年中無休、きみが好き

1 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:43

主な登場人物は85年組+86年組+紺野さんです。
ありきたりな学園ものですが、よろしくお願いします。
2 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:43

つい一週間前、衣替えしたばかりの夏服。
6月の頭、初夏の朝。
日差しはもちろん、この季節で何が辛いかと言えばその湿気だ。
じめじめと纏わり付くようなダルさばかりが体に堪える陽気の中、私立H女子
大付属高校へ通学途中の生徒たちには、既に文句を言う気力すらないらしい。

亜弥と共に当校途中の幼馴染み、真希にしてもそれは例外でないらしく、
(もっとも彼女の場合、絶対的に口数が少ないということもあるけれど)
暑さと朝の寝起きの悪さからくる険しい表情を隠そうともせず、ひたすら黙々と
なだらか上り坂を歩き続けている。
3 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:44

「ねーぇー真希ちゃん」

同じ学校に通う2人の朝の目的地は同じだ。
一緒に当校するべく並んで歩いていても、歩幅もペースも違う真希に亜弥は
しばしば置いていかれそうになった。

距離が開く度、ちょこちょこと小走りでその背中を追い掛けている亜弥に
真希も当然気付いているの筈なのに、その歩調が緩められることはない。
といっても、亜弥はそのことについて不満を持っている訳ではなかった。

真希から見て一歩分、斜め後ろ。
その位置から、自分より若干背の高い幼馴染みを見つめているのは好きだった。
4 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:45

「真希ちゃんってばぁ」

いつもの低位置、真希の斜め後ろに追いすがりながら、亜弥が間延びした声
で幼馴染みの名を呼んだ。
2度目の呼び掛けに、ようやく反応するマイペースな彼女。
ゆっくり振り向く端整な横顔。

「何」
「…なんでもない」
「何それ」

本当は「歩くのが速い!」とでも一喝してやりたかったのだけど、真っ直ぐに
彼女に見据えられると亜弥は何も言えなくなる。
(だって、思いっきり機嫌の悪い顔してるんだもん)
5 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:45

目が合った途端に目を逸らされ、更には用件をも曖昧にはぐらかされた真希は、
一瞬眉根を寄せただけですぐにまた、前を向いた。

(何で、最近はこーなんだろ…いつからこーなっちゃったんだろ)

真希の視線から自分が外れたのを認めて、亜弥は小さく溜息をついた。
6 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:46
7 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:46
後藤真希。高校3年生。
松浦亜弥。高校2年生。

2人の出会いは、今からおよそ13年ほどまえに遡る。
8 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:47

後藤家がその訪問を受けたのは午後1時を少し回ったくらいのことで、丁度
昼食の後片付けをしていた母親に代わり、インターフォンに応じ玄関に立った
幼い真希が目にしたのは、四角い包みを手にした20代半ばと見られる女性
だった。

目鼻立ちのはっきりした美人である。女性は真希を見るとにっこりと優雅に
微笑み、「お母さん、いるかな?」と優しく語りかけてきた。
1つ2つ頷き返し、慌てて母親を呼びに戻る。

『こんにちは、突然の訪問で申し訳ありません。隣に越してきました、
 松浦といいます。これからどうもお世話になります。
 あ、それとこれ、つまらないものですけど、どうぞ』
9 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:48

エプロンで濡れた手を拭きつつ玄関口に母親が姿を見せると、女性は艶やか
なよく響く声で挨拶を口にした。手にした包みが、かさりと音を立てる。
「あらあら」、と自分よりも遥かに若いお隣さんの挨拶に、真希の母親は下町
の女性らしく、親しみを込めた笑顔で頭を下げる。

『いえいえこちらこそ、どうもご丁寧な挨拶で。
 あら、娘さんがいらっしゃるんですか、お名前は?』

真希の母親は、目ざとく女性の後ろに見え隠れする、小さな少女の姿を
認めて問うた。

『亜弥です、今年4歳になるんですよ』
『じゃ、うちの娘と1つ違いになりますね。ほら真希、ご挨拶しなさい』
10 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:48

母親同士の会話をぼうっと聞いていた後藤家の娘、当時4歳の真希は、突然
自分に話が振られたことに当惑しながらも、その会話の主旨が分からない
ではなかった。

けれど、真希という少女は人見知りが激しい。
玄関口に立つ母親の背中に隠れるようにして、真希はそっと来訪者である
松浦夫人を見上げ、「こんにちは」、と何とか消え入りそうな声で言った。

『可愛いお子さんですのね』
『いいえぇ、あんまり親の言うことも聞かない、やんちゃな娘ですよ』

母親同士は初対面にも関わらず気が合ったのか、それ以降は娘を意に
介することもなく、たちまちお決まりの世間話に花を咲かせ始めた。
11 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:49

もう自分がこの場にいる必要はないと判断した真希が、自分の部屋に
戻ろうかと思ったその時、不意に視線を感じて振り返った。

『………』
『………』

松浦夫人の足にしがみつくような格好で、真希よりも更に幼いと見られる少女
が、好奇の入り混じった目で自分をじっと見つめていた。
それが、当時3歳そこそこの亜弥だった。
円らな瞳が、真希の姿を映し出す。

(…ちっちゃいなぁ)
真希の、亜弥に対する第一印象は、そんなものだったらしい。

亜弥自身は、記念すべき初対面の記憶はあやふやで朧げではあるものの、
ただその黒い瞳が何となく真希の中に印象づけられたという話は後々、彼女
自身の口から聞いて、知るところとなる。
12 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:49

何となく目が離せずにしばらく見つめ合った後、真希はいつもかかさず見て
いるテレビ番組が始まることを思い出し、回れ右して居間へ消えた。
まだ、背中に亜弥の視線が注がれているのを充分意識しながら。
―――
13 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:50

その日の夜、真希は改まった表情で母親に告げられた。
『亜弥ちゃんはね、遠いところから引っ越してきたばかりでお友達もいないし
 真希よりも年下なんだから、ちゃんと面倒見てあげるのよ』

いいわね?しっかりやってね、と念を押されて、真希は深く考えることなくうん、
分かったと短く答えた。
母親は娘がほとんど自分の言いたいことを悟っていないことに気付く。
テレビアニメの方に気を取られたままの返事だった。
14 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:50

松浦一家が、後藤家のお隣さんに西の方から越してきてからというもの、2人
は家族ぐるみの付き合いも含め、幼馴染みとして共に成長してきた。
最初の出会いで、2人が会話を交わすことはなかったし、また大人のように
社交辞令で愛想笑いをすることもなかった。

他愛のない、どこにでもあるような出会いだ。
詳細はほとんど思い出せない程度の、人生の中、数ある出会いのうちの1つ
に過ぎない。

しかし、近所に住んでいた当時の真希の友人らは、ほとんどが真希よりも年上
だったせいもあり、自分よりも幼い少女を相手にしたことがなかった真希は、
初めて「誰かの面倒を見る」というお姉さんらしい行為に、彼女なりに責任を
感じるようになったという。
15 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:52

『だってあの頃の亜弥ってさー、年下ってことを差し引いても小柄で細くて、
 いかにも苛められやすそうな感じしてたし』とは真希の弁だ。

しかし、天邪鬼な真希が本音を語ることはなかろうが、彼女の年上の友人たちが
揃って小学校に入学したため、遊び相手が激減してしまった真希にとって、
新しい「おともだち」が出来るのは歓迎すべきことだったろう。

『しょーがないから、お姉さんが助けてあげなきゃって思うじゃん』
『真希ちゃん、男の子より力もちで喧嘩強かったもんね』
『うっさいなー』

割とポーカーフェイスで感情の起伏が少ない真希と、
活発で無邪気に笑顔を振り撒く天然アイドル気質の亜弥。
全く正反対とも言えるべき性格が上手い具合に作用したせいか、年齢の差は
関係なしに、順調に良好な関係を保って付き合いを続けてきた。
16 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:52

その意味で言えば、真希が幼いころに上の空で母親と交わした『亜弥の面倒
を見る』という約束は確実に守られていることになるが、真希としても自覚のない
ところだろう。
そんな約束自体、既に記憶からは抜け落ちているのだから。
17 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:53

真希の部屋にも亜弥の部屋にも、2人の成長を記録する写真が収められた
アルバムが何冊も埃を積もらせている。

家族ぐるみでキャンプした時の写真。
海へ遊びに行って、真っ黒に日焼けした時の写真。
初めて2人だけで亜弥のおばあちゃん家に泊り行った時の写真。

家の近所で遊びまわっている、単なる2人の日常を切り取った瞬間の写真など
は、それこそ無数にアルバムの中に収められている。

学年が違うため学校行事の写真こそ少ないものの、運動会にて同じ体操着に
身を包み、無邪気に手を繋いでVサインを向けた写真は現在、後藤家のリビング
に今も飾られている。
いつの頃の写真も、真希は亜弥よりほんの少し、背が高い。

それでも年が上がれば距離感も変わるというもの。
年を重ねる毎に、2人が一緒に肩を並べた写真は明らかに減っていた。
18 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:54
 
19 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:54

(高校に入ってからくらいかなぁ。…真希ちゃんが変わったのって)

そしてつい昨年のこと。
女子高に進学した真希を追い、亜弥もまた同じ高校へと入学を果たした。
単純に、真希だけを追ってという訳ではないにしろ、彼女が同校に在籍して
いた事実は、亜弥の進路を決定付ける理由の何割かには値した筈だ。

勉強を教えてもらう、という大義名分をかざして真希の部屋に居座りながら、
何故かその勉強に励むことなくのんびりとココアを啜っていた亜弥と真希は
こんな会話を交わしたことがある。
20 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:55

『亜弥さぁ、ホントにうちの学校来る気あんの?』
『そうだよ、駄目?』
『駄目じゃないけど……全然やる気ないじゃん。何でアタシの部屋で呑気に
 ココアなんか飲んでんだか。勉強しろよ受験生』
『だって、息抜きは必要でしょ』

あっけらかんと笑って見せる亜弥に、真希もそれ以上強い態度を取ることは
出来なかった。何だかんだ言って要領の良いこの幼馴染みは、やると決めた
ことは望んだ通りの結果を残している。

『まぁいいけどさー』
追求するのは止め、真希はベッドにごろんとうつ伏せに転がり、読み掛けの
雑誌に目を落とした。ふと思い出したように聞く。
21 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:55

『そういや、何でウチの学校に決めたわけ』
『うん。あのね、また吉澤センパイと一緒にバレーやりたいし、今の成績なら
 大丈夫だって言われたし、制服可愛いし、…』

―― それに、真希ちゃんが一緒だし。

喉まで出掛かったその言葉は飲み込んだ。
敢えて口にしなくても、おそらく自分の幼馴染みは気付いている筈だし、
本心を伝えなくても真希は本音で「頑張れ」、と応援してくれたので。

(あの時はまだ、普通に話、できてたのに…)
22 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:56

合格発表のときは、真っ先に「おめでとう」メールをくれた。
一緒に小さなケーキでお祝いもした。
入学式の前に、最初に制服姿を披露したのも、真希が相手だ。

『わぁー、あたし、可愛い…』
『自分で言うかフツー』
『じゃぁ真希ちゃん褒めてよぉ。こんなに可愛いんだから』
『ハイハイ、亜弥ちゃんカワイーですねー』
『何でそんなに投げやりなのっ!』

馬鹿話で、しばらく笑い転げたこともあった。
自惚れじゃない、間違いなく気持ちは通じ合っていたと思う。
23 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:56

けれど。
このところ、真希が亜弥に笑い掛けてくれることがめっきり少なくなっている。
亜弥が高校に入学して1年目、2年生に進級したここ最近は、一緒にいても
真希の気持ちを掴みあぐねるようになっていた。
何故かは分からない。理由の判明しないまま、亜弥は真希の背中を見つめ
続けている。
24 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:57

昔は。

そう、何の疑問もなくお隣さんの「真希ちゃん」に懐き、手を繋いで笑いながら
一緒に学校の道のりを歩いた小学生時代。

揃いのセーラー服を単純に喜びながら、真希の運転する自転車に2人乗りして
先生に怒られてばかりいた中学生時代。

決して仲が悪くなった訳ではないし、
真希が亜弥を嫌っている風にも見えない。
朝は一緒に学校行こうね、と言えば絶対にNOとは言わないし、
亜弥が部活のため帰りが遅くなるときなど、真希は帰宅部であるにも関わらず、
バイトなどの用事がなければ約束しなくても待っていてくれる。
25 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:57

けれど、高校へ進学してからというもの、2人の関係は何かが変わった。
向こうがそっけなくなったのだ、と亜弥は思う。
真希と共に高校まで電車通学するようになり、話す時間は十分にあるし、話題
も豊富にあるはずなのに、2人の会話が続かない。

『あのねぇ真希ちゃん、こないだ、吉澤センパイがねぇ…』
『んんー、あそう』
『そういえばね、ちょっと髪の色抜いたんだぁあたし』
『へぇ』
『真希ちゃん、髪切ったんだね。何で切っちゃったの?』
『…別に何となく』
『……………』
『…………』

どんなに真希に纏わりついても、昔のように構ってくれることは無くなった。
彼女の口数は、日々減っていっているように感じた。
26 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:58
――――

既に学校への最寄の駅を降りて、2人は学校までの通学路を歩いている。
最近「何となく」髪を切った真希、そのセミロングの毛先がちらちらと揺れるのを
見つめながら、亜弥は再び、溜息をついた。

後ろ姿を見ることが多くなった。
昔はいつも、横顔を見上げていたけど。
いつからだろう、真希の真横ではなく、斜め後ろを好むようになったのは。

手を繋ぐことだって、今は全くない。
そりゃ、高校生にもなったんだから小さな子供みたいに無邪気に手なんて
握れないかもしれないけど、さ。
鞄を持つ手とは逆の空っぽの手を無意味にぶんぶん振り回し、亜弥はひたすら
心の中で愚痴っていた。

(遠くなっちゃったんだよね)

腕を伸ばす。真希の背中には、到底届かない。距離は開く。
27 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:58

(真希ちゃんて気まぐれだし無口な方だし、もともと何を考えてるのか分から
 ないこと、多かったけど)

亜弥も頭では分かっている。
子供のままではいられない。確実に自分たちは大人へと近づいていて、それに
見合った成長を遂げていかなくてはいけないことぐらい。

しかし、いつも隣を歩いていた幼馴染みに置いていかれることに、亜弥は何時
の頃からか漠然とした不安を抱くようになっていた。
また、じわじわとした言い知れぬ焦燥をも感じていた。

真希だけが大人になって、自分は取り残される。
28 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 13:59

寂しさがここ最近、亜弥の胸で渦巻いていた。
どんどん溝が深くなっていくのだ。今はまだ、一緒に登下校はしているけれど、
それももう長くは続かない。
早く亜弥は伝えなくてはいけなかった。スムーズに口をついて出ないのは、
相手の反応が想像出来ず、それが怖いのだ。

「あのね、真希ちゃん」
「もー、何なのさっきから」

意を決して呼びかけた亜弥に、真希はやや不機嫌そうな表情を向けた。
くじけそうになる気持ちを奮い立たせて、亜弥は口を開く。

「来週からね、バレー部の朝練が始まるの。
 だから、朝は一緒にガッコ行けなくなっちゃった」
「あ…そ」
真希の態度は、ちらりと亜弥を一瞥しただけ。それだけだった。
「…何それ?」
29 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:00

拍子抜けするというより、あまりに興味の薄い反応に亜弥は小さな怒りが
ふつふつと膨れ上がるのを感じた。
蔑ろにされる度、少しずつ鬱積されてきた怒り。

「あ、そって。ずーっと一緒にガッコ行ってたのに、なんで、そんなにあっさり
 納得しちゃうの!?」
「それだけって……しょーがないじゃん?決まったことなんでしょ」
「そーだけど、何ていうか…」
(すっごい勇気出して言ったのに、冷た過ぎるよぉ…それ)

尖った気持ちを抑え込もうと必死になる亜弥に、
「大変だね、運動部は。よっすぃーにヨロシク言っといて」
部活の先輩にあたるバレー部のキャプテン、吉澤ひとみの名を引き合いに
出し、ほとんど感情の掴めない声で言い放って真希はさっさと歩き出した。
30 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:00

(本当ーにそれだけ?)

