Navy Blue

1 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/04(水) 02:28
永井紗月と申します。
初めてスレを立てさせて頂きます。

短編・中編中心です。
CPは、後紺中心になると思いますが、他CPも色々書く予定です。

更新は不定期ですが、のんびりとお付き合い下さると嬉しいです。

よろしくお願いします。
2 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/04(水) 02:30

1作目は短編、後紺です。
3 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:31

例えば。

―――…この世界から、あの空が消えても。

4 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:33

 街灯に照らされたアスファルトの上に、長さの違う二つの影が伸びる。
 ぼんやりと映る自分の影を目で追いかけて、そのまま、隣をてくてくと歩く影を辿る。


 次の角を曲がって、少し行けば、マンションに着く。
 いつも通り、手を繋いで。
 いつからか、二人で帰れる時の習慣になった、夜の散歩。
 マンションの少し前でタクシーから降りて、近くの公園を抜けて。
『…デートみたいですね』
 最初にそうした時、はにかみながらそう言った彼女が、とても嬉しそうだったのを覚えている。

5 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:34

 視線で辿った先の影の主は、相も変わらずマイペース。

 一緒に歩いてるのに、同じように自分のことを見てるわけでもなく、
緊張して俯いている訳でもなく、何故だかその視線は、空へと向けられていて。
 後藤は苦笑するしかない。

「…紺野ー?」
「―――…あ、は……ふぇ!?」
「ちょ、紺野!」

いきなりかけられた声にびっくりしたのか、
後藤へ視線を下ろしたと同時によろけた紺野の身体は、
慌てて差し出された後藤の腕へ転がり込んだ。
6 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:35

「―――ご、ごめんなさいっ」
「んや、いーけどさー」

 自分の位置を確認した途端、すごい勢いで離れてしまった体温。
 
 別にくっついててもいいんだけどなぁ、なんて呟きが頭を掠めて、
後藤は一緒に解かれてしまった手を繋ぎなおす。

「危ないよ?上ばっか見て歩いてたらさー」
「あ、そうですね。気を付けます…」

 ごく自然に重ねられた手の温もり。
 嬉しそうに反省した紺野の笑顔に、後藤の唇も緩やかにカーブを描く。

「何見てたの?」
「あ。…月がきれいだなぁって」
「月?」
7 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:36

 ふっと視線を空へ上げる。


 遠ざかるにつれて濃くなっていく闇の中、静かに浮かんだ、弓張り月。
 
 細く尖った、月。
 
 零れる光は、月を包み込んで。
 冴えている筈の空気と月が、何故だか優しく見えた。

8 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:37

「三日月かぁ…確かにきれーだけどさ、珍しい?」
「後藤さんに似てるなぁって、思って」
「へ? あたし?」
「後藤さんて、お月様みたいだなぁって思いながら見てました」

 本気でそう思っているらしい紺野の笑顔の中にある、真剣な眼差し。

「ふーん…なんで?」



“―――…後藤って、月みたいだな”

 …そう言ったのは、誰だったかな。
9 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:38

「あの、うまく言えないですけど……いろんな表情持ってて、
でもどれも全部月で、一つ一つがすごく、魅力的だったり、不思議だったり…とか」


 満ちては、欠け。
 銀糸に、金糸。鮮やかな、青鈍の中。揺らめく、緋色。
 
 夜毎、表情を変えて。

 満ち足りた、穏やかな光。
 鋭く尖った、冷たい光。
 怖くなるほどに、紅く染まった、その、肢体。

 時には姿さえ、曖昧にして。
 時には姿さえ、晦まして。


 …それでも何故か、強く、惹きつける。
10 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:39

「誰も寄せ付けない孤高の気高さって言うか、強さを感じて…でもどこか、寂しげだったり…とか」


 遠い遠い、あの夜空で。
 一人佇む、その、静かで強い、想い。

 零れる光が、冷たさにも、温かさにも、…涙にも、見える。
 強さの中で、一人、泣いているような。

 どこか切なげな、光の吐息。
11 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:41

「強くて、寂しがりで。見惚れて目が離せなかったり……
――…月って、人を狂わせるんだそうですね。
それってやっぱり、魅力的だからなんでしょうか」
「……こんの」
「あ、ご、ごめんなさいっ。変なこと言って…よく解らないですよね」

 慌てて謝る紺野の頬に、後藤のてのひらがそうっと触れる。

「ん、やー…あれかな、ごとーは今、紺野に口説かれてるわけ?」
「ふぇっ!?く、口説くなんて……っ」

 思いがけない言葉に顔を赤くしておたおたする紺野につい吹き出して、
後藤は柔らかな頬を、むにっと摘む。

「あはっ、うそうそ。今更口説く必要なんかないもんね?」
「…ないん、ですか?」
「ないよー?なに、口説きたい?」
「いぇっ、ないなら…嬉しい、です」

 ふにゃぁっと緩む頬。伝染した笑顔が後藤の頬も緩める。
12 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:43
 ふわりとしたその髪をそうっと撫でて、後藤はつい、と、視線を上へと昇らせた。

「―――……あたしが、月に似てる、かぁ…」


 “? …よく解んないよ”
 “……月は人を狂わせるって、知ってるか?後藤”

 訊き返した言葉と、掠れるように答えた声は、
確か、どちらともつかない熱い吐息の中に飲み込まれたんだった。

 …カーテンの隙間から零れる、月灯りの下で。

13 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:44

「……後藤さん?」
「…んー?」

 不意に黙り込んで空を見上げたままの後藤の視線を追って、紺野も再度、空を見上げる。
 二人、無言で空を見上げて。
 冷えた空気の中に、白い吐息が散っていく。


 ―――視線の先には、三日月。それを包みこむ、薄闇色。


 不意に、言い知れぬ懐かしさを覚えて、後藤はその正体を掴めないまま、隣に視線を戻した。
 隣には、同じように空を見上げている、紺野。


「――…北海道の空とは、やっぱり違う?」
「あ…はい。星が少ないのもそうですけど、色が違うかもしれないです…」
「色?」

14 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:45
 ようやく降りてきた視線が、首を傾げる。

 冷えちゃったね、とコートのポケットに繋いだ手を入れて、
マンションへと歩く足をほんの少しだけ速める。
 本当は、少しでも長く、このひと時の暖かさを味わっていたいから。

「…空の色って、違う?」
「真っ黒なんです。北海道の夜空。ネオンとか少ないからなんでしょうけど。
星がきれいに見えるのも、そのせいかなぁって」
「あー、明るいもんねぇ、東京の空って。星も少ないし」

 ネオンに照らされた、夜の空。
 消えることのない、地上の光に染められて、闇が滲む。

「…あたしはこの空の色がふつーだったからなぁ」

 漆黒の闇へと続く、夜の空。
 だんだんと濃くなっていく、穏やかな紺色。
15 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:47

「真っ暗とかだと、逆に怖いかも。この空も、結構好きだし」


 透けるような、空の紺色。
 いつも見てた、夜の色。

 静かなその色に浮かぶ、穏やかな三日月。


「私もこの色、好きです」
「そーなんだ?」
「はい。星が見えないのは寂しいですけど……何だか優しくて、落ち着く色ですね」

 そう言って、訊き返した後藤を真っ直ぐに見返す紺野の、穏やかな笑み。


 ―――あぁ、と、後藤は一瞬、息を呑んだ。
16 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:48

「北海道の空でも、真っ暗になる直前――夕焼けが終わる頃、こんな色の空なんです。
もう少し濃い紫がかった紺色なんですけど」
「―――…紺野みたいだね」
「…え…?」



 月を見上げて、見慣れたはずの空の色に目を奪われたのは。
 言い知れぬ、懐かしさを覚えたのは。

 懐かしい声を思い出したからではなくて。
 子供の頃に見上げた変わらぬ色を、覚えていたからではなくて。


 ――…隣で微笑んでいてくれる君を、思い出したからなんだ。

17 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:49

「…優しくて、落ち着くって言ったでしょ?」
「はい」
「あたしもそー思うなぁって。真っ暗だと怖いし。
昼の青い空は落ち着くって言うんじゃないし、さ」

 月の光に照らされて。
 月の光を包み込んで。

 静かに、穏やかに、傍にいてくれるということ。
 優しく、懐かしいほどに、落ち着くことのできる色。


「この空、紺野に似てる」


 ―――あの月が、自分だというなら。

 君はあたしが、安心していられる場所で。
 あたしが、休める場所で。

 …きっと、あたしは君に、包まれて、守られてるんだね。
18 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:50

「この空…ですか?」
「あ、意味解んない、よね?」

 一瞬だけ、きょとんとして、次の瞬間、紺野はふわりと花が咲くような微笑で、
後藤の視界を彩った。


「ん?」
「いえ…嬉しいです、すごく」

 吐き出す息の白さも気にならないくらい、ポケットの中の、手が暖かい。


「…月と、空なんですよね?」
「そーだねー」
「――…じゃあ、いつも一緒ですね」
19 名前:紺色の空と三日月 投稿日:2004/02/04(水) 02:52

 この街の中で、逢えなくても。
 あの空と月が、見えなくても。


 地球のどこかで。
 遠い遠い、空気の中で。


 広い宇宙の、どこまでも続く風景の中で。


 何よりも、確かに。
 二人、共に在るのだと。


「…そーだね」

 ―――冴えた空気の、静かな息遣いの中、
 三日月と、紺色の空の零した吐息が、ゆっくりと融け合った。



−END−
20 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/04(水) 02:59
後紺でした。
読んで下さった方ありがとうございます。

スレタイトルの由来でもある紺色の空をイメージしてます。
永井の書く後紺の基本設定兼裏設定。
もうちょっと素直に甘いのも書く予定です。
次も頑張りますので、これからお付き合いよろしくです。
21 名前:名無し読者79 投稿日:2004/02/04(水) 20:57
素敵なお話ですね。
夜空を久しぶりに見たくなりました。
ごっちんと紺野の話、また期待しています。
22 名前:名無し。 投稿日:2004/02/04(水) 22:47
面白いですねぇ。。。
こういう設定すごく好きなんですよ、それに文章も惹きつけられる感じがして。
次回を楽しみにしてます。
23 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/06(金) 23:30

>>21 名無し読者79 さん
感想一番乗り、ありがとうございます。
情景を感じて頂けたみたいで…
>夜空を久しぶりに見たくなりました。
とのお言葉、すごく嬉しいです。
次作も頑張りますので、良かったらまたお付き合い下さい。

>>22 名無し。 さん
感想ありがとうございます。
設定気に入って頂けてすごく嬉しいです。
永井の中の勝手なイメージなので、違うだろ、という突っ込みを頂くかなーなんて
不安だった分、嬉しさ一入です。
文章も褒めて頂いて…(感涙)精進していきます!
24 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/06(金) 23:36
お知らせ?宣伝?なんですが…
以前、同じように空の色とCPのイメージがテーマのお話を一本、赤板の「作者フリー 短編用スレ 4集目」にて
satsukiという名前で書かせて頂きました。
『夕焼け色』というタイトルで、なちごまです。

興味を持たれた方は、良かったら読んでやって下さい。

http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/red/1046953775/537-544n
25 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/06(金) 23:42
ではでは、2作目です。

短編・後紺で、後藤さん視点のお話です。
26 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:44

 ―――ねぇ、こんな自分がいるなんて、今まで知らなかったんだよ?

 …まいったなぁ、って、溜息をつく。
 そんな自分に驚いて、一緒に笑みがこぼれた。

27 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:46

「…どうかしたんですか?」

 紺野が不思議そうに首を傾げる。

「んぁ?」
「後藤さん、さっきからこっちじーっと見てるから。何かついてますか?」
「あ?あー、何でもない」

 そうですか。
 言われたことをまんま納得して、紺野はすぐに読みかけの本に視線を戻した。
 あたしも手元の雑誌に視線を下ろして、何でもない振り。

 けど、雑誌の中身なんか、全然頭に入ってこない。

 …ヤバイ、なぁ……。
 いつの間にか見つめていたらしい紺野の顔をちらっと見遣る。 
 本の内容にいちいち反応して、あっ、って言ったり、頷いたりする仕草が、
…かわいい。うん。

 文字を追う、真剣な視線。…ちょっとくらいあたしの方見ないかなぁ。

 緩やかなカーブを描く、頬の線。…引っ張ったら伸びそー…。

 ふっくらとした、きれいな桜色の唇。…キス、したい、な……。

28 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:48


 ――こんな風に思うようになったの、いつからだっけ?


 そういやこの間、紺野のコーナーの収録の見学してる時。
 やけに紺野の唇にばっかり、目が行って。…つい、

「………キスしたいなぁ……」

 って、呟いたら、隣にいたよしこに思いっきりびっくりされたっけ。

「まだ!?ごっちんが!?」

 ――うるさいよ。
 でもきっと、当然の反応なんだよね……。


 はぁ。

「後藤さん?」
「んー?」

 視線を上げると、ちょっと困ったような顔して紺野がこっちを見てる。
29 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:50
「えーと、あの、…あ!」

 何か思いついたらしい紺野が自分のバッグの中をごそごそ探る。
 あ。ため息ついたの、気にしてるのかな。

「紺野」
「後藤さん、これ食べません?」

 にっこりと差し出された、――…ポッキー?

「これ期間限定なんだそうですよ。今朝、まこっちゃんがくれたんです」
「…あー、ありがと…」

 ため息ついたのを気にして、彼女なりに和まそうとしてくれてるらしい。
 すごい、嬉しい。…けど。
 にこにこしながら差し出してくれる笑顔もかわいいんだけど。

 あたしがポッキーを手にしてから、紺野も袋に手を伸ばす。

 ――…小川? ふーん…
30 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:51

「―――こんのー」
「…ふぁい?」

 嬉しそうにポッキーを口に咥えたままの紺野が、急に席を立ったあたしをきょとん、と見上げる。

 ポッキーを持つ手だけをすっと取って。

「ごとー、そっちがいい」
「―――…ふぇ…?―――…!?」

 紺野の口に咥えられたままのポッキー。
 あたしの口にも、同じポッキー。

 …すぐ近くに、一瞬の内に上気していく紺野の頬。



 ぱきん、て、音がした。



 口の中にじんわりと広がる、ビスケットの味。
31 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:52

「…こん」
「――ごっちーん? スタッフさん呼んでー…―――…で?」

 あたしの声と見事に重なった、ノックと扉を開ける音と、――呑気に間延びした声。
 ゆーっくりと振り向くと、ドアを開けたまま、よしこの時間が止まってる。

 まぁ仕方ないよね?
 あたしは紺野の手掴んだまますぐ傍に立ってるし?
 紺野は紺野で、半分に折れたポッキーを口から覗かせて、真っ赤になって固まってるし?

 ―――…で?

「―――なに…?」
「――あ、あー…打ち合わせと変わったトコあるって」
「……かった、今行く」

 あたし今、相当声低いんだろーな。

「…あ、じゃ、あたしはこれで」

 ははっ、て笑ったよしこがすーっとドアの向うに消えていく。
 ははっ、じゃないって!

「――…紺野?」

 あぁ、真っ赤だ、紺野。
32 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:55
「こんのー」
「―――…はは、はいっ?ななななんでしょう!?」

 いや、どもり過ぎだから。

「…ってことだから、あたし行ってくるけど」

 ――…やっぱまだ、早かったかなぁ。
 抱き締めただけでも、少しだけ震えるから。
 大事にしたくて。あたしの望みだけで、彼女を傷つけたくなくて。

 なのに。

「あ、はい…」

 情けないなぁ。嫉妬するなんて。


 ――…嫉妬?

「…紺野」

 …あぁ、そっか。
 あたしさっき、小川にヤキモチ焼いたんだ。

「はいっ」

 まだ赤みの残る柔らかそうな頬。そうっと紺野の髪を撫でる。

「――…ごめんね?」

 ぱっとあたしを見上げる潤んだ瞳。

 …何やってるんだろ、あたし。
33 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:58
「…紺野も楽屋戻んな?そろそろ収録始まるし」
「あ、…はい」

 ゆっくりと立ち上がる紺野を抱き締めたい衝動に駆られながら、必死に抑えて一歩、距離を置く。

「…また後で、ね」

 くるりと踵を返して背中を向ける。―――と。

「―――ご、後藤さん…!」
「んぁ?」

 震える声に呼び止められて、そのままもう反転。
 すぐ傍に、紺野。

「あの……っ、あの、今…っ」
「…あー、気にしなくていいよ?」
「あ…っ、そうじゃないんです、そうじゃなくて――」
「ん?…―――――」

34 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/06(金) 23:59

 震えた手が、二の腕をそぅっと掴む。

 途切れた、掠れた声の行き先。

 いつもは見下ろすはずの紺野の瞳。それが何故だか、すぐ目の前にあって。
 瞼がきれいに閉じられてて。

 ―――…唇に触れる、微かな、柔らかな感触。
35 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/07(土) 00:01

「…こん、の?」

 すっと離れていく、柔らかな熱。

 背伸びをやめて俯いた紺野が震えてるのがわかる。
 いつも通りに彼女を見下ろしながら、自分の頬がひどく熱いのに気がついた。

「……紺野」
「ご、ごめんなさい」
「何で謝るのさ」

 消え入りそうな声を絞り出す紺野をそっと抱き寄せる。
 肩から伝わってくる、紺野の頬の熱。

「――すーっごい、嬉しいんだけど?」

 腕の中の紺野を覗き込むと、真っ赤になったままあたしを見上げて、紺野がふわりと笑う。
36 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/07(土) 00:02

「初めてが紺野からだとは思わなかったけどねー」
「……うぅ」

 意地悪に反応した紺野に、きゅう、と服の裾を掴まれる。

「…どうしていいか、わからなくて」
「んー?」
「―――さっき、後藤さんが目の前に来た時、すごく、どきどきして、
…後藤さんに、触れたくなったんです」
「――…こんの?」
「はい。…駄目、でしたか?」
「…じゃなくて」

 いや、顔真っ赤にして見上げられてもさ、…すごいこと言ってるって自覚ない…んだよね?


 はぁ…。
 紺野の肩に乗せた腕に身体を預けて、ずるずるとへたりこむ。

「後藤、さん?」
37 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/07(土) 00:05

 …ねえ、紺野。
 
 あたし、ヤキモチ焼いたのなんて、初めてだよ?
 大事で手が出せないのに、触れたいなんてジレンマも。
 こんなにびっくりさせられて、でも、たまらなく嬉しかったのも。

 まして、
 ――腕の中でうろたえる紺野が、愛しい、なんて。

「……まいったなぁ」

 言葉とは裏腹に、口元が緩んでいくのが解った。

 恥ずかしくて、
 情けなくて、
 照れくさくって、
 自分にびっくりして。
 
 そしてすごく、…くすぐったい。
38 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/07(土) 00:08

「――紺野」
「はい」
「……また後で、ポッキー食べよっか」
「は…―――!?」
「あはっ。今度はごとーが買ってあげるからさ」

 ちょっとした仕返し。
 あたしばっかり、どきどきさせられて、ずるいよ、紺野。

 言葉の意味を察したらしい紺野の耳が熱くなっていくのを感じながら、あたしは腕を解いた。

「じゃー、行って来るね。後でねー」

39 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/07(土) 00:09

 ――二度目は、背伸びしなくていいように、あたしから、紺野にキスをしよう。

 初めての自分だらけで、どうしたらいいのか、あたしだって解らないから。



 ―――そうしたら。

 もっと君と一緒にいたら。

 今度はどんな自分に会えるかなぁ?






−END−
40 名前:キスまでの距離=…… 投稿日:2004/02/07(土) 00:23
あとがきみたいなものをば…

お気付きの方もいらっしゃるかもです。
「愛あらば〜」での紺野さんのお気に入りの歌詞からできたお話。

ネタはありがちかもしれないですが(ニガワラ …ごめんなさいっ。
あ、時間的にちょっと遡ります。初々しさが出ればなぁ、と。

一本目と作風がかなり違いますが、こういう甘々風味もアリで、
…いかがでしょうか?
41 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/07(土) 00:27
続けて更新してみたり。

三本目にして、後紺から浮気です(え

短編・田亀を、田中さん視点でどうぞ。
42 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:28

しろくて、ちっちゃくて、ふにゃっとした、あなたの手。

そっと包んで、あなたと一緒に、歩いていこう。

43 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:30

「えーりー?どこおるんー?」

 何度繰り返したか分からない台詞。
 もう一度言って、少しげんなりする。

 一緒に探してたさゆは、「そのうち出てくるよ」って楽屋に戻っとうし。

 確かにね、リハ終わったし本番までどこにいてもよかと。
 でもこげん長か間おらんと、気になっとよ。

 楽屋にもおらんし。

 ケータリングでは、紺野さんを探してたらしい後藤さんが、お皿いっぱいのかぼちゃと紺野さんを抱えていくのは見たけど。
 …仲良かったとねー?意外。

 でも絵里はおらんし。


 最有力候補の衣裳ケースの隙間にもおらんとよ?

44 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:31

 絵里、ぼーっとしとうし。
 どこで寝とるかもわからん。

 どっか狭いトコ入って抜けれん、とか…一番ありそうで嫌なんけど。

「えーりー」

 辿り着いたのは、器材だのセットの道具だのが保管されてる倉庫みたいなところ。

 さすがにおらんよね…。
 ホントどこにおっと?
 楽屋帰って寝てたら怒るよ?

「――…れーな?」
45 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:32

 帰ろうとした足をぴたりと止める。

「絵里?おるん?」
「れいなだぁ。こっち来てー?」

 …そんな甘えた声出さんでよ。心臓に悪か……。
 ――って、

「ドコおるかわからん」

 声はすれども。

「ここだよぉー」
「ここ、じゃわからん。ちゃんと言い。――ってか、絵里が出てきぃよ」
「…れーなのばか」

 声を頼りに歩く足が、思わず止まる。
 …ばか?
 探しに来た人間に向かって何ね?

「…もう探してやらん。帰る」
「だってぇ」
「だって、じゃなか―――あ」

 ――…いた。
46 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:34

「絵里」

 拗ねた時の口癖を呟いたっきり、何も言えずにむぅって膨れた絵里。
 セットの器材の裏、二つ並んだロッカーの間。

 …まーたそんな変なトコに……。

「何しとう」
「…れーなのいじわるー」
「はいはい。ばかでも意地悪でもよか。――はよ出てきぃ」

 ため息をつきながら言ったら、じとってこっちを見た絵里が俯いた。

「なんね?」
「……出れない、んだもん」

 むーって、膨れた頬がぽそっと言う。

 恥ずかしいって意識はあっとね?

 けど。――何でそう予想通りの行動すると…?

「…出れないなら最初っからそぅ言い」
「れーな、怒るもん」
「別に怒らんよ」

少し呆れとうけど。
47 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:35
 入るとこだけ少し狭くなってるロッカーの隙間。
 片方のロッカーを押して隙間を広げる。

 …結構力いっとね…

「…ほら」
「ありがとぉ」

 差し出した手を、ふにゃぁって笑った絵里が取る。

 文句の一つでも言おうと思ったのに、……そんな顔されたら、何も言えん。

「…楽屋戻るよ」

 顔が赤くなった気がして、取った手をそのまま引いて、歩きだす。


 ――絵里の手、小さか。

「――つか、何であんなトコおったと?」
「だって衣裳ケースのトコにいるとみんな覗いていくんだもん」

 みんな、狭いトコが落ち着くって絵里の変な癖知って、面白がっとうけんね。

「でね、あそこ見つけて、そしたら、いつのまにか寝ちゃってたんだぁ」


 …絵里らしか。

 後ろで呑気に説明する声に思わずため息。
 あたしより歩くのが遅い絵里は、必然的にあたしの少し後ろを歩く。
48 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:37
「あのまま出られんかったら、どうするつもりだったと?」

 階段を上りながら、頭一個分低い所にいる絵里を振り返る。
 見下ろした絵里はきょとん、てしとう。
 絵里のが背高いけん、見下ろすと変な感じ。

「本番まで気づかれんかったら、どぅしたと」

 ちょっとだけキツい口調で言ったのに、何の効果もなく、絵里はふにゃふにゃしたいつもの笑顔になる。

「だって、れいな探してくれるでしょ?」
「――――」


 ―――…何てね?
49 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:40

「だから、大丈夫かなぁって」

 ―――…不意打ち。…ずるかよ、絵里は。

「て、寝てたられいなの声がしてー、起きたの」


 あたしが探すのは、絵里だから。
 年上なのに、ほうっておけん、絵里だから。
 …分かっとうと?

「…次は探さん」
「何でぇ?」
「…一回怒られとき」
「いーもん。そんな事言ってても、れーな探してくれるもん」


 …そんな事、あたしが一番分かっとうよ。
 思ってることと反対に、ぶっきらぼうになる自分がいるのも知っとう。
 …どうしていいか、分からん。


 だって。


「知らん。もぅ、行くよ」



 ―――絵里ん事、好いとう。
50 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:43

「あ、れーな、れーな」

 熱くなった顔を絵里から背けようとした途端、つないだ手をくいくいってひっぱられる。

「なん…―――」


 ちゅ。



 ―――…は!?



「探してくれたお礼」

 思わず唇を手で押さえたあたしを気にするでもなく、えへへ、って絵里が笑う。

 ほっぺにちゅーするんなんか、いつものことだけど。
 ―――…今のは、もうちょいずれたら、……たら。

「――…絵里のあほ」
「なぁんでぇ?」

 絵里がむぅって頬を膨らませる。下から見上げてくるせいか、いつもにもまして幼く見える。
 …あぁ。背伸びなんかするから、あんなトコに……。
51 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:44

「こんなんお礼にならん」
「れーながぜいたく言ってるー」
「うるさか」

 恥ずかしくて、どうにかなりそう。

「じゃぁ、ちゃんとちゅーする?」
「…っ、あほ!」

 何言いだすん!?

「? れーな、顔赤いよ?」
「――もういーから!はよ戻ろ」

 耳まで熱くて、絶っっ対何も考えてない絵里の手をくいっと引っ張って早足で階段を上る。
52 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:47

 不思議そうにしてた顔もすぐに戻って、いつもどおりのほのほと。

「れーなの手あったかいねぇ」

 あたしの後を歩く絵里。
 …なんか、やっぱ敵わん。


 そう言う絵里の手は、やっぱり小さくて、柔らかくて。

 あたしがこんなにそっと手を繋ぐのは絵里だけだって。
 絵里はきっと知らん。


 …知らんでも、良かね。

 これからも、きっとずっと、この手は絵里専用やけん。
53 名前:てのひら 投稿日:2004/02/07(土) 00:48


 君が温かいと言ってくれるてのひらで、

 君の小さな手をそぅっと包んで。
 

 君と二人、一緒に歩いていこう。



−END−
54 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/07(土) 01:06
あとがきっぽく…

「愛あらば〜」お気に入りの歌詞、田亀Ver.
田中さんのお気に入りらしいですが。さて、「初恋」は果たしてどちらがしてるんでしょう?(謎

ところで。…田中さん、訛り過ぎです、多分。
難しいですね、博多弁…一応永井は同地方圏出身者なんですが(ニガワラ
勉強します。

これもまた甘々でした…呆れられてないか、少し心配です(w
次も頑張りますので、またお付き合い下さると嬉しいです。
55 名前:ROM読者 投稿日:2004/02/07(土) 06:09
更新お疲れ様です。
まるで木漏れ日の中にいるような、ほんのり暖かくて柔らかい
お話で、心が和みます。

蛇足ですが、43の部分の後藤さんでツボにはまり、呼吸困難
に陥りました。その姿を想像したら・・・(爆笑)
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/07(土) 10:47
田亀、最高によかったです!
隙間に入って出られなくなる亀井かわいいっす(w
キャラがあってるし、実際にありそうで萌えましたv
57 名前:やよ 投稿日:2004/02/08(日) 00:48
更新お疲れ様です。
後紺いい!!
大好きなCPなんで
もう嬉しくて初レスしちゃいました。
甘々な後紺も楽しみです。応援してます〜。
58 名前:名無し読者79 投稿日:2004/02/08(日) 10:53
うぉ2作も更新されてる。
いやーどちらも好きなCPなのでうれしいです。
甘甘な後紺もいいですね。田亀も実際探していそうで田中さん…(爆
次回も楽しみにしています。
59 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/09(月) 23:09

>>55 ROM読者 さま
感想ありがとうございます。
木漏れ日ですか…あったかくていいですね。素敵な感想、嬉しいです。

後紺出演気づいて頂いたみたいで(嬉
こんなカンジですかね?↓
(((( ´Д`)<(んぁ、いた)…紺野ー
川o・-・)ノ<(あ、後藤さん…っ)……もぐもぐ(ぺこり)
( ´Д`)<……。
川o・-・)ノ<…後藤さん?
( ´Д`)<……おいしそーだね?(紺野が)
川o・-・)ノ<後藤さんも食べますか?
( ´Д`)<…いいの?
川o・-・)ノ<はい…っ
( ´Д`)<そっか、じゃぁ…(ひょいっ)
Σ川;・-・)ノ<ご、後藤さん…っ!?
(((( ´Д`)<いっただっきまーす♪

…想像と違ってたらごめんなさい(馬鹿
これにこりず、またお付き合いくださると嬉しいです。

>>56 名無飼育さん さま
ありがとうございますっ。
田亀気に入って頂けたみたいで、嬉しいです。
亀ちゃん、はまってそうですよねー、隙間に(え
そして田中さんが手を焼く、と(苦笑
時々書きたいなーと思ってるので、後紺ともども、また萌えてやって下さい。

60 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/09(月) 23:11

>>57 やよ さま
応援ありがとうございますっ。そして初レス記念〜(ウチでいいんでしょーか/汗
後紺、お好きですか?同志ですね〜(笑
これからも、甘々、ガンガン行きます(ぇ
お付き合いよろしくお願いします。

>>58 名無し読者79 さま
ありがとうございます〜。
田亀もお好きだそうで、お楽しみ頂けたでしょうか。
探してそうですよね…いかがですか、田中さん。

从 `ヮ´)<…仕方なか。おらんくなっと、しんぱ…
ノノ*^ー^)<…れーなー?出られないよぅ…(今度は衣装ケースにはまってみる)
Σ从 ;`ヮ´)<………(ため息)

永井の思考はこんなんですが(え
ぜひまたお付き合いくださると、嬉しいです。
61 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/09(月) 23:18

ではでは、皆様のレスに浮かれモードで、今日の更新。

リアル短編・後紺です。少し前のお話です。

今回、ほんのちょこっとだけ、エロ(もどき)があります。
苦手な方、18歳未満の方は、要注意です。
62 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:19


 何でもないような、何気ない日常。
 何でもないような、何気ない風景。


 アタリマエみたいに過ごせる日々が、ねぇ、こんなにも愛おしい。

63 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:20

「……こんの、力抜いて?」

 囁くような、優しい声が頬を掠める。

「―――…っ、でも……っ」

 じわじわと浮かんでくる涙で大きく揺れる黒く円い瞳に映る、細められた視線。

「大丈夫だから…」

 細く長い指が、さらりとした黒髪に絡みついた。
 皮膚の上を滑る感触を楽しんでから、紅くなった耳の上にゆっくりとそれを掛けてやる。

 唇から言葉が放たれる度、緩やかな吐息が一緒になって、紅潮した頬を撫でる。
 …それが通り過ぎるごとに、身体の熱が上がっていく事に気付いているのか、いないのか。

「―――…い、痛くないですよね…?」
「大丈夫だから力抜いて、って…紺野」
「…でも、でも……っ」

 きゅぅっと、縋りつくように服を握り締めた手に力が籠もる。

「…こんの」

 名前を呼ぶ声にすら、ぴくりと反応する小さな肩。

 髪を撫でた手がするりと滑り込んで目元に触れると、
その目蓋は熱を持ったまま、強い力で視界を覆う。


 …その仕種に引き込まれる様に、
すぐ近くで息を潜める薄紅の唇に、口吻を落とした。

64 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:22


「――――――…っ、…なんでそぉなるんですか…っ」

 しばしの間続いた口吻から解放されるなり、乱れる呼吸を整えながら紺野が声を上げる。
 本人にしてみれば荒げたつもりの声も、呼吸のリズムに呑まれて弱々しく響いただけ。

「だってさぁ」

 腕の中で恨めしげな視線をくれる紺野に、後藤は拗ねた子どもみたいに唇を尖らせてみせる。

「紺野があんなかわいい反応するからだよー」
「………」

 至近距離でじっと見つめられて、そんなことをさらっと言われて。
 口吻の余韻にもあっさり捕まって、紺野の顔が真っ赤に染まる。

65 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:23

「―――…ってことで、ひとまず休憩」
「…ふぇ?」
「紺野、まだ心の準備できてないみたいだし」
「だって痛そうじゃないですか…」
「痛くないってば」
「……うぅ」

 ちらりとすぐ傍のテーブルの上に目を向けて、
後藤の手元へと視線を移す。


 そこには。

 ごくごく普通の、どこにでも売ってる、ピアッサー。
 さっきまで紺野の耳朶に当てられていた、氷を包んだタオル。


 紺野の耳朶は、十分すぎるくらい冷やされて、もう感覚は麻痺しているハズ。
けれど。

 まだ潤んでる紺野の瞳に、自然と後藤の視点が定まる。

 耳を冷やしている間もずっと「痛くないですよね」って、不安げに後藤を見上げてた。

66 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:24

「んー…やめる?」
「何をですか?」

 不安げに聞いた後藤に、きょとんと紺野が聞き返す。

「ピアス開けるの」
「いぇっ!それは嫌です…っ」
「…そっか」

 はっきりと返された強い意志に、後藤の表情がふにゃりと柔らかくなる。

 はにかんだ少し幼いその表情にどきりとして、紺野はこくこくと頷いた。
67 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:25


 ―――発端は、後藤から紺野へのプレゼント。



 ピアスを開けていないのは、承知の上だったから。

 持っててくれればいいんだけど。そう言った後藤に、
 …ピアス開けるのって、大変ですか? 真剣な顔で訊き返した紺野。

 不安はあったけれど、迷いはなかった。

68 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:27

 その時の、びっくりしながらも照れくさそうにはにかんでくれた後藤の表情が、
今の、それにも負けないくらいの笑顔と重なる。

 そんな表情が、自分に向けられていることがたまらなく嬉しくて。

 紺野はよし、と両手で小さく拳を握る。


「もう大丈夫です…っ…――――!?」

 決意と覚悟を固めて顔を上げた。…ハズ、だった。


「ごごっ、後藤さ……!?」

 きりっと引き締めた筈の紺野の表情があっという間に、あたふたと慌て始める。

「んー…?」
69 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:29

 ―――肩に埋められた、頬。

 紺野の首に、自分のものじゃない吐息が柔らかくかかる。

「な、何してるんですか…っ」
「あはっ。紺野がかわいーから」

 僅かに掠れた、熱を帯びた声音。

 ちゅ、と首筋に軽く唇が吸い付いて、紺野はぴくりと肩を震わせた。

「……こんの」

 素直な反応に口許を緩めて、後藤はそのまま首筋を唇で辿る。

 白い、滑らかな肌が、唇をやんわりと刺激する。
70 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:30

「………」
「―――…さっきの紺野、初めての時みたいだったね?」

 耳のすぐ後ろで囁く声が、耳朶に響く。
 後藤の唇に触れる、ひんやりとした感触。

「耳朶、冷たいねぇ」
「…って、冷やしてました、から…」

 ぱくん。
 冷たくなった耳朶を後藤の唇が食む。

「……っ」

 皮膚感覚は鈍っているだろうに。
 何故だかそれだけ鮮明に伝わってくる、唇の熱。

「紺野、耳弱いよねー…?」

 包み込んだ唇の中で、かり、と軽く甘く歯を立てる。

「…ごと……」

 唇と声色の熱さで、耳の冷たさが、じわじわと溶かされていくのが解る。


 先刻、耳に掛けた艶やかな黒髪を、指で梳いて、かき上げて。
 熱を孕み始めた耳のなだらかなラインを、吐息でなぞる。


 …細い肩の上で、きゅっと握り締めた手が、小さく震えた。

71 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:32
 ―――次の瞬間。

「――…んじゃ、休憩終わり」

 あっさりと解放された、耳元の熱。
 ―――…ふぇ?

