MY:ペースライフ

1 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:38
ごまっとうとかメロンさんとか中心にて。
更新は大分不定期になるかと思いますが、よろしくです。
2 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:40
「お腹……痛い」

彼女が長い栗色の髪を床につけてそう呟いたのは、ごまっとうの練習中の時だった。

慌てて駆け寄って顔色を覗き込んでみると、どこか土気色をした表情をしていて。
生憎、いつもは腕を組み厳しく様子を見ている先生も、タイミングを図ったように此所にはおらず。

いつもは決して感じさせなくとも、こういう時には出てしまうのが年の差で、
一番年下で一番先輩の亜弥ちゃんはおろおろと取り乱すばかり。

一番後輩でも一応年上の美貴としては、こういう時にしっかりしなくてはどうにも面目が立たない。
取り合えず辺りを見回し声をかけれそうなスタッフがいない事を確かめてから、
片方の肩を腕で支えて、力の入らない長い足を立たせた。


とにかく、誰か人のいる場所につれていかないといけない。
3 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:43
そう考えて、相変わらずうろうろと辺りを動き回るばかりの亜弥ちゃんに
「亜弥ちゃんはここで待ってて」と強く一言残してから、扉を開けて部屋を出た。


いつもはメガホンや台本を持ったスタッフ達が動き回っている廊下も、今日にかぎって人気が無い。

--------なんだってこういう時に!

少し苛々したように眉根を寄せたが、正月シーズンがまだ終わっていない事が分からない訳じゃない。
流石に収録の邪魔をしてまで乗り込むのは不味いだろう。
あちらこちらからマイクを通した機械的な声が小さく響く廊下を足早に通り過ぎて、取り合えず息のつけそうな場所を探した。

忙しく目を動かしながらほぼ小走りで歩いていると、すぐ横から苦しそうな呻き声が聞こえて、
すぐに足を回すスピードを落とす。

「……ごめんごっちん、痛かった?」
「ん…大丈夫」
4 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:44
そう小さく声に出しながらも、掴んでいない方の腕で自らの腹部を抑えている様は何だか痛々しくて、
無駄に焦った気持ちを抱きながら何とか腰掛けられそうな椅子を見つけた。

成るべく体に響かないよう、そろそろと足音を忍ばせて椅子に近寄りながら、
ごっちんの肩を支えていた腕をぐるりと大きく回して、座らせる。

頭の位置が少しだけ低くなった彼女の顔を、しゃがみ込むようにしてもう一度覗き込むと、
相変わらず表情は辛そうで、ついこちらも釣られるように顔をしかめた。

「ごめん、ミキティ……」
「へ?」

何に対しての謝罪なのか素早く思考を巡らせてみるが、これといって思い当たる事はなく。
5 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:45
もしや先程の顔を歪ませた事が、迷惑だったんじゃと余計な気遣いをさせたのではないかと
慌てて両手を横に振った。

「大丈夫だって!あれじゃん、体調崩した時はお互い様でしょ!」
「……」

自分の無駄に大きな声が耳に届いて、取り繕った感が漂うその声に内心苦い思いをしながら、
目の前で顔を伏せたまま気分が悪そうに頭を小さく横に振るごっちんに目を止める。

すぐに視線を離し顔を左右に回して、やはり誰も人が通らない事を確かめてから、
Tシャツにジーパンという楽な練習着だったので、構う事もせずに床にしゃがみ込んで視線をしっかりと合わせた。

目が合った事の気まずさもあったのか少しの沈黙を挟んでから、ごっちんが苦しそうに口を開く。

「昨日……ごめん」
6 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:46
出て来た"昨日"というキーワードに、やっと何の謝罪だったのかに思い当たる。

……そういえば、昨日喧嘩したんだっけ。

喧嘩は大方がその原因は些細な事で始まると聞いた事があるが、正にその通りで。
性格が細かい事は気にしないものになっている美貴としては、喧嘩したことさえ忘れかけていたのに。

そう言われてみれば、朝はいつも通りに手を上げて挨拶しても、気まずそうに目を逸らされたような気がする。

「……ごっちん、まだそんな事気にしてたの?」
「な、そんな事って!」
「や、ごめんごめん、そういえば美貴とごっちんって喧嘩してたんだっけぇ」

あはは、と笑って誤魔化してみるけど、信じ難いものでも見るようなごっちんの視線は逸らされない。

しばらく作り笑いで笑いつづけてみるけど、心無しかむっとしたような表情になっていくごっちんに、はっとして笑いを止めた。
7 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:48
「……えーと、後藤さん、もしかして、怒ってます?」
「………怒ってません」
「え、えぇー、ちょっとごめんって!凄い怒ってるじゃん、実は!」
「…怒ってませんから」

挙げ句の果てに、ぷいっと顔を逸らされてしまった。
拷問のような視線も結果的には逸れた訳だけど、どうやら今度は機嫌を損ねてしまったらしい。

慌てて取り繕うと、意味もなく身ぶり手ぶりで言葉をかける。

「ご、ごめんなさい!ごめんってごっちん!」
「……だから、怒ってないから」

そんな事言われても、声がかなり怒ってるみたいですが、後藤さん。
8 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/02(金) 15:54
次に出す上手い言葉が見つからなくて、思わず困ったように眉根を寄せる。

そんな美貴の顔をしばらくじっと見ていたごっちんは、間を置かず唐突に片腕で脇腹を抑え、
辛そうな表情のまま体を前のめりに倒して、低く唸った。

「えっ、ちょっ……ごっちん!?」
「……お腹…痛い」
「わ、そ、そうだよね!どうしよ、誰も来ないよ〜…」

それどころか、どこのスタジオも収録を終わる気配さえ見せない。
こんな事なら亜弥ちゃんと一緒に部屋で待っていた方がよかった、と今さらながら後悔してみるが、
苦しげな声を出すごっちんをまた部屋まで歩かせるのも気持ちが阻んだ。

取り合えず子供の頃、よく親にやってもらったようにごっちんの背中を優しく撫でてみる。

しばらくそのまま撫でていると少しだけ表情が和らいだが、やはり一向に痛みは収まる気配を見せないらしい。

「……あー、こんな時どうしたらいいんだろぉ」
9 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/03(土) 16:22
ごまっとう好きなんで楽しみです。
10 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:36
元々体は丈夫にできている方だ。
唐突に襲われる頭痛もなければ腹痛だってない。勿論襲われる事もなければ対処法を知る訳がない。
年上の美貴がしっかりしなきゃと思い出てきたものの、先程からから回ってばかりで。
なんだか情けない感覚が襲って来て、思わずため息をつく。

誰か呼びに行けば収まりそうなものだが、苦しそうなごっちんを1人にしておくのも気が引けた。
やはり亜弥ちゃんを連れてくるべきだったのかもしれない。
部屋の中で、いつまでたっても戻ってこない美貴達を心配している頃だろう、ちょこまかと居場所がないように動き回る姿が容易に想像がついて。

「……ミキティ」

うー、と意味もなく呟きながら辺りを見回していると、ぽつりとごっちんの小さな呼びかけが聞こえて、慌てて体ごと振り向く。

「ん?どした?何か欲しいものとか、ある?」

我ながら疑問符がつきすぎだよ、と自分に突っ込んでみる。
11 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:37
自身の気が動転している自覚を持ちながらも、それを押さえる事が出来ない。
もしお腹の重大な病気とかだったらどうしよう、と段々思考もネガティブな方向へ突っ走って行く。梨華ちゃんじゃないのに。

少し沈黙を置いて、苦しそうな吐息に挟んでごっちんの途切れ途切れな声が聞こえた。

「……や、ミキティ…横に、なって…いいかな」
「え?あ、うん。もちろん!あ、美貴が膝枕とかした方がいい?」

眉を寄せて息をつくごっちんの首が微かに縦に振られたのを見て、素早く隣に腰掛け、ごっちんの頭をできる限りで後ろに優しく倒した。

はぁ、と一際大きな息を吐いたごっちんの額に右手を当て、うっすらと開かれた瞼を、左手で軽く撫でる。
いつも涼しげな顔を、痛みに歪ませるその様子がいたたまれなくて。
何かできる事はないかと、助ける事はできないかと切実に感じた。

「ごっちん……美貴が出来る事があったら、なんでも言ってね」
12 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:37
「……何でも?」

その声に、突然ぱちりとごっちんの鳶色の目が開き、慌てて瞼を撫でていた左手を退けた。
唐突にごっちんを取り巻く雰囲気が変わった事に少したじろいで身を引きながらも、答えを促す。

「う、うん、なんでも聞くから。なんか、欲しいものある?」
「……ほんとに、何でもいいの?」
「いいよ、遠慮しないで。何でもいって?」

お腹が痛い時って、どうしたらいいんだっけ。
経験が少ない病気に倒れた時の処置法を、必死に頭の中で記憶の糸を辿りつつ、
真下から見上げてくるごっちんの目に少し目眩を覚えながらも、
声を出すのも辛いかもしれないと、なるべく唇の動きを見落とさないようにしっかりと彼女の顔を見つめた。

間を置いて、つ、と彼女の唇が、美貴の膝の上で音もなく動き。
13 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:38
「…ミキティが、欲しいな」





「…………ん?」
14 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:39
小さな尻上がりの声から、長い沈黙を挟んで。


「……はぁ?!」


もう一度、改めて驚く。

ひょっこり、と何ごともなかったかのように膝の上から上半身を起こしたごっちんはといえば、
これ以上ないくらいの笑顔を顔に浮かべていて。

その顔を凝視しながら、ある嫌な考えが頭の隅を過った。



まさか。


そんな、バカな。

15 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:39
疑うわけじゃないけれど、疑わずにはいられない。
ぐるぐると思考が回って交差する混雑した頭の中を整理しようと、小さく深呼吸をしようとするのに。
目の前にすらりと立った彼女はといえば、お得意の不適な笑顔でにまにまとこちらを見るばかり。

先程まで腹痛で苦しんでいた辛そうな表情は、綺麗さっぱりどこにもない。


「何でも、いいんだもんねぇ?」


緩んだままの口元が告げたその声に、全てを物語れたような気がした。


「っ……なっ……なっ……!!」


驚き過ぎて、まともな言葉にもならない。
口を酸素が足りない魚のようにぱくぱくと開け閉めをくり返すと、
ごっちんが益々笑みを意味深に深めた。
16 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:40
間違いない。

お笑いの決め台詞じゃないけど、なんとか結論に辿り着いた美貴の頭は、たった一言そう告げた。

「あ、あんた……美貴を、騙して……!」

やっと口をついて出て来た掠れた声が、信じられないという美貴の内心をそのまま物語る。
それに気づいているだろうに、目の前の彼女は悪気もないのか、けろりと立ってにやにや笑うばかり。

「騙したなんて、そんな人聞きの悪い。ただ喧嘩の仲直りのきっかけが欲しくてさ、
ちょーっとまっつーに席を外して貰おうと思っただけなんだけど」
「なっ、なら!なら2人になった時にそう言えばいいじゃん!」
「だって、ミキティ全然気にしてなかったみたいだし。なんかすっごい優しかったし?」
「……じゃ、さっきの膝枕……!」
「んあ、凄いやーらかかった」
17 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:42
そこまであっさりと告げられると怒声の声も出ない。
頭に血が昇ってしまったのか、真っ赤になった美貴の顔を見てごっちんは
「ミキティ、かわいー」と一言、明るく笑った。

はっとその声で頬の熱さを自覚して、慌てて両手で染まった頬を覆い隠す。

それまで時間を置かず開け閉めしていた口が、今度は開いたまま塞がらない。
ぱちぱちと素早い瞬きをくり返しながら、目の前の人物を思わずまじまじ見つめてしまう。

にひひと声に出してまた笑ったごっちんは、不意に目を細めて辺りに人気がない事を確認してから、とん、とすっかり硬直してしまった美貴の肩を強く押した。

「へ?」

訳も分からずそのまま倒れ込んだ美貴の目に、ドアップで映る、ごっちんの嬉しそうな顔。
18 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:44
「何でも、いいんだもんねぇ?」

-------確認するように微笑まれては、上手い言い訳が何も言えないじゃないか。

今日の夜、電話待っています、と耳もとで冗談めかして呟いた後、
これは予約だ、といわんばかりに首筋に強く唇を押しつけられた。


あまりにも突然な展開に、ただただきょとんとするしかない美貴に軽く苦笑しながら強く手を引かれ、
2人で一緒に椅子から立ち上がる。

すぐ横に立つ、同じような高さにある顔に何か言おうと顔を向けて口を開くのだけれど、
結局何も言えないままに終わってしまって。

「嘘ついてごめんね、ミキティ」
19 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:44
変わりに向こうから告げられた謝罪の言葉を、何も考えられず、
かくかくと壊れたからくり人形のように首を縦に動かして受け入れた。

よかった、ミキティ怒ってるのかと思った、と心底安心したように笑ったごっちんに軽く手を握られて、
亜弥ちゃんが待つ部屋へと2人並んで歩く。

練習の始まる前の少し疲れたような表情とは全く違う、にこやかなその顔に目を向けながら、
誰に聞いてもらうでもなく、自分の心内だけで、呟いた。
20 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:45



で、本当に私は頂かれちゃうんですか?



