OTHER VOICES
- 1 名前:和泉俊啓 投稿日:2003/12/25(木) 01:46
-
同じ海板「VOICES」の続きというか番外編の続きです。
架空の地方都市を舞台にした地味なお話を書いていきます。
前スレ:海板「VOICES」
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/water/1055693170/
- 2 名前:和泉俊啓 投稿日:2003/12/25(木) 01:48
-
※ 番外編第四話の途中から。しかも前スレとの重複箇所ありで始めます。 ※
Janeではあと12KBほどあまってたのにもう書き込めなくなってた…
- 3 名前:和泉俊啓 投稿日:2003/12/25(木) 01:55
- ◇◆◇◆◇
また午前中の売り場。
資料整理も掃除もすんでしまって、少しぽけっとしている。
弱い陽射しと蛍光灯、ヒーターの音…その中で考えてしまう。
――おとといのあのお客さん、なんだったんだろう。
『宿題』ねえ。
気にすることもないんだろうけど、お客さんに接していく身としては…なにより四代目候補としてはやっぱり気になる。
わたしの接客なりお店への考えかたに問題あるのかな。これまで考えて気をつけて、誠実にやってきたと思ってるんだけど。それは胸を張れるんだけどな。
いまが問題なのか、だとしてどうすればいいものか。
さてどうしたもんか……
お、ドアの向こうに女の子が一人。こっちを覗き込んでる。
入ってくるのかな? ちょっととまどってるみたいだけど、お客さん?
“ガチャ”
“ヂリン…ヂリン…リン”
お客さんでした。
おずおずってドアを開けて、初めての子か。そりゃこういうお店に入るのはちょっとためらうかも――と思ったら。
わたしを見るとすぐに、たたたたって一直線に小走りでむかってきた。勘定台のすぐ手前でピタっと立ち止まって、こっちを真っ直ぐ見る。えっと、なんでしょう?
「…いらっしゃいませ」
「……」
おや緊張してるのかな? 返事もしない。
それにしても小柄な子だねえ。わたしとどっこいか。
まだ中学生だよね、たぶん。いかにも「子供」って感じだもん。
そしてずいぶんとはっきりした顔立ち。可愛らしいけど、眉はきりっとしてるし鼻がほんのちょっと上向き気味なのがいかにも活発そう。表情自体はっきりしてて意志が強そうで。ちょっと見ただけで感じるもの。入り口からの走りかたまではっきりしてたし。いえ、そんなにお客さんをじろじろ観察するわけにもいかないけど。
……というか、この子もまたさっきから黙ってこっちのことをじーっと見てるよね。なんだろう?
「えっと、なにかお探しですか?」
「あ、はい?」
聞き返されましても。
「ここ来るの初めてなんですよね、お探しの本があるなら…」
「あの!」
さえぎられちゃった。
「はい?」
「お姉さん、ここの人なんですよね?」
はっきり喋るね、この子。
- 4 名前:4. Wisdom Chain 投稿日:2003/12/25(木) 01:56
- 「ええ、そうですけど」
「ここの四代目さんなんですよね?」
「いえ、店主は父で三代目なんですけど。わたしは四代目候補で…」
「つまり四代目さんなんですよね?」
…それでいいです。
「……ふーん」
人のことじーっと見て首かしげてるよ。
「あの、わたしになにか御用ですか?」
「いえ…」
「じゃあなんでしょう」
「えーと、なんかいい本ありますか」
ああこの子もそんな…読む人が読みたいものを探さないと。
ていうか本気かなあ? ちょっと思いつきで言った感じなんだけど。
「なにを読みたいの? 本当に本を探してる?」
「あーはい、探してます探してます」
「どんな本?」
「そーですねー…うー……」
またいま考えてるのかな。ひやかしだったら困るんだけど。
…いや、いけないいけない。福田明日香さんは四代目候補なんだから、きちんと誠実にお客様に応対しないと。おとといのお客さんからも(よくわからないけど)注意されたんだから……
「そうだ! UFOとか不思議な話の本、あります?」
左の手の平に右コブシをぽんって打ちつけて、絵に描いたみたい。
「UFO…探してるのそういう本?」
「超常現象っていうんですか、怪奇現象とかそういうの読んでみたいんで。いろいろ不思議な、怖い事件がたくさん載ってるやつがあったらいいんですけど」
「不思議な話、ね」
「そうそう、あの、バミューダトライアングルとかああいうの。船とか飛行機とか人がどこかに消えちゃうとか、謎がいっぱいなやつ」
「そういうのに興味があるんだ?」
「うん、ゴールデンのテレビのもよく観るし、興味ありますねー」
テレビはわたしあまり見ないからよくわからないけど、よしよし、ではご案内。
そこらへんを取り扱った棚もございます、『悠現堂』には。おまかせあれ。
- 5 名前:4. Wisdom Chain 投稿日:2003/12/25(木) 01:56
- ◆◇◆
「じゃ、こっちになりますね」
「はいはい〜。やー不思議な事件ってありますもんねー。このお店でどんな本があんのかなー。楽しみ」
「どうだろうねー」
中央列の棚の入り口側まで連れて行く。
うしろの彼女はなんかうきうきしてるみたい。
さて到着。
ここでお客さんに変だと思われないように、頑張らなきゃ。
「バミューダトライアングルだよね」
「そうそう」
よっし! まさにちょうどいいのがあります。
「えーとね、これなんかどうだろう」
わたしは文庫本を一冊、引き抜く。
この小さなお客さんがきっとほしがるいい本だ。満足するよ。
「うわっ。すっごい昔の本ですよね、これ」
いかにも“うわっ”ていう表情をされちゃった。
「『すっごい』…かな? 昭和五十年だからそんなでもないと思うけど…」
「昭和! 昭和ってだけでもう大昔でしょ」
「え、そう…かな?」
「だってー、あたし平成生まれですよ」
まあそうかもねえ。わたしはずっとここにいるからちょっと感覚が違ってるのかもしれない。でもとにかくその本を見てちょうだい。
「『魔の三角海域』…わー、なんか題名からしてよさそう。でも「クシュ」って変な名前ですねー」
「ダメだよ、人の名前をそんなこと言っちゃ…あ、ごめんね」
お客さんを、それも子供を叱ってどうする、わたし。
こんなだからおとといのお客さんからも言われちゃったんだよね。挽回しないと。
「えと、名前は、まあ確かに変に聞こえるかもね…うん…そうそう! あのさ、わたしも初めてガリレオ・ガリレイなんて名前教わったときは、変な名前の人ってしか思わなかったんだ。面白いよね? ガリレオ・ガリレイなんてさ、笑っちゃった笑っちゃった。はははははは」
「えーと、はい…」
「でも! でもね、ほら、外国の人だし、というか名前を面白がるのはいいことじゃないし、いや、えーと、なにより大事なのは中身じゃない? ね、読んでみたらわかるけど、すっごくいい本なんだよ、ね?!」
「……はあ」
ありゃ、ちょっと引いてるかな。
しまった、熱くなっちゃったか、わたし。
よーし、ちゃんと説明しよう。頑張れ四代目候補。
- 6 名前:「4. Wisdom Chain」 投稿日:2003/12/25(木) 01:57
-
「これね、バミューダトライアングルの謎の事件といわれるものを徹底調査した本なのね。もう決定版」
「へえ、すごい面白そう。じゃーあの、客船の人がみんないなくなってたとか、ああいうのも載ってるんですね?」
「もちろん」
「すげー!」
よしよし、興味をもってくれた。
「悪天候でもないし船に問題もないのに、ベテラン船乗りもろとも謎の消失。なんで・どこに消えたのかまるでわからない。異次元の穴があるとか時空のゆがみとか、宇宙人にさらわれたとか、言われるよね?」
「うんうん!」
「そうでも考えないと説明がつかない、科学ではわからない謎の事件が昔からものすごく多いって。世界的に有名だよね」
「そうですよね、うん!」
目が輝いてるなあ。四代目候補さん、君のおすすめは確かでした。
この子はきっと喜んでくれるはず。
「そういうたくさんの謎の事件を調べるわけ」
「うんうん!」
「でね、そんな謎なんて特にありゃしないって説明してくれるんだ、この本は」
「は?!!」
え? なんで聞き返されたんだろう?
「あの…それってバミューダトライアングルの本ですよね?」
「そうだよ。沿岸警備隊とか海軍の公式記録とか保険会社の報告書とか、当時の新聞記事とか、緻密に厳密に資料に当るんだ」
「…へー」
「するといろいろわかってくるんだよね。たとえば、実はパイロットは新米ばかりで機器が壊れてたとか、当時その海域は暴風雨がきてたとか、船自体がボロボロでいつ沈んでもおかしくなかったとか、構造に欠陥があったとか。晴天だ、ベテランだ、なんて作り話」
「…はあ」
「ひどいのになると、バミューダトライアングルより遥か離れた場所の事故までカウントされてたりね。一番ひどいのは、そもそもそんな事故自体どこにもない、なんてのまであって」
「…えーと」
この子なんかとまどってるみたい。また福田明日香さん、変でしたでしょーか。
「不思議な事件の本じゃないんですか?」
「ああ、本当に謎というのもあるよ。一番有名な『メリー・セレスト号事件』なんて、結局よくわからない、謎である。って結論なんだ」
「おお!」
「そこが立派だよね。ほかにもそういうのはあってね。わからないことはわからないってきちんと言ってる」
「うー…ん」
- 7 名前:「4. Wisdom Chain」 投稿日:2003/12/25(木) 01:58
-
困ってるのかなあ。
うー、これじゃダメだ、ちゃんとやりかた考えないと。
とにかく別の本、もう一冊。
「それならさ、これはどうかな? UFOの本ね」
「あ、はい…厚い本ですね。たくさん話が載ってそう」
「うん、いいよー」
「ほほー」
また興味をもってくれたね。
「UFO現象と言われたものを、洗いざらいきちんと一次資料に当って徹底調査した凄い本。しかもそれが見事な現代アメリカ精神史になってて二度びっくり。調べるとなったら半端しないでここまでやるのが学者の迫力、これであなたもだまされません、さあどうだ!」
「………」
あっと、ごめん。
わけわかんなかったよね、いまの。
「これもね、事件をたくさんの調べてるの。UFO絡みのね。あと、軍の陰謀とかそのへんも」
「ほほー」
「夜UFOに連れ去られたとか、空軍パイロットが目撃したとか、牧場の牛が肉を切り取られたとか、そういうのね」
「ふんふん」
「それをきちんと調べて、謎解きして、ウソはウソって解明してくれるんだ」
「……ふーん」
「軍も最初は信じてたけどそのうち呆れて引いたのが真相とかね。組織内部の人事抗争とかも面白いんだ。なにより面白いのがね、UFOが善か悪か・どうUFOを見るかというのが、当時の世界情勢・国内情勢と見事に一致してるのね。凄い本だよ」
「えーと、あの…」
おっとまた熱くなっちゃったか。中学生の子になにを話してるんだろう、わたし。
「えと、元のタイトルは“Watch the Skies!”って言うんだけどね、いいでしょ。ちゃんとしたまともな研究書なのにそんなタイトルにするってセンスがとてもいいと思わない? しゃれてるよね。邦題は……ちょっとまあ、目をつぶってあげてさ」
「ははは…」
「ちょっと前に文庫本が出たからなんと八百円! こりゃ凄い」
「……」
う。黙っちゃった。間違ってたのかな、わたし。
「あの?」
「……いや、うん、なるほどねー…」
あれ?
この子さっきからわたしのことじっと見てるな。まるでお店に入ってきたときみたい。
いまも人の顔見てなるほどって言ったような?
- 8 名前:「4. Wisdom Chain」 投稿日:2003/12/25(木) 01:58
-
「どしたの?」
「なるほどなるほど…いや、はいはい、なんかいいかも。いままでそういうふうに考えてみたことなかったけど、面白そうな気がする。ていうかそっちのほうが面白いかも」
「本当に?」
「四代目さんが言うんだからきっとそうなんですよね?」
わあ、嬉しいじゃない。
「こっちの文庫もいい本なんですよね」
「そう、すごくいい本だよ。大人向けだから文章とか難しいかもしれないけど、謎解きが面白いしね。訳者解説もすごくいい。あなたくらいの頃にこういうのできちんと知識をもっておくのって大事だと思うし」
「大事ですか」
「そう。で、絶版になっちゃってるからここで出会えてよかったよね。ただ、元の値段より高くて八百円なんだけど…」
「あ、それは大丈夫です。シングルCDより安いもん」
「はは、なるほど」
よし!よし!
「どっちも買います。CD二枚より安いならいいや。ください」
よかった〜。
- 9 名前:「4. Wisdom Chain」 投稿日:2003/12/25(木) 01:59
- ◆◇◆
「千六百八十円です」
「はい」
「じゃ、二十円のお返しですね。ありがとうございました」
まったくありがとうございました。
自信が戻った感じ。よかったよかった。
「…きょうはよかった」
「え?」
彼女がにこにこしてこっちを見てた。あどけない表情だねえ。
「きょうはねー、四代目さんに会いにきたんですよ、ほんとは」
「わたしに?」
「うん。話に聞いてたから。ここの古本屋さんの四代目のお姉さん、言うこと間違いない人だって」
「そうなんだ」
「正しいからわかりやすい面白さは全然ないけど、だから面白いって」
…そんなこと言われてばっかりだな。
「そんな噂になっちゃってる?」
「いや、あたしが聞いてただけ。でも聞いたとおりの人で面白かった」
「面白いねえ」
「とにかくね、本買うつもりはなくて、こういう本がほしかったわけでもなかったんだけど…」
え?
「UFOの本なら、もっと謎がいっぱい不思議いっぱいのがほしかったんだけど…」
えー! じゃ、わたし全然間違ってたじゃない。なにやってんだもう…
「だから四代目さんがいてよかった」
「え?えと、そう?」
どうなってんの?
「うん。自分じゃ絶対、きょう買ったような本選ばないもん。話を聞いててそっちもいいかもって思うようになったから」
「本当に?」
「不思議が面白いってだけじゃなくて、不思議を考えるのが面白いのかもとかね。だからありがとう」
ああ…よかった〜。
もうおどかさないでよ、なんて。
いやほんと気にしてたんだから。おとといのお客さんのこととか、ちょっと引っかかってたんだよね。石黒さんにも言われたし…自分ってこれでいいのかな、大丈夫なのかな、とかさ。
でも、よかったんだよね、うん。
「だからありがとうございました、四代目さん」
「…候補、だよ」
「でも絶対四代目になるんだよね」
「うん、きっとね」
そうだよ、きっと。
わたしはきっと、ここにいる。いま目の前の子にも、伝えておこう。
- 10 名前:「4. Wisdom Chain」 投稿日:2003/12/25(木) 02:00
- 「ちゃんと四代目になったときも、またここで本買ってるかも」
「そのころはあなたは働いて結婚して、赤ちゃんまでいるかもしれないけどね」
「じゃー育児の本とか買う」
「ははは、よろしくお願いします」
末永く、ね。
「四代目さんも結婚してるかな」
「うーん、たぶんね。子供もいて、家族そろってやってるんじゃないかな」
「にぎやかだなー」
「ねえ」
そうだね。
間違いなく、ここで変わらずやってるよ。
このS市でずっと。
そしてきっと、この子がまた来てくれるだろう。
そしてたぶん、この子のそのまた子供も来てくれるだろう。
それじゃーまたね、と彼女は回れ右した。
たたたたた、って小走りで一直線にドアまで駈けていって、すぐに開けて元気よく出て行った。
…さてさて。
精一杯、真っ直ぐ行きます。
考えてみたけど結局そこに戻ってきました。だって他に道はないもの。
それが宿題の答えってことで…どうでしょうね?
『でも絶対四代目になるんだよね』
『うん、きっとね』
うん。
ますます精進しないとね――
四代目候補…四代目。
- 11 名前:「4. Wisdom Chain」 投稿日:2003/12/25(木) 02:01
- ◇◆◇◆◇
わたしのまわりを叡智が囲んでいる。
四方の壁と頭上に渡された棚板とに、記録と記憶が詰まっている。
右も左も目の前も背中のほうも頭の上も、本、本、本…。
元は白塗りの天井からは明るすぎない蛍光灯の柔らかい光。
それをはね返さずに受けとめる、年季が入ってザラついた薄褐色のタイル床。
古くなったインクと紙の匂い。
静かに出番を待っている声たち。
過去から現在へ。
現在から未来へ。
志と現実と。
一本連なり、一つに繋げるもの。
すべては繋がりあっている。
確かに貫かれている。
わたしは、そこにいる。
“ガチャ”
“ヂリン…リン…リン”
ドアが開くと控えめに鈴が鳴る。
その人は静かに棚を見渡して、ゆっくりとなんとも楽しそうに背表紙を眺めている。
一冊抜き取っては手触りを確かめながらページをめくって、また一冊、また一冊。
やがてその人は数冊、大事に抱えてこちらにやってくる――
「いらっしゃいませ!」
そして、今日もまたわたしはここにいる。
- 12 名前:「4. Wisdom Chain」 投稿日:2003/12/25(木) 02:01
-
4. Wisdom Chain
−了−
- 13 名前:_ 投稿日:2003/12/25(木) 02:02
-
…………
- 14 名前:和泉俊啓 投稿日:2003/12/25(木) 02:04
- 実になんとも、お話といっていいかどうかさえ怪しいものです。
「Meomories Of Green」の空気を期待された方には土下座です。(そう言や「P.S.」のときも「Echoes」じゃなくてごめんなさいみたいなこと書いたなあ)
ぼくは大満足なんですが…。いえね、この主人公(とS市)をちゃんと書きたかったのです。
それにしても、番外編は10レス程度の適当な短編ばかりになるはずだったのに…なんてこった。まるで短編集のような中編ではないか。それにしてもまさか自分が次スレ誘導できなくなるとは…。
前スレの読者様へ、ご感想ありがとうございます。
787名無し読者さん
これはこれは、更新からずいぶん早くに…驚きです。そして感謝。
第三話はなにせ作者自身が書きながらドキドキ・ワクワクしてましたので、嬉しいです。
788N県S市住民さん
丁寧で暖かいご感想に有頂天です。N県S市はぼくにとってムーミン谷のようなものですね。登場人物にも共感していただいてありがとうございます。
六期のみんなやカントリーさんメロンさんもS市に住んでるのでしょう。いつか出てくれたらいいなあと思っております。(石川さんに告った人、確かに誰なんでしょうね…)
790名無し読者さん
保全ありがとうございました。
ではまた。
次はたぶん来年です。
- 15 名前:和泉俊啓 投稿日:2004/03/13(土) 09:43
- 生きてます。書いてます。更新します。
すみません・・・
- 16 名前:5. Memories Of Blue 投稿日:2004/04/05(月) 01:55
-
「5. Memories Of Blue」
- 17 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 01:57
-
「うぉ〜寒! 寒ぃ〜!」
“だん!だん!だん!”
隣で舗装された地面を踏み鳴らしてる。
というか踏み鳴らしながら歩いてる。
お日様くっきり、澄んだ青空の下。午前の静かな空気の中をずーっと、“だん!だん!だん!”。
「寒いよ〜」
「はいはいはい」
手にぶら下げたビニール袋をガサガサ揺らして、また足踏み。
左隣のコンクリ塀と右隣のでっかい建物に跳ね返って、お空に昇ってく“だん!だん!だん!”
うるせー女だ。
「寒すぎだー寒すぎだー」
「そうだね寒いねとても寒いね」
「なんでこんなに寒いかなー」
「冬だから」
一応春休み前だけども冬ですよ間違いなく。
だいたいあなた様の場合は確実に「冬季休業」てやつだし。いや休業前の暇な時期だっけ? ともかくだからここにいるわけだし。
「そりゃわかってる! なんでここの冬はここまで寒いんだっつーの。雪国か?!」
「海流と気流と地形のせいだよね、小学校の郷土史の授業で習ったけど」
「そんなのわたしだって習ったよ、バカにすんな!」
絶対忘れてたよね、はあ。
「こんなだからここは『N県の北海道』とまで言われてるんだぞ、恥ずかしくないのか?!」
「誰が誰に恥ずかしいわけよ?」
自分こそ郷土愛ってもんを知らないのかね、恥ずかしい。
東京の夏のベタつく暑さには慣れない、こっちのがずっとマシとか言っといて冬になったらこれだよ。コートにマフラーに手袋にブーツに、がっちり防寒決めてんのに。
S市の二月は寒いのだ。晴れが多くて放射冷却バリバリ、風もぴゅーぴゅー吹いて。
「いや嫌いじゃないよ冬らしいのはさ、部屋であったまってる分には。日なたでのんびりとかも。でもちょっと風吹くと一気に……殺す気か! あーもうやだやだやだ外出やだやだ」
「今回は自分だって大乗り気だったじゃん、だから…」
「あー寒いな寒いな寒いな寒いなー」
聞いてねえよこいつ…
「寒い寒い、体が凍る身が滅ぶ。死ぬ死ぬ即死する」
「…じゃ死ね」
ポツリと言いたくもなるわな。
- 18 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 01:57
-
「なに? あんたいまサラっと物凄いこと言った? ね、言ったよね? なんつった?」
「別になにも…」
「うわっ、出た! 出たよ『別に』。若者言葉!!」
「……」
「あーもう、昔のあんたはそんなんじゃなかったのにさ! わたしのことをそれはそれは尊敬の眼差しで見つめてだね、いつでもわたしのあとくっついてきてだね、まるでわたしが本物のおねーさんみたいに。それがちょっと離れたらこうなるとは…ああ嘆かわしや戦後教育!! 災いなるかな戦後民主主義!! 『自由』の末路!」
…まったくもって嘆かわしい。
かつての「おねーさん」が…それもただでさえこっちより背が低くて目線きょろきょろと落ち着きのない人間が、こんなんじゃね。
つーか「おねーさん」なんて自分から解消したんじゃん。
「あんた本っっ気で忘れちゃったわけ? 昔はこんなふうに寒い日なんかにはそりゃもうぎゅっと…」
そんなにお望みならやったげようか?
「いちーちゃん、ごとーも寒い〜あっためてー」
「!!」
不意打ちで体かがめて胸元に抱きつき&頬擦り頬擦り。ぎゅっと抱きしめ。
固まってやんの。ざまー見れ。
ここで小首かしげて上目遣い、オッケー?
「ちょっとふてくされて見せただけだよ、ごめんね? ほんとはいまでも大好きないちーちゃんに甘えてたいわけですよ、ごとーは」
「……」
「だけどなかなか素直になれなくってさ、そんなところもいちーちゃんにとっての可愛いごとーってことで、ね? おねーさんだよね?」
「……」
「…とか言ったら満足なわけ?」
「……」
すぐに離れる。
あー、言ってて口が腐りそうでしたわ、ケッ。うがいして〜。
まあこれで隣の『いちーちゃん』こと市井紗耶香さん改めヘナチョコは黙ってくれたわけですが――
「…いまのちょっと嬉しかったかも」
処置なし。ヘナチョコ改め大バカ者。
マジにへらへら嬉しそうにしちゃってさ。普通にしてりゃ目鼻立ちすっきりクールな美人だってのに。
「おおー、なんか寒くなくなった気がするぞー」
…そういう調子よくて素直なところもいいんだけどねー、大バカ者改め市井ちゃんは。などと思ってしまうワタクシ、『ごとー』こと後藤真希さんもどんなもんでしょうか?
- 19 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 01:58
-
ともかく歩き続けてるわたしら二人。
つってもそれほどの距離でもないんだけど。通用門入ってすぐの駐車場に原付…じゃなくてきょうは自転車とめて、入り口まで。うん、きょうは自転車にしとくのがよかろうと。あ、やっぱ少し歩くかな。敷地は広い学校だもん。校舎は数年前に建て替えて結構新しいし。でもそのわりに――
「しっかし小汚い校舎だよねえ、あんたの学校」
「そうだねえ」
「否定しろよ!」
いや、だって生徒みんな思ってることだし。
『自由』な学校てのはね、結局小汚くなるものなのかもよ? みんなのものは誰のものでもないってやつでさ。そう簡単に「我々のもの」とはならんのよ。
“自由とは小汚いものなり”(後藤真希)
はい、ここらへんの小理屈並べる口の達者なやつらを量産する学校でもあるのです。いえワタクシは他の連中とは違いますわよ、おほほほ。
……うーむ、わたしはわたしでちょっと浮かれてるかな。
まあそこは大目に見てよ。しかたないからさ。
高校三年、もうじき卒業・大学生となるワタクシと、もうじき大学三年の幼馴染の「元おねーさん」にして我が良き友と。
二人ともけっこうなレジ袋だの紙袋だの提げて、二月の我が校に報告・訪問の土曜の午前であります。
- 20 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 01:58
- ◆◇◆◇◆
寒い寒い寒い寒い――てのはおいといて。
うん、小汚い校舎だわ。
噂には聞いてたけど外観からして一階から四階までまんべんなく…こなっぽいというか薄汚れてるというか。窓から覗くカーテンも黄色っぽいのばっかだし。
きれいな空の下だとよけい目立つよねえ。優良校ってこんなもん?
ま、かえっていい感じかもね。
ほら、ぴしっと透きとおった風と、弱い日差しと、ゆるーく小汚い校舎。静かな中を歩いてると胸がうずうずするような変な気持ちがして、懐メロなど浮かんだりする。
「♪まぶーしーいほーどー 青ーいー空ーのー まーしたーでー」
「どこまでのっけてほしいわけ?」
お、知ってるんだ。この時期のさ、ぽっかり穴があいたみたいな雰囲気にぴったりだもんね。前は脳内ヘビーローテーションしたもんだよ。
「それって合格して帰ってきたとき? それとも…」
えーいうるさい。へいへいその前の年、負けちった時だよー。全敗した負け犬の胸にしみわたったさ。
あ、でもそれならこいつの場合――
「曲は好きだけど、正直、後藤にはよくわからんところもある歌だよねー。ごとーさん現役合格。弱者の気持ちわかんない。ふっふーん」
…くそ。
ああそうだよね、一浪したわたしと違ってあんたは第一志望に現役合格、それも三校しか受けないで全勝だもんね。自己採点、満点に近いって自己申告。
「し・か・も・国立! 親孝行だよねえ」
「はいはいはいはい」
「ほれ、もっと褒めれ褒めれ、嬉しいでしょ市井ちゃんも?」
うん嬉しいよそりゃ。幼馴染で「妹」だった子が見事勝利したわけだからさ。
だからこうして、学校への報告に(手みやげ付きで)付き合ってるんだし。凍るほど寒い中、わざわざ……うー寒いー。もうちっとなんとかならんのかこの寒さわ。S市寒すぎ! 東京もわりと寒かったけどこっちの寒さは凶悪だもん。スキー場とかならまだしも、ただ寒いだけだよ。
- 21 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 01:59
-
それでもわざわざ帰ってきたんだから、そこが本音だよね、この「市井ちゃん」の。
てか喜んで帰ってきたんだけど。やったじゃん後藤!って。里帰りというより完全にそっちだもん。子供の頃みたいなべたべた仲良しってのはないけど、その、大事な関係ではあるわけで。さっき抱きついてきてくれたのはギョっとするやら嬉しいやら…バカかわたしゃ。バカです。
いつも一緒だった子供時代から、距離を知って「姉妹」じゃなくなって、さらに進んでいまや深くつながった姉妹みたいな友達。とか言っててむず痒くなるからさっきからギャーギャーわめいてごまかして……はい、後藤にゃ見透かされてます。
- 22 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 01:59
- ◆◇◆
「土曜っつっても静かなもんだねえ」
「完全週休二日ってやつ」
さいでっか。
後藤と二人並んで歩く、しんっ…とした廊下。
ここは一階だけど、窓ガラス越しの中庭は草とイチョウと椿ばかりで人影はなし。向かいの北棟の窓にも誰も見えない。部活の自主練の合唱だのホルンだのノックの気合だのが遠くからかすかに聞こえるくらいで、およそ気配なんてない。こういうの、忘れかけてた感覚だなあ。
静かな中、わたしゃ来賓入り口で適当に借りたスリッパをペタペタいわせる。建物入るのに靴を脱ぐなんて、これまた忘れてた感覚だった。左手にはスリッパと一緒に借りた緑の布袋にブーツ入れて。
「やっぱ靴盗るバカっているのかね?」
「んー、おぼえないなあ。でも五万のブーツ履いて来てたアレな男子がいたけど、いつも自分のロッカーまで持ってきて鍵かけてたな。靴箱に入らないからって」
「なんだそりゃ」
「後藤さんに言われても知らんですよ」
そりゃそうだ。
しっかし予想通り中も小汚いなあ。すみっこに綿ぼこりの塊とか落ちてるよ。それに、壁にべたべた貼られた連絡のプリント類とか保健衛生のポスターとか。まあうちの大学のほうがタテカンとかアジビラとかよっぽどごちゃごちゃしてるけどね……あ、そういやこの雰囲気、大学っぽいんだ。さすが三年でゼミがある高校。
「なに頷いてんの?」
「いや、予行演習完璧なんだなーとかね」
「はぁ?」
「受付のルーズさとかも」
「?」
おじさん、はいどうぞーとあっさり通してくれたし。そもそも塀も低けりゃ、門なんてろくに閉まったことないんじゃないか?ってくらいだったな。
「そういやそうだねえ。うちの学校、戸締りルーズかも。金庫とか書類とか薬品とかはがっちりガードしてるけど、正門裏門通用門、あけっぴろげだなあ。いつでも」
そして服も髪も勝手放題だっけ。
ちぇー、わたしもこの高校にしたらもっと楽しかったか。
「いやいや、こういうところなりのおバカさんはいるさー」
「あんたもね」
「否定はしません」
そういう、自分を突き放せる強さがいいよね、あんたは。まあ事実ちょこっと暴れたそうだし。そのへんはまたあとで聞いてやろう。
- 23 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:00
-
「後藤は後藤でさ、市井ちゃんが行ってたガッコ、妙な背伸びなくてのんびりしてそうでいいなとか思ったもんよ?」
うん、のんびりしすぎで現役で受けた大学全部すべって浪人したやつも出る高校でした。うるさいよ。
二人、廊下中ほどで階段を昇る。
えっちらおっちら最上階――四階まで上がると、今まで歩いてきた方にちょこっと戻ってすぐのとこ。さて到着か。
『現文C 準備室−T』
擦ガラスの引き戸の上に、黒塗りに白字の札。
さあさあさあ。
いよいよですよ。
「緊張してんの? 楽しみにしてたじゃん」
楽しみだよ。よく話聞いてたもんね。
でも実際どんな人なんだろう。ドキドキする。
- 24 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:02
- ◆◇◆◇◆
「おー、よく来た」
いつもとおんなじ、ざっくばらんな笑顔。
ノック → 「入んなー」 → ガチャ。
軽く暖房効いた、準備室改め『研究室』。
ブラインドが上げられて、日差しがやらかく入ってる。
白塗りの壁に天井、広さそこそこだけど、ぎっしり資料の詰まった天井までのスチール棚やらパソコンやらコレクションみたいになってるスポーツカイトやら。そんな「巣」みたいな部屋の真ん中にテーブルとソファが構えてまして、そこに腰掛けて詰め将棋した姿勢のままこっち見上げてる顔と目が合ったのです。
ほんといつでもおんなじだよねー。なにがあってもビクともしない不敵な「自分」を持ってて…。こっちもいつもみたいに「ていーっす」とか言いながらずかずか入る。ここ一年近く、なにかっちゃ入り浸ってたから「勝手知ったる」ってやつっすわ。ほら市井ちゃんも早く早く。
「えっと…あのー! はじめまして、市井紗耶香と申します」
ひょえー、緊張してんね。
「どうもはじめまして。石黒彩です。後藤の担任やってます」
この人はまたソツがないんだ。
すいっと立ち上がって自分から近付いて右手出して。なんで誰に対してもこんな自信に満ち溢れた態度なんだ? かっこつけだけど、いちいち決まってるんだよね。顔立ちからしぐさからどこまでもキレがあって…市井ちゃん、もう呑まれちゃってるなあ。いやあのその、とか握手したままもごもご言ってる。けけけ。
- 25 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:03
-
「あなたには一度会いたかったから嬉しいな。よく後藤から話聞かされててね」
げっ。
「え?後藤?…いやあの、わたしも石黒先生のこと後藤からよっく聞いてて、ええ、どんな人かなって、はい」
「おやおやなに聞かされてることやら」
「わたしだってそうですよー」
やば、こっちにむかってきたよ。こういう空気苦手。もう仲良しですかあなたがたは。
まあどうせ今日はわたしが話のネタになる日なんだけどもー。
てか主賓よ主賓。メイン!
あなたがたいくらでも褒めなさい讃えなさい持ち上げなさい、このごとーさんを。
「あなたみたいな頼もしいおねーさんがいたから合格したわけね、この子も」
をい!
「いやそんな、石黒先生のおかげでしょー。可愛いけど可愛げない妹分がどえらくお世話になったそうで…」
こら!
「で、これ、いまさらですが…ご挨拶です。わたしら二人で、ね?後藤」
あ、そうそう、忘れるところだったよ。
市井ちゃんに持たせてた包みを二人で石黒に手渡す。
- 26 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:04
-
「えーと、先生、後藤真希、勝ちました! ありがとうございました!!」
「『姉貴』であるわたしからもお礼として、はい」
さあ問題はこのケジメはっきりしてる教師が受け取ってくれるかどうかです――
「お、なになに? 酒?」
早っ!
「なにが?」
「…いや受け取ってくんなかったらどうしようとか」
「わたしも心配してましたよー。よかったー」
市井ちゃんも安心してる。
だって石黒って開けっぴろげなのに馴れ合い嫌いな人だからさー…そこが好きなんだけど。生徒が金かけたプレゼントとか計画するのあっさりはねつけるとこ、見てたから、ちょっとドキドキだったのさ。
「いやいや、あんたもう卒業生みたいなもんだからオッケーオッケー」
「生徒がガッコに酒持ち込むのもオッケー?」
「今日は休日だし、わたしの戴きもんでしょ。成人してる市井さんと連名でってことならね、贈り物に酒もアリ」
あ、やっぱ線引きしっかりしてるなあ。お見事。
「うん、市井さんからもお気持ち戴いて嬉しいなあ。はっはっは。ありがとうございますね」
「いえいえ」
「こういう展開期待して、きょうはバイクやめてバス使って正解。自分で自分を誉めたい」
「…あははは」
市井ちゃんに石黒のハーレー見せてあげたかった気もするけど、またの機会ですか。それはともかく「ご期待」に応えられたでしょうか。『森伊蔵』ってわけにゃいかんけど納めておくんなまし。
てかもう包み開けてるし。
「……おお! これかなりのもんじゃない?」
「酒屋に注文しました。ネット通販もありだけど、うちに送られても困るんで」
「そりゃどーも。いやあ、今日のによく合うだろうね〜」
今日のに、ね。そうだ、この荷物とりあえず奥に片付けないと。
「先生、材料、隣の書庫に置いときますね。あっち寒いですよね?」
「寒いぞー。迷惑な土地だよねほんと」
へいへい。迷惑な土地、気に入ってるくせにね。よそから乗り込んできて。
でも寒いのだ、あっちの部屋は。
「んじゃ市井ちゃん、こっちだよー」
「おーう」
とっとと奥に片付けて戻って、早く主役になるのだ、ごとーさん。
- 27 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:04
- ◆◇◆◇◆
腑に落ちた。
…ってのが感想。石黒さん、思ったとおりの人だなって。
後藤からよく話を聞いて想像してたそのまんまの先生。
軽口叩くひょうきんな人だけどびしっと筋が通ってて。フトコロ深くて頼れるお姉さんってとこか。生徒に好かれるだろうなあ。少なくとも後藤がこの人をすごく信頼してるのはよくわかる。後藤のいまのキャラって、たぶん先生の影響がかなりあるんだ。「おねーさん」は嬉しい。
しばらくおしゃべりして、いま後藤はわたしら三人分のコーヒーをいれている。座ってて座ってて、と言うと勝手に棚開けて豆持ち出して、奥で勝手にガリガリやって。お菓子とかも用意してるのかな? 小皿とかカップとか砂糖とか、なにがどこにあるのか全部知ってるみたい。もう、ここわたしの部屋です、みたいな。
そういやさっき小さな冷蔵庫開けてジュース飲んでたけど、マジックで『ごとー』とか書いてあったような。お気に入りなんだろうな、ここが。
うん、いい感じの部屋だよね。さすが四階、南のガラス窓からはグランド見渡せて、青空に山並みに。
でもって壁一面充実した本棚だこと。わたしの背中も、向かいの石黒さんの背後も。
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
「どうぞどうぞ」
では遠慮なく…ふむふむ。
マイアー、ハミルトン、バロウ、ドイッチュ、トービン、ブローデル、アクセルロッド、ダマシオ、スマリヤン……お、ゲルツェン……あとこっちは…
「あー!アンドレスキ! これ最近知って読んでみたかったんですよ!」
「ああ、絶版なっちゃってるからねえ」
「図書館ではいつも借りられてるし、大学周りの古本通りでも見かけないし…ネットですか?」
「いや、この町の古本屋」
S市の古本屋なんかでも手に入るんだ。そういうとこ全然知らなかった。S市、あなどれん。
なんにしても自分用の資料ばかりか。それにこの部屋の雰囲気自体…
「ここって石黒さんだけの部屋なんですか?」
準備室のはずだよね。
「いまは、ね」
「いまは、ですか」
「もともとゼミ担当になった教員にゃ必ず準備室つくのね。ま、それでも本来は共用の資料置き場だったりもするんだけど。この学校、部屋余ってるし」
- 28 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:05
-
ゼミでも演習でも、とにかくそれで『研究室』名乗ってるんだ。そこらも大学への準備運動なんだろうな。
「『いまは』と言っても…」
「うん。たぶんゼミ外れても居座るな」
「あははは」
「てか外れることあるかなあ? ちゃんと指導できるのわたしだけだしね。ほかの教員に部屋持たせても無駄にするばっかりだし。有効活用しないと」
…なんかもう『無敵』だな、この先生は。
「そうだよー、先生はこの部屋じゃないとだめさー」
後藤がお盆を持ってやってきた。すいすいすいっと慣れた手つきでカップやらビスケットの皿やら砂糖壷やら並べていく。石黒さんの空間にコーヒーの香りがゆったり広がった。いいねえ。
「まーた本増やしたね?」
空いたお盆を脇に抱えた後藤、ちらりと棚を見渡して言った。
「ん。まあね」
石黒さんは目を泳がせた。
「五万?十万?」
「十五万…」
「つい最近…年末に十二三万使ったって言ってなかった?」
「…本って高いよね」
うわ。なんか悲しそうに言うなあ。
けど…やっぱりこれって大半が自前で買ったってこと? 特にラベルもついてないから予想はしてたけど。
「資料費なんてすぐとんじゃう。しかたないね、お勉強は金がかかります」
おー、かっこいい。
「武装は自前。ここが石黒センセイのまさに準備室ってことだな」
すげっ。後藤が信頼するだけのことあるなあ。
準備室っていうか武器庫というか根城というか。
「指導もここでしてるんですよね」
「うん、そうだね」
なにせ生徒少ないもんねー、と後藤がビスケットかじりながら笑う。
「そ。結局三四人ってとこ。受験生なのに自由選択科目で演習やる子はそんなもんよ。『マジにやります』って要綱で脅しといたし」
「あれでビビって選択しなかった子けっこういるんだよねー」
なるほど。
それにしてもわたしの隣に座った後藤、石黒さんにむかって本当にリラックスしてるよ。
- 29 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:06
-
「最初はガッコに言われたとおり十人くらい採ってさ。で、第一回目は普通に教室使ったんだけど、開口一番『どうせ全員に単位やるから出たい人だけ出て』って。次の回から場所ここに指定して。案の定、人数半分になってた。わははは」
「あれは笑ったよねー。で、ずっと毎回ここで報告報告」
「あんたは初回から皆勤だったっけ」
「そうさー」
『研究室』に三人四人で集まって、か。なんか…画が浮かぶな。高校で贅沢じゃん。
「でも五人とかそんなもんですよね、演習って」
「そ。じゃなきゃウソだよ。十人とか絶対無理」
「ごとーさんも四人くらいが居心地良かったっす」
へへ、あんたはそういう子だよね。
その後藤はソファをすいっと立つと、壁に架かってるダーツ盤に歩いてった。こっちにきれいな背中向けて矢がブスブス刺さった盤をなでてている。そして矢を一本とると距離をとってわたしの横に立った。
「そんなこんなで入り浸りだったわけだ?」
「まーね。この部屋楽しいし」
「あ、なんかわかる」
「それに…」
そこで一旦言葉を切ると、
「くだらんゴタゴタもあったしさー」
あらよっと矢を盤に投げつけた…ど真ん中。
横顔が、ふっ、とかっこよかった。気が抜けた感じ。
まっすぐ背筋が伸びて…去年会ったときもそうだったっけ。でもいまのかっこいい横顔みたいな表情は初めて見た。もともと「孤高の強さ」があるんだ後藤には。
ゴタゴタね――相当なものだったんだよね。
「でも無事卒業・入学で、だから感謝ですよ石黒先生には。市井ちゃんにもね」
にぱって明るく笑った。
明るく……まぶしいほど青い空みたいな…
ぐっと来たぞちくしょう……!
「「あんたが頑張ったからこそだよ!」」
かぶった。
石黒さんと顔を見合わせる。
嬉しいというか恥ずかしいというか……お互いに大事な後藤ってわけっすか。
後藤は一瞬ぽかんとしたけど、すぐ笑って「さんきゅ」と言った。
そして普通のトーンで、
「んじゃー頑張った後藤さんの勝利を祝して、そろそろ始める?」
…うん。そうだね。
あんたのお祝い、始めようか。
- 30 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:06
- ◆◇◆◇◆
……ぐつぐつぐつぐつぐつ。
「はいよ、市井ちゃん」
「あー、また春菊ばっかだよこいつ!…ね、どう思います?」
「いや、わたしはたくさんキモ入れてもらったから」
「なんすかそりゃ!」
ああ、うるせえ。
それはともかく、目の前では
……ぐつぐつぐつぐつぐつ。
湯気もうもう。たちこめます出汁のにおい。
もはや暖房いらず。
机の上にコンロ置いて、鍋であります。
それもアンコウ。アンコウ鍋です。
二月、すんげー寒いこの時期。
二月、アンコウまだまだ旬。
つい昨日の朝、水揚げされたやつだそうで。いやーさっすが石黒、いいルート知ってるわ。
身とキモを三人だけで1.6kg! シヤワセだなーぼかあ。食いますよぼかあ。皮もいいのよ。
見るからにすんげーすんげー上物だよね、相当な量だよね。お幾らくらいしたのかしらん。わたしら二人の酒よりゃいってるよね、確実に――
「こんどはちゃんと入れてね、ね後藤」
「ほいほい、あらよっとキモたくさん」
「豆腐じゃねーか!」
うるさいなー市井ちゃん。東京でよほど貧しい食生活送ってるのかね。
ほれ。
「ありがと…」
幸せそうに。はあ。
てかなんでワタクシが鍋奉行せにゃならんのだ。祝われる側よごとーさんわ。
「いやー、あんたすごい手際いいからさ、意外なことに」
「意外は余計」
「まあ手際いいってのは確かだよね。ゼミでも世話になったし。教室でも時々やってるんだっけ?」
いえ、やってねっす。アンコウ鍋はね。
これまでは水炊きとか鋤焼きとか。夏場にホットプレートで焼肉とかお好み焼きとか。餃子を生地から作ったこともあったっけ。生物室の冷蔵庫使ったな。
事前にブランク情報仕入れといてさ、四五人で包丁とかまな板とか鍋とかボールとか持ち込んでやっちまうのです。以前白菜の係になったときは死ぬかと思いましたわよ。学校の荷物と別に白菜丸ごとね、原付通学始める前だから自転車で。
きょうはアンコウは石黒にまかせて、野菜その他こっちもちで。包丁とまな板持込でざくざく刻みまして、さらにモミジオロシだのポン酢だのまでこさえたのだ。鍋・コンロは『研究室』の常備品。
- 31 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:07
-
「ここはまだしも教室で鍋かー。教師的には本当はどうなんです?」
「まるで問題なし。わたしも七輪でサンマ焼いたりしたな、屋上でだけど」
わはは。こないだキノコ焼いてたね。炭火焼。
「ただし教室で花火はやめとくように」
……すんません。でもドラゴン花火で天井焦がしたのは後藤じゃないんです。線香花火の赤い玉で床にちょっと根性入れただけです。
「おー不良だ不良だ放火魔だ、ああ悲しい」
「酔っ払いは黙ってシラタキ食ってなさい」
「酔ってないよ…まだね」
ったく、午後とはいえまだ二時半よ? 酒くらってんじゃねっつの。
「やっぱおいしいわけ? その酒」
「ん。わたし自分でこんなの飲んだことないもん。石黒さんに感謝!」
「どういたしましてー」
「じゃーわたしもちょっとくらいさ…」
「「ダメ」」
ち。市井ちゃん姉貴きどりかよ。
石黒もここらへん絶対引かないもんな。
「林間学校のとき男子にライターうながしてたじゃん…」
「ライター持ってるだけは別にオッケー。生徒=火をつける人、わたし=吸う人だから」
「なんじゃーそりゃ」
どうもしっぽをつかませないよね、この教師は。
でもあれよ、ガッコの外じゃ普通にビールだワインだ飲みますよ、後藤さんは。
「だから?」
……。
「卒業したらさ、飲もうや。いっくらでも」
いや卒業しても未成年なんですけど?
