桜
- 1 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 17:22
- のんちゃんあいぼん二人の卒業の話をみんな悲しみで受け止めていた。
麻琴は声を上げて泣いているし、亀井ちゃんはいやいやと頭を振っている。
安倍さんの目から時折ポロリと涙がこぼれ彼女は、
あれ、あれ?と手のひらでぬぐった。
矢口さんはうつむいていて表情は分からないけど
握り締めた手のひらは血の気が抜けて真っ白になっている。
- 2 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 17:24
- 飯田さんや藤本さんも
目をつむり黙っていたけれど、
眉間によるしわや硬く閉じた口から、
悲しみに流されないように必死に耐えているのを感じた。
でも、あたしは涙を流していなかったし、
それどころかあまり悲しみを感じていなかった。
もちろん、とてもショックで悲しい知らせだし、
あたしも違う場所で聞かされていたら、
里沙たちと抱き合って号泣していたことだろう。
でも、この空間ではあたしの意識や感情はすべて
ほかの事に奪われてしまっていたのだ。
あたしは目の前の大切な人から目を離せずにいた。
- 3 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 17:28
- 「のの!あいぼん!! 大丈夫だよ。二人ならやれるよ」
「梨華ちゃん、ほら卒業したからって私たちは仲間なんだから。
なにも変わらないよ、ねっ」
今まで内緒にしていたプレッシャーが消え、抑えが無くなったのだろう、
のんちゃんもあいぼんも声を上げて泣いているし、
また石川さんがその当事者以上の号泣ぶりだった。
よしざーさんは、ほらえらいことになってるよと
ティッシュで石川さんの鼻水を拭き、
腰に抱きつくコンビの背中を
だいじょぶ、だいじょぶだよと、ぽんぽんと叩く。
その様子がとてもやさしく、表情も穏やかだったので
あたしはよしざーさんから目が離せなかったのだ。
彼女のやわらかい微笑をずっと見つめていた。
- 4 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 17:31
- ***************************
- 5 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 17:37
- 「えーと」
で、今は目をそらしている。
「なんかさ、空気重くない?」
収録も終わりもうすぐ解散になるという時間、どうしたわけか
今楽屋にいるのはあたしとよしざーさんの二人だけだった。
隙間にもいないみたいだし。
いつもなら、べたべたまでは恥ずかしくてできないけど、
寄り添って少し指を絡めたり、
見つめられてあたしは真っ赤になってうつむいてしまい、
するとよしざーさんにほら顔を上げてとほほに手を当てられ、
そ、そこによしざーさんの唇が‥‥
と、ほんわかと甘い空気を作ってるはずなのだけど。
今は隣の席にも座らず、少し離れて興味もない雑誌を開いている。
- 6 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 17:40
- 「何か怒ってる?高橋」
ん?とよしざーさんは隣の席に移ってきてあたしの顔を覗き込む。
「なんも怒っとりゃあせんです」
そう言うあたしの顔はきっとぶうたれてかわいくない。
もっと違う顔をよしざーさんには見てもらいたいのに、
どうしてもうまく笑えない。
ふう
ため息をついて雑誌を閉じた。
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/19(月) 17:43
- 楽しんでいただけると幸いです。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/19(月) 17:45
- 変な行間が開いてる。
欝だ‥‥
でも、もうあとには引けない。
- 9 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 18:05
- 「じゃあ、どうしたんだいベイビー。悩みがあるなら言ってごらんYO」
それでもあたしは切り出せなくて。
ううーん、よしざーさんは困っていろいろつぶやき始める。
なんだろなー‥‥この間のデートは‥‥
電話でなんか変なことでも‥‥んん、何かあったかなあ‥‥‥アヤカ
ぴくり。
あたしの体が反応したのによしざーさんも気づいたようで
「や、違うんだよ。別にアヤカとは何にも‥‥ただあれはそのね、あの」
とおろおろ。
「ええです、今はほんな話聞きとうのうけ」
あたしはばっさりと話を切った。ほんとはすごく気になったけど。
よしざーさんはあたしがすごく怒ったと思ったようで
「そうですか、すいません」と小さくなった。
ぷっ
そのへたれっぷりがおかしくて私は思わず吹き出してしまった。
- 10 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 18:07
- よしざーさんはそれにほっとし、
「良かった、やっと笑ってくれた」
とやさしく微笑んでくれる。
あたしはその笑顔にとろけそうになりつつも口では
「今は聞かへんかって、
あとでちゃんとアヤカさんとの話は聞かせていただきますけ」と返した。
「はい、すいません」
よしざーさんはまたかわいそうなくらいに小さくなって、
それであたしの中の凝り固まっていたものはもう全て消え去ってしまった。
もう一度軽く息をついてから
「あたしこそすいませんでした」笑顔で言った。
「なんか一人で暗くなっちゃって。かわいくねかったですね」
「なに言ってんの」よしざーさんは、にかっと笑って
「高橋はいつでもかわいいよ。
今みたいなつんとしてる時もこっちは
ぎゅっとしたくてたまらなくなるんだかんね」
ああ、もうだめっす。
あたしはよしざーさんの言ってくれる一言一言にとろけていってしまう。
自分が溶けてなくなってしまいそうだ。
- 11 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 18:08
- ふにゃあと今ではよしざーさんの肩にもたれ夢心地になっていたのだけれど
「でも、じゃあいったいどうしたのさ、
なんか心配ことでもあるの?」
と再び聞くよしざーさんに、あたしは引き戻される。
それでも今は、肩にやさしく回された腕に安心して、口を開くことできた。
「のんちゃんたちの‥‥」
「っっそっか」
言いかけた途端よしざーさんははっとして、あたしを抱きしめてくれる。
「そうだよね。何で気がつかなかったんだろ。
ゴメンね、ショックだったんだよね」
心地よさにあたしの意識はもう飛んでしまいそうだったのだけど、
「違います、ほやねえす」と何とか振り絞った。
- 12 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 18:09
- 「え、ショックじゃないの。」よしざーさんは意外だという顔をした。
「え、や、んでのうて。
ショックや、ショックやかって、ほやのうて‥‥心配で」
あたしはもう、あせってしまって言いたいことが文章にならない。
「ああ、そうか。二人がやっていけるか心配なんだ?」
だからよしざーさんはあたしの思うのとは違うふうに読み取ってしまう。
「大丈夫だよ、あの二人が組んでやるんだから、誰にも負けやしないって。
むしろ私たちこそ負けないようにがんばらなくっちゃいけないくらい‥‥」
ほやねえすっ、んでのうて
首をぶるぶると振る。
よしざーさんはまた困った笑顔になった。
そのまままた黙り込んでしまいそうになったのだけれど、
話し始めてからずっと、今も
よしざーさんはあたしの肩をぽんぽんとやさしく叩いてくれていて、
そのおかげであたしは少し落ち着いてどうにか、
でも途切れ途切れで話すことができた。
- 13 名前:桜 投稿日:2004/01/19(月) 18:10
- 「心配なんす」
「うん」柔らかい声。
「だいじょぶじゃねえす」
「そっか」温かい腕。
「がんばらなくてええ思います」
「そっか」やさしいリズム。
「よしざーさん」
「ん?」大好きな笑顔。
「よしざーさんです」
「よしざーさんだねえ、あたし」
「のうて」
「違うのかよ」よしざーさんはくすくすと笑う。
「心配なんす」
「戻ったね」肩をぽんぽん。
「よしざーさんのこと」止まった。
「よしざーさんはだいじょうぶじゃねえす、がんばらなくてもええです。」
「ええっと」何と言うべきか迷っているよう。
「心配なんす、よしざーさんのことが」
あたしはようやく言うことができた。
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/19(月) 18:15
- たぶん、いや絶対
言葉変だと思います。
敬語での方言がまったく分からん。
ともあれ、3分の1ほどあげてみました。
- 15 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:10
- 宙に止まっていた手をよしざーさんはもう少し上げて、
今度はあたしの頭を叩いた。
ぽんぽん
それからあたしのイスを動かして向き合う。
笑顔だ。でもあたしは悲しくなってくる。
「んーと、あたしって頼りないのかな?
結構しっかりしてきたと自負してるんだけどなこれでも。よしこショック」
がっくしと、よしざーさんはおどけてみせる。
あたしはふるふると首を揺らし
「よしざーさんはとても頼りになります」
「ならいいんじゃないの?」
「駄目です」
「駄目なの?」
「だって、よしざーさんは泣かなかったし」
「駄目かな?」
「駄目です」
「そっか、薄情だよね」
- 16 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:11
- よしざーさんは苦笑する。あたしはもう反射的に
「ほんなことねえっす。よしざーさんはやさしいです。やさしすぎるけ」
「はは、ありがと」
「ほやから、泣いてもええんす」
「許可制みたいだね」
「泣いてもええんす」
するとよしざーさんはますます困ったような顔になった。
「イヤー、でもあたし苦手なんだよね、
ああいう場で泣くのって。梨華ちゃんとかは似合うけどね、
ああでもあの鼻水はちょっと引くかもしれないけど。
もう子供じゃないんだし」
「ほやかて大人でもねっす」
- 17 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:12
- 「ん?ああ、そうだね。大人とはまだ言えないかな」
「さけ、悲しかったら、泣いてええんす。
よしざーさんだけ抱え込まなくたってええと思います。」
「抱え込んでるつもりはないんだけとなあ」
「あん日も二人を励ましとったし、石川さんの鼻水も拭いてた」
「そりゃ、同期だしさあ、それにあの鼻水はほんとやばいって」
「よしざーさん自身の気持ちはどうなんすけ?
あの三人くらいに泣いてええと思います」
でもやっぱり苦手なんだよ、そういうの
無理無理とよしざーさんはお手上げをする。
ほやね、あたしも思ってしまった。
泣けといわれて素直に泣ける人はそういないだろうし、
ましてよしざーさんじゃ一筋縄ではいかない。
- 18 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:14
-
どのくらい自分の中に入り込んでいたのか、
考えがまとまったときよしざーさんは右から左から
「おおい、たかはすぃー、おおぃ帰ってこいよ」
とあたしの顔を覗き込んでいた。
あたしはよしざーさんのアップと、
たった今決めたことを思って自分の顔がすごい勢いで熱くなるのを感じた。
それでも、よしっと気合を入れ
「さあ来い。このやろう」
とよしざーさんに向けて両手を広げた。心持ちイノキ。
だけど、何の動きも起こらなくて。
あたしは恥ずかしくてつむっていた目を開くと、
よしざーさんがぽかーんと口を広げてあたしを見ていた。
ええいっ
- 19 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:16
- 「さあ、この胸に飛び込んでこい」
あたしは自分の手の甲まで真っ赤になってるのが見えたけど
くじけずに繰り返して呼び込んだ。
「た、高橋、なんか大胆だねえ」
動揺したみたい。
「そりゃ、高橋がそういう気になってくれたのはうれしいけど、
ここは楽屋だし、もう誰か帰ってくるだろうしね。
やっぱり初めくらいはムードのあるところでさ、
そりゃなれてきたら楽屋でってのもいい感じだろうけど‥‥」
よしざーさんはいや参ったなあと、
でもすごくうれしそうな顔でいやんいやんしている。
「ほ、ほやねえっす。このあたしの胸で泣けま、このやろう、やざ」
あたしは自分の行動が恥ずかしくて、
それによしざーさんがあたしとその、
したがってる、それもちょっとアブノーマルなことまで‥‥
もうパニクって半イノキのままよしざーさんに泣いてもらおうとしていた。
このやろう
- 20 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:17
- 「さあ、来い」
「いや、来いって言われても」
「行けばわかるさっ」
「泣くんじゃないのかよ」
「泣けばわかるさ」
「泣いてもまだなにかあるってこと?」
はあ
なかなかよしざーさんが来てくれないのであたしは少しぼやき出す。
なんすの、わしがこうすて恥ずかしいのん
‥‥勇気さ出して‥‥まったく‥‥
麻琴だったらひってもんに喜んで
ふと、かすかな反応があった様な気がしたので期待したのだけど、
よしざーさんに変化は見られず余裕があって
- 21 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:18
- 「ああ、もうっ」あたしはむっとする。
「ええから、早うこの胸に飛び込んで来ね。このやろう」
「この胸?」ぺとり。
服を通して感じたのはよしざーさんの頭ではなくて手のひらで、
それも軽く触れただけだったのだけど
「いやーー」
バシン、バシッ。
あたしは悲鳴を上げ、
広げていた両手でよしざーさんのほほに盛大に気合を入れてしまった。
あたしは感極まって泣き出し、
すると誰かがこの楽屋に駆け込んできた。
- 22 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:21
- 「どうしたべ、いったい」
安倍さんは入ってくるなりそう言ったが、
室内の状況を見て動きが止まった。
よしざーさんはほっぺたをさすりながらイテテテと痛がっていて、
あたしは胸を両手でぎゅっと押さえて泣いている。
強く押さえすぎたせいかボタンが一つ飛んでしまい服が少し乱れていた。
- 23 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:21
- 「よっちゃん」
よしざーさんを呼んだ安倍さんの顔には軽蔑する表情が覗けた。
「いや、安倍さん、違うんです。そうじゃないんです」
よしざーさんはあたふたおろおろする。
「高橋」
でも安倍さんは相手にせずあたしに話しかけてきた。
「高橋、もう大丈夫だから。
何かあったのか、勇気を出して言ってごらん。やつに何されたの」
「やつって、安倍さんひど」
「ね、高橋」
ああ、本当に天使のスマイル。自然とあたしの口は開かされる。
「よしざーさんが、あたしの胸を‥‥」
「た、高橋っ」あせるよしざーさん。
安倍さんのよしざーさんへの視線からどんどん温度がなくなっていく。
- 24 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:22
- 「あ、安倍さん、違うんです」
よしざーさんは手をあわあわ振りながら訴えた。
「何が違うべ?」
「ええと、何が? なんだろ、ええと」
「違わないんしょ。高橋の胸触ったんだべ」
「そうです、そうなんですけど」
「最低」
「か、顔はオッケーだったんですよ」
「顔?」
「そ、そうです。
顔をつけるのがオッケーて言われたんで、
代わりに手、手を出したんですよ。そしたらこうなったわけで」
よしざーさんが説明すると今度は安倍さんが焦りだした。
顔を真っ赤にしてよしざーさんからきょろきょろと目をそらして
「あ、あんたたちは楽屋でなにやってるべ?
そ、そりゃ二人が付き合ってるのは知ってるけど、
そういうのは本当に二人きりのときに‥‥
それ、それによっちゃんも高橋がいいって言っても、
焦らずにじっくりと相手を不安にさせないように‥‥
って、わーなに言ってるんだべ。やー、なっちこういうの苦手なのよ」
わあ、いやあ駄目駄目
安倍さんはこの部屋の中で今では一番真っ赤になって一人はしゃいでいる。
- 25 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:23
- 安倍さんはひとしきりはしゃぐと落ち着いてきて、
よしざーさんも最悪の誤解からは解放されてほっとしていた。
でもあたしは代わりにどんどんと一人落ち込んでいて
「ひ、ひっぐ」
と声を上げて再び泣き出してしまった。
安倍さんは瞬間よしざーさんを一睨みし、
よしざーさんからしてませんしてませんというアイコンタクトが交わされる。
「高橋」
安倍さんのやさしい声がかかる。
「何で泣いているの。よっちゃんに胸触られたからじゃないんでしょ」
「‥‥それもあります」
「あるんだ‥‥」先は長いなあ、よしざーさんがうなだれる。
「ほかの理由を言ってくれる?」
あたしはよしざーさんを見る。
安倍さんを見る。ん?太陽の微笑み。
よしざーさんを再び見る。戸惑った表情。
- 26 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:24
- 「言えない?」
安倍さんの言い方にはまるで強要するようなところはなくて、
言いたくないならそれでも全然かまわないよといった感じで、
そのため逆にあたしの口は開いた。
「よし、よしざーさんが」
「うん?」
「よしざーさんが泣かないんです」
すると安倍さんから温かい笑顔が消えた。
少し悲しそうな表情になって
「そっか、そうだよね」とつぶやいた。
- 27 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:26
- そのまま安倍さんは黙ってしまった。
あたしは自分の言ったことで
よしざーさんのことを薄情な人間のように思わせたのじゃないか
と思って心配になってくる。
もしそうなら誤解を解かなくっちゃと思ったとき
「ゴメンね」
安倍さんが口を開いた。
- 28 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:27
- 「え」
「ゴメンね、高橋。それによっちゃんも」
「ええ、なんですか? 安倍さん」
へらへらっという感じでよしざーさんが聞く。
「分かってるんだべ、なっちたちも。
でも自分のことでいっぱいいっぱいになって結局、
やさしくて面倒見のいいよっちゃんに
いろんなことを任せちゃったりしてるんだよね」
「ええ? 安倍さん私そんな大して任されたりしてませんよ。
ただ勝手にやってるだけっすよ」
「そうだべ。
よっちゃんはそういうことを自然にできる子だから、
余計になっちたちはよっちゃんに任せてきちゃったんだべ。
なっちは特にね」
「安倍さんはだって、安倍さんこそ今卒業で大変なときじゃないですか」
「そんなの理由にならないべ。
娘はみんなでみんなを支えなければならないのに、
今度のことでは全部よっちゃん任せで」
「そんな大げさなことじゃないすけど、
自然にできてるんならそれでいいんじゃないですか?」
「そういう子だって、悲しんだりもするべ。泣いたりもするべ」
- 29 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:28
- 安倍さんがあたしの思っていたことを全部言ってくれるので、
あたしの目からはまたぼろぼろと涙が流れ出た。
「今回の卒業は同期で、しかも二人同時で、
残されるメンバーの中では石川と同じで一番悲しいはずだったのに、
よっちゃんには辻加護に石川まで励ます役をやらせて‥‥
ちゃんと泣かせてあげられなくてごめんね。」
「え、いや、そんな‥‥」
安倍さんに頭を下げられよしざーさんはすごく戸惑う。
やっや、お願いですから、あ、あ頭上げて
「そそれに、あたし泣くの苦手なんですよ、
高橋にも言いましたけど」
すると安倍さんはふふと微笑む。
「そうだね、よっちゃんが泣いてるのって、
なっちもよく想像できないべ」
「あ、ひどー」
一転して二人は笑いあえる、やわらかく。
とても温かい人たち。
- 30 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:30
- 「高橋も、ありがとう」
へ、涙でぼろぼろでいたあたしは
突然安倍さんから感謝されて間抜けな声を上げた。
「高橋、ありがとう。
高橋は、よっちゃんのことちゃんと見ていてくれたんだね、
ありがとう」
安倍さんは語りかけながらあたしの手を握っていて、
そこからあたしに安倍さんの温かさが流れ込む。
「ほやけどあたし、あたし何もできひんで‥‥」
首を振ると安倍さんの手に涙が飛んだ。
「そんなことないべ、そんなことない」
安倍さんが手のひらでほほをぬぐってくれる。
- 31 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 22:31
- 「ほ、ほやけど‥‥」
「素直に泣ければそりゃいいけどさ、ああいうやつだからね。
でも高橋が見てくれているおかげで、
よっちゃんはそれだけですごく救われてるはずだべ」
「ほんなこと‥‥」
「ね、よっちゃん」
安倍さんはよしざーさんを振り返った。
あたしはおずおずと顔を上げる。
よしざーさんはあたしと目が合うと少し赤くなって
視線をあらぬほうに外し
「ああ、うん。ありがとー、高橋」と言ってくれた。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/20(火) 22:38
- また3分の1ほど。
やはり行間がないほうがいいなあ。
ミスったのがすっごい悔やまれます。
- 33 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 23:49
- 目を見て言ってあげればいいのに、安倍さんは笑って帰っていった。
特別連絡もないので送迎の必要のない人はこのまま帰っていいと
マネージャーさんが言いに来たからだ。
あたしたちも少し落ち着いてから帰ることにした。
コートを着てマフラーを巻き、かばんを持って楽屋をあとにした。
エレベータに向かって歩く。
「ああ、愛ちゃーん、もう帰るのお? あ、吉澤さんも」
- 34 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 23:49
- ボタンを押しエレベータを待っていると
ホールに響く元気な声が聞こえてきた。
麻琴があさみを連れて走ってくる。
「うん、送ってもら」わなくて‥‥
散々泣いて何かすっきりしたあたしは
笑顔で麻琴に返事をしようとしたのだけど、
かばんを持ったのとは逆の手が不意にふさがれて言葉が途切れた。
そしてどんどんあたしの顔が赤くなるのを感じる。
- 35 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 23:50
- 麻琴もあさみもいきなり黙って今真っ赤になっているあたしを見て、
ん、どうしたの
と、はてな顔だったが近くまで来て分かったようだ。
よしざーさんの白い手と、
真っ赤に染まったあたしの手がつながれているのを指さして
おお、とどよめいた。
二人で、やるね愛ちゃんとか言ってるのが聞こえる。
するとよしざーさんが不意に
「ゴメンな、小川」
と言い出した。
- 36 名前:桜 投稿日:2004/01/20(火) 23:51
- 「へ?なんですか、吉澤さーん」
「高橋はあげられないよ、小川ゴメンね」
よしざーさんは真剣な表情だった。
「へ?」麻琴の口がぱっかりと開く。
よしざーさんが何を思いついたのかあたしは分かった。
あたしもそれに乗る。
「ゴメン、麻琴」
「愛ちゃんまで」
「麻琴の気持ちはひってうれしいけど、
あたしはやっぱりよしざーさんがええの」
「いやいやいや、何の話ですかー」
麻琴がよしざーさんにえーなんですかこれ、
あたしのところでねえ愛ちゃん何の話なの、とおろおろと行き来する。
- 37 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:26
- しばらく繰り返してやっと気づいたのだろう、
動きを止め、それからゆっくりと後ろを振り返った。
チン
目の前のドアが開き、よしざーさんはエレベータに乗り込む。
あたしも手を引かれて中へ。
よしざーさんが1のボタンを押した。
それに気づいて再びこちらを向いた麻琴は必死な顔で
「待って、行かないで。お願いします、吉澤さん行かないでっっ」
と懇願した。
カチ、よしざーは閉ボタンを押す。
そして閉まっていくドア。
麻琴の声。
閉まりきる寸前、
せいっと言うあさみの声が聞こえ、麻琴のうずくまる姿が覗けた。
- 38 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:27
- ゆっくりと降りていくエレベータで
よしざーさんの様子をうかがっていたのだけど、
すんとか、んくっ、とかいった声が漏れ、それに合わせて肩を揺らせている。
しかし、すぐに声は大きくなって
よしざーさんは空いてる手でエレベータの壁を
バシンバシンと叩いて爆笑しだした。
「はあ、はあ、面白れー、あの小川の顔。
ひっひっ。やべっ苦しー笑い死ぬ」
あっはは、ああ苦しい。壁をドカンドカン。
- 39 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:27
- 「見た?閉まる瞬間。紺野、正拳放ってたろ。
あは、ひーひ。あれすげぇ痛そー。ああ苦しぃ、やばい死ぬー」
その姿はイタズラがぴたりとはまって本当にうれしそうな少年で。
よしざーさんの目じりには涙がにじみ、今にもこぼれ落ちそう。
あたしは片手で少し苦労しながらも
かばんからハンカチを取り出してよしざーさんに手渡した。
「ん?ああ、ありがと。あはは、あの顔」
よしざーさんはハンカチを受け取って笑いながら目じりをぬぐう。
- 40 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:28
-
外に出るときにはよしざーさんの笑いも納まって、
二人で駅に向かい歩いていく。
辺りは街灯があるもののあまり明るくなかったので二人の手はそのまま。
よしざーさんはとても上機嫌だし、
外で手をつなぐことがまだあまりなかったので
あたしは夜の寒さがまったく気にならないくらい、
あったかい気持ちだった。
歩いているのだけど、
このまま眠ってしまいそうなくらい心地よい。
もう世界には何もなくて、
よしざーさんもあたしすらもいなくて、
ただつながれた手だけ存在している。
- 41 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:30
- ‥‥‥‥
‥‥‥‥♪♪‥‥♪‥‥
何かやさしいメロディーが流れている。
あたしたちはさっきよりも少しだけ駅に近づいていて、
あたしは今も手を引かれ歩いている。
温かくて大きな手。
よしざーさんが歌っていた。
僕がそばいるよ
君を笑わせるから
桜舞う季節かぞえ
君と歩いていこう
- 42 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:31
- また涙が流れてきた。
今日のあたしの目は壊れてしまっているのかもしれない。
暗かったけどよしざーさんにはすぐに分かったようで、
さっきあたしが渡したハンカチで涙を拭いてくれた。
「今日の高橋、泣き虫だねえ」でもとてもやさしい声
「ごめんなさい」
「ん、いいよ。こういう高橋も好きだよ」
あたしは涙を流し、よしざーさんが拭いてくれる。
- 43 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:31
- 「よしざーさん」
「ん?」
「よしざーさんは、ズルいです」少し鼻水が出そう、やばい。
「え、なんでよ?」
『桜』
「ああ、いいよね、これ。
高橋のほうが歌うまいだろうけど、こういうのは私のほうでしょ」
「今日はあたしがよしざーさんを泣かせるはずやったのに」
「逆にぼろ泣きだったね」
「“君を笑わせ”てないです」
「そっか、ごめんな」
- 44 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:32
- なんでこんなに穏やかな笑顔ができるんだろう。
「あたし、よしざーさんの歌好きです」すんすん
「そーお? ありがとー」
よしざーさんはニカっと笑って歩き出し、
それではリクエストにお答えしてともう一度歌い始めた。
あたしも鼻を時々すすりながら、一緒に歌う。
今はまだこれでええかのう
そう思いながらよしざーさんの隣を歩いた。
- 45 名前:桜 投稿日:2004/01/21(水) 00:37
- ENDです。
ああ、この間隔だなと
ようやく思えたのに、
一番大事なところでズレました‥‥
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/23(金) 00:36
- 明日にでも次のを上げようかと思います。
- 47 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:38
- 「はよ、しね」
いとしい彼女にそう言われるあたし。
自分の部屋に二人きり。
ひょっとしたらいい感じの展開になるかもと期待していたのに。
両の肩がなぜか落ちてくる。
- 48 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:39
- 「あ、違います、違います。ほんな意味やのうて‥‥」
高橋はあわてて、あたしの肩を持ち上げた。
もちろん分かってたんだけどね。
「ごめんなさい、あたしほんま、ほんなんやのうて」
ああどないしよ、すんません、高橋はおろおろしている。
それを見てたらおかしくなって
「ぷっ、ハハッ」あたしは吹き出した。
すると彼女はびっくりした顔で。
「か、からかっとったすね」
また怒り出した。
「からかってなんかないYO」
マイハニー、今こそあたしはおどけた感じになり、
ううーんと唇を突き出し体を揺らす。
「ああもうよしざーさん、まったく反省してのうすけ。
あばさけてからに。ひってちょれぇ人やざ」
チョロイ? いや違うんだろうけど、なんだかちょっとブルーな気分。
でも高橋は興奮していてもうかまわず福井弁でまくしたてる。
早すぎてついていけないあたしは、
彼女にはまだふざけてまともに取り合わないように見えたようだ。
バン
彼女は床を叩いた。
「ええすけ、もう。はよここ、おちょきんしねま」
- 49 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:41
-
*****************************
- 50 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:43
- 「ねえ、よっすぃー」
ねえ
コンピCDのためのプッチのレコーディングは無事終わり、
あたしたちは次の仕事に向かうため仕度していた。
ねえ、よっすぃーてば
あたしはようやくのリリースにどうにもウキウキしていて、
アヤカの線が細くて甘い呼び声に、すぐには気がつかなかった。
「ああ、ゴメンゴメン。なーにアヤカ?」
とあたしは笑いながらアヤカに尋ねた、交信しちゃったよ。
ふふふ、手を口に当てて
「よっすぃーたら」
微笑みながらアヤカはくるりと後ろを向いた。ロングの髪が舞う。
「あのね」その髪を両手ですくい上げ
「ネックレスつけてくれるかな」白いうなじとやわらかそうな後れ毛。
おおっと、小川は嬌声をあげた。
なんだコイツいたんだ。
- 51 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:47
- ねえお願い
なんでだろう、この部屋の酸素は甘くなっている。
「オ、オッケー牧場」暖房効きすぎてないか?
あたしはテーブルのネックレスを取ってアヤカの背後に立つ。
「これ、お気に入りなんだけど、つけにくくて」
少し振り返る。
ゴメンね
アヤカは眉を八の字にしてささやいた。
「や、もう全然かまわないから」
まかせて、ちょっと深呼吸してみる。
アヤカの細い首筋に頭を近づけ、作業に取り掛かる。
いや、待って。この部屋暗いって、ねえ照明さん。
実のところそれはあたし自身の影だったんだけど、
あたしは気づいていたのかいないのか。
さらにかがみこんで、
すると香水のいい匂いが香り、近づくにつれ鼻がひくひくと膨らむ。
あん
不意にアヤカが身をくねらせた。あたしのはく息が首筋をなでていくようで
「もうよっすぃーたら、ダメェ」
エロいっす。
ごきゅり
のどがでかい音を立てた。
いや、でも待って。あたしじゃないから、音声さん。
横のバカがテレビではお目にかかれない真剣な面持ちであたしたちを眺めていた。
- 52 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:49
-
それでね、吉澤さんすっごいうれしそうで。
金具が止まったのになかなか離れないでね、アヤカさんが
『よっすぃー、またお願いしていい?』って聞いたら、
『こ、こちらこそよろしくお願い、しまれす』
て、ドモっちゃったんだよ愛ちゃーん。
それでね、それでね。
アヤカさん、『ふふ、ありがとうよっすぃー。大好きよ』て
吉澤さんのほっぺにっ、ほっぺにチュッて、
チュッてしちゃったんだよ。
- 53 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:50
- デッヘッヘ
愛ちゃんまずいよねぇ。エヘへェ
麻琴がお腹をさすりさすり教えてくれたけの」
高橋は、自分も床に正座して向かい合わせで、
小川の話をやつの物まねつきで再現した。
でも背中をピンと伸ばしてやるのでなんとなく宝塚っぽく、
あたしの頭の中では《オスカル in 北の国から》が絶賛公開中になった。
パンがぁないならぁ‥‥菓子ぃ、そおっ、菓子食えばぁいいっしょ。
ああそれにしても、小川のやつ。
いったいあたしに何の恨みがあってチクりやがった。覚えてろYO。
足、感覚無くなってる。
- 54 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:53
-
宙を舞っているし、床下に沈み込んでいる。
小川の物まねから続きまして、早口でいこう福井弁講座が開かれていて。
あたしは自分の下半身が存在しているのかもう知らない。
そりゃあ身じろいだときにはものすごい激痛だけど、
まっすぐ体重を下に落としている分には、
あたしの体のその奥はふわふわと漂って落ち着かない。
ほうやのうてもよしざーさんは娘。やハロプロでひってもてるやにほやのによしざーさんはみんなにやさしゅうてかわらしい人が好きでわしは彼女やのにほやけどこっぱずかしくていちゃついたりできへんさけほやかってアヤカさんはわしのよしざーさんにチューチューてっああもつけねえ
だからあたしの心も浮かれ気味で、一生懸命怒っている高橋が愛しくって仕方がない。
「やっぱしわしはざいごもんでわらびしいさけよしざーさんかてほんまのとこ」
かわいいなあ、高橋は
「へ?」
思わず言葉が出てしまったみたいで。
「高橋、かわいい」
繰り返すと彼女はぼんと赤くなった。
- 55 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:55
- なんすかいきなり、ああもうまたからかってからに
高橋は近づいたあたしの顔を手でさえぎり恥ずかしさに体を引いた。
あたしはつられて動こうとしたが
「うぐっ」
下半身の存在を思い出した。高橋、君は動けるのね。
「あ、だい」
高橋はこちらに戻りかけるが、ぶるぶると首を振ってまた遠ざかった。
それでもあたしが姿勢を戻してなんとか平気なのを見届けてから
「よしざーさんは、ほんとにてなわんわ」と言う。
「てなわん?」
「意地悪」切なげに彼女のまつげが震える。
「あたしをいっつも不安にさせて」
- 56 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 22:58
-
「不安にさせて」
苦しそうな高橋の顔を見てあたしには喜びが満ちる。
「毎日ほかの子に嫉妬させて」
彼女はそういう自分が許せないが、あたしはそれをもっと欲しがって。
「すぐ子ども扱いして」
すねた唇にキスしたい。
「ほんで」
とたんに小さな声。シャツのすそを引っ張られる。
「いつでもあたしの欲しい言葉を言ってくれるやざ」
布地に走るしわが深くなった。
「意地悪や」
ぐっと頭を下げた高橋の背中はとても細くって、折れてしまいそうだ。
ゴメンね
でも今度は口にしないのはやっぱりあたしが意地悪だからなんだろうか。
今あたしの心はとてもすがすがしい、高橋が小さな胸を痛めているというのに。
花を手折るように、彼女の背中を。
サディストなのかもしれない、あたしは考える。
- 57 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 23:02
-
あたしが無言なので
怒らせてしまったとまた彼女を不安にさせたようで、
高橋は恐る恐る顔を上げた。
「なっ」
あたしを見てびっくり。そしてまたうつむいてしまう。
あたしのシャツはびんと引っ張られ、
高橋の手の中で硬くつぶされている。
あたしが折るはずの高橋の背は今彼女自身によって折られそうで。
あたしのものなのに。
- 58 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 23:03
-
うううぅ
獣のようなうめき声が下から聞こえ
「た高橋?」
あたしは震える肩に手を伸ばす。
すると、がばりと彼女は起き上がり
両手を伸ばしてあたしに飛びついてきた。
はかはすぃー
「馬鹿にしてからに」
あたしの腕に彼女は納まってなくて
代わりに自慢のほっぺが痛いんですけど。
「ニヤニヤして」
ああ、もおっ
高橋は怒りに合わせてあたしの左右のほほをぎりぎりとつねる。
「これでもか」
あたしはどうも笑っているようだ。
そうだろう、今のあたしはうれしくって仕方ないのだから。
- 59 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 23:04
-
「もう」弱弱しい声。
あたしのほほをつねる力が抜けた。
ああ、もっとしてくれていいのに
て、あたしほんとはマゾなの? なんかやばいっす。
でも、高橋はもっとシリアスな状況で
「ひぐっ」
彼女が泣きそうなのが分かった。
ポロリと一粒流れ出ると
その涙こそ原因だったみたいに
高橋はぼろぼろと泣き出してしまった。
「えっ‥‥ん、ひっ、ひぐ」
むせぶたびに高橋の体全部が揺れて
それが彼女の手を通じてほっぺた経由であたしに伝わってくる。
- 60 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 23:06
-
ひん、うっく
規則的になってきた彼女のひきつけが、
あたしの心臓をぎゅっぎゅっとマッサージする。
心地よい痛みがあたしを生かし、また同時に頭をしびれさせた。
あたしはただぼおっと高橋を見つめる。
「そ、っひ、そな、い見んといて、くれす」
見つめられるのを嫌って高橋はあたしのほほを離してしまう。
とたんにあたしの心電図の針は振れなくなった。
胸がぺしゃりとつぶれてしまいそうだ。
高橋が離れてあたしがここに死んだのか
今まで押し付けるような力にとっていたバランスが狂ったせいか、
いや、あたしはもうずっと前から狂っていて
交差させた腕に隠れて泣く彼女に向けて倒れこんだ。
- 61 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 23:08
- 「うく‥‥え?な、きゃっ」
驚く高橋をかまわず床に押し倒す。
やめ、どいて
もがくけど高橋の小さな体ではびくともせず。
ただ手のひらをあたしの胸に押し当てた。
やっぱりあたしには足があって、
からからの細胞たちに今どくどくと血が流れこんでいく。
あまりにその勢いが強すぎて
あたしの中で何かが破れてしまいそうだ。
あたしは小さな高橋をきつく強く抱きしめた。
- 62 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 23:10
-
「よしざーさん、ちょっ。苦し、離れて、ください」
高橋はあたしから真っ赤な顔をそらして言う。
だか、放し
だけどあたしは力を緩めない。
「やーもう、押し倒して言いくるうめようなんて」
涙は止まっていて、ほほにただ流れた跡。
「こっすいや」
そのほほがぷっと膨らんだ。
やっぱりしたくなる。
あたしはそれを指で突き、すると彼女の口からぷふと空気が漏れた。
「もおっ」
高橋はあらん限りの力で手足をばたつかせた。
それでもあたしの体が揺れたのはほんのわずかだったのだけど
「ぐっ‥‥イダダダダダダダダ」
彼女を抱きしめる腕に力がこもる。
「え、いや、ごめんなさい。え、なん?どうしたん」
高橋はやっぱりびっくり顔。
- 63 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/23(金) 23:10
-
「あ、足」
「足?」
「しび、しびれてるっ。イ、イダダダダ」
彼女の体に抱きすがる。
高橋は少し苦しそうにしたけれど
ふうと息をつき
それからやさしくあたしの背中に腕を回した。
「ズルイ人やざ」
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/23(金) 23:16
- 半分弱といったところ。
登場人物の都合でプッチに触れたけど、
かなり広い心で見逃してください。
- 65 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:22
-
指先を床につけてみる。
まだ少しジンジンとするが、だいぶマシになってきた。
ああきつかったあ
あたしはつぶやいた。
しかし、あたしの口は半分何か布地に抑えられていて声は外に響かなかった。
逆に耳からとくんとくんと穏やかなリズムが流れ込む。
「もう大丈夫ですか?」
あたしは高橋の胸に抱かれていて。
あたしはいまだに強く彼女を締め付けており、
対して彼女はあたしの髪を指でくし梳いていているので、抱きしめているのはあたしのはずだが。
でもやはり高橋があたしを抱いている。
彼女の腕の中にはあたしの望むものすべてがあって、
サド侯爵やらマゾッホはどこへやら。
「うん」
思わずあたしはガキみたいな声を出してしまった。
その上、より高橋の胸に深く抱かれようと腕を動かしてみたり。
- 66 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:23
- 「もう、だいぶマシになった」
なら離れろよ
あたしが言うがあたしは首を振って拒絶する。
「どうしました?」
高橋は顔にかかる髪をよけ、あたしを覗こうとする。
あたしは顔をぐいぐいと高橋の胸に押し当てて隠した。
びくっ
一瞬彼女の体が硬直するのを感じるが
ふふという笑い声と一緒にまたやわらかになる。
「よしざーさん、赤んぼみてえやの」
言われたよっ、言われちゃったよついに。
高橋に優しく頭をなでられながら、気恥ずかしさで。
ああ、もうお前離れろよ。
あたしが言い、今度はあたしも同意するのに
離れたくない。
「かわいい」
高橋はとてもうれしそう。
- 67 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:24
- よしざーさん、お前はよしざーさんに戻るんだよ。てか戻れ。
「なんだとー」
成功した。
あたしは彼女の腕を床に押さえつけて起き上がる。
「お前のほうが、か、わ、いー、ぞっ、たかはすぃー」
首筋にキスをした。
たちまち高橋の体は固まる。
- 68 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:27
-
えあのよしざ
高橋の声がかすかに震えた。
「かわいいよ、高橋」
甘くささやいて、くちびるを寄せる。
すると彼女に怯えが現れた。
あたしは少し体を離した。
「ごめ、ごめんなさい」消え入りそうな声。
「ん?なにが」
え、その
震える体。
そっとあたしは手を伸ばした。
高橋が反応する。
あたしは手を止めず、笑う。
「怖い?」
彼女の頭をなでた。
「ごめ、や、ほやなくて‥‥‥ごめんなさい」
「謝らなくていいよ、大丈夫だからさ」
「はい」
まだこわばっていた。
- 69 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:28
-
高橋の髪を今度はあたしがくし梳いていて。
柔らかい髪が床に流れる。
さらさらり、指を抜けていく感触がとても気持ちよい。
次第に高橋も目を軽く閉じあたしの手にほほをあずけてくるが
彼女はあたしに怯えている。
「高橋」穏やかに呼びかけた。
ん、彼女は目を開けてあたしを見た。久方ぶりの再開。
にこりと微笑みながら、あたしは再び彼女にキスをした。
今度はくちびるに。
「大丈夫だよ、高橋」一度唇を離してささやいた。
「しないよ、大丈夫」
「‥‥はい」
「でもさ」
びくり
あたしは高橋の髪を梳きながら、ううんと首をゆっくりと振る。
- 70 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:29
- 「でもさ、高橋」優しく呼んだ。
「はい」
「でも、高橋とキスがしたいよ」
いましたけどね、へへと笑う。
「高橋とはキスしたいよ、あたしは。
いつだって。
笑うときも、怒ったときも。
泣き顔の高橋ともキスをしていたい」
唇を合わせる。
- 71 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:30
-
「駄目かな?」
質問した。
彼女は目を見開きあたしをまっすぐに見つめた。
ふるふる
高橋は首を横に振る。
「キスを、ください」
あたしの唇を彼女は受け入れ、
もう震えない手を背中に回した。
- 72 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:33
-
体をゆっくりと揺らしながら
あたしをテレビを眺めている。
のどにかかる寝息が少しばかりくすぐったいけど。
やはり高橋はそんなふうには考えてなくて、
あたしが開いた彼女の口に舌をさし入れたとき緊張が走ったけど
ただ少しあたしの服を握るだけで、
恐る恐る自分も舌を合わせてくれた。
生々しい肉がうごめき唾液が音を立てて、
彼女は耳まで真っ赤だったけれども
やめようとは考えられないほどに
高橋はその行為に夢中になった。
あたしが息苦しくなって顔を離せば
いや、よしざーさんお願い
あたしを引き寄せて、今度は自分の舌を入れる。
今までしたキス全部よりも長い時間お互いの舌を咬んでいたんじゃないのだろうか。
高橋は疲れてあたしのひざの上で眠っている。
体をゆらゆらさせながら彼女の満ち足りた顔を覗いた。
- 73 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:34
-
「かわいい奴」
小さな体をやさしく抱きしめた。
まぶたに軽く口付ける。
でも、あたしの白雪姫はもうキスにとても敏感で。
ん、と唸ってから
高橋はゆっくりと目を開いた。
あたしを視界に捕らえると、幸せそうに微笑む。
それからそっと唇を盗み見て
「へへっ」と笑った。
「スケベ」
「な、あた」
「もう、愛ちゃんエッチなんだから」
「あたあたし、す、スケベなんかじゃねっす。
エッチでもねえす」
どんどんとあたしの胸を叩いた。
いいからいいから、あたしは受けあわず大きく彼女を揺すった。
「もう」
あたしはくつくつと笑う。
彼女は膨れ面。
- 74 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:37
-
「やっぱり、よしざーさんは」
「てなわん?」
あたしは先回りする。
「そうです、ひっでてなわんわ」
イエーイ。
「でも、いいす」
高橋はあたしの胸に隠れてそっと言う。
「あたしはよしざーさんがひってもんに好きやさけ」
ほんとかわいいんだから参るね。
「高橋」
そっと顔を向けさせる。
ゆっくりと口付けをした。今度はベロなしで。
「よしざーさん‥‥」
高橋は幸せに溶けてしまいそうだ。
「大好き」
- 75 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:38
-
さて、こういうのなんて言ったっけ。
高橋はあたしの腕の中で浸っていて、
ときどき一人でへへへとにやけた。
これが梨華ちゃんだったらすごくキショいんだけどね。
「つるつるいっぱい」
ようやく思いつく。
「はい?」
ちょっと高橋が帰ってくるのに時間がかかった。
「なんですか?」
ほほをあたしの胸に擦り付けて。
「いやね」
彼女の頭をなでながら
「高橋のこと、なんて言うのかなあって考えてたのね」
「あたし?」
「うん」
「福井弁で?」
「そう」
「で、つるつるいっぱい?」
「そう」
「あたし、人ですよ?」高橋は寝言のように笑う。
「スケベだけどね」あたしはにやける。
もう
彼女のパンチが胸に入った。
- 76 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:40
-
「うん、高橋はつるつるいっぱいて感じ」
「余裕ないですか、あたし?」
今叩いた手の指でぐりぐりと。
そんなことがね。
「や、余裕とかそんなんじゃなくって。」
あたしはその手にキスする。
「高橋はいっつも一生懸命じゃん?
仕事もそうだけどさ。
あたしとのこととかで。
だからあたしが言う一言一言にすごく反応してくれて、
笑ったりすねたり」
ほほを軽く突く。
「すぐ泣いちゃったり、でもまたすぐ笑って。
何かあるといっつもびっくりして、
それにあたし相手にもおびえちゃったり」
ちょっとショックだったりするよ
- 77 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:41
-
「え、あ、ごめんなさい」
「すぐに焦っちゃう」
いいよいいよ、あたしは微笑んで見せる。
「それに」まだ少し気にする彼女に
「これ一回ですごく気持ちよくなっちゃうみたいだしね」
キスをした。軽く絡める。
「はい‥‥気持ちいいです」
よしよしと頭をなでてあげる。よくできました。
「そういうの全部で考えたら、ああつるつるいっぱいだなって思ったの」
「はあ」
「ちょっと揺れただけで、水面が波たって、
溢れそうになっちゃう感じがさ。
うん、そんな感じ」
つまづいて全部こぼしちゃうんじゃないかって心配になって、
あたしは彼女から目を離せない。
- 78 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:42
-
「よしざーさんは‥‥」
あたしに揺られながら高橋は夢心地でつぶやく。
「うん、あたしは?」
「‥‥なんやろ?」
ズルッ。
「ないの? 出来ればカッケーやつ」
「ううんと、よしざーさん‥‥海」
キタ━━━━!!!!!
「んでなくて」
「違うの?」
ぬか喜びしちゃったよ。海なんてサイコーのほめ言葉なのに。
「海やないけ‥‥湖‥‥池‥‥」
どんどん小さくなってるよ。
すると高橋はいきなり顔をあげて、満面の笑顔で。
「お風呂やっ」
あたしは一瞬言葉につまり
「そ、それはまた愛ちゃんらしくエッチな言葉だね」
「んな、んな意味じゃのうて、ほうやなくって」
「なくって?」
うりうりと高橋の頭を突く。
「もおっ。ほうやなくって、よしざーさんは‥‥」
「うん」
「あったかいから‥‥海よりも全然」
- 79 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:44
-
「あたし意地悪だよ」
「知ってます」
「みんなには優しいみたい」
「いやってほど身に沁みてます」
「ほかの子によくちょっかい出されるし」
「それはやめてください」
「‥‥努力します」
「お願いしますけの」
ごほんごほん、ちょっと咳払い。
「それで‥‥風呂、なんだよね?」
高橋はぎゅうとあたしに抱きついて
「はい」と言った。
あたしもそれに倣う。
「こうしてよしざーさんに抱きしめられると、
とってもあったかくて
あたしとっても幸せな気になるんす」
「だからお風呂」えへへと笑う。
あたしは今日何度目か、
付き合い始めて全部で何時間目かもう分からないキスをして
「貯金をしよう」
と彼女に言った。
- 80 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:45
-
はい?
「だから貯金」
「貯金ですか?」
「そう」
「家を建てよう」
「はっっ?」びっくりびっくり。
「だーかーら」
あたしは予想通りの反応を喜びながらゆっくりと伸ばした。
「あたしと高橋」
指を行き来させる。
「はい」
「二人で住む家を買おうよ」
「はあっっっ?」
「で、そのための貯金」
- 81 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:46
-
住む、家、貯金
彼女の頭から煙でも上がりそうな気配。
あたしは笑いながらたずねる。
「ダメ?」
ぶんぶんぶん
「だめやのうて、住みます、買います」
彼女は思い切り首を振った。
「それじゃあ」
乱れた髪を整えてあげる。
「おちょきんしよう」
- 82 名前:貯金をしよう 投稿日:2004/01/24(土) 17:57
- ENDです。
前のやつを書くときに調べた福井弁が面白かったので
ちょっとそれを織り交ぜたものが書きたくなりました。
それと吉澤さん視点にしたときの違いを意識して書いたのですが、
さてうまくいったのか。
- 83 名前:名無し読者 投稿日:2004/01/26(月) 21:01
- めちゃめちゃ面白いですよ
正直福井弁のとこは半分もわからなかったけど
高橋が何を言いたいのかはちゃんと伝わってくる・・・
現実には普段なかなか絡みが見られない組み合わせですけど
二人の個性がちゃんと出てて
実際付き合ったらこんな感じになるのかなあ、と思わされます。
もっと読みたいな〜
- 84 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:15
-
「なっ、小川」
「よっちゃん、まこっちゃんあっちだよ。
スタジオの端から端で会話してどうすんの?」
「あれ、そんな方にいたんだ? ボケてた、へへ」
「ボケ吉だな」
「あ、でも小川なんかキョロキョロしてるよ」
- 85 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:16
-
「なあ、小川」
「あ、よ吉澤さーん、呼びましたかーー?」
「おお? 小川案外耳いいんだね。ポケーとしてるのに」
「‥‥‥‥」
「聞こえてないね」
「なんだよ、おいらの声は無視かよ」
「仕方ないって、矢口。楽屋こんなうるさいんだから。
5期で隅に集まってるんだし」
- 86 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:17
-
「どうよ、小川」
「は、はいっ。なんですか吉澤さん」
「スゲえ勢いでテーブル移ってきたな」
「よっちゃんさん、今日はやたらに小川に話し振るね」
「ん、そう?」
「うん、何かあると必ず」
「そっか、小川悪いね」
「いえっ、いいんです。もう喜んでっっ」
「なにまこっちゃん焦ってるの?」
「へ? か加護さんそ、そんな事ないですよ」
- 87 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:18
-
「じゃあ、小が」
「はいっっ」
「早」
「あんたたちホント仲いいね、小川ぴったり寄り添っちゃって」
「そうっすよ。あたしと小川はマブダチっすから」
「の割りに、どうも小川の顔色がねえ」
「なんだ小川、調子悪いのか?」
「吉澤さん、い、いえ全然ないです。完璧です」
「キャハハ、それ紺野じゃん」
「ああ、紺野と話しようかな? 小川調子悪いんじゃ」
「ひゃ、よ吉澤さん?」
「なに、よっちゃんさんまた5期メン?」
「藤本、言ってやるなよ。高橋がいるからに決まってるだろ」
「そうよ、野暮なこと言っちゃいけないよベイビー」
「高橋いるんだから、本人と話せばいいのに」
「それは、家に帰ってからのお楽しみってやつよ、みっちゃんさん」
「よっちゃんさん、よだれ出てるよ‥‥」
- 88 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:19
-
「さ、紺野ー」
「やや、吉澤さん」
「紺野さんは塾長と今トイレ行ってます」
「なんだ、ちぇ」
「よ吉澤さん」
「ん、なに小川?」
「あ、あたし吉澤さんともっとお話したいなあってデヘヘヘッ‥‥」
「なんか小川汗かいてるよ、暑いの?」
「いえ、全然。あ、やっぱり暑いです」
「やっぱりってなんだよ、キャハハ」
「アア、アツイナア」
「急に棒読みになったぞ、こいつ」
「よ、吉、吉澤さんっっ。そ外、外行きましょうよ、涼みながらお話しましょう」
「ええ、あたしは暑くないよ。てかさみぃ」
「じゃ、じゃあ暖まりに」
「どっちだよ」
「さ、さ。吉澤さん行きましょ、ねっっ」
- 89 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:20
-
「じゃあ、誰もいないしここで仲良く話でもすっか」
「は、はい。そうですねっ」
「肩組んだりしてな」
「あ、はい。‥‥イタ」
「ん、どうかした?」
「い、いえ。なにも‥‥グ‥イダ、イタイデス」
「なんか、やっぱ調子悪そうだな小川。やっぱ紺野と話してこようかな」
「いやいやいや、元気です。すっごい元気。
マコ、吉澤さんとお話したいなー」
- 90 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:22
-
「ふーん、で」
「‥‥で?」
「何の話?」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「紺野もう、戻ってるかな?」
「すっ、すいませんでしたーー。許してください」
「‥‥」
「ちょっとふざけちゃいました。
すいません、出来心です。ゆ、許してぐだじゃい」
「何の話さ」
「いや、すいません、アヤ」
「何のことか分からないけど」
「‥‥はい」
「お前なんかウソでもついたの?」
「あ、いえ、ウソは」
「ふーん、ならいいんじゃないの。ほんとの話ならさあ、なあ」
「あ、はい、そうです‥‥イ、イタタ‥‥イダイダイです、吉澤さん」
「まあ、でもさあ」
「ンギッ、イタイ‥‥はい」
「世の中、二回おんなじようなことすると絶対許さない人もいるみたいだから、
お前も気をつけたほうがいいかもな」
「はっ、はいっっ。こ今後は気をつけ、ますですっ」
- 91 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:23
-
「今日は小川といっぱい話したしなあ、
紺野はまた今度でいいか?」
「そ、そおですよ吉澤さん。ああ、今日は楽しかったなあ」
「おおーい、よっちゃん、まこっちゃん」
「ん、ののどした?」
「どうしたじゃないべ、もうリハ始まるべさ」
「ああ安倍さん、すいません。もうですか」
「急がないとカオリが怒るよ。ほらもうダッシュで」
「よし、行くか。小川」
「ひゃ、ひゃい」
- 92 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:25
-
「しても、仲いいねえ二人。肩がっちり組んでたべ」
「ヘタレ同士気が合うんじゃない?」
「何だと、のの」
「きゃあー」
「ほら、のん。抱きつかないの走れないでしょ」
「ええ、いいじゃんなちゅみ。しゅきよー」
「おい、小川」
「ははい」
「そういや、お前、高橋に抱きついたりすんの?」
「へ?」
「いやあんな感じにさ」
「ああ、そりゃ同期ですからね、毎日してますよ。
それにあたしたちはなんてったって
デッヘッへ愛と麻‥‥」
- 93 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:27
-
「あれ? よっちゃん、なんか今鈍い音しなかったかい?」
「え、そうですか? したかなあ」
「なっちの気のせいだべか?」
「そうじゃないすか」
「だべか。
ん? 小川なにしゃがんでるの。ほら急ぐ」
- 94 名前:愛と‥‥ 投稿日:2004/01/27(火) 03:44
- ENDです。
短っ。
>>83さん
うれしい感想どうもありがとうございます。
本当は一つ二つ書いて違うカプに移ろうと思ってたんですが
思い浮かぶのはその後の話ばかりです。
よろしければお付き合いください。
で、今回は添え物みたいなやつです。
- 95 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/29(木) 15:11
- 次のを今日明日のうちに上げることができるか微妙なところ。
できなければ(できてもですが)
2月初旬は新しいのを上げられそうにありません。
引越でばたばたしてます。
ダイヤルアップでなら可能ですが、
正直あまり考えられない。
ネットカフェてのもありますが。
まあ、できるペースでやらせていただきます。
というか、他の人の作品が読めないのがすごいヤダ。
- 96 名前:名無しさん 投稿日:2004/01/30(金) 02:26
- 壁に穴あけてしまった。
最後の最後で俺は‥‥
いくらとられるだろう。
しかし、雑談スレを覗いたら
デッヘッへて感じになりました。
ありがとうございます。
- 97 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/30(金) 23:54
- 「だ、ダメです。よしざーさん」
「大丈夫。やさしくするから」
「でも、あたし‥‥
ごめんなさい、やっぱり怖いです」
「どうしてもダメ?」
よしざーさんがあたしの髪をくし梳く。気持ちよさにまぶたが落ちてくる。
「‥‥ごめんなさい」
それでもあたしはよしざーさんに応えられなかった。
- 98 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/30(金) 23:55
-
「やっぱり、こういうのいけないと思うんす」
あたしは強く言えなくてぼそぼそと。
「いけないことなんかじゃないよ」
よしざーさんはあたしの緊張をほぐすように優しくささやく。
「でも、事務所に怒られます」
「事務所? 何で事務所が出てくんのさ。
あたしたち二人のことでしょ。
わざわざ言わない限り分かんないって」
それを聞いてあたしはよしざーさんから離れて起き上がる。
「分かるやざっ。
朝仕事に来たあたしの髪がばっさり短くなって
気づかないわけないですけ」
- 99 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/30(金) 23:57
-
「そっかあ‥‥」
うなだれるよしざーさん、その姿がとてもかわいい。
「誰も切らせてくれないんだよ」
あたしはなんだかそんなよしざーさんが頼むのだったら、
髪の毛くらいカットでもカラーリングでもさせてあげればいいのかも、
なんて考え出してしまう。
「あの‥‥」
て、あかんあかん
よしざーさんの思い描くのはあくまで、《ばっさり》なんだから。
危なく揺れてしまった心をあたしは強く頭を振って否定した。
「いいよ、もう。分かったよ。
そんなぶんぶん頭振んなくてももう分かったから」
よしざーさんは勘違いして、体育すわりを始めた。
いいんだ、いいんだ
つぶやきながら指でカーペットの模様をなぞっている。
ああ、もうどうにでもしてください
あたしはふらふらとよしざーさんに抱きついた。
いきなりでよしざーさんは驚くけれど、
大きな腕であたしを受け止めてくれる。
「分かりました。よしざーさんがしたいって言うなら
あたし髪切ってもいいす」
- 100 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/30(金) 23:59
-
少し沈黙があって、それからまた髪を梳く指を感じた。
「いいよ、高橋。やっぱり止めとこう」
声音の穏やかさを知りつつも
あたしはよしざーさんが怒ったんだと思う。
「ごめんなさい。あたしもう決心つきましたから。
本当にいいすけ。
やから‥‥」
あたしの言葉は途中で途切れてしまった。
途切れさせたのはとても優しい感触で。
「高橋? あたし怒ってないよ」
あたしから離れた唇から言葉が出た。
あたしは不安も今している話すらも忘れて、
もっとよしざーさんにキスして欲しくなる。
- 101 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:00
-
よしざーさんはそんなあたしの気持ちも分かってしまってるんだ。
にかっと笑ってみせるよしざーさんに
ああ、くやしいなあ
と思いもするんだけど。
あたしの中の、よしざーさんが好きやっていう気持ちが
もう他のどんなことも大したことじゃなくならせてしまう。
「大丈夫だよ、高橋」
あたしがキスにぼおっとしているんで、もう一度言ってくれた。
「やっぱり高橋のこの長い髪、あたしも好きだしね
このままにしておこうよ」
よしざーさんはすくい上げたあたしの髪にキスする。
唇ではなくて
「はい‥‥」
自慢の髪の毛が助かったのにあたしの声は低め。
「あはは、高橋」
よしざーさんは笑ってあたしの顔を上げさせる。
「口にして欲しかった?」
やっぱりこの人、てなわんわ。
キスしていたのは30分くらいだと思う。
- 102 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:02
-
すっかりお昼を過ぎてしまって
「腹減ったー」
あたしから唇を離したとたんによしざーさんは
大きな声を上げた。
くすくすとあたしは笑う。
「じゃあ、ご飯作りましょうよ」
キッチンで二人用意した食材を広げる。
あたしがスパゲッティの袋にある解説を読んでいると
「これは違うんだよね」
よしざーさんはフライパンを持ってつぶやいた。なんだったんだろ。
あたしもお菓子くらいなら作ったりするけど、お料理はあまり得意じゃなくて、
よしざーさんはやはりというか食べる専門の人。
だからスパゲッティもケチャップで作ったナポリタンだし、
サラダもスープも適当に材料を刻んでドレッシングをかけたり、
固形スープを溶かしただけのものだ。
それでも出来上がってテーブルに並べるととてもおいしそう。
- 103 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:05
-
もう少しでお皿に飛び込んじゃうんじゃないかという感じのよしざーさんと
こうして向かい合うと、
あたしの顔は赤くなり、思わずうつむいてしまった。
「ん? どした高橋」
「い、いえ。
さ、食べましょうよ」
「おう、いっただっきまーす」
よしざーさんはのんちゃんばりの勢いで食べ始める。
あたしもフォークを持つけど、
湯気の出る顔のままパスタをくるくるくるくると巻きつける。
「うまいっ。や、うまくできたね。
高橋食べてる?」
「は、はい」
フォークをようやく口に運ぶけど味が分からない。
「‥‥おいしいですね」
「だろお、あたし前に作ったらえらい目にあったんだけど、
高橋いてくれたから、スゲえうまくできてる」
ケチャップのついた口でよしざーさんはすごく満足そう。
「あ、あたしなんか‥‥ほんな」
もうほらとか言って、ケチャップをすくい取ってみたり。
- 104 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:05
-
「うひぃー。喰ったあ」
よしざーさんが食べ終わったとき、あたしはまだ半分も食べていなくて。
「見ててあげるから。ゆっくり食べな」
あたしの顔は食事の間ずっと赤いままだった。
- 105 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:06
-
「あたし昨日手紙を出したんす」
コタツにみかん、熱いお茶とそろえてくつろぐ。
「メールじゃなくて? 携帯の」
よしざーさんはみかんの筋取りに妙に真剣になっていた。
「はい。ちゃんと紙にペンで」
「へえ、誰に出したの?」
あたしは自分で切り出しておきながらちょっと恥ずかしくなる。
「ん?」
「あの」湯飲みを両手で抑えふちに唇をつける。
「よしざーさんに」
するとちょっと驚いたようで
「あたしに?」
「はい」
「目の前にいるよ」
「はい。よしざーさん手紙って嫌いですか?」
「いや、嫌いって言うか、ほとんど書いたことないし。
それにもし高橋にってことなら、
やっぱ直接言えばいい気がするし、早いし‥‥なんで?」
やっぱりよしざーさんらしい答えで。
- 106 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:08
-
「うーん、そうですねえ。
この間テレビでちょっと見て、
ああなんかいいかもって。
普段言えない事も手紙だと言えそうやけ」
「言えない事?」
「あ、や」手を振って否定する。
「言えないっていっても大したことじゃなくて‥‥」
何で手紙の話なんかしちゃったんだろう。
すぐに、今日か明日にでもよしざーさんは受け取るんだからわざわざ言うことなかったのに。
「なんか不満があるとか」
よしざーさんはちょっとシリアスに受け取ってしまった。
気にしないでみかんむいてください。
ほら今口に入れたやつまだ筋ついてましたよ。
「ないす、ないです。や、まったくのうってわけやないけど‥‥
そういうのは割と言えてますけ。
あのほんま、テレビで見て軽い気持ちで書いたんです」
ごくごくと勢いよくお茶を飲み込んだ。
- 107 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:09
-
「ふーん」よしざーさんはまだ気になるようだ。
「じゃ、なに書いたの?」
「それはその、手紙、もう届きますけ。読ん」
「今聞きたいな、高橋の気持ち」
ああよしざーさん、男前顔になってる。
反則や
「気持ちって、その‥‥気持ちを書きました、手紙」
「うん?」
「あの」
だから手紙にしたのに
あたしは恥ずかしくてコタツにもぐってしまいたい。
「あたしが、よしざーさんのことをどれだけ、
その‥‥好きかってことを、
よしざーさんの前だとあたし、うまく言えなくなっちゃうんで
手紙に書きました。ラブレターです」
「ああ‥‥」
よしざーさんも自分で聞いておきながら、ちょっと照れるみたいだ。
「それはあの、ありがとう。
届くのを楽しみにしとくよ、うん」
あたしとよしざーさんは黙ってお茶をすすった。
- 108 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:10
-
「そだ、DVD見よーぜえ。でーぶいーでー」
提案する声がよしざーさんにしては珍しくちょっと上ずっていたので、
重いことしちゃったんかのう、あたしは気になる。
「高橋? ほら今日は映画見るんでしょ。始めよ」
とよしざーさんは用意していたものをデッキにセットした。
そしてみかんが撤収されておせんべえが登場。
「どうだろ? ポップコーンなのか、やはり」
でも今ないしなあ、ていうかポップコーンてそんなに食いたいのかみんな。
よしざーさんは脇道の部分で悩んでいる。
あ、そんなところも好きだって書いとけばよかったのお。
ころっと変わってそんなことを考えてしまった。
- 109 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:11
-
「ほら、高橋」
でもよしざーさんはちゃんと考えて、それで優しくて。
「ここ来なよ、ここ」
あぐらしたひざの上を指して、あたしを呼ぶ。
それをあたしが拒むわけもなく、ちょこんとそこに納まった。
よしざーさんが再生ボタンを押して、テレビの画が切り替わる。
あたしは映画に集中しようとする。
でも、リモコンをコタツに置いたよしざーさんは、そのままあたしを抱き寄せた。
「きゃっ」頭は真っ白。
「高橋」
真っ白だけど、よしざーさんの声はあたしにとてもよく響いてくる。
抱き寄せる力強い腕の感触も。
「あのさ、高橋。
なんて書いてくれてるのか分からないけどさ、
あたしも高橋のことすごく好きだから」
もう映画なんてええ。
- 110 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:13
-
テレビの中でスリリングなシーンが来れば、よしざーさんの腕に逃げ、
主演の男優さんがほかの女性に言い寄られれば、よしざーさんの腕をつねる。
ヒロインとの悲しい別れに、自分を抱くよしざーさんの腕をぎゅっと抱きしめた。
要するにずっと、よしざーさんとあたしの物語で。
「いやや、よしざーさん行かねえで‥‥」
あたしは声にしていたようだ。
「高橋?」
ほかの誰かと去っていくよしざーさんに涙が流れてくる。
「行かないでください」
- 111 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:15
-
胸の辺りに回されていた腕が急になくなった。
そんな、あたしは急いで振りかえるが、
「高橋」
その頭は抱きしめられて何も見えず、
でもそうしているのは今何よりも欲しかったよしざーさんの腕だ。
少し窮屈な姿勢のままきつく抱きしめられ、
それは映画の話なんだと思い出せた。
それでも一度動いた気持ちはあたしの中で跳ね返り跳ね返りしていて
「よしざーさん、他の人と行かないでください」
まだ言ってしまう。
「あたしは高橋といたいの。だから行かない」
よしざーさんはあたしの頭に口つけて話す。
「ほんまに?」
「うん、ほんまに」
- 112 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:17
-
求めたのは言葉の伝えるものだったはず。
でも、よしざーさんの声の温度や湿度があたしを落ち着かせた。
そして一言も話さなかった腕があたしの涙をふき取ってくれる。
「ほら」
よしざーさんがあたしをまたテレビに向けさせた。
「あ‥‥」
今画面の中で、二人が見つめあう。
よしざーさんが強くあたしを抱きしめた。
「この映画ハッピーエンドだね」
安心した?