「あ、氷替えなきゃねぇ」

 顔を真っ赤にしたままの紺野が、何事もなかったかのように手元のタオルを確認する後藤を視線で追いかける。

「……ごとう、さん?」
「ん?」
「………」
「覚悟できたんでしょ?」
「……はい…」
「んぁ?―――あ。何、紺野。つづき、したい?」
「いぇっ!したくないです!」

 何か言いたげな視線に気付いた後藤の意地悪な質問に、紺野は大きく首を振る。

 そんな潤んだ目で言っても、説得力ないけどね?

72 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:34

「後でねー」
「違いますってば!」
「開けちゃったら、しばらく耳触ってあげられないからねー、とりあえず」
「と、とりあえずって…っ」
「んー、感触と反応覚えとこうかなって感じですか」
「……反応って…っ」

 疲れたように肩を落とす紺野のまだ赤い耳を見ながら、後藤は堪えきれずに笑みを零す。

「あはっ、こんのー、可愛い」
「…もぅやめて下さいよぅ…うぅ」

 ぽんぽん、と髪を撫でて、後藤は紺野の顔を覗き込む。
 別の意味でだいぶ疲れたらしいけれど。少しは緊張とれた、かな?

「や、ホラ、あたしだって我慢するんだから」
「ふぇ?」
「さっきみたいな紺野の反応見るの好きなのにさー。ねぇ?」
「…知りません」
「なんだよぉー……あ、ピアス付けてからも、…いーかもねー…」

 ぽそりと付け足された言葉に、紺野の頬の熱が再発。

 ね?なんて、訊かないでください。

73 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:35

「――…そういえば、何でいきなり、ピアスなんですか?」
「んぁ?」
「…だってさっき、…我慢する…とか」

 自分で反芻した台詞に紅く染まっていく紺野を、はた、と見返す。

 ――…そーですか、そこに引っかかりますか。じゃあ。

「えー…紺野が、耳弱いから?」
「…もういいです」

 紺野がくるりと身体の向きを変える。
 ソファの腕に手を掛けた紺野の背中。髪から覗く、耳が赤い。

 からかう後藤に拗ねて、でもやっぱり少し、恥ずかしいらしい。

74 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:35

「―――…こーんの」

 拗ねさせているのは自分なのに。

 そんな表情を見せてくれる彼女がいとしくて、後藤は口許が綻ぶのを抑えられない。

 背中から、ゆるりと腕を回して。
 俯く頭のてっぺんに、軽いキスを落とす。

「…あのね?」
75 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:36

 誕生日でも、記念日でもない、プレゼント。

 渡した時の嬉しそうな表情が、自分こそ、堪らなく嬉しかった。


 似合いそうだったから、あげたくって。
 …そう言ったのも嘘ではないけれど。


 指輪でも、ネックレスでもなくて、開けてないって知ってたピアス。


 本当に、持っていてくれるだけでも良かったんだけど。
 いつか、開けた時にしてくれたらなぁ、って思ってた。


『つけたいんです』
 そう言ってくれた真剣な顔が、どれだけ愛おしかったか、わかる?

76 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:37

「ピアスって、耳に穴開けるでしょ?」
「…はい」

 今までこんな風に考えたことなんてなくて。
 なんて言ったらいいか、よく解んないんだけどさ。


「――身体の中まで、…奥まで、触れられるものかなぁ、って、思って」

「………」

「それに、耳って、そんなに他の誰かに触らせたり、
誰かが触れたりする場所じゃないし、さ。」

「………っ」

「そういうのをあげられるって、いいなぁって。
つけてて欲しいなぁ、って、思ったわけですよ」
77 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:38

 君への、プレゼント。
 何でもない、この日だからこそ。

「ごとーが、紺野にあげたピアスを、さ」


 他の誰でもない自分が、
 他の誰でもないきみに。

 君と自分の、秘密の場所で。
 君と自分を、より深く、繋ぐように。


 …そんな意味と、願いをこめて。


78 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:39

「しかもさ、その人がそのために、怖いのに開けてくれるって、…いいよね?」
「…後藤、さん」
「すごい、嬉しい」

 ゆっくりと振り仰ぐと、照れくさそうにはにかむ、後藤の笑顔があって。


「―――私が後藤さんにピアスあげたら、つけてくれますか?」
「…楽しみにしてるね?」


 紺野は、つられるように笑みを一層深くして、

 …そっと降りてきた口吻に、静かに目蓋を落とした。

79 名前:ピアス 投稿日:2004/02/09(月) 23:40

 いつもどおりに、過ぎていく風景。
 きっと今まで、アタリマエみたいに、過ごしてきた出来事。

 そんな日々が、あなたといると、とても大切なものになる。

 ほんの一瞬。
 些細な一言。
 柔らかな表情。
 触れた温もり。


 何でもない日々の、アタリマエだから。
 大切なこと。
 大切なものになること。


 そんな風に思えるあなたと一緒に。
 アタリマエを過ごせる、そんな、何よりも大切なもの。

 …それが何より、愛しいもの。




−END−
80 名前:あとがき 投稿日:2004/02/09(月) 23:43
…長くなりました(平伏
そして、甘いです。砂吐きそうです(え
いっそ吐いた砂に埋もれてしまおうかと(切実

ここ2ヶ月くらいで紺野さんを見始めた永井の、
「――…紺野ってピアスしてたんだ…!?」
という衝撃を文章化すると、こうなります(爆
…イエ、してないだろうな、と勝手に思ってたんで(お

いつの話だ、という突っ込み、受け付けております(苦笑
紺野さんがいつ頃ピアス開けたのか、未確認なんデス。

あ、ピアスホールを開けるときは、出来るだけ病院で(笑

最近甘い話ばっかりですが、またお付き合い下さると嬉しいです。
81 名前:ROM読者 投稿日:2004/02/10(火) 09:40
更新お疲れさまです。
>いっそ吐いた砂に埋もれてしまおうかと(切実
一緒に埋まってもいいですか?寸止め(?)の劇甘で
じわ〜んと、身体の芯まで温まりました。

あと、前回レス返しのAAトークありがとうございました。
全くあの通りの光景を想像していました。(身悶え・・
82 名前:名無し読者79 投稿日:2004/02/11(水) 21:15
ロマンチックですね。うっとり…。
ごっちんのふにゃっとした笑顔が浮かんできます。
甘いお話大好きです。紺野さんが可愛すぎです。
次回も期待して待ってます。
83 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/17(火) 00:08

感想ありがとうございますっ。

>>81 ROM読者 さま
一緒に埋まってくださいますか?
心強いっす。ありがとうございますvv
AAトークも、お気に召して頂けたようでvほっとしました。
本編では温まって頂けたみたいで、光栄です。
春一番が吹いたとはいえ、まだまだ寒い日が続きますから、風邪など召されませんように。
また、温かくなれるようなお話を書けるように頑張ります。
宜しかったらまたお付き合い下さると、嬉しいです。


>>82 名無し読者79 さま
ごっちんの笑顔を思い起こして頂いて…っ
本望です。
二人とも笑顔でいられるお話が書けたらなぁと思ってますです。
で、甘いお話になる、と(苦笑
そんな話に毎回お付き合いありがとうございます(平伏
これからも頑張りますので、お付き合い下さると嬉しいです。
84 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/17(火) 00:10

約一週間ぶりの更新です。…浮気です(え

リアル短編・田亀を、田中さん視点でお送りします。
85 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:12

 ふにゃぁってした笑顔で、隣にいる君が。
 どんなことを考えているのか、分からないけれど。


 ――願わくは。

 この場所にいる君の、
 その笑顔が途切れませんように。


86 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:14

 ―――…一瞬、時間が止まったような気がした。
 その直ぐ後。

「―――――……!?」

 言葉にならない声を上げかけた口を、慌てて手で押さえる。


 ――…えぇ…っと……?

 さっきと同じ行動をもう一度やってみる。
 夜中にふと、目が醒めて。
 サイドボードの時計を見ようと寝返りを打とうとして、出来んくて。
 不思議に思いながら、後ろへとゆっくり首だけを動かした。


 ――…絵里、やんね?

 視界の端に、絵里の寝顔。これは別に見慣れてるけん、良かと。


 ―――ただ。
 何で、あたしの背中にへばりついて寝とうと…?

 んー…?
 頭が、働かん。
 ベッドに潜り込んだ頃までは覚えとう。
 …今日のあたしの機嫌と気分は最悪やった。




87 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:15



 ―――何でよりによって、こんな日に。

「ねーねー、れーな」
「――…なん?」
「さゆのトコ遊び行こ?」

 にこにこと話しかけてくる絵里。
 小首を傾げて、いつも通り、本人が自覚してない甘えたモード。
 普段のあたしなら、きっと何とも思わずに一緒に行くんだろうケド。

「――あー…」

 手にしてた携帯を枕もとの充電器に置くカチンて音が、妙に耳障り。

「…今日は、やめとく」
「え?」
「疲れたけん、もう寝たかと」

 なるべくいつもと変わらないように言ったつもりが、あからさまに不機嫌そうな声が出て、
自分でもびっくりした。

「そっかぁ…」
「絵里、行ってきぃよ。…あたし、先寝とうし」

 ちょっと残念そうな声。
 あたしの態度に気付いているのかどうか、携帯を見下ろしたままのあたしには分からん。
 絵里のことだから、気付いとらんやろーけど。

 ……絵里の顔、まともに見れん。

「んー…じゃあ、ちょっとだけ出てくるね?」
「…ん。先寝るけん、…おやすみ」
「うん。おやすみぃ」

88 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:16
 そーっと閉じられたドアの音を背中に聞きながら、小さくため息をつく。

 …何で今日に限って、同じ部屋なん?
 明日になれば、きっといつも通りに遊びに行けたと。

 ―――…行けた、やろーか…?

「……情けなか…」

 ぽす、と枕に顔を埋めて、そのまま、もそもそときれいに整えられたベッドの中に潜り込む。

 本当はそんなに眠くもないけど、ああ言った手前、絵里が帰ってきた時に起きてたら、
きっと心配するけん。


 行けないホントの理由、…絵里はきっと、気付きもせん。
 …つーか、絵里にだけは、言えん。




 ――…ヤキモチ妬いとう、なんて。

89 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:17

 頭から離れん。
 …吉澤さんに抱きつかれた時の、絵里の照れ臭そうな笑顔。
 吉澤さんが誰かに抱きつくのに理由なんかなかし。
 別に今日が初めてじゃなかし。
 絵里はいつもにこにこしてるけん、照れたその笑顔に特別な意味はないってこともわかっとう。

 けど。

 イライラしてる自分がおる。

 そしたら、さゆと仲が良くて楽しそうなのも、…何か、気になって。

 あたしといる時の絵里は、どんな表情してたかな、って。
 そんなことも考えたと。

 ヤキモチって言うとちょっと違うんかな?

 …あたしにだけ、見せる表情が欲しかとかもしれん。
 あたしの隣で、絵里に笑ってて欲しかとかもしれん。


 …どっちでも、情けないことに変わりなか、ね。
 絵里に対してまでぎくしゃくしとう自分が、一番情けなか…―――




90 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:18


 ―――――…そんなことを考えてて、いつの間にか寝てしまったらしか。

 でももう、完璧に目、醒めた。
 頭もだんだんはっきりしてきとう。

 絵里が帰ってきたのも気付かんかったけど。
 いつのまにこっちに潜り込んだん?…つか、何で潜り込むと?
 絵里のベッドはあっちやろうが。


 …背中に、絵里の体温と、規則正しい寝息。


 身動き、取れん。
 心臓、ばくばく言い過ぎて痛か。


「――――…んー………」

 背中からした声と、浴衣に擦りつけられる額の感触に、びくんて身体が反応する。

91 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:19

「――……な……?」

 小さな、かすれた呼吸。
 あ、――起こした?

「……れーな…?」

 眠そうな舌っ足らずの声に呼ばれて、ゆっくりと身体ごと向きを変える。
 目の前に、こしこしと目を擦る絵里。

「…起こしちゃった…?」
「や、それはあたしの方やけん」
「んー…」

 まだちゃんとは起きてないらしい絵里に、浴衣の袖口をきゅって掴まれる。
 ―――…そういや、さっきまでは背中の方掴んでたっけ。

 そんで、起こしたか訊くって事は、寝ぼけてベッド間違えたとかじゃなかとね?

「…どげんしたと?」
「なーに…?」
「何で自分のベッドで寝らんと?」
「…んー……怖い夢、みた」
「―――…は…?」

 ―――…小学生か、あんたは。
 思いがけない理由に、一瞬絶句。

「…だって、怖かったんだもん」

 すぐ傍で絵里が頬を膨らませるのが分かる。

「…別に何も言っとらんが」
「何か言いたそうだもん」
「あー…」

 何だか、なぁ…力、抜ける。
 さっきまでのあたしの心拍数、返せ。絵里のあほ。


92 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:21

「――っつか、起こせば良かろーが…」

 人の背中にくっついて、怖いのってなくなるもんかね?

「だって。…れーな、機嫌悪かったから」
「――――」

 ――…気付いてたと?

「疲れてるって言ってたし。起こしちゃ駄目かなぁって思ったんだけどね?」

 ……あー…何しとう、あたし。
 自分のヤキモチで、絵里に気使わせて。

「れーなの傍行ったら落ち着くかなぁって、くっついてみたの」
「……え?」

 ――――今、何て……。

 逸らしかけてた視線を絵里に戻す。
 薄暗がりの中の、絵里の笑顔。

「れーなが大丈夫、って言ってくれたらホントに大丈夫な気がするのとおんなじ。
くっついてたらね、ほっとして…寝ちゃってたんだねぇ」


 ……ふにゃふにゃした絵里の笑顔見てると、あたしは、それだけで幸せになれると。


「今日、れーなと同じ部屋でよかったぁ」

 絵里がふわって笑う。

93 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:22

 …あぁ。
 ヤキモチなんか、妬かんでよかったと。

 絵里の中に、あたしはあたしで、ちゃんとおる。
 …誰かと比べる必要なんか、なか。


 他の人にできること。あたしにはできんかもしれん。
 でも。
 他の人ができんこと。あたしだけができることがある。


 あたしに向けられてる絵里の笑顔は、あたしにしかさせられんもの。
 あたしがこんな風に思うのは、絵里にだけできること。


「――…れーな?」
「…あ。なん?」
「このまま一緒に寝てもいい?」
「…よかよ」

 えへへ、って嬉しそうに笑う絵里。
94 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:22

 あたしの隣にいる絵里には、笑ってて欲しか。
 独り占めしたくないわけじゃなかけど。

 そんなことより何より、…絵里には、笑ってて欲しか。


 今のあたしはまだまだ幼くて。
 絵里を困らせたり、悲しませたりするかもしれんけど。
 それでも。
 
95 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:24

「あ」

 絵里の笑顔に、ふと、思い出したことがあって。

「…えり」
「う?」

 不思議そうにあたしを見返す絵里にそーっと腕を伸ばす。
 そのまま、ぎゅってしたら。
 あたしの腕の中に、絵里の微笑が広がった。
 あたしはきっと真っ赤やろうけど。


「…こうしてたら、怖い夢、見らんやろ?」
「…覚えててくれたんだぁ」


 狭いトコが好きな絵里。窮屈なのが、好きなんかな。…変なの。


 ―――抱き締められると落ち着くって、いつだったか、言っとった。

96 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:26

「…こんな変な癖、そう忘れん」
「変じゃないもん」

 むぅって反論する声が、何だか台詞とは裏腹に嬉しそうで、
…なんかもう、すごい恥ずかしか…。

「はいはい。変じゃないデス」
「心がこもってなーい」

 声が近くて、耳が熱い。
 心臓の音、絵里に聞こえそう。

「――…もー、寝る。明日起きれん。絵里も寝ぇよ」
「…うん。――…れーな?」
「なん」
「朝までこーしててね?」
「……わかっとーよ」
「ありがとぉー。おやすみ」
「…おやすみ」

 ぶっきらぼうな低い声なんか、通用するはずもなく、
ちょっと眠そうな声からは、絵里のふにゃふにゃ笑顔が見えた。


97 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:27


 ―――…絵里が笑ってると、嬉しか。


 困らせたり、悲しませたりせんように、もっと大人にならんと。
 …ヤキモチも、なるべく妬かんように、…する。
 他の人にできること、あたしもできるようになっちゃる。


 …やけん、

 あたしの隣にいる時は、絵里には笑ってて欲しか。

98 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:29

「……れーなー…?」

 うとうとしかけた時、同じようにもう殆ど寝る直前の絵里が、あたしの浴衣を微かに掴んだ。
 寝言に近い、くぐもった声。

「…なん…?」
「――…『絵里の恋人になる人は大変だね』って言われたことある…」
「……は…?」

 急に何ね?

「…『抱き締めてばっかりになりそう』…って」
「…あー…まぁ」

 ずっとくっついてるってワケにもいかんしね。
 …あたしは別に、大変じゃなかけど。

「…れーなは…抱き締めるの、…好き?」
「―――…え…?」
「抱き締めるのー…好き?」
「…え、あ、……うん」

 絵里限定でなら、やけど。

「そっかぁ…じゃぁ…いーや…」

 ―――……は…? …え? …何てね?

「絵里?」

 返事の代わりに返ってきた、静かな寝息。

99 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:30

 ―――…今の、なん?

 眠気なんか一気になくなって、あたしは呆然と絵里の寝顔を見つめる羽目になる。
 起こすわけにもいかんし。

 一人で納得して寝るなって。あほ絵里。
 つか、……えぇ…?

 何でかさっきよりずっと熱くなっていく頬を止められずに、
これを見られるよりは寝ててくれたほうがマシかぁ、って、一つため息。

 人の気も知らんと、幸せそうに寝てる絵里。


 ―――…今夜は、眠れそうになか…。

100 名前:君の隣で見る夢は 投稿日:2004/02/17(火) 00:31


 無防備な表情で、隣で寝てる君が。
 どんな夢を見てるのか、分からないけれど。


 ――願わくは。

 君がこの腕の中で見るのは、
 しあわせな夢でありますように。







−END−
101 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/17(火) 00:33

田亀でした。
田中さんの「自分がこどもっぽいと思う」発言から(え
何てゆーか、…頑張れ、田中さん(謎


田亀、また書くやもしれません…。
ご、後紺も頑張ります。
ので、またお付き合い下さると嬉しいです。
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/17(火) 02:27
田亀もイイYO!
103 名前:ROM読者 投稿日:2004/02/17(火) 03:55
やばい・・・そーとーいいっす。このほわ〜んとした空気。
TVとかライブMCからの想像でしかないけれど、きっとこんな
感じなのかなって。とても共感できます。
104 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/21(土) 07:27
えりれなかわいい!
田中さんが振りまわされっぱなしなのが微笑ましいです。
さゆれなも好きだけど。
105 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/21(土) 23:50

感想ありがとうございますっ。

>>102 名無飼育さん さま
田亀気に入って頂けたみたいで、嬉しいです。
良かったら、これからもまた、お付き合い下さると嬉しいですー。

>>103 ROM読者 さま
いつもお付き合いありがとうございます。
亀ちゃんのほわ〜っとした笑顔に、ウチの田中さんだけでなく、
永井もヤられている今日この頃です(ぉ
ほわ〜んとしてますか?気に入って頂けたようでvv
ほのぼのとした雰囲気が伝わればなぁ、と思っていたので、嬉しいです。
これからも、共感していただけるお話を書いていけるよう、頑張っていきます!!


>>104 名無しさん さま
かわいいですか〜ありがとうございます。
ウチの田中さん、亀井さんには敵わないようで(笑 ちょっと、…ヘタレ(爆 かもです。
まぁ、振り回されつつも、色々考えてるみたいなので、成長していって欲しいですね〜(ぉ
さゆれなもお好きなんですね。
永井はイマイチ道重さんが掴みきれなくて(汗、読むのは好きデス〜
また、お付き合い頂けたら、嬉しいです。

106 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/21(土) 23:54
気付けば、100レス越えました(嬉
これからも頑張っていきます〜!

では、張り切って今日の更新。

リアル短編・後紺です。第三者視点ですが、紺野さん寄りです。

107 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/21(土) 23:55


―――あなたの、夢を見て。


いつもと変わらぬ笑顔が、とても幸せで。
けれど何故だか、たまらなく泣きたくなったんです。


108 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/21(土) 23:56

「んー……」

 ―――そろそろお仕事終わる頃かなぁ…。

 ベッドの上で、ころん、と転がってみる。
 
 目に入った壁の時計と、手にした携帯電話の画面とを見比べると、
携帯電話の時計が、1分だけ早かった。
 その時計とにらめっこして、かれこれ30分近く。

 特に電話する約束はしていないけれど。
 かけるだけなら、きっと何も問題はない。

 迷っているのは、…他でもない相手の最近の忙しさを知っているから。

「…………」

 はぁ、と、か細くため息をついて携帯電話をたたもうとした。

 ―――その時。

109 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/21(土) 23:57

 思わず手から携帯を落としそうになる。
 携帯から鳴り響く、聞き慣れた着信音。

 …聞き慣れた筈なのに、いつまで経ってもどきどきするのは、いつものことだけれど。


「――…は、はいっ」
『あ、紺野ー?』
「あ、はいっ。紺野ですっ」
『あはっ、ごとーです』
「…からかってます…?」
『やー…いちおー、名乗っとかないとね?』

 電話の向こうで、くすくす笑う声がくすぐったい。
 聞きたかった、声。

「わかります、後藤さんの声なら」
『…うん。ごとーも、わかるよ?』
「…はい」

 照れ臭そうな声に、頬がうっすらと染まる。
 電話越しに伝わる空気が、あったかい。

110 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/21(土) 23:58

『―――ね、紺野、今どこ?』
「? 部屋にいますよ?」
『そっか…』
「後藤さん?」
『あのさ。……逢いたいんだけど』
「ふぇ!?」
『この時間じゃ、お家の人…まずいよね?』
「いぇっ!」

 ―――…びっくり、した。

 唐突に切り出された言葉が。
 不意に真剣になった、声のトーンが。

『ん?』
「…あの、昨日からちょっとだけ北海道に帰ってて…」
『―――…じゃぁ、紺野、今一人?』
「はい」
『……逢いに行っても、いいかな』

 寸分の狂いもなく、心の奥底を攫って行く。
 …何もかも、見透かしているみたい。

「―――――」

 こくこくと頷く声が、言葉にならない。

111 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/21(土) 23:59

『――…返事はー?』

 笑いを噛み殺した、からかうような声。
 …きっと、見抜かれてる。

「――…逢いたい、です」
『…よく出来ました。――じゃあ、今から行くね?』
「はい…」

 ちら、と時計を見遣る。
 あとどれくらい時間が過ぎれば、この声に逢えるだろう?

「後藤さん、お仕事は…?」
『んぁ?終わったよー?』

 今、向かってるとしたら……と、考え出したのと、ほぼ同時。


 ピンポーン。


 部屋に響いた、ドアチャイムの呑気な音。

112 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:00

「…あ、ごめんなさい。誰か来たみたいで―――、一旦切りますね?」

 ベッドから降りて、玄関へと向かう。

 携帯電話を耳から離しかけて、

『えー…やだ』

 再度、取り落としそうになった。

「ご、後藤さん?」
『やーだー』
「あ…あの、すぐかけ直しますから…」

 幼い子供のような台詞。
 時々見せるこんな表情すら胸を突くのだから、性質が、悪い。

『紺野は恋人のあたしよりお客さん取るのー?』
「ち、違います…っ!…って、後藤さん、どこで喋ってるんですか…っ」

 仕事を終えたばかりで移動しているなら、間違いなく、近くには誰かいるだろうに。

 玄関先でわたわたと慌てていると、電話の向うで一瞬、幼い声が笑った。

『―――…紺野の家の前』
「―――――!?」

 声を出すより早く、ガチャリと玄関のドアを開ける。


 ―――刹那。

113 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:01

「…かけ直さなくて、いいよ?」

 紺野の身体は、冷えた空気を纏ったのんびりした声と、柔らかな体温に包まれた。

「ご、後藤さん…!?」
「んー?」

 ラインの途切れた携帯電話の画面の、照明が落ちる。
 カチャ、とドアが閉まる、静かな金属音。

「どうしてここに…っ」
「今から行くって、言わなかったっけ?」
「だって、お仕事終わったばっかりじゃ…」
「あー…早めに終わらせてきた。頑張ったんだよー?」

 後藤の腕の中、ようやく腕を少し緩められて、紺野が顔を上げる。


「紺野に逢いたくて」

 …いい加減、慣れられたらいいのに。
 目の前の笑顔に、相も変わらず、言葉すら失いそうになる。


 髪を撫でるてのひらの動きが、胸に響く。


 自分を包む腕も、手を伸ばせば触れられそうな声も。
 目許が下がると途端に幼くなる、笑顔も。…全部、本物。

114 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:02

 コトン、と音を立ててテーブルの上に置かれたカップから、湯気が立ち上る。

 後藤の身体が冷えているのに気付いて、リビングに移動して。
 慣れない手つきで淹れられたココアに、ありがと、と後藤がふわりと微笑う。

「……?」

 じんわりと伝わる温かさを手に包んだままの後藤にじぃっと見つめられて、紺野が首を傾げる。
 キッチンにいる間も、背中に視線を感じてた。

「やー…ちゃんと紺野だなぁ、って」
「……え…?」
「最近忙しかったからさ、電話とかメールばっかりだったでしょ?」
「はい」
「紺野が足りなかったわけですよ、ごとーは」

 ――…だから、補充しに来たんだけどね。

 照れたように笑う口許が、ココアを一口。

115 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:02

「…昨夜ね? 夢に紺野が出てきてさ、どんな夢だったか覚えてないんだけど」

 どくん、と、心臓が大きく跳ねる。
 静かに置かれた筈のカップの、その音は、紺野の耳に、やけに響いた。

「―――…あー、足りないんだなぁって、逢いたいなー…って」

 少し掠れた、やわらかなトーン。
 二人でいる空気が、身体を包んでる。

「それか、紺野が呼んでるんだと思った」

 照れ隠しの、苦笑い。

「…だからさっきね、夢じゃなくて、ちゃんと本物の紺野だなーって…―――…紺野?」


 ――…携帯越しでも、夢でもない、現実の。

116 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:03

「………」

 必然にさえ思える偶然は、声にもならずに。
 紺野はぱくぱくと口を動かして、真っ赤になるしかできない。

「こんのー?なに、どしたの?」

 不思議そうに首を傾げる後藤が、手を伸ばした先で、むにーっと紺野の頬を柔らかく摘む。

「――!?」
「……やっぱ伸びるねぇ」
「…はんれそんはひゃなひに…っ」
「えー…紺野が落ち着くかと思って」

 ぱ、と手を離されて、落ち着くよりも、少し脱力。

「……落ち着かないですよぅ…うぅ」
「うん。で、何でそんな焦ってんの?」

 ん? 

 下から覗き込むようにして聞いてくる笑顔。
 息のかかる距離が、せっかく静まりかけた鼓動を、もう一度大きく打った。

117 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:04

「……あの、…呼んだかも、しれません…」
「んぁ?」
「さっき、呼ばれたって」
「やー…あれは、あたしが逢いたかったから」

 夢に見たんだよ。
 優しい声に、ふるふると首を振る。

「…誰かが夢に出てくるのは、逢いたくて仕方なかったその人が、魂を飛ばして、
夢まで逢いに来るからだ、って…昔の人は考えてたんだそうです」
「へぇ…そーなんだ?」
「はい。だから、…逢いに行ったのかもしれないです…」




 ―――…逢いたかったんです。


 携帯越しの声は、落ち着くけれど、…あなたに、逢いたくなる。
 メール越しの言葉は、嬉しいけれど、…あなたの、体温を思い出す。

118 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:05

「紺野」

 見上げてくる後藤の視線が柔らかい。

「それってさ、すごい逢いたかったって、…言ってるんだよね?」

 ふつーに言われるより、強烈かも。

「……っ」

 コツン、と額がぶつかる。

「―――…じゃぁ、あたしも、逢いに行かなかった?」

 魂飛ばして、さ。微笑う声が、耳を心地良くくすぐる。



 ―――紺野は、あたしの夢、見てくれた?
119 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:06

「……昨夜、後藤さんの夢…見ました」

 伏せられた睫毛が、頬にうっすらと、影を落とした。



 あなたの、夢を見て。

 …逢いたかったんだなぁって、気がついた。
 自分がどれだけ、気付かぬ振りで我慢していたのか。

 幸せな気分で、目が醒めて。
 ――鏡に映った自分は、今にも泣き出しそうな子どもみたいだった。

120 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:06

「紺野ー?」
「はい」
「―――…そういう時は、ちゃんと言うよーに」
「………はい」

 忙しいから、と携帯電話と戦っていた時間すら知っていたような、苦笑い。
 電話して声を聞いたら、言ってしまいそうで、噤んだ台詞。


「…あたしは、夢で逢うより、現実で逢いたいよ」


 全部、見透かすように攫って行って。

 温かな体温ごと、返してくれる。
 身体中に響く、声音ごと。
 そっと包み込む、視線ごと。

121 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:08

「夢の中じゃ、抱き締めらんないじゃん」


 言葉にできずに、何度も何度も、頷いた。

 
 瞼が、熱くて。触れた唇の感触が、いつもより、温かかった。

 夢では、触れられない、体温。



 ――…あなたの夢を見たあと。

 泣き出したくなったのは。
 たまらなく、さびしくなったのは。
 この温もりが、愛おしくなったからでしょうか。



「―――…夢でも、逢いたい…です」
「ん?」
「…時々で、いいんです」

122 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:09

 ―――夢から零れ落ちた、欠片。
 てのひらに、そっと握り締めた。


 …あなたの夢は、逢いたい寂しさを、くれるんです。
 こうして一緒にいられることの大切さを、忘れないように。


 だから、時々は。
 あなたと、夢の中でも逢いたい。


「…後藤さんと逢えるのが、もっと嬉しくなる気がして」

 そっか、と答えた瞳が、すっと細められる。

「じゃあ、逢いに行くね?」

 早速、明日からでも、ね。

 囁くように微笑んだ唇が、先刻、からかうように摘まんだ、ふっくらとした頬の線を辿る。


 ――…でも。

「…こんの」
「後藤さん…?」
「―――…今日は、さ」

123 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:09

 夢じゃない、この夜は。
 あなたと二人でいる、この夜は。

「…紺野は、夢であたしに逢いたい?」

 あなたの隣で、どんな夢を見るだろう?

「―――…それとも、」


 …続きは、言葉にせずに。

 ソファに、背中を預けて。
 頬を撫でる手に、意識を委ねて。
 触れた温もりに、瞼を落とした。




 ―――…それとも、このまま二人、現実(うつつ)の夢を見ようか。


124 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:10


 …あなたの、夢を見て。
 とても幸せで、…どうしようもなく、泣きたくなったんです。



 あなたといる、この夜に。


 ―――あなたに想うは、夢のつづき。
 …夢より確かな、現の夢。


 ―――あなたに願うは、夢の終わり。
 …夢より幸せな、夢の現。


125 名前:夢の後先 投稿日:2004/02/22(日) 00:11




  ‐END‐


126 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/22(日) 00:12

〔ご注意〕

このお話には、元ネタ(といっても永井自身の駄文なんですが)があります。
以前、ある個人サイトさまの小説投稿板に、紗月という名で、投稿させて頂きました。

それも目にしたことのある方は、

( 〜^◇^)<同じネタかよ!

と突っ込みつつ、笑ってやって下さい(ぉ

( O^〜^)<違う話になるように努力はしたらしいっすよ〜?

ご覧の通り、元ネタはよしやぐでした(笑
後紺Ver.が書きたかったので、今回この場で、書かせて頂きました。

話自体は違うのですが、ネタが同じということで、上記の通りお断りしておきます。

127 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/22(日) 00:14

後紺でした。

前回の田亀と題材は同じですが、裏テーマが違うと、こうなってしまうらしいデス(ぇ
アイカワラズ、…甘いです(爆

そろそろ、痛めの話が書きたくなってきてたり(ぉ

次回も頑張りますので、呆れず(呆れつつ?)付き合ってやって下さいませ(平伏

128 名前:名無し読者79 投稿日:2004/02/22(日) 09:39
うわーまたまた美しすぎる。
後藤さん愛ですねー。紺ちゃんも愛ですねー。
描写が美しすぎて…なんかもうまた読みたいです。待ってます。
129 名前:ROM読者 投稿日:2004/02/22(日) 19:03
あの・・・外に飛び出して道路で大の字になってジタバタしたくなる程
激萌えしました。離れていても、心はお互いに深く結ばれている。いい
ですよね。

作者様の豊かな描写力のおかげで、一緒にいる時の2人の満ち足りた幸
せそうな表情が容易に想像できます。

あと、できることならROMも一度「むにーっ」としてみたいデス。
130 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/02/22(日) 19:06
ずっとROMってました。
もー素晴らしいですね。。。言葉が出ませんよー(苦笑。
作者さんの作品はほのぼのした感じで、読み終わった後優しい感じになれますね。
そう言う所が、すごいなぁーって思いますw
では、ご自分のペースで頑張ってくださいませ。
131 名前:トモ 投稿日:2004/02/28(土) 11:59
一気に読ませていただきました。
自分田亀&後紺推しなんでサイコーです。
文章もすばらしくて劇萌えでした。
これからもがんばってください!!
132 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/28(土) 23:36
感想ありがとうございます!!

>>128 名無し読者79 さま
「美しい」ですか…ありがとうございます(照
えぇもう、愛あらば、いっつおーらいっ!ですよ〜(謎
>また読みたいです。
そう言って頂けるのが何よりですv
頑張ります!!ので、良かったらまたお付き合い下さい。

>>129 ROM読者 さま
萌えて頂けましたか?ありがとうございます。
でも道路は駄目です、道路は(笑 危ないですよ〜。
永井の話の中の二人には幸せでいて欲しいので、そんな様子が伝わればなぁ、と
思っております。そのためにも描写力を日々磨くよう頑張りますので、
またお付き合い下さると、嬉しいです。

ポンちゃんのほっぺ…永井も「むにーっ」としたいです(笑
ご、後藤さん、一回だけ…。
( ´Д`)<……ダメ。

…後藤さんの特権らしいです(爆
133 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/28(土) 23:38
>>130 ヒトシズク さま
感想ありがとうございますっ!よもや読んで頂いてるとは…。
ヒトシズクさまの作品、ROMってました…。
素晴らしさに言葉が出ないのは永井の方です。いやもう、かなり嬉しいです。
優しい感じになれると言って頂いて…基本、暖かい話が書きたい人なので、感激っす。
やーもう、これからも頑張っていきます!!
お互いに自分のペースで頑張っていきましょう!