「だから?」
…参りました。とりあえずいまは引き下がりますわ。
「うん不良はいかんぞ不良は。もうおねーさんが『歯ぁ食いしばれ』とかやっちゃう」
「そんなこと言ってるとあなたもぶん殴られるよー。この子のダイナマイトパンチすげーから」
…やはりその話ですか。
まあそんくらいあっさりネタにされたほうがいいわな。ほれ市井ちゃんもいまさらぎこちなくならないで、のってけのってけ。笑い話始まりー。
- 32 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:08
-
えーえー、人をぶん殴りましたわ。ごとーさん、黄金の右。
いやその、高校入ってから一年半ほど、年上の浪人生と付き合ってたんだけど。アホすぎるあれこれで切りまして(はい、わたしもアホですがそこはスルー)。くだらん男だったなあ。で、そいつのことを去年、ぶあちこーんと。会心の一撃。
だって、ふったあとそいつやらそいつの取り巻きやらがうざいことになっちゃってさー。うん、すったもんだがありましたってやつで。これはもうやっちまうしかと。他の連中にも見せつけてあげました。
「生徒に聞いたけど、クリティカルヒットだったんだよねえ。あいつしばらく血尿続いたんじゃないの。そりゃもうそのたびに地獄の苦しみでございましょうよ」
「血にょ…後藤あんた、ぶん殴っただけじゃなかったの?」
はい続きがありましたよ。必殺コンボ。
『ぐにゅ』ってつま先に伝わった手ごたえってのか…感触。まーだくっきりと残ってんだよね。気持ち悪ぃー。あ、やっぱどっ引きだね市井ちゃん。だから言わなかったんだけど。
「いいのいいの。もうね、堂々男子は死んでも良い、粘着野郎は死ぬがよい、てなもんですわ」
「おう、死ぬが良い」
「よく言った!」
笑え笑え。わはははは。大笑いの午後。
ま、これがへたしたらストーカーと化した野郎に殺されたりするんだろうけど、そこは後藤さん、相手見てやってるんで。そうなることさえできない半端もんだってことはわかってたからさー。
けど石黒には迷惑かけたろうし、なぜか補導もされなかったし、てかうざいゴタゴタがあのあとピタリと止まったのって――
「うんうん、不思議だね。なにがあったんだろうねー」
だからその笑いかた怖いって!
この教師は本当に底が知れない。味方でよかった。なんだそりゃ。
うむ。
わたし、性格がちょっとアレなのがこの『自由』な高校でドライブかかって、三年間おバカも山ほどありまして。受験生になってからさえおバカやらかしまして……やらかしまくったなあ。アホな浪人とナニしたりとかさ。
だけど石黒、
『わたしは、あんたのその性格、好きだけどね』
『後藤のその性格、すごく大事なものだから』
なんて言ってくれたのだ。ほっとしたなあ。
で、いまやとりあえずの山を越えたものね。石黒のおかげだよ本当。
- 33 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:09
-
あとやっぱ……
市井ちゃん、ありがと。
おねーさんじゃないおねーさん。
友達みたいなおねーさん、じゃなくて、おねーさんみたいな友達。
深いところで支えになってたと思うのさ。
頑張ったのはごとーさん。
助けてくれたのは石黒。
でも、ごとーさんの中で支えてくれてたのは、きっと市井ちゃん。
ありがとー。
- 34 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:10
- ◆◇◆◇◆
実のところそうたいして飲んでるわけじゃない。
もっぱら飲んでるのはわたしら二人の目の前に座ってる先生でさ、まったく強いのなんの、いまは奥から出してきたポーランド産95度のウォッカとかいうのを平然とグイグイ空けてるしバケモノだこの人…違う。
酒飲むよりうまい鍋がっつくほうが忙しいわけだし…いやいや。
そんな酔うほどじゃないんだよね。いい酒は悪い酔い方もしないです…じゃなくて。
…やっぱ酔ってる?わたし。
自分テスト。
『Q.姜尚中は――』
『A.Gacktに似てる』
酔ってません、よし。
…えーと、酔ってないのに。だ。
またぐっと来てしまったのです。
後藤の「くだらんゴタゴタ」を面白おかしく聞いてさ、後藤はなにしろぶっちゃけるし石黒さんも話が上手いし、最初引いたけどアルコールも手伝ってゲラゲラ笑ってた。すんごい笑えたんだけど……。
楽しい中、後藤がほんと「ポツリ」って感じで、
『ありがとー』
なんて言うのさ、こっち見て。
ほのぼの?しみじみ? なんだろう。
にぱって笑ってさ。
ああ、こいつやっぱ素直だよなあ。
とか思うのであります。
この子、なんでも正直にぶった斬る性格だけど、要は素直で。笑う表情はおどろくほど昔のままだ。
素直なこいつが大変なときわたしは東京で。離れたとこからお互い眺めて、それが大人のわたしらだもん、そうじゃなきゃいけないしそれが良かったんだし、うん、納得してるけど……離れてたこともひっくるめて『ありがとー』って言われるともうさ、おねーさんはさ、ぐっとくるわけよ。
きみの門出に、も一度乾杯だちくしょう。
頑張ったきみに乾杯!
- 35 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:12
-
「そうそう、全てはワタクシの努力の賜物です」
「「言うねえ」」
そうこなくちゃ。あんたが一番頑張った。
「ま、努力できたのはあんたらのおかげっす。努力・友情・勝利ですよ」
へへ。
船出する君、行く手は静かな海、君が嵐となるだろう。暴れなさい。
手酌でもう一杯石黒さんウォッカもらいますねうげなんだこれ消毒液?注射するときのにおいだ喉がやば…お腹が熱い……あ、後藤ね、うん、さあ行け出撃だお前が船長だお前が舵を取れヨーソロ漕げよ漕いでくれお前が漕がなきゃダメなんだ漕げ漕いでくれ船長だ
「あなたは?」
「はい?」
おうっと脳が分母0みたいになってたよ酒まわったかやっぱり石黒さんなんて言ったっけ
「始まりはあなたもでしょ。大学生のある意味、出発。新展開」
「えーと…ああ、そうかも」
「言ってた言ってた市井ちゃん、ゼミこそが大学だって自分は三年から始まりだって」
そうそうそう。
なんか脳みそ戻ったよ。
大学、始まります……まあ就職活動するにしてもね。
「じゃゼミも就職に強い先生のとこにした?」
今度こそ酔いが醒めた。
「先生ちょっと気が早いよー」
「いやいや、普通だって」
「…あーと、結構面倒見いいかも。学者として一流だけどそっちの目配りも利く人なんで。@%って人ですけど」
学究肌なのに理詰めでリアリズム。人気のセンセイだから定員十人に四十人くらい応募あったけど、面接もしてくれないでコンピュータ抽選一本。それが平等だからって……まあ通ってよかった。
「はは、変わり者だって話は聞いたことあるよ。脳ミソ優秀でマシーンみたいな合理思考、なのに妙に人間的魅力のあるヘンテコな人だってね」
「そうそう、そうです」
「抽選通ったの浮かれて電話かけてきたよねえ。こっちゃ本番直前の追い込みかけてたっての」
ごめん。いやほんと嬉しくってさ…すまん。
「でもその人の研究室入ろうとか考えてないわけだ?」
え、えーと、うー…ん。まあ。そうなりますね。
- 36 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:13
-
「うん、それがいいよ。即答できないなら選ぶ道じゃない」
「出た!石黒センセイ出た!」
「いやいや真面目な話。『入院』はお勧めしないな。意味わかるよね?」
「『入院』……」
そういや「新入り(予定)歓迎」の食事会で言ってたよな、あの人。『院志願の学生に気軽に「頑張れ」なんて言う同僚たちの無責任さが理解できない』『自分は「やめておけ」と言う』、だっけ。
「市井ちゃんも社会人予備軍かー」
「ん」
「でも市井ちゃん器用に見えて世渡り不器用てかマヌケだからさー、卒業即失業にならないか心配だよ、あ、ほんとうまい」
うっさいよ。てかお前、最後普通にわたしのコップから飲んだよね? そんなに入ってなかったけど。
「就職するなら東京? 大阪・京都…ともかく県外かな?」
「たぶんそうなるかと。ほんとどこも職ないですし」
「まして浪人してますしー…痛いー」
昔はもっとつねり甲斐があったよね、あんたのほっぺた。へへ。
それにしても社会人予備軍だよねえ。
国Tとかなぜか考えもしなかったな。お勉強サークルは肌に合わなくてすぐやめたし…異常に優秀だった先輩は現役合格して、いま某官庁で死ぬほど(マジ)働いてますけども。この市井ちゃんは証券会社か銀行か保険会社かコンサルか…なんかドキドキしないな。
むう。
「S市戻ってきたら?」
「は?」
「おー帰ってこい帰ってこい家事手伝いしなさい」
いやあんたは野菜つぎたしてりゃいいからそれとモミジオロシ持って来い…えと石黒さんなんておっしゃいましてん?
「この町でも面白いことはできるってこと。ほんとだよ」
「えーと…」
「心当たりは色々あってね。なに、S市でってことじゃなくても県相手に動きようはかなりある。まあ外で大企業相手のコンサルもそりゃいいけど」
おいおいなんか話がえらい飛び始めてるぞ。石黒さんも酔ってる?いや大真面目だなあ。
「あなたにとっちゃ二年先の話だけど、そのころにゃもっと地盤固め進んでるかな…とにかく優秀な人手を必要としてるのさ」
「おお!?」
おー、なんかドキドキがあるぞ。梁山泊ですか石黒さん。
- 37 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:14
-
「市政に関わる話、あるよ」
「マジっすか?」
「マジっす」
ほほー。
「県政、さらに国まるめこんだりして」
おお!おお!
「なにしろね、このS市にゃ『すごい人』がいたしね。マジ」
「いいっすねー」
「いいでしょー」
いいじゃないかうむ
「そこまで!!」
うぉっと後藤いきなり大声出して
「出たよ!! 今度こそ石黒センセイ出たよ! 市井ちゃん気をつけな!?」
へ?
――ん? 石黒さん、いま『ちっ』って言った? 舌打ちした? 舌出してる?
「ダメだよ先生、こんな素直なお調子者おだてちゃ。市井ちゃんペンギンなみに警戒心ないんだから」
「…いや結構本気の話なんだけどなー」
「『結構』でしょ? センセイの『結構本気』でしょ? それ普通は『煽り』って言うんだよね」
「心外だなあ」
「ニヤニヤしながら言わない!」
とはー。しゅしゅしゅしゅしゅーって我に返ってきたよ。ペンギンだよわたしゃ。
「いまの、大事なことだったからね」
「「は?」」
落ち着いた声で言われた。後藤までわたしと一緒にきょとんとしてる。
目の前は、ニヤニヤじゃなくてにこやかな表情の石黒さんだった。
「石黒先生は頼りになるし信頼できるけど、その石黒先生の言うことでも話半分にしないとだめ」
「はあ」
「でも今の話、ワクワクしたでしょ」
「ええ、そりゃまあ…」
「それもまた必要なこと。とてもね」
ん?ん?
「こっちにも道はある。ペテンじゃなくちゃんと有望な道。でも決めた結果が降りかかるのは自分自身。それともう一つ。腕を揮える予感にワクワクして武者震い、はやる気持ちは大切だし、それがないと始まらない。けど『ちょっと待てよ』と踏みとどまって見るのも大事。ね?」
あ、なんかわかる。後藤もうなずいてる?
なるほどつまりこうして――
「なんだ去年と同じようなこと言ってるよー」
「うん。一昨年もその前の教師なりたてのときも言ったよ」
後藤のことも元気付けてくれたってことだ。
- 38 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:15
-
「去年はスカウトもしたしね」
「されたされた。高三受験生なのに。あは」
「動きようはある。ほんと……けど…まー下から・中からとは別に外から・上からてチャネルももう少し確保しとくかな……」
考え込んでるよ。
「うん、あんたらS市なんかに戻らないで外で経験積みなさい」
「「どっちだよ!!」」
やれやれ。
ま、とりあえずわたしゃもうしばらく東京の大学生で、後藤も東京者になってと。
「そ。市井ちゃんと同じ東京暮らし」
だよね。まー全然会わないかもしれないけど。
しかし社会学部ねえ。行き詰まった「死に体学問」に本当に飛び込むとは、意外だわ。
「政経なんてインチキ学部よりゃよほどましだっつーの」
んだとー!…いや確かにそうなんだけど。いやいや。
どう思います?
「どっちもどっちってとこかな」
ちっ。
「でもこの子がいくとこは面白い教授がいるからさ」
「そーそー市井ちゃんにも話したよね。■○って人」
ああ、なんか大風呂敷広げてる人だっけ…おっと口が滑った。
でもニンゲンも地球に生まれた生き物だってところから始めて、自然・社会・人文を全部まとめあげる……んでしょ? 大風呂敷だと思うけどなー。
まあ、反経済学のエセ学者たちをボコボコに論破してた雑誌論文は面白かったよ確かに。うちの学部のタレント教授が名指しでコテンパンにされてたのには友達みんな笑った笑った。そこに乗り込む意気やよしですか。
けどあの大学のあの学部でしょ?
さぞかし浮くだろうなあ、後藤は。
「うん、そう思う。キャンパス歩いた感じだとびっくりするくらいダサかったもん。地味ってんじゃなくてイモ。周りの受験生までみんないずれ劣らぬイモ揃い。学部がレベル高くなかったら眼中になかったよねー」
うーむ…。
「でもって、ご近所のオボコ丸出し高偏差値女子大と仲良くしてるんだと。合同ゼミ、飲み会じゃなくお茶会。ヤラハタ同士で。うぎゃー」
…浮くだろうね。
- 39 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:28
- ◆◇◆
いま目の前では、石黒さんが五合炊き電子ジャーの内釜を小脇に土鍋にどかどか冷や飯を投下してるのだ。「最後はこいつで締めないと」とか言いながら。わたしゃお腹一杯です。後藤は少し前にふらっと部屋から出たきり。
「わたしは心配はしてないな」
土鍋に蓋して釜を下げてきた石黒さんに、さりげなく言われた。
「は?」
「あの子、あんな調子だけどバカじゃない」
あ、その話ですか。
「お勉強のことじゃなくて人付き合いね。芯がしっかりしてるよ…あなたのほうがよくわかってるか」
「…あいつは安定してるようで危なっかしい。けどそれ以上に、危なっかしいようで安定してる。そう思ってます」
「さっすが」
「おねーさん」ですから。へへ。
「距離感わきまえた『おねーさん』…『おねーさんみたいな友達』ね。よく聞いてたな。聞いてたとおり」
「どんなです?」
「『かっこつけでかっこよくてマヌケで素直。天才肌でも秀才肌でもなくて努力肌、努力嫌いな努力家。一番“普通”な人。いつでも“普通でいられる”人』」
うわ…ヘコむなちくしょー。
「いや、とても大切なことだと思うよ。だからこそあの子、あなたになついてる」
「ですか」
「そういう人が一緒に東京にいるってことでね、余計安心。どうせあの子大丈夫に決まってるけど、それでも安心」
じゃ、わたしも石黒さんの印象を…
「聞かなくてもわかる、『冷静沈着・堅実無比、頭柔らかくてざっくばらんだけど馴れ合わない、むちゃくちゃ頼れる“かっこいい人”』でしょ」
かなわんな、ほんと。
「…そういう人が先生で「おねーさん」も安心でした」
「そうゆうこと」
二人で笑った。
やっぱりわたしらにとって大事な後藤ですな。うむ。
- 40 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:28
- ◆◇◆◇◆
夕方…もうかなり日も傾いてる。
もう青空じゃないかなあ。ちょい群青色ってんですか? 寒い色。
寒いー。足踏み足踏み。コート持ってきてよかったよ。
『研究室』出たすぐ横手のドア開けて、屋上にいるのだ。石黒の部屋と同じ、わたしのお気に入りの場所。
鉄の扉ギギィーと開ければざっと風が吹きつけて。
西のはしまで50mほどもスッパリ広がる。お空のテラスが続いてく。三階の屋根にいるってことだけど、まわりに高い建物なんてないからねえ、ここが空みたいな感じなのさ。ふひょー。まあイナカだよね。開けてはいるけど畑も見えれば山も続くよ。
サビの浮いたグレーのペンキ塗りの低い柵が囲んでて、粗いコンクリのそこここに雑草など見えたりして。焼却炉の煙突と非常階段がいいコントラスト。はしっこになぜかある古タイヤはよく蹴っ飛ばしたりぶん殴ったりして遊んでました。
そんなお気に入り。
寒いけどさー。
寒いけどもここに出たくなったのだ後藤さんは。
いろいろ思うところがありまして。
まずは、ほんのちょっと酒かすめて飲んだし。石黒が目を離した隙に。わたしらが持ってきたやつはほんとうまかった。でもなんだあのウォッカは。保健室のにおいがしたよ。とにかくごくごくちょっぴりの酒だけどもね、外で足踏みしたりして。
それにほれ、ふと一人になりたい時っての、わかるかな? ふっふーん。
これが大人数だと余計そうなんだけど、わいわいやってるとこう、頭を冷やしたくなる瞬間がふいにやってきたりするでしょう。しますわよ。たった三人でもね。そんな後藤さん。ああここの広がりいいなあ。両手広げてくるくる回る。
あとやっぱ、二人に気を使ってあげたのです。
二人の大事なワタクシについてお話したいでしょうし? そんな微妙な空気を察してあげる気配りって素敵。ケンカをやめて二人を止めてわたしのために争わないでなんて罪な後藤さんとくらぁ。んなわきゃないんだけど、んー、わたしちょっと自分カナメのそういう空気苦手。あんたら二人で仲良くお話してて、と。
…はい、これが一番っす。
逃げ出してきました。
- 41 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:30
-
いつでも、休み時間でもたいてい人がいる場所だけども、いまはいい避難所です。
抜ける抜けるよどこまでも。
いやー上は真っ青だ。暗いけど青い。
ずーんって落っこちてきそうな青…んにゃ、見上げてるわたしが落っこちていきそうな、青。恍惚と不安。
寝転がるとなおさら感じるよ。ああ、ワクワクしてる。
冷たいコンクリにコートのまま寝転がってると。
寒いよバカヤロウ。
はしっこまでだーっと走ってまた走って戻って三往復してタイヤにキックくれて痛いーああ空は暗いな青いなー柵をあらよっと越えて屋根の際1mくらいの出っ張りに腰をおろす。そんな飲んでないし、いい加減酒も抜けてるし。柵の上を歩くみたいなことはしませんよ。うーん、目の前のイナカ町よもうちょっとしたらしばしお別れだぜい。
わたしはお別れして、でも市井ちゃんの方はほんとに戻ってきたりして。やばいよやばいよー。後藤さんまで戻ってきたりして。うぎゃー。どうするよS市? のんびり夕方まどろんでる暇はないよS市? でもまどろんでるねー。
寒いけどもー。
「なるほどね、いい場所だわ」
『ふいに後ろから声がした』とかだとかっこいいけど、ほら、ドア開く音してたし普通にコンクリ踏む足音聞こえてたし。市井ちゃん登場です。
「うー寒む!…もうおじや出来るよ」
「ほいほい」
わたしが背中預けた鉄柵によっかかってる市井ちゃん。足元はスリッパのままですかお行儀悪い。見上げると、少し暗くてわかりにくいけど…おうおうすっきりしてんねー。いろいろお話できたんでせうな。
「恋敵とはわかりあえまして?」
「アホ」
アホとはなんだ。
組んだ両腕にあごのっけて見下ろすしぐさもようござんす。
「わたしら二人の可愛い後藤は大丈夫だって話してた」
「気持ち悪ぃー」
「気持ち悪いとはなんだ」
いてぇ。ツムジをこづかないでいただきたい。
あんたら二人の可愛い後藤さん? サブイボですよ。やっぱ逃げ出して正解だったわ。いや二人だけだからそんな結論になったのかしらん。本人のいないところで二人して妄想の中のワタクシを思う存分…うぎゃー。
- 42 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:31
-
…じゃなくて。
よかったー。石黒と市井ちゃん、気が合う感じじゃん。てか気のいい市井ちゃん、石黒にゃオモチャかもしらんけど。わはは。
うん、遊ばれてるよ気をつけな?
「ああ、さっきの『ここに戻ってこないか』ってやつね…はは、面白いよねえ、あの先生」
「この町が面白いらしい」
「わたしらにはわからんよね。あの人が外からきてるからそう思うのかね?」
わがんねっす。わたしもここは好きだけどね。でも後藤さんはともかく外に出て行くだけなのだ。
新しい世界が開けますよきっと。この高校入ったときみたいに。ワクワクしてきたー。
♪君ーだけーを待ーってるー なにかーが あるぅはずー……ってね。
「年老いた大地を思いきり蹴って、星たちのかなたへ飛び立つわけだ」
そういやこないだDVD買ったとか言ってたっけ。この町が年老いてるとは思わないけど、まあそんな感じ。
背中の市井ちゃん、あらよっと柵を越えて隣に立った。ちょ…あなたはふらついてるから危ないって!スリッパ履きだし…大丈夫か。あ、でも腰おろしたりしないでね? 屋上の柵の外で二人並んで越しおろしてるなんて、画的にあまりにもまんまで恥ずかしいから…いや一人が立ってるのはよけいどうだろう?
「わたしも始まり、後藤も始まり、ね」
「…だね」
ほんのちょっとだけ。
なじみの町を見下ろして。一足先に出てってる『先輩』と並んで、ほんのちょっとだけ黙り込んじゃったり。微妙なもぞもぞ。この時期だからだろうなあ。三月四月じゃ、お別れも出発も本当に始まってて、たぶんこんな気持ちはどっかいってる。
「もう酒、抜けたでしょ」
「ん」
「『自分は見てないから後藤が酒飲んだわけないけど、酒抜けてるはずだから戻って来い』ってさ。石黒さん」
お見通しかよ!
ま、そんなこったろうとは思ってましたよ、ええ。
- 43 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:32
-
さて。
ぐるっと空から町から見渡して。「始まりかけ」の気持ちになし崩しでさよならする。
本当の始まりの前の、小さくしみじみ、大事な気持ち。
大事だけど、大事だから、始まるためにさよならだ。
かっこよくさよならなんかじゃ、かっこ悪い。おじや食べになし崩しでさよならだ。
市井ちゃんもわかってるみたい。さすが「おねーさんみたいな友達」。
となりでヨタついて柵を越えて、ほんと危ない。かっこ悪くてかっこいい。
さて締めだ、また食うぞー。てか寒いよバーロー。
おや市井ちゃん半泣きみたいにしてるね。
うんうん、季節だもん始まりだもん。
ワクワクすりゃあ、胸がくすぐったくもなるでしょう。
……ね?
- 44 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:33
- ◆◇◆◇◆
暗くなりかけた屋上、柵の向こうで座り込んだ背中を見たとき、ぐっと来た。
そのあとこっちを見上げたいたずらっぽい笑顔にも、町を見渡す横顔にも……いちいちぐっと来た。飛び出していこうっていう、これから始まる気持ちがみなぎってんだもん。
わたしもおんなじ。わたしら始まるぞ後藤。
けど、ああ、このワクワクも、本当に始まったときはウソの気持ちなんだ…ウソじゃないけど、コドモの気持ちだ。それを後藤はわたしよかずっとわかってやがる、ちくしょう。
目の前、鉄のドアに戻ってく後藤の背中。
かっこいい。凛々しいなあ。
強くて孤高だ。いや、友達いないなんてこたぁないんだけど、でも孤高だよ。気高い、か。
何度でも言いたくなる。
『負けんな』
『負けないだろうけど、負けんな』
脈絡なくなってきてるけどだからどうした石黒さんの酒に付き合うなんて無謀なことやらかしたんだああわたしはいまこのこをせかいじゅうにじまんしたいきぶんなのだなあごとう……うわ
“ね?”
て笑ったよこいつ
わかってくれてる笑顔だ そうとも始まりはせつないのだ
さんきゅーごとう ここでけりをつけるよわたしは
二人並んで。
鉄扉が閉まる。
背中で青い空のテラスが見えなくなる。
ズシン……
さーて。
前を見ようか。
お楽しみはこれからだ。
- 45 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:34
- ◆◇◆◇◆
市井ちゃんと二人して『研究室』に戻ると、石黒は勝手に食べ始めていた。
けしからんと言うと、わははと笑った。
食べるのはもっぱら石黒とわたし。
わたしは若者なのでどんどん食べて明日に備えるのだった。掘り出し物のでっかいキモに身。うめー。市井ちゃんはちょこちょこ箸つけて、もうお酒飲まないでお茶にして、こっち見て笑ってる。おー、いい感じに凛々しいねえ
石黒は、男子は三日会わざればだけどあんたら二人は三分ちょっとだね、とかわけわかんないこと言ってニヤニヤしてた。
片付け終わっておいとまするとき。
石黒、真面目くさって
『あらためて、おめでとう。君ら二人、ますますのご健闘を祈る』
とか言った。さすがぴったりくる言葉使うねえ。
ドアのとこで市井ちゃんと顔を見合わせて、意味もなくハイタッチ。
石黒は両手でわたしらとハイタッチ。
おーーっし! 来てる来てる来てる来てる!
気合ですよ気合。
ええ、見てなさい。
世界よ、待ってなさい。
みなさん、ついてきなさい。
やりますよ、わたしらは。
- 46 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:35
- ◆◇◆◇◆
夕方てかもう夜の中を、二人で自転車。
暗い中にキラキラ星。用水路沿いの道路をまっすぐ走る。
寒む! 顔が痛いくらい。バイクだったらもっと寒かったろうなあ。
終わり一時間くらいはお茶してたけどやっぱまだふわふわしてる。蛇行しないように妙に頭が冷静になってると思い込んでるのが酔っ払いのしるしなどという典型的酔っ払い思考。
きょうはなんかいろいろあったよ、うむ。
いろいろ感じた、考えたというか。
もちろんね、まだまだこれからよ? いろいろあんのは。
水の音に並木の葉擦、そんな気配が、寒い中むちゃくちゃ熱い。
うおりゃー!って叫びたい気持ち…以上に、静かに燃える気持ちだ。
隣を走ってる後藤は、ああ、背筋伸びた若人だねー。
若人よ来なさい東京に。受けて立ちますよ「おねーさん」は。
暗がりの中、あんたほんといい表情してる…わたしも同じだよね、後藤。へへ。
そしてさ、ますます思うんだ。
強く強くなってるんだ、胸の中で。
わかるよね?
きっとあんたと同じ、この気持ち――
『お楽しみは、これからだ…!』
- 47 名前:「5. Memories Of Blue」 投稿日:2004/04/05(月) 02:36
-
5. Memories Of Blue
−了−
- 48 名前:_ 投稿日:2004/04/05(月) 02:37
-
…………
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/06(火) 21:46
- よかった、更新というか新作が来てくれた。お待ちしてました。
自分が高校生のときにはそんな魅力的な先生いなかったかなあ、とか思ったりしました。
すいません、ありきたりの感想で。
ともあれ、春らしい門出の話を読めてうれしかったです。
ありがとうございます。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 02:42
- やっと見つけた
- 51 名前:6. Garden Of Senses 投稿日:2004/04/26(月) 04:44
-
「6. Garden Of Senses」
- 52 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:45
-
――――――
その少女は静かに目を閉じていた。
とほうもなく巨大な、とほうもなく歳を重ねた樹。
その逞しく盛りあがった根に腰をおろし、幹に背中をあずけ……静かに、目を閉じていた。
腰かけた根元は柔らかく苔むし、背中の幹は歳月を固く閉じ込める。
緑の時。
少女はゆるやかな時の中に眠っているよう。
すらりとのびやかな肢体と肩から首へのきゃしゃな線。
素直に流れる黒髪。切れ長の目と細い鼻筋、ひかえめに微笑んでいるかのような唇。
涼やかでしかしあどけない表情。
彼女の周りで風は静かに木漏れ日は柔らかく……
―――きれい
と、思った。
――――――――――――
- 53 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:47
- ◇◆◇◆◇
桜吹雪。
桜の天蓋。
咲き誇りまた散りゆく、無数の花、花、花。
淡いピンクの世界。
桜の空間。
……
やわらかな黒土を敷きつめるように花びらたちは舞い落ちる。
ざーっ…と吹きつける風に乱されて、枝は鳴り、しなり、大きくうねる。
ざわわ、とうごめく。
それは桜迷路。
といいつつ、だだっぴろいわけではない。樹も何十本もあるわけではない。
しかし春の陽気と風のざわめきのなか、大きく広がりすべて包みこむような枝ぶりと舞う花びらたちが織りなす空間は、やはり桜迷路だった。
そこを歩く少女が一人。
まるく柔らかい顔立ちの少女。愛らしくそろえられた前髪の下に、はっきりした眉とおっとりした眼差し。その目線でなにかを探しているようだった。さまようように、確かめるように、あちらこちらをゆっくり見渡し、そして一歩一歩確かめている。
何度目だろう。また見渡し、見上げたところだった。
見上げたところ。二抱えはありそうなでこぼこ・ごつごつの幹をねじらせる桜の樹が四方に枝を張り出した、その下から三番目か四番目の、まだまだ太い樹の股のあたり。
そこを見つめたまま彼女は、少しのあいだ動きを止めて……
ほー、っとため息をついた。
一緒に浮かぶ微笑みは、なつかしみのような、安堵感のようなものを感じさせて、しかしどこか苦笑のようでもあり。顔をほころばせたまま口を開く。
「なにしてるの?」
「……」
彼女にとっては予想通りだった。
ゆっくり近づいて、真下からもう一度。
「こんなところで一人で、なにしてるの?」
「………」
- 54 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:48
-
こんどこそ苦笑い。
すぅー…と思いきり息を吸って、
「な・に・を・し・て・る・の・か・な?!」
枝鳴りもだまらせる勢いのおっとり声、わんわんと響いた。
「ねえ! なにを…」
「……さゆみうるさい」
ようやく返事がきた、樹の上の相手から。細い声、というか聞かせる気のないような声。聞きたければ聞けばよかろうという声。
ならばやりたいようにやるだけ、だろう。
枝と花びらで少し隠れ気味の相手…というか隠れようとしてるのか。ともかくその相手にとりあえずの声をかける。
「気持ち良さそうだよねえ、そこ」
「……」
「わたしもそっち行くね?」
「…やだっ、一人がいい」
今度ははっきり主張する声だったが、構わずに幹に足をかける。
「道重、行きまーす!」
身なりは運動靴に長ズボン。ルートはでこぼこねじれて傾きもある幹、すぐ届く手近の枝。ぐんぐん登っていける。粗い樹の肌の手触りを思いきり感じながら、道重さゆみは上を目指す。
靴底で盛大に樹の皮が削れて、小枝はポキポキ折ってしまって。少し申し訳ないけどとにかく、桜色の中ぐんぐん登る。二段目の枝、そこから左足踏ん張って片手だけで支えて、と。
「もうすぐつくよー」
「……」
「よいしょっと、もうちょい」
「……」
- 55 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:49
-
はー、やっとついた、と言いながら、さゆみは確保した場所に腰を預ける。下から数えて四段目の太い枝に立ち、途中で分かれている幹の股に落ち着いて。
見渡すと――
ここは、桜の空間。
桜吹雪……桜の天蓋。
咲き誇りまた散りゆく、無数の花、花、花。
上下左右・見回し、見上げ、見下ろしても、淡いピンクの世界。
隙間から覗くのは晴れわたる青い空。
穏やかな日差しが降り注ぐ。お日様の肌触りはしっかりした暖かさを伝えてくれる。
「おー……いい場所だよねー、うんうん」
思わず漏れるため息。おっとり声がますますおっとり。
そんなさゆみの相手は、真横よりは少し上…斜め上あたりに陣取っている。大枝にまたがって幹によっかかり、横手に飛び出した枝に手をかけて。
木漏れ日の中、なにか言いたそうに、しかしだまってこっちを見ている。目も鼻筋も口元もなにもかもが、品よくほっそり・すっきりとまとまった顔立ち。上半身はジャンパー着込んで、でも少し肌寒いなか白い短パン履き、軽そうなジョギングシューズという、その少女。
口をむにゃむにゃさせて、じっとこちらを見つめてくる。見つめてくる。見つめてくる。
無言の抗議。
「いい場所だったのに…」
有言の抗議。
しかしさゆみは構わない。あくまでマイペース。
「きょう卒業式の直前予行でしょ。ダメじゃんこんなとこいたら」
おっとり少女などにつっこまれて、相手はますます不服そう。
- 56 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:49
-
「なら二年だって…」
「はあ? 『送る会』じゃないんだよ? 二年はクラスの代表二人だけが最後の様子見するだけなんですー。知らないの? 知らないよね。聞かされてないよね。というか聞いてないよね。これだからまったく…」
「さゆみうるさい」
唇をとがらせて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
ああもう、この人は。
さゆみはまた苦笑…するとさらに拗ねてしまうから、心の中で思いきり苦笑。
やれやれ。あさって卒業式をむかえる、一学年上の人間とは思えない。自分がポンポンつっこめるのはこの人だからこそ。まったくヘンテコな友達。いい友達。
「いいよどうせ予行だし。『亀井はバックレるかなあ、バックレそうだなあ、バックレるよなあ、でもいいかなあ』とか先生言ってたし」
「……」
「あさってだって別に出なくたっていいし。出ないし。先生、『亀井は出ないかなあ出ないかもなあ出ないよなあ』とか言ってたし」
……ああもう、本当にこの人は。先生、半泣きだったんじゃないの?
そう嘆息する少女、道重さゆみ。S市内の中学二年生、十四歳。
彼女にため息つかれる人、亀井絵里。さゆみと同じ中学の三年というか卒業目前の十五歳。
卒業式の直前予行は遠くにおっぱらって、桜の枝に腰掛けてる二人の少女。
二階建ての高さの枝と花びらのあいだから、真下の地面と真上の青空。向こうに道路や住宅を見晴らせる。
桜につつまれて枝を抜ける涼風の中。
木漏れ日ひなたぼっこのゆらゆら三月。
- 57 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:51
- ◆◇◆
三月下旬。
N県S市の冬は人に厳しいが、春も幕開けとなったら手の平返す。陽射しは弱くても透明じゃなくて肌触りがあるし、風は痛い冷たさがどこかいってしまう。つい先月が春一番吹きながらも凶悪な寒さだったのに、いまやどこか芯のある温もりを感じさせる。まあ、それでもこの時期にここまで桜満開というのはわりとめずらしい。記録では三月十四日に開花した年もあるらしいけど。
ここはそんな春先の神社の境内…というかほとんど公園というか。
キックベースくらいできそうな敷地に十数本の桜。そのほとんどがかなりの大木だった。満開の季節ともなると見事な眺めだが、ごったがえしもしない。のんびり花見にくる人が何人かいるくらい。桜の名所はちゃんとよそにあるS市だったし、神社さまには遠慮する人たちばっかだし。そしてなにより平日に花見は普通やらない。
だから静かな桜迷路。
あらためてさゆみは、ふにゃーとあくびみたいにため息を浮かべた。
「ここいいよねえ。こんなに桜咲いてるのに人いないし」
「さっきまでは人いなかったんだけど」
「……」
カチンときたりはしない。というか面白い。というかこんな人物だからこそさゆみは友達になった。それでも、やれやれとは思う。
こっちを見もしないで、いつものわかりづらい表情のまま樹皮を爪でガリガリやってる絵里。
『あっそ、じゃーね』とか言ってやろうか?と、さゆみも一瞬思う。けどそうしたらどうなるか予想すると…ああ、やれやれ。めんどくさい。この亀井絵里という子は。でも、面白い。
- 58 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:51
-
「この枝、わたしの場所。わたしのお気に入り」
自分がまたがった枝をぽんぽんと叩く絵里。こちらを見下ろして得意そう。さゆみはわかる。微妙に緩んだ口元とすましたキツネ目を見ればわかる。なにより、人に自分から話しかけるのは彼女にしてはものすごいサービス精神。へらず口たたいても機嫌は言いようだ。
「座り心地と周りの枝の形と、あと高さ。一本一本全部確かめてこれが一番って決めた」
誇張でなく本当に確かめたのだろう。この境内にある全部の桜の、全部の枝を。一本一本念入りに念入りに、何度も座りなおして…。目に浮かぶ。
さゆみもさすがにあきれて『よくやるねえ』と言いたくなるが、口を挟まない。機嫌よさそうにしてるときは喋らせておくのが一番だとわかってた。喋りなさい。
「わたしだけの場所だったのに、さゆみに知られちゃったなあ。あーあ」
「……」
「もうこの枝はしかたないから、さゆみもあとで座っていいや。それにあと四つくらい『わたしだけのいい場所』あるもんね。うん、さゆみには教えてあげないよー。でもまた邪魔されるかなあ、やだなあ」
――ああ、こいつやっぱりちょっとムカつきます。
と思いつつ、確かにそこは「絵里の場所」なんだ、とさゆみは納得している。彼女がいなければきっとただ普通の木の枝で、彼女が座ってみてはじめて特別なんだとわかる、そんな場所。絵里が特別なのか場所が特別なのか。それはわからないしどうでもいい。
さっき樹上に彼女を見つけたときは見とれてしまった。
樹と風と花びらと一緒になっていた少女。
ずっとそこにいたような、最初からあったような、それはまるで――
「なにぽけーってこっち見てんの」
「ん…なんでもない」
「ぼんやりしすぎ。気持ち悪い」
ムカつく。けども。
この調子で二人、ここまできたんだね。
そしてさっきのあなたはやっぱり……
………
- 59 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:53
- ◇◆◇◆◇
自分の場所があるのは、とても大事なことだ。
自分の場所を見つけられたら、とても幸せだろう。
そういうものだ。
それをわかってる人は、見つけられる人は、それだけで幸せだ。
見つけてると思ってる人は、どうだろう?
見つけてると思っててもたいていは見つけていない。
見つけてないことに気がついてしまう人もいる。
違うことを感じ続ける人もいる。
「あれ?あれ?」としっくりこないで、ずーっと。
とてもつらいだろう。
だから。
自分の場所があるのは、とても大事なことだ。
自分の場所を見つけられたら、とても幸せだろう。
そして――
…………………
- 60 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:53
-
やっぱり自分はズレてるらしい。
道重さゆみ、あらためてそう思った。
まあ、これまでもちょくちょく折に触れて感じてきたことではある。
親戚連中にはやさしく「珍しいくらいおっとりしてるね」と言われ、友人たちには普通に「マイペース」「自由すぎ」と言われ、ただの知人たちにはあっさりと「トロい」「脳内お花畑」「周回遅れで逆に一位」と言われ。そうしてやってきた。
親戚との挨拶でも、先生にあてられて発言するときでも、友達と一緒に見た映画のよかったところを話すときも、なんかヘンでズレてて。あれ?あれ?と。
お年玉が多すぎると思って返そうとしたら困った顔された。劇のお姫様役は立候補すればいいというものでもないらしい。ヒロインが撃たれてひっくり返った格好、面白くてしかたなかったのに。あれ?あれ?
