勿忘草
- 1 名前:藤 投稿日:2004/02/01(日) 00:25
- あやみきです。
アンリアルです。
ほかにもちらほら登場する予定です。
- 2 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:26
-
- 3 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:26
-
「亜弥ちゃん」
静かに呼びかけると、彼女はカップに伸ばしかけた手を止めた。
当たり前のようにこっちを見て、小さく笑う。
決断する必要はなくて。
今日、このタイミングで言おうと思っていたから。
それに――返事もわかっていたから、緊張する必要もなかった。
「一緒に暮らそう?」
彼女は、少しだけ驚いた顔をして、それから笑った。
そして、静かに、とても静かにうなずいた。
- 4 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:27
- * * * * *
「みきた〜ん!」
ベッドの上で寝転がっていると、不意に声が響いてきた。
っていっても、そんなに部屋数あるわけじゃないから、どこでしゃべってるかなんて、
すぐに見当つくんだけど。
でもねぇ、今はちょっと動きたくないんですよ。
いい感じにほわほわしてきてるし。
このまま寝かせてくれないかなぁ。
「ん〜?」
それでも、黙ってると「無視した」の「愛がない」のと騒ぎ立てるから、とりあえず
聞こえるくらいの大声で返事だけを返す。
でも、どうやらお姫様はそれじゃ納得できなかったみたいで。
「みきたんってば〜!」
ますます大きな声で呼ばれました。
それも、ちょっと不機嫌な色が入ってんじゃん。
- 5 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:28
- イヤ、だからさ、美貴は眠たいわけよ。
大学生っていうのはね、世間で言われてるほどヒマじゃないわけ。
そりゃ、4年生ともなれば時間はあるのかもしれないけど、1年生の美貴には、
日々の講義をこなすのとレポートとテストで手一杯なわけ。
だから、休みくらい休みたいの。わかる?
「み〜き〜たん!」
ああもう、アンタはみきたん星人かなんかですか。
朝起きたときも「みきたん」、ご飯食べるときも「みきたん」、夜寝るときも「みきたん」
とか言っちゃうわけですか。
でもね、亜弥ちゃん。
いくらこの呼び方に慣れたとはいえ、あんまり連呼されるとハズカシイんですよ。
美貴はしぶしぶ体を起こして、隣のお姫様の部屋をのぞき込んだ。
- 6 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:28
- 「何さ」
亜弥ちゃんは、ベッドの上に淡いピンクと淡いブルーの謎の布切れを2枚広げて、
ひとり腕組みをしながらうなっていた。
「あ、みきたん」
「だから、何。美貴、眠いんだけど」
「あのね」
ぐいと腕を取って部屋の中に引っ張り込まれる。
「カーテン、どっちがいい?」
「は?」
亜弥ちゃんがベッドの上に広げていたのはカーテンだったらしい。
てか、どうして亜弥ちゃんの部屋のカーテンの柄を美貴が選ぶわけ?
そもそも、なんで2枚も持ってるの。窓はひとつしかないでしょーが。
それに、今すでにカーテンついてんじゃん。
- 7 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:28
- 「ねぇ、亜弥ちゃん。なんでカーテンが2枚もあるの?」
「うん? パパとママが1枚ずつ送ってくれた」
「……はぁ」
そうだよなぁ。
直接会ったことはないけど、ここんちの両親、娘にめちゃ甘なんだよなぁ。
一度も会ったことのない女との同居を認めてくれちゃうしさ。
カーテンの1枚や2枚くらいはくれてやるのかぁ。
てか、もうちょっと実用性のあるものあげりゃいいじゃん。
しかも、どうしてふたりで同じもん送ってくるわけさ。
もう引っ越してきてから3か月も経ってるのに。
何考えてんだ、ここんちの親は。
「ねぇ、みきたんはどっちがいい?」
「どっちでもいいよ」
あ、しまった。
思わず本音が出ちゃったよ。
やばいな〜、怒るかな〜。
おそるおそる亜弥ちゃんを見ると、むーっとした顔でこっちを見ていた。
- 8 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:29
- 「どっちがいい?」
けど、不満を美貴にぶつけることはしないで、もう一度同じ問いをする。
「んー、こっち、かな」
特別どっちが好きってことはないけど、なんとなく淡いピンクを選ぶ。
亜弥ちゃんの色はピンクって感じがするし。
「こっちかぁ。そっか、じゃあこっちにする」
言うなり亜弥ちゃんはイスを持ち出して、窓際へと移動していった。
カーテンの布をずるずると引きずりながら。
「えーっと、美貴、戻ってもいい?」
楽しそうにカーテンをつけている亜弥ちゃんの背中を見ながら、美貴は声をかけた。
その声が、ほんの少し震えていたことに、亜弥ちゃんは気づいていないだろうか。
「いいよん♪」
大丈夫だ。
ほら、大丈夫。
- 9 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:30
- 美貴は自分の異変を気づかれないうちに、あわてて自分の部屋に戻った。
それから、もう一度ごろんとベッドに横になって、さっきのやり取りを思い出す。
ホントに、他人から見たらホントに些細なことなんだろうけど、美貴にはとっても大事なこと。
亜弥ちゃんは、怒らなかった。
美貴が「どっちでもいいよ」と言ったのに。
- 10 名前:ノノ*^ー^) 投稿日:ノノ*^ー^)
- ノノ*^ー^)
- 11 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:31
- 前に、一度服を買いに行ったとき、同じようになったことがある。
試着室から出てきた亜弥ちゃんが「さっきのとどっちがいい?」って聞いてきて。
その日一日かなり歩いてたし、前の日寝不足だったから、いい加減疲れてた美貴は
「どっちでもいいよ」って答えちゃって。
それからが大変だった。
怒鳴られたり責められたりするんだったら、なだめるのもラクだったんだろうけど。
亜弥ちゃんは無言になってしまった。
試着した服を両方とも買わずに試着室を出ると、美貴とは一言も口を利かないまま、駅まで歩く。
その上、振り返りもせずに、そのまま電車に乗って帰ってしまった。
さらに、それから1週間口利いてもらえなかったし、メールしても返信はなし。
電話かけたら着拒否された。
ホント、冗談じゃない怒り方だった。
冗談じゃないんだろうけど。
- 12 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:31
- しょうがないから怒りが収まるまでほっとこうと思ったその日、亜弥ちゃんからメールが来た。
それも、なんかどーでもいい内容だった気がする。
ケンカしてたこととか、すっかり忘れてるみたいで、美貴も一安心したんだ。
それから、こういうことは言わないようにしようって思ってたんだけど。
つい口が滑っちゃったよ。
でも、亜弥ちゃんは怒らなかった。
これは、成長したから?
怒ったのだって、まだ亜弥ちゃんが中学生だった頃のこと。
あの頃に比べたら、亜弥ちゃんは大人になった。
ただ、それだけのこと、のはずだ。
- 13 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:31
- 「あーもう」
バカなこと考えてないで、とりあえず寝よう。
また呼ばれてもめんどくさいし。
寝てたら亜弥ちゃんだって無理に起こすようなマネは……するかもしれないけど。
まぁ、聞こえなければこっちのもん。
ごろんと寝返りを打って、ふと目についたフォトスタンドに手を伸ばす。
そこに入っているのは1枚の写真。
写っているのは美貴と、亜弥ちゃん。
友達として行った最後の、恋人として行った最初のデートの写真だ。
無邪気に美貴の腕にしがみついている亜弥ちゃんと、微妙な笑顔の美貴。
写真はあんまり得意なほうじゃないから、どうもこんな顔になりがちだけど、
それでも楽しい思い出の写真だ。
楽しい思い出の写真、だった。
- 14 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:32
- そっと、ガラス越しに亜弥ちゃんの顔に触れる。
冷たい感覚。
ねぇ、いつからだろう。
キミの笑顔が変わってしまったのは。
- 15 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:32
- 「……あっれ〜、その写真まだ飾ってたんだ?」
いきなり声をかけられて、振り返るより先に背中に何かが当たる。
手が伸びてきて、フォトスタンドを取り上げられる。
その手の主はもちろん、亜弥ちゃんだ。
「やっぱりあたし若いなー」
にひひと笑う。
「返して」
「みきたんもかわいいねー」
「返してってば」
体を起こして腕を抑え込むと、無理やりフォトスタンドを取り上げる。
亜弥ちゃんは少し不満そうに口を尖らせたけど、すぐに笑顔に戻る。
「みきたんって結構ロマンチストだよね」
「うっさいな。美貴が何飾ってたっていいでしょうが」
「うんうん。恥ずかしいのもわかるけど、認めたほうがいいよー。みきたん、実は乙女だって」
「あのねぇ……。で、何か用?」
うん、とうなずいて、亜弥ちゃんはぺたんと床に座って、ベッドの端に手をかけると、
美貴を見上げてくる。
- 16 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:33
- 「今日ごはんどうしようかって相談」
「あー」
「部屋で食べるなら、あたしが作るけど」
「あー、うん。外、食べに行こうよ。疲れてるでしょ、亜弥ちゃんも」
別に疲れてるようなことはしてないはずだけど、思わずそう言っていた。
今、亜弥ちゃんとふたりきりになりたくなくて――。
そんな美貴に気づく様子もなく、亜弥ちゃんは軽く首を傾げる。
「……そかな。みきたん、疲れてる?」
「疲れてる、すっごい疲れてる」
「出かけるほうが疲れない?」
「でもほら、後片付けとか考えなくていいから」
「そんなのあたしがするのに」
「たまにはいいじゃん」
「んー、じゃあ、支度してくる。みきたんも準備しといてよ」
「はいはい」
ちょっとしぶしぶって感じだったけど、亜弥ちゃんは根負けしたらしい。
パタパタと部屋を出て行った。
- 17 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:33
- 準備っていったって、特にすることはない。
脱ぎ捨ててあったコートを着込んで、洗面所で軽く手を洗うだけ。
ついでに、乱れてた髪も手櫛で直す。
ヤバイな。
気をつけないと。
鏡に映る自分に向かって、呪文のようにつぶやいた。
いつも、手の届く距離にいるんだから。
触れちゃダメだ。
気づいていると思わせてもダメだ。
頼むよ、美貴。
- 18 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 00:33
- パシンと軽くほほを叩いて洗面所を出ると、亜弥ちゃんはもう玄関でブーツまで履いて準備万端。
美貴がクツを履くのを待って、軽く腕を絡めてくる。
「みきたん、何食べる〜?」
「焼肉」
「そればっかり〜」
「……じゃあ、焼き鳥」
「あんま変わんないじゃん」
「……いいよ、亜弥ちゃんの好きなとこで」
「よしっ! いいお店があるんだよ。リサーチしといたんだ。行こ!」
決まってるなら、最初から言えばいいのに。
そんなことを思いながら、美貴は亜弥ちゃんに腕を引かれて、アパートを後にした。
* * *
- 19 名前:藤 投稿日:2004/02/01(日) 00:37
- 更新しました。
…いきなり誤爆しました_| ̄|○
削除依頼出してきますので、
削除されるまでは10はすっ飛ばして読んでください。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/01(日) 01:36
-
- 21 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/01(日) 03:06
- ムムム…最初から気になる雰囲気。
どうなって行くのか楽しみです。
- 22 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 17:01
- 「みきたんさぁ」
食後のデザートを食べていると、亜弥ちゃんが不意に声をかけてきた。
亜弥ちゃんの目の前には、ピンク色のシャーベット。
ホント、ピンクが好きだよね、この子は。
美貴の目の前にはバニラアイス。
いやまぁ、何でもよかったんだけどさ、別にデザートなんて。
「あの写真、こっちきてからもずーっと飾ってるの? 引っ越したときから?」
パクッとスプーンを口にくわえたところで言われて、そのままとまってしまった。
うおっ、口の中冷たっ。
あわてて、スプーンを口から抜く。
「んー、そっかな。気づかなかった?」
亜弥ちゃんはこくりとうなずく。
いちいち、そんな些細な動作もかわいらしい。
「全然。でも、もっとカワイイ写真いっぱいあるじゃん?」
「なんか変えるのめんどくてさ」
「えーもったいない」
ぶーっと亜弥ちゃんのほっぺたがふくらむ。
でも、目が笑ってるから、本気じゃない。
- 23 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 17:02
- 「てか、それ亜弥ちゃんがカワイイ写真でしょ。美貴の部屋に飾るんだから、美貴が気に入ってれば
いいんだって」
「やだー、だってみきたんの部屋に行ったらあたしも見ちゃうじゃん。あたしもカワイイほうがいい」
「今日まで気づかなかったくせに」
「う」
オーバーにうなって、亜弥ちゃんは胸をかき抱く。
「それに、美貴別に自分がカワイイと思って飾ってるんじゃないんだけど」
「うそぉ」
うそぉって。
普通、自分がかわいいと思うから部屋に写真って飾るんだっけ?
なんかの記念とかさ、思い出とかさ、そういうので飾るんでしょ?
ん? 美貴の考え方がおかしい?
そんなことないでしょ。
- 24 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 17:02
- 「だいたい、美貴写真あんまり好きじゃないし」
「うそぉ」
またですかい。
元々、カメラの前で笑うっていうのがどうにもうまくできなくて。
だってさ、カメラマンって全然知らない人だったりするわけじゃん?
遊園地とか行って、係の人とか通りすがりの人とかに頼んでも、そのファインダーの向こうで
こっちを見てるのは全然知らない人なわけで。
なんか、へらへら笑ってたら、「うわー、めちゃ笑ってるよ」とか思われてたらと思うと、
うまく笑えなくなっちゃうんだよね。
「じゃあさ、なんで写真嫌いのみきたんはあの写真飾ってるの?」
にやにや笑顔で亜弥ちゃんが聞いてくる。
答え知ってるくせに。
それを、美貴の口から言わせたいのか、いまさら。
「何でだと思う?」
「んー? わっかんなぁ〜い」
語尾にハートマークがいくつついてくるんだっていうぶりっ子声で、亜弥ちゃんは美貴を見ている。
- 25 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 17:03
- 「あの写真さ」
「うんうん」
「実はさ」
「うん」
「後ろにすっごくめずらしい形の雲が移ってるんだよね。美貴の大好きな焼肉の形。なんか見るたび
おいしそうで、それが忘れらんなくてさー、ずっと飾ってるんだよね」
できるだけわざとらしい口調で言って、そーっと亜弥ちゃんを見る。
思ったとおり、めちゃくちゃ不満そうだった。
「みきたん」
キュッと唇が結ばれて、上目遣いで美貴に視線を向けてくる。
はいはい、もう、その顔されたら美貴の負けです。
心の中で両手をあげる。
「あの写真はさ」
- 26 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 17:03
- ここに引っ越してくる前から、ずっとずっと部屋に飾っていたから。
その理由は何度も聞かれて、何度も言わされた。
でも、何回言っても慣れない。
手をつなぐことより、キスすることよりも、いまだにこれが一番キツイ。
亜弥ちゃんに気づかれないように、軽く息を吐いて、それからまっすぐ
亜弥ちゃんを見つめた。
決意、決断。
この言葉を言うのに、美貴にはそれが必要だった。
「美貴と亜弥ちゃんが恋人になった日の写真、だから」
- 27 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 17:03
- 亜弥ちゃんは、満足したように顔全体で笑ってくれた。
目も口もほっぺたも、全部がうれしいんだよーって言ってくれてる。
たぶん、亜弥ちゃんはそう言ってると思ってる。
でもね、亜弥ちゃん。
違うんだよ。
美貴があの写真をずっとずっと飾り続けてるのは。
あの日から、何度もいろんなとこに出かけていっぱい写真を取ったのに、
あれだけを飾り続けてるのは。
- 28 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/01(日) 17:04
-
あの写真が、恋人になる前の写真だから。
あの笑顔が、亜弥ちゃんが美貴に見せてくれた、最後の本物の笑顔だから。
だから、なんだよ。
- 29 名前:藤 投稿日:2004/02/01(日) 17:15
- ちょっとだけ更新しました。
>>21
名無し読者さん
さっそくのレス、ありがとうございます!
しばしもったいぶって進む予定ですがw
どぞ、よろしくお願いします。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/01(日) 18:04
- 幸せそうな二人なのに、何だか先が読めません。
毎回チェックさせてもらう予定なんでがんがって下さい。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/01(日) 20:31
- 冒頭から惹きこまれます。
2人に何があるのか・・・
気になりますね。
更新がんばってください。
- 32 名前:つみ 投稿日:2004/02/01(日) 20:36
- 新作ですか?!
何か少しシリアスが入ってますね・・・
おもしろいです!がんがってくださいこれからも!
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/01(日) 22:29
-
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/02(月) 01:53
- おぉ…なんだか幸せそうで一癖ありそうな展開ですね
更新期待してます!
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/02(月) 02:54
- 幸せっぽいのになぜかちょいぴりぴり痛くて…
おもしろいです。
早速ぶくま登録。
これからに期待してます!!
- 36 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:31
- 亜弥ちゃんに初めて会ったのは、美貴が高校2年生のときだった。
美貴の行ってた学校は、中高一貫の女子高で、中学と高校の垣根を越えて、
かなり先輩後輩の仲がいい学校だった。
そんな学校で、なぜか美貴は生徒会役員なんぞをしていた。
――正確に言うと、やらされていた。
元々めんどくさいことはあんまり好きじゃないし。
好きなことといえば、食べることとか寝ることだし。
だから、中学時代は全員参加だったからしょーがなく部活なんてものも
やっていたんだけど、高校は自由参加だっていうから、当然選んだのは
帰宅部で。
毎日帰宅部活動をエンジョイしてたら、ある日突然、声をかけられた。
- 37 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:31
-
『はーい、そこのアナタ! ちょっと助けてくださーい!』
はい?
振り返るとそこには、きつい茶髪の女……女の子、だよねぇ?
身長は美貴より高い。
髪はやや伸びたショートカットって感じ。
大きな瞳がいやに目を引く、すらりとした人。
制服着てるし、うち女子高だし、女の子だとは思うんだけど。
結構男前かも。
- 38 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:32
- 『美貴?』
指差して確認すると、彼女……は大きくうなずいた。
大仰な身振り手ぶりつき。
『イエース! 今、ヒマですかぁ?』
『ナンパなら間に合ってるけど』
『そうじゃなくって!』
ぐわしと手首を握られた。
『ちょっと付き合ってほしいんですけどぉ』
『交際の申し込みもお断りだけど』
『あーもー! とにかく一緒にきて!』
美貴も力は強いほうだと思ってたんだけど。
完全に体格負け。
さすがに全身使われたら勝てないよなぁ。
振り払うこともできずに、美貴はずるずると引きずられていった。
- 39 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:32
- ――たどり着いた先は、生徒会室。
『梨華ちゃ〜ん。ヒマそうな人、連れてきたよ〜』
彼女は美貴の手を離さないまま、ガラリとドアを開ける。
バシンと音がして、ドアがほんの少し跳ね返る。
力いっぱい開けすぎ。
そのドアの向こう、こじんまりとした教室の中に、いたのはやっぱり女の子。
いやまぁ、男の子とかいたらビックリするけど、それはそれで。
「リカちゃん」と呼ばれた彼女は、弾かれたように顔を上げて、満面の笑みを浮かべる。
でも、すぐにくしゃっと表情を崩して、ハラハラと涙をこぼす。
『よっちゃん、どこ行ってたのぉ。ひとりで不安だったんだからぁ』
『あぁ、ごめんごめん。だから、ほら、人手足りないって言ってたじゃん。
ちょっと勧誘に』
「よっちゃん」と呼ばれた背の高い彼女はやっと手を離してくれて、あわてたように
「リカちゃん」のそばへと駆け寄る。
なだめるように背中を軽く叩いて、それから頭をなでてやる。
- 40 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:33
- むぅ。
美貴はもしかして、昼間っから痴話ゲンカかもしくはイチャイチャしてるところを
見せつけられるために呼ばれたんだろうか。
『あの、さ』
美貴が声をかけると、リカちゃんはビクッとして、それからゆっくりと顔を上げた。
しっかりと、よっちゃんの制服の裾を握り締めながら。
ふむ。
顔はどっちかって言うとかわいいほうだと思う。
いかにも女の子って感じの雰囲気。
もひとりの彼女と並んでると、なかなかお似合いって感じ。
今の状況なんて、お姫様とそれを守る勇者様って感じかね。
だけどそんなリカちゃんは、美貴の顔を見たかと思うと、ひぃっと悲鳴を上げて、
よっちゃんの影に隠れてしまった。
- 41 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:33
- 待て。
ちょっと待て。
確かに美貴はご近所の人からも、顔がコワイとかガン飛ばされたとか、評判の
コワイ顔ですよ。
でもね、「ひぃっ」はないと思う。
そんな、お化け屋敷のお化けじゃあるまいし。
『梨華ちゃん?』
『よ、よっちゃ〜ん』
『何、この人じゃまずかった?』
『この人誰だか知ってるのぉ?』
『え? 知らないけど。有名な人?』
『……藤本さんだよぉ。藤本、美貴さん』
あぁ、とよっちゃんは納得したように手を叩く。
でも、美貴は全然納得できてない。
中学時代に部活はやってたけど、たいした成績は残してないし。やる気なかったから。
高校は部活とか入ってないし。
成績だってトップクラスに入るほど良くはないし。
ケンカとかやって警察のご厄介とかにもなってないし。
ならなんで、リカちゃんは美貴のこと知ってるわけ?
- 42 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:34
- 『あのさ』
美貴が声をかけると、リカちゃんはますます小さくなってよっちゃんの背中に隠れてしまった。
よっちゃんはといえば、美貴のことは知ってるみたいだけど、さっきと態度は変わってない。
ってか、なんか目とかキラキラさせてるような気がするのは、美貴の気のせい?
『そっかぁ。アナタが藤本さんなんだぁ。あ、はじめまして。1年の吉澤ひとみって言います』
吉澤ヨシザワよしざわ……。
なんとなく頭の中で反芻してみたけど、知り合いの中には存在しない。
つまり、初対面。
ますます、謎。
- 43 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:34
- 『あぁどーも、藤本です。ところでさ、あなたも、そこに隠れてる彼女も、
なんか美貴のこと知ってるみたいだけど、何?』
『あなたなんて水臭いなぁ。吉澤でもよっちゃんでもよしこでもよっすぃ〜でも、好きに
呼んでくださいよ』
『初対面で水臭いもないでしょ』
そう思ったけど、なんか期待に満ちたまなざしで見られてるし。
しょーがないから、今彼女があげた呼び名を自分の中でもぐもぐと噛み砕く。
合う合わないってのは、美貴にもあるから。
『んじゃ、よしこ』
『はいぃ』
いや、だから、なんで嬉しそうなわけ?
美貴、そんなに有名人じゃないってば。
『なんで美貴のこと知ってるの?』
よしこはちょっと驚いた顔をして、それからにぱっと笑った。
男前が一気に崩れて、なんかなでくりまわしたい気分にさせられる。
犬、そうだ、犬だ。
しかも、小型犬とかじゃなくて、レトリーバーとかなんかこう巨大な犬。
そのくせ子犬だから、しっぽ振って寄ってくるんだ。
そんな感じ。
- 44 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:35
- 『藤本さんといえば、ちょー有名人ですよ』
『はぁ?』
『ガッコを裏で仕切ってるとか、ストリートファイトで100人斬りを達成したとか、
ジャングルでライオンと戦って勝利したとか』
待て。
待て待て。
ちょっと、いやすごく待て。
よしこの話に、明らかにリカちゃんが引いたのがわかった。
それも、うそ臭さにあきれたとかじゃなくて、怯えて。
『実は日本を牛耳る悪のボスだとか、一声かけると強面の人間が1000人は集まるとか』
だから待ってってば。
- 45 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:35
- どれもリアルじゃなさすぎでしょ。
一番最初の奴だけは、可能性がなきにしもあらずだけどさ。
いや、ほんとにやってるわけじゃないよ。
でも、一介の女子高生にできる範囲はそのくらいじゃん?
なんで、そんなあからさまなウソを、あんたたちはそろって信じてるわけ?
ありえないし、ふつー。
つーか、出どころはどこよ?
美貴、そんなに人様に恨まれるようなことしてきたつもりもないんだけど。
なんでこんなウワサが出てるわけさ。
――そうか。
ぶつぶつ心の中で文句を言いながら、思い当たるフシが出てきたよ。
それで、美貴、なんかいつも遠巻きに視線感じるんだ。
それで、クラスのみんなとか、なんか態度がヘンなんだ。
美貴、中学は別んとこ行ってたから、中学時代の同級生はそんなことないって知ってるんだけど。
そういう子とばっかつきあってたから、そんなウワサ、全然、今の今まで気づかなかったよ。
- 46 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:36
- 『吉澤、一度会ってみたいと思ってたんですよねぇ。めちゃめちゃかっけーじゃないですか』
そんな美貴の態度は全然気にしてないみたいで、よしこはマイペースに美貴を見る。
『かっけー……?』
『よ、よっちゃん〜』
リカちゃんがあわててよしこのブレザーの裾を引っ張る。
ん? 気がつかないうちに、また顔がこわくなってた?
いかんいかん。
とりあえず、両手でほっぺを上下にマッサージしつつ、もいっかいよしこを見る。
『思ったとおり、かっけーッスね、藤本さん。吉澤、めちゃファンになっちゃいました』
『はぁ……』
『つーことなんで! 吉澤と梨華ちゃんと一緒に、生徒会を運営しましょう!』
『はぁ?』
何が「つーこと」なわけ?
前の話と全然つながりないじゃん。
大体、美貴めんどくさいこと嫌いだから、部活も入ってないのに、生徒会なんてありえないでしょ。
- 47 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:36
- 『ヤダ』
キラキラした目で美貴を見るよしこに冷たい一撃を浴びせかける。
けど、よしこは全然動じない。
その代わり、リカちゃんがパイプイスごと思いっきりひっくり返っていた。
オーバーすぎ。
ほんのちょっとにらんだだけなのに、どうしてそこまでおびえるのかなぁ。
『梨華ちゃん!』
ともあれ、よしこがあわてたすきに、美貴はくるりと踵を返す。
- 48 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:36
- 『あ、あの!』
背中から飛んできた声は、よしこのサワヤカな声じゃなくて、甲高い、ちょっと異質な声。
さっきから高い声だなぁとは思ってたけど、今のはその比じゃない。
上ずっちゃって、裏返っちゃって――あんな高い声でも裏返るんだなぁと感心しきり――
まぁ、一言で言えばヘンな声。
そんなんだったもんだから、思わず反射的に振り返った。
そこで、イスから転げ落ちたままのリカちゃんと初めて目があった。
『あの……お願い、できませんか?』
いやいやいや?
あんなにびびりまくってたのに、なんですか、その挑むような目つきは。
言ってることと行動が噛み合ってないじゃん。
思わず、キュッと眉間にしわを寄せると、その目つきもあっという間に散り散りになって、
リカちゃんはまた泣き出しそうになる。
『美貴、キケンジンブツじゃないの? そんな人間にお願いしてもいいわけ?』
『あの……その……』
仕向けた本人が言うのもなんだけど、かわいそうなくらいのしどろもどろっぷり。
よしこもさすがに心配そうで、美貴とリカちゃんをキョロキョロと交互に見ている。
リカちゃんはぶつぶつと口の中で何かつぶやいていたようだったけど、
ふと顔を上げなおしてまた美貴を見た。
- 49 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:37
-
――お?
その顔は、さっきまでのへにゃへにゃ顔とは違っていて。
1本、強い意志が入った顔になっていた。
床から立ち上がると、軽くスカートをはたいてしっかりまっすぐ立った。
背筋はピンと伸びているし、こうしてみるとなかなか……。
『お願いします』
ぺこりと頭を下げて、それからまた美貴を見る。
ふーん、案外よしこよりリカちゃんのが気が強いのかもね。
- 50 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:37
- 正直、美貴はふにゃふにゃした女の子ってあんまり得意じゃない。
美貴自身が、どっちかっていうと男っぽいというか、サバサバした(と人に言われた)
性格だから、「わっかんなぁーい」とかハートマークを飛ばさんばかりに言ってる
女を見ると、後ろからドロップキックをかましたくなる。
だけど、リカちゃんみたいに実は芯の通った子って、そうキライじゃないかも。
今までそういう子とお近づきになったことないから、興味を持った。
よしことは、ほっといてもうまくやってける自信はあったし。
だから、言っちゃったんだ。
『わかった』って。
――こうやって考えると、やらされてるっていうのは半分しか正解じゃないのか。
結構自分の意思だったんじゃん。
愚かなり、美貴。
- 51 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:37
- 入ることを決めてから知った事実。
てっきり1年生だと思ってた梨華ちゃん(漢字はあとから聞いた)は実は美貴と同級生で、
しかも生徒会長!
よしこが副会長をやってるんだとか。
1歳違いの先輩後輩関係のはずなのに、よしこがこうも梨華ちゃんに対してフランクなのは、
幼なじみ……とかではなくて。
なんでもよしこが入学したときに、校内であった梨華ちゃんを同級生だと思って話しかけた
ことにはじまるんだとか。
どうでもいいことなので、話半分で聞いてたから、そこから先はよくわかんない。
それにしても、夏休みも終わっちゃった今頃になって人手が足りないとは……。
うちの学校、よくこんなんで大丈夫だな。
その謎を聞いたらば、よしこが一言。
『いやぁ、気がついたらみんないなくなっちゃったんスよ。石川さんにはついていけません
とかなんとか……』
- 52 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:38
-
――納得。
そりゃなぁ、あんなオドオドした態度見てたら、やめちゃうかもなぁ。
でもさ、そんなに簡単にやめられる生徒会もどうよ。
生徒の自主性がどうこうって言うけど、自主性に任せすぎだよね。
これじゃ、部活と変わんないじゃん。
……まぁ、いっか。
あんまり人がいても、美貴もイヤだし。
――そんなこんなで、生徒会に入った美貴の役職は「会計」。
基本的にすることは、部活の部費とか文化祭のときのクラスへの費用の配分とか、
そういうのを取り仕切る役目らしい。
- 53 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:38
-
『美貴ちゃんが入ってくれて、ホント助かったぁ』
役員になってから、3か月。
最初のうちはホントにオドオドしまくっていた梨華ちゃんだったけど、やっと美貴にも
慣れてくれたみたいで、普通にしゃべってくれるようになった。
それでも時々、美貴が黙ったり不機嫌そうにしてると、びびっちゃって大変なんだけど。
『なんで?』
『部長の人たち、あんまり無理言ってこなくなったから。前はね〜、いろいろ大変だったんだぁ』
なんとなくだけど、言いたいことはわかった。
たぶん、梨華ちゃんの気の弱そうなところをついて、無理難題でも言われてたんだろう。
それが、「ちょー有名人」の美貴が入ったことで、言えなくなったんだろう。
かなり、不本意だけど。
さすがに3か月も経つと、先生たちも覚えてくれるらしくて。
――それ以前から知っていた気配はひしひしと感じたけど、それは気づかないことにする。
* * * * *
- 54 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:44
- 更新しました。
しばらく、過去モードが続きます。
ひとり出てませんが……。
なんで、いつも絡みが少ないんだろう(汗
- 55 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/07(土) 23:51
- レス、ありがとうございます。
>>30
名無飼育さん
書いてる自分も先が読めません(爆)
がんがって更新させていただきます。
>>31
名無飼育さん
ありがとうございます。
今後もがんばりますので、よろしくお願いします。
>>32
つみさん
おもしろいと言っていただき、ありがとうございます。
しばらくはちょっとシリアスから離れるかもしれませんが、
よろしくです。
>>34
名無飼育さん
一癖も二癖もある展開になればいいなぁなどとw
期待を裏切らないようにがんがります。
>>35
名無飼育さん
ぴりぴりがどこまでぴりぴりするのか……。
まだまだ未定な部分もありますが、今後ともよろしくです。
- 56 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:38
- 『あー、藤本さん!』
呼びかけられて振り返る。
そこに立っていたのは、中等部の先生だった。
美貴の中学3年のときの担任だ。
別に呼び止められるようなことしてないけどなぁと思っていたら、先生の隣に
女の子がいるのが見えた。
視線は真下じゃないけど、斜め前方を見つめている。
たぶん、ちょうど美貴の足元あたり。
背丈は美貴と同じくらい。
肩で切りそろえられた髪が、ちょっと幼い感じに見える。
- 57 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:39
- 『なんですか?』
『ちょっと、お願いがあるんだけど。今時間あるかな』
先生のお願いっていうのは、大体ろくなもんじゃない。
危うく不愉快極まりない顔をしそうになって、軽く息をついてそれを取り払う。
『まぁ、それなりに』
そう答えると、先生は満面の笑みを浮かべて、自分の後ろに立っていた女の子の
背中をそっと押した。
『この子に学校案内してくれないかな。転入生なんだけど。ホントは私の役目なんだけど、
ちょっと急に呼び出されちゃって』
『はぁ……』
『もしかしたら、来年にはあなたの後輩になるかもしれないから。成績も優秀だし、
生徒会役員に向いてると思うのよ、彼女』
『はぁ……』
『じゃあ、よろしく!』
ほとんど押しつけられるように、彼女は美貴の前に来た。
『あ、松浦さん。案内が一通り終わったら、今日は帰っていいから』
『……はい』
『じゃあ藤本さん、よろしくね!』
やたら元気のいい先生は、パタパタと走るように廊下の角を曲がって消えていった。
目の前に残されたのは、謎の少女と美貴ひとり。
それに、微妙な沈黙。
- 58 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:39
- 『えっとさ』
『……はい』
返事はしてくれるものの、顔を上げてくれない。
うーん、顔を見てからそらされることはよくあるけど、見る前からそらされることは
あんまりなくて。
それはそれで、すっごい不本意なんだけど。
『高等部2年の藤本美貴。生徒会の会計やってます』
黙っててもしょうがないから、とりあえずご挨拶。
だけど、彼女は顔を上げてもくれない。
さすがの美貴も居心地悪いな、これ。
『名前、教えてくれるかな』
とりあえず、自己紹介を促してみる。
『あ……マツウラ、アヤ、です』
『アヤちゃん。どんな漢字? 一文字?』
『これです』
差し出してきたのは生徒手帳。
――なるほど。亜弥ね。
- 59 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:40
- 『んじゃ、亜弥ちゃん。まぁ頼まれたし、ちょちょっと見てまわろっか。中等部の
使うとこだけでいいよね?』
『はい……』
えらく暗いな、ホントに。
とりあえず、脅かさないようにそーっとそーっと身をかがめて顔をのぞきこむ。
そこで、初めて目があった。
うつむいてたからわかんなかったけど、ほんの少し釣り目気味の大きな瞳。
それだけでも目を引きそうだ。
美少女っていうのがどういうのかよくわかんないけど、梨華ちゃんを正統派とするなら、
この子は活発派?
元気な印象を与えてくれそう……なんだけど。
なぜか亜弥ちゃんはその大きな目をさらに大きくして、美貴を見ていた。
- 60 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:40
- 『あ、亜弥ちゃん……?』
声をかけると、催眠術が解けるときみたいに、二三度瞬きして、亜弥ちゃんは左右を見やる。
それから、もう一度美貴に視線を戻して、初めて表情を崩した。
ただし、それは笑顔じゃなくて、涙。
何の前触れもなく、ぽろぽろと涙をこぼし始めたんだ。
『や、あの、え、亜弥ちゃん?』
いやいや、そんなに美貴顔怖いですか?
初対面の子泣かせちゃうくらい怖いですか?
いろいろ言われてきたけど。
梨華ちゃんには「ひぃっ」とか言われちゃったけど。
今までで一番ショック。すっごいショック。マジショック。
あー、立ち直れないかもしれない。
- 61 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:41
- 『あ、あのぉ』
声をかけられて目を開けたら、その先には廊下が広がっていた。
見えるのは美貴の足元と、亜弥ちゃんのらしきスリッパの人の足。
どうやら美貴は、しっかりうなだれていたらしい。
『……は〜い?』
顔を上げたら怖がられるかなと思って、そのままの姿勢で答える。
『顔、上げてくださいよぉ』
『え、だって……美貴の顔、怖いんでしょ?』
『はい?』
ちょっと甲高い、頭のてっぺんから抜けるような声が聞こえてくる。
『だからぁ、美貴の顔が怖いから、泣いちゃったんでしょ? 顔なんて上げられるわけないじゃん』
『そ、そんなことないですよぉ』
あわてたような声がして、美貴の腕に何かが触れる。
ギューッと握り締めてきたところをみると、亜弥ちゃんが美貴の腕をつかんだらしい。
『じゃあなんで泣いてたの』
『え……』
『やっぱり顔が怖いからなんだ。いいよいいよ、美貴明日から覆面被って登校するよ。
世の人の迷惑みたいだからさ』
- 62 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:42
- 『そ、そうじゃないです! あの、えっと、知ってる人に似てたから、つい、その……』
『感極まっちゃうほどの人なの』
『……そじゃなくて。懐かしいなぁって思っちゃって』
顔を上げると、亜弥ちゃんはさっきまでの暗い顔やビックリした顔を消して、
年よりもうんと大人びた笑顔で微笑んでいた。
その目が見てるのは、美貴じゃないし、この場所じゃない。
誰か、ここにいないどこかの、ここにいない、人。
その顔に、あぁホントに大切な人なんだなって思う。
- 63 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:42
- 『じゃあ、美貴のこと、怖くない?』
『あ、はい。うん、だいじょぶです』
『美貴、このまま登校してもいい?』
『そうしてください』
亜弥ちゃんが必死の顔になってるのがおかしくて、美貴も笑った。
『んじゃ、案内しよっか』
『はい、お願いします』
なんとなく、美貴は亜弥ちゃんの手をとって、そのまま校舎の中をくまなくめぐってあげた。
そのせいで、次の日には亜弥ちゃんしっかり有名人になってたけど。
ごめんね、美貴、ちょー有名人で。
ともあれ、それが美貴と亜弥ちゃんの出会い――。
- 64 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/08(日) 23:43
-
* * * * *
今にして思えば、あの顔は。
亜弥ちゃんのあの大人びた顔は。
今美貴に見せてる笑顔と同じだったんだけど。
そのときは、全然気づかなかった。
* * * * *
- 65 名前:藤 投稿日:2004/02/08(日) 23:45
- ちょっとだけ更新しました。
も少し過去モードが続きます。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 05:28
- 更新お疲れさまです。
生徒会役員の藤本さん、新鮮ですね。
藤本さんって自分に関することはめんどくさがりなくせに
他人の面倒見はよさそうな印象ですね。
文章も流れるようで読みやすいです。
ミキティはこれからどんなことを経験するのでしょうか…
まったり更新待ってます。。。
- 67 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:04
- 亜弥ちゃんと出会って。
いきなり泣かれちゃったけど。
そんなことがなかったみたいに、亜弥ちゃんは美貴になついてくれた。
ホントに、なつくっていうのが正しい表現な気がする。
ある日突然、ニックネームを決められた。
今までの美貴の人生で誰ひとりそんなふうに呼んだことがない、
「みきたん」というポップかつキュートな呼び方。
ものすごーくなじむまでに時間がかかったけど、それも慣れたらなんとかなった。
呼び方よりも、呼ばれたときの周りのギョッとした反応のほうに慣れない。
それは、いまだに。
それと時を前後して、美貴にだけ敬語を使わなくなった。
梨華ちゃんやよしこには丁寧にしゃべるのに。
すでに10年来のお友達みたいな雰囲気だ。
でもまぁ、元々先輩後輩関係を重要視するタイプじゃなかったから、どーでもよかった。
- 68 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:05
- 美貴がお昼を生徒会室でひとりで食べてることが多いって言ったら、
週2回くらいお弁当持って生徒会室にやってきた。
毎日来てもいいよ、なんて言ってたけど、さすがにそれは今後の人間関係に
問題が発生しそうだったから、丁重にお断りをした。
あ、もちろん、美貴のじゃなくて、亜弥ちゃんのね。
それでなくても転入生で、挙句の果てに美貴のせいで有名人になっちゃったから、
友達いないとかいじめられるとかなったらかわいそうだもんね。
でも、友達関係は心配いらなかった。
顔かわいいし、人なつっこいから、それなりになじんでるみたいだった。
よしこ曰く――藤本先輩の知り合いをいじめるバカはいないと思いますけど。
……聞かなかったことにしよう。
- 69 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:05
- 廊下で出会えば呼びかけられて。
週の半分くらい、帰りは一緒に帰るようになって。
子犬がその家の子供にじゃれつくみたいに、亜弥ちゃんは美貴のそばにいた。
クラスが同じなわけでも、部活が同じわけでも、そもそも、学年が一緒なわけでもないのに、
亜弥ちゃんを見ない日は1日もなかった。
特別ものすごいオーラとかを感じたわけじゃないんだけど、なんとなくいつも
そこにいるから、なんとなく休みも一緒にいることが多くなって。
あんまり生徒会室に入り浸るから、よしこや梨華ちゃんとも仲良くなって。
それで、そのままやっていけると思っていたんだけど。
美貴は、今でも忘れない。
亜弥ちゃんに恋した日のことを。
* * * * *
- 70 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:05
- それは、出会ってからはじめてやってきた冬休み。
2学期の終業式の日のこと。
『あ、みきたん♪』
生徒会室の扉を開けたら、亜弥ちゃんが満面の笑顔で待っていた。
『あ、藤本先輩。ちーっす』
傍らにはよしこ。
なんだかこの光景にもすっかりなじんでしまった。
きっと、来年になったら亜弥ちゃんは当たり前のように、この風景の中におさまるんだろう。
空席になったままの「書記」という名の下に。
- 71 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:05
-
『何してんの?』
その問いにふたりはほぼ同時に、
『みきたん待ってたの』
『梨華ちゃん待ってるんだけど』
と答えてくれた。
聞かずともわかっていたことだけど、美貴がここに寄らずに帰ったら、亜弥ちゃんどうするんだろう?
今度試してみよう。
そんなフラチなことを考えていることは、ひとかけらも表に出さずに、とりあえず笑顔。
『待ってたって……なんか用事?』
『みきたん、明日はおひまですか?』
ちょっとだけかしこまった顔をした亜弥ちゃんに、思わずとりあえずじゃない笑みが漏れる。
ホント、この子はかわいいなぁ。
それはたぶん、すごく年の離れた妹だか、そんなものを見るような感じなんだろうけど。
実際にはふたつしか違わないけどさ。
あんまり感慨にふけることのない美貴でも、最近亜弥ちゃんを見てそう思うようになった。
- 72 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:06
-
『先輩、せーんぱい、ヤらしい顔になってますよ?』
つんつんと脇からよしこにつつかれる。
『ヤらしいのはよしこだよ』
『うわ、めちゃ失礼』
言いながらも、よしこはにや〜っとしたしまりのない笑顔のまま。
そうなんだ。
あんまり人に興味のない美貴を、こんな状態にしたのはよしこが8割の原因を担ってると思う。
よしこはとにかくかわいい女の子が大好きで。
自分よりちっちゃくて、自分より線の細い子にはとにかく目がなくて。
そんなよしこだから、亜弥ちゃんをほっとくわけがなくて。
もう、そこにいてもいなくても、よしこの口から、松浦ってかわいいっすね、の言葉を
聞かなかった日は1日もない。
やれ顔がかわいい。
やれ目がかわいい。
やれしゃべり方がかわいい。
………
……
…
散々聞かされた。
もしかして、洗脳されてるのかもしれないけど。
まぁ、不都合がないからいいかなと、思ってる。
- 73 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:06
-
『明日、おひま?』
かくんと首を傾げて、亜弥ちゃんが聞いてくる。
『あぁ、うん。ひまだけど』
ぱっと顔が輝く。
『あのね、もしね、よかったら、うちにお泊まりにきませんか?』
いちいちかしこまってる姿がかわいい。
一生懸命覚えた言葉をしゃべってる子供みたい。
ん? これって田舎のおじーちゃんおばーちゃんの思考じゃない?
待て待て。
美貴はまだそんなに年じゃない。
そもそも、子供なんていないっつーの。
『みきたん?』
『……あ、うん。ん? 明日?』
亜弥ちゃんは大きくうなずいた。
めいっぱいの笑顔で。
- 74 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:07
-
『えーと、泊まるのは明日、明後日ってことだよね?』
もう一回、大きくうなずく。
『ホントは今日からでもいいんだけど、急かなぁと思って』
『……美貴は別に今日からでも全然いいけど?』
何気なく言った言葉。
その言葉に、亜弥ちゃんは目を見開いた。
必要以上のビックリ顔。
『ホントに!?』
意外なほどの大声に、今度は美貴がビックリ。
『や、ほ、ホントだけど』
『じゃあじゃあ! 今日からきて?』
なんで、最後に「?」がつくんですか。
意気込んでる割に、なんか弱気だよなぁ。
- 75 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:07
-
『あ、やっぱ明日にしよ……』
うかなぁと言いかけて、ぐわしと誰かに口を押さえられた。
誰かったって、今ここにいるのは亜弥ちゃんと美貴とよしこだけ。
で、亜弥ちゃんは目の前にいるから、当然押さえつけてるのは……よしこ。
『んー! んー!』
唸る美貴になど目もくれず、よしこはにっこりと笑った……と思う、たぶん。
がっちり背後から抑え込まれてるから、表情が良く見えない。
『よかったねぇ、松浦。藤本先輩、めちゃうれしいみたいだよ』
『……吉澤先輩は、なんでみきたんを羽交い絞めにしてるんですか?』
『え、あぁ、これ?』
よしこはやっと美貴を離してくれた。
両手を挙げるとひらひらさせて、凶器持ってませーんってポーズ。
よしこの場合、その存在そのものが凶器のような気がしてくるぞ。
『あー、藤本先輩はね、うれしすぎると破壊工作に走るからさ。吉澤はそれを
お止めしたのであります!』
ピシリとアヤシげな敬礼ポーズを決める。
『そうでありましたですか』
わけのわからない言葉で、亜弥ちゃんも相槌を打つ。
てかさ、信じるなよ、それ。
- 76 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:07
-
『よしこ』
ギラリ
にらみをきかせると、さすがのよしこも体を引いた。
にじり寄って、胸倉をつかむ。
『何すんの』
『や、や、やぁ〜』
そのまま壁際まで押しやって、ぐいっと持ち上げる。
美貴より背の高いよしこだけど、にらみ上げると美貴のが強い、と思うたぶん。
『何すんのって聞いてる』
『や、あの、だから……』
やっとこよしこが口を割ろうとしたそのとき。
『よっちゃん、お待たせ〜!』
悲鳴でもないのに絹を裂くような声がした。
と思ったら、ガラガラと扉が開いて、梨華ちゃんが入ってきた。
- 77 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:08
-
『あ……れ、お取り込み中?』
梨華ちゃんのほうを振り返ろうとしたら、つかんでいた手をよしこに思いっきりはたかれた。
『や、やだなぁ。お取り込みなんてあるわけないじゃん。ちょっと……ちょっと、ねぇ?』
よしこはあわてて梨華ちゃんに近づくと、慌てふためきながら、オーバーな身振り手振りで
なにやら言いわけ放題。
そんなよしこを横目に、するすると亜弥ちゃんが近づいてくる。
『うちの場所、わかんないよね?』
『あー、うん。ガッコから遠い?』
『電車だから。じゃあ駅で待ち合わせでいい? 時間はみきたんに合わせるけど』
とりあえず、最寄り駅の名前だけ聞いておく。
『んー、じゃ、家出るとき電話するよ』
『うん! 待ってるから』
やたら元気よくうなずくその笑顔に、美貴の口元も緩む。
思わず頭をなでたくなって手を伸ばそうとしたら、『……ねぇ、藤本先輩?』という声がして
美貴は手を止めた。
- 78 名前:勿忘草 投稿日:2004/02/22(日) 21:08
- 振り返るとそこには、情けなく眉と目を下げたよしこ。
その目の前では、梨華ちゃんがよくわからないふうに目をぱちくりさせている。
『ごめん、全然聞いてなかった』
『ひ、ひどい!』
『や、ひどいって言われても。美貴たちそろそろ帰るから』
『先輩!』
美貴は荷物を持って、部屋を出る。
亜弥ちゃんがそれについてくる。
『んじゃ、よしこ、梨華ちゃん、また』
『よいお年を〜』
『はは、梨華ちゃん気が早いよ』
『藤本先輩!』
背後からよしこの悲痛な叫びが聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだ。
気にしないでおこう。
- 79 名前:藤 投稿日:2004/02/22(日) 21:12
- 少しですが、更新です。
まだしばし過去モードで続きます。
>>66
名無飼育さん
レス、ありがとうございます。
ミキティは頼まれると文句言いながらもちゃんと手伝ってくれそうな
気がするんですよね。
地道に更新していきたいと思ってますので、今後ともよろしくお願いします。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/23(月) 00:11
- ちょこっと意地悪な藤本さん萌え〜
- 81 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:42
-
『いらっしゃいませ〜』
亜弥ちゃんに連れられてやってきたのは、普通のマンション。
駅から歩いて10分くらいだから、割といいとこに建ってるんだと思う。
亜弥ちゃんは重たそうなドアを開けて美貴を招き入れてくれた。
中はごく普通……だと思う。
美貴んちは一戸建てだから、マンションの内部っていうのがよくわかんない。
『座って座って』
案内されたのは、リビング、だろうたぶん。
ソファと、テレビ、それに食卓らしきものが見える。
美貴はムリやりソファに座らされた。
そこからくるりと周りを見回してみる。
ほうほう、なんとなく荘厳な雰囲気だねぇ。
シックっつーの?
落ち着きがあって、シンプル。
でも、なんつーのかな、生活感がないのかな。
お金持ちのお父さんの書斎みたいな感じがする。
- 82 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:43
- そんなことを考えてみたりもしていたけど、初めての家だから、美貴もちょっとは
緊張していたのかもしれない。
亜弥ちゃんの手料理をご馳走になって、お風呂までいただいて、パジャマになって
もいっかいソファに身を沈めるまで、すっかり大切なことを忘れていた。
『ねー、亜弥ちゃん?』
『んー?』
キッチンに消えてしまった亜弥ちゃんに向かって声をかける。
『うちの人は?』
そう、それだよ。
さっきからずーっと違和感があったんだけど、ここにきてから亜弥ちゃん以外の人を
見ていない。
まぁ、旅行に行ったりとかって可能性もあるんだけど、中学生の娘をひとりでは
置いていかないだろう、普通。冬休みなんだし。
カチャカチャと音を立てて、亜弥ちゃんがお盆を手に戻ってきた。
その上に乗っているのは、どうやら紅茶かコーヒーか。
『みきたん、紅茶でよかった?』
『うん、いいけど。うちの人は?』
亜弥ちゃんが美貴の真向かいに座る。
それから、ほんの少し笑顔を歪めて美貴を見た。
- 83 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:43
-
『うーん、今はね、ひとりなんだ』
『ひとり?』
『うん』
亜弥ちゃんの話だと。
亜弥ちゃんとこの両親は、亜弥ちゃんが転入してきたちょっと前に離婚したんだそうだ。
で、亜弥ちゃんはお父さんと暮らすことになって、ここに引っ越してきたんだけど、
そのお父さんが急に海外勤務とやらになっちゃって。
お正月にならないと帰ってこられないとか。
だから、今はひとりなんだそうだ。
『もしかしてさ』
紅茶に一口口をつけてから、ソーサーに戻しても一度亜弥ちゃんを見る。
亜弥ちゃんは、ほんの少しバツが悪そうな顔をしていた。
やっぱり、親が離婚したとかいう話は、あんまりしたくないんだろうか。
聞いちゃった美貴は、ちょっとデリカシーがないかもしれない。
- 84 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:43
-
『……やっぱいいや』
『えー、なにー、気になるー!』
亜弥ちゃんは美貴の隣に移動すると、どんどんと体をぶつけてくる。
『痛い、痛いってば』
『言ってくんなきゃ、ちゅうしちゃうよ!』
意味わかんないんですけど。
だけど、亜弥ちゃんは本気みたいで、ガシッと美貴の顔を両手で挟むと、顔を近づけてくる。
『ちょ、ちょっと待ってって』
バシッと額を両手で押し戻す。
どう考えても美貴のほうが力が強いから、亜弥ちゃんもそれ以上こっちに迫ってはこれない。
『言うから、言うからさ』
そう言うと、やっと勢いをとめてくれた。
亜弥ちゃんが美貴の顔から両手を離したのを合図に、美貴も手を離す。
『や、亜弥ちゃんが美貴を招待してくれたのがね』
『くれたのが?』
亜弥ちゃんは軽く首を傾げる。
その無垢な眼差しは、ホント、かわいい。
きっと、男の子だったら、こう、なんつーか、襲いたくなっちゃうんだろうなぁ。
いかんよ、亜弥ちゃん、そんな顔ほいほい見せたら。
- 85 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:44
-
『さみしかったからなのかなと思って』
それは本当になんとなく思っただけのことだったのに。
その言葉に、亜弥ちゃんは、美貴の予想以上の反応をした。
予想以上というか、予想外というか。
ビックリするかなとは思った。
『そんなことないよぉ』って。
笑うかなとは思った。
『やっぱりバレちゃった?』って。
怒るかなとは思った。
『そんなに子供じゃないもん』って。
泣くかなとは思った。
『……さみしかった』って。
だけど、だけどね?
ひっぱたかれるとは思ってなかった。
- 86 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:44
- 亜弥ちゃんは一瞬言葉をなくして、それからふにゃっと笑って見せた。
だけどそれもホントに一瞬で。
次の瞬間には、パシン! という大きな音がして、美貴は左のほっぺたに
ジンという痺れを感じていた。
『え、え、えぇ?』
驚いて前を見ると、そこには美貴をにらみつける亜弥ちゃんの顔があった。
にらみつけるって言っても全然こわくはないんだけど、いつもと違う亜弥ちゃんに、
妙な迫力を感じる。
『もう、寝るから』
『はぃ?』
亜弥ちゃんはぷいっと視線をそらして、そのまま別の部屋へと行ってしまおうとする。
何とかつかまえようと思ったけど、するりと美貴の手をすり抜けていってしまう。
『ちょっと、亜弥ちゃん!』
あわてて立ち上がって追いかけると、そこはどうやら亜弥ちゃんの個室だったよう。
電気が消えてるからよく見えないけど、ここはリビングとは違って女の子らしい
部屋って感じがする。
『あーやーちゃん?』
部屋の中をのぞいても、もう亜弥ちゃんの姿はなかった。
その代わり、ベッドの上がこんもりと盛り上がっている。
- 87 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:44
- ベッドは、中学生の女の子がひとりで寝るにはちょっと大きく見えた。
ごろごろと、大きなぬいぐるみがいくつも床に転がっている。
きっと、いつもならこれが亜弥ちゃんの隣に寝ているんだろう。
なんだかんだ言っても、やっぱりさみしいんだろうなぁ。
そんなことを思って、ふと気づく。
ひっぱたかれたところは、ひどくは痛まないけれど、やっぱり少し違和感があって。
そっと触れてみると、ちょっとだけ熱を持っているような気がした。
たとえば図星だったとして。
なんで、美貴は叩かれなきゃいけなかったんだろう?
- 88 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:45
-
『ねぇ、亜弥ちゃんってば』
ホントなら、怒るのは美貴のほう。
だけど、亜弥ちゃんの行動は予想外すぎて。
怒るっていう感情がわきあがってこない。
何が起こったのかわからなくて。
ただ、心配だった。
いくら声をかけても、身じろぎもしない。
キューッと体を丸めてるらしくて、いつも見てる亜弥ちゃんより、こんもりとした山は
小さく見える。
『亜弥ちゃん?』
ベッドの端、山を避けて座ると、小さくベッドがきしむ音がした。
そっと、その山の先、頭があるあたりに狙いをつけて手を伸ばす。
ポンポンと叩いてみても、やっぱり反応はなくて。
『……じゃあ、美貴はあっちで寝るから』
あっちってどっちだよ、と自分でツッコミながら部屋を出ようとして……。
くいっとパジャマを引っ張られた。
振り返ると、布団の端っこから小さな手が出てるのが見えた。
その先にはもちろん、美貴のパジャマが握られている。
- 89 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:45
-
『亜弥ちゃん?』
その手は、わずかな力で美貴を引っ張った。
引き剥がすことなんて簡単だったけど、なんとなくそれもできなくて、美貴は引っ張られるままに
ベッドに近づく。
ストンとさっきまでいた場所に座ると、布団の端っこから唸り声が聞こえてきた。
『亜弥ちゃん』
『……いいよ』
『ん?』
くぐもった声が聞こえてきて、布団に耳を寄せる。
『ここで、寝て、いいよ』
いつもの美貴なら断ったんじゃないかと思う。
人と寝るっていう習慣は美貴にはなかったし、そもそも手足はばーんと伸ばして寝たいほうだし。
だけど、亜弥ちゃんの声がすごくさびしそうに聞こえて、ほっとけなかった。
『んじゃ……』
布団の端に手をかけて、ぺらりとめくる。
おお、これは羽毛布団じゃないですか。いいねぇ、ふわふわだねぇ。
ベッドに合わせて布団も大きかったから、美貴が入れる分めくったくらいでは、亜弥ちゃんの全身は
うかがえなかった。
でも、背中をこっちに向けているのは見える。
その体勢で手を伸ばしてきたのか、器用なもんだ。
- 90 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:45
- とりあえず、布団に入ってみたものの、あんまり布団めくりすぎちゃいかんよなあとか、
動きすぎてもいかんよなぁとか思っていたので、亜弥ちゃんに背を向けて寝ていた。
でも、またもぞもぞと動くのもなんだったし、しょうがないからこれでガマンしよう。
羽毛布団は軽いねぇ、あったかいねぇ。
そんなどうでもいいことに感動しながら目を閉じた。
と、もそもそと背中のほうで亜弥ちゃんが動いた気配がしたと思ったら、いきなり
グイッと何かが美貴のわき腹を通り抜けた。
『うひゃっ!?』
くすぐったさと違和感に跳ね起きようとして、止められた。
ぐいっと美貴を抑え込むのは、細い腕。
亜弥ちゃんの腕だ。
- 91 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:45
-
『あ……亜弥ちゃん?』
こんなふうに抱きしめられたこととかなかったから、意味もなく動揺して。
あわてて振り返ろうと思ったけど、がっちりと亜弥ちゃんの細腕に抑え込まれて動けない。
しょうがなくそのままじっとしていたら、亜弥ちゃんがまたもそもそと動いた。
ギュッと腕に力が入ったと思ったら、コツンと背中に何かが当たる。
声をかけても返事はないし、振り返ることもできないし。
しょーがないなぁとため息ついたら、背中にあったかい空気を感じた。
- 92 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:46
-
『……ごめんね?』
ホントに微かにだけど、声が聞こえた。
叩いたことをあやまってるんだろうか。
『どうしてあやまるの?』
『……痛かった、よね』
『うん、まぁ』
どう答えたらいいのかわからなくて、とりあえず相槌。
けれど、その話はそれ以上続かなくて。
『さみしいよ』
ポツリと亜弥ちゃんがつぶやいた。
それはまるで、宝石がこぼれ落ちるような音で。
純粋で、透明で、そして怖いくらい悲しい音。
『すっごく、さみしい』
声はどんどん小さくなって、最後の「い」はほとんど聞き取れなかった。
- 93 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:46
-
『亜弥ちゃん』
亜弥ちゃんの腕に手を添えると、そっと腰から離させる。
今度はあっさり離してくれた。
体を起こして、くるりと向きを変えると、亜弥ちゃんと向かい合わせになる。
亜弥ちゃんは顔をあわせるのがイヤなのか、美貴から顔を隠すように、またギュッと
抱きついてきた。
反射的に両手を挙げてしまった。
バンザイしたアホな体勢にも気づいてないのか、亜弥ちゃんは美貴の胸元に頭を当てる。
美貴も使わせてもらったシャンプーの匂いがする。
- 94 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:46
- そうだよなぁ。
亜弥ちゃんの話から考えるに、夏休みはまだ家族みんな一緒にいたんだ。
こっちきてからも、家ではひとりかもしれないけど、学校にはみんないるし。
だけど、ひとりになってから長いお休みになるのはこれが初めてで。
お正月までの1週間は、ホントにひとりぼっちなんだ。
……ごめんね?