21 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/03(土) 18:48
取り合えずごまみき終了。
今更タイトルつけ忘れに気づいてみるけど……気にしないで下さいw

>>9
( ´ Д `)人从‘ 。‘从 人川VvV从 <いいですよね!
その期待に答えられるかは定かではありませんが、頑張ります……。
22 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/03(土) 20:48
なるほど…策士だねごっちむ。
好きでですよこういう話。作者さんがんがって!
23 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/04(日) 18:27
こんな小説待っていた!
頼みますよ、って何を
24 名前:*安らかに僕は眠る 投稿日:2004/01/05(月) 00:05
「眠たい」
「…寝たら?」
「眠くない」
「どっちなのよ」
「……眠いけど…寝たくない」

だって、折角マサオの隣なのに、勿体無いじゃん。



全く持って、困った。


一体全体、なんて可愛い事をいってくれるんだろう。


25 名前:*安らかに僕は眠る 投稿日:2004/01/05(月) 00:15
思わずにやけてしまった頬を慌てて引き締めて、右隣の座席に腰掛けたまま前に上半身を傾けた瞳を、
気づかれないように一瞥する。
相当眠いんだろうか、うっすらとしか開かれていないその目が合う事はなかったけれど、
なんだか彼女を覆う眠気独特のまったりとした雰囲気が、薄い雑誌をめくるこちらにまで移って来て、一つ小さく欠伸をした。
ふわ、と押さえる事のない小さく漏れた声でそれを自覚して、すぐに口を閉じる。

流石に、私まで寝るわけにはいかない。

後ろの列で肩を寄せあい、密着したまま微笑ましく眠るめぐみとあゆみを起こさないように目を細めて、
ううん、と天高く伸びをした。
肩を降ろし、ほっと息をついてまた横を見ると、隣の彼女もどうやら限界だったようだ。
くー、と小さな呼吸音が耳に届いて、苦笑する。
26 名前:*安らかに僕は眠る 投稿日:2004/01/05(月) 00:16
「皆、疲れてるもんね」

テンポよく揺れ動く車内の中で、眠るなと言う方が無理なのかもしれない。

石でも転がっていたのだろうか、車が一際大きく跳ねて、金色から茶に染め直した髪が肩に寄り掛かってきた。
甘い香りが鼻孔をくすぐるけれど、なんとか堪えてそちらに意識が行かないよう、雑誌に目線を固定する。


……あ、バニラの香り。



27 名前:*安らかに僕は眠る 投稿日:2004/01/05(月) 00:16
「……って、おい」

意識が行かないよう正した瞬間、しっかり匂い分析してどうする。

自分に突っ込みながら、内心の動揺を隠すように忙しく指を動かして、興味の涌くページをめくる。


ファッション誌だけでなく、雑誌や本を見れば大抵熱中して、周りが見えなくなる方なんだけど。
どうにも、今日は意識が逸れ易い。
指だけは几帳面に動くけど、頭の中はほら、今もこうして無駄な事を考えてる。


そして、その間も。
隣から聞こえる安らかに眠る寝息は、けして耳から離れる事はなくて。
28 名前:*安らかに僕は眠る 投稿日:2004/01/05(月) 00:17
……ああ、もう。

ぱたん、とわざと小さく鳴らして雑誌を閉じる。
しっかりしろ、私。マサオ。大谷雅恵。
ぶつぶつと3人を起こさないよう、小声で精神を集中させる。


「…よし」


両手を合わせて合掌の形をつくり、その上に額を乗せるようにして。
今度こそ、と顔を上げつつ雑誌をまた手に取り、開く。
そのまましばらく視線を固定して、文体を追ってみるけれど。
29 名前:*安らかに僕は眠る 投稿日:2004/01/05(月) 00:18
黄色のパーカーが可愛いだとか、今度村っちと買いに行こうだとか。

いつもなら絶えまなく浮かんでくるどうでもいい考えが、今日はやはり全く浮かばない。

「うー…………」


香るのは、バニラの香り。
ちらりとすぐ隣の顔を見て、今度は唸り声を少し出しながら、ため息をついた。


いいや、寝よう、寝ちまおう。
私も皆と同じ仕事をこなして来てるんだ、特別に意識はないけど、疲れてるのかもしれない。
30 名前:*安らかに僕は眠る 投稿日:2004/01/05(月) 00:19
雑誌をまた置いて、目を閉じる。
耳もとの小さい呼吸と鼻をくすぐる甘い香りは、眠ろうとする意識をやはり、大幅に逸らしてくれたけれど。


「……おやすみ、ひとみん」


それなのに、安心して眠れるような気がするのはなんでだろう。
31 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/05(月) 00:21
休暇中に成るべく更新しようというのが少しバレ気味。

>>22
策士ですね!wわーありがとうございます。頑張ります。
>>23
1人ツッコミありがとうw
32 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/06(火) 22:00
斉大GJ!
33 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/11(日) 23:46
>>32
( `_´)/<あなたがGJ!

更新。えーと、川σ_σ||と( ‐ Δ‐)でアンリアルです。
34 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:48

ただ、ぼんやりと居場所がないように空を見上げて。


空は、青いなぁなんて。

35 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:48
空は、青いなぁなんて。

好きでもなんでもない歌手が音楽番組で言っていた、
何と無しに安っぽい詩的な雰囲気の漂う言葉を、そのまま頭の中で思ってみる。
元々白で統一されていたものが、すっかり灰色に汚れたタイルを足でゆっくりと踏み締めて、
意識をはっきりとさせないままに道を歩いた。

あたしは、何がしたいんだろう。

すれ違う人々の顔を一々ちらりと眺めながら、はぁ、と思わずため息をつく。
最後に目にした男が、自分の顔を見てからため息をつかれたので不愉快そうに眉を顰めたが、
それすら気にはならなくて、そのままゆっくりと歩き続けた。

何だか、疲れた。
何に?と問われても、具体的には説明できないけれど。とにかく、疲れた。
五月蝿いくらいのエンジン音をたてて横の大通りを通り過ぎて行ったバイクの背中を見て、
そっと目を、いつもより一瞬だけ長く瞑った。
36 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:49
「ねぇ、ちょっと」

突然すぐ傍から聞こえた声に、瞑っていた目を自然にゆっくりと開いた。
瞬間眩しい日の光が伸びた前髪の隙間から入り込んで来て、思わず目を細めると、
本のような厚さの雑誌がそっと目の前に差し出される。

丁度影を作るように差し出されたそれは、自分で握れと言わんばかりに軽く上下に揺れていて。
慌てて下げていた両手でその雑誌を掴み、鼻の頭まで影を作った場所をしっかりと固定しながら、
やっと声の主と思われる人物を目に止めた。

「……」

何やら手元の物を弄っていた相手の視線が上がり、同時にばっちりと目が合って、小さく顎を引く。
それに気がついたのか、ほんの少しだけ苦笑したその人は、
舌ったらずな声とはかなりのギャップがある容姿をしていた。率直に言うと、涼しげな美人だった。
37 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:50
「ねぇ、今ちょっと時間あるかなぁ?」

その美人を目の前にしてしばらくぽかん、と惚けていると、
再度滑舌の悪い声が掛かって、思わず素の声で返してしまう。

「え」
「五分くらいあれば充分なんだけど」

自らからみれば後悔以外、何も残らないその声をものともせずに、
にこりと微笑みながら目の前に大きく広げた手の平を出されて、目をぱちくりと瞬かせる。

一瞬思いきり疑問を浮かべた顔を見られてしまったのか、少々間を置いてからぷらぷらとその手が横に振られて、
「五分」
という付け足された声にああ、と思わず照れ笑いを浮かべて、照れの残る声を出した。
38 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:51
「それくらいなら、いいですけど」
「あ、ほんと?それはよかったぁ」

見かけにはよらずよく人がいいと言われる性格で二つ返事に了承してしまってから、
何をさせられるのかという不安が突如襲って来て、少しだけ後悔した。

でも、まぁ。

少なくとも鼻歌混じりに、すぐそこだからついて来て、と前を歩く美人は悪い人間ではなさそうだ。
そんなに厄介な頼み事ではないだろう、と自分の中だけで決めつけながら、素直に歩いてついて行く。
39 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:51

前の細い背中を見失わないように歩きながら、またぼんやりと空を見上げた。


ああ、やっぱり、空は青いや。

40 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:52
「……空、好きなの?」

前で突然かかった声に、はっと我に返った。
慌てて仰いでいた顔を降ろすと、見えたのは変わらない背中。
何で分かったんだろうと内心動機を速めながら、いつの間にか少しだけ開いた距離を小走りで追い付いた。

すぐ隣に追い付きざまに、問いへの答えを返す。

「まぁ、嫌いじゃ、ないです」
「あはは、じゃあ好きでもないんだ」
「……まぁ」

からからと思ったよりも快活に笑われて、少し口を尖らせた。
すると笑いが潜めたようにくぐもって、隣に視線を向けると、赤縁の眼鏡のレンズを挟んでまた目が絡む。

合った瞬間またくすりと小さく笑われてたので、そう変な答えではなかった筈なのに
何だか恥ずかしく思えて来て。
思わずさっと顔を背けた。
41 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:52
背けたままでも後ろの表情が笑んだままなのが分かり、それならばと向きは変えないまま問い返す。

「あなたは、好きなんですか?」
「ん?」
「空」
「……あー…好きだよ」
「へぇ」

空なんかの、表情の無い物の何処がいいんだろう。
思わず空気を溜めたような声を返すと、相変わらずにこにこと表情を崩さないまま
だって、とこれから言い訳を始めるかのような接続詞を呟かれて、背けていた顔を戻す。

「綺麗じゃん、空」

そうかな。
その声は口に出さずに、唇の形だけに終わった。

いつだって見上げたら、青ばかり。
最初は綺麗だ、と思いながら見始めても、幾日も見上げているその鮮やかな色は、もう見飽きた。
42 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:53
結局答えを求めたのはこちらの筈なのに、その答えに無言で返す形に終わってしまって、
それでも何も言わない隣の人をちらりと盗み見る。

予想外の真剣な横顔になんだか良心を痛めながら歩いていると、ふと隣の足が止まった。
それに習うように足を止めると、足下の広がったブルーシートに散らばる道具を座り込んで大雑把に掻き集めながら、
目線だけで公園のベンチを示した。

「あ、あそこ座ってくれる?」
「え?」

少し沈黙を挟んでから、思わず座るんですか、と聞き返すと、そうだよ、と笑顔で返って来て、首を傾げた。

取り合えずは言われた通りにその場所に歩み寄り軽く腰掛けると、細い鉛筆を目の前に差し出しながら
うーん、もうちょっと右かなぁ、なんて呟く声が聞こえたので、慌てて指示通りに腰を浮かせる。

「うん、そんなもん」
「はぁ……」
43 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:53
OKを貰ったのはいいのだけれど、で、結局何をするんですか。

また首を傾げると、掻き集めた事で山積みになった道具の中から本と消ゴムを取り出して、
折り畳み式の椅子を広げた。

そこに深く腰掛けて、何の前置きも無くじっとそんなに離れていない場所から顔を見つめられる。
流石にそのような行為をされるのには慣れていない。
照れが混じってまた顎を引くと、動かないで、という意志の籠った声がすぐに飛んで来たので、思わず身を硬直させた。

真っ昼間な割には寂れてきてしまっているのか誰も通らない公園で、しゃかしゃかと軽く紙の上を
鉛筆が滑る音が聞こえる。

よほど集中しているのか、時々目を上げてはじっとこちらを見つめ、それから紙の上で鉛筆を動かした。
44 名前:またあした 投稿日:2004/01/11(日) 23:55
流石にここまで来ると、何をやらされているのかやっと理解できて、やはり身体は動かせない。

-------似顔絵のモデルなんて、初めてやらされた。

こっそりとスケッチブックらしき厚みの物を上から覗きこんで、思った。

小さい頃は何かと大人ぶって、似顔絵描きの真ん前になんて座っていられなくて。
同じ年頃の子が、さらさらと仕上げてくれる似顔絵を両手に抱えて喜んでいるのをただ
見ているだけだった。
顔をあんなに長い時間見つめられて、それで出てくるのが自分の顔の絵、一枚。
あの時は、何がそんなに嬉しいもんなのか、と感じていたもんだけれど。

幼心に無理をしていたのかもしれないなぁ、と今更そう思い直してみる。
前から真直ぐに見つめてくる似顔絵描きの鳶色の目に、そっと目を細めた。

真っ白だった小さな紙に、はっきりと自分の面影が吸い取られた所で、素早く仕事を終えた鉛筆は地面に置かれた。

次に筆の形をしたペンを取り出して、強弱を付けながらそれを上からなぞって行く。

45 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:27
その作業でやっと余裕が出来たのか、下書きの段階よりもこまめに顔を上げながら、
腕元の時計をちらりと見て、あ、と小さく声を漏らしてから顔を顰めた。
そろりと上から覗きこんで、その時計の秒針がぴたりと止まってしまっているのを確認しながら
さり気なく手元の携帯を覗いて、読み上げる。

「四時ですよ、四時十五分です」
「あ、ありがとぉ」

えへへ、と照れたのか、はにかんで幼く笑ったので、へら、と口元を緩めて笑い返してみる。

なんだか、年上なんだろうけど、年上には思えない人だ。

ぐっと線を引っ張っている腕元に視線をやりながら、硬直していた身体がやっと解れて来たので、
そっと身を屈め、膝に肱をついた。

また似顔絵描きは作業に熱中しているのか、しばらく無言の空気が流れたけれど、
そんなに気まずい雰囲気ではなかったので、特に話題を探す事もせずに前で俯いて作業する姿を見つめてみる。
46 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:27
その視線に気がついたからなのかは分からないけれど、ふと顔を伏せたまま、
前に垂れた髪に隠れるような口元が開かれたのが見えて、耳をすませた。

「さっきの話の続きだけど」
「?…座る位置の話ですか?」
「え?…あー、違う違う、空の話」
「……あぁ」
「あれねぇ、君が何で空が好きじゃないのか考えてたんだけど」
「そんな事考えてたんですか」
「だって、大概は皆好きだっていうじゃない」
「……まぁ、そうですね」
「だから、是非その理由を教えて欲しいと思って」
「……」
「答えがねぇ、いくら考えても分かんなかったのよ」
「…はぁ」
「…理由、教えてくれるかな?」
「……そんなに、期待するような内容じゃあないですよ」
「それでも、参考までに」
「……」

一度きゅっと力強く瞬いてから、手元の作業から目を離さないままの似顔絵描きをじっと見た。
何でそんな事が知りたいんだろう。
好奇心が旺盛というか、何と言うか。そんな事を問われたのは初めてだ。
47 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:28
よっぽどこの時は不思議そうな顔をしていたんだろう、
いつまでたっても返ってこない返事に顔を上げた似顔絵描きは、一度可笑しそうに目元を緩めてから、
答えを促すように顎を軽く上げた。

それに慌てて頭の中で先程考えていた答えを探して、さっと浮かんだ正答を口に出す。

「…顔が、ないから」
「顔?」
「顔が、ない。表情がないじゃないですか、空って。いつ見ても青ばっかりで」

だから、面白くないでしょ?

目を細めてそう言うと、前の顔が聞いてすぐにきょとんとしたので、
何か変な事でも言ったのかと手の平で口元を隠した。

しばらく目をぱちぱちと開いたり閉じたりを繰り返した似顔絵描きは、ううん、と
一度頭を捻る仕種をして見せてから、それから止まっていた手元の作業を再開させる。

「……なんか、あたし変な事でも言いました?」
48 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:28
その様子に我慢が出来なくてそう問うと、前の顔は一瞬弁解するように軽く笑ってから、
手を横に振り、その割にはじっと空を眺めてたから、と付け足した。

その言葉に、ああ、と心の中だけで手を叩く。

あれは、空が好きだという感情から成り立つ行動には程遠い。
ただ、青一色が変わらないかと、違う表情を見せやしないかと、
たまに外出をする時にはああして仰いで見るだけで。

「別に、特に意味はないんですけど」

とこちらも付け足すように返すと、前の顔は少し間を置いてから、
筆でなぞる作業を止めて既に消ゴムをかけだしていた手元をふと止め、ゆっくりと顔を上げた。
眼鏡がその拍子にずり落ちそうになったので、慌てて鼻の頭に引っ掛かったそれを、
フレームを掴んで持ち上げながら、また苦笑して見せる前の顔。

「そりゃ、まだまだ観察が足りないね」
「…え?」
「だって、ほら。空って結構色んな顔を見せてくれるもんだよ?」
49 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:29
その声に口元をきゅっと結ぶと、にこりとした微笑みが返って来て、ぐっと歯と歯を噛み合わせた。
サイズが合ってないんだろう、ずれやすい眼鏡を結局外してポケットにしまう事にしたらしい。
それによってレンズを挟まずにばっちりと合った目線を、誘導するように、見てごらん、と口元が雰囲気だけで告げた。

それに習うと、いつの間に日が沈んでしまっていたんだろう。

高い声で鳴く鳥が木々の間から飛び去って、その後に残っていた空の顔、それを見て、
思わずため息が漏れた。
50 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:29
「さて、問題です。今空は、何色でしょうか」
「……」


「……赤」




---------ああ、顔が変わった。
51 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:30
それは、今まで本心を見せようとしなかった空が、いきなり内面を暴いたような、見事に鮮やかな色だった。

君がいつも見つめてるから、遂に照れちゃったんだねぇ、なんて冗談めかしていう似顔絵描きに、
たっぷり時間を置いて視線を向けると、いつの間に消ゴムをかけたのか、仕上がった紙が前に突き出される。

「君、名前は?」
「……柴田、あゆみ」
「じゃ、柴田君ねぇー」

歯を見せて薄く笑っている絵の上に少しだけ空いたスペースに、
大きいとも小さいとも言えないサイズで柴田君へ、と丸い字で書き込まれた。

ほい、という可笑しな声と一緒に差し出された絵の描かれた紙を受け取って、改めてそれをじっと見つめてみる。

「どう、似てるでしょ。やぁ、被写体がいいと絵も描き易いもんだねぇ」
「……」
「……何、どっか変?」
「……こんなに、前歯でてない」
「あら、それはごめんなさい」
52 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:30
筆ペンでは残念ながら修正はききませんわね、と明らかに可笑しな口調で一気に巻くしててから、
広げたばかりの椅子を畳んで、引き上げ時だと言わんばかりにさっさと散らばった物を鞄に詰め込んで行く。

その様子を少し見つめていると、不意にくるりと振り返って似顔絵描きが柔らかく微笑んで、

「また、明日も来るといいよ。いつも此所で描いてるから」

偶然出会った似顔絵描きの所に?

