抱いてあげる。
- 1 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:43
- 3年ぶりくらいに飼育にてCPを書かせていただきます。
緊張してます。
今さらですがいしよしです。リアルです。
よろしくお願いします。
- 2 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:45
- 応接室のソファーに深くもたれかかって、ヒトミは白い天井をぼんやりと見つめていた。
虚ろな瞳は何度となく宙を彷徨い、そして、何度も傍らの置き時計に視線が落ちる。
マネージャーが部屋を出てずいぶん時間が過ぎたが、
一向に動きのない事に多少の苛立ちを覚えつつ、ヒトミはひとつ深いため息をついた。
その数時間前、同じ部屋の同じソファーの同じ場所に、
自らの一番「大事な人」が、
同じように落ち着かない心持ちで座っていた事などまるで知る由もなく。
- 3 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:46
- 「…えっ…」
絶句したリカがじんわりと涙ぐむ。
「とにかくこれから忙しくなるんだから。しっかりやってくれよ」
担当マネージャーは書類の束をリカの前に差し出し、言った。
「でもわたし…」
何の前触れもなく突如宣告される「重大事項」に戸惑いを隠せないリカは、
鼻をすすりながら呟いた。
- 4 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:47
- 「いいか石川。これは石川がもう一人でも大丈夫だっていう事の証明なんだよ。
いろいろな事を経験して、そしてもう一段上の方に進もうとすれば、
モーニング娘。という名前が制約になることだって当然あるんだし、
これは石川にとっての成長の証なんだよ。というか、そういう風に考えなきゃダメだ」
「でも…モーニングを抜けるなんて私…考えられないもん…」
「みんなそう言ってたよ。後藤だって保田だって安倍だって。
でも、最終的にはちゃんと前を向いて進んでいこうって決心したんだから」
「でも…」
「大丈夫。今の石川だったらもう絶対に大丈夫だから」
- 5 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:48
- スタジアムでの卒業コンサート。
卒業直前のソロシングルリリース。
そして、卒業後ラジオのレギュラーが2本。
それは素直な期待の現れなのだが、リカにとっては大きなプレッシャーとしてのしかかる。
「それから…」
条件反射のように、リカはマネージャーの言葉に身を固くする。
- 6 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:50
- 「そこにも書いてあるけど、レコーディングやらレッスンやらで、
これからモーニングとは別行動が多くなるから…」
「…そんなに減っちゃうんですか?」
「でもまぁ、1人の仕事の経験ない訳じゃないし、
ちょっと顔合わせる時間が少なくなるって程度だから寂しくもないだろ」
「………」
「あと、マスコミ発表は来月頭の予定なんで、それまでは絶対に誰にも言わないようにな」
「……みんなにもですか?」
「そうだ。余計な動揺させて仕事に影響出たら困るからな」
「そんな…」
「まぁ辛いかも知れないけど、しばらく耐えてくれ。な?石川」
「……」
リカの脳裏にまず浮かんだのは、辻でも加護でも他のメンバーでもない。
あんなに近くにいるのに
こんなに解り合いたいのに
ヒトミにさえその事を告げられない事が、リカにとってはあまりに苦痛だった。
「隠し事はナシにしようね」
いつかそう言い合った夜の事を何度も思い返しながら、リカはもう一度涙をぬぐった。
- 7 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:51
- 静かだった部屋にドアの軋む音が響いて、応接室にチーフマネージャーが入ってきた。
ヒトミは姿勢を正し、目の前に座ったチーフに向き合う。
「…おはようございます…」