ぷうっと頬を膨らませて、亜弥はその場に立ち尽くしていた。
真希は振り返りもしない。
(どぉでもいいんだ?一緒に学校に行けなくなることぐらい)
31 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:01

……
再び、亜弥は昔を回想する。
夕暮れ時、公園に残っているのは真希と亜弥、2人だけ。
公園の片隅にでんと置かれた土管の中に、膝を抱えて蹲っているのは幼い
亜弥だ。その土管を覗き込みながら話し掛けているのは、真希。

『アヤちゃんどうしたの、帰らないの?』
『帰んない。あや、ずっとここにいるもん』
『なに怒ってんの』
『……マキちゃん、あやのことほっといて他の子とばっか遊んでんだもん』
『それで怒ってんの?』
『あや、マキちゃんなんか嫌いだもん。だからずっとここにいるもん』
『だってしょーがないじゃん、アヤちゃんは年下なんだからさぁ』

引っ越してきてから、最初に亜弥にできた友達は真希であり、他にも少しずつ
友達が増えてはいたとはいえ依然、亜弥の中で1番といえる存在だったのは
やはり、真希だけだった。
「特別」と言える関係。
32 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:01

その真希が、偶然同じ公園で遊んでいた小学生と友達同士だったことが
この時亜弥が拗ねることになった発端だったと思う。

『……』
『怒んないでよー、あ、そだ、今からうちおいで、一緒にお菓子つくろーよ。
 こないだお姉ちゃんに教えてもらったんだ、クッキーの作り方。
 うちでなら、まだも少し遅くまで遊んでても大丈夫だよ』
『………』
『ね?アヤちゃーん』
『………しょうがないから、マキちゃんと遊んであげてもいいよ』
『うん。ありがと』
………

子供の頃は、こうやって亜弥がむくれているとお姉さん格だった真希は
あれこれとよく構ってくれたものだった。
33 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:01

並んで歩いていたはずの亜弥が1人立ち止まり膨れっ面で俯いていると、
しばらく1人で進んだ後に、隣の亜弥がいないことにようやく気付く真希は
慌てた調子で亜弥の元へと駆け戻ってくる。
心配したような困ったような顔で、必死に亜弥を励ましたり、なだめたり、
何とか笑わそうとしたり。

どう考えても亜弥が理不尽な駄々をこねても、先に折れるのは真希の方で。
真希が自分より他の子と仲が良い、構ってくれない、そういった些細な理由で
亜弥が拗ねるのは日常茶飯事だったけれど、
いつも最後には真希に手を引かれて帰途についていた、幼い日々。

……そんな真希ちゃんが、好きだったのに。
34 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:02

一緒に登校できなくなると告げることは、亜弥にとっては一大決心だった。

真希だって、現状が昔より随分淡白な付き合いになっていることを実感して
いるのは、おそらく間違いないのだ。
会話が繋がらなくても、背中ばかり追いかけていても、真希と共に成長
してきた日々は亜弥にとっては大切な時間だった。

ただ高校生になったから、
大人へと近づいてきたからという理由だけで、
「幼馴染み」として過ごしてきた絆が、あっさり切れてしまうのは嫌だった。

それを、彼女はなんとも思っていない。
真希が無言でその答えを突きつけてきたように感じて、それが悲しく
とても悔しかった。
(…真希ちゃんのばかぁ)
35 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:02

『ほらアヤちゃん、行こ?』
『うん』
……

小さな真希の差し出す手はやはり小さいけれど、その頃の亜弥にはその
暖かな掌がどれほど心強かったことか。

しかし、現実の真希は、振り向きもしない。
1人、通学途中の他の生徒らの流れから取り残され、段々と小さくなっていく
真希の後ろ姿を見送りながら亜弥は、泣きたいような気分になっていた。
36 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:03

喧嘩をしたとか、せめて明確な理由が分かれば対処のしようもある。
けれどいくら考えても、真希のそっけない態度について亜弥に心当たりは
浮かばなかった。
ただ寂しくて、胸の中がすうすうと冷えている。

姿が見えなくなるまで見つめ続けても、ついに真希が振り返ることはなかった。

(…ばかぁ〜…)

そんな些細なことでも、真希と自分を繋ぐ線がまた1つ消えたようで、
亜弥の心の中の火も1つ、消えたようだった。
37 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:04
とりあえず、中心となる2人だけ出ました。
出だしは難しいですね…やたら説明臭い文章で読みにくいかもしれないです。
次回更新からまた他メンが登場しますので、よろしくお願いします。
(30レス以上使って、まだ学校に到着しないとは;)
38 名前:m2 投稿日:2004/01/12(月) 14:06
訂正です。
初っ端から「当校」→「登校」でした。バカタレー
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/12(月) 15:17
同じ板で書かせて頂いているヘボ作者です。
これは…あやごまですかね?
期待できる作品です。応援してますので頑張って下さい!
40 名前:dada 投稿日:2004/01/12(月) 19:47
私のなかで85組+86組+紺野さんはtop10に入るメンバーです!
あやごまも好きなCPなんで期待してます。
残りのメンバーがどう関わってくるんでしょうか?
41 名前:つみ 投稿日:2004/01/13(火) 01:23
期待してます!あやごまでしょうかね〜?
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/13(火) 11:07
あやごまだといいな
好きなんだけどあんまり見かけないから・・・
43 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:03
3−A
44 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:04

「おはよー」
「おはぁ。あ、ごっちんおはよー」
「…………」
「……ごっつぁん?」

異様に不機嫌なオーラを振り撒きながら登校してきたと思ったら、にこやかに
挨拶を投げかけてくるクラスメイトには振り向きもしない。
爽やかな朝、とは正反対の重苦しい空気を背負って、梨華の友人はむっつりと
黙りこくったままバンッ!と鞄を叩きつけるように机へ置いた。

その荒っぽい態度に、付近にいた生徒らは「今日の彼女には近付かない方が
賢明だ」、と正しい判断を下し、遠巻きに散っていく。
そんな空気をもろともせず彼女に近付く少女が、1人。
機嫌の悪さを隠そうともしない友人・後藤真希を前に、石川梨華は
「荒れてるねー」
と持ち前の明るい声でたしなめるように話し掛けた。
45 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:04

「何かあったの?物にあたるなんて、ごっつぁんらしくないじゃない」
「べっつにぃ。いつも通りですけど後藤はー」

だるそうな表情で髪をかき上げ、どう考えてもいつもよりは格段に愛想の悪い
態度でぶっきらぼうに真希が言い返す。

「だったらそんなに怖い顔しないの」
「怖くないってば」
「だってごっつぁん、こーんなしかめ面になってるよ」

眉間に皺を寄せ、わざと厳しい顔つきを作ろうとしている友人は、どう見ても
迫力のある表情を作り出すには無理がある。
おっとりとした可愛らしいその容姿では、どんなに繕っても「怖い」という形容は
当てはまらない。
46 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:04

「元々こーゆう顔だよ。悪かったですね、怖い顔で。
 しかも梨華ちゃん、その可愛くないから止めた方がいいと思う、ていうか変」
「え、やだ変とかはっきり言わないでよぉー」

真希の機嫌の悪い顔を真似しようとしている彼女のそれは、ただ眉間に皺が
入り八の字眉を型作っているだけで、どちらかというと泣き出しそうな、情けない
表情と言った方が近い。

一瞬、間抜けな表情の梨華に吹き出しそうになった真希は、遠慮なく感想を
口に出すと再び表情を厳しいものに戻した。
彼女の笑顔は続かない。

梨華が高校に入ってから仲良くなった真希は、低血圧のため朝から機嫌が
良いことなど皆無に等しいとしても、朝っぱらこの友人の刺々しい雰囲気は
尋常ではなかった。
47 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:05

「やっぱりごっつぁん、何かあったでしょ」
「…ないってば」
「本当に?」

おせっかい焼き気質がむくむくと頭を擡げ、梨華は真希の席の前へ腰掛け、
そのしかめ面を覗き込んだ。

「朝から機嫌が悪いってことは、亜弥ちゃん絡みじゃない?」
髪を弄っていた真希の肩が、ぴくりと動く。
分かりやすい反応に苦笑しながら、梨華は友人の不機嫌の理由が彼女の
幼馴染みである後輩の松浦亜弥にあると確信した。

抜群に可愛い2年生、と評判の後輩は話してみると非常に社交的で、真希とは
正反対の人懐こい性格のため、真希を通じて梨華も亜弥とは付き合いがあった。
割と年上に可愛がられるタイプなのかもしれない。
48 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:05

偶然廊下などで顔を合わせる度に、『石川せんぱーい!』と駆け寄ってきては
ニコニコと話し掛けてくる彼女に、梨華は好感すら抱いている。

「何かあったの?喧嘩でもした?」
「喧嘩じゃないよ」
「じゃぁ何よぉ。意地悪して泣かせちゃったとか」
「意地悪って、梨華ちゃんあのね…小学生じゃないんだから」

茶化すような口調でも、梨華が本心で自分を心配していることの分かるため、
真希は強く反論することができなかった。

石川梨華という少女の特性は、その「女らしさ」にあり、真希は当初、全く自分
とは性質の違う人間だと敬遠しがちだった。
その彼女と何故、未だに友人関係を続けていられるのか、真希は自分でもよく
分かっていない。まぁ、意外と相性は悪くないのだろう。
49 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:06

ただ言えるのは、真希は梨華に強い態度を取ることができなかった。
どちらかというと男っぽい気質の真希、女の子そのものといえる梨華の関係が、
「初々しいカップルみたいだよねー」と揶揄されるように、そのまま普通の男女
の関係を表しているようで、他の友人たちの笑いの種となることが多々あった。

「何も無いって顔してないよ、ごっつぁん」
「………」
「相談っていうほど仰々しくするつもりないけど、気になるでしょ。
 友達が、晴れない顔してるのは」
「………」
「言いたくないなら、無理にとは言わないけど」
「………」
「喋ってすっきりするなら、それも1つの手だよ?」

ふと、真希が顔を上げて梨華と視線を交差させた。
何が言いたげな表情で口を開き、また閉じ、俯いたまま再び口を開く。
50 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:07

「…梨華ちゃん」
「何?」
「あのさ……」
「うん?」
「えっと………」

正面から見つめてくる梨華に根負けした形で、自分を変だと示した上で、真希が
ぼそぼそと話し始める。

「何か…最近、変なんだよ」
「変って?何が?」
「……後藤、が」

駆け引きなどではない、真希も捌け口のない重苦しい気持ちを誰かに共有して
貰いたいという気持ちが全くないと言えば嘘になる。
そして、鬱々とした思いを打ち明けるのに、今のところ梨華以上の適任者は
真希には考え付かなかった。
51 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:09

「今朝、っていうかついさっきなんだけど、亜弥からさ。来週から朝練始まるから
 一緒に登校できなくなるって言われて」
「あぁ、バレー部ね」

小さく、梨華が頷く。
亜弥がバレー部に所属していることは、梨華も知っていた。

バレー部の主将である「よっすぃー」こと吉澤ひとみは、真希と梨課の2人が
2年生の時に同じクラスに在籍していた共通の友人である。
3年生に進級してから文系・理系の方向性の違いでクラスは別れたものの、
付き合いは未だ続いていた。数少ない真希の友人の1人だ。

「よっすぃーが最後の追い込みで練習量増やすって言ってたけど、今まで
 朝練やってなかったのが不思議なくらいだよね。バレー部。
 テニス部もやっぱ、朝練やんなきゃ駄目かなー?」
52 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:09

その吉澤ひとみの言葉を思い出したようで、こちらはテニス部主将を務める
梨華がふと呟くと、相変わらずの仏頂面で真希が横槍を入れた。

「今更練習量増やしたところで、意味なんてあんのかな。
 大会って2週間後なんでしょ?悪あがきだよ」
「口悪いんだから、ごっつぁんてば…」

その悪態が、決して真希の本心から出ているのでないことが分かっている
梨華としては、苦笑するしかなかった。

「ま、帰宅部の後藤には関係ない話だけど」
機嫌の悪さに任せて言い捨てる。投げやりな口調には、部活動に参加せず、
帰宅部である真希の負け惜しみが滲んでいた。

「で、一緒に登校できなくなるよって亜弥ちゃんに言われてどしたの?」
逸れた話題を本筋に戻し、梨華が促す。
53 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:10

しばらく口篭った後、真希は吐き出すように言った。
それは梨華にだけ聞こえる程度の囁きで。

「なんか、苛々して……それ聞いてから」
「苛々する?」
同じように声を潜めて、梨華が聞き返す。
「おかしいんだよね、絶対、なんか」ゆっくり首を振りながら真希は何処か
心許なく、憂鬱そうな表情で言った。

「朝練は部活の都合で、別に後藤が口出しすることじゃないし、そもそも全然
 関係ない話だし、亜弥がどれだけ束縛されようが知ったこっちゃない、
 ハズでしょ?なのに、何で後藤は苛ついてんだ…」

後半のほとんどは、自分に語りかけたものではなく、内容からして真希の独り言
として梨華は認識した。
彼女自身も、自らの感情の揺れの原因が理解できないらしい。
あまり表に感情を出さない、真希の眉間に刻まれた皺が、彼女の困惑をありあり
と示していた。
54 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:12

愛情や友情ではなく、家族愛に近い2人の姿。

「亜弥は幼馴染みで、小さい頃から隣の家に住んでて、後藤は年上だったから
 当たり前みたいにアイツの面倒見てて。
 なんつーか、一緒にいるのが当然、みたいな空気があって」
「…うん、何となく、分かるよ」

クールそうな外見の裏、実は人見知りの激しいという性格の真希は、本当に
心を開く友人たちの存在は限られていて、その中でも梨華の判断する限り、
亜弥と真希の自然な関係は特別に思えた。
55 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:12

「亜弥は変わらない。昔からずっと無邪気に甘えてくる。本当の姉に接する
 みたいに後藤に懐いてる。変わったのはこっちの方なんだよね。
 …でも、変わらなきゃいけないと思ったから」

「なぜ?」
「だってさぁ、うちらもう18になるんだよ、子供じゃないんだよ?昔と同じ付き
 合いを続けてく方が、それができると考える方が間違いなんじゃないの?」
「そうかな」

梨華の表情はあくまで優しい。
刺のある言い方をしたかなと、真希は口調を改めて続けた。

「亜弥といると、何でだろ、最近すごい居心地悪くて。
 昔はただ可愛かったんだ。素直な性格だから、反応だっていつもストレートで。
 一緒にいるとすごい楽しかったんだけど。何も考えずに、こんな風に疑問も
 持たずにいられたんだけど」
56 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:13

どうにも否定的な口調のまま、真希は含みを持たせたまま話し続ける。
普段は遠慮知らずと思うくらい、言い辛いことも淀むことなく口にする真希だけ
に、その歯切れの悪さに梨華は何となく話の雲行きの悪さを感じ取った。

「今まではそうだったんでしょ?今は、違うの?」
「…っていうかさ、高校に入ってから、その素直さが疲れちゃってさ。
 捻くれ者になった自分をすごい思い知らされるし、それに……
 昔みたいに、妹として亜弥と付き合うことが出来なくなった」

「妹として、じゃないならどういう風に見てるの、亜弥ちゃんのこと」

「分からない」
きっぱりと言い切って、真希は力の抜けた顔で笑った。
57 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:13

「何なんだろう、亜弥は当然、妹じゃないんだ、幼馴染みだったんだよ。
 だけど、もうアイツを守ってやったり庇ってあげたりする年じゃないと思い始め
 てから、分からなくなっちゃった。妹でもない、友達でもない、
 ――― ただの幼馴染み」
「だったら、別にそれでいいじゃない」