ここ誰も来ないんだよね、なんて呟いてから振り返った顔を戻し、
帰り仕度を続ける彼女の背を見ながら、ふと浮かんだ疑問は喉元で飲み込んだ。
全てを鞄に詰め込んで、今度は体ごと振り返った似顔絵描きが、公園の大きな時計を見上げて自慢げに指でVサインを作ってみせる。

「ほら、五分ちょっきし」
「……はは」

何を言うのかと思ってみれば、告げられた声に薄く笑うと、
最後のブルーシートを胸で畳んで鞄に放り込んだ絵描きがにやりと不適に笑んで、
踵を返して背を向けた。
53 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:31
今にもすたすたと歩き始めそうなその背中に、先程の答えも返していない事に今さら気がついて慌てて口を開く。
開いてから、少し戸惑いの間を空けて、ついに何も言わずに足を上げた似顔絵描きに反応して、やっと声を出した。

「あのっ」
「……うん?」

声に振り返ってくれたのは顔だけだったけれど、手に貰った絵を握りながら、先程上がった足が、降りているのを確認する。
何故だか冬場に似合わず額に汗が滲むのを感じて、できる限りの早口で捲し立てた。

「明日も……明日も、また来ていいですか?」
「……」

不思議そうに癖らしい、また目をぱちぱちと瞬かせてから、ふいに微笑まれた。
だから、来なよっていってるじゃん、なんて優しい返事に、思わず安堵したような笑みを漏らす。

すると何を思ったのかつかつかとすぐ傍まで戻って来て、皺が寄らないように握っていた似顔絵を
さっと奪い取られた。
54 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:31
「あ」
「ごめん、肝心な奴忘れてた」

絵の右下に、これもまた極々小さく空いたスペースに、器用に筆を滑り込ませて、
黒い文字が点々と綴られて行く。
その手慣れた動きで、恐らく本名なんだろう、小さなサインをさらりと書き込み終えてから、
また手元にぎゅっと握らせられた。

「……村田、めぐみ?」

文字が小さすぎて読みにくいけれど、なんとか見えたその丸い文字を、少々どもり気味で読み上げると、
前の頬が嬉しそうにやがてゆるりと緩んだ。
55 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:32



「また、明日ね」



56 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:32
ただ、ただ偶然出会った似顔絵描きの所に?本当に、来ていいの?
率直な疑問は浮かんでも、口に出そうとする事は決してなかった。また喉元で飲み込んだ。

ただ、ただ何故だか嬉しくて。

気がついたら既に大きく頷いてしまっていた後だったけれど、
それを見た前の顔が、また嬉しそうに笑んだので、
それに同意するよう、できる限りで微笑み返した。
57 名前:またあした 投稿日:2004/01/12(月) 00:33


また、明日。

58 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/12(月) 11:40
>>35
>空は、青いなぁなんて。
ミス。読む際は消しといて下さい……申し訳ない。
59 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:35
(〜^◇^〜)<盛り上がって行くぜー!イエー!!
(0^〜^0)<イエー!
川o・-・)<じゃ、棒配りますよ〜
川‘〜‘)||<……カオが王様
(; ´D`)<いいらさん、燃えてるのれす

( *‐ Δ‐)<あ、王様引いちゃった
Σ(〜^◇^〜)<なぬ!
川‘〜‘)||<……
(; ´D`)<い、いいらさん……
川σ_σ||<めぐちゃん、命令しなきゃ
ξξ “ З.“)<村、なるべくやばくないのにしなさいよー!
( *‐ Δ‐)<……んとね、んとね
川‘▽‘)|ドキドキ
( *‐ Δ‐)<7番、コンデンス一気飲みにぇ
Σ川VvV从 <思いっきり体育会系じゃん!7番誰だよ!!
Σ(0^〜^0)<俺じゃないYO!
Σ川VvV从<聞いてねェよ!!
川‘〜‘)||<カオが王様
Σ川VvV从<だから聞いてねぇって!! 
60 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:36
(0゚v゚0)<……あ、わたし、で、す
Σ川;‘▽‘)|<ちょっ、あさみが恐怖の余り硬直しかけてるよ?!
ξξ ;“ З.“)<村、あんたいきなりそれはやばいわよ!何か他のにしなさい他のに!
川σ_σ||<……瞳ちゃん
ξξ ;“ З.“)<……何よ
( ‐ Δ‐)<……王様の命令は?
(〜^◇^〜)人(0^〜^0)人川VvV从人 川σ_σ||<ぜったーい!!
川o・-・)<完璧です!
ξξ ;“ З.“)<この人でなしどもーっ!!
(* 〜^◇^〜)<はいはいはいはい!
(0^〜^0)人川VvV从人 川σ_σ||<一気!一気!一気!一気!
(0゚v゚0)<……
川;‘▽‘)|<あ、あさみ!無理しなくていいんだよ、別に!
ξξ ;“ З.“)<そ、そうよ!一応あたしらアイドルなんだから!
(0゚v゚0)⊃□<……いえ、やります!……えいっ!(ぐいー)
61 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:37
(0゚v゚0)<……
川;‘▽‘)|<……ど、どうなの?
ξξ ;“ З.“)<大丈夫?
(0゚v゚0)<……胸が
(* 〜^◇^〜)<胸が?
(0゚v゚0)<……っ胸が焼けるぅーっ!!やぁー!!(脱兎)
川;‘▽‘)|<……
ξξ ;“ З.“)<……
62 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:38

川o・-・)<あさみさん、脱落、と(カキカキ)
Σ川;VvV从<サバイバルかよ!!

63 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:39
(〜^◇^〜)<王様だーれだ!
(* ‐ Δ‐)/<にぇ
Σ川VvV从<またかよ!
川o・-・)<完璧です!
ξξ ;“ З.“)<……イカサマじゃないでしょうね
川σ_σ||<でも棒配ってるのは紺野ちゃんだから、めぐちゃんにイカサマは無理だよ
川;‘▽‘)|ビクビク
(* ‐ Δ‐)<えとね、んとね
川‘〜‘)||<……カオが王様
(; ´D`)<い、いいらさん……
(* ‐ Δ‐)<2番、今日はずっとギャル語にぇ
Σ(0^〜^0)<!
(〜^◇^〜)<……まさか、よっすぃ?
(0^〜^0;)<……はい、そうです
( ‐ Δ‐)<ギャル語!
Σ(0^〜^0;)<そ、そんな感じかもぉ〜?
ξξ ;“ З.“)<…ああ……男キャラが崩れて行く……
川o・-・)<不憫ですね
川;‘▽‘)|<……
64 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:39
川o・-・)<……吉澤さん、脱落しないんですか?
Σ(0^〜^0;)<してほしいんだ!酷いぞ紺野!
( ‐ Δ‐)<ギャル語…
(0^〜^0;)<だ、脱落してほしいのぉ〜?そんなの超うざいっていうかぁ〜
65 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:40
(〜^◇^〜)<王様だーれだ!
(* ‐ Δ‐)/<にぇ
Σ川VvV从<もういいよ!
川*σ_σ||<めぐちゃんすごーい
ξξ ;“ З.“)<……悪運?
(* ‐ Δ‐)<失敬な!ひとみん、これはむぁたの日頃の行いがいいからだにぇ
川;‘▽‘)|ガタブル
(* ‐ Δ‐)<んとね
(0^〜^0;)<……
(* ‐ Δ‐)<3番、本屋でエロ本買ってきんしゃい
Σ川;VvV从<はぁ?!
Σξξ ;“ З.“)<美貴ちゃん?
川;VvV从<なっばっちょっ!!美貴アイドルだよ?!アイドルにエロ本なんて……!
(* ‐ Δ‐)<……王様の命令は〜?
(〜^◇^〜)人(0^〜^0)人 川σ_σ||<ぜったーい!!
川;VvV从<……
(* ‐ Δ‐)<諦めて行きんしゃい、3番
川;VvV从<……くっ、くそーっ!!(脱兎)
66 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:42
川o・-・)<……藤本さん、脱落、と(カキカキ)
川‘〜‘)||<……ちょっと待って!!
Σ(; ´D`)<い、いいらさん?
(〜^◇^〜)<どしたの、かおり
(0^〜^0)<どうかしたんですか?飯田さ……
(* ‐ Δ‐)じーっ
Σ(0^〜^0;)<て、てゆぅかあ、かおりんまじどうしたって感じィ?
川‘〜‘)||<藤本の変わりに、カオがエロ本買ってくる!
(; ´D`)<……
川σ_σ||<何でまた、いきなり……
川‘〜‘)||<カオ、目立ちたいの
Σ(〜^◇^〜)<そんな理由で!?
川‘〜‘)||<そんなって何よ!カオには分かるの!このゲーム、きっと王様は回ってこないって!!
Σ川;‘▽‘)|<なんか説得力ある……
川‘〜‘)||<このままじゃむらっちの1人勝ちよ!そうはさせるもんですか!
      モーニング娘。リーダー飯田香織!ここにエロ本デビューします!
( ´D`)<いいらさん…
ξξ ;“ З.“)<そこまでして目立ちたいもんなのかしら…
川σ_σ||<みゅん……
67 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:43
(0^〜^0)<かっけー!って感じぃ!
川‘〜‘)||<……ごめんね、のんちゃん。おいてけぼりで
( ´D`)<…のんは1人じゃないのれす。のんもいいらさんと一緒にエロ本デビューするのれす
川‘〜‘)||<のんちゃん……
( ´D`)<……いいらさん
(〜^◇^〜;)<…な、なんだよこの空気!おい、王様、いいのかよそんなの!
(* ‐ Δ‐)/<オッケー
Σξξ ;“ З.“)<軽ッ!!

川o・-・)<藤本さーん、帰って来てくださーい
68 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:43


从*‘ 。‘从 ((( 川;VvV从 (((川o・-・)

69 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:46
(〜^◇^〜)<そして誰もいなくなった……
Σ川;VvV从<矢口さん不吉な事言わないで下さいよ!
川;‘▽‘)|<でも着実に人数減っていってますよね……
(0^〜^0)<これじゃ8WATERって感じぃ?
川o・-・)<…馴れてきましたね、吉澤さん
(0^〜^0;)<……こんなの馴れたくないってゆうかぁ
70 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:47
(〜^◇^〜)<ま、気を取り直していくぞー!王様だーれだ!!
(* ‐ Δ‐)/
(〜^◇^〜)<……お前ちょっとは遠慮しろ!
ξξ ;“ З.“)<村、頼むからあたしにだけは当てないで頂戴
川;‘▽‘)|<斉藤さん…神頼みですよ、これ
川;VvV从<いっその事神隠しにでも会ってこの場から逃げ去りたい…
(* ‐ Δ‐)<えー、んー、じゃ、5番の人
Σ川;σ_σ||ドキッ
Σ( ‐ Δ‐)<……
( ‐ Δ‐)<……5番の人、王様の肩を揉んでくだしゃい
川;σ_σ||<え、あ、はーい(トコトコ)
71 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:48
( ‐ Δ‐)<はーぃ、あいがとうごじゃいましたぁー
川;VvV从<……今ので終わり?
( ‐ Δ‐)<はぃ
Σ(〜^◇^〜)<……こらこらこらこらちょっと待てぇ!!
(0^〜^0;)<明らかに贔屓じゃないすか今の!
( ‐ Δ‐)<ギャル語!
(0^〜^0;)<あきらかにひいきじゃないのっていうかぁ〜!
川o・-・)<……まだおじゃマル弟子への道は遠いですね
ξξ ;“ З.“)<弟子にスカウト狙ってたんだ……
72 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:49
(〜^◇^〜;)<お前、ゲームに私情を挟むな!今まで消えていった奴らが可哀想だろ!
川;VvV从<あさみちゃんなんて未だに帰って来ませんよ!
Σ( ‐ Δ‐)<ひぃきできうのが王様の特権でごじゃいます!
(〜^◇^〜;)<それにしたってなぁ!せめて柴田にだってエロ本買いにいかせろ!カオリと辻の苦労を知れ!
川VvV从<っていうかのんちゃん18歳以下なのにいいんでしょうか
Σ( ‐ Δ‐)<わたしたちの柴田くんにエロ本なんて買いにいかせられません!
川*σ_σ||<めぐちゃん…
(0^〜^0;)<過保護まじウザいっていうかぁ!
(〜^◇^〜;)<柴田だってもう20近いんだぞ!
Σ( ‐ Δ‐)<柴田くんはいつまでも可愛ぃわたしたちの柴田くんです!
川*σ_σ||<……
73 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:49

川;‘▽‘)|<……斉藤さん、今の内に逃げちゃいません?
ξξ ;“ З.“)<……オッケー
74 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:50
\( *`_´)<ひとみーん、むらっちー、しばっちー、撮影終わったぁ?
Σ(0^〜^0)<あっ大谷さん!!丁度いい所に!
( ;`_´)<わ、皆怖い顔してどうしたの?…しばっちだけ顔赤いけど
川*σ_σ||<……何も言わないで
Σ( ;`_´)<?……あ!王様ゲームやってんの!?
川;VvV从<はぁ、まぁ
(〜^◇^〜;)<ほんとにどうなってんだよこれぇ……ブツブツ
( ;`_´)<あー……むらっちと王様ゲームやると、いつまでたっても王様が回ってこないでしょ
Σ(0^〜^0)<やっぱり大谷さんも!?
( ;`_´)<もう二度とやりたくないね。たまたま机の中に入ってた昔のラブレター、皆に暴露されたし
( ‐ Δ‐)<えー、大谷くんにも純粋な頃があったんだにぇ、って感激してただけだお?
Σ( ;`_´)<今だって純粋です!もうトラウマだよ、あれは!ほら、片づけて片づけて(じゃらじゃら)
75 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:51
( ‐ Δ‐)<楽しかったのににぇー、あゆみ?
川*σ_σ||<……うん
川;VvV从<亜弥ちゃんに誘われても、絶対王様ゲームはやらない…
(0^〜^0)<あたしらだってもう充分トラウマだよ……
76 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:52