ヒトミの挨拶にリアクションする事もなく、チーフは黙ってヒトミの顔を見つめた。
「話って…あの…」
「なぁ吉澤」
ヒトミの言葉を遮って、チーフが口を開いた。
「俺はな。芸能人だって人間なんだっていう物の考え方をしてるつもりだ」
「…」
全く意図の読めない話に、ヒトミはただ呆然とする。
- 8 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:51
- 「人間なんていろんな人種がいるもんだし、
芸能人としてではなく一人の人間としてのみんなを尊重してやろうといつも思ってる」
「…え…」
「ただし、俺たちは芸能屋だ。それでメシ喰ってる。
だから、仕事に関する事でそれに支障をきたす事態が起これば、その部分は正していかなきゃならん」
「…はぁ…」
「なぁ吉澤」
「…はい」
「おまえたちタレントにとって、一番怖い事ってなんだと思う?」
「怖い…事…」
「おまえたちにとって一番怖いのはスキャンダルだ」
その一言を聞き、ヒトミの神経が一瞬にして張り詰めた。
- 9 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:53
- 「イメージ商売に妙な話は禁物だ。
その部分に関しては俺たちは本当、慎重すぎるほど慎重になっちまう」
「…」
「俺が何言いたいか、もうだいたい見当ついただろ?吉澤」
「……」
差し当たって見当はついていたが、それを口に出すことはやはりできなかった。
「俺は男だ。だから、女がどういう精神状態でいるのかさっぱり解らんし、
いわゆる……そういう事もごくありふれた事なのかも知れない」
「……」
「でもな、吉澤」
「…はい…」
「おまえたちにとっては普通の事であっても、それ以外の人間にとっては普通ではないと映ってしまうんだよ」
「それは…」
「ましてやおまえたちは芸能人だ。
何かのはずみで、事実が捻じ曲げられた形で表にでも出てみろ。大変な事になる」
「…」
「二人のこれからの事をよく考えて、吉澤。おまえがとるべき行動は2つしかない」
「2つ…」
ヒトミは両手で髪の毛をかき上げながら呟いた。
- 10 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:53
- 「もしこのまま芸能界で仕事を続けていきたいのなら、石川との事は終わりにするんだ。
それがおまえにとっても、石川にとってもベストの結果になる」
「……」
「それでもなお石川との関係を続けたいというのなら…」
「…」
嫌な沈黙。
「吉澤、おまえ自身が芸能界から身を引くんだ」
「…!」
- 11 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:54
- 血の気が引く感覚がヒトミの全身を包み、息が詰まりそうになる。
「俺だってこんな無粋な事したくないよ。
…けれどな吉澤。おまえたちが芸能人である以上、そして俺がこの事を知ってしまった以上、
何かが起こってしまう前に手を打たなきゃならん」
ヒトミはぼんやりと自分の手元を見つめたままの姿勢で微動だにしない。
「来週、もう一度会おう。その時に吉澤の答えを聞かせて欲しい」
そう言い残し、チーフは部屋を足早に出て行った。
一人残されたヒトミは涙を流す訳で事もなく、ただ呆けたような表情のまま、またソファーにもたれ込んだ。
そしてさっきと同じようにまた、フラフラと視線を彷徨わせる。
脳裏に浮かんでは消えるリカの笑顔。
「…どうしよ…」
声にならない呟きがヒトミの口からこぼれ出た。
- 12 名前:白湯 投稿日:2004/02/07(土) 22:58
-
◆つづく◆
- 13 名前:なち 投稿日:2004/02/08(日) 00:25
- 面白そうな話発見!
まず題名に惹かれて読みました!
ぅーん続きが気になる!
いしよし大好きなんで、さらに楽しみです!
頑張って下さい(^^)v
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/08(日) 00:30
- お、新作始まりましたか。
いきなり波乱の予感ですね!?