>>131 トモ さま
応援レスありがとうございます。
田亀&後紺お好きなんですね〜、永井もだいすっきです。
また萌えて頂けるように、頑張ります!
これからもお付き合い下さると嬉しいです〜
134 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/28(土) 23:39
さてさて、では今日の更新を。

リアル短編・後紺+藤、です。第三者視点ですが、藤本さん寄りです。


135 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:41



…はらはら、はらはら。
行き交う桜色が、世界を覆う。

あの日。
春まだ浅き、光の中。

―――…花びらの風の向こうに、君が視えた。




136 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:42

 タクシーから降りると、さわり、と、冷たい風が肩の上の髪を揺らした。
 明るい光に誘われるように見上げた雲の狭間。
 金色の真ん丸い月が、雲で出来た空の迷路の、道標のように思えた。




 そうっとキーを差し込んで、ゆっくりとドアを押す。
 もう寝ているかもしれない、あの子のことだから。

 コンサートの後でも仕事が出来る自分と、そうでない彼女とが同室なのは、
部屋割りとしてどうなんだ、と突っ込みたくもなるのだけれど。
 瞬間、彼女のほわんとした笑顔も脳裏に浮かんで、らしくないと思いつつも、
ついつい口許が綻んだ。正直なところ、嬉しいから。

 まぁ、こんなに早く寝ちゃうとは思わないか…。
 実際、きっと他の部屋では何人かで集まって、騒いでいるに違いない。

 忍び足で歩を進めて、あれ? と首を傾げる。

 部屋の奥に、オレンジ色の暖かな光。

137 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:43
「―――…紺ちゃん?」

 起きてる?
 二つ並んだベッドが視界に入ると同時にかけた声に、ベッドの上の背中がぴくっと反応した。

「―――…あ、お、おかえりなさい」

 振り返る、いつも通りのふにゃりとした笑顔。
 ――微かな、違和感。

「…起きてたんだ?」

 空いているベッドに荷物を置く動きに紛れて、藤本の口元に溜息が上る。

「起きてますよぉ」

 …見逃せてしまえれば、良かったのだろうか?
 怯えるように竦んだ肩が振り返るまでの、ほんの一瞬の空白。

「珍しいね」
「そんなに早く寝ませんって。…あ、お疲れ様でした、お仕事」

 ためらいながら、上げられた視線。
 ごまかすように、向けられた笑顔。

「…ホントだよー、つーかーれーたー」

 ぽすっ。大げさに言って、ベッドにダイブ。
 ぴしっと整えられたベッドの上、かき乱したシーツの波間に、紺野を見上げる。

138 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:44



 ―――あぁ、やっぱり。


 お風呂空いてますよー。
 気遣っているのか、にこにことそう勧める紺野の、目許。

 薄っすらと紅く染まった、緩やかなライン。
 いつもより、潤んだ瞳。今にも、零れ落ちそう。



 ――――……泣いてた?



「――…紺ちゃんはー、何してたの?」
「あ…」

 何気なく投げられた質問に、紺野が口ごもる。
 その手元には、何もない。
 室内灯を点けずにベッド脇の灯りだけで過ごすのも、不自然だけれど、
遅れて帰ってきた自分や他の誰かに、泣き顔を見せないためには、都合が良い。

「……あの…」
「―――紺ちゃんのことだから眠くてぼーっとしてたんでしょー?」
「あ……はい」


 ―――…嘘。
139 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:45

「眠いんじゃん。そんなに早く寝ないとか言って」

 ほっとしたように頷く紺野に、いつも通りに軽く突っ込みを入れて、藤本はシーツに顔を埋める。
 んー……。眠たげに、声を漏らして。



 ―――…きっと彼女は、自分の前では、泣かない。
 他のメンバーの前でも。きっと。
 どれだけ、涙が溢れそうでも。
 どんなに、辛くても。
 変なところで頑固で、誰かに心配をかけたくないから。


 そして何より、…彼女が泣ける、場所ではないから。
 それは、自分ではないから。


140 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:46

「藤本さん?」
「…んー?」
「風邪ひきますよ?」

 視線だけ上げると、いつの間にか近くに来ていた、心配そうな表情。
 眉が下がって、ひどく幼く見える。
 
 ―――こんな時にまで、誰かの心配するんだね。

「あー……―――紺ちゃん、あっためてよ」
「ふぇっ?」



 泣いていた原因。
 思い当たる自分に、自嘲の笑みが浮かぶ。
 そうして、ほんの少し、苛立ちさえ覚えた。
 知っていて、どうしてやることもできない自分に。
 自分では、どうにもならないことに。


「紺ちゃん、体温高そーだよねー」
「そ、そうですか?」
「うん。だからあっためて」
「何でそうなるんですかぁ…?」

 ベッドに身体を投げ出したまま、困惑する紺野を仰ぎ見ながら、両腕を差し出す。

141 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:47

「いーじゃん、ほら」

 …ずるいかな。
 きっとこんな風に、戯けてばかりで、彼女への気持ちを隠してる。
 今までずっと。…今だって。

「恥ずかしいじゃないですか…」
「そう?やだなー、紺ちゃん。意識しちゃって」

 素直に伝えられたら、どんなにか、いいだろう。
 自分らしくもない。
 …伝えたい瞬間なんか、伝える瞬間なんか、たくさんあるのに。

「意識なんて…っ」

 こんなに、近くにいるのに。
 …どうしていつもこんなに、遠いんだろうね?

「―――紺ちゃん」


142 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:48



 …願いが、叶うなら。
 
 どうか。

 ――――…差し出したこの腕の中で、泣いて。


143 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:49

「藤本さん…?」

 紺野が怪訝そうに眉根を寄せる。
 自分の名を呼んだ藤本の、ふざける幼子のような笑顔が一瞬、歪んだ気がした。

「…じょーだんだよ」

 ゆっくりと下ろされる腕が、行き場なく、空を切る。

「…え?」
「顔赤いよ、紺ちゃん」

 勢いをつけて、ベッドの上に起き上がる。
 ベッドの軋む音が、微かに胸の奥を抉った。

144 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:50
「焦り過ぎ」

 からかうように笑いながら、手を伸ばして、前髪に隠れるおでこを軽く弾く。

「だって、藤本さん…っ」

 ―――少しは、涙も引いただろうか。
 一時の、気休めにしかならないかもしれないけれど。

「何?」
「うぅ…何でもないです」

 きつめの口調に、紺野がぶんぶんと首を振る。
 思わず噴出して、藤本はぽんぽん、とその髪を撫でた。

「…紺ちゃん、眠いんでしょ?」
「―――あ、…はい」

 これも、嘘だけれど。きっと、眠れないのだろうけれど。
 その場しのぎの気休めなんか意味がないって、知ってる。
145 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:50

「美貴さ、亜弥ちゃんに用あるから、ちょっと行ってくるよ」

 藤本の目がそっと細められる。

「あ、そうなんですか」
「先に寝てなね?」
「…はい」

 そこに映ったのは、ほんのりと色づいた、さくら色の頬。
 俯き加減のその色に、くるりと背中を向けて、ひらひらと手を振る。

「おやすみー」
「おやすみなさい…」




 ―――…薄紅の、淡い鮮やかな色彩に、いつだかの情景が、リンクした。

146 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:51

 廊下に出て、ドアに凭れかかると、小さく息が洩れた。

 ―――誰にも、用なんかないけれど。
 どこかの部屋に行けば、自分の気も紛れるかもしれない。
 彼女が泣けるのは、一人の時か、――――――。


「――――」

 不意に、廊下に差した影に顔を上げる。

 あぁ、と、もう一度、藤本の口から吐息が零れた。

147 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:52


「―――美貴ちゃん?」

 彼女には珍しく、頼りなげな表情から注がれる視線。
 それが、自分へではなく、後ろのドアへのものだということは、考えなくても、解る。
 彼女も今、ホテルに帰ってきたのだろうか。
 コンサートの後、こっちのラジオ番組のコメント録りに連れて行かれてたっけ。

「…ごっちん」


 ――――…彼女が泣ける、腕の在り処。


「仕事、終わったの?」
「あー…うん。美貴ちゃんも、お疲れさま」
「お疲れさま」
「あのさ」
「うん?」

 少し困ったように言い淀んだ後藤の視線が、藤本の目を見据える。
 …今までに見たこともないような、真摯で、それでいて柔らかな視線に、
呼吸が詰まった。

148 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:53

「紺野、いる?」


 ―――彼女はきっと、このひとの前でしか、泣かない。
 ……泣けない。



「紺ちゃん? 中にいるよー」

 …彼女が声を上げて泣いているのを、一度だけ、聞いたことがある。

「そっか…」
「―――…泣いてた」

 このひとの、腕の中で。

「え……?」

 俯きかけた後藤の顔が、ぱっと上がる。
 綺麗な曲線を描く眉が困ったように顰められて、
それなのに、瞳の穏やかな茶色は、力強く藤本を捉えた。

149 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:54


「―――…うそだよ」


 ―――その時の原因は、何だったのかな。
 もう、覚えていない。
 彼女を気にして、自分より先に様子を見に行った他のメンバーに聞いても、
「大丈夫そうだった」、と、口を揃えて、そう言ってた。
 みんな何かしら、気付いてはいたのだろうけれど。


 誰かを心配させるのを嫌うから。
 誰かがいると、微笑おうとするから。
 一人でも、泣かせてあげられるなら、その方がいい。


 ―――…大丈夫なんかじゃ、なかったのに。
 そうして、きっと彼女は、一人で泣くんだ。
 誰にも気付かれないように、声を殺して。


 …泣き方さえ、知らなかったんだね。
 今まで誰も、そんな簡単なことを、教えてあげられずにいて。

 彼女自身も、きっと、声を上げて泣ける場所を、探してた。
 …やっと、見つけたんだろうね。

150 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:55


「――うそ?」
「うん」

 自分が見たのは、それが、最初で最後。

「なんだよぉー、美貴ちゃん、冗談キツいっす」
「…泣かないよ、紺ちゃんは」

 今日みたいに、原因がこの人との間にある時でも。
 彼女が、何かに押し潰されそうで、不安な時でも。

「―――美貴の前では、泣かない」


 ――…彼女が泣けるのは、たった一人の、腕の中。


「美貴ちゃん?」
「…泣きそうだったのは、ホント。――てか、泣いてたんじゃないかな」
「……そっか」

 独特の掠れた声に紛れた、吐息。

 ドアに向けられた瞳の、
 刹那いほどの、透明色の力強さ。
 慈しむような、薄茶色の温かさ。

151 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:56

「―――美貴さ、亜弥ちゃんとこ行って来るから。今夜は帰らないね?」

 少しだけ視線を下ろして、きゅっと手を握り締める。

 …あんなに、近くにいて。
 手を繋ぐことも、抱き締めることさえ、出来ずにいた。

「え…?」
「ちゃんと話しなよー?」
「―――…ありがと、美貴ちゃん」

 びっくりしたように目を見開いてから、ふにゃりと緩んだ目元。
 こつん、と軽く握り締めた藤本の拳が、その額をそうっと小突く。
152 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:57

「―――…あんまり、泣かせないように」

 吐息交じりの声に、藤本の拳の下で、後藤の表情が引き締まる。
 手の陰に隠れて、下を向いたせいで髪がはらりと流れて、後藤には藤本の表情が読み取れない。

「…って、ホントは言いたいけどね」


 彼女のさくら色の頬が、涙で濡れる、その場所は。


「―――泣かせる時は、紺ちゃんが泣きたい時は、…ごっちんが、ちゃんと傍にいてやんなよ?」


 きっと、たった一つだから。


「…うん。わかってる」

 きゅ、と形の良い唇を引いて、後藤がそっと藤本の手を取る。

「――ん。なら、いい」

 手の向うにあるその表情は、静かな微笑を纏って。
 真っ直ぐに、後藤の胸に落ちてきた。

153 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/28(土) 23:58

「…じゃあ、早く行かないと亜弥ちゃんうるさいからさ」

 ゆるりと手を外して、藤本の背中が後藤に向けられる。

「美貴ちゃん」
「んー?」

 背中に届いた自分の名に、声だけ、向けた。

「ありがと」

 にこやかな笑顔と、背中を見つめる真っ直ぐな視線が、声から聞こえる。
 手を振って、ゆっくりと足を踏み出すと、後ろに踵を返す靴音が響いた。


 ドアの向うに消えていく足音は、すぐに彼女に寄り添うだろう。
 彼女への想いを、伝えるように。
 彼女の涙を、拭うために。


 ―――…ドアの閉まる音が、滲んだ世界を揺らした気がして、
藤本の目蓋は、一瞬だけ、熱くなった瞳を撫ぜた。





154 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/29(日) 00:00




 …ひらひら、ひらひら。
 風を染める、春色の欠片。

 あの日。
 桜月の、訪れる頃。

 ―――…降り積もる桜の滴と、君を視てた。


 そうっと伸ばしたてのひらに、舞い落ちる花びら。
 …たったひとひらさえ、掴むことも出来ずにいた。


 …このてのひらに、想いが溢れて、指の隙間に、ただ零れていく。



 ―――…淡く広がる、鮮やかな、薄紅色。



 春まだ遠い、この夜の中。
 ほんのりと色づいた、さくら色の頬。


 …たったひとひらさえ、掬うことも出来ずにいた。
 ―――さくら色の頬に咲く、雫の花びら。


 …出来ることなら、散らずにいて。
 春の陽射しのようなあの腕に、そっと包まれて。



155 名前:桜の雫 投稿日:2004/02/29(日) 00:01


‐END‐

156 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/29(日) 00:03


157 名前:永井紗月 投稿日:2004/02/29(日) 00:04
 後紺+藤、でした。 何だか、らしくない藤本さん。
 あぁ、藤本さん、誕生日迎えたばっかりだというのに(汗 おめでとうございます。
 そしてごめんなさい(平伏
 イエ、飄々としてる(?)人に限って裏で色んなことを考えて動いているんじゃないかとか、
思ってみたり。
 たまにはこんな藤本さんも、……いかがでしょーか?(ぇ

 さくら組の新曲を聴いて、桜のお話が書きたかったのですが、このお話は
「さくら満開」ではなく(ぉ、サカノウエヨースケ(現在は坂上庸介)さんの
「ランプシェード」からイメージしました。…これまた全然違う雰囲気になってますが(ぇ

 お付き合いありがとうございました。
 日々精進!しますので、宜しかったらまたお付き合い下さい。

158 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/02/29(日) 16:06
あーもう。。。泣いていいっすか?(何。
もう今の時点で涙溜まりまくりで、視界が・・・(焦。
自分も「さくら満開」買ったんですが、このお話を読んでる途中でふっと頭の中にかかりだして・・・
藤本さんが少し寂しくて、そして頼もしくて、こう胸がきゅーっと締め付けられますね。
また、作品をお待ちしております。
ごゆっくりと作者さんのペースで頑張ってくださいませ〜
159 名前:名無し読者79 投稿日:2004/02/29(日) 20:40
切なすぎです。。。
さくらの花びらって本当きれいで、すごく情景が思い浮かびました。
紺ちゃんと後藤さんの甘いお話も期待して待ってます。
160 名前:ROM読者 投稿日:2004/03/03(水) 06:35
更新お疲れ様です。

愛情、思いやり、優しさ・・境目ってどこにあるのでしょう。
藤本さんて、キツい時もあるけど、たまに、すごく慈愛に満ちた表情をする
ことがあるような気がします。

例えば、番組とかライブで紺ちゃんを見てる時とか。(オタの贔屓目?

161 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/09(火) 16:14
つまらない。
162 名前:永井紗月 投稿日:2004/03/09(火) 23:32
感想ありがとうございます。

>>158 ヒトシズク さま
「さくら満開」を思い出して頂けたなんて、嬉しいですv
頼もしい、それです!そんな藤本さんが書きたかったんです。伝わって良かったです。
寂しげだけど、強い藤本さん。強さ故に寂しかったりもするんでしょうか。
泣きそうになっただなんて…ありがとうございます!!
これからもまた、お付き合い頂けるよう、精進していきます!

>>159 名無し読者79 さま
情景を思い起こして頂けて光栄です…!
桜の散っていく様子は何だか切ない気がして、このお話とシンクするように、
作者なりに頑張ったつもりなのですごく嬉しいです。
ご期待に添えるよう、頑張っていきます〜。

163 名前:永井紗月 投稿日:2004/03/09(火) 23:34
>>160 ROM読者 さま
そうですねよね、境界って難しいですよね。
優しさや我侭、強さと弱さ…誰かを想う故の、色んな感情や想いってあるんでしょうね。
傍から見れば弱いと思えるような行動も、その人が覚悟して決めて貫くなら、
間違った選択ではないと思います。
このお話の藤本さんのように、誰かを思いやるが故の行動なら尚のこと。
ROM読者さまの仰るように、藤本さん、時々すごく優しい目をしていることが
ありますよね(それが愛情でなく、友愛であっても)。
あの視線と桜に促されて書いたお話でした。感想、ありがとうございました。
またお付き合い下さると嬉しいです。


>>161 名無飼育さん さま
直球のご指摘ですね。何とも、返す言葉がありませんが、
精進していきたいと思います。
164 名前:永井紗月 投稿日:2004/03/09(火) 23:37
>>163 誤字発見。ごめんなさい。


さてさて、では今日の更新を。
ちょっと一息入れたいと思います(理由は後ほど)。

SSを2本ほど。リアル・後紺で後藤さん視点です。
いつにも増して甘いだけだったりします(笑 なので、sage更新で。
ホンっトに甘いだけなので(苦笑 笑いながら読み飛ばして頂ければ、これ幸い。

165 名前:さくらもち 投稿日:2004/03/09(火) 23:39

 ふとした時に、君の事を思い出す。
 これって、けっこー、重症なのかな?




 口々に感想をくれるメンバーに応えながら、彼女の隣、空いてる席に腰を下ろす。

「……ふぇ?」

 口をもこもこさせたままの彼女のきょとんとした視線と、噴き出したあたしの視線がぶつかる。
 幸せそうだねぇ?

「やー…幸せそうに食べてるからさ。おいしい?」

 こくこくと大きく頷く彼女。
 彼女の手元と、テーブルの上には、桜もち。
 楽屋の中にいるさくらのメンバーの手元にも。隣のおとめの楽屋にも。

「そっかそっか。頑張った甲斐あったねぇ」

 みんなと収録のスタジオが重なった時の習慣、楽屋訪問。
 まぁ、…紺野に逢いたいから、なんだけど。
 今日はちゃんと、差し入れ付き。これも、紺野が一番喜んでくれるのかな?
166 名前:さくらもち 投稿日:2004/03/09(火) 23:40
「作れるんですねぇ。桜もちって」
「んー、ごとーも初めて作ったけど、そんなに難しくなかったよー」

 まじまじとテーブルの上を見つめる紺野。――…って、紺野?

「――…食べていいよ?まだあるし」
「ふぇっ?」
「じーっと見てるから」
「うぅ……いただきます」

 恥ずかしそうにしながら、もう一個桜もちを口にする紺野。
 ちょっとだけ紅く染まったほっぺた。

 ほんっと、食べるの好きだよねぇ、紺野。
 見てるの楽しいから、いいけど。今度は何がいいかなぁ……。

「……ごちそうさまでした。おいしかったです」
「はい、お粗末さまです」

 ゆっくりと食べ終えて、にこにこと手を合わせる紺野に、ぺこりと頭を下げる。

「後藤さんは食べないんですか?」
「ん?」

 テーブルの上の、桜もち。
 我ながら上手に出来たなぁって思う。きれいな桜色。
 桜の咲く季節には、ちょっとだけ早いけど。

「あー…ごとー昨日作った時に食べたからなぁ」

167 名前:さくらもち 投稿日:2004/03/09(火) 23:42
 家で桜もちが出てきた時に、紺野のコトを思い出した。
 お餅好きだったよなー、とか、作ってったら喜ぶかなぁ、とか。
 …似てる? とか。

「――…ちょっとだけ、ね」
「?」

 薄紅の、ほんわかした色。
 雰囲気、似てるよね? 何か、今日は特に。さくら色の衣装のせいかな?

「…少しだけ、貰うね?」


 視界の端に、さくら色の袖が膝の上からはらりと滑り落ちるのが、見えた。

 ちゅ、って、軽く触れるだけのキス。

 彼女の、さくら色の唇。
 ほんのり、甘い。

 ふわりと漂う、桜の葉の香り。

「―――ご、ごと…っ」
「あはっ。ごちそーさま」

 紺野が慌ててみんなの方を見遣る。
 一瞬だったし、みんな気付いてないと思うんだけど。あ、よしこが亀井ちゃんの前に立ってるか。
 …お世話になります。
168 名前:さくらもち 投稿日:2004/03/09(火) 23:43

「後藤さん…っ」
「んぁ?」
「楽屋ではダメですってば…っ」
「はーい」

 気をつけます。…でもさ。
 小声で怒る紺野のピンク色の頬が…可愛い、――なんて、本人に言ったら怒るかなぁ。

「――楽屋では、ね?」
「…ふぇ?」

 ほっぺたをつん、てつつく。…おもちより、柔らかいかも。

「ごとー、こっちの桜もち食べたいなぁ…」
「――ごっ、後藤さん?」
「…ってコトで、今日持って帰っていい?」
「―――――」

 ――俯いた紺野から、やっと聞こえるくらいの消え入りそうな声。
 …聞き間違い、じゃないよね?

「……りょーかい」


 色味を増した桜もち。
 優しい香り。唇に残る、やわらかな感触。



 …ほのかに甘い、誘惑。

 ――――……残さないで下さいね…?



 誰にも、お裾分けなんかしないからね?






 ―――ふとした時に、君の事を思い出す。
 重症かもしれないけど、けっこー、幸せだよね?




 -end-
169 名前:くちづけのその前 投稿日:2004/03/09(火) 23:47


 ――――あれ?

「…紺野?」
「は、はいっ、何でしょうっ」
「いや、何でしょうって……」

 返事してるよね、それも結構元気よく。なのにこっち向かないって、何でしょう?

 ソファの上、二人並んで、のんびりと借りてきたビデオを見てたのは、ついさっきまでの話。
 現在、紺野の視線はあたしの反対側斜め下、床の上に固定。

 映画も見てないし、あたしの方も見ない。
 部屋が暗いせいでよく見えないけど、顔赤い?

 んー……? さっきまで、って、もしかして…―――
170 名前:くちづけのその前 投稿日:2004/03/09(火) 23:48

「こーんの」
「は…―――」

 腕の中に引き寄せたら、紺野の背中がびくんて揺れた。

「ごご後藤さん」
「なに?」
「映画っ、映画見ましょう…っ」

 我に帰ったらしい紺野があたしの腕を外そうと足掻いてる。
 それに負けじと、逃げる紺野を背中からがっちりホールド。
 …やっぱり、頬熱い。

「見てなかったの、紺野じゃん」
「もう大丈夫ですから…っ」
「もう、ねぇ…」

 予想通りの答え。
 今、画面の中では、主人公が電話で話してる。

「…今日は携帯いじんないの?」

171 名前:くちづけのその前 投稿日:2004/03/09(火) 23:49
 ついさっき、の、ちょっと前。
 画面の中には、主人公と恋人候補の二人。

「―――…っ」

 一瞬だけの、キスシーン。
 誰かと一緒だと、恥ずかしくて見れない、んだったっけ?
 携帯いじっちゃうって、何かの番組で言ってた。

「…それは、あの…」
「んぁ?」
「…後藤さんと一緒だから、他の事…したくなかったんです」
「――――」

 …覗き込んでみたのは、ちょっとした意地悪だったのに。
 恥ずかしそうに振り返る視線。裏腹に、何の迷いもない台詞。

 ―――ほんの、悪戯心だったんだよ? 今の今まで。


「ちょっとだけ、見れなかったですけど…―――」

 まだ少し照れ臭そうにしてる紺野の声が途切れる。
 ―――途切れさせたのは、あたし。

 びっくりしたのか、一瞬引いたうなじに手を添わせる。
 ついばむみたいにキスをして。
 離れた瞬間、熱を持った唇をそぅっと舐めたら、困惑した瞳があたしを見上げた。

 濡れた唇を、指でなぞる。


「―――…こーしたら、画面見なくていい?」
172 名前:くちづけのその前 投稿日:2004/03/09(火) 23:53

 腕の中の身体が向きを変えて、ぽす、と肩に額が埋まる。
 あたしの二の腕の辺り、服を小さな手が掴んでる。

「こんのー?」
「――――」
「…ダメ?」
「………恥ずかしいです」
「や、だから見えないよーにさ」
「……意味が違うじゃないですかぁ」
「んぁ?」
「……どきどきして、恥ずかしくて、どうにかなりそうです…」
「…こんの」

 身体を少しだけ離して、紺野の顔を覗き込む。
 うぁ…ホントに、顔、真っ赤。

「……どきどきするのはあたしも同じだよ?」

 額に押し当てた唇に伝わってくる、どうにかなりそうなくらいの、熱。


「…あたしがどうにかなりそうなのは…紺野のせいだけどね?」
「はい…っ!?」

 ――――…だからさ、いっそのこと、二人してどうにかなっちゃおーよ?


 これ以上、上がりようもない熱を持て余す肌に唇を滑らせる。
 震えながら閉じられた瞼が、返事をくれて。

 …時折洩れる紺野の吐息越しに、映画の声が霞んで聞こえた。



 
 ―――…二人でいる時は、二人でしか出来ないことをしよう。
 君とあたし、二人で。




-END-
173 名前:永井紗月 投稿日:2004/03/09(火) 23:55

174 名前:永井紗月 投稿日:2004/03/09(火) 23:56


……もう何も言うまい(ぇ
あ、でも一言。 甘いものの過剰摂取にはご注意を(笑

175 名前:永井紗月 投稿日:2004/03/09(火) 23:58

久しぶりの更新でした。大分遅くなった上に、このていたらく……(汗
申し訳ないです。

私事ですが、3月中は忙しくて、普段に輪をかけて更新が遅くなりそうです。
読んで頂いている皆様、申し訳ないです……。
出来るだけ更新できるよう頑張りますので、のんびりとお付き合い下さると嬉しいです。

176 名前:ROM読者 投稿日:2004/03/10(水) 15:56
更新お疲れ様です。

ROMの心の中は、まるで小春日和に日なたぼっこ
をしているよう。ぽかぽかに温まった身体をそよ風
が通り過ぎていくような爽やかな作品でした。

・・・桜餅よりも甘いです。

ぽんちゃんって、後藤さんのマイブームとか嗜好を
何気に押さえてますよね。本当に好きなんですね。
177 名前:名無し読者79 投稿日:2004/03/11(木) 17:12
二つも更新お疲れ様です。
二人のゆったりとした空気が思い浮かんできます。
甘い二人大好きです。次回まったりと待ってます。
178 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/03/13(土) 22:32
更新お疲れ様です。
最近甘さが不足していたので、もう余りが出るほど摂取してしまいました(笑。
いや、もうお腹一杯です♪ありがとうございます。
甘いのに爽やかで、甘ったるいのに口どけがよくてほんのり後味が残るような作品で感激しまくりです。
では、次回まったりとお待ちしております。
179 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/09(金) 23:57

感想ありがとうございますっ。

>>176 ROM読者 さま
温まって頂けましたか?嬉しいです。
ぽんちゃん、公共の電波で後藤さん好きをアピールしてくれて(笑
このお話は、後藤さんからのささやかなお返しってことで(違


>>177 名無し読者79 さま
何だかこの二人の間にはほのぼの〜とした空気が流れてそうですよね。
そんな空気が出せればなぁ、と思ってるので、これからも甘くなること必至です(ぉ


>>178 ヒトシズク さま
お腹一杯になって頂けましたか?
作者も甘いの大好きなんですよ(ぇ
虫歯にならないよう、お互い気をつけましょう(笑
180 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/09(金) 23:59

更新遅…(汗 よ、よかったらお付き合い下さい。


では、今日の更新一本目。

リアル短編・後紺…というか、「桜の雫」(>>135-155)の後藤さんサイドのお話です。
181 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:01


 言葉にならない、想いがある。
 カタチにしない、想いがある。

 静かに攫われ行く波打ち際の砂のように、誰にも知られずに、
そっと胸の奥に仕舞い込まれた苦しみがある。
 ひそやかに弾けゆく水面の泡沫のように、誰にも気付かれずに、
そっと胸の中に溶け出した優しさがある。

182 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:02

 …そんな何かに気付くのは、大抵いつも、事が過ぎた後で。
 後悔しても、時間なんか戻んない。

 だから、何も知らずに過ごしてしまうことだけは、したくないんだ。

 ふとした表情や、何気ない言葉。
 そこに見え隠れする、たくさんの想い。
 見落としてしまわないように。


 ―――そんな気持ちを、
 教えてくれたあの人。
 気付かせてくれた君。


183 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:03


 後ろで僅かな音を立てて閉まるドアを、ゆっくりと振り返る。

 室内の仄かな灯りと、廊下の非常口の煌々とした灯りが、一瞬だけ混じり合った。
 残光に、手を振っていた背中を思い出す。

 ちゃんと泣かせてやれ、って、そう言った。

 強い言葉が、優しく届いて。
 優しい視線が、強く響いた。

 あの和やかな笑顔の中に、どれだけの強さを知ってるんだろう。

 どれだけの想いを抱えて。どれだけの、傷みを負って。
 そうしても、なお。守りたい人が、いるんだね。


「―――藤本さん?」


184 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:04


 彼女の瞳に宿る、澄んだ温もり。
 …あの人に、少し似ていた。



 真昼に見上げた、その力強さに目眩を覚えるような、空。
 冷たい空気に導かれては透き通る、果て無いほどの、天上の青い海。


 いつか、あの人が好きだと言った、
 あの透明な青に、よく似た瞳。

185 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:05

「…紺野」


 ―――…守ってやる、なんて、言葉にしない人だった。
 でも。
 きっと、…強く、守られてた。


 いつもは、すたすたと先に歩いていっちゃって、
 時々、立ち止まって振り返っては、こっちを見て。
 うずくまって立ち上がれない時にだけ、どうしようもない時にだけ、
 仕方ないなって、手を差し延べてくれた。

 そうして、その手にゆっくりと背中を押されて。
 一人で、歩き始めて。


「……ごとう、さん…」


 ―――…守りたい人が出来て、初めて気づいた。
186 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:05


 あの人だけじゃなくて。

 帰る家に。
 他愛もない話で盛り上がる長電話の向うに。
 同じ、ステージの上に。
 疲れて眠る隣に。

 自分のいる場所に、
 何も言わず、傍に居てくれる人たちがいて。

 気付くことさえしないくらい暖かに、力強く、守られてたこと。

 たくさんの想いや、優しさがあること。
 それは時に、誰かの痛みも伴うこと。

187 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:06

「…………」

 過ぎた後に、後悔したくないから。
 たった今のこの瞬間を、大事にしたい。
 誰かの、言葉にしない想いを見ていようって、
 当たり前みたいに傍にある温もりを、忘れたくないって、
 そう、思った。


 教えてくれたのは、あの人。
 気付かせてくれたのは、君。

188 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:07


「…こーんの」

 いつだったかな。君が、声を押し殺して泣いていたあの日。
 笑おうとして笑えずに、涙を落とした、あの瞬間。
 守りたい、って、そう思った。


 …守るから、なんて言えない。
 口に出来るほど、容易いことじゃない。
 この腕は幼くて、抱き締められて心地良いばかりじゃ、きっとない。

 でも。
 ずっと心の中にあって、いつも思ってる。
 君のいる場所で、君の隣で。

 言葉になんか、出来ないけれど。
 誓うための言葉なんか、知らないけれど。

189 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:08


「……泣きたい時は呼んでよ、って言ったじゃん」

 見落としたくないんだよ?

 最近見つけた、君のクセ。時折、どきってさせられる仕種。
 照れたようにして、大真面目な顔をして、拗ねながら、微笑いながら、くれる言葉。
 君が零す、涙の感触、笑い声の色調、呼吸のリズム。
 触れる度ごとに違う、熱。

 肩越しに見える、空の色。

 全部。見てたい。
 君を、知っていたい。

「……って…」

 君が、君のままでいられる場所。
 そんな場所で、ありたいんだ。

190 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:09

 言葉には、しないけれど。
 …こうして今、ここに、―――腕の中に、君がいてくれるから。


「…紺野」


 ―――願うだけでは、終わらせない。




 それが、
 あの人への、感謝の気持ち。
 彼女への、応え。

191 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:10



 たった今の、この瞬間。
 君の隣で。
 君を、腕に抱いて。
 同じ空の色を、見上げながら。


 言葉にならない、想い。ひとつひとつ、君と話をしていこう。
 カタチにならない言葉。君の、ひとつひとつを、見ていよう。
 ゆっくりで、いいんだよ。


 君と過ごす時間は、戻らなくても後悔なんかしたくないんだ。

192 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:11



 そうして、きっと。


 君の肩越しに見える風景。

 天上の海を緩やかに攫い行く雲が、水の色を染め変える。
 空の色をその身に灼きつけた風が、瞳に青を運んで来る。

 そんな風に。
 今、君と過ごす瞬間は、ほんの一瞬だけ後から始まる、未来に繋がってる。


193 名前:あの、晴れた青空 投稿日:2004/04/10(土) 00:12



  -END-

194 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/10(土) 00:13


えー…「あの人」は皆様のご想像にお任せします(ぉ
何だか抽象的…(汗
精進あるのみっす(滝汗


では、気を取り直して(ぇ 今日の更新二本目。

リアル短編・田亀を、田中さん視点でお届けします。

195 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:15


 さくら色に染められた、君がいる風景。
 滲んで見えたのは、きっと、淡く揺らめく光のせい。


 花びらの散る音が、耳に響いて。
 大好きな、君の瞳に、…どうしてだろうね? こんなにも心が締め付けられる。


196 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:17



 頭の中が真っ白になって、息をのむ。
 …心臓、どくってゆった。

 ――――…絵里?

 口ん中、からからする。

 ――…なんで、そんなカオしとうと?


 …わかっとーよ、片想いの歌だって。
 切ない曲なんだよー、って絵里も言っとった。
 聞こえてくる琴の音が切なく感じたりもした。
 曲に合わせて、表情作ってるだけかもしれん。


 でも。
 ―――…絵里がそんなカオしてるとこなんか、初めて見たと。


 なんか、…心臓、痛か。
 …桜って、あんな滲んだ色しとったっけ?

197 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:18


「はい、OKでーす。お疲れ様でしたー」

 スタジオの中に響いた良く通る声にびくって手が揺れて、紙コップの中の氷が音を立てた。
 …曲、終わった?

「ありがとうございましたー」

 スタッフさん達に挨拶してるさくらのメンバーの声。
 だんだん近づいてくる賑やかな声の中に、当然だけど絵里の声も混じってる。


 …ムリ、かも。



「れいな?」
「―――先に楽屋戻っとう」

 回れ右したあたしに、隣にいたさゆから不思議そうな声。
 一言言うのが精一杯で、スタジオの出口に急ぐ。


「―――あれぇ? さゆ、見てたのー?」

 いつもの、力の抜けたのんびりした話し方。
 ―――歌ってる声、ほとんど聞こえんかったのに。


 振り返るのもできん背中に聞こえた声が、やたらと耳に残った。



198 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:19


 いつの間にか握っとったらしい紙コップを、誰もいない楽屋のゴミ箱にそのまま放り投げる。
 椅子に座った途端に力が抜けて、コツン、て額と長机がぶつかった。



 ―――……絵里のあんなカオ、初めて見た。


199 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:20



 顔を上げた瞬間。
 さらって揺れた黒い髪と白い肌が目に焼きついてる。
 唇をきゅって引いた、じぃって見つめる目が何か言いたげで、
 何だか切なそうで、
 ―――…泣くかと、思った。



 なのに。
 次の瞬間には、いつもみたいな、ふにゃぁってした表情。
 猫みたいな瞳が細くなって、さくら色の唇がやわらかく曲線を描いて、
 ふわって、微笑った。

 いつも通りに見える笑顔。
 …のに、笑っとうのに、瞳が寂しそうに見えたのが、いつもと少しだけ違った。



 ―――目、離せんかった。

200 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:21

「――――れーなー」


 ――――え?