気づいてあげられなくて。
さみしくないわけないよね。
美貴はバンザイしてた両手のうちの右手で、亜弥ちゃんの髪に触れた。
左手はどうしたらいいのかわからなくて、とりあえず自分の頭の後ろに。
右手でそっと、亜弥ちゃんの髪をなでると、ますます強く抱きついてくる。
キューッという、何かを絞り出すような音がした。
亜弥ちゃんの肩が大きく上がって、そのまま固まる。
『……っ』
- 95 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:47
- 泣いてるんだなってことはすぐにわかった。
でも、声は聞こえてこない。
美貴のパジャマをきつく握ったまま、時々苦しそうに息を吐くだけで、
それ以上の音は何もしない。
こんなに苦しそうに泣く子を見たのは初めてだった。
顔も見えないし、声も聞こえないのに、亜弥ちゃんの悲しげな表情が想像できる。
切なくて、美貴はなでていた手に力を込めて抱き寄せる。
『泣いちゃいなよ』
ふるふると亜弥ちゃんが首を振る。
『声出さないと、頭痛くなるよ』
『だい……じょぶ、だもん』
『ヤだったら、美貴、耳ふさいでるからさ』
またふるふると首を振る。
困ったなぁ。
このまんまじゃ、苦しいだけじゃん。
だけど、美貴には亜弥ちゃんがどれだけ悲しいのかさびしいのか、想像もつかなくて。
でも、泣かせてあげたくて。
亜弥ちゃんの髪にそっと唇で触れる。
- 96 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/07(日) 10:47
-
『……えらかったね』
『な……んで、そーゆー、こ、とぉ……う、う、っく、ひ、っく……』
しゃくりあげながら、それでも結構粘ってたけど、亜弥ちゃんの砦は見事に決壊した。
うわ〜んなのか、うえ〜んなのか、よくわからないけど、わんわんと大声で泣き出した。
ギュウギュウと美貴のパジャマを握り締めて、引っ張ったり緩めたり。
美貴はどうすることもできなくて、ただ、亜弥ちゃんの髪を何度も何度もそっとなでた。
どのくらい時間が過ぎたのか、気がついたら亜弥ちゃんの泣き声が止まっていた。
そーっとそーっと布団をめくって中をのぞくと、亜弥ちゃんは美貴のパジャマをやっぱり
握り締めたまま、すーすーとかわいらしい寝息を立てて眠っていた。
泣けたことで、亜弥ちゃんが少しでも元気になってくれればいいんだけど。
ホッと息を吐いて、そんなことを思う。
でもなぁ。
……美貴、今日は熟睡できそうもありません。
これじゃ、寝返りもうてやしない。
まぁ、しょうがないか。
今夜一晩、美貴の時間を亜弥ちゃんにあげましょう。
それで、亜弥ちゃんが元気になってくれるなら、安いもんじゃん。
ねぇ?
- 97 名前:藤 投稿日:2004/03/07(日) 10:49
- 地味に更新しました。
今日はここまでです。
>>80
萌えていただきありがとうございますw
さりげなく意地悪な藤本さんもいいかなとw
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 23:14
- 更新ありがとうございます。いつも楽しみにしてます。
今後現在にどう展開されていくのか…うーん、予想できないです。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/08(月) 00:41
- ぁゃゃ切ないなぁ・・・それをちゃんと受け止めてあげられる藤本さん、素敵です。
- 100 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:45
-
『……たん』
牛?
『……たん』
牛?
『……たん?』
何、今さら牛タンゲーム?
わけわかんないよ。
そんなことを考えていたら、何かにつかまれて、いきなりゆすぶられた。
ガクンガクンと頭が揺れる。
『……みきたんってば!』
揺れる頭の向こうで、大声がした。
なにやらおなかあたりが重い。
ぼーっとしながら目を開けると、そこには亜弥ちゃんの顔。
おお、元気になったみたいで何より。
つーことで、美貴は寝るから。
『みきたん! もうお昼だよ!』
またガクンガクンとゆすぶられる。
もいっかい目を開けると、亜弥ちゃんと目があった。
それに気づいたのか、亜弥ちゃんもふにゃりと笑う。
- 101 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:45
-
『あぅ……』
『おはよ、みきたん♪』
『おあよ……』
起きないと離してくれそうもないから、しょうがなくしっかりと目を開ける。
まだ頭はボーっとしてるけど、なんとか目は覚めた。
『……みきたん?』
『ん、起きてる、起きてるよ』
ぐしぐしと手の甲で目をこすって、体を起こそうとして……起きられなかった。
『亜弥ちゃん?』
『ん?』
『どいて』
美貴は天井を向いて寝ている。
亜弥ちゃんの顔は、美貴の正面にある。
そういえば、髪の毛が重力に従って美貴に向かってきている気がする。
そして、おなかのあたりが重い。
つまりこれは、亜弥ちゃんが美貴にまたがっているってことなわけで。
そりゃ、起きれない。
- 102 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:46
-
『ヤダ』
『……じゃ、寝てもいい?』
『ヤダ』
……どうしろと?
でも、どっちにしてもこのままじゃ起きれない。
完全に覚醒していない意識と、半開きの目で亜弥ちゃんを見る。
美貴が見てるのに気づいたのか、亜弥ちゃんはほんの少し、いつもよりも大人びた
笑顔を見せた。
それから何を思ったのか、美貴に覆いかぶさるように抱きついてきた。
『あ、亜弥ちゃ……』
一気に目が覚めた。
振りほどこうとして、突然ほっぺたにやわらかい何かが触れた。
- 103 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:46
-
――え、え、えぇ?
それが何かは見えないから確証はなかった。
けど、両手は美貴を抱きしめてるし、美貴の両手は宙ぶらりん。
少なくとも手でも足でもないわけで。
残った可能性は……まさか、まさか、まさか?
『あや、ちゃ……ん』
首から下の血液が、一気に顔に集まった気がした。
頭のてっぺんからは蒸気が出てる気がする。
……もしかしたら、もう出てるのかもしれない。
『大好き』
そう言って笑う亜弥ちゃんは、太陽の光を背中から受けて、キラキラと輝いていた。
その瞬間、ゴトンと胸の中に何かが落ちた音が聞こえた気がした。
* * * * *
- 104 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:47
-
『先輩、どうしたんですか? 最近元気ないですよね』
その日はたまたま生徒会室にはよしこと美貴しかいなかった。
壁際の予定表に、梨華ちゃんと亜弥ちゃんのメッセージが残っている。
みきたんへ
今日はお友達と遊びに行くので一緒に帰れません
ごめんね
あや
いや別にあやまることじゃないでしょ。
亜弥ちゃんだって、友達と出かけることくらいあるっての。
てか、美貴そんなにわがままで聞き分けなく見られてるのかなぁ。
その隣には、梨華ちゃんのメッセージ。
よっちゃんへ
今日は先に帰るね。また明日
りか
こっちは異常にシンプルなメッセージ。
でも、よしこは気にしてる風でもないし、いいのかな。
- 105 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:48
-
『先輩?』
ぼんやりとメッセージを眺めていたら、もう一度声をかけられた。
聞こえてなかったわけじゃないけど、聞こえなかったフリはしたかったのかもしれない。
振り返るとよしこと目が合う。
そこに浮かぶのは、いつものよしことは違う、少し揺れてる瞳。
美貴の態度がいつもと違うから、不安なのか心配なのか、そんな顔だ。
だけど。
そんなにわかっちゃうほど態度を変えた覚えはないんだけど。
パイプイスを引いて、よしことは少し距離を置いて座る。
それから、ゆっくりと顔を上げてよしこともう一度目を合わせる。
- 106 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:48
- 亜弥ちゃんちに泊まったその日。
美貴は恋に落ちた。
それを知ったのは、亜弥ちゃんとのお泊まり会を終えて、1週間会えなくなってから。
お父さんが海外から帰ってくるって知ってたから、久々の親子水入らずを邪魔したくなくて、
美貴はお泊まり会から後、自分からは積極的に亜弥ちゃんに連絡しなかった。
メールがくれば返事はしたし、電話がくればもちろん出たけど、
こっちからかけたり送ったりはしなかった。
学校があった頃は、毎日のようにあったメールも、お父さんがいるからか、
あんまりこなかったし。
――それが、すごくさびしかった。
そう思ったら、一気に気づいてしまった。
ずっとずっと、休みの間中亜弥ちゃんのことを考えてたことに。
- 107 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:48
-
今何してるのか。
今どうしてるのか。
誰と一緒にいるのか。
ひとりでいるんじゃないのか。
泣いてないか。
笑ってるか。
元気でいるのか。
会えないから、バカみたいに考える。
会いに行こうと思えば、すぐにでも会える距離なのに。
メールが来れば、それだけでうれしくて。
話ができたら、それだけで楽しくて。
あぁ、美貴は亜弥ちゃんのことが好きなんだって、気づいてしまった。
- 108 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:48
- 気づいてしまえば、今までのようにはいられなくなるのは当たり前。
亜弥ちゃんが触れてくるたびに、名前を呼ばれるたびに切なくなる。
だけど、そんなのあからさまに出せるわけもないから。
気づかれるほど態度を変えた覚えはない。
その証拠に、亜弥ちゃんも梨華ちゃんも、ほかの誰も、気づいていないのに。
ふっと思わず笑いが漏れた。
よしこが不思議そうに首を傾げる。
わかってる、わかってるんだ。
よしこがなんで気づいたのか。
だってさ、ずっと前から美貴は気づいてたから。
あからさま過ぎて、気づかないほうがおかしいよ。
まぁ、梨華ちゃんや亜弥ちゃんは気づいてないみたいだけど。
こういうことには鈍いんだろう、ふたりとも。
- 109 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/15(月) 00:49
-
『なんで、元気ないって思う?』
よしこはますます首を傾げる。
『よくわかんないんですけど、なんとなく』
はっと息を吐くのと同じような笑いがこぼれ落ちる。
『なんで笑うんですか!』
気づいてないのか、よしこも。
自分の気持ちには気づいてるくせに、美貴のことはわかんないんだ。
その鈍さが、美貴の心を落ち着かせてくれた。
その鈍さが、話しちゃおうと思わせたんだ。
よしこがもし、ものすごくカンがいい人間だったらきっと、美貴は
一生言わなかったんじゃないかと思う。
そしたらどうしていたんだろう。
どうなっていたんだろう。
そんなことは、予想もできないけれど。
感謝してる。
その、鈍さに。
- 110 名前:藤 投稿日:2004/03/15(月) 00:52
- 少なめですが、今日はここまでです。
レス、ありがとうございます。
>>98
こちらこそ、お読みいただきありがとうございます。
もうしばらく過去話が続きます。
さてさて、どうなっていくのやらw
>>99
攻守交替というかw
たまには年上っぽいところを見せるのもいいかな〜と。
いつもは振り回されてるばっかりなイメージがありますがw
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/15(月) 11:27
- お!あやみきいいっすね!
藤本さんの心の動き(?)が!!
これからどうなるのか楽しみです。
頑張ってくださいw
- 112 名前:ろん 投稿日:2004/03/25(木) 02:01
- 作者様は感情の動きを表現するのがすごく上手ですね。
ああ〜、ほれぼれします。
先行きが気になります。
- 113 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/27(土) 03:20
- すっげ続きよみたいっす。
二人の恋が成就することを願いつつ床につきます。
- 114 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:16
-
『ねぇ、よしこ』
『はい?』
『美貴はさ、よしこと一緒なんだよ』
『は?』
逆方向に首を傾げたよしこに、美貴はめいっぱいの笑顔を向ける。
よしこが目を丸くする。
そりゃそうだ。
美貴はちょっとやそっとのことじゃ、めいっぱいの笑顔なんて見せないから。
梨華ちゃんだったら、きっとにらまれたとき以上に驚いただろうな。
『よしこ、梨華ちゃんのこと、好きでしょ?』
『あ〜、好きっすよ』
さらりと答えるところをみると、たぶん質問されることは覚悟してるんだ。
誰から言われてもいいように、答えを用意してるんだ。
- 115 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:17
-
『恋人にしたいでしょ?』
同じようにさらっと言ったからか、よしこはギュッと眉根を寄せた。
でも、それも一瞬で、すぐに口元に笑みを浮かべる。
『そうっすね』
ダメだよ、よしこ。
目が笑ってない。
美貴が何を言いたいのか探りを入れようとしてるのがわかる。
こわいな。
自分で自分をそう思った。
元々美貴は、人のことあんまり気にするタイプじゃないから。
ほんの少しいつもと違ってたところで、普段なら気にもかけない。
それなのに、よしこは言いたくないから言わなかったんだろうに、
それを引っ張り出そうとするなんて。
ごめんね、よしこ。
- 116 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:17
-
『抱きしめたいって、思うでしょ?』
よしこが口元から笑みを消した。
挑むように美貴をにらみつける。
『キスしたいって、思うでしょ?』
ガタン!
大きな音がして、パイプイスからよしこが立ち上がった。
その顔は、無表情に限りなく近くて、でも不安の色がのぞく。
美貴はそんなよしこを見上げて、笑顔を崩さない。
『何が、言いたいんですか』
よしこのこんな顔を見たのは初めてだった。
その、怖いくらいの真剣さに、ホントに梨華ちゃんが好きなんだなって思う。
- 117 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:17
-
『美貴はね、亜弥ちゃんが好きなんだ』
よしこの呼吸が止まる音が聞こえた。
『友達としてじゃなくて。恋人になりたい』
よしこはその大きな瞳を、より大きくして、二三度瞬きをして、崩れるように
パイプイスへとへたり込んだ。
『よしこもそうでしょ?』
よしこは力なくうなずいた。
驚くほど、あっさりと。
と思ったら、急に肩を震わせはじめた。
あわててよしこに近づく。
- 118 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:18
-
『よしこ?』
『……なんで、そんなあっさり言っちゃうんですか』
『はい?』
『吉澤、すげー悩んでたのに、そんな、あっさりと』
ふはっと笑いが漏れた。
よしこが怪訝そうに顔を上げる。
『そりゃ、よしこのせいだよ。よしこが元気ないですね、なんて聞いてこなければ、
美貴だって言わなかったのに』
ガシガシとよしこは自分の頭をかいた。
『は〜、墓穴掘ったってことっすかぁ。吉澤、一生の不覚』
真剣だった表情はもう影を潜めていて、にかっといつものようにサワヤカに笑う。
『でも、よくわかりましたね』
『てか、結構バレバレだよ?』
『マジっすか?』
マジもマジ、大マジだって。
確かによしこ女の子に優しいけど、梨華ちゃんに対するときだけ、全然態度違うじゃん。
あせったりあわてたりって、梨華ちゃんに対してしかしないもんね。
わかりやすすぎだよ、ホント。
美貴の言葉に、よしこはバツが悪そうに頭をかいた。
じゃあ、これからはあくせくしないようにしましょうと、ムリっぽい努力を口にして。
- 119 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:18
-
『先輩は、悩んだりとかしてないんですか』
『ん〜』
そんなわけはない。
だって、美貴は女の子で、亜弥ちゃんも女の子で。
たとえ、性格が男っぽいとかサバサバしてるとか言われようとも、女の子には変わりない。
なわけだから、その恋愛がキレイな形になる可能性はあんまりなくて。
もし告白でもしようもんなら、亜弥ちゃんとの関係そのものが壊れちゃうかもしれなくて。
だけどね、だけどさ。
どんなに唸って悩んで考えてみても、美貴が亜弥ちゃんを好きだってことは変わりなくて。
それにウソつくほうがよっぽど苦しいから。
- 120 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:18
-
『は〜、先輩、達観してますね』
『そういうわけじゃないけどさ』
『先輩は、これからどうするんですか?』
一番答えの出しにくい質問を、よしこはしてきた。
まぁ、当然かもしれない。
きっと、よしこもおんなじことを考えているだろうから。
で、たぶん、美貴以上に長く悩んで考えてきただろうから。
『どうしよっか?』
『いや、吉澤に聞かれても』
今度は美貴が頭をかく番だった。
伝えたいけどさ。
それで、万が一OKしてくれたら、この上なくハッピーなわけだし。
でも、その可能性は、限りなく低くて。
そうなんだよね。
美貴の周りにも、女の子同士だっていいじゃんって言う子もいるけど。
もし、自分が当事者なったら、そう言ってられないんじゃないかって思うし。
- 121 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:18
-
『先輩、吉澤と共同戦線張りませんか?』
突然、よしこが言い出した。
『はぁ?』
『松浦にちょろっと聞いてみましょうか。そういうこと、どう思うかって』
『……で、美貴は梨華ちゃんに聞けばいいわけ?』
『ん〜、や、梨華ちゃんには聞いたことあるんで』
『はぁ?』
よしこはちょっとだけ苦笑いを浮かべてうつむいた。
『お互いが好きならいいんじゃないかなぁって言われました』
中等部の頃、ソフトボール部でエースだったよしこは、高等部にあがって、
部活をやめて生徒会しかやらなくなった今でももてる。
後輩に告白されたときに、梨華ちゃんに相談したことがあるんだそうだ。
そしたら、恐ろしいほどあっさりと、そう言われたとか。
『……痛いね、それは』
『めちゃくちゃ痛かったっす』
たははとよしこはまた頭をかいた。
あんまり頭をかきすぎるとハゲちゃうんじゃないかって、いらん心配をしてみる。
- 122 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:19
-
『でも、松浦はなんとなく大丈夫な気がするんですよ、ホント』
『根拠はないけど?』
『はは、まぁ。吉澤はムリかもしれないですけど、うまくいくなら、黙っとくのは
損じゃないかなと思って』
『失敗しても責任取ってくれないくせに』
『責任は取れないですけど』
急によしこの声が硬く響く。
表情をうかがうと、ホントに真剣な顔をしていた。
こんな顔をするよしこは、日頃じゃお目にかかれない。
よしこはそのくらい、日々おちゃらけてるから。
最初はそれがよしこの性格なんだと思ってたけど、今は違うってわかる。
きっと、ずっとずっと前からたったひとりで苦しんで悩んでいたから、
自分の気持ちを隠すのがうまくなっちゃっただけなんだ。
その点、やっぱり美貴はラッキーだった。
わかりあえる相手がいてくれたんだから。
『苦しいのはわかりますから』
* * * * *
- 123 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:19
-
――それから。
それから、どうしたんだっけなぁ。
格別言おうとか言うまいとか、すごく深く考えてはいなかった気がする。
結局、よしこが亜弥ちゃんに聞いてくれるっていう話は丁重にお断りした。
なんか、よしこに悪い気がしたし、そもそもそれじゃ共同戦線じゃないじゃん。
それに、触れられることや呼びかけられる切なさにも段々慣れてきて。
ちょっとした相談事ならよしこがいてくれたし。
まぁ、よしこから相談されることのが多かったけど。
ひとりで悶々としてた時期が長かったから、その反動がきちゃったみたいで、
よしこは自分のつらさをぽろっと漏らすようになった。
きっと、自分の気持ちをわかってくれる人間がいるってのが気楽なんだろう。
気がつけば、そんな生活が当たり前になってきていて。
あんまり、どうこうしようってことは考えなくなった。
ただ美貴は、前より半歩だけ亜弥ちゃんから離れた生活を送っていただけだ。
- 124 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:19
-
『ありがとうございます』
亜弥ちゃんの言葉で我に返る。
カメラのシャッターを押してくれた人に、あわててお辞儀をする。
亜弥ちゃんはニコニコとご満悦だ。
美貴は亜弥ちゃんとふたりで遊園地に来ていた。
ずーっとずーっと亜弥ちゃんが行きたい行きたいっていうから、
時間を作ってやってきたんだ。
亜弥ちゃんは、電車の中でもはしゃぎ通しで、正直ちょっと恥ずかしかった。
でも、亜弥ちゃんがうれしいならいいかなって思ってた。
思ってたんだけど……。
『なんか、楽しそうだね』
思わずぽろっと言ってしまった。
慣れたつもりではいるけれど、やっぱり亜弥ちゃんといると胸がちくちくするのは
止まらなくて。
- 125 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:20
-
『うん、みきたんといると楽しいよ?』
そんな美貴の様子には気づかずに、亜弥ちゃんは満面の笑みを浮かべて言った。
……なんでそういうことを、あっさりと言ってのけるかなぁ。
あ、なんも考えてないから言えるのか。
あっさり言えないのは、美貴のほうだ。
『みきたんは楽しくないの?』
軽く首を傾げて、亜弥ちゃんは不安そうな顔をする。
ダメだダメだ。
こんな顔させたらダメだ。
『……んなことあるわけないじゃん』
あわててそう言ってあげると、嬉しそうに笑って腕を絡めてきた。
『だよね〜、あたしと一緒なんだもんね〜』
その笑顔に笑顔を返す。
ものすごい自信だな、しかし。
- 126 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:20
-
『さて、これからどうしようか』
歩き出そうとしたら、腕を引いてとめられた。
振り返ると、そこにはさっきまでの笑顔を消した、亜弥ちゃんの真剣な顔。
こういう顔されると、コワイなと思う。
亜弥ちゃんの元々の顔立ちは、実はきついと思ってる。
笑うとふにゃっと弧を描くその瞳が、その印象を完璧にかき消してはくれるけど。
美貴ほどじゃないにしても、表情を消すと結構コワイ。
まっすぐに見つめてくるその瞳は、意志の強さをしっかりと表現していて、
危うく後ずさりそうになった。
- 127 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:20
-
『どしたの』
だけど、気持ちを隠すのは得意技。
自分の気持ちに気づいてから、それはますますうまくなった。
だから、なんの準備もせずに、いつもどおりにするっと言葉は出た。
『みきたん、あたしに隠してること、ない?』
何かに気づいているとは思えない。
亜弥ちゃんはそこまで敏感な子じゃない。
何より、それがばれるほど愚かしいことを美貴はしていない。
『……別にないと思うけど』
『ウソ』
『隠し事してるように見える?』
薄く笑って両手を広げて見せると、亜弥ちゃんはくっと唇を噛み締めた。
『見えない、けど』
なんでそんなに悔しそうなんだろう。
『なんで、そんなこと思うの?』
絡められていた腕をギュッと握られる。
痛いほど。
- 128 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:20
-
『最近、吉澤先輩と、一緒にいるよね』
『特に最近だけじゃないけど。ずっと前から一緒にいるよ?』
『そじゃなくて……なんか、ちょっと違う』
なんだか拗ねてる感じがした。
相手にしてもらえない子どもか、子犬みたい。
『……何、妬いてんの?』
それは、何気なくいった言葉だったんだけど、ぶわっと面白いくらいの勢いで、
亜弥ちゃんの顔が赤く染まった。
『そ、そ、そんなことないもん!』
あわてる亜弥ちゃんに、今度こそ笑ってしまった。
- 129 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:21
-
ほら、やっぱり気づいてない。
気づくはずがない。
確かに、ちょっとはよしこと一緒にいる時間が増えた。
共有しているヒミツがあるから、前以上に距離は近づいたんだと思う。
それに、ほんの少し違和感があっただけなんだろう。
大人びて見えることもあるけど、亜弥ちゃんは年より子供っぽいところがある。
親の離婚なんかがあったせいだろうか。
だからたぶん、そばにいる人が離れていかないかが不安なんだろう。
ちょっとした変化が気になるんだろう。
表に出さなければ気づかれないんだろうけど、よしこと一緒にいることが増えたのは
外から見てもわかることだろうから。
それをしてしまったことに、ちょっと反省。
- 130 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:21
-
『なんだ、亜弥ちゃん、そんなに美貴のこと好きなんだ?』
とりあえず、そんな気持ちは当然表に出さずに、ちょっといじわるを言ってみた。
にやりと笑うと、亜弥ちゃんは開き直ったようにぷーっとほっぺたをふくらませた。
『そーだよ、悪い?』
その顔を見て、また吹き出す。
『いえいえ、光栄です』
ふわり、感情を真綿にくるんで亜弥ちゃんに差し出す。
亜弥ちゃんは満足そうに微笑んだ。
『ねーねー、みきたんはあたしのこと、好き?』
突然何を言い出すんだろう、この子は。
人の気も知らないで。
無邪気な笑顔で美貴を見つめるその顔に、胸の中をぐしゃぐしゃにかき回された。
キレイに作られていたはずのオムレツが、いきなりスクランブルエッグにされたみたいだ。
しかも、焦げてる感じ。
- 131 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:21
-
『ねー、みきたん?』
あぁ。
その笑顔を見つめながら、全然なんともなってないことに気づく。
慣れたなんてウソだ。
考えてないなんてウソだ。
自分の本当の感情を突きつけられる。
いつもいつも、あの笑顔を見つめながら、その笑顔をほしいと思いながら、
ずっとずっとぶち壊したいと思ってたんだ。
純粋すぎる、その感情を。
美貴のことなんて、思ってもくれない、その無邪気すぎる眼差しを。
- 132 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:22
-
『……みきたん?』
美貴が黙ってしまって不安になったんだろう。
亜弥ちゃんは美貴の顔をのぞきこんできた。
その、穢れのない顔に、スクランブルエッグが真っ黒焦げになるのを感じた。
苦い味が口と頭の中に広がる。
『……好きだよ』
その声音は、自分で聞いても自分のものだとわからないほど低く、鈍く響いてきた。
こぼれ落ちた美貴の言葉に、亜弥ちゃんの表情ががらりと変わる。
笑おうとして、その顔が引きつったのが見えた。
たぶん、美貴の顔も似たようなもんだろう。
だけど、悪いと思っても、もうとめられない、とまらない。
亜弥ちゃんが、悪いんだからね。
- 133 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:22
-
『誰にも取られたくない』
ぐっと、亜弥ちゃんの肩を握る。
強く力が入りすぎたのか、亜弥ちゃんが顔をしかめたけど、手を緩められなった。
そしたら、逃げられてしまいそうで。
『美貴だけのものにしたい』
あいていたもう片方の手も肩にかけてぐっと握る。
『み……』
『美貴は、亜弥ちゃんが……』
ダメだ。
いくら言葉で言ったってダメだ。
一歩亜弥ちゃんに寄ろうとして、亜弥ちゃんと、ほんの一瞬視線が絡む。
そこで、足が止まった。
握っていた手を離して、亜弥ちゃんに背を向ける。
- 134 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:22
-
ダメだ。
それこそダメだ。
もう傷つけてるのに。
これ以上傷つけてどうしようっていうんだ。
これは裏切り行為なんだ。
美貴を信じてくれてる亜弥ちゃんに対しての。
でも。
もう傷つけてるのなら。
いっそとことんまで傷つけて。
美貴の顔も見たくなくなるくらいに、嫌いにさせてあげるほうが親切なんじゃないか。
そんなことを思って、目を閉じてはっと短く息を吐く。
呼吸と精神を整えてくるりと振り返る。
ふーっと長く息を吐いたところで、手を握られてパッと目を開けた。
そこに見えたのは、亜弥ちゃんの、泣き笑いの顔。
- 135 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:22
-
『亜弥ちゃ……』
『あたしも、みきたんが好きだよ』
『み、美貴の好きは……亜弥ちゃんのとは違うよ』
『違わないよ』
『ちが……』
否定しようとしたその瞬間。
美貴の口は、ふさがれた。
やわらかい、亜弥ちゃんの唇に。
目の前に、目を閉じた亜弥ちゃんの顔がある。
意志の強い、でもちょっと幼い顔は、この位置からじゃ部分的にしかわからない。
だけど、夢のように、きれいだった。
- 136 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:23
- どのくらいの時間そうしてたのかわからない。
亜弥ちゃんはふっと目を開けて、すぐに美貴から離れた。
それから少し照れたようにうつむく。
『あたしの好きは、こういうことだよ』
目線だけあげて、美貴を見る。
卑怯だ。
その上目遣いは卑怯すぎる。
ちょっとほっぺたなんか染めちゃって。
目は潤んでいて。
もう、誘ってるんじゃないか、その顔は。
- 137 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:23
- どうしたらいいかわからなくなって、美貴は目を伏せた。
なんか、天使っていうか悪魔っていうか、得体の知れないものに魅入られた気がする。
きっと亜弥ちゃんの背中には、白い羽と黒い羽が1枚ずつついてるに違いない。
そんなことを思っていたら、握られたままだった手をくいっと引かれた。
そーっと目を開けると、今度はにっこりと微笑む亜弥ちゃんと目が合う。
『みきたんの好きと違ってた?』
一瞬、あっけに取られて、それからぶるぶると首を振る。
あまりの行動にすっかり忘れていたけれど、これはつまり、つまり……。
両思いってことじゃん!
晴れてラブラブ?
あんなうじうじと苦しい思いをしなくてもいいの?
マジ?
- 138 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:23
-
『あ、あのさ、亜弥ちゃん』
でも、一応確認をね。
ぬか喜びだったらイヤだし。
好きってことと付き合うとか恋人になるってことは、別のことだから。
『なぁに?』
軽く首を傾げる。
ついさっきまでよりすっごくかわいく見えるのは……なぜでしょう?
『亜弥ちゃんは、美貴のことが……』
『好きだよ』
『えっと、それは、その……』
『友達としてじゃないよ』
『うっと、えっと、つまり……』
はーっと息を吐いて、もう一度吐いた分だけ取り戻すように息を吸う。
- 139 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:24
-
『その、美貴の、こ、こ、恋人に、なって、くれるの?』
どもりながら言うと、亜弥ちゃんが少しふてくされた顔をしたのが見えた。
『なーんでそんなに弱気なのかなぁ』
『な、なんでって、普通、弱気にもなるでしょ』
『そんな弱気なら答えてあげない』
ちょっと待ってよ。
さっき、美貴が一番最初に好きって言ったときの、あの引きつった笑顔はどこいったのさ。
なんだったのさ。
その自信満々な態度はなんなのさ。
なんか、悩んでたのがバカみたいに思えてきて、すごく不愉快だ。
『……亜弥ちゃん』
『ん?』
まっすぐに亜弥ちゃんの顔を見る。
不愉快さが顔に出てるのか、亜弥ちゃんの顔からも笑顔が消えた。
目を閉じて、ふーっと息を吐いて、それから目を開ける。
- 140 名前:勿忘草 投稿日:2004/03/28(日) 17:24
-
『美貴と、付き合って』
『……あたしでよければ』
『亜弥ちゃんでなきゃ、ヤだよ』
ふっと亜弥ちゃんが笑う。
笑顔なのに、その瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。
『亜弥ちゃん?』
『え、あ、ごめん。なんか、ちょっとうれしくて』
ごしごしと目をこすって、にへへと笑う。
それにつられるように美貴も笑う。
うれしくて、うれしくて、ただ、本当にうれしかった。
このまま、幸せにやっていけると思った。
それなのに。
気がついちゃったんだ、美貴は。
亜弥ちゃんが、少しずつ少しずつ、変わっていったことに。
いや、違うかな。
きっと、そっちが本当の亜弥ちゃんなんだ。
美貴が見ていた亜弥ちゃんは、本当の亜弥ちゃんじゃなかったんだ。
そのことに気づいてしまって。
美貴の生活はガラッと変わってしまった。
- 141 名前:藤 投稿日:2004/03/28(日) 17:30
- 本日はここまでです。
とりあえず、過去モードもここまでです。
しかし、長かったw
レス、ありがとうございます。
>>111
できるだけミキティのふらふらした心をw丁寧に書いていくつもりです。
ふらふらしすぎてどっちに行くのやら……w
>>112 ろんさん
いや、そんなにほめられると…。
調子に乗りますよ?w
>>113
ミキティの恋はこんな形ではじまったのですが。
いかがだったでしょうか?
こっから先がまだ大変そうですがw
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/28(日) 21:14
- 続きが非常に気になります…。更新ありがとうございました。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/28(日) 21:45
- …「本当」の彼女はどうなんだろう。
続き気になります。
更新頑張って下さい。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/28(日) 22:46
- また次へのあれやこれや気になる最後の一文ですね…。
大量更新ありがとうございます!!と言いたいけれど、
もう次への期待は高まるばかりでどうしようもありませんw
あ〜…はやくなんとかして!!
- 145 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/10(土) 10:53
- 続き待ってます!
この小説にはとても期待しているので、頑張ってくださいね。
- 146 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:13
- * * * * *
「……ちゃん! 美貴ちゃん!」
ゆさゆさと体が揺れてるのに気づいた。
ゆっくりと目を開けると、一気に視界が明るくなる。
一度目を細めて、それから外の光に目を慣らす。
目を開けるとそこには……梨華ちゃんがいた。
今日も今日とてピンクスタイル。
さすがに最近は昔ほどまっピンクじゃなくなったけど、それてもピンク占有率は
美貴の一生分を簡単に超えちゃうんじゃないかと思うほど。
まぁ、そんなことは今にはじまったことじゃないから、どうでもいいんだけど。
高校を卒業して、美貴と梨華ちゃんは同じ大学に入学した。
っていっても、学部が違うから、高校のときみたいに毎日会うわけじゃない。
それでも、たまにはこうやって同じ講義を受けてることがあるから、
そういうときは会うし、お昼を一緒に食べることもあるんだけど。
- 147 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:14
-
「……おはよ」
「おはよって、もう夕方だよ?」
言われて時計を見ると、確かにもう講義の終わる時間だった。
たまに、6限目のときはいい感じに夜近くになっちゃうんだけど、今日はいつもどおりで
普通に夕方の時間だった。
ぐいっと体を伸ばして首をぐるりと回す。
やっとこ目が覚めた気がして、そこで初めて梨華ちゃんが怪訝そうな顔をしてるのに気づいた。
「何?」
「美貴ちゃん、最近、よく寝てるよね、講義中」
「……そうかな」
とりあえず、次の講義が始まりそうだったので、バッグを手に立ち上がる。
梨華ちゃんも今日の講義は終わりなんだろう。
美貴の後をついてきた。
「夜、ちゃんと寝てる?」
「うん、まぁ」
「ホント?」
「ホントホント」
- 148 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:14
-
半分はホント。
でも、半分はウソ。
睡眠時間としては、それなりに取れてると思う。
時々夜更かしすることもあるけど、それでも1日7時間くらいは寝てるし。
時には気がついたら10時間寝てたりすることもあるくらい。
けど、それがいい眠りなのかって言われると、たぶん違う。
些細な物音ですぐ目が覚めるから。
だから、一晩のうちに二度三度と目が覚めるなんてしょっちゅうだ。
時には1時間に1回の割合で起きてしまったりする。
それもこれも、美貴が弱いから。
そこにいる亜弥ちゃんを、信用できてないから。
自業自得なんだ。
「……私が口出しすることじゃないかもしれないけど」
梨華ちゃんの声のトーンが落ちたので、美貴は足を止めて振り返る。
そんな美貴に合わせるように、梨華ちゃんも足を止めた。
「亜弥ちゃんと、うまくいってる?」
- 149 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:15
- 亜弥ちゃんと美貴が付き合ってるってことは、梨華ちゃんも知ってる。
もちろん、一緒に暮らしてることも。
付き合ってるってことを教えたときは、ほんの少しびっくりしてたみたいだけど、
美貴たちとの付き合いは変えずにいてくれた。
それはそれでやっぱりうれしかった。
「特に問題はないと思うけど」
そう、問題はない。
問題があるのは、美貴の気持ちで。
美貴が知らなければ、気づかなければ何の問題もないはずだ。
――もう気づいちゃってるけどね。
自嘲的に笑うと、梨華ちゃんから鋭い視線が飛んできた。
出会った頃には考えられないような目つきだ。
あの頃は、ホント、怯えまくってたもんなぁ。
まぁ、そんな顔されたって怖くはないけど。
- 150 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:15
- 「美貴ちゃん気づいてないの?」
美貴の心のうちを見透かすように、じっと美貴を見つめながら梨華ちゃんが言った。
「なんに?」
「美貴ちゃんが、講義中に爆睡するようになったのって、亜弥ちゃんと暮らし始めてからだよ?」
予想外の言葉に、一瞬反応が遅れた。
それに、梨華ちゃんは食いついてきた。
「最初はそりゃ、恋人同士だから……とか思ったけど」
梨華ちゃんは赤面しながら言葉を続ける。
「でも、おかしいよ。美貴ちゃん、なんか元気ないし」
「そんなことないよ。ハッピーって感じだし」
わざとらしく両手を前に突き出したら、ペシッと叩かれた。
「私はマジメに話してるんだよ」
「美貴だって至ってマジメだよ」
美貴の心の隙を探すみたいに、梨華ちゃんがにじり寄ってくる。
人のことに必要以上に突っ込んでこないよしこに対して、梨華ちゃんはうっとうしいくらい
気になることに突っ込んでくる。
それは、梨華ちゃんなりの心配なんだろうけど、時々ホントにうっとうしくなる。
- 151 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:16
-
「それに、梨華ちゃんには関係ないじゃん」
そんなことを考えていたせいか、予想以上に冷たい口調になっていた。
梨華ちゃんが身を引いたのが見えた。
久々に見た、怯えた顔。
そういう顔すると、高校生の頃と何も変わってないよね、ホント。
ぐっと唇を噛み締めて、ぎゅっと両手を握り締める。
泣き出しそうになるときの、梨華ちゃんのクセ。
だけど、そんなことしたって役に立ったことはなくて。
だいたいいっつも泣いちゃうんだけど。
どうするかなと思って見ていたら、やっぱり目の端から涙がこぼれ落ちた。
ぽろぽろときれいにほっぺたを伝って落ちていく。
それをあわてて、ハンカチでぬぐおうとする。
そういえば。
自分で泣かせておいてなんだけど、他人事みたいに梨華ちゃんが泣く姿を見ながら、
ふと思った。
亜弥ちゃんが最後に泣いたのは、いつだっただろうって。
- 152 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:16
-
……………。
ダメだ、全然覚えてない。
だけど、付き合うようになってから、亜弥ちゃんが泣く姿を見た覚えがない。
あの頃は、ホントに2人ともよく笑ってたっけ。
楽しくて、幸せでしょうがなかった。
それなのに。
それなのに。
なんで、美貴は……。
- 153 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:17
-
「あーっ!」
突然、地面を揺るがしそうなほどのでかい声が聞こえてきた。
そっちを見ると、いい感じに茶色い頭の人間が1人。
こっちを見て指差して、どかどかと大股で近づいてくる。
まぁ、声聴いた瞬間わかったけどさ。
あんたが誰なのか。
「先輩、何梨華ちゃんのこと泣かせてるんですか!」
足を止める前に大声で言って、それから梨華ちゃんと美貴の間に仁王立ちで立つ。
こりゃ、姫様を守るナイトって言うよりは、仁王像だね、まさに。
梨華ちゃんに近づく虫は許さないって感じ。
男前だね、ホント。
「久しぶり」
「……質問に答えてくださいよ!」
よしこは高いところから美貴をにらみつけてくる。
ホント、そんなところは全然変わってなくて、思わず笑っちゃう。
- 154 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:17
-
「何笑ってんですか!」
「よ、よっちゃん……」
くいっと服を引っ張られて、よしこは梨華ちゃんを振り返った。
肩に手を置いて、その顔をのぞきこむ。
「なんかされた? スカートめくられたとか、お尻触れたとか」
よしこじゃあるまいし。
てか、美貴、梨華ちゃん触る趣味とかないけど。
梨華ちゃんはふるふる首を振る。
「そんなんじゃないよ。ちょっと、ごみが目に入っちゃっただけだってば」
梨華ちゃんにしては、めずらしくうまいウソだ。
よしこはほっとしたように息をついた。
「そっかー、よかった」
なんだよ、よかったって。
だから、美貴、梨華ちゃん触る趣味とかないってば。
くるりとよしこが振り返る。
そこにはさっきまでの形相はない。
いつものサワヤカなよしこだ。
- 155 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:18
-
「……で、よしこは何しにきたの?」
「や、今日は梨華ちゃんとごはん食べに行く約束してたんで」
「はー、デートですか」
ぽろっと口から言葉がこぼれて、しまったと思った。
ちょっと、いじわるモードになってる。
自分の機嫌がよくないからって、これはいかん。
いかんぞ、美貴。
案の定、よしこがあわてはじめた。
だけど、よしこが口を開くより先に、梨華ちゃんが言葉を発した。
「そうですぅ、今日はよっちゃんとデートなんですぅ」
味方を得たって感じの満面の笑顔。
よしこがぐるんと振り返って梨華ちゃんを見る。
たぶん、相当面白い顔になってるんだろう。
うれしさと、恥ずかしさと、バツの悪さと、後ろめたさが一緒になったみたいな。
それにしても梨華ちゃん。
相変わらず、鈍いんだね。
そして、痛いね。
- 156 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:18
- 美貴はポンとよしこの背中を叩いた。
よしこは一瞬固まってたけど、ゆるゆる振り返って微妙に眉を下げた。
――がんばれ。
言葉にならない言葉で、よしこを励ます。
よしこはますます情けなく眉を下げて、それから小さくうなずいた。
そうなんだ。
あれからよしこと梨華ちゃんがどうなったかって言うと、どうにもなってなくて。
相変わらずの、つかず離れずのお付き合い。
それを知ってるのは美貴だけで、普通の人は仲のいい友達だと思ってるだろう。
よしこは結構つらいんじゃないかと思うんだけど、今のところ告白する気はないらしく。
だけど、大学は共学だから、日々戦々恐々としているのも事実。
見ていて、痛々しい。
- 157 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/11(日) 01:18
-
だけどごめんね。
今は美貴も手一杯だから。
よしこのことに気を回してあげられないんだ。
「邪魔しちゃ悪いから、美貴は帰るよ」
「美貴ちゃん!」
梨華ちゃんの呼び声は無視して、美貴はその場を去った。
今日はもうこれ以上、誰かの口から亜弥ちゃんの事を聞きたくなかった。
- 158 名前:藤 投稿日:2004/04/11(日) 01:24
- 本日はここまでです。
進んでるんだか進んでないんだか微妙な展開…。
レス、ありがとうございます。
>>142
全然謎が解けてません。すいません。
もうちょっと気にしててやってくれるとうれしいです。
>>143
あー、今回は彼女出番なしでした。
次回は出ますので(予定)、お待ちいただければうれしいです。
>>144
なんとかなって……ないですよねw
もう少し話が進むといい勢いで転がる予定なんですが。
>>145
ありがとうございます。
ご期待に添えられるかどうかわかりませんが、とにかくがんばります。
- 159 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/12(月) 18:54
- 藤本さんが何に気づいたのかすご〜く気になるけど、まだ先が全く読めませんね。
石川さんはほんといろんな意味で恋情にも友情にも痛い感じ。。
いしよしのお二人さんにも頑張ってほしいですけど、やっぱりメインの方が
とても気になりますw
また次回更新も頑張ってください。
この小説の一読者として応援しています。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/13(火) 10:11
- 気になります。
ものすご〜く気になります。
更新頑張ってください。
- 161 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:22
-
「……ん」
ふと、目が覚めた。
そこで初めて自分が寝ちゃってたことに気がついた。
ぼーっとする暗い視界を探って、目覚まし時計に手を伸ばす。
……10時45分。
いくらなんでも寝すぎだ。
家に帰ってきたのが6時過ぎだったから、約5時間か。
こんな時間に起きるくらいなら、いっそ朝まで寝かせといてくれりゃいいのに。
誰かに起こされたわけじゃないけど、とりあえず文句をたれてみる。
ごろんと仰向けになって、天井を見上げる。
部屋はシンと静まり返ってるし、音らしい音は聞こえてこない。
道路を通ってるんだろう、車の音がちょっと聞こえてくるくらい。
- 162 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:23
- 今日は、亜弥ちゃんはいない。
なんでも、友達の誕生日だとかで。
何人か集まってその子の家に泊まってパーティーをするんだそうだ。
さびしくないわけじゃないし、嫉妬しなかったわけじゃないけど、
それでも、準備をしてた亜弥ちゃんはすごく楽しそうで。
行くな、なんて言えないじゃん?
必要以上に縛り付けられるなんて、美貴だってヤだし。
ふーっと息をついて、体を伸ばす。
だけど、こんなにしっかり寝たのは久しぶりだ。
頭がすっきりしてるし、体も楽になってる気がする。
亜弥ちゃんがいないってだけで、これかよ。
楽になるってどういうことよ。
思わずため息。
- 163 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:23
-
好き、なんだけどなぁ。
すっごい好きなんだけど。
その思いは変わってないんだけど。
いや、変わってないどころか、日に日に募るばっかりなんだけど。
なんで、こんなことになっちゃてるんだろう、美貴は。
ぐるぐるぐるぐる、考えが頭を回りだして。
美貴は大きく頭を振った。
それから、軽くほっぺたを叩いてベッドを出る。
こういうときは考えないことにするに限る。
ベッドの中なんかにいたら、ロクなこと考えないんだから、どーせ。
カチャリとノブを回すと、静かな音が響く。
それから、そーっとドアを開けて、今日はそーっと開けなくていいんだって気づいた。
いっつも亜弥ちゃんのことばっか考えてるから、こういうことになるんだ。
思わず苦笑。
- 164 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:24
- ドアを開け放って、部屋を一歩出て、そこでおかしなことに気づいた。
部屋の中は確かに暗いんだけど。
ぼんやりと一部分だけ明るくなっているところがある。
その位置は……テレビのあるところだ。
おかしい……。
今日は帰ってきて速攻ベッドにゴーしちゃったから、テレビつけてないし。
確かに朝はテレビついてたけど、亜弥ちゃんと一緒に家出たから、つけっぱなしだった
はずないし。
亜弥ちゃんはそういうとこ、やたらうるさいんだよね。
って、そんなことはどうでもいいんだって。
とりあえず、そーっとそーっと明かりのほうへと近づく。
それから、そーっとそーっとのぞき込むと、テレビの画面に被るように、黒い影が見えた。
テレビに映ってるのは、亜弥ちゃんの好きなドラマ。
毎週毎週この時間だけは欠かさずに見ていて、美貴もつき合わされてるから覚えちゃったよ。
ってことは……まさか……?
「亜弥ちゃん……?」
声をかけても返事はない。
そういえば、テレビはついてるけど音は聞こえてこない。
影はじっとしたまま動かない。
- 165 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:24
- そーっとそーっとさらに近づくと、テレビから1本のコードが延びてるのが見えた。
その先は、黒い影につながってる。
ドラマは本編が終わって、もう予告に入ってる。
美貴はそれを確認してから、そっとその影の肩の部分に触れた。
ビクッと肩が跳ね上がったのがわかった。
振り返ったその顔が、テレビの明かりに照らされて浮かび上がる。
「みきたん……起こしちゃった?」
ヘッドホンを外しながら、亜弥ちゃんが少し心配そうな眼差しで美貴を見上げる。
美貴はそれに首を振って答える。
「それより、なんでいるの? 今日泊まりじゃなかったっけ?」
あー、うん、そうなんだけどねぇ、ぶつぶつとつぶやきながら、亜弥ちゃんは美貴の手を取った。
にぎにぎと何がしたいのか、両手で美貴の手を握ってくる。
「みきたんがぁ、さびしがってるんじゃないかと思って」
- 166 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:24
-
はぁ?
言葉は声にならなかった。
にゃははと笑いながら、亜弥ちゃんはにぎにぎするのをやめない。
「でもさ、帰ってきたらぐーぐー言って寝てるんだもん。なんかさぁ、急いで帰ってきて
損しちゃった」
ぐいっと手を引っ張られて、美貴は亜弥ちゃんの隣に座った。
テレビはいつの間にか見たことのないバラエティー番組に変わって、チャカチャカとせわしなく
色を変える。
それがうっとうしくて、美貴は亜弥ちゃんが握っていたリモコンに手を伸ばすと、テレビの
電源を落とした。
「さびしかったのは、亜弥ちゃんじゃないの?」
なんとなく、静けさが居心地悪くてそんな意地悪を言ってみる。
「そ、そんなことないもん!」
「案外、美貴が隣にいないのがさびしくなっちゃったんだったりして」
にやっと笑うと、ベシッと腕を叩かれた。
「ふんだ! せっかく帰ってきてあげたのに」
すねて背中を向けてしまう。
その背中を見つめながら、美貴は小さく息を吐いた。
- 167 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:25
-
だって、うれしいんだよ。
隣にいてくれて。
そこにいてくれて。
笑ってくれることも。
すねてる姿も。
だけどね。
そのすべてに、前と違うものを感じてる。
それは、誰にもうまく伝えられないと思うけど。
美貴だけは、ずっと亜弥ちゃんを見てきた美貴だけはわかってる。
自分の気持ちを隠すのはうまくなる一方だけど。
心の痛みを享受することはできなくて。
いつか、負けてしまいそうで、怖いよ。
- 168 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:25
-
「……みきたん?」
声をかけられて顔を上げると、そこにはさっきよりも心配の色を濃くした亜弥ちゃんの顔。
まいったな。
こんな顔させたいんじゃないのに。
それでも。
その心がここじゃないどこかにあるんじゃないかと思うと、おかしくなりそうになる。
あぁ、なんで。
美貴はこんなに亜弥ちゃんを好きになっちゃったんだろう。
「ん?」
できるだけ心の内を悟られないように、優しい声を返す。
亜弥ちゃんは軽く息をついて、ほんの少し笑顔を浮かべた。
「でもよかった」
前後関係のつながらない言葉に、思わず首を傾げる。
「みきたん、ちゃんと寝れたみたいだから」
- 169 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:25
- 予想外の言葉に、息を呑んだ。
そんな態度に気づいたのか、亜弥ちゃんは微笑を浮かべたまま続ける。
「みきたんさ、最近あんまり寝れてないでしょ」
「え……」
「気づかないと思ってたのぉ?」
亜弥ちゃんが心外だという声を上げる。
思ってたもなにも。
気づかれないようにしていたんだから。
目を覚ましても、朝が来るまではベッドからは絶対出ないようにして。
できるだけ動かないようにして。
亜弥ちゃんが隣で寝てるときも寝てないときも、いつもと変わらないようにしてきたのに。
なんで、知ってるの。
- 170 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:26
-
「みきたんのことなら、なんでもわかるよ」
ウソだ。
ウソつけ。
告白するまで美貴の気持ちに気づきもしなかったくせに。
「愛の力ってやつかな」
にひひと亜弥ちゃんが笑う。
ざーっと耳鳴りがした。
何の音?
何の音だろう。
ざーざーと、テレビの砂嵐みたいに、変な音が美貴の耳を覆おうとする。
耳をふさぎたかった。
けど、できなかった。
そんなことしたら、亜弥ちゃんにおかしいと思われる。
- 171 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:26
-
気づかれるわけにはいかない。
気づかれちゃいけない。
亜弥ちゃんにだけは。
美貴が、気づいてるってことに。
キミの瞳の行く先が、美貴よりももっと遠くだっていうことを。
- 172 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:27
-
「みきたん?」
雑音をくぐって、亜弥ちゃんの声が遠くから聞こえた。
やっぱり、心配そうな声になってる。
そっと、手を伸ばして亜弥ちゃんの腕に触れる。
指先から伝わってくる温もりに負けたみたいに、雑音が少し遠ざかる。
「……ちょっと、寝すぎて気持ち悪い、かも」
口の端を持ち上げて、できるだけ笑ってみせたつもり。
うまく、笑えてるかな。
亜弥ちゃん、心配させてないかな。
「え、だいじょぶ?」
触れてただけの手を、亜弥ちゃんがギュッと握る。
手のひらから温もりが体中に広がるみたいに、すーっと力が抜けていく。
「ごめん、もうちょっと、横になってるね」
握られていた手を離す。
亜弥ちゃんはそれを追いかけてこようとしたけれど、美貴はそっと目でそれを制した。
「みきたん……」
「大丈夫だから」
言っても、亜弥ちゃんの瞳から心配の色は消えない。
- 173 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:27
-
そうだよね。
きっと、いつか美貴がお酒飲むようになって、二日酔いとかになっちゃったとしても、
亜弥ちゃんはきっと心配してくれる。
全部、美貴の自業自得だったとしても。
「みきたん!」
部屋に戻ろうとして、腕を握られた。
振り返ると、心配とちょっと怒った顔をした亜弥ちゃんと目があった。
まずい。
このまんまだと朝まで一緒にいるとか言われかねない。
それはちょっと、今はカンベンしてほしい。
ひとつ、決めなきゃいけないことがあるから。
「……風邪かもしんないし。亜弥ちゃんにうつると困るよ」
「あたしはいいもん」
「美貴がヤなんだって」
「いいんだもん」
……これじゃ押し問答になっちゃうじゃん。
亜弥ちゃんが頑固なのはわかってるし。
だからといって、一緒にいてもらっちゃ困る。
決意が鈍るじゃん。
- 174 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:28
-
「……じゃあさ、亜弥ちゃん寝る前にちょっと様子見にきてよ。おかしいとこなかったら
そのまま自分の部屋で寝て?」
「……う〜」
「亜弥ちゃんに風邪なんかひかせたらめっちゃキツイよ」
亜弥ちゃんの手を握って、腕から離させた。
「ね、美貴に後悔させないで」
できるだけやわらかく言って、そっとほっぺたをなでる。
明らかにしぶしぶだったけど、亜弥ちゃんは小さくうなずいてくれた。
「ありがと」
頭をなでてゆっくり部屋へ戻る。
ベッドに転がって、布団を頭からかぶる。
いったい、いつから気づいていたんだろう。
亜弥ちゃんの言葉を思い出しながら、でも頭を振ってその疑問を追い出す。
- 175 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/17(土) 21:28
-
そんなことは、もうどうだっていい。
大事なのは、亜弥ちゃんが美貴の変化に気づいてしまってるってことだ。
ちょっとした変化でも、そこから先どうなるかわからない。
このまま気づかないかもしれないし、すぐにでも気づくかもしれない。
だったら。
何もせずに気づかないほうに賭けるなんてやってられない。
このままでいられるように黙って祈るだけじゃダメなんだ。
もう、動くしかない。
知らないほうがいいのかもしれないけど。
隠しておいて亜弥ちゃんに美貴の変化のわけを気づかれるよりはきっとマシだ。
気づかれるより先に、探し当てるしかない。
本当の亜弥ちゃんを。
* * * * *
- 176 名前:藤 投稿日:2004/04/17(土) 21:32
- 本日はここまでです。
ちょっとですが、進みつつある……かなと。
レス、ありがとうございます。
>>159
ほんのちょっとだけ何に気づいたのか出ましたが……。
やっぱりまだわけわかんないですね、すいませんw
ぼちぼちハッキリさせたいなぁと思っておりますw
>>160
気にさせっぱなしですいません。
もうちょっと気にしてていただけるとありがたいですw
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/18(日) 21:52
- ますます気になる・・・
こんなに続きが気になる小説は初めてです。
- 178 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/19(月) 21:07
- ん〜、なぁんとなくわかってきたような気がするけど、実際のところ全く分からないような・・w
こういう時、勘の鈍い奴は損だな。
次回に期待です。
- 179 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:50
-
…………。
さっきから続く、無言の時間。
沈黙は、テーブルの上に積みあがるんじゃないかってくらい、
注文もしてないのにひっきりなしに届けられてくる。
今、美貴がいるのは、家から電車で1時間も離れた街にあるファミレス。
どうしてこんな遠いとこ選んだのかっていわれたら、そりゃもちろん、
亜弥ちゃんに万が一にも見つかりたくなかったから。
目の前にいるのは、よしこと……梨華ちゃん。
2人ともやたら難しい顔をして、美貴を見つめるっつーかにらみつけるっつーか。
別に怖くはないんだけど、2人してそういう顔されるとさすがに美貴も
どうしたらいいかわかんなくて。
ストローにかじりついて、2人を見る。
ってかさ。
確か、呼んだのはよしこだけだったはずなんだけど。
なんで、梨華ちゃんが一緒にいるんだろう。
や、別に梨華ちゃんと話がしたくないとかそういうわけじゃないよ?