続きを楽しみにしています。
- 15 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:12
- ●
移動車に乗り込んだヒトミは、スモークで薄暗くなっている窓の外に目をやった。
平日の昼だというのに人々が行き交う表参道の景色をぼんやりと眺めていると、
なぜだか脳裏にリカの笑顔が浮かび、反射的にヒトミはギュッと目を閉じる。
考えられない選択を迫られたヒトミの頭は狂ってしまいそうだった。
永遠のものとしたいリカへの愛。
しかし、芸能人として捨てられないプライドだってある。
両立は決して不可能ではないはずなのに…
何度もため息に暮れながらあれこれ物思うヒトミは、
ふと、いつかの夜の事に思いを馳せていた。
- 16 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:14
- *
モーニング娘。として、それまでとはまるで異なる世界に身を置くようになった数年前。
最初の頃こそ毎日が無我夢中で、周囲の事など考える余裕などなかったが、
精神的にも肉体的にも多少ゆとりができ始めた頃になると、
芸能人という生き方に疑問を持つ日が続くようになっていた。
抑圧された生活と、自分の都合など構ってくれない非情なまでの過密スケジュール。
次の移動先がどこなのかという事すら解らないままに動き回らなければならない日常は、
元来、縛られる事があまり得意ではないヒトミにとってはかなりの苦痛だった。
それでも強いられる「我慢の生活」。
やがて仕事以外の時間にヒトミの表情から笑顔は消え、カリカリと気が立った精神状態は、
八つ当たりという形で、周囲の者に突き刺さるようになる。
「もう耐えられない!」
そう悲鳴をあげているヒトミの心の声を、敏感に心の耳でしっかり受け止めていた者は
数多いる周囲の人間の中でたった一人だけだった。
- 17 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:14
- 「よっすぃー最近疲れてるね」
「…いろいろあってね…」
「…仕事のこととか?」
「それも…ある…」
「よっすぃーって疲れてると顔に出るからすぐ解るよ」
「…リカちゃんって悩みとかない訳?」
「なに言ってんの。私なんて悩みだらけだよ!」
「その割にはなんかいつも明るいよね」
「それは…」
- 18 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:16
- 偶然二人きりの控え室。
本番のためのメイクを終えたリカが、疲れきっているヒトミの隣に座る。
同期生のはずなのに、
こんな近い距離で、お互いマジな感情なのは初めてに近かった。
「みんなを信じてるから」
「信じてる…」
「私、歌も上手くないし、みんなに迷惑ばっかかけてるから、最初の頃は本当に辛くて…
辞めたい辞めたいってそればっかり考えてたんだよ」
「そういやリカちゃんって、昔はなんかよく泣いてたよね」
「でもね。私がどれだけヘマしても、みんな『がんばんな』って言ってくれるのがすごく励みになって…」
「そっか…そうだね」
「他の人はそうじゃなくても、みんなは私の事を解ってくれてるって…そう思ったら、どんな悩みがあっても耐えられるの」
「…羨ましいな」
「へ?なにが?」
「リカちゃんはそういうポジティブな考え方ができるから…」
「でもそうなるまでに苦労したもん。よっすぃーはポジティブになれない?」
「ちょっと今は無理かもね…」
「そっか…」
少しだけ、沈黙。
- 19 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:17
- 「今度さ」
突然リカが言う
「ん?」
「今度、家に来ない?」
「リカちゃん家?」
「毎晩一人だと寂しいもんなのよ。たまには遊びに来てよ」
「…解った」
「うん!」
嬉しそうなリカの微笑みに、ヒトミも自然に応える。
考えてみれば、それはヒトミが久しぶりに見せた笑顔だった。
- 20 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:19
- 一人暮らしのリカの家は、彼女の性格をそのまま具現化したような佇まいだった。
女の子らしさと少しのガサツさ。棚に置いてある小物の一つまでが
