ない遊歩道。歩道を挟むようにして両側に何十本と生えている木。
その木には何十個もの電球が括り付けられていて、眩しい光を放っている。
街はもうクリスマスムード一色。
その中で肩を並べてのんびり歩く私とれいな。
んんっ、と伸びをしながら発した私の言葉を聞いて、れいなは不思議そうに首を傾げた。
「何が考えられんかったって?」
本当に、考えられなかった。
去年の今頃は……モーニング娘。に入りたくて、とにかくがむしゃらで。
審査に受かるたび、一喜一憂。最終選考も確か丁度この時期だった。
そう。こうして……
「こうして、れいなと一緒に、こんな所歩いてることが。去年は考えらんなかったよね?」
同意を促すように笑いかける。
するとれいなは、あぁ…と軽く頷いてまた視線を正面に戻した。
「まぁ……確かにそうだけど……」
「でしょ?去年は、クリスマスどころじゃなかったよ。私」
「……そっか。そういえば去年の今頃って、オーディション大詰めのトキだったっけ」
「…うん、そうだよ」
- 45 名前:イヴのイヴ 投稿日:2004/01/07(水) 21:12
-
れいなは少し考え込むような表情をしてから、さっきの私みたいに伸びをして空を仰ぐ。
そして口から白い息を吐きながら、のんびりとした口調で話し始めた。
「もう…あれから1年経つのかぁ……」
「……そうだね」
「早いなぁ……」
「うん……早いねぇ」
ニコニコしながら星空を眺めるれいなの横顔がとっても可愛くて、少しくすぐったい気分になった。
次の瞬間、空いてる左手にきゅっ、ていう圧迫感と温かい感触。
れいなの右手だった。
「れいな?」
「今年は、れいながちゃんと祝ってやるけん」
「……?」
「絵里の誕生日」
あ……覚えててくれたんだ。私の誕生日。
さっきは『クリスマスどころじゃなかった』なんて言ったけど、実はそっちじゃなくって。
クリスマスと2日違いだからって、蔑ろにされがちな私の誕生日。去年も当然例外じゃない。
「絵里ってさぁ、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼント一緒にされてそうだよね?」
れいなはからかうような目をしてケラケラ笑ってるけど、本当にその通り。
「されてますよーっだ。去年なんて『メリークリスマス』って言われながらプレゼント渡されたもん。しかも25日に」
その事を話すと、れいなは更に面白く思ったらしく声を上げて笑い出した。
「あっはっは……何かそれって絵里が2日前誕生日だったこと忘れられとーね」
「……そうですね。忘れられとーねっ」
口調を真似したのが更にツボにハマったようで、れいなはまた笑い出した。
- 46 名前:イヴのイヴ 投稿日:2004/01/07(水) 21:13
-
笑いの収まったれいなは急に立ち止まると、繋いでいた手を離した。そして鞄をゴソゴソ探り始める。
「れいな、どうかした?」
暫く鞄をあさった後、見つけたって表情をしながら何かを右手に握り締めたのが見えて。
「?」
不思議に思ってじっと眺めていたら、れいなはその右手を私のコートのポケットの中に突っ込んだ。
「ちょ、れいな?」
「誕生日おめでとう」
ぶっきら棒に一言だけそう言うと、また勝手にスタスタと一人で歩き始めてしまった。
「れいなっ」
「………」
呼び掛けても止まらないれいなの背中は、どこか照れ臭そうで。
私の見間違いかもしれないけどれいなの顔は、とにかく真っ赤で。
コートのポケットから、れいながさっき突っ込んでった物を取り出してみる。
出てきたのは綺麗にラッピングされた小さな箱と、定番の形に畳まれた手紙。
思わず涙がこみ上げてきて、急いでれいなを追い掛けた。
追いついてから無言で手を握ると、れいなの顔はやっぱり真っ赤だった。
- 47 名前:イヴのイヴ 投稿日:2004/01/07(水) 21:15
-
去年は考えられなかった。こうして、れいなと一緒にこんな所歩いてることが。
田中れいなに出逢うことが。
れいなに出逢えて、本当に良かった。
今更田亀誕生日ネタ。失礼しました。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/08(木) 22:40
- れなえりだぁ〜〜!
