ノーヒットノーラン
- 1 名前:arkanoid 投稿日:2004/02/03(火) 08:35
- 調子にのって短編スレ建てちゃいます。
長編は狙いすぎて見事に空振り中なので、こっちはバット短く持って当てにいきます。
ちなみに青くさい話しか書けませんのでご容赦下さい。
では、どーぞ。
- 2 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:38
-
ノーヒットノーラン
- 3 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:42
- それは奇跡といってよいのかもしれない。
『3―C 1−0 1―A』
七回――すなわち最終回――裏二死走者無し。
一点差とはいえ、その差はとてもとても分厚い壁に阻まれている。
あたしたちのチームは3−Cの誇る、この夏までソフトボール部のエースだった後藤さんの完璧な投球の前に一人のランナーすら出すことが出来ずにいた。
打席に向かう愛ちゃんの背中を、あたしはネクストバッターズサークルでバットをぶんぶん振り回しながら見送る。
愛ちゃんはソフトボール未経験ながら、その柔らかい体を駆使したバネのあるピッチングと合唱部持ち前の伸びのある声で守備の指示を出し、
決勝まで常に2桁得点をしてきた3−Cの強力打線をかろうじて1失点に抑えていた。
しかし、そのせいか打席に立つ顔には疲労の色が隠せず、スイングにもまるで力が無い。
ぽんぽんとあっという間に2ストライクまで追い込まれる。
誰もが次の一球でゲームセットだと思っていた。
- 4 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:45
- それでもあたしは黙々とバットを振り続ける。
即席のサークルは石灰が所々薄れ、今日一日の熱戦の歴史を物語っていた。
必ず打順は回ってくる、なんて信じていたわけではない。
でもこのままで終わるわけにはいかないんだ。
今のあたしに出来るのはこれだけなんだ。
後藤さんが両手を胸の辺りに持っていき投球モーションに入った。
ゆらっと体重が滑らかに前に移動し、右手が綺麗な円を描く。
99%こないであろう次の打席のために、タイミングを合わせて思いっきりバットを振った。
でたらめなスイングに、勢い余って振り回された顔が思わず上向く。
鮮やかな青に少しだけオレンジの混じりはじめた空が目に飛び込んだ。
ボールの行方を追うことはしなかった。
ただ、藤本さんが云っていた「スイングするときは顔を残すように」というアドバイスだけを思い出していた。
これは悪いスイングだな、とそれだけ思った。
少し遅れて、ワァーっという歓声がグラウンドにこだました。
- 5 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:48
-
終わった。
あたしはバットを足元に置いて失意に包まれているであろう三塁側ベンチに向かって力無く歩き出す。
みんな、協力してくれてありがとう。
まさか決勝まできて、本当に後藤さんと対戦できるとは思わなかったよ。
でもその壁は厚かった。
あたしにはやっぱり無理だったんだ。
…?
なんかベンチのみんなが騒がしい。
大学の講義をさぼってまで試合を観にきた藤本さんが、まるでシッシッと犬か猫を追い払うかのように、あたしにあっちに行けと騒いでいる。
確かに情けなかったかもしれないけど、そんなに責めなくてもいいぢゃないか。
「――――――…ぉー…ちゃん!まーこっちゃん!こっちじゃないってば!」
「へ?」
「まだ終わってないってば、ほら!」
- 6 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:51
- 藤本さんが力強くビッと指差した一塁側。
多分ヘッドスライディングをしたのだろう、愛ちゃんの学校指定のシンプルな白いTシャツは胸と腕の辺りが土色に汚れていた。
ハーフパンツで剥き出しの膝を擦りむいて痛そうな仕草をしている。
「ふぇ?な、なんで?ど、どしたの?」
「もーなんで見てないのさ!?ふ・り・に・げ!キャッチャーがボール後ろに逸らしたの!」
こっちの視線に気づいた一塁ベース上の愛ちゃんが、ぐっと顔に皺を寄せて笑いながらビッとピースサインをしてみせた。
野球は筋書きのないドラマだなんて言ったのは誰だろう。
とにかく今はその言葉を作った人の気持ちがよーく分かる。
でもってあたしにも言わせてほしい。
ソフトボールも筋書きのないドラマだ!
あたしの物語はここからはじまる………のかなぁ?
- 7 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:53
- 愛ちゃんがファーストコーチャーの里沙ちゃんに耳元で何か囁いている。
ヘルメットを受け取った里沙ちゃんはにやにやしながらこちらに近づいてきた。
「愛ちゃんからの伝言」
少しだけ土で汚れたヘルメットをあたしの頭に被せながら、口を耳元に近づけた。
「『打てなかったら、私と付き合え』だって」
「…は!?」
慌てて一塁側に視線を送る。
愛ちゃんが意地悪そうに微笑んでた。
「ど、ど、どーゆーこと!?」
「さぁーてねぇー…どぉーゆーことでしょーかねぇー…私にはさぁっぱり」
里沙ちゃんはとぼけたようなねちねちとした口調でいいながら、コーチャーの位置に戻っていく。
- 8 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:54
- 「バッター、早く!」
審判として狩りだされているソフトボール部の顧問が早く打席に入るようにとあたしを促す。
ちょっ、ちょっと待って。
愛ちゃんの伝言も意味不明だし、それに一度終わったもんだと思ったから心の準備が…。
スーハースーハー。
深呼吸してもさっぱり落ち着かない。
バットを手にしている左腕の辺りが無性に痒くなってきた。
人って字を書いて、飲む、書いて、飲む、書いて…
駄目だ…こんなもんで緊張が収まってたら世の中から緊張という言葉は消えるだろう。
- 9 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:57
- 「まこっちゃーん!」
ベンチからの藤本さんの声に振り返る。
選手でもないのに偉そうにどっかりとベンチで踏ん反り返っていた。
「緊張してるぅ?」
「は、はい…もうどうしようも無いくらい!」
「よーし、じゃ、とっておきの解消法を教えてせんじよう!」
「え、そんなの、あるんですか!?」
「うむ、まずは左手一本で体に垂直にバットを握る!」
左手で体に垂直にバットを握って…
「そのまま左手を真上に掲げて、時計回りに330℃回転!」
左手を真上に掲げて、330℃回転…
「よし、そしたら右手を腰に当てて、5秒間静止!」
- 10 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 08:59
- 右手を腰に…と。
1,2,3,4……
5を数えようとした瞬間、試合会場がドカンと沸いた。
拍手喝采、大爆笑。
ふぇ?
ど、どしたの?
「いいぞー!予告ホームラン!」
観客のその声で、やっと自分がどんなポーズをしているかに気づいた。
「ちょ、ちょっと今の無し!無しですよ!」
両手をぶんぶんと振って、必死でさっきのポーズを取り消そうとしたけど、無意味なこと。
振り返ったら、藤本さんがお腹抱えて、笑い転げてた。
きっとこの会場で、一番笑ってた。
そんな藤本さんをぎっと睨みつけてから、恥かしい気持ちをぐっとこらえてバッターボックスに向かう。
- 11 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:02
- ボックスの狭い四角の中に足を踏み入れて、ふと、ある事に気づいた。
あれ、いない。
さっきまで向こう側のベンチの後ろの方でカメラをパシャパシャと写していたあの子。
いつのまにかそこにはぽっかりと穴の空いたような空間ができている。
まぁ、被写体はあたしじゃなくて、あっちの方なんだろうけど…。
ピッチャーマウンドの後藤さんを嫉妬の入り混じった視線でちらりと見る。
後藤さんは初めて出したランナーに少しも動揺する素振りを見せず、ロージンパックを手に馴染ませている。
その淡々とした雰囲気は正直怖い。
今度は首の辺りが痒くなってきた。
ベンチからは藤本さんを筆頭にホームランの大合唱。
一塁ベースにはにやにやとした笑みを浮かべている愛ちゃんと里沙ちゃん。
マウンドには手持ちぶさたにボールをこねている後藤さん。
ベンチ裏から消えたあの子。
そして腕が痒いあたし。
何でこんなことになったんだっけ――――――――――――
- 12 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:09
- ―――――――――
―――――――
―――――
――――
――
―
「後藤さんってさ、やっぱり、格好良いよねぇー」
「う、うん…」
所属する水泳部がプールの水の入れ替えだなんだで休みになったあたしは、彼女と久し振りに下校を共にしていた。
「もうさ、最初の投げる構えが格好良いの!両手を胸に、こう、当てて!その姿は神に祈る清教徒!」
「は、はぁ…」
普段は大人しい彼女がこんなにもはじけて喋るのは、後藤さんの事を話しているからだ。
あと、それを話している相手があたしだから…ってのはうぬぼれだろうか。
- 13 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:14
- 「そして腕を風車のように回して…そう、あのソフトボールの投球フォーム、ウインドミルっていうんだけど、それってまさしく風車って意味なんです!」
「へ、へぇー、そうなんだ…」
報道部の彼女は春の大会でソフトボール部の取材を行ってから、もうずっとこんな調子。
彼女一人で発行している『おじゃまるペーパー』はすでにソフト部もとい後藤さんの追っかけ日記と成り果てている。
「唸る豪速球!それは空気を切り裂く弾丸!空を翔ける一筋の稲光!」
「…それはルパン三世」
あたしのツッコミなんか少しも聞く耳もたず、彼女は話―――いや、後藤さんがいかに格好良いかという演説を延々と続けた。
- 14 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:21
- 15分程の演説を経て、道はあたしと彼女が分かれる十字路に差し掛かろうとしていた。
「あー来週は球技大会かぁ。久々に後藤さんの投げる姿が見れるなぁ、格好良いんだろうなぁ」
球技大会とはいいつつも、種目はソフトボールだけ。
なら初めからソフトボール大会にすりゃあいいのに、とは思いつつもなかなか変えれないのが伝統ってやつらしい。
ちなみにあたしも一応出る予定なんだけど…。
「もし優勝したらいっちゃおうかなー」
「いっちゃう!?」
もう既に半分流し気味に、口も半開きで聞いていた彼女の言動。
しかし意外な言葉に思わず脳内のコンピューターのボタンをひとつ弾き飛ばしながら声を上げてしまった。
- 15 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:23
- 「い、い、いっちゃうって、な、な、なにをさ?」
「えーと、ふたりっきりでぇ…」
「ふたりっきりぃ!?」
今度はモニター画面にぴきぴきとヒビが入る。
「突撃…」
「とつげきぃ!?」
CPUがボンと音を立てて壊れる。
とうとう完全に思考停止。
かろうじて残された計算機能で、与えられたキーワードを総合すると…
いっちゃう+二人っきり+突撃=………ま、まずい、それはまずいそぉ!
気がついたらあたしの口が脊髄反射で勝手に動いてた。
- 16 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:24
- 「さ、させない…!」
「へ…? 何、まこっちゃん?」
「そんなことさせない!絶対させない!あ、あたしが優勝する!」
彼女は呆気にとられた様子で口をぽかんと開けている。
「あ、あのー、まこっちゃん?」
「あたしのクラスが優勝する!それで…」
「それで…?」
「ゆ、優勝したら…」
「優勝したら…?」
「あ、あたしが告白する!」
「え、まこっちゃん、後藤さんのこと好きだったの!?」
へ?
違う、違う、なんか間違って受け取られてしまった。
「違くて!あたしは、あさ美ちゃんに!」
「え、私?」
- 17 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:27
- ―――しまった、これじゃ告白したも同然じゃないか、バカバカバカ!
恥かしくて火炎放射しそうなほど顔が熱くなる。
しかし当の本人はきょとんとした顔をして大きな目でこちらを見つめたまま。
「私が…どうかしたの?」
良かった…報道部とかに入ってるくせに洞察力はゼロに等しいくらい鈍い。
「と、とにかく!来週の球技大会はあたしが優勝するんだから!」
そう捨て台詞を残して、あたしはダッシュでその場を走り去った。
とにかく後藤さんに告白させてはならない。
沈み行く夕日に優勝を強く誓った――――
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――
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――――――
――――――――
- 18 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:28
- ――のはいいんだけどさ、正直、人間には出来ることと出来ないことがあるということを痛いほど思い知らされた。
おんなじ人間なんだからひょっとしたらなんとかなるんじゃないかと思っていたけど、ここまで完璧な投球をされるとは。
流石、引退したとはいえ、我が高校の誇るパーフェクトエース・後藤真希、よっ日本一!
…なんておだててみたってマウンドの後藤さんには伝わるはずもなく、そのしなやかな腕が容赦なく振りかぶられる。
バッターボックスから見える風景は独特だ。
打席に入るとある種、トリップしたような感覚に陥る。
フィールドがどこまでも続くように延々と広がり、空はあたしを呑み込みそうなほど低く感じる。
そしてピッチャーマウンドがやたらと近く見えるんだ。
ソフトボールは野球に比べてもともとマウンドの位置が近いんだけども、それでも横から見てるよりは2m位は近く見える。
後藤さんの威圧感がそうさせるのか、それともあたしの臆病な心がそうさせるのか。
- 19 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:30
- 周りの空気を止めてしまうかのごとく間をおくと、途端にギャラリーがしんと静まり返る。
そこからは一瞬のことだった。
綺麗な円の軌跡を右手が描く。
動作に一切の無駄がなく、気がついた時にはボールはキャッチャーミットの中に納まっていた。
「ストライーク!」
再び湧きあがる歓声。
手が出なかった。
その鮮やかなフォームに思わず魅入ってしまった。
「バカーっ、振んなきゃ当たんないよ!」
ベンチで藤本さんは勝手なことを言っている。
そんなこと言ったってこれは無理だ。
振っても当たる気がまったくしない。
とうとう我慢しきれなくなって首の辺りをぼりぼりと爪で引っ掻きはじめる。
一応、この一週間必死に練習してきたんだけどなぁ…
- 20 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:31
- ―――――――――――
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勢い任せの優勝宣言の翌日、事情をクラスメイトに話したところ、なんだかよく分からないけど異様な盛り上がりをみせた。
「ひゅー、やるねぇ、まこっちゃん!」
「…君のためにホームランを打つよ…キャー、かっこいい!」
特に一番張り切っていたのが親友の愛ちゃんだった。
「よし、じゃあ、そうと決まれば、麻琴のために特訓やー!」
そう言った愛ちゃんを先頭に雪崩のように教室を飛び出していくクラスメイトの面々。
…みんな、ありがとう、持つべきものは友達だねぇ。
その日から、誰よりも朝早く学校に来て朝練をし、お昼ご飯もそこそこに昼練をし、日が沈むまで放課後の練習に取り組んだ。
合唱部の割に一番運動神経のいい愛ちゃんはなかなかのスピードボールを投げれるようになったし、里沙ちゃんのグラブさばきもかなり上達した。
- 21 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:32
- あたしはというと…その3回の練習に加えて、家に帰ってから秘密特訓を行っていた。
指導者は藤本美貴。
お隣に住む藤本さんは今は大学生だが、実は我が校のソフト部OG。
ちょうど後藤さんの一個上の代にあたる。
これこれこーゆーことなんです、と、事の経緯を話すとコーチになることを快諾してくれた。
「実はさ、美貴、去年の球技大会でごっちんのクラスに負けてるんだよね…」
そう言ってにやりと笑みを浮かべる藤本さん。
あたしを復讐の道具に使うのは止めてほしいんですけど、まぁ利害関係一致ということで、『打倒、後藤真希』を合言葉に特訓をはじめた。
素振り、キャッチボールからはじまり、特打、守備練習、果てには日本刀フルスイングとか地獄ノックとかわけの分からない練習までやらされてた。
とにかく藤本さんの秘密特訓に耐えぬいたあたしは、いまや完璧なソフトボールマシーンに変貌を遂げた―――
- 22 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:33
- ―
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―――――
―――――――
はずだったんだけど、一週間そこらの練習でそんな簡単にソフトボールを極められることもないわけで。
真面目に何年間もコツコツと努力してきた人にかなうはずもないわけで。
そもそも今日あたしは今だ一本のヒットも打ってないわけで。
こういうのノーヒットノーランっていうんだっけ。
あ、それはピッチャーに使う言葉か。
一塁側から愛ちゃんが不安そうにこちらを見つめている。
里沙ちゃんも眉間に眉毛…もとい皺を寄せてこちらを見つめている。
ごめん、せっかく頑張ってくれたのに。
期待には応えられそうもないよ。
- 23 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:35
- 腕の痒みを我慢してバットを構えなおすと、後藤さんはさっきのリプレイをするかのように、同じタイミング、同じ動作でボールを弾き出した。
ぶん。
力を込めたスイングが思い切り空を切る。
勢い余って尻餅をついてしまった。
立つ気力も起きずバッターボックスにへたれこむ。
「ストライーク、ツー!」
そう叫ぶ審判の声が虚しく耳を通り過ぎていく。
「バカー、ただ振ったって当たんないでしょー!」
藤本さんの罵声はすでに耳に入っていない。
「あと一球!あと一球!」
向こうのベンチからのコールがあたしを追い詰める。
どこ行ったんだよぉ。
写真撮んなくていいのかよぉ。
それが後藤さんの写真でも構わないから、あたしの見える所にいてくれよぉ。
ベンチ裏、ネット裏、きょろきょろ見回しても、あさ美ちゃんの姿はない。
バットを構えなおしても、気になるのはあさ美ちゃんのこと。
- 24 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:37
- 試合を終わらせる一球を、今まさに投げんと、後藤さんがすっと腕を振りかぶった。
その腕の隙間の向こう。
ずっとずっと向こう。
「あっ!」
思わず声をあげた。
外野のギャラリーの一団の中に彼女の姿がちらっと見えた気がしたから。
ズバン。
…え?