「石川梨華のお部屋」を象徴しているような気がして、ヒトミは玄関に立ったままクスリと笑った。
「座ってー」
着替えに寝室に入ったリカが、部屋の奥の方から大きな声を出した。
「んー」
ヒトミはきょろきょろとしたまま、とりあえずピンク色のクッションに腰を下ろす。
そして、目の前に貼ってある特大のモーニング娘。のポスターに見入り、
ふとそれを撮影した時の事を思い返していた。
「懐かしいねー、これ…」
「…へ?…あー。ポスターね」
「これ、入ったばっかの時だよね、確か」
「そう。チョー緊張したんだよねー、こん時」
「…」
横を見たヒトミは部屋着姿のリカを見て目を丸くする。
ピンクのスウェットの上下が眩しい。
「…すごいパジャマだね」
「でしょ?お気に入りの1枚なんだ」
「…そうなんだ」
「はい、これ。よっすぃーも着替えなよ」
そう言ってリカが差し出した服は黒色。
ヒトミはなんとなくホッとして受け取り、寝室に入っていく。
手早く服を脱ぎ、少し小さめのスウェットに手を通すと、
かすかにリカの香りがする。
- 21 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:20
- 「サイズどう?」
「んー…ちょっと小さめだけど…まぁ大丈夫かな…」
そう言いながら部屋から出たヒトミは、袖口を持ってピンと上着を伸ばし、リカを見つめた。
リカはその姿を見て確認したように「うん」頷くと、今度はキッチンへと消えていく。
ヒトミはとりあえずさっきと同じ場所に座り、改めてポスターを見つめた。
「ねぇ、ウーロン茶とコーラ、どっち開けるぅ?」
「…別にどっちでも…うわっ!なんでこんな写真…」
ポスターの横のコルクボードに貼り付けてある多くの写真の中に、
ヒトミは妙な表情の自分を目ざとく見つけた。
「ちょっとリカちゃん!こんな写真貼っとかないでよ!」
「へー?なにがぁ?」
ペットボトルとグラスをテーブルに置いて、リカがヒトミの横に立つ。
- 22 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:20
- 「こんなのいつ撮ったっけ?」
「ほら、アレだよ…初めて4人で遊び行ったとき…八景島だっけ」
「あぁあの時…てかアタシなんでこんな変顔してんのよ」
「そんなの知らないから…」
クスクスと笑いながら、リカがヒトミの右腕を引き寄せる。
普段ならばなんて事のない動作。
なのになぜかヒトミの胸が高鳴る。
そしてリカのぬくもりが伝わったヒトミの右腕は、ジンジンと痺れたように火照っていく。
つとめて平静を装ってはいたが、その身体の異変にヒトミは激しく戸惑っていた
「とりあえず座らない?」
「…ん…うん」
長い夜の、それが始まりだった。
- 23 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:23
- 「ねぇ」
「なに?」
「良かったら話してみない?」
「え?」
「よっすぃーの悩み」
「…あ…」
「先に言っとくね。聞いても多分解決はしてあげられないと思う。私だってそんなに強くないから」
「…リカちゃん…」
「でもさ、よっすぃーが私に話して少しでも楽になるんならさ、ガマンしないで話してみて。
聞くだけだったら私、いくらでも聞いてあげられるから」
「…ありがと…」
「なに言ってんのよ。同期の仲間じゃない」
- 24 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:24
- スッと胸のつかえが下りるのを感じたヒトミは、今思う全てのモヤモヤをリカに吐露した。
時折、共に涙ぐみながら、
時折、我が事のように考え込みながら、
リカはヒトミの心の全てを受け止めていく。
ヒトミの心がふんわりと軽くなり、自然に涙がこぼれる。
「ねぇ、よっすぃー」
「ん?」
「私じゃダメ?」
「なにが?」
「よっすぃーの心の支え、私じゃダメかな?」
「え…」
「さっきも言ったけど、私には何もしてあげられない。けどね、いつでもよっすぃーのそばにいて、
よっすぃーの話、聞いてあげられる事はできるから。辛くなったら、いつでも私にぶつけてくれていいから」
「…」
「入ったばっかりの頃は、私もよっすぃーに一杯助けてもらったもん。今度は私が助けてあげる番だから」
「リカちゃん…」