ただ、今回の件で協力してもらうのは、よしこが適任だったから。
特に仲間はずれにしようとかそういうつもりはなかったんだけど、
なんか、さっきから視線に恨みがましいものを感じる。
気のせい……だよね? 気のせいってことにしておこう、うん。
- 180 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:51
-
それにしても、どうやって話を復活させようか。
美貴が言いたいことは言ったんだけど、それに対して全然反応してこないから
どうしたらいいかわかんない。
ホント、どうしよう。
でもなぁ、なんかここでまた口火を切るのもちょっとね。
ヘンな負けず嫌い根性が顔をのぞかせてきて、美貴はカジカジとストローをかんだ。
「……吉澤は」
沈黙に一番最初に負けたのは、よしこだった。
予想通り。
梨華ちゃんはこれでかなりの負けず嫌いだから、絶対美貴が話し出すまで
何も言わないだろうと思ってたし。
よしこの声に美貴から視線を外して、よしこを見ている。
よしこは、いつになく表情を引き締めたまま、美貴をまっすぐに見てきた。
「吉澤は、何をすればいいですか」
その言葉に、ホッと息をつく。
よしこに断られたら、どうしようかってことまでは考えてなかった。
今でも高校に顔はきくけど、できればひっそりと誰にも知られたくなかったから。
- 181 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:51
-
「うん……」
ストローから口を離して、美貴は背筋を伸ばした。
それから、氷が解けかけているコップの水を一口飲む。
どうしようか迷わなかったわけじゃない。
できることなら、誰にも何も言いたくなかった。
だけど、それじゃ、探すことはできない。
美貴ひとりじゃ、どうしたって限界がある。
だから、協力を要請することにした。
たぶん、今、美貴を除いて一番亜弥ちゃんに近い、よしこに。
協力を要請すると決めたら、美貴の腹も決まった。
必要な情報はすべて提供する。
美貴が亜弥ちゃんに対して持っている不安も、その理由も、全部言った。
そして、どうして美貴が亜弥ちゃんと暮らそうと思ったのかも。
美貴が亜弥ちゃんと暮らそうと思ったのは、きっと間違いなく束縛したかったからだ。
- 182 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:52
-
亜弥ちゃんと恋人になって、何度も重ねたデートの中で、美貴は亜弥ちゃんが
本当の感情を隠すようになったことに気づいた。
笑ったり怒ったり泣いたりすねたり、感情表現が豊かなのは全然変わらなかったんだけど、
友達の頃はぶっちぎっていっちゃってた感情を、ギリギリのところで止めるようになった。
何かをガマンしてるみたいに。
それはきっと、ほかの誰にもわからないことなんだろうと思う。
それは、幸せだからだよって言われるかもしれない。
だけど、そんな言葉で片付けられないのは、美貴自身が知っている。
だから、美貴は不安になった。
不安になったから、亜弥ちゃんを近くに置いておこうと思った。
近くにいれば、毎日そばにいれば、きっといつか本当の亜弥ちゃんの本当の笑顔を
取り戻せるんじゃないかと思って。
でも、そうじゃなかった。それだけじゃなかった。
- 183 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:53
-
美貴は怖かったんだ。
亜弥ちゃんが、いつか本当の顔を見せられる人のところへ行っちゃうんじゃないかって。
初めて出会ったときに見せた涙。
あの涙をあふれさせた「懐かしい人」。
その人の元へ、帰ってしまうんじゃないかって。
それが怖かったから、亜弥ちゃんを目につくところに置いておきたかったんだ。
だから、亜弥ちゃんと一緒に暮らすようになってから眠れなくなったんだ。
物音がするたびに、亜弥ちゃんが出て行っちゃうような気がしたから。
改めてよしこたちに話してみて、自分の弱さと情けなさ、自信のなさにあきれ返る。
これって、傍から聞いたらバカップルののろけ話になるんだろうなぁ。
そんなことも思ったけれど、よしこも梨華ちゃんも笑ったり茶化したりはしないでくれた。
梨華ちゃんの恨みがましい視線は気になったけど、それでもマジメに美貴の言うこと
聞いてくれて、それだけでもすごくうれしかった。
- 184 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:54
-
「何を、すればいいんですか」
よしこが返事をしない美貴に、もう一度聞いてきた。
「亜弥ちゃんに、聞いてほしいんだ。あの子の、昔のこと」
「昔のこと?」
もう一度、コップの水に手を伸ばすとカランと溶け残っていた氷が揺れた。
「美貴、亜弥ちゃんが越してくる前のこと、知らないんだ」
よしこは怪訝そうな顔をして、梨華ちゃんはきょとんと目を丸くした。
亜弥ちゃんのこと、知りたくなかったわけじゃない。
でも、両親の離婚うんぬんっていう話があったから、そのことをさびしがっている
亜弥ちゃんを見てるから、昔のことは聞けなかった。
一度、聞くタイミングを逃したら、どんどん聞けなくなっていって、
結局今まで聞けないままだった。
「なんでもいいよ。学校のこと、部活のこと、仲良かった友達のこと」
直接、その「懐かしい人」について聞くわけにはいかない。
聞いたところで話してくれるとも思えない。
そもそも、美貴が気づいてることは知られたくない。
だったら。
美貴が考えに考えて出した答えは、とにかく亜弥ちゃんの昔を知っている誰かに
話を聞くってことだった。
- 185 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:55
-
「そのうちの、どれが一番知りたいんですか?」
「……友達のこと」
さすがに、付き合い長いし、共有してる秘密があったから、よしこは鋭い。
一番知りたいのは友達のことだ。
そこから、亜弥ちゃんのことがわかるかもしれない。
可能性としては一番高いと思ってる。
もちろん、リスクも一番高いけど。
「……わかりました。できる限りやってみます」
神妙な口調で言って、よしこはにかっと笑った。
「このまんま2人が別れちゃったりしたら、寝覚め悪いんで」
「よっちゃん! 縁起でもないこと言わないの!」
ぐいっと袖を引っ張られて、梨華ちゃんがよしこをにらみつける。
よしこが困ったように笑う。
なんだかんだ言って、この2人、仲いいよなぁ。
結構お似合いだし、もしかしたらうまくいくんじゃないかって思うんだけど。
お互いが好きならいいって梨華ちゃんは言ったんでしょ?
なら、まんざら可能性がないわけでもないってことじゃん。
- 186 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:55
-
「……何気に2人も仲いいよねぇ」
……あ。
何言ってんだ、美貴。
取り繕おうとしたけど、時すでに遅し。
よしこがあんぐりと口を開けたのが見えた。
「うん、いいと思うよ?」
それに答えたのはもちろん、梨華ちゃんで。
あんぐり口をあけたまま、よしこががっくりと肩を落とす。
「あ、え、と、うん、仲いいのはいいことだよね」
うーむ、自分でも何が言いたいのかわかんない。
そもそも失言だし。
「うん。だから、美貴ちゃんも亜弥ちゃんとうまくいくといいね?」
- 187 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:56
-
あー、切り返された。
何気に痛いよ、それ。
でもまぁ、梨華ちゃんに悪気がないのはわかってるし、とりあえずうなずいて
笑っておいた。
「んじゃ、美貴、帰るね。今日は呼び出してごめん」
「あ、はぁ。いいっすよ。ほかならぬ藤本先輩の頼みですから」
はっと我に返ったよしこに、小さく笑いかける。
ごめんって意味も込めて。
それに気づいたんだろう、よしこも微妙な笑顔を返してくれた。
ごめん、ホントごめん。
頼みごとしたの美貴なのに。
しかも、快諾してくれたのに。
蹴落とすようなマネしてごめん。
いつか、きっと力になるよ。
なれないかもしれないけど、なれるようにがんばるから。
今は、ごめんね。
- 188 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:57
-
* * * * *
- 189 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:58
-
それからしばらくは、特に何も起こらなかった。
よしこから連絡はなかったし、亜弥ちゃんとも相変わらず。
結局しょっちゅう起きちゃうっていうのは変わってなくて、亜弥ちゃんは
あからさまに心配するようになったけど、大学の勉強が大変でストレスが
たまってるからと適当に言い訳しておいた。
唯一変わったのは梨華ちゃんだ。
何かにつけて、一緒に行動したがるようになった。
元々そんなに一緒の講義は多くないから、それほど気にはならないんだけど、
昼休みと放課後と、空き時間が一緒のときはとにかく近くにいた。
なんでだろう?
別に美貴、暴走したりとかしないんだけど。
まぁ、梨華ちゃんなりの心配なんだろうと思っておくことにした。
しかし、それにしてもホント一緒にいるよなぁ。
よしこが聞いたらかなりいい感じにヤキモチ焼かれるんじゃないかなと思って、
なんとなく、オブラートに包んで聞いてみたら、よっちゃん知ってるよ? とあっさり言われた。
よしこのがっくりきている姿が目に浮かんだ。
あぁ、返す返すもごめんね、よしこ。
知らぬが花とはこのことだなぁと、にこにこしてる梨華ちゃんを見て思った。
- 190 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:58
-
それにしても。
もしこれが亜弥ちゃんに知られたら、結構大変なことになりそうな気がする。
だってさ、いきなり一緒にいる時間が増えてるのに、その理由が言えないなんて、
勘違いされそうじゃん。
よしこのときですら、あんなにヤキモチ焼いてたし。
とにかく、ばれないようにしなくちゃ。
……なんか、最近ヒミツにすることが多すぎて、疲れるな。
いつか、亜弥ちゃんにばれちゃうんじゃないかっていうのが一番怖い。
隠し事をしてること。
亜弥ちゃんのことを探ってること。
何より、それが亜弥ちゃんを信じてないってことにつながること。
どれも事実だってわかってはいるんだけど、やっぱり苦しいなぁ。
好きな人に隠し事しなきゃいけないっていうのは。
わかってたことだけどさ。
- 191 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:58
-
ため息つきながら過ごしてたある日、不意に携帯が鳴った。
よしこからのメールだった。
『話あるんで時間取れますか? 場所は吉澤の家でどうっすかね』
簡潔なムダのない文章。
『場所はOK。時間は?』
『今すぐ。うちの場所、わかりますよね?』
『わかるよ。じゃあこれから行く』
携帯を閉じて立ち上がる。
たぶん、亜弥ちゃんのことだ。
カバンに荷物を詰め込んで、学校を出ようとしたところで梨華ちゃんに会った。
「美貴ちゃん、講義は?」
「さぼり」
「……行ってらっしゃい」
梨華ちゃんは何か言いたげに口を開いたけど、そこから出たのはそれとは
違う言葉だったんじゃないかと思う。
ついていく、って言われることも予想はしてたんだけど、そうじゃなかった。
このとき初めて、美貴は梨華ちゃんの気持ちがほんのちょっとだけわかった気がした。
心配してくれて、ありがとう。
迷惑かけて、ごめんね。
それは言葉に出さずに、小さく笑って美貴は学校をあとにした。
- 192 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 22:59
- よしこの家は、学校のすぐ近く。
歩いたらたぶん、学校からなら10分くらいでつけるんじゃないかと思う。
ただ、問題はあった。
学校を中心に、よしこの家と駅とは正反対の方向。
今は……もう授業は終わってるはず。
だから、よしこもメールしてくれたんだろうし。
ってことはだ。
このまままっすぐよしこの家へ向かおうとすると、亜弥ちゃんと会っちゃう可能性がある
ってことだ。
どうしようかなぁ。
いや、もう、こそこそするのはやめようかなぁ。
だってさ、こそこそしてたら、万が一会ったときに絶対言い訳できないもんね。
堂々としてる分にはいくらでも理由ってでっち上げられるわけだし。
うん、そうだ、そうしよう。
……なんか、浮気してる気分になってきた。
なんで、でっち上げるとか言い訳とか、後ろ暗い単語ばっかり出てくるんだろう。
そりゃ、後ろ暗いことやってるけど……ごめんなさい。
- 193 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 23:00
- 心の中で亜弥ちゃんにあやまって、美貴は歩き出した。
途中、学校帰りの生徒と何人もすれ違う。
ちょうど下校時間にあたったみたいだ。
「……みきたん?」
不意に声をかけられて、そのまま足が止まった。
ドキリと心臓が小さく跳ね上がったのがわかる。
この世界で美貴のことをこうやって呼ぶのはたったひとり。
――亜弥ちゃんだけだ。
息を整えながらゆっくり振り返ると、そこにはきょとんとした顔で首を傾げた
亜弥ちゃんがいた。
間違えようもない、学校帰りのスタイル。
隣には誰もいない。ひとりだったみたいだ。
ほらみろ。
イヤな予感は当たるんだ。
- 194 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 23:00
-
「どしたの? 学校は?」
「あー、さぼり」
近寄ってくる亜弥ちゃんに、カシカシと頭をかいて答える。
「なんで? どしてここにいるの? どこ行くの?」
立て続けの質問に美貴は苦笑いを浮かべていた。
こんな顔、させたいんじゃないんだけどな。
ホント、いつだって笑っててほしいのに。
ぐっと胸にせりあがってきた感情を抑え込みながら、美貴はちょっとだけ
難しい顔をして見せた。
「や、ちょっといろいろあって」
「いろいろ?」
「……なんか、相談があるんだって、よしこが」
平身低頭。
もう、よしこに頭上がんない気がする。
まぁ、心の中でだけだけど。
「先輩が?」
「うん。どうしても2人で会いたいって言うから、ちょっと行ってくる」
亜弥ちゃんはほんの少し顔をしかめたのが見えた。
- 195 名前:勿忘草 投稿日:2004/04/24(土) 23:01
-
「みきたん」
「何」
「浮気しちゃダメだよ」
「はぁ?」
「ダメだよ」
めっと子供を叱るみたいな顔で亜弥ちゃんが言う。
いやいや?
それはそれでかわいいんだけどさ。
浮気なんてするわけないじゃん。
はー、あの頃のこと、まだ根に持ってるのか、この子は。
「しませんよ」
「絶対?」
「絶対」
「んー……わかった。あんまり遅くならないでね」
「はいはい」
ポンと頭に手を置いて、ひらひらと手を振るとそのまま学校のほうへと歩く。
一度だけ振り返ったら、亜弥ちゃんはまだそこにいて、こっちを見ていた。
美貴が見てるのに気づいたんだろう、手を振ってくる。
それに手を振り返して、美貴はそのままよしこの家へと向かった。
- 196 名前:藤 投稿日:2004/04/24(土) 23:05
- 本日はここまでです。
進んだような、進んでないような……。
めちゃくちゃすごい謎を期待してた方には肩透かしかも…(汗
レス、ありがとうございます。
>>177
今回でちょっとは気になってたこと解決しましたでしょうか?w
ベタですいません。
>>178
予想は当たってましたでしょうか?
ホント、ベタベタですいません。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/26(月) 22:50
- 更新お疲れ様です。
ベタだなんてとんでもないっす。個人的には少し安心しました(笑
「リキッド〜」みたくなるのかなぁなんて思ってましたけど。
こちらのあやみきお二人さんはそこまでラブラブなシーンって見受けないですけど、
なんとなく可愛いんですよね。今後も期待させてください。
- 198 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/27(火) 18:38
- やぁっとわかってきましたw
そういうことだったんですね。
でもどうしてかわかってしまうとこの先が死ぬほど気になってしまう・・。
次回がどうなるのか楽しみにして待ってます。
- 199 名前:藤 投稿日:2004/05/01(土) 22:49
-
「で、本題に入ります」
「で、ってまだ何も話してないじゃん」
よしこの家に着いて、すぐに部屋まで連れ込まれた。
お母さんがいるらしかったけど、あいさつもそこそこに。
よしこの部屋は何回かしかきたことないけど、相変わらずの雑然とした部屋だった。
カーペットの上にペタンと向かい合わせに座ると、よしこがぐっと身を乗り出してくる。
相当さっさと話したいのか、むむむと難しい顔になっている。
「わかった、わかったから。で、本題は?」
「松浦のこと、いろいろと」
「……うん」
よしこがゲットした情報は、ムダなく簡潔に美貴に届けられた。
それはよしこが整理上手とか論理的に話を展開したとかではなくて、
単純にそれだけの情報量しかなかったから。
だけど、それは美貴にとってはありがたかった。
きっとよしこも気にしてくれたんだろうと思う。
あんまり突っ込みすぎると、いくら鈍い亜弥ちゃんでも何かおかしいと思ってしまうことに。
- 200 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:49
-
で、よしこがゲットした情報の中身は。
亜弥ちゃんがここに来る前にいた場所。
その頃仲良かった友達の名前。
その子が今通ってる高校の名前。
その3つだった。
高校の名前まで教えてもらってたのには驚いた。
確かに、中学の名前を教えてもらったってしょうがないもんね。
ホント、助かる。
美貴はそれを頭の中にイヤになるほど叩き込んで、それからよしこを見た。
よしこは神妙な顔をして美貴を見ていたけど、目が合うとにかっと懐っこい笑顔を見せた。
「ありがと」
「足りますか」
「充分。ごめんね、ヘンな役押し付けて」
「いいっすよ。ほかならぬ藤本先輩の頼みですから」
またにかっと笑う。
「やっぱ、うまくいってほしいんで」
美貴はふうっと息をついて、それから壁に背中をもたせかけた。
- 201 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:50
-
「ねぇ、よしこ」
「うぁい?」
おマヌケな返事が返ってきたと思ったら、よしこはあくびの真っ最中だった。
緊張感、ないなぁ。
思わず苦笑する。
「梨華ちゃんとのこと、どうすんの?」
なんとなく先が見えたから、そんなことを聞く余裕が生まれた。
そんなこと聞かれるとは思ってなかったのか、よしこが大きく口を開けたまま
目をぱちくりさせる。
「うぁい?」
同じ返事。
だけど、声のトーンがさっきよりもあがっていた。
- 202 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:50
-
「どうすんの?」
「どうもこうも……」
「美貴にこういうこと言われるとムカツクかもしんないけど、はっきりさせたほうが
いいんじゃない? よしこのためにも」
口を閉じて、よしこが眉を寄せる。
それは、不愉快とかそういうんじゃなくて、ほんとになんか悩んでる感じで。
ふにゃっと笑うから、なんか痛々しい。
「そうっすね、やっぱ、ちょっとムカつきますね」
それは、でも本気で言っているようには聞こえなかった。
「うまくいってるから言えるんじゃんって思っちゃいますね、今、トラブってても」
カシカシとよしこが頭をかく。
「ねぇ、先輩?」
こぼれ落ちる言葉に耳を傾けていると、よしこの視線が美貴のほうを向いた。
よしこの目はまっすぐこっちを向いている。
それは、奇妙なほど落ち着いて見えた。
「このまま黙ってて梨華ちゃんにいつか恋人ができたら、吉澤、あきらめられますかねぇ、
梨華ちゃんのこと」
- 203 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:51
-
それは、美貴も考えたことがある。
もし、亜弥ちゃんに恋人ができたら。
もし、今まで美貴と一緒にいた時間を恋人と一緒にいるようになったなら。
そしたら、亜弥ちゃんのこと、普通の友達として見られるようになるのかって。
亜弥ちゃんが幸せになれるなら、それでいいのかもしれない。
亜弥ちゃんの幸せを願うことが、本当に好きってことなのかもしれない。
ほら、よく言うじゃん?
あなたの幸せな顔を見るのが私の幸せって。
子供の頃は、そうなんだろうなぁって思ってた。
好きな人が幸せでいてくれれば、自分の思いは届かなくてもいいんだろうって。
それが、本当に好きってことなんだろうって。
でも、亜弥ちゃんと出会って、亜弥ちゃんを好きになって、そんなことは
ありえないってわかった。
それが本当の好きってことなら、美貴はそんなものいらない。
ニセモノだっていい。
誰に後ろ指指されたっていい。
亜弥ちゃんの笑顔も泣き顔もすねた顔も、全部自分だけのものにしたい。
ほかの誰にも、そんな顔を見せてほしくない。
亜弥ちゃんの幸せは、美貴と一緒にいることであってほしい。
- 204 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:52
- 結論は、それだった。
自分でもあきれるほど、美貴は亜弥ちゃんが好きだって気づいただけだったよ、まったく。
はーっと美貴がため息をついたからか、よしこが怪訝そうな顔になった。
あぁ、そういえば、まだ答えてなかったね、ごめんよ。
「よしこがあきらめられるかどうかはわかんないけど」
にこっと笑ってよしこを見る。
「美貴はムリだった。美貴には、亜弥ちゃんをあきらめるなんてできなかったよ」
言ってしまって。
断られたり拒絶されたりしたら、それは決断できたのかもしれないけど。
何も言わずにあきらめるなんて、美貴にはムリだったんだ。
そう告げたら、よしこはこきこきと首を左右に揺らして、それから目を伏せた。
「……ですよね、きっと」
- 205 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:52
- よしこは多くを語らなかった。
ムリに言わせたいとは思わなかった。
じゃあなんで聞いたんだって思われるかもしれないけど、それはなんとなく仲間としての
確認というか。今、よしこがどこにいるのか知りたかっただけのかもしれない。
迷ってないなら、それでいい。
美貴の手を引いてくれたのは、間違いなくよしこだから。
もしどこかに沈んでしまっているのなら、なんとか引っ張りあげたかっただけだから。
「ん、ごめん」
「なんであやまるんですか」
「ん? なんとなく」
「……ありがとうございます」
「こちらこそ」
ぺこりと頭を下げる。
「まだなんかあったら言ってください」
「そんときは、よろしく」
とりあえず、必要な情報はもらった。
ありがたく感謝しつつ、美貴はよしこの家を出た。
- 206 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:52
- 外は真っ暗になっていた。
予想以上に時間がかかってしまったみたいだ。
腕時計を見ると、もう8時近くになっていた。
やばいなぁ。
亜弥ちゃん、怒ってるかもしんない。
とりあえず、メール入れとくか。
『今よしこの家出たとこなんだ。遅くなっちゃった、ごめん』
すぐに返事がくるかと思ったけど、反応なし。
うーん、マジで怒ってるのかもしれない。
やれやれだなぁ。
『ホント、ごめん。すぐ帰るから』
もう一度メールを送ったけど、やっぱり返事はなし。
しょうがないからそのまま学校を越えて駅へと向かう。
- 207 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:53
-
「ん、と……」
カバンの中からサイフを出そうとして……なかなか見つからない。
「あれ?」
ゴソゴソとあさっていたら、ふと背中に気配を感じた。
「みきたん」
その声は。
予想外の声で。
でも、なんだかどこかで予想していたかもしれない声で。
ぐるりと振り返ると、そこにいたのはもちろん亜弥ちゃん。
ちょっと口を尖らせて、ふっと不満そうに息を吐いていた。
「遅い」
「ごめん……って、なんでいるの」
「待ってたから」
「や、なんで待ってるの」
「……待ってたかったから」
「……もしかして、浮気するってマジで思ってた?」
- 208 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:53
-
なんとなく亜弥ちゃんの挙動が不審でカマをかけてみたら、案の定。
急にキョトキョトと落ち着きなく視線が揺れる。
「そ、そんなことないもん」
「思ってたんだ」
自分でも意識せずに、表情が消えたのがわかった。
途端に目の前の亜弥ちゃんの顔が変わる。
「そんなに信用できない? 美貴のこと」
「そ、そうじゃないよ!」
サイフを見つけ出して、カードを使って改札をくぐる。
亜弥ちゃんが追っかけてくるのが足音でわかる。
「じゃ、なんで待ち伏せてんの」
言いがかりなのはわかってた。
亜弥ちゃんにとっては、ある意味言われて当然のことなのかもしれないけど、
美貴はそれが言いがかりだって知ってる、わかってる。
美貴だって亜弥ちゃんを信じてない。
信じてないどころか、探ろうとさえしてる。
それも、亜弥ちゃんに気づかれないように。
- 209 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:54
-
最低だ。
最悪だ。
待ち伏せてくれるっていうのは、美貴のこと好きだからじゃないか。
好きだから、心配だし不安になるのに。
それなのに。
それをうれしいと思う前に、誰かと比べられてるんじゃないかって思う。
亜弥ちゃんに心配なんてさせない、ほかの誰かに。
あぁもう!
美貴は拳をギュッと握り締めた。
とにかく、必要な情報はそろったんだ。
あとは、ここから美貴が探り出していくだけ。
本当の、亜弥ちゃんを。
そこからどうしたらいいかなんて知らないけど、とにかく探さなきゃ。
でないと、こうやってすれ違っていくばっかりになっちゃう。
こんな壊れ方はごめんだ。
- 210 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:54
- 背中に視線を感じて、一度目を閉じる。
小さく息を吐いて目を開けると、それから振り返った。
ビクッと亜弥ちゃんが身を引いたのがわかった。
「……あ」
「ごめん」
ポンとその頭に手を乗せる。
それから、その手をゆっくりずらして、ほっぺたをなでた。
亜弥ちゃんは泣きそうな顔になって、ふるふると首を振ると、そっと美貴に
手を伸ばしてきた。
そっとそっと、逃げられてもすぐに引っ込められるくらいのスピードで手を伸ばして、
キュッとその指先が上着の裾をつかむ。
それでも美貴が動かずにいたら、トンと一歩足を出して、それからゆっくり
美貴に抱きついてきた。
髪がほっぺたをくすぐる。
背中にあったかい腕を感じる。
「……ごめんね。ごめんなさい」
耳元でささやく声が聞こえる。
美貴はその頭に手を添えて、軽くなでた。
ギュッと亜弥ちゃんの腕に力がこもる。
- 211 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:55
-
「怒ってる?」
「……ちょっとだけね」
答えながら、口の中が乾いていくのがわかった。
きっと、これから亜弥ちゃんが何を言っても、何を聞いてきても。
それに対する美貴の答えには、どこかでウソが混じってしまうから。
ごめんね。
「……ひとりにしないで」
だけど、亜弥ちゃんの口からこぼれたのは、美貴が予想していたのとは違う言葉だった。
「え?」
小さな声は、ひどく切迫しているように聞こえた。
体を離して亜弥ちゃんの顔を見ようとするけど、その細い腕がそれを許してくれない。
「ひとりは……ヤだよ」
その体が、小刻みに震え始めて、美貴は亜弥ちゃんの頭から手を離した。
そのままギュッと、亜弥ちゃんがしてるのと同じように抱きしめる。
のどもとにまでせりあがってきた何かを、ごくりと飲み下す。
- 212 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:55
-
「大丈夫だよ、ちゃんとここにいるじゃん」
できるだけ明るい声を作って、そう言った。
亜弥ちゃんにウソをつき続けなきゃいけないけれど、この言葉にはウソはない。
亜弥ちゃんへの思いにだけはひとかけらの、1ミクロンのウソもない。
「……うん」
ポンポンと背中を軽く叩くと、それにあわせるように、電車がホームに滑り込んできた。
亜弥ちゃんがあきらめたように腕を解いて体を離す。
照れたようなバツの悪そうな顔に笑顔を向けて、ポンポンと頭を叩いてやると、
亜弥ちゃんもやっと笑顔を見せてくれた。
そのまま電車に乗り込んで、隣りあわせで座席に座る。
亜弥ちゃんは腕がしっかりとぶつかる距離まで近づいてきていた。
ちらりと横を見ると、こっちを見ている亜弥ちゃんと目があった。
にひひと笑って、亜弥ちゃんは美貴の上着の袖をキュッと握る。
その顔に、ギューッと心臓をつかまれたような気がした。
- 213 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/01(土) 22:55
-
飲み下したはずの感情が、また胸の奥からせりあがってくる。
ねぇ、亜弥ちゃん?
美貴は亜弥ちゃんをひとりにするつもりなんてないんだけどさ。
美貴と出会う前、いったい誰と一緒にいたの?
誰と、2人でいたの?
今でもその人のこと忘れてないの?
なんで、美貴と一緒にいるの?
教えてよ、亜弥ちゃん。
言うことさえもできない暗い黒い感情を押し込めて、亜弥ちゃんの温もりを腕に感じたまま、
美貴はそっと目を閉じた。
* * * * *
- 214 名前:藤 投稿日:2004/05/01(土) 23:02
- 本日はここまでです。
相変わらず進んでません、すいません(汗
本日のテーマは「ミキティがいかにあややを好きか」…だったのか?
レス、ありがとうございます。
>>197
盛大に裏切っていないようでこちらも一安心ですw
ラブラブシーン…ないですねぇ(汗
かなりラブラブなはずなんですが…なぜ?
でも、可愛いと言っていただけてうれしいです、ありがとうございます。
>>198
そういうことだったんです。
ちょっと…いや、かなり引っ張りましたがw
ええと、がんばって更新しますんで、死なずにお待ちくださいませw
- 215 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/02(日) 00:04
- なんかちょっと、いや、かなり痛いですね。
やっぱ松浦さんの過去、気になります。
これからどうなるのか楽しみです。
頑張ってください。
- 216 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/02(日) 12:48
- 藤本さん、辛いですねぇ。
でもなんとか乗り越えてほしいです。
そして自分も松浦さんの過去が気になります。
それが分からなきゃ、藤本さんも次?に進めないでしょうしね。
今回でなんとか死なずに済みましたw
次回まで頑張って命を繋ぎとめておくんで、作者さん、頑張ってくださいねw
- 217 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:44
- その日、美貴は見知らぬ土地の、見知らぬ学校の前に立っていた。
ここは、亜弥ちゃんの生まれ故郷……らしい。
美貴も、よしこから聞いた又聞きだからよくわかんないけど。
亜弥ちゃんはこの街で中学の途中まで暮らしていたらしい。
もちろん、引っ越した理由は両親の離婚やらなんやらなんだろうけど、
今はそれはどうでもいい。
とにかく、時間がないから早く亜弥ちゃんの友達を見つけないと。
キーンコーン……
チャイムが鳴った。
それを待ち構えていたように、校舎から制服やジャージを着た子がぞろぞろと表に出てくる。
さて、どうしよう?
その姿を見てから、ハタと考えた。
この辺に知り合いなんてもちろんいないし、いきなり話しかけたらアヤシイ人だよねぇ。
ヘタなことになって、ケーサツのご厄介とかにはなりたくないしなぁ。
なんてったって美貴、あらぬウワサが山ほど立つほど目つき悪い……らしいしね。
すでに、ヘンなウワサになってなきゃいいんだけど。
校門の前に立っていろいろと考えをめぐらす美貴を、すでに何人かの子は不思議そうに
見てたりするし。ちらっと視線を送ると、逃げ出されちゃうんだけどさ。
- 218 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:44
-
「……あの」
うーん、マジでどうしよう。
せめてどうするか考えてから来るんだった。
まずいなぁ、こんなときに考えるより先に行動する悪いクセが出ちゃったよ。
「……あのぉ」
とりあえず、出直そうか?
でもな、正直ここまでくる電車賃だってバカになってないし。
湯水のようにお金使えるわけじゃないから、訪問回数はできるだけ減らしたいし。
「あの!」
「ん?」
声に気づいて、美貴は目線を上げた。
目の前にいた女の子が、ビクッとして体を引く。
ありゃ、いよいよ、不審者として通報決定?
ヤバイなぁ……。
と思っていたら、その女の子はキュッと口を結んで、体勢を立て直した。
- 219 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:45
-
「あの……」
「ん? あぁ、美貴、アヤシイものとかじゃないから。って言っても全然説得力ないかも
しれないけど、ホント、全然悪いことしようとかそんなの考えてないから。めっちゃ
目つき悪いかもしんないけど、それは生まれつきだからしょーがないでしょ」
「いえ、あの、そうじゃなくて!」
強い口調でその子が言ったから、美貴はとりあえず口をつぐんだ。
わざわざ話しかけてくれようとしてるってことは、とりあえず通報しようっていう
つもりはないらしい。
黙って、その子の顔をじっと見つめる。
「あの……もしかして、藤本さん、じゃないですか?」
え?
突然、自分の名前が見知らぬ子の口から出てきて、美貴は目を丸くした。
いやいや?
確か、この辺には親とか住んでたことないはずだし。
友達とかもこっちに越したとか聞いてないし。
そもそも、どう見ても高校生……高校から出てきてるんだから当たり前か。
高校生の知り合いなんて、よしことか亜弥ちゃんしかいないんだけど。
- 220 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:45
-
「あの、違ってますか?」
そこで初めて、美貴はその子をちゃんと認識した。
目が大きくて、ハッキリした顔立ち。
いわゆる美少女に属するほうだと思う。
それなのに、どこかぽやんとした雰囲気があって、その微妙なギャップがこれまた微妙な
雰囲気を作り出している。まぁ、一般的にはカワイイ子なんだろうな。
「あのぉ」
「あ、あぁ、ごめん。うん、藤本だけど」
そう言うと、その子はほっとしたように笑顔を浮かべた。
笑うと、かなり幼い感じになる。
「あのさ、どこかで会ったこと、あったっけ?」
「あ、や、会ったことはないですけど。あの、えっと」
もごもごとその子が一生懸命言葉をつむごうとしているのを見ながら、ヘンな視線を感じて
顔を上げたら、すごい勢いで視線がひいた。
- 221 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:46
-
ありゃ、やばいわ。
これって、ヘタするとカツアゲしてる人に見えるんじゃない?
その発想もどうかと思ったけど、とりあえず美貴は目の前でもごもごしている子の手を取った。
ビクッとしてその子が顔を上げる。
「ごめん、場所変えよ?」
「え、あ、はい」
とりあえず、その子を連れてその場を逃げるように去った。
背中に、刺さるような視線を感じながら。
あぁ、ごめんね、見も知らぬ彼女。
きっと、明日大変なことになるんだろうなぁ。
ホントごめん。
ヘンに目立つ人間でごめんね。
目立ちたいわけじゃないんだけどさ。
* * * * *
- 222 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:46
- 土地勘のない美貴は、その子に案内してもらって学校からちょっと離れたファミレスにきた。
とりあえず適当に飲み物をもらって、対面に座る。
それにしても、この子誰だろう?
「えっと、話途中になっちゃってごめんね」
「あ、や、いいです、大丈夫です」
ぴょこんと頭を下げる。
「で、会ったことはないんだよね?」
「あ、はい。会ったことはないです、初対面……ちょっと違うかな。でも、直接会うのは
初めてなんで、初対面ですよね」
時々ひとりで納得するような言葉を挟みながら、彼女は続けた。
「……なんで、美貴のこと、知ってるの?」
そう聞くと、その子はにへーと笑った。
「な、何?」
「ホントに自分のこと『美貴』って言うんですねぇ。なんか、すっごいカワイイです」
「や、あ、あの、ありがと」
- 223 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:47
- そう言いながらも、美貴の頭の上には「?」がいっぱいついてたんじゃないかと思う。
だってさ、会ったことないのに、なんで美貴が自分で自分のことを「美貴」って
言うって知ってんだ?
それに、なんかペースをめちゃくちゃ崩されてる気がする。
この子、亜弥ちゃん以上にマイペースな感じがするんだけど。
とにかく時間はないんだから、話は早く、手短に。
自分で自分に言い聞かせて、もう一度目の前の彼女を見つめる。
「あのさ、なんで美貴のこと、知ってるの?」
「あ、あぁ、はい。あの、アヤちゃんから聞いてたんで」
こんだけ引っ張ったくせに、あっさりとその名前を彼女は口にした。
あまりにもあっさりしすぎてて、すぐに「亜弥ちゃん」に結びつかなかったくらい。
「アヤちゃんって……」
「松浦亜弥ちゃんです。知ってますよね?」
「あ、うん、もちろん」
亜弥ちゃんのことは知ってるよ、たぶん、この世で1,2を争うくらい。
でも、あんたのことはカケラほども知らない。
亜弥ちゃんから聞いたこともない。
- 224 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:48
-
「……あ」
美貴が黙ってしまったからか、その子はちょっと首を傾げて、それからはっと気づいたように
ぽんと手を叩いた。
「ごめんなさい、名前、まだ言ってなかったですよね」
彼女はきちんと座りなおして、それからぺこりと頭を下げた。
「たかぁし、あい、です」
はい?
その言葉は、ちゃんとした形にならずに美貴の元に届いたような気がした。
あい、はきっと名前だよね。
アイちゃん。うん、女の子らしいカワイイ名前じゃん。
くりくりとしたその外見には似合ってるような気がする。
で、問題なのは、その前のたかぁしってとこ。
あい、が名前だとすれば、たかぁし、は苗字なはずなわけだ。
しかし、それってどんな字よ?
うーんと悩みながら彼女を見ると、にへーっと笑ったままこっちを見ている。
ふむ、しょうがない。とりあえずは、亜弥ちゃんのときに使った手を使ってみるか。
- 225 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:48
-
「えっと、漢字ってどんな字?」
「漢字?」
「名前の」
ああ、と彼女はつぶやいて、ごそごそとカバンの中をあさり始めた。
そこからカラフルな定期入れらしきものを取り出して、パタっと開くと美貴の前に
差し出してきた。
そこにあったのは、生徒手帳。
高橋愛
あぁ、たかぁし、じゃなくてたかはしなのね。
言われてみればわかるんだけど、全然わかんなかったよ。
……って、あれ?
美貴はぼんやりしていた記憶の奥をがさがさと探った。
そうだ、そうだよ。
この名前。
この名前は。
よしこが聞き出してくれた、亜弥ちゃんの仲良かった友達の名前。
美貴が探し求めていた人の名前じゃないか。
- 226 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:50
-
「愛ちゃんって……亜弥ちゃんの友達の?」
「はい、亜弥ちゃんから聞いたことありますか?」
「あぁ、えっと、うん、まぁ」
ウソだけど。
亜弥ちゃんの口からキミのことなんて、聞いたことない。
てか、亜弥ちゃんから今の学校の友達以外の人のことなんて、聞いたこともないけど。
「でも、びっくりしましたよー。まさか、こんなとこに藤本さんがいるなんて
思わなかったんで。夢でも見てるのかと思いました」
言いながらも、さほど驚いた雰囲気はない。
でも、美貴は結構びっくりしたよ。今目の前にいるのが探してた人なんて思えない。
顔知らなかったからな、思えばかなり暴走してたってことだ。
「愛ちゃん……愛ちゃんって呼んでいいのかな」
「あ、はい、いいですよ」
「愛ちゃんは、なんで美貴のこと知ってんの?」
「亜弥ちゃんが、時々メールくれてたんで」
事もなげに、当たり前のことのように愛ちゃんは言った。
- 227 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:51
- なんでも、転校してから今でも時々メールのやり取りはしてるんだとかで。
すごく仲良くなった人がいるんだってメールをくれたんだとか。
懇切丁寧に、美貴が自分で自分を名前で呼ぶってことまで解説しちゃって、
写真までつけて送ってるんだって。
そうか、そうだよね。文明の利器ってすばらしい。
ビバ、カメラ付きケータイ。
こんな、亜弥ちゃんに後ろ暗いことしてるところで、亜弥ちゃんに助けられちゃったよ。
……ごめんね。
「今日はひとりで?」
「あ、うん。あの、ちょっとね」
言いかけたところで、不意に携帯がブルブルと震えた。
はっとして携帯を手に取る。
タイムリミットだ。
- 228 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:51
-
「藤本さん?」
「……ごめん、あのさ、今度の土曜日とか、ヒマかな?」
「え、あ、はい」
「ちょっと、話があるんだけど、時間とってもらえる?」
「……はい」
美貴の差し迫った態度に気づいたんだろう、愛ちゃんの声のトーンが低くなる。
「くわしいことはそのとき話すよ。ごめん、バタバタしてて」
カバンから手帳を取り出して、携帯の番号とメアドを書いて破くと、それを
愛ちゃんに渡した。
「あ、じゃあ、あたしも、これ」
愛ちゃんは出してた定期入れの中から、これまたかわいらしいカードを取り出した。
そこには愛ちゃんの携帯番号とメアドが書いてあった。
「ありがと」
伝票を取って立ち上がろうとして、「あの!」という愛ちゃんの声に止められた。
「ここは払っとくよ。あ、それから」
愛ちゃんに向き直って、ギュッと眉根を寄せる。
「美貴がここにきたこと、亜弥ちゃんには黙っててほしいんだ」
そう言うと、愛ちゃんの眉根もギュッと寄った。
言いたいことをつかみかねてる、そんな感じだ。
「理由は、ちゃんと話すよ。お願い」
納得してくれたのか、迫力負けしたのか、愛ちゃんは小さくうなずいた。
「ありがと」
- 229 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:52
- ダッシュで駅まで走って、電車に飛び乗る。
このままならなんとか間に合いそうだ。
はーっと息を吐く。
行き当たりばったりできちゃったけど、ラッキーだった。
今日1日の授業をサボっただけの価値はあった。
今からなら、たぶん7時くらいには駅に戻れるだろう。
今日は6限まである日だから、遅くなっても亜弥ちゃんに怪しまれることはない。
とにかく、収穫はあったんだ。
これで、先に進めるはず。
美貴は電車のシートに深く腰を落として目を閉じた。
たとえその先に、崖しかなかったとしても。
先の道が美貴を奈落に突き落とすものだったとしても。
もう、止まることなんてできない。
- 230 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:52
- 駅に着いたのは、思っていたよりも早い時間だった。
このまま家に帰れば、いつもとおんなじだ。
なんとなく安心して、ほっと息をつく。
と、ポケットの中で携帯が震えた。
見ると、相手は……梨華ちゃん。
なんだろ、サボったこと怒られるのかな……と思ってメールを見て、美貴は
ほとんど反射的に駆け出していた。
携帯を閉じるのも、忘れるくらいの勢いで。
ヤバイ。
ヤバイ。
ヤバすぎる。
なんだって、こんなときだけヘンにカンがいいんだ、あの子は。
- 231 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:52
- 美貴の携帯に届いたメールは
『亜弥ちゃんが大学に来てる。急いで戻って』
という簡潔なものだった。
美貴が大学に入学してから、亜弥ちゃんが大学までやってきたことはなかった。
大学祭まではまだ時間があったし、そもそも大学に来る用事がない。
高校から大学へこようと思ったら、家とは反対方向になっちゃうから、わざわざ
来ることもなかった。
それが、なんで、今日、まさに今日きてるのさ。
それも、何も連絡がなかった。
いつもなら、メールなり電話なりしてくるのに。
……なんか、気づかれてる?
まさか。
そんなことを考えていたら、またメールが来た。
『正門にいるから、裏門から戻って。図書館だと思うって言ってある』
ありがとう。
心の中でめいっぱい感謝して、ダッシュするスピードを上げた。
- 232 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:53
- さほど時間はかからずに、大学の裏門までたどり着いた。
講義は終わっているとはいっても、学食にだって人はまだいる。
サークル活動してる人もいるから、構内は明るい。
とりあえず、梨華ちゃんに言われたとおりに裏門を通って図書館へ抜ける。
途中、構内の時計を見たらさっきメールをもらってから、もう30分たってる。
あやしまれても、おかしくないといえばおかしくない。
一度図書館の中へ入って、汗をぬぐって呼吸を整える。
いい加減、梨華ちゃんもごまかしきれないくらいになってるかもしれない。
亜弥ちゃんの押しの強さには、負けそうだからなぁ。
息を吐いて、それから拳に力を入れると、図書館から外へ出た。
――大正解。
ちょうど、正門のある方角からピンクな人と、その横に寄り添うようにして
歩いてくる人が見えた。
ゆっくり足を進めると、顔が見えるくらいの距離に近づく。
そこで、パッと梨華ちゃんの顔が輝いた。
2人そろってトトトと駆け寄ってくる。
近くまで来たところで、亜弥ちゃんが明らかに怒ってるのに気づいた。
むぅっと美貴をにらんでくる。
- 233 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:53
-
「あれ、亜弥ちゃん? なんでいんの?」
わざとらしく声を上げる。
「みきたん、今まで何してたの」
疑問じゃなくて詰問ですか。
「何、て、ちょっとレポートの調べものだけど。今日、なんか約束してたっけ?」
「してないけど」
「連絡とか、もらってないよね?」
そこで、できるだけ自然に携帯を取り出す。
「あれ、梨華ちゃん、メールくれた?」
今、さも今気がついたかのように、携帯を開く。
「あ、うん、したけど」
梨華ちゃんがあわてて答えてきた。
「あー、ごめん、気づかなかったよ。音切ってたから」
「あ、ううん、亜弥ちゃんきてるよっていうメールだから。会えたし、あたし、
もう帰るね」
「あ、ありがと」
「……」
亜弥ちゃんはむーっと美貴をにらみつけたまま、何も言おうとしない。
美貴はそんな亜弥ちゃんの頭をポコンと叩いた。
亜弥ちゃんが不満そうに美貴をますますにらみつける。
- 234 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:54
-
「お礼、ちゃんと言いなよ」
「……ありがとうございました」
明らかにしぶしぶという感じでお礼を言う。
梨華ちゃんはほんのちょっとバツの悪そうな顔をして、それからそのまま
帰っていった。
ホントごめんね、ことごとく迷惑かけまくりで。
「で、どしたの、何の連絡もなしに来るなんて。なんか、急ぎの用事?」
「連絡しなきゃ、来ちゃダメなの?」
「んなことないけど」
「けどなにさ」
なんだろう、今日は妙に突っかかるなぁ。
特に特別な日じゃなかったはずだけど。
亜弥ちゃんの誕生日でもないし、美貴の誕生日でもない。2人が出会った記念日って
わけでもないし、告白した日とも違う。
いったい、なんだって言うんだろう?
まさか、愛ちゃんが連絡した……とかってことは、ないよねぇ。
あの子は約束は守ってくれると、思うんだけど。
- 235 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:55
-
「……なんかあった?」
「何もないよ」
「あったね」
「ないってば」
ペシッと両手で亜弥ちゃんのほっぺたをはさんだ。
ピタリと亜弥ちゃんの言葉がとまる。
まっすぐその瞳を覗き込むと、亜弥ちゃんは目をそらそうとする。
それを腕を固めて妨害すると、根負けしたようにふにゃっと泣き笑いの表情を浮かべた。
その顔を見て、ふっと思い至った。
もしかしたら、今日は「懐かしい人」と何かあった日なのかもしれない。
それこそ、その人の誕生日だったとか、付き合い始めた日とか、もしかしたら
別れたその日とか、何かとにかくその人を思い出しちゃう日なんだろう。
そう思えば、こないだの「ひとりにしないで」っていう発言も納得がいく。
その日が近づいて、不安定になっていたのかもしれない。
ぐっとせり上げてきた気持ちを押し込めて、ほっぺたの手を離して、くしゃくしゃっと頭をなでる。
それから、亜弥ちゃんの手を取って、歩き出した。
「み、みきたん……」
「せっかくきたんだから、今日は外でなんか食べてこうよ。おいしいお店があるんだよ」
「う、うん」
- 236 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/05(水) 12:55
-
じわじわとあふれ出す、亜弥ちゃんへの愛しさ。
そして、それを追いかけるように滲み出す、深くて暗い不安。
泣いてもいい、怒ってもいい、すねてもいい。
笑ってくれなくてもいい。
落ち込んじゃっても元気がなくなっちゃってもいいから。
その理由を話してくれなくてもいいから。
そばにいてよ。
美貴の、そばにいて。
お願いするのは美貴のほうだ。
約束は守るから。
どんなことがあっても、美貴は亜弥ちゃんのそばにいるから。
お願いだから。
美貴を、ひとりにしないで。
* * * * *
- 237 名前:藤 投稿日:2004/05/05(水) 13:03
- 本日はここまでです。
GWなので調子に乗って早めに更新してみました。
新人さん登場…彼女を書くのは初めてでちょっと緊張。
レス、ありがとうございます。
>>215
なぜかどんどん痛々しくなってしまいます…。
あややの過去にも少しずつ迫りつつ…進んでませんね(汗
がんばります。
>>216
ミキティは、ますますつらくなってますが、
乗り越えるべくがんばってますです。
ええと、いやそんな、がんばっていただくほど高尚なものでもないんで、
気楽にお待ちくださればw
- 238 名前:dada 投稿日:2004/05/05(水) 19:19
- 梨華ちゃんとの連携プレー(?)みごとですw
あの人も登場してマスマス気になります。
- 239 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:05
- 約束の土曜日。
亜弥ちゃんにはゼミの飲み会があるからとこれまたウソをついて、家を出た。
飲み会とはいっても、一応未成年だからね。
夕方くらいからのお食事会みたいなものだと説明して。
しかも、美貴は幹事になっちゃったから、ちょっと早く準備しなくちゃいけないんだと
言って、昼前には家を出ていた。
それにしても、ここ最近でついたウソはどのくらいになるんだろう。
もう地獄に落ちることは決定するんじゃないかってくらい、ウソをついてる気がする。
最近じゃウソつくのにも慣れてきちゃって、美貴ってこんなに頭の回転速かったっけ
なんて思い始めてるくらい。
いつか、罪悪感なんてなくなる日が来るんじゃないかなぁ、なんてことも思ってしまう。
やれやれだ。
- 240 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:05
- 待ち合わせの場所はこないだと同じファミレスで。
美貴が行ったときには、もう愛ちゃんは来ていた。
「こんにちは」
「あ、ども、こんにちは」
とりあえずケーキセットなんぞを頼んでみたりして、対面に座る愛ちゃんを見る。
今日は私服だ。
この間会った時は結んでいた髪も下ろされていて、なんだか制服のときより大人っぽく見える。
だけど、目があって笑うその姿は、やっぱり年相応って感じがする。
「ありがとう」
軽くテーブルの上で両手を組み合わせて愛ちゃんを見ると、首を傾げたところだった。
「来てくれて。それから、約束守ってくれて」
愛ちゃんは、そんなことですか、とでも言いたげに小さく笑った。
その笑顔に、ちょっとだけ緊張してた気持ちがすーっとひいていく。
「あれから、大変な目にあわなかった?」
「はい?」
美貴は、亜弥ちゃんと初めて会ったときに起こったことを教えてあげた。
ちょー有名人の美貴に連れられて校舎めぐりをした亜弥ちゃんが、その次の日からどうなったのかを。
そしたら、愛ちゃんはあぁそのことですか、いろいろ大変でしたと何でもないことみたいに言った。
「大変って?」
「後輩とかから、あのカッコイイ人は誰ですかって聞かれちゃって。いとこだって適当に
ウソでっち上げちゃいました」
にへーと笑う。
- 241 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:06
-
ありゃま。
それは意外な展開でした。
美貴、亜弥ちゃんと会ってから、そんなに変わったのかなぁ。
変わったんだとすれば、やっぱりそれは亜弥ちゃんの力で。
亜弥ちゃんのことを思い出して、胸が締めつけられる。
「今日は時間、大丈夫なんですか?」
「あ、うん、まぁ。夜までは」
と、携帯が震えた。メールの相手は、亜弥ちゃんだ。
「ちょっとごめん」
『みきたん! あんまり遅くなったらダメだからね! 締め出すからね!』
おいおい、こんな早い時間から釘刺されてるよ。
どうよ、美貴。
思わず苦笑いがもれる。
そこに、注文していたケーキが運ばれてきて、なんとなく美貴と愛ちゃんは向き直る形になった。
一口ケーキを口に運んでから、美貴は愛ちゃんを見やる。
愛ちゃんも美貴の視線に気づいたのか、ほんのちょっと表情を引き締めた。
- 242 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:06
-
「話っていうのは、亜弥ちゃんのことなんだけど」
「はい」
「こっちにいた頃にさ、亜弥ちゃんに恋人とかいなかった?」
「……コイビト、ですか」
ビンゴだ。
それはカンだけど、間違っている可能性はゼロ。
愛ちゃんは、今確かに亜弥ちゃんに恋人がいたことを教えてくれた。
その、微妙な一瞬の間で。
その恋人と亜弥ちゃんの間に「何か」が起こったことまでも。
「いたんだ」
愛ちゃんはごまかすように笑みを浮かべた。
だけど、それが意味を成していないことがわかったんだろう、すぐに引っ込めてしまう。
一度目を伏せて、それからにらみつけるように美貴を見つめてきた。
「それを聞いて、どうするつもりなんですか」
きついきつい言葉。
その言葉で、愛ちゃんがかなり深いところまで亜弥ちゃんの事情を知っていることがわかる。
離れてもなお、亜弥ちゃんを守ろうとする強いやさしさ。
少し、うらやましい。
- 243 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:07
-
「その恋人は、男の人?」
虚を衝かれたのか、愛ちゃんの大きな目がさらに丸くなった。
「そ、それは……」
あまりにもわかりやすくて、美貴は小さく笑った。
あたりまえじゃないですか、って一言返せばいいところ。
それをどもっちゃうなんて、そうじゃないって言っているのと同じことだ。
わかりやすくて助かったよ、ごめんね、愛ちゃん。
「美貴、今亜弥ちゃんと付き合ってるんだ」
そう言ってあげると、愛ちゃんはますます目を丸くした。
何度も瞬きをして確認するように美貴を見つめ、それから息を吐いて肩を落とす。
「そうですか……そうじゃないかと思ってたんですけど」
え? 気づいてた? うそぉ?
そんな美貴の疑問の顔に気づいたのか、愛ちゃんはまたにへーとした笑顔を浮かべた。
「さっきのメール、亜弥ちゃんからですよね」
「え、あ、うん」
「それ見てたとき、すっごいやさしい顔してましたよ、藤本さん」
「え?」
「だから、きっと、そうなんだろうなって思ってました」
そんな見た目でばれるような行動取ってたのか。
全然気づかなかったよ。じゃあ、周りの人が見ても気づくのかなぁ。
今度、よしこにでも聞いてみよう。
- 244 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:08
-
「亜弥ちゃんに、何かあったんですか」
きゅっと表情を引き締めて、愛ちゃんが聞いてきた。
「何か、っていうか」
美貴はできるだけ丁寧に亜弥ちゃんとのことを伝えた。
必要以上のことは言い過ぎないように、でも必要なことは言うように。
ほとんど初対面の愛ちゃんに自分の弱い部分を告げるのはそれなりに勇気がいったけど、
今はそんなことにかまっていられない。
美貴のヘンな見栄やプライドで、亜弥ちゃんをなくすわけにはいかない。
「美貴は、亜弥ちゃんに本当の笑顔を見せてほしいし、泣いてほしい。
何もガマンなんてさせたくない。本当の亜弥ちゃんでいてほしいんだ」
そのためには、過去に亜弥ちゃんに何があったか知るしかない。
そう告げると、神妙な顔で美貴を見ていた愛ちゃんは、ふにゃりと表情を崩した。
それは確かに笑顔だったんだけど、困ったような痛そうな、切ない笑顔で。
美貴は言葉に詰まりかけて、自分を奮い立たせた。
ここで、引くわけにはいかない。
「だから、教えてほしい。亜弥ちゃんの恋人のこと」
- 245 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:09
-
愛ちゃんは一度考えるように目を閉じて、でもすぐに開けた。
まっすぐにまっすぐに、美貴を射抜こうとするみたいに見つめてくる。
美貴が何も言わずに見返すと、一度口を開きかけてキュッと唇を噛み締めて、
それからもう一度口を開いた。その口からこぼれ落ちたのは、とてもやさしい音――。
亜弥ちゃんが言わないことを、あたしの口から言っていいのかわからないけど。
全部亜弥ちゃんから聞いた話で、ほかの人から聞いたことはひとつもないから、
どこまでがキャッカンテキなジジツなのかわからないけど。
そう、強く強く念を押しながら。
静かに前置きをして、愛ちゃんは語り始めた。
- 246 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:10
-
亜弥ちゃんには確かにコイビトがいました。
あたしが亜弥ちゃんと初めて会ったのは中学生になってからだったんですけど、
そのときにはもう憧れてる人って感じだったみたいで。
付き合う前から何度も話の中に出てきたから、あたしでも知ってて。
なんか、隣の家のお姉さんのとこにきてた、家庭教師の人だったらしくて。
なんだか年上で、スーツ姿がすごくカッコイイんだって。
へぇ、そうなんだ、亜弥ちゃんって年上好きなんだぁなんて思ってたら、
いつの間にか、付き合うようになったって……それがホント、転校してく何か月か前のことで。
どんな人なの〜って聞いたら、神妙な顔になっちゃって、軽蔑しない? とか聞いてくるんで。
うん、たぶん、しないと思う、って言ったら、やっと写真見せてくれたんです。
それが、その人で。
すっごくキレイな人だったから、びっくりしちゃったんですけど、って、そこはびっくり
するところじゃないですよね。でも、先にそっちのほうにびっくりしちゃって。
したら、亜弥ちゃんは女の人だからってことをびっくりされたんだって思ったみたいで、
結構あわててたんですけど。
うん、なんか、きっとわかんない人にはどんなに説明してもわかんないと思うんですよ。
でも、あたしは別にどうのこうのとか思わなくて。
写真の人も亜弥ちゃんもすっごい幸せそうだったから、なんかちょっといいなぁって
思っちゃったくらいで。
- 247 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:11
-
けど……いつだったかな、転校してく少し前だったと思うんです。
なんか、亜弥ちゃん元気ないなって思って。なんかあったぁ? って聞いたら、その、
お父さんとお母さんのこと聞かされて。
うん、引っ越すかもしれないとか、転校するかもしれないって話はそのときにはもう
聞いてたんですけど。お父さんは単身赴任してたから、もしお父さんと一緒に暮らすことに
なったら引っ越さなきゃならないって。
けど、そのときはホントそれだけだったんですよ。
さびしくなるけど、メールするし、手紙も書くし、休みになったら遊びにも行くねって、
話してて……。
その人とも遠距離恋愛になっちゃうけど、すごいいっぱい勉強して、高校はこっちの
高校を受けて、奨学金とかそういうのもらうんだって。
そしたら、親とか関係なくあの人のそばにいられるからって。
ちょっとさびしそうだったけど、でも一生懸命で。応援しちゃおうとか思ってたんですけど。
それから、すぐ、亜弥ちゃん、1週間くらい学校こなくなっちゃったんです。
学校には風邪だって言ってたんですけど、お見舞い行っても会わせてもらえなくて。
結局、会えたのは学校来るようになってからで。
- 248 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:11
-
でも、そのときの亜弥ちゃんは、ホント、たぶん、亜弥ちゃんのこと知らない人が見ても
おかしいってわかっちゃったと思います。
すごいやつれてて、めちゃめちゃ元気なくて、もうどうしたんだろうって思って。
すごい気になったから聞いてみたんです。
そしたら、もううわごとみたいに、あたしが悪いんだ、あたしのせいだって泣いちゃって。
よくよく聞いてみたら、なんか、コイビトが……事故に遭ったって。
そこまで聞いたら、もう亜弥ちゃん泣き通しで話とかできなくなっちゃって。
結局、その人がどうなったのかはあたしにはわかんなかったです、そんときは。
死んだってわけじゃないってことはわかったんですけど。
だって、そんな亜弥ちゃんに興味本位で聞けないですもん。
転校してくまでの間、亜弥ちゃんホントに抜け殻みたいになっちゃってて。
話しかけても上の空で、時々急に泣き出しちゃったりして。
そうこうしてるうちに、転校してっちゃって……。
- 249 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:12
-
最初は、すごい心配したんです。
けど、ちゃんとメールもくれるようになったし、藤本さんのことも話してくれて。
学校でできた友達のこととか、いろいろ話してくれるようになったから。
あぁ、元気になったんだ、よかったって思ってたんです。
けど、今話を聞いてみて。
藤本さんには申し訳ないんですけど、吹っ切れてなんてないんだって思っちゃいました。
忘れられるはずもないんだけど、だって、本当に。
愛ちゃんはそこで言葉を切った。
痛そうだった笑顔は、痛そうな顔になってしまっていた。
「亜弥ちゃんはあの人のこと、宝物みたいに思ってましたから」
- 250 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:12
- そこまで聞いて、美貴ははーっと息を吐いた。
たぶん、愛ちゃんは知ってることを全部話してくれたんだと思う。
こんな、ほぼ初対面の美貴に。
ありがたいなと思う。
だけど、悔しいとも思う。
美貴の知らない亜弥ちゃんを、こうして深く知っていることに。
- 251 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:12
- なんとなく、想像はしてた。
亜弥ちゃんの恋人のことも、その人との間に何かがあったことも。
けど、その何かまでは想像できなくて、事故っていうのがリアルなのかそうじゃないのか、
よくわからない。
事故に遭って、その人は今、どうしているんだろう。
どうして亜弥ちゃんは、そんなに自分を責めたんだろう。
その人は今でも生きているはずなのに。
なんで、美貴を恋人にしたんだろう。
- 252 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:13
-
「藤本さん?」
声をかけられて我に返る。
目の前の愛ちゃんは、痛そうな顔じゃなくて困った顔になっていた。
たぶん、美貴が呆けちゃったからなんだろう。
「ん、ごめん」
ほんの少しだけ、本当の亜弥ちゃんに近づいた。
だけど、ここからどうしよう。
愛ちゃんは、たぶんもうこれ以上のことは知らないだろう。
となると、もう、行く先はひとつしかない。
その、亜弥ちゃんの恋人のところだけ。
でも、それをどうやって探し当てれば……あ?