 頭ん中に残ってた声に名前を呼ばれて、思わず勢いよく顔を上げる。
 ドアから覗く、猫みたいな瞳。

「一人?」
「…あ? あぁ」

 目が合った途端、えへへぇって微笑った絵里が、てててって近づいてくる。

「収録見てたんじゃないの?」
「…見とったけど」
「先に楽屋戻ったって」
「…さゆ?」
「うん。どーしたのかなって」
「どーもせん」

 会話になんないじゃんー、って困ったように笑う声が、隣の席に座るのが視界の隅に映る。

201 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:22

「どーだった?」
「なん?」
「さくらの新曲ー」

 ―――あんまり、覗き込まんで欲しか。
 歌った後だからか、走ってきたのか、ちょっとだけピンクになったほっぺた。
 つい、ってちょっとだけ顔を逸らす。

「…どう、って別に」


 ダンスとか歌とか、そういうのの感想聞きたいんやろうけど。

202 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:23


 …ほとんど覚えとらん。


「もー、ちゃんと見てた?」
「見とったって。…あー…絵里ん事、見るの忘れとったけど」


 ―――…絵里のことしか、覚えとらん。



「何それぇ」

 机に肘をついたまま、ちらって視線だけ絵里に向ける。
 …そんなに口尖らさんでも。
 ――多分あたし、しょっちゅう絵里にこんなカオさせとう。
203 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:24

「れーなのばか」
「…何ね」

 ―――…や、馬鹿かもしれんけど。
 …何て言ったらいいのか、分からん。

 ホントのこと言ったら、…――――…言ったら…?


「ちゃんと見ててよぅ」
「――――」

 きゅ、って、あたしの袖を掴んだ絵里の眉が頼りなく下がる。
 一緒に掴まれたみたいに、心臓が痛い。


 真っ直ぐに見てくる瞳。ほんのりさくら色の頬。
 熱に浮かされた時みたいに、頭がぼぅってした。

204 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:25


「―――…今度、見ちゃる」

 …見とったよ。ずっと、見とった。


「今度?」
「…うん」


 初めて見た、絵里の表情。

 ―――…絵里は、誰のこと想いながら、あんなカオしとったと…?


「約束ね?」
「…わーかったって」

 あんな切なそうな表情で、誰のこと、見とった?

「じゃあ、今度は絵里だけ見て?」

 機嫌の直りかけた絵里が、小さく首を傾げる。
 …たったそれだけの動作で、無邪気な台詞で、あたしは何も言えんくなる。

205 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:25

 胸の奥の方が、ぎゅってされたみたいで痛いのに、…何でだか、じわって熱くなった。


「…何で」
「何ででもー」
「ワケ分からん」
「だめ?」
「―――」

 ―――…不安げに見つめられて、断れるワケがなか。…分かっててやっとうと?


「…間違えたら怒るけんね」

 うんっ、って応える絵里の表情が、ふにゃってやわらかくなる。
 あたしが一番好きな、絵里の表情。

206 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:26

「れーな?」

 どんなカオしたらいいか分からんくて、椅子から立ち上がる。

「…飲み物買いに行ってくる」
「あ、絵里も行くー」

 急ぎ足のあたしをぱたぱたって追いかける足音。
 足を止めたら、すぐ隣で足音が止まった。

「行こ?」

 覗き込んでくる、あたしの袖をちょこっとだけ掴んだ絵里の瞳。

 さっきみたいに、寂しそうな瞳はしとらん。
 いつもどおりの、絵里の笑顔。


 胸の奥があったかくなって、なのに、…何でか、締め付けられたみたいにきゅってした。

207 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:27

「のど渇いてたんだぁ」

 嬉しそうに言う絵里に、あたしの腕が袖ごと入り口に引っ張っていかれる。

「まだ時間あるよね?」
「あー…――――…あ?」
「んー?」


 白と黒に、さくら色の振り袖が映えて見えて。
 黒髪と白い肌に紛れ込んださくら色が、目に入った。

208 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:28

「絵里、花びら」
「え?」
「花びらついとう」
「え、どこ?」

 振り返って立ち止まった黒髪の揺れる衿元、首筋の辺り。
 髪に紛れてたのが落ちたんかな。
 スタジオに散ってた、桜の花びら。

「首の後ろんトコ。取っちゃるけん、じっとし」
「うん」
「―――――」

 手を伸ばしながら、ぴたって一瞬、自分の手が止まるのが分かった。

 …すぐ目の前に、絵里の笑顔。
 嬉しそうにこっちを見る、細くなった瞳。

 また、心臓が跳ねる。笑ってるトコは見慣れてるハズなのに。

 ついさっきまで、あんなカオしてたから、かな。
 笑ってるときの瞳が一番好きだから、なんかな。


 …あぁ、でも、いつも、やね。


「れーな?」


209 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:29


 泣きそうだったり、寂しそうだったり、笑ってたり。
 拗ねてたり、幸せそうにこっちを見てたり。

 たったこんだけの時間に、くるくるくるくる、変わる表情。
 一瞬一瞬、違う絵里。


 あの泣きそうな表情で、今まで見たこともない表情で、誰かを見とったとしても。
 あの幸せそうな表情で、見慣れててもどきってする表情で、あたしを見とっても。

 ……瞬間ごとに、全部、絵里で。


 絵里の表情の一個一個が嬉しくて、切なくて、悔しくなったりする。


 ―――いつも、色んな瞬間に、心ん中があったかくなって、きゅっ、て痛くなる。
 でも全部、一瞬ごとに、違ってて。


 そんな風に色んなカオを見てられるんは、こんな風に心ん中がいっぱいになるんは、
たった今、一つずつのこの瞬間だから、なんかもしれん。

210 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:30

 手を伸ばした衿の近くで、きゅって拳を握る。
 見上げたら、ん? って首を傾げた絵里と目が合った。


「―――…絵里」


 だから。

 ―――…何百年なんて、待ってられん。



「取れた?」
「…あ、あぁ」

 絵里の首の後ろの方に手を回して、花びらを摘み取る。

「…ん」
「ありがとー」

 絵里が微笑う。いつも以上に心臓の音が速くて、手を下ろすのと同時に、少しだけ息を吸った。


 ―――吸ったハズ、だった。



211 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:31


「―――――」


 手の中から一枚、花びらが散る。



「――――え、絵里?」
「ん?」


 落ち着くつもりで吸った空気が、のどの奥につまる。
 頭の中で考えてた言葉、全部、消えた。



 目の前に、さくら色。
 頬に触れる、さらってした黒い髪。
 背中に回された手が、握りしめられてるのがわかった。

212 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:32

「――な…っ、何しとう!」
「れーなに抱きついてる」

 …そんなん、わかっとう! そんなことじゃなくって。


「何でか聞いとうと」
「んー、近くにいたから」
「ワケ分からん」
「んーとね、じゃあ、ちっちゃくってちょうどいいから」
「ちっちゃいって言うな。…つーか、はなせ」
「やだ」
「やだじゃなか…って!」


 離れようと腕の中でもがくのに、なかなか外せん。
 力なんか、入るわけがなか。

213 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:33


「…絵里、はなせって」
「―――だって」
「なん」
「…れーな、最近抱きしめてくれないもん」
「―――は…?」



 何を言われたんか分からなくて、顔だけ絵里の方に向けるけど、絵里の表情までは読み取れない。
 抱きしめて、って…。
 この間、怖い夢を見た絵里を、落ち着くからって抱きしめて寝て、…あの日から、
確かに抱きついたり抱きつかれたりを、当たり前みたいにはできなくなったけど。



「…他の人とかと、抱きついたりしとーやん」


 ぎゅってされて落ち着きたいんなら、それこそ、さゆとかあいさつ代わりに抱きついたりしてる。
 もともと、あたしはそんなに誰かに抱きついたりする方じゃなか。



 ―――あの時抱きしめたのは、絵里やったから。

214 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:34


「やだ」
「なにが」
「れいながいい」
「…………」
「…れーながいいんだもん」


 ぎゅう、って、絵里の腕に力がこもる。


「ぎゅーってしてもらうのは、れーながいいんだもん…」



 …耳のすぐ近く。ちょっとだけ掠れた、絵里の声。
215 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:35

 下ろしたままだった手を、抱きしめてくる腕にそうっと伸ばす。


「…絵里」
「ん」
「…はなせって。―――…えーり」
「うー…やだ」
「あほ」


 目の前の、さくら色。―――…初恋の色、やったっけ?


「…このままじゃ、抱きしめられんやろーが」


216 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:36


 やっと緩んだ腕を外して、ほんの少しだけ、距離を置く。


 さくら色の衣裳に咲いた、桜。
 …恋の花なんて、一人では、咲かん。



 やっと見えた、絵里の表情。
 まだ見慣れない、今日、初めて見た表情。


 今にも泣き出しそうに、きゅって引かれた唇。
 じぃって見つめてくる、何か言いたげな瞳。

217 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:37


「絵里」

 袖を掴んでくる絵里の手に、言葉が詰まる。




 ―――…絵里にあんなカオさせてたのはあたしだって、…思ってもよか?

 すごい、自惚れとうよ?


218 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:38

「……ちゃんと、言うけん」
「え…?」


 さっき、言おうとして言えんかった、言葉。
 まだ、うまくまとまってなかけど。
 きっと、たまらなく恥ずかしいけど。


「…ちゃんと、告白するけん」


 今、心ん中が、伝えたいことでいっぱいになっとうと。


「そしたら、……抱きしめても、よか?」





 ―――床の上に散った、桜の花びら。

 さっきは滲んで見えた、淡いさくら色。
 本当は、腕の中の頬と同じくらい、鮮やかなさくら色をしてた。




219 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:41




 背景だけが移り行く、いつも見てる、君のいる風景。



 ―――もうすぐ、君と出逢って、二度目の春が来る。

 そうして、春が来て、桜の花が咲いたら。


 君の歌う歌みたいに、大盛りじゃなくていいよ?
 朝、早起きして、お弁当を作って。


 二人で、桜を見に行こう。



 …きっと変わらず、泣きたくなる自分がいる。
 心の中が、温もりでいっぱいになる。

 ――君が隣に、いてくれるなら。



220 名前:明日、春が来たら 投稿日:2004/04/10(土) 00:43


 −END−


221 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/10(土) 00:44


222 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/10(土) 00:45

桜のお話の第2弾、今回は田亀でした。

えーと…「桜散り始めてるじゃん」という突っ込みはスルーの方向でお願いします(ぉ
皆さまの脳内時計の針をちょっとだけ(?)戻して頂けたら、作者が喜びます(ぇ


久しぶりの更新でした…これからも精進していきたいと思います。

223 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/04/10(土) 16:53
うわぁぁぁぁ・・・・(何。
大量更新お疲れサマです♪待っていたかいがあるような作品ありがとうございます!
もう、見てるこっちが恥かしくなっちゃいますね(笑。
ニヤニヤ顔が止まらなくてヤバイですが、幸せです(ぉ
では、又の更新まったりとお待ちしております〜
224 名前:名無し読者79 投稿日:2004/04/10(土) 20:47
うぉ大量更新お疲れ様です。
田亀いいですねー。亀井ちゃん可愛い…。そうかー見てるかもって
思いました(笑
後紺は切ない…あの人はあの方でしょうか…。
225 名前:ROM読者 投稿日:2004/04/11(日) 22:40
更新お疲れ様です。
作者様の田亀シリーズに影響されて、最近この二人が
気になって。すっかりROMの脳内染まっております。
しかし亀ちゃん可愛いっすね。モノローグするれーな
もまた可愛い。

後紺はとてもシュールで、柔らかな表現だけど、ぐっと
引き付けられました。
226 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/27(火) 23:51

感想ありがとうございますっ。

>>223 ヒトシズク さま
うぁ〜 ま、待っていて頂いたのですか?
嬉しいお言葉ありがとうございます。
幸せな気分になって頂けたようで、嬉しい限りです。
これからも、ニヤケさせるようなお話が多くなるかと思いますが(ぇ
よかったらお付き合い下さい。

>>224 名無し読者79 さま
>見てるかもって思いました
そう思って頂くのは、作者冥利に尽きます(ニヤリ
えぇ、きっと見てるんです(爆
後紺は、そうですねー…読者さまがそれぞれに思い描いて下さった方が、「あの人」だと、
作者は考えております。
ですので、名無し読者79さまはご自分の思った通りに思っていて頂ければ、と思います。

>>225 ROM読者 さま
おいでませ、田亀ワールド(笑
や、そんな風に自分のお話で、気にかけてくださる読者さまがいるというのはホントに嬉しいです。
最近、リアルでも田亀率(?)が高くて、要注意ですよ(ぇ
中高生CPだと、可愛らしいカンジになりますね。微笑ましいというか、そんな風に書いていけたらと思います。
今回の後紺は、作者の言葉で多くを語るのは避けたいお話なんですが、
ROM読者さまが、何か思うところがあったなら、すごく光栄です。
227 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/27(火) 23:52

今日の更新は…SSを3本ほど(ぇ sage更新でこっそり、ひっそり。
3本ともCPが異なります。どのCPかは、各SS・1レス目のメール欄をご覧下さい。

ではでは、暇つぶしにでもお付き合い下されば幸いです。
228 名前:たとえば、こんな日常 投稿日:2004/04/27(火) 23:54

 頬を掠める肌触りに、意識も身体も、委ねてしまいたくなる。
 委ねても構わないのだと、ぼんやりした頭で思う。

 ゆるゆると遠くなって、とろとろと蕩けていく世界。

 吐息が闇に霞むような夜の狭間。
 心音が陽射に照らされる午後の隙間。

 君の声さえ遠ざかるのに、心地良く世界を見失う。

 そうして見つけるのは。
 胸の中に広がる、あたたかな、光。

 君がくれる、まばゆいほどの。



229 名前:-1-  本日は晴天なり 投稿日:2004/04/27(火) 23:56

 んー、って、大きく伸びをする。
 全開にした窓から差し込む陽射しが心地いい。

 見上げたら、真っ青に伸び行く、春の空。

 いー天気だなぁ…。
 こんな日に出かけないなんてもったいない。絶っ対。
 しかも。メチャメチャ忙しい彼女と、珍しくオフが重なってる、と来れば、デート日和ですよ。
 間違いない!

「――…んだよぉー」
「―――…んー? なんか言った?」

 力説も空しく、声をかけた背中はこっちを振り返りもしない。
 ちょっと大きめの声だけ、掃除機の音に紛れる。

「言った」
「なにー?」

 応えるのは、背中。

「だーかーらぁ!」
「うんー?」

 …また、背中。

「遊び行こーってばー」
「はいはい、もうちょっと待って?」
「…………」
230 名前:本日は晴天なり 投稿日:2004/04/27(火) 23:57

 ぱたぱたぱた。……ぺたぺたぺた。
 真剣に掃除機をかける彼女のスリッパと、床がちょっとひんやり感じる裸足の裏っかわ。
 間にある掃除機が、何となーく、邪魔。


 『もうちょっと』を待って待って………――――

「―――…ん、おっけーっしょ」
「終わった?終わった?」

 しゅるしゅると掃除機の中に収まっていくコード。
 うんうん、ご苦労さま。

「掃除はねー。―――…よいしょっと」
「掃除は、って!」

 掃除機を片付けて、今度はベランダに向かう背中に、突っ込みの血も騒ぐってハナシだよ。

「だって、洗濯物」
「だって、デート」
「取り込んじゃうから、ちょっと待つべさ」
「まーてーなーいー!」

 ベランダ用のサンダル。その上に広がる青と、白。

231 名前:本日は晴天なり 投稿日:2004/04/27(火) 23:58


『ねーね、起きて起きて! すっごいいー天気だよー』

 朝も早くから、元気な声に起こされて。
 珍しい、デートのお誘いかな? なんて期待したのに。
 眠い目を擦ってる間に剥ぎ取られたシーツ。枕。
 しばらくして起きたら、布団まで持ってかれた。



「朝からそればっかじゃん!」

 待って、って。朝から何度聞いたんだか。
 洗濯物を取り込み終わったら、今度は、布団が、とか言い出すに決まってる。
 それくらい、学習したんだぞ。

「んー…せっかくこんないいお天気なんだから」
「だからじゃんか!」
「だってお布団干したかったんだよー」

 ちょっと困ったように、彼女が笑う。

 そりゃあ、久しぶりのオフなんだから、家のことやりたいキモチも分かるよ?
 だから、あんまり強くは言えないけどさ。
232 名前:本日は晴天なり 投稿日:2004/04/27(火) 23:59

「なんだよー。ちょっとは構ってくれたっていーじゃんか!」

 窓のすぐ傍に座り込んで、ストライキ。

「ってゆーか、構えー!」

 ぬくぬくとひなたぼっこしてる布団に、しょーもないヤキモチなんか焼いてみる。
 朝からひっくり返されたり叩かれたり、彼女に構われっぱなし。
 …叩かれるのは嫌だけど。

「おいらの事もちょっとは構えー」

 するするって、滑り降りるシーツの白。

「―――ん、もー乾いてるべ」
「…って、無視かよ!」

 そりゃあんな朝早くから干してれば乾くよ!

「…なぁっちぃー」
「何だべ」

 …あ、やっとこっち向いた。…そっか、よし。

「なっちなっち、なぁーっちぃ」
「だから何だべさ」

 ベランダに転がったサンダルの音。小さな腕に抱え込まれた、白と、淡い青。
233 名前:本日は晴天なり 投稿日:2004/04/28(水) 00:01

「なーっ……―――…ち?」
「これ、やぐちの」
「へ?」

 ぱさっ、て顔の上に落ちてきた、…落ち着いた、空色。
 顔に馴染んだ、肌触り。
 お日さまの匂い。

「やーぐーちーのー」

 穏やかな空の色の、ピローケース。

「……おいらの?」
「だべ。やぐちの分もあるんだから、ちょっとは手伝いなさーい。もぉ」
「…………」

 ―――…どーしよ。

「自分で枕入れるんだよ? あ、アイロンかける?」

 メチャメチャ嬉しい、って言ったら、びっくりするのかな。
 無意識、だよね?

「もうちょっとしたらお布団もしまっちゃうし、したっけ出かけるべ?」
「…なっちー」
「うん?」
234 名前:本日は晴天なり 投稿日:2004/04/28(水) 00:02

 見慣れた、空色。

 おいらの、ピローケース。
 おいらの、枕。


 ―――…もともとは、お客さん用のだったってコト、なっち、覚えてる?

 忘れてるんだろうなぁ。
 枕とセットの、押入れで眠ってるちゃんと一組ある布団とか、さ。

「買い物、行こ」
「んー」

 ホントはね、単なる構ってもらうための口実で、出かけなくてもよかったんだけど。

「新しいピローケース、買おーよ」
「へ?」
「あ、枕も。お客さん用のヤツ」


 なっちの家にある、おいらの枕。

 枕のない、お客さん用の布団。
 …ホントにお客さん来た時、困るじゃんか。


「…そっか。そだね」

 照れ臭そうな、彼女の笑顔。

235 名前:本日は晴天なり 投稿日:2004/04/28(水) 00:03

「ねー、なっち」
「ん?」


 今日も泊まってっていい? そう、訊いたら。

 …だからお布団、干したかったんだべ。
 ちょっと勝ち誇ったように、彼女が言った。






 くたくたになるまで遊んで、帰ってきて。
 いつもみたいに、枕を二つ並べて眠る。

 君と過ごす、ある晴れた一日。
 君と自分を包むのは、やわらかな日なたの匂い。







−END−
236 名前:-2- 優しい夜に 投稿日:2004/04/28(水) 00:05



「―――…ありゃ…」

 空気の抜けた声が洩れて、髪を拭くタオルの動きが止まる。
 音を立てないようにそぅっと閉めたドアのノブの温度が、温まった体に気持ち良い。
 ゆっくりと進む裸足を撫でる床の感触も。

 ひやひやしながら、でもどこか楽しみながら、ようやく辿り着いた行先。
 壁にくっついて置かれたベッド自体はいつも通りで、何の変化もなく。
 けれど、知らず口元が緩んだ。
 近づきたかった理由で、大事なのは、ベッドの上。
 そこに横たわる呼吸は、近づいてきた気配に気付くことなく、規則正しく繰り返す。

 力の抜けた手元にある薄めの文庫本。
 拾い上げて見てみるけれど、漢字だらけの中身にめまいがして、すぐに閉じた。

 課題が出てるんです。そう言っていた。
 先に寝ないよーにね? そう、釘を刺しておいたのだけれど。

 晩ごはんを食べ終えた頃からとろんとしていた瞳を思い出す。

 背中に触れる壁が、現在に至る経緯を解説してくれた。

 ベッドの上で壁にもたれて小難しい本。
 加えて、ミュージカルの稽古上がりの疲れた身体。

 眠ってしまう条件は、これ以上もなく揃っている。…それでなくても、よく眠るコだというのに。
237 名前:優しい夜に 投稿日:2004/04/28(水) 00:06

 ―――…というかね?

「…風邪ひくって」

 そんな経緯では当然、掛け布団は丸まった身体の下。
 疲れている彼女を起こすのは何だか憚られるけれど、春先とはいえ夜はまだ肌寒いワケで。

「……こんのー…?」

 ベッドに腰を下ろして、ふわりとした髪にそっと触れる。
 小さく呼びかけられた自分の名前に、ベッドの上の小さな肩が僅かに揺れた。

 けれど、返ってくるのは健やかな寝息。
 …仕方ないなぁ。つい洩れる溜め息は、それでも笑みに紛れる。

 つまりは、よく眠れてるというコト。

 ベッドが軽く軋みを立てる。

 起こしたらゴメン、心の中で呟きながら、丸まった身体の下にある掛け布団を、
 足元から、ゆっくり、そぅっと引っぱり出す。

 背中と布団の隙間に腕を潜り込ませて、ほんの少し抱き上げると、
くてん、と力の抜けた頭が肩にもたれかかってきた。


 心地良い、重み。
238 名前:優しい夜に 投稿日:2004/04/28(水) 00:08

 彼女の身体を支える腕になるべく振動が起きないように気をつけながら、
空いたもう片方の手で抜き出した布団を、彼女に掛けてやる。

「…………」

 一安心して、彼女を下ろすべく振り返って枕を近くに引き寄せると、腕の中の目蓋が震えた。

「……ごと…さ…?」
「…寝てていーよ?」

 ぼんやりと見上げてくる眠さを拭えない瞳。
 返事は、ない。持ち上げているのも辛そうに、重い目蓋が落ちた。

 零れる笑みを抑えることが出来なくて、ごまかすように掛け布団を整える。
 枕の上に彼女の頭を下ろしながら、腕を引き抜こうとして、……止めた。


 ―――正確には、出来なかった、が、半分。
239 名前:優しい夜に 投稿日:2004/04/28(水) 00:09

「……ごとぉさ…」

 腕の中で丸まる彼女の、小さな声。力なく掴まれたパジャマ。
 腕に擦り寄せられた彼女の髪から、いつも自分が使っているシャンプーの香りがした。

「…なんだよー…」

 …ばか紺野ー。

 自分の部屋に落ちた自分の声なのに、初めて聞く表情を孕んでいて、笑ってしまう。



 ―――普段は、このまますんなり寝かせてはくれないのにね?
 見上げてくる困ったような表情を、思い出す。

 …腕、痺れちゃうじゃないですか。

 心配げに言うのは、彼女の口癖。
 駄目です…っ。そう主張していた最初の頃に比べると、だいぶ慣れたのかもしれない。

 この間なんて、たまには自分がしますと言い出した。
 やわらかな二の腕は、確かに心地良かったりもしたのだけれど。
 くすぐったがりの彼女が、肌を撫でるさらさらした髪の感触に耐え切れなくなるのに
さほど時間はかからなかった。


 それなのに。
240 名前:優しい夜に 投稿日:2004/04/28(水) 00:10

「……ずるいよねぇ…?」

 何の躊躇いもなく、夢の中に自分を呼ぶ声、寝惚けて腕を捉えた手。
 それを手放す理由は、持ってない。
 …知ってる? 嬉しいんだよ。


 ―――本当は、このまま寝ちゃうわけにはいかないんだからね?
 髪だってちゃんとは乾いてないし、お肌の手入れだってまだ終わってない。

 引き寄せた枕に、ぽす、と落ち着く短めの髪と苦笑い。
 ゆっくり下ろした腕に、じんわり広がる重みと温もり。

 掛け布団を自分にも手繰り寄せて、彼女の額を流れる前髪を軽く払う。
 パジャマを掴む手にその手を重ねて、馴染んだ香りの中、目を閉じる。


「……おやすみ」

 応えてくれたのは、変わらぬ静かな寝息で。

 翌朝の、痺れてしばらくは動かせないだろう自分の腕と、
起きてしばらくは大いに焦るだろう彼女の姿が容易に想像できて、
後藤のその言葉はちょっとだけ困った様な微笑に包まれて、紺野の髪に落ちた。

241 名前:優しい夜に 投稿日:2004/04/28(水) 00:11




 ―――腕が痺れるのは、君がこうして身体を預けてくれるから。
 君が安心してくれてるだけの、心地良い重み。

 腕の中にいる君の、無防備な寝顔を知ってるのは、きっとあたしだけ。
 優しく響く、心臓の近くにある呼吸。



 君とあたしの、眠る場所。

 あたしの腕の中。君の指定席。
 君のとなり。あたしの特等席。





−END−
242 名前:-3- 陽だまりの猫 投稿日:2004/04/28(水) 00:13


 ―――あれ?

 呟くように落ちた声と背後に感じた気配に顔だけ振り返る。
 ドアを閉めて近づいてきたのは、同期の先輩。条件反射で、少し頭を下げる。

「何してんの? ―――…あ」

 部屋に響く声が、ちょっとだけ小さくなる。

 入り口からではソファの背に隠れて見えなかっただろう、ソファに座る自分の膝の上。


 稽古も大詰めになってきた台本。すっかりインクの減ってしまった赤ペン。
 銀色のMDウォークマン。
 テーブルに置かれたペットボトル、二本。

「…熟睡してんね」

 こくりと頷いて見上げた先で、声を潜めて言う彼女は、
悪戯っ子のように笑って、けれど優しい目をしてた。

 年上の女のひとというのは、どうしてこうも自然に、子どもを見てる母親のような瞳を
しているのだろう、と時々、思う。
 自分の幼さが感じるのだろうこの疑問は、焦燥なのか羨望なのか、よく分からない。

243 名前:陽だまりの猫 投稿日:2004/04/28(水) 00:14

「…何かさぁ」

 相も変わらずそんな視線を自分とその膝の上に向けている彼女が、ふっと、口元を綻ばせた。
 しゃがみこんで、ソファの背の上で凭れかかるように腕組みした彼女と、目が合う。

「こーしてると、ホントに猫みたいだよね」

 耳のすぐ近くで、内緒話みたいな、ひそひそ声。
 膝の上に視線を一旦下ろしてから、はい、と、からかうような口調の彼女を見返した自分の頬は、
おそらく緩んでいるのだろう。
 自分を見た彼女がまた微笑ってくれたから。

 へぇ、と彼女が心の中で呟いた事を知る由はなかったけれど。

244 名前:陽だまりの猫 投稿日:2004/04/28(水) 00:15

 台本を抱えた小さな手がぴくりと動く。

 ………あ。
 それを視界の端に捉えたらしい彼女が、口だけその形に動かして、立ち上がる。

「まだ時間あるからさ、もうちょっと寝かせてあげなね」
「あ…はい」

 動きをそのまま視線で追いかけた自分の髪を、柔らかく撫でられる。
 頭を撫でる感触が、ただそれだけで優しかった。

 んじゃ。
 返された踵を見送る視線の先で、彼女がくるりとまたソファの方に向き直った。

 首を傾げた自分の耳元。ちょっとだけ背を屈めた彼女の、からかうような声。
 内緒話の、続き。

「―――…だね?」

 ふにゃりと溶け出してしまう自分の頬。
 その反応に満足げに笑う彼女の瞳は、さっきと同じ温かさで、自分と膝の上の猫を見てた。

245 名前:陽だまりの猫 投稿日:2004/04/28(水) 00:15


 微かな音だけを残して閉じるドア。
 再び静寂を取り戻した室内に、ウォークマンから聞き慣れた曲が僅かに洩れる。

 こんなボリュームで聞きながら、よく眠れるなぁ、と思う。
 止めようかとも思ったけれど、以前そうしたら、

『…聞いとーと』

 明らかに寝起きの声で不機嫌そうに言われたのを思い出して、やめておいた。
246 名前:陽だまりの猫 投稿日:2004/04/28(水) 00:16

 膝の上。ソファの上。
 丸くなって眠る、普段は気の強い、力強い瞳で自分を見てくる猫さん。

 ちょっと長めの待ち時間。
 空いている部屋を目ざとく見つけた猫に、手招きされた。
『…膝、貸せ』
 ちょっと偉そうに命令されて、けれど嫌な気分はしなかった。

 普段、人懐っこくはない子猫が、すり寄ってきたみたいだ。

 ホントは寂しがりなのを隠すみたいに、意地っ張りで、命令したがりで、気の強いフリ。
 そんな猫さんは、甘え方も下手だと思う。

 いつもはしてもらう方専門の自分の膝の上に頭を置いた瞬間の、照れ臭そうな、困ったような笑顔。
 ちょっと赤くなった、頬。
 顔赤いよ? そう言ったら、知らん、ってそっぽを向いた。


「………ん」

 膝の上で、目蓋が震える。
247 名前:陽だまりの猫 投稿日:2004/04/28(水) 00:17

 さっき彼女がしてくれたみたいに、そっとやわらかな黒髪を撫でる。
 そんな猫さんが、こうして髪を撫でられる場所にいてくれる。

 さっき彼女が置いていった、揶揄するような、優しい言葉。
 そんな猫さんが、こうして自分のいる場所を望んでくれる。


 ――――…お茶とおせんべいとみかんと、猫は、おばあちゃんにはつきものだね。


 お年寄りみたいだよ、って言われてた、好きなもの。
 しあわせに、なれるもの。

 猫さんを追加して、…ふにゃりと、頬から力が抜ける。


「――――……えり…?」


 にこにこと見下ろした膝の上で、寂しがりの猫さんが眠たげに鳴いた。

248 名前:陽だまりの猫 投稿日:2004/04/28(水) 00:18



 今日は、外は雨。
 暖かな部屋の中。疲れて眠る、猫さんの瞳。


 寒い日に、テレビを見ながら、こたつでみかんとおせんべい。同じこたつに、丸くなる寒がりの猫さん。
 晴れた日に、縁側でお茶を飲みながら、日向ぼっこ。膝の上に、身体を伸ばす猫さん。



 どこかで見たような、けれど、やわらかで、あたたかな。
 そんな、日常。


 ――――そんな、どこにでもあるような風景を、描けたらいいね。
 君と二人。


 ……二人。







−END−
249 名前:たとえば、こんな日常 投稿日:2004/04/28(水) 00:20



 ―――そうして、ゆっくりと、目を醒ます。

 世界が、静かに動き出す。

 隣に、君の声を見つけて。
 胸に残る、確かなあたたかな光の名前を識る。


 君が隣で、目醒めたら。
 おはよう、って、ただそれだけ、君に告げよう。

 君がくれる光を、君に伝えたいから。

250 名前:たとえば、こんな日常 投稿日:2004/04/28(水) 00:21




−end of all short stories−



251 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/28(水) 00:22

更新終了です。
252 名前:永井紗月 投稿日:2004/04/28(水) 00:25

3本とも共通のお題だったので(先に知りたい方は↑2つ分のメール欄をご覧下さい)、
今回ちょっと、変わった形を取らせて頂きました。オムニバスSS集…ということで(ぇ
解りにくかったらごめんなさい。1本1本のお話はそれぞれ独立してはいます。
同じお題で違うCPを書くのは作者の悪い癖のようです(苦笑

今回、無謀にも初挑戦のCPもあります。
1レス目に「他CPも色々」と書いておきながら、後紺と田亀しか書いてなかったので(汗
これからも他にも色々挑戦してみるかもしれません。
予定は未定ですが(ぉ その時は、生温かい目で付き合ってやって下さい(平伏

では、またお付き合い頂けたら嬉しいです。

253 名前:ROM読者 投稿日:2004/05/01(土) 08:36
更新お疲れ様です。
くぅ〜っ・・・た、たまらん!空気のきれいな山の高原あたりで
思いっきり深呼吸をしているような爽やかさで、それでいて心
癒される可愛らしさ。

発挑戦の方も、ROMが大好きなCPで、思わず破顔(爆
254 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/05/05(水) 20:38
あうぅぅ・・・・(撃沈
何かもう、甘い物の取り過ぎでヤバイよ!ってくらい甘くてw
そして爽やかなんで素晴らしいですね♪
ちょっと変わった感じでよかったです★
では、更新お疲れ様です!
255 名前:永井紗月 投稿日:2004/05/07(金) 23:27

感想ありがとうございますっ!

>>253 ROM読者 さま
おぉ…爽やかで可愛らしい、ですか。ありがとうございます。
春らしくほのぼのしたお話が書きたかったので、
ピクニックでの日向ぼっこ代わりに(ぇ 心癒されて下さったらもう、本望です。
初挑戦CP、お好きですか〜喜んで頂けたようで…、
こんな感じでいいのかと、かなり不安だったので(苦笑 嬉しいです。


>>254 ヒトシズク さま
甘い物の取り過ぎには要注意ですよ〜(ぇ
…ごめんなさい、甘い物大好きなのは作者の方ですね(汗
いい加減、食傷気味なのではないかと、ちょっと心配な今日この頃です(滝汗
味付けにもうちょっとバリエーションをつけられるよう、精進して行きたいと思います。

256 名前:永井紗月 投稿日:2004/05/07(金) 23:31

さてさて、今日の更新です。

リアル短編・後紺を。
何と言っても今日は紺野さんの誕生日。

遅ればせながら、この場をお借りして。
諸々の事情により(ぇ うp終了時には翌日になっていると思われるので、ひとまず。

紺野さん、お誕生日おめでとうございます。

257 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:35


 ――――プレゼント、何がいい?