『でも可愛いからしかたないじゃない』
というのが本人の感覚であり、それはちょっぴりの反発心と大半は素直な気持ち。まあ確かに彼女はどこをとってもやらかく丸く可愛らしくて、なおかつそれが「トロい」「脳内お花畑」と表裏一体であるのは周囲も認める事実であり、もちろんそのへんの認識と評価は本人と周囲とで相当ズレていて。幸せに勘違い、でもお花畑なりに『あれ?あれ?』と戸惑いつつやってきた十四年間だったりした。
まあとにかく。
あらためて、ああ、ズレてるんだなーわたし、と感じいっている四月下旬。日曜の昼前。
二車線道路の左手はせまる斜面。ひょろひょろ雑木と蔦草がへばりつく。右手はガードレールのむこうにゆるく下っていってやはり繁る草木。
両脇は緑。
S市のはずれの山際をくねる道路をさゆみは歩いている。
『え?…いや、見てもいまさらかなあ』
『だよねえ』
『ただでっかいだけだよ。根っこに近寄れないし』
『悪い、あたし眠いわ』
『…あっと、そう?そうなの? えーと本気なんだ』
『怒ってないよね?』
『…じゃ十五分くらいね…ちょっと聞いてる?』
- 61 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:54
-
つい二三分ほど前に聞いた言葉たちを思い出す。友人やその両親の言葉。
きのう土曜日に友達の家族と自動車で遠出して、きょう昼前にまたS市に戻ってきたところだった。そろそろ山を抜けるところで小休止。その場所でさゆみはふと、見に行きたくなったのだった。
『大ケヤキねえ』
なんの悪気もなく笑ってた友人の両親。友人は遊びつかれて車内で眠っていて。
どこか硬い態度になってしまっていたとは思う。理由はわからない。前日からこっち、万事が半拍ずれて(遅れて)いる自分を友人が軽くシャレにして親御さんもにこやか、というのが続いていたせいかもしれない。
ともかく、おっとりさゆみはおっとりのまま奇妙に断固として『じゃあちょっと一人で行ってきます、いえ一人で』と、分かれ道をてくてく歩いてきて、こうしているのだった。
てくてく。
自分は見たいと思った。それは本当だ。自分で言うことだから間違いない。
でもほんの二三分も一人で歩いてると、あの人たちの気持ちもわかるような気がしてきた。結構な時間自動車に乗っていて、もうすぐ家というところ。小休止してたのに、いきなりの提案だったかもしれない。それも地元の人間にとってはいい加減見飽きてるものなのだ。なのに、お世話になってるいい人たちにつっぱってしまった。いい人たちに『いまさらねえ』と言われてしまった。
やっぱり自分はズレてるらしい。
あらためて感じつつ、涼しく静かな山のなか。麓でもまだ山の中。
てくてく。
やがて。
わー、と独りでため息ついてさゆみは足をとめた。
- 62 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:54
-
10mほど先、道路が左にカーブしているむこうににょっきり見えた。立ってる場所はこちらの目線より結構下なのに、顔を出すというより堂々そびえる。向かいの山を背景にでっかくそびえる。
とほうもなく巨大な樹。
『しるしの欅』
『まもりの欅』
と呼ばれている。
三百年程前、当時の農村が『この樹の周りはなるたけ手を入れないでそっとしとこう』と取り決めたとかで、そんな名前がついた。ウソかほんとか、樹齢千年。幹周り8.7m、樹高43m。当然N県の天然記念物指定。
…といったあたりは道路沿いに立てられてる看板に書いてある。学校からも親からも習うしS市の人間なら誰でも知ってる。誰でも知ってるから『大ケヤキ』ですませてしまい、さらに『いまさらでしょ』と思われてる樹。あまり使われない道路沿いにあるから、たいして人も集まらない樹。
さゆみも小さいころ二三回見て『でっかいなあ』と思っただけだが、なんでかきょう見たくなった樹。
ガードレールの向こうがわ・道路より10mほど低く、ゆるやかな勾配が平らになったあたりに『大ケヤキ』は立っている。人が近づかないよう5m周囲に囲いが設けられているが、腰の高さくらいのものだしそこまで降りていくことはできる。
さゆみはガードレールが切れているところまで歩いていった。
わー…。
ゆっくり近づきまたため息。
近づくほどに巨大さが実感される。太い幹はまっすぐに、でも枝はねじくれ盛りあがる。圧倒的存在感、ではなかった。静かで厳然としたたたずまい。枯れかかっておらず、かといって無駄に若々しくもない。つまりウロができたりしてない。年経た迫力。
目線の遥か上まで『大ケヤキ』。さすが樹高43m。
そして樹高と幹周り8.7mをささえる根元は――
そこに、その少女はいた。
- 63 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:55
- ◆◇◆
――きれい
それが、さゆみがまず思ったことだった。
道路際から身を乗り出して見上げ、そして目線をおろすと、ありえないことに県の天然記念物の根元に人影があり。草の払われた斜面をふらふら歩いて近づけば、自分と同い年くらいの少女だった。
その少女は静かに目を閉じていた。
低い柵の向こう。
とほうもなく巨大な、とほうもなく歳を重ねた樹。
その逞しく盛りあがった根に腰をおろし、幹に背中をあずけて。
短パンの脚を伸ばし、両手は自然に樹の肌において、静かに目を閉じていた。
腰かけた根元は柔らかく苔むし、背中の幹は歳月を固く閉じ込める。
緑の時。
少女はゆるやかな時の中に眠っているよう。
さゆみよりは小柄なようだがすらりとのびやかな肢体。肩から首へのきゃしゃな線。
素直に流れる黒髪。切れ長の目と細い鼻筋、ひかえめに微笑んでいるかのような薄い唇。
涼やかでしかしあどけない表情。
彼女の周りで風は静かに木漏れ日は柔らかく……
きれい、と素直な気持ちだった。
まるでずっとそこにいたような、最初からあったような、彼女の場所・彼女の時。
- 64 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:56
-
しかし。
なぜ『大ケヤキ』が囲われているかというと、人が根元の地面を踏み固め踏み荒らすことで樹が弱ってしまうからであって。放置気味なりに大事にされつつ、でも一時ちょっぴり弱りかけて、だから囲われてるのであって。焦がした木の杭を打ち込んで腰の高さに太いチェーン一本というはなはだ簡素なものであれ、『入んなよ』という明確な表示。
その根っこに腰掛けてるのは不届きな話なのだが。
――でもきれいだなあ
不届きながらも実に画になっていた。そこは脳内お花畑のさゆみでも彼女なりに…いや、彼女だからこそ、あっさりわかる。『けしからん』とか思わないで、わかる。時よ止まれ、とばかりにきれいだった。
さゆみは自然と、地面から顔を出してる石に腰掛けていた。柵のぎりぎり近くに、体育座りを崩したような格好。そして見知らぬ少女と正対する。
時はたたずむ。
ピピピピ…と鳥がさえずったり、木々が風にギシギシ揺れたり、ここから見えないが近くを流れてるらしい沢の水音がチャプチャプいったり、それくらい。
静かな中で目線をあげれば、かぶさるように広がる枝と遥かな梢と…それに区切られた飛行機雲。いまさら気がついてポカンと眺める。
- 65 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:57
-
まったく悪趣味だよねと、いまの自分を他人事のように考える。知らない人が目を閉じて落ち着いてるところを近くで覗き見。悪趣味だ。
それにしてもどこから来たんだろう。家族連れで近くまで山歩きにでも来ていて、彼女一人ここに足を伸ばしたのだろうか。で、囲いの中入って休んでる、と。
ていうかやっぱり眠ってるのかなこの子……
目が合った。
ふいに彼女が目を開けて、まっすぐこちらを見てきた。
黒目がちでやっぱり切れ長で。きれいな目だった。その目でまっすぐ。眉一つ動かさない無表情。ただまっすぐ。
眠っていたわけではもちろんなかった様子。さゆみが来ていたことにも最初から気がついていただろう。
(うわー…)
意味不明な心の中。覗き見してた自分の悪趣味さをあらためて恥ずかしく思い、目を開けた少女がますますきれいだなあと思い、とりあえずいまどうしようとかドギマギして、それで『うわー…』。
さゆみ'sブレイン高速回転、そしてさゆみ'sアンサー。
『体育座りのまま無言で会釈』
――正解だったようだ。
彼女も黙ってわずかにあごを引いた。たぶん彼女なりの挨拶。
それにしてもわかりにくい。じっと見つめてくるけどほとんど表情が見えないし、動かないし、しゃべらないし。とりあえずこちらをとがめだてする様子がないことに、さゆみはほっとした。
さあこれからどうするか。さゆみ'sブレインまたフル回転。
そのまま沈黙。
で、これまたよかったらしい。
少女はあっさりまた目を閉じると、樹にもたれて後頭部を幹にくっつけた。
リラックス。さゆみを特に気にしてもいない。興味を見せない。と思ったらまたこっちを見た…と思ったら背景の山を見ているだけで、また目を合わせたりして。予測がつかない。ありのまま過ぎなのだろうか。自分が空気になったようなヘンテコな気分だ。
柵を挟んで、石に体育座りのさゆみと幹にもたれた少女。5mの距離。
さゆみも、少女のことを意識しないでいいのだと思うようになってきていた。自分はもう一度飛行機雲を見上げて、少女は樹に耳を当てていて、好き勝手。鳥もさえずれば虫も鳴く。
そのままヘンテコな時が止まったみたい…
- 66 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:58
-
(そうだ、もう行かなきゃ)
さゆみは自動車で待つ友人家族を思い出した。
確か十五分くらいと約束してたが、そろそろだ。遅れると様子を見にやってくるだろう。それは彼らに申し訳ない、という以上に、目の前の少女を他の人に見せたくない気がしたのだった。
そもそも天然記念物の根っこに腰掛けてる女の子をオトナが見れば、注意や説教のひとつもすることになるだろう。自分がその子のことをいろいろ聞かれることもあるだろう。それが常識というものだが、しかしごめんだった。
立ち上がっておしりをぱんぱんと払うと、なにげなくそろりと少女のほうを見た。遠く山のほうを眺めていた彼女は、いつの間にかこちらを見つめていて……
――あ。
微笑んでいた、ような気がした。
微笑んでくれた、そう見えた。
なぜかそう思った。
ドキドキ。
穏やかな時が泡立ち色づいた。胸がもぞもぞしてきて、彼女に背を向けた。
笑って手を振るなんて、したくなかった。
これはたぶん嬉しい気持ちで、でもこの気持ちがとても微妙なバランスにあることもわかって。大切なこの空間をちょっとしたことでひっくり返しそう、そんな怖さも混ざってた。
『すみやかに・でもあわてずに、立ち去るべし』
背中に少女の視線を静かに感じながら、息を詰めて緩む口元を必至におさえ、胸元をぎゅっとつかんで、さゆみは大急ぎで斜面を駆け上がった。
道路についてようやく、
「はぁ〜」
と、大きく息を吐き出す。
距離をおいて振り返り見下ろすと、もう彼女はこっちを見ていない。腰掛けた姿勢のまま前のめりになって地面に手を伸ばし、一心不乱に、あれは……アリンコでもいじくっているのだろうか。その様子にさゆみは微笑んでしまう。もう、ドキドキは落ち着いてきていた。
- 67 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:59
-
よし、充分間に合うね。
などと待ち人のことを考える余裕も生まれて、でももう少し落ち着こうと、スキップして道路をちょっと奥まで入ってみたり。
そして、ここまで歩いてきたときカーブの死角になっていたそれを、見つけた。
一台のマウンテンバイク。
まず間違いなくあの少女のものだろうが、それよりも、
(自転車でここまで来たの?)
山の麓ももう開けてきたこのあたり。「もうじき家」だ、自動車の自分たちには。でも人家はまだまだ見えないし、住宅地市街地までは距離にしたらそれはもうずいぶんある。だから放置気味の『大ケヤキ』。それを自転車なんて…。
やっぱり変な子だ。
もう一度、アリンコいじくってる彼女を見下ろして、くすっと笑った。
- 68 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 04:59
- ◆◇◆
クルマに戻ると約束の時間に大体ぴたり。
離れてたのは時間にしてたった十五分くらい。友人&その両親はさっきのままにきまってる。でも、なんかこちらに気を使ってくれてるのがよくわかった。わかるようになっていた。さっきだってやさしかった。わかってたけど、もっと本当にわかれる気持ちの余裕。
自分について悪気のない陰口も言ってただろうと見当ついて、それもオッケー。
さゆみは愉快で楽になっていて、それは彼らにも伝わっているようだった。
楽しかったかと聞かれて、正直に「うん」と答えた。彼らはそれで納得したようだ。もっとも『お花畑少女は樹を見て楽しかったんだろう、よかったね』という納得みたいだったけど。オッケーオッケー。
あの、きれいで、ヘンテコな女の子。
囲いを越えて天然記念物の根元に座り込んでた彼女。
彼女と一緒に流れた時間。
謎めいて不思議、見知らぬヘンテコ少女とのあの時間は、自分の秘密。
秘密ができたのが、楽しかった。
お花畑少女はすっきりお花畑少女だった。
- 69 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:00
- ◇◆◇◆◇
不思議な少女と過ごした秘密の時間。
「不思議」?
「秘密」?
いやいや。
意外にあっさり日常だった。
……………
もう六月。むしむしする。
木々の緑は嫌味のようだ。どんどん大人になっていく。
蒸し暑い日々に、しかし梅雨入りの気配なし。
夏服の意味もなし。
あの『大ケヤキ』の日から一ヶ月以上たっている。
さゆみは彼女なりの日常を送っていた。
当然といえば当然。お花畑なりにやっている。
音楽の授業、合唱で自信たっぷり。友達にまた「巻き込まないで」「引きずられる」「なんだろう、お腹の調子が…」と誉めてもらって鼻高々。あなたたちにはできないでしょう?
数学の小テストで「マイナス27点」という珍記録を出してものほほんのほほん。いやそこはもう少し危機感をもつべきところだが。教師の気まぐれで「正答加点・誤答減点」方式が採用され、結果、安全策をとって白紙答案の生徒が続出した。さゆみの「マイナス」は、彼女が果敢に挑戦した証拠ではある。中間テストのほうは平均をギリでクリアーしたことだし、のほほんのほほん。
これまでなら「あれれ?」とちょいヘコみがきて居場所がわからなくなるのだけど、わりと大丈夫になっていた。うーん、とは思っても大丈夫。
秘密の記憶を持っているのは楽しいもので、その影響があるみたい。
お花畑なりに、なるほど自分はズレてるけど納得します楽しいです。という気持ちを持てるようになっていた。
あの子とああいう時間を一緒にできたのは、たぶん自分がこんなだからだし。そもそも自分から見てもヘンテコなあの子を見てほっとしたし。うん、自分のズレなんて余裕余裕、とか。『大ケヤキ』は偉大だった。
そのうちまたあの樹に行きたいなあ、でも一回だけだから良かったんだよねえ、ヘンな子だったなーあの子ふふふ。
しかし。
一回だけだから良かった不思議な出会い。
一回だけなのかなあ。
それは日常の中に忍び込んでるのだよ。
- 70 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:01
- ◆◇◆
その日は「校内美化デー」とか決められていたらしい。
さゆみは当日になって友達に教えてもらった。一週間前に配られていたプリントを自分の机の中から見つけてもらったのだ。コッペパンも見つけてもらった。さすがに耳まで赤くなってしまった。
ともかく昼過ぎから全校・全学年・全クラス。
体育のジャージに着替えて、班に分かれて。それぞれの教室でワックスがけしたり窓ガラス拭いたり、さらに美術室から生物室、音楽室、体育館、渡り廊下、屋上、グランド、あっちこっちに散っていく。というか徴集。「校内美化でなんで学校周りの道路掃除しないと云々」とかぶーたれるクソガキども。
しかしさゆみとほか数名は首尾よく中庭清掃にもぐりこんだ。というか、要領よくたちまわる彼・彼女らの中にさゆみが首尾よくもぐりこんだ。
中庭といえば、ひんやり日陰ができるし花壇やツツジが気持ちいい。やることも適当にゴミ拾って目につく雑草引っこ抜く程度で、細かなややこしいことがまるでない。囲む廊下や教室の窓からの目があるからフケるわけにはいかないけど、仕事してるふりですんでしまう。
なによりここの担当が「職業・めんどうくさがり屋さん」みたいな五十代の技術の教師で、しょっぱな『ま、しっかりやるように』と言ってすぐ自作ラジオの調整に戻ってしまった。美化委員も心得たもんで、あとはもう竹ボウキで掃くふりする女子とか、中庭を突っ切る渡り廊下で幅跳び大会の男子とか。
- 71 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:01
-
そんななかさゆみは、教師の目があるときに始めた草むしりが面白くなってしまい、ぶちぶちぶちぶちと延々続けている。遊び感覚でも美化につながりゃ結果オーライ…といいたいところだがそこは遊び感覚。移殖ゴテその他の根っこおこし道具など使わずに、軍手の両手でぶちぶちぶちぶち。根こそぎの楽しさも知れば良かったのだが、まあしかたない。
さて見つけた、地べたを這う一本の太い蔓。ぐいっと引っ張ると四方が持ち上がる。面白い。支流をどんどん回収して、手の中の太いやつをたぐりつつ先に先に進んでいく。
中庭の南棟沿いには、なんに使われてるかも知られていないトタン屋根の物置が建てられている。そこそこの大きさだけど、たいていの生徒は開けられたところを見たこともない。さゆみは南棟の廊下の窓から青く塗られた壁を見るくらいだった。
そしていま、蔓を引っ張ってその裏手に回ると…
<ガサ…>
?
誰かいる?
誰だろう。
はい、二度目の遭遇。
あの子だった。
- 72 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:02
- ◆◇◆
「こんにちは…」
「……」
物置の角、くるくるとたぐった蔓を手にまとめてつったったままの自分。
物置の裏、幅2m弱ほどの薄暗い地面で、積まれたブロックに腰掛けた彼女。
とりあえず挨拶したけれど、我ながらマヌケだなあと思った。
自分の挨拶が、ではない。この再会が。
再会のしかたが、ではない。再会したことが。
自分的にあれは『十分ほどのさりげなく不思議な、一度だけの出会い』みたいに思ってた。ヘンな子とヘンな時間。そう思ってた。
こうしてあっさりまた会ってしまうものなんだなあ。
美化の時間に中庭の物置裏で。
つまり同じガッコの生徒で、なおかつ彼女のジャージの緑のラインを見れば上級生。三年生。
美化でジャージ。お互いジャージ。マヌケすぎる。
だから今回は声をかけた。黙ったままというのも違うだろうと思って。この場ではこの場の勢いがある。マヌケな場面にあわせて「こんにちは」。返事してくれないのでもう一度。
「こんにちは」
「………」
やっぱちょっとまずかったか。でもでも、
「あのー!…」
「…こんにちは」
あ…
ほんとにしゃべれるんだ。声出せるんだ。
へんなところで感激してしまって、そして
『また可愛い声だなあ』
と思った。聞きようによってはさゆみよりまだ子供っぽいかもしれない。控えめで細い声。細くてきれいな彼女にぴったりだった。
可愛い声を聞かせてくれて、けどもう口を閉ざして、立てた膝にあご乗っけて足元を凝視。這い出してきたミミズを眺めてるらしい。うねうね。
それでも、こっちに多少なりとも意識を向けていると感じる。さゆみ的には。
- 73 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:03
-
一歩近づく。
…無言
もう一歩。
…不動
さらに一歩。
……緊張?
なんだか野良猫を馴らしてるみたい。せめて小鹿といってあげよう。小鹿?バンビ? 目からすると子狐ゴンギツネ…えーいアホらしい、どうせマヌケな再会なんだ。
すたすた近づいて、そのまま隣に腰をおろした。都合よくさゆみの分も、乾いたブロック。軍手はとってポケットに突っ込む。
一方の彼女はやっぱ固まってしまったような。自分と同じでジャージの左胸に姓が刺繍されてるはずだけど、ここからじゃ見えない。さてさて。
「いい天気ですねー」
だからどうしたというのだろう。言ったさゆみでもそう思う。彼女を目の端に、青く塗られた物置の壁を見つめつつ。
「暑いですねえ」
この場所はとても涼しい。
まあ日なたはかなりジリっと陽射しがくるけど。
「もう六月ですよ」
だからそれがどうしたのだと。彼女と自分の目線の先では、這っていたミミズがアリンコ数匹につつかれてビチビチ跳ねている。
相手はずっと『……』のまま。
ミミズがとうとう引きずられ始めた。ビチビチ・ずりずり。遠くでは、竹ぼうきが大ざっぱに地面をなでる気配と、幅跳び男子たちのマヌケな歓声。
さゆみはようやく不安になってきた。隣の子、忘れてるんじゃなかろうか。自分のことを。あの時のことを。さすがに人違いということはない…はず。いやどうか。そもそもあれは本当にあったことなんだろうか? あれは現実味のない時間だったけど――んん?
「あのー、ほら、一ヶ月ちょっと前ですよね、えっと」
「…」
「気持ちよかったなあ。ですよね? その」
「……」
「あそこ、わたしたち、なんだっけ」
「…大ケヤキ」
そうそう、って、ぅわあ。
静かな黒い目をまっすぐ向けられた。ドキドキする。表情がはっきりしないだけにその目に吸い込まれそう。
- 74 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:05
-
「そう!大ケヤキです、大ケヤキ」
「…うん」
「よかったー。憶えててくれてたんですねー」
「…変な子だったから」
…は?
細くて抑揚に乏しい声ながらも、さゆみにははっきり聞こえた。理不尽な言葉。
「『変』ってわたしのことですか?」
「…うん」
「あのー、なんででしょう」
「……」
口元をふにゃりとさせて黙った彼女。どうにも読みづらい。
「あのですね――」
「…あんなとこで一人で座ってた」
いや、そりゃあんたのほうこそでしょうが。
「わたしのことじっと見てた」
「…すみませんでした」
責める口調ではまるでなかったけど、申し訳ないことには変わりない。確かに悪趣味だったもの。向こうまで引きずられていったミミズを眺めてみたりする。
そんなさゆみにかまわずに彼女は続ける、さゆみが「変な子」の根拠を。
「目があっても頷くだけで。あとずーっと黙ったままで」
えーと、だからあなたのほうこそ。
「最後、なんかこっち見て少し笑ってたみたいだったし」
いやそれも……あ。うれしいかも。あのとき彼女も自分も笑ってた?
「柵の中にいたのに怒んなかったし」
……。
「入っちゃいけないのはわかってたんですね?」
「…うん」
前を向いてしまった彼女は、さゆみの目にはどこか恥ずかしそうに見えた。
やっぱりこの人……『ヘンな子』だ。上級生だけど。
さゆみはなんだか楽しくなった。無表情な彼女の感情がとらえられる気がするのも嬉しかったし、なにより無口だろう彼女がそこそこ話してくれたから。
- 75 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:05
-
「いまさらですけど、わたし道重っていいます。道重さゆみ。二年です…あ、ジャージでわかりますよね」
「……」
「…あの?」
自分が着てるジャージをつまんで引っ張って、左胸のあたりを示す彼女。
『亀井』、とあった。
いやしかし。
「亀井…えーと」
「…絵里」
…で、三年なんですよね。ほんと無口というか必要なことしかしゃべらないというか。
ともかく「亀井絵里」。「ヘンな子」「不思議な少女」の名前を知って、さゆみ、一歩前進の気分。話もすすめたくなる。
「こないだの大ケヤキですね、亀井さん座ってた」
「うん」
「なんか見とれちゃったんですよ」
「うーん…」
首をすくめて上を見上げてしまった彼女…「絵里」。困ってる?
「あの場所と亀井さんとぴったりで、きれいだなーって」
「……」
嬉しそうに見えた。ならよし。
「あそこ、よく行くんですか?」
「六回目」
「自転車…マウンテンバイクでですよね?」
「それは五回目」
一年前、最初に家の自動車で連れて行ってもらって、あとは自分ひとり自転車で、ということらしかった。一人でくつろぎたいのだろうが、あの距離をこれまで五回もとは。ほかの人と近くを通ることもあったろうに、そのときはスルーしていたわけだ。かなり頑固な性格かもしれない。そう思って見ると、今度は得意そうな表情に見える。気のせいか?
- 76 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:06
-
「お気に入りなんですね」
「うん」
「でも嬉しいなあ。亀井さんが『一人でお気に入りの場所』に、わたしも一緒にいさせてもらったんですよね」
「…」
「二人で一緒だったんですよねー、あそこで。わたしが初めて、ですよね? 一緒にいさせてもらえたの」
そのとき。
絵里はちょっと身を固くしたようだった。
「あの時お別れしたときは、一度きりだと思ってた」
「そうだね」
「それがこうしてまた会って名前も知るなんてねえ。ていうか同じ学校なのにこれまで会わないで、それがあそこで会って、またここで会って」
「…」
やっぱりちょっと変だった。
「あ、ここも亀井さんのお気に入りなんだねきっと。うんうん、気持ちいいよね」
口数が多くなっていることにさゆみ自身気づいてる。敬語も使わなくなっていた、不自然に。なんかこの場の――絵里の空気が変わってしまったような気がして、それでだった。妙に、居心地悪い?
「ひんやりするもんね、美化だけど――」
「はー…」
それは思い切り「ため息」だった。
物置を見つめている絵里をさゆみは恐々横目に見る。なんなんだろう。
そして流れる空気とよどむ時間。気をまぎらすミミズもバッタも見当たらないわけで。
えーと――
で、それはいきなりやってきた。
- 77 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:07
- ◆◇◆
ふいに『たったったったったっ』と物置左手の方向から聞こえてきたのだった。
全力疾走?――と思ったらその主はいきなり絵里の方向の物置角に姿を現して、ズザザザーっと横滑りで無用に盛大なブレーキを利かせた。
「あー!やっぱここだったなにやってんのもういやどうせほっといて始めてたけどさでもあたし全力疾走しちゃったよ暑いわほんと」
異様に張りのある伸びやかな声が一気にまくし立てた。
ジャージに緑のライン。三年生。
背はそんなにないけど、スタイルのいい女の子。くっきり顔でいかにも快活そうにくるくる動く表情だった。ポニーテールが揺れるよう。姓の刺繍はここからじゃよくわかんない。
「うちらと同じ教室掃除じゃん、ほい、いくよ」
「うん…」
「まーみんな亀ちゃんには腹も立たないけどさ、あたしだったら大ブーイングなのにこの違いはなに?ってもんだけど――ありゃお友達?」
まるでいま気がついたみたいにさゆみに声をかけてきた。
「あ、あの――」
「二年の子ね。おー、なるほどなるほど。なーんだ安心しちゃった」
「は?」
「いやいや。じゃ、あなたからも言っておいてね。よろしく。とにかくすぐ来るよ―に!」
言うだけ言うと、彼女は『なんだよそういうことかよ、こっちゃこっちでいろいろ大変だってのに、ケッ、やってらんね』などと楽しげにつぶやきながらまた行ってしまった。『たったったったったっ』。
台風一過。なんなんだ。
- 78 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:08
-
「…クラスのお友達、ですか?」
さゆみはまた敬語に戻っていた。
「別に友達ってわけじゃないよ。あの子、誰とでも仲良くできる人だからわたし呼ぶ役やらされただけでしょ」
かなりどうでもよさそうな口調の絵里。まあそうだろう。あんないかにも元気者・お調子者は絵里にとっては苦手なタイプかもしれない。だからこそだろうか、言葉数が絵里にしては多かった。
「なんかにぎやかでしたね、こんな場所も一気に…」
「あーあ、ここもあの樹も」
「え?」
口の端をちょっとゆがめて絵里はそっぽを向いている。
「ここ」も「あの樹も」。大ケヤキも。
「せっかくのわたしの場所だったんだけどなー。あーあ」
ふふん、と鼻を鳴らしたようだった。
「邪魔されちゃった」
涼しい目元は冷たい目。
「だからあの子も来たのかなあ」
あ、わたしでしたか。
はいそうですか。やっぱり邪魔でしたか、わたし。
さゆみはドキドキが急にしょんぼりしてしまった。なんだ。共有できたと思ったのは勘違いだったのか。自分の目には恥ずかしそうにしたり嬉しそうだったり得意そうだったりしてた…あれ、みんな勘違いだったのか。ていうか、からかってたのか。
『ヘンな子』は『嫌な子』なんだ。
しょんぼりからようやく…なんかアタマにきた。
「じゃーお邪魔しました!」
さっと立ち上がる。
お花畑少女だって怒るのだ。まして大事な相手だと思ったんだから。
「早いとこ戻ったほうがいいですよ。わたしは元々ここですけど」
絵里を見ないでそれだけ言った。こっちを見上げてるようだったが気にしない。
そしてすぐに立ち去った。
- 79 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:09
-
向かい側、北棟の壁まで走り、掃除のふりのクラスメートたちの中に戻った。軍手をはめてまたぶちぶちむしり始める。周りの子達も遊び半分、さゆみがどうしてたかなんて気にしてない。背中ではきっと絵里が本来の受け持ちに戻っているだろう。
一階の教室の時計がちらっと目に入った。
十分そこそこ、だったらしい。
物置裏の再会。時間的にはあの大ケヤキとほとんど一緒だった。
だからってもうどうでもいいのだけど。
また「あれ?あれ?」という日々に戻ってしまう予感がしていた。
- 80 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:10
- ◇◆◇◆◇
悪い予感はあたるものだ。
さゆみの「あ、自分ズレてるなー」という場違い感はごくあっさり戻ってきた。
順序としては、悪い予感など持つマイナス思考が「なんか違う」という居心地の悪さをもたらしたのだろうが、結果は同じ。
物置裏の再会から一週間足らず。わずかな期間でもう三回、自分のズレが気になる場面に出くわした。クラスメートとおしゃべりとか授業とか。両親と話してるときでさえ。前向きお花畑に戻るのは難しそう。
国語の授業が特に困った。そのとき主人公はどう思ったでしょう。でもさゆみは、主人公にいっぱい食わされた悪友が気の毒で気の毒でそれどころじゃないのだ。先生も友達も困った顔をしたけど、さゆみのほうが困るのだ。あれ?あれ?
『大ケヤキの出会い』が安心できる日々を連れてきてくれたのと同じように、『物置裏の再会』はその日々をまた連れていってしまった。
あの日々、『それでも楽しいです』って納得できたのはどうしてだろう。あの場所はどこに行っちゃったんだろう。なんだか変だぞという気持ちがいつもひっかっかったままなのだ。安心できる場所はどこだろう。自分が悪いんだろうか。
もういまとなってはのほほんできてたのがウソみたい。
というかそもそも『出会い』がウソだったみたい。
なんかそんな気がしてきた。
あんなヘンテコな時間があったわけがない。あんなヘンテコであんなきれいな子に会ったわけがない。同じ中学の上級生? 同じ学校でいままで会わなかったのがあそこで会って、学校でまた会って、わけわかんないこと言って。ウソなんだ。その証拠にいま『出会い』の前とまるで変わらないじゃないか。あれからまるであの子を見かけないじゃないか。同じ学校? ウソなんだ。
…気がつくとここまで考えてて、さすがにまずいと我にかえる。ああやっぱズレてるわ。寝よう。
目が覚めてもなにも変わらないんだけどね。
- 81 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:10
-
…………
うん、朝起きてもなにも変わらない。
それが日常ってもんだ。
「あっさり日常」、それを忘れちゃいけない。
同じ中学の生徒、それも別に私立じゃなし。
学年が違おうと、同じ学区、狭い範囲。ただでさえ。
どういうことかというとだ。
下校時、校門のところでまたばったり会ったのだ、絵里――『彼女』と。
- 82 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:11
- ◆◇◆
あれから一週間ちょい。特に気の乗らない日だった。
いつも一緒に帰る友達には「ごめん」の一言で先に教室を出て、下足場からのろのろ階段下りて、校庭横切って。のろのろのろのろ。
いまさゆみは、ホームルームでの自分のトンチキ発言でちょいブルー。
『道重、その企画は楽しそうだけど、いまは文化祭じゃなくて遠足についての連絡やってるんだ。ていうか今年は文化祭ないんだ』
ああ、なんか変だと思ってたよ。思いだしても耳が熱くなる。いけないいけない、しっかりしないと。しっかりってなんだろう? とか思っちゃだめだし、余計なこと気にしちゃだめだし。余計なものが見える気がするけど気にしない気にしない。いや見えるかなあ。やっぱり…気にしちゃだめだようん…
だけど隣に――ああ「彼女」。
『うわっ…』
これがその時のさゆみの気持ちだった。驚きとかドキドキとかじゃなくて。
めんどくさいなー。
いやだなー。
こっちに気づいてるのかなあ。
気づいてるよねー。
知らない人だったらいいのに。
ウソだったらいいのに。
でもその雰囲気。はいはいやっぱり本当にいたんですね。全部ありました。ウソじゃなく本当でした。ちらっと横目でも夏服の白と軽い感じがお似合いで。でもだからなに? 暑けりゃ夏服も当然。自分だってそうなんだから。というかどうでもいい。
気にしてられないんだ、隣で歩いてるこの子、いくらぴったりくっついてじっと見てきたって――
「――って、なに?!!」
「…っ!」
表情乏しいなりにえらくびっくりした様子の「彼女」…絵里。
でもさゆみのほうこそびっくりだ。ほっといて前見て歩いてたら、いつの間にか肩触れ合う近さで並んでて、あの目でじー…っとこっちを覗き込んでいたのだから。なんなんだ。
- 83 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:12
-
「…なんですか?」
「…うーん」
なんなんだ、なんなんだ。じーっと見てくる。にらみ合い?
立ち止まったのは一本道の通学路上、校門から50mばかり。周りをほかの生徒たちが通り過ぎていく。見られてる? ひそひそ話してる? どうせ気のせいだろうが、それでもいまのさゆみにはいやなものだった。あーもう…
「こっち…」
なんと絵里のほうから声をかけてきた。
そしてさゆみを見もせず、右手のマサキの生垣をわしわしかき分けて姿を消してしまう。
『はぁ?』
とか思ってると、ニュっと手が生えてきて、おいでおいでをしてまた消えた。
はぁ…
- 84 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:12
- ◆◇◆
シャツに樹液の緑がくっついてる。小枝を引っ掛けたりしてしまった。
目の前の絵里はまるで気にしてない様子だったけど、さゆみは気にする。
「ここもお気に入りの場所、ですか?」
「いや別に…」
なんだそりゃ。
生垣抜けた先はただの駐車場。広く砂利がしかれて、ロープにブロック、十数台の自動車たち。この時期、まだまだ元気な午後の太陽とわずかに感じる微風が対決ムードか。
絵里は通学路側から奥のほうにすたすた歩いていって、コンクリート塀を背中にした。彼女の背後の涸れたU字溝にバッテリーが捨てられている。人はさゆみと絵里だけのようだ。なんの用か知らないがとっととすませて帰りたい。お花畑少女も戦闘モード。さあ来いキツネ目。
絵里はというと、そんなさゆみをじーっと見て黙りこんで、むにゃむにゃむにゃと口元動かしているばかり。人気のないところに呼び出していい度胸じゃない、やったろうじゃない、とさゆみなりに気合入れてるのに、なかなか切り出す様子がない。コンビニ袋が風でカサカサ、二人は無言の不動。
ちょっといつまでこうしてるつもり――
「あなたひどいよね」
はい? こいつ細い声でなに言いました?
ぎょっとするさゆみを、絵里は『キッ』てな感じで見つめてくる。怒ってる?いや、ほっぺた膨らませて…むくれてる? はぁ?
「こないだ」
??
- 85 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:13
-
「わたしたちせっかくまた会ったのに」
「いい雰囲気だったのに」
「いきなりヘソ曲げていなくなっちゃって」
「わけわかんない」
「すっごい感じ悪い」
無口はずのくせに、黙ってりゃあ次から次になに並べ立ててやがります?
「亀井さんがわたしのこと邪魔だって言ったんですけど?」
そう、いきなりふっかけて台無しにしたのは絵里のほうだ。
「はぁ?」
っておい。
「あんなの冗談に決まってるでしょ。なに真に受けてんの? バカみたい」
いかにも「プンプン」といったふうにそんなことをぬかす。
「しょうがないじゃない、道重さんが変なこと言うんだもん」
「わたしのお気に入りの場所に初めて入れたのが自分だ、とかなんとか」
「そうだよ。初めてだよ、道重さんが初めて。楽しかったんだから。嬉しかったんだから」
呆気にとられるさゆみ、プンプンのキツネ目。
「あなたみたいな変な子…変だけど気が合うって思える子、初めてだったもん」
「それで嬉しかったのにさ、自分が初めてだなんて言うから、すっごいドキってしてわけわかんなくなって、もう、わーって、ドキドキって」
「だからあれくらいの冗談、言うに決まってるじゃない。それをなんなわけ?」
「あなた、変にしてもわけわかんなすぎ」
いくら温厚なさゆみでもしまいにゃキレるぞ、てなものだったけど――
「クラスもわかんないからずっと捜してさ、今日ようやくだよ? なのに怖い顔してるし」
ずっと捜して。今日も待ちぶせしてた、と。
でもって、さっきからペラペラしゃべくってたのは、内容的にはケンカ売ってるとしか言いようがないけども…ものすごく、はてしなくわかりにくいけども。
仲直りしてほしいわけだ。
- 86 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:14
-
『あなたはわたしのことがわかるはず』
『だから、こっちの気持ちを見通さないといけない』
『わたしはこんなだけど、わかるはずだ』
『なのに察してくれないなんて、ひどいやつだ』
『ひどいひどいひどいひどい』
『さびしかったのにー』
いまやさゆみには手にとるようにわかった。
ああもう、こいつは。
なんて、なんて……
……めんどくさい性格をしてるんだろう。
『あなたひどいよね』と逆ギレしてたが、それは絵里基準で『ごめんなさい』ということらしい。わかりづらい。わかるか!…わかってしまう自分が怖い。
その「めんどくさいやつ」は、まだプリプリと早口でなにか言っている。その様子はしかし、いまや微笑ましくもあり。殴りたいけど。
「なにニヤニヤしてんの? 気持ち悪い」
殴りたいです。
「素直に『ごめんなさい』って言えばいいのに」
「!…」
一時停止キツネ目。
「亀井さんってほんっっと変だよね」
その変なやつはこっちのことを変な子だとか言いやがったのだけど。
もう気楽で自然にタメ口。やれやれ。
「さゆみうるさい」
ぼそりと言い捨てた、いま。どさくさまぎれに。
「あなた」「道重さん」じゃなくて。
これはもう最大限に、『ごめんなさい』『仲良くしてよぅ』なわけだ。
「じゃー、『絵里ちゃん』ね」
これで仕上げ、と。
「それでもいいよ…別に」
あくまで上から目線じゃないと気がすまないのだろうか。背はこっちより低いけど。
まあいいや。
ここでへたに扱うとまたややこしいことになる、とさゆみにはわかった。
『こっちこそあなたみたいな子に会いたかった』
……と教えてあげるのすら、うざいことになるだろう。めんどくさいことこのうえない。こっちが気を使ってあげるというのもいたってしゃくにさわる。
でも、面白い。
これからもめんどくさいんだろうなあ。
面白いからいっか。
- 87 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:15
- ◆◇◆
二人、また生垣まで戻ってわしわしかき分けて通学路に出た。
「今度も十分くらいだったかなー、たぶん」
「なにそれ?」
「なんでもない」
「変なの」
『再々会』。大ケヤキ、物置裏、そして駐車場。回り道して、仕上げもまた十分間。ヘンテコな子とヘンテコな十分間。
「わたしこのままこっちだけど、絵里ちゃんは?」
「…わたしも途中まで」
無理にこっちまでついてきたわけではないらしい。
それにしてもまた口数が少なくなったような。通常営業に戻ってここから始まりと。
校門からの一本道を二人、てくてく歩いてく。まだわりかしいる、下校の生徒たちに混じって二人。
すると。
『たったったったったったっ』と背後から駆け足。そのままこっちを追い抜いて『たったったったっ』――と、ピタリとその場で足踏み『たったったったっ』。
女の子の背中。見覚えはあるような…さゆみも絵里もきょとんとしてると、背中向けたまま『たったったっ』と後ろ走りで距離詰めて、ぐりんと上半身だけこっちに向けた。
「おやおやおやおや〜?」
「「あ…」」
一週間前、中庭の物置裏に絵里を呼びにきたあの女の子だった。あらためてリス系くっきりフェイスに通る声。
「おー、仲良くできてんじゃん。ねー、亀ちゃん」
「…うん」
くるりと全身振り返ると絵里に近づいて、ひそひそ語りかける彼女。
そしてすぐさまさゆみのほうを向くと、ぐいっと顔を寄せてきた。目線はちょい下だろうか?
「この子、ここ数日なーんか元気なくてさー」
こぶし固めた親指で絵里を『クイ』って指して言う。
「はあ」
「いやごめん、あたしよくわかんないから適当言ってんだけど」
「……」
「まあ友達できてよかったわ。仲良くするんでしょ?」
「ええ、まあ」
「よろしい!」
おっけーおっけー、と何度も頷く彼女、止まってる二人から後ずさる。さゆみと絵里を交互に見て。見比べて。
「う〜ん…いい! お似合い!」
胸の前で両手組んで感激ポーズ。
- 88 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:16
-
「「はぁ?」」
「あんたらヘンテコ同士、いいんじゃない?」
「「……」」
「じゃ、変なやつ二人、仲良くねー」
『たったったったったったったっ…』
台風一過、二度目。
二人でため息。
「あの人、いつもあんななの?」
「…うん」
「変な人だね」
「…うん。さゆみのほうが変だけど」
まだ引っ張る気か? というか絵里の「変」の基準はなんなんだろう。
絵里とかあの子とか、変なやつに変といわれたさゆみ。
でも、また愉快愉快。
道重さゆみ、また前向きお花畑に戻れたかな?