やっぱこのふたりいいですね。性格が真反対なところとか。
- 49 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:31
- 私と炬燵(こたつ)
- 50 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:33
- 「えぇ?絵里の部屋こたつあるの?」
「うん、いいでしょう」
さゆみは、私の部屋に入るなり、真中にずどーんと置いてある炬燵に目をやった。
縦横1メートルほどの正方形の炬燵で、部屋のほとんどのスペースを占領している。
床はフローリングで――本当は畳が良かったんだけど――3メートル四方のホットカーペットを敷いている。
ドアから見て左側の壁はクローゼットになっており、正面の壁際にはベッドがある。
窓際の壁には小学校から愛用している勉強机があり、机の上の本棚には愛読書である漫画の本をズラリと並べている。
- 51 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:36
- 私は、ベッドの上に投げ出されている半纏に腕を通すと、座る用のクッションに
座りながら炬燵に足を入れ、抱き用のクッションを抱きしめた。
さゆみは、部屋を物珍しそうに見回していたかと思うと、壁に貼り付けている
ポスターに目を留めていた。
私とさゆみとれいなの三人が写っている手作りのポスターだ。
私は、なんだか気恥ずかしくなり、注意をそらそうと、炬燵をトントンと叩いた。
「さゆも座りなよ」
「あ、うん」
さゆみは、白いコートを脱ぐと、折りたたんでバッグと一緒に壁際に置いた。
コートの下には、ピンクのセーターに淡い水色の裾の短いスカートを穿いている。
- 52 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:38
- さゆみはピンクが大好き――どういう訳か、自分が大好きな人に多い――で、
普段からボーっとしていて、実は何も考えていなくて、チョコレートが大好きで、
メールを打つのが異常に速くて、意外と足が細くて、着痩せするタイプだって
いう事を知っている。
だけど、さゆみは私の事なんて、きっと、何にも知らない。
そんなさゆみが、じっと私を見ている。
何かを訴えるかのように、真摯でまっすぐな瞳で私を見つめている。
正確には、目線はちょっと下の方、つまり、私の胸元に注がれている。
もっと正確に言うと、私が抱いているクッションを見つめている。
- 53 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:39
- 私は、惜しみながらもクッションを差し出した。
「はい」
さゆみは、それが欲しかったの、と言わんばかりのニコニコ顔で受け取った。
ちょっとガッカリだ。
私のドキドキを返して、と言いたくなる。
「ありがと」
さゆみは、お礼を言うと、クッションをお尻の下に敷いた。
普通、さゆみのファンだったら、クッションに成りたい、だとか、変なことを
思うんだろうけど、私は違う。
私は、さゆみがお礼を言ったことに衝撃を受けていた。
- 54 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:40
- さゆみはお礼を言わない。なかなか言わない。言っていなくても何時の間にか
言ったことになっていたりする。
世間一般の不思議少女とは不思議の質が違うのだ。
そんなさゆみが、私に「ありがとう。大好きよ」と言ったのだ。
私は嬉しくて、思わず頷いた。
「うん。私も」
さゆみは、一瞬、不思議そうな顔をしたが、察してくれたみたいで納得した
顔で頷き返す。
「食べる?」
私は、蜜柑籠をさゆみの前に差し出した。
- 55 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:41
- 籠の中には、蜜柑が3つ、三角形の形で並んでいた。
さゆみは、手近な蜜柑を一個掴むと、「いらない」と言って籠に戻した。
私は蜜柑を一個籠から取ると、邪魔にならないように籠を炬燵の脇に置く。
「それで、今日はどうしたの?」
蜜柑の皮を剥く前作業――蜜柑を手の平で包むように持ち、軽く揉み解すことで
皮が剥きやすくなる。この技が通用しない蜜柑もある――をやりながらながら、
さゆみに尋ねた。
さゆみは、絡ませた指先に視線を落とし、何やら言いにくそうにしている。
分かり難く言うと、モジモジしている。
「れいなの事なんだけど」
私はピタリと、蜜柑を揉む手を止めた。
たった今、私は気づいてしまった。
さゆみは、れいなの事が好きなのかもしれない。
- 56 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:43
- そういえば、思い当たる節はたくさんある。
私がれいなと話をしていると、殆どと言っていいほど割って入ってくるし、
ダンスレッスンの時も、鏡越しにれいなを見ている事もあった。
れいなが食べている物を欲しそうに見ていたり、この間なんて、トイレの個室に
一緒に入ろうとしてた。
さっき、壁のポスターを見ていた時も、れいなを見ていたような気がする。
「あのね、あたし、れいなに」
「私、さゆが好き!」
キャーッ!!