77 名前:オウサマゲーム 投稿日:2004/01/25(日) 00:54

川*o・-・)<……楽しかった



おわり。
78 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/25(日) 01:00
アヤカさんって斉藤さんに対しての喋り方が分からない。
一応、敬語に、しと、いた。…けど、同い年なんだよなぁ……ううん。
79 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/26(月) 21:19
えーと、アヤカはひとみんと話すときは敬語じゃないですよ。
川‘.▽‘)|<ひとちゃん!
って呼んで、仲良くしていますw
他にもひとちゃんと呼んでいるハロプロメンバーは里田まいさんです。
お役に立てましたら幸いです。
メロン派なので、斉大たのしみにしております。
80 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/26(月) 23:37
>>79
あ、そうなんですか……うわー、ありがとうございます。
今調べてみたらラジオやらで言ってました。調べればよかった……。
里田さんもなんですか。ありがとうございます、凄い役に立ってますw
ラジオもテレビもなんにもやらないうちの地域の所為にして逃げてみよう。
斉大は書く気満々ですw
81 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 20:55
座り込んだままの藤本に腕を伸ばして、赤い花束を差し出された。

その顔が、普段からは想像もつかないくらい余りにも真剣だったので、
思わずこちらも真剣な表情のまま差し出されたものを無言で受け取ると、
先にそんな表情を作ったのは彼女だというのに、やがて堪えきれなくなったようにぶっと藤本が吹き出した。
慌てたように口元のチャックを閉めたのはいいけれど、笑いを堪えるようにぴくぴくと動いている唇の端が
気になって仕方がない。

「……なんだべさ」
「ふぇ?!」
「ふぇ?じゃなくて。なんだい、この笑いたげな口は〜」

花束を片手に持って、空いた利き手でまだ震える頬を横へと引っ張った。
いひゃい、いひゃい、と笑いを堪えすぎたのか涙目で訴える人物をじろりと一瞥してから
手を離すと、
「うっふっふ」
なんて含んだ笑いを漏らされて。本当になんなんだ、と眉を潜めてみると、
そんなに強くは抓っていないはずなのに、やけに赤くなった頬をさすさすと撫でながら、
藤本が座ったままの上目使いで口を開いた。
82 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 20:57
怐uだって、安倍さんの真剣な顔が可笑しいんだも〜ん」
「…藤本、怒るよ?」
「あっは、怒らないで下さいすんません!」

また利き手で横に抓る真似をしてみると、焦ったように両手を横に振って遠慮のポーズを取りながら後ずさりした。
後ろの廊下を通って行くライブ後のメンバーをちらりと横目でみながら、
ここに呼びつけた人物の用件を急かす。今から打ち上げなんだから、そうそう長くは引っ張れないってこと、
藤本だって分かっているだろうに。
釣り上がった猫目をそんな意味を込めてじっと見ると、分かってますよ、とでもいうように、
彼女は座り込んでいた体制から立ち上がって、ズボンについた埃を手で払った。
やっと言ってくれる気になったか。よくからかってくる後輩の態度に安堵したのもつかの間、
「さて、じゃ、行きましょうか安倍さん」
といいながら、さっさと歩き出そうとする足を止めるべく踵を返した藤本の肩をがしりと掴む。
83 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 20:58
「…ちょおっと待った」
「は?」
「いやいや、結局、藤本がなっちをここに呼びつけた用事はなんだったんだい?」
「え……」

一瞬きょとんとした顔、というよりはうさん臭そうな顔をした後、またくるりと体ごと振り返って、
こちらの手の内にすっぽりと収まるぐらいの大きさと重量感のある、赤い花束を指差す。
少しどちらとも沈黙して、それでも訳が分からず疑問符のくっついた顔を上にあげると、
藤本の指が、理解できないあたしに対して、更に花束を二、三度、強く指差した。

「……んん?」
「いや、だからですね、花束ですってば」
「……いや、わかんない」
「だから、花束を渡す為に呼んだんですって」
84 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 20:59
それでもまだ疑問の声をあげると、藤本が一度困ったように天を仰いで、眉を顰めた。
それを見て、もう一度考える。
だって、藤本の花はもう貰ったじゃん。うたばんで。メンバー1人、1本ずつ、言葉と一緒に。
そりゃ、矢口とかみたく泣いてはなかったけど、うるうるっときてたような涙目だったし。
ああ、この子もなっちのこと、愛してくれてたんだなって、変な意味じゃないけど、そう思った。
凄い嬉しかったから、皆の分まとめて家の花瓶に入れてあるんだけど。
手元の花束と、まだ天井を睨んでる藤本とを交互に見て、また首を傾げると、やっと藤本の顔が定位置に
戻ってきて、一度大きくため息をついた。

「プレゼントです」
「……え?」
「や、えってなんですか、えって。美貴からのプレゼントですよ?嬉しくないんですか」
「……いや、嬉しい、けど」
「けどぉ?」
85 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 20:59
正直、卒業おめでとうございます、というメンバー各自のプレゼントはたくさん貰ったけれど。
まだこういう事に馴れていない6期メンバーの分は、期待していなかったし、案の定
中学生三人組からは、誰からも貰っていない。
藤本はどうだろう、と考えてみたことはあったけど、グループには思い入れのなさそうな彼女の事だ。
きっと言葉だけでお別れなんだろうな、と思っていて。

なんだか、意外だ。意外なあまり、余計な「けど」がついてきてしまった。
そんな萎んでしまいそうな小さな一声を、どうやら聞き付けたらしい藤本が、
加入当時から比べてみると、大分見せてくれるようになった子供っぽい顔を一変。
大げさとも言えるくらいに顔を歪めた。
慌てて、「嬉しい!すっごい嬉しい!」と言い直すと、ご機嫌な様子でにっこりと白い歯を見せられたので、
つられて軽く笑った。
86 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:00
「…でも、なんか意外だなぁ。藤本がプレゼント、なんて」
「なんですかー、美貴だってプレゼントぐらいあげますよ、安倍さんにはお世話になったし」
「あれ?なっち藤本のことお世話したっけぇ」
「あー、どっちかっていうと美貴がしましたねぇー安倍さんのお世話」
「なあにぃ!」

ちょっと腕を振り上げてみたけれど、あっはっは、と余りにも悪びれなく藤本が笑うので、
むっとした表情をわざと作って、おかあさーん、なんて呼びかけてみると、一層藤本が豪快に笑った。

……ああ、こらこら、アイドルなのに。

そっと手を伸ばして、ライブの踊りで乱れたのか、くしゃくしゃになった髪の毛を正す。
それに気がついたのか一旦笑うのを止めて、すみません、と照れたようにはにかんだ。

「……ねぇ、安倍さん」
「んー?」

向い合せになって、丁寧に指でコーヒー色をした髪の間を解かして行くと、ふと藤本が甘えた声をあげたので、
柔らかい優しげな声で対応する。
87 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:02
この子は見かけによらず、かなりの末っ子気質なのは確認済だ。
思った通り、嬉しそうに眼を細めながらまた藤本は声を繋げた。

「卒業してもまた、会いに来て下さいね」
「当たり前じゃん、いつでも行くよ?」
「…いつでもですか」
「うん、いつでも飛んでく」
「じゃ、仕事中に来て下さい。安倍さんの仕事ほったらかして」
「……藤本、揚げ足取り」
「あはは」

くつくつと歯を鳴らして笑う、同じくらいのところにある頭を小さな拳骨でこつん、と
こづいてから、ほとんどいつもの状態に戻った髪を撫でて、頬を緩めた。

「…絶対、会いにきて下さいね」
「うん。……なーに、藤本なっちがいなくなるから寂しいんかい?おお、よしよし」
「いや、むしろ安倍さんが美貴がいないと寂しいと思いまして」
「えー、なっちは大丈夫だよぉ、しっかりしてるもん」
「自分で言いますか、フツー」
88 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:03
もう卒業は済んだというのに、明日からは同じ仕事をする事はないというのに、
いつもと全く変わらないやり取りをする自分達がなんだかおかしい。
敢えて言うならば、いつもと違うのは、この胸に抱えた、いい香のする花束だけだろう。
それを抱き締めるように抱え直して、藤本の頭をぽんと叩いた。

「じゃ、打ち上げ。行くかい?」
「……うーん」

あっさりと「はい」という返事が返ってくるのかと思いきや、なにやら渋った様子の藤本に
首を傾げる。
そっと上がった右手の人指し指で、自らのこめかみをぎゅっと強く押すと、
彼女は「最後に一つだけ言わせて下さい」と、もう一度向き直った。

「安倍さん」

最後に、という言葉に少しの衝撃を今さらながら感じながら、それを顔には出さずに藤本の次の言葉を促す。
先程待ち合わせ場所で落合った時と、どこか同じように真剣な顔をした彼女に、くっと何故か喉が鳴った。
89 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:04
「なんだい?」

つられて真剣な顔をするとからかわれるので、いつもの調子で声を返す。
その声が彼女の耳に届いたと思うと、すぐに口を薄く開いて、藤本が言った。

「泣いて下さいよ」

思いも寄らないその一言に、眼を瞬かせる。

「……え?」
思わず聞き返すと、また同じような声質と声色で「泣いて下さい」と繰り返された。
何をいってるんだ、この子はというような眼を藤本に向けると、
やはりまだ真剣な表情のままだった。
どうやら、冗談で言っている訳ではないらしい。

ほんの少し沈黙を置いて。
どう返すか言葉に迷うところだけれど、
どうするか頭が考えるよりも速く、口だけが何故か勝手に動いてしまっていて。
90 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:06
「……なんで?」

無意識に理由を聞き返したあたしに、藤本は落ち着いた口調でこう答えた。

「安倍さんが泣いてくれないと、美貴も泣けないですから」

一度きょとん、として。
その後すぐに、彼女の言葉の意味と、表情のギャップに吹き出しそうになった。
泣きそうな気配なんてこれっぽっちもないのに、よく言うよ。
これもまた無意識に笑った口元を、藤本がちらりと一瞥して、
そのままこちらからの言葉を待つように軽く顎を上げた。

急かされているわけでもないその動作に何故か焦って、口元がまた勝手に声を作り出す。

「変なこと、言うんだね」
「変じゃないですよ」
「あっは、すごい変だよ。藤本、泣きたそうになんか全然してないのに」
「まぁ、別に美貴は泣かなくてもいいんですけどね。自分の卒業まで涙、溜めますから」
「なに、それ」
「今は、安倍さんですよ。今は、安倍さんが卒業する時です」
91 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:07
藤本の言っている意味はよく分からなかったけど、彼女の表情だけは凄く真剣だった。
そんな顔をされると、泣かなきゃいけないのか、とつい考えてしまうけれど、
泣け、と言われても、今まで泣く場所を色んな所で与えてもらっていて、その時に
涙は流した筈だ。あの時の涙は嘘なんかじゃないし、悲しかったし、嬉しかった。

「なっちはもう、いっぱい泣いたよ」

だから、ありのままの本音をそう口にすると、藤本は静かに首を横に振って、
「でも、堪えてた」と唇で告げる。
堪えてたって何を、と聞くと、涙、とよくよく考えてみれば当たり前の言葉が返ってきた。
少し俯いて、記憶を辿ってみる。
色々な歌番組でも、卒業コンサートでも、卒業おめでとう、という言葉を受ける側で。
眼の前で後輩達が泣き崩れていくのを見て、無意識にこう思った。
92 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:08


ああ、あたしは最後までお姉さんでいなければいけないんだから、この子達より先に泣いちゃいけないんだ。

93 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:09
それでも、結局はぼろぼろ涙は溢れて止まらなかったけど。

顔を上げて、藤本の顔を真直ぐ見る。もしかして、この子はずっとそんなあたしを見つめていたんだろうか。
表情だけでそう問うと、薄い苦笑が返ってきて、ああやっぱり、と妙に納得してしまった。
94 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:10
「……ありがとね」
「どういたしまして」
「…ほんと、ありがと」
「…いいえ」
「……あ、りがと」
「……どーぞ、美貴の胸なら出血大サービスで今なら無料で貸せますよ」
「…っは、なに、それ……」

軽く笑うと同時に、いきなりつっかえがとれたように、残り物みたいな涙が込み上げてきて、
顔を伏せる。
ぽたぽたと水溜まりが床に細かく散らばって行ったけど、ぎゅーっと藤本が上から腕で抱え込んでくれて、
それが抱擁とか、そういうものに例えられないくらいの、どこか保護的な抱きしめ方に、
何故かおかしさを覚えた。
95 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:11
白く掠れる視界のままで、ふと、思った。
もしかしたら、これがホントの、卒業を悲しむ涙なのかもしれない。

一番最後のメンバーとして入ってきた子に、一番最初にそれに気がつかれたのは、
彼女もまたソロを「卒業」してきた子に違いなかったから。

ぎゅっと右手で溢れた涙を掬うと、すぐ真上から、藤本の声が降ってきた。
96 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:12


「……安倍さん、卒業おめでとうございます」

97 名前:ガマン 投稿日:2004/01/27(火) 21:13

優しげなその声に、ありがとう、という声をどうしても返せそうにないのを、足下に落ちる雫が物語っていた。
98 名前:名無しの人 投稿日:2004/01/27(火) 21:21
>>82 怐u←「
化けました。
99 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:45
およそアイドルらしくない笑い声が楽屋に響いて、
一緒に買い物でも行こうか、と約束をとりつけていた瞳ちゃんと、ほぼ同時にそちらを向く。

向く、といっても、笑っているのが誰だか分からなかったから、というわけじゃない。
楽屋には四人しかいないのは分かっているし、単純に消去法でいけば、
あの二人が笑いあっているに違いないのだから。

案の定、真っ先に見えたのは黒い髪を揺らして、込み上げるものをを抑えたように
口元を歪めている雅恵ちゃんと、いつもかけている眼鏡を外して、にかっと歯を見せているめぐちゃん。

「笑え笑えー、こーなりゃ笑ったもん勝ちだぞ大谷くーん」
「あっはっは、誰だあんたー!」

何が可笑しいのか、今までの会話の流れを推し量ることはできないけれど、とにかく
よっぽど面白いんだろう。目元を緩めて、涙まで見せている雅恵ちゃんに、瞳ちゃんがむっと
眉を潜めたのが分かった。そんな雅恵ちゃんをどこか困ったような笑顔で見ているめぐちゃんを
見つめるあたしも、多分眉はヘの字に曲がっているんだろうけど。
100 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:46
それにどちらとも気がつかないフリをして、角張った机に肱をついてから
そのまま横目で二人の流れを追ってみる。

