CALCIO CALCIO CALCIO!!
- 1 名前:ACM 投稿日:2004/02/09(月) 01:30
- はじめまして、ACMと申します。
サッカーが好きなのでサッカー小説を書きたいと思います。
拙い文章ですがどうぞよろしくお願いします。
感想など頂けると嬉しいです。
- 2 名前:一話 発見 投稿日:2004/02/09(月) 01:42
-
「緊張するな・・・・・・・」
日本サッカー協会ジェネラル・セクレタリーの和田薫は緊張を隠せなかった。
今日彼に与えられた仕事は、急遽日本代表監督に就任したツンク寺田を迎えに行き、
埼玉駒場スタジアムにお供する事であった。
ツンク寺田。
父がブラジル人、母が日本人という家に生まれ、国籍はブラジル。
現役時代にはセレソンにも名を連ねた名FWである。
ブラジルの名門クラブ、コリンチャンスで頭角を現しすと、その後は
イタリアのウディネーゼ、ナポリ、ASローマなどで活躍した。
ツンクは4年前に現役を引退。
その後はコーチ経験を経て、故郷ブラジルの小さなクラブで監督を務めてきた。
- 3 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 02:10
- そんな彼に日本代表監督の話が来たのはつい一週間前のこと。
それまで日本代表監督を務めてきた人物が急病を患い、辞任したのである。
これに慌てたのは日本サッカー協会。
何しろ2週間後には欧州遠征があり、9月にはアテネオリンピック最終予選
を控えているのだ。(前代表監督はU−22五輪代表も兼任)
ここで白羽の矢がたったのがちょうどその時フリーだったツンクだった。
ツンク自身も母の国日本に興味を持っており、このオファーをすんなり受け入れたのだ。
そして昨日、会食の席で契約が最終合意に達し、ここにツンクジャパンが誕生したのであった。
- 4 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 02:40
- トントン
「失礼します、和田です。お迎えに上がりました。」
和田がホテルのドアをノックする。
相手はあのツンク寺田。
現役時代、彼の熱狂的ファンであった和田。緊張するなと言うほうが無理であろう。
「お、すまんなあ。すぐ行くわ。」
ドクンッ
この声に心臓が跳ね上がる。
そしてドアが開き、和田の憧れの人物がその姿を見せた。
金髪にサングラス。黒いスーツに真っ赤なネクタイ。
現役時代と同様奇抜なスタイルのツンク寺田がそこにいた。
「君が和田君やな。よろしく、ツンク寺田です。」
ツンクがスッと手を差し出す。
「あ、和田薫です。よ、よろしくお願いします。」
和田は恐る恐る手を握る。
「そんな緊張せんでええで。仲良くやっていこうや。」
ツンクはニッと笑って和田の肩に手を回す。
この光景。
はたから見ればチンピラにからまれているサラリーマンといった感じだ。
「さ、行くでワダッチ!!」
「は、はいっ!!」
2人はホテルを後にし、埼玉駒場スタジアムへと向かった。
- 5 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 03:04
- ここ最近、日本ではかつてないほどのサッカー熱が高まっていた。
海外で活躍する日本人選手。日本人のレベルアップによる試合の白熱化。
そして何より昨年行われた日韓共催のワールドカップ。
日本においてサッカーの地位は不動のものとなった。
今日、ツンクと和田が視察するのは1stステージ最終節
浦和レッズVSコンサドーレ札幌の試合だ。
この試合は今ステージの優勝がかかった大一番であった。
アウェーのコンサドーレ札幌は首位の横浜Fマリノスとは勝点1差の2位。
今日の試合の結果によっては逆転優勝が可能だ。
首位の横浜Fマリノスは勝てば無条件で優勝が決まるが、今日の相手は
最も苦手とするヴィッセル神戸。逆転優勝の可能性は十二分にある。
が、それもこの試合に勝つことが絶対条件だ。
一方ホームの浦和レッズは現在4位。
この試合に勝っても優勝はないが、目の前で胴上げされるのだけは
避けたいところ。絶対に勝ちたい一戦だ。
両チームとも負けられない一戦。
それが分かっているだけにスタンドのボルテージも最高潮に達していた。
- 6 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 03:17
- ツンクと和田はVIPルームの椅子に腰掛け、ピッチを見る。
選手たちはすでにピッチに立ち、それぞれのポジションについていた。
ツンクがこの試合を選んだのは両チームに前代表の主力選手がいるからだ。
この主力と言われる選手たちがどれぐらいの実力があるか。
それを早急に把握しなければならない。
その実力如何によってこれからのチーム作りが変わってくるのだ。
「さ、代表選手の力を見せてもらおか。」
ツンクの目が一気に鋭くなった。
- 7 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 03:34
- ピィーッ!!
主審の笛が高らかに鳴り、試合が始まった。
ホームの浦和レッズは代表でも不動の司令塔としてトップ下に君臨する
平家みちよを中心とした中盤の支配力が持ち味のチームである。
高いテクニックを持つ平家の両足から放たれる長短自在のパスやワンタッチパスは
レッズに圧倒的なボールポゼッションを、そして相手チームに混乱を招く。
しかしその中盤の構成力にも関わらず、現在4位で優勝争いに絡めないのは
FWの決定力不足が原因であった。
いくら平家がチャンスを創ろうともFWが決められない。
そうこうしているうちに焦り、DFも前がかりになっていく。
そこをカウンターで失点。
レッズのお家芸だ。
- 8 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 03:51
- 対するコンサドーレ札幌は堅守からのカウンターが持ち味のチームだ。
その中心となるのが代表でも正GKを務める飯田圭織だ。
長身でありながら鋭い反応でゴールに鍵をかける。
PKにもめっぽう強く、今現在日本最高のGKであろう。
その飯田とともにゴールを守るのがDFの紺野あさ美。
陸上で鍛えた脚力を活かして相手FWを押さえ込む。
また頭も良く、相手の攻撃を読む目、戦術眼にも長けている。
身体能力と頭、両方で守れるDFである。
この2人を中心に守って奪ったボールを相手ゴールに突き刺すのが
日本のエース、安倍なつみだ。
彼女の魅力はその得点感覚だ。
スピードはやや劣るが、ポジショニングセンス、当たり負けしない身体、
決定力の高さはやはりここ一番に頼れるエースである。
現在得点ランキングはFC東京FW、後藤真希と並ぶ14点。
1試合に1点というアベレージからも彼女の凄さが覗える。
- 9 名前:ACM 投稿日:2004/02/09(月) 04:11
- 今日はここで終わります。
試合シーンまでたどり着けず。
それにいきなり誤字・脱字が。
反省です。
こんな駄文ですけどよろしくお願いします。
- 10 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 13:13
- 試合の序盤は完全にレッズペース。
平家を中心としたレッズの華麗なパスワークにコンサドーレの
中盤は太刀打ちできない。
前半13分、平家の右足から伝家の宝刀スルーパスがペナルティエリア
に出た。これに反応したレッズFWがDFラインを抜け出しシュートを狙う。
しかしコンサドーレDF紺野が素早く反応し、身体を寄せてシュートコースを限定する。
レッズFWは構わずシュートを放つがシュートコースを読んだ飯田がきっちりと
これを弾いた。
弾かれたボールはゴールラインを割り、レッズのコーナーキックとなるが
今のは決定的なチャンスであった。
- 11 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 13:34
- 「ほーう、今のパスはお見事。」
平家のパスにツンクも唸る。
「でしょう?平家のパスセンスは世界でも通用しますよ。それに札幌の
紺野に飯田もいいディフェンスでしょう?」
和田が嬉々として語る。
「確かにな。紺野やったっけ?よくあのパスに反応したわ。そしてきっちりシュートコースを
限定。ええプレーや。飯田もシュートコースを読んでたとはいえ、あの至近距離のシュート
をきっちりと止めよった。・・・・・ふふふふ、ええやんけええやんけ。」
ツンクも予想を超える3人のプレーに思わず表情が緩む。
- 12 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 13:48
- レッズの右サイドからのコーナーキック。
キッカーはもちろん平家だ。彼女のプレースキックは日本で1,2の
精度を誇る。
このチャンスにレッズはDFも上がってきた。
対するコンサドーレはFWの安倍も自陣ペナルティエリアに戻る。
「なっち4ついて!!」
飯田が指示を送る。
「オッケー!!」
安倍が指示通り、上がってきたレッズの4番につく。
平家の右足が一閃した。
ボールは鋭いカーブがかかり、ゴールから遠ざかっていく。
GK飯田は飛び出せない。
ボールは寸分の狂いもなく走り込むレッズ4番と安倍のもとへ。
『クリアできるべ!!』
安倍はそう確信し、ジャンプした。
最初のポジションどりで4番よりも有利な位置にいたからだ。
ヘディングは何よりもポジションどりとタイミング。
身長の低い安倍が最前線でストライカーとして活躍できるのも
このポジションどりとタイミングがずば抜けているからだ。
- 13 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 13:55
- しかしこのボールに触ったのはレッズの4番。
強引に安倍の前に入り込み、ジャンプ。
安倍よりも頭2つ分ほど打点が違った。
この素晴らしく高い打点のヘディングにさすがの飯田も動けない。
カンッ
しかし聞こえたのは乾いた音。
レッズ4番の放ったヘディングはクロスバーを叩いてゴールライン
を割った。
「あー!!くそー!!」
思わず叫ぶレッズ4番。
対照的にホッと胸を撫で下ろすコンサドーレイレブン。
カウンターを主体とするチームにとって先制点は大きな意味を持つ。
絶対に取られてはならない。
- 14 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 14:12
- 「・・・・・・ワダッチ、あいつは誰や?レッズの4番。」
ツンクが和田に尋ねる。
その表情は先ほどとは打って変わり厳しいものだった。
「えっ?あ、はい。えーっと、レッズの4番、DFの吉澤ひとみですね。
今年レッズに入団した新人です。」
「・・・・・吉澤ひとみ・・・・・・か・・・・」
そう呟くツンクの表情が見る見る明るくなっていく。
「・・・・ツンクさん、お気持ちは分かりますけどあいつは使えませんよ。」
「え?」
- 15 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 14:23
- 和田の言葉に意外といった表情を浮かべるツンク。
それを見た和田が説明する。
「確かにあいつの身体能力は魅力ですよ。あの安倍に楽に競り勝てる
ぐらいですからね。だからこそレッズも新人を開幕からスタメンで
使い続けているんでしょう。ただ、それがレッズの首を絞めている
んですよ。」
「どういうことや?」
「まあ見ててください。きっとレッズは失点しますよ。カウンターでね。」
「・・・・・なるほどな。」
ツンクも和田の言わんとしていることを理解した。
- 16 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 14:42
- 絶好のチャンスを2度続けて外したレッズ。
またいつもの通り?そんな不安がよぎる。
このままでは前がかりになったところをカウンターで失点するのが見えている。
かといってそれを恐れて守ってばかりでは試合には勝てない。
それにそんな戦い方ではこの満員のサポーターたちは黙っていないだろう。
選手たちは次第に焦りだし、知らず知らずにポジションも前がかりになっていく。
特にひとみのポジションが高い。
ひとみは3バックの中央を任されているが中盤の底あたりまで
上がっている。
「おいおいおい。さすがにそれは高すぎるやろ。」
つんくも声を上げるほどだ。
対するコンサドーレはGK飯田とDF紺野を中心に粘りの守りを
見せ、じっと“その時”を待つ。
そして前半42分、“その時”が来た。
- 17 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 14:51
- 中盤の高い位置でボールを持った平家。
パスコースを探すが2トップにはしっかりとマークが付いている。
「平家さん!!」
とそこへひとみが後方から猛然とオーバーラップをしかけた。
平家を追い越し、最前線へと走り込む。
絶妙のタイミングだ。
『よっしゃ、ナイスやひとみ!!』
平家の視線がひとみをとらえた。
「チャンスです!!」
その瞬間、DFラインから1人飛び出したことに平家は気付いていなかった。
平家からひとみにスルーパスが出る瞬間、平家の死角から強烈なチャージが。
「うわあっ!!」
チャージをしかけたのは紺野であった。
倒れこむ平家だがホイッスルはない。
- 18 名前:発見 投稿日:2004/02/09(月) 15:12
- 「カウンターです!!」
ボールを奪った紺野が一気に最前線にパスを送る。
その瞬間スッとDFラインから安倍が抜け出した。
絶妙なタイミングにオフサイドはない。
慌ててレッズDFが追いかけるが、安倍は巧みなボディコントロールで
ボールと相手との間に自分の身体を入れ、相手にボールを触らせない。
紺野のパスをトラップした安倍は相手DFを手で押さえつつ駆け上がる。
そしてシュートエリアに来た。
『もらったべ!!』
距離にして約25m。
安倍は何の迷いも無く右足を振り抜いた。
強烈なミドルがゴール右隅に。
レッズGKが懸命にダイブするが全く届かない。
前半42分、鮮やかな速攻でコンサドーレが先制点を上げた。
- 19 名前:ACM 投稿日:2004/02/09(月) 15:29
- 今日の更新はここまでです。
ちなみに今の舞台は2003年です。
えー、この話、2002年の終わりごろからちょこちょこ書いて
たんですけど、アテネの最終予選が延期になるなんて全然思っても
なかったです。
ということでこの話では2003年9月にアテネオリンピック最終
予選があります。
他にも色々と強引なこじつけがあると思いますが暖かく見守ってください。
- 20 名前:発見 投稿日:2004/02/10(火) 15:18
- 前半はこのまま1−0でコンサドーレがリードしたまま終了した。
「やっぱ吉澤の悪いとこがでましたね。」
ハーフタイム中、ツンクと和田は前半戦を振り返っていた。
「そうやな、ワダッチの言うとおりや。いくら点が取れへんから
といってあんなに前目にポジションをとることはないわ。
DFはまずは守備から考えなあかん。そして我慢や。上がりたく
てもバランスを考えてじっと我慢しとかなあかん。
・・・・・ただな、最後の失点した場面。あれも確かに上がるべき場面
ではないけど、あの上がりは最高やった。」
「えっ?」
予想していなかったツンクの言葉に和田は驚く。
- 21 名前:発見 投稿日:2004/02/10(火) 15:45
- 「あの上がり、あれは完璧やった。吉澤にボールが渡ってたら
間違いなく1点入ってたやろう。
・・・・・・・平家。あいつはあのフィジカルやとトップ下は無理やな。
紺野のチャージも確かに強いがあれは耐えなあかん。世界ではもっと
激しいチャージがきよる。あれぐらいで倒れてたら世界では戦えん。」
「うっ・・・・・」
ツンクの厳しい指摘に和田は一瞬言葉が詰まる。
「で、でもあいつのパスセンスやテクニックは群を抜いてますよ!」
和田が声を張り上げる。それも無理はない。
平家は日本不動の司令塔にしてエースナンバー10番を背負う選手だ。
その平家に対してのこの酷評。
日本代表に関わる者にとって冷静に聞ける言葉ではない。
- 22 名前:発見 投稿日:2004/02/10(火) 16:26
- 「そう、確かにあいつのテクニック、パスセンスはずば抜けてる。
ただしフィジカルが弱い。・・・・・・・・という事はあいつを活かす
ためにはポジションを少し下げた方がええな。
プレッシャーの少ない後方からゲームを組み立てるレジスタ。
そこやったらあいつのテクニックにパスセンスがもっと活きると
思うんや。」
ツンクのその言葉に和田は目を大きく見開く。
「平家がレジスタ?・・・・・それ、いいかもしれないですね。確かに
あいつのパスセンスやゲームメイク能力を考えるとトップ下で
ガツガツ当たられるよりも比較的ゆっくりと構えられるボランチ
の方が合ってるような気がします。・・・・・・さすがツンクさんです。」
和田の目が輝いていく。
何故今までそれに気付かなかったのか?
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/11(水) 12:51
- おもしろそうな展開ですね。
続き待ってます。
- 24 名前:発見 投稿日:2004/02/11(水) 23:36
- 平家といえば司令塔。司令塔といえば平家。
日本ではそれが常識として流れている。
そして司令塔といえばトップ下。
この固定観念が平家をトップ下に縛りつけていたのだ。
彼女の本質や特性を無視して。
「俺らがやらなあかんことは選手の本質を見抜くことや。世間が
生み出した固定観念に惑わされたらあかん。自分で見て、そして
判断する。それが大事なんや。」
「なるほど。」
和田がツンクの言葉に深く頷く。
- 25 名前:発見 投稿日:2004/02/11(水) 23:51
- 「ではツンクさん、ツンクさんの目から見て他の選手はどうですか?
代表でいけそうな選手はいましたか?」
和田が期待を込めて尋ねる。
ツンクの目ならば今まで目に留まらなかった選手が発見されるかもしれない。
「いや、それを判断するにはまだ早いわ。まだ後半もまるまる残ってるしな。
ただ今の段階でやけれどもコンサドーレの3人は充分な力があるわ。
もちろん平家もな。まあとにかく後半や。じっくりと見ようやないけ。」
そう言ってツンクはピッチに目を移す。
まもなく後半戦が始まる。
- 26 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 00:05
- 両チームの選手たちがピッチに出てきた。
みな気合いの入った表情だ。
しっかり守り、一瞬の隙を突いたカウンターで得点。
コンサドーレはまさに理想の試合展開だ。
しかしやはり平家率いるレッズの中盤は強い。
少しでも気を抜けばあっさりと逆転される。
「みんな、絶対気を抜いたら駄目だからね!!」
キャプテンの飯田が声を張り上げ、チームメートにゲキを飛ばす。
ここで勝たねば優勝はない。
「絶対に胴上げはさせへんで!!レッズの意地を見せたるで!!」
レッズもキャプテン平家がチームメートにゲキを飛ばす。
目の前での胴上げだけはゴメンだ。
お互い絶対に負けられないこの試合。
後半戦も熱い、熱い戦いが繰り広げられる。
- 27 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 00:24
- 「何でっ?!!!」
思わず安倍が叫ぶ。
後半開始早々コンサドーレに絶好のチャンスが訪れた。
レッズ右MFがサイドから駆け上がりゴール前にクロス。
これは紺野がボレーでクリアした。
そのこぼれ球を拾ったレッズDFが素早く前線にフィードしようと
した瞬間コンサドーレMFが懸命に身体を投げ出す。
この身体にボールが当たり大きく跳ね返った。
これが何と安倍への絶妙なスルーパスに。
「もらったべ!!」
安倍が抜群の反応をみせDFラインを抜け出す。
そしてノーマークでシュート。
が、その瞬間激しいタックルに潰されてしまった。
「何でっ?!!!」
自分は完全にフリーで抜け出した。
あのタイミングでは絶対に追いつかれないはずだ。
『だ、誰だべこの4番・・・・・』
安倍はスライディングを仕掛けてきたレッズ4番の背中を
忌々しげに睨んだ。
- 28 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 00:33
- 後半も前半と同じくレッズが主導権を握る。
平家を中心に中央から、両サイドからと多様な攻撃を見せる。
その攻撃をコンサドーレはGK飯田、DF紺野を中心に必死に守る。
もちろんコンサドーレもただ守るだけではない。
時折鋭いカウンターでレッズゴールに襲い掛かる。
しかしこれが決まらなかった。
エース安倍が完全に押さえ込まれていたからだ。
- 29 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 00:57
- 前半の失点がこたえたのか、レッズはひとみが最終ラインに残り
安倍のマンマークについていた。
これが功を奏する。
安倍はストライカーとしての嗅覚を活かした巧みなポジショニング
でゴールを狙うが、ひとみの身体能力がそれを許さない。
高いセンタリング、裏へのスルーパス、身体と身体の競り合い、
1対1、全てに安倍を押さえ込む。
『だ、誰だべこの4番?こんな凄いDF、裕ちゃんぐらいだべ?!』
安倍の表情にはっきりと焦りの色が。
いまだかつてこんなに完璧に押さえ込まれた事はない。
『さ、さすが安倍さんだ。ついていくので精一杯だ。』
一方ひとみも正直一杯一杯だった。
一瞬でも気を抜けば間違いなくやられる。
「くっ!!」
「ぐっ!!」
スペースに出たパスを追いかけ、激しく肩をぶつけ合う2人。
お互い決して譲らない。
そしてそのままもつれ合って倒れる。
ボールはゴールラインを割った。
判定はレッズボール。
「・・・・負けないべ。」
安倍がそう呟きながらスッと起き上がる。
ひとみもすぐに起き上がり安倍にピッタリとつく。
この2人の激しいバトルにスタジアムが大きく揺れる。
- 30 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 01:04
- 「ナイスやひとみ。攻撃はうちに任せとけ。」
ひとみの活躍に刺激されたのか、平家のパスがさらに鋭くなる。
パスだけでなく時折強烈なミドルシュートも放ち、ゴールを狙う。
しかし守るは飯田圭織に紺野あさ美。
日本を代表する守備陣がレッズの攻撃を食い止める。
時間はどんどん過ぎていく。
そして残るはロスタイム2分となった。
- 31 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 01:16
- ワアアアアアアアア!!!!
ロスタイムに突入した瞬間、スタジアムが大歓声で揺れた。
電光掲示板に各地の試合結果が表示されたからだ。
ヴィッセル神戸3−3横浜Fマリノス
【得点】
神戸 横浜
木村アヤカ(前14) 矢口真里(前28)
木村アヤカ(後 7) 斉藤 瞳(後11)
木村アヤカ(後44) 石川梨華(後34)
- 32 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 01:31
- この結果、コンサドーレがこのまま1−0で逃げ切れば逆転で
1stステージ優勝が決まる。
「ここ!!絶対に集中切らすな!!!」
飯田が最後方から指示を出す。
残り2分を切った。これを守りきれば優勝だ。
一方浦和はこれで後がなくなった。
このままでは目の前で胴上げだ。
浦和は最後の攻撃に出る。
「うちに出せ!!!」
平家が中盤の低い位置に下がってボールをもらう。
コンサドーレは安倍も自陣に戻って守備をしている。
全員自陣に戻ったコンサドーレ。
パスコースはもちろんスペースすらない。
『絶対にここで胴上げはさせん!!』
平家は前を向き、1人で突き進んだ。
- 33 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 01:38
- 襲い掛かってくるコンサドーレイレブン。
それを平家は華麗なドリブルで次々と交わしていく。
「うおっ!!すごいドリブルや!!!」
ツンクも思わず叫ぶ。それ程見事なドリブルであった。
しかしコンサドーレもファウル覚悟で潰しにかかる。
ようやく3人がかりで平家を止める事が出来た。
ボールが大きくこぼれる。
『勝った!!!』
コンサドーレの誰もがそう確信した。
が、その瞬間レッズの1人の選手がこのボールを拾い、
コンサドーレゴールに向かって突進する。
吉澤ひとみだ。
- 34 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 01:46
- 「やばいっ!!誰か止めろ!!!」
飯田が叫ぶ。
が、勝ったと思い一瞬気が緩んだコンサドーレイレブンは足が棒立ち
になり、スピードに乗ったひとみのドリブルに反応できない。
いや、2人だけ反応できた。
「紺ちゃん!!ファウルでもいいから絶対止めるべ!!」
安倍はひとみの左から、紺野は右からチャージをしかける。
ちょうどひとみを2人で挟み込む形になった。
しかしひとみは倒れない。安倍、紺野を引きずりつつ突き進む。
- 35 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 01:51
- 『やばいべ!!』
『やばいです!!』
安倍と紺野は咄嗟に手を使い、ひとみを引き倒そうとした。
ペナルティエリアやや外、ここならば退場になろうとPKにはならない。
「うわっ!!」
さすがのひとみもこれには倒れそうになる。
が、その瞬間、ひとみの目に一本の白い道が見えた。
『そこっ!!!』
「そこやあ!!!」
VIP席でツンクが叫んだ。
『あいつ・・・・・見えとる!!!』
- 36 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 01:56
- ・・・・・・柔らかいパスがひとみの右足から出された。
ボールは滑らかに芝の上を転がっていく。
映画のスローモーションのようにゆっくりと。
熱い、激しい戦いが繰り広げられたこのピッチ。
今までの戦いがまるでウソのように。
時が止まったかのようにコンサドーレイレブンは誰も動けなかった。
- 37 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:01
- ボールはそのままゴールラインを割った。
そう、本当に誰も動けなかったのだ。
コンサドーレイレブンも、レッズイレブンも。
「あ・・・・・・」
安倍と紺野に引き倒されたひとみ。
倒れこみながらもこのパスの軌道を見つめていた。
しかし誰も反応することなくボールはピッチを割った。
- 38 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:10
- ピィッ、ピィッ、ピィー!!!!
ここで主審が試合終了の笛を吹いた。
「やった!!!優勝だー!!!!」
コンサドーレベンチから選手や監督、コーチたちが一斉に飛び出し、
ピッチの選手たちと抱き合う。
スタンドでは逆転優勝を最後まで信じたサポーターたちが
歓喜の雄たけびを上げている。
男子のコンサドーレ札幌はJ2に降格しているだけあって喜びも一塩である。
その現状を知っているだけに、普段は過激なレッズサポーターも
コンサドーレイレブンやサポーターに暖かい声援と拍手を送っている。
- 39 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:13
- 「ねえ、浦和の4番さん。」
ピッチに座り込んでいるひとみに安倍が声をかけた。
ひとみはうつろな表情で安倍を見上げる。
安倍はスッと手を差し出し、ひとみを立たせた。
「・・・・・今日は試合に勝ったけど、なっちの負けだべ。」
そう言って安倍は背番号9のユニフォームを脱いだ。
「ユニフォーム、交換してほしいべさ。」
「あ、は、はい。」
ひとみも慌てて背番号4のユニフォームを脱ぎ、安倍と交換した。
- 40 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:17
- この光景にスタンドがどよめいた。
安倍はユニフォームを大事にすることで有名であった。
安倍はホーム用、アウェー用のユニフォームを各1枚ずつしか
持っていない。それは今までの努力や、チームメートとともに
戦ったがんばりが染み込んだユニフォームを着続けたかったからだ。
その安倍がユニフォームを交換した。
しかもコンサドーレの初優勝という大事な瞬間を迎えたユニフォームを。
誰もが驚くはずである。
- 41 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:21
- ちなみにFC東京の後藤真希もユニフォームを交換しない事で有名
であった。
ただ、彼女の場合はめんどくさいからという理由であるが。
しかしそんな彼女も今シーズンの対レッズ戦で試合終了後
ひとみとユニフォームの交換をした。
『よしこは凄いし、大好きだから。』
理由を尋ねられた後藤はこう答えたという。
- 42 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:26
- 「名前、教えてくれるかな?」
安倍がふわりと柔らかく微笑む。
「・・・・・・吉澤ひとみです。」
「吉澤ひとみ・・・・・・絶対忘れないべ。
今度はなっちが勝たせてもらうから。」
安倍はスッと手を差し出した。
「・・・・・安倍さん、優勝おめでとうございます。
でも、2ndステージは負けませんから。」
ひとみは差し出された安倍の手を握った。
- 43 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:35
- 安倍と別れ、ひとみは平家たちのもとに向かった。
「・・・・・・・すみません、あたしの・・・・・あたしのせいで・・・・・」
平家の前に行くとひとみは潤んだ目で、弱々しい声で言った。
安倍の手前、感情を抑えていたがもう我慢できなかった。
「何言ってるんやひとみ。今日のあんたはよかったで。」
平家が今にも泣き出しそうな後輩を慰める。
「ごめんねひとみ。あたしたちが決めてれば・・・・」
レッズの2トップだ。彼女たちも責任を感じている。
「いや、うちかてそうや。何度もボールを奪われてカウンターを
くらったし、失点した場面も元はといえばうちがボールとられた
からや。うちも自分が情けないわ。
・・・・・・でもな、ウジウジしててもしゃーない。次や!次の2nd
ステージでこの借りを返そうや。なっ?」
平家の言葉にみな頷く。
が、その時スタンドから心無いヤジがとんだ。
「吉澤ー!!てめぇのせいで負けたんだ!!!」
「もうサッカーなんてやめちまえ!!!」
「お前ホントは札幌のスパイなんじゃねーのか!!!」
その言葉にビクッと身体を振るわせるひとみ。
目からは大粒の涙がこぼれおちる。
「・・・・・・ひとみ、行こう。」
平家に支えられながらひとみはロッカールームへと引き上げていく。
『・・・・・・・やっぱあたしって・・・・・サッカー向いてないのかな・・・・・』
- 44 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:53
- ひとみは中学時代、バレーボールの選手であった。
その恵まれた身体能力で将来を嘱望されていたが、肘の故障により
バレーを諦めざるをえなかった。
そんなひとみがサッカーと出会ったのは高校1年の春。
友達に誘われるままに入部したサッカー部。
持ち前の身体能力とセンスで1年の冬からレギュラーを獲得したが、
チームが弱く、全国といった桧舞台に立つことなくひとみの高校サッカーは
終わった。
しかしその身体能力に目をつけたレッズのスカウトがひとみを
レッズへと誘った。
そして2003年、ひとみは浦和レッズへと入団した。
レッズ監督、ギド・ガッツバルトはひとみに将来性を感じていた。
後々レッズの中心を担う選手になるであろうと。
ガッツバルトは入団1年目のひとみを開幕戦からスタメンで起用した。
そしていくら非難を浴びようともただの一度も交代させる事はなかった。
そんなひとみをサポーターたちは当然期待を込めた目で見る。
- 45 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 02:56
- ・・・・・・それがひとみには重かった。重すぎたのだ。
彼女自身サッカーと出会ってからまだ日が浅い。
彼女はまだ自分を保ち続けられるほど“サッカー”を積み上げていないのだ。
しかしそんな事はお構いなしに高まっていく期待。
そして失望。
ひとみは周囲の期待に応えられない自分を責める。
彼女はいつしか迷路に迷い込んでしまったのだ。
- 46 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 03:01
- 「ツンクさん、大丈夫ですか?」
和田が心配そうに尋ねる。
ツンクは椅子から立ち上がったままピッチを見続けていた。
心なしか肩が震えている。
「・・・・ワダッチ、見てみいこの腕。」
ツンクの差し出した右腕には一面トリハダがたっていた。
「久しぶりに震えさせられたわ。」
ツンクはようやく椅子に腰をおろすと、ふうーっと大きな溜息をついた。
- 47 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 03:07
- 「・・・・最後のあのパスですか?」
「ああ、そうや。あのパスコースが見えるなんてな。しかも
あんなに身体を引きずられている状態で・・・・・」
ツンクは和田の問いに上擦った声で答えた。
まだ興奮冷めやらぬ、といった感じだ。
「あれは・・・・・・正直僕の目にはパスミスに映ったんですけど・・・」
そういう和田にツンクはニヤリと笑った。
「あのパスはな、“見えないものが見える”奴しか出せへんパスや。」
「ツ、ツンクさんそれって?!!」
「ああ。・・・・吉澤ひとみ、あいつは“ファンタジスタ”や。」
- 48 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 03:17
- しばらく沈黙が流れた。
口を開いたのは和田だった。
「・・・・・・僕、“ファンタジスタ”に使えないって言ったんですよね。」
和田がガッカリした口調で言った。
そんな和田に苦笑いを浮かべるツンク。
「まあ気にするなワダッチ。俺もこの試合ナマで見てなかったら
気がつかんかったと思うわ。それよりも喜べ。あいつを発見できた
ことを俺らは、日本サッカー界は喜ばなあかん。」
2003年、7月20日。
日本は吉澤ひとみという宝を発見した。
- 49 名前:発見 投稿日:2004/02/12(木) 03:32
- 4日後、欧州遠征へ向かう日本代表が発表された。
GK 1 飯田圭織 コンサドーレ札幌
20 信田美帆 ヴィッセル神戸
24 前田有紀 サンフレッチェ広島
DF 2 石黒 彩 東京ヴェルディ1969
3 中澤裕子 京都パープルサンガ
15 小川麻琴 清水エスパルス
16 紺野あさ美 コンサドーレ札幌
22 斉藤 瞳 横浜Fマリノス
MF 4 辻 希美 ガンバ大阪
5 加護亜依 京都パープルサンガ
6 保田 圭 柏レイソル
7 平家みちよ 浦和レッズ
8 矢口真里 横浜Fマリノス
10 吉澤ひとみ 浦和レッズ
11 市井紗耶香 ASモナコ(フランス)
12 柴田あゆみ 名古屋グランパスエイト
14 石川梨華 横浜Fマリノス
18 福田明日香 ユヴェントス(イタリア)
21 新垣里沙 ジュビロ磐田
FW 9 安倍なつみ コンサドーレ札幌
13 大谷雅恵 ベガルタ仙台
17 高橋 愛 ジュビロ磐田
19 村田めぐみ ジェフユナイテッド市原
23 後藤真希 FC東京
※市井紗耶香と福田明日香は欧州で合流。
- 50 名前:ACM 投稿日:2004/02/12(木) 03:46
- 第1話 発見 (終)
これにて第1話が終わりです。何て長い1話だったんだ・・・・・・
<名無飼育さん様
初レスありがとうございます。
すっごく嬉しかったです。
ご期待に添えるかどうかはわかりませんがこれからも
頑張っていきますのでよろしくお願いします。
続いて予告です。
第2話 覚醒
代表合宿に呼ばれた吉澤ひとみ。
そこで彼女は終生のライバルに出会う。
そして紅白戦、ひとみの秘められた力が覚醒する。
こんな感じです。どうぞこれからもよろしくお願いします。
- 51 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 14:54
- 7月24日 海外遠征メンバー発表
この日発表されたメンバーを見てマスコミはもちろん、普通のサポーター
までもがみな驚きを隠せなかった。
まずはユヴェントスで活躍する福田明日香の代表入り。
彼女は今までずっと代表入りを拒んできた。
それが今回メンバーに名を連ねたのだ。
これは日本にとっては諸手を上げての大歓迎だ。
日本が誇るワールドクラスがとうとう代表入りを決意してくれた
のだから。
- 52 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 15:02
- そしてFC東京FW後藤真希。
彼女も前代表監督との確執から代表を離れていたが
ここに代表復帰を果たした。
そして何よりも吉澤ひとみだ。
初選出でしかも背番号10。ポジションもDFではなくMF登録
であった。
当然マスコミたちもその真意を尋ねる。
それに対してツンクは一言。
「私がこれがベストだと判断したからです。私は自分の目を、
判断を信じています。」
- 53 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 15:16
- 福島県Jヴィレッジ。
ここでツンクジャパンは合宿を張り、1週間後に迫った
欧州遠征へと向かう。
今回がツンクジャパンになってから初めての代表選考。
時間は正直無いがこの合宿、そして欧州遠征でチームとしての
骨格を築いていくつもりである。
もちろんこの後9月にアテネオリンピック予選があるため、
前代表のやってきた事を全て白紙に戻す事はしない。
いい所を受け継ぎつつツンク独自のアクセントを加えるつもりだ。
そのアクセントこそ吉澤ひとみであり、後藤真希、福田明日香なのである。
- 54 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 15:37
- 「お、姐さんやないですか?」
広野駅で降り立った平家とひとみ。
改札口で平家は1人の女性に声をかけた。
「ん?おうみっちゃんか。しばらくやな。」
振り返ったその女性を見てひとみは固まった。
この女性こそ“日本サッカー界のキャプテン”とうたわれ、
多くの選手たちから尊敬の眼差しを向けられる京都パープルサンガ
DF、中澤裕子であった。
「お、加護に辻。お前ら姐さんと一緒に来たんか。」
中澤の横には似たような感じの女の子が2人いた。
「平家さん、こんにちはれす。」
どこか舌っ足らずな話し方が特徴、ガンバ大阪MF辻希美。
「どうも、お久しぶりです。平家さんこそその人とご一緒ですやん。」
お団子頭に関西弁、京都パープルサンガMF加護亜依。
2人ともひとみより年下ながらも立派な代表選手だ。
- 55 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 15:54
- 「まあな、同じチームやし。あ、こいつが吉澤ひとみや。
みんな宜しゅうしたってな。」
平家がひとみを中澤たちに紹介する。
「あ、よ、吉澤ひとみです!よろしくお願いします!」
ひとみが慌てて頭を下げる。
「おう。うちが中澤裕子や。宜しゅうな。」
「辻希美です。ののって呼んでくらさい。」
「うちが加護亜依や。他ならぬ平家さんの後輩や。特別に
あいぼんって呼ぶのを許したる。」
「あ、は、はい。どうもありがとうございます。」
3人の独特な雰囲気に目を丸くするひとみ。
さすがは関西軍団だ。(辻の出身は東京だがひとみには知る由もない)
- 56 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 16:14
- その時、遠くから声が聞こえた。
「おーい、裕子ー!!!」
「む、この声は矢口。」
中澤のセンサーが反応する。
声のした方を見ると、金髪で小柄な女性がテケテケと駆けて来る。
「おーっす久しぶり!!元気してたか?!!」
小さな身体に秘めたる元気。横浜FマリノスMF矢口真里。
「おう矢口ー、裕ちゃんは元気やでー。」
中澤がニマーっと笑う。
その豹変振りにひとみはまたも目を丸くする。
「姐さんはな、矢口にだけは弱いんやわ。」
平家が苦笑まじりに言った。
「ちょ、ちょっと矢口さーん!待ってくださいよぉー!!」
『ん?何か今アニメのような声が聞こえた?』
ひとみが声のした方を見るとすらっと細身、そして色黒の女性と、
ド派手な金髪にセクシーダイナマイツ!な女性が駆けて来る。
「おう石川にボス。」
平家が軽く手を上げる。
色黒アニメ声、そして類まれなる美貌。横浜FマリノスMF石川梨華。
金髪にセクシー。ボスこと横浜FマリノスDF斉藤瞳。
広野駅に集まる日本代表選手たち。
はっきり言って傍目からでは何の集団かわからない。
余りの個性にひとみは一瞬目の前が真っ暗になる。
『あたしは・・・・こんな人たちとやっていけるのだろうか?』
- 57 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 16:33
- 「梨華ちゃん!!」
石川を呼ぶ声がする。
『え、また?』
次は誰?
そう思って振り向くとそこには見た感じ普通の女性がいた。
「柴ちゃん!!」
「おー柴田やないけ。お前もさっきの電車に乗ってたん?」
「はい!みなさんもそうだったんですね。」
『あ、前歯がかわいい。』
チャーミングな前歯。名古屋グランパスエイトMF柴田あゆみ。
- 58 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 16:40
- 『・・・・あれ、何だろこの感じ?』
ひとみは柴田を見た瞬間、何かを感じ取った。
それは柴田も同じであった。
柴田はフッとひとみの方を見た。
お互い見つめあったまましばらく沈黙が流れる。
「どうしたんやひとみ?柴田?」
平家が不思議そうに尋ねる。
「あ、いえ、何でもないです。初めまして吉澤ひとみです。」
「あ、初めまして。柴田あゆみです。」
お互い挨拶をした後、どちらからとなく手を差し出し、握手した。
- 59 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/12(木) 16:42
- 吉澤ひとみと柴田あゆみ。
これが後に終生のライバルと言われる2人のファーストコンタクトだった。
- 60 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 00:20
- 他の選手たちとも挨拶をしたひとみ。
その時矢口が「吉澤、とかじゃなんか寂しい。」ということから
“よっすぃー”というありがたい名前を頂いた。
そしてそれぞれタクシーに乗り込みJヴィレッジに向かった。
いよいよ日本代表合宿が始まる。
- 61 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 00:35
- 「よーし、みんな集まったな。」
選手たちがピッチで思い思いに身体をほぐしているところへ
日本代表監督ツンク寺田がコーチ陣を引き連れて現れた。
選手たちは動きを止め、ツンクの前に並ぶ。
「さあ今日から新生日本代表の活動開始や。俺が監督のツンク寺田や。
みんなよろしくな。」
「はいっ!」
選手たちは目の前にいる金髪のおっさんに目を輝かせる。
これでもセレソンに選ばれた名選手だ。
「で、俺の後ろにいるのがコーチ陣や。」
ツンクが後ろに目をやると2人の男性が前に出た。
「ヘッドコーチのマコト・スティックです。よろしく。」
「フィジカルコーチのハタケ・ピックや。よろしくな。」
「よろしくお願いします!」
選手たちが頭を下げる。
マコトは選手時代は名ボランチとして活躍したイタリア人。
ウディネーゼではツンクとコンビを組んでいた。
ハタケはツンクの現役時代の専属フィジカルコーチだった。
今回ツンクが日本代表監督になったことで彼も代表フィジカルコーチに
就任したのだ。
- 62 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 00:46
- ツンクは選手たちにアップ後、30分3本の紅白戦を行うことを伝えた。
とにかく時間がない。
ビデオである程度選手たちの力は見たが、やはり実際の動きを見て
判断しなければならない。
「あの、監督、ちょっといいですか?」
柏レイソルMF、保田圭がツンクに尋ねる。
「ん?何や保田?」
「いえ、紅白戦ですけど、あたしたちって今22人しかいない
ですよね。紗耶香と明日香は向こうで合流ですし。で、GK
が3人ですからフィールドプレイヤーが1人足りませんよ?」
保田の疑問ももっともだ。
しかしツンクは平然とこう言った。
「俺が入る。俺じゃ不服か?」
- 63 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 00:58
- 「まず1本目のチーム分けや。Aチーム、GK信田。DF、左から
斉藤、紺野、新垣。MF、ボランチ辻、平家。左に加護、右に矢口。
トップ下吉澤、FW2トップに大谷、後藤や。」
ツンクの言葉を聞いた選手たち。何とも言えない雰囲気になる。
代表発表の時点(ひとみが背番号10でMF登録)である程度予想はしていたが、
いざ実際にポジションが発表されるとなるとやはり驚きは隠せない。
が、当の本人たち、ひとみと平家は当然といった顔だ。
『お、どうやら心構えは出来てるようやな。まずは第一関門突破やな。』
- 64 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:04
- 「続いてBチーム。GK飯田。DF、左から石黒、中澤、小川。
MFボランチ保田、俺。左に石川、右に高橋。トップ下柴田。
FW、2トップに安倍と村田や。」
Bチームのポジションが言い渡される。
この中では高橋愛がFWでなく右サイドのMFで起用されているが、
ジュビロでもこのポジションで起用されることもあるので特に問題はない。
- 65 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:09
- <Aチーム> <Bチーム>
後藤 大谷 村田 安倍
吉澤 柴田
加護 矢口 石川 高橋
辻 平家 保田 ツンク
斉藤 紺野 新垣 石黒 中澤 小川
信田 飯田
- 66 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:23
- 「さあ気合い入れていこか。」
Aチームのキャプテン、平家がみなに声をかける。
平静を装っているが、その身体から熱い気持ちがみなぎっているのが
ひとみたちにも分かる。
今回のポジションのコンバートで一番辛い思いをしたのは平家であろう。
トップ下からボランチへ。背番号も10を剥奪され、7へとなった。
それなのに平家はまず一番に後輩のひとみのことを考えた。
マスコミ連中がおもしろおかしくこの事を報道した際も。
ありもしない平家とひとみの確執をでっち上げようとした際も
毅然とした態度で否定した。
そして初代表のひとみがすぐにチームに馴染めるように積極的に他の
代表選手たちに引き合わせてくれた。
そんな平家の姿を見て何も思わない者はいない。
ひとみは平家に感謝するとともに、こう思う。
自分も平家のように強くあらねば、と。
- 67 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:31
- Aチームのキックオフで紅白戦が開始された。
大谷が軽く出したボールを後藤がひとみに戻す。
「よしこ、頑張っていこうね!」
「オッケーごっちん!」
ボールを受けたひとみに白組FW安倍と村田がプレッシャーをかける。
「ひとみ、こっちや!!」
すぐさま平家がフォローに来る。ひとみは無理をせず平家に預ける。
ボールを受けた平家、前線をルックアップ。
今まではもっと前目のポジションのため、すぐに激しいプレッシャーが来た。
が、今の位置では充分にルックアップする余裕があった。
平家の視線が1人の選手をとらえた。
- 68 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:38
- 「加護!!!」
平家は左サイドを駆け上がる加護にロングパスを送る。
ボールは加護の走る勢いを落とさせることなくピタリと足元に。
慌ててBチームDF小川が加護に飛び込む。が、加護はワンフェイクで
あっさり小川をかわし、タテに抜け出した。
チャンスにラインを上げるAチーム、ラインを下げるBチーム。
加護は中を見た。ペナルティエリア内には後藤、大谷、ひとみと3枚いる。
『よっしゃ、もらったで!ん?』
中へクロスを上げようとした加護の視界に1人の選手がチェックに
来るのが入った。
ツンクだ。
- 69 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:43
- 『ツンクさんか・・・うちのドリブルがどこまで通用するか勝負や!』
加護はツンクに1対1の勝負を挑んだ。
左利き独特の緩急をつけたドリブルはあのブラジル代表デニウソン
を彷彿とさせる。
切れ味鋭いシザース、独特のステップなど様々なフェイントをしかける。
「うおっ?!!」
ツンクは加護の鋭いフェイントにバランスを崩した。
加護はそれを逃さずさらにタテに抜け出しクロスを上げる。
ツンクもすぐに体勢を立て直し必死に足を伸ばす。
- 70 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:48
- 加護の放ったクロスはツンクの伸ばした足に当たり、軌道が変わった。
ボールはフラフラとゴール前に上がる。
そこに飛び込む大谷、後藤、ひとみ。
しかしBチームもツンクが時間を稼いだことで充分に人数が揃っていた。
ボールはBチーム中澤がヘッドで外にクリアした。
Aチームのコーナーキックだ。
「加護、ナイスドリブルや!!」
「平家さんこそナイスパスです!!」
現役を引退して4年経つとはいえ、男子の、しかもセレソンにまで
選ばれた事もあるツンクを加護はかわしたのだ。
平家も目の覚めるような見事なロングパスを送った。
このプレーにAチームの士気が高まる。
- 71 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:53
- しかしAチームは気づいて無いが、今の勝負はツンクの勝ちであった。
小川が抜かれた時点でクロスが上がっていれば間違いなく得点できたで
あろう。Bチームのディフェンスが戻りきれていなかったのだから。
しかしツンクが時間を稼いだおかげでBチームのディフェンスが間に合った。
しかもツンクはクロスも足で触った。
これではゴールを決めることなど出来ない。
「小川。加護と対峙したらボールをとらんでええ。時間を稼ぐだけでええ。
それと中に切れ込ません事。それだけでええぞ。」
「あ、は、はいっ!!」
ツンクはAチームがコーナーキックに移る前に小川に耳打ちする。
- 72 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 01:57
- 先ほどの勝負で加護の弱点が明らかになった。
クロスの精度の低さだ。
あのツンクのチェックぐらいでクロスを足に当ててはならない。
一発で抜かれるのと、中に切れ込むのさえ抑えれば彼女はそんなに
恐い存在ではない。
これでAチームに左の翼は、その機能を失う事となった。
- 73 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 02:04
- 紅白戦1本目も残り3分となった。
「あかん・・・・・何でや?!!」
加護はこみ上げてくる不安を抑えるので精一杯だった。
全くと言っていいほど攻撃に絡めない。
いや、絡むどころか足を引っ張るのみだ。
Aチームの攻撃は全て加護で止まっていた。
加護が幾度となく左サイドを突破しようと試みるが全て小川とツンク
に押さえ込まれる。
これに意地になった加護、味方がフリーであるにも関わらずパスを
出さない。全てドリブルで突っかかっていく。
しかし突破できない。
いつしかAチームの面々も加護にパスを送らなくなった。
- 74 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 02:18
- そしてひとみである。
いきなりのトップ下コンバートにもかかわらず、ここまでまずまず
の動きを見せていた。
実はツンクから1stステージ最終節が終わった後、代表に呼ぶ事、
ポジションはトップ下で使うという事を聞かされていたのだ。
それから代表合宿に来るまでの5日間、平家やレッズのチームメート
たちの協力で毎日トップ下のポジションでミニゲームをこなしてきたのである。
もちろんまだまだ課題はあるが、ひとみはトップ下というポジションに
手応えを感じていた。感覚的なものであるが、このポジションは自分に
合っている、と。
- 75 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 02:30
- 平家からのパスを受けたひとみ、保田の激しいチェックを受けつつも
ボールをキープする。このあたりはひとみのフィジカルの強さが光る。
「頼むよっすぃー!!!」
左サイドで加護が必死の形相で手を上げる。
自分にはドリブルしかない。ドリブルこそ自分のアイデンティティだ。
その加護の思いにひとみはパスを送った。
「サンキュー、よっすぃー。」
ボールを受けると加護はまたも左サイドを突き進む。
小川がすかさず加護のチェックに来る。
『絶対抜いたる・・・・・・』
加護が強引に抜きにかかる。
が、強引すぎる。動きが単調だ。
「だっ!!」
「うおっ?!!」
小川の狙いすましたタックルに加護は倒された。
- 76 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 02:39
- 「ぐっ!!」
倒れた際に捻ったのか、加護は右足首を押さえて呻いている。
「大丈夫か?!」
慌ててハタケがピッチに飛び出してくる。
そして加護の右足首を診る。
「どうやハタケ?」
ツンクが尋ねる。
「ああ、まあ軽い捻挫や。ただ今日はもうやめとった方がええ。
無理するとすぐ悪化するやろからな。」
「そんな!うち行けます!!」
加護が必死にアピールする。
それも当然だ。ここまでの動きは最悪。こんな状態ではやめれない。
「それはあかん。絶対に許さん。」
しかしツンクはそれを許さなかった。
- 77 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 03:01
- ツンクは結局この日は紅白戦を打ち切った。
翌日、加護の回復状況を見てもう一度紅白戦をおこなう予定だ。
しかしツンクにとって今日は正直誤算であった。
新生日本代表は初日を最悪な状況で終えた。
- 78 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 19:42
- 「ツンク、今日は誤算やったな。」
宿舎のツンクの部屋でマコトがタバコを吹かしながら言った。
「ああ。でもまあしゃーない。怪我がひどくなるよりマシやろ。」
ツンクもタバコを吹かす。
「ツンクは怪我に対しては敏感やからな。」
ハタケだ。
ツンクが4年前現役を引退したのは怪我によるものだ。
最初は軽い怪我だった。
しかしそれが完治せずまま試合に出続けた結果、取り返しが
つかなくなりあっさりと現役を引退したのだ。
そんなツンクだからこそ選手の怪我には敏感になるのだ。
- 79 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 19:58
- 「まあそのおかげで加護の足首も悪化せんですんだしな。あのまま
プレーを続けてたら次の日にはかなり腫れとったやろ。あれやっ
たら明日は支障ないやろ。」
ハタケの言葉にホッと胸を撫で下ろすツンクにマコト。
加護の怪我が軽いことはもちろん、これ以上は予定を狂わせたくない。
「まあ今日は30分だけしか紅白戦出来へんかったけど、それでも
多少の収穫はあったで。」
「吉澤と平家やな?」
マコトの言葉にツンクが頷く。
「2人ともコンバートされたポジションを意欲的に取り組んでたからな。
いくら能力や適性があろうが意欲がないとコンバートは成功せえへん
からな。」
- 80 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 20:13
- 「特に吉澤やな。あいつ、めっちゃ楽しそうやったわ。もちろん
ポジショニングとかまだまだ課題はあるけど、これはすぐにでも
次の段階に行けるんちゃうか?」
マコトの言葉に頷くツンクにハタケ。
ツンクの描いていた予定ではこの1週間の合宿を通じてひとみに
トップ下としての自覚を持たせ、欧州遠征で秘めたる力を覚醒
させるというものだった。
が、予想以上にひとみはトップ下というポジションに馴染んでいた。
「・・・・・・・明日から吉澤に安倍をぶつけるで。」
ツンクも決断した。狙いはこの合宿中での覚醒。
“ファンタジスタ”への覚醒だ。
- 81 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 20:27
- 翌日、加護の怪我も回復し、ツンクは予定通り紅白戦を再開した。
ツンクは前日とはチームを変更した。
Aチーム
GK前田 DF斉藤 紺野 新垣
MF辻 ツンク 石川 矢口 吉澤 FW安倍 大谷
Bチーム
GK飯田 DF石黒 中澤 小川
MF保田 平家 加護 高橋 柴田 FW後藤 村田
- 82 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 20:41
- 「柴田さん、平家さん、お願いや。うちにボールを集めてくれへんか?
うち、絶対に勝ってみせるから。」
昨日さんざん止められた加護。それだけに今日は気合が入っている。
しかし中澤は今日も加護が止められると確信していた。
加護とはチームメートの中澤。
普段から加護を見ており、正直その才能には驚かされていた。
が、それと同時に決定的な弱点があることも気付いていた。
昨日、ツンクと小川はその弱点を徹底的に突いた。
そのディフェンスを見た石黒たち他のDFたちも弱点に気付いている。
『・・・・加護にとって壁を崩せるかどうかここが瀬戸際やな。』
今まではそれでもやってこれた。しかしこれからはそうはいかない。
世界を相手に戦うには。
- 83 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 20:50
- Bチームのキックオフで2日目の紅白戦が始まった。
村田から出されたボールを後藤は柴田に戻した。
すぐさま安倍と大谷がチェックに来る。
「柴田さん!」
柴田は無理をせず、右サイドの高橋にパスを送る。
パスを受けた高橋、ドリブルで攻めあがる。そこへ辻と石川がチェック。
高橋は辻と石川をギリギリまで引きつけておいてフォローに来た平家
にパスを出す。
「ナイスや高橋。」
平家は前線を見る。後藤には新垣、村田には斉藤がきっちりマークに
ついており、紺野が1人余っている形になっている。
これでは前線に出すのは厳しい。
- 84 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 20:55
- 「平家さん!!こっちや!!」
左サイドでフリーになっている加護が叫ぶ。
平家は一瞬迷った。加護の弱点は平家も気付いている。が、平家は
加護にパスを送った。
『しゃーない。姐さん、カウンターには気をつけてや。』
平家からのパスを受けた加護は前を向く。そこへチェックに行くツンク。
『抜いたる!絶対抜いたるんや!!』
加護はもの凄いスピードのフェイントを仕掛ける。まさに天才と呼ぶに
相応しい動きだ。
しかしツンクもうかつに飛び込まない。何かのタイミングを計っている。
- 85 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 20:58
- 「今や!」
ツンクはそのタイミングが来ると迷わず飛び込んだ。
が、加護はこれを見事にかわした。
『どうや見たか!!』
が、これはツンクの巧妙な罠だった。
ツンクを抜いた瞬間死角から誰かが飛び込んできた。
それは後藤のマークから離れた新垣だった。
新垣はあっさりと加護からボールを奪った。
- 86 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 21:03
- 「新垣!!!」
その瞬間右サイドを矢口が駆け上がる。
そこへ新垣がロングパスを送る。
「圭ちゃん!!」
中澤から指示が飛ぶ。保田はその指示よりも速く動き出し、この
ロングパスをスライディングでクリアした。
「あー!もう圭ちゃん!!何だよー、せっかくのチャンスだったのに!」
「ふふふ、甘いよ矢口。」
矢口と保田が言葉をかわす。
- 87 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/13(金) 21:16
- 「ええぞ新垣。ナイスや。」
「は、はいっ!!」
ツンクの言葉に笑顔を見せる新垣。その横には悔しさで震える加護が。
『くっそー、次は絶対に抜いたる。』
6分、Bチームはまたも加護が左サイド突破を試みる。
が、先ほどと全く同じパターンで加護はボールを奪われてしまった。
「カウンターです!!」
新垣はすかさず右サイドを駆け上がる矢口にパスを送ろうとした。
が、保田がカバーに入るのが見えた。
- 88 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 01:09
- 「こっち!!」
その声に反応した新垣が逆の左サイドにパスを送る。
そこには石川が待ち構えていた。
「ナイスパス!」
ハーフウェーライン付近で石川はこのパスを柔らかくトラップすると、
ドリブルで前に突き進む。すぐさま高橋がチェックに来る。
『さすが愛ちゃんね。きっちりとゲームを読んでる。でもちょっと
遅かったね。』
石川は高橋が間合いに入る前に一気に前線へロングパスを送った。
- 89 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 01:19
- 石川の左足から放たれた50m級ロングパスは寸分の狂いもなく
前線を走る大谷へ。
その脅威の精度と、細身の身体からは想像できないキック力。
石川梨華、彼女の左足は“魔法の左足”だ。
しかしBチームDF陣もきっちりとマークについている。
大谷には石黒、安倍には小川。中澤はこぼれ球に備えている。
このボールに大谷と石黒が競り合う。
2人とも日本有数のストロングヘッダー。競り合いは互角。
だが石川の精度があった。ボールはピタリと大谷の頭に。
- 90 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 01:35
- 『ん?よっすぃー!!』
大谷はこのボールをヘッドで落とした。
そこへ走りこんでくるのはひとみ。
「もらった!!」
ひとみはペナルティエリアやや外から思いっきり右足を振り抜いた。
強烈なシュートがBチームゴールを襲う。
「うらあっ!!」
このシュートに躊躇無く身体を投げ出した中澤。
ひとみのシュートは中澤の右足に当たり、跳ね返った。
が、これを拾ったのは辻。
胸でトラップするとそのまま右足でゴールを狙った。
「うるぁっ!!」
しかしこれも中澤が驚異的な反応で頭から飛び込み、クリアした。
「ナイス裕ちゃん!!」
石黒から声が飛ぶ。
「これぐらいはあたり前や!!しっかり守るで!!」
中澤のゲキが飛ぶ。
『・・・・凄い。さすが中澤さん・・・・』
『凄いのれす・・・・』
ひとみも辻も今の中澤のディフェンスには完全にやられた。
さすがは日本最高のDFと謳われる中澤裕子だ。
- 91 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 01:44
- 12分、今度はBチームが攻める。
中盤で柴田がボールをキープする。
その時前線の村田が右サイドから左サイドへと流れていく。
その瞬間後藤も右サイドへポジションチェンジ。
Aチームもマーカーが受け渡しをするが一瞬後手になる。
「今だ!!」
その瞬間を逃さず柴田が右サイドスペースへパスを出した。
「ナイス柴ちゃん!!」
そこにはきっちりと後藤が走り込んでいる。
「くっ!!」
一瞬送れて斉藤も後藤を追う。が、後藤はすでに右足でシュート体勢に。
後藤のスピードも凄まじいものがある。
「撃たせない!!」
しかし斉藤も身体を張ってシュートコースに飛び込む。
が、後藤はシュートを撃たず鋭く切り返す。そして得意の左足でシュート。
後藤の放ったシュートは逆サイドへ狙いすましたループシュートだった。
GK前田は全く動けない。ただシュートを見送るだけだった。
- 92 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 01:54
- ゴォンッ!