「…!……よ、よっすぃー?」
嬉しさと愛しさの交じり合った感情が溢れ出し、
たまらずヒトミはにリカを抱きしめた。
- 25 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:29
- 「…ごめん…こんなのダメな事なの解ってる…でも…ちょっとだけこのままでいたい…」
「…よっすぃー…」
「ごめん…リカちゃん…本当ごめん…」
「…」
こわばっていたリカの全身から力が抜け、リカの暖かな右手がヒトミの背中に回る。
流れる時間と沈黙。
やがてどちらからともなく身体を離し、二人は見つめあう。
「…変な女だって思った?」
「…ううん…そんな…」
「自分でも解んないんだ…
なんかリカちゃんの言葉聞いたら、急にリカちゃん抱きしめたくなって…」
「よっすぃー…」
「違うの。本当にそういうのは…その…ナイから…」
「私だって…ナイ…よ。そういうの…」
「…」
「…」
「本当ごめん…」
「…でも…」
「…」
「うれしい…」
「え…」
「よっすぃーがそんな風に私の事想ってくれるの…なんか…うれしいっていうか…」
「…リカちゃん…」
冷蔵庫のモーターの音が止み、二人きりの部屋が怖いくらいに静かになる。
見つめ合ったままの二人は、どちらからともなく唇を合わせた。
二人ともが未だかつて経験した事のなかった甘美な感触と香り。
互いの吐息を近くに感じながら、二人はゆっくりと身体を重ね合わせた。
それは事件。
二人の秘密の始まり。
- 26 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:31
- *
ぼんやりと車窓を眺めるヒトミの太腿に振動が伝わる。
ボケットから携帯を取り出し、それがリカからのメールだと解ると、
ヒトミは小さなディスプレイにじっと見入った。
《なんかね、ちょっとブルー》
いつものように他愛もないメール。
返信しようとボタンを押すヒトミの親指がふと止まる。
そして再び動き出した親指は、今の精神状態とはまるきり違う文章を紡いでいく。
《アンタがブルーなのはいつものことだしー。アタシみたいにいっつも前向きでいかないと》
「送信」を押したヒトミは、開いたままの携帯をシート投げ捨て、
気ぜわしく何度も髪を掻きあげた。
数分の後、シートの隅に転がった携帯がまた震える。
《違うの。今日のはいつもと違うブルー。今度はもうわたしダメかも知れない》
「…何がダメなんだよ…」
イラついた調子でそう呟いたヒトミは、そのメールに返信する事なく、また携帯を放り投げた。
「…なんでこんな思いしなきゃなんないんだろう…私ばっかり…」
ガクンと車が大きく揺れ、身体ごとどこかに持っていかれそうな感覚の中で、
ヒトミは未だ苦悩と対峙していた。
- 27 名前:白湯 投稿日:2004/02/09(月) 18:32
-
◆つづく◆
- 28 名前:ちゃみ 投稿日:2004/02/09(月) 21:02
- いしよし中毒患者としては、見逃せない作品に成りそうな予感が。
こういう切ない導入部はたまりません。
静かに見守ります。
- 29 名前:白湯 投稿日:2004/02/12(木) 17:46
- ●
前室のソファーに座ったまま、リカはヒトミからの返事を待っていた。
目の前の窓の向こうは、ぼんやりと曇り空。
その風景がリカの心をますます重苦しくしていく。
自らの実力が認められた事の証明なのだから、今回の一件について
悲観する必要など全くないのはリカにもよく解っていた事だった。
しかし、自分を支え続けてくれているメンバーたちを、例えほんの少しの間であったとしても
欺いて過ごさなければならない事がリカにはどうやっても耐えられそうにない。
こんな時、いつもならヒトミに全てを話して、泣いて叫んでリセットするものを、
今度ばかりはそうする事もできず、袋小路に迷い込んだリカは崩壊寸前だった。
「…よっちゃん…」
- 30 名前:白湯 投稿日:2004/02/12(木) 17:47
- その呟きが天に届いたのか、しばらくして、前室へと続く自動ドアから、
黒の帽子を目深に被ったヒトミが入ってきた。
目の前に座っているリカに気付いて、解らないように軽く目配せしたヒトミは
何も言わずに控え室に入っていく。
そしてマネージャーが部屋から出るのを確認して、リカがゆっくりと控え室のドアを開けた。