「つうかむらっち、あんたそれはいくらなんでも変だって!」

手を振り回すように抗議する雅恵ちゃんに、ええ?そう?どこらへんが?なんて、
本当に分かっていないのか疑問符をいっぱいくっつけたような顔で、
雅恵ちゃんに詰め寄るめぐちゃん。

……あ、近い。ちょっと、近い、近いってば。

そんなめぐちゃんを見てから、また顔を伏せて笑う雅恵ちゃん。だから、顔が近いって。
ますます首を傾げるめぐちゃんが、ふとこちらを向いたのを気配で感じとって、
慌てて瞳ちゃんに目を戻し、取り繕うように口を開く。

「そ、それでね、ここのお店が可愛いんだよっ」
「え?……え、あっ、そうなんだぁ、そりゃ今度寄ってみないとねぇ」

雅恵ちゃんを半ば睨むように見ていた瞳ちゃんが、あたしの声にやっと顔を戻して、
めぐちゃんから向かってくる不思議そうな視線に気がついたのか、元々高い声のキーを
更に上げて話を合わせた。
101 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:48
こういっちゃなんだけど、瞳ちゃんは嘘がつけないというか、なんというか……。

思わずどもってしまったあたしが言えることじゃないけど。
目の前であからさまにあたふたしているような表情をする瞳ちゃんを隠すように、
めぐちゃんに今やっと気がついたような雰囲気を作って、きょとんとしている彼女に小さく手を振ってみせた。
めぐちゃんは、中々気がつかないようなその動作にすぐ気がついて、細い手がこれもまた小さく振り返される。

それから顔を見合わせてみると、目が合った瞬間、ふにゃ、なんて音で緩んだめぐちゃんの頬に、思わず笑い返した。
それで満足な結果が得られたのかどうかは知らないけれど。くるりと向けられる背に、
あら?と笑んだ口元を酸っぱくすぼめる。ははん、あたしより雅恵ちゃんってか。

「……いいね」
「へ?」
「村は気配りが上手くてさ」
「んー?」

今のやり取りを見ていたらしい、それこそ羨ましさを含んだ大きな目を隠そうともせず、
瞳ちゃんからぽつりと落ちたつぶやきに、眉を寄せる。

一体全体、どこに羨望を感じるんだろうか。
102 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:49
羨ましがられるこちらから言わせてもらえば、誰にでもいい顔をする彼女にやきもきは尽きないのだけど。
立てていた肱で、とんとんと机を二度三度叩いてみると、
瞳ちゃんがまるでそれに促されたかのように、深いため息を大きくついた。

先程の羨望はよく分からないけれど、今の気持ちはなんとなく察しがついて、目を伏せてみる。

「…大変だよね、八方美人を好きになっちゃうと」
「…あは、言えてる」

その後すぐに呟かれた瞳ちゃんの声に、全くだと軽く苦笑してから、
まだ談笑しているらしい。時々小刻みに震える彼女の細い背中に目をやった。

全く、人の気もしらないで。

「…あゆみ、あゆみ」
「うん?」
「怖い顔してる」

こーんな顔、なんて似合わないしかめっ面をしてみせた瞳ちゃんに、上目遣いでそう言われて、慌てて両手を頬に当てる。
103 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:50
どこにも筋肉の寄りがないのを確認してから立てていた肱を寝かせて、両手を組んで机に置いた。
どうしても出てきてしまいそうなため息を喉元で飲み込んでから、変わりのように声を出そうとするけれど、
あたしが何か話題を作ろうと口を開いたのが先だったのか、後だったか。

「メロン記念日さん、お願いしまーす」

がちゃりと音を立てて開いた扉からスタッフの声が飛んできて、めぐちゃんと雅恵ちゃんが
「はーい」なんて呑気な声を返しながら立ち上がった。
それに習うように瞳ちゃんと椅子を折り畳んで片付けるていると、
めぐちゃんが少し扉のしきりの場所で立ち止まっているのが視界に入って。
待っててくれてるのかな。少しだけ期待を胸に抱いたけど、「むらっちー」と廊下に響いた雅恵ちゃんの声に、
迷った素振りも見せずに、「はいはーい」と楽屋という空間から出ていってしまった。

……全く。

さっきから苛々しすぎなのは分かっているけれど、どうしても歪む顔は抑えられない。
この後の収録、大丈夫だろうか。瞳ちゃんのむっつりした顔を見てもそう思った。
104 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:52
「あゆみ、行こ」
「…うん」

声を掛けられて、やっと楽屋から出る。出る前に鏡に体を覗かせて衣装をチェックしてみたけれど、
衣装までもが気分を表すように裾がむっつりと曲がっていた。
ううん、重症。ただの偶然なんだろうけど。

廊下を瞳ちゃんと並んで歩くと、人気のない場所で前の二つだけの背中が遠かった。
待っててくれたっていいのにね、と瞳ちゃんが不満を漏らすので、先程のことを思い出して苦く笑う。

「まぁ、仕方ないんじゃない?」
「そっかなー……」

瞳ちゃんと、自分自身をなだめる為の言葉を選んで口に出すと、横でとんがった唇は
まだぶつぶつと、何ごとかを呟いていた。
その姿を見ていると、雅恵ちゃんに比べればめぐちゃんはまだマシかな、と思わず考えてしまって、大きく頭を振った。
それと同時にまた明るい声が廊下に響いたので、思わず目線を上げて前を歩く背中を見る。
105 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:53
相変わらず楽しそうに歩いてる二人は、めぐちゃんの眼鏡を雅恵ちゃんが奪いとって
「博士ー」「なんだね大谷くん」などと、顔を見合わせて笑っていた。
ちょっとジェラシー。……いや、ちょっとどころじゃない。

「……あたしも助手になりたい」
「じゃ、あたしは博士になりたい」
「待って瞳ちゃん、それじゃ意味ないじゃん」
「なんで?」
「博士が瞳ちゃんで助手があたしになっちゃうよ。だったら、向こうの二人は仲良く悪い村田めぐみ、とかやるんだよ?」
「……あ、そっか」

どうでもいいことで目をこれ以上ないくらいに見開いて、納得したように手を叩く瞳ちゃんに、軽く笑った。
思わず、だったのだけれど、笑われたということは別段恥ずかしくはないらしい。
それよりも納得という感情の方が大きかったらしく、まだ「そっかそっか」と一人呟く
瞳ちゃんにエールを送ろう。雅恵ちゃんがあたしだったら、一発でノックアウトなのに。

106 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:54
目を和ませてそんなことを思っていると、不意に瞳ちゃんがこちらを向いて、口元をあたしの耳もとに寄せた。
なんだなんだ、と思わず体を引くけれど、潜めて聞こえた声に目を瞬かせる。

「……構ってもらうように、呼んでみよっか」
「えぇ?」
「ね、一緒に呼んでみよーよ」
「雅恵ちゃんを?」
「村も一緒に!構ってもらいたいじゃん」
「そりゃ、そうだけど……」

気持ちとしては当然なのだけれど、なんとなくそれを声に出すのは癪と言うか、悔しいというか。
いつものあたしなら、「恥ずかしい」とでも「嫌だよ」とでも断っていただろう。
けど、今日はめぐちゃんと雅恵ちゃんの引っ付き具合と、素直に気持ちを伝えようとする瞳ちゃんの心に免じて。
なんだか、言ってみようかな、という気になった。自分でも驚く、珍しい。
107 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:55
「ねっ」

念を押すように呟かれた瞳ちゃんの声に、思わず頷く。それと同時にやったぁ、と手を上げる
瞳ちゃんに、また笑った。

それじゃあ、と二人で肩を寄せあってから、口元に丸を描くように二人の手を寄せる。
登山の時でもやったなぁ。頂上に登ったら、同じポーズを取って叫ぶんだ。
流石に、もうこの年でやろうとは思わないけど。
少し思い出して、同じことを思ったのか、瞳ちゃんと一度顔を見合わせてから、笑って叫んだ。

「マサオーッ!」
「めぐちゃんっ!」

突然後ろから響いた声に、前の二人がびっくりしたように肩を跳ねさせたのが分かって、
くくく、と抑えた笑い声を間に挟む。
大きく振り返った雅恵ちゃんが、「なにー!」と叫んで返すものだから、
瞳ちゃんもつられるように叫び返した。

「構えー!」
「はぁ?!」
「あたしに、構えー!!」
108 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:57
言うが早いか、瞳ちゃんが駆け出して雅恵ちゃんに突撃する。
慌てたように目を細めた雅恵ちゃんは、めぐちゃんを盾にしようと背中に隠れるけれど、
不適に笑っためぐちゃんがひらりと身をかわしたので、溜まらない。

大きくごん、と鈍い音がしたかと思って目をやると、瞳ちゃんと雅恵ちゃんが壁際でもつれあって倒れていた。
まるで漫画みたいなそのシーンに、込み上げる笑いは大きかった。
ぶつかった額が思ったよりも痛かったのか、涙目で上にのっかっている瞳ちゃんに、
「アホかあんたは!」と声を荒げる雅恵ちゃん。
悪びれない瞳ちゃんは、「だってぇ」なんて言いながら、いつまでたっても雅恵ちゃんから離れようとしない。

しばらくそのまま言い合っている二人を笑いながら見ていると、ふいに瞳ちゃんが
こちらを向いて、馴れたものだ。片目だけのウインクをしてみせた。その合図に、はっとする。

がんばれ!
そうぱくぱくと動いた瞳ちゃんの口が、あたしの後ずさりする気持ちを止めてくれて。
109 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/02(月) 21:58
瞳ちゃんのように突撃まではしないけど、たたたっと足を速めて駆け寄って行く。
遠かった背が段々近づいてきて、すぐ傍まで辿りついた時には、なんだかこの距離が久しぶりのように感じた。

「……めぐちゃん」

もう一度彼女の名を繰り返して、一度大きく深呼吸をする。
いつの間にか雅恵ちゃんが一方的に騒いでいるという光景になっている向こうからも、
瞳ちゃんの黙った視線がじっとこちらを見つめているのが分かった。

素直になりなさい。

自分に、自分からの命令を出してから。そしてまた息を吸った。

「……一緒に、行こう?」

少しだけ上ずった声のトーンが自分でも分かって、不味いと手で口元を抑えたいような衝動にかられたけれど。
瞳ちゃんのよしっと、握りしめたガッツポーズや、雅恵ちゃんの訝しげな視線を見ている内に
なんだか落ち着いてきて、ちらりとめぐちゃんの少しだけ高い位置にある顔を仰ぐ。

前を向いていためぐちゃんがゆっくりと振り返り、ほんの小さく笑った。
110 名前:呼び掛けと返答 投稿日:2004/02/16(月) 18:55

111 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 18:57
最初の印象は、決していいものじゃなかったけど。
気がついたら、いつも目で追っていた。目で追って、気を取られて。
頭のよろしくないあたしが、唯一の楽しみといえる体育の授業で取り零し、
ぽん、と跳ねるボールの音が、やけに大きく体育館に響いたような気がした。

ただ、いつも変化球で見つめるだけだった。
教室に響くカリカリという鉛筆と紙がぶつかる音が、やけに五月蝿い。
授業中、真面目なあの人がノートに文を写し取っている隙に、教師にも、あの人にも、
誰にも気がつかれないように日記帳を開いた。
買った時は三日坊主で終るオチなんだろうな、なんて自分で思いながらの購入だったけれど、
日々細かに見つめるしかない自分の愚かさを綴って行くと、案外続くものだ。
ページの隅。まるで目立たないそこに、存在を主張するように手を上げているキャラクターを
黒く、真っ黒く塗りつぶした。
112 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 18:58
ふと、顔を上げる。
黒板に文字を書き終えた眼鏡を掛けた教師は、ノートを取る音しか鳴らない教室に満足そうに目を細めてから、
首を鳴らして窓の外を見上げた。あたしもそれに釣られたかのような顔をして、ノートも
全て取り終ったような顔をして、外を見る。
鏡に一瞬映った自分の顔は酷かったような気がしたけれど、すぐにそれは冷気に積もる霜でかき消された。

隣のあの人が、外に意識を放浪させているあたしにちらりと目を向けたのが分かったけど、
振り向かない。それはそうだ。だってもし目が合ったら、照れ臭いじゃないか。
気づかないフリをするあたしを1秒2秒、そのままじっと見つめてから、
すぐに黒板へ向き直った気配を後ろに感じながら、柄にもなくそんなことを考える。


そういえば、この頃はずっとくもり空だ。
113 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:00
放課後になると、あの子の周りには人々の山盛りが出来上がる。
美味しくなさそう、むしろ食べようとも思わない盛り付けのその光景を一瞥しながら、
一人クールな顔を作って横を通り過ぎて帰路につくのがあたしの毎日。
当然。人気者の隣のあの子は、孤立しているともいえるあたしに声をかけることがある訳がないんだから。
人の合間から見える金色に染めた髪が、忙しく揺れて、そこら中のクラスメイトに
休みの約束を取り付けられているのが聞こえる。
あーあ、バレー部の練習で忙しいはずなのに。
それでも一向に断ろうとはしないあの子の態度に、少しだけ頭に来た。

結局、週末の今日も約束だらけで家に帰るんだろう。そんなあの子と、時間の流れさえ交わらない
あたしの日常は掛け離れているけれど、意味もなく出口までぶらぶらとゆっくり歩いてみる。
114 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:02
呼び止められるなんてことは、勿論期待してない。
それ以前に、あの子とあたしは言葉をかわしたことがあっただろうか?
いつも人々に囲まれて、まるでそれは盾のようにあたしを撥ね付ける。
隣の席になることは何故か結構あったけど、まるで声を届けあったことはないかもしれない。

教室の扉から足をはみ出す直前、なんとなく。あえて見ないようにしていた金色を、小さく振り返る。
人の合間のあの子のオーラが、ふと、切なげに変わっていたような気がした。

115 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:03
無理すんなよ。
心の中で呟いても聞こえないのは分かっているし、むしろ聞こえないのだから呟いているのだけど。
やけに真直ぐ伝わってくる切ない気持ちがこちらにまで写ってきそうで、慌てて扉から身を離す。
もし困っていることをあの子が抱えているんだったら、助けてあげるんだけど。
それ以前に、あの子は悩みを表面に見せようとはしないし。
もし見せても、気持ち通りに助けてあげられるのかといえば、不器用なあたしはといえば、実現できる勇気もなくて。

冷たく冷えた廊下を足早に歩きながら、開きっぱなしのでかい窓をゆっくりと見上げた。


そういえば、この頃はずっとくもり空だ。

116 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:04

117 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:05

そしてこぼれ落ちてくる涙のような雨は、止まることを知らず。
118 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:06
クラスメイトが校門まで傘を指しながらぶらぶらと歩いて行って、
その姿が消える前に一度だけ振り返って、じゃーね、とでも言いたげに手を振った。
気疲れしたような自分の腕を上げるのは正直、少しだけ辛かったけど、笑顔で手を振り返す。
それを見届けたのか、その子が背を向けて学校という共有の広場から足を出した時に、
やっと疲れた息を吐いた。
ふ、とクラス総勢32人分の傘刺しを振り返る。
教室にはもう誰も残っておらず、こんな土砂降りの雨の中、置き傘を持って帰らないバカも
いるはずはなくて。