しかしボールは無情にもポストに当たり、ゴールラインを割った。
「あー!!入ったと思ったのに!!」
決まったと思っていただけに後藤は思わず声を上げた。
「ドンマイごっちん、惜しかったよ。」
柴田がニコッと笑って声をかける。柴田のパスも見事なものであった。
「ごめんね柴ちゃん、ナイスパスだったのに。次は絶対決めるから。」
後藤がニッと笑う。
対照的にAチームの面々は凍りつく。
『あのスピードであれだけの鋭い切り返しを見せて、なおかつ
紺野さんがフォローにつめているにも関わらずにGKの位置
を把握してシュート。しかもループだなんて・・・・・・凄すぎる
よごっちん。』
ひとみは今の後藤のプレーに心底驚かされた。
さすがは“日本が産んだ天才”後藤真希だ。
- 93 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 02:03
- 16分、またも柴田から後藤にパスが出る。
が、これは紺野が読んでおり見事にカットした。
「吉澤さん!!」
紺野は素早くひとみにパス。
これを受けたひとみは保田からのプレスを受けたままボールをキープする。
が、キープするので精一杯だ。
『保田さん、凄いプレッシャーだ。やばいっ取られる!!』
「よっすぃーこっちだ!!」
ひとみは倒れながらもフォローに来た矢口にパスを出した。
すぐさま石黒が矢口に当たる。
矢口はひとみからのパスをダイレクトで石黒の裏、右サイド奥のフリー
スペースへ出した。が、そこには誰もいない。
「GO!!」
しかし次の瞬間、矢口は爆発的なダッシュでこのボールを追う。
1人スルーパスだ。
- 94 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 02:09
- 「追いつくで!!中固めろ!!」
中澤から指示が飛ぶ。このチャンスに安倍、大谷、ひとみが
ペナルティエリア内に入ってくる。
「行くよ!!」
追いついた矢口からクロスが上がる。その瞬間大谷とひとみはニアサイドに
ギュッと切れ込む。この動きに中澤がニアに釣られる。
矢口のクロスはファーサイドに。
それに合わせたのは安倍。
小川よりもいいポジションをとり、ヘッドで流し込む。
これにはさすがの飯田も触れなかった。
1本目17分。
Aチームは安倍のゴールで先制点をあげた。
- 95 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/14(土) 02:24
- さらにAチームは攻める。
「ここだべ!!」
「今だべ!!」
「裏!!」
安倍がストライカーの嗅覚を活かして何度も危険なスペースへ
走り込む。
鋭いタイミングでの裏への飛び出し。
一度外に膨らんでから急激に中への切れ込み。
BチームDF陣の死角へもぐりこむ動き。
これらの動き全て、ひとみがボールを持った瞬間に行われた。
『よっしゃ、ええで安倍。それや。』
後方からそれを見ているツンクがほくそ笑む。
彼がひとみと安倍を組ませたのはこのためだ。安倍の動きで
ひとみの秘められた力を覚醒させようというのである。
司令塔を育てるのは誰か?
それは一流のストライカーである。
一流のストライカーはゴールの匂いを感じる事が出来る。
それは普通の選手では嗅ぎ取れない。選ばれた者のみが嗅ぎ取れる匂いなのだ。
そしてその匂いを嗅ぎ取れるストライカーのゴールを狙う動き。
この動きこそが司令塔に“ここへパスを出せばいい”という事を教えるのである。
- 96 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 00:12
- これは逆のことも言える。
ストライカーを育てるのは一流の司令塔である。
一流の司令塔しか出せないパスを追いかけるうちにそのFWの得点感覚
が磨かれていくのである。
そしてそのFWがまた一流の司令塔を育てていくのだ。
これらの最たる例がアルゼンチン代表だ。
今現在世界最高のストライカーの1人に数えられるであろう、
イタリアセリエA、ASローマ所属FW“地上の星”ことナカジマル・ミユキトゥータ。
彼女はアルゼンチン永遠の10番、ミソラ・ヒバリーナのパスを受け続けた
ことで超一流のストライカーになった。
そしてそのミユキトゥータによってスペインリーガエスパニョーラ、
バレンシア所属MFチヒロ・オニツカールやイングランドプレミアリーグ、
マンチェスター・ユナイテッド所属MFマイ・セバスチャン・クラキが
一流の司令塔へと育っていったのである。
そして現在一流の司令塔になった彼女たちは、スペインリーガエスパニョーラ、
FCバルセロナ所属FWタマキル・ナミオラを一流のストライカーに育てているのである。
- 97 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 00:33
- このサイクルが確立しているからこそアルゼンチン代表が「最強」と
称されるのであろう。
ツンクも日本でこのサイクルを確立させたいと思っている。
安倍からひとみへ、そしてひとみからこれから現れるであろう未来のストライカー
へと。
・・・・・それが日本にとって“一度殺してしまった”福田明日香へのせめてもの罪滅ぼしなのだ。
- 98 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 00:50
- 『さすが安倍さんだ・・・・・・』
ひとみは安倍の動き出しの速さに目でとらえるだけで精一杯。
もちろんそこへパスを出せるはずもなかった。
が、安倍の動きを目で追うだけでも自分の中で何かが胎動しているのが
分かった。
一方Bチームの加護。
相変わらずドリブルで突破を試みる。
「加護ちゃんこっち!!」
柴田が叫ぶ。
Bチーム絶好のカウンターチャンス。
保田がひとみからボールを奪い、すぐさま左サイドの加護にパス。
Aチームは後藤のマークについていた新垣が加護へ、後藤には紺野、村田には
斉藤がつく。
が、ボランチの辻も上がっており守りは手薄だ。中央で上がってくる柴田が
完全にフリー。
- 99 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 00:55
- しかし加護は柴田にパスを出さない。
真直ぐ新垣に突っ込んでいく。
「あのアホッ!!何でパス出さんねん!!」
中澤が叫ぶが加護はお構いなしに新垣に突っ込む。
「絶対抜いたる!!」
加護が鋭いフェイントで新垣を切り崩そうとする。
が、新垣は迂闊に飛び込まない。そして中に切り込ませないポジショニングだ。
『ち、時間稼ぎか!ならっ!!』
加護は一度ボールをまたぎ、そしてタテに抜け出した。一瞬のスピードでかわす
つもりだったが、新垣も必死にくらいつく。
「くっ!しつこいわ!!」
加護が鋭く切り返す。新垣はバランスを崩すが持ち前の粘りでまだくらいつく。
- 100 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 01:01
- 『何でや?何で新垣ごときが抜かれへんねん?!!』
加護がこう思うのも無理はない。
普段の彼女であればあっさりと抜いてもおかしくないからだ。
が、今日の加護は頭に血が上りすぎている。そしてごくわずかながら
ドリブルに対する絶対の自信が揺らいでいる。
それでは抜くことなど出来ない。
「くっそー!!」
加護が強引に抜きにかかる。が、新垣の粘りが勝った。
新垣が起死回生のタックルで見事に加護からボールを奪った。
- 101 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 01:14
- 「矢口さん!!」
すぐさま新垣は矢口にボールを渡す。
「ナイス新垣!!」
パスを受けた矢口、右サイドを駆け上がる。
今度はAチームのカウンターだ。
「ちっ!!」
保田が矢口のチェックに向かうが矢口のスピードに追いつけない。
矢口はグングン加速し右サイドを深くえぐる。
「来い!矢口!!」
安倍、大谷、ひとみがゴール前へと走り込む。
『ここは大谷ちゃんだ!!』
矢口はニアに走り込む大谷の頭に速いクロスを送った。
しかし石黒も身体を寄せる。
「くっ!!」
石黒の素早い寄せにボールに触れない大谷。
ボールはファーサイドに走り込む安倍のもとへ。
- 102 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 01:19
- 『あ、これはなっちも届かないべ。』
高さでは日本でも有数の大谷の頭に合わせたボールである。
安倍が諦めるのも無理はない。
が、その瞬間安倍の視界に映ったのは、しなやかに跳躍する1人の選手だった。
『よ、よっすぃー?!!』
ひとみの高い打点からのヘディングシュート。
安倍はその余りに高いヘディングシュートに目を奪われてしまった。
「くぅっ!!」
が、これを何とBチームGK飯田がビッグセーブ。
ボールはゴールラインを割った。
- 103 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 01:22
- 「あー!!」
思わず頭を抱えるひとみ。
完璧なヘディングだった。撃った瞬間決まったと確信した。
しかし守るは日本最高のGK飯田圭織。おいそれとは決めさせてはくれない。
そしてここで1本目終了の笛が鳴った。
- 104 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 01:29
- 「ひとみちゃん惜しかったね。」
「よっすぃー惜しかったのれす。」
石川と辻がひとみの肩を叩く。
「うん、決まったと思ったんだけどね。さすがは飯田さん。」
「よっすぃー、ナイスシュート。」
安倍も笑顔でひとみに声をかける。
が、その表情とは裏腹に安倍の心中は穏やかではなかった。
FWにとってペナルティエリアの中は聖域だ。FWの評価はここでの動きによって決まる。
安倍は普段から笑みを絶やさず、誰に対してでも優しく接するが、ペナルティエリアの中
ではただひたすらゴールを狙う貪欲な獣になる。
そんな獣が、自分では無理と諦めた獲物をあっさりと仕留められたのだ。
FWにとってこれは屈辱であった。
『・・・・・こんなんじゃ駄目だべ。こんなんじゃまた・・・・・殺してしまうべ・・・・』
- 105 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 01:40
- 「加護!あんたええかげんにしいや!!」
中澤が加護を怒鳴る。
が、加護はそれには何も反応しなかった。いや、出来なかったと言うほうが正しい。
『何でや、何でうちのドリブルが通用せえへんねん。Jリーグでは通用しとった。
新垣はもちろん石黒さんだって抜いたことはある。それが・・・・何で・・・・・・?』
加護は真っ青な表情だった。加護の自信は木端微塵に吹き飛んでいた。
そしてそのまま1人チームから離れてピッチに腰をおろした。
その様子を遠くから見ていたツンク。
『大分ショックを受けてるみたいやな。・・・・・そろそろかな。』
ツンクがそう思った時、後藤が加護の側に行き加護の横に腰掛けた。
- 106 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 01:56
- 「加護ちゃん。」
その声に顔を上げる加護。
「あ、後藤さん・・・・・・」
「ドンマイドンマイ。次は行けるよ。」
後藤はふにゃっと笑う。
この2人は気が合うのかプライベートでも付き合いがあった。
「・・・・うちのドリブルはあかんのでしょうか・・・・・通用せえへんのでしょうか・・・・?」
「そんな事ないよ。加護ちゃんのドリブルはごとー、凄いと思う。」
「でも、全然抜かれへん。・・・・今日も、昨日も調子は悪くないのに・・・・・」
そう言ったきり加護は俯いてしまった。
『うーん、確かに今日も、昨日も完璧に止められてるよね。ごとーの見た限り
では決して悪くないのに。里沙ちゃんには悪いけど、あんな簡単に止められる
はずはないと思うんだけどなー。』
後藤は思い出してみる。今日、昨日の加護のドリブルを。
- 107 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 02:07
- 『独特の間合い。鋭いフェイント。足に吸い付くようなボールコントロール。
どれをとっても一流だと思うけどなー。いちーちゃんと同じくらい上手いと
思うんだけど。・・・・・・ん?いちーちゃん・・・・・・・?』
「んあー!!!」
「ひっ?!」
後藤のいきなりの叫びに加護が思わず声を上げる。
「加護ちゃん!!いちーちゃんだよ!!加護ちゃんはいちーちゃんじゃないの!!」
「は?」
加護は後藤の言う意味が分からない。
「そっかー、だから止められたのかー。・・・・・・ん?でもごとーが気付くぐらい
だから裕ちゃんたちも気付いてるはずだよね。」
後藤はブツブツと1人呟く。
「あ、あのー、後藤さん?」
「んあー、そっか!!!」
「ひっ?!!」
またも後藤の奇声に驚く加護。
「こういうのは自分で気付いて直さないとね。だから裕ちゃんは
何も言わなかったんだ。」
うんうんと1人納得する後藤。
- 108 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 02:16
- 「あ、あのー後藤さん?」
「加護ちゃん!」
「ひっ!!」
後藤はガシッと加護の肩をつかむ。
「いい?加護ちゃん。ヒントだけ上げる。いちーちゃん、市井紗耶香って
分かる?」
「は、はいもちろんです。うちが尊敬する選手です。」
「ならいちーちゃんのフランスでの試合って観たことあるよね?」
「も、もちろんです。スカパーで全試合観てます。」
その言葉にふにゃっと笑う後藤。
「じゃあ分かるはずだよ。加護ちゃんといちーちゃんの違いが。そしてそれが
加護ちゃんのドリブルが止められている理由。」
「えっ?どういうことですか?」
「ごとーが言えるのはここまで。後は加護ちゃんが考えて答えを出すこと。
いいね?」
後藤はそう言ってスッと立ち、みなの所へ戻っていった。
『うちと・・・・・市井さんとの違い?!』
- 109 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 02:23
- 「ふーん、後藤の奴中々やるやんけ。」
ツンクがその様子を見てほくそ笑む。
まさに後藤の言うとおりだった。
市井にあって加護にないもの。そしてそれこそが加護にとっての壁なのだ。
『ここが正念場やで加護。これを乗り切ったらお前は世界一のドリブラーに
なれる可能性があるで。』
- 110 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 14:06
- 紅白戦2本目が開始された。
メンバーは先ほどとほとんど同じ。唯一GKだけ交代している。
Aチーム
GK前田 DF斉藤 紺野 新垣
MF辻 ツンク 石川 矢口 吉澤 FW安倍 大谷
Bチーム
GK信田 DF石黒 中澤 小川
MF保田 平家 加護 高橋 柴田 FW後藤 村田
- 111 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 14:19
- まず1本目と違ったのは加護だった。
柴田がボールを持ち、ドリブルで突き進む。
そこへ辻がチェックに来る。腰を落とし、隙のない構えだ。
柴田はすぐに左にはたく。パスは加護のもとへ。柴田はそのまま加護の大外
をまわるように左サイド、ライン際を上がっていく。
「里沙ちゃん!!加護さんに当たって!!」
紺野の指示に従い、新垣が加護に当たる。
この場面、加護は必ず新垣に突っかかっていく。そう紺野はにらんだ。
加護は一度中に切れ込むフリをして左サイドを駆け上がる柴田にパスを出した。
そして自分はゴール前へと走り込む。
「えっ?!加護さんがパス?!!」
紺野を始め、Aチーム、Bチームともに驚いた。
「中行くよ!!」
柴田はペナルティエリアやや手前からGKとDFラインの間に低く速いクロスを送った。
その瞬間飛び込むのは村田。完全にAチームDFを置き去りにし、スライディングで
クロスにあわせた。
しかしこれは惜しくもサイドネットだった。
- 112 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 14:29
- 「あー!!」
思わず天を仰ぐ村田。
「ドンマイめぐみ!次頼むね!!」
柴田が手を叩く。今のは最高の飛び出しだった。
「加護ちゃん、ナイスパス!」
加護は軽く手を上げ、柴田の声に応えた。
「これはもしかすると・・・・・・」
DFラインから見ていた中澤は加護のプレーに一筋の光明を見た気がした。
「みっちゃん、圭ちゃん!!」
「ああ、分かってるで姐さん!!」
「オッケー!!」
平家も保田もどうやら中澤と同じ様に見えたようだ。
- 113 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 14:52
- Aチーム、石川が左サイド浅い位置からアーリークロスを送る。
これを大谷と石黒が競り合う。
競り勝ったのは石黒。こぼれたボールは保田のもとへ。
「加護!!」
保田はすかさず左サイドに張る加護にロングパスを送る。
そこへチェックに行くのはツンク。
『さあ、どないすんねん加護?!!』
「柴田さん!!」
加護が選んだのはパス。中央の柴田にダイレクトで落とし、自分は前へ走る。
そこへ柴田からリターンが来る。絶妙のワンツーだ。
「中行くで!!」
加護は柴田から出されたパスをさらにダイレクトで中へ送ろうとする。
慌てて新垣がクロスを止めようと飛び込む。
『ここや!!』
加護は振り下ろした左足を途中で止め、鋭くタテへ抜け出した。
「あっ?!!」
滑り込んだ新垣は加護がタテに抜けるのを見送るだけであった。
『よっしゃ!!とうとう抜いたで!!』
加護はグッと拳を握り締め、そのままドリブルでサイドを深くえぐる。
そしてフリーで中にクロス。
このクロスに後藤、村田が飛び込むものの、GK前田が積極的に飛び出し
これをキャッチした。
「ちっ、あれをちゃんとうちが合わせなあかん。」
加護が顔をしかめる。しかし心の中は晴れ晴れとしていた。
- 114 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 15:12
- 『加護ちゃん、気付いたみたいだね。』
後藤は加護が自分の壁に気付いた事を確信した。
市井にあって加護にないもの。
それはパスである。
市井はドリブルはもちろんのこと、パスも、そしてシュートも一流レベルである。
だからこそ相手はどれをも気にしなければならず、結果1つに絞り込めず全てが後手になるのだ。
加護の場合はドリブル技術は確かに素晴らしいものがある。
しかし彼女にはそれだけしかない。つまりドリブル以外恐いものがないのだ。
結果、ドリブルだけに気をつけていればいい。
ドリブルで来ると分かっている相手を止めるのはそう難しいことではない。
それこそ世界の一流DFならばあっさりと止めてしまうであろう。
そんな一流DFを抜くにはどうするか?
的を絞らせないこと、迷いを植えつけることである。
いくつかの選択肢があるからこそ相手は迷う。結果、フェイントにも引っかかる。
相手を抜くのに必要なのはドリブル技術だけではない。パス、シュートといった
攻撃能力全てが必要なのである。
加護は今までそれを理解していなかったのだ。
『市井さんってドリブラーのイメージがあるけど、ここぞの時しかドリブル
はせーへん。でもした時は必ず抜きよる。それがホンマのドリブラーなんや。
どんな時でもドリブルするのがドリブラーやないんや。』
加護の壁が崩れた瞬間であった。
- 115 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 15:28
- 一方、ファンタジスタへの覚醒を目指すひとみ。
1本目の終盤あたりから、何かが形となって目の前に現れようとしていた。
「のの!!こっち!!」
ひとみが保田を背負いながらボールを要求する。
とにかくひとみはボールに触りたかった。ボールに触れれば触れるほど
何かイメージが頭の中に浮かんでくるのだ。
辻からのパスを受けたひとみ、保田を右手で抑えつつ強引に前を向く。
「よっすぃー!!」
その瞬間鋭い動きを見せる安倍。
だんだんと安倍の動きが見えてきたひとみ。
ひとみからのスルーパスが安倍が走りこんだスペースに初めて出た。
「よしっ!!」
思わずギュッと拳を握り締めるひとみ。
ピィー!!
が、線審の旗が勢い良くあがった。
「甘いでよっさん。」
中澤がニヤリと笑う。
BチームDF陣、絶妙のオフサイドトラップ。
- 116 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 15:34
- 「よっすぃー!惜しかったべ!!次どんどん行くべ!!」
安倍がパンパンと手を叩く。
「はいっ!!」
そう答えつつひとみは、今のパスを出した瞬間何かが“来た”のを感じていた。
『もうちょっとだ。もうちょっとで何かが見える。』
しかしひとみの「その何か」を引き出したのは安倍ではなかった。
- 117 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 15:44
- 「高橋!!」
平家から右サイドの高橋にロングパスが出る。
どうやら平家はこのレジスタというポジションがよほど合っていたようだ。
この紅白戦、後方から様々なパスでゲームを創っている。
今もスッと裏をとった高橋を見逃さず絶妙のロングパス。
これを受けた高橋、チェックに来た石川をかわして右サイドを駆け上がる。
が、石川もすぐに戻り、斉藤とともに高橋を囲む。
「愛ちゃん!!」
すぐさま柴田がフォローに来る。高橋は無理せず柴田に戻す。
柴田はこれを受け、中を見る。
『そこだっ!!』
柴田はボールを左足に持ち替える。
そしてその得意の左足からパスが放たれた。
- 118 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 15:57
- 『何、このパス?!!』
柴田の左足から放たれたパスは、ひとみが今まで見たどのパスよりも美しかった。
放物線を描くのではなく、曲がるわけでもない。ましてや伸びていくボールでもない。
低いボールでもなく、高いボールでもない。
まっすぐ、ただまっすぐにボールが進んでいる。
そこには重力が存在しないかのように。
このパスに紺野たちAチームDF陣は何かに縛られたかのように一歩も動けない。
「ナイス柴ちゃん!!」
DFラインの裏に抜け出した後藤がこれを胸でトラップ。
そして冷静にゴールへと流し込んだ。
- 119 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 16:13
- 「・・・・・・見えた。」
柴田がパスを出した瞬間、ひとみの身体に電流が流れた。
そして“白い道”が見えたのだ。
「安倍さん!!パス、出しますから。」
ひとみは自信に満ちた表情で言った。
「う、うん、わかったべさ・・・・・」
逆に安倍は自信無く頷いた。
今の柴田のパス。もし自分があのパスを受けたならば反応できたかどうかわからない。
しかし後藤はきっちりと反応し、ゴールネットを揺らした。
『福ちゃん・・・・・なっち、ダメだべ。なっち、全然成長してないべ・・・・・』
- 120 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 16:40
- イタリアトリノ、ユヴェントスクラブハウス。
「ねえアスカ、どうして今回日本代表に行こうと思ったの?」
イタリアセリエAユヴェントスのエース、アレッサンドロ・デル・ハセキョン
が福田明日香に尋ねた。
福田明日香 MF ユヴェントス所属
日本が産んだワールドクラスプレイヤー。
2年前、コンサドーレ札幌から世界の名門ユヴェントスに移籍。
1年目からレギュラーを獲得。今やユヴェントスの中心選手だ。
彼女のポジションは守備的MF、ボランチである。
相手の攻撃の芽をしっかりと抑え、味方の守備をカバーを出来る読みの鋭さを持つ。
また、攻撃に移った時のパスセンスも素晴らしく、攻撃でも守備でも起点となれる選手である。
また、必要とあらば相手を削ることも厭わない。
その実力はイタリア代表のエース、ASローマのナカマチェスコ・ユッキエが「フクダと対戦する
のは嫌だ」と公言しているほどである。
2002−2003シーズンの成績は32試合に出場し、8得点。
スクデット獲得に大きく貢献した。
MVPこそハセキョンに譲ったものの、彼女なくしてはユーヴェのスクデットはなかった
と誰もが口を揃える。
このシーズンの福田のガゼッタ・デロ・スポルト紙による評価の平均は6.9。
これからも福田の実力がうかがえる。
- 121 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 16:50
- 「ん?そうだねー。・・・・・内緒。」
福田はフフッと微笑んだ。
福田は今までずっと日本代表に選出されても辞退し続けてきた。
それが今回、ツンクが日本代表監督に就任すると同時に参加を表明。
世間をあっと言わせた。
「ちゃんと答えてよ。今度あたしたちと試合するんだから。」
ハセキョンがぷうっと膨れる。
日本代表欧州遠征、初戦の相手はイタリア代表。
「ん?それはね、一緒にプレーしたい選手が日本のエースになったから。」
今度は真面目に答えた。
そう、福田が一緒にプレーしたいのは安倍なつみ。
- 122 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 18:08
- コンサドーレにいたころの福田はまさしく天才だった。
ポジションは司令塔、トップ下だった。パスにドリブル、シュート、その全てが
際立っていた。そして何より“見えないものが見える”選手だった。
しかし当時の彼女は天才にありがちな一匹狼。元来無口でクールに見られるせいか、
周りからは生意気だと叩かれていた。チームメートもこの天才の才能に嫉妬していた。
福田も自分のプレーやイマジネーションについていけないチームメートに苛立っていた。
そんな時、コンサドーレユースから2人の選手がトップに上がった。
安倍なつみと飯田圭織だ。
この2人は福田の良き理解者だった。
特に安倍は福田を妹のように可愛がり、福田も安倍を姉のように慕っていた。
しかしコンサドーレフロントは決断する。福田を切ると。
確かに福田のプレーは素晴らしい。
が、彼女のプレーに安倍も含め誰も合わせることが出来なかった。
そのためチームとして機能しなかった。
それに当時の主力のベテランが福田を疎ましく思っていたのもあり、
コンサドーレは福田明日香を自由契約にした。
「日本にいたらダメだ。ここにいたら私、死んじゃう。」
フロントから自由契約を言い渡された福田は翌日、日本から飛び立った。
- 123 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 18:14
- しばらくして“福田明日香、ユヴェントスと契約”というニュースが飛び込んできた。
日本女子初のセリエAプレイヤーとなった福田。開幕戦のスタメンに名を連ねた。
が、彼女のポジションは守備的MF、ボランチだった。
トップ下には世界一の司令塔、フランス代表ナナコーヌ・マツシマが。
1.5列目にはイタリア代表のアレッサンドロ・デル・ハセキョンがいたからだ。
コンサドーレで低いレベルに合わせてしまった福田ではこの2人に敵わなかった。
そして・・・・・・見えていたものが見えなくなった。
この日を境に天才福田明日香は死んだ。
しかし、彼女は天才ではなくなった代わりに超一流のサッカー選手になった。
“ファンタジスタ”ではなく、計算のできるサッカー選手に。
- 124 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 18:17
- 安倍なつみはこの時、自分の力不足を心底恨んだ。
もし、自分にもっと力があったら、もっとサッカーが上手かったら福田は
天才のままだったはずだ。マツシマやハセキョンにだって決して負けなかったと。
“ファンタジスタ”福田明日香を殺したのは私だ。
- 125 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 18:22
- 今や日本のエースとして活躍する安倍なつみ。
彼女ともう一度一緒にプレーしたい。
その思いが福田明日香を動かしたのだ。
「へー、アスカを動かすほどの選手かー。一体どんな選手なの?」
ハセキョンの問いに福田はニコッと笑って答えた。
「天使みたいな選手だよ。」
- 126 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 18:40
- その天使は沈んでいた。
ひとみは柴田のパスを見た後、3回ほど“白い道”が見えた。
その道に沿ってパスを出すのだが、今度はこのパスに安倍が追いつけなかった。
『ダメだ・・・・・・やっぱなっちじゃ・・・・・・』
ガックリとうな垂れる安倍。
そこへベンチから声が飛ぶ。
「しっかりしろなっち!!!大丈夫だから!!なっちだったら絶対大丈夫だから!!!」
親友、飯田圭織だ。
飯田は知っている。ずっと安倍が自分自身を責めていることを。
福田を殺してしまったことを悔やんでいるのを。
しかし飯田はそんな親友に対してどうする事も出来なかった。
サッカーで受けた傷は、サッカーでしか癒せないからだ。
しかし現実には福田はイタリアへ。そして“ファンタジスタ”ではなくなっていた。
そのため飯田は安倍の傷が癒えるのを半ば諦めていた。後は傷と上手く折り合うしかないと。
が、思いがけず吉澤ひとみが現れた。
彼女を待ち望んでいたのはツンクではない。
飯田圭織であり、安倍なつみだったのだ。
このチャンスを逃せばこの先ずっと安倍の傷が癒えることはない。
「頑張れ、頑張れなっち!!」
飯田が祈るように叫ぶ。
- 127 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 18:50
- 「圭織・・・・・・」
親友の心からの叫びに安倍が立ち上がる。
『そうだべ。ここで逃げたらダメだべ。こんなんじゃ福ちゃんに笑われるべ。』
よしっと安倍が頬を叩いて気合いを入れる。
「よっすぃー、絶対合わせて見せるから。」
「はいっ!」
安倍の力強い表情にひとみは頷く。
ラスト3分、チャンスはまだある。
- 128 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 19:02
- 「ひとみちゃん!!」
石川からひとみにボールが渡った。
その瞬間安倍が嗅覚を極限にまで高め、ゴールへの匂いを感じ取る。
『どこだべ、どこがゴールへの道だべ?』
ひとみも“白い道”を探す。
安倍が見えても自分が見えなければどうしようもない。
『どこだ・・・・・・?』
『『あった!!!』』
2人の意思がリンクした。
- 129 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 19:39
- 『えっ?!!』
ひとみがその“白い道”に沿ってパスを出す瞬間、今までとは違う感覚が
ひとみを襲った。
ひとみの脳裏に次、何が起こるかが浮かんだのだ。
戸惑いつつもパスを出すと脳裏に浮かんだことと全く同じことが
目の前で起こった。
「・・・・・・とうとう覚醒したな。」
安倍がゴールを決めたのを見届けたツンクが呟いた。
ついにひとみが“ファンタジスタ”の道を歩みだしたのだ。
昨日、今日の紅白戦は実り多いものだった。
ひとみが“ファンタジスタ”として覚醒し、安倍も傷を癒すことができた。
平家もレジスタを手中に入れだしたし、加護も壁を突き破った。
- 130 名前:第2話 覚醒 投稿日:2004/02/16(月) 19:57
- しかし、一方で大きな不安の種を見つけることとなった。
吉澤ひとみと柴田あゆみ。
彼女たちは決して“プレー”で相容れることはないであろう。
彼女たちのプレーは“陰”と“陽”、“光”と“影”のように正反対。
片方がもう片方を食い尽くす。
食われた方は輝きを失い、残った方はより一層輝く。
ダイヤモンドを磨くにはダイヤモンドを使うしかない。
一体どちらが宝石として残るのか。
それは誰にも分からない。
第2話 覚醒 (終)
- 131 名前:ACM 投稿日:2004/02/16(月) 20:12
- 第2話 覚醒 終了しました。
相変わらず話長いし、文も無駄が多いし、内容、意味も?な感じですみません。
説明文ばっかやし、読みにくいと思います。もっと勉強したいと思います。
続いて第3話の予告です。
第3話 衝撃
欧州遠征に向かったひとみたち日本代表。
初戦の相手はワールドカップ3度制覇のイタリア代表。
世界のトップに力の差をまざまざと見せ付けられる。
しかし日本には彼女がいた。
日本が産んだ天才、衝撃の世界デビュー。
こんな感じです。これからもよろしくお願いします。
- 132 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 01:29
- イタリア・ミラノ空港。
国内合宿を終え、欧州遠征のためイタリアの地に降り立った
ひとみたち日本代表。
そんな彼女たちを出迎えたのは2人の海外組だった。
「あ、いちーちゃん!!」
後藤はその姿を見つけるとすぐさま抱きついた。
「おう、後藤。元気にしてたか?」
市井は顔をほころばせ、抱きついてきた後藤の頭を優しく撫でた。
- 133 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 01:37
- 市井紗耶香 MF ASモナコ所属
昨シーズン、FC東京からASモナコに移籍した市井。
みなの予想を遥かに超える活躍を見せた。
近年不振を極めていたASモナコが、昨シーズン久しぶりに優勝争いに絡んだ
のも彼女の活躍のおかげである。
市井のASモナコでのポジションは4−2−3−1の3の右。
このポジションはウイング的な動きはもちろんのこと、時には2人目のFWとして
ゴール前に飛び込んだり、時にはトップ下やボランチの選手に代わってゲームメーク
したりと多様な才能が求められるポジションである。
市井はこの難しいポジションを高いレベルでこなし、攻撃だけでなく守備でもチームに
貢献した。
昨シーズンの成績は35試合に出場し、10得点12アシスト。
まさしくチームの中心だった。
- 134 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 01:49
- そんな市井を欧州のビッグクラブが見逃すはずがない。
イタリアセリエAのインテル、ラツィオや、スペインリーガエスパニョーラの
バルセロナにバレンシア、ドイツブンデスリーガのドルトムントなどが
市井の獲得に動いている。
しかしその中でも一番有力なのがイングランドプレミアリーグ、アーセナルだ。
今や世界最高のストライカーの1人に数えられるアーセナル所属、フランス代表
ウエト・アーヤが市井にラブコールを送ったのだ。
市井自身もプレミアリーグのスピーディーなサッカーに興味を持っているため、
このアーヤのラブコールを素直に喜んでいた。
このためアーセナルの可能性は高いが、他のクラブも懸命に交渉を続けている。
今現在、その動向が最も注目されている日本人と言えるだろう。
- 135 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 01:58
- 「市井に福田、久しぶりやな。」
「あ、ツンクさんお久しぶりです。」
市井は後藤から身体を離し、頭を下げた。横にいる福田も頭を下げる。
ツンクと福田、市井は初対面ではない。
ツンクはJリーグ1stステージ最終節浦和VS札幌の試合を観た翌日、
欧州に飛び福田たちに会っていたのだ。
自分の日本代表に参加してくれと直接交渉するために。
こういったツンクの熱意と、安倍の台頭も重なって福田は日本代表入りを
決断したのである。
市井は前監督の時から代表に名を連ねているが、それでもツンクはしっかりと
挨拶に訪れている。
こういった礼こそ人と人との信頼につながるのだ。
- 136 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 02:06
- 「明日香、久しぶりだね!」
飯田が福田の前に立ち、手を差し出した。
約2年ぶりの再会だ。
「カオリ、久しぶり。元気だった?」
福田はニコッと笑い、差し出された手をギュッと握った。
『福ちゃんだ・・・・・ホントに福ちゃんがいる・・・・・・』
安倍は福田を見た瞬間動けなくなった。
本当は一番に福田のもとに駆け寄りたかった。
しかしあれ以来福田と会ってもいなかったし、会話もしていない。
福田が自分のことをどう思っているか。その不安が安倍を動けなくしていた。
- 137 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 02:12
- 「・・・・なっち。」
「えっ?」
いつの間にか福田が安倍の目の前にいた。
福田は安倍に抱きついた。
「ふふふふ福ちゃん?」
「なっち、会いたかったよ。元気にしてた?」
そう言って福田は安倍から体を離し、柔らかく微笑んだ。
その笑顔に安倍も自然に笑みがこぼれる。
「元気だべ。福ちゃんこそ元気だったべか?」
「もちろん。・・・・・・なっちに会えて嬉しい。」
「なっちもだよ。」
「何や明日香、変わったな。」
安倍と福田のやりとりを見ていた中澤が呟いた。
以前の福田を知るものならばみなそう思ったであろう。
福田がこんな表情を見せたことなどなかったからだ。
その幼い顔からは世界有数の選手の面影などまったく見えなかった。
- 138 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 02:24
- 「なっち、吉澤って娘はどの娘?」
空港からチャーターしたバスでホテルへと向かう日本代表。
その車内で福田がそっと安倍に耳打ちした。
「ん?あの娘だべ。」
安倍が指差した先には石川と楽しげに話しているひとみがいた。
この2人はどうやら気が合うようで、合宿中からよく一緒にいることが多かった。
『ふーん、あの娘か。ツンクさんが絶賛するぐらいだから本物だろうね。』
「よっすぃーがどうしたんだべか?」
「いや、何でもないよ。ただあの娘10番なんでしょ?だからどんな娘かなって。」
この福田の言葉に安倍は俯いてしまった。そして震える声で言う。
「・・・・・なっちさえしっかりしてれば福ちゃんがそうだったべさ。
ごめんね福ちゃん、なっちのせいで・・・・・」
その言葉に福田は苦笑いを浮かべる。
「何言ってるのなっち。なっちのせいじゃないよ。あたしに力が無かっただけ。」
「ううん、そんなことないべ。なっちが、なっちが、」
「なっち。」
福田は声のトーンを少し落とした。安倍はハッと顔を上げる。
「なっち、本当だよ。あたしに力が無かっただけだから。これは別になっちを
かばってるんじゃないよ。・・・・・うちのチームのナナコーヌ・マツシマに
アレッサンドロ・デル・ハセキョン。彼女たちは本当に凄いよ。桁違いに凄い。
だからあたしがボランチになったのもなっちのせいじゃない。ね、わかった?」
そう言って微笑む福田。
「福ちゃん・・・・・・。でも、ホントだべか?その2人、そんなに凄いべか?」
「うん。あいつらは・・・・・人間じゃないよ。」
- 139 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 02:46
- 「うわっ、でっけー!!」
ひとみは思わず声を上げた。
ジュゼッペ・メアッツァ、またの名をスタディオ・サンシーロ。
言わずと知れたインテルミラノとACミランのホームスタジアムだ。
幾多の名選手たちがしのぎを削ったこの舞台。
ここが欧州遠征第一戦、対イタリア代表の舞台だ。
ロッカールーム。
ツンクの声が響く。これからスタメン発表だ。
ツンクがスタメンを選手に言い渡すのは試合直前。
それは直前まで言わない事で選手のモチベーションを保つためだ。
「GK飯田。DF、左から斉藤、紺野、小川。MF、ボランチ福田、辻。
左に石川、右に市井、トップ下に吉澤。FW、安倍、後藤。」
今日のスタメンはU−22だった。
それは9月にアテネオリンピック最終予選があるためだ。
今回の欧州遠征はA代表の遠征だが、メンバーのほとんどがU−22であるため
この試合をツンクはU−22の強化にも当てるつもりだ。
「さあ円陣組むよ。」
中澤が出場しないため、キャプテンマークを巻いた飯田がみなを集める。
「相手は格上かもしれないけど、絶対に気持ちで負けないようにね。
がんばっていきまー・・・・・・・」
「しょいっ!!!!!」
- 140 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 03:00
- 午後7時。
飯田以下11人の日本代表、ナカムラーニ以下11人のイタリア代表が入場。
ホームのイタリアはアズーリと呼ばれる所以のブルーのユニフォーム。
アウェーの日本は白のユニフォームだ。
イタリア代表は今考えられるベストのメンバーを揃えてきた。
それはEURO2004があるためだ。
現在その予選が行われているが、イタリア代表は予想外の苦戦を強いられている。
イタリア代表のグループ9、首位はマンチェスター・ユナイテッド所属、マツシタ・ユキス
率いるウェールズ代表。イタリアは現在2位だ。
この現状はイタリア国民にとっては許しがたいものだ。
それだけにこの日本との試合に快勝し、勢いをつけて予選を戦って欲しいと願っている。
それはつまり今日の試合、日本に快勝しなければならないということだ。
- 141 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 10:24
- イタリア代表、キャプテンはアズーリ最多出場記録を持つ
“鉄人”タマオ・ナカムラーニ。ACミラン所属。
このナカムラーニとDFラインを組むのが世界最高のDFと呼ばれ、今一番
バロンドールに近いDFとされる、マキコサンドロ・エスミ。
ついこの間ラツィオからACミランに移籍したばかりだ。
小柄ながらも屈強な身体、バネのようなジャンプ力が魅力のミホ・カンノバーロ。
彼女もパルマからインテルに移籍したばかりだ。
この3人で形成されるDFラインはまさに世界最強であろう。
さらにその後ろに控えるのはイタリアのみならず欧州屈指のGK、
ユヴェントス所属ジャンルイジ・フカキョン。
中盤にも高品質の汗かき屋、ASローマのキョウノ・コトミージがおり
この守備ブロックはまさしくカテナチオの異名どおりの陣容だ。
- 142 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 10:35
- また、前線にもタレントは揃っている。
2トップはイタリアのみならず世界でも最強と呼べるほどの2トップだ。
その均整のとれたスタイルからは想像のつかないほどのパワーで相手を蹴散らし、
ゴールを決める。なおかつパワーだけでなくスピード、テクニック、ヘディングの
強さ、ポストプレーの巧みさと全てが揃う、イタリア史上最高のFW。
インテル所属、ヨネクラン・リョウコ。
左サイド45度。この位置は尊敬と畏怖を込めてこう言われる。
“ハセキョン・ゾーン”と。
卓越したテクニック、そしてゴール前で見せる創造力。
彼女はまさに“ファンタジスタ”だ。
彼女にボールが渡った瞬間、観客は夢を見る。しかしそれは対戦相手に
とっては悪夢である。
左サイド45度、ここでフリーで彼女にボールが渡れば、次の瞬間イタリアの
スコアが1つ加算される。これは揺るぎようのない法則だ。
イタリアが産んだ“ファンタジスタ”ユヴェントス所属アレッサンドロ・デル・ハセキョン。
- 143 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 10:39
- そしてこの2人を操る司令塔。
ASローマ所属、“イタリアのプリンセス”ことナカマチェスコ・ユッキエ。
パス、シュート、ドリブル、その全てが宝石といっていいほどの輝きを放つ。
彼女の前にはどんな選手もひざまずく。まさに生まれついてのプリンセス。
そんなじゃじゃ馬を予測する事、止める事は誰にも不可能だ。
- 144 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 10:41
- <日本代表>
安倍 後藤
吉澤
石川 市井
辻 福田
斉藤 紺野 小川
飯田
- 145 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 10:47
- <イタリア代表>
7 21 1 フカキョン
3 ナカムラーニ
10 5 カンノバーロ
MF MF 6 エスミ
7 ハセキョン
17 MF 10 ユッキエ
17 コトミージ
3 6 5 21 ヨネクラン
1
- 146 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 11:01
- 開始早々セリエA屈指の名勝負、ユッキエVS福田が始まった。
「くっ、アスカ!相変わらずやるじゃない!!」
「ユッキエ、今日もよろしくね。」
福田はその軽い言葉とは裏腹に、激しくユッキエを削る。
たまらずユッキエが右サイドにふる。
しかしそれを読んでいた石川がカット。
「ごっちん!!」
石川からの素晴らしいロングパスが後藤の足元にピタリと止まった。
オオッ!!!
そのパスの精度の高さに思わずスタンドが唸る。
後藤の前に立ちはだかるのはナカムラーニ。
後藤は一旦中に切れ込むと見せて外に抜け出した。
その動きは鋭く、あのナカムラーニも完全に置いていかれた。
「ごっちん!!」
その瞬間ゴール前に飛び込むひとみに安倍。それを逃さず後藤が右足でクロス。
ボールはファーサイドの安倍へ。
『決めるべ!!』
安倍はカンノバーロを振り切り、クロスをダイビングヘッドで合わせた。
が、これをフカキョンがスーパーセーブ。
オオオオオオ・・・・・・・・
後藤の鋭い突破、安倍のカンノバーロを振り切る動きにスタンドがどよめく。
予想を裏切る日本の好い立ち上がりだ。
- 147 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 11:12
- しかしイタリアは日本のこれらのプレーで目を覚ましたようだ。
辻のパスをカットしたコトミージからユッキエへパスが出る。
ユッキエ、福田からのプレッシャーを受けつつもこれをコントロールし
左サイドに開いたハセキョンにパス。
「マコ!当たって!!」
紺野からの指示が飛び、すかさず当たりに行く小川。
が、優雅な舞を舞うようにあっさりと小川をかわすハセキョン。
そのまま左サイドを駆け上がる。
「待てよ!」
しかしそうはさせじと市井が戻りハセキョンに肩をぶつける。
『イチイか、さすがだ。』
ハセキョンは無理せずフォローに来た左MFにボールを戻す。
この左MFはすかさず中にクロスを放り込む。しかし中にはヨネクランただ1人。
対する日本は紺野、斉藤が2人がかりでヨネクランと競り合う。
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
1人で競り合ったヨネクラン、紺野と斉藤をふっとばし頭で合わせた。
ボールは飯田が伸ばす手をかすめてゴールネットを揺らした。
イタリア、あっさりと先制点。
「ちっ!バケモノかいな奴は・・・・・」
ベンチでツンクが舌打ちする。
- 148 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 11:21
- その後もイタリアは押す。
左サイドはハセキョンが何度も突破し、チャンスを創る。
右サイドもヨネクランが強引に突破をはかる。
唯一ユッキエだけは福田が押さえ込んでいるが、その分福田がユッキエに縛り付けれる。
次第に市井、石川の両サイドハーフがポジションをずるずると下げていく。
ボランチの辻も守備に追われている。
これによりFWと中盤、DFラインの距離が開いていく。
前線で孤立するひとみ、後藤、安倍。
3人だけではあのイタリアのDF陣を打ち破るのは不可能だ。
- 149 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 11:39
- ハセキョン、もう何度目かわからない左サイド突破。そして中にクロス。
ボールはファーサイドへ。そこで待ち構えるのはヨネクラン。
斉藤、紺野が競り合うがヨネクランには勝てない。
ヨネクラン、ヘッドで中に落とした。そこに走り込むのはユッキエ。
しかし福田もきっちりついている。
『ちっ、さすがアスカ!』
これは無理だと判断したユッキエ、左に流す。
左サイド45度、ここに走りこんでいるのはハセキョン。
「やばいっ!!」
市井がすぐさま危険を察知、身体を投げ出しシュートコースを防ぐ。
しかしハセキョン、ブロックにきた市井をあざ笑うかのようなループシュート。
懸命に飛びつく飯田の手をかすめるようにして弧を描き、サイドネットに吸い込まれた。
“ハセキョン・ゾーン”その法則通り、イタリアのスコアが1つ加算された。
- 150 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 11:50
- さらにイタリアは攻める。
ハセキョンからヨネクランへスルーパス。これは紺野が何とか止めた。
ヨネクランのポストプレー。最後に詰めたのはユッキエ。しかしこれは福田が防いだ。
「今日のアスカ、いつもより凄いじゃん。」
ユッキエが福田に話しかける。その表情は余裕だ。
「ユッキエこそね。」
福田も負けてはいない。
またも福田VSユッキエ。激しく競り合う。
が、そこへ1人の選手が飛び込み、ボールを奪った。
市井紗耶香だ。
「行くよ!!」
市井はそのままドリブルで前線に上がっていく。スピードで1人目、左MFをかわし、
そして2人目、コトミージを細かなステップと鋭いキレのドリブルでかわした。
「くっ!!」
その瞬間世界最高のDFと言われるエスミが市井に飛び込んでくる。
「後藤!!」
「いちーちゃん!!」
これを市井は後藤とのワンツーでかわす。
そしてペナルティエリアやや外から強烈なミドルをお見舞いした。
GKフカキョンがダイブするが全く届かない。
ゴオンッ!!
しかし惜しくもクロスバーに嫌われた。
ウオオオオオオオ!!!
今のプレーにスタンドが大きく沸く。
あれだ、あのスピードにキレ。あれこそ市井紗耶香だ。
- 151 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 11:58
- 「す、凄い市井さん。さすがや。」
ベンチで戦況を見つめている加護が思わず呟く。
あのコトミージをあっさりかわしたドリブル、そしてパス、シュート。
そのどれもが凄かった。
市井を見ていれば何故相手を抜けるのかがわかる。
あんなパスにシュートを持ってたらドリブルだけに的を絞るなんてことは出来ない。
『凄いです市井さん。でも、うちも絶対そこまで登りつめてみせます。』
新たに闘志を燃やす加護であった。
- 152 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 12:05
- ユッキエからボールを奪った福田、前線のひとみにロングパス。
ひとみはボランチ2人からのプレッシャーを受けながらもトラップ。
『よし、大丈夫だ!』
イタリア代表ボランチのプレッシャーをがっちり受け止められた。
ひとみのフィジカルは欧州で充分通用する。
そしてそのまま右サイドの後藤にパスを出した。
後藤の前にはナカムラーニ。ナカムラーニ、先ほど抜かれた屈辱は忘れていない。
だが後藤、鋭い切り返しでまたもナカムラーニをかわした。
GKと1対1だ。GKフカキョンが飛び出してくる。
後藤はこれに慌てることなく憎らしいほど冷静にループシュート。
決まるかに思われたが、ゴールギリギリでエスミがかき出した。
- 153 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 12:21
- さらに後藤は止まらない。
左サイドにポジションチェンジした後藤。
イタリアはナカムラーニからカンノバーロにマークがスイッチ。
カンノバーロ、腰を落とし突破に備える。
後藤、一度右足でボールをまたぎ、左へと抜ける。もちろんカンノバーロもこれに反応。
が、これはフェイク。すぐさま右に切り返す。
「ちっ!!」
しかしさすがはカンノバーロ、これにも付いていく。
が、これもフェイクだった。
「なっ?!!」
さらに鋭く左に切り返す。
余りの鋭さにカンノバーロもついていけずにバランスを崩して倒れた。
左サイドを突破した後藤、中にクロス。
が、これはエスミが大きくクリアした。
「・・・・・まさか・・・・・」
イタリア代表の面々は信じられないといった表情だ。
反射神経とキレではヨーロッパでも屈指のカンノバーロがついていけない程の
凄まじい切り返し。
さらに今度はエスミだ。
真正面からの1対1で、後藤のフェイクによって創られたコースに
見事にシュートを撃たれた。
これはフカキョンが何とか止めたものの、フカキョンでなければゴールを
割られていたであろう。
- 154 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 12:26
- 誰だあの23番は?
スタンドにいる欧州の各クラブのスカウトたちがざわめく。
あのナカムラーニ、カンノバーロ、エスミというイタリア鉄壁の3バックを
1人で完全に手玉にとっている。
市井、福田を見に来たスカウトたちの視線が一斉に23番に注がれる。
いや、スカウトだけではない。
イタリアの圧勝を期待して観に来た観客も日本の23番が生み出すプレーに
完全に心を奪われている。
- 155 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 12:27
-
“日本が産んだ天才”後藤真希、衝撃の世界デビュー。
- 156 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 12:33
- ここで前半が終わった。スコアは2−0。
差は2点差だが、内容は完敗に等しい。
後藤の個人技でチャンスは何度か創っているものの、やはり全体的に
見てイタリアが全ての面で上だ。
それが分かっているだけにみなの帰ってくる足取りが重い。
後半はさらにイタリアのペースとなった。
- 157 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 12:38
- 「どうしたアスカ?」
「くっ!!」
次第に福田のマークが振り切られるようになった。それも無理はない。
普段のセリエAではユーヴェのDFが強いため、福田も安心してユッキエの
マークに専念できる。
しかし何度もハセキョンやヨネクランに最終ラインを突破されている今の状況
では、しばしば最終ラインのカバーにまで回らなければならない。
こんな状況ではユッキエを押さえられるはずはない。
- 158 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 12:59
- 「もらったよアスカ!!」
「しまった!!」
前半から飛ばし続けていた福田、とうとうユッキエに突破を許した。
フリーで前を向くユッキエ。
ユッキエの右足から柔らかなスルーパスが出された。
小川と市井、辻の狭い間を抜けるスルーパス。そこに走り込むのはハセキョン。
が、紺野もこれに反応していた。この危険察知能力はさすがだ。
しかしハセキョンはさらに上をいった。
このスルーパスをそのままシュート、と見せかけて右足を軸足の後ろに振り下ろす。
“ラボーナ”だ。
ゴール前中央にふわっとボールが上がる。
「お前らのやってることは全部お見通しだ!!」
最後飛び込んだのはイタリアのプリンセス。ユッキエの右足から放たれたシュート
は、日本のゴールに突き刺さった。
- 159 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:03
- ウオオオオオオオオ!!!!
今日の試合で一番大きくスタンドが揺れた。
2人の“ファンタジスタ”が見せたファンタジーは、観客を夢の世界へと
誘い、日本イレブンを地獄に叩き落した。
がっくりと肩を落とす日本イレブン。
これでこの試合は勝ったとホッと胸を撫で下ろすイタリアイレブン。
しかしこのプレーに逆に闘志を燃やす者がいた。
日本の“ファンタジスタ”だ。
- 160 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:07
- ここでツンクが動いた。
「中澤、頼むわ。」
「わかりました。」
後半17分、小川に代えて中澤を投入。
中澤が入ったことにより紺野は中央から右へとポジションを移そうとする。
しかし中澤がそれを止める。
「紺野!!あたしが右や!!あんたが中央でラインコントロールせえ!!
ええか、負けんな!!まず気持ちで負けんな!!」
中澤のゲキがピッチに響く。
- 161 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:11
- 「上がって!!」
紺野の号令のもと、3枚のDFが一斉に前に上がる。
その瞬間ユッキエから裏にスルーパスが出た。
バサッ!!
線審の旗が勢いよく上がる。オフサイドだ。
「よっしゃ、紺野!!それでええで!!」
中澤の言葉に頷く紺野。
そう、3バックは勇気を持たねばならない。
自分たちがずるずるとDFラインを下げれば両サイドもボランチも下がらねばならない。
勇気を持ってラインを上げる。
それが積極的な守備になり、すぐに攻撃にも転じることが出来るのだ。
- 162 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:20
- カンノバーロからユッキエにロングフィード。これをユッキエと福田が競り合う。
このこぼれ球を拾ったのはハセキョン。
その瞬間、中澤が激しく当たる。たまらずよろけるハセキョン。
それを逃さず中澤がボールを奪った。
「おらっ!石川!!」
中澤から左サイドの石川にロングパス。
これを受けた石川、今度は右サイドに。石川の“魔法の左足”がうなる。
60mの超ロングパスが測ったように市井の足元へ。
左に右に大きく揺さぶられたイタリアディフェンス。市井がフリーだ。
「よしっ!!」
市井が勢い良く右サイドを上がる。そして中を見る。
『後藤にはナカムラーニ、なっちにはカンノバーロがついてる。吉澤だ!!』
市井は中央を上がって行くひとみにグラウンダーのクロスを送った。
その瞬間エスミがDFラインを飛び出し、ひとみに突っ込む。
『・・・・・・見えた!!』
ひとみの目に一筋の白い道が。
- 163 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:25
- 市井のクロスにダッシュで飛び込む。
エスミを身体でおさえつつ、このクロスを自分の股の間に通す。
そして右足のインサイドで左足の踵ごしにボールをとらえ、スルーしたはずの
クロスをゴール前へとコースを変える。
「来たべ!!!」
安倍はこれに反応していた。
飛び出してくるGKフカキョンの鼻先で合わせ、ゴールネットを揺らした。
後半29分、日本、1点返した。
- 164 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:32
- 「なっちー!!!」
「ふふふふ福ちゃん!!」
安倍に福田が満面の笑みを浮かべて抱き付く。
福田は嬉しかったのだ。
あのパスに安倍が反応できたことが。
「よしこナイスパスだよ!!」
後藤がひとみに抱き付く。
「吉澤、やるじゃねえか!!」
市井もひとみの背中を叩いて祝福する。
今のプレーにスタンドも大きく揺れている。
スカウトたちは今のプレーに目を丸くする。
「誰だあの10番?何と言うアイデアだ。」
「パスだけじゃない。フィジカルも素晴らしい。」
「私は9番だ。類まれな得点感覚だ。」
「今日は収穫だ。イチイ、フクダ以外にこれ程の選手たちがいるとは。」
にわかにスカウトたちの動きがせわしなくなってきた。
- 165 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:46
- 1点返し、これからというムードになる日本。
ここでツンクは大谷と矢口を投入。(安倍、市井がOUT)
もう1点取りにいく。
しかしイタリアも今の失点で気合いを入れなおし、必死のディフェンスをみせる。
そしてカウンターからのヨネクランの強引な突破で1点追加し、試合は終了した。
日本1−4イタリア
【得点】
前 6 イ ヨネクラン (左MF)
前22 イ ハセキョン (ユッキエ)
後16 イ ユッキエ (ハセキョン)
後29 日 安倍なつみ (吉澤ひとみ)
後43 イ ヨネクラン
- 166 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 13:54
- 惨敗。
それが一番しっくり来るであろう。
確かに局面局面では光るプレーもあった。が、それが何なのだ。
1−4、言い訳のしようがない数字だ。
「アスカ。」
「ユッキエ。」
戦い終えたユッキエと福田がユニフォームを交換する。
「今日は完敗。やられたよユッキエ。」
福田の言葉に苦笑いを浮かべるユッキエ。
「いや、試合はこっちが勝ったけど、それはチーム力の差。
個人の勝負じゃあたしの負けだよ。」
そう言って肩をすくめるユッキエ。
もし、今日の福田の出来で、DFラインを気にすることなくピッタリとマーク
に付かれていたとしたら。
そう考えると個人の勝負では完敗だ。
「ところでアスカ。あの10番って何者?」
ユッキエの端正な顔が険しくなった。やはり彼女もあのプレーが気になったようだ。
その質問に福田はニッと笑って答えた。
「うちの“ファンタジスタ”だよ。」
- 167 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 14:10
- 試合後の記者会見。
まずはイタリア代表監督、ケン・オガタットーニが席についた。
そしてその横にユッキエとハセキョンが座った。
――見事な勝利でしたね。
「選手たちの動きに大変満足している。リーグ戦開幕前というコンディション
的に難しい試合だったが、よく頑張ってくれたと思う。
――相手の日本の印象はどうでしたか?