あたしの肩に顔を乗せて、よしざーさんはささやいた。
よしざーさんの腕があって言葉があって、肌の温かさがあって
あたしは安心する。するんだけど。
映画のあたしが目を閉じて少し上を向いた。
やはりあたしはよしざーさんにもっと与えて欲しいんだ。
色んなバカな考えも、こぼれ出てしまう涙も消し去ってくれるものを。
よしざーさん
もう一度振り返り、もう一度顔を上げて
ハッピーエンドを求めた。
よしざーさんの指があごに触れあたしの唇が自然と開く。
エンドロールもとっくに終わりメニュー画面に戻っているのに、
あたしたちはキスを続けた。
- 113 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:18
-
でも、こちらのあたしたちの時間も結構流れて、
もう夜遅くなっていた。
「あ、こんな時間ですね」
そのわりにゆったりとあたしはまた温かい腕の中。
「あ、あうん。そう、だね」
でもよしざーさんからそわそわが伝わってくる。
「た、ああうん、高橋」
「はい?」
「その」
よしざーさんはどこか緊張している。
「どう? 遅いし今日泊まっていったら」
「はい?」
「いや、だから‥‥
明日うちから仕事に行けばいいじゃない?」
「はあ」
よしざーさんはまたちょっと咳き込んでみせ
「そうしなよ?」
肩に手を置かれる。
「高橋」
よしざーさんの唇が迫ってくる。
なんでだろう、今度はちょっとタコの口だ。
こういうときに男前になれないのは
よしざーさんが正直な人だからなんだろうな。
- 114 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:19
-
ストップ
あたしは迫る頭を手で止めて
「ダメです。よしざーさん」
と笑顔で言った。
「振りの練習とかもしたいし」
荷物をまとめる。
「これで帰ります」よいしょっとお。
「そ、そう」
あたしの妙な明るさによしざーさんはあせっている。
「送るよ」
「大丈夫ですよ、通りに出たらタクシーすぐつかまりますから。
それじゃ、家についたら電話しますけ」
振り返らずにあたしはくつをはく。
「じゃあ大通りまで。
最近変なのが出るっていう話聞くしさ」
よしざーさんはいろいろ言ってくれるけど、
「おやすみなさい」
あたしはさっと挨拶して、部屋を出た。
- 115 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:23
-
肌寒い空気の中に出るが、言ったように大通り目指して歩き始めはしなかった。
あたしは一人薄暗い道に立ち、両ほほを手で押さえる。
「危ねかったやざー」
どはーと息を吐き出した。
心臓がばくんばくんと血液を送り出し、それが全部顔に集まってしまう。
よしざーさんの部屋を出たとたんにこれだ。
「もうどうなってもええなんて思ってもた」
鼓動の激しさを聞きながら
「やっぱし、わしスケベなんやろか?」
と自問してみた。
それならなんで急いでさよならしてきたのか、
よしざーさん以外の人なんて考えられないのに。
なんでやろ、人間て悲しいね。
ぶつぶつとつぶやくあたしを人が遠巻きに通り過ぎていく。
あ、走りやがった。
- 116 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:24
-
何とかつかまえたタクシーの中で今日一日を振り返る。
やっぱり今日のあたしはいつもと変わりなくて。
よしざーさんのことが好きで好きで、
こっちを向いて欲しくて
でも、いざとなると恥ずかしくなる。
そうして離れたら、勝手に泣き出して
優しい腕やキスを望んでいる。
右に左に振り子が常に振り切っちゃているんだ。
心臓がピアニッシモからフォルテシモの間を行ったり来たり。
だから今日もおんなじ日だ。
ドキドキで切なくて、そして穏やかな日。
- 117 名前:そして穏やかな日 投稿日:2004/01/31(土) 00:31
- ENDです。
一度であげてみました。
きょうADSL工事のメールが来ていて、
見たら思ったよりぜんぜん早く開通しそうです。
といっても次のはまだプロットしかないんですけどね。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/31(土) 14:34
- 素晴らしいスレですねー。
空気があったかいし甘いし、吉澤・高橋二人ともほんと魅力的で。お互いが一番好きという感じが胸に迫ってきました。
高橋好きですが、特にここの高橋が一番好きになりましたです。
小川と紺野のコンビも控えめなようでいい味出してますね。小川が吉澤に制裁くらう話は、会話文だけで巧く表現されてて笑ってしまいました。
これからにますます期待しています。
- 119 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/01(日) 07:07
- またまたステキな話をありがとうございます。
吉澤高橋の性格や物言いをしっかり把握した上での
人物置き換えのきかないまさに吉澤高橋のための物語ですねぇ
作者さんの登場人物に対する掘り下げの深さを感じます。
これからも頑張ってください!
- 120 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/04(水) 14:39
- 開通しました。
私にはやはりネットのない生活は考えられません。
で、まずこのスレをチェックしてみたら、レスが二つ。
>>118さん>>119さん
ありがとうございます。
かなり励みになりました。
期待にこたえられたらと思います。
こたえられたらと思うのですが、この先の予定が‥‥
お好みのものとは違うかもしれません。
しかし頑張ってやりますので、
お付き合いいただけたらうれしいです。
- 121 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:44
-
矢口真理は思考する。
この広い楽屋で右に吉澤ひとみは藤本や飯田らと、
左に高橋愛は主に5期6期のメンバーらとテーブルに着き、
お喋りしたり菓子をつまんだりしている。
この13人の声、菓子袋のたてる音でかなり騒々しい。
- 122 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:45
-
吉澤と高橋が付き合っていることを、
矢口はかなり早い段階で気づいていたし、
また現在ではわざわざ口にされることこそないが、
ほとんどのメンバーがそのことに気づいている。
吉澤は矢口が教育係を務めたし、高橋は吉澤だ。
他のメンバーが付き合っていても、小川や紺野たちがいるが、
やはり吉澤たちが気になってしまうのは仕方のないことであろう。
また二人のことを卒業していった親友、安倍なつみに託されている。
そのため二人の恋愛について今も思慮しているのである。
- 123 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:48
-
安倍なつみは卒業前に、というよりも辻加護の卒業がメンバーに発表されたあの日に、
高橋が吉澤のために涙を流したと言った。
吉澤が一人でいろいろなことを抱え込んで泣けなくなっている、
そのことを高橋は心配しているということだった。
なるほど吉澤は社交的ではあるが、それは人に合わせていく社交性で、
こと自分のこととなれば正直な気持ちをうまく出せない人間である。
いわば心の柔軟性に欠ける人間で、
その外見とまた装った社交性によってカモフラージュされているが
その内で圧力が高まり、ある点まで達した時ぼろぼろに砕け落ちる恐れもあった。
高橋はそういった人間の内面を分析できるタイプではないが、
彼女は純粋にそしてただ吉澤のことだけを考えるという行為から、
自然と吉澤の脆さを感じることができたのであろう。
- 124 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:50
-
実際のところ吉澤はかなり限界近くまで来ているのではないかと、
矢口は考えていた。
柔軟性に欠けるとは言え、吉澤の他人に抱く愛情はおそらく
誰よりも強く、それゆえの限界である。
いかんせん、彼女にとっての大切な者の卒業が続きすぎた。
安倍の卒業についてはおそらく矢口のほうがよりダメージを受けただろう。
しかし矢口の場合、それに際して大量の涙を流している。
それは言わば逃がし弁を開く作業であり、
心に蓄積され、侵食していく負の感情を解消もしくは、
正のものに転換する。
泣くという、そう確かに負の行為であるゆえ結果乗算されるのかもしれない。
吉澤はそれができない人間だ。
- 125 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:51
-
それゆえ吉澤にとって高橋の存在は重大であろう。
綱渡りを人知れず渡る吉澤にとって、
高橋は、高橋の純粋さは己のバランスを保つ天秤棒なのだ。
吉澤といるときの高橋はよく涙を流しているようだ。
吉澤の涙を高橋が流す、そういう間接的な泣き方をしているとも見られる。
ふらふらとゆれ続けきわめて不安定なあり方ではあるが、
二人にとっては最上の形なのかもしれない。
しかしそれはまた矢口や安倍という吉澤を、二人を心配するものを遠ざける。
手を差し伸べたいがそれこそ吉澤を破綻させてしまうからだ。
そのため矢口にできることは思考するのみとなる。
考えて、吉澤がある時ぐらりとロープを踏み外すときまで
ただこうして見ていることしかできない。
そのときは高橋も落ちていくのだ。
それを知っていても矢口には何もできないし、
安倍もできなかった。
- 126 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:53
-
しかし矢口の演算に若干修正する点が生まれた。
楽屋に後藤真希が入ってきたためだ。
後藤は皆と気の抜けた挨拶を交わしたあと吉澤の隣のイスに座った。
吉澤の荷物があったが、吉澤は後藤が現れた時点で荷を移した。
吉澤は後藤が隣に座ると分かっていたし、
後藤は荷をどかしてくれることを
初めから分かっている。
彼女らはあまり話をしない。
以前に比べれば格段に一緒にすごす時間、メールなどのやり取り、
要するに共有する時間は減っているはずだ。
しかし彼女らはそんな時間など無意味な段階に達している。
- 127 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:54
-
他のメンバーたちも、二人が並んで座り、といって何かを話すわけでもなく
のんびりしているのを当然のように受け止めている。
吉澤と最近極めて仲の良い藤本にしても、
二人が同じモーニング娘。にいる時間を内側から見る機会はなかったが、
それでも何の違和感も感じていないようにうかがえる。
言わば絵になっているわけだ。
絵になる、すなわちバランスが取れているということで、
後藤といるときの吉澤は綱渡りをしない。
広く平坦な道を歩き、
右によっても左によっても問題ない分余計に
彼女はまっすぐに、生来の健やかさを保って進んでいける。
プラスでもマイナスでもない、ゼロ位置に立っていられる。
- 128 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:56
-
すると後藤が視線を上げた。
ふにゃりとした笑顔で、んと問う。
矢口がその視線をたどると、先は高橋だった。
高橋はずっと後藤の事を見ていたようだ。
どうかしたのと重ねて問う後藤。
高橋はあわてて頭を振って否定する。
それから高橋は吉澤の顔色をうかがった。
吉澤は高橋が他の女性の事を気にすることにもう慣れているのだろう、
笑顔でいる。
高橋は安心する。
後藤は気にせず視線を落とした。
吉澤は飛んできた菓子を投げ返す。
加護が相手のようだ。
- 129 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 20:58
-
しかし再び後藤の顔が上がる。
視線の先はやはり高橋で、
後藤は自分の唇を二三度なでた。
ごとーの、ひらがなで表記されるであろうゆったりとした口調で、
ごとーの口なんかついてる、と高橋に尋ねた。
矢口真里は思考する。
ああ珍しいことだ。
加護に、辻藤本を加えて投げあいを楽しげに続けているが
吉澤ひとみは今怒っているのだ。
- 130 名前:O 投稿日:2004/02/04(水) 21:06
- ENDです。
CP分類にも紹介されてました。ありがたいことです。
目にした限り評判が割に良いようで(勘違いかもしれませんけど)
その分、こういうのは求められてないんだろうかと悩みます。
まだ変なのを入れる予定ですが、
全体で感じてもらえたらと思います。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/04(水) 22:37
- おお、こりゃまた一転して硬質な空気感ですねえ。よいですよいです。
三人称の醒めた視点と、矢口メインというのが実にしっくりはまってます。
硬質な文体なのに/だからこそ、その情景がなんとも…せつないなあ。
吉澤も高橋も、みんな、なんともせつない。どうなるんでしょうか…
- 132 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/05(木) 02:27
- 更新お疲れ様です。
今回のはヒネりましたね〜
正直に言うと自分は、一読した時点では最後の行にいたる道筋が見えてこなくて
「あれ?」と思ったのです。
で、
「ミス入力か?いや、大事な部分でそれはない、
文章の中にさりげなく隠されたキーワードを見逃してないか?
いや、それよりも作者さんの思考の経緯を読み取れ」
とばかり、
何度か読み直してみて自分なりに「ああ・・そうか」という道筋を見つけましたw
作者様がダンジョンマスターのRPGをプレイした気分でした。
こういうのもまた楽しいですね。
- 133 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/05(木) 17:03
-
「それで、いつまでそうしてるの?」
私は尋ねました。
「いつまでて‥‥」
愛ちゃんはいきなり私の家にやってきて
もう小一時間壁に向かって体育すわりしています。
「せっかくのオフなんだから、
吉澤さんのうちに行けばいいのに」
「やって‥‥」
「だって?」本当はもう何度も聞いていますけど。
「よしざーさん、怒ってるさけ」
- 134 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/05(木) 17:04
-
姿勢の良い愛ちゃんがあんなに猫背になっています。
「違うんじゃない? きっと愛ちゃんがそう思い込んでるだけだって」
「ほやけどっ、あん時ひってもんに怒ったんやざ」
「後藤さんが来たときでしょ。
そんな怒るようなことしてないじゃない」
私はフォローしてみますが、
実際あの時の吉澤さんはあの人には珍しく、
人のことを怒っていました。
それがしかも愛ちゃんだったので、私も楽屋ですごく驚いたものです。
他のメンバーは気付く人もいれば、
お菓子投げて楽しそうだなと気付かない人もいました。
珍しく、と言いましたがすいません、正しくありません。
初めて見ました。
だからすぐまた元の吉澤さんに戻るのかとも考えたのですが、
吉澤さんを見つめる矢口さんの顔がとても真剣だったので、
ああこれはちょっと大変なことなんだなと気付きました。
ですから、愛ちゃんの思っているままの状態なんでしょうけど
さすがに、うんすごい怒ってるだろうねとは言えません。
しかしいつまでもこじれたままではいけませんし。
- 135 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/05(木) 17:07
-
「のぉ、あさみ」
愛ちゃんは久しぶりに自分から話し出しました。
「なに?」
「はよ、けえれて思ってるやろ」
ぎくり
「そんなことないよ、ゆっくりしていきなよ」
あたしの口が自然とぱくぱく。
「ほう、金魚なっとるがよ」
涙のにじんだ目で
「薄情もん」
むっ
「そうだよ、早く吉澤さんちいって仲直りしてきなよ」
指摘されてつい言ってしまいました。
- 136 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/05(木) 17:12
-
「愛ちゃんがここにいると、麻琴が登場できないんだよ。
作者二人しか人動かせないだから。
今はおがこんが第二のいしよしになれるか、大事な時期なんだからね。
愛ちゃんがよしたかでも、高新でもいいから鉄板になってくれないと、私困るの」
もうこの際たまってる鬱憤を晴らさせていただきます。
「ちょ、あさみ何を‥‥」
「そりゃね、入った時の麻琴に比べると、今の麻琴は完全ヘタレキャラだけど、
こんごまは減ってきてるの。
残ってるのはおがこん」
「それでも定番になればいろんな人が書いてくれるわけ。
それはある場所では新曲のセンターよりも重要なことなのね。
あたしはそのために結構これでも努力してるのよ。
正拳を要求されれば決めるし、ずっとですます調でしゃべってるし」
「しゃべってないやん」
「愛ちゃんには見えないところでやってるわけ」アヒャ
- 137 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/05(木) 17:13
-
「必要とあらば」
「な、なんやの?」
「麻琴に◇の口でガンバッテルモンて言わせることも辞さないわ」
分かってくれますか、この私の決意を。
「◇て、なんよ‥‥」
愛ちゃんはハワイに行けなかった人みたいなポーズで呟きました。
そういえば賢治の詩のパクリ、あれは沁みましたね。
- 138 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/05(木) 17:14
-
「それに愛ちゃんは自分がどれだけ幸せ者か分かってないよ」
「な、なんでやの?」
今度は愛ちゃんがむっと来たようです。
しかし彼女は分かっていません。
「福井弁書くの大変なんだからね、すごく。
キャラはそのおかげで一応つけられるけど、
でも人気の割りに書かれないのは、福井弁がみんな分からないからなのよ。
このサクーシャも書きはしても実際に上げるときはすごくビクビクしてるんだからね」
「あさみ、どないしたけ? 書くとか何とか。
サ、サクー? なんや怖い」
愛ちゃんがこちら側に来ることはありませんでした。
- 139 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/05(木) 17:32
- と3分の1ほど。
残りは夜中にでもと思ってるんですが、
自分の更新が早いとは、まったく考えてなかった‥‥
確かに、転の場の後なんだから
もうちょっとためたほうがいいのかも知れませんね。
貧乏性なもんで、少しあるとすぐね、すいません。
>>131さん、いつもありがとうございます。
ちょっと変えてみた効果があったようでうれしいです。
矢口さんにするか迷ったのですが、
もう一人の候補は今回のほうに使いました。
いかがでしょう。
>>132さん、こちらもいつもありがとうございます。
‥‥やはり分かりにくかったですか、すいません。
私の考えとして、神の視点とか好きじゃないんで、
書くことはなるべく行動に限るように、
心理を書かないようにという感じです。
それでも読者様に分かるように書けなきゃいけないんでしょうから、
筆力の不足を身に沁みております。
繰り返して読んでくれたようでありがとうございます。
とてもうれしいです。
- 140 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:43
-
「じゃあさあ」
あたしはかなりすっきりしました。
「は、はい?」
でも、愛ちゃんはまだちょっと怖がってますけど。
「気晴らしに行こうよ、ねっ。
愛ちゃんの気分変わったら、
二人のことでも良くなりそうじゃない?」
気にせず笑顔で誘います。
「‥‥うん、ほやの」
「よし、じゃあショッピングに行こっ。
ほら、愛ちゃんの好きなブランド今バーゲンしてるよ」
「ショッピング‥‥」
「そう、ほら行こう」
愛ちゃんの手をとろうとしたのですけど、
「やっぱし行かん。やめとく」
手を振り切られてしまいました。
- 141 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:44
-
「ええ?行こうよ。バーゲン終わっちゃうよ。
ほら、コート欲しいって言ってたじゃない?
売ってるかもしれないよ」
「ダメ、なんも買わんの」
「どうして?」
すると今まで泣き顔だったのに、
いきなりとろけそうな笑顔になりました。
「ええー、なんでて、ほりゃあ、ほんー」
愛ちゃんは真っ赤な顔でカーペットの模様を指でぐりぐりと始めました。
さっきのすね方といい、このてれ方といい、
なんか吉澤さんそっくりだなあ、と思います。
なんだかんだ繋がってるみたいです。
「それで、なんで買えないの」
「ほんなの、恥ずかしくて言えへん」
「ならいい」
「聞いてっ」
初めから言えばいいのに、
そんなことは決して言いません。
- 142 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:44
-
「よしざーさんが‥‥」
「うん」
「その‥‥」
アヒャ子が登場しそうです。
「家をね‥‥」
「‥‥うん‥‥ア」
「建てようって‥‥」
「ヒャ、て、え?家?」
「うん」
愛ちゃんは本当に幸せそうで。
吉澤さんをすごく怒らせたことなんか忘れてしまったようです。
「おもちゃ?」
「ちゃうわっ。ほんまの家を建てるんやざ。
ほやさけ、そのお金を貯めようって‥‥」
ちょっと混乱したので、ゆっくり話してもらいました。
- 143 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:45
-
「あのさ」
あたしはちょっと言いづらかったのですが。
「なん?」
「吉澤さんは、正座とかけて言ったんでしょ、≪おちょきん≫て」
「ほうやで?」
あたしがいい事を言わなそうなので、
愛ちゃんは怪訝そうな顔をします。
「じゃあ、それだけの意味じゃないの? ただのダジャレっていうさ」
「ほんなわけねえっ。
よしざーさんは真剣に言ってくれたけ」
「でも、吉澤さんて真剣にふざけられるよね」
ぐっと、愛ちゃんは詰まってしまいました。
うわ言のように、んなことねえ本気やもんとつぶやいています。
「借りるじゃないんでしょ」
私は一応確認してみました。
「買う言うたけ」
「ちょっと普通じゃなくない?」
「よしざーさんは普通じゃのうよ」
愛ちゃん、それはけなしてるの?
でも、確かに吉澤さんならちょっとありそうかなとも思います。
- 144 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:46
-
「それじゃあ」
私は携帯を取り出します。
「なんやの?」
番号を押していく私を少し不安そうに愛ちゃんが見つめます。
しかし私が吉澤さんにかけるわけではなくて
「あ、麻琴? うん、あのね」
愛ちゃんの肩から力が抜けました。
「うん、吉澤さんに電話して、そう言ってみて」
私は麻琴にかけさせます。
やはりヘタレ同士で仲がいいですから彼女のほうが適任でしょう。
電話を切って私は近くにあったマンガをぱらぱらとめくります。
「あの‥‥」
愛ちゃんは何度も私に話しかけようとして、
でもそのたびに言葉をとめてしまいます。
私はあえて聞こえないふりをしてマンガを読みました。
- 145 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:47
-
♪♪♯♪♭‥‥‥
「麻琴? うん、どうだった?」
かかってきた電話に出て、たずねます。
吉澤さん、私の口からその言葉が出て、
愛ちゃんはまたうかがうような怖がるような顔になります。
それにしても、愛ちゃんのおびえた表情は何かとても(・∀・)イイ!です。
吉澤さんが時々愛ちゃんを困らせるのも、
そうしたところに理由があるんじゃないでしょうか。
「え? そうなの本当に?」
麻琴の報告に私は少し驚いて、すると愛ちゃんはそれにとても驚いて。
「はい」
私は携帯を愛ちゃんに渡します。
え、あの
愛ちゃんはまごつきますが
「麻琴?」一応電話に出ました。
「ガンバッテルモン」
「はっっ?」
またびっくり顔。
「あさみちゃんが言えって‥‥」
漏れ聞こえる麻琴の声はとても恥ずかしそうでした。
- 146 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:48
-
「あさみとなに話してたの?」
愛ちゃんはこわごわと尋ねています。
「‥‥吉澤さんにね‥‥‥電話してみ‥‥
‥でも行かないって」
「ほうなんや」
「でも愛ちゃんがいるって‥‥言ってたらきっと‥‥」
「変わらへんよ、きっと」
「そっかなあ‥‥家でなにかしてるんだってさ‥‥
それに‥‥」
「うん?」
「今貯金してるんだって‥‥買い物は‥‥」
愛ちゃんは固まってしまいました。
「もし、もーーしっ」
麻琴が大きな声で呼んでいますが。
「良かったね、愛ちゃん」
私は電話を切りながら言います。
ひ、ひっく
愛ちゃんはすでにぼろぼろと涙を流していました。
- 147 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:51
-
「やっぱり吉澤さんはふざけた事を大真面目に言えるんだね」
「ほや、ほやっ」
ぶんぶん頭を縦に愛ちゃんは振り、長い髪が色んなほうに乱れます。
よしざーさん
むせびながら愛しい人の名前を愛ちゃんはつぶやいていて
床にぽつりぽつりと涙が落ちていきました。
少し落ち着くと愛ちゃんは自分の携帯を取り出しました。
吉澤さんにかけたんでしょう、しかし繋がらないようです。
「吉澤さん何か家でしてるって言ってたから、
また麻琴に邪魔されないように電源切ってるんじゃない?」
「ほやろか?」
愛ちゃんは吉澤さんの声がすぐにも聞きたいようでした。
「また後でかけてみなよ、夜にでも」
私は震える携帯の電源を切りながら言います。
ちなみにマイヘタレと表示されていましたけど。
- 148 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:52
-
「だちかんっ」
愛ちゃんはすっくと立ち上がりました。
「あたし、よしざーさんちに走ってく」
「はい?」
「やから、今から走ってよしざーさんの家に行く言ってるやげ」
またアホなことを。
しかし愛ちゃんは大真面目で。
この二人は、そんなところまで似てきてしまってます。
「バカみたい」
私は思わず笑ってしまいました。
「な、何がバカみたいやの?」
愛ちゃんはちょっと怒ります。
ううん、ちがうよ。そうじゃなくて
「ほら、そんなことより。
行くんなら早くしたほうがいいよ。
すぐ暗くなっちゃうから」
愛ちゃんの背中を押します。
- 149 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:52
-
愛ちゃんは少し納得がいっていませんでしたが、
「うんっ、ほならあたし行ってくるけ」
今日一番の笑顔になって出て行きました。
たぶん途中で電車なりタクシーなりに気づくんでしょうけど、
でも走っていくっていうのもいいのかもしれません。
全力疾走ですぐにもバテてしまうんでしょうけど、
愛ちゃんは今、吉澤さんの家まで走っています。
- 150 名前:君の家までずっと走ってゆく 投稿日:2004/02/06(金) 00:56
- ENDです。
途中で入れたレスが長すぎでしたね。
弱い人間だから言い訳がいっぱい。
というわけで、以上。
- 151 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/06(金) 03:34
- 新作ありがとうございます。
更新が早くてとってもうれしいです。
今回も楽しく読ませていただきました。
作者さんの
「作中でなるべく心理描写をせず、行動や会話でそれを表現する」姿勢は、
時として描写に苦労されるとは思いますが、その分奥行きが出ますし、
とても共感してます。
今回の「よっすぃの登場しないタカヨシ」は、まさにその発展形でもありますねえ。
次回作も楽しみにしてます。
(よっすぃがなぜ怒っていたのか、についてもそのうち明かされるかな?)
前回の自分の感想は「読解力のなさ」に負う所も大きいので
気にせず思うが侭書いていただけたら、と思います。
- 152 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:21
-
やっぱり走っていくには無理があって。
あたしはちゃっかり電車に乗っている。
携帯もつながらなくて、
ショッピングには行かなくても何か用で出かけているかもしれないのに、
あたしは今よしざーさんに近づいているんだ。
このガタンゴトン、一ガタン一ゴトンごとに
あたしとよしざーさんとの距離がなくなっているように感じている。
- 153 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:23
-
その感覚はあたしを落ち着かせた。
電車に乗ってすぐに気づいたのだけどこれは各駅停車で、
ゆっくりゆっくりと走っている。
横を走る自動車と長い間並んで走り、
駅に着くと置いていかれる。
急行がすっ飛んでいった。
扉が開いて降りる人がいて乗る人がいて、
合図の音楽が鳴ってからまたゆっくりと走り出す。
小学生くらいの子がこの電車を抜こうとして
自転車を前傾姿勢でこいでいた。
さすがにスピードがのったらすぐに見えなくなってしまったけど。
座席に横向きに座って外を見ているあたしに、
傾きかけてだいだい色になった日差しがとても温かい。
- 154 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:24
-
あさみが友達で良かったなと思う。
同じオーディションを受けて合格して、
自分で選んだ仲間じゃないけれど、今日あたしは
あさみが受かってあたしも受かって本当に良かったって思う。
もちろん、麻琴も里沙も。
でもゴメンね。
この一ガタン、一ゴトンごとにメンバーへの友情や愛情は薄れてしまう。
代わりにどくんどくんとよしざーさんが大きくなる。
で、あたしはそんなあたしが好き。
よしざーさんが好きだ。
- 155 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:25
-
ぐぁったん。
優雅に頬杖をついていたのに、
あたしはいつの間にか爆睡していて。
いえ違うの。いろいろ思い悩んで昨日寝てなかったから。
手から滑った首が、もげるんじゃないかって勢いで下に落ちた。
じゅるじゅるっと口をぬぐいながら周りを見回すと、
スーツのおじさんと目が合う。
なんでかこういう時は向こうが気まずそうに目をそらすものね。
たいしたもので、近づいてくるホームは
よしざーさんの住む駅だ。
この穏やかな時間の終わることへの恐れと、
よしざーさんにもうすぐ会えるんだという高揚で、
あたしの心は落ち着かなくなった。
それでも、ぷしゅーとドアが開くときには、
あたしはもうよしざーさん一直線で。
歩いて十二分を走って五分でカウントダウンを開始する。
- 156 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:27
-
渋滞でつまり気味の自動車の脇を走り抜け、
買い物カゴにいっぱい荷物をつんだママチャリをごぼう抜きした。
太陽はあたしのずっと向こうで、とてもたどり着けそうにないけど、
あたりの空気が少しずつ青みを帯びていく。
この胸を叩く心臓の音は
走っているせいなのか、よしざーさんに会えることのドキドキなのか、
そんなの分からないけど、手を振り上げて足を振り下ろす。
この一歩、この一バクバクが
あたしをよしざーさんに近づけてくれているんだ。
それでもペース配分できないあたしは、もうバテてしまって。
がんばれ愛、ほうあの赤いポスト曲がったら後はもうまっすぐ行くだけやぞ。
自分を奮い立たせて角を曲がった。
よしざーさんがいた。
- 157 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:28
-
ええと、これは何かの撮影ですか。
10メートルほど先をよしざーさんが今、
おうちのほうに向かって歩いていってる。
コートの下はジャージみたいで、しかもぞうり履きだ。
右手を開いたり閉じたり、でも何も持ってなくて。
後姿だけど間違えようがない。
あたしがあさみのうちからずっとここまで走ったのは、
この人に会うためだったんだから。
でも、今さっきまで頑張ってくれた手も足も動いてくれない。
あたしは曲がり角に突っ立ったままで、
よしざーさんはのんびりと、でも少しずつ
あたしから遠ざかっていく。
太陽が沈んでいく。
- 158 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:29
-
「よ、よしざーさぁんっ」
何とか声は絞り出せた。
あたしはありったけの気持ちを込めてよしざーさんに発する。
よしざーさんはいきなりのことにびくっと仰け反って、
それから前に左右をキョロキョロとした。
そして止まって、ゆっくりと振り返る。
現金な奴だ。あたしって奴は、あたしの足は。
よしざーさんの顔が見れたとたんに
よしざーさんの胸に飛び込んでいて。
でもあたしはそんなあたしが好きだ。
「よしざーさんが好きです」
- 159 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:30
-
よしざーさんはあたしの顔を見れたんだろうか。
道端でいきなり叫んで、いきなり胸に飛び込んで、
でももう驚いていないみたいだ。
高橋
一言だけ呼んでよしざーさんはあたしを抱きしめてくれる。
手加減なくとても強い力で、
全速力で走ってきた身としてはかなり息苦しいのだけれど。
あたしはうれしくて心地よくて、
なんでやろ、あたしまた泣いちゃってるのぉ。
よしざーさんはもっと強く抱きしめた。
多分もうあたりはすっかり暗くなっていて、
家路を急ぐ人がひっきりなしに通り過ぎて行ってるんだと思う。
でも、そんな光景は見えないし、そんな音は聞こえてこない。
ただ、乱暴にあたしを抱きしめるよしざーさんの心臓の音が聞こえ、
体中に心地よい痛みを感じるだけだ。
よしざーさんにたどり着いた。
- 160 名前:九マイルは遠すぎる 投稿日:2004/02/06(金) 18:40
- ENDです。
九マイルか、徒歩十二分か、知りません。
こちらの都合です、すいません。
>>151さん、こまめなレスありがとうございます。
かつ丁寧なレスで恐縮です。
‥‥100kbてなかなかいい量ですね。
- 161 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/06(金) 21:12
- 次のが書けてるので上げます。
決して100kbいっておきたいからではありません。たぶん
- 162 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:28
-
高橋元気ですか。
なんて聞くまでもないよね。
昨日会ってるからね。
たぶん今ごろ紺野んちにでも行って
落ちこんでるんだろうな。
今オフなのにここに高橋がいなくて、
でも高橋のことばかり考えてしまうので、
高橋が手紙をくれたので
あたしもちょっと手紙を書いてみています。
手紙を書くのは小学校のときおばあちゃんに出したとき以来だよ。
なんかなに書いていいのか分からないけど、
でもともかく書いてみます。
変な相さつだけど、手紙はやっぱりこういう出だしなのかな。
まあいいか。
あたしは元気かと聞かれたらどうなんだろう。
あたしとしてはめずらしく、いろいろ考えてます。
その大半は高橋のことだったりしてるよ。
残り少しは、ごっちんのこと。
-1-
- 163 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:29
-
なんか取り乱してたよね、あたし。
ゴメン。
自分ではうまくとりつくろってたつもりだけど、
なんかいろんな人にバレバレだったみたい、ハズいっす。
あの時、高橋がごっちんのことを見てるのを見て、
あたしなんか、かっとしちゃって。
いつもは高橋がやいてくれるのがすごーくうれしいんだけど、
なんて言うかごっちんはそういうんじゃなくて。
親友っていうか戦友っていうか、
あたしにとってすごく大事で、
もちろん高橋のことが一番大事なんだけど。
でもそういう恋愛とかじゃないんで、
だから高橋にもそういうふうに見てもらいたくないんだ。
一番好きな高橋に、一番の友達をなんて言うか
そういう対しょうに見てもらいたくなかったんだと思う。
ああ、一番が二つもあるなんてずるいよね。
でもあたしの気持ちを正直に言うとそんな感じです。
でもそれはあたしのワガママなのかもしれないね。
-2-
- 164 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:30
-
高橋のくれた手紙、読んだらすごく高橋の気持ちが伝わったよ。
ありがとう。
高橋が赤くなってうつむいちゃったとき、
あたしはかわいいなあってのんきに思ってたけど、
高橋はそん時にいろいろ考えて、
いろいろあたしのこと好きって言おうとしてくれてたんだって、
はじめて知りました。
あたしといるときはわりに無口なのに、
ほんとはいろいろ言いたいことがあったんだね。
けっこう好き好きビーム全かいで書いてるんで、
なんか読んでて真っ赤になっちゃったよ。
高橋がいなくて良かった、なんてね。
でも、読み終わったら高橋のこと抱きしめて、
キスしたくてたまらなくなった。
これもワガママ。
だからあたしも変にごまかしたりしないで、
高橋がしてくれたみたいに本気でちょっと
あたしの気持ちを書いてみようかなって思ったわけです。
そうだね、たまには手紙もいいかもね。
-3-
- 165 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:31
-
こないだ高橋のことをつるつるいっぱいって言ったけど、
つるつるいっぱいなのはほんとはあたしなんだ。
高橋はおフロみたいにあったかいって言ってくれたけど、
ほんとのあたしはそんなやつじゃなくて、
ほんとはとても自分勝手で、独せん欲が強くて、
ああ自分のことをあたしは好きになれないよ。
でも高橋はそんなあたしを好きって言ってくれる。
あたしはすました顔で聞いてるけど、
心の中じゃ叫びだしたいくらいによろこんじゃってます。
でも、同時にそんな高橋に嫌われたくなくて、
ほんとの、高橋の思ってるんじゃないほんとのあたしが
高橋にバレちゃって、高橋が放れてしまうんじゃないかと
ものすごくこわくなります。
知ってた? あたしってこんなメメしいやつなんだよ。
笑うでしょ。
こんなこと書かないほうがいいのかな。
そうすればこれまでと同じように高橋といられるのに。
あたしってアホだね。
でも矢口さんにも言われたんだけどね、
-4-
- 166 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:32
-
よっすぃ〜は限かいに来てるんだってさ。
言われたときあたし、ああそうなんかなって思っちゃった。
何の限かいか分からないけど、
なんか言われてみればそんな感じ。
だからこのまま書きます。
嫌だったら読まないでくれていいから。
明日、手紙を受け取った日の明日、
笑ってあたしに
「おはようございます、よしざーさん」
て言ってくれればそれでいいよ。
ただあたしは高橋にウソをつきたくないから
正直にあたしの気持ちを書くよ。
どうだろ、シカトされっかもな。
今あたしが一番したいことは、
高橋愛を抱きたいってことだ。
抱きしめるじゃなくて、いやぎゅうっと抱きしめて
舌をからめるキスをして、高橋がとろとろの顔になって
-5-
- 167 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:33
-
それで高橋のことを抱きたいってあたしは思ってます。
服を全部脱がせちゃって、
頭の先から足の指まで、わきの下にもおへそにもあたしはキスして、
できるなら強く吸って全部にあたしの印をつけて、
明日仕事に高橋は行けなくなっちゃうだろうけど、
そんなことかまわずに今日も明日もあたしとこの床に転がってるんだ。
それが今一番あたしがしたいこと。
高橋は今ごろ紺野相手に泣いてるのかもしれない。
小川だったら、あいつぶっとばし。
でも、紺野でもあたしはほんとはやでさ。
自分せいで泣いてるのに、紺野んちに高橋のこと
かっさらいにいってあたしの目の前で泣いてよ。
それで高橋の赤い目にあたしはキスして、
高橋がふるえた声であたしのことよしざーさんて呼ぶんだよ。
高橋の声聞きたいよ。
あたしのうでの中で鼻水たらしちゃっていいからさ、
ほかのやつの所で泣かないで。
-6-
- 168 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:34
-
高橋はあの日、あたしが泣かないって心配してくれたよね。
でも、正直言ってあたし自身はそんなことどうでもいいんだ。
あたしは自分が泣くやつだろうと、泣かないやつだろうと
どちらでもいいって思ってる。
だからひょっとしたら、あん時じょうだんで言ったけど、
あたしって人間は本当にとてもはく情なやつで
辻や加護の卒業とか安倍さんの卒業とか
本当はあまり悲しんでないのかもしれない。
あらためて考えてみると、本当に悲しいんだかなんか分からないや。
で、あたしは悲しみもしない泣きもしないはく情なやつだけど、
高橋は泣いていて欲しいとあたしは思ってる。
ぼろぼろとひからびちゃうんじゃないかってくらいに、
あたしのためじゃなくても何の理由でもいいから
でもあたしの目の前で泣いていて欲しい。
高橋の泣いてる顔ってあたし好きなんだ。
赤くなる高橋も好き。
初めて手をつないだときのおろおろと回り見回して、
この部屋だったのに、
-7-
- 169 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:35
-
それで白いはだが赤くなっていって耳まで赤くなっちゃって、
高橋はハズかしくてうつむいちゃって、
でもあたしの手は外れないようにしっかりにぎってて。
よくあたしはあの時高橋のこと押し倒さなかったなあって
自分で感心するよ。
高橋の顔をあげさせてキスするとき、
あたしガキみたいにふるえちゃって、すげえハズかしかったんだけど
どうだろバレてたかな。
telかかってきた。ごっちんだったよ。
最近ケータイにかけてくることあまりなかったんで
ちょいおどろいた。
でもごっちんらしいなとも思った。タイミングよすぎ。
あいつさ、昨日のことでかけてきてるのに、
一言も高橋のこととか言わないのね。
どうでもいいくだらないこと、弁当のおかずに何が入ってたとか
スタッフの人が連れてきた犬がかわいかったとか
そんな話してさ、切るときに
よし子はよし子でいいよとか言いやんの、わけわかんねーよな。
-8-
- 170 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:36
-
うん、高橋のことあたしはとても好きです。
泣いてる高橋も笑ってる高橋も赤くなる高橋も、
それにまだ見たことないけどハダカの高橋もきっと好きだ。
それで誰にもわたしたくないと思っています。
5期メンにも他のメンバーにも、ファンの人にも
いつか表れるだろう本当の相手にも、
あたしは高橋を泣かせてばかりで、
しかもそれを見てよろこんじゃうヤな奴だけど
高橋を渡したくありません。
高橋はすごいね。
君は転ぶことがこわくないのかな。
いつも全力で走ってまっすぐ、正直で
好きって気持ちにも正直で
ドカンってあたしにぶつかってくれる。
高橋はピカピカ光ってて、
真っ黒なあたしにはすごくまぶしいんだけど、
これを受け止めたらあたしってものが
なくなっちゃうんじゃないかってすごくこわいんだけど、
-9-
- 171 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:37
-
それなのにあたしは高橋のことをぎゅうって抱きしめたいんだ。
バカだな。
グッドタイミングぱーと2
バカからtelがかかってきた。
小川が一人ってことはやっぱり高橋は紺野といるんだな。
ハハ、ジェラってばっかだねあたし。
家、立てるのってやっぱ大変なのかな。
思いつきで言っちゃったことなんだけど、
でもあたしはもう立つもんなんだって思っちゃってる。
だからなんか買いものもあまり行きたくないや。
朝起きて、高橋がフトンで顔をかくしながら
おはよーございますって言ってさ。
ずーっといっしょにいるのにそれでもよしざーさんて呼んでさ。
キスしたりしてのんびり午前中過ごして、
この間みたいにお昼にパスタ作ってさ、
よしざーさんケチャップついてますよとか言って
-10-
- 172 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:38
-
高橋は指でとってそれをなめるんだけど、
自分でやっておいて高橋は赤くなるんだ。
なんかそんな感じする。
それで午後は二人でいろいろ話して、
そのうちあたしが誰にデレデレしてたとか高橋は怒り出して、
福井弁しゃべりまくりで。
あれ、なんか聞いててすごい気持ちいいや。
高橋一生懸命怒ってるのにゴメンね。
それでけっきょくあたしはまたキスで高橋のことだまらせちゃって
仲なおりして、それでお風呂になるんだけど
きっと高橋は一緒に入ってくれないね。
とっても残念だけど自信がある。
それで同じベットで眠るんだ。
あたしは高橋のことを抱きしめて明日をむかえる。
そんなことができるなら、いくらだって高いことはないよ。
持ってるお金の全部とかこれからかせぐお金の全部とか
そんなの全部かかったって別に困らない。
-11-
- 173 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:39
-
だって、あたしが欲しいのは高橋しかないんだから。
ああ、やっぱり高橋を今すぐ抱きしめたい。
こういうのって少し置いておいて
時間がたってから読み返してみるもんなんだろうけど
ハズかしくてとてもそんな気にならないので今すぐ出してきます。
それでは。
吉澤 ひとみ
-12-
- 174 名前:高橋 愛様 投稿日:2004/02/06(金) 21:46
- ENDです。
狙ってはずすほど恥ずかしいものはないですね。
それはそうとこれでストックなくなりました。
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/06(金) 22:29
- ああ……なんていうのか、やばいです。
読んでいて文字から吉澤の気持ちがぐるぐる流れ込んでくるような、うわやばいって思ってしまってでものめりこんで、レス番見るたびに、ああ、あと4レスしかない3レスしか読めないもうすぐ終わっちゃうと思ってしまって一気読みで。
吉澤と高橋が絶対の対になっていて、吉澤のエピソードと高橋のエピソードも二つで一つという味わいで。「9マイル」の爽やかさと、この「手紙」の狂おしさ。
甘くて切なくて、怖い。やばいです。すげえ。待ちます。
- 176 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/07(土) 12:47
- 矢継ぎ早の更新ですね、しかも二本も!うれし〜!!!
九マイルでは、
距離が近づくごとに愛ちゃんから色んなものが抜け落ちていって、
最後にはよっすぃへの気持ちだけで心がいっぱいになってしまう過程が
見事に表現されてましたし、
手紙のほうでは、
自分の気持ちを表現することが苦手なよっすぃのたどたどしい不器用さがステキです。
よっすぃの「漢字の知らなさ」までシミュレートするとは!!笑
作者様の「色んな引き出し」を一作ごとに楽しませてもらってます。
- 177 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/07(土) 13:18
- 前回書き忘れたのでもう一言だけ。
吉絡みリアル物では避けて通れない?「よしごまの友情」の「さりげない連れ添い」
を作中描写してくださっていたのも楽しかったです。
よしごまも大好物なのでw
- 178 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/08(日) 16:01
- ‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥
がらがら、ごそごそ
がらがらごそごそ
ない、なにもない‥‥
あと開けてないのはこの引き出しだけか
えいやっ、がららっ
ドラえも〜ん‥‥いねえよ
ごそごそ
あっ‥‥いや‥‥これはまずいだろ
はい、しまってしまって、がらがらかちゃり
どうしよ。
- 179 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/08(日) 16:06
- ま、まあ、ともかくレス返しでも。
>>175さん
>>176,177さん(ないとは思いますが違う人ならごめんなさい)
楽しんでいただけてるようでうれしいです。
作者の狙ったところに反応してくれているのでとてもよい読者様です。
漢字のこともちょっとだけやってみてます。
嫌味にならないのはどの辺までか難しいんですけど。
絵文字とかの可能性はなくしました。
分かりません、まったく。
しかしまあ、割合うまく二つが一炊になってるかなと思います。
お付き合いください。
- 180 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:39
-
「へっぶじょんっ」
腕の中の高橋が派手なくしゃみをする。
それから自分の服が揺れる感触とパタパタ言う音。
高橋、今拭いてるね。
高橋の声を聞いて、高橋の顔を見て、
そしたらもうあたしは高橋のことをきつくきつく
抱きしめていた。
高橋の顔をもっとちゃんと見たいとか、
キスをしたいとかも考えられず。
一瞬も離したくなくて、離すのが怖くて
あたしは高橋を抱きしめていた。
- 181 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:42
-
気付けばもう真っ暗で、
上はともかくジャージだけの下半身が凍てついている。
腕を緩めて高橋をのぞけば、
彼女も寒さに震えていた。
それでも高橋はそんなことを訴えたりもしないで。
ハンカチで拭き終え、
またあたしの胸に顔をうずめようとしている。
「高橋」
一体どのくらいぶりなのか、
久しぶりに開いた口からはやっぱり同じ言葉。
「は、はい。ごめんなさい。
つぱ飛ばしちゃって。
ほ、ほやかってきれいに拭き取りましたで」
言いながらあたしの服をまたごしごしとこすった。
- 182 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:43
-
「大丈夫だよ高橋。
それよりもう寒いね。うち行こう」
あたしは彼女の手に触れて止め、そのまま握り締める。
高橋の手はすっかり冷え切っていた。
「わっ、冷たくなってるね。
ゴメンな、こんなところで長いこと」
「いえ、ぜんぜん大丈夫ですから。
よしざーさん、ひっであったかかったさけ。
もっとしてくれても‥‥」
高橋はうつむいて後の方はごにょごにょと声が小さくなった。
あたしは手を一指ずつ絡ませて握りなおす。
高橋がそれで顔を上げたので
「まあ、ともかく行こうぜ。寒いっす」
笑って言うと、
高橋も笑顔で、はいと返事する。
あたしが歩き出すと彼女はとことこ、それに続いた。
- 183 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:44
-
「わっ、暖か〜い」
いやあ、玄関に入ると高橋は悲鳴みたいな声を上げる。
「これ暖房ついてますよ」
「ああ、切るの忘れてた」
すぐに戻ってくるつもりだったから。
「もったいないですねえ」
高橋はコートを脱いでコタツに入る。
「あ、コタツも入ってる。
ダメですよ、出かけるなら切らないと。
ううーん、あったけぇ」
コタツの中で手足を伸ばしているようだ。
「やっぱ、寒かったんでしょ。
言ってくれれば良かったのに」
あたしもジャージ姿に戻った。
うおぉ、部屋の暖かさに体が弛緩する。
「ほやけど‥‥」
「ん?」
あの、その
高橋はまたうつむいて。
「よしざーさんから、ちびっとかて離れたくなかったさけ」
そういえば、これが今日最初のキスだ。
- 184 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:46
-
からめる舌は熱くても、やはり彼女の体は冷えていて、
「何か、あったかい飲み物でも入れよう」
冷たいほほをなでる。
高橋はすねた顔。
「キスはその後でまたね」
指摘するとすぐさま赤くなって、
そんなのを見るとあたしも飲み物なんてどうでもよくなるけれど。
冷蔵庫を開け、
「牛乳くらいしかないけど。ホットミルクでもする?
紅茶は切れてるんだよね」
「はい、ミルクでいいです」
おーけー、あたしはコタツの上のカップを片付ける。
「あのお、よしざーさんもミルクですか?」
「あたし? や、あたしはこれ」
ちょうど手にしたカップを高橋に見せる。
残っている黒い液体が波立った。
一口飲み込む。不味い。
「冷た。入れなおそ」
「コーヒー、ブラックですか?」
「うん、まあインスタントだけどね」
- 185 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:48
-
片手なべに牛乳を入れ、火にかける。
かちゃ、ぼっ。
火を少し小さくして、なべ底から出ないように調節する。
「コーヒーも」
「うん?」
後ろから声がかかる。
高橋がコタツから出てそばに来ていた。
「おいしそうですね」
「今の? 不味いよ、冷えてたし」
「よしざーさんまた入れるんですよね」
うん、答えながらやかんを蛇口に突っ込む。
「あたしも、よしざーさんと同じものがいいかなって。
あああ、ほやけどもうミルクでいいです。好きやで」
高橋は一人で言って一人で取り消す。
- 186 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:49
- ぶんぶん振る手を見てあたしは笑って
「いいよ。じゃあ、カフェオレにする?
牛乳も無駄にならないし、
高橋、ブラック飲めないでしょ」
「はい、お願いします‥‥」
やかんもガステーブルに置く。
かち、ぼっ。
「よしざーさんも‥‥」
「ん?」
「よしざーさんも、カフェオレにしませんか?」
「いいよ、同じのにしようか。
あ、でもあたしのはコーヒー多めね」
高橋はうれしそうに、はいっと答えた。
- 187 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:50
-
「うおぉ、ぬくーい」
二人でコタツに入る。
ずっとつけていたせいで、フトンまで温かい。
「ぬくぬくですねえ」
「うん、ぬくぬくで、あったかい飲み物もすぐできて
高橋がいて、言うことないねぇ」
「え?」
あたしなんか言っちゃってるよ。
「ほんと、気持ちよくて眠くなっちゃうよね」
ごごご、ガスの音を二人で聞いた。
- 188 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:52
-
頃合を見て牛乳を火から上げ、
高橋用のマグカップに注ぐ。
飲みかけを捨てて、新たにスプーン二杯ほどコーヒーを入れた。
沸いたお湯を注げば、二つの湯気の上がるマグカップ。
一つは白、一つは黒。
ああ、そんな感じ。
「じぁあ、あたしのにコーヒーおっけ」
高橋がカップを差し出す。
「ああ、うん‥‥」
インスタントコーヒーのビンを手にし、
「ああ、砂糖入れる?高橋」
砂糖に持ちかえた。
「はい、少し」
あたしはカップに砂糖を入れる。
- 189 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:54
-
「さてコタツ行こう。
キッチンは、やっぱり少し寒いや」
と高橋を誘った。
「あ、はい。
けどコーヒーまだ‥‥」
彼女は止まっていて。
「ああ、そうだね」
高橋のカップに一杯だけコーヒーを入れる。
あたしが自分のカップにミルクを少し注ぐ間、
彼女はへへ、と笑ってスプーンを回した。
出来上がったのは、薄茶色のカフェ・オ・レとこげ茶色のそれ。
- 190 名前:カフェ・オ・レ 投稿日:2004/02/08(日) 17:57
- といった感じです。
短いですね。
すいません。
- 191 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 13:58
-
後藤真希は眠る。
なんつって。
でも、ごとー寝たいよ、マジで。
「それで、いつまでそうしてるわけ?」
部屋の隅っこでよし子が小一時間体育すわりしているわけ。
収録に時間がかかって疲れて帰ってみれば、
ドアの前にうずくまる人。
すぐによし子だって気付くけど、
それでもやっぱり驚くでしょ。
- 192 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 13:59
-
「高橋とコーヒー飲んで、それで帰したんでしょ」
ずっとそうされてもうざいので、ちょっとボールを投げてみる。
「カフェオレ‥‥」
「はいはい、カフェオレね」
「そんなさ、悩んじゃうんだったら帰さないでさ、
がばーって押し倒しちゃえばいいじゃん」
よし子の隣に座って言う。ん?
ちらりとこちらを見た。
「ね、もう付き合ってちょっとたつんだし、
よし子の悩みとか高橋の嫉妬とか、
そんなの全部それで消えちゃうでしょお」
「ごっちん」
よし子は壁に向かったままで言う。
「ん?なに?」
「処女に言われたくない」
「しょ、処女じゃないもんっっ」
あたしは近くにあった掃除機を振り回した。
ホースが首に絡まった。
苦しい。
よし子が取ってくれた。
ありがとう。
- 193 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:01
-
「はあはあ、でも、他になんかあるの?
ないからこうして、あたしんとこ来てるんでしょ」
「そうだけど‥‥」
ああもう
あたしはよし子の体をぐいっとこちらに向けさせる。
「ちゃんとこっち向いて。
ああんん、そりゃあその、
あたしには分からないかもしれないけどさ」
なんだろうこの悔しさは。
「でもさ、それがよし子の一番自分に正直なことで、
一番高橋に届く気持ちなんじゃない?」
よし子は答えない。
紅茶をカップに注ぐ。
よし子の前に一つ置いて、あたしはソファに座った。
両手で包み込むようにして少し飲む。
「こ‥‥」
よし子の声がして。
あたしは振り返る。
しかしよし子はカップを口に運びしゃべらなかった。
二つの湯気が部屋を舞う。
- 194 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:03
-
「怖い?」
あたしの言葉によし子は反応した。
あつ、カップを一度皿に戻してから、唇を手で押さえる。
「悪い、ちょっとこぼれた」
よし子はティッシュを取ってカーペットをこする。
「ああいいよそんなの。大丈夫だよ」
あたしは席も立たずに言った。
大丈夫だよ、大丈夫。
ごし、ごし、ご
よし子の手が止まる。
口が痙攣するように動いている。
「こ、怖いんだ‥‥」
「うん」
「あ、あたしなんかが高橋のこと‥‥」
「うん」
「抱いちゃうなんて」
「うん」
「許されないことなんだ」
「そっか」
- 195 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:08
-
言葉のない時が過ぎ
手にしたカップからもう湯気は上がらない。
「冷めたね、もっかい入れようか?」
でも、あたしは立ち上がるつもりもなく。
「ん、いいよ」
「そう、ならいいや」
「高橋はさあ」
代わりにあたしは言葉を出す。
「あの子はさあ、許してくれるんじゃないの?」
「高橋ならさあ、きっと」
「高橋はっ」
よし子がさえぎる。
「た、高橋は真っ白なんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。
あいつは真っ白で、
比べてあたしは真っ黒なんだよ」
「ふ〜ん、それで?」
「混ぜちゃいけなんいだ」
「どうして?」
「白じゃなくなっちゃう」
- 196 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:10
-
「でもさ」
あたしはスプーンを入れて、少なくなった液体を混ぜる。
「高橋だって、真っ白じゃないよ」
かちゃかちゃ。
「真っ白ってことはないでしょ」
一すすりと持ち上げたカップの向こうに怒った顔。
まあまあ
「高橋はいい子だけどさ、
あの子だって変わらないよ、普通の子だよ」
「違う」
「違わないって」
「高橋だって、普通の女の子だよ。
嫌なことも考えたりするし、
エッチなことも思ったりするよ。」
「違う」
「違わない」
「高橋も真っ白じゃなくって、
同じようによし子も真っ黒じゃないんだよ」
- 197 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:12
-
ごく
カップが空になったのであたしはよし子のとなりに移る。
「ねえ、よし子」
彼女の髪をなでる。
「よし子は真っ黒じゃないし、
それにあたしはよし子のこと好きだよ」
「うん‥‥」
「高橋だって、よし子のこと真っ黒だなんて見えてないよ。
だからあの子も、よし子が大好きなんだよ」
「うん‥‥」
「それに、黒って色がないわけじゃないよ。
いろんな色、あったかいオレンジとか、澄みとおった水色とか、
穏やかな緑とか、それに真っ白とか。
いろんな色がいっぱいあって、ありすぎる人なんだよ」
よし子の髪をあたしの指が通る。柔らかい髪だなあ。
- 198 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:13
-
「高橋も、よし子のオレンジとか、水色とか、ちゃんと見えてるんだよ。
真っ白とかね」
「ごっちん‥‥」
「ん?」
よし子の顔を覗き込む。
耐えるような表情で。そんな必要ないのに。
「‥‥ありがと」
「おうよ」
ぐわし、がし
よし子の頭をかき乱す。
- 199 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:15
-
ふあぁ、眠い、限界っす。
「よし子寝よ、あたしもう疲れてさ」
「ゴメンね」
「今度おごりね」
「ういっす」
二人で同じベットに横になる。
狭いのでなんとなくよし子が半身こちらに向けた形。
「あのさ」
「ん?ふあ」
電気を落とした闇によし子の声。彼女もおねむな感じ。
「今、これが高橋だったら良かったのにとか思ってないでしょうね?」
「ばれた?」
「殺す」
あはは、暗い中で二人で笑った。
- 200 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:16
-
それからぎゅうとあたしを抱きしめる腕の感触。
「ごっちんでよかったって思ってるよ」
「ほんとかねー」
「うん、ほんと。よかったって思う」
「高橋にばらしてやろ」
「はい?」
「あたしのこと真っ暗な部屋で抱きしめて、
そんなこと言ったって」
「‥‥カンベンしてください」
「高いよ?」
「承知しました‥‥」
- 201 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:18
-
「よし子はさ」
「うん?」
「よし子が一番したいことは何なの?」
「あたしが?」
「うん。結局それなんだよ。
どう? やっぱ高橋とエッチしたいの?」
あたし?
「どうだろ。
そりゃ高橋としたいけど」
「けど?」
「けど‥‥そうだな。
高橋とずっと一緒にいられたら、それでいいや」
「いいの?」
「うん、それがあたしが一番したいこと」
「そ、じゃあ、せいぜいがんばりなよ」
「おう」
- 202 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:19
-
「んん、も、ねむ‥‥寝よ」
まぶたが落ちてきた。
昨日ほとんど寝てないからちょっと耐え難い。
「そだね‥‥」
ベットについた方の肩から下へと潜りこむ感覚。
「おやすみ」
「おやすみ、よし子」
- 203 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:21
-
全身を包む安らぎ。
しゅうしゅー
ん?
音が聞こえる。
しゅー
「ごっちん、ねえ」
あたしは目を閉じたまま彼女を揺らす。
「‥‥んん、なによ?」
「ごっちん、音がしてるよ」
しゅーしゅー
「お湯?沸かしてるの? 危ないじゃん夜中に」
目を開けるが、暗闇で同じこと。
後藤の姿は見えず。
- 204 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:24
-
「沸かしてないよ」後藤の声。
「でもさ」
しゅわー、じゅー
「ほら、沸いてるよ、止めなくちゃ」
「うるさいなあ。
じぁ、止めたらいいじゃん」
「いいじゃんてごっちんの部屋だろ」
あたしは不平を言う。
「違うよ」
「何が?」
「あたしの部屋じゃないよ。
よし子の部屋だよ」
「は?」
- 205 名前:後藤真希は眠る 投稿日:2004/02/09(月) 14:25
-
「早く止めたほうがいいよ」後藤の声。
じゅわわじゅー
「うん、いやだから」
「ほら、よし子の部屋で、お湯が沸いてるよ」
「ほう、よしざーさん、お湯沸いてますよ」
- 206 名前:一炊の夢 投稿日:2004/02/09(月) 14:27
-
「よしざーさん、お湯沸いてますよ」
あたしが顔を上げたときには、
もう高橋がキッチンに走っていた。
じゅわじゅー。かちり、かち。
「うお、ゴメン。寝てた?」
目をごしごしとこすりながら尋ねる。
手にかすかに水の跡が走った。
「ちびっとだけ」
高橋は指で表現する。
あたしもコタツから抜け出してキッチンへ。
- 207 名前:一炊の夢 投稿日:2004/02/09(月) 14:28
-
「やっぱコタツは寝るねー」
高橋用のマグカップにミルクを注ぐ。
「寝ちゃいますよね」
へへ、と自分が寝ていたように彼女は照れた。
あたしは飲みかけを捨ててコーヒーを二杯、
それからやかんのお湯を注ぎいれる。
スプーンを回せば、すぐに粉は溶けて、黒い液体。
「きれーい」
高橋があたしのカップをのぞきこむ。
「コーヒーてきれいですね」
「そう? これインスタントだよ?」
「うん、ほやけどきれいやざ」
高橋は微笑む。
- 208 名前:一炊の夢 投稿日:2004/02/09(月) 14:32
-
「はい、ほんじゃあ、これにもお願いします」
真っ白なカップを差し出される。
あたしはコーヒーをスプーンで一杯すくって中に落とした。
うれしそうに高橋は混ぜ、こちらの粉もすぐ溶けた。
「ふふ、よしざーさんにはミルクを入れちゃりますで」
なんて、よしざーさんちのやつやけど
楽しそうに高橋はあたしのカップに残った牛乳を入れる。
動きの続く液体に牛乳が渦巻いて取り込まれていく。
いや牛乳が入り込んでいくのかもしれない。
中心へ、真ん中へ。
二つのカップが並んで置かれる。
一つは薄茶色のカフェ・オ・レ、もう一つはこげ茶のそれ。
「おそろいですね」
高橋は言った。
- 209 名前:一炊の夢 投稿日:2004/02/09(月) 14:35
-
「ぶれすゆー」
コタツに戻ったあたしは突然思い出す。
「はい?」
「いや、高橋くしゃみしたでしょ」
「はい、ああ」
「意味は分からないけど。
なんか、くしゃみしたら言うんだって。
教えても」
すると高橋は唇を突き出した。
「アヤカさんですか?」
「え、や、うん。ゴメン」
やばい、あたしはどうなだめようか頭を働かせる。
「まあ、ほやけどいいです」
彼女は笑って、
「いい意味やさけ、Bless you!」
「そうなの?」
はい、満面の笑み。
- 210 名前:一炊の夢 投稿日:2004/02/09(月) 14:39
-
「ふーん、どんな意、ひっ」
「ん?」
へっくしょーい、ちくしょう
あたしまで出ちゃったよ。
「願いがかないますように」
高橋は言う。
「え、なに?」
「フランスのお年寄りは、ほう言うみたいですよ」
よしざーさんの願いがかないますように
あたしはこの日、二番目の願いをかなえた。
- 211 名前:一炊の夢 投稿日:2004/02/09(月) 14:48
- ENDです。
ええと、描写はしません。したくありません。
さて、後はどう締めるか、といったところです。
- 212 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/09(月) 14:50
- 隠したほうがいいのかな。
そんな大したあれじゃないですけど
- 213 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/09(月) 14:56
- まあ、一応ね
あ、一つ気になったのが
>>175さん
一度削除入れたんで、ログ詰まってないですか。
まあ、これ読んでくれてる時点で大丈夫なわけですけどね。
私たまに更新ねえなあって、ずっと気付かないことがあるので
書いてみました。
あなたは書き損じを見てしまいましたね。
‥‥お願いします、忘れて。
- 214 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/09(月) 17:16
- 今のところ同一人物です>名無し読者
今回も複数本、と思いきや入れ子構造の一本だったんですね
作者様は毎回さりげなく工夫されてますねぇ
そういうさりげない気の使い方がよしこに似てたりしてw
ちょうど季節柄もあって自分もヒーター前でポカポカちょっとだけよしこ気分
(高橋がいないのが徹底的に違うけど)
心は作者様の作品で暖めて貰いました。
黒白というと、ついオセロかいしよしを連想しますがw、
「黒は色んな色の集合体」というフレーズが今回すごく印象に残りました。
これからもついていきますので
作者様も自分のペースで、またよろしくお願いします。
- 215 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/09(月) 21:34
- あ、作品に対する感想が抜けた
(一回で簡潔にまとめられない自分をお許しください汗)
今回は3つのエピソードの時系列が見ようによっては折り重なるようになってますね。
それぞれ別の日、というとらえ方も出来ますが、
自分としては「こたつやカフェオレの温かさ」と相まって
「ふわふわした夢見心地の一夜」
というほうに一票。
ちょっと夏目漱石の「夢十夜」や西澤保彦の「七回死んだ男」を思い出しました。
先にも書きましたが、作者様ますます芸が細かい!
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/09(月) 23:34
- またネタを投げ込んでくれてすげー楽しい。ショマキって久々だなあ。そのくせ生意気なアドバイスですか。でもいいこと言う。やっぱこうでなきゃいけないや。
ええ。二人の友情、いいですいいです。とても読んでみたかったので。納得しました。
それにしても…このカップルはつくづく見守りたい気分にさせられますな。
いえ、その、まあ、見守れたわけですけど…ひねりと品と愛のある描き方で一行、なぜだか読んでるこっちまで晴れやか。ああ、君たちに幸あれ。
作者さんありがとう。そして、これからさらに期待しております。
- 217 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:34
- デッヘッへ‥‥
‥‥デッヘッヘ‥‥‥‥
愛ちゃん、ねえ愛ちゃん
「愛ちゃんってば」
小川が呼びかけている。
高橋はしかし、その小川十八番の笑いでどこかに飛んでいた。
「愛ちゃん、戻ってきてよ」
ぐあんぐあん体をゆすって、やっと高橋は戻ってきた。
「あ、麻琴、呼んだ?」
彼女はのんきに応じる。
見れば普段高橋を慕う他の6期メンも今は少し離れていて、
ひそひそと、というか少し怖がっている感じだ。
それだけ高橋は自分の世界に飛んでいたのだ。
自分の? 違うな、二人のだ。
あたしは十分分かっている。
- 218 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:35
-
この間、後藤が楽屋に遊びに来た日、吉澤は高橋に怒った。
あたしは吉澤が怒るのを初めて見た。
吉澤と一緒に加護に向かって麩菓子をばらばら投げていたけど、
ひりっとした空気を肌に感じていた。
吉澤は菓子を投げるのをやめなかったので、あたしも一緒に続け、
終いには飯田に怒られたのだが、吉澤は自分が怒っているということを
みんなに、高橋に示そうとはしなかった。
それでも、自身すごく稀な感情なのだろう、
うまくコントロールはできなくて、何人かは吉澤に気付いていた。
もちろん高橋はそうで、その後の収録などはずっと沈んだままだった。
もうぼろぼろって感じ。
- 219 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:36
-
でも一日オフをはさんで朝、二人は一緒にやってきた。
高橋はうって変わってとても幸せそうで、
そしてそんな高橋を見る吉澤の目が
本当に優しいものだったのがあたしの目に焼きついている。
思えばあの時の高橋は少し歩き方が変だったなあ、
などと下衆なことも考えたが、
ともかく今二人はあの高橋を見て分かるとおり、うまくいっているようだ。
いいことだ。
いいことじゃないか。
- 220 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:37
-
「みっちゃんさん、目ぇ据わってるよ」
心臓を殴られる。彼女の声。
「ええ? あたしまたなってる?」
「うん、高橋にらんでた」
あたしは自分のキャラを隠れ蓑にする。
「普通にしてるだけなんだけどねえ」
「アイドルがそれじゃまずいんじゃないの?」
ちみい、吉澤は社長?みたいな演技。
「じゃあ、あたしが亜弥ちゃんみたいな笑顔振りまいてたらどうなのよ?」
「キモい」
「おいっ」
まあ、自分もそう思うけどね。
「あれじゃない?」
吉澤との会話の楽しさにあたしは注意が薄れる。
「ん?」
「いとしの高橋ちゃんだから、そう見えるんじゃないの?」
- 221 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:38
-
吉澤はあたしの顔を見た。
あたしは自分の気持ちが書かれてるんじゃないかとあせる。
そして、なんでそんなこと言ったんだと。
「そうだね」
吉澤は高橋に視線を移して言った。
あの日のようにとても穏やかな目で彼女を見ている。
高橋だから、そう見えちゃうのかもしれないね
ゴメンな、吉澤は謝る。
やめて、お願いだから。
当たり前のことを聞いたあたしが悪いんだよ。
吉澤はそういうやつで、高橋はそんな風に思われるやつで、
聞く前から答えが出てることだったんだ。
でも、吉澤がそんなに素直に気持ちを言うなんて思っていなかったので、
あたしはちょっと驚いた。
ちょっと、驚いた。
- 222 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:39
-
「なんかすっきりしてるね」
隣に座った吉澤に言う。
「はい?」
「すっきりした顔してる」
あそれはその
「そういう意味じゃなくてね」
あたしは先に言っておいた。
まあ、そういう意味でもすっきりしてそうな感じするけどね。
「なんか高橋ちゃん見る目、優しいよ」
「そう、なのかな?」
「うん、そんな感じ」
でれー、目じりを指で押し下げてみせる。
「いい感じみたいだね」
「かもしれない」
小川とおしゃべりする高橋を見ながら吉澤はお茶をすする。
- 223 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:40
-
「高橋ちゃんも幸せそうだし」
こっこっ、あたしはなんとなく音を立てる。
吉澤は彼女を見てる。
「幸せなんてのは、大げさだろ」
吉澤は笑った。
「でも、そう思ってくれてたらいいやね」
「へえ」
ん? 彼女は振り向く。
え、いや
あたしは自分のガキっぽさに閉口した。
「いや、よっちゃんさんずいぶん素直だね」
「素直って?」
「あまりそういう気持ち言うの苦手じゃなかった?」
「そうだったかな?」
そうだったよ。
君は自分で抱えるだけ抱えるやつだったんだ。
そんな自分の気持ちをあたしに言ったりするやつじゃなかった。
あたしには言ってくれなかった。
「高橋ちゃんのおかげなんだね」
確認するまでもないことだけど。
「そうかもしれない」
君は認めた。
- 224 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:42
-
「愛は偉大だねえ」
あたしはつぶやく。
「愛?」
吉澤が反応した。
ああ、愛ね。なるほど愛ね。
自分で言っておいて今気付いた。そりゃ偉大だよね。
「おかげで人にも余裕出てる感じする」
「そお?」
「ま、多少ね」
「あたし、結構やさしいって今まで言われてきてるんですけど、
違った?」
「ま、多少、ね」
「多少かよ」
優しいよ、君は。
君が嫌なやつだったらよかったのにって本気で今思うくらいに。
「高橋ちゃんがまこっちゃんとじゃれてても動じないねえ」
「後で小川は殺す」
吉澤はさらりと言った。
「そこは変わらないんだ?」
あたしは笑う。
どうあれ、吉澤といる時がとても楽しいのは否定できない。
- 225 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:43
-
二人でぼんやりと、向こうの二人を眺めていた。
すると突然、吉澤があっと唸る。
高橋が自分のかばんを漁っていて、何かがこぼれ落ちていた。
手紙のようだ。
高橋は急いで拾い上げ、ほこりを払う。
それから、胸にあて目を瞑った。また無視される小川。
「や、それは、ちょ」
隣であわてる吉澤に対し、高橋はとてもうっとりとしていて。
吉澤が出した手紙なんだということは一目瞭然なのだけど、
茶封筒かよ。
あんた女の子だったら、もっとあるでしょなんか。
「手紙出したりするんだねえ」
と落ち着かない吉澤に言う。
「え、ああ、そう。ちょっとね」
彼女はそわそわ。
「高橋ちゃん、大事そうにしてるね。
うれしいこと書いたの?」
吉澤はばっとこちらを見て、でも何も言わず、
「た高橋っ」
と席を立ってしまった。
- 226 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:45
-
高橋は今も思っていた人の声がかかり、
あれだけ小川が呼んでも反応しないのに、一瞬で目を覚ました。
声のほうに振り返り、すると駆け寄っていた吉澤と顔を突き合せる。
そしたら、ぼん。
珍しく、も一つ、ぼん。
見つめ合って二人とも真っ赤になっている。
高橋はともかく、吉澤もあんなになるなんて。
あわあわ言って、動けない。
「あ、あの、さ、高橋」
どのくらい見つめ合っていたのか、ようやく吉澤の口が開く。
「ひゃ、ひゃい、ななんやろ」
高橋はそれ以上無理ってくらいに顔をうつむけた。
- 227 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:46
-
吉澤は高橋の胸を指差し、
「て、手紙さ」
「はい」
高橋は赤い顔で、大事そうにそれを抱きしめる。
「返して、くれない?」
「は?」
途端に高橋の頭が跳ね上がった。
「もう読んだよね?」
手で自分の目を押さえている。
「何度も」
うわっ、高橋の返事に吉澤はのけぞった。
肌という肌を赤く染めて吉澤は、
「じゃ、も返してもらっていいかな?」
「嫌ですっ」
高橋はしかし即答する。
- 228 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:47
-
「ダメ?」
「ダメです」
「お願いします」
「嫌です」
「それ書いた時あたしとち狂ってて、すっげえハズいんです」
「あたしはひってもんにうれしかったです」
「この世から消し去りたいんだけど」
「一生大事にしますで」
ダメですか、ダメです、繰り返される。
結構尻にひかれそうなんだな、あたしは少しおかしかった。
高橋も真っ赤になるのは変わらないけど、
少しずつ吉澤に自分のことを伝えられるようになっている。
二人は前よりも結びついている。
いや、本当はずっと前から気持ちは一致していたのに、
吉澤が自分を取り繕っていたために結び付けなかっただけなんだ。
高橋がその薄皮をはがしたんだ。
そして彼女しかできなかったことだ。
- 229 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:50
-
確認しときたいんだけど、あたしは自分に語りかける。
確認しとくけど、あたしは別に吉澤のことを好きとかじゃないから。
あたしは普通に男の人のことが好きだし、
デビュー前には付き合ってたりもしたし。
いや、別に他の人が女同士で付き合うのに、偏見とかは全然なくて。
実際目の前の二人はとても素敵だし。
あたしが女の子と付き合うってことを考えてみると、
吉澤はないよね。
あたしは女の子らしくないし、吉澤はもっとそうだし。
といってもちろん男の子じゃない。
だから、あたしが相手に選ぶとしたら、そうだな
やっぱり松浦とかだろう。
彼女は女の子、あたしは女だけど、男側ってことで。
うん、だから吉澤のことを恋愛感情で好きとかは、
絶対にないです。
そう、後藤と吉澤みたいな関係。
あれいいなって思う。
あたしは吉澤とあんな関係になりたいんだ。
いいじゃんあれ、何も言わなくても分かり合ってるんだ。
吉澤とつながっていられるんだ。
- 230 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:51
-
さっきから、胸がちりちりとこそばゆいけど、
そんなのは気のせいだ。
あたしが新人でもなく6期メンとして加入した時に、
吉澤が最初に話しかけてくれたから、
変な勘違いをしているだけだ。
あたしたちはあの時から、いい友達になったのだから。
だから矢口さん、さっきから変な顔でこっち見るのやめてくださいよ。
なんですか、その悲しそうな笑顔。
「おおい、みっちゃんさん」
吉澤が戻ってきた。
あたしは微笑む。
「手ぶらだねえ」
「うっさい」
「ちょっと、コーヒー温かいの飲みたいんだよ、付き合ってよ」
吉澤は外に促す。
「いいよ」
- 231 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:54
-
少し離れた廊下の自販機で財布を開く。
吉澤は細かいのを探しているので、あたしが先にお金を入れた。
コーヒーの砂糖なし、ミルクなしを選んでボタンを押す。
かつ、カップが落ちて、わずかなコーヒーが流し込まれる。
音が鳴りカップを取り上げると、吉澤が次に小銭を投入した。
彼女の指は二つのボタンの上を行き来して、
コーヒー・ミルクのみが押された。
「なんか悩みでもあるの?」
取り出したカップに口をつけながら、
こちらを見るでもなく君は言う。
「ああ?」
「いや、なけりゃそれでいいけどね」
はは、あたしは笑って
「なに、美貴、悩んでるんだ?」
「どうかな」
二人で安っぽいソファーに座る。
- 232 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:55
-
ずずっとコーヒーをすすった。
後から自然と息が、はあと漏れる。
「あたしさあ」
言葉も漏れた。
「うん?」
カップをかみながら、吉澤はこちらを見る。
「亜弥ちゃんのこと好きかもしれない」
ぶほって吉澤は吐くかなって思ったのに。
「そうなの?」
君は真面目な顔で、もうカップをかんでもいない。
「なに?変?」
「いや、そうじゃないけど」
「なに?」
「や、本当なのかなって」
だって、ほんとじゃないもん。
「分からない」
「そっか」
吉澤は特に何も言わなかった。
- 233 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:57
-
二人でゆっくりとコーヒーをすする。
後ろをいろんな人が通るけど、あたしたちはかまわず、
ソファに収まっている。
「よしざーさあんっ」
廊下の向こうからあの子の声が聞こえてきて。
「あ、高橋」
君は起き上がる。
高橋は全速力でこちらに、ううん、吉澤目掛けて走ってくる。
飛び込んでくるんじゃないかって勢いだ。
すくっと吉澤は立ち上がる。
そして高橋を少し迎えに行った。
「あ‥‥」
あたしの口から声がまた漏れていて。
なにこの手は、メロドラマかよ。
- 234 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 01:59
-
吉澤の前に立つ高橋の目は輝いている。
ほんと真っ直ぐでかわいらしいなってあたしも思う。
あたしもここにいるけど、高橋さん見えてます?