キャッチャーのミットに納まるボール。
…しまった、あさ美ちゃんのことに気を取られすぎてバット振るの忘れてた。
歓喜に沸くフィールドの3−Cナインと一塁側ベンチを唖然と見つめる。
まさかこんな終わり方…?
「ボール!ボール、ボール、ボール!」
際どい判定を押し通すかのように審判は何度も叫んだ。
後藤さんは初めて、えっ、というように表情を歪めたが、すぐに元のポーカーフェイスに戻る。
- 25 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:38
- 助かった…。
ホッとして息を一つつく。
「よく見たぞー!」
藤本さんはトンチンカンなこと言ってるけど、まぁそういうことにしておこう。
それより!
あたしは顔をぐんと勢いよく上げる。
見間違いじゃなければ、ちょうどセンターの後ろのギャラリーの辺りに…。
見つけた。
外野のギャラリーに紛れてデジカメのレンズをこちらに向けている。
なんでまたあんなところに移動したのか。
そのレンズが写しているのは後藤さん?
それとも…。
しばらくあさ美ちゃんの姿をじっと見つめていた。
ゆっくりとカメラを下ろしたあさ美ちゃんの視線がこちらを向く。
その視線の先は―――――――
- 26 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:40
-
世界から音が消えた。
ベンチのみんな、ギャラリーの観客、風に揺れる木々。
まるでボリュームをゼロにしたTVのようだ。
その世界であさ美ちゃんの静かな呼吸音だけがあたしの耳に触れる。
色が消えた。
グラウンドの茶色、空の青色、太陽のオレンジ色。
まるでモノクロームの写真のようだ。
その世界であさ美ちゃんだけが鮮やかに色づいてみえる。
バッターボックスのあたしと外野のギャラリーの彼女。
点と点を結ぶ美しく、そして確かな線。
この世界にいるのはあさ美ちゃんとあたしだけのように感じた。
そして――
- 27 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:42
-
『マ・コッ・チャ・ン・ガ・ン・バ・レ』
- 28 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:43
- 口元が確かにそう動いたんだ。
それは確かにあたしに向けられた言葉だったんだ。
さっきまであんなにグラウンドが広く見えていたのに、あさ美ちゃんをすごく近くに感じた。
体の痒みがすぅーっと消えて、かわりに暖かく、強いモノが体の奥から湧き出るように全体に広がっていく。
あさ美ちゃんが照れ隠しをするようにまたカメラを覗き込むと、世界はたった今動き出したかのように再び色と音を取り戻した。
- 29 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:45
- 傾いた夕日のオレンジがスポットライトのように眩しくささり、あたしはそれを遮るようにヘルメットを深く被りなおす。
バッターボックスの土を二回、ざっざっと蹴ってから強く踏みしめる。
バットを強く、けれど力まないように、祈りをこめて握った。
グラウンドがやけに静かに感じた。
張り詰めた緊張感に何かが終わっていく切なさが少しだけ入り混じっている。
ぐるりと見渡して、初めて正常にグラウンドの大きさを感じることができた。
なんだ、そんなに広くないじゃん。
マウンドにぴたりと視線を止める。
今日初めて後藤さんの目をしっかりと見据えた。
後藤さんも淀みのない瞳で真っ直ぐ見つめ返してくる。
もう怖いとは思わなかった。
あたしの口元がにやりと曲がった。
- 30 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:46
- 後藤さんがこの打席で4度目の投球に入った。
今までとまるっきり同じフォーム。
鮮やかな円の軌道から放たれたボールはうなりを上げてあたしに迫ってくる。
コースをつくボールではなく、ど真ん中ストレート。
きっとさっきの判定が気に食わなかったのだろう。
やっぱり後藤さんも人間だった。
- 31 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:48
-
ボールが近づいてくるのがはっきりと見える。
―――――あさ美ちゃん。
ボールが近づいてくる。
―――――あさ美ちゃん。
近づいてくる。
―――――あさ美ちゃん。
近づいて―――――そしてあたしはバットを思い切り振った。
- 32 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:55
- NO HIT?
- 33 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 09:56
- NO RUN?
- 34 名前:ノーヒットノーラン 投稿日:2004/02/03(火) 10:02
- nagashi………ma
- 35 名前:arkanoid 投稿日:2004/02/03(火) 10:07
- メール欄は特に気にせずに。
分かる方は、にやりとほくそ笑んでください。
こっから別視点コンボをとんとんとんと叩き込んでいきたいと思います。
目指せ、短編安打製造機。
では、また次回。
- 36 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/02/05(木) 21:09
- シンプルなストーリーで言葉がキレイなのは大好きです。爽やかでとても(・∀・)イイ!
- 37 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 02:56
- ファインダー越しのまこっちゃんは明らかに脅えていた。
それもいさ仕方ない。
マウンドにはソフトボール部の元エース。
加えてネクストバッターズサークルの彼女は本日ノーヒット。
あれ?
なんで、私、まこっちゃんの打撃成績知ってるんだろ。
よく考えると今日のまこっちゃんの打席、知らないうちに全部見てた気がするなぁ。
…ま、友達、だからだよね。
友達として当然の事だね、うんうん。
- 38 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 02:57
- 脅えている、というより本人ももう訳が分からなくなっているのかもしれない。
ホームラン予告なんかしたりして、すぐに慌てて取り消したり。
…何やってんだか。
呆れてため息をつく。
それとは対照的なマウンドの後藤さん。
捕手のミスで完全試合を逃がしたことなんか全然気にしてないみたい。
それにまだノーヒットノーランがかかってるってのに、まるで機械のような落ち着きぶり。
あのクールさがたまらないんですよね。
まこっちゃんがバッターボックスに入って、私はカメラの焦点を戻す。
打席に立ったまこっちゃんはまったく生気のない目をして、どこか遠くをぼーっと見つめていた。
- 39 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 02:59
-
うぉーにんぐ、うぉーにんぐ!
小川麻琴やる気なし警報Lv.1「遠い目」
彼女がこの目をし始めたらちょこっとやる気がなくなっています。
私、どーしてこんなとこにいるんだろーなぁー、なんて事を思って、目の前の現実から約45℃ほど目を背けています。
愛ちゃんに勧められてすっかり洗脳されてしまった、宝塚のビデオをみせてやる気を出させてあげましょう。
- 40 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:01
- …それにしても、どうしてこんなところで試合を見なきゃいけないんだろ。
今は一塁ベース上で戦況を見つめる愛ちゃんに、ここに連れられてきたのは前の回の裏、1−C攻撃時。
―――――
――――
――
「あさ美ちゃん」
「…ん、愛ちゃん? 試合見てなくていいの?」
「ちょっと署までご同行願えますか?」
「…え?………あぁーれぇーーー!!」
……………………
ずるずると引っ張られるようにして連れてこられたのはセンターのフェンス――といっても柵で仕切っただけなんだけど――のすぐ真後ろ。
あぁ…さっきまであんなに近かった後藤さんが今は遥か彼方…。
「どうしてこんな場所で見なきゃいけないんだよぉ」
私のぼやきを愛ちゃんはにやりとした笑みで返す。
「すっごい打球、飛んでくるから」
- 41 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:02
- ―
――
――――
打球が飛んでこようにももう最終回、しかも2アウト。
後藤さんがあと何球かぽんぽーんと投げればもう終わり。
まして私がいるのはセンターフェンスを超えたところ。
ここにボールが飛んでくる、すなわちホームラン。
そんなことは絶対ありえない。
春からずっと追いかけてるけど、後藤さんがホームラン打たれたのなんて見たこと無い。
まこっちゃんには悪いけど可能性は…ゼロ。
- 42 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:02
- だけども、まこっちゃん、やたら張り切ってたなぁ。
朝から晩まで必死で練習してたし。
球技大会の前は部活が無いから一緒に帰ろうと思ってたのに、そのせいで誘えなかった。
…そんなに優勝して後藤さんに告白したいんだね。
まこっちゃんが後藤さんの事好きだなんて初めて知ったよ。
『二人っきり』で『突撃』インタビューに『いっちゃう』って言っただけで大慌てだったもん。
優勝しちゃったら告白しちゃうのか。
- 43 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:03
-
…。
あれ…どうして胸が痛むんだろう。
後藤さんを取られちゃうから?
ううん、それは違う。
だって後藤さんは天上人、雲の上の存在。
憧れの対象ではあるけど、好き、とはちょっと違うと思う。
じゃあ、どうして…?
…ホームランボールなんか飛んでこなければいい。
そんな考えが自然に浮かんできて驚いた。
そんな心配しなくてもその可能性はほとんど無いというのに。
- 44 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:05
-
パァン!
小気味良い音がグラウンドに響いた。
多分まこっちゃんは何が起こったのか分からなかったのだろう。
ボールの収まったミットを見つめたまま呆然としている。
やがてバットを持っていた右手が首元へそろそろと近づいていき、そのままぽりぽりと引っ掻きはじめた。
何だろう、コレ。
首元を引っ掻いているまこっちゃんをみてたら、私の胸になんともいえない感情がじわっと滲んだ。
この感情、何だろう。
分からないけど、体温が1度くらい急に上がったみたい。
体がかぁっと熱くなった。
- 45 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:07
-
くぉーしょん、くぉーしょん!
小川麻琴やる気なしLv.2「体掻き」
彼女が体を掻きはじめたら大分やる気がなくなっています。
事態が煮詰まってテンパりはじめるとこの状態に陥ります。
本人はなんとかしなきゃと思っているかもしれませんが、実際はのところは体を掻いているだけなので解決策なんて生まれるはずもありません。
目の前の現実から90℃ほど目を逸らしています。
かぼちゃの煮物などを与えてやる気を出してあげましょう。
- 46 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:08
- デジカメの画像は秋の夕暮れに染まるグラウンドを写し出す。
全体の風景の写真も少し撮っておいたほうがいいかもしれない。
ここからマウンドを写すにはかなりズームを使わないといけないから、画質の面を考慮してそれは諦めた。
それにもう十分後藤さんの画像は撮ったし。
一応まこっちゃんのもある。
一応ね、一応。
ジャーナリストとして全ての可能性を否定するわけにはいかないし。
…なんかさっきと言ってることが違うなぁ。
ま、いいや。
それより記事の見出しを考えよう。
- 47 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:08
-
…告白したらきっとうまくいっちゃうのかな。
自然と浮かんできた考えをふるふると頭を動かして振り落とす。
いやいや、それは置いといて見出し考えよう、見出し。
…まこっちゃん、すごく優しいからなぁ。
…まこっちゃんの事、嫌う人なんていないよね。
……だから、見出し。
- 48 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:09
- でも…まこっちゃんはみんなに優しいけど、私にだけはちょっとだけさらに優しいと思ってたんだけどなぁ。
全部私の一人よがりな思い込みだったのかな。
勝手に思い上がってただけなのかな。
恥ずかしいなぁ。
まこっちゃんと後藤さんが仲良く手を繋いで歩いているところを想像してみる。
…何かやだ。
どっちに嫉妬しているのか分からないけど、何かやだよ。
やっぱりホームランボールなんか飛んでこなきゃいいんだ。
…でも……でも。
- 49 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:10
- ブン、というスイングの音がここまで聞こえてきそうだった。
タイミングがまるで合っていない、てんで的外れの空振りをしてまこっちゃんは地面にへたれこんだ。
口をぽかーんと開いては、どこにも焦点の合わない視線を宙に向けている。
私の体温がさらに上昇する。
熱くなった胸の動悸がドクドクと止まない。
叫びだしたい感情を堪えるように奥歯をぎりっと強く噛み締める。
そして、気づいた。
この感情の名前。
悔しい。
そう、なんか悔しいんだ。
いくら投手が後藤さんとはいえ。
まこっちゃんが打っちゃったら先輩に告白しちゃうとはいえ。
このまま、まこっちゃんの負けるとこなんか見たくないんだ。
- 50 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:11
-
えまーじぇんしー、えまーじぇんしー!
小川麻琴やる気なしLv.Max「口開け」
彼女の口がぽかんと開いたら要注意!
最高にやる気がなくなっています。
本人に口が開いている自覚がないのが一番厄介です。
目の前の現実から180℃を通り越して、3次元のねじれの位置に目を逸らしています。
対処法は…
かなり際どいボールを一球見送ったまこっちゃんがこちらをぽーっと見ている。
私はゆっくりとカメラを下ろして、まこっちゃんの方に視線を向けた――――――――
- 51 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:12
-
――――――まこっちゃん、がんばれ!
- 52 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:13
- ―――ちょっと熱くなった頬をさすりながら再びデジカメの画面を覗き込む。
今となってはこの対処法が効くのかどうか分からない。
だってまこっちゃんは後藤さんが好きなんだから。
…でも、そういえば。
今年の夏の水泳の地区大会の時のこと。
あの時も飛び込み台の上で口をぽかーんと開けて呆けているまこっちゃんに同じ事をして…
その結果は―――――?
- 53 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:14
-
キン、という乾いた音が耳を通り抜けた。
ぼーっとしていた私は打球を見失ってしまい、はっと気付いて慌ててカメラを暮れかけの空に向ける。
デジカメのレンズはなかなか打球を捉えない。
ファールゾーン、ない。
内野上空、ない。
外野上空、ない。
…まさか。
さらにもう一段階カメラの角度を上げる。
白球がものすごい勢いでぐんぐん近づいてくる。
―――――あの夏、まこっちゃんは自己ベストで優勝してる!
- 54 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:15
-
デジカメの画像にボールの白がどんどん広がっていって――――――
ガツン!
多分二度と動かないであろうデジカメと、それを壊した犯人が地面にコロコロと転がる様子を、私は唖然と見つめた。
- 55 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:16
- シャバダバダ♪
- 56 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:17
- イェーエ♪
- 57 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:18
- シャバダバダ♪
- 58 名前:ホームラン 投稿日:2004/02/08(日) 03:30
- 二打席目、こんな感じです。
ポテンヒットくらいに皆様の心に響けばいいなと思います。
>>36 名無し飼育さん
レスありがとうございます、初ヒット。
これからも爽やか路線突っ切ります。
- 59 名前:名無し読者。 投稿日:2004/02/09(月) 23:01
- ホームランキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!
小川&紺野に感情移入してかなり熱く読んでしまいました。
気づいたら目が潤んでました。
いやぁ、小説ってほんといいもんですね。
風板のほうも楽しみにしています。
マイペースで頑張ってくださいね。
- 60 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/11(水) 16:42
- ポテンヒットどころかピッチャー返しをくらったような気分です。
ズキューンと来ました。w
- 61 名前:名無しBOC 投稿日:2004/02/14(土) 00:24
- 「ほんとにすごいぞ、arkanoid」
さすがです。またも全面降伏です。
メル欄の遊び心に、おいおいどうなったんだよ!とワクワクさせられ、こんこんの容態にドキドキさせられ、こんこんの心情に嫉妬しました(真顔で
自分の秘孔を突きっぱなしです。どんどん青い話を書き続けてください。
次のタイトルは何かと色々妄想しながら待たせて頂きます。
- 62 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 07:53
- 「バーカ、何、ど真ん中に投げてんのさ」
校門のアーチをくぐり、道路に出るための階段を降りたところで、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。
ため息混じりに振り返ると、その人はにやにやと笑いながら階段の段差にどっかりと腰を下ろしていた。
「…何でまだいんの」
「あらら、OGをそんな邪険に扱うとバチがあたるよ」
「ハイハイ、じゃあね」
手をひらひらと振ってアスファルトの道をすたすたと歩き出す。
今日は久々に運動して疲れたからとっとと帰って休みたいんだ。
表彰式だ、HRだなんだでこんなに暗くなっちゃったじゃんか。
それにさっきのHRで先生――寺田のヤツが言った言葉が頭にこびりついて離れない。
――今日で遊びも終わりや。
――センターも近いんやからこれからは勉強に集中せーよ。
- 63 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 07:54
- ねばついた関西弁を聞いててなんかすごい苛々した。
なんで私のやることをいちいちアンタに指示されなきゃいけないわけ?