「日本は素晴らしいチームだ。個人の能力も高い。ただ、まだチームとしての
成熟度が足りない。」
――日本の選手で目についた選手は?
「まずはフクダだ。個人の勝負で言えば今日のユッキエは完全にフクダに負けていた。」
オガタットーニ、ユッキエを見る。ユッキエはベッと舌を出す。会場には笑いが。
「そしてイチイだ。彼女のテクニックは素晴らしい。攻撃だけでなく守備でも
わがイタリアを苦しめていた。
しかし、一番は何といっても23番だろう。彼女は本当に驚きだ。うちの
ナカムラーニが何度振り切られたことか。そのショックでナカムラーニは
会見をパスしてしまったよ。」
オガタットーニが肩をすくめる。
「後は、9番、10番、14番、そして後半から入ってきた3番が印象に残っている。
彼女たちには才能がある。これから日本は強くなっていくだろう。」
そう言ってオガタットーニはマイクをおいた。
- 168 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 14:17
- 続いて選手たちに質問が飛ぶ。
―――ユッキエ選手、日本はどうでしたか?
「相変わらずアスカは嫌です。」
会場はまたも笑いが。
「日本はいいチームです。これから強くなるでしょう。」
―――他に気になった選手はいましたか?
「そうですね。監督の言われた選手たちですね。それとDFラインの中央に
入っていた16番。彼女は中々いい守備をしていたと思います。」
―――ハセキョン選手はいかがですか?
「はい、私は9番が気になりました。彼女はいいFWです。ぜひ一緒にプレー
してみたいですね。」
この発言にオオッとざわめく。
―――それはユーヴェに、というラブコールですか?
「ふふふ、それはどうでしょうか?」
ハセキョンは意味ありげに微笑んだ。
- 169 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 14:30
- 続いて日本代表監督、ツンクが1人で席についた。
―――この結果をどう受け止めますか?
「そのままです。世界との差はまだまだあるということです。」
―――課題は何でしょう?
「全てですね。個人の力に組織力。何もかもです。」
―――収穫はありましたか?
「もちろんです。世界というものを直接肌で感じられたことが何よりの収穫です。
私のチームには若手が多い。その若手にとっていい経験になったと思います。」
―――試合中の選手交代の意図をお聞かせ下さい。
「はい、まず小川から中澤に代えたのはDFラインがパニックにおちいっていたため
です。こういう時こそベテランの力が必要です。しかしベテランに頼りすぎるのも
良くない。ですから私は、中澤は本来3バックのセンターを務める選手ですが、
右サイドに入れ、引き続き紺野にラインコントロールを任せました。
その後は1点は取られましたがまずまずの守備だったと思っています。」
ここまで話した後、ツンクは一度水で口を潤した。
「そして矢口と大谷の投入。これはまずは市井のコンディションによるためです。
欧州は今、シーズン前。そのためにコンディションを気遣いました。福田も下げた
かったのですが、相手はあのユッキエです。ここは下げられないでしょう。
そして大谷投入ですが、これは世界最高のDF陣がどれほどのものか経験させる
ためです。その中で自分の武器が通用するか試して欲しかったのです。」
―――なるほど。では、今後の予定をお聞かせ願えますか?
「はい。この後、スペイン、フランスと親善試合をする予定です。今日のイタリア
との経験を活かしてこれらの試合に臨みたいと思います。
最後に我々日本代表に対してベストメンバーで臨んでくれたイタリア代表に、
心から感謝します。」
ツンクは流暢なイタリア語で述べた後、深く頭を下げた。
第3話 衝撃 (終)
- 170 名前:第3話 衝撃 投稿日:2004/02/18(水) 14:58
- 第3話 衝撃 終了です。
果たして見てくださっている方はいらっしゃるのだろうか?
という疑問を抱きつつ、続いて第4話の予告です。
第4話 トップオブザワールド
欧州遠征第2戦は無敵艦隊スペイン代表。
世界bPリーグ、リーガエスパニョーラを誇る
スペイン相手に日本代表はどう立ち向かっていくのか。
第3戦の相手は王者フランス代表。
そしてここには“世界の頂上”に立つ選手がいた。
こんな感じです。よろしくお願いします。
- 171 名前:名無し 投稿日:2004/02/18(水) 19:04
- ちゃんと見てますよ。
サッカーのことはよく判らないけど話に引き込まれてしまいます。
これからも頑張ってください!
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/18(水) 19:38
- ミテルヨー
- 173 名前:名無しさん 投稿日:2004/02/18(水) 19:57
- グングン話に引き込まれていってます。
今では毎日更新チェックしてるほどです。
なにより作者さんが楽しみながら書いてるのが伝わってきて
こっちまで楽しい気持ちにさせられてます。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/19(木) 12:40
- どんどん才能をあらわにしていく
メンバーを見るのが楽しい!!
ず〜っとみてますよ!楽しみにしています。
がんばってください。
- 175 名前:ACM 投稿日:2004/02/19(木) 23:48
- おお、レスがついていて凄く嬉しい。感動です。
171> 名無し様
ありがとうございます。こんな話ですけど、一生懸命やりたいと思ってます
のでこれからもよろしくお願いします。
172> 名無飼育さん様
見てくださってありがとうございます。またこれからも見ていただけると
嬉しいです。
173> 名無しさん様
毎日更新をチェックしていただいているそうで本当に嬉しいです。ありがとう
ございます。これからも楽しんで書いていきたいと思います。
174> 名無飼育さん様
ありがとうございます。まだ他にも才能を秘めたメンバーがたくさんいます。
そのメンバーたちにも期待して下さい。
では今日の更新といきます。
第4話 トップオブザワールド
- 176 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:03
- 翌日のイタリアの新聞は、昨日のイタリア代表VS日本代表が一面を飾っていた。
ひとみたちはミラノのホテルでその新聞を眺めていた。
“アズーリ、大勝!!”
“EUROに向けて大きな弾み!!”
一面にはやはりイタリアを褒め称える記事が並ぶ。
しかし次の紙面をめくると。
「あ、ごっちんだ!」
「んあ?」
昨日の後藤のプレーの写真が載っていた。その横の記事と合わせると
その紙面の半分を埋めていた。
「ねえねえ福ちゃん、何て書いてあるべ?」
安倍が福田にすぐに訳すように急かす。
「わかったよなっち。えーっと、・・・・・昨日の試合、確かにイタリアが大勝したが
日本も悪かったわけではない。むしろ個人レベルではきらめく才能が溢れていた。
ユヴェントスで活躍するフクダ。その移籍先が注目されているASモナコのイチイ
以外にも隠れていた才能があった。
まずはFWのナツミ・アベだ。彼女の類まれな得点感覚は我が国が誇るストライカー、
ACミランのスズカゼ・マヨザーギを彷彿とさせる。
そしてMFのヒトミ・ヨシザワ。彼女のファンタジーなプレーにより日本の得点が
生まれた。それに抜群のフィジカルを持っている。
しかしその中でも私が推すのはFWのマキ・ゴトウだ。
彼女のテクニック、スピード、キレは本当に素晴らしい。何しろ我が国が誇る世界最高
の3バックを1人で完全にかき回したのだから。それにゴール前でも冷静なループシュート
を放つなど、ドリブルだけでなくシュートも、そしてパスセンスも備えている。
彼女のプレーにはきらめきがある。だからこそ彼女は一日もはやく欧州に来るべきだ。
彼女ならばどのチームに来てもレギュラーはもちろん、エースとなれる逸材である。
それぐらいの衝撃を私は受けた。
これは誇張でも何でもない。何しろオガタットーニ監督も絶賛を惜しまなかったの
だから。・・・・・・・だって。」
- 177 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:09
- 「凄いじゃんごっちん!!」
ひとみを始めみな、この記事に目を輝かせる。
何しろ目の肥えたイタリアの記者にここまで言わせたのだから。
しかし当の後藤本人は困惑した表情だ。
「んあ?んー、でも昨日は負けたからあんまり嬉しくない。
やっぱチームが勝った方がいいよ。」
後藤の言葉にみなが感心して頷く。
これだけ自分の事を褒められているのにも関わらずチームの方を先に思う。
そんな後藤の言葉、姿に市井は嬉しさを隠せない。
『なんだよ後藤。いつの間にそんな大人になったんだ?市井は嬉しいよ。』
- 178 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:19
- 次の試合のため、ミラノを発ち、マドリード空港に到着したひとみたち日本代表。
次戦の相手は無敵艦隊スペイン代表。
FIFA国際ランキングで世界最強リーグとなったリーガエスパニョーラを
誇るスペイン。しかしこのスペイン、クラブレベルではランキング通り様々な
栄光を手にしているが、代表レベルになると1964年のEURO1964優勝、
それから1920年、2000年のオリンピック銀メダルとあるが、これでは
リーガエスパニョーラと対比すると少々物足りない。
確かに予選などでは圧倒的な力で勝ち進むが、いざ本戦となるといつもいいところで
涙を飲む。これは国内の複雑な民族問題が原因と言われている。
しかしそろそろスペインにもビッグタイトルを、ということで近年では代表にも力を
いれている。
- 179 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:27
- そのスペイン代表のシンボルとなる選手が、レアル・マドリード所属FW、
ユウーコ・タケウッチャンである。
テクニックはあるが、滞空時間の長いヘディングも、爆発的なスピードも
ユウーコは持ち合わせていない。だが、彼女の頭の中にはつねにゴールへの
道が完璧に描かれている。壮大なイマジネーションとその“再現力”こそ
ユウーコの恐さである。
そしてスペインといえばサイドアタックである。
そのスペインのサイドアタックを担うのが、レアル・ベティス所属MF、
ミホチャン・シライシ。何しろ速い。その圧倒的なスピードでスペインの
左サイドはサーキット場へと化す。
チームの心臓部として攻守の要となるのがFCバルセロナ所属MF、
メグ・オキーナだ。バルサが誇るカンテラ(下部組織。ユースチーム。)
上がりの彼女はそのゲームメイク能力から世界一のレジスタと言われている。
- 180 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:32
- しかし今回のメンバーで本当のレギュラーと呼べる選手はこの3人のみだった。
後は若手や準レギュラークラスの選手たちが名を連ねている。
スペインが日本をなめている証拠である。
「今日のスタメンや。」
レアル・マドリードのホームスタジアム、サンチャゴ・ベルナベウの
ロッカールーム。ツンクによりスタメンが発表されていた。
「GK信田。DF、左から石黒、中澤、新垣。MF、ボランチ保田、平家。
左に加護、右に矢口、トップ下柴田。FW2トップ、村田、高橋や。」
欧州遠征第2ラウンドが始まった。
- 181 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:41
- 「ふう、疲れた。」
ヴィッセル神戸所属FW、木村アヤカは一日の疲れをお風呂で癒した後、
早速テレビをつけた。
今日行われた日本代表VSスペイン代表の試合結果を見るためだ。
本来ならばアヤカもこの遠征に同行しているはずであったが、Jリーグ1st
ステージ最終節、対横浜Fマリノス戦で足首を負傷。
そのため代表召集を見送られたのだ。
怪我の程度は軽く、帯同することも可能だったのだがそこはツンク。
決して無理はさせなかった。
「あ、ちょうどいいタイミング。」
テレビではちょうどスペイン戦のダイジェストを流していた。
- 182 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:49
- 「・・・・すごい。みんなやるじゃん。」
ニュースを見終えた後、アヤカは呟いた。
試合の結果は3−2でスペイン代表の勝利に終わった。
スペインの得点は全てユウーコ。見事にハットトリックを達成した。
だがしかし、試合内容は決して悲観するようなものではなかった。
ユウーコの3得点のうち、2得点がPKによるものであり、それも思わず首を
傾げてしまうもの。残る1点もセットプレーによるもので流れの中で崩された
失点はなかった。
中盤の争いでは保田が完璧にオキーナを押さえ込み、平家が世界一のレジスタの
お株を奪うようなゲームメイクを披露した。
トップ下に入った柴田は前線に何度も絶妙なパスを送り、スペインディフェンス
を慌てさせた。
そして日本最速、矢口真里VSスペイン最速、ミホチャン・シライシ。
この戦いは矢口に軍配が上がった。
これにはスペインのマスコミも驚愕の表情を浮かべていた。
あのシライシより速いのが日本にいる、と。
- 183 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 00:55
- 日本の得点は後藤(後22途中出場)と加護だった。
まずは後藤。後半22分に高橋に代わりピッチに立つと質の高い動きを見せ、
先のイタリア代表との試合での活躍がフロックでないことを証明してみせた。
後半32分、加護からのクロスをももでトラップすると、当たりに来たスペイン
DFをキックフェイントでかわす。そして左足でシュートを撃つと見せかけて
鋭く切り返す。これで2人目もあっさりかわされる。
そして最後は右足で3人目のDFの股間を見事に通し、ゴールネットに突き刺した。
その華麗なプレーに数多く集まったスカウトたちから称賛の声が惜しみなくあがった。
- 184 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:04
- そして加護亜依。彼女のドリブルはこの試合キレまくっていた。
試合序盤はパスをまわし、サイドだけでなく中に切れ込む動き、効果的な
フリーランニングなどを行うことでスペインの右サイドの選手にドリブル以外
もあるぞという事を植えつけていた。
そして後半、溜めに溜めたドリブルが爆発した。誰も加護を止められない。
後藤の得点も加護の見事な突破から上がったクロスだった。
しかし圧巻は後半39分。
左サイドでボールを受けた加護、急激に中に切り込む。
スペインは守りに入っているため自陣に多くの選手がいたが加護には関係ない。
あえてスペイン選手4人が固まっている所に突っ込んでいった。
まさしくミリ単位のボールコントロールに4人は止められなかった。
密集地帯を潜り抜けた加護、飛び出してきたGKをよく見てゴールに流し込んだ。
その後は惜しくも追いつけなかったものの、最後の方はスペインも必死だった。
何とか逃げ切れたといった感じだ。
「・・・・・これはすごい楽しみ。あたしも絶対ここに入ってやる。」
アヤカが闘志を燃やす。
そして次戦は世界王者フランス。
いったい、どこまで通用するのであろうか。
- 185 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:12
- 「これで2連敗だよ・・・・・・」
矢口が思わず溜息をもらす。
他の選手たちも同様に沈んでいる。
確かにスペイン戦は善戦した。しかし相手は完全に準レギュラークラス。
それなのに敗れた。みな自分の力の無さを嘆く。
「それがあたしたちの今の力ってこと。あたしたちはまだまだこんなもんなんだよ。」
「・・・・・いちーちゃん・・・・」
市井の厳しい言葉に後藤は悲しげな顔を見せる。
他の選手も同様だ。
今日のスペイン戦、ラスト15分で投入された市井。
ピッチに出るやいなや格の違いを見せ付けた。
2度ほど決定的なチャンスを創ったが、村田のシュートミスとGKの
ファインセーブにより得点はならなかった。が、その動きは際立っていた。
「でも、あくまで“現時点で”だからね。来年のオリンピック、そしてドイツ
ワールドカップの時にはどうなってるかわからないけど、その時にあいつらを
超えてりゃいいんだよ。」
市井がひとみたちを見てニヤリと笑う。
そう、本番はオリンピックにワールドカップ。それまでにどこまで自分たちは強くなれるか。
- 186 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:20
- 「機嫌がいいね、マツシマ。」
「・・・・分かる?」
パルク・デ・フランスのロッカールーム。
フランス代表のエース、ナナコーヌ・マツシマにウエト・アーヤが声をかけた。
「そりゃあね。だって今日はフクダと対戦できるんでしょ?マツシマが嬉しく
ないはずがないじゃん。」
アーヤの言葉にマツシマはフフッと笑う。
「そういうアーヤだってイチイと対戦できるのが嬉しいんでしょう?」
「そう!そうなの!!この日をどれだけ楽しみにしてたか!!」
アーヤは満面の笑みを浮かべている。
「おいおい、私にとっちゃイチイと対戦するのは嫌なんだけどな。」
こう言うのは世界最高のボランチと言われるタカコリック・トキーワ。
アーヤと同じアーセナル所属のMFだ。
「ホント。うちはイチイだけやなくてゴトウもアベも嫌だ。」
イングランドプレミアリーグ、チェルシー所属DF、フジワラ・ノリカー。
フランス代表の頼れるキャプテンだ。
- 187 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:35
- 「日本の攻撃陣はなかなか素晴らしいからな。イチイ、ゴトウ、アベはもちろん
だが、一番気をつけなければならないのが10番だ。」
「えっ?」
フランス代表監督、キョージュ・サカモティニの言葉にみな疑問符を浮かべる。
「日本の10番って・・・・・誰でしたっけ?」
「確か・・・・・ヨシザワ。イタリア戦でなかなかいいアシスト決めた選手ですよね。」
アーヤの疑問に答えたのはアーセナルの同僚、右サイドのアタッカー、
シノハラ・リョウコール。
「そうだ。・・・・・はっきり言おう。マツシマ、お前の地位を脅かすのはヨシザワだ。
それもごく近いうちにな。」
「?!!」
キョージュの言葉に何とも言えない緊張感が生まれる。
- 188 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:42
- 「は、はは。冗談きついですよ監督。マツシマの地位を脅かす選手なはずが・・・・」
アーヤが多少動揺した感じで言った。が、マツシマの言葉は以外だった。
「でしょうね。私もそう思います。」
「えっ?!!」
みなマツシマの言葉に声を上げてしまった。が、マツシマは当然と言った顔だ。
「彼女は凄いと思う。あのイタリア戦のアシスト。あのパスが出せるなんて正直驚いた。
それにエスミと競り合って負けないフィジカル。・・・・今は経験やテクニックの差で
私でしょうけれども、将来はどうなるかは分からないわ。・・・・・ユッキエとならぶ
私の後継者ね。」
「・・・・ふふふ、おもしろいやないの。これはうちがちょっと可愛がってあげるわ。」
欧州きってのエースキラー、ノリカーが不敵に笑った。
- 189 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:46
- 「今日のスタメンや。GK飯田。DF、左から石黒、中澤、紺野。
MF、ボランチ福田、平家。左に石川、右に市井、トップ下吉澤。
FW2トップが安倍、後藤や。」
ツンクがスタメンを告げる。
2試合消化して選手の力を見た結果、現時点ではこれがベストメンバー。
全力で王者フランスに挑む。
「ええか。今日の相手は世界王者フランスや。正直今後のサッカー人生を
左右する痛手を受けるかもしらん。でもな、俺はお前らを信じてる。
目一杯やってこい!!!」
「はいっ!!」
- 190 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:47
- <日本代表>
安倍 後藤
吉澤
石川 市井
福田 平家
石黒 中澤 紺野
飯田
- 191 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 01:52
- <フランス代表>
12 4 トキーワ
7 マナーミ・コニシシ
MF 10 11 8 ノリカー
10 マツシマ
7 4 11 シノハラ
12 アーヤ
DF DF
8 DF
GK
- 192 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:00
- 「くうっ!!」
飯田が何とかボールを弾いた。ボールはラインを割りフランスのコーナーキック。
あの福田が完全に振り切られた。そして隙を見ての強烈なミドルシュート。
まさに世界の頂上に立つ選手、“パーフェクトクイーン”ナナコーヌ・マツシマ。
開始早々からフランスの猛攻にタジタジとなる日本。
「集中!!集中や!!」
中澤が声を張り上げ、選手たちを鼓舞する。
マツシマの右からのコーナーキック。右足から放たれたボールはゴール前中央へ。
「カオリ!!出るな!!」
中澤が叫ぶが飯田はすでに飛び出していた。逃げるボールに手を伸ばす飯田。
が、そこからさらにボールが曲がる。そしてノリカーの頭にピタリ。
フランス先制点、誰もがそう思った。
「うわっ?!!」
思わず叫ぶノリカー。頭に合わせたと思った瞬間、1人の選手が飛び込んできて
これをクリアーした。ノリカーはその選手に吹っ飛ばされ、背中から落ちた。
「誰や?!うちを吹っ飛ばすとは?!」
ノリカーはその選手の背中を忌々しげに睨んだ。その背中の番号は10だった。
『・・・・・・・こいつがヨシザワね。やるじゃない。』
- 193 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:08
- 「こっちやひとみ!!」
トキーワとレアル・マドリード所属のボランチ、マナーミ・コニシシからの
プレッシャーを受けているひとみに平家がフォローに行く。
ひとみからパスを受けた平家、瞬時にピッチを俯瞰し、ディフェンスの薄い場所を見つける。
平家はピッチを上から見ることが出来る。この空間把握能力こそ平家の魅力だ。
「市井!!」
平家は右サイドの市井にパス。市井、DFを1人かわし、中にクロス。
このクロスに安倍とDFが競り合う。これはDFがクリアした。
しかしこぼれ球は平家のもとに。平家はこれをワンタッチで左サイドにふる。
そこに2列目から飛び込むのは石川。角度がきついながらもシュートを狙う。
これは惜しくもGKが弾いた。
「よしよしよし、ええで石川!!」
平家が今の石川のプレーに手を叩く。
- 194 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:15
- 今度はフランスの攻撃だ。
マツシマがボールをキープしながらパスコースを探す。
マツシマには福田がついているが、マツシマの体格と懐の深さにボールを奪う
ことが出来ない。しかしそれでも中央は突破させない。
『さすがアスカ。』
『相変わらずヤな相手。』
「マツシマ!!」
アーヤがボールをもらいに下がってきた。
マツシマはアーヤに預けると、自分は前線へ。
下がったアーヤにピッタリとマークにつくのは紺野。その自慢の快足で
アーヤにくらいつく。
アーヤの魅力はスピード。トップスピードに入ったら誰も止められない。
それに対抗できる日本DFは紺野のみ。もちろん中澤も石黒も常にアーヤの
動きに目を光らせている。
「そこです!!」
「あっ?!」
紺野のタックルがアーヤの足元にあったボールを弾いた。
ボールはタッチラインを割った。
『ちっ、この16番なかなかやる。』
アーヤが心の中で舌打ちする。自分のドリブルを止めるとは。
- 195 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:18
- またもマツシマがボールをキープする。
フランスの攻撃はほとんどマツシマを経由する。が、それが分かっていても
止められない。それ程マツシマの力は際立っている。
マツシマから右サイドのシノハラにパスが出た。
シノハラ、すぐにクロスを送る。これを競り合うのはアーヤと石黒。
競り合いは互角。ボールがこぼれる。
このボールを拾ったのはマツシマ。すささずミドルシュート。
が、福田が何とかブロック。
さらにこのボールを拾ったトキーワがロングシュート。これは飯田が止めた。
- 196 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:23
- さらにフランスの攻撃は続く。
トキーワ、コニシシ、マツシマ、アーヤとダイレクトでボールが回る。
その華麗なボール回しはシャンパンサッカーと呼ばれるほど優雅なものだ。
ペナルティエリア内でボールをもらったアーヤ、DFを引きつけてボールを戻す。
そこにはオーバーラップしたノリカーが。強烈なミドルシュートが日本ゴールを
襲うがこれは中澤が身を挺して止めた。
「集中や!!ここが踏ん張りドコやで!!」
中澤が手を叩いて声を出す。
このまま抑えていればきっとチャンスは巡ってくる。
そのためにも今は耐えねばならない。
- 197 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:29
- 「とりゃっ!!」
平家がマツシマに飛び込んだ。マツシマはあっさりかわす。
しかしそれを狙っていた福田、その瞬間に懐に飛び込む。
「アスカ!!」
不意を突かれたマツシマからボールを奪った。
「真希ちゃん!!」
福田から後藤にロングパス。日本、これを待っていた。絶好のカウンターチャンス。
後藤がドリブルで突き進む。チェックに来たコニシシをかわし、ノリカーをひとみ
とのワンツーでかわす。
しかしかわしたと思った瞬間、右足を刈られた。
「うぐっ!!」
右足を押さえてうずくまる後藤。もちろんファウルだ。ノリカーにはイエローカード。
「後藤!!大丈夫か?!!」
「ごっちん!!」
市井とひとみが駆け寄る。
後藤は痛みをこらえながら2人に笑顔を見せる。
「大丈夫だよ、これぐらい。それよりチャンスだよ。」
- 198 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:35
- ペナルティエリア目前、正面やや右。左足で狙うには絶好の位置。
石川がボールをセットした。その側には市井と平家がいる。
『14番はおとりだ。イチイか、7番だ。』
フランスは誰もがそう思っていた。
しかし石川の左足が火を吹いた。
『右サイドか!!うおっ?!!!』
GKが右サイドと判断したボールが急激に曲がった。
えぐい程の弧を描き、逆サイドへに伸びる。
よし、決まった!石川がグッと拳を握る。
が、聞こえたのは金属音。ボールはそのままゴールラインを割った。
「あらー、曲げすぎちゃった。」
ぺロッと舌を出す石川。
しかし石川以外の選手は(日本も含めて)みな青ざめていた。
「何あのFK。あんなに曲がったの、見たことない。」
さすがのマツシマも今の石川の“魔法の左足”には心底驚嘆させられた。
- 199 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 02:45
- 前半も残るはロスタイムとなった。
ここまで必死の守りで王者フランスを無失点で抑えている日本。
その中心にいるのは間違いなく中澤裕子だ。
適切なコーチングにカバーリング。そしてスッポンなみのしつこいマーク。
世界に名だたるフランス攻撃陣を抑え込む。
「紺野!!アーヤに当たれ!!」
中澤の指示に迷い無くアーヤのチェックに向かう紺野。
もし仮にアーヤにかわされたとしても後ろには中澤がおり、きっちりフォローしてくれる。
その信頼感が紺野に思い切ったプレーをさせる。
「くっ、この16番むかつく!!」
アーヤが思わず叫ぶ。
アーヤの持ち味はスピード。トップスピードに乗らせるとこれほど恐い選手はいない。
だが紺野のスピードも負けてはいない。それに紺野には一流のDFしか持てない危険察知能力
が備わっている。そして頭も良い。身体能力、頭、そしてカンが揃っている紺野。
中澤も口にはださないが、この若い紺野を自分の後継者と見ているフシがある。
紺野とアーヤが激しく競り合う。
「完璧です!!あっ?!!」
しかしアーヤが紺野を抜いた。アーヤの爆発的なダッシュ。
そしてペナルティエリアに侵入するが、そこで強烈なタックルに潰された。
アーヤはファウルを主張するが主審はとらない。
「こらー!!紺野!!もっと気合いいれんかい!!」
中澤が後継者にゲキを飛ばす。
そしてここで前半戦が終了した。
- 200 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 10:28
- 前半戦が終わりロッカールームに戻ったひとみたち。
ここまで何とか無失点に抑え、攻撃もチャンスは少ないものの惜しいのが
何度かあった。
選手たちは手応えを感じていた。
「よーし、みんな聞いてくれ。」
ツンクがみなに声をかける。
「前半戦はええ出来やったで。でも前半のことは忘れろ。気持ちを切り替えて
後半戦も臨め。ええな?」
「はいっ!!」
そう、ツンクの言うとおり。前半を無失点に抑えていても後半5点とられては
何にもならない。
「よっしゃ、みんな後半戦も気合い入れていくで!!」
「おうっ!!!」
中澤のかけ声にみな気合いを入れなおす。
- 201 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 10:32
- 「福田、いけるか?」
ツンクが椅子に座り込む福田に声をかける。
「・・・・限界まで張り付きます。」
福田が明らかに疲労した様子で答えた。
福田はかつてないほど疲れていた。
前半戦、世界最高の選手で、自分よりも20cmは高いマツシマをマーク
していたのだ。なおかつDFラインのカバー、攻撃へのフォローと走り回っていた。
その意味で前半戦の最大の功労者は福田だ。
「福ちゃん・・・・・」
そんな福田の様子に安倍の表情が暗くなる。
- 202 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 10:35
- ハーフタイムが終わり、選手たちがピッチに出てきた。
センターサークル内で安倍と後藤が並び、後半戦開始の笛を待つ。
「ごっちん。」
「何?なっち。」
「絶対点取るべ。点取って福ちゃんを楽にさせるべ。」
「・・・・もっちろん。」
ピィィ!!!
主審の笛が高らかに鳴った。
後半戦、スタート。
- 203 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 10:43
- 「へへっ、なっちやるじゃん。」
福田が安倍の動きを見てニッと笑う。
後半戦の安倍は何度も何度もゴール前の危険な場所に飛び込んでいく。
それだけではなく前線からも積極的に守備をしている。
DFにとってこれほど厄介な相手はいない。
「くっ!!何て嫌なFWだ!!!」
ノリカーがたまらず叫ぶ。
そしてこの安倍の動きが後藤を引き立たせる。
安倍にマークが集中する分比較的自由に動ける後藤。
彼女のポジション、役割はストライカーとトップ下の間、1.5列目だ。
ドリブル、パス、シュートともに一撃必殺の威力を持つ後藤にはこの
攻撃の全てを司る1.5列目が相応しい。
「なっち!!」
右サイドを抜け出した後藤が安倍にクロス。
これをノリカーと競り合う安倍。ボールがこぼれる。
そこに走りこんだのはひとみ。ペナルティエリア外から強烈なミドル。
が、惜しくもクロスバーを越えていった。
- 204 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 10:47
- 今度は安倍のポストプレー。
ノリカーの激しいチェック“ノリカチェック”を受けつつも見事なボールコントロール。
左サイドを上がる石川に絶妙のボールを落とす。
それを石川はダイレクトで逆サイドへ。
そこに走り込むのは市井。やや遠いながらもこれをハーフボレーで合わせる。
しかしこれはGKの正面だった。
- 205 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 10:57
- フランスも黙っていない。
マツシマからアーヤにスルーパスが出た。紺野、中澤を振り切って振り切って
シュート。これは飯田が抜群の反応で弾いた。
続いてフランスの左からのコーナーキック。キッカーはマツシマ。
マツシマの右足から放たれたボールは鋭いカーブがかかり、ピンポイント
で走り込むトキーワの頭に。
「くわっ!!」
何と飯田、これをも防いだ。こぼれ球は石黒がヘッドでペナルティエリア外に
出す。が、これはマツシマのもとへ。
「中!!マーク離すな!!」
中澤が指示を出し、クロスに備える。市井もすぐにマツシマのチェックに行くが、
マツシマは市井をあっさりかわし、中にクロスを入れた。
『?!!違う!!!」
右足で巻くようにして上げたクロスは鋭いカーブがかかり、ゴールへと向かっていく。
マツシマのクロスと見せかけた絶妙のループシュート。
しかし飯田はこれに反応していた。素早いダッシュで戻り、完璧なタイミングで背面とび。
目一杯伸ばした指先でボールをかき出した。
ウオオオオ!!!
パルク・デ・フランスが今のセーブに揺れた。
「ナイスカオリ!!」
今日の飯田は当たっていた。まるで何かが乗り移ったかのように。
まさに最後の砦となる守護神。日本ゴールには飯田圭織がいた。
- 206 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 11:20
- 平家から右サイドの市井にパスが出る。
この試合、平家のゲームメイクは見事なものであった。
ボランチとして攻守のつなぎはもちろん、サイドチェンジなど大きな展開も
みせている。それがあるからこそひとみも3人目のFWとして度々ゴール前
に飛び込むことが出来た。
市井が右サイドのスペースに走り込む後藤をおとりにして、浅いところから
アーリークロスを送る。ニアサイドに頭から飛び込むのは安倍。
しかしGKが前に飛び出し、フィスティングでクリアした。ボールは右サイドに
転がる。
これを拾ったのは後藤。すぐさま中を見る。
「よしこ!!」
後藤は低く、速いクロスを送った。
ファーサイドで待つのはひとみ。しかしフランスDFがシュートコースに
飛び込み、ノリカーもチェックに来ている。
『あっ!!!』
その瞬間、ひとみにゴールへの軌跡が見えた。
ひとみは後藤のクロスに右足で合わせる。
が、その際に右足を振り切らず、なおかつボールの下に爪先をいれ、
インパクトの瞬間右足をピタッと止めた。
「なっ?!!」
ノリカーの頭をボールがふわっと越えていく。
その先にいるのは先ほどニアサイドに飛び込んだ安倍。が、ボールが少し高い。
『決めるべ!!』
安倍は左足を振り上げ、右足で飛んだ。
そして空中で身体を捻り、右足でこのボールをとらえた。
あのキング・ペレを彷彿とさせるバイシクル・シュート。
GKのダイブも届かない。見事にフランスゴールへと突き刺さった。
後半18分、日本、先制点。
- 207 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 11:26
- 「安倍さん!!!」
ひとみがピッチに倒れている安倍に抱き付く。
「やったべよっすぃー!!」
安倍もひとみを抱きしめる。
「なっち!!よしこ!!」
「なっち!!吉澤!!」
2人の上に後藤と市井も覆いかぶさる。
ウオオオオオオオオ!!!!!
パルク・デ・フランスはこの日一番の揺れであった。
ひとみのファンタジーに安倍の見事なシュート。
大観衆はそのプレーに心を奪われた。
しかし日本は気付いていなかった。
このプレーが“パーフェクトクイーン”の怒りを買ったことを。
「・・・・・私にボールを集めなさい。」
今の失点に肩を落とすフランスイレブンにマツシマは冷たい表情で言い放った。
その言葉にビクッと肩を震わせるフランスイレブン。
“パーフェクトクイーン”覚醒す。
- 208 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 11:33
- 「嘘やろ?」
「まさか・・・・・」
ベンチでマコトとハタケが思わず呟く。
歓喜の日本の先制ゴールから8分後、日本はどん底に叩き落されていた。
フランス、あっさりと逆転。
コニシシからパスを受けたマツシマ、福田を肩で弾き飛ばし、中澤、石黒の
チャージをもろともせずキャノン砲を日本ゴールに突き刺した。
後半23分、フランス同点。
さらに今度は後半26分、マツシマ、福田との1対1。
鋭いシザースで福田を抜きにかかる。が、福田に隙がないと見たマツシマ、
シザースからそのまま左足アウトサイドでのパスに切り替えた。
これには日本は誰も反応できなかった。
アーヤだけが反応し、あっさりと日本ゴールに突き刺した。
後半26分、フランス逆転。
- 209 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 11:37
- 「ごめん、みんな・・・・・」
福田がそう言ってうな垂れた。その顔は青ざめていた。かなりバテている。
「保田、加護、行くで!!」
ここでツンクが動いた。
福田に代えて保田、石川に代えて加護を投入。
タッチライン上で保田と加護が待つ。
「保田さん、あいぼん、頑張ってね。」
石川が2人とタッチを交わす。
ここまで“魔法の左足”はフランスを焦らせるのに充分だった。
「圭ちゃん、加護ちゃん。後頼むね。」
福田も2人とタッチを交わす。
やはり日本が誇るワールドクラスだ。その動きは誰よりも際立っていた。
「任せときな、石川、明日香。」
「うちもやります!!」
2人は弾かれるようにピッチに入った。
- 210 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 11:44
- 「おらああああ!!」
『この6番、ディフェンス力ならアスカより上だ。』
マツシマは保田の密着マークに手を焼いていた。保田は全力でマツシマに当たる。
保田と福田の違いは体格だ。保田の方が体格がいい分、マツシマのパワーにも
何とかついていけた。
保田の懸命の守備でフランスも攻撃が若干滞る。
「マツシマ!!」
右サイドでシノハラがボールを呼ぶ。ボールを受けたシノハラ、右サイドを駆け上がる。
そこへ石黒が立ちはだかる。
『む、このDF、隙がない。』
シノハラの足が止まる。
1対1と高さには絶対の強さを誇る。それが“正統派ストッパー”と称される
石黒彩だ。
「ち、無理だ。」
シノハラは突破を諦め、もう一度マツシマに戻す。
が、これを平家が読んでいた。
- 211 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 11:51
- ボールをカットした平家。すぐさま左サイドの加護へ。
パスを受けた加護、左サイドをドリブルで駆け上がる。
市井がスピードとキレで勝負するタイプならば、加護はそのテクニックと
左利き独特の間合いで相手を翻弄するタイプだ。
市井は次に何をするかわかっても速さとキレで止められない。
しかし加護の場合は次に何をするのか全くわからないのだ。
全くタイプの違うドリブラーが両翼に揃った日本。
チャンスはまだまだある。
加護が華麗なドリブルで左サイドバックを抜き、中にクロスを送った。
これを安倍がファーサイドで合わせるが、GKの真正面だった。
思わず頭を抱える安倍。
「ドンマイです安倍さん!!次頼みます!!」
加護がグッと親指を立てた。
- 212 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 11:56
- ゴールまで約30mの距離からのマツシマのキャノン砲。
しかしこれは飯田が素晴らしい跳躍で弾いた。
こぼれ球にアーヤと紺野が反応する。
これは紺野が勝った。タッチラインに逃れた。
フランスのスローイン。
ボールを受けたアーヤがワンフェイクをいれてコースを創り、クロスを上げる。
ボールはファーサイドへ。そこへ走り込むマツシマ、競り合う石黒。
これは何とか石黒が競り勝った。こぼれ球を中澤が拾い、前線に大きく蹴りだす。
- 213 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 12:06
- これを待っていたのは後藤。DFを背負いながらも胸でトラップし、フォローに
来たひとみに落とす。その瞬間後藤は前に走る。ひとみからはダイレクトでパスが
来た。まさに阿吽の呼吸。
右サイドを爆走する後藤。ゴール前には安倍とひとみが走り込む。
「行かさへんで!」
何とノリカーが自分のポジション(左センターバック)から離れ、後藤についてきた。
『確かにアベもヨシザワもイチイも恐い。が、一番恐いのはゴトウや。』
ノリカーの目にはそう映っていた。
ノリカーは後藤と並走し、クロスのコースを切っている。
しかし後藤は構わず右足でクロスを上げる。
と見せかけて鋭く切り返した。
「なっ?!!」
その余りに鋭い切り返しにノリカーもバランスを崩す。その瞬間を逃さず
後藤の左足がボールをとらえた。
左足で巻くように上げられたクロスは鋭いカーブがかかり、フランスゴールへ。
この試合でマツシマが見せたのと同じ、絶妙のループシュート。
『あ、やばいっ!』
後藤がそう思ったと同時に金属音が鳴った。
ボールはクロスバーに当たり、ゴールラインを割っていった。
思わず天を仰ぐ後藤。対照的にホッと胸を撫で下ろすフランス。
- 214 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 12:16
- 『こ、こいつ・・・・・左利き?』
ノリカーが忌々しげに後藤をにらむ。
後藤の日本代表での基本ポジションは右サイド。
そして今日の試合も何度も右足でクロスを上げてはいるが、後藤の本来の
利き足は左足だ。
何故ツンクが右サイドに後藤を置くかというと、中に切れ込んだ時に利き足で
シュートを撃てるからである。
これはイタリア代表、アレッサンドロ・デル・ハセキョンも同じだ。
彼女も右利きながら主戦場は左サイド。そして彼女の得意技は中に切れ込んでの
右足シュート。“ハセキョン・ゾーン”もこれから生まれた。
『後藤、お前やったらハセキョンを抜けるで。』
ツンクは後藤の素質をかなり高く評価している。
彼女を右サイドに置くのもその表れだ。
- 215 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 12:22
- その後、マツシマ、アーヤを下げて守りに入ったフランスを日本は崩せなかった。
そして
ピィー、ピィー、ピィー!!!
主審の笛が3度高らかに鳴り、試合が終了した。
スコアは2−1。
数字を見れば善戦だが、選手たちはみな理解していた。
世界との差はまだまだある、と。
この遠征で対戦した3カ国、イタリア、スペイン、フランス。
どの国の選手もシーズン開幕前でコンディションは悪かった。
それでも勝つどころか引き分けにさえ持ち込めなかった。
最後のフランス戦でもマツシマが本気を出したのは一瞬だけ。しかしその
一瞬で2点取られ、逆転を許したのだ。
そしてなおかつ日本で輝いていたのは市井と福田。
つまりコンディションの悪い欧州組だった。
- 216 名前:第4話 トップオブザワールド 投稿日:2004/02/20(金) 12:36
- 「ええか、これが現実や。」
試合終了後、ロッカールームでツンクがみなに言う。
「世界のトップはすごかったやろ。まだまだお前らが敵う相手やない。
だがな、俺はこの3試合で確信したで。・・・・・お前らはまだまだ伸びる。
誰一人として限界を迎えてない。だからこの欧州遠征の経験を活かして
これから先、頑張ってほしい。そしてオリンピックやワールドカップと
いった大舞台であいつらにリベンジや。ええな?」
「はいっ!!!」
こうして欧州遠征は3戦3敗という結果で終えた。
確かに敗れはしたが、ひとみたち日本代表にとっては大きな財産になった遠征だった。
世界と自分たちの差、それを直接肌で感じられたのだ。
―――世界の頂上は高く、険しかった―――
翌日、さわやかな青空の中ひとみたちは市井と福田に見送られながら
日本への帰国の途についた。
―――いつか、世界の頂上に立ってみせる―――
その決意を胸に秘めて。
第4話 トップオブザワールド (終)
- 217 名前:ACM 投稿日:2004/02/20(金) 13:14
- 第4話 トップオブザワールド 終了です。
見渡せば誤字・脱字が・・・・・・・反省です。
後、改行も難しいですね。もっと勉強します。
続いて予告です。
第5話 新型“赤い悪魔”
欧州遠征から帰国したひとみ。
一息入れる間もなくJリーグ2ndステージが開幕する。
しかしそこに飛び込んできたビッグニュース。
ひとみと親友との間に“約束”が交わされる。
その“約束”を実現すべくひとみは燃える。
そして新型“赤い悪魔”がここに誕生した。
こんな感じでいきたいと思います。
多分今日の夜にでも第5話、更新すると思います。
これからもよろしくお願いします。
- 218 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 01:07
- 欧州から帰国した翌日、ひとみと平家は早速レッズの練習に参加した。
1週間後にはJリーグ2ndステージが始まる。
1stステージでは目の前でコンサドーレ札幌に胴上げされた。
2ndステージではその雪辱を誓う。
ひとみと平家が欧州遠征に行っている間に、レッズは大補強を敢行した。
懸念だったストライカーにはドイツブンデスリーガ、ブレーメンで活躍している
元ブラジル代表ミサト・レボリュションを。
そしてセンターバックにこれまたドイツブンデスリーガボルシア・ドルトムントの
元ドイツ代表、キャンディ・ヨシコーを獲得した。
これらのビッグネームを獲得できたのはレッズの資金力もあるが、何より監督
ギド・ガッツバルトの人徳によるものだ。
ひとみたちの前ではとぼけた監督だが、母国ドイツではワールドカップ優勝を成し遂げた
英雄だ。
実はレッズフロントはミサト・レボリュションだけを獲得する予定だった。
今チームに足りないのはFW。だからそこを補強すればいい、と。
が、ガッツバルトは実力のあるセンターバック獲得をも熱望した。
その理由はただ1つ。
ひとみと平家をレッズでも日本代表のポジションにすえるためだ。
- 219 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 01:15
- もともとガッツバルトもひとみの秘められた力や、平家の本質に気付いていた。
普段の練習を見ているだけあってそれも当然だ。
結果的にはツンクに先を越されてしまったが、ガッツバルトは2ndステージ
ポジションのコンバートを行う予定だった。
だからこそ1stステージが終わった瞬間ドイツに戻り、ミサトやヨシコーに
直接交渉しに行ったのだ。
そして見事に交渉に成功した。
これにより浦和レッズはDFにヨシコー、MFボランチに平家。
トップ下にひとみ、FWにミサトと、センターラインに1本芯が通った。
このセンターラインを軸に2ndステージ、大きく飛躍を狙う。
- 220 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 01:24
- 2ndステージ開幕戦、対FC東京戦を3日後に控えた日、
一本の電話がひとみの携帯にかかってきた。
「はい、もしもし。あ、ごっちん?」
電話をかけてきた相手は、3日後対戦する親友、後藤真希であった。
「よしこゴメンね、いきなり電話して。」
「ううん、全然大丈夫。で、どうしたの?あ、わかった。3日後、勝負だ!
って電話でしょ?」
ひとみが上機嫌で話す。チームでもトップ下に入って初めての試合。
頼りになるチームメートも入り、しかも初戦は親友後藤との対戦。機嫌が悪いはずはない。
が、後藤の口調はどこか暗い。
「ううん、そうじゃないんだ・・・・・・・あのね、よしこ。ごとー、移籍しようと思うんだ。」
「えっ?!」
驚くひとみ。開幕を3日後に控えての移籍。普通ならありえない。
「ごっちん、それホント?どこに移籍するの?」
「・・・・・・レアル・マドリード。」
- 221 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 01:37
- 「ええっ?!!レアルって、あのレアル?!!」
思わず叫ぶひとみ。
レアル・マドリード。
“白い巨人”と称されるスペインのみならず世界最高のクラブ。
チャンピオンズリーグを9度、リーガエスパニョーラを29度制している。
サッカー選手なら一度は袖を通したいと思うクラブ、それがレアル・マドリードだ。
「ねえごっちん、それホントなの?!!」
ひとみが興奮気味に話しかける。それも無理はない。
日本人が、親友があのレアルに声をかけられたのだ。
「・・・・うん。欧州遠征の時に声をかけられたんだ。レアルに来ないか?って。
で、色々考えたんだけど行く事にした。」
「すごいじゃんごっちん!!おめでとう!!」
「・・・・・ありがとう。」
「あれ?何でそんなテンション低いの?」
「・・・・よしことの約束、破っちゃったから。」
「えっ?」
「ほら、欧州遠征から帰る飛行機で約束したでしょ。2ndステージ開幕戦、
お互い全力で戦おうって。」
「あーあー、したよね。でも、全然気にしなくていいよ。それよりもごっちんが
レアルに移籍するってことの方が大事だよ。逆にあたしとの約束でレアル移籍が無し
になったらそれこそあたしが責任感じちゃうし。だから気にしなくていいよ。」
ひとみが優しく言う。
- 222 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 01:48
- 「・・・ありがとうねよしこ。ごとーね、今まで世界とかって全然考えたこと
なかったんだ。でもね、欧州遠征に行って、いちーちゃんや福田さんに
会ったら何か凄くうらやましかったの。」
「うらやましかった?」
「うん。特にいちーちゃん、たった1年だけ海外で過ごしただけなのにめちゃくちゃ
上手くなってたし。それにマツシマとか、ハセキョンとかいちーちゃんと同じ、
いやそれ以上の選手もいたし。ごとーね、そんな人たちと毎週戦えるいちーちゃんや
福田さんがすっごくうらやましかった。だからごとー、このレアルの話が来た時、
すっごく嬉しかったの。これで毎週、ワクワクするような試合が出来るって。」
普段の後藤からは考えられないような熱い口調だった。
「・・・・そう。よかったねごっちん。ごっちんなら大丈夫だよ。絶対レアルでも成功するよ。」
「ありがとうよしこ。でね、何でよしこに電話したかっていうと、約束を破ったことを謝るって
いうのもあるけど、よしこにも世界に出て欲しいって思ったからなの。」
「えっ?」
- 223 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 02:02
- 「よしこも早く世界に出るべきだよ、絶対。でもよしこってちょっと引き気味
なトコあるからね。だからちょっと背中を押そうと思ったんだ。」
そう言って後藤はアハッと笑った。
「・・・・・ホント言うとねごっちん。あたしもごっちんと一緒だよ。市井さんや福田さん
がすっごくうらやましかったんだ。あたしもこんな凄い人たちと毎週戦ってみたい
って思った。」
「ホント?!」
「うん、ホント。それに実はあたしもイタリアセリエBのアタランタからオファーが
来たんだ。」
「え、ホント?!でどうするのよしこ?行くの?」
「・・・・いや、まだ行かない。あたしにはまだ日本でやり残したことがあるから。」
「・・・・そう。でも、行く気はあるんだよね?」
「もちろん。あたしだって世界の舞台で戦いたいからね。
すぐ行くから待っててねごっちん。」
「おうっ!!待ってるぞよしこ!!あ、それじゃここで“約束”しようよ。」
「ん?“約束”?どんな“約束”するの?」
「いつか、『ごとーとよしこでチャンピオンズリーグの決勝を戦う。』これでどう?」
「あ、いいねそれ。“約束”だよ。まあでもあたしが勝つけどね。」
「あ、言ったなよしこ。違うもん、絶対ごとーだもん。」
2人して笑った。
世界の頂上に立つ“約束”だ。
「ごっちん、頑張ってね。」
「うん、ありがとうよしこ。よしこも頑張ってね。」
- 224 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 02:10
- 『後藤真希、レアル・マドリード移籍!!!』
翌日、この記事が新聞の一面を飾った。
とうとう“日本が産んだ天才”が世界へと旅立つ日がやってきた。
いきなりのビッグクラブであるが、後藤ならばという期待がある。
日本中の期待を背負って後藤真希はスペインへと旅立った。
そしてその翌日、
『市井紗耶香、アーセナル移籍!!』
これは大方の予想通りだった。しかし移籍金は破格の34億円。
いかに市井が期待されているかという証拠である。
福田は当然ユヴェントスに残留。今やチームの中心となった福田をユーヴェが
手放すはずがない。今シーズンもハセキョン、マツシマ、福田の黄金のラインは
健在である。今シーズンもダントツの優勝候補。
世界3大リーグであるリーガエスパニョーラ、セリエA、プレミアリーグ。
奇しくも昨年の優勝チームに日本人選手はみな在籍する事になった。
もしかすると世界最高の戦い、チャンピオンズリーグで日本人対決が実現するかもしれない。
世界に羽ばたく日本人選手にみな熱い視線を送る。
- 225 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 02:18
- 8月16日、Jリーグ2ndステージが開幕した。
浦和レッズはFC東京をホーム、駒場スタジアムに迎えての開幕戦だ。
「みんな、ええか。」
ピッチ上で円陣を組む浦和レッズ。
キャプテンの平家がみなに声をかける。
「今日から2ndステージ開幕や。今日の試合で日本中に新しいレッズを
披露するで。・・・・行くで!!!」
「おうっ!!!」
ピィーッ!!!
主審の笛が高らかに鳴り、新たな戦いがスタートした。
- 226 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 02:25
- ピィー、ピィー、ピィー!!!!
主審の笛が3度高らかに鳴った。
その瞬間ガクッと崩れ落ちるFC東京イレブン。
電光掲示板に記された試合結果は
浦和レッズ8−0FC東京
【得点】
前 8 浦 ミサト
前12 浦 吉澤ひとみ
前15 浦 ミサト
前18 浦 ミサト
前32 浦 平家みちよ
前41 浦 平家みちよ
後17 浦 ヨシコー
後23 浦 吉澤ひとみ
- 227 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 02:33
- そこには今までの“優しい”浦和レッズの姿は無かった。
今までのレッズのサッカーは中盤でボールをキープし、ゆっくりと攻めていく
サッカーだった。
ボールポゼッションを誇る。聞こえはいいかもしれないが、レッズの場合は
ようはのらりくらりと横パスをつないでキープするサッカー。
そんなサッカーでは相手に恐怖を与える事はできない。
が、ミサトとヨシコーが加入してチームが変わった。
ゲルマン魂と称されるドイツのサッカー。
そこでのサッカーは闘志と闘志がぶつかり合う激しいサッカーだ。
このドイツ育ちのブラジル人と元ドイツ代表が激しい闘志で味方
を鼓舞し、相手を食い殺す。
- 228 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 02:45
- それが如実に現れたのが前半だけでとった6得点だ。
エース後藤真希の突然の移籍に動揺を隠せないFC東京の立ち上がりを
狙い、一気に攻め込んだ。
前半15分だけで3点奪い、これで試合はほぼ決まったのだが、レッズは
決して手を緩める事は無かった。
これでもか、これでもかとFC東京を踏み潰し、得点を重ねていく。
余りの失点にFC東京のあるDFは泣きながらプレーしていたがレッズは
そんなのお構いなしとばかりに徹底的に攻撃した。
- 229 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 02:51
- それを演出したのがトップ下に入った吉澤ひとみだ。
試合後、ミサトはこう言った。
「ヒトミのパス、あれは相手を殺す“悪魔のパス”だ。」
味方を活かすのではなく、相手を殺す。創造かつ破壊のパス。
それが吉澤ひとみのパスだ。
そして8失点を喫したFC東京GKは試合後、放心状態でこう語った。
「悪魔が・・・・・赤い悪魔が攻めてきた・・・・・・」
2003年8月16日
レッズは新型“赤い悪魔”を全国に見せ付けた。
- 230 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 03:07
- 翌日の新聞はまさにレッズ一色。
みな新型“赤い悪魔”に驚嘆の声を上げている。
しかし一般の人々や他チームのサポーター、それにレッズの一部のサポーターからも
『何もここまでしなくても』という声が上がった。
しかし、Jリーグは、サッカーは遊びではない。みなこのボールに人生を、
自分の全てをかけて戦っているのだ。
―――戦う意志の無い者は去れ―――
これがプロとしてお金をもらっている者が守らねばならない最低限の掟だ。
そうでなければ怪我や家庭の事情、才能が足りない、運がなかったといった
理由で泣く泣くプロを諦めなければならなかった者に対して失礼だ。
- 231 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 03:12
- 続く第2節はアウェーの東京ベルディ1969戦。
前節8得点と大勝したレッズだが、それはFC東京が戦う状態ではなかった
ことも大きく関係している。
それだけにこの試合で新型“赤い悪魔”の真価が問われる。
前半は石黒彩率いるヴェルディのディフェンスにレッズはチャンスをつかめなかった。
対するヴェルディもヨシコー率いるレッズディフェンスを崩せない。
しかし後半18分に平家がFKを直接決めると流れはレッズに。
終了間際にミサトが追加点をあげ、2−0でレッズが勝利し、これで開幕2連勝を飾った。
- 232 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 03:19
- 第3節、アウェーのジュビロ磐田戦。
ジュビロの高橋愛、新垣里沙の活躍により序盤はジュビロペース。
前半41分、右サイドに開いた高橋が中にクロス。
これをボランチから最前線に飛び出した新垣が押し込み、ジュビロが先制した。
その後レッズも反撃を試みるがジュビロの堅い守りに得点を奪えない。
このまま敗戦かと思われたが、新型“赤い悪魔”の武器は闘志。最後まで諦めない。
後半ロスタイム、平家からのパスに抜け出したひとみが値千金の同点ゴール。
9分9厘負けていた試合を見事引き分けに持ち込んだ。
- 233 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 03:39
- そして第3節終了後、アテネオリンピック最終予選、UAEラウンドを
戦う20人の選手が発表された。
GK 1 飯田圭織 コンサドーレ札幌 キャプテン
18 亀井絵里 名古屋グランパスエイト
DF 2 斉藤 瞳 横浜Fマリノス
3 紺野あさ美 コンサドーレ札幌
13 大谷雅恵 ベガルタ仙台
15 小川麻琴 清水エスパルス
16 木村麻美 鹿島アントラーズ
MF 4 辻 希美 ガンバ大阪
5 加護亜依 京都パープルサンガ
6 新垣里沙 ジュビロ磐田
7 田中れいな 清水エスパルス
8 矢口真里 横浜Fマリノス
10 吉澤ひとみ 浦和レッズ
12 柴田あゆみ 名古屋グランパスエイト
14 石川梨華 横浜Fマリノス
20 里田まい サンフレッチェ広島
FW 9 安倍なつみ コンサドーレ札幌 副キャプテン
11 木村アヤカ ヴィッセル神戸
17 高橋 愛 ジュビロ磐田
19 道重さゆみ 柏レイソル
- 234 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 03:51
- 「今回の予選に海外組は呼びません。」
ツンクの会見はこの言葉から始まった。
―――それは何故ですか?
「海外組にとって今が一番大事な時だからです。予選が始まる頃、向こう
ではシーズンが開幕します。そんな時に召集するのは彼女たちにとって
好ましくないでしょう。それに各クラブとの関係も悪化します。
それに国内組も優秀な選手ばかりです。充分予選突破できると思っています。」
―――今回新たに6選手が選ばれましたが?
「彼女たちはリーグ戦で結果を残していますし、代表に選ばれる資格は充分に
あります。この予選でその力を発揮して欲しいですね。」
―――欧州遠征ではFW登録だった大谷選手がDF登録になっていますが・・・・
「はい。実は欧州遠征の後、大谷から相談を受けまして、大谷はこれからDF
1本に絞る決意をしたようです。もともとベガルタ仙台でも試合終盤はDF
ラインに入って守っていますしね。彼女には高さがありますし、何よりFW
の心が分かります。そのあたりから代表でもやれると判断し、DFで選びました。」
―――最終予選、日本の組には中国、イラン、タイがいますが勝算は?