案の定、傘刺しには一本も刺さっていなかった。
あーあ、あたしのバカ。
バカなのは自分でも承知していた筈なのに、大概晴れ女なあたし。
朝うちを出た時に仰いだくもり空をも気にせず登校してきてしまった、バカなあたし。
あーあ、ほんとにバカ。
119 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:07
天気予報を見るような、そんな用意周到な性格は生憎していないけど。
誰もいない教室の窓を開いて、少しだけ身を乗り出す。こりゃ、当分は帰れない。
そのまま急降下する気分を丁度表すかのように視線を下へと下げてみて、一方的に見覚えのある後ろ姿に目を止めた。

慌てて窓から身を離して、机の上にたった一つ取り残された自分の鞄を引っ付かむ。
運動部で鍛えた足をなめちゃいけない。
用意周到な性格はしていないけど、生憎、猪突猛進な性質なら持っている。
朝被ってきた時はノリが乾いた帽子だったのに、湿った空気で少し濡れたような感じさえ
出ているそれを頭に乗せた。
まるで偶然あったような顔をしてから、さて何を話そう。
階段を駆け降りながら考える。バカだけど、バカなんだけど、考えるのは嫌いじゃない。
底知れぬ速さで大回転している自分の足で、申し訳程度の屋根がついた校門を目指した。

それ程親しいわけでもないのに、むしろ、話したことさえなかったかもしれないのに。
120 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:08

121 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:09
さっさと帰っていれば良かった。

割と仲のいい方の先輩に用事をいいつけられても、いつもの生意気な態度で聞かざるを装って帰っていれば良かった。
隣で正直気まずいであろう、あの子の方をちらりと横目で見る。
手には傘を持っていないところ見れば、お互い忘れた者同士なんだろう。
そんなところで共通点ができても、そんなに嬉しい筈はない。
何も声が乗らない空間で、気まずさを誤魔化すように湿った鞄を握り直した。

相変わらず、雨は止まない。超能力の類いは持ち合わせていないのは分かっているけど、
ついつい人付き合いが苦手なあたしは天に向かって思いを飛ばしてしまう。

止め、止め。止んでくれ。

そして早く、この場所から逃げ去りたい。
どうしようもなく確かに感じる隣からの視線に、少しだけ身を縮めた。
122 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:10
本当に、傘を持ってこなかったのは偶然だったんだ。
今朝起きてみると、共働きの親は既に出勤していて、朝には冷めたパンと、無駄に暖かいカフェラテ。
その口の中で混ざるなんともいえない温度に、つい顔を顰めたのが八時前。
いつもは見ていた筈のニュース番組も、今朝に限ってスポーツ中継に潰されていて、
何故だか違う番組を見る気にもならず、テレビの電源を切って一人くもり空の下、
不元気に登校してきたのが、八時四十五分。もちろん、遅刻だ。
遅刻した生徒は担任の教師が迎えにくることになっているので、
それまでの開いた時間に隔離された部屋の時計をずっと眺めていたのだから、これだけは真実だと言い切れる。
ほぼ毎日お世話になっている先生に引き連れられて、教室にやっと到着したのが九時を過ぎたか、過ぎないか。
そして、まぁ、席について一番に隣の子をちらりと見たのが、えーと、何時だったか。

隣に位置する明るい髪が、なんだか小刻みに揺れている。それに気づいて、やっと我に返った。
123 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:10
まあ簡単に纏めてみて。なにを言いたかったか、と言えば、
どうして今朝のニュースはマラソンに潰されていたのか、と。そういうことで。
あの子のやけに不自然な髪の揺れ方だけど、あまりにもそれをじっと凝視するのも
失礼かと思い、視界の端で様子を見てみる。

一度、二度、何かを堪えるように頭を振って、それでもまた揺れて、また振って。
暫くその行動を続けていたけど、突然ジャージに包んだ身体が、ふと耐えきれなくなったかのように小さくなって、
それで、白い手元が口に持っていかれて----------
124 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:11


それは、学校中に響いたんじゃないかってくらい。非常に、豪快な音だった。

125 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:12

126 名前:ゴーカイなクシャミだったね 投稿日:2004/02/16(月) 19:13
「……吉澤さん、大丈夫?」

「ん、あー、うん、多分。大丈夫」

「……鼻水出てる」

「ぅえっ!うっそぉ!!」

「嘘だけど、でも唾はついてる」

「……うそぉ」

「こっちはホント。あ、これよかったら使って」

「……ありがとお、後藤さん」

「……どう、いたしまして」



「それにしても、ゴーカイなクシャミだったね」

「う……」
127 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/26(木) 17:00
味のある文章が、凄くいいです!
次回の更新も楽しみに待ってますので、がんばってください!
128 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/02(火) 16:43
更新お疲れ様です。
すごく面白いです!
またごまみきがよんでみたいです。
129 名前:会員名簿 投稿日:2004/03/03(水) 16:58

130 名前:会員名簿 投稿日:2004/03/03(水) 16:59

コホン、と一度咳払いをして、藤本は言った。

「じゃ、どこ行きたい?」
131 名前:会員名簿 投稿日:2004/03/03(水) 17:00
改めて、紹介しようと思う。

先ず、真っ先に誰よりも早く手を上げて自己主張をしているのが、後藤真希だ。
いつもなら、やはり「んあ〜」と奇妙な言語を呟いて会議には参加しようとしないのだが、
今日はどうやら眠気がすっかり覚めてしまっているらしい。
恐ろしい程パッチリ開いた目をそのままで、CMの流れているテレビを指差して言った。

「京都!ごとー、おけいはん電車乗りたい!」
「京都行って何すんの。仏像見んの?美貴が興味ないんで却下」
「んあ!何で!」

次に、手を乙女に組んで、目をキラキラと少女漫画さながらに輝かせているのが石川梨華である。
普段は大人しい彼女だが、実は多重人格だというのは専らの真実だ。
大人しく繊細で家庭的で地黒な「ふつうモード」と、
正にトランス、誰かあいつを止めてくれ「チャーミ−モード」で分けられており、
会議になると後者がどうしてか、自動的に発動されてしまうのだ。正直、前者だけでいい。充分だ。
ともかく、この軽く曖昧に痛くてきしょいのが石川梨華である。
132 名前:名無し草 投稿日:2004/03/03(水) 17:00
「やっぱ、夏と言ったらワイハだよね!」
「梨華ちゃん、一応つっこんどくけど、まだ夏じゃないし。真冬だし。
 ワイハっていう言い方も新しいと思って使ってんだろうけど、無理しなくていいから。 勿論海外まで行く予算もないし。却下」
「えー、何それ、折角アロハ−っていう練習したのに…」

そして、黙っていれば文句のつけどころがない、桃色オーラなこの美少女が、松浦亜弥、その人だ。
基本的な人格は出来ており、礼儀正しく明るく、狙っているんじゃないか、と疑いたくなる位、程よい具合にドジ。
勿論、成績優秀、運動神経もいい。
そんな彼女の傷のつけ所を探してみると、たまに発言する毒舌ぶりぐらいだろうか。
余談をつけると、どういうわけか、会議長・藤本美貴にベタ惚れである。つまり私だ。

「あたし、みきたんのお父さんお母さんのところに行って挨拶したい!」
「美貴は真冬の北海道に帰るなんて自殺行為じみたことはしたくない。却下」
「じゃ、兵庫まで来て、たんがあたしのお父さんとお母さんに挨拶してよ」
「いや、ムリだし。めんどいし。却下」
133 名前:会員名簿 投稿日:2004/03/03(水) 17:01
最後に。

「アメリカ!!」
「一人で行ってこい」

世界最強のバカ------いや、失礼。名誉の毀損で訴えられては堪らないので、
ここではメンバー内最強のバカにでも止めておこう。自称「一家の大黒柱」、吉澤ひとみ。
彼女はこれを「いっかのだいこくちゅう」と読むのだと信じて止まない。
これもまた自称だが、妻は「ふつうモード」の石川梨華らしい。ライバルは後藤真希だ。
簡単に纏めると、親父。スケベ。エロい。これに尽きる。

「じゃー、ミキティはどこがいいんだよ」
「美貴?美貴はねぇ……」

手作りなのか、小さなアメリカの国旗を片手に「ルーシーに会いたかったのになぁ」などと
ぶつぶつ呟いていた吉澤が、大きな眼を鋭く光らせながら言った。余程アメリカに行きたかったらしい。
134 名前:会員名簿 投稿日:2004/03/03(水) 17:02
アメリカに行く前に、先ずは首都ぐらい頭の中に入れておくべきだろう。
それからじゃないとな、アメリカへ向かうのは。私はフンと鼻を鳴らした。

…は?お前は分かるのか?勿論分かる。ズバリ、ニューヨークだ。

一息勿体ぶるように溜めてから、私は言った。

「めんどくさいから、どこにも行かないということで」


皆から疎らな拍手が起こった。
135 名前:同好会説明 投稿日:2004/03/03(水) 17:03

136 名前:同好会説明 投稿日:2004/03/03(水) 17:04
と、まぁ。

こうして、必要最低限の会員だけ集め、配られる会費は旅行に行っているフリをしつつ、
地元から数日間身を隠し、影で遊び倒して使い捲る、というクラブ活動をしているのは、
会長、藤本美貴が名誉を保って設立した、「旅行同好会」である。世にも名高いぼったくり同好会だ。

表向きのモットーは「世界一周」。メンバー内でのモットーは、「地元が一番」。
会員の豪華さから、入会したいという生徒は後を立たないが、それらは全てお断り。
基本的に、この同好会の内部情報を外部に漏らそうとはしない。
必要最低限の人数で、会費を山分けし、遊んで、遊んで、遊んで、遊ぶ。

部か同好会への入部は絶対、という古臭い学校の規則から逃れようと、藤本がこの会を設立したのが丁度半年前程だ。
137 名前:同好会説明 投稿日:2004/03/03(水) 17:04
後藤は元々帰宅部にでも入って寝てるタイプだし、
吉澤は運動部にでも入ればいいのに、親友後藤に付き合って入会してきたし、
石川はどうやら表向きのモットーに騙されて入会届けを出したようだが、文句を言わないし、
松浦は言わずとも、何より会長が食べちゃいたいくらい好きだと公言した人物である。

そして藤本は、軽ヤンだ。


前日には何かの規則のように、誰かの家へ泊まり込んで旅行の計画を練ってはいるが、
これまでこの同好会一同が旅行機へと乗ったことがないのは、察しがつくだろう。
ようするに、一度くらい表のモットーに従って旅行に行こう行こう、とは思うものの、
最後には結局面倒になって、藤本の纏めの一言で収まるのだ。
世にも奇妙な、人間の悲しい性。こうして今日も会員達は旅行を夢見て解散するのだった。
138 名前:同好会説明 投稿日:2004/03/03(水) 17:05

139 名前:名無しの人 投稿日:2004/03/03(水) 17:13
あはは、凄ざまじいくらい短い更新だ…笑い事じゃない。
こんな量でも、どうか見放さないでやって下さいませ。今回のは続きます。

>>127さん
ありがとうございます。
味は絶対濃いめだと思うくらい、いらない文章が多すぎる…精進。
>>128さん
ありがとうございます。
面白いと言って頂けてよかった!ごまみきは一番書きまくってるんで、
その内当たりが出たら載せます。頑張ります。

で、こんな更新量で何がしたかったか、というと。
川σ_σ|| <お誕生日
( `_´)<おめでとうございます
川VvV从<まる
( ‐ Δ‐)<いやぁ、照れるにぇ
が、したかったんですね。一人だけでもスルーせずにできた…よかった…!
140 名前:名無しの人 投稿日:2004/03/03(水) 20:10

141 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/04(木) 17:20
愉快な仲間達のおかしな会話が楽しいです。
142 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:03
ふぁーぁ。

いい天気だなぁ、とおよそ若者らしくない感想を家から一歩出た場所で思い。
近くの塀に止まっていた鳩ニ羽に頭を下げた挨拶をして。
のろのろと長い足を放るように歩いて、登校ルートの軌道まで入り。
ぐわりと目一杯の大口を開けて、そこから大きな欠伸を漏らし。
欠伸涙が浮かんだ目尻をごしごしと長い爪で擦ってから、
綺麗になった視界に入ってきた学校の正門の前でしゃがみこんでいる人陰を目に止めて。
そして、思わずといったように呟いた。

「…んあ」

同時に、少し困ったように頭を掻く。
肩で大きく息をつくと、それに続くように肩からずり落ちたお気に入りの鞄。
後藤真希はふにゃりとした笑顔を浮かべてそれの位置を手でゆっくり正すと、
恐らく大いにふてくされているのであろう、自らの親友へ手を高く掲げて、
のんびりとした声を掛けた。

「おはよー、ミキティ」

緊張感なく呼ばれた人物、目つきの悪い旅会会長、藤本美貴は。
こうして今日も、下げたきりだった憂鬱な顔をあげたのだった。
143 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:05
「ついにミキティとも同じ学年かぁ」

そう後藤が呟いた言葉に、藤本は上げたばかりの暗い顔をすぐに伏せた。
そうしてさり気なく自分の両手で両耳を覆う。
どうやら、その話は一切聞きたくないという事らしい。
後藤は軽く苦く笑いながら、そんな藤本の頭を撫でてやる。
この、旅行同好会、略して旅会の会長は。ただひたすらに、血圧が低いのだ。
頭痛い吐き気がする目が回る世界も回る地球は回る君をのせて。
そうひたすらにブツブツと呟きながら、毎朝ふらついた歩みで登校してきてみると、
ものの見事に時計の針は定時刻を大きく過ぎてしまっている、という訳であって。

暖ある布団から抜け出したくないがために渋って遅刻をしてくる後藤とは違い、
実は何かと生真面目なこの会長は、閉まりきった正門前でいつだってしゃがみこんで、
最近は半ば開き直ってさえいたのだが(夏には門の前で早弁を食していた時もあった)
昨日、藤本の担任の矢口真里から、ここまで藤本を凹ませる、恐ろしいことを告げられたのだ。
144 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:06
------藤本、お前明日遅刻したら三年に必要な出席日数足りなくなるから、留年だぞ。

藤本は大いに驚きおののいたが、突然そんなことをいわれても、
すっかりこの生活リズムに馴れてしまった藤本の体はそう都合よく、
襲い掛かる頭痛や目眩を抑えてくれるわけもなく。
「ね、ほら、同じクラスになれるといいよね」
後藤の慰めの言葉も、やはり遅刻、あるいは留年という、
たったの二文字に絶望を覚えている藤本の両耳には、全く届いていないようだった。
145 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:07

146 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:07
そんなこんなしている内に、雨が降ってきた。
まるで藤本の気分を現すかのように歪んだ煙色の空は、ぽろぽろと涙を零す。
どっかに雨宿りしないとな、と、傘を持ってこず手ぶらな後藤は、
藤本の頭を撫でる手を止めて、首を伸ばして空を見上げながら思った。
きょろきょろと目線を回してみるけれど、生憎どこにも都合のよさそうな場所はない。
困ったな。後藤が自分の手で口元を抑えながら眉根を寄せると同時に、
ガラガラガラと音を立てて、藤本に並んで座り込んでいた後藤の背後の門が開いた。