そりゃあ、進路希望は適当に大学進学ってことにしといたけど、正直、大学で何を勉強するんだろう。
今だって勉強なんかさっぱりやってないし、大学行ったところで勉強するようになるとも思えない。
何の目的もないのに大学なんか行く意味あるのかな。
…それに私がこんなに苛々しているのは、きっと昨日の夜のことも関係しているはずだ。
いろいろと考えなくてはならない時期だというのは分かっている。
ほんとは考えることって結構苦手なんだけど、重要な選択を迫られてるのは間違いない。
とにかく、今の私には気まぐれなOGなんかに付き合ってる程、心に余裕はないんだ―――――
――――ごっちん、ほら!」
- 64 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 07:57
- 大声に振り返った私の目に、夕闇の中を猛スピードで迫り来るソフトボールが映った。
咄嗟に反応してバチっと素手で受け止める。
左手にじんと痺れる感触が残った。
「危ないじゃん!」
「いやいや、ごっちんなら大丈夫」
どう大丈夫なのさ、もし捕れなくて道路に飛び出したらやばいじゃん―――言おうとしてやめた。
この人には常識で物事を言っても通用しない。
ミキティは左手にちゃっかりとグローブをはめて、ヘイヘイ、と呑気にボールを要求していた。
「キャッチボールやろうよ、久し振りに!」
- 65 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 07:58
- ―― ごっちん、ヘンなところで子供っぽいからなぁ
―― だって…あれは絶対ストライクだったもん
―― だからってど真ん中はないでしょ、普通
―― だって…打たれると思わなかったし
―― 『だって』ばっかり言ってる辺りがすでに子供っぽい
―― …うっさい
- 66 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:00
- 照明のライトがグラウンドに描く、長い2つの影。
それにしても勝手に灯入れてよかったのかな。
照明点けるときは許可とらなきゃダメなんだけど。
ま、いいや、もし見つかったらミキティのせいにして逃げよう。
初めは山なりのゆるいボールから。
力を抜いた球がグラブにぽすっと収まると、私もそれに習って軽く投げ返す。
一年前には嫌というほど繰り返されたこの動作。
- 67 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:01
- 一年前、私はピッチャーで、彼女はキャッチャーだった。
いわゆるバッテリーってやつ。
今思えばひどいバッテリーだったと思う。
ミキティは考えてるんだか考えてないんだか知らないけど、しばしば無茶苦茶なサインを出してきて、私は私で自分の判断でサインを無視して好き勝手に投げていた。
マウンドでの罵り合い、ベンチでの喧嘩はしょっちゅうだった。
そんな適当なことをやって試合に勝ってきたことのほうが不思議でしょうがない。
けれど―――まだ消えないあの日の景色、抜けないあの笑顔の棘。
あの日から私のソフトボールは変わった。
- 68 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:02
- ―― それよりさ、大学ってよっぽど暇なんだね。こんな平日真昼間からのうのうと休めるんだから
―― 暇な人にとったら暇だろうねぇー
―― …大学って楽しい?
―― 楽しい人にとったら楽しいだろうねぇー
―― …何、それ
―― 自分次第ってこった
―― 答えになってないよ
―― そんなもんだって
―― じゃ、ミキティは楽しいの、大学?
―― あたし? 楽しーよ、……講義以外は
―― そんなこったろうと思った、バーカ
―― バッカでーす
- 69 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:03
- 肩が暖まってきて――というか、私は今日さんざん投げてるわけだけど――徐々にその距離を広めていく。
物理的な距離は遠くなったけれど、感覚は一年前のあの頃に近づいていった。
あの頃、そういえば、練習が終わった後二人でよくキャッチボールしてた。
適当な下らないこと話して笑いながら。
ミキティが引退してから、ずいぶん笑わなくなった自分がいることに気がついた。
笑う余裕がなかった。
もうあんな思いはしたくなかったから。
負けちゃいけなかったから。
- 70 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:05
- ―――
――
―
呆然と突っ立って右中間を転がる打球を見送るミキティ。
その目の前で相手チームの選手がホームベースを踏んだ瞬間、彼女の高校でのソフトは終わりを告げた。
私は容赦なく飛んでくるであろう罵声と暴力に身を備えた。
まして今回は最後だ。
きっと酷い言葉が飛んでくるはずだ。
けど違った。
さっぱりとした顔で一言。
あー、楽しかった!
笑顔がぐさりと心に刺さった。
ようやく何か大切なものが終わってしまったことに気がついた。
負けたら何かを失うのだと思った。
―
――
―――
- 71 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:07
- ―― ごっちん、卒業したらどうすんの?
―― ………
―― やっぱ大学?
―― ……うち、お店やってるの知ってる?
―― ああ、居酒屋、だっけ?
―― ま、そんなもん。 ………昨日、お母さんから店を継いで欲しいって言われた
―― …じゃ、継ぐの?
―― …分かんない
―― 大学、行きたいの?
―― だから分かんないってば!
―― ……ソフトは?
―― ………
- 72 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:08
- 最後の問いに私は答えることが出来なかった。
これが私が苛々していた理由だ。
料理は嫌いじゃないし、お店継ぐのも悪くないなって思う。
それに大学とか行ったって特に勉強したいこともないし。
けど、ソフトは?
続けたいのか、続けたくないのか。
正直、ソフトボールはもう辞めようと思っていた。
去年の負けを反省して、今年は勝敗にこだわるソフトボールで全国大会まで行った。
1回だけ勝って、2回戦であっさりと負けた。
けれど私の心には何の感情も湧かなかった。
勝った嬉しさも負けた悔しさも、何も。
あれ、おかしいな、負けたら何かを失うはずだったのに。
結局、失うものは何もなく、ただ敗退という結果と部活の引退という事実だけが残った。
あ、もうソフトは辞めよう。
あの時はシンプルにそう思えた。
- 73 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:09
- でも。
今、それが少し揺らいでいる。
ま、一応元ソフト部なもんで、クラスのみんなもやけに盛り上がってて断ったら角が立つなぁ、と思って軽い気持ちで引き受けたピッチャーだった。
素人相手の球技大会だから、のらりくらりと遊び程度に投げるつもりだったのに。
あの最後の気の抜けたような顔をしたバッター。
いきなり妙に落ち着き払ったかと思ったら、私の方をみてにやりと笑いやがった。
その顔が――なんで向こう側のベンチに座ってるのか知らないけど――彼女と重なったんだ。
バッターボックスに入って、不敵な笑みを浮かべるのはミキティの癖だった。
それを見てたら、なんかこう久々に力がぐっと入っちゃって、気がついたら本気で投げてた。
ど真ん中なのも狙い通り。
打たれるわけがない。
そう思ってた。
- 74 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:09
- 打球の行方を見送る必要さえなかった。
あの角度、あの勢いで飛べば確実にフェンスは越える。
悔しかった。
全国で負けた時なんかより悔しかった、けど。
あの時のミキティの笑顔の意味が何か少しだけ分かった気がした。
ひょっとしたらさっき私も――笑っていたかもしれない。
- 75 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:11
- 何も言えずに手に持ったボールをじっと見つめる。
薄く汚れたソフトボールも何も言わずに黙って私を見つめ返してるようだった。
私、どうすれば良いと思う?
返事なんてもちろん返ってこない。
目線をちらりと向けて、同じ質問を目で投げかける。
それに気づいてか気づかずにか、ミキティは膝をぐっと折って屈みこんだ。
グラブをバスバスっと二回、拳で強く叩く音が聞こえた。
- 76 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:11
- ―― ほら、あたし、しゃがむから、本気で投げていいよ
―― 今日、もうさんざん投げてるんですけど
―― いいじゃん、減るもんじゃないし、久し振りにアナタの愛を受け取りたいの
―― バーカ
―― いいから、ほら、来なさい
―― …しょーがないなぁー
- 77 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:13
- いかにも仕方がない、といったように呆れたような返事をしたけど、実は私はある下らない考えを実行しようとしていた。
ミキティのすぐ右にバッターボックスを思い描く。
照り付けるのは照明じゃなく、さんさんと輝く太陽だ。
身を包むのはひらひらのスカートじゃなくて、赤と白のストライプのユニフォーム。
これはあの日のやり直しだ。
7回裏、2死満塁。
あの時のミキティの指の動きを思い出す。
そして、空想のサンバイザーの位置を直してから、ゆっくりとモーションに入った。
私の投げる球は―――
ぱぁん!
鋭い直球がグラブに収まる音が響いたけれども、私の目には嘲笑うかのように空を駆けていくボールが映っていた。
…やっぱりダメか。
- 78 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:15
- ―― 相変わらず良い球投げるねー
―― …打たれちゃ意味ない
―― そんなに今日の悔しいの?あんなの100回、いや1000回に1回がたまたま当たっただけだって。
…まぁ、ごっちんが大人気なかったってのもあるけどさ
―― …それもだけど………違くて
―― じゃ、何さ?
―― …去年
―― 去年?
―― あの時…ミキティはドロップのサイン出してたのに
―― …なんだ、まだそんなこと気にしてんの?あんなのいつものことだったじゃん、サイン無視なんて。
美貴も結構適当にサイン出してたし。
―― けど、もしあの時サイン通り投げてたら、県大会なんかで終わらなくて済んで、全国に行って、それで、それで―――――
- 79 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:16
- ――それで、もっとミキティと長くソフトボールができたかもしれない。
そうだ、私はこの人とソフトボールがしたかったんだ。
別に勝ちたいんじゃなかったんだ。
ただそれだけだったんだ。
そのことに今気づいた。
ずっと謝りたかった。
でもあんなにさっぱりした顔で笑うもんだから、文句の一つも言ってこないもんだから、謝るタイミング逃がしちゃったじゃん。
もうあんな思いはしたくないからって勝ち負けにこだわってばっか投げてたら何かつまんなくなっちゃったじゃん。
マウンドで表情を変えることなんてほとんど無くなっちゃった。
前は、怒りながら、時々、笑いながら投げてたのに。
もう一度あんな風にボールを投げれる日が来るかな。
今日の最後の一球みたいなの、また投げれるのかな。
だったらまだ、もう少しだけ、ほんのちょっと――――
- 80 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:18
- ―― いいじゃん、あたしはあたしで勝手にやってたし、ごっちんはごっちんで勝手に投げてた、いつものことだよ。それに……
―― …それに?
―― ごっちんなら絶対ストレート投げると思ってた。あの時も、今日の最後も。
普段は慎重に配給組み立てるくせに、勝負する時はいつもど真ん中ストレートのバカソフトだ。
―― ……バカで悪かったね
―― ……けど、嫌いじゃないよ、……というか
―― …というか?
―― ゴホンゴホン!…そんなことより、今度はあたしが投げるから、ごっちん、しゃがんでよ
―― ちょっと勝手に話変えないでよ……それに、ミキティ、ピッチャーなんかやったことあったっけ?
―― 無いからやってみるんじゃん、行くよー
- 81 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:19
- 「………てい!…あっちゃー、ごめーん!」
ミキティの右手から放られたボールはロケット噴射のように物凄い勢いで飛んでいった。
あさっての方向に、ありえない角度で。
なまじ力があるもんだからその距離はぐんぐんと伸びていく。
ばさばさ、と音を立てて飛び込んだ先が最悪。
校庭の隅に植えられた記念樹、ソフト部別名“ブラックホール”。
ここに吸い込まれて消えたボールは数知れない。
まったく…自分で取りに行けってんだよ。
それにしてもこんな暴投、ミキティにしては珍しい。
人格はどうあれソフトのセンスだけは凄い人なのに。
あの人からソフトボール取ったらただの変人なのに。
- 82 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:20
- “ブラックホール”は照明に照らされて妙に明るい緑の色彩を放っていた。
呑み込んだボールを歓迎しているかのようにざわざわとお喋りしながら。
ここからボールを救い出すには少しコツが要る。
樹の木目をよーく見て…ここだ!
おりゃ!
点を捉えた鋭いローリングソバットに樹が大きくしなり、ばさばさと葉の擦れ合う音と共にボールがこぼれ落ちてきた。
それをひょいと軽く拾い上げると、せっかくここまで来たのだから、と私の心に悪戯心がむくむく芽生えた。
よーし、こっから思いっきり遠投してやろう。
いっ、せー、のっ、せっ!
- 83 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:21
-
……って。
ぽかん。
ありゃ、消えてるよ。
びかびかと光るカクテル光線は誰もいない校庭を真っ白に染めていた。
- 84 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:23
- …ふーん、そういうことね。
行き場を失ったボールを手でこねながら、ゆっくりとバッグの置いてあるベンチまで歩いていく。
バッグについた土をぱんぱんとほろい落としてから、もう一度ミキティがいたところを見やった。
姿は無いけど、彼女の存在感は今もグラウンドに残っていて、その残像は、ヘイヘイ、ってボールを要求していた。
ははっ。
可笑しさがこみ上げて、思わず声に出して笑う。
このボール、大学まで返しにいかなきゃダメじゃん。
- 85 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:24
- 照明を落とすと辺りはすっかり真っ暗で空には綺羅星がいくつも瞬いていた。
ボールを真上に向けてポーンと高く放り投げる。
星になんて届くはずもなく、大気圏にさえも到達しないボールは、重力に引っ張られて再び私の手元に収まった。
帰ったら、埃まみれの参考書でも開いてみよう。
そう思った。
- 86 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:26
- nagashi
- 87 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:28
- ma
- 88 名前:キャッチボール 投稿日:2004/02/15(日) 08:29
- ……kazushige
- 89 名前:arkanoid 投稿日:2004/02/15(日) 08:43
- スレ流しで何かをぶち壊した感がありますw
バッティングセンターの子供専用機くらいのスピードで皆様の心に届けばと。
>>59 名無し読者。さん
水野晴○さんっ!?w
レスありがとうございます、2安打目。
風の方は作者欧州取材中のため(ry
嘘です、やります。
とりあえずこっちの妄想を消化させてください。
>>60 名無しさん
レスありがとうございます、3安打目…って数えていくと去年の赤ヘル打線並に悲しい結果(新井…・゚・(つД`)・゚・。)になりそうなので止めます。
なかなかいい当たりだったようで嬉しいです。
ズキューンw
>>61 名無しBOCさん
釣れたーーーっ!
良い餌(曲)撒いた甲斐ががありました。
多分名無しでも文章で誰だか分かると思うけどw
これからも宜しければお付き合いください。
- 90 名前:arkanoid 投稿日:2004/02/15(日) 08:48
- ↑
スレ流し×
レス流し○
_| ̄|○
こんなミスより、本文の表現の方を手直ししたいけど…。
- 91 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/15(日) 12:16
- あぁもうなんか心臓鷲掴みにされました。
すごい好きだ、この話。
心拍数上がってますよ。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/16(月) 21:11
- ダメです。ニヤけてしまいます。本当にこういう話と出会えるとニヤけてしまう。
嬉しさ反面敵わないなーっていう悔しさもあります。
思惑通りキャッチボールが来て勝手に頷いて、
次の曲は「いっせーのせっ!」と予想していたら、出ちゃった!