「もちろんあります。ただどの国も簡単に勝てる相手ではないですね。ですが、
必ず日本が勝ち抜いてみなさんをオリンピックに連れていきます。」
- 235 名前:第5話 新型“赤い悪魔” 投稿日:2004/02/21(土) 04:03
- 代表発表後、5日間の合宿を終え、ひとみたちU−22日本代表は
アテネオリンピック最終予選の地、UAEに降り立った。
いよいよアテネへの最終予選が始まる。
これは“一生懸命戦ったからいい”という試合ではない。
絶対に勝たねばならない試合、いや、“死合”なのだ。
灼熱の太陽がジリジリと照りつける中東の地。
1993年、日本はここ中東で地獄に叩き落された。
―――果たしてここは地獄だろうか?それとも天国だろうか?―――
第5話 新型“赤い悪魔” (終)
- 236 名前:ACM 投稿日:2004/02/21(土) 04:12
- 第5話 新型“赤い悪魔” 終了です。
予定より遅れた更新ですみませんでした。
あと、あんまりタイトルと内容が合ってない気が・・・・・・
反省です。
では気を取り直して第6話の予告です。
第6話 共存
アテネオリンピック最終予選UAEラウンド。
初戦の相手はタイ。
初戦であること、そしてアウェーという雰囲気。
これらがひとみたち若き日本代表を苦しめる。
そこでツンクは危険な賭けに出た。
ダイヤモンドとダイヤモンドの“共存”という賭けに。
こんな感じです。第6話もよろしくお願いします。
- 237 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 11:15
- 「・・・・・熱いなあ・・・・」
ひとみが思わず呟く。
灼熱の太陽が降り注ぐ中東の国UAE。
特に試合の行われるアブダビはアラビア湾沿岸にあり、亜熱帯性乾燥気候に属する。
この地方の夏は、ときたま南東からの風が吹くくらいでほとんど風が吹かず、
最高気温も50度以上になることもある。
平均気温は30から40度だが、湿度は年間を通して100%近くに達するので
余計に熱く感じる事が多い。
それでも夜には薄い上着がいるくらい冷えることもあるので、
体調管理が難しい国である。
予選が開始されるのは9月10日。そこから中1日で連続して試合が行われる。
それだけに選ばれた20人全員の力が必要になってくる。
- 238 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 11:33
- ツンクたちがUAEに到着した9月6日。スペインでリーガエスパニョーラが開幕した。
何と言っても今年の注目はレアル・マドリード。
世界のドリームチームに今季より“日本が産んだ天才”が加入した。
果たしてどんな活躍を見せてくれるのか?日本中が注目していた。
無論ひとみたちもそれが気になるところで、ツンクのはからいにより
初日は軽く身体をほぐした後、後藤のデビュー戦をテレビ観戦することとなった。
しかしこの試合、後藤が出場できるかどうかは疑問視されていた。
それはレアル・マドリードのシンボルと言うべき“スペインの至宝”ユウーコ・タケウッチャンだ。
彼女のポジションと後藤のポジションが完全に被るのだ。
2人とも最前線でもいけるが、基本は1.5列目、セカンドストライカータイプだ。
レアル・マドリードのシステムは4−2−3−1。
このシステムだと後藤とユウーコは3の中央を務めることとなる。
果たしてレアル・マドリード監督、クワター・ケイスケはどちらを使うのか?
それとも2人とも“共存”させるのか?
その判断に日本のみならずスペインでも注目していた。
- 239 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 11:37
- 「あ、出てきた。あ!ユウーコ・・・・・・ごっつあんだ!!やった!開幕スタメンだ!!」
選手の入場を見て矢口が叫んだ。
レアルの列の一番後ろに彼女はいた。背番号51をつけた“日本が産んだ天才”が。
そしてその列の先頭には“スペインの至宝”ユウーコ・タケウッチャンの姿が。
クワター・ケイスケ監督は“共存”を選んだ。
リーガエスパニョーラ開幕戦レアル・マドリードVSアラベス。
ホームのサンチャゴ・ベルナベウが大きく揺れている。
- 240 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 11:44
- レアルのシステムは4−2−3−1。
GKはスペイン代表の若き守護神ナカネ・カスミージャス。
DFラインは左に世界最高の左サイドバック、ブラジル代表のジュディマリ・ユッキー。
右にスペイン代表のミチェル・ヒナガタ。センターにはスペイン代表のベテラン、
イナモリッド・イズミと、同じくスペイン代表のリナン・ウチヤマ。
中盤の底で戦術的バランスを取るのが、アルゼンチン代表のアマイロ・シマタニッソと
フランス代表のマナーミ・コニシシ。中盤の主に右サイドを担当するのが、
ポルトガルが産んだ最高のサイドアタッカー、ヒトミ・クローキ。
そして左サイドに入ったのは“スペインの至宝”ユウーコ・タケウッチャン。
中央には“日本が産んだ天才”後藤真希。
1トップにはブラジル代表“フェノーメノ(怪物)”ヒカルド。
- 241 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 12:00
- 「まさか・・・・・そう来たか・・・・」
ツンクがこの陣容を見て思わず唸る。
ツンクがもし、レアルの監督だとしたらどうしていたか?
ユウーコと後藤、2人を“共存”させなかっただろう。
ツンクは同じタイプを並べる事を極端に嫌う。
例えばFW2トップの場合、1人はストライカー、もう1人はチャンスメイクが
出来るFWと、タイプの違う2人を並べる。
今回のメンバーで言うと、ストライカータイプが安倍、道重。チャンスメイカータイプ
がアヤカと高橋だ。
ツンクはUAEラウンドの3試合をこの4人で戦うつもりだ。
が、絶対に安倍・道重の2トップ、アヤカ・高橋の2トップは組ませない。
同じタイプ同士だと、同じ様な動きをしてしまい、
お互いの長所を潰しあってしまうと確信しているからだ。
- 242 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 12:06
- ところがクワターは2列目に後藤とユウーコ、タイプが同じ2人を並べてきた。
『クワター。あんたがどうやって2人を“共存”させるのか見させてもらいますわ。』
ツンクの眼が一気に鋭くなった。
試合はレアルの一方的なペースとなった。
前半8分、クローキが右サイドを突破してクロスを上げる。
そのクロスにヒカルドが頭から飛び込み、あっさりと先制。
さらに前半14分、約30mの距離のFK。ジュディマリ・ユッキーの左足がうなる。
左足アウトサイドでかけたボールは、信じられない軌跡を描き、ゴールに突き刺さった。
- 243 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 12:14
- しかしここまでは個の力で取った得点。
肝心の後藤とユウーコがいまいち試合に入りきれていない。
『やっぱりな。やっぱ“共存”は無理やろ。』
そう自分の考えに自信を持った瞬間だった。
前半32分。
左サイドにいたはずのユウーコの姿が消えた。
『ん?ユウーコは?』
ツンクがそれに気付いた瞬間、後藤が左サイドに開き、相手DFをかわして
中にクロス。これをニアサイドに飛び込んだヒカルドがスルー。
最後詰めたのはどこからか現れてきたユウーコ。
レアル、3点目をあげた。
- 244 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 12:22
- 「ナイスアシストごっちん!!」
テレビの前でひとみたちが後藤のアシストに騒いでいる。
が、ツンクは別のことに目を奪われていた。
『何や今のプレー。どっからユウーコが現れたんや?』
このプレーがきっかけだった。
これ以後、レアルの攻撃が明らかに変わった。
特に左サイド、後藤とユウーコの連携だ。
後藤がサイドに開けばユウーコが中に。後藤が少し下がればユウーコが
前線にと、まるでお互いの心が読めるかのようにポジションチェンジを
繰り返していく。
この2人の動きをアラベスDFは捕まえることが出来ない。
完全に翻弄されている。
- 245 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 12:36
- 後半に入ってもそれは変わらない。
ユウーコ、後藤のコンビプレーからチャンスがどんどん生まれていく。
後半12分には後藤のスルーパスに前線に飛び出したユウーコがこの日
2点目となるゴールを決めた。
そして後半23分、とうとうこの時が来た。
中盤でコニシシ、シマタニッソ、クローキ、ユウーコ、後藤が華麗にボールを回す。
ワンタッチ、ツータッチで回されるボールにアラベスは触る事ができない。
その間に左サイドをジュディマリ・ユッキーが駆け上がる。
そこへ後藤から絶妙のスルーパスが出た。
左サイドからジュディマリ・ユッキーがクロスを上げる。
このクロスに飛び込むのはユウーコ。しかしアラベスDFも身体を寄せている。
『あたしならここにいるはず!!!』
ユウーコはこのクロスをスルーした。
そこにいたのはパスを出した後、ゴール前に詰めていた後藤真希。
このクロスを華麗にジャンピングボレーで合わせた。
アラベスのGKは一歩も動けなかった。
「ゴトウ!!!」
「マキ!!!」
記念すべきリーガエスパニョーラ初得点。
チームメートが後藤に抱き付く。後藤も喜びを爆発させている。
サンチャゴ・ベルナベウも大歓声で揺れる。
どうやらサポーターたちも日本から来た彼女をレアルの一員と認めたようだ。
後藤に大きな声援が飛んでいる。
- 246 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 12:42
- 「やったあー!!」
「凄いよごっちん!!」
「最高だよ!!」
テレビの前でひとみたちは狂喜乱舞していた。
一方、ツンクは黙ったままテレビを見つめていた。
試合はその後得点は入らず5−0というスコアでレアルが勝利した。
後藤は1得点2アシストと最高のデビューを飾った。
そして何より、ツンクと同じ様な考え(“共存”は無理)を持つ者に
それが可能であることをみせつけたのだ。
こうして“日本が産んだ天才”のデビュー戦は幕を閉じた。
- 247 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 13:11
- 9月10日、いよいよアテネオリンピック最終予選UAEラウンドが開始された。
初戦の相手はタイ。アジアの中でも強敵にあたる。
鉄壁の守りからのカウンターが持ち味のチームだ。
「ええか、最初に言っておくで。相手がアジアのチームやからって絶対に舐めんな!
俺らはそんなこと出来るようなチームや無い!毎試合全力で戦って来い!!ええな!!!」
「はいっ!!!!」
つんくが選手たちに気合いをいれた。
今日の試合は親善試合ではない。アテネオリンピックの出場を賭けた“死合”だ。
少しでも油断すれば首を取られる。そんな戦争だ。
「スタメンはGK飯田。DF左から斎藤、紺野、小川、MFボランチ新垣、辻。
左に石川、右に矢口、トップ下に吉澤、FW高橋、安倍や。さあ行ってこい!!」
「円陣組むよー。」
キャプテンの飯田がみなを呼び寄せ円陣を作る。
「さあみんな、気合い入ってるね?あたしたちがする事は全力で一試合を戦う事。
そして勝つ事。いいね?」
飯田の言葉にみな頷く。
「それではがんばっていきまー・・・」
「しょいっ!!!!」
午後7時、アブダビの星空の下、キックオフの笛が鳴り響いた。
- 248 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 13:12
- <日本代表>
安倍 高橋
吉澤
石川 矢口
新垣 辻
斉藤 紺野 小川
飯田
- 249 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 13:15
- 「ちっ!何て守りなんだよ・・・。」
矢口が思わず呟く。
タイのフォーメーションは5−3−1−1。5バックに3ボランチと徹底的に守ってきた。
攻めようにもスペースがなく、ドリブル突破も人海戦術に潰された。
「安倍さん!!」
安倍が胸から落ちた。苦しそうに顔を歪める安倍。
タイはこの日本のエースに徹底してハードマークを仕掛ける。
ライン際に開いた安倍に対してのハードタックル。タイのDFにイエローカードが出された。
左サイドのコーナースポット付近でのFK。キッカーは石川。
石川はファーサイドに上げた。そこに飛び込むのはDFの斉藤。
タイDFに競り勝ってヘディングシュート。しかし惜しくもクロスバーを越えていった。
「あー!しまった・・・。」
思わず頭を抱える斉藤。
「ドンマイだべ、斉藤ちゃん。次だべ次。」
安倍が笑顔で斉藤の肩を叩く。
- 250 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 13:18
- さらに日本が攻める。
DF2人に囲まれた高橋。しかしキレのあるドリブルで2人の間を抜け出し、そのままシュート。
これはGKのファインセーブに合った。
続いてひとみから左サイドを上がる石川にパスが出た。石川、このボールをダイレクトで二アに上げる。
その瞬間安倍がマークを振り切り二アに飛び込み頭で合わせるが、ポストを叩く。
さらに安倍のポストプレー。DF2人を背負いながらもひとみにボールを落とす。
走りこんだひとみが豪快なシュートをお見舞いするが、これはタイDFが身体を張った。
そのこぼれ球を拾った辻がさらに強烈なシュートを放つが、
これはクロスバーをはるかに越えていった。
- 251 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 13:27
- 「・・・・・まずいな・・・・」
フィジカルコーチのハタケが呟く。
みなの動きがあまりに悪い。みな緊張と暑さのためか身体が重そうだ。
それも無理はない。
アテネへの予選。絶対に負けられない1戦。そしてその初戦。
ホームならいざ知らずここは中東の地。緊張するなという方が無理であろう。
そしてこの暑い気候。ジッとしているだけでも汗が噴出してくる。
そんな中ピッチで戦っている選手たちの体感温度はゆうに70度は超えている。
それに周りの風潮はアジアの王者日本。
タイ如き大差で勝ってあたり前という雰囲気があった。
タイからしてみれば負けて当然、引き分けで充分という考えなので日本よりも
幾分リラックスできているし、タイの気候は平均30から35度。湿度も70
から80%というのもあって、日本代表よりもUAEの気候に適応しやすい。
- 252 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 13:51
- こんな状態の時にはまずは手堅く試合を進めるべきであるが、
ひとみたちの心には自分たちは“アジアの王者”という想いが少なからず
あり、タイを力でねじ伏せようとしていた。
しかしそんな浮ついた気持ちで勝てるほど予選は、死合は甘くない。
タイは静かに牙を研いでいた。
日本の喉元を食いちぎるために。
- 253 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 13:57
- 日本はタイゴールに攻め込むが、得点が入らない。
自分たちの力を過信してか、キレイに決めようとする。
そんなおままごとのようなサッカーでゴールが決められるはずはない。
そして前半43分、タイは一瞬の隙を見逃さなかった。
日本は紺野と斉藤2人を残して攻めていた。
タイが1トップだけに、DFが3人も残る必要はない。
クロスの正確さに非凡なものを持つ小川が再三上がり、チャンスを演出していた。
この時も小川が右サイドを駆け上がり、矢口のマークを分散させていた。
そして矢口が中にクロス。
が、タイのDFに弾かれた。ボールは左サイドのタッチラインを転がっていく。
- 254 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 14:01
- 『ふう、またか。』
日本の選手のほとんどが足を止めた瞬間、その隙をタイは突いた。
タイの右サイドバックがこのボールに追いつき、前線にロングボールを送った。
このボールをハーフウェーラインで待っていたタイのFWアヤヒ・ラヤマー。
紺野がチェックに来る前にダイレクトで右サイドオープンスペースに出した。
しかしそこには誰もいない。
斉藤がこのボールを追いかける。
「斉藤さん後ろ!!!」
「えっ?うわっ!!」
紺野が叫ぶと同時に斉藤を追い越す影―タイのスーパーエース、
MFユウコッコ・ミズーノ。
「くっ!!」
斉藤が必死に追いかけるがユウコッコのスピードが上だ。
斉藤を振り切り日本ゴールへ突き進む。
日本も懸命に戻るが、辻はもちろん、新垣までも攻め上がっていた。
- 255 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 14:04
- 飯田とユウコッコの1対1。飯田がペナルティエリアを飛び出す。
が、ユウコッコは飯田をあっさりとかわした。
そして無人のゴールに蹴りこむ。が、
「完璧です!!」
俊足をとばして戻った紺野がシュートコースを身体でブロックする。
しかしユウコッコはそれに気付いており、シュートをうたず、横にボールを流した。
最後押し込んだのはゴール前にきちんと詰めたアヤヒ。
タイの見事なカウンターアタックが決まった。
日本0−1タイ
- 256 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 14:16
- まさかの失点に呆然の表情を浮かべる日本イレブン。
そして一気に冷静さを失った。
前半のうちに取り返そうと攻める日本。
カウンターで失点した事など忘れたかのようにどんどんどんどん前がかりに
なっていく。
「よしざーさん!!」
高橋が右サイドに開いてボールを要求する。
他の選手たちが焦る中、高橋だけはまだ冷静さを保っていた。
『タイのDFはセンターが厚いです。サイドで展開して散らしましょう。』
こういった冷静さ、判断力こそ高橋愛の魅力だ。
しかしひとみは中央に張る安倍に出した。
しかしタイもきっちりと2人がかりでマークについている。
あっさりと潰されてしまった。
- 257 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 14:31
- 「ひとみちゃん!!」
今度は左サイドの石川が手を上げる。
クロスを上げてゴールを狙うつもりだ。
しかしひとみは石川の足元ではなく、タイDFラインの裏へスルーパスを出した。
「えっ?裏?!」
慌てて石川がこのボールを追いかけるがもともと無理なタイミングだ。
追いつくことは出来なかった。
「梨華ちゃん!!反応してよ!!」
ひとみが声を荒げる。
「そんなっ!今のは完全に無理でしょ?!!」
石川もカチンと来たのか、これに応戦する。
「バカ!!試合中だろ!!!」
矢口が2人を止める。
日本の雰囲気はこれ以上なく悪い。
そしてそこをまたもユウコッコに突かれた。
- 258 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 14:38
- 「のの!!こっち!!」
ひとみがボールを要求する。
『そ、そんなこと言ったってよっすぃーにはマークついてるれす。』
ひとみの背中には1人、そしてその側にはトラップした瞬間を狙おうとしている
タイの選手がいる。
こんな状況で出しても取られるのがオチだ。
「辻さん!!」
新垣の声にハッとなる。
ひとみに出すか出さないかを迷った一瞬の隙をユウコッコは見逃さなかった。
ユウコッコは辻からボールを奪うとすぐさま左サイドに振る。
そこにはアヤヒが走りこんでいた。
- 259 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 14:45
- 「マコ!!」
「オッケー!!」
すぐさま小川がアヤヒにあたる。アヤヒと小川の1対1。
しかしアヤヒは無理に抜こうとしない。ボールをキープし、時間を稼ぐ。
「アヤヒ!!」
そうしているうちにユウコッコが上がってきた。
すかさずアヤヒは出す。
「任せて!!」
紺野がこのパスを読み、カットするべくDFラインを飛び出す。
「なっ?!!」
しかしこれに先に触ったのはユウコッコだった。
「ウソ?!!」
飯田が叫ぶ。
あの紺野が出足の鋭さ、瞬発力で負けた。
- 260 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/21(土) 14:49
- すかさず飯田がシュートコースを狭めるべく飛び出し、ユウコッコの前に
立ちはだかった。両手を大きく広げ、相手に威圧感を与える。
しかしユウコッコは冷静だった。
そこから一気に前に詰めてきた飯田をよく見て股間を通した。
前半ロスタイム。
タイ、試合を決める追加点。
日本0−2タイ
- 261 名前:ACM 投稿日:2004/02/21(土) 14:55
- 今日はここまでとします。
次で第6話、終わらせたいと思います。
- 262 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 01:04
- ここで前半戦が終了した。
前半だけでまさかの2失点。
こんな展開になるとは露ほども思っていなかったひとみたち。
みな動揺を隠せない。
「みんな落ち着け。まだ時間はたっぷりある。サッカーは10秒あったら点
が取れるんや。まずは1点返すぞ。」
ロッカールームでツンクが落ち着いた口調で話しかける。
こんな状態で頭ごなしに怒鳴っては返って逆効果だ。
それに監督がオロオロしていては選手に不安が広がる。
「ツンクさんの言うとおりだよ。まだまだ時間はあるよ。
まず落ち着いて自分たちの動きを取り戻そうよ。」
キャプテンの飯田がみなに声をかける。
「うん、まずは落ち着く事だべ。そして自分の力を出し切る事。
死力を尽くさないと、本当の国際試合は勝てないべ。」
安倍の言葉にみな頷く。
「よし、後半戦気を取り直して行こう!!」
- 263 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 01:14
- 後半が開始された。
後半開始と同時にタイは完全に守りきる体制をとった。
最前線にスーパーエース、ユウコッコ・ミズーノのみを残し、他は全員が
自陣に引いている。FWのアヤヒでさえそうだ。
そして日本の選手に対してマンマークについた。
「くっ、これじゃあスペースがない。」
ボランチの位置でボールを受けた新垣がたまらず止まる。
前はどこにもパスを出すところがない。
そしてモタモタしているとすぐさまタイの選手がチェックに来る。
新垣は仕方が無く後ろに戻す。
- 264 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 01:25
- 「ボス!!出して!!」
ひとみがタイのボランチを背負ったまま斉藤にパスを要求する。
斉藤はロングパスを前線に送る。
が、ひとみの手前でタイMFにカットされてしまった。
すぐさまタイMFが前線のスペースへロングパス。
これに爆発的なダッシュで反応するのがユウコッコ。
紺野と小川が必死に追いかける。しかしユウコッコが速い。
「任せろ!!」
ここで飯田がペナルティエリアを飛び出した。
そしてヘッドでこれをクリアした。
「飯田さんナイスです!!」
飯田の勇気ある飛び出しに小川が声をかける。
「おうっ!!小川も紺野もボスもナイス!!」
日本の守護神が手を叩いて周りを鼓舞する。
小川、紺野はきっちりユウコッコについていたし、斉藤は飯田が飛び出した
ゴールのカバーに入っていた。
どうやらDF陣は落ち着きを取り戻したようだ。
- 265 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 01:37
- しかし前線はまだまだ落ち着きがなかった。
特にひとみだ。
前線でボールを要求するが、受けるとすぐに裏へのスルーパスのみ。
ゲームメークも何もあったものではなかった。
「ひとみちゃん!!もっとサイドに散らそうよ!!」
「よっすぃー、こっちだって!!!」
石川が、矢口がサイドで手を上げるがひとみは見向きもしない。
『あたしはファンタジスタなんだ。マツシマの後継者なんだ。
こんな相手なんか一発のパスで沈めてやる。』
- 266 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 01:51
- 「あかん。ツンク、吉澤の奴縛られてるで。」
マコトがひとみのプレーを見てそう感じた。
「・・・・・ああ。」
ツンクも忌々しげに呟く。
“見えないものが見える”、俗に言う“ファンタジスタ”と呼ばれる選手は
毎年必ずと言っていいほどどこかで現れる。
しかしその中で“真のファンタジスタ”になれるのはほんの一握りだ。
多くの選手がなまじ“見える”だけにそれに縛られてしまうのだ。
今のひとみのように。
- 267 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 01:55
- 後半も15分が過ぎた。
しかし日本は得点をあげることが出来ない。
そしてここまで我慢していたツンク、とうとう決断した。
「柴田!!」
アップをしていた柴田を呼ぶ。
「次、ボール出たら行くで。吉澤と交代や。」
- 268 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 02:06
- しかしツンクのその言葉に柴田は困ったような表情を浮かべ、こう言った。
「ツンクさん。差し出がましいようですけど、それは困ります。
今から逆転するにはよっすぃーの力が必要です。」
「何?」
ツンクが柴田の言葉に目をぱちくりさせる。
「タイはみんな引いてます。だからここは高さとパワーで崩していくしか
ありません。このチームで高さ、パワーのbPはよっすぃーです。」
「・・・・確かにそうや。けど、今の吉澤の状態やとそれは無理やろ。それに・・・・」
ツンクは言葉を飲み込む。
が、柴田がその言葉を引き継いだ。
「それに、あたしとよっすぃーの“共存”は無理、ですか?」
「?!!」
ツンクは驚きを隠せなかった。
- 269 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 02:17
- しかしツンクは次の柴田の言葉にさらに驚かされた。
「あたしも最初は無理だと思っていましたけど、ごっちんとユウーコのプレー
を見て確信しました。“今なら大丈夫”だと。」
ツンクは柴田の顔を見た。自信に満ち溢れている。
「・・・・・その言葉、信用するで?」
「はい、任せてください。必ず操ってみせます。」
「よっしゃ、なら辻と交代や。それと高橋に代えて大谷、矢口に代えて里田を
投入するけどいけるな?」
「はい。大丈夫です。」
ツンクは柴田にこの試合、全てを賭けた。
- 270 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 02:25
- 柴田はすぐさまソックスにレガースを入れ、タッチラインに向かった。
その間にツンクは大谷と里田を呼び寄せた。
「大谷、この試合お前の高さが必要や。FWで出すで。ええな?」
「・・・・はい!!分かりました!!」
大谷は一瞬複雑な顔を浮かべたが、すぐに意を決した。
FWを諦め、DF1本にしぼると決めた矢先にFWとして期待される。
正直複雑であったが、自分の高さがチームの役に立つならばポジションはどこでもよかった。
「それから里田。お前は小川の位置に入れ。でチャンスがあったりセットプレー
の時はどんどん上がれ。」
「はいっ!!」
里田まい MF サンフレッチェ広島所属
彼女の魅力はひとみにも劣らない身体能力だ。ボランチでもセンターバック
でもこなせ、なおかつ守備的な選手にしては考えられないような攻撃力を持つ。
ここまでJリーグでも7得点あげている。
- 271 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 02:32
- ゴール前でひとみが強引にスルーパスを出し、安倍が抜け出す。
が、タイDFはこれを読んでおり身体を寄せる。
それでも安倍がシュートまで持っていった。
このシュートはタイGKが弾いてゴールラインを割った。
日本のコーナーキックだ。
ピピピッ!!
ここで主審が選手交代を認めた。
オオオオオ!!
タッチラインに3人立っているのをみてスタジアムがどよめく。
日本は3人同時に代え、勝負に出る。
「マサオ、まいちゃん、頼むね。」
「オッケー。」
「うん。」
柴田の言葉に頷く大谷、里田。
さあ、ここからが日本の怒涛の反撃だ。
- 272 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 02:41
- 日本の右からのコーナーキック。キッカーは石川。
このチャンスにゴール前にいるのはひとみ、安倍、そして代わって入った
大谷、里田。
日本のストロングヘッダーたちが揃っていた。
「行きます!!」
石川が手を上げ、左足を振り抜いた。
ボールは鋭く弧を描き、ゴール前へ。
このボールに飛び込む日本のストロングヘッダーたち。
「よしっ!!」
これを合わせたのは大谷だった。
GKを弾き飛ばしゴールネットへと突き刺した。
ピピピピ!!!
しかし主審がけたたましく笛を鳴らした。
今のプレー、どうやら主審は大谷のキーパーチャージをとったようだ。
「えっ?!!」
信じられないといった表情を浮かべる大谷。
これがファウルと知ったタイGKは腰を押さえ、大袈裟に痛がっている。
時間を稼ぐつもりだ。
主審は外で治療をするように命じた。
この間試合が中断する。
- 273 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 02:47
- 「今のうちにポジション変更を言うね。」
柴田がみなに指示を送る。
「トップはマサオと安倍さん。トップ下はあたしとよっすぃー。右サイドは
まこっちゃんがポジション上げて。でまこっちゃんの所にまいちゃんね。
中盤だけど、里沙ちゃんのワンボランチ。里沙ちゃん、行ける?」
「はいっ!任せてください!!走りまくりますから!!」
新垣が力強く頷く。
「よしっ、絶対逆転するよ!!」
- 274 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 02:49
- <日本代表>
安倍 大谷
柴田 吉澤
石川 新垣 小川
斉藤 紺野 里田
飯田
- 275 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 03:01
- タイGKの治療も終わり、試合が再開された。
タイGKが大きく前線に蹴りだす。
これをユウコッコと里田が競り合うが、里田が勝った。
こぼれ球は新垣が拾う。
「新垣!!」
すぐさまひとみがパスを要求する。
しかし柴田の声がそれをかき消す。
「里沙ちゃん、左でいいよ!!」
新垣はその声に反応し、左サイドの石川にパスを出した。
「ほいっ梨華ちゃんこっち!!」
柴田も左サイドに大きく開き、ボールを要求する。
そこへ石川からボールが出る。
もちろんタイDFもすぐさまチェックに来る。
「安倍さん!!」
これを柴田、ダイレクトで安倍に出す。
すかさずリターンをもらい、左サイドを抜け出した。
そして中を見る。
しかしペナルティエリア内には大谷1人。
- 276 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 03:10
- 柴田は構わずクロスを上げた。
『あゆ、ナイス!!』
柴田のクロスはピタリと大谷の頭に。
しかも大谷が一番得意とする高さ、相手DFが不利なコースに。
DF2人に競り合われながらも大谷が強烈なヘッドを放つ。
しかしこれをタイGKがファインセーブ。
惜しくもゴールにならなかった。
「ぐあっ!!」
思わず頭を抱える大谷。絶好のチャンスだった。
「ドンマイドンマイ!!」
柴田が声をかける。
- 277 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 03:23
- 『くそっ、何で梨華ちゃんに出すんだよ。あたしに出してよ。絶対にスゴイ
パス、出してみせるのに!!』
忌々しげに新垣を睨むひとみ。
その時、ひとみの肩がポンポンと叩かれた。
「よっすぃー、前線に走りこむのサボっちゃダメだよ。」
「あ、柴田さん、何であたしにパス・・・・?!!」
振り向いた瞬間、ひとみは固まってしまった。
「ん?どうしたのよっすぃー?」
柴田は笑顔だ。
しかしひとみはその柴田の笑顔を見た瞬間、身体が硬直し、
そしてガタガタと震えだした。
ひとみは本能的に悟ったのだ。
自分と柴田の圧倒的な格の違いを。
だから身体が震えたのだ。
- 278 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 03:32
- 「まずは1点返そうよ。パスはあたしが送るからどんどん前に出て
ゴール決めてね。」
「は、はいっ!!」
柴田の言葉に頷くひとみ。いや、頷くしか出来なかった。
これ以降日本の攻撃が変わりだした。
柴田のパスによりリズムが良くなったのだ。
- 279 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 03:45
- 『柴田さんのパス、凄い・・・・・』
ひとみは柴田のパスの凄さにショックを受けていた。
柴田のパスは味方を活かすパス。
自分が欲しい所、欲しいタイミングで必ず出してくれる。
しかもそのパスは受け手に優しいパスだった。
コースだけでなくスピード、そしてその選手の利き足、得意とする形まで
気遣ったパスだ。
こんなパスを送られる方は最高だ。
だからこそ自ら動き、いい形でもらおうとする。
自分がいいポジショニングをすればするほど最高のパスが送られるのだから。
それがチーム全体の動きを良くするのだ。
味方一人一人の個性や特徴を最大限にまで引き出し、
リズムを整え、チームとして1つにまとめる。
その様相はまるでオーケストラの指揮者のようだ。
柴田あゆみ。
この日本代表のマエストロのタクトにより、日本は蘇った。
- 280 名前:ACM 投稿日:2004/02/22(日) 03:59
- うお、終わらんかった。
続きは今日中に書き上げたいと思います。
いつもいつも不定期な更新ですみません。
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/22(日) 08:38
- イイヨイイヨー
- 282 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 10:27
- 『・・・・・・これはなっちが少し下がった方がいいべ。』
安倍は自分の判断で少しポジションを下げた。
「安倍さん、それです。」
柴田がそれを見て頷く。
中盤で柴田がパスを担当することにより、日本の攻撃はリズムを取り戻した。
そしてひとみが点を取るために前線に上がってきたのだ。
しばらくは安倍、大谷、ひとみの3トップの形になっていたが、
高さでは大谷とひとみの方が上だと判断した安倍は、2人に最前線で競らせ、
自分はこぼれ球を狙うことを考えた。
これが功を奏する。
柴田から両サイドにパスが散らされる。そして両サイドからクロスが
何本もゴール前に放り込まれる。
それに何度も飛び込む日本のツインタワー。
大谷が、ひとみがクロスに頭で合わせる。タイディフェンスも必死に競り合うが次第に
2人のヘディングの精度が上がっていく。タイのDF陣はこの2人に釘付けとなった。
その隙を逃さないのが日本のエースだ。
- 283 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 10:32
- 左サイドの石川にパスが渡った。石川は中を見る。
大谷はニアサイドからファーサイドに回りこみ、ひとみはファーからニアへ。
その動きにタイのディフェンスが両ポストに引きつけられる。
「梨華ちゃん!!」
その瞬間柴田がパスを要求した。石川からマイナスのクロスが
ペナルティエリアやや外で待つ柴田のもとへ。
タイのDFが慌てて柴田に向かう。
「柴ちゃん!!」
その瞬間安倍がペナルティエリア内中央にぽっかり空いたスペースに走り込む。
もちろん柴田がこれを見逃すはずがない。
柴田は石川のパスをダイレクトで安倍に出した。
安倍は飛び出したGKの出足を完全に見切り、冷静に右足で押し込んだ。
後半27分、日本、1点返した。
- 284 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 10:46
- この安倍の得点は効果てき面だった。
安倍の存在を恐怖に感じたタイDFは安倍の動きに神経過敏となる。
しかしそうなれば今度は最前線のツインタワーのマークが甘くなる。
そこをきっちり突くのが日本のマエストロ。
右サイドを駆け上がる小川に絶妙のパス。
中央で安倍がタイDFをひきつけているためサイドが空いていた。
小川が右サイドを深くえぐる。そして中に速いクロス。
ニアに上がったボールにひとみがDFを振り切り飛び込む。そしてバックヘッドで後ろに流す。
それに合わせたのは大谷。打点の高いヘディングをタイゴールにぶち込んだ。
後半35分、日本、とうとう追いついた。
「よおっしゃぁぁー!!!!」
大谷が吠えた。
「大谷さん!!」
「マサオ!!!」
両手を突き上げる大谷のもとに歓喜の輪が出来る。
- 285 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 11:02
- 「守れ!!ここ絶対守りきれ!!」
前線でタイのスーパーエース、ユウコッコが叫ぶ。
しかしその顔は青ざめている。
『何で?ここまで完璧だったのに?』
しっかり守ってカウンター、それで見事に2点取った。
これ以上ない完璧な試合運び。
しかしあっさりと追いつかれてしまった。
あの日本の12番がピッチに立ってから。
さらに日本は攻める。
柴田の左足から長短高低様々なパスがピッチを駆け巡る。
このパスをひとみたちは気分良く追いかける。
ひとみは柴田のパスに何か生命力みたいなものを感じていた。
これを受けると自分の力が奥底から湧いてくるような、そんな生命力が。
ひとみのパスは相手を殺す“悪魔のパス”――創造と破壊――であり、
柴田のパスは味方を活かす“天使のパス”――創造と再生――なのだ。
- 286 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 11:14
- 「柴田さん!!」
ひとみがスッとDFラインの裏に走り込む。
今までファンタジスタに縛られてこの動きを忘れていた。
しかし柴田のパスを受けることでこれを思い出した。
「ナイスよっすぃー!!」
すかさず柴田がスルーパス。
しかしこれはタイDFが懸命に滑り込みクリアした。
中盤で柴田がボールを持ち、前を向いた。
「柴田さん!!」
「あゆ!!」
「柴ちゃん!!」
「柴田さん!!」
「柴ちゃん!!」
ひとみが、大谷が、安倍が、小川が、石川が柴田にパスを要求する。
みな自分の武器を見せたくてしょうがないのだ。
『ごめんね、みんな。やっぱ最後はこの人でしょ?』
柴田が選んだのは彼女だった。
チェックに来たタイDFの頭をふわっと越える柔らかなパス。
それを追いかけるのは柴田の真後ろから飛び出してきた彼女。
柴田たちが投入された後、1人で広い中盤をカバーしてきた。
彼女がいたからこそひとみたちは安心して攻撃に出れたし、紺野たち
DF陣も脅かされる事はなかったのだ。
新垣里沙。
チーム1のスタミナと自己犠牲の精神を持つ彼女のゴールで
日本は初戦を苦しみながらも勝利した。
- 287 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 11:26
- 「ナイスプレーやったで柴田。」
「ありがとうございます。何とか行けましたね。」
ツンクと柴田ががっちり握手した。
「どうや?このアテネオリンピック予選、最後まで行けそうか?」
柴田はこのツンクの問いの意味を正しく理解した。
「・・・・ええ。そこまでなら確実に行けると思います。ただ、その後は
どうなるかは分かりませんね。もちろんあたしが勝つつもりですけど、
よっすぃーも伸びるでしょうからね。」
「・・・・そうか・・・じゃあこの予選で最後なんやな。お前と吉澤の“共存”は。」
「ええ。きっとそうでしょう。その後は、どちらかしかピッチに立てないでしょうね。」
柴田はそう言って柔らかく微笑んだ。
- 288 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 11:32
- 試合が終わり宿舎に戻ってきた日本代表。
ミーティングも終え、それぞれ自由な時間を過ごしていた。
ツンクたちコーチ陣は部屋で次の試合のことを話し合っていた。
その話が一段落ついた時、ふとマコトがツンクに尋ねた。
「なあツンク。あの時言ってた柴田の言葉、あれどういう意味や?」
「あ、それは俺も気になった。この予選しか“共存”は無理って。
それより何で柴田と吉澤、それから安倍と大谷が“共存”できたんや?」
ハタケも疑問を口にした。
- 289 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 12:16
- 「ああ。それはな、“大人”と“子ども”やったからや。」
「大人と子ども?」
「何やねんそれ?どういう意味や?」
ツンクの言葉に戸惑うマコトにハタケ。
「まず前提として、その2人がお互い心を通わせてる。それで話を進めるで。」
マコトとハタケが頷く。
「大人ってのは色んな経験をした人間で、“他人に合わせることが出来る”人間やと俺は思う。
その大人が心を通わせた子どもに対して自我を押し付ける事はあらへん。
子どもの好きなようにさせるやろ。ただ、子どもが間違ったことをした時、
そん時は正しい方向に導く。それが大人やと俺は思ってる。
まあ大人言うより親の方が近いかな?」
「・・・・あんまよう分からへんけど、つまりは大人が柴田で、子どもが吉澤?
子どもがオイタしたのを大人がガツンと更正させた。こういう事か?」
「相変わらずおもろい例えやなハタケ。まあそういうこっちゃ。」
「それはちょっとおかしいんとちゃうか?」
マコトが異論を唱える。
「他人に合わせられるんが大人なんやったら、大人と大人同士の方が上手く
行くんとちゃうの?」
マコトの疑問ももっともだ。
「いや、ところがそうはいかんのや。大人になると変なもんが生まれてくるんや。
功名心とか自尊心とかな。それは大人になればなるほど大きくなる。
ただ相手が子どもやったら大人もそんな事は気にせーへん。
子どもがどんどん成長していくのを目を細めて見守ってやれるやろ。
けど、その子どもが大人になり、自分と同等になったら。そして同じ分野
で争うライバルになったら。・・・・・・果たして笑ってられるかな?」
- 290 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 12:36
- このツンクの言葉にマコトもハタケも黙り込む。
「今の段階では吉澤はまだまだ子どもや。柴田も笑ってられる。
でもこれから先はどうなるか分からん。
だから柴田はこの予選しか“共存”は無理やと言ったんや。」
「なるほどな。だからこそ大谷と安倍も共存できたんやな。
後半の途中、安倍が少しポジションを下げたのも安倍が“大人”やった
からなんやな。」
ハタケがうんうん頷く。
「けど、何か嫌な話やな。それって大人と子どもと言えば聞こえがいいけど、
つまりは大人の方に優越感があるってことやろ?一段高くから見下ろしてる
ってことやろ?何か嫌やな。」
マコトがポツリとつぶやいた。
「まあな。でも俺らは人間やから、凡人やからしゃーないよ。人間やったら
絶対そんな感情はある。でもな、それを上手く御することが大事なんや。
現に柴田は吉澤を上手く導いた。自分の事を考えたらそのまま吉澤には沈んで
もらってた方がいいに決まってる。それやったらあいつのポジションは
安泰やからな。それでもあいつは吉澤を導いた。
これが出来るのは人間であり、“大人”やからやで。」
「・・・・・なるほどな。」
マコトも頷いた。
- 291 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 12:47
- 「そっかー、柴田は吉澤のことが好きで、認めてるんやな。」
ハタケがタバコを吹かす。
「そうやろうな。じゃないとここまで出来へんよな。もちろん吉澤も柴田の
こと、尊敬してるし慕ってるやろな。」
マコトもタバコを口に銜える。すかさずハタケが火をつけてやる。
「ああ、それがライバルっちゅうもんやろ。お互い認め合ってないとライバル
とは言われへん。・・・・・これから2人ともグングン伸びるで。」
ツンクがほくそ笑む。
「あ、じゃあ後藤とユウーコもそんな関係か。」
マコトがポンと手を叩く。
「そうやろな。この場合はユウーコが大人で後藤が子ども。」
「・・・・あの後藤が子どもって、恐ろしいな。」
ハタケがゴクッと喉を鳴らす。
「ああ。さすがは“スペインの至宝”。この名は伊達やないな。」
- 292 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 12:56
- 「それにしてもライバルかー、ええ存在やな。そういやうちのチーム、
大体同じポジションに2人はいるけど、あの2人のライバルがおらんな。」
「・・・・・安倍と飯田やろ?」
ハタケの問いにマコトが答えた。
安倍のポジションは村田、それから今回選ばれた道重といるが、正直安倍の力
が抜きん出ている。
そして飯田圭織。彼女は名実ともに日本bPの守護神。
張り合えるものは正直いない。
しかしこれはあくまで今の段階での話だ。村田も道重も、それからGKの亀井も
成長次第では2人に肩を並べることが出来るかもしれない。
しかしそれを待っている間、安倍、飯田は成長しない。
2人は今がまさに成長期。この時期にライバルがいないというのはかなりの
悪影響となる。
- 293 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 13:03
- 「ふっふっふ。それは大丈夫や。」
ツンクがニヤッと笑う。
「お、出たなツンクの悪い顔。何か隠し球があるんやろ?」
「その顔の時のツンクは勝算アリ、の顔やからな。」
マコトとハタケが突っ込む。3人の付き合いは長い。
「俺が目つけてた奴がようやく表舞台に出てきそうなんや。
それとセレッソ大阪のGK、あいつも帰化申請を出すと連絡があった。」
「・・・・・・FCバルセロナの松浦亜弥と、セレッソ大阪ミカ・トッドやな。」
「ああ。」
3人とも悪い顔になった。
- 294 名前:第6話 共存 投稿日:2004/02/22(日) 13:15
- ライバルというのは己を磨き、さらなる高みへと誘うものである。
ひとみにとって柴田あゆみはそういったかけがえのない存在である。
同じ時代にひとみと柴田がいる、これは2人にとっては喜ばしいことだ。
しかし、日本サッカー界にとってそれは大きな損失だ。
2人とも日本サッカー界の歴史にその名を残すことが出来る逸材。
しかし同じ時代に生まれた以上、どちらかが名を残し、どちらかが消えていく。
これは避けられない運命である。
“創造と破壊”の悪魔か“創造と再生”の天使か。
どちらかを日本サッカー界は選ばなければならない。
そしてその日は刻一刻と近付いてきている。
2003年9月10日。
この日は悪魔と天使が“共存”した日だった。
第6話 共存 (終)
- 295 名前:ACM 投稿日:2004/02/22(日) 13:38
- 第6話 共存 終了いたしました。
またえらい長い話になってしまいました。
それにつらつらと訳のわからん説明ばっかでホントすみません。
281> 名無飼育さん様
レスありがとうございます。これからもおそらく時間、量とも不定期な、
不確定な更新になるかもしれませんが暖かく見守ってください。
それでは第7話の予告です。
第7話 アジアbPGK
アテネオリンピック最終予選UAEラウンド。
第2戦の相手は眠れる大国、中国。
初戦を逆転で勝利し、勢いに乗る日本の前に立ちはだかった
のは“万里の長城”と呼ばれる中国の堅いディフェンス陣。
そして、アジアbPGKだった。
こんな感じです。第7話もよろしくお願いします。
- 296 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:04
- 9月12日、アテネオリンピック最終予選UAEラウンド第2戦。
相手は眠れる大国、中国。
この中国代表を率いるのがセルビア・モンテネグロの名将、オク・ダタミオビッチ。
彼の就任以来中国は確実に力をつけてきた。
それが成果となって現れたのが2002年日韓ワールドカップ出場である。
予選リーグ突破はならなかったものの、世界の強豪国相手に善戦した。
そしてその後、日本、韓国とともにアジア3強とまで呼ばれるようになった。
そしてこのアテネオリンピック最終予選UAEラウンド初戦、対イラン戦でも
きっちり1−0で勝利を収めている。
- 297 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:08
- 中国はその堅いディフェンスに定評がある。
システムはフラットな4−4−2。これはオク・ダタミオビッチお得意のシステムだ。
そのDFラインの4枚の壁はみな高くて強い。
アジア各国からは“万里の長城”と呼ばれ、恐れられている。
このDFラインを操るのがオランダエールディビジ、ユトレヒト所属のメ・グミーだ。
A代表でもレギュラーの彼女はそのハードなマークで相手を震え上がらせる。
そしてメ・グミーの後ろに控えるのはわずか22歳でありながらアジアbPGKの
称号を得ているサ・トエリだ。イングランドプレミアリーグ、ミドルスブラ所属。
もちろん彼女たち以外にも広い中国の中で選りすぐられた選手が揃う。
まさにアジア3強の名に相応しい陣容だ。
- 298 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:12
- 「ええか、今日の相手は一味も二味も違うで!一瞬でも気を抜いたらやられる!
みんな集中していくんや!」
ツンクのゲキがロッカールームに響く。
相手はアジア3強の一角だ。一瞬でも隙を見せてはならない。
「ではスタメンや。GK飯田。」
相手GKは同い年。この試合でアジアbPGKの座を勝ち取れるか?
「DF、左から斉藤、紺野、大谷。」
DFラインはパワーの斉藤、高さの大谷、スピードの紺野の組み合わせ。
中国の攻撃を抑え込めるか?
「MF、ボランチ里田、辻。」
中国のパワーをこのボランチ2人がどれだけ跳ね返せるかで、この試合の主導権が決まる。
「左、石川。右、矢口。」
サイドハーフは横浜Fマリノスコンビ。相手は4バック。
サイドの攻防はこの2人にかかっている。
「トップ下、吉澤。」
日本の“ファンタジスタ”。
前の試合は散々だった。その反省を活かして今日の試合、輝く事が出来るか?
「FW、安倍、高橋。」
日本のエース安倍に、次代のエース候補高橋。
サ・トエリの守るゴールを打ち破れるか?
「よし、みんな行って来い!!」
ツンクがみなを送り出す。
- 299 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:14
- <日本代表>
安倍 高橋
吉澤
石川 矢口
里田 辻
斉藤 紺野 大谷
飯田
- 300 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:17
- 午後7時、試合が開始された。
まず最初にチャンスを掴んだのは中国。
メ・グミーから最前線にボールが送られる。これを中国FW、斉藤を背負いながらも
ヘッドでスペースに流す。
それに走り込んで来たのはもう一方のFW。そのままシュートを狙う。
が、紺野がこれに反応し、スライディングでブロックする。
紺野に当たって勢いが無くなったシュートは飯田がきっちり抑えた。
今の場面、飯田は紺野ならば追いつくと分かっていたのであえて前に飛び出さなかった。
そしてこぼれ球に備えたのだ。
普段コンサドーレでコンビを組んでいる2人、意思の疎通は
「「完璧です!」」
- 301 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:18
- 続いて日本の攻撃。
左サイドで石川がボールを受ける。そこへすかさず中国右サイドバックが当たりにくる。
石川はその左足の精度ばかりに目がいってしまうが、かなり高いテクニックを持っている。
中国右サイドバックを華麗にかわし、左サイドをえぐる。
そして中を良く見てクロス。
これにファーサイドからニアサイドに飛び込んできた高橋が頭で合わせるものの、
サ・トエリがしっかりシュートコースに入っておりこれを弾いた。
まずはサ・トエリ、決定的チャンスを1本止めた。
- 302 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:22
- 今度は右サイド矢口がサイドをえぐる。
その類まれなスピードで中国DFを振り切る。
高さはなくても平面上のスピードならば絶対に負けない。
ペナルティエリアの中には安倍、ひとみ、高橋が走り込んでいる。
が、矢口はグラウンダーでマイナスにクロス。
これに走り込むのは辻。エリア外から強烈なミドルシュート。
しかしこれをサ・トエリが鋭く反応。右手一本で上に弾いた。
日本の右サイドからのコーナーキック。キッカーはもちろん石川梨華。
このチャンスに里田と大谷が上がってきた。
もちろんひとみもエリアの中でゴールを狙う。
石川の左足が火を吹いた。ボールは鋭いカーブがかかり、
ピンポイントで飛び込む里田の頭に。
しかしサ・トエリ、鋭い出足に驚異的な跳躍力でこれをキャッチした。
これでサ・トエリ、3本連続で決定的な場面を防いだ。
「凄い。里田のさらに上をいくなんて・・・・・・」
約100m先の日本ゴールで飯田が驚きを隠せないでいた。
- 303 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:25
- 「安倍さん!!」
ひとみからスルーパスが出る。これに安倍が反応しDFラインから抜け出す。
しかしすぐさま追いついたメ・グミーの強烈なタックル。
「うわっ!!」
安倍がたまらず倒れるがノーホイッスル。
さすがはメ・グミー。オランダでもそのハードなタックルには定評がある。
序盤は日本の方が押し気味だったが、次第に中国も盛り返す。
中国のシステムはフラットな4−4−2だ。
このシステムだとサイドに2人配置されていることになる。
日本は3−5−2でサイドには1人しかいない。
よってサイドがこのシステムの弱点となる。
ここを中国は突いた。
- 304 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:26
- 「くそっ!!」
矢口のいる日本右サイドを中国は狙った。
確かにスピードはあるが、その分フィジカルと高さが足りない。
そこを中国はいやらしいぐらいに突く。
中国左サイドバックがボランチとのワンツーで抜け出した。
矢口も快足を飛ばしてこれに食らいつく。が、フィジカルの差が歴然だ。
肩で弾き飛ばされた。フリーで右サイドが突破された。
「大谷当たれ!!中、マーク確認!!」
飯田が指示を送る。
大谷がチェックに行くが中国左サイドバックは素早く中にクロス。
このクロスにFW2人が飛び込む。
「任せろ!!」
飯田が積極的に飛び出す。そして空中で見事にキャッチした。
- 305 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:28
- 「来いっカオリ!!」
最前線で安倍が手を上げる。飯田はすかさずパントキックで安倍へ。
ボールは低い弾道で安倍のもとへ。
安倍はこれを胸でトラップすると、上がってくるひとみに落とした。
これを受けたひとみ、中国右サイドバックの上がったスペースへ出す。
「それでいいよよっすぃー!!」
ベンチで柴田が叫ぶ。
どうやらひとみは前の試合を上手く反省できたようだ。一発のパスだけを
狙うのではなく、状況に応じたパスを振り分けている。
- 306 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:29
- これを高橋が受け、さらにサイドを深く突き進む。
「高橋!!」
安倍とパスを出したひとみがペナルティエリアに侵入する。
高橋はクロスを上げる瞬間、サ・トエリがスッと前に出るのが見えた。
「!!」
咄嗟に高橋はインフロントキックからアウトサイドキックに変えた。
クロスはゴールから遠ざかるのではなく、ゴールに向かって曲がっていく。
「なっ?!!」
サ・トエリが慌てて止まり、ゴール方向へダイブ。
高橋はサ・トエリが飛び出したのを見て、咄嗟にクロスからシュートに変えたのだ。
が、これは咄嗟に変えた分精度を欠いた。
ボールは外のサイドネットに突き刺さった。
「・・・・危ない。あの17番、中々やるな。」
ホッと胸を撫で下ろすサ・トエリ。今のは完全に裏を突かれた。
さすがは後藤真希2世と呼ばれ、その将来が嘱望される高橋愛だ。
- 307 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:31
- 「上がって!!」
紺野の号令のもと、DFラインが上がった。
中国FWは完全に取り残された。オフサイドだ。
DFラインを指揮するのは紺野。見事なラインコントロールだ。
3バックの中央で強気にラインを指揮するその姿は日本代表キャプテン、
中澤裕子を彷彿とさせる。
「ナイス紺野!!どんどん上がっていい!!後ろは任せろ!!」
飯田が声をかける。
3バックシステムの利点はラインを組みやすいということだ。
4人一列より3人一列の方が真直ぐになりやすい。
ツンクジャパンではこれを利用してラインを高く取り、
積極的にオフサイドトラップを狙う。
そうするとDFラインの裏には広大なスペースが出来る。
そこをカバーするのは飯田の仕事だ。
現代サッカーではGKはゴールを守るだけの存在ではない。
GKのパスは攻撃の起点となるし、このように広いスペースをカバーするDFでもあるのだ。
それだけにツンクジャパンのGKには足元の技術は必要不可欠なのである。
- 308 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:32
- メ・グミーを中心にパワフルな守りをみせる中国。
紺野を中心に組織的な守備で跳ね返す日本。
一進一退の攻防だ。
そして両チームとも今日はGKが当たっていた。
中国代表サ・トエリはアジアbPGKの名に相応しいセービングを披露している。
もちろん日本代表飯田圭織も負けてはいない。
サ・トエリに勝るとも劣らないセービングだ。
- 309 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:33
- 日本の右サイドで大谷と中国FWが競り合う。
競り合いは全く互角。ボールがこぼれる。しかしこれを大谷、一瞬見失う。
「しまった!!」
中国FWがこれを拾い、日本ゴールに向かう。
紺野が慌てて追いかけるが、中国FW、紺野を引きつけて逆サイドへパス。
そこには斉藤を振り切って詰めているもう1人の中国FWが。
やられた!!
誰もがそう思ったが、シュートを撃つ瞬間、足元に飛び込んできた何かになぎ倒された。
「みんな!!ちゃんと声掛け合って!!斉藤、しっかり!!」
素晴らしいタイミングに勇気ある飛び出し。
日本の守護神がアジアbPGKに挑戦状を叩きつける。
そしてここで前半戦が終わった。両チームとも無得点。
- 310 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:43
- 「前半戦は完全に互角や。この試合、どっちにも転がるで。
だから絶対に気持ちを途切れさすな!!一瞬の隙が命取りになる!!
ええな!!」
「はいっ!!」
ロッカールームでツンクがゲキを飛ばす。お互い力は互角。
それだけに後は気力の勝負だ。
そして後半戦の戦術をみなに伝える。
「中国はやはり守りが堅い。“万里の長城”と言われるだけのことはある。
それにその後ろにサ・トエリがおる。まともに行っても跳ね返されるのがオチや。
・・・・・安倍、高橋。」
「はいっ!」
「お前らは前線で頻繁に動いてマークをずれさせるんや。
それからスペースを創る動きもな。そして2列目から吉澤なりが飛び込め。
それから石川、矢口。お前らはサイドの攻防、きついやろうけど絶対に
負けんな。頼むで。」
「はいっ!!」
「よし。ボランチ2人はサイドのケア、最終ラインのケアを怠るなよ。
辻、もうちょっと上がるの我慢せい。相手のフィジカルは強い。
里田1人だけやと中盤がえらいことになる。ええな。」
「・・・・はい。」
返事をした辻の表情は少し曇っている。
ツンクはそれに気付いたがあえて触れなかった。
「DFラインは今のままでいい。ただ絶対に気を抜くなよ!!」
「はいっ!!」
「よしっ、後半45分、死ぬ気で戦って来い!!」
- 311 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:44
- ハーフタイムが終わり、選手たちがピッチに姿を現した。
それと入れ替わるように控えの選手たちがピッチから退場し、
ベンチに戻ってくる。
「みんな、いつでも行ける準備しとけ。」
「はいっ!」
ツンクが控え選手全員に準備をさせる。
後半、両チームに疲れが見えたところにフレッシュな選手を送り込む。
後半残り20分。このあたりが勝負の境目だ。
- 312 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:45
- 後半戦が開始された。
中盤で身体と身体を激しくぶつけ、主導権を握ろうとする両チーム。
骨と骨が軋む音がスタンドにまで聞こえる。
このプレス地獄からボールがこぼれた。
これを拾った中国右MFに石川がつく。
「こんな華奢な奴、抜いてやる。」
中国右MFはそのフィジカルを使って強引に突破しようとする。
が、石川はその突進をスッとよけると左足を伸ばし、ボールを上手く弾いた。
「なっ?!!」
「愛ちゃん!!」
ボールを奪った石川はすかさず前に出す。
そこには右サイドからポジションチェンジしていた高橋がいた。
- 313 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:46
- 高橋はこのボールをダイレクトで上がってくるひとみに落とす。
これをひとみは右サイド、DFラインの裏に出す。
「ナイスよっすぃー!!」
そこへ猛スピードで飛び込むのが矢口。
しかしメ・グミーがこれに反応。矢口をチャージで弾き飛ばした。
「うおっ?!!」
もんどりうって倒れる矢口。
さすがにこれは主審がファウルを取った。
「矢口さん大丈夫ですか?!!」
「イテテテ、ちくしょー、せっかくのチャンスだったのに。」
ひとみが心配して声をかけるが矢口は痛みに表情を歪めながらもすぐに立ち上がった。
「よっすぃー、ナイスパスだったよ。次もどんどん出してくれよ。」
- 314 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:47
- 右サイドペナルティエリア真横からのFK。
石川がボールをセットする。
もちろん大谷、里田も上がってきた。
石川が手を上げる。
が、その瞬間石川の横にいた高橋がこのボールを中に入れた。
これにタイミングを狂わされる中国ディフェンス陣。
「ナイス高橋!!」
ひとみがこれにタイミングを合わせ、跳んだ。
素晴らしく打点の高いヘディング。そしてなおかつ角度をつけて叩きつける。
『決まった!!』
そう確信するほどの会心のヘディング。が、これをサ・トエリ、右足で止めた。
こぼれ球はメ・グミーがタッチラインに大きく蹴りだした。
「うそっ?!!」
思わず頭を抱えるひとみ。あのヘディングが止められるとは。
さすがアジアbPGKサ・トエリだ。
ひとみたちの前に“万里の長城”よりも大きな壁が立ちはだかる。
- 315 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:48
- 「よっすぃー!!」
矢口が右サイドを駆け上がる。
相手に何度飛ばされようと決して負けない。そんなガッツこそ矢口の最大の武器だ。
ひとみが中国センターハーフを背負いながら右サイドの矢口に出す。
すぐさま中国左MFと左サイドバックが矢口を囲む。
「辻!!」
矢口はこれをフォローに来た辻とのワンツーでかわそうとする。
が、辻はリターンを返さず、自分で前に突き進んだ。
「のの!!それはまずいで!!」
アップ中の加護が思わず叫ぶ。
その瞬間中国センターハーフが辻に飛び込み、ボールを奪った。
- 316 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:49
- 「えっ?!!」
この位置でボールを奪われるとまずい。日本守備陣は陣形が整っていない。
すぐさま中国センターハーフが前線にスルーパス。
これには紺野もラインを整える時間はなかった。
オフサイドギリギリで中国FWが抜け出した。
「くっ!!」
飯田がすかさず飛び出し、シュートコースを狭める。
両足で小刻みにステップを踏み、どんなシュートにも対応できるようにする。
そしてなおかつ少しずつ前へ進み、シュートコースをどんどん限定していく。
- 317 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 00:49
- 中国FWが狙い済ましてシュートを放った。その瞬間目一杯左足を伸ばす。
「よしっ!!」
伸ばした左足にボールが当たった。
「あっ?!!」
が、何と、この跳ね返ったボールが懸命に戻った紺野に当たった。
紺野の足に当たったボールはゴールに向かっている。
「ちっ!!」
飯田はすぐに起き上がり、懸命にこれを追いかける。
そして跳んだ。
ゴールライン上でボールをかき出した。
「割ってない!!」
「ゴールだ!!」
飯田はすかさずラインズマンにアピール。
中国は当然ゴールを主張する。
ラインズマンの判断はノーゴールだった。
「よしっ!!」
飯田、連続のスーパーセーブで日本ゴールを守った。
- 318 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:07
- 「さすが飯田さんや!!でものの!!何やっとんねん!!