「愛ちゃん」
「はい?」
「さっきさ、亜弥ちゃんの恋人がどうなったかわかんなかったって言ったよね」
「はい、言いましたよ?」
「そのときは、って言ったよね?」
「はい」
「ってことはさ、今は知ってるってこと?」
愛ちゃんはまた困った顔になった。
それはまるで、子供がいたずらを見つかったときみたいな顔。
そのまま、小さくうなずく。
- 253 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/09(日) 17:14
-
「なんで?」
「や、あの、別に隠してるわけじゃなくて」
ってことは、亜弥ちゃんは知らないってことか。
「あのですね、こないだ、うちのおばあちゃんがちょっと腰悪くしちゃって、3日
ばかし入院したんです。したら、えっと、その、ホントに偶然だったんですよ、
お見舞いに行ったら、病院の中で、あたし迷っちゃって。で、うろうろ出口探してたら、
その、見つけちゃったんです、その、名前を」
「その人の名前を」
「はい、で、そこに入院してるんだって、知ったんですよ」
入院って……事故に遭ったのが、こっちに来る前だったなら、もうずいぶん前の話だ。
そんな間入院って、もしかして……。
「や、あの、確認はしてないんで、同姓同名の人とかかもしれないんですけど」
でも、とにかく、今はそこにしか手がかりがないんだ。
「愛ちゃん、その人の名前と病院、教えてくれる?」
* * * * *
- 254 名前:藤 投稿日:2004/05/09(日) 17:17
- 本日はここまでです。
ミキティ、核心まであとちょっと。
レス、ありがとうございます。
>>238 dadaさん
梨華ちゃんある意味大活躍(?)でしたw
そして、彼女はミキティの背中を思いっきりドカンと押しちゃいましたw
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 20:57
- 更新、乙です。
てか、いいところで切り過ぎです。(ノ_<。)
次回も非常に楽しみにしております。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 23:26
- あーうー。危いよ藤本さん。
一連の行動がばれちゃったら…とか思うとガクガクブルブル
- 257 名前:dada 投稿日:2004/05/10(月) 01:47
- 過去の人は勝手に残りの85年組の人だと思ってましたw
藤本さんには地獄行きにならないように松浦さんを救ってほしいです。
- 258 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:06
-
「あの……」
見たこともない病院の、見たこともない受付のおねーさん。
まぁ、美貴基本的に丈夫だから、ほとんど病院なんて行かないけど、
それでも、ここがかなり大きな病院なんだってことはわかる。
待合室はドラマに出てくるみたいな大きなところで、たくさんのイスには
どこから出てきたんだっていうくらいたくさんの人が座っている。
忙しそうに行き来する看護士さんの姿に、時々白衣の先生の姿も見える。
「はい?」
受付の中から、ひとりの職員さんが美貴に気づいて近づいてきた。
ふーん、でっかい病院だから対応とか機械的かと思ったら、そうでもないんだ。
おねーさんはほんの少しだけ笑顔で、冷たくもないしなれなれしくもない。
それなりにいい病院なんだろうな、ここ。
- 259 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:07
- 今日はこりもせず土曜日。
そうそう大学の講義もさぼれないから、どうしても土日しか動けなくて。
また土曜日を留守にしなきゃいけないってことは、亜弥ちゃんとのデートが
ふいになるってことで。今度はなんて言い訳しようかと思っていたら、
なんとパパさんが久々に帰ってくるってことで、亜弥ちゃんは土日パパさんと
一緒にすごすことになった。
ごはんでも、って誘われかけたのは、丁重にお断りした。
たまのことなんだから、親子水入らずでゆっくりしてきなよ、とか、
さも親切そうに言って。
胸が痛む。
けど、ホント、ラッキーだと思う。
悪いことしてるのに、こうも運がついているっていうのは……ひどく
気分が悪いけど。
- 260 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:08
-
「あの……ここに入院してるって聞いたんですけど」
一度も口にしたことのなかった名前は、美貴の口からこぼれたんじゃない
みたいに聞こえてきた。
おねーさんが、一瞬怪訝そうに眉を寄せたのが見えたけど、それはホントに一瞬で、
また元の顔に戻る。
「ちょっと待ってね」
おねーさんは奥に引っ込もうとしてハタと足を止めた。
その視線を美貴も追いかけると、そこには……?
「あ、マリさん!」
そのおねーさんが誰かの名前を呼ぶ。
その先にいた、かなり金に近い茶色いものがひょっこりと動くのが見えた。
にしても、美貴のとこからは人通りが邪魔でその姿ははっきりと見えない。
てか、なんだ、あれ?
名前呼ばれてたとこ見ると、人、だよねぇ。
ひょこひょことその茶色い物体が動いて、受付に近づく。
さっきまで美貴と話していた職員さんがその物体に何か話しかけている。
やっぱり人だよねぇ。
- 261 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:08
- と、その茶色い物体が、少し速いスピードで受付を回りこみながらこっちにやってきた。
じーっとその動きを追っかけていると、それはやっぱり人だった。
金に近い茶色い頭の――もんのすごくちっちゃい、人。
美貴の手前までくると、ぐっとその顔を上げて美貴をにらみつけてくる。
って、初対面だよね?
にらみつけられる理由がわかんないんだけど。
美貴、だってお見舞い? っていうか、その、なんだ、ほら。
会いにきただけだし、その、亜弥ちゃんの恋人――元恋人に。
この人は「マリ」って呼ばれてたから、美貴の探してる人とは違う。
なのに、なんで、こんなふうににらまれなきゃいけないんだろう。
- 262 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:09
-
「こっちきて」
彼女は受付に、美貴に向けてるのとはうってかわった笑顔を向けると、美貴の返事も
待たずにずかずかと受付を通り過ぎて病室のあるほうへと歩いていく。
あわててついていきながら、大きな窓の向こうに広がる庭に目をやった。
方角からして、たぶん中庭かなんかなんだろう。
入院しているらしい人や看護士さんの姿がちらほら見える。
キレイに手入れされた芝生の緑がキラキラとまぶしい。
勝手知ったるって感じで、彼女は病院内を迷いなく歩く。
美貴は置いていかれないように気をつけながら、とにかく彼女の後を追う。
けど、いつまでたってもどこにもたどり着かなくて、彼女は迷路を歩くみたいに
ぐるぐると廊下を歩いていくだけ。いったい何がしたいんだろう?
どのくらい時間がたったのかわからないけど、いい加減歩くのにも飽きてきて
声をかけようとしたら、彼女は開かれた大きな扉をくぐり抜けた。
その先に開かれていたのは、さっき見た中庭……だと思う、たぶん。
緑の芝生と大きな木が目につく。
ちらほらとベンチもあって、まるで公園みたいだった。
- 263 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:10
-
って、結局元に戻ってきただけってことじゃん!
今までのこのムダな時間と労力はなんだったわけ?
ぶつぶつ文句を言う美貴には目もくれずに、彼女は病院の建物から
少し離れたところにあったベンチに座った。
それを追っかけて彼女の真横に美貴が立つと、彼女は首だけで美貴を見上げて、
それから「座れば」と憮然とした口調で告げてきた。
……わけわかんない。
ホント、わけわかんない。
でも、受付の人が彼女と話してたところをみると、美貴の探し人に一番近いのは
たぶんこの人で。
だったら今は、黙ってこの人の行動を待つしかない。
言われたとおりに隣の空いてるところに座る。
でも、ヘンな距離ができちゃって、なんか微妙に居心地が悪い。
横に座ってみて、彼女が本当にちっちゃいんだってわかった。
同じ高さのベンチに座っているのに、彼女の頭の位置は明らかに美貴より下。
いったい、いくつだ、この人。
- 264 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:11
-
「あんた、誰」
いきなり問いかけられた。
でも、美貴が答えを口にするより先に、彼女はバカにしたように笑った。
「裕子の知り合い、じゃないよね。見たとこ、高校生くらいだし」
ユウコ
それは、美貴が一番今知りたい人の名前。
やっぱり、この人は彼女を知ってるんだ。それも、かなり深く。
それにしても。
見たとこ、で人を判断しないでほしい。
それ言ったら、あんたはいったいなんなんだ。
傍目に見ただけなら、どう見たって高校生か、ことによったら中学生じゃないか。
どうしよう。
なんか、めっちゃ腹立ってきた。
情報聞き出せなくなったら困るから黙ってようと思ってたんだけど、やっぱムカツク。
- 265 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:11
-
「あなたこそ、誰なんですか」
「はぁ?」
わざとらしいくらいオーバーに、彼女は声を上げた。
「おいらが誰かなんてどうだっていいじゃん。今はあんたのこと聞いてんだよ」
「人に名前を聞くときはまず自分から名乗れって言われませんでしたか? それが礼儀って
もんでしょ。誰か知らない人に名前なんて名乗れません」
「だったらおいらだって名乗れない。おいらはあんたが誰かなんて知らないんだから」
一理ある。
でも、全然道理にかなってない。
どうしよう、一度、ひくべきか。
ここで意固地になって、今までの苦労を、よしこの苦労を水の泡にはできないし。
「……藤本、美貴です」
結局折れたのは美貴のほうだった。
なんか、声に明らかに悔しそうな色が混じってたな。
別に勝ち負け競ってるわけじゃないんだけど、負けたような気がしてるよ、なんでだろ。
隣のちっちゃい彼女は、怪訝そうにまた眉を寄せて、首を傾げた。
ほんの少しだけ、不審さを明らかにしていた色が消えている。
「美貴の名前」
それから、大学の学生証を差し出した。
写真も入ってるから、いい身分証明書になるだろう。
- 266 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:12
- ちっちゃい彼女は直接それを手には取らなかった。
ただ、じっと食い入るようにそれを見つめて、美貴と見比べて、納得したように押し戻す。
「東京の大学生が、こんなとこに何の用なのさ」
「会いにきたに決まってるじゃないですか」
「誰に」
「……中澤さん、に」
「なんで」
それなりに手の内は明かしたと思う。
もちろん、突っ込んだとこまではまだだけど、それを今この人には言えない。
だって、美貴はこの人が誰だか、全然知らないんだから。
「……あなたはいったい誰なんですか」
急に問いかけられたからだろう、彼女はキョトンと目を丸くした。
そうすると、幼い顔立ちが一気に幼くなって、完全に中学生だかなんだかな雰囲気。
メイクしてなかったら、絶対間違えてる自信がある。
- 267 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:12
- それでもすぐには答えてくれなくて、彼女はむぅっと口を結んだ。
その顔は、なんだかとってもかわいかった。
なんかなぁ、いじめたくなるタイプだ。
いろいろ考えていたんだろう、少し時間が空いた。
それから、顔を上げて美貴を見てきたその瞳からは、少しだけ警戒の色が消えていた。
「ヤグチ、マリ。弓矢の矢に口、真里は真実の真に里」
言われた言葉を反芻して漢字に直す。
矢口真里
それが、彼女の名前。
そして、彼女は美貴の探し人である、「中澤裕子」という人を知っている。
何でか知らないけど、敵意まで燃やしながら彼女へ接する人をふるいにかけようとしている。
だったら美貴は、そのふるいにひっかかって残らなきゃならない。
でなきゃ、ここで止まっちゃうんだから。
- 268 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:13
-
「で、裕子に何の用」
それは、疑問でも質問でもない。
答えなくちゃいけない、彼女に会うための絶対条件。
……待てよ。よく考えたら、ムリに彼女に会う必要ってないんじゃない?
もし会って、連絡取られたりしたら、それはいろいろヤバイことになるわけだし。
もし、この目の前のちっこい人がいろいろ知ってるんだとしたら、それはある意味
リスクが下がるってことだし。
とは言っても、この人が亜弥ちゃんのことを全然知らない可能性もあるわけで。
どうやって、話を展開させればいいんだろう。
「美貴は、中澤さんとは面識ないです。一度も会ったことないです」
とりあえず、矢口……さんの様子を見ながら、少しずつ話してみることにした。
少なくとも、求める人がここにいるっていうことはわかってるし。
ちょっと時間をかけてでもなんとかなるだろう。
何よりまず、矢口さんの警戒を解かないことにはどうにもならない。
「けど、その……ちょっと、知りたいことがあってきたんです」
「顔見たこともないのに?」
初めて言葉が疑問になった。
矢口さんは美貴の言いたいことを計りかねてるみたいで少し首を傾げている。
「美貴は会ったことないですけど、その……知ってる人がいて、中澤さんのこと。
で、その人のこと、聞きたくて」
- 269 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:14
- ふっと、矢口さんの顔から警戒と敵意が一瞬消えた。
と思ったら、次に浮かんだのは、驚きと……恐怖?
なんか怯えてるみたいな顔になってる気がするんだけど。
けど、それも一瞬で、すぐにギッと唇を噛み締めてにらみ上げてくる。
でも、やっぱりそれも一瞬だった。
「もしかして、それって……」
意識してるのかしてないのか、もごもごと矢口さんの口から言葉がこぼれ落ちる。
それを追っかけるみたいに、矢口さんの茶色い頭が静かに下がっていって、
いつの間にか髪で横顔が覆い隠されてしまった。
両手で顔を包み込むようにして、表情も何も見えない。
なんだろう?
いったい、何考えてるんだろう?
美貴は黙って次の言葉を待った。
「それって……マツウラのこと?」
- 270 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:14
- 今度は美貴がビックリする番だった。
もちろん、その可能性は考えたけど。
彼女を深く知ってるんなら、亜弥ちゃんのことだって知ってるだろうと思ったけど。
だったら、なんでこんなに驚いてるんだ、美貴は。
「あ、亜弥ちゃんの、こと、知ってるんですか」
「ん、まぁ。直接会ったことはないけど」
それを聞いて直感的に思った。
この人は美貴と同じ。
なんかよくわかんないけど、美貴と同じなんだって。
ごしごしと顔をこするようにして、それから矢口さんは顔を上げた。
そこにはさっきまでのにらみつける目つきも、驚きも、怯えもなくなっていて、
ただの、普通の女の子がいるだけになっていた。
「マツウラのことを、裕子に聞きにきたの?」
「えと……」
えと、なんだっけ?
美貴、何しにここにきたんだっけ?
- 271 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:15
- 美貴が知りたいのは、本当の亜弥ちゃんの姿。今何考えてるのか。
美貴を通して誰を見てるのかってことだった。
けど、それを知って、それからどうしたらいいんだろう。
それで亜弥ちゃんを問い詰めればいいのか。
違う、違うはず。
亜弥ちゃんを苦しめたくないから、こうやってこそこそしてきたんだ。
今さら亜弥ちゃんを問い詰めるくらいなら、最初からそうすればよかっただけのことなのに。
美貴がしたいことは?
亜弥ちゃんの本当の笑顔を美貴に向けてもらうこと。
だったら、中澤さんに亜弥ちゃんの事を聞いて、それでどうにかなるんだろうか。
だって、2人は元恋人の関係なわけで。
どういう理由で別れることになったのかは知らないけど、たぶん亜弥ちゃんは今でもどこかで
中澤さんのことを思っていて。
でも、中澤さんが亜弥ちゃんを思っている、というわけではないのかもしれなくて。
計画性なく動くのはいつものことだけど……どうしよう。
かなり自分を見失っていたことに、今頃気づいちゃったよ。
わけがわからなくなって、美貴は頭を抱えた。
- 272 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:15
-
「ちょ、ちょっと」
「うー、うー?」
声をかけられて顔を上げると、心配そうな顔をした矢口さんと目が合った。
「どーしたのさ、いきなり頭なんか抱えちゃって」
「あ、や、ごめんなさい」
自分でもホントにわけがわからない。
「あの、今日は帰ります」
「はぁ?」
あきれた声をよそに立ち上がりかけて、ぐいっと腕を引かれた。
なぜか、矢口さんが美貴の腕をしっかりと握り締めている。
「あ……ごめん」
パッと手が離される。
けど、なんかタイミングを逃しちゃって、美貴はもう一度ベンチに座りなおした。
「…………」
奇妙な沈黙が流れる。
周りには人の姿も見えるのに、ここだけが切り離された空間みたいに静かで、
やっぱり居心地が悪い。
といって、じゃあ何話しかけたらいいのかって、それも思いつかないし。
美貴と矢口さんの共通項は亜弥ちゃんと中澤さん。
けど、美貴は中澤さんを知らなくて、矢口さんは亜弥ちゃんを……あ?
- 273 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:16
-
「あの、聞いてもいいですか」
「答えてあげられるとは限んないけどね」
さっきまでの心配げな表情とは裏腹なちょっと冷たい声。
だけど、最初の頃みたいな突き放した感じはなくて、どこかやさしげな色を帯びている。
この人は、ホントはやさしい人なんじゃないのかなぁ、なんて思う。
気のせいじゃないといいけど。
「なんで、矢口さんは亜弥ちゃんのこと知ってるんですか?」
「さぁ、なんでだろうね」
答える気は、ないと。
まぁ、きっと中澤さんから聞いたか、周辺の誰かから聞いたかしたんだろう。
元カノのことなんだから、知ってたって不思議は……待て。
「矢口さん」
「何」
「矢口さんと中澤さんって、付き合ってるんですか?」
パキンとその場が凍りついた音が聞こえたような気がした。
目の前の矢口さんは、明らかに動きを止めて、美貴をじっと見つめている。
ってか、見つめるっていうかにらみつけるっていうか。
フリーズしてる感じにも見えるけど。
- 274 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:16
- けどまぁ、そのフリーズ状態で、質問の答えがイエスであることはわかった。
どうやら矢口さんは、疑問形で聞くよりもイエスかノーで答えられるような質問をしたほうが
わかりやすい反応をしてくれそうだ。
「そうですか」
「勝手に納得すんなよ」
「でも、事実ですよね」
「まぁ、どう思おうと勝手だけどさ。それをあんたに教える理由はないし」
めんどくさそうにガリガリと頭をかきながら、矢口さんは顔をしかめた。
たぶん、間違ってないんだろう。
違うなら違うってこの人ははっきり言いそうだから。
でも、言いたくないのか。
じゃあいいや、聞いてどうしようってわけでもないし。
「で、あんたはマツウラと付き合ってんの?」
不意に聞かれて、美貴は目を丸くした。
矢口さんがにやっとした笑いを浮かべている。
言わなくたって、答えは知ってる、そういう顔だ。
ごまかしてもしょうがない。美貴は小さくうなずいた。
「そっか」
ほんの少し言葉に安堵の息が漏れた。
なんだろう、なんかわかんないけど、この人は美貴の存在を喜んでるような気がする。
- 275 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:17
-
「マツウラに、なんかあったの」
けど、それが何かを確認するより先に、矢口さんが聞いてきた。
顔を上げると、また真剣な表情に戻っていた。
「や、別にこれといって……」
「んじゃ、何しにきたのさ」
言って、いいんだろうか。
これは結局、美貴がいかに亜弥ちゃんを信じられないかっていう情けないことの証明で。
矢口さんにしてみたら、全然関係ないことで。
ってか、たぶん、迷惑なことなんだろう。元カノのことだもんなぁ。
知ってたって、しゃべりたがるとは思えないし、会わせたくないと思うのも当然だろうし。
そう思ったのに。
「実は……」
美貴の口からは言葉がこぼれ落ちていた。
矢口さんは美貴がしゃべり終わるまで黙っていてくれた。
茶化すこともバカにすることもなくて、まじめな顔で時々うなずいたりして。
ホントに、洗いざらいしゃべってしまった。
たぶん、よしこに言ったのと同じくらいくわしく深く。
なんで、初めて会った超無礼な人に、こんなにしゃべってるんだろう。
それはきっと――。
- 276 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:17
-
「うぉーい、やぐちー」
矢口さんが何かを言い出すより先に、矢口さんを呼ぶ声がした。
パッと弾かれたみたいに矢口さんが振り返る。
その、振り返る直前の一瞬の表情を、美貴は見逃さなかった。
それは、明らかにさっき亜弥ちゃんのことを話したときよりもずっとずっと
驚いて、そして怯えている顔だった。
けど、それは一瞬で、今は普通の顔。
視線を一点に止めてそのまま動かない。
まるで、矢口さんの周りだけ時が止まったみたいだった。
あんまり矢口さんが動かないんで、美貴は矢口さんの視線を追っかけた。
その先にいたのは、車椅子に乗った人。水色のパジャマ姿で、右足には
白いギブスが巻かれているのが見えた。
茶色い頭が車椅子をこぐたびに、前後に揺れる。
カシャカシャという微妙な音を立てながら、車椅子は近づいてきた。
- 277 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:18
-
「やーぐーちー」
二度名前を呼ばれて、矢口さんはハッと我に返ったようだった。
すぐに立ち上がると、美貴を見下ろす。
「余計なこと、しゃべんないで」
「え、は?」
「お願いだから。おいらに話、合わせて」
その声は本当に切羽詰っていた。
だからってわけじゃないけど、反射的に美貴はうなずいていた。
だって、なんだか、泣きそうに見えたから。
「やーぐちってば」
声がどんどん近くなって、矢口さんから視線を戻したときには、もうすぐそこまで
車椅子はやってきていた。
そこに座っている人の顔も、もうばっちり判別できる。
なんていうか、大人、だった。
「……どしたの?」
「どーしたやないわ、何度も呼んでんのに」
「ごめん、ちょっと話してたからさ」
- 278 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:19
- パジャマ姿のせいか、車椅子の女性はひどく色白に見えた。
メイクをしていないその顔は、あんまり血色がいいとは言えない。
矢口さんの言葉を聞いて、美貴のほうに顔を向けてくる。
上目遣いで見られてるからか、なんかにらみつけられてるような気分に
なっちゃったよ。
正面切って顔あわせてないからよくわかんないけど、なんて言ったらいいのか
意志の強そうな顔? きつそうな顔? とにかく顔立ちの整った人。
彼女は怪訝そうな顔をして、それでも口の両端をつりあげた。
笑っている、つもりなんだろう。
でも、あんまりうまく笑えてない。
てか、コワイ。
「あー、話中邪魔してごめんな」
それでも、声音は普通に静かで。見た目ほど怖さは感じない。
「あ、や、いえ」
「なんや、矢口も隅に置けんなぁ。こんなとこでナンパするなんて」
「してない! てか、何抜け出してんだよ、まだ安静だろ?」
「寝てるの飽きた」
「飽きた、じゃねーよ! 入院長引いてもいいのか?」
「んー、それは困るけど」
- 279 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:19
- どう見ても矢口さんのほうが年下なのに、言い込められている姿がなんだかかわいい。
そんな2人の漫才みたいなやり取りを見ていて、思わず笑ってしまった。
2人の視線がいっぺんに飛んできて、あわてて口を閉じる。
一瞬目があった矢口さんが、何か言いたげにしたのが気になった。
首を傾げていると、矢口さんは何か決断するみたいに顔を伏せて、それから車椅子の後ろに回る。
「裕子」
それはまるで、突風みたいに美貴の元に届いた。
「んー?」
車椅子の彼女が首を傾けて後ろに回った矢口さんを見上げる。
- 280 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:20
-
ってことは、ってことは?
その、車椅子の女の人が、美貴が探してた「中澤裕子」さんってこと?
だって、愛ちゃんは入院してるって。
あ、でも入院してるのは本当なのか。
けどけど、亜弥ちゃんが転校する前から入院してたとしたら、こんなとこにいるわけなくて。
でも、え、どういうこと?
てかさ、美貴、亜弥ちゃんが前に言ってた「懐かしい人」がこの人だと思ってたんだけど。
だからきっと、美貴に似てるのかと思ってたんだけど。
正確には美貴「が」似てるんだろうけど、そんなことはどうでもよくて。
けどさけどさ、この人だったとしたら、全然似てないじゃん。
てか、顔のつくりが全然違うじゃん。
それとも、別の人だった、ってこと?
- 281 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:20
-
「紹介するよ。こいつ、藤本。おいらの友達」
矢口さんを見上げていた彼女の視線がまた美貴に戻ってくる。
それは普通にやさしい目だったと思うんだけど、それでも気圧されそうになって
何とか踏みとどまる。
「なんか、友達の見舞いに来てたんだってさ」
「あーそうなんや。初めまして、中澤裕子です」
間違いないんだ。この人で間違いないんだ。
少なくとも、今まで美貴が探していた人は。
「あ、藤本、美貴です」
ぺこりと頭を下げると、中澤さんはなんだか満足そうに微笑んでいた。
「なんや、矢口の友達にしては若そうやけど、藤本さん、学生さん?」
「あ、や、えと」
「なんでどもるん? そんな難しい質問してないけど」
不思議そうに首を傾げる。
あまりにも心の準備ができなさすぎていて、なんか簡単なことにも答えらんない。
ヤバイ、ヤバイよ、ホント。
ここまできて自分で自分の道をつぶすのか、美貴は。
「裕子、そういうこと聞くなよ。こいつ、浪人生なんだから」
「あ」
しまった、というふうに中澤さんが顔をゆがめた。
「ごめん、気づかんかった」
「あ、や、いえ」
- 282 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:21
-
「ほら、婦長に見つかんないうちに病室戻るよ。またおいらが怒られるじゃんか」
「やって、飽きたんやもん。矢口出てったっきり帰ってこんし」
「おいらは裕子専用じゃないんだけど?」
「ウソぉ。冷たいやん、矢口」
「ほらほら、ムダ口叩いてないで、行く行く」
矢口さんは車椅子を器用に動かして、建物のほうへと戻っていこうとする。
途中で気づいたのか、ふっと振り返って美貴を見た。
「藤本、ロビーで待っててよ。こいつ病室に戻したらすぐ行くから」
にっこりと笑顔なんか見せている。
そんな顔をすると、なんかホントにもう、中学生? って聞きたくなるな。
いくつだか知らないけど。
「あ、はい」
「藤本さん、ヒマがあったらアタシんとこにも遊びにきてや。もうしばらく入院
しとるやろうから」
「あ、え、はい」
ひらひらと振り返りながら中澤さんが手を振ってくる。
美貴はとりあえずお辞儀を返しておいた。
後ろ向いてたら歩きにくいだろーっていう矢口さんの不満が聞こえてきて、
2人はそのまま建物の中へと消えて行った。
- 283 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:21
- 美貴は2人を見送って、それからペタンとベンチに腰を落としていた。
だってまさか、こんな形で会うことになるなんて思わなかったし。
いきなりだし。めちゃくちゃ大人だし。全然似てないし。
なんか、元気そうだし……入院してるけど。
いや、マジ、ホントにカンベンして。
確かに行き当たりばったりで計画性とか全然なく動くタイプだけどさ。
こんなの想像を超えすぎてるよ。てか、ありえないよ。
なんでこう、スムーズにことが運びすぎてるわけ?
美貴のやってることはそんなすばらしいことでもないし、いいことじゃないと思うよ。
ってか、いつか、しっぺ返しきそうだな。それも、超特大のヤツ。
ヤバイ、ホントヤバイ。
でも、引き返せないし。会っちゃったし。顔見ちゃったし。
……そうだよ。
あの人が、亜弥ちゃんの恋人だったんだ。
美貴の目的が達成できるかどうかは別にして。
もしも万が一、美貴の思いが取り越し苦労だったとしても。
あの人が亜弥ちゃんと付き合ってたことには変わりない。
亜弥ちゃんが、好きになった人なんだ。
- 284 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:22
-
「……やっぱりここにいた」
声をかけられて顔を上げると、そこには矢口さんのあきれたような顔があった。
やれやれと言わんばかりにため息をついている。
「ロビーで待ってろって言ったよね」
「あ、はい」
それでも無理やり引っ張っていくつもりはないみたいで、矢口さんはもう一度
美貴の隣に腰を下ろした。
沈黙が流れる。
すごーくすごーく居心地が悪い。
ってか、さっきまでの考えがぐるぐる頭の中を回って、心臓がバクバクしてる。
落ち着かない。
「あの、えっと、ひとつ、聞いても?」
沈黙に耐え切れなくなって、美貴は矢口さんに声をかけた。
「答えられるかわかんないけど」
「……美貴と中澤さんって、似てます?」
「はぁ?」
明らかにバカにされた。
矢口さんの顔は、あっけに取られた風にぽかんと口が開いている。
けど、それも一瞬で、すぐにあはははと笑い出した。
今までに見たこともない、楽しそうな笑い方。
- 285 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:23
-
「や、矢口さん」
「あぁ、ごめんごめん。やー、全然似てないと思うなぁ、パッと見たとこじゃ」
自分でもそう思わなかった? と聞かれて美貴は素直にうなずいた。
「ま、素の顔は2人ともおっそろしそうだけどね」
「あー……気にしてるんで、言わないでください」
がっくりとうなだれる。
わかってるんだけどさ、最近言われなくなってたからちょーっとショックだ。
「んなに落ち込むなよ」
「あぁ、はい、すいません」
とりあえず気を取り直そう。
時間は限られてるんだから。
「中澤さんに亜弥ちゃんの話するの、まずいですか」
単刀直入に美貴は聞いた。
「わかんない、今までマツウラのこと話にきたヤツなんていないから」
ポツリとさびしそうに矢口さんがつぶやく。
「けど、おいらにはそれを止める権利はないよ」
「ならなんで、今日……」
「止める権利はないけど、マツウラ本人が会いにきたなら話は別。
裕子だって万全じゃないんだから、おいそれとは会わせらんないよ。
おいら、最初はあんたがマツウラなのかと思ったんだ。だから……」
そういうことか。
けど、美貴はそれ以上に別のことが気になった。
- 286 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:24
-
「万全じゃない……って?」
「この時期さ、裕子、ちょっと不安定で」
ぽつりと雨粒がこぼれ落ちるみたいな声で、矢口さんは話し始めた。
この時期の中澤さんは特に問題行動を起こすわけではないんだけれど、
時々自分で自分のコントロールができなくなるみたいなところがあって。
今回はリハビリ中にムリをして、すっ転んで足の骨を折ったんだそうだ。
リハビリのことを聞こうとしたら、それは本人に直接聞いてくれと言われた。
なんかよくわかんないけど、矢口さんにも事情があるんだろう。
この病院は実は矢口さんのお父さんが院長だってことも教えてくれた。
だから、少しの無理はきくんだと。
たぶんほかの人にはわかんないと思うんだけどね、矢口さんは笑った。
おいらが過保護すぎるのかもしれないけど、おいらはこうしないと裕子を守れないから。
裕子は守ってほしいなんて思ってないんだろうけどさ。
こうしないと落ち着かないのはおいらだけなんだけどね。
- 287 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:24
- その言葉を聞いて、やっぱりこの人は美貴と同じなんだと思う。
いや、きっと美貴以上に苦しいんだろうと思う。
だけど、この人は美貴よりずっとしっかりしてるし、偉い。
自分の気持ちを押しとどめて相手を守ろうとする姿。
それは、美貴とは違う。
「そんなことないよ」
矢口さんはまた笑った。
「おいらは臆病なだけなんだ」
それは、どういうことだろう。
中澤さんは今でもまだ亜弥ちゃんのことを思っているんだろうか。
だから、言えないんだろうか、矢口さんは自分の気持ちを。
まぁ、これは美貴の憶測に過ぎないけど、でも、矢口さんはきっと中澤さんを
好きだと思う。
それはともかくとして。
亜弥ちゃんは今でも中澤さんを思っていて。
中澤さんも亜弥ちゃんを思っているんだとすれば。
どうして2人は離れ離れになってるんだろう。
- 288 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/17(月) 01:25
-
「矢口さん」
「ほかに聞きたいことがあるなら、裕子から直接聞いて。これ以上はおいらの
口から言うことじゃないから」
「や、いえ。ごめんなさい」
そのあと適当に時間をつぶして、美貴は電車へと乗り込んだ。
結局、亜弥ちゃんと中澤さんの間に何があったのかは聞けなかった。
それは、矢口さんに聞くことじゃないような気がしたから。
目を閉じて、矢口さんの顔を思い出す。
どうして美貴の回りにいる人は、みんなこんなにやさしくて悲しいんだろう。
美貴は、こんなにもずるくて汚いのに。
でも、だけど、もう戻れない。
だからごめんね、ごめんなさい。
* * * * *
- 289 名前:藤 投稿日:2004/05/17(月) 01:30
- 本日はここまでです。
人が増えました。ある意味予想通りかとw
……やっぱり好きなんですよぉ、この人w
レス、ありがとうございます。
>>255
キリが悪かったので、今回はちょっと長めに更新してみました。
謎は解けたかとw
>>256
危ないです、綱渡りです、ギリギリです。
ばれちゃったら……えぇ、想像するだに怖いですw
>>257 dadaさん
過去の人はこの人でした。期待裏切ってすんません。
ミキティは……あややに地獄に落とされ(ry
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/17(月) 03:07
- おぼろげにこの人かなとは思ってました。アッチニデテキテコッチニデテキテナイデスシネ
あぁ危険だ…
地雷原を目隠しで歩くぐらい危険。
しかも、地雷原を抜けた直後の落とし穴に落ちそう…
しかし、茶色い物体ワロタ
- 291 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:33
- 次の日。
美貴はまたしても、矢口さんのお父さんがやってる病院の前に立っていた。
もっと時間を置いて、気持ちを整理して、とも思った。
けど、とにかくこの週末は好機には違いなくて。
少なくとも、亜弥ちゃんにはウソつかなくてすむわけだし。
これ以上時間を空けたら、こられなくなるような気がしたから。
勇気と根性と財布を振り絞ってここまでやってきた。
日曜日は診療が休みみたいで、昨日ほど人は多くない。
それでも、お見舞いに来た人がちらほら見えて、人気がないってほどでもない。
深呼吸をして自動ドアをくぐる。
入口から見える受付に、昨日のおねーさんの姿はなかった。
ここまできたのはいいけど、中澤さんの部屋がどこなのか知らなかったから、
とりあえず受付に近づこうとして、そこで声をかけられた。
- 292 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:34
-
「藤本」
声のしたほうを見ると、そこにはあのちっこい矢口さんの姿。
美貴の顔を見て、うっすらと笑みを浮かべた。
「来ると思ってたよ」
完璧に見抜かれてて、美貴は思わず苦笑い。
会ってこんなにも間もない期間で見抜かれるなんて、美貴もダメダメだ。
「裕子の部屋知らないだろ」
そう言って、矢口さんは中澤さんの部屋を教えてくれた。
だけど、歩き出した美貴にはついてこようとはしない。
それに気づいて美貴は立ち止まった。
「ひとりで行って」
「え、でも……」
「顔合わせてるんだから大丈夫だよ。裕子、ちょっと人見知りでワガママなとこ
あるけど、別に噛みついたりはしないから」
……猛獣じゃあるまいし。
でも、そんな悪態を言っていても、矢口さんの口調はやさしい。
その声で、この人がどんなに中澤さんを大切に大事に思ってるかがわかる気がした。
この人は、なんて強い人なんだろう。
- 293 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:34
- そんな美貴の思いを見抜いたわけでもないだろうに、矢口さんは少しうつむいた。
「あんま、おいらのこと買いかぶんないほうがいいよ」
少し居心地悪そうに自分の髪に触れている。
「おいら、そんなに善人じゃないから」
それが何を意味しているのか、全然わからない。
そりゃ、美貴だって、もし逆の立場だったなら、こんなふうにはできないだろう。
ってか、そもそも会わせようとさえしないんじゃないか。
弱くてずるい自分に、そんなことができるなんて思えないし。
「面会時間無制限じゃないからさ、さっさと行ってきなよ。もし、なんかあったら
ナースコールで呼べばいいよ」
「え、あ、や……」
なんかあったらって、何かあるんですか。
美貴がどもったからか、矢口さんが笑った。
「大丈夫だって。別に我を忘れたりはしないよ、たぶん」
「たぶんて」
「あ、ごめんごめん」
あははと矢口さんが乾いた笑い声をたてる。
- 294 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:35
-
「大丈夫だよ」
ポンと背中を叩かれた。
矢口さんはそのまま美貴をそこに置いて、どこかへ行ってしまう。
その背中に声をかけようとも思ったけど、できなかった。
矢口さんの小さい背中は、誰からの言葉も拒絶しているように見えた。
言いたいこともあるんだろうけど、それを全部自分の中に閉じ込めてるみたいで。
その背中が、いつも以上に小さく見えた。
その後ろ姿を少しだけ見つめてから、美貴は歩き出した。
言われたとおりにエレベーターに乗る。
途中、誰が乗ってくるわけでもなく、すんなりとエレベーターは望みの階についてくれた。
エレベーターを降りてゆっくりと足を進める。
途中、何人かの人とすれ違ったけど、声をかけられるわけでもなく、
誰に邪魔されることもなく、美貴は目的の部屋の前にたどり着いていた。
ちょっとくらい誰か邪魔してくれ、なんて都合のいいことを思ってみたり。
でもきっと邪魔されたら邪魔されたで、文句言うに決まってるけど。
目の前のドアはスライド式のもの。
ちょっと横に引っ張れば、それはするするとあっけなく開いてくれるだろう。
- 295 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:35
-
あー、なんかめちゃくちゃ緊張してきた。
ドクドクと心臓の音が耳にうるさい。
心臓が喉元まで上がってきてるみたいで、息苦しい。
こんなに緊張してるのは、どのくらいぶりだろう。
亜弥ちゃんに告白するときは、自分でもすごいことになってたから、緊張とか
ドキドキとかそういうのを考えてるヒマもなかった。
そのときにキスも済ませちゃってるし、そういえば初めてしたときは、
それなりに緊張してた気もするけど。
どうしよう。
今ならまだ引き返せる。
でも、引き返してもしょうがない。
結局、美貴が中澤さんに会って何がしたいのかなんてわかんなかったけど。
今さらすべてを聞かなかったことにできるほど美貴は強くなくて。
このまんまほっといたら亜弥ちゃんをいつか深く傷つけてしまいそうで。
とにかく会って話したら、何か変わるかもしれないし。
ぐるぐると頭の中を考えが回る。
その考えに合わせるみたいに、美貴の視界も回る。
- 296 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:35
-
ええい!
ぐるぐる回る視界の中、美貴は目の前の扉めがけて拳を叩きつけた。
ドン、と鈍い音がして、ハッと我に返る。
『……はい?』
くぐもった声が聞こえたのは間違いなく部屋の中からで。
美貴の心臓はそれに反応して、ビクッと跳ね上がった。
『……誰?』
怪訝そうな声。
もう、覚悟を決めるしかない。
美貴はそっとドアをスライドさせた。
- 297 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:36
- ドアは音もなくスーッと横に動いていく。
目の前が一気に開けて、白い光に包まれる。
部屋の中は、白くて清潔そうで、大きな窓がやたら目についた。
窓の向こうには青い空が広がっている。
その空に吸い込まれるように、美貴の足は部屋の中へと動いた。
油断すると、右手と右足が一緒に出ちゃいそうなほどの緊張。
やけにのどが渇いて、ごくっとつばを飲み込んだ。
スローモーションみたいにゆっくりと、ベッドが目の端に入ってくる。
ホントにゆっくりと、ベッドの上のふくらみが見えてきて、そのふくらみの
先には人の姿がある。昨日と違う薄い紫のパジャマ。茶色の髪。
そこにいるのは――間違いなく昨日車椅子に乗っていた人だった。
美貴の顔がわかったのか、怪訝そうな表情が穏やかなものに変わる。
- 298 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:36
-
「なんや、藤本……さん、やったよな?」
小さくうなずく。
「さっそく来てくれたんか、うれしいなぁ」
思いのほかやわらかい笑顔に、肩の力が抜けていく。
気がつけば、入ってきたドアはいつの間にか閉まっていた。
「あ、や、いえ」
あわてて答えると、やわらかい笑顔を浮かべたまま、中澤さんはベッドの脇のイスを
すすめてくれた。
まるで魔法にでもかかったみたいに、美貴はするするとその言葉に従ってイスに腰掛ける。
ベッドの上の彼女のほうが、視線が上になった。
「なんや、緊張してるん?」
「え、あ、まぁ……」
なんとなく居心地が悪くて、美貴は視線をそらした。
ベッドの脇に置かれている車椅子の車輪が目に飛び込んでくる
「そんな緊張せんでもええよ? 別に取って食ったりせぇへんし」
視線を戻すと、中澤さんはきっちりと両手を布団の上で重ねている。
それだけのことなのに、なんだろう、なんかすごく落ち着かない。
- 299 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:37
-
「なんか飲む?」
「や、おかまいなく」
顔をちゃんと見られない。
なんで、こんなに緊張してるんだろう。
視線は布団の上で組まれた中澤さんの手に向いたまま、それ以上上が見られない。
「ええんか、こんなとこで油売ってて。浪人生やったら勉強せないかんのやろ?」
胸がざわざわとざわめいて、美貴は両手を体の前で組み合わせて、少しだけ力を入れた。
自分の体温がすごく上がってる気がする。
手に汗かいて、止まらない。
「あ、えと、そう、ですね」
「まぁ、こいって言うたんはアタシやけどな」
「え、あ、そうですね」
中澤さんはきっと、美貴に気を使って話してくれてるのに。
どうしても、顔が上げられない。
- 300 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:37
-
美貴は何を恐れてる?
何におびえてる?
この目の前の人を?
違う違う、そんなんじゃない。
選んでここまで来たのは美貴だ。
この人と話をすることを選んだのは美貴だ。
どうして恐れる。
なんでおびえる。
真っ向から向かい合わなくて、どうしてここから先に進めるっていうんだ。
わかってるのに。
わかってるのに。
このままじゃいられないのに。
- 301 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:38
-
「藤本さん?」
「はぃ」
声が裏返った。
呼びかけられたその後が続かない。
奇妙な沈黙が部屋に流れて、美貴はそーっと上目遣いで中澤さんを見た。
そんな美貴の行動も予想済みだったのか、にっこり微笑む中澤さんと目があった。
またパッと下を向いてしまう。
あぁ、露骨すぎる。
そもそも、こんなの美貴のキャラじゃない。
もっとこう、上下関係なんか気にせず、ズバッと物怖じせずに、間違ってることは
間違ってるって言えるのが美貴なのに。
いや、別に今何かが間違ってるわけじゃないんだけど。
「どーしたん? 緊張しすぎやろ」
「あ、や、えと」
言いよどんでいると、突然パーン! という大きな音がした。
ビクッと体が跳ねて、顔が上がる。
そこでやっと中澤さんと正面から向き合う形になった。
中澤さんは口元に笑みを浮かべて、美貴を見ている。その手には紙袋。
さっきの音はこれを叩いた音だったみたいだ。
- 302 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:38
-
美貴を見つめるその瞳はやっぱりやさしくて、どうにも居心地が悪い。
完全に主導権は中澤さんに握られてる。この部屋は中澤さんのテリトリーだ。
美貴はこの部屋に入った時点で負けてるんだ。
……って何に。
どうしてこんなとこで勝ち負け考えてるんだ。
あぁもう、ホントわけわかんないよ。
とりあえず深呼吸。
それから、もう一度視線を動かして、中澤さんの胸元に目をやった。
パジャマの合わせからのぞく白い肌が、ケガ人じゃなくて病人っぽく見えるのは、
ここが病室のせいなのかもしれない。
ふっと息が漏れる音が聞こえた。
「窓、開けてくれへん?」
「あ、はい」
イスから立ち上がって、窓に近づく。
今の美貴の心の中とは裏腹に、外はイヤになるほど晴れ渡っている。
窓の下に広がる緑の芝生は昨日と変わらずキラキラと輝いて見える。
- 303 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:39
- カラカラと音を立てて窓が開く。
少しだけ風が部屋の中に吹き込んでくる。
熱かった体が少し冷まされていく。
それに従うみたいに、波があった美貴の心も静かに凪いでいく。
その場所から振り返って部屋の中を見ると、中澤さんは穏やかな笑顔のまま、
美貴を見つめていた。
亜弥ちゃんはこの人を好きになって。
この人は亜弥ちゃんを好きになった。
美貴は亜弥ちゃんを好きになって。
亜弥ちゃんも美貴を好きになってくれた。
何も違いはないはずなのに。
なんで、美貴は泣きそうなんだろう。
- 304 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:40
-
「中澤さん」
呼びかけると中澤さんは笑顔は崩さないまま、少しだけ首を傾げた。
「……松浦亜弥ちゃん、知ってますよね」
どんな顔をするんだろうと思っていたけど、中澤さんは驚いた様子なんて
ひとつも見せなかった。
何もかも知ってたみたいな、そんな顔。
「知っとるよ」
ドラマティックなことなんて何ひとつ起こらない。
中澤さんは叫ぶことも怒鳴ることも泣き出すこともなく、ただ淡々とそう告げた。
何のためらいもなかった。
「……気づいて、たんですか」
「なんに」
「美貴の……美貴が何しに来たのか」
「まぁ、なんとなく」
さらりと当然のことのように中澤さんは言う。
そこには何の迷いもなくて、逆に美貴が戸惑うくらい。
矢口さんがあそこまで注意をしていることが、意味を成していないんじゃないかって
そんなことを考えてしまう。
- 305 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:40
-
「なんで……?」
美貴の疑問はホントに小さい声だったと思うんだけど、中澤さんの耳には届いたみたい。
少しだけ困ったように眉が下がる。
「矢口のウソは、すぐわかるから」
「え?」
眉を下げたまま、中澤さんは静かに話してくれた。
人に説明してもわからんやろけど、矢口、ウソつくのヘタやねん。
せやから、アンタがあの子の友達やないっちゅーんも、すぐわかった。
なんでウソつかなあかんのかって考えたら、答えは限られとるし。
そのうちのどれかやろって思っとったから。
可能性のひとつには入っとってん。
予測できたら、驚くほどのもんとちゃうやろ。
やさしい声。
誰かへの深い愛情を感じさせるような、やわらかな口調。
その相手が、亜弥ちゃんなのか矢口さんなのかわからない。
ただ、胸が締めつけられる。
だからきっと、それを聞いてしまったのは、油断だったんだ。
この人と自分の受け皿の大きさを比べるようなその言葉。
それは、今聞いちゃいけないことだったのに――。
- 306 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:40
-
「なんで……ウソだってわかってるのに、矢口さんに聞かないんですか?」
美貴の言葉に中澤さんはすごく静かに笑った。
それはまるで、外から吹いてくる微風のようで。
美貴の体からあっけなく熱を奪う。
「それは、アタシが知らんでいいことやから」
「え……?」
「ホントに言わなあかんことやったら、あの子は言うてくれる。
言わんことは、少なくとも今はアタシが知る必要はないってことや。
まぁ、それがウソになってしまうところが、あの子のお子様なとこやけど」
何もかもをわかっている。
これが大人っていうものなんだろうか。
美貴みたいに、亜弥ちゃんの行動を、言動を疑って疑ってここまできてしまった
人間とは、この人は全然違うところに立っている。
なんで、そんなことができる?
これが、本当に好きってこと?
あぁ、そうか。
美貴がこの人に感じていた恐れの気持ち。
理由はここにあるんだ。
- 307 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:41
-
この人と美貴は絶対的に違う。
きっとこの人なら、亜弥ちゃんのすべてを受け止めてあげられる。
もし、今でも亜弥ちゃんのことを思っているのなら。
2人がどこかで出会ってしまったら。
美貴の手の中から亜弥ちゃんが消えてしまう。
その現実を、美貴はどこかで感じ取っていたんだ。
だから、この人を恐れた。
美貴が絶対に叶わない、この人の器の大きさを。
- 308 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:41
-
「けど、藤本さんが何を知りたいかまでは知らんよ? 何が聞きたいん?」
ぐるぐると回り始めた頭の中、その回転を止めたのは中澤さんの言葉だった。
ハッとして顔を上げると、笑顔のままの中澤さんと目があった。
ざわめきだした心が少しだけ落ち着く。
「あ、あの……」
立ってるのがつらくなってきた。ガクンとひざが落ちそうになる。
「こっちおいで」
魔法の言葉みたいに、美貴はその言葉に誘われるまま、さっきまで座っていた
イスに戻った。
ストンと腰を落とすと、のどもとにあった重い空気も下に落ちていく気がする。
目を閉じて、息を吐く。
もしかして、美貴はとんでもない失態を犯したんじゃないか。
強くもないし、勇気もないくせに、自分の範疇外のことをしてしまったんだ。
だけど、もう手遅れだ。
知ってしまったことをなかったことにはできない。
それができるなら、最初からこんなことしてない。
美貴に選択肢は、もう、ない。
- 309 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:42
-
「中澤さんと亜弥ちゃんは……どういう、関係なんですか」
こんな回りくどい聞き方をしても、中澤さんはきっと、美貴が本当は何を
聞きたいかわかってるだろう。
だけど、やっぱり直接ズバッとは聞けなくて、弱い自分に笑いが漏れる。
「……恋人、やったよ」
やわらかかった口調がいつの間にか冷えたものに変わっていた。
それは、冷たいっていうわけじゃなくて、色をなくしただけ。
その言葉だけが、ここから切り離されてモノトーンの空気を帯びている。
なんだか、昔の映画を見ているような、そんな気分。
「なんで、別れたんですか」
「……それをアンタに話す理由はないなぁ」
色をなくした言葉は、あっという間に無機質なものに変わってしまった。
軽く言われた言葉なのに、美貴の心をあっけなく突き飛ばす。
「聞きたいんやったら、アンタと松浦の関係、教えてもらわんと」
- 310 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:42
-
松浦
それが、中澤さんの口から出た、初めての亜弥ちゃんを呼ぶ声。
あぁ、そうか、この人は、亜弥ちゃんのこと「松浦」って呼ぶんだ。
名前で呼ぶんじゃないんだって、そんなことに安心する。
名前で呼べるからどうこうって問題じゃないのに。
そんな些細なことに美貴はすがろうとしてる。
「み、美貴は……今、亜弥ちゃんと、付き合って、るんです」
そんなこと、言わなくたってわかってるんだろうけど。
言うことで、少しだけ落ち着いた。
この部屋に入ってから、もうずっと落ち着かないことばっかりで。
ホントは早く逃げ出したいんだけど、それもできなくて。
くもの巣にかかった獲物の気分。
「けど、その、なんか、ちょっと、えっと、いろいろあって」
- 311 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:42
-
落ち着かないなら、全部話してしまえ。
それは、誰が言ったのかわからない。
美貴が美貴自身に言ったのか。
よしこや愛ちゃんや矢口さんが後押ししてくれたのか。
それとも、亜弥ちゃんか、目の前の中澤さんか。
気がつけば、美貴は――美貴の口はあらいざらいのことをしゃべっていた。
美貴は本当に亜弥ちゃんのことが好きで。
美貴のそばから離れてほしくなくて。
だから、本当の笑顔を向けてほしいと思っていて。
今の笑顔が本当のそれじゃない理由を探って。
探って探ってここまで来たということを。
- 312 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:43
- 言い終えて、はーっと息を吐く。
手の指も足の指も、先が冷たくなっていた。
体から力が抜けたみたいで、肌がカサカサしている気がする。
全部言ってしまっても、落ち着かない気持ちには変わりない。
美貴だって、こんなふうに元恋人と話すことになるなんて思わなかった。
いくらトラブってたとしても、助けを求める先が元恋人になるなんてありえないし。
美貴がすべてを言い終えても、中澤さんは口を開かなかった。
おそるおそる顔を見ると、そこにはさっきまでと変わらない表情の中澤さんがいて。
だけど、視線はこっちを向いてなくて、組まれた自分の両手を見つめている。
どのくらい時間が経ったのか、中澤さんの口からため息がひとつこぼれ落ちた。
「で、別れた理由が知りたい?」
「や、その……はい」
こくりとうなずくと、中澤さんはもう一度ため息をついた。
「せやな、自然消滅、言うんが一番近いんかな」
あまりにもあたたかい温度を帯びた言葉。
人はこんなにやわらかくてやさしくて、切ない声が出るのかと呆然とした。
ぽつぽつと話す中澤さんの表情はとても穏やかだった。
- 313 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/23(日) 13:43
-
「まぁ、いろいろあってな。気がついたときにはアタシとあの子の距離は
うんと離れてしまってたし。お互い、いろいろありすぎて、連絡も取らんように
なってしまって。そしたら、自然離れていくやろ」
自嘲するような笑い。
イヤな予感がする。
心臓がドクドクと鼓動のスピードを速めていく。
聞いちゃダメだ。
そう思ったのに、美貴の口は美貴の意思とは別のところで動いていた。
「中澤さん、は、亜弥ちゃんのこと……」
のどがカラカラだ。
窓から吹き込んでくる風も、今は体にまとわりついてうっとうしい。
中澤さんは美貴にやさしい笑顔を向けたまま、ふるふると首を振った。
そのやさしい笑顔でわかってしまった。
中澤さんの視線の先には今でも間違いなく亜弥ちゃんがいることを。
亜弥ちゃんが美貴から離れていく可能性が、美貴が思っていたよりも大きいことを。
* * * * *
- 314 名前:藤 投稿日:2004/05/23(日) 13:46
- 本日はここまでです。
ミキティ、泥沼……手前?
レス、ありがとうございます。
>>290
あ、やっぱり見抜かれてましたねw
まだちょっとキケンな道を直進中?
見守ってやってくれるとうれしいです。
受けてもらえてこちらもうれしいですw<茶色い物体
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/23(日) 16:27
- 藤本さんやばいっすね〜・・・。
どんどん過去が浮き彫りにされていって見てるこっちがハラハラします。
- 316 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:33
- その後のことは、よく覚えていない。
どうやって中澤さんと別れたのか、矢口さんはどうしたのか……。
亜弥ちゃんのことも、中澤さんのリハビリのこととか、事故のこととか、
聞きたいことはいっぱいあったのに、もうそんなことを聞く余裕さえ
なくなってしまった。
ただ、帰りの電車の窓から外を眺めていたのは覚えてる。
暗くなりかけた街並みにぽつぽつとついた明かりがなんだか悲しくて。
声が聞きたかった。
会いたかった。
亜弥ちゃんのことが、恋しかった。
* * * * *
- 317 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:34
-
「あ、れ〜? みきたんまだ帰ってないんだぁ?」
その声は確かに耳に届いたのに、それでも美貴の体はガソリンが切れた車みたいに
動くことができなかった。
振り返ることも返事をすることもできなかった。
亜弥ちゃんがそこにいる。
あんなにも恋しいと思ってた亜弥ちゃんがそこにいるのに。
なんで、動けない?
パチン、と小さい音がして、いきなり視界が真っ白に染まる。
反射的に目を閉じて、ギュッと力を入れると、目の前はさっきまでと同じ闇に変わる。
- 318 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:34
-
「わっ!?」
背中から声が飛んでくる。
亜弥ちゃんの驚いた声。
それでも、美貴のエンジンはかからない。
って、ガソリン入ってないならエンジンなんてかかるわけない。
「みきたん……いるなら電気くらいつければいいのにぃ」
声がどんどん近づいてくる。
ざわざわと胸がざわめいていく。
じんわりと胸にあたたかさが広がる。
目頭が熱くなるのがわかった。
でも、その理由がわからない。
会いたかったから。
会いたくなかったから。
美貴は、亜弥ちゃんとどうしたかったんだろう?
- 319 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:35
-
「みきたん?」
目を開けると、ひょいっと影が現れた。
それを追いかけるみたいに、亜弥ちゃんの顔が目の前に来る。
その顔は、いつもと変わりなくて。
でも、どこかきょとんとしている。
「どーしたの?」
いつもと変わらない声に、自然と笑いがこぼれ落ちた。
うつむいて、亜弥ちゃんから目線がそれる。
なんだろう。
笑ってる美貴を、のぞき込んでる亜弥ちゃんを、遠くで見てる美貴がいる。
まるで体から切り離されたみたいで。
サイズの合わない器に放り込まれたみたい。
カラカラと揺れる心は、自分のものじゃないみたいだ。
- 320 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:35
-
「んー? あたしに会えなくてさびしかったとか?」
にゃははと笑いながら、亜弥ちゃんは美貴の頭に手を伸ばしてきた。
その手をぼんやりと見つめていた美貴。
見つめていたはずだったのに。
気がついたら、亜弥ちゃんの匂いに包まれていた。
包んでいたのは、美貴のほうだったんだけど。
美貴はしっかりと、亜弥ちゃんの体を腕の中に抱き込んでいたんだから。
亜弥ちゃんを見て、あっさりとエンジンがかかってしまった。
「み、みきたん? そ、そんなにさびしかったの?」
さびしい?
違う、そうじゃないよ。
わかんないんだけど。
ホントにわかんないんだけど。
亜弥ちゃんが、そこにいるんだって確認したかった。
美貴の腕の中に、抱きしめることができるところにいるんだって、わかりたかった。
それだけだよ。
- 321 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:36
-
「みきた……」
「亜弥ちゃん」
言葉を遮ると、亜弥ちゃんは一瞬ふてくされたような声を出したけど、それもすぐに消えた。
「……なぁに?」
「好きだよ」
「知ってるよ」
即答かよ。
思わず笑いが漏れる。
「好きだよ」
「うん」
「大好きだよ」
「うん、わかってるよ」
- 322 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:36
- 体を離して亜弥ちゃんを見る。
美貴が何を言いたいのかわかんないんだろう。
亜弥ちゃんが少しだけ目を細めた。
そんな亜弥ちゃんのほっぺに手を伸ばす。
手のひらから亜弥ちゃんのぬくもりが伝わってくる。
亜弥ちゃんは首を傾けたまま、美貴の手に自分の手を重ねてきた。
軽く握るようにしてそのまま美貴を見る。
もう片方の手を逆側のほっぺに添えて、美貴は体を亜弥ちゃんに寄せた。
途中で気づいたんだろう、亜弥ちゃんが目を閉じる。
できるだけそっと、壊れないように静かにその唇をふさぐ。
ふっと、息が漏れる。
少しの間そうして、それから今度は手を離してほっぺにキスをした。
目を閉じたままのまぶたに。
前髪をかき分けておでこに。
それからもう一度、その唇に。
- 323 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:37
-
「愛してるよ」
唇を離して、亜弥ちゃんの目が美貴を映したのを確認してから、
美貴はささやくように言った。
亜弥ちゃんの目がまあるくなって、それからふにゃんと孤を描く。
何も変わらない。
うれしそうに笑ってくれてるのに。
思ってしまう。
中澤さんの前では、どんなふうに笑ってたんだろう、って。
- 324 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:37
-
「どーしたの、そんなに素直なの、めずらしい」
ほんの少しだけほっぺを赤く染めて、亜弥ちゃんは微笑んでいる。
好きだよ。
ホントに好きだよ。
愛してる。
誰にも渡したくない。
たとえその笑顔が本物じゃなかったとしても。
この腕の中に閉じ込めてしまいたい。
- 325 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:38
-
「なんか、あった?」
少しだけ微笑みに不安の色が混じる。
いつもは恥ずかしくてこんなこと言わないから、不審がられてもしょうがないけど。
美貴はふるふると首を振った。
「たまには、ね」
軽く言うと、もっと言ってくれればいいのに、とちょっと不満そうに亜弥ちゃんが答える。
だけど、すぐに笑ってくれた。
「うん。でも、うれしいな」
今度は亜弥ちゃんからキスをしてきた。
やわからい感覚に、目を閉じる。
「あたしも、みきたんが大好きだよ」
唇が離れて目を開けると、亜弥ちゃんのやさしい声が聞こえてきた。
その笑顔と、その声に、頭の中からいろんなものが弾け飛ぶ。
- 326 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/26(水) 00:39
-
あぁ、もういいや。
もう、忘れちゃおう、中澤さんのことなんて。
だって、亜弥ちゃんは知らないんだ。
今でも中澤さんが亜弥ちゃんを思ってることを。
だったらこのままで。
ずっとこのままで。
そうしたら、亜弥ちゃんは美貴のそばにいてくれる。
今までと変わらずに、ここにいてくれるんだ。
――誰にも渡さない。
亜弥ちゃんは、美貴の。
美貴だけのモノだ。
* * * * *
- 327 名前:藤 投稿日:2004/05/26(水) 00:41
- 本日はここまでです。
泥沼……のようなそうでもないような。
レス、ありがとうございます。
>>315
過去話はちょっと中断ですが、やばさは変わりなく……(汗
まだまだハラハラモードは続く、かも、です。
- 328 名前:dada 投稿日:2004/05/26(水) 01:03
- 藤本さん…。
過去話もハラハラしながら待ってます。
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/26(水) 19:29
- 痛々しいね。ミキティ…
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/26(水) 23:02
- この4人どうなるんだろ…。
過去にいったい何が…。
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/28(金) 23:51
- こんなに過去に囚われていたら
未来なんて見れないやね。
・・・わからんでもないが。
- 332 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:47
- 狂ってると思った。
自分の考えがおかしいことなんてわかってた。
亜弥ちゃんはモノじゃない。
美貴の恋人にはなってくれても。
美貴のモノにはならない。
ドラマや小説みたいに、ドロドロなことが起こるんじゃないかと思った。
起こったっていいと思った。
それで、亜弥ちゃんが美貴のモノになるのなら。
この部屋に閉じ込めて、誰の目にも触れられないようにして、
美貴だけを見ていてくれればいいって、そんなことを思った。
狂ってるってわかっていながら、そう思った。
たとえ亜弥ちゃんが美貴を見てくれなくなっても。
たとえ亜弥ちゃんが美貴を愛してくれなくなっても。
ほかの人に渡すくらいなら、壊れてしまってもいいから、そばに置いておきたかった。
* * * * *
- 333 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:49
-
みきたん ごめんね
もう 一緒にいられない
ありがとう
あたしのこと 好きになってくれて
みきたんのこと
すっごい好きだったよ
だけどね あたし ずっと言ってなかったんだけど
いるんだ ホントは
みきたんよりも もっと ずっと スキナヒトが
だから ゴメンネ
サヨナラ シヨウ?