次もめっちゃ楽しみ。
- 93 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:47
- デーゲーム
- 94 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:49
- 「愛ちゃーん、お弁当食べよー」
「あ、私、ちょっと用事で早目に部活に出なきゃダメだからさー、ごめんねー」
「えー、愛ちゃんも?里沙ちゃんもなんか用事があるとか言ってたし」
…そんな風に二人揃って誘いに来られたら、「うん、そうだね、食べよー」なんて呑気なこといえるはずがない。
「そっかー、あさ美ちゃん、どーする?」
「…じゃ二人で食べよっか」
頬を赤らめながら、上目遣いにそんなことを云うあさ美ちゃんは悔しいけど可愛いかった。
首にぶら下がっているのは最新機種のデジカメ。
麻琴に買ってもらったのだという。
じゃーねー、なんつって手を振る二人。
振られた手は右手と左手。
お互いそれぞれ残ったほうの手は――ぎゅっと強く結ばれている。
二人はお互い顔を見合わせて何か楽しそうに話しながら、光の差し込む廊下へと消えて行った。
- 95 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:50
- ひらひらと振っていた手を止めて、ばたんと机に突っ伏す。
やる気なく首だけ曲げて窓の外を見遣ると、外はきらきらの光に溢れんばかりだった。
ムダにいい天気。
小春日和ってやつかな。
でも小さな春はすぐに過ぎ去り、やがて冷たい冬がくるだろう。
私の春はとうに過ぎた。
- 96 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:51
- ◇
はあー。
大きく息を吐いて空を見上げる。
ベンチに腰掛けた膝の上には、一応お弁当が広げてあるが口をつける気にはならない。
一人になりたかったのは確かだけど、よりにもよってこんなところに来てしまった。
これならまだ、本当に部活に行って、仲間とお昼ご飯食べたほうがいくらかマシだったかもしれない。
土曜日の良く晴れた秋空にはちぎれ雲が一つ、二つ、浮かんでいた。
「キューピット役なんてやるもんじゃないなー」
目の前に広がるグラウンドに、私の呟きを聞くものは誰もいない。
我が校ご自慢のソフトボール部様は練習試合だかなんだかで今頃、遠く離れた地でボールを追っかけているはずだ。
一応、私、その部の元エースに投げ勝ってるんですけど。
それだけ部費を貰っておいて私に負けるくらいなら、私達の合唱部にだってもう少しお金を回してほしい。
そんなこと言ったって虚しくなるだけか。
タコさんウインナ―を突っついてはみたが、口までは運ばれなかった。
- 97 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:51
- ―――
――
―
ソフトボールは、まるで翼が生えたかのように鮮やかに空を舞った。
一塁ベース上からその軌道を見送る私の心には二つの相反する気持ちが膨れ上がる。
一つは「ほらね!」という誇らしげな気持ち。
やっぱり私の目に狂いはなかったでしょ?
麻琴はやっぱりすごかったでしょ?
やる時はやるんだ。
すごいんだよ、麻琴は。
もう一つは「あーあ」という諦めの気持ち。
…でも、これは私のためじゃないことを知っている。
誰が麻琴にそうさせたかを知っている。
そしてこの後、麻琴がどうするかも―――
いやいや、やっとでこんな半端な気持ちにぶら下がる日々が終わるんだ。
これは私が望んだことなんだ。
ひょっとして今なら泣けるんじゃないかと思ったけど、やっぱり涙は出ない。
たださっき滑り込んだときに擦りむいた膝がじんじんと痛むだけだった。
- 98 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:52
- 頭をぽんぽんと叩く手のひらの感触。
里沙ちゃんの手だということはすぐに分かったけど、私はそれに振り返ることなくゆっくりとダイヤを回りはじめる。
ホームベースの一歩手前まで来て、一瞬立ち止まった。
――もしこのままベースを踏まなかったら。
ちらっとそんな考えが頭をよぎった。
けれどすぐにホームベースを踏んでそのバカらしい考えを消し去る。
何、考えてんだ、私。
無意識ながら五角形の端っこの方を踏んだことが、やけに未練たらしくて思えて恥ずかしくなった。
…ごめん、麻琴。
- 99 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:53
- ホームベースの脇に立ち尽くしていると、後ろから、ドン、という衝撃が走って、その勢いのままがしっと抱きつかれた。
振り返った先には、はじけんばかりに溢れる笑顔。
あまりにも眩しく、正しくて、私は正視することができない。
「やったよ、愛ちゃん!やった、やったー!」
麻琴はそんな私のことなんか少しも気づいてないように無邪気な声をあげた。
「…うん!」
だから私も負けないように無理に作った精一杯の笑顔で応えて、思いっきり抱き返してやった。
ベンチから出てきたみんなにもみくちゃにされる麻琴。
私もそれに混じって麻琴の頭をばしばしと叩いてみる。
…私、うまく笑えてるかな?
- 100 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:54
- ―
――
―――
あの日、里沙ちゃんに頼んだ伝言。
『打てなかったら、私と付き合え』
あながち冗談でもなかった。
あさ美ちゃんがダメだったときはいつでも代打にいく準備はできてた。
でも、結局出番無し。
『恋のベンチウォーマー』なんて言葉が頭に浮かんで、慌ててかき消した。
そんな寒いフレーズ、流行歌にも使われない。
もう今日何度目かもわからないため息を吐いては、空を見上げた。
あの雲のうちの一つは私のため息かもね。
…なんて下らないこと考えてたら、雲は額に、ぽつり、と冷たいお返事。
え?、と思う間もなく、それは頬、制服と次々に零れ落ちてくる。
――天気雨。
- 101 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:55
- ダメな時は何をやってもダメだ。
ついてない時はとことんついてない。
慌ててお弁当をしまって、近場のテラスに駆け込んだ。
水分を含んで変色した制服をハンカチで拭うが、すでに大分染み込んでしまっているようでその行為はあまり意味をなさない。
ぐっしょりと濡れた前髪から雫がぽつりと垂れて、コンクリの床に染みを描いた。
雨脚は強くなる一方で、ざーざーと割れんばかりの音を立てて降りしきる。
――これは私の代わりに泣いてくれているのかもしれない。
――晴れてるふりをして、ほんとうはいつだって泣きたかったんだ。
テラスにしゃがみこみながら、そんなことをぼんやりと思った―――――その時。
- 102 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:55
- ―――――あのー、一緒にお昼食べません?」
突然、背後から発せられた声に、ビクッと肩を揺らしながらおそるおそる振り返った。
声の主はニコニコと目を細めて笑いながら、上目遣いにこちらをじっとみている。
「ダメ…ですか?」
覗いた唇の隙間からはちっちゃな八重歯が恥ずかしげに顔を出していた。
- 103 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:58
- ◇
「うわぁ、懐かしー!」
借りたタオルで髪をごしごし拭きながら教室をぐるりと見渡す。
慌てて滑り込んだテラスは、私が去年まで通っていた中等部の校舎だった。
中等部の校舎は、高等部からグラウンドを挟んでちょうど向かい側にある。
しかも駆け込んだ先は偶然にも3−D―――私とあさ美ちゃんと里沙ちゃん、そして、麻琴がいたクラス。
教室に張られている掲示物が違うから違和感はあるけど、机と机の距離、黒板の色、そして教室の匂いは変わらない。
高ぶる気持ちのまま廊下に勢い良く飛び出す。
変わらない風景、だけれど心なしか突き当りまでの距離が短く感じた。
私も少しは成長したってことかな、なんて一人悦に浸りながら教室に戻った。
- 104 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:58
- 「どうしたんですか?」
「ここさ、私が去年いたクラスなんだ」
「へー、そうなんですか」
「…ごめん、名前なんだっけ?」
「…絵里です。亀井絵里。さっき言ったじゃないですかぁ」
「ごめん、ごめん。亀井ちゃんもここのクラスなの?」
「はい、そうです」
今では私の知らない後輩達がこの教室で学校生活を過ごしている。
そんな当たり前のことですら、今の私にはなんだかとても寂しく感じられた。
思い出をのっとられた、とはちょっと言いすぎだけど、そんな感じ。
相当弱ってるな、私。
- 105 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 20:59
- それにしても静かだ。
決して狭くない教室に二人きり。
廊下にも誰もいないようだったし。
聞こえるは、窓を叩く天気雨の音ばかり。
「じゃー、お弁当食べましょう」
彼女はそんな呑気な声をあげて、てくてくと席へと向かった。
ズズッと椅子をひいてちょこんと彼女が腰掛けた席をみて、私はハッと息を呑む。
「…そこ、亀井ちゃんの席なの?」
「はい、そうですよー」
窓際、四列目。
――そこ、麻琴が座ってた席。
何も知らない彼女は、私が立ち尽くして動かないのを不思議そうに見ていた。
- 106 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:01
- ◇
中等部の頃は、ここの麻琴の席に集まって4人でお昼ご飯食べてた。
そうしよう、って誰かが言い始めたわけじゃないけど、窓際だから集まりやすかったんだと思う。
もともとは私と麻琴、あさ美ちゃんと里沙ちゃんがそれぞれ友達で、それで2年生の時の文化祭の委員だかなんだかで麻琴とあさ美ちゃんが友達になって。
で、3年になってみんな一緒のクラスで万々歳、みたいな。
体育祭とか文化祭とか修学旅行とかいろいろイベントはあったけれど、思い出すのはむしろ何気ない日々のこと。
里沙ちゃんの眉毛を裁縫セットのはさみで整えようとしてマジ切れされたこととか、あさ美ちゃんが持ってきた芋を中庭で焼いて食べたこととか。
何も考えずに楽しんでいたあの頃。
でもそんな日々は長く続かない。
高校に入ったらあさ美ちゃんだけクラスが分かれてしまった。
それで、多分、麻琴が意識するようになってしまった、自分の気持ちに。
離れて初めて気づく、その存在の大きさ。
じゃあクラスがずっと一緒だったら…ってそれでも結果は一緒だろう。
実ることのない想いだったんだ、最初から。
- 107 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:02
- いざ、お弁当を広げて向かい合ってみたけど、初対面同士話すことなんてない。
あのまま一人でいるのはあまりにも寂しすぎたから彼女の突然の誘いに乗ってみたはいいが、よく考えたら、私、人見知りする方だった。
会話がまったくない。
それでも彼女は、何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべながら、お弁当をつまんでいる。
…楽しい、のかな。
でもやっぱり何も話さないというのも不自然だ。
ここは年上の私が話題を振ってあげよう。
というか、この空気に私が耐えられないし。
- 108 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:03
- 「…一人で何してたの、他に誰もいないよねぇ?」
「あ、来週テストがあって、それで生徒は帰らなきゃいけないんです」
「じゃ、亀井ちゃんは何でいるの?」
「はい、なんかお天気が良くて、ふわふわしてて………寝ちゃいました」
「…じゃ、何でお弁当持ってきてるの、要らないよね?」
「間違って持ってきちゃいました。せっかくお母さんに作ってもらったからどうせなら食べて帰ろうかなって。
家でお弁当食べるのってなんか気持ち悪いじゃないですか」
はぁ、そういうもんですか。
何かずいぶん不思議な子だな。
ま、そんな子とこうして呑気にお弁当広げてる私も結構クレイジーだけどね。
- 109 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:04
- 「高橋さん、お弁当食べないんですか?」
「…うん、あんまり食欲無くて」
「じゃ、この卵焼きもらっていいですか?」
あ…!
私の返事を待たずに、哀れ卵焼きは中央にぐっさりと箸を突き刺され、彼女の口の中へと消えていった。
「おいしーです♪」
…それは食べようと思ってたのに。
一瞬、じとっと彼女を睨んで、いやいや年上の私がこんなことで怒ってはいけない、と思い直して、怒りをため息に変えて吐き出した。
このため息も空に昇っていく。
雨はもう少し長引くだろう。
- 110 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:05
- ◇
始まりはいつだったろうか。
一目出会ったその日から…なんてことはない。
初めの印象はなんかちょっとキツイ感じの子だった。
それがちょっと話している間にボロボロとそのメッキが剥がれ落ちていって、最終的に、あ、この子はアホなんだ、ということで落ち着いた。
ま、そんなアホの子を好きになる私も私だけど、でもただのアホじゃなかった。
やる時はたまーにビシィってやるし―――文化祭でコントをやった時は笑いの神様が降りてきたかのようだった。
決めるときはバシィって決めるし―――体育で棒高跳びやった時、陸上部顔負けの背面飛びをみせたのは驚いた。
それに何より…優しいアホだった。
他人の悪口なんか絶対言わないし、クラスの中で元気ない子をいち早く察知するのはいつも麻琴。
麻琴がいなかったら、人見知りする私のことだからクラスにもうまく溶け込めなかったかもしれない。
そうずっと見てたんだよ。
私が一番麻琴のこと長くみてたよ。
いつだって、ずっと。
あの時も。
- 111 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:06
- 中学3年の時の席の配置。
麻琴が窓際の4列目。
私は中央列の後ろから2番目。
授業中は麻琴のほうをちらちらと見遣るのが日課だった。
麻琴は普段はぽーっと口開けて授業聞いてんだか、聞いてないんだかって感じなんだけど、時々いきなり真剣な顔つきで黒板の方見つめることがあった。
その日も、開けられていた口がぱたんと閉じられて黒板の方を食い入るように見つめはじめた。
私もつられて黒板の方を見遣るがさほど面白いことは書かれていない。
せいぜい、何に使うかは分からない二次関数の放物線のグラフくらいなもんだ。
もう一度麻琴に目を戻して、あれ、と思う。
違う、麻琴、黒板見てない。
さらにもう一度黒板と見比べて―――――黒板じゃない、見てるのはその少し手前――――。
- 112 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:07
-
あ。
気づいた。
アホなのは私だった。
今ごろようやく気づくなんて。
黒板の少し手前、麻琴の視線の先は――――私の列の一番先頭、教卓のどまん前の席。
あさ美ちゃんの席だった。
- 113 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:08
-
ずっと見てたよ。
だから…分かっちゃった。
私のずっと見てた麻琴が誰を一番長く見てるのか。
私の恋の行く末を悟ったあの秋の日。
晴れていて、暖かで――――残酷な日。
- 114 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:08
- あれから一年か。
あまりにも穏やかに終わっちゃったもんだから、私、泣けなかったよ。
それにあさ美ちゃんだって麻琴のこと、友達以上に想っていること、なんとなく分かっちゃったし。
私、あさ美ちゃんのことも大好きだし。
だったら麻琴とあさ美ちゃんが上手くいくのがいちばんいい。
私なんかが下手に出て行かなくてよかったんだ。
…ううん、それは違う。
ただ私は自分が傷つきたくなかっただけだ。
卑怯者なんだ。
麻琴とギクシャクしたくなかったんだ。
自分の気持ちから逃げ出したんだ。
- 115 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:09
- でも結局は麻琴はあさ美ちゃんが好きで、あさ美ちゃんは麻琴が好きで、私の入る隙間なんてどこにもなかったでしょ。
だからいいんだよ、これで。
ほんとうに?
ほんとうにそう思ってるの?
―――あー、うるさい!
もういいよ!
もう終わったことなんだ、すべて。
そう、終わったこと。
というか、始まってすらいなかった。
だってスタートラインにすら立たなかったんだから。
バッターボックスに入らなきゃ誰かみたいにホームランなんて打てやしないよ?
…もういいってば!
- 116 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:10
- 私の堂々巡りの葛藤をよそに、亀井ちゃんはパックのジュースのストローをちゅ―ちゅ―音を立てて吸っている。
なんかそのあまりにも呑気すぎる音に思わず、ボロリと言葉をこぼしてしまった。
「亀井ちゃんさ、好きな人とかいる?」
「え?」
「もしいるんならさ、とにかくどーんってぶつかってった方がいいよ、何も考えないで。
あんまり長く溜め込んでると、なんか知りたくないことまでいろいろ知っちゃって、ダメになるから」
喋り終わって、少し後悔した。
何を偉そうに。
そんなこと人に話したって自分がより惨めになるだけなのに。
…まぁ、でも間違ったことは言ってないか。
一応経験に基づいてのことだし、これから恋愛戦線に飛び出してゆくであろう若人には十分為になるはずだ。
私は敵前逃亡してしまったけれど。
戦争だったら、銃殺刑ものだね、打ち首だね。ジャパニーズ・ハラキリだね。
- 117 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:11
-
「さっきの嘘です」
一人でぶつくさ呟いていたら、彼女はストローからそっと口を離して唐突にそう切り出した。
「え?」
「寝てたって話――ずっと起きてました」
「じゃ、何してたの?」
「高橋さんのこと、見てました」
えっ?
思いがけない言葉に、目をパッと見開いてしまう。
――愛ちゃん、その顔、ヘンだよ。
麻琴に笑いながらそういわれたのもこの教室だった。
- 118 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:12
- 「帰ろうと思ってたら、高橋さんが一人でグラウンドに来たから、どうしたんだろうなぁって思って。
本当は何度も声をかけようって思ってたんだけど、何て話しかけたらいいのか分からなくて。
そしたら、急に雨が降り出して、高橋さんがこっちに来たから、これはチャンスだって思って、思い切って話し掛けちゃいました」
エヘッと恥ずかしげに俯きながら、笑った。
「見てたの今日だけじゃないんです。こないだから、ずっと見てました」
「こないだ…っていいますと?」
「球技大会の日です」
球技大会、というフレーズにちくりと胸を刺される。
空に吸い込まれていくボール。
「あたし決勝戦観てたんです。友達が後藤さんっていうかっこいい先輩いるからって付き合いで観てたんですけど。
私はどうしても高橋さんのほうに目がいっちゃいました。だってなんか、かっこよかったです。
すごい頑張って投げてたし、私、ルールとかよく分かんないけど空振りしてるのにばーって走ってって滑り込んだり」
- 119 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:13
-
そんなにかっこいいもんじゃないよ。
だって私、自分の気持ちから逃げるために必死こいてやってたんだから。
全然かっこよくなんかない。
…でも見方によってはそんな風にもみえたのかな。
だとしたらちょっと嬉しいかも。
ひょっとしたら敵前逃亡なんかじゃなく名誉の戦死ともいえるのかな。
二階級特進ですかね、隊長。
少なくともここに一人功績を称えてくれてる人がいるし。
- 120 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:14
- 「あの、好きです」
「――――は?」
今日、一番ビックリした顔、目を最大限に見開いて彼女を見返す。
イマ、ナントオッシャイマシタ?