私ってば何言い出すのよ。
さゆみは吃驚して私を見てる。
私は顔中が暑くなって、耳まで真っ赤になっているんだろうなぁ、ってことが
自分でもわかった。
- 57 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:45
- 「す、好きって言っても、友達の好きとか、そんなんじゃなくて、ちがう、
気になる存在って言うか、気にしないでって言うか、ちーがーうー」
私は、誤魔化すのに必死で、何を言っているのか自分でもわからなかった。
「とにかく、そんな事が言いたいわけじゃなくてね。じゃあ何が言いたいのか
分かんないんだけど。結論から言うと、さゆの子猫ちゃんになりたいの」
何とか自然な方向に纏められた気がする。
さゆみは、まだ動かない。
私は、さゆみを動かそうと手を伸ばした。
すると、伸ばした分だけさゆみの背が後ろに下がった。
- 58 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:46
- やっぱりまだ誤解してないよぉ。
否定の否定は肯定なんだから、肯定の肯定は否定なんじゃないの?
こんな時どうすれば、乙女のバイブル、少女漫画には何て書いてあったっけ。
そうだ、あの手があった。
「友達の話なんだけどね」
さゆみは、安心したのか安堵のため息をついた。
「なんだぁ、友達かぁ。よかったぁ」
何とか誤魔化せたようで、私もほっと胸を撫で下ろす。
- 59 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:48
- でも、これは、さゆみの気持ちを知るチャンスかもしれない。
私の友達の告白に、さゆみが、どう答えるのか知りたかった。
「ねぇ、さっき、どんな風に思った?」
「うーん。子猫ちゃんは、ちょっと困る」
「だよねぇ。困るよねぇ」
そっかぁ、困るのかぁ。
やっぱり、さゆみはれいなの事しか興味ないのか。
れいなが、さゆみの事を好きにならないわけないし、このままだと、れいなと
くっついちゃうよ。
さゆみには、何とか告白するのを諦めてもらわないと。
- 60 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:50
- 「じゃあさ、告白しない方がいいよね。れいなを困らせたら悪いし」
「え?絵里、れいなの事が好きなの?」
「え?ち、ちがう。私が好きなのは……じゃなくて!さゆが、れいなの事が好きなんでしょ?」
「はぁ?なんで?」
「だって、その事を相談しに来たんじゃないの?」
「ちがう、昨日、れいなの財布がなくなって大騒ぎになったでしょ」
「うん」
「でね、家に帰ってバッグ開けたら入ってたの」
「何が?」
さゆみは、壁際に置いていた自分のバッグに手を伸ばし、バッグを掴むと手繰り寄せた。
そして、中から目的のものを見つけ出して取り出した。
「これが」
それは、まぎれもなくれいなの財布だった。
- 61 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:51
- 「さゆ、もしかして」
「ち、ちがーう。れいなが間違えて、あたしのバッグに財布を入れたの」
「だったら、そう言って返せばいいじゃん」
「絵里が返して」
「なんで私が」
「お願い」
「えーっ、でも、さゆのバッグに入ってたんでしょ」
「お願い。今度、ご飯奢るから」
「うん、わかった。はっ!」
しまったぁ。
ご飯を奢る → 二人で食事をする → デートのお誘い。
という図式が一瞬で出来てしまい、思わず返事をしてしまった。
- 62 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:53
- どうしよう、昨日のれいなの荒れようだと……考えるだけでも怖い。
ここは、きっぱりと断らなきゃ。
「やっぱり、さゆが」
「それじゃ、あたし、帰るね」
さゆみは、私の考えを敏感に感じ取ったのか、炬燵の上に財布を置くと、
バッグとコートを抱えて立ち上がった。
「返した方が」
「よかったぁ。やっぱり、絵里に相談してよかった。それじゃ、おじゃましましたぁ」
さゆみは、両手を組んで、明後日の方を見つめ、めったに見せないすがすがしい笑顔をしている。
私は、もう引き返せないことを悟った。
「うん。また、遊びに来てね」
- 63 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:54
-
それから、私は、さゆみを見送りに玄関まで下りると、自分の部屋まで重い足取りで引き返した。
いつも見慣れた私の部屋の炬燵の真中に、見慣れない物がポツンと置いてある。
私は、炬燵に足を入れると、炬燵の上にべたーっと寝そべった。
足元は暖かく、顔にはひんやりと冷たい感触が感じられた。
- 64 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:56
-
「つめたーい。あたたかーい」
炬燵の上で頬をスリスリとさせて、存分にその感触を味わう。
「炬燵ってさいこー」
幸せに浸る私の目の前には、れいなの財布が置いてある。
この部屋の新たな主人のように、私の部屋に君臨している。
私は、これから先のことを思い、気が重くなった。
「はぁ、お財布、どうしよう」
- 65 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 22:57
- おしまい
- 66 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 23:02
- れいなー
ノノ;^ー^) 从 ´ ヮ`)
- 67 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 23:03
- なんね?