あっこは上がるとこちゃうやんけ!!」
加護がアップ中にも関わらず足を止めて叫ぶ。
「辻ちゃん、何か焦ってるみたいだね。」
「あゆみもそう見えた?あたしもそう思うんだよね。」
柴田とアヤカだ。彼女たちもアップの足を止め、ピッチを見ている。
「ツンク、辻のやつ。」
「ああ、分かってる。焦る気持ちは分からんでもないが、
今それを出す時やない。ここは絶対に我慢しなあかんとこや。」
ツンクが忌々しげに腕を組む。
辻が焦っている理由。それは周りの台頭だ。
親友と言うべき加護が壁を突き破り、真のドリブラーへの道を歩みだした。
1歳下の新垣が前の試合、見事な逆転ゴールを決めた。
そしてこの試合では1歳年上とはいえ、高橋がかなりの活躍を見せている。
それに道重、田中、亀井といった自分より年下のニューフェイスが
どんどん現れてきた。
先の欧州遠征でも辻はいい所が無かった。
果たして辻は代表に相応しいのか?
そんな声が周りからちらほら聞こえだしてきた。
この試合で活躍してその声を黙らせてみせる。
そんな気合いで臨んだが、ツンクに指示されたのは守備重視。
これでは自分の武器である攻撃力を見せられない。
その焦りが辻にあの場面で上がらせたのだ。
それがピンチを招いた。
が、辻はそれに懲りるどころか次こそはという気持ちでいた。
- 319 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:08
- その様子にも気付いているツンクとマコト。このままでは必ず失点する。
「・・・・ツンク。柴田を呼ぶで。」
「・・・・ああ。」
マコトの言葉に頷くツンク。
そしてもう1人付け加えた。
「それからアヤカもな。」
- 320 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:09
- 後半13分、予定よりも早い投入となった。
第4審判と共に背番号11、木村アヤカと背番号12、柴田あゆみがサイドラインに立つ。
第4審判の掲げる電光ボードには4と8の数字が。
「・・・・・・・・・」
この番号を見てがっくりと肩を落とす辻。
「ちくしょー。」
もちろん矢口も途中交代は悔しい。
が、その小さな身体で右サイドを1人でケアしてきた。
何度も身体をぶつけ、身体中青アザだらけだ。
つまりはそれだけチームのために動いていたという事だ。
「アヤカちゃん、柴ちゃん、後頼むね。」
矢口が2人とタッチをかわす。
「・・・・・・・・・・・・」
辻は無言で2人の横を通り過ぎていく。
- 321 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:10
- 辻はマコトがスッと肩にかけてくれたタオルを振りほどくとベンチに座り、俯く。
その態度にツンクが切れた。
「顔上げろ!!!ちゃんと最後まで見るんや!!!」
思わずピッチの選手もアップをしている選手も足を止めるような怒号。
辻はビクッと身体を振るわせる。そして眼がだんだんと潤んでくる。
ついにはヒック、ヒックとべそをかき始めた。
辻も分かっている。
今日の自分は最低だと。
サッカーはチームプレー。個人でやるものではない。
それが今日はチームのことなど全然考えていなかった。
いかに自分を良く見せるか、それだけだった。
周りはみんなチームのために頑張っているというのに。
- 322 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:13
- 「辻。」
矢口が辻の肩を抱く。その右腕は一面青アザだらけだ。
それに比べて自分は。
そう思うと情けなくなってくる。
「辻。」
ツンクの声にビクッと顔を上げる。
「俺はお前に期待している。次は頼むぞ。」
「・・・・・はいっ。」
辻は真っ赤になった眼をピッチに向ける。
その眼は真直ぐで曇りのない眼であった。
彼女はまだまだ子どもだ。
しかしサッカー選手である以上、普通の人間と同じスピードで大人になっては
いけない。
それでは遅すぎるのだ。
サッカー界には選手を食い物にする連中がいる。
すぐにちやほやするマスコミもいる。
そんな相手に惑わされることなく自分の道を進まねばならない。
そうしなければあっさりと潰される。
それがサッカーの世界だ。
- 323 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:14
- 辻と矢口に代わってピッチに入った柴田とアヤカ。
「アヤカさん、前と代わりましょう。」
高橋は自分が下がり、アヤカを前に行かせようとする。
「いや、今日は愛ちゃんいい動きだからそのままFWで。
あたしは右サイドに入るよ。」
アヤカはそのまま矢口のいた右サイドに入った。
中国は矢口の右サイドを狙っていた。高橋も矢口と同じく身長が低いため、
また同じ様に突破される危険がある。
その分自分ならば中国のフィジカルにも対応できる。
- 324 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:14
- 「あたしが下がります。柴田さんがトップ下に上がってください。」
ひとみも同じ様に下がろうとする。柴田のフィジカルではボランチはきつい。
自分ならば対応できる。
「よっすぃーはそのままで。あたしは後ろで頑張るから。1点、取ろう。」
しかし柴田もそのまま辻の位置に入った。
- 325 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:15
- 試合が再開された。
右サイドはアヤカに代わったことで守備力が増したが、
ボランチは柴田になったため守備力が落ちた。
そこを当然名将、オク・ダタミオビッチは狙う。
が、柴田も懸命に身体を張り、中国の攻撃を潰していく。
もちろん辻と比べると格段に落ちるフィジカルのため突破を許すが、
その分は里田が身体を張る。
守備力に難がある柴田だが、それ以上にゲームを創れる。
それが分かっているだけに里田は必死で身体を張る。
それがチームのためになるのだから。
- 326 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:16
- 里田が激しい当たりでボールを奪った。
すぐさま柴田に預ける。
「アヤカさん!!」
柴田は右サイドを駆け上がるアヤカへ。
アヤカ、これを受けると鋭いドリブルでチェックに来た
中国左サイドバックをかわす。
「うおっ!鋭い!!」
加護も思わず叫ぶようなキレのあるドリブル。
そこへメ・グミーが立ちはだかる。
- 327 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:17
- 「アヤカさん!!」
柴田がフォローに上がってきた。アヤカは柴田に戻す。
柴田、これをダイレクトの左足アウトサイドでDFラインの裏に浮き球のパス。
身体の向きとは全く違う方向に出たパスに中国DFはタイミングをずらされた。
「ナイスパスだべ柴ちゃん!!」
これに上手く反応した安倍、胸でワントラップして落ち際をボレーシュート。
が、中国ゴールはこの人がいる。
「くっ!!」
サ・トエリが驚異的な反応でこれに触れた。
が、安倍の強烈なシュートがサ・トエリの手を弾く。
「入れっ!!」
安倍の叫びもむなしくシュートはクロスバーを直撃した。
日本、完璧な攻撃にも関わらずゴールが遠い。
- 328 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:18
- 中国も攻めあがる。今度は石川のサイドを狙う。
「梨華ちゃん!!そこで頑張れ!!」
後ろで斉藤が声をかける。そこで時間を稼いでくれれば里田がフォローに来る。
そして苦し紛れに出したパスを自分がカットできる。
が、石川は持ちこたえられなかった。
彼女も1人でサイドをケアしていた分、スタミナが切れかかっている。
中国右MFに突破を許した。
「ちっ!!」
すぐさま斉藤が当たりに行くが、中国右MFの後ろから
右サイドバックが絶妙のタイミングで飛び出してきた。
完全に日本の左サイドが突破された。
- 329 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:19
- フリーで駆け上がった右サイドバックが中を良く見てクロス。
中国2トップがグッとニアサイドに走り込む。
この動きに紺野と大谷が釣られる。
そしてその後ろからフリーで中国センターハーフが飛び込んできた。
右足のボレーで完璧にあわせた。
が、その瞬間黒い影が宙を舞った。
しなやかな肢体が空中を舞い、このシュートを叩き落した。
ボールはゴールラインを割る。
「うおおおおおおお!!!」
日本の守護神が吠える。
飯田圭織、日本を救う最高のビッグセーブ。
- 330 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:21
- 「だ、誰?あのGK。」
サ・トエリが信じられないといった表情で呟く。
自分以外にこんなに凄いGKがアジアにいるとは・・・・・・・
『けど、あたしだって負けない。』
サ・トエリの顔がキッと引き締まる。
アジアbPGKの闘志にさらに火がついた。
- 331 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:21
- 安倍のポストプレーからひとみが強烈なミドルで狙う。
が、これをサ・トエリ、抜群の反応で弾く。
続いて気力を振り絞る石川のクロスにアヤカが飛び込んだが
サ・トエリが鋭く飛び出してキャッチ。
さらに右サイドを抜け出したアヤカが絶妙のループシュート。
しかしこれをもサ・トエリはジャンプ一番でかき出した。
高橋が柴田からのロングスルーパスに抜け出し、サ・トエリと1対1になる。
サ・トエリ、一歩も動かず落ち着いてジッと高橋をにらみつける。
これには逆に高橋が焦り、シュートをふかしてしまった。
- 332 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:23
- 飯田も負けてはいない。
DFラインの裏に出たボールを鋭い飛び出しでキャッチ。
その際に相手FWと激しく激突したがボールはこぼさない。
ペナルティエリアのすぐ外でのFK。
これも完全にコースを読みシャットアウト。
中国センターハーフの強烈なミドルシュートも
きっちりと反応して弾いた。
- 333 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:24
- 両チームGKの華麗なセービングにスタジアムは大歓声だ。
GKとはこんなに凄いものなのか。
誰もが飯田圭織、サ・トエリ、この2人に心を奪われていた。
後半30分にツンクは石川に代えて加護を投入。
悪魔のドリブルで中国DFを引っ掻き回すが、
これもサ・トエリの前には実らず。
中国もオク・ダタミオビッチが交代選手を3人フルに使い切るが
こちらも飯田の前には実らなかった。
- 334 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:26
- ピィ、ピィ、ピィー!!!
主審の笛が3度高らかに鳴った。
試合は0−0のスコアレスドローに終わった。
これは両チームにとって痛い結果だが、これも仕方がない。
それほど今日は両チームのGKが良すぎた。
試合終了後、どちらからとなく2人は歩み寄り、手を握り、
お互いのユニフォームを交換した。
どちらも言葉は分からないが目を見れば何を言いたいかは分かる。
日本ラウンドでの中国との対戦は9月25日。
その時にはっきりする。
どちらがアジアbPGKなのかが。
- 335 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:27
- この前に行われた試合ではイランがタイを2−1で破った。
これで2試合終えてのこのグループの成績は
順位 チーム名 勝点 試合 勝 分 敗 得 失 差
1位 日本代表 4 2 1 1 0 3 2 1
2位 中国代表 4 2 1 1 0 1 0 1
3位 イラン代表 3 2 1 0 1 2 2 0
4位 タイ代表 0 2 0 0 2 3 5 −2
まだ2試合終えただけであるが、タイ代表は一気に苦しくなった。
日本の次戦は中東の強豪イラン代表。
おそらく中国はタイに勝利するであろう。
それだけにイラン戦は絶対に負けられない試合だ。
- 336 名前:第7話 アジアbPGK 投稿日:2004/02/24(火) 01:35
- 残りは日本ラウンドも含めて4試合。
グループ1位にしかオリンピックへの道はない。
生き残りを賭けた過酷なサバイバルマッチ。
果たしてひとみたち日本代表はこの戦いに生き残る事が出来るのであろうか?
第7話 アジアbPGK (終)
- 337 名前:ACM 投稿日:2004/02/24(火) 01:51
- 第7話 アジアbPGK 終了いたしました。
うおっ、順位表がずれてる。見にくくてすみません。
今回は一気に書き上げることが出来ました。
でもその分身体に大きなダメージが・・・・・・
次もがんばります。
続いて第8話の予告です。
第8話 ニュージェネレーション
アテネオリンピック最終予選UAEラウンド最終戦。
相手はイラン代表。
この試合、下の世代から飛び級で五輪代表に選ばれた
あの3人がついにデビューを飾る。
“ニュージェネレーション”とうたわれるこの世代。
その実力がついにベールを脱ぐ。
第8話も引き続きよろしくお願いします。
- 338 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:36
- 9月14日、アテネオリンピック最終予選UAEラウンド第3戦。
相手はイラン代表。
ここまで中一日で2試合を行ってきた。
ハタケが懸命にマッサージをほどこすものの、
1戦目、2戦目と連続フル出場した選手の疲労はかなりきている。
- 339 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:37
- そこでツンクは今日のスタメンを一部変更した。
「GK飯田。」
あのサ・トエリと互角の勝負をしたという事で、一気に飯田の名前がアジア
全土に広まった。それにフィールドプレイヤーよりGKの方が疲労面では
まだまだ大丈夫だ。
「DF、左から木村麻美、紺野、小川。」
木村麻美 DF 鹿島アントラーズ所属
彼女の本職はサイドバックであるが、センターバックも充分こなす事が出来る。
上背はないが、そのスピードを活かしたディフェンスは定評がある。
そして彼女の魅力は何と言ってもその左足にある。
正確なクロスボールを配給する事が出来るその左足は
ボールを奪った瞬間、こちらの攻撃の起点となる。
紺野はこれで3試合連続のスタメン出場。
やはり3バックの中央を安心して任せられるのは紺野だ。
しかし体力面では確実に低下している。
その分右サイドに入った小川の粘りの守備に期待がかかる。
- 340 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:40
- 「MF、ボランチ、新垣、辻。」
今日の辻には期待できる。眼の色が違った。
新垣とともに中盤を引き締める。
「左に加護、右に木村アヤカ。」
今日はジョーカー加護をスタメンに抜擢した。右サイドはアヤカを起用。
キレのあるドリブラー2人、両翼からチャンスを創る。
「トップ下、柴田。」
ひとみはここまで2試合連続スタメンフル出場。
ここはマエストロのタクトにこの試合を委ねる。
「FW、安倍、高橋。」
2トップは3試合連続でこの2人。
やはりこの2人の組み合わせが一番だ。
しかし疲労の面は隠せない。
出来うるならば早目に得点して、ベンチに下げたいところだ。
- 341 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:42
- 対するイラン代表。
中心はこの双子のプレイヤーだ。
マナミ・クラと、カナミ・クラ。
オランダリーグエールディビジ、ローダ所属のMF。
イラン代表も中国と同じくフラットな4−4−2システム。
この双子のセンターハーフコンビがこのチームの攻守を担う。
そして2トップがミツ・ヤーとヨシ・イー。
ミツ・ヤーがポストプレータイプ、ヨシ・イーが裏への抜け出しを得意
とするタイプのため、相性も良い。
この2トップとセンターハーフがイラン代表の生命線だ。
- 342 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:44
- <日本代表>
安倍 高橋
柴田
加護 アヤカ
新垣 辻
麻美 紺野 小川
飯田
- 343 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:45
- 試合の方は序盤から日本がペースを握る。
日本は今回選ばれたメンバーのほとんどがそのままA代表でも活躍している。
それだけにオリンピック予選といった年齢制限のある試合などでは
大抵日本がペースを握れる。
中盤で辻がボールを奪う。
そしてすかさずトップ下の柴田に。
柴田、これを右サイドに開いた高橋に送る。
「Hey、愛ちゃん!!」
そこへ右サイドハーフ、アヤカが絡む。
高橋、アヤカとのコンビネーションで右サイドを突破した。
そしてファーサイドにクロス。
これに飛び込むのは左サイドの加護。
ヘッドで合わせるもののボールはクロスバーを超えていった。
- 344 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:47
- 今度は加護。
イランの右サイドハーフ、右サイドバック2人に囲まれながらも
ボールをキープ。そしてフォローに来た新垣とのワンツーで抜け出す。
慌ててチェックに来るイランセンターバック。
加護のクロスを止めようと滑り込む。
これを加護、クロスとみせかけてドリブル。中に鋭く切れ込む。
そして敵を引きつけてマイナスにクロス。
そこへ柴田が走り込み、左足でとらえる。
上手く抑えたシュートだったがゴールポストを直撃した。
- 345 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:48
- さらに麻美。
左センターバックでありながらもタイミングを見計らっては効果的に攻めあがる。
もちろんその上がりで出来たスペースはきっちりと新垣がフォロー。
安倍が前線で身体を張り、左サイドに流す。
これを受けた加護、自分を追い越していく麻美にスルーパス。
うまくイラン右サイドバックの裏を取った。
「麻美さん!!」
中で高橋と柴田が手を上げる。麻美はトップスピードからクロス。
これは大きくファーサイドへ。そこに走り込むのはアヤカ。
アヤカ、これをヘッドで中に折り返す。
右に左に大きく振られたイランDF。マークがずれる。
フリーになった高橋がこれをヘッドで合わせた。
が、これが何とイランGKの真正面。
「あっ?!!」
思わずビックリ顔になる高橋。決定的チャンスを外してしまった。
- 346 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:50
- 前半30分を過ぎたが、日本が圧倒的に攻め込んでいる。
柴田のゲームメークに活き活きと攻撃する日本。
イランの双子コンビもこの日本の攻撃に守備にまわらざるを得ない。
そのため自慢の2トップにほとんどボールが回ってこない。
来たとしても紺野を中心とする日本DF陣がきっちりと押さえ込み、
それでも撃たれるシュートは全て飯田が止める。
これは日本が勝ったな。
誰もがそう思うような展開。
しかしサッカーは不思議なもので決して思い通りにことは運ばない。
特に今のように流れがあるうちに得点を取らなければ、
サッカーでは致命傷になる。
- 347 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:52
- 「来いっ、のの!!」
左サイドで加護が手を上げている。
そこへ辻がパスを送るが、カナミ・クラがこれを読んでおり
鋭くプレッシャーをかける。
「あっ?!」
そのプレッシャーに加護、痛恨のトラップミス。
それをすかさずカナミ・クラが奪い取る。
「カナ!!」
前線でミツ・ヤーがボールを要求する。すかさずカナミのロングパス。
これを小川とミツ・ヤーが競り合う。
ミツ・ヤーが競り勝ち、ボールはDFラインの裏に。
このボールにいち早く反応したのがヨシ・イー。
スッとDFラインを抜け出す。
「紺野!!」
「はいっ!任せてください!!」
すかさず紺野も反応し、追いかける。スピードでは紺野の方が上だ。
一気に追いついた。
「うわっ?!!」
しかし紺野、ヨシ・イーと並んだ瞬間バランスを崩して倒れてしまった。
主審の笛は鳴らない。
- 348 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:54
- 「なっ?!!」
フリーでヨシ・イーが抜け出した。GK飯田と1対1だ。
飯田はすかさず前へ詰める。
『イイダの反応は素晴らしい。ここはシュートじゃない!!』
ヨシ・イーはそう判断。シュートを撃つと見せかけてドリブルで抜きにかかる。
「くっ!!」
飯田が懸命に手を伸ばす。
2人が交錯した。
ピピピッ!!!
主審の笛がけたたましく鳴った。
そしてPKスポットを指差す。飯田のファウルにより、イランのPKだ。
「よしっ!!」
倒れたままヨシ・イーがギュッと拳を握り締める。
日本にとってはまさかのPK。
しかし悪夢はこれだけでは終わらなかった。
- 349 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:55
- 主審が胸からカードを取り出した。
ウオオオオオオオ?!!!!
スタンドが大きくどよめく。
何と、主審の出したカードの色は赤。
前半37分、飯田圭織レッドカードにより一発退場。
「何で?!!今のでレッドはないでしょ?!!」
飯田が激高し、主審に詰め寄る。
が、判定が覆るわけがない。
「さっきの、あたしのユニフォームを引っ張ってたんですよ?!!」
先ほど紺野がバランスを崩し、倒れたのもヨシ・イーにユニフォームを掴まれたからだ。
それを紺野がアピールするが主審は聞き入れない。
ウーッ!!!
スタジアムから抗議する日本にブーイングが飛ぶ。
ここは中東、UAE。そしてイランは中東の国。
この場面でホームアドバンテージが出た。
- 350 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:57
- 「ツンク!!すぐに亀井を出さな!!あ、でも誰と代えるんや?!!」
マコトも冷静さを失っている。
こんな早い時間帯で、しかもキャプテンの飯田が、守護神が退場。
この影響は計り知れない。
「・・・・・高橋!!!」
一瞬考えた後、ツンクがテクニカルエリアに出て高橋を呼んだ。
その表情で高橋は交代するのは自分という事を悟った。
「絵里、頑張って!」
「頼むよ絵里。」
U−17代表の仲間、道重と田中から声をかけられる。
「うん、行ってくる!!」
亀井はパンパンと自分の頬を叩き、気合いを入れた。
急遽の出場。さらにPK。状況はこれ以上なく悪い。
しかし逆に考えればこれを凌げば今日のヒロインは自分だ。
そう思うと笑みがこぼれる。
- 351 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:57
- 「亀井、頑張って。」
まずは高橋が戻ってくる。その表情からは無念さが伝わってくる。
「亀井、ゴメン、頼むね。」
そして飯田が顔面蒼白で戻ってくる。
「・・・・任せてください。」
亀井絵里、前半37分、日本五輪代表デビュー。
「絵里の得意な場面だね。落ち着いていこう。」
名古屋グランパスエイトの同僚、柴田が声をかける。
「はい。・・・・柴田さん、これ日本で放送されてますよね?」
「えっ?うん、もちろん。」
「じゃあ、これ止めたらみんなあたしのこと、可愛いって言ってくれますよね?」
「・・・・『亀井最高!!』ってみんな絶叫すると思うよ。」
2人ともニッと笑った。
- 352 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 12:59
- 亀井がゴールラインに立ち、大きく手を広げる。
イランのPK。キッカーはヨシ・イー。その表情には余裕がある。
「頼む・・・・・」
ベンチに戻った飯田が祈る。
ピィッ!!
主審の笛が鳴り、ヨシ・イーが助走を開始した。
その瞬間亀井は自身の視線をヨシ・イーの全身から右足太ももに移した。
ここの角度、筋肉の動き具合でシュートコースを読むのだ。
『右だ!!!』
亀井は自分から見て右へ飛んだ。
ドンピシャだった。
ボールは大きく弾かれ、ゴールラインを割った。
亀井、日本を救う見事なPKストップ。
- 353 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:01
- 「やった!!」
亀井がグッと拳を握り締める。
そしてその手を天に突き上げ身体全体で喜びを表現する。
そこへ紺野や辻が抱き付く。
「ナイスです絵里!!完璧でした!!」
「絵里、ありがとうなのれす!!」
鋭い反射神経、そして的確な読み。
PKには絶対の自信を持つ。
だからこそU−17世代でありながら、
強豪名古屋グランパスエイトのレギュラーを勝ち取ったのだ。
亀井絵里、“PKストッパー”の面目躍如だ。
- 354 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:03
- 「よっしゃ!!!」
ベンチでもツンクがガッツポーズ。
もちろん控えの選手たちもみな抱き合って喜んでいる。
「よかった・・・・・」
思わず両手で顔を覆う飯田。
対照的にイランベンチはみな肩を落とす。
「うおおおおおお!!!」
「すげー!!すげーぜこいつ!!」
「ナイス亀井!!」
「亀井最高!!!」
東京のとあるスポーツバー。
そこには日本代表をこよなく愛するサポーターたちが
この試合をテレビで観戦していた。
そこは今、亀井のビッグセーブに大きく沸いていた。
- 355 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:05
- 亀井の見事なPKストップ。
しかし状況は日本にとって好ましいものではない。
飯田が退場になったため、高橋を下げた。
これでシステム的には3−5−1となった。これだと前線が安倍の1トップとなる。
1トップシステムの場合、両サイドに人をおく事が鉄則だ。
FWが中央に1人だとDFもマークにつきやすい。
それをかわすためにサイドからの攻撃が重要になってくる。
が、ツンクの3バックシステムでは両サイドはMFの1人のみ。
これでは攻撃は機能しない。
「みんな、すぐに行けるようにアップや。」
ツンクが控えの選手を一斉にアップさせる。
すぐに対策を考えねばならない。この対策の遅れが全てを台無しにする事も
多々あるのだから。
- 356 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:07
- 前半は残った選手が踏ん張り、このまま0−0で終わった。
「ツンク、どうする?ボランチを1人削ってFWを入れるか?
それか4バックシステムにするか?」
マコトだ。
3−4−2にしてFWを一枚増やし、前線にパスコースを2つ創るか、
4−4−1にしてサイドから崩していくか。
どちらにするかで交代する選手が変わってくる。
しかしツンクは高橋を下げた時点で決断していた。
「もちろん4バックや。」
- 357 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:23
- ハーフタイムも終わり、日本の選手たちがピッチに戻ってきた。
「円陣組むべ。」
飯田が下がったため、安倍がその代役を務める。
「絶対にこの試合、勝つべ。カオリと高橋のためにもね。」
「はいっ!」
みな力強く頷く。
2人はその無念を晴らす場所がこの試合、もうない。
だからこそ残ったメンバーが頑張らねばならない。
「よし、それじゃあがんばっていきまー・・・・・・・」
「しょいっ!!」
- 358 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:25
- <日本代表>
安倍
柴田
加護 アヤカ
新垣
麻美 小川
紺野 辻
亀井
- 359 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:29
- ツンクが練習でも試していない4バックを選んだのは理由がある。
それはDFラインのメンバーだ。
3バックを形成する麻美、紺野、小川は所属クラブでは4バックシステムだ。
麻美はアントラーズが誇る左サイドバック。
そして小川も清水エスパルス不動の右サイドバックだ。
4バックシステムにすることでこの2人が本来のポジションに戻り、
きっちりと守備を行う事が出来る。紺野にしてもクラブと同じく4バック。
もちろん違和感はない。
辻をセンターバックに下げたのはミツ・ヤー対策のためだ。
高さはないがその分身体能力がある。ミツ・ヤーにその身体能力で競り合い、
こぼれ球をスピードの紺野がフォローする。
1人少ない日本。それだけにディフェンスが重要になってくる。
1ボランチ3バックでは正直きつい。だからこそ1ボランチ、4バックにしたのだ。
これならば前線の4人は攻撃に力を注げる。
- 360 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:33
- 「えっ?!!何で安倍を下げるんだよ?!!」
「柴田も?!!」
サポーターたちから驚きの声が上がる。
4バックにした日本。イランの攻撃をきっちりと押さえ込む。
攻撃面でも両翼のドリブラー加護、アヤカがサイドを突破し、チャンスを創る。
ここまで見事にツンクの狙い通りだ。
そして後半15分、ツンクは一気に選手を2人代え、勝負に出た。
残り30分残っているのに交代枠を全て使った。
それだけでも驚きであるが、交代した選手が安倍と柴田。
このチームのエースクラスだ。
そして代わりに入った選手が道重さゆみと田中れいな。
彼女らは亀井と同じ世代の選手。
これにもみな驚き、そして怒りの声を上げる。
「何で安倍や柴田を下げてこいつらを出すんだ?!」
「ツンクは何考えてるんだ?」
- 361 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:35
- 「重さん、田中。思い切っていくのれす。」
安倍まで下がり、キャプテン不在の日本。
ツンクは辻にキャプテンマークをつけるように指示した。
辻はそこにいるだけでみなの雰囲気を明るくしてくれる。
こういった特性はまさにリーダーたる器である。
「はいっ!」
「ういっす!」
道重、田中がニッと笑みを浮かべる。
亀井に続き、道重、田中も日本五輪代表デビューを飾った。
- 362 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:36
- 「すっげー!!何だこいつら?!!」
「俺決めた!!俺、これから田中を追いかける!!」
「いや、俺は道重だ!!」
「何言ってんだよ!PK止めた亀井が一番に決まってるだろ?!!」
東京のスポーツバーに集まったサポーターたちが歓声を上げる。
後半30分、日本2点目のゴールを上げた。
日本2−0イラン
この得点を演出したのは全てこの2人だった。
道重さゆみと田中れいな。
- 363 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:38
- 道重さゆみ。
柏レイソル所属。日本待望の大型ストライカー。
今現在、日本で唯一1トップシステムを務められるFWといっていいだろう。
その高さを活かしたヘディング、フィジカルの強さ、そしてポストプレーの巧みさ。
1トップに必要な素養を全て兼ね備えている。
もちろん得点感覚も非凡なものをもっており、Jリーグでは現在村田の18得点、
安倍の16得点に続く13得点で3位につけている。
田中れいな。
清水エスパルスの司令塔。そのあだ名は“トリックスター”。
とにかく意外性に溢れたプレーをする。ヒールキック、ノールックパス、
ラボーナなど誰も予想のつかないプレーを見せる。
それはしばしばプレーが“軽い”と評される。
しかしそう言う者は田中の本質を見ていない。
ツンクは彼女を頭の切れるプレイヤーだと思っている。
確かにトリッキーなプレーを好むが、それは全て時と場合を考えている。
中盤の低い位置では実にあっさりとシンプルにボールをはたく。
が、ゴール前の混戦の時にはそのトリッキーなプレーを惜しげもなく使って
相手DFを惑わすのだ。
- 364 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:41
- 1点目はその田中のトリッキーなプレーから。
左サイドでボールを受けた田中、グッと中に切れ込む。
ペナルティエリアと平行に進む田中。イランDFもそれに並走する。
その瞬間、ヒールキックでイランDFの股を通し、ペナルティエリア内にスルーパス。
まさかあんな形でスルーパスが来るとは思ってもみなかったイランDF。反応できない。
しかし加護は反応した。加護もU−17世代で、何度も田中と一緒にプレーしている。
田中のプレースタイルは充分に理解している。
DFラインの裏に飛び出した加護、ダイレクトで中にクロス。
これをGKの手前に豪快に飛び込んだ道重が押し込んだ。
- 365 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:47
- 続く2点目は道重のポストプレーが起点となった。
ミツ・ヤーのシュートを見事な反応で止めた亀井。すぐさま前線の道重へ。
これを道重、イランDF2人のプレッシャーを受けながらもきっちりとキープ。
ここで1秒キープできれば他の選手が5m上がることが出来る。
道重はしっかり2秒キープし、右サイドに振った。
これをトップスピードで受けたアヤカ、キレのあるドリブルで突き進む。
ゴール前にはトップ下の田中が道重を追い越し、最前線に走り込んでいる。
もちろん道重もパスを送った後、すぐさまゴール前に走り込んでいる。
アヤカがグラウンダーで中にクロス。
これにニアサイドに田中が走り込む。その後ろには道重が詰める。
『スルーだ!!』
イランGKはそう判断した。
7番(田中)がスルーして後ろの19番(道重)が合わせる。
そう思い視線を田中から道重へ移した瞬間足元をボールが転がっていった。
『何?何で?』
イランGKは呆然とゴールネットに包まれたボールを見つめる。
彼女は見えなかったのだ。
田中がスルーするとみせかけてヒールキックでゴールに流し込んだのを。
亀井のセービング、道重のポストプレー、そして田中のトリック。
彼女たち3人が完全にこの試合を掌握した。
- 366 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:49
- 「・・・・すごい。」
ひとみが田中のプレーに目を大きく見開いている。
「・・・・さすが・・・」
柴田も同様だ。
フィジカル、そして一撃のパスの破壊力ならばひとみ。
ゲームメイク能力、全般的なテクニックならば柴田に軍配が上がるだろう。
しかし田中は意外性溢れるプレー、前線への飛び出しの感覚が優れていた。
1トップ、トップ下のシステムだと、トップ下にはシャドーストライカーとしての
動き、能力が求められる。
1トップの周りを衛星のように動いたり、1トップを追い越して最前線に飛び込む
といったプレーだ。
田中はこのプレーならばひとみ、柴田の追随を許さない。
「重さん、すごいべ・・・・・・」
一方、安倍も道重のプレーに感嘆していた。
あれだけのプレッシャーを受けながらもしっかりとボールをキープした。
果たして自分ならば、と考える。
もちろん得点感覚や勝負強さで安倍の右に出る者はいない。
しかし前線のターゲット、1トップとしてならば明らかに道重だ。
これが分かっていたからこそツンクは安倍、柴田を代え、道重、田中を投入したのだ。
- 367 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:53
- 「ふふふふ、ええやんけ。」
ツンクがピッチに立つ選手たちのプレーにほくそ笑む。
そしてわざと他の選手に聞こえるように言った。
「お、何やこのメンバー。ほとんどU−17世代の奴らやな。」
この言葉に反応する他の選手たち。
右サイドハーフのアヤカ、左サイドバックの麻美。
この両木村以外全てU−17世代のメンバーだった。
その若い世代が1人少ないながらも中東の雄、イラン代表を圧倒している。
道重、田中、亀井以外にも加護の悪魔のドリブル。
新垣の広大な中盤をカバーする運動量。
紺野の的確な読みにスピード。
辻の激しい当たりにキャプテンシー。
小川の粘り強いディフェンス。
もちろん両木村が大人らしく上手くフォローに入っているのが影で光っているのだが、
それを差し引いたとしてもこの活躍は充分称賛に値する。
- 368 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:54
- そして何よりもその堂々たる態度だ。
亀井はあのPKの場面、絶体絶命のピンチだ。しかし亀井はその状況を楽しんでいた。
田中、道重は日本のエース格である安倍と柴田の交代にも関わらず
何の気負いもなくきっちりと仕事をこなしている。
アテネオリンピック最終予選、相手は強豪イラン。そしてこちらは1人少ない。
普通の選手ならば気合いが空回りしてもおかしくない場面だというのに。
彼女たちの心の強さ、度胸の良さには驚かされるばかりだ。
- 369 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 13:55
- そんな彼女たちの世代を、大人たちは“ニュージェネレーション”と呼ぶ。
自分たちが理解できない、予想できない新しい世代だと。
“ニュージェネレーション”の活躍により、
日本は見事、強豪イラン代表を2−0で撃破した。
- 370 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 14:03
- この“ニュージェネレーション”の台頭に危機感を募らせるひとみたち。
次の試合からずっとこのメンバーで行くのではないか?
そう思わせるほどの活躍ぶりだった。
飯田の退場により下がった高橋も今日の試合、抜群の活躍を見せていた。
この後半戦のメンバーに高橋をFWに入れた4−4−2。
これって凄いのでは?
サポーターたちがそんな夢を見て、期待を寄せる。
それがひとみや安倍、柴田や矢口、石川たちの心を揺さぶる。
そしてさらに。
- 371 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 14:05
- 「ふーん、やるやんけこいつら。」
日本サッカー界のキャプテン。京都パープルサンガDF、中澤裕子。
「ふふ、これは楽しみだね。」
正統派ストッパー。東京ヴェルディ1969DF、石黒彩。
「辻も新垣も成長したじゃん。重さんもナイスプレー。」
頼れる姉貴分。柏レイソルMF、保田圭。
「ひとみ、柴田。うかうかしとったら田中にポジションとられるで。」
日本が誇るレジスタ。浦和レッズMF、平家みちよ。
「重さんになっち、負けないよ。」
ミスオフサイド。ジェフユナイテッド市原FW、村田めぐみ。
「カオリ、まだまだ若いよ。」
ベテランGK。ヴィッセル神戸GK、信田美帆。
「亀井か、やるね。」
コブシの利くGK。サンフレッチェ広島GK、前田有紀。
23歳以上の猛者たち。
- 372 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 14:31
- 「この娘たち上手いね。日本もちゃんと前に進んでる。」
偉大なるパイオニア。ユヴェントスMF、福田明日香。
「アヤカさんか。凄いドリブルだな。」
フリーロール。アーセナルMF、市井紗耶香。
「加護ちゃん、成長したね。」
日本が産んだ天才。レアル・マドリードFW、後藤真希。
世界の舞台で活躍する海外組。
「ふふっ。あたしが入ったらもっと強くなるね。」
スペイン、歴史と芸術の都市バルセロナ。
ここをホームとするのは泣く子も黙るビッグクラブFCバルセロナ。
そこに所属する日本人。
「あたしも絶対にここに入ってやる。」
ドイツ、ルール地方の工業都市ゲルゼンキルヒェン。
ここをホームとするシャルケ04。ここにも日本人選手がいた。
「これは楽しみです。飯田さん、亀井さん勝負です。
・・・・・・アヤカ。あなたと一緒にプレーしたいね。」
帰化申請を出したセレッソ大阪GK。
まだ見ぬ隠れた逸材たち。
彼女たちも虎視眈々とアテネオリンピック出場を狙っている。
- 373 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 14:33
- この予選はアテネオリンピックに出場するという戦いである。
しかしそれと同時に自分が日本代表に生き残れるかをチームメートと
競う戦いでもあるのだ。
- 374 名前:第8話 ニュージェネレーション 投稿日:2004/02/26(木) 14:36
- “ニュージェネレーション”
彼女たちの台頭により、一層日本代表の“内なる戦い”は激しくなった。
しかしこれを勝ち抜いた者こそ、ピッチに立つのが相応しい。
予選は残り日本ラウンド3試合。
そしてアテネオリンピック本戦は来年8月10日。
さらに2006年ドイツワールドカップ。
日本代表の“内なる戦い”はこれからも続く。
そしてそれが日本代表を強くするのだ。
これから続く長い長い戦い。
それを示唆するかのような“ニュージェネレーション”の台頭であった。
第8話 ニュージェネレーション (終)
- 375 名前:ACM 投稿日:2004/02/26(木) 14:52
- 第8話 ニュージェネレーション 終了いたしました。
すでに下書きして保存していたフロッピー。そのデータが全て消えてしまい
ました。かなりショックです。
という事でちょっと更新が遅くなると思いますが、放置はしないのでよろしく
お願いします。
では第9話の予告です。
第9話 世界への階段
UAEラウンドを2勝1分で終えたひとみたち日本五輪代表。
続いて日本ラウンドが始まる。
この予選を突破し、世界への挑戦権を得れるのはたった1チーム。
そこへ立ちはだかるのはやはり中国五輪代表。
飯田圭織VSサ・トエリ再び。
はたして日本か中国、どちらが世界への階段に足をかけるのか。
第9話まで来ました。これからもよろしくお願いします。
- 376 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/27(金) 23:10
- 凄い!どんどん引き込まれていきます
更新の早さもサイコーです
- 377 名前:ACM 投稿日:2004/02/29(日) 01:35
- 376>名無飼育さん様
レスありがとうございます。上でも述べましたが、フロッピーが全て消えて
しまったので更新が少し遅れます。すみません。出来るだけはやく更新をし
ていきたいと思いますのでこれからもよろしくお願いします。
では本日の更新です。
第9話 世界への階段
- 378 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:43
- アテネオリンピック最終予選UAEラウンドの3試合を終えた
ひとみたち日本五輪代表。
タイ戦 3−2 【得点】 安倍なつみ 大谷雅恵 新垣里沙
中国戦 0−0
イラン戦 2−0 【得点】 道重さゆみ 田中れいな
ここまで2勝1分。現在グループリーグで首位という成績だ。
2位には同じ2勝1分の中国代表。
勝点では並んでいるが、得失点差で日本が首位に立っている。
その後ろにイラン、タイと続くが、正直この2チームは厳しい。
よってこのグループは実質日本と中国の一騎打ちとなった。
- 379 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:44
- ひとみたちが日本に帰ってきて8日後の9月23日。
アテネオリンピック最終予選日本ラウンドが始まった。
この日本ラウンドでメンバーの変更も出来るがツンクはそれをしなかった。
UAEラウンドを戦ったメンバーでこのまま乗り切るつもりだ。
日本ラウンド初戦の相手は、UAEラウンドで思わぬ苦戦を強いられたタイ代表。
あの時はみな、自分の力にうぬぼれていた。
しかし今回はあの時とは全く違う。
みな、気合いは充分だ。
- 380 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:46
- スタメンはGK亀井。DF、麻美、里田、小川。MF、ボランチ新垣、辻。
左に加護、右に矢口。トップ下に柴田。FW、2トップに道重と高橋という布陣だ。
飯田は前試合のレッドカードにより出場停止。
そして紺野、安倍といったレギュラー陣を次の中国戦に備えて温存した。
だからといってスタメンで出場した選手たちに緩みはない。
みな理解している。
少しでも気の抜いたプレーをしたならば、次からは自分の名が代表から消えることを。
- 381 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:49
- みなが気合いを入れて臨んだこの試合。
攻守全てにタイを圧倒する。
前半13分、柴田のパスから高橋が抜け出しネットを揺らす。
そして前半41分、加護のクロスに道重がヘッドで合わせた。
後半23分には途中出場した田中のトリッキーなプレーで得た
コーナーキックを里田が決め、3−0でタイ代表に快勝した。
中国もイランに1−0で勝利。
これで完全に日本と中国の一騎打ちとなった。
日本は3勝1分の勝点10。得点8、失点2の得失点差+6だ。
一方中国も3勝1分の勝点10。得点4、失点0の得失点差+4。
イラン代表、タイ代表は残り2試合全勝しても勝点10には届かないため、
これでアテネオリンピックは終わった。
- 382 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:50
- そして9月25日。対中国五輪代表戦。
アテネオリンピック出場を賭けた大一番。
そして飯田圭織VSサ・トエリ、第2ラウンドだ。
- 383 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:52
- 「さあ、今日の試合は今までで一番大事な試合や。絶対に気持ちで負けんな!!」
「はいっ!!!」
ツンクがゲキを飛ばす。
口には出さないが皆分かっている。
この試合に勝った方がアテネオリンピックへの出場権を手にする事を。
「スタメンを発表する。」
この大事な一戦にスターターとしてピッチに立つメンバーだ。
「GK、飯田。」
あの日再戦を誓い合った。
この試合に勝利し、アジアbPGKの称号を勝ち取ってみせる。
「DF、斉藤、紺野、大谷。」
前回の中国戦と同じDFライン。
前回同様中国攻撃陣をシャットアウトできるか?
「MF、ボランチ新垣、辻。」
この2人はこれで予選5試合中、4試合でスタメンでのコンビだ。
カバーリングに優れ、運動量のある新垣、そしてフィジカルと攻撃力が魅力の辻。
ベストなコンビだ。
「左に石川、右にアヤカ。」
左翼に“魔法の左足”、右翼にドリブラーを持ってきた。
「トップ下、吉澤。」
ここまで不発の“ファンタジスタ”。しかしツンクは知っている。
彼女は相手が強ければ強いほど燃えることを。
「FW、安倍、高橋。」
日本のエースと次代の日本のエース。
この2人がアテネへと導くゴールを決める。
- 384 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:53
- <日本代表>
安倍 高橋
吉澤
石川 アヤカ
新垣 辻
斉藤 紺野 大谷
飯田
- 385 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:54
- 午後7時20分。
雲一つない夜空のもと、試合が開始された。
- 386 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:54
- この試合のオープニングシュートは日本ボランチ辻希美。
ひとみが横に流したボールを右足でとらえる。
これは惜しくもクロスバーを超えていったものの、
あのサ・トエリの反応が遅れたほどの強烈なシュートだった。
「ナイスシュートのんちゃん!!」
飯田が最後方から声をかける。
この予選で一番成長したのは辻であろう。
前回の中国戦以来、目に見えて辻の動きが変わってきた。
「さ、どんどん行くのれす!!」
辻がパンパンと手を叩いて周りの士気を高める。
- 387 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:55
- さらに今度は右サイドをアヤカが抜け出す。
相変わらずそのドリブルは鋭いキレだ。
「来い!!アヤカちゃん!!」
安倍がゴール前に走り込む。
そこへアヤカが低く速いクロスを送る。
安倍がそれに飛び込むがサ・トエリが思い切って飛び出し、このクロスをキャッチ。
「よしっ!!」
サ・トエリが吠える。今日の試合、彼女は燃えている。
「・・・・・さすがサ・トエリ。」
飯田がサ・トエリの反応の鋭さ、勇気に舌を巻く。
- 388 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 01:58
- ここまで日本と同じ成績ながらも2位に甘んじている中国。
その差は攻撃力だ。
日本には安倍、高橋、道重といったいいFWがいるが、
中国はこれといった選手が前線にいない。
もちろんA代表ならば長身のカ・ケテミホ、中国のエース、オ・トハーがいるのだが、
五輪代表では彼女たちに匹敵するストライカーはいなかった。
それだけにこの試合、もし引き分けてしまうと
恐らく日本がアテネオリンピックの出場権を手にするであろう。
仮に次の試合で日本が1−0で勝利した場合、
中国は4−0で勝たねば得失点差で敗れることとなる。
だからこそ1−0でもいいから絶対に勝たねばならない。
中国が日本の左サイドを突破した。
そして中にクロス。
これに飛び込む中国長身2トップ。
しかしこれを飯田が飛び出し、しっかりと掴んだ。
素晴らしい跳躍力にキャッチング技術。
もちろん飯田も今日の試合燃えている。
- 389 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:00
- ここまでは日本がゲームを支配していた。
再三チャンスを創り、中国ゴールに襲い掛かる。
が、メ・グミー率いる“万里の長城”とサ・トエリの厚い壁を打ち破る事はできない。
もちろん中国も時折チャンスを創り日本ゴールに襲いかかるが、
そのチャンスは全て飯田や紺野率いるDF陣によって潰されている。
前の試合と同様、両チームの守備陣の奮闘が目立つ。
サッカーの醍醐味はやはり得点シーンだが、
よく組織された守備というのも観客を魅了するのに充分な力を持つ。
国立競技場に集まったサポーターたちは両チームの守備陣に熱い声援を送っていた。
- 390 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:02
- 前半も残りは3分となった。
中盤で日本がボールをまわす。
日本の中盤を仕切っているのはボランチの新垣だ。
まだつたないながらもボールを振り分け、ゲームメイクをしている。
同じボランチの辻はゲームメイクをするタイプではないし、サイドの2人もそうだ。
ひとみもよりFWに近いポジショニングをするため、パスを振り分けるというタイプではない。
よって新垣の力が必要となってくるのだ。
その新垣からペナルティエリアの前で身体を張るひとみにボールが渡った。
「うわっ?!!」
その瞬間後ろから激しい衝撃が。
たまらず倒れるひとみ。
ピピピピッ!!!
主審が笛を吹く。
どうやらメ・グミーの当たりにファウルを取ったようだ。
日本、絶好の位置でFKのチャンスを得た。
- 391 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:03
- 「頼むよ梨華ちゃん。」
「うん。任せといて。」
ひとみが石川にボールを渡す。タイ戦で言い合ったのは昔の話。
今はもうお互い共通の目的で結びついている。
そう、アテネオリンピックに出場することだ。
「もっと右だ!!そう、そこ!!」
サ・トエリが壁の位置に指示を出す。壁の枚数は6枚。
それを見たツンクがほくそ笑む。
「・・・・それだけでええんか?石川の左足は“魔法の左足”やで。」
- 392 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:05
- 石川がボールをセットする。
ゴール正面、距離は約24mほど。
ピィッ!!
主審の笛が鳴り、石川が助走を開始した。
彼女の助走は真横からだ。
真横からボールに入り、腰の鋭い回転で左足を振り抜く。
そして左足がボールにインパクトした瞬間、ボールに“魔法”がかけられる。
「なっ?!!」
サ・トエリはありえない弾道に驚いた。
石川のFKは壁の上からではなく、横から抜け出してきたからだ。
一流の選手のFKは壁の端から2枚目の上を通って落ちる。
曲げるのがそこで限界だからだ。
しかし石川のFKは壁の真横から、しかもスピードも速い。
「くっ!!」
サ・トエリが懸命に飛びつく。
『これは外れた!!』
途中でサ・トエリはそう確信した。この軌道だとゴールポストの外側だ。
「なっ?!!」
しかしそこから石川の魔法が発動した。
ボールが磁石に吸い付くようにゴールへと向きを返る。
ブレーキがかかるように曲がるのではなく、伸びるようにしてゴールへと曲がった。
一瞬の静寂。そしてその後湧き上がる大歓声。
前半42分。
石川梨華の“魔法の左足”により、日本、大きな大きな先制点を上げた。
- 393 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:10
- 「な、何だったんだ、あのFKは・・・・・・・・」
この予選、初失点を喫したサ・トエリが石川の左足に呆然となる。
イングランドのプレミアリーグでもあれほどのFKはほとんど見たことがない。
あの世界一のフリーキッカーと言われるマンチェスター・ユナイテッドMF、
ルイビット・シバサキ。
彼女に匹敵するほどのFKだった。
拳を天に突き上げ喜びを爆発させる石川。
そこへひとみたちが満面の笑みで抱き付く。
“魔法の左足”がサ・トエリの分厚い壁を突き破った瞬間だった。
- 394 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:12
- 前半はこのままのスコアで終了した。
日本1−0中国。
「よしっ!!前半はええ出来やった!!でもまだ半分を過ぎただけや!!
絶対に気を緩めるなよ!!」
「はいっ!!」
ツンクが選手たちを引き締める。
まだ試合が終わったわけではない。
あと“半分も”残っている。
少しでも気を緩めれば逆転される。それがサッカーだ。
「さ、みんな、後半も気合い入れていくよ!!」
「おうっ!!」
キャプテン飯田の声にみなが応える。
残り45分。
死力を尽くした戦いが始まる。
- 395 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:13
- 後半戦が始まると中国は一気に攻撃をしかけてきた。
ここで負けるのはもちろん、引き分けでも正直終わりだ。
ならば失うものはなにもない。後は攻めるのみだ。
名将オク・ダタミオビッチの指揮のもと、中国が総攻撃を仕掛ける。
「紺野!!斉藤!!大谷!!しっかり守るよ!!」
「おうっ!!」
DF陣が気合いを入れなおす。
ここで失点しては何もならない。
仮に引き分けたとしても次のイラン戦に勝てるという保証はどこにもない。
だからこそこの試合、絶対に勝たねばならない。
「頼むよカオリ、紺野・・・・・・・」
前線ではエース安倍が待っている。
中国は前がかりだ。ここは絶好のカウンターチャンス。
守備陣の頑張りに期待し、自分はとどめとなるゴールを狙う。
- 396 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:14
- 日本のゴール前にクロスが上がった。
それを競り合う中国FWと斉藤。空中で激しくぶつかり合う。
こぼれたボールを詰めていた中国センターハーフがシュートを狙うがこれを紺野がブロック。
浮いたボールは大谷がその高さを活かしてヘッドでゴールラインにクリアした。
「しっかり守るよ!!」
大谷の声に頷く紺野と斉藤。
自分たちが絶対に守りきってみせる。
- 397 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:16
- しかしここで中国のコーナーキック。
このチャンスにメ・グミーが上がってきた。
「よっすぃー!!4番(メ・グミー)!!」
「はいっ!!」
飯田の指示が飛ぶ。
ひとみが自陣ペナルティエリアに戻り、メ・グミーのマークにつく。
中国のコーナーキックが日本のゴール前に上がった。
右サイドから右利きのキッカーが蹴ったボールは
ゴールから遠ざかっていくため飯田も飛び出せない。
このボールはメ・グミーとひとみのもとへ。
「くっ!!」
ひとみがタイミングを合わせ、跳ぶ。
が、それより速くメ・グミーが跳び、ひとみの肩に自分の身体を乗せる。
こうする事によりひとみを押さえつつ、ひとみが跳ぼうとした力で自分も浮上できる。
オランダで培った競り合いのテクニックだ。
メ・グミーがドンピシャのタイミングでヘッド。
「くわっ!!!」
しかし飯田が何とこれに反応した。
右手で触れたボールは軌道を変えクロスバーに直撃。
さすがはアジアの頂点に立とうとするGKだ。
その跳ね返ったボールは辻が拾った。
「のんちゃん!!」
「なちゅみ!!」
辻が一気に前線にロングパス。
それを待ち受けるのは日本のエース安倍なつみ。
日本、カウンターチャンス。
- 398 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:17
- パスを受けた安倍がドリブルで突き進む。
中国DFは2人。こちらも高橋と2人だ。
2対2の状況。
「安倍さん!!」
高橋が安倍の方に近付いてきた。
安倍は高橋にボールを預け、自分は前に走る。
ワンツーで中国DFをかわすつもりだ。
中国DFはそれを読み、安倍についていく。
もう1人のDFも高橋からのリターンのパスコースに入る。
しかしここは次代のエース高橋愛。
リターンの瞬間読まれていることに気付き、ドリブル突破に切り替えた。
ウオオオオオオ!!!
高橋がフリーで抜け出した。
すかさずGKサ・トエリが飛び出してくる。
それを見た高橋、ふわっとボールを浮かせた。
飛び出したサ・トエリの裏を突く絶妙のループシュート。
- 399 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:19
- 「くっ!!」
これに慌てて戻るサ・トエリ。そしてタイミングを見計らってジャンプ。
『横に弾いたら無理だ!!』
サ・トエリは一瞬でそう判断し、このループシュートを止めるのではなくさらに前に押し出した。
触れるのは指先のみ。これで横にはたこうとすると、回転がかかるだけでボールの勢いは止められない。
ならばと逆に押し出しクロスバーを超えさせる。
カンッ!!
ピッチに響く金属音。
サ・トエリのプッシュが成功した。
が、高橋のループも寸分の狂いも無かったため、クロスバーを超えるまではいかなかった。
ボールが跳ね返る。
これを詰めるのは安倍。しかし中国DFもシュートコースを防いでいる。
「安倍さん!!」
この声に反応した安倍、後ろに戻す。
そこに走り込んで来たのはひとみ。
素晴らしいスピードで自陣ペナルティエリア内からここまで走り込んでいた。
ひとみがその勢いを全て右足に乗せた。
体勢を立て直したサ・トエリがそのシュートコースに飛び込む。
「ぐえっ!!!」
ひとみの弾丸シュートがサ・トエリの鳩尾にめり込む。
サ・トエリの身体が一瞬浮く。そしてピッチにうずくまる。
しかしそれでもボールは離さなかった。
日本、追加点ならず。
- 400 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:20
- このサ・トエリのスーパープレーに中国の勢いが増す。
“万里の長城”がどんどんどんどん前に進んでくる。
「絶対に跳ね返せ!!」
ツンクもたまらずテクニカルエリアに出て叫ぶ。
ここで失点すれば完全に勢いは中国になる。
そうなれば逆転されることも充分考えられる。
中国はその高さを活かし、すぐにクロスボールを中に入れる作戦に出た。
多少は精度は悪くとも中国には高さがある。
「マサオ!!ここはあたしたちが防ぐよ!!」
「分かってる!!」
身長ではそんなに変わらない3バックだが、
スピードと危険察知能力のある紺野を活かすためには自分たちが競り合う方がいい。
斉藤と大谷が力を振り絞って何度も中国FWと激しく身体をぶつけ合う。
が、中国も必死だ。ここで負けるわけにはいかない。
来年の7月には自国でアジアカップ2004が開かれる。
そしてその後8月にアテネオリンピックがある。
この2つの大会に参加してこそこれからの中国の未来が開けてくるのだ。
そして何よりも選手たちというのは負けず嫌いだ。
目の前の敵に敗れる。これを何よりも嫌う。
残り20分、中国は死力を尽くして日本ゴールに攻める。
- 401 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:21
- 中国が左サイドからクロス。
これをニアに飛び込んだ中国FWがヘッドで後ろに流す。
しかしこれは紺野が読んでおり、ヘッドでクリアした。
クリアされたボールを拾った中国センターハーフが思い切ってミドルシュート。
飯田が横っ飛び。フィスティングで大きく弾き返す。
これをペナルティエリアの真横で拾った石川、前線に超ロングパス。
ウオオオオオ?!!!