 受話器越しの声に、冗談みたいに、ワガママを言った。




258 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:37


 あと、もう少し。
 もうちょっとで、5月8日になる。
 もうすぐ、5月7日が終わる。


 カチッ、と小さな音を響かせて僅かに動いた時計の針から視線を外すと、
テーブルの上のカラフルなラッピングたちと目が合った。

 13人分の「おめでとう」。
 色とりどりの包装紙だけでなく中身も、贈り主のそれぞれの個性が出ていて、ちょっと笑えた。

 その中の一つを手に取ると、ほんのり紅い頬がふわりと緩む。
 自分の誕生日を祝ってくれるひとが、いてくれる。

 笑顔と一緒に。メールに綴られて。
 電話越しに、届いた言葉。

「――――」

 ベッドの上に置いた携帯電話に目が行く。
 何気なく向けたはずの、視線の先。

 震えて見える、携帯電話。
 綺麗な包みをテーブルの上に戻す手が、少し震えた。

 手にした携帯電話は確かに着信を知らせて、光るイルミネーションは確かに専用の色で。
 けれど、俄かには信じられない。

「――…はい…っ」
259 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:38


 ―――…仕事だって、言ってた。

『紺野?』
「…後藤、さん?」

 “ごめん”
 申し訳なさそうな受話器越しの声を、思い出す。
 今日が始まったばかりの時間。

『うん。起きてた?』
「はい…」

 以前から聞いていた。
 今日は一日仕事が入っていて、終わるのは日付が変わる頃だと。

『んー…じゃあ、今部屋?』
「はい…あ、あの…?」
『ちょっと、出て来れる?』
「―――…え……?」


 逢いたかったけれど。困らせたくなくて。
 何より、自分よりも彼女のほうが悔しそうで、それが嬉しくて。
 十分だと、思った。十分すぎるくらいだと、思った。


260 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:39


『プレゼント、届けに来たんだ』

 携帯越しの言葉が、優しい声色の包装紙に包まれて耳の奥に届く。

「届けに、って…後藤さん…?」

 夜の静寂に落ちたのは、…予感と確信。
 温かな色をした、その包みのある場所。

「―――取りに行ってもいいん、ですか…?」
『待ってるね?』

 びっくりしたような、ふわりと微笑んだ声と、僅かに震える綻ぶ口元を抑えきれない声を繋ぐラインが、
静かに途切れる。
 慌てて立ち上がると、隣の部屋で眠りに落ちている母親を起こさないようにそうっと、
部屋のドアを開けた。



 5月7日 PM11:39。
 閉じた携帯電話の、ディスプレイ。



261 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:40


 ――――十分だと、思った。


 5月6日 PM11:55。
 携帯電話が、鳴った。

『紺野?』

 電話の向うには、優しく耳を撫でる声。柔らかく響き落ちる声。

 お互いの近くにある時計の時間が少し違って、電話の向うで、むくれた声。
 結局、少しだけ早かった自分の部屋の時計に合わせて、時間を数えた。


262 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:41


 5月7日 AM00:00。
 17歳に、なった瞬間。

『誕生日、おめでと』

 日付の変わる瞬間を待ち遠しそうにしていたのは、何故だか電話の向う側。

『一番最初に、言いたかったんだよねぇ』

 はにかんだ笑顔が見えそうなくらいの、ふわりとした声。

『電話してる間は、メール届かないじゃん? 今頃小川とかから届いてそうだけどさ、
ちょっとだけ、あたしに独占させてよ』

 ちょっと拗ねたような、嬉しくなる言葉で。
 何より、今日が始まる瞬間の言葉で、十分だった。
 一番最初に聞きたかったのは、自分だったから。


263 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:42


『…紺野?』

 不意に寂しげに呼ばれた名前。電話の向う。
 言葉を探しながら前髪をくしゃりとかき上げる仕草が伝わってきた、一瞬の沈黙。

『―――今日、ごめん』

 逢いに行けなくて。

 悔しそうな声。自分よりも、電話向うの声の方がずっと。
 十分すぎるくらい、嬉しかったのに。

『…こんのー』

 電話越しの、名前。
 たった三文字が、聞き慣れた声が愛しい、なんて。
 この声を近くで聞きたい、なんて。
 ひとつ大人になったばかりのはずなのに、我儘な子どもみたいだと思った。

『―――プレゼント、何がいい?』

 そんな風に思ってるなんて知らないはずなのに。
 そうやって、優しい声で甘やかすから。
 何を言っても、叶えてくれそうな気がするから。

「…あの、―――――」



 5月7日 AM00:19。
 幼い子どものような、ワガママを言った。






264 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:43


 かしゃん、と、チェーンを外して、そっとドアを押し開ける。
 マンションの廊下の明かりに照らされて伸びる影、一つ。

「―――お荷物お届けに上がりました」

 目深に被った帽子の下で、使い慣れない敬語が棒読みに聞こえる、台詞。

「注文、間違いない? ちゃんと確かめ―――…んぁ?」

 いきなりの振動に、声がよろめく。
 腕の中にぎゅうっと受け取った荷物で運送屋が、耳の横で小さく吹き出した。

「…返品、できないよ?」
「しません」

 17歳になって、すぐ。受話器の向うの声にあやされるように。
 冗談みたいに、抑え切れない本音の、ワガママを言った。

「…するわけないじゃないですか…」


 ―――…後藤さんが…欲しい、です。



 5月7日 PM11:43。
 誕生日プレゼントは、黒のデニムに包まれてた。





265 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:46


「――…16、17…じゅーはち、っと」
「―――後藤さん?」

 薄いオレンジ色に落とした灯りの下で最大限に潜めた声を、つい止める。

 隣の部屋で寝ている母親を起こさないようにと、そっと訪れたプレゼントだらけの部屋。
 夜中にごめんなさい。心の中で呟きながら、会ったら会ったでのんびり迎えてくれそうだと、
性格の似た彼女を隣に、つい笑ってしまいそうになった。

 テーブルの上に置かれた、小さなサイズのデコレーションケーキ。
 止められたのは、楽しそうにケーキにカラフルなろうそくを立てていた手。

「ん?」
「あの…私、17、なんですけど」
「あー、いいのいいの」
「えっ? あ…っ」

 止める声も空しく、笑いながらケーキに立てられた、18本目のろうそく。

「…後藤さん、もしかして」
「ばか紺野」

 満足そうな笑顔を少し恨めしげに覗き込んだ途端。
 ぴしっ。ごくごく軽く、おでこを弾いた指先。

「うぅ…痛いです」
「今、年間違えたんじゃ、とか、疑ったでしょー?」
「違うんですか?」
「違うねぇ」

 まー、そう思うのも無理はないか、と後藤は弾いた紺野のおでこをそっと撫でる。

「んー、これがないとね、半分くらい、あたしが今日ここに来た意味がないんだよねぇ」
「…え?」

 時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。

266 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:51

「…私が、ワガママ言ったからじゃないんですか?」
「うん、それが半分。…ワガママっていうかさ」

 時計から下ろした視線に、不意に抱きしめられる。

「…あれには、ちょっと参った。ごとー、一生の不覚」
「ふぇ?」
「めったにワガママなんか言わないのにさ、紺野」
「…ごめんなさい」

 頭のすぐ上で響く声。怒ってるわけではなさそうだけれど、
洩れたちょっと困ったような笑みに、紺野は俯いた。

「やー、謝らなくていいんだけどさ」
「でも、後藤さん、疲れてるのに」
「そうじゃなくてさ、あー…ワガママなんかいくら言ってもいいんだよ。紺野は言わな過ぎなんだから」
「…でも」
「聞いてあげるかどうかは、あたしが決めるんだからさ。とりあえず言ってみないと解んないじゃん?」

 髪を撫でられて、顔を上げる。覗き込んできた微笑に、紺野は息を飲んだ。


267 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:56

「…ワガママ、嬉しかったよ? 今日届けたかったのは、あたしのワガママなんだし」

 ―――このひとの声は、どうしてこんなにも、自分を甘やかすのが上手なんだろう。
 いつから自分は、こんなにワガママになったんだろう?

「…はい」
「ん」

 こつん、と額に固い感触が当たる。
 少し身体を離すと、その感触は手の上に落ちてきた。綺麗に包まれた、小さな箱。

「これはおまけ。―――火、つけよっか」

 ぽんぽん、と背中を2、3度軽く撫でた手がゆっくり離れる。
 手の中には、おまけの箱。

「…紺野が、あたしが欲しいって言ったんだかんね?」

 かちっ、とライターが音を立てて、ろうそくに火が灯る。
 火をつける後藤の頬が赤いのは、ゆらゆら揺れる仄かな炎のせいなのか、そうじゃないのか、
自分と話す彼女にしては珍しく背けられたその頬に、答えが見えた気がした。

「…はい」

 18本目に火を点けようとして、手が止まる。



 5月7日 PM11:56。
 赤いオレンジが、部屋の空気を染めた。



268 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:56

「ホントはさ」
「はい」
「今日、仕事終わったら、どれだけギリギリでも、逢いに来ようと思ってた。紺野のワガママ聞く前から」
「…え?」
「この間ね、テレビで言ってたんだけど。―――…年の数と、もう一本ろうそくを灯すのね」

 かちっ。18本目のろうそくに、火が灯る。

「その一本はさ、新しい一年がその人にとって素晴らしい一年でありますように、って、
そういう願いがこもってるんだって」

 コトン、とテーブルに置かれたライター。
 おまけの箱の、絹色の包装紙がオレンジに揺れる。

「誕生日、おめでとう」

 耳に届いた声。すぐ隣にある言葉。
 並んだ小さな炎たちが、夜の闇に温度を点す。

 ありがとうございます、その言葉が、喉の奥で焦がれて熱かった。

269 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:56


「もし時間がなくて、こーやってろうそく立てらんなくても、明日になる前に、紺野の時間が欲しかった」

 間に合わなかったらどーしよーって、すっごい焦ったけど。
 少し笑った声が、まっすぐに見てくる視線に乗って届く。

 17歳になって、初めて明日っていう時間を迎えるこの瞬間。
 これからの時間に、仄かな光と、祈りを捧げて。

「誕生日の最初と最後、独り占めしたかった。…まぁ、あたしのワガママだけどね」
「…嬉しい、です」

 ぶんぶんと大きく首を振ったらふっと笑われて、頬に手が触れた。

「…ありがと」

270 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:57

 5月7日の、最初と最後。

「―――ありがと、ね」
「…それ、私の台詞ですよ?」

 誕生日が始まりを告げて、今までの一年が終わる瞬間。
 誕生日が終わりを告げて、新しい明日が始まる瞬間。

「あはっ。まぁ、いーからいーから」

 16歳の君に、さよならとありがとうを。
 今までに。君がこうして此処に居ることに。

271 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:57

「紺野、消して?」
「…あ、はい」

 すっと背中に添えられた手に促されて、紺野の頬が濃いオレンジを身に纏う。

「いい年になるといいね。――――いい年に、しようね?」
「はい。―――…後藤、さん?」
「んー?」
「……大好き、です」

 いつもは、なかなか口に出来ないけれど。
 きっと、「ありがとう」と同じくらい、それ以上に、伝えたい言葉。


272 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:58


 昨日と今日。今日と、明日。

 譲れないものが増えて、少し幼く、そしてそれを守るために、少しずつ大人になって。
 時間が移ろい行く中で、色んなことが変わっていく毎日。

 それでも、きっと、変わらない想いがある。

 そうして、重なっていく時間がある。


273 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/07(金) 23:59

 重なる、想いがある。

「…紺野」

 ―――17歳の君に、はじめましてとよろしくを。
 これからに。君とこうして共に在る時間に。

 これからの君に。
 途切れることのない、想いに。


 応える言葉に、振れた小さな炎。
 重なる言葉。


 ―――それは、誓いにも似て。

 交わした言葉を互いに封印するように、
 18本のろうそくを吹き消した薄闇で、唇を重ねた。

274 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/08(土) 00:00



 5月8日 AM00:00。


 17歳の君が、初めて明日という時間を迎える瞬間。

 ―――君に伝えたかったのは、君といる明日への約束。





        ―――Happy Birthday.


275 名前:明日への約束 投稿日:2004/05/08(土) 00:00




  −END−

276 名前:永井紗月 投稿日:2004/05/08(土) 00:09

更新終了です。

なので改めて、この場をお借りして。

もう翌日ですが(汗、紺野さん、誕生日おめでとうございました。

277 名前:永井紗月 投稿日:2004/05/08(土) 00:12

えーと…無駄に長(ry そして砂吐きそ(ry
ホント申し訳ないです(平伏

色々と突っ込み所もございますでしょうが、紺野さんの誕生日ということで、見逃してやって下さい(ぉ


またお付き合い頂けたら幸いです。では。
278 名前:ROM読者 投稿日:2004/05/08(土) 21:11
更新お疲れ様です。
真面目に感動しました。誕生日って特別な日なんですね。
奮える程素敵なお話をありがとうございました。

紺ちゃん、遭う度に輝きが増していて、本当に驚いてしまいます。
次の誕生日には、どんな貴女を魅せてくれるのでしょうか。



紺ちゃん、遭う度に輝きを増してゆくあなたから目が離せません。
279 名前:ヒトシズク 投稿日:2004/05/11(火) 19:23
更新お疲れ様デス。
普段我侭を言わない子が我侭を言うと何故か可愛く思えてしまったりw
こんな誕生日ってホントいいなぁ〜と思わずため息ついてしまいました♪
甘さがっ・・・(ry。ホント言うこと無しですね〜
では、次回の更新マッタリとお待ちしております。
280 名前:雪達磨 投稿日:2004/05/19(水) 10:43
こんな誕生日があったら最高ですね。

更新時間を話の時間に合わせてあることに気付いた時は
憎い演出だと少々感動いたしました。

これからも見ています。
諸事情により書き込みがほとんどできませんが
応援しています。
281 名前:永井紗月 投稿日:2004/06/25(金) 01:53

>>278 ROM読者 さま
恐縮です。こちらこそ、ありがとうございます(平伏
17歳になった紺ちゃん、どんな一年を、どんなこれからを歩んでいくんでしょうか。
『目を離せない』これからもそんな存在でいてくれるだろう彼女に、
きっとまた誕生日を迎える度、新たに魅せられているのでしょうね。

>>279 ヒトシズク さま
ありがとうございます。
我侭も、言わなきゃ伝わらないんですよね、
『普段我侭を言わない子』に我侭を言える場所があることを知って欲しくて。
抑えるだけが、その場所を大事にする方法ではないんじゃないかと。
なので、今回、後藤さんにちょっと頑張ってもらいました(苦笑

>>280 雪達磨 さま
ありがとうございます。
よもや気付いて頂けるとは思ってませんでした。観察眼の鋭さに、驚いています。
雪達磨さまのご事情の中での書き込み、嬉しく思います。
お時間のある時に、ふらりと立ち寄って覗いて頂ければ幸いです。

282 名前:永井紗月 投稿日:2004/06/25(金) 01:54

大分長いこと放置してしまって申し訳ないです(平伏

では、久しぶりの更新をば。

リアルで、田中さんと紺野さんのお話です。
今までのお話とは別に考えて頂けたら、と。
浮気もいいとこなので(汗、sageでこっそり。

良かったらお付き合いください。
283 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 01:56



 なんとなく、予感はしてた。

 静かな音を地面に響かせる自動ドアの隙間に足を止める。
 背中にある空調の効いた乾いた空気と、無防備に晒した腕に絡んできた空気とが
混じり合って出来た、不均衡。

 ―――雨の降り出す、予感を感じてた。

284 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 01:57

 背後で開閉に逡巡する透明なガラスの声が聞こえて、斜め前に歩を進めると、
右隣に微かな甘い香りが冷たく積もった。
 途端、身体中の感覚を薄い薄い灰色に奪われる。

 見上げた空と、人通りもまばらな歩道のアスファルト。道路向かいを歩くスーツの背中。
 30も半ばだろうその男性は、ありふれた黒い傘を手に、忙しなく歩いていった。

 出掛ける寸前の今朝の母親の忠告を思い出して、目深に被った帽子の下で、無意識に眉をひそめる。

『傘持って行きなさいねー』

 生返事で適当に受け流して出てきたことを一瞬、反省しそうなって、
手にした箱の重みに心の中で大きく首を振り、小さく唇を尖らせる。

 寄り道せずに帰っていたら、雨とは出会わずに済んだのかもしれない。
 寄る所があるから、と誰と連れ立つこともなく出て来たスタジオにいた誰かを捕まえて、
傘に入れて貰うこともできた。

 一度お土産に買って帰った、帰り道にある洋菓子店のシュークリームを甚くお気に召して、
それ以来時折、『帰りに買ってきて』と言ってくるのは、今朝もそう言ったのは、他ならぬ母だった。

 糖分を欲したレッスン疲れの身体が色とりどりのショーケースの誘惑に乗って、
つい長居してしまったことは、手の届かない棚に上げることにした。
285 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 01:58

「―――…あー…もう」

 溜め息越しに見上げた空は、店の軒先から落ちる水滴を透かしてみても、水色に変わる訳もない。
 灰色に近い白色は、ひどく曖昧に見える。
 さらさらと空中を滑るように落ちてくる雨も、同じ。

 邪魔にならないようにと軒先の一番端まで移動したせいか、傍にあった甘い香りは、
いつの間にか雨の匂いにすり変わっていた。
 雨の日独特の、鼻孔を衝く匂い。一番強く感じるのは、降り出す前と、降り始めの頃。

 ―――……さいあく。

 可も不可もなく、侵食されていく感覚。
 身動きが取れない窮屈さ。零れた言葉は不機嫌さを帯びてきた声に閉じ込められた。
286 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 01:59

 視界に映る、幾度となく通っている、駅からスタジオまでの道の途中。
 傘を買おうにも、すぐ近くにはコンビニがないことは、よく知っている。
 コンビニのある場所に辿り着く頃には駅前で、イコール目的地。

 彷徨う視線が白い空のキャンバスへと行き着く。描かれているのは、滲んだ灰色の雲。
 霞んだ、細い雨の滴。先刻より、筆が進んでいる。
 単なる通り雨で終わるつもりはないらしい。
 明日の明け方まで続くでしょうと言っていた、天気予報の淡々とした声が頭を過ぎった。

 見慣れた景色が、雨に塗り潰されていく。
 このままここに佇んで見ていたら、この薄い灰色の水彩画は、いつか完成するだろうか。

「―――田中ちゃん?」

 バッグを持ち直したのはなるべく雨に濡れないようにするためで、
それはここに立ち止っていないための決心だったのだけれど。

「あ、やっぱり田中ちゃんだー」
287 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:00

 それは、この一面同じ色の街中から逃げ出す準備だったのかもしれなかったけれど。

「こ、―――…ぽんちゃん」

 はーい、と嬉しそうに応えて近づいてくる綿菓子を思わせるふわりとした笑顔が手にした、
薄い黄色の傘。淡いのに、目が眩みそうになる。

 最近呼び始めたばかりの愛称は、まだ少しぎこちなく舌の上を滑って、
耳朶に馴染んだ名前が、耳の奥に引っ掛かった。

「今、帰りですか?」
「うん。ちょっと遅くなっちゃって…あれ? 田中ちゃん、少し前に帰ったんじゃなかったっけ?」

 どうしたの? 傾げた首の角度の分だけ、パステルカラーが視界の色を遮る。

「買うものがあったとです。出て来たら、雨降ってて」
「―――あ、傘」

 前触れもなく頭上に差した影。条件反射でちらりと上げた視線が黄色で染まる。
 同じ場所に、にこやかな笑顔があった。

「…ぽんちゃん?」

 つい訝しげに声が洩れる。返答に、一拍、否、二・三拍はゆうにかかった。
288 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:01

「―――ふぇ?」
「や、ふぇ? やなくて」
「うん」
「…傘、入れてくれるとですか?」
「……え? ―――あ、そっか。うん、そうそう。田中ちゃん、駅まで行くんだよね?」
「はぁ」

 促して、やっと順番どおりに辿られた言葉に、吐き出した息と一緒に身体の力が外に洩れる。
 傘を持っていないという判断と、傘に入っていくかどうかの質問と、傘を差し出す行動と、
全部が重なったのか、それとも、彼女の頭の中では順に消化されたのか。

「じゃあ、お邪魔します」

 彼女のマイペースさは、きっといつだって変わらないのだろう、と思った。降っても晴れても。
 差し出された傘の中に収めた身体が、本人の気付かない所で口許の力を緩める。

「あ、したら、れな傘持ちます」

 濡れたアスファルトの上に踵が降りると、微かに水音がした。
 聞こえたことさえ忘れそうな小さな小さな音に視線が降りかけて、止む。
 視界の端の、きょとんとした表情。音の記憶は、消える。アスファルトが吸い込めずに零した、雨の音。

「いいよ? 大丈夫」
「や、でも」
「大丈夫だよ。行こ?」
「そーいうワケには…」
「だって、田中ちゃん」

 見上げた空間に、何か言いたげなちょっと困った表情。雨に煙る、街の途中。
 さっきまで視界を占めていた灰色は、傘の色に半分ほどその場所を譲っていた。
289 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:02

「―――あ、大丈夫ですよ? ちゃんとぽんちゃんに合わせて差します」
「ふぇ?」
「ふぇ、って……背、じゃなかとですか? 何か言いたそうでしたけど」
「背?」
「友達とか、れなが傘差そうとすると、傘の位置が低いとか歩きにくいとか言って傘取り上げるとですよ」
「あー…そっかぁ」
「――違うとですか?」
「身長のことは考えてなかったかなぁ…」

 木製の傘の柄にかけられた手が、驚くほど白い。灰色にくすんだ白との、コントラスト。
 よく似ているようで微塵も交わることはない二色が、怪訝そうな瞳に浮かぶ。

「そっかぁ、身長かぁ。そうだよねぇ」
「……そげん思いっきし納得せんで下さい」
「え?」

 黒髪のかかる八の字に下がった眉に彩色された瞳が、小動物のそれを思い起こさせた。
 表情の奥に映る、道路向いの街路樹。傘の色と並んだせいか、新緑が映える。僅かに、雨に滲んで。

「…ちっとくらい否定してくれてもよかとですよ?」
「え? あ、あ…っ、そ、そっか」

 ぴくりと傘の色が振れる。たどたどしく紡がれる言葉が届ける焦った表情。
 覗き込んで来る潤んだ瞳が揺れる。
 深い茶色が、頭の片隅にじわりと染み込んだ。

290 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:03

「まぁ、れなは小さかですけどねー」
「うぅ…ごめんね」

 予想した通りに返ってくる素直な反応を意地悪く楽しんでいるのは、先刻の不機嫌な自分だろうか。
 それとも、彼女独特のペースに、心がまるくなるような感触を覚えている普段の自分だろうか。

 わざと大きく項垂れてみせて隠れた口許に、今度は本人も自覚した微かな笑みが浮かぶ。

「―――ホントそー思ってます?」
「思ってるよぅ…けど、田中ちゃん」
「――あ、また」
「…え?」
「さっきからもー、れなの心ボロボロ」
「え、えぇっ? な、なに?」
「ぽんちゃん、さっきからずっとれなん事『田中ちゃん』って呼びよーし」
「あ…え、えっとね、つい、こう…癖で」
「呼んでくれるって言っとったやなかですか」
「…実は、呼び捨てってあんまり得意じゃなくて」

 足元近くの水溜りに、傘がぼんやりと映り込んだ。アスファルトの水面は、黒に近い灰色。
 目を逸らすように、顔を上げる。変わらぬ、困惑を隠せない眉と潤みがちの瞳。
291 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:04

「慣れれば大丈夫ですって。あ、じゃあ、二つ分のお詫びってコトで、
今からちゃんと『れいな』って呼んで下さい」
「そ、そんな急には…」
「呼んで欲しかとです。…駄目ですか?」
「うー……分かった、練習する…」
「やった。今度こそ、絶対ですからね?」

 少し遅れて確認に応じた彼女の表情が、笑顔に変わる。
 一瞬、つられて一緒に笑ったような気になって、彼女の笑顔の伝染源がどこだったのか、
解るのにほんの少し、時間がかかった。

「そろそろ行こ?」
「あ、はい。―――って、傘」

 移動を始めた傘を持つ手に促されて景色が動き出す。ゆっくり歩きながら見上げた、すぐ隣。
 いつも通りのペースで歩く彼女が、少し視線を下ろして微笑う。
292 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:05

「…歩きにくいのは、やだなぁ」
「あ、ぽんちゃんが意地悪しよる」
「ちょっとくらい、仕返しさせてよぅ」

 気を使わせないための嘘がふやけて聞こえるのは、柔らかい弧を描く口許のせいか、
珍しくのんびりとした、歩幅のせいか。
 背のことを、口で言う程気に病んでもいないことは見透かされているらしかった。

「あ、でも、意地悪じゃなくてね、た……あ、えと、
―――れ、…れいな、が小さいのは、かわいいと思うけどなぁ…?」

 傘を打つ、微かな音が頭上に響く。
 この季節の雨は静寂を知っていて、程よく潤いを含んだ消え入りそうな頼りない声は、
呼ばれた本人に辛うじて届いた。

 照れ臭そうな笑顔に嘘は見えずに、内側からじわじわと昂ぶる耳の熱が雨の体温に抱かれて、
ひやりと心地良く、―――今日の雨は冷たいのだと、知った。


293 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:06


294 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:07


 サァッ、と車のタイヤが水を切る音が傍を通り過ぎる。
 幾度も繰り返す、間隔の短くなってきたその音と、音量を上げた雑踏のざわめきは、
目的地への距離を示す。

 歩道橋の階段が傘の下に映りこんで、視点を捉える。歩道橋を渡ると、駅はすぐ。

 駅に着くまでの僅かな時間を体が覚えていて、普段よりはゆっくりの歩調が、更にペースを落とした。
 頭上の傘も示し合わせたように速度を緩めるけれど、傘を誘導する彼女は変わらぬ口調でお喋りを
続けていて、些細な変化に気付いたのかどうか、わからなかった。

 傘の下で、他愛もなく続くやり取り。
 誰かといる時の性なのだろう、沈黙の空白を塗り潰すようにお喋りをして、
傘の中で過ぎていく時間を、傘の外の風景を気にせずにいられた。

 二人分の声で、雨声の静謐が充分に満ちていた、駅までの途中。

 一人が饒舌になったのは、先刻までいた洋菓子店の話。
 手元にあるシュークリームは、生クリームとカスタードクリームのバランスと、仄かなキルシュの
香りが良い、らしく、かぼちゃのペーストを織り込んだチーズケーキがお勧め、らしい。

 いつものおっとりした口調はどこへやら、勢い込んで話をする彼女に呆気にとられたもう一人の
笑い声と、口調はしっかりしていても変わらず頼りない小さな声が、傘を揺らした。

295 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:08

 か細い声が、今は周囲のノイズに紛れている。

 歩道橋の階段の手すりを伝う水滴が、コンクリートの上に落ちる。
 滑り止めの隙間に出来た、小さな水溜りの雨水が、靴の下でぱしゃりと跳ねた。

 傘を持つ彼女に相槌を打って、その肩に目を止める。もう何度目になるんだろう。

「―――ぽんちゃん、また」

 溜息と一緒に、傘の柄に手をかけて、彼女の方へと少し傘を傾ける。

 うっすらと滴の降り積もった、彼女の肩。
 春ももう終わりだというのに、初夏の陽射しも近頃では感じるというのに、
降り注ぐ霧雨は空気から熱を奪い、温もりを求めては、人肌に触れる。

「あ、ありがと」
「風邪引きますよー?」


 彼女よりも背の低い自分に、傘を持たせるのを躊躇した時に考えていた理由を、
『れいなが傘持つと、れいなが濡れるから』
 だと、彼女は言った。相手にばかり差しそうだからと。

 もともと持たせるつもりなどなかっただろう彼女に、今は、その台詞をそっくりそのまま返したかった。

『れなが差したら、濡れるのぽんちゃんの方かもしれんですよ? れな濡れるの嫌いですから』
 冷めてるとか、周囲を気にしなそうだとか、そんな風に見られることが多くて。

 冗談めかして答えながら、びっくりしている自分を隠しきれていたか、自信はない。
 そうかなぁ? おっとりと首を傾げた彼女は、笑っていた。


296 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:11

「大丈夫だよぉ」
「や、一緒に帰ってぽんちゃんに風邪引かせたなんて知れたら、れなの身が危ないですから」
「ふぇ? 何で?」
「何でって、怒られる…ってか何か殺されそーな気がすっとですけど」
「怒られる…? 誰に?」
「誰、ってゆーか」
「―――あ、そっか、わかった。マネージャーさんだぁ。そうだね、気を付ける」

 ありがとー、とほわんと笑う彼女は、本気で気付いていないらしい。

 彼女の前では、普段やライブからは想像もつかないような、やたらと甘い笑顔になるあの人だとか、
彼女の言動に意地悪するみたいに突っ込みながら、彼女の世話を焼くのが楽しそうなあの人だとか。

 自己管理はちゃんと、と意気込む隣の反応と、頭に浮かんできた何人かの顔との温度差に、
苦笑を洩らすしかなかった。

 傘の柄から離した手に金属の感触が残っていて、指先が冷たくさらりと滑る。
 肌の温度を金属に吸い取られたのか、金属の温度を肌が吸い込んだのか。どっちが本当なのか、
ぼんやりと考えたけれど、答えは気にしなかった。

 きっと、どちらも同じなのだろう。

297 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:13

 歩道橋の階段を上り終えると同時に、苦笑も途切れて、二人の間の刹那の沈黙が街の声に代わる。

 雑踏に紛れ込んだ電車の線路を滑る音が、雨の音に掻き消えるわけもなくやけに大きく響いて、
つられる様に歩道橋の欄干の向うに、微かな反発を孕んだ視線が向いた。

 ゆっくりと移り行く傘の動きに合わせて移動して見える、雨に濡れた街。

 歩道橋の上で、ほんの少しだけ近付いて、けれど手を伸ばせば届くわけもなく、ただそっと、
振り仰ぐように、誰に塗り替えられることもない空を見上げた。

 灰色混じりの白が、じっとりと目蓋に覆い被さってくる。
 空の白に染まった滴が、欄干に、アスファルトに、弾ける。
 水分を含んだ空気が、時には冷たく、時にはむせ返るような熱を孕んで、肌に纏わりつく。

 薄くフィルタのかかった、駅前の景色。いつもと同じなのに、霞んで見える。

「―――ぽんちゃん?」

 会話が途切れたのを気にするでもなく並んで歩いていた隣の彼女が、歩く速度の余韻の中に立ち止まる。

 行き過ぎて、腕の首に、雨粒が馴染んだ。数え切れないほどの、水の粒子。
 肩で揺れる黒髪、僅かに開いた唇の薄紅。

「ぽーんちゃーん?」

 あ、と呼ぶ声に小さく反応して、さっきと同じくらいの歩幅で隣を歩き始めた彼女は何だか嬉しそう。
 彼女のふっくらとした柔らかそうな唇は、お菓子の話の時のように熱っぽくなるでもなく、
普段の静かな温度で微笑っている。

 自分だけの宝物を丁寧に仕舞うような、身体中にさざ波のようにじわりと広がる嬉しさを奥の方で
ゆっくり噛み締めるみたいな、そんな仕草で、彼女が笑う。


298 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:14

「どーかしました?」
「―――んー、やっぱり好きだなぁって」
「…は?」
「あ、えぇと、ね。ほら、あれ」

 彼女が唐突に何かを言い出すのに慣れてきたのは、最近で。
 思いもかけない言葉を聞き流せずに、彼女が見ていたのは歩道橋の向う側だったことを知っていたのに、
訝しそうに訊き返しながら、立ち竦みそうになった。

「あれ…って」

 彼女が見ているのは、歩道橋の向う。雨を背景に、水に溺れる街中。
 白い空と、黒に近いアスファルト。彼女の瞳が捉えていたのは、その途中。


 駅の改札口から出てくるたくさんの人影は、さっき駅を出た電車の乗客なのだろう。
 タクシー乗り場へ、近くのコンビニへ、この歩道橋へ、それぞれの場所へと向かう。
 ばらばらと、思い思いに。


 濡れて滑りそうな床。傘を濡らした雨が、屋根の下でさえ肌に触れようとする。
 ぼんやりと見遣る、窓を伝う水滴に滲んだ街中。
 灰色の空に覆われたどんよりとした空気をぎゅうぎゅうに詰め込んだような、
たくさんの人が押し込まれた、雨の日の電車。

 駅が近いと察した時、その息苦しさを思い出して、歩調が緩んだ。

299 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:15

「雨の日にね、ここから見えるの」

 電車がホームに入ってくる音が聞こえていた。さっきの電車とは反対の方向へと、向かう。

 駅から出てきた一つの人影が傘を差して、駅に背を向けて歩き出した。透明なビニール傘が雨に混じる。
 同じ分だけ、それぞれの時間の分だけ、周囲の傘も動いたり止まったり。

 歩道橋の上の黄色い傘も、ゆるりとその動きを止めた。

 もう少し待ったら、またたくさん人が降りてきて、さっきとよく似たまるで違う景色を、きっと描く。
 歩道橋と駅の間。いつもと同じ、なのに少し滲んだ、雨の日の。


 喉を潤した街路樹の葉が、雨に打たれて揺れていた。

 黒や、青。鮮やかな紅、深い緑、甘いオレンジ。
 チェック、マーブルに、ドット、花柄の隣、子供向けのキャラクター。


 それぞれの場所へと向かう傘の色が、街の中に軌跡を描く。

「雨ってそんなに好きじゃないけど」

 しとしとと細い糸のような初夏の始まりの雨。幾重にも重なり合い、一枚の織物のように雨を紡ぐ滴。
 薄い灰色に染め上げられた街に、傘がぽつぽつと染みを作り線を描き、雨色の織布は彩色を施される。

 白い空と、イロトリドリの傘。

「雨の日のここは結構好きかなぁ…」

300 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:16


 『雨の匂いって、虹の匂いなんだよ』
 頭の中に、そんな声が蘇る。とても、不意に。
 あれは、小学校の頃の級友の言葉だっただろうか。

 その子と特に親しかったわけじゃない、と思う。雨の日の自習時間、図書室に閉じ込められて
不機嫌さを隠し切れないまま校庭を眺めていた自分に、隣にいた彼女がそう教えてくれた。

 昔々、神話の頃の考え方。雨の後に架かる虹に匂いがあって、雨の匂いはその匂いだという。

 ふぅん、と、その時思った。今思い出してみてもやっぱり、ふぅん、と思う。


「…れいな?」

 黙って駅を見遣る視線を追いかける、未だに照れ臭そうに名前を呼び捨てる声。

 ―――いつの間にか、降り出した頃に感じた雨の匂いは消えていた。

「――…や、あんま気にせんかったなぁって、思って」

 いつも通る歩道橋の上。雨を零す空を睨むように見上げて、白く濁る街を視線の端に遣り過ごしてた。

「あ…私も誰かに話したの初めてかも」
「そーなんですか?」

 白い空と黒いアスファルトに、傘の色が映える。
 たくさんの人が作り出す、この街の雨の色。

 虹の匂いが雨の匂いでもそうでなくても、雨の色は虹の色に、きっと足りなくて、
そして虹よりも色とりどりに、色鮮やかに、霞みゆく。

「何か、れいな元気なかったから」
「…え?」
301 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:18

 ゆっくりと動き出した傘の下で、何気なく向けていた視線に意識が傾く。
 彼女の心配げな表情越し、駅の反対側、今まで歩いてきた歩道にも、傘が幾つか揺れて見えた。

 歩道橋の上から見下ろした、雨の街。
 そんな横顔を持ってる事、きっと今まで、知っていたのに、気付かずにいた。

「レッスンの時は普通だったでしょ? 濡れるの嫌いって言ってたし、雨苦手なのかなぁ、って」

 だから、話す気になったのかなぁ?
 雨の匂いさえ流してしまう雨に紛れて尚、消えないざわめきの中、彼女の声。
 最後の方の言葉は、微かにしか耳に届かない。

「…子どもん頃は、外で遊べなくて、キライでした」
「あ、それ分かる」

 頼りない、小さな声。無意識に、耳を澄ませた。

 聡いのか鈍いのか。話を続ける隣の彼女にぼんやりと思う。
 困った時も嬉しい時も、解り過ぎるくらい表情に出るのに、と。
 表情に出さないのはきっと、雨が降って何となく憂鬱に、不機嫌になっていたことを、
あっさり見破られてしまった自分の方。