いや、もう戻ってる。
じゃー、あらためてよろしくね。ヘンテコさん。
「なにジロジロ見てんの? 気持ち悪い」
いつか、殴ります。
- 89 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:16
- ◇◆◇◆◇
さゆみと絵里、友達にはなった。
大きな樹の下で出会ってから一ヵ月半、六月半ばにようやく友達。
絵里は「さゆみうるさい」と言えるようになって、さゆみはおかげで日々「あれ?あれ?」と思うことがなくなった。
とはいえ、急に距離詰めて親密に、てことはまるでなく。
お互いのクラスは教えあった。クラブ活動はさゆみはバドミントンでお荷物、絵里は天文で幽霊、二人とも事実上帰宅部だとも知った。互いに家に遊びに行ったりもした。絵里のお母さんは友達訪問にちょっとびっくりしてたもんだし、さゆみの部屋は女の子っぽいピンク色ながら絵里のお気に入りリストに入ったみたいだった。
それでも登下校で途中一緒することは別にないし、休み時間に教室を訪ねることもない。どこかに二人で遊びに行くということもまずなかった。仮に大ケヤキまで自転車で行こうと絵里に誘われたとしても、さゆみは断っただろうけど。
とにかく、くっついて仲良しってことがなかった。
まあ学年違うし。
絵里は来年が高校受験だし。
そしてなにより、さゆみと絵里のつきあいというのは、あまりくっつかないで繋がるものらしかった。それがいいということだ。
絵里はなにしろ「変な子」だしさゆみはお花畑だし。いわゆる「波長が合う」二人は、自然に二人の距離をわかってた。
気難しいというかめんどくさい絵里。近づこうとすると逃げてしまう絵里。でも、手にとるようにわかってしまうさゆみ。さゆみがもう立ち去ったりしないと安心してるらしい絵里。それがちょっと釈然としないさゆみ。
間違いなく友達だった。
二人して少しずつ、日々を重ねてく。
- 90 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:17
- ◇◆◇◆◇
「こないださー」
「……」
「んーと」
「……」
カマドウマがぴょんと跳ぶ。
「インターネットね、うち、家族で一台のパソコンなんだけど」
「………」
「こないだ調べものしたときねえ」
「……」
頭の上を飛行機雲一筋、駈けていく。
「んーとね」
「……」
「暑くなったよねえ、焼けちゃうなあ…じゃなくて」
「……」
もう、七月半ば。ジリジリくるぞ。
学校の近くの製材所裏手で真っ白さゆみと普通の絵里。
平屋建ての作業所の壁を前に、灯油缶に腰掛けてる絵里。3mほど離れた横手、ツタの絡んだ金網のそばで木箱に腰掛けて、前見たまましゃべってるさゆみ。
「検索の言葉入れるところってさ、ほら、これまでに入れたやつがずらって出てくるじゃん」
「……」
「で、ね……なんていうのかな…」
「…お父さん、オートコンプリートを切り忘れてたんだね」
手短に返事。
「『おーと…』? んー、たぶんそれそれ。履歴はマメに消してたみたいだけど…」
「ありがちだね」
「なんか…ショックだった」
「………」
そりゃショックだろう。
「あー、見なかったことにしたいなー。忘れたい」
「…こんどユーザー辞書見てみるといいよ」
「……」
この場所――製材所裏――もまた絵里のお気に入りの場所のようだった。
放棄同然なのか知らないけど、人の気配がいつもない。けど新しく木の匂いのするオガクズが積もってたりして、どうなんだろう。
静かに、材木と機械油の匂いの中、適当な話も飛んでいく昼下がり。
さゆみは別にこの場所を絵里から特別に教えてもらったということではない。ちょっと前に自分で見つけていて、なんかいいなあと思ってて、ある日たまたま絵里と一緒になった。今日も。
というか、この二人はたいがいこんな調子だ。あの渡り廊下の角いいな、わあ絵里/さゆみがいた。というのが普通にある。そうなるとわかってるからくっつこうと思わないのか、もう「友達」になってるからくっつく必要を感じないのか。くっつくのは「逆に違う」と感じるのか。たぶん、全部だった。特に絵里がそうで、さゆみが理解してあげてる。
- 91 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:18
-
「絵里ちゃん、そういうことある?」
「パソコンはつい最近お父さんが自分専用買ったけど、それまではあったな」
それは絵里にはどう見えてるんだろう。
「たとえば?」
「最近使ったファイル、絶対残さないとか変に数字の名前付けてるとか」
「あー…」
「あと週刊誌のグラビアページ、はしっこ折ってあったとか」
「………」
大して変わらない自分の父親をまた思い浮かべるさゆみ。ため息。
絵里のほうはなんだか楽しそうにも、見える。
「男なんだねえ、わたしのお父さんもさゆみのお父さんも」
「でももう結婚しててさ、わたしもお母さんもいるお父さんなのに」
「男だもん」
「うー…ん」
釈然としないさゆみ。はっきり楽しそうな絵里。いや、さゆみにはわかるということで普通の人からすれば表情にあまり変化がないかもしれないけど。絵里が時々見せるはにかんだような控えめな笑いかたがさゆみは好きだった。
「バレてないと思ってるんだからかわいいじゃん。気にしてたらきりがないよね」
「うん、まあね」
「楽しいお話だよ」
「そだね」
いまやさゆみは絵里から話し掛けられてることが楽しくなっていた。
絵里はさゆみといるときは、口数少ないなりにそこそこしゃべる。機嫌がいいときは自分からしゃべりかける。絵里の話を聞いてる限り、普段クラスでは相当無口なようだけど。
「絵里ちゃんはオトナなんだねー」
「さゆみよりはね」
「もう同い年じゃん」
つい先日、追いついた。
「あ、そうだっけ?」
「そうだよ」
「ふーん」
「ふーん」
誕生日、一度だけ教えた気もするけどどうだったか。ともかくこのありさまだ。
別に祝ってもらいたいわけでもなし、事実絵里はおめでとうを言う気配皆無。さゆみもたぶん、十二月に絵里が十五歳を迎えても「あ、そうだっけ」かもね、とか思う。そんな二人だった。
- 92 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:24
-
「でもねー、あんなの検索しておいて人のテスト怒らないでほしいとは思うよね」
「…」
「いや、そう悪くもなかった…よ、ほんと。たださ、ちょっとね」
「ふーん」
一学期の期末テストが終わって、返ってきて。
数学はあいかわらずひどいものだったけど、それでもさゆみの予想よりは全教科かなりましだった。自己評価が低すぎたというか、謙虚というか、己を知っているというか。
『これかなあ、でもやっぱこっち』としてやめといたのが正解だったというのが多くて、そう言い訳してみたけどお父さんもお母さんも認めてくれなかった。だまされた気分だ。
いっぽうの友人は、授業がもう休み前の消化モードに入っていることで機嫌がいいようで。
「絵里ちゃんは…あー、余裕なんだよねー」
「…んー」
絵里はとたんに気のない様子になった。さゆみのうらやましげな言葉に対して露骨に“どうでもいい”という表情・声。さゆみはさゆみで絵里の変わり身など“どうでもいい”。自分には大事な話なんだから。
「いーないーなー。ちょっと分けてよ」
「…」
絵里は「勉強できる」。さゆみには予想外のことだった。
特に苦手科目もなく、総合で学年十位以内には必ずいるらしい。入学以来ずっと。絵里情報を友達に教わったとかさゆみが自分で調べたとかではない。さゆみにとって切実な話題としてどうだとふってみたところ、『十番目くらい』とだけ返ってきて、えっ?えっ?と聞いて知ったのだ。
すごいすごいと騒ぐさゆみに対して絵里は「どうでもいい」てな態度で、ちぇっ、と思った。『一番とかなったことある?』と聞いたら『めんどい』との応えで、ますます「ちぇっ」。その気になればいつでも、らしい。変で無口な絵里のくせに。だまされた気分だ。
もっともそんな絵里だから、来年高校受験をひかえた夏でもさゆみと会う時間をもてるのだろうが。また、勉強を『どうでもいい』というのは明らかに本心のようだし。そりゃーもう関心ないのだ。
- 93 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:25
-
「だから第一志望も余裕だよねー」
「うーん」
ああもう、この人は。
さゆみからすれば「優等生」が集まるその高校を、絵里は『…グラウンドがなんかいいから』という理由で志望したのだ。もちろん運動するのに、じゃなくて。
「いいじゃん気にしなくても」
「気にするよー」
「さゆみ変だよねえ」
「……」
さゆみは絵里に聞いたことがある。自分が変だと思わないか、と。
『なんで?』と聞き返された。
絵里は自分が普通だと思っている。
というか、
『変な人ってほとんどいないよ、きっと』
『言葉通じてるし。子供つくれるし』
『人はそう違わないよね』
だそうだ。
そこをわからないという周りが変だと思っている。自分がズレてるんじゃなくて周り全部がズレてるんだと思ってる。だから自分ひとり正しくて不安だった、らしい。周りはズレた世界。そのズレてるなかでまたズレてるさゆみが『変だけど気が合う』と思える…らしい。
さゆみだって、自分がちょっとズレてるという感覚はある。だからこそ絵里に出会ってすごく落ち着いて、あらためて前向きに居場所を確かめられたのだ。だけども、絵里に「ズレてる」と言われると、なんだかなあ、なのだ。
「さゆみは大変だろうなあ」
「そうだよ、絵里ちゃんにはわかんないよ。頭いいもん」
「んー…」
またもめんどい、という表情。そして。
「そのうち落ち着くよ」
「え…」
「場所なんてどこにでもあるんだし」
「はあ…」
あいかわらずマイペースでヘンテコ絵里。絵里に変だと言われるさゆみ。
くっつき過ぎない二人は、どっかすれ違ってるときもある。
「あー、暑いねー」
「…いい風」
暑いS市の涼しい日陰。
カマドウマ一匹、ぴょんと跳んだ。
- 94 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:26
- ◇◆◇◆◇
すいー、すいー。
ぷはっ。
すいー、すいー。
ぷはー。
そろえて差し出した両腕を開きつつ体の下で巻き込むように。
両膝曲げて、開いて、キックキック。
はやい話がカエルのように。
はやい話が平泳ぎ。
息つぎのとき以外はゴーグルかけた顔を水につけっぱなし。体の下を澄んだ水色が通りすぎてくのが楽しい。水とゴーグルで遠近感がおかしくなって、なんだか自分が高い空を飛んでる気持ちにもなれたりして。「小さい人」でも下を歩いていればさぞ楽しいのだろうが、あいにく「小さい人」なんていない。
それでも、「へんなの」はいる。
むかって左の底のほう…すみっこのほうを、ぐいんぐいんと進む影。
あくまでも底のほうをぐいんぐいん。
流線型みたいにしゅっとしたシルエット。かっこよくて、でもへんなので。
そんな絵里を見下ろして楽しいのだ、水に顔つけてるさゆみは。
- 95 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:27
-
八月、夏休み。某日午前十時。
さゆみと絵里はS市内のプールに来ている。
『N県立総合体育館』なる、でっかくて充実した総合体育施設の屋内プール。通常の25mプール以外にも幼児用の浅いのや50mプールまである巨大な空間は、強化ガラスが格子にきられた壁と天井。数の半分だけ照明もつけられてるけど、青みがかった分厚いガラス越しに夏の太陽が存在感を見せる。
利用客は二人以外に老若男女二十人ほどだろうか。プールサイドを走り回る小学生やそれを注意する大人や見事なフォームで泳ぐ若者など、それぞれだ。そこに、さゆみと絵里。
誘いあわせたというと少し違う。
成績よくてヘンテコなくせに受験勉強の絵里の家に、さゆみが訪ねたときのこと。いやこっちから顔見せてやらないと拗ねやがるから、年上のくせにこのキツネ目は。なんだかんだで会うのは二週間ぶりくらい。
一人でいたがって、なのにさゆみに近づいてほしがってる。一人を邪魔してほしくないけど、さゆみが来てくれるべきだと思ってる。来たら邪魔だけど来なきゃだめ。『さびしがり屋の人間嫌い』といったところか。さゆみによればあっさり「めんどくさい性格」となる。
ともかく、冷房効いた部屋からカンカン照りの外を眺めて。
『夏だねえ、受験生さんでも』
『…うん』
『夏だよねえ、わたしも。お母さんとか勉強勉強言うけどさー』
『……』
『プールくらい行っておきたいよねえ』
『……じゃ体育館』
『え?』
『……』
『……』
『『……』』
で、いま、二人は泳いでる。
- 96 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:28
-
25m水深140cmを、さゆみはすいーすいーと平泳ぎ。
プール特有の変なにおいとか、冷たいような生ぬるいような感触とかをのんびり味わう。耳の中が水でブワーとなって、広い場内に水しぶきとか子供の歓声とかが反響しまくるのが楽しい。最初はバタフライなどしてみたが、絵里が「さゆみうるさい」と言うのにムカついてやめた。
その絵里は第一コースを延々と泳いでいる。というか大半が潜水。
このプールは側壁が鏡のように処理されていて、むこうがわにもうひとつ水の世界が広がってるみたい。もう一つ広がる中をもう一人自分が泳いでる、不思議な世界。
絵里はそれがすっかりお気に入りのようで、来てからずっと第一コース。25m泳ぎきるとすぐあがってしまい、小走りでまたスタート地点に戻る。そして平泳ぎ、やがて潜水。
第二コースに移って戻りも泳ぎを楽しめばいいものを。そう聞くと『……』と首をふった。ならやはり鏡面処理の第八コースから戻ったらどうかといえば、『…それ違う』らしい。まあ同じ第一コースを逆に泳いで戻らないだけ絵里にしては上出来かもしれない。
潜行する絵里を、追って平泳ぎのさゆみは上から眺める。
光の網が踊る水の中、ぐいんぐいんと進んでいくシルエット。水着で際立つ流れるようなライン、のびのび動く腕と脚、なめらかな背中は、なにしろきれいだった。魚みたいにきれい。
でもやっぱりなんか……変。泳ぐことに集中しきってる。ときどき顔を横に向けて、側壁のむこうのプールとか自分とかを熱心に覗きこんでるし。水と遊ぶその姿に魚の美しさを感じると同時に、さゆみは連想してしまうのだ。
『カッパみたい』――と。
うん。変だやっぱり絵里は。
いま自分は泳ぎながらニコニコしてるかもしれない。
きれいなカッパはますますスピードを増して、視界の先へと遠ざかっていった。
- 97 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:29
- ◆◇◆
泳ぎ疲れてぼんやり休憩中のさゆみ。
かたや第一コースをクロールですいすいやってる絵里。
無駄なしぶきを上げないなめらかで美しいフォームだった。あれよあれよという間に25m。そして今度は第二コースに移ってバタフライ。
自分に『うるさい』と文句つけたくせに勝手なやつだ、とプールサイドで体育座りのさゆみは思う。でも絵里のバタフライはうるさくないのだからしかたない。
勉強同様、運動もかなりできるらしい。体育の授業ではたいていのことを軽々やってのけるみたい。
それにしては運動会や球技大会で目立ってた憶えがない…というのも当然、そういう場はいともあっさり手を抜いてしまうのだろう。『めんどい』ってやつだ。同級生もそれをわかってるから重大種目をまかせたりしない、と。周囲の期待を平然と受け流す絵里の無表情が目に浮かぶ気がして、さゆみは笑ってしまう。
「なに笑ってんの?」
むこうからまた25m泳いできて、第一コースに顔出した絵里。
「んー、なんでもない」
「…そ」
また潜水。
さっきからずーっとそうしてる。
底をぐいんぐいんと進んでた絵里の背中は、さゆみの目にはものすごく「しっくりいって」見えた。あの場所、あのコースをあんな感じに泳げる子がほかにどれだけいるだろう。
絵里は「自分の場所」をごくすんなり見つけてしまう。
秘密の穴場みたいなところはもちろん、なにげない、誰もが素通りするようなどうでもいいところでも自分が落ち着く場所を見つけて、スポっとはまりこんでる。聞けば『大ケヤキ』さえも彼女にとってはそう特別なものじゃないみたいだし。
「普通の中にやすらぎ見つける幸せ上手」てことではない。いい感じを嗅ぎ当てる、それはもう本能みたいなものなのだろう。彼女にとって一番大事なものなのかもしれない。そんな場所を見つけられるのは、きっととても幸せなことだ。
ほかの人が同じ場所に入っても、同じように心地いいとは限らない。まあたいがい心地いいけど、でもやはり違うだろう。絵里の目は言っている。『場所は人それぞれだよ』と。
- 98 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:29
-
第一コースから第二コースそしてまた第一コース、ともう何往復もしてる絵里を眺めて、体育座りのさゆみはぽわーっと考えている。
ズレてる自分は絵里と出会って、のんびりのほほんしていられる。これまで「あれ?あれ?」と思うときがよくあったけど、もう大丈夫。これはこれで場所を見つけてることなんだ。それはたぶん「この世には絵里がいる」ってこと。
絵里のほうはどうだろう。あの子はこっちを「初めて気が合うって思えた」みたいに言ってくれた。嬉しい。けど、たとえ自分と出会わなくても「落ち着く場所」には不自由しなかったんじゃないだろうか。
少し前に言われた言葉を思い出す。
『さゆみは大変だろうなあ』
『そのうち落ち着くよ』
『場所なんてどこにでもあるんだし』
絵里を見てると確かに、それはどこにでもあるんだとわかる。でもその「どこにでもあるところ」にするっと入るのは意外に難しい。絵里ではない自分が、自分なりに納得できるのはいつだろう……
夏の屋内プールで、さゆみはいつの間にか柄にもなく考え始めていた。おしりの下のタイルの濡れた感触を感じつつ、利用客たちの声がにぎやかに響くのをぼんやり聞き流し。天井ガラスの格子の影が広い水底にゆらゆら続くのを眺めて考え込む。
絵里と自分の違いは結構大きいんだ。ズレてる自分たち二人、でも絵里はいつでも場所を見つけてて、自分は絵里がいるってことで場所を感じてる。そんな二人が一緒にいるってどういうことだろう。あー、考え進めないほうがいいような気もするなあ。うーん……うーん………
「おやおやおやおや〜?!」
聞き覚えのある声がすぐ隣から降ってきた。
…この声がさっきから遠くで張り上げられてるのは聞こえてたけど、聞き流しにしてたんだけど、やってきてしまいましたね。
はい、あのお調子者台風少女、三度目の登場。
- 99 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:30
- ◆◇◆
やーまた会いましたな奇遇奇遇、とか言いながら、彼女は勝手にさゆみの隣にすとんと腰を下ろした。ガッコの水着はさゆみや絵里と同じく名札をはずしてしまっている。
「泳いでる?」
「はあ」
「やっぱ夏はプールでしょ、ね」
「ですね」
そういうものだ。
「あたし受験生だけどさー、こう見えて勉強できるんだよねー。だからこういう息抜きもできちゃう。二年生もがんばりたまえよ」
「……」
「あ、あたしも二年のときはひどかったから君もがんばれるよ、うん」
さゆみが「勉強ひどい」と決めつけられてしまった。確かにそうなわけだが。
「あの子は最初からできる子だけど余裕だよねえ。あやかりたいあやかりたい」
第二コースをクロールの絵里を見て、「あやかりたい」とは適当に言いっぱなしが見え見えだったりする。というかなんの話をしたいんだか。
「あの子もあなたもあたしも、おそろでガッコの水着ってマヌケだよねえ。せっかくここまで来てさ、まったく。中学キャップはさすがに勘弁だけど」
「あの――」
「仲いいようだねえ」
「あ、はい」
本題か?
「仲がいいのはいいことだ、うむ」
「友達だと思います…友達です」
お互いにとっての重みは違うかもしれないけど…というさっきの考え事は飲み込んだ。
「あの子もいい友達できて、よかったよかった」
「え?」
「あたしあの子のこと二年から知ってるけどさ。泳いでるのこっから見ても、なんかね、前までと様子が違うもん」
わあ、それはそれは。
「ごめん、よくわかんないから適当言ってるんだけど」
……だと思った。
「あなたにとって大事だってのは確かだよね?」
「それは、はい」
「大事な友達って大事だよー。大事にしないと」
「なんですそれ」
「普通の友達と大事な友達って、違うじゃん」
…どうもこの「誰とでも仲良くできる」少女の言葉は軽く聞こえてしまう。自分はどうなのかと。
- 100 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:31
-
「でねー、あたしの大事な友達、あの連中」
「あ…」
お調子者が指差した向こう側のプールサイドに、女の子ばかり三人いた。女の子と言ってもみんなさゆみよりは年上のようだけど、年も背丈もたぶん雰囲気もバラけた一団。
「あの中の一人の招集できょう来たんだよねー、実は」
「仲いいんですね」
「うん。きょう初めて会った人もいるけど、もう大事」
「大事、ですか」
「そ。連中いるとさ、自分は自分で頑張ろうって元気出るよね」
くりくりと目を輝かせている。瞳孔開き気味にさえ見える、軽くハイ。このお調子者でもそんな大事な友達がいたとは、さゆみには意外だった。
というかつまり――
「ひけらかしに来たんですか?」
「うん。そんだけ」
なんなんだいったい。
「あんたらはあんたらでさー、ひけらかせるよー」
「?」
「ひけらかすこたぁないんだけど。あんたらみたいなヘンテコ二人のいい感じって、滅多にないでしょきっと」
「ヘンテコって」
「だってあの子と仲良くできるなんてヘンテコに決まってるもん」
そんなもんか。
「あの子えらいマイペースだけどさ、そんな友達いると元気出ない?」
「あ、えーと、はい」
「自分は自分で頑張ろうって、あたしみたいに」
「かも、ですね」
前向きお花畑と「頑張ろう」というのは少し違うかもしれないけど、まあそんなもんだろう。さゆみはあらためて納得する。もっとも隣のお調子者は単に『あたしみたいに』の部分を言いたかっただけみたいだが。
「だから大事にしなさい、ね。以上!」
さてと、とかつぶやきながら立ち上がるお調子者。気が済んだらしい。
「んじゃね〜」
「……」
パタパタ走り去っていった。
なんだかなあ。
- 101 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:31
- ◆◇◆
「……なに話してたの」
さゆみのまん前で、絵里がプールのへりに両腕組んでじーっと見つめてきていた。
…うわ、めんどくさい。
さゆみにはすぐわかる。『自分おいてなんか話し込んでたひどいひどい』の目だ。自分がさゆみおいて泳ぎ続けてたことなどどうでもいいのだ。
「いや、自分の仲良しのお友達のこと自慢されただけ。あっちの人たち」
「…仲良し」
さゆみが指差し絵里が眺める第八コースでは、あの子が『仲良し』の一人に壮絶なアイアンクローをかけられ、さらにそのまま水に沈められてもがいていた。
「う、いや…えーと、そうだ、またわたしらのこと変だって言ってたよ。うん」
「…ふーん」
うそは言ってない。
「あと絵里ちゃんはわたしの大事な友達だって」
「うーん…」
目線をそらす絵里。よしよし。
「大事にしなさいってさ」
「………」
「どう思う?ね?」
「………」
無言のままチャプンと沈んでしまった。
さゆみが水際に歩み寄ってみると、もう5mほども先の水底をぐいんぐいんと潜行する影。さびしがり屋の人間嫌い、近づかれるのが苦手でするすると泳いでく。
やれやれ、とほのぼの笑いのさゆみ。
ま、これはこれで…
やっぱいい感じだなー。大事にしてやりますか。
向かいのプールサイドではあの子が、さっきの『仲良し』に今度はものすごいヘッドロックをかけられて悲鳴をあげている。うん、あんなふうに元気に騒げる友達がいるのはいいことだ。
左手の先を見ればまだ潜行中の絵里。お気に入りの側壁にぴったり寄り添っている。
じゃあ自分は自分で前向きに行きましょう、その場所に。
「道重、行きまーす!」
右手上げて宣言して、勢いよくプールサイドを斜めに助走する。
「うりゃー!」
ジャンプ。
真夏の一瞬、浮かぶ体の下はゆらゆら水色。
“絵里の”第一コースに、ざぶんと元気に飛び込んだ。
- 102 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:32
- ◇◆◇◆◇
「わたしねー、最近頑張れてるんだよねー」
「うん」
「もうね、前向き前向き」
「だね」
「やっぱもう二学期だしさ」
「もう、ね」
もう十月下旬。
見上げるお空はもう秋の色で、夕暮れ近く薄い雲がちぎれてる。
S市の肌寒い秋がもう始まってる。
「きょうなんか特にね、頑張っちゃった」
「ん…」
「わたし相当じゃなかった?」
「……」
「みんなも気合入ってたしね」
「……」
「これまで練習のときも、先生『道重元気あっていいなあ』って」
「うーん……」
冬服、セーター着込んでマフラーに手袋、でも冷えるこの時期。だけどお花畑はとても元気だった。友人はあいかわらず口数少ない…というか姿が見えないけど、構わず元気。言いっぱなしと聞き流しの二人組み。
ここは神社の境内。
神社と言うか事実上公園と言うか。広い敷地に十何本も桜など植わってたりして気持ちいい。由緒正しく歴史があって、特に奥にたたずむ本殿など本来なら重文指定もありうるほどのものらしい。でも、全体で憩いの場と化している。
現にさゆみは賽銭箱を通り越して拝殿の階段に腰掛けてるし、絵里はその横手で縁の下にもぐりこんでいる。罰当り二人組み。
二人ともなんとなく賽銭として百円玉を投げ入れはした。でも手水舎などシカトだったし、参道は普通に真ん中を歩いたし、面白がって賽銭箱の前にぶる下がってる綱を何べんもゆすって鈴を鳴らしまくった。中学生だもの、しかたない。神様ソーリー。
「練習練習でさー。朝練午後練、毎週毎日、で、優勝だもん」
「うん」
きょうは学校の合唱祭だったのだ。
体育館など使えばすむところ、わざわざ近くの市民会館借りて本格的にやった。弁当持参し全校全クラスが朝から午後までずっとやった。受験ひかえた三年までもだ。
そしてさゆみのクラスは見事、二年生の部で優勝したのだった。指揮者となった子も指揮者賞を射止めた。こりゃもう完全なる勝利ってやつだ。
- 103 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:34
-
合唱ではいつも友達に「ごめん」「引きずられる」「ある意味すごい」と言われるさゆみ、でも「元気があっていいなあ」で練習皆勤で張り切っていたのだから嬉しい嬉しい。たとえ今回もいろんな意味で注目を集めていたとしても、さゆみは歌うことが大好きになっていたのだった。のほほんのほほん。
だから現地解散となったあと珍しく絵里の姿を捜して歩き、ぷらぷら帰りかけの彼女を捕まえて、はしゃぐ気持ちを聞かせて鼻高々。絵里のおかげの前向きだし聞かせてやりたい。言いっぱなしと聞き流しの二人は、いつの間にやら近場の神社に落ち着いていたのだった。
で、クラスが普通に三位だった絵里は縁の下に潜ってなにやらやっていて、さゆみは上機嫌にしゃべってる。綱が下がる鈴を見上げて愉快にしゃべる。
「うん、頑張ることが結果になるとわかったよね、きょうは」
「きょうは…」
「う…いや、中間もそれなりだったよ」
今月の初めに行われた中間テスト、上出来とはいかないけど、まあそれなりだった。
「だってさー、行事詰まってるんだもん。練習頑張ったもん」
「うん」
「運動会だってさ、ね」
「うん」
先月は先月で運動会を頑張ったさゆみだった。頑張ったで賞には値するくらいに。玉入れと綱引きと大玉送りと、そこらへんを頑張った。徒競走には出なかった。
運動会を精一杯練習して、すぐさきの合唱もずっと練習して。さゆみとしては、どこに中間対策の時間があるのか教えていただきたいと言いたいところ。だまされた気分だ。
それでも『それなり』に成績あげたさゆみ。前向きお花畑は頑張る気分が強くなっている。やっぱ絵里のおかげだ。その絵里の成績は…聞くとムカつくから聞いていない。
「絵里ちゃん歌ってた?」
「ん」
「いたかなあ」
「…」
「あの人は声張ってたよねー」
「うん」
例の、絵里と同級の名も知らぬお調子者は丸わかり。のびやかな声を張り上げてた。彼女は彼女で器用な人間なのだろう。いっぽう絵里がどこにいたのか、さゆみにはまるで憶えがない。
- 104 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:34
-
「頑張るのはね、いいね」
「んー」
また曖昧な返事。
きょう壇上のどこにいたのかもわからない絵里、運動会でもやっぱりどこにいるのかわからなかった。本気を出せば徒競走のあらかたの種目で好成績だったろうに。
もっともそれが『もったいない』とはさゆみは思わない。
絵里はとっくに、というかいつでも自分の場所を見つけてる。そこに集中してる。それは普通に翻訳するとたぶん「一生懸命」ということだろうし、さゆみは絵里のそんな姿がとても好きだ。
いまも、木の階段に腰掛けた自分の後ろのほうで、なにやら集中してる気配。
- 105 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:35
-
「なにしてんの?」
ようやくさゆみは聞いた。
ここまでまったく聞かなかったことだ。勝手にやってればよかろう、自分は勝手に話してるし、みたいな。
そしてもちろん無言。
さゆみは階段から降りて絵里が背中を見せてる縁の下にもぐりこむ。かなり薄暗いしクモの巣かかってるし冷えるし、絵里にぴったりかも。
「なにそれ?」
「……」
さらさらの地面を熱心に覗き込んでいる絵里。真っ白なマフラーぐるぐる巻き、手袋ははずしてる。さゆみはその隣にしゃがみこむ。
それは直径5cmほど深さもそれくらいのすり鉢状のくぼみだった。ふちがゆるやかに盛り上がっている。
「?」
絵里は不思議そうにしているさゆみに構わず――いや、さゆみが眺めているのを意識してるようだったが――すいっと近くの地面に手をやった。
彼女があっさりつまみあげたのは一匹のアリンコ。親指と人差し指の間でじたばたもがいている。
ますます「???」なさゆみ。
そして絵里は、覗き込んでたすり鉢穴にぽいとアリをほりこんだ。
「あ、これ」
「……」
くぼみの底まで落ちたアリンコ、すぐさま斜面を登攀開始。六本足高速回転するがさらさら斜面、どんどん足場が崩れて登れない。底まで落ちてまたやり直し。
「あー、なんかわかった気がする」
「…うん」
それでもサカサカと踏ん張りつつかなり上がってきたところで、
『バッ』
と小さく泥が舞った。くぼみの中心、底から。
「わっ、なになに」
さゆみびっくり、絵里より凝視。
『バッバッ』
斜面のアリンコに向かって粒子の細かい泥がつぶてのように飛ぶ。泥と同じ色のちっぽけななにかが盛んに動いて跳ね上げているのだ。
そしてくぼみから抜ける寸前だったアリンコにつぶて命中、下まで転げ落ちた。また脱出しようとしたところで……急に動きを止めた。ビクッとして停止、前肢と触角がゆるゆる動く。
アリの胴体を、なにかが『ガッキ』と挟み込んでいた。くぼみの底近くから斜めに突き出された、細いアゴだろうか。頭部も見えるような。
「これねー…」
「ん」
そしてそいつは『ズッ…ズッ』とアリを引きずり込んでいく。獲物もろとも完全に姿が消えた。
- 106 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:36
-
「わたし始めてみたよ。アリジゴクだよね?」
「うん」
「こんなんなんだねー」
感心してるさゆみ、絵里はまだくぼみ――アリジゴクの巣穴を見つめている。
「?」
「もうちょっと」
と、くぼみからアリンコが姿を現して…いや、ペイっと飛んだ。勢いよく巣穴の外に。絵里がそれを手のひらに載せてさゆみに見せる。
しおれた死骸だった。体液を吸い取られたのだろうか、見事にしおれている。さゆみ、さすがにちょっと引く。というか、あらためて周囲をよく見るとそんなしおれた死骸がぽつぽつと点在してた。アリだったりヤスデだったりいろいろだけど。
巣穴ではまた、『バッ、バッ、バッ』とやっている。『バッ、バッ、バッ』『ズッ…ズッ』、細かな泥がどんどん外に飛ばされて、アリが脱出しようとして崩れた斜面がみるみるうちにまたきれいに整えられていった。
「以上」
絵里がさゆみを見て、なぜか得意そうだった。
「絵里ちゃん、これもよく見てるんだ」
「んー、ときどき」
中三にもなってなにをしてるんだろう、この人、いやこの子は。自分の話を聞き流してたのがこれ見てたからって、ちょっと嫌かも。確かに面白いけど。
「泥ぶつけてたねえ。知らなかった」
「ほっといたら普通に逃げられるから。ていうか元気なやつはそこそこ逃げるよ。アリジゴクが出てきて泥ぶつける前に、速攻で、一気に駆け上がっちゃう」
「あ、そうなの? 入ったら出られないとか言うんじゃなかったっけ」
「それウソ。獲物がかかって暴れてるの知ったら、すぐに主が出てきて捕まえるの。じゃないと逃げられるよね。クモも一緒だよ」
さゆみがうまく話をふって、絵里はますます得意そうだった。
「国語の先生とかが『一度はまったら出られない』って言うの聞いて、あーあ、ウソなのに、って思ってるんだ」
「思うだけなんだ…」
「うん」
……。
「教えてあげないの?」
「うん」
「……」
- 107 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:37
-
絵里は普段きわめて無口だし、涼やかな顔立ちからして「おとなしい・ひかえめ」という印象しか与えない。だけどさゆみと一緒のときに見せる素顔はかなり……底意地悪い。いや、さゆみの言う「めんどくさい性格」ということだろうが。
得意げな絵里は得意げなまま、巣穴のふちあたりに右手を伸ばした。そしていきなり巣穴ごとすくうようにさっくりさらってしまった。
「あ、ひどい」
さゆみの言葉を無視して、手のひらをゆすって泥を落としていく絵里。
そして、
「はい」
「え、うん」
さゆみに手のひらを出させて、そいつを乗せた。
「うわっ、これ」
「うん、それ」
モゾモゾ。手のひらがくすぐったい。後ろへ後ろへ、もぐるように。
体長1.5cmほどだろうか、泥の色だった。ハチのようにくびれ膨らんだ腹部。平たい頭部にはつぶらな目。細長いアゴは火箸でシャベルといったところか。そして六本足は間違いなく昆虫のもの。つまりアリジゴク。
「ここに置いてみて」
「うん」
巣穴跡近くのさらさら地面に戻す。と、すぐに『ズッ、ズッ』と後ずさり潜ってく。そして『バッバッ』、頭を支点にアゴをテコの原理で。『ズッズッ』、『バッバッ』……また、きれいにすり鉢くぼみができた。
「ほ〜」
「うん」
絵里、得意得意。さゆみも感心しつつお付き合い。
「幼虫だよね、えーと…」
「ウスバカゲロウ」
「そう、それそれ、ウドンゲだっけ、タマゴ。成虫もきれいで」
「それはクサカゲロウ」
素で間違ったさゆみ。
「ウスバカゲロウはグロだった」
「?」
「思ってたより大きくてゴツくて。で、水槽の高さが足りなかったから、夏に羽化したとき羽の先が伸ばしきれなくて、しわくちゃになっちゃって『バリバリバリ』ってもがいてて。引いちゃった」
飼ったのか…。
絵里に引いちゃうさゆみ。いまさらなのだが。
さくっと巣穴さらったり、アリンコほりこんだり。『しわくちゃになっちゃって『バリバリバリ』ってもがいてて』とか、さっきそういえば『クモも一緒だよ』とも言ってたが…つまりそういうことなのだろう。
ここらへんは、正直さゆみが引いてしまうところだ。
- 108 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:38
-
一人、虫をじーっと眺めてる絵里。
観察してる絵里。
見てるのがクモでもヤゴでもオケラでも、その姿は簡単に想像できる。いかにもだなあと思えてさゆみも楽しい。
だけど、アリジゴクに黙々とアリンコをほりこむ絵里には、引く。
以前ジグモの巣を引きずり出して見せてくれたときは悲鳴をあげた。袋状の巣を上からビリリと引き裂いて最後にビョンと飛び出したのだ、あのエイリアンみたいのが。絵里は平然と指で押さえつけて、もう一匹捕まえたのとケンカさせて……さゆみ、ますます引いた。
口元むにゃむにゃさせて『かまって』光線出す一方、そんな絵里もいる。平然と無表情。そして引いちゃうさゆみ。まあ、ヘンテコ絵里だからさゆみも楽しいと言うのはあるし、絵里は絵里で引いちゃうさゆみを面白がっているふしもある。
まあいまは、そんなこんなで、
「以上、なんだ?」
「うん…」
気が済んだようで。
ほんと変なところに「一生懸命」だよねえ…。
またじーっと巣穴を見つめてる絵里の横顔を、じーっと見つめるさゆみ。
やっぱ自分の場所を見つけて入り込んで、そこにはとてもまじめなんだなあ、この友達は。一生懸命かも。あらためて感じ入る。
- 109 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:39
-
「……」
ふいに絵里が腰を浮かして、外に這い出していった。さゆみも無言でついていく。
ずっと縁の下で気がつかなかったけど、かなり暗くなってきていた。
先に出てた絵里はぐいぐいと伸びをしてる。そりゃそうだ、ずっとしゃがんでいたんだから。さゆみも腰だの首だのストレッチ。二人して、賽銭箱の裏においておいたバッグを持つ。
くしゃん、と絵里の背中がくしゃみをした。そりゃそうだ、十月下旬、冷えるんだから。なんか野良猫のくしゃみみたい。
「……」
「帰ろっか」
さゆみの声を聞いてから、絵里が先に歩き出した。
また参道の真ん中だけど神様ソーリー。
そうして黙ったまま歩いていく、二人の距離。
カラスの鳴き声など遠く聞こえる神社の境内、いかにもすぎる秋空の下。
さゆみは絵里の背中をほのぼの見てる。
やれやれ。
学校中の合唱祭でもどこにいたのかわかんなくて。
で、きょう一番一生懸命だったのが、神社の縁の下のアリジゴク観察で。
この人の、この先。
この人との、この先。
どうなっていくんだろう。
自分はいま、とても前向き気分で楽しみで。
そしてこの人……これから先、なにに一生懸命になってるんだろう。
うん、やっぱり面白そう。
- 110 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:39
- ◇◆◇◆◇
二つのグラスはとっくに空になっていて、中の氷も溶けきっている。
ひたすら、凶悪なほど寒いこの時期、氷などいらないところだが、ストーブつけて暖かい部屋だもの。氷を入れてもよかろう。
いまやグラス三分の一ほど、薄オレンジの水がたまってたり。白いローテーブルには、グラスの足元から結露のなれの果てがじわーっとやる気のなさを見せている。
で、部屋の主とその客人もまたじわーっとやる気のなさを見せているようだ。
やる気がないってことはないのだろうが、ずーっと会話もないし動きもほとんどない。部屋の主など、ホストのくせにオレンジジュースのお代わりを持ってくることもせず、氷が溶ける様子を最後まで眺めていたくらいだ。
十二月下旬。
と言うか、年の瀬も押し迫ってきた感がある中の休みは、どこか気も抜けるってものだ。大掃除の準備を始める気にもならない、そんな散らかった部屋だったりする。
いわゆる祝日でそのままなし崩しに冬休みへ、というありがたいこの日。きのうもらった通知表はちょっぴり…ほんのちょっぴり、でも確かに上向いていた。
父親は『うん、よし』と溺愛する娘をほめた。彼よりは厳しい母親も、お花畑を暖かくはげました。思春期の娘はお花畑なりに反抗期っぽくあったけど、父親のことをやっぱり好きだった。たとえいまだにオートコンプリートを切り忘れていようとも。そして母親のことも、好きか嫌いかで言ったら嫌いなわけなかった。
寒くも暖かな冬の始まり。
次の日、ふいに友人が訪ねてきた。
- 111 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:40
- ◆◇◆
実質冬休み第一日目に、ふいの訪問。
高校入試がいよいよ大詰めだろうに、ちょっとびっくり。
ふいにとはいっても、電話で連絡はあった。訪問当日の数時間前にというのが毎度絵里らしかったが、絵里のくせに大人相手の事前連絡などできるのだった。さゆみの母いわく、『小さい声だけどすごく筋道通った話し方するね』らしい。『中学生と思えないくらい』だとも。マナーは身につけてるのだ、絵里のくせに。『あんたも来年あれくらい話せるかな?』とさゆみ母。
昼食は家ですませてからというのも毎度のこと。これもマナーのなせるわざか、それとも単に、友達の家で友達の母親と会話しながらお昼をご馳走になるというのを『めんどい』と思っているからなのか、定かではない。さゆみは後者だろうと思っている。さゆみは普通に絵里のお母さんのオムライスなどいただいているのだ。とてもおいしい。
きょうもさゆみの両親への挨拶も小さい声ながら見事なものだったけど、それだって『めんどい』の裏返しだろう、と負け惜しみ混じりで見抜いてる。絵里をわかっているさゆみだった。
- 112 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:41
-
で、絵里、確か四度目のさゆみの部屋。
二階南向き、女の子全開のお花畑六畳間。
絵里が腕に抱えてた真っ白のコートとマフラーに手袋などは、さゆみが受け取って自分のベッドにぽいと投げた。クリーム色のカーディガンとS市の女の子らしくこの時期は厚手のパンツの絵里。妙に似合っていた。
世話好きにしてせわしないさゆみ母が、部屋の真ん中の小さなローテーブルにジュースとクッキーの皿を並べてくれて、さらにお盆片手に正座などしてしまい、娘の視線を無視してペラペラしゃべりつつ十分間。ようやく出ていった。
「ふー、あーあ」
「………」
ベッドに腰掛けてたのを、ため息ついてぐでんと寝そべるさゆみ。
いっぽうの絵里はもう無口だ。さゆみの向かい、テーブルはさんで、立てひざで両手でグラス抱えてちびちびジュースを飲んでる。無言、無表情。
これが素顔なんだよねとさゆみは思う。自分の前でリラックスしてくれて嬉しい。でもさゆみ母との会話での受け答え、あらためてしっかりしてたなーと思うのも事実だった。やっぱ上級生だ、ちぇっ。
絵里は自分から話しだす様子がない。用事があるから来たのだろうけど、話したくなったら話せばいい。いつものことだ。いや、なんの話もなかったこともあるけど、そのときだって絵里なりになにやら満足して帰っていったものだった。
- 113 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:42
-
トレーナー姿で寝そべるさゆみが死んだ魚の目でながめていると、絵里は脇に下ろしていたバッグからごそごそとなにか取り出した。
マンガ本。
なにやらマニアック、さゆみにすれば。
さゆみの部屋にもマンガは並んでいるのだが…というかマンガばかりに近いのだが、絵里は最初に部屋に来たときさゆみの本棚をちらっと一瞬だけ見て、それからは自分のを持参するようになった。なんかムカつく。いま思うと鼻で笑ってた気もする、などと考えすぎなさゆみ。
それにしても人の部屋でほんとあっさり溶け込んでるもんだ、とさゆみは思う。ここは自分の部屋だけど、少なくとも絵里が座ってるそこは絵里の場所なんじゃないかと思ってしまう。
絵里の部屋はいかにも絵里の部屋だった。一方の壁を占める腰の高さの棚に、大きなサボテンの鉢とかなにかがガサガサ動いてる水槽があって。学習机の前の椅子が見たこともない形でびっくりした。座ってみるとこれがしっくり座れてまたびっくり。そこに絵里はとても落ち着いてた。本人の部屋だ、当たり前だ。
だけどさゆみの部屋でも絵里は落ち着いてしまう。白地に小さく淡いピンクの花柄がいっぱいの壁紙に、やらかい間接照明、カーテンは冬物に替えても薄ピンク、散らかりつつも女の子な部屋に、きれいな絵里が似合ってしまう。
はー、と寝ころんでため息のさゆみ。
黙々とマンガを読み続ける絵里。
やる気なさそうな時間が流れていく。
- 114 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:43
- ◆◇◆
ジュースもお菓子も気ままに減っていった。
やがて小皿は空になり、グラスには薄オレンジの水が溜まってるばかり。
ガスストーブは頑張っていて、それでもさゆみは時々立ち上がって外の空気を入れる。擦りガラスを開けるとすぐにやめときゃよかったと思いつつ、気持ちいい。
はー、っと白い息を外に吐いて、やっぱ冬休みだなとか今朝も霜が降りてたなとか思うのだった。人に厳しいS市の冬だけど、お花畑は精一杯ほんわか元気だった。これまでより長めに外気を感じて、むかいの家並みのアンテナ越しにお空を見上げる。うー、冬だ。
「さゆみ寒い」
ようやく発した声がこれだった。
えらそーに、と外を眺めたままさゆみは苦笑する。
「さゆみ」
はいはい、とようやくガラス戸を閉めて絵里のほうを向いた。もうマンガ本は脇に置いて、じーっとこっちを見上げている。
さてなんでしょう、さゆみは絵里の向かいに腰をおろしてベッドに背中を預ける。時計に目をやるともう一時間以上たっていた。
「…成績、よくなってるんだってね」
「え?」
「さゆみのお母さんが言ってた、さっき」
「ああ」
さっきといっても一時間以上前だけど、そういやそんなことも言ってたような。
さゆみとしては、『よくなった』といっても学校の成績の話を友達の前でされるのはちょっと嫌だったし、なにより絵里が気乗りしない話題のはずだしで、申し訳なかった。絵里が「勉強できる」ことをいまだに両親に話していないくらいだ。それにしても絵里からそんな話、初めてだった。
「うー、ちょっぴりだけどね」
「よくなってるんだよね?」
「うん、全体としてね」
「数学も…」
そんなとこまで聞いてたんだ。
「うん、数学も」
「そっか…」
合唱祭を頑張ったお花畑は、勉強も前向きになっているのだった。苦手中の苦手科目でさえ、上向きのきざし、いわゆるひとつの「変化の胎動」。
しかしほんと絵里らしくない話題なのだが。
- 115 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:44
-
「よかった…」
ポツリと聞こえた。
その目線はさゆみでなく自分のグラスに降りてるけど、確かに聞こえた。
「え? 絵里ちゃん…」
「よかった」
今度はちゃんと目を合わせて言われた。
涼しい顔立ちは、心もち微笑んでいるように見えた。
「さゆみ、頑張ってるもんね。なんでも」
「ん……」
「合唱でも運動会でも。勉強も」
「うん…」
「なんでも。いつでも」
なんか涙が出そうになった。ほんわかのはずなのに、こうして絵里に言われると、ああ、頑張るっていいことだったんだなあ、なんて思うのだ、お花畑も。
絵里は静かに続ける。
「ほら、もうわたしもこんな時期だからね」
入試控えて――
「確かめたかった。ちゃんと」
「?」
「でね、嬉しかった」
「??」
「わたしだけじゃなくて、さゆみもだったんだなーって」
なんだろう――ものすごく、ものすごく暖かくて、嬉しくて。そんな予感。
絵里はさゆみからふっと視線をはずして、ぐるーりと部屋を見回した。
「この部屋、やっぱいいな」
「あ、うん」
「ていうか……」
ていうか――
「さゆみがいいな。うん」
……ああ、来たんだ、来たよね。
「場所はどこでもあるけど、さゆみがいるともっといいよね」
…うん。
「この世にはさゆみがいるって思うと、嬉しくなるよねえ」
「この半年ばかり、なーんかね、思ってたんだけど」
「胸がくすぐったくて…わーって走り出しそうな気持ち」
「不思議だったよ、初めてだもん」
「さゆみに会ってからだったんだよねえ」
で さゆみが言うのを聞いててねえ
『前向き』とか『頑張る』ってやつなんだなあ
――ってね
もうさゆみこそ胸がうずいてしかたないのだ。
『この世にはさゆみがいるって思うと、嬉しくなるよねえ』
――この世には絵里がいるから嬉しくてしかたないのだ。
『わたしだけじゃなくて、さゆみもだったんだなーって』
――ううん、自分だけじゃなくて、絵里もだったんだ。
……そうだったんだ、ねえ。
- 116 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:44
- ◆◇◆
それから二人とも、黙ってマンガを読んでいた。
絵里はあいかわらずテーブルの前で。さゆみはベッドに寝転がって、絵里のコートを枕にしたら蹴飛ばされたのでやめた。
さゆみは絵里のマンガに挑戦してみたが、わけがわからなくて放り出した。絵里はさゆみの本棚には目もくれなかった。
夕方と言うには早いけど、でも日が翳ってきたころ。
絵里はひょいと立ち上がった。そして見上げるさゆみの頭の下から、いつの間にかまた枕にされていた自分のコートとマフラーをぐいっと引き抜く。
その場で着込んでマフラーも巻くと、さゆみが手渡した手袋をポケットに突っ込んだ。
絵里を先に階下に降りていく二人。絵里はまた小さな声で丁寧に、さゆみの両親に挨拶をしていた。うちの子も見習わせたいとか言う母親の軽口をさゆみはのほほんと聞き流した。
- 117 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:46
- ◆◇◆
青いお空に太陽は傾いている。
二人、門の外に出たところですぐだった。
絵里はささっと手袋をはめるとこっちを見て『バイバイ』として見せた。長引くのを好まない……いつもどおりだ。ま、防寒固めた自分とジャンパー引っ掛けただけのさゆみと較べて、気を使ったのかもしれないが。
くるっとターンして塀際に止めたマウンテンバイクに向かうその背中、きれいだった。市の外れまで遥々こいでくこともあるマウンテンバイクだ。
チャリチャリと巻いてたチェーン錠を外して、スタンド跳ね上げてまたがる背中に――
「絵里ちゃん!」
「んー?」
こちらを振り向いた絵里は、きょう――
「誕生日おめでと」
――十五歳。
「あー、そうだっけ?」
傾いたお日様。薄暗いし逆光だしで、表情はちょっとわからなかった。
それでも…あなたが生まれてくれたきょうを、おめでとう。
またあなたが一つ、お姉さん。
「そうだよー」
「そっか」
おめでとう。
なんにも言わずに、絵里はまた背中を見せる。
左足をペダルに、右足地面に。
「さゆみも…」
「ん?」
「…おめでと」
…ん?え?
「ちょっと遅れたけど、誕生日おめでと」
「あ……」
すぐさまぐいんぐいんと立ちこぎの絵里。
ポカンとしてるさゆみをおいて、自転車はみるみる道路を遠ざかっていった。
なんだかなあ。
ちょっと遅れたって……五ヶ月以上だよ?
ほんっっと、絵里だよね、まったく……
- 118 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:46
- ◇◆◇◆◇
母親におしりを叩かれつつ大掃除をすませ、母親にこづかれつつ買出しを手伝いおせちを手伝い、宿題の時間を犠牲にする勢いで年賀状を書いた。親戚縁者や友人や学校の先生など、思いつく限りのところに二十七日までに手書きで出した、さゆみは頑張った。
三十一日は、ぶーぶー言いながらさつまいもの裏ごしを果てしなく続けた。クチナシの発色はそれはきれいなものだったが、いっこうになくなる様子がないのだ、さつまいもの山が。もう終わらないんじゃないのかとさえ思われた。じゃーあんただけ市販の栗きんとんね、と言われるとおとなしく続けるしかないのだけど。
カズノコの薄皮むきも同じように終わりがなかった。水を張ったボールの中で水カビみたく白くゆれるやつをムニムニ取っていった。最初は面白かったけど終わらないのだから飽きて当然。「カビみたい」とわざと言って、これまたこづかれつつ続けた。
元旦、信じがたいことに絵里からの年賀状が来た。
もちろんさゆみは絵里に出していたが、絵里のことだ、自分の年賀状を見てから「この世には年賀状というものがある」と気がつくと思っていた。しっかりしているのだ、一つ上のお姉さんだもの。
それがたとえただ絵入り年賀ハガキに「謹賀新年 本年もよろしくお願いします」としか書かれていないものだとしても、さゆみの宝物になった。二日目以降に来た何枚かの友人たちのなんか、もう、あっちいけしっし、なのだった。
自分の労作たる栗きんとんのひかえめな甘さとともに幸せだった。カズノコは口の中で果てしなくポリポリポリポリポリポリポリポリやるのが楽しくなってしまった。絵里もポリポリポリポリやってるのかなー、やってるよね、と幸せなのだった。
- 119 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:47
- ◆◇◆
もっとも、お正月と言うか冬休みの間中、絵里と会うことはなかったけど。
元旦に、人の集まらない例の神社に初詣に行ってみてもいなかった。
ぷらぷら公園やら広場やら歩いても、会わなかった。
まあ、会いたい!てわけでもなかったし。
ならばテレビ正月、寝正月。宿題…?