国立の大観衆が歓声を上げる。
石川の放ったロングパスは自陣ゴール前から中央、ハーフウェーラインと
ペナルティエリアのちょうど中間あたりを走るアヤカの足元にピタリと納まったからだ。
まさに恐ろしくなるほどの左足の精度だ。
「うわっ?!!」
が、アヤカはこれをトラップした瞬間、大きく宙を舞った。
ピピピピッ!!!
主審が笛を吹き、今のタックルにイエローカードを出した。
しかしそんなのは関係ない。
自分はただゴールを守る。それだけだ。
アジアbPGKサ・トエリ。
セービングだけではない。その勇気と判断力こそアジアbPGKたる所以だ。
- 402 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:22
- 「さすがサ・トエリ。でもね、カオリだって負けないから。」
飯田も心が熱く燃えたぎっているのがわかる。
「しっかり!!ここ集中だよ!!」
「おうっ!!」
飯田の声にみなが応える。
日本の守護神だって負けてはいない。
最後方でどっしり構え、的確な指示を出し、みなに安心感を与える。
これもGKにとって必要な事だ。
飯田圭織、彼女もアジアbPGKの称号を得るのに相応しい選手だ。
- 403 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:23
- 後半30分、ここでツンクが動いた。
「麻美、里田!行くで!!」
左サイドの石川に代えて麻美、ボランチの新垣に代えて里田を投入した。
守備力に優れる麻美、高さのある里田を入れることで中国の攻撃を押さえ込むつもりだ。
この辺りはさすがブラジル人ながらも守備の国イタリアで活躍したツンクだ。
守るべき時はきっちりと守る。
- 404 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:25
- 「むむむむ、やるなツンクめ・・・・・」
中国監督オク・ダタミオビッチが顔をしかめる。
日本は飯田、紺野を中心にしっかりと組織された守りだ。
そこへ麻美と里田を投入する事によりさらに守備力が増す。
ここから2点取って逆転は正直厳しい。
しかし彼は決して諦めない。
それが彼の信念だ。
彼が監督したほとんどの国がワールドカップに出場し、予選リーグも勝ち抜いてきた。
それは彼の戦術が優れていただけではない。
戦う姿勢、決して諦めない姿勢がそれを可能にしたのだ。
もちろん中国選手たちも同様だ。
この名将の信念を骨の髄まで叩き込まれている。
『眠れる大国』この不名誉な名前を返上し、アジアの、世界のトップに立つ。
それが12億の人口を誇る中国の使命だ。
- 405 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:27
- 「くっ!!」
辻が懸命に止めた。倒れこむメ・グミー。
主審は笛を吹き、辻にイエローカードを出した。
「ナイスのんちゃん!!」
飯田が声をかける。
今の場面は決定的だった。
中国ベンチからサインが出た。
その瞬間DFラインからメ・グミーがするすると上がってきた。
中国攻撃陣はサイドチェンジを繰り返し、日本の目をサイドに向けさせる。
そして中央にパス。
一瞬エアポケットになった中央にメ・グミーがノーマークで飛び込んできた。
オク・ダタミオビッチ中国、渾身のサインプレー。
しかしこれを小さな弾丸、辻希美が止めた。
「ナイスやのの!!!」
「ようやった辻!!」
「よっしゃ!!!」
ベンチで加護とマコト、ハタケたちが辻のナイスプレーに声を上げる。
ツンクもテクニカルエリアで思わず拳を握り締める。
- 406 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:29
- しかしまだ中国のFKのチャンスだ。
ゴール正面だが距離は約30m。少し遠い。
「なっち!!もうちょい右!!」
飯田が壁の位置を指示する。
「マーク確認です!!」
DFリーダーの紺野もみなに指示を送る。
ボールをメ・グミーがおく。
距離はあるが狙う気だ。とにかく低いシュート。ふかしては何も起こらない。
低く、速いシュートならばボールがこぼれるかもしれない。
そう思い助走の距離を取る。
ピィッ!!
主審の笛が鳴り、メ・グミーが助走を開始する。
そして全身の力を、思いを右足に乗せた。
強烈なシュートが壁をすり抜け日本ゴールを襲う。
メ・グミーの狙い通り、低く、速いシュートだ。
「オッケー!!」
しかしこれは飯田の守備範囲。
倒れこみながらがっちりと胸でキャッチ。
- 407 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:29
- ・・・・・のはずだった。
しかしボールは飯田の胸からスルリと抜け、ゴールネットを揺らした。
- 408 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:32
- 「えっ?」
「なっ?」
ひとみや安倍がわが目を疑う。
「あれ・・・・・?」
FKを蹴ったメ・グミーもだ。
両チームとも一瞬、何が起こったのか分からなかった。
しかし、次の瞬間。
ウ・・・・・ウオオオオオオオ!!!!!!!
スタンドの赤のサポーターたちが大きく揺れた。
後半35分。
中国、メ・グミーのFKによりついに同点。
- 409 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:33
- 「な、何てことを・・・・・・・」
飯田が呆然とした表情で呟く。
確かに勢いはあった。しかしコースに入り込み、胸でキャッチしたはずだった。
しかし『ボールに追いついた』そんな一瞬の気の緩みがこんな初歩的なミスにつながった。
あれだけ気を緩めるなと言い続けてきた自分が。
「チャンスだ。」
オク・ダタミオビッチがニヤリと笑った。
今まで完璧なセービングを続けてきた飯田。
このミスでピンと張られていた緊張の糸が切れた。
「行け!!ここが勝負だ!!」
一気に勝負をかける。
- 410 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:35
- オク・ダタミオビッチの狙い通り、あれだけ完璧だった日本のDFラインが崩れだした。
みなあたふたと落ち着きがない。まだ同点だというのに。
そこへ中国右サイドバックが早目に中へクロスを上げた。
ちょうどGKとDFの間に。
「オッケーです!!」
紺野がこれをクリアしようとする。
コンサドーレでもずっと飯田とコンビを組んでいるため、
どの辺りまでが自分のエリアか分かっている。
しかし今の飯田は本来の飯田ではない。
「えっ?!!」
「あっ?!!」
飯田と紺野が空中で交錯した。ありえない連携ミス。
必死にカバーに入る斉藤、大谷も届かなかった。
こぼれたボールを拾った中国FWが無人のゴールに蹴りこんだ。
後半36分。中国、逆転。
- 411 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:36
- 歓喜に沸く中国サポーター。この世の終わりといった表情で沈む日本サポーター。
このまま負けるとほぼ確実にオリンピックは中国のものだ。
ピッチに立っている選手たちも顔面蒼白だ。
だが、1人だけこの展開に闘志を燃やしている選手がいた。
ベンチでもみな沈んでいた。まさかの連続2失点。
しかしまだ試合が終わったわけではない。
まだ時間はロスタイムを含めれば10分近くある。
「柴田!!」
「はいっ!用意出来てます!!」
ツンクが柴田を呼ぶ。柴田はすでに準備を終えていた。
「頼む。」
「はいっ!」
急いで柴田がタッチラインに向かう。
「頼むで柴田さん!!」
「お願いします!!」
その背中に加護や田中たちは全てを託す。これで交代枠は全部使い切った。
後は柴田を、ピッチにいるチームメートを信じるしかない。
- 412 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:38
- キックオフの前に柴田の交代が認められた。
12 IN
4 OUT
第4審判の持つ電光掲示板にはこの数字が現れていた。
これを見た辻、ダッシュでタッチラインに走る。
交代は悔しいがモタモタしている時間はない。
「柴田さん、お願いします!」
「オッケー!!ナイスだったよ辻ちゃん。」
2人はすれ違いざまに言葉をかわした。
後半38分、“マエストロ”柴田あゆみ投入。
「ようやった辻!!」
マコトが辻を迎え入れる。
ここまで辻の動きは素晴らしかった。
攻撃も守備もピッチを所狭しと駆け回り、チームを何度も救った。
「辻、お疲れ!」
「ようやったでのの!!」
「お疲れさまです!!」
矢口や加護、道重らからも声がかけられる。
「辻、ホンマようやった。お前に期待してよかった。」
すれ違いざまに辻はツンクからこう言われた。
選手にとって最高の褒め言葉だった。
- 413 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:40
- 逆転に成功した中国。ここはみなキッチリと引いて守る。
対する日本は早く同点に追いつかねばとみな前がかりになる。
しかし日本にはこの人が入った。
“マエストロ”柴田あゆみが。
「みんな!リズム速いよ!!まだ時間はあるから落ち着いて!!」
柴田が中盤でボールを持ち、ゆっくりとリズムを整える。
焦るな焦るな。柴田のタクトが小気味良く動く。
「お願いみんな・・・・・・」
最後方から飯田が祈る。
連続2失点、まぎれもなく自分のミスだ。
しかしこれを取り返したくてもGKにはそれは許されない。
前線に全てを託すしかない。
GKとは何と辛いポジションなのか。
- 414 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:41
- 左サイドから麻美が上がる。守備固めで出されたとはいえ、
そのクロスには非凡なものがある。左サイドを思い切りよく上がり、中にクロス。
これに安倍、ひとみが飛び込むが、相手は“万里の長城”だ。これを跳ね返した。
さらに柴田が裏へ走りこんだ安倍を狙い、中央からスルーパスを出す。
が、これはメ・グミーがスライディングでカットした。
- 415 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:42
- 「うーん、隙がない。」
柴田がボールをキープして中国ディフェンスの穴を見つけようとするが、
メ・グミーの指揮のもと、完璧なディフェンスブロックが築かれている。
立体的にも平面的にも隙がない。
となるとここは個人技で打開したい所。
今のメンバーで突破力があるのは・・・・・・
- 416 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:43
- 「アヤカさん!!」
柴田は右サイドにボールを振った。
「任せて!!!」
アヤカがこれを受け、ドリブルで突き進む。
もちろん中国もこれを読んでおり、アヤカに3枚のマークがつく。
「あ、引っかかったね?」
アヤカは相手を引きつけて中にパス。
そこにいたのはFWから中盤の位置に下がった高橋愛。
今日の試合の高橋のキレはとんでもなかった。
サ・トエリを唯一慌てさせたといっていいあのループシュート。
それに幾度と無く突破したドリブル。
今日の前線のキーは高橋だった。
- 417 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:44
- 「ヤバイ、来るぞ!!」
メ・グミーをはじめ、中国DFが高橋のドリブルを警戒する。
彼女たちの脳裏に高橋の鋭い突破とあのループシュートが浮かぶ。
「よしざーさん!!」
が、高橋はこれをすぐさま前線へスルーパス。
これに右サイドから斜めに切り込み、DFラインを抜け出したのはひとみ。
高橋のドリブルを警戒した中国DFはまさかのスルーパスに、
そしてひとみが右サイドで隠れ、一気に最前線に飛び出すという動きに
マークの受け渡しがずれた。
「もらった!!」
ひとみがシュート体勢に入る。
が、そこへ飛び込んできたのはやはりサ・トエリ。1人この動きを見ていた。
ボールが大きく跳ね返った。
- 418 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:45
- このボールは吸い寄せられるように柴田のもとへ。
そして次の瞬間、柴田の左足が一閃した。
- 419 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:45
- 東京の夜空に大きな虹がかかった。
- 420 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:47
- 長さ約32mの虹は中国ゴールへとかかっていた。
サ・トエリも、メ・グミーもこれを見送るしか出来なかった。
ボールがゆっくりと、美しくゴールに吸い込まれていった。
後半43分。
柴田のループシュート、“ラルクアンシエル”により日本、同点。
- 421 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:47
- ウオオオオオオオオ!!!!!!
沈んでいた国立競技場が大歓声で揺れる。
まさに起死回生の一発。
誰もが背番号12、日本の“マエストロ”のタクトに酔いしれていた。
「よっしゃ!!よくやった、よくやったで柴田!!!」
ツンクも思わず全身で喜びを爆発させる。
「さすが柴田さんなのれす!!!」
「凄い!!凄いよ柴ちゃん!!」
ベンチでも辻や石川をはじめ、みなが抱き合って喜んでいる。
日本、絶体絶命のがけっぷちから抜け出した。
- 422 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:48
- 逆にまたも追い詰められたのは中国。
「くそっ!!タカハシとシバタにやられた!!」
さすがの名将オク・ダタミオビッチも思わず吐き捨てるように叫ぶ。
「まだだ!!まだ終わってない!!」
必死に声を張り上げるのはメ・グミー。
そう、まだ試合は終わっていない。
『ありがとう柴田・・・・・・・・』
思わず涙がこぼれそうになるが、ここはグッとこらえる。
そして気合いを入れなおす。
「ここだよ!!ここ絶対集中!!」
「おうっ!!」
キャプテンの声にみなが応える。
一度途切れた集中が、再びつながった。
- 423 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:49
- 「柴田さんナイスでした。」
「サンキュー。・・・・・よっすぃー、分かってるね?」
「はいっ。後はあたしに任せてください。」
“創造と再生”の天使が日本をどん底から蘇らせた。
この時点で日本と中国は互角。いや、互角以上だ。
ここからは相手を叩きのめすのみ。
そう、“創造と破壊”の悪魔。彼女の出番だ。
- 424 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:50
- 「行けっ!!」
オク・ダタミオビッチが一斉攻撃を指示する。
中国はDF1人とサ・トエリを残し、みな日本ゴールに襲い掛かる。
これを日本は飯田を中心に必死に守りを見せる。
右サイドからクロスが上がる。
これは里田がその高さを活かしてクリア。
そのこぼれ球を拾った中国センターハーフ、左サイドに振る。
中国左サイドハーフ、これをすかさず中にクロス。
これに殺到する両チームイレブン。
身体と身体の激しいぶつかり合いが展開される。
「もらった!!」
この混戦から頭で合わせたのはメ・グミー。
高い打点のヘディングシュート。
「よしっ!!!」
中国の全ての選手がゴールを確信した。
しかし日本の守護神が彼女たちの希望を打ち砕いた。
- 425 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:53
- 飯田が跳んだ。
その跳躍は今までのどの跳躍よりも美しかった。
飯田が懸命に伸ばした右手に中国の希望は叩き落された。
飯田、今予選最高のビッグセーブ。
このこぼれ球にみな殺到するが一番先に触ったのは紺野。
ゴールラインに逃れた。
「ナイス紺野!!」
飯田が紺野の頭をグシャグシャと撫でる。
「さあ、ここ集中だ!!」
日本の守護神が中国の前に大きな壁となって立ちはだかる。
- 426 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:54
- 中国のコーナーキック。恐らくこのワンプレーで試合が終わるだろう。
日本は全員が自陣ペナルティエリアに戻る。
ウオオオオオオ?!!!
スタンドが大きくどよめく。
中国GKサ・トエリが上がってきたのだ。
その跳躍力で奇跡を狙う。
中国DF1人を残し、全員がペナルティエリア内に入り込む。
ピッ!!!
運命を決める笛が鳴った。
中国の左サイドからコーナーキック。
ゴール前にボールが上がる。
「任せろ!!」
飯田が飛び出す。
「あたしだ!!」
サ・トエリもこれに飛び込む。
両雄、最後の激突。
- 427 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:55
- 弾かれたボールがペナルティエリア外に大きく転がる。
―――日本の守護神の意地が勝った。
「これです!!!」
その瞬間ペナルティエリアから飛び出したのはDFリーダー紺野あさ美。
ボールを拾い、中国ゴールへと突き進む。
「やばい!!戻れっ!!!」
サ・トエリが叫ぶ。今、中国ゴールは無人だ。
ここで決められると文字通り全てが終わる。
「行けー!!紺野!!」
「あさ美ちゃん!!」
ベンチから矢口、石川、辻、加護、田中、道重、亀井、小川、新垣が声を送る。
その声を受け、紺野あさ美が爆走する。
- 428 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:56
- 1人残っていた中国DF。
これを紺野は拙いフェイントながらも強引にかわした。
そしてさらに突き進む。
目の前には誰もいない。シュートエリアに来た。
紺野は左足を大きく踏み込んだ。
が、ここは中国も意地を見せる。
懸命に戻ったメ・グミーがスライディングでブロック。
ボールがこぼれた。
このボールは遅れて上がってきたひとみのもとに。
しかし中国もサ・トエリがゴールに戻り、他のDF陣も戻っていた。
「よっすぃー!!」
ひとみの後ろから柴田が上がってきた。
その動きに中国DFが気を取られる。
- 429 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:57
- シュンッ!!
その瞬間ひとみの目の前に白い道が現れた。
あるポイントへ真直ぐ伸びている。
『・・・・・来たっ!!』
ひとみは左足を大きく踏み込み、思いっきり右足を振り抜いた。
ひとみの右足がとらえたボールは、ゴール左上隅にうなりを上げて真直ぐ伸びていく。
「くっ!!」
サ・トエリが懸命に飛びつく。
が、その瞬間視界に影が飛び込んできた。
- 430 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:58
- ひとみの放ったボールはその影により急激にコースを変え、
逆サイドのサイドネットに突き刺さった。
後半ロスタイム。
日本のエース安倍なつみのヘディングにより日本、中国のとどめを刺した。
- 431 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:59
- ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!
この試合で一番スタジアムが揺れた。
そして。
ピィ、ピィ、ピィー!!!!
主審の笛が3度高らかに鳴った。
「やった!!!」
「よっしゃー!!!!」
勢いよくベンチを飛び出す日本選手たち。
日本3−2中国。
日本、強敵中国をねじ伏せ、アテネオリンピックへ王手をかけた。
- 432 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 02:59
- 「安倍さん!!ありがとうございます!!!」
「よっすぃー!!!!」
ひとみと安倍が抱き合う。
ひとみは嬉しかった。
安倍があれを“パス”だと判断してくれた。合わせてくれた。
「なちゅみ!!」
「ひとみちゃん!!」
そこへベンチから飛び出した辻や石川、ピッチにいた柴田たちがみな飛び込む。
歓喜、まさに歓喜だった。
- 433 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 03:01
- 「ツンク、やったな。」
「ああ。」
ツンクとマコト、ハタケががっちりと握手を交わす。
ピッチでは選手たちがサポーターたちに挨拶している。
と、そこへ中国代表監督、オク・ダタミオビッチが日本ベンチにやってきた。
「・・・・・おめでとう。」
「ありがとうございます。」
ツンクとオク・ダタミオビッチが握手を交わす。
「今日はシバタとヨシザワ、あの2人にやられたよ。特にヨシザワだ。
・・・・・・君たちはとんでもない“悪魔”を手にしたのだな。」
「・・・・・はい。」
ツンクはオク・ダタミオビッチが何を言いたいのか分かっていた。
あの最後のパス、あれは絶対にひとみ以外出せないパスだ。
それはひとみが“ファンタジスタ”だからではない。
あのパスは全く相手のことを考えずに出したパスだった。
相手に合わせるのではなく、相手が合わせるパス。
ある意味、究極のパスだった。
そうでなければあのスピードでパスを出せるはずがない。
だからこそサ・トエリもあれをシュートだと思ったのだ。
そのため、安倍の存在に気がつかなかった。
- 434 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 03:01
- 安倍は咄嗟にボールに飛び込んだ。
これを可能にしたのは安倍のストライカーの嗅覚によるものだ。
しかしその一方で安倍は恐怖していた。
“あんなパス”を“あの場面”で出したひとみに。
まさに創造的で、相手を破壊する悪魔のパスだった。
- 435 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 03:03
- 日本は“創造と再生”の天使と“創造と破壊”の悪魔の活躍により見事中国代表を破った。
しかしツンクは、ひとみは、柴田は確信した。
今日、この試合がひとみと柴田の最後の共存だったと。
今日、この日まで2人は同じ道を歩いていた。
少し先に行っていた柴田は今日までひとみを待っててくれていた。
そしてやっと今日、ひとみは柴田に追いついた。
しかしここで道が2つに分かれる。
もう2度と同じ道を歩く事はできない。
これからは自分の道を進めば進むほど2人の距離は離れていく。
そしてそれぞれの道から世界への階段を上っていくのだ。
“ファンタジスタ”と“マエストロ”。
これが最後の競演だと知っていたのであろうか?
国立競技場の上空で黄色い月が悲しく、そして優しく微笑んでいた。
- 436 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 03:05
- 2日後、アテネオリンピック最終予選日本ラウンド最終戦。
すでに勝ち抜けの可能性が消えたイラン代表。
日本とはモチベーションが違った。
安倍が予選の最終戦を見事に飾るハットトリックを決め、3−0で快勝した。
- 437 名前:第9話 世界への階段 投稿日:2004/02/29(日) 03:08
- 2003年9月27日。
日本はアテネオリンピック出場を決めた。
しかしこれははっきり言って通過点だ。
ようやく日本は世界への階段に足をかけたばかりなのだ。
その階段を上るのか、それとも転げ落ちるのか。
日本サッカー界の未来ははたしてどちらであろうか?
第9話 世界への階段 (終)
- 438 名前:ACM 投稿日:2004/02/29(日) 03:36
- 第9話 世界への階段 終了いたしました。
やっぱり更新のスピードが落ちてしまいました。
またちょっと間隔があくかもしれませんが、どうかご容赦ください。
では第10話の予告です。
第10話 悪魔と天使
アテネオリンピック最終予選も終わり、ひとみたち五輪代表は
それぞれの所属クラブへと戻り、Jリーグを戦う。
そして2003年11月9日。ついにこの日がやってきた。
悪魔と天使の直接対決の日が。
Jリーグ2ndステージ第12節
浦和レッズVS名古屋グランパスエイト
―――吉澤ひとみVS柴田あゆみ―――
とうとう話が二桁行きました。
これからもよろしくお願いします!!
- 439 名前:みっくす 投稿日:2004/03/01(月) 01:40
- 一気によませていただきました。
すごくおもしろいです。
自分もサッカー小説かいてるのですが、試合シーンがいまいちで。
勉強になります。
次回も楽しみに待ってます。
- 440 名前:ACM 投稿日:2004/03/03(水) 01:25
- 439>みっくす様
レスありがとうございます。
勉強になります、だなんてとてもとても。恐れ多いです。
僕自身もっと勉強せねばと思ってますので、何か感想やら気付いた点があれば
どんどんご指摘いただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いします。
では本日の更新です。
第10話 悪魔と天使
- 441 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:27
- 『決まった!!』
左足がボールをとらえた瞬間確信した。
ボールは壁の上を超え、鋭く曲がって落ちた。
そしてゴールネットに突き刺さる。
「よしっ!!」
左手をグッと握り締める。
「あゆみ!!」
「柴田!!」
「柴ちゃん!!」
チームメートたちが満面の笑みで抱きついてくる。
後半17分。
名古屋グランパスエイト、背番号11柴田あゆみのFKにより先制点をあげた。
- 442 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:28
- ひとみたち五輪代表がアテネオリンピック出場を決めた9月27日から
1ヶ月ちょっとが過ぎた11月3日。
国立競技場ではタイトルがかかった熱い試合が行われていた。
ヤマザキナビスコカップ決勝戦
名古屋グランパスエイトVS京都パープルサンガ
- 443 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:29
- 「ちっ、柴田め。」
京都パープルサンガキャプテン、中澤裕子が忌々しげに呟く。
アテネオリンピック最終予選以後、柴田の動きが変わった。
今までももちろん上手くて良い選手だったが、近頃はそこに恐さが加わった。
「柴田さん、さすがや・・・・・・」
サンガのベンチ裏でアップをしている加護も足を止めてピッチを見ている。
加護は8日前に行われたJリーグ2ndステージ第11節、対FC東京戦で足を負傷。
そのためこの大事な決勝戦にスタメンで出場する事が出来なかった。
しかし途中出場は可能なため、ここぞという場面で投入される予定だった。
そろそろだな、そう思いアップを続けていたが柴田の見事なFKにより先手を取られてしまった。
「加護、行くぞ!」
「はいっ!」
1点が必要なこの場面、当然切り札の登場だ。
後半18分、加護亜依、投入。
- 444 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:31
- 「中澤さん、1点取りに行きます。守りは頼みますよ。」
ピッチに入るなり加護は中澤にそう言って前線へと向かう。
「ふ、言ってくれるやないけ。任せとけや。」
中澤が加護の背中を見ながらニヤリと笑う。
加護もオリンピック最終予選を終えてから、また一段と成長した選手だ。
『加護も柴田も亀井も成長しとる。・・・・・・若いってのはええなあ。』
「ここ集中です!!加護さんのドリブルはもちろん、パスにも気をつけて!!」
名古屋グランパスエイトのゴールを守るのは亀井絵里。
チーム最年少ながらも最後方から積極的に声をかける。
アテネオリンピック最終予選、UAEラウンド対イラン戦で日本を救うPKストップ。
あれ以来亀井も自信を深め、名実共に守護神となってきた。
試合の方は加護を投入したサンガが勢いを盛り返す。
加護の左サイドを起点にグランパスゴールに襲い掛かる。
もちろんグランパスも亀井を中心に力強いディフェンスを見せる。
- 445 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:37
- 「カメちゃん出して!!」
加護のミドルシュートを見事にキャッチした亀井。
呼ばれた声のもとにすぐさまロングパス。
このパスを観てる者が余りの見事さに溜息をつくような鮮やかなトラップで
受けるのはセルビア・モンテネグロの英雄“ピクシー”ことリーエ・ミヤザワビッチ。
左サイドから前へドリブルで突き進む。
「そこっ!!行かせるな!!」
中澤の指示に従い、3バックの右DFがリーエに当たる。
「リーエ!!」
そこへ柴田がフォロー。リーエ、柴田に預け、自分は前に出る。
柴田はダイレクトでリーエにリターンと見せかけて中に切れ込む。
「何やて?!!」
これには中澤も完全に裏を取られた。
そして柴田、ペナルティエリアやや外から右足でゴールを狙った。
「くっ!!」
サンガGKが懸命に飛びつくが届かない。
しかし利き足ではない右足のため、ボールはゴールポストをかすめていった。
- 446 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:40
- 「しまった・・・・」
思わず天を仰ぐ柴田。今のは決めておきたかったところだ。
「ドンマイ!次だ!」
リーエが声をかける。絶好のチャンスを外したにも関わらずリーエは嬉しそうな表情だ。
『アユミの奴、どんどんどんどん上手くなってくる。』
“妖精”の跡継ぎとして“天使”は申し分ない。
ミヤザワビッチが自分の後継者に熱い視線を送る。
「やってくれるやないけ。」
完全に裏をとられた中澤。しかしこれで逆に気合いが入った。
全身から闘志をほとばしらせ、DFラインを指揮する。
一方で心は冷静だ。
DFがカッカしていては相手の思う壺だ。
熱さと冷静さ、この2つを兼ね備えてこそ真のDFだ。
この中澤の熱い闘志、そして冷静な判断力にグランパスも攻撃が停滞していく。
- 447 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:42
- そして残りは5分となった。
「そこっ!!止めて!!」
亀井が叫ぶ。
左サイドから中に加護が切れ込んできた。
試合終盤でグランパスのDFも足が止まりがちだ。
そこへ悪魔のドリブラーが突っかかってくる。
左サイドから1人、2人かわし中に切れ込んでくる。
と、そこへ中盤から自陣に戻った柴田が当たる。
「抜かせないよ加護ちゃん!!」
「柴田さん、抜きますよ!!」
加護と柴田が肩をぶつけ、激しく競り合う。
が、加護、柴田が押して来る力を上手く利用し、いなすようにしてくるっと回転した。
「うわっ?!」
力の行き場を失った柴田がバランスを崩して倒れる。
加護、フリーでシュートエリアに入った。
「来るっ!!」
亀井が身構える。
が、加護はシュートを撃たず、ファーサイドへクロス。
「ナイスや!!」
そこへ絶妙のタイミングで走り込んでいたのは中澤だった。
中澤の豪快なダイビングヘッドがグランパスゴールに突き刺さった。
試合終了間際、サンガ、同点に追いついた。
- 448 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:43
- ヤマザキナビスコカップ決勝戦は90分では決着がつかず延長戦へ。
この延長戦も両チームとも気迫がこもった激しい戦いを見せるものの、
ここでも決着がつかなかった。
そして勝敗の行方はPK戦へと委ねられた。
- 449 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:48
- 「やったああああ!!!」
亀井の歓喜の叫びがピッチに響き渡る。
がっくりと崩れ落ちる京都パープルサンガ。
歓喜に沸く名古屋グランパスエイト。
亀井、脅威のPKストップ3連発。
これにより名古屋グランパスエイトが見事にヤマザキナビスコカップを制覇した。
「・・・・・これはしゃーないね。」
中澤も苦笑いを浮かべるしかなかった。
1人目の中澤、2人目の加護は決めたものの、残りは3人は全てストップ。
さすがは“PKストッパー”亀井絵里だ。
亀井はこの活躍により、ヤマザキナビスコカップMVPに輝いた。
- 450 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:50
- 「・・・・・おめでとう、柴田さん、亀井。」
テレビでこの試合を観ていたひとみ。
満面の笑みを浮かべているライバルに祝福の言葉を投げかける。
「柴田のやつ、えらい上手くなりおったな。・・・次が楽しみやな。」
こう言うのは浦和レッズキャプテン、平家みちよ。
浦和レッズの次節の相手はこの名古屋グランパスエイト。
首位決戦だ。
そしていよいよ吉澤ひとみと柴田あゆみの直接対決だ。
- 451 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:50
- Jリーグ順位表(第11節終了時)
1 名古屋グランパスエイト 勝点27 8勝3分
2 浦和レッズ 勝点26 8勝2分1敗
3 京都パープルサンガ 勝点24 7勝3分1敗
4 鹿島アントラーズ 勝点20 6勝2分3敗
5 ジュビロ磐田 勝点20 5勝5分1敗
6 ヴィッセル神戸 勝点18 5勝3分3敗
7 清水エスパルス 勝点17 4勝5分2敗
8 東京ヴェルディ1969 勝点14 4勝2分5敗
9 横浜Fマリノス 勝点12 3勝3分5敗
10 ベガルタ仙台 勝点11 3勝2分6敗
11 コンサドーレ札幌 勝点11 3勝2分6敗
12 柏レイソル 勝点11 3勝2分6敗
13 ジェフユナイテッド市原 勝点11 2勝5分4敗
14 ガンバ大阪 勝点 7 1勝4分6敗
15 サンフレッチェ広島 勝点 7 2勝1分8敗
16 FC東京 勝点 5 1勝2分8敗
- 452 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:52
- Jリーグ2ndステージはここまで波乱の連続だった。
それは1stステージ1位、2位のコンサドーレ札幌、横浜Fマリノスが
揃って下位に低迷している事だ。
これは両チームとも主力選手がアテネオリンピック予選で
長い間チームから離れていたせいである。
コンサドーレはFW安倍、DF紺野、GK飯田。
Fマリノスは石川、矢口、斉藤という主力選手が不在だった。
なおかつ予選終了後にはコンサドーレは安倍、Fマリノスは石川、斉藤
がそれぞれ負傷し、2ndステージはほとんど彼女たち抜きで試合をこなしていた。
これでは低迷するのもあたり前だ。
よって2ndステージに躍進したチームはベテランが存在する京都(中澤)や
外国人が主力である名古屋(リーエ)、その両方がいる浦和(平家、ミサト、ヨシコー)
といったチームである。
- 453 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 01:56
- そんな中迎えたJリーグ2ndステージ第12節。
鹿島アントラーズ VSガンバ大阪 カシマスタジアム
柏レイソル VS清水エスパルス 柏スタジアム
ジュビロ磐田 VSベガルタ仙台 ヤマハスタジアム
京都パープルサンガVSジェフ市原 西京極総合競技場
サンフレッチェ広島VSコンサドーレ札幌 広島ビッグアーチ
名古屋グランパス VS浦和レッズ 瑞穂陸上競技場
東京ヴェルディ VS横浜Fマリノス 味の素スタジアム
ヴィッセル神戸 VSFC東京 神戸ウイングスタジアム
やはり注目は首位決戦の名古屋グランパスエイトVS浦和レッズであろう。
両チームの勝ち点差はたったの1。
それだけにこの試合は2ndステージの行方を占う大事な一戦だ。
- 454 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 02:00
- 愛知県名古屋市、瑞穂陸上競技場。
約27000人収容のスタジアムは一面真っ赤に染まっていた。
ホームの名古屋グランパスエイトは赤。アウェーの浦和レッズはこの日は
アウェー用の白のユニフォームだが、サポーターたちは真っ赤な軍団を形成していた。
見渡す限りの赤、赤、赤。
そしてぎっしり詰まったスタンド。
みなJリーグ2ndステージの首位決戦、天王山を楽しみにしている。
そして何より日本代表のトップ下を争うライバル、
柴田あゆみと吉澤ひとみの対決を心待ちにしていた。
スタジアムは試合開始前からヒートアップ。
キックオフの笛を今か今かと待ちわびていた。
- 455 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 02:02
- ワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
スタジアムが一気に爆発した。
両チームの選手が入場してきたと同時にみなのスイッチがオンになった。
ホームのグランパスはキャプテンのリーエが累積警告で出場停止。
その分みなでカバーし合わねばならない。
列の真ん中あたりにはヤマザキナビスコカップ優勝の殊勲者、亀井絵里がいる。
そして最後尾には“マエストロ”柴田あゆみ。
一方アウェーの浦和レッズは先頭は不動のキャプテン平家みちよ。
そして元ブラジル代表ミサト・レボリュション、元ドイツ代表キャンディ・ヨシコーと続き、
列の一番後ろには“ファンタジスタ”吉澤ひとみ。
レッズはベストメンバーだ。
- 456 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 02:03
- 試合前に1人ずつ握手をかわす。
「今日は勝たせてもらうで。」
「そうは行きませんよ平家さん。」
浦和の選手たちが名古屋の選手たち一人一人に握手していく。
平家が柴田と軽く言葉を交わす。
そして最後、ひとみと柴田、2人が握手をかわした。
- 457 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 02:07
- ウオオオオオオオオオオオオオ?!!!!!
その瞬間スタジアムが沸きあがる。
ひとみがピタッと足を止め、柴田と手を握り合ったまま動かないからだ。
「・・・・・絶対、勝ちます。」
「・・・・・それはこっちのセリフ。」
こう言葉をかわし、お互い睨み合う。
ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
これにもスタジアムが大きく揺れる。
2人とも熱い思いが抑えきれないでいる。
まさに沸点ギリギリ。
2人とも一秒でも速くキックオフの笛が鳴らねば暴発しそうな感じだ。
- 458 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 02:08
- 両チームの選手たちがピッチに散らばり、それぞれのポジションについた。
ホームのグランパスは4−4−2というフォーメーション。
中盤はフラットではなく、菱形だ。
その頂点、トップ下に入るのはもちろんこの人。
背番号11、“マエストロ”柴田あゆみ。
GKには“PKストッパー”亀井絵里が控える。
一方アウェーのレッズは3−5−2というフォーメーション。
3バックの中央に元ドイツ代表キャンディ・ヨシコー。
中盤、ボランチの位置に“日本が誇るレジスタ”平家みちよ。
トップ下には“ファンタジスタ”吉澤ひとみ。
そしてFWに元ブラジル代表ミサト・レボリュションという布陣。
- 459 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/03(水) 02:10
- コイントスによりレッズがボールをとった。
センターサークルにミサトとひとみが立ち、キックオフの笛を待つ。
ピィーッ!!
11月9日、15時ちょうど、主審が手を上げ、笛を吹く。
―――運命の試合が幕を開けた―――
- 460 名前:ACM 投稿日:2004/03/03(水) 02:15
- 本日はここまでとします。
次回で第10話終わらせたいと思います。
- 461 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:31
- 「ボールまわせー!!」
レッズが誇る中盤の指揮官、平家が指示を出す。
ここまで浦和レッズが2位につけているのもこの平家がいるからだ。
ヨシコー、ミサト、そしてひとみといった猛者どもを操る指揮官。
その存在感はトップ下のポジションにいたころよりも増していた。
その平家にボールが渡った。
「ひとみ!!」
平家が前方で身体を張るひとみにパスを送る。
これをひとみは名古屋ボランチを背中で抑えつつキープする。
そしてパスを出した後、前に上がってきた平家に落とす。
これを平家、ダイレクトでDFラインの裏に。飛び出したのはミサト。
しかし名古屋GK亀井も鋭く飛び出し、これを抑えた。
まずは“赤い悪魔”の先制攻撃。
- 462 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:31
- 一方ホームの名古屋も負けてはいない。
確かにリーエが出場停止ということでチーム力は低下している。
しかしそんな時こそ“創造と再生”の天使の出番だ。
どんどんパスを振り分け、味方選手たちの長所を活かしている。
このパスにより名古屋も互角の戦いに持ち込めている。
- 463 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:32
- 「さすが柴田やな。」
首位攻防戦、そしてひとみVS柴田。こんな試合を見逃すはずがない。
VIP席には日本代表監督ツンク寺田が視察に訪れていた。
「ホントですよね!!さすが柴田です!!」
「・・・・・何やワダッチ。えらい気合い入ってるやないけ?」
ツンクの横に座るのは日本サッカー協会ジェネラル・セクレタリー和田薫。
「あたり前ですよ!!だって僕、第1話しか出てないんですよ?!
絶対みんな僕の存在を忘れてます!!だからここでアピールしておかないと!!」
和田が拳を振り上げ、熱弁する。
ツンクはそんな和田に苦笑いを浮かべるしかなかった。
- 464 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:34
- 「で、どうよワダッチ。この試合、どう観る?」
ツンクが和田に尋ねる。
「そうですね。やはり浦和が有利です。浦和はヨシコー、平家、吉澤、ミサトと
センターラインがしっかりしています。それに対して名古屋はGK亀井、
トップ下に柴田がいますが、やはり前線のリーエがいないのが大きいです。
この両チームの状況だと、吉澤はゲームメイクは平家に任せて自分はラストパスやシュート
といったフィニッシャーの仕事に専念できると思います。しかし柴田はゲームメークも、
ラストパスも、そしてシュートも狙わないといけません。これではさすがの柴田でもきついと思います。」
「・・・・・・俺も同じ考えや。正直名古屋は分が悪いな。・・・・・・・けど。」
「はい、そうです。けど、サッカーは何が起こるか分からない。」
和田の言うとおりサッカーは何が起こるかわからない。
今まで絶対有利と言われていたチームが何度敗退した事か。
決して勝敗が読めない。それがサッカーだ。
- 465 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:34
- そして何より、吉澤ひとみ、柴田あゆみが両チームにいるのだ。
この2人を前にしてあっさりと決め付けてもらっては困る。
“悪魔”や“天使”には不可能なことを可能にする力があるのだから。
- 466 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:35
- 前半24分、劣勢だったグランパスにチャンスが訪れた。
中央から柴田がドリブルで突き進み、ペナルティエリアギリギリで倒された。
ペナルティエリアギリギリ、正面やや左。絶好の位置でのFKだ。
壁が7枚並ぶ。ひとみもこの壁に入り、ゴールを守る。
ゴールまで20mない至近距離からのFKだ。
「さあ柴田どうする?」
ツンクが身を乗り出し、ピッチを見つめる。
「そうですね、近すぎるFKは逆に難しいって言いますしね。
特にあれだけ近いとボールが曲がりきる前にゴールを超えてしまいますしね。
だからといってスピードを落とせば今度はGKに防がれる。」
「その通り。・・・ナイス解説。」
「どうも。」
和田もある意味必死だ。
- 467 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:36
- 柴田がボールをセットする。
その時、グランパスのチームメートが柴田のもとに。
「あゆみ、どうする?ここだと直接より誰かに合わせる?」
「・・・・・いえ、狙います。」
柴田は力強く言い切った。
「オッケー、頼んだよ。」
そのチームメートはゴール前に走っていく。
それを見届けた柴田、助走の距離をとる。
ピィーッ!!!
主審の笛が鳴る。
同時に柴田が助走を開始する。
「ここだっ!!!」
柴田が左足を思い切り振り抜いた。
- 468 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:37
- 「真直ぐ?!!!」
ツンクが、ひとみが、平家が叫んだ。(もちろん和田も)
柴田が狙ったコースは壁の上ではなく壁の横。
しかもGKがいるコースに真直ぐストレート。
「なっ?!」
これにはレッズGKも完全に逆を突かれた。
重心が完全に反対側にかかっていたレッズGKは全く動けなかった。
前半24分。
ホームの名古屋グランパスエイトが柴田のFKにより先制点を上げた。
- 469 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:38
- 「よしっ!!!」
柴田が左手を天に突き上げる。
「あゆみ!!」
「柴田!!」
そこへチームメートが集まり、歓喜の輪が出来る。
「いいぞアユミ!!」
ピッチの外にはこの試合累積警告で出場停止のリーエが試合を見つめている。
まずは“天使”の一撃が決まった。
- 470 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:40
- 「ちっ、やられた!」
平家が忌々しげに叫ぶ。
まさか真直ぐとは。しかもあのシュートのスピード。
今までの柴田からは考えられないような速さ、力強さだった。
「平家さん、すぐ取り返しましょう。」
「おお、ひと・・・み?!!」
平家はひとみの顔を見て驚いた。
ひとみは笑っていた。
次から次から湧き上がってくる高揚感に、自分を抑えきれない。
早く、早く試合を。
全身が試合を、ボールを欲している。
このひとみのただならぬ雰囲気に平家は、ミサトは、ヨシコーは、
レッズイレブンは圧倒される。
「・・・・・みんな、ひとみにボールを集めるで。」
平家の言葉に頷くレッズイレブン。
今日のひとみならばとんでもない事をやってくれそう。
そう思うレッズイレブンだった。
- 471 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:41
- 「ヒトミ!!」
ヨシコーがひとみにボールを当てる。
このボールをひとみはダイレクトで右サイドに流す。
そこにボランチの位置から上がっていたのは平家。右サイドを爆走する。
迫り来るグランパス左サイドバックをあっさりとかわし、ファーサイドにセンタリング。
ここに走り込むのはミサト。そのままゴールを狙える位置だったが、
ミサトはあえて2列目から走り込んで来たひとみに、柔らかなヘディングで折り返す。
これをひとみは強烈な右足ボレーシュートでゴールに叩き込んだ。
GK亀井はこの強烈なボレーに一歩も動けなかった。
前半29分、浦和レッズあっさりと同点。
- 472 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:42
- 「絵里、ドンマイ。」
「柴田さん?」
亀井に声をかける柴田。
その表情は先ほどのひとみと同じだった。
柴田も完全にスイッチが入った。
前半はこのまま1−1で終了した。
両チームのトップ下の活躍に瑞穂陸上競技場が大きく揺れている。
しかし、観衆たちはすぐに気付く。
前半戦はまだ序章にしか過ぎなかったことを。
- 473 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:42
-
後半に入るとさらにひとみ、柴田の動きのキレが増していく。
- 474 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:43
- 中盤の低い位置に下がり、ボールを受けたひとみ。
そこへすかさず柴田がチェックに来る。
「くっ!!」
しかしフィジカルでは圧倒的にひとみだ。
肩で柴田を弾き飛ばし、前へ突き進む。
「開いて!!」
ひとみが指示を送る。
その瞬間レッズ2トップが左右に開く。
真ん中にコースが出来た。
「そこから?!!」
亀井がハッとなる。
ゴールまで約30m。それに構わずひとみの右足が振り抜かれた。
- 475 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:44
- ヒュンッ!!!!
気付いた時にはもう目の前にボールが。
「くっ!」
慌てて手を伸ばすが全く届かない。
グァゴンッ!!!!!
クロスバーが激しく鳴った。
ボールは大きく跳ね上がり、ゴールの裏に転がっていった。
「な、何?今のシュート・・・・・」
亀井の表情が青ざめる。
30mの距離が一瞬でゼロになった。
- 476 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:44
- このシュートにグランパスはひとみに恐怖を抱いた。
「中盤!!4番(ひとみ)徹底マーク!!」
グランパスの監督が声を荒げる。
中盤の4人のうち、柴田以外が全員ひとみのマークにつく。
しかし今のひとみには関係なかった。
中盤で3人に囲まれながらもボールをしっかりとキープ。
その屈強なフィジカルに3人がかりでもボールを奪えない。
そして一瞬の隙を突いて右足アウトサイドでDFラインの裏にスルーパス。
「くっ!!」
このパスにレッズFWが飛び込むが、一瞬遅れたため合わせられなかった。
ひとみのパスは悪魔のパスだ。一瞬でも遅れたならば絶対に間に合わない。
- 477 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:45
- さらに平家のミドルから得たレッズのコーナーキック。
平家が蹴ったボールにひとみが飛び込む。
これにDF3人、GK亀井も飛び込むが何とひとみが競り勝った。
頭でとらえたボールがゴールに向かっていく。
が、これを柴田がゴールラインギリギリで起死回生のクリア。
レッズ、惜しくも得点ならず。
- 478 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:45
- ワアアアアアアアアアア!!!!!!
瑞穂陸上競技場が大歓声を上げる。
ひとみの動きが凄まじいからだ。
後半の10分過ぎまではひとみの独壇場だ。
- 479 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:46
- しかし次の10分間は柴田の独壇場だった。
中盤で柴田がボールを受ける。
そこへすかさずレッズボランチが柴田の左からチェックに来た。
これを柴田、左足アウトサイドでボールを弾き、相手の股を通してかわす。
「くそっ!!」
股抜きされる事は屈辱と感じる選手が多い。このレッズボランチもそう感じ、
すぐにもう一度、今度は右側から柴田に襲い掛かる。
が、柴田、さらにもう一度相手の股間を通す。
2連発の股抜きだ。
そして右足で前線にスルーパス。
これにグランパスFWが抜け出す。
が、シュートを撃つ直前ヨシコーの鋭いタックルに潰された。
「・・・・・柴田さんカッケー。」
今のプレーにひとみも思わず感嘆の声を上げる。
- 480 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:48
- さらに今度は素晴らしいパスだ。
左に開いたグランパスFWから中央の柴田にボールが出る。
柴田はこれをチップキックのような感じで、ダイレクトでDFラインの裏に出した。
が、そこには誰もいない。
柴田にしては珍しいミスキック?
誰もがそう思った。
しかしボールがピッチについた瞬間、ボールは意志を持ったかのように真横に跳ねた。
これが中央にいたグランパスFWのまん前に。
「なっ?!!」
これにはVIP席のツンクも驚いた。
ミスキックではなく、強烈なスピンをかけたスルーパスだったのだ。
グランパス勝ち越し弾。
誰もがそう思ったがこれを力んだのかグランパスFWが大ホームラン。
グランパスも惜しくも得点ならず。
- 481 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:48
- ワアアアアアアアアアア!!!!!!
瑞穂陸上競技場が大歓声で揺れる。
もちろん柴田の動きが凄まじいからだ。
後半の10分から20分までは柴田の独壇場だった。
「ひとみのフォローや!!」
「アユミのフォロー!!!」
平家が、そしてピッチの外から見つめるリーエが叫ぶ。
ひとみと柴田、2人の力は全く互角。
という事は逆に勝敗はその他のメンバーに委ねられる。
となると浦和にはこの人がいた。
日本が誇るレジスタ、平家みちよが。
- 482 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:50
- “ファンタジスタ”はある意味諸刃の剣である。
いつそれが発動するかわからないし、例え発動したとしても
それに味方が合わせられるかどうかは分からない。
チームを劇的に救うが、逆に劇的に落とすこともある。
そんな危険性をはらんでいるのだ。
しかし平家は思う。
この“ファンタジスタ”を使いこなすのが自分の使命だと。
頂点に立つチームには必ず優れた副官がいる。
表には立たず、主役を陰から操るフィクサー。それが平家みちよの進む道だ。
「ひとみ、ここはうちに任せろ!!」
「はいっ!お願いします!!」
ひとみが中盤から前線に上がっていく。
2トップの間にひとみがいるのだが、そのポジションはほとんどFWに近かった。
その分中盤は平家が仕切る。
ゴールに近ければ近いほどひとみの恐ろしさは増す。
だから中盤はうちに、副官に任せろ。
- 483 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:51
- これでシステムが3−4−3に近い形になったレッズ。
アウェーにも関わらずどんどんどんどん前に出てくる。
この攻撃的な姿はJリーグ2ndステージより誕生した新型“赤い悪魔”だ。
この悪魔たちの激しい攻撃にグランパスディフェンスは押し込まれる。
「ミチヨ!!」
ミサトがFWの位置から下がり、ボールをもらいに来る。
この元ブラジル代表FWは高さこそないが、屈強なフィジカルにスピード、
テクニックに優れ、ゴールへの嗅覚も持ち合わせている選手である。
つまり絶対にフリーにしてはならない選手だ。
ミサトが下がった所にグランパスDFがついていく。
そこにスペースが生まれた。
「平家さん!!」
そのスペースに飛び込むのはひとみ。
もちろん平家がこれを見逃すはずがない。その右足から鋭いパスが出た。
これをペナルティエリア内でフリーで受けたひとみ。
迷いなく右足を振り抜いた。
- 484 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:52
- 「くっ!!」
至近距離から強烈なシュートが亀井を襲う。
しかし亀井はあの日本bPGK、飯田圭織に劣らぬほどの反応を見せる。
このシュートに触った。
ガンッ!!!!
亀井の手に触れたひとみのシュートはクロスバーに当たって真下に落ち、
そしてゴール前に高く跳ね上がった。
これにすかさず飛び込むひとみ。
亀井もすぐに起き上がりこのボールに飛びつく。
2人同時に飛んだ。
- 485 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:52
- 「よっしゃあ!!!!」
ひとみがレッズサポーターの元へと走る。
「くそっ!!」
亀井がその表情を歪める。
後半29分、浦和レッズ、ひとみのヘディングにより勝ち越した。
「・・・・まだ試合は終わってない。」
しかしこのプレーは“天使”の怒りを呼び覚ましてしまった。
- 486 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:53
- 1点を追いかけるホームの名古屋グランパスエイト。
サポーターの声援を受けながらレッズゴールに襲い掛かる。
しかしレッズのゴール前にはこの選手がいる。
ヨーロッパで“鋼鉄のストッパー”とうたわれたキャンディ・ヨシコーが。
「11!!11マーク!!」
ヨシコーが日本語で指示を飛ばす。
彼女もグランパスのキープレイヤーは11番、柴田あゆみだと理解している。
この選手を抑えなければレッズの勝利はない。
一方グランパスもこの試合は絶対に落とせない。
ここで負けると首位交代。そして直接対決はもうないことから、
自力優勝がなくなってしまう。
両チームとも残り15分、死力を尽くしてぶつかり合う。
- 487 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:54
- そして残りは4分となった。
中盤で柴田がボールを持つ。しかしパスコースがない。
ならばと自分で攻めあがる。
チェックに来たレッズボランチをかわす。
が、その瞬間後ろから衝撃が。
「くっ!!」
思わずよろける柴田だが、何とかボールをキープした。
「行かせませんよ柴田さん!!」
激しく当たったひとみ、なおも身体をぶつけてくる。
たまらず柴田はバックパス。
と見せかけて鋭くターンした。
「あっ?!!」
虚を突かれたひとみだが、すぐに体勢を立て直し柴田に当たる。
柴田はそれを何とか受け止めつつ突き進む。
が、そのドリブルのコースの先にはヨシコーと右センターバックが待ち構えている。
前には2人のDF、横にはひとみ。
どこにも行き場はない。
しかし柴田は構わず突っ込む。
- 488 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:55
- 「ここだっ!!」
柴田は左足の爪先でボールを弾いた。
その瞬間グランパスFWが裏に飛び出す。
が、これはレッズ右センターバックの左膝下辺りに当たった。
ナイスディフェンス!!
そう叫ぼうとしたひとみだが、次の瞬間あっと声を上げた。
何と、この跳ね返ったボールがちょうどDFラインの裏に出た。
そこに走りこんでいるのはパスを出した柴田。
ヨシコーとひとみをレッズ右センターバックとのワンツーでかわしたような形になった。
「あっ?!!」
慌ててゴールから飛び出すレッズGK。
- 489 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:55
-
―――その瞬間、名古屋の青空に虹がかかった―――
- 490 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:56
- 後半41分。
柴田のループ、“ラルクアンシエル”によりグランパスが同点に追いつく。
- 491 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:59
- 「うおー!!!」
今の柴田のファインゴールにVIP席で声を上げる和田。
ツンクも驚愕の表情を浮かべている。
側にあるテレビでは解説者が『ラッキーだった』と言っている。
しかしツンクの見解は異なっていた。
「ワダッチ、今の気付いたか?今のは偶然とちゃうで。全て柴田の狙い通りやで。」
「えっ?!今のがですか?!」
和田が驚いてツンクを見る。
和田もあれはラッキーだったと思っていた。もちろん柴田のシュートは素晴らしかったが、
相手DFに当たったボールが運良く柴田の前に来た。そう思っていた。
「ああ。今の、柴田のスルーパスが偶然相手DFに跳ね返ってワンツーで抜け出した形になったけど、
あれは柴田の狙い通りや。あいつはわざと相手DFに当てて抜け出したんや。」
「そ、それってホントですか?!」
和田が大きく目を見開く。
まさか?そんなことが狙ってできるものなのか?
「ああ、間違いない。その証拠に柴田はパスを出した後、スピードを緩めることなく
DFラインの裏に飛び出しおった。あれは完全にリターンが来ることを確信した走りやった。
それに柴田が相手DFにボールを当てた場所、膝下な。ここはほとんど反応できへん場所なんや。
つまり、狙って当てるには最適の場所っちゅうこっちゃ。」
「まさか・・・・・・・」
和田が絶句する。が、確かにそうだ。
あの場面、“リターンパス”を想定していなければ、パスを出した後で
あの位置に飛び込むのは不可能だ。
「柴田・・・・・・恐ろしい奴やわ。」
ツンクは柴田の才能に心底驚嘆した。
- 492 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 10:59
- 「やられた・・・・・」
ヨシコーが腰に手をあて、うな垂れる。
ヨシコーも分かっていた。あれは偶然ではなく、狙ったものであったことを。
「なんちゅうやっちゃ・・・・・・・」
平家も呆然となる。
他のレッズイレブンもガックリと肩を落としている。
この時間帯で追いつかれてしまった。ここで勝たねば首位はない。そんな状況で。
「ドンマイ。すぐに取り返しましょう。」
しかしひとみだけは全く気落ちしていない。
それどころかまたも笑みを浮かべている。
GKからボールをもらい、すぐにセンターサークルに走る。
その際に自陣に戻る柴田と目が合った。
『どう?これで諦める?』
『いえ、まだです。今度はあたしが見せますから。』
『ふふっ、そう言うと思った。』
目で言葉を交わし、ニッと笑い合った。
- 493 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:00
- 「ここは絶対に守りきれ!!!」
名古屋の監督が声を張り上げる。ここは引き分けで充分だ。
この試合を終えると残りは3節。
グランパスの相手はFC東京、ジェフユナイテッド市原、サンフレッチェ広島
という下位チームとの試合だ。
この相手だと3連勝を充分に狙える。
ということは、今日の試合で首位を逆転されなければ逃げ切れる可能性が高いのだ。
また、浦和レッズは次節が3位の京都パープルサンガとの潰しあいであるし、
最終節は1stステージ覇者のコンサドーレ札幌。
こちらは3連勝を狙うには厳しい相手がそろう。
だからこそここは引き分けで充分だ。
- 494 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:01
- 選手たちもそれを理解しているため、名古屋はほとんど全員が引いて守る。
レッズは気力を振り絞り、最後の攻撃に出る。
中盤でボールを受けた平家がドリブルで突き進む。
相手は隙がない。ここは個人技で突破しなくては。
1人、2人とかわす。
が、グランパスも必死に守る。平家を抜かせまいと身体を張る。
「ちっ!!」
これにはさすがの平家も突破できない。
「ミチヨ!!」
ミサトがボールを要求する。平家はわずかな隙間からミサトにパスを通した。
これを受けたミサト、ワンフェイク入れてグランパスDFをかわし、
右サイドから中に切れ込む。そのキレのあるドリブルはさすが元セレソンだ。
シュートコースが空いた。
「もらった!!」
ミサトが左足でゴールを狙う。
しかしこれは柴田が身体を投げ出し、ブロックした。
ボールが大きく跳ね返る。
- 495 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:02
- 『よしっ!!これでっ!!』
柴田がグッと拳を握る。
これでこの試合引き分け、2ndステージはもらった。
グランパス陣営の誰もがそう思った。
しかし、柴田は跳ね返ったボールを拾った選手を見て驚愕の表情を浮かべた。
その選手がニッと笑った。
- 496 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:03
-
次の瞬間、その選手の右足から“悪魔のパス”が放たれた。
- 497 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:04
- スライディングをし、ピッチに座ったままの柴田の顔の真横をボールが通る。
このボールに身体を投げ出し、右足で触ったのはミサト。
ボールのコースが変わった。
「くうっ!!」
亀井が体勢を崩しながらも必死に右手を伸ばす。
が、届かなかった。
後半ロスタイム。
ひとみの“悪魔のパス”にミサトが合わせ、浦和レッズ、再度の勝ち越し弾。
- 498 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:04
- ピィ、ピィ、ピィー!!!