- 334 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:50
-
「……あ、ぅ……だ、ヤだ、ヤだ!」
「……たん! みきたん!」
自分の叫び声と、名前を呼ばれる声で目が覚めた。
ぼんやりとにじむ視界の中、揺れ動く何かが見える。
はーはーと自分が呼吸する音がうるさい。
「みきたん? 聞こえてる? 起きてる?」
亜弥ちゃんの声。
亜弥ちゃんの声だ。
まだそこに、そこにいてくれてる。
少しまぶたに力を入れて押し上げると、焦点の合わなかった視界が
少しずつクリアになっていく。
目の前には亜弥ちゃんの顔。
心配そうに眉を寄せて、美貴を見下ろしているのが見えた。
美貴の目が開いたことに気づいたんだろう、ほっと息をついて、軽く微笑んでくれた。
- 335 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:51
-
「だいじょぶ?」
「……あ、う、ん」
自分のおでこに触れると、じんわりと汗をかいていた。
「また……ヤな夢見たの?」
亜弥ちゃんが手を伸ばして、美貴の前髪に触れる。
「……亜弥ちゃん」
その手に触れると、亜弥ちゃんは起こしていた体をコロンと横に倒した。
見上げていた視線が、同じ高さに変わる。
それから、そっと美貴の体に腕を回して、キュッと抱きしめてくれる。
亜弥ちゃんの香りに包まれて、やっと息がつけた気がした。
ポンポンと背中を叩いてくれるあったかい腕に気持ちを集中させて目を閉じる。
どのくらいそうしていたのか、うるさかった鼓動も落ち着いてきた。
「だいじょぶ?」
「ん、へーき」
- 336 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:52
- 美貴は相変わらず上手に眠れない。
その上、最近では今日みたいにイヤな夢を時々見るようになった。
一番最初に悪夢を見たとき、叫び声を聞きつけられちゃったみたいで、
それからというもの、亜弥ちゃんは夜、美貴の隣から離れなくなった。
同じように、あの日、亜弥ちゃんを誰にも渡さないと勝手に誓ったあの日から、
美貴は夜、亜弥ちゃんを手放さなくなった。手放せなくなった。
亜弥ちゃんを抱きしめたからって眠れるわけじゃないんだけど。
それどころか、腕の中で亜弥ちゃんが動くたびに、ドキッとして目が覚める。
それでも次の瞬間には美貴の腕の中から離れていかないってわかるから、
安心して目を閉じられるんだ。
それはまるで、1秒後に爆発するかもしれない、でも100年経っても爆発しないかもしれない、
そんな不安定な爆弾みたいなもの。
それでも、抱えてないと安心できない、おかしなもの。
こんなにも亜弥ちゃんに固執してるんだって、あの人のことを知ってから初めて知った。
恋愛なんて、もっとクールでドライにできるんだと思ってたのに。
だってさ、別れたの付き合ったのって話なんて、よく聞くし。
前の人と別れてすぐに別の人と付き合い始めたとか、めずらしいことじゃない。
振ったって振られたって、恋で人生変わっても、失恋で人生変わるなんて
ありえないと思ってたから。
まさか、自分がこんなふうになるなんて、思いもしなかった。
- 337 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:53
-
「ホントに?」
「ん、大丈夫だよ」
亜弥ちゃんの手が前髪を離れておでこに一度触れて、それからほっぺに流れる。
あったかい手が美貴のほっぺを軽くなでて、それから離れていく。
その手を追いかけようとして手を伸ばしたら、ピピピという電子音に遮られた。
「もう、起きなきゃ」
亜弥ちゃんが美貴に背を向けて、起き上がろうとする。
美貴は強引に腕を伸ばして、亜弥ちゃんを抱きしめた。
「ちょ、みきたん」
不満げな声には気づかないフリをして、そのままグッと抱き寄せる。
髪に顔をうずめると、美貴と同じシャンプーの香りがした。
「遅刻しちゃうってば」
ポンポンとなだめるように、抱きしめてる腕を亜弥ちゃんが叩く。
「いーよ、サボっちゃえ」
ギュウッともっともっと抱きしめる手に力を入れる。
「もー、ダメだってば」
「いいじゃん、一緒にいようよ」
首筋にキスを落とす。
「ダメだってば」
「一緒にいてよ」
「みーきたん」
- 338 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:54
- ちょっとだけ声音が硬くなった。
だけど、美貴はそれでも腕をほどかない。
ホントに、この腕の中に閉じ込めちゃえればいいのに。
「なんでそんなにワガママなの?」
「亜弥ちゃんが好きだから」
「……もー、意味わかんない」
グリグリと腕に亜弥ちゃんが頭を押しつけてくる。
たぶん、照れてるんだろうな。
ホントに美貴こういうこと今まで全然言わなかったから。
もっともっと、もっともっと、もっともっと前から言ってたら、
こんなことにはならなかったのかな。
もっと美貴が素直に亜弥ちゃんに自分の気持ちを言えてたら、
こんなになる前に、進めてたのかな。
そんなことも思ってみたけど、今さら考えてもしょうがない。
- 339 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:54
-
「ねー亜弥ちゃん」
「何」
うわ、怒ってるよ。
だけど、やっぱりこの手は自分から離せない。
そしたら、もう二度とここには戻ってきてくれない気がするから。
「このまま2人でいようよ」
「はい?」
「この部屋でさ、2人っきりで、ずーっと2人っきりでいようよ」
「みきたん?」
「学校なんて行かなくていいよ。どこにも行かずに、ずっとずっと、
2人だけでいようよ」
沈黙が流れる。
- 340 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:57
-
「いたっ!」
いきなり腕に鈍い痛みが走った。
力が緩んだスキをつかれて、亜弥ちゃんが腕の中から逃げていく。
あわてて手を伸ばすと、しっかりと腕に歯型がついてるのが見えた。
噛んだのか……噛まれたのなんて、子供の頃、友達の家で犬にちょっかい出して以来だ。
だけど、それも、美貴が亜弥ちゃんのモノだって証みたいな気がして、
なんかちょっとうれしかった。
……ヘンかな。ヘンでもいいや。
手が届くより先に、上半身だけ起こした亜弥ちゃんがこっちを見た。
その顔は笑ってなくて、その目はなんだか不安そうで悲しそうで、不思議そうだった。
「みきたん」
亜弥ちゃんの腕まで手が届いた。
じわじわと噛まれたところから鈍い痛みが広がっていく。
もういっそ、このままこの痛みが全身に回ってしまえればいいのに。
- 341 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:58
-
「なんか、心配なこと、ある? 悩みとか」
美貴がつかんでないほうの手で、亜弥ちゃんは美貴の前髪に触れる。
それをさらさらともてあそんでたかと思ったら、そっと頭をなでてきた。
「別にないよ」
あるけど。
そんなこと言えるわけないし。
言ったって解決してくれないでしょ?
「なんか、最近ヘンだよ?」
「別にヘンじゃないよ」
「夢のことだってあるし」
「……ちょっと調子悪いだけだよ」
「……好きとか、あんまり言ってくれなかったじゃん、前は」
「心の中ではいつも思ってたよ?」
「じゃあ、なんで言ってくれるようになったの?」
「言ってほしくないの?」
亜弥ちゃんの問いかけには答えずに、問いで返す。
卑怯な手段だってわかってたけど、答えられないから。
まさか、亜弥ちゃんがこの手から離れていきそうでコワイ、なんて。
そんなこと言おうものなら、何でそう思ったのかって問い詰められるし。
それに対してつける適当なウソを、美貴はまだ考えられない。
- 342 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 20:59
-
「う、うれしいけどさ……」
「ならいいじゃん」
んーとひとしきり唸ってから、亜弥ちゃんはもう一度美貴を見た。
「大学って、そんなに大変?」
「んー、まぁ」
亜弥ちゃんは、相変わらず美貴の調子が悪いのは、大学のせいだって信じてる。
どこまで信じてるのかはわかんないけど、まだ半分くらいは信じてそう。
実際はそこまで大変じゃないけど、そう信じさせておくのが得策だから、
今はそうしとこう。
「あのね、みきたん」
まるで子供に言い聞かせるみたいに、亜弥ちゃんは美貴の頭をなでながら
諭すようにやさしい言葉を落としてくる。
「あたしも、みきたんと一緒にいたいよ? でもさ、やっぱりほら、
学校とか行っとかないと、いろいろヤバイし」
もし行かなくなってそれがばれたらもう一緒には暮らせないよ?
亜弥ちゃんは少しだけ声に悲しい色を乗せて、そう告げた。
- 343 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 21:00
-
「だったらさ、2人でどっかに逃げちゃおうよ。美貴のことも亜弥ちゃんのことも
誰も知らないところでさ、2人で暮らそうよ」
「みきたん」
困ったようなため息が聞こえる。
そうできないのなんてわかってるけど。
亜弥ちゃんを困らせたいわけじゃないけど。
でも、本当にできるなら、そうしてしまいたい。
亜弥ちゃんの笑顔をなくさずに、亜弥ちゃんと2人だけでいられる方法ってないのかな。
壊してでもそばにいてほしいとは思うけど、できればやっぱり壊したくなんてない。
亜弥ちゃんが名前を呼んでくれなくなるなんて、考えただけでもコワイ。
- 344 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 21:00
-
「……わかった。じゃあ、今日は一緒にいるから」
「え……?」
言うなり亜弥ちゃんは枕元に置いてあった携帯に手を伸ばした。
それを開きかけた手をあわてて止める。
「ん?」
「……ごめん。ワガママ言って」
ふとんからいい加減体を起こす。
「大丈夫だから、学校行っていいよ」
「……って、みきたんも大学でしょ」
「あ、そうか」
にゃはは、と亜弥ちゃんのいつもの笑い声が響く。
なんとなく、固まりかけてた空気がゆっくりと動き始める。
弱い、弱いなぁ、美貴。
あんな強気で亜弥ちゃんを壊してでも一緒にいたいって、亜弥ちゃんは美貴のモノだって
思ってるのに、その一方でワガママがすぎて嫌われるのがコワイなんて。
情けない。
- 345 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 21:02
-
「ごはん、準備しとくから。支度して来て」
「あ、美貴は……」
朝ごはんいらない、って言おうとしたのに、視線の先にはもう亜弥ちゃんはいなかった。
――食べなきゃダメなのか。ダメ、なんだろうな。
ため息がこぼれ落ちた。
ぐにゃりと視界がゆがんで、思わず目を閉じる。
キリキリと胃が締めつけられる。
その痛みはあっという間に全身に広がって、美貴を内側から壊そうとするみたいに
ギリギリと強さを上げていく。
ダメだダメだ。
こんなとこ、亜弥ちゃんには見せられない。
両手で顔を覆って静かに息を吐く。
そんなことでよくならないのなんてわかってる。
だけど、なんとか今は意識を分散させないと。
- 346 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 21:03
- 顔を覆っていた両手を離して組み合わせ、ギリギリと力を入れる。
爪が皮膚を突き破ってもいい、そのくらいの強さで。
じんじんと痛みの中心が手に移って来た頃には、ほんの少しだけだけど、
胃の痛みも治まり始めていた。
もう一度、今度は深呼吸をしてから、軽く脂汗をぬぐう。
「みきたーん? できたよー」
「うん、今行くから」
支度なんて全然できてないけど、きっと亜弥ちゃんはあきれるだけで怒りはしないだろう。
どうせ、二度寝しようとしてたと思うくらいだ。
自堕落な自分に笑いがこぼれる。
それでも、亜弥ちゃんに気づかれるよりは、きっとマシだ。
美貴が、もう、壊れてしまっていることを。
それでもきっと、近いうちに気づかれちゃうだろう。
いくら亜弥ちゃんが敏感じゃないって言っても、気づかないはずがない。
てか、気づかれなかったらちょっと悲しいくらいだ。
そのくらい、美貴は変わってしまっているから。
* * * * *
- 347 名前:勿忘草 投稿日:2004/05/29(土) 21:08
- 本日はここまでです。
切な甘系でしょうか。
レス、ありがとうございます。
>>328 dadaさん
過去話は少し先になりそうです。
しばらくはミキティの苦悩が続きそうな……。
>>329
かなりぐるぐるしてますが、
どうぞ見守ってやってくださいませ。
>>330
書いてるほうも先が見えず……(汗
地道にお待ちいただけるとありがたいです。
>>331
みんなそれぞれですが、
果たして誰が一番過去に囚われてるのか、ですね。
わかってもらえるよう描ければいいなと思っております。
- 348 名前:藤 投稿日:2004/05/29(土) 21:24
-
また、名前変え忘れ_| ̄|○
- 349 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/01(火) 12:36
- 幸せなんだか不幸せなんだかわかんないですね・・・
- 350 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:19
- ふっと目が覚めた。
ベッドに転がった記憶はないのに、背中にやわらかい感覚がある。
体にも軽いような重いような微妙な感覚がある。
はっきりと覚醒してない意識の中で、それがふとんだってわかった。
不思議。
人間って見てもいないのに、そこがふとんだってわかるんだ。
ふとんが偉大なのか、人間が偉大なのか、よくわかんないな。
ってか、それにしても、ここ、美貴んちじゃない。
天井白すぎ。
部屋明るすぎ。
なんか、消毒薬くさいし。
- 351 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:20
-
「あ、美貴ちゃん……」
起き上がろうとしてたら、声がした。
聞き間違えようもない、梨華ちゃんの声だ。
顔だけ声がしたほうに向けたら、おそるおそるって感じでカーテンのすき間からこっちを見ていた。
……アヤシイし。
じーっと見てると、やっぱりおそるおそるって感じで梨華ちゃんは美貴のそばに寄ってきた。
なんだかなぁ。
そんなにビビんなくったっていいじゃん。
何を今さら。
「あの……大丈夫?」
ビビリすぎ。
もしかして、美貴、なんかやった?
覚えてないんだけど、なんかやったのかなぁ。
やったのかもしれないな、きっと、たぶん。
- 352 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:21
-
「……あの、さ」
声かけたら、梨華ちゃんがビクッと体を揺らした。
あー、やっぱなんかやったんだ。
「ごめんね?」
できるだけビビらせないように、目線を天井に向けてやわらかめの声で言った。
うまく声に出たかはわかんないけど、亜弥ちゃんが言うみたいにやさしくやわらかく。
気持ちは何とか伝わったみたいで、梨華ちゃんがほっと息をつく音が聞こえた。
それにしても、やけに静か。
ここ、どこだっけ?
- 353 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:21
-
「ちょっとよく……覚えてないんだけど、ここどこ? 美貴、どうしたの?
梨華ちゃんになんかした?」
「ここはね、大学の医務室だよ。美貴ちゃん、学食で倒れちゃって。
私は……別に何もされてないし」
バレバレ。
それでも、梨華ちゃんがそれ以上言おうとはしなかったから、美貴も聞かなかった。
そういえば、なんとなく意識を飛ばす前のことはぼんやり覚えてる。
学食にいたのは、予定してた講義が休講になっちゃったからで。
でも、勉強とかする気もしなかったし、図書館は満杯で。
しょーがないから、学食で時間つぶしてて。
で……次の講義に行こうとしたんだよね、確か。
梨華ちゃんに会った覚えはなかったけど、きっとそこからあとでなんかしたんだ。
寝不足でキレ気味のときみたいに、たぶん。
- 354 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:21
-
「あーそっか……ごめん、迷惑かけて」
よっこいしょと体を起こしかけて、くらりと頭が揺れる。
胃の奥のほうから何かがせりあがってくる感じがして、あわてて口を押さえる。
「だ、大丈夫?」
目を閉じておでこに手を当ててじっとしてたら、ふわふわした感覚はすぐにおさまった。
目を開けても、頭の中は揺れない。
胃のむかむかもおさまってる。
うん、大丈夫。
顔を上げたら、心配そうに目尻を下げた梨華ちゃんと目があった。
心配させないように、軽く口の両端を上げてみる。
- 355 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:22
-
「ホントに、大丈夫なの?」
「うん、まぁ」
「じゃなくて!」
ビシリと言われて、美貴はびっくりして梨華ちゃんを見つめ続けた。
何が「じゃなくて」なのかわかんない。
文章の前後関係がおかしいよ。
だけど、梨華ちゃんはそれを気にしてるふうでもなくて、今度は目尻が上がって
――って言っても、たいして上がってはいないけど――怒ってる顔になってる。
「美貴ちゃん、どうして何も話してくれないの?」
「……何を」
「大丈夫なはずないでしょ? 自分の顔、ちゃんと鏡で見てる? すっごいやつれてるよ、
顔色も悪いし。講義中に寝るのだって、全然直ってない」
梨華ちゃんは、そこまで言って一回息を吸った。
いつもはそんなこと気にもならないのに、なんだか些細なことが目に留まる。
「あれからどうなったのか気になってたけど、2人の問題だからってずっと黙ってたけど、
ひどすぎるよ、今の状況。もう黙ってられない」
もう一回息が吸われる。
「よっちゃんも亜弥ちゃんも心配してるよ」
- 356 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:22
- その言葉は、完全に予想の範疇内だった。
ってか、梨華ちゃんに問いただされ始めたときから、言われるだろうって思った。
――亜弥ちゃんのことを。
やっぱり気がつかれてるんだってことを。
美貴が壊れてしまったことに。
- 357 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:22
- 自分のエゴを押し通して地獄の底までも突き進めたら、きっとこんなふうにはならなかった。
亜弥ちゃんを腕の中に抱き込んで、その首に美貴専用の首輪をつけて、首輪から伸びる鎖の
端を自分の手首に絡めつけてしまえれば。
カギのない手錠の片方を亜弥ちゃんの手首につけて、もう片方を美貴の手首にはめてしまえれば。
そのまま2人で堕ちていってしまえれば。
こんな壊れ方はしなかったのに。
亜弥ちゃんに嫌われることが怖くて。
あの笑顔を奪いたくなくて。
結局、美貴は臆病で。
気がついたら、ひとりで壊れ始めていた。
- 358 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:23
-
「ねぇ、何があったの? 話せない?」
――話せない。
それは口にせずに、口元だけで笑って見せた。
それだけで梨華ちゃんはわかったみたいで、小さくため息をついたのが聞こえた。
あの人のことは話しちゃっても平気だと思う。
あの人と亜弥ちゃんの関係とか、2人が今どうしてるのかとか、どう思ってるのかとか。
客観的な意見はひとつもないけど、全部美貴の思ったことだから、言ったっていい。
美貴が亜弥ちゃんを縛りつけたいと思ったことだって、壊れちゃったことだって
言ってもいいんだけど。
どうして、今、こんなにも調子がおかしくなってるのかは、言えない。
梨華ちゃんやよしこがそれを人に言うなんて思ってないけど。
もし、それを口に出してしまったら、亜弥ちゃんに伝わる可能性を作ってしまうから。
……それを信じてないって言われるんなら、それもしょうがないと思う。
だけど、美貴は、1%もその可能性を作りたくない。
亜弥ちゃんを傷つける、この事実が亜弥ちゃんに伝わる可能性を。
* * * * *
- 359 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:24
- 美貴が壊れたのは、気持ちより体のほうが先だった。
普通でいようと、あのことは忘れてしまおうと思えば思った分だけ、あの人が頭の中を
占拠しようとする。
それはまるで、美貴が絶対にあの人には叶わないって言われてるみたいで、きつかった。
そしたら、自然、亜弥ちゃんを見る目が変わってきてた。
亜弥ちゃんが美貴に見せる笑顔の先にある、満開の笑顔を想像してしまって。
その先にいる、あの人の姿を想像してしまって。
それはもう、想像っていうより妄想って言ったほうが近いのかもしれないけど、
美貴の体は気持ちとバラバラに動き出してしまった。
- 360 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:24
- 亜弥ちゃんが作ったごはんが食べられなくなった。
本人の目の前ではムリしてでも食べたけど、そのあとですぐトイレで吐いてしまった。
最初はちょっとヘコんでたからかなって思ったんだけど、それは1週間たっても治らなかった。
そのうち、亜弥ちゃんの目の前で物を食べるのが難しくなってきた。
でき合いの物でも、お菓子でも、亜弥ちゃんの作ったわけじゃない物でも、だ。
当然そんなだから、体調がいいはずなんてなくて。
吐いた分はカロリーメイトとかでごまかしてたり、外食する機会を増やしたりしてたんだけど、
しょっちゅう吐いてるんだから、調子よくなるわけなくて。
胃の調子はどんどん悪くなっていって、亜弥ちゃんがいなくても食べることが億劫になった。
亜弥ちゃんの前では今でも食べるけど、それが栄養になってないのはわかってる。
やつれるのも、顔色が悪くなるのも当たり前だ。
亜弥ちゃんからも「具合悪そう」って言われたけど、やっぱりそれもストレスのせいに
しておいた。慣れない講義とレポートで頭いっぱいいっぱいだって。
- 361 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/02(水) 02:25
- そんで。
日を追うごとに眠れる時間が短くなった。
悪夢を見ても見なくても、だ。
今では亜弥ちゃんを抱きしめていても、寝られる時間はごくわずかのうたた寝レベル。
少し時間をとって寝られるのは、やっぱり大学とかとにかく亜弥ちゃんがそばにいないところ。
時々家でも意識をなくすけど、それは体が耐えられなくなってるからで。
意識を落としても、休めてはいない。
だから、いつか倒れるだろうとは思っていた。
それが、亜弥ちゃんの前じゃなかったのが、幸いだ。
美貴は梨華ちゃんから目をそらして、ちょっと茶色じみてきてる天井を見つめた。
いつか体ごと気持ちまで、美貴のすべてが壊れてしまったら。
亜弥ちゃんを本当に壊してしまうだろうか。
2人で壊れていけたなら、少しは美貴も救われるんだろうか。
そんなことを思ったけれど、事態は意外な方向に進んでしまった。
美貴の予想外のところ、でも美貴の手で。
* * * * *
- 362 名前:藤 投稿日:2004/06/02(水) 02:28
- 本日はここまでです。
事態は少しずつ進行中……。
レス、ありがとうございます。
>>349
そうですね。
どっちかを決めるのは本人の心ひとつ、なのかもしれません。
って、他人事みたいに……(汗
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 18:34
- うぅ、痛い。・゚・(ノД`)・゚・。
誰か藤本さんを救ってあげて!!
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/03(木) 00:17
- 救えない。
望んで破滅へと向かっているようだ。
それが最善の道だと思っているかの如く。
- 365 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:21
- 泣き声が聞こえる。
亜弥ちゃんが泣いてる。
美貴のそばで、亜弥ちゃんが泣いている。
それを、美貴は他人事みたいに聞いていた。
「みきたん……みきたぁん……」
しゃくりあげながら呼ばれる名前が切ない。
だけど、美貴には亜弥ちゃんを慰めてあげられない。
頭をなでるために、手を伸ばすこともできない。
この耳は確かに亜弥ちゃんの声を聞いてるのに。
亜弥ちゃんは美貴が起きてるって気づいてない。
もしかして、起きてないのかな。
これは、夢なのかな。
だったらそれでいい。
亜弥ちゃんが泣くとこなんて見たくない。
だって、もうずっと、亜弥ちゃんが泣いたとこなんて見てなかったから。
美貴と一緒にいて、楽しくて幸せでいてくれるんだろうって思ってたから。
- 366 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:22
- ゆさゆさと体が揺れる。
あ、夢じゃないんだ。
「たん、みきた……」
名前を呼ぶ声が途切れてしまう。
あぁ、そんなに泣いちゃダメだよ。
明日、目が腫れちゃうよ。
そう思ってるのに、動けない。
でも、だんだん意識がはっきりしてくる。
白くぼやけてた視界が、少しずつ輪郭を持ち始める。
だけど、目の前はやっぱり白い。
亜弥ちゃんのひざが見える。
顔の半分が冷たい。
ざーざーと流れる水の音が聞こえる。
- 367 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:22
-
「あ……ちゃ、ん」
かすれた声。
自分のじゃないみたいだ。
ギリギリ亜弥ちゃんの耳には届いたみたいで、泣いてた声がパタッと止まる。
「たんっ!?」
たんって……。
もう美貴の名前じゃないよね、それ。
ふ、じ、も、と、み、きのどこにもない単語で美貴を呼ぶ声。
だけど、それも今は心地いい。
このまま目を閉じて、眠ってしまいたかった。
「たん、大丈夫?」
おそるおそるって感じの声がする。
頭をなでられてるのがわかった。
けど、全然体は動いてくれようとはしなくて。
地面に縫いつけられちゃったみたいに、重たい。
何も何ひとつ考えたくなかった。
- 368 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:23
-
ガツン!
突然、どこか遠くから重たい音が響いてきた。
ピンポーン
それを追っかけるようになる、インターホンの音。
誰かきたんだ、誰か。
「たん、ちょっと待ってて。すぐ戻ってくるから」
泣き通しだったときより、少し安定した口調で亜弥ちゃんが言う。
それって、美貴が目を覚ましたからかな。
だったらうれしいな。
我を忘れるくらい、動揺してくれてたんだ。
フラチなことを思う。
- 369 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:23
-
――松浦!
せんぱ……い、たんが、たんがぁ……
――藤本先輩、どこ? ほら、泣いてたってわかんないよ
あ、あっち……です
――梨華ちゃん、ほら、早く!
――あっ、待ってよ!
入り乱れて飛ぶ人の声。
少し低めの声と甲高い声と、亜弥ちゃんの声。
それが誰の声かなんてわかったのに。
それを考える力がなかった。
- 370 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:23
-
これで大丈夫だね。
亜弥ちゃん、もう泣かなくていいよ。
すーっと魂ごと地面に引っ張っていかれるみたいに、意識がまっすぐ下に落ちていく。
それに従うみたいに、目の前が暗くなる。
バタンという鈍い音を聞いたのは気のせいかな。
なんだか、頭の上を怒号が飛び交っていった気がしたけど。
ねぇ、お願いだからさ。
亜弥ちゃんのこと、泣かさないでよね。
亜弥ちゃんのことこれ以上泣かせたら、美貴が許さないよ。
* * * * *
- 371 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:24
- 目が覚めたら、あたり一面真っ白だった。
どこだかわからない空間。
でもそれが、自分の部屋じゃないことだけは直感的にわかった。
はぁっと息を吐くと、一瞬だけ音がして、それもまた消える。
と、その音を追いかけるみたいに、すーすーと小さい音が聞こえてきた。
ゆっくりと首を動かして音源を探ると、思ったよりもあっさりとそれは見つかった。
美貴は今ベッドの上にいて。
その脇にうつぶせて寝ている女の子の姿。
顔は腕で半分くらい隠れちゃってるけど、それが誰かなんてすぐにわかった。
「亜弥ちゃん……」
誰にも聞こえないようにつぶやいたはずだったのに、亜弥ちゃんは弾かれたように体を起こした。
うーん、目覚めがいいね。美貴とは大違い。
なんて、場にそぐわないことが頭をよぎる。
- 372 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:24
-
「たんっ!?」
ああもう、そんなに大声出しちゃダメだってば。
のぞき込んできた泣きそうな心配そうな顔に、笑顔を向ける。
その途端、亜弥ちゃんがわっと泣き出してしまった。
美貴に覆いかぶさるようにうつぶせて、しゃくりあげる声が聞こえてくる。
「た、ん……よかったよぉ……よかった……」
って、美貴そんなにヤバい状況でしたか?
なんかこれ、死にそうになっちゃった人みたいじゃん。
ほら、思ってるより元気だよ?
今は頭もスッキリしてるし、体だってだるくない。
そんなに心配することじゃないって。
こないだは全然動いてくれなかった腕を動かして亜弥ちゃんの頭まで伸ばす。
驚かせないようにそっと手を置くと、さらさらした髪を静かになでた。
亜弥ちゃんは一瞬戸惑ったように身を固めて、でもまたすぐに泣き出してしまった。
ありゃ、困ったね。
泣きやんでもらおうと思ったのに。
- 373 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:25
-
コンコン
ノックの音がして、カチャリとドアノブらしきものの回る音がした。
亜弥ちゃんの髪をなでたまま音のしたほうへ視線を向けると、開いたドアからよしこが
顔をのぞかせていた。
「お、先輩、目ぇ覚めました?」
のほほんとした声が美貴の耳元まで届く。
亜弥ちゃんの泣き声に危うくかき消されそうにはなったけど。
「よしこ……ここって、もしかして、病院?」
「そうっすよ」
事もなげに言い放つと、よしこは亜弥ちゃんの背中をポンポンと叩いた。
ひとしきり泣いてスッキリしたのか、でもまだちょっとしゃくりあげながら、
亜弥ちゃんが体を起こす。
ちくりと腕が痛むと思ったら、しっかり点滴の針が刺さっていた。
なんか、入院理由がわかった気がする。
- 374 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:25
-
「栄養失調状態だそうです。おまけに過労だって」
やっぱり事もなげによしこは言い放つ。
「大学生が過労ってのも笑える話ですよね」
言葉にトゲがあるのは、亜弥ちゃんを泣かせたからかな。
よしこ、亜弥ちゃんのこと溺愛してるもんね。
「昨日は先輩の親御さんも来てたんですけどね、死ぬことはないだろうってわかって、
颯爽と帰って行かれました」
……さすがうちの親。
まぁ、延々いつかれても困るんだけどさ。
親はなくとも子は育つ、がモットーな人たちだからな。
ひとり暮らしはじめた子供の面倒は、学費とか金銭面だけでいいってか。
「先輩の親らしい、豪気な人たちですね」
「……ほめ言葉として受け取っておく」
「そーしてください」
- 375 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:25
- と、はーっというため息が聞こえて、傍らにいた亜弥ちゃんが立ち上がった。
涙はすっかりおさまったみたいで、その顔が――怒りに燃えてるのがわかった。
「みきたん」
亜弥ちゃんにしてはめずらしく、きつい口調が飛んでくる。
「ん」
「どーしてこんなになるまで黙ってたの」
答えられなくて、亜弥ちゃんの顔を見つめたまま、美貴は黙る。
「調子悪いなら悪いって言ってくれなきゃわかんないじゃん。一緒に暮らしてるのに
こんなになるまで気づかないなんて……あたし、バカみたいじゃん」
「ごめん」
「あやまるくらいなら、最初っからやらないでよ! もう、倒れてるの見つけたとき、
ホントにどうしようかと……思ったんだから」
声に悲しい色が落ちる。
あぁ、また泣かせちゃったよ。
こんなことがしたかったんじゃないのに。
でも、じゃあ、どうすればよかったんだろう。
もう、何もわかんない。
涙を見せないように、亜弥ちゃんは手の甲でぐいぐいと目元をぬぐう。
それから、キッと一度美貴をにらんで、すぐにふにゃんと表情を崩す。
- 376 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:26
-
「でも……よかった」
こぼれ落ちるようにそれだけ告げて、亜弥ちゃんは美貴に背を向けてしまった。
「先輩、あたしみきたんの着替え取りに行ってきます。戻ってくるまで見ててもらって
いいですか?」
「おぅ、おまかせあれ」
律儀にぺこりと頭を下げて、亜弥ちゃんは病室から出て行ってしまった。
たった一度も振り返らずに。
相当怒っているらしい。
まぁ、当然だろうけど。
美貴はゆっくりと身を起こした。
よしこが背中に枕をうまいことはさんでくれて、上半身だけ起き上がる。
頭もくらくらしないし、胃もむかつかない。
すっきりさわやか。怖いくらいに。
- 377 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:26
-
「さて、と」
亜弥ちゃんが座っていたイスに、今度はよしこが腰掛ける。
亜弥ちゃんより背が高いから、見るのは楽だけど、その顔がちょっとコワイ。
こっちもどうも怒ってるらしい。
「聞かせてもらおうじゃないですか、こんなんなってる理由を」
言うつもりなんてないから、美貴はふるふると首を振った。
よしこは腕組みをして、ちょっとイラついてるみたいに、指で自分の腕をトントンと叩く。
「わかりました。じゃあ理由は聞かないんで、これからどうしようと思ってるのか、
教えてください。吉澤には聞く権利があると思います」
確かに誰よりも聞く権利があるんだとすれば、それはよしこだろう。
美貴がこうなる場所へたどり着いたのは、よしこが協力してくれたからなんだから。
たとえ、結果的によくない方向に進んでしまっていたとしても。
「松浦のこと、どうするつもりですか」
「どうもこうも……」
これまでどおり、一緒にいるよ。
そう口から落ちるはずだった言葉は、閉じたはずの扉が開く音で遮られた。
そこから入ってきたのは、亜弥ちゃん。
- 378 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:27
-
「なんか忘れもん?」
よしこの問いかけにも答えることなく、つかつかとベッドのそばまで歩いてくる。
ベッドの傍らに立ち止まって、亜弥ちゃんは顔を伏せている。
「何?」
美貴が声をかけると、バッと決意したように顔を上げた。
本当に、一瞬だった。
その瞳の奥に光を見たと思った瞬間――
バチン!
鈍いくぐもった音とともに、美貴の顔は自分のコントロールとは関係ない方向を
向いていた。追いかけるように、ジンとした熱さがほっぺたに広がる。
「たんのバカ!」
美貴が顔を元に戻すよりも先に、亜弥ちゃんを見るよりも先に、怒声が飛んで、
声の持ち主は来たときと同じようにあっという間に去って行ってしまった。
残ったのは、あっけにとられたよしこの顔と、ほっぺたの熱さと痛み。
そっと触れると、じんわりと熱が手のひらに伝わっていく。
- 379 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:27
-
はは
「……っ、あは、は、ははは……っ!」
突然高らかに声を上げて笑い始めた美貴に、よしこが空気を呑む音が聞こえた。
気でも狂ったと思ってるんだろうか。
はは、ははは……っ、くっ、ふ、ははっ……
笑いは止まることなくこぼれ落ちていく。
だんだんおなかが痛くなってきた。息が苦しい。
だけど、笑いが止まらない。
- 380 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:28
-
ね、亜弥ちゃん。
気づいてると思うんだけどさ、順番おかしいよね。
それって、美貴が目ぇ覚めてすぐやんなきゃおかしいでしょ、普通。
叩いて、それから泣くんだよ、普通は。
いったいどこで思い出したの?
美貴をひっぱたきたくなるほど怒ってたってことに。
廊下で?
階段で?
出口で?
外で?
そんで、気づいて、わざわざ戻ってきたんだ?
美貴をひっぱたく、そのために。
ただ、それだけの。
それだけの、ために。
- 381 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:28
-
「ぷっ、くっ、はははっ……っ、はぁ、ふっ……」
目の端からぽろぽろとあったかいものがあふれる。
美貴の中にあったドロドロしたものが、一緒に流れていくみたい。
笑い声が美貴の心を吐き出すようにこぼれ落ちていく。
「……先輩、大丈夫っすか?」
よしこの声に、こくこくとうなずく。
さっき、亜弥ちゃんの瞳に一瞬だけよぎった光。
それは、紛れもなく美貴に、美貴だけに向けられたものだった。
さっきの泣き顔も怒った顔も、一回出て行くときに見せた微妙な笑顔も。
美貴が倒れているときに我を忘れるほど動揺していた姿も。
気がついたときの安定した口調も。
あれは全部、美貴だけのモノだった。
少なくとも、あの瞬間だけは、亜弥ちゃんは美貴のモノだった。
うん、亜弥ちゃんがモノじゃないのはわかってるんだけど。
でも、美貴のモノだって思った。
- 382 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:29
-
美貴だけを見る亜弥ちゃんを、なんだか初めて見たような気がした。
それは、いつもそこにあったものだったのかもしれない。
もしかしたら、存在し得ないものだったのかもしれない。
そんなのは、美貴にはわからない。
きっと、美貴には見えない。
見えないんだ。
「は……はぁ〜」
最後の笑いが煙のように口から出た。
クッションにもたれかかって、天井を仰ぐ。
なんだか、ヘンに体が軽かった。
結局美貴は。
臆病な美貴は。
ひとりで探して、もがいて、苦しんで。
ひとりで壊れていっただけだった。
これこそ、ひとり相撲ってヤツだ。
- 383 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:29
- 壊れてしまった美貴は、もう亜弥ちゃんと一緒にいる資格をなくしてる。
閉じ込めたいとか、自分のモノにしたいとか、狂い始めたときから、
亜弥ちゃんと一緒にいるなんて、もうムリだったんだ。
もしかしたら、亜弥ちゃんはほんの少しだけ神様がしたいたずらで、
間違って美貴のところに送り込まれちゃっただけかもしれない。
それとも、いろいろあって傷ついた羽を休めるために美貴のところにやってきたのかな。
だとしたら。
傷ついていたんだとしたら、そのケガが治ったなら。
美貴が用意したかごの中から、あの大空を恋しく思っているのなら。
美貴は亜弥ちゃんを放してあげなきゃいけない。
たとえまた、大空に羽ばたいて傷つくことがあるとしても、
鳥がどんなことがあっても、いつだって空を飛ぶことを望むように。
もう、亜弥ちゃんはそのキレイな翼で大空に飛んでいけるんだ。
美貴の腕の中なんて狭い世界じゃなくて。
春の晴れた空みたいに、広くて大きい、あの人の元へ。
- 384 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/06(日) 01:30
-
「先輩?」
「決めた、よしこ」
「はい?」
壊したいなんて、壊れていきたいなんて思ってたのがウソみたいだ。
こんなにもカンタンに決断できることが、なんで今までできなかったんだろう。
決めてしまえば、それは悲しさとすがすがしさが入り混じった奇妙な空気を
美貴の周りに作り出して。
これでいいんだって、思わせる。
これしかないんだって、思わせる。
そうと決まれば、さっさと話を進めてしまおう。
壊れた美貴がまた顔を出す前に。
* * * * *
- 385 名前:藤 投稿日:2004/06/06(日) 01:35
- 本日はここまでです。
気持ち、急展開な感じで……。
レス、ありがとうございます。
>>363
あぁ、泣かないでくださいませ。
果たして、救われるのやらどうなのやら……(殴
>>364
最善の道の行き先はまた微妙に変わりつつ……。
望む先もまた変わりつつあるのかもしれません。
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/06(日) 22:13
- あああ、なんだか痛い方向へと行ってるような。。。
もっともらしい事言ってるけど、亜弥の気持ちは無視してるよねぇ。。。
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/09(水) 19:03
- どうなるんだろう、ほんとに。
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/12(土) 21:36
- やな予感が…
- 389 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:50
- その日、美貴と亜弥ちゃんは新幹線に乗っていた。
バタバタしてて気づかなかったけど、世間はすっかり夏休み。
ここのところの出来事がほんの何か月かのことだなんて思えないほど、
美貴の周辺はものすごい勢いで動いていった気がする。
ともあれ、夏休みが始まってすぐ。
美貴は亜弥ちゃんと出かけることにした。あの場所へと。
- 390 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:51
- 新幹線は定刻通りに出発して、西へ西へとひた走る。
「ふぁ……」
「寝てていいよ?」
朝、ちょっと早かったせいか、亜弥ちゃんはもう眠たそうだ。
窓際に座ってて、陽がさしてくるからかもしれないけど。
「んー……」
亜弥ちゃんはごしごしと目をこすって、美貴に視線を投げてきた。
「寝過ごしちゃったりしない?」
「ケータイでタイマーかけとくから、へーきだよ」
「んー。みきたんも眠たかったら寝てね?」
「ん」
納得したのか、亜弥ちゃんは目を閉じるとそのまま美貴の肩に頭をもたせかけてきた。
心地いい重みと電車の揺れに、美貴のまぶたも重くなる。
もう一度、携帯を取り出してタイマーを確認する。
電車の到着時刻はちゃんと調べてあるから大丈夫。
その5分前に鳴るようにセットして、ジーンズのポケットに突っ込む。
もちろん、バイブにして、周りの迷惑にはならないようにしてある。
- 391 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:51
-
「ふあぁ……」
大きくあくびをひとつして、美貴も目を閉じた。
亜弥ちゃんのシャンプーの香りが美貴の鼻をくすぐる。
相当眠かったのか、隣からはすーすーという穏やかな寝息が聞こえてきた。
そのやわらかい空気に、思わず微笑む。
こうしていられるのも、今日が最後。
これが最後だ。
亜弥ちゃんをあの人に返そう。
もしかしたら、それは誰も望んでいないのかもしれないけれど。
いろんな人を傷つけて、恨まれるかもしれないけれど。
それでも、思いあってる人が別れてるなんて、悲しすぎるから。
あの人の腕の中に、亜弥ちゃんを返すんだ。
- 392 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:52
- 決めてしまえば、それから先は早かった。
気持ちも体も安定した。
亜弥ちゃんと2人で過ごせる時間があとわずかだと思うと、亜弥ちゃんの
すべてが今まで以上に愛しくなった。
亜弥ちゃんの作ったごはんだって食べられるようになった。
飲み会も食事会も全部断って、ちゃんと夕方には家に帰るようになった。
外食するのももったいなくて、家でごはんを食べるようになった。
亜弥ちゃんがそばにいてくれれば、幸せな眠りにつくことができた。
夜眠って朝起きる。それがちゃんとできるようになった。
時々、亜弥ちゃんをこのまま腕の中に閉じ込めておけたら、って思わなかった
わけじゃないけど。それも振り払うことができるようになった。
ただ、キスはするけど、それ以上のことはしなくなった。
体調が万全じゃないからって言えば、亜弥ちゃんは納得してくれた。
しちゃったら、ますます固執しちゃう気がして。
また閉じ込めたくなっちゃう気がしたから。
だけど、亜弥ちゃんは何も知らない。
今日だって、ちょっと気分転換に旅行に行きたいっていう言葉を
素直に信じてくれている。
どこで気づくかはわからないけど、どこかで気づくだろう。
結局裏切ることになるんだけど、ごめんね。
大好きだよ。
* * * * *
- 393 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:52
-
「みきたん……?」
降りた駅が転校してくる前のところに近かったせいか、亜弥ちゃんは怪訝そうな
声を出した。
「こっからタクシー」
「え、お金、大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ」
正直、全然大丈夫じゃないんだけど。
愛ちゃんに会いに来たときから数えて、もう何回目になるだろう。
新幹線を使ってくるのは今回が初めてだけど、それでも結構な金額になっていて。
高校時代にバイトして貯めたお金は、もう底が見えかけている。
駅前でタクシーを拾って、亜弥ちゃんが乗り込む前に行き先を告げる。
外は車の行き来と電車の音がうるさくて、たぶん聞こえなかったんだろう。
亜弥ちゃんは懐かしそうにあたりをキョロキョロと見回していた。
「亜弥ちゃん、行くよ」
「あ、うん」
- 394 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:53
- タクシーは静かに走り始める。
ごちゃごちゃした駅前の景色を離れて、少しずつ郊外へと進んでいく。
「なんかぁ、懐かしい」
ぽつりと亜弥ちゃんがつぶやいた。
「うん?」
「あたし、こっちのほうの出身だから」
「へぇ」
知ってるけど。
曖昧な相槌を返して、美貴も窓の外を見る。
どこか、東京とは違った雰囲気で、それでも何度かきてるから、懐かしさを感じる。
中澤さんや矢口さんに最後に会ったのは、いつだったっけ。
なんだか、ものすごく前のことみたいな気がする。
まだ中澤さんが入院してることは、矢口さんからメールで聞いた。
いきなりだったから、矢口さんも何か感づいてるかもしれないけど。
きっと、矢口さんを傷つけることにもなるんだろうけど。
止められたりはしなかった。
だから、知らないフリして行っちゃうことにした。
- 395 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:53
-
「そういえば、あんまり昔の話、したことなかったよね」
何気なく話を振る。
これが最後だと思えば、多少のことは言ってしまえた。
「……そだね。でも、みきたんもあんまり聞いてこなかったよね」
「あー、まぁね」
亜弥ちゃんと視線を合わせずに、窓の外を見る。
天気は快晴。
まるで、美貴の心みたいだ。
澄み切って、澄み渡って、潔い。
ってのは、ちょっといいすぎかな、いいカッコしすぎかもね。
「やっぱさ、その、聞きにくいじゃん、いろいろ」
「親のこととか?」
「うん。そーゆー話って、あんまりされたくないかなって思って」
「……うん、そうだね。楽しい話題じゃないもんね」
「ん」
タクシーの窓から入り込んでくる光は、まぶしいけれどあったかい。
散々新幹線で寝たはずなのに、なんだかもう眠たくなってきた。
- 396 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:54
-
「……ね、みきたん」
「……ん〜?」
ぼんやり外を見ていたら、突然手を握られた。
驚いたけど、眠気を装ってやり過ごす。
さっきの亜弥ちゃんの話し方に、ヤな感じがした。
何かを決意したような、そんな口調。
それはもしかしたら、美貴の考えてることとは違うことかもしれないけど。
でも、可能性があるならやっぱり避けたい。
ダメだよ、今言っちゃダメだって。
あの人のことなんて、言ってほしくない。
もう、決めたんだから。
美貴は目を閉じた。
- 397 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:54
-
「みきたん?」
「ん〜」
語尾を上げて、ちょっと夢うつつなんだってアピールをしておく。
あぁ、これも亜弥ちゃんといて覚えた術だな。
寝たフリ。寝かかってるフリ。
前はあっさり見破られちゃったけど、うまくだませるようになってしまった。
ありがたいやら、悲しいやら。
「眠いの?」
「ん〜」
今度は語尾を下げる。
「聞いてる?」
「……ん」
亜弥ちゃんが軽く息をつくのが聞こえた。
それは残念がってるようにも、安心したようにも聞こえた。
- 398 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:55
-
「寝てていいよ。タクシー止まったら起こしたげるから」
「……」
もう返事はしない。
かくんかくんと、車の動きに合わせて小さく首を振り、体も振る。
ん、でもなんかホントに眠くなってきたよ。
亜弥ちゃんは、握ってきた手をほどかない。
だから、美貴もそのままで。
新幹線の中で亜弥ちゃんがしたように、今度は美貴が亜弥ちゃんの肩に
もたれかかった。
驚いたのか、亜弥ちゃんは一瞬息を詰めてたけど、すぐにやれやれというふうに息をついて、
一度だけコツンと美貴の頭に自分のほっぺを当ててきたみたいだった。
穏やかな空気が車の中を埋め尽くしていく。
忘れてた、こんな幸せがあるんだってこと。
ね、亜弥ちゃん。
大事なことはさ、やっぱり、なくしてみないと気づかないんだね。
* * * * *
- 399 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:56
- ガクンと体が前に傾いて、美貴はハッと顔を上げた。
まだタクシーは走ってたけど、窓の外に見慣れた外観の建物が見えてきている。
もう、目的地は近い。
ふっと隣を見ると、亜弥ちゃんも眠ってしまっていたみたいだった。
美貴が起きたから、つられて起きちゃったみたいだ。
ごしごしと目をこすっている。
「……ついたの?」
「うーん、もうちょい」
軽くそんな話をしている間に、タクシーは目的地についてしまった。
玄関前の広い道路に止まっている。
亜弥ちゃんが外を見て、怪訝そうに顔をしかめている。
お金を払ってタクシーから降りると、亜弥ちゃんがやっぱり怪訝そうに建物を見ている。
- 400 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:56
-
「行こ」
「え、ここ?」
驚いてる亜弥ちゃんの顔はあえて見ないようにして、美貴は手を引いて自動ドアをくぐる。
土曜日で診療があるせいか、日曜日に来たときよりもずっと混んでいる。
患者さんから看護士さん、お医者さんまで人は様々。
だけど、混んでいたことに少しほっとしてしまった。
これなら、矢口さんに会わずに病室まで行けるかもしれない。
もちろん、病室にいたら話にならないけど。
「みきたん、ここって、病院だよね?」
亜弥ちゃんの問いには答えない。
「だ、誰かのお見舞い、なの?」
二度目の問いにも、やっぱり答えない。
- 401 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:57
- 何度か来てて顔覚えてる人もいるみたいだから、できるだけ目立たないように受付をすり抜ける。
一度しか病室までは行ってないけど、たぶん、間違わずにつけるだろう。
立ち止まりたくなくて、エレベーターは使わずに、階段を上がる。
窓の外から見えた中庭は、今日もイヤになるほどキラキラ輝いていた。
幸い、目的の階には滞りなくたどり着けた。
そこまでたどり着いて、美貴はここに入ってから初めて足を止めた。
亜弥ちゃんの手を握っていた自分の手に、少しだけ力を入れる。
「みきたん……?」
まだ、気づいてないのか。
ムリもないか。
どうがんばっても、美貴と中澤さんが亜弥ちゃんの中で結びつくことはないだろう。
結局、最後の最後までだますことになっちゃったね。
ごめんね。
- 402 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:58
- ためらっているヒマはない。
美貴は亜弥ちゃんがこの病室のネームプレートに気づくよりも先に、ドアに手をかけた。
最初に来たときはこの部屋の前で散々悩んでたのがウソみたいなスピードで。
ドアは前と変わらずにスーッと音もなく開く。
目の前が一気に明るくなる。
大きな窓の向こうに見えるのは、あの日と同じ晴れ渡った空。
「み……」
亜弥ちゃんが言葉を言い終えるよりも先に、部屋の中から声が聞こえてくるよりも早く、
美貴は亜弥ちゃんの背中を強く押した。
不意打ちだったから、亜弥ちゃんはよろよろと部屋の中へとつんのめっていく。
5,6歩は歩いただろうか。
何とかそこで踏ん張ってそれ以上転がっていきそうになるのをとどめる。
そして、美貴を振り返ろうとして――。
- 403 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:58
-
「……え?」
あの人の驚いた声が聞こえた。
それを合図にするように、美貴は手をかけたままだったドアを引く。
ドアは開けたときと同じように、音もなく閉じた。
開けていた視界が一気に閉ざされて、目の前が暗くなる。
美貴はコツンとドアにおでこをつける。
ひんやりとした感覚が広がっていく。
部屋の中の音は、こっちには漏れてこない。
ただ、驚いているのか泣いているのかしてるんだろうとは思った。
さぁ、行こう。
ぺたりと片手をドアにつける。
それが、さよならの合図。
手を振ることはできないから、これでお別れだね。
手を離すとひんやりとした感覚も一気に離れていく。
それを確認してから、美貴は元来た道を戻っていった。
- 404 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:58
-
「藤本?」
声をかけられたのは不意打ちだった。
反射的に振り返ると、そこに見えたのは茶色い頭の矢口さん。
少し丸くなった瞳が美貴を映したと思った瞬間、美貴は駆け出していた。
「あ、おい! ちょっと待て!」
病院の中は走っちゃいけません。
そんなことは知ってます。
だけど、美貴は走らなきゃならなかった。
今ここで、矢口さんにつかまるわけにはいかない。
途中、すれ違った看護士さんから怒鳴られたけど、それでも足は止まらない。
- 405 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:59
-
「待てってば!」
しつこい!
元々運動神経はそんなに悪いほうじゃない。
身長差がある分、歩幅だって違うから本気で走れば矢口さんに負けるはずはない。
だから、美貴は振り返らずにただ足を動かした。
体力は落ちてるけど、それでも病院の出口までの短距離走だ。
転びさえしなければ、追いつかれはしない。
かけっこの時間は、予想通りそんなに長くは続かなかった。
廊下の角を曲がると、受付の向こうに入口が見える。
人はそれなりにいるけれど、美貴はうまいことそれを縫って入口まで走る。
ちょうど、人が入ってこようとするところで、ドアが開いた。
ラッキーだった。
- 406 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/12(土) 23:59
-
「藤本ぉ!」
その声を振り切って、美貴は入ってきた人の脇をすり抜けて、病院の外へと飛び出した。
太陽光が降り注いで、一気に視界が開ける。
だけど、足は止めずに、そのまま病院の敷地内から脱出する。
目の前の道路に出たけど、タイミングよくタクシーは走っていない。
しょうがないから、来た道を逆方向へと走っていく。
駅からは遠くなるけど、駅に戻るのはこっちに行くより危険が高い。
もし、矢口さんがマジでしつこく追いかけてきたら、きっと駅に戻ることを考えているだろう。
しばらく走ると、空車のタクシーを捕まえることができた。
念のため、亜弥ちゃんと降りたのとは1コ手前の駅を伝える。
キョロキョロと周りを見回して、誰も追っかけてこないのを確認してから、
美貴はシートに身を沈めた。
- 407 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/13(日) 00:00
- ポケットに入れてた携帯が震えた。
着信を見ると……やっぱり矢口さん。
息をついて、美貴は携帯の電源を切った。
矢口さんは、きっともう何かに気づいているだろう。
気づかなかったとしても、病室に戻れば何が起こってるかなんてわかる。
亜弥ちゃんは、どうしてるのかな。
美貴のこと、怒ってるかな。
それとも、忘れちゃってるかな。
あの人と、久しぶりに再会して。
ずっとずっと忘れられなかった人に。
きっと、誰よりも思っていた大切な人に。
こうして会って、どう思ってるんだろう。
- 408 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/13(日) 00:01
-
悲しくないわけじゃない。
つらくないなんてウソだ。
ホントなら、今にも泣いてしまいそうで。
目を閉じても、亜弥ちゃんの顔しか浮かんでこない。
亜弥ちゃんの声しか聞こえてこない。
きっと、亜弥ちゃんが中澤さんを思っていたように。
中澤さんが亜弥ちゃんを思っていたように。
美貴も亜弥ちゃんを思い続けるんだろう。
忘れるなんてできっこない。
亜弥ちゃん以上に好きな人ができるなんて思えない。
たとえ亜弥ちゃんが美貴のことを忘れてしまったとしても。
美貴は亜弥ちゃんを忘れない。
これが、最後の恋になったっていい。
そう、思った。
* * * * *
- 409 名前:藤 投稿日:2004/06/13(日) 00:05
- 本日はここまでです。
晴れのち雷雨、な感じ……?
レス、ありがとうございます。
>>386
なんでかこっち方面に進みがちで……。
ええ、もう、ひとり相撲もいいとこです。
このままだと立派な横綱になっちゃいそうです(殴
>>387
どうにかなったような、なってないような……。
>>388
予感、当たってましたか? それともはずれでしたでしょうか?
どうも話が転がってるような止まってるような、微妙な状況です。
- 410 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/13(日) 00:26
- 切ない、切ないよ藤本さん…
- 411 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/13(日) 05:09
- 予感あたりまくり…
矢口としたら、オマエなに余計なことをやってんだよ!みたいな感じだろうなあ。
- 412 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/13(日) 08:52
- 既に横綱ですよ。(ノ_<。)
なんでそこまで自己満足に浸ろうとするのか。。。
悲劇のヒロインにでもなりたいんですかねぇ。
- 413 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/14(月) 00:10
- いやいや…若い頃ってけっこーこう思いつめた事しちゃったりしますよ、まじで。
あ〜〜〜…それにしても痛い!!
- 414 名前:dada 投稿日:2004/06/16(水) 01:30
- どうしてこんなことに…。
相手のことを考えているようで、自分のことしか考えていない気が…。
今、一番楽しみにしている小説なんで次の更新も楽しみにしてます。
- 415 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:47
- 部屋の中は真っ暗だった。
中澤さんから、亜弥ちゃんをどう思ってるかを聞いたあの日と同じ。
カーテンをしてないから、窓の外からはぼんやりと明かりが入ってくるけど、
しんと静まり返った部屋は、梅雨みたいに空気ごと湿っているみたいだった。
そんな部屋の静寂をぶち破ったのは、ガンガンといらだたしげに鳴る、ドアの音。
すぐにその音はやんで、ガチャガチャとカギのなる音がする。
その音に、あぁやっぱりと思う。
さよならはしたけれど。
最後だとは言ったけれど。
亜弥ちゃんは、きっと一度はここに戻ってくるだろうと思った。
- 416 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:48
- 戻ってきてほしかったのか、ほしくなかったのかは、今はわからない。
あのまま、美貴のことを忘れてしまうのは悲しいと思ったけど、
忘れてしまってくれるなら、美貴の苦しさは少し楽になる気もした。
最後にちゃんと別れ話をしないととは思ったけど、しなくてすむならそのほうが
いいかもと思った。
わかってる、それは全部美貴のエゴだ。
美貴は美貴を傷つけたくないだけだ。
亜弥ちゃんを傷つける美貴を、美貴は許せない。
それなのに、亜弥ちゃんを傷つけない、という選択ができない。
亜弥ちゃんに戻ってきてほしくなかったのも。
忘れてしまってほしいと思ったのも。
別れ話をしなくてすむなら、そうしたいと思ったのも。
どれも、美貴が傷つきたくないからだ。
でも、きっと、そんなこと考えてるくせに、戻ってくることを期待してた。
だって、美貴は、テレビを向いてるソファじゃなくて、それにもたれかかるようにして、
入口のほうを見てるんだから。
- 417 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:49
- ノブの回る音。
ドアの開く音。
そして、それを追いかけるように飛び込んできたのは――。
「先輩! いるんですか!」
怒りに満ち溢れたよしこの声だった。
- 418 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:49
- パチンと小さい音がして、部屋の電気がつく。
玄関からドカドカと大きな音を立てて入ってきたのは、確かによしこ。
その傍らに、支えられるようにして亜弥ちゃんがついてきている。
視線は下げたまま、美貴とは目を合わせようとしない。
「先輩、どういうことっすか!」
「久しぶり」
やんわりと笑って、美貴はよしこと目を合わせた。
「久しぶり! じゃないです!」
足を止めてしまった亜弥ちゃんをそのままに、よしこはドカドカと大股で
美貴に近づいてきた。
声だけじゃない。顔も怒りに満ち溢れている。
「なんで、松浦がこんなことになってるんですか!」
「こんなことって?」
「松浦から電話もらって飛んでいってみれば、もうなんか呆然としてて
泣いてるんだか笑ってるんだかわかんない状態で。そんななのに、先輩は
どこにもいないし。携帯つながんないし。家来てみればこの状態で」
「飛んでいったって、どこに」
「……東京駅、ですけど」
そこまではちゃんと帰ってこられたんだ。
うつむいたままの亜弥ちゃんに視線をとばして、そんなことを思う。
この状態で亜弥ちゃんと会ったらもっとあわてるのかと思ったけど、
なんだかすごく冷静だ。
- 419 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:50
-
「そんなことより!」
怒鳴られて視線をまたよしこに戻す。
「どうなってんですか! 吉澤には全然わかんないっすよ!」
「わかんないのなんて、当たり前だよ」
美貴の言葉に、よしこは眉を寄せた。
「何、言ってんすか」
「これは、美貴と亜弥ちゃんの問題だから。よしこには関係ない」
ピキッと、よしこのおでこに青筋が立つのが見えた。
「関係ないってどういうことですか!」
「関係ないから関係ないって言ってる」
「関係なくなんてないです! 元々この話に巻き込んだのは先輩じゃないすか!