一体真希は何を言いたいのだろうと、梨華は思案顔で途方に暮れた。
幼馴染みと定義してしまうことが悪いのだろうか。

「おさななじみ、ってさー。いつまでそれに縛られるんだろう」

(縛られる?)
不意に、真希は机に突っ伏した。顔を伏せてしまったため、梨華にはその
表情は分からない。くぐもった声で、真希は続けた。

「成長する毎に、後藤も、亜弥も…それぞれの世界は広がってて、接点も減って
 いくもんでしょ。それが普通だと思うんだけど。
 うちらの場合さ、いつまでもベッタリで、変じゃないのかな…」
58 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:14

変、だとは思わないよ。

口には出さず、梨華はそっと心の中で呟いた。単純な思考で、他人が安易に
否定する様な悩みではないのだろうから、と。

しかし、真希が「ベッタリで変じゃないか」と言ったその関係性については、
友人の目を通して語らせてもらえば、彼女らは姉妹のようであり、仲の良い
友達同士でもあり、何ら不自然さは感じ得ないのが梨華の本心だった。

「じゃあね、ごっつぁんの言いたいことって」 

一応、頭の中で梨華は整理をつけることにした。

亜弥の長所でもある、明るく純粋な性格と直面し辛く感じ始めたこと。
幼馴染みというだけで、高校生にもなって子供のようにいつも頭を連ねている
自分たちに、疑問を抱いていること。

真希がさっき言い放った「縛られる」とは、亜弥との深過ぎる仲を重荷に感じて
いるということだろうか。
59 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:14

「ごっつぁんは、亜弥ちゃんと距離を置きたいってこと?」
「そう……なのかな」

首を傾げながら、真希は曖昧に肯定しつつ梨華の言葉を繋いだ。
「それが多分、正しいんだけど。だから後藤は、変なんだよ」
「どういうこと?」

「2人の時間が減るって意味では、言い方悪いけど…少しほっとする気持ち
 があったんだ、正直に言うとね」
「………」

とても亜弥には聞かせられないような内容を、真希は平気で口に出した。
この場に亜弥ちゃんがいたら、ショックを受けて泣き出すんじゃないかと梨華は
勝手にそんなことを思う。
勿論、当人がいないから真希は自由に喋っているのだろうけど。
60 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:16

松浦亜弥ともそれなりに交友がある故に、梨華の胸中を複雑な思いが交錯する。

(可哀想だよ、亜弥ちゃんが…)

「でも向こうから一緒に登校できなくなった、って聞いたらなんか、…なんか、
 自分でも、意味分かんないんだけど…何となく納得できなくて、でも何も言え
 る筈なくて、結局それ聞いてから1回も、亜弥の顔見れなかった」

それが先程の、物にあたる様な不機嫌さの原因か。

(もしかして、それって…)

梨華はここで1つ、仮定してみた。
61 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:17

(つまり、ごっつぁんは一緒にいるのは気まずいのに、亜弥ちゃんと過ごす時間
 が減ったことがショックなんでしょう?それって…)

「ねぇごっつぁん、それって、ごっつぁん本当はさ」

「後藤の方がさ、妹離れ、できてないってことだよね」
「妹離れ?…じゃないと思」

「大人になれてないってことなんだよね」
「そういう意味でもないと思」

「今まで常に並んで歩くような付き合い方が自然だったから、亜弥が離れてくのが
 不安なんだ。後藤がちゃんとしなきゃ、亜弥だってずっと妹のままなのに…」

梨華の言葉を遮って、真希は呟き、あぁーもぉーっと自分の頭をぐしゃぐしゃと
掻き乱した。
髪をいじるのが癖の彼女が、自らの髪を乱すというのは相当に混乱しているか、
相当に苛立っている証拠だろう。
62 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:17

 (………ごっつぁん、人の話聞いてよぉ〜…)

不器用に紡がれていく言葉の数々。性格をそのまま反映したような真希の話に、
梨華は唖然としつつ、何と回答してよいものやら考えていた。
真希は分からないのだろうか。
それは単に、バレー部の朝練に亜弥と共有する時間を奪われたことに対する
“嫉妬”という感情に他ならないのではないのか。

鈍いだけか、それとも? 

距離を置きたいというのは、真希自身の亜弥を見る目が変わってきたことを
薄々感じているからではないのだろうかと梨華は思う。
きっとそれこそ、「幼馴染み」という囲いに縛られ過ぎて。
63 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:18

(ただの『幼馴染み』って関係を変えたいんじゃないのかな…ごっつぁん、心の
 奥底ではそんな風に感じてるんじゃないのかな…)

第三者の梨華でさえ、彼女の感情の輪郭が何となく見え初めているのに、真希
自身は全くその思いの正体を掠めてもいないらしい。
64 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:18

「ごっつぁんは、亜弥ちゃんが嫌いなの?」
「嫌いっていうか」

試すように聞いた梨華の問いに、真希は曖昧に笑う。

「好きとか嫌いとか、亜弥とはもうそういう次元の付き合いじゃないと思ってた。
 少なくとも、最近までは。でも何かさ…上手く言えないけど、もう幼馴染みって
 だけの関係で一緒にいるような年齢でもないと思うし、今年はもう受験だし、
 それに」
 
「それに?」
何となく、梨華が悪い予感を覚えた直後。
大きな溜息と共に、真希が呟いた。
65 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:19

「後藤はもう、進路のこと決めてるんだ。そこに、亜弥が介在する余地はない。
 亜弥のことを考えるなら今、ちゃんと距離を置いた方がいいと思う」
「……え…」

虚を突かれる告白だった。
(進路……ってことは)
とすると、梨華が予想した程単純な考えではないのかも知れない。

(でも、どんな進路を選んだとしても、必然的に2人が離れる結果になるとしても、
 今ごっつぁんが亜弥ちゃんから身を引くって理由にはならないよ…)

梨華にも分かる。亜弥の、真希に対する依存度は。
その真希自身が距離を置いた方が良いのだという。それこそが、亜弥のために
もなるのだと。しかし…
66 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:20

「だけど、亜弥ちゃんはそれで納得するの?それよりごっつぁんだって、それで
 いいの?何かおかしいよ、ごっつぁんの言ってること。
 ごっつぁんがどんな進路を希望しているのか知らないけど、どんな未来でも
 今、亜弥ちゃんを突き放すのはやっぱりおかしいよ、変だよ」

「……でも」
「だってそんなの、ごっつぁん1人の都合でしょ?そんな勝手な理由で亜弥ちゃん
 突き放すようなことして、彼女が傷つくとか考えないの?ずるいよ、それは」

別に、この話題で梨華がムキになる理由などなかった。
しかし、根が真面目な梨華は、声を荒げて真っ向から真希に反対意見を突きつける。

「大丈夫なんだ、それが」 
逆に、当事者の真希の方が落ち着いていた。
「大丈夫って、それはごっつぁんの一方的な見方でしょ?」
「違う。亜弥にはちゃんと、支えてくれる人がいる」
「え…?」
67 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:20

「後藤よりきっと精神的にずっと大人で、亜弥と対等に向き合って付き合って
 いられる様な感じの子で」

――― ずっと前から、気付いていた。
68 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:21

  あのね真希ちゃん、バレー部の先輩でね、すっごい可愛い人がいてね、
  あたしに似てるの!ホントに可愛いの!
  
  …それって「先輩」を褒めてんの、自画自賛してんの?

  あはは、両方!
69 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:22

「後藤と一緒にいるときより、亜弥をもっと笑顔にさせることが出来て」 

――― 輝いた表情ってのは、あんな笑顔を言うんだろう。
ごく自然に真希に思わせた、亜弥の姿。
70 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:23

  亜弥、バレー部楽しい?

  うん、楽しいよ。みんな良い人ばっかでね、先輩もみんな優しいし。
  そぉそぉ、こないだ言ってた可愛い先輩とね、仲良くなったんだー。  
  
  良かったじゃん。順調そうで。

  練習は厳しいけどね。でも真希ちゃん以外の年上の人で、あーんなにいっぱい
  色々話せる人、初めてだよ。  
71 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:23

むしろ、その存在を知ったからこそ、真希は亜弥との親密すぎた関係を一新
しようとさえ思ったのだ。
積極的に自分に話し掛ける亜弥を素気無くあしらう度、彼女が不満を募らせて
いることなどとうに承知している。

昔から亜弥は、真希が自分への関心が低いとの理由で怒っていたものだ。

けれど。
もう必要ないのだ、ない筈なのだ。自分は、亜弥にとって。
そして真希にとっても、亜弥が必要ないものと思えるようにしなくてはならない。
導き出した結論は。

「後藤がいなくてもね。亜弥には、ちゃんとバランスの釣り合う人がいるんだよ。
 結構前から、知ってたんだけど」
「……ごっつぁん」
72 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:24

そんなことないよ、と梨華は言おうとした。けれど、言葉にならなかった。
真希の表情は真剣で、横槍を入れることが出来ない、あきらめに似た静けさ
を感じさせる。

「もう今は、亜弥が自分にどんな付き合い方を求めてるのかも分からない後藤
 なんかと一緒にいるより、ずっといい」

脳裏に浮かぶ、幼馴染みの彼女の満面の笑み。

昔は ――― いつ頃までが昔と呼ぶのか分からないけれど、とにかく亜弥に
そんな表情をさせることが出来たのは間違いなく、真希が筆頭だった。
特別面白い冗談を言える訳じゃない、率先して亜弥を率いてどこかへ遊びに
出掛けるような行動力があった訳じゃない、
それでも亜弥は、真希といる時は常に幸せそうな笑顔を浮かべていた。

そして真希自身もその頃はまだ、亜弥に対してごく自然に笑えていたと思う。
73 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:25

歯車が狂い出したのは多分、真希が原因。
勝手に2人の関係に疑問を抱いてぎくしゃくした態度を取り始めた真希が原因。

しかし、自分が今まで陣取っていた「亜弥の隣」というポジションに、知らない
少女が納まり、楽しげな笑い声を上げて顔を寄せ合っているのを偶然目にした
時、真希の感情はぐらついた。

何故か酷く動揺した。そして、やるせない寂しさが胸に広がった。
素直でない真希は余計に、亜弥から遠ざかるようになった。
ここ最近、理由の分からない真希の態度の悪化に、突き放された形の亜弥は
一層寂しさを募らせているようで、沈んだ表情が目に付く。

…悪循環が続いている。
74 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:26

「一緒に帰れなくなったって言われたくらいで苛々してちゃ、駄目なんだ…。
 駄目なのに、やっぱり変だよね、後藤サンは」

話題は振り出しに戻っていた。自嘲気味に言い捨てて、もうこの話はお終い、
とでも言うように真希は手をひらひらと振った。

「………ごっつぁん」

ネガティブ思考に陥ってしまったらしい友人を前に、梨華は彼女に掛けるべき
上手い言葉が見つからなかった。

75 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:26

76 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:27
更新終了です。チャーミー初登場。
レスつくと本当に嬉しいものですね(しみじみ)…ありがとうございます。

>>39 名無し飼育さん
初レス同板作者さんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
あの方かな?と予想してはいるんですけども…、応援ありがとうございます。

>>40 dadaさん
TOP10に入りますか!物凄く趣味が合う気がします。
残りのメンバー、個性を出していけるよう悩み悩み書き進めてますので…
77 名前:m2 投稿日:2004/01/18(日) 22:28
>>41 つみさん
もしかして、雪でナティゴマ書かれてますか?(当方の勘違いなら申し訳)
あやごまでしょうかね〜。作者はあややもごっつぁんも好きです。という返答で。

>>42 名無し飼育さん
確かに連載ものはあやごま少ないですね。というか当方が知ってる限りでは
飼育で1つしか作品を知りません。ご期待に答えられるでしょうかね?

登場人物の年齢設定はリアル世界と若干違いますので。
次回更新時にはまた新たに2人が初登場予定す。よろしくお願いします。
78 名前:dada 投稿日:2004/01/19(月) 00:56
更新お疲れさまです!
バレー部のかわいい先輩と二人の関係はどうなっちゃんでしょうか?

>>76
きっとものすごく気が合うと思います!
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/20(火) 00:16
いしごまにはなりませんか!?
やっぱりごっちんには梨華ちゃんが似合うと思います!!
80 名前:つみ 投稿日:2004/01/20(火) 00:39
この流れはどれだろう・・・
85、6年組みは黄金期ですね〜!
81 名前:名無し 投稿日:2004/01/22(木) 02:09
何やらごっちん複雑ですね。
個人的にミキティの登場が楽しみですv
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/22(木) 08:30
あやごまですか??
おいら、あやごま大好きなんで期待してます。
まっつーに出来た仲のいい先輩って…みきてぃ?
まぁ、そこら辺も期待しながら待ってます。
83 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:48

2−C


――― いつになく暗いな、亜弥ちゃん。

ノロノロとした足取りで教室に入ってきた親友の姿から、紺野あさ美が先ず最初
に受けたのは、そんな印象だった。
普段は(悪い言い方をすれば)鬱陶しいくらいに賑やかしく、明るい調子の友人で
あるからこそ、不調の時や、気分が沈んでいるときは面白いくらいに分かり易い。

「これは何かあったね」
「やね」
斜向かいに座っているもう1人の親友、高橋愛と視線を交わし、互いに亜弥の
落ち込み具合を認め合う。

「…なにかあったの?亜弥ちゃん」

84 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:49

朝の挨拶は取り合えずすっ飛ばして、出し抜けにあさ美は俯いたまま自分の席へ
とぼとぼと向かう親友こと松浦亜弥に声を掛けた。
傍らでは、愛が心配そうに亜弥を見上げている。

当の亜弥は、一瞬暗い表情を見せたものの、すぐに白い歯を見せて
「あ、おはよー2人とも」
明るく笑った。
ぎこちなさは隠せていない。

「明らかに空元気やよ、あれは」
「本当に分かり易いから、亜弥ちゃんは…」

その「いかにも無理して作った」的な笑顔を痛々しく感じ、再びあさ美と愛は顔を
見合わせ、頷きあった。
一方の亜弥は渾身の笑顔が「空元気」と評されて、少々憮然としている。

85 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:50

「別に、何も、変じゃないですぅー。いつも通り、松浦亜弥はスペシャルミラクルに
 可愛いから、いつも通りですぅー」

べっと小さく舌を出して、亜弥は一旦自席に鞄を置きに行ったものの、すぐに
慌しくあさ美と愛の下へと引き返してきた。

「あのね、…本当に何もないからね?」

亜弥にとってありがたいかそうでないかは別として、2人の友人が本心から
自分を気遣っている思いやりは伝わってくる。
傍若無人っぷりを発揮して周囲を困らせることは多いものの、意外と小心者の
彼女は、なおも念を押しておきたいようだった。

「いつも通りだからね、無理なんかしてないからね?」

繰り返す言葉にはやはり、覇気がない。

「そうやの?すっごい暗ーい顔しでたけどぉ」
「なんでもなぁいってば。眠かっただけー」
「……まぁ、亜弥ちゃんが言うなら…」

86 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:51

しかし愛もあさ美もまた、それ以上にことを荒立てるつもりなどなかった。
仲の良い友達同士と言えど、深く探りを入るのが憚られることもあるのだ。

もう一度顔を見合わせた後、曖昧な笑みを浮かべて愛が言う。

「ならえーけど、また後藤先輩と何か喧嘩でもしたんかなーと」
「真希ちゃんはっ!」 
「ほえ?」

不意に話を遮られる形になって、愛は元から大きな目を更に見開いて驚いた
ように声を上げた張本人の亜弥を見つめる。

「真希ちゃんは関係にないからっ!」

いつも弾けんばかりの笑みを絶やさない表情を強張らせて、亜弥が言い放った。
あさ美も、愛に習う様にぎょっとしたように硬直して口を開ける。

87 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:51

「真希ちゃんのことなんか、もう、気にしてなんかあげないんだから、あたしは。
 だから、あたしが元気なくたってどうしたって、真希ちゃんは関係ないの、
 もー絶対、関係ないの、分かった?」