ノノ;^ー^) (´ヮ `从
- 68 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 23:03
- これ…… ……
ノノ;^ー^)ノ■ (´ヮ `从
- 69 名前:私と炬燵 投稿日:2004/01/23(金) 23:04
- やっぱり
ノノ*TヮT#)○=(`へ´+从三二
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/23(金) 23:09
- 誕生日とまったく関係なくてごめんなさい。
スレ汚しごめんなさい。
私と炬燵(こたつ)
>>49-69
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/24(土) 16:04
- 最後がAAでちょっとうけますたw
おもろかったです。ごちそうさまでした。
- 72 名前:ダイヤモンド 投稿日:2004/01/24(土) 22:29
- さゆは泳ぐ。放課後の校庭を泳ぐように駆ける。
または駆けるように踊る。
砂煙を上げながら、ゆらゆらとふらふらと、まるで陽炎のようにステップを踏む。
そして円を描きながら校庭を周る。
さゆは言う、
「絵里も踊らなぁい?」
- 73 名前:ダイヤモンド 投稿日:2004/01/24(土) 22:30
- とてもじゃないが、そんな気分にはなれない。
現在、私は世界中の不幸を背負いながら生きている。
彼氏から告げられた言葉を胸に突き刺したまま、見えない血の雨を流しながら生きている。
悲しみは時間が経つに連れ、硬く、濃密に圧縮され、私を嘲笑うかのように輝きを増して行く。
「るららるららるうぅららるららぁあ」
- 74 名前:ダイヤモンド 投稿日:2004/01/24(土) 22:30
- さゆは叫ぶ。放課後の夕日に向け叫ぶように吼える。
または吼えるように歌う。
気持ちの悪いダンスを踊りながら、どうどうときらきらと、まるで地平線のように声を上げる。
そして足を止めて校庭の真ん中で夕日を背にする。
さゆは言う、
「絵里の悲しい顔なんて私の悲しい顔より全然可愛くなんかないんだから」
- 75 名前:ダイヤモンド 投稿日:2004/01/24(土) 22:32
- さゆは本気で怒っていた。握った拳は震え、顔を真っ赤に上気させ、彼女自慢の瞳には涙をたっぷり溜めていた。
さゆの目線が私を殴りつける。私が起き上がる度に殴りつける。何度も何度も繰り返し殴る。
私は我慢できずに、あの言葉を胸から引き抜いた。そいつを真っ赤な空に向かって投げつけた。
言葉がぐんぐん空を昇る。しかし直ぐに勢いをなくし、宙で一度反転してから先程よりも急速な勢いで地面に落下した。言葉は跡形もなく砕け散った。
「絵里のばぁーか。ぶぅーす」
私もとっくに砕け散っていた。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/24(土) 22:33
- ダイヤモンド おしまい
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/30(金) 02:24
- 感動した。このスレもらって良い?
- 78 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/01/30(金) 19:24
- いいんでないかい。もう締め切り切ったし、めちゃ余ってるし。
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