「あ、コーヒー飲んでるんですね」
高橋は吉澤のカップを見て言う。
吉澤の背が高いため中までは見えていないだろうけど。
あたしも飲もーっと、彼女は自販機に立つ。
百円玉を入れ、カフェオレのボタンを押す。
ちゃりんちゃりんと十円玉が返される間に、
柔らかい色のカフェオレがカップに満ちた。
へへ、高橋は微笑んでそれを取り出して、
吉澤の隣に戻った。
それからカップを並べ、少し背伸びして二つをのぞく。
「あれ?」
そして責めるように見上げる顔。
「いや、あのね‥‥」
ああ、なるほどね。そういうことね。
それにしても吉澤さん、君もあたしのこと忘れてないかい?
- 235 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:00
-
微笑ましいね、あたしはソファにどっかりと腰をすえたまま思う。
高橋は吉澤の服を引っ張ってすねたりして。
吉澤はあせりながらなだめるけど、
でも彼女を見る目はとてもいとおしそうで。
高橋は吉澤に近寄るみんなに妬いてるけど、
あたしはそんな目では見られない。
吉澤はあたしのことを気にかけてくれるけど、
あたしの心を知らない。
心ってなによ。
- 236 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:03
-
「あ、もう時間あまりありませんよ」
高橋が時計を見て言ったとき、
あたしはとっくに飲み終えて、
手持ち無沙汰で空のカップを指でぱしぱしと叩いていた。
「ああそうだね、集合しとかないとな」
吉澤はゴミ箱にカップを捨てる。
あたしは、そうは言ってもあせるほどの時間ではないことを知っていたから、
ゆったりとソファに腰掛けたまま。
二人が行ったらぼちぼちあたしも立ち上がろうって考えていた。
「よしざーさん、行こっせ」
と高橋の誘う声。
「おう」
そして応じる声。
はい、行ってらっしゃい。気をつけてね。
「ほら、みっちゃんさん、行くよ」
でも、目の前に吉澤の手。
- 237 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:05
-
だから、やめてって。
あたしに手を差し伸べないで。
でも、この三人でそんなことを気にしているのはあたしだけなんだ。
なんでもないことだよ、ソファから起きるのに手を貸してるだけの話。
それで脈が速くなるなんて、お婆さんじゃないんだから。
あたしは空のカップを握り潰して、空いた手を吉澤に預ける。
君はあたしをぐいっと引き上げた。
「さっきの話さ」
あたしたちの頭が並んだとき、吉澤は話しかけた。
「マジだったら、相談乗るからさ」
あたしはゴミを捨てる。
「そうね」
「遠慮とかすんなよ」
吉澤はあたしの心臓をこぶしで叩いた。
- 238 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:06
-
「胸触った」
高橋に聞こえるように。
「はい?」
聞こえたみたい。
「今よっちゃんさん、あたしの胸触った」
高橋ちゃん助けてえ、彼女の後ろに隠れる。
「ちょ、おま、なに」
「ほんまですか?」
しがみついた腕がすでにこわばっていた。
「うん、ほんまです。胸もまれました」
「もっ?」
高橋はびっくりした顔であたしを見る。
- 239 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:10
-
「もんでねーだろ」
「もまれた」
こうやって、手を開閉してみせる。
「おま、ふざけんなよ。もむ乳ねえじゃねえか」
「なんだとおっ」
「事実だろ」
「事実でも言っていいことと悪いことが」
「みっちゃんさんが嘘言うからだろ」
嘘なんだよ嘘、高橋に訴えている。
「よっちゃんさんが悪いんだよ」
「なんでよ」
「なんでも」
なんだよそりゃ、吉澤はあきれた。
そうだよ、君が悪いんだ。
- 240 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:13
-
「もう藤本さん、あばさけたらあかんて」
高橋はでも安心したようで。
「あっ、もう急がんと」
「やばいね」
今度はあたしも同意見。
三人で廊下を走り出す。
こんな遅刻しそうで走ることも、高橋には楽しそうだ。
時折、あたしたち二人を笑顔で振り返る。
吉澤は、
「マジでさ」
吉澤はそんな高橋を見つめながら言った。
「なんかあれば言ってよね、友達なんだからさ」
- 241 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:15
-
止まりたい。あたしは走るのをやめたくなった。
でも少し遅れるだけで走り続けて。
代わりに手がまた伸びかけた。
「よっ‥‥」
あたしの口も開きかける。あたしの心も。
一度全部吐き出さなければ、あたしは走れなくなるかもしれない。
この気持ちを、君に届くまで。
ん? 吉澤は笑顔であたしに振り返る。
あたしも笑顔で、ううんと首を振った。
嘘、届くな。
- 242 名前:君に届くまで 投稿日:2004/02/12(木) 02:30
- ENDです。
おっ、これで10本いきました。
始めるときにはまったく考えていなかった話も入ってますので、
全体が形をなしているのか心配ではあります。
こんがらがってたらすいませんということで。
>>214,215さん
>>216さん
いつもありがとうございます。
今回はレスからちょっと着想を得ています。
その点からもありがとうございます。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 04:56
- ほほー、この人ですか。この人の一人称はこうなりますか。
毎回どこかひねってきて、でも納得させられるなあ。吉澤とはなるほど。
広がっていってでも主役二人がしっかり核になって、うん、豊かな世界。
ちょいせつない。そして風通しがいい。のめりこんでます。
- 244 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/12(木) 09:56
- 毎度です。
ミキティ、現実に本人が目指してる通り、メチャかっこかわいいな〜
いつもながら作者様はメンバーをよく観察されてますね。
独白の中での苗字呼び捨て表現なんかにはミキティのクールさがよく出てますし、
つい繰り返して同じことを言う癖なんかはいかにもミキティw
よく職業作家の方達が
「登場人物のキャラ設定がしっかりすれば、あとは各キャラが勝手に動き出す」
みたいなことを言われてますが、
更新ペースの速さとか考えると作者様の作品はまさにそんな感じ・・・
(実際は産みの苦しみも味わわれてるんでしょうけど)
作者様の作品世界ではミキティは「乗り越えようとしてる人」ですが、
もしかしたらごっちんも「乗り越えた人」なのかなあ、
とか思いながら読ませていただきました。
- 245 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/15(日) 16:47
- どうも作者です。
今までのペースからすると
なにかえらく長いこと更新を怠っている気になってます。すいません。
しかし、ここは割り切ってもう少しお時間いただこうかなと思います。
ですので、今日は予定だけ。
11:苺入りチョコレート事件
12:桜(最終話)
として書いているところです。
苺入りは完全に季節ものですのでまあ期待もしないでください。
>>243
>>244のお二人いつもありがとうございます。
生みの苦しみというよりはただの怠惰により遅れています。
少しお待ちください。
他に読んでくれている方いらっしゃいましたら、
こちらもお待ちくださいますようお願いします。
- 246 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 00:59
-
発見。
ちょっと落ち着いた茶褐色で手触りのよい紙に包まれた箱。
アルファベットみたいな文字でなにか書かれている。
ブランド名だろうけど、あたしの知っているものではなかった。
- 247 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 00:59
-
娘。のメンバー、それからハロプロの人たち、一通り思い浮かべる。
当日か前日に会うことのできた人は全員、それとなく聞いて回っていた。
「高橋、よし子のもらうチョコ、チェックしてるんだ?」
後藤さんには言われちゃったけど。
みんな聞いたし、そのときにチョコを持っている人には
それとなく、見せてもらったわけ。
「あたしまで心配しなくても」
あさ美に言われたけど。
じゃあ、これは誰から?
ガラガラと箱を揺らす。あまり入ってないみたい。
- 248 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:01
-
バレンタインも数日過ぎてよしざーさんの部屋。
よしざーさんがキッチンにたった隙に、
あたしはそれとなく、隅に山と積まれたチョコレートを物色した。
安倍さん、飯田さん、矢口さん、石川さん、のんちゃんあいぼん、あさ美に里沙、6期は四人とも。
四人とも、そうよ。
藤本さんまで
「まあ誰にもあげないってのも淋しいしね」
とか言ってよしざーさんに渡してたし。
あ、麻琴もチロルチョコをよしざーさんにとられてる。
娘。全員やざ‥‥
ミカさんにも会ったので聞いてみたら
「バレンタインディはアメリカでは男の人が告白するのデスヨー」
と言って渡さないみたいだったけど、
ほんなら、アヤカさんはどーなんよ。
すっごい高そうなチョコとなにかシャツまで付けてたみたいだし、
てこれやね、うう、よしざーさん似合いそう。
後藤さんからのに里田さんたちまで、いっぱいもらってるじゃないですか。
こうして、あたしっていう彼女がいるのに。
鼻歌を歌いながらお茶の用意をしているよしざーさんをついにらんでしまう。
- 249 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:03
-
でも、これだけ分からない。
きちんとラッピングしてあるから、
このバレンタインのチョコであることは間違いない。
ファンの女の子からのものは事務所にあるし。
誰からなの?
「紅茶入ったよー、ほい」
よしざーさんが二つカップを持って戻ってくる。
「ずっと切らしてたからね、昨日やっと忘れず買ってさあ」
満面の笑顔。
なんやの、ニヤニヤして。
あたしはこたつに戻って、かけ布団に顔を隠す。
「よかったですね‥‥」
「うん、ウキウキしちゃうYO」
普段コーヒー党でも切らすとどうしてか飲みたくなるよね
よしざーさんがなにか言ってるけど。
「チョコいっぱいですもんね」
抑揚のない声で話す。
ん?
よしざーさんはちょっとこちらをうかがう。
「みんな義理堅いよね。大変だろうなあ、みんなに配るのって」
- 250 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:03
-
義理? ほんなわけないやげ。
明らかに本命が何個も入ってますよ、あの山には。
とぼけてからに
あたしは自分の前に置かれたカップをひったくった。
義理? ほんならあたしがあげたやつも義理け?
まったく、むっつりしながら紅茶を流し込む。
と、頭のどこかから落ち着いた声が聞こえた。
あたしのあげたものも、ほんまに同じ程度にしか考えてねえのか知らんて。
- 251 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:04
-
自分の考えに血の気が引いていく。
それとなく、山のてっぺんに自分の贈ったチョコの箱を置いたけれど、
そう言えばまだ包装を解いてもいなかった。
あいぼんなどはバレンタインの次の日には
「どうだった、あたしのチョコ?」
と期待した目でよしざーさんにたずねていて、
「うん、おいしかったよ。ありがとう」
簡単な答えだけど、ちゃんと言っていた。
実際、あいぼんからのものは箱だけになっている。
そのほか結構いくつも包装紙を取ってあって、
その中のいくつかは完食してあるし、残りもある程度つまんである。
アヤカさんのシャツは体にあてた跡も見られるし。
あたしのはそのまま。
- 252 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:05
-
おいしいもんは最後にとっとく、あれやって。
あたしは自分の中の否定派を押さえ込もうとする。
でも
「チョコは生ものだから早く食べたほうがいいよね」
よしざーさんが言ったのをしっかり聞いているあたし。
ずんずんと沈んでいく。
「高橋?どした?」
よしざーさんが板に顔を着けてこちらを見ていた。
「なんもありません‥‥」
自分でもなんでもない言い方じゃないことは分かってる。
よしざーさんに気にしてもらいたいってことも。
- 253 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:06
-
「そ、ならいいや」
かっちーん
でもよしざーさんは、彼女のあげたチョコも食べず、目の前で沈んでいても気にしない。
ほうですか、ほうですか、いいんですか。
下がっていた首が怒りで持ち上がった。
「なにか、お菓子とか欲しいですね」
あたしはにっこりと笑顔を作った。
「そうだね、なんかあるかな」
またキッチンへ向かおうと、よしざーさんがこたつを出かけたとき
「ああ、ここのチョコレート食べていいですか?」
と先に出て、山に近寄る。
- 254 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:06
-
あたしは背を向けて返事を聞く気もなかったのだけど、
「ああ、いいようん。あでも‥‥」
でも? 特別なやつはやめて欲しいってことですか。
知りません、ほんなこと。
あたしは贈り人不明のチョコを手にして振り返る。
瞬間、よしざーさんの眉間にしわが寄るのが見えた。
「ほんじゃ、これいただきます」
ああ、うんそれね
歯切れの悪いよしざーさんを無視してきれいな包み紙をびりびり。
上箱をポーン。
- 255 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:07
-
中身はたった六個しか入ってない。
こんだけであたしからよしざーさんを奪う気やったらバカにしてるで。
あたしは指をほぐして臨戦態勢。
そしてスタート。
一つ目の包みを解いて口に入れ、そのときにはもう次の包みを取り。
そうして一気にチョコをほうばった。
- 256 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:08
-
むぐ‥‥う‥ぐ
口いっぱいのチョコを懸命に飲み込む。
中に苺が丸ごと入っていて酸味のある果汁がチョコの甘さと混ざり合う。
口の中はすごいことになっていた。
「ほら、飲みな」
よしざーさんがカップを差し出す。
気持ちとしてはいらへんと言って断りたいところだったけど
のどのほうはすごく欲しがっていた。
ごくごくと紅茶を流し込んだ。
ふう、高ぶっていた気持ちも少し治まる。
- 257 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:09
-
「すごい勢いだね、高橋」
よしざーさんにはあげませんけどね。
「おいしい? それ」
しかし、なぜかうれしそうにたずねられ、あたしはちょっと素直になってしまった。
「はい‥‥おいしいです、とっても」
悔しいけど、おいしいものだった。
一度に食べてしまったのに、嫌な感じがない。
- 258 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:10
-
これ買った人はほんとによしざーさんのことが好きなのかもしれない、
そんなことを思った。
自分のこと、片思いしていた去年のことなんかを思ってなにか切なくなる。
そしたら、もう残りには手を出しにくくて。
今はおとなしくただ紅茶を飲む。
「どした? まだあるよ。気に入ったのなら、食べなよ」
よしざーさんは残りをあたしに勧める。
どうしてそんなことが言えるんですか。
- 259 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:11
-
誰か分からない人がよしざーさんにチョコをあげた。
そんな知らない人への嫉妬とか、
でも分かってしまう切なさとか、
そしてよしざーさんがそのチョコをあたしに勧めることへの戸惑いとか、
何か色々なものがあたしの心で渦巻く。
さっきまでの口の中みたいに。
「‥‥もお、いいです」
それだけ言うのが精一杯で。
よしざーさんから隠れるようにカップの陰に突っ伏した。
「ん? やっぱりおいしくなかった?」
ほんなことはないです。
- 260 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:12
-
「高橋いらないんじゃどうしようかな?」
よしざーさん食べてあげてください。
ひっでおいしいさけ。
でもそんなことを言ってあげられるほどあたしは優しくない。
ちょっと自己嫌悪。
「あたしが食べてもしょうがないしな」
信じられない言葉が聞こえて、
見ればよしざーさんがふたをかぶせ、しまおうとしている。
「食べます、私が全部っ」
よしざーさんから奪い取ってまた上箱をはずす、でも今度は丁寧に。
箱にイチゴの絵があることに初めて気づいた。
ストロベリー・チョコレートと書いているらしい文字もある。
- 261 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:13
-
「無理することないよ」
よしざーさんは変わらない調子で。
そんなよしざーさんにちょっとショックを受けながらチョコに手を伸ばす。
「絶対おいしいって勧められたんだけど」
包み紙を取る。
「長いこと悩んだけど失敗したなあ」
口に入れる寸前で手が止まった。
「なんて?」
- 262 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:13
-
「ん? どれがいいのかあたし分からないからさ、
店員さんのこれがお勧めですってやつにしたんだけど、
高橋あんまり気に入らないみたいだし。ちょっと高かったんだけど」
もったいなかったなあ、とよしざーさんはがっくし。
「貯金しとけば良かった」
「あ、あの」
藤本さんの真似に対抗してかあたしはあさ美の真似で。
「苺がかえってよくなかったのかな?」
あの、その
ぱくぱく、ぱくぱく。
- 263 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:14
-
「わはは、その口。どしたの?高橋」
よしざーさんはおかしそうに笑う。
「あの‥‥」
おそるおそる尋ねるあたし。
「なに?」
「これって‥‥」
「うん」
「あたしに?」
「そう」
「よしざーさんから?」
「そう」
「味見はできなかったけど、見本もおいしそうだったんだよね」
「あたしに?」
あたしは繰り返す。
「よしざーさんから?」
- 264 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:15
-
やっぱりよしざーさんは笑う。
「高橋のために買ってきたやつだよ。
高橋からももらったし、
柄じゃないけどお返しに、あたしからのチョコレート」
「お返しってホワイトデイじゃ」
「そうだけどさ。あたしも女の子だしね、忘れてる?」
ぶるぶると頭を振る。
「まあ、買ってはみたものの
ちょっと恥ずかしくなって今日に至る、なわけだけどね」
ばたん
頭はこたつの板に着陸した。
- 265 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:17
-
「他の子からもらったと思ってたわけ?」
「はい‥‥」
おでこを付けたままで答える。
「でも他にもいっぱいあるのに、なんでこれだったの?」
よしざーさんは積まれた山を見た。
「他のは誰からか分かるし‥‥」
「え、分かるの? すげー、高橋なんで分かんの?」
興味津々に聞かれてしまった。
みんなに聞いたから
ぼそぼそっと言ったのに、よしざーさんは聞こえたみたい。
「心配だったの?」
「はい‥‥」
恥ずかしくてこたつに潜ってしまいたくなった。
「いやん、よし子うれすぃ。
高橋そんなにあたしのこと思ってくれてるんだねえ」
「はい‥‥それはもう」
大好きだから、暴走しちゃいました、心の中で告げる。
こたつの中よりも上のほうがすごい熱さになっていた。
- 266 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:19
-
「ほんとはおいしかった?」
「はい‥‥ひってもんに」
「そっか、よかったあ」
よしざーさんはほっとしたようで。
「じゃあ、どうぞ」
と、そこで気付くこと。
手に持ったままになっていた一つ、箱に残った一つ。
以上。もう残ってない。
「と言っても元からあまり入ってないよね、それ」
そうです、すいません。もっと味わって食べるべきでした。
よしざーさんからチョコをもらえるのなんて多分あたしだけなのに。
自分のバカさ加減に涙が出そうになった。
父ちゃん情けなくって涙出てくらあ。
- 267 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:20
-
「これも開ければいいよ」
するとこたつの上に新しい箱が置れる。あたしの贈ったチョコだ。
「今日一緒に食べようと思ってとっておいたんだからね」
楽しみー、よしざーさんはウキウキと包装紙を取った。
「あの」
箱を取り出したよしざーさんに声をかける。
「ん?」
「なんでまだ食べてなかったんですか?」
「なんでって?」
ほやかって、あたしはチョコの山を振り返る。
「もうあげてから何日もたってるのに、
ほれに他のはいくつも食べてるみたいやのに」
- 268 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:21
-
あれ?という顔をされた。
「高橋、これ食べてみたいって言ってたよね?」
「はい?」
「いやだからさ、くれる時においしそうであたしも食べたかったって‥‥」
「‥‥‥‥‥‥ああっっ」
「なに、忘れてたの?
ああそれで、どうしてあたしのは食べてくれないのって怒ってたんだ」
すっごく楽しそうだ。
かわいい高橋、なんてことも言ってくる。
- 269 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:22
-
こっぱずかしい。
ものすごく恥ずかしくて、こたつのさらに下に穴を掘って潜ってしまいたい。
いや、ほっといてもこの熱さで床はもう溶け出すに違いなかった。
高橋はメルトダウンです。
「ほら食べよ」
よしざーさんが二つの箱に入ったチョコを勧める。
あたしは両方食べたけれど、頭は真っ白に燃え尽きていて
結局もうどちらが苺入りかさえ分からなかった。
残った箱だけもらって帰った。
- 270 名前:苺入りチョコレート事件 投稿日:2004/02/18(水) 01:28
- ENDです。
ちゃんちゃん。というだけの話ですね。
レスはいりません、恥ずかしいんで。
一つボツになったりもして間が開いてしまいました。すいません。
次のはもう書きあがるところですので、推敲も入れて
明日前編、あさって後編の予定です。
- 271 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/18(水) 13:40
- レスはいらないといわれてもどうしても書きたい・・
なので一言だけ
高橋かわい〜〜〜〜!!
- 272 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:11
-
「今日は早く帰れますね」
彼女に言われて、腕時計を見る。
まだ五時半を回ったところだった。
「よしざーさんのおうち寄ってもいいですか?」
高橋はあたしの手を探りよせながら聞く。
「うん、もちろん‥‥」
「やたっ、ほんじゃ行こっせー」
あたしを引っ張るようにして歩き出した。
時々ぶんぶんと腕を振られる。
駅に着き高橋は切符を買おうと券売機に硬貨を入れる。
点灯した中の一つのボタンをえいと押そうとしたとき、
あたしはその手をつかんでいた。
- 273 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:13
-
「ん? どうしました?」
よしざーさん、周囲の人を気にして小さな声で彼女はたずねる。
ああ、うん
それからまた腕時計を見、同じ時刻をさす構内の時計も見た。
「よしざーさん?」
「桜を見に行こう」
高橋の呼びかけにあたしの声はかぶさった。
「はい?」
「桜、見に行こうよ」
「これからですか?」
「うん、今から」
あたしは言う。
そして返事も待たず、今度はあたしが高橋の手を引く。
何台か先の券売機に並びなおして、券を買った。
二枚で七千円弱。
- 274 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:14
-
「これ、新幹線ですか?」
手渡した切符を見て高橋は驚いた。
「そ」
「小、小田‥‥」
「ああ、神奈川」
「これからですかっ?」
さっきと同じ質問を、でも今度のほうが数段勢いがあった。
「ダメかな?」
あたしは高橋の顔を見つめる。
「ダメ、じゃのうよ‥‥」
彼女は目を伏せて、あたしの小指を握った。
東京駅のホームに立つ。
ちょうど到着した他の新幹線からたくさんの人が降り、
みな急ぎ足で階段を降りていく。
もう陽は沈んでいた。
- 275 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:14
-
「旅行みたいですね」
「そうだね」
高橋は通り過ぎる売店をはしゃぎながらのぞいている。
「ワクワクします」
あたしはホームを歩きながら電光掲示板を眺めた。
今入ってきた列車は今度は博多まで行くらしい。
「ん? よしざーさん」
高橋があたしの手を引いた。
「ほっちじゃないんじゃないですか?
あたしたちのはこっちのホームに来るみたいですよ」
続いてきた列車に乗った。
- 276 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:15
-
列車は静かにホームを離れた。駅が終わり、ビルが並び、住宅に変わっていく。
あたしは窓際に座り、濃度の変わる夜を見ていた。
すぐに高橋の寝息が聞こえてくる。
はしゃいでいたがやはり彼女も疲れていたのだろう。
夕方の列車の持つ静けさに取り込まれたようだ。
頭をこちらに倒して寝る高橋を起こさないように苦労しながら、
彼女のほうに向き直った。
頭のてっぺんにキスをする。
すると彼女は微笑んで。
よしざーさん、と薄く開いた口でつぶやいた。
- 277 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:17
-
あたしは高橋の体を軽く抱きしめていたが、
駅にはすぐに到着する。
「え? あたし寝ちまって」
抱きしめたまま小さな耳に知らせると、彼女は大慌てで目を覚ました。
「あの‥‥ゴメンさない」
「うん? だいじょぶだよ。疲れてるんだから、寝れるとき寝なきゃ」
「でも、よしざーさんとおしゃべりしたかったのに‥‥」
高橋はしょんぼりとする。
「なんだよ、いつもおしゃべりしてんじゃん」
腕の中の彼女を左右に揺らした。
高橋はあたしの胸に突っ伏して
「ほやかって、初めての旅行やのに」
「そうだっけ?」
「ほうやざっ」
「そっか。今まであんまり出かけられなかったからなあ」
「ほやから、電車ん中でおしゃべり楽しみやったのに」
ぎゅっと高橋も腕を回した。
- 278 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:18
-
「隣のホーム」
「え?」
高橋が顔を上げる。
「あれ乗ってたら博多まで行けたんだってさ」
「はあ」
「そしたら、いっぱいおしゃべりできたのにね」
「なに言ってるんですか」
彼女はあたしの胸にほほを寄せる、まだ眠っているかのように。
「そんなところまで行ったら帰ってこれませんよ」
くすくす笑った。
そしたら帰らなければいいさ、あたしは声に出さなかった。
- 279 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:19
-
一本電車を乗り換えてタクシーに乗った。一時間半にも満たない旅。
「わっ、ほんとに咲いてますねー」
丘を登って高橋は歓声をあげる。
桜の花が咲く道に出た。
少し間隔があるものの道の両側に桜が植えられている。
街灯のほかに、地面に置かれた照明によって
七分ほど花開いた桜の木々が照らされていた。
「いやー、ひっできれいやざ」
ほー、ほーと高橋は感心していた。
「あ、けど、この花いっかいですね」
「ああソメイヨシノに比べたら、そうだね大きいかな」
「うあ、すっげ。きれー」
- 280 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:20
-
上を見ながら彼女の手は、下でひらひらと探し物をしていて。
きれいだね、言いながらあたしはその手を捕まえた。
高橋は振り返って、はいと笑う。
「あたしはこっちのほうが好きだ」
二人でゆっくりと進みながら話す。
「ソメイヨシノとかより」
「いかいからけ? よしざーさんらしいすね」
「まあ、それもあるけどさ」
次の木の前でまた止まる。
「あれはすぐ散っちゃうから嫌いなんだ」
- 281 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:23
-
「この木ひと月くらい咲いてるんだってさ」
彼女に笑いかける。
「え、ほんまに?」
「さすがに同じ花なわけじゃないけど、
少しずつずれて開花してひと月くらい」
へーとまた感心。
ゆっくりゆっくり道を行く。
高橋はとても楽しそうに桜を見上げ、そしてうれしそうにあたしに話す。
あたしは高橋の手を握って歩く。
あっ
不意に高橋が声を上げた。
見れば、彼女の空いた手に桜の花びらが一つ舞い落ちるところだった。
「長くてもやっぱり桜は散っちゃうんですよね」
手に乗った薄紅色の花びらを見、それから照明に照らされる枝を眺めた。
「そうだね永遠に咲く桜なんてないからね」
- 282 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:24
-
あたしは今とても後悔している。
やはりあの列車に乗っておけばよかったって。
こんな桜なんて見に来ないで、
博多でもどこでも高橋と二人ずっと行っていればよかったって。
シベリア鉄道でも銀河鉄道でもなんだっていいから。
自分たちだけ散らない桜だなんて信じられるほどあたしはおめでたくない。
ソメイヨシノのように一瞬で散りはしなくても、
時間がたてばこの木のように結局は散ってしまうんだ。
何人も娘。を卒業して、今度はののにあいぼんまで卒業して、
そしていつかは娘。自体が解散するだろう。
多分高橋とはそれで一緒にいられなくなる。
そしたら、彼女も気付くはずだ。
本当の相手は違う人なんだってことに。
こんなオーディションを通ってみたら隣にいた女じゃなくて、
誰か別の、あたしの知りたくもない相手に気付くはずだ。
- 283 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:27
-
たった一分じゃ足りなくなる、あれはホントだ。
あたしは高橋のことを手に入れて、
初めての舌をからめるキスも、初めてのエッチも彼女からもらったけど、
そうしたらそれまであんなにしたかったことができたっていうのに、
それじゃ満足できなくて。
もっともっと抱きしめて、もっともっとキスをしてエッチして、
もっと本当に高橋のことをつかみたいのに、
そんなのは一分とかひと月とか、一年とか、十年でもぜんぜん足りない。
でもそんな永遠があるなんて信じられるほどあたしは子供じゃない。
今高橋の手に落ちた花のように、
あたしたちの恋愛も散り落ちるだろう。
高橋は変わらず桜を見上げ、あたしに伝える。
そのうれしそうな顔を見るたび、
そして桜とあたしにだけ集中してなんでもない小石に転びそうになる
危なっかしい様子を見るたび、
あたしは高橋をより強く好きになっている。
そしてより深く怖くなるんだ。
これが散る桜なんだと知っているから。
- 284 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:27
-
のお
「のおのお、よしざーさん」
気付けばの彼女はあたしの正面に回っていた。
「どうかしました?」
「いや、なんでもないよ。ん、なあに?」
「あんの、これって一晩中ライトアップされてるんですか?」
と下の照明を指差す。
「ううん、これは」
言いながら腕時計を見た。
七時五十九分。
三十秒。
- 285 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:29
-
「九時くらいまでですか?」
三十五秒。
「高橋」
あたしは呼びかける。
「はい」
また一つ花が散り落ちていく。
「どうしました?」
腕時計を見る。
五十秒。
9‥8‥7
「高橋」
再度呼びかけた。
「はい」
彼女を抱き寄せる。
「愛してる」
- 286 名前:桜 投稿日:2004/02/18(水) 19:31
- 前編終了。
- 287 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/18(水) 19:34
-
隠し。
後編は夜中もしくは明日。
- 288 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/18(水) 19:37
-
>>271さん、礼は言いませんよ
でも少し安心
- 289 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 04:59
-
それはよしざーさんに今まで言われたことのない言葉で。
でもあたしにはとてもなじみのある言葉。
愛してる
きつく抱きしめられ何も見えず真っ暗な中、その言葉があたしの体を
耳から首を通り、胸を抜け腰を越えて、足の指まで伝わっていく。
でも、頭に届くのは最後だったみたいで、
あたしはただ黙ってよしざーさんにしがみついていた。
- 290 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:00
-
しばらくするとよしざーさんから体を離されてしまう。
それで視界は開けたはずだけど、辺りは暗いままだった。
さっきまで下から桜を照らしていた照明が消えている。
街灯はそのままなので真っ暗ではないが、
見上げる桜からは鮮やかさが失われていた。
あたしはどこか心細くて、よしざーさんの手を握った。
抱きしめられたときと同じ温かさが伝わってくる。
よしざーさんをここに感じる。
- 291 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:01
-
「あの、よしざーさん‥‥」
ふと気付いた。
大切なことを言ってくれたよしざーさんに、あたしはまだ何も返してない。
「八時まででした」
でも、よしざーさんの言葉のほうが早く出てきた。
「はい?」
「ライトアップ。八時までなんだよね、ほら」
腕時計を見せられる。八時四分。十五秒。
「よしざ」
「まっ、少し見れただけよかったよね」
よしざーさんは笑う。
あたしも笑う。
でも、よしざーさんの微笑みはなにか違っていて。
二人の間にまたひとひら花が落ちた。
ああ、そうだ。隣を見やる。
今のよしざーさんはこの桜のように儚くて、透き通っている。
- 292 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:02
-
「よしざーさん‥‥」
あたしも言わなくては、そう感じる。
「ん?」
「あんのあたしも‥‥」
よしざーさんはじっとあたしを見ている。
「あのあたしも、よしざーさんのこと、あ」
と、よしざーさんが手を伸ばしてあたしの口をふさいだ。
「いいよ、言わなくて」
また笑う。
「いいんだよ、今言わないで。
いつか本当に言いたいときにとっておきなよ」
穏やかな口調なのに、
なぜだか、あたしはとても悲しいことを言われた気がした。
- 293 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:03
-
あたしたちは今来た道をまたゆっくりと戻っていく。
「のお、よしざーさん」
「ん?」
「今日はええところ連れて来ておくなっておーきんのお」
「楽しかった?」
「はい、桜ひっできれいで、よかったです」
そっか、よしざーさんは優しくあたしを見る。
横を家族連れやカップルが足早に戻っていった。
がやがやと騒がしいけど、あの人たちは現実なんだと思う。
あたしたちは、なんとなくふわふわとしていた。
「あの‥‥」
「ん、どした?」優しく笑ってくれる。
「よしざーさん」
「なあに?」
「どうかしたけ?」
「どうかって?」
「わからへんけど、ほやけど‥‥」
「うん?」
- 294 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:05
-
つないだ手を強く握り締める。
そうじゃないとよしざーさんがどこかに行ってしまう気がする。
よしざーさんはその手をちらりと見て、
そして握り返してくれた。
「よしざーさん、ここにいますか?」
「はい?」
「ここにいますか?」
「いるよ、見えてるでしょ?」
空いた手をあたしの前で振った。
「ほんなら、目つぶりますで」
まぶたを下ろした。
かすか光の粒を残してあたしの目は何も映さなくなる。
「こんなら、どうけ?
よしざーさん、ここにいます?」
あたしは繰り返した。
握られた手に強い力がかかる。でも、すっと抜けていった。
「どうかな? 分からないや」
再び開いた目が見るのはやはり笑ったよしざーさんだった。
- 295 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:07
-
「分かりませんか?」
あたしはあたし全部でよしざーさんにたずねる。
「なんか深いよ、その質問」
よしざーさんは答えずにあたしの頭をなでた。
途端に鼻がつんとして、
よしざーさんのことを見上げたままの目から涙が溢れ出した。
高橋?
よしざーさんは驚いていて、いやゴメン悪かったと謝る。
ううん、よしざーさんは悪くありません
あたしは言おうと思うのだけど、
涙がぽろぽろと止まらなくて、言葉が出ない。
どうして泣いているのか自分でもよく分からなかった。
- 296 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:10
-
「もう、大丈夫?」
ずっとあたしは泣き続けた。
もう辺りにあたしたち以外の人は見えない。
「どうもすいません。ぐずぐず泣いちまって」
「いいよ、うん構わないから」
そっとあたしの目じりに残る涙をふき取った。
「もう誰もいませんね」
「いないねえ。ああタクシーないかも」
よしざーさんは時計を見た。
「ないかもしれないや」
どうしようかなあ、よしざーさんは丘の下の様子を眺める。
あたしに背を向けたけど、腕はこちらに伸びていた。
それはあたしの手とつながっていて。
あたしは初めて、泣き続ける間もずっと手を離さなかったことに気付いた。
あたしは手を離さなかったし、よしざーさんもあたしの手を離さなかった。
- 297 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:12
-
その手を強く握り締める。よしざーさんが振り返った。
「歩いていこっせ」
あたしはさっきまで泣いていた顔で笑う。
「え?」
「駅まで歩けばいいですよ」
「けっこうあるよ」
「全っ然、大丈夫ですよっ」
ぶんぶんと手を振る。
「二人で歩って行けば大丈夫です」
あたしはよしざーさんに微笑みかける。
大丈夫です
- 298 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:17
-
人通りのない道をよしざーさんと歩いていく。
この寒さの中、つながれた手だけとても温かく汗がにじんでいるけど、
二人とも手を離そうとはしなかった。
「ゴメンな」
「なんですか?」
「疲れてるのに連れ回しちゃってさ。家着くの遅くなりそうだ」
「そんはその、あたしが泣いてたせいやで‥‥
あたしこそゴメンなさい」
あたしはしゅんとなる。
いいっていいって
よしざーさんは気楽そうに言った。
「見てて楽しかったし、高橋の泣いてるとこ」
「や、やめてくださいよ、そんなの‥‥」
顔が熱くなる。
「いやマジで。高橋の泣いてる顔、あたし好きだよ」
「趣味悪いですよ‥‥」
「あんの、その‥‥
手紙にも、書いてくれてましたね」
よしざーさんの指を一つずつ確かめる。
「書い、ちゃったね‥‥」
よしざーさんはその指をしっかりとあたしの指にからめてくれた。
- 299 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:19
-
「あ、桜」
あたしは声を上げた。
来るときには気付かなかったが、一本桜の木が立っている。
これはまだ二、三分ほどしか花開いていなかった。
しかし、街頭の光を受けて、暗い空に枝を伸ばしている。
「こんなところにも植えてあったんだね」
「気付きませんでしたね」
二人で田んぼとの境に植わる木に近づいた。
「まだあまり咲いてないね、これは」
よしざーさんが枝を見上げる。
「まだ、これからですね」
そうだね
よしざーさんは、そっと木の幹をなでた。
あたしも木に触れてみる。
冷たいし、暗くてよく見えないけれど。
- 300 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:21
-
「よしざーさん」
花を見るよしざーさんに声をかける。
「うん?」
枝一本一本に目をやっていく。
「ここ、ええかもしれませんね」
「いいって?」
「家建てるのに」
「はっっ?」
ほら、驚いた。
あたしは笑う。
よしざーさんに最初言われたときあたしもひっで驚いてもたげ。
「ここいら、ようないけ?」
よしざーさんを見つめる。
「本気で言ってるの?」
「よしざーさんは冗談やったんけ?」
「違うけど」
あ、さっきのよしざーさんだ、あたしは感じた。
「本当に建てちゃっていいの?」
同じ笑顔をあたしに向ける。
「お金は大事だYO〜〜てね。簡単に決めないほうがいいよ」
- 301 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:25
-
「大切なことだから、よくかん」
「よしざーさんっ」
「はい?」
「よしざーさん」
「はい」
「よしざーさん、よしざーさんっ」
「高橋?」
つないだ手を力いっぱい揺する。
ここにいるんやろ、よしざーさん。
- 302 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:27
-
「よしざーさん、笑わんで」
「え?」
「あたし、よしざーさんの笑ってる顔、ひってもんに好きやけど、
よしざーさん笑わないでください」
「ほんなよしざーさんらしくねえ顔で笑わんでください」
「高橋」
「泣いてる顔見るの好きでもええで、
時々意地悪なよしざーさんでもええから、ほんな無理して笑わないでください」
勇気をふりしぼって、ずっとつないでいた手を離す。
そして、よしざーさんの胸に飛び込んだ。
- 303 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:28
-
「あたしは、よしざーさんがあたしのこと笑わせなくても、ほんでええですから。
一緒にいてくれて、一緒にこんして歩いてくれりゃあ、ほんでええすから」
またあふれる涙で見上げる。
よしざーさんの顔は見えないけれど。
「一緒にいてくれりゃ、
来年も再来年もずっとずっと一緒にいてくれりゃあ、ほんでかまへんで
「こん木がもっと咲いたらまた連れて来てくれりゃあええで、
こん桜の花散ってもうたら、また違う桜を二人で探しに行けばええで
「ほやから無理せんと。
ほんな悲しい笑い方やめてください
「ほやから、ほやか」
よしざーさんは一人でわめき散らすあたしを抱きしめた。
あたしの倍くらいの強い力で、息がよくできないけど。
でもあたしの心はそれで落ち着いていく。
よしざーさんに抱きしめられているんだと実感する。
- 304 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:29
-
「高橋」
「はい?」
でもよしざーさんはそれ以上言わなかった。
黙ってあたしを抱きしめる。
「よしざーさん」
「ん?」
代わりにあたしが話しかける。
「さっき言えませんでしたけど」
「なに?」
「あたし、よしざーさんのこと‥‥」
「高橋、それはいつか」
「愛してるで」
でも、今度は止められる前に言ってしまう。
「高橋‥‥」
「あたし、よしざーさんのこと、誰よりも愛してますから」
「今がほんまに言いたいときやで、言っちゃいました」
へへへ、よしざーさんの胸で笑う。
- 305 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:31
-
「それでいいの?」
よしざーさんがまたあたしの涙を拭いてくれる。
おかげで見えてきたよしざーさんは、ちょっと困ったような顔をしていた。
「ええんす」
ほほをハンカチで拭かれながらあたしは胸を張る。
「あたしはよしざーさんのこと愛してるって、
今ひってもんに言いたかったんやから。もう全国放送すよ」
そっか
よしざーさんの腕がまたあたしの体を包んだ。
今度はとてもやさしく。
何も見えないけれど、あたしには何の不安もわいてこない。
どくん、どくんというよしざーさんの心臓の音が聞こえる。
腕や胸の温もりも伝わってくるし、なによりよしざーさんの匂いがする。
- 306 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:32
-
「ありがと高橋」
あたしたちはキスをした。
道端に立って、まだつぼみの多い桜を前にして唇を合わせる。
舌をからめる。
すぐに頭の奥が痺れてきて、自分がどこにいるのか分からなくなった。
それでも、キスしてあたしの舌を優しく咬むのはよしざーさんで変わらない。
あたしが恐る恐る吸うのもよしざーさんの舌だ。
そんな当たり前のことは変わりようがない。
足がおぼつかなくなると、よしざーさんはあたしをかき抱いた。
あたしの頭の上に顔を置く。
「愛してる」
「あたしもよしざーさんのこと愛してます」
静かにささやきあった。
- 307 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:35
-
「ほやけど、よしざーさん」
あたしはかっと目を開く。
「うん?」
「あたしのほうが全然よしざーさんより愛してるんですよ」
「はは、そうなの?」
「ほうやげ、あたしはずっとよしざーさんに片思いしてて」
「そうだったね」
ありがとう、あたしの髪をよしざーさんの唇が動いていく。
まぶたは心地よさにあっけなく下りてしまった。
「今はこうして恋人になれたけど」
「うん」
「この先、よしざーさんがふらふらしてても」
「しないよ」
よしざーさんが抗議する。
あたしは笑った。
「しててもっ」
- 308 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:36
-
「あたしはずっとよしざーさんのことを好きでいますで」
「ずっと?」
「はい、ずっと」
よしざーさんの首に腕を回す。
「地球がなくなっちまうまで愛してます」
- 309 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:43
-
よしざーさんの体がそっと震えた。
そして、あたしに何か落ちる感触がする。
ぽた
ぽたり、と髪が湿り気を帯びていく。
「よしざーさん?」
あたしは見上げようとするが
「あ、ゴメン。ちょっと顔上げないでくれる?」
よしざーさんに断られる。
「吉澤、心の汗出ちゃってるから」
「ええやないですか。ちょう腕外してください」
あたしはよしざーさんの腕の中で笑う。
「いやカンベンして」
二人とも柔らかく抱きしめあっているのだけど。
「あたしも多分よしざーさんの泣く顔好きやと思いますよ」
「高橋、悪趣味」
「自分こそ」
ぽんぽんとよしざーさんの背中を叩いた。
- 310 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:45
-
体の震えがなくなるとよしざーさんは、すーはーと深呼吸を始めた。
「ちょっ、ちょっと、待ってね」
「せーの」
そしていきなりあたしの体を離して、背を向けた。
街灯の当たらないところでごしごしと目の辺りをこすっている。
「あーあ、見たかったなあ」
「‥‥だから趣味悪いって」
- 311 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:47
-
「お待たせ」
戻ったよしざーさんは乱暴にこすったせいで、かえって少し目が赤かった。
「さ、もう帰ろ。家着くの夜中になっちゃうよ」
「ほいたら、このままどこか行きましょうか?」
「え、なに?」
「こんまま二人でどっか行こっせ」
あたしはよしざーさんの手をとる。
「バーカ。明日も朝から仕事だって」
「ほんなのは、ぱあっと放り出して」
「出すなよ」
「あかんけ?」
「あかん」
ほら帰るよ、よしざーさんが歩き出す。
つながったあたしも後に続く。
- 312 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:48
-
「ちぇっ、けちんぼ」
「ガキみたいなこと言わないの」
「まだガキやざ」
「そういうのは自分で認めない」
よしざーさんが振り向いて笑う。いつもの感じでニカっと。
へへ、あたしも笑う。
ちょっと小走りしてよしざーさんの隣に並んだ。
- 313 名前:桜 投稿日:2004/02/19(木) 05:52
- ENDです。
これで1レスからの≪桜≫もENDです。
- 314 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/19(木) 05:55
- 終わった‥‥
お付き合いありがとうございました。
せっかくなので一度ageます。
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/19(木) 05:57
- お疲れ様でした!!!
次回作も期待しております。
- 316 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/19(木) 06:01
- このスレの容量、まだ結構ありますね。
無駄にはしたくないので、なにか書きたいところですが、
私の頭は現在まったくの空なので、
倉庫に行かない程度の時間をもらってちょっと考えてみようと思います。
‥‥緑の文字にビビりました。
- 317 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/19(木) 06:02
- うお、人がいた。
ありがとうございます。
- 318 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/19(木) 06:51
- お疲れ様!
ちょうど一ヶ月ですね
作者様のおかげでほんと楽しい一ヶ月を過ごせました。
しばらくは充電していただいてリフレッシュして帰ってきてください!
今回のシリーズを読み終えて、今一番言いたいのは・・・・
これだけのストーリーテラーの才を持ちながら「名無しさん」なのがもったいない!
それも作者様なりのこだわりなのかも知れませんし、
「もしかしたらすでに名のある作家様が気分転換で匿名で書かれてるのかも?」
とか色んな状況を考えつつも、つい書いてしまったのは、
このスレッドがいっぱいになっても作者様が書き続ける限り、
その作品を追いかけて生きたい、という気持ちの表れです。
固有のお名前があれば作品も追っかけやすい、という一読者のエゴですがw
と、そんな先々のことは置いといて(自分でふっといて置いとくのかい!)、
次の作品を待つ気分を楽しみたいと思います。
自分も一度だけage
連作完成を期に今までこの作品に気が付かなかった人たちにも読んでほしいから。
一読者としてそう思わせる作品でした。
- 319 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/21(土) 00:16
- 二日たちますので、落とします。
>>318さん
そうですね、ちょうどひと月。
お付き合いありがとうございました。
「名無しさん」については、特に意味はありません。
最初の『桜』を書き上げてさあスレ立てるぞ、というときに名前がないのに気付きました。
いいものが思いつかなかったし、叩かれるのが怖かったので、名無しでやりました。
ありがとうございました。
- 320 名前:名無読者 投稿日:2004/02/21(土) 18:36
- 完結お疲れ様でした。
緩やかな小川のように流れる、お話の雰囲気がとても好きです。
それに高橋と吉澤。の組み合わせがとても新鮮で。これ読んで、
すっかり吉高好きになってしまいました。何しろ高橋が可愛い。
訛りがカワイスギル。それにひたむきさとか、生真面目さとか。彼女
の特徴が上手く出ていた作品だったと思います。
作者さん、またこの二人のお話。どこかで書いて下さると嬉しいです。
楽しい時間を、どうもありがとうございました。本当にお疲れ様でした。
- 321 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/21(土) 22:14
- >>320さん
お名前から判断するにお初にレスいただけたのかな?
作者含めて全員名無しですね。
読者様がまだいらっしゃったようでとてもうれしいです。
笑って泣いて以外、特別なことは何も起きない話を書こうと思ったので、
人様のと比べて薄いものになっているんじゃないかと心配でした。
しかし緩やかな、と良い方にとっていただけたようで、ほっとしてます。
ありがとうございます。
- 322 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/28(土) 11:00
- おことわり
新しく書いたものをこれからあげるわけですが
文章の練習という点から書いてますので
「おっ新作があるみたいだ楽しみ」という奇特な読者様の期待は
確実に裏切られるものであると思いますので
何の期待もされないで読まれるか
もしくは読まないでください。
あと縦読みしても何も出ないと思います。
- 323 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:03
-
カオね思うんだけどモーニング娘。っていうのはお菓子と同じだ
と思うのね。
あいぼんはこんなふうにお菓子を投げ散らかしちゃうけどこうや
って袋に入って封をされてみんなきちんと中に収まってそれで一
つのお菓子としてお店に並ぶんだけどそれを店員さんが朝開店
前とかお客さんいっぱいで棚がガラガラになってそれで仕方な
いから営業中に補充してでも乱暴な人がやると中のお菓子がも
うパリパリに折れちゃってそんなの知らずに買っておうちに帰っ
て折れてるのを見るとカオリすごくがっかり来ちゃうのね。
- 324 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:04
-
でもこうゆうお仕事してるとなによ馬鹿にしてって思ってもなか
なか文句とか言えないじゃないそれにもしかしたら普段はとても
いい店員さんなんだけどカオのお菓子だけたまたま割っちゃって
それをあいぼんはこんなのいらないやって言ってよっちゃんに投
げてそれをよっちゃんが投げ返しちゃってどんどん辺りに散らば
ってそしたらのんも楽しそうに参加しだしてそろそろなんか言っ
たほうがいいよねってカオ思うころに今度は美貴まで参加するの。
- 325 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:05
-
カオリそしたらもう堪忍袋の緒が切れるあれが来ちゃってリーダ
ーとしてこれは放っておけないわって思うから注意するんだけど
矢口は真面目な顔してなんか考え込んでるだけでなんで何も言
わないのカオ信じられないってうん勿論矢口もキッズの子の面
倒とかいろいろ大変だってことは分かってるけどそれでもやっぱ
り同じ娘。のメンバーなんだから一言くらい言ってくれてもいいと
思うのよねというか言うべきだと思うの。
- 326 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:06
-
だって矢口は今じゃあたしの次に大人なんだしだってなっちも卒
業してカオとっても不安なの祐ちゃんが卒業してリーダーを次に
任されたときくらいに不安であたしなんかで大丈夫なのかしらで
も小さい子もいるんだからカオがんばらなくちゃいけないって自
分のこと励ましてでも家に帰ると時々涙がぼろーって出てきちゃ
うときもあるのになっちもこの間卒業しちゃってなっち卒業おめ
でとうってでもカオ料理あんまり得意じゃないからすごく高いワ
イン持っていってなっちの家で久しぶりに二人でご飯食べたの。
もうすっごいおいしかった。
- 327 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:07
-
なっちの部屋に来るなんてすごい久しぶりのことであたしはドア
の前でもう一度チャイムを押して待っていたのだけどインターフ
ォンに彼女の声が聞こえでも中々ドアは開けてもらえずあたしは
所在無く白で統一した廊下を見回しいやなにも後ろめたいことが
あるわけじゃなしと自分に言い聞かせているうちにようやく目の前
のドアが開かれる。
- 328 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:09
-
ごめんごめん今ちょっとお料理手が離せなかったんだとあまり悪
びれた様子もなくでもやっぱりなっちらしいとても可愛らしい笑顔
で迎えられうんいいよ大丈夫お邪魔するねとあたしは手に持って
いたワインをなっちに手渡してドアをがちゃりと閉じ部屋にあがる
があたしはドアの閉じる音は好きじゃなくて自分が誰かと切り離さ
れるような気がしてとても寂しい気持ちになりだから今日はなっち
の部屋だったのはそういった意味では良かったと言える。
- 329 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:10
-
なっちの部屋に来るのってすっごい久しぶりな気がするとあたし
が言えば彼女もそうだよね何時くらいぶりかなと考え込みそして
ふとああ適当に座っててくれると言うのであたしはクリーム色の
ソファに腰を下ろすと革のきゅっと言う音がし深く沈んであたしを
包み込み疲れた体にそれはなんだか良い感覚で来て早々なの
にあたしはうとうとして彼女の手が空いて戻ってくるまで目を閉じ
最近の娘。のことなどを考えていた。
- 330 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:11
-
カオリ寝ちゃったべかと目を開けると両手にお皿を持ったなっち
が横に立って覗き込んでいてゴメンちょっとうとうとしちゃったみ
たいとあたしは体を起こしてキッチンから皿を運ぶのを手伝った。
- 331 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:13
-
テーブルにはふんわりとした大きなオムレツが湯気を上げながら
ピンクの皿に乗っていてそれを中心にしてスープにサラダそして
籠に入れたバケットなどが並びそこであたしは思い出してあのワ
イン開けようと言うとなっちがお酒にあまり強くないことを承知して
いたけれど彼女もそうだねと応じてグラスを二つ出して戻ってくる。
- 332 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:14
-
普段飲まないためデカンタはこの部屋にはないとのことであたし
も飲むことは好きだけど本当のところそれほどのこだわりもなく
直接グラスに並々と注いだらなっちは途端に少しでいいからと焦
りだす。
- 333 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:15
-
いいからいいから折角だしと自分でも何が折角なのかよく分から
ないながらもぐいぐい注いでなんかすっごい料理美味しそうじゃ
ないのとテーブルの真ん中に鎮座する大皿のオムレツを見やれ
ばなっちも自分のグラスを気にしつつもじゃないじゃなくって美味
しに決まってるべさなっちの自信作なんだからと胸をえっへんと
張りナイフとフォークで黄色の綺麗なアーモンドを真ん中から二
つに切り分けるといっそうぼあっと湯気が上がり肉や野菜のいっ
ぱい詰まった断面がその後から現れた。
- 334 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:17
-
さらに半分にしたものを自分の皿に受けながら再び褒めるとなっ
ちは目を細めて同じく四分の一を皿に取るその様子を見ると本当
に得意料理なんだなと感じられあたしと一緒に暮らしていたあの
時にはレパートリーにはなかったからこのオムレツはあたしとなっ
ちが別々の道を歩いてきた結果なんだなと考えたがでもそれは同
じ道を一緒に走ってきた結果でもあった。
- 335 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:18
-
実際に食べてみても彼女の腕はあの頃に比べると格段に上達して
いてなっちも自分でわあ美味しいうんばっちりとはしゃいでそんな姿
は全然変わらないなあと今度は安心させてくれ廊下で感じていたあ
の居心地の悪さはもうどこにもなくなり二人で昔のことやら今の娘。
のことを色々話し彼女もゆっくりだがワインを口にした。
- 336 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:20
-
あたしが三杯飲む頃にようやくなっちのグラスが空になりあたし
はすかさずボトルから注ぐとやはり彼女はああっなっちもう飲め
ないからと断ろうとするもののあたしはまたいいからいいからと
なみなみ注ぎ強引だと不平を言う彼女にグラスを握らせるがオ
ムレツを乗せた皿のように彼女の顔はもうピンク色に染まってい
て左手で顔を扇いだ。
- 337 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:21
-
相変わらず弱いままだねとあたしが笑うと彼女は一人ではまった
く飲むことがないとのことで逆にカオ酒飲みになっちゃったんだ
ねえと変なため息をつくのだがあたしにしてみればこんなワイン
を少し飲めるくらいで酒飲みなら裕ちゃんや圭ちゃんなんかはも
うウワバミだねと思ったらどうも笑っていたらしくどうしたべ突然と
なっちは不思議そうにした。
- 338 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:23
-
ゆっくりと食事を続けそれに輪をかけて二人でゆっくりとグラス
を傾けていたがどうもお酒に弱い人と飲んで自分の方も影響を
受けたのか一瓶空ける頃にはあたしは酔いがぐるぐると回って
しまっていた。
- 339 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:24
-
なっちはもう潰れていてテーブルには取り分けた面から肉がころ
りとこぼれているオムレツがまだ四分の一皿に残されていてあた
しはお腹が一杯だったが残すのも勿体ないとフォークでなんとな
くそのふくらみをぷすぷすと突いていたら先ほどまでの話もあっ
て千切れていく黄色の塊を眺めてタンポポが一杯だよなんてどこ
かで聞いたような言葉を口にしていてあの時のことメンバーたち
の顔が面前に浮かんだ。
- 340 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:26
-
とそれに繋がってのんとあいぼんの卒業の話が思い起こされあの
二人も入ってきたときに比べるとずっと大人になってきたなあと感
慨深く先日二人を自分の部屋に呼んだときのことも思い出されし
かしのんは体調を悪くして来られなくなりあいぼんにもどうする今
度にしようかと半ば中止にするつもりで尋ねると意外にも一人でも
行っていいかとのことであたしは勿論と心から笑顔で答えたところ
その顔怖いと言われて少し凹む。
- 341 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:28
-
なっちみたいにあたしは料理ができないのでレトルトものやらデ
パ地下で買った出来合いの料理やらを出したのだがハンバーグ
やから揚げにドリアといった子供向け過ぎるかなと思ったものを
あいぼんはうまいうまいと食べてくれてあたしはそれを見ながら
ワインを飲んでいるとふと彼女の手が止まるのでどうしたのか尋
ねたらののも来れたら良かったのにと気を病んでいてあたしは
ぽんぽんと彼女の頭を叩いてまた今度一緒に来ればいいよと続
きを食べさせた。
- 342 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:28
-
何かあいぼんを見ているのはとても心地よくて杯も知らずに進ん
でしまい気が付けばすっかり出来上がっていてそうしてみればあ
たしもなっちのことを言えるほどお酒に強くはないのかもしれな
くてああもう飯田さん飲みすぎですよと子供に心配される有様だ
った。
- 343 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:30
-
うん平気平気酔ってないからと酔っ払い特有の台詞を言っている
時点で自分で酔いが回っていることを自覚していたが水を持って
きたりこぼれたワインを拭いたりとキッチンとを往復するあいぼん
を見ていたらなんだか嬉しい気持ちがまた溢れてきたのであいぼ
ん大好きだよと言うといや気持ち悪いからとまた凹まされた。
- 344 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:30
-
酷いと呟いてテーブルクロスを咬んでみたりして彼女の気を引こ
うとするのだけどあいぼんははいはいと全然相手にしてくれずシ
ンクに空いた皿などを運び続けてあたしはいよいよ寂しくなって
すると本当に涙がぽろぽろと溢れてきて彼女は戻ってきてそんな
あたしを見るとうわなんで泣いてんねんと慌ててくれたので少し
嬉しかった。
- 345 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:31
-
じゃあそれ持ってよとあたしがドリアの入っていた葉っぱ型の器
を指差すとじゃあってなんやねんなとあいぼんはため息をつくけ
ど逆らわないほうがいいと判断したのかはい持ちましたよと器を
手にする。
- 346 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:32
-
それを壁にくっつけて持たせあたしはその間にアトリエに使って
いる部屋からハンマーを取ってきて驚く彼女を気にせず一緒に手
にした釘をあてがいハンマーで器を壁に打ち付けるとうわ自分何
してんのとあいぼんは言うけど振り下ろすハンマーを止めるのは
やはり怖いみたいであれやこれと言うだけであたしの作業は滞り
なく進み長方形を積んだような薄茶の壁紙の真ん中に緑の葉が
一枚見事に浮かんだ。
- 347 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:33
-
これ怒られるんちゃうのとあいぼんは言うけどあたしは彼女がな
めるようにきれい食べてくれたので臭いとかもしなそうだし何の
心配もなく飯田圭織作の最後の一葉を眺めうんうんいい感じだよ
ねと頷き卒業するときにあげるからねと言うとあいぼんはいらん
わこんなもんと断るのだけどもう照れちゃってとあたしは大丈夫
のんにもまた作ってそれをあげるからと彼女のことを抱きしめた
ら酒くさという呟きの後にもう勝手にしてくださいという喜びの言葉
が妙に脱力した体から出た。
- 348 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:35
-
のんの葉っぱもここに釘で打ちつけたものか思案しているとそれ
がまた一枚また一枚と増えて十四枚になりさらにはなっちの分も
圭ちゃんごっちんの分もと頭の中にどんどん増え続けこれは明日
またデパートに行って今度はすべて買い占めてこないと足りない
と思い至り予約していったほうがいいのかなと尋ねたらあいぼんは
していったらいいんじゃないですかとさらに力が抜けている。
- 349 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:35
-
なんだろうあいぼんの調子が良くないみたいなのでタクシーで帰
すことにしたがそんなところまでのんと一緒になることが嬉しか
ったので別れ際に伝えるとあんたもう寝なよとあたしまで心配し
てくれるのでいい子ばかりのグループで本当によかったと思った。
- 350 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:36
-
しかし一人部屋に戻ってがちゃんとドアを閉めるといつもの感覚
があたしを捉え音が欲しくなりラジオをつけると矢口が喋ってい
たのでボリュームを大きくして葉っぱの前に座りそれを眺めなが
らそう言えばお菓子も用意してあったのに出してあげるの忘れち
ゃったよなんて矢口と話をした。
- 351 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:38
-
矢口の元気な声はしばらくの間あたしの話とかみ合わないまま部
屋に流れたけれどそれもすぐに終わってしまい一人でまたワイン
を飲みながら葉っぱを眺めていたら急に涙がぼろぼろとこぼれて
きて止まらなくなりいいや構わないと放っておいたらなっちがどうし
たべカオリとティッシュでそっと拭いてくれる。
- 352 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:38
-
ううんなんでもないとあたしはフォークを動かしこのオムレツほ
んと美味しかったよと伝えるとなっちは穏やかにそうと言うきり
またあたしの涙を拭いた。
- 353 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:40
-
なにか自分の中のものと折り合いをつけられなくて堪らずなっち
と嗚咽するとすぐに返事があるのであたしの頭も叩いてよと頼ん
だらなっちのそれはとても優しくて逆にずっと多くの涙が溢れてし
まったのだがあたしはとても気持ちよかった。
- 354 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:40
-
加護がね良い子なんだよとようやく涙が止まるころ伝えたら彼女
は知っていると答えみんな良い子だべと後に続けた。
- 355 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:48
-
今日は楽しかったと言葉を交わしてからあたしは廊下に出てお休
みなさいと言うとなっちもお休みと笑顔で手を振りあたしはゆっくり
とドアを閉めていくがこのドアがまたがちゃんと音をたてて閉まる
のだと思ったら手を止めていてまた中に滑り込んで今日泊まって
いってもいいかなと尋ねたらなっちはうんもちろんだべって言って
くれて後ろでドアが自然に閉まるとなっちはあたしに向かってお帰
りと言ってくれてあたしとっても嬉しかくてただいまって答えたんだ
けどもしかしたらなっちも同じようにカオに帰って欲しくないなって
思っていてくれたのかもしれなくてそうするとやっぱりカオたちって
同じ新生児室にいただけあってのんやあいぼんに全然負けないく
らい繋がりあっててそりゃなっちはいつまでたっても田舎くさい子
で時間にもルーズだったりで喧嘩して仲が悪くなったときもあった
- 356 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:50
-
けどでもねなっちはなんていうかそうこの麩菓子みたいに素朴な子
でなんだか懐かしい気持ちにしてくれてあたしにはとても大切な子
であっでもみんなのことも勿論とっても大切にカオリ思ってるからこ
んな風に投げたりしたらダメなの。
分かった?
- 357 名前:ビザンチン風オムレツ 投稿日:2004/02/28(土) 12:54
- ENDです。
最後長すぎて一レスにまとまらなかっです。
しかしまとまっていたら余計にきつかっただろうから良かったのか?