頑張りましょう。
そういうものだ。
二人はそうなのだった。
- 120 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:47
- ◆◇◆
始業式。
冬休み終わりぎりぎりで半泣きで宿題はすませていた。手伝えなくて父親は内心さみしそうだったが、娘の成長の証だ。母親は「ほんと成長しないねえ」と言ったものだが。
三学期、正直みんな冬休みと春休みの間、くらいにしか思っていない。
学校始まって早々に連休。
嫌がらせのような雪が降れば漢文の授業などつぶして雪かきをしたりする。田んぼのようなグラウンドに入って長靴の跡ガッツリつけまくってどやされる男子も出る。
浮き足立つ三年を横目に、自分たち二年も来年はああなると思ったりもする。
- 121 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:48
- ◆◇◆
「あ…」
「…」
下校途中だった。
ようやく、ひさびさに。
新年おめでとうをいう時期でもなくなったころに、絵里に出会った。
まるで浮き足立ってなかった。絵里は絵里。これって自分のおかげなんだよねー、とニコニコするお花畑。
「さゆみ気持ち悪い」
殴りたいけど。
並んで帰る二人を、
『たったったったったったったっ』…
お調子者が追い抜いていった。
こんどは立ち止まらず、『たったったったったったったっ』。
浮き足立ってるのか浮かれてるのか。
まあ、彼女は彼女として、二人、並んで帰った。
「絵里ちゃん」
「んー?」
「なんでもない」
あ、そ。
「さゆみ」
「んー?」
「なんでもない」
あ、そ。
- 122 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:49
- ◆◇◆
二月、絵里は普通に願書を出していた。
学業成績だけならあの優良高でも充分推薦も狙えるはずだが、内申がどうだかわかったものではない。というより推薦入試なんて絵里に似合わない、そんなの知らないのが絵里らしい、などと余計なお世話のさゆみだった。
他人事に余計なお世話のさゆみも、期末テストなどと言うものがある。
絵里が頑張ってるけどさゆみはどうかな?
年度のしめくくり、頑張ろう、お花畑。
きれいに絵里のことを忘れた。忘れたと言ったら御幣がある、思いわずらわなくなった。
さあ、さあ、期末ですよ。
◆◇◆
同じころ、絵里、一般入試。
淡々と、淡々と。
時計をながめて、ふーっと鉛筆置いて。
教室の窓から見渡すグラウンドは、やっぱり『なんかいい感じ』だった。
静かに微笑んだ。
- 123 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:49
- ◆◇◆
さゆみ、自己採点……頑張った。
誰にでも鼻高々ってわけにはいかないけど、でも、これまでで一番だった。
お父さんとお母さん、また喜んでくれた。
お花畑は、道重さゆみは、やりました。
そして、亀井絵里――合格。
- 124 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:50
- ◇◆◇◆◇
桜吹雪
桜の天蓋。
咲き誇りまた散りゆく、無数の花、花、花。
淡いピンクの世界。
桜の空間。
やわらかな黒土を敷きつめるように花びらたちは舞い落ちる。
ざーっ…と吹きつける風に乱されて、枝は鳴り、しなり、大きくうねる。
ざわわ、とうごめく。
それは桜迷路。
…………
樹と風と花びらと一緒になっていた。
ずっとそこにいたような、最初からあったような。
太い枝にまたがっている少女。
目も鼻筋も口元もなにもかもが、品よくほっそり・すっきりとまとまった顔立ち。上半身はジャンパー着込んで、でも少し肌寒いなか白い短パン履き、軽そうなジョギングシューズという、その少女。
服の上からでもわかる、すらりとのびやかな肢体と肩から首へのきゃしゃな線。
素直に流れる黒髪。切れ長の目と細い鼻筋、ひかえめに微笑んでいるかのような唇。涼やかでしかしあどけない表情。
彼女の周りで風は流れ木漏れ日は柔らかく……
―――きれい
と、思った。
「なに?気持ち悪い」
殴りたいけど。
いつも道重さゆみは思う。年上のくせにめんどくさい性格のこいつは一度自分が殴ってやるべきじゃないか、と。これで高校に入ったらどうするのだ。
もっともこいつ――亀井絵里が「こんな」なのはどうも自分の前でだけっぽくて、普通は単に無口を決め込んでいるだけらしい。それがますますムカついて、でもそれ以上に嬉しかったりして。
そしてやっぱり……やっぱり、あなたは初めて会ったときと同じ。きれいだし。
ああ嬉しいなあ。
…ここで気持ち悪いと言ったら、殴る。
- 125 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:50
- ◆◇◆
三月下旬。
神社の境内で桜の樹に二人。
さゆみが腰掛けてる枝の斜め上で、いままた爪で樹皮を引っかいてる絵里。
黙々と、集中して、ガリガリガリガリ。なにがそんなに楽しいのやら。変なの。
変なののくせに第一志望の優良高に、あっさり合格。
「『頑張った』ねー?」と聞いてやったときに、くすぐったそうな顔をしたのが気持ちよかった。かなり余裕っぽかったけどもそこは、ほれ。
絵里のほうはさゆみの期末テストのことを聞いてくれなかったので、さゆみは自分から話した。さらに「『頑張った』よ」と自分で言わなきゃいけなかった。でもそのとき絵里は間違いなく嬉しそうな顔をした、とさゆみは確信している。
「けどあの人もねえ…」
「んー?」
「あの変な人」
「あー…」
お調子者。
「あの子、勉強できるから」
絵里がそういう言い方するとちょっと嫌味なのだが。
でも確かに『出来る子』が行く有名校なんだから、彼女が頑張ったのは間違いない。本人談の『こう見えて勉強できるんだよねー』はフカシじゃなかったわけだ、リス顔お調子者のくせに。でもって『二年生もがんばりたまえよ』だぞ、お花畑。
「クラスで相当はしゃいでなかった?」
「まあね」
「ウザかったんだ」
「んー、ダメだった子たちを敵にまわすほどじゃなかったよ」
「あ…」
「器用な子だよね。うまいよ」
無口な絵里も、ある意味器用なのかもしれなかった。とりあえずさゆみの両親の受けはいい。
お調子者で器用なやつがいて、無口で大人受けいいやつもいる。
お花畑さゆみ、頑張れ。
- 126 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:53
- ◆◇◆
「あー、もう終わっちゃったよね、予行」
「さゆみは三年の行事の時間割もよく知ってるねえ」
本日、卒業式の直前予行をバックレた絵里。
腕時計を見てるさゆみを見てる絵里。
「絵里ちゃん本当に卒業式も出ないの?」
「んー…」
出ないと言っていた、さっき。
『めんどい』のがほんとに嫌いなのだ、こいつは。
「あの人が走って呼びに来るよきっと」
そういう役回りだろう、彼女は。
さゆみはとうとう今にいたるまで名前も知らないのだが、なぜって別に知らなくていいからなのだが、とにかく彼女はまた『たったったったっ』と走ってきて、句読点もなく一気にまくし立てるのだろう。友達と言うわけでもない絵里のために、陽気に汗かいて。
「んー、それはちょっと…」
嫌かも、でしょ、やっぱ。
「…悪いかなあ」
「?!?!」
素っ頓狂な叫びを、こらえた。
いまなんて? ヘンテコでヘンクツの絵里が??!……信じられない。
叫びはこらえて絶句のさゆみ。
桜をバックの彼女を見上げ、呆気にとられて、でもようやく言う。
「じゃ、出るんだ」
「出とこうかな」
ほんとに……なんとまあ。
いったいどうしたことやら亀井絵里。
ねえ、絵里。一味違うぞ、すごいぞ、どうしたの?
- 127 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:54
-
けどこっちを見下ろすその表情は…
ああ、言ってるじゃない。
『あなたのおかげだよ』
『ありがとう』
言ってたじゃないか。
『不思議だったよ、初めてだもん』
『さゆみに会ってからだったんだよねえ』
言ってるねえ、その表情。
『あなたのおかげ ありがとう』
わかるのださゆみは。
道重さゆみは亀井絵里のことならなんでもわかるのだ。
だから、そうとも、言ってやる。
「なに?気持ち悪い」
ざまあみろ。
次もわかるよ、ほら。
『コドモだねえ さゆみは』
ふっ…と、惚れ惚れする微笑みを浮かべるのだ、このきれいな少女は。
桜をバックに斜め上から見下ろして。このきれいな少女は。
『絵里ちゃんはオトナなんだねー』
『さゆみよりはね』
『ふーん』
『ふーん』
これからまだまだ。
どうなっていくのかな、彼女たち。
- 128 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:55
- ◇◆◇◆◇
――――――
自分の場所があるのは、とても大事なことだ。
自分の場所を見つけられたら、とても幸せだろう。
そして、誰かと一緒の場所を見つけられるのは、なんて幸せなんだろう。
――――――――――――
桜吹雪。
桜の天蓋。
咲き誇りまた散りゆく、無数の花、花、花。
淡いピンクの世界。
桜の空間。
やわらかな黒土を敷きつめるように花びらたちは舞い落ちる。
ざーっ…と吹きつける風に乱されて、枝は鳴り、しなり、大きくうねる。
ざわわ、とうごめく。
それは桜迷路。
樹と風と花びらと一緒になっていた。
ずっとそこにいたような、最初からあったような。
二人の少女たち――
………………
『『あなたの おかげだよ』』
- 129 名前:「6. Garden Of Senses」 投稿日:2004/04/26(月) 05:56
-
6. Garden Of Senses
−了−
- 130 名前:_ 投稿日:2004/04/26(月) 05:57
-
…………
- 131 名前:和泉俊啓 投稿日:2004/04/26(月) 05:58
-
>>49名無飼育さん
放置してごめんなさい。待ってくださってありがとうございました。
第五話は本当は二月に上げていたはずでした。いまごろはさらに四本上げてスレの三分の一がた埋まってるはずでした。おかしな話です。
あのセンセイに魅力を感じていただけて嬉しいです。そして、ええ、彼女たちは出発しました。ヨーソロ。
>>50名無飼育さん
見つかりました。
※第五話の誤記訂正
>>41の一行目「休み時間でも」→「授業中でも」
ごめんなさい。
これからも地味な話は続きますが、楽しんでいただければ幸いです。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/16(日) 23:39
- はじめまして。
えりりんとさゆらしい、かわいいおはなしですね。
れいなもいい味出してます(笑)。
この内容でこの更新量ですし、こんくらいのペースでいいんじゃないですか。
(エラそうですんません)
VOICESの世界に、これからも浸らせて下さい。
- 133 名前:名無し読者。。。 投稿日:2004/07/20(火) 00:29
- まってるよ
- 134 名前:名無し読者。。。 投稿日:2004/07/20(火) 00:30
- しまった。sageんの忘れてた。すいません。
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/10(火) 10:09
- ho
- 136 名前:和泉俊啓 投稿日:2004/08/14(土) 04:07
- 今月中に更新します ごめんなさい
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/18(水) 12:01
- おっ!これは期待の予感
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/01(水) 18:47
- 9月1日
- 139 名前:和泉俊啓 投稿日:2004/09/02(木) 00:05
- ※ パラレルワールド ※
- 140 名前:I Hear You Now 投稿日:2004/09/02(木) 00:09
-
「I Hear You Now」
- 141 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:10
-
「暑ーい暑い暑い」
「暑い暑い言わないの。余計暑くなる」
ぶーたれ声に、すかさずつっこみ。
8月上旬の日中に路上を歩いてればそりゃ暑いだろう。
ましてやN県S市。夏は暑いぞS市。
そろそろ郊外、木立が並んでても暑いS市。
「…暑いじゃん」
「外出ようって言い出したの自分でしょ」
「だっけ?」
つっこみに、はぐらかし。
歩きながら小首を傾げて見せてたりする。
「だっけじゃないっつーの。あたしは部屋にいたかったのに、いきなり『出よう!』って言いだしたよね? つい30分前に」
「…んー?」
くっきり声の問い詰めに、うやむやお返事。
「そんでいきなり立って、こっちの返事聞かないで部屋出てったよね」
「そのパンツかっこいいね、似合ってるよ、うん」
無理目の抵抗。
「愛ちゃんの財布も携帯もあたしが持ってきてあげたし」
「やっぱスタイルいいから似合うんだよね。うらやましい」
「でもってあたしが荷物持ちもしてるわけだよね、今」
「あたしもそれくらい脚きれいだったらなー」
「バスの中でも、降りてからも、暑い中ずーっと」
「…………」
とうとう目をそらし黙り込んで、しきりに髪の毛をいじり始めた。
きれいな茶色、ゆったりパーマなどかかった自慢の髪の毛をいじいじと。
そんなしぐさが似合うのは確かだが、それはそれ。
「だ・よ・ね? 高橋さん」
「はいそうでしたすみません」
素直なお返事。
相手はシラケ気味。
「えっと、里沙ちゃん――」
「あ゛? 『里沙ちゃん』?」
「あのあたし荷物持ちます、新垣さん」
「おう」
殊勝な申し出のようだが成り行きからすれば当然か。
片手に提げたぎっちり膨らんだコンビニ袋を「ほれ」と差し出す、そんな新垣里沙。
すみませんすみませんとペコペコしながら受けとる、そんな高橋愛。
里沙、高校一年の15歳。
愛、高校三年の17歳。
高校一緒、学年違うけど幼なじみで長い付き合いの二人。友達というか腐れ縁というか。くっきりリス顔と端正びっくり顔のいいコンビでやっている。
- 142 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:11
- ◆◇◆
てくてくてく。
住宅地も切れかかって、畑だの果樹園だのの中のまっすぐ道をてくてく歩く。
さっき降りたバス停からちょい離れただけだけど、もう汗がふきだしまくり。ジーワジーワ、ギーギーギチギチとセミやバッタどもが鳴くほかはひたすら静か。軽く風が吹きお日様が降る。
「そういや里沙ちゃん、なんであたしの部屋にいたんだっけ?」
「はあ?! なに言って――」
「やっぱ重いなあ、買いすぎだったね」
里沙の返事を潰して「重い重い」とコンビニ袋をガサガサ言わせる愛。
それさっきまでずっとあたしが持ってたんだけど、っつーか話聞けよ、という言葉を飲み込む里沙。里沙は愛に対しては大人なのだった。流れる黒髪は大人の証、前髪可愛くつくっちゃったりして!と、これは本人だけが思っている。
「ねー聞いてる?」
「どんどんカゴに入れたの自分じゃん、あたしは反対したのに――」
「そんな話じゃなくてさ…やっぱ聞いてないんだ」
「なんだよそれ」
「ちゃんと聞いててよー。人が話してるときはさー」
うわっ、口とがらせてる…なんて自分勝手なやつだ。殴りたい…心の底から殴りたい…でも自分はオトナなんだから殴っちゃダメだ。
と思いつつ、話聞いて聞いてとじたばたする愛にニヤニヤしっぱなしの里沙ではあったのだけど。
「いや聞いてるけど愛ちゃんわけわかんないって」
「なにが?」
「相談ごとあって愛ちゃんの部屋来てたのに、本気で忘れた?」
「プッ、なに言ってんの?…痛っ!」
今度こそ手が出た里沙。そりゃそうだ。半笑いだが目は笑ってない。愛はグーで殴られた肩をさすってむくれている。
「痛いなもー…えっと、里沙ちゃん、ガッコの夏休みの課題であたしに相談事あったんでしょ」
「あー…」
課題。
夏、というか八月上旬、子供にはピンとこないあれこれくだらないゴタゴタが一部で盛り上がる。そういったことも含めて勉強してこいや高校一年生、義務教育過ぎた眼で。そんな課題。だけどいきなり一年にそんなこと言われてもすっきりしないことが多いわけであり。幸い経験者の幼なじみがいたわ、大学受験控えてるけどそんな時間とらせるつもりないし、と部屋を訪れた30分前。
- 143 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:12
- 「部屋来てもなんかあんま話さなくて…はいはい、あたしがすぐに外出たからだけどね、ちゃんとわかってますー」
「なんか勝ち誇ってるよ…」
「バスの中でも話さなかったし、どうしたのかなって」
「ん…いやあんまりアレだったし」
「?」
経験者の幼なじみは頼りにならないということを、彼女の部屋に着いた瞬間に思い出したのだった。忘れていたのは夏の暑さにアタマをやられていたせいか自分としたことが、いやそれでも聞こうと思ったら、『広場行こう!』と唐突に言って飛び出した幼なじみ。こいつは年中アタマをやられている。
とりあえず自分と友人の財布とケータイその他最低限をかき集めて、お母上に挨拶して靴に足を突っ込みダッシュ。『広場』の言葉に見当つけて通りまで出ると、コンビニの前で友人がこっちにブンブンと手を振っていて……
「“アレ”ってなに?」
「うっさい」
店内ではサンドイッチやらおにぎりやらスナック菓子やらジュースやら、ざっくざく。いちいち「いる」「いらない」をギャーギャーと繰り返しつつ買い物カゴに溜まっていき、会計してると外をながめてた愛がまたダッシュ。お釣りを受け取ってあわてて飛び出すとむこうのバス停にバス一台停車中で、友人は乗り口の段に片足掛けて粘っているらしかった。運転手さん・乗客たちが困惑しつつも待ってくれたのはさすが万事のんびり進行のS市、それでも申し訳ないやら恥ずかしいやら。
『ごめんなさいこの人頭おかしいんですアレなんですほんとすみません』
『いやいや元気だよね、でもね、まあ…あははは』
『あはははは…』
『里沙ちゃん早く座りなよー。発車するのに立ってちゃ危ないよ』
『……』
そんなやつにいよいよ話す気にもならず。あんた受験勉強はどうしたんだよ。とか。
「いやー、ま、あれだ、じっくり落ち着いたところで話そうかなとかね。歩きながらの気分じゃないし」
暑いし。話すにしても木陰に入ってからがよかろう、広場の。
「ふーん。そんならいいや、じゃあたしの話――」
「まあ、でもどうせだからいま話し始めてもいっか。あのさー」
里沙も里沙でずいぶん自分のペースで話す人間だった。愛、ちょっと不満そう。
- 144 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:14
-
「愛ちゃんも一年の頃あったやつね、もう話したけどさ」
「ああ、日本史ね」
「それなんだけど――」
「あ、ヘリ! ヘリ!!」
ブタタタタタタ…と遠ーく上空を飛んでいくヘリコプターに、パタパタと手を振っている。
「ね、ね?ヘリ!」
「おー、ヘリだねえ」
なんだかんだで二人仲良く手庇でむこうのお空を眺める。
「あれは米軍だね。海兵隊」
「ほんとー?」
「ほんとー。第七部隊だな」
里沙は平然と適当を言う人間だった。
彼女の視力は確かに機体後部の星マークを捕らえていたが、『海兵隊』については覚えたてのその単語を言ってみたかっただけだ。言ってるうちに自分でも本当のような気がして信じてしまう、そういう人間でもあり。ともかく陸軍ヘリは向こうへ飛び去った。
「行っちゃった」
「きっとあれだ、基地に帰ったんだね」
「へー」
「あの飛び方は間違いないね」
ふーん、へー、と流していく二人組み。『基地ってどこの』とかつっこんで展開することなど思いもよらない、その程度だ。
「そうだ! 米軍といえばさ、あたし思うんですよ」
「暑いなー」
「ねえ聞いてよ」
「はいはい…おー、着いたじゃん」
「あー」
住宅切れたバス停で降りて歩いて10分ほどか。
しゃべくってるうちに着きましたS市の「広場」に。
- 145 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:15
- ◆◇◆
「やっほーーー!」
「ちぃーっす」
とりあえず大声出してみる高三と、なぜか挨拶している高一。
市外へ向かう国道から砂利の脇道が入っていった先、ゆるい勾配をちょこっとあがればめっぽう広い空き地がある。砂利道上がったところがなんとなく入り口で、ゆるやかな起伏をもちつつでっかい草っ原。広い駐車スペースとの区分けも怪しげだ。
ほんとは公園だ。といっても公園というには適当すぎるか。「S市第××公園」の看板と塗りなおした古ベンチいくつか、くらいのもの。ときどきボランティアの草刈が入る。場所が場所だけに人気スポットというわけではないけど、意外に人々のお気に入りなのだった。
眺めがいい。むこうに山が見えて「やっほー」へのこだまも返ってきそう。森も見える。近くを川が流れてる。あちこちに木陰もある。独特の開放感があるこの公園、みんなは『広場』と呼ぶ。
「ふー、やっと到着ぅ〜」
木陰に置かれたベンチに、ぷしゅるるると空気が抜けるようにへたりこむ里沙。パタパタと手で扇いでいる。
20年くらいの若いクスノキの下に古ベンチが絶妙のセッティングだった。頭の上は枝が広がり、足元は草がすりきれたよう。細切れの木漏れ日がぽつぽつと地面を照らす。そして二人の前に広がるパノラマ。
愛はコンビニ袋を里沙の横に置くと前を向いて、ふいーとか言いながら両腕を胸の前で開いたり閉じたり、かっぽんかっぽんやっている。
「うーん、やっぱ気持ちいいなここは」
「いまさらだけど大丈夫なん? 受験生」
左斜め前の愛の背中に声をかける里沙。その受験生に相談事をしにきた彼女だが、ここまで時間をとるつもりもなかったわけで。確かにこの広場はいい場所だけど。
「いやー、こう、ね、息抜きしたくなったというかね」
「ああ」
「あとは英語だけだし。英語はね、うん」
「そればっか言ってるね」
「根詰めてたからさー。だからですよ今日は。いきなりうわーっと」
「ふーん」
- 146 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:16
-
それはどうだろう。愛は昔から「いきなりうわーっと」なやつだった。
まあ愛はわりと好成績ではあり。ガッコのお勉強の上では箸にも棒にもかからないヌケ作というわけではなく、まあ英語はネックになっていたけど、志望する県内の某大学はこのまま頑張れば大丈夫だろうというところ。「人文学部」なる得体の知れない学部ではあったけども。
ふーん、と里沙が眺める背中がいきなり振り返った。
「あ、そうだ、その米軍ね」
「そうそう課題の話だけどさ」
「あ、うん」
「まあ座んなよ」
「はいはい」
コンビニ袋を挟んで二人仲良くベンチに座る。
「愛ちゃんどうだった? 一年のとき。あたし正直よくわかんないんだ」
「あたしも全然」
「……やっぱり」
「ピンとこなかったなあ」
「だよねー。んな大昔の話なんていまさらね」
大昔。1ドル360円よりまだ昔。
わが国が別の憲法でやってた頃、おっぱじめた戦争。コテンパンにのされてトドメ刺されたのが今ごろで、もうちょっとしたら白旗揚げた日で。毎年シーズンには新聞だのテレビだのが(ずいぶん下火になりつつ)発情する。
そして愛と里沙の高校では『義務教育終わった高校生のお前ら、夏休みの間に考えて調べてレポート出せ』という課題が毎年一年生に出される。普段見ない新聞・ニュース番組に眼を通す練習、資料集めの練習。なによりじいさま・ばあさまの話を聞いて来い、身の回りでなにがあったか知っておけ。という具合だった。
先生がたの志は立派なものなのだろうが、侵略だの解放だの犯罪だの、よくわからんのだ、中学生高校生には。身の回りでなにがあったかって言われても昔の話だ。だいたい現代史なんて学校ではおよそ適当に駆け抜けてしまう。
「あたしらのおばあちゃんだって戦争のときはほんの子供だったんだし、聞いても『よくわかんなかった』くらいなんだよね。それを――」
「でもさ、すごくない?」
「なにが?」
「戦争したって信じられなくない?」
「はー? なんじゃそりゃ」
こいつ大丈夫か、という里沙の顔を見て愛は続けた。
- 147 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:17
-
「いや、日本史とか勉強するじゃん。受験の範囲だけど。そうするとどうしてそんななったのか一応わかる気がするんだけど、でも本当にやったんだよ? 勝てるわけないのに。あと、侵略とかしたわけですよ」
「あー」
「…とにかく大戦争があってね、人がいっぱい死んでね。負けたんだよ? 国が。で、あたしらがこうさ、生きて…普通に暮らしてると、そんなの気がつかないじゃん。でも確かに昔あったんだよ。すごくない?」
受験勉強ではわりと好成績の愛、しかしここらへんがとても素直な性格だった。
「『すごい』って、でもそれ言ったらなんでもじゃん」
「?」
「二万年前はこのへん原始人が歩いてたんだよ? でも今は全然そんな気がしないじゃん」
里沙もストレートなのだ。
「そういやそうだね。原始人とかいたんだよね」
「あたしも自分で言ってていまさらすごいとか思い始めてるし……ん?二万年? 三万…二万?」
指折り数えてなにかを確かめようとしている里沙。考え込む愛。
「二万年前かー」
「二万年っていうと何世紀だ? 20…200世紀だよ」
「すごいよねー」
「ねー」
二人してポカーンと広場を見渡す。
むこうを見えない石器人が駈けていった。
「…でもそれはちょっと違うよ」
「やっぱり?」
「戦争したのにっていうのはさー」
「あれだ、愛ちゃんの言うことわかる。それだよね、なんか課題いまいち乗り切れないのって」
「そうそう! ね、思うわけですよ」
力説モードのスイッチが入ったようだった。自分が話そうと思って切り出したのに、と『しまった』表情の里沙、それでもうながす。
「昔アメリカと戦争したんだよね。しかもアメリカとだけじゃないんだよね。ソ連とかとやったし。あと中国とか朝鮮とか」
「やったね、うむ。オーストラリアとかね」
「なんで?って。アメリカに爆弾落とされたりとかひどいめにあったけど、自分はアジアにひどいことして、なのにアジアの解放だとか言う人いるしさ、ね」
「それこないだテレビで見たような…」
「貧乏人で田舎者のくせに戦争したんだよね。なんで? ねえなんで?」
「あたしに聞かれたって知らないよ」
知るわけがない。
- 148 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:18
-
「でも日露戦争は良かったんだって。お父さんに聞いたんだけど」
「今度は日露かよ!」
とりあえずのつっこみ。
「日本海海戦はたいしたものだったね」
「見たのかよ!」
「秋山って人とか、あと、なんだっけ、大将? 指揮した人」
「東條英機?」
「でも乃木さんはダメだったね、人柄は立派でも無能だった。お父さんが言ってたけど」
愛のお父さんは司馬遼太郎を愛読していた。
「いやあ、愛ちゃん勉強してるねー」
「お父さんに聞いたんだけどね」
お父さんは司馬遼太郎から仕入れている。
「けど愛ちゃん、『パール・ハーバー』が人生最高に感動した!とか言ってなかった?」
「…それはおととしまでの話だもん。主人公の親友の人すごい好きだし。いいんだよ」
これで愛はお父さんと大ゲンカして一週間口をきかなくなったものだ。
「ていうかあんたも観たでしょ?」
「観るわけないじゃん」
「…観たって言ったじゃん」
「だっけ?」
まるで関心がない里沙。愛に一生懸命薦められたが、愛の一生懸命をながめてるほうが面白かった。熱心にストーリーを聞かされて100回は観た気になっていたし。で、今も笑いをこらえている。目を合わせてるとやばいから、遠く山並みの上の雲を眺めて愉快愉快。
「…とにかくその、なにがなんだかわからないな、と。ぐちゃぐちゃで」
「おい、しっかりしろー受験生」
「現代史は別にいいんだよ。じゃなくて、テストで点とるのと『わかる』のと違うって話ね。近すぎるけど昔は昔で」
「はいはい」
もしかして自分のほうが相談に乗ってあげてる?と思ってしまう里沙。
まあ、夏の追い込みで切羽詰った受験生というのは大変だろうと、里沙も思う。たとえ愛でも大変だろう。愛みたいなやつなら余計大変かもしれない、とか。
「で、思うわけですよ。生きてなかったんだからさ、わかんないよね。生まれる前だもん」
「ねー。んなもん知らないってんだよね」
「いや、そういう言いかたはよくないと思うんだ」
「はぁ?」
わっかんねーという里沙に対して愛は大真面目だった。いや、いつでも大真面目なのだが。
- 149 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:19
-
「あたしは『わかんない』って言ったのね」
「だからあたしも――」
「『知らない』って言ったらいけないんですよ、やっぱ。わかんないなりにわかりたくもあり、とか」
「あー、うんうん」
「で、そんなこと書いて出した。レポート」
愛はいつも大真面目に脈絡をわきまえない。
「レポート? なんの」
「課題だよ。自分が話振ったんじゃん」
「あー。はいはい。忘れちゃってたよ愛ちゃんマジ語り入ってたし……ん? 「そんなこと書いた」って…『パール・ハーバー』とか書いたわけ? ちょっと愛ちゃんそれはやめようよ」
「書いてないよ!」
「プッ…『ぱーるはーばー』っすよ、『ぱーるはーばー』…くくっ」
ツボに入ってしまったようだ。ひーひー笑って愛の肩をバシバシ叩く里沙。
愛は地べたを見つめて両脚をぶらぶらさせている。
「とにかくね、じいちゃんとかの話聞いたりひととおり調べたらそれでいいんだよ」
「ぱーるはーばー…プッ」
「自分にはどうもぴんと来ないなって正直に書いちゃえばさ。A4で10枚以上なんてすぐだし。あたしそれで評価良かったし…聞いてる?」
「“ジョシュ・ハートネット様♪”とか…ダメだー、腹いてー!」
「………」
「ごめん、ちょっと笑わせてね? わはははははははは」
「…もういい」
ふてくされたようにもしくは逃げるように、コンビニ袋のほうをごそごそやりだす愛。口を広げて手を突っ込んでごそごそ。
「やばいうけるわ〜」
「…」
「愛ちゃん面白い!」
「……」
「? あ、聞いてる聞いてる。へー、『評価良かった』ってすごいじゃん」
「………」
「ごめん! ねー、からかって悪かったよ」
「…………」
「こっち見てよ、調子乗って悪かったって。参考なったから」
ようやく我に返ったり。
「ツナマヨでいいよね?」
「は?」
おにぎりを両手にした愛、右手のツナマヨを里沙に差し出している。左手に自分のを確保しているらしい。
お昼の時間だった。
「たらこバター、あたし食べていい?」
「…はあ」
「いい?」
「……いいよ、食べな。うん、おいしそうじゃん。ツナマヨありがと」
里沙はやはりオトナなのだ。
- 150 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:21
- ◆◇◆
ウェットティッシュとペーパータオルが意外に活躍中。
たらこバターの最後の切れ端を口の中に押し込むと、愛はその指をきれいに拭きながらニコニコ笑った。
「これ使えるね。里沙ちゃんの言うとおり買ってよかった」
「君、しきりに“いらんいらん”言ってたよな」
「はいそうでしたすみません」
ニコニコ謝る愛に「まあまあまあ、うむ」とか片手をあげてみせる里沙。自分は二つめのおにぎりを半分食べたところだ。袋の中にはまだまだ詰まってるけど、あくまでゆっくりと。でもって、愛が「買う」といって結局手をつけない500mlのジャスミン茶を、まずそうに飲む。愛は緑茶をおいしそうに飲んでいる。
「ちょっとした買い物も里沙ちゃんとだとにぎやかになるよねえ」
「原因、全部君だけどな」
「あはは、なにそれ」
「なにしろわけわかんないし…っと」
寄ってきた羽虫をペシッと追い払った。草っぱらだ、虫もたくさんいる。
「虫? 虫いる?」
「いるいる…マイペースつったら聞こえはいいけど、人の都合気にしないわ、話は聞かないわ、変なことばっか言うわ。勝手すぎでしょ。いつでも」
「はいすみませんすみません」
「…ったく」
こういうとき、愛はすぐにへらへらする。
そして里沙はそんな年上の友人にかなり甘い。のだけど。
「でもまあ、ぶっちゃけあたしのほうが話を聞いて合わせてあげてるんだけどね。年上だから」
「おい!」
「里沙ちゃん相当言ってること変だし。話聞いてくれないこと多いし。平気で適当言うし」
「う…」
ここらへんは事実ではある。里沙はしょっちゅう人の話を聞き流すし、思い浮かんだことはとりあえず言うし、だからトンチキ発言がかなり多い。ついでにマイペースだ。
「前に『ペリーのフジモト元大統領』とか言ってたし。どこ?ペリー。誰?フジモト。ここ来るときは停留所間違えそうになったし」
「いやそれはさ…」
「さっきの海兵隊のヘリがどうとか」
愛は流していたようでちゃんと憶えていたらしい。
「でもって天然だし。ボケだよね」
「ちょっと待て!」
あまりに理不尽だった。でも事実だった。
- 151 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:22
-
「天然天然」
「それだけは聞き捨てならねーっす。あたしツッコミ。ていうか君が他人に天然言うのは絶対おかしいって」
「天然天然」
「やめろー! ほんとマジでちょっとねえ」
どっちもどっちというか。
自称ツッコミの里沙だが、クラスの友人たちが彼女を『一人ボケツッコミ』と呼んでいることをまだ知らない。そしていま愛なんぞに『天然』と言われて本気で焦っている。表情くるくる、身振りもせわしなく焦ってる。愛はそんな里沙を見てて楽しんでいる気配であり。普段つっこまれてばっかりだからたまには言ってやりたいのか、気心知れた相手に甘えてるのか。
愛のつかみどころのない笑顔に気づいて、里沙は「やれやれ」とため息をついた。
「……もういい」
「あははははははは」
自分の口癖を真似た友人に、愛はあっけらかんと笑う。二個目のおにぎり(牛そぼろ)の包みをペリリとむいてニコニコしてる。里沙はますます「やれやれだぜ」。
「…君に付きあってあげられるの、あたしだからこそなんだからね。感謝しなよ」
「あーはいはい、感謝してます」
愛の性格にキレずに付きあえる人間はそう多くない。里沙くらい長く続く友達は逸材だ。
まあ、「どっちもどっち」だからだけど。里沙は里沙でかなり鈍いというか「こたえない」性格だし。
とはいえ、人の好い里沙。友人のことをわかっている里沙。「自分がいなかったらこいつはどうなっていただろう」と思うことがよくある。今も思う。こんなやつのくせに受験生になってしまったから余計そう思う。大丈夫かな、この子。って。
「ほんとにわかってる?」
「わかってるよー。ええ、いつも話を聞いていただいて」
「お互い様だけどね」
「あ、うん。あたしも聞いてあげてる」
得意げな愛。
「愛ちゃんもあたしもお互いね、よく、わーって話したり、うんうんって聞いてあげたり。すごい真面目だったり適当だったりだけど、お互いね」
「似た者同士だからね」
「うげ」
ちょっと嫌だった。それでも悪い気はしないもので、里沙は手元のおにぎりの残り半分をパクついた。愛はまたペットのお茶を飲んでいる。
- 152 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:23
-
「そういや里沙ちゃんとこんな話あまりしなかったね」
「気持ち悪いじゃんよ」
「気持ち悪いね、うん」
「でもたまにはいいね。ここだとなんか話せちゃうし」
二人の目の前にはあいかわらず、ゆるやかにうねる草っ原が広がってる。
普段は気持ち悪い話でも出来るのだ。
「確かにここだとねえ。で、あたし思うんだけど……わ! 虫!!」
「なにまた? 刺された?」
「うん」
「あー、掻かないほうがいいよ…えーっと」
情けない表情の愛に声をかけておいて、里沙はコンビニ袋をガサガサあさる。
「あったあった。これですよ」
虫除けスプレーを取り出すと、まずは半袖シャツからむきだしの自分の腕にシューっと一吹き二吹き。ちょこっと見える足首にも。スプレーが衣類にかかるのをまったく気にしてない。
「ほれ愛ちゃんも」
「あ、ちょっと待って」
「ほいいくよー」
「あー!!」
おにぎりを持ったままの愛の腕に、ごくあっさりとスプレー。愛のシャツどころかおにぎりすら気にしてない。
「よし、左手も完了、あと足元……なに?」
「…もういい」
「あっそ……あ、掻いちゃダメだって。せっかくスプレーしたんだから」
んなこと言って、キンカンじゃあるまいし。というか事前に使わなかったのはなぜだろう。そしていま、虫除けスプレーを周囲にシューシュー撒いているのはなぜだろう。なにか何重にも勘違いをしてるとしか思えないのだが、しかし本人はご満悦だ。
「うん、やっぱ買っといてよかったわ。ね」
「そうだねそうだね」
今度は愛が里沙を見守っている。
「そういやなんの話してたっけ? 愛ちゃんなんか言いかけてたような」
「忘れちゃった」
「どうでもいいよね」
「だね」
どーでもいー♪どーでもいー♪と妙な節回しで口ずさみながらさらにシュッシュッと周囲にスプレーをして、里沙はまた腰掛けた。スプレーに蓋してまた袋にしまいこむ。
「それもコンビニで買ったわけだよねえ」
「そうだよー」
なにやら考え込んでるふうの愛。里沙が適当丸出しの返事でも、さらに続ける。
今度はハムサンドをほおばりながら。
- 153 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:23
-
「なんでも買えるよね、コンビニ」
「愛ちゃん食べながらしゃべらないの…うん、お線香とかあるね」
「でも医薬品はダメだけど。あとお酒とタバコも」
「? さっきのお店はビール売ってたけど……あー、なんか免許とかあるんだよ。うん」
「あのお店は前が酒屋だったみたいだけどね。あと免許ってちょっと前に規制緩和?で緩くなったんだけどまだややこしいみたいで…って話じゃなくて」
「は?」
二人の会話はいつも進行がままならない。
「コンビニってほんとなんでもあるよねえ。そう思いませんか」
「なにをいまさら」
「現代日本の縮図・象徴ではないかと」
「おいおい」
なにを言い出すんだこいつはと思うが、いつものことだと里沙は思い直す。
「さっきの話の続きというかさ、戦争して負けたわけですよ。つい何十年か前には。大昔だけど江戸時代とかよりは全然最近ね。負けたよね、コテンパンに」
「あー、はいはい。ボッコボコにされました」
「焼け野原にされたじゃないですか」
「そうらしいね。つい最近」
「で、いま、コンビニ」
「負けたのにいまはこんなだもんねえ」
あたりを見渡す。
「いや、ここは関係ないよ。S市は空襲なかったから。でっかいイナカだったし」
「……」
付きあってやってる里沙の返事もサラリと潰す、素敵な愛だった。
「ていうかここ、昔は森だよ? いまだってただの広場だよ? 草っ原だよ?」
「いや、そうだけどさ、わかってるよ? わかってるけどそれはほら…」
「広場に今も昔も関係ないよー。君面白いなー」
よほど気に入ったらしい。ヒャハァーとか引き笑いしている。パンのかけらが里沙に飛んだ。
「まあ…とにかく昔に比べていまは豊かだって話しをしたいわけだ、愛ちゃんは?」
「ん、そうそう。一年の課題で調べた時にさ、昔の話を聞いたですよ。里沙ちゃんも調べたんだよね?」
「まあね、ちょこちょこ話は聞いたよね。戦争とかわかんないけど、昔がもんのすごく貧乏だったとか」
「信じられないくらい貧しかったと。寄生虫と栄養失調と伝染病が『国民の敵』くらいに言われてたらしいのね」
「あ、それ知らない。そうだったん?」
聞き流しモードなりに話に乗ってあげている。
- 154 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:24
-
「えっと、たしか。たぶんそう」
「たぶんかよ!」
「ともかく。貧乏人が戦争して負けてもっと貧乏になって、それがこう、豊かに。平和にね」
「ふむ」
そういうものだ。
「で、米軍の話ですよ」
「………」
なんの話だよとかつっこむ気もおこらなかった。里沙のげんなり顔を見て、愛は不安そうな表情。
「あれ? えっと、ここ着いた時くらいに話しかけたじゃん。着いてすぐも。憶えてるでしょ?」
「…うん、いいから話してごらん? 聞くから」
もちろん憶えていない。思い出す気にもならない。
それでも里沙が返事してやると愛は安心する。
「とりあえず愛ちゃん、食べるかしゃべるかどっちかにしよう」
「うん」
ハムサンドくわえたまま、安心して笑った。
- 155 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:25
- ◆◇◆
いま、愛は両手を空けて語りに入っている。腰掛けたベンチに両手をつくと、軽く前かがみ・気持ち身を乗り出し気味にして語りモード。里沙は玉子サンドをゆっくり食べる。
二人の頭上では木の枝と葉っぱが揺れて、向こうを見れば白い雲がプカプカゆく。
いい青の空だから暑いけど、渡る風が気持ちいい木蔭なのだ。
「まあ米軍っていうかアメリカね」
「もうちょっと自分の中でまとめてから話そうよ」
「でもどっちも同じだからいいや」
まあいいや。
「えっと、アメリカのおかげじゃない? 守ってもらって発展してさ」
「冷戦ってやつだっけ。アメリカってベトナムと戦争したんだよね」
「あっちこっちで全然戦争は終わってなかったのね。東南アジアとか朝鮮半島とか。日本は、その、なんかそのときも占領中みたいなもんで」
「んー、それもテレビで見た気がする」
主な情報源だし。
「戦争しないですんでたんですよ日本は」
「占領してもらってたわけだね」
「進駐軍っていうのも本当は占領軍だしね、終戦も本当は敗戦なのにね。お父さんが言ってたけど」
そういうお父さんだった。
「で、占領軍だからなんでも出来たんだよね。日本をどうするかみたいな」
「逆らったら死刑だよ死刑、うむ」
「漢字を全部なくしちゃうとか」
「うそー!」
「ほんとだよ」
「それよかったかもね。漢字いらないよ」
しみじみ本音。里沙は漢字が苦手だった。ほかにもいろいろと苦手だった。
「で、全部ローマ字にするとこだったんだって」
「うわ、絶対やだ。漢字もやだけど、どっちかつったらそっちがやだ」
「でも占領軍だからね」
「占領されてたねえ」
いい加減話をまとめてしまいたい里沙は、いつもに輪をかけて適当になっている。
「つまり、けしからんと」
「なんで日本語残してたんだろうね?」
「はー?」
「せっかく占領してたのに。どうせならさ、言葉も日本語やめて英語だけにしちゃうとかすりゃよかったのに」
「そりゃいくらなんでも無理だろー」
『もう勘弁してくれよー』の口で里沙はそう言った。愛のお父さんも、娘のこの話に対してそうだった。
- 156 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:27
-
「だって日本語なんか日本人としか話せないんだよ?」
「はあ」
「なんでみんな違う言葉しゃべるんだろうね」
「…いや、翻訳できるからいいじゃん」
「?」
里沙が無理くりまとめにかかってきてることを感じつつ、愛はでっかい『?』を頭上に浮かべている。
「翻訳できるってのがすごいんだよ?」
「そんなの手間じゃん。最初から同じ言葉だったらさ」
「いやいや、人間、もう同じ言葉を話してるわけですよ。同じだから翻訳できるわけよ、ね」
「んー…」
「すごくない? 翻訳できちゃうんだよ。違う言葉のはずなのに意味わかるって」
「人間、同じ言葉を話してる」――もちろん里沙は話を終わらせるために適当を言っただけだ。実は与太でなくきちんとした根拠があると彼女が知るのは、数年後、大学にいってからのことである。それはともかく。
「そういう話じゃなくてね。日本語じゃ受験に役に立たないじゃん。最初から英語の国だったらなあ」
「受験…」
ようやくわかってきた里沙。
「家で勉強するたんびに思うんですよ英語の」
「結局それかよ!」
「えーまあ」
愛はまたニコニコしている。
「受験勉強…英語で煮詰まっちゃったから米軍の話してたわけだ」
「んー」
「英語の国になってたらなー、なんて話を、高校三年生が」
「いやあ、ははは」
「愛ちゃん?」
「あはははは」
また髪の毛をいじいじと。ニヤつきながら。
「愛ちゃん、それはさあ――」
「はい現実逃避でした。はいそうです」
早い話が。
「自覚はあるわけね」
「だって不安なんだもん」
「あ……」
そうなのだ。
「やっぱこう見えてあたし、不安になったりするわけよ。悩んだり。ね」
「うん」
「こう見えてもね」
「うん」
「受験ってさ、将来とか決まるじゃん。ね? わかる?」
「うんうん」
里沙には、愛のニコニコが、ニコニコのまま泣き顔みたく不安そうなものに見えた。愛は昔から時々すっごく不安になるのだ。そして受験生になってしまった。
- 157 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:31
-
「わっかるかなぁ? わっかんねーだろうなあ一年生じゃ」
「誰だよ」
「そりゃー恐いさぁー」
「どこ出身だよ」
イントネーションまでおかしくなっている。
「『もしもボックス』あったらよくない?」
「こらこら」
「もしも『もしもボックス』があったらとか。おととい夢に出てきたね、もしもボックス。日本が英語になってるの」
「行き着くところまで行っとるな…」
「あ、そしたら受験でもなんでもオッケーじゃんねえ、もしもボックスあれば」
脚をバタバタさせている。大発見らしい。
里沙、何度目かの「やれやれだぜ」。
「『人生やり直し機』とか身も蓋もないよねー、あれはちょっとやだな」
「愛ちゃん」
「やっぱ『もしもボックス』最強だね」
「…愛ちゃん?」
「もしも世界が日本語だったら」
「……高橋さん?」
「あ、はい」
里沙の素晴らしく落ち着いた声音に、愛は我に返った。
里沙、すはーっとため息。そして素晴らしく落ち着いた笑顔でゆっくりと…
「気は済みましたか?」
ゆっくりと。
「ね?」
「うん…」
里沙はいい仕事をする。
そして愛はなんか「一仕事終えた」みたいな笑顔をしていた。
- 158 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:32
- ◆◇◆
「やー、よかったー。たくさん話せて」
「わけわかんない話ばっかりだったけどね」
「聞いてもらえました」
結論出た話など一つもない。
雲が流れ時間は過ぎて、お日様が午後っぽい気配になっていた。
「ていうか今日はあたしが相談するはずだったんだけど」
「なにをいまさら」
「あんたが言うな」
「気は済みましたか?」
「あたしが済むわけ一個もあるかっつーの! 君ばっかりやん」
「ええ、それはもう」
当人たちが納得してればそれでいいけど。
愛は食べかけだったハムサンドの残りをパクリと片付けて、うーん、と伸びをした。
「里沙ちゃんあと食べていいよ」
「は?」
「ふー、おいしかったー」
「……」
里沙の隣で、また両腕を胸の前で交差させてカッポンカッポンやっている。
袋の中にはまだまだ色々と。
「愛ちゃんもう食べないの? てか食べろよ半分は」
「いやあたしもうお腹一杯。里沙ちゃん食べて」
「うわ、まただよこいつ! だから言ったじゃん、そんないらないって!」
「んー?」
知らないよー?という表情は逆効果なのだった。
「こいつムカつくわー。食べる食べるって言い張ってドサドサ入れてったの自分じゃん」
「あの雲かなり速く動いてるね」
「君いっつもそう。こないだもそうだったよね」
「ほら、あれ、ヘリだよヘリ」
「朝鮮料理のお店いったとき……聞けい!」
「米軍米軍」
………………………
- 159 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:32
-
『いろいろあるね。よくわかんないな』
『え? わかるって言ってなかった?』
『うーん…どうしよう』
『わかるからまかせなさいって言ってたよね?』
『よし、名前の面白い順に頼もう!』
『おいおい』
〜〜〜
『トッポキだって、ねえ、トッポキ。「トッ」で「ポキ」だよ』
『うわ、うぜーこいつ』
『ポキってなんだろう、ね、折れちゃったのかな』
『知るか』
『ぎゃー、ムッムチムってなによー!』
『うるさいよ』
『あ、すみませんオジンオトッパッ二つください』
『……』
〜〜〜
『辛いけどなんか甘みもあるね。おいしー』
『ね。キムチってこんななんだね本当は』
『いいねこのお店』
『でしょー』
〜〜〜
『ふー…あたしいま、ちょうどいい感じだわ。ちょっとゆっくりしよっか』
『あ! ケジャンって聞いたことある! 食べないと。あとプルコギも』
『あたしはもうちょうどいいからね?』
『すみません、ケジャンとプルコギとチャンジャとキムチチゲお願いしまーす!』
『あたしはいいからね?』
〜〜〜
『お腹一杯。あと食べて』
『てめえ…』
- 160 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:33
-
………………………
「だっけ?」
「そ・う・だ」
「だったかなあ」
「あたしが『もういい』って言ったあとに愛ちゃんが頼んだやつ、自分はほとんど食べなかったでしょ。あたしだって入んないからお店の人に無理言ってパックに詰めてもらったけど…」
里沙は二人の間のことはよく憶えている。愛はよく忘れたり忘れたふりをする。
「ったくどうするよ、これ」
「いやー、はは」
「はは、じゃねーよ」
サイダーのでっかいペットとか、絶対飲むわけないのによく買ったものだ。重量の大半はこれが原因。里沙の冷たい目線をかぶりつつ、愛はごそごそと袋をあさる。
「えーっと新垣さん」
「なんだい高橋さん」
「中身を見たんですけど、おにぎりとかパンとかみんな食べちゃってて、あとはペットの飲み物とかお菓子なのね」
「ふむ」
ましな状況だろうか。
「で、提案なんだけども」
「ああ、そりゃ名案だ」
「ちゃんと聞いてよー」
「はいはい」
「次またここに来る時までとっておこう」
「ほほー?」
愛、かなりナイスアイデアの目。
まあそんなこったろうとは里沙も考えてたけど。
「次またって、受験生そんな時間ないだろー」
「それでもさ、なんか話したくなることあるよきっと。あたしらはきっと」
「まあ、あたしらはね」
そういう付き合いだ。
「あとはあたしの受験が終わった時とか」
「終わった時っすか」
「じゃあ合格した時とか」
「だね」
その意気やよし。
「まああれだ、英語頑張らないと」
「うーん」
「『もしもボックス』とかないから」
「ないかなあ」
たらたらしゃべりつつ里沙はまとめに入っている。身の回りも話題もこの場も。
飛び出すのは愛で、しめくくるのは里沙。
いつものことだ。そういう二人だ。
ほれほれと里沙が追い立てれば、あいよーと愛が立ち上がる。
- 161 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:35
-
立ち上がった二人の前は、午後になってもやっぱり広場。透明なカタマリみたいな、静かな暑気の中に沈みこむ。ちょこっと味わっていまさら見渡してみる。
お空の青の下に雲の白、その下の緑は遠くの山並み手前の森。間を抜けてくる風は透きとおっている。当たり前だ。
「またそのうちだね、ここ」
「秋とか冬とかは寒くてここ来ないっしょ」
「そん時は部屋だね」
「部屋でこのジュースとお菓子かー。なんか変なの」
まあ、それはそれで。
「次はちゃんと相談乗ってあげるよ。なんでも話してごらんなさい、聞いたげるから。次は」
「はいはい」
「やっぱ先輩だから、ほら、進路のことでもなんでもね……聞いてる?」
「ほんと頼むよー? 人の話もちゃんと聞けるようにさ。変な話ばっかりしてないで」
いつも脱線と行き止まりにしかならない二人。
「でも結構大事な話だったかもしれないと思いませんか。みんな」
「かなあ?」
「時々ね、ふと、すごいじゃん!とか、おかしくない?とか思うですよ。いろいろ」
「言われりゃそんな気もするかなあ」
「びっくりするっていいよー」
「かもね」
愛と里沙はいろんなことにびっくりできる。
いろんな問いたちに。
なかったことにされ、置き去りにされる問いかけたち。
みんなが忘れる。そうして世の中進んでく。思い出されてすぐ忘れられて、進んでく。
それでも消え去るわけじゃなく。
ときどきびっくりする子たちもいる。
「でもいまはあんま考えてらんないけどね」
「そりゃ受験生がいらんこと考えててもね」
やっぱり忘れて進んでく。
「とりあえず割り切っちゃう」
「いまはね」
進んでく。
とりあえず。とりあえず、いまは。
そしていつか、彼女らはまた思い出す。
- 162 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:37
-
「えーと、じゃ、終了」
「うん」
終了終了。
里沙がまとめて愛が了解して。
寄り道終了。さっさと帰ってやることやるべし。
「この時間逃したら次が30分後だっけ、バス。さっさと帰ろう、ほら行こう」
里沙をうながして歩き出す愛。年上だけに。
「ほいほい……って荷物持てよ!」
「あら?」
「あら?じゃないよ。なに普通にすたすた歩いて行ってんだよ」
その程度の年上だ。
コンビニ袋片手にダッシュで追いついた里沙にびっくりしている。
「あー。あの」
「あ゛?」
「あのあたし荷物持ちます、新垣さん」
「おう」
「ほれ」と差し出す里沙。
すみませんすみませんとペコペコしながら受けとる愛。
そんな二人だ。
そしてまた、歩き出す。夏の午後の原っぱを。
- 163 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:38
-
「陽射しきつーい。暑い暑い暑い」
「暑い暑い言わないの」
木蔭から出たら一気に陽射し。
午後のくせに強烈な陽射し。そりゃそうだS市だもの。
「暑いじゃん」
「言わないの」
陽射しの下、草踏んで歩く。17歳と15歳。
「いろいろ話したね」
「いろいろね」
「またそのうちね」
「そのうちね…暑いなやっぱ」
そりゃそうだS市だもの。
- 164 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:40
-
ともかく、またそのうち。
とりあえずいまは家に帰ろうだけど、でも。
いつかまた思い出して、いろいろとびっくりを語ろうじゃないですか。
わけわかんない、寄り道の、大事な、無駄な、不思議なお話たちを。
二人でいろいろ。
またそのうち。
またどこかで。
- 165 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:41
-
「ねー聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
- 166 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:41
-
I Hear You Now
−了−
- 167 名前:「I Hear You Now」 投稿日:2004/09/02(木) 00:42
-
…………
- 168 名前:和泉俊啓 投稿日:2004/09/02(木) 00:43
-
えーと。
間に合わなくてごめんなさい。ほかにもいろいろとごめんなさい。
>>132 名無飼育さん
二人らしいとおっしゃっていただけて嬉しいです。ぼくが彼女らのお話を書くとああなるのです。
ところでGarden Of Sensesには田中さんは出ておりません。その人はたぶん本編唯一の中学生だった人です。
優しいお言葉いたみいります。甘えてしまいました。
>>133,134 名無し読者。。。さん
待ってくださってありがとうございます。
>>135 名無飼育さん
保全ありがとうございます。
>>137 名無飼育さん
ごめんなさい。
>>138 名無飼育さん
9月2日でごめんなさい。
ではまた。
- 169 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/09/27(月) 02:54
- 乙
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/27(月) 22:28
-
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/15(金) 04:33
- いんやー、もう最高。
気持ちがいいです。
- 172 名前:名無し読者。。。 投稿日:2004/10/26(火) 22:48
- ho
- 173 名前:132 投稿日:2004/11/21(日) 21:51
- 二人ゴトキター(笑)
堪能しました。相変わらずうまいなぁ。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/27(土) 18:03
- 凄い文が上手い!!