ここで主審の笛が3度高らかに鳴った。
浦和レッズ、名古屋グランパスエイトをロスタイムのゴールで破る。
そしてこれでついに首位に立った。
- 499 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:05
- 「ひとみ!!!」
「ミサト!!!」
レッズの選手たちがひとみとミサトに抱き付く。
レッズ陣営はみな歓喜に沸いていた。
一方グランパスの陣営はみな放心状態だ。
特に最後のパス。あんなのパスとは言えない。
あんなスピード、コースのパスを一体誰が合わせられるというのだ。
100回出したら99回は合わせられないパス。
しかし現実はそのパスに負けた。
「ミサト、ナイスシュート!!」
ひとみがニッと笑う。
「そっちこそナイスパス。」
ミサトも笑う。
しかし内心は冷や汗ものだった。次あんなパスを出されても合わせられるかどうか。
『・・・・・若い時のアユウドのようなパスだった。』
ミサトはひとみのパスを受け、そう感じていた。
- 500 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:06
- サッカーには2つの“世界”がある。
すなわち、欧州と南米だ。
欧州の頂点に立つ選手、“パーフェクトクイーン”ことナナコーヌ・マツシマ。
そして南米の頂点に立つ選手、“ラストカナリア”ハマ・サーキ・アユウド。
ひとみのパスはこのアユウドとよく似ている。
アユウドのパスも相手を破壊する、殺すパスだ。
若いときは今のひとみのように相手のことを全く考えないパスを送っていた。
しかし最近ではプレーに円熟味が増し、相手を破壊しつつ味方にも合わせやすいパスを
送れるようになっている。
『・・・・・もしかしたら、こいつが2つの“世界”を統一するかも。』
あのマツシマに自分の後継者と言わしめ、そしてアユウドと似たパスを送る。
そんなひとみにミサトは期待を膨らませる。
- 501 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:07
- 「す、すごい・・・・・・」
VIP席でも和田が放心状態だ。
「吉澤・・・・・こいつも恐ろしいわ。」
ツンクも驚愕の表情を浮かべている。
「・・・・・・ツンクさん、どうしてもこの2人、“共存”は無理なんですかね?」
和田がツンクに尋ねる。
これだけの力を持つ2人だ。どちらかだけを選ぶのではなく、両方とも選びたい。
これは和田だけでなく日本全国民がそう思っている。
「・・・・・ワダッチ。俺かてそう思う。俺かてこの2人、“共存”できるものならそうしたい。
けどな、それは無理なんやわ。」
「どうしてですか?システムを変えるとか、ポジションを変えるとかで何とかならないですか?
現にオリンピック最終予選でも“共存”してたじゃないですか。1戦目のタイ戦はダブル司令塔、
2戦目の中国戦は吉澤がトップ下、柴田がボランチと。
こんな感じで行けば“共存”できるのではないですか?」
- 502 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:09
- 和田の言う事はもっともだ。
タイプが同じ、ポジションが同じであっても片方が別のポジションをこなせるならば充分に共存は可能だ。
この前の五輪代表で言うと高橋とアヤカだ。
彼女たちは似たタイプのFWだが、両方ともサイドハーフもこなせるので
何度も同時にピッチに立っていた。
そして似たタイプである事からお互いの考えが分かるのか、再三いいコンビネーションを見せていた。
そう考えるとひとみと柴田、2人を同時にピッチに並べる事は可能である。
しかも厳密に言えばひとみと柴田はタイプが違う。
ひとみはよりFWに近い位置でプレーするタイプ。ゲームメイカーよりフィニッシャーだ。
柴田はよりMFに近いタイプで、生粋のゲームメイカーである。
つまり、ひとみを1.5列目で柴田をトップ下か、ひとみがトップ下で柴田がボランチ
ならばバランスも取れる。
サッカー評論家と呼ばれるほとんどの人が彼女たちは“共存”は可能だと、
それどころか2人が同時にピッチに立つ事は日本をさらに強くすると言う。
- 503 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:10
- しかしツンクはそうは考えていなかった。
「・・・・ワダッチ。俺はこの2人はロベルト・バッジオと、アレッサンドロ・デル・ピエロ、
この2人の関係と同じやと思ってるんや。」
「えっ?」
和田は出てきた名前に驚いた。
“アズーリの至宝”ロベルト・バッジオ。
そして“ファンタジスタ”アレッサンドロ・デル・ピエロ。
世界にその名を轟かす2人だ。
- 504 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:11
- 「どういう事ですか?」
「ああ。この2人は同じイタリア人。代表でもそれからユヴェントスでもチームメートやった。
けどな、この2人が同時に活躍したことはほとんど無いんや。」
「えっ・・・・?」
「2人ともポジションはセコンダ・プンタ。いわゆるセカンドストライカーやな。
1.5列目からゴールもチャンスメイクもする選手や。けど、2人とも他のポジションもいける。
バッジオはトレクァルティスタ(トップ下)が出来るし、デル・ピエロもトレクァルティスタ、
それから左サイドハーフも行ける。理屈から行けば2人が同時にピッチに立つ事は可能や。
現にデル・ピエロがパドバからユヴェントスに移籍した93−94シーズンでは2人は共存しとる。
けど、この時はまだまだデル・ピエロは未熟やったわけや。だから共存できた。」
ツンクの言葉に頷く和田。
さらにツンクは続ける。
- 505 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:13
- 「ところが次の94−95シーズン、ここには成長したデル・ピエロの姿があった。
デル・ピエロはほぼ全試合の29試合に出場。
一方バッジオは怪我の影響もあったけど、17試合にしか出場してへん。
で、次のシーズンにはユヴェントスを追われるようにしてミランに移籍した。
その後のデル・ピエロの活躍はワダッチも知ってるやろ?ユーヴェの10番として大活躍や。
その年にはチャンピオンズリーグも制覇した。
一方バッジオはミランではベンチに追いやられる事もあった。
・・・・俺はな、これが偶然こうなったとは思われへんのや。
何や、デル・ピエロがバッジオの力を吸い取って自分の輝きにした、そう思えてならんのや。」
「・・・・・・・・・」
和田は無言だ。ツンクの話が突拍子もないので言葉を発する事が出来ない。
デル・ピエロがバッジオの力を吸い取った・・・・・?
- 506 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:15
- 「ワダッチが思ってる事も分かるで。けどな、この話にはもう1つ続きがあるんや。
1998年、フランスワールドカップ。」
「あっ?!!」
これには和田も声を上げた。
「そうや。この大会、イタリアのエースはデル・ピエロやった。
この年のセリエAでデル・ピエロは最高の成績を残してる。32試合で21得点や。
ところがここでバッジオが現れるんや。バッジオもボローニャで30試合、22得点
という成績でアズーリ最後の23人目の椅子を手に入れた。
で、2人はチームメートとしてフランスワールドカップに臨んだ。」
「ツンクさん・・・・・・」
和田の表情が変わった。
ツンクが何を言おうとしているのか分かったからだ。
「ああ。この大会、デル・ピエロは絶不調やった。
まあシーズンの疲れもあったんかもしらんけどな。
そしてこの大会、イタリア代表で最高の輝きを見せたのが・・・・・」
「・・・・ロベルト・バッジオ。」
「ああ。まるでデル・ピエロの力を吸い取って自分の輝きにしたかのようにな。」
- 507 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:16
- 「・・・・・・・・吉澤と柴田、この2人もそうだと?」
和田が重い口調で尋ねる。
「ああ。俺のカンやけどな。俺が最初にこの2人を合宿所で見た時、
この考えが真っ先に浮かんだんや。もちろん俺のカンが外れてるかもしらん。
けど、当の本人たちもどこか自覚しているふしがあったわ。
どちらかしかピッチに立てないってな。」
そう言ってツンクはピッチに目をやる。
その視線の先には試合が終わった後、
笑顔でユニフォームを交換しているひとみと柴田の姿があった。
- 508 名前:第10話 悪魔と天使 投稿日:2004/03/04(木) 11:18
- 恐らく、クラブレベルではどちらも世界に名だたる選手になるであろう。
2人ともそれだけの素質を秘めている。
が、日本代表となると、同じチームとなると話は別だ。
この2人のうちどちらかが、もう一方を輝かせるエネルギーとなる。
2004年アテネオリンピック、そして2006年ドイツワールドカップ。
果たして日本代表は“悪魔”と“天使”どちらのチームとなっているのか?
それはまだ誰にも分からない。
第10話 悪魔と天使 (終)
- 509 名前:ACM 投稿日:2004/03/04(木) 12:15
- 第10話 悪魔と天使 終了いたしました。
ここで言っていることは何の根拠も無い事です。
「こんなの全然違う。」
とお思いの方も多いと思いますが、フィクションという事で
どうかご容赦ください。
これだと話的に後々展開しやすいのでどうかお許し下さい。
では第11話の予告です。
第11話 千年王城
Jリーグ2ndステージ第13節の相手は京都パープルサンガ。
794年平安京遷都以来、千有余年にわたって都であった京都。
「千年王城」(せんねんおうき)と呼ばれたこの地では歴史上
様々な戦いが繰り広げられた。
そして2003年11月15日。また新たな戦いがこの地で行われる。
お互いの信念をかけた、熱い戦いが。
第11話もよろしくお願いします。
- 510 名前:みっくす 投稿日:2004/03/04(木) 21:59
- 手に汗握る展開に興奮してしまいました。
次回も楽しみにしてます。
- 511 名前:ACM 投稿日:2004/03/09(火) 22:05
- 510>みっくす様
レスありがとうございます。ライバル同士の直接対決でしたから
こちらとしても気合いが入りました。次回も楽しみにしていると
言っていただいて嬉しいです。これからもよろしくお願いします。
では本日の更新です。
第11話 千年王城
- 512 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:07
- Jリーグ2ndステージ第12節結果
鹿島アントラーズ 1−2ガンバ大阪 カシマスタジアム
柏レイソル 1−1清水エスパルス 柏スタジアム
ジュビロ磐田 2−0ベガルタ仙台 ヤマハスタジアム
京都パープルサンガ2−0ジェフ市原 西京極総合競技場
サンフレッチェ広島0−1コンサドーレ札幌 広島ビッグアーチ
名古屋グランパス 2−3浦和レッズ 瑞穂陸上競技場
東京ヴェルディ 1−1横浜Fマリノス 味の素スタジアム
ヴィッセル神戸 2−0FC東京 神戸ウイングスタジアム
- 513 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:09
- 『浦和レッズ、首位奪取!!』
『日本代表トップ下対決は吉澤に軍配!!』
『ファンタジスタがマエストロを破る!!』
翌日のスポーツ紙は昨日の名古屋グランパスエイトVS浦和レッズのことで持ちきりだった。
どの紙面も昨日大活躍を見せたひとみと柴田の記事で一杯だった。
見出しはひとみの勝利となってはいるが、その内容は両者とも互角というものであった。
- 514 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:12
- 「・・・・・互角なんかじゃない。完全にあたしの負けだ。」
柴田が新聞を読みながら呟く。
昨日の試合、グランパスが負けたのは自分のせいだと柴田は思っている。
ひとみと柴田の違い、それは得点力だ。
確かに昨日の試合では柴田も2ゴールを上げたが、
ここまでの通算得点はひとみが14ゴール、柴田が6ゴールである。
倍以上の差をつけられている。
現代のサッカーでトップ下の選手に求められるのは得点力だ。
いわゆるゲームメイカーと呼ばれる選手が、平家のように軒並みポジションを下げる
現代サッカーでは、トップ下の選手はシャドウストライカーとしての役割も求められる。
だからこそトップ下を務める選手に得点力があるかないかで、
相手に与える影響が大きく変わるのである。
昨日の試合、ひとみは積極的にシュートを放ち、グランパスディフェンスを恐怖させた。
『彼女にボールが渡るとやばい。』
こう思ったからこそグランパスディフェンスはひとみにあれだけ振り回されたのである。
ただ“上手いだけ”の選手はいらない。
“上手い”選手よりも“恐い”選手、そちらの方が“良い”選手なのだ。
「あたしがよっすぃーに勝つにはここが足りない。」
課題を見つけ、新たに闘志を燃やす柴田であった。
- 515 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:14
- 「全然互角じゃないよ。柴田さんの勝ちだよ。」
一方、ひとみも昨日の試合、自分は柴田に劣っている事を痛感していた。
昨日の試合、勝てたのは自分の力ではない。
平家が、ミサトが、そしてヨシコーがいたからこそ勝つことが出来たのだ。
平家がいなければ果たして自分はゲームを創れただろうか?
ミサトがいなければ最後勝ち越し弾が決まっただろうか?
もしヨシコーが相手のDFだったら、彼女を突破して得点できたであろうか?
そう考えると明らかに自分の負けだ。
確かに得点力は自分の方があるかもしれないが、テクニックの面では雲泥の差がある。
柴田はリーエというグランパスのエースがいない状況の中、ゲームメイクも、ラストパスも、
そしてシュートも全て1人でこなした。
「・・・・・まだまだだ。あたしなんて全然まだまだだ。もっと頑張らないと。」
ひとみがこう思えるのも柴田の存在があるおかげだ。
柴田の存在がなければ昨日の試合、課題を見つけず満足していたであろう。
そして慢心し、成長を止めていた。
それはもちろん柴田も同じだ。
ひとみがいる事で自分の足りないものを見つけ、さらに成長しようとする。
良きライバルに恵まれることは、幸せなことなのだ。
- 516 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:15
- Jリーグ2ndステージ第13節
ベガルタ仙台 VSコンサドーレ札幌 仙台スタジアム
ジュビロ磐田 VS鹿島アントラーズ ヤマハスタジアム
京都パープルサンガVS浦和レッズ 西京極総合競技場
横浜Fマリノス VSガンバ大阪 横浜国際総合競技場
ジェフ市原 VS柏レイソル 市原臨海競技場
サンフレッチェ広島VSヴィッセル神戸 広島ビッグアーチ
清水エスパルス VS東京ヴェルディ 日本平スタジアム
FC東京 VS名古屋グランパスエイト 味の素スタジアム
- 517 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:16
- 前節見事に首位に立った浦和レッズ。
第13節の相手は京都パープルサンガ。
前節でグランパスが負け、サンガが勝利したことでこの2チームの勝点が同じになった。
得失点差の関係で現在サンガが2位に浮上した。
これで首位の浦和レッズが勝点29、2位の京都パープルサンガが勝点27。
と言う事は第13節対浦和レッズ戦はまたも首位決戦、天王山だ。
- 518 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:16
- ―――“天王山”とは1582年の山崎の戦いで天王山を先に占領した
豊臣秀吉軍が明智光秀軍を撃破したことから、勝負を決する大事な場面や時、
勝負の分岐点といった意味で使われるようになった言葉である。
今回の決戦の舞台はその京都。
まさに“天王山”の名に相応しい舞台である。
- 519 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:19
- 試合が行われる前日、この日の午後に京都入りしていたひとみたち浦和レッズイレブン。
午後11時までに宿舎に戻ればいいという事でそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
ひとみは平家に強引に連れられて夜の京都に来ていた。
河原町御池のホテルから河原町通を真直ぐ南に下っていくと、
様々な店が立ち並び、とても賑やかになってくる。
今日は金曜日の夜ということで町には人が溢れかえっている。
平家とひとみはぶらぶらと歩く。
そして四条通に出たところで今度は東大路通に向かう。
「へえー、京都って本当に道が碁盤の目になってるんですね。」
ひとみが感心したように呟く。
「そうやで。だから場所とか分かりやすいねん。」
ひとみたちが宿泊するホテルは河原町御池にある。
南北に伸びる河原町通と、東西に伸びる御池通が交わった交差点の所だ。
「ただな、細い路地とか多いし、あと一方通行がめっちゃ多いねん。それが難点かな。」
そう言いつつ、平家とひとみはぶらぶらと町を歩く。
平家のそのリラックスした姿からは明日、首位をかけた大事な一戦が控えているとは誰も思えない。
- 520 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:20
- 「ひとみ、これ何て読むか知ってるか?」
四条大橋のたもとに細い路地があり、その上には“先斗町”と書かれた看板があった。
「えっ?何ですかこれ?・・・・・・せんとちょう?」
「外れや。これで“ぽんとちょう”って読むんや。こっからは大人の町やで。」
平家がムフフと笑う。
「えっ?」
顔を赤らめるひとみ。
「いやいや、そっちの意味とちゃうで。落ち着いた大人のって意味や。
まあ最近は若い人らも多いけどな。」
「へえー。」
平家とひとみはそのまま四条大橋を渡り真直ぐ東大路通に向かう。
そして途中、花見小路通で南に下った。
「うわーっ!」
ひとみが思わず声を上げる。
そこに現れたのは紅殻格子(べんがらごうし)に簾が美しい町並みだった。
「ここが祇園や。まあ四条通の北側も祇園やねんけど、あっちは何や、
銀座のミニチュアみたいなネオン街になってもたんや。
だから関東の人とかがイメージする祇園っていうのは南側のことやな。」
そう言いながら平家は花見小路通を南に下り、小さな路地を曲がる。
「今日はここでご飯食べるで。うちの行きつけの店なんや。」
そこには昔の家といった感じの懐かしい、落ち着いた風の店があった。
- 521 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:21
- 「ようこそ、おいでやす。あ、平家はん、ご無沙汰ですなあ。」
店に入ったひとみたちを迎えてくれたのは感じの良い女将さんだった。
「こんばんは。ご無沙汰してます女将さん。今日は後輩を連れてきました。」
平家はひとみを紹介する。
「ようこそおいでやす。いつも平家はんにはご贔屓にしてもろうとります。」
女将が頭を下げたその時、店の戸が開き、別の客が入ってきた。
「お?みっちゃん?それによっさんか?」
「あ、姐さん!それに加護!」
ひとみたちが明日戦う京都パープルサンガ中澤裕子と加護亜依だった。
- 522 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:25
- 「いやー、やっぱここは旨い。」
「そうですね。うちも姐さんにここ教えてもらってから、京都来た時は必ず寄ってますねん。」
中澤と平家が顔をほころばせながら料理に舌鼓を打ち、酒を飲む。
偶然会った平家と中澤たちはせっかくだからという事で食事の席を共にすることになった。
平家と中澤は和気藹々としているが、ひとみと加護は2人とも戸惑っていた。
どこか2人とも空気が張り詰めている。
「ん?どうしたよっさん、加護。何かあったんか?」
そんな2人に気付いた中澤が優しく尋ねる。
「あ、いえ、その・・・・・」
ひとみが言葉を濁す。
「何やひとみ?」
平家が問うがひとみは俯いて答えない。
「何かあるんやったら遠慮なく言いや。裕ちゃんもみっちゃんも怒らんし。」
中澤が2人に柔らかい笑顔を見せる。
「・・・・あの、その、あたしたちって明日試合しますよね。それなのに・・・・・」
「敵同士、試合前日にこんなことしてていいんかなって思って。」
ひとみが恐る恐る言い、その後を加護がキッパリとした口調で答えた。
その言葉を聞いて平家と中澤が顔を見合わせる。
「なるほどな。ま、お前らの気持ちも分かるけど、別にそんな気にせんでいいんとちゃうか?」
「そうそう、今日うちらが会ったんは偶然なんやし。今日は今日。明日は明日でいいやろ。
今日、一緒にご飯食べたからいうて明日手を抜かなあかんって訳でもないしな。」
平家と中澤はハハハと笑う。
- 523 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:28
- 「何言うてますねん中澤さん!明日、浦和に勝たなうちらの優勝はないんですよ?!
そんな相手と前日にご飯食べるなんておかしいですよ!!」
加護が声を荒げる。
ひとみも声にこそ出しはしないが、そう思っている。
明日、京都に勝たねば恐らく名古屋に逆転される。
平家に付き合って京都の町をぶらぶら歩いていたものの、ずっと心は張り詰めていたのだ。
「・・・・・なあ加護、うちらは確かに明日戦う。でも、戦うのはピッチの上だけや。
それ以外ではうちらは大事な友人やと思ってる。それじゃあかんか?」
「・・・・・・」
平家の言葉に俯く加護。
「・・・・・何で平家さん、そんなに落ち着いてられるんですか?
明日、大事な試合なのに・・・」
思わずひとみが平家に尋ねる。
「ん?・・・・・そうやなあ。本番前に“真剣”を散らつかせて虚勢張っててもしゃーないって
思ってるからかな?」
平家が柔らかい笑顔で答える。
その微笑みは何の気負いもない、落ち着いたものだった。
- 524 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:32
- 結局その日は何となく気まずい雰囲気のまま中澤たちと別れた。
帰りはさすがに歩くわけにはいかずタクシーでホテルへと向かう。
「・・・・・なあひとみ。京都ってええと思わへんか?」
「えっ?」
タクシーの車内で平家が窓の外を見ながら言った。
「・・・・・京都は昔と現代が共存してる街や。もちろん他の街もそうやけど、
特に京都はそれを感じんねん。今までうちらのご先祖さんが生きてきたその息吹と、
現代のうちらが生きている息吹、それを両方感じられる街なんや。」
ご先祖という言葉にひとみは反応した。
- 525 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:34
- 「あ、そういえば平家さんって・・・・・・平氏の・・・・・」
「ああ。ま、ホンマかはわからんけど一応平氏の末裔みたいやわ。で、平氏の始祖が桓武天皇。
桓武天皇っていうのは794年に平安京遷都した天皇や。だからかもな、うちが京都を好きなんも。
うちのご先祖さんが選んだ街やからな。うちに流れてる血が京都に反応しているのかもしれへん。」
「血、ですか。」
「ああ。うちは自分に流れてるご先祖さまの血、平氏が好きなんや。だからこそうちは浦和を選んだんや。」
「えっ?どういう事ですか?」
「平氏の旗の色って赤なんや。だからうちは赤が好きで、赤いユニフォームを着ると何や力がみなぎってくる。
で、現代に生きるうちの生まれた月は4月。この月の誕生石はダイヤモンド。“赤”と“ダイヤモンド”、
この2つを兼ね備えているっちゅうたら浦和レッドダイヤモンズしかないやろ?」
「あ、なるほど。」
ひとみが頷く。
「・・・・平家さんって何かロマンチストですね。」
「ええやんけ、うちだってか弱き乙女なんやから。」
夜の京都をタクシーが走り抜けていく。
京都に都が移ってから千有余年。
「千年王城」と呼ばれるこの地では様々な戦いの歴史があった。
京都を手に入れる。
それはすなわち日本を手に入れることであった。
そしてあと15時間後、現代でこの日本を手にいれる戦いが幕を開ける。
- 526 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:36
- 「おっすみっちゃん。いよいよやな。」
「どうも、姐さん。」
2003年11月15日午後1時59分。
入場行進を控えた両チームが待機場所に並ぶ。
先頭はキャプテンの中澤裕子と平家みちよ。
その後ろには加護亜依と吉澤ひとみがいる。
入場までもう残りわずかだというのに、中澤と平家の表情は穏やかだ。
笑顔で話している。
「入場です!!」
と、その時係員の声が響いた。
「?!!」
その瞬間、2人の雰囲気が一瞬にして変わったことをひとみと加護は感じた。
ピンと張り詰めた空気。背中からほとばしるオーラ。
そこには戦う女性の凛とした美しさ、強さがあった。
「・・・・カッケー。」
「かっこええ。」
ひとみも加護もこの2人の背中に圧倒される。
身近にいる、追いかけるべき背中。
その背中が目の前にあった。
- 527 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:37
- ピィーッ!!
主審の笛が高らかに鳴り、試合が開始された。
ひとみたち浦和レッズはいつもどおりの3−5−2システム。
DFにヨシコー、ボランチに平家、トップ下にひとみ、FWにミサトという布陣は
今やJリーグでも屈指の陣営だ。
この首位決戦にも臆することなく真っ向から勝負に挑む。
対する京都パープルサンガもいつもと同じく3−5−2システムだが、
こちらはこの首位決戦に向けてある奇策を練っていた。
- 528 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:39
- 「ちっ!!」
平家が忌々しげに叫ぶ。
前半も25分を過ぎたが、流れは完全にホームの京都パープルサンガだ。
ここまで浦和自慢の中盤が全く機能していない。
それは何故か?
加護亜依の存在だ。
この試合、加護のポジションはいつもの左サイドではなく、中央。
つまりトップ下だった。
「くっ、やられた!!」
浦和監督ギド・ガッツバルトが顔をしかめる。
このトップ下に入った加護によって平家とひとみの存在が消されてしまったのだ。
- 529 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:40
- 加護がトップ下ということでマークはボランチの選手が担当することになる。
浦和レッズはダブルボランチだが、平家は主に攻撃、もう1人が守備を担当する。
しかし加護に対して1人だけのマークというのは自殺行為だ。
加護にはあの脅威的なドリブルがある。
だからこそ平家ともう片方がきっちりと2人マークについて加護をフリーにさせてはならない。
ならば平家ではなく、センターバックのヨシコーが加護のマークにつけばいいのでは?
2トップには残りの2人がマンマークしていればこれに対応できるのでは?
確かに今までの加護ならば、ドリブル一辺倒の加護ならばそれで充分対応出来るであろう。
しかし今の加護はパスを覚えている。隙があればスルーパスを狙うようになっている。
そんな状況では加護についているマーカーが抜かれたら終わりというのではまずい。
だからこそ平家がしっかり加護につき、3バックの中央、ヨシコーは必ず1人余っていなければならない。
つまりこれで平家は守備に専念しなければならず、その類まれなゲームメイク能力が消されたこととなる。
- 530 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:41
- 「ヨシコー!!」
ひとみが下がってボールをもらいに来る。
さすがの加護も全方向からチェックを受けるトップ下ではそう簡単に突破は出来ない。
今も平家たちのマークは突破したものの、ヨシコーに潰された。
そのヨシコーからひとみにボールが渡る。
「ミサト!!」
すかさずひとみが前線に走るミサトにボールを送る。
が、これは京都DF、中澤裕子がきっちりとカットした。
『ふふふ、甘いでよっさん。ゴールから遠いよっさんなんて全然恐くないで。』
- 531 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:42
- 中澤の思うとおり、ゴールから遠いひとみは恐くは無い。
ひとみはあくまでフィニッシャー。
ラストパス、シュートといった得点に直接つながるプレーが持ち味だ。
その特徴を活かすためにはやはりゴールに近ければ近いほどいい。
そのためいつもは中盤は平家が担当するのだが、今日はここまで完全に守備の人だ。
その分ひとみがゲームメイクも担当しなければならない。
しかしトップ下を始めてまだ3ヶ月というひとみのゲームメイク能力では、
ここまで2ndステージ12試合でわずか6失点という中澤裕子率いる
京都ディフェンスを打ち破ることはできない。
加護のトップ下。
この奇策により、レッズが誇るレジスタとファンタジスタが
完全に抑え込まれてしまった。
「さ、どんどん行きましょう!!」
加護がパンパンと手を叩き、周りを鼓舞する。
ここまで京都の理想的な展開。それだけに京都イレブンの表情も明るい。
- 532 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:43
-
『ふ、上等やないけ。ただ、あんま舐めてもらったら困るで?』
しかし、“赤”を身にまとった一人の武士がこの展開に魂を燃やしていた。
- 533 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:44
- 中盤でボールを受けた加護。
すかさず平家が当たる。
『平家さん、悪いけど抜かせてもらいますわ。』
加護のドリブルは代表クラスのDFをもあっさり翻弄できるほどだ。
もともとトップ下の選手だった平家のディフェンス力では太刀打ちできるはずがない。
・・・・そのはずだった。
「なっ?!!」
平家のタックルに加護が倒れこむ。しかしホイッスルは鳴らない。
「行くで!!」
平家がすかさず起き上がり、ドリブルで前に突き進む。
すかさずチェックに来る京都ボランチを鋭いドリブルでかわす。
「よしっ!!」
それを見てひとみがグンと前に上がる。もちろんミサトたちFWもこれに連動。
ここまで圧倒的な攻撃力を誇る新型“赤い悪魔”必勝の形だ。
- 534 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:45
- 平家がピッチを真上から見る。
隙はどこだ?
『ちっ、さすがは姐さん。相変わらずええディフェンスで。』
しかし中澤率いる京都ディフェンスは完全に隙がない。
2トップには3バックの2人がつき、前線に飛び込んでくるひとみには中澤が目を光らせ、
サイドは両サイドハーフがきっちり下がっている。
『そしたらここはセオリー通り!!』
大きく左足を踏み込み、右足を思い切り振り抜いた。
ひとみのうなりを上げる豪快なロングシュートとは違う、シュパッと斬れる刀のようなキレの
ロングシュートが京都ゴールを襲う。
「くっ!!」
京都GKが懸命に跳ぶが届かない。
が、このロングシュートはゴールポストをかすめていった。
「ちっ、外したか。」
平家が顔をしかめる。
- 535 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:46
- 「平家さんナイスシュートです!」
「ミチヨ、ナイス!!」
ひとみ、平家から声が飛ぶ。
他の浦和イレブンからも同様だ。
ここまで押されっぱなしだったが、一瞬の隙を突いたこの一撃。
これで一気に浦和の士気が上がった。
「よしよしよしよし!!行けるで!!この試合勝つのはうちらやで!!」
“赤”の背番号10の背中が大きく見える。
「・・・・・・・・・みっちゃんめ。」
中澤が味方に指示を出す平家を睨む。
いくらひとみやミサト、ヨシコーといった選手たちがいようとも、浦和はやはりこの人だ。
「加護!!」
「はいっ!!わかってます!!」
中澤の声に頷く加護。
ディフェンス力の有る無しではない。この圧倒的な存在感。
この存在感を消しさらねばこの試合、絶対に勝てない。
「みんな、気合い入れていけよ!!」
「おうっ!!」
中澤のゲキにみなが答える。
もちろん京都にも彼女、中澤裕子がいる。
- 536 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:47
- 中盤でボールを受けたひとみ、すぐさま右サイドへ。
しかしこれを京都DFがカット。
「はいっ!!こっちや!!」
加護がスッと左サイドに流れる。そこへすかさずパスが来る。
「行かさんで加護!!」
平家が後ろからガツガツ当たる。
加護は無理をせず後ろ戻す。
これを受けた京都ボランチが前線へ送るがヨシコーがきっちりとクリアした。
「ナイスだミチヨ!!」
ヨシコーが声をかける。
平家がきっちりと加護のマークについてくれているため、
ヨシコー率いるDF陣が破綻することもない。
- 537 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/09(火) 22:48
- 前半はこのまま終了した。
序盤は圧倒的に京都ペースだったが、終盤は浦和が盛り返した。
これだと後半戦も首位決戦に相応しい試合が期待できる。
スタンドもぎっしり埋まったサポーターで大きく揺れていた。
- 538 名前:ACM 投稿日:2004/03/09(火) 22:50
- 今日はここまでです。
中途半端ですみません。
- 539 名前:ヤグヤグ 投稿日:2004/03/09(火) 23:36
- 更新乙です
ミキティの登場を心待ちにしております
頑張って下さい
- 540 名前:みっくす 投稿日:2004/03/11(木) 00:19
- 後半はどうなるのでしょうかね。
京都の作戦はなるほどって感じで。
次回も楽しみにしてます。
- 541 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:20
- 後半も開始早々から熱い戦いが繰り広げられる。
加護がワンツーで浦和ボランチコンビをかわす。
そして切れ味鋭いシザースでヨシコーのタイミングを外し、
シュートコースを創ると素早く左足を振り抜いた。
しかしこれは惜しくもGK真正面だった。
さらに今度はFK。
加護が自分のドリブルで得たFKを直接狙う。
が、これはクロスバーを叩いた。
加護が思わず天を仰ぐ。
『くそっ!梨華ちゃんのようにはいかへんか!』
やはり日本代表左サイドを争うライバルの左足は凄い。
そう認識する加護だった。
- 542 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:21
- そして今度は左サイドに流れる。
それに連動して京都左サイドMFが中に入り込む。
この左MFは普段トップ下の選手。今日は加護がトップ下のため左サイドに入っていた。
そのためこの形がいつもの京都だ。
「マーク!受け渡せ!!」
ヨシコーがきっちりと指示を出す。このあたりはさすが元ドイツ代表だ。
しかしサイドに出た加護はそう簡単には止められない。
チェックに来た浦和右センターバックの足が届く所にわざとボールを出す。
「もらった!!」
すかさず足を伸ばす浦和右センターバック。
が、それを嘲笑うかのように加護がボールを操りこれをかわし、タテに抜け出した。
「中行くで!!」
加護が左サイドを深くえぐり、中にクロス。
これに京都FWが飛び込み押し込む。
が、これは上手くミートできずボールは流れていった。
気合いを入れなおした加護、鋭い動きで浦和ディフェンスを1人で混乱に陥れる。
- 543 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:22
- 対する浦和も反撃を試みる。
ひとみが中盤に下がり、拙いながらもパスを振り分ける。
しかしやはり中澤率いる京都ディフェンスは鉄壁だ。
「くっ、どこに出したら・・・・?」
ひとみが中盤でボールを持つがパスコースがない。
ゴールへの道も当然見えない。
「うわっ!!」
中盤でボールを持つ時間など現代サッカーにはない。
あっさりとひとみはボールを奪われてしまった。
「くそ・・・・・」
ひとみが顔を歪ませる。
いかにここまで平家に頼りきっていたかが分かる。
「絶対、突破してやる。」
ひとみは闘志を燃やす。
- 544 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:23
- 「まずいな・・・・・ヨシザワの悪い癖だ。」
この状況をベンチから顔をしかめて眺めるのは浦和監督ギド・ガッツバルト。
ひとみの長所としてその熱い闘志が上げられるが、それは逆に弱点となる場合もある。
困難な局面に向かい合うと、それを意地になって乗り越えようとする。
個人としてはそれでいいかもしれないが、サッカーはチームスポーツ。
1人が意地をはると、それは他の10人全てに影響を与えるのである。
今もゲームメイクのパスが通らない状況であるが、絶対に通してやるという気合いで試合に臨んでいる。
その結果、ひとみの思い切りの良い前線への飛込みが影を潜めてしまっている。
気合いが空回りしている感じだ。
パスを狙いつつもそういった飛び出し、フィニッシュにからむという姿勢を忘れなければいいのだが、
中々そうはいかないところがひとみの弱点だ。
- 545 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:24
- 「ふふふふ、若いなあよっさん。」
意地でもいいパスを送ろうとするひとみを見て、中澤がほくそ笑む。
中盤の低い位置ではひとみの魅力も半減だ。
これならば中盤でのゲームメイクを捨て、最前線に張り付かれた方がよっぽど恐い。
ひとみにはその屈強なフィジカルがある。いくら中澤といえどもまともに当たられるとまずい。
しかしひとみにそんな考えは毛頭ない。
前節の試合で柴田は1人で全てを担当した。それだけに自分もという気持ちが強い。
ひとみが左サイドを走る浦和MFにパスを送るが、これもきっちりと京都DFにクリアされた。
- 546 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:24
- 一時は勢いを盛り返した浦和であったが、
後半が開始してからはまたも京都のペース。
浦和は攻撃の形すら作り出せない。
「通れっ!!」
ひとみが前線に走るミサトにスルーパスを通す。
が、ラインズマンの旗が勢い良くあがる。
京都DF陣の見事なオフサイドトラップ。
「ナイスです中澤さん!!」
「おうっ!!」
加護の声に応える中澤。
「くそっ!このままじゃやばい!!」
さすがに平家もこの状況に焦りだす。
守備も攻撃も完全にいい所がない。
このままでは得点を許すのも時間の問題だ。
勝つには自分が中盤でゲームメイクをするほかないのだが、
それでは加護の突破を許してしまう事となる。
上がるにも上がれないこの状況。
時間だけがどんどん過ぎていく。
- 547 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:25
- が、ここで浦和に天啓が舞い降りる。
ビクッ!!
浦和監督、ギド・ガッツバルトの体がビクッと揺れた。
それを見た浦和の控え選手たちの表情がパッと明るくなる。
「監督、OK牧場?」
「・・・・・OK牧場。」
「きたー!!!!」
控え選手たちが一斉に声を上げた。
- 548 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:26
- 口癖は名前の通り「ガッツだ!」のギド・ガッツバルト。
現役時代はその野性味溢れるプレーが魅力のDFだった。
頭より身体能力、気持ちで守るDFだった。
しかし時々、彼に天からの声が舞い降りる。
その時の彼は決まって誰も考え付かないようなとんでもない事をする。
その際に彼が言う言葉が「OK牧場」。
それが今、この試合で出た。
- 549 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:26
- 後半16分、浦和に選手交代があった。
「えっ?」
思わず平家が叫ぶ。
投入されたのは守備が持ち味のボランチの選手。
交代するのは2トップの1人だった。
この交代にみな首を傾げる。
この試合引き分けではダメだ。絶対に勝たねばならない。
それなのにFWを下げて守備的な選手を?
ひとみたちが混乱する中、ガッツバルトがテクニカルエリアで叫ぶ。
「ヨシザワ!!FWに上がれ!!ミチヨ!!トップ下!!」
- 550 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:28
- ガッツバルトの作戦が的中した。
まずは平家のゲームメイクが復活した。
交代で入ったボランチの選手が平家に代わって加護のマークについた。
加護へのマークから解放された平家。これで攻撃に専念できるようになったのだ。
平家はついこの間までトップ下の選手。
その類まれなテクニック、ゲームメイクで日本代表不動の司令塔で背番号10を背負っていた選手だ。
その平家がトップ下に入ったことで浦和の攻撃が上手く流れ出した。
そしてひとみだ。
平家がトップ下に上がったことでひとみは必然的に平家より前目に出る。
すなわち、ゴールに近い位置にポジショニングすることとなる。
この位置だと狙うのはゴールだ。ゲームメイクではなく、フィニッシュを狙わざるを得ない。
このポジションチェンジでひとみの熱い気持ちを上手く方向転換させた。
「ちっ!こいつは厄介な!!」
浦和の新布陣に中澤が顔を歪める。
中澤の目にもこの布陣の恐さが映った。
- 551 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:28
- 「平家さん!!」
ひとみが右サイドから左サイドに流れる。
そこへ平家が鋭いパスを出す。
これをひとみは相手DFを背負いながら受ける。
ひとみの屈強なフィジカルに京都DFもボールを奪えない。
「戻せっ!」
ひとみは上がってくる平家にボールを落とす。
これを平家は右足アウトサイドでDFラインの裏に出す。
「ナイスミチヨ!!」
これにタイミングよく抜け出したのはミサト。すかさずシュートを放つ。
しかしこれは必死に戻った中澤がタックルでブロック。
ボールはゴールラインを割っていった。
止められはしたものの、浦和の見事な攻撃にスタンドも大きく揺れる。
- 552 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:29
- 平家のゲームメイクが冴える。
確かに京都の守備陣は隙がない。
しかしボールをテンポ良く1タッチ、2タッチで回していくうちに
少しずつ隙が生まれてくる。
そして平家はそれを逃さない。
「ひとみ!!」
平家の右足から伝家の宝刀スルーパスが出た。
京都DF陣のわずかな隙間を抜け、DFラインの裏に飛び込むひとみの足元へ。
「ちっ!」
中澤がすぐさま反応し、ひとみに身体をぶつける。
ひとみはそれを受け止めつつシュートを撃つが、これはGKの正面だった。
- 553 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:29
- さらに今度はひとみとミサトをサイドに開かせ囮にし、
自らは中央をドリブルで突き進む。
が、その前に立ちはだかるのは中澤裕子。
「抜くっ!」
「抜かせん!」
平家が重心を右にずらし、そして素早く左から抜けた。
しかし中澤も素早く身体を反転し、平家に食らいつく。
肩と肩を激しくぶつけあい、お互いユニフォームを引っ張り合う。
そして両者とももつれあって倒れた。
ピピピピピピ!!!
主審がこれにファウルをとる。
- 554 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:31
- ウオオオオオオオ?!!!
スタジアムがどよめく。
起き上がった2人が至近距離で睨み合い、身体をぶつけ合っている。
お互い今にも殴りかかろうというような感じだ。
「平家さん!」
「中澤さん!」
慌てて両チームの選手たちが2人を引き離す。
ひとみも加護も2人の変貌振りに驚いている。
昨日、そして今日の試合が始まる前まではお互い柔らかい表情、
優しい目で相手のことを見ていた。
しかし今はお互いを憎むべき敵のような視線にほとばしる闘志。
そんな2人を見てひとみも加護も苦笑いを浮かべる。
これでは昨日、敵だ敵だと騒いでいた自分たちの方がはるかに大人しいではないか。
「よしっ!」
「よっしゃ!」
ひとみも加護も頼れる2人の背中を見て、自分に気合いを入れなおす。
- 555 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:32
- ワアアアアアアアアア!!!!
スタジアムがピッチ上で繰り広げられる熱い戦いに熱狂する。
お互いの意地と思いが激しくぶつかり合う。
いくら大量点が入ろうとも、気持ちのこもっていない試合はつまらないものだ。
0−0でも“熱い”戦いならば観客は熱狂する。
目の前で行われている試合は間違いなく熱かった。
- 556 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:32
- 加護が中央でボールをもらう。
が、すぐさま浦和ボランチ2人がチェックに来る。
『くっ、ここはなんちゅうプレッシャーの速さや!!』
加護が心の中で叫ぶ。
トップ下のポジションは最大の激戦地。全ての方向から瞬時にプレッシャーを受ける。
ここでは一瞬の判断の遅れが命取りだ。
加護は前を向く事ができずフォローに来たボランチにボールを落とす。
しかしこれは平家に読まれていた。
「ミサト!!」
ボールをカットした平家、前を向くと同時に右サイドの奥深くへロングパス。
そこにはきっちりとミサトが走り込んでいる。
『すごい!!いつミサトを見てたの?!』
ひとみが平家のパスに驚きつつゴール前に詰める。
そこへミサトからクロスが上がる。
これをひとみは中澤と競り合いながらもヘッドでゴールを狙う。
が、これはクロスバーを越えていった。
- 557 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:34
- 「こいっ!!」
加護がまたも中央でボールを要求する。
彼女も負けん気が強い。
加護にパスが出る。すかさずチェックに来る浦和ボランチ。
このパスを加護はスルー。
「あっ?!」
ボールは浦和ボランチ2人の間を抜け、加護もその間をすり抜ける。
浦和ボランチをかわした加護。
しかしすぐさま元ドイツ代表キャンディ・ヨシコーが詰めてくる。
それに気付いた加護、ヨシコーが飛び出して出来たスペースにスルーパスを送る。
これに右サイドから上手く抜け出したのは京都FW。オフサイドはない。
完全にフリーで放ったシュート。
しかしこれは逆サイドのポストをかすめて外れていった。
「なっ?!!」
思わず頭を抱える加護。
完璧なスルーパスだった。あれで点が取れないなら何で取れと?
京都がここまで12試合でわずか6失点というディフェンス力を持ちながら
2位という成績なのは、FWの得点力不足のためだ。
ここまで8勝3分1敗だが、勝ちを逃した4試合は全て京都の得点は0。
加護のドリブル、パスでチャンスを創るもののFWが決められない。
そんな試合ばかりであった。
- 558 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:35
- この決定機を外した京都は見た目にもはっきり分かるほど士気が下がった。
首位決戦というこの試合、少しでも気持ちで相手に劣れば必ずやられる。
それを彼女たちが、“赤い悪魔”たちが見逃すはずがない。
- 559 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:36
- 「あっ?!」
加護の足元からボールが消えた。
またも中央でボールを受けた加護。
浦和ボランチをかわしたが前線にスルーパスを出すかどうか迷った。
FWに出すより自分で切れ込んだ方が可能性が高いのでは?
その考えが頭をよぎったのだ。
そこをヨシコーは逃さない。
鋭い出足で距離を詰め、加護からボールを奪い取った。
「ミチヨ!!」
すかさず中盤の平家にパス。
これを受けた平家、前を向く。
- 560 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:37
- すかさず京都ボランチがチェックに来るが平家は浦和左MFとのワンツーでかわす。
リターンされたボールをダイレクトで前に張るひとみへ。
そして自分はピッチ中央へ走る。
ひとみはこれをダイレクトで平家に落とす。
これを平家はまたもダイレクトで右サイドを走る浦和右MFへ。
この右MFもダイレクトで前線のミサトへ。
ミサトはこれをもちろんダイレクトで上がってくる平家へ。
浦和の速いパスワークに京都ディフェンスは付いて来れない。
だが、彼女だけは別だ。
中澤裕子だけが最後、平家に来る事を読んでいた。
「もらったで!!」
中澤がシュートを撃とうとする平家の足元に飛び込む。
が、平家も当然分かっていた。
自分が最も尊敬する選手で、間違いなく日本bPのDF。
そんな彼女がこれぐらいのパスワークで翻弄されるはずがない。
平家はミサトのパスを爪先でふわっと浮かせ、中澤のタックルをかわした。
そしてボールの落ち際を左足で叩いた。
京都GKは一歩も動けなかった。
後半38分、ついに浦和レッズ、先制点を上げた。
- 561 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:38
- ウワアアアアアアアアア!!!!!
その瞬間スタンドが爆発した。
赤のサポーターたちが雄たけびを上げる。
対照的に沈むのは京都サポーターたち。
しかしそれでも今のプレーには心の中で拍手を送っていた。
みな“赤”の背番号10という鎧をまとった平家に魅了されていた。
- 562 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:39
- 「やった!!!!」
「さすが平家さん!!!」
浦和ベンチでもみなが抱き合い、狂喜乱舞している。
「・・・・・OK牧場。」
が、監督ギド・ガッツバルトの呟いた一言にみな止まってしまった。
えっ?2回目・・・・・?
この日2回目の天啓が彼に舞い降りた。
ガッツバルトはすかさずテクニカルエリアで指示を送る。
- 563 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:39
- 「まだや!!まだ試合が終わったわけやない!!絶対勝つで!!」
ガックリと肩を落とすイレブンに中澤が激しいゲキを飛ばす。
「そうや!!うちらはプロや!!絶対に無様な姿は見せられへんで!!」
加護も声を出す。
そう、彼女たちはプロだ。
プロとしてお金をもらい、そんな彼女たちをお金を払って見に来るサポーターたち。
だからこそ絶対に諦めたり、気の抜けたプレーをする事は許されない。
「おうっ!!!」
京都イレブンも気を取り直す。
まだ時間はロスタイムを含めれば10分近く残っている。
これならば逆転も充分可能だ。
「なっ?!!」
「えっ?!!」
中澤と加護が思わず叫ぶ。
すぐさまセンターサークルにボールを運び、試合を再開させようとした京都。
しかし浦和の布陣を見て驚いてしまった。
- 564 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:40
- ひとみが前線にいない。
どこへ・・・・・・・?
- 565 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:40
-
ひとみはヨシコーの横にいた。
- 566 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:41
- 『驚いてるようやな姐さん。』
平家がニヤリと笑う。
ガッツバルトの指示はひとみがDFに下がること。
3バックから4バックにし、両サイドハーフも下がって守るというものだった。
平家とミサトだけが前線に残っている。
これで浦和のシステムは4−4−1−1になった。
- 567 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:42
- 「くそっ!!」
加護が叫ぶ。
ガッツバルトの2回目の「OK牧場」、これも的中した。
加護がひとみを抜けない。
いや、かわしはするのだが、かわしてもその身体能力ですぐに追いついてくる。
それを振り切ったとしても今度はヨシコーが立ちはだかる。
その間にまたもひとみが襲い掛かってくる。
さすがの加護でもこの2人の強力なDFを抜く事はできない。
ならばとサイドに流れてクロスボールを送るがひとみ、ヨシコーの高い壁を越える事は不可能だった。
- 568 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:42
- 残りはわずか1分。
しかしそれでも加護は諦めない。
「おりゃっ!!!」
加護が上半身を激しくふり、ひとみのバランスを崩す。
そしてひとみの右側から鋭く抜け出す。
「くっ!」
しかしひとみがすぐに体勢を立て直し追いかける。
「行かせないよあいぼん!!」
「やかましい!!抜いたる!!」
だがさすがの加護も身体能力のカタマリのような
ひとみの激しいチャージにバランスを崩す。
『あかん!取られる!!』
- 569 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:43
- 「加護!!!」
その声に加護は反応。咄嗟に右にボールを流す。
加護は受身を取れず、顔から落ちた。
このパスを受けたのは中澤裕子だった。
『ナイスや加護、絶対決めたる!!』
中澤の獣のような眼がシュートコースをとらえた。
「うるあっ!!!!!」
中澤が思い切り右足を振り抜く。
「くっ!!」
このシュートにヨシコーが懸命に足を伸ばす。
チッ!!!
何かにかすった音がした。
が、ボールは勢いを緩めることなく浦和ゴールへ。
浦和GKが懸命に飛ぶが届かない。
- 570 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:44
- ガンッ!!!!
中澤のシュートは激しくクロスバーを叩いた。
『なっ?!!触ったからか?!!』
ヨシコーの足にわずかに当たりコースが変わったのだった。
跳ね返ったボールはひとみの元に。
「ひとみっ!!!」
前線で平家が呼ぶ。
ひとみはすかさずロングパス。
低く速いパスが平家の足元へ。
そこへ残っていた京都DFが後ろから平家に当たりに来る。
これを察知した平家、爪先でふわっと後ろに流した。
「あっ?!!」
このボールはチェックに来た京都DFの頭を越える。
平家は反転してこのボールを追う。
ウオオオオオオオ!!!!
大観衆が平家の華麗なプレーに酔う。
- 571 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:45
- フリーで抜け出した平家。
京都GKが前に飛び出してくる。
これを平家はあっさりとかわし、無人のゴールに流し込んだ。
後半ロスタイム。
とどめとなるゴールが決まった。
- 572 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:46
- ピィ、ピィ、ピィー!!!!
ここで試合終了の笛が鳴った。
浦和レッズ、2−0で京都パープルサンガを下して首位を守った。
一斉にピッチに飛び出す浦和の控え選手たち。みなある方向へ走っている。
もちろんピッチにいたひとみたちもみな向かっている。
どこへ?
もちろん彼女のもとにだ。
“赤”の鎧をまとった平氏の末裔。
彼女にみなが抱き付いた。
- 573 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:50
- 日本の歴史にはある法則性がある。
源氏と平氏の法則だ。
源氏と平氏が武士の棟梁として頭角を現して以来、
必ず交互に名を挙げたり、天下を取ってきた。
―――― 平氏 ――――
まずは“新皇”と名乗った平将門。
彼の登場が都の貴族たちに武士の力を認めさせた。
―――― 源氏 ――――
そして次は源義家。
前九年の役、後三年の役を平定し、東国に源氏勢力を確立した。
―――― 平氏 ――――
平清盛。
武士として初めて太政大臣になり、平氏の全盛時代を築いた。
―――― 源氏 ――――
源頼朝。
平氏を滅ぼし、征夷大将軍となって鎌倉幕府を開く。
―――― 平氏 ――――
北条氏。
源氏の将軍が3代で滅ぶと執権として幕府の実権を握った。
彼らは平氏の一族だ。
―――― 源氏 ――――
足利尊氏。
北条氏を滅ぼし、室町幕府を開いた。
彼は源氏の流れである。
―――― 平氏 ――――
織田信長。
足利義昭を京から追い出し、室町幕府を滅ぼした。
彼は平氏の流れである。
―――― 源氏 ――――
徳川家康。
江戸幕府を開き、豊臣家(農民の出)を滅ぼし天下を握った。
源氏の流れである。
ここまで武士の政権は計ったように平氏、源氏、平氏、源氏と繰り返されてきた。
- 574 名前:第11話 千年王城 投稿日:2004/03/11(木) 16:56
- そして2003年11月15日。
―――― 平氏 ――――
平家みちよ。
ここ京都を都に選んだ桓武天皇の子孫が、約1200年の時を越えてこの地に君臨した。
平氏の末裔がその身に“赤”をまとい、仲間たちと共に天下を取った。
――――綿々と受け継がれる日本の歴史。
「千年王城」と呼ばれるここ京都。
この地でまた歴史が受け継がれた。
第11話 千年王城 (終)
- 575 名前:ACM 投稿日:2004/03/11(木) 17:05
- 第11話 千年王城 終了いたしました。
今回は平家さんにスポットを当てたいということでこんな形、内容になってしまいました。
あくまで全てフィクションですので、ご容赦ください。
ちなみに西京極は厳密に言うと平安京にギリギリ入らない地域ですし、そもそも平家さんが
平氏の末裔かどうかなんて知らないんです。ただ三重県出身であることと苗字から
勝手にそうしちゃいました。
次回からはいつものように吉澤さん中心、サッカー中心に戻りたいと思います。
539>ヤグヤグ様
レスありがとうございます。とても励みになります。
ミキティの登場はもう少し後になると思います。
でも必ず登場しますのでもうしばらくお待ち下さい。
540>みっくす様
いつもレス頂き、ありがとうございます。感謝感謝です。
京都の作戦に納得していただいてよかったです。
今回の浦和はいかがでしたでしょうか?
- 576 名前:ACM 投稿日:2004/03/11(木) 17:07
- それでは次回の予告です。
第12話 ブルースカイ
Jリーグ2ndステージも残りは2節のみ。
第14節はサンフレッチェ広島戦。そして第15節はコンサドーレ札幌戦。
激しい戦いがひとみたちを待っている。
果たしてひとみたちはこの戦いを乗り切れるのか。
“ファンタジスタ”が爽やかな青空の中、大きく羽ばたく。
『CALCIO CALCIO CALCIO!!』
次回は第一部最終回です。
え?これって第一部やったん?という突っ込みはなしでお願いします。
まだ続くんかいと思われた方、よろしければもうしばらくお付き合いください。
- 577 名前:みっくす 投稿日:2004/03/11(木) 22:32
- 更新お疲れ様です。
いやー、浦和強いですね。
ほんと手に汗握ぎってしまいます。
次回も楽しみにしてます。
- 578 名前:ACM 投稿日:2004/03/12(金) 15:05
- 577>みっくす様
レスありがとうございます。
確かに浦和、強いですね。自分で浦和の勝利を書いておきながら
もっと引き分けとかあってもいいよなあーと思ってしまいます。
主人公のチームを負けさせる、引き分けさせるのは中々難しいところです。
では本日の更新です。
第12話 ブルースカイ
- 579 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:08
- Jリーグ2ndステージ第13節
ベガルタ仙台 1−1コンサドーレ札幌 仙台スタジアム
ジュビロ磐田 0−0鹿島アントラーズ ヤマハスタジアム
京都パープルサンガ0−2浦和レッズ 西京極総合競技場
横浜Fマリノス 3−1ガンバ大阪 横浜国際総合競技場
ジェフ市原 1−2柏レイソル 市原臨海競技場
サンフレッチェ広島0−2ヴィッセル神戸 広島ビッグアーチ
清水エスパルス 1−1東京ヴェルディ 日本平スタジアム
FC東京 0−4名古屋グランパスエイト 味の素スタジアム
- 580 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:09
- 前節、苦しみながら2位の京都パープルサンガを倒したひとみたち浦和レッズは
見事に首位をキープした。
一方浦和を追いかける3位の名古屋グランパスエイトはFC東京に快勝したため、
京都を抜いて名古屋が2位に浮上した。
残りは2試合。
果たして優勝はどこのチームなのか?
- 581 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:11
- Jリーグ2ndステージ第14節
ひとみたちはホームでサンフレッチェ広島と対戦。
サンフレッチェはGKに前田有紀、MFボランチに里田まいという日本代表、
日本五輪代表組がいるが、如何せんその他の選手のレベルが低い。
この2人の奮闘にも関わらず2ndステージはここまで2勝1分10敗の勝点7、
16チーム中15位と低迷している。
1stステージも同じ様に低迷していたため、
この試合に負けるとJ2降格が現実となってくる。
それだけに絶対に負けられない試合だ。
しかしチーム力の圧倒的な差はどうしようもなかった。
前半にミサト、平家がゴールを決め、後半にもひとみが駄目押し。
守備陣も里田のコーナーキックからのヘッドによる1失点に抑え、
3−1で浦和が快勝した。
- 582 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:12
- Jリーグ2ndステージ第14節
鹿島アントラーズ2−1清水エスパルス カシマスタジアム
東京ヴェルディ 2−0FC東京 国立競技場
柏レイソル 1−1京都パープルサンガ 柏スタジアム
ジェフ市原 1−2名古屋グランパスエイト 市原臨海競技場
浦和レッズ 3−1サンフレッチェ広島 埼玉スタジアム
コンサドーレ札幌1−1横浜Fマリノス 札幌ドーム
ジュビロ磐田 2−2ヴィッセル神戸 ヤマハスタジアム
ガンバ大阪 2−1ベガルタ仙台 万博記念競技場
- 583 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:13
- 京都は後半ロスタイム、柏レイソルMF保田圭のFKにより痛恨の引き分け。
これで京都の優勝は完全になくなった。
名古屋はジェフ市原FW、村田めぐみに苦しめられたものの、
リーエの2ゴールで何とか振り切り勝点3を獲得した。
この結果優勝の可能性があるのは浦和と名古屋の2チームに絞られた。
次節、浦和が負けるか引き分けて名古屋が勝つと名古屋の逆転優勝だ。
逆にJ2降格候補はFC東京、サンフレッチェ広島、ベガルタ仙台の3チームに絞られた。
次節で降格する2チームも確定する。
- 584 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:13
- Jリーグ2ndステージ第15節
コンサドーレ札幌VS浦和レッズ 札幌ドーム
ベガルタ仙台 VSジュビロ磐田 仙台スタジアム
鹿島アントラーズVSジェフ市原 カシマスタジアム
FC東京 VS京都パープルサンガ 味の素スタジアム
横浜Fマリノス VSヴィッセル神戸 三ツ沢公園球技場
清水エスパルス VS柏レイソル 日本平スタジアム
名古屋グランパスVSサンフレッチェ広島 豊田スタジアム
ガンバ大阪 VS東京ヴェルディ 万博記念競技場
長かったJリーグもいよいよ最終節を残すのみとなった。
- 585 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:14
- 「うちらはこの試合、絶対に勝たなあかん!1stステージの借りを返すで!!!」
「おうっ!!!」
キャプテン平家のゲキにみなが応える。
1stステージは自分たちのホーム、駒場スタジアムで胴上げされた。
それだけに今日、ここ札幌ドームで胴上げしてチャンピオンシップに臨みたい所だ。
しかし、事件はスタメン発表の時に起きた。
- 586 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:15
- 「えっ?」
思わずひとみが声を上げる。
コンサドーレ札幌のスターティングメンバーが大きく変わっていたからだ。
札幌が誇る攻守の要、GK飯田圭織、DF紺野あさ美、FW安倍なつみが
揃ってスタメン落ち。それどころか今日の試合、ベンチにすら入っていない。
「平家さん、これって・・・・・?」
「ああ。・・・・・ま、うちらはとにかくこの試合勝つことや。
相手の事は気にせず、自分らのサッカーをするだけや。」
「・・・・・・やっぱあんまりいい気分じゃないべさ・・・・」
「・・・・そうだよね。」
「理論的には正しいですけど、やはりやりきれないですね。」
VIPルームでは今日ベンチ入りからも外れた安倍、飯田、紺野が
この試合を見つめていた。
- 587 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:19
- 試合が始まった。
飯田、紺野、安倍の3人がいない札幌ではミサト、ひとみ、平家、ヨシコーを
擁し、ベストメンバーの浦和に分が悪すぎる。
試合は圧倒的に浦和のペースだった。
前半17分、ひとみが平家のパスに抜け出し、鮮やかなゴールを決めた。
そして前半はこのまま1−0で終えた。
そして後半が始まって9分。
ここでガッツバルトが動いた。
「ヨシザワ!交代だ!」
「えっ?」
この交代にひとみの表情が曇る。
今まで全ての試合、DF時代も含めてスタメンフル出場を続けてきた。
それが途中交代。しかもこんな早い時間帯で?