「…おはよう…」
「ん…おはよ…」
- 31 名前:白湯 投稿日:2004/02/12(木) 17:48
- 「さっきのメールさ…読んでくれた?」
「あー読んだ読んだ。でももうすぐ着くから直接話せばいいかって、返事しなかった…」
「…そうなのか…よかった…」
「よかったって…何がよ?」
「なかなかメール帰ってこないから、もしかして怒っちゃったのかなーって思って」
「いや別に怒る事なんてなんもないし」
「…そっか…そうだよね」
「あ…ちょっ…」
部屋を出ようと背を向けたリカに、ヒトミが声をかける。
- 32 名前:白湯 投稿日:2004/02/12(木) 17:49
- 「ん?」
「今日…リカちゃん家行っていい?」
「…別にいいよ…どしたの?いつもそんな事聞かないのに?」
「いや別に…なんとなくだよ」
「ふーん」
なにかどこか違和感を覚えながら、リカは部屋を出て行く。
「言わなきゃ…」
また一人になったヒトミは呟いた。
- 33 名前:白湯 投稿日:2004/02/12(木) 17:49
-
◆つづく◆
- 34 名前:名無し飼育 投稿日:2004/03/05(金) 09:08
- 非常に面白そうで期待しているんですけど
更新はまだなんでしょうか
- 35 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:44
- 長らく時間があいてしまいスミマセン
週一ペースになるかも知れませんが、本日からまた更新がんばります。
- 36 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:46
- 「よっすぃー!」
聞き慣れた声に振り返ったヒトミの視線の先に、歌衣装姿のマキが立っていた。
「ごっちん…」
スタッフに挨拶し、マキがヒトミの元に歩み寄る。
「いつもより遅いね」
「今日はコントないからさ……歌撮りだったの?」
「うん。さっき終わったトコ」
「そっか…」
「…」
二人並んで前室までの廊下を歩く。
他のメンバーよりも、おそらくは一緒にいる時間が長かった二人の事だ。
マキがそのヒトミの異変に気がつかぬはずはなかった。
「なんか…あった?」
- 37 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:47
- 「え?」
「悩んでるとか…」
「なんで?急にそんな…」
笑顔を作り平静を装う。でもその笑い顔は少しぎこちない。
「よっすぃーさ、自分で気付いてるかどうか知らないけどね」
「うん」
「なんか気にしてる事あったりしたらね…鼻触るの」
「え?」
「こうやって…」
マキは笑いながら右の親指の平で鼻を軽くこする真似をして見せる。
「つんく♂さんに怒られてる時もね、スタッフさんと話してる時も、
なんかあったらずっとこうやって…」
「…そんなこと…」
ヒトミは困惑しつつ、それでも自然に右手が鼻に伸びる
「ほらほら!今やってるし」
「もー!うるさいよ!」
- 38 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:47
- 一瞬ケラケラと笑いながら、マキはそれでもすぐにシリアスな表情を見せる。
「で?なに悩んでる?」
「へ?…いや…別に…」
「言っちゃいなよー!楽になるから」
「えー…でも…」
「話してみなって…あ、ちょっと着替えてくるからさ。それから…」
「…」
「絶対だよ!逃げちゃダメだからね!」
マキがそう言い残し、控え室の方へ消えて行く。
例えマキが相手でも全部は言えない。
どの部分をどういう風に話せばいいのか…
グレーのソファーにもたれて、ヒトミはぼんやりと考えていた。
- 39 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:49
- 「お待たせ」
さっきとは打って変わったラフな格好のマキが、ヒトミの横にドサリと腰を下ろす。
「おー。早いね」
「そんなに複雑な衣装じゃないしねー。それに今日はこんなカッコだし」
「…そっか…」
「でー?ヒトミちゃんはなーに悩んでるのかなー?」
「…えー…やっぱりいいよ…」
「言いにくい事なんだ…」
「…いやそんなんじゃ…」
「仕事のこと…」
「…」
「プライベート…」
「…」
「もしかして…恋愛…」