「あ、でも、付き合ってくださいとか、そんなんじゃなくて、お友達になってくれませんか?」
「あ……はぁ…お友達……」
「そうです、お友達」
「まぁ…別にいいです……けど…お友達って何するの?」
「毎週お休みの日に、一緒に映画行ったり、ご飯食べたり、たまにお互いの部屋に遊びに行っちゃったりするだけでいいです」
「…それって付き合ってるっていわんかい?」
「そうかもしれませんね♪」
さらりとそう言いのけた。
…この子、実はスゴイ子かもしれない。
っていうか、私、遊ばれてる?
けど。
ニコニコと目を細めてこちらをみている亀井ちゃん。
なんか、その笑顔には、弱い。
- 121 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:15
- 「でも、なんでまたそんな急に」
「だってさっき高橋さんがぶつかってった方がいいって言ったから」
「…へ?」
今さっき送ったばかりの私の偉そうで自虐的な恋のアドバイス。
だからって、こんなにすぐ実行?
亀井ちゃんはさも当然というような得意げな顔でにっこりと満面の笑みを浮かべている。
この子、やっぱりスゴイ子だ…。
「…ぷっ」
「…なんで笑うんですかぁ」
表情が一変。
今度はちょっと拗ねたように唇を尖らせた。
「あははっ」
私はとうとう堪えきれず声に出して笑う。
本当に可笑しかったから。
すごく、とても。
- 122 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:17
-
「…なんで泣いてるんですか?」
えっ?
さっきと真逆の亀井ちゃんの言葉に慌てて手を目にやる。
暖かな雫が私の手を濡らした。
――私、泣いてる?
いや、亀井ちゃんがあんまり面白いからさー、なんて言い訳しながらも、それはどんどん溢れてくる。
ずっと溶けることのないと思っていた氷。
長い間凍りついていた涙は暖かく静かに私の頬を伝った。
ありがとうね。
亀井ちゃんの無邪気すぎるほどの真っ直ぐさがきっと溶かしてくれたんだね。
1年かけてゆっくりと溜め込んだ涙。
いつだって泣きたかったんだよ、ほんとうは。
亀井ちゃんがおろおろと困ったような顔をしているのをみて、また少し零れた。
- 123 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:17
-
「……あ、雨、止んだみたいですよ」
「…ほんとだ」
ぐすぐすと鼻をすすりながら窓の外を見遣る。
やっぱり私の代わりに泣いてくれてたんだね。
だからもういいよ。
私、やっとで泣けたから。
あとは思う存分晴れておくれ。
「男心と秋の空」
「え?」
「いや、秋のお天気ってほんとに変わりやすいんだなぁって」
「ははっ、何で亀井ちゃんそんな言葉知ってるの?」
「あー、バカにしないでください。絵里、こう見えても頭いいんですよ」
- 124 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:18
- 男心と秋の空…か。
そういや女心と秋の空って言葉もあるらしいね。
結局、人の心は移ろいやすいってことかね。
私も…いつかは忘れることができるのかな。
この雨は、この教室に染み付いた麻琴の笑顔を洗い流しはしなかったけれど。
それでも、いつか。
外にはさっきまでの雨なんか忘れたみたいに光が降りそそいでいて、それは窓についた雫をきらきらと輝かせていた。
そしてその向こう側には――
「あ、虹だぁ!」
雨上がりの景色は、ほら、こんなにも綺麗。
- 125 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:19
- ベースボールウィークエンド♪
- 126 名前:デーゲーム 投稿日:2004/02/24(火) 21:20
- ベースボールウィークエンド♪
- 127 名前:arkanoid 投稿日:2004/02/24(火) 21:23
- 恋の話なぞ書いてみたりする。
ワンパターンとか言わないで。
なんかえらく空気の読める哀さんになってしまいました。
>>91 名無しさん
レスありがとうございます。
宮本慎也ばりのファインプレーであなたのハートを鷲掴みにしますw
>>92 名無し飼育さん
キャッチボールは読まれてたようなので、ちょっと予想をはずしてみる…というか初めから決めてました。
所々元ネタの曲以外からの引用(というか自然にそのフレーズを書いてしまう)があるんだけど、多分ほとんどばれてますね。
- 128 名前:名無し大迷惑 投稿日:2004/02/25(水) 01:08
- ちょっと言っちゃってもいいですか? 青くさっ!!
ニヤけっぱなしですよ、このヤロー。大好きなCPでこられたー、更に片思い上等。
しかも、外角から違うボールも投げてキター。すげぇーたまらん。
つーかユニコーンも持ってるのか。もう何が来ても驚かないぜ。
- 129 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/28(土) 21:47
- 愛ちゃんもごっちんもミキティもカッコ良過ぎ!素晴らしいね!
- 130 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:05
- リー!リー!リー!
- 131 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:06
- 「ねぇー、れいなぁ、そろそろ教室戻ろうよぉ」
「戻らん」
平日、午前、川原。
さゆは緩やかに吹きつける風になびく髪を押さえながら、さっきから何度も同じことばかり言っている。
土手の斜面にごろりと寝転んだ私のそっけない答えも、同じ。
「ねー、れいなぁ」
「…戻らん」
ほら、また。
そんなつまらない言葉で私の神聖な儀式に水を差さないでほしい。
そう、これは儀式なのだ。
とても重要な神聖なる儀式。
- 132 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:08
- 日常、朝は時間に追われるように駆け抜けていき、帰りは疲れた体をひきずりながら通り抜けていくこの川原。
でも、ちょっと足を止めて、深呼吸を一つして、あたりをみてごらん。
見逃してはいけない風景がここにはあるから。
ほら、みてごらん、ご老人方がゲートボールなぞ楽しんでおられるね。お元気だね。日本を支えてきたのはあなたたちですよ。ありがとう。
ほら、ごらん。愛くるしいお子様が遊んでいるね。前途有望な若い命だね。無限の可能性を秘めているね。
それを菩薩のような眼差しで見つめる母の視線もまた美しい。ヴィーナスだね。スペースヴィーナスだね。
…ん? スペースヴィーナスってなんだっけ?
ま、いいや。
- 133 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:09
- とにかく、ほら。空がこんなにも青いじゃないか。鳥があんなにも優雅に飛んでいくじゃないか。
風はどこまでも優しげで、太陽はさんさんと輝いて―――ああ、生きてるって素晴らしい。
そう、その実感を確認するためにここへ来るのだ。
ここは天国の風景なのだ。
この景色を目に焼き付けろ。
耳をすまし生命の音を聴け。
体中で太陽の熱を感じろ。
さすれば明日からもまた元気に快活に学校生活を送れることでしょう――――
- 134 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:10
- 「…せんせー、絶対怒ってるよぉ」
「……」
――って、実は今までのはまったくの嘘。
ほんとうは保田の授業を受けたくないだけだ。
いまどきあんな熱血バカ教師がいるなんて冗談みたいだ。
3年B組ヤンキ―母校に帰ってびんびん物語みたいなのには、とてもじゃないが付き合ってられない。
指導室に呼び出されての説教なんてのは最悪で、何度も話がくるくるループすることと指導室の狭さの密着感ゆえに『観覧車説教』なんて呼ばれて生徒から恐れられている。
冗談は顔だけにしとけって、ほんと。
- 135 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:11
- 中高一貫教育のウチの学校じゃエスカレーター式で上へあがれる。
だから授業サボって昼間っからこんなところで寝転んでいても、限度を超えさえしなければ高校進学の妨げにはならないはずだ。
世の人はきっと私らのことを、恵まれているというのだろう。
でもこのエスカレーターってどこまで続いてんの?
それに乗っかってった先は天国?それとも地獄ですかい?
時々エスカレーターなんてぶっ壊してやりたくなる。
けどそんなことできないから、今、こうして何もせずに寝転がっているわけだ。
ただゆっくりと、ゆっくりと過ぎ去る時間を眺めるだけ。
- 136 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:16
- 「れいなってばー」
「…さゆだけ戻ればいいけん、ウチは戻らん」
そう言ったところで、さゆはきっと戻らないだろう。
それを知った上でこういうことを言う私は、少しずるいかもしれない。
それにしてもさゆはどうして私なんかについてくるんだろう。
私と一緒にいたっていいことなんか一つもないのに。
ちらりと横目で見遣ると、さゆはちょっと困ったような顔でこちらを見ていて、私はすぐに目を逸らした。
- 137 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:18
- すかっと――うんざりするほどに――晴れわたった空を眺めながらぼんやりと考える。
世の14才たちは一体何をして生きてるんだ。
教室でお勉強?
それともグラウンドで部活に汗を流す?
はたまた色気づいちゃって恋愛ごっこなんかしてみる?
どれも下らない。
まったくもって下らない。
それに疲れる。
疲れるのは、単純に嫌だ。
- 138 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:18
- 今ごろクラスメイトたちはあのせまっ苦しい箱の中で保田のつまらない説教でも聴いているのだろう。
ありきたりすぎる例えだけど――あんな檻の中にはもう戻りたくない。
かといってこの川原が私の望む素晴らしい場所だとは絶対にいえない。
死んだ風景、という点ではさっきいったように確かに天国に近いもんはあるけど。
そこの老い先短いじいさんばあさんがたー、日本はダメな国になってしまいましたよー。
厚化粧のおばさーん、あんた人生折り返してるよー、そっから先は下り坂だよー。
ガキんちょどもー、明るい未来なんて待ってると思うなー。世の中才能だぞー。
- 139 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:20
- 時々、ふと、思う。
どこか遠くへ行きたい。
このろくでもない場所を離れ、どこかずっとずっと遠くへ。
でも結局どこへも行けないような気もしている。
それにどこへ行きたいのかさえ分からないし。
分からない場所へは行きようがない。
だから私ができるのは、この穏やか過ぎる空気の中、ただ静かに目を閉じるだけ。
あー、ひょっとしたらこのままゆっくりと死んでしまいそう。
私が死んだらさゆも一緒に着いてきてくれるかな。
それとも流石に愛想つかしてどこかへ消えていってしまうかな。
だとしたらちょっと悲しいな。
あ、もうだめだ…ねむ……い……
- 140 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:21
-
キキッ!
平穏な空気を切り裂く自転車の強烈な急ブレーキ音に、私の意識は現実に引き戻された。
「よしっ!一番乗り!」
ちょっと遅れて二台目のブレーキ音。
「…………」
運転者は無言のまま自転車から降りて、一等賞をじとっと睨みつけた。
「チャリンコレースなんて、いい大学生のやること?」
「ほっほー、じゃその額の汗は何かね、後藤くん?」
二着のドライバーはギクッと肩を揺らし、しぶしぶとポケットから取り出した100円玉を親指ではじいた。
「まいどありっ♪」
- 141 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:22
- 「はーっ、やっと追いついたー」
「藤本さんたち早すぎですよ」
「何でそんなに急いでたんですかー?」
「ふっ、大人には大人の事情があるんだよ、ね、ごっちん?」
「え…あ、あーまぁ、そゆこと」
「……どーせ、くだらない賭けでもやってたんでしょ」
「何か言ったかなぁー、まこっちゃん?」
「い、いーえ、何も」
そんなやりとりをぽかーんと眺めている間にも、ぞろぞろと来るわ来るわ、2人乗り1台含めた総勢6台7名。
ジジババばっかのこの川原の平均年齢がぐっと下がった。
うら若き乙女達の手に握られているは金属バット。
「なんだあれ、新手の暴走族?」
「…でもさぁ、あれ、うちの制服だよね」
言われてみれば確かにそうだ。
一人私服の人を除いてはみんな同じ制服。
胸元のリボンが青いからほとんど高等部の人らだけど、一人だけ赤いリボン――うちらと同じ中等部の人もいる。
…一体、何をはじめようっての?
- 142 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:25
- ◇
「でも、学校抜けてきてよかったんですかね?」
「いいわけないじゃん!しかも、私、受験生だよ!こんなことしてる場合じゃないのに…」
「だって、藤本さんがソフトボールやるからメンバー集めてこいって、朝、突然……」
「で、結局集まったのがたった6人かい。まこっちゃん、友達少ないんじゃない?」
「ひ、ひどい、そんなこと急にいわれたって集まるはずないじゃないですか!それに後藤さんは絶対連れてくるようにって無茶苦茶ですよ!」
「そうだよ、なんで私まで巻き込まれてるの!やりたきゃ、大学でやりなよ、大学で。それともミキティこそ友達少ないんじゃない?」
- 143 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:26
- 「…おーおー、言いますねぇー、後藤くん。……余弦定理を述べよ!」
「えっ?…あっ……あっ、えーと、えーにじょう…いこーる、こさいん?さいん?…たんじぇんと?」
「…そんなんだったら勉強しても一緒だよバーカ。適当に鉛筆でも転がすか3にでもマークしとけ!」
「…………やっぱ帰る」
「あ、ちょっと後藤さん!藤本さん、それはひどいですよ!いくらバカでも、バカにバカって言ったら!」
「……………帰る」
- 144 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:27
- 〆
「亀井ちゃーん、いくよー!」
「はーい♪」
コツン―――――――ぱすっ
「やったー、捕れました♪」
「じゃ、次、里沙ちゃーん」
「ほーい」
ガキーン!――――――バシィ!
「……何か、球の勢いが全然違うんですけど」
「気のせい、気のせい。 亀井ちゃーん」
「はいはーい♪」
コツ――――――ぽすっ
「また捕れた、絵里天才かも♪」
「じゃ、次、里沙ちゃーん」
「ほ、ほーい……」
ピカッ!バリバリバリバリ!ガキャーン!――――
- 145 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:28
- 〆
「あさ美ちゃんはやらないの?」
「うん、誰かさんにボールぶつけられた指が痛むから」
「…それをまだいいますか。わざとじゃないんだよ、わざとじゃ」
「それにカメラさんを帰らぬ人にされてるから、その精神的ショックが大きくて」
「…貯金はたいて新しいの買ったじゃん」
「愛はお金じゃ買えません」
「そ、そんなー」
パシャリ。
「ふぇ?」
「まこっちゃんの困った顔ゲッツ♪」
「え?あ、あはは、なんだもー、驚かさないでよ、あさ美ちゃん」
「………………まだ許したわけじゃないからね」
「え、何か言った?」
「ううん、こっちの話」
- 146 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:30
- 「それにしても…後藤さん、なんか変わったね」
「うん、よく笑うようになって…………こっちの後藤さんのほうがいいかも」
「え゛っ…ちょっ……あさ美ちゃん?」
「……素敵」
「…おーい?」
「…ごとーさぁん」
「……!…後藤真希!たのもぉー!いざ尋常に勝負せぇー!!!」
- 147 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:32
- 〆
「へっ?今度はあたしが投げるんですか?」
「うん、こないだは私が投げて打たれてるから攻守交替っつーことで」
「…うっふっふっ」
「お、何、その自信有り気な笑みは?」
「実は、あたし、球技大会で自分の才能に目覚めたんです!
だもんで、あの日からあたしはソフト、はたまたベースボールに関する名著を読み漁りました!
今、まさにあたしは完璧なマシーンです!ソフトボールサイボーグです!」
「ほー、そいつは楽しみ」
- 148 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:32
- 「じゃあ、行きますよー!」
「おー、いつでもいいよー」
「てやぁー!必殺・超遅球!」
カーン!
「な、なにぃ!」
「…超遅球ってのは160kmの直球と同じフォームから繰り出されるから意味があるんだよ。それは単なるスローボール」
「ええい、次です、次!とやぁー!ドリームボール!」
キーン!
「な、なにぃ! 次! メロディボー(ry
スコーン!
「ハイジャンプ魔(ry
パカーン!
「滝ボ(ry
カコーン!
「大(ry
カツーン!
「(ry
ポコーン!