後藤がグッドタイミング、とばかりに笑ってくるりと後ろを振り返る。が、
そこには今週の「遅刻魔お出迎え係り」に任命されている
平家みちよが立っているのかと思いきや。そこにあったのは唐突に意外な顔であった。

「……ゆうちゃん?」

振り返った門の後で、中澤裕子が金色に染めた髪を乱暴に掻きむしりながら、
耳もとのピアスを揺らして、にやにやと、ただひたすらに笑っていた。
147 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:08

148 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:09
「なんや藤本、今日はやけに大人しいやないか」
「んあー、あんまりその話をふらないであげて」

職員室の棚から手渡されたニ枚のタオルを受け取って、一枚を自分の頭の上に、
もう一枚をどこか虚ろな目をしている藤本の頭の上に乗せながら、
中澤が不思議そうに茶を啜りながら言った言葉に、後藤は笑って声を返す。

そんな曖昧な反応を返された中澤は少し首を傾げたが、手元に持っていた学級日誌を
自分の散らかった机の上へ無造作に放り投げると、「まぁ、ええわ」と
大きく息をつきながら自分の席へと腰を降ろした。

その真ん前で後藤がブツブツと何事か呟いている藤本の手を引きながら
先程受け取ったタオルで自分の湿った頭をガシガシ擦ると、
水が飛んだのか中澤が顔を顰めて右手を横に振ってから、手元にあったタバコに
軽く火をつけて、白い煙を口から吐き出す。
149 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:10
藤本がその煙にハッとしたように顔を上げて、直後に嫌そうに眉根を寄せたが、
中澤はそれをみて快活に笑ってから、
ふ、と真面目な顔を作って、藤本と真直ぐに目を合わせた。
「…ちょっと、あんたに頼みごとがあるんやけどな」
「嫌です無理です頼まれません他を当たって下さい暇そうですよごっちんとか」
「…も、もーちょっとくらい考えてぇな。あんたにもちゃーんとメリットあんねんで?」
むーっと顔を険しくする藤本。中澤はそれを取り繕うような不適な笑い方をして、
藤本の隣で無造作に頭へ掛けられたタオルを正していた後藤に向かっても、
ちょいちょいと手招きをしてみせる。
あたしも?と首を少しだけ傾げた後藤が大人しく寄って行ってみると、
中澤は内緒話でも始めるかのように三つの顔を一点に寄せ集めて、
「ほんまはあかんねんけど」と前置きした後、小さな小声で言った。

「藤本、あんたの遅刻、今日だけは見逃したる」

中澤が真剣な目でそう言ったと同時に、後藤が目を見開いて隣の顔を覗き込んだ。
150 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:11
覗き込まれた藤本はこれ以上ないくらいの丸い目をしていて、
「それは、えっと、その」としばらく言葉に詰ったかのような声を漏らし、
一端落ち着くべく空の息を喉に飲み込んでから、息せき切ったような表情で、
中澤の顔との元々近い距離を更に詰めた。
「……どういうことですか?」
「よう聞いてくれた」
それを待っててん。
そうにやっと笑った中澤が、二人の頭のタオルを手際よく回収しつつ、
空いたもう片方の手で、煤に汚れた灰皿に少ししか吸ってないタバコを押し付ける。
煌々としていた火種が押しつぶされたのを見届けたあと、藤本は中澤に目を戻した。
その疑問がつまった、けれど留年を免れられるかもしれないという希望に光る視線に
見つめられながら、少しばかり焦らすかのように、中澤が口元を緩めたまま、
後藤に視線を移して再度口を開く。
151 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:11
「後藤、あんたはどうや。あんたの得になるようなモンは生憎用意してないんやけど…手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
簡潔に率直に、ふにゃりと笑顔を浮かべて中澤に頷いてみせた後藤に、
噛み付いてきた自分からわざと視線をそらした中澤に鋭い睨みを利かせていた藤本は、
少々ばかりの感銘を覚えた。

まさか、あのごっちんが。あの、眠りん姫のごっちんが。
まさかこの自分の為に、尽くしてくれる日がこようとは。

藤本が目を輝かせたのを横目で確認したのかどうかはしらないが。
心無しかこちらに向いたかのような後藤の視線に藤本が少し目を瞬かせていると、
後藤があっけらかんとした笑顔のままで中澤に言葉の続きを言った。

「もちろん手伝ったら、一限目さぼれるんですよね?」

二年三組一限目、英語。英語担当教師、中澤裕子。
元々自習にするつもりだった所を痛くつかれて、中澤が自分の頭をペチンと叩いたその隣で、
藤本は流石ごっちん、と引きつった笑いを浮かべていた。
152 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:12

藤本の一限は?あー、カオリか。
あの子今日は宇宙と交信する日やゆうてたから、多分学校休むやろ。
そしたら学年主任のみっちゃんが回って自習になんな。ならオッケー、さぼってまえ。
は?ええんか?
ええのええの。みっちゃんにはあたしから言っといたから。
なんだかんだゆうてあの人もあたしの頼みよく聞いてくれるしなぁ。
…どんなにコキつかわれるんですか?
オイ後藤、あんたあたしのこと誤解してへんか?そんな酷いことさせへんて。
ただ、ちょっとな。
あたしが仕事終るまででええから。
ほんのちょーっと、頼まれて欲しいねん。

153 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:12
そう何事もなく言って、光の角度次第では輝いているようにも見える綺麗な廊下を
スタスタと足早に歩く中澤の後ろを、むしろ小走りで藤本と後藤はついていっていた。
が、二人が互いに「なんだろう?」と顔を見合わせた程の時間で、中澤が向かっていた
職員室の角を少し左に曲がったところにある玄関ホールへは難無くついてしまって。
そこに立っていた、といっても体は玄関の方を向いていたので見えるのは背中だけだが、
それでも人の陰といえる物を中澤の後ろから藤本と後藤はそれぞれ覗き込みながら、
少し間を空けて一斉に怯むように顎を引いた。
「…藤本さん、あれは絶対ヤンキーだと思うのですが、どうお考えですか」
「…むしろ暴走族の域だと思いますよ後藤さん」
自らの背後で交わされたその小声での密談に、中澤はおかしそうに歯を見せてから、
暴走族でもヤンキーでもありゃせん、と言わんばかりに後ろの頭を二つ、
かわるがわるにぽんぽんと叩く。
子供扱いのようなその行動。不服そうに後藤がそんな中澤を見ると、中澤は軽く笑って
目の前に立っていた女を、声と共に軽い手招きで呼び寄せた。
154 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:13
「大谷、スケット連れてきたで!」

少しホールに響く、中澤の声。
それに反応を示したのか、耳もとに大量にくっついたピアスをじゃらじゃらと鳴らして、
大谷、と呼ばれた人物が振り返る。
後藤がそれと同時にさっと中澤の後ろに隠れるが、藤本は軽ヤンの名誉にかけて
人の背にそう隠れるわけにはいかないと、意志を固めるようにきゅっと目を細めて
その人物の背格好を観察した。

年頃は20前後だろうか、短く散った中澤に負けず劣らずの金髪に、
バイクにでも乗っているのか、ピッタリした服を着込んで脇には黒のヘルメットを抱えている。
少し釣り上がった目は派手な外見を増々演出していて、藤本は思わず口元を曲げた。
「せんせぇ…遅かったじゃないですか」
「すまんすまん、ちょーっと人が出払っとってな。結局暇そうなんはコイツらみたいなんしかおらんかったし」
と、後ろにいる藤本と後藤を振り返りながら、悪びれた様に大谷の声にぺろ、と舌を出す中澤。
155 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:14
しかし実際には反省していないのが見え見えだ。
大谷もその事情は理解しているのか、情けなく眉根を寄せながら
ほんの小さなため息をついて、直後、ちらりとコイツらとばわりされた藤本や後藤に目をくれた。
悪い扱いに不服に思いながらも自分の立場上何かを言うわけにもいかず、
少々だんまりを決め込んでいた藤本は不意に目があってドキリと鼓動を速めるが、
中澤の後ろに隠れていた後藤は、こそこそと今まではみ出していた栗色の頭を
引っ込めて、まるでそこに後藤真希という人間が存在しないかのような硬直の仕様で、
横目でそれを見ていた藤本を苦く笑わせる。
「初めまして、三年の藤本美貴です」
二年生がしないのなら、まずは年長者からの自己紹介が初めだろう。
自身が留年したいための作業にこの大谷とよばれる人物がどのように関係するのか
まるで見当もつかなかったが、藤本はとにかく大谷には媚びを売っておくべく、もとい
第一印象を「ちょっと目ツキ悪いけど中身はとっても堅実さん」に染めてしまうべく、
礼儀正しい風を装って、隣の後藤を中澤の影から引っぱりだしながら笑顔で名乗った。
156 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:15
それを見た後藤も、また中澤の影に戻りたいのかちらちらと視線を彷徨わせてはいるが、
藤本に裏で一睨みされて、渋々といったように軽く頭を下げて言う。
「…二年、ごとーです」
中澤が快活に笑っているのは、意外に礼儀正しい生徒の態度をみたからなのか、その芝居の裏をみたからなのか。
こちらは後者に気づいていないであろう、いい子達の皮を被った悪魔の自己紹介を嬉しそうに聞き届けた大谷は、
くしゃっと情けなく顔を歪めて笑ってみせた。
「初めまして、大谷雅恵です」
大学通いながらバイトしてます、と、こちらは本当に礼儀正しく続ける大谷。
中澤はしばらく黙ってその様子を見ていたかと思うと、
不意ににやりと口元を不適にゆがめて大谷の頭をぽんぽん、と手で叩き。
「こいつ凄い頭しとるやろ?これでもうちの生徒やってんでぇ、信じられへんわ」
「……あ、あはは」
中澤の頭の上の手をやんわりと、さり気なく除けながら響いたその乾いた笑い声に、
藤本は先程頭の内で考えた大谷の第一印象を、跡形もなく消し去った。
157 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:17
中澤の性悪な発言にノリもせず言い返さないということは、見かけとは違い------
……気弱なのか。
言い返すどころかまた眉を寄せて頭を掻いている大谷に、
藤本はやらされる手伝いの内容が、なんとなくだが目に見えてきた気がした。

…多分、きっと、とてつもなく厄介ごとだ。

中々の厄介ごとに巻き込まれ易そうな性格をしているんだろう。
大谷を見ていれば大体が分析できる。
藤本は聞こえよがしなため息を一度ついて、大谷の態度を見て安心したのか
中澤の背後から何事もなかったかのようにそろそろと出てきた後藤の頭を一度、
ぽかりと殴った。

唐突に、なんの理由もなく殴られた後藤が予想通りの顔を向けてくるのを
気配だけで感じながら、藤本はあえてそちらに顔を向けずに、
相変わらずノッてこなかった大谷の頭を諦めたように撫でた中澤が、
何か言おうとするような顔でこちらへ向き直ったのを見届けて、ふと隣の後藤の脇を突く。
158 名前:「極道」 投稿日:2004/04/11(日) 15:17
手伝ってくれる、と言ったからにはちゃんと依頼の内容を聞きなさいと、そう促すように。
きっと厄介な頼みごとを持ち込んできた張本人、大谷を見つめながら藤本が
話を促すように顎を上げてみせると、中澤は口に軽くくわえていたタバコを手で取って、
「じゃ、あたしは仕事あるから、こいつの頼みごと、きいたって」
と藤本、後藤に言い付けつつ、大谷の肩を軽く叩いて職員室の中へと戻って行く。
残された大谷が見知らぬ生徒二人にそこでやっと向き直って、
そして少しだけ恐縮したように身を屈めながら口を開いた。



「長くなるんだけど、じゃあ----------聞いてくれる?」
159 名前:名無しの人 投稿日:2004/04/11(日) 15:20
>>141
ちょっと「愉快な仲間達」っていう表現を使おうかどうするか
悩んでた頃があったんで、レスつけてもらってスッキリしましたw


自給自足のつもりで書いてきたけど、最近好きなCPを書いてくれる作者さんが増えてきてくれて、
正直自分の拙い文章で自給する必要もなくなったかな、と。
そんな訳で最初とは進路変換。これからはこの設定のまま、ちょっといい話とか、ちょっと悪どい話とか、
かなりアリキタリな話とか、ちょっと変な話とかで、だらだら行こうと思います。
基本的には中編か短編、書きたくなったら時々短編挟む方向で。よろしくお願いします。

毎回ゲスト的な役割の人はちらほら出したい…な。(主役より傍役が好きな人です)
160 名前:rina 投稿日:2004/04/11(日) 18:15
更新お疲れ様です!
なんか、ごまみき風味ですっごい好きです!

おいらも最近、好きなCPがたくさん読めて気分が舞い上がってますw
161 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/15(木) 16:24
初っぱなからの色々とダークな話に思わずおろおろしてしまいましたw
しかし出てくるのが旅会キャラだけかと思えば、なんと脇も出てきてくれるんですね!
密かに自分の推しが出てくることを期待しつつw
これからの展開にもものすごく期待して、次回更新もお待ちしております−。
162 名前:「極道」 投稿日:2004/04/18(日) 23:05
今更気づいたんですけど。
最後、抜けてました。
ひぃー。

>>158後に
そのような気弱な問い掛けをされても、本当なら「無理です嫌ですさようなら」と
三連コンボを突き付けて逃げ出したいところなのだが、
残念ながらそうもいかないのが「留年」という現実とドリームの間にはばかる二文字だ。
隣の後藤も大谷が見かけ通りの人間ではないと分かった途端に面白そうな顔をしているし、
どっちにしろ、藤本としては断るわけにもいかない。

そこで少し間をあけてから。
ため息混じりの了承の返事を大谷へ返すかわりに、こくん、と、
妙なくらいに神妙に、藤本は大谷へ向かって、小さく頷いてみせた。


って、付け加えておいて下さい。
ひぃー。
163 名前:名無しの人 投稿日:2004/04/18(日) 23:06
レス、ありがとうございます。
ちゃんとしたお返事は次回更新にて。
164 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:50
「じゃ、これ頼んだよ大谷さん。日本橋だから」
「あ、はい!」

大谷がしているバイトは、一口にバイトとは言ってもただのバイトではない。
今月ピンチだ赤字だどうしよう、と大分前に一度深刻な状況になってしまった
ことがあって、大谷がその時ふと手に取った求人広告に、
このバイトの情報が黒と白の非常にシンプルな枠付けで書かれていたのだ。

『ホカ弁宅配、人求む』

宅配。その字に思わず目を止める。
なるべく時間を掛けない内に届けたい筈のホカホカ弁当を宅配する、ということは。

------バイク。バイクか。

若かりし大谷は、その文字の羅列をもう一度目で追ってから、目をキラリと輝かせた。
その頃、実は丁度大谷雅恵は財布の中に入っているバイク免許を取ったばかりだったのだ。
丁度いい。長い研修期間も終えたし、大谷はそれなりに大勢の研修生の中でも腕のいい方だった。
弁当屋のバイク便ならそう長距離も走らないだろうし、
並程の距離をさっと駆けるぐらいならば、増々バイクの腕を磨けることにもなる。
165 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:51
よし、行こう。
そうめずらしく素早い判断をして、大谷は早速免許を握りしめながら近所の現場まで走っていった。
が、その先に待っていたのは。最初に説明した通り、やはりただのバイトではなくて。