「……」
そこでビクリと身体が動いたのは自分でもよく解った。
しまったと思ったが早いか、マキは一気に核心を突く。
- 40 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:50
- 「好きな人との事悩んでるんだ…」
「…」
「相手は…ってそんなの聞いちゃマズイか…」
「ごっちんはさ…」
「んー?」
「その…好きな人とか…」
そこまで言って、ヒトミはマズいいう表情で口を噤む。
「あー、別に気にしなくってもいいから」
そんなヒトミの様子に気付いたマキが笑いながら言う。
「じゃあ聞くね。その…ごっちんは…好きな人のことと仕事のことと…どういう風に分けてた?」
「そうだなー…」
マキは少し遠い目をして、そして、両手をひざの前で組んだ。
- 41 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:51
- 「うちらはさほら同じグループだったし、それにいつも一緒にいても別に違和感っていうか
怪しまれたりしなかった関係だからね」
「そっか…」
「あの頃はね…楽しいことと辛いことが繰り返し繰り返しって感じだった」
ヒトミの脳裏には、マキと「あの人」、そしてリカの顔が交互に浮かんでいた。
「やっぱり現場とかでイチャイチャしたい時とかもある訳じゃない。でもなかなか
そういうのもできなかったり」
「怒られちゃうから?」
「それもそうだけどね。相手がそういうのの区別をちゃんとする人だったから」
「そうなんだ…」
「でもねー。毎日すごい充実はしてたよ。うん。
正直さ仕事辞めたいとかって思ったときもあったんだ。もう全然テンション上がらなくて」
「うん」
「でもさ、好きになってからは、とりあえず顔を見るために仕事に出ようって気持ちになったもん」
「へー」
「いっときはねー。本当『私の全て』って感じだった」
マキの眼差しがその頃の事を懐かしむように真剣になっていく。
- 42 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:53
- 「正直ね、グループからいなくなっちゃう時はね、なにがなんだかよく解らなかった」
「解らなかったって…?」
「悲しいとか寂しいとかそういうのよりね、本当になにが起こってどうなったのかっていうのが
解らないような感じだった。しばらくは実感とかも全然なかったし」
「そうなの…」
「半年くらい経ってからかな。一気にどーって実感がこみ上げてきてね。
寂しくて毎日泣きまくりみたいな。一日に何回も何回も電話したりしてね」
「プライベートでは会ってたの?」
「しばらくは遊びに行ったりもしてたけどね。だんだんそういうのもなくなって、
ここ最近はほとんど連絡も取ってなかった」
「そうなんだ…」
「だから今度の事も全然知らなくてね……事務所の人に聞いて『え゛っ!』みたいな」
『え゛っ!』の時のマキのおもしろい表情にヒトミがつられて笑う。
でもまたすぐに、話はマジモード。
- 43 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:56
- 「よっすぃーのさ」
「ん?」
「よっすぃーの好きな人がどんな人かは知らないけどさ」
「うん」
「好きな人どうしは絶対に一緒にいた方がいいと思うよ」
「…ごっちん…」
「今はあの時のこと、笑って話せるけどさ、
でもそれって、もう過去の記憶になっちゃったってことじゃない」
「うん…」
「それってさー、なんかものすごく切ないじゃない。自分で言うのもなんだけどさ」
「…うん」
「やっぱりね、好きな二人は永遠に二人で思い出を紡いでく。それが一番だと思うな」
マキのその一言で、ヒトミの心の中で何かが弾けた。
- 44 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:57
- 「…ありがと…ごっちん」
「がんばんなよー!なんかあったら電話とかしなよ!」
「…わかったよ…マキちゃん」
「うん。ヒトミちゃーん!」
マキの暖かさに泣きそうになるのを悟られまいと、ヒトミはふざけたように抱きつく。
気がつくと前室には収録前のあわただしい雰囲気が戻ってきていた。
- 45 名前:白湯 投稿日:2004/03/13(土) 17:58
-