読みやすいし、表現がキレイでとても好きですw
個人的には福さんが好きです
真っ直ぐ過ぎて不器用な感じとか可愛い。
- 175 名前:7. Let's Pretend 投稿日:2004/12/20(月) 04:18
-
「7. Let's Pretend」
- 176 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:19
-
…うん、うん。
あれぇ? 話さなかったっけ? 話したじゃん! 話したって。
…いやいやいやいやいや! 憶えてるって絶対…でしょ?
え? もう一度? しょーがないなーまったく。
じゃ最初からね。
………
そ、先輩。2年。
いやだから付き合うっても、そういうんじゃないよ。
春にサークルの新歓――つってもわからないか…んー、クラブ活動みたいなもんの歓迎会ね――で知り合ってさ、あたしはこの通り、つーかいつも通りよ。このまんま。そしたらむこうから話しかけてきたわけ。こっちゃちょうどそのとき高2から続いてた男ふって空いてたしさ……ってその話も? するの? また?……はいはい。手短に。
元彼、同じ高校で同学年の男だったんだけど。大学受験、あたしは現役合格、彼はオール不合格。ここでマメ知識。付きあってる男女が試験受けた場合、二人揃って成功って少ないらしいね。たいてい女の子のほうだけ合格するんだって。とにかくその彼、妙にいじけてウジウジするようになっちゃってさ。浪人決定でも大学生様となんとか続くもんかなとか思ってたけどねえ。彼氏だもん、そりゃ大事にしたかったし。でも大学の準備であれこれ動いてるあたしにすんげーコンプレックス持つようになって、どうにもこうにも……親に予備校入れてもらっといてヒッキーになっちゃうわ。結局あっさり「バイバイ」になったね。お昼食べながら携帯一本。終了。メモリー消去。さよーならー。
話し戻すよ?
大学一年、どうせヒマしてるし軽く遊ぶのもいいかなって、それだけだったわけよ。そのサークルの先輩とは。友達ってのとは違うかもだけど、彼氏でもなく。わっかるかなぁ?
【 彼氏>>(フォッサマグナ)>>お付き合い>>男友達>友達 】
こういうのがあるわけ。
…いやいやいやいや! 本当にあるの! わかるよそのうち。
歓迎会が近場の公園での花見でさ、夜桜見上げて瓶ビールラッパ飲みしてたあたしの隣にいて…そりゃ飲むっしょビールくらい…お勉強好きでおとなしいメガネ君って今まで付き合わなかったタイプだし、世話焼きでマメなところも使えそうだからキープしとくかと。むこうはむこうであたしみたいのが気になったんじゃないの?
- 177 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:21
-
いい感じで続いたよ。科目登録の相談はズレてたけどね…「この先生一流だよ」とか。こっちゃ楽勝・全良制狙い、出席とり科目断固回避ってだけなのに。でも使えた。前年度のノート貸してくれたり、大学周りの使える本屋とか雰囲気いい喫茶店とかパスタ屋とか教えてくれたし。…あー、そりゃ割り勘だよたいてい。どうしてもってむこうが言うときは払わせてあげたけど。払いたがるもんだねえ男の子は。あはは。サークルの夏合宿も一緒…というかくっついてて。
でも近づきすぎてこなかったのはありがたかったかな。新潟から出てきて一人暮らししてるくせに、あたし、マンションに呼ばれたこともなかったよ。根性無しなんだろうけどこっちにしてみりゃ好都合ってやつ。
好都合…うん。そういうのが基本でしょ、人間関係ってさ。自分になにかメリットなきゃ。近づいたのはあたしからだけどね、今まで見なかったタイプを確保しとくってことで付き合ってあげたわけ。だからコンサートのお誘いも普通に受けますよ。せっかくのチケット、無駄にしたら悪いじゃん。で、先月の話ね。ふぅ。
- 178 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:21
-
……などと、なにさっきから中学生相手に得意になってるんでせうか、ワタクシは。
こっちの話すことならなんでも喜んで凄い凄いと言ってくれる子供相手に……はぁ。
あたしゃ「小学生を集めて自分のこと“大佐”と呼ばせてる土手の人」か?
ほんとキラキラ目を輝かせてるよねえ、この子。
まぶしいよ、キミのその輝き。若さという特権! オーラ!!
あ、あたしだって全然若いけど? 十代だし。
でもね、やっぱ中学生ってのは全っっっっ然違うって! 大学の友達のすごい童顔のコをよく「中学生みたい」とか言ってからかうけど、リアル中学生はほんっっっと違うのね。中二だっけ? 引くくらい幼いもん。この子だから特にそう感じるのかもな。骨格固まってないっつーか「あどけない」オーラ出しまくりで小学生みたい。テレビのUFO特番とか喜んで見ちゃうような子よ?
とか言ったら怒るんだよね。「かっこいい」って言われたいんだっけ?……その感覚こそ中学生だし。背伸びしてるのが微笑ましくってさ、チビスケだから余計に。あたしよかまだチビだし。やっぱあれだ、「子猫の背伸び」そのまんま。ほら、子猫じゃらしてやると立ち上がって前足ぺしぺしするじゃん、あれ。
可愛いですよ。れいちゃん。
あ、いえ。
かっこいいですよ。
田中れいなさん。
- 179 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:23
- ◇◆◇◆◇
……かっこいい!
やっぱり美貴ねーはかっこいい。
かっこいいんだ本当に。
藤本美貴ちゃん。
あたしよか4つ上の、いとこのお姉ちゃん。
背はあんまないけど、顔ちっちゃくてスタイル良くて美人で可愛い。大学生。
いつでも余裕、なんでも余裕。
すげー。
こんなイナカには絶対いない、かっこいいお姉ちゃん。考えてることがかっこいい。言うことがかっこいい。あたしなんかがわかんないこととか思ってもみなかったことを、ズバズバ聞かせてくれる。本音をポンポン言う。気持ちいい。さすが美貴ねー! あたしにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!…いやいや。
会うたびにいつでもかっこいい。だからいつも楽しみにしてて、いつでも期待通り。
今度もね。なんたって東京の人だもん。
ちっちゃい頃、小学生の美貴ねーによく遊んでもらってた。その頃からかっこよかった……と思う。よくおぼえてないんだけど。でもなんか言うことがすごくはっきりしてたし、先生とか大人にもきついツッコミ入れてるみたいだったし。「違う人」って感じだったよね、今思うと。
あたしが小学校あがる前に美貴ねーのうちは東京に引越しちゃって、あたしはわけわかんないからやだやだってグズったなあ。でもあっさり毎年一度は帰ってきてくれたんだよねー。お盆だったりお正月だったり両方だったり、ね。こっちからも泊まりに行ったり。
- 180 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:24
-
で、12月。
一週間前『今度大学が冬休み入ったらこっちくる』って電話があった。そうお母さんから聞いて、もうフライングではしゃいじゃってはしゃいじゃって。メールはよくしてるけど、会って話せるのが一番じゃないっすか。
今日は(寒いし)外出ないでずーっと待ってたんだ。待ちきれなかったり。うちに着く時間は聞いてたから、部屋でぐるぐる歩き回って時計見てニヤニヤしちゃって…だめだめ、かっこよくなるんだから美貴ねーみたいに、ってまたニヤーってして。
昼過ぎに“ピンポーン”――『おじゃましまーす』って聞こえたとたんにダッシュ! 冷えきった階段駆け下りると、玄関でお父さんお母さんにきちんと挨拶してるところで。大人って感じ。こっち見て笑ってくれたんだ。うひゃー。コートとブーツかっこいいねえ。お土産のお菓子をうちの両親とやりとりだの、時間削りとばしたかったけど。そこは、そんなご挨拶もかっこいいんだとわかるようになってるのさ。へへん。
でも、離れのじーちゃんたちのところまで行って挨拶とか田中家のご先祖様の仏壇に挨拶とかは、すっとばしたかったっスわ。あたしも美貴ねーにくっついてったけど、じーちゃんばーちゃん話長すぎ! 畳の間は線香くさいし正座して足しびれるし。あたし、もしかしたら殺し屋の眼になってたかもなじーちゃんたち相手に…いや、いい子にしてたつもり……してたじゃないっすか!
いい子にしてたけどそわそわして一通り駆け抜けてせっついて、美貴ねーの手を引っ張って、ようやくあたしの部屋に二人っきり。きのう一日がかりで掃除しておいて、部屋の真ん中にはテーブルとクッション。昔姉ちゃんと使ってた二段ベッドに美貴ねーを座らせると、お母さん来たら邪魔だからすぐ自分でジュースとかコップとか持って戻ってきた。ドアを開けたら美貴ねーはこっち見てニヤニヤしてたな。うーむ。
かっこいい大学生の美貴ねーが中学生と話しても楽しいわけないじゃん、って、そりゃわかってるよ。わかりますよあたしだってかっこよくなるんだし、今もかなりかっこいいし。かっこいいけど、正直ガキンチョだもん。でもそこでね、自分がガキンチョだってわかることがかっこよくなる第一歩とか思わない?……他人からガキンチョって言われたらムカつくけど。美貴ねーから言われたらなんか嬉しい。
- 181 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:24
- ◇◆◇◆◇
変わらないなあ、その笑いかた。
マンガみたいに『にひひ』って笑うよこの子は。
年の離れたあたしら二人、同じS市内の親戚同士。小学生の頃はしょっちゅう会ってかまってやってたのをよく憶えてる。この子の兄貴やお姉さんともそれなりに仲良かったな。それなりに。
親戚連中が同じ町にいるってのがイナカの証拠だわな…なんてもちろん子供の頃は考えてなかったけど。それでも、自分はもっとのびのび好き勝手にやれるはずだ、みたく感じ続けてた。まあ可愛げのないガキでしたな。この子はあたしのそんなとこを気に入ったみたいで、そんでずっと『れいちゃん』と『美貴ねー』ね。この呼び方は勘弁してほしかったけど、じきに慣れた。
小五のとき、親の仕事の都合でうちは東京に引っ越した。S市を出ることもそれまでの友達と離れることも、まるで気にならなかったな。同級の苦手なやつと離れられてラッキー、みたいな……うん、あの子は苦手だった。また思い出しちったよ気分悪い……東京の空気とかリズムのほうがよっぽど馴染んだし。つーか周りよりあたしのほうがまだ尖り気味で拍子抜けしたくらい。
とにかく、それから田中の家には毎年顔見せに帰ることになった。こっちゃ外孫なのにじいちゃんばあちゃんはいっつも心待ちにしてくれる。迷惑な話だ。いや、ありがたい話ですよ、ええ。今回もいつも通り軽く二泊三日。イナカにいてもつまんないし、隣の県の父方の実家にもちょこっと顔見せてだね、いつも通りさらっと流して帰ってくんだろう。はいはい、っと。
- 182 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:24
- ◇◆◇◆◇
美貴ねーはいっつもゆっくりしてかない。すぐ帰っちゃう。お父さんお母さんもじいちゃんばあちゃんも(もちろんあたしも)もっとゆっくりしてけって言うのに、毎回・毎年、あっさり帰っちゃう。
そこがかっこいいんだけどね。兄ちゃんが北海道の大学行って、姉ちゃんが隣の県の高校行って、もううちは全然ガラガラなのに、それでも『お邪魔します』『お世話になりました』。丁寧に、でも軽くオトナの挨拶して、いすわらないで帰ってく。うん、かっこいい。
かっこいいけどさー、やっぱいろいろ聞きたいし話したいよ。ほら、なんかもう下のほうじゃ晩御飯のしたくの気配じゃん。手伝いに行っちゃおうとするの引き止めて、『お母さん手伝わないの?』とか言うの聞こえないふりして、でも、もう夕方だよ夜だよ。あさってには帰っちゃうんだからねえ、話したいじゃん。聞きたいじゃん。こんな町じゃわかんないようなことをいっぱいさ。
ここ最近お母さんとか『あんた美貴ちゃんの真似ばっかね』とか言うのがムカついてたし。うん、ムカつくんだよー。美貴ねーのかっこよさちゃんとわかってないっぽいよ、やつらは。S市の連中なんてそんなもんですよ、ええ。(このへん美貴ねーの真似)
いまの美貴ねー、そんなあたしのことビミョーに嫌がってるっぽい空気だけども…あたしやっぱガキンチョだなあ。ますます聞きたい話したいになっちゃう。
- 183 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:25
- ◇◆◇◆◇
いや、なついてもらえるのはそりゃ悪い気はしない。
いい子だし。見てて可愛いし。元気な子は嫌いじゃないよね。
台所手伝わないでタダ飯はちょいと心苦しいけども。
それはそれとしてなついてくれてるよね。露骨にあたしの喋りかた真似してるし。
でもなあ……それ、いまは…今回はちょっときつい。いやいや。
『……と……だな…』
『ほんと………だな……』
『ほんと………だな、君』
また思い出したよ脳内リフレインだよ。
- 184 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:25
- ◇◆◇◆◇
う……やっぱあたし嫌がられてるかな?
なんか様子違うよ。なんだろう。
話してていいよね? 大丈夫だよね? あんま時間ないんだから。
話したかったこと、ばーって話そうとか思ってたんだけど…うん、ガッコのこととか話したけど。すぐに、あたしが話すよか聞きたいこと聞かせてもらうふうになってた。そしたらやっぱすげーって思うよ。東京の大学生さんは。
中学だってすげーんだもんねえ。言ってたもん、オッサンと付きあってカネとってた子が同じ学年にいたとか、担任の先生と結婚した子が同級生にいたとか。中学の担任だよ担任! 想像できないや。ってか、かっこいい。ここじゃ絶対考えらんない。いいなあ。うちの先生は田吾作ばっかりだしー。男子はサル以下(いろんな意味で)だしー。どこの山にお住まいですかと。女子もイモ揃いですよ、どこの畑から引っこ抜いてきたんだよっていう、ええ。
ダメじゃんS市。ダメダメっすよー。山と畑のS市。むしろ畑の片隅にS市があるみたいな。…って前に言ったらじーちゃんとかばーちゃんが怒るんだよ。お父さんもお母さんも。ひどいよね。ね、美貴ねー。あたしも東京行きたいなー。美貴ねーのうちに遊びには行ったこと何回かあるけど、そんなんじゃなくて、こう、東京もんに。東京での美貴ねーはもっとかっこよかったしねえ。
……あ、うん。それ前も言ってたねぇ。東京は東京以外の連中ばっかり、だっけ。
美貴ねーの彼氏さんも新潟の人で――彼氏じゃなかったんだっけ。うー、よくわかんない。
……そうだ、あの、前に話してた、ちょこっと付き合った人、その人も東京出身じゃないんだよね。茨城だっけ……ほら、いつもでかいスパナ持ち歩いてたって。大学生にもなってリアルにケンカ用で。話してたじゃん……ん? この人も付きあってなかったっけ?
- 185 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:26
- ◇◆◇◆◇
うーん。正直、気が乗んない。
そんなかっこいいもんじゃないんです『美貴ねー』は。
周りの連中にしてもね、エンコーは普通にバカだとあたしは思ってるし。担任と結婚つっても、付き合いだしたのは高校からだって本人が言ってたし。その程度なの。
ていうかだね………
『安易すぎるよ』
『自分でもわかってるんじゃないの』
『ほんと――』
だぁぁああーーーー!
…いや、こっちの話。ふう。
うん。あいつはほんとバカだった。あたしと同じ新入生でね。あいつは二浪してたから二コ上だけども。ともかく「大学生のヤンキー」って言葉の響きからして救えないでしょ。地元じゃ「その筋」で有名だとか自分で言ってたよ。あたしが掛け持ちしてたフランス語サークルに入ってきてさ。そういうバカ丸出しのやつも面白いかもな、と思って好奇心で付きあったけど、一瞬で飽きた。高校修了したやつが「スパナってマジ使えるよ」とか「俺の下のやつらは麻薬とレイプだけはやらない」とか自慢げに話しても。バカじゃーん。一緒にいてなんも得るところがないから、すぐに切ったよ。……うん、だから「バカ」と「メガネ君」と一瞬だけかぶってた。一瞬だけね。
- 186 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:26
-
えっと、メガネ君の話だっけ。
コンサートのお誘いね。
なんて言ったかなあ…まあ、外タレ。えらくベテランの大物だったらしいけど。いや、あたし、外国の「アーティスト」っていうの?よくわかんないのね。ビートルズってボン・ジョヴィ?くらいのもんだし。それもCDで充分だから「ライブじゃなきゃ味わえないものが」云々なんて、寝言は寝て言え、てなもんで。CDよりアナログレコード? はぁ? ターンテーブルなんぞ一人回転寿司でもやってろと。
けど話聞いてみたら結構よさげで。演者は大物なのに小さなハコのクラブでドリンク付き(酒ね)でスタンディング(立ちっぱね)。おー、面白そう。行ってみっかと。そしたら客は若いのから年寄りから男も女もごっちゃでさ、ホール周りにポツポツ置かれたハイテーブルでジンなどやりながらしっとり雰囲気出してる熟年さんがたもいらっしゃる。シンプルなセットで舞台なんてほとんど段差がないしすぐ目の前の近さだしで、期待も高まったね。
時間になって出てきたのが、ベース抱えた気の好さそうなヒョロっとした冴えない白人おじさん。拍子抜けしたけど大歓声、つーか隣の彼が有頂天で引いちゃった。
うん、演奏は凄かった。あのおじさんがねえ。事前にバーでカクテル飲んでたこともあるけどタテ乗りですよ。声もよかった。歌うまいし。ベースはわけわかんない音出して速弾きだったり妙なリズムだったり。ブルースハープかっこよく吹いたりね。あたしでも知ってるのが何曲かあった。いい感じだったんだよね。
だったのにね。
ったくよー。
……あれ、止まんなくなってきたぞ、っと。
- 187 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:27
- ◇◆◇◆◇
やっぱすっごいなー。
えーと、えーと。うーん。
………
- 188 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:27
- ◇◆◇◆◇
口止まらないなあ。ともかく。
演奏よかった、うん。
なのに隣ではしゃいでる野郎がさー、ぶち壊してくれたわけ。
おじさんのMCにいちいち「Yes, Yes…Yea…oh」とか薄ら寒い相槌うつのはまだいいとして(よくねーよ)、「Hey!○○」だの「Welcome○○」だのサブイボもんの声かけるのも我慢するとして……演奏にあわせて歌いやがるの。ずーっと。ここはカラオケボックスかと。あんたの素人歌聴きに来てるんじゃないっての。おごってもらったチケットだけど文句は出るねそりゃ。
つーか……やっぱダメだと思った。
野暮なやつってさー、どうしても合わないもん。無理無理。
いい人ではあったけどねえ。
ダメですよイナカもんは。あ、新潟がどうとかってんじゃなくて、その、心のイナカモンてやつ。
そんなのは射殺ですよ。横一列に並べて端から射殺。
自分でもひどいとは思ったけどもー。これまで「付き合おう」って言葉はむこうから一言も出てませんでしたしー。こっちもそのつもりでやってましたしー。物欲しげな目はわかってたけど度胸なしはシカトですしー。フォッサマグナが横たわってましたからー。それにもう、付き合うメリットよりデメリットのほうが大きいかな、とね。
『もう無理っす。やめやめ。ばいばーい』
終演後、駅までの路上で。
はい終了。てなもんですよ。
……なに言ってんだあたし。調子出しちゃって。
なに言ってんだよ。なんだかなあ。
『ほんとくだらないやつだな』
つーか、れいちゃん聞いてないね?
なんか真面目な顔して読んでますね、オカルト本。そういうの好きだよねえ君わ。うんうん、それでいいよ。あたしの話なんて聞くもんじゃないよ。あたしなんか真似すんのよしなよ。アポロは月に行ってないよ本当は。UFOは米軍の陰謀がどうたら。
……あ、聞いてましたか。そうですか。
まぁ、お風呂入って御飯にしましょう寝ちまいましょう。
もう話しませんよー、『美貴ねー』は。
――――――――――――――――――
- 189 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:28
- ◇◆◇◆◇
うー、風冷たいな。太陽ぜんぜん頼りないよ。
歩きながらぴょんぴょん跳ねちゃう。歯もガチガチいっちゃう。今朝はベッドから出たくなかったし。
年末の午前だよ。そりゃ寒い。晴れてても日差し弱くてさ、静かな道路の上でぴょんぴょんぴょんぴょん。
…っても、ちょっとジタバタしづらい雰囲気なんだけどね。
うーん。なんだろうなあ?
とか思いながら、横目に見上げる。
なに考えてるんだろう。ぼんやりして、こっちに気づいてないみたい。
なんだろね、昨日から昨日のまま。
昨日の晩は、後半ちょっと緊張しちゃったな。
ほんと、なんなんだろう。
美貴ねー、えらく投げやりっぽく話すんだもん。
いや、話し方はこれまでと変わんない。声出さずに口のはしで『フフン』って笑うみたくして。ヒネリ入れてバッサリ斬ってく…美貴ねーがやるとすっごくかっこいい話し方。それは同じだけど。でも、なんか違う。あたしにはわかるんだ。『フフン』って自分を笑うみたいな、あたしに話してるんじゃなくて自分に話してるみたいな。いままでそんなことなかったもん。自信たっぷりって感じが全然なかったな。やっぱ「投げやり」なんだ。イラついてんのかなあ?
だからちょっとね、おっかなかった。いや、緊張した。話の中身は相変わらずで、『すげー』って思ったし楽しかったけど、冷や冷やしてきてさ。気がついたら自分の本読んじゃってたよ。うん、この世には科学では測り知れないなにかがどうこう。あたし数学と理科大嫌い。不思議な事件がたくさんあるのだ、科学には限界がなんとかかんとか。美貴ねーも昔「そーだそーだ」って言ってくれたし、うむ。
そのうちお母さんに呼ばれて、二人で部屋出るとき……美貴ねー、あたしの後ろで「…はぁー」ってため息ついた。なに?
- 190 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:28
-
晩御飯のときの美貴ねー、すっごくニコニコして丁寧に話してた。お父さんともお母さんともほんとうまいこと話してさ。『やっぱこっちは魚も野菜もおいしいですよねえ』とか『寒さが違いますね』とか、いつも通り。でもねえ、だから余計にわかった、あたしには。やっぱ違うな変だな。お父さんもお母さんも気づいてなかったけど。
ほっとしたこともあったけどさ。
一生懸命煮魚の小骨とってたんだけど、ふと顔上げたら美貴ねーと目が合って、したらすっごく楽しそうに笑ってくれた。で、こっち見て『にゃー』って。昔っから美貴ねー、あたしが焼き魚とかお刺身とか食べるの見ると喜んでたのね。あたしは子猫に見えるんだと。恥ずかしいけど、昔のままで嬉しくなった。なんか懐かしい気がする笑顔だったんだ。
でもまあ、はしゃいだりできなかった。お父さんもお母さんも、れいなおとなしいね美貴ちゃん来てるのに、って言ってたけど…ほんとそう。いままでなら一緒の晩御飯が嬉しいから浮かれちゃって、美貴ねーのキャラ真似てガッコの悪口とかペラペラしゃべくって、お母さんに『生意気言わないの』とか叱られたりしたんだ。でもなんかいい子になっちゃったよ。美貴ねー、ますますニコニコしてた。
そんな変な雰囲気がずーっと続いたまま。楽しみにしてた好きなテレビの超能力特集みたいな番組見ながら笑って、時間潰してった。今年の冬は例年になく寒いよねえ、おじさん去年もっていうか毎年それ言ってますよ、あなたほんとほんと、まあでもN県の北海道だし、ははははは……とか。田中の家の話、藤本の家の話、よくわかんない街の計画の話と適当にかたづけたところでなんとなく終了。ほっとした。
美貴ねーはあたしの部屋で二段ベッドの下の段。毎年同じ。
でも、おやすみ、って以外はあんま話さなかった。
布団の中でもよく話してたのにね、これまでずっと。
なんだろなあ。明かり全部消して、暗い天井見上げながらぼけっとしてた。
そしたら、
『れいちゃん』
って下から呼ばれた。いや独り言みたいだったな。あたし、なんとなく返事できなくて黙ってたんだけど。
で、ボソって言ったんだ―――
- 191 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:29
- ◇◆◇◆◇
ちょっと引き気味かな……。
この子恐がらせてどうするよあたし。
うん、すまんね。
昨日はまずったよねえ。だもんでお詫びの意味で今朝はあたしから誘ってこうして寒い中一緒に散歩してみたり。近所からぐるっと、外歩くなんてひさしぶりだかられいちゃん案内してー、って。一緒の時間とってさ、ぺちゃくちゃしゃべりながら歩いてるんだけど………やめときゃよかった。
なぜなら寒いから。この土地の冬は、ちょっとあんまりじゃないかというくらい冷え込むのでございます。コート着てマフラー巻いて防寒ブーツで足元固めても死ぬる勢いよ。早く東京帰りたい。
じゃなくて。
ここを…この町を歩くの、やっぱ苦手。忘れてた。
なーんも変わらないんだもん。住宅地だからそりゃ当然なんだけどね。空気が変わらなすぎ。骨の髄までニッポンの片田舎だよ。世の中どんどん動いてるのに、この町はなに平然としてやがる。あたしが楽しくやろうとしてんのに、生垣もアスファルトも電柱も陽射しもなに余裕もってるんだ。とかいいつつちゃっかりお上動かして町おこしみたいな計画進んでるとかも聞くし。余裕で。くそくそくそ。小学生の頃から思ってたよ、くそくそくそ。
とか気がついたらなってるもん。表情にも出ちゃってるかなあ。
この感じねえ。冷たい風の肌触りとかさー(顔が痛い)、静まり返った感じとか。一気に昔の自分に戻る気がする。空気の「匂い」なんかもろダイレクトで感覚が昔になる。昔の自分、昔のあたしんち、昔の友人、昔の……『あの子』どうしてるかな。思い出したくもない。なのに何度も浮かんでくる。
いやあ、ここらへんの家はなんつーか、余裕のある構えしてるよねえ。田中の家だって別に歴史も由緒もないのにじいちゃんばあちゃんが離れに住んでるし、とかれいちゃんに話しかけるけど……やっぱわざとらしいよね。引いてるね。
ていうかこの子もこの町のこと……あたしのせいじゃん。やっぱやめときゃよかった。
とにかく昨日は失敗だった。唐突だったよね、あれは。
- 192 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:30
- ◇◆◇◆◇
『美貴ねーはくだらないやつだからね』
『ペテン師だから。やめときなさい』
聞こえた。あのとき、下からはっきり。
意味わかんないじゃん。
わかんないけどなんか聞き返せないし、美貴ねーもそれっきりなんにも言わなかった。あたしは(顔寒いし)布団アタマからかぶったまま暗い中なかなか眠れないで、居心地悪かった。
いつの間にか寝ちゃってたけど寝覚め悪かったな。むちゃくちゃ疲れた。
ヘンテコな夢見た…と思う。
見た。夢見た。へんなの。
…………
確か、路地ずっと歩いてた。ふわふわして、静かで、『平べったい』路地。
ちゃんと踏んでる感じが返ってこないのがちょっとやだ。
隣にいるのが誰かわかんない。
あたしは行きたいところがあるっていうか、どっかに出てきたいのに、ずっと周りの景色が変わんない。歩いても歩いてもおんなじ。ありゃー?って。
やっほーって叫んでみても声が自分に聞こえない。
誰もいない。
アタマきて思いきり走っても全然スピードでないし、どんどん後ろに道が延びてって突き抜けたいのに前出るほど遠くなるし。
だんだん自分の中の気持ちがどうでもよくなってくのがわかってうんざりして、そういやなんだろ一人じゃないはずなのにむこうに誰かいたような気がするのに見えなくて……
- 193 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:30
-
………で、すぐ近くに美貴ねーの顔があった。
あたしの枕元のところに顔だけニョキっと出してニコニコしてた。『おはよーもうごはんだよー』とか。左手で柵つかんで右手であたしの布団剥いでたんだ。寒いし眠いし、すぐ敷布団に顔埋めて背中丸めたらゲラゲラ笑うんだもん。また『ニャー』とか鳴きまねされた。
朝ごはんのあと散歩行こうって言ったのはかなりびっくりした。こっち帰ってるあいだ、美貴ねーが外を回るなんてないことだったから。まだ様子違うのは感じたけど、せっかく誘ってくれたんだから一緒した。ていうか美貴ねーはもう十年近くもこのあたり歩いてないんだから案内したげたほうがよさげで。まー案内ったってなにがどう変わったようなこともないんだけどね。
ここらはかなり開けてるほうだけど、新しい道路しょっちゅう通るわけもないし家が建て替えられるようなことろくにないし。一番変わったので、四軒向こうがでっかい改築してテレビの取材が来てずっと話題になった、くらいだもん。なんか町の芸術屋さんたちと組んで住みよくしたのがすごいんだと。あとは裏手が太陽熱発電入れたとか前の町内会長が亡くなったとか近所にもコンビニがやってきたとか。しまいにゃゴミの分別と収集場所と曜日が変わった、なんてことまで話してもう終了。
あとは変わんない路地を二人並んでずーっと歩いてる。明るいけど動くもんがなんもない。電線に並んだスズメも動かない。
寒いね、霜すごかったね、とか言いながらあたしらだけ歩いてる。
- 194 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:31
- ◇◆◇◆◇
……………
自分の生き方、否定されたことはあるだろうか。
自分を否定されたこと、あるだろうか。
あたしは、なかった。
……………
うじうじしないでスッパリ晴らしたほうがいいかね。
結論見えてるならまっすぐに。そういうやついるよね。
ていうかいた。この街みたいなやつ。すっごい苦手だったけど。
でもきっと変わってるよ。そうに決まってる。
……やー、こっちのことこっちのこと。
はは。冬のS市もいいものではないですか。
そりゃ朝方は窓ガラス一面、霜で『ビキッ!』って感じになって死にそうでしたが。
でも今や散歩日和ではないですか。
だからあんまあたしのこと気にしないでね。
昨日の夜はかなり変なこと言ったけどさ。
……そうそう、白い息ハァーって怪獣みたいに。それ今もやるんだねえ、れいちゃん。いいよー。
そんな風にさ、こう、歩いてみたらいい感じなんじゃないかね。
だめ?
- 195 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:31
- ◇◆◇◆◇
まったく平べったい街だ。
あたしこの街、嫌い。
嫌いになったほうがいいんだきっと。だから嫌い。
静かで変わんなくてイナカなんだきっと。ここじゃ美貴ねーが昨日話してたようなこと、なんもない。イモばっか。サルばっか。かっこよさげな店ないもん。人気のコンサートのチケットどうにか手に入れたって、隣の県まで行かなきゃなんない。
市の自慢が『日本有数のでっかいケヤキの樹があります』とかさー、どうよ。
そんなの恥ずかしいから自分で言うなってんだよね、頼むわほんと。いっくらでかくて立派だからって…うんあの樹はすげーよね。「森の巨人」とか言われてる。いやいや。案内板に書いてること、かなりマユツバなんだよー。大昔の記録をそのまま換算してのっけてるんだとさ。作られた名物だようん、イナカはこれだからだめだね……あたしは確かめてないけど。たいしたことないよきっと。
- 196 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:31
- ◇◆◇◆◇
あははは。『大ケヤキ』ねえ。マユツバか…懐かしいわその話。実測すりゃ一発だろうけども、いまさら夢を壊さんでもいいじゃないですか、とか話した覚えがあるな。ツッコミ入れるだけ野暮よ、と。はっきりさせりゃいいっつー考えは底が浅いみたいな。
……ってどうだろう。
どうよれいちゃん。どうよあたし。
- 197 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:32
- ◇◆◇◆◇
平べったい街。
広いけどでっかくない街。
平べったい。時間も空気もなんでも。
でっかい街まで出ると時間流れるの速すぎだし人込みとか死ぬほど嫌だって思うけど、それはきっとあたしがガキンチョだからだ。空気汚かったりガチャガチャうるさすぎとかが気になったりするのは、きっとあたしがまだかっこ悪いからだ。東京の美貴ねーのうちに泊まりにいったとき楽しかったけどほんとは疲れたのもイモなあたしの気のせいだ。そんでS市戻るとほっとするのは、きっとあたしがまだイナカもんだからだ。あたしをほっとさせるS市、嫌い。大嫌い。のはず。
………うん。好きなんだ。まだね。
ちょっと油断したら『ここが自分の街』なんて気分になってて、危ない危ない。
そんな気持ちにさせるS市、嫌い。にならなきゃいけないんだ。あたしはガッコの田吾作とかサルとかイモとかとは違うんだから。…んにゃ、仲良しはね、いるよ。クラスでも。いますとも。あたしのほうが認めてあげてる。付きあってあげてるね。気がつくとマンガの話とかどうでもいいことではしゃいじゃったりすんだよねえ、やだやだ。UFOはあるよ。
このれいなさんはもうじき中三で高校受験生だよ、すぐに高校生だよ。美貴ねーみたくかっこよくなるわけですよ。そのうちS市なんかとはオサラバだもんね。かなり寂しいかなあ…なんてことないね、きっと。たぶん。どうだろう?
- 198 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:33
-
ここの人間でいたら美貴ねーみたくなれないもんね。
外出ようって思わなきゃ。油断したらここがいいかなとか思っちゃう。
あー…今朝の夢、これじゃん。平べったい路地から出なきゃ、みたいな。
ずっと歩いていつの間にか商店街のほうに近づいて行ってるけど、この平べったい動かない路地。
美貴ねーのせいだ。あんな夢見たの。あたし楽しみにしてたのに変なこと言うから。
隣をまたチラチラ見る。
『やめときなさい』ってなに? 『くだらない』ってなによ。そんなんいきなり言われたってさー。
ずーっと「美貴ねーかっこいい」できたんだもん。ほんとにかっこいいじゃん。
あたしはそうなるんだもん。美貴ねーみたく。ね?……引いちゃってる?