「…ええい、ままよ!フライングドライブシュート!」
「…それ競技が違うじゃん」
- 149 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:34
- ◇
「…あいつらアホやけん」
ぼそりと呟くように吐き捨てて、私は立ち上がった。
――でも。
「…でもさぁ」
私が心の中で言いかけたことを続けるかのように、さゆはグラウンドをじっとみつめたまま口を開いた。
さゆ、言うなよ。
それを口に出したらどこかおかしくなりそうだから。
「…なんか楽しそうだね」
- 150 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:34
- あーあ、言っちゃった。
言っちゃったよ、この子は。
確かに思わず魅入ってしまった。
やたらと眩しく見えてしまった。
ボールがぴょこぴょこ跳ねるのとそれを追いかけるやつらの笑顔が。
何であいつらあんなに楽しそうなんだ?
そんなに面白いか?
分からない。
そして私は思考を停止した。
分からないことを考えるのは無駄なことだし疲れるから。
- 151 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:35
- 近くに放り投げてあった鞄をひょいと拾い上げる。
「どこ行くの?」
「どこって、学校に決まってる」
「あ…そう、だよね」
さゆは、ちょっと名残惜しそうにグラウンドのほうを一瞬見てから、またあたしの後ろをひょこひょことついてきた。
そうだ、これでいいはずだ。
私は、クラスからちょっとはみだし者の、斜に構えたスタイルがお似合いのれいなさんでいくんだ。
過去にも、将来にも、そして現在にも大した希望を抱かず、クールでリアリストのれいなさん。
これからも、ずっと、これでいく。
あの光は私を惑わす危険なものだ。
これ以上みてちゃいけない。
背中のあたりが何かに引っ張られるようにぴりぴりするけど、そんなの完全無視だ。
- 152 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:37
- 「……てやぁ、ス、スカイフォ(ry
カーン。
すぐ後ろのあたりで、ドスンと鈍い落下音がした。
それはころころとしぶとく回転を続け、あたしのちょうど足元でぴたりと止まった。
そいつは足元からこう呼びかける。
『よぉ、調子はどうだい』
悪くないよ。
「そこの少女―、悪いけどボールとってくんない!?」
『へぇ、そうかい、そいつはよかった』
そんだけ?…じゃあね、もう二度と会わない。
「そこの少女ってばー」
すべての声を無視して私はすたすたと歩きつづける。
振り返っちゃいけない。
振り返っちゃーおしまいよ。
- 153 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:38
-
なのに。
「れいなぁ」
今にも泣き出しそうなその声にあっさりと振り返ってしまった。
いつも一緒にいる彼女の声に反応するように頭の中でプログラムが出来上がってしまっていたらしい。
声の主は土に汚れたボールを丁寧に両手で抱えてこっちをじっと見ている。
『おい、逃げるのか、臆病者』
「れいなぁ」
おいおい、頼むからそんな目で私をみないでくれ。
さゆも。
ボールも。
分かったよ。
分かりましたよ。
ぎっと目を閉じて覚悟を決める。
さゆの手からボールを奪い取って、ぎゅっと強く握り締めて思いっきり空に放った。
- 154 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:40
-
まだ低い午前の太陽に、まるで日食のように一瞬重なるボール。
それはまるで太陽まで届く勢い―――――とはいかず、へろへろと急失速したボールは地面を這いつくばるように進む。
そういやソフトボール投げとか苦手だった、私。
キャッチャーはにやにやと笑いながら、ようやく足元に到達したそれを拾いあげて大声で叫んだ。
「少女達も一緒にやらない!?」
- 155 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:41
- 一緒にだって?
はは、何言ってんだ、こいつは?
冗談じゃない。
自分にも言い聞かせるように大声で叫ぶ。
「おまえらアホやけん!一緒にいたらアホが伝染る!」
そこで一旦言葉を切って、息をぐっと呑み込んで。
とどめの一言。
「アホすぎて――――――ちょっとうらやましいわぁ!」
- 156 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:42
-
…はぁ?
今、何を言った、私は?
自分でも訳がわからなくなって、くるりとグラウンドに背を向けて走り出した。
「あ、れいなぁ、待ってよぉ!」
さゆの声も振り切って、全力で駆けていく。
何て恥ずかしいことしてるんだ。
あんな台詞吐いて走って逃げるなんてまったくもってありえない、ありえなさすぎる!
- 157 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:44
- けど、不思議と心は晴れやかだった。
たぶん、あいつらもこういうことなんだろうか。
…あーあ、これで私もアホの仲間入りか。
ま、それも悪くないかも。
少なくともあの川原で寝転んでいるよりは。
そう思ったらなんだかちょっと笑えてきて、走るスピードを緩めた。
キン!
快音が耳を通り抜ける。
遥か上空を飛びゆくボールは、青空を真っ二つに切り裂いて。
- 158 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:45
- Steakie not cow war dead wow rounder
- 159 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:46
- Book need
- 160 名前:リー!リー!リー! 投稿日:2004/03/04(木) 09:47
- to me
- 161 名前:arkanoid 投稿日:2004/03/04(木) 09:54
- ってなわけでソフトボールシリーズ完結させていただきます。
ふーっ、これで一応ゴロッキ全員フューチャーでき……あれ?
……。
ガ、ガキさん!
……決して忘れてたわけじゃないよ!話が思いつかなかったわけじゃないよ!
もう野球に関する歌がネタ切れだったんだ!そう、それだけなんだ!
…正直すまんかった。
いつの日かガキさんメインでスレ5個くらい消費しちゃう壮大なストーリーを書き上げます。
…5年後…いや10年後くらいに。
>>128 名無し大迷惑さん
『青くさっ』って最高の褒め言葉ありがとうございます。
七色の変化球を操りたいとこですが、結局自分は直球一本勝負なわけで。
>>129 名無しさん
レス感謝です!
アオハルソフトボールシリーズ、いかがでしたでしょうか?
ちょっとでも青春風味を感じていただければ万々歳です。
また何かできたらちょこちょことこのスレに書いていこうと思うのでよろしくです。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/04(木) 16:55
- 本日、一気に読みました。
いいですねぇ、青春ですねぇ。
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/04(木) 22:20
- なんと言えば良いのかわからず「あイター」と言ってみるテスト。
こう来たかって感じです。そして、ガキさん素敵。そして、あなたいくつ?
青の戦士arkanoid。これからも頑張ってください
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/13(土) 05:06
- うあー!!
ここまで一気に読ませていただきました!
この青くささ…マジ最高です!!
もっと早く気付きたかった…_| ̄|○
今日メル欄の曲たちチェックすべくツタヤ行かなきゃw
- 165 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/14(日) 17:05
- れいな編まで読み終えて自分の中のこの感情がなんなのか分かった。
俺もこのアホな人達の仲間になりたかったんだ……クサッ
面白かったです。おつかれいな!
- 166 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:23
-
くだらない唄
- 167 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:26
-
「ただいまー!」
返事のないことなんてお構いなし――っていうか誰もいるはずないんだから当たり前だけど。
いつもは疲れた体を引きずって這うように進むリビングまでの短い廊下も、今日は押さえ切れない高揚感にまかせてドスドスと足音を響かせて歩く。
つい2、3時間前まではステージに立って歌って踊ってたもんだから、ほんとのところはめちゃくちゃ疲れてる。
普段の私がこんな状態で帰ってきた日にゃすぐさまベッドにダーイブと行ってしまうとこ。
けれど今はそんなこと、微塵も思わない。
とにかく急いで準備しよう。
この熱が冷めないうちに。
瞼に焼きついた景色が色褪せないうちに。
- 168 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:27
- 眠りすぎてしまった今朝の、ちょっとした慌てぶりを物語るようなリビングのごちゃごちゃをとりあえず部屋の隅にぐぐっと寄せちゃって。
服も着替えずに、えっちらおっちらと担いできたディーゼルを部屋の真中にぼんって置く。
それに真白いキャンバスを乗っけて、画材を持ってきて。
よし、これで準備完了。
下書きなんか必要ない。
湧きあがる感情の赴くまま、右手の動くまま、心に刻んだ景色を映しだせばいい。
- 169 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:28
- …あ、そうだBGMもかけよう。
んー、なんにしようかなー。
あ、このジャケット、そういや富士山で撮ったんだっけ。
うわー、みんな若いなー。この口紅無理してんなー。
げっ、この写真はマズイ。できることなら取り直したいくらいだよ。
…でもやっぱりいいか。どれもこれも私たちの歩んできた道だ。
このままで、いい。
で、選んだのはやっぱりこれ、私たちの歴史が刻まれた一枚。
スピーカーから流れ出した音楽が部屋に溶け込んでいくのと同じように、画材をパレットに溶かしていく。
使う色は、迷うことなく黄色。
ありとあらゆる黄色。
私たちの愛した色。
―――初めは3本の小さな花だった。
- 170 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:30
-
一つ目の花びらに金のピアスをつけた。
一見、派手な黄色。でも本当はすっごい優しい色なんだよね。
二つ目の花は、ふざけてうんと小さく描いた。
あははっ、本人みたら怒るよね。けどその小さな花はすっごいパワーを持ってた。
三つ目は…どうだろう。隣の小さな花と比べるとずいぶんのっぽだ。
自分のことはあまりよく分からないけど、きっと少しは花びらの数も増えたろう。
――この凸凹の花、二本で支えてた時もあったね。
思い出、というには早すぎる。
武道館にいっぱいの花を咲かせたのがついこないだみたい。
- 171 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:31
- ちょっと一息ついて大きく伸びをする。
ライブの疲れが今になってどっと襲ってきた。
油断すると、頭に浮かぶは明日からの現実―――明日からはモーニング娘。は12人だ。
ごっちんが抜ける穴は思っているよりも大きいだろう。
すでにごっちん抜きで何本か歌の収録をやってはいるが、目立つのはいない人の存在感。
どこかぽっかりと穴が空いたようで物足りない印象をモニターから受けてしまう。
そこらへんの所はリーダーである私も考えていかなければならないと思う――――でも。
今日だけは。
まだもう少しだけこの思いに身を包まれていたい。
あのとびっきりの景色。
今夜、このキャンバスに閉じ込めるから。
それまで、もう少しだけ。
―――ね、神様、いいでしょ?
- 172 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:32
-
新しく咲いた花2つ。
初めみた時は、弱々しくて今にも折れてしまいそうな花だった。
けれど違ったね。その茎はびしっと一本、芯が通っててとても強い花だった。
これから、頼んだよ。
もう一つは、とびっきり元気で明るい花!
その花があるだけで、周りの空気ががらっと変わっちゃう。
私もずいぶん助けられたよ。
- 173 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:33
-
なかなかみんなから気づいてもらえなくて悩んだときもあったよね。
隣でさんさんと咲き誇る向日葵を羨ましく思うときもあった。
でも私たちってそういう花なんだよね。
道端にそっと咲く花。
つまづいて転んだ人が、ふと横を見やったときに、いつも、そこにある花。
ささやかな、でも、暖かな幸せを運ぶ花。
しっかりと強い根を張って頑張っていればいつかきっとみんな見てくれるって励ましあって。
そして咲かせた、綺麗な花!
――けれど、花はずっと咲きっぱなしってわけにはいかなくて。
一度、咲いた花の運命。
でもきっとそれは哀しいことじゃない。
きっとそれは喜ばしいことだと信じたい。
- 174 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:34
- 視界がぼんやりと霞んできて、ごしごしと目を擦る。
ふと時計を見やると時刻はすでに0時を回っていた。
今日からモーニング娘。は12人。
そして、私たちにも生え変わりの時が訪れた。
――でも神様、あとちょっと。
――もう少しだけ時間、いいですよね?
- 175 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:35
-
周りにもう3つ、小さな花を付け足した。
今はまだ小さな花だけど、これからは君たちが咲き誇る番。
立派で奇麗な花を咲かせておくれ。
- 176 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:35
-
――もうちょっと。
――もうちょっと。
- 177 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:36
-
そして――――パレットのありとあらゆる黄色をキャンバスに塗りたくる。
今日、アリーナに咲いた美しい花達!
ステージから見えたあの風景!
見渡す限りに広がる黄色!
私、忘れないよ、忘れたくない。
だから閉じ込めるんだ。
明日からまた頑張れるように、綿毛になって次のところへ飛んでいけるように。
- 178 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:37
-
――――ほんとうはね
――――わたし、まだ、みんなともっと
――――うたいたかったよ
- 179 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:39
-
―
――
―――
――――
「いってきまーす」
ドアが丁寧にばたんと閉じられた。
どこか誇らしげに、でも少し儚く響く足音がだんだんと遠くなっていく。
主人を送り出した部屋の大きな窓が午前のまだ低い日差しを吸い込んだ。
初秋の柔らかな光は部屋の中央に置かれたキャンバスをきらきらと照らしている。
キャンバスに咲いた、沢山のタンポポ達を。
- 180 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:43
- I'm
- 181 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:44
- still
- 182 名前:くだらない唄 投稿日:2004/04/11(日) 20:45
- shivering.
- 183 名前:arkanoid 投稿日:2004/04/11(日) 20:48
- 今さらのネタ。
春、ということでお許しください。
よく考えるとタイトルと話の内容がまったく関係ないんですけど、元ネタの歌の内容とは関係大有りなのでよかったら聴いてみてください。
アルバム再発するみたいですし、聴いて損はないと思います、おそらく、多分。
ささやかながら自分もあの日アリーナに咲いた花の一つでした。
>>162さん
読んでくださいまして本当にありがとうございます。
いいですよね。いくつになっても青春ですよね。青春のSUNRISEですよね。メモは少し長いですよね。1,2,3でドレミですよね…etc
>>163さん
「あイター」と言わせてみるテスト。
一応女性投手ということでメロディボールを優先的に使わせていただきました。
駄作企画に「21秒間の沈黙」というタイトルで、21レス空白で22レス目になんかズバッとオチを書いて終わる(or何も書かずに終わる)、みたいなのを考えたのですが、
オチがまったく思い浮かばなかったのと、いくらなんでもあんまりだったのと、誰かさんが似たようなことをやったので止めました。
- 184 名前:arkanoid 投稿日:2004/04/11(日) 20:51
- >>164さん
蔦谷行きましたでしょうか?
この拙い小説を通して原曲の方にも興味をもっていただければめちゃくちゃ嬉しいです。
元ネタの曲を聴くことで小説の戦闘力が大幅にUPすると確信しています。
>>165さん
自分も書いてて、自分と同じくらいのレベルの人ら集めて草野球をのんびりやりたくなりました。
元野球部、元甲子園球児、元プロ野球選手お断りです。
最高速度70km位、30球も投げると肩が痛くなるような人、大歓迎です。
ってか、みんなして『青い』だの『クサイ』だのって…………ほんと、ありがとう!・゚・(つД`)・゚・。
- 185 名前:164 投稿日:2004/04/12(月) 02:15
- 更新乙です!
この頃はまだ娘。ファンじゃなかったんですが
何かジーンときました。
167の最後の2行の気持ちが、文全体ですごい伝わってきました。
↑この感想自体は表現力0ですね…_| ̄|○
蔦谷行きました!
>元ネタの曲を聴くことで小説の戦闘力が大幅にUPすると確信しています。
ほんまにすごい戦闘力になりました。
特に『キャッチボール』は元ネタの曲聞きながら読んでたら
目が潤んでしまいました。
158〜160も最初読んだときは「?」と思ったんですが、
元ネタの曲聴いて「あぁ!」となりました。
元ネタの曲もこれらの小説も出会えてよかったと思っています。
長文レスすいませんでした。
また更新されるのをマターリお待ちしています。
ではでは。
- 186 名前:名無しピクチャー 投稿日:2004/04/12(月) 20:35
- 抱きたい! あんたを抱きたいよ、俺は!
俺の中でもタンポポはダンデライオンではなく、くだらない唄だった! 解散聞いた時聴きまくった!
相変わらずストライクしか投げてこないなー。
次回は、あの曲から想像すると……でも楽しみ。
>「21秒間の沈黙」
書かなくて正解だよ…わかるの俺だけの上にマルチで完璧に失敗してる人いたし……。
駄作のも……・゚・(ノД`)・゚・。
- 187 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:31
-
Camera! Camera! Camera!