 傘の下で話をしながら、そんな素振りを見せたつもりもなかった。

302 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:19

「―――あ」
「はい?」

 話の途中で不意に、何か言いかけていた彼女の口許が嬉しそうに綻ぶ。目線さえも、あさっての方向。
 下がる目尻の、その下へと降りる彼女の視線を追いかける。

 大きめの合羽に身を包んだ幼稚園児くらいの男の子がすれ違った。
 足元の黄色い長靴で、小さな水溜りに勢いよく飛び込んでいく。ぱしゃり、と水が跳ねた。

 今にも隣の母親の手を振り解いて駆け出しそうな足元の長靴は、濡れても気にしない、そう言わんばかり。
 ぴかぴかと光りながら、とても嬉しそうに雨の中を歩いていく。


 唐突に意識を飛ばしてしまった彼女に向けて零れた、困ったような、けれど穏やかな苦笑が、
口許で笑みへと姿を変える。


 ―――彼女はいつだって変わらないのだろう、と、そう思った。
 降っても、晴れても。


 さっき腕に落ちた雨の滴が体温と溶けて昇華して、肌が冷気をうっすらと吸い込んでいた。
 かわいいねぇ。隣で小さく細く洩れた声に、顔を上げる。


 傘の黄色が、視界を染めた。


303 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:21

「―――――」


 いつも通りの、ふわりとした笑顔。ふっくらとした頬が緩んで、輪郭の線をなだらかに描く。

 彼女の表情、その背景。傘の鮮やかな薄い黄色と、降り注ぐ雨の白い糸。
 傘を持つ手の、白。細められた瞳と、唇の、薄紅。
 見上げた横顔を僅かに隠す黒髪が、やけに艶を帯びているように見えるのは、雨のせいだろうか。


 ゆっくりとした彼女のペースに合わせる足元が歩むのを忘れかけて、自分の声を失くした耳に、
雑踏の賑やかな声が遠く聞こえた。

304 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:22


 彼女の横顔。――背景の、雨の街。


 透き通りそうな程に薄い灰色を背景にした、水彩画。見慣れた街の風景画。
 重くのしかかる空の色に塗り潰されて、それで完成だと思ってた、降り始めの頃。

 薄い薄い灰色のキャンバス。色とりどりに、終わりを知らず変わりゆく、雨の街。
 見知らぬ、たくさんの横顔。

 その中にたった一粒、ぽつりと落ちた黄色。
 強く鮮やかに、目を、言葉を奪われて、立ち竦んだ。

「れいな」

 たどたどしくなぞられる自分の名前を小さな話声の中に見つけるけれど、
応える呼び慣れてきた彼女の愛称さえ、見つからない。
 いつもと変わらないペースで話す彼女の隣、見上げたその横顔への、答えを探した。

 瞬きが痛くて、それでも視ていたのは、潤んだ瞳。
 雨の中には見つからなかった、穏やかな茶色の。


305 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:24



 ――雨の滴は、ゆっくりと確かに色を重ねて、画布を染める。
 筆を進めるペースは変わることなく、最近外れてばかりの天気予報も、今日は当たるのかもしれない。

 明日の明け方、雨が上がったら、七色よりたくさんの色を重ねていく街に、虹の匂いは香るだろうか。



 ―――街は、雨の中。完成しない水彩画。

 今はまだ、雨の途中。


306 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:25



 ―――ダイキライな雨の日の、帰り道。
 雨に濡れた街に架かる、歩道橋の途中。

 見慣れたはずの横顔に、見惚れていた。


307 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:26

−END−

308 名前:雨の途中 投稿日:2004/06/25(金) 02:28

田中さんと紺野さんの、とある一コマ。

309 名前:永井紗月 投稿日:2004/06/25(金) 02:30

長い間放置してしまって、申し訳ないです。

相変わらずののんびり不定期更新ですが、放棄はしませんので、
気の向いた時に、ふらりと立ち寄って頂ければ幸いです。

では、また。
310 名前:ROM読者 投稿日:2004/06/25(金) 19:02
更新お疲れ様です。
ふらりと立ち寄ってみました。(笑

この二人、いいですね。読んでいて、とても柔らかな、ゆったりとした
時に包まれている様で、胸の中にほのかな温かささえ感じました。

やはり、作者様の繊細で叙情的な描写力に依るところが大きいのでしょ
うが、二人の自然なキャラクターがとても生かされていて本当に癒され
ました。

あと、田中ちゃんが、怒られそうな例の二人を思い浮かべている部分が
嬉しかったです。・・・確かに、このスレ的には殺(ry
311 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/26(土) 00:23
おっ・・・更新されてる・・・
私はここによく来る一読者です。
作者さま、そして皆様、これからよろしくお願いします。
応援してます。
312 名前:永井紗月 投稿日:2004/07/27(火) 02:19

>>310 ROM読者 さま
お立ち寄り、ありがとうございます。
い、癒されて下さいましたか…恐縮です…っ。
いやはや、まったりとしてしまいました。今のところ、この二人はのんびりです。
どうなっていくか、作者にもわかりません(ぉ
また書くやもしれませんが、その時はまたのんびりお付き合い下さると嬉しいです。

…田中さんは果たして、無事だったんでしょうか(笑

>>311 紺ちゃんファン さま
ご訪問、ありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。




返レスに加えて、「雨の途中」に関して、ご指摘・ご質問を頂いたので、ここで補足を。

文中に出てくる「キャンバス」・「画布」は、油絵に用いられるものです。
「水彩画」という表現と一致しないのでは、という疑問を抱かれた方もいらっしゃるかと思いますが、
作中で、雨を織布に例えたことから、本作品中での「画布」は、雨と空で出来た布・水の布、という意味で
用いさせて頂きました。
読者さまの受け取り方を狭めてしまうようで心苦しいのですが、
本作品中の「水彩画」の「水」は水彩絵具を指しているものではなく、その水の布を指しているもの、と
お考え頂けたら、と思います。

作者の表現力・説明不足で、読んで下さっている方に誤解・混乱を招いてしまったかもしれません。
本当に申し訳ありませんでした。

精進あるのみです…。
作者の間抜け具合に突っこみつつ、今後とも、お付き合い下されば幸いです。
313 名前:永井紗月 投稿日:2004/07/27(火) 02:22
それでは、今日の更新を。

ゴロッキDVD発売記念で、発売嬉念(ぇ ということで。

とはいえ、紺野さん・田中さん・亀井さんという、いつものメンバーです(汗
リアルのこの三人を、ツッコミキティがお届けします。
314 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:23


 箱の中に詰められた、たくさんの鮮やかな色。
 どれもおいしそうで、珍しくちょっとだけ迷った。

315 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:24


「「あー!」」

 ドアの開く音とほぼ同時、二人分の叫び声。
 ちょっとびっくりして、雑誌から顔を上げる。
 やっと着替え終わったらしい、紺ちゃんと亀井ちゃん。

 …ってゆーか、二人とも普段そんなおっきい声出さないじゃん。

「アイスだぁ」

 目ぇきらきらしてるよ。特に紺ちゃん。

 先に着替え終わって控室にいた何人かのメンバーの手元をぐるっと見回して、
自分達の分もあることを悟ったらしい。
 テーブルの上に置かれた箱を目ざとく見つけて、目のきらきら度数もアップ。
 …本能って、すごい。

「編集部の方から差し入れだよー。二人とも、食べていいけど衣裳汚さないようにね」

 や、飯田さん、いくらなんでもそこまで子供じゃな……―――

「「はぁーい」」

 あ、返事するんだ。いいんだ…。
 そーだよね、食べていいって言われたんだし。いいんだよね。

 差し入れのアイスの箱は美貴が陣取ってる椅子のすぐそば。
 机に肘をついてぼんやりと眺めてると、きらきらが目に入った。

 ぱたぱた近付いてきた二人は、早速アイスの物色。
 何てゆーかもう、すーっごい幸せそうだよね。
316 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:25

 二人して箱の中のアイスの種類を読み上げて、
 ―――あ、紺ちゃんちょっと困ってる。眉尻が下がりまくって、こっちまで力抜けそうなカオ。
 あれだ、お預けされて喉で鳴く子犬に似てる。

「どうしよう……」

 そーいや、結構種類あったんだよね。美貴も普段よりは迷ったくらいだから。
 亀井ちゃんも眉間に皺寄ってるし。

「あ。絵里これにします」

 亀井ちゃんの表情が一気に明るくなる。ひょいって一個取り上げて。
 あー、亀井ちゃん、好きそう。

「抹茶?」
「はい」
「あー…抹茶もおいしそうだよねぇ。でもチョコもバニラも……どぉしよ…」

 まーた考え込んじゃったよ、紺ちゃん。長くなるな、これ。

「…あ、亀子、溶けちゃうよ?」
「紺野さんは?」
「もうちょっと考える…」

 うぅ、って情けない声を出す紺ちゃんの横で、亀井ちゃんがスプーンとアイスを持って、
くるっと部屋の中を見回す。
317 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:26

 …ふーん?
 途中で変わった亀井ちゃんの表情。
 アイスを見つけた時よりも、抹茶を見つけた時よりも、ふにゃっふにゃの笑顔。
 横顔だったのに違いが解るくらい。

「先に頂いちゃいますよぉ」

 亀井ちゃんの声、聞こえてないんだろうなぁ、紺ちゃん。
 紺ちゃんが悩んでるの見てるのも楽しいんだけど、亀井ちゃんの表情につられて追いかける。


 …あ。やっぱり。

 亀井ちゃんがアイスを持って座った隣。
 雑誌だか漫画だかを読んでる、田中ちゃん。

 田中ちゃん、眠そー。亀井ちゃんの話聞いてないな、あれ。

 ちょっと話して、亀井ちゃんの笑顔が曇った。
 アイスの蓋を開けながら、ふいって田中ちゃんから視線を逸らす。
 アヒルみたいに尖った唇。あーあ、拗ねちゃったよ。

 んー、亀井ちゃんて大抵いつもにこにこしてるのに、田中ちゃんと一緒だと、そんなでもないかも。
318 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:27


 て、―――…え? 田中ちゃん?

 アイスの箱のところに戻しかけた視線をもう一回、さっきの二人に向ける。

 …え、あれ? 亀井ちゃん? 何なに、何で何で?


 視線を戻す前、美貴が見たのは、
 亀井ちゃんが食べ出したアイスを、田中ちゃんがひょいって取り上げたトコ。

 そーれはさすがに怒るでしょ、って思ったのに。

 予想と違って、もう一回見た亀井ちゃんは怒ってなんかなくて。

 嬉しそうに、スプーンを口に運ぶ。スプーンの上には、抹茶のアイスクリーム。
 手元には、取り上げられたはずのアイスのカップ。
 机の上の田中ちゃんの肘の横にも、もう一個。


 ―――あーぁ…そっか。

319 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:28

 溶けないように、ってドライアイスがぎゅうぎゅうに詰められた差し入れの箱。
 溶けないどころか、硬くかっちかちに凍っちゃってて。
 掬うんじゃなくて、最初は結構力を入れて削って食べるらしいアイス。

 亀井ちゃんが持ってったのも同じで、さっき一瞬唇がもっと尖ったのはきっとそのせい。
 なのに今は、口の端上がりっぱなしで、ぱかぱか食べてる。


 美貴と一緒にちょっと前に着替えを終えてた田中ちゃんが、同じように悩んで持ってったアイスも、
抹茶だったっけ。
 田中ちゃんにしては珍しいなって思ったから、よく覚えてる。
 硬くてすぐには食べられないの知ってて、後で食べます、って置いといたんだよね。

 少しは柔らかくなった頃なんじゃないかな。

 取り上げた、んじゃなくて、取り替えたんだ?
320 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:29

 食べるのを止めて、亀井ちゃんが田中ちゃんの口にスプーンを運ぶ。
 あーん、て、口開けて。
 や、無理でしょ。―――あ、ほら、やっぱり。田中ちゃん、寝ちゃっ……寝たフリだ。


 逃げられたのに、亀井ちゃんは大人しくスプーンをぱくん、て口に入れる。
 さっきよりずっと、幸せそうに。

 …へぇ……。
 なーんか亀井ちゃん、かわいい、かも。や、いつもがかわいくないとかじゃなくて。


 田中ちゃんといると、いつもにこにこしてるわけじゃないけど。
 ホントに嬉しそうに笑うんだね、亀井ちゃん。
 ちょっと溶けたアイスみたい。とろとろしてて、ふわ、って。

 食べてる亀井ちゃんが幸せそうなのは、アイスが美味しいから、ってだけじゃなさそうだね?

 抹茶のアイスクリーム。ちょっと感じる渋みと甘さの、二つが溶けてちょうどいい。
 美貴もけっこースキだな。

321 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:30


「………うぅ」

 …あ?
 ドライアイスの白い煙の上、弱々しい声と八の字眉。

 ―――まだ悩んでたんだ、紺ちゃん。や、悩みすぎじゃないっすか?

 つーか、紺ちゃん食べんの遅いじゃん。しかも、このアイス硬いんだってば。
 食べ終わる前に撮影始まっちゃうって。

「…こーんちゃーん?」
「あ、美貴ちゃーん。どーしよ」
「ってか、紺ちゃん、蓋開けっぱだと溶ける」
「ふぇ? あ、あ、そっか」

 わたわたと箱に蓋を被せる。
 素直だねぇ。あんだけドライアイス入ってたら大丈夫だと思うけど。
 しっかし、ほっといたらずっと悩んでるのかな。それはそれで面白そうだけどさ。

「決まった?」
「まだ…」
「悩み過ぎだから」
「うぅ…だってだって、悩むよぉ。なーんでこんなに種類あるんだろぉ」

 真剣に悩んで自分で自分を困らせてる辺り、紺ちゃんらしいけどさ。
 それが食べ物のことってのが、また。
322 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:31

「どれ悩んでんの?」
「えーと、ミルクとクッキー&クリーム…あと」
「や、それくらいで」

 さっき亀井ちゃんに言ってたのともう違うし。止めなきゃストロベリー以外全種類挙げる気でしょ。
 けど、ぱって最初に出てきたので一番悩んでんじゃないの?
 今年の夏のこんこんイチオシだし。氷とシェイクじゃないけど。


 練乳、練乳って、紺ちゃん最近ずっと言ってたからなー。

「どうしよう…」

 おかげでアイス選んでた時に思い出して、笑っちゃったじゃん。
 ほんの最近言い始めた紺ちゃんの好み、もう覚えちゃってるよ、美貴。


 でさ、つい取っちゃったんだよね、コレ。

323 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:32


「―――紺ちゃん紺ちゃん」
「はい? …あ」

 ―――――ぱくん。

「藤本ー、こんこん餌づけしてんのー?」
「あー、できそうですよねー」
「……さっ、されてませんよ!!」

 力を込めて、通りすがる色素の抜けた髪へと反論する紺ちゃんの口から離れた、スプーン。
 ―――いやいやいや。ねぇ? 矢口さん。

「「されてんじゃん」」
「…うぅ」

 そりゃあ、ねぇ。名前呼んでスプーン差し出しただけで、すっごい嬉しそうにぱくつくんだから。
 ホントにできるかもしんない、餌づけ。

「結局どーすんの?」
「んー…ミルクおいしかったから…、あ、でも、食べたからなー…」

 や、待って待って、また悩むの?

「あー、じゃ、美貴の半分あげるよ、ミルク」
「いいの?」
「いいよ別に。クッキーのにしたら? んで美貴にもちょうだい」
「うん」

 ありがとー、って、美貴こんなに紺ちゃんに喜ばれたの初めてかもしれない。
 満面の笑顔で自分の分のアイスを取ってきて、美貴の隣に座る。

 紺ちゃんのはまだ硬いんだっけ。じゃあ。
324 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:33

「ん」
「いただきます」

 …おーお、幸せそうだねぇ。
 じわーって口の中に広がるアイスを噛み締めるほっぺが緩みまくってる。なんか、…落ちそう。

「おいしー」

 ほんっと、美味しそうに食べるよね、紺ちゃん。食べさせ甲斐があるっていうか。
 食べさせてあげるのも悪くないかも、なんて美貴に思わせるくらい。

 食べ終わったかな、って、紺ちゃんの口許にスプーンを運ぶと、条件反射みたいに、
でもゆっくり口を開ける。
 すっごい、無防備。何てゆーか、悪くないね、こーいうの。


「ん?」

 何回か繰り返したトコで、止まった条件反射。
325 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:34

「もういいの?」
「…あの、美貴ちゃん食べてない、じゃない?」
「あー、忘れてた」
「忘れるかなぁ…。はい」

 ちゃんとビニールの袋から取り出して、差し出されたスプーン。
 んー、紺ちゃんには解んないかもだけど。ホントに忘れてたんだよ、自分で食べるの。

 別に今だってそんなに、どーしても食べたい、ってワケじゃなくて。

「こっち溶けちゃうし、美貴ちゃん食べて?」

 どっちかって言うと、紺ちゃんが食べんの見てる方が楽しいんだよね。
 ってか、アレだよ。

「―――なーんだ、美貴が食べてないコトじゃなくて、アイス溶けるの気にしてるんだ、
紺ちゃん」

 蓋を被ったままの、きっとまだかちかちのアイス。
 紺ちゃんは知らないんだっけ。なかなか溶けないコト。

「ふぇっ!? ち、違…っ」
「や、嘘だねー」
「違うよぉ」
「や、別にいいけど」
「違うってば、美貴ちゃ」
「んじゃ、はい」

 ――――……。…ぱくん。
326 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:35

「おいしい?」

 アレだよ。紺ちゃんが食べるの見てるのが楽しい、ってゆーかさ。
 紺ちゃんに食べさせるのが楽しいんだよね。

 お預けされてもないのにいつもの困った顔の後、うん、て頷いた紺ちゃんはやっぱり幸せそう。
 そうそう、この表情。
 なんかさ、嬉しいんだよ。
 美貴があげたの、紺ちゃんがぱくって食べて、それですっごい幸せそうなの。

「み、美貴ちゃん、食べられないじゃない」
「美貴後でいーよ。はい」
「だって溶け」
「食べないの?」
「ん」

 ぱくん。
 おろおろしてたのに、食べると幸せそうな紺ちゃん。素直っていうか何ていうか。
 笑いそうになるの堪えるの大変なんですけど。
 もうちょい、黙っとこ。

「美貴ちゃん…」
「ん? あー、だいじょーぶだって」
「大丈夫、じゃないと思うんだけどなぁ…。アイスだよ?」
「…紺ちゃん、最近突っ込むようになったよね」
「そう…かなぁ」
「てかやっぱ、溶けるの気にしてんじゃん」
「ちーがうってば」

 もーう、って口を尖らせる紺ちゃん。あちゃー…拗ねちゃった? いじめすぎ?
327 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:36

「―――…は? 紺ちゃん?」

 くるくる変わる表情に気を取られてる隙に、美貴の手の中にあったハズのアイスは、
いつの間にか紺ちゃんの手の中。

「だって美貴ちゃん、食べてないんだもん」

 美貴が受け取らなかったスプーンがアイスを掬う。

「そーだけどさぁ。えー、美貴つまんな」
「はい。おいしいよ?」
「…………」

 いじゃん、はスプーンに邪魔された。

 ――――何ですか、紺野さん。…えー? それはアレですか、…美貴に食べろと?

「美貴ちゃん、溶ける」
「―――や、え、だっ…」
「はーやく」
「や、ムリだから」
「なーんでー。溶けるってば。はい、あー…」

 いやいやいや!
「…ん」
 ―――ぱく。
328 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:38

「ね、おいしいでしょ?」
「…甘」
「もっと食べる?」
「や、ムリ。絶対ムリ。ありえないから」
「えー? 美貴ちゃん、自分で選んだんでしょ?」
「だって紺――」
「ん?」

 きょとん、て首を傾げる紺ちゃん。二度目を差し出しかけたプラスチックのスプーン。

「…甘いじゃん、それ」
「アイスだから」

 まんまだし。や、もう、アイスだからとか甘いからとか、そうじゃなくってさ。

「だから、美貴やっぱいい」
「えー…おいしいのに」

 ぱくん。首傾げながら、スプーン咥えて。
 だって紺ちゃん、美貴がいらないって言わなかったら、それ、美貴に食べさせる気だったじゃん。

「……ありえない」
「…ふ?」

 あのね。紺ちゃんは無意識なんだろうけど。
 ホントありえないから。美貴が紺ちゃんに食べさせてもらうとか。
 …あーん、とか。
 
329 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:40

 しかも。
 何で美貴がこんな、うろたえてんの。

「―――…没収」
「えぇ?」

 気緩みっぱなしの手から、取り上げたアイスのカップ。手のひらが冷たい。

「えぇー…なんでー」
「あー……はいはい、ちゃんとあげるから」
「…美貴ちゃん、食べさせるの好きなの?」
「や、餌づけ中だし」
「されてません」
「んじゃ、食べないんだ?」

 ぱくん。

 没収して、ホントにちょっとお預けしたりとか、食べる直前にスプーン引っ込めたりとか。
 だって何か、悔しいじゃん。だから。

 ――ぱくん。

 ちょっと意地悪するのもいいかなって、反応も面白そうだし、…そう思ったんだけど。


「―――……あ、」
「あ」

 や、手で隠しても、もう見ちゃったし。
 何回目かで、美貴がスプーンを持ってくより先に口を開けた紺ちゃん。

 堪えきれなくて、吹き出しちゃったよ。
 …参ったね。
330 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:41

「―――…やっぱされてんじゃん、餌づけ」

 笑いながらスプーンを差し出したら、真っ赤になって恥ずかしそうに笑いながら、ぱくついて。
 ふっくらした紺ちゃんの頬は、甘さに溶けそう。


 さっきから、ずっと。ずっとだよ、紺ちゃん。
 そんな幸せそうな顔で、何の迷いも疑いもなく美貴の手から食べるからさ。
 意地悪なんか、出来なくなるじゃん。

 それも何となく、悔しいんだけど。
 同じくらい、たぶんそれ以上に嬉しい。

「紺ちゃん」

 美貴が差し出すスプーンに反応する紺ちゃんの、口をあーん、って開けた顔。食べてる時の顔。
 すっごい、無防備で。幸せそうで。
 紺ちゃんも気づいてないでしょ?
 きっと美貴にしか解んない。
331 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:43

 残り3分の1のカップの中身。
 ふと目に入る、掬って差し出したスプーン越し。
 起きたらしい田中ちゃんが亀井ちゃんのお喋りの相手をしながら、まだ少し硬いアイスと奮闘中。


「あー…」

 さっき亀井ちゃんが見せた嬉しそうな表情に、似てるかも。好きなアイスを食べてる時の表情。
 紺ちゃんのは、単にアイスがおいしいってだけな気もして、ちょっと気に食わないけど。

「はい?」

 …あーぁ、幸せそうな顔してくれちゃって。それでもまぁ、いっか、とか思っちゃうじゃん。

「…や、早く食べないと」

 ごまかすのに、ちら、って見た机の上。もう一つのアイスクリーム。
 あぁっ、って紺ちゃんの口から小さく声が洩れる。忘れてた?

「美貴ちゃ」
「こっち残さないよね?」

 多めに掬ったミルクのアイスを差し出したのは、ちょっとだけ復活した悔し紛れの悪戯心。

 困った顔も嫌いじゃないけど。

 このアイスが溶けにくくて、大丈夫なコト。
 柔らかくなって食べられる頃になったら、教えてあげるよ。
332 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:44


 ぱくん。
 大きく開いた口の中に溶けていく、アイスクリーム。


 みるく味のアイスクリーム。
 小さい頃に食べた飴を思い出して、だからかな、何だか懐かしい優しい甘さ。

 恥ずかしくて、嘘で甘さを溶かしたけど。
 美貴も好きだよ。



333 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:45

 色とりどりに詰め込まれた、アイスクリーム。
 全部、それぞれに違う魅力があるのを知ってて、だから少し迷って。
 他の人が選んだものがおいしそうに見えたりもする。

 迷って、悩んで。
 選んだのは、好きな味のアイスクリーム。

 理由はとても単純で、だけど。
 その心地良い甘さに頬が緩んで、…ほら、こんなにも幸せ。
334 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:46

−END−
335 名前:あいすくりぃむ 投稿日:2004/07/27(火) 02:48

ツッコミキティ。

餌食は田亀、そして紺野さん。

336 名前:永井紗月 投稿日:2004/07/27(火) 02:52

お付き合い下さった方、ありがとうございます。

またお付き合い頂けたら嬉しいです。では。

337 名前:ROM読者 投稿日:2004/07/27(火) 16:07
更新お疲れ様です。

どうやら溶けたのはアイスだけではないようですね。
読み終えたROMのハートもとろとろです。
出来ることなら、藤本サン・・・代わってください。

可愛い作品をありがとうございました。
338 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/27(火) 20:07
うわー!更新だ。
このスレの作品、最近知って、本当に好きになりました。
これからも楽しみにしてますので…。
339 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/07/27(火) 21:48
作者さま、更新どうもです。
作者さまは素晴らしい作品が書けるんですね。すごいです。
こうゆう短編とか、大好きです。もしあったら、他の作品も
楽しみにしてます。
340 名前:安澄☆ 投稿日:2004/08/07(土) 20:38
初カキコ☆
相変わらずイイの描くねぇ。
実に惜しいと思ってしまうよ(笑)

キミにまたいつか奴らで1作描いてほしいと思うのは、ワガママかな。

誕生日プレゼントにしてよ(笑)ね?


まだ2ヶ月あるからさ♪
341 名前:永井紗月 投稿日:2004/08/27(金) 04:26

>>337 ROM読者 さま
食べ物を前にした紺野さんの表情の前では、見ているこっちが蕩けそうになりそうな気がします。
いいですねぇ、藤本さん。ちょっと代わっ…
川VvV) <………。
…写真集で我慢します、はい(笑

お付き合いありがとうございました。

>>338 名無飼育さん さま
ありがとうございます。見つけて頂いて嬉しいです。
頑張りますので、これからもお付き合い頂けたら幸いです。

>>339 紺ちゃんファン さま
ありがとうございます。恐縮です…。
短編、お気に召していただいたみたいで、嬉しいです。
これからも色々書いていきますので、お付き合い頂けたら嬉しいです。

>>340 安澄☆ さま
えー…、ここでは私信はお控え頂けたら、と思います。
書き込み、ありがとうございました。

342 名前:永井紗月 投稿日:2004/08/27(金) 04:29
それでは、今日の更新を。
相変わらずの浮気中。最近嵌まってるCPです…。

リアル短編で、矢安です。甘くはないかと。
343 名前:熱帯夜 投稿日:2004/08/27(金) 04:32


 ぱふ。

 ――――……。

 …ぱふ。…ぽん。ぽふ。
 手の下の反応が枕のものだと気付いて、目を擦る。剥き出しの肩を包む部屋の空気が生ぬるくて、
中途半端。
 …クーラー、切れちゃってるのかなぁ。

「―――…なっち…?」

 …眠った頃すぐに切れるように設定したんだっけ。
『喉痛めるし、あとほら、エコモニ。っしょ?』
『エコモニ。です! …って、違うから! させるなよぉ』
『やってなんて言ってないべ』
 そんな、いつも通りのやりとりの後に、確か。

 けど、喉から出た声は少し掠れてた。
 クーラーのせいかな。…名前、呼びすぎたからかな。

 ぺた、って、床に下ろした足の裏がひんやりする。冷たい空気の名残。
 気持ちいいなぁって思ってから、おいらの身体が熱いのかも、って、思った。
 枕が冷たかったのも、そのせいかもしんない。

 準備運動みたいにぶん、て振るけど、部屋の中の空気がだらんてした手に纏わりついてきて、
何が熱いのか、解らなくなってく。

 寝室を出たら、もっと。
 薄暗い廊下の白い壁とか、リビングの床の上の薄っぺらい雑誌とか。
 熱に浮かされた空気でむせ返って、輪郭がぼやける。

 タオルケットの肌触りに甘えた肌とか、シーツのお日さまの匂いを知った頭ん中とかが、
息苦しいくらい夜に充満した夏の感触に塗り変えられてく。

344 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:33

「なにしてんの」

 明け方近くのベランダの向こう側は、水色と灰色で濁ってる。曇り硝子を透かして見たみたいに、白く。
 背中、ちっちゃい。寄りかかった窓ガラスが冷たくて、真っ直ぐ伸びた腕が透き通りそうに白くて、
抱き締めたいな、って、ぼんやり思った。

「なっち」

 暑くて、変な時間に起きたばっかで、あんまり働いてないっぽい頭に、言葉が、凛、て響いて、
寒い冬の空気を思い出す。
 渇いた喉が冷たい水を欲しがって、さっきと同じ、掠れた声。

「コドモは寝てる時間だべー?」

 …あぁ、おいらまだ、名前呼び足りないのかもしんない。

「どっちが」

 おいらが来ること、解ってたみたいに。

 驚きもしないでゆっくり振り返って、いつものじゃれ合いを仕掛けるから。
 わかんないよ。
 振り返ったら、笑ってたから。

 外を眺めながら、どんなカオしてたのか。
 おいらが来たから笑うのか。おいらじゃない誰かだったら、どんなカオで振り向くのか。

345 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:34

「安倍さんはオトナだからいいんですー」

 風に梳かれたやわらかな髪が、しろい肩を撫でる。
 寝る前までおいらの手がそうしてたのの、真似ゴトだったらいいのに。

「…オトナね」
「やぐち?」

 眠い?
 …首を傾げる仕種が好きで。おいらの名前を呼ぶときの声が好き。

「なっちは」
「んー? 暑かったから、目覚めちゃっただけだべ」

 うそつきだね。
 言いそうになって、胸が痛い。
 おいらの手が熱かったのか、枕が冷たかったのか、まだ解んないままなのに。

「外涼しいよー?」
「いいよ、おいらは」
「やーぐち、眠そー」

 笑う声とおんなじ位静かに、閉まりかけた窓の隙間から追いかけてくる風。
 部屋の温度がそこだけ下がるのに部屋の中の熱はなくならなくて、まだ、あつい。

 窓の近くで混じる、外と部屋の中。
 四季が変わる頃の風の香り。切なくてすき、って言ってたいつかの笑顔。
 最近お気に入りの、ルームミスト。甘酸っぱくて、鼻の奥がつんてする。
346 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:35

「寝よっか」

 カーテンに遮られて部屋の中の光が弱くなる。触れたくて伸ばした手に、ちゃぷん、て、水の揺れる音。
 ペットボトルの、ミネラルウォーター。指先の触れた温度は、べこっとした殻の中。

「あ、これ温くなってるよ。やぐち先行ってていいよ? なっちが冷たいの、持ってってあげよう」

 むずかるコドモをあやすみたいに笑って、髪を撫でて離れていった手のひら。
 つめたくて、胸の底がじくじく疼く。

 額に残った一筋のつめたさ。逃げた体温を取り戻そうとして、額が熱を持つ。
 額に触れたら、おいらの手もおんなじ温度。





『なっちってさぁ、泣かないよね』
『…へ?』

 テレビでやってた一昔前の映画を見てぼろぼろ泣いてる横顔が、おいらの科白にきょとんと、
テンポの遅れた答えをくれたのは、昨日の、真夜中のこと。

347 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/27(金) 04:36

 ◇ ◇ ◇


 さっきみたいにいつだって、わらっていて。

 嬉しい時とか、感動した時とか。昨夜みたいに、素直すぎるくらい素直に零す涙は知ってる。
 そうやって、隣でためらいもなく感情を解いてくれはするけれど。

 唇をきつく結んだ横顔を、もう何度見てきたんだろう。
 振り向いて、その頬を彩る笑みを、もう幾つ数えてきたんだろう。


 綺麗に蕾を綻ばせた一輪の花のような微笑みは、ただもうそれだけで見惚れてしまうけれど。
 花びらの開いた瞬間、蕾は姿を失くしてしまう。
 花の姿に、鳥の翼の広がるが如く滑らかに花びらが解ける様に、目を奪われる。

 彼女は鮮やかな花びらの中に自分を包み込むのがとても上手で。
 やわらかで脆い筈の薄片を、閉ざされた蕾よりも力強く感じることがある。

 力強くて近付けずにいるのに、時折、その花びらが儚く揺れて見える時があって。
 目を、離せないでいる。


348 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:37

 ◇ ◇ ◇ 


 薄暗いキッチンの床を這い回る重低音が響いて、カラダが痛い。
 夏バテかなぁ、もートシだぁ。そう言ったら、また笑うかな。
 得意じゃないのに、突っ込みたがるから。切り返したら拗ねるのにね。

 冷蔵庫から洩れる光が冷たい。昼間はそんなに見えないオレンジ色は、夜は濃く見えるのに。

「…なっち」
「んー?」

 振り向かない背中が、何だか遠くて、嫌で。だけど、振り返って笑うならそれよりはましだと思った。
 自分の前で見せてくれる幸せそうな表情が、ただ単純に嬉しいだけだったのはいつまでだったかな。

「…やぐち?」

 ぱたん。小さな音に紛れた声は静かで、背中にくっつけた額に音の振動が大きく響いた。


349 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:38

 ◇ ◇ ◇


『やぐちー』
『ん?』

 夏の陽は落ちるのが遅くて、時計が示す時間と違和感を覚えた。
 夕方から、夜に変わる時間。夏の夜が、始まる頃。

 買い物袋がかさかさ音を立てて、まだ明るい光が差す帰り道。
 空いた手に不意に伸ばされた手に気付いて、追いかけて。

 アスファルトがいつまでも孕む熱の中で、陽光に曝されながら、それでも。
 闇の中で囁くよりもひそやかに、手を繋いだ。

 どうしたの、と訊かなかったのは、ありふれた風景じゃなかったから。

『…めっずらしい』
『迷子になったら、困るっしょ?』
『あー…なっちが?』
『…連れて帰るのやめよっかな』
『連れて帰るとか、人のこと犬みたいに』
『やー、虫だからねぇ?』
『うっさい』

 下らないやり取りで、探らなかった理由をごまかしながら。
 指を絡めることもなく、ただ重ねた手の感触は頼りなく。
 笑い合いながら繋いだ手に力を込めたのは、どちらだっただろう。

 夏が夜に追いつこうとする。繋いだ手の強さでは足りずに、見上げた横顔。
 何気なく湛える微笑みに。
 肌の下の血の流れを透かした、うっすらと紅い頬に。
 白く咲き誇る、花びらに。


 差す翳りが色濃く見えたのは、傾きかけた夏の強い陽射しのせいだった?