勢いをつけて早口で喋り倒す亜弥を見て、あさ美も愛も
(やっぱり後藤先輩と何かあったんだ)
と思ったのは言うまでもない。

亜弥の言葉から背景にあった事件を導き出すことは容易ではなかったが、
今までもこんな風に登校するなり亜弥の機嫌が悪かったことは何度かある。

88 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:52

――― ワケ分かんないよ、もう。

原因は、一緒に登校してくる彼女の幼馴染み、1つ学年が上の「真希ちゃん」こと
後藤真希との些細な行き違いが発端らしい。
ブルーを通り越してブラックな空気を纏った亜弥が、登校するなり呟いたのだ。

――― なんかすごく、真希ちゃんの態度が、ヨソヨソシイんだ。 

昔はごく普通に仲の良かった2人であるけれど、最近は何故かその後藤先輩
の態度がいやに冷たくなった、そんな理由で。


嫌われているんじゃないか、と本気で落ち込みかけた亜弥を、慌てて
『亜弥ちゃんを嫌いなら、一緒に登下校なんてするわけないて!』
『後藤先輩は誰にでもそっけないし、普通に会話できる後輩なんて、この学校
 じゃ亜弥ちゃんくらいのものだよ!』
などと、あさ美と愛が必死になって慰めた記憶は、つい最近のものだ。

89 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:53

実際に、あまり群れたがらず(本当はただ人見知りしているだけなのだけど)、
一匹狼然とした佇まいの真希は優れた容姿もまた、彼女の冷めた雰囲気を
強調させている感があった。

おいそれと話し掛けられない独特のバリアを張った真希は、その人脈も不思議
なもので。
彼女の特定の友人は、バレー部エース兼主将の吉澤ひとみや、
テニス部主将にして学校一の美少女と誉れ高い石川梨華など、
これまた容姿端麗であることも影響して、やたらと校内で有名な生徒が多い。

孤独を好むかと思えば、仲の良いごく少数の同い年の友人だけには、年相応の
打ち解けた笑顔を見せている。
そのギャップが魅力だと捉える、夢見がちな少女もいるだろう。

更に閉鎖空間とも言える女子高において、中性的で人目を引く容貌とあらば、
隠れファンが多くても何ら不思議ではない。

90 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:53

本人がそうと意識しているかは別として、真希を慕う下級生はあさ美や愛の
知る限り、1人や2人の次元ではなかった。
彼女たちの多くはその姿を黙って見つめるか、また勇気ある者は想いを告げ、
――― そして例外なく、玉砕する。

後藤真希に想いを寄せたが故、涙を流した生徒は数多い。

必要最低限の人間関係しか広げるつもりは毛頭ないという態度は、普段の彼女
の振る舞いを見れば簡単に分かりそうなものなのに。

(ただし、常に周りから一歩引き、近付く人間のほとんどを門前払いしかねない
 突き放した態度ばかり取り続けているが故に、彼女に対する見方は必ずしも
 好意的なものばかりとは言えないけれど)

91 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:54

そんな真希と当たり前の様に肩を並べて歩いている亜弥なのだ、
“普通に会話できる後輩なんて、この学校じゃ亜弥ちゃんくらいのもの”
というあさ美達の指摘は決して大袈裟ではない。

幼馴染みという立場とはいえ毎朝、亜弥が共に登校することでさえ、一部の生徒
らにとっては羨望と嫉妬の的となっている。
彼女らからすれば、『構ってくれない』と感じている亜弥の悩みなど、「贅沢過ぎる」
と切り捨てられる程度のものだろう。

92 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:55

『一緒にいるのに、空気みたいな扱いされたらやっぱりさ、寂しいよ』
『そういうもの?』
『そうだよ。真希ちゃんて鈍感なトコあるから、全然分かってないんだ』

しかし、亜弥にとっては深刻な問題らしい。
幼馴染みが急速に自分から離れていくのは、そんなに寂しいものなのだろうか。


出身が北海道のあさ美や、福井から東京に出てきたばかりの愛には当然、
幼馴染みなど傍にいる筈もなく、亜弥の悩みに同情こそすれ、気安く同調する
ことはできない。

93 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:56

それに亜弥には勿論、真希にもそれぞれの友人関係がある。
当然、お互いの存在だけが人間関係の全てという訳ではない。
何故こんなにも亜弥が真希と疎遠になっていくことに怯えるのか、あさ美には
一抹の予感があった。

(…亜弥ちゃんは幼馴染みって強調するけど…本当は、それ以上の)

「ただの幼馴染み」なのであれば、亜弥がそこまで真希に固執する理由はない。
幼い子供ではないのだ、周りを見渡せばそれこそ大勢の友人に囲まれている
亜弥には。
同学年の友人しか相手にしない真希と違い、亜弥は中学から続けている部活の
人脈も手伝ってか、年上から後輩まで幅広い交友関係を保っているのだし。


けれど、
…亜弥がもし、幼馴染み以上の特別な想いを真希に抱いているだとしたら?

(その可能性は、なくはないけれど…)

94 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:57

その先は考えまいと、あさ美はゆっくりと想像を打ち消した。
もし自分の仮定が事実なら、亜弥の話す真希の冷たい態度が事実であれば、
彼女に望みがあるとは思い難い。

いや、当然あさ美自分はその方面に関してはほとんど未経験に等しいので、
彼女の考えが必ずしも正しいとは思っていないけれど。

とにかく、今朝はきっと。
(また後藤先輩とうまくいかなかったんだろうな)

口にこそ出さないものの、あさ美はそう結論づけた。
浮き沈みの激しい親友とはいえ、こうも容易く落ち込ませることの出来る人物は、
実はあまりいないことを愛共々よく知っているのだ。

(あんまり後藤先輩の名前は出さない方がいいかもね)

愛とこっそり目を合わせると、彼女は小さく頷いてみせる。
おそらく考え付いた内容は同じなのだろう。

95 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:57

「真希ちゃんのバーカ。いいもん、あたしにはミキたんがいるもん」

愛とあさ美のアイコンタクトには全く気付かない様子で、亜弥はぶつぶつと
不満を言葉に出して膨れていた。


せめて、「あたしには愛とあさ美とミキたんがいるもん」、と付け加えて欲しいと
考えながら、彼女の独り言の内容からやはり彼女の不機嫌の背景には、
後藤真希が絡んでいると確信せずにはいられないあさ美だった。

96 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:58

そして、ミキたん。
こと藤本美貴は、当校バレー部の3年生だ。

細身で信じられないくらい小顔の彼女は、何となく気だるそうな雰囲気と、常に
醒めた表情でいる印象が強く、亜弥だけが呼ぶ「ミキたん」などという可愛らしい
愛称はおよそ似合わないイメージがある。

少なくともあさ美や愛はそう感じているのだが、亜弥は全くもって意に介する
様子もなく、また美貴自身も亜弥の懐こい態度を嫌がるでも咎めるでもなく、
ごく良好な関係を築いているようなのだ。

基本的に亜弥は、甘えたがりな少女だとあさ美は思う。
だから彼女が心を許す ――― というか積極的に関係を深めたがるのは、年上
の少女が多いのだろう。

そして中でも「ミキたん」の存在は、後藤真希とはまた別の意味で亜弥にとって
特別な位置付けが為されているように感じていた。

97 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 22:59

亜弥にとって、真希は共に育った「姉妹」の感覚が強く、
高校で知り合った美貴は、「憧れから友情に変わった先輩」、というところだろうか。

ただ、亜弥と真希の関係が「姉妹」という一言では語弊があるかもしれない。
きっと安直な表現では、亜弥自身がそれを否定するのだろうから。
   

それでいて、何やら複雑な想いを抱いているであろう真希に対するそれとは
対照的に、亜弥の美貴への行動パターンや言動は常に単純明快に見えた。

『ミキたーん、好きー』

何しろ、年上で先輩の美貴をたじろがせるほどの直球な愛情表現なのだ。
亜弥の話によれば、初めて会ったその日から直感で「超好みだ!」なんて
インスピレーションを感じたとの理由で、急激な接近を試み、勝手に愛称まで
付けてしまう始末。

98 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:00

一体、藤本美貴の何が亜弥をそこまで惹き付けたのかは知らないが、
曰く「これって一目惚れかも!」……だとかそうでないとか。

もし本気で亜弥が美貴に惚れているのならそれはそれで結構なことだが、
それならば真希に冷たくされて落ち込む亜弥の態度の理由がつかない。

(色々と……複雑なんだなぁ…)
年頃の女子高生ながら、色恋沙汰にはとんと無縁のあさ美としては、あくまで
客観的にしか亜弥を見守ることしか出来なかった。
何せ、絶対的に経験地が足りないのだから仕方ない。

99 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:01

「今日は真希ちゃんなんか放っといて、ミキたんとご飯食べに行くもん…」

「完全に、いじけモードやね」
愛が苦笑して亜弥の頭を撫でた。双子の姉妹みたいだ、とあさ美も笑う。
「ねー亜弥ちゃん。『ミキたん』ってバレー部の藤本先輩のことでしょお?」
「そうだよ。真希ちゃんなんかよりずーっと可愛くて優しいんだよ」

真希ちゃん「なんか」と強調して亜弥が答える。

「でも、後藤先輩と藤本先輩ってちょっとイメージ似とるでの。クールっぽいとこ
 とか、なんか…」
「あ、わたしもそれ思ってた」
おっとりとあさ美が愛の発言に同意すると、お約束のように亜弥が
「ぜーんぜん違うっ!真希ちゃんは意地悪、ミキたんは優しいッ!」

100 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:02

立ち上がらんばかりの勢いで捲くし立て、
一瞬圧倒された後、愛とあさ美は同時に笑い出した。

「だったら亜弥ちゃん、もう後藤先輩から卒業すればええやないの。亜弥ちゃん
 には可愛くて優しい藤本先輩がいるんだから」
「え…」
笑顔を保ちつつ、微妙に辛辣な含みを持たせた取れる言い方で愛が返す。
う、と亜弥の動きが固まった。

「そうだよ。なんでそんなに後藤先輩にこだわってるの?」
素朴な疑問。
あさ美も愛に加勢したことで、亜弥はますます言葉に詰まる。

「…別に…こだわってなんか…」
「亜弥ちゃん、ホントは後藤先輩のこと、すきな」

(後藤先輩のことが、好き?)

「好きじゃない!」

101 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:03

『後藤先輩が好きなんやないの?』 ――

あさ美がつい先程、感じていた疑問を、愛がさらりとした表情で口に出そうとした
瞬間、それを遮ったのは亜弥本人だった。 
虚を突かれた顔で口を噤む愛を前に、亜弥ははっとした表情でトーンを落とした。

「…真希ちゃんなんか、好きじゃないもん」
「そやったらなんで、そんなに落ち込んでんの?」

ストレートな愛の物言いは、亜弥を充分に戸惑わせた。
くりくりとした大きな瞳で見据えられて、亜弥は窓の外へ視線を逃がす。

102 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:05

「急に向こうが冷たくなったから……理由が分からないから、嫌なんだもん…」
「………」
「………」

消え入りそうな声で亜弥が呟く。
「……それだけだもん…」
「………」

全面的に納得できる内容ではなかったけれど、あさ美も、そして疑問を投げ掛けた
張本人の愛もまた、それ以上の追及は止めた。
亜弥自身がきっと、彼女の心理も置かれた現状も、理解出来ていないのだろう。

「もう、この話題はおわり!ね、おわりにしよ?」
急に声音を明るくして、亜弥が暗くなりかけた雰囲気を断ち切った。
「あー…そ、うだね、もうすぐHRも始まるし」

不自然ではあったとしても、あさ美も笑顔で取り繕うことは出来た。
何とか3人の雰囲気を和やかなものに戻すことは可能だったようだ。

103 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:06

取りあえず、亜弥の機嫌は昼になれば直るだろう。
立ち直りの早い亜弥のことだ、いつまでもうじうじと考える後ろ向きの性格とは
正反対の彼女を、あさ美も愛もそれほど深刻には捉えていなかった。

(にしても)

滅多に足を踏み入れることのない3年生の棟に何気なく目を向けながら、
あさ美はぼんやりと考えた。
亜弥の話は、全くの部外者であるあさ美でも不可解に思えるのだ。


(後藤先輩って、何考えてるんだろう…)

104 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:06

――― 後藤真希は、亜弥がこんなにも彼女との距離感に悩んでいることを
果たして知っているのだろうか。

105 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:07

106 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:07
更新終了です。高紺登場。
まだ主要人物が出揃ってないのです。100レス超えてしまったのにな。
あやごま希望される方が多いようで、マイナーな組み合わせの主役ですが
頑張ります。さくさく進めたいんですが、どうも説明臭くなってしまう…(w

感謝を込めてレス返し。

>>78 dadaさん
とりあえず、>>1の登場人物はみんなストーリー展開上色々絡めるつもりです。
次回更新時に残りの85年組が出ますので。(気が合う人がいて嬉しい…)

>>79 名無し飼育さん
いしごまですか。期待している展開には答えられるかどうか;
今はまだ生温く見守っていてくださると嬉しいです。
107 名前:m2 投稿日:2004/01/25(日) 23:08
>>80 つみさん
黄金期ですね〜!本当に自分の好みがそのまま反映された登場人物たち。
なので、あまり悲壮的な話にはならないはず!…です。

>>81 名無しさん
複雑なんでしょうね。ただ作者が言葉を知らずダラダラした文章に成り下がってる
という理由もありますが。ミキティの出番は持ち越しになってしまいました、スンマソン

>>82 名無し飼育さん
あやごま大好きすか!同志ですね(w
もうすぐ主要人物が出揃う予定でして、また話も動く予定です。よろしくお願いします。

次回更新で3年生2人が初お目見えです。名前だけ出てましたけど。
という訳でまた暇つぶしに覗きにでも来てもらえると嬉しいです。
108 名前:dada 投稿日:2004/01/26(月) 00:46
松浦さんの気持ちは、後藤さんと藤本さんどちらに向いているんでしょうか?

この話本当に楽しみです。
毎回書き込んじゃいそうです!(すでに、してますが…)
109 名前:rina 投稿日:2004/01/26(月) 12:33
あやごまですか!!おいら大好きなんです!!
ミキティとごっちん…二人ともどこか似てますよね〜。
もしかして、まっつーはミキティをごっちんに置き換えて見て(ry

あやごま、確かにマイナーですが
おいらのなかでは一押しなんで期待してます!!
110 名前:名無し 投稿日:2004/01/26(月) 16:46
毎回大量更新お疲れさまです。
出てくるのが好きなメンバーばかりなので、それぞれの絡みが楽しみです!(もちろんあやごまも!)
111 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/26(月) 17:49
ぬぉお、あやみき好きですが何か気になる(w
でも…!!って思ってしまうなんてそんな自分はあやみき(ry
でもあややの気持ちもなんかわかりますねぇ、急に変わっちゃうとどうして?
って思いますからね。経験ありますし(^^;同じく幼馴染の変化なんですけどw
高紺も出てきてどうなるのかな?続きお待ちしてます。
112 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:09

  藤本先輩!

  ……あぁ、えーと、……ごめん、ミキさぁ人の名前覚えるの苦手なんだ。
  新入生だよね、名前何だっけ?

  わぁー、藤本先輩って自分のこと「ミキ」って呼ぶんですね、可愛い〜

  ………や、あのさ、君の名前を聞いてるんだけど、ミ…私は。

  ふふふふ、可愛いーなぁ先輩。 
 
  いや、後輩に可愛いなんて言われても…。だから、名前!答えろ!  

  あたし、1年生の松浦亜弥です!藤本先輩に一目惚れしました!