それなのに、ここまできて関係ない? ふざけんのもいい加減にしてください!」
ぐっと胸倉をつかまれた。
けど、美貴は表情を変えない。
今は何も怖くない。
きっと、このまま首絞められたって、へーきだろう。
- 420 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:50
-
「ふざけてるつもりなんてない」
「……っ!」
バシッと鈍い音がして、左のほっぺにジンと痛みが広がった。
ぐっと唇を噛み締めてるよしこの顔が見える。
当たり所が悪かったのか、口の中に血の味が広がる。
それでも表情が変わらない美貴に痺れを切らしたのか、ソファに叩きつけるように
よしこが手を離した。
ドンと鈍い音と衝撃が背中から伝わってくる。
「松浦、行くよ!」
背中を向けてよしこが遠ざかっていく。
部屋の入口で立ちつくしたままだった亜弥ちゃんの手を取って、出て行こうとする。
だけど、亜弥ちゃんはその場から動かなかった。
うつむいて、今にも倒れそうなか細い気配を漂わせながら、それでもその足は
そこから動こうとはしない。
- 421 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:51
-
「松浦!」
よしこの怒鳴り声にも動じない。その場に立ったまま、亜弥ちゃんはふるふると首を振る。
よしこはガシガシと頭をかいて、亜弥ちゃんから手を離した。
何も亜弥ちゃんには声をかけずに、来たときと同じようにドカドカと部屋から出て行く。
ドアの開く音。
閉まる音。
それが静まると、部屋に残ったのは、ジーという冷蔵庫の鳴く音だけだった。
亜弥ちゃんは、微動だにしない。
だから美貴も、姿勢を変えない。
ソファにもたれかかったまま、じっとじっと亜弥ちゃんを見る。
やっぱり、愛しい。
亜弥ちゃんが好きだ。
だけど、もう、美貴は亜弥ちゃんと恋人じゃない。
その手を離したのは美貴なんだから。
亜弥ちゃんのせいじゃないよ。
- 422 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:52
-
「座れば?」
声をかけると、ビクッと体が跳ねたのが見えた。
でも、素直に美貴の言葉に従うように、その場にそのまま腰を落とす。
美貴と亜弥ちゃんの距離はそんなに遠くない。
ちょっと動けば手が届く。
だけど、美貴も、たぶん亜弥ちゃんもこれ以上は近づかない。
これが、今の美貴と亜弥ちゃんの距離だ。
昨日までは、今朝までは、手の届く距離にいたのに。
それだけが、なんだかさびしい。
「……って」
しゃべっちゃったから、口の中の切れたところがジンと痛む。
指で唇の端に触れたら、血がついた。
人に殴られて顔切ったのなんて初めてだ。
一瞬、亜弥ちゃんの頭が動いた。
だけど、顔があがることはなくて、そのままうつむいている。
ぺろりと下で傷口をなめたら、しみて痛かった。
また錆びた鉄みたいな味が口の中に広がる。
- 423 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:52
-
「……るの?」
不意に、冷蔵庫の鳴く音を遮るみたいに、亜弥ちゃんの声が聞こえた。
きっと、この部屋じゃなかったら聞き逃してしまうほどの小さな声が。
「何、聞こえない」
「……なんで、みきたんが、知ってるの?」
「何を?」
言いたいことはわかってた。
だけど、こんなふうに聞き返す美貴はいじわるだ。
わかってるのか、うつむいたままの亜弥ちゃんが唇を噛むのが見えた気がした。
「中澤さん、のこと」
亜弥ちゃんは中澤さんって呼ぶのか。
そんなことが確認したかったわけじゃないけど、なんとなく名前が出たことで
少し心がざわめいた。
- 424 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:52
-
「いつから、知ってたの」
美貴が答えないから、亜弥ちゃんは続けて質問をしてきた。
だけど、それにも答えない。
「どこまで、知ってるの」
そう、たぶん、亜弥ちゃんが知りたいのはその3つ。
それに答えてあげることが、美貴が亜弥ちゃんにしてあげられる最後のことなんだろう。
「亜弥ちゃんがおかしいってことに気づいたのは、もうずっと前だよ。亜弥ちゃんと
恋人になって、少しした頃から」
その答えが意外だったのか、亜弥ちゃんが弾かれたように顔を上げた。
目があって、一瞬だけ目を細める。
亜弥ちゃんの顔に、泣いていた様子はない。
いったい、中澤さんとどんなことを話したんだろう。
でも、それはもう美貴が気にすることじゃない。
- 425 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:53
- その顔に美貴はできるだけやわらかく笑顔を向けて、静かに話し始めた。
亜弥ちゃんと一緒に暮らすようになった理由も。
どうやって中澤さんのことを突き止めたのかも。
亜弥ちゃんと中澤さんのことをどこまで知ってるのかってことも。
とにかく、感情的にならないように気をつけながら。
それを話しながら、美貴はどこまで知ってるかってことに関しては
知らないことが多いことに気づいた。
動揺しちゃって、結局事故のこともリハビリのことも聞けてない。
2人の間に何があって別れることになったのか、その詳しい事情は知らない。
それを聞くべきだろうか。
いや、知ってどうこうなるもんでもないし。
- 426 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:53
-
「どうして、言って、くれなかったの」
ヒューっと息を呑む音が聞こえた。
亜弥ちゃんはシャツの胸元を握り締めて、視線をまた床に戻している。
あ、ヤバイ。
そう思ったけど、止められなかった。
亜弥ちゃんの言葉が、美貴のリミッターを壊した。
亜弥ちゃんをあの人に渡したくないって気持ちの中に沈んでしまっていた
深くて黒い感情が一気に滲み出してくる。
もやもやして美貴の胸にたまっていた感情がわーっと外にあふれ出そうとする。
危うく怒鳴りつけそうになるのを、何とか押しとどめる。
これで最後だから。
これが最後だから。
呪文みたいに繰り返す。
- 427 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:54
-
「亜弥ちゃんこそ。何で黙ってたの、恋人がいるって」
「それは……もう、別れた人、だから」
「ウソだね」
「ウソじゃないよ」
「別れたって忘れてなかったじゃん。亜弥ちゃん、ずっとずっとあの人のこと思ってた。
そうじゃないの?」
思いのほかきつい口調になって、美貴は拳を握り締めた。
傷つけたいんじゃない。
悲しませたいんじゃない。
だけどそれでも、美貴に黙っていたってことへの怒りが今頃ふつふつと顔を出す。
何で今頃。
どうして今さら。
今傷つけるくらいなら、もっと前にぶちまけてしまってたほうがよかったのに。
そう思ったけど、言葉が止まらない。
- 428 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:55
-
「美貴と付き合ったのは遊びだったんじゃないの?」
「違う!」
亜弥ちゃんがまた顔を上げる。
一瞬、その目に怒りの色が見えた気がしたけど、すぐに消えて悲しそうな色で埋め尽くされる。
「じゃあなんで? なんであの人のこと忘れてないのに、美貴と付き合ったの?」
亜弥ちゃんはそれには答えてくれない。
「美貴と付き合えば、忘れられると思った? 忘れるために美貴と付き合った?」
「たん……」
「それとも、美貴があの人に似てたから?」
亜弥ちゃんの目が丸くなった。それからふるふると肩が震え始める。
それは、誰も認めてはくれない現実。
美貴だって認められない事実。
だけど、ほかの誰にもわかんないかもしれないけど、きっと亜弥ちゃんの中では
美貴と中澤さんには何か共通点があるんだろう。
それを、今、亜弥ちゃんは証明してくれた。
それが、美貴の怒りを頂点にまで押し上げた。
けど、美貴は怒鳴らなかった。
ただ、冷静に、それでいて亜弥ちゃんを傷つける言葉を吐いた。
- 429 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:55
-
「美貴は、あの人の代わりだったんだ」
ぶるぶると亜弥ちゃんが首を振る。
「……違う、ちが……うよ……」
亜弥ちゃんの声が一気に涙で染まる。
あぁ、泣かせちゃったよ。
ほらだから、会わないほうがよかったのに。
そばに行ってなぐさめたくなる。
泣かせてごめんって、ひどいこと言ってごめんって言いたくなる。
だけど、それじゃダメだ。ダメなんだ。
- 430 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:56
-
「別れようよ」
これ以上くわしいところに突っ込もうとすると、どんどん墓穴を掘って、
どんどん自己嫌悪に陥りそうだったから、美貴はそこで話を止めた。
今さら追求したってしょうがないことなんだって自分に言い聞かせて。
どうせ聞いたって腹が立つか悲しくなるだけなんだからって言い聞かせて。
「もう、別れよう。ほかに好きな人がいるのわかってて、亜弥ちゃんとは付き合えないよ」
泣いてた亜弥ちゃんがピタリと動きを止めた。
目を丸くして、今美貴が言った意味がわからないみたいに何度も瞬きをしている。
深呼吸をする。
せりあがってきた怒りをすべて飲み下すみたいに、一度息を止めて、それから吐く。
さわやかに別れられるなんて思ってない。
けど、感情のすべてを叩きつけるようなことだけはしたくない。
それは美貴の自己満足に過ぎないんだろうけど。
もうこれ以上、傷つけたくない、傷つきたくないから。
ただ冷静に。
事実だけを。
- 431 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:56
-
「さよなら」
美貴は立ち上がると、家のカギと財布だけ手に取った。
そのまま、亜弥ちゃんの横をすり抜けて、玄関に向かう。
「……っ」
亜弥ちゃんが嗚咽をこぼしたような気がした。
でも、立ち止まれない。
ぐっと奥歯を噛み締めて、振り返らないままクツを履いて表へ出る。
ドアが閉まったのを確認して、美貴は部屋にカギをかけた。
ごつんと拳でドアを叩いて、その反動で部屋の前から離れる。
- 432 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/21(月) 00:57
-
叫びたかった。
叫びだしたかった。
誰にでもなく、このもやもやした気持ちを体の外へと吐き出したかった。
悲しさと悔しさと怒りと、いろんな感情が煮えたぎって心の中でごちゃまぜになる。
だまされたことでキライになれたらどんなにラクだろう。
亜弥ちゃんとのすべてを投げ捨てられるくらい、潔い人間だったらどんなに
よかっただろう。
固執しながら手放したくて。
好きでいながらキライになりたい。
忘れたくないのに忘れたい。
忘れてほしくないけど忘れてほしい。
すべてが何もかも始まる前に戻ってしまえればいいのに。
さよなら亜弥ちゃん。
ホントにホントに大好きだよ。
* * * * *
- 433 名前:藤 投稿日:2004/06/21(月) 01:05
- 本日はここまでです。
ブレーキ故障中な感じです。
レス、ありがとうございます。
>>410
切ないですね。彼女は彼女なりに……なんですが。
>>411
あたっちゃいましたか(汗
矢口さんは今、かなり微妙なところに立ってますね。かなり。
>>412
なにも考えてないわけじゃないんでしょうが、
傍から見るとかなり暴走モード入ってますね。
目指すは大横綱……(殴
>>413
若さゆえの暴走、なのかもしれません。
それゆえに、痛さも倍増……?
>>414 dadaさん
楽しみにしていただき、ありがとうございます。
内容は全然楽しくないほうにいっちゃってますが(汗
彼女なりの思考錯誤を描ければと思っておりますが……。
- 434 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 02:41
- 377,せつなさのツボにはいってしまった…。
松浦が何を誤解してそうしたのかわかったかも…。続きが楽しみです。
- 435 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/21(月) 14:34
- ぐはっ(今回は擬音だけで失礼します)
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/22(火) 07:55
- 藤本、貴様、何様のつもりだぁ〜っ!
と、叫びたくなる展開です。
どれだけ卑下する言葉を浴びせてもモノ足りない。(怒
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/22(火) 12:09
- 誰か松浦さんを支えて〜
今だけ美貴さんの代わりに。壊れちゃうよ
- 438 名前:434 投稿日:2004/06/22(火) 20:24
- 夢中になって読んで、読み終わってまったりレスしてるあいだに更新があったこと
に今気づきました・・・オロオロ むしろ松浦こそ藤本を助けて・・!
- 439 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/24(木) 21:49
- うわきっつー。お互い好きなのに…お互い自身が壊れない事を切に願います。あややの今後の動きが気になる…気になる!!寝れなーい!!
- 440 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:40
- 亜弥ちゃんとの2人暮しをやめて、美貴は親んとこに戻った。
突然荷物らしい荷物も持って帰ってこなかった美貴に、
両親そろってきょとんとしてたけど、特別何も聞いてはこなかった。
美貴がこっちに戻るって言っても、何も言わなかったし。
放任主義の親に、こういうときばっかりは感謝する。
それにしても、夏休みっていうのは時間の感覚をおかしくする。
今までなら亜弥ちゃんとどっかに出かけるかなんかしてたんだけど、
今は家でごろごろするばかり。
今日が何曜日なのか、だんだんわかんなくなってきた。
夏休みか――。
亜弥ちゃんはどうしてるんだろう。
パパさんは帰ってきてるんだろうか。
それとも、ママさんのとこにでも行ってるんだろうか。
まさか、ひとりで……。
そこまで考えてぶるぶると頭を振ってその考えを追い出す。
もう亜弥ちゃんのことを考える必要なんてないんだ。
考えたってどうしようもないんだから。
しつこいぞ、美貴。
- 441 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:41
- それにしても。
荷物は取りに帰らないとなぁ。
あの部屋の契約だって、取り消さないといけないだろうし。
たとえ亜弥ちゃんが目の前から消えてしまっても、あの部屋じゃもう暮らせない。
あの部屋には亜弥ちゃんとの思い出がありすぎる。
美貴は何をするでもなく手元で携帯を閉じたり開いたりしていた。
あれから、少しの間は毎日のように携帯に連絡が入ってきた。
もっぱら梨華ちゃんからだったんだけど、時々矢口さんからで。
留守録は速攻で取り消して、メールは読まずに消した。
何の反応もなかったからか、それもしばらくしたら少なくなった。
それでも、梨華ちゃんからは時々メールが入る。
こういうとこ、梨華ちゃんらしいなと思うけど。
だけど。
誰にも会いたくなかった。
誰とも話したくなかった。
- 442 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:42
- うまく説明できるとも思わないし、わかってもらえるとも思わない。
そもそもわかってほしいと思わないから。
傷ついてるのも怒ってるのも悲しいのも。
いまだに亜弥ちゃんを思ってしまうのも。
全部全部、美貴だけの気持ちだから。
誰にもわかってほしいなんて、思わない。
それなのに。
誰にも会いたくなかったのに。
誰とも話したくなかったのに。
神様はそんなことカンタンには許してくれないらしい。
ある意味で平穏な美貴の日常をぶち破ったのは、自宅にかかってきた
1本の電話だった。
* * * * *
- 443 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:42
-
「美貴、電話」
部屋でごろごろしてたら、お母さんが電話の子機を持ってやってきた。
「誰から?」
「さぁ。名乗んないけど、急用だって」
なんていい加減な親だ。ヤバイ電話だったらどうするんだ。
そう思ったけど言わずに子機を受け取る。
どうせ、自業自得だとか言われるに決まってるんだから。
自宅の番号なんて、ほとんどの人は知らないはず。
梨華ちゃんやよしこにだって教えた覚えがない。
亜弥ちゃん……まさかね。
- 444 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:44
-
「もしもし? 代わりましたけど」
誰であってもウザかったら速攻できればいいと思って、美貴は電話に出た。
『切るなよ、藤本』
受話器から聞こえてきたのは、ちょっと低く、ドスをきかせたような声。
だけど、それほど怖くは聞こえない。それに、この声には聞き覚えがあった。
「……もしかして、矢口さん?」
『そーだよ』
憮然とした声。
最後に聞いたのは、病院で追っかけられたとき。
なんだか懐かしくて、でもあんまり聞きたくない声でもあった。
思わず電話を切ろうとしたら、『切るなって言っただろ!』って声が飛んできた。
なんでわかったんだ?
それにもかまわず切ろうとしたら、『切ってもムダ』と冷たい声。
「ムダって?」
『藤本んち、もうわかってるから』
「え……?」
どうやって調べたんだろう。
矢口さん周辺に美貴の知り合いはいないはず。
一番遠くないのは愛ちゃんだけど、あの子だって美貴の家までは知らない。
それどころか、美貴んちの電話番号だって知らないはずだ。
- 445 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:45
-
『とにかく、出てこい』
「ヤです」
『出てこい』
「ヤです」
『ならこっちから行く』
そんな声がしたと思ったら、ピンポーンと家のインターホンが鳴る音がした。
まさか、まさか?
「美貴ー! お客さんよ!」
……あたりか。
ここまで来てるんじゃ逃げられはしないか。
しょうがない。
「美貴ー!」
「今行くー!」
美貴はため息をつきつつ1階へと降りていった。
玄関先には、お母さんと談笑する矢口さんの姿があった。
- 446 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:45
-
「よ、久しぶり」
「……こんちは」
「じゃあ、美貴さんのこと、お借りします」
「はいはい。ゆっくりしてきていいからね」
「ありがとうございます」
いったい美貴との関係をどうやって説明したんだろう。
美貴は憮然としたまま、矢口さんのあとについて表に出た。
そこには、ライトバン? とにかく大きな車が止まっていた。
エンジンはかかってるらしく、小刻みに揺れている。
「乗んなよ。助手席でいいから」
言われて助手席に回る。
ドアを開けると、「よぅ」と聞き慣れたような慣れないような声がした。
車の後部座席には……中澤さんが座っていた。
- 447 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:46
-
「こ、こんにちは」
「ん」
中澤さんは格別最後に会ったときと変わったようには見えなかった。
余裕の笑みを口元に浮かべて、美貴をまっすぐに見ている。
本当に、もう一度亜弥ちゃんに会ったのかって疑いたくなるくらい、普通だった。
「行くから、シートベルト締めて」
「あ、はい」
逆に、矢口さんのほうがおかしいような気がした。
硬い声、美貴には笑顔を見せない。
やっぱり傷つけたかな。
怒られてもしょうがないんだけど。
美貴がシートベルトを締めると、車はするするとスタートした。
ちっちゃい矢口さんはかなりシートを前に動かしていて、
少しだけ美貴の前方にいる。
後ろから中澤さんにのぞかれてるのが、どうにも居心地が悪い。
- 448 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:47
-
「あ、あの」
「んー?」
「退院、したんですか」
「おかげさまでなぁ」
やわらかい口調。
やさしい声。
何も、最後に会ったときと変わってない。
けど、それが奇妙な気がした。
だって。
亜弥ちゃんに会ってて。
そうしたのは美貴で。
なんにも思わないんだろうか。
それとも、まさか、感謝でもしてる?
だったら、ここまでくる理由がわからない。
今さら美貴に会って、何をしたいっていうんだろう。
- 449 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:47
- 車は静かに見慣れた街を走る。
途中、駅を過ぎていく。
「どこ、行くんですか」
「話、できるとこ。ゆっくりとな」
「話ならどこだって……」
「ヤバイんちゃうん? 人目につくやろ、こういうとこやと」
「え?」
「友達とか、松浦とか」
さらっと亜弥ちゃんの名前を呼ぶ。
この人の心の中が全然読めない。
いったいあのあと何があってどうなって、この人は今ここにいるんだろう。
「それにアタシ、目立つしなぁ」
その意味が、そのときはわからなかった。
中澤さんは確かに顔立ち整ってるほうだとは思うし、
人のこと言えないけど黙ってると結構目つききつそうだから、ある意味目立つとは思う。
だけど、街中歩いててとっつかまるほどじゃないと思うから。
それが、外見的な意味じゃないってことは、車でどのくらい、30分くらい走っただろうか。
郊外のちょっとおしゃれなカフェに連れてこられて、そこで初めて知った。
- 450 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:48
-
「ちょっと待ってて」
助手席から降りた美貴に、中澤さんが声をかける。
少し車から離れて待っていると、矢口さんが運転席を降り、車の後ろに回った。
扉を跳ね上げて、その中からよっこいしょといった感じで取り出したのは、車椅子だった。
「ホントはいつもの車があればラクだったんだけどね」
「しゃーないわ。アタシの都合だけで車動かすわけにはいかんやろ」
「……そだけどさ。ひとりでへーき?」
「大丈夫やと思うけど」
「手、貸そうか?」
「んー」
美貴にはわからない会話をしてたかと思うと、開いた扉に近づいて、矢口さんが両手を伸ばす。
そんな矢口さんに抱きつくように、中澤さんも両手を伸ばした。
身長差がありそうだから、大丈夫かなと思ったけど、矢口さんはしっかりした動きで
中澤さんを車から車椅子へと移す。
「裕子、重くなった?」
「はぁ? 失礼な」
体を少しずらして、中澤さんの体は車椅子におさまった。
- 451 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:48
-
「お待たせ」
かなり下になってしまったところから、中澤さんが美貴を見上げる。
その足には、いつかのようなギプスははまっていない。
格好も普通だし、何もおかしなところはない。
ただひとつ、車椅子に乗っているということ以外は。
つまりは、それが、『目立つ』ということ。
ただぼんやりと、そう思った。
「そんなら行こか」
「あ、はい」
矢口さんに車椅子を押されて、中澤さんがカフェに入っていく。
美貴もあわててそのあとについていった。
* * * * *
- 452 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:49
- そこは、すごく落ち着いた雰囲気の店だった。
店内はウッド調で統一されていて、少し薄暗い。
真夏の太陽はこの店内にはほとんど入り込んでこなくて、冷房を強くきかせている
わけではないだろうけど、少し涼しかった。
クラシックが静かに流れていて、美貴がいつも行くようなファミレスとかファーストフードとかとは
絶対に一致しないところだった。
マイナスイオンとか出てるんだろうな、そんな場違いなことを思う。
「それじゃ、裕子」
「ん、すまんな」
「いーよ。おいらが勝手についてきただけだし」
店内に気を取られていた美貴は、矢口さんの声で我に返った。
店員さんにイスをひとつどけてもらって、そこまで車椅子を押していった矢口さんは、
そのまま席には座らずに立ち去ろうとする。
「矢口さん?」
「あー、あとでまた来るよ」
振り返りもせず、矢口さんは店を出て行く。
当然残されたのは、イスに座ってる美貴と、器用にひとりでイスに移った中澤さん。
- 453 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:49
- 注文を済ませて向き合うと、やっぱりそのやさしい眼差しが居心地悪い。
だって、美貴はこんなふうに見つめられる資格がない。
だって、美貴はこの人とこんなふうに会う資格がない。
だから、目線を下げて黙ってしまうしかない。
無言の時間は注文の品が届くまで続いた。
美貴の前にはアイスティー。
中澤さんの前にはホットコーヒー。
店内に人の気配はほとんどない。
夏休みなんだから、もうちょっと人がいてもいい気がするけど、
ぽつぽつと離れたところに何人かいるだけだった。
店内の3分の1も席は埋まってないだろう。
だからこそ、話をするには絶好のポイントだったんだろうけど。
- 454 名前:勿忘草 投稿日:2004/06/28(月) 00:50
-
「……話ってなんですか」
沈黙は長く続くといっそう居心地を悪くする。
それを知ってるから、美貴はあえて自分から中澤さんに声をかけた。
中澤さんはカップに一口口をつけてから、ゆっくりとした動作でソーサにカップを戻す。
カチャンと小さく音がした。
「宣戦布告にきたんや、今日は」
「え?」
意外な言葉に美貴は目を丸くした。
中澤さんの言葉は、美貴の想像してたどれとも違っていて、太陽と冥王星くらい離れている気がした。
「宣戦布告って、なんのですか?」
美貴の言葉に、中澤さんは口元だけでにやりと笑った。
だけど、その瞳は怖いくらいに凪いでいて、思わずごくりとのどが鳴った。
そんな美貴に気づいてないわけもないのに、中澤さんは口元に笑みを浮かべたままで。
静かに静かにその口を開いた――。
「松浦争奪戦」
- 455 名前:藤 投稿日:2004/06/28(月) 00:58
- 本日はここまでです。
ややスピードはゆるやかめ……?
レス、ありがとうございます。
>>434,438
切なくってすみません……。
夢中になっていただけて、うれしいです、こんな内容ですが(汗
>>435
はぐっ……痛かった……ですか、やっぱり?
>>436
あぁ、まあまあ落ち着いてくださいませ〜。
確かにミキティは限りなく暴走中ですね。しかも、今だ動けず、で……。
>>437
あややがどうしているのかは……すいません、ちょっと先になります。
>>438
ミキティは一度波を越えてますが、あややは……。
今後の動きは……ちょっと先なので、寝てください!
- 456 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/28(月) 01:30
- ちょっとちょっとあの人…とんでもない事言い出したぞ…そりゃないよ〜これ以上傷を、えぐらないで増やさないで…あぁ感情移入しまくりです。いったーーーい!!!!毎回痛いです。でも読んじゃうw
- 457 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/28(月) 22:28
- ありゃ、そうきますか。
予想外です。
でも、反対にこれはこれでおもしろくなってきた気がする。
- 458 名前:438…急激に不安… 投稿日:2004/06/28(月) 22:54
- えっ寝てないといけないの…(ノ_<) (-_-)zZZ ゆっくりまってます…
- 459 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 00:59
-
「争奪戦って、亜弥ちゃんはモノじゃな……!」
思わずテーブルに手をついて、立ち上がっていた。
まるで、亜弥ちゃんを人形みたいに言う、その言葉が気に入らない。
だけど、ガタッときしんだイスの音に遮られるみたいに、
美貴はそれ以上の言葉を告げられなくなった。
低い位置からすくい上げるように美貴を見上げる中澤さんの目を見た瞬間、
全身にぞくっと悪寒が走る。
両手を組み合わせた姿勢から、目だけがギラギラと美貴を見つめる。
まるで、獲物を狙う獣のよう。
これ以上動いたら、のどもとを食いちぎられるんじゃないか。
そんな恐怖さえ感じた。
ガタッと立ったときと同じような音を立てて、腰が落ちる。
周囲から音がなくなった気がした。
この空間にいるのはまるで中澤さんと美貴のふたりだけみたいで。
この人のテリトリーにまたしても閉じ込められているんだ、美貴は。
- 460 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:00
- ごくりとのどが鳴る。
それでも、中澤さんはそのままの姿勢で視線だけを動かして美貴を見る。
いったい何を見ようとしているのか、何を探ろうとしているのか、それがわからない。
「……アンタがそれを言うんか」
このまま見つめられ続けていたら、美貴の瞳には中澤さんのこの目が一生焼きついて
残るんじゃないかってことを考え始めた瞬間、中澤さんがぽろりと言葉をこぼした。
だけど、それは決してやさしい言葉じゃない。
美貴の体を内からも外からも傷つけるような、そんな言葉。
ただ一言だけだけど、直感的にそう感じた。
「え……?」
「散々あの子の気持ち、無視してきたんはアンタやろ。あの子にやって、心はある」
「そんなの当たり前……」
中澤さんがすっと目を細めた。
ぐっと、のどを強く押さえられたみたいに、息ができなくなる。
- 461 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:00
-
「それやったらなんで、あの子の話を聞こうとせぇへんねん。あの子の言い分も、
あの子の気持ちも全部無視して、アンタ、あの子をなんやと思ってんねん」
急に中澤さんの声のトーンが落ちた。
目つきはさっきまでのきついもののままで、美貴をにらみつけてくる。
抑え込まれた怒りの感情が、美貴をつついてこようとする。
「あの子の気持ち、ひとかけらも考えんと、アンタいったい何様のつもりや。
アンタひとりが傷ついて苦しんでるつもりか」
「亜弥ちゃん、の……?」
「アンタはあの子が何をしてたと思ってるん?」
「何って……」
「アタシとアンタと、二股かけてたとでも思ってるんか」
「……違うっていうんですか」
「そんなカンタンな話やったら、わざわざ出向いてきたりせぇへんわ。恋敵んところに」
中澤さんの手が静かに動いて、白いカップに触れた。
その縁を、そっと白い指がなでていく。
- 462 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:01
-
「二股の定義なんて、浮気の定義と同じくらい人それぞれやろうと思うけど。なぁ、
アンタの惚れたあの子は、カンタンに理由もなく二股なんてするような子やったんか」
その言葉は、ビルを壊す鉄球みたいに美貴を直撃した。
胃が圧迫される。
心臓がバクバクとものすごいスピードで鳴り始める。
ヒュッと自分が息を呑む音が聞こえた。
「どうや?」
中澤さんの声が、どこか遠くから聞こえてきている。
それなのに、頭の中心でビリビリと美貴を壊そうとするみたいに、
何度も何度も鳴り響く。
その音がうるさくて、美貴は救いを求めるように目の前にあったアイスティーのグラスに手を伸ばした。
両手でそれを包み込むと、ひんやりとした感覚が指先から伝わってくる。
ギュッと強く握ると、少しだけ気持ちが落ち着いていく。
カランと氷が静かに動く。
目を閉じて息を吐くと、まぶたの裏に浮かんだのは、亜弥ちゃんの顔だった。
いつも美貴に見せてくれていた、あの笑顔。
- 463 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:02
-
なんで。
どうして。
美貴は今までそれを考えもしなかったんだろう。
亜弥ちゃんの笑顔が、声が、頭の中によみがえる。
美貴にとって、亜弥ちゃんのしたことは二股になっちゃうんだけど。
一方的に、中澤さんのことを忘れようとしたんだろうと、
美貴を中澤さんの代わりにしたんだろうと思っていたけど。
あの亜弥ちゃんが。
美貴をまっすぐ見てくれていた亜弥ちゃんが。
美貴にすがって泣いた亜弥ちゃんが。
どうして、あんなにも深く思っている人を忘れようとしたのか。
そのことに、一瞬たりとも気を配らなかったなんて。
- 464 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:02
-
「ホントやったら、こんなことアンタに言わないかんことと違うねんで?」
中澤さんの声がやさしい色を帯びる。
気がつけば中澤さんの目にはもうきつさはなくなっていた。
ただほんの少し、苦い顔をしている。
「黙っとったほうが、アタシには有利なんやから」
そりゃそうだ。
もし、美貴が中澤さんと同じ立場だったら、絶対にこんなふうに会いに来たりはしない。
元通りに恋人になりたいんだったら、会わないし、会わせないだろう。
それなのに、なんで、この人は美貴に会いにきたんだろう。
そんな美貴の疑問は顔に出ていたのか、中澤さんは小さく笑った。
「けど、そうするわけにもいかへんねん。このまんまやったら、結局なんにも変わらん。
アタシとアンタの立場が入れ代わるだけや。いや、もっとひどくなるんかな」
中澤さんはカップに触れていた指を離した。
それから一度目を閉じて、静かに開ける。
「とにかく、はっきりさせたいんや」
口元に浮かべていた笑みを消して、中澤さんはまっすぐに美貴を見た。
- 465 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:02
-
「あの子が選ぶんが、アタシなんかアンタなんかをな」
「選ぶって……」
「もちろん、どっちも選ばんっていう選択肢もあるやろう。あの子にとってはアタシも
アンタも、たぶん一緒にいるとつらい存在やろうから。けど、そんなカンタンに手放せるほど
軽い気持ちでアタシはあの子を思ってたわけやない。久々に会わせてもろて、そう思ったわ」
強い強い言葉。
この人と、今さら美貴が対抗する?
そんな、先のわかってる勝負をする?
そんなの、ありえない。
ありえないんだけど……。
「敵前逃亡してくれてもかまわんよ?」
この人は……。
にやりと笑う中澤さんを見ながら、美貴はアイスティーのグラスから手を離した。
- 466 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:03
-
「今、亜弥ちゃんがどう思ってるかっていうのは、無視するんですか。そんなこと、
望んでないかもしれない」
「今さら言いなや。もう、散々あの子の気持ち、無視してきてるやんか」
美貴は黙った。
確かにそのとおりで。
美貴は美貴が傷つきたくないから、亜弥ちゃんがどうしたいかなんて聞きもしなかった。
話し合いすらせず、どうしてこんなことになったのか、その理由さえ知ろうとせず。
そのくせ、全部亜弥ちゃんのせいにして、亜弥ちゃんから逃げたんだ。
突然、ふはっと笑い声が聞こえた。
顔を上げると、目の前の中澤さんが微妙な顔で笑っているのが見えた。
「な、なんですか」
「や、あの子も難儀な子やなぁと思ってな」
「難儀?」
くつくつと笑いながら、中澤さんはカップを持ち上げてまた口をつけた。
美貴もそれに習うようにストローでアイスティーをすする。
ふっと息をついて、中澤さんの表情に少しだけ影が落ちる。
- 467 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:04
-
「あの子、なんでこんなバランスの悪い恋ばっか選ぶんやろ」
「バランス、悪いって?」
「アタシもアンタも、あの子の思いに応える恋、してへんやん。一方的に、
自分らの思いで恋してるだけやん」
「……そう、ですか?」
「少なくともアタシはそう思う。今になるまで気づかんことやったけど」
ポツリとこぼれ落ちた言葉には、どこか自嘲的な色があるように聞こえた。
「恋愛なんて、確かに自己中になるとこ、山ほどあると思うけどな。けど、
もっとちゃんと応えてくれる相手選べたら、あの子やってこんな思いせんでも
よかったんやろうに」
そうなんだろうか。
そうなのかもしれない。
美貴がもっと、亜弥ちゃんと向かい合えれば。
今回のことだって、傷つくとか傷つけるとか、そんなまだ起こってないことを恐れて
亜弥ちゃんの前でウソをつかなければ、違った未来があったのかもしれない。
やわらかい言葉に、亜弥ちゃんを思う中澤さんのやさしさがにじみ出てくる。
だけど、そのどこかに後悔があるみたいな気がして。
美貴は首をかしげた。
- 468 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:04
-
「ホントはな、アタシ、アンタにこんなこと言えた立場やないんや」
「え?」
「アタシもあの子の気持ち無視して、いい加減なこと、適当なこと、山ほどやってきたから。
そういうとこ、アンタとアタシ、似てるんかなぁ」
ホント、難儀な子やわ、と中澤さんが苦笑する
まさか、亜弥ちゃんが似てるって思ったのが、そんなことだとは思わないけど。
自分からわざわざ傷つく相手に恋するようなことするとは思えないけど。
それ以上に気になった。
中澤さんと亜弥ちゃんのことが。
いったいこのふたりはどんな恋をして、どうして別れてしまったんだろう。
今さら聞いてもしょうがないかもしれないけど。
- 469 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:05
-
「……中澤さんと、亜弥ちゃんって、どうして、別れたんですか?」
問いかけると、中澤さんは一瞬目を丸くして、それから小さく笑った。
くるくるとわずかにだけど表情がよく変わるなぁって、どうでもいいことを思う。
「それは、宣戦布告に応えるってことか?」
「わかりません。ただの……好奇心かもしれないです」
ふーん、と声を漏らして、中澤さんは自分の頬を軽く叩く。
それから少し考えていたかと思うと、小さくうなずいてまた美貴をまっすぐに見つめてきた。
「自然消滅やって話は、前にしたよな?」
「はい」
「それに至る過程が知りたい、っていうことやな?」
「……はい」
「知ったら……後戻りはできへんで?」
「……はい」
- 470 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/11(日) 01:05
-
言ってる意味も、この先にどういう話がされるのかも、亜弥ちゃんと中澤さんの間に
何があったのかも、美貴には想像もできない。
愛ちゃんや矢口さんの言葉のかけらを拾い集めて、
ジグソーパズルみたいにつないでいくことだけはできるけど、
それで全体像がわかるわけでもない。
それを知って自分がどうしようと思ってるのかもわからない。
ただ今は。
知りたいと思った。
中澤さんのことも。
亜弥ちゃんのことも。
「別れることになった直接の理由は……せやな、アタシの自分勝手さやろうな」
白いカップをその白い手でやわらかく包んだまま、中澤さんは静かに話し始めた――。
* * * * *
- 471 名前:藤 投稿日:2004/07/11(日) 01:13
- 本日はここまでです。
嵐の前の静けさモード……かも。
レス、ありがとうございます。
>>456
あの人はあの人なりにきっといろいろ考えている……ハズですw
今回は少し痛さも軽減したかと思いますが、いかがでしょう?
>>457
お、予想外でしたか。
おもしろくしていけるよう、がんばります。
>>458 438さん
失礼しました! 前回の「寝てください」は>>439さま宛てでした。申し訳_| ̄|○
これからものんびりお待ちいただければと思います。
- 472 名前:436 投稿日:2004/07/11(日) 10:12
- ふっふっふ。
裕ちゃんのお陰で少し落ち着きました。(w
恋は楽しいモノのハズなのに、同等の苦しみが付いてまわるのは
何ででしょうねぇ。。。
- 473 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/12(月) 06:32
- 静かじゃなーい!!wもう既に私の中じゃ嵐だよ作者さん…中澤〜大人なんだから分かってるよね?と中澤さんを小一時間問い詰めたい。ミキティには根性を叩き直す為に小一時間説教したい。アヤヤには小一時間気持ちを聞いて、そのまま速達で…ふんぬー!!初めてこんな気持ちの作品に出会えました。作者さん素敵。
- 474 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/13(火) 23:41
- やっと謎だった松浦さんと中澤さんの過去がわかりますか。
裕ちゃん……かなり余裕なようですが、ミキティ負けるな!
- 475 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 08:25
- 一番の貧乏くじは・・・・矢口さんなんでしょうかやっぱり。
展開が読めないっ。
- 476 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/17(土) 02:33
- 中澤さんの話も気になるけど、そのころの松浦さんもすごい気になる…
- 477 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:15
-
特にギクシャクしとったとか、そんなことはなかったんや。
いや、アタシが勝手になかったと思っとっただけやな、きっと。
それにアタシが気づいとったら、こんなことにはならんかったのかもしれん。
今さら後悔したってしょうがないことやけど。
アタシらはアタシらなりに――アタシはアタシなりのやり方であの子とつきあっとった。
いったいあの子がアタシのどこを好きになったんかは知らんけど、
恋愛の駆け引きなんて覚えてしまったアタシには、あの子のまっすぐな瞳は居心地が悪いようでいて、
それでいてくすぐったくて、うれしいもんやった。
せやのに、心のどこかでアタシはあの子を子供扱いしとった。
アタシらは手を繋いで恋しとったんやない。
あの子がアタシの後を追っかけるだけの、そんなおかしな恋をしとったんや。
- 478 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:16
-
アタシはあの子のまっすぐさに甘えて、あの子のことをめったに振り返らんかった。
アタシがどんなに置き去りにしても、あの子はいつでも後ろをついてきてくれるんやって、
根拠もないのに信じて、それに甘えて、あの子を蔑ろにしていったんや。
けど、何度もそんなこと繰り返しとったから、あの子もマジでキレてしまってな。
何で気づかんかったんやろう。
アタシが同じことされたら、間違いなくキレとるのに。
何であの子は大丈夫やって、そんなアホなこと思っとったんやろうな。
……まぁ、ともあれ、そんなでな、ケンカになってしまってん。
全然口きいてくれへんし、当然デートやってできた状況やない。
そもそも会うてくれへんのやから、どうしようもなくて。
けど、時間が経つとどんどん状況が悪くなるんはわかっとったから、強引に会うたんや。
ドライブに誘って、あやまろうとしたんやけど、やっぱり口論になってな。
松浦が『降ろさないと飛び降りる』っちゅーから仕方なく路肩に止めて、降ろして。
けど、そのときはもういい時間やったし、ひとりで帰すんは危ないから、
送っていこうと思って。
車から降りたあの子と、運転席に残ってたアタシと、しばらく言い争ってたら……。
- 479 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:16
-
「いきなり、目の前が真っ白になったんや」
カチリと中澤さんの手の中で白いカップが悲鳴をあげた。
だけど、中澤さんはそれに気づく様子もなく、じっとカップの中を見つめている。
「けたたましく鳴ったクラクションと、ものすごい衝撃。それから、ガソリンのイヤな匂い。
次の瞬間には、目の前が真っ暗んなって、後のことは覚えてへんかった」
「それって……」
「事故やったんや。少なくとも、あの子には何の責任もない」
居眠り運転のトラックに突っ込まれたんだと、後から聞いたと中澤さんは言った。
ガソリンに引火しなかったのが、せめてもの救いだったとも。
もし、引火していたら、松浦を巻き込んだかも知れへんから、と。
「それなのに、あの子はえらい責任を感じてしまったみたいでな。アタシがこうなったんも
全部自分のせいやって」
「こうなった……って?」
中澤さんは薄く笑って、隣に置かれている車椅子にそっと触れた。
- 480 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:17
-
「……アタシな、今自力で歩かれへんねん」
驚くよりも、納得してしまった。
あぁ、そうか。
たぶん、中澤さんが今日、車椅子に乗ってるのを見たときから、
その足にギプスも何も巻かれていなかった姿を見たときから、
それは薄々気づいてたのかもしれない。
きっと、これこそが、亜弥ちゃんが一番気にかけていたことなんだって。
きっと、亜弥ちゃんは思っちゃったんだ。
もっと早く自分が中澤さんを許していれば。
車から降ろせなんて言わなければ。
あの場所で、中澤さんを事故に遭わせることもなかったんだって。
- 481 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:18
-
「そんなことないんやって、言うてやりたかった。けど、アタシは結局それからあの子と
会うことはできへんかった」
「なんで……ですか」
「あの子の父親がきてな。もう、会わんでほしい、言われてん」
ちょうどそんとき、あの子の両親の離婚話も進んどったらしくてな。
父親と東京に行くことが決まった言うし。
このままあの子がアタシのそばにおっても、アタシを見るたびに傷つき続けていく。
それでなくても、アタシはあの子を傷つけてきすぎたし。
しゃーないと思ったんや。
「これが、あの子を傷つけた、アホなアタシへの報いなんやって」
カチリとまた中澤さんの手の中でカップが鳴く。
その音を追いかけるみたいに、中澤さんは大きなため息をついた。
- 482 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:19
-
けど、それは全部詭弁やったんや。アタシの犯した罪からアタシが逃げるためのな。
あの子を傷つけるからって、あの子のためにって言葉で隠して、
アタシはあの子と向き合うことからさえ逃げた。
それが一番の罪やってことにも気づかんで。
突然中澤さんの手元でガチッと音がした。
中澤さんは少し驚いた顔をして、自分の手の中から白いカップを解放する。
カップにはヒビひとつ入っていない。
外光を受けて輝くその白は、外界からの接触をすべて遮断するような孤高の白。
それが、なぜか亜弥ちゃんみたいに見えた。
- 483 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:20
-
亜弥ちゃんはきっと。
このカップみたいに、中澤さんと美貴の前に存在しながら。
たやすく触れて、カンタンに壊れてしまうような存在でありながら。
今はもう、ただ黙って、無言の白で、そこにいる。
言い訳をさせなかった美貴。
話を聞けなかった中澤さん。
そんな美貴たちを、ただ黙って。
- 484 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:21
-
今さら気づいてしまった。
自分の愚かさに。
亜弥ちゃんの言葉を。
亜弥ちゃんの声を。
亜弥ちゃんの気持ちを。
全部無視して、すべてから目をそらして。
握り返してくる手を強引に引き剥がして。
美貴のそばから突き飛ばして。
それで、亜弥ちゃんを救った気になった。
そんなのただの、自己満足じゃないか。
ただ美貴は、自分を守りたかっただけなんだ。
そんなにも自分が。
自分だけが大事なのか、美貴は。
- 485 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:23
-
「1か月や」
不意に中澤さんが口を開いた。
顔を上げると、中澤さんと目があった。
「1か月後、アタシはあの子にもう一度会う。そこで決着をつける」
強い眼差し。
美貴は、その眼差しに吸い込まれるように、目をそらせずにいた。
「アンタがいつ行動を起こしてもかまわんよ。たとえば、あの子がそこでアンタを選んでも、
とやかくは言わん。ただ、1か月後にアタシがあの子と会うのを許してくれさえすれば」
そう言って、小さく笑う。
「ま、許してくれへんかっても会うけどな」
カランと音がして、中澤さんの視線が動いた。
目が静かに細められる。
口元に浮かぶ、小さな笑み。
軽く手を挙げたので振り返ると、そこには矢口さんの姿。
- 486 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:23
-
「話、終わった?」
「ん」
中澤さんはまた器用に車椅子へと移った。
美貴の脇をすり抜けて、中澤さんの後ろへと矢口さんが回りこむ。
そこで、矢口さんと目があった。
矢口さんはさっきの中澤さんと同じように、少しだけ目を細めた。
そして、小さな笑みを浮かべた。
その笑顔の意味がわからなくて、美貴も目を細めた。
だって、美貴はたぶん矢口さんにとって、ひどい人間で。
中澤さんを取り上げようとしているのかもしれなくて。
それでなんで、笑ったりできるんだろう。
「そんなら、行こっか」
「あ、はい」
- 487 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/21(水) 01:24
- そのまま美貴は車で家まで送ってもらった。
車を降りると、中澤さんが窓を開けて顔を出す。
「あの、中澤さん、亜弥ちゃんが今、どうしてるか知ってますか」
「ん? あぁ……。今はなんたら言う先輩の家におるって聞いたけど。
なんやったっけ……なんとかザワ言うたかなぁ」
……思い当たる人間はひとりしかいなかった。
「そうですか」
ぺこりと頭を下げる。
矢口さんが一度美貴を見て、小さく手を振った。
「そんじゃな」
「はい」
ひらひらと手を振る中澤さんは、何かを吹っ切ったみたいな顔をしてるように見えた。
すがすがしい顔、ってこういうことを言うんだろう。
だったら今、美貴はどんな顔をしてるんだろう。
何もかも全部に、ぐるぐる巻きにされて、蟻地獄にはまったみたいな美貴は。
* * * * *
- 488 名前:藤 投稿日:2004/07/21(水) 01:36
- 本日はここまでです。
いろいろなものが動き出す前触れ……でしょうか。
レス、ありがとうございます。
>>472 436さん
落ち着いてくださってよかったです。
楽しいだけですまないのが恋の難しいところなんでしょうか……。
>>473
お、落ち着いてくださいませ。
おほめいただきありがとうございます。ますます精進したいと思います。
>>474
謎……というほどではなかったかもしれませんが。
ミキティ、ますます動揺中……?
>>475
矢口さんが引いたのはなんなのかは、いずれ、たぶん(殴
>>476
ねーさんのお話はこんな感じでした。
あややのことは……こちらも、いずれ……たぶん(殴
- 489 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 22:56
- ――1か月。
それは、長いようで短いようで、やっぱり長いような、そんな微妙な時間だった。
美貴が結局その間何をしたのかといえば、何もしはしなかった。
大学は夏休みだからって宿題が出るわけじゃない。
もちろん、勉強するのは自由なんだろうけど、勉強する気にもならなかった。
どこかに出かけるわけでもなくて。
誰かに会うわけでもなくて。
ただひとりで、部屋の中で、毎日ぼーっと過ごしていた。
ぼんやりしてると頭の中をめぐるのはやっぱり亜弥ちゃんのこと。
亜弥ちゃんはいったいなんで、中澤さんを忘れようと思ったんだろう。
亜弥ちゃんはいったい美貴に、何を求めていたんだろう。
ぐるぐると答えの出ない問いだけが頭の中を駆け巡る。
だけど、亜弥ちゃんに連絡をとろうとは思わなかった。思えなかった。
あれだけのことを亜弥ちゃんに言った美貴にはその資格がないとか
とにかくいろいろ言い訳をしてみるけど、それが言い訳なのはわかってた。
美貴はただ怖いんだ。
亜弥ちゃんに会うことが。
- 490 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 22:57
- そういえば一度、梨華ちゃんが家まで訪ねてきたことがあった。
だけど、美貴は会わなかった。
今梨華ちゃんに会っても、何話したらいいかもわかんないし、
どんな顔したらいいのかさえ、わからないから。
毎日家の中に閉じこもってたせいで、しっかり夏バテをしてしまって、
ごはんをちゃんと食べられなくなった。
一度体調を崩すと、こないだ盛大にぶっ倒れた美貴の体にはかなりこたえたみたいで、
しばらくだるさが抜けなかった。
さすがに放任主義の親も心配はしたみたいだけど、
なんとか軽くでも3食食べるようにしたら、何も言ってこなくなった。
ぼんやりしすぎて、今が何曜日で何日で何時なのかも理解するのに時間がかかり始めた頃、
美貴の携帯に1本の電話が入った。
もうお風呂も入って、そろそろ寝ようかと思い始めてた時間。
電話に出る前に何気なく時計を見て、まだ11時過ぎなんだって知った。
- 491 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 22:58
-
『あー……中澤やけど』
ちょっと話しにくそうな口調。
どこか、眠たそうな重そうな感じもした。
『明日、ヒマ?』
「え……」
言いたいことは全部聞かなくてもわかった。
美貴は目を閉じて、息を吐いた。
受話器の向こうからは、何の音も聞こえてこない。
きっと、美貴の返事を待っている。
「ヒマ、です」
美貴の耳に、はーっと息を吐く音が聞こえてきた。
それは、やっぱりなんだかだるそうで。だけど、その理由を聞く気にもなれなかった。
『明日な、アタシあの子に会うんやけど。アンタも来るか?』
「……行っても、へーきなんですか」
『来るのも来ないのもアンタの自由や。けど、アタシは来てほしい。
アンタも当事者やからな』
- 492 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 22:58
- 美貴は黙った。
どうしたらいい?
明日は亜弥ちゃんが来るってことだ。
最後に会ったのはもう1か月以上前のこと。
会いたい?
会いたくない?
全然わからない。
わからない? わかろうとしてないだけじゃなくて?
だけど、気になるのは事実。
もう聞いてしまったから、行っても行かなくても、亜弥ちゃんが出した結論が、
中澤さんがつける決着が気になるだろう。絶対、間違いなく。
だったら、だったらどうする?
- 493 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:01
-
「……行きます」
気がつけば、美貴はそう告げていた。
『ん、そんなら時間と場所やけど……』
中澤さんが教えてくれたのは、美貴の家からはちょっと離れたところにある大きな公園。
そこは割と有名で、すごく広い芝生があって、休みの日はお弁当を持った家族連れとか、
犬を散歩させる人とかでにぎわってるところだった。
「……わかりました」
『ん、そんなら明日な』
「はい」
電話は小さな音と共に切れた。
目を閉じたまま、プープーという音を聞いて、美貴はふっと息を吐いて電話を切る。
聞きたいことはたくさんあった。
だけど、聞けなかった。
理由は山ほどあるんだけど、どうせ明日になったらわかることが大半だし。
あとは、中澤さんに聞いてもわからないこともあるし。
とにかく、明日にしよう。
- 494 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:02
- 美貴は携帯を机の上に放り投げると、ベッドの中にもぐりこんだ。
もぐりこみながら、思わずため息と苦笑いがこぼれる。
きっと、中澤さんがこんな時間に美貴に電話をかけてきたのは。
明日の予定なんて、きっともっと前から決まっていたんだろうに、
こんなギリギリになるまでかけてこなかったのは。
美貴に考える時間を極力与えないためじゃないのかって思ったから。
ホント、中澤さん、美貴のこと、よくわかってる。
もっと前に教えてもらってて、悩んでる時間があったなら、
もしかしたら美貴は行かなかったかもしれない。
もしかして、美貴と中澤さんはそういうとこでも似てるのかな。
いったい、亜弥ちゃんはどこを似てるって思ったんだろう。
そんなことを考えながら、美貴はいつの間にか眠りに落ちていた――。
* * * * *
- 495 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:02
- 夏休み最後の日曜日。外はイヤになるほどよく晴れ渡っていた。
美貴は約束の時間の10分前に公園の入口についていた。
あんまり早すぎるとどうしたらいいかわかんないし、かといって遅くつくのも
どうかと思ったから。
だけど、入口について、初めてこの公園がホントのホントに広いことを思い出した。
公園で約束したのはいいけど、いったい公園のどこに行けばいいんだろう。
でも、中澤さんは車椅子のはずだから、普通にしていても目立つはず。
とりあえず、美貴は公園の中を歩いてみることにした。
天気がいいから、結構人は多いほうだと思う。
家族連れだったりカップルだったり、やっぱり犬の散歩だったり、
それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。
みんななんとなくまったりしてて、幸せそうで。
ひとりで歩いてる美貴は、どこかこの空間とは切り離されたところにいるみたいだった。
- 496 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:03
-
「……っ」
なんとなく視線をさまよわせながら歩いていたせいで、自分の視界に入るものに
全然気を配ってなかった。
息が呑まれる音で、ハッと視線を正面に戻す。
そこには――見なくたってわかった。その息を呑むだけの、短い音だけで。
そこにいるのが、亜弥ちゃんだってことは。
美貴の視線の先に、亜弥ちゃんはいた。
目の覚めるような緑の芝生を背中に背負って。
くっと目を細めて、唇をかみしめて。
それでも、まっすぐに美貴を見つめてくる。
あぁ、この瞳に見つめられるのは、どのくらいぶりだろう。
最後に亜弥ちゃんと、亜弥ちゃんの心をまっすぐに見つめたのはいつだっただろう。
あれだけのことを告げたのに、それでも美貴から目をそらさないように自分を奮い立たせている
亜弥ちゃんに、今度は美貴が目を細める。
- 497 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:04
-
「……お久しぶりです」
亜弥ちゃんに気をとられて気づかなかったけど、亜弥ちゃんの隣にはよしこの姿があった。
目が合うとバツが悪そうに顔をしかめて、それでも小さく頭を下げてくる。
「久しぶり」
美貴が声をかけると、よしこはもう一度頭を下げた。
その表情は、どこか硬くて、なんだか少し苦々しい感じ。
美貴を叩いて出て行ったよしことは、少し違う感じがした。
亜弥ちゃんはそんな美貴とよしこのやりとりを、ただ黙って聞いているみたいだった。
どうしてとかなんでとか、ここにいる理由を聞いてこようとはしない。
ただ黙って、目をそらさずに、美貴をまっすぐに見つめている。
その姿が、いつかの白いカップに重なった。
亜弥ちゃんはいったい何を考えているんだろう。
いったい何を思って、今日ここにきたんだろう。
美貴のことを、そして中澤さんのことを、どう思っているんだろう。
- 498 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:05
-
「……みきたん」
不意に名前を呼ばれた。
乾いた砂地に水をこぼしたみたいに、美貴の心臓を中心に、わーっと何かが体中に広がる。
何かに満たされていくような。
何かを奪われていくような。
そんな、奇妙な感覚。
それは、熱を持った体が冷気にさらされたとき、一気に体温が下がっていく、
そんな感覚にも似ていた。
その呼ばれ方さえ、懐かしい。
この世界中のどこを探しても、美貴をそう呼ぶのはたったひとり。
この世界にただひとり。
亜弥ちゃんだけだ。
亜弥ちゃんは、いつの間にかさっきまでの表情を消していた。
今はうっすら笑顔を浮かべている。その笑顔は、別れたときよりもずっと大人びて見えた。
- 499 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:05
-
「ちょっと座ろうよ。立ってるの、疲れるし」
こくりとうなずいて、美貴と亜弥ちゃんはその場に腰を下ろした。
よしこは気を遣ってくれているのか、少し離れた場所に歩いていってしまう。
「久しぶりだね」
「……うん」
「元気だった?」
「……うん」
「夏バテとかしてない?」
当たり前のように、当たり前の声で当たり障りのないことを話してくる亜弥ちゃん。
美貴は、視界のはしっこぎりぎりに入ってくる亜弥ちゃんの横顔に、全神経を向けていた。
亜弥ちゃんはやっぱりうっすら微笑んでいるように見えて、
その笑顔が何を考えているのかをわからなくさせる。
- 500 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:06
- もうあきらめたと、そういう意思表示なのかもしれない。
元々別れを切り出したのは美貴だし、それを受け入れるだけの器ができたということなんだろうか。
何を考えているのかわからないっていうのは、美貴がそう思いたいだけなんだろうか。
本当は、亜弥ちゃんはもう決めてしまっていて、その事実を受け入れたくないだけなんだろうか。
別れを告げたのは、一方的に関係を切り離したのは、美貴のほうだっていうのに。
こうして隣に並んで、気づいてしまう。
ずっとずっと、別れてからも知ってたことだったけど。
眼前に、その事実を突きつけられる。
美貴がいまだに。
亜弥ちゃんから離れられない現実を。
- 501 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:06
-
「したんだ?」
美貴が黙っていることを肯定と受け取ったのか、亜弥ちゃんがふわりと微笑んだ気がした。
「ん、ちょっとね」
「ちゃんと食べないからだよ」
「ん、そうだね」
「勉強はしてるの?」
「……して、ないね」
「ダメじゃん」
にゃははと笑う声が聞こえる。
あまりにも普通すぎる亜弥ちゃんに、違和感を覚える。
苦しい。
こうして、話をすることさえ苦しい。
いっそ責められて、怒鳴られて、泣かれたほうがどんなにラクか。
キライだと、顔も見たくないと言われたほうが救われるんじゃないかとさえ思う。
こんなときでさえ、救われることを考えている自分にあきれてしまう。
自然と笑いがこぼれた。
- 502 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:07
-
亜弥ちゃんの涙を見ても。
中澤さんと話しても。
自分の愚かさに気づいても。
結局美貴は、今でも自分が。
自分だけが大切なんだ。
- 503 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:07
-
「みきたん?」
「あ、うん」
何かを言いたげに亜弥ちゃんが口を開きかけたその瞬間。
カシャンと器械的な音が聞こえてきて、美貴と亜弥ちゃんはほぼ同時に振り返った。
中澤さんがそこにいた。
車椅子姿は変わらない。Tシャツにジーンズのシンプルなスタイル。
だけど、Tシャツからのぞくその白い腕に、手首に、見えるだけでも4、5か所に
白い包帯が巻かれているのが目についた。
そんな中澤さんの車椅子をしっかり支えるように矢口さんが立っている。
きりりと結ばれた口元。まっすぐ美貴たちを見つめる眼差し。
その姿は、まるでお姫様を守る騎士みたいに見える。
- 504 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:08
- 距離はどのくらいだろう。
普通に歩いたら、20歩? 30歩? そのくらいの距離だ。
中澤さんは、うっすら微笑んでいて、だけどどこかけだるそうな雰囲気を感じさせた。
意志の強い瞳はしっかりとは見開かれていなくて、油断するとすぐにでも夢の世界へ
行ってしまいそう。
亜弥ちゃんが、音もなく立ち上がった。
美貴もそれに習うように立つ。
中澤さんの決着。
中澤さんの選択した答えが、今、わかるんだ。
- 505 名前:勿忘草 投稿日:2004/07/25(日) 23:09
-
「そこに、おってな?」
風に乗って、中澤さんの声が間近で聞こえた。
その声は、昨日電話をくれたときと同じ、少しだるそうな声。
はーっと息をつく。
キュッと目を閉じて、それから開く。
ふっと首だけで振り返って、矢口さんに何かつぶやく。
矢口さんが小さくうなずいて、手元に力を入れたように見えた。
中澤さんの顔が、正面に戻ってくる。
その瞳には、さっきまでのけだるさはなくて、ただしっかり前を見つめていた。
隣で動く気配に気づいて目線だけをとばすと、亜弥ちゃんが自分の手首をしっかりと
握り締めていた。
握られた手首が白く染まる。
と、またカシャンという音がした。
あわてて視線を中澤さんに戻すと――。
中澤さんは、そこに、立っていた。
- 506 名前:藤 投稿日:2004/07/25(日) 23:10
- 本日はここまでです。
いろいろ進行中……。
- 507 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/26(月) 00:15
- 1ヶ月間、中澤さんは立つ練習をしてたのか…。
ようやく決着が着くんですね、ミキティ頑張れ!