350 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:39

 ◇ ◇ ◇


「やぐち。どしたの」
「…なんとなく」

 なにそれ。
 笑う声が薄暗い光に紛れて、額の熱が上がる。

 言わないから。
 なっちは、言わないから。
 いつからか、おいらも訊かなくなった。

「あまえんぼだねぇ」
「…そーだよ」

 何もかも曝け出して、こうして抱き締める腕の中で笑顔を解いてくれたら。
 おいらの知らない所で何かに傷ついたり苦しんでいたりするのを、見せてくれたら。

「あつい」
「知ってる」
「知ってるんだったら、離れ…―――」

 笑っていて欲しいなんて、言わない。

351 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:40

「―――…虫に噛まれた」

 笑ったからかな、細い肩が小さく揺れる。
 じゃれつくように咬みついた背中からは、夏の匂い。

 キャミソールの肩紐が頬を掠めて、少しくすぐったい。
 歯に当たる骨の感触は、風に抱かれた白い肌のせいで、ひんやりしてる。

「…じゃあ、アトつけよっかな」

 まっすぐ伸びた白い背中。
 僅かに浮いた骨の上の咬み痕。一瞬だけ紅くなって、きっとすぐ消えちゃうね。

 …ほら。白い羽なんか生えてない。おいらは知ってる。
 だから。

352 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:41

「やーぐちー?」
「虫に噛まれたとか言うからじゃん」
「間違ってないっしょ?」
「や、間違ってるし」

 それでもきっと、笑うんだろうね。頑固だからさ。
 なっちは。とても、まっすぐで。
 おいらが思うほど弱くもなくて、おいらが思うほど、強くもない。

 大地に力強く根差して、風に揺れる白い花みたいに。

「ぎゃくしゅうー」
「―――…冷たいっつの」

 振り向きざま、やっぱり笑ってたなっちの手には、よく冷えたペットボトル。頬のすぐ横で
水の音がした。

「リアクション薄いですよー?」
「…おいら芸人さんじゃないし」
「そうだっけ?」

 ほっぺた、冷たい。
 くっつきそうに近付いた身体はなっちが言うみたいに熱くて。部屋の中の空気も変わんないまま暑くて。
 冷蔵庫が不機嫌そうに低く唸った。

353 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:41

 ころころ笑う声が水の音に混ざる。ペットボトルごと握った手は、ひやりとして。掴んだ手が熱い。
 止まった笑い声を追っかけたら、目の前でさらさらと髪が揺れた。

「…やぐち、手、あつい」

 耳の後ろで、小さな声。静かに肩に落ちて、カラダを独占する。夏の熱に似てる。
 解けた手を追いかけなかったのは、カラダがもっと強い熱を欲しがったから。

 …あぁ、ほら。熱かったのは、おいらの手の方。

「おいらは背中が冷たい」
「そー?」

 頬の傍から背中に移動したのに、頬にはまだ、冷たい熱。
 手の上から背中に移動した後も、手にはまだ、夏の夜の熱。

 背中あつい、って、言わないんだね。

354 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:43

「誰が甘えんぼだって?」
「やぐちっしょ?」

 咬んだ痕は、指先でなぞっただけじゃ分からなかったけど。
 冷えた背中が、熱を持ち始めてるのが分かった。


 ―――言わないよ。どうしたの、なんて訊かない。
 …ほら、こうやって。
 自分より小さいおいらに、ちょうどいい、なんて言いながら寄りかかって、カラダの力を抜く。


『抱き締めてる時の、やぐちの顔知らないね』
『何それ』
『こうやって、ぎゅーってすると、…ほら』

 …なんか、さびしい、って。
 そう言ってたいつかも今日は忘れて、おいらの肩に顔を埋めて。
 余計見えないし、おいらにだってなっちの顔見えなくなるけど。

 おいらに見せない顔を、こうして力を抜いて、いくらでも見せていてくれたらいい。

「やぐち、身体あつい」
「…なっちが冷えたんじゃん」

 そっか、って、頷いた声はやっぱり肩に落ちた。

355 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:44

「…なっちはさぁ」

 心配性だねぇ、ってきっと笑うだろうけど。

 んー? のんびり聞き返す音を肩に聞いて。乾いた喉が痛い。
 肩越しの表情は、二人分の背中に滲む部屋の中の熱が見てる。

「…いつか、おいらに全部を、見せてくれる?」

 まだ、呼び足りない、のかな。夏の夜の熱に満ちた部屋の空気に混じったのは、掠れた声。
 部屋の中に閉じ込められた冷めない熱に、カラダが馴染んでる。


 同じ温度の中で、触れた肌の、違う熱。
 おいらがひんやりしてるって感じるくらいの。なっちがあついって感じるくらいの。
 違うから、解るのに。だきしめてるって、わかるのに。
 触れ合ったトコからじわじわと上がってく熱は同じ温度のハズなのに。
 肌を隔てたせいでひとつに融けてしまえない熱がもどかしくて、寂しいよ。

356 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:46

「やぐち…?」
「おいらはなっちの全部が、欲しいよ」

 まだ冷たさの残る頬を、そっと白い頬に寄せて。耳元で聞き返す、おいらの好きな声。
 肩を抱く腕に、力がこもる。

「…持ってる、じゃない」

 うそつきだね。
 言いかけて、頬の熱さが痛い。


 抱き締めた冷たい熱と、頬越しの熱と。
 部屋の閉じ込められた夏の夜の熱の強さに紛れて、それだけじゃ足りなくて。

 けれど、冷えたカラダの熱を預けてくれることを知ってるから。
 強く求めることはできないまま。
 口吻には、ならないように。薄い闇の中で部屋の熱に曝した肌に、触れる。

 熱を持った指先に触れた頬は、やっぱり少し、ひやりとして。抱き締める背中の水音を思った。

 背中に浸み込む部屋の熱は、もうすぐ夜のものじゃなくなる。
 灰色を流して、明け方の空を空色に近付ける白い陽光が、カーテンを透かして染み込んでくるから。
 そうしたら、また、笑うんだろうね。いつも通りのじゃれあいに紛れて。

 だから、今は。


 触れた頬の持つ表情は、頬を寄せた表情は、部屋の空気だけが知ってて。
 そっか、って呟いた掠れた声は、紅い痕を呑み込んでいく白い背中に滑った。


357 名前: 投稿日:2004/08/27(金) 04:46


 夏の空気を閉じ込めて、冷めない熱の中で。
 冷えた白い頬に、熱に濡れた肌で触れてる。抱き締めた、その表情を知らずにいるから。


 …だから今は。
 風に打たれ冷たく凍え揺れるその頬を、夏の夜に溶かして。

358 名前:熱帯夜 投稿日:2004/08/27(金) 04:48


−END−

359 名前:熱帯夜 投稿日:2004/08/27(金) 04:49

矢安でした。
この二人の、何気ないやり取りが好きです。
360 名前:永井紗月 投稿日:2004/08/27(金) 04:50

お付き合いくださった方、ありがとうございます。
またお付き合い頂けたら嬉しいです。それでは。

361 名前:ROM読者 投稿日:2004/08/29(日) 19:22
更新お疲れ様です。

描写がとても細やかで美しく、物語の情景を共有しているような
錯覚に陥りました。

この二人、番組などで時々見せる何気ない絡みとかラジオなどで
のお互いの話題から、本当にいい関係だと感じます。

362 名前:夏の始まり。 投稿日:2004/10/02(土) 17:06
ここってリクエストとかって受けてるんですか?
363 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/15(金) 00:11
>>361 ROM読者さま
感想、ありがとうございます。
この二人の関係、本当にいいですよね。 
二人でいる事が自然で、でも傍にいなくても不自然という訳じゃない。近付けば、いつも通りそれが自然になるから、と、作者はそんな風に感じたりしてます。
問題は、作者がそれを表現できてないという(ぇ
二人ゴト見返しながら、勉強しなおしてきます…また挑戦してみるかもしれないので、
気が向きましたら、どうぞまたお付き合いしてやって下さいませ(平伏

>>362 夏の始まり。さま
リクエストは、今のところ受けておりません…。
それもこれもひとえに作者の力量不足ゆえなんです…ごめんなさい。未熟者でごめんなさい(平伏

ただ、無作為にリクエストをお受けすることは出来ないのですが、
修行も兼ねて、その内(レス番号のキリ番を取る方がいらっしゃった等の場合)、
リクエストをお受けすることがあるかもしれません。
予定は未定なのですが、リクエストに関してはこの様に考えています。
ご質問、ありがとうございました。
364 名前:永井紗月 投稿日:2004/10/15(金) 00:16
↑名前欄を書き忘れるくらい、長いこと放置してしまいました…。

後藤さんの誕生日おめでとう小説も書けずじまい(汗
ごめんなさい。後藤さん、19歳ですね。おめでとうございます(遅
しかも今日上げるのは後紺じゃないという…重ね重ね本当にごめんなさい。


それでは、今日の更新を。
リアル短編・田亀を田中さん視点でお送りします。
作者の遅筆を笑いつつ、暇つぶしにでもお付き合い下されば幸いです。
365 名前:ヒミツのコトバ 投稿日:2004/10/15(金) 00:17

言葉にしたい想いがあって。
言葉じゃ足りない、想いがあって。

照れくさくって、伝えられずに。
伝えなくても、解っていてくれてるような気がして。


だけど。
どんな風に君に伝えたらいいのか、きっといつだって考えてた。


366 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:18

 ―――今日、一緒に帰ろ?
 …って。気のせいかと、思った。




「れーな、おそーい」

 遅い遅いおそーい。
 唇を尖らせた不満そうな声に合わせて、膝に置いたバッグの上で手がばたつく。

「うるさか」
「だって遅いんだもん。待ちくたびれた」
「そんな待っとらんやろ?」
「待ったよぉ」

 同じくらいの時間に同じトコ出たとに。れなのが後に出たのは確かやけど。
 いつもの道を考えごとしながらゆっくり歩いとったのも、確かやけど。

「来ないかと思った」
「こっちのセリフやし」

 考えごとの原因を作ったの、絵里やん。ゆっくり歩いてたのも、そう。

「絵里?」
「ホントに来とったとね」
「えー? なんでぇ?」

 漫画だったら、きょとん、て効果音がつきそうな絵里の顔。…あーも、力、抜ける。
 そのまま隣に座ったら、木のベンチがギッて鳴る。下から見上げられるのは、何か、慣れん。

「ちゃんと約束しとらんやん」
「何を?」
「一緒帰るって」

 言った途端、絵里の唇がアヒルみたいに尖った。
367 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:19
「…れーな、晩ごはんおごり決定」
「―――は?」
「約束したもん」

 ちょお、待て。
 そう言うより早く、アヒル口のままそっぽを向いた絵里の頭。


 ――…約束した、って。


『今日、一緒に帰ろ』

 休憩ん時の、あれ、やんね?

 絵里は鏡の前でさゆと、れなはぽんちゃん達と喋ってた時。
 別に気にしてたわけじゃなか。のに、一瞬二人の方を見たら、さゆは鏡の中の世界に行っとって。
 鏡越しに、絵里と目が合った。

 そしたら。
 絵里の唇がゆっくり、小さく動いて。

 鏡越しで、声も出とらんのに。
 わかった自分にびっくりして。それより何より。何でか、顔が熱いのにびっくりして。
 心臓までどくって鳴ったのは、きっと、唐突に言われたせいだ。
368 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:20

「…れな返事しとらんし」

 返事も出来ないで固まったまんまでいたら、絵里はそのままさゆとお喋りの続き。
 ぽんちゃんに呼ばれて、れなも話に戻ったけど。
 いつも通りのフリして、しばらく心臓落ち着かんった。

「そうだけど」
「やろ?」
「れーなは来るって思ったんだもん」
「―――は?」

 むー、って尖ったまんまの唇。で。今、何言いよった?

「『は?』じゃなぁいー」
「や、だっておかしいやん。そんなん約束って言わん」

 結局ちゃんと返事もできんまま。
 帰る準備をしながら、れなの方を見もせんで先に帰ってく絵里の背中を見送って。

 『一緒に帰ろ』は気のせいだったんかな、とか、じゃあ何て言ったんやろ、とか。
 スタジオからここまで歩いてくるちょっとの間に、せんでもいい考え事をしてたんは、誰のせいだ。

「おかしくなーい。れーながちゃんと返事しないのが悪いんだもん」
「返事する暇なかったやん」
「でもでも、やっぱりれーな来たじゃない?」
369 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:21

 ね?
 急にふにゃって笑われて、言葉に詰まる。
 勝ち誇ったみたいな笑顔が、なんか悔しいん、やけど。

「…そうだけど」
「うん?」
「…何でも、なか」

 笑顔のまま首を傾げた絵里に覗き込まれて、ちょっとだけ顎を引いた。

 悔しい、けど。
 そんな嬉しそうにされたら何も言えんし。
 それに。認めるのも何か、悔しいけど。…どーやったって、ココにおるし。

「なーに、れーな。変なの」

 気のせいかな、って思いながら。
 電話もメールも、考えつかんかった。
 考えながらだったから、ゆっくりだったけど。それでもいつもの待ち合わせ場所に向かっとった。

 絵里はちゃんとおる、って。れなもどっかで思っとったとやろうか。

「…絵里に言われたくなか」
「またそういうコト言うー」


 ちゃんと言われたんでもなくて、ちゃんと返事したんでもないけど。
 絵里みたいに妙な自信は持てんけど。

 それでも、どっかで。

370 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:21

「絵里がちゃんと言えば良かったんやん」
「だってぇ」

 ほらねー?とかって、きっと調子に乗るから、言ってやらんけど。

 悔し紛れに、わざとおっきく溜息。あんまり効果はなさそうで、絵里の頬が膨らんだ。

「だって、やなか」
「やっぱりダメかなって思ったんだもん」
「何が」
「絵里だって色々考えてるんだよー?」
「だから何を」
「―――あ」

 拗ねたり威張ってみたり忙しい絵里の顔、今度はにっこり笑う。
 「そっかそっかー」って。……人の話、聞いとー?

「れーなれーな」
「あ?」
「あのね」

 すぐ隣なのに、名前を呼ばれて振り向くのと同時に服を引っ張られる。…んで、何でしかも背中よ?
 くい、って一回。……くいくい。ちょっと間が空いて、二回。

 ―――は…?
371 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:22

「…絵里?」
「ん?」
「トイレならスタジオが一番近いけん」

 スタジオの裏手にあるこの公園には残念ながらそのスペースはない。
 いつもは待ち合わせだけで、使わんから気にせんかったけど。
 戻ろっか、って立ち上がりかけたれなの体が、服ごとぐんって引っ張られる。

「そーじゃなーいー!」
「え? や、だって今」
「違うもん」

 ち、違うと? や、だって、無言やったし。でもじって見てきよるし。何か言い辛いことなんじゃなかと?
 満面の笑顔の後にそんなん言うの、変とは思ったけど。絵里やし。
 え、じゃあ、なん? ちゃんと訊いた方がよか? …や、でも、ちゃんと言わんてコトは……えぇ…?

「あのね、『一緒に帰ろ』って」
「は? だから今日、一緒帰るんやろ?」

 ワケがわからんくて、不機嫌そうな声が出て。んー、って言った絵里の眉が寄った。

「そーじゃなくって」

 くい、って一回。……くいくい。ちょっと間が空いて、二回。

「こーしたら、『今日一緒に帰ろ』って意味、ね?」

 背中でちょこちょこ動く手の動きがくすぐったい。
372 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:23

「……絵里?」
「んー、絵里頭いー」
「絵里。ちょお、聞けって」
「ん?」

 れなの隣には、満足そうで、得意そうな絵里。

「意味がわからん」

 何やったっけ、…何かダメだって思ってて、色々考えてて、んで、『一緒に帰ろ』?
 …何なん?

「もー…ちゃんと話聞いてた?」
「こっちのセリフやって」
「今度はちゃんと聞いてね?」

 いーい? ぴって目の前に出された絵里の人差し指。って、また人の話聞いとらんし。

「みんなにね、内緒にしてるじゃない?」
「何を」
「んー…れーなが絵里のこと好きって」
「――ば…っ、誰がっ」

 い、いきなり何言いようと!?
 上擦った大きな声に、不思議そうに首を傾げられる。

「誰って、れーなでしょ?」
「そっ、そういうことじゃなか!」
「あ、絵里もね?」
「…………」

 ……コイツは。
 れなが何も言えなくなったのを見て、んふふー、て絵里が笑う。――何か、楽しんどらん?
373 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:23

「だから、こーやって二人だけで帰る約束とか、みんなの前ではしにくいし、しちゃダメかなーって」
「…はぁ」

 …そりゃ確かに、内緒には、しとうけど。

 メンバー内ではそーいうの禁止、って。飯田さんがそう言ってたのもあるけど。
 正直、みんなの前で絵里といて、どんな顔していいかわからんくて。
 絵里は絵里で、いきなりくっついてきたりしてヒトの反応見よるし。

 もともとそんなにべったり一緒ってワケじゃなかったけど。
 前より一緒にいるのは少なくなった、のかも。みんなでいる時とか、特に。

「だからね、二人で帰る時の合図にしよ?」
「…さっきの?」
「うん。そしたらばれないし」
「や、意味ないやん?」
「なぁんでー?」
「え、や、だって、そんだけ近付くんやったら口で言えばよかやん」

 全然近づかなくなったら、先輩たち心配させるし、逆に気づかれそうやけん、
一緒にいるのが少ないって言っても、全然話さんワケじゃない。
 普段そんな話さんのに頻繁に二人で帰るのは不自然かも、って、ココで待ち合わせするようになったくらいで。
374 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:24

「今までみたいにメールでもよかし」
「そうだけどー」

 きゅ、って、服を掴む手。尖った唇。
 ―――…あ。やば。また拗ねよる?

「なんね」
「二人だけのヒミツみたいでいいなぁって」

 くい、って。服を、引っ張られる。

「思ったんだもん」

 尖ってた唇が目が合った途端、緩んで。細くなった猫みたいな目。
 ……コイツは。

「…服、伸びる」
「えー」

 顔が熱くて、頬緩みまくってる気がして。慌てて顔しかめたのに。
 たぶん、逆効果で。
 不満そうな声の長さだけ、ぐいー、って服を引っ張られて、なのに絵里はふにゃふにゃ笑ったまんま。
 …絶対、わかっててやりようやろ?
375 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:25

「やーめ、って」
「じゃあ、別の」
「は?」
「服伸びなくて、近づかなくてもわかるのにしよう」

 よし。って、やっと手を離した絵里が考え込む。…つーかもう、考えんでいいやん?
 ろくなこと考えつかんに決まっちょるし。

「んーじゃあ、こう?」

 ぱちん。
 …ほら、やっぱり。ウインクて。

「…今、両目つぶった」
「えー、うそ。出来るようになったもん」
「だから出来とらんて。却下」
「むー…―――じゃあ、これー」

 ―――エリ、ザベス、………。

「なんで止めるのー?」
「なんでも何も。ホントにそれやったら、見とらんフリするけんね?」
「なんでぇ?」
「いきなりそんなんしたらただの変な人やって」
「んー、これはさすがに冗談だけどね?―――じゃあねじゃあね」
「や、もうよか」

 手の中でぱたぱた暴れる絵里の手を仕方なく解放して。溜息を一つ。

「えー。他にもあるのにー」
「知らんって」
376 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:26

 近づくとか近づかないとか、そんなん問題じゃない。
 …二人だけのヒミツ、って。そーゆーこと言っておいて。
 ホントにそんなんされたら、どう反応していいかわからなくなるに決まっとって。

「これだったら他にも色々話せるじゃない?『絵里カワイイ』とかー」
「…もー帰る」

 それに。ただでさえ、みんなでいる時には話す時間あんまり取れんけん。
 ちょっとの会話でも、ちゃんと言葉交わしたい、とか。

「れーなが冷たいー」
「うるさか」

 熱くなった頬を見られたくなくて、むー、って唇を尖らせてるだろう絵里を横目に立ち上がる。

「――つかもうホント帰ろ。遅くなるけん」

 二人だけのヒミツ、…なら、なおさら。
 照れ臭くって素直に言えん時も、素直に聞けん時もあるけど。
 それでもやっぱり、直接言いたかったり、直接聞きたかったりする、とか。

 …そんな風に、思ったって。恥ずかしくて絶対絵里には言えんけど。
377 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:26

「…れーなー」
「なんね」
「もーいっこ」
「だーから、もうよかって…―――」

 拗ねた口調に仕方なくくるって振り返る。

「ん」

 くいって上げられた顎と、きゅっと閉じられた猫みたいな瞳。
 足元で、踏みしめた小石がじゃりって鳴って。

 心臓が、大きく鳴ったのがわかった。

「――――…え」
「…こーしたら」

 必死に出そうとした声を、そうっと開いた絵里の目に止められる。
 きゅって結ばれてた唇が、ゆっくり小さく動く。今度は、声を出しながら。

 心臓が落ち着かなくて、だけど今度は、『急に言われてびっくりしたせい』とか、
そんな言い訳なんか出来ん。

「ちゅーしよ、って意味、ね?」
「―――ば…っ」
378 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:28

 ―――ホントは。

「えー? ダメ?」
「だっ、だめも何もしたことなかやん」

 ホントは、休憩ん時だって。

 今と同じで、いっつも笑ってるみたいに端っこ上がった薄い唇が。
 鏡の中で、声も出さんでゆっくり動くのがきれいで、見とれとったと。
 どきどきして、顔熱くって。恥ずかしくて、認められんくらい。

「そーだけど」
「つか誰かいるトコでそんなん」
「うん、しないね?」
「つーかまんまやし」
「うん、…あ、これも直接言った方がいい?」
「な…っ」

 早口で突っ込んでごまかそうとするのに、んふふー、て笑う絵里はやけに楽しそう。
 悪戯っぽく笑う瞳を悔し紛れに睨んでみるけど、きっと、これも逆効果。

「――…ヒトで遊ぶんやなか」
「なぁにがー?」
「…もうよか」

 恥ずかしくてたまらんだけなこと。たぶん絵里はわかってる。
 前髪を上げたおでこを軽くはたくフリ。肩を竦めてそれを避けて、絵里が笑う。

「ホントに、遊んでないよ? ―――ね、れーな」

 くい、って。急に引っ張られたのは、今度はおでこの近くにあった手。
379 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:29

「ホントはね、もう一個あって、…これが一番だったんだよ?」
「…今度は、何ね」
「言葉じゃなくって合図にしたら、れいなもちょっとは言ってくれるかなぁって考えたんだけど」

 やっぱり止めた。
 んー、って考えるみたいに首を傾げてから、そう言った絵里が顔を上げる。

「れーなの『好いとー』って、絵里好きだから」

 ふにゃふにゃ笑ってるみたいに見える、唇のピンク。手を握る絵里の手に力がこもる。
 …何か、悔しいけど。認めたくないけど。

「これは、ちゃんと言ってね?」


 耳に大きく響く心臓の音は、まだ止まない。
380 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:30

「…発音違った」
「えー…じゃあお手本ー」
「絶対イヤ」

 れながこんな風になるってコト。
 恥ずかしくて、絶対言えんくて。

「けちー」
「そんなんみんな知ってる」
「じゃあ、こっち」
「ば…っ」

 ん、ってこっちに預けられたのは、文句を言いながら笑ってた口許。
 伏せた睫毛の、二つ目の合図。

 繋いだ手が熱くて、耳が熱くて。こんな風になる理由。
 見えてなくても、言わなくても。絵里はたぶん、わかってるけど。
381 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:31

「…………」

 ―――鏡越しの、言葉にしない約束を、無防備に信じてたけど。
 ヒミツの合図は、恥ずかしくて、使うこともないかもしらんけど。


 でも。それでも。


「―――れーな、びっくりし…た…?――――」


 ちゃんと、伝えたい気持ちがあって。
 だけど。
 ぴったりの言葉なんか、見つからんくて。


 繋いだ手を、強く握り返した。

382 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:32

「……もー、帰る」

 ちょっとだけ屈んだ姿勢を勢いをつけて起こしながら、前髪を上げたせいで全開になってるおでこに、
ゆっくり手が伸びるのが見えて。

 その場所に触れたのなんて、ほんの一瞬だったのに。
 唇が、勝手にその感触を思い出しそうになって。慌てて逸らした視線と一緒に、身体ごと向きを変えた。

 そのまま歩き出そうとしたのに、繋いだ手に身体ごと止められる。
 後ろなんか、見られん。

「れーな、耳まっかー」

 からかうみたいに言って、きっと絵里は笑ってる。見れないけど、きっと。

「うるさか」

 少し投げやりに言い放って、だけど口許が緩んでるのなんか、きっとばれてる。
 繋いだ手を、さっきよりずっと強く握り返してくれたから。

 だから、前を向いたまんま。今度こそ、足をゆっくりと踏み出した。

383 名前:  投稿日:2004/10/15(金) 00:33


言葉にして、伝えたいことがあって。
言葉では、伝えきれないくらいの想いがあって。

きっと、伝えなくても解ってくれているけど。
素直になれなくて、なかなか伝えられずにいるけど。


ホントはいつだって。

いつだって、伝えていたいから。
君と、特別なキスをしよう。

それはきっと。
君にだけ伝わる、ヒミツのコトバ。


384 名前:ヒミツのコトバ 投稿日:2004/10/15(金) 00:34

−END−
385 名前:ヒミツのコトバ 投稿日:2004/10/15(金) 00:35

久しぶりの田亀でした。その後の二人の様子を。
ちょっとは変化アリ、なんでしょうか。が、頑張れ、田中さん(ぇ

386 名前:永井紗月 投稿日:2004/10/15(金) 00:36

お付き合いくださった方、ありがとうございます。
またお付き合い頂けたら嬉しいです。それでは。
387 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/16(土) 22:09
おお、更新されてる!!
作者さんの書く田亀ほんとに好きです。
ローティーンの純愛って感じでほのぼのします。
今回の作品も終始頬緩みっぱなしでしたよ…
これからも頑張ってください!
388 名前:永井紗月 投稿日:2004/10/25(月) 23:40
>>337 名無飼育さん さま
感想ありがとうございます。
中高生CPならではのほのぼの感が田亀を書く上での目標なので、そう言って頂けると本当に嬉しいです。
これからもちょこちょこ田亀は書くと思うので、またお付き合い頂ければ嬉しいです。




それでは、今日の更新を。

浮気と言うか、新境地開拓と言うか、メロンさんに初挑戦です。
村田さんと柴田さんの短編を。

本当は夏に書きたかったお話…もう冬になろうと言うのに(汗
出しそびれた夏休みの宿題とでも思って頂いて、添削がてらお付き合い頂ければ、幸いです。
389 名前:夏の果実 投稿日:2004/10/25(月) 23:41


お風呂の中にぷかりと浮かんだ、すいか。
何だか変な光景だと、思う。

そしてそれとおんなじくらい、私がここにいるのも、変な感じだと、思った。


390 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/25(月) 23:42

「しぁたくーん? 麦茶でいいかにぇ?」

蛇口から一つ、滴が落ちて、ぴちょん、てちょっと間抜けな音がする。

「しばたくん?」

背中からする声に応えないのは、その内彼女が様子を見に来てくれるって解ってるからだ。
そんな自分を自分でずるいと思って、やっぱりひょっこり後ろに立った彼女はもっとずるいと思った。

「そんなに珍しいかにぇー?」
「珍しいっていうか、変じゃない?」

つい、こないだのことだ。

391 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:43

「変かにぇ?」
「うん」
「はっきり言うにぇー……しばたくん?」

こないだ。
彼女に、好きだって、言った。

「飽きたらこっちおいでにぇ? 博士がおいしー麦茶を淹れてあげぉー」

自分だって言うつもりはなかったんだから、彼女も言われるつもりなんかなかったんだろう。

「……んー」

頭を。そう、今みたいに。頭をぽんぽん、て撫でられて。
それだけ。

その時のそれは、とてもすんなりと時間を流していって、すぐに聞こえてきた瞳ちゃんとマサオくんの声も、
スタッフさんたちの声も、全部がいつも通りで、普通で、あたりまえの風景だった。
こうしてしゃがみこんだ状態からゆっくり立ち上がる動作とおんなじくらい。



違ったのは、そこに彼女を好きな私がいたということ。
お風呂の中に、すいかが浮いているということ。


392 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:43

「あぇ、もーいいの?」
「そんなに長く見ないよー」
「んや、あんまりじーって見てるからにぇー。――はい、どーぞ」
「ありがと」

テーブルの上に置かれた麦茶の入ったグラス。
テレビの見えるこの場所に座ってクッションを抱えるのが、彼女の部屋での私のクセなんだって、
いつか彼女が言っていた。

もうここに来ることはないのかもしれない、そう思っていたのに。
『しぁたくん、すいか食べぉー?』
電話越しの彼女の声が、とても優しくて。
とても、苦しいと思った。

それでもこうしてここにいるのは、すいかが熟していたから。
393 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:45

「…しかしさ、何でいきなりすいか丸ごととか買うわけ、めぐちゃんは」
「んぇ?」

『好きなの』

「食べ切れなくない?」

じゃれあいの途中に顔が近付いて、たったそれだけで。自分の感情もコントロールできなくなるくらいに。

表面は何も変わらないみたいに見えて、中は赤く赤く、熟れて。
割ったら、甘い飛沫を上げるんだろう。行く当てもないまんま。

彼女に向かったはずのそれは、行き場をなくしたまま、心の中にぽつりと染みを残してる。

「んー、八百屋さんで見かけた時に、何だか呼ばれてるような気がしたんだぉにぇー」
「…すいかに?」
「そう」

こくん、と動く白い喉の動きに心を乱されて、目を伏せたくなるほどには、その染みはまだ、赤くて。

「冷蔵庫には入らなかったけどにぇ」
「切って入れれば?」
「あ、そっか。頭いいにぇー、しばたくん」

いつもと変わらない会話の中に紛れさせてしまいたいほどには、その染みは、広がってる。
394 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:45

「しっかりして下さいよー、博士」

私が彼女の部屋のいつもの場所にいて。麦茶を飲みながら笑って。
窓の外で蝉の声がうるさくて。彼女が。笑って、いて。
こんなに、いつもと変わらない。普段どおりの、風景。

穏やかで、優しくて。泣きたくなる。

「じゃあ後で切った時に入れぅ」
「後でいいの?」

はぐらかす、という手段が、こんなにあたりまえで、こんなにやさしいんだってこと。
初めて知ったんだよ。めぐちゃん。
395 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:46

「いーよぉ。しばたくん、気に入ったみたいだし」
「…あたし?」
「ん。しばたくんがじーって見てるの、かあいかったから」

ねぇ、ほら。そうやって。優しいフリで。こども扱いするのまでいつもと同じ。
ちょっと目を細めて笑う仕種も。口許のエクボも。

「…冷えるの、時間かかっちゃうよ」

ずるいよ。
こんな時まで優しいなんて、ずるい。

「そうだにぇー」

氷と一緒に、お風呂に浮いたすいか。
めぐちゃんの部屋にいる私。

冷蔵庫に入んなくて、どうしようもなくて、お風呂に浮かべたんでしょう?
呼ばれて買って、だけど食べ切れなくて、どうしようもなくて、『誰か』を呼んだんでしょう?

「みんな、来ちゃうよ」
「来ないにぇー」

すいかが熟してることを知っていて。
たまらずに、あなたを呼んだのを知っていて。

それなのに。ずるいフリで、どうしてそんなに、優しくするの。
396 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:47

「……え?」

カラン。
透明な音を立てて、麦茶の中で融けた氷がバランスを崩して、揺れた。

「誰も来ないよ」

めぐちゃん。…めぐちゃん。

「しぁたくんだけ」

ねぇ、ほら。また。いつもと同じ。
舌っ足らずで静かな、声で。名前を呼ぶから。
苦しくて、わからなくなる。

397 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:48

「…食べきんない、よ」

めぐちゃんの部屋にいる、彼女を好きな私。
彼女の部屋のお風呂に浮かんだ、すいか。

どうして、なんて。訊けない。

中身が赤く赤く、熟して。もう、どうしようもない。後は、ただ。
甘い飛沫の、薄紅の染みが残るだけ。

「…そぉだにぇ」

そうっと。頭を、撫でられて。

わかったのは、その感触が、泣きたくなるくらいたまらなくずるいんだってこと。
そんな仕種さえ、彼女は優しいんだということ。


398 名前:  投稿日:2004/10/25(月) 23:49



―――そうして、氷が、融け切って。

お風呂に浮かんだすいかを拾い上げたのは、めぐちゃんの白くて細い腕だった。

399 名前:夏の果実 投稿日:2004/10/25(月) 23:50

‐END‐
400 名前:夏の果実 投稿日:2004/10/25(月) 23:50
村田さんと柴田さんでした。
実はまだちゃんとイメージが固まりきってないこのお二人…。目下勉強中です。精進します…。
401 名前:永井紗月 投稿日:2004/10/25(月) 23:51

お付き合いくださった方、ありがとうございます。
相変らずの不定期更新ですが、またお付き合い頂ければ嬉しいです。
402 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/26(火) 13:25
う…うわー。
このカプ初めてだったんですが、作者さんの味堪能しました。
良かったです。まだまだついて行きますんで。
403 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/27(水) 22:42
なんか、すごく味のある文章でいいですね
404 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/31(日) 21:54
ほぉー…素敵なお話ですね。
このカプも新鮮でとてもいいです。
これからも頑張って下さい。
405 名前:ROM読者 投稿日:2004/11/02(火) 06:54
しくった。一ヶ月ほど仕事で浮世離れしている間に・・・
・・・更新お疲れ様です。(ちょっと言い訳・・

ヒミツの〜は、本当にやばいです。素直になれない博多っ娘。
と、ふにゃけっぱなしの江戸っ娘。の、ほんわか暖かな情景
が、手に取るように伝わってきます。ジタバタしながら読ま
せていただきました。(読んでる方が恥ずかしい・・

新CPのお二人は、ROMも初めてでした。固定概念が全く
無いので、新鮮です。眼鏡のあの方が何故かツボなんですが。

406 名前:作者 投稿日:2005/02/22(火) 10:37
生存報告を。

管理人様、ログ整理お疲れ様です。
長い間放置してますが、今しばらく此方で書かせて頂きたく思っております。
よろしくお願いします。


返レスは次回更新時に改めて…。近いうちに必ず。
長いこと放置して本当に申し訳ないです(平伏
407 名前:永井紗月 投稿日:2005/02/22(火) 22:36
長い間の放置、本当に申し訳ありません(平伏


>>402 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
お口にあったなら幸いです。ついてきて頂けるなんてそんな…っ。
余りの亀更新振りに、とうに追い抜かれてしまっているかもしれませんが(汗
まったり更新させて頂こうと思っていますので、時折思い出した時にでもまた振り返ってやって下さい。

>>403 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
今回のお話はちょっと味付けを変えてみようと思って書いたのですが、
お口に合ったようで、嬉しい限りです。

>>404 名無飼育さん さま
ありがとうございます。
このカプもそうですが、他のカプのお話でもいいと思って頂けるよう、
これからも頑張りますので、またお付き合い頂ければ幸いです。

>>405 ROM読者 さま
お久し振りです(敬礼 こちらこそ長く離れていて本当に申し訳ないです。
お仕事、大変そうですね。お疲れ様です。

ヒミツの〜は、何を書いても甘い作品になる(らしい)作者も、本気で恥ずかしかったです。
博多っ娘。がなかなか素直にならないくせに、江戸っ娘。に振り回されて暴走するもので (苦笑
PCのディスプレイを何度か叩き割りたくりましたが(危、抑えてupした甲斐がありました。

新CPのお二人…間違った概念を植えつけないように、がっ、頑張り、ます…。
リアルの眼鏡の方は作者のツボも圧してきてくれます。なかなか掴めないんですが(涙
らしさが表現できるよう、精進していきます(平伏



それでは、今日の更新を。
作者、最近めっきりメロンさんづいておりまして。
今回も村田さんと柴田さんです。リアル設定にて。
よろしければどうぞお付き合い下さい。
408 名前:つないだてのひらの 投稿日:2005/02/22(火) 22:37


頬を撫でる風がつめたかった。冬の空気で出来た街は澄んでいて。
人込みに紛れた、誰かの影まで切り取る。

409 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:39


ひんやりとした、てのひら。
髪にふわりと触れた細くて長い指は、自分をあやす術を解っている、気がする。

「―――…村っち」
「はぁい?」

名前を呼ぶ声に応える時に柔らかく微笑む仕種に似て、たぶん半分くらいは無意識に。
だから時々、嬉しいけど悔しい。

「…うん。も、平気」
「ん」

顔を上げて照れ笑いを浮かべて見せると、骨張った指に前髪をぐしゃぐしゃとかき乱された。

「ちょ…もー、むらっ…」
「――うし、んじゃ出よぉかぁ」

抗議の声が、頭の上から降ってきた声ともう一度髪を撫でて離れた手に攫われる。
うっすらと目許に残る涙の跡を拭う仕種を、前髪を整える指先の動きに紛れさせて。
少し俯いて、もぉ、と小さく呟いた声が周囲のざわめきに紛れるのを聞いた。