  ―――――
  ――――

113 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:09

彼女と出会ったのは、1年と数ヶ月前、桜のシーズンよりやや遅れた四月半ば。
愛嬌のある、まんなるな瞳が熱心に自分に向けられていたのを覚えている。

114 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:10

115 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:10

「………ねぇ」
「………」
「ねえってばよ、重いんですけどそこのおねーちゃん」
「………ハァ」
「人の背中で溜息つくな!」

月日は流れ、何の因果か「彼女」は今、予想外に仲を深める結果となった自分
の背中に凭れ掛かり、何度目かの溜息をついている。

116 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:11

藤本美貴は、困惑していた。

ようやく退屈な授業が終わり、部活に参加した美貴の傍ら、窮屈に縮こまって
いた体を十分に解すべく準備運動を始めようとしたその直後から、やたらと
必要以上にひっついてきた彼女。

「…あのさぁ、亜弥ちゃん?」

その当の本人である自身の後輩に向かって、美貴はなるべく穏便に伝えようと
やんわりと迷惑の意思をこめつつ、問い掛けた。

「なんで、さっきからそんなにミキにくっついてんの?」

117 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:11

美貴が所属するバレー部の練習に参加するため体育館のコート上に姿を見せた
瞬間から、弾丸のように近づいてきたかと思うと

「み・き・たーん!」

体育館中に響き渡るほどの大音量で叫びながら、タックル並の勢いで抱きついて
きた後輩、松浦亜弥。

亜弥しか口にしないその呼称は、2人きりのときにこそ許せるものであれ、他の
部活の生徒たちも数多く活動する様な、放課後の体育館の中などで思い切り
叫ばれては、美貴の方が恥ずかしい。

思えば、亜弥がバレー部に入部するなり
『藤本センパイって可愛くてあたしに似てるから、好きです!』
と訳の分からない理由で気に入られてから、そこに美貴の意思を挟む余地も
ないほど急速に、亜弥と美貴は親交を深めた。

118 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:12

もともと「視線が冷たい」だの「愛想がない」だの言われることの多い美貴では
あったけれど、頼まれると嫌とは言えない押しの弱さもあり、何時の間にか
後輩に愛称までつけられている始末。

一体何がそこまで彼女のお気に召したのか、美貴は鏡を見る度首を捻る。
確かに、ミキは可愛いよ、っていうか美人でしょう。またと居ない美人でしょう。
褒め過ぎ?いや、事実です。なんて。

しかし、初対面からそんなストレートに好意を示されては、羨望に慣れている
美貴といえど戸惑うのも無理からぬ話で。
顔を合わせれば「ミキたんミキたん」、と擦り寄ってくる後輩に、美貴のどこにそんな
魅力を感じるのか?と問い質してみたくもなる。

119 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:13

とは言え、無条件に自分に好意を示す後輩が可愛いのは事実であり、裏表の
ない亜弥を、美貴もまた気に入っていたのである。

…それに、人を好きになるのに理由なんてないだろう。
害になるものではないし、特に可愛い女の子に好意を寄せられていることに
悪い気はしない。

まして亜弥のそれは、一目惚れした先輩に構ってもらいたい一心の中学生の
様でもあり、主人にじゃれつく子犬か子猫のようでもあり(動物扱いしたらきっと
彼女は怒るのだろう)、とにかくそれは、時々本気で鬱陶しくなることを除けば
まぁ、微笑ましい程度のものだ。

それでも割と庶民的思考の美貴としては、先輩を先輩とも思っていないような
亜弥の一連の行動に、他の後輩たちの反感を買ったりはしないだろうかと
多少の心配がなかった訳ではない。

120 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:14

運動部といえば、どの学校においても上下関係が厳しいことが前提であるけれど、
主将を務める吉澤ひとみ自身が規律を嫌う傾向にあった。
練習以外の場面では終始和やかな雰囲気が漂うバレー部だったからこそ、亜弥の
自由奔放な振る舞いは許されていたのだろう。

そうして、
松浦亜弥との付き合いは既に1年を超え、彼女の気まぐれかつ自分本位な立居
振舞には大方馴染んできていたつもりの美貴。…なのだが。


「あーのぉ、亜弥ちゃーん?」
「……………」
「無視すんなコラッ」
「……………」
「いた、いたいってば。そんなに思いっきり抱きつかないでって」

121 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:14

怒るフリをして軽く小突いてみても、亜弥は相変わらず美貴の体に回した腕の
拘束を解く風でもなく、逆に力を込めたようだ。

何か様子がおかしいのは一目瞭然だ。
普段から、美貴がいくら「うるさい」と一喝したところで黙りゃしないふてぶてしさを
この後輩は如何なく発揮しているというのに、
今日この不気味なくらいの静けさは何だというのだろう。

「ねぇ、亜弥ちゃん?亜弥ちゃんてば」

今回に限っては、抱き付いてきてから一連の行動の最中ひたすら無言の彼女に
違う雰囲気を感じ、美貴ははっきりと拒絶の反応を示すことが出来ず、かといって
許容し続けることも憚られ、弱りきって今に至る。

(何なんだっての、本当に?おっかしーなー、ミキ、何か怒らせるようなことした?)

首を捻って考えてみても、原因は思い当たらない。
大体、美貴に起因することなのかすら分からない。

122 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:15

亜弥のどことなく感情を押し殺している表情を見れば、何かしら彼女の機嫌を
損ねる出来事があったであろうことは何となく想像がつく。
しかし、向こうから口を割る気配は今のところ全くない状況にある。

頑固な性格の彼女のこと、何があったのか問い質したところで素直に堪える
とは思えなかった。

だから、自主的に美貴が柔軟運動に励んでいる合間は黙認していた。
――― のだけれども。

123 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:16

『なんで、さっきからそんなにミキにくっついてんの?』

けれど、部員が集まりだし本格的に練習が開始されそうな雰囲気を感じ取り、
美貴は相変わらず口を一文字に結んだまま、美貴の背中に凭れ掛かっている
亜弥に対し、ようやく行動を起こしたのである。

息すら押し殺しているような亜弥は、美貴が黙ったままならば彼女自ら美貴から
離れる気配は毛頭なさそうな感じだったので。

美貴の問い掛けには答えず、亜弥は抑揚のない声で
「ミキたんはあたしのこと好き?」
逆に質問を投げ返してきた。

(…は?いきなりなんですか、この人は。……相変わらず意味不明なことを)

深い茶色の瞳に、美貴のとぼけた顔が映って見える。
「そりゃ、亜弥ちゃんのことは好きだけど…」

124 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:16

彼女の意図は測りかねるものの、取りあえず美貴は亜弥の望みに背く返答
だけは避けた方が良いと判断し、言葉を返した。

(深い意味はなくね)
「ホント?」
「いや、本当」
(猫がじゃれてくるみたいで可愛いからね)

「だよね、ミキたんはあたしのこと好きだよね、あたしもミキたん好きだよ?」
「あ、……りがとう」

(???)

125 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:17

真剣な表情で自分の顔を覗き込んでいた亜弥は、どうやら美貴の放った答えが
満足のいく内容だったようで、たちまち陰気臭い顔からパァッと明るさを覗かせ、
笑顔で美貴の体に回した腕に、更に目一杯力を込めて抱き締めた。
ぎゅううううう。

「だから、亜弥ちゃん痛いって!」
「ね、ミキたん。今日一緒にご飯食べに行こうよ、晩ごはん」
「はぁ?」
「だーから、晩ごはん。今日の夜、ね?」

突如、話題のすり替え。
そんな気まぐれな会話すらも、美貴にとっては珍しいことではなかった。
亜弥の相手をする上では。

ついでに、「いいでしょぉ?」などと肩越しの間近から顔を覗き込まれ、潤んだ
瞳で懇願されては本意でなくとも断れない。
どんなに無茶や我侭を言っても嫌味にならない亜弥の振る舞いは、彼女の魅力
の1つであり、それ以前に美貴は松浦亜弥という後輩に徹底的に甘いのだ。

126 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:18

「いいけど…美貴、お金ないよ」
(また唐突な…)
財布の中身を勘定しつつ躊躇しながらも美貴が頷くと、亜弥は嬉しそうにニッコリ
と三日月形に唇を歪めた。

「あたしもないから大丈夫、安いとこ行こ」

何時の間にか、亜弥には生来の明るさを伴った茶目ッ気が戻っている。
自分が知っている後輩の姿に戻ったことに、美貴は何となく安心した。

「何食べに行こっか」
「んー、ミキたんと一緒ならどこでも」
「……バカップルみたいだね、この会話」
「えへへへへ。ミキたんとなら、いいよ」
「馬鹿言うな」

127 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:19

亜弥に抱きつかれたままひそひそ話。
彼女の艶々した色素の薄い髪を撫でてやると、亜弥は楽しそうに「きゃー」と
笑って身を捩った。さっきまでの陰鬱な影はどこへ消えたのだろう。

しかし、彼女の意図するところは読めないものの、少なくとも美貴にとってさほど
迷惑になる話ではないし、たまには外食もいいだろう。
(安ければ、ね)
そう判断した後で、美貴は別の疑問に突き当たった。

「だけど、亜弥ちゃんいつも後藤さんと一緒に帰ってるじゃん。今日はいいの?
 また練習終わるくらいに迎えに来てくれるんじゃない?」

(そうだよ、後藤さんがいるじゃん。亜弥ちゃんと幼馴染みの)

128 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:20

口に出した後で、美貴は彼女のことを思い出した。

直接の面識はほとんどないが、美貴と同学年で亜弥の幼馴染みであるという
少女の存在は、よく知っている。
練習が終わった後、亜弥が嬉しそうに肩を並べてその少女と帰途に付いている
姿はよく目にしていたし、そうでなくても彼女は校内でも目立つ存在だったので。

(……梨華ちゃんと仲が良い、後藤さん)

そして美貴と同じ中学出身であり、「ある出来事」を発端に仲違いしてしまった
(というより相手が一方的に怒っているのだと美貴は認識していたが)、“あの子”と。
同学級にして親友同士だという、後藤真希。

129 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:21

しかし、美貴の口から「後藤さん」の名前が出た途端、何故か亜弥の表情が
あからさまに曇るのが分かった。

「…真希ちゃんは、いいの」
「あ、そしたら後藤さんと3人でご飯食べに行くとか。
 美貴さー、1回も同じクラスなったことないからあんまり話したことないんだ。
 よっすぃーとかからよく、話は聞いてんだけど」

他意はなく、美貴としては、それは良い提案のつもりだった。
姿を見掛けたり、友人や亜弥との会話でその名前が出る度、
――― そして石川梨華と、心を許した者同士特有の独特な雰囲気を醸し出して
いる様子を目にする度に、気になっていた人物だったから。

(別に、梨華ちゃんのことが気になってるワケじゃないよ。後藤さんが気になってる
 だけだからね)
誰にでもなく、何故か言い訳がましく理由を述べる美貴。

130 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:22

しかし、後藤真希の外見から飛び交う「クール」だの「無愛想」だのといった周囲の
勝手な解釈は、美貴としても何か通じるものがあり、機会があれば話してみたい
と思っていたのは事実だった。

「……真希ちゃんはいいのっ!」
しかし、亜弥は強い調子でそれを拒否する姿勢を見せる。

「亜弥ちゃん?」
「……知らないから、真希ちゃんなんて」

低い声で亜弥が呟いた。
内容の割に、その言葉に滲み出ている感情は嫌悪や憎悪などではなく、
純粋な寂しさだった。
親を見失ってしまった幼子、とでも言おうか。

131 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:23

「あたしは、ミキたんと2人だけがいいのっ」
「いや、でもさ……仲良いじゃん、亜弥ちゃんと後藤さん。いつも一緒だし」
「そんなんじゃないよ。…真希ちゃんは、あたしのことなんか嫌いだもん」
「え、えぇ?」

(いやマジで訳分かんないんだけど…ミキ、どうすりゃいいの?)

亜弥と真希の間に流れる感情や絆がどんなものなのかは知らないが、まず
間違いなく、今日の亜弥の過剰な愛情表現の裏側にある事情に後藤真希の
存在が絡んでいるのだろう。

唇を噛み締めて美貴を見返す亜弥の瞳の奥に、言い知れぬ孤独の光を見て。
精一杯に「何か」に堪えている後輩の心情を察して。
(しょーがないか…可愛い亜弥ちゃんのためだからね、何も言わずに付き合って
 やるのも先輩愛ってヤツよ)

「おーいそこのラブラブなみーきーてぃー、とあーややー」

132 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:23

美貴が結論を出したところで後ろから声がした。

「お、よっすぃー」

振り向いた先には、バレー部主将兼エースの友人吉澤ひとみの姿。
「何か用?」
「用っていうかー」

何故か満面の笑みのひとみに気味悪さを覚え、つっけんどんに言い返す美貴に
主将の笑みは深くなる。
美形の彼女の他意を含んだ笑顔は、美貴に悪い予感を抱かせた。

「そろそろ練習始めたいんだけどー、」
「…よっすぃー」
「吉澤センパイ…」

133 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:24

ニコニコとした笑顔の割に凄みのある仁王立ちで、二人場折のようにくっついて
会話をしている2人を見下ろす格好の吉澤ひとみ。
見れば、すっかりアップを済ませた部員達に包囲されていた亜弥と美貴。

とりあえずエヘヘと愛想笑いを浮かべた2人に、ひとみも負けじと笑みを向ける。
ついでにありがたい一言を。
「今日は2人、体育館じゃなくてグランド10周ね♪」
「………」
「な、なんで!!?ちょっとお喋りしてただけじゃん!」
「うるさぁい!いつまでもイチャこいてやがって!練習の邪魔だぁー!」
「えええええっ!?」

後輩の亜弥は置いておいて、取り合えずひとみと同学年の美貴が猛然と反発
するや否や、主将のにこやかな態度が豹変した。

134 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:25

「うるぁーさっさと行ってこーい!」
「いてっ、蹴るな蹴るな」
「ミキたん大丈夫?」
慌てて立ち上がる美貴と、それを支える亜弥。執拗に美貴ばかり狙って足蹴りを
繰り出すひとみ。
漫才ばりの3人のやり取りを、部員達は楽しそうに笑って眺めるだけだ。

「イチャいちゃしてんじゃねー!体育館はアレだ、神聖な場所なんだヨ!
 スポーツマンシップに乗っ取ってんだ、バカヤロー!」
「何でそんなに荒れてんの、しかも日本語おかしい、よっすぃー」
「荒れてねーよバカヤロー!」

横暴だ。こんなのは横暴過ぎる。
「荒れてんじゃないかぁ、充分!」

135 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:26

遠慮なしに背中をげしげしと蹴りつけられて、割と短気な美貴は、キッと主将を
睨みつけた。キャプテンだからといって、足蹴にされるのは心外だ。
美貴はただちょっと、様子のおかしい後輩に気を取られていただけなのに。

「どーせ、可愛い女の子に振られでもしたんでしょ。いつもいつも回りに女の子
 侍らせてるから本命のコに近づけなかったりとかさ」
「……………!!!」

鬼のように急に態度を一変させたひとみに対し、悔し紛れの当てずっぽうに
美貴が言い捨てた言葉に、突然固まる(一応それでも)主将吉澤ひとみ。
(まさか、図星?)
エネルギーの切れたロボットのように動かなくなり、口を開けて呆然と美貴を
見つめるひとみの態度は。

136 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:27

「え、なに、マジなの?」
「吉澤センパイって好き子、いるの?」

指摘した当の本人である美貴が拍子抜けする程、ひとみの反応は顕著だった。
それまで黙っていた亜弥でさえ、思わず疑問を漏らすほどに。
途端にかーっと顔を上気させ、ひとみは完全に硬直していた。

「なになに、キャプテンに本命いたの?てゆーか誰ダレ?」
「うそぉ、だって吉澤センパイだよ?」
「いやーショック―。誰なの相手ー!?」

騒ぎ出す部員達を尻目に、「あー」だの「うー」だの呷きながら、反論する言葉も
出ない様子のひとみは、真っ赤になって視線を宙にうろうろと彷徨わせている。

「うっわー大ニュースじゃん!よっすぃーに本命がいたぁ!」
さっきまでの勢いや何処へやら、思春期の少年の様にあからさまな狼狽を見せる
ひとみがおかしくて堪らず、調子に乗って美貴はケラケラ笑って声を上げる。
傍らで、亜弥はぽかんとひとみを見つめていた。