分かってもらえるのかな、これ。
- 358 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/28(土) 13:08
- 羊でちょうど卵のお題が出ていてそちらに書こうかとも思ったのですが
ボロボロになりそうな気がしたのでこっちにこっそりと。
10kbほどで30レスも使ってしまいました。
- 359 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/28(土) 15:33
- おかえりなさい!
お待ちしておりました。
今回はカオリン交信記録(日記?)ですね、たしかに実験作だw
読むのにちょっと時間はかかりましたが、十分楽しませていただきました。
今や唯一のオリメンとして心に蓄積された葛藤はいかにも深そうなカオリンですが、
「ああ、日々こうやって処理してるのかもなあ」と…
もちろん自分にも好き嫌いがあって、
作者様の作品を最初に読み始めるきっかけは
「好きなCPだから」というのが大きかったわけですが、
今では「登場人物の性格を掘り下げる」創作姿勢にすっかり共感してますし、
作品ごとに文体を工夫されてるのも存じてますので、
こちらの思惑など気にせずにどんどん習作でも実験作でも発表していただければ、
と思います。
羊のそのスレは自分も見てます、結構意欲作がありますよね。
もしかしたらあそこみたいにもっと「批評的」な感想を期待されてるのでしょうかw
自分は小心者なのでそういうのは荷が重いですが汗
- 360 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/29(日) 04:20
- いつもレスを付けてくれてありがとうございます。
こんなやつにまで‥‥
自分でも人の作品だったら読んだかどうか分かりません。
長文の練習をしようと思い、
飯田さんの思考がちょうど合うのじゃないか、それにアルコールが入るとより文を回せるかな
そういったことから書いたものです。
今回はあまり必要ではなかったですが、
これはダイナミスムを得るのはすごい難しい書き方だと痛感しました。
批評は‥‥していただけると嬉しいですが、おそらくなに言ってんだよと思うことでしょう。
褒められて伸びるかは分かりませんが、けなされて凹むことは確実なやつです、私は。
凹むって漢字オモシロイ。
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/29(日) 23:42
- ああ、本編が完結していたじゃないですか。
遅ればせながらおつかれさまでした。いろいろ抱えて背負って曲がりくねって進むだろう二人よ頑張れ、そしてありがとう。
作者さん甘くそれ以上に爽やかな良いお話をありがとう。実験が詰まって凝ったところもあるけど根っこに正しい単純さがありました。出会えてよかった。
それにしてもあの状況でやっぱいろいろ考えてたわけですねリーダー。頑張れリーダー大丈夫かリーダー。煙の出そうなリーダーにおクスリ三日分処方したくなる素晴らしい文章でした。これからも突っ走っていただけそうで何よりです。
勝手なこと言いましたが期待してしまうのですすみません。長文失礼しましたでわ。
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/01(月) 01:25
- 句読点も無く、区切りも無く、延々と前の言葉に引きずられるように
次の言葉が紡ぎ出されていく様がカヲリさんの交信ぶりを彷彿とさせ
面白く読みました
- 363 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/01(月) 08:29
- おまいら、いいやつだな‥‥
>>361さん
>>362さん
ありがとうございます。みんな好意的なんで嬉しいです。
煙は多分私の頭から出ていたと思います。
散々読みかえしてもう、しばらくは見たくないです。
紡ぎ出すという表現に足るところまでいければよかったんですけどね。
精進したいところです。
- 364 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:24
-
「吉澤さんいけませんわ」
「ええやないけ、ええやないけ」
吉澤の荒い息が室内に響く。
「ダメですよ、ここどこだと思ってるんですか」
高橋は蛇のように回される腕から逃れ、テーブル越しに吉澤と向かい合う。
ペットボトルが倒れ、お茶が流れ出た。
「どこって楽屋やろっと」
「分かってるんなら‥‥あっ、ダメっ」
しかし吉澤は障害物を乗り越えて締まった腰を軽々と捕まえ、服を脱がし始める。
ブラジャーの鮮やかなピンクが現れた。
高橋はあわてて隠そうとするが、動かせるのは片手だけであまり用をなさなかった。
- 365 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:25
-
吉澤はいやらしく笑って
「楽屋だから興奮するんや」
ほら、そう言って吉澤はブラジャーを押し上げ胸のふくらみに触れる。
「高橋だって、ほんとはいやじゃないやろ?」
「そ、そんなこと‥‥ああっっ」
否定しようとしたものの、吉澤の手の動きに彼女は声をあげた。
今では室内の乱れた息は二つに増えていた。
そして二つ目の呼気は時とともに熱を強く帯びていく。
すると吉澤は手を止め
「本当にいやだったらやめてもええで?」
と口角を上げた。
今まで胸をまさぐっていた手を彼女の顔に持っていき、ほほを撫で上げる。
だらしなく開かれた口に薬指を差し入れた。
焼けるように熱く、しかしじっとりと濡れた舌がそれに震える。
されるがままになりながら高橋は心から憎しみを込めた目を吉澤に向けた。
- 366 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:26
-
しかし内から湧き上がる欲情には抗えなかった。
「意地悪‥‥」
掠れた声で、お願いしますと高橋は呟く。
「初めから素直になればええのに」
よう出来ましたと吉澤は唇を奪った。
乱暴に舌を絡ませながら腕に引っかかった服を取りブラジャーも外すと、
再び触れられることを心待ちにする胸があらわになった。
「お願い、早くっ」
高橋は切なく叫ぶ。
「それから二人は」
「あのさあ‥‥」
「なあに? 里沙ちゃん」
「絵里ちゃん、それ何の話?」
ずっと聞きたかったことをあたしはついに尋ねた。
「吉澤さんと高橋さんの話だけど?」
しかし絵里は、それがどうかしたのと首を傾けた。
- 367 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:27
-
「や、それは分かってるけど」
「うん? じゃあ、なあに?」
今度は反対側に頭を移動させる。
「ええやないけって‥‥興奮するんやって‥‥」
「うん」
「吉澤さんが言ったの?」
「言ってないの?」
「は? 聞いてるのあたしだし」
「言わないかな?」
ううーんと考え込む彼女。
ええと、あたしは頭の中で少し整理した。
ていうか、なんで二人して頭抱えているんだろう。
- 368 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:28
-
「あの‥‥」恐る恐るあたし。
「なあに」笑顔で彼女。
「見たんだよね?」
「うんっ」
その100%間違いなしっていう顔を見てもあたしは釈然としない。
でもなあ、あの二人がなあ‥‥
「もしかして‥‥」
すると彼女の表情が曇ってくる。
「里沙ちゃんも疑ってるの?」
目が潤んできていた。
「やっ、そんなことないよ。うんっ信じる、うん信じてる」
あたしはあわてて首を振ったのだが、
「て、はっ? も?」
彼女の言葉に遅れて反応した。
- 369 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:29
-
「ては‥‥も?」
絵里はまた、なんだろという顔で。
「や、じゃなくて絵里ちゃん。もって言ったよね」
「あ‥‥」
困ったように指をいじり始める。
「どうしたの?」
「あの‥‥れいなとさゆにね、昨日言ったら全然信じてくれなくって‥‥
でも、里沙ちゃんは信じてくれるよね」
ねっ、その指をあたしのに絡められた。
「信じるよ、信じるけど‥‥」
なんかウソ臭い。
愛ちゃん、吉澤さんといるときニコニコしてるし。
吉澤さんも愛ちゃんのこと大事にしてるっぽいし。
まあ、ちょっとふらふらして愛ちゃんは困ってるみたいだけど。
- 370 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:32
-
「だけど、すごいね」
なので、あたしはちょっと方向を変えてみた。
「すごいよねえ、楽屋であんな‥‥」
きゃっと絵里は声を上げた。
「うんそれもなんだけど」
でもあたしは努めて落ち着いて。
「うん?」
「絵里ちゃんエッチな場面すごくよく見てたんだねえ」
と彼女の目をじっと見る。
すると絵里はかあっと赤くなってつないでいた手も引き剥がし、めちゃくちゃに振り回した。
「いや、そんなあたしじっとなんか見てないもん」
「ええ、でも詳しく言ってくれたじゃん今」
「そんなヤダっ、詳しくなんて見てないし、言ってないよ」
ばしばしとあたしの肩は叩かれている。
「はあ?そうなの? でもしっかり声は聞いてたんでしょ? いやらしい声」
「ヤダヤダっ、絵里聞いてないもん。しゃがんでこうやって耳ふさいでたもん」
絵里は手のひらを耳にぎゅっと当ててしゃがんでみせる。
「ねっ、ねっ、こんなんだよ」
- 371 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:34
-
「ほんとにぃ? いいから教えてよ」
あたしは追い討ちをかけるように彼女の耳にささやく。
ちょっと意地悪かなとも思ったけど。
「ほんとだよ、絵里見てないもん」
ねえ信じてと彼女は起き上がってあたしの手をまたつかんだ。
「それじゃあ、見てないし、聞いてないんだ?」
分かったから、ねと彼女を落ち着かせる。
「‥‥うん」
「じゃあ、二人がどんなだったか分からないよね?」
あたしは伏せられた顔を下から優しく覗き込む。
「で、でもっ」
と彼女には珍しい大きな声で
「吉澤さんのことだからきっとしちゃってるよっ」
吉澤さんのことだからきっと、って‥‥
「絵里ウソ言わないよ、ほんとだよ。
そうだ。この間だって、ううんちょっと前だけど‥‥」
まだ言うか、この子は。
- 372 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:36
-
吉澤は嫌がる高橋の両腕を無理やり頭の上に上げさせ片手で押さえ込む。
「泣いたってダメだよ」
「やめ、離して。お願いします」
彼女は泣いて懇願するが聞き入れられない。
「いや、麻琴助けて、あさ美、里沙っ」
「誰も来やしないよ」
「そうだキス、しないとね」
そう言って吉澤は顔を近寄せる。
唇が重なる瞬間、高橋が顔を背けたので吉澤は動きを止めた。
くっという音が漏れる。
あ、高橋が相手の顔をうかがおうとすると、改めて吉澤のそれは否応なしに落ちてきた。
力任せに口内を犯される。
十分に舐りまわして離される吉澤の顔は高橋の流した涙と二人分の唾液に汚れていた。
- 373 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:37
-
「さ、それじゃあほら脱いで」
吉澤は袖で顔を拭ってからボタンを外しにかかる。
「いや、お願いやさけ、やめてくださいっ」
「心配するなよ、気持ちよくしてあげるからさ」
「お願いしますで」
「大丈夫だって、ほら」
と吉澤は高橋の胸を服の上からなで上げた。
「いやあっ」
叫び声とともにバシンバシという音が楽屋に響く。
高橋の平手打ちが吉澤のほほに二発決まっていた。
白い肌にそこだけ赤みが出てくる。
とっさのことに高橋は自分の手を呆然と見、また吉澤は怒りにしばし動けなかった。
- 374 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:39
-
すはあと吉澤はゆっくりと息を吐いた。
「‥‥高橋」
そっと呟かれた言葉に高橋の体は激しく反応する。
「え、あのゴメンなさい。ほんなつもりやな」
あわてて言い訳しようとするが、吉澤の手の動きによってそれは止められた。
高橋の胸倉の布地を両手でつかんでいる。
「あ、あの?」
不安げにかけられた高橋の問いに返事はない。
吉澤は手の中のものを一息に引きちぎった。
ボタンがいくつも飛び、乾いた音ともに硬い床に跳ね散った。
再び高橋の絶叫が響き渡った。
- 375 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:39
-
「どうしたべっ、今の声は?」
突然ドアが開き、安倍が駆け込んできた。
しかし室内を見、返事を待つまでもなく一瞬にして何が起こっているのか理解する。
服を胸のところで無残に破られた高橋が泣きながら手でそれを隠そうとしていて、
安倍は急いで上着を脱いで彼女の元に駆け寄った。
「高橋、大丈夫?」
いやっ、おびえる彼女の体にそっと上着をかぶせて
「なっちだよ、もう大丈夫だからね?」
と高橋を抱きしめた。
「あ安倍さん‥‥」
ぶるぶると震える体を抱きしめたまま、安倍は室内を見回して元凶の人物を探す。
すると、がちゃりという錠のかかる音がし、
今入ってきたドアが閉じその前に吉澤が立っていた。
- 376 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:40
-
「吉澤‥‥」
安倍は怒りに自分の体も震えているのが分かった。
「なんですか、安倍さん」
しかし相手はへらへらと笑う。
「なんでこんなことするべっ」
「なんでって‥‥」
吉澤は言葉を切った。
視線を高橋にやり、すると伏目がちにうかがっていた彼女のそれと交わるが、
とたんに高橋は頭を下げ、また大きく体を震わせる。
「二人で気持ちよくなろうとしたんですよ」
へっへ、と軽く声を上げて吉澤は笑った。
- 377 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:43
-
「最低‥‥」
安倍はもう見るのも汚らわしくて目をそらし、吐き捨てるように言った。
「吉澤、あんた最低だべ」
「そんな、ひどいなあ安倍さん」
よし子傷ついちゃう、ぐしぐしと流れていない涙をぬぐってみせる。
「ふざけるんじゃないよ」
「だって、高橋が誘ったのに」
吉澤は止めた指の隙間から二人を見据えた。
びくん
突然自分の名を出された高橋は驚いて吉澤を見る。
しかし顔は見られなくて、足の辺りに視線は落ちた。
「な、なん、ですか?」
「高橋が誘ったんですよ、抱いてくださいって。
あたしはここは楽屋だからまずいって言ったんですけどねえ」
「言っとらん、言っとらんで、安倍さん」
高橋は、言っとらん言っとらんと必死に繰り返した。
安倍は同じだけ分かってる分かってるべと答えるが、二人の様子を吉澤はニヤニヤと眺めていた。
- 378 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:46
-
「いまさら、恥ずかしがるなよ高橋」
「吉澤、あんたって子は‥‥」
安倍は唇をきつく咬んだ。
ぎゅっと高橋の体を抱きしめると相手も力いっぱいしがみつく。
「ん? あたしがなんですか?」
え、えと人を小馬鹿にしたようにあごを突き出し首を振り振り二人に近づいていく。
「きゃ、いやっ」
視界の足が大きくなって高橋は悲鳴を上げ、大きくない安倍の体に隠れようとした。
安倍も可能な限り吉澤から隠して抱いた。
安心して、なっちいるから
「な、なんだべ。こっち来るんじゃないよ」
「あたしがなんですって?」
かまわず目の前にしゃがみこむ。
安倍は気持ちをぐっと支えて
「何度も言ってるべさっ」と声を振り絞った。
「なんすか?」
「あんた最低だって」
すると吉澤はニコニコと微笑む。
「そうですか、サイテーすか吉澤」
ぶるっ、安倍の体に悪寒が走った。
- 379 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:48
-
「分かったなら、そこ退くっしょっ」
ここにいることが怖くなり、急いで高橋の体を抱き上げ目の前の吉澤を押しのける。
急いで出口に向かおうとした。
ぎぁっ
しかし、次の瞬間安倍の体は床に叩きつけられた。
「ひっ、あ安倍さ」
高橋がその光景に息を詰める。
「安倍さん、あんたウルサイよね」
吉澤はまだ笑っていた。
安倍は頭を打ったのか気を失っているようだった。
スカートがめくれて、むっちりとした太ももとその上の布地も露わになっている。
「でも三人で楽しんだら大人しくなるかな?」
そう言って、吉澤はがくがくと立ちすくむ高橋の体も同じ床の上に倒した。
「だから何の話よ? それ」
あたし、もうついていけない。
- 380 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:49
-
「だからあ、見たんですよお」
ぷくーと絵里はほほを膨らませる。
「見たの?」
「見てないけど‥‥」
早っ、認めるの早っ。
「見てないんじゃん」
ほら、もうだめだよとあたしは彼女をあやす。
「だって‥‥」
絵里の目に涙がたまっていく。
「箱の中に入ってたから見えなかったんだもん。絵里悪くないもん」
- 381 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:50
-
ひっく、ひっと咽び始める彼女を前にして、あたしはどうしたものかなと悩んでいた。
「分かってるよ、悪いなんて思ってないから」
と取りあえず繕ってはみるが。
「ほんとに?」
「うん、ほんとにほんと。絵里ちゃんは悪くない」
ぶんぶんと首を縦に振った。
えへへ
するといきなり彼女は笑っていて。
「そうだよね、絵里悪くないよね」
「うん悪くない」
「そうだよ。見えるとこいたら絵里も吉澤さんにやられちゃってるもんね」
‥‥ってまだ言ってるのかよ。てか、やられちゃうってあんた。
あたし、この子の相手するのもう疲れたよ。
- 382 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:51
-
がちゃ
とそこにタイミングよく田中が入ってくる。
助かった、あたしは心底そう思ってすがるように彼女を見た。
「あっ‥‥」
しかし田中はこちらを見たとたん小さく声をもらして立ち止まった。
どうしたの助けてよ、あたしは眉間を動かして必死に訴える。
ええと、彼女は視線をさまよわせ、
それから不意ににこりと微笑むのであたしもつられて、にいっとぎこちない笑顔を作ると
「すいませんっっ」
ダッシュで逃げられた。
「いやー。助けてっっ」
あたしは話の中の愛ちゃんのように叫んでいた。
でも戻ってこなかった。
誰も来なかった。
- 383 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:54
-
「なあに、ちゃんと聞いてますかあ?」
絵里があたしの断末魔がまだ消えない空間に回りこみ、あたしを睨む。
いや、その顔で睨まれてもあたしはまったく怖くないんだよね。
うん怖くない。
だけど、君の話が怖いよ。
「聞いてます‥‥」
あたしはそうとしか言えなかった。
ならいいけど、とまた絵里はかわいらしい顔で。
「ひどいよねー。かわいそう高橋さんたち。
吉澤さんたらなんであんなことができるんだろうね?
絵里がれいなたちと加入したときには、ああ吉澤さんかっこいいって思って
今だってその気持ちは少しだけど、でもほんとちょっとだよ、
残ってるから、バレンタインもあげたし‥‥」
とそこで一息ついて手近にある菓子をつまんだ。
もぐ、もぐ。
「あ、これおいしー。里沙ちゃんも食べよ。
でもみんなは吉澤さんの本性に気付いてないんだよねえ。
だから絵里があ、こうやって教えてあげてるのにれいなもさゆも、まったくぅ」
もぐもぐ。
- 384 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:55
-
「聞いてるけどさあ‥‥」
こそっと抵抗を試みた。
んぐ? 彼女は咀嚼しながら首を三十度ほどかしげる。
「これも見てなくて、それにやらしい話も聞けてないんでしょ」
絵里はやはり、ぐっとつまり
「で、でもっ」
「うんやっぱりさあ」
「でもね里沙ちゃん」
「でも見てないってのはちょっとねえ」
「でもっ」
「でもでも何でも、見ても聞いてもなかったら信じられないよ」
「でもお」
ばん、テーブルを一叩き。
「でも、じゃなあいっ」
びしっと指を突き立てて宣言する。
「何の証拠もない話、塾長は信じられん。分かるか? 亀井ぃっ」
よし、勝てるぞ。
押し切れるという自信が生まれてきたので、あたしは変なテンションで自らを後押しした。
「もう変なこと言うんじゃないぞ。いいなっ」
- 385 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 00:57
-
「でも、でもっ」
だから、でもじゃないないって。絵里ちゃんもう諦めな。
ふっと鼻から息を吐いてみたり。
「でも小川さん殴られてるしっ」
「はっっ?」
「そうだ、証拠ありますよ、塾長」
「証拠?」
「止めに入った小川さんが殴られたの」
「おおっと」
いやいや、一瞬驚いたもののあたしはすぐに落ち着きを取り戻す。
「どうせそれも見てないんでしょ? 殴られるとこ見たの?」
「殴られるところは見てないけど‥‥」
「ほおら」
もうなに言っても無駄よ、無駄。
そうだ、吉澤さんにこんな変な話されちゃいましたよって教えてあげよう、
きっと大笑いだろうな。
あたしはすでにここを解放された後のことが楽しみになっていた。
愛ちゃんはなんて言うだろ。
「でも、本人が言ったもん」
と絵里があたしに向かってあごを突き出す。
おや? なにか強気だな。
「本人?」
「小川さん」
「まこっちゃん?」
ぶんっぶんっ、力強く首を、というかあごを振られた。
- 386 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 01:01
-
「小川さん言ったもん」
「なんて?」
「あたし、うずくまってる小川さん見かけたんで駆け寄って」
ふんふん
「どうしたんですかって聞いたら」
ほうほう
「殴られた、って」
あれまあ
「誰にですかってあたし聞いたら」
さあ、誰だ?
「よ、吉澤さんのせいで‥‥
て言ってこうエレベーターにやってたんだから」
こう、よ吉澤さん、と腕を震わせながら絵里は宙に伸ばした。
「マジでっっ?」
見事にあたしの身は乗り出していた。
- 387 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 01:03
-
すると絵里は得意顔で。
「ほんとだよー。よ、吉澤さんのせいでって何度も繰り返して、
紺野さんも心配そうに付き添ってたもん」
「あさ美ちゃんも‥‥マジかよ」
「マジです」
えっへんと反り返る絵里とは対照的に、あたしは悄然としていて。
自分の中で吉澤への尊敬の念が急速に消えていくのをはっきりと感じていた。
- 388 名前:絵里、見たんです 投稿日:2004/03/07(日) 01:04
- ENDです。
同い年だからちゃん付けでいいかと思ったんですけど実際はどうなんでしょう。
- 389 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/07(日) 01:06
- 今思うこと‥‥あの一文を入れていてよかった。
- 390 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 01:47
- ったくしょうがねーなこの女わ。
とニヤニヤしっぱなしでした、読みながら。
どうせ・・・だろ、ほらね。・・・まだ引っ張るのか、とか。ほんとこの女わ。
みんなキャラ立ってるなあ。こいつは特に立ちまくり。
逃げた田中は正しい。塾長災難。一方的被害者はあいつかなあ。
楽しかったです、はい。
- 391 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/07(日) 03:19
- 読みました…こらこら亀さん〜〜〜〜〜!!w
過去のエピソードが亀井視点で歪曲されていくさまがかなり面白い!
この終わり方は次回作品への含みがありそうですね?
どう展開していくのか楽しみです。
現在「あの一文」が何を指すのか推理中。
またまたこっちが勝手に作者様相手に「謎解き遊び」しちゃってますw
- 392 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/07(日) 20:15
- 更新の1・2時間後に呼び名マトリックスが充実していました。
自分の想像とは違う呼び方だった‥‥
ショックを受けながら落としてきたラジオを聴いたらまた呼び方違うし‥‥
情報って欲しいけど、ちょっと割り切らないと難しいですね。
>>390さん
>>391さん
ありがとうございます。
今回のは前のリーダーのを書いたことがいい作用をしたと作者は思ってます。
いいものができてるかはまた別の話ですけど。
「どうせ」の文字を見た瞬間心臓バクバクになったのですが、
楽しんでもらえたようで(もらえたんだろうか?)ひと安心。
「あの一文」 そんな謎でもなんでもないので気にされるとプレッシャーが‥‥
なので、ばらしますが「隙間にもいないみたいだし」でした。
私としてはこれで逆に今回のを入れる場所を作れたと感じているわけです。
て偉そうですいません。
- 393 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:14
-
「愛ちゃん」
新垣が大きく手を振り駆けてくる。
高橋はトイレから出てきたところだ。
あまり利用されない薄暗い廊下で、男子のものが併設されていないトイレだった。
「‥‥里沙」
高橋は突然声をかけられ驚いたようであったが、力のない声で答えた。
「愛ちゃん、あたし探したんだよー。ほら、荷物忘れてるんだもん」
新垣はにっと笑って手に持っていた荷物を掲げてみせる。
経費削減のためか蛍光灯は天井の器具二つおきにしかはめ込まれておらず、
しかも一列のみだった。
頭上で灯るそれはちかちかと点滅して、新垣の手にさがるなめし革に反射した。
舞い散るほこりが鈍く輝いた。
- 394 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:17
-
「あ、ありがと‥‥」
高橋は下を向いたまま言う。陰になっていて新垣には表情が分からなかった。
「ううんいいよ、全然。
でもトイレかなとは思ったんだけどこんなところの使ってるんだもん」
「うん、近くのは人はいっぱいだったから」
と高橋はさらに顔を背け短く答えて、音もなく壁に寄りかかった。
ほう、と小さくため息をついた。
ゆっくりと振り子のように落ちていた光の粒が再び浮き上がった。
灯るたびに蛍光灯がジーと音をたて、八秒ほどでまた点滅を始める。
持ち直すとき隣の、と言っても二つ先のそれも影響からか一瞬、光が鈍った。
「ん? 愛ちゃんどうかしたの?」
新垣は午後の公園で遊ぶ少年のように元気で、おどけた風に睨んで高橋に尋ねた。
「ううん‥‥なんもあらへんよ」
と言って微笑む高橋だが目が潤んでいた。
- 395 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:19
-
涙がこぼれようとしているかに見えたが、
新垣が心配し見守り続けても濁りのない水晶の上に留まっていたから、
どうやら泣くということではなさそうで、むしろ瞳全体でとろけているように見えた。
移りこむ新垣の像がゆらゆらと伸び縮みする。
その一方で唇も水気をその中に含めてもらさず、普段より幾分ぷくりと膨れている。
先ほどまで綺麗に乗っていたはずの春めいた色の口紅が落ちて、
かわりに自ら噛み締めたのであろう跡が下唇の真ん中に短い線となっていた。
小さな顔は首筋から少し乱れた服の中に潜る辺りまでほの赤く染まり汗ばみ、
おろされた髪は普段のようにさらさらとは流れず幾筋か肌に張り付いていた。
そんな高橋の様子に新垣は言葉をなくす。
上から下までゆっくりと高橋の体を眺めた。
姿勢のよい彼女には珍しく体重を完全に壁に預けておりひざが時々震えているのに気がつくと、
新垣の喉が独りでにこくりと音を立てた。
- 396 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:20
-
「‥‥荷物、ありがと」
しばし沈黙が流れたあと言葉を発したのは高橋で、
湿度の高い息を吐き、それに偶然音がついていたかのような声だった。
高橋は背筋を伸ばそうとする。しかしひざは緩んだままで、あごも上がらなかった。
諦めてまた壁に気だるく寄りかかった。
「あ、うんゴメン」
新垣ははっとして、ずっと握り締めていたカバンを差し出す。
「はいっ」
もはや公園に日は落ち、気付けば二人だけになっていたかのようで、
新垣は努めて明るく言う。
高橋が手を伸ばしてつかんだ。
それを確認して新垣は手を離すが、その際に小指が高橋の甲をそっとなでた。
「ぅんっ」
高橋は声を上げ、全身を震わせた。
耐えるように目を瞑り、触れられた甲をもう一方の手でぎゅっと押さえ込んだ。
腕の中でカバンが潰されて音を立てる。
「え、あのゴメン」
新垣は謝り、そしてなんとなく顔を赤らめた。
「ゴメンね」
「ううん、ええんよ」
再び開かれた潤んだ目で微笑まれる。新垣は自分の鼓動が早くなるのを感じた。
- 397 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:24
-
「あのさ愛ちゃん、なんか手熱くない?」
高橋に引き込まれそうな自分を振り切るように新垣は言う。
「なんか今すごく熱かったよ」
「そう、かな‥‥」
二つの手をほほへ持っていく。彼女の口からゆっくりと息が漏れた。
新垣は高橋のことを正視できずに天井を見た。
微かな金属音とともに点滅している。それが心持ち先ほどよりも長く続いた。
「‥‥うん、熱い」
蛍光灯の回復を見てから新垣は言った。向こうの灯りがやはり一瞬暗くなった。
「暖房が効きすぎてるんやないけ?」
「そうかな、ここ人気もないしちょっと寒くない?」
新垣は辺りを見回した。
この建物には他に人がいないのでないかと錯覚させるくらいに気配がなく、
ただ灯りが点滅し、いつまでもほこりが舞っているだけだった。
- 398 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:25
-
「ああっ」
と新垣は大げさに手を打つ、今では真っ暗になった公園で。
「いや、新垣うかつでした」
「‥‥どないしたん?」
しかし高橋は静かに壁に寄りかかり、胸に手を当てまぶたを下ろす。
今も鼻腔から取り込まれ桜色ののどを落ちた空気が、彼女の手の下でじっとりと加湿され、
熱い舌の上を滑って体の外へと送り返される。
ちゃんと気付いてあげなくちゃダメだよね、新垣は一人ごちた。
「愛ちゃん、どっか体調子悪いの?」
「え‥‥ほんなことないで」
ゆっくりと首が振られる。
汗で肌に留まっていた髪の毛が一筋顔にかかり瞳を隠した。
- 399 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:31
-
「あれ、おかしいな」
新垣は首をかしげる。相手の顔をうかがおうとするが、分からなかった。
そこで高橋の額に触れようと手を伸ばす。
「やめてっ」
パンという音とともに新垣の手は上気した肌に届く前に払いのけられた。
高橋が手にしていたたカバンは床に落ちて、腕によって潰されていた形そのままで転がる。
じっじっと天井が鳴った。
「あ‥‥」
新垣は声を漏らし、それからカバンを拾い上げた。
床に数本白く跡が走っていた。
軽く叩いてほこりを払うと、ずっと舞い続けているものと混ざり合った。
おぼつかない乱反射が目に飛び込んでくる。
- 400 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:34
-
「あの‥‥里沙ゴメン、大丈夫なんともないからあたし」
気まずさからか高橋は顔を背けて言った。
「そっか。ゴメンね、変なこと言って」
「や、あたしのほうがゴメンやって」
高橋は謝りながらカバンを受け取り、それから少し逡巡した。
思い切ったように顔を上げ荷を左手に預けると、また新垣の方へ恐る恐る手を伸ばす。
しかし新垣も再び彼女に向かって手を伸ばそうとすると、
ゴメンね、とそれは反転し結局高橋の胸に引き戻された。
- 401 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:37
-
「じゃ、じゃあさ、愛ちゃんなんともないんだよねっ」
薄暗い廊下に新垣の声が響く。
泣き出しそうな顔で、しかし眉に力を込め笑顔にして言った。
「うん、なんともあらへんよ‥‥」
高橋は彼女の顔を見て、辛そうに答える。
「じゃあ、今日愛ちゃんち行ってもいいかな?」
「え?」
「調子悪いんならやめようと思ったんだけど、大丈夫なんでしょ、全然」
「うん、ほうやけど‥‥」
「じゃあ明日午後からなんだし、愛ちゃんち泊まってもいいでしょ?」
「あの、ほれは」
高橋が言いよどむが、新垣は気付かずに続けた。
新垣は相手の顔を見たくないのか、相手に顔を見られたくないのか、
天井から床、いつもまでも人の来ない廊下の先などあらぬ方ばかりキョロキョロと見、
いやそれらに焦点を合わせていたかもあやしくて、台詞をそらんじるかのように捲くし立てた。
- 402 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:40
-
「だって、最近愛ちゃん付き合い悪いんだもん。全然お泊りしてないよ、いつくらいぶりかな?
あれは、そうだよもう二、三ヶ月も前じゃなかった?
前はちょくちょくお互いのうちに泊まってたのに。
そうお母さんも、最近愛ちゃん来ないのね、なんて言ってるんだよ。
「お母さん、愛ちゃん可愛いから好きよとか言ってさあ、
今度はいつ来てくれるのとか、この間は突然今から呼んでみたらとか言っちゃって。
来てくれるんならお寿司とっちゃうわよって、
それちょっと人様の娘気に入りすぎでしょって感じでさあ。
ほんとの娘の立場がないんだよねえ。
- 403 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:41
-
「でも今日はこれからうちじゃちょっとあれだから、お母さんには悪いけど愛ちゃんちってことで。
またなんか言いそうだけど、別にお母さんのために愛ちゃんとお泊りするわけじゃないし、
知ったこっちゃないよね。
うんでも、ちょっとだけかわいそうだから次はあたしんちにも愛ちゃん来てね。
お寿司、特上の食べられるからさ。
「そうだご飯、晩ご飯。この間あさ美ちゃんが言ってたイタリアン行ってみようか?
すごく美味しかったって言ってたよね、それに案外安かったって。
うん決まり。デザートも美味しいのあるのかな? やっぱり新垣ジェラート食いてーっす。
そこのところも聞いて置けばよかったよね、愛ちゃん」
ね、イタ飯イタ飯、と新垣は笑いかけた。
空気がちかちかと震えている。蛍光灯がゆらゆらと灯った。
- 404 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:48
-
「そうだ、今ちょっと聞いてみようか」
愛が返事をせずに押し黙るので新垣はそう言って、携帯を探して洋服のポケットを叩いた。
そして、しまったと呟く。つられるように高橋が顔を上げた。
「あたしカバン忘れてるよ、愛ちゃんのだけ持ってきて。
あたしとしたことがまたしても‥‥
愛ちゃん取りにいくの付き合ってくれるよね」
今ではほどけた髪に隠れる顔に向かって新垣は聞く。
「よし。じゃあ、もう行こう」
と高橋の手を取ろうとして新垣は手を伸ばすが、不意に止めて宙に迷わせてから
「これ、持ってきてあげたんだから」
カバンのへりをちょっとつまんだ。
ね、新垣は高橋の顔を見上げるが、彼女は眉尻を下げ視線が交わるとすっと壁の方に逸らした。
しかしすぐに戻して口を開きかける。
「あの、ゴメ」
「愛、まだいたのか?」
吉澤がトイレから出てきた。背中からの声に高橋はひどく驚いて髪が揺れる。
淀んでいた空気が流れ、彼女が少し前にかいたのであろう汗の匂いが新垣に届いた。
- 405 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:50
-
「先に帰って、うちで待ってるのかと思ったけど」
吉澤はそこで話しかけた相手の前に人がいることに気付いたようで、
「と、豆じゃんどした? こんなところで」
「あ、吉澤さん」
新垣は吉澤の顔を見たとたんに今までの勢いをすべて削がれていた。
「トイレ入ってたんですか‥‥」
「おう、って聞くなよそんなこと」
と大きな声で笑った。左右の壁に反響する。
手を拭いていたハンカチをしまいながら
「愛、まだいたんだな?」
と聞くと高橋はまた体を揺らした。
暴れた髪が彼女の唇を撫でほほに触れ、そしてうなじを舐めた。
「は、はい‥‥もう帰ろうと思ってたんですけど」
「愛?」
新垣は吉澤を見上げた。
- 406 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:51
-
「ん?」
「愛って呼んでるんですか?」
「悪い?」
「いえ、そんなことないですけど‥‥」
吉澤の眼光が強くて新垣は目を逸らす。
足元の床に大分前から張り付いているのであろうガムのかすがあり、
真っ黒に変色し干からびていた。
二人の影がちょうどその上にかかっている。新垣は靴の先でガムを突付いた。
「だってさ」
吉澤が言う。それとともに影が一つになった。新垣は顔を上げる。
「こいつはあたしのもんなんだから、当然でしょ?」
吉澤が高橋の肩を抱き寄せていた。高橋は吉澤の胸に抵抗なくおさまっている。
しかし落ち着いてきていた肌が再び色を濃くしたように見えた。
「ものって‥‥」
「ものだよ」
吉澤は高橋の耳を咬む。ひっ、と高橋が呻いた。
「どうしようとあたしの勝手さね」
- 407 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:53
-
「なんかひどいこと言いますね」
新垣の語調がきつくなる。今度は挑むように目を逸らさなかった。
「なによ、豆怒ってる?」
「怒ってないですけど」
「怒ってるだろそれ? マジんなるなよ」
なあ、と高橋の耳に口を寄せたまましゃべった。
「んっ、ちょっやめ」
高橋は身をよじるが、今では確かに肌は赤く染めあがり、
ひざががくがくと緩んでますます体を吉澤に任せていた。
新垣は頭を下げた。
しかし吉澤が楽しそうに高橋の耳に息を吹きつける様は、
見ずとも高橋の息をつめる音となって一々伝わってくる。
「‥‥友達ですから」
悔しそうに新垣は言った。
「友達ねえ」
吉澤がせせら笑う。その様子に新垣はかっと噛み付いた。
「なんですかっ?」
まあまあ、吉澤は表情を変えなかった。怒るなって
「いやいや結構なことよ、友達大事アルヨ。
ああ、その友達君、なんか話してなかった?」
「はい?」
- 408 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:56
-
「あたしが今出てきたときに、どこか行くとかさ」
言ってたろ、高橋に尋ねた。
「あの、ほれなら」
「言ってましたよ」
新垣が高橋の震える声をかき消す。
「これから二人でご飯行って、それで今日は愛ちゃんちにお泊りだって」
にやりと吉澤に笑ってみせ、半歩だけ前に歩み出た。
「へえ」
しかし吉澤も笑う。
「や、違うんです。今、里沙にゴメン今日は」
「いいんじゃねーの?」
今度は吉澤が遮った。ぽんぽんと腕の中の頭を叩き、高橋は目を瞑ってそれを受けた。
- 409 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:57
-
「別にあたしら約束してなかったんだしさ、今日は豆と飯行ったら?」
「‥‥吉澤さんの許可が必要だったんですか?」
「ああ? 許可いるなんて言ってないだろ。
先に約束した方と行くのは人として当然でしょ?」
「なあんか、カリカリしてんね、お前」
吉澤が高橋を抱いていない側の手を新垣の頭に伸ばす。
近づく腕の向こうでは高橋が完全に身を相手に預けていた。安らいでいるようにも見える。
新垣の前髪に大きな手のひらが触れた。
「じゃあ、行って来ます」
新垣は横に動いてそれを避けた。
- 410 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 02:58
-
吉澤は苦笑して
「そうしなそうしな。あたしは別に他の子でもかまわないからさ」
はい、今まで抱いていた高橋を差し出す。
目の前にふらりと高橋の体が押され新垣は抱きとめようとした。
しかし高橋は新垣の腕に納まる寸前で、ふらつきながらも自分の力で立ち止まった。
差し出した手のひらから高橋の背中の硬く張り詰めた感触が新垣に伝わってくる。
吉澤の方を見たままで一体どんな表情なのか新垣からは分からない。
ただ吉澤は温かみのない顔で高橋を見返している。
「そ、そうですよねっ」
新垣は自分の声をその空間に割って入らせた。
「吉澤さんは誰だっていいんでしょ、安倍さんもいますしね」
すると吉澤は感心したようで、
「へえ新垣、なんだよお前。知ってるんだ、あたしが安倍さんともやってるってこと」
しかし言葉は屈みこんで高橋に向かって話され、高橋は顔を伏せた。
やめ、小さな声が漏れる。
- 411 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:00
-
吉澤は満足そうに背を伸ばした。
「でも安倍さんはダメなんだよねえ」
「なんでですか?」
新垣の手に高橋の体の震えが伝わってくるが、ゆっくりと話される声に動けなかった。
高橋の表情は依然見えない。
「安倍さんさあ、あれ以来あたしが触ると吐いちゃうんだよね、失礼しちゃうよな」
くっくっと笑って高橋のほほをなでる。
「こうするだけでさ」
吉澤の手が上下すると高橋はビクビクと反応した。
「ちょっ、やめてくださいよ。愛ちゃん嫌がってます」
新垣は高橋を自分の方へと抱き寄せた。
ようやく彼女を自分の腕に収めた瞬間思わず笑みが浮かびそうになったが、
小さく頭を振り打ち消した。
「はいはい、分かりました新垣さん」
吉澤は白い手をひらひらとしてみせる。
「しかし豆が安倍さんのこと知ってるとは思わなかったなあ」
「不思議ですか?」
「まあ、亀井だろうけどさ」
新垣は笑ってやろうとしたが先を越して吉澤が指摘してみせる。新垣は驚いた。
- 412 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:01
-
「知ってたんですか? 絵里ちゃんのこと」
「ああ?見てたことだろ? 気付くよ、普通。
楽屋とかでやってると、あいつと目が合ったりしたしさあ。
隠れてるつもりでも丸見えなんだよね、時々きゃあすごいなんて声出しちゃうし」
吉澤は新垣に構うことなく、高橋に口を寄せる。
「高橋としてるところも見られてたんだよ」
よしざーさん、なんて高橋がいやらしい声出してるときもさ
「やめ、てください‥‥」
高橋は耳をふさいだ。
「あたし、ああ見られてるんだなって思うとちょっと興奮しちゃってさあ。
でも高橋も本当は、亀井がいることに気付いて」
「あんたっ、おかしいんじゃないですか?」
新垣が怒鳴る。頭上の灯りが消えた。腕の中の高橋の髪も、吉澤の笑いも遠ざかった。
床の上の影は裂け目なくすべて混ざり合っていた。
むしろ黒ずんだガムがもっとも鮮明に見ることができる。
- 413 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:03
-
「気付いててそんなことしてるのかよ。
安倍さんにも、その‥‥愛ちゃんにもっ、ひどいことしてるのかよっ。
おかしいよ、まともじゃないって」
「ひでえ言われようだね、一応先輩よ」
ミーは、と吉澤は自分は指差す。
「はっきり言って吉澤さんを先輩だとは思えません。
愛ちゃんもう行こう。こんな人とこれ以上話したくないよ」
蛍光灯はつかない。向こうのそれが点滅を始めた。
新垣はぼんやりとした世界で自分に背を向けたままの高橋の手を取った。
「さあ、愛ちゃん」
新垣は手を引く。
「ゴメン里沙‥‥」
しかし振り返った高橋にそっと外された。ふるふると俯いて首を振る彼女が見えた。
「愛ちゃん?」
「ゴメン里沙、一人で帰ってくれる? あたし吉澤さんちに行くで、一緒に帰れへん」
高橋は新垣の手を押し戻す。温かくて柔らかい手のひらだった。
「愛ちゃん」
- 414 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:04
-
「高橋、あたしならいいよ」
吉澤が言う。
「アヤカでも誘うからさ。あいつ、仕事もないだろうからまず捕まるだろ」
そう言って携帯を取り出し、ボタンに触れた。
「今聞いてみるから」
「やめてっ」
高橋が吉澤の手から携帯を奪う。
「あたし行きますから」
そしてまた新垣の方へ振り返る。高橋は初めて新垣と視線を合わせた。
「一人で帰って、里沙」
「愛ちゃん、どうして? 聞いたでしょ。そいつ誰でもいいんだよ。
愛ちゃんじゃなくったって、安倍さんだって、今もそうじゃん。アヤカさんだっていいんだ。
ううん、それだけじゃきっとないよ。ほかにももっと」
「分かってるよほんなこと里沙に言われなくても」
高橋は静かに言った。
「里沙に言われなくてもちゃんと分かってるで」
「何だよそれ」
新垣は理解できず高橋を見つめる。しかし彼女の顔には迷いがなくて何も読み取れなかった。
「なに言ってるの、愛ちゃん」
「里沙」
- 415 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:08
-
「お、おかしんじゃない? 愛ちゃんもさ。おかしいよ絶対、普通じゃない。
あ、あれだよそう、体。そう、吉澤さんにやられちゃって、溺れちゃってるんだよやらしいことに」
「里沙?」
高橋は興奮していく新垣の肩に手を置いて様子をうかがった。
「触んないでっ」
新垣はヒステリックに払いのけた。
勢い余って横のコンクリートを盛大に叩いたが、それを気にすることもなかった。
黒い粒が舞い散った。
「触んないでよ気持ち悪いよ。
二人とも、愛ちゃんも気持ち悪いよ。なによそもそも女同士なんだよ。そんなの普通じゃないよ」
「里沙‥‥」
- 416 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:09
-
「何よ、あたしなんか間違ってる? 間違ってるのは愛ちゃんたちだよ。
しかもこんなやりまくってる人となんて信じられないよ。頭おかしいんじゃないの?」
「里沙」
新垣ははっとして、目を固く瞑った。
ほほを叩かれると思い、口を噛み締めあごに力を入れた。
しかし、いつまでたっても殴られなかった。
新垣は目を開ける。
高橋が優しく微笑んでいて、しかし瞳に一杯涙を浮かべていた。
「あ、あの愛ちゃん‥‥」
「ゴメンね里沙」
高橋が謝った。
- 417 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:11
-
「多分、里沙の言う通りなんだよね。あたし変で、気持ち悪いんだ」
「いや、あの愛ちゃんゴメン。あたし気持ち悪いなんて、本当はそんなひどいこと」
ううん、高橋は首を振る。
「いいの。里沙の言ってること、あたしも他の人のことだったら、そうだなってきっと思うし」
涙がつっとこぼれ落ちた。
「心配してくれてありがとうね」
にこりと笑った。
「愛ちゃん‥‥」
新垣は先ほど振り払った手を取ろうする。しかし暗さからか探し当てられなかった。
- 418 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:12
-
じぃー、と吉澤が口で音を出しながら間に入った。
「いいシーン撮れたねえ。うんうん二人ともいい感じだよ」
吉澤は手にカメラを持つふりをして、新垣をそして高橋の顔を覗き込んだ。
おっ、高橋さん泣いてます
「アカデミー賞ものだね。今年度の最優秀友情賞はダカダカダカダカ、モーニング娘。の‥‥
でも他でやってくれる? それ」
吉澤は想像のカメラを放り投げた。もうほこりは光らずにただ薄闇のベールとして纏わり付いていた。
「続けたければあたし帰るからさ、二人で勝手にやってくれって話」
そう言って背を向けて廊下を歩き出した。
ゆっくりでも早足でもなく、普段のペースで吉澤は遠ざかる。
- 419 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:13
-
「あ、あたしも一緒に帰りますでっ」
高橋が叫んで後を追おうする。
「あ、愛ちゃん」
新垣はあわてて呼んだ。
「愛ちゃん、どうして‥‥」
高橋は足を止めると新垣の方へ向き直った。もう体の輪郭すらぼやけていた。
吉澤の履くスニーカーの音が小さくなっていく。高橋は一度そちらを振り返ったようだった。
「愛ちゃん、吉澤さんがどんなやつだか分かってるんでしょ? やめなよ。
ゴメンさっき言ったこと全部ウソだからさ。ほんとはそんなこと全然思ってないから」
新垣は暗がりに話しかける。
「今からご飯食べに行こうよ。それで一晩中おしゃべりしよ、ねっ」
「ゴメン里沙」
高橋は微笑む。どうしてか新垣にそれが分かった。
「あたし、よしざーさんといる」
穏やかに彼女は言う。
- 420 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:15
-
「どうしてよ」
新垣は呟いた。
「どうして、ひどいやつだって分かってるのにあんなやつといるのっ?」
全身をわななかせる。頭上の蛍光灯が金属音を立てた。
ふふふ、高橋は笑って答える。
「多分、里沙には分からないよ」
「なんでっ?」
「なんでかな?」
再び笑った。
じゃあね、そう言って高橋は小さく手を振る。
振り返ってもう見えなくなった吉澤の方へと駆けていった。
「なんだよ、それ‥‥」
独りになった廊下で新垣は立ち尽くした。
びりっという音がして灯りが戻った。床には一つしか影がなかった。
- 421 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:17
-
「あ、こんなところにいたよ。おおい、お豆ぇ」
廊下に矢口の声が響いてきた。
「ほらお豆ちゃん、お前荷物忘れてるぞ。なんでこんなところにいるんだよ。
あたし十分以上探しちゃったよ、まったく」
しかし怒った様子もなく矢口はやってくる。
遠くを行き来する人々の声が聞こえた。流行りの音楽が流れていた。
ざわめきが漂っている。
ほれ、矢口が床を見つめたままの新垣にカバンを持たせる。新垣は惰性でそれを受け取った。
「ん? なんか暗くないかお前。どした?」
肩に手を置き、顔を覗き込んだ。
「ガキさん? ガキぃ?」
「‥‥うな」
「はっ?」
ぼそぼそ言う声が聞き取れず矢口は聞き返す。
「‥‥キ言うな」
- 422 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:19
-
「ガキさーん、どうしたよ、いつものお前らしくはっきり言えよ」
矢口は相手の肩をぐらぐらと揺らした。新垣が顔を上げる。
「ガキ言うなっっ」
あらん限りの声で怒鳴った。
どこからか、なんだ喧嘩かあという間延びした声がして、響き渡ったそれに応じた。
「ガキって言うな‥‥豆って言うな‥‥」
「え? 何だよ突然。嫌だったのかそう言われんの?」
驚く矢口をよそに、新垣はつかまれたままの肩を震わせて泣き出した。
涙がこぼれ、誰もいない床に落ちていく。
明るい床を僅かに濡らす。
「あたしのこと、ガキ扱いするなよ‥‥」
新垣は両手をきつく握り締めた。
- 423 名前:手のひらを太陽に 投稿日:2004/03/14(日) 03:24
- ENDです。
ええと、企画のために書いたわけではありません。
書いてみたら、ちょうど太陽だったと言うわけです。
て、太陽じゃ微妙にずれてますけどね。
- 424 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/14(日) 03:27
- あと一本書けるかな?
なんだかんだで週一で埋めてますね。
いや、これは予告ではないですから。
- 425 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/14(日) 03:35
- やりたい放題の作者さんが素晴らしい。
はっきり書くわけにゃいかんですが、こういう雰囲気も大好きです。
あと一本、ぎりぎりアウトになるかもしれませんが楽しみにしてしまいます。
- 426 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/03/14(日) 09:37
- こ、これは・・・!!!!
作者様の意図どおり見事にだまされました!w
てっきり今までの話を別視点から語られていくものと考え、
本筋への着地点はどうなるんだろう?なんて自分なりに想像していたのですが、
これはもうパラレルですねえ。
しかも世間言うところの?黒吉!!
完全に意表突かれました。
なんてことを言いながら次回また作者様に騙されそうw
>隙間にもいないみたいだし
なるほど〜
今から思えば確かに亀井登場のきっかけになってますね。
「隙間に亀井のいなかった世界」と「隙間に亀井がいた世界」の分岐点になってるわけですねえ。
奥が深い・・・・
- 427 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:29
-
「亀子、いい加減にしなさい」
ぽかりと梨華ちゃんが一叩き。
「んぐっ」
亀井は一瞬詰まり、周囲を見渡す。
それからやっと気がついたのか、
梨華ちゃんと自分を叩いたその手をじっと見つめたと思ったら、
「ふぎゃああ」
盛大に泣き出してしまった。
- 428 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:30
-
「ちょ、ちょっと石川、何も叩かなくてもよかったんじゃないの?」
飯田さんが亀井のもとへ向かいながら非難する。
「ほら、亀井も自分が悪いんだから、怒られても仕方ないんだよ」
ほら泣かないの、頭をくしゃくしゃと撫でてなだめた。
「そうですよ、亀井が悪いんですよ。叩いて当然じゃないですか」
梨華ちゃんは怒りが治まらないようで。
て言うか、あなた当事者じゃないでしょ。
「石川さんっ‥‥はあまり関係ないんじゃないですかね、今の話。
いえもちろんっ、絵里の嘘ばっかの話はいけないですけど‥‥」
田中が同期をかばおうと、尊敬する石川に対して勇気を振り絞った。
「そ、そうですよ。石川さん関係ないです」
道重も尻馬に乗る。
そうだよね、どう見ても梨華ちゃん部外者なんだよ。
当事者は、こうして笑ってるっていうのに。
「なんか文句あるの?」
しかし梨華ちゃんはすぐさま田中たちを睨む。
「いえ」
「ありません」
二人は縮こまってしまった。
- 429 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:33
-
しゃー、と気炎を上げ続ける梨華ちゃんを放っておくわけにも行かず、
こちらも同期としてすることをしなければならなかった。
やれやれ
別に梨華ちゃんが騒がなければなんでもない話なのに、とぼやきながら熱くなっている人物に近づく。
最優秀友情賞はむしろいいことなんじゃない? あたしのキャラも笑えるし。
「ねえ、梨華ちゃん。あたしは別に怒ってないんだからさあ、その辺にしときなよ」
「よっすぃ〜ダメだよ、ちゃんと怒らなきゃ。
ほら亀井、よっすぃ〜もこんなに怒ってるんだよ。ぷんぷんだよ。ちゃんと謝りなさい」
梨華ちゃんは勝手なことを言って叱ろうとするものの、
亀井の方は今度はぴぎゃあと大声を上げてぶんぶんと頭を横に振り、
話を聞いているのかさえも分からない。
- 430 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:34
-
「石川っ」
飯田さんがとがめる。
「亀井が変な話作っちゃったのはいけないけど、あんたは関係ないんだから。
それにこの状態じゃ何言ったってしょうがないから。少し落ち着きなさい」
ほら亀井いい子だから泣くのやめなさい、号泣を続ける亀井をあやす。
「絵里、大丈夫だよお」田中と道重も一緒になった。
「だって、だって‥‥何よみんな、亀子ばっかり‥‥」
正しいはずなのに誰も加勢していなくて、梨華ちゃんはすっかりいじけたようだった。
「や、あの梨華ちゃん、代わりに怒ってくれてありがとうね。
うんでも、もうその辺で許してあげようよ、ねっ」
私は私で同期をなだめ続けなければならなかった。
「でしょお?」
すると突然梨華ちゃんは笑顔であたしに振り向く。
「そうよね。あたし、よっすぃ〜の代わりに怒ってるんだもんね。
よっすぃ〜だってほんとは怒ってるんだよね。そうよ、ちゃんと怒らなきゃいけないよ。
そうだよ、亀子の話にみんなカンカンなんだから」
話し聞いてくれ、心のなかで十回くらい繰り返した。
- 431 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:35
-
「まったく亀子ったらありもしない話作っちゃって。
なによよっすぃ〜が高橋に無理やりエッチなことしちゃうって。
え? それもガキさんの目の前でぇ?」
へぇ〜、小馬鹿にしたように亀井を見下ろした。
それを見た亀井は涙でびしょびしょの顔のまま、ほほをぷくーと膨らませる。
「絵里見たもんっ」
「何よ、まだ言うの亀子」
「見たんですー」
ふーんだ、とそっぽを向いた。
梨華ちゃんは
「きー、なによなによ。なんなんのよ」
と地団駄を踏むのだったが、あたしはキショい悔しがり方だなあなんて考えていた。
- 432 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:38
-
ふと、あたしは室内を見回す。
「あれ、そのガキさんがいないね」
他にもいない人間は何人もいたが、同じ被害を受けた新垣がいないことが気になった。
「あ、それは‥‥」
紺野が応じるが、少し言いづらげで。
「里沙ちゃん、吉澤さんが愛ちゃんたちに楽屋で‥‥あの、乱暴したって話信じちゃって、
すごい自己嫌悪になっちゃったんです」
「え、信じたの? こんな話?」
あたしは驚いた。
「はい、それで吉澤さんに申し訳ないって言って出て行っちゃってます」
と紺野はうなだれた。
「なんだよ、そんなの気にしなくていいのに。
ん? じゃあ、ガキさん心配じゃん。様子見に行ったほうがいいんじゃないか?」
- 433 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:39
-
「あっ、それだったらもう」
「誰か行ってるの?」
「はい、矢口さんが」
確かに矢口さんもいなかった。
「それじゃあ、悪いけど矢口さんに任せておこうか?」
「そうですね。さっき携帯に連絡もありましたから」
「あ、なんだって?」
「探したけど、トイレの前で泣いてるの見付けたそうです」
「そうなんだ‥‥泣かなくてもいいのに」
何か自分が悪いことをした気分になる。笑い話なんだけどなあ。
あたしが高橋に乱暴したとか、アヤカとかいろんな人に手を出してるとか。
- 434 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:41
-
桜の木の下でラブストーリーを繰り広げるってのは悪くなかったけど。
て言うか女同士よ、あたしたち。
付き合ってるってありえないから。
高橋のこと抱きたいよってどんな手紙だよ。あたし変態か?
なんで新垣はこんな話信じられたんだろう。素直なすぎるのもちょっと問題だね、これは。
あたしは頭を振って嘆いた。
それからあいかわらず泣き続ける亀井の前にしゃがみこむ。
「亀井」
すると彼女はびっくりし、体を硬直させた。
「うん大丈夫怒ってないから、ほら泣かないの」
なっ、親指で涙を拭ってやる。
「んく、ひ‥‥はい」
少し落ち着いたようだ。
- 435 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:43
-
「あたしは気にしてないけどさ」
できるだけ柔らかく話しかける。
「新垣はちょっとショック受けちゃったみたいだから後で謝っとこうな」
「‥‥はい、分かりました」
亀井は小さな声だったが返事をした。
「吉澤さんも‥‥」
「ん?」
「変なこと言って、すいませんでした」
またぽろぽろと涙をこぼす。
あたしは飯田さんに代わり頭を撫でてやった。
「よしっ、いい子だ」
もう泣かなくていいから、がしがしと髪の毛を乱すと、
亀井はもうやめてくださいよと小さく笑った。
飯田さんもほっとしていた。
「なによ、なんでよっすぃ〜のいうことは素直に聞くのよっ」
後ろの声はこの際、無視することにする。
- 436 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:45
-
約一名以外落ち着いたので、元いた席へとあたしは戻った。
隣のイスにはさっきから高橋が座っているのだが、
そう言えば彼女は亀井の話が始まってから一度もしゃべっていなかった気がする。
見ると亀井の方に身を乗り出したまま、目を大きく見開いて固まっていた。
「高橋?」
彼女の目の前で手を揺らしてみる。
まったく反応がない。
「たーかーはーしーー?」
「うおっ?」
耳に口を寄せて大声を出すとさすがに反応があった。
ついでに息を吹きかけてみたり。
ひゃあ、高橋は耳を押さえて椅子から転げ落ちた。
「あっ、ゴメン高橋、大丈夫?」
あたしは予想以上のリアクションに少しびっくりしながらも手を差し伸べる。
「あ、はい‥‥」
イタタと腰をさすり、空いた手をあたしに預けた。
力を入れて引き上げる。
- 437 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:45
-
「ありがとうございます」
起き上がった彼女は礼を言い、それから顔を上げるとあたしと視線が交わった。
瞬間に顔が真っ赤に色づく。とともにドンとあたしを突き放した。
あたしはわけが分からずに
「ん? どうした高橋?」と近づくと、
「きゃあ」
高橋は声をあげて紺野の方へ逃げてしまった。
「どうしたの愛ちゃん?」
紺野は聞くが
「ううん、なんもないんやけど」
「けど?」
「なんかあれで‥‥」蒸気でも出そうな有様だった。
- 438 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:48
-
「あの、高橋まで亀井の話、信じたってことないよね?」
あたしは紺野の陰に隠れる彼女に問いかける。
「て言うか、本人なんだから信じるも何もないけど」
「はっ、はい。もちろん、ほんないやらしいことよしざーさんにされてなんかねえすで。
ほんな、く口の中に舌入れたり、む胸触られたり、ままままましてエッチなんてそそそそそ」
「うん、分かってるから。落ち着け、なっ。高橋」
「へ、へえ。落ち着いてますす。
いやそんなあたしとよしざーさんがほんな付き合うなんてほんな女の子同士でほんな
メンバー同士でほったらことってもももちろんよしざーさんはかっこええからあたし憧れてますけど
「ま前テレビでほ惚れそうになりますなんて言われてほれ以来かぁなりドキドキなんやけどほんなって、
あたし何言ってるんやろ、のうあさ美」
ぐりぐりと紺野の二の腕に指を突き立てる。紺野の感覚では、ぎちっぎちっだったかもしれない。
- 439 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:49
-
「そうだよね、そんなことないよね」
何と言っていいのか分からなくて、腕を気にしつつ紺野は適当に応じるのだが、
「あっ、ほやけど嫌ってわけやないんよ」と相手は必死に訴えていた。
「あの、さ、とりあえず怒ってないんだよね? 亀井のこと」
あたしは背けられた方へ顔を平行移動させる。
「も、もちろん怒ってなんかないです」
すると同じだけ高橋は赤い首を動かした。
「亀井ちゃん、あたし怒ってないから気にしなくてええよ」
終いには完全に反対を向かれてしまった。
なんかそういうことをされると寂しくなるものだ。あたしが何したでもないのに。
- 440 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:51
-
「あの‥‥」
若干しょんぼりのあたしと動転する高橋に挟まれ、
ついでに言えばいつまでも突っ立っている人を背にして困り顔の紺野がおずおずと、
「美貴ちゃ‥‥藤本さんもいませんよね」
ああっっ
全員が注目した。
「やばいかな?」とあたし。
「やばくない?」と飯田さん。
「怒るでしょうね」と高橋。
「絵里、さよなら」と道重。
「顔はやめてもらいな、せめて」と田中。
「アーラーラ、知らないよー。美貴ちゃん怖いよー。怒るよー」
「やっぱり怒っちゃいますかね」
と紺野は言った。
- 441 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:52
-
あたしは頷かざるをえず、
「亀井逃がしときましょうか?」飯田さんに意見を求めた。
すると飯田さんが答えるよりも早く、
「絵、絵里何も見てません、言ってませんから。
お願いします、守ってくださいっ」
亀井が両手を胸の前で組んであたしたち相手に祈る。
「ダメー、いまさらそんなこと言ったって遅いんだから。
もし本当に助けてほしいんだったら、お願いします石か」
「うんでも、逃がしたってしょうがないでしょ」
飯田さんは言う。
「みんなで黙っておけばいいじゃない? そんな嘘話わざわざ言わなくってもいいでしょ」
「それがいいかもしれませんね」
と紺野が同意する。
「ええ、あたし言ったほうがいいと思うけどなあ」
反対意見もないようなので、飯田さんが取りまとめる。
「よっし、それじゃあ、この話は美貴には内緒ってこ」
「え、あたしがなんですって?」
みっちゃんさん登場。
- 442 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:54
-
あまりのタイミングに美貴以外全員、凍りついた。
「んん? なによ? 今、美貴のこと言ってたよね?」
飯田さんを見る。
「言ってましたよね?」
ショートしているかのようにぴくりともしなかった。
続いて同じ六期のメンバーを見やる。
「言ってたでしょ?」
田中、道重は反射的に顔を背けた。
亀井はありえないくらいがたがたと震えていた。
美貴は怪訝の色をいっそう濃くして高橋を見ようとするが、
あたしのときの動きを再利用して目を合わせなかった。
「ねえ、紺ちゃん?」
一転してとてもフレンドリーに。
「あの‥‥」
絆を強要され紺野は口を開きかけるが、
美貴の背後で亀井が震えたまま涙ながらに紺野を拝んでいて、
「き、気のせいじゃないかな?」
引きつったほほがぷるんと揺れた。
- 443 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/20(土) 21:55
-
「聞いて美貴ちゃん。あのね、今」
「やっぱり、あたしにはよっちゃんさんしかいないっ」
美貴があたしの胸に飛び込んでくる。
それを見て高橋はまた目をかっと見開き、田中はやっぱりと言って道重の手を取った。
「ほらあ」
亀井は得意げだった。
- 444 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:00
-
結果を言えば美貴はまったく怒らなかった。
あたしの隣で
「すごい、受けるっ。ああ、お腹痛い」
と転げまわり、ばんばんとあたしの肩を叩いた。
「ああ、面白い。美貴がよっちゃんさんのことって‥‥」
勢いがありすぎてあたしの胸に飛び込んできたり。
ところが美貴は
「ん?」
と急に動きを止め、あらぬ方を見つめた。
方向としては紺野たちのいるところで、あたしがその対象を探していると、
美貴が抱きついたままさわさわとあたしの腕や腰を撫でてきた。
- 445 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:01
-
「うわっ」
あたしは驚くが、自分以外にも紺野の影で高橋がわわっ、と声を漏らしていた。
美貴は少し体を離しあたしの目の前に顔を持ってくる。ニヤニヤしていた。
不審に思っていたら、今度はあたしの首をかき抱いて
「よっちゃんさん好きよっ」
と大きな声で言い放つ。
ちょっとお前なんだよいきなり
あたしが視界をふさがれもがいていると、ドアのばんと開かれる音。
そして誰かが駆け出ていくのが感じられた。
ようやく腕を解かれて美貴を見れば、一段と顔がニヤついている。
高橋がいなかった。
- 446 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:02
-
「美貴ちゃん意地悪ですね」
紺野がため息混じりに言う。
まあまあ、美貴はやはり愉快そうに、
「亀井ちゃんのお話ではあたし負けちゃったみたいだから、ちょっとだけ仕返しね」
「美貴、からかわないの」
といつの間にか飯田さんが復活していた。
何のことやらつかめなくてあたしはぼんやりとみんなを見回していたのだが。
「ほらっ、何してるの」
美貴に背中を叩かれる。
「え、何よ?」
「何よじゃないよ」
「ええ、何だよ?」首をひねるあたしに、
「このにぶちんが。さっさと高橋ちゃんとこ行ってこいっての」
ばちんと、強烈な一発を叩き込まれた。
「いでーっ」
びりびりする痛みが背中を抜けて心臓まで響いた。
- 447 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:04
-
「どこへ行ったのかな?」
あたしは当て所なく廊下をさまよう。
なんであたしが探しに行かなければならないのか分からないが、
美貴だけでなく紺野や田中たちにもニヤつかれ、
亀井には
「ほら絵里嘘言ってないでしょ。二人はエッチしちゃってるんですよ」
なんてこそこそと、しかし本人にもしっかり聞こえるように言われ。
やってねーっていうの。
何か相手にするのも疲れるので出てきたのだ。
飯田さんも飯田さんで吉澤、高橋を幸せにしてあげなさいなんて電波なことをのたまうし。
まあ、梨華ちゃんの
「だから、なんであたしの出番がないのよー。よっすぃ〜て言えばチャーミーでしょー。
いしよしでしょ、桃よ桃。レスも一杯ついたはずなのになんでよー」
とかなんとか意味不明な発言に比べればいくらかマシか。
部屋を出るとき振り返ったら、紺野がうなずきながら梨華ちゃんの肩を叩いているのが見えた。
- 448 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:07
-
「あ、安倍さん」前をゆっくりと歩いている。
安倍さんはどこかふらふらとしていてあたしは気になったが、
「あの安倍さん、高橋見なかったですか?」
と肩に手をやる。
「うっぷ」
途端に安倍さんは手で口を押さえた。
どうも吐きそうになったようで、背中が何度もびくびくと痙攣した。
「え、大丈夫ですか?」
「んぷ‥‥はあはあ、うん‥‥大丈夫」
青い顔で安倍さんは答える。
「とても大丈夫そうには見えないすけど。気持ち悪いんですか?」
すると安倍さんは力なく笑った。
「もう参ったよ。飲みすぎで今日一日中ずっと気持ち悪くって」
「ええ? アイドルが二日酔いって不味いんじゃないですか?」
「いやそれは十分分かってるんだけどね。なっちお酒好きじゃないし‥‥
でも最近、カオリがしょっちゅう家に来ては飲め飲めって」
「昨日も飲んだと?」
「四時まで‥‥」
心底安倍さんはげんなりした様子で指を立てる。
- 449 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:08
-
「四時だよっ、午後じゃないよ午前の四時なんだよ。
明け方までなっちは眠らせてもらえずにどんどん飲まされて、
そのくせカオリは自分だけいつの間にかうたた寝してて。
それで突然がばーって起きたと思ったら、加護がね辻がねって娘。の話、始めるんだべ」
もう、くたくたっしょ
あたし内心、飯田さんよくやってるなあって感心してたのに。
うっぷんは全部安倍さんとこに持っていってたんだな。この人が少し哀れに見えた。
「それは、あの‥‥大変ですね。
それでその、高橋探してるんですけど、見てませんか?」
とは言え、あまり構ってもいられないので再びたずねる。
「高橋かい? うん見たべ。
なっち今外まで薬買いに行ってたんだけど、戻ってきてエントランスのところですれ違‥‥ぷっ」
ゴメン、安倍さんはまた口を押さえ、近くのトイレに飛び込んでいった。
- 450 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:11
-
あたしは走り出す。
ぼろぼろに疲れ果て這うように歩く人たちの脇を走りぬけ、
荷物を山と積んだ台車の列をごぼう抜きする。
窓から見る太陽はビルの谷間に沈みかけ、漂う雲が輝きを失い空との境を失っていく。
「あっ、吉澤さーん、走っちゃってどうしたんですかあ」
小学生みたいに駆け寄る小川の腹に一撃喰らわせてあたしは走る。
小川はすぐに見えなくなった。
たいしたものでちょうど上がってきたエレベータはこの階までで、
あたしを乗せてすぐさま反転、下降する。
ガラス張りのエレベータで外を見渡せば、
足元のエントランスを出てすぐのところに高橋らしき姿を発見。
いや、あれは高橋に間違いない。
エレベータが一つ階を降りるごとに、あたしはなぜか緊張してくる。
後になって冷静になれば、何を高橋に言ったものか見当がつかなかったからなのだが。
今どんどんとあたしは高橋に近づいている。
そう考えたら、一階二階下がるにつれて、あたしの心臓が一段階、二段階伸縮を速めた。
しかし逆にこのバクバク言う音が速く大きくなればなるほど、高橋に近づいているとも言え、
あたしは自分のこの感覚に戸惑うのだけど、なんだか悪くない感じでもあった。
- 451 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:13
-
地上間際まで降りてくるともう外は見えなくなり、同時に高橋の姿も失った。
あたしはとても落ち着かなくて、
ぷしゅーとドアが開いたときには、外に向けて一直線に走り出す。
ばぁったん。
エントランスを抜け出た瞬間、段差に足をとられて転んでしまった。
「いったー」
地面を擦ったひざをなでながら見回すとスーツのおじさんと目が合ったが、
一睨みすると相手は目を逸らした。
ふうふうとひざに息を吹きかける。
「ああ、すりむいちゃった。血ぃ出てるし」
「大丈夫ですか?」
高橋がいた。
- 452 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:14
-
「え? あの、その、うん平気、ちょっとすりむいたけど‥‥」
あたしはしどろもどろで立ち上がった。
何か恥ずかしくて高橋の顔を見られない。
転んだせいなのか、美貴たちにけしかけられていたからなのか。
あたしを気遣いながらも高橋も赤い顔でこちらを直視できなかったが、
あたしに顔を背けられていることに気付いて、
「すいません、あたし変ですよね。あんな話聞いてのぼせちゃうなんて」
とうつむいた。
「吉澤さんのこと憧れてたから、亀井ちゃんの話聞いたらなんかあたし、
ああ、ほんまに吉澤さんの彼女やったらどんなんやろう、なんて考えちまって‥‥」
あたしは心臓をバクバク言わせながら話を聞く。
エレベータで降りながら強くなったこの鼓動は、今目の前で泣きそうに話す彼女のためだ。
しかし実際たどり着いたらどうしたらいいのか分からない。
「あたし」
高橋が思い切ったように顔を上げた。
「よしざーさんが好きです」
- 453 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:19
-
さっきからひざがじんわりと痺れている。
それが体全体に心地よく伝わってきて、あたしはふわふわとした浮き上がるような感覚に包まれる。
何の言葉も要らなくてあたしは黙り、次第に鼓動も穏やかになっていくのだが、
彼女の小さな胸の鐘は逆にどんどん速く打たれていっているのかもしれない。
あたしの返事を待って、緊張を強めているようだった。
と、すっかり青みがかった二人の間に淡い桃色の物体が舞い降りる。
手に受けてみれば一枚の桜の花びらで。
今まで気がつかなかったのだが、
すぐ横に年季の入った桜の木が一本植わっていて、まだ数少ないものの花を咲かせていた。
- 454 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:22
-
「桜」
高橋に手の中の花びらを見せる。
「ほんまに」
彼女は微笑む。
少しぎこちなかったけれど、その顔はあたしが今思わず握り締めた桜のように淡く優しくて、
あたしの心臓はもう一度跳ねた。
「あのさ、高橋」
あたしは鼻の頭を指でかく。
高橋が見つめている。あたしの心はずっとノックされている。
「ほんとの桜、そろそろ咲いてきたからさ、今度一緒に見に行こうか?」
こんなあたしも嫌いじゃない。
- 455 名前:サクラサク 投稿日:2004/03/21(日) 03:24
- STARTです。
ということで、これで終了します。
- 456 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/21(日) 03:32
- ぴたっ、と決めるつもりだったのに‥‥
読んで分かると思いますが、完全に終わりのつもりで書いてます。
また残りの容量の使い道を考えなければならないのは、少し気が重いですが、
移転までしてもらいましたから、その責任は取らねばならないなと思ってます。
緑板の方々、この度森板より引っ越してまいりました。
どうぞよろしくお願いします。
- 457 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/21(日) 03:42
- >>425さん
もうやり放題させてもらいました。
優しい読者様に甘えちゃってますね。
そして今回は見事にアウトになりました。恥ずかしい限りです。
>>426さん
だまされたと言ってもらえると嬉しいですね。
そして最終着地点はここです。
ちなみに今回のモットーは「恐れずに」でした。
読者様、顎さま、どうもありがとうございます。
- 458 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/03/21(日) 05:40
- おお、シリーズ完結ですか?!