でもでも。そんなあたしをかわいがってくれたじゃん。
あたしのことお母さんお父さんなんかときどきからかうけど、わかってないんだよ。『いい加減美貴ちゃん離れしないとねー』とかムカつく。ふざけんな。「誰かみたいにじゃなくて自分が考えて」とか言ってるクラスの子なんか、かわいそうなだけだよ。本当にかっこいい人を知らないからそんなこと言ってかわいそーってだけだよ。かわいそうに。
一コ上のイトコとかもそうなんだよー。ほらあの変なやつ。同じ市内の…苗字違う親戚が固まりすぎだねS市イナカだもん。あたしもか?いや田中は本家だし…って本家とかイナカの考えだよね。あれ話それたなあ――そうそう、あいつ。無口でなに考えてんだかわかんないさ。こないだ会ったらなんか色気づいててじゃないや雰囲気変わってて…ほんとほんと。上から目線で涼しい顔してんの。前からだけど。この街あれだねって話したら『別にいいんじゃないの?』とか言ってたんだー。『頑張れば』とか。ムカつかない? S市になじんではまりこんじゃってるような子がさ、一コ上なだけでさ。ね、どうよ?
……困った顔されちゃった。
- 199 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:33
- ◇◆◇◆◇
自分は器用な人間だと思ってる。
言っちゃーなんだけど、これまで挫折なぞしたおぼえがない。
なんでも適当にほいほいやって結果出して。効率重視。努力?なにそれ?みたいなさ。嫌いな言葉は一番が「努力」で二番目が「ガンバル」だぜい。
熱くなったり本気になったりするやつら、バカじゃなかろうか。
明るく楽しくスマートに。
人間関係もそう、スマートに。
人付き合いは損得で定量化できるものとして考えなきゃ。人間がカネに見える、てことはないんだけどね、わざわざ付き合う以上自分に具体的なメリットなきゃダメでしょ。得にならなきゃすぐ切っちゃう。
とまあ、そんな器用な人間ですね自分わ。幸せだなー。あらよっと。
……↑死ねっ!!
死んでろよ小器用なやつ。
軽薄なやつ大嫌い。てかお前だお前、藤本美貴!
死ねよあたし!
……あ、どうも取り乱してしまいまして。
誰に謝ってるんだ? いやいや。
- 200 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:34
- ◇◆◇◆◇
ジタバタしてる?
どしたん? 美貴ねー。なんか考え込んでるねえ。
- 201 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:35
- ◇◆◇◆◇
なんかなあ、最近調子出ない。「最近」?…三週間くらい前からね。
あーもう! あらためて考えたりしないでやってたのにさ。無意識過剰で生きてきましたとも。自意識もてあましたりするのはウザいもんで、そうなりそうな場面も人も華麗にスルー。楽しかったですともこれまでの日々は。
楽しかったのになあ…楽しくやってたのになあ。
なのにそんな自分を言葉にしてみりゃ、サブイボもののクルクルパーにしか見えないというのはなんざましょ。「内面晒すなんてキモいじゃん?」とか言ってるお前を晒してやるわ!
……最悪だ。考え直したりするんじゃなかった。そんなキャラでもないのに。
自分の生き方、否定されたことはあるだろうか。
自分を否定されたこと、あるだろうか。
きついよー。
………
えーと。ここまでうだうだトグロ巻いてきたわけだけど。
まあ早い話がね、昨日れいちゃんに話したメガネ君の話、終盤かなり……完璧に……作らせていただきました!! うわ言っちゃったよやべーやべー。
メガネ君と行ったコンサート…彼うざかったけど、それはそれでいっか、だったんよ。あたしは。
寒いなりに見てて楽しかったし。珍獣観察。
それが数週間後ね――
- 202 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:36
-
………………
『あのさ、ここまで時間かかりすぎたけど』
『考えた結論で…』
『藤本はちょっと……違うかなって』
『なんか根っこのところの態度っていうか考え方とか』
(削除)
『いや、というかさ(削除)』
『…それ、安易すぎるよ』
『自分でもわかってるだろ』
(削除)
『(削除)って本気で言ってるの?』
『なんで(削除)かな』
(削除)
(削除)
(削除)
『……ほんとくだらないやつだな、君』
………………
- 203 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:37
-
きついわー。
自分がこんなことでショック受けると思わなかった。
こっちから振ることはあってもまさか向こうからとは。それもいきなりだもん。まったく思っても見なかった。ショックっすわショック。もちろんこの藤本美貴さん、振られたなんて人生初めてなんだけど、だからってことじゃなくて。自分見抜かれて正拳一撃なんてさー。これまでなくてやってきたんだよー。今回…交通事故みたいなもんか。こっちが観察してるはずだったよ。手のひらに載せてさー。あたし神様。そのつもりでいたら見抜かれてたのね、とっくのとうに。
付きあっても彼氏じゃなかったし、『あっそバイバーイ』のところだ、本来あたしなら。なのに(信じらんないけど)あたしのほうから絡んで…すがりつくってんじゃなくて…『納得いかないよ!』てか『うぐおおおああああ!? なあにィィイイイッ! ば…ばかなッ! こ…の美貴が…この美貴がァァァァッ!』ていうか。で、そのー、決定的なお言葉いただきまして。喩えるなら! 『キサマなああんぞにィィィィィィーッ!』→『地獄でやってろ』…ってとこかな?
- 204 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:37
-
自分の小利口さが身にしみたねえ……。それまで自分のことなんて考えたこともなかったのに、言われてみりゃ…メガネ君の言うはしから理解できちゃってさー。あたしそうじゃーん。とか。それがダメダメだってこと、逆ギレもしないでわかって。そうあっさり理解できるところが小利口ってんだよヴォケ、なんてとこまでわかって。ゴミ人間藤本!みたいな。
うん、だから『振られて安定しない』ってんじゃないんだよね。はいはい、客観的にはまんま『振られて安定しない』です。認めます。でも一番はね、自分丸ごとダメ出されて、すんなり受け入れて、どうしたもんか途方にくれて、そこよ。
んなやつがグラグラしたままS市に帰ってきてるわけよ。なーんも変わらず余裕で構えてやがるイナカのS市に。いつでも平然としてるS市に、上滑り人生の藤本“くだらないやつ”美貴さんが。しかもそんなあたしに憧れちゃって、あたしの真似に一生懸命な素直ないい子がいるのさ。
帰ったらきっといたたまれないんじゃないかなーって予感はありましたね。的中しましたね。年末帰るってのは決まってたけどぶっちぎりたかったー。
案の定この街の時間の流れにゃイラつくし、いや、イラつく自分に一番イラつくし。あたしに憧れちゃって外出たがってるこの子がまぶしいし。明日にはS市からおさらばつっても、あたしがこんななのはそのままだし、れいちゃんこのままってのも申し訳ないし。この子の目のまっすぐなことまっすぐなこと。まぶしい……。
- 205 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:38
- ◇◆◇◆◇
なんか考えてるっぽいけどわかんないからいいや。
二人一緒だけど一人ずつみたいに並んで歩いて、十五分くらい。
このあたりは商店街が始まりかけたようなところ。長距離バスが出るバスセンターとか近くにある。
古い家に混じって酒屋とか食堂とかがポツポツ見える。お店も古いのばっか。むこうの「ほんとの商店街」のほうはかなり人が出てきてるみたいだね。午前中なのに。ていうか年末の買出しってやつなのかな? なんにしてもここらは人通りあんまないけど。
あー、いい匂い。あのパン屋さん、ちっちゃいくせに長く続いてるよねえ。こじんまりって言うのかな。お店の中あったかそう。けっこういろいろあるんだ。クロワッサンとピロシキが特におすすめ。S市は商店街でも落ち着いちゃうというか居心地いいというかね。
…じゃなくて! 「ぬるい」だよ! 危ない危ない。こう、変わんないよね。ダメじゃん。S市ダメじゃん。テレビで東京の商店街映るとなんかいいよね。活気があるつーか、よくわかんないちっちゃい店がごちゃごちゃして得体の知れないお客がうじゃうじゃいるみたいでさ。うん。
でもあれだっけ。東京でも商店街でほんとに元気いいのは牛丼屋と新古書店と百円ショップ、だっけ。違うやコンビニ・ファストフード・ドラッグストア? ほかはバタバタ閉店、三代続いてもさようなら。美貴ねー、去年言ってた。「しょぼいサービススタンプ刷るしか能のない商店街は即死しろ」。確か言ってた。「死ねS市」。これはあたしが言ったんだけど。
わ、また微妙な表情を。ごめん?
美貴ねー?
- 206 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:38
- ◇◆◇◆◇
どうすっかなー。
ったくよー。
この子の『美貴ねー』、どうするよ。
くだらないあたし、どうするよ。
ぶっちゃける? 教えてあげたいよね早いとこ。やだよ。
でもやっぱ、なしくずしが一番かな。
昨日みたいなの繰り返してもアレだし。話せばいいなんて幻想なのだよ、人間はもっと複雑であって微妙な心の綾だか襞だかを大切にだな、屈折こそ人間らしいとかどうこう――うん。逃避なんだけどね。けど! それこそが人間ではないかと。ブンガクってんですか? なんでも解決すりゃいいってもんじゃないよきっと。『大ケヤキ』と同じでね。へらへら。
……またあの子のこと思い出したよ。
いやいや、きっと変わってるだろうね。そうに決まってる。うん、あのままでいられてたまるか。
あのままだったりして。やだなあ。
変わらずにいられるのかね? 心底まっすぐ正攻法のやつなんているわけないし。
などと考えてる間に田中の家からずいぶん離れて、もうすぐ商店街ね。
全然変わんないね。
――あ。
- 207 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:39
- ◇◆◇◆◇
美貴ねーが固まってしまった。
どうでもいいことペチャクチャしゃべりながら歩いてたのが、急に立ち止まってぼけっとして。呼びかけても気がつかないみたい。なんだろう? ギョっとした顔かな。いまは難しい顔してる。
あー、むこうの看板…あのお店…うん昔っからだったねえ、そこ。美貴ねーは初めてだっけ。あそう? あたし何回か通りかかったことあるけどずっとそのままかなあ。お父さんとか話してるの聞いたことある。なんか有名らしいよ、その古本屋さん。あれよ、明治?大正?そのくらいからやってるんだとさ。三代目だか四代目らしい。名物みたいなんだよね、店も店長さんも。あ、美貴ねー知ってた?
……。
おーい、美貴ねー?
『れいちゃんごめん、あたしちょっとあそこ寄ってくわ』
はぁ?
いきなりだもん。作り笑いしてさー。
『大丈夫大丈夫、道覚えてるし一人で帰れるから』
『だから、れいちゃんも、ね』
なんじゃそりゃ。
『ほんとごめんね』
- 208 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:39
-
……で、あたしはいま一人で歩いてる。
なんじゃーそりゃ。
でも美貴ねーがいないんだからしかたない。一人で平べったい通りを歩いてる。
つまんないの。
なんだろね。
せっかく二人で歩いてたのに、あの店のせいだ。
S市のせいだ。この平べったい街のせいだ。
そう思いながら歩き続けてる。来た道戻ろうとしたのはほんの10mくらいだけ。通ってきた曲がり角無視してなんか歩いちゃってる。年末だねえ冬休みだねえ。いいじゃん。とか。道路わきの用水路がきれーな水をジャボジャボ流してるの、いいねえとか。
美貴ねーいなくて一人で歩いてると余計に油断しちゃうな。やっぱS市よかったりすんのかな。正直、そう思うと楽だったりする。無理してんのかあたし。なんだ無理って。いまうかつにガッコの友達に会ったらつっぱりきれないかも。
気が抜けちゃったかなー。
昨日から美貴ねーと一緒だから気合入れてたのにね。
昨日から美貴ねーと一緒だから気が抜けちゃってるのかね。
昨日からの美貴ねーのせい、かもね。
うん、あたしの知ってる美貴ねーがどんどんどっか行っちゃってたもんね。
『だから、れいちゃんも、ね』
行ってくるよ、の顔だった。
あたしも…ね。
あたしも一人で。あたしはあたしで。
とりあえず一人で、てくてく歩いてる。
おーい、美貴ねー。どうしてんのさ。
- 209 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:41
- ◇◆◇◆◇
…………。
いったいワタクシはなにをいたしておるのでせう。
なにを期待して、なにをしたくてここにいるんだろう。
ヒーター効いてあったかいのはありがたい。落ち着いた雰囲気もいいねえ。こういうお店だったわけね。ぱっと見ても大学近辺の有名古書店に全然ひけをとらないじゃん。圧倒的。質も量も本格派の迫力ってのかね。
じゃなくて。
なにかを確かめたくてこの店に入ったんだよねえ。看板見つけたときマジびびったし。固まったし。ドア開けるとき、心臓バクバクいってた。期待感つーのかな。どうしてるんだろう、っていう。
『あのままなんだろうか』
『そんなのあるわけがない』
『あってたまるか』
『普通に適当にやってるに決まってる』
『それが人間ってもんだよ絶対そうだよ』
期待っていうより焦りか。空回り。本人が店にいるかどうかもわかんないのに。
なのにあの子、あっさりいやがんの。
ドアを開けたらすんごい量の本が詰まった棚が並んでて、その奥の勘定台に座ってた。
『いらっしゃいませ』
ああ、この声からしてもう……。
小学校のとき同じクラスだった女の子ね。家が古本屋やってるというのは人から聞いたことがあった。この街を戦前から見て育ててきました、みたいなエライ店。名物。けど、もちろん一度も来たことなかった。だいたいろくに話もしなかったし、したくなかったし。なぜなら人として苦手だから。
裏表のまるでないやつ。
いつでも正しいやつ。正しいことしか言わないし、しないやつ。
勉強して努力して進んでいこうとか恥ずかしげもなく言えるやつ。
そんな子。もう勘弁していただきたい、てなもんで。わかるでしょう。同じクラスでもあたしのほうが一方的に避けてた。小学生なりにわかった、自分とは絶対合わないやつだって。東京に引っ越して離れられたのは嬉しかったね。それからずーっと忘れて(どうでもよくなって)たんだけど、はい、今回のごたごたで思い出してたさ。安易過ぎる藤本さんはね、そういや『正しい』やついたなー、あの子どうしたかなーとか、思い出していらついてた。
- 210 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:42
-
またチラっと奥を見る。やっぱ座ってるよ。あたりまえだっつーの。
四代目だっけ? 子供の頃から続けてりゃ貫禄もあるだろうよ。ねえ四代目。
小柄だけどひたすら落ち着いてる…なんだろうとびくともしないんだろうね、まんまるなあの子は。
あたしはぐらぐらしてんのに。
くそくそ。
――そうだ。ようやくわかった。
ぶっつぶれててほしかったんだよ。この店に。
ほら、小説でもなんでもさ、いい子の主人公にムカついててめぇ早くこけろやコラとか、あるじゃん。そんな…そんなね。わざと自分のカサブタひんむく感覚にちょっと近い…かも。ぶっつぶれてなんかなくて健在だったけど、だったら…だったらなんか見つけてやりたい。そうだよ。イナカの古本屋ごときが気になるの、ムカつくじゃん。いくらまともにやってようが正統派だろうが近所に新古書店できりゃイチコロだよざまみろけけけ……最悪。死ね藤本。
- 211 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:42
-
…………
……とかグダグダになって早くも三十分経過でございますよ。
適当に棚から抜き出して読むふりしてたらその海外小説が意外に面白かったりして。
んでもってそのうちお客が入ってきたりして。
あたしはちっちゃく舌打ちしたりして。
なぜならうるさいから。
ってだけじゃないんだなあ。残念なことに。
あたしと同い年くらいの子だよ? ある種の趣味の方にはたまらないだろうキンキン声でだね、ピンクのコートだよ! イラつくわー。このあたしの気も知らないで二人にぎやかにしちまってさ。お客っつーかここの知り合いっぽいか。にしても聞こえてくる話がもう……
『うー…本、いっぱいですねー』
――古本屋だから当たり前だっつーの。
『こんなに積み上がってるとどれから手に取ればいいやら』
――好きにすりゃいいでしょ。
『わたし、本は読みたいんですけどねー。字がたくさん詰まってるのって目がチカチカして頭痛くなってくるんですよ』
――だー! だったら帰れ! 去ね! ボケが!
とかあたしは思ってるのに誠実接客してるよあの子。おい。やめときなよそんなの相手にしてもどうもなんないよ無駄だよ? ほらまたあやつは
『マンガ、もっと置きましょうよ』
『誰でも知ってるような派手なやつドーンと置いたら、絶対もっとお客さん来ますよお』
『それかいっそ、あれですよ、エロ本! 売れますよお』
…………
『こっちの奥のほうの区画をですね、ぜーんぶ成人コーナーにして、そっち系の雑誌やマンガや小説や写真集で埋めてしまうんですよ』
『それにしても他人のお古のエロ本買う神経ってわっかんないですよねー』
『男って悲しい生き物ですよねー、サルですよサル』
……もう勘弁してよ。どっか行ってよ。この店はさあ、あんたなんかが入る余地ないの。このあたしが!確かめに来てるんだから。そういう場なわけ――なに考えてんだあたし。目は開いた小説追って耳は雑音拾いまくりだよ。
- 212 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:43
-
でもわかったでしょ、どうしたって落差があんのよ人間には、溝がね。誠実対応したって結局そんなもんよ。困ってないで適当にあしらってさ……まだ相手すんの? めげないねえ。つきあうだけ無駄だと思うよ、そんな子は新古書店のマンガ売り場にまかせちゃいなさい。そっちがおいしく頂くお客だからさ。こういう店に若いお客なんてつかないのだよ、古い客はどんどん消え行くだけなのだよ要はこの店に未来はないのだよ、藤本美貴さんは“くだらないやつ”だけど正しいやつだってもうおしまいなのだよわはははははははは
『これねー…好きだったな』
――は?
『この頃、楽しく読めてたなー…』
『読書感想文とか全然ダメでしたけど、面白いのがいっぱいあったんですよ』
待てこら。
『また読んでみようかなー…読みたい気持で』
もしもーし。
『…以上で三千五百七十円です』
『わ、ずいぶん買っちゃった』
なにこの展開……
『これまで雑誌とか買いに本屋さん行っても、ほかに本買おうなんて全然思わなかったのに。きょうは買いたい気になっちゃった』
『ここ来て、このお店で…だからですねー』
…………。
『きょう買ったの、じっくり読みます。で、気が向いたらほかのもまたここで。そのうちいろいろ読みたくなる…かも』
『お待ちしてます』
……これはつまり、やっぱあれですか。うすうす感づいてましたけど。
『“かも”ですからね?』
『はは』
『ここのお店が好きなのは間違いないですから。また遊びに来ますね』
『ぜひいらしてください』
『はーい』
ダメなのはあたしだけですかそうですか。
『じゃ、また』
『ありがとうございました』
…………。
で、あたし一人残ってた。
あたしより全然ましな子は退場。あたしより…はいはい認めますわ、いい子なんでしょうよあのピンクおばけは。可愛かったし。くそ。いい子は本読みたくなって気持ちよくお帰りに。お店は――四代目は新規に若いお客つかまえて……で、あたしは? なんも片付かずに居残ってる。
いや、もう見えてる気はするんだけどね。
さてちょっくら――
- 213 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:44
- ◇◆◇◆◇
おせんべバリバリやりながらテレビ見てるような見てないような。
ときどき窓の外ながめてぼんやりしちゃってる。
あっちこっち寄り道して、あたし一人で帰ったらお母さんやけにびっくりしてやんの。
『あれあれ美貴ちゃんはどうしちゃったの…なになにへー…先帰れって?ふーん』
わざとらしーっつーの。ムカつく。
美貴ちゃん離れがどうこうとか言ってたような気もするけど聞き流しね。
通知表がどうこうとか言ってるのも聞き流し…無理かなあ。ちぇっ。もういいじゃん。宿題…はあ。
流せないんだよねえガッコのこととかさー。
あ、でも年賀状なんてほったらかしですよ。なんかあと三四日中に出したほうがよさげとかいうけどもー。めんどいって。せっかくパソコンあるのにだよ、プリンター買ってなんかソフトも入れてるのに、手書きじゃなきゃダメとか。馬っっ鹿じゃなかろか。つーかメールでいいじゃん。ネットやらない家はシカトの方向で………わかったよもー。うるさいなあ。ほいほい、あと何枚? もうあれだ、最初から五枚とか枚数限っちゃうとか、そういう……はぁー。ダメっすか。
やっぱいろいろとまとわりついてくるなあ。かっこ悪いあれだのこれだのさ。めんどいのに。しゃーないか。流せりゃいいけど無理目だもん。ちぇっ。
うん、流せないね。S市も。
あたしはあたしなのかね、美貴ねーは東京もんでも、あたしはね。
いまの感じ…『つっぱりきれない』感じ。なんか前からそうだった気がしてきた。
とりあえず昨日からそんなような気はする。もう確実に。
美貴ねーのことまっすぐ見てちゃいけない、とか。真似しちゃだめっぽいとか。
なーんだろ。予感かなあ。
なんかが変わっちゃう気もするけど…
早く帰ってこーい。美貴ねー。
- 214 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:45
- ◇◆◇◆◇
いやー、はは。なんと申しましょうか。
拍子抜けしたね。思った通りなんだもん。
実に! 実にすがすがしい気分でございます。
きゃいきゃい騒いでた子が本買って帰ったあとで、思い切って話しかけたんだ四代目に。立ち読みしてた小説の会計してから『あの…』とか。やけに緊張したわ。らしくもない。むこうはむこうでこっちの様子が変なのに気がついたみたいだったな。ともかく聞きました。
新しいお客さんつきましたね、そうやって続くんですね、たとえ近所に新古書店とか出来ても大丈夫そうですね。
――『はい。たとえそうなっても大丈夫だと思ってます』
…自信があるんですねえ。
――『うちはこの土地でこれまで積み上げてきたものがあって、さらに積み上げ続けてますから』
…積み上げ続けて、ですか。
――『最善を尽くしてますから』
どうよ。こんなこと言えるやつがどれだけいる?
イラつくわそりゃ。ほんとこの子はそうだったよ小学校の頃も。いつでも正しい道進んで、曲がったことしないで。結局そうですか。この街だってそうだ。世の中どう変わろうがこの街はたいして変わらずに、新しい道掘り起こしながらも根っこと幹はビクともせず。正しいことも変わらずに。お調子者は余裕のつもりで空回りしてて、正攻法が勝つ…なんじゃそりゃ。冗談じゃないよ。
はいはい、言いがかりですよ。自分でもわかってまっさ。つっかかってるなあ。
なのにこの子は機嫌悪くするでもない。いつでもそう、あなたは。
――『あの、どこかでお会いしましたっけ?』
………ほら。
あたしのこと全然憶えてないでやんの。この!あたしをですよ。クラスであたしのほうが避けてたからなんだけど。それにしてもさ、こっちは意識しまくってんのにむこうは『てめーどなた?』状態だもん。笑うよね。まあ、記憶の中にもない程度だってのはかえってすっきりよ。それで充分でしょ。はっきりさせる必要なんてないねえ。
- 215 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:45
-
『でもさっきからの話だとなにか問題があるんですよね? あなたとわたしとの間は』
『だったらなんとかしないと』
はい?
『問題があるなら解決しないとダメじゃないですか』
あ。
『解決しないと。ほったらかしはよくないですよ』
………はぁ〜。
はははは。
強いなあ、それ待ってたんだあたしは。きっと。わははは。
待ってた…確かめたかった? 突きつけられたかった。
ったく。そうなんだよね、そうでした、この子は。そんなのわかってたのにさ。確かめにきたんだけど、確かめるまでもなかったな。こいつはほんと正しくやってきたんだろうねえ。これからも。あたしのうだうだなんてナンボのもんじゃと。オッケー、そういう人がこの世にいてくれてよかった。正しいのはあんたに任すわ。お前頑張れ。
おかげさんで見えた。朝方からの散歩途中ずっと、とっ散らかりつつぼんやり感じてたのがはっきりした。はっきりさせちまうのっていいねえ。
いまや実に荒涼として爽快な、ね。
葉っぱ全部落とした、だだっ広い死んだ森に立ってるみたい。
地平線まで見渡す限り岩むきだしのゴツゴツした大地に、たった一人でいるみたい。
これがあたしかー。
『問題があるなら解決しないとダメじゃないですか』。わはは。うん、頭の中でのらりくらりしてたやつが虫ピンでボードに止められた。「あたしは正しくない」「うだうだは正しくない」――これだけ、これだけや。だいたいやねー。
で、まあ、爽やかに開き直らせてもらいますわ。こうしてやってきて、こういうやつで。まずはそこんとこ引き受けるだけっす。ニンゲンどうせ変わるもんじゃないしね、あんたと同じで。そしてきれいさっぱり地の果てまで地ならししちゃいましょう、片付けましょう。藤本美貴さん、なんとかやってみまーす。てことでこっちは解決。決着なんてそんなもんでしょ。
そ。決着したんですよ。
まあ問題なんて最初から見えてたっぽいけど。でも納得するのがホネだったんよ。
ようやく納得できた。すげーよあの四代目は。
- 216 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:46
- ◇◆◇◆◇
『………まあそれでもただこっちが納得させられるだけじゃ癪だからさ、ちょっとからかってやったけどね。帰りがけに“正しいことにイラつくやつもいることくらいわかっとけやボケ!”とか謎かけっぽく。捨て台詞みたいにして一方的に押しつけた。シャレの通じない正直人間がどう受けとめることやら。ちったぁ世間一般人の気持ちもわかっとけってこったね。へらへら』
窓の外は午後の陽射しがもう薄っぺらでほんと寒そうだなあ。でもあたしの部屋はとてもあったかい。
そんな二時過ぎね。……あ、聞いてる聞いてる。聞いてるけどさー、つーかあたしに話してる?
お昼ごはん前に帰ってきた美貴ねーは、ずいぶん機嫌が良くなっていた。
ニコニコしてごはん食べて、ニコニコして食器片付けて、それからあたしの部屋ですごく楽しそうにいろいろ話してくてくれてる。気楽な感じで、いろいろと。そういや昔の美貴ねーはこんな笑いかたよくしてたかもしれない。
一人だけで入ってったあのお店の様子をほんと楽しそうに…なんか自分の中で解決しちゃってるみたいだから話がよく見えなかったけど。古本屋さんの四代目さんとは小学校の同級生だったとか、でも友達でもなんでもなかったとか、でも面白い人なんだとか。んー?
『うん。言うこと間違いない、変な子だよね』
『正しいからわかりやすい面白さは全然ないけど、だから面白いんだなあ』
『いいよー。すげーよ』
ほかの人のことをこんなにほめる美貴ねーは初めてだ。これまではたいがい、自分の周り全部バカってふうに話してたのに、こんなの初めて。そこらへんから、あたしの中にあった『予感』があたるような気がしてた。これかなあ、くるかなあ、って。
そしてほら――
- 217 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:47
-
『えっと。ずいぶんいきなりなんだけど』
『れいちゃんに聞かせてどうすんだ、なんだけど』
『んーと』
わお、きたね。
『やっぱねえ、この藤本美貴さん…美貴ねーは“くだらんやつ”なんです』
すっきりした顔と声だった。
『くだらんのよ』
昨日の夜と全然違ってた。あたしはあたしで、自分で不思議なくらいあっさり聞けてしまってた。おーそうなんだー。実感わかないんじゃなくてその逆。大事なことがするっと入ってくる感じ。これまでの流れとかもあったせいかな。
そして、そのまま美貴ねーは子供の頃から今までをずーっと話し続けた。あっちこっち跳んで脱線してS市のころから東京行ってからとか。ケラケラ笑いながら早口でしゃべり続けて、『はぐらかしたり余裕かましたりはカッコ悪い』って何度も言いながらうんうんとうなずいてた。話すことの半分くらいは自分に向けてたみたいだけどそれでも伝わった。
本当は『彼氏』さんには「ふられたんだ」、とも言った。くだらんからふられて、くだらんから見栄はってあたしに……その、ほら吹いたというか、ウソついた。『そんなやつよ、うむ』だそうだ。だからきのうのくりかえしで、『やめときなさい』。何度も『くだらんよー』。でもあんま自分のこと悪く言わないでほしいなあ。
『そんなことないよー。事実だもん。そこぶった斬っとくだけ。ここから始まり。あたしは』
『でも元気でヒネない君には、よけいな回り道させたくないわけよ。いい子の君、好きだから』
おう。誉められたのは嬉しいかも。展開急だわ。
『れいちゃんはれいちゃんで、ね』
ほほう。
わー、あたしほんと普通に聞いてるなあ。あたしすげー。
『おーい大丈夫? ショックだったりした? すまんね』
いや全然平気。あ、ごめん。
- 218 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:47
- ◆◇◆
じきに下でガチャガチャやるのが聞こえてきたから、美貴ねーと一緒にキッチン手伝いに降りていった。そりゃーあたしだって手伝うよ。食器運んだりとろろすりおろしたりくらいだけど。
きのうに続いてきょうもごちそう。あした帰っちゃうからねえ。ここのコンニャクはおいしい、らしい。うちの庭に埋まってるこんにゃく芋でお隣さんにつくってもらってるのだ。向かいに座ってリラックスしてる美貴ねーは口数も多いのがわかる。きょうはきのうと違ってほのぼのするばっかりだ。あたしがお刺身食べるところで、やっぱり美貴ねーは『にゃー』って言った。なんか嬉しくなって二人で笑った。もう恥ずかしい気持ちが全然起こんない。変なの。お母さんにからかわれても全然気にならない。変なの。
テーブルのすぐ向かいにいるのにすごく遠い気がする。遠くなって近づいたみたいな気分。なんだこりゃ。知ってた美貴ねーがどっか行っちゃった。違う美貴ねーがすぐ近くにいる。違って見える。んにゃ、普通に見える。あの時、あたしを帰らせてすたすた歩いてったもんねえ。あの背中。もともと美貴ねーにはちっちゃいころから全然引き離されてたからいまさらなんだけど、でもずっと追っかけようとしてたからなあ。もういまはいいや。昼過ぎに部屋で話聞いたし――
あ。そうか。
これが『美貴ねー離れ』だ。
たぶんそうだ。
…遅っ! わかったけど気づくの遅すぎ。話聞いたときわかれよー。だめだなあ。しかたない、こんなん初めてだから実感わかないもん。わかったら急に、ごはんがもっとおいしくなった。誰もテレビ見てないから立っていって消した。
『れいちゃんはれいちゃんで、ね』かー。はいはい。いままでお母さんが言ってた『あんたも早く〜』とかクラスの子たちとか、それ思うとちょっとしゃくだけど…あたしはあたしでね。はいはい。美貴ねー、れいなさんはもうちゃんとわかりましたよ。へへ。
ニコニコしてじっと見たら、一瞬きょとんとして、すぐ笑ってくれた。
あたしはあたし。一人? ちょいさみしい。ウソだけど。
そういや美貴ねーは美貴ねーでどうすんだろう。
- 219 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:49
- ◆◇◆
『んー。しばらくこのまま無理せずマイペースかな。性格って変えられるもんじゃないから』
へー。わかるようなわからんような。でも言った顔がすごくかっこいいっすよ。ほんとほんと。
しばらく話し続けてもう十時半。二人ともお風呂すませてパジャマ姿。あたしは上の段のベッドで布団かぶって、机の前の椅子に腰掛けた美貴ねーを見下ろしてる。ていうかごめん、眠いよー。きのうよく眠れなかったもん。手の甲で顔こすったらまた『にゃー』とか。にゃー。
『前向きに諦めましょう。と。あれだ、「かのように」開き直ってやりゃいいよ』
そんなもんですか。美貴ねーは自分で気にいったみたいで何度も「結局は『かのように』だねえ」とかニコニコ笑いながら言った。
『空を飛ぶ事よりは地をはうために口を閉ざすわけよ。臆病者としてね』
あそ、ふーん。全然口閉じてないけどね。え?……元ネタ…知らないよ。『越えて行けそこを越えて行けそれを』?…わがんねっす…いや、そんな不満そうにされても聞いたことないし。誰それ………眠い…つってたら、あーそうそうれいちゃん、と下から声をかけられた。はいなんざんしょ。
これ言い忘れてたけどね 大事なこと
はあ。
れいちゃんさあ
うん?
この街 嫌いじゃないでしょ
うわぁお。
それが残ってたかー。うーん……。
でしょ
………だね。たしかにね。わー、なんだろなんだろ。だねって返事したらすごく楽な気分になった。なんだろ。楽だけどちょっとムカつくかも。美貴ねーもあたしに自分の話したときこんな気分だったのかなあ。
- 220 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:49
-
『自分の住んでるとこなんだからさー、別に嫌わなくたっていいんだよ。正直、いいとこでしょ。「平べったい街」…ほんとそうだよね。平べったくて落ち着いて、のんびり。あくせく変わろうと無理しない。そんないいとこはイラついて気に食わなかったりしても、だからって嫌いにならなくてもいい。あは、これあたしが自分に言ってるようなもんだけどね』
『……そうだよー。あたしは苦手だったのね、ここが。子供の頃に引っ越しちゃったからちょっと昔思い出せないけど、帰ってくるたびになんか引っかかるのがあった。ささくれだつっつーか。『おやおや頑張ってるねフジモトさん空廻ってるね、おっほっほっ』とか言われてるみたいな。デムパゆんゆんですなワタクシは。いや、でももう気にならなくなったよ。うん。ね?』
あ、はいはいちゃんと聞いてる聞いてる。寝てない寝てない。またペラペラと口が回るねえ美貴ねーは。ふわぁ…聞いてる聞いてる。はふぅ。
『同じこと、れいちゃんにも伝えときたくてね。ちゃんと言ってあげなきゃだめだろ、と。少なくともいまは君ここで暮らしてるんだから。東京もんのあたしよりちゃんとわかってないと。あたしがここに馴染まないのは、そりゃあたしがここの人間じゃないからだもん。あたしはそれでいい。それが普通。でも君はまた違うから』
『あたしから見てもれいちゃん昔からすごくいい子だよ。『くだらんやつ』藤本美貴さんを追っかけるのはもうやめてだ。君は君。東京もんの藤本さんばっか見るのはもうやめて、ね。君いまいるのどこ?と。まずはここで元気にね』
……んー……
- 221 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:50
-
『まー、無理して好きになることは全然ないけどさ。でも好きなんでしょ? そこそこ退屈しないじゃん。おもしろい四代目がいる本屋はあるし、無用にバカでっかい樹があったりするし。実際のサイズがあやふやで・はっきりさせてない、なのに偉いことになってるあれ。大ケヤキ。おーそうだ今度測りに行こーぜロープ持って。いままで「ほっときなよ」「まアレはアレで、ね」とかスカしてたけど、もうはぐらかしやめやめ。はっきりさせようや。答えだそうや』
『……いや確かかなり遠いよね? 寒いし。でも答えはっきりさせんの大事よ……ん? 脱線したか。えーと、いまいるところ嫌いにならなくても別に、と』
……………
『とにかくほら、『ここじゃないどこか』なんてどこにもないんだしね。まっすぐやってりゃいいよ。いいこと言うねさすが藤本さん。どうよ………って寝てんのかよ。にゃーお』
- 222 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:50
-
……………
空気がきりきり凍ってるみたい。
でも寒くはないんだ。変なの。
薄ーい灰色がところどころ切れてる空は、なんもかも包んでるみたく柔らかくて。変なの。
そんな明るい路地をひとりですたすた歩いてる。
ひとりで。
いちいち地べた蹴っ飛ばすと足の裏・足首から伝わってカンカン膝に返ってくる。うむ。
どこに行きたいかどう行けばいいかわかってる。自分とこだもん。
そう思って強気で歩くと足の下で道が縮まっていく。よっしゃ。
通りの景色が変わってて、見覚えのあるお店の前に立ってた。
すぐにドア開けると目の前をふさいでる本を片っぱしからどかしながら奥まで進んで行く。
壁をかきわける。
むこうには山が見えている。でっかい樹が見える。
うん。
あたしはこれから、答えを見つけに行く。
――――――――
- 223 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:51
- ◇◆◇◆◇
うー。最後の最後まで寒いとこだよまったく。迷惑極まりない。
ね、どうよ。
「ここはそういうところだもん、しょうがない」
ほほう、いいお返事。
さすが土地の子は違うね。
「でも寒すぎだからやっぱS市死ね」
こらこら。
また『にひひ』って笑ってるし。嬉しいね。
この雰囲気もなんかいいね。すっきりしてる。そんな路上よ。
今朝見た夢みたいだなー。さっぱりした夢だった。あの夢…見慣れた路地を妙に新しいドキドキした気持ちで歩き続けて…。荒涼と爽やかだった。いま見回すあたりも、電線とか街路樹が区切ってるのにやけに広々して感じる。おーし。
きょうでS市とはおさらばでございます。あ、今回の帰省がってことね。朝ごはんいただいてから、おじさん・おばさんにご挨拶すませて。それから離れのじーちゃんばーちゃんとこに顔出して、御両人および1ダース以上の『ご先祖様』にまで挨拶して(ああ、長かった)。
で、これから隣の県にいらっしゃる藤本の…父方のじーさまばーさまのとこにも顔出しに行くわけよ。バスに電車に。めんどくせー。いや心待ちにしてもらうのはありがたいです(棒読み)。なにがめんどくさいって田中のばーちゃん、土産持たせすぎ! おせんべとかさー、漬物とか鶏刺しとか鰹節とか…宅配にしろっつーの。マジ途中で捨てるぞ。
「いまはまだいいじゃんよー」
まーね。
いまはれいちゃんにお土産の袋を持ってもらってる。持たせてくれってせがむからありがたくね。あたしよりまだちっちゃい体ででっかい包み提げてよたよた頑張ってるのが無駄に可愛い。無駄言うな。バス停までこの子と一緒、は毎年変わらない。今回もありがとさん。
「ね。あたしいい子」
おうよ。いい街のいい子ですよ君は。きのう妙な話したあとだからよけい元気者に見えるね。これからもあれだ、すくすくとだね。答えを探しなさい。
- 224 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:51
- ◇◆◇◆◇
……手、痛い。そろそろこの荷物投げたい。ちょっと後悔してたりする。漬物なんてどこで買っても同じだと思うんだけどなあ。鶏刺しだって…これはよそにないんだっけ。藤本のばあちゃんにはやさしくしてもらってるたって。あー、持ちます持ちます。あたし持つ。だいじょうぶほんと。
美貴ねーはきのうのまんま楽しそうだ。ぺらぺらしゃべくってたあの調子でずっと元気にしてる。朝目が覚めた時やっぱ目の前で「にゃー」って言ったしね。ていうか今度はあたしから言ったよ「にゃー」って。二度とやんない。美貴ねーはびっくりしてすっごい嬉しそうにしたけど、もうやりまっせん。自分でも楽しかったなあ。いやなに。
今朝あっさり帰ってく様子もとっても楽しそうだもんねえ。あっさりなのは毎年毎回で、長くいても意味ないし?て感じだった。そう言ってた。なんでも斬ってた美貴ねー。それでかっこいいとかちょっとさびしいとかね。でもいまは美貴ねー気が抜けてるなー。自然体てやつかね。こういうのもいいもんだね。きっといいことだ。他人のあたしにだってわかる気がする。去年よりかっこいいしおとといよりかっこいい。ほんといいことあったんだろうな。ねー。
- 225 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:52
- ◇◆◇◆◇
こっちをにこにこ見上げてる。嬉しいねえ。
「あたしもあのお店入ってみよっかなー」
「んー?」
「美貴ねーが言ってた、四代目さんがいるとこ」
「ああ」
なるほどね。
「いいんじゃないの。変なやつで面白いから」
「本たくさんあるんだよね」
「おう。UFOの本とか不思議な話のたくさんあるよ」
「ほんとー? すげー」
「すげーよー」
わお。目を輝かせてますなあ。はいはい引っかけだよー。ほら、あたしいままでこの子のオカルト趣味を無責任に煽ってきたから。「それもまたありかもね」みたいにスカして。このさいその軌道修正もしてやらにゃいかんでしょ。あんにゃろうに押し付けてやります。爆弾放り込んでやりますよ。お手並み拝見だね。誤魔化しなしのストレートでどうすることやら。へらへら。
あたしゃ「かのように」開き直るだけですけどもー。
なんか愉快だね。気分いいや。体が軽いもん。
れいちゃんも愉快そうだね。
元気者だね。かわいいね。
いやいや。
もう立派に、ごく自然に――
- 226 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:52
- ◇◆◇◆◇
『かっこいいですよ。田中れいなさん』
さっき並んで歩きながらそろっと言われた言葉が、何度も頭の中で繰り返してる。
うひゃー、どきどきだよ。
いままで何度も言ってもらえたでも焦らないんだ。
だって、確かにあたしかっこよくなったと思うもん。
だって、まわりが違って見えるもん。今朝の夢で見た感じ。ひとりで歩いてたあの夢のまんま。
まわりが変わるわけないんだから、てことはあたしが変わったんだねこれは。そうかー、だから美貴ねーもあたしがかっこいいって言ったのかー。いま気がついた。今朝の美貴ねーかっこいいけどたぶんあたしもおんなじなんだろうなあ。
バス停ついてからそんなこと考えてる。荷物降ろしてあー手が痛かった。
ここのバスの名前にもいまはあんまムカつかないようになってる。「はるゆーバス」って、昨日までならなんだそれふざけんな死ねよとか思ってたなー。「N県はるばるゆうゆうバス」とか。はるばるとゆうゆうとどっちにするか決めらんなくてくっつけたってんだから、ぬるいよねえ。ぬるくていいじゃん「はるゆー」。
- 227 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:53
- ◇◆◇◆◇
だね。「はるゆー」でも許す。
しかしもっと早く来ないと許さん。死刑。いや時刻表どおりなんだけど。もうちっと頻繁に来てもよかろうと思うんよ。ま、れいちゃんとゆっくり歩いて余裕なようにって早めに出たのが早すぎたのであった。
…っと来た来た来た。ちょっと早めだね。いつも頑張って走ってくるよあのバスは。
ほれもう一息。
ゆっくり向こうに見えてきたバスの背景にS市の山並みとか見晴るかして、そのままも一度この町の空気を見渡しておく。いやー、よきかなよきかな。あたしはとりあえずこんな感じでやってきますんで。次来るときはもちっとマシになってるかも知れません。そんときゃよろしく。とかね。隣を見るとれいちゃんがまたあたしの真似してぐりんって首回してる。いちいち可愛いなあこの子。でも手をかざしてかっこいい。目が合ってにやにやした。にやにや。君は大丈夫だね。
よし。んじゃ、ひとまず『サラバ』です。しゅーりょー。里帰り終了。つーかワタクシ東京の人間だし。その前に藤本の家までね、はいはい。重いよこの袋。ざってー。よそ者は風のごとく去っていくのであった。風なのだよ藤本美貴さんは。
風はひとり吹いていきます。
ニンゲン変われるもんじゃありませんので、このまま行きますけどもー。
ま、それでもいつか。
もしも、もしもそんなことがあるならば……
新しいあたし、こんにちは。
- 228 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:55
- ◇◆◇◆◇
「こんどまた冬? 夏休み?」
「んー。決めてない」
美貴ねーがかっこよく笑う。バッグとか重そうだね。その袋あたしが持ってあげたんだよー。
あたしらの隣ではドアを開けて待ってる「はるゆー」。ちょい早めに着いたから待ってなさい。
「夏にしなよ寒くないよ」
「夏は暑いからねえ」
「S市だもんしかたない」
「だねえ」
美貴ねーは夏のS市も大嫌いだもんね。暑けりゃゃいいってもんじゃないっていつも言ってる。で、さっき街見渡して区切りつけたからって、あたしにすんごい適当な返事してさ。ほいほい、とかあっさり適当に帰ってくかっこいい背中に言っちゃおう。
「早く新しい彼氏できるといいね」
「ぅおうっ?!」
へへん。ぎょっとしてる。
きまり悪そうにしてへらへら笑う美貴ねーだ。
「あー、彼氏じゃなくて…」
「ただ『付き合ってあげてた』人だっけ?」
「…まあ彼氏ね」
「ふられたね」
「……」
「次の人すぐつかまるといいね」
すぐだろうけどね。
あ、胸張った。
「切らすわけないじゃんこのあたしが」
「はいはい凄い凄い」
「凄いよー? モテモテ」
「凄い凄い」
強がってほんとのこと言う。
「でもまあ…はは」
「ん?」
「男はしばらくいいかなー…もうちっとリハビリしとく」
ほんとかっこいいなー。さっぱり美貴ねー。
「そう言うれいちゃんだってだよ」
ひゃー。
「ひゃーじゃなくて。いい加減お年頃お年頃」
「まあね」
「君に釣り合うようなのはなかなかいないか」
「いやーまあ」
「S市じゃね」
「S市だもん」
かっこいい田中れいなさんに釣り合うS市っす。
かっこいい美貴ねーが生まれて出てったS市っす。
- 229 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:56
-
「んじゃ」
「んじゃ」
ひらひら。二人して手を振ると、美貴ねーはすぐ待ちくたびれてる「はるゆー」に乗り込んだ。
そうして目の前ちょっと上の窓ガラスむこうの美貴ねー。見上げるあたしに軽く敬礼ポーズくれたからあたしも返す。そしたら口元だけ笑って、すぐさま前を向いた。前を、ね。切り替えた顔だ。よその人だもん。今度はどんな顔してくるのかな。あたしはどんな顔してるだろ。
<プシュー>
ドアが閉まる。
<ドルルン>
ゆっくり動き出す。
ガラス窓の横顔は、もうこっち向いたりしないで前見たまま。かっこいい。そんな美貴ねーを乗せて「はるゆー」が走り出した。晴れた日の弱いお日様の下、冷たい風の中。まっすぐまっすぐ。遠くなる。
『じゃね』
ひらひら。あっさり遠くなっていく「はるゆー」に軽く手を振って、もう一度言ってみた。
よその人、美貴ねー、またね。
かっこいい風さん、またね。
そしてあたしの街、こんにちは。
平べったい街を見渡した。
商店街準備してるねえ。年末商戦。でもないか。歩いてる人、自転車乗ってる人。クルマも走るよ。
うーむ。みんな頑張ってるじゃないの平べったい街で。暮らしてるね。頑張れよー。あたしもじゃん。
平べったくてもいろいろ詰まってそうだぞ。詰まってるんだよねえ、そりゃそうだ。昔からやってきて人が生きてる場所だもん。答えはあちこちに埋まってそうだぞ。見つけてみよう。やることやんなきゃ。やること…とりあえず年賀状まだ書き終わってなかったや。宿題もさー。めんどくさい。やっとくけど。あと…四代目さんの店だよやっぱ。明日あたり行ってみっかな。うん。
やることいっぱいだー。いろいろあるぞS市。
かっこいいぞ、あたし。ムズムズしてきた。
- 230 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:57
-
おーっし。
腕をぶんぶん回した。
ぴょんぴょんジャンプした。
すー…っと息吸って、吐き出した。
狙い定めて。
何にかはわかんないけどとにかく、目線固めた。
行くぞ!――ラジャ!