137 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:28

「吉澤センパイって…あんな真っ赤になったりするんだ…」
「いやぁー、おっかしいよねぇ亜弥ちゃん?」
「びっくりした…」

誰にでも優しいイコール遊び人、という図らずも不名誉な称号を得てしまった
ひとみは、一方で「特定の彼女はいない」が定説だった。
彼女の日常生活はいつも不特定多数の少女らに囲まれており、その定説を
翻すような特別な存在を示唆する要素は全くない。

そのひとみに、「好きな子」が出来たと?
正直、驚愕の方が大きいものの、良いネタを掴んだ気持ちで、美貴は大声で
笑い出したい気分になった。
しかも、亜弥と美貴の普段通りの(部員らにとっては見慣れているであろう)
じゃれ合いにさえ突っ掛かって来る程、見通しは良くないらしい。

138 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:28

流し目、口説き、何でもござれとホスト並にフェミニストで女たらしと思っていた
ひとみが、まさか本命相手に苦戦しているとは!
(まぁ、そうと決まったワケではないけどさ)

「あは、あははっははははははは」

不意に、赤い顔のままひとみが低い笑い声を上げ始めた。

「……あの、よっすぃ?」
「あはははははははははははは」
「よっすぃ、大丈夫かぁー?」
「あはははははははははははは」
「……」

やばい、壊れた?
肩を震わせながら機械的に大笑いするひとみを見て、さすがに薄気味悪さを
覚えた美貴が、ひとみの目の前で掌をパタパタさせても反応せず。
ちょっとからかい過ぎただろうか。

139 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:33

何となく嫌な兆候を察し、美貴はくるりと踵を返した。
さっさとこの場は退散した方が懸命のようだ。言わば逃げるが勝ち。

「じゃ、じゃーミキと亜弥ちゃんは主将命令にシタガイ、校庭10周に行ってき」
「あははははははははははははミキティー校庭29周に変更ーあはははははは」
「はぁ?」
「あはははははは行ってこいやぁゴルァ!!!」
「イテっ!」

大魔人のようにパタッと笑顔が消えて。
次の瞬間には、悪魔の形相で飛び蹴り一発。
―――― キレた。
げしっと勢い良く背中に会心の一撃を受け、美貴はつんのめって前のめりに倒れた。

140 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:34

美貴は少々、見誤っていたようだ。
人をコケにするのは慣れているひとみは、逆に人にコケにされる経験がない。
恥辱に耐え切れず、――― その結果は美貴が体験した通りとなる。

「成敗!」

高らかな声が頭上から響いていた。
(何が成敗だよ……ミキは将軍に逆らう悪徳代官かっての…。
 しかも29周って何でそんなに……半端な数字なんだよ……)
転んだ拍子に額を体育館の床に打ちつけ、その傷みに耐えながら心中では
しっかりと突っ込みを忘れない美貴だった。

ミキたん、ミキたん大丈夫?吉澤センパイがあんな風に怒るとこ初めて見たね。
背中痛い?立てる?

温かい手がゆっくりと背中を撫でていた。
情けないことこの上ないが、何とか「大丈夫」と声を吐き出し、緩慢な動作で
立ち上がる。
ああ、何でこんな目に遭うのかな。
項垂れて美貴は思った。

141 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:35

(様子のおかしい亜弥ちゃんを構って、よっすぃーをちょこぉぉっとだけからかって、
 ……ミキ、何か悪いことしたっけ?)


142 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:35

143 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:36
更新終了です。レスいただけるのが本当に励みになります。心の糧です。
そして、今回分でようやく主要メンバーが出揃いました。
あとはもう、出鱈目に動き回る各人を楽しんでいただければ幸いです。

>>108 dadaさん
毎回書き込んでいただけるなんて大歓迎ですよ!
本当に嬉しいですから、常連さんがついてくださるなんて…この作品にも…(感動)
松浦さんですね。どっちが、というよりどっちも好きな感じですね。妹キャラな感じで。

>>109 rinaさん
初レス、ありがとうございます。あやごま一押しですか?それは良かった〜。
少なくとも後藤・松浦ペアが好きな方なら楽しんでいただける要素はあるかと思います。
144 名前:m2 投稿日:2004/01/31(土) 21:38
>>110 名無しさん
ありがとうございます。なるべく書き溜めてからキリの良いところで更新しようと心掛けて
いますので。(この先は遅い更新になるかもしれませんが) サクサク頑張ります。

>>111 名無し読者さん
ありがとうございます。あやみき好きな人にはどう見られているのか不安ですが、
後松藤の面々も他のメンバーも、上手いこと立ち回らせられるよう絡めていきますので。
実際にこの話の後松のような経験がお有りですか…。嘘っぽく見えなければ良いですが。

更新ageしてみました。
それから、分類板に載せてくださった方、本当に感謝です。嬉しいなぁ…
また次回、よろしくお願いします。
145 名前:dada 投稿日:2004/02/01(日) 00:43
ついに藤本さんと吉澤さんも登場ですね。
藤本さんと石川さんの関係も気になりますね。
それに吉澤さんの本命は一体…。
続きが気になります。
146 名前:ROM専読者 投稿日:2004/02/01(日) 00:45
はじめまして、初レスですが更新されるごとに楽しませてもらってます!
最初シリアスな感じかな?と思いましたが、吉澤さんに笑いましたw
ミキティと梨華ちゃんも何かあるんですかね?とにかく続きが楽しみです。
最後になりましたが、あやごまがんばれー!!(爆)
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/04(水) 13:48
私はあやみき派です。
が、コレを読んであやごまもありかな? って気分になってます。

これからも応援してますね!
梨華ちゃんとミキティがどう絡んでくるのか気になりますー
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/24(火) 16:56
いいですねー
よしこの相手は誰だ!?
( ´ Д `)だといいなぁ


149 名前:あやみき信者 投稿日:2004/02/26(木) 03:29
HNの通り、あやみき小説に命をかけております。
さすがに主人公的にはあやごまになっちゃうんだろ〜な〜。。。
。。。でももしかして〜〜〜。。。
なんて思ってます^^;
今日初めて見つけました☆これからも期待してまっす♪
頑張って下さいね^−^
150 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:19

「何がいいかなー。ケーキ食べたいし、パフェもいいし…」
(ってゆーかそれって夕食にならないじゃん)

スカートのジッパーを上げながら、弾んだ口調で亜弥が呟いた。
時間は午後7時を少し回ったところだ。
「ミキとしては焼肉がいいのですけれど…」
とっくに着替えを済ませ、直に床へ座ることなど全く意に介せず胡座をかいた体勢の
美貴が、遠慮がちに口を挟んだ。

「お金ないからだめ」
「…だよね」

自分の案をあっさりと却下され、しょぼんと項垂れる。

151 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:19

結局、キレてしまった吉澤キャプテンの機嫌が回復する頃合を見計らって、2人が
復帰したのは、生真面目にも29周を走ろうと主張する亜弥をどうにかこうにか
「疲れた」「こんなの意味ない」「練習始める前に日が暮れる」
と美貴が説き伏せ、16周まで数えた後だった。


「あっれー?ミキティとあやや、どうも見掛けないと思ったら外走ってたのかぁ?」
あまり持久力のない美貴がへろへろに疲弊しきって体育館に戻ったのを、
朗らかな笑顔でひとみが出迎えた時、一瞬殺意が芽生えたのは内緒の話だ。

熱くなりやすいが忘れっぽく単純に出来ている、体育会系そのものなひとみは
案の定、とっくに立ち直っていたようで。
…まぁ、それはいい。根に持たれても逆に迷惑な話だし。

152 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:20

そして、亜弥だ。
練習が終わるまでは膝が笑うくらいにくたびれきっていたというのに、この変わり
身の速さこそが、若さの証なのだろう。

片付けを終え更衣室に戻ってきた亜弥は、先に着替えを済ませて自分を待って
いた美貴に対し、デザート系ばかりあれこれを案を並べては悦に入っている。
当然、「お肉大好き肉が食べたい!」そんな美貴の意向が反映されそうな気配は
「美味しいケーキのお店、見つけたんだぁ」
「やっぱり甘いモノなんだ」
……全くないようだった。

結局、練習開始+ひとみの一存により余計なランニングが追加されたことにより、
疲労困憊状態の美貴には、例の後藤真希と亜弥の間の事情を聞き出すことが
叶うべくもなく。

更に、目一杯体を動かして鬱憤が晴れてしまったのか、亜弥は練習前の憂鬱
そうな気配な影を潜めていて、そこをまた蒸し返す気にもならない。
美貴としても、仲の良い後輩の人間関係にあれこれと口を挟みたい訳は毛頭ないのだ。

153 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:21

けれど。
時々ふとした拍子亜弥が見せる寂しそうな表情が、何となく釈然としない。
それが美貴の心中にしこりを残している。

「ティラミス…違うな、ガトーショコラ……今日はチョコ系の気分じゃないから
 チーズケーキ?…でも果物食べたいな、フルーツタルトとか…」
「いいからさぁ、お店入ってから決めようよ、そういうの」
「んー、たまには和風なのもいいかもね、クリームあんみつとかぁ」
「人の話を聞け。っていうかさ、早く着替えてよ」

夕飯を食べに行くというのに、何故かデザート類ばかりを候補に挙げる亜弥の
着替えはのろく、遅々として進まない。

「なになにー?ミキティとあやや、今日はデートかい」

154 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:21

突如声を挟んだのは、美貴と同じく着替えも帰宅の準備も済ませていた吉澤
ひとみだった。
美貴の背中に豪快な飛び蹴りをかましたのは、彼女の記憶からはとっくに抜け
落ちているらしく、何の蟠りも残っていない朗らかな笑顔。

「『デートかい』って、どこぞのオッサンだよ、よっすぃー」
「んー。若いっていいねぇ」
「聞いちゃいないし」
親父臭い物言いが、何時のころからかひとみには定着している。
…制服着てれば、普通に美形の女子高生で通るというのに。

「はーい、今日はご飯食べに行くんでーす」
右手を挙げ、元気一杯の小学生のような満面の笑みで亜弥が答えると、ひとみは
つられて笑顔にを浮かべた。
「いつも元気だねー、あややは」

155 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:22

部員同士の垣根を取っ払うため、というモットーの下、ひとみは部員をなるべく
愛称で呼ぶように心掛けているとの話だった。
親近感が沸いてチームワークも良くなる、というのが彼女の持論であるが、その
効果がどれほど結果に反映しているかは定かでない。

しかし、抜群の実力を持ちながら誰に対してもフレンドリーで気さくなひとみの
態度は、彼女の人望を高めるのには一役買っていると言えよう。

(まぁ、その誰にでも優しいって姿勢が余計な揉め事を起こすこともあるん
 だけどね…)

ひとみに笑いかけられた女生徒が、自分だけが特別だと勘違いしてしまったが故
の騒動を、美貴は何度か目にする機会があった。
誰にでも良い顔をするのは、時として罪作りなことだ。

「あたしが1番ですよね」、「私ですよね」、と数多くの女生徒に囲まれ、
詰め寄られたひとみが「いやいや皆可愛いから誰が1番とかそーいうのは…」などと
四苦八苦しているのを見る度、美貴はそう思っていた。

156 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:22

ひとみもひとみで、それだけの目に遭っているのだから多少は自粛すれば良いものを、
「可愛い女の子に優しくするのは世の常だ」となどと言い張り、ちっとも懲りていない
のだから頭が下がるというもの。
(決して見習おうとは思わないが)

それでいて、本命相手へのアプローチはどうやら上手くいっていないようなのだから
世の中、不思議なものだ。
大体、悪く言えば八方美人の気があるひとみに、「特定の彼女」がいること自体
美貴にとっては寝耳に水の話だった。

俄然、興味も沸くというもの。

「よっすぃーも一緒に行く?」
「え?ウチ?そーだなー」
取りあえず今の所亜弥の着替え待ち、の為手持ち無沙汰な美貴が何気なしに
誘ったとき。
と、ひとみは意味ありげにニヤッと口元を吊り上げた。

157 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:23

「あややが紺野あさ美も同伴してきてくれるんなら、行こうかな」
「え、あさ美ちゃん?」

根本的に着替えの遅い亜弥は、ようやく制服のリボン結びまで取り掛かったところ
で突如、キャプテンの口から思いもかけぬ親友の名前が出てきたことに驚き、
素っ頓狂な声を上げる。

「そうそう、紺野あさ美。あややの友達でしょ?」
「えっとそうですけど…」
元より大きな目を見開いて、亜弥は困惑気味に答える。紺野あさ美…あさ美ちゃん?

「もしかして、よっすぃーの本命って、その“紺野あさ美”ってコ?」
「え?いやー」
柄にもなく照れたようで、ひとみは目を細めてにひひ、と笑んだ。
どうやら図星らしい。

158 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:23

「さっきはさー、あんなに動揺しまくって超赤くなってたのに、随分と余裕だねぇ?」

何だよそんな簡単に白状されたら面白くないじゃん、せっかく脅迫してでも相手を
吐かせてやろうと思ってたのに、
と少々物騒なことを考えながら意地悪く美貴が言い返す。

対するバレー部主将はけろっとした表情で。
「あー。もう開き直った」
平然と胸を張るひとみの図太さを、美貴は呆れ半分感心半分で見つめた。

159 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:24

「まぁある意味、仕方ないって言えば仕方ない環境ではあるんだよ」
「別に、よっすぃーの弁明なんて聞いてないんだけど」
「聞いてくれよおミキティー誰かに聞いて欲しかったんだよ実はー」
「はいはい」
「ウチってさーモテるじゃん?」
「そろそろ帰ろうか亜弥ちゃん」
「聞いて聞いて聞いてけよぉ!」
「ハイハイ、じゃぁ手短にね」

ある意味プチ漫才のようなやり取りを、亜弥は黙って眺めている。
尊敬する先輩の想い人が、何と自分の同級の親友だったという告白に興味津々
なのを隠そうともしない。その辺はやはり、年頃ということで。

「別に自慢してる訳でも嫌な訳でもないんだけど、ウチってさ、いつもファンの子が
 周りをガードしちゃってるんだよね。ぞろぞろと」
「まぁそりゃ…しょうがないでしょ、よっすぃが誰彼構わずイイ顔してるからじゃん」
「うっさいなー自覚してるよそれくらい」

160 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:24

がしがしと頭を豪快に掻きながら、憮然としてひとみは続ける。

「で、だからさ。本命の……ってゆーか紺野あさ美のことなんだけど……全然、
 話どころから近付けもしないってゆーしょーがない状態な訳よ」 
「ふむ。しょーがない状態、ねぇ?」
「大体さぁ、紺野と接点ないんだもんさぁ。学年違うし、部活も違うし?
 だから上手くいかないんだよ!それを笑われるくらいなら、ウチは自分から
 ガンガン攻めてやろーと思って、いっそのこと」

ぐっと握り拳を固めて言い放つひとみの横顔は、(女子高生なのに)男らしい。
道理で、何だか吹っ切れた様な爽やかな顔してた訳だ、と美貴は小さく頷く。

散々大笑いしてやったことが、却ってひとみにとっては開き直って積極的に
行動させる方向へと導いてやる結果になったらしい。
全く人生、何が幸いするか分からないものだ。

161 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:25

ふと、それまで黙って傍観していた亜弥が口を開いた。
「吉澤センパイとあさ美ちゃん、どっかで面識ありましたっけ?」
「あー、いや、なんつーか、えーと」
「そういや、よっすぃーが振られた『本命の子』って、亜弥ちゃんの友達だっけか」
「まだ振られてないやい!」
「だって芳しくないんでしょ?ムキになってるし?」
「るせーっ!」

にたぁっ、と意地の悪い笑みを浮かべながら、美貴は強気な態度でひとみの
肩を無遠慮にバシバシと叩いた。

「もぉ、ミキたんはちょっと黙ってて」
「…ハイ」
また漫才でも始めそうな気配を察知して、亜弥は強引に2人の間に割り込む。
普段は強気で物怖じしない美貴も、亜弥には弱い、何故かいつも。