嬉しい様な寂しい様な・・・お疲れ様でした!!!
でも自分は移転大歓迎です。
これで容量が増えて、もう少し作者様の作品を読ませていただけそうだから。
(作者様のご苦労も知らずわがままなもんです)
>>だまされたと言ってもらえると嬉しいですね。
ええ、見事にw
後半の数本でトータルで不思議な味わいを持つ作品に変貌しましたね。
前回「パラレル」と書きましたが、
最終話でさらに多層化して、これはもうカオスと言って良い。
それでいながら、どこか一本筋が通っていて、
綱渡りしながらも崩壊を免れている・・・
偉そうな言い方になってしまいますが、
作者様の意欲と力量をすごく感じました、まさに「恐れずに」ですね。
ステキな作品をありがとうございました。
「残りの容量の使い道」に期待しております。
- 459 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/21(日) 06:19
- 元のスレを見ようとしたらJaneでエラーになったので、移転元のスレをIEで見てみたら
1 :移転したよ :移転したよ
移転しました
こちらです。http://127.0.0.1/2ch/green/index2.html
とlocalhostのアドレスが移転先になっている。
そりゃここには辿りつけんよ(w
ま、探せば直ぐ見つかるけど、直せるなら直してもらったら如何です?
- 460 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/21(日) 06:28
- 亀子恐るべし・・・・
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/21(日) 08:06
- 新天地オメ(w
しっかし、こうでしたか。作者さん、あんた最高だYO! 笑った笑った。
ほんっっっとしょうがねー女だ亀井……ガキさんかわいそう。小川がもっとかわいそうだ。
完結ですか。STARTですか二人は。って素直に読めやせんですけども。
ま番外編ですしー。番外編だったのかなあ?
萌えたしあれやこれやの仕掛けも理屈ぬきに楽しめました。
やりたい放題は素晴らしいと思えました。ありがとう。
もし、これからまた書かれるなら、ますます存分に暴れられんことを祈りつつ…
ありがとう。
- 462 名前:名無しさん 投稿日:2004/03/23(火) 15:02
- >>458さん
>>459さん
>>460さん
>>461さん
そして元スレおよびCP分類で移転のことを書き込んでくださった方、ありがとうございます。
CP分類での紹介文‥‥私かなり裏切ってますね。
まあ、二つ目の『桜』で一度区切りをつけてますので、
読者様の判断で、そこまでの作品だったのかその先も含むのか、お任せしたいと思います。
『サクラサク』に関してですが、亀井さんに全部かぶってもらいました。すいません。
ガキさんはスレ立て当初からどうにか出したいと思っていたら、こんな役回りに‥‥
小川さんは‥‥あれは作者の愛です。
残りの容量ってよく考えたら森板のスレもう一枚分じゃないですか、きっつい‥‥
- 463 名前:夢うつつ 投稿日:2004/04/16(金) 01:42
-
あたしは最近夢を見る。夜見る夢だ。
いや、明け方見ているのかもしれない。
だって夢を見たときは決まって、
それまで宙に浮いていた体がいきなり下に落とされたような感覚、
びくんと大きな痙攣にあたしは跳ね上がって目を覚まし、
汗のせいで肌に張り付くパジャマのボタンを一つ二つ外しながら、
ふらふらと窓辺に歩いてカーテンを開けると、まだ昇り始めたばかりの太陽がいきなり目に飛び込んでくるのだから。
まだ夜の気配を残す紫の空を、容赦なく切り裂いて届く光に慣れる頃には、
野鳥の囁くような鳴き声‥‥ならいいのだが、
あたしのところではカラスのがーがーいう声で、それが耳に入ってくる。
- 464 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 01:44
-
たぶんカーテンを開ける前からカラスのあの騒々しい鳴き声は部屋の中まで届いているのだろうけど、
夢から覚めたばかりのあたしは、そういったものを感じ取る感覚が麻痺してしまっている。
ただ惰性からカーテンまでたどり着いて、すると足がもつれ壁に体をぶつけてみれば、
手にはカーテンが握られていて、むき出しになったガラス戸を通して朝日が部屋にさしているといった具合。
さしている、まさにそうで、朝日が力強く部屋に射しこみ次いで壁に寄りかかったあたしの両目を刺していく。
それによって夢を見ている間死んでいた二つの目はなんとか蘇生し、お次は生ゴミを漁る口ばしによって二つの耳だ。
熱いシャワーを浴びて肌が生き返り、冷蔵庫から取り出した水によって舌やのどが蘇る。
しかし、あたしは自分の取り戻した感覚が良好でないことを自覚している。
その証拠にこれも一連の作業として用意した朝食を、と言ってもただのヨーグルトだが、
一口それを口に入れた途端あたしはトイレに駆け込んでそれを吐き出してしまうのだから。
もちろんスプーン一杯のヨーグルトで吐けるだけのものはないから、
先に飲んだ水がいつまでも途切れない胃液と混じって押し出されるだけだ。
酸味を感じているので味覚も戻っているようだが、これはまずヨーグルトのものではないのだろう。
ご丁寧に嗅覚まで戻っている。
- 465 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 01:46
-
まあしかし、ここまでが夢見た朝の一連の流れなので、滞りなく順調に流れているとも見ることもできる。
できれば遠慮したいことではあるけれど。
そこまで手順を踏んでようやくあたしはさっき見ていたはずの夢のことを考える。
夢を見ない日は目覚めがよく、
朝食もマーマレードを塗りたくったトーストを二枚サラダ一皿それにスープを美味しく食べられるのだから、
まず見ていたに違いない夢は気分の良い物ではないはずで、
しかしここで、はずと言ってしまうのはあたしがもう何も覚えていないからだ。
夢を見ていたという感覚だけがまだ微かに残っている。
ああ、水を飲み込む時にのどがひりひりと痛いことがあるので、夢の中であたしは何か声をあげているのかもしれない。
飛び起きる時に叫んでいるよう気がしないでもない。
しかし何を叫んだのかなぜ叫ばなければならなかったのか、記憶をたどってもまったく手繰り寄せることはかなわない。
もちろん、叫んでいたとしての話。
だからあたしは夢を見ていたはずだと言うしかない。
それもよくない夢を、たぶん。
- 466 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/16(金) 01:50
- 新しいものを始めます。
今度は連作短編ではなく、比較的長めのものを、と考えています。
サクラサクまでの『桜』を受けて、書きます。
不快な表現があるかもしれません。
- 467 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/16(金) 10:27
- お待ちしておりました!
雰囲気からするとなかなかヘビーな展開がありそうですね?
「不快な表現」ってのがちょっとだけ気になりますがw、
どこまでもついていく所存です。
楽しみ〜
- 468 名前:夢うつつ 投稿日:2004/04/16(金) 20:44
-
- 469 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:45
-
「高橋、どした?」
ベットに呆然と座るあたしに誰かが声をかける。
いや、誰かじゃない。よしざーさんだ。
でもよしざーさんはどこ、それとここは?
あたしはまた夢を見ていたようだ。全身にかいた汗がそう言っている。
しかしまだカーテンを開けてない。
目を朝日に刺されていないし、カラスのくちばしに耳を喰い破られてもいない。
ヨーグルトを吐いてもいない。
でもよしざーさんの声は聞こえてきた。よしざーさんの匂いも嗅ぎとれる。
手順を踏まないせいでどうにもぼんやりとしているが、よしざーさんがそばにいることは感じ取れた。
ほうや、ここはよしざーさんの部屋でベットで、ほや昨日‥‥
- 470 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:46
-
さわさわ。
うん、何か肌に触れるものがあるみたい。
「高橋って、腰細いよねー」
よしざーさんの声、そしてまたあたしの表面を滑る何やら心地よいもの。
あたしの体はだるく力が入らず、のろのろと首だけ横に向ける。
何か考えてそうしたというよりも、声のした方に反応したという感じだ。
すぐ隣でよしざーさんが横になっていて、こちらに体を向けていた。
途端にあたしは目が覚めた。
だって布団が腰まで捲れていて、よしざーさんの何も着ていない上半身が、胸が露わになっていたのだから。
あたしはドキドキしてすぐ目を逸らした。そのくせとても気になってちらちらとうかがってしまう。
と同時によしざーさんの顔ものぞき見るのだが、
よしざーさんは至って平然としたもので片腕をあたしの方に伸ばしてその手の先を見ているようだ。
- 471 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:48
-
「いい形だよね、この腰」
そう言えば先ほど感じた感触はどうもずっとそのままのようで、
ちょうどよしざーさんの手が伸びた辺にあるようにも思える。
あたしはまっすぐ前に戻していた顔を思い切ってもう一度ひねり、
その時にはしっかりとよしざーさんのことを視界におさめたわけだが、その腕の先を探した。
するとあたしの腰の上で手のひらがさわさわと動いていたわけで。
腰の上と言うかお尻の、しかも裸の。
「ひゃあーっ」
あたしは飛び上がって二人の間にある枕をよしざーさんの顔にばんと押し当て、
布団をひったくって自分の体に巻きつけた。
すると今度はよしざーさんは全身むき出しになっていて、
「ちょっ、やめてください」
あたしはそのまま布団をよしざーさんに押し返した。
「うお、何だよいきなり」
布団の向こうからよしざーさんの呟きが聞こえ、それとともに枕がぽろっとこぼれ落ちる。
「いやー、こっちゃ見んでのっ」
ドタバタ劇がしばし続く。
- 472 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:48
-
- 473 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:49
-
「まだ六時なんですけど」
ぼろぼろになったよしざーさんが言う。
「‥‥朝っぱちからすいません」
あたしは小さくなる。シャツに短パン姿になってどうにか平静に戻っていた。
「素敵な朝になる予定だったのに」
よしざーさんはやはり呟きながら、近くに脱ぎ捨てていたシャツを被る。
「すいま‥‥」
もう一度あたしは謝ろうとするが、またむき出しの胸が見えてしまい言葉が消えてしまった。
よしざーさんは、よっと軽く声を出してシャツを着ると、
「ん、どうかした?」
「あのいえ、なんもないです。すいません」
「うん、そう?」
そのままあたしのことを気にする様子もなく立ち上がってパンツを拾い上げ、
しかしすぐにそれを投げ出すとタンスから新しいものを取り出して履き、
ちょっと考えてから今着たシャツをまた脱いで替えた。
ちなみにあたしの目の前にタンスはありました。
- 474 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:50
-
「どうかした?」
よしざーさんがあたしの前にしゃがみこむ。
「や、ほやからなんもないです」
きちんととは言えないまでも、すでに服を着ているのだからもうどうってことないはずなのだが、
あたしはつい目を逸らしてしまう。
「でもなんか、うなされてたみたいだけど?」
「はい?」
「違った?」
言っていることが分からずに見たよしざーさんの顔は至って真面目なもので。
「あんの、何の話ですか?」
「何のって、寝てる時うなされてたみたいだったけど、ってことなんだけど‥‥」
ああ、そっちですか。あたし一人で何考えとるんやろ、こっぱずかしい。
「うん、えっとそうですね。うなされてましたか? あたし」
ははは、なんて頭をかきながら。
「そんな気がしたけど」
「あたしも寝ぼけててよく分からないんだけどね、隣でがばっての感じたんであたし起きたからさ。
まだこんな時間だよ」
とよしざーさんは壁の時計を示す。正確にはまだ六時にもなっていなかった。
「あ、すいません。起こしてもて」
「いやいいんだけどね。高橋は起きるのいつもこんなに速いの?」
「‥‥どうなんやろ、夢を見た朝は早い気もしますけど」
「夢、ねえ」
- 475 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:51
-
- 476 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:52
-
ばたんばたんと冷蔵庫が開け閉めされる。よしざーさんが朝食の用意に取り掛かっている。
「ウインナーに卵に‥‥何にもないな。あっと、高橋ヨーグルト食べる?」
と振り返った。
「えーと、ヨーグルトあんまし好きじゃないので」
「あれそうだったけ? なら止めとくか。パンに目玉焼きとウインナー焼いたのくらいしかないけどいい?」
「はい、十分です。すいません」
あたしも人のことを言えるほどのものではないだけど、後ろから見る限りよしざーさんは割りに手際が良いみたい。
鼻歌交じりで調理している。
そしてテーブルには綺麗に焼けた目玉焼きが運ばれてきた。
縁から見る裏面は美味しそうに焦げているし、半熟の黄身が白い薄膜に包まれて中心に鎮座している。
添えられている野菜は加工済みの食品のようだったけれど。
「先、食べてていいよ」
よしざーさんはウスターソースを置きながら言う。
「あ、いいです。待ってますで一緒に」
「そお? じゃあすぐできるからちょっち待ってね」
ニカっと笑った。
「はい、分かりました」
あたしが返事する時にはもうよしざーさんはフライパンに戻っていて、ウインナーを炒めていた。
- 477 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:54
-
「のぉのぉよしざーさん」
「ん?」
フォークで目玉焼きを突付きながら、
「料理上手なんですね」
すると小瓶を片手によしざーさんは
「なによ、こんなの料理なんて呼べないだろ、ただ焼いてるだけで。それにあたし切るのとかは苦手だしさ」
と言って塩コショウを振りかけ一度フライパンを揺らしてから、
「あれ? もしかして今バカにした?」
あたしは大急ぎで首を振って否定した。
「でも‥‥なんかよしざーさんて」
「一年365日コンビニ弁当でも食ってるような奴だと思ってた?」
「ほ、ほんなことないです」
「でも顔にそう書いてあるよ」
とよしざーさんは後ろ手の菜ばしであたしを指す。
「ウソ? あの、や、その」
あたしはあたふたと手で自分の顔を確認するのだが、よしざーさんからぷっと吹き出す声が聞こえ、
見ればよしざーさんは笑い出していて、
その所為でフライパンが上下左右し、終いには一本ウインナーが飛び出す始末だった。
- 478 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:55
-
「ああっ、もったいねー。ぷくく」
「何がほんなにおもっしぇーんですか?」
あたしは少しむくれて尋ねる。
「ううん」
よしざーさんは残ったウインナーをどうにか皿に移しながら、
「高橋は今どんな顔してるのかなって想像したら楽しくって。だって顔見えないからさ」
また一本脱走しかけたが、素手で捕らえてアチチと言いながら皿に戻した。
「可愛い顔してんだろな、と」
あたしはまだ自分の顔に手を置いたままで、そこでやっとからかわれた事に気づいた。
かっとなり文句を言ってやろうと口を開きかけたのだが、
「はい、お待たせー」
よしざーさんに遮られる。
「今日は366日目なんで特別に作った料理、どうぞ召し上がれ」
この楽しそうな顔を目の前で見たらどうでも良くなってしまった。
- 479 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 20:58
-
「はい、牛乳かミネラルウォーター、好きなほう飲んでね」
そう言いながらよしざーさんはいつものカップにエスプレッソマシンからコーヒーを注ぐ。
それは先日二人で渋谷に行った時によしざーさんが一目惚れして買ったもので、
とここで言っているのはエスプレッソマシンの方で、カップはもう何年も前からずっと使っているものらしく、
お揃いのを買いましょうよという提案をあっさり断られた苦い思い出のある品なのだが、
そのマシンは興味のないあたしからするとちょっと信じられない値を付けられており、
気が付いたらよしざーさんがもう支払いを済ませ箱を手に抱えていたからまた驚かされたのだが、
今よしざーさんはとても嬉しそうにコーヒーが出てくる様子を眺めている。
そんなのはもう何十回と見ているだろうに。
あたしにはこのゴポゴポいう音はどうも汚らしく思えてしまうのだが、
彼女そっちのけのウキウキで持ち帰って初めて扱うのにも拘らず自慢げに披露され素直にそう感想を言ったら、
よしざーさんはバッカこれがいいんじゃんと本気で怒り、一方エスプレッソマシンにはほお擦りしかねない感じなので、
あたしはこれこそ世界で最も美味しいコーヒーを出すものだと思い込むと同時に、
機械相手にひどくヤキモチを焼いた。
- 480 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 21:00
-
あたしの中にはやはりまだぼんやりとした部分が残っているのだろうか、
そんなことを思い出しながらペットボトルにも牛乳パックにも手を伸ばさず渡された空のカップを抱えていた。
何となく泡立った液体が注がれるのを見ていたら、
ん? どうかした、とよしざーさんが聞く。
しかし特に返事を求めていなかったのか、カップを鼻の近くに持っていき満足そうに匂いをかいだ。
「いいえ」
あたしの視線もつられて上昇したが、あたしの意識は鼻までは昇らずに唇の上に留まってしまう。
次にカップがそこに降りてきて、軽く開かれた唇からコーヒーが少しよしざーさんの中に入っていく。
あたしはよしざーさんのあの唇を知っている。
これまで何度もそこにあたしの唇が接し舌が舐め、時には歯が咬み、
またよしざーさんからあたしの髪に額にほほに触れてくれ、
そうそれはいつも心にも触れてあたしを震わせたのだが、
昨日はもっと激しいやり方で、もっと違ったところであたしはよしざーさんのあの唇を知った。
だから今コーヒーが飲まれ目玉焼きが食べられたりするのを見ると、
よしざーさんの唇が吸ったり咬んだりするのを見ると、あたしはどうにもドキドキしてしまうのだ。
- 481 名前:_ 投稿日:2004/04/16(金) 21:02
-
「高橋も、コーヒー飲む?」
じっと見つめたまま動かないあたしによしざーさんから再び声がかかる。
「あ、はい」
あたしは何も考えずに返事をするが途端に笑われた。
「高橋のエッチ」
あたしは今度こそ自分の顔には何もかも書かれていて、それを真正面から見られてしまったんだと思った。
そう考えたらどんどん顔が熱くなってくる。きっと真っ赤になっているに違いない。
「や、ほんなエッチなんて」
「ウソだー」
「ウソじゃないです」
あたしは懸命に否定しようとした。ウソだと自分が一番分かっていたのだが。
「だって、モーニングコーヒー飲もーよー♪ でしょ?」
とよしざーさんは愉快そうにあたしの手からカップを受け取る。
あれ?
「高橋、普段コーヒー飲まないじゃん。それが今日に限って飲むなんて、ヤラシイ」
いんやー、たら子恥ずかすぃなんて言いながら目をしばたかせている。
あの、そっちですか?
‥‥ほうやで、あたしコーヒー見とったんやざ。
「え、えへ、ばれちゃいました? ちょっと憧れてたんですよ、ほんまは」
たぶん今ひっで引きつった顔してるんやろな。
「ああ、やっぱす東京は恐ろしいところだあ」
- 482 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/16(金) 21:05
- 更新終わります。
レスありがとうございます。期待に副えるか分かりませんが、頑張りたいと思います。
- 483 名前:夢うつつ 投稿日:2004/04/18(日) 21:38
-
- 484 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:42
-
よしざーさんはその後もいろいろあたしに話しかけ、その合間にむしゃむしゃと食べているのだが、
一方あたしはと言えば、はあとかええとか気の抜けた返事をするだけで手にしたトーストも、
不思議と今日は吐き気を催すこともないのに、一口二口かじっただけでまたよしざーさんの唇を見つめ、
そして今度はさらに色々な物に触れるよしざーさんの手の指の動きに意識を持っていかれてしまう。
するとその手がいきなり空中で止まり動かなくなり、
不思議に思いつつもしなやかな指がそれぞれ微妙な角度を持って五本重なっている様や、
その先で磨かれた爪が描く曲線などを、これ幸いとあたしは注視する。
「高橋、ほんとどうかしたの? どこか具合悪い?」
はっとして見上げるとよしざーさんはずっとあたしのことを見ていたようで、手が止まったのもそのためだった。
あたしは今日もう何度目かのなんもないを言おうとするが、よしざーさんの大きな目はそうさせてくれない。
さっきまで意識を奪っていた唇や指のことはあたしの中にはもう一片もなくて、
全部丸ごとよしざーさんの目に捕らえられてしまっていた。
- 485 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:43
-
よしざーさんは優しくあたしのことを気にかけているだけで、
おそらくあたしを捕らえる気などさらさらなかったのだろうけど、
そして実際にはあたしの方が睨みつけるくらいの勢いで見ているのだから、
捕らえられているのはよしざーさんと言ったほうが正しいのかもしれない。
しかし自分の視線に露ほどの効果もないことは分かっていて、
ご覧の通りこれだけ凝視していたのにもかかわらずよしざーさんは平然としたもので、
逆にあたしはちょっと見られたくらいで動けなくなっているのだから、完全にあたしが獲物なのだ。
あたしはよしざーさんの二つの目に完全にがんじがらめにされている。
昨日のあたしがあの目にどうなふうに映っていたのか考えてたらとても恐ろしいことだけど、
昨日は昨日でよしざーさんが見て、今日も今日でよしざーさんがあたしのことを捕えているのだ。
空想の縄があたしの体を締め付ける。じんわりとした痛みが身を捩じらせて余計に自分を捕えさせる。
- 486 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:45
-
「よしざーさんは結構普通ですね」
ようやく夢見心地から帰ったあたしは若干の皮肉を込めて尋ねた。
だって、ほうやろ。
あたしが起きてから今までの時間のほとんどをこうして真っ白になったり真っ赤になったり、
ぼおっとしたりあたふたしたりに費やしてしまっているというのに、
よしざーさんときたらまったく完全にいつものよしざーさんなのだから。
それこそ楽屋で麻琴や藤本さんや飯田さんなんかを相手にふざけたり、
重さんあたりをそれって本気で口説いてませんかと疑いたくなるくらいうっとりさせる、
こう考えると非常に厄介な人にあたし惚れちゃってるなあと泣きたくなることがあるけれど、
そういういつものよしざーさんと見分けがつかない。
「普通だねえ」
挙句返ってくる返事がこれやで、のうのうと。
むっかーと怒りが沸いてくるかというところなのに、よしざーさんは相変わらずかっこよく笑っていてちょいちょいと、
ん? あたしを呼んでいて、なんやのまったくという気持ちを膨らませたほほで表現しつつ席を立った。
そんなことにはもちろんよしざーさんは気にもとめず、
ほら、早く早くとあたしを呼びたてる。
「なんですか?」
しぶしぶとよしざーさんの横に回って、でも癪なので頭を上げずよしざーさんの足を見つめるのだが、
あの足すべすべしてて気持ちいいんだよねえなんて節操なしに考え出してしまい苦笑したら、
視界からよしざーさんの足が消えさっていた。
- 487 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:46
-
「え?え?」
混乱するあたしの目に映るのはキッチンで、目の前にいたはずのよしざーさんもいなくて、
あたしはますます訳が分からなくなってしまったのだが、一方であたしの体を包む温かいものを感じ取ることができた。
状況を把握しようと首を回すとよしざーさんはいなくなったのではなく、いやむしろまったくの逆で、
あたしの頭のすぐ横によしざーさんの頭があり鮮やかな金の短髪があたしに柔らかくかかっていて、
その下ではよしざーさんの体があたしの体とくっついていた。
早い話、あたしはよしざーさんに抱きしめられていたわけだ。
「あ、の‥‥よしざーさん?」
「んー、やっぱり落ち着くなあ」
とよしざーさんは言ってあたしの首筋に顔をうずめ、すうと匂いを嗅いでいるよう。
やだ、ちょっよしざーさんあたし寝てた時すごい汗かいてますで、いやもうシャワーを浴びたんだった。
でもあたしは実際また薄っすら汗をかいていて、言うまでもなくよしざーさんとのやり取りのせいだけど、
そのよしざーさんに鼻をこうぴったりと寄せられたら緊張で余計に汗が出てしまうし、
匂いを嗅がれるなんてそれだけで十分恥ずかしくて耐えられないのだが、
今肌に浮かぶ汗を嗅がれるとあたしが他の時に流した汗の記憶も一緒に嗅がれてしまう、そんな錯覚に陥っていた。
しかもよしざーさんは相変わらず薄着でと言うかノーブラで、
こうして抱きしめられるとよしざーさんの形をしっかりと感じてしまうのに、どうして落ち着けると言えるだろう。
よしざーさんとは真逆であたしはもう落ち着くということがどういう意味かさえ忘れている。
- 488 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:51
-
「高橋といると落ち着くよ」
しかしよしざーさんにこう繰り返されるとあっさりと、
そうなのかもという考えが浮かぶのだからあたしって奴は本当に節操がない。
きっとこれもエスプレッソマシンと同じでよしざーさんの言葉を神様の宣託のように、ははあと受け止めてしまうのだ、
とさすがにこれは言いすぎだろうか。
でも事実よしざーさんの言葉があたしに与える影響はとても大きくて、
それは時によしざーさんの体が与える影響を上回る。
だからキスをお預けされてもよしざーさんのちょっとした、大したことを言ってくれるわけではないけど、
一言にあたしの不満は鎮められるわけで。
それゆえ今あたしが感じている生々しい柔らかさや温かさもよしざーさんの言葉を受けてがらり質を変え、
よしざーさんの優しさや穏やかさの顕れとなってあたしを包む。
二つの体が密着すればするほどに落ち着きやら平静やら安穏やら色んな言葉が帰って来て、
それに加えて愛しさやときめきなどが、あたしの体の内ではちきれんばかりに充実するようだった。
そんな時に感じた唇への柔らかい接触。
- 489 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:56
-
はっとするとよしざーさんがあたしから顔を離すところで、まじまじ見るあたしと目が合うと照れたように笑った。
今のが確かにキスだったのならばあたしたちの付き合いではこれはちょっと珍しいことで、
大抵はあたしがよしざーさんの隙を見てえいっとばかりに唇を奪うか、
じっと見つめてこれからキスしますよと示しながら顔を近づけるかだ。
時々どうしてもよしざーさんからキスして欲しくなった時にだけ、
切なくてやり切れませんといった表情、上目遣いの瞳に薄っすら涙をたたえて慰めを待つといった具合で。
だからそれも実質はあたしからのものなので、
本当の意味でよしざーさんからしてくれたキスは、もしかしたらこれが初めてかもしれなかった。
「あの?」
たった今キスがなくても大丈夫なんて強がってみたところでいきなりなんて、
あたしの底の浅い精神論は粉微塵となってしまった。もうかけらも残っていない。
よしざーさんはあたしをそっとしておいてくれる気などまったくないのか、
そう疑いたくなるほどあたしはまた気が動転している。
でもこんな動転なら大歓迎で、もっともっとくれるならあたしはそれを動力にどこまでも行ける気がする。
「はは、キスしちゃったよ」
よしざーさんも少し赤くなっている。新鮮でなんか可愛らしい。
「もっとしてくれてええですよ」
「止めとく」
あっさり断られた。
口の端に浮かんだ意地悪そうな徴からあたしの企みがばれているのは明らかで、
代わりにしょんぼりするあたしの頭を撫でてくれる。
何々してくれる、なんて言葉を使う必要などないのだけどあたしがついそう感じてしまっているのだから、
あたしたちの関係性よしざーさんの気まぐれにあたしが一喜一憂するという形は当分変わりそうもない。
「また今度ね」
今度するなら今してくださいよ
じっとよしざーさんの顔を見つめるとこの気持ちも伝わったようで、くっくと苦笑いされた。
- 490 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:58
-
- 491 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 21:59
-
さてこの間もあたしはよしざーさんにずっと抱きすくめられていて、お尻はよしざーさんのひざの上にあったわけだが、
あたしの頭を撫でたのとは逆の手はまたあたしの腰からお尻の辺りをさすっている。
「ちょおっ、よしざーさん」
「なんかいいんだよね、触り心地」
ヤダなんやの、よしざーさんがこんなスケベやなんて思わんかった。
ほんなふうに見せてるだけや思っとたさけ、こんが素やったら少しショックやざ。
「あたしさあ」
よしざーさんが目を瞑りながら言う。あのそんなじっくり味わうの止めてください。
「‥‥なんですか?」
「自分がこんなんだって考えたことなかったんだよね」
あたしも思ってなかったですよ。
「あたしさあ」
同じ言葉を繰り返す。
「女の子と付き合うって考えたことなかったんだよね、今まで。
キャラでそんな感じ出してるけど、あたしもさ、ダッテ女の子ダモン。
こういう仕事だから恋愛とかできないけど、でもなんか一段落ついたら、
いや、もしすっげーかっこいい人とかに出会った日にゃそんなの気にせず、
それこそサングラスに帽子こうぐっと深く被ってさ、深夜の車中デートとか思ってたわけ」
「はい‥‥」
砂時計のようだ。
上下が絶えず入れ替わり砂に溢れていたはずのガラス容器からどんどんそれが失われていくのだ。
もう一方の容器も一杯になれば次の瞬間から失っていく。
たぶん今あたし泣きそうになってる。
- 492 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:02
-
「でも、実際は女の子と、て言うか高橋と付き合ってて、んでこうしてそのなんだ、モーニングコーヒー飲んで‥‥」
とよしざーさんはカップを手に取ろうとまぶたを開いた。
するとあたしと目が合う、と言ってもあたしからはぼやけてよく見えないけれども。
「わっ、高橋なに? 泣くの? 大丈夫だよ、泣くなくていいから」
よしざーさんが途端に慌ててくれ少し嬉しくて笑ったら、その拍子にポロポロと涙がこぼれ出た。
頭を撫でていた手が降りてきてあたしの涙を拭った。
髪を揺らす手の感触は惜しかったのだけど、目じりに感じる指はそれ以上に優しかった。
優しすぎて余計に涙が止まらない。
「あ、そうか。違うよそんなんじゃなくてさ」
とよしざーさんは涙を拭った手であたしのほほをふにふにとつねって、目を開かせる。
「自分でも不思議なんだけど、高橋とこうしてることに全然違和感とか、そういうの感じてなくてさ。
あれ、じゃああたしって女の子いけるの? ってちょっとここで泣かないでね、まあ聞け。
いけるのかなって考えてみたりもしたんだけど、いや考えただけだよ、仮定の話であくまで仮定。
「で、考えてみるんだけど、うーんまったく想像できなくてさあ。まったくありえそうもなくて、
あれ、じゃあ高橋はどうしてなんだろうって、どうしてなんだろう?」
「どうしてですか?」
いつもの間にか砂時計はさらに反転していた。
鼻をすする音を抑えて自分の心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。
止まりかけていたものが今度は破裂しそうなくらいに蠢いていた。
よしざーさんの唇を見つめるが、今はそれがあたしにぴったりくっつくことではなくて、
一つの言葉を、あたしの気持ちと同じ気持ちを発してくれるのを心待ちにしている。
それこそ遠くに離れていても聞こえるくらいにはっきりとした声で、
もはや他の音を圧倒し始めている胸の早鐘を超えてあたしの耳に届く大きな声で。
- 493 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:05
-
それなのに。
「分かんない」
「は?」
「いや、分かりませんのよこれが」
‥‥ほうやで、ほんな人やげ。
あたしが望むものは望んだときにはくれないの。
それでがっかりすると忘れた頃になって、あっそうそうといった感じでよしざーさんは与えてくれて、
あっ期待していいんだと調子に乗ると、何のこととシラを切られたりして。
よしざーさんのする一つ一つにあたしは一々反応し砂時計をひっくり返し、
上がったり下がったりしてあたしは嬉しさと悔しさで一杯になって、
でもそれは結局あたしの中がよしざーさんで一杯だということで、それは何だか嬉しいことで、
ああ、もう自分はこの人から逃れられないんだと観念してしまう。
あはは、ほんでこん気持ちにも逃れたくねえいうんが一緒になってるんやから、ひっでめちゃくちゃやげ。
- 494 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:08
-
あたしが一人百面相をしているのをよしざーさんは不思議そうに見ていたが、口を開いた。
「分かんないけどさあ、昨日高橋とまっぱで向き合って、こんなふうに高橋のこと抱きしめたら、
あたしの肌と高橋の肌がこうぴたっとくっついて、なんか今まで感じたことないくらい気持ちよくてさあ、
なんかやっぱり分からないけど、これすっげー気持ちいいなあってね、思ったわけ」
はは、高橋顔赤いよ、ほほを引っ張られたり。
「それに、そのなんだ。ああこれから、ああなんて言うかその、
これから、んんっ、イッセン? 越えるんだなあって考えてたときには心臓バクバクだったのにさ、
こうして高橋と肌合わせたら、もうなんかすげえあたし落ち着いちゃって。
「あたしの欲しいものは焦らなくてももうここに、全部ここにあるじゃんて思ったら、
まず何をどうしてとか考えてたのが、へへ、一昨日の夜はそんなこと考えてました。
あたしだって緊張してたんだよ。
「そんなのもうどうでもよくなっちゃってさ、ああ、もうこのまんま朝になっても構わないやって思えて。
まあ、実際は高橋のことしっかりもらっちゃったわけだけど。だからさあ‥‥えーと
‥‥うーんその、何言ってるのか自分でもよく分からなくなってるなあ」
よしざーさんは首をかしげた。
あたしが昨日落ち着いてできたという、いやそんなことじゃなくって、ええと‥‥
そして、いきなり頭を上げるとあたしに聞いたのだ。
「そう、高橋はどうだった?」
「ひえっ? え、や、っとほれは‥‥」
「うん、どんな感じ?」
いやあ、聞かんで。
「あの‥‥」
- 495 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:10
-
ああ隠れたい。
でもよしざーさんからは離れたくないからよしざーさんの腕の中で、でも見えないところに。
折角すごくすごく幸せな気分に浸ろうとしていたのに、
よしざーさんが一生懸命に言葉を捜しているのを見て、そしてよしざーさんの気持ちを聞けてすごく嬉しかったのに。
ほんなこと普通聞かないんやないですか、普通がどんなか知らんけど、
そんなことを思ってみるもよしざーさんに逆らえないあたしは健気に返事を考える。
ああ、でもあたしの頭は何の回答も出してくれなかった。
「あの」
「うん」ほんな興味津々な顔せんで。
「もう夢中やったで、なんも覚えてないです」
「ええー」
ずるいずるい、って子供みたいなこと言わないでください、それもまた可愛い感じで。
「ほんま、昨日のことはもうまったく全然完璧に覚えてないです」
それが、本当のことかどうかは後で独りになってから十分に検証してみるのだろうけど、
今はこうして現在のことでも回路がつながらないのに、過去の記憶なんかとても呼び出せそうもないし、
逆にふと蘇りでもしたら、ねえ。
「そっかー残念だなあ」
よしざーさんがしょんぼりと呟くので、
すいませんとあたしは謝るが、同時によしざーさんの口の端が意地悪そうに上がるのも見てしまう。
「高橋可愛かったのに、とっても」
あたしは力いっぱい、つねりあげた。
- 496 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:10
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- 497 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:12
-
「痛いよー、高橋ぃー」
「当たり前です、痛くしましたで」
よしざーさんは爪の跡がくっきりとついたほほをさするが、あたしはそっぽを向いている。
もちろんよしざーさんのひざの上だけど。
そんな矛盾したあたしをよしざーさんは甘えたり宥めたりとご機嫌取り。
「たーかーはーしー」
「自業自得です」
ああ、情けない声がなんか可愛い。
「ねえ、ねえ」
無言。
「もう、言わないから」
「‥‥絶対ですよ」
「うんっ」
ぶんぶんと縦に大きく振られる頭。
顔が緩みそうなのを耐えてあたしは仕様がないんだからというふうを装い、
「もお、大丈夫ですか?」
よしざーさんのほほをなでてあげる。
「あ、いい感じそれ」
よしざーさんは気持ちよさそうに目を閉じて受けて入れる。
あたしもよしざーさんのすべすべした肌を指の先に感じてとても心地よくて、
それによしざーさんが目を閉じたのでその顔をまじまじと観察することもできる。
綺麗と言うべきか、かっこいいと言うべきなのか分からないけど、何度見てもどんなに見ても切なくなってしまう顔で。
気付いたら今度はあたしからよしざーさんにキスしていた。
- 498 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:17
-
二つの唇が触れ合った瞬間よしざーさんはぴくっと反応したが、ほほに添えた手同様こちらも受け入れてくれた。
今朝からか昨夜からか、あるいはもっとずっと前からあたしの頭は止まってしまっているけれど、
そんなことは今は全然必要じゃなくて、ただよしざーさんの唇を求めた。
ほとんど手をつけてない朝食はもうとっくに冷たくなっているのだろうけど、そんなものは今は欲しくない。
よしざーさんとのキスはいつもぐったりしてしまうのに、それがあれば生きていけるような気がしちゃうのだから。
しばらくの後、よしざーさんの唇が離れた。
「ふう」
漏れた息が肌にかかる。
あたしは最後の熱い刺激に声のない悲鳴を上げ体を震わせた。背筋が反ってつま先が伸びた。
あたしは圧し掛かっていた体を離す。
あたしたちのキスは、特にあたしからした時のキスはよしざーさんがこう息をついたのを合図に終わるのがルールで、
それはどんなに長いものでもあたしはいつもに非常に短めにカウントしてしまって、
唇が離れても回した腕ですぐによしざーさんの頭を引き寄せ再び口を塞いで息を漏らせないように必死になるのだが、
今日は二三回繰り返しただけで満足した。
もちろん、先によしざーさんが自分からの初めてのキスをしてくれているということが大きくあるわけだが。
- 499 名前:_ 投稿日:2004/04/18(日) 22:21
-
ぐったりと肩に力なく顔を埋めるあたしをよしざーさんが抱きしめている。
「うーん」
それは時に唸りながらで、いつになく長くしっかりとしたものだった。
どうしたんやろ
珍しくもあたしにはそんなことを思う余裕が出てきて、ここにも充実したキスの恩恵があったわけだが、
のそのそと顔を上げた。
そして不用意にも裸の心のまま尋ねようとしたところで、
「高橋のこと、好きだなあ」
晴れやかに言われてしまった。
あたしはぽかんと口を開け、やはり抱きすくめられたままだった。
ほやから、そういうのは言うべき時に言って欲しいの。
でも、もっともっと言って欲しい。
- 500 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/18(日) 22:23
- 更新終わります。
- 501 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/19(月) 13:00
- おお、すばやい更新お疲れ様です。
なんかですね、今回の作品はドキドキしながら読ませていただいてます。
高橋の感情の揺れが自分のハートとシンクロしちゃってます。
ひたすらに更新が楽しみです。
- 502 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/20(火) 19:10
- 続き始まってたー!!
作者さんいったいどうしちまったんですか大丈夫ですかなにがあったんですか
といいたくなるくらい懐かしい空気で
すばらしいっす
- 503 名前:夢うつつ 投稿日:2004/04/23(金) 23:38
-
- 504 名前:_ 投稿日:2004/04/23(金) 23:41
-
ゆらゆらとそしてふわふわとして浮かぶあたしの体。
温かい感触に包まれてあたしはうっとりと半ば眠り半ば覚醒し漂っている。
「高橋?」
よしざーさんの大きな腕に抱かれている内にうとうとしてきて、
二人きりでいられる時間はいくらあっても足りないのだから寝ていたりしたら勿体無い、
目をくあっと開いて起きてそれで今度どこに行こうとか最近見つけたものを教えあったりお互いの昔話をしたり、
色々お話をして盛り上がって笑い合って、時々急に話が途切れてキスをしたり。
予想とも妄想ともつかないことを想い意識を取り戻そうと試みるのだが、
優しく揺らされるこの腕の中はとても心地よく穏やかで幸せに満ちていてあたしは中々目を開けることができなかった。
「高橋、寝ちゃったのかい?」
時々よしざーさんが短く話しかけ、それでもあたしは目を閉じてこの揺り籠に収まっていたが、
よしざーさんは特に不機嫌だったり怒ったりする様子もなく、
あたしのことをゆっくりと揺らし続けそしてしばらくするとまたあたしを呼ぶ。
この状態で聞くよしざーさんの声はすごく柔らかくて、
と言って普段の声があたしを怖がらせることなどまったくないのだけど、
こうして目を閉じて意識を液体とも固体ともつかないとろとろしたものに溶け込ませていると、
耳に届く声はよしざーさんがあたしの事を守ってくれる、
この腕の中にいる限りあたしは決して傷つくことはないのだと確信させてくれる、
と言うか傷つくことなんて思いもしないでいさせていくれる強くて優しい気持ちで、
そんな声があたしの体を包み込む温かい腕によって、さざあざざあと波のように揺れながら届くのだから、
目を開けることなど勿体無くてできそうにない。
- 505 名前:_ 投稿日:2004/04/23(金) 23:47
-
「‥‥寝ちゃったか、じゃあ、あたしはコーヒーでも入れようかな」
「お、起きてますっ」
しかしよしざーさんの呟いた一言であたしは猛然と目を開いて申告した。
「起きてますで」
突然の反応に少し驚いたよしざーさんに繰り返し訴えるが、
よくよく考えてみれば起きていると言ったところでよしざーさんはコーヒーを飲みたくなくなるわけではないだろうし、
起きていると分かれば余計に、はいじゃあお終いと言ってあたしのことを放してしまうのかもしれず、
このまま寝たふりをしていれば用が済んだ後再びあたしのことをよいしょっと抱き上げてくれたのかもしれないのであって、
だって先ほどから目を瞑ったあたしに投げかけられた言葉はあたしにとって優しいものであっただけでなく、
よしざーさん自身もこの状態を楽しんでいるように感じさせるものだったのだから、
いやもちろんあたしがそう勝手に感じているだけかもしれないけど、
あたしのよしざーさんはきっとそう感じてくれているに違いなくて、
いやしかしたった今自分で起きて時間を有意義にって‥‥
ふう
「こんままでお願いします」
要するにこう。
「‥‥ぷ、はは、高橋、くははっ」
よしざーさんは一瞬置いてから弾けたように笑い出した。
あたしは笑われていることに少し赤くなるのだが、構わずよしざーさんの腕の中で横になったままでいて、
よしざーさんも少なくとも不愉快には感じていないことが分かったため、
むしろこの笑い声も幸せの一部であるものとして受け入れた。
すると体の上を通していたよしざーさんの腕が外れ、あたしは一気に絶望的な気分に引き落とされてしまうのだが、
よしざーさんからはそんな様子がはっきりと見えているようだった。
「はい、よしよし」
- 506 名前:_ 投稿日:2004/04/23(金) 23:50
-
赤ん坊をあやすように腕はあたしの頭の上へとやってきて、
ふんわりとした手つきで髪を額の上辺りから耳をかすめて後頭部へと撫で付けてくれる。
ふうん、と思わず声を漏らしてしまう感触にあたしはまた傷一つないまん丸の満ち足りた存在になっていて、
それこそ母の胎内にいる胎児のように安らいでいた。
しかし実際のあたしの体は薄っぺらくひょろりとした体や手足のせいでとても球体には程遠く、
ではどうしてそう感じるのかと考えればやはりよしざーさんのお蔭に他ならなくて、
あたしの歪に欠けている部分を補ってくれているのだ。
大きな手や足それにしっかりとあたしのことを抱きしめると頭の上に乗せられるよしざーさんの頭、
またちょうどその時に口の前に来るよしざーさんの胸などが、あたしの凸凹を埋めて安定をもたらしてくれる。
あたしを満ち足りた気分にしてくれる、怖がりなあたしを何の恐れもない人間にしてくれるのだ。
そう言えばよしざーさんもあたしのことを抱きしめて落ち着くと言ってくれたが、
あれはすごく嬉しい言葉だったので決して忘れないものだと思ったのに、
後から思い出そうとしたらあたしは浮かれすぎてその時のことをあまり覚えてなくて、
ああ、あたしはほんまもんのアホじゃあ
と自分を罵ったのだがそんなことではあのとても素敵な思い出を諦めることができるはずもなく、
明日よしざーさんに会うたらもう一辺言うもらわなあかんと決心するも、
あのよしざーさんがそんなことをしてくれる訳がないと自ら思い至りさらに落ち込んでしまった。
- 507 名前:_ 投稿日:2004/04/23(金) 23:53
-
あたしが分かりやすいのかよしざーさんが鋭いのか、
あたし的にはよしざーさんがあたしのことをじっと見てくれているためだと思いたいが、
すぐあたしのことに気付いてくれ、それはそれで本当に嬉しいことなのではあるけど、
あたしの気持ちを嗅ぎ取った時よしざーさんは決してそれに応えてくれないというか、
むしろあたしを悔しがらせる行動をとるという、これが他の人だったらとても許せない人で、
でもよしざーさんにそうされ胸がぎゅうと締め付けられて泣きたくなったことを想うと、
あたしの顔は決まってだらしなく緩んでしまうのだから、
どうやらこれはあたしの中では幸せなことに分類されているようだ。
意地悪されて喜んでいるなんてあたしの欠けていて補いたい部分とはそういった変態的なものなのかと疑ってみるけど、
アホけ、ほんなことある訳ないやろ。
よしざーさんに抱かれている時にあたしに流れ込んでくるものはとても温かくて、
そのせいであたしはこんなに気持ちいいのだから。
この腕の中にずっと閉じ込めていて欲しいと願う。
しかし、
「じゃあ、あたしちょっとコーヒー入れてくるから」
ワザとやざ、絶対にワザとやっているのだ。
あたしのこの気持ちをぴったりと合わさった体からしっかり感じ取っているからこそ、
ワザとよしざーさんはそんなことを言うのだ。
言葉に反応したらしいあたしの顔を見て嬉しそうにまた笑ったのだから間違いない。
- 508 名前:_ 投稿日:2004/04/23(金) 23:55
-
ううー
唸り声を上げて抗議する。
「どうしたあ?」
よしざーさんは苦笑しながら尋ね、そしてまたあたしの髪を梳いた。
ほんなことには騙されませんよ、
という想いを込めて睨んだ目もよしざーさんの手が二回往復するだけで力を失ってくる。
あたしは傍にいてと訴えることも意地悪ばかりしないでと非難することも忘れ、
うっとりとまぶたを下ろしてよしざーさんの手のひらに自分の顔をすり寄せる。
「離れられないなあ」
よしざーさんの声が聞こえる。
「こんままでいてください」
繰り返したあたしは今では頭を撫でていたよしざーさんの手を取って自分のほほに宛がっていた。
直接肌に触れるとその温かさがよりはっきりと伝わってきて、よしざーさんがここにいることを実感する。
頭を撫でられると自分がよしざーさんに混じり合いながら包まれるようで、
それは体をゆらゆらと揺り動かされていた時と同じ安らかさですごく好きなのだが、
よしざーさんのことを強く感じられるこの感触も捨てがたい。
- 509 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:02
-
よしざーさんの手を自分の指で広げ指と指を絡み合わせ、弱く時に強く握るとよしざーさんの応答がその度ごとにあって、
あたしはさらによしざーさんのことを感じたくて、
またほほに当て毛の流れに沿って眉を撫で耳の輪郭をなぞらせてから鼻に寄せて匂いをかいだ。
眠りと覚醒の間を漂う時あたしとよしざーさんは一緒くただが、
今はしっかりと分かれた存在でそれゆえあたしは自分の大好きな人のことをそこに感じることができて、
次第に高まる気分とともに顔に当てた手のひらを両手で大切に抱えるとその指の股をぺろりと舐めた。
微かに汗の苦味がした。
「うわっ」
よしざーさんはあたしのエスカレートしていく行動に驚いて手を引き抜いてしまった。
あたしは目を開いて悲しげによしざーさんのことを見やるが、それも泣きそうな感じをもってで、
するとよしざーさんはおずおずと手をもう一度あたしに差し出してくれたので、
あたしは喜んでそれを両手でしっかりと握りなおした。
へへ、嬉しそうにするあたしと、困り顔のよしざーさん。
よしざーさんと違ってあたしはよしざーさんを困らせたいとか思ったりしたことはなく、
また口の端をくいっと上げてする意地悪な顔でもよしざーさんの笑顔だから見ていたいと思うのであるが、
こんなふうにあたしのために困ってくれるのを見るのもまた嬉しい。
よしざーさんはあたしが泣き出しそうな顔で頼んだ時は優しくそれに答えてくれて、
あたしは目じりに名残りの涙か喜びのそれか判別できないものを浮かべて、へへと笑い、
一方よしざーさんは仕方ないなという感じのこの困り顔になるわけだ。
形の逆転はあるもののこれもあたしを満たしてくれるのだから嬉しくないわけがない。
しかし、ぽんぽん、ほらご用心あれ。
あたしがよしざーさんの手を握り、ひっくり返したり胸に押し付けたり、キスしたりほお擦りしたりを繰り返していると、
よしざーさんがまた手を引き抜いて二回あたしの頭を叩いた。
きっと良くないことがこれから口にされるのに違いなかった。
- 510 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:06
-
「でも、もうお終いっと」
やっぱし。
はいっ、とよしざーさんが再びぽんぽんと頭を叩いてからあたしの体を床に下ろす。
温かくて柔らかいものを失って冷たくて固い床に落とされた。
むう
よしざーさんのことを睨んでみてももうよしざーさんは困った顔をしなければ腕をあたしに預けることもなく、
逆に口笛でも吹き出しかねない愉快そうな顔で、
とこの時にまんまといつもの関係に戻ってしまったことに気付くのだが時すでに遅しでどうにもならず、
ほほを膨らませて口をへし曲げてやっと、おまけとばかりによしよしと頭を撫でてもらうのがせいぜいなのだが、
しかし気持ちの方も元に戻ってしまっているあたしは、
ああ、よしざーさん優しいわあ、なんて感じてしまった。
よしざーさんは時々あたしに主導権を渡してくれることもあるけれどその縄の先は決して放さずに、
まあこんなもんでいいかなという時を見計らって、はい交代と自分のほうに引き戻してしまう。
あたしもその手口をもうしっかりと味わっているのだから、
自分の側に主導権が来た時に縄をよしざーさんからすっかり奪い取ってしまうか、
それとも好きな時に自分の側にまた引き戻せるような何か仕掛けを仕込むべきなのだろうけど、
あたしは自分の手にそれが来た時にはもうよしざーさんがしてくれることにすっかり没頭していて、
縄を掴むとか作戦を立てるとかそんな余裕はまったくなくなってしまい、
気付いたらはいこれまでーと攻守交替を告げられているといった具合で、
もう満足したでしょ? と言いたげなよしざーさんをやはりいじけた顔で見るのだった。
- 511 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:07
-
- 512 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:09
-
「あっはっは、笑えるっ」
何だかよしざーさんの笑い声がするようなので起き上がった。
するとあたしの体には毛布が掛けられていて、
よしざーさんは少し離れたテーブルでこちらに背を向ける形になってテレビを見ていた。
「あれ?」
状況が分からず声を漏らしたあたしによしざーさんが振り返る。
「あ、起きた?」
「起きたって‥‥あたし寝てました?」
「うん、ぐっすり」
時計を見ると何かの間違いかと思いたくなったのだが、
記憶にあるあのやり取りからたっぷり二時間は経過していてもう帰らなければならない時間だった。
「コーヒー入れてたら、ああ、高橋には紅茶入れて戻ったらすやすや寝てるんだもん」
そう言ってよしざーさんは手にしたお気に入りのカップでテーブルの上にあるティーカップを指した。
よしざーさんのカップからは湯気が昇っているが、テーブルのはもうすっかり冷えているようだった。
おそらくもう何杯目かを飲んでいるのだろう、あたしの紅茶はそのままに。
「高橋、紅茶飲む? 入れなおすけど」
「いらん」
あたしはぶっきらぼうに返事した。
「そお? ならいいか」
よしざーさんは熱そうなコーヒーをすすった。
「起こしてくれればよかったのに‥‥」
「え、なんて?」
「何で起こしてくれんの」
- 513 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:13
-
あたしは毛布を見ながら言った。とても不機嫌になっていた。
でも一体何に怒っているのか、
口にしたように起こしてくれなかったよしざーさんに対してか、眠り込んだ自分に対してか、
貴重だと分かっているのにそれでも冷酷に過ぎてしまった時間に、
もしくはもうすぐ帰らなければならないという事実にか分からないが、
先ほどよしざーさんにもうお終いと言われた時にはそれでも楽しかったのに、今はただ不機嫌になっていた。
「いやあ、高橋、気持ちよさそうに寝てたからさあ」
「よしざーさんはあたしが寝ててもええんやざ」
自分でも訳の分からないことを言っていると思うのだが、そして時間がないのだから残りを有意義に過ごすべきなのに、
あたしはよしざーさんにあたっていて、そんな自分が許せなくてまた嫌な気分になってくる。
「ゴメンな」
するとよしざーさんが謝ってくれて。
違うんですよしざーさんはなんも悪くないんです、と言いたいのに言葉が出てこなくて、
あたしは目も合わせることができなくて俯いたまま首を横に振るのだ。
そうするとまたよしざーさんが、怒ってるんだよねと言ってくれて、
あたしは自分の気持ちがうまく伝えられないことに苛立ちながらただ首を振り続けることしかできない。
そして何こいつ一人でわやくそなっとるんだと自嘲する。
だってそうじゃない、ただ二時間寝ていただけのことで子供みたいに駄々をこねて、
よしざーさんにしたら勝手に寝て起きたと思ったら自分のせいにされてなんて女だとうんざりしていることだろう。
「ほんと、ゴメン」
それでもあたしは首を振り、自分勝手によしざーさんが抱きしめてくれるのを待っている最悪な女で、
よしざーさんも優しいからそんなあたしを仕方なしにぎゅうっと抱きしめてくれる。
- 514 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:15
-
よしざーさんと付き合う前からあたしはこんなに我儘な奴だったのか、
それともよしざーさんと付き合えたからそれに胡坐をかいているのかあたしはいつも求めるばかりで、
終いにはこんなに優しいよしざーさんにも見捨てられてしまうに決まっているのに、
そうと分かっていてもこんなことばかりしてしまうあたしはなんなのか。
もう少しでも利口ならばよしざーさんにああしてこうして言うばかりでなくて、
よしざーさんの気分のいいように、よしざーさんがコーヒーをいつ飲もうと腕が痺れたら放しても、
寝てる奴をわざわざ起こしたりせずにテレビを見ていてもまったく問題ないのだということを理解して、
そうすればあたしたちの関係はもっともっと深く、エッチしたとかそんなところじゃなくてもっと深いところで結びついて、
それこそあたしの欠けている部分をよしざーさんが埋めてくれて、
もしかしたらよしざーさんの不完全な部分をあたしが埋めてあげることもできるのかもしれない。
そうした可能性をあたしは自分で台無しにしていることになぜ気付かないのか、
何でこんなつまらないことでよしざーさんを困らせ苛つかせて二人の関係を危うくしてしまうのか。
あたしはまったく不可解なことばかり繰り返している。
「よいしょっと」
あたしがひたすら自己嫌悪の塊になっているとよしざーさんがあたしの体をひっくり返した。
そしてお尻を自分の足の上に乗せてより密着した形にして抱きしめてくれる。
- 515 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:19
-
「よしざーさん‥‥」
「ん?」
よしざーさんは自分の体を左右に動かして腕の中のあたしをゆらゆらとさせる。
「すいません」
「何が?」
「怒ってないんですか?」
「何が?」
あたしは望んでいた以上のものを与えられて喜んでいるのと同時に同じだけ怖くなっていて、
よしざーさんの顔を見ることができず柔らかな胸に突っ伏して喋っていて、その声はこもりがちで少し震えていたが、
よしざーさんの心臓の音が聞こえ、それはゆっくりととても穏やかに打っているのであたしの心も辛うじて持ちこたえ、
ここに話しかければ口の形で直接読み取ってもらえるかのように、
強く訴えるために特別声を張り上げることもなくただ自分の気持ちに誠実であるように口を開く。
「あたし、訳分からんこと言うて一人で怒って‥‥」
「うん、ちょっと訳分からないかな」
「勝手に寝ちまったのはあたしやのに」
「まあ、そうだよね」
「もう帰らなあかん時間になってもたのも、ほんせいやのに」
「ぐっすり寝てたからね」
「怒っとりますよね?」
「全然」
「ほうか、あたしが寝とっても、もう帰る時間でもよしざーさん構わんのやね」
「はい?」
「はい、あたし帰りますで」
- 516 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:22
-
また泣き出しちまいそうになっとるで早う帰ろう。
こん以上よしざーさんにみったむないとこ見せて嫌われとうないで。
大丈夫、明日になればまた会えるし、
その時あたしが笑顔で接すればよしざーさんはまた優しくあたしのことを受け入れてくれるに違いないし、
今ぐすぐずしていれば明日も明後日ももうこの先よしざーさんの笑顔はあたしに向けられなくなってしまうのだから、
むしろ喜んで帰るべきなんだ。
そう、明日のことを考えたらこの去り際もにっこりと可愛らしい笑顔を作ってよしざーさんに見てもらい、
少しでもましな関係に戻してから帰った方がいいだろう。
さあ、笑って。
「あたし、もう帰りますで。またあし」
「帰さないから」
腕から抜け出したつもりのあたしは、
実際はよしざーさんの中に入り込んでしまうのでないかというくらいしっかりと抱きしめられていて、
よしざーさんが両膝を立て背中を丸めるようにするので、あたしたちは複雑に絡み合って一つの球みたいになっていた。
「何勝手に決めてるのさ」
「よしざーさん?」
「もう、今日は帰さないから。高橋は今夜はあたしといるの」
「よしざーさん?」
「あたし、そう決めるよ。いいよね?」
「‥‥はいっ」
ほやかてしょうことないやろ、あたしはよしざーさんの言うことに逆らえんのやさけ。
あたしはよしざーさんが言ったことはどんなことでもはいはいと受け入れるのだ、
例えそれがどんなに受け入れがたくても、逆に進んで受け入れたいことであっても。
「あたし帰りません」
「よろしい」
よしざーさんの顔を見た。笑顔だった。
- 517 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:23
-
- 518 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:25
-
結局時間があって起きていても、あたしは話などしなかった。
そのままずっとよしざーさんの上に乗ったままで、しがみ付いたり抱きしめられたりして、
そして何かの拍子にあたしはまた一人で勝手に怒り出してよしざーさんの肩に噛み付き、そして時々キスをした。
「高橋?」
声を掛けられた時あたしは眠りかけていて、ぶるぶると頭を振って意識を取り戻してよしざーさんに笑われた。
「眠いの?」
「ひえ、ほんなころありませ‥‥」
「寝てもいいよ」
「嫌です、起きてます」
よしざーさんはあたしの頭を撫でながら優しく言ってくれる。
「高橋が寝てもちゃんとこうしているから大丈夫だよ」
あたしはこの心地よさとよしざーさんの言葉が与えてくれた安心から眠りに引き込まれてもいい気がしてくるのだが、
それでもこうして起きているとやはりよしざーさんとの時間を眠って過ごしてしまうのはあまりに勿体無く、
半分舟を漕いでいる状態で嫌々と駄々をこねる。
眠りかけているせいで余計に我儘になっているのかもしれなかった。
「あはは、高橋子供みたいだよ」
いつもなら恥じ入ってしまうよしざーさんの指摘も今のあたしには打って付けの理由になって、
あたしはよしざーさんの胸に顔をすりすりと押し付け指を咥え、
そんな子供はいないだろうというやり方でよしざーさんの唇を奪ったりもした。
服を着ていてできることはみんなやったと言っていいのではないだろうか。
「ませてるなあ」
よしざーさんの苦笑が聞こえると今度はぎゅっと体にしがみ付くわけで、そんなところは確かに子供だったと思う。
- 519 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:26
-
- 520 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:29
-
そんなやり放題の時間も結局はあたしが眠ることで終了してしまったようで、
あかんと声を上げて起きた時にはもう明け方も近い頃だった。
約束通りよしざーさんはあたしのことを抱いたままでいてくれて、
あたしたちはお互いに腕を回しあってしっかりとくっ付いており、
あたしは嬉しくてすぐ上にあるよしざーさんの寝顔をでれでれしながら見つめた。
ここには誰もいなくてただあたしとよしざーさんの二人きりで、しかもあたしたちは抱きしめあって一つになっているのだ。
あたしはよしざーさんの寝顔をこうしてみる事ができるし、
おそらくよしざーさんはあたしがはしゃぎ疲れて寝てしまったのに気付いて、
「仕様がない奴だな」
と笑いながらあたしのほほを突付いて、もしかしたらこっそりとあたしのお尻を触ったりして喜んだのかもしれない。
あたしはお返しとばかりによしざーさんのほほをつんつんと突付き鼻を摘み、
指を唇の上触れるか触れないかの辺りで動かしてくすぐったのだが、その内なんだか無性にその唇に触れたくなってくる。
もちろんそれは指でではなくてあたしはさっきまでの傍若無人ぶりとは打って変わり、
音を立てず風も起こさないようにそおって顔を寄せてそこに自分の唇を重ねようとしたら、
よしざーさんがぱちりと目を開いた。
目の前にいるあたしを見てよしざーさんは
「あれ? 今何かしようとした?」
と聞く。
「いえ、なんも」
あたしはいそいそと体を離した。
「でもあたしの唇奪おうとしてなかった?」
そう言ってあたしの唇に人差し指を当てた。
顔を上げるとやはりよしざーさんはにやにやと笑っていて。
「お、起きてたんですか?」
「高橋があたしで遊んでるからでしょ」
「あ、遊んでたなんて‥‥」
「違う?」
「それは‥‥」
ダメだよ、はいゴメンなさいなんてやり取りをするあたしたちはやはり大人と子供のようだった。
- 521 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:35
-
「それにしても高橋」
「はい?」
よしざーさんは今日何時間あたしのことを抱いていたのか、腕を一本ずつ伸ばしている。
原因であるところのあたしはそれを見ないように一人でよしざーさんの体に寄りかかって丸くなっていたのだが、
おそらく足の方もかなり痺れているに違いなく、よしざーさんは同じところに座ったままなるべく身を捩ろうとする。
そこまで気付いていてもあたしはこの場を離れる決心ができなくて、
本当にこのままくっ付いてしまえばいいのにと思うのだけど、
くっ付いてしまったらキスもエッチもできないことになり、
何よりよしざーさんがあたしに笑いかけてくれることがなくなってしまう、今みたいに。
「最近うちでよく寝るよね」
「ほうですか?」
「結構、気付いたらあれ寝てらーってことが多いような」
「ほ、ほうですか。すいません」
「いやいや、寝れるときに寝るのは大事だからね、この商売」
「はあ」
確かによしざーさんと一緒にいるとあたしの神経は緩んでるかキリキリと締まっているかのどちらかの状態で、
締まっている時は他の誰といても味わえないようなときめきで胸が痛くて気が遠くなり、
緩んでいる時は今のような状態だ。
股旅を与えられた猫みたいにふにゃふにゃになって、その時すでに半分正気を失っているのだから、
よしざーさんといるとあたしは眠りに落ちやすくなっているのかもしれない。
しかしそれならばむざむざと睡眠によってよしざーさんとのひと時を失ってしまうことがこれからも多々あることになり、
今日は幸運にもあり余る形で補われたけれど、毎回そううまくいくとは考えられず、
こんは気ぃ引き締めなああかんげと戒めた。
しかしもし明日この感触に再会したとしてあたしがこれに抗える気はまったくしなくて、
そうして次々と貴重な時間を失うことになることになるのかと思うとやるせないが、
せめて今だけでもじっくりと味わっておこうと、よしざーさんの腕を取って自分の体に巻きつけるのだった。
- 522 名前:_ 投稿日:2004/04/24(土) 00:42
-
よしざーさんはもう諦めて体力の続く限りあたしを抱きしめると心を決めたのか、
自分でも顔を寄せてきて、あたしの鼻の頭やまぶたにキスをしてくる。
望むところの行動なのでお尻を動く手のことは目をつぶった。
「春眠暁を覚えず、だっけ? 家でも寝っぱなしなんじゃないの?」
あたしの唇からふうと唇を離しながらよしざーさんは言った。
お互いに満足した顔で向かい合う。
「いえ、あんの、家やと‥‥」
「ん? 相変わらずよく眠れないの?」
「眠れないわけやないんですけど‥‥」
「夢、見るんだっけか、今も?」
「ほうですね、多いです。ほう思います」
「ふうん」
そして何か思いついたようで、
「ねえ高橋」
「はい?」
「これも夢だったらどうする?」
「はい?」
「だからさ、こうしてあたしと高橋がいて、こんなふうに抱き合ってる夢なの」
「はあ」
「どうする?」
「夢でも構わんです、よしざーさんと一緒にいるで」
「ふーん。でも、醒めちゃうかもよ、夢」
「ほいたら、起きてもよしざーさんといます」
「何よ、欲張りだねえ」
よしざーさんはからからと笑った。
今更自分を繕うてもどもならんで。
あたしにはよしざーさんが必要だということだけがはっきりしているのだ、
よく眠りよく笑いそして恋するのによしざーさんが必要で、その他に何か必要なものがあるのだろうか。
元々あたしはよしざーさんの腕の中で眠るとも起きるともつかないところを浮かんでいるのだから、
どちらに転ぶかはそれほど重要なことと思えなかった。
あたしはよしざーさんをまっすぐに見つめて言う。
「一緒にいられるなら、夢でも何でも構いません」
- 523 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/24(土) 00:45
- 更新終わります。
レスありがとうございます。どうしたんだと言われても‥‥
- 524 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/29(木) 21:36
- あったかいのになぜかせつなくもあり
二人がいい子だなあ
- 525 名前:夢うつつ 投稿日:2004/04/30(金) 17:46
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- 526 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 17:47
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「ああ、来てもた」
よしざーさんのマンションが目の前にある。
「今日は実家帰る言うてたのに」
ぼんやりとよしざーさんの部屋の部屋を見上げていると、センサーが反応して自動ドアが開く。
あたしは吸い寄せられるように中に入り、壁に埋め込まれたボタンを四つ押す。
二つ目の扉が開く。
次の場面、あたしはエレベータを降りて、突き当りの部屋の前に立つ。
チャイムを押す。キンコーンというありふれた音、扉は開かない。
ノブを回すが鍵がかかっている。
あたしは携帯を取り出す。
気がついたら吉澤さんのおうちに来ちゃって、そこまで打ったところで消去する。
ドアの前に座り込む。
- 527 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 17:48
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そして次。
あたしは駅までの道をとぼとぼと歩く。
「つまらん」
前から楽しそうに話すカップルがやって来る。
手を握り合っていて、あたしが近づくとちょうど二人の間に入ってしまい、お互いに立ち止まる。
「あ、すいませーん」
女の人が言い、どうもという感じで男の人が軽く頭を下げる。
そして優しく彼女の肩に手を当て道を空け、あたしたちは行き違う。
あたしは離れていく二人を振り返る。
楽しそうに話している。漏れ聞こえる内容はとてもありふれたことのようなのに。
- 528 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 17:50
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次。
駅が見えてくる。
歩きながらカバンを持ち上げ、中をのぞく。財布を取り出す。
駅構内に入ろうとする足が止まる。
「まいちん、料理できるの?」
「まだ言うかこの人は。できるっつーの」
この二人も楽しそうに話している。手こそつないでないけれど。
あたしも二人の目の前に立つこともなく、五メールほど離れてすれ違う。
よしざーさんは人ごみのせいであたしに気付かない。
- 529 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 17:51
-
スーパーの前で待っていると、
「なんか、この材料見ると鍋かなって思うんですけど」
よしざーさんが出てきて買った食材をチェックする。袋からネギが一束飛び出して見えている。
里田さんの手には飲み物らしきもの。
「鍋だよ」
「えー、料理じゃないじゃん、そんなの」
「何言ってるの、立派な料理でしょーが」
「そんなことだと思った」
里田さんがよしざーさんの服を指先でつまむ。二人が立ち止まる。
「よっすぃ〜、そういうのってダメ?」
よしざーさんのことを里田さんはすねたように見上げている。
あまり二人の背は変わらないはずだけど、里田さんは上目遣いでじっと見る。
「ん? 好きだよ、鍋」
とよしざーさんは里田さんの頭を撫でる。
「そういう意味じゃないって分かってるんでしょ」
もう、と里田さんはその手を頭から外すが、そのまま握って離さない。
「何よ、分かんないなあ」
よしざーさんは意地悪く笑う。
「さっ、早く帰って食べようぜえ。でも、もうちょっと季節ずれてる気も‥‥」
「いいのっ。よっすぃ〜、手伝ってね」
「はあ? 作ってくれるんじゃねーのかよ」
「いいから、いいから。さっ、行くよ」
二人は手をつないだまま再び歩き始める。二つのビニール袋が両側で揺れる。
「買い物袋使うてないんやね」
あたしは振り返りもう一度駅に向かって歩き出す。
- 530 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 17:52
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自分の部屋にいるあたし。
ベットに入る。ぼろぼろと涙が溢れてくるので毛布で両目を押さえた。
- 531 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 17:54
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- 532 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 17:59
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「おはようございまーす」
楽屋のドアを開く。
今日も夢を見たせいで明け方には目が覚めてそのまま仕度して家を出たらかなり早く着いてしまった。
これだけ余裕があればさすがに誰もいないだろうと考えると挨拶をしながら入る必要もないような気もするし、
また長い時間をかけてようやくヨーグルトを吐き終えた時に鏡に映った顔がとても見られたものじゃなく、
化粧を濃くして出てきたがそのケバい顔を見られたくもないしその下のひどい肌も悟られたくないので、
誰もいないのならそれに越したことはないなと思っていた。
もっとも後からどんどん人がやってきて、しかもそれはメンバーだけでも十三人だって言うのだからまあ誰か、
矢口さんかあさ美それともたった今まで喧騒の中一人読書に没頭していると思っていたのにどこの世界からの伝令か、
飯田さんが高橋その顔どうしたの、なんてありそうなことだ。
だから結局泣きはらした顔がみんなにバレてあれやこれ、
いろいろ心配されたり注意されたりするのだということはあたしだって承知の上で、
でもこの朝の数時間だけでも気付かれずに済んだらなという期待をしてしまう。
ほんなら家におれま、なんて突っ込みを自分で入れるが、
ほやかて家におりたくなかったで、と言い訳するのも自分で。
やれやれ、三番目のあたしが開いたドアの隙間に体を押し込む。
すると、
「おっ、高橋早いね。おはよっ」
とよしざーさんがいるわけだ。
その可能性は十分あるって分かっていたけど、
あたしは頭から意識的に除外していた、だって一番会いたくない人だったのだから。
- 533 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:02
-
でもこれは考えてみてもとてもおかしな話で、
だってあたしがいつも誰よりも会いたいのはよしざーさんで、
そしていつまでも一緒にいたいのもよしざーさんで、一緒にいない時に想う人もよしざーさんなのだから、
どうして会いたくないなんてことを思ったりするのだろう。
しかも今日夢を見ていて最悪な目覚めと顔と精神状態で、
そんなあたしが誰よりも必要とするのは、もう考えるまでもないじゃない、よしざーさん以外にありえない。
だからあたしは笑顔になって改めて挨拶をする、笑っていることを示しながらなるべく顔を見せないように。
「あっ、よしざーさん、おはようございます。朝一から会えるなんて今日はついてるわー、あたし」
よしざーさんはにっこりと微笑む。
うん、朝一からこの笑顔をしかも独り占め、こんなついてる日はないって感じ。
「まだかなり余裕あるよ」
「へへー、早う家出て正解でした」
よしざーさんは手にしていた週刊誌をテーブルに置き隣のイスからカバンをどかす。
あたしは喜んでそこに納まった。
「よしざーさんはいつも早いですね」
再び週刊誌を手にするよしざーさんに言う。
「うーん、そうなのかなあ。あたしは自分では早いと思ってないから。
家を出るときと急ぐわけでもないし、ああそれじゃぼちぼち行きますかねえ、って感じ?」
「って感じですか。安倍さんなんかはかなりギリギリ言うか‥‥」
「あの人は遅刻ばっかだったでしょ」
「ええっと、遅刻かどうかはその‥‥微妙でしたね。
ほんでも他の人だって遅刻はしなくても、ぴったしか少し余裕あるくらいで」
「みんな朝きついって言うねー」
「きついですよー、眠いやさけ。あと5分あと5分て」
「別にあたしが寝ないで大丈夫ってわけでもないからねえ、きっと10分みんなより早く寝てるんじゃないの?」
「10分早く寝たってあと5分ですよ」
「キリないじゃん、それ」
「ほやからみんなギリギリなんですよ、来るの」
何だよそれ、よしざーさんは笑う。あたしも一緒になって笑った。
- 534 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:09
-
しかしよしざーさんはあたしと話をする間も雑誌に目をやったままだったから不満で、
ガチャンと音を立ててパイプイスをもっと近くに寄り添わせると、
よしざーさんはイス同士がぶつかって揺れたのをちらりと一瞥したが、すぐまた視線を戻してしまった。
半ばわざとぶつけたのにこうも気にされないと余計あたしは不満になった。
一体何を読んでいるのかとのぞき込んでみるとサッカーの記事で、
どこか海外のチームのことが書いてあるらしいのだがあたしは全然聞いたこともなく、
と言うか日本のことにしても何でこんなに頻繁に日本代表の試合があるのかとか、
これに勝たないと本選に進めないとか言っててそれで勝ったと思ったのにまた来週もあったりとまったく分からないので、
こうしてここに彼女がおってしかも二人きりなんやからほんなもん置いとって、
と思うのによしざーさんはそんなことは一向に気付く様子もなく、なるほどなと唸っている。
これがフットサルの記事なら少しは分かるのだけど、
いやもちろんフットサルの世界のことや戦術を理解しているということではなくて、
そういう記事をよしざーさんが興味を持って読んでいたのだったら、
あたしも理解あるところを示してそっとしておくのだけど、という意味なわけだが。
- 535 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:09
-
ほや、あたしの乏しい知識から連想してフットサルは結局ミニサッカーてことなんですね、
そう尋ねたことがあるのだけど、するとよしざーさんは、
「はあ? 全然違うよ」
と取り付くシマもないと言うかケンモホロロで、
フットサル話に華が咲いているところに構ってもらいたい一身で口を挟んだあたしもそりゃ不味かったとは思うけど、
全然相手にしてくれず、ううん、ちょっと水差すなよみたいな空気すら醸し出されて、
また藤本さんや里田さんと会話に戻って、石川さんもあたしくらいの知識しか持ってなさそうなのに、
それでも楽しそうに時々口を挟み、しかもそれがよしざーさんにうんそれもあるかもね、なんて言われちゃうのだから。
それであたしが蚊帳の外に置かれたままでしょんぼりしていると、ようやくよしざーさんがこちらを見てくれるので、
ああよかったと安心したら後ろからやってくるのんちゃんに話しかけただけだった。
だからあたしがなにを言いたいのか一言で言ってしまえば、
サッカー嫌いフットサルもっと嫌い、ほういうことやざ。なんやの、あさ美まで一緒なってさ。
- 536 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:10
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- 537 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:14
-
よしざーさんはじっくりと読み進みページをめくる。するとそこには芸能人の離婚記事。
あたしは心の中で週間○○ありがとうと感謝しながらこの後のことに心ときめかせた。
しかしよしざーさんの無意識はどうしてこう意地悪にできているのか、
今つかんだページを離すと前へ前へとその指でめくり返し同じ記事をもう一度読み始めた。
あたしは黙ってその手に自分の腕を絡ませた。
そしてぎゅうっと体を密着させると、
「やれやれ」
と呆れた感じの声とともに、ばさっとテーブルに週刊誌が投げ出され、週間○○ゴメンさない、
よしざーさんがあたしの髪を撫でてくれた。
「お姫様は寂しがりだなあ」
「ほやかって‥‥」
しょんぼりと俯くあたしによしざーさんは、
「はい、じゃあ、お相手しますからご要望がございましたら、どうぞっ」
言葉とは裏腹にがしがしと犬のような扱いなのだけど気持ちよくて、
あたしはうっとりと目を閉じてされるがままになっている。
よしざーさんの犬になるんもええかもしれんて、と考えたらでまた飯田さんが出てきて、
「でもよっすぃ〜はあたしの犬になるんだよねー」
なんていつまでも昔の事を持ち出してくるのを苦々しく思いつつも、やはり髪を撫でられるのは心地よく、
切っても痛みを感じることのないものがどうして好きな人に撫でられるとこんなにも気持ちよく感じるのだろうか、
と不思議になるのだけど一方でこんなの愛し合った時の快感には比べようもないという想いもあり、
初めての夜のことを家に帰って一人で思い出した時には、
夜中なのにぎゃあぎゃあ言いながらフローリングの上をごろんごろん転がって翌日ひざがアザだらけだったのだが、
でもやはり素敵なことだったと思うしその後はまだそう何度も体験したわけではないけどやっぱりとても素敵だし、
ずばり言ってしまえば気持ちもよかったわけで。
- 538 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:18
-
でもここで今からそんなことをするわけにもいかないし第一したいなんて思ってないし、
そりゃよしざーさんが、ねえ高橋あたしもうなんて来たら、
ううん、もちろん断るやざ。
よしざーさん気持ちは分かるかって、あたしほんなはしたねーことできませんでの。
でもだからと言ってよしざーさんの犬の座は話が別で、
あたしはこの大きな手が髪を乱すのを、突然服のボタンを外しだす可能性も持つ手でもあり、
独り占めして誰にも渡す気にはならなくて横恋慕する飯田さんの挑戦を受け、
電撃を避けつつバウバウと猛烈な攻撃を鉄の肌に繰り返すのだが、ようやくその勝利が見えかけた頃、
「ご要望は特に無しっと」
と言うよしざーさんの声がゆらゆらする体に響き渡ったので、
まぶたをひっくり返るのじゃないかという勢いで上げたら突然目が合ってよしざーさんはひどく驚いていた。
しかしあたしはその顔に微笑みかけると再び目を閉じる。
「え?なに?」
耳に戸惑った声、あたしは単語を一つ。
「キ・ス」
「は?」
しかしどうしてかよしざーさんは理解できなかったようで、もう少し分かりやすくした。
「キスして、ください」
心持ち唇を突き出して両手は胸の前。
「姫の要望をかなえておくんね」
「この姫、訛ってるよ」
よしざーさんは笑うけど、からかう言葉に動揺が隠れているのをあたしは見逃さなかった。
- 539 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:21
-
よしざーさんはああ見えてとても恥ずかしがりやだから、
自分の心の準備ができていない時に準備の必要なことを言われるとすごく焦ってしまうみたいで、
初めてあたしがよしざーさんにキスしようとした時などはすごい速さで避けられ、
すぐによしざーさんはそのことを謝ってくれたのだけど、ほんなら気ぃ取り直してとあたしが再び顔を近づけても、
やっそのそれはっ、と慌てふためいてやはり唇を逸らされてしまいあたしは膨れたのだが、
それでもよしざーさんはあたしに許してくれず逆に許しを請う有様で、
結局その日は抱きしめられることで誤魔化されてしまった。
それからというものあたしはよしざーさんと二人きりになると家でも楽屋でもステージ裏でも構わずに、
よしざーさんにずいずいと迫ったのだがやはりなんだかんだと逃げられて、
どんどん不貞腐れよしざーさんのことを責めるような目で見ながらも決してよしざーさんの側を離れずまた隙を狙い、
それが五日ほどした日の朝よしざーさんはいきなり雄たけびを上げてみんなを驚かし、
しかしその中で藤本さんだけくっくっと笑ってよしざーさんのことを見ていたのが気になったのだけど、
よしざーさんはあたしに向かって、うんもう大丈夫と気合に溢れた声で言った。
その日の夜のよしざーさん宅があたしたちの初キスの場所になったわけで、
いや初めてから十数回までと言った方が正確か、さらに言えば全てあたしからだったわけだが、
堰が切ったように溜まりに溜まった気持ちをよしざーさんにぶつけ、
翌日からあたしは笑顔をメンバーに見せられるようになった。
- 540 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:24
-
しかしその後も考えてみればよしざーさんの家でばかりキスをしていて、
違う場所と言えばツアー先のホテルの部屋かデートで乗った観覧車か誰も使わないところにあるトイレの個室くらいで、
同じように二人きりでも楽屋ではしてくれたことがなく、
今も誰もいないことなど分かりきっているのに、辺りを何度もうかがってドアを見て閉まっていることを確認して、
とこんなことを分かるのもあたしがうっすら目を開いてよしざーさんのことを見ていたからなのだが、
慌てた時のよしざーさんは、
普段ならいつもあたしの何段も上のところに余裕で構えてあたしのことをいいようにするのに、
今などはあたしが目を開けていることなんてまったく気付く様子もなくて、
そんな可愛いところもあるんだということを最近になって初めて発見したのだが、
これだけいつも一緒にいてあれだけよしざーさんのことを見ていても発見できなかったということ、
よしざーさんがこんなにあたふたとして簡単なウソにも気付かなくなるなんてことは、
最近のあたしくらいでないとつまり付き合いを深めた彼女でないと発見できないよしざーさんの隠された部分で、
それだけによしざーさんの本当の部分かも知れず、そうなると可愛いなんてこと以上に価値のある発見だ。
「えへへ」
あたしは自分だけしか知らないに違いないこの発見の喜びを味わっていたら声を出して笑っていて、
よしざーさんも、
ん? と反応したけれどそれだけで、本当に焦っているんだと思うと嬉しさで余計に笑ってしまいそうだった。
しかしその反面、
なんよ彼女がキスしてんでの言うとるんやさけ、てぇーとぶちゅうてしねま、
という想いもあってそれは次にキスをためらう理由はなんだろうということに考えに移り、
あたしにためらわせる原因があるに違いないを経て、
ひょっとしてあたしエッチして言うてへんやねという不安に変わった。
- 541 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:28
-
今だって思わず笑ってしまっていたのだから、
さっき考えていたことが勝手に入れ替わって口から出ていたということも可能性としてなくはないだろうし、
先日読んだフロイトならこれこそ正に言い違いのメカニズムの好例と挙げそうで、
いや、でもさっきのあれはよしざーさんが、もう我慢できないよ高橋、
あっよしざーさんここは楽屋ですよ、あーれーという話なのだからそれはおかしいでしょう。
「あんの?」
あたしはもうどうにも不安で目もすっかり開いてしまっている。
「あ、ゴメン」
よしざーさんは謝った。やっぱしあたし‥‥
「ゴメンね、どうにも亀井がどこかにいるような気がしてならなくって」
「へ? 亀子?」
「あの‥‥変な話聞かされてからというもの、
いまだに楽屋とかだとどうもどこかに隠れているような気がしちゃうんだよね」
「はあ」
「あたしより早く来てその辺に挟まってる‥‥なんてことあるはずないのは分かってるんだけどさ」
ないないあり得ないって普通、よしざーさんは首を振る。
「もしもーし、亀子?」
「は?」
あたしは携帯を取り出していて通話中。
「あのなにしてるの?」
「今どこ?」
「あの、高橋さん?」
「ほうけ、後二十分くらい? うん、遅れないようにね、じゃあね。あっ、あと、車内ではマナーモードにしとくんやで」
携帯を仕舞う。
「だ、そうです」
親指を立てた。
- 542 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:33
-
「だ、そうですって‥‥」
「駅みてぇです、アナウンスん声も聞こえましたで」
「そうですか‥‥」
「はいっ」
そしてあたしはまた目を閉じる、手も組んで。
「さあ、どうぞ」
「‥‥いただきます」
よしざーさんの手があたしの肩にかかった。
いよいよだ。
- 543 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:34
-
‥‥あんれ?