「……自転車?」
余りにも意味が分からない大谷が、半ば呆然としながら呟いた。
その視線の先には、細身のスラリとしたモデル体型を保っている青い自転車。
そう、只今大谷がバイトとして受け持っているのは、バイク便ではなく。
世にも珍しい、なんともヘンテコな自転車便であった。

自転車便という名前をわざわざ表記しているのだから、
勿論使用するのはやはり大仕掛けなバイクでもなく、宅配に便利なスクーターでもなく、
バイト先から用意されていた、細身の青い自転車ただ一台。
これを必死こいて漕ぎ、上り坂の向こうでも下り坂の向こうでも駆け付ける、というわけである。
非常識のような気もするが、本当に小経営の弁当屋にわざわざバイクを用意しろというのも無理な話だし、
ホカ弁の宅配ということもあって、普通のバイク便のように山を越えた所までいかなくては
ならないという事にはなりはしない。
166 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:51
本当にこの周辺の場所、近所まで弁当を後部座席に乗せて漕いでいけば、それでいいのだ。
大谷は目の前に立てられている自転車の座席に安っぽいセロハンテープで張り付けられている紙を確かめた。

「自転車宅配を募集しています。18歳以上の明るく元気でやる気のある方、どうぞお気軽に----------」

そりゃ、確かに。
求人広告には宅配とだけ明記されていて、宅配するのはバイク便だとは、勝手にこっちが勘違いしただけだけれど。

大谷は少し空を見上げて悩んでから、はぁ、と小さなため息をついた。これも何かの縁なのだろう。そう考えて。
167 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:52
しばらくそんな月日が立って、大分この珍バイトに馴れて来た今は、それほど金や生活面に困っていない。
バイトの初めはそれは確かに学費や住居費に目を回していたものだったが、
今日この頃は大分安定、というか、余分さえもできてきてしまって、
チリも積もれば山となる。その微量の余分な額が、
このままだと後三カ月は怠けて生活がおくれそうな程までに膨れ上がった。
普通なら一端ここで目処をおいてスパリとバイトや仕事やらを打ち切ってしまう所だが、
軽快に自転車を飛ばし、風を切って人情を確かめられるこの仕事が大谷は好きだったのだ。
だから、昼夜を問わず、日にちも問わず。大谷はいつだって自転車のペダルを漕ぐ。


もちろん今日だって、それは決しての例外ではなかった。
168 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:53
「げ、マサオ出勤?」
「げって何、げって。そんな嫌そーな…」
「いやー、だってねぇー?何度も言うようだけど…その無意味なバイクスーツはいい加減買い替えなさい」
「…う、仕方ないじゃん、最初はバイクに乗るつもりで準備してから此処に来たんだし……」
「違う!必要性とか、そうじゃなくて!その色をどうにかしろって言ってんの!」
「えー、なんでさぁ」
「それ絶対宅配の格好じゃないから!もっと爽やかなのに……こう……」
何度も同じようなことをブツブツ言っているバイト仲間の斉藤の手から
届け先の住所が明記された紙を受け取って、自転車便にとっては災害を起こさないために
大切な命とも言える、ブレーキをゆっくりと摘む。
きき、きーきー、ききききき。うん、よし、いい感じ。
二度三度鳴らしてからいい具合に調子づいたところで、
ついでに斉藤から「ちょっと、うるさいよー」と声がとんできたところで。
大谷は颯爽と座席に跨がって自転車を歩道の脇へ走らせた。
169 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:54
紫に黄色が混じったヘルメットに派手な赤の刺繍が入った黒いバイクスーツ、
乗っている自転車だけは地味な灰色だけれど、その後部座席には弁当の入った四角の箱。
そのアンバランスさというか、
自転車にわざわざヘルメットとバイクスーツを着込んでいるところから
大分格好のつかないような気もするが、大谷はそんなこと関係ないとばかりに、
人目の多いような道路や、ちょっとした小道なども、関せず顔で通り過ぎてしまうのだ。
バイクスーツなんて、ぱっと見ならばただのジャージに見えない事もない。
ヘルメットも、非常に人間の大切な部分を守っている必須用具だ。念に念を入れるにこしたこと、ないじゃないか。
-------友人の心の持ち用でも移ってしまったのか。大谷はマイペースな人間だった。

今日もやはり同じように人通りが激しいところの信号に引っ掛かって自転車を
止めたところで、後ろから高いとも低いともつかない声がかかった。
170 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:55
「まっさえちゃーん、こんちわぁ」
「おー、あゆみん!」
にひっと前歯を見せて笑った顔が、肩に掛かった白い鞄を風になびかせながら走って近づいてくる。
前の信号を気にしながらも近所に住む大学の後輩、柴田の顔にこちらからも
笑ってみせてから、そういえば今日は火曜だったな、と高層ビルに映された
モニターの時刻表時を見て、走ってきた為か息をきらせている柴田に問いかけた。
「あゆみん、火曜って家庭教師のバイトの日だったよね?こんな所うろついてていいの?」
「へへ、だめだめ、走っても歩いても遅刻。一回出たことは出たんだけど、
 家に忘れ物しちゃったのにさっき気づいてね。…雅恵ちゃんもそのカッチョイイ自転車は、バイトかい?」
「ふふふ、見よ、この立派な豪華な包装を。旬の根菜弁当だぞ」
「あーいいなー。あたし最近野菜結構好きになってきたんだよね」
「欲しいんだったら今夜にでもバイク便、じゃなかった、自転車便御用達、お願いしま−す…っと」
171 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:55
心底羨ましそうな顔で後部座席を見る柴田の頭をぽん、と叩いて、
ちゃっかり宣伝を済ませてから、前の信号が青に切り替わったのに気がつき、
「それじゃ」と片手をあげて改めてペダルを踏んだ。

少し焦らした音をあげてまた走り出す、大事な大事な愛用自転車。自分のものではないけれど。
段々遠ざかって行く柴田が「がんばれー!」との辛いバイク便もどきへの声援をくれたので、
ついへらへら笑ってしまった自分の顔を引き締めるためにも、
しばらく歩道を走って車も人も多く無さそうなところに辿り着いてから
手元に握りしめていた届け先の住所を一度確認しようと
走りながら視線を前から逸らした時と、ほぼ同時に。

いきなり脇の裏道の方から飛び出してきた人影に、
大谷は腕を回して慌てて自転車の進路を変え、
大きく無機質な叫び声をあげるタイヤに顔を顰めながらも、
なんとか人一人を引いてしまう前に薄く溝をつけて急停車した。
172 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:56
「……な…ななな、な……っ!」

あまりにも驚き過ぎて、上手く声にならない。

今まで一年弱。バイクの免許を取ってからは自転車なんてさっぱり使わなくなってはいたが、
それまで一般的に色々な所を乗り回してきたし、速度制限だって守ってるし、
それなりならば自分の腕にも並通りならば自信がある。

しかしまさか、それでも人を轢きそうになるなんて。

信じられない。
いまいち現実味を持てないのをどこかで自覚しながらも、
大谷がぱっと身を翻して自転車の座席から飛び下り、律儀に路上へ立ててから
飛び出してきた子に声をかけようと、勢いよく後ろを振り向いたその時に。

ぐっと、腕を掴まれた。
173 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:56
「…へ?」
「大谷さん、ですよね!!」

思わずでた間抜けた声を阻むように、急に腕を取ってきた女の子が少し訛った声で
大きな声を確かめるように上げる。
何故私の名前をしってるの、とか、あなたは一体誰なの、とか。
そういうことを聞き返す以前に、自分は確かに大谷雅恵なので、その勢いに負けて
かくかくと首を縦に動かしてみせると、その子の顔がパァッと明るくなった--------ような気がした。
大谷がただただ目を瞬かせていると、その子の背格好が、
先程ハンドルを捻る前にちらりと見えた人影にぴったりと一致する事にふと気がついて。
大谷はヘルメットを取って頭を掻いた。
「えー…と」
「あ、初めまして、田中れいなです!」
「た、田中さん?」
「はい!」
174 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:57
……どこかでお会いしましたっけ?
素晴らしくテンポよい良い返事と、元気のよさに思わずそう思ってしまう。
しかし正直この返しはもし以前に会っている人ならば失礼かな、と思い、
けれども「初めまして!」と言われているのだからやはり初対面か、とも思い。
よく分からずに、取りあえず喉まででかかったその言葉を大谷は飲み込んだが。

田中は顔に浮かべた強気な笑顔のまま、そんな大谷から片時も目を離そうとしない。
「えーと」と沈黙に困った大谷が、
取りあえずこの少女が先程飛び出してきた子なんだろうと目処をつけて、
常識範囲にある礼儀のマニュアル通りに、怪我はない、と問いかけようとした時に、
田中の満面に笑った顔にふと目をやって、そして気づいた。

-------この子、目が笑ってない。

笑ってないどころか、なにか視線のようなものを感じる。
視線を感じるといっても、実際に田中の目は大谷に向いているのだからそれは
当たり前なのだが、なんといっても、田中の両目とは他に、何か威圧感を感じるかのような
目に何処からか見られている気がするのだ。
175 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:57
少しゆっくり後ろを振り向いて、辺りに大谷を見ている人間がいないことを確かめてから、
やはり顔は笑っていても目が笑わない田中へ視線を戻し。
大谷は少し迷った後、取りあえずは、やはり礼儀通りの処置を取る事にした。

「えっと、田中さん」
「はい、何でしょうか大谷さん!」
「取りあえず、怪我はないかな。ごめんね、よく前見ないで運転してて」
「あ、いえ…」
でも裏道から飛び出してくるのは普通に危ないよ、とはなんとなく言いづらく、
大谷が先に謝ってみせると、意外にも田中はそこで曖昧な声を出した。
大谷は首を傾げて、どこか怪我でもしているのか、と
彼女の顔を覗き込もうとしたが、すぐに気を取り直したように
田中は心無しか薄くなったような笑顔を上げて、にっと歯を見せて笑った。
「大丈夫です。あたし頑丈なんが取り柄やけん」
「そ?」
田中の声の最後につい出てきてしまったらしい地方の訛りに気はついたが、
そこがどこの訛りなのかはよく分からなかったので、
大谷は微妙な心持ちながらも田中の声に軽い相づちをうつ。
176 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:58
いや、でも。とにかく本当に、怪我だけはしていないようだ。
無理をしている様子もないし、どこか打ったような痣も見分けられない。
大谷が少し安堵の息をついて、そしてそれから、今度は自分の自転車が心配になった。
あんな急ブレーキをかけて、チェーンその他諸々は大丈夫だっただろうか。

「ちょっとごめん」と田中に声を掛けて後ろを振り返り、
自転車のタイヤを少しぐるりと手で回してから、ぐっとブレーキを握る。
ききき、とよく響く音が鳴る。うん、ブレーキは大丈夫。
ならば此所はどうだとベルを鳴らすと、こちらも順調にチリチリと軽快な音がした。

それを聞き届けた大谷は、バイト先の店長直々にこれに乗るよう言われた自転車が無事だったことに
無類の感銘を覚えながら、同時に改めて大きく肩で息をついた。
田中も無事、自転車も無事。なら、今回のハプニングで怪我人は誰もいないことになる。
177 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:58
「よかったぁ」と大谷が堪らず思った事を声に漏らすと、
後ろでその様子を見ていた田中が変に顔を曲げた事には、誰も気がつきはしなかった。
勿論、大谷もそれには気づく様子もなく。
その直後に浮かれた顔で後ろを振り返り、
もう一度謝ってから、家に田中を送って行って、その両親にも謝らないと、と
そう考えてもう一人乗せられそうな自転車の後部座席にふと目をやったが、
そこにあった四角形の少しひしゃげた箱に、「あっ」と大谷は仰天した。


「…弁当ッ!!」


仰天したついでに、ついつい大きな叫び声まで上げてしまう。
178 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:59
何人かの通行人がそんな大谷を振り返ったのにも関わらず、
轢きそうになった子をこんな場所に置いて行っていいものか、と
田中へ少々の罪悪感を胸に残しながらも、
脳裏に『苦情がきたじゃないのよ!』と怒り心頭した時の斉藤の顔を思い出し。
思わずたった二の腕の鳥肌を沈めながら、良心を痛めつつ
田中に別れを手早く告げて自転車の座席へ飛び乗った。
そしてしつこく確認する。ききき、きーきき---------うん、順調。
相変わらずの調子のブレーキを何かを誤魔化すように鳴らして、
改めてのスタートを大谷は切ろうとした、が。

やはりそこも、この田中に食い止められた。

「ちょっと待って下さい、大谷さん!」
「うぇ?!」

突然掛けられるとは予想しなかった大声に、大谷はハンドルから手を滑らして
派手に転けそうになったところを、なんとか立ち直らせて顔をあげる。
179 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 21:59
ヘルメットを既に装着していたので、田中の顔はなんだか黒い着色が施されてはいるが、
その薄く見える強気な顔は、もう笑顔を浮かべてはいない事が分かった。
いやだがしかし。…笑顔の代わりに、何か、とてつもなく強大な意志を秘めた顔だ。
大谷はRPGにでもでてきそうなその台詞回しを、恥ずかしげもなく直感的に感じた。
実際、この田中の顔のことをそう言うんだろうなぁと、大谷はついつい、しげしげと田中の顔を覗き込んでしまう。
その思わずといった大谷の行動を、田中は一体どう取ったのか。
田中は不意に大谷へ向かってキラリと目を光らせると、
口をきゅっと真一文字に結んで、勢い良く。
それはそれは唐突に、深く深く、頭を下げた。
180 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 22:00


「あたしを…!」
「あたしを、弟子にして下さい!!」

181 名前:「極道」 投稿日:2004/04/26(月) 22:00



その声が、人気のない通りに響き渡ったその瞬間。
一体何を大谷の体は感じとったのか。

そうしなければ、とまるで誰かに促されたかのように、
大谷はペダルを大奮発に足で踏みつけて、その場から全速力で逃げ出していた。


182 名前:名無しの人 投稿日:2004/04/26(月) 22:06
更新終了です。
最初は大谷さん、普通にバイトはバイク便でしたが慌てて変更しました。

>>160さん
好きと言っていただけてありがとうございます。
いいですよね、好きなCPが増えて来てくれると。切実に実感致しましたw
>>161さん
初っぱなからダークですみませんw
色々とこれからも脇は出して行くつもりですが、主に私の趣味へ走って行くかと…
好奇心的には推しを聞いてみたいんですがw
期待に答えられるよう頑張って行くつもりですので、よろしくお願いします。
183 名前:名無し飼育 投稿日:2004/04/27(火) 13:39
待ってました
マジ期待してます
184 名前:rina 投稿日:2004/08/11(水) 12:29
遅くなってしまいました・・・。
更新お疲れ様です。
すごく期待してますっ!頑張ってくださいっ!

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