- 188 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:32
- 「ほらっ、もっと笑って笑って」
ファインダーの向こうの彼女はむすっと膨れっ面をしてそっぽを向いたままで。
「ね、スマイルスマイル♪」
わたしの声にやっとで目線を向けてはくれたけど、そのキレイなお顔は相変わらずのむくれ顔。
「いつもみたくやってごらんよ、ほら、『あややでーす♪』って」
茶化したのが気に触ったのか亜弥ちゃんはレンズにぐっと顔を寄せてキッと睨みつけてきた。
「あー、そんな顔していいの? これそのまんまモーチャンに載っけるかんね」
「……」
「見出しなんにしようかなー。『あやや、むくれてまーす』とか? 『わたし、普段はこんなんでーす』とか?」
「…それはやめて」
ぷっと吹き出すように崩れる表情。
風船の空気が抜けるようにしぼむ頬っぺた。
その顔をみて少しほっとする。
…やっぱ最後くらいは笑ってたいじゃん。
- 189 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:34
- 「それにしてもさー」
亜弥ちゃんはまた少し眉間に皺を寄せたかと思うと、わたしたちのいる敷地内をぐるっと見渡しながら言った。
「なんでこんなに人がいるわけ?」
「……確かに」
わたしもレンズから視界を外して、亜弥ちゃんと同じようにぐるっと見渡してみる。
ワーワー騒ぎながら白黒のボールと戯れるちびっこら。
ひたいに汗を滲ませながら道を駆けていくジョガー。
芝生の上でお弁当を広げている家族。
犬を連れて歩くおばさん。
手を繋いだカップル。
初春の土曜日。
公園に集まった人々は皆、自分勝手に、思うが侭、それぞれに穏やかな午後を過ごしていた。
- 190 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:34
-
「ま、天気いいしね。それに土曜ってこと忘れてたうちらが悪いし」
「だからってこんなにいなくてもいいじゃん……だって最後なんだよ」
「…別にもう一緒に遊ばないってことじゃないでしょ」
「…そういう意味じゃなくってー」
分かってるよ、亜弥ちゃんのいわんとしてることは。
でもさ、もとはといえば亜弥ちゃんのほうから切り出してきた『最後』でしょ。
ってか『始まり』を決めたのも亜弥ちゃんのほうからだった。
わたしはただ風に乗っかるように身をまかせただけ。
それも悪くなかったよ。
おかげでこんな遠くまで来れた。
亜弥ちゃんがいっぱい元気くれて、お互いに励ましあって。
―――でも風向きはいつの間にか、変わる。
- 191 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:35
- ちびっこらのサッカーはボールのところにばかり人が集まっている。
たまにピンボールの球のようにぽーんって大きく蹴りだされたかと思うと、磁石に吸い寄せられる砂鉄みたいにまたボールに群がる。
ほら、また誰かが適当に蹴ったボールが青空に高く舞って。
それは芝生の上をコロコロと転がってこちらのほうにやってきた。
「もうっ!」
亜弥ちゃんは、そんな風に頬をふくらませて、でも少しだけ笑ってボールを取りに行く。
「ほらー、行くよー!」
大声でそう叫んでから、なかなかキレイなインステップキックでボールを蹴りだした。
わたしはその瞬間を逃がすことなくカメラに収める。
- 192 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:36
- 蹴りだされたボールはいい感じに飛んでいって、綺麗な弧を描きながら再びちびっこ達の群れの中に戻っていった。
「お姉ちゃん、ありがとー!」
まさかこんな混雑した公園にアイドルが二人しているとは流石に気づかずに、ちびっこは無邪気にぶんぶんと手を振っていた。
わたしたちも笑って手を振り返す。
「お嬢さん、なかなかいいキックもってますなー」
「ま、伊達にサッカーやってないんで」
「じゃあ試合に出てくださいよぉー」
「怪我とかしたくないんで」
「…美貴は怪我してもいいってこと?」
「うん」
「ひどーい」
- 193 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:37
- 優しい風がわたしたちの言葉を運んでいた。
こんなに穏やかに話をしたのはいつ以来だろう。
お互い時間が合わなくなって、なかなか会えない日が続いて。
会ったら会ったらで傷つけるようなことばかりだったから。
だから、亜弥ちゃんのほうから「終わりにしよっか」っていう言葉を聞いたとき、正直、ちょっとホッとした。
肩の荷がすっと降りた感じ。
でも、何だろうね。
終わりを決めた日から、なんだかふわふわして落ち着かなくて、軽くなりすぎた心は今にもどこかに飛んでいってしまいそうで。
で、それを押さえつけとくための、この道具。
少しばかしの重し。心の文鎮。
シャッター音を鳴らして、また一つ、重りを増やしていく。
今を切り取っていく。
- 194 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:38
-
カメラの向こう側。
シャッターが切られるたびにコロコロと表情を変えていく亜弥ちゃんが、そこにいる。
散歩中の犬にとびっきりの笑顔をみせたかと思うと、足元でぴょんと跳ねた虫に泣きそうな顔になって。
さんさんと照りつける太陽を睨みつけたすぐ後に、頬をなでた暖かな風に顔を緩める。
変わらないね、亜弥ちゃん。
でも。
でも、やっぱり、変わっていく亜弥ちゃん。
キレイになった。
出会った頃より、ずっとずっと。
大人になった。
私なんかが思いもよらないスピードで。
そして私たちを取り巻く環境も変わって。
そう、私たちを含めたいろんなものがすごい勢いで変わってしまって、今の関係でいることが窮屈になってしまった。
それだけなんだ。
ただお互いの関係を示す言葉が変わるだけのこと。
- 195 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:39
-
なのにどうしてシャッター音が鳴るたび心が軋むんだろう。
ファインダーの向こうの亜弥ちゃんのとびっきりの笑顔がやたらと哀しく映るのは、どうして?
この笑顔がいつかわたし以外の人に向けられるのかと思うと、やっぱちょっと嫌かも。
ははっ、未練がましいね。
サバサバしてるのがウリなはずのわたしが。
はじめて会ったのいつだっけ?
どんな言葉交わしたっけ?
わたし、めちゃくちゃ緊張してた気がするなぁ。
はじめて一緒に遊んだ日は雨だったよね。
お好み焼きとか食べて、そん時もわたしまだちょっと緊張してたかも。
それがいつの間にか冗談まで言えるようになって、ごくごく自然なままこういう関係になって、そんでもって、今、そいつも終わろうとしている。
あ、そうそう、ちょっと前までよく一緒に食べにいってたラーメン屋さん、こないだ通ったら潰れちゃってたよ。
なんというか、本当に変わってくね、すべてのことが。
やんなっちゃうくらいに。
―――――もしわたしがソロのまんまだったら、ちょっとは違ってたのかな。
- 196 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:40
-
「ねぇ」
「―――あ、え?」
気がついたら亜弥ちゃんはわたしのすぐどまん前に立って上目遣いにレンズを覗き込んでいた。
ファインダーに広がる亜弥ちゃんのドアップ。
わたしの心臓が、ドキリ、と跳ねた。
「…美貴たん、こないだは、ゴメンね。 ひどい事いっちゃって」
「べつにいいって、もう」
- 197 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:41
- “――これだったら、男の人と付き合ってたほうが、何十倍も楽だよっ!”
わたしが紺ちゃんの話をしたのがいけなかった、らしい。
亜弥ちゃんがいきなり怒り出した。
一人でさんざん泣いて、わめいた挙句の、この台詞。
言われた直後は、そりゃ結構ショックで結局これが今日の引き金になってるわけだけど、でもこの言葉のおかげで気づいた。
―――亜弥ちゃんの勢いに流されてきてたと思ってたけど、実はわたしが亜弥ちゃんのこと縛ってたんだって。
だから亜弥ちゃんが「終わりにしよっか」って言ったとき、なんのためらいもなく「そうだね」っていえた。
ひょっとしたら亜弥ちゃんは感情に任せて言っただけだったのかもしれない。
わたしが素直に頷くのをみて、ちょっと驚いたような感じだったから。
けれど、もうわたしの心は決まっていた、はずだ。
なのに。
今、それが大きくぐらついている。
- 198 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:42
-
「もういいって、わたしのことなんてもう興味ないってこと? 嫌いになった?」
亜弥ちゃんが顔をさらにグイと寄せて迫りながら訊いてくる。
心臓が普段の倍くらいのリズムで跳ねつづけてた。
…そんな質問、ズルイよ。
そんなこと言われちゃったらさ、わたし、わたし―――。
何も言えずに黙り込んだわたしとカメラ。
亜弥ちゃんはたたみ掛けるように言葉を繋ごうとする。
「あのさ、わたした――――」
その時。
- 199 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:43
- そこまで言いかけた言葉が突然のものすごい爆音に吹き飛ばされた。
驚いた亜弥ちゃんが音の正体の遥か上空を見つめる。
わたしもファインダーから視界を外して空を見上げる。
この公園にいる誰もがその音に空を見上げていた。
真っ青に染められた空を飛行機が、ゆっくりと進んでいた。
ゴォーッという音で空気を震わせながら、ゆっくり、ゆっくりと。
うん、そうだ、そうだった。
見上げて気づく、この空の青さ、大きさ。
レンズ越しじゃなく、生の、この両目ではっきりとみるそれは、まるでわたしを吸い込んでしまうかのよう。
大きく振れていた天秤の揺れが収まっていくように、鼓動の高鳴りが落ち着いていくのを感じた。
わたしたちもっと自由に―――
- 200 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:44
-
二人で見送った飛行機が豆粒くらいの空を浮遊する点になる頃。
音が止むのと、公園の人々が元の行動に戻ろうとする、その間の一瞬。
その隙間に、そっと言葉を置いてくるように亜弥ちゃんがぽつりと言った。
「―――ねぇ、わたしたちやっぱりもうダメなのかな」
シャッターボタンにかかった指先が少し震えた気がした。
それでも。
返事の代わりにわたしはシャッターを、また一つ。
ぱしゃり。
- 201 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:47
- ノノ*^ー^)ノ
- 202 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:49
- ノノ*^ー^)ノ
- 203 名前:Camera! Camera! Camera! 投稿日:2004/04/30(金) 16:51
- ノノ*^ー^)ノ
- 204 名前:arkanoid 投稿日:2004/04/30(金) 16:57
- あやみきなるものを書いてみる…も、イマイチでした。
やまなし、いみなし、おちなし。
メッセージすらどこにもございません。
暗めのと一緒に気分転換で書いてたら派生的に出来てました。
あやみき最高!とかそういう類のレス待ってます。
>>164さん
長文レスありがとう、ありがとう!
もう感謝カンゲキ雨嵐ですよ。
すまいあげぇーん、ありがとぉー♪ですよ。
>>名無しピクチャーさん
…うん、そんなにいうなら、いいよ。
……でも、優しくしてね、初めてなの。
っていうか解散してないです。多分あれも永久欠番!
とりあえずこんなのを挟みつつ次回、時期はずれのタンポポの続きやりたいと思います。
- 205 名前:164 投稿日:2004/05/02(日) 17:17
- 更新乙です!
また蔦谷行かなくちゃ…w
(私的には194辺りが「なごり雪」ぽかったですがw)
てかあやみき(・∀・)イイ!
めっちゃ切なかったです!
ミキティ!答えはどうなんだ!!<野暮な考え
あーarkanoidさんの話は(いい意味で)後に引くなぁ。
では次回更新お待ちしております。
- 206 名前:まだ名無しの読者。 投稿日:2004/05/03(月) 08:32
- 昨日このスレを見つけて一気に読みました。
・゚・(ノД`)・゚・
作者さん最高です(ぇ
単純に、今まで見つけられなかったのがくやしいくらい全作品面白い(ノ∀`)
個人的には『キャッチボール』と『リー!リー!リー!』が、
心にジャストミートしました。
次回の作品も楽しみにしてます!
- 207 名前:名無しハロー 投稿日:2004/05/04(火) 19:56
- 突然恋をするってことだね。
これ読んで少しだけミスチルの「幸せのカテゴリー」が浮んだ。
もっとなんかドンピシャな曲があった気がするけど思い出せないのが、いらいらする。
まーそれはともかく、
あやみき最高!
- 208 名前:続・くだらない唄 投稿日:2004/06/17(木) 03:14
-
続・くだらない唄
- 209 名前:2003年8月10日 朝 自宅にて 投稿日:2004/06/17(木) 03:16
- 気がついたら、カーテンの向こうがまた憂鬱なブルーに染まっていた。
新たな朝がやってきたことをただなんとなくぼんやりと悟る。
やはり、ほとんど眠ることはできなかった。
ここ最近ずっとのことだ。
ベッドからのっそりと身を起こして、鏡台を覗き込んでみる。
向こうの世界に映るその人物はまるで死んだような顔。
…ひどいクマ。
メイクでどれだけごまかせるだろうか。
ふと思い出した。
そういえば今日は22才の誕生日だった。
どうでもよかった。
- 210 名前:同年同月某日 昼 とあるスタジオの一室にて 投稿日:2004/06/17(木) 03:17
- 「飯田さん…オソロ、終わっちゃうんですよ…」
深刻な顔つきのまま彼女はそう切り出した。
その話を聞くのは実はこれで4人目だった。
皆一様に番組が終わってしまう悲しさと、それをどうすることもできない悔しさが顔から滲み出ていた。
彼女が最後になったのはリーダーとして一番責任を感じているからだと思う。
曲がりなりにも14人を率いている身だ。
その気持ちが痛いくらいによく分かった。
しかし、私は。
「そっか…。でもさ、タンポポ自体が無くなっちゃうわけじゃないでしょ?
まだまだこれからじゃん、ね、石川?」
「はい…」
今までの3人とまったく同じ返事。
ずいぶん安っぽい台本。
上っぺらの慰め。
思ってもいないことを、と心の中で苦笑する。
石川は、すみませんでした、という言葉でこの話を締めくくった。
その頭につく言葉は「お時間をとらせてしまって」なのか、―――それとも「タンポポを守ることができなくて」ということなのだろうか。
「ううん、いいよ」
部屋を出て行く石川を、気持ちの悪い微笑で見送った。
- 211 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:19
- …多分、タンポポはこのまま開店休業ということになるだろう。
感慨に耽ることもなく、私はただハロプロの今後を案じた。
プッチも今さら活動開始、なんてことはなさそうだし。
ROMANSとかZYXとかだって決して長い目での活動は見込めない。
こんな調子じゃ娘。の分割だってどうなることやら。
このままではモーニング本体の方もいよいよやばいかもしれない。
それに…。
どうやっても頭から拭い去ることのできない数字が思考を覆い尽くす。
あれが現実だった。
平常心が、すこーんとあっさり吹っ飛ばされるくらいの現実。
私が眠れなくなったのもあの頃からだった。
- 212 名前:同年9月某日 昼 とある楽屋にて 投稿日:2004/06/17(木) 03:20
-
"ののから、はじまる、リズムに、合わせて♪ れな2♪"
「いやー、今度のもすっごい評判いいよ」
「…はぁ、ありがとうございます」
さして興味のない雑誌に目を落としながら、マネージャーの言葉に生返事を返す。
今度の「も」?
じゃあなんで売れなかったの、みんな買ってくれなかったの?
そんなこと当然口に出せるはずもなく。
それにマネに噛み付いてみたってしょうがないし。
心にもないことを…と毒づいてみてから、いつか石川達にした返事を思い出して、私も同じだったことに気づいた。
- 213 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:21
-
"れなれな♪ えり3♪"
どうせオリジナルの歌ではないし。
日本語の歌詞じゃないし。
付け焼き刃の異言語だし。
CMだってほとんどやらなくて。
言い訳はいくらでも浮かんだ。
でも。
―――初動8130枚。
それが私、個人に突きつけられた数字だった。
"えりえりえり♪ あいボンバイェ♪"
正直、私は順位とか枚数とか視聴率とか、そういうのすごく気にするほうだ。
モーニング娘。自体、元々はそこから成り立ってきている。
5万枚売ったら、オリコン何位だったら、誰々に勝ったら―――そんなこんなで煽られに煽られて階段を駆け登っていった。
そういうスタイルの演出から離れた今でも、数字を確認する習慣はしっかりと染み付いてしまった。
ただ、ここ最近はそれを確かめるのが、怖い。
明らかな減少傾向、キレイな右肩下がり。
この数字の落ち方はほんとうにまずい。
なのに。
- 214 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:22
-
"1,2,3、ダァー♪ さゆ3♪"
この緊張感のなさは何?
楽屋のど真ん中に陣取ってゲームに夢中になってる子らをジロリと睨みつけてしまう。
他のみんなだって似たようなもんだ。
食べ物の話ばかりしている小川と紺野も、何をするでもないうろうろ歩き回っている吉澤も、くだらない話で子供みたく盛り上がっているなっちと矢口も。
そしてたいして読みたくもない雑誌をただなんとなく開いてしまっている私も。
他に何かやるべきことはあるんじゃないか。
思った。
でも、結局私らにはどうすることもできないのも事実。
すべては私らの知らないところで始まって、そして終わっていく。
いつの間にかそういう風になってしまっていた。
それは分かっている。
けれど。
" さゆさゆさ……あ"
"あー重さん、負けー"
"あははっ、ほんと、さゆはリズム感ないけんね"
- 215 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:23
-
バンっ!