162 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:25

「センパイ、いつからあさ美ちゃんのこと?」
「え、えー?いつからだろ」
亜弥の問いに、ひとみは素でほけっと考え込む。

「前からね、あややと一緒のとこ、よく見掛けてたんだけど」
「さっすがよっすぃー、女の子のチェックは早いね」

美貴が茶々を入れると、ひとみから即座に「ちっげぇよバカヤロー」と男気溢れる
否定を受けた。
いつからうちの主将はこんなキャラに、と美貴は少し感傷に浸る。

「なんか、あんまりウチの周りにいないタイプだから気になってたんだよ。
 控え目っぽいんだけど、芯が強そうな感じ?いいよねぇ大和撫子風美少女。
 頭も良いらしいし……あとは単純に、顔が好みだから気に入った!」
「はぁ」
「だからいつから本気で好きになったのか分からん!」

照れもせず堂々と言い切って、ひとみは豪快に笑った。

163 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:26

ぽかん、と口を開けぼうっと聞き入っている亜弥。

「ねー、あややも思うよねぇ。紺野、可愛いじゃんねー?」
「はぁ……そですね。あたしの方が可愛いと思いますけどね」
「バッケロー、あややと紺野じゃ、カワイさの質が違うんだヨ、質が!」
「はぁ……そですか」

特にコメントも出来ず、最初こそひとみがあさ美に興味を持ったことに疑問を
抱いた亜弥だったが、落ち着いて考えればそれほど不自然なことではない。

「質ってなによ」
美貴が聞けば
「あややは可愛い、紺野は萌える」
「……意味分かんない」
「でも、まだちゃんと話したこともないんでしょ、ププ」
「あにおう!この半目冷血無感動女め!」
「何それ」

164 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:26

まるで会話の成立しない3年生2人を他所に、亜弥は1人考えていた。
(そういえば…)
校内で行動するとき、亜弥は大抵あさ美や愛と一緒だったから、偶然にひとみ達
バレー部の先輩にばったり出くわした時など、傍らにあさ美がいたことは何度も
あっただろう。

(真希ちゃんと会うより、吉澤先輩と会うことの方が、多いんだよね。
 いつも偶然だと思ってたけど)

165 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:27

食堂で、自販機前で、屋上で、階段の踊り場で。
「おーうあややぁ」と笑いながら手を振ってくるひとみに遭遇することは多々あった。
いつも周りに引き連れている(本人が無自覚だったとしても、周囲から見れば結局
女の子を侍らせている様にしか見えない)バレー部主将とは、いつも軽く挨拶を
交わす程度だったけれど。

まさか、ひとみは学年も部活も違うあさ美に会いたいが為に、目的を持ってその
ような行動を取っていたのだとは思いもしなかった。

他人の動向や感情面の変化に疎い亜弥は、ひとみがそういった目であさ美を
見ており、尚且つ気に入っているなどとは、誰だって夢にも思わないだろう。
まさに青天の霹靂。

(そう考えたら…なんか吉澤先輩って、一途で奥手かも…)

166 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:27

幾らひとみが「あさ美に会うため」亜弥と頻繁に接触してくるのだとしても、
それが一体どれほどのアピールになるというのだろう。結論から言えば、あさ美は
全く自分が好意を持たれているんだと感づいてもいないはず。
近くにいる亜弥はおろか同学年で友人の美貴でさえ、微塵も気付いていなかったのだから。

「やーいやーい、タラシのくせに奥手なよすぃこちゃーん」
「うっさいわぁ!これからアタックしまくるんだよウチは!!」
「アタックだって、アタック?なんばーわんってか?ふっるーい、アタックなんて普通
 言わないよ死語だよ死語。だから親父化してるなんて言われるんだよ」
「くうっ、冷血ミキティなんかにこの気持ちが分かってたまるかぁ!
 好きな人の1人もいないくせに偉そうに!」
「な、ななななんで好きな人がいないなんて言い切れるのさ」
「ああ?いんの?じゃぁ言ってみろよゴルァ」

激しい言い争いに転じている3年生2人を完全に無視し、亜弥は1人思いに耽る。
好意を持った経緯が何処まで本当かは分からないが、あさ美がひとみの周りに
いないタイプだというのには納得できた。

167 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:28

何故なら、来る者は拒まず主義で、更に可愛い女の子が好きだと公言している
ひとみの周囲には、自分をアピールすべく、自然と我の強い少女が集まる。

そんな中で、自分を前にしても謙虚に控え、恥じらいを見せる(あさ美の性格
からしてそうだろう、亜弥はあさ美がひとみと対面している時の反応など甚だ
記憶にはないけれど)後輩に、興味を持ったのかもしれない。

「で、その紺野を同伴してくれるって約束はどうなったのかな、あやや?」
「いつ約束になったんだよ」
いい加減美貴とじゃれ合うのに飽きたのか、ひとみが矛先を亜弥に変える。
「あさ美ちゃん?」
突然話を振られてきょとんとひとみを見返す亜弥のどんぐり眼が、そのひとみの
姿を通り越した一点に向けられ、はたと固まる。

168 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:28

「こうなったらもう押せ押せしかないからさ、頼むよあやや、紺野呼んでよ。
 取りあえずさ、今どこにいるかの確認だけでも」
「……ここにいますけど…」
「ぅえっ!?」

か細い声に、数十センチ飛び上がらんばかりの勢いで驚き、目を見開いたひとみ
が振り向いて見たのは。
ほんのりと頬を朱に染めて、バレー部更衣室のドア付近に佇んでいる、他ならぬ
噂の張本人、紺野あさ美だった訳で。

「な…んでこんなとこに?」
顎が外れそうなほど口を開けた驚愕の表情で、ひとみが引っくり返った声を上げる。

どこから話を聞いていたのかは分からないが、その赤く染まった顔を見れば、
ひとみが自分に好意を向けているという事実を耳にしたのは間違いなかった。

「あの…わたし、亜弥ちゃんに古典のノート貸したの思い出して、今日宿題出て
 たから…その、受け取りにきた…んですけど…」
ただでさえ細い声が、消え入りそうに小さく響く。

169 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:29

「えっ、あの、こ、紺野……さん?きき、聞いてた?最初っから?」
「あ、あの、なんていうか…」

必要以上にどもって慌てふためいた調子でひとみが聞くと、あさ美はより一層
真っ赤に染まった顔で俯いた。疑う余地もなく、図星のようだ。

「よっすぃー、さっきは紺野ぉなんて呼び捨てにしてなかったっけ?」
「あわわわわわ、なななんで、いいいいつから??」
美貴の皮肉な突っ込みも耳に入らないほど狼狽しているひとみ。

「ジョーダンだから、ジョーダン!!いやぁはっはっは、あ、違う、違うよ!?
 紺野さんが可愛いってのは本当、あはははは、あー…」

ひとみはと言えば、本人を目の前にしてさっきまでの威勢は何処へやら、
すっかり落ち着きを無くした様子で硬直している。

170 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:29

いつ何時でも誰を相手取っても、常に余裕綽々というイメージが強かったひとみ
だけに、笑えるくらい真っ赤になってしどろもどろの主将の様子を前に、美貴は
意地悪く含み笑いを漏らした。

(これがよっすぃーの本質か…)

亜弥、あさ美、そしてひとみ。
この場において唯一冷静に傍観できる立場だったため、関係性の低い美貴は
こっそりそんなことを思っていた。

(マジ惚れだと、こんな愉快な行動に出るんだ、よっすぃー)

気のない相手には幾らでも余裕の態度をかまして、リップサービスも怠らない
くせに、本人がいない時には「気に入った!」などと豪語していた結果が、
このうろたえぶりだ。

171 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:30

「あの…?わたし…えっと…」
「あはははは、いやいやいやいやきききき気にしないで気にしないで」

あからさまに意識しまくった状態で、「気にしないで」と言われてもそう簡単に
無視できるものではないだろう。

一方の紺野あさ美も、これまたこんな状況に臨機応変に対応できる程器用に
出来てはいないらしく、赤く染まった顔を隠すように俯いたまま、唯一気を許せる
亜弥に近づきひたすら縮こまっている。

その亜弥も、主将の空回りを前に呆然としている。
あくまで亜弥の中で吉澤ひとみは「頼りになっていつでも堂々としていて皆を
引っ張ってくれる格好良い人」のイメージが強いのだ。
練習前、美貴を相手に暴挙に出たあれは、おふざけの一環だと思っていた。

172 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:30

「おーいよっすぃー」
「あははは、あはははっ」
「…………」
呼びかける美貴。笑い続けるひとみ。俯いたままのあさ美。

「帰って来いよー」
「あー、えーと、いや、あはは、あの…」
「…………」
美貴の呼び掛けには答えず、ひとみは苦しそうに笑みをそれでも絶やさず、
少しずつ部室のドアに近付いていく。あさ美は顔を上げない。

「…えっと…………もういい」

173 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:31

馬鹿笑いでごまかそうとしていたひとみだったが、無言で俯いたままのあさ美の
態度を前にさすがに居辛くなったのか、急にしょげきった表情で鞄を無造作に
担ぎ、「帰る…」と言い残して部室を出て行ってしまった。

寂しげな後姿。
(……哀れな…)

何とも言えない気持ちで、美貴は溜息をついた。
「可愛い」と言い切った勢いでそのまま食事にでも誘えばいいものを、本人を
目の前にすると途端に気弱な姿勢でしおれてしまったひとみの意外な気の
小ささを目の当たりにして、
(でもちょっとオモシロイ)
美貴は主将の弱点を1つ握った気になった。

紺野あさ美が、今までひとみの回りにいなかったタイプ、というのは間違いでは
なく、またそれが原因でひとみとしても、どう接していいのか分からないのだろう。
不器用なのか純情なのか。

(まぁ頑張ってくれ、我らがキャプテン)
心の篭らないエールをこっそり送る。

174 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:32

一方、放心した様子でひとみがすごすごと更衣室から出て行くのを見守っていた
あさ美は、ようやく呪縛が解けたようで、
「あ、それで亜弥ちゃん」

言い掛けたところにタイミングよく、ひとみと入違いの形で別の人影が顔を出した。
「さっき、下で偶然会ってね」

あさ美が最後まで言い切らないうちに、亜弥の目線は更衣室のドアから覗いた
人物に釘付けになっていた。  
亜弥の最もよく知る人物。


「真希ちゃん?」
「…一緒に、後藤先輩と、来たんだ…」

驚いて彼女の名前を呼ぶ亜弥に、多少言い辛そうにあさ美が呟く。

175 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:32

バイトの入っていない日は、約束している訳ではないけれど、真希が亜弥と一緒
に帰宅するべく迎えに来るのが、幼馴染み2人の暗黙の了承となっている。
けれど。
亜弥の口から放たれたのは、疑問の言葉。

「何で……?」
「何で?って」

亜弥が呟いた言葉に、真希は怪訝な表情を浮かべる。「何を今更、」とでも言わん
ばかりの顔をして、亜弥を見返す。
「そろそろ練習終わる頃だと思ったから」
当然だ、と言外に匂わせながら真希はさらりと答えた。いつもの流れとして、
バレー部が練習を終えた時間を見計らい、亜弥を迎えにきたのだろう。

176 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:33

「そうじゃなくって!」
しかし、朝の件を引きずっていた亜弥にとって、真希があさ美と共に姿を現した
ことがまず1つ目、癪に障った。
(あたしは、朝のことすっごい気にしてたのに…)

「何で真希ちゃんとあさ美ちゃんが、2人仲良くうちの部室に来るの?」
「…あ?」
(真希ちゃんにとっては全然何でもないことだったってわけ?)

一瞬呆気に取られた顔の後、亜弥の尖った言い方を意に介する様子もなく、
平然と真希が答える。

「何でって、偶然下で顔合わせたから…、で、紺野も亜弥に用事があるって
 言うから一緒にきただけだけど」
「うん、そう、偶然だよ?亜弥ちゃん」

取り成すように、あさ美が慌てて口を挟んだ。
しかし今の亜弥にとっては、どうでも良い弁解だった。そう、もうどうでもいい。

177 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:33

そして2つ目。
朝のやり取りを含め、ここ最近の真希が一方的に冷たい態度だったのを思い
出した。発散の場もなく内に閉じ込め続けた感情が爆発する。

本当は、迷惑だと思ってるくせに、あたしのことなんか。
なのに ―――― そんな、義務感背負ったみたいな顔で、迎えに来ないでよ。

「真希ちゃん」
「…何」

呼んでおいてから、ほんの僅かな間、亜弥は躊躇したように唇を噛み締めた。
そして少しの沈黙の後。
つつつ、と美貴の側にさり気なくにじり寄ると、その細い腕にがちっとしがみ付く。
「え、え?」ぎょっとして、美貴はあたふたと口をぱくぱくさせた。
我関せず、を決め込んでいたのに突然、話の中枢に引き擦り込まれたのだ。

178 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:34

「今日は一緒に帰らないから。ミキたんとご飯食べに行くから」
「………」
数秒の空白。

「…ふぅん」

眉1つ動かさずに、真希は亜弥と美貴の2人を見据える。
修羅場にも似た雰囲気を感じ取り、胃が縮こまる思いを抱える美貴。

(ああ…なんでミキが、こんな目に。ミキは何も悪くないのよーう後藤さん)
巻き込まれて、更には随分と居心地の悪い視線に晒され、美貴は最もこの場で
とばっちりを受けているのは間違いなく自分だろう、と心中で嘆いた。

「そうなんだ」
「そうなの!」
一方、挑むような視線を投げ掛ける亜弥を、真希はすんなり受け流したようだった。

179 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:35

「じゃ、先帰るよ」

部活が終わるまで待っていた筈の真希は、いつもの約束が反故されたことに
不満を述べるでもなく、皮肉を言うでもなく、ごくシンプルな返答を述べるなり、
くるりと踵を返すとそのままバレー部の更衣室から立ち去った。

(…………ぁあ、微妙に雰囲気が険悪だよ…)

何となく気まずい沈黙が空気を重くする。
いや、美貴の察する限り間違いなく、部室の雰囲気は悪い意味で淀んでいた。
美貴の腕を拘束した亜弥の力は、真希の姿が視界から消えても揺るぐことはなく。

ただじっと、真希が佇んでいた気配の残る、ドア付近を睨み続ける。

180 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:35

コツコツコツ。
そして真希の足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなった途端、亜弥の傍らで
押し黙って彼女らのやり取りを傍観していたあさ美が口を開いた。

「亜弥ちゃん」
「あ、ごめんあさ美ちゃん。ノートね、すぐ返すからちょっと待っ」
「そんなの後でいいよ!」

何となくあさ美の顔が見れず、傍らに置いた鞄を漁り始めた亜弥の言葉を遮って
鋭く声を荒げた。のろのろと顔を挙げた亜弥は、真剣な顔のあさ美と視線をまともに
交わしてしまい、気詰まりを覚える。

「何があったのかよく知らないけど、あれじゃ後藤先輩に対して失礼だよ。
 だって後藤先輩、ずっと待っててくれたんでしょ?いつも、待っててくれるんでしょ?
 どうして今日に限ってどうしてあんなこと言ったの!?」

普段は温厚で大人しく、あまり他人に強い態度は取らないあさ美が珍しく、
きっぱりと亜弥を咎める口調で言い放った。 

181 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:36

「せっかく迎えに来てくれたのに、あんな言い方しなくたっていいじゃない」

(分かってるもん……いつも、真希ちゃんが待っててくれることくらい)
あさ美の言葉はあまりに正論で、亜弥が反論する余地はない。
それが、逆に胸を貫いて、痛かった。
だから、引き金になった。

「あさ美ちゃんには関係ないことだよっ。最初にあたしを怒らせるよーなことしたの、
 真希ちゃんだもん」
「だからって、あんな…。ねぇ、今なら走れば追いつくよ、追い掛けなよ。
 明日から気まずくなっちゃうよ、絶対!」