せーの……
「うりゃー!」
飛び出す。
あたしの勢いで。
かけていく。
あたしのスピードで。
あたしは、あたしの街を走りだした。
あたしは、あたしの答えを見つけだす。
- 231 名前:「7. Let's Pretend」 投稿日:2004/12/20(月) 04:57
-
7. Let's Pretend
−了−
- 232 名前:_ 投稿日:2004/12/20(月) 04:58
-
…………
- 233 名前:和泉俊啓 投稿日:2004/12/20(月) 05:01
-
>>169 名無し飼育さん
sageてください。
>>170 名無飼育さん
sageてください。
>>171 名無飼育さん
どうもありがとうございます。高橋さんと新垣さんの二人は最高です。
ぼくも気持ちよく書けました。
>>172 名無し読者。。。さん
どうもです。
>>173 132さん
二人ゴトが素晴らしすぎたのでN県S市で書きたくなってしまい、VOICESのそのまたパラレルワールドとして書きました。楽しんでもらえてなによりです。
>>174 名無飼育さん
ありがとうございます。はい、読みやすさ第一で書いております(凝った表現は苦手なので)。
あの四代目はおっしゃるままの人物ですね。ぼくも好きなので嬉しいです。
分類板で「I Hear You Now」を紹介してくれた人、トテモアリガトウです。読んでくださって嬉しいです。
ではまた。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/22(水) 13:06
- うわー、こんどは美貴れなだーっ!!
しかもリンクしてるし。「平成生まれ」はやられたなぁ。全然気づいてなかった。
美貴様も美貴様らしく、れいにゃもれいにゃらしく、福ちゃんもまた、福ちゃんらしく。
いいねぇみんな。気持ちいいや。
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:16
- unko
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/24(金) 00:43
- ochi
- 237 名前:和泉俊啓 投稿日:2005/02/22(火) 00:59
- まだ書かせてくださいすんません
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/23(水) 20:15
- 前作から読んでます
続き、楽しみに待ってます
- 239 名前:8. Genevieve 投稿日:2005/03/30(水) 01:36
-
「8. Genevieve」
- 240 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:37
-
テーブルについてる人数は四人、二人の大人と二人の少女がお茶とお菓子を囲んでる。
しかし、しゃべくってるのはもっぱら最年少の少女だった。
「はい、ええまあ、けっこうですね、上向きましたとも」
「けっこう…けっこうですね、はい。小テストわりといいですよ」
「もうほんとおかげさまで。なんというんですか、勉強できるにこしたことはないですしね」
「苦手はつぶして得意を伸ばしてと、それはもう、ええ」
ペラペラとよく口がまわる。
そしていやにそつがない。
「うちのお父さんもお母さんも、じいちゃんもばあちゃんも喜んでくれて嬉しいですよ。自分だけじゃなくてですね、はい。みなさんのおかげさまでほんと」
そつがない。
それに対して大人二人は苦笑しつつも「うんうん」「へーすごいねえ」とうまく答えてにこやかに楽しめば、ますますなめらかになる少女の口ぶり。実況してるのか司会してるのか。
そつがない。
- 241 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:39
- ◆◇◆
五月連休の昼下がり、親戚のうちに泊りがけで遊びに来たガキンチョが一匹調子に乗っている。
と思いねえ。
中学三年生・田中れいなと彼女を迎えるおじさんおばさん夫婦、その娘の高校生の計四人。れいな父母も来てたが、昼食をご馳走になって少しして用事があるとかで娘をおいて辞してしまっていた。この娘はかなり放っておかれている。そしてあとの空間で田中れいな独り会といったところですか。
わっさーとした元気な髪の下に活発な子猫の目鼻立ち、細いを通り越して貧相一歩手前の体つきは小学生状態――ともかくガキっぽさ丸出しの外見。そのくせ絵に描いたようにそつのない人当たりだ。まったくよくしゃべる。
「れいなちゃん前からだけどしっかりお話しするよねえ」
「そんなー恐れ入ります。でも確かにはい、気をつけてますね、もうオトナなんで」
「感心感心」
「いやははは」
「………」
流れてく誉め言葉と流してく受け答え。そつがない。「そつのなさ」とはそのまま「上っつら丁寧」と紙一重だったりするわけだがそれがオトナの態度という面もあり、少なくとも彼女にとってそこのところが重要らしかった。
「きちんと話すってなかなかできないからね」
「いえもう来年は高校ですしー。確かにしゃべりすぎだって言われたりしますけどもそこはその」
「ははは、大事なことだよ、ね」
「立派よー」
「それはもう、ええ。やぱオトナの階段登るってんですか」
「………」
大事でも立派でも、ぺらぺらとしゃべくる彼女は両親から「生意気言わないの」と叱りつけられることもしょっちゅうだった。どうせ誰かの真似だろうが大人と肩を並べる勢いのしゃべり方で立て板に水、そりゃ叱られるぞこまっしゃくれ。しかしそこをわかりつつオトナとしてこうアレだよね、らしい。
「やっぱ前向き前向きですよなんでも」
「いいねー。田中の家系はなんていうか明るいもんね。うん、わたしはれいなちゃんと同じもの感じる。仲間仲間」
「わーうれしー」
「はいはい亀井の系統は明るくないよ……だとさ。絵里どう思う?」
「……んー」
- 242 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:40
-
案の定父親の言葉はそのまま裏付けられるように流された。ここまで高校生の娘はほとんど口を開いていない。父親もかなり穏やかな人物だが娘はそれに輪をかけている。なにしろしゃべらない、動かない。いまもただ物静か・控えめが似つかわしいキツネ目があいまいな表情を浮かべている。亀井絵里はいつでもこの表情で許されている。
「でも絵里は外ではちゃんと話すって聞いたわよ」
「おーそう言うよね」
「それほんとですよー。あたしとだって絵里ちゃんきちんと話してくれますよー」
「「そうなんだー」」
「それにね、なんか『違う雰囲気』もっててあたし憧れちゃいますし」
「…うーん」
むにゃむにゃとだんまりを決め込んだ。
「あたしはこんな風にガキっぽいのに絵里ちゃん昔からきれいじゃないっすか。なんでもできるし」
「まーれいなちゃん嬉しいこと言ってくれて」
「人と違うのはかっこいいですよ、やっぱすげーって思ってましたね、前からですよ。でもって頭いい高校あっさり行っちゃうし」
「…………」
しゃべるチビ、目をそらす無表情。
「絵里はやっぱり中学ですごくいいお友達できたからよね」
「うん…」
「ああ確かにそうかもね」
「…まあね」
絵里がようやく言葉を発したのは居心地悪そうな表情と一緒にだった。
やけに可愛らしい声が舌足らずなのは話す気のない表れか。そんなネタに対して、
「え、え? そうだったんですか? 初めて聞いた。どんな人?」
オーバーアクションで身を乗り出して食いついてみせる。絵里と両親とをちらちらと交互に見やっている。
「去年の六月くらいだったかなあ」
「全然前じゃないですかあ。知らなかった」
「絵里より一学年下の子でね。れいなちゃんと同い年だっけ?」
「ほーほーほーほー」
「学校のお友達が遊びに来てくれたんだからねえ」
「はいはいはいはい」
ますます身を乗り出すれいな、楽しげな絵里両親、そして――
- 243 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:40
-
「れいな、部屋行こうよ。あたしの部屋」
絵里がふいに持ちかけた。無表情をがらりと変えてにこやかに……明るすぎず控えめすぎず「にこやか」のお手本みたいだ。まだ舌足らず。
「行こうよ」
断固としてにこやかだ。両親に目もくれず、れいなを見つめている。
「うん、いいねー」
絵里を上回るほどにこにこして、れいなは返事した。
貧相な胸をますます張り気味・小鼻膨らませ加減でにこにこと。
にこにこ。
にこにこ。
うん行ってらっしゃいそりゃいいよねははっ、と父母は喜んで見せる。
愛娘とお気に入りの姪の仲がいいのは喜ばしいのだ。
仲いいよ。
ほんと仲よさげだ。
いたたまれないほどに。
- 244 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:41
- ◆◇◆
六畳+一畳という変則的な広さと間取りは主にふさわしいというべきか。
ともかく居間での雰囲気は持ち越されている。
「おー、変わんないねーこの部屋」
「…うん」
「やっぱ部屋って人の性格出るもんね」
「……ん」
「ね?」
「うーん」
「ねー?!」
「……」
雰囲気そのまま、二人は元通り。絵里の部屋でいとこ同士で落ち着いて……いや落ち着くというか、中三は相変わらず心を見せずにぺらぺらしゃべり、高一は相変わらず無表情に受け流している。にこにこ?なにそれ知らん。
おもしろい部屋だーと棒読みしながら、れいなは絵里の学習机の椅子でぐるぐる回っている。絵里より先にズカズカ部屋に上がりこむや確保した椅子だ。人間工学に基づいたとか言うわけのわからない形をしている椅子。そこに腰掛け、『ここはいい部屋だー』と自分の貧相な胸元に小刻みチョップで宇宙人声を出し、ぐるぐると。ぐるぐるぐるぐる。チョップの当てどころが悪くてケホケホ咳き込むガリチビを、絵里はベッドに腰掛けて無表情に眺めている。
「…ケホッ…んー、絵里ちゃんはほら、田中の親戚連中の中でもやっぱ違う感じでさー」
「はあ」
「スポーツできるし勉強できるし。うちの親とかすごい誉めんの」
「ふーん」
「美人さんだしね」
「…」
んしょ、とれいなは椅子から立ち上がり部屋のあちこちに無遠慮に目をやる。しゃべり続ける。
まあ確かに見回したくなる「おもしろい部屋」なのは確かだった。いわゆる「女の子らしい」装飾が皆無の一方、壁にはどっかの旅館の柱から引っぺがしてきた『火の用心』の札だの、なぜか『ここは駐輪禁止区域です』のタグだの、判読不能の外国語の広告だのがベタベタ貼り付けてある。壁際を埋める腰くらいの高さのワイヤーラック上段に鉢植え多数、わけても三十年物の見事な丸サボテン(いわゆる金鯱)が一際目を引く。さらに水槽がいくつもあり中でなにやらガサガサうごめいている。
- 245 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:43
-
「うんうん同年代とは違うねさすが……おーい元気かー」
れいなは棚の水槽の一つに手をつっこみミドリガメをつんつんする。
「返事しろー。ご主人にそっくりだねえお前は」
「……」
「きれいきれい。うりゃ」
無愛想なミドリガメを指先で引っくり返す。ジタバタもがいて伸ばした首をブリッジの要領でまた起き上がるのを覗き込むチビネコ。すぐまた別の水槽に手を伸ばす。
「やーほんともう立派な従姉がいてうれしいねあたしも」
「へえ」
「おかげさまおかげさま…あ゛づっ!」
いでででで、とノコギリクワガタを人差し指にがっつり食いつかせぷらぷらさせる。自分が腐葉土からほじくり返して怒らせたからだが。つっついて挑発して。
「なるほどオトナだねー」
絵里が棒読みで言った。ノコクワ引き剥がそうとあくせくする背中に向けて、可愛らしく凍らせる口調だ。呼びかけられて反射的に向き直ったれいなはようやくクワガタを水槽に振り落とし腕を組む。一瞬マジ目になったようでもあり。
「うんうんご立派。『かっこいい』ね田中れいなさんは。さすがレベル高いよれいなは。いまのもほんと」
「…どうも」
「UFO番組大好きなれいながねえ。UFO、UFO」
「…ちょっと前までね」
「おやおや」
絵里の無口がうって変わっていた。舌たらずでもない。これくらいしゃべれるらしい。
「オトナな従妹がいてうれしいな」
「…そりゃー絵里ちゃんがいるからね」
「へえ?」
「もう目標目標」
立ったれいなと座った絵里は乾いた言葉をやり取りする。
「意識してきたもん。かっこいいれいなさんは絵里ちゃんのおかげですよええ、田中の親戚の中でもね。目標とか? あたしこんなだけど絵里ちゃん美人さん」
「ふん」
「いまの高校、レベル高い? でも余裕? いい高校だもんねえ」
「…グランドいいよ」
「またまたー。だから意識するよー。こうね、ああなりたいとかさ」
サボテン鉢の砂のように乾いている。
- 246 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:43
-
「それ違うでしょ」
「?」
「親戚は親戚でも、れいながいっつも意識してくっついてたのは『あの人』じゃん。東京のさ」
「『くっついてた』って――」
「じゃ『追っかけてた』? いま大学二年だっけ。ちっちゃい頃からいっつもいっつも。田中の中の『東京もん』」
あくまで名前を出さないトークは他意あること山の如し。
「なんだっけ、S市にはおさまらない、だっけ。れいなさんは」
「あ、それ――」
「N県S市死ねとか。いいんじゃないのそれで。すごいすごい――」
「いや違うんだなあ、それが」
「?」
れいなはにわかに不敵なニヤリを浮かべた。不敵すぎて小学生丸出しになっている。中学生だが。
中三の小学生はベッドの絵里にまっすぐ歩み寄ると隣に腰を下ろす。
「変わったのは絵里ちゃんだけじゃないのだよ」
「なにそれ」
「『S市の』かっこいいれいなさんなわけよ、いまや」
「…ほお」
「『東京のいとこ』、もう追っかけてないのですよ。クリアーしたですよ」
「……」
「レベルアップよ。すごいよね。聞きたい?聞きたい?」
「いや、別に」
心の底から興味のない絵里。れいなもどうしても話したいってほどじゃなかったようだが。
「あっそ。じゃ絵里ちゃんの話ね」
「?」
「ほらガッコのお友達のこと。絵里ちゃん初友達。さっきの」
そもそもこの部屋に来ることになった話だった。
「友達作らない絵里ちゃんがねえ。友達のできない、友達のいないことでお馴染みの絵里ちゃんが」
「あっそ」
「いや、そこがかっこいいと思ってたから怒んないでね」
「あっそ」
「とにかくぶっちゃけ絵里ちゃんこんなにしゃべる人じゃなかったでしょ。変わったでしょ。なんか変わったのはお正月に会ったとき感じてたけどさ」
「………」
目をくりくりさせて覗き込むれいなに対して、絵里は、自分の左手人差し指の指紋を外側から数えるのに夢中になりかけている。
「去年の友達…中学生だよね。同級生?」
「いや」
「男の子? 彼氏? 彼氏できた? 絵里ちゃん変わったって彼氏できた? できちゃった? 彼氏で変わった? いやっほう!」
「……」
- 247 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:45
-
絵里が引き気味なのを見てれいなは気をよくしている。
「友達から彼氏? ひゃー。彼氏いいよいいよ彼氏は」
「…女の子だよ」
「なーんだ」
「……」
「で、どんな子? プリクラとかない? 見せて見せて」
「ないよ」
「なーんだ」
「………」
しつこく聞くようでたいして興味もないらしい。というかしつこく聞けば満足のようだ。まだしつこく聞く気満々だ。絵里は最小限の動作でかわしにかかる。
「…れいなは?」
「ん?!」
「『彼氏いいよー』とか」
「…あー」
「いいよー?」
そこでれいなは、はんっ、と髪をかきあげた。
「そりゃ、もうほら。ね」
「へー」
「かっこいいしあたし」
小学生でも。
「釣り合うのいない、ガッコは山猿ばっか、じゃなかった?」
「その、それも卒業なわけよ」
「……」
「聞きたい?聞きたい?」
「……」
「しょうがない話すか」
「……」
胸を張って見せている。貧相な。
「学校の先輩ね。もう高校生なったけど。かなりかっこいいのさ」
「はあ」
「今年の二月にむこうからコクってきてー。悪くないなと」
「はあ」
「それから順調にこう、ね」
「はあ」
としか言いようがない。
- 248 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:46
-
「小学生じゃないんだし、いろいろ」
「はあ」
「……うまいわけよ」
「……」
「……」
「……」
「…キスとか?」
「ふーん」
「いいよー彼氏」
「………」
「いいよー!」
ひゃほーと奇声をあげ絵里のベッドにダイブし顔をうずめてジタバタする。
背中をぐいぐい押される絵里はますます無表情になる。
- 249 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:46
-
ひとしきりウニャーオウ、ンナーオわめいてからようやく起き上がると、あらためて絵里の隣に腰掛けなおし『ふっ…』と雰囲気を出して見せた。
「友達もいいけどやっぱ彼氏だね。早くつくんなよ?」
「……」
棚の水槽でオカヤドカリががさがさ動いている。
「…ほんとにいない?」
「………」
「これまでずっと?」
「…………」
「…へぇ?」
本棚では昔懐かし水飲み鳥がコックリコックリ。
「いやあ!こりゃ無神経だったかな?! すまなかったねえ絵里ちゃん、いや亀井君、いやいや亀井絵里君!! わはははは」
「………」
「んー。真面目な話、絵里ちゃんにゃそれこそ『釣り合うのいない』感じだよねえ」
「……」
「もうあきらめたほうがいいかもよ?」
「………」
「一人で生きて一人で死んでいけばいいさ。キスも知らずに」
「……………」
絵里は口元をむにゃむにゃさせ続ける。そっぽを向く無表情だった。
「冗談冗談。とりあえずいまはあたしが一歩リードってだけのことだから」
「……」
「百歩くらいかなー?」
「…………」
もうずいぶんと、れいなだけがしゃべっていた。
- 250 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:47
- ◆◇◆
「そうそう、正攻法が一番強いんですよ。それがコツですね、ええ」
ガリチビネコ、依然独演会。
しゃべりつつ食べ、食べつつしゃべる。豚の生姜焼き、ローストビーフ、鶏唐揚げといったあたりを集中的に食べている。それでもガリだが。そんな姪っ子に目を細めてワインなど飲んでいる大人二人、静かに食を進める娘。
れいなはなし崩しに晩御飯をご馳走になっている。連休中とはいえ来年が高校受験の中三、本来は夕方にはおいとまするはずのところをなんだかんだで泊まっていく流れになっていた。この家の両親には昔から可愛がられていることもあってお泊りセットは揃っていた。家への電話も二言三言であっさり片付いた。やはりこの娘は放っておかれている。
「いやあ心配いらないくらいにしっかりしてますしー」
「頼もしいね」
「勉強の話絵里ちゃんの前ですると恥ずかしいけどさ。ね、ね」
「そうかな」
とりあえずの返事をれいなは聞いてない。
「やっぱり正しくまっすぐが結局勝つんだと思いますよ」
「れいなちゃんそういう子だったっけ?」
「だね。結構意外。そういうの嫌いだと思ってた」
田中れいなは元来は「かっこよくスマートに」が半ば口癖の小学生だった。「努力?なにそれ」とか。
「…あー、はい、ええまあ前は! 前はそうでしたね。でももう違うんですね。調子のって余裕でいるとかっこ悪いですよね。成長ですね」
「おうかっこいー」
「立派だね、なあ絵里」
「…うん」
絵里は淡々とモズク酢を食べ続ける。
「なんでもはっきりさせますよ。答え出しちゃう」
「頼もしいね。来年が楽しみ」
「勉強だけじゃないですよ。なんでも」
「なんでも?」
手をつけてなかったアスパラガスまで食べだしてしまう絵里。
- 251 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:49
-
「たとえばですね…そうだ、『大ケヤキ』、あるじゃないですか」
一瞬、絵里が止まったようだった。
「ああ県の名物、天然記念物の」
「でっかいやつね」
「ですです」
S市には、N県を、いや日本を代表するくらいのでっかいケヤキの樹があるのだった。県の天然記念物。
「『大ケヤキ』だって絵里」
「えー?なんですか絵里ちゃんが」
「この子あの樹がすごいお気に入りなの。おととしからだっけ。ね」
「んー…」
曖昧にうなずく様子はなにかを訴えるようであり。
「何度も行ってるよねえあそこまで」
「え?! 何度もってあんなはずれの山奥までですか?」
「そう、それも一人だけで自転車でね」
「すごーい、そりゃ本物じゃないですか…絵里ちゃんの場所なんだ、ね?ね?ね?」
「……」
れいなは妙に生き生きしだした。
「えっとなんの話だったっけ。そうだ、その『大ケヤキ』ですねー」
「はいはい」
「でっかいじゃないですか。で、案内板とか立ってて。絵里ちゃんがよっぽど知ってるか。ね?!」
「そうだね絵里、ほら」
「うーん」
もじもじする絵里だが両親はそれほど気にしてない。うながされる。
「言って言って」
「…樹齢千年、幹周り8.7m、樹高43m」
「ブー! 残念!ハズレだよ」
「……」
待ってましたと勝ち誇る。
- 252 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:49
-
「どういうことれいなちゃん」
「昔からみんな言うじゃないですかいまの。学校とかで教わって」
「だねえ」
「違うんですよ」
「ああれいなちゃん前も言ってたっけ」
亀井・母がおだててしまっている。
「ですです。案内板とかのって昔の記録を換算したそのまんまなんですね」
「よく言うよね、ここ数年あちこちで『巨樹ブーム』とかあるけど実際測ったらそんなでもないとか」
「まあでも県の名物だからね。遠いし。れいなちゃん言ってたっけ」
「言ってたわよねえ、『触れずにそっとしておきましょう』。それも元はほら東京のあの子が……」
「あの子ね」
「あーはいはい言ってました言ってましたはいはい。受け売り受け売り。んが! しかし!」
「「?」」
亀井父母が食いついたのを確かめ、れいなは口に残っていた唐揚げを麦茶で流し込む。
「…ん、とすみません…やっぱりどうなのかと」
「ほう」
「答え出そうじゃないかと」
また肉をほおばって胸を張る。
「でもあれ根元の周り囲ってるでしょ」
「そうだったね、わたしらがちっちゃい頃はなにもなかったけど。入ったの?」
天然記念物なんだが。
「いやまあその…ムニャムニャムニャ」
………………
- 253 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:50
-
『おっし着いたー! あたしいちばーん!…うぉっ!おおおおおお?!』
『わはははははは。転げた転げた……生きてるー?』
『痛っ〜』
『にゃー』
『……にゃー』
〜〜〜〜
『でっけー。やっぱでけー。すげー』
『そんなんして首痛くならない? 口開けてると虫入るよ』
『はいはい大丈夫はいはい――やっぱ囲ってるよねえ』
『囲ってるよー』
〜〜〜〜
『あー入った!ほんと入った!』
『いいからいいから』
『…ういーっす』
〜〜〜〜
『なにその物差し…あれ本気で言ってたの? 受けるわ〜』
『いいじゃんよー』
『30cmのセルロイド定規って小学校以来見てないよ。わはは』
『ムカつくー!』
『これよこれ。30mフィールドメジャーどーん』
『おお!どこからパクったん?…痛!』
〜〜〜〜
『ほれ一周してきて』
『はいはい』
『…おしご苦労さん……んーと。おわっ』
『んん?』
…………………
- 254 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:51
-
「余裕で9m超えてたっつーの! 9.6m超! マジっす」
「「ほほー」」
「案内板のフカシをぶっくら返してやろうとか思ってたからあたしら余計びっくりでしたね。でっかいわー」
囲いの中に入ったことは見逃してもらっている。一方ほぼ料理は片付きつつあるところだった。
「そりゃ市の観光課とか喜ぶな」
「でも観光課の連中こそなにしてたんだろうねえ」
「本当は10m超えてんじゃないですかね。そんな気がしてきました」
さすがに言いすぎだろう。
「なんていうんですか、ほんとなんでも確かめてみないとだめだと。見てるだけじゃね。鵜呑みとかもダメですよ。好きなだけじゃね。とにかく、ねね、絵里ちゃんのケヤキ、9.6m。ね」
「…ふーん」
「よかったね。ね」
「……」
「おーいおーい」
絵里はさっきから、頭の中のハノイの塔にもう一本柱を足して、どれだけ速くなるか覗いてたところだった。黄金の円盤たちがせわしなく四本の柱を移動する。それ見おろす自分は偉大な大ケヤキの根元に腰を下ろして風を感じているのだ。静かで涼しくてとても落ち着く。遠くの緑を時々見る。
するとチビでガリのネコがやってきてにゃーにゃーと柱も円盤もかき回してしまった。さらに大ケヤキの幹で爪を研ぎ始めた。こちらをいちいち見返してはどんどん自分の印をつけていく。
「はぁー…」
表情をごっそり抜かした顔でため息が出ていた。
両親は娘の変化に気づきつつあまり気にしてないらしい。姪っ子の心持もスルーしている。だから絵里はれいなをまっすぐ見てもう一度ため息をついた。なにも言わずに。もういいや。
そんな絵里をじろじろ確かめてから、れいなはふいに身を乗り出した。にこにこを貼りつかせて絵里を見つめて――
「ね、もしかして絵里ちゃんあたしのこと嫌い?」
ごくあっさりと笑って口にした。さりげなさ過ぎて亀井父母もうっかり流しかけそうだ。
それに対して、
「ものすごくどうでもいい」
絵里もあっさり口にした。さすがに両親が我に返る。
「ちょっと絵里――」
「めんどい」
たった四文字口にするのも、と言ったふうだ。口癖なのだが。
- 255 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:52
-
「残念だなー、あたしは絵里ちゃんのこと大好きなのに」
ぬけぬけと言ってのける。
しかも自分のわざとらしいセリフと態度が場を落ち着かせるだろうという計算が目に現れてもいる。そこらへんまで気を使うし?オトナだから。しょうがないなあまったく。といったところか。
「大好きですよー。自分と全然違うからこそ魅力を感じるってやつですね」
「あはは、れいなちゃんそこらへん変わんないわね」
「……」
もはやただ平和な食卓だった。
気まずさはオトナの流れですみやかに取り繕われていた。
「れいなちゃんよく食べたね」
「おばさんお料理すごくおいしいですもん。昔っから。ごちそうさまでしたー」
「嬉しいこと言ってくれるわね」
「片付けお手伝いさせてください、ぜひぜひ」
食卓はまとめに入る。
れいなはまたそつなくしゃべり動いてポイントを稼ぐ。
「このお皿もういいですよね」
「あ、いや、もうお風呂入りなさい。こっちは絵里がやっておくから」
「…うん」
「本当ですか? すみません、それじゃ自分のお皿だけ下げますんで…絵里ちゃんお願いします」
言われる絵里は口元をむにゃむにゃさせる。考え込んでいるらしい。
「んじゃ絵里ちゃん、お風呂お先にー」
ドアを開けてぱたぱたと出て行く背中を、絵里はじっと見送った。
じっと見送って、そしてわずかに眉根を寄せた。唇の両端がキュッと吊りあがったようだった。
- 256 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:52
- ◆◇◆
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
また胸元チョップで宇宙人声を出している。
お風呂上りのぶかぶかパジャマでドライヤーをあっさりあてた髪はまだちょっと湿ったまま。そんな格好でれいなは夜の庭を見渡すウッドデッキにあぐらをかいている。手元にはオレンジジュースのグラスだ。こういうスタイルがここでお泊りするときのお約束みたいなものだった。
「ふい〜。気持ちいい〜」
ところどころ雲があるが良く晴れた夜だった。
月明かりと家の照明の下、木立と鉢植えの間にきれいな砂利を敷き詰めた品のいい庭だ。さっぱり手入れが行き届いており、サンダルでじゃりじゃり歩くのはもちろん裸足で歩くと昼はぽかぽか夜は冷や冷やしてもっと気持ちいい。そこに家の南面から木組みのテラスが張り出している。濡れ縁程度の幅の部分もありつつ、大きくとった区画では夏場に二家族くらいがバーベキューしたりする。テーブルとか腰掛とかあっても、何人でもごろ寝できる。れいなもよく日なたで丸くなっていた。にゃー。
れいなは素足で何度も木の肌触りをぺたぺたすりすり確かめる。爪を研ぎだしそうにも見えるが躁状態も多少落ち着いてリラックスした表情だ。
「やっぱここもいいねー?」
暗い中振り向いて声をかけた。
「…ん」
呼びかけられた絵里は静かにウッドデッキに出てきた。黒いジャージ姿に湿った黒髪でするりと歩く。れいなはまたくりくりと目を輝かせ始めた。
「絵里ちゃんと言えばこの庭でテラスだったし」
「あ、そう」
「邪魔しちゃってるかなあ? まあくつろぎなさいよ」
「ふーん」
- 257 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:53
-
れいながしゃべくり目線で追う中をただ歩き、隣までまっすぐやってきた…と思ったらそのまま素足で砂利の庭に降り立った。ひょいひょいひょいと砂利を踏み草を踏み歩いていく。
ジャージで裸足で湿った髪の絵里が、夜の庭。静かな無表情が悠然と歩く様子は魚が泳いでいるようだ。黙って目で追ってしまっていたれいなは、いかんいかん、と首を振ってはまた声をかける。
「絵里ちゃんここ来るとは思わなかったなー」
「……」
「さっきはアレだったしさー」
「…」
「ていうか待ってたけどね」
「………」
「どう応えてくるかなとか」
「へえ?」
絵里は見下ろしていた苔の鉢から顔を上げ、れいなのもとに歩いてきた。乾いた雑巾でぺんぺん足裏を払うとテラスにあがり、れいなの近くにつっ立った。
「…んと。この家は気持ちよくつくってるもんだね、ゆったりしてるし」
「田中の家のほうが広いよ」
「そりゃ本家だもん、そりゃね。とかじいちゃんなら言うね、アホらし」
「よくつくってるよ」
「どうもー」
絵里は田中の家でも可愛がられている、というか絵里は田中の家でもなじんでしまえていた。
「絵里ちゃん、うちの納屋とか気に入ってたっぽいね」
「…ん」
「残念、今度取り壊すから」
「……」
「あと前に登ってた琵琶の木、あれもね、根こそぎしちゃうんで」
「………」
「ごめんごめん。あたしが謝ることじゃないけどね。いや残念」
れいなも立ち上がり空になったグラスを近くのテーブルに置く。二人は正面から向かい合う形になっていた。
「こりゃーますます絵里ちゃんに嫌われちゃったかな?!」
「ものすごくどうでもいい」
れいなはもちろん絵里までもニコニコしている。
- 258 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:53
-
「れいなは?」
「はい?」
「あたしのこと嫌ってるよね。どうでもいいけど」
「えー?」
「きょうもずっと」
ニコニコ。
「いやいや大好きですよー」
「ふん」
「嫌いじゃないよ」
「へー」
「好きでもないけど」
パジャマとジャージは両方とも腕組みだ。
「ていうか邪魔だったね」
「へえ?」
「あたしほら、昔からかっこよく頑張ってて、絵里ちゃんは昔からそのへん余裕でどうでもよさげで。なにスカしてんのとか」
「どうでもいい」
「もうすんだことだけどね。ていうか眼中にないし」
きょう何度目か、勝ち誇っていた。
「もうわかったもん。絵里ちゃんちょい変わったし高校生なったつっても、きょう話してみりゃやっぱガキンチョじゃん。あたし全然オトナ。あたしの勝ち。百歩リード」
「……」
「いつまでもそんなんじゃダメよー? こう、空気読めないと」
「……ふーん」
「自分が気に入らないとすぐ仏頂面だし。すぐだんまりとか。もう見え見え」
「…………」
「ヘンテコでも失礼許されんの中学までだよね、人付き合いできなきゃアレだね。きょうのあたしちゃんと見てた?」
すんだことと言いながらしっかりヘコましてやりたいらしい。絵里は黙り込んでいた。
- 259 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:54
-
「れいなはオトナか」
「絵里ちゃんよりはね」
「オトナねえ」
「絵里ちゃんよりはね」
言うだけ言えてれいなは満足している。いい気持ちのまま寝床に入りたいのだろうか。用は済んだしもう寝るだけだし。
「あれだ、彼氏のおかげなんだ」
「ん? ああ、うん、それもね。だね」
絵里にはできたことのないものだ。れいな曰く『いいよー』だ。
「絵里ちゃんにもいつか現れるよ。いつか。お日様が西から昇った次の日くらいに」
「れいなに彼氏か」
「ま、んじゃそういうことでほれ」
れいなはもはや切り上げる気満々。一方、黒目がちの絵里のキツネ目がますます暗くなったようであり。
「彼氏ねえ」
「あー。と」
「『彼氏いいよー』」
「ん。はいはい」
「『いいよー』」
ニコニコを作った絵里は消えていた。一歩二歩、れいなに近づいてくる。
- 260 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:55
-
「『…キスとか?』」
「……」
「『…とか?』」
夜の絵里が無表情になる。れいなはそわそわしだした。
「あたしもう中入るわ。絵里ちゃん…」
「………」
「………」
「………」
「それじゃ――」
お先に、と言いかけ立ち去ろうとした時だった。
<ぐいっ>
細い肩を掴まれた。
引き寄せられた。
『え?あ?』
絵里が笑っ――
- 261 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:56
-
ぶっちゅ〜〜〜
(?!?!!!!)
――濡れてる?――
濡れた感触口元絵里が目の前にいや前過ぎるというか近すぎるというかくっついてるじゃなくて生暖かいのが口になんか息がかかってきてそしてぬるぬるぬるぬるぬるぬる
…………吸い取られる………?
(%и*#▼→$★!)
一瞬かしばらくの間か。
口の中でなんかが出たり入ったりして唇同士が温かくて流し込まれたと思ったら自分がなにもかも吸い取られた。自分の心臓の音が聞こえてまばたきもしなかった。頭痺れて首筋がちりちりいって両手が伸びきった。
- 262 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:57
-
どれくらいの瞬間だったのか。
れいなはへたりこんでいた。茫然と見上げるすぐ目の前に絵里が立っている。
夜の絵里が、黒いジャージと黒い髪と黒いキツネ目の絵里が悠然と立っている。暗い中の無表情で。
月も星も草木も夜のなにもかもを味方にまとって聳え立つ夜の絵里。
ふっ、と笑って絵里はれいなを見下ろした。
余裕たっぷりに冷たい見下し目線。真っ黒なキツネ目はまばたきひとつしない。
暗く深く強く妖しく。
そして、
「ガキ」
ただ一言言い放つと、そのまますたすたと家の中に入っていった。
茫然と見送るれいなの前でガラス窓が静かに閉まった。
- 263 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:58
-
(こここここ怖かったぁ〜〜)
れいなは腰を抜かしていた。へたりこんで立つに立てない。
カッチン・コッチン・カッチン・コッチンと固まってしまっている。
というかもう涙目だ。
そしてやっと気がつく。
…………キス…?
…された?……キスされた?
―――はじめてだったのに―――
(はじめてだったのにはじめてだったのにはじめてだったのにはじめてだったのにはじめてだったのに)
口ほどにもない。
所詮ガキンチョである。こんなもんである。だいたい身も蓋もないこと言えば、世のおおかたの女の子同様れいなの「初めて」は彼女がオギャーと生まれてほどなくお父さんがしちまっているわけだが。父親は舌を入れたり唾液交換したりしないのは言うまでもない。
「うわぁぁあ〜ん」
うわーん、だとさ。
泣き声に自分でびっくりして口を押さえたものの、やっぱり涙目だし腰が抜けていた。
- 264 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:58
- ◆◇◆
夜は明けるものだ。
「ええはいとってもよく眠れました」
「お味噌汁すごくおいしいですよー。幸せですー」
「また、はい帰ったらすぐちゃんと勉強して、ええ」
チビネコは朝も相変わらずだった。
ペラペラと口がまわるし受け答えにそつがない。とりあえずは。
亀井父母はにこやかだ。
昨夜は腰を抜かして数分後にようやく立ち上がり中に入った。布団は絵里の部屋に敷いてもらっており、部屋を変えたいとは言い出せなかった。十時過ぎまで居間で粘ってから恐る恐る絵里の部屋に入ると絵里はとっくにベッドで寝息を立てていた。覗き込んでもすやすや安らかな寝顔だった。だかられいなもすみやかに電気を消し、床に敷かれた布団に潜りこんで縮こまって寝た。目をつぶると「夜の絵里」が冷たく笑ったのでますますぎゅっと目をつぶった。眠れないかもと不安になったが、どっと疲れて夢も見なかった。
朝、身の回りはなにも変わりなくいつものままだった。
(うーん……)
れいなの目の前で漬物をボリボリ食べている絵里は、これまでの絵里だった。むにゃむにゃした、ただのヘンテコな従姉。れいなの視線をまるで気にしていない。
「れいな醤油とって」
「うん、はい」
きのうの……は本当だったんだろうか。どうだろう。
吸い取られそうな感触とぬるぬるがはっきり残っている。あの時を思い出してもぎゅっと心臓が縮み上がるような気持ちになる。それは確かだ…と思う。でも絵里は目線をそらすでも合わすでもなく普段どおりだ。
「ブロッコリーあげる」
本当だったんだろうか。
- 265 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 01:59
- ◇◆◇
玄関で数回、靴を履いた爪先をとんとんやる。
放っておかれているとはいえ受験生、朝ご飯をいただいたらすみやかに帰るのだった。退散退散。
今度は台所の片づけを手伝ったりしたし、お別れの挨拶もテキパキとそつなくやってポイント稼ぐれいなだった。お父さんお母さんによろしくね、おじいちゃんおばあちゃんにもね、はいわかりましたどうもお邪魔しましたありがとうございました、と型どおりに。
そして隣には絵里がさりげなく見送りに立っている。
二人の上は雲がぷかぷか浮かびつつおおむね晴れ模様。
バス停までたいして歩かないが、絵里は門から出たところまでしか一緒しない。
「えと…んー…絵里ちゃん…」
「…ん」
れいなが声をひねり出すと絵里も曖昧な返事をする。いつもの絵里だ。おとなしい静かな表情。
やっぱりいつもどおりだうむ。
「きのうは…」
「ん?」
その返事まで曖昧ないつもどおり。
「ん。いやいや、えっと、それじゃ元気で、いろいろ頑張ってねいろいろ」
「うん」
「あたしはこう、ますますてっぺんまで?」
「はあ」
「だからってそっちは焦って無理せずにだね、ん」
- 266 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 02:00
-
よくわからないことを口にしてひらひら手を振り、じゃあねと――
「れいなさあ」
「?」
くっきり呼びかけられてぽかんとした瞬間。
首の後ろにぎゅっと感触を感じた。
正面の絵里にぐんっと引き寄せられた。
(!!!!!!)
れいなの首筋を鷲づかみして、きのうの絵里がすぐ前にいる。
真っ黒いキツネ目が“きゅーっ”と笑顔になった。妖しいほどに強く深く。
ぞくっ。
「早く彼氏作りなよ?」
「?!」
「ウソ彼氏じゃなくてさ」
「っっ……!!」
ふっと首が自由になった。
絵里はもう電線を見上げてスズメを数えている。はにかんだ笑みのようにそれはそれは可愛らしくきれいな表情で、めんどくさそうにスズメを勘定している。なんて控えめでおとなしい女の子でしょうこの子は。
- 267 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 02:01
-
いまは夜じゃなくて上にお日様があるから、れいなはようやく声をひねり出した。
「あ…」
「……」
「じゃね絵里ちゃん」
「ん」
「またね〜〜」
首筋ザワザワ、膝ガクガク。歯ガチガチ。
もろもろをなんとか隠してもしくは隠したつもりで、すごい早歩きで去っていった。
くわばらくわばら、とんずら〜。
てけてけ立ち去る中学生。
見送る高校生は、おとなしく静かできれいな表情で『めんどい』と目で言っていた。
思い出したように、くしゃん、とくしゃみした。
むこうをカラスが飛んでいき、むこうでネコがあくびする。朝は平和だ。S市はいつも大丈夫だ。
なべて世はこともなし。めんどい。
- 268 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 02:01
- ◆◇◆
やれやれ。
きっついトラウマを焼印押されたね。ガリチビネコ、この先はたして立ち直れるのやら。
それは本人次第というか、知ったことではないというか。
元気者だから大丈夫じゃないの。わかんないけど。
キツネ目はいつでも強いぞ気をつけろー。
ともかく調子乗ってりゃガツンとやられるんですよ、おわかり?
早い話が、
年上をなめんじゃねーよ。
ってことです。
- 269 名前:「8. Genevieve」 投稿日:2005/03/30(水) 02:03
-
8. Genevieve
−了−
- 270 名前:_ 投稿日:2005/03/30(水) 02:04
-
…………
- 271 名前:和泉俊啓 投稿日:2005/03/30(水) 02:05
-
>>234 名無飼育さん
「Let's Pretend」は「Wisdom Chain」と同時期に書きかけてたんですが一年もかかって驚きました。三人らしいとおっしゃっていただけて嬉しいです。
>>235 名無飼育さん
メール欄が「age」になってますけど、「sage」としなくてはいけません。半角小文字ですよ。
>>235 名無飼育さん
どうも。
>>238 名無飼育さん
読んでくださってありがとうございます。お待たせしました。
ではまた。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/30(水) 15:38
- 今度はれなえりできたかーっ!
なんか予感がしてたんだよなぁ、覗いて正解(笑
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/30(水) 21:32
- ochi
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/31(木) 23:15
- わはははー♪
作者さん、グッジョブです♪
いくら強がっても、年上には勝てませんね。(w
さて、三人が揃う時は来るんでしょうか?
今後も楽しみにしてます♪
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/02(木) 20:14
- 待ってます
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 21:56
- 待ってます
- 277 名前:和泉俊啓 投稿日:2005/08/22(月) 06:28
- 続けさせてください。すみません。
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/24(木) 09:35
- 大丈夫?
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/25(金) 00:15
- 大丈夫ですか?
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/25(金) 00:15
- sage・・・失礼
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:23
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 282 名前:和泉俊啓 投稿日:2006/02/13(月) 07:35
- 書いてます。大変申し訳ありませんが残して置いてください。すみません。
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/16(木) 15:13
- 待ってますよ
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/13(木) 10:54
- うむ・・・
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/11(金) 21:30
- このスレもついに倉庫行きか
また書く気になったらスレ立てがんばってください>作者さん
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