なんや急にドキドキしてきてもた。
もうお姉さんがしてあげないと何もできないんだから的にテキパキとお膳立てしたのに、
いざこうよしざーさんが覚悟を決めて手をあたしの体に置いた途端、
あたしはふるふると寒さか恐れか訳も分からずに震えだして。
よしざーさんにもう何の迷いもないのは目を開けるまでもなく伝わってくるのに対して、
あたしはいつまで経ってもキスくらいで心臓が破裂しそうになっていて、
でもいつまでもよしざーさんとのキスでは気を失うくらいドキドキしていたいと思っているし、
また実際そうに違いないのだから今のこの状態はあたしたちにとって最良の状態なのだけど、
ぐっと力の入るよしざーさんの手を感じるとあたしの頭は勝手に次は次はとイメージして無言でせっつき、
それでいて微かな震えが止まらないところも子犬がミルクを求めているようでもあり、
また全身がよしざーさんのことを感じ取ろうとあらゆる神経を敏感にしていて、
おかげで更なる運動を強いられる心臓はきっと長く持たないに違いなかった。
よしざーさんの手があたしの肩を離れ、ほほへと移される。
優しく二つの手のひらであたしのほほは包まれて、十の指が耳をまぶたを目じりを押さえ、涙ぶくろをたたき、
あたしはお返しにまつげを震わせてよしざーさんの指をくすぐった。
- 544 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:41
-
よしざーさんの鼻から熱い息が聞こえるか聞こえないかの音とともに排出され、
繰り返すたびに少しずつ近づき徐々にあたしの息と交じり合い、
それはまたよしざーさんに吸い込まれあたしの肺に取り入れられ、
あたしたちは唇の接触の前にお互いの空気を口付ける。
その濃度が高まれば高まるほど、あたしたちの唇と唇の距離はゼロに近づき、
そしてあたしの全身にめぐらせられていた神経は今度はその接するであろう一点に向かって収束してくる。
はあ、初めて音として聞き取れる形でよしざーさんから息が漏れ、粘り気のある唾液の気配とともに口が開かれて、
いよいよあたしと接触することとなり、あたしの方もその息を吸い込むために自然と口が舌一枚分の厚さで開き、
胸は一緒に取り込んだのか期待で微かに膨らんだ。
しかし大本の心臓が同じ瞬間パンクしたためあたしは引き付けを起こしたかのように仰け反り、
あごが上向くのを期に意識が僅かに唇の上を残してすうと薄れていく。
こうなるとあたしを救うことのできる唯一の薬はもうよしざーさんの唇だけなのだが、
でもそれは今あたしを殺してしまいかねない劇薬で、
きっとあたしはその毒の末期の中毒になってしまっているのに違いない。
皮膚の一部が触れ合うというただそれだけのことを、あたしは他の何を失ってもいいほどに求めているのだから。
- 545 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:41
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- 546 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:46
-
しかしこれほど決死の行動がいつまでたっても報われない。
よしざーさんの唇はあたしを更なる酩酊にも白雪の覚醒にも導いてくれず、
せめてもの代わりなのか顔に当てられていたままの手がさわさわと肌の上を動いていた。
その二つの手十本の指全てがあたしを蘇生させるべく働くのではなく、
まぶたを押さえた指ばかりがせっせとマッサージを行っていて、
よしざーさんの視線もそこへ向けられているのが、意気消沈して目を開けると見て取れた。
「あの‥‥」
不機嫌を隠す必要なんかない。
あたしは当然怒っていい立場だと思うし、
これは非常に認めたくないことだけど、どうせよしざーさんは気付かないのに決まってるのだ。
「うん?」
せっせと指でこねこね。
ほら、思った通りやげ。
もうよしざーさんはあたしたちが今キスしようとしていたことなんて覚えていないのに違いない。
しかしよしざーさんのことをこう完璧に理解しているのになぜ一々あたしばかり振り回されてしまうのか。
すぐ浮かぶ答えはある、でもこればっかりは本当に認めたくない、
――あたしばかりが惚れているから。
- 547 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:49
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この恋が本当は片想いなのかもしれないという考えはあたしの中に拭うことができないままずっとあって、
それはあたしたちが一線を越えて世間的に言えば、
と言っても世間には大っぴらにできない関係ではあるけど、あたしたちは確実に恋人同士であり、
いらぬ心配などせずに思いもよらずよしざーさんと付き合うようになった幸運を喜ぶべきで、
しかしこの思いもよらない幸運ゆえにあたしはいつまでもこの現実を自信を持って受け入れることができない。
これが全力を振り絞り勝ち得た恋だったのならあたしは迷うことなどなくよしざーさんとの幸せな関係に浸るのだが、
あたしのはある日突然ぽんと目の前に投げ込まれたもので、
野球場の外を歩いていたら場外ホームランのボールがころころと転がってきた、
場内の人たちは期待してそれに見合う準備をし今か今かと待ち受けていたのに、
ただそこを通りかかっただけのあたしが拾ってしまったわけで、
駆けつけた人々に対してこれはあたしのものだと叫ぶことにためらいを感じている。
もちろんあたしもよしざーさんのことが大好きだったが、
あたしは早々と諦めてしまっていて他の人のことを、
例えば麻琴などはよしざーさんのことが好きだという意思表示を強くしていて、
よしざーさんにはその全開さから冗談のように見られて相手にされなかったけど、
それにめげることもなくアプローチを続けていて、
あたしはそんな様をすごいなと羨望の眼差しで見ているだけだったのであり、
あたしもこれが自分と関係ないこと、麻琴が誰か他の人を好きになっていてくれたのならば、
絶対にこれは報われるべき努力で彼女は報われるに値する人だと疑わなかったのだが、
どうした巡り合わせかイカサマかあたしのところにそれは転がってきた。
- 548 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:53
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状況が飲み込めないままよしざーさんとの交際という幸運を拾い上げたところに、
キャッチすべく大きな網を手に全力で走りまわっていた麻琴が目の前にやって来て、
あたしがそれを手にしているのを見て驚くのだが、そして一瞬だけとても悔しそうな表情をしたのだが、
すぐにあたしに向かってあの笑顔で、
「おおっ、よかったね愛ちゃーん。すごいすごいっ」
と言ってくれ、それなのにあたしは反射的に手の中のものを奪われないように後ろに隠したのだ。
「へへ、あんがと。よしざーさんあたしんこと好き言うてくれたでひっで嬉しいわ」
盗人が人のことを盗人扱いしたのだ。
麻琴が笑いながらも泣きそうな顔になっていたことにあたしは気付いていたのに、
キスされたとかよしざーさんはああ見えてこういうところがあるとか話をでっち上げて、
それこそ今まで何の努力もせずにいじいじとよしざーさんのことを見ていただけのくせに、
手違いか気の迷いの幸運を本物らしく見せることに突然必死になっていて、
しかもその必死さはよしざーさんのことを好きという一途さなのだと自ら思い込み、
麻琴や他のよしざーさんを好きだった人たちのことを、傍観していた時にはすべて分かっていたのに今は、
そうだったんですか全然知りませんでした、
いやそんな人がいるなんて考えもしなかった、ただよしざーさんが好きなんですみたいな顔をしているのだ。
- 549 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 18:56
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そんなあたしだからよしざーさんにキスをねだったり抱きしめてと駄々をこねたりする時、
自分の行動が純粋な恋心から出たものなのか既成事実作りのものか自信が持てず、
それでどうしてよしざーさんの応えてくれたものが純粋な愛情からだと信じることができるのか。
あたしにはよしざーさんのことを好きだという自信があり身勝手にも今となっては往来でそれを叫ぶことも可能だが、
よしざーさんがあたしのことを好きだという考えはいつまでたっても真実に思われず、
人にそれを語ればその瞬間に消し飛んでしまう一時の夢に過ぎず、さらさらと崩れ落ちる砂城のようであり、
現実のあたしはやはりよしざーさんのことを物欲しげに見ているだけで、
それが麻琴を横に置いたよしざーさんであってもきっと驚かないが、
その場合あたしは麻琴がしてくれたように二人を祝福できるのだろうか。
「ずっと好きだったもんね、よかったね」
なんて言えるのだろうか。
きっとあたしはよしざーさんのことを好きだということを隠すことに懸命になるに違いなく、
「へえ、よしざーさんこと好きやったんだ、あたしにはほういうのよう分からんけどおめでとう」
みたいなことを言っているに違いない。
そして浮かれる麻琴のことをきっとバカにするのだ。
相手が麻琴でなくても藤本さんでもあさ美でも果ては里田さんであってもあたしよりはずっと本当らしいし、
誰が相手でもきっとあたしはバカにしてよしざーさんのことも罵っていることで、
もちろん自分でも下らない人間だと思うけどその方がよしざーさんといるあたしよりずっと真実らしくてしっくりくる。
- 550 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 19:07
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ならば今からでも遅くない、あれは亀子のしたイタズラだったのだからこの交際も同じく嘘っぱちなのだと認めてしまえば、
あたしは自分を偽らなくてすみ自分らしくいることができるわけで、
麻琴か他の誰かが当然の権利としてよしざーさんと付き合って幸せになり、
その代わりに幾らかの陰口を叩かれることにはなるけどそんなのはきっと気にならないだろうし、
よしざーさんも突然作り上げられた話の続きに付き合う必要もなくなる、
みんなが助かる、みんながあたしが分かりましたと言い出すのを待っている。
でも親友からもボールを奪われないよう隠してしまうイカサマなあたしにやはりそんな誠実さは持ち合わせてなくて、
それよりもせっせとウソを塗り固めて誰からも文句を言われなくなるように、
よしざーさんにもあたしを好きだと思い込むよう仕向けることに懸命になるばかりなのだから本当に笑える。
しかし求める理由が不純物まみれでもあたしはよしざーさんとくっついていたいし髪を撫で好きだよと言ってほしい。
よしざーさんがどんな意味でそれらを与えてくれたのであっても、
よしざーさん本人から与えられている間だけはあたしはよしざーさんの気持ちを信じることができるのだから。
よしざーさんの真剣な顔が近づきあたしはよしざーさんの吐く湿った息を穴だらけの肺胞に沁み込ませ、
熱い唇を自分のそれに感じる時、あたしはよしざーさんとつながっているのだと、
あたしの片想いではなくてお互いに好きあっているのだと、付き合っているのだと仮初めながら安心できる。
麻琴や藤本さんたちが登場してボールの返還を求めることもなくなり、
あたしはよしざーさんのことを隠したり恥じたりすることもなくただ好きでいられる。
何か祝福の鐘を求めずとも、
ただよしざーさんのことを感じているだけでその時あたしは自分のことも幾らか好きになれるのだ。
- 551 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 19:14
-
だからよしざーさんとのキスを時に奪い時に泣きとおしですがり求めてと常に欲するのは一つには不安からであって、
よしざーさんと接触していないあたしは、知覚出来ない無でも有でもない薄汚れた何かに過ぎないのに、
キスされた途端に不鮮明ながらも形が出来て位置がありよしざーさんにキスされるだけの幾らかの価値も現れるのであり、
あたしがそうしたことを初めから意識していたのか分からないけど、
今となってはあたしの中に深く根ざしたものになってしまっていて、
あたしを駆ってもっとよしざーさんに、もっとキスをセックスをと追い立てる。
追われるままにそれらを獲得したあたしは疲れ果て折角の意識も混濁してしまうのだが、
よしざーさんの腕の中であればぐにゃぐにゃな有様も、
少なくともどこか一部分はしっかりと縄でよしざーさんにつなぎとめられているように感じられ、
逆に張り詰めていた心を解き放って漂い安やうことが可能になる。
だから今よしざーさんからのキスが降りてこないこの事態はあたしを夢から醒ますことで、
あたしがボールを拾う権利など初めからなかったのだと、
拾ったつもりになっているのはあたし独りだということを知らしめ、
どうせなら幸せにショック死したがっていたあたしの心臓に対して刑の執行による停止を命じようとしているのだ。
よしざーさんはごそごそ、ふにふに、あたしの目の周りを押したり広げたりしていて、
あたしは死刑の宣告を待ちながら気持ちよいその感触を最後の名残りと味わった。
- 552 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 19:15
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- 553 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 19:18
-
しかしよしざーさんの口から出た言葉はまったく予期しなかったもので、
「高橋、昨日泣いた?」だった。
「‥‥あの、なんでほう思うんですか?」
驚いたあたしはとぼけても無駄だと分かっていつつも、そうせざるをえなかった。
「ん? 目腫れてるよ、なんか朝からばっちり化粧できてるなと思ったら。それに隈もある。昨日ちゃんと眠れた?」
「あ、いえ、あんまし‥‥」
「また夢見たわけ?」
「覚えてないですけど、多分」
「泣いたのも?」
「多分、朝起きたらこんなんでしたで」
「そっか‥‥」
そう言ったきりよしざーさんは黙って、あたしのまぶたのマッサージを再開した。
よしざーさんに触れられてあたしの目は形を持ちはじめ、
求めたものとは異なるがそれでもあたしはよしざーさんの指を感じる自分を意識できるようになる。
黒ずんだ皮膚と厚い化粧の裏に収まった二つのガラス体はあたしの不純の煮こごりで、
よしざーさんにゆるゆると押されると少しずつ溶けて血管に排出されあたしは痺れるような感覚に陥る。
このまま眼球がからからになるまで、どろどろした汚い液を搾り出してくれたらと思うのだが、
では毒とはこれのことで与えられるまでもなくあたしの中に初めからふんだんに用意されていたのであって、
その解毒によしざーさんの手を借りていたということか。
マスターベーションを手伝ってもらっていたわけだ。
ほんなら、怒ってええんはよしざーさんで、振り回してるんはあたしなんやろか。
あたしは笑う。
ほうやったらよしざーさんもあたしに惚れていることになるんかしれんて。
- 554 名前:_ 投稿日:2004/04/30(金) 19:20
-
「あれ? こすったら余計腫れるんだっけ、逆効果だったかな?」
急によしざーさんの手が止まった。
「濡れタオルかなんかで冷やしとこうか?」
と言って手をあたしから離そうとする。あたしは反射的にそれをつかんだ。
そして自分の二つの目をよしざーさんの十本の指で包み込むように上から押さえて、
「大丈夫です、こうしてくれっと気持ちええんで」
とせがむ。
「でもさあ‥‥」
「ほんま、これ疲れも取れる感じして気持ちええですで、
よしざーさんさえよければ、もうちびっとだけこんままでお願いします」
「そお?」
「はい」
あたしはじりじりする眼球をまぶたの上からよしざーさんの指で押さえつけ、
そこにしっかりと、他の誰でもないあたしの指を絡ませた。
すると毒の塊はより多く溶けて透明な熱い流れとなって溢れ出る。
よしざーさんの手のひらを伝いあたしの手首を掠め、ぽたりぽたりと滴り落ちた。
- 555 名前:名無しさん 投稿日:2004/04/30(金) 19:23
- 更新終わります。
レスありがとうございます。いい子なのに、ゴメンなさい‥‥
- 556 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/30(金) 20:45
- 更新お疲れ様です。
いつもながらですが、ここの高橋はほんとに面白くて可愛い!!
ついつい考えがあっちゃこっちゃウロウロしてしまうところがリアルですねえ
あ〜恋ってこんなんだった、なんて自分を振り返って見たりw
- 557 名前:TETRA 投稿日:2004/05/06(木) 19:29
- 今日読みました。
一人一人の個性が出て良い作品ですね
最初の方の福井弁、あまりよく判らなかったけど気にせず使ってください(矛盾しすぎ(笑い))
ちょうど吉高の小説を探してる時にこの作品に出会えてよかったです。
これからもがんばってください!
- 558 名前:夢うつつ 投稿日:2004/05/08(土) 09:56
-
- 559 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 09:57
-
「‥‥うん、そういうことだから」
「そうだね電話するよ、うんじゃあね」
よしざーさんが携帯を仕舞う。リビングから隣の寝室に戻る。
「よっすぃ〜、よかったの?」
「うん? 大丈夫、大丈夫。それよりアヤカ、なんか欲しいものとかある?」
「ううん、今は特にない。ありがとね」
「だから、いいって。
さ、それじゃあ、ちゃんと寝てなきゃ。風邪治らないよ」
「いやん、眠くなあい」
「‥‥なんで色っぽく言うの?」
ほれ、寝た寝た、とよしざーさんはめくれている布団をアヤカさんの肩までしっかりと掛ける。
「色っぽかった?」
アヤカさんは顔半分を隠してイタズラっぽく笑う。
熱のためか、肌はほの赤く瞳も潤んでいる。
「冷えピタ貼って色っぽくされてもねえ」
「あーん、しまったぁ」
アヤカさんは額に手をやる。
「ほらっ、手も仕舞って」
と言ってよしざーさんはそれをつかんで、布団の中に戻す。
「よっすぃ〜の手、温かい」
アヤカさんは薬が効き始めてうつらうつらしている。
- 560 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 09:59
-
カチチチ、ぼっ。
キッチンに立つよしざーさん。
ご飯を鍋に入れる。湯の沸騰する音が静かな中に響く。
数分後にはそれが椀に取られている。
「すっぱあ〜い」
「おかゆは梅でしょ、やっぱ」
「でも、うん美味しい」
「よし、それじゃあ後はちゃんと、自分で手に持って食べてね」
「ええーあたし持てないよ、よっすぃ〜。最後まで食べさせて、ね?」
「結構、元気そうなんですけど」
「無理、お願い。ほら、あ〜ん」
仕様がないな、と言いながらよしざーさんは器から一さじ掬い、アヤカさんの口に差し入れる。
アヤカさんの舌がそれに絡んで、どろどろに溶けた米粒をのどへと運ぶ。
- 561 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:00
-
「よっすぃ〜は、ご飯どうするの?」
「え? ああ、まあ、適当に済ますよ」
「ダメだよ、適当じゃあ。そうだ、よっすぃ〜もこれ一緒に食べよ」
次の一さじをこくんと飲み込んで、アヤカさんは言う。
「うん? ちゃんと食べなきゃダメだって」
「でも、あたしこれ食べきれない感じ。いっぱいあるもん。
それにあたしばっかり食べるとこ見られるのって、恥ずかしいよ」
「やれやれ‥‥」
よしざーさんはおかゆをすくったスプーンを自分の口に運ぶ。
そして、アヤカさんにまた一さじさらにもう一さじ。
銀のスプーンが二つの口を行きかう。
「美味しいね」
「まあ、うまくできたかな、我ながら」
「ふふ、意外に女らしい‥‥んっ」
最後の一すくいがちょうど口を閉じようとする時に差し出され、少しだけアヤカさんの口から零れる。
「あ、ゴメン」
濡れた口元をよしざーさんは指で拭い、自分の口に含む。
アヤカさんは熱を帯びた声で尋ねる。
「美味しい?」
「うん、アヤカの味かな? なんてね」
「お代わりしてもいいよ」
よしざーさんの携帯はその夜はもう通じなかった。
- 562 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:02
-
- 563 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:04
-
どうもあたしは達する時に「好きです」と言っているらしい。
自分ではまったくそんな意識はなくてよしざーさんがわざわざ教えてくれたのだが、
ああ、勘違いして欲しくなので正確に言えば「よしざーさんのことが、好きです」なので、勘違いなきよう。
あたしはそれを聞かされて自分のことが汚らしく思えた。
普段よしざーさんと過ごす時あたしは常によしざーさんのことを大好きでたまらなくて、それを伝えたくて、
またよしざーさんのあたしへの気持ちも教えて欲しくてたまらないのに、
実際に「よしざーさん、好きです」とか「よしざーさん、大好きです」ですとか、
なんだか貧弱なバリエーションしかないけど、言うことは近頃あまりなくて。
付き合い始めた当初は何の脈絡もない時にも、二人でお笑い番組を見て爆笑していてCMに入った瞬間に、
「す・き」
とよしざーさんに抱きついてみたり、
あたしも食べたんやさけたまには食器洗わしてくださいとよしざーさんを押しやり台所に立って皿などを洗い、
スプーンを、それはコーヒーをかき回しただけだから申し訳程度に泡をつけるだけなのだけど、
洗っていたらよしざーさんがトイレに入るために後ろを通りかかったので勢いよく振り返って、
「大好きですよ、へへへ」
と笑ったらスプーンに乗っていた泡がそっくりよしざーさんの服に飛んてしまって、
あたしは慌てて謝ろうとするのによしざーさんたら聞いてくれずに、
「いや、ちょっと退いて、漏れちゃうから」
とトイレに入ってしまいカギを掛けられたのであたしは扉の前で手に泡をつけたまま待っていた。
出てきた時よしざーさんはぎょっとしたもののすぐに、ああこんなの気にすんなよと言ってくれたが、
あたしはもう何のためにそこにいたのか忘れていて目の前に現れた愛しい人に向かって再び告白するのだった。
- 564 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:06
-
毎日毎日と言うよりも毎瞬間ごとに「よしざーさん好きです」と言っていたわけで、
それはよしざーさんにあたしの気持ちを知ってもらいたいというよりもむしろ自分のため、
あたしは好きという言葉を口にしている時とても幸せな感じ、
ああ、あたしってよしざーさんのこと好きなんだあ、という分かりきった確認が何故か自分をすごくいい気分にしてくれて、
そんなあたしであるから最近よしざーさんに対して好きだとあまり言わないのは意識的かつ苦痛を伴う行為であって、
そう、意識してやっているのだ。
あたしの無意識は、よしざーさん好きですよ好き好きと言いまくっているのが自然な状態で、
それを無理して好きだと言ってはいけないという好きでもないことをやっているのである。
ものすごく嫌々になるべく口にしないよう気を配っているわけだ。
あたしは好きという言葉はとても大切な、
シンプルだけどそれだけによしざーさんの心にストレートに届くに違いない言葉だと信じていて、
だからこの言葉を使うことはそれ相応の気持ちの高ぶりがあって初めて口にするべきだと思う。
もちろん四六時中年がら年中夜も昼も、きっと夢の中でさえよしざーさんのことを思っているだろうだから、
あたしはいつだって「よしざーさん、ほんまに大好きなんです」と言える資格を持っているのは間違いないのだけど、
でも僅かながらも付き合いを重ねた最近になって、
いざ、ああ伝えてえわという瞬間になると訳知り顔のあたしが登場して、
おめ、ほんなしょっちゅう好き好き言うとるとウザがられるで、とあたしの口を塞いでしまい、
好きだといって嫌われるなんてそんなこと絶対に嫌で避けなければならないと思うと、
あたしの口はもう開かなくなっていて、ただずっとよしざーさんのことを見つめてしまう。
だから、あたしの最近の行動はよしざーさんのことをひたすらじっと見つめているといったもので、
CMの間中隣に座る姿を見、番組が再開したら笑いまたCMの間見つめ、
はたまたトイレから出て来るよしざーさんを凝視したりするのが告白に取って代わっていた。
- 565 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:21
-
ほれもまたかなりウザいんやけどね、そんな考えも浮かんで収拾がつかなくなることもあるが大抵の場合、
「どした? 高橋」
とよしざーさんが優しくあたしの頭を撫でてくれて、あたしはそれに安心しておきながら、
「なんもありません」
決まってそう答えるのだが、よしざーさんのことが好きで好きで泣きそうな顔をしておきながら、
なんでもないと言うのが本当に正しいのか、こうしてよしざーさんが心配してくれているのだから素直に、
よしざーさんのことが好きなんですと言ってしまえばいいことじゃないのか、
あたしは結局うつむいて涙をこぼしてしまうのだ。
あたしのこの逡巡がおそらく何の実りももたらさないだろうことは確実で、一人部屋に帰ると自分の不甲斐なさを呪い、
辛気臭い行為のため失ったかもしれないよしざーさんのあたしへの愛情を考え、
するとあたしは部屋を飛び出してよしざーさんの家まで全速力で走っていきたくなるのだけど、
次の瞬間にはその更なるみっともない姿を思い描いてうんざりして、
と、ぐちゃくちゃぎちぎちに固結びしたような思考を繰り返すことになる、
それも繰り返すたびに疲弊していく粗悪な糸だ。
何時間も思い悩んで気が付いたらいつの間にか寝ていたということも度々で、
最近荒れてきた肌をきちんとケアしなければならないのに、
逆に化粧もそのままか涙に崩れ下手な落書きみたいな有様でだらしなく眠りに落ちているのだが、
朝起きて黒ずんでくたくたになった自分を見ると、あたしって糸はある日突然ぷちんと切れてしまうかもしれないと思う。
- 566 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:26
-
誰も付き合ってくれなくて、よしざーさんにも、
あたしそういうの興味ないんだよねって言うか絶対寝る、と断られたので仕方なく一人で見に行った『桜の園』、
とてもいい舞台だったのだけど終幕間際に切れるワイヤーの音が印象的で、
あたしもあんなふうにどこか遠くで高い音を立てて切れ落ち、
何となくの物悲しさを周りに与えるだけで次第に空へと吸い込まれて消えて行くのかもしれないと感じたりする。
ネガティブな考えだが酷い顔を鏡に映していると前途洋洋という嘘臭い想像よりもこちらの方が全然真実らしく、
そう言えばあたしがよしざーさんに初めて告白した時にあたしたちの間にひらひらと舞い落ちてきた桜の花びら、
あれ、よしざーさんがすぐに捨てようとしたのを、
あたしはスタートの記念として貰い受けて大事にポケットに仕舞ったのだが、
家に帰ったらメールしたり電話したりで、もちろん全部よしざーさんにだけど、花びらのことをすっかり忘れてしまって、
何日かしてお風呂に入っている時に突然、
ほや、ほん間に二人でお花見みてえなことをしに行っとったのになんでやろ、
頭をゴシゴシと洗っている時うぎゃーって突然思い出しびちょびちょのまま思い当たる服を全部引っ掻き回したのだけど、
見つけ出したそれはもうすっかり萎びて黒く変色してしまっていた。
あたしは泣きながらよしざーさんにすぐ押し花にしよう思ったんやで、ほんまやよと電話して困らせたのだけど、
桜ももう散ってもうたね。
- 567 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:26
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- 568 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:28
-
「高橋、風邪ひくよ」
よしざーさんがあたしの体を揺する。
「ううん、はい‥‥」
あたしは目を擦りながら起き上がった。すでに服を着ているよしざーさんと向かいあう。
じんわりと体に残る感触のためか、
それともただ単に慣れのためか、それはちょっと寂しいし勿体無い気もするのだけど、
あたしは終わった後に裸でいることにあまり恥ずかしがらなくなった。
あるいは何も覚えていないほど満喫して、今更隠したってよしざーさんは全部端から端まで、
みんな見てみんな揉んだり舐めたりしてるんだ、もう隠すものなど何も残ってないのだという意識なのかもしれない。
それまであたしは自分がこんなにいやらしい人間、エッチに溺れるような奴だとは思っていなくて、
だってよしざーさんと会う前や出会ってからもこんなふうに抱かれるようになるまでは、
あたしにもそりゃ性欲はあるから一人で解消することもあったけど、
それはテストが近くでどうもイライラしている時とか友達とそんな話で盛り上がってしまった日とか、
ああ、それに生理の時なんかに、と言ってもごく稀にするくらいで、
話に聞く男子中学生の猿に例えられるような、そんな衝動に駆られたことなど一度もなくて。
だからあたしはごく普通の女の子だと思っていたし、
よしざーさんと付き合いだしてからも、「高橋、可愛いね」なんてことを言ってもらえるような、
よしざーさんに言われるのだから自信を持ってよければ、普通よりも少し可愛いだけの普通の女の子で。
それがよしざーさんに抱かれてみれば、はいこの有様って‥‥
他の人がどうかということはまったく知らない。
だからあたしの状態が比較して平均的なものなのか、ちょっと熱を帯びすぎてしまっているのか推測もできないが、
要はあたし本人が溺れていると感じていることが全てなのだ。
あたし猿け? そんな意識。
- 569 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:31
-
その猿が「好き」って言っているということだから、さっきは否定したけど、
エッチが好きという意味でもあながち間違っていないのかもしれない、
と言うか本当はそちらがメインで、オブラードとして「よしざーさんのことが」が付いているのかもしれなかった。
「よしざーさん」
「ん?」
「あたし言ってました?」
「何が?」
「好きって」
「えっ? ああ、言ってたよ」
「そうですか」
どっちの意味なんやか、あたしは自嘲気味に笑った。
「なんて?」
「いえ、なんもないです」
ふう、よしざーさんがため息をつく。二人の間の空気が揺れた。
ああ、やっぱしやげ、あたしは絶望した。
あたしが好きなのは、そうは言ってなくてもやはりエッチのことで、よしざーさんを好きということではなかったのだ。
もちろんあたしはよしざーさんのことが大好きだとこの瞬間も心に強く思っているけど結局それは言えていないし、
「よしざーさん」と形だけ付けていても上り詰めた時に必ず好きだというのだから、
これはもう自分でも疑いようがない。
- 570 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:32
-
そして今のため息はよしざーさんもそれに気付いているということで、
さらにはあたしという淫乱な女の相手をすることはもう疲れたというサインなのかもしれない。
きっとあたしが好きだという気持ちでよしざーさんを見つめるとき、
よしざーさんはあたしがそういう気分になっているのだと思っているに違いなく、
考えてみればそういった場面で必ずよしざーさんは優しい言葉を言ってくれて、
そしてかなりの確率であたしの物欲しげな唇に自身の唇を近づけてくれるのだけど、
あれはあたしをなだめるための不承不承の行為なのに違いなかった。
そんなこととは露知らず、あたしはよしざーさんとのキスに感動してそこによしざーさんの愛情も感じているわけだ。
きっとよしざーさんはバカなあたしのことを笑っているのかもしれないが、
それでもあたしはよしざーさんとのキスやセックスをこの先も心待ちにするだろうと言い切ることができてしまうし、
それこそ笑ってしまうくらいよしざーさんのことが好きで好きでたまらないから、バカにされても呆れられても、
よしざーさんがあたしの舌を噛んで胸を痕が付くくらいにきつく掴んでくれるのなら、むしろ歓迎すべきことだ。
- 571 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:38
-
「高橋」
よしざーさんが声をかける。
気付いたあたしはよしざーさんの方を向こうとしたが、そんな必要などなくってさっきからずっと見ていたようだ。
よしざーさんは今はあたしのいるベットに並ぶように腰を下ろしていたのだが、
あたしの目は頭の指令なくしてずっとその姿を追っていたらしい。
「はい?」
「その、キス‥‥とか‥‥して欲しいの?」
ほんと笑ってしまう、あたしって人間は。
目だけでなく表情も惨めにせがみ倒していたのだ。節操がない。
でも本当に笑えるのはやはりあたしの頭の方で、そう聞かれて決して拒むことができないのだから。
「‥‥はい、してくれますか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
本当にありがとうございます。そしてその先もお願いします。
しかし、
「でも、さ‥‥」
よしざーさんのこの言葉で一挙にあたしの心は恐怖で満たされてしまう。
今はするけどもうそんなもの欲しげな顔するなと怒られるか、
それともこれで最後にしようつまりお前とはもうやっていけないと宣告されるのか、
どちらにせよあたしは欲しがりすぎたのだ。
やはり強すぎる好きだという気持ちが言葉が、違う強いのは性欲だ、よしざーさんに嫌悪感を与えていたのだ。
もうこれからするキスが最後なのかもしれないという怯えに続けて、
ほん後あたしひっで感じるんやろな、なんて期待する女にはお似合いなのかもしれないけど。
- 572 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:40
-
「でも、なんですか?」
笑っているのか、泣きそうなのか、変な顔して聞いていることだろう。
「あの、えっと、ね‥‥」
よしざーさんが言いよどんでいる。
「ええですよ、はっきり言ってください」
「うん、そのね」
「はい」
「その、好きって言ってくれるでしょ、あの時‥‥」
「はい‥‥」
「だからえっと‥‥ああ、言ってるってのはあたしが言ってたよって言ってるわけだけどさ。
ん? 言ってるって言ってる?」
「あ、はい大丈夫です。分かってますで。
えっ、いえ、分かってるっていうんは、今よしざーさんが言うとる意味がってことで‥‥」
「うんうんっ、大丈夫。あたしも分かってるよ」
「よかった」
「変だねなんか」
ほうですね、少し二人して微笑みあう。
しかしすぐによしざーさんは真剣な顔に戻った。
「それで、その‥‥」
「はい」
あたしは心の準備を整えた。
「だから、好きってね‥‥」
「はい」
「言って欲しいなって‥‥」
「はい」
ほうですか、好きってね‥‥
「‥‥はい?」
聞き返した時はすでによしざーさんの腕の中だ。
「あんれ?」
- 573 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:45
-
心臓がバクバクと激しく動いているが感じられたのだが、あたしは呆然とむしろ落ち着いており、
不思議に思ってよく感じ取ってみるとそれはよしざーさんの鼓動だった。
「あんれ?」
あたしの頭は真っ白で「あんれ?」を繰り返すだけで、しかしよしざーさんはそれを聞くたびにびくりびくりと体を揺らした。
よしざーさんの体はあたしよりずっと大きくてあたしのことを包み込んでいるのだけども、
そして力強く抱きしめているのだが、あたしにはどうしてか弱弱しい感じがして、
激しく打つ心臓がなんだかよしざーさんが震えているような感じをさせた。
あたしは気が付いたら自分の腕をよしざーさんの背中に回していてそのまま子犬を抱き上げるように優しく包んだら、
あたしの胸にぴったりとくっ付いたよしざーさんの心臓が少しだけゆっくりと落ち着いた気がした。
するとさらにあたしの手はよしざーさんの頭を撫でていて、金髪がさらりさらりとあたしの指の間を通っていくのだが、
しばらくの間それを受け入れて非常に大人しくしていたよしざーさんが突然ぶるぶるっと頭を振って、
いかんいかん、と呟いた。
しかしそれからしばらくまた動きが止まり、でもあたしの首と触れ合うつるりとした首が次第に強張って熱くなってきて、
かくかくと下あごが痙攣するのかあたしの肩を叩くので、
不思議に思ったあたしの方から口を開こうと、あのと問いかけようとしたら向こうにも伝わったみたいで、
よしざーさんは弾けるように、
「うおー、恥ずかしいっ」
とあたしの首筋に顔を埋めたまま叫ぶのだった。
心底恥ずかしげな声が直接体を伝わって聞こえ、よしざーさんのほほの熱さがそれに表情を付けていた。
「よしざーさん?」
今では胸や首を圧迫するようにきつく抱きすくめられているので、
それはあたしを抱きしめるためというよりは顔を隠すためのように思えたが、おかげであたしの声は少しかすれた。
よしざーさんはすぐに気付いてゴメンと少し腕を緩めてくれたのだけど、
あたしはむしろそのまま、いやもっときつく呼吸もできないくらいに強く抱きしめて欲しかった。
だって言葉なんてものはこの体を通して直接伝わってくれるのだから。
- 574 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:52
-
もしかしたらあたしたちが今まで抱き合ってきたことは多少でも良いものを、
小さく萎れた花びらのあたしでも、
サクランボのように可愛らしくはないけど何かプラスのものを生んでいたのかもしれなくて、
例えば今こうしてあたしたちがお互いの顔も見ずに満足に声も出せずにいるのにも拘らず、と言うかそれゆえに、
相手の気持ちを、それは言葉のように輪郭のしっかりとしたものではないけれど温かみのある、
少し汗臭い感情をしっかりと感じ取れるのは、
あたしたちがベットの上や狭いソファで真っ裸になって絡まって汗をかいたお陰なんだと思ってもいいのかもしれなくて、
人間に微弱な電流が流れるようにあたしの肌はよしざーさんを流しやすく変化していて、
びくびくと神経を研ぎ澄ましているだけと言ってしまえばそれまでだけど、
あたしのどこか一部にでもよしざーさんの体が触れるとそれが一瞬にしてびりりっと全身に伝播する。
そして隣り合った心臓はお互いのペースを感じ取り影響し合って連動している。
だからもうすぐよしざーさんが話を続ける、今は自身をそれに向けてけしかけているのが、
あたしには手に取るように感じられるのだ。
ほら、よしざーさんは、せいのと軽く自分に合図を送ってから口を開いた。
「あたし、高橋にもっと好きって言ってもらいたくって」
「え?」
しかし言ったように言葉の内容までは感じ取れないわけで。
「その、だからね‥‥」
「はい」
必要ないと決め付けたばかりの耳に意識を集中させた。
「最近、高橋あまり好きって言ってくれないから」
するとこうして思いもかけない贈り物をもらえることがある。
- 575 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 10:58
-
よしざーさんは相変わらず弱弱しいけど芯に力のある声でゆっくりと話し、
あたしはその背中に腕を回したまま黙って聞いた。
「あたしのことただじっと見て、それでなんもありませんって‥‥
「聞いても、なんもありませんなんもないですって、だからあたし結構不安になってて。
その、高橋はあたしのことどう思ってるんだろうって。
それでいて、エッチすると何度も何度もあたしのこと好きって言ってくれて、
それこそあたしが高橋の服のボタンを外してるときや、髪を撫でたときにも言ってくれて、
「あたし、そういう時本当に嬉しくてさ。
前はそうでもなかったんだけど、て言うかあまり誰かとぴったり引っ付いてるってのがちょっと苦手だったんだけど、
今じゃもうほんとスゲえ嬉しくって‥‥なんだろ、高橋の毒にあたっちゃったみたいな?
「だからもっと言って欲しいなって、あたしすごい一生懸命になって、その、しちゃうわけだけど‥‥
「でもねっ、でも、高橋からすると、あたしってもしかしたらエッチにしか興味がない奴に見えてるんじゃないか、
こんな奴のことそのうち愛想尽かすんじゃないか、
いや本当はもう好きでもなくて、だから普段そう言ってくれないんじゃないか‥‥
なんか嫌なことばかり考えちゃって‥‥
よしざーさんはまたあたしの肩に顔を埋める。
「‥‥ああ、あたしなんでこんなこと言ってるんだろう。余計愛想尽かされちゃうじゃん」
耳からそして体から、それぞれがあたしの頭によしざーさんの消え入りそうな言葉を伝えてくれた。
よしざーさんがこっそりとあたしのことをうかがっているのが感じられる。
あたしがぼうっとしたまま反応を示さないのを怖がっている気配が抱きしめる腕にも滲んでいた。
そしてぽつりと聞いてくる。
「こんなよしざーさんだと、ダメかな?」
- 576 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:04
-
あたしはよしざーさんの髪に両手を入れ指で柔らかい感触を確かめながら尋ねた。
「ほんまですか?」
「え?」
「あたしに、好きって言われるの嬉しいですか?」
「うっ、嬉しいよっ。嬉しいに決まってるじゃん」
「何度も言うてええんですか」
「何度も言われたいよっ」
「よしざーさんのこと好きや思た時、言うてええんですか?」
「言って欲しい」
「いつでも言うことになっちまいますよ?」
「なら、いつも言ってて」
「好きです、よしざーさんこと」
「高橋‥‥」
よしざーさんが体を離しあたしのことをまっすぐに見た。真剣な顔で、その後にほっとしたように笑った。
髪から離れたあたしの手は左はよしざーさんの肩に落ち、右はよしざーさんのほほに触れて止まった。
あたしは人差し指で上がったばかりの口の端をふにふにと押しながら聞く。
「キス、してくれますか?」
「もう一度面と向かって言ってくれたら」
よしざーさんの口が描く曲線が更に大きくなった。
あたしも微笑む。
「よしざーさんのことが大好きです」
「うん、好きだよ高橋」
よしざーさんがキスをくれる。最後ではないキスだ。
そしてきっとよしざーさん自身もしたかったキスなのだと考えたら、
あたしは今までの自分のことを今度は違う意味で笑いたくなってくる、笑い飛ばしたくなった。
「ん?どした?」
それに気付いたよしざーさんは話をするため唇をずらし、するとあたしたちの唾液が糸を引いた、
ちゅっと軽くほほに一度音を立ててから二人の鼻先をすり合わせた。
目を閉じたその気持ちよさそうな様を上目で見たあたしは言葉を言う前に、かぷりと軽くよしざーさんの鼻を咬む。
そしてよしざーさんが驚いたのに喜んで、
「大好きです、ってまた言いたくなっただけですよ」
と告白した。
- 577 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:05
-
- 578 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:07
-
気持ちええ。
よしざーさんんこと好きや言えるんはひっでもんに気持ちええことやざ。
言いたくなったら言いたいように、変な飾った言葉など使わないで、
ただ「よしざーさんのことが大好きです」と言えばいいだけだなんて。
そしてよしざーさんもそれを待っていてくれたなんて、あたしが最近言わないことで不安になっていたなんて、
あたしのことを大好きだったなんて。
体を、服を着ている時でも着ていない時でも、
重ねていると気持ちよくて体温と一緒によしざーさんの気持ちもじんわりと伝わってるけど、
言葉を交わしあうのはまた全然違う気持ちよさで捨てがたい、よしざーさんみたいに嘘をつかない人ならなおのこと。
時によしざーさんの体温を思い出すよりも言われた言葉の方がずっと簡単に蘇ってきてくれて、
だからよしざーさんがあたしのことをと大好きだと言ってくれたことはきっと、
あたしが何かの拍子にまた不安になってもきっとあたしのことを支えてくれるに違いなくて、
そう、よしざーさんがあたしのことを大好きって、
‥‥大好きって?
あんれ?
- 579 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:09
-
「‥‥よしざーさん」
「うん?」
よしざーさんは今まさにあたしに唇を近づけているところで、
それを止めてしまったことにあたしは少し勿体無いことをしたと悔やんだのだけど、
ぐっと堪えて手でよしざーさんの顔を話が出来る距離まで遠ざけもして、
「よしざーさん言うてくれてへん」
不満をぶつけた。
「何にょ?」
よしざーさんはううんと首を揺らしてなおもキスしようとしながら言うので手のひらがこそばゆい。
あたしは手を引っ込めて、しかし体も後ろに下げることで話をする距離を保ちながら、両手の指をいじいじと擦り合わせた。
「あたしのこと大好きて言うてへん」
「は? 言ったじゃん今」
「言うてへんです」
「何でよ、言ったでしょ、えと、そう。好きだよ高橋って」
「ほれ」
「何がほれ?」
「言うてへん」
「だから何さ?」
「大」
「は?」
「大って付いてへんかったで」
「‥‥ああ、なんだ、そんなことか」
「そんなことっ?」
- 580 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:13
-
そんなこと?
あたしが暗い寒い部屋で一人よしざーさんのことを想って涙して、
ほうや、よしざーさんあたしに言ってくれたやざ、とすがるような気持ちで思い出そうとする言葉は、
「大」が付いてないただの好きでしかなくて、
あたしはよしざーさんのことを「大好きです」って言ったのにその返事がただの「好きだよ」なんて、
そんなのは全然つり合ってないし、第一友達でも好きだって言うのだからその好きとどう違うのかまったく分からなくて、
そりゃ大好きというのも友達同士でも普通に言う言葉だけど、それならばなおさらよしざーさんも言うべきで、
あたしのことを本当に好きならば当然言うべきで‥‥
ほんまはあたしんことそんな好きやないんやろか?
「たっ、高橋?」
何や寂しくなってきてもた。
「ちょっ、何いきなり沈んでるんだよ」
へへ、沈みますよ、ずぶずぶやで。「大」の付かんあたしなんて沈めばええんですよ。
「ほら、高橋っ。戻って来い」
沈むー、沈むーよ、世界はー沈ーむー。よろーこび悲しみ繰り返えーーしー。
今日はー別れーた恋ー人たちーもー‥‥
「ちょっと何歌ってるの? うっわ、泣いてる」
「んっ、く。ええんですよ、もう。」
「よくないって、何だか訳分からないけど。好きだよ高橋のこと」
「ほうなんですよ、所詮あたしは『大』の付かない女」
「いやいやいや、好きだって。大好きだってっ。大大っ大好きだってのっ」
よしざーさんが堪らず叫んだ。
「あたしも、大っ大っ大好きゃーー」
すると泣くのはどこへやら、あたしは負けずに叫んでいるのだった。
そのまま抱きついたあたしをよしざーさんは、なんだこれとぼやいていたけど。
- 581 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:16
-
ともあれ、よしざーさんの気持ちにも「大」が付くことを確認したあたしは上機嫌で、
よしざーさんもそんなあたしを見て笑ってくれて、
呆れて笑っていた部分もあるのかもしれないけどそんなのはどうでもいい、あたしたちは笑いあったのだ。
そして二人で「大好き」を言いあい「大大大好き」も言いあってキスをした。
変なキノコでも食べたかのようにあたしたちはハイになっていて、
よしざーさんがへへへと笑いあたしがふふふと笑い、時にそれが逆転しそしてまたキスをする。
お互いの唇を咬み舌を絡ませ、二つの口の中でお互いの唾液を混ぜ、
そして唇を離して鼻の頭を合わせて、笑いあう。
「ふ、くしゅんっ」
もう何度目かのよしざーさんのへへへに合わせて、笑おうとしたらくしゃみが出た。
「おっと」
「へへ」
「おっ、高橋さんずっと色っぽい格好のまんまじゃないの」
よしざーさんがあたしの胸の先端を指で突付く。
「んと、ほうでしたね」
あたしはそこを隠しつつ軽くさすってへへへと笑った。
- 582 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:18
-
「ほら、いい加減服着な、それともシャワー浴びる?」
「ああ、シャワー浴びてこようかな」
「じゃあ、もう浴びてきな。風邪ひいちゃうからさ」
「風邪ですか?」
「うん? そうだよ、いつまでも裸でいたら風邪ひくよ」
風邪‥‥
♪♪♯♪♭♪
携帯が鳴る。
よしざーさんの携帯で、室内にあたしのとお揃いの曲が鳴り響いた。
「嘘つき‥‥」
何故か分からないが気が付いたらそう呟いていた。
- 583 名前:_ 投稿日:2004/05/08(土) 11:21
-
携帯を手に取ったよしざーさんが振り返る。
「ん? なんか言った?」
「いえ、なんも」
「そう? 気のせいかな」
「ほうですよ。ほんじゃ、あたしシャワー浴びてきますで」
「はい、行ってらっしゃい」
「はーい」
もう一度キスをしてからあたしはバスルームに入る。
よしざーさんは電話に出る。誰かメンバーのようだった。
熱い熱いシャワーを浴びた。
そこで言う「なんもありません」はお湯が口に入ってくるので声にならなかった。
- 584 名前:名無しさん 投稿日:2004/05/08(土) 11:25
- 更新終わります。
レスありがとうございます。歓迎しております(sageにて頂けるとなお嬉しいです)。
- 585 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 17:20
- 行きつ戻りつする思考。
情景の描写も巧くてらしてほんと素敵です。
初めからのお話の全ても考え合わせると尚奥深く味わい深いです。
まだまだ楽しませてください…。
- 586 名前:名無しさん 投稿日:2004/05/18(火) 23:08
- レスありがとうございます。
ここまで先に用意していたストックにて更新してきましたが、それも切れました。
プロットは出来ているのですが、今回のはどうにも文章化するのに非常に疲れます。
にて、もう少し休ませて。
- 587 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 00:15
- めちゃめちゃおもしろいです!