◆つづく◆
- 46 名前:34 投稿日:2004/03/17(水) 09:35
- >>34では更新を急かすような表現ですいませんでした。
グッと引き込まれる内容で次も楽しみにしてます。
- 47 名前:白湯 投稿日:2004/03/21(日) 18:43
- 一つのシーツにくるまって、同じ天井をふたり並んで見つめる。
そして、その日あった他愛もないことを話し合いながら、やがてどちらともなく眠りに落ち、
静かに一日の終わりを迎える。
いつものありふれた習慣。
今日がいつもと違っていたのは、二人ともが眠らないままだった事。
カーテンの隙間からネイビーの空が見える頃になっても、
二人は言葉少なにぼんやりと天井を見つめたままだった。
- 48 名前:白湯 投稿日:2004/03/21(日) 18:44
- 「…わたしね…」
天井を見たままリカが呟く。
「わたし…最近ね、思うの」
「なにを?」
「私、芸能界にいなかったら、今ごろ何してたかなって」
「ふーん」
チクタクという壁の掛け時計が時を刻む音が、妙に大きく二人の耳に入ってくる。
「学校行ってた時もね、ずっと芸能人になりたいって思い続けてたからね、
もし夢が叶ってなかったら、わたし何やってたんだろーなーって」
「何になってたと思う?」
ヒトミも天井に目をやったままポツリと呟いた。
- 49 名前:白湯 投稿日:2004/03/21(日) 18:45
- 「それがね…全然思い浮かばないのね」
「なんだそりゃ」
「違うの。なんていうかさ…メンバーのみんながいてね、スタッフさんがいてね、
それから…よっちゃんがいてね、それが当たり前っていうか…そうじゃない自分っていうのが
なんか想像つかないの」
「あー…でもなんか解る気がするかも…」
「ぶっちゃけね、もうこんな生活ヤだって思う事もしょっちゅうあるんだけどね…」
そう言ってリカは、視線を天井に向けたまま、ヒトミの肩にちょこんと頭を乗せる。
「じゃあ逃げ出して自分に何かできるかって言われたら、絶対になんにもできない事解ってるし…
こういう仕事を選んだ以上、私は今のままで頑張らなくちゃいけないんだって…
結局はそう思わされちゃうの。いつも」
「…そうなんだ…」
「でもね…」
- 50 名前:白湯 投稿日:2004/03/21(日) 18:46
- その後少し間が開いて、リカが少し照れくさそうに、ヒトミの左腕にしがみつく。
「…よっちゃんがいるから私…何あってもやってける気がするの…
いつもそばによっちゃんがいてくれて、私の事見ててくれるって思うから私…」
「…リカちゃん」
「だからね…お願い…」
「……」
「もしも何かあっても…これからも私のそばにいて欲しい……」
「…」
「私の事ずっと見てて…お願い…」
「…リカちゃん…」
ヒトミはたまらなくなってリカを強く抱きしめる。
《離したくない…》
《離れたくない…》
交差した二人の思いが、白み始めた夜明けの空に溶けていった。
- 51 名前:白湯 投稿日:2004/03/21(日) 18:48
- ●
「失礼します…」
部屋に入ってくる順番を除けば、1週間前と全く同じシチュエーションがそこにはあった。
オフィス独特の無機質なニオイが、ヒトミの記憶を7日間巻き戻させ、
あの時の重い心持ちが再び蘇る。
- 52 名前:白湯 投稿日:2004/03/21(日) 18:48
- 「…吉澤…答えは出たか…」
「…」
ヒトミがソファーに座るのと同時に、チーフマネージャーは口を開く。
幸いという訳ではないが、その極めて事務的な口調が、
結果的にヒトミの「決心」を後押しする事になった。
「わたし…」
「ん?」
「芸能界に未練なんてないんです…」
「…」
その言葉にチーフマネージャーは思わず俯いた。
- 53 名前:白湯 投稿日:2004/03/21(日) 18:49
-
◆つづく◆
- 54 名前:34 投稿日:2004/03/25(木) 09:42
- 更新お疲れ様です、次の展開が待ち遠しいです
すごく楽しみにしております
- 55 名前:名無しちゃむ 投稿日:2004/05/08(土) 13:52
- 保全
- 56 名前:なナス 投稿日:2004/06/26(土) 20:32
- 待ってます
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