- 508 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/26(月) 02:30
- 更新ありがとう。続きがすごい楽しみでどきどきします。
- 509 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/26(月) 23:01
- 同情心を抜きにして考えてくれってことなのかな。中澤さんカコイイ
矢口の動向がきになる私。
キーパーソンなのか、単なる見物人なのか…
- 510 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/02(月) 00:15
- 究極のマイナス志向。鈍いにも程がある。
贅沢すぎる悩み。 ぬうぅ、ミキティのバカチン!
- 511 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:21
- 隣から息を呑む音が聞こえる。
同じように、美貴も息を呑んでいた。
それでもじっと中澤さんを見つめていると、
車椅子の肘掛けにかかっていた手がすっと離れた。
ぐらぐらと体が不安定に揺れる。
中澤さんがぐっと唇を噛み締めると、ぐらぐらが少し安定した。
一瞬、足元に視線をやったかと思ったら、すぐに正面に戻る。
眉間にしわを寄せて目を細め、口は固く閉じられて。
何かを切り離すように、車椅子から離れた手で拳を握ると、
中澤さんはゆっくりと前進し始めた。
- 512 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:22
- その足取りは、鉛でもついてるみたいに、重く遅い。
地面からほとんどあがることはなく、引きずるみたいに、一歩、右足が前に出る。
それも、本当に足ひとつ分出たくらい。
右足のかかとは、左足のつま先と同じくらいの位置にしかない。
そのくらいの、遅い歩み。
それでも中澤さんは、右足がその位置に固定されたのを確かめると、
今度は同じように左足を一歩、前に出した。
また一歩、また一歩。
ずるずると引きずる音が聞こえるような、そんな重い足取り。
それでも、中澤さんは少しずつ少しずつ、美貴たちのほうへと近づいてくる。
額に浮かぶ汗は、夏の暑さのせいだけじゃない。
中澤さんの瞳は、まっすぐに亜弥ちゃんだけを見つめている。
その瞳は、確かに中澤さんの選んだ答えを映し出していた。
これが。
これこそが。
中澤さんの出した答えなんだ。
亜弥ちゃんを過去から解放させる、ただひとつの方法。
そしてそれは、中澤さんにしかできないことだ。
この世界の誰でもない、中澤さんにしか。
- 513 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:22
- つと、視界のはしっこで何かが動いた。
と思ったら、美貴の視界に亜弥ちゃんの背中が飛び込んできた。
何かに誘われるような、目的のないふわりとした足取り。
その背中を見て、美貴は息をついた。
呼吸らしい呼吸をしていなかったことも、手を握り締めて汗をかいていたことも、
今初めて知った。
ふわりと歩く亜弥ちゃんの背中が美貴の視界から中澤さんの姿を消しそうになった、
その瞬間。
「そこにおってって」
中澤さんの声が飛んだ。
やさしいけど、厳しい、有無を言わせない声。
亜弥ちゃんはその言葉に押されるように、そこで足を止めた。
中澤さんは満足したようにうなずいて、それからゆっくりゆっくりと足を進める。
安定は今でもしてない。
一歩足を進めるたび、体はぐらぐらと揺れるのに。
それでも、美貴の目には、中澤さんは絶対倒れないように見えた。
- 514 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:23
- どのくらいの時間、そうしていたんだろう。
いつの間にか、亜弥ちゃんと中澤さんの距離はつまっていて、
もうあと5、6歩歩けば手が届くんじゃないかっていうところまできていた。
中澤さんの額から汗がほっぺたを伝ってあごへと落ちる。
不意に風が吹いた。
その風は、ほんの少し前髪を揺らす程度のものだったのに。
倒れないと思っていたはずの中澤さんの体が、あおられたみたいにぐらりと揺れた。
――危ない!
そう思った瞬間、美貴の視界にあった亜弥ちゃんの背中が、急に小さくなった。
突然止まって、一瞬後ろに傾いだと思ったら、がくんとその場に膝をつく。
その肩越しに、驚いたように目を見開いた中澤さんの顔が見える。
亜弥ちゃんはその細い両腕を、たぶん目の前にいる中澤さんの背に回している。
崩れ落ちそうになった中澤さんを、その全身で受け止めたんだ。
きっと、ほとんど無意識のうちに。
- 515 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:24
- 中澤さんは、ふっと口元に笑みを浮かべた。
だらんと下がったままだった両腕を、そっと亜弥ちゃんの背中に回す。
ポンポンとなだめるように叩いてから、すがりつくみたいに
亜弥ちゃんのシャツをギュッと握った。
それから目を閉じて、亜弥ちゃんの肩に顔をうずめる。
その直前に、穏やかな笑顔で何かをつぶやいた。
だけど、その言葉は美貴の耳には届かない。
きっと、亜弥ちゃんにだけ聞かせる大切な言葉なんだ。
一瞬、亜弥ちゃんの背中が固まったように見えた。
だけどそれは本当に一瞬の出来事で、今度は亜弥ちゃんの頭が前に傾いた。
どんな顔をしてるのかは美貴からは見えない。
だけどたぶん、泣いてるんだろう。
小刻みに震えて、時々深く呼吸をするように上がる肩が、それを教えてくれた。
すがりついてるのは亜弥ちゃんなのか、中澤さんなのか。
どっちにしても、2人は微妙なバランスを、今ここで保ってる。
- 516 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:24
-
――勝てない。
強い強い風が胸の中に吹きこんだ。
それはたぶん、敗北感という名前の風。
勝ち負けを考えるのがおかしいなんてわかってる。
最初に試合を放棄したのは美貴だ。
放棄した人間が、また試合に戻るなんてありえない。
最初から勝てる試合なんかじゃなかったじゃないか。
そもそも、恋は勝負とか試合とか、そんなカンタンなもんじゃない。
美貴の、中澤さんの、そして亜弥ちゃんの気持ちがあって成り立つものじゃないか。
だけど、わかってるけど。
そんなことわかってるし、原因が美貴にあるのはわかってるんだけど。
それでも、足元から何かが崩れ落ちていくような気がした。
- 517 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:25
-
今さらこんなことを考えてるなんてお笑いだ。
自分から手を離すことを選んだくせに。
それを、当然のような顔をしてやったくせに。
手を離されるのはイヤだっていうのか。
傷つけるのは平気なくせに。
傷つけられたくないなんて。
自分勝手もいいとこだ。
- 518 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:26
-
「先輩?」
声をかけられて、意識が一気に現実に戻ってきた。
中澤さんはいつの間にか手をほどいていた。
支えを失って、ぺたりと芝生の上に力なく座り込んでいて、
それでも目の前でうつむく亜弥ちゃんをなだめるように、
顔をのぞき込みながらその手を握っている。
「大丈夫ですか?」
「あ……うん」
声をかけてきたのはよしこだった。
少し怪訝そうな顔で美貴のことをのぞき込んでいる。
ホント、よしこは善人だよね。
かわいがってる亜弥ちゃんを突き放して傷つけて、そのことに怒って美貴を殴って。
今でもわけはわかんないだろうから、きっとどうにも憤りを感じてるんだろうに。
こうして、美貴のことを今でも心配してくれる。
美貴は。
美貴だけがいつまでも大人になれないまま。
宙ぶらりんの状態で、ふらふらしてる。
自分で選んで、たどり着いた結果だっていうのに。
- 519 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:27
-
「矢口」
振り返りながら言う中澤さんに、最初の位置からずっと動かずにいた矢口さんが
車椅子を押して動き出した。
その表情は硬く、どこか色をなくしているようにも見える。
だけど、口元はここに現れたときと同じで、きりりと結ばれたままだった。
矢口さんを呼んだその声を合図にするみたいに、亜弥ちゃんが立ち上がって、
2歩、後ろに下がった。
中澤さんのすぐ後ろに、矢口さんの押す車椅子がつく。
中澤さんは自由な両腕で器用に車椅子につかまると、自分だけの力でその座席におさまった。
その位置から動かずに、中澤さんが美貴を見た。
危うく後ずさりしそうになって、何とか耐える。
その視線が、すべてを語る。
これが、中澤さんの決意なんだと。
中澤さんの答えなんだと。
自分に今できるすべてのことをやった結果なんだと美貴に訴える。
- 520 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:28
-
「そんじゃな」
中澤さんが美貴に言った言葉は、この一言だけだった。
くるりと方向を変えて行こうとする直前に、そっと亜弥ちゃんの腕に触れた。
亜弥ちゃんがピクリと動いて、顔を上げる。
その顔に微笑みを向けて小さくうなずくと、中澤さんはそれきり振り返らなかった。
中澤さんの車椅子の方向を変えるその一瞬だけ、矢口さんと目があった。
だけど、矢口さんの視線は何も訴えかけてはこなかった。
岩の扉のように、固く固く閉ざされたまま。
美貴の目の前から消えてしまった。
美貴たちの視界から完全に中澤さんと矢口さんの姿が消えてすぐ、
亜弥ちゃんがその場にへなへなとへたり込んだ。
だけど、美貴の足は動かない。
よしこがあわてて亜弥ちゃんのもとへと駆け寄る。
- 521 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/04(水) 01:29
-
「松浦? 大丈夫?」
よしこのやさしい声が聞こえてくる。
その声に応えるように、亜弥ちゃんが小さくうなずく。
だけど、頭は前に傾いたまま、その肩はやっぱり小刻みに震えている。
その光景を、美貴はただぼんやりと見つめていた。
ごめんね、亜弥ちゃん。
美貴には、もう、何もできない。
亜弥ちゃんに駆け寄ることも。
亜弥ちゃんをなぐさめることも。
亜弥ちゃんを支えることも。
もう、何も。
* * * * *
- 522 名前:藤 投稿日:2004/08/04(水) 01:41
- 本日はここまでです。
ペシミスティックモード全開……。
レス、ありがとうございます。
>>507
さらに、プラスαの練習もしていたのです。
決着は……実際はもうちょい先かも、です。
>>508
ありがとうございます。
楽しい内容とは遠い気もしますが(汗)、がんばります。
>>509
ついついかっこよく書きがちで。
矢口さんは静の立場にいますが、今後も気にしていていただけると
何かあるかもw
>>510
ますます究極の度合いがあがったかも……(汗
鈍いというかなんというか……叱咤激励してやってくださいw
- 523 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 02:35
- あぁ、何だかミキティの事が嫌いになってしまいそうです。・゚・(ノД`)・゚・。
- 524 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 02:51
- 何これ、くっ、苦し…自信も生気もメチャメチャに壊れてるあの子を助けてあげてねぇ、そこのあんただよあんた!!と、ある人物に叫んでみたり。そして展開が気になりすぎて興奮気味の私にトランキライザーをw
- 525 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 23:49
- うう、もどかしい。松浦と藤本でガチンコの本音で喧嘩して欲しい…。
中澤ヲタなので現在の展開はとても辛い。ええいもう藤本なんか捨てて中澤と
くっついちゃえ! と思っちゃう自分がにくい。藤本も好きなんだけど。
- 526 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 08:42
- 得てして当事者にはわからんモノなんかなぁ。
傍から見れば、それぞれ答えが出ているのに、
肝心なヤツがネガティブモード。┓(ーー)┏
- 527 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:06
- 美貴の長かった夏休みは、記憶から削り取ることさえできない
大きなふたつの出来事で埋め尽くされて終わった。
あまりにも出来事は大きすぎたけど、それでも確実に現実はやってくる。
大学が始まってしまえば、それに従って行動するしかない。
美貴は今、実家にいるからさぼるなんてこともできない。
違うかな、言い訳かな。
たぶん、さぼったところで親は何も言わない。
ただ家にじっとしていたくなくて、今は何も考えたくなくて。
だったら、大学で人に会ってるほうがラクだから。
……またラクなほうに行こうとしてる。
でも、しょーがないよね。美貴、めんどくさがりだし。
- 528 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:07
- 大学が始まってから少しの間は、何もなかったみたいに平穏に時は流れた。
でも、やっぱりそんな時間はあんまり長くは続かなかった。
続かないだろうとは思ってた。
だって、美貴の心の中は、平穏じゃなかったから。
その平穏を打ち破ったのは、なぜかやっぱりこの前と同じで――。
「藤本さん、なんか人が探してるよ?」
声をかけてきたのは、同じゼミの女の子。
「人?」
「うん、正門のとこにいるみたいだけど」
「あー、ありがと」
誰だろう?
中まで入ってこないってことは、よしことかじゃない。
わざわざ大学まで訪ねてくる相手なんて、美貴にいたっけ?
首を傾げながら正門へと向かって、たどり着く前に相手が誰だかわかった。
門柱に背中をあずけて立っているその人は、遠くから見てもわかるくらい小さい人。
それは――。
- 529 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:07
-
「矢口さん」
美貴の声に、うつむいていた顔が上がる。
「おう、藤本」
口調は今までと変わらない。
だけど、明らかに美貴を見てほっとした顔をした。
「どうしたんですか? こんなとこまで」
「うん、ちょっとね……」
言いよどむ矢口さんに、いつかのきりりとした表情はない。
もごもごと口の中で美貴に聞こえない言葉をつぶやく。
でも、すぐに顔を上げて、まっすぐに美貴を見た。
「藤本、ちょっと時間いいかな。話があるんだ」
「……講義、あと1時間あるんで、待っててもらってもいいですか?」
「いいよ」
「学食だったら、時間つぶせると思うんで」
美貴は矢口さんを学食に案内した。
元々昼休みを過ぎれば、それほどは混まない。人の入りは3割ってとこだ。
- 530 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:07
-
「ここにいてください。1時間……てか、90分ですけど」
「わかったよ」
美貴はうなずいて、学食を後にした。
出る前に一度振り返ったら、矢口さんは自販のジュースを片手に、
カバンから文庫本を取り出して読み始めていた。
ホントなら、講義なんてうっちゃって話を聞くほうがいいのかもしれない。
だけど、次の講義は出欠確認があるから、出ないわけにもいかない。
……言い訳かな。
1回休んだくらいでどうこうなるわけじゃない。
ただ、矢口さんがここに来たのは美貴にとって予想外で。
少し時間がほしかったのかもしれない。
時間をとってどうこうなるわけじゃないのもわかってるんだけどさ。
* * * * *
- 531 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:08
- 講義を無事に終えた美貴は、学食で矢口さんと合流。
矢口さんの車で、少し離れたところにあるイタリアンレストランにやってきた。
晩御飯くらいおごるよ、という矢口さんの言葉に、ちょっと断って、
でも矢口さんがひかないから、最終的にはうなずく結果になった。
静かなレストラン。
なんで、東京にいる美貴がこういう店には疎くて、こっちにいない矢口さんが
こういう店に詳しいんだろう。
いくら知ってたとしても、お財布的に来るのはムリだけどさ。
矢口さんは、料理を食べ終わるまで話らしい話をしようとはしなかった。
だから、美貴も話しらしい話ができなかった。
何話したらいいのかもわかんないし。
矢口さんがいったい何を話したくてここにきたのか、いろいろ想像はしてみるけど、
それは想像の範疇を出ないから。
だから結局、ちゃんと向かい合って顔を見たのは、デザートが出てきてからだった。
- 532 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:08
-
「ごめん、急に」
カチャン、とスプーンを置く音がした。
矢口さんは両手をテーブルの上で組み合わせて、それから美貴を見た。
「や、全然いいんですけど……。どうしたんですか?」
「うん……」
矢口さんの指が、くるくると落ち着きなく動く。
「どうしてるかな、と思って」
矢口さんの言葉に、美貴は首を傾げた。
「気持ちの整理、ついてないでしょ?」
そんなもん、つくわけない。
ホントなら、あのまま亜弥ちゃんに会わなければ。
そもそも、中澤さんと会わなければついてたかもしれない。
ついてたと自分を思い込ませて、それでよかったのかもしれない。
だけど――。
- 533 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:08
-
「つくわけないよね、あんなの見せられたら」
矢口さんの声には、どこかさみしそうな色が混じっていた。
「あれはね、奇跡、だと思うんだ」
マツウラが、裕子に起こした、奇跡。
矢口さんが静かに告げた言葉は、その静けさとは正反対に美貴を貫いた。
雷に打たれたような気がした。
一気に美貴の周りだけ、空気が重くなる。
……もし、そうだったとしたら。
中澤さんを歩かせたのが、亜弥ちゃんが起こした奇跡なら。
それをできたのは亜弥ちゃんだけなら。
歩いたことで、中澤さんが亜弥ちゃんを過去から解放したのなら。
だったらもう、2人の間には遮るものはなにもない。
もう何も――。
わかってるはずだ。
わかってるはずなのに。
いったい何度、美貴はこうして同じことを考えなきゃならないのか。
これが、この苦しい思いが、亜弥ちゃんを傷つけた報いなんだろうか。
矢口さんはそんな美貴には気づかないみたいで、淡々と語る。
- 534 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:09
-
ホント、裕子は何かにとり憑かれてるみたいに歩く練習しててさ。
いつもなら、マツウラのことが絡むとホントすぐ不安定になっちゃって、ムリばっかして、
こないだの骨折入院みたいに、リハビリを中断しなきゃいけなくなって、
振り出しに戻っちゃうのに。
今回は、自分のできること、できないこと、やっていいこと、いけないこと、
全部わかってるみたいで。だけど、そのできる範囲ぎりぎりいっぱいのことをやって。
裕子、包帯いっぱい巻いてたでしょ?
あれさ、転んだり倒れたりしたときにできちゃった打ち身のあとなんだよね。
前の日まで、歩けたのは何歩かだけだったんだよ?
歩くって言うより、よろめくって言ったほうが正しい感じだった。
リハビリ続ければ、いつかは歩けるようになるとは言われてたけど、
1か月でどうこうなるようなことじゃなかったんだ。
だけど、裕子は歩いた。
あの距離を越えて、マツウラのところまで行った。
裕子のがんばりを無視するわけじゃないんだけど、それでもおいらは思うんだ。
- 535 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:09
-
「あれは、奇跡だって」
美貴は矢口さんの言葉を、息を潜めて聞いていた。
それはつまり、亜弥ちゃんをあきらめろってことだろうか。
もう、あの2人の間には入れないから、その事実を認識しろってことなんだろうか。
美貴が、矢口さんから中澤さんを奪ったから、こんなことをわざわざ言いにきたんだろうか。
ぐるぐるぐつぐつ。
頭の中が沸騰したみたいに、ぐらぐらと揺れている気がする。
壊したはずなのに、手放したはずなのに。
それを認めたがらない自分を、やっぱりそこで理解する。
「藤本」
名前を呼ばれて我に返る。
目の前の矢口さんは、少し心配そうな眼差しで美貴を見ていた。
「違うよ、違うんだ。おいらは藤本を追い詰めにきたんじゃない」
静かだけど、差し迫った口調。
「聞いてほしくてきたんだ、おいらの決意を。
おいらと藤本は、たぶんおんなじようなとこにいるから」
揺れていた焦点が一気に目の前の矢口さんに集まる。
矢口さんは硬い表情で、いつもよりずっと大人っぽく見えた。
- 536 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:10
-
「気づいてるよね、おいらが裕子を好きで、でも片思いだってこと」
言われてこくりとうなずく。
だって、ばればれだもん。
最初は付き合ってるのかと思ってたけど、美貴の素性を隠そうとした態度で
それは間違ってるってわかったし。
「藤本はさ、おいらのことなんかすごく買いかぶってる気がするんだけど」
「……そんなことないですよ」
矢口さんはふるふると首を振る。
「おいら、裕子のこと『裕子』って呼ぶじゃん」
それにどんな意味があるのかわからなくて、美貴は首を傾げた。
初めて会ったときからずっとそうだったし。
ちょっと中澤さんのほうが年上かなとは思ったけど、親しい仲なら
呼び捨てとかだっておかしくないと思ったから。
だけど、矢口さんの口から出たのは、美貴には予想外の言葉だった。
「前はね、『裕ちゃん』って呼んでたんだよ。だけど、マツウラのことを知ってから、
そう呼べなくなった」
「え?」
- 537 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:10
-
「裕子は自分からマツウラの話をしたことは一度もないんだけど、あんだけの事故だし、
救急車で運ばれてきたときマツウラも半狂乱でついてきてて。結構、みんなの印象に
残ってたみたいなんだよね」
矢口さんは一度肩を大きく上げて、息を吐いた。
「ホントはね、患者さんのことべらべらしゃべっちゃダメなんだけど、おいらが裕子と
仲良くしてるのみんな知ってたし。なんとなく口をついちゃったんだろうね」
看護士さんのひとりが教えてくれてさ。裕子とマツウラのこと。
表情はひどく硬いのに、滑らかな口調で矢口さんは話し続けた。
「そのこと聞いた日から、おいらは裕子を『裕ちゃん』って呼べなくなった。
もしかしたら……マツウラがそう呼んでたのかもしれない、って思ったから」
ギュウッと矢口さんが両手を握り締める。
苦しそうに顔がゆがめられてうつむいてしまう。
「裕子が歩いた姿は、おいらにもショックだった。あんな裕子の姿見て」
叶わない、そう思ったんだ。
おいらにはできないことが、マツウラにはできる。
裕子の暴走を止めながら、裕子を前に進めることができる。
奇跡を起こすことだってできる。
「それは全部、おいらにはムリなことだった」
- 538 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:11
- ぽつりと矢口さんがこぼした言葉は、美貴の心にじわりと染みてきた。
似たようなことを美貴も思った。
美貴が亜弥ちゃんにできることはないんだって。
「でもね」
急に矢口さんの声音が変わった。
うつむいていた顔が上がってくる。
その瞳に、不安定な色はない。
違う、そうだ。
最初から矢口さんの瞳に不安定な色なんてなかった。
声も表情も不安げに揺れてはいたけれど、瞳だけは揺れてなかった。
そこには間違いなく光があった。
それが、たぶん、矢口さんの決意。
「おいらは、裕子を、あきらめない」
苦しそうだった表情は、今はもう落ち着いている。
瞳と同じように、強い光を放って見えた。
- 539 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:12
-
「おいらはまだ何もしてない。裕子に、なんにもしてない。
何もしてないのにわかってほしいなんて都合のいいこと考えてただけ。
だけど、それじゃ何も手に入らない。
全部、おいらにできること全部やるまで、裕子のことをあきらめたりしない」
おいらには、マツウラみたいに奇跡は起こせないかもしんないけど。
裕子をあきらめないでいられる。
裕子を思い続けていられる。
裕子に好きだって伝えられる。
たとえ、この思いが叶わなかったとしても。
ちゃんと最後まで見届けられる。おいらの選んだ、恋の行方を。
ふにゃりと、矢口さんの表情が崩れた。
やさしくてやわらかい笑顔。
胸がキューッとつかまれるような気がした。
- 540 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:12
-
「実はさ、藤本がマツウラと付き合ってるって聞いて、ほっとしてたんだよね」
「え?」
「そんときは裕子がマツウラのことどう思ってるかわかんなかったんだけど、
このままいてくれたら、裕子はマツウラのことあきらめてくれるんじゃないかって」
バツが悪そうに、矢口さんは頭をかいた。
「他力本願もいいとこだよね」
「そんなこと……」
「今日来たのもさ、誰かに言わなきゃくじけちゃうって思ったからなんだ」
美貴の言葉を遮って、矢口さんが言う。
「誰に言うって考えたとき、藤本しか思い浮かばなくてさ。ごめん、こんなこと聞かせて」
「や、そんなこと、いいですけど……」
美貴が口ごもると、矢口さんはもうすっきりした顔をして美貴を微笑みながら見ていた。
「藤本は、どうすんの?」
どうするもこうするも……。
美貴はもう一度、答えを出してる。取り返しのつかない答えを。
それを今さらどうしようって?
「おいらが言うのも無責任かもしんないけど。ここでスパッと答えだせないってのは、
まだ考えてるからじゃないの? いろいろと。だったらさ、スパッと言い切れるまで、
考えて考えて考えたほうがいいと思うよ?」
- 541 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:13
-
スパッと……美貴は亜弥ちゃんと別れたんだって。
未練は……あるけど、しょうがないんだって。
だって、亜弥ちゃんにはずっと思ってた人がいて、その人も亜弥ちゃんを思ってて。
亜弥ちゃんのためにって、できないことまでやってのけた。
だからもう、しょうがないんだ。
中澤さんと会った日の、亜弥ちゃんの当たり前の声と当たり障りのない言葉を思い出す。
あれが、美貴と亜弥ちゃんの、今の距離なら。
元に戻るなんて、ありえない。
「……美貴にはもう、何もできないですから」
それは美貴が亜弥ちゃんと別れてから、初めて口にした弱音。
全部全部、美貴の中にだけしまわれてた、美貴の心。
中澤さんにさえ告げなかったこと。
言葉にしてしまえば、それを現実として認めなきゃいけない。
逃げるわけにはいかなくなる。
美貴が、亜弥ちゃんをこれ以上思ってちゃいけない、その事実から。
- 542 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:13
-
「何もできないなんてことないよ。おいらにできることが藤本にできないなんてことない」
「でも……」
一瞬、シンとしたと思ったら、突然ガシャンと音がして机が揺れた。
顔を上げると、机に拳を叩きつけてる矢口さんの姿が飛び込んできた。
「あーもう! 藤本もおいらを買いかぶってると思ってたけど、
おいらも藤本を買いかぶってたみたいだよ。なんだよ、なんでそんなにうじうじしてんだよ」
さっきまでのやさしい声がウソみたいな、きつい言葉。
声まで低く重くなっている。
「なんで頭の中で全部解決しようとすんだよ。
なんで動こうとしないんだよ。黙って落ち込んで座ってたら、
誰かが背中押してくれるとでも思ってんの?」
矢口さんは、ぐいっとテーブルに身を乗り出すようにして、美貴をにらみつける。
まっすぐに美貴を見つめるその眼差し。
その眼差しが、中澤さんとも亜弥ちゃんとも重なった。
「そりゃ、おいらだって偉そうなこと言えた立場じゃないけどさ。
藤本が現れなかったら、今頃どうしてたかなんてわかんないし」
ぐっと、さらに矢口さんは身を乗り出してくる。
「でも、だから、藤本の気持ちはわかるよ。藤本はただ、コワイだけでしょ」
胸をドンとつかれた気がした。
息苦しくなって、気がついたら口から言葉がこぼれ落ちていた。
- 543 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:14
-
「コワくちゃいけませんか。美貴が怖がってたらおかしいですか」
まるで自分のものじゃないみたいに、低い声。
「コワイですよ、コワイんです。美貴は……」
亜弥ちゃんの口から、何かを聞くことが。
その口から出てくる可能性のあるすべての言葉が。
中澤さんを好きだったってことも。
中澤さんの事故のことも。
中澤さんとの別れも。
美貴と付き合った理由も。
美貴と恋人になって、態度が変わったわけも。
美貴がつきつけた別れのことも。
今、美貴のことをどう思っているのかも。
そして、中澤さんのことをどう思っているのかも。
そのすべてを聞くのがコワイ。
- 544 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:14
-
「いけませんか!?」
バシン、と机を叩きつけていた。
シンとした空気が美貴を取り巻こうとする。
「全部全部美貴のせいですよ。亜弥ちゃんのことを中澤さんに知らせたのも、
亜弥ちゃんと中澤さんを会わせたのも、矢口さんから中澤さんを奪ったのも、
今、そのこと全部にびびって立ちすくんでるのも、美貴のせいですよ!
わかってますよ、そんなこと! でも、だからってどうすればいいんですか!?
もう、取り返しなんてつかない」
ギッとにらみつけるように顔を上げて、美貴は呆気にとられた。
目の前の矢口さんは、さっき美貴を怒鳴りつけた人とはまるで別人みたいに、
やわらかくやさしく微笑んでいたから。
「そんなのわかんないよ」
やさしい声。
なんだか急に怒鳴ったことが恥ずかしくなって、美貴はあわてて顔を伏せた。
シンと静まり返っていた空気に、ざわめきが戻ってくる。
- 545 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:15
-
そっか、そういえば、ここお店だったっけ。
恥ずかしさが倍増する。顔が一気に熱くなる。
正直、今すぐにでもここから出て行きたかったけど、
矢口さんは立ち上がる様子を見せないから、美貴も動けなかった。
ここの支払いをできるほどお金持ってなかったし、
といって、矢口さんを置き去りにしてお金払わせるのもなんだし。
ヘンなとこで小心者だ、美貴は。
「取り返しがつかないって、100%言い切れるほどのことを、藤本はやったの?
ホントにできること全部やったの? 今、自分にできること、全部」
「……そんなの」
「わかってるはずだよ。ホントに全部やってたら、コワイなんて思わない。
コワイと思うのは、返事を想像するからでしょ。悪い返事をさ」
あぁ、そうだ。そのとおりだ。
想像するってことは、それを実行してないってこと。
やってない、美貴は美貴にできること全部をやってないんだ。
「ね、なんでできないのさ」
なんで? そんなのわかりきってる。
だって、美貴は……美貴は今でも。
- 546 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:15
-
「亜弥ちゃんが、好き、だから」
亜弥ちゃんがどんな気持ちで美貴と付き合っていたのかはわからない。
美貴が一方的に決め付けただけだから、正解とは限らない。
でももし、中澤さんの代わりにしようとしたんだとしても。
それでも、美貴は亜弥ちゃんが好き。
亜弥ちゃんが、好きなんだ。
だから、動けない。動きたくない。
これ以上、亜弥ちゃんに嫌われたくない。
自分勝手なのはわかってるけど、亜弥ちゃんに傷つけられたくなんてない。
堂々巡りする思考。
答えはきっと、一生出ない。
いつか、亜弥ちゃんが本当に美貴の手の届かないところに行っても。
美貴は、亜弥ちゃんの幻影を追いかけ続けるんだろう。
* * * * *
- 547 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:16
-
好きだと。
亜弥ちゃんを愛していると。
忘れることなどありえないと。
それはずっとわかっていたことだったんだけど、それを口に出したことで。
言葉にして、美貴自身に言い聞かせたことで。
美貴の心の波は、凪いでいくようになった。
あの日、矢口さんと別れて以来、亜弥ちゃんのことを思い出させる人が
周りに現れなくなったからかもしれない。
よしこでさえ、大学では見かけなくなった。
今、美貴の周りで亜弥ちゃんとのことを知っているのは梨華ちゃんだけだ。
その梨華ちゃんも、後期に入ってあんまり顔をあわせなくなった。
とってる講義は変わらないはずだから、たぶん避けられてるんだろうけど。
ふっと、授業の合間に空を見上げる。
いつか、広い海のように、心が波と凪を繰り返して行くようになったら。
それが当たり前のことのようになったなら。
亜弥ちゃんとのことも思い出と呼べるようになるんだろうか。
- 548 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/11(水) 02:17
-
「……ちゃん、美貴ちゃん!」
名前を呼ばれたような気がして、顔を正面に戻すと、まっすぐ前から
梨華ちゃんが走ってくるのが見えた。
あれ、避けられてたのかと思ってたんだけど、違うのか。
それにしても、梨華ちゃんにしてはものすごい猛ダッシュ。
まぁ、元々運動神経は悪いほうじゃなかったはずだから、
別に不思議じゃないんだけど。
ぼんやりそんなことを考えながら迫り来る梨華ちゃんを見つめていると、
その形相がいつもとは全然違っていることに気づいた。
あんまり必死すぎて、すれ違う人が唖然として振り返ってる。
「美貴ちゃん!」
叫ぶ梨華ちゃんに、軽く手を上げて応える。
梨華ちゃんはあっという間に距離を詰めて、美貴の目の前までやってきた。
体中で呼吸するみたいに、肩が大きく上がったり下がったり。
額にはうっすら汗が浮かんでいる。
そんなどうでもいいことをぼんやり観察していた美貴に、
顔を上げた梨華ちゃんが悲痛な声を投げ飛ばしてきた。
「亜弥ちゃんが……!」
* * * * *
- 549 名前:藤 投稿日:2004/08/11(水) 02:32
- 本日はここまでです。
レス、ありがとうございます。
>>523
いや、あの、もちょっと見守ってやってください。
ヘタレですんません_| ̄|○
>>524
手を伸べられたり突き放されたり、助けられてるんだかなんなんだか(汗
ちょっとずつ展開は速度を上げていく……予定ですので、
深呼吸しましょう。きっと落ち着きますよw
>>525
お気持ちは重々……。ねーさん大好きですんでw
あややはですねぇ……まぁ、なんというか、いろいろです。そんな感じで(殴
>>526
一度ネガモードに入っちゃうと、抜け出せない状態にあるのかもしれません。
当事者は気づかないこと、多いですよね。第三者のがよく知ってたりしてw
- 550 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/11(水) 08:38
- え?…何?何?何がぁ〜!?
何が起こったの!?
続きすごく気になります。更新頑張ってください。
- 551 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/12(木) 23:06
- あまりの意気地のなさに、┓(ーー゙)┏ 。
女だから良い様なモンの、男だったらフクロもんですな。
さて、自分がしでかした事のツケが来だしたかな?
- 552 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 03:03
- なんていいとこで切るんだ作者さんの鬼〜w
と叫びながら、パンドラの箱を開けるかの如く見てます。
これからの展開が普通に怖い…ミキティは何を得るのか?失うのか?
ヘタレ加減の描写に感心してます。いつも愛を込めて殴りたくなります<キティちゃん
- 553 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 13:44
- やぐちゅう好きとしては、これからの展開に期待なんだけど…
作者さんは鬼らしいからなあ。
- 554 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/20(金) 14:59
- まだですか?
まだですか?
まだですか?
- 555 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/21(土) 05:33
- マターリ。マターリ。
- 556 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/21(土) 15:36
- あせるな。あせるな。
- 557 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 00:59
- 走っていた。
だだっ広いロビーを、ただ走っていた。
時々スピードを緩めて、きょろきょろとあたりを見回す。
こんなに広くちゃ、一瞬で気づくなんて無理なのかもしれない。
それでも、美貴は足を止めることができなかった。
人は山ほどいるのに、ざわめきも聞こえてくるのに、
奇妙なほどに人の存在を感じさせない、この空間。
なんだか自分の足音だけがやたらと響いて聞こえる。
すれ違いざまに振り返られたりもするけど、それも一瞬。
ここにいる人は、飛び立つことしか考えてない。
美貴のことなんて、前を向いた瞬間に忘れちゃうんだろう。
そんなふうに、亜弥ちゃんももう、美貴のこと、忘れちゃってるかもしれない。
でも、それでも、足は止まらない。
なんだろう、リミッターはずれちゃったのかな。
美貴の足はもう、ブレーキのかけ方を忘れちゃったのかもしれない。
なんでもよかった。ただ、亜弥ちゃんに会いたかった。
* * * * *
- 558 名前:藤 投稿日:2004/08/22(日) 00:59
-
『美貴ちゃん!』
悲痛な声と必死な形相で美貴に駆け寄ってきた梨華ちゃんは、
ぜーぜーと息を切らしたまま、それでも必死に声を上げた。
『亜弥ちゃんが……!』
ドキリ、心臓が鳴った。
『亜弥ちゃんが、いなくなっちゃう!』
え?
梨華ちゃんの口からこぼれ落ちた言葉が、美貴の視界から色を奪う。
世界が、一気にモノクロに変わる。
いなくなる? 亜弥ちゃんが?
なんで? どうして?
まさか……まさか……。
- 559 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:02
-
『美貴ちゃん!』
ゆさゆさと揺さぶられて、美貴ははっと我に返った。
水に絵の具を流したように、視界が色を取り戻す。
目の前に、梨華ちゃんの顔があった。
『美貴ちゃん、亜弥ちゃんが、今日、行っちゃうんだって!
お父さんと一緒に。日本から出て行っちゃうって!』
それはたぶん、ショックを受ける言葉だったんだと思う。
だけど、美貴はほっとしてた。
最悪のことを想像しちゃってたから。
体から力が抜けて、座ってたイスにもたれかかる。
そしたら、梨華ちゃんに肩を持ってまた揺さぶられた。
- 560 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:02
-
『ねぇ、美貴ちゃん! いいの? もう会えないかもしれないんだよ!?』
『……しょーがないじゃん』
亜弥ちゃんはそのことを美貴には言わなかった。
ってことは、教えたくなかったってことだ。
見送りにも来てほしくない、顔も見たくないってことか。
それに、パパさんと一緒に出て行くって決めたってことは。
美貴も中澤さんも選ばなかったってことだ。
当然だよね。
美貴も中澤さんも、恋人だったときは亜弥ちゃんのことを考えてなかった。
フラれて当然。
あれ、でも美貴の場合は美貴がフってるわけだから、
この場合は、フラれたとは言わないのかな。
なんだか力が入らない。
目の前の梨華ちゃんの姿が、遠く見える。
- 561 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:03
-
『しょーがなくなんてない! 美貴ちゃん!』
『いいよ、もう』
『美貴ちゃん!』
バシッと鈍い音がして、追いかけるようにほっぺたが熱くなった。
そんなこと予想外だったから、美貴の頭は体の変化についていけなかった。
梨華ちゃんは、なぜか自分が痛そうな顔をして、右手首を握り締めている。
その目の端に光るものが見えた気がした。
『そうしてるのがカッコイイと思ったら大間違いだよ!』
『別にカッコイイなんて思ってない』
『ねぇ、もし、もしもだよ? 亜弥ちゃんがこのまま帰ってこなくても、
おんなじことが言えるの?』
『言えるよ』
『もし、もしも……亜弥ちゃんが、明日、死んじゃっても?
本当に、永遠に、もうひとかけらも亜弥ちゃんに会える可能性がなくなっても?』
ズキンと胸がうずいた。
『美貴ちゃん、一生会えなくてもしょーがないって思いながら、
どこかで生きてればまた会えるって思ってない? いつか会えるかもって』
梨華ちゃんが畳み掛けるように言う。
- 562 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:04
-
『そんな絶対なんてないんだよ。今会わなきゃ後悔するよ』
ぐるりと梨華ちゃんが美貴の後ろに回ったと思ったら、振り返る間もなく背中をドンと押された。
危うくつんのめりそうになって、イスから転がるように立ち上がる。
振り返ると、梨華ちゃんはぐっと唇を噛みしめて、美貴をにらみつけていた。
『一緒にいたら、ケンカだってするし、傷つけられたり傷つけちゃったりするかもしれないよ?
でもね、美貴ちゃん。そんなふうに不安になるのだって、相手がいるからじゃない。
相手がいなかったら、いなくなっちゃったら、不安にもさせてくれなくなるんだよ、わかってるの?』
心臓がぐらぐらと揺れ始めた。
わかってる?
わかってない?
梨華ちゃんが言うみたいに、美貴は「いつか」を思い描いていた?
その「いつか」にすがろうとしていた?
亜弥ちゃんがいなくなる可能性。
この世から、すべての人の前からいなくなる可能性。
それは、高い確率じゃないかもしれないけど、ありえないことじゃない。
- 563 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:04
-
……そっか、そうなんだ。
さっき、梨華ちゃんから亜弥ちゃんのことを聞かされたあのとき。
美貴の世界から色が消えた。
それは、亜弥ちゃんの身に何かが起こったのかもしれないと思ったから。
もう二度と会えないかもしれないと。
もう二度と。
あの声を聞けない。
あの笑顔を見られない。
あのぬくもりを感じられない。
あの手を握ることもできないし、
握り返してくれることももうないんだと、そう思ったから。
それは美貴の杞憂に終わってはくれたけど。
もしそうなったら。
本当にそうなってしまったら。
美貴は……美貴は……。
- 564 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:05
-
『……行かないんだったら、もう講義のノート見せてあげないから』
つつ、と距離をつめて梨華ちゃんがまた近寄ってくる。
ドンと肩をつかれた。
『行ってよ』
ドン
『行って』
ドン
『行ってってば』
ドスン
よろよろとよろめいた美貴は、さっき座ってたイスより、
もううんと離れた場所まで来てしまっていた。
- 565 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:06
-
『行って!』
さっと梨華ちゃんが手を振り上げた。
それを合図にするみたいに、美貴の頭よりも体が先に反応した。
どんな理由があったにしても、叩かれるのはイヤだったらしい。
梨華ちゃんに背中を向けて、反射的に走り出していた。
『成田だからねー! 会うまで入れてあげないからねー!』
背中から声が飛んでくる。
……入れてあげないって、いったいどこに? 大学に?
そんなの梨華ちゃんの許可取らなくたって入れるよ。
だけど、美貴の足はとまらなかった。
ただもう必死で、駅へと向かって走っていた。
* * * * *
- 566 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:06
-
駅に着くまでの時間は長かった。
成田は遠いよ、ホントに。
梨華ちゃんから飛行機の時間を教えるメールは届いたけど、
空港に着いたのは、出発時間の30分前。
詳しいことは知らないけど、まだ間に合うのかな。
間に合わないかもしれない。
それなのに、美貴は走った。
走って、走って、走りまくっていた。
もう、この手の中にはないもののはずなのに、どうしてこんなに必死になってるんだろう。
そんなことを冷静に考えたりもしてるのに、それでもイヤな感覚は美貴を浸食していこうとする。
忘れかけていた感覚。
そうだ、これは。
亜弥ちゃんをなくす不安。
そして、恐怖。
あぁ、そうだ。
美貴は亜弥ちゃんをこんなふうに好きだったんだ。
- 567 名前:藤 投稿日:2004/08/22(日) 01:07
-
亜弥ちゃんを閉じ込めたいって、一緒に堕ちていきたいって、
壊してしまいたいって思ったこともあったっけ。
そばにいてくれれば、美貴のことを愛してくれなくてもいいって思ったことも。
あのときは、狂ってしまったんだと、壊れてしまったんだと思った。
それでも、美貴は亜弥ちゃんを手放したくなんてなかったんだ。
美貴のそばにいることで、亜弥ちゃんが幸せであってくれればいい。
亜弥ちゃんが隣にいてくれれば、美貴も幸せだから。
だから、ずっと美貴のそばにいてほしいって、そう思っていたのに。
すべては、すれ違いたくないから。
この関係をずっと続けていきたいからはじめたことだったはずなのに。
いったいどうして、それを忘れてしまったんだろう。
どうして、そうするための努力を美貴は怠ってしまったんだろう。
- 568 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:08
- はーはーと息が切れる。
運動不足がこんなときに顔を出してくるなんて。
足はもうガクガク震え始めている。
ふと気がついて時計を見ると、もう出発まで10分を切っていた。
大きな窓の向こうでは、飛行機が何機も動いている。
亜弥ちゃんを乗せた飛行機はあの向こうにいるのかもしれない。
でも、立ち止まることはできなかった。
なんで美貴は、しょーがないってあきらめ続けてきたんだろう。
あきらめることができたんだろう。
何にいったい甘え続けていたんだろう。
亜弥ちゃん。
亜弥ちゃん。
嫌いになっててもいい。
元に戻れなくてもいい。
ただ、会いたい。
会いたいよ。
- 569 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:08
- どのくらい走ったのか、足がもつれて転びそうになって、美貴の足が止まってしまった。
ダメだ、止まっちゃったらもう見つからない。
動いて、動いてよ。
亜弥ちゃんを見つけなきゃ。
見つけなくちゃならないのに。
ガクガクと震える足を一歩前に出そうとして、またつんのめりそうになって――。
「……ん?」
その音、かすかに聞こえてきたその音だけでわかった。
弾かれるように、振り返る。その1秒さえも惜しかった。
そこで美貴が見たのは……。
薄いピンクに包まれて、淡い光を放つ亜弥ちゃんと。
その隣に、寄り添うように並んでいる車椅子の中澤さんの姿だった。
- 570 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:09
-
え? なんで? なんで中澤さん?
頭は目で見た事実を把握できずにいたのに、体は反射的に動いていた。
駆け出そうとして、足がもつれた。
そのまま世界が一気に動いて、美貴の目の前から亜弥ちゃんが消える。
え? 何?
ドスンと体が揺れた。
目の前に広がる無機質な色。
ヘンにテカテカ光って見える。
何が起こったのか、わからなかった。
亜弥ちゃん。
亜弥ちゃん、どこ?
救いを伸ばすように手を伸ばして、無機質のテカテカに手をついた。
力を入れると、右ひざがズキンと痛む。
- 571 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:09
-
「……っ」
ぐにゃりと視界が揺れた。
胸がギューッと押さえつけられるように苦しくなる。
息ができなくなる。
「……きたん!」
亜弥ちゃんの声がした。
間違えようもない、亜弥ちゃんの美貴を呼ぶ声。
それを追いかけるように、ふわりとした空気に包まれる。
あったかくてやさしいその感覚に、目を閉じたくなる。
このまま身を任せて、眠ってしまいたくなる。
でも、でも。
亜弥ちゃん。
美貴、言いたいことがあるんだ。
亜弥ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんだ。
いろいろ聞きたいこととかもいっぱいあるんだけど。
これだけは、今。今言っておきたい。
言わなきゃいけないんだ。
- 572 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/22(日) 01:10
-
「あ……や、ちゃん」
「みきたん? だいじょぶ?」
大丈夫だよ、大丈夫だから。
聞いて。
ねぇ、聞いて。
「みき……みき、は」
「うん? みきたん?」
好きだよ。
大好きだよ。
美貴は、亜弥ちゃんのことを。
心から愛してるよ。
* * * * *
- 573 名前:藤 投稿日:2004/08/22(日) 01:16
- 本日はここまでです。
ちょっと進んだかな……?
レス、ありがとうございます。
>>550
こんなことが起こっておりました。
ありがとうございます、がんばります。
>>551
少しずつですが、動き始めました。
何せヘタレですからw、その歩みは遅いかも、ですが。
>>552
鬼……おほめいただきありがとうございますw
ヘタレ加減の描写に力が入っちゃうのは
たぶん、書いてる本人が(ry
- 574 名前:藤 投稿日:2004/08/22(日) 01:21
-
>>553
期待……適度にしつつ、適度にしないでいただけるとw
矢口さん絡みもきちんと描きたいとは思っております。
>>554
やっとこ更新いたしました。
お待たせいたしまして。
>>555
マターリ、マターリw
>>556
あせらず、あせらずw
お待ちいただき、ありがとうございます。
- 575 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/22(日) 13:18
- むわぁたいいとこでw
作者さんのばかぁああ!!愛を込めてw
更新待ち望んでいました。あ奴の意図は果たして!?またも次回に恋して待ってます。
- 576 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/24(火) 18:23
- 勘弁してよ・゚・(ノД`)・゚・。
できるだけ早く更新お願いします。
- 577 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:35
-
「みきたん、ホントに大丈夫?」
「あー、うん、なんとか」
美貴と亜弥ちゃんは空港の診療所を出て、だだっ広い空港を歩いていた。
美貴の目の前、ほんの少しだけ前を歩く亜弥ちゃんのスカートの裾がひらひらと
動くのが目に留まる。
薄いピンクの細身のサマードレスに薄手の上着を羽織った亜弥ちゃんは、
どこかのお姫様みたいだった。
「でも、ホントびっくりした。まさかこんなとこにみきたんいるなんて思わなかったし」
「うん……」
そういえば、亜弥ちゃんはなんでここにいるんだろう。
梨華ちゃんから聞いた飛行機の時間は、とっくに過ぎ去ってしまっている。
さっき、記憶を飛ばす前に見たはずの、中澤さんはどうしたんだろう?
まさか、白昼夢を見たわけでもないだろうし。
- 578 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:35
- 美貴が意識を取り戻したのは、空港内の診療所のベッドの上だった。
心配そうにのぞきこむ亜弥ちゃんと目があって、思わず抱きついて、
その後ろにいたお医者さんと目があっちゃって、やたら恥ずかしい思いをした。
お医者さんは、軽い貧血と急に激しい運動をしたのがいけなかったんだろうと。
転んだときに打ったらしいひざは打ち身になってるから、湿布してしばらく
安静にしてなさいと言った。
その診察結果を聞いて、亜弥ちゃんはホントにほっとしたように胸をなでおろしていて。
ずっと美貴についててくれたんだって知った。
「みきたん?」
「あ、うん」
「どーしたの?」
亜弥ちゃんは、あの日、中澤さんに会った日と同じように、当たり前の声で話しかけてくる。
ね、亜弥ちゃん。
いったい何を考えてるの?
- 579 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:36
-
「亜弥ちゃん、さ」
ふわりふわりとゆっくり前を歩く亜弥ちゃんに聞こえるように声をかけた。
亜弥ちゃんが少し歩く速度を緩めて、美貴の隣に並ぶ。
「あのさ」
「うん?」
「……中澤さん、が、いたような気がするんだけど」
「……おるわ、ここに」
「わっ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、心臓と体が一緒に飛び上がりそうになった。
あわてて振り返ると、そこには中澤さんの姿。
見慣れたような車椅子の上から、美貴を見上げている。
「な、な、なんでこんなとこに……」
「それは、こっちのセリフでもあるんやけどなぁ」
「み、美貴は……」
- 580 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:36
-
わけわかんなくなってきた。
梨華ちゃんは、亜弥ちゃんがパパさんと一緒に行っちゃうっていってたけど。
飛行機の時間が過ぎ去ったのに、亜弥ちゃんはここにいて。
中澤さんもここにいて。
何がどうなってんの?
あ、もしかして。
中澤さんはフラれたわけじゃないのかも。
だったら、2人一緒にいてもおかしくな……。
「裕子」
今度は逆の方向から声が飛んできた。
でも、振り返る前に誰だかわかった。
中澤さんをこんなふうに呼ぶのは……。
「矢口さん」
振り向きざま見えたのは、あのちっちゃい人。
美貴がいたのが意外だったのか、きょとんとした顔で美貴を見上げている。
「……なんで藤本がここにいんの?」
「それはこっちのセリフなんですけど」
亜弥ちゃんと中澤さんの2人だけなら、ヨリが戻ったのかと思ったんだけど。
だったら、どうしてここに矢口さんまでいるんだろう?
- 581 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:37
-
「あー、おいらたちは、旅行?」
なんで疑問形なんですか。
矢口さんの言葉に誘われるみたいに、カラカラと音とともに中澤さんの車椅子が動いて、
すいっと矢口さんの隣に並んだ。
「旅行って、これからどっかに行くんですか?」
「や、ちがくて。空港見に来た……んだよね?」
矢口さんが隣の中澤さんを見る。
中澤さんは矢口さんを見上げて、小さくうなずく。
「……空港、来たことなかったんですか?」
「いや、あるけど」
「んじゃ、なんで?」
カシカシと矢口さんが頭をかく。
「裕子がさ、足、治る前に見ておきたいんだって。車椅子で動くと、どうなるのか。
いろんなとこ見たいからって、つきあってるんだけど」
「へ?」
言ってる意味があんまりよくわからなくて、ヘンな声を出してしまった。
中澤さんはちょっと驚いたように目を見開いて、それから笑う。
- 582 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:37
-
「車椅子で実際に動かんとわからんこともあるやろ思ってな。いろんな公共施設、
見て回れんかなーと思って」
「はぁ」
「……アタシ、福祉関係の仕事しとったんや。
いつか復帰できたら、ちょっとはこういうことも役に立つかと思って」
それは初耳だった。
でも、中澤さんたちがここにいる理由はわかったけど。
じゃあなんで、亜弥ちゃんがここにいるの?
亜弥ちゃんに目を向けると、亜弥ちゃんはきょとんとした顔をして、それからやんわり笑う。
美貴がどうして見てるのか、わかったって顔だった。
「あたしは今日パパのお見送りで来てたんだ。帰ろうかなって思ったら、
車椅子の人見かけて。なんとなーく見てたら、それが中澤さんだったんだけど。
あたし、何度も空港来てるし、それなりにくわしいと思うから、
ちょっと見て回るお手伝い、してたんだ」
その言葉に、今度は中澤さんを見る。
中澤さんは笑顔はそのままに、美貴を見返してきた。
- 583 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:38
-
「こういう偶然も、世の中にはあるもんやな。神様のお導きってやつ?」
神様なんて信じてへんけど、そう言って中澤さんは笑った。
その言葉が意味するところが、美貴にはわからなかった。
引き合わせてくれたことを喜んでるんだろうか。
だけど、そんなのヨリが戻ったのなら、普通に連絡すればいいだけのことで。
だとしたら、ヨリはやっぱり戻ってないのかな。
戻ってたら、矢口さんがいるわけないような気もするし。
ふっと矢口さんに視線を向ける。
矢口さんは中澤さんの車椅子に手をかけて、穏やかに微笑んでいた。
なんだろう?
この間会ったときとはまた違う。
この間より、もっとうんと、静かで揺らぎない空気を放っている。
なんだろう。
なんだろう。
美貴だけが、見事にカヤの外な気がするんだけど。
- 584 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:39
-
「矢口、ぼちぼち時間やろ?」
「ん、あぁ、そだね」
カシャンと軽い音を立てながら、中澤さんがすすすっと美貴に寄ってきた。
ちょいちょいと指で招かれて、美貴は腰をかがめて中澤さんと目線を合わせる。
「なんですか?」
「んー?」
なんだか笑いを含んだような声がしたと思ったら、
不意に肩に手を置かれた。
「アンタとは、もうちょっと別の出会い方、したかったわ」
ささやくような声がする。
たぶん、美貴にしか聞こえない声。
「え?」
「そしたら、きっといい友達になれたと思う」
正面にあるはずの中澤さんの顔を見ようとしたけど、もうそこに中澤さんの顔はなくて、
どこにいるのかを探す前に、ほっぺたにやわらかい感触があった。
それが何かを認識するより前に、「あー!」という大きな声とともに、
ぐいっと腕を引かれた。
大股で中澤さんから1歩離れる。
目が合った中澤さんは、なんだか満足げに、どこかいたずらっ子のような光を瞳に宿したまま、
にやりと笑っていた。
- 585 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:39
-
え、え、えええーーー!?
ほっぺたに触れてみても、もうさっきの感触はない。
だけど、中澤さんにキスされたんだって、直感でわかった。
中澤さんの瞳からいたずらっ子の光が消えて、やわらかな光に変わる。
いったい何が言いたいんだろう。
別の出会いって、どんな出会い方?
友達って、美貴と中澤さんが? なんか、想像できない。
「あ、アンタ今、年離れてんのにとか思ったやろ」
「や、思ってませんて」
「……アヤシイなぁ」
「思ってません!」
力いっぱい否定してみても、中澤さんは笑ってかわすだけ。
でも、それも少しの間だけで、何かを思い出したように視線の位置をずらした。
その視線を追いかけると、そこには矢口さんの姿。
なんだか呆れたように苦笑いを浮かべていた。
- 586 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:40
-
「そんなら、アタシらは行くわ」
いともあっさりと中澤さんは言ってのけた。
矢口さんが中澤さんの車椅子を、ゆっくりと押し進める。
「松浦」
去り際に、中澤さんが静かに声をかけた。
亜弥ちゃんに視線をやると、美貴の腕をしっかりと握り締めていた。
どうやら、さっき美貴を引っ張ったのは亜弥ちゃんみたいだ。
まぶしそうに目を細めていた亜弥ちゃんがはっとしたように目を見開く。
そんな亜弥ちゃんを見て、今度は中澤さんが目を細めた。
それから、本当にやさしく笑った。
「ありがとな」
やさしい声。ものすごく亜弥ちゃんへのあったかい思いが聞こえてくる声。
この人は……。
「……はい」
亜弥ちゃんを見ると、ひどく思いつめたような顔をしていた。
何か深く考えてるみたいな、そんな顔。
「そんじゃあな」
気づいてないはずもないのに、中澤さんはそのことには触れず、にかっと笑った。
そして、満足そうにうなずくと、矢口さんを見上げる。
矢口さんも小さくうなずいて、車椅子をゆっくりと押し進め、そのまま歩き出す。
その後ろ姿を、美貴はわけがわかんないまま見つめていた。
- 587 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:41
- 2人は一度も振り返らなかった。
視界のすべてから2人の姿が消えて、美貴はやっと亜弥ちゃんに視線を戻せた。
だけど、亜弥ちゃんは呆然としたように、そこに立っているだけ。
「亜弥ちゃん?」
「あ、え、あ、うん」
亜弥ちゃんは軽く右手で自分の上着の袖口を握ると、ふっと息を吐いた。
それからその手を離すと、ぱっと笑顔になった。
「あたしたちも、帰ろっか」
「……うん」
さっきまでの思いつめたような、呆然とした影は消えている。
だけど、なんだか違和感が消えない。
聞いてしまいたい。
その微笑みを壊してしまいたい。
ねぇ、中澤さんとのこと聞いたら、崩れるのかな。
その笑顔も。
美貴と亜弥ちゃんの、今のこの距離も。
- 588 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:42
-
「そういえば、みきたんはなんで空港にいるの? 誰かの見送り? それともお出迎え?」
ごくごく普通に聞いてくる亜弥ちゃんの声音に、美貴の心がざわざわとざわめいた。
壊したい、なんてことを考えていたからだろうか。
気がついたら、美貴の口からは言葉がこぼれ落ちていた。
「……本気でそう思ってんの?」
本心は、本当に伝えたいことはあんなにも口から出ないのに、
言わなくていいこと、亜弥ちゃんを傷つけることばっかりが口から出るのはなんでなんだろう。
その音を聞いた途端、罪悪感が胸を埋め尽くそうとする。
亜弥ちゃんは、美貴の声に混じっていた低い色を聞き取ったんだろう、
少し驚いたように目を見開いた。
「ほかに空港に来る理由があるの?」
それは正論だ。なのに、その無垢な声と表情が、美貴の神経を逆なでした。
「そんなの、自分で考えりゃいいじゃん」
完全に逆ギレなのはわかってるのに。
美貴の感情は理性で制御できないところまで突っ走っていってしまっていた。
さすがに亜弥ちゃんも不満そうにギュッと目を細める。
それでも、亜弥ちゃんは何も言わなかった。
それがますます美貴の心を暴走させる。
- 589 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:42
-
わかってるのに。
こんなこと言えた義理じゃないってわかってるのに。
感情は心臓を飛び出して、口から表に出て行きそうな勢い。
鼓動がどんどん速くなって、それにあわせるように、美貴の口が開く。
「亜弥ちゃんさ、なんで中澤さんといたの?」
「……理由は言ったじゃん」
「ヨリ、戻ったってこと?」
「……偶然、って言ったはずだけど」
亜弥ちゃんの声もどんどん重くなる。
わかってるよ、亜弥ちゃんの言ってることが正しい。
だけど、美貴は止まらない。
「偶然でも、元恋人とほいほい会っちゃうんだ。元恋人の頼みごと、ほいほい聞いちゃうんだ」
「……何が言いたいの」
「別に」
「別にじゃないよ、そこまで言っといて。言いたいことあるなら、はっきり言えばいいじゃん」
- 590 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:43
-
ザワリ
聞いたこともないような音が、耳に届いた。
ごろりと心臓が胸からこぼれ落ちたような気がした。
息が詰まる。
「亜弥ちゃんってさ、今付き合ってる相手がいても、普通に別れた恋人と会えちゃうタイプなんじゃないの。
そんなだから、美貴のことへーきで中澤さんの代わりに……」
バチン!