「パンフ買ってくんだっけ?」
「あ、あー…どーしよっかなぁ」

彼女の人差し指がすっと眼鏡を上げる仕種に似て、ほとんど無意識に。
嬉しいけれど悔しい、と。そんな事に気付かされるほど嬉しく思っていることを。
時々、思い知らされる。

410 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:40


映画館を出ると、冷たい空気が頬に触れた。
―――時々。それはたとえば、こんな時間。

「うー…さむいさむいさみゅ」
「…噛んだ?」

舌足らずな声が聞こえて、伸ばしかけた手を止めた。
少し高い位置にある白い吐息の向う側に、薄い藍色の空が切り取られている。

「寒さは年寄りにはこたえぅんじゃよぉ、お若いにょ」
「言えてないよ、村っち」
「あぇ? そぉ?」
「うん、ちょっとね」

自然と口許が笑う。隣を歩く彼女がそぉかなぁ、と首を傾げたところで足を止めた。

交差点を抜けていく車のエンジン音。
周囲の人の隙間を縫うように、風が吹いて。テールランプの光と一緒に、頬を流れた。
411 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:41


ふわり、と。
鼻をつんと刺す冷たさに混じって。やわらかな香り。

『あゆみの匂い、だにぇ』
昨夜、そんな風に柔らかく微笑った彼女の部屋に置かれた香水の。

淡く甘く、風に紛れて舞って。散って。
そこにいる訳もないのに、視線を奪った。
彼女の隣にいる自分と、彼女の。

刹那に似た時間は、思い知らされるには充分過ぎる。
コートの袖口を打つ風が冷たくて、だから。袖に隠れるようにして、そっと自分の手を握った。


412 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:42



『―――どれが一番落ち着くの?』

薄い緑色の瓶の曲線をなぞった指に、ひんやりとした感触が残った。

『にゃに?』
『こないだ、眠れない時に枕元に香水とかアロマオイル垂らすって言ってたじゃない?』
『あー、ラジオの時のかぁ…て、あゆみ必要ないでしょぉよぉ』
『そうだけど』
『あぁっ! そーかぁ、あゆみちゃんは村田さんちじゃ眠れないのかぁ…』
『え?』
『そっかぁ…村田さんではあゆみちゃんは安眠できないのだね。はぁ…枕失格だぁ』
『ちが…っ、そうじゃなくて! …ていうか枕じゃないじゃん、村っち!』
『おぉ。そぇもそぉかぁ』
『もー、話ややこしくしないの。――村っち、今日はいいのかなぁ、って』
『なにそれは、今日あゆみちゃんは村田さんのこと寝かせてくれないってこと?』
『……村っち?』
『…ごめんにゃさい』

手元に並んだ幾つかの小さな瓶。一本だけほとんど中身の残っていないアトマイザーが目に入って。

『…ホントに眠れにゃい時にたまーにするだけだかぁね、どれが一番とかはにゃいかなぁ』
『ふぅん?』
『よく眠れる香りとかって売ってて、たぶんそれもあるけどにぇ…―――』

何の気もなく、キャップを取った。真面目に答えてくれる気になったらしい彼女の声が背中に聞こえて。
ふわり、と。微かに、香りが鼻孔を衝いた。

413 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:43

『――…は、あゆみいるしねぇ』
『……え?』

部屋の中で、微かな香水の香り。風なんて吹かなくて。彼女には届かないから、今は。
香りを閉じ込めて、元通り。並んだ瓶の列に戻す手が、炎が振れるように僅かに揺れた。

『今日はいらにゃいよねぇ、って』
『…いらないの?』
『うん』

まだ少し濡れた髪を拭いている彼女が、振り返った自分を見つけてふわりと笑う。
たぶん、無意識に。彼女は自分の意識を搦め取る。

『今日はあゆみの匂いをかぎながら寝るから、だいじょぉぶ』
『…他に何か言い方ないかなぁ、それ。…それに今日、村っちと同じだよ』
『んん?』
『シャンプーとか借りたから。同じ匂い、じゃない?』
『マダマダだにぇ、柴田くん』

414 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:44

手招きされて、彼女の前にぺたりと座る。こつん、と軽く触れ合わせた額が少し冷たい。

『だって私、香水とかつけないよ?』
『シャンプーとか香水じゃなくてにぇ、あるんですよ、柴田くんの匂い』
『ふぅん…? 今も?』
『うん。…あゆみの匂い、だにぇ』

息をつくように笑って、瞼を伏せる。細い髪が頬に触れて、彼女のシャンプーの香りがして。

『…眠れる?』
『んー? …落ち着くぉー? あゆみちゃん、あったかくて抱き心地いいし』
『柴田、抱き枕じゃないよぉ』
『…知ってるぉ』

頬を膨らませて見せた自分の髪を梳く細い指は、ちゃんと応えをくれないまま。やっぱり少し、冷たかった。

415 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:45


彼女の部屋に置かれた香水の。風の中に紛れた香り。

人込みに混じったその行く先を探せるはずもないのに。
彼女の視線は、確かにそれを追いかけて。
隣にいる自分に見つけられたのは、そこに、誰かの影があったということだけ。



―――もうずいぶん昔のことなんだと思う。


普段は香水をつけない彼女からうっすらと香水の香りがして。
その隣に並ぶ茶色の長い髪が揺れた時に、同じ香りが、して。
彼女より、もっとずっと鮮やかに。

普段から香水を身に纏うそのひとが、気に入っていると話していた香水の。


あの頃の自分は、きっと今よりもっと幼かったけれど。それがどういうことなのか。
気付かずにいられるほどコドモでもなくて、知らない振りができるほど、オトナでもなかった。

416 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:46



交差点の信号が青に変わる。
視線を戻した彼女の向う、藍色が先刻より少し濃く見えた。

「―――ごはん、どぉしよぉか」

並んで歩き出した隣からの声に、握った手が揺れた。
二人並んで、手を繋ぐことがこの街の中でどこか不自然なのが解っていても、
空いた手は隣の熱を追いかけたがる。それはとても自然に。

「あー…村っちは?」
「んー、あんまぃお腹空いてにゃい」
「だめだってば、お昼もあんまり食べてないのに」
「そぉなんだけどにぇー」

ひやりとした感触が、不意に触れる。コートに半分隠れた手を探るように。

こんな風に隣を歩く時。
彼女の手に自分の手を重ねるのが、当たり前みたいに、癖になっているのに気付く。

さっきだって、今だって。自然に手を差し出しかけて、だから途惑って。
伸ばしかけた手を、止めたのに。

417 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:47

「村っち」

たとえばそう、こんな時間。
てのひらが、重なって。

「ん?」
「…うぅん」

とてもたやすく。けれど紛れもなく。つめたいてのひらは、カラダの熱を攫っていく。
触れて重ねても、まだ。
このてのひらを乞うて、恋うて。その熱を、請い願っていること。

「あゆみちゃんの手はあったかいねぇ」
「…村っちの手が冷たいんだよー」

思い知らされる。

―――時々。それとも、もうそんな風に思っていることを忘れてしまうくらいずっと。

418 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:49

「――…あぁ、うん。そう、あゆみの匂いもこんなかんじ」
「…え?」
「あったかいの」

冷たい風が通り過ぎる街の中で。それはたぶん、自然な風景ではなくて。
冷たい風に誰かの影が落ちた街で。だけど、彼女の影が隣で歩いていて。

「…ふぅん?」
「うん。…あったかいにぇ」

隣を振り仰ぐと、揺れた綺麗な茶色の髪からふわりと彼女の匂いがしたから。

だから。
重ねた手を、きつく繋いだ。



419 名前:  投稿日:2005/02/22(火) 22:49


髪を揺らす冷たい風に、誰かの香りと、いつかの冬の日が散らばる。


―――私の匂いは、あなたには移らない。
そんなこと、きっともうずっと知っていたけれど。


冬の街の空気は冷たく澄んでいて。そんなことを理由にして。
繋いだてのひらの温度を、このまま融かしてしまいたかった。


420 名前:つないだてのひらの 投稿日:2005/02/22(火) 22:52
‐END‐
421 名前:つないだてのひらの 投稿日:2005/02/22(火) 22:54
村柴でした。未だに村柴、練習中でございます…。

そして、柴田さん、お誕生日おめでとうございます。
422 名前:永井紗月 投稿日:2005/02/22(火) 22:57
お付き合い下さった方、ありがとうございます。

不定期更新で亀更新で、本当に申し訳ないです(平伏
精進して参りますので、のんびりとお付き合い頂けたら嬉しいです。
423 名前:ROM読者 投稿日:2005/02/26(土) 00:33
更新お疲れ様です。
ストレートなインパクトではなく、ボディブローが後から
じわじわと効いてくるような(まるで村さんのギャグのよ
うな)そんな二人の空気が、妙に後を引きます。
424 名前:永井紗月 投稿日:2005/03/18(金) 01:22

>>423 ROM読者さま
いつもありがとうございます…っ!
まだまだ修行中の二人の雰囲気ですが、何か残るように感じて頂けたなら幸いです。
浮気な作者で本当にごめんなさい(平伏
今しばらくメロンさん熱続くかと思われますが…(ぇ
気の向かれた時にふらりとお立ち寄り下されば嬉しいです…っ。





それでは今日の更新を。今回も村柴です。
1ヶ月も放置しておいて、とても短いものですが(平伏
もし宜しければ、どうぞお付き合い下さい。
425 名前:ブラックコーヒー 投稿日:2005/03/18(金) 01:23

―――名前を呼ばれたから。振り返って、返事をしました。

426 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:25


「あゆみ」
「…んー?」

テーブルの上に頬杖をついたまま視線を上げて、ゆっくりと綻んだ口許。
次に接がれる言葉を背中に待ちながら、柴田は手にしたやかんをコンロにかける。

「あ、村っちも何か飲む?」
「んー、いらにゃい」
「そ?」
「うん、あぃがと。―――あゆみん」

カチン、とガスの火がつく音に紛れて、もう一度呼ばれた。……気がするのだけれど。

「どしたの、村っち」
「柴っちゃん」
「うん?」

手を止めて振り返ってみても、やっぱり笑顔に見上げられるだけ。

「柴田くんー」
「…博士ー? どーしましたー?」

呼んでるのに自分のとこに来ないのがヤなのかな、なんて。ほんの少し、自惚れてみたくなる。
テーブルを挟んで村田の向かい側に座りながら応える柴田の口許が、やんわりと緩んだ。

427 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:26

「あゆみちゃん」
「うん、なに?」
「…あゆみたん?」
「…………」
「あぇ、お気に召しません?」
「…たん、って」
「そぉ。他にもあゆたんとか、しばたんとか」

かわいいと思うんだけどにぇー。残念そうに言う声は、だけどどこか楽しそうだ。
頬杖をついたままの口許には、エクボ。
じわりと熱くなった頬がやっぱり赤くなってることを、こんな風に知らされるのは何だかくやしい。

「何がしたいの、村っち…」

赤い頬をごまかしたくて、眉を顰めてじっと見返してみる。
見返された本人が気に留めないのだから、意味はないのかもしれないけれど。

「んんー? あのにぇ、名前をね」
「…呼んでみただけとか、言わない、よね?」
「違うよぉ。名前をね、呼びたくなったんですよ」
「同じじゃないの? それって」
「ちーがーうー」
「違いませんー」

小さく尖らせた唇のせいか少しだけ幼く見えた村田を前に、柴田の眉間の皺は長持ちしてはくれない。
からかうみたいに意地悪を言って、なのに柔かく形を崩す頬のライン。

428 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:28

「違うんですよにぇ、こぇが」
「えー?」

今まで、たぶんもう幾度となく繰り返してきたんだろうこんなやりとりは。
頬杖を外した向かいにある目許と唇がふっと引いた、その滑らかな曲線に触れたみたいな感触が、する。

「呼んだら、ちゃんと応えてくぇたじゃないですか」
「そー……ん?」
「うん。にぇ。ちがう」
「んー…んーー……村っち」
「うん?」
「ごめん。…わかんない」

コンロの上のやかんが微かに音を立て始める。
困ったなぁ、と顔に書いてある柴田の肩越しにその音を聞きながら、村田の口許が笑みを噛み殺す。
柴田の頭の中ではきっとぐるぐると色んな考えが巡っているのだろう。

「―――レンアイ、ってねぇ」
「…へ?」

真っ直ぐに投げかけられる視線。
唐突な言葉に途惑っているのが分かるのにどこか強い力を持つ瞳が、声に応える。
見慣れているはずのその瞳がやけに印象的で、村田は少しだけ目を細めた。

429 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:29

「呼んで応える、って成り立ちなんだそうですよ」
「…………」

一瞬の沈黙を縫うように、コンロのやかんが蒸気と争う声が響く。
薄く開いた桃色の唇が、あ、と小さく声をなぞった。

「っていうのを思い出しまして。―――お湯沸いたかなぁ?」
「…あ。あー…うん」

立ち昇る白い蒸気を振り返ってそのまま立ち上がった背中に、黒に近い焦げ茶色の髪が流れる。
カチン、とガスを止める音と。棚から取り出したコーヒーの瓶を置く音がした。

「…村っちー」
「うん?」

自分の部屋にインスタントじゃないコーヒーが置いてあるのを、未だに忘れてしまいそうになる。
キッチンだって彼女の背中がある方が見慣れているのだから、それも仕方ないのかもしれないけれど。

430 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:30

「それってさぁ、名前を呼ぶ、ってことなの?」
「さぁ。どぉでしょぉ」
「適当だなぁ、もー」
「まーいいじゃないですか。私が柴田くんを呼びたくなったのは変わりませんよ」

真っ直ぐきれいに伸びた背中。
一瞬僅かに動いた肩の上で髪がさらりと揺れた。

「…それで、たん?」
「バリエーションあったほうが楽しいかなぁと」
「楽しいかなぁ…」

きっと今は振り返ってはくれないんだろう背中を、ぼんやりと眺めて。
村田はふと、笑みを零す。
テーブルの上で組んだ指先が、やかんから立ち昇る熱に誘われたみたいにじんわり暖かかった。

「もぉー、わがままだなぁ、あゆみちゃん」
「や、わがままとか言ってませんけど」
「じゃぁ今日は一日、あゆみんが気に入った名前で呼ぶことにしてあげよぉ」
「一日だけなんだ」

苦笑い混じりの声に重なって、コーヒーの香り。
キッチンの風景に馴染んだ背中越し。

「どぇがいーい?」

431 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:32



―――乞い願い、誰かを呼んで。
心を惹かれ。応え振り返る。
彼女と自分とが。その言葉に当て嵌まるかどうかなんて、わからないけれど。


―――君の名前を。
君を、呼んで。君が振り向いて、笑ってくれるなら。
それはとても嬉しいな、って。そんな風にね、思ったんだよ。



432 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:33


「えー…あー…どれでもいい」
「…しぁたくん、冷たいー…」

芝居がかった声を出しながら、テーブルの上に泣き崩れる振り。
腕の上に頬を乗せて背中を追いかけようとした村田の視線は、柴田の横顔に辿り着いた。

「あー…あの、あのね。そうじゃなくって、ね」

カタン、と棚の扉を開ける音。
コーヒーの瓶は棚の一段目に仕舞われたみたいだ。
見慣れたマグカップがうっすらと赤い頬の向う側に見える。

「村っちが呼ぶならどれも変わらないよ、って」

少し掠れた声で呟くように言って。ほんの一瞬。
視線がぶつかった、その一瞬に。表情が和らいだ。
嬉しそうに、くすぐったそうに。

「…ね」

―――村っちが私を呼びたかったのは、変わらないんだよね?

言葉にするより確かに、微かに笑う。
パタン、と棚の扉を閉める音。

433 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:35

「―――じゃぁ、あゆみたん」
「……それかぁ」

困ったように、それでも笑って。
部屋の中にふわりと漂う芳ばしい香りが、背中にかかる髪に紛れた。

深い焦げ茶色を眺めながら身体を起こして、テーブルの上に頬杖をつく。
オレンジがかった薄い茶色の髪が手元で揺れる。口許には、エクボ。


「あゆみ」
「…うん?」

名前を、呼ばれて。返事をして振り返る。
細められた目に見上げられて、振り返った目許と口許がゆっくり綻んだ。

手にしたマグカップのコーヒー。テーブルに置いたら、焦げ茶色の水面が揺れて。
頬杖を外した彼女がブラックのままでは飲めないことを思い出す。


―――あなたの声が、私の名前を呼んで。


こんなに近くに、隣にいるひとのことを思い出す。
てのひらで包んだマグカップの中に、小さく笑みが零れ落ちて。
ブラックコーヒーがふわふわと湯気を揺らした。


434 名前: 投稿日:2005/03/18(金) 01:36



―――あなたが私を、呼んだから。
振り返って、返事をして。あなたの隣に座りました。


435 名前:ブラックコーヒー 投稿日:2005/03/18(金) 01:37

‐END‐
436 名前:ブラックコーヒー 投稿日:2005/03/18(金) 01:40
村柴でした。たまにはこういう雰囲気のお話もいかがでしょうか。

少しでも二人の雰囲気を描けてるといいのですが、
修行の道のりはまだまだ遠いようです…orz
精進してまいります。
437 名前:永井紗月 投稿日:2005/03/18(金) 01:41

お付き合いくださった方、ありがとうございます。
相変らずの亀更新ですが、またお付き合い頂けたら嬉しいです。
438 名前:ヒトシズク 投稿日:2005/03/18(金) 12:32
更新お疲れ様ですっ!
村柴、ほのぼのとして本当に心が落ち着きますw
では、まったりと次回更新もお待ちしております〜♪
439 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/19(土) 00:55
メロン好きー!!特に村さんが好き!!って事で頑張ってください。

永井さんも好き!(キモッ!!
440 名前:ROM読者 投稿日:2005/03/19(土) 21:59
更新お疲れ様です。

どうもこの二人には、村さんのボケ、柴ちゃんの突っ込み
という勝手なイメージがありますが、こちらの作品で描か
れているお二人は、独特のゆったりとした空気感が心地良
く、読み手の気持ちを穏やかにしてくれます。
441 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/22(火) 14:57
一気に読まさせて頂きました。 深みのある作品ばかりでよかったです。 メロンさんもまったりしてよろしかったです。 次回更新待ってます。
442 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/07(日) 13:21
最終更新から5ヵ月が過ぎました。 生存報告だけでも良いのでお願いしますm(__)m
443 名前:永井紗月 投稿日:2005/08/24(水) 23:48
作者です。生存報告を。
お待ち下さってる方、いらっしゃいましたら大変申し訳ありません(平伏
放棄しないよう頑張らせて頂こうと思っていますので、
どうぞよろしくお願いします。

近日中に更新致します。
頂いたレスへの御礼も更新時に改めてさせて頂きます(平伏
444 名前:永井紗月 投稿日:2005/09/03(土) 01:20
半年にも渡る放置、本当に申し訳ありません(平伏
まずは大変遅くなりましたが、頂いたレスへの御礼をさせて頂きたく思います。

>>438 ヒトシズクさま
ありがとうございます。
落ち着くだなんて、有難いお言葉、恐縮です…。
ここの村柴はおそらくまったりと時間を過ごしていくのではと思ってます。
またお付き合い頂けたら嬉しいです。

>>439 名無飼育さんさま
ありがとうございます。えーと、…じゃあまずお友達から…(赤面
…ごめんなさい、調子に乗りました。
メロンさん、いいですよねー。村さん、大好きです!
ここの村さんはこんな感じですが、またお越し頂けたら嬉しいです。

>>440 ROM読者さま
いつもありがとうございます…っ。
いえもうあのお二人はホントにそんな感じですよね。作者がそれを描ききれてないだけで…精進します。
お二人らしさを追求しつつ、ゆったりとした雰囲気を書いていきたいと思ってますので、
また読んで頂けたら嬉しいです。

>>441、442 通りすがりの者さま
お待ち頂いていたみたいで、本当にありがとうございます。
深みのある、とは…恐縮です。ありがとうございます。
これからもまったりとしたお話を書いていきたいと思いますので、
またいらして頂けたら嬉しいです。




それでは、今日の更新を。
半年経っても未だ冷めやらぬメロンさん熱…、ということで、
今回も村柴です。相変わらずなお二人の日常話を。
もしよろしければ、どうぞお付き合い下さい。
445 名前:夏の匂い 投稿日:2005/09/03(土) 01:21


―――君の隣にいることを、カタチになんて出来ないけれど。

446 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:21



「―――あ、それ好き」

頭上から呟くような声が落ちてきて、髪を揺らしていたドライヤーの風が止んだ。

「…これ?」
「うん。――…あ、こら。動かない」
「えー」
「えー、じゃないの」

声の在処を振り仰ごうとして叶わずに、村田は視線を手許に落とす。
彼女が好きだと言ったものを見ながら、髪を梳く櫛とそっと添えられた手の感触を心地良いと思った。

「…ん。――よし」

ぽん、と髪を撫でられて、村田の顎がぐんと天井へと向かう。
思わず洩れたんだろう声と同じくらい満足げな笑顔が、そこにはあって。
また怒られるかもしれなくても、口許が綻ぶのを抑えられない。

「ありがとぉ。…柴田くん、おかーさんみたい」

少し誇らしげな表情がなんだかとても、幼く見える。
どっちが年上か分からないな、って。さっきはそう思ったのに。

「えー…こんなおっきくて手のかかる子やだ」
「手のかかる方がかぁいいって言うじゃない」
「言いません」

手許にある、今日やっと現像されてきた写真の束。
お風呂上りに捲っていたら、窘める声が頭上から降ってきて。まだ濡れてた髪を、タオルが覆った。
447 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:22

「――写真、待ち遠しかったの分かるけど。髪傷むからね?」
「はぁーい。おかーさーん」
「だからやだってば。もー……早く自分で出来るようになって下さーい」

からかうような声と指先が一緒になって、髪を撫でる。触れた感触が柔らかい。
口許が緩むのが解って、見つからないように、視線を戻した。

「―――あ、ね、写真…」
「だって柴田くんにしてもらうの気持ちよかったんだもん」

背中を凭れたソファの軋む音に大人しく頭を預けたのも、見始めたばかりの写真から目を離さないでいられたのも、
タオル越しに触れてくるのが彼女の手だと解っていたからなんだろう。

「…へ?」
「かみ」

振り返ると、大きく開かれた瞳が何度か瞬きをしていた。
ソファの上には、さっきまで髪に触れていたドライヤーと櫛と、畳んだタオル。

「え、…あ、髪?」 
「そぉ。――あ、写真? 見る?」
「あ、うん。見る…」

差し出した写真の束と、隠し切れない唇のなだらかな曲線。
ん? と声にはせずに首を傾げて訊く村田の視線を柴田のそれがじっと見返した。

けれどすぐ、重なった視線は外れてしまって。
代わりに床の上に降りてきた体温が村田のそれに重なる。
とん、と預けられた背中と、わざとのように圧し付けられる体温。

「…やっぱり手のかかる子やだなぁ」

肩越しの小さな声はふっと洩れた苦笑を孕んで、辛うじて村田の耳に届いたけれど。
聞こえない振りをして、軽く腰に腕を回してみる。怒られない自信はあって、やっぱり。
腕の中の彼女は、骨ばった指先がTシャツの皺をなぞった時に微かに身じろぎしただけだった。

448 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:23

「――これってこの前買ったカメラで撮ったの?」
「そぉ」

ふぅん、と何でもないように応えてぺらり、と柴田の指が写真を捲る。
一枚、また一枚、と。ゆっくりと。

これいいね、とか。
仕事でカメラ使ってる時はいっぱいいっぱいなのにねー、とか。
これ、ひとみちゃん…と、マサオくん? とか。
他愛もないお喋りとからかう声とが、時折、村田の腕を掠めて。
何故だか笑われてしまう返事と意地を張る声とが、柴田の髪に触れた。

「…お?」

不意に持ち上げられた、写真の束。柴田の耳元でピアスが揺らぐのが分かった。
全部の写真を捲り終えて、一番上には、彼女が好きだと言った写真。

村田の視線が追いかけた先で、柴田の視線が切り取られた空を仰ぐ。
薄い青にすらりと伸びた細い爪の淡い桃色が重なって。
綺麗だな、と思った。

449 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:23

「んー…やっぱりこれが一番好き」
「そぇはもちろん、ほら撮った人の腕が」
「…どんな風に写ってるかわからないって言ってなかった? だから待ち遠しいとかって」
「そぉでしたっけー?」
「そうでしたー。いいけどさ、もう。――あ、写真ありがと」

カメラ見ていい? 少しだけ薄れた腕の中の温度と、髪に紛れて揺れるピアスの銀色。
どぉぞ。受け取った写真を手に応えるのと殆ど同時に、背中の温度が戻ってきた。

「ホントにおもちゃみたいだよね」

重心を預けてくる彼女の手許には、手の中にすっぽりと収まってしまうくらいの小さなカメラ。
彼女の体温が殊の外自分の身体に馴染んでいることを、彼女はきっと知らないんだろう。
指先に触れる温度と、彼女が見上げた空の、雲のカタチ。

「かぁいいでしょ」
「うん、ね」
「やっぱりこぉ持ち主に似ると」
「関係なーい」

腕の中でころころと転がる笑い声の向うに落とした視界に、床に置いた写真の束が映る。


見慣れた二人の背中、赤い花、アスファルトに落ちた街の影、ベランダに射し込む光、懐かしい笑顔、
植込みに隠れた猫、雨上がりの薄紫の花びら、振り仰いだ木洩れ日、街角の看板…―――。
…最後の一枚は、彼女が見てた空。

450 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:24

「―――柴田くん?」
「…んー」

少しの無音の時間の中で不意に、こつん、と肩にぶつかった重みに村田が顔を上げる。
ファインダーを覗いたままの彼女からは、気のない返事。
振れるピアスの動きを追って、部屋の中をプラスチックのレンズがぐるりと撫でた。

「撮るんだったら、今見えてるのよりちょっとだけ上の方が写るみたいだから」

うん、とやっぱり気のない返事が返ってきて。
そっと苦笑を零しながら、新しいおもちゃを手に入れた幼子のような彼女に悪戯を仕掛けたくなる。
友人と揃いのピアスごと耳朶を食んだら、怒られるだろうか。

「…しーばーた、くん」
「――…こんなに小さいのに、ちゃんと撮れるんだねー」

腕の中に落ちる、小さな吐息と一緒に洩れた声。
そんな些細なことに、きっと本当に素直に感心してるんだろう彼女の。
レンズ越しに天井を見上げる、視線。

プラスチックのレンズは、覗いた風景を僅かに滲ませて写真に切り取って、その雰囲気はとても好みだけれど。
視線の先に見つめたものをいつだって真っ直ぐに切り取る彼女の瞳を、綺麗だなと、思う。


彼女が見てた空を撮った日も。彼女はやっぱり同じ瞳で、空を見てた。


451 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:25

「――――」

――何か撮ってもいいよ。言いかけて、止めて。
カメラにそっと伸ばした手が、柴田の手ごとそれに触れる。

「…あ、何か撮る?」
「ん」


『――…あ、夏の匂い』

まだ朝早い時間。家を出て頬を掠めた風に、少し前を歩く彼女が独り言のように呟いた声。
ほんの一瞬だけ空を見上げた彼女の横顔を、とても綺麗だと、思って。


「…え?」

ファインダーから外そうとした視線が、カメラを包んだ手のひらに柔らかく制止される。
レンズの端に部屋を見る視線と、重ねた指先越しに部屋を見る視線とが、重なって。

「むら…」

シャッターを、切った。

ファインダー越しに見上げた夏の空は、太陽の光に濃い青に染められて。
彼女の瞳の先に見上げた時計の針は、休みなく正確に時間を刻んでいた。

452 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:26

「…村っち?」
「はい?」

怪訝そうな声が振り向いて、カメラがゆっくり下りていく。
重ねた手を解きながら、口許が微かに綻んだのが分かった。

「何撮ったの? 今」
「んー、あの辺」
「そうだけど」

空中に視界の一部を囲んだ指先を、途惑い気味な苦笑に絡め取られる。
背中を預け直してその風景を見上げた柴田の視線が指先の役を代わった。

「写ったの壁と時計くらいだよ?」
「そぉだねぇ」
「…よくわかんないけど。言ってくれたらちゃんと返すからね?」

はい、と手渡されて手の中に収まる小さなカメラ。

あの日の空は、プラスチックのレンズを透けて、やっぱり緩く色を滲ませて切り取られて。
他の写真に紛れた色褪せた青は、珍しくもない風景。

「何かに使うの? 今のも」
「うん?」


――だけど、彼女と自分が見上げた、空。


「村っちの写真、しばらく経つと原型留めてないから」

現像するとすぐにコラージュに使ってしまうのを知っていて、柴田が小さく微笑う。
つられるようにふっと洩れた笑みが、柴田の髪に紛れた。

「…たぶん使わないかなぁ」
「そうなの?」
「そぉねぇ。撮りたかっただけだし」
「部屋の中?」
「あー…」

やっぱりまだ不思議そうな柴田の声。頭のてっぺんに唇を埋めると、柔らかい匂いが鼻先を擽った。
今度現像する写真には、見慣れた壁と時計が写ってる。
そんな何でもない写真。

「柴田くんが見てたから」

彼女と自分がいる部屋の、景色。

453 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:27


「――…へ…?」

きっともっと混乱させてしまったんだろう。
少し離れて、身体ごと向きを変えた柴田がじっと見上げてくる。
ふわりと力の抜けるような笑顔で返して、でも柴田はごまかされてはくれない。

「私が見てた、から?」
「そだよ」

首を傾げた状態で固まって、そんな時でも大きな黒い瞳は真っ直ぐに視線の先を切り取るから。
綺麗だな、と今口にしたら怒られそうなことをぼんやりと思った。

「…えー、と…?」
「そんなに考えこまなくてもいいのに」

宥めるように頭を撫でた指先に、柔らかな髪と少し和らいだ柴田の表情が触れた。
覗き込んだ瞳の黒は、深く透き通る。

「撮りたいな、って思っただけだよ」

とても見慣れた、ありふれた景色だけど。
彼女が自分の隣にいて、自分が彼女の隣にいて。
同じ、景色を見てた。

「そうだけど」
「ね」

まだ少し腑に落ちないらしい今にも皺を刻みそうな眉間を親指で伸ばして、
村田はもう一回、よしよし、と柴田の頭を撫でた。「それだけですよ。――柴田くん、お風呂は?」

「あ…うん。入る」
「良かったらお背中流しましょぉか」
「いらない」
「…即答さぇた…」
「当たり前です」

嘆く振りをしている間に、村田の腕からするりと抜け出した温度。
ソファの上を片付けながらの強気な口調は予想通りで。
そのままドアの向うへと消えてしまった背中を見送って、腕に抱えたクッションに綻んだ口許が埋まった。

笑みをかたどる吐息の零れる音に、時計の秒針の音が重なる。
写真の中の時計の針は、何時を刻んだだろう。

454 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:28


二人で見てた、景色。
あの時間を、切り取りたかっただけなんだよ。

話したら、彼女は笑うだろうか。
それともさっきみたいに強気な口調で。なに言ってんの、って。照れ臭そうに言うだろうか。

例えばもし。先刻、レンズの向かう方向を逆にして、シャッターを切ったら。
耳許で光る友人と揃いのピアスごと。
傍にいることをカタチにして欲しがる彼女に、あげられるものが出来てたのかもしれないけれど。

それだけじゃ足りないんだよ、って。
きっと私は君が思ってるよりずっとずっと欲張りなんだよ、って。


455 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:30


床の上のカメラに手を伸ばしかけて、ドアの開く音に顔を上げる。
ぺたぺたと部屋を歩く足元は、部屋の隅に置いた荷物へと向かった。

―――あ。
着替えを手に踵を返しながら、小さく洩れた声。降りてきた視線と目が合う。

「あ、やっぱり一緒に入る?」
「ちがーう。なんか変わってるし。――じゃなくて、カメラ貸して?」

視線と視線が重なる時間。
――彼女が空を見ていて。その隣で、同じ場所を見てた。
切り取りたかったのは、そんな。

「撮ってもいい?」

手渡したカメラについたキーホルダーの銀色が、彼女の手許できらきらひかる。

「どぉぞー」

――髪を梳く指先の温度が心地いい、とか。
照れ隠しに強気になる君の口調とか。
きっと君が思うより私は君のことを想ってるんだよ、とか。

二人でいることを、全部カタチにしてしまえるわけじゃなくて。

「村っち」

時計は少しずつ時間を刻んで。
あの朝の空は静かに流れて。

変わっていく世界を、全部切り取ることなんて出来なくて。

「うん?」


―――だけど、君と二人でいる確かなひとかけら。

456 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:31


「―――柴田くん?」

カシャ、と。部屋に響いた、聞き慣れてきたシャッターの音。
見上げたレンズの向うで、彼女が悪戯っぽく笑う。

「…今、見てたから」

え? 聞き返すより先にカメラが手許に戻ってきた。
受け取ったカメラと、お風呂入ってくるね、そう言ってバスルームへと向かう彼女の背中。

二つの間を行き交った目許が、ふっと細くなる。


―――今、村っちのこと、見てたから。


彼女が見てた自分で、彼女を見てた自分。
レンズ越しに、重なった視線。
切り取ったのは、小さな欠片。


フィルムはもう残り少ないけれど。それでも。
写真が出来るまできっとまた待ち遠しくなるんだろう、と苦笑いを浮かべた口許は、
けれどすぐ、柔らかな弧を描く。

もう見えなくなってしまった背中の温度が、カメラ越しにほんのりと手に触れていた。

457 名前:  投稿日:2005/09/03(土) 01:32


小さな紙片に切り取った風景の、淡い青色と、時計の針。

緩やかに、けれど確かに流れていく時間の中で。
夏の匂いも。春の風も、秋の陽射しも、冬の温度も。

触れられないまま、カタチにできないまま。
君と見た景色は、いつか変わってしまうけれど。

そのとき見上げた景色は確かに在って。
君の隣に居ることを。君の温度を、憶えていて。

重ねた視線に、見えないものを。
微笑う声に、変わらないものを。

信じてみてもいいのかもしれないと、君の隣で、そんなことを思うから。
だから、ねぇ。これからも、君と、同じ景色を見ていこう。


458 名前:夏の匂い 投稿日:2005/09/03(土) 01:33

−end−

459 名前:夏の匂い 投稿日:2005/09/03(土) 01:34

村柴でした。
あまりに長く書いてなかったので、リハビリ中でございます…。
460 名前:永井紗月 投稿日:2005/09/03(土) 01:35

お付き合い下さった方、ありがとうございます。

相変わらずの亀更新で、本当に申し訳ないです(平伏
またお付き合い頂けたら嬉しいです。
461 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/14(水) 19:35
更新お疲れ様です。

作者様の中ではメロンが大流行していると見ましたね。
なんだか良いですね。

次回更新待ってます。
462 名前:名無しめろん 投稿日:2005/09/28(水) 17:30
やーっと発見しました!(謎
なるほど、素敵な文章でございます。
これからも楽しみにしてますね!
463 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 03:35
突然失礼します。いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。

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