無意識のことだった。
リズム感がないと言われているのにヘラヘラと笑っている道重の顔を見ていたら―――でも道重は悪くない、きっと。
気がついたら、私は机を思い切り叩いて立ち上がっていた。
あんなに賑やかだった楽屋が、途端に静まり返る。
みんな、ぽかんとした表情のままこちらに視線を向けている。
"あんたたち、うちらほんとうにやばいんだよ、それ分かってる?"
頭の中で叫んだ言葉を、ぐっと飲み込んだ。
それを言ってしまったら、本当に駄目になってしまう気がして。
「…ううん、なんでもないの、ごめん」
「なんだよー、カオリ、久々に交信してたのー?」
気まずい空気を和ませようと―――わざとらしすぎるほどに明るい矢口の声にも、私は引きつったような苦笑いでしか返すことができなかった。
最近言葉を飲み込むことがとんと増えた。
このままじゃいつかお腹の中が溢れかえってパンクしてしまうかもしれない。
- 216 名前:同年9月23日 夜 とあるバーにて 投稿日:2004/06/17(木) 03:26
-
「だからさー、あの子ら、危機感っちゅーのがぜんっぜんないの」
ワインのアルコールが混ざった言葉が真っ赤な顔をした私の口からぽんぽんと飛び出していく。
それを受け止める彼女は猫みたいな目をきゅっと細めて、うんうんと、しきりに頷いている。
「昔は良かったよねー。なんつーかみんな必死にやってて、目指すものがあったっちゅーかなんちゅーか……ねぇ、圭ちゃん、聞いてる?」
「はいはい、聞いてる聞いてる」
「…何の話だっけ?…あぁそうキキカン、キキカン。 だってさぁー今日だってねー……」
普段はとても言えたもんじゃない言葉をポイポイと投げ捨てていく。
まるでごみ箱にごみを捨てていくかのように。
あ、そういや、こんな童話あったっけな。
なんだっけな。
うーんと、うーんと。
あっ、そうそう、「王様の耳はロバの耳」だ!
王ロバ、王ロバ。
- 217 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:27
- 「…ぷっ、あはははは!」
「ちょっと、何、いきなり?」
「だって、だってね、圭ちゃん、穴なの」
「はぁ?」
「で、カオたんは家来なの、おかしいでしょ?」
「…ちょっとカオリ飲みすぎ」
「えー、カオたん全然酔っ払ってないよー?」
圭ちゃんは私の言葉に呆れたような苦笑いを一つ浮かべて、それから口調を少し変えて切り出した。
「あのさ、ちょっと真面目な話していい?」
「んーなにー? OK、OK、カオたんはいつだって真面目だよー」
ハァーっとため息をもらしながら、圭ちゃんがこちらをキッと睨んできた。
「マ・ジ・メ・ナ・ハ・ナ・シ」
その刺すような視線に、私はヘビに睨まれたカエルのようにしゅんと肩をすくめる。
- 218 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:28
- 「あのね、私さ、今度舞台やるの」
そう言った圭ちゃんの目はとても強い輝きを放っていた。
その輝きが、痛い。
「だからさ、ちょっとしばらくはこんな風には付き合えないかもしれない」
「……そっか」
途端に酔いが冷めていくのを感じた。
圭ちゃんの目を見れなくなってしまった私は視線をグラスに向けて誤魔化した。
「私、これ、チャンスだと思うんだよね。だから精一杯自分のできること全部やりたいの」
「ふーん。……うん、がんばってね、応援してるよ」
「うん、ありがとう。 …あ、じゃ私、明日早いから先に切り上げるね。 カオリもあんまり飲みすぎるなよー」
店のドアを開ける彼女の背中がやけに大きく見えた。
"がんばってね"
果たして本心から言えただろうか。
考えたくもないその答えはグラスの赤色に混ぜ込んで、ぐいっと一気に飲み干した。
- 219 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:31
- ◇
ふらつく足取りでやっとのことで家にたどり着くと、死んだようにばたんとベッドに倒れこんだ。
ミキサーでかき混ぜてるみたいにぐるんぐるんと回る頭の中。
ふと思い出して、コンポのリモコンに手を伸ばした。
『こんポジわっ♪ ピンクのベートーベン、石川梨華美ですっ、アハッ♪ 長い間、すごーく楽しかったけど、今日でお別れ…。
梨華美も…梨華美も、フツーの女の子に戻ります、エヘッ♪ …戻りたくなーい』
スピーカーから響く声を仰向けになってぼんやりと聞いていた。
どこか遠い所で音が鳴っているような感覚だった。
よく知っているはずのその声なのに、誰かまったく私の知らない人が話しているように聞こえた。
私はまだ何か大事なことを忘れているような気がして、そのことを思い出そうとアルコールの行き渡った頭をなんとか働かせていた。
『はい、それでは5つ目の誓いです』
『一つ、常に挑戦する気持ちを前に出すこと!』
『『一つ、常に挑戦する気持ちを前に出すこと!』』
- 220 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:31
- あ、そうだ、今日は後藤の誕生日だったんだ。
メールするの忘れてたな。
…ま、いいか、あとで―――。
もう何をするのも面倒くさかった。
今日はこのまま眠ってしまおう。
まだ何か思い出さなきゃならないことがあった気がするけど。
今日はこのまま。
『――もぉー、ダメだったのに、もぉ…ガマンしてたのに、もぉ……―――よしっ、がんばるぞっ♪
はぁい、ということでオソロは終わってしまいますが、これからもタンポポはいろんなことに挑戦していきたいと思いますっ。
はい、みなさん、大丈夫ですか? わたしの所為ですけども…みなさん最後まで、ね、元気よく、行きますよ? …もぉ、柴ちゃん、しば…』
いつの間にか意識は途切れていた。
- 221 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:32
-
その日、私は夢を見た。
楽しい夢だった、気がする。
辛いこともいろいろあったけど最後はみんな笑っていた、気がする。
でもその内容はほとんど覚えていなかった。
夢なんてそんなもんだ。
- 222 名前:同年9月24日 朝 自宅にて 投稿日:2004/06/17(木) 03:33
- 重たい眼瞼をゆっくりと開いた。
昨晩、たっぷりと蓄えたアルコール達が頭の中をがんがん駆けずり回ってやがる。
割れんばかりの痛みに思わず顔が歪む。
苦痛に耐えながら目だけちらりと動かして時計の表示をみやった。
…もう時間だ、行かなくちゃ。
体が動かない。
…どこへ?
…どこへ行きたいんだ、私?
頭の中がモヤモヤする。
…何がしたいんだっけ?
視界が霞む。
それでも無理矢理体を引きずり起こそうとした瞬間。
溜め込んでいた言葉たちが、堤防が決壊したように頭の中にドバッと溢れ出した。
- 223 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:35
-
『売上』 『減少』 『利益』 『減退』 『オリコン』 『失速』 『デイリー』 『不発』 『価値』 『消耗』 『枚数』 『諦観』―――
『テレビ』 『空洞』 『ラジオ』 『虚構』 『視聴率』 『空虚』 『カメラ』 『疑念』 『雑誌』 『噂』 『週刊誌』 『虚言』 『疑惑』 『軋轢』 『虚無』―――
『コンサート』 『狂騒』 『ライブ』 『騒乱』 『握手会』 『感触』 『イベント』 『疲労』 『お客さん』 『視線』 『熱』 『空気』 『眩暈』 『吐気』―――
『ボイトレ』 『退屈』 『ダンス』 『徒労』 『個性』 『自嘲』 『キャラ』 『滑稽』 『年齢』 『焦燥』 『リーダー』 『窮屈』 『ユニット』 『休止』 『ソロ』 『嫉妬』 『卒業』 『引退』 『解散』 『消失』―――
『手売り』 『夢』 『札幌』 『地元』 『夢』 『家族』 『希望』 『雪』 『高校』 『夢』 『友達』 『恋人』 『夢』 『唄』 『うた』 『ウタ』――――――
- 224 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:35
-
―――一気に沸き上がった言葉の波に飲み込まれて、私の頭の中で何かがプツリと、キレた。
うわああぁぁぁぁあっ!
毛布が、ばさりと宙を舞った。
あ、あっ!
声にならない声をあげながら、手で机の上のものをざっとなぎ倒す。
いやっ!
いやだっ!
本棚に収められている本を片っ端に抜き取っては投げ捨てる。
もう、いやなのっ!
地面に強く叩きつけられた時計はバラバラに壊れて、もう二度と時を刻むことはないだろう。
- 225 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:37
- ―――――
―――
――
めちゃくちゃになった部屋の隅で、頭を抱えて、耳を塞いで、うずくまる。震える。
涙なのか鼻水なのか汗なのか、もう何の液体かも分からないものが顔中を覆ってぐちゃぐちゃになる。
髪なんかもぼさぼさで、吐き出す息だってお酒臭くて、ひょっとしたら私は今宇宙で一番みっともない女かもしれない。
なまじ一度上の風景をみてしまったから、堕ちるときのスピードも加速度的で。
虚ろな目が、ふいに私の左手首を捉えた。
白い肌にうっすらと青い筋が浮かび上がっていた。
頭の中がすぅーっと冷えたような感覚に包まれた。
――いっそ、この流れを止めてしまえば、どんなに楽になるだろう。
自分の右手で思いっきり左手首を締め付けてみる。
ダメだ、こんなんじゃ、何か、切れるもの。
ぐちゃぐちゃになった寝室をがさがさと物色しはじめた。
その時、なぜか私の頭はひどく冷静だった。
とにかくよく切れる鋭利なものを探した。
- 226 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:38
- 部屋の隅にまとめて片付けておいた美術道具の中から新品のカッターナイフを見つけた。
スケッチ用の鉛筆を削るためにずっと前に買ったやつ。
絵なんて書いてる余裕がなくなってからお蔵入りしてたけど、まさかこういう使い方で役に立つとは思いもしなかった。
チキチキと刃先を伸ばしてから手首にゆっくりと近づけていく。
しかし、ぷるぷると震えが止まず、なかなかうまくあてがうことができない。
目の前の鏡台が脅える私の姿を映し出していた。
『ほら、はやくやっちゃいなよ』
狂気じみた気味の悪い笑顔を浮かべていた。
向こう側の私が、躊躇っている私のことを嘲笑っているような気がして、一度冷静になったはずの感情が一気に高ぶった。
――うるさいっ!
鏡台を力任せに引き倒す。
隣においてある棚も巻き込んで倒れて、とても酷い音が部屋に響いた。
砕け散った鏡の破片をみて、私はまた少し落ち着きを取り戻した。
- 227 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:39
- 再び手首にカッターをあててみる。
今度はもう震えなかった。
ひんやりと冷たい刃先を少しだけ強く押し込んでみる。
―――つっ。
熱いような冷たいような感触が走って、赤い液体が、ツゥーっと静かに流れ出てきた。
痛みは感じなかった。
怖くもなかった。
ただ、白い肌の上を走る赤色がとても艶かしくて、私は思わず魅入ってしまった。
静かな、けれど、止まないその流れはまるで何かの道案内をするかのように、腕、手首、手のひら、指を駆け回る。
私は何も分からない無垢な子供みたいに、ただその流れのたどり着く先をじっとみていた。
やがて指先から、ぽたり、と赤い雫が垂れ落ちて――――私は思わず、あっ、と声をあげた。
雫の落下点。
曇り空のタンポポ畑が、そこにあった。
- 228 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:40
-
…この絵。
引き倒した鏡台と一緒に倒れた棚にしまっておいたものだった。
描いてから、なんだか気恥ずかしくなって、次の日にはもう奥のほうにしまっておいたんだった。
希望に満ちたその絵に、なんだか後ろめたい気持ちになって、手にしていたカッターから慌ててパッと手を放す。
そして吸い寄せられるように手にとってまじまじとその絵を見つめた。
ピアスの花。小さな花。大きな花。強い花。明るい花。
3本の小さな花。
そしてその周り一面に塗られた黄色。
でもどれもこれもすっかり埃にまみれてしまってくすんだように色を失っている。
その中で、垂れ落ちた赤色だけが生々しく、悲しいほどに鮮やかだった。
- 229 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:41
-
…ああ、そういえばこんな絵も描いたっけ。
この頃は、まだ良かった。
まだ、いろいろとキラキラしていたものが見えていた。
いつからそういうの、見えなくなってしまったのだろう。
何が変わってしまったのだろう。
分からない。
でも、その絵は私を責めたてるようなこともせずに、ただそこに在った。
- 230 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:42
- 埃まみれの絵と今の私の状況がなんだか重なって見えて、とても惨めな気持ちになって。
せめて貴女だけは、思い出だけは綺麗なままでいて欲しいと願いながら、降り積もった埃を口でふっと吹き飛ばした―――瞬間。
カーテンの隙間からすっと光が差し込んで。
―――――!
―――ぱっと舞った埃が、まるで飛んでいく綿毛のようにみえた。
私は呆気にとられたようにぽかんと口を開けたままそれを見つめていた。
いつまでも。
きらきらと宙を舞う埃を。
- 231 名前:_ 投稿日:2004/06/17(木) 03:43
-
色ヲ失クシタ、タンポポ畑ニ、雨ガ降リマシタ
思イ出シタヨウニ、突然降リダシタ、透明ナ雨デス
静カニ、静カニ降リソソグ、涙ノ雨デス
花ハ枯レ、散リユクケド、イツカ、マタ――――
- 232 名前:同年10月5日 夕方 横浜アリーナステージ袖にて 投稿日:2004/06/17(木) 03:44
-
「――――はい、秋コン、横アリラストです。なっちも今回で娘。単体のライブとしては横浜アリーナ最後になります。
だから、いつも通りに、いつも以上に気合を入れていきましょう。…………あと……えっと……」
「……カオリ?」
「……わたしたちはアイドルで――そして歌手です。歌が好きなはずです。歌える幸せをかみしめてください。
歌はきっと残るから、みんなの心の中にも、そして私たち自身の中にも。だから、どうか、歌える喜びを忘れないで、……うん」
「ちょっと、どうしたのー? いきなり」
「いいじゃん、そういうこと思ったの。…うしっ、じゃ、いくよー。 がんばっていきまっ―――」
「「「しょーいっ!」」」
- 233 名前:続・くだらない唄 投稿日:2004/06/17(木) 03:46
-
- 234 名前:続・くだらない唄 投稿日:2004/06/17(木) 03:47
-
- 235 名前:続・くだらない唄 投稿日:2004/06/17(木) 03:49
-
- 236 名前:arkanoid 投稿日:2004/06/17(木) 03:52
- いつの間にやらずいぶんと月日が経ってしまっていたのでいっそタンポポDVDの発売に合わせて更新。
と思ってたらとっくに日付が変わってしまっていた愉快なarkanoidさん _| ̄|○
いつかまた綺麗な花を咲かせてくれるのをのんびりと待っています。
大変遅くなりましたがレス返しです。
>>164さん
レスありがとうございます!
間が空いてしまってすいません…。
これからも季節の変わり目ごと位には更新できれば、と思います。
>>まだ名無しの読者。さん
レスありがとうです・゚・(ノД`)・゚・。
その2つは我ながらなかなか良いスイングだと気に入ってます。
- 237 名前:arkanoid 投稿日:2004/06/17(木) 03:54
- >>名無しハローさん
要望どおりのリアクションありがとうです!
あやみきサイコー。(棒読み)
(※メール欄のリンクに飛ばれる方への注意!
バリンバリンの男×娘。です。その手のモノが苦手な人には全くお勧めできません。
また作風がだいぶ違い、このスレから飛んだ人を十中八九引かせる自信があります。
しかし書いたのはまごうことなくこの私です。
こんな私をまるごと愛して♪…とはいいません。けど書いてて楽しかったんだよぉ。
余談ですが、ある意味スレを4つ消費しました>>161 約束は守るほうです)
- 238 名前:arkanoid 投稿日:2004/06/17(木) 03:57
-
- 239 名前:名無しリリィー 投稿日:2004/06/17(木) 21:51
- タイトルとジャストミート、( ^▽^)<おっにくぅ〜♪
そして彼女も綿毛の一つになりましたね。
今更気づいたんですけど、飯田さん書くの巧いですね。
Converted by dat2html.pl v0.2