大きな音が響いた。
さすがの美貴も、1日に二度同じことされれば……。
「何する……」
バチン!
またしても大きな音。
さっきとは逆側に感じる、鈍い痛み。
お、お、往復ビンタぁ!?
- 591 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:43
-
「何すんの!」
「うっさい!」
「はぁ!? 殴ったのはそっちじゃん!」
「殴ったんじゃありません! 叩いたんですぅ」
「どっちだって同じだよ! 痛いじゃん!」
「叩かれるようなことするほうが悪い!」
「元はといえば亜弥ちゃんの問題でしょ!」
「勝手に結論出してる人に言われたくない!」
亜弥ちゃんは目の前で左手を振り切ったままの姿勢で止まっていた。
目が合うと、ギッとにらみつけてくる。
その顔には、今まで見たこともない怒りの色が浮かんでいた。
そんなことを冷静に観察する余裕があるくせに、美貴の怒りゲージは
亜弥ちゃんに扇動されるみたいに一気にマックスまであがっていく。
「図星指されたから怒ってんじゃないの!?」
「はぁ!?」
「怒って殴って言い負かせば、それを隠せるとでも……」
- 592 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:45
- さっと亜弥ちゃんが手を上げた。
振り下ろす直前に、その手首を捕まえる。
逆側も同じようにすると、亜弥ちゃんの顔が美貴の真正面に来た。
「離して!」
「ヤだよ、また殴るでしょ」
「叩いたんだってば!」
「一緒だよ!」
「叩かれるようなこと言うのが悪いんでしょ!」
「だから図星……」
「違う!」
ガツン!
衝撃を感じて、美貴は手を離した。
鈍い痛みが足元から体を駆け上がってくる。
「……っ、蹴るか、ふつー!?」
「離してくれないのが悪い」
じんじんと右足のすねが痛む。
わざわざ一番痛いとこを狙ってくるとこがひどい。
てか、女の子が人のこと蹴らないって、ふつー。
- 593 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:45
- 亜弥ちゃんは美貴が手を離した隙に、さっと手の届かない位置まで下がる。
その顔は相変わらず怒りに満ちて、赤くなり始めていた。
「なぁんで暴力に訴えるかな。暴力反対!」
「あたしの話なんて、聞く気もないくせに!」
「勝手に決めつけないでよ!」
「決めつけたのはみきたんが先でしょ!」
「はぁ?」
「……自己中もいい加減にしてよ!」
「自己中なら亜弥ちゃんだって負けてないじゃん! 美貴の気も知らないで……」
美貴の声にすぐ怒鳴り返してくるかと思ったのに、声が一瞬途絶えた。
亜弥ちゃんを見ると、ふるふると体全体が震えているのがわかった。
「言ってくれなきゃわかるわけないでしょ! あたし、あた……」
ギッと、亜弥ちゃんが顔を上げる。
「たんのバカ!」
「な……」
にらみつけるように美貴を見つめてくる姿に、後ずさりしそうになって、
だけど、その瞳に浮かんだものを見て、はっと我に返った。
その瞳の端で光るのは……涙?
- 594 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:46
-
「……あ、あたし、は」
「亜弥ちゃ……」
ぽろりと亜弥ちゃんの目から涙が一粒こぼれ落ちる。
その光景に、怒りゲージが一気に青くなる。
「あ、あたしは……たん、を、誰かの代わりなんて思ったこと、ない」
1歩近づこうとしたら、亜弥ちゃんに1歩引かれてしまった。
罪悪感が美貴を覆いつくそうとする。
こんなこと、言いに来たんじゃない。
美貴が伝えたかったことは、こんなことじゃなかったはずなのに。
亜弥ちゃんを泣かせたかったわけじゃないのに。
なんで、美貴はまた……。
「だ、だから……最後、て……」
「え?」
こぼれ落ちた言葉に、思わず問い返していた。
亜弥ちゃんははっと気づいたように、あわてて口をつぐむ。
「亜弥ちゃん?」
- 595 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:46
-
わからない。
わからない。
なんだかわからないけど、なんだかもどかしい。
何かが結びつきそうで、だけどうまく結びつかない。
その何かが結びつけば、何かが見えてくる気がするのに。
「たんの……バカ!」
ごしごしと涙を拭いて、亜弥ちゃんはまた美貴をにらみつけてきた。
「なんで、ひとりで勝手に決めちゃうの! なんで、何も言ってくれないの!」
震える声と、震える体。
それでも、亜弥ちゃんの体からは美貴には負けないんだっていう強いオーラを感じる。
危うく気圧されそうになって、足を踏ん張る。
噛みつかれるんじゃないかっていうくらい、強い亜弥ちゃんの視線を感じた直後――。
- 596 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:47
-
「あたしは……っ、みきたんが好きなの!」
- 597 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:48
- 不意に飛んできた言葉に、美貴は耳を疑った。
「え……?」
「今も、これからだって……ずっとずっと、みきたんが……」
強かったはずの言葉は、どんどん弱くなっていってしまう。
それに引っ張られるみたいに、亜弥ちゃんの顔もうなだれてしまう。
今はもう、亜弥ちゃんの表情はわからなかった。
少しの沈黙の後、亜弥ちゃんはさっき涙をこぼしたのと同じように、
ぽろりと言葉をこぼしてきた。
「……許して」
「何……を」
「……困らせてるの、わかってる。でも、許して。許してほしいの。
あたしが、みきたんを、好きでいることを」
うつむく亜弥ちゃんの、そのか細い姿に体から体温が奪われた気がした。
そんな悲しそうにしないで。
しないでほしいのに、美貴の口から出たのは全然別の言葉。
「でも……亜弥ちゃんは、中澤さんの、こと」
それに続く言葉は、顔を上げた亜弥ちゃんの表情に押し戻された。
亜弥ちゃんは泣きそうな顔のまま、それでも口元には笑みを浮かべて美貴を見ていた。
- 598 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:50
-
「中澤さんのことは、大切。一生、忘れることなんて、できない。
だって……中澤さんは、あたしが、初めて好きになって、
あたしを、初めて好きになってくれた人だから」
途切れ途切れの口調。
泣くのをこらえるみたいに笑う亜弥ちゃんの姿に、美貴の心臓が鳴った。
押しつぶされそうだった、その、切なさに。
「だったら……なんで」
中澤さんは今でも亜弥ちゃんを手離せないって、美貴の前でそう言った。
奇跡まで起こしてみせた。
亜弥ちゃんと中澤さんは今でも思いあってるはずだ。
だったらなんで、なんで……。
美貴の疑問に気づいたのか、亜弥ちゃんから完全に笑顔が消えた。
その顔は、今まで見たことがないくらい、真剣なものに変わっていた。
「でも、それでも、あたしはみきたんが好き。好きなの。忘れられないの。
忘れたくないの。わかってる、納得できないこと言ってるのはわかってる。
だけど、それでも……」
- 599 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:50
-
みきたんが、好きだよ。
- 600 名前:勿忘草 投稿日:2004/08/30(月) 00:50
-
* * * * *
- 601 名前:藤 投稿日:2004/08/30(月) 00:53
- 本日はここまでです。
真打登場?
レス、ありがとうございます。
>>575
めちゃくちゃお待ちいただきありがとうございますw
それぞれがそれぞれに思惑を持って行動している感じですが、
いよいよ出た彼女が暴走気味ですw
>>576
泣かないでくださいませー。
できるだけ早めの更新を目指してがんばります。
ありがとうございます。
- 602 名前:名無し読者 投稿日:2004/09/03(金) 02:43
- 遠回りしたけど二人には幸せを掴んで欲しいです。
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/06(月) 03:43
- 藤本さんはいつまでも本音を言わないままなんですね。
彼女以外の全員が本音で勝負してるのに。
肝心なところは松浦さんに言わせて自分はうじうじ逃げている。
こりゃ中澤さんには勝てないわけだ。(勝ってないでしょ、やっぱ)
そんな弱すぎる主人公が成長できるのか見守りたいです。
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/07(火) 17:39
- どうしようもない奴なのは初めの方から…
こーゆーダメな人に嵌まっちゃう女性って多いと思う。痛い目みるの分かってるのに気が付けばもう…っていう。母性本能って偉大。ん?藤本さんも女じゃ…
やるときゃやる!!ヘタレ超えた人間失格じゃなければ。叩いてゴミン。
- 605 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/07(火) 19:08
- なんか酷い言われ様だ…w
それだけみなさんひきこまれてるんでしょうか。
僕はリアルでいいと思いますけどね。
いや、よくを言えばもうちょっと頑張っては欲しいけど…
生暖かく見守りたいです。
- 606 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 01:44
- 自分は思い込みで衰弱しすぎて弱ってて、そこまで好きなのに逃げようとする
藤本さんもいじらしくて好きなんですけどね。松浦さんがどういうふうに藤本
さんを好きだった(気分的に過去形でごめんなさい)のか、そればかりが気に
なります。
- 607 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:08
-
ザワリ
また聞いたことのない音が耳に響いてきた。
美貴は、気がついたら亜弥ちゃんの両手をつかんでいた。
そのままぐいっと引き寄せて、まっすぐその顔を見つめる。
「み、きた……」
「亜弥ちゃんは……美貴に何してほしいの」
「え?」
「美貴に、何をしろって言うのさ! 全然わかんないよ!」
体が震える。
何言ってるんだ、美貴。
亜弥ちゃんに言いかけたあの言葉はどこに言ったんだ。
そこまで思っても、自分の気持ちに気づいても、
美貴はいまだに中澤さんの影に捕らえられてる。
亜弥ちゃんの奥底に留まっている、中澤さんを忘れられない。
「大切な人がいるのに、美貴が好きってどういうこと!?
わかんない、わかんないよ、亜弥ちゃんの気持ち……」
- 608 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:08
-
亜弥ちゃんじゃない。
「美貴はっ……!」
そうだ、亜弥ちゃんじゃない。
「好きだよ! 愛してるよ! ずっとそばにいたい。ずっと一緒にいたい。
別れてからだって、1日だって亜弥ちゃんのこと考えない日はなかったよ!
いつだってどこにいたって、昼だって夜だって……。でも、でも……」
中澤さんを忘れられないのは、美貴のほうなんだ。
「でも、考えちゃうんだ。思い出しちゃうんだ。中澤さんのこと。
どうしても……どうしてもっ……!」
忘れられないんだ。
「みきたん……」
- 609 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:09
- ほっぺたを熱いものが伝った。
手から力が抜ける。
まるで自分のものじゃないみたいに、だらんと腕が下がった。
そっと、ほっぺたに何かが触れる感覚があった。
そのぬくもりを感じながら息を吸ったら、一気に胸が締めつけられた。
「……っ」
息が苦しい。空気がのどで止まる。
さっき、空港に駆け込んできたときと同じ。
目の前が白く黒く点滅する。
ヤバイと思う間もなかった。
一気に視界が暗転して、
またしても美貴は、そのまま意識を手放してしまっていた――。
* * * * *
- 610 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:09
- ふっと目が覚めた。
二度瞬きをして見上げた天井は、どこかで見たような、懐かしい色をしている。
この風景、どこで見たんだっけ。
なんだろう、なんだっけ、思い出せない。
ここ、どこだろう。どこだっけ。
「……大丈夫?」
悩み続ける美貴の耳に、やわらかな声が届いた。
ゆっくりと頭を声のしたほうへと動かすと、美貴の視界に亜弥ちゃんが飛び込んできた。
イスの上でひざを抱えるようにして、そのひざにあごを乗せて、美貴を見ている。
その表情は、遠くてよく見えなかった。
「……ここは」
「お部屋だよ。みきたんの」
違うよ。ここは美貴の部屋じゃないよ。
そう言おうとして、亜弥ちゃんの言わんとしていることに気づいた。
ここは、そうだ。亜弥ちゃんと美貴が一緒に暮らしていたあの部屋。
確かに美貴っていうか、美貴の親が契約してる部屋だけど。
2人の部屋だったはずなのに。
美貴の、と言われたことがなんだかさみしい。
- 611 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:10
-
「美貴……どうしたんだっけ」
「覚えてないの?」
「えっと……」
記憶を飛ばす前のことを必死になって探る。
息が苦しくなったのは覚えてる。白く黒く視界が点滅したことも。
だけど、その後……。
なんだろ、なんかしてたような気はするんだけど。
「倒れたんだよ、また。お医者さんに行こうって言ったんだけど、絶対ヤダって。
美貴は健康だって言い張るから、ここに連れてきちゃったんだけど」
あぁ、なんとなく覚えてる気がする。
必死になって引き止める誰かの声。
それを振り払った衝撃。
なんだかな、酔っ払いみたいだ、美貴。
「いつまでも目を覚まさないから心配してたんだけど。よかった、起きてくれて」
本当にホッとしたようにつぶやく亜弥ちゃんに、美貴は目を細めた。
「でも、ホントに具合悪いなら一度診てもらったほうがいいと思うけど……」
「大丈夫だよ」
「でも……」
「わかってるから」
「へ?」
- 612 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:10
- それ以上は言わなかった。
でも、わかってるから。美貴がなんでこうなっちゃってるのか。
病院に行っても治るもんじゃないってことも。
治せる方法がひとつしかないことも。
亜弥ちゃんをぼんやりとながめる。
よくわかんないけど、笑ってるようには見えた。
「ごめん」
「へ?」
「美貴、亜弥ちゃんのこと、叩いてるよね? 倒れたとき」
振り払ったときの衝撃は、たぶん亜弥ちゃんを突き飛ばしたか何かしたときのもの。
だけど亜弥ちゃんはふるふると首を振っただけだった。
「ね、亜弥ちゃん」
「うん?」
「なんで、そんなに離れたとこにいるの?」
ベッドからイスまでは歩いて5歩くらいは離れている。
亜弥ちゃんはそこからさっきと変わらない姿勢で美貴のことを見ている。
- 613 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:11
- ふーっと息をつく音がした。
「そばにいると、手、出しちゃいそうだったから」
「はい?」
にゃははと、亜弥ちゃんの笑い声が響く。
「みきたん、忘れてない? こうやって触れる距離にいるの、すごい久しぶりなんだよ。あたしたち」
だから、そばにいたら、めちゃくちゃ触っちゃいそうだし。
抱きしめちゃったりとかしそうだし。
もしかしたら、キスとかしちゃうかもしれなかったし。
でも、意識ないのにそれはやっぱりまずいから。だから、ここにいるの。
亜弥ちゃんは声に笑みを含ませたまま、そう告げた。
なんだか、恥ずかしくて、美貴は亜弥ちゃんから顔をそらしてまた天井を見上げる。
どうしたらいいのかわからなかった。
行って戻ってまた行って。
わかったはずなのに全然理解してなくて。
悟ったつもりでもいまだにじたばたしちゃって。
結局美貴は、あれだけいろんな人に迷惑かけても、
成長もしてないし、前にも進めてない。
ずーっとずーっと同じ場所でもがいてただけ。
どうしたら、この場所から抜け出せるんだろう。
- 614 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:11
-
「……亜弥ちゃん」
「ん?」
「……こっち、きて」
気がついたら、そんな声をかけていた。
沈黙が怖い。
そばにいるのにいない感じがするのが一番イヤだ。
ちゃんと、そこにいるのが亜弥ちゃんなんだって確かめたかった。
カタンと軽い音がして、人の動く気配とゴトゴトという音がした。
ふっと、美貴のそばまで黒い影がやってきて、ガタンとさっきより大きな音がする。
首を動かして音のしたほうを見ると、そこにはさっきまで亜弥ちゃんが座っていたイスと、
亜弥ちゃんの姿が見えた。
また、沈黙が流れる。
その沈黙が怖くて、美貴は手を差し出していた。
それに気づいたのか、ふんわりと微笑んで、亜弥ちゃんが手を握ってくれた。
じんわりとぬくもりが伝わってくる。
久々に感じたぬくもりに、涙が出そうになる。
- 615 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:12
-
「ありがとう。あたしのこと、好きだって言ってくれて」
不意に亜弥ちゃんの声がした。
目の前で見た亜弥ちゃんの表情は、ひどくやさしいものだった。
「それからごめんね。みきたんを苦しめちゃって」
違う、違うよ。
それは亜弥ちゃんのせいじゃない。
美貴の弱さのせいだ。
亜弥ちゃんをこの手で守りぬくだけの勇気も自信もない、臆病な美貴のせいなんだ。
そんな美貴の気持ちに気づいたわけでもないんだろうに、
亜弥ちゃんはふるふると首を振った。
「わかってるの。みきたんを困らせてるのも、都合がいいこと言ってるのも。
中澤さんとの思い出を捨てきれずに、みきたんと付き合って。
中澤さんを大切だって言いながら、みきたんを好きだって言って。
わけわかんなくさせてるのはあたしのせい。
みんなあたしが悪いの。みきたんは悪くなんてないよ」
亜弥ちゃんは静かに静かにそう語る。
やさしすぎる表情が、逆に怖かった。
- 616 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:12
-
「ホントならちゃんと中澤さんとのこと吹っ切ってから、
みきたんと付き合うべきだったと思うよ。でも、でもね。
中澤さんとのことを捨てきるなんてムリだった。最初からムリだったの。
だから、だったら、みきたんの告白にOKしたことそのものが……きっと、あたしの罪」
「そんなこと……!」
すべてを否定された気がした。
美貴が亜弥ちゃんと作ってきた思い出のすべてが。
なんかむかついて悲しくて、それを口にしようとして気がついた。
最初にすべてを否定したのは、美貴のほうだってことに。
「あたしの甘い考えてみきたんのこと傷つけちゃったけど……。そのことはホントに
ごめんねとしか言えないけど、でも、今は後悔してない。みきたんと付き合ったこと」
ふにゃりと亜弥ちゃんは泣きそうな顔で笑った。
「あたし、幸せだったよ。みきたんと出会って、みきたんに愛されて。
みきたんを好きになれて」
幸せ「だった」。
その言葉が、美貴の心臓を握りつぶした。
や、ちゃんと動いてるのはわかってるんだけど。
それでも、本当に心臓が止まった気がした。
目の前が、モノクロに変わる。
- 617 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:13
-
ヤダ……。
ヤダよ、亜弥ちゃん。
「……っ、で」
「え?」
「……ないで」
「みきたん?」
「……行かないで。どこにも行かないで」
ギュッと手のひらのぬくもりを握り締める。
そばにいて。
ずっとずっとそばにいて。
美貴だけのそばにいて。
美貴だけを好きでいて。
美貴のことだけ考えて。
美貴だけを――愛していて。
握り返されるぬくもりを感じた。
亜弥ちゃんを見ると、モノクロの風景の中に、パッと色が浮かんだように見えた。
少し驚いたように目を見開いていて、でも目があうと笑いかけてくれた。
その笑顔に、亜弥ちゃんの後ろの風景も一気に色を取り戻す。
- 618 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:13
-
……やっぱりダメだ。
美貴には亜弥ちゃんしかいない。
この手を離すことなんてできない。
でもだけど。
このまんまだったら、結局美貴はおんなじことを繰り返しちゃう。
いつまでも成長できないまま、いつまでも亜弥ちゃんを傷つける。
だったら、どうすれば。
どうすればいい?
亜弥ちゃんへの思いを伝えるだけじゃダメなんだ。
それじゃ、亜弥ちゃんは納得してくれても、美貴が納得できない。
美貴は、乗り越えなきゃいけない。
あの人の影を。
- 619 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:15
- あの人のことをハッキリしない限り、美貴は亜弥ちゃんと付き合ってはいけない。
はっきりしたところで付き合っていけるのかはわからない。
正直、ここまで自分の気持ちが想像できなかったことは初めてで。
好きだから一緒にいたいけど。
過去の事実に目をつぶりたくなるかもしれない。
もし、中澤さんに美貴が負けてしまったと思ったら。
亜弥ちゃんがどう思っていても、これ以上の関係は続けられなくなるかもしれない。
勝てる可能性なんてない。
美貴は臆病で弱くて、情けない人間だから。
亜弥ちゃんの思いの深さに、自分でもイヤになるほど嫉妬するだろう。
その後どうするのか、それは全然わからない。
今までの美貴の様子を見てきた人なら、聞くだけムダだって考えてると思う。
いや、正直美貴もそう思ってる。
聞いたところで。聞いてしまったら。
本当に、亜弥ちゃんとの関係が終わってしまうだろうって。
- 620 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:16
- それがわかってたから、美貴はずっと逃げ続けてた。
でも、このまま口にしなくても結果はたぶんおんなじだ。
だったらどうする? 言わずにあきらめる?
そんなことができるくらいなら、こんなことにはなってなかった。
今頃美貴は、平穏な大学生活を送っていたはずだ。
胸の中に、いろんなものを閉じ込めたまま。
できっこない。今さらできっこないのなら。
――あきらめるなんて、いつでもできる。
だったら、今しかできないことを、今やれ。
それは、中澤さんが、矢口さんが、よしこが、梨華ちゃんが、
みんなが教えてくれたこと。
「……亜弥ちゃん」
「うん?」
手が震える。
覚悟を決めろ、美貴。
「教えて、ほしいんだけど」
ためらうな。
これが、最後のチャンスかもしれないんだから。
- 621 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/19(日) 16:17
- ぐっとのどに何かが詰まっている気がした。
目の前の亜弥ちゃんは、目を細めて美貴を見ている。
何か言いたげに、口を開こうとしたのが見えて――。
「な、中澤さん、とのこと」
ほとんど意識しないうちに、言葉がこぼれ落ちていた。
亜弥ちゃんに言わせちゃいけない。
これ以上、亜弥ちゃんにすべてをゆだねてはいけないっていう、
美貴の中に残った小さなプライドみたいなものが、そうさせたのかもしれない。
その言葉は確かに美貴の耳にも届いていて。
後戻りはできなくなった。
亜弥ちゃんの口元に浮かんでいた笑みが、すっと消える。
ごくりと意識もせずに、のどが鳴った。
これからどうなるのか、全然予想がつかなくて、なんだか怖い。
だけど、亜弥ちゃんは穏やかにほんの少しだけ微笑んでいた。
大切にしていた中澤さんと別れて、美貴と付き合って。
亜弥ちゃんはいったい美貴に何を望んでいたんだろう。
そんなことを考えながら亜弥ちゃんを見つめていると、
少しの間を置いて、亜弥ちゃんは静かにうなずいた。
* * * * *
- 622 名前:藤 投稿日:2004/09/19(日) 16:26
- 本日はここまでです。
ちょいと間があきまして。
その割に更新量少なくて……申し訳。
レス、ありがとうございます。
>>602
かなり遠回ってますね(汗
もう少し見守ってやってください。
>>603
ヘタレってやつはなかなかカンタンには改善できない模様でして……。
今回は今までと比べればちょっとがんばった(がんばらざるを得なかった?)
とは思うんですが……。
>>604
そりゃもう、骨の髄までヘタ(殴
彼女なりにがんばってる、はず……。人間失格、になってないといいなぁw
>>605
リアルと言っていただけてうれしいです。ありがとうございます。
どこまでがんばれるのか、見守ってやってくださいませ。
>>606
いじらしいととっていただけるとは恐縮ですw
ある意味、一途なんではないのかなと思っていたりもするのですが。
彼女の過去?に関しては、次回あたり出てくる予定です(それほど克明ではないかもですが)。
もうしばしお待ちいただけるとありがたいです。
- 623 名前:606 投稿日:2004/09/19(日) 23:12
- 胸が痛いよ…。更新ありがとう。どうしても自分は藤本全面肯定派だなぁ…。
今回の更新読んでしみじみそう思った。作者さん本当に更新ありがとう。
- 624 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/19(日) 23:55
- だーっ、じれってぇえええ!
頑張れ主人公、しっかりしろ主人公。
でも確かに頑張れてますね、ちょっとずつ。ほんとにちょっとずつ。その調子その調子。
こんな主人公を愛してくれる松浦さんが女神に思えます。惚れた弱みでしょうか。
次回どうなるんだろうなあ。楽しみです。
- 625 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:14
-
「……初めてみきたんと会ったとき、中澤さんを忘れてなかったのは事実だよ。
みきたんが中澤さんと似てるって思ったのも」
静かに語る亜弥ちゃんの顔に、夕陽がさしていた。
美貴はベッドの上に上半身だけ起こして、壁に背をもたせかけながら、
握った手は離さずに、亜弥ちゃんを見る。
「……どこが、似てるの? どう見ても似てないんだけど」
問いかけると、亜弥ちゃんはふにゃっと笑った。
「外見じゃなくて雰囲気が。たぶん、ほかの人にはわかんないと思うけど、
なんだろ、強気に見えて実は弱そうなとことか?」
「そんなの、一目見ただけでわかるんだ?」
「……わかっちゃったんだもん」
しょーがないでしょ、とでも言いたげに、亜弥ちゃんはほっぺたを膨らませた。
「わかった、わかりました」
「うん……。正直、最初の頃は一緒にいるとつらかったよ?
その頃って、親の離婚とか転校とか……中澤さんのこととか、とにかくいろいろあって、
周りの変化についていけなくて、結構まいってたし」
「うん……」
「でも、一緒にいると安心できたのも本当で」
「……それは、似てたから?」
そう問いかけると、亜弥ちゃんは泣きそうな顔を見せた。
- 626 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:15
-
「そう、かもしれない。でもね! でも、そう思ってたのも本当に最初だけだったんだよ?」
「ん」
「一緒にいて、みきたんが中澤さんとは全然違うってよーくわかった。
みきたん、わがままだし、子供っぽいし」
「失礼な」
ふふっと、声を上げて亜弥ちゃんが笑った。
「みきたん、初めてお泊りにきてくれたとき、あたしのこと泣かせてくれたでしょ?」
「……うん」
「あのときまで、あたしホントに泣けなくて。だから、なんかすごいすっきりして。
みきたん、あたしのこと気にかけてくれてるんだって思って、
あたしのことわかってくれてるんだって思って、すごくうれしかったんだぁ」
「うん……」
「なんとなくそばにいて楽しくて、そしたらだんだんつらいことも悲しいことも
あんまり思い出さなくてすむようになってきて。気がついたら、好きになってた。
だんだんだんだん、すごくゆっくり好きになったんだ」
亜弥ちゃんの顔からふっと笑顔が消えた。
口元は笑ってるけど、それは笑顔じゃない。
切ない、秋の終わりの香りがした。
- 627 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:15
-
「この人と一緒に笑いあえたらどんなに楽しいだろう。
この人と一緒にいられたらどんなに安らぐだろう。
この人の隣にいられたらどんなに幸せだろうって、
そんなことばっかり考えるようになってた」
ふーっと深呼吸をひとつして、亜弥ちゃんが続ける。
「だから、みきたんが好きだって言ってくれたときは、すごくビックリしたけど、
すごくうれしかった。だって……あたしは気持ちを伝えるつもり、なかったから」
「……ん」
予想通りだった。
もし、美貴があの時告白しなかったらどうしていたんだろうって考えたことがある。
もし、亜弥ちゃんのきっかけの言葉がなかったら、いったい美貴はいつ、
亜弥ちゃんに気持ちを伝えられていたんだろうって。
――伝えられてなんて、いなかったかもしれない。
もし、美貴が言わなかったら、いつか亜弥ちゃんは言ってくれてたのかな。
告白するのは亜弥ちゃんのほうだったのかなって。
いろいろ考えて、そんなことはありえないって気づいた。
あれだけ傷ついていた亜弥ちゃんが、わざわざ言ったとは思えない。
だとすれば、あのままだったなら、美貴と亜弥ちゃんは今でも友達のままで。
ずっとずっと友達のままで。
いつか、亜弥ちゃんが誰かに奪われていくのを、黙って見てるだけだったんだろう。
ため息と一緒にこぼれ落ちた言葉を聞きとめたのか、
亜弥ちゃんが少し驚いたように言葉を止めて、でもすぐに笑う。
- 628 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:16
-
「あたしにとって、中澤さんとのことは、たとえどんな終わり方をしても忘れられないから。
大切な宝物だから、そんな気持ちを抱えたままで、みきたんに好きなんて言えない、
そう思ってたから」
「だったら……なんでOKしてくれたの?」
「みきたんが、すごく一生懸命だったから」
「はい?」
「みきたん、覚えてる? 告白してくれた日のこと」
「え、えっと、うん、まぁ」
美貴、記憶力はあんまり優れてるほうじゃないんだけど、
それでも、あの日のことはかなりよく覚えてるほうだと思う。
正直、あんまり思い出したくはないんだけど。
だって、すっごくいっぱいいっぱいだったから。
でも、亜弥ちゃんはそんな美貴には気づかないみたいで、またふんわりと笑った。
「告白されたときはすごくビックリしたし、あのときのみきたんの顔はかなり怖かったけど。
でも、そのあと、言ってることとは裏腹に、感情をセーブしようとする姿を見て、
あたしに背中を向けた姿を見て……この人となら違う恋ができるかもって思ったんだ」
ふわり笑ったまま、亜弥ちゃんは美貴から目をそらした。
「中澤さんとは違う、穏やかな恋ができるかもって」
- 629 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:17
- その見込みは間違ってなかったと思う、と亜弥ちゃんは言った。
美貴といる時間は穏やかで、やわらかくて、あったかかったと。
悲しいこともつらい過去も、全部全部記憶の奥底に押しやって、
その上から美貴との時間を積み重ねていってしまえば、
いつかきっと、すべてが思い出に変わってくれる。
すべてを思い出に変えてしまえると、そう思っていたから。
だから、美貴の前では、感情を抑えて、穏やかでいたかったんだと、
痛そうな顔で、そう告げた。
なんとなく窓の外を見た。
雲は静かに流れて、ゆっくりと形を変える。
穏やかな風景に、時間の流れまで変わっていくような気がしてくる。
中澤さんとの恋が嵐のように過ぎていったものだったとするなら。
亜弥ちゃんは、美貴との恋を、こんな夏の夕暮れみたいに、
穏やかな時間の中で過ごしたかったんだろうか。
それは、本当にささやかな願い事で。
その願いを、美貴は今でもかなえてあげられるだろうか。
こんな、弱くて臆病な美貴でも。
- 630 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:17
-
「中澤さんとあたしの付き合い方は、大人と子供、そのものだった」
中澤さんは、クールでドライで、いつもマイペースで歩く人。
あたしは、子犬みたいに中澤さんにまとわりついて、こっちを見てほしくて必死になって、
いつの間にか、中澤さんしか見えなくなってた。
散々ワガママも言ったし、しょっちゅうケンカもした。
あたしばっかりが好きでいるみたいで、不安になって泣いたり怒ったり、
あたしが持ってる感情は全部見せたんじゃないかって思う。
そんなことを続けてくうちに、疑心暗鬼になっちゃって。
どんどん不安定になっていっちゃって。
……いろいろありすぎて、結局壊れちゃったから。
「みきたんと付き合うって決めて、マイナスの感情は全部封印しようと思った。
笑ったり喜んだり、そういう明るい感情だけであたしたちの時間を埋め尽くせたら、
今度はきっと壊れない、ずっと一緒にいられる、もうあんなつらい思いはしなくていいって
そう思ったから」
- 631 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:18
-
だから、恋人になったその日から、そういう感情を閉じ込めたんだけど。
まさか、それがみきたんの不安になってたなんて思わなかった。
そうだよね、そうやって思ってる時点で、あたしはずっと中澤さんに捕らえられてる。
あの人を忘れてないって証拠だもんね。
「……ごめんね、気づかなくて」
ほんの少し震える声で、それでもまっすぐに前を見つめて、亜弥ちゃんは言った。
そっか……そうだったんだ。
美貴も亜弥ちゃんも、考えてたことは同じだったのに、
向かってる方向が全然逆だったんだ。
美貴は亜弥ちゃんの本当の笑顔を取り戻したくて、亜弥ちゃんの過去を暴こうとした。
亜弥ちゃんは美貴と穏やかな関係を続けたくて、過去を封印しようとした。
お互いがお互いを思ってただけだったのに。
口に出さなかったから思いを伝えなかったから、こんなにもずれてしまったんだ、
美貴と亜弥ちゃんの立っている場所は。
- 632 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:18
-
「亜弥ちゃん……」
「でも、でもわかってほしいなんて言えないけど、二股かけてるって言われても仕方ないけど、
それでも、あたしはみきたんが好きなの。中澤さんのことは忘れられないけど、
でも、だから、決めたことがあるの」
強い眼差し。強い口調。
ギュッと美貴の手を握り締めて、亜弥ちゃんは美貴を見た。
「中澤さんとは、もう、一生会わない。空港で中澤さんにもそう言った」
「え……」
合点がいった。
中澤さんが空港で言ったあの言葉。
あれは、美貴への別れの言葉だったんだ。
もし、美貴と亜弥ちゃんが元に戻ったら、中澤さんと美貴が会うことももうない。
だから、あんなことを言ったんだ。
もし……?
中澤さんはなんであんなことを言ったんだろう。
美貴と亜弥ちゃんがどうなるかなんてわからないはずなのに。
取り返そうと思えば取り返せたかもしれないのに。
- 633 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:19
-
「あたしはみきたんが好き。みきたんと恋をしたい。みきたんがイヤだって言っても、
あたしの気がすむまでみきたんを追いかけるって、そう決めたの」
きっとあたしの気がすむのは、ちゃんとみきたんを手に入れたときだけだろうけど。
そう言って、亜弥ちゃんは笑った。
その強い言葉でわかった。
亜弥ちゃんの強い意志。
中澤さんならきっと知っている。
亜弥ちゃんがこうなったらもう、どうしたって彼女の気持ちを変えられないことを。
きっと世間の人はそれを「あきらめた」って言うんだろうけど。
そんなカンタンな言葉じゃ言い表せない気がする。
だからといって、適当な言葉を美貴は探し出せなかった。
なんだろう、力が抜けた。
目の前の亜弥ちゃんは強い瞳のまま、やわらかく微笑んでいる。
亜弥ちゃんは、美貴と、こんな弱くて臆病な美貴と恋するために、
いったいいくつ大切なものを切り離したんだろう。
一生会わないなんて言えるほど、美貴はたいした人間じゃないのに。
- 634 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:19
-
「亜弥ちゃん、後悔するよ?」
ぽろりと言葉がこぼれ落ちていた。
それは贖罪だったのかもしれない。
何もかもを決意して、それを宣言している亜弥ちゃんに対しての。
その強さに見合うものを、美貴は持ち合わせてないから。
だから差し出したのは、弱さだったけれど。
「なんで?」
「美貴のこと、全然知らないじゃん」
「知ってるよ」
「美貴が……亜弥ちゃんを壊したいって思ったことも?」
「ふぇ?」
あれだけ必死になって隠そうとしていたことが、あっさりと口をつく。
だけど、動揺もしなかった。
むしろ、穏やかで。気持ち悪いくらいだった。
中澤さんの存在を知ったとき。
会いに行ったあとで、亜弥ちゃんを閉じ込めたいと思ったこと。
壊してでもそばに置いておきたいと思ったこと。
愛してくれなくなっても、ほかの誰にも渡したくないと思ったこと。
気持ち悪いと思われるかもしれない。怖がられるかもしれない。
そんな不安がなかったわけじゃないけど、怖いくらいに冷静だった。
美貴は淡々とその事実を告げていた。
- 635 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:20
- 言い終えて息をつく。
それを見計らったみたいに、亜弥ちゃんが美貴の手を握り締めてきた。
顔を上げると……亜弥ちゃんは笑顔でそこにいた。
「な、なんで笑ってんの?」
「え? あ、うん。なんかうれしくて」
「はぁ?」
「だって、そういうのってなかなか人には言えないじゃん。まして、
そう思った相手になんてなおさら」
そりゃそうでしょう。
「でも、みきたんは話してくれた。あたしを信じてくれてる。
そう思ったら、なんかうれしくて。なんか、久しぶりに本当のみきたんに会えた気がする」
わけがわからない。
でも、そうかもしれない。
美貴は、恋人になったときからずっとずっと本当の自分をどこかに押しやっていたのかもしれない。
亜弥ちゃんの本当の姿を、笑顔を知りたいからって言って、
本当の自分を亜弥ちゃんから隠していた。
結局、美貴たちはおんなじことをしていただけなのかもしれない。
美貴は、自分がやられて嫌なことを、亜弥ちゃんにしていただけなのかな。
- 636 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:20
-
「……ホントに壊しちゃうかもしれないよ?」
「いいよ、望むところ」
ホントに自信満々の声で、亜弥ちゃんは言う。
心持ち、胸を自慢げに反らせているような気がするのは気のせいだろうか。
「あたしは壊れないから」
「え?」
「だって、みきたん、もしあたしが壊れたら、絶対後悔するでしょ?」
「……たぶん」
「きっと、壊した自分を責めて、悲しんで苦しんで傷つくでしょ?」
なんでそんなに自信満々なんだろう。
そんな美貴のことには気づかない。
亜弥ちゃんは自信満々の態度と声で語る。
「だったらあたしは壊れない。みきたんが傷つくようなことはしない。
どんなにみきたんがあたしを壊したいと思っても、壊したことでみきたんが傷つく限り、
あたしは壊れたりしないよ」
怖いくらいの強気な発言。
それなのに、なんだか泣きそうになった。
- 637 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:20
-
「ね、みきたん」
亜弥ちゃんの声音で、何か言おうとしてるのがわかった。
反射的に、美貴は亜弥ちゃんの頭を抱き寄せていた。
さらさらのその髪に触れると、亜弥ちゃんが小さく体を揺らす。
「み、みきたん?」
これ以上、亜弥ちゃんに言わせるわけにはいかない。
美貴が言わなくちゃ。
ちゃんと。
勢いとかそんなんじゃなくて。
自分の心をまっすぐに見つめながら。
その言葉の意味をちゃんと確かめながら。
全部全部、亜弥ちゃんに持ってる全部の感情を込めて。
その、大切な言葉を。
- 638 名前:勿忘草 投稿日:2004/09/26(日) 15:21
-
「亜弥ちゃんが、好きだよ」
- 639 名前:藤 投稿日:2004/09/26(日) 15:27
- 本日はここまでです。
次回、ラストになります。
レス、ありがとうございます。
>>623 606さん
こちらこそ、読んでいただきありがとうございます。
やっとこいろいろと彼女なりに……というところかなぁと。
あと1回、お付き合いくださるとうれしいです。
>>624
じれったくてすんませんw
ちょっとずつでもがんばっている彼女を、彼女を愛するあややの強さともども、
うまいこと表現できればと思ってるんですが……できたかなぁ。
楽しんでいただけていれば幸いです。
- 640 名前:ショッパイ黒猫 投稿日:2004/09/26(日) 21:36
- 更 新 き た !!
そうか、そういうことか…w
松浦さん、そこまで強いか。そして大人だなぁ。
その強さはやっぱり、姉さんとの関係があったからこそなんだろうな。
そしてあのヘタレな藤本さんが成長してる。
人として魅力的な二人だなぁ。最後まで見守っています。
- 641 名前:606 投稿日:2004/09/27(月) 23:56
- どきどきしながら最終更新待ってます…。
- 642 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/28(火) 20:14
- 松浦さんいいこと言った
主人公よく頑張った
こいつはラストが楽しみですね
- 643 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/03(日) 03:23
- 盛り上がってきました。
次回更新を厳粛に受け止めたいと思います。
- 644 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:22
- ちゃんと、自分の気持ちに向き合って、この言葉を言ったのはどのくらいぶりだろう。
勢いとかじゃなくて口から出た言葉に、その重さを痛感する。
同情とかそんなんじゃない。
中澤さんとの話を聞かされても、やっぱり美貴は亜弥ちゃんが好きだ。
空港でぶっ倒れる前と、今と、何も変わってはいない。
そうじゃない。最初から何も変わってないんだ。むしろ増えていったくらいで。
美貴は、ずっとずっと亜弥ちゃんが好きだったし、今でも好きなんだ。
出会った頃よりも別れたときよりも、今、一番亜弥ちゃんが好きだ。
好きだから亜弥ちゃんのすべてが気になった。
好きだから亜弥ちゃんを束縛したかった。
好きだから美貴以外を見てほしくなくて。
好きだから。
好きだから。
亜弥ちゃんの前から逃げて、それでも亜弥ちゃんのことを考え続けたんだ。
別れても離れても、亜弥ちゃんのことを考えない日はなかった。
美貴の見る景色の中には、いつだって亜弥ちゃんがいた。
亜弥ちゃんの望むような恋が、美貴とできるかはわからないけど、
それでも美貴は、亜弥ちゃんが好きだ。
亜弥ちゃんと、恋していきたいんだ。
- 645 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:23
-
「美貴は亜弥ちゃんが好きだし、誰にも渡したくない」
今言うべきことは、今言わなきゃ。
不器用でもよくわかんなくても、なんでもいい。
飾りも言い訳も後でいい。
今、言うべきことを、間違いなく届けなくちゃ。
それを怠ったら、結局美貴は同じところに戻ってしまうだけなんだから。
「亜弥ちゃん、美貴にも見せてよ。亜弥ちゃんが持ってる気持ち」
亜弥ちゃんからの返事はない。
「ガマンしなくていい。怒っても泣いてもいい。美貴もそうするから、
もうひとりで決めつけたりしないから」
体を離して亜弥ちゃんの顔をのぞきこむと、その瞳はしっかりと閉じられてしまっていた。
まぶたの奥の瞳をのぞき込むように、じっと見つめる。
「美貴の……美貴の、そばにいてよ。ずっとずっと、美貴のそばにいて。
もう、離れたくない」
- 646 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:24
- ふっとまぶたの力がゆるんで亜弥ちゃんが目を開いた。
ゆっくりと顔を上げて、少し目を丸くして美貴を見つめる。
「……いるよ、ずっといるから。ヤダって言われたってずっといるから」
亜弥ちゃんは右手でごしごしと目をこすった。
……もしかして、泣いてる?
「だから、みきたんもそばにいて。ずっと、ずっとあたしのそばに。
あたしの恋人になれるのは、もうみきたんしかいないんだから」
声が震えてた。
さっきまでの自信満々な態度とは打って変わって、目の前の亜弥ちゃんが小さく見える。
いきなりの変化にちょっとびびったけど、
それでも強い言葉を放つ亜弥ちゃんに苦笑いをしていた。
でも、その言葉が、うれしかった。
そうだね、きっと。
美貴の恋人になれるのも、もう亜弥ちゃんしかいないよ。
- 647 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:25
-
「みきたん」
静かな声が響いた。
ほんの少し笑みを浮かべた亜弥ちゃんの顔を見て、美貴は小さく笑った。
何を言われるのか、なんとなくわかった。
ほらやっぱり。
美貴と亜弥ちゃんの考えてることは、こんなにも似ている。
似ているからこそ、こんなにも離れていく正反対の道を選んでしまったけれど。
その道は、ぐるり地球の裏側まで行って、同じ道だったって気がついた。
地球の裏側まで歩いて、やっともう一度亜弥ちゃんに出会えたんだ。
ならさ、ここからは。
同じ方向を見ながら、歩いていこうよ。
そうして一緒に生きていきたいんだ。
「一緒に暮らそう?」
その言葉に美貴はただ静かに笑った。
* * * * *
- 648 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:25
-
「うわっ!?」
「え、何っ!?」
いきなり背中から飛んできた声に、美貴はあわてて振り返った。
あんまり思いっきり振り返ったから、手の中にあったフライパンがゴーンといい音をたてて
壁にぶつかった。
「あぅっ!?」
「あぶないっ!」
危うく取り落としそうになって、何とかこらえる。
びりびりとしびれている腕で、なんとかフライパンをコンロに戻した。
「……あぶないなぁ」
ぼそっと不満げな声が聞こえてきて、美貴はもう一度振り返った。
そこには、しっかり身支度を整えた亜弥ちゃんの姿。
髪に手で触れながら、呆れた顔で美貴を見ている。
「誰のせいだ、誰の」
「えー、みきたんのせいでしょ?」
「叫んだのは亜弥ちゃんだよね?」
「だってぇ……」
「だって、何」
- 649 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:26
- フライパンの中のスクランブルエッグをお皿に移して、それを持って食卓に移動。
そこには準備済みだったトーストとサラダ、それにミルクが置いてある。
亜弥ちゃんは不満そうについてきて、それでもテーブルの上を見て、
一瞬動きを止めた。
「何、なんか不満?」
「不満……っていうか」
明らかに表情をゆがめながら、亜弥ちゃんはテーブルについた。
美貴はしていたエプロンを外して、亜弥ちゃんの向かい側に座る。
「……あたし、カサ持ってくる」
「はい?」
「せっかくの遠足で濡れたらやだもん」
「はぁ?」
亜弥ちゃんは、どうもかなり真剣。
部屋から折りたたみの傘を持ってくると、すでに用意されていたカバンの中にしまいこむ。
今日は、高校の遠足の日。
なんでも亜弥ちゃんたちはディズニーランドに行くんだとか。
もう何回も行ったのに、昨日から亜弥ちゃんはかなり浮かれていた。
やっぱり、何度行っても楽しいところは楽しいってことか。
それにしても……その態度はいただけない。
- 650 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:26
-
「亜弥ちゃんさぁ」
「だって、みきたんがあたしより早起きしてるし」
文句を言おうとしたら、あっさりと制された。
もう一度座りなおして、いただきますをすると、亜弥ちゃんは食べながらしゃべる。
あんまりお行儀がいいとは言えないけど。
「しかも、お料理とかしちゃってるし」
「悪いか」
「しかも……割と食べられるし」
「割と、とか食べられる、とか失礼だからね、それ」
亜弥ちゃんはゆっくりと美貴の用意した朝食を食べてくれている。
しっかり文句を言いながら、だったけど。
「もう作んないよ?」
「……たぶん、次に作ってくれるのは、その言葉を忘れた頃だよね?」
そう言われるとぐうの音も出ない。
確かに、美貴が亜弥ちゃんより早く起きてキッチンに立つなんて、
年に何回かあるかないかだろうから。
「時間は? まだ平気なの?」
「んー、あたしはみきたんと違っていつも時間に余裕を持ってますから」
「そりゃ失礼しました」
ちらりと部屋の時計を見ると、確かにまだまだ余裕の時間だった。
- 651 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:27
-
亜弥ちゃんの申し出――「一緒に暮らそう」。
実は、それを美貴は断っている。
ずっと一緒にいたいっていう気持ちは、何も変わってない。
そばにいたいし、一緒にいたいし、いつまでも隣にいたい。
怒ったり笑ったり泣いたり、楽しいことも悲しいことも、いろんな感情を共有していきたい。
だけど、今の美貴にはその資格がない、そう思ったから。
ただ束縛するだけの、そんな生活はしたくない。
亜弥ちゃんはああ言ってくれたけど、壊したり、傷つけたり、そんなことはできるだけしたくない。
どうしても避けられないこともあるのかもしれないけど、
美貴の力で避けられるものなら、避けていきたい。
そのためには、今は、美貴は亜弥ちゃんと少しだけ距離を置いておかなきゃいけないと、
ちょっと勝手かもしれないけど、そう思った。
亜弥ちゃんにはちゃんと説明をした。
かなり不満そうではあったし、全部をわかってくれたってわけでもないんだろうけど、
それでもうなずいてはくれた。
だから今、美貴は週に3回、ここに泊まりに来るという形をとっている。
- 652 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:27
-
「ごちそうさまー」
「はい、お粗末さまー」
食べ終わった食器をキッチンに置いて、亜弥ちゃんはそのまま洗面所へと消えた。
美貴はその隙に、食器を洗ってしまう。
「亜弥ちゃんさぁ」
美貴は開いたままになっている洗面所に向かって声をかけた。
「んー?」
もごもごと答えたところをみると、たぶん歯磨き中なんだろう。
「今日、夕飯は?」
「んー……」
「こっちで食べるなら、うち来ない? 久しぶりに」
「んー……」
「まぁ、どっちでもいいけどさ。じゃ、どっちにするか決めたらメールして」
「……わぁった」
洗面所から出てきた亜弥ちゃんは、もうバッチリ決まっていた。
てか、遠足行くだけなのに、なんでそこまでバッチリ決めちゃうのかが美貴にはわからないんだけど。
- 653 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:28
-
「んじゃ、あたしそろそろ行く」
「あ、亜弥ちゃん」
カバンを持って玄関へと歩いていく亜弥ちゃんの背を追って、美貴は声をかけた。
「これ」
手にしてたものを差し出す。
振り返って美貴を見ていた亜弥ちゃんは、きょとんとして目をぱちくりさせていた。
「これ……」
「え、お弁当だけど。いらなかった?」
「や……えっと」
亜弥ちゃんはカバンを下ろして、両手でそれを受け取った。
でも、表情から驚きは消えてない。
「あ、もしかして、中で食べてもいいとかってことになってる?
美貴たちのときはダメだったからさ」
「あ、えっと……そういうわけじゃないんだけど」
「うん?」
「お弁当はね、いるんだけど。コンビニでおにぎりでも買おうかなって……」
「あ、そう、じゃよかった。ムダにならずにすんだね」
笑って見せても、亜弥ちゃんの表情は変わらない。
待て。何をそんなに驚いてるって?
そんなことを考えていたら、不意に亜弥ちゃんが片手で目をこすり始めた。
え、え、ええ?
- 654 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:28
-
「亜弥ちゃん?」
「あ……ごめん、ごめんね。なんか、ちょっと、その……うれしくって」
「そ、そんな、泣かなくても……」
「う、ん……ごめん」
ああもう。
なんでこの子はこんなにかわいいんだろう。
美貴は思わず亜弥ちゃんを抱きしめていた。
そんな些細なことで泣くほど喜んでくれるなんて。
そうだ、亜弥ちゃんはそういう子だった。
美貴と一緒にいるだけでうれしいんだって言ってくれる子だったのに。
そんな亜弥ちゃんに美貴が今までいったい何をしてきたのかって、
ほんの少しだけ胸が痛んだ。
「みき、たん」
「ん、泣かなくてもいいよ。そんなにうれしいなら、また作ってあげるよ。
あ、でも、味の保証はしないからね」
苦笑いしながら言うと、亜弥ちゃんの笑い声が聞こえた。
- 655 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:29
- 穏やかな時間。
穏やかな空間。
あんなにも遠回りをして、人をたくさん傷つけて手に入れたものは、
きっと人から見たら本当に些細なもの。
こんなカンタンなことを手に入れるために、どうしてこんなにぐだぐだしたんだって
普通なら、きっと責められるんだろう。
もしかしたら、よしこあたりは心の中で責めてるかもしれない。
美貴が逆の立場にいたら、きっとそうしてたんじゃないかと思うし。
だけど、美貴にとってはあれは必要なことだったんだ。
あのときの美貴にとって、亜弥ちゃんと一緒にいるためには、越えていかなきゃならないことで、
向かい合わなきゃならないことで、ぶつかって壊れてぐだぐだしなきゃいけなかったことだったんだ。
そうしなきゃきっと、美貴は今ここにはいられなかった。
もし今ぐだぐだしなかったとしても、遅かれ早かれそうなっていた。
そしたら、今みたいに亜弥ちゃんと向き合うことなんてできなかったかもしれない。
本当に、亜弥ちゃんを失くしていたかもしれないんだ。
「じゃ、ホントに行くね」
「うん、気をつけて」
カバンの中にお弁当を詰め込んで亜弥ちゃんはドアを開けた。
- 656 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:30
- 迷惑をかけた人たちには、ホントに申し訳ないと思う。
こんな美貴を見捨てずに励まして背中を押してくれて、感謝しても感謝しきれない。
これから先、会うことがあるのかわからない人もいるけど、
みんな、美貴にとっては大切で忘れられない人だ。
みんながいたから、美貴はここにいられるし、亜弥ちゃんと一緒にいられるんだ。
今はまだ、仮免許ってとこだけど。
いつか、ちゃんと合格したときには。
亜弥ちゃんの隣にずっと並んでいられるように。
あの笑顔を、あの泣き顔を、いつまでも見つめていけるように。
亜弥ちゃんに誓った言葉がウソにならないように。
美貴にできることは、ただひとつ。
忘れない。
すべてを。
何ひとつ。
そうして、亜弥ちゃんと幸せになること。
それが、美貴にできるたったひとつのことだ。
- 657 名前:勿忘草 投稿日:2004/10/03(日) 16:31
- ふっと視線をとばすと、出て行った亜弥ちゃんが一度こっちを振り返って、
大きく手を振っていた。
「行ってきま〜す!」
だから美貴は、亜弥ちゃんにわかるように手を振った。
「行ってらっしゃい!」
いつだって、美貴の見る景色の中には亜弥ちゃんがいる。
それは当たり前のことだけど、何もしなければいつか消えてしまうかもしれないもの。
思い出の中だけでの出来事になってしまわないように。
美貴の見る景色の中に、いつだって本物の亜弥ちゃんがいるように。
時々過去を振り返りながら、大切なことを二度と忘れないように。
歩いていこう。
END
- 658 名前:藤 投稿日:2004/10/03(日) 16:36
- ラスト、更新しました。
『勿忘草』はこれにて完結でございます。
今まで読んでくださった方、レスをくださった方、
そしてヘタレ主人公を見捨てずにいてくださった方w
本当にありがとうございました。
- 659 名前:藤 投稿日:2004/10/03(日) 16:40
- レス、ありがとうございます。
>>640 ショッパイ黒猫さん
魅力的と言っていただけるところまで成長してくれてよかったですw
彼女たちの強さと弱さ、見守っていただけてうれしいです。
ありがとうございました。
>>641
お待たせいたしました。
最後まで楽しんでいただけていれば幸いです。
>>642
ありがとうございます。
ご期待に背いていないことを祈りますw
>>643
こんなラストになりました。
厳粛に受け止める……というほどのものではない、かもですが、
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。
- 660 名前:藤 投稿日:2004/10/03(日) 16:44
-
番外編というかサイドストーリーというか、
サブストーリーというか、
あの辺の2人とか、その辺の2人とかの話を書けたらと思考中です。
容量的に別板に移ることもあるかと思いますが、
そのときにはここでお知らせさせていただきますので、
興味を持っていただけたらうれしいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
- 661 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/03(日) 20:55
- 初レスです。まずは作者さんお疲れ様でした。
遠回りのように見えても本人たちには必要なことってあるんですよね。
上手く言葉にできませんがいいお話をありがとうです。
サイドストーリーも期待しております。
- 662 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/03(日) 22:32
- 完結お疲れ様です。
ああ〜もう、最高っ!!!
サイドストーリー楽しみしてます。
- 663 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/05(火) 00:16
- お疲れ様でした。
まだまだ危なっかしげなのが苦笑してしまう、そんな味わいのあるラストでした。
それにしてもここの藤本にはやきもきさせられて引っ張られましたね。幸せになれたのが
奇跡のよう。周りの連中のおかげですな。魅力的な連中でした。
そんな周りのあの人とかあの人のお話が読めるとは嬉しい限りです。
予習がてらまた最初から読み返してみます。
ともかく今は、完結お疲れ様でした。
- 664 名前:ショッパイ黒猫 投稿日:2004/10/05(火) 07:43
- 完結お疲れさまでした。
なんだか酷く安心しました。驚く事ばっかりで不安定だったからw
でもそこは個々のキャラが人間として生きているからこそなんですね。
ありふれてる日常風景は、色がついてこそ、ここまで生きてくるもの
なんですね。勉強になりました。サイドストーリーもお待ちしてます。
- 665 名前:名無し読者 投稿日:2004/10/06(水) 21:41
- すっごいおもしろかったです。
終わっちゃうの寂しいです。
サイドストーリー絶対読みたいです。
- 666 名前:藤 投稿日:2004/10/24(日) 21:40
-
レス、ありがとうございます。
>>661
はじめまして。そして読んでいただきましてありがとうございます。
かなりもどかしい感じになりましたが、これも彼女たちには必要だったのかなぁなどと
書いてるくせに勝手に考えておりましたw
>>662
おほめいただきましてありがとうございます。うれしいです。
こちらこそ、最後までお付き合いいただきお疲れ様でした。
>>663
そりゃもう、かなりなヘタレですからw
周りの人には書いてるほうもかなり助けられてたりしましたw
>>664 ショッパイ黒猫さん
驚かせてばっかりですいませんw
そうですね、普通であるはずのことも、その人次第で変わるってことなのかもしれません。
勉強になるなどとんでもないです。
こちらこそ、レスをいただいたりいろいろ勉強になることばかりでした。
>>665
寂しいと言っていただけるとは、うれしい限りです。
楽しみにしていただいていたのですね。ありがとうございます。
- 667 名前:藤 投稿日:2004/10/24(日) 21:57
-
みなさま、サイドストーリーを期待してくださってありがとうございます。
容量を考えて、新スレ立てさせていただきました。
紫板『勿忘草2』になります。
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/purple/1098622058/
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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