これ読んだら、高橋さんが気になり始めましたよ^〜^
焦らずゆっくり、作者さんのペースで頑張ってください♪
- 588 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 16:41
- ここの二人、大好きです。
大人しく待ってます。
- 589 名前:名無しさん 投稿日:2004/06/08(火) 03:07
- まさか一月経ってしまうとは……
毎日このスレのことを考えているんですけど、ふう。
ゆっくりやります、ゆっくり。(待たせておきながらなんだその言い草は、って感じですけど)
と言うわけで、レスありがとうございます。かなり救われております。
- 590 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/08(火) 10:49
- 作品のナカミを考えると、ゆっくりで当然、という気がします。
こちらもゆっくり、待ってます。ドキドキしつつ・・・。
- 591 名前:夢うつつ 投稿日:2004/06/16(水) 18:18
-
- 592 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:19
-
「寝た?」
暗い室内にうかがうような声がする。その後に沈黙。
「起きてるよね? 麻琴」
再び声が、今度は幾分大きめだった。
隣のベットから布団が動いて布の擦れる音が立つ。
「‥‥寝た方がいいよ」
「いいじゃん、お話しようよ」
「あたし、眠いよお」
「せっかく同室になってるのに、冷たーい」
布がばさばさいう音とスプリングの軋み。
「明日、昼と夜二つもあるじゃないですかあ? 寝ようよお、のんちゃーん」
「ヤダ」
ぴたりと音が止んだので、代わりに辻の返答がよく響いた。
はあ、小川はため息をついた。
「おっ、観念したね」
「しました‥‥」
- 593 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:20
-
ペタペタっとベットサイドの辺りを探る小川の手。
「ん? 電気いいよ、別につけなくても。何かこの方が、雰囲気あるじゃん」
「雰囲気って、何のー」
小川の声も次第に通常の大きさまで戻ってくる。
ライトの台に触れたところで手を引き戻したら飲みかけのペットボトルに触れた。
キャップを外すと、ふたに残っていた水分が小さくきゅっと音を立てた。
「そーだなー。やっぱりこう同部屋で夜話すことって言ったら、コイバナでしょ」
ぶっ、小川が口に含んでいたものを吹き出す。
「うわ、何、きゃあ何これ、何か飛んできた。えー何ぃ?」
「ゴメン‥‥さっき飲みかけで置いといたお茶」
ごしごしと乱暴に布が擦れる。
「もー、止めてよ」
「ゴメンなさい」
「罰として、麻琴の話ね」
「ひゃあぁ、ダメダメそんなの、無理無理ー、できまーせんって」
「はい、けってーい」
ひとしきりの笑い声と無駄な抵抗。
- 594 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:21
-
「んで」
「何ですか?」
「どうなの?」
「何がですか?」
「好きな人いるの? いないの? いるでしょ?」
んぐっ、と小川はのどを詰まらせ、お茶を手にする。
「いるでしょ?」
辻の声をかき消すように音を立てて一気飲みした。
「ほら、明日早いんだからさあ」
「じゃっ、じゃあ、寝ようよお」
「麻琴がさらっと言っちゃえばね」
沈黙。
近くに幹線道路があるのか、トラックの走る音が聞こえる。
窓ガラスの微かに震える音もするので、すぐ下を走っているのかもしれない。
「あの‥‥」
「いる?」
「他の話にして、お願いだから」
お願いします辻さん、潜めた声で付け加えた。
- 595 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:22
-
「ええ? 仕様がないなあ」
「いいのっ? あ、ありがとうっ」
「じゃあ、今乙女ツアー中でしょ」
「はあ? 今更だけど、そうだねぇ」
「そんで、さくらもそうだよねえ」
ガン、ベットの頭の板が鳴った。うぐぐぐ、小川が唸り声を上げる。
「大丈夫?」
「くっくっ、だ、大丈夫です。デヘへへ」
がしゅがしゅ、頭を擦っているようだ。
「そ」
「うーん、うんもうオッケー」
「ならいいや」
トラックが走る。
「あっちも二人で寝てるのかな?」
返事はなかった。
- 596 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:23
-
「一つのベットに入ってたりして」
「そんなわけないよっっ」
ばざりと布団が跳ね上がる。
「いくら愛ちゃんでも、ツアーでそんなことしないよっ。吉澤さんだってそんな人じゃないよっ」
小川の声が反響する。
「あたし別によっちゃんたちのことだって言ってないよ」
「んぎっっ」
「普通に考えて、豆ちゃんと亀子じゃん。まだ中学生なんだから‥‥ん? ああ、卒業したかあ」
「意地悪ぅ」
バカバカー、手足がベットの上で暴れた。
「分かってるんだからさ、初めから認めちゃえばいいのに」
「ぐっそれは‥‥」
「好きなんでしょ?」
「そんなことないよ」
布団を引き上げる。
「もう寝るよ、あたし」
お休み、くぐもった声に変わった。
二台のトラック。クラクションの音。ガラスの振動。
- 597 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:23
-
- 598 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:25
-
恋は盲目、なんて言葉があるけど進んで盲目になろうとする時だってある。
どうしてかあたしの携帯は「こい」を変換しようとすると最初に故意と出て、そこには何か非常に意味深いものを感じるけど、
恋をしてその外に軋轢が生じてしまったら、
どうして溶けてしまいそうな恋を置いておいてわざわざ面倒なことに向かい合わなければならないのか、
どうしてよしざーさんの腕の中で眠っていてはいけないのか、目を覚まさなければいけないのか。
「愛ちゃーん」
でも避けようとしていてもと言うか避けようとしたものこそ寄ってくるもので、
あたしも分かっているのだからもう少し利口に立ち振る舞えばいいのだがそれができないからつい避けてしまうわけで、
こんな先に進まない堂々巡りに力を使うくらいなら観念して来るものを全部受け入れてさっさと済ませてしまって、
その後晴れてよしざーさんの唇をいかに効果的に奪うかを考えて実験して、
運良く成し遂げることができた時は精根尽き果てて動けなくなって、
よしざーさんの肩にぐったりとでもうっとりと再び突っ伏していた方がそりゃ何倍も幸せなのだから、
故意は盲目はきっと正しい変換なのだろう。
「愛ちゃん、最近なんかあたし避けてない?」
しかしいくらあたしが盲目になっていたとしても相手は変わらず目が見えるわけで。
麻琴は適当にやり過ごそうとしたあたしのことを見抜いていて、
ううーとうなり声なのか泣き声なのか分からない音を出しながら悲しげにあたしを見ている。
今日も人が入り乱れる楽屋でなるべく一対一では接しないように避けていたのにもかかわらず、
油断した隙にそのヘタレた顔にまともに出合ってしまうとあたしはキョロキョロと目を逸らして、
「ふへっ? ほ、ほんなことないで?」
「ある」
やはりあたしは利口な人間ではなくて我ながらお粗末な対応しかできなかった。
- 599 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:28
-
「ほんなことないってっ。麻琴なんで、んなこと思うんよ、気のせい気のせい」
それでも一度出してしまったからにはもうひたすらごり押ししていくほか何も浮かばないし、
なんとなく麻琴相手ならそれも通るのじゃないかという目算もあって何度も同じ言葉を繰り返すのだが、
「そっかー、よかったあー」
と相手は心底安心したような顔をするのでこん子もたいがい人がええのおと思ったのだが、
いつだかあさ美がその言葉はあまり縁起が良くないというようなことを言っていたので、
あんれちびっと違う言い方だったかしれんけど、
それを思い出してあたしもただ納得してくれてよかったと思うだけに留めておいた。
言うまでもなくあたしたちは同期でモーニング娘。に入ってからというものずっと一緒に頑張ってきた大事な仲間であり、
あさ美に里沙と四人で辛いことにも耐え誰かが壁にぶつかれば手を伸ばし助け合ったからここまで来れたわけで、
だから麻琴のことは大好きだ。
麻琴のダンスなんかは習っていたわけでもないのにあたしにはない力強さを持っているし、
自然と口が開いてしまうくらいほんわかとしているし明るいしで誰とでも仲良くなれて、
それでもってよしざーさんと師弟関係というか更に進んで兄弟みたいに垣根なく付き合えるようになっていて、
よしざーさんも麻琴といる時には全然気を使うことなくてお前キショいとか笑顔で言って、
それを麻琴はデヘヘヘって嬉しそうに聞いていて、ほうや嬉そうなんやもん。
麻琴よしざーさんといると嬉そーなんやもん。あたしやあさ美、里沙といる時に比べて、
ううん、比べ物にならないくらい嬉しそうであたしはそれに気付いてしまったんだけど、
多分あたしが気付いたのはきっとすごい遅くてみんな知っていて、あさ美なんかは相談もされていたかもしれないけど、
ただみんな麻琴がどこまで本気でよしざーさんのことを好きなのかまでは知らなくて、
その兄弟みたいな接し方から、ああこういう付き合いをしたいだけなんだなと思っていたんだろう。
- 600 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:39
-
あさ美はどうやったんやろ? 真剣な気持ちでよしざーさんのことを好きなんだということを知っていたのか、
それともそう、後で知ったけどあの時よしざーさんがあたしのことを追いかけてきてくれた時、
あさ美もそれを後押ししたらしいから知らなかったのかもしれず、
あたしは麻琴の好意について気付くのこそ遅かったが、よしざーさんのことがずっと好きだったため、
ああ麻琴もあたしと同じ気持ちなんやねというのは考えるまでもなく感じていたのだけど、
ある時あさ美が体調を崩したのだ。それは彼女が元気がなくなっていた麻琴の家に遊びに行ったすぐ後のこと。
「最近、愛ちゃんとあまりお話してない気がしてさあ」
あさ美はきっと自分のせいで麻琴を傷つけたと思い悩んだのだろう、
はっきり言ってあさ美からしてみればあたしなんかより麻琴の方が全然大事な友達で、
でもそれは麻琴にとっても里沙にしても同じことで、
四人は同じ壁を一緒に乗り越えてきた仲間だけどあたしとはどこかで線が引かれていて、
仲間はずれとは思わないけどどうしても一つ間を感じてしまうのであって、だからあたしは一人きりで、
ほしたらあたしにはよしざーさんしかおらんやん。いいじゃない、あたしによしざーさんをくれたって。
ええやない、里田さんもアヤカさんも後藤さんも安倍さんも藤本さんも
飯田さんも矢口さんも石川さんものんちゃんあいぼんもあさ美も里沙も亀子田中ちゃんも重さんも、
よしざーさん一人くれえあたしにおっけてもええやないの。麻琴ももうあきらめておくんね。
- 601 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:40
-
「あさ美ちゃんも心配してたよー」
ああ、ほんでも分かっとるんよ、ほんまは。
麻琴はあたしみたいに嫌らしくものを考えてたりしてなくて本当にあたしのことを心配しているし、
そう、あたしが麻琴を避けていても自分のことを思い悩むのではなくてあたしのことを心配して、
それで他の人も自分と同じように考えていているものと思い込んでいて、
あたしがこんなふうに麻琴のことをいとましく思っているなんて考えもしないし、
あさ美が自分の思慮の浅さを悔やんでいることにも気付かない、早え話ちびっとのくてぇんや。
ほやさけよしざーさんに気持ちが伝わらないんやざ。
そんなだからあたしみたいなこんな友達のことを悪く思ってる奴に大事なものを持っていかれてしまうのだ。
- 602 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:40
-
- 603 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:42
-
「寝た?」
暗い室内に声がする。返事はない。
「起きてるんでしょ?」
沈黙。
「‥‥あたしさあ、キモイかなあ?」
「そんなことないよ」
二つのベットから衣擦れの音。
「じゃあ、どうしてなんだろ?」
「何が?」
「愛ちゃん、可愛いよね?」
「そうだね、すごく可愛い」
ううっ、辻は伸びをする。それから体を相手の方へ向けた。
「あたしが可愛くないせいかな、やっぱり」
「麻琴も可愛いよ」
先ほどよりも声がまっすぐに伝わっていく。
「そんなことないよ、全然違うよ」
「そんなことないことない。すごく可愛いって」
「‥‥へへ、ありがと」
「ほんとだからね」
「あたし、結構アピールしたと思うんだ」
「うん、してたね」
「でも吉澤さん相手にしてくれなくてさあ」
「ええ? してたじゃん、いつも」
「あっ、あれは、ジャレてるだけじゃないのお」
布団が乱暴に叩かれる。
「自覚あったんだね」
辻は笑った。
「じゃあ、どんな反応して欲しかったの?」
「小川、可愛いぞっとか‥‥」
「キモ」
「のんちゃん、酷い‥‥」
- 604 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:44
-
「麻琴‥‥」
救急車が走っていく。近づく音と遠ざかる音が交互に聞こえ、そして少しずつ小さくなっていった。
かたり、とデシタル式の時計が音を立てた。3:00AM、緑色の光が漏れている。
「あたしね」
「うん‥‥」
「麻琴も好きだけど、愛ちゃんも好きなんだよね。ミニモニだし」
「うん、あたしも大好きだよ」
「だから、何て言ったらいいのか分からないや」
「うん」
「あたしから、話振っておいてゴメンね」
「いいよお」
ぶんぶんと空を切る音。
「よっちゃんもさ」
「うん」
「麻琴のこと好きだよ」
「そうかなあ?」
「そうだよ」
「でも愛ちゃんはちゃんと告白したからさ‥‥」
沈黙には音がある。
- 605 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:49
-
「でもでもっ、別に特別愛ちゃん好きだったとかじゃないと思うんだよねっ」
振り払うように辻は早口でまくし立てた。
「そうかな?」
「よっちゃんてさ、自分のこと鈍いじゃん?」
「うん」
そうだよね、笑いを含んだ声。
「だから、麻琴の気持ちも愛ちゃんの気持ちも知らなかったと思うのね」
「はは、ひどいね‥‥」
「でも二人ともそんなとこがよかったんでしょ?」
「‥‥そうかも」
布を通したようなくぐもった声だった。
「あはは、そんで愛ちゃんから、よっちゃんからしたら突然告白されてさ」
「うん‥‥」
「で、ああそうだったのか、じゃあ真面目に見てあげなくちゃなって思ったんだと思うのね」
「そうかもしれないね」
「愛ちゃんそれからガンガン行ってたし、気付いたら好きになってたそんな感じじゃないかな?」
「そっか」
「今はちゃんと好きだと思うけど」
「そんな感じだよね、吉澤さん楽しそうにしてるし」
二人でいる時、付け足した言葉は掛け布団に吸い込まれて消えた。
- 606 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:52
-
「‥‥ぁ‥」
辻が口を開く。しかし息だけが漏れた。
「ん?」
数拍してから小声で仕切り直される。
「‥‥自分も告白してたら、とか思っちゃう?」
なんだ、小川は笑った。
「うーんやっぱり少しは、考えちゃうよお。勇気出してればあたしが彼女だったのかなあって」
辻はほっとしたようだった。
「でも、麻琴ヘタレだからねえ、チャンスがあっても言えないんじゃない?」
「ひっどおーい、もお」
「おっ、じゃあ、ちょっとあたし相手に告白してみなよ」
「ん? 好きだよのんちゃん?」
「ちっがーう、好きです吉澤さーん、て言うの」
「ふへっ?」
ペットボトルをまた手にしていたのか、べきりという音が立った。
「ほら、言ってミソ」
- 607 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:54
-
沈黙、それから咳払い。
「‥‥す、す好きでっす、よよよよよしよしっ」
「無理じゃん」
「よしざぎ、よしよしざっささん」
「今まで運かなあってあたし思ってたけど、やっぱこうなる運命だったのかも」
「のんちゃんの意地悪うっ。知らない、もうあたし寝るっ」
あはは、ゴメンゴメン、暗い部屋に楽しげな笑い声が響いた。
ふふふ、顔がほころぶ。
愛ちゃん?
「愛ちゃん、どしたのー、やっぱりちょっと変だよ、だいじょーぶー?」
麻琴があたしの目の前で手を振っている。あはは、相変わらずヘタレた顔やね、おもろくて涙が滲んでまうよ。
- 608 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:55
-
- 609 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 18:57
-
麻琴はよしざーさんとのこととあたしとの友情のことを分けて考えているのかごく普通に接してくれていて、
なのにあたしはいつまでたってもごちゃ混ぜで麻琴を見るといつも胃の辺りがキリキリと痛み、
そのせいでよしざーさんとの付き合いにはずっとこの申し訳なさが付いて回ることとなり、
するとよしざーさんと二人きりでいる時にもふとした拍子に根拠のない不安があたしを襲い、
よしざーさんに理不尽にそれをぶつけることになってせっかくの時間を気まずさが覆うことになるのであって、
でもそうした時問題を解決してくれるのはいつもよしざーさんで、
あたしは自分からふっかけておきながらただしがみ付いて泣くだけで何もせず、
よしざーさんが大人になってあたしのわがままを聞き入れてくれるのを待つのだけど、
解決してみれば今度はあたしに不安をもたらしたとして麻琴のことをまた悪く思い、
もちろんあたしにもバカなりの頭があるからそれがとんでもない言いがかりだと分かっているのだけど、
とそんなことを言ったらよしざーさんに対しても思うべきなのかもしれないけど、
どうしてかよしざーさんはそれを許してくれるような気がしていて、これまたすごいわがままなことだ。
しかし麻琴に対してはやはり同じ高さに立っているという意識からか、
ううん、正直に言ってしまえばまんまとよしざーさんを手にした自分の方を上に見てしまっているから、
その理不尽さにまた苦しむことになるのにもかかわらず全部麻琴のせいにして、
その他関係ないところから来る不安も全部麻琴のせいにして、
センターを任されても結果を出せていないこととか全部全部麻琴のせいにして、
あたしはよしざーさんの腕に飛び込んでいる。
- 610 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:01
-
だからできれば麻琴とは顔を突き合せたくないのだ。
だって麻琴を見る度にしかもこうしてあたしのことを心配そうに見る顔と向かい合ってしまったら、
そこにあたしの持つ自分勝手さや醜さおぞましさを真正面から直視しなければならなくなるのだから、
そしてそこに麻琴の不純さが見つけられない分、
ただ純粋にあたしのことを心配しているという曇りのない友情を差し伸べられている分、
そうだ、あたしたちの間に壁があるなんて思っているのはきっとあたしだけで、
麻琴やあさ美も里沙も全然そんなこと考えもしないことなんだろうに、壁は一緒に乗り越えてきたものであったのに、
勝手にあたしの方でここに壁がありますあたしたちの間に壁があるんです、
あたしは仲間はずれにされているんですと言っているに過ぎない、ほんなんはよう分かってるんやって。
すごく分かってるの。
でもそこまで分かっているからなおさら麻琴のこの心配に接すると申し訳ないやら何やらで、
こちらとしてもともかく笑顔で答えなければと思うのであるけど、
どうしてもよしざーさんといる時みたいにあたしの全身がそのまま喜びの感情ですというような自然な表情には程遠くて、
ほら自分の名が出てきたのでこちらに注目しているあさ美も、
まあ実際は麻琴があたしの前に立った時からずっと不安そうにうかがっていたのだけど、
おろおろとそしてやはり自分の罪を再度感じているのだろう気を失いそうな感じでいて、
あれを見る限りあたしの笑顔の嘘なんてバレバレなんだ。
「大丈夫やってっ」
それでも笑顔を作って答えるのはあたしの弱さか。
- 611 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:05
-
あるいはこのあたしたちの間にある壁を壊して欲しいという想いなのかもしれないが、
結局これもあたしは作り笑顔をするほかに何の努力もせず相手に重いハンマーを持たせて、ほれ、こんで壁壊してんでの、
ロープを手渡し、ほなら上から乗り越えて来てもええよと要求するばかり、
自分のやるべきことに関してはよしざーさんの腕の中にいれば勝手に解決されているというような感覚で、
あたしはよしざーさんのことをスーパーマンとでも思っているのかドラえもんとでも勘違いしているのか、
よしざーさんならあたしの不安を全部取り除いてくれるんじゃないかと自動的に思っていて、
実際のところぶちまけた数々の言われのない非難やもう完全にただの妄想と言うべき不安を
よしざーさんは解決してくれたのであって、
とその時の方法を思い起こしてみればただもう分かった分かったと言ってあたしの髪を撫で、
大丈夫だからとささやいて優しくそして強く抱きしめてくれるばかりだったのかもしれないけど、
あたしがそれに救われているのは事実でと言うかあたしが望んでいるのはまさにそれなのだから、
髪を撫でられぎゅっと抱きしめられるためにわざとありもしない不満をよしざーさんにぶつけることさえあるのであり、
結果一つも叶えられなかったことがないのはよしざーさんがスーパーマンでドラえもんだからに他ならない。
でも本当はスーパーマンてまったく見たことがないからどういうものかあたしは知らなくて、
だからドラえもんに特定するけど、とよしざーさんが聞いたらちょっと怒りそうな気もするが、
翻訳こんにゃくを食べてるみたいにあたしの気持ちを理解してくれて、
どこでもドアでのび太が行けるのなんて問題にならないくらいの世界へ、
昨日までつまらないただの道やファミレスだったのに、
こんなに楽しくて幸せなところがあったなんて信じられないというような場所に変えて連れて行ってくれて、
よしざーさんは本当にあたしが願うことを何でもかなえてくれて、アンアンアンて、
頭の中が真っ白になって体がどこかに飛んで行きそうになっちゃうくらいにアンアンアンて、
ベットに突っ伏して一時間も二時間も起き上がれなくなっちまうくれえで‥‥
ああ、あたしってどんな声出しとるんやろ。
- 612 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:10
-
普段はよしざーさんのきれいな顔を常に見ていたくてがっしりとお互いの顔をつき合わさせているのだけど、
している時はやはりものすごく恥ずかしくて顔を背けたくなる。
自分がよしざーさんの愛撫に恐ろしいまでに反応している、それもとても嫌らしく反応しているのは十分承知しているから、
その様が凝縮して現れている自分の顔をよしざーさんにはとても見せられないし、
あたしの顔を見た時のよしざーさんの表情に変なところでもあったら耐えられない。
なんてことを思ってみても本当のところあたしはそんなところをはるかに通り越して夢中になっているのだから、
よしざーさんから顔を隠しているままなのかすっかり見られてしまっているのか覚えていないのであり、
でもよしざーさんのことだから絶対に快楽に溺れているあたしの顔をまっすぐに自分の方へ向けさせて、
すでに朦朧としているあたしのあごを首のくぼみのところに固定させてじっくりと至近距離から眺めているに違いなくて、
あたしはきっとあたしの乱れるところを見て興奮するよしざーさんの熱い息を肌に感じて、
その瞬間に上り詰めそうになりながらも目をぎゅっと閉じたまま夢中で腕を動かして、
するとあたしの二本の腕がよしざーさんのことを探し出して金髪に指を絡みこませ、
と今ではよしざーさんの髪も汗でじっとりと湿っているのを指先に感じるのだが、
その指が力の入らなくなった全身とは反対にぐいぐいっとよしざーさんの頭を引き寄せてきて、
あたしは溺れるようにその唇に咬み付いている。
- 613 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:13
-
朝起きて何気なく乾いた唇を舐め鉄の味を感じるとき、
あたしはよしざーさんのことを食っているのだとえも言われぬ心地よさで、
隣で目覚めたよしざーさんに向かって自分の唇を指でゆっくりとなぞって見せると、
よしざーさんは瞬間びくりと身体を震わせる、それから昨日のようにあたしのことをまた食べてくれるのだ。
こうした時普段見られない焦った仕方でボタンを外していくよしざーさんを母親のように穏やかに眺めていると、
自分の両手の爪先もまた血に染まっているのに気付くのであって、
そしてあたしの服を脱がし終えたよしざーさんがもうこれ以上時間をかける気にはなれないと、
自分の服をボタンもそのまま袖がひっくり返るのも構わずにすっぽりと脱いでしまってあたしに圧し掛かってきた時に、
すべすべだったはずのよしざーさんの肩や肩甲骨の辺りが傷だらけになっていることに気が付くのだ。
小さな血の塊を爪の間に詰めた指をその上に這わせるとよしざーさんは微かに痛みを感じるようであったけど、
あたしの唇を乱暴し犯すことでそのお返しをしてきて、
あたしに息を付かせてくれないくらいの激しさで上下の唇から歯列歯茎を舐りまわし、
数回突っついてあたしの舌を呼び起こして出てきたところで自分のものとねっとりと絡ませた。
あたしはくうんくうんと犬のように喘いでいる。
- 614 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:32
-
初めてした時はよしざーさんの肩はきれいなままだったはずだ、その後しばらくも。
あたしはよしざーさんに自分の嫌らしい顔を見られるのが恥ずかしくてシーツをぎゅーっと咬み締めていて、
未知の感覚に無駄な抵抗をしようと指にもきつく巻きつけていたのだからなんて、
あたし何べんも繰り返しとるね、初めて初めて。
よう覚えてねえなんて大嘘で本当はあの晩のことは事細かに記憶に刻み込んであって、
ことあるごとに思い出してはその時肌に感じた快感を繰り返し得ようとしているわけで、
ともかくある晩のあたしもシーツを咬んだり掴んだりしていたわけだがよしざーさんはそれをちらりと確認し、
「ねえ、高橋の顔よく見せてよ」
と優しくささやいて誘い込むように隠れていない方のほほにキスをし、
「高橋のきれいな顔よく見たいよ、あたし」
今度は唇の端にキスするのであり、あたしはもう夢中でろくに働かない頭と涙でぼんやりとした目でよしざーさんを想い、
気が付くと顔を少し上向かせていてシーツを咬む歯からも僅かに力が抜けるのだが、
自らそれに気付く間もなく口からシーツを抜き取られていて、当然よしざーさんはすごく意地悪な表情で、
薄く開いた口に指を掛けられてぐいっと真上を向かせられた。
騙されたことに気付いて抗議しようとよしざーさんの頭やら肩やらを叩くのだけど、
今度はその手を軽々と捉えられてしまうわけで、
どうゆう技なのかあごから手が離れたのにあたしの顔は自分の両腕に挟まれてほとんど動かなくて、
恥ずかしさと恐怖に涙がこぼれてしまうのだがよしざーさんの手管にはもう一手と言うか一言があった。
「好きだよ」
- 615 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:33
-
それからというものもうシーツを掴んでも必ず奪い取られてしまうようになって今ではもう諦めてやらなくなったのか、
それともこれも記憶にないだけで、もちろん今だけ進んで忘れてしまったことにしている可能性もあるけれど、
掴んでは騙されて奪われるということが繰り返されているのか分からないが、
でももしそうなら言われているであろう「好きだよ」を覚えていないのは痛恨の悔やみだ。
ともあれあたしの顔はよしざーさんに正面から見据えられてその時よしざーさんの肩を傷だらけにしている有り様だから、
ほんまあたしはどんなことに、信じられんようなこっぱずかしい言葉でも口走っとるのかもしれんて、
と言うかよしざーさんにエロいこと言わされているかもしれんて、
ひやー、ぶんぶんと頭を振り回しでもニヤけていたら、ずるっとよだれがこぼれそうになり、
慌てて手で拭ったら麻琴がおかしそうに眺めていた。
- 616 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:34
-
「な、なんやの?」
あたしは慌てふためいて。
麻琴が笑っているのは間違いなく今あたしが思い浮かべていたことがバレているからに違いないのだけど、
そうだと言って落ち着けるでもなく足掻きだと分かっていても可能な限りの知らん顔を決め込んでとぼけようと試みる。
「今、吉澤さんのこと考えてたんでしょ」
しかしやはり無駄であった。
ニコニコと見る麻琴にあたしはバカにされているような気になって、
「はあ? いきなりなんよ」
すっとぼけて見せるのだが、
「ええ? でも、いますっごい可愛い顔してよしざーさん‥‥て言ってたよー」
言われてしまう。
自分の考えていた内容とまたそれを考えている時の顔を見られたことのせいで、
あたしはいよいよ麻琴が自分のことをせせら笑っているのだと、あたしがしているようにせせら笑っているのだと、
恥ずかしいのと同時に忌々しくて仕方なくなるのだがあたしのしたことからしたら当然の仕打ちかも知れなくて、
こうしてせいぜいからかわれた方があたしも負い目を多少なりとも消すことが出来るのかもしれないと思うのだけど、
麻琴はやはりと言うべきかあたしのように卑屈な考えなど持っていなくて、
「よかったあ」
心底安心したように息を吐くのだった。
- 617 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:37
-
「え、よかったって何よ?」
あたしのベースの考え方では理解できなかった。
「ええっ? だって、吉澤さんと愛ちゃんうまく行ってるんでしょ? よかったじゃない。
今、すっごい幸せって顔だったんだから」
ちょっと心配だったんだよ、でもよかったね
そう言う麻琴の顔こそ幸せそうで、なんてずいぶん都合のいい解釈だけど、
本当はまだ泣きたいくらいに心がちくちく痛んでいるのかもしれないけど彼女はあたしに微笑んでいて、
それを見その言葉を聴いたとたんあたしは泣き出しそうになってしまい顔が不細工に歪んだのであろう、
「えっ? 愛ちゃん急にどうしたの、大丈夫っ?」
と慌てだしたもんだからあたしも慌てて笑顔を作って安心させた。
ううん、なんもないよ、そう言ったらまた麻琴はよかったーと安心してそれからは何だか打ち解けた感じになって、
すごく久しぶりに麻琴とお喋りをすることが出来た。
会話には、彼女自身にあるまだ解消されないもののためにだと思うが、入ってこなかったけど、
あさ美も少し離れたところからあたしたちのことを嬉しそうに眺めていて、
それを見て何だか嬉しくなって笑いかけるとあさ美もあたしに笑い返してくれた。
麻琴はあたしたちが自分をおいて二人で微笑み合っているのに気付いて、
「なーに? なんで二人でニヤニヤ笑ってるのおっ」
またあたしのこと笑ってるんでしょと、しかし彼女も楽しそうに笑うのであたしもまた笑顔を自然と返していて、
そこであることに気付いてあたしは更に満面の笑顔になるのだが、
それはあたしたちがお互いの顔をまた見られるように戻っているということだった。
「なーに、麻琴たち楽しそうだねえ」
三人で笑う合うところにのんちゃんが少し離れたところから声をかけてきた。
- 618 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:37
-
- 619 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:39
-
「寝た?」
暗い室内に声がする。返事はない。
「起きてるんでしょ?」
沈黙。
「あたしさあ、キモイかなあ?」
「そんなことないよ」
二つのベットから衣擦れの音。
「じゃあ、どうしてなんだろ?」
「‥‥どうしてかな?」
ねえ、小川がささやく。
「愛ちゃん、可愛いよね?」
「そお? それほどじゃないんじゃない?」
興味がなさそうに答える。えっ、予期しない答えだったのか小川は声を漏らした。
「なんで? 可愛いよお、すごく」
「んなことねえって」
「‥‥そっかなあ」
時計の音。3:00AMの表示が緑色に浮かんでいる。
- 620 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:41
-
「あの、なんていうか、あれだよ」
微かにいらついた声。
「なあに?」
「なんて言うか」
「うん‥‥」
「あいつはよっちゃんのこと、たらし込んだんだよ、うまいことさ」
「ちょ? ええっ?」
ばさり、布団が音を立てた。
「亀ちゃんのその場でワハハって一笑いして終わるような話をさ、
うまいこと利用してよっちゃんに告白して、よっちゃんも人がいいから全然好きでもなかったのに、何だかその気になって」
「そんな‥‥」
「ああ、よっちゃん自身も亀ちゃんの話でちょっとはその気になってたのかもしれないけどさ、
次の日になってれば、あの話笑えたよねーって言ってただろうに、あいつは調子乗りだから
「それでうまいこと付き合うようになったけど、よっちゃんもそんな深く考えてないからさ、
まあ、時々デートみたいなことしてりゃオッケーくらいに思ってたんだと思うんだけど
「これだから高橋は嫌なんだけど、よしざーさんよしざーさんて甘い声出してすりっすりっ、すりっすり近寄って、
ほんと一日中まとわり付いて、よっちゃんもいい加減うざいなあって絶対思ってたのに、
あいつそういう空気読むとこまったくねえから、どん‥‥どんっ調子乗って
「ああ、こりゃ、あたしがどこかで分からせてあげないとダメかなあって、
だってよっちゃんてほんとそういうの文句言ったりするの苦手だしさ、すごい気ぃ使いだからね、
こりゃ、マジであたしが言ってやろうと思ってたんだよね」
「そんなんだ‥‥」
一方の声は大きくなっていき、もう一方はすでに消え入りそうな感じ。
- 621 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:44
-
「で、ここらで行っとこうかと決心した時にさ、見ちゃったんだよね、あたし」
「え? なあに?」
「あいつさあ、楽屋で他に人がいなかったもんだから、欲情してよっちゃんに迫ってんの」
「欲っ?」
それまでの数倍の大きさで驚いた。
「マジだよ。よしざーさん、またあのキモイ声出してよしざーさんキスしてくださいとか言っちゃってさ、
よっちゃん嫌がってるのになんか逝っちゃった目ぇしてキスしてキスしてって‥‥うわっ、マジキモっ
「で、あまりのキモさにあたし逃げてきちゃったんだけど、すぐにあっこれはやばいなって思ってさ」
「やばい?」
また元の小さな声。
「やばいでしょ、よっちゃんそんなぐいぐい行かれたら絶対押し切られちゃうよ、これはやばいって、
あたしそう思ったからさ、うわっ、こうなるともう口で言うレベルじゃないな、
ボコボコに殴ってでもちょっと分からせなきゃいけないって」
「なっ、そんなダメだよっ、のんちゃん」
「やっ、これくらいしなきゃ、あいつ分からないんだって。
それでタイミング見計らってたんだけど、それより先によっちゃん落ちちゃってさ‥‥」
「え? ああ、そっか‥‥」
「麻琴、ゴメンね」
「えっ? なんでのんちゃんが謝るのさ」
「いや、ほんとゴメン。あたしがもっと早く動いてれば麻琴に嫌な思いさせなかったのに」
がつ、鈍い音とともに壁が震えた。
- 622 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:47
-
「そんなあたしは別に」
びりりと鳴る音を聞きながら小川は言う。
「ほんとに? あいつがよっちゃんとべたべたしてるの見て楽しいわけ?」
「それは‥‥」
「楽しくないでしょ、楽しいわけないよ」
「楽しくはないかも‥‥」
「ほら」
「だって‥‥」
「だから、ゴメンね」
「だからなんで謝るの。あたしがグズグズしてたんだから仕様がないよ」
「仕様がなくなんてないよ。高橋の馬鹿より麻琴の方が全然よっちゃんにお似合いだって」
「そんなこと‥‥」
「マジでっ」
「でも、今更そんなこと言ってもやっぱり仕様が」
「ああっっ、もう」
布団が跳ね上げられた。ぶおっと空気が乱される。
「のんちゃん?」
- 623 名前:_ 投稿日:2004/06/16(水) 19:54
-
「分かった、こうしよう」
辻の声が落ち着いている。車の音が戻ってきていた。
「‥‥え、なあに?」
「あたしがあの時行動しなかったお詫びにさ」
「お詫びって‥‥」
「あの二人別れさせてあげるから」
「ちょっ、のんちゃん?」
「大丈夫、大丈夫。あたしに任せとけって」
朗らかな声だ。
「いや、そんな‥‥」
小川は完全に起き上がり隣のベットへ手探りで腕を伸ばす。しかし人の肌に触れたと思った瞬間に払いのけられた。
「ああ、もうあたし眠くなってきた」
「ねえ、のんちゃんっ」
「もう麻琴大丈夫、任してくれりゃいいから。はい、お話お終いっ」
「ねえ、のんちゃんてば」
「お休みー」
辻は足元に丸まっていた掛け布団を引き戻し、寝転んだ体の上で軽く叩いて慣らした。
「のんちゃんっっ」
近づいてくるのんちゃんの顔はすごく楽しそうだ。
- 624 名前:名無しさん 投稿日:2004/06/16(水) 19:56
- 更新終わります。
レスありがとうございます。お待たせして申し訳ありませんでした。
- 625 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/17(木) 02:26
- 更新キテタ━(゚∀゚)━!!!!
まったりと何度も読み返したりして待っていました。
大好きです、ホントに。
次回も楽しみにしています。
まったり待ってますので、作者さんもじっくりゆっくり頑張ってください。
- 626 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/17(木) 09:47
- お待ちしておりました!!
相変わらず心理描写がとても細やかで感心させられます。
そして4次元的な話の展開・・・・すっかり中毒です
何度も読み返して次回更新をお待ちしております。
- 627 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/25(金) 03:46
- 今、某巨大掲示板を巡回してたところ、
目撃情報でひそかに吉高が進行中とか
思わずここの小説のことを思い出してニヤリとしてしまいましたw
- 628 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/28(月) 01:53
- 考えすぎな高橋がいたいけですね。
ドロドロしててもいいじゃないか当たり前なんだからとか言ってあげたい。
小川との関係も待ちかねてました。
一気に引き込まれる展開で続きが楽しみです。
- 629 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/11(水) 21:19
- 自分で保全してください
俺らの保全では倉庫逝きになりますよ
- 630 名前:名無しさん 投稿日:2004/08/16(月) 19:25
- 作者です。
最近更新が出来てませんが、もう少し書きたいという意思があります。
すぐ書けるのか自分でも分かりませんが、このスレを残していただけると幸いです。
- 631 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/17(火) 01:13
- 作者さんキタ━(゚∀゚)━!!!!
作者さんがまだ書きたいと思っているならいくらでも待ちます。
頑張ってください。
- 632 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/08(水) 17:23
- 待ってますよ〜
だから頑張れ〜
- 633 名前:名無しさん 投稿日:2004/09/25(土) 19:33
- 三ヶ月以上も更新せずに申し訳ありませんでした。
読んでくださる方がまだいらっしゃるのか分かりませんが、これから更新します。
と言っても、今回更新できるのは予定量の半分、前半です。
今までプロット上の一かたまりごとの更新をしてきましたが、
久しぶりということもあり、そこまで書くことができませんでした。
中途半端な形でありますので、そういうのは読みたくないという方は、
本当に申し訳ありませんが、次回更新時まで置いておかれることをお勧めします。
- 634 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:34
-
- 635 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:34
-
「愛ちゃん? どうかしたの?」
里沙が問いかけている。
あたしははっとして、辺りを見回した。里沙の部屋だ。
長い時間寝ていた気がする。いや違うか。
「ねえ、愛ちゃんってば」
相手はなおも聞いてくる。
「なんや、やーっとこあたしの番け」
あたしの出る夢になったみたい。
「えっ? 番て何のこと?」
里沙は眉をひそめる。
「ん? ああ、ええんよ、こっちの話やって」
と手を振る。
- 636 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:35
-
「ああ、ほやけどよしざーさんえんのやね。ちびっと残念、ううん、ひっで残念‥‥」
「はあ? 何よそれ、今日は愛ちゃんが来たいって言ったんでしょ」
彼女はむっとした様子。
「ほうか、あたしが言うたてっいう話なんやね」
「ちょっと、ふざけてんの?」
「ああ、ゴメンゴメン、もう大丈夫やで」
「何が大丈夫なのさっ」
「何がって‥‥うん、もう飲み込めたで、でぇじょうぶやってっ」
親指を立てOKのサイン。
「訳分かんないよ、もう‥‥」
そう言って里沙は背後のベットに寄りかかった。
あたしは盆に乗ったオレンジジュースのグラスを、自分に近いほうを選んで取る。
ストローを咥えて少し口に含みながら部屋を見回す。
机に置いたデジタル時計が日にちを表示している。
確かその日はあたしは比較的早く仕事が終わるけど、よしざーさんは遅くまで入っていたはずだ。
「ふうん、ほーか」
呟きながらグラスを戻す。
「まあ、なんにしても、よしざーさんと他の誰かん夢見るよりはずっとマシやね」
うんうんと頷くあたしに対し、
「‥‥何かもう無視していい?」と里沙。
- 637 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:36
-
つまんでいたお菓子もなくなってくる。
あたしたちは取るに足りないお喋りを続けている。
「うーん、まだ続くのけ、これ?」
時間はあまり進んでないようで。
「‥‥」
「よしざーさん来んかのぉ」
「あのさ‥‥愛ちゃん」
あたしは、あん? と応じながら最後のポテトチップスをほおばる。
「‥‥もう、いいや」
彼女は枕を顔に乗せた。
「ほうや、のぉ里沙」
「何?」
里沙は暗い声。
「どしたん? 元気ないぞ」
「誰のせいだっての」
「誰のせい?」
「だから‥‥もういいって」
と里沙は枕を乗せたままで手をベットに向かってぐうっと伸ばす。はい、お手上げ。
そのまま腰を上げて登り布団に潜り込もうとする。
「よかねえ、あかんて」
あたしは枕を取り払う。
「もお、なんなのー?」
里沙はすごく嫌そうな顔だが、
「コイバナしよっせ、コイバナっ」
あたしは気にせず持ちかけた。
- 638 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:37
-
「はあっ?」
「はあ、やのうてコイバナ」
「いや、ちゃんと聞こえてるから」
「ほならしよっせ、コイバナ」
「いやいやいや、意味分かんないから」
「意味知らんけ?」
「いや、知ってますけど」
「知っとるやん」
まったく里沙は訳分からんことばっか言うんやから。
「コイバナの意味は分かるんですけどね、高橋さん?」
と恐る恐るといった感じの質問。
「なんですか、新垣さん」
「どこから、コイバナっていう話が出てきたんですかね?」
「ほれよっ」
「どれっ?」
いやいや、部屋を見渡してもないですよ、もしもし?
- 639 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:38
-
「こん間、嫌ーな夢見てのお」
あまり思い出したくない内容なのであたしの首は自然に左右に振られてしまう。
「あのー、何の話ですか、それ?」
「もおっ、里沙がどっからかて聞いたんやろが」
「あ、そっから来てるんですか‥‥ああ、そうですか」
「ほおや。夢ん中でコイバナされての、ほんまひっどお夢やったげ」
「意味分かんないから‥‥」
「ああもうええで、コイバナするよ」
「ああ‥‥はい、そうですか。どうぞしてください」
「何言っとんの、里沙がするんやで」
「はあっ?」
「あたしの好きな人は知っとるやろ?」
「吉澤さんでしょ? 付き合ってるじゃん。もう散々聞かされたし‥‥」
「ほなら、あたしの聞いても仕方ないやろが」
「まあ、そうですけどね」
「ほれともあれけ、聞きたい? もっと聞きたい?」
- 640 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:38
-
ほうか、聞きたいんやったらしょうがない。
いつまでもあたしの一方通行みたいに里沙は思っているのかもしれないが、
ところがどっこい、よしざーさんだってあたしに惚れてるのだから。
「いえ、遠慮しときます」
「それがのう、こん間吉澤さんあたしのこと好きだよって、ぎゅう、こう、ぎゅうって‥‥」
ああ、よしざーさんの力強い腕に抱きしめられるとあたしは。
好きだよって言われたときにそれをされると、言われた瞬間あたしの体はふにゃふにゃになって、
その体をきつくきつく抱きしめられるのだから、もうよしざーさんのなすがままにされていて、
でもそのふにゃふにゃできつきつの、やっぱり溶けてしまいそうな感覚があたしは大好きで。
「‥‥」
「おっと、ガキさんには刺激が強かったですかねえ、お子様やさけねー」
自分の体を一人抱きしめたあたしは彼女をからかう。
しかし彼女は冷静で、
「はあ? お子様じゃないし、少なくとも愛ちゃんよりはお子様じゃないし。
それに今の別に全然刺激的じゃないから、普通だから」
と言う始末。
こっぺな子やのお。
「ま、なんやのっ、お子ちゃまの里沙のこと思て、わざと刺激のない話、してあげとるのにっ。
ほんじゃあれか、里沙はエッチしたことあんのけ?」
「ちょっ、何言い出すのさ、突然」
お、ちびっと慌てたな。
「ほーれ、ないやろが」
- 641 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:39
-
ないに決まっとる。
あたしだってつい最近やっとしたっていうのに里沙がしていたら、って別に悔しくもないか、
なんて言ったってあたしの初めては大好きなよしざーさんだったのだから。
あたしの昔の友達の中にも早い子がいたし、
福井なんかに比べたら里沙の家はずっと都会にあるのだからひょっとしたらって思ったけど、
そりゃそうだよね、里沙は初めて会ったころ本当にただのお豆だったし、
そんなことにまったく興味なかったみたいで、
最近どんどん可愛くなってきてるとは言ってもやっぱりガキさんはガキさん、まだまだ子供、
と見てるあたしは何だかお姉さんみたいな気持ちになってくる。
里沙はよう愛ちゃんよりは大人だからと言うんやけど、
ほんなこと言いたがっちゃうところからして子供なんよ。
ほやけど大丈夫、
こん愛お姉さんがしっかり適切的確なアドバイスと、出来る限りの協力をしちゃるで。
あんの、でもそのあのね、あたしもその、
経験豊富というほどじゃなく、だからその、何でも聞いてあげられるわけじゃなくて、
と言うか経験したことでも聞かれたら困るって言うか、
そんなのもったいなくて言えないううん、恥ずかしくて言えないと言うか、
本当はあたしが自分の経験したことを一番分かってないのであって、
それで里沙がじゃあ吉澤さんに聞くよというようなことになってしまったら、
なんだ、ガキさん聞きたいの?
とよしざーさんはあの嫌らしい顔で里沙の肩に腕を回して人のいないほうへ連れて行き、
人が、亀井ちゃんなんかがいないことをしっかりと確認してから、
でもさすがによしざーさんも、やっぱり秘密っと寸前でかわしてくれるに違いなくて、
あたしの知らないあたしを里沙にバレずに済むのだけど、
- 642 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:40
-
里沙ったらえー教えてくださいよ吉澤さーんと食い下がり、
よっ、この女たらしと普通とても褒め言葉とは思えないことで持ち上げると、
よしざーさんたら見事にそれに反応しちゃってあれやこれ、あることないこと全部、
ああ、ほやけど里沙がある日突然、
愛ちゃんてそうなんだってねと言うてきたとしても何のことかまったく分からん、
軽蔑するような目やったらあたしどうしたらええの?
それにきっとよしざーさんは話してるうちにちょっと興奮してきていて、
里沙もあの子結局はまだウブな子供だから自分で聞いたくせにすごく恥ずかしがっちゃって、
そんな様子を見てよしざーさんもあれガキさん可愛いなってなり、
里沙はよしざーさんにその先までじっくりと教わってしまう‥‥
てアホかっ。そんなのあり得ないから、あっちゃいけないから。
もう里沙なんて絶対許さない、もう絶交っ。
よしざーさんはこんなエッチな子に引っかからないようにちゃんと見張っとかなきゃって言うか、
「ないやろがっ」
アホかっての、もう一度言うけど。
「‥‥ないですよ、それがどうかしましたか高橋さん? 悪いですか?」
「ふ、ほんなお子ちゃまやさけ、亀井ちゃんとくっつけないやで。もっと頑張らんと」
落ち着いたあたしは鼻で笑い、すっかり起き直っていた彼女の背中を二三度叩いた。
- 643 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:41
-
「はい? なんでそこで絵里ちゃんが出てくるのさっ」
里沙は案の定ムキになって否定しようとしているがそんなのは見ていれば一目瞭然てやつで、
気付いたら亀井ちゃんのことを目で追っているし、
亀井ちゃんもそういのによく気づいて、
なあに、絵里のこと好きなの? とか言って里沙のことをからかい、
すると里沙はすぐに目を逸らして、そんなわけないじゃんと言うのだけどもう顔なんか真っ赤で、
そう、あたしもよしざーさんを見つめると顔はすぐ赤くなっちゃうけど、
まあ、あたしの場合は彼女なのだしまた二人きりのときだから何の問題もなくて、
そりゃ確かにみんながいるときもいっつも見ているけど、ほやかてずっと見てたいやん。
「べ、別に絵里ちゃんのこと好きとかそんなんじゃないからね、ちょっと愛ちゃん勘違いしないでよ」
「はいはい」
あたしがよしざーさんのことじっと見ていると藤本さんなんかがわざと、あれは絶対わざとやざ、
よしざーさんに抱きついてよっちゃんさーんてほお擦りしちゃって体に触りまくりで、
その合間にあたしへちらりと向ける目は逆にすごく冷めていて、
よしざーさんをあたしのほうへ押してくれたのは藤本さんだって聞いたから、
あたし最初すっごい感謝していたんだけど、
もうそんな気持ちはとっくにどっか行ってしまってと言うか、
藤本さんどっか行ってください‥‥
そう言えたらいいのだけどあたしはあの目が怖くて何も言えず。
「さっさと告白すればええのに」
「だっ、だからそんなんじゃないって言ってるでしょーが」
そう、なかなか本当の気持ちというのは言えないもので。
- 644 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:41
-
藤本さんのかなり本気で嬉しそうな声とか聞きたくないので本を読むふりなんかするのだけど、
よしざーさんもよしざーさんであたし相手にしてるときとは全然違う、
まったく気を使ってないリラックスした様子で一緒になってじゃれあっていて、
それじゃやっぱりあたしは気を使わないと付き合えないような女のかもしれず、
文字を追うよりも吉澤さんの気持ちを想像して、それは決まってよくない考えで、
頭の中からどんどん止めどなく溢れてくる。
よしざーさんはあたしに気を使っている。
あたしの相手をしていても疲れるだけで、得られるものなんてまったくない。一つもない。
あたしはこんなにもいつもよしざーさんからたくさんのものをもらっているというのに。
ページをめくれば新しい後ろ向きな言葉が書かれている。
「好きじゃないからねっ、何度も言うけど」
「ほんなら、止めたら?」
「はあっ?」
藤本さんと並んでいるときのよしざーさんのほうが本当のよしざーさんなのかもしれない、
そう思うことも度々で、って本当のよしざーさんがどんなのか知らないけど、
そう、あたしは本当のよしざーさんを知らないのだ。
自分のことも知らなくてよしざーさんを知ってるはずがない。
それなのにいつもあたしはよしざーさんに同じ役回り、あたしの子守役を受け持たせていて、
その点藤本さんはよしざーさんの背中をバンって叩くことも出来れば、
よっちゃんさん聞いてーと一転可愛らしく甘えることだって出来て、
あれ、考えてみると彼女があんなふうに誰かに甘えるのってよしざーさんにしかないような‥‥
- 645 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:42
-
あかん、考えん。考えたらひでえ答えしか出てこん感じやで。
でも藤本さんはともかく、よしざーさんがそれによって何か得られるってことはあるのじゃないか。
よしざーさんにも優しく包んで欲しいと思うときだってきっとあるに違いなくて、
そういうときにあたしに何が出来るのだろう。
ううん、そういうときがきっと今までの時間の中にもあったのに違いなくて、
でもあたしは多分相変わらずだったのに違いないのだ。
よしざーさん、よしざーさんという泣きそうな感じで訴えよしざーさんを側に呼びつけて、
そのくせ何も言わずに、ああ、あたしは誰に対しても何も言えない、よしざーさんに対してさえも。
よしざーさんは呼んだくせに黙って俯いたあたしの顔を、
いやすっかり下を向いてしまっているからあの人はどこを見ているのだろう、
ひょっとしたらあたしのつむじにでもあたしの気持ちが書かれているのかもしれなくて、
ふんふんとそれを読み取るとぎゅうっと抱きしめてくれるか、
俯いている間に涙がこぼれているようだったら、ホントどうしてかそれも読み取って、
あたしの顔を優しく持ち上げてすべすべの指で拭ってくれる。
あたしはよしざーさんの腕の中でもう自分の泣いた理由なんか忘れてしまって夢心地で、
終いには本当にスースーと眠り込んでしまうのだけど、
そのときのよしざーさんがどんな顔をしてるかなんてまったく知らない、
知ろうともしていないのだ。
関係ないときにはあんなにじっと見つめる顔なのに、よしざーさんの顔なのに。
「好きなくせに」
- 646 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:43
-
あたしの好きってなんやろ。
よしざーさんに抱きしめられることか、キスされることか、抱かれることか。
そんなことなのだろうか。
もちろんそれらはとても大事だし、とても素敵なことでこの上なく幸せの時間なのだけど、
好きってそうゆうことなのだろうか。
「片想いの切ねえなんてオママゴトやざ」
里沙みたく片想いしとるときんほうがずっとずっと楽やった。
そりゃ確かに切なくて、会いたくて触れて欲しくて夜いつも一人で泣いていたけれど、
その透明な涙のようにあたしの想いも透き通っていたような気がするし、
よしざーさんにわがままを言ったり、ましてや当り散らすことなんてありえなかった。
なのにそんなことをしないでいられない今のあたしは一体なんだ。
「最低やげ」
こうして夢の中でさえもよしざーさんのいないことに不満を持っているあたしは、
すっかりケバくなった厚化粧そのもので、たとえ目からまだ綺麗な涙が溢れたとしても、
流れ落ちるときにはマスカラを溶かし込んですっかり汚れてしまっている。
あたしが顔を上げられないのはきっとそれだ。
よしざーさんがあたしの涙を拭ってくれるけど、その代わりにあの人の白い指は黒ずんでしまう。
「汚ねえわ」
考えているだけで涙が溢れそうになったとき、どん、あたしの体が突然押される。
「ちょっといい加減にしてくれる?」
顔を上げる。
里沙が部屋の真ん中に立ち上がり、あたしを見下ろしていた。
- 647 名前:夢うつつ 投稿日:2004/09/25(土) 19:44
-
「え? あんれ、どした里沙?」
訳が分からず聞くのだが、
「あんれじゃないでしょっ」
彼女は何だかすごく怒っているようだ。
あまり見たことのない表情で、あたしはどう対処したらいいのか分からない。
あのその言いながら目を逸らし、手に触れた携帯を考えなしにいじってしまうのだが、
よしざーさんからメールが届いていて反射的にそれを開く。
予定が変わって早く終わりそうだけどあたしは里沙の家にいるのかという内容。
あたしは嬉しくなって発信の時刻を見、机にある時計を見る。
日にちが再度目に入った。
その瞬間に気付く、これは今日、今のことだ。
これは夢じゃないんだと。
「ちょっと、こんなときになにメールしてんの。愛ちゃんホントふざけないでよっ」
手の中にあったはずの携帯がいつの間にか叩き落されている。
お盆の上で里沙のグラスが割れ、黄色い液体があたしの携帯のふちを通っていく。
液晶のバックライトが消え、よしざーさんのメールが見えなくなった。
あたしは顔を上げる。
そしてようやく理解する。
里沙は本当に怒っているのだ。
あたしはどうすれば、なんて言えばいいのだろう。
やっぱり大事な言葉は何一つ出て来てくれない。
「なに? シカト?」
「え? あの、や、里沙?」
うんざりしたように顔を背けた里沙は蛍光灯の下に入ってしまい、その表情は見えなくなった。
あたしは里沙のほうへ、いや灯りのほうにか震える手を伸ばし、求める何かに触れようとする。
しかし何も触れてはくれない。
よしざーさんはやっぱりここにいてくれてない。
「もう愛ちゃんなんて知らないから。絶交だからね」
落ち着いた声の宣言にあたしは思わず目を閉じてしまう。明かりが消えた。
- 648 名前:名無しさん 投稿日:2004/09/25(土) 19:50
- 更新終わります。半分よりもさらに少なかったかもしれません。
レスありがとうございます。スレ整理の際はご心配をおかけしました。
これからのペースについてお約束は出来ないのですが、ともかくこの節の後半は早く書けたらと考えています。
本当に申し訳ありませんでした。
- 649 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/25(土) 21:25
- 待ってました、嬉しいです
グネグネした感じが好きです
がんばってください
- 650 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/25(土) 23:37
- 更新お疲れ様です
めちゃくちゃ面白いですこれ
次回更新も楽しみに待ってます
- 651 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/26(日) 09:28
- つづきを読ませてくれて有難う。
完ペキをめざす姿勢にも好感、です。
相変わらず冴えてますねー…おもしろいです。
- 652 名前:名無しさん 投稿日:2004/10/13(水) 01:28
- レスありがとうございます。
やはり前回のは半分行ってませんでした。
これから更新する分で三分の二か、半分くらいです。
- 653 名前:夢うつつ 投稿日:2004/10/13(水) 01:29
-
- 654 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:30
-
暗い、真っ暗だ。
だけどあたしは目を瞑っていた。
再びまぶたを上げたときに、ああやっぱし夢やったげと安堵できるよう願っていた。
「とことんシカトする気なんだね」
だが里沙の声はそれを否定する。
目を開けた。
やはりさっきまでの里沙の部屋で、あたしの携帯がオレンジジュースに浸かっている。
きらりと蛍光灯の灯りに反射したのはお盆の外まで飛んだグラス片だった。
「あのね、里沙‥‥」
何か言わなくちゃ、とにかく何でもいいから言わなくちゃいけない。
ごちゃごちゃのこんがらがったことでも何でもあたしの思ってることを言わなくちゃ、
そうしたら里沙もいつもの、愛ちゃんホント意味わかんないからって笑ってくれるかもしれなくて、
ほうや里沙やもん、あたしなんかよりずっと物分かりが良くて、
みんなから5期の中で一番しっかりしていると言われていて、
きっとあたしが寝ぼけてたんだって分かってくれるに違いない、
だって同期の中で一番‥‥
だって麻琴やあさ美とは何ややっぱし仲直りでけへんかったから、
もう里沙しかえんのやから。
- 655 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:31
-
麻琴もあさ美もあたしと距離を置こうなんて思ってない、
それはこの間ちゃんと感じることが出来たのだけど、
あたしはどうしても踏み出せなくて、ありもしないことを勝手に怖れて、
彼女たちが近づいてくるのと同じだけ後ろに下がってしまっている。
ずるずる、ずるずる、動きの鈍いトカゲのように。
麻琴はそれでもちょっと首をかしげるだけで変わらず前へ前へ、あたしの方に近づいてくれるのだけど、
あさ美は頭のいい子だからあたしが下がっている、距離をとろうとしていることに気付いてしまって、
何で気付いちまうの嫌な子やなんてつい思ってしまうあたしは本当に自分勝手だ、
彼女はそっと麻琴の袖をつかんで前進を抑え、これでいいんだよねという感じであたしに微笑む。
そのちょっと寂しげな笑顔をあたしはくしゃくしゃの顔で頷き肯定し、
めでたく二人はあたしから遠ざかった。
麻琴の、えーあさ美ちゃんなーにーと尋ねる声が届くのみだ。
ほやからあたしにはもう友達は何でも言い合える友達は、
「り里沙しか」
「え、あたしが何なの?」
「里沙しかいないから‥‥」
ほんまなんよ。
よしざーさんにはたくさん友達が、アヤカさんや里田さん藤本さんなんかもやっぱり友達だろうし、
安倍さん飯田さんから6期メンバーまでみんなと仲良くできるけど、
あたしは同期で固まりすぎると言われていたあの頃と何ら変わらず、
上の人にも下の子にも深いところまでは打ち解けられてなく、
うん、上とか下なんて言ってる時点であたしがみんなから一歩引いてる証拠で、
麻琴だったら上って何の事と逆に聞かれてしまうに違いなく、
あさ美はあの何かほわほわした感じでそういう境目を消してしまうし‥‥
- 656 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:31
-
ほれ、あたしは何でもかんでも麻琴にあさ美に里沙、
娘。にはハロプロならなおさら多すぎるほどの人がいるっていうのに、
あたしは全部同期のメンバーで物事を計っていて唯一の例外がよしざーさん、
それはあたしの中で今一番大きくて何にもかえられない、
あたしが今までの人生で触れることの出来たものの中で最も大事な手放したくない存在だけど、
でもそのせいで、ううんよしざーさんが悪いことなんて一つもないのは分かってる、
分ってるけど代わりにあたしはますます一人になっている。
きっとあたしには大きすぎたのだ、
両手を思い切り広げてようやく抱きしめられる状況で、
だからあたしにはもう何かを手にする余裕などほとんどなくて、
何とかこちらのふところ深くまで手を差し出してくれた人につかまることが出来る程度。
だから里沙を怒らせたくない放したくないというのは彼女のことを思ってでもなんでもなくて、
数少ない手を減らしたくない、あたしを一人にしないで欲しい、
全部あたし、全部あたしに他ならない。
よしざーさんとの嘘みたいな交際が、
いつ夢が覚めるみたいに消え去ったとしても何の不思議とも思えないあたしには、
どうしても里沙の手を離すわけにはいかない、
しがみつくものを残しておきたいのだ。
あたしが求めているのは里沙という人間ではなくて友達がいるというただの安心だけど、
それだから彼女の悩みを本気で聞いてあげよう、ううん、聞いてあげたいとは決して思わないで、
ただあたしの、よしざーさんに言い漏らした不平や不満を彼女に垂れ流していたに過ぎず、
手を差し伸べたお礼がヘドみたいなものじゃそりゃ怒ることだろう。
「愛ちゃん」
愛ちゃん、そう、彼女はそれでも気持ちのいい元気な声で愛ちゃんて‥‥え? 里沙を見上げる。
「手、離してくれない?」
冷たい声だった。
里沙の手をつかんでいた。
二つの手がつながって、いや一方的にあたしがつかんでいるのを見、それからまた彼女の顔を見た。
やはり影になっていて分からなかった。
しかし見えない目が怖くて視線を逸らすと二本の腕が戻ってくる。
あたしはそれをただぼんやりと見つめ黙っていた。
- 657 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:32
-
はあ、頭上から息の漏れる音がしたと思うと手の中の腕からも力が抜けた。
が、次の瞬間振りほどかれた。
「あっ」
中身を失ったあたしの四本の指は同じくあたしの手の肉を空しく叩く。
それを親指が上から被さって封をした。
何も持たない手が宙に浮いていた。
里沙は自分の手でつかまれていたところをさすっている。
知らないうちにあたしは力を込めていたのか赤い輪が浮かんでいた。
「あ、ゴメン手ぇ‥‥」
つまらないことは簡単に謝れるものだ。何も考えずに言葉が出てきた。
里沙は黙って手をさすり、赤い跡もすぐに周りと馴染んでしまい分からなくなる。
謝っておきながらあたしは何となくそれを残念に思った。
「あたししかいないのが‥‥」
手を止めた里沙は話し出すがその声が微かに震えている。
あたしは里沙の懐へしっかりと引き戻された腕を見ている。
「そんなに嫌ならさ、何であたしのとこにいるのよっ。さっさと吉澤さんのところに行ったらいいじゃんっ」
不完全な言葉がまったく違う意味でとられてしまったのだとすぐ理解したが、
あたしは間違いを正そうとか里沙を落ち着かせようとはせずに顔を上げて改めて、
ううん初めてかもしれない、里沙のことを見た。そして驚いた。
- 658 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:32
-
悔しそうに何かを必死に耐えるこの子は頭も手も肩幅も小さくて、
背はあたしと変わらないのかもしれないけど、でもだからこそやはり小さくて、
あたしは豆豆と呼んでお姉さんぶっていたくせに、
彼女がいつも溌剌としているせいでそんなことをすっかり忘れて、まったく見ていなかった。
あたしがこんなにもあっけなく傷ついてしまうのだから、
同じかそれよりも小さな里沙が傷つかないわけがなく、
そう、あたしはよしざーさんに言えないことや些細な不満を里沙に当然のように押し付けてきたけど、
彼女はあたしより二つも年下の女の子なんだ。
よしざーさんに大人の大きさを感じているが実際の年の差は一つしかないのであって、
それに対して里沙は逆に年下、それも二つ。
あたしが誰かを必要としているように里沙だって誰かを必要としていて当然なのに、
あたしがよしざーさんに片想いして泣いていた夜が里沙にも今あるのかもしれないのに、
あたしは彼女のことを見ようともしていない、影になっているなんてのは嘘、
見えないことにして目を背けているにすぎず、
里沙はこんなにも耐えている、涙のにじんでくるのを耐えているのに、
あたしはこの子は泣かない元気な子なんだって‥‥
とても純粋な想いなのにあたしは悔し紛れに、面白半分に持ち出してきて否定するような言葉ばかり繰り返して、
それでも自分のことだけ考えていた、
里沙はあたしを助けてくれるのだと疑わなかった。
そんなことしてくれる理由など何もなく、ううん、あるとしたら友達だからだったのに、
あたしは里沙を友達だと思っていなかった。
「ゴメンね」
再生ボタンでも押されたかのように同じ言葉が出てくる。
「もう知らないってばっ」
里沙は必死になって耐えている。
そしてその分だけ耐え切れなくなっている。
今さすった腕を強く握り締めて愛ちゃんなんてもう知らない、独り言のように呟く。
- 659 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:33
-
「ゴメン」
もっと他に言うべきことがあるのじゃないだろうか、
いや、里沙のことを聞いてあげるべきなんじゃないだろうか。
お姉さんだとかそんな意味のない、
あたしがそんな大した人間じゃないのなんて最初っから分っているのだから、
同期として、できるなら友達として、
本当の友達になれるよう一生懸命に里沙のことを聞いてあげなくちゃいけない。
もちろんあたしが怒らせてあたしが傷付けてしまったのだから、
謝って謝って許してもらうのが先決なのだけど、
あたしは里沙の顔をじっと見つめていて、
彼女は堪えきれず滲んできた涙のしるしをあたしに気付かれないように、
すばやく顔を隠して手で乱暴に一、二度拭ってまたこちらを向くのだが、
一度堰を切ったものは止まってくれなくて逆に徐々に勢いを増す。
喉の奥で生まれる、ちくしょという呟きと一緒に里沙の涙は流れてきて、
あたしが求めるような顔して踏みにじった友情は確かにあったのかもしれないと思うとともに、
あたしが触れてしまった恋心はこれほどに深かったのだと、
当たり前か、自分に照らして考えれば誰にも茶化されたくないことなのに。
必死に抑えようとしても今はもうボロボロと涙はこぼれ、
それでも里沙はあたしから見えないところでそれを拭き取り、またあたしの方を向いてくれる。
愛ちゃんなんか、ちょくしょ、知らないから、
嗚咽に紛れきちんと声にならない彼女の言葉はなぜかとても聞き取れて、
悪く言われるたびにあたしは嬉しくて、里沙がきちんきちんと顔を見せてくれることに切なくなって、
亀井ちゃん、里沙はとてもいい子だよ。
「絵里ちゃん‥‥」
とても素直な可愛らしい女の子で、あなたのことが大好きなんよ。
それにちゃんと傷ついたり悩んだりもする女の子で、
そんな当たり前のことに気付かないあたしは自分勝手な嫌な子です。
やっぱり今あなたにいて欲しいと思ってしまうバカな女です、よしざーさん。
- 660 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:35
-
- 661 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:37
-
目が覚めたとき広い室内には誰もいなかった。
荷物も溢れてないし、テーブルの上にお菓子が散乱してもいない。
ただ自分が膝枕されているのが分かった。
同時にそれが誰かということも。
「起きた?」
よしざーさんがあたしの髪を撫でながら聞く。
「はい‥‥」
答えるがあたしは起き上がらない。
この感触が惜しかったし、ほほが濡れているのも分かっていたから。
「まだ集合まで大分時間あるよ」
よしざーさんは気付いているのだろうが、触れずにいてくれた。
「ほうですか?」
「そう、二時間くらい」
「え、ほんじゃ寝てたんもちびっとだけやったんやろか」
壁掛けの時計を見ようとしたが、視界がぼやけて分からなかった。
「どうしてこんなに早く来たのさ?」
あたしもいい加減早すぎると思うけどね、よしざーさんの手は静かに笑いながら髪を梳いてくれる。
心地よさにまた閉じてしまいそうだ。
と、新しい涙が一筋流れた。
「う、ん‥‥あんの何や眠れんで」
「一晩中?」
「はい‥‥」
「明るくなってもたでもう諦めて早う仕事に行こうって、ほしたらよしざーさんにもはよ会えるで‥‥」
「でもあたし来たら高橋寝てたよ?」
「う、ゴメンなさい。もうすぐ会える思たら何や安心してもて‥‥」
よしざーさんは笑う。整おうとしていた髪をまた少しくしゃくしゃにかき混ぜられた。
- 662 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:39
-
「謝ることないよ、別に」
「ほうなんやけど」
「じゃあ、夢では会えた? あたしに」
「え?」
「何か夢見てたんじゃない? 寝言言ってたけど」
ぎゅう、あたしはよしざーさんのひざを抱きジーンズに顔を密着させる。
「出てこんかった‥‥」
よしざーさんは少しくすぐったそうに体を揺らしてから、
「そうなんだ」
「出てきてほしかったのに」
「そっかあ」
「もお、そっかやないですよ」
足をつねる。もちろんそんなに強くないのだけど。
「里沙には手ぇ出すし」
「は? あたしがガキさんに何だって? 夢の中で?」
「ほやからよしざーさんは里沙に近づけちゃいかんのよ」
「ええっ? 夢の話でしょ、ちょっと待ってよ」
しがみついた足から緊張が伝わってきた。
「ウソです」
「ん?」
「よしざーさんほんなことしてないです」
「だ、だよねえっ、だよねえ」
ほっと息を吐いている。
「‥‥何でほんな安心しとるの?」
「えっ? いや、だってほら、ガキさん最近来てるじゃん? いやだからどうってわけじゃ」
ぎゅっ、今度は結構力を入れた。
- 663 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:40
-
よしざーさんは痛がりながらもすぐに、
「ゴメン、ゴメン」
と謝ってくる。
それからつねったままのあたしの手を取って握った。
左手であたしの手を握り、右手が髪を撫でるのを再開する。
「冗談だから。ゴメンね、高橋」
自分の手に温かいものを感じながらあたしはまぶたを下げた。
「あたしも」
「ん?」
「あたしも里沙にゴメンて‥‥」
「ケンカしたの?」
「すごい怒らせてもて」
「ガキさん怒ったの? 珍しいね」
うにうにと首を振る。
「あたしが傷つけてもうたで」
「どうして?」
「どうしてってその、里沙のこと全然考えてなくて、あたし自分勝手で‥‥」
よしざーさんの手を引き寄せる。
あたしと絡まったままのそれは指の背でほほをくすぐってくれた。
「亀井ちゃん好きなんからかってもて」
「えっ、ガキさんそうなの? マジで?」
「よしざーさん、ほういうの鈍いで」
「はあ、何でさ? バリバリだっての、アンテナ張りまくりだって」
「‥‥本気で思うとるでタチ悪いわ」
首筋まで撫でられたせいか少し笑えた。
- 664 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:43
-
よしざーさんが持参のお茶を入れてくれる。
あたしは起き上がるが、
「あらー、酷い顔してるよ」
さすがに真正面から向き合ったら言われてしまう。
あたしは唇を尖らせた。
「ほやかて、よしざーさんいてくれへんかったで」
「はは、あたしのせいなんだ?」
「違うけど‥‥里沙にちゃんと謝られへんから、よしざーさんに出て来てほしかったのに」
「そっかあ」
涙の名残りを拭いてくれる。
あたしは里沙が自分でするのをただ見ていた。
「クマ、よく出るようになっちゃったね」
何だか切なくなったところでよしざーさんが言う。
最近すっかり恒例になったマッサージをしてもらった。
その間はただ肌をこする指の音だけがして、
あたしはよしざーさんに身を任せ何も考えずにいられる。
- 665 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:45
-
よっしゃ、よしざーさんが手を止めた。
それから時計を見たのであたしもつられて確認すると、時間はまだたっぷりあるようだった。
ずっとよしざーさんに触れられて顔だけでなく体中すっかりふにゃふにゃになっている。
あんの、先ほどまでの膝枕の感触も名残惜しくて尋ねた。
「くっついててええですか?」
そのままよしざーさんの胸元に顔を近づける。それでもわずかな隙間を残して待っていると、
「いいよ、おいで」
お許しが出るのと飛び込むの、どちらが早かったかは分からない。
「やっぱりよしざーさんに抱きしめられるのって好きです」
背中に回された腕を感じながら夢見心地で呟く。
「そう?」
「はい、眠くなっちまうくらい‥‥」
ふあ、本当にあくびが出そうになった。
その瞬間、よいしょとあたしの体はまた寝転んでいる。
「ふえ?」
「なら眠りなよ高橋、まだ時間あるし」
「でも、そんな折角」
「こうして抱いててあげるからさ、あたしがいないと寝られないんでしょ?」
「ほうかもしれんけど‥‥」
「じゃあ、寝ないと。時間が来たらちゃんとあたしが起こしてあげるからさ」
こんなふうに、よしざーさんはキスをする。
「んう?」
不意をつかれたあたしは急いで目を開き、不満を訴える。
もちろんやり直しを要求してだ。
よしざーさんはやはり笑う。
「起こすときにしてあげるよ」
- 666 名前: 投稿日:2004/10/13(水) 01:46
-
そして手のひらであたしの目を隠した。
光が消え何も見えなくなるのに何だか明るくて温かった。
次第に意識が遠ざかっていく。
「ほやけど」
それでもよしざーさんに問いかけた。
「また里沙の夢を見たらどうしたらええの?」
「見たらいいじゃん、もう一度。ガキさんの夢をさ」
ぽんぽん、赤ん坊のように背中を叩かれている。
「それで今度はちゃんと謝りな」
ゆったりしたリズムに手足の先から感覚が失われていく。
目の辺りは何も感じていないのか、逆にとても敏感なのか分からない。
「謝れる、やろか?」
「大丈夫」
ぽん、ぽん。
「あたしいっしょにいてあげるからさ。もし夢の中に出てこなくてもちゃんとここにいるから」
大丈夫、大丈夫。
「ほんまに?」
ほんま、ほんま。
「許し、てくれる?」
ぽん、ぽん。
「ガキさんだよ? まったく愛ちゃんはーって笑ってくれるさ」
ぽん‥‥ぽん。
「‥‥ほん、ま」
「ゆっくり眠んな高橋。そしていい夢を‥‥」
- 667 名前:名無しさん 投稿日:2004/10/13(水) 01:48
- 更新終わります。
すっかり細切れで申し訳ありません。
- 668 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/13(水) 14:46
- あぁ、やっぱりいいなぁ。
すごいなぁと感心するばかりです。
次の更新もお待ちしてます。頑張ってください。
- 669 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/21(木) 15:37
- ホントに面白いなー。
こんなに吉高がイイとは思いませんでした。
作者さんの力量に目を見張るばかりです。
- 670 名前:夢うつつ 投稿日:2004/11/26(金) 17:08
-
- 671 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:09
-
新垣が泣いていた。薄暗い廊下で声を漏らさず、できるなら涙も止めようと体に
力を込めていた。しかし呼吸をする僅かな隙を見逃さず嗚咽が顔を覗かせた。そ
の一度の失敗はさらに涙を誘い出し、次の嗚咽を用意した。
床が汚れていたので黒いしみのどれが涙の跡かは分からなかった。上で蛍光灯一
本がカリンとガラス質の音を立てた。切れかかったそれは両端にだらしなく光を
滲ませていた。オレンジジュースか何かが中で揺れているようだった。
新垣の後ろには矢口がいて背中をさすろうとしていた。だが手を置くたびに新垣
の背が振るえ逃げたので仕方なくただ立ち続けた。時折顔をうかがうが見つけた
ときと変化なかった。新垣は泣き止もうとしていた。ただ思うように行かないだ
けだった。体が揺れる、涙が溢れるを繰り返した。
- 672 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:09
-
矢口は所々小道具の置かれた廊下の先を見た。それから携帯を取り出して何度か
ボタンを押したがすぐに止めてしまった。濡れた目で新垣が見ていた。慌てて話
しかけたが、彼女は悠然と服の袖で涙を拭った。しかし衣装だったことに気付き
声なく笑った。矢口も付き合って笑いながらハンカチを差し出した。新垣の微笑
むほほが暗い光を跳ね返していた。
彼女は自分のハンカチを探し出して、また笑いながら手早く拭き取った。もう目
が幾らか赤い他いつもと変わりなかった。嗚咽もなかった。自分でもそれを確認
しようと、眼球を頭上二つのオレンジジュースに交互に向けるが涙は滲まなかっ
た。肩から力を抜くと勢いよく両手を合わせ詫びた。矢口は頷いた。
矢口の携帯が鳴った。騒がしい音楽が響いた。廊下の先を眺めつつ確認し、少し
の間手でカバンをこつこつと叩きながら考えた。それから満面の笑みで新垣の肩
に手をかけた。空いた手で廊下の先を指差すのでつられて新垣も顔を向けた。
- 673 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:10
-
- 674 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:11
-
歓声や叫び声がひっきりなしに上がっていてかなり騒々しい。それでも使用する
人数が多いだけあって広めの楽屋で、メンバーはいくつかのグループに分かれ固
まっている。おしゃべりする者たちはもちろん、読書など少し静かにすごしたい
という者らも何となくひと塊になっていた。この室内で効果があるかは別として。
「里沙ちゃん、どうかした?」
小川と話していた紺野が、ふと隣の新垣に声をかける。しばらく前から彼女の話
し声が途切れているためだ。新垣は気付かないのか、少し離れたところの数人を
眺めている。紺野もそちらを見る。六期の三人がおしゃべりしている。しかし声
の数はもう一つ多いようで、頭を少しずらしてみると道重に隠れて矢口がなにや
ら注意していた。と言っても怒っているわけでもなく、矢口の言葉に三人は時々
笑いながら答えている。
紺野また新垣に視線を戻す。するとまだ眺めている。だがまったく同じにという
わけではなくて、心持ち顎を突き出して唇をすぼめている。目も情けなく細めら
れている。ぷ、思わず息が漏れてしまう。
新垣はなぜかそんな微かな音に気付いて振り返る。ちょっといじけた顔のまま小
首をかしげる。紺野は慌てて手のひらを胸の前に押し出して揺らす。ううん、な
んでもない。新垣はもう一度首を傾けてからまた彼女らの方へ、彼女へ視線を戻
す。ふふふと違う意味の笑いを漏らしながら紺野もさっきまでの話し相手へと振
り返る。と、こちらでも同じ疑問符の顔。だが小川のそれは頭がころりと転げ落
ちるかのようだ。
「んん? どうかしたの、あさ美ちゃーん」
紺野の声の倍の音量で尋ねてくる。覗き込んでのそれに少しのけぞる。しかしす
ぐに、ううん何も、笑って答える。先ほどまでの話を続けようと先日みんなで撮
りまくった写真を物色する。ふうん、納得したのか初めから大して気にしてなか
ったのか、小川も自分の変顔やら集合写真をまた順々に眺めていく。
- 675 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:12
-
紺野が頭を上げる。何か聴こえたような気がする。と考えるときにはすでに新垣
の様子をうかがっている。彼女の口が微かに開いているので、もしかしたら何か
声を出したのかもしれない。または音などしていなくて何の関係もないのかもし
れない。まあ、気にすることもないかな。が目の前で紺野に頭を振られた小川も
なんとなく視線を動かす。すると再び新垣だったので当たり前のように声が出る。
「ガキさんどーかしたのお? あさ美ちゃんなーに?」
ちょうど何かのタイミングで室内は静まっていて、思いのほか部屋の隅々にまで
声が届く。そこかしこで振り返るなり頭を上げるなりしてくる。6期たちのグル
ープも振り返る。みんなはまず声を発した小川を見る。それに続いて新垣か紺野
を見る。
ただ道重と腕を組んでいた亀井は先ず新垣が視界に入ったようで、そのままじっ
と視線をすえる。すると新垣のそれと狂いなく一直線に結ばれる。驚いて新垣は
思わず顔を背けるが、慌てたために不自然な動きになってしまう。紺野とは反対
の側に背けたためにその表情は分からない。だが後ろを向いてしまうのではない
かというくらいに、亀井の視線から逃げようとしている。
「なあにいーっ?」
そんな新垣に向けて亀井が今の小川のよりもさらに大きな声で尋ねる。えっへん
と大きく反り返るので腕を捕られている道重はバランスを崩す。おとと。
「あたしのことまた見てたの? そんなに絵里のこと大好きなんですかあ?」
「は、はあっ? バッカ、そんなわけないじゃんっ」
新垣は即座に反転して否定する。亀井はムッとして道重の腕を放す。
- 676 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:13
-
「別に見てないから、絵里ちゃん見てどうするのって感じですよ」
言いながら赤い顔になっているのを紺野はよく見ることが出来る。挑むように抗
議しているくせに先ほどまでのようには相手の顔を見ようとしない。どーですか
ねえ、亀井は腕組みしつつ顎を突き出す。攻めているようで逃げる新垣の目にそ
の顎か、端でくいっと上がる唇が入ったのだろう、眉を吊り上げると一方的に話
を断ち切るように、
「だからないからっ。絵里ちゃんなんか見たくありません、へーんだ。ゴメンなさいね」
だがぐっと子供のような言い振りで宣言すると返事を待たずに後ろを向く。はい
はい写真ですねーとほったらかしにしていた会話に割り込む。紺野は真っ赤な顔
がまだ見てない方の写真をせかせかとトランプのようにかき回すのを苦笑しまた
楽しく眺めながら、ほらマコっちゃんも、と代わりにぼんやりしだした小川を引き戻す。
「な、なによお、今だってずっと見てたの知ってるんだからねっ」
亀井は文句があるというよりも、振り向かせるために言っているように見える。
みんなは新垣が相手をしなくなったので興味を失い、それぞれのことへと戻る。
一人亀井が喚くのだが、方々でおしゃべりの再開された楽屋ではそれほど気にな
らない。すぐ側の矢口たちが何となく宥めるだけ、ガキさんもう聞いてないから
止めときなよ。だが紺野から見る彼女は無視を決め込んでいるようでいて、本当
は面白いくらいそのいちいちに反応している。
なんなのもおっ、亀井は悔し紛れに手足をばたつかせる。しかしそれでも見かけ
の上は相手にされない。矢口の何か呟いて道重と田中が笑う。もお里沙ちゃんな
んて大っ嫌い。聞いているのは一人だけ。写真を切る手が早くなったので何か効
果はあったのかもしれない。
- 677 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:13
-
- 678 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:14
-
矢口は笑いながら肩を引き寄せ廊下を行こうとした。しかし新垣はそこに留まっ
た。振り返る矢口に小声で謝り、奥にあるトイレを示した。おどけたように口に
立てた人差し指を当てて周囲をうかがうフリをした。矢口は幾分じれったそうに
手を揺らし誘った。
新垣はそれを取らず、また手を合わせて謝った。矢口は少し納得いかないようだ
が去っていった。角を曲がる前に一度振り返ってトイレを指差した。新垣は頭に
手をやり大げさに驚いてからトイレへと駆けた。と、積んである箱の一つに躓い
た。ガラガラいう音に矢口は驚くが、笑いながらひざをさする新垣にやはり追い
払われた。
新垣は一人になると立ち上がり左手で服のほこりを払った。一通り終えると右手
のピストルも綺麗にした。プラスチックの表面に浮いたほこりは払っても落ちな
かった。そこで衣装の袖で拭いてみた。すると簡単に落ちた。ただ黒い表面のそ
こここが湿った。もっとも次の瞬間には蒸発し消えたのだが。新垣は少し眺めて
から銃口をオレンジの蛍光灯へ向けた。右手だけで持ち半身で狙いを定め、引き
金を引いた。バーン。すべての灯りが消え真っ暗になった。弾丸はどこかへ飛ん
でいく。
- 679 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:15
-
- 680 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:15
-
「ねえ、里沙ちゃん」
来た。
二人きりのこの状況、
いつ声をかけてくるのかとビクビクして、もうそれに疲れてきたところだ。
「‥‥えっ、あ、の、なあに?」
だからあたしの返事はぎこちないものになった。
「ん? 里沙ちゃんどうかした?」
「いやいやそんな、どうもしないよ」
その空気は彼女にも伝わってしまったようで、あたしは首を振って否定する。
「うんそれで、絵里ちゃんこそどうかした?」
絵里は腑に落ちない顔であたしを見る。
むうぅ、と小さく唸り右から左から。
あたしは笑顔で彼女と向かい合った。
こめかみの辺りに汗が滲んできたが、下ろした髪のおかげで隠せていると思う。
「‥‥もしかして」
絵里の顔が神妙になった。
「まだ絵里のこと怒ってる?」
うっ、言葉に詰まった。
あたしたちを沈黙が取り巻く。
しかし今あたしの頭はフル回転している。
一体なんと言ったものか。
学校では使ったことのないレベルで頭を働かせる。
だけど一向に発すべき言葉が見つからない。
- 681 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:15
-
と、絵里の表情がどんどん曇っていくのに気がつく。
眉尻がぐっと下がり、のどが上下を始め、まぶたが震えだす。
そして瞳に天井からの灯りがきらきら反射するようになった。
つまりもう泣きますっていう状態だ。
「や、もう全然っ。まったく怒ってないから、It's All Rightっスよっ」
なもんで、あたしはさっきより数段あたふたして答えた。
だけど唇がその泣き体勢と、
拗ねてすぼめた形とを交互にしているのに気付いていれば、
もう少し落ち着いてもよかったのかもしれない。
でもフル回転の頭は一度どちらかへ走らせたら、
もうその道が合ってるかなんて考えてくれない。
あたしはただただパニクるだけで、
すんと彼女が鼻をすする度に慌てて言葉を発したのだ。
「もともと大したことじゃないし」
あれほど人って信じられないって思ったことは今までの人生で他にないけど。
「もうちゃんと絵里ちゃん謝ってくれたしさあ」
ゴメンねエヘ、がちゃんとと呼べるとしての話だけど。
「そんないつまでも怒ってないから」
「そうだよね」
「えっ?」
えっ?