必死なあさ美の言葉に、何故か亜弥の中に霧消にやり切れない怒りが湧き上がる
真摯な姿が、逆に神経を逆撫でした。
(…なによぉ)

182 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:36

唇が屁の字に歪む。きっと自分は今、とても嫌な子になっている。
(あさ美ちゃんに、何がわかるっていうの!?)
奇妙に、自分の憤りを醒めた目で見ているもう1人の冷静な部分を自覚しながらも、
溢れ出す悪態の数々は、もう止めることが出来なかった。

「何で、あさ美ちゃんはそんなに他人のことで必死になれるの?」
「え…?」

「真希ちゃんのこと心配する暇あるなら、吉澤先輩追いかければ良かったのに。
 吉澤先輩人気あるんだよ?良かったじゃん、あさ美ちゃん」
「……その話は、関係ないでしょ、今は…っ」

さっと頬を紅潮させて、あさ美が叫ぶ。

「もういいの、放っといてよ!あたしのことは」
「でも、後藤先輩が…」

183 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:37

頭では分かっている。あさ美が本心で親友の自分を思いやって忠告して
くれていることは。しかし、感情が理性についていかない。

「そんなに真希ちゃんが心配なら、あさ美ちゃんが追い掛ければいいんだ!」

半ば意地になって、亜弥は叫んでいた。
思わず心にもないことを口走ってしまい、すぐにはっと口元を押さえたけれど、
と時既に遅し、というやつだった。後悔の波が押し寄せる。
強情な性格は、すぐに直るものではなかった。
飛び出した言葉は、もう取り消せない。

「そういう意味で言ったんじゃないよっ!」
「知らない、真希ちゃんなんか知らないもん、あたしは知らない!」

意地になって言い返す亜弥に、あさ美はぎゅっと唇を噛み締めた。
「亜弥ちゃんのバカ…」
呟きを残して、あさ美は身を翻した。パタパタと軽い足音があっという間に遠ざかる。

184 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:38

「……………」

185 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:38

「えぇっと……」

186 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:39

更衣室にはたった2人だけが残され、結果剣呑な空気は払拭されたが、同時に
訪れたのは逃げ出したくなるような静寂だった。

真希と亜弥のやり取りにも、亜弥とあさ美の言い争いにも口を挟むことなく
傍観していた(否、口出しする余地などなかったのだ)美貴は、少しの間は
そっとしておいた方が良いだろうとの独断で亜弥を黙って見守るつもりで。

為す術もなく、かといって亜弥1人を残して立ち去る訳にも行かず、美貴は所在
なくうろうろと更衣室や廊下を行ったり来たりしていたが、ようやく俯いたままの
後輩を気遣って声を掛けた。

「亜弥ちゃん、大丈夫?」

187 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:39

結局、部室に残されたのは亜弥と美貴の2人だけ。
(あ〜、よっすぃーがいれば、ここまでこじれなかったかも知れないのに…
 何て間の悪いキャプテンなんだ、まったくもう!)

凹んだ表情で早々と退場した友人を、美貴は今更恨めしく思った。
確かに、真希のことをよく知らない美貴としては、亜弥と彼女の仲が拗れ、場の
雰囲気が険悪なものなったからといって安易に嘴を挟むことは出来ない。

しかし、真希とは中学の頃からの付き合いだというひとみであれば、現状の
この事態を回避することは可能だったのではないか。
(ミキがどうこうできる問題じゃないよ、どうしろってゆーの、馬鹿よっすぃー)

188 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:42

勿論、亜弥には美貴が心の中でひとみに八つ当たりで悪態をついていることなど
気付く由も無い。


「ミキたん」
「ん?」


その亜弥が、随分と打ちひしがれた声で美貴の名を呼ぶ。
どんなに練習で疲れても、監督に叱咤されても、ここまで落ち込んだ様子の
彼女は珍しい。
未だドアの方を見つめながら立ち尽くしている亜弥の後姿からは、彼女の表情
を窺い知ることは出来ない ――― けれど、でも。

どれだけ亜弥が、落ち込んで後悔しているのかは、美貴にも分かった。

189 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:43

そもそも、揉め事が嫌いな亜弥が、誰かとあんな言い合いをするのも初めて見る
光景だった。しかもことの発端は彼女の幼馴染みであり、言い合いの相手は、
彼女の親友なのだ。

そんな亜弥を突き放すことはとても出来ない。可能な限り、美貴も優しい声を
出すよう努めて、「どうした?」と答えた。

「あたし、ワガママかなぁ?」
「え?」
「……でなきゃ、すんごい、嫌な子?」
「え、え?」

声が、肩が、小刻みに震えている。潤んだ大きな目は、涙を必死に堪えている
のが伺えた。本当に、こんな亜弥を見るのは初めてだった。
傷ついているのだ、彼女は、どうしようもなく。
焦れば焦るほど、上手い慰めの言葉はするりと頭から逃げていってしまう。

190 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:43

「…多分ね、あたしが追い掛けてって謝ってもね、真希ちゃん、あ、そうって、
 きっとそんな反応しかしてくれないんだよ。
 もう、真希ちゃんには、愛想尽かされてるんだ…あたし」

呆れるくらい「自分至高主義」な亜弥が、自虐的で気弱な発言を吐き出す。
それだけで、美貴には十分過ぎるほど理解させられた。

普段は美貴を圧倒する程元気な亜弥に、これだけ深刻なダメージをを与えることが
出来るほど、真希という少女は彼女にとって大きく影響を与える存在なのだろう。
ようやくそのことに思い当たった。
頼りない後輩の小さな背中を見ながら、美貴自身の胸も痛む。

「………あさ美ちゃんに。あんなこと、言うつもりじゃなかったの。真剣に、
 真希ちゃんのこと心配してるあさ美ちゃん見てたら、…悔しくなっちゃったの」
「分かるよ、うん、分かる」

191 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:44

口喧嘩なら誰にも負けないと豪語できる美貴も、泣き出す寸前と思しき年下の
女の子相手では、絶対に敵わない。それは断言できた。

「どんどん、心が汚くなってく気がするよぉ。…あたし、嫌な子になってくよ」
「そんなこと、ないって!亜弥ちゃんはうん、良い子だよ、良い子!可愛いし、
 ミキは好きだなー亜弥ちゃんのこと」

慌てて取り繕った表現だが、少なくとも嘘ではなかった。
好き嫌いがはっきりしている美貴は、好きな部類の相手でなければ会話どころか
顔すら見ることもない。

「あさ美ちゃん、あたしのこと、怒ってるよね?」
「あれくらいで関係が壊れるような友達じゃないでしょ、彼女とは」
「………」
穏やかに諭すように言うと、亜弥は少しの間口を噤んでいたが、やがて緩慢な
動作で振り向いた。

192 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:44

「ミキたん、分かったでしょ?」
「え?何を…?」
「あたしの、一方通行」

既に汗だくだくのしどろもどろ。
美貴としては、あれだけのやり取り(しかも一方的な)で判断するには、如何せん
材料が少な過ぎる。
「あぁ、何というかね、後藤さんてあっさりしてるよね、ハハ」
先程のやり取りの中で、真希に対して良い印象など抱けよう筈がはない。それでも
亜弥の大事な幼馴染み相手とあっては、迂闊がことは言えないのも事実。

美貴の曖昧な受け答えに、亜弥は泣き笑いのような顔になった。

「真希ちゃんは、あたしのことなんか興味ないの。きっと、鬱陶しくてしょうがないんだよ」
「………それは…」

193 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:45

強いて言えば、美貴の素直な感想としては後藤真希の表情は、いつもあんな
感じのイメージがあった。
媚びない、
群れない、
笑わない。

ただ、亜弥とだけは掛け値なしに対等な付き合いをしていると思ってた。
先入観というフィルターを通したせいか、美貴の目に、真希の姿はどうにも淡々と
した態度に見れた。いや、淡白過ぎる、と言えた。

それに、美貴は知っている。
あの子 ――― 石川梨華や、それに吉澤ひとみ。
彼女らと一緒に居る時の真希の姿を知っている。
決して自ら前に出るタイプではないにしろ、自己主張しない訳ではないだろう。
そうでなければ、そんな濃いキャラばかり揃えた面子の中で仲良くやっていくこと
などきっと不可能だ。

なのに、あの能面のような表情と、機械じみた愛想の欠片もない態度は。

194 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:45

「前はね、もっと優しかったの、よく笑ってくれたの」
「最近は、いっつもあんな風で。……ちょっと、時々、真希ちゃんが怖い」
「何でこんな風になっちゃったのか、分からないの」
「あたし、自分でも気付かないうちに真希ちゃんのこと怒らせちゃったんじゃ
 ないかって、怖いんだ……」

矢継ぎ早に言葉を紡いで、赤い目をした亜弥はぎこちなく微笑んだ。
寂しく笑う可哀想な後輩が、痛々しくて。美貴はそっと、自身の細い腕を伸ばした。

「もういいよ」
「あたし、ヤな子なんだぁ、だから、だから…」
「そんなことないから、ミキが保障するから。亜弥ちゃんは、良い子だよ」
「……っく…」

どれだけ1人で悩んでいたのだろう。
いじらしさに、美貴は言葉を掛ける代わりに軽くその柔らかな体を抱き締める。
亜弥の独り言を否定する気にはならなかった。
「ミキたぁん…」

195 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:46

美貴としても、先刻の真希が何を考えているのかさっぱり掴めなかったし、何より
今ここで、可愛い後輩が泣き出しそうな程傷ついている方が重要だった。


「うー…、」と泣き声を押し殺す亜弥の肩をあやすようにぽんぽんと軽く叩きながら、
美貴は考える。
(確かに、わざわざ迎えに来た相手にあてるけるよーな亜弥ちゃんの態度もどうかと
 思うけど、…後藤さんの反応が全く解せないんだよな。あっさりし過ぎで)

「ごめんね、ミキたん。あたし、大丈夫だから、心配かけて、ごめんね」
「……そんなこと、謝る必要ないじゃん」
「えへへ、ごめんね」

あの真希の立場に、美貴がいたら。
『ふざけんじゃねー迎えに来る前にメールの1つでも送ってこいや!』
とまではいかないまでも、多少の憤りくらいは感じるのが普通ではないか。

196 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:47

それほど寛大な心の持ち主なのか。真希という少女は。
違う。理不尽さに反発する気持ちは誰にだってあるはず。笑うなり怒るなり悲しむ
なり、もっと感情を表して良いはずだ。達観するほど大人な年齢じゃない。

眉1つ動かさなかった後藤真希。
あれでは、彼女は亜弥の行動などどうだっていい、と言っているようなもの。

だからそう、きっとそうだ。
亜弥は言わないけれど、真希を怒らせたかったのではないか。

もし亜弥が「一緒に帰らないから」と告げた時点で真希が何らかのアクションを
起こしていれば、少なくとも亜弥にとって自分は彼女からの関心が0ではない
と安心することが出来るだろう。

亜弥が機嫌を損ねる出来事、何があったのかは知らない。それでも亜弥は、
2人の関係に波風を立てることで、確かめたかったのだ。
…怒って欲しかった?
気にして欲しかった。

197 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:47

相手が怒れば、謝れば済む。
真希の対応は、最も切り返しに困る行為だった。
怒るでもなく悲しむでもなく、感情を挟むことなく納得して、その場から立ち去る。

1つ、思い出したことがあった。
後藤真希が更衣室に現れてからの態度はどれとして、感情を推し量る対象と
なる行為がなかったのだ。
淡々とした口調も、変わらない表情も、亜弥に向けた視線でさえ。

(だから何考えてるか分からないと思ったんだ…)

相変わらず肩を震わす後輩を抱き締めながら、美貴は1つの決意を固めていた。
―― 誰かのためにおせっかい焼くなんて、ホント柄じゃないんだけど。

(梨華ちゃん)

198 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:48

その「おせっかい焼き」を絵に描いたような友人の存在に思い当たった。
確か彼女は現在後藤真希と同じクラスで、仲も良いはずだ。
美貴はほとんど真希の考えや彼女の主義主張など知る由もないが、真希の友人で
ある石川梨華ならば、あるいはこの現状を打破する考えを持っているかもしれない。

(……梨華ちゃんに、会ってみようか、久しぶりに)

199 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:48

久々に、彼女と話をしてみようと思いつく。
すぐに逃げられるかもしれないし、向こうは美貴を避けているのが明らかだから
敢えて接触を持とうとはしなかったけれど、今度ばかりは。
(そう、亜弥ちゃんのために、あくまで亜弥ちゃんのために、ね?)

自分に言い聞かせるようそっと呟いて、美貴は決断した。
喧嘩してるつもりはないから「仲直り」なんて表現はふさわしくないけれど、
梨華との関係を修復するにはいい機会かもしれない。

『美貴ちゃんなんてだいっ嫌い!もう話し掛けてこないで!』
『あーそう、望むとこだよこっちだってねぇ、寒くてキショイ梨華ちゃんなんかと一緒に
 いるのはもうコリゴリ』
『………馬鹿!』

200 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:49

きっかけを得たことを喜んでいること。深層心理の奥底に湧き上がるその感情の
正体を、美貴はまだ、自覚してはいない。
「真希ちゃんの…ばか…ぁぁ…」
「………」

『………馬鹿!』
あの日、最後に梨華が見せた涙の表情と、目の前で小さく嗚咽を漏らす亜弥の姿が、
奇妙にシンクロして美貴の目にぼんやりと映った。

201 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:49

202 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:49
書き溜めていたストックがPC不調の際にさくっと消えました。ハードディスクにしか
残していなかったので書き直しに。痛恨の一撃でした…_| ̄|○
そんな中、1ヶ月の間が空いてしまいましたが、取りあえず更新しました。

>>145 dadaさん
いつも早いレスありがとうございます!藤本石川関連はまだですが、吉澤さんの相手は
彼女でした。微妙にメジャーから外れた組み合わせ狙いです。

>>146 ROM専読者さん
吉澤さんは書いてて楽ですね。主役率が高いのも分かる気がします。
今後はそれぞれの関係に主軸を置いて更新する予定ですので。

>>147 名無し飼育さん
あやみき派の方ですか!それなのに読んでもらってありがとうございます。
取りあえず藤本石川についてはちょこっとだけ書きましたが…また今後に続きますw
203 名前:m2 投稿日:2004/02/27(金) 20:50
>>148 名無し飼育さん
期待を裏切ってすみません。彼女でした…。吉澤さんについては唯一気兼ねなしに
暴走させられるキャラなので、相手は逆のタイプにしたかったのです。

>>149 あやみき信者さん
自分もある作者さんの作品の前にはまんまあやみき信者になりますがw
理想の展開にはならないかもしれませんが、また気楽に読んでもらえれば嬉しいです。

更新ペースは大分落ちるかと思いますが、放棄はせずにぼちぼち更新していきますので
よろしくお願いします。
204 名前:dada 投稿日:2004/02/28(土) 02:44
ほぼ毎日チェックしてるんでレスも早いんですよ(w

おかえりなさい。そして大量更新お疲れさまです。
吉澤さんの相手があの子とは…。
藤本さんと石川さんが今後どうなるか楽しみです。
205 名前:rina 投稿日:2004/03/01(月) 15:10
大量更新お疲れ様です!!
ごっちんとまっつーが、どうなってしまうのか
すごく気になります。
まっつー何気にひどいです。

( ´ Д `)<亜弥・・・

おいらだけかもしれませんがミキティがすごく空しく思えるんです;

川VvV从<余計な事に首を突っ込みたくないんで

訳のわからない内容でスミマセン;
続き期待して待ってます!
206 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/23(火) 13:05
更新お待ちしてま〜す!
207 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/10(土) 10:43
まだ待ってますんで。
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/04(火) 23:17
今後りかみきも出てくるのでしょうか。続きますよね?待ってます。
209 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/23(日) 01:17
あやごまほ
210 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/24(木) 18:18
待つ。
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/11(水) 03:36
もうだめぽ?
貴重なあやごまが・・・orz

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