反応があんまり早いものだから驚いて言葉が止まった。
対して彼女はしたり顔で口を開く。
「だって、あたしたち仲良しだもんね」
仲良しだもんね、仲良しだもんね、仲良し‥‥
- 682 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:16
-
あたしの口も形の上では開いている。ただ何も声が出ないけど。
喉に栓でもされたように言葉は体の内側を回る。
はい? 仲良し?
仲良しにあんな嘘つくか普通?
うわあ、なんでこの子もう気にしてないんだろう?
マジでなんとも思ってないの? それともホントは気にしてる?
してるよね、してるよねえ?
ダメだ、してなそうだよこの子っ。
うそお、それって人としてどうなんですか?
ありえない、ありえないからそんなこと。
あたしすごく傷ついたってのに。
え? もしかしていつまでも気にしてるあたしの方がしつこいの?
みんなは、うんジョークだよなって笑ってる?
新垣、寒い奴ですかあっ?
うう、無理っ、ムカって来るの捨てらんないよ、いつまでたっても。
そう、いつまでたっても‥‥
っておーい、つい一昨日のことじゃん、よく考えたら。
矢口さんに散々泣くとこ見られて、
だから恥ずかしいんで無理言って先に帰ってもらって、
もう誰もいないよねと思いながらこそこそと楽屋を覗いたら、
絵里ちゃんがいて、しかも何か知らないけど不満そうな顔で、
でも次の瞬間には、嘘ついちゃってゴメンねえって笑顔で‥‥それだけじゃん。
いや、もう一言あったよ、でも里沙ちゃん戻って来るの遅いよってのが。
あたし、何となく謝っちゃったし。
- 683 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:17
-
それで昨日は別々の仕事で会わなかったのだから、なんて言うか初対面じゃん。
ぽかんとしているあたしを放って重さんと帰っていった、
その後初めて顔合わせてるんじゃないの。
なんか思い出してもすごい納得いかないんですけど。
いかないんですけど、この子すでにアメを舐めてる。
いかないんですけど、うん仲良し、なんてあたしはまた何となく返事してるし。
「うわ、おいし〜」
もう聞いてないし。
こりっこり、亀井さんあなた幸せそうっスね。
「ん?」
ぼけーと自分を見つめる目に彼女は気付いたようだ。
「里沙ちゃんもアメ舐める?」
彼女の中ではもう問題は解決してるみたい。
「‥‥あ、うん、貰おうかな」
正直別に欲しくもなかったのだがあたしは何となく手を伸ばした。
流されてる気がする。
「ダメー」
しかし、ひょいとアメの袋を遠ざけられた。
「亀井さんアメくださいって、ちゃんと言わなくっちゃあげませーん」
ベーと舌を出す彼女。あなた今泣きそうだった人ですか?
「じゃあ‥‥亀井さん、アメください‥‥」
もうあたしは何も考えていない。言われるがままで。
だがお姫様はそれはそれでまたお気に召さないようだ。
ぷくーとほっぺたが膨らんでくる。
「じゃあってなあに? 感じ悪ーい」
考えるな、何も考えるな。
「‥‥ゴメンなさい」
「よし、じゃあ里沙ちゃんに一つあげましょう」
「‥‥ありがとうございます」
あたしは差し出されたアメを両手でうやうやしく受け取った。
はあ、ため息をつきながら包み紙をはがす。
それから桜色のアメをぽいと口に放り込んだ。
舌の上で転がし軽く噛んでみたりして味わう。
まあ普通のアメだね。甘いアメ。
ポケットに入れていたようで生暖かく、表面が少し柔らかい。
「ね、おいしいでしょー」
しかし彼女はとてもこれがお気に入りのようで。
ニコニコとさっきは怒って膨らませていたほほの下でアメを転がしている。
- 684 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:18
-
「あれ、おいしくない?」
どうも返事を忘れていたようだ。
と言うか返事の必要があるとも考えてなかったし。
だが彼女は心配そうに聞いてくる。そしてだんだん表情が曇る。
まんまさっきと同じなので、そんなにアメが大事なのだろうかと思った。
あたしの一生残るかもしれない心の傷はアメ玉程度なのか。
いやさっきは返事を聞いてなかったのだから、
多分こちらの方が深刻な問題なのだろう。
‥‥それはカンベンしてください。
「えっ、あの、おいしいよこれ。うん、うまいっ」
拗ねられても嫌なので取り繕った。
ぐっ、ぐー。
その取り繕い感が満載なのでまた、ひょっとしてってくるのかな、
そう思ったんだけど、
「ねー、おいしいよねこれ」
まったく疑うことなく彼女は幸せそうに微笑んだ。
その時どこかで電気の使用を止めたのか照明が強くなり、
ほわんとした光が辺りへ降り注ぐ。
彼女はその真ん中で笑っていた。
黒いしなやかな髪の上を星がさらさら滑っていく。
がり、あたしは口の中のものを噛みしめた。
砕けたアメから何か流れ出て口中に広がる。
甘い。甘ったるい。
それで、ちょっとだけ、可愛いかもしれない‥‥いや、アメがだけど。
彼女は子供のように一生懸命下顎を揺らした。もぐぐはむ。
おいひい、うむぐ。
今日のあたしの頭はよく働く。
もう一粒もらうにはなんて言えばいいのだろうか、考えていた。
- 685 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:19
-
- 686 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:20
-
何気ないふうに新垣が一枚の写真を見終わった側の束に飛ばし、そっと中に潜り
込ませるのに紺野は気付く。気になったためふと今までのを見返したくなったと
いった感じで束を取り上げる。それでいてまだ僅かにはみ出た一枚を見失わない
ように気遣いながら。意味もなく二、三枚眺める。それから偶然手に張り付いた
一枚を引き抜く。あ、新垣が声を漏らす。先ほど聞いたと思ったのと同じ声。だ
がそれより辛そうな声。
写っているのはやはり亀井だ。ただ一緒に道重もいてかなり親密なポーズで収ま
っている。二人は互いに正面から相手の腰に手を回し尖らせた唇を重ねている。
まぶたを薄く上げてカメラをいや写真を見る者をか、うかがうような目の閉じ方
や分かりやすくカメラに顔を向けていることから言っても、冗談で撮ったものだ
と一見して分かる。
紺野は偶然手に取ったその写真を他のと同じようにくすりと笑いながら眺める。
それからまた同じように他の人と、新垣と意見を交わすべく顔を上げる。新垣は
紺野の手にあって見えないはずの光景から視線を外している。口はしっかりと閉
じられ、噛み締めてもいる。彼女は紺野が見ているのに気付く。すぐにほほを上
げて笑うが、白い歯は覗かない。
もう紺野は彼女の意見を聞きたいと思わない。意地悪なことをしたと悔いる。だ
が新垣同様紺野の口も本人の自由にならず、勝手な言葉をこぼす。
「‥‥仲良いね、二人」
「本当べったりだよねー」
- 687 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:21
-
すぐ答えられる。今の彼女はきちんと笑っている。普段と変わらない笑顔を見せ
る。紺野だけが笑えなくなる。ゴメンねゴメン。小川が手を伸ばしてくる、えー
何見てるの。紺野は手を振り回して渡さない。形だけもう一瞥してから、撮って
るのはれいなかな、あれ、れいなとどっちかが写ってるのあった? と早口でま
くし立てると束の中に紛れさせ、ありもしない写真を探す。何十枚の変顔やピー
スサインが混ざり合う。
ああっ、あさ美ちゃん何やっちゃってんの。不平も知らぬ顔で受け流す。そのま
ままだ見てない方まで、後でゆっくり見ようよと一人勝手にまとめていく。小川
がぶーぶーと文句を言うが、紺野はテキパキと袋にしまう。新垣は不平も賛成と
しないで遠くに散らばったものを拾ってくる。それをトントン、まとめて手渡す
と紺野が彼女の頭に手のひらを乗せる。
「里沙ちゃんは良い子だねえ」
優しく撫でる。彼女がなあにーよいきなり、言いかけるのを遮って、
「良い子、良い子」
腕を動かして少し額の方、前髪を撫でる。すると新垣は力の抜けたような耐える
ような、泣くとも笑うともつかない顔になる。だが次の瞬間にはしっかりした声
で、そんなことないよとやはり笑った。
- 688 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:21
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- 689 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:23
-
「ほひい?」
絵里は新しく含んだばかりのアメを唇から覗かせて尋ねる。得意げな顔だ。
それから、すぽんと音が立つくらいに勢いよく口内に吸い戻した。
「それとも、いらない?」
「はい、亀井さんもう一つください」
あたしは彼女のことを憎たらしいとかすでに思っていなかった。
むしろあたしからどう切り出したものか分からなかったので助かったと感じていた。
そしてやっぱり幸せそうにころころアメを転がして、
その度に右のほほ左のほほが、ぽこんぺこぽこんぺことなるのが可愛らしいなと。
だから良い表情で言えたのだろう。
「お、里沙ちゃん素直ですねー。先生良い子は大好きですよ」
絵里はかなりご満悦だった。
「あげましょう、あげましょう。喜んであげちゃいます」
とポケットをごそごそ。
ん、ちょっと顔をしかめてから手を引き抜いた。
すると手のひらに乗っているのは二つだけ。
彼女は悲しげにこちらを見てくる。
もうないんだね。
「あ、ないならいいよ別に。二つとも絵里ちゃん食べな」
そうすればもう少しぽこんぺこが見られるのだから。
「でもお‥‥」
「いいから、いいから」
あたしは手を振った。
むうう、しかし彼女は悩んでいるようだ。
あたしを見、それからアメ玉を見る。
左手に持ち替えてもう一度ポケットを探した。
ないのだろう、あたしを見アメ玉を見た。
ちょっと笑いそうになる。
- 690 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:25
-
「ああっ」
すると目ざとく彼女は反応し、
「今、絵里のこと笑ったでしょ?」
「いやいやいや、そんなことないから」
「あるあるあるある、絶対笑った。絵里のことケチんぼだって思ったんだ」
「いや、思ってないからマジで」
本当にそんなことは思っていない。
アメを舐める姿を見てるのと同じような気になっただけで。
「もお、いいもん、あげるもん。二つともあげるもん」
でも絵里はすっかり憤慨していて、
ふんだ、とアメ玉二個を一度右手に戻してからあたしに押し付けた。
「ええっ、いいよお。絵里ちゃんこれ好きなんでしょ? あたし本当にいいから」
「いいのっ、絵里もう食べたくないから」
と無理やりあたしの手に握らせる。
柔らかい手のひらがそれで離れていくのだけど、
突き出したときに比べるとものすごくゆっくりだ。
小さく鼻をすする音もしっかり聞こえた。
本当にこれ好きなんだなあ、変に感心してしまった。
何がそんなにいいのだろう、と持ち上げて眺める。
「あっ」
すると絵里の短い叫び。
待ったをかけるかのように前のめりの体勢。
食べると思ったのだろう。
いくらなんでも包み紙ごと食べたりしないからあたし。
はは、と今度は少し笑い声を漏らした。
絵里はすぐに気分を悪くする。
だけどあたしは追い越し、二つのうちの一つを待ったの手に返してあげた。
彼女はその手のひらの上のものを生まれて初めて目にしたみたいに不思議がる。
「二人で食べよ?」
絵里はぱあっと笑顔になった。
でも次の瞬間また曇ろうとするので、ね、あたしの方で笑ってみせた。
絵里はアメ玉を見る。次にあたしを見た。
今日何度繰り返されたことだろう。
- 691 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:26
-
「うんっ」
もうすでに口に入っているのじゃないかというくらい嬉しそうに返事した。
ふふふ、あたしは声を止める努力を忘れたけど絵里の方でも、
えへへと照れ笑いした。
と言うかすでに包みからアメを取り出している。
あたしがしたときは悲鳴を上げたくせに、
むき出しにしたそれを目の高さまで上げて、幾らか誇らしげに眺めた。
と思うと奇妙に、多分喜びの表現だと思うけど、うきゅうと身もだえしてから、
「えーいっ」
いきなりアメ玉を放り上げた。
へっ?
実際は軽く浮いた程度なのだがあたしはその暴挙に驚いた。
そして思ったとおりアメ玉は口から外れた。
と言うか、むしろ口に入らないようにしたのじゃないか、
というくらいの絶妙のタイミングで口を閉じ、
でも彼女の口の中ではすでに想像のアメが溶け出していたのかも、
やっちゃったよ、上唇でアメ玉が跳ねるのを見ながらあたしが思ったのに対し、
えらく満足げだった。
だからゆっくりゆっくり落下していくアメ玉を彼女はそのまま見送った。
‥‥わけでなく、
「わ、どすこーいっ」
今度は手で思い切り弾き返した。
うそん。
桜色の粒が高く高く上昇していく。そして蛍光灯の光に吸い込まれた。
見上げた目にいきなり大量の光が飛び込んだので一瞬すべてが真っ白になる。
真っ黒かもしれないけど、そんな違い分からない。
アメ玉を見失った。
と、次の瞬間にはあたしの目の前に何か影が現れた。
反射的に口を開いた。
軽い衝撃を舌に感じて口を閉じると歯がこりっと何かを咬んだ。
柔らかく溶けかかっていて歪んでいる。
ぬきんかこ。
目の前では絵里が無意識にだろう、唇をさすりながらあたしを見ていた。
こくん、喉を甘い蜜が落ちていった。
- 692 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:27
-
絵里がじっと見ている。
あたしはやはり何か流れのままに握っていたアメ玉を彼女に渡した。
あ、ありがとう、彼女は素直に応じた。
かこっぽこぬかこぷ、あたしは光の中から飛んできたそれを転がしている。
絵里がじいっと見続けるので少し照れた。
それから彼女は遅ればせながら我に返った。
手にあるあたしにあげたはずのアメを見て、
あたしを、いや多分あたしの中で動くものを見たのだろう、
「里沙ちゃんっ」
と手を下から振り上げてみせた。
とおっ。
でもそれで最後のアメ玉を放りはしなかったし、また動きも早くはない。
緩やかに肩の辺りまで振り、
そこから点々を打つように人差し指で空中を刻みはじめた。
どうもさっきの流れを振り返っているみたいだ。
彼女の指が少しずつ上がるのに合わせてあたしも付き合って見上げた。
てん、てん、てん。
そして2メートルほどのところで思い切り背伸びして天辺を表現したと思ったら、
どーん、突然勢いよくあたしの顔目掛けて腕を振り下ろした。
あたしは思わず指先の通過する瞬間また口を開閉する。
いきなりのことに塊は舌の奥まで追いやられた。
息がくっと詰まった。
えへへ、彼女は満足そうに笑う。
「ナイスキャーッチ、里沙ちゃん」
言って今通過させた指でとんとあたしの口を指し示した。
バーン、命中っと次に撃った。
んぐり、驚いてあたしは塊を飲む。
柔らかくて甘いものが勢いよく体の中を落ちていく。
それに少し痛みを感じながら、
人差し指を唇に寄せて、出てもいない煙を吹き消す彼女を眺めた。
ふう。
- 693 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:27
-
- 694 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:29
-
「おっはよーございま、あ?」
元気よくドアを開け入ってきた里沙は不意に口をつぐむだろう。
おそらくよしざーさんが口に指をやるサインを見たに違いない。
「‥‥はよ、ございます」
里沙は小さな声で言いなおして、よしざーさんのもとへやってくる。
そこに締まりのない顔で眠るあたしを見つけるだろう。
よしざーさんに膝枕され、居心地はこの上ないのにもかかわらず、
時折わざとらしく、
ううーんと唸りながらほほをよしざーさんのジーンズに擦り付けているあたしを。
「寝てるんですか? 寝てますね、ぐっすりと」
「寝てるねえ」
よしざーさんはあたしの頭側の荷物をどけると思う。
あ、どもと言いながら里沙はそこに座るに違いない。
へえ、彼女は興味深くあたしを眺める。
よしざーさんは声を上げずに、里沙を見やることで何がと尋ねる。
そのときも優しい手つきであたしの頭が撫でられているのは絶対で、
うふふ、あたしは気持ちよさにまた頭を振る。
- 695 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:30
-
里沙は笑いながら指差すのだ。
「何かすごく楽しそうに眠ってますね愛ちゃん」
そうだねえとよしざーさんがあたしの首筋をくすぐる。
途端に肩をすくめながら、でもあたしはその手にほほ擦りするに違いない。
「へへ、くすっぐったいで」
デレデレとだらしない声を出してしまうのだろうか。
「反応がいちいちあって面白いんだよね」
きっとよしざーさんはイタズラするのだ。うり、うりっ。
「‥‥もお、よしざーさん怒りますよ」
締まらない顔で抗議しながら、
でも不意に、あんと一声漏らしたりして。
よしざーさんの手は止まるかもしれない。
顔を上げたら里沙はきっとこめかみでもさすりながら意味なく室内を見回している。
はは参ったな、乾いた声でよしざーさんが言い、
里沙も、えっとそうですね、なんですかねと応じるだろう。
「ああっ、吉澤さんだって分かってるんですね」
幾らかぎこちない声に違いない。
あたしは一人不満顔でこの手がまた動き出すことを求めている。
- 696 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:30
-
ぺんと軽くあたしの額を叩いてからよしざーさんは、
「そうみたいだね」
「でもこうして膝枕して寝てるんだから当然なのかなあ」
「当然なのかねえ」
「吉澤さんといちゃいちゃしてる夢見てるんですね」
見ていることを切に希望します。
いちゃいちゃってガキさん、よしざーさんは苦笑するんだろうな。
「あ、でも、うーん」
「なんです?」
「高橋、ガキさんの夢見てるかも」
「はあ? あたし?」
と自分のことが出てきたら里沙はきっと驚く。
あ、それから慌てて、しぃと指を立てるのだ。
よしざーさんは優しい笑顔で頷く。
「でも、あたしなんですか?」
「その予定」
よしざーさんの手がまた動き出しあたしの頭を撫でてくれる。
「はあ、予定‥‥」
しかしあたしはもうその手にほほを寄せようとはしない。
むしろ隠れるように顔を伏せてしまっているに違いない。
よしざーさんはもちろんそれに気付くだろう。
だからなおさらゆっくりと穏やかに撫でてくれる。
- 697 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:31
-
「ガキさんとね、ケンカしたんだって」
「は? 誰がですか?」
「高橋が」
「いや、してませんから、ケンカ」
どういうことと里沙があたしの顔を覗き込もうとする。
あたしはさらに逃げるだろう。
よしざーさんの足にぎゅうぎゅうと体を押し付ける。
そっと髪が乱れて横顔を隠すだろうか。
そうすれば里沙に見つからないですむ。
よしざーさんの手なら叶えてくれるはず。
「夢の中でね」
諦めて顔を上げた彼女によしざーさんは言う。
「ガキさんとケンカしたんだってさ」
へえ、里沙はよく分からないと言った感じで返事する。
「それでね、今謝ってるはず」
はあ。
「だからガキさんも許してあげてね、高橋のこと」
「夢の中でですか?」
「夢の中で」
里沙はちょっと斜め上を見やりながら考えると思う。
でもやはりうまく飲み込めないだろう。
「何かよく分からないですけど‥‥」
「そお? そうだよね」
よしざーさんは笑う。
「思い通りの夢見れるかも分からないからね」
- 698 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:31
-
「まあ、でも良いですよ別に」
里沙はのんびりと言うだろうか。
「そお?」
「はい、って言うか怒ってないですから、あたし」
「そっか、そうだよね」
「そうですよお」
わっけ分かんない、そう言って里沙が楽しげに笑っていたらいいな。
ありがとね、よしざーさんも自分のことじゃないのに言ってくれて。
それから、
「だってさ、よかったね高橋」
ぽんぽんと頭を叩いてくれたら言うことがない。
「許してつかわそう。てか何言ってんのさ愛ちゃーん」
おーい、里沙も一緒になって叩いてきてさ。
ぽんぽんぽん、て。
あたしは、えへへと笑うはすだ。
もしかしたらひっくと泣くかもしれない。
あたしはどんな夢を見ているのだろう。
「‥‥あ、でもガキさんて、そうなんだってね」
そこでよしざーさんがにやっと笑いながら切り出すので、
あたしもそういう夢を見るのかもしれない。
どうでもええけど二人くっつきすぎやから、と思いながら。
- 699 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:32
-
- 700 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:35
-
あ、また里沙ちゃんが見てるなって思うことが最近多くて、
でもそれを里沙ちゃんに言うと決まって見てないと言うので、
あたしはもうなあに感じ悪いのってなる。
だからその内に負けないんだからねみたいな気になって、
ほらほら、ちゃんと分かってるんだから、
亀井さんは全部お見通しですよって態度をとったり、
んん? 何て答えるつもりですかあ、言ってみたら?
と鼻高々の興味しんしん自信満々で指摘するようになったのだけど、
里沙ちゃんたら強情だから絶対に認めないの。
ええ? なんでって思うでしょ。
みんなとは元気にわいわい楽しくやってて、
みんなも里沙ちゃんといて楽しくなってるのに、
なんであたしにだけそんなに嫌な態度とるの?
あたし何か嫌われるようなことしたかなあ?
‥‥あ。
そりゃあ、そのさちょっとはその、怒らせちゃったかもしれないけどさ、
でもだって里沙ちゃん、あたしが謝ったらちゃんと許してくれたよ?
だからもうそんな古い話とか全然関係ないから、
そう、里沙ちゃんはそんなの全然関係なくあたしに意地悪してるの、
きっと元々あたしのこと嫌いだったんだよ‥‥それって寂しいなあ。
- 701 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:36
-
だから余計にあたしは彼女がこっちを見てるのに気付くと、いきなり振り返ったり、
みんなのいる前であたしのこと見てるけどどうかしたのって聞くようにした。
だってそんなときの里沙ちゃん、すっごくオロオロっとするんだもん。
いつもならどーんとか意味が分からないけどとにかくすぐに体が動くのに、
あたしが聞くと喉にアメでも詰まったみたいにふらふらキョロキョロしちゃって、
それもぼおって火とか噴出しちゃうんじゃないかってくらい真っ赤っかな顔でさ、
ふふ、すっごい可愛い。
はいいっ? もう違いますよ嫌だなあとか、
センパイの突っ込みはちゃんとかわせるのに、
絵里がここだ、えーいって攻撃するとそんなになっちゃうんだから。
でもオロオロっていうのが一番じゃなくてもっと、えっと急所? に決まると、
里沙ちゃんの何に効いてるとかは分かんないけどそんなのはいいの、
だって里沙ちゃんはそんな時にはぷいってそっぽ向いちゃって、
動くのもやめちゃってすっごい悔しそうな顔をするんだもん。
絵里もう胸がすっごくぎゅう、ぎゅうって痛くなって、
ああ、里沙ちゃんあたしのことで、
あたしのこと考えてこんな切ない顔してるんだって思ったら、
すごい今まで感じたことないくらい気持ちよくて、
彼女のところへ走っていって同じだけ強くぎゅうって抱きしめたくなっちゃう。
- 702 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:37
-
でも絵里そんなこと絶対にしたげない。
だってそんなことしたらこのぎゅうってのいうの終わっちゃうじゃない?
逆にもっともっと、分かってるんだからねとか、
もしかしてあたしのこと好きなんじゃないのとか、
あはは、逆だってのはちゃんと分かってるのにね、
でもそう言うと里沙ちゃんは一番悔しそうな顔をしてくれるのであたしは好き。
嫌われてるって分かってる子にこんなこと言ってるあたしってバカみたいだ、
そう思うんだけど、でもその思うともっともっとあたしの胸はぎゅうっってなって、
里沙ちゃんのあの顔みたいに切ない気持ちになれる。
あたしは胸がぺこんて音を立てて陥没しちゃうかもって怖くてでも気持ちよくて、
そしたらものすごく興奮して自分で自分のことが分からなくなっちゃう。
もっともっと里沙ちゃんの可愛い顔を見たいなって、
だからどんどん彼女をからかうんだけど、
里沙ちゃん多分どこかに線があってさ、
その線を越えると途端にそっぽどころか絵里に背中向けて無視するの、感じ悪い。
て言うかやっぱり意地悪だよ、
あたしこんなに里沙ちゃんのこと見てたいなって思ってるのにさ。
向こうは好きなときにじいっとあたしのこと見るくせして、
あたしが見ようとしたら顔隠しちゃうんだよ、ずるくない?
やっぱりあたし嫌われてるんだよ、そうとしか思えないよ。
- 703 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:37
-
一人のときに嫌われてるんだって考えるのはイヤ、泣きたくなっちゃう。
さゆやれいなに嫌われるのもすごくイヤだけど、
何かそれとは違う、とにかくイヤだ。
あははは、嫌われてるって気付いたから始めた勝負なのに、
何でこんなにこだわってるんだろう。
昨日お部屋で何でだろうって考えてたら涙が出てきたから驚いた。
それから里沙ちゃんにぎゅってしてもらいたいなあって一人ごと言ってて、
バッカみたい、そんなことありえないのにって思ったら中々涙が止まらなかった。
ホント、バカみたいだあたし。
「絵里はおバカさんだねえ」
さゆに相談したらやっぱり言われた。
自分で思ってるのと同じなのだからいいんだけど、でも何かムカつく。
あまり頭良くないよねとか、少し物分り悪いよねとか、
もうちょっと違う言い方してくれてもいいと思う。
酷いよ、さゆ、おバカさんなんてさ。
「絵里は新垣さんが見てるのにいつも気づくんでしょ?」
さゆはそう聞いてきた。
だから言ったでしょ今、いっつも見てるのに認めないのよ里沙ちゃんたらって。
さゆこそおバカさんなんじゃないの?
「絵里はそれに気が付くんだ? いっつも」
だーかーらー。
- 704 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:39
-
「絵里はいっつも新垣さんのこと見てるんだね」
はい? いや、見てるのは里沙ちゃんだって言うのに。
やっぱりさゆはおバカさん。
こんな子に相談するんじゃなかったよ。
あーあ、この子とはお話も合うしお互い可愛いものが好きだし、
でも里沙ちゃんみたくにぎゅうって感じ、
ぎゅうっとしたいとかされたいとか起きないから気が楽で、
わいわいお喋りして楽しくいられるのだけど、
こういう相談には向いてないみたい。
でも「こういう」相談てなんだろう。
あたしはさゆに何の相談をしたのかな。
里沙ちゃんがあたしのことを見てるのに絶対に認めないから、
どうやったら観念するか、その方法でも聞いたのかなあ。
ぶるぶるぶる、そんなもったいないこと出来ないよ。
里沙ちゃんのあの触れたら火傷しそうな真っ赤な顔や、
触りたいなあ、本当に熱くなってるのかなあ、
悔しそうな顔のことを他の人に考えられたり見られたりするなんてヤダ。
あれは絵里んだもん。
里沙ちゃんはみんなと仲良くしてるのに、絵里だけにあんな意地悪な態度とる、
あれは絵里だけのものだもん。
さゆにだって分けてあげたくないよ。
だからさゆがおバカさんでよかったのかも。
だってそのお陰でさゆは全然あたしたちのこと、
あたしと里沙ちゃんのこと分かってないのだから。
他の人なんていらないんだから。
でも里沙ちゃんは多分絵里のものじゃないんだ。
ううん、多分じゃない絶対。
だって絵里嫌われてるもん。
里沙ちゃんはみんな大好きなのに、絵里だけ嫌われてるんだもん。
もし里沙ちゃんが誰かのだったとしても、その誰かは絵里じゃないんだ。
安倍さんかな?
‥‥あ、ぎゅっとして欲しいなあ。
- 705 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:40
-
「おーい、みんな元気かい?」
安倍さんは卒業したけどそれでも一緒のお仕事はたくさんあって、
だからよくあたしたちのところへ遊びに来る。
安倍さんはとても大人の人とは思えないはしゃぎ方をするのだけど、
そんな時の里沙ちゃんは好きじゃない。
目をこう、きらっきらさせちゃって、
安倍さん安倍さんて後ろに金魚のウンチみたいにくっついちゃって、
そうすると安倍さんも安倍さんで、
いちいち何だいお豆ちゃん、ガキさんどした? なんて声をかけて。
で、絵里が何となく話を、
多分あの二人はすごくでっかい声で喋ってるんだよ、すぐ聞こえるもん、
聞いてると、それが全然面白くないことばっかでさ、
なあに、そんなつまらないことのために安倍さん里沙ちゃん連れまわしてるの?
ほら、次のお仕事あるのなら早く行った方がいいですよって思うのに、
里沙ちゃんはそんなあたしの気も知らないで、
ええーもうですかあって駄々っ子みたいで、
そんなこと他の人にはしないくせにさ。
そしたら安倍さん、ガキさん、なっちもう行かないとダメなんだってさゴメンね、
なんて里沙ちゃんのせいにして、
出て行くときにはあたしにぷーいてしていくんだから。
あたしムキーってなってアカンベーでもしちゃおうかなって思うと、
安倍さんはクルッと振り返って、ガキさんじゃあまたね亀ちゃんも、
なんていかにも笑顔ですって感じでさよならする。
あたしはおギリで少し頭を下げるんだけど、
横目で里沙ちゃんのことを見るの。
うわあ、もう信じられない。
里沙ちゃんすごい嬉しそうなでも残念そうな顔でさ、
頭下に着いちゃうよってくらいペコペコしてる。
でもそんなのはいつもで、
たまに、じゃあ今度どこどこ行きましょうねなんて、
はい? あたしそんなの聞いてないよ、
二人でこそこそそんなこと話してたわけ?
里沙ちゃんもう手をブンブン振っちゃってる。
またそういう時の安倍さんは絵里に向かって、
どうお? ってすましちゃってさ。
ああ、あの二人最悪ぅ。
- 706 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:41
-
でも、でもでも安倍さんだってセンパイだし、
里沙ちゃんとセットじゃない時はすごく優しいし色々教えてくれたりもしたから、
卒業って時には悲しかった。
最後だからちゃんと送り出さなくちゃっていう日は、
あたし朝から安倍さん卒業するんだあって考える度に、
考えようとしなくてもいつの間にか考えてて、
その度に鼻がつーんとして目が潤んじゃった。
そしたらさゆが友達だから何か言ってくれるんだけど、
もちろんれいなも一緒に。
でも同じように涙目の二人に慰められると余計ぽろぽろしてきて鼻水も出て、
だからちょっとトイレと嘘ついて一人になった。
でもやっぱり一人になれる場所なんてそうないから結局本当にトイレに行ってて、
薄暗い個室でふたを下ろした便器にちょこんと座ってた。
で、気が付いたらドアがとんとんと優しくノックされてて、
でもあたしが黙って鼻水をすすり上げるためにすんすんいってると、
またとんとんて音がして今度はその後から、
「絵里ちゃん?」
尋ねる声が聞こえる。
- 707 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:43
-
でもそれはきっと尋ねてなんかいなかったはずで、
だってあたしの方も誰だろなんて考えるまでもなく分かっているんだから。
ううん、誰か分かってるんじゃなくて、
彼女がもうじき来るんだって気がちゃんとしていたわけで、
だからあたしは何も言わず、涙や鼻水そのままなのも構わずに、
かちゃんてカギを開けたのだ。
「みんな心配してるよ」
里沙ちゃんは言う。
言いながらハンカチを取り出してお母さんみたいに涙を拭いてくれる。
トイレットペーパーをくるくる巻き取って、鼻をチーンとさせてくれる。
あたしは彼女に全部任せてやっぱりちょこんと座っている。
よし、里沙ちゃんは呟いたときあたしはぼろぼろのじゅるじゅるを解消していて、
すると目の前の子の顔もすっきりした視界で見れるのだけど、
里沙ちゃんはやっぱり白い歯が光るくらいに笑っていた。
こんな薄暗いところに二人で入ってるのに変なの。
安倍さんの卒業なのに変なの。
里沙ちゃんはいつも笑ってて、
特に絵里が本番前ですごく緊張してるときなんか気付いたら隣から、
いやあお腹いっぱいにだと眠くなるねえとか、
前のテスト赤点取っちゃったから、今度はやばいんだよねえと話しかけてきて、
絵里が教えてあげよっかと何となく言うと、
ホント? ケーキおごってくれるならね ええ? でも絵里ちゃんに教えてもら
ってもケーキ代もと取れなそうだしなあ、おごってしかも赤点なんてのはちょっ
と なにをぅ
って騒いでて逆に飯田さんとかに注意されて、
あたしは里沙ちゃんのせいだからね、ぷんってステージに飛び出していくの。
そんなのが何度もあった気がする。
- 708 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:46
-
里沙ちゃんに手を引かれながらみんなのいるところへ帰っていくと、
途中にすっぽり挟まるのにちょうどいい感じの空間が沢山あって、
何でわざわざトイレまで行ったのか考えてみたのだけど、
トイレじゃなきゃ狭すぎて里沙ちゃん入って来れないじゃないとすぐに気づいた。
今こうして手を引かれているけど、
そしていざ始まるって時にはまた絵里の横に来て、
いやあ実感沸かないよねえとか、卒業とか言っても明日も会うんだけどね、
とか言って絵里のこと笑わせてくれるんだろうけど、
でもきっと憧れの安倍さんの卒業だから里沙ちゃんも泣いてしまうんだろうな。
でもでもステージの上はともかく、
下に降りてからはみんなの前では泣きたがらないんだろうな。
困らせたくないから安倍さんの前でも泣かないんだろうな。
多分里沙ちゃんも一人になれるところでそっと泣いて、
すごい我慢しながら泣いて、
それで絵里と違って誰か他の人のハンカチとか欲しがらないんだと思う。
そりゃ、絵里なんかがいて涙を拭いてあげるつもりでも、
すぐにあたしの方がまたわんわん泣き出しちゃって役に立たなくて、
逆に里沙ちゃんに宥められるんだろうけど。
それでも里沙ちゃんは少し苦笑いするだけで、
やっぱりあたしの顔をごしごし拭いてくれる気がする。
でもそんな里沙ちゃんの目に残った涙はあたしのためのものじゃなくて、
大好きな安倍さんのもので、
里沙ちゃんは安倍さんだけのために一人になりたがって涙を流して、
それで絵里が来るから苦笑いするんだ。
何かムカつくよ里沙ちゃん。
もうぴたっと足を止めた。
あたしはその角を曲がれば後はまっすぐでみんなの所だという時に立ち止まって、
里沙ちゃんが引っ張っても頑張って少しも動かず、
「絵里ちゃん?」
そう聞いたときの里沙ちゃんは、
絵里のことは全部分かってると思ってたのに、
突然絵里のしたことに驚いているみたいで、
あたしそれを見てとても気持ちよかったのだけど、まあそれは置いておいて。
- 709 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:47
-
「ぎゅってしてくれなきゃ戻らない」
宣言した。
そしたら里沙ちゃん、それまであたしのことぐんぐん引っ張ってくれてたのに、
いきなりぱって手離してあたふたしちゃって顔は真っ赤で、
あはは、可愛いなって思ったけど、
絵里そんな大したこと言ってないと思うの。
ただちょっと、ぎゅうってしてくれればいいだけの話で、
そりゃホントにちょっとされるだけじゃイヤだから少しちゃんとしてほしいけど、
今までしっかりとあたしの手を握ってたのに、
さっきまであたしの顔をベタベタさわりまくってたのに、
どうして腕をこう、あたしの背中に回すくらいで慌てるの? 嫌がるの?
「ねえ、ぎゅっとしてくれないの?」
あたしが一番自信ある表情で頼んでも里沙ちゃんはもう笑ってくれない、
それどころかあたしの方を見ようともしない。
ああ、やっぱり里沙ちゃんは意地悪で、あたしのこと大嫌いなんだ、
そう思ったので、やっとのことのろのろ伸びてきた手をぱちんと払うと、
「もお、バカーっ」
叫んで一人でみんなのもとへ走っていった。
- 710 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:49
-
ひょっとしてこの時から?
里沙ちゃんがこっちを見ているとわざわざ指摘して困らせるようになったのは。
慌ててる里沙ちゃんを見ていると何だか思い出すのかも。
何でぎゅっとしてくれなかったのよって気持ちと、
でもあの里沙ちゃん可愛かったなあっていう気持ち。
‥‥それと今度はもしかしたらぎゅっとしてくれるかもって期待。
その代わりに里沙ちゃんはあたしに対して笑ってくれることがなくなっちゃった。
彼女はぎゅっとするのが嫌いなのかな?
みんなはそれを求めてないから、笑いかけてもらえるのかもしれなくて、
あたしはそればっか求めてるから嫌いなのかも。
そしたらもうあたしは逆にあたしだけのもののそんな態度を、
あたしだけで、もっともっと味わいたくなって、
だってもうトイレにこもっても迎えに来てくれないかもしれないし、
来てくれてもママみたいに鼻かませてくれない、
でももしそこまでしてくれても、
もう里沙ちゃんは笑ってくれないんだろうなって考えたら、
そんなの期待するなんて絵里出来ないよ。
かちゃんてカギを開けたのにそこに誰もいなかったらどうしていいのか分からない。
だったら里沙ちゃんに意地悪して、
あたしだけのあの悔しそうな切なそうな顔を独り占めした方がいいよ。
- 711 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:51
-
だからカメラがあたしたちのところに回ってきた時、
れいなに持たせてさゆとキスしてるところを撮ってみた。
だって里沙ちゃん、
さゆといるときが一番いい顔であたしのこと見てくれてるんだもん、
油断してると胸がパンて破裂しちゃうくらいの顔で、
それもあたしたちが仲良くしてればしてるほどすごくなって、
里沙ちゃんの目に薄っすらと涙が浮かんで、ふるふるっとするから、
あたしはさゆなんかぽーいと放り出して、
里沙ちゃんのことぎゅっとしたくなっちゃう。
だからさゆとキスしてる写真を見たら、
今までよりもさらにいい表情をしてくれるのに違いないって思って、
チュッとやってみたわけ。
さゆは撮る前に、でもいいのって聞いてきたけど、
あたしは何が「でも」なの? って感じだった。
別に友達がお遊びでキスするのに何気にしてるのって。
え? もしかしてさゆ、絵里のこと好きなのって尋ねたら、
絵里は友達、大事だけどって、なら何も問題ないじゃない、
ぽつんと立ったままのれいなを促した。
でもれいなったら、
これどこ押したらよかとって半泣きでもたもたしてじれったくて、
あたしがもおって目を開けようとした瞬間にシャッターを切った。
それから、ああなるほどなんて感心してたけどれいなっ、
お陰で絵里フラッシュの光ぴかーってまともに見ちゃったから、
しばらく何も見えなくなったんだからね。
だかられいなとは一緒に撮ってあげなかった。
多分さゆも。
- 712 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:54
-
さっき紺野さんたちが見ていたのはそのときのフィルムを現像したもの。
あたしは矢口さんのお小言を聞きながらドキドキしていたのだけど、
里沙ちゃんたらあたしの方ばっか見てて全然写真を見なくて、
まあ、これはこれで嬉しかったけど、
すぐそこに、
その中の一枚に彼女の一番いい顔を引き出してくれるものがあるのだから、
あたしはやっぱりそっちも見てほしくて、
だからえいっとばかりに里沙ちゃんのことを攻撃して顔を逸らさせたのだけど、
その時の顔もすごく可愛かったからあたしは嬉しくって楽しくって、
もっと意地悪なこと言って彼女を熱そうな顔にさせて、
そしたら里沙ちゃん悔し紛れに写真に手を伸ばしたから、
あっこれからもっとすごいことになっちゃうんだと思ったら、
あたし興奮してわけが分からなくなった。
多分一人できゃあきゃあ言ってたんだと思う。
でも里沙ちゃんがあたしとさゆの写真を手に取ったとき、
あれ? って‥‥
後ろから見る里沙ちゃんは何も変わらない。
写真を少し眺めてからそれを他のと一緒にした。
でも紺野さんが優しく里沙ちゃんの頭を撫でてた。
里沙ちゃんはあたしのことを見て、あたしの涙を拭くれるはずなのに、
全然こちらを見る様子もなくて、
いつもの、さっきまでのぷいっていうのと違って、
絵里のこと忘れちゃったみたいにこっち見てくれる感じ全然なくって、
紺野さんによしよしってされてる。
何だか里沙ちゃんが小さい子で、紺野さんは里沙ちゃんのママみたいだった。
見えないけどあたしが好きなあの悔しそうな恥ずかしそうな顔、
真っ赤な顔じゃなくて全然違う顔をしてる気がした。
もちろん笑顔なんてのは初めから期待も出来なかったから、
じゃあ彼女は今絵里の知らない顔をしているんだ。
お小言を再開した矢口さんに、聞いてるのかって注意されたけど聞いてなかった。
あたしはただいつものように里沙ちゃんのことを見ていただけ。
でも里沙ちゃんはあたしのことを見てなかったら、あたしだけが見ていたんだ。
こんなのは初めて。
いつもの里沙ちゃんじゃないのと同じように、
絵里もいつもの絵里じゃない気がする。
- 713 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:54
-
あたしのどこかで、胸の真ん中かも、小さな穴が開いてる感じ。
ピストルか何かで撃たれたみたいに小さなのが。
破裂もしないでただ穴が開いちゃってるよ。
ひゅろろ〜んて前から後ろに空気が通り抜けていく。
矢口さんとれいなが笑いながらあたしのことなんか言ってたけどそんなの知らない。
でもさゆが、
「絵里はおバカさんだね」
とまた言うのは聞こえたので今度はあたし、
「うん」と答えたの。
- 714 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:55
-
- 715 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 17:58
-
新垣は辺りを見回すと立ち上がり、楽屋を出た。
廊下でまた左右を見、少し考えるふうだったが歩き出す。
早足で廊下を進み角を曲がった。
人気のない、倉庫代わりにダンボールの箱などが置かれた辺りまで来ると、
薄暗いなか歩を緩め、その先に隠れたトイレに入っていった。
四つあるうち一つの個室のドアが閉じている。
ひっくとかずずーとか、果てはえーんという音や声が漏れている。
特別見つからないようにしているわけでもないようだ。
とんとん、新垣はそのドアをノックする。
音が止んだ。
それから再び聞こえてきたが、
ひっくはえっぐに、えーんはびえーんにとどれも大げさなものに変わっていた。
とんとん、里沙はもう一度ノックした。
「絵里ちゃん」
言葉もつけた。
するとノブの辺りからかちゃりと音が、えっぐもびえーんもそのままに、
して独りでにドアが少し開いた。
隙間から新垣の目と中でしゃがんでいる人の目が合った。
ゆっくりとドアを開くと、
「どうかした? 絵里ちゃん」
中へ入った。
- 716 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:02
-
亀井は、里沙ちゃんと呟いたきり泣き続けてる。
新垣はハンカチを出すと亀井の顔を拭き始めた。
されるがままになりながら彼女はじっと新垣のことを見続けていた。
ハンカチが目からずれる度に亀井と目が至近距離で重なる。
新垣は意識してただ手先だけに集中するか、
それとも全然関係ないほうを見ながら世話した。
亀井の顔はじきに綺麗になるが、それに伴ってほほがぷくりと膨れ上がった。
よし、と新垣がハンカチやトイレットペーパーをどかしてみれば、
赤い目でほほをパンパンにし、唇を尖らせる亀井が出てきた。
わっ、驚いて里沙はまた目を逸らした。すると、
「ほーら」
声をかけられる。
「え?」
「ほらやっぱり、里沙ちゃんは絵里のこと嫌いなんだ」
「はあっ?」
「絶対そうだ」
と喉をひくひくと振るわせはじめる。
まぶたが強く目を絞った。
それを見て新垣は慌てる。
「ま、待ってっ」
「絵里のこと嫌いなんだよ」
しかし亀井は聞こうとしない。涙が滲み出てくる。
「嫌いじゃない、嫌いじゃないからっ」
「嘘っ」
「う、嘘じゃないよ」
「だって絵里のこと見てくれないじゃんっ」
そ、それはごにょごにょと新垣は口ごもった。
いや、だって、ねえ。
「絵里のこといつも見てないって言うじゃん」
だから、それも、さあ。
なにがさあよ、と亀井も呟いてから弾けるように、
「さあじゃないよ、まったくう。絵里いっつも里沙ちゃんのこと見て、
里沙ちゃんが絵里のこと見てるの気付いてるのに、そんなのもうバレバレなのっ。
でもでも、里沙ちゃん絶対認めないじゃんっ」
「えっ? あの‥‥え?」
「もうこれ、絶対絵里のこと嫌いとしか思えないよ」
「だ、や、き嫌いじゃないって、だから」
「じゃあじゃあ、好きなの?」
「‥‥ふひゃっ?」
捲くし立てていた口調は突然ゆっくりになった。
「じゃあ、絵里のこと、好、き、な、の?」
- 717 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:06
-
対して新垣はぴたりと止まった。完全に硬直した。
微かに仰け反りながら身じろぎ一つ、うめき一つないまま突っ立っていた。
「もお、いい‥‥」
亀井は息を大きく吐き出す。
「もおいいよ、分かった。絵里おバカさんだもんね。
だから里沙ちゃん嫌いなんだよね。分かりましたよ、もういいもん」
しゅんと肩を落とした。スカートのひだを指に巻きつける。
もう、いいもん。
「す、好きだからっ」
新垣が突然叫んでいた。
「え?」
だが予定されたことだったのか、亀井はほとんど同時に顔を上げた。
新垣はその素早さと満面の笑みに戸惑ったものの、
目尻に浮かんだ大粒の涙に押され、
「え絵里ちゃんのこと好きだから。嫌いじゃないよ。そんなこと絶対無いからっ」
「ホントにぃ?」
亀井は下からじいっと見上げてくる。
新垣はほとんど隣との仕切り板に向かって叫んでいたのだが、
時々ちらり目の端に亀井の姿が映しに行ってはまた身をよじった。
それでも次第に冷静になり、赤い顔だが亀井の方を向いて静かに言う。
「絵里ちゃんのこと好‥‥嫌いじゃないから」
「あたしのこと、好きなの?」
だがしっかりと聞きなおされた。
新垣の体は再び長く放っておかれたアメのように固まった。
それでも何とか口を動かす。
「す、好きだよ、悪いっ?」
なら、つんつんと亀井が袖を引いた。
新垣は膝の動かないロボットのように左右に揺れた。
「それなら」
と亀井は繰り返す。
なあに、新垣はぎこちない笑顔で尋ねた。
「ぎゅっとして?」
にっこりとした笑顔。自分の勝ちを知っている笑顔。
- 718 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:14
-
「ええっ?」
どたん、驚いて背中を壁にぶつける。
「絵里ね、胸に穴開いちゃったみたいなの」
「は、え? ちょっ、大じょ‥‥」
「里沙ちゃんのせいなの、これ」
「はあっ?」
「里沙ちゃんあんな写真くらいで怒っちゃって絵里のこと見てくれないから、
里沙ちゃんが意地悪するから、絵里のここんとこ穴が開いちゃったの」
となだらかな膨らみを指差した。
新垣は反射的に視線を逸らした。
「あんなって、そんな‥‥意地悪なんて、そこは」
だが亀井がどこに指を置いたかちゃんと分かっているのだろう、
それでいてまた一度だけ、亀井の指がそこを離れる前に急いでちら見した。
そこに穴って、そっぽを向き顔を隠しながら呟く。
「でも、今だって見てないもん」
と亀井は腰を上げると目の前の頭をがっちりと掴んだ。
ひい、新垣は悲鳴を上げた。
亀井はかちりかちりと油の切れた歯車でも回すように少しずつ、
だが確実に手の中の頭を自分の方へと振り向かせる。
正面を向いたところでまた腰を下ろした。
そのため新垣は彼女の顔ををすぐ上から覗き込む体勢になった。
あ、絵里ちゃ、里沙はもごもごするだけで言葉が出てこない。
「里沙ちゃん、絵里のことぎゅっとして。それで穴ふさいで?」
え、でも、それは。
すると亀井はいかにも悲しそうに、
「してくれないと絵里悲しくって胸がぺしゃんてなって死んじゃうかもしれないよ。
絵里が死んじゃってもいいの?」
ぶるぶるぶるぶる、力の限り首が振られる。
「じゃあ死なないであげる」
亀井はその頭を優しく持ち直して止めた。よしよしと撫でる。
が、ふとあらぬ方を見る。
すると何かを思い出したようで、撫で方がぐっと懸命になった。
よしよし、よしよし。よしよし、よしよしよし。
新垣の顔は熱くてしっとりと汗に濡れていた。
そして手に触れられたところが常にぴくっと反応するので、
亀井は調子に乗って、声にも感じを出した。
よおし、よし。よしよしっ。よし、良い子でちゅねえ。
と、今度は耳が震えた。
赤い渦が目の前で動くのを見て亀井は微笑む。
- 719 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:17
-
狭いトイレの中で頭を撫でられつづけている。
新垣は異常に上気した顔だったがうっとりとされるに任せていた。
だが亀井の手が突然止まりその口から
「でも」
という声が聞こえたときにはまた恐怖に震えた。
「ぎゅっとしてくれないと絵里泣いちゃうからね」
亀井は口端を上げて笑っていた。
新垣は情けない、定まらない表情だった。
今だ迷っているが自分でもやらなきゃ済まされないと考えているような、
それでいて本気で嫌がっているのか怪しかった。
「‥‥それじゃあ。あ、いや嘘。じゃあじゃなくって、ええっとその」
そしてまごついた挙句、無駄に力の入った腕を大きく広げた。
「行くよ‥‥」
だがいざ亀井の方へよりかがみ込もうとしたとき、
「ホントは胸の他にもう一個穴が空いてるんだけどなあ」
という呟きを聞いた。
はい? もう触れ合うばかりの距離で首を曲げ彼女に尋ねる。
ここの穴、亀井は囁いて人差し指を唇の上に置く。
それから、里沙ちゃんのこれで塞いでくれる? とその指を新垣のに移した。
新垣は案の定固まった。
亀井も予想がついていたのだろう、怒らずにくすくす笑っている。
「まあ、今日はカンベンしてあげましょう」
「‥‥どうも、すいません」
と応じるにも長い時間が必要だった。
- 720 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:21
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そのため新垣の様子を面白く眺めてはいたものの、
やはり肝心なことには待ちくたびれて、亀井はそっと両手を広げる。
はい、どうぞと言う声が微かに上ずった。
「し、失礼します」
新垣はおずおずと腕を回す。壊れ物を扱うように亀井の背中に手を乗せた。
「それじゃあ、ぎゅっじゃないよ。もっと強く」
「う、うん‥‥」
言われるままに腕に力を込めた。
だが亀井は顎で二人の胸の間の空間を示し、
「ここ」
と注意する。
「ここ空いてるよ。もっとちゃんと、ぎゅっ」
新垣は自分の体を彼女に寄せ、腕で作る輪も小さくした。
隙間からスカートはもう見えなくなって、二人の服がぴったりとくっつく。
そこから相手の体を抱き寄せた。
すると亀井の乳房が自分の上で潰れるのが感じられた。
はあ、熱い息が首筋にかかった。
「こ、これでいい?」
新垣は朦朧として、
返事を聞く前に腕の中の柔らかいものをさらに強く抱きしめている。
うう、亀井は答えなかった。
「絵里ちゃん?」
はっとして少し力を弱めた。
だが亀井がその分力を込めてきたので、また腕に力を込める。
- 721 名前: 投稿日:2004/11/26(金) 18:21
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「‥‥なんかね」
ようやく亀井が口を開いた。
「なあに?」
新垣は亀井の首に顔を埋めている。
「絵里泣いちゃいそうだよ」
え、驚く声を上げたが、力は緩めなかった。
「痛いの?」
とただ尋ねた。
「うん、胸がドキドキしてて、このままだと弾けてぺしゃんこになっちゃいそう」
「じゃあ、少し緩くする?」
「そしたら、絵里の胸の穴空いたまんまだよ?」
「はあっ? じゃあ、どうしたらいいのよ、あたし」
目を閉じながら新垣は楽しげに抗議した。
亀井が腕を回しなおす。
「分かんない?」
「うん」
「里沙ちゃんはおバカさんだね」
と温かい耳に唇を寄せて笑った。
「‥‥何を今さら。でも言われて嬉しくはないんですけど」
新垣の笑いは直接肌を通して亀井に伝わっていく。
あったかい、思わず呟いた。
「弾けるんじゃなくて、絵里アメみたいに溶けちゃうのかもしれない。
分かんないや」
「分かんないの?」
と今度は新垣が言った。
「うん」
亀井も相手の首筋に恐々顔を埋める。
絵里もおバカさんだから分かんない。
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