- 588 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:23
- 「ヨシザワ、お疲れ。」
ガッツバルトが戻ってきたひとみに声をかける。
「あ、あの監督。今日、そんなにあたしの動き、悪かったんでしょうか?」
ひとみが交代の理由を尋ねる。
自分が下げられる理由が分からない。
「えっ?いや、それは違う。ヨシザワを下げたのはコンサドーレと同じく
チャンピオンシップに備えるためだ。次、もう1点取ったらミチヨもミサト
も下げるつもりだ。」
「えっ?札幌と同じ?」
疑問符を浮かべるひとみにガッツバルトが説明する。
「ああ。コンサドーレにとってはこの試合、何のメリットもない。
1stステージを優勝しているんだからな。勝っても負けてもチャンピオンシップに出れる。
しかし我々はこの試合勝たねば優勝はない。という事は試合は激しくなり、
もしかしたら怪我人も出るかもしれない。コンサドーレにとってはそれが一番恐いわけだ。
だから今日、主力を休ませてチャンピオンシップに備えたんだろう。」
ガッツバルトの説明になるほどと頷くひとみ。だが、
「・・・・・でも、何か嫌だなそんなの・・・・」
札幌ドームには熱い試合を期待してわざわざ観に来てくれた満員のサポーターたちがいる。
そのサポーターたちのことを考えると何かいたたまれない気持ちになる。
「・・・・・確かにヨシザワの気持ちも分かる。だが、もし我々がコンサドーレと同じ状況ならば
私もまったく同じことをしていただろう。スタメンの選手を全員入れかえていたかもしれない。
・・・・・・これはこの国のシステムのせいだ。前後期制をとっているこのJリーグのな。
ま、私はこの国で監督をしているのだから、それに従うしかないがな。」
ガッツバルトの言葉を聞きながら、ひとみはふとライバルのことを思い出した。
『・・・・・柴田さん、嫌だろうな。全力で戦って優勝を逃すならまだしも、こんなんじゃ・・・・』
- 589 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:24
- 試合の方はミサトが後半18分にミサトが追加点を決め、試合を決定付けた。
すかさずガッツバルトは平家とミサトを下げる。
その後は両チームとも怪我を恐れてか、気の抜けた中だるみのような試合になってしまった。
これには札幌ドームに駆けつけたサポーターたちからも不満の声が飛んでいた。
しかしそれでも試合終了の笛が鳴り、浦和の優勝が決まると札幌まで応援に駆けつけた
浦和サポーターは歓喜の声を上げた。
「みなさん応援ありがとう!!チャンピオンシップも頑張ります!!!」
平家がひとみたちとともにサポーターに挨拶し、2ndステージ優勝の喜びを
分かち合った。
- 590 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:26
- 試合後、今回の試合の出場選手の件についてコンサドーレ札幌監督、
タイセー・キーボードから説明の会見が開かれた。
「今回、私が飯田、紺野、安倍の3人を出場させなかったのはチャンピオンシップのためです。
今日の試合は正直我々にとっては消化試合に等しい試合でした。この試合に勝っても2ndステージの
優勝はありませんし、ここで彼女たちを出場させて怪我でもされると目も当てられません。
ですから私はこの3人を今日の試合、ベンチからも外しました。
もちろん彼女たちは出場を直訴してきましたが、私がそれを許しませんでした。
スポーツマン精神に反している事は充分理解していますし、名古屋グランパスさんの事を考えると
申し訳なく思います。しかし、チャンピオンシップというタイトルがかかった試合が後に控えている以上、
ここで彼女たちを出場させるわけにはいきませんでした。
ですから今回、責められるべきは私です。選手たちは何も悪くありません。」
タイセーは真直ぐ見てそう言い切った。
- 591 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:27
- 「いや、ミスタータイセー、それは違う。」
とその時、会見場に浦和レッズ監督、ギド・ガッツバルトが入ってきた。
思わぬ人物の登場に会見場がどよめく。
「ミスタータイセー、少し私も話させてもらえないだろうか?」
「・・・・どうぞ。」
タイセーは隣にあった椅子をスッと引いた。
ガッツバルトはタイセーのもとに歩み寄り、その椅子に腰掛けた。
そして開口一番こう言った。
「このままではJリーグは間違いなく衰退していくであろう。」
- 592 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:29
- 「今回の件だが、これはミスタータイセーを責めるべきではない。
監督という職業についている者ならば、100人が100人とも同じ事をするであろう。
もし私が同じ状況だったならば今日のスタメン、全員を入れかえていた。
・・・・・これはこの国のシステムのせいだ。
今シーズン1stステージはコンサドーレ札幌、そして2ndステージは我々浦和レッズが優勝した。
しかし、今年1年で一番強かったチームはどこか?それは間違いなく名古屋グランパスエイトだ。
年間総合勝点を見れば一目瞭然だ。名古屋が1位、我々浦和レッズは3位、そしてコンサドーレ札幌は5位だ。
しかし3位の我々と、5位の札幌でチャンピオンシップを戦い、その年のJリーグチャンピオンを決める。
1位の名古屋には何もない。
・・・・・・果たしてそれでいいのだろうか?一番強かった、一番勝点を稼いだチームがチャンピオンではないだけでなく、
それを争う舞台さえない。それで本当にいいのだろうか?
このままでは必ずJリーグは衰退する。こんな誰が勝者か分からないリーグではな。
だからこそ私は提言する。
即刻シーズンを1シーズン制にして、勝者が、真の勝者であれるリーグ戦にするべきだと。」
- 593 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:31
- 会場が静まり返った。
確かに今までJリーグのシステムに疑問の声があった。
しかしこんな公の場ではっきりとそれを言った者などいなかった。
「・・・・私もそう思います。」
タイセーがガッツバルトに続く。
「私もすぐに1シーズン制にするべきだと思います。
確かに今まではサッカーというものが日本にあまり根付いていないため、
前後期制にしてサポーターの興味や選手たちのモチベーションを保とうとしていました。
しかし、ワールドカップも行われ、海外でも活躍する選手たちも増えてきたことで
日本にもサッカーが根付いてきたと思います。ですから1リーグ制にするべきです。
今回のような事が2度と起こらないようにするためにも。
・・・・・・それから、突然ですが本日をもって私はコンサドーレ札幌の監督を辞任いたします。」
- 594 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:32
- 「なっ?」
これにはガッツバルトをはじめ、詰め掛けていた報道陣からも驚きの声が上がった。
「・・・・・やはり今回の件はスポーツマンとして許されるべき行為ではないと思います。
名古屋グランパスの関係者の方々に申し訳ないです。その責任を私は取りたいと思っています。
私如きの首ですが、これでどうかご容赦いただきたい。
これは札幌の選手たちにも伝えてあります。だからこそ安倍も飯田も紺野も今日の試合出場を
断念してくれたんです。その辺りもどうかお気遣い下さい。」
そう言ってタイセーは深く頭を下げた。
- 595 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:34
- この会見は思いのほか反響が大きかった。
翌日の新聞やニュースでもこの事を取り上げ、Jリーグの矛盾点などを報道した。
この件を重く見た日本サッカー協会はすぐに臨時協議会を開いた。
そして来シーズンからチャンピオンシップを廃止し、1リーグ制にすることが発表された。
「嬉しい決定です。来シーズンは私たちが優勝します。」
名古屋グランパスエイト、リーエ・ミヤザワビッチ。
「札幌は全然悪くないです。チャンピオンシップ、いい試合を期待しています。」
名古屋グランパスエイト、柴田あゆみ。
当事者である名古屋グランパスエイトのこの2人のコメントのように、
札幌を責めるものはほとんどいなかった。
それどころかタイセーの決断と、潔さに拍手を送らんばかりだった。
サポーターたちは来シーズン新たに生まれ変わるJリーグを心待ちにし、
そして今年が最後となったチャンピオンシップに思いを馳せていた。
- 596 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:35
- Jリーグ2ndステージ第15節
コンサドーレ札幌0−2浦和レッズ 札幌ドーム
ベガルタ仙台 1−1ジュビロ磐田 仙台スタジアム
鹿島アントラーズ2−0ジェフ市原 カシマスタジアム
FC東京 0−1京都パープルサンガ 味の素スタジアム
横浜Fマリノス 1−2ヴィッセル神戸 三ツ沢公園球技場
清水エスパルス 1−1柏レイソル 日本平スタジアム
名古屋グランパス3−0サンフレッチェ広島 豊田スタジアム
ガンバ大阪 0−2東京ヴェルディ 万博記念競技場
- 597 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:36
- Jリーグ2ndステージが終了した。
この結果、J2に降格するチームはサンフレッチェ広島とFC東京に決まった。
サンフレッチェはGK前田、MF里田を擁しながらまさかのJ2降格。
この実力の抜けた2人に頼りきっていたのが敗因だろう。
課題は他の選手のレベルを上げることだ。
FC東京は確かに今シーズン2ndステージ直前に後藤真希が移籍したのは痛かったが、
その分レアルから多額の移籍金を手に入れた。昨シーズンの市井紗耶香の時もしかりだが、
その移籍の際に生じた移籍金を上手く使えなかったのが一番の敗因だろう。
両チームともJ2でもう一度チームを立て直してJ1に帰って来てもらいたいものだ。
- 598 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:38
- 一方、J2からはセレッソ大阪と大分トリニータが昇格した。
セレッソは何といってもこの11月に帰化申請が降り、日本人となったミカ・トッド
の活躍がJ1復帰の原動力となった。
大分トリニータは目立った選手はいないものの、チームワークでJ2を勝ち抜いてきた。
この2チームが来シーズン、J1に参入する。
- 599 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:38
- 昇格、降格のチームも決まった。
そして次はチャンピオンシップだ。
Jリーグ、女子のチャンピオンシップは男子のそれとは違い、試合は1試合のみ。
スタジアムは年間順位の高い方で行われる。
そのため今回は浦和のホーム、埼玉スタジアムで行われる。
決戦の日は12月6日だ。
- 600 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:40
- しかしその前に日本代表にタイトルのかかった大きな試合があった。
第1回東アジア選手権である。
- 601 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:45
- 東アジア3強と言われる日本、韓国、中国に予選を勝ち抜いてきた香港の4チームによる
総当りのリーグ戦だ。日程は12月4日、7日、10日で行われる。
そのため、12月6日のチャンピオンシップに出場する浦和レッズ、コンサドーレ札幌の
メンバーは東アジア選手権に出場することが出来ない。
10日の試合ならば出場は可能であるが、この1試合だけのために登録選手23人のうち
平家、ひとみ、安倍、飯田、紺野の椅子を空けておくわけにはいかない。
そのため今回は彼女たちはメンバーから外れた。
それから海外で活躍する福田、後藤、市井もリーグ戦があるため今回は選出を見送った。
それを踏まえた上で、11月30日、ツンクから日本代表メンバーが発表された。
- 602 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:47
- <東アジア選手権日本代表メンバー>
GK 1 前田有紀 サンフレッチェ広島
12 亀井絵里 名古屋グランパスエイト
23 ミカ・トッド セレッソ大阪
DF 2 石黒 彩 東京ヴェルディ1969
3 中澤裕子 京都パープルサンガ
13 大谷雅恵 ベガルタ仙台
15 小川麻琴 清水エスパルス
16 木村麻美 鹿島アントラーズ
20 里田まい サンフレッチェ広島
22 斉藤 瞳 横浜Fマリノス
MF 4 辻 希美 ガンバ大阪
5 加護亜依 京都パープルサンガ
6 保田 圭 柏レイソル
7 田中れいな 清水エスパルス
8 矢口真里 横浜Fマリノス
10 柴田あゆみ 名古屋グランパスエイト
14 石川梨華 横浜Fマリノス
18 戸田鈴音 鹿島アントラーズ
21 新垣里沙 ジュビロ磐田
FW 9 村田めぐみ ジェフユナイテッド市原
11 木村アヤカ ヴィッセル神戸
17 高橋 愛 ジュビロ磐田
19 道重さゆみ 柏レイソル
- 603 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:49
- ミカ・トッド セレッソ大阪 GK
Jリーグでもその爆発的なダッシュ力で積極果敢に飛び出し、セレッソ大阪のゴールマウスを守り抜いてきた。
来シーズンからセレッソがJ1に復帰できるのは間違いなく彼女のおかげであろう。
身長は低いが、抜群の瞬発力にジャンプ力、そして何よりフィールドプレーヤー顔負けのテクニック。
そのテクニックはセレッソで攻撃に行く時はミカをFWに上げる時もあるほどだ。
守備力と攻撃力を兼ね備えたまさに現代のGKだ。
戸田鈴音 鹿島アントラーズ MF
彼女の売りはその激しいマーク。中盤で守ることに関しては恐らく日本でも1、2を争うだろう。
彼女がいれば中盤は確実に引き締まる。各チームのオフェンシブなMFはみな例外なくこの戸田に
マークに付かれることを嫌がっている。
もちろん激しいだけでなく状況を考えてのディフェンスは素晴らしいの一言だ。
- 604 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:50
- 12月4日、東アジア選手権大会が開催された。
日本の初戦は中国代表。
アテネオリンピック最終予選では日本の前に最後まで立ちはだかった。
今回はその雪辱を晴らすために燃えている。
しかし日本と同様、海外組がこの大会に出場していないためチーム力は
A代表とはいえ落ちている。
<日本代表>
GK 23 ミカ・トッド
DF 2 石黒 彩
3 中澤裕子
22 斉藤 瞳
MF 4 辻 希美
6 保田 圭
8 矢口真里
10 柴田あゆみ
14 石川梨華
FW 9 村田めぐみ
17 高橋 愛
- 605 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:51
- 試合はホームの日本代表のペース。
中澤、石黒、斉藤の3バックは中国の高さを完全に防ぐ。
中盤ではボランチの辻と保田がきっちりと引き締めるる。
サイドは矢口と石川の横浜Fマリノスコンビが躍動感溢れるプレーを見せる。
FWは高橋がサイド、中央と絶妙なポジショニングでチャンスを創り、
今シーズン安倍を抑えて得点王に輝いた村田が鋭い飛び出しでゴールを狙う。
そしてトップ下に入った“マエストロ”柴田あゆみが、彼女たちを上手く、
気持ちよくプレーさせる。
- 606 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:55
- そして何よりGKのミカ・トッドだ。
高さで不安があるミカだが、そんなことを感じさせないほどの活躍だった。
ハイボールにも一番先に最高点に到達する瞬発力。
低い体勢からボールに飛びつく速さ。そしてきっちりと受け止めるキャッチング技術。
そのどれもがハイレベルだった。
この試合をテレビで観ていた日本代表正GK飯田圭織は、ミカのプレーの凄さに
思わず持っていたコップを落としてしまったという。
- 607 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:55
- 試合の方は前半29分に村田が、後半13分にはまたも村田がゴールを決め、
2−0で強敵中国を倒した。
もう1試合は韓国が3−1で香港に圧勝。
1試合を終えただけだが、どうやら日本と韓国の一騎打ちになりそうな感じだ。
- 608 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/12(金) 15:56
- そして12月6日。
いよいよこの日がやってきた。
2003年Jリーグチャンピオンシップ
浦和レッズVSコンサドーレ札幌
- 609 名前:ACM 投稿日:2004/03/12(金) 15:59
- すみません、今日の更新はここまでです。
- 610 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/13(土) 00:21
- 更新乙です。
もう本日からJリーグ開幕ですね。
我が愛する浦和レッズも昨年の王者マリノスと対戦。
この小説と現実のレッズのJリーグ王者期待します。
- 611 名前:名無しぃく 投稿日:2004/03/13(土) 03:05
- お疲れです。初レスさせていただきます。
試合感とか色々リアルでおもろいです。
現実のU-23も頑張って欲しいデスね。
マリノスファンもいますぜ。グハハ
- 612 名前:みっくす 投稿日:2004/03/13(土) 03:24
- 毎日更新おつかれさまです。
これでほとんどのメンバーがでましたかね。
札幌・浦和戦の采配は今の制度だと、
しかたないことですね。
Jリーグに関しては話にでてくるように、
矛盾が生じていたんですよね。
来期からの1シーズン制は歓迎です。
本日からJ2も開幕です。
我が愛するコンサドーレ札幌は、ホームで甲府を迎え撃ちます。
今年は昇格だ〜〜。
- 613 名前:ACM 投稿日:2004/03/14(日) 02:23
- 610>名無し飼育さん様
レスありがとうございます。そうですね、いよいよJリーグが開幕
しましたね。レッズ、いい選手が揃って今シーズン楽しみですね。
ただ、ワールドカップ予選とオリンピックがあるのが心配です。
残った選手に期待しましょう。
611>名無しぃく様
初レス、ありがとうございます。
いよいよ今日からアテネオリンピック最終予選が始まりますね。
この小説のように見事に予選突破して欲しいものです。
マリノスもJリーグ連覇に向けていい補強をしましたね。
今シーズンも期待大ですね。
お二方とも開幕戦の結果はご存知でしょうか?
さすがは前評判の高いチーム同士の戦いでしたね。
第2節以降の両チームの戦いが楽しみです。
- 614 名前:ACM 投稿日:2004/03/14(日) 02:42
- 612>みっくす様
レスありがとうございます。僕もずっと矛盾を感じていたので、
来シーズンから1シーズン制になるのが嬉しいです。
みっくす様はコンサドーレ札幌のファンなんですね。
開幕戦は惜しくも勝ちを逃しましたが、まだまだ先は長いです。
選手たちの頑張りに期待しましょう。
では今日の更新です。
- 615 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:43
-
その日のさいたまの空は青かった。
- 616 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:44
- 午後2時、両チームの選手が入場した。
ウオオオオオオオオ!!!!!
63700人収容の埼玉スタジアム。
そのほとんど全てが真っ赤に染まり、大きく揺れていた。
ホームの浦和レッズは先頭にキャプテン平家みちよ。
ここまでキャプテンとして獅子奮迅の活躍。
浦和と言えば彼女だ。
“ミスレッズ”
この試合で浦和が頂点に立つという悲願を達成してみせる。
その後ろにミサト・レボリュション。
2ndステージより赤い悪魔に加入した。
点が取れなかった浦和がここまでこれたのも彼女のおかげだ。
そして真ん中あたりにキャンディ・ヨシコー。
彼女も2ndステージより赤い悪魔に加入。
彼女の加入で平家とひとみがポジションを変更できた。
その経験で浦和ディフェンスを見事に統率した。
そして最後尾に吉澤ひとみ。
日本代表欧州遠征より一躍スターダムにのし上がった。
今やあのナナコーヌ・マツシマが後継者と認めた“ファンタジスタ”だ。
この試合、それをみなに証明してみせる。
- 617 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:45
- 一方アウェーのコンサドーレ札幌。
先頭を歩くはキャプテン飯田圭織。
間違いなく日本bPGK。
しかし目指すはアジア、世界bPGKだ。
この試合、浦和の攻撃陣を0に抑えてみせる。
続いて紺野あさ美。
今や日本を代表するDFであり、日本最高のDF中澤裕子の後継者。
口癖通り“完璧”なディフェンスで浦和を抑え込む。
そして最後に安倍なつみ。
説明不要の札幌の、日本のエース。
大舞台になればなるほど彼女の存在は一層光る。
浦和にとってこの人の存在ほど厄介なものはない。
- 618 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:46
- 両チームとも握手をかわし、記念撮影も終わった。
そしてピッチに散らばる。
コイントスにより浦和のキックオフ。
センターサークルにはひとみとミサト。
主審が線審、第4審判と頷きあう。
主審の右手が上がった。
ピィー!!!!
午後2時6分、今年のJリーグチャンピオンを決める戦いが今、幕を開けた。
- 619 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:46
- 浦和レッズはいつもの通り3−5−2システム。
DFセンターにヨシコー、MFボランチに平家、
トップ下にひとみ、FWにミサトと、何の小細工もなし。
持てる力全てをこの試合にぶつける。
対するコンサドーレ札幌もいつも通り4−4−2システム。
GKに飯田、DFに紺野、そしてFWに安倍。
こちらも小細工なし。自分たちのサッカーでこの試合に挑む。
どちらも真正面から自分たちのサッカーでぶつかり合う。
チャンピオンシップに相応しい試合になりそうだ。
- 620 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:47
- まず先制攻撃はホームの浦和レッズ。
中盤でボールをキープした平家から前線に張るミサトへパスが通る。
ミサトはこれを受けると札幌DFを引きつけて2列目から上がってきたひとみにパス。
ひとみはこれを右足で狙うが、飯田が素晴らしい反応でこれを弾いた。
「今日は絶対に入れさせないよ。」
飯田が不敵に笑う。
- 621 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:47
- 「しっかり声掛け合いましょう!!カバーにコーチング、忘れずに!!!」
「おうっ!!」
DFリーダーの紺野が他のDFたちに声をかける。
札幌では最年少の紺野。
そのためか今までは中々先輩たちに指示を送れなかったが、
先の欧州遠征やオリンピック最終予選で激戦を経験し、
一回りも二回りも大きくなった。
DFに必要なのは信頼感。1人で守るのではない。みなで守るのだ。
だからこそ遠慮などせず、きっちりと指示を送りあわねばならない。
- 622 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:48
- 今のひとみのシュートで得た浦和の右サイドからのコーナーキック。
このチャンスに浦和はDFのヨシコーも上がってきた。
札幌はFW安倍も自陣に戻ってくる。
「なっち!!吉澤について!!」
飯田が指示を送る。
「オッケー!!」
安倍が指示通りひとみにつく。
平家の右足が一閃した。
ボールは鋭いカーブがかかり、ゴールから遠ざかっていく。
GK飯田は飛び出せない。
ボールは寸分の狂いもなく走り込むひとみと安倍のもとへ。
「もらった!!」
ひとみが跳ぶ。
1stステージ、これと全く同じシーンがあった。
平家の右コーナーキックにひとみと安倍が競り合うというシーンが。
あの時は完全にひとみが競り勝った。
「あっ?!!」
しかし今度は安倍が競り勝った。
ひとみよりも強引にいいポジションに入り込み、これをヘッドでクリアした。
そのこぼれ球を浦和ボランチがミドルで狙うがボールは大きくクロスバーを越えていった。
- 623 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:49
- 「今回は負けないべ?」
安倍がひとみの背中をポンと叩き、前線へと上がって行く。
その小さな背中からは何かオーラが漂っていた。
「・・・・・みたいですね。」
ひとみも成長したが、それは安倍だって同じだ。
あの時と同じはずがない。
「よしっ!!」
ひとみは自分の頬を叩いて気合いを入れる。
- 624 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:50
- ここまでボールキープ率は完全に浦和が圧倒。
札幌はほとんどボールをキープできていない。
しかし浦和にしても中盤でボールは持つものの、
最後ゴール前では紺野と飯田を中心とした札幌の厚い壁に跳ね返されている。
「くそっ、カオリはともかく紺野が厄介や。」
平家が顔をしかめる。
紺野の指示やポジショニングが的確なため浦和は決定的なチャンスが創れない。
「任せてください!!」
「うわっ!!」
ひとみが紺野の鋭いタックルに潰された。
- 625 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:51
- ここまで札幌は完全にカウンター狙いだ。
紺野と飯田を中心に守り、そして守りきった後は前線に控える安倍に全てを託す。
この無骨なまでの戦い方は、あのイタリアセリエAの強豪インテルミラノを彷彿とさせる。
イタリア代表DFミホ・カンノバーロ、ムロイ・シゲルッツィと同じく
イタリア代表GKマキチェスコ・ミズノを中心に守り、
後は前線のイタリア代表ヨネクラン・リョウコとウルグアイ代表アルバロ・ヤイコに
全てを任せるというサッカーに。
派手さ、華麗さはないが、まさに質実剛健といった勝つためのサッカーだ。
しかしこのインテルミラノ。
今年5月に行われたチャンピオンズリーグ準決勝の対ACミラン戦では
ミランMF、ブラジル代表ハマ・サーキ・アユウド、ポルトガル代表ヒロスエ・リョウ・コスタ、
この2人のファンタジーによって敗れ去った。
・・・・・果たしてこれは何を暗示しているのか?
- 626 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:52
- 右サイドを上がった浦和右MFが中にクロスを上げる。
このクロスに飛び込むミサト、ひとみだが飯田が飛び出して見事にキャッチ。
「なっち!!」
すかさず飯田は前線に張る安倍にロングパス。
安倍はこれを胸でトラップ。
しかし一瞬にして浦和選手3人に囲まれる。
「くっ!!」
安倍が懸命に身体を張り、ボールをキープするが味方のフォローもない。
さすがの安倍もこれではどうしようもない。
あっさりとボールを奪われてしまった。
- 627 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:52
- 「よし、DF陣は大丈夫やな。・・・・・・いける。」
平家がヨシコー率いるDF陣に頼もしさを覚え、この試合こちらに分がある事を確信する。
1stステージ対戦時には1−0で敗れたがあの時はこちらがチャンスを外しすぎた。
安倍に喫した1失点もひとみが上がり、自分がボールを取られてカウンターをくらったもの。
しかしその後はひとみが完全に安倍を抑えきった。
今の浦和はあの時とは違う。
DFにヨシコーという元ドイツ代表がいる。
彼女が前の時のひとみのように安倍にきっちりつけば札幌の攻撃は抑えられる。
そして攻撃陣にはミサトとひとみがいる。
何度かチャンスを創れば、たとえ飯田や紺野が守ろうが必ず得点できる。
- 628 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:53
- 「平家さん!!」
ひとみが前線でボールを要求する。
平家は浮き球のパスを送る。これをひとみはヘッドでDFラインの裏に流す。
これに反応して浦和FWがDFラインの裏に抜け出す。
「任せろ!!」
しかし飯田が素晴らしい出足でこれを抑えた。
さらにミサトだ。
重心を左に移した瞬間すぐさま逆から抜け出る。
あまりに速いその動きにマークについていた札幌DFは完全に手玉にとられた。
そしてすぐさまシュートを狙う。
上手くゴールの隅を狙ったシュートだったがこれを飯田がビッグセーブ。
こぼれたボールにみなが殺到するが紺野がいち早くこれを外にクリアした。
- 629 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:54
- さらに今度は平家。
ゴール前に上がったクロスにひとみとミサト、そして飯田が飛び込む。
飯田が懸命にこれを弾くが、体勢が悪かったせいかクリアが小さくなった。
このこぼれ球を平家がダイレクトで狙う。
飯田はひとみ、ミサトが邪魔でボールに飛びつけない。
決まった!!
誰もが確信したが、ゴールのカバーに入っていた紺野がスライディングでこれをクリアした。
頭を抱える平家、グッと拳を握り締める紺野。
浦和レッズ、怒涛の攻撃を見せるものの得点が奪えない。
紺野あさ美と飯田圭織。この2人が浦和の前に立ちはだかる。
- 630 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:54
- 「ナイスだべ紺ちゃん!!」
前線から安倍が声をかける。
何とか頑張って守ってほしい。
そうすれば必ず自分がゴールを奪ってみせる。
安倍がその牙を静かに研ぐ。
前半戦はホームの浦和レッズが圧倒的に押し込んだ。
しかし得点はならず0−0で前半を終えることとなった。
- 631 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:55
- 「よしよし。動きはみんな悪くないぞ。後半戦もこの調子でいけ!」
「はいっ!!」
浦和監督ギド・ガッツバルトの声にひとみたちが応える。
「ただ、やはりアベの存在が厄介だ。ヨシコー、油断することなくきっちりと抑えろ。」
「はい。」
ガッツバルトに言われるまでもなくヨシコーに油断などない。
ずっと欧州のトップレベルで戦ってきたヨシコー。
その中で一流のストライカーたちとしのぎを削ってきた。
彼女たちに共通するのは決してあきらめない事だ。
どんな体勢でも、どんな状況でもゴールを狙ってくる。
隙あらば喉元を一撃で食いちぎる。
それがストライカーという獣だ。
安倍も間違いなくゴールを狙う獣だ。
油断などすれば必ず殺される。
ヨシコーが他のDF陣とマークを確認しあう。
- 632 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:56
- 「時間です!」
ハーフタイムの終わりを告げる声が聞こえた。
「よし、みんな。」
平家がみなを集めて円陣を組む。
「・・・・残るは後半の45分や。この1年間の全てをぶつけるで。」
「おうっ!!!」
みな気合いが入っている。
残り45分に全てをかける。
「がんばっていきまー・・・・・・・・・」
「しょいっ!!!!」
- 633 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:57
- ハーフタイムを終え、両チームの選手がピッチに戻ってきた。
選手たちはもちろんサポーターもみなこの残り45分に全てをかける。
審判たちがお互い顔を見合わせ頷く。
彼らもこの大事な一戦で見事な笛を吹くべく気合いが入っている。
この埼玉スタジアムにいる者全て、そしてこの試合を観る者全てが残り45分に全てをかける。
ピィーッ!!!
主審の笛が鳴り、最後の45分が開始された。
- 634 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:57
- 後半戦も浦和のペースだと思われていたが、札幌の眼の色が違った。
気合いを表に出し、積極的に前線からプレスを仕掛けてくる。
「くっ!!みんなこっちも負けんな!!」
平家がゲキを飛ばす。
前半までは札幌は引いて守ってカウンターだったのが、
後半からラインを上げ、中盤でプレスを掛け合う。
激しい肉弾戦が中盤で繰り広げられる。
- 635 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:58
- 「ミサト!!」
肉弾戦だとフィジカルに優れるひとみに分がある。
平家から受けたボールを相手ボランチのチャージを受けながらも前を向き、
DFラインの裏にスルーパスを送る。
これにタイミングよく抜け出すミサト。
しかし線審が勢い良く旗を揚げた。
「よしっ!」
グッとガッツポーズをとる紺野。
強気のラインコントロールだ。
- 636 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:58
- 今度は平家が裏へのパスを送る。
紺野は再びラインを上げるがこれは2列目から飛び出すひとみへのパスだった。
「あっ?!!」
ミサトはオフサイドポジションだが、その後ろから飛び出したひとみは、
紺野のオフサイドトラップを上手く潜り抜けた。
ウオオオオオオオオオオ!!!!!
スタジアムが大きく揺れる。
ひとみがフリーで抜け出し、GK飯田との1対1に。
飯田が前へ出てシュートコースを狭めてくる。
「もらった!!」
ひとみは飯田の動きを良く見て右足インサイドキックでコースを狙う。
「くっ!!!」
が、これを飯田、逆を取られながらも左足を懸命に伸ばして止めた。
ボールは勢いを失いながらもゴールに向かっていくが、
これは戻ってきた紺野がクリアした。
- 637 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 02:59
- 「くそっ!!」
思わず天を仰ぐひとみ。
絶好のチャンスを逃してしまった。
浦和イレブンもサポーターもああっと溜息をつく。
「カオリナイス!!!」
逆に札幌イレブン、サポーターの士気が上がる。
- 638 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:00
- このプレーが1つの契機だった。
絶好のチャンスを外した浦和、守りきった札幌。
こういう場合、必ず流れが変わる。
それがサッカーだ。
- 639 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:02
- 「来いっ!!」
安倍が前線でボールを要求する。
そこへ札幌ボランチがパスを送る。
すかさずヨシコーたち浦和DF陣が安倍に当たるが、
安倍はこのボールをダイレクトで右サイドに振った。
そこには札幌右サイドバックが勢いよく上がっていた。
前半戦は味方のフォローがなく孤立していた安倍だったが、
後半戦はチームの意識も変わり、みな積極的に前に出てきた。
「戻れっ!!」
ヨシコーが慌ててDFラインを下げる。
「出して!!」
安倍が前方のスペースを指差しながら上がる。
イメージは戻るDF陣とGKの間に出るようなクロス。
「安倍さん!!」
札幌右サイドバックがその安倍のイメージ通りのクロスを送る。
このクロスにヨシコーを振り切り飛び込む安倍。
が、これはクロスの精度を欠き、惜しくも届かなかった。
- 640 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:02
- さらに札幌は攻める。
中盤で平家からボールを奪い、すぐさま安倍にスルーパス。
これに安倍がタイミングよく抜け出す。
もちろんヨシコーが競り合うが安倍はお構いなしに突き進む。
そしてペナルティエリア付近から強烈なシュート。
これは激しくクロスバーを叩いた。
「やばい、ヨシコーが段々振り切られてきた・・・・・・」
平家が安倍の動きの鋭さにゴクッと息を飲む。
どうやら自分は札幌を舐めていたようだ。
何が安倍は大丈夫だ。
日本のエースに対してそれは余りにも失礼というもの。
一瞬でも自分たちが有利、そう思えばすぐに地獄に叩き落される。
「みんな!!絶対気持ちで負けるな!!!」
「おうっ!!!」
平家がゲキを飛ばし、浦和イレブンがそれに応える。
- 641 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:03
- しかし流れは札幌だ。
この流れは札幌の気迫が呼び込んだと言っていい。
それはこの試合、彼女たちは札幌監督タイセーのためにも絶対に勝たねばならないからだ。
今日、この試合で負けると何のためにタイセーは辞任したのか。
それを考えると絶対に勝たねばならない。
「足止めるな!!当たれ!!!」
「おうっ!!!!」
最後方から飯田が声をゲキを飛ばす。
「こっちも負けんな!!!」
「おうっ!!!」
もちろん浦和も気迫で札幌にぶつかり合う。
- 642 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:03
- ワアアアアアアアアア!!!!!!
スタジアムが大歓声で揺れる。
両チームの全てを賭けた熱い戦い。
この戦いをナマで見られることは幸せだ。
そう思えるほどの熱い戦いだ。
- 643 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:04
- 最終ラインでパスカットした札幌DFがすかさず前線に送る。
その瞬間DFラインの裏を取る安倍だがこれはオフサイド。
「ナイス!!」
ひとみがDF陣に声をかける。
ヨシコーたち浦和DF陣も強気だ。
「ここだ!!ここを乗り切れ!!」
DFリーダーのヨシコーがゲキを飛ばす。
確かに今の流れは札幌だが、これを乗り切れば必ず浦和に流れが戻る。
だからこそここは我慢だ。
- 644 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:05
- 流れに乗った札幌の攻撃を浦和DF陣が体を張って抑え込む。
安倍のミドルシュートは浦和GKがファインセーブ。
さらに札幌MFが放ったシュートはヨシコーがブロックした。
このチャンスで得たコーナーキックはひとみが自陣に戻ってクリアした。
この浦和イレブンの頑張りにより、次第に札幌の攻撃に勢いが無くなったきた。
攻撃も単発的なものとなり、浦和DF陣も比較的楽に跳ね返せるようになった。
「うらっ!!」
中盤で平家がパスカットした。
前がかりになっていた札幌、守備陣形が乱れている。
「ミチヨ!!」
その瞬間ミサトがDFラインの裏に飛び出す。
平家はすかさずスルーパスを出す。
しかし、これを読んでいた者がいた。
- 645 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:07
- 「あっ?!」
平家のパスがカットされた。
カットしたのはもちろんこの人、“パーフェクトDF”紺野あさ美。
カットした勢いをそのままにドリブルで突き進む。
お互い中盤をコンパクトにしていた分、
札幌最終ラインと浦和最終ラインの距離が短い。
すぐさま中盤を突破し、最終ラインに達する紺野。
慌てて浦和左センターバックが紺野に当たるが、
紺野はその股を通しDFラインの裏に抜け出した。
ウオオオオオオオオオオオオ!!!
紺野がフリーで抜け出した。
浦和GKが前に出てシュートコースを狭める。
が、その時追いついたヨシコーが後ろから激しく当たる。
「うわっ!!」
たまらず倒れる紺野だが、その瞬間ボールを横にはたいた。
ゴール前にふわっとボールが上がる。
- 646 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:08
- その先に詰めているのは日本のエース安倍なつみ。
が、ひとみが必死に安倍に食らいつく。
「決めるべ!!!!」
「止める!!!!」
安倍とひとみが同時に飛んだ
- 647 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:09
- 空中で2人が激しく激突した。
「うぐっ!!!」
「ぐっ!!!」
安倍とひとみ、2人とも受身も取れずに地面に叩きつけられた。
しかしすぐに起き上がり、ボールの行方を見る。
ボールは・・・・・・浦和ゴールの中にあった。
線審がセンターサークルを指す。
主審もゴールを認める。
後半31分。
コンサドーレ札幌、“日本のエース”安倍なつみによりついに先制点を上げる。
- 648 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:10
- ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!
埼玉スタジアムにかけつけた62700人が大きく揺れた。
ごく少数の歓喜の声と、大多数の失意の叫びで揺れた。
テレビでこの試合を観ている人たちも例外なく叫んだ。
「しゃあああああ!!!!!」
安倍が雄たけびを上げる。
普段の、あの優しい童顔の天使はそこにはいない。
いたのはゴールという獲物を仕留めた獣だった。
得点に沸きあがる札幌イレブン。
失点に意気消沈する浦和イレブン。
みな表情が凍り付いている。
残り15分、あの紺野、飯田の前に点が取れるのか・・・・?
- 649 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:12
- 『・・・・・きた・・・・・・』
しかしひとみだけは違った。ニヤリと口元を歪めている。
もしかすると心のどこかでこんな展開を願っていたのかもしれない。
死力を尽くして戦わねばならない、絶体絶命という追い詰められた展開を。
いつからだろう?Jリーグの試合に物足りなさを感じ始めたのは。
多分おそらくアテネオリンピック最終予選終了後からであろう、こう感じ始めたのは。
もちろんいつも、どの試合でも全力で、アクセル全開で臨んでいる。
凄い選手たちもいるし、自分が止められることも何度もある。
しかしいつもこう思っていた。
あたしにはもう一段上のギアがあるのでは?
12節の名古屋グランパスエイト戦。
追い詰められて、最後の一瞬だけそのギアにシフトチェンジした気がした。
しかしそれもあの一瞬、ミサトにパスを出したその一瞬だけだった。
しかし今、はっきり感じた。そのギアが完全に入ったことを。
- 650 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:13
- ひとみがゴールネットに優しく包まれているボールを拾い、センターサークルに走る。
それを見て平家がみなにゲキを飛ばす。
「みんなまだや!!まだ試合が終わったわけやない!!まだまだいけるで!!!」
「お、おうっ!!」
そう、まだ時間は残っている。
この満員のサポーターたちが見ている前で無様な姿は見せられない。
気合いを入れなおし、それぞれのポジションにつく。
「まだこれで勝ったと思うな!!絶対に最後まで油断するな!!」
「おうっ!!!」
札幌キャプテン飯田圭織も気を引き締める。
浦和の、ひとみと平家の恐ろしさは知っている。
それにミサトもヨシコーもいる。
“あと”15分ではない。“まだ”15分も残っているのだ。
一瞬でも油断すればそれが命取りになる。
- 651 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:13
- うらーわレッズ!!!!!
ドンドンドドドン!!!
うらーわレッズ!!!!!
サポーターたちが声を張り上げる。
この声が選手に届け。選手の力になれ。
苦しいのは分かっている。だから俺たちも、私たちも一緒に戦う。
そんな思いのこもった声援がスタジアムに響く。
もちろん札幌サポーターも数は少ないながらも懸命に声援を送っている。
まさに彼らは共に戦う12人目の選手たちだ。
- 652 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:14
- 「ひとみ!!」
浦和FWがDFラインの裏に抜け出す。
そこへすかさずひとみがスルーパスを送る。
しかしこのパスが余りにも速すぎ、浦和FWは追いつけなかった。
「ドンマイドンマイ!!」
彼女がスッと手を上げる。
ひとみもそれに手を上げて応える。
さらに今度は左サイドを走る味方にパスを送る。
が、これも速すぎた。
ボールは味方のはるか前方のタッチラインを割っていった。
「馬鹿やろう!!ちゃんと出せよ!!」
「大事にしろよ!!」
浦和サポーターからヤジが飛ぶ。
が、ひとみは我関せずといった表情だ。
- 653 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:16
- そんなひとみの様子を訝しげに見るのは平家。
いつものひとみじゃない。
パスは相変わらず味方にも厳しいパスだが、
それにしては余りにも強すぎるパスだ。
平家の目の前でまたもひとみがパスミスした。
右サイドに開いたミサトの頭をボールが越えていった。
「お、おい、ひとみ。」
たまらず平家がひとみに声をかける。
また闘志が熱くなりすぎて空回りしているのではないか?
「大丈夫ですよ平家さん。微調整できましたから。」
しかしひとみは冷静だった。
もちろん気合いが入った表情だが、周りが何も見えていないような状態ではなかった。
「平家さん、あたしにパスを集めてください。」
「お、おう。」
平家は頷くしか出来なかった。
- 654 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:17
- 「ヨシコー!!」
札幌FWからボールを奪ったヨシコーの耳に聞こえる声。
その声のする方にすかさずパスを出す。
これを紺野からのプレッシャーを背中に受けながらもトラップするのはひとみ。
紺野を背負ったまま身体を鋭く左に振る。
もちろんこれはフェイク。素早く逆に振り、紺野の右側から抜け出した。
「あっ?!!」
余りに鋭い身体の動きに紺野は付いていけなかった。
そしてゴールを目でとらえるとすかさず左足でシュート。
「えっ?!」
撃ったと思った瞬間にはもう目の前に。
飯田が慌てて手を伸ばし、これを何とか弾く。
弾いたボールはコースが変わり、ゴールポストに当たってゴールラインを割っていった。
- 655 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:18
- みな思わず眼を疑う。
あの紺野が付いていけず、飯田も完全に反応が遅れた。
スピード、キレ、そしてパワー。
確かにもともとひとみはこれらに優れてはいるが、それにしても今までとはケタが違う。
「よし、だいぶエンジンが温まってきた。」
ひとみが呟く。
いきなりアクセル全開ではエンジンを痛めてしまう。
だからまずは慣らし運転をしないと。
「ひ、ひとみにボールを集めるで!!」
「お、おうっ!!!」
「よ、吉澤を絶対にフリーにするな!!!」
「お、おうっ!!!」
両チームのキャプテンの声に応えるイレブン。
残り10分。
全ては吉澤ひとみを中心に回り始めた。
- 656 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:19
- 「パスまわせ!!」
中盤で平家がその類まれなゲームメイクを披露する。
自分たちには吉澤ひとみという将が君臨している。
ならば副官である自分がそのお膳立てをするのみだ。
平家から右サイドに。
平家から左サイドに。
ボールを大きくサイドに散らす事で札幌のマークを分散させる。
もちろん札幌DF陣もマークを分散させ、ひとみに来る事は読んでいるが、
あまりひとみにとらわれすぎるとミサトやもう1人のFWのマークが薄くなる。
それだけに分かっていてもマークを分散せざるを得ない。
- 657 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:19
- 平家からどんどんパスが出る。
平家から右サイドへ。
平家からひとみへ。
「?!!」
いきなりズバッと来た。
「ナイスパス平家さん!!」
平家みちよ、渾身のゲームメイク。
- 658 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:20
- 「止めます!!」
ひとみに付いていたのは紺野。
全神経を集中しひとみの前に立ちはだかる。
が、ひとみは身体を右に振り、そして素早く左に抜ける。
「くっ!!」
紺野もこれについていく。
が、もう一度ひとみは切り返した。
「っ!!」
それでも紺野は全身の力を振り絞ってこれに食らいつく。
しかしさらにひとみは切り返した。
これには紺野もついていけなかった。
目の前にはGK飯田のみ。
ひとみは右足を大きく踏み込んだ。
- 659 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:21
- 「撃たせない!!!」
しかしこのひとみの前に身体を張るのは安倍なつみ。
懸命に戻り、スライディングでシュートコースをブロックする。
しかしひとみはこれに気付いていた。
左足を振り下ろしたがボールには当てず空振り。
そして戻す左足の踵と、右足の甲でボールを挟み、そのまま左足の踵を上に上げる。
“ヒールリフト”だ。
このボールはひとみの真後ろからふわっと前に出てきた。
「あっ?!!」
タイミングを崩された飯田が懸命にジャンプし、手を伸ばすが届かなかった。
ボールは放物線を描いてゴールネットに優しく包まれた。
後半43分、浦和レッズ、同点に追いつく。
- 660 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:21
- 一瞬の静寂。
そして次の瞬間スタジアムが爆発した。
ワアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
敵も味方も関係ない。
そこに居合わせた人々全てが今のゴールに心を震わせていた。
“ファンタジスタ”のファンタジーに。
- 661 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:22
- 「く・・・・・」
飯田が表情を歪ませる。
紺野は呆然としている。
安倍は逆に闘志を燃やしている。
「まだだべ!!!絶対にこの試合、勝つべ!!!」
安倍が吠える。
その目はぎらぎらと輝いており、何の迷いも曇りもない。
「ここまで来たら逆転するで!!!」
平家が声を張り上げる。
流れは完全にこっちだ。流れがあるうちに得点をとらねばならない。
もし、延長戦に持ち込まれるとひとみの“ギア”が落ちるかもしれない。
その前に逆転弾をねじ込んでみせる。
- 662 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:23
- ピィーッ!!!
主審の笛が鳴り試合が再開された。
札幌も最後の力を振り絞り攻めてくる。
もちろん浦和も全力でこれに当たる。
力と力、技と技、気持ちと気持ちがぶつかり合う。
スタンドも力の限り声援を送っている。
・・・・・これがサッカーだ。我々が愛すべきサッカーだ。
- 663 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:24
- 「くっ!!」
左から上がったクロスボールに安倍が飛び込む。
「撃たせない!!」
しかしヨシコーも懸命に食らいつく。
が、安倍の執念が勝った。
ヨシコーを振り切りヘッドで当てる。
よしっ!!!
勝利を確信する安倍。
しかし無情にも安倍のダイビングヘッドはポストを直撃した。
このこぼれ球を拾った浦和DFがすぐさま前線へ。
これを前線に飛び出した平家が受ける。
「行くで!!!」
平家がドリブルで突き進む。
が、札幌も意地を見せる。
残っていたDF陣が懸命に身体を張り、平家の突破を許さない。
ここまで丸々1試合戦っている。そして1年間戦ってきて疲れもピークのはずだ。
しかし誰も足を止めない。
みな足を、身体を前に前にと進める。
- 664 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:25
- 「平家さん!!!」
平家の後ろからひとみが上がってきた。
平家はすかさずひとみに渡す。
パスを受けたひとみ、スピードに乗る。このスピードに誰もついていけない。
いや、1人だけいた。
紺野あさ美だ。
「絶対に止めてみせる!!!」
紺野が渾身の力を、魂を込めてひとみに肩をぶつける。
「うおっ!!」
これにはさすがのひとみもバランスを崩す。
何とか持ちこたえるが、その場に止まってしまった。
その間に札幌の選手たちの何人かが自陣に戻っていく。
「くそっ!!」
ひとみはそれを見て強引に前に進む。
ここで進まねば守備を整えられる。
紺野も負けじとさらにひとみに肩をぶつける。
しかし今度はひとみも魂を込めているため倒れない。
- 665 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:25
- 「行かせないべ!!!」
とここで反対側から衝撃が。
安倍だ。
シュートがポストを叩いた後、すぐに自陣に戻ったのだ。
それはサッカー選手としてのカンだ。
戻らねば必ずやられる、そう安倍は感じた。
安倍はひとみの左から、紺野は右からチャージをしかける。
ちょうどひとみを2人で挟み込む形になった。
しかしひとみは倒れない。安倍、紺野を引きずりつつ突き進む。
- 666 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:26
- 『やばいべ!!』
『やばいです!!』
安倍と紺野は咄嗟に手を使い、ひとみを引き倒そうとした。
ペナルティエリアやや外、ここならば退場になろうとPKにはならない。
「うわっ!!」
さすがのひとみもこれには倒れそうになる。
が、その瞬間、ひとみの目に一本の白い道が見えた。
『そこっ!!!』
- 667 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:27
- ・・・・・・柔らかいパスがひとみの右足から出された。
ボールは滑らかに芝の上を転がっていく。
映画のスローモーションのようにゆっくりと。
熱い、激しい戦いが繰り広げられたこのピッチ。
今までの戦いがまるでウソのように。
時が止まったかのようにコンサドーレイレブンは誰も動けなかった。
- 668 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:28
- あの時と全く同じ光景だった。1stステージ最終戦と。
ただ、違っていたのはこのパスに反応できた選手がいたことだ。
後半44分。
ミサト・レボリュションが浦和レッズをJリーグチャンピオンに導くゴールを決めた。
- 669 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:29
- ピィ、ピィ、ピィー!!!!!!
主審の笛が3度高らかに鳴った。
その瞬間浦和ベンチからみなが一斉に飛び出し、ピッチにいる選手たちと抱き合った。
浦和レッズ、2003年Jリーグチャンピオンシップを見事に制覇。
- 670 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:29
- 「やった!!勝った、勝ったぞ!!!」
選手たちがみな歓喜の声を上げている。
ヨシコーが、ミサトが、ガッツバルトが、ひとみが歓喜の声を上げている。
が、その歓喜の輪から1人離れてたたずむ選手が1人。
“ミスレッズ”平家みちよだ。
彼女は泣いていた。
- 671 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:30
- 今から4年前。浦和レッズはJ2に降格した。
当時20歳で、日本代表にも選ばれていた平家。
他のJ1のクラブから数々のオファーがあった。
日本代表にこれからも選ばれたいのならばJ1に残るべきだと、誰もが彼女にそう言った。
浦和のフロントもそうするべきだと言った。
しかし彼女は浦和に残留した。
“赤”と“ダイヤモンド”こそ自分のチームだと。
一度J2に落ちたチームがついに頂点に立った。
平家の夢がかなった。
- 672 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:32
- 「平家さん!!!」
みなが一斉に平家に駆け寄る。
みな涙を流して抱き合う。
この人がいたからこそ浦和レッズが浦和レッズとしてあれたのだ。
「みんな、ミチヨを胴上げだ!!!」
監督のギド・ガッツバルトだ。
自分よりも先に“ミスレッズ”が胴上げされるべきだ。
彼はそう考えた。
平家の身体が宙を舞う。
満員のサポーターはみな総立ち。
浦和サポーターはもちろん札幌サポーターも、
そして敗れた札幌イレブンもみな拍手を送っている。
- 673 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:33
-
2003年12月6日。
この日浦和レッズはJリーグの頂点に立った。
- 674 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:34
-
その日のさいたまの空は青かった。
- 675 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:38
- 翌日、Jリーグ制覇の興奮も冷めやらぬ中、国立競技場にて第1回東アジア選手権の第2戦が行われた。
日本の相手は台湾。
正直4チームの中では一番力が劣るため、ここで大量点を取って第3戦目の韓国戦に有利な状況で挑みたいところだ。
<日本代表>
GK 12 亀井絵里
DF 13 大谷雅恵
15 小川麻琴
20 里田まい
MF 7 田中れいな
11 木村アヤカ
16 木村麻美
18 戸田鈴音
21 新垣里沙
FW 17 高橋 愛
19 道重さゆみ
- 676 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:38
- 試合の方は予想通り日本が圧倒的に攻め込む。
が、何故かゴールだけが決まらない。
トップ下に入った“トリックスター”田中から何本も決定的なパスが出る。
サイドのアヤカ、麻美の両木村が見事なサイド突破からのクロスでチャンスを生み出す。
しかし今日は道重が大ブレーキ。ことごとく決定機を外してしまう。
もしかしてこのまま引き分けか?と思われた後半40分、
途中出場の加護亜依のドリブル突破から最後は高橋が決め、1−0で何とか勝利した。
- 677 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:41
- 「何かやっとって感じでしたね。どうしたんだろう重さん。あんなに外すFWじゃないのに。」
「FWはたまにこういう時があるべさ。撃っても撃っても何故か決まらない日が。」
ひとみの疑問に安倍が答えた。
チャンピオンシップの翌日にこの試合が行われるという事で、安倍と飯田、紺野は埼玉にもう一泊し、
ひとみたちと一緒にこの試合の観戦に来ていた。
「これで次は引き分けじゃダメですよね。勝たないと優勝はないですね。」
「ああ。紺野の言うとおりや。次の韓国戦に勝たないと優勝はあらへんな。」
紺野と平家の言うようにこの試合1−0だったため、中国に1−0で勝利した韓国とは
得失点差は同じだが、総得点で劣ることとなる。
つまり、次の試合で勝たねば優勝はない。
「まあみんなきっとやってくれるよ。」
飯田の言葉に頷くひとみたち。
翌日、安倍たちは北海道へと戻っていった。
- 678 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:42
- そして東アジア選手権第3戦、対韓国戦。
横浜国際競技場は満員のサポーターで埋め尽くされていた。
伝統の日韓戦、しかもタイトルのかかった試合だ。
両国のサポーターたちが試合前からかなり熱くなっている。
ひとみと平家もこの試合の観戦に来ていた。
用意されたVIP席で仲間たちの勝利を願う。
<日本代表>
GK 1 前田有紀
DF 2 石黒 彩
3 中澤裕子
22 斉藤 瞳
MF 4 辻 希美
6 保田 圭
8 矢口真里
10 柴田あゆみ
14 石川梨華
FW 9 村田めぐみ
11 木村アヤカ
- 679 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:42
- ピィ、ピィ、ピィー!!!!
試合終了の笛が高らかに鳴った。
その瞬間歓喜に沸く“赤”に沈む“青”。
日本0−3韓国
まさに完敗だった。
- 680 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:43
- 韓国はこの1試合のために2つ椅子を空けていた。
その椅子に座る2人の選手とは。
スペインリーガエスパニョーラ、ラ・コルーニャ所属MF。
“韓国が産んだ天才”ミ・サキー。
ドイツブンデスリーガ、シュツットガルト所属FW。
“韓国のエース”ユ・ウカ。
この2人だった。
- 681 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:44
- 「くっ・・・・・・」
柴田が腰に手をあてうな垂れる。
同じポジション、同じレフティー。
完全に柴田の負けだった。
韓国が産んだ天才ミ・サキー。
この天才に柴田はなす術もなく敗れた。
「くそっ・・・・」
同じくうな垂れる中澤裕子。
彼女率いるDF陣は1人のストライカーに粉砕された。
ユ・ウカという韓国のエースに。
ミ・サキーとユ・ウカ。
この2人に日本は完膚なきまでに叩きのめされた。
- 682 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:45
- 「まさか・・・・・・・」
VIP席で平家が絶句する。
確かにこっちも後藤や福田、市井、それから自分やひとみ、
安倍たちなど主力を何人も欠いている。
しかしそれでもここまでの差がつけられるとは?
「ふふっ。」
平家の横でひとみは笑っていた。
「ど、どうしたんやひとみ?」
平家が思わず尋ねる。
「・・・・・凄いです。あの柴田さんを相手にしないなんて。
・・・・・・・さすが世界で活躍するだけはありますね。」
そう言うひとみの目は今まで見たことがないぐらい輝いていた。
- 683 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:47
-
そのひとみの瞳を見て平家は確信した。
彼女は今、狭い日本から広い世界へと飛び立とうとしているのだと。
- 684 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:48
- 「・・・・・ひとみ。天皇杯、頑張ろうな。」
「・・・・・・はい。」
2人とも何も言わなくても分かっていた。
今シーズン最後の戦い、天皇杯。
それが終わった瞬間、ひとみは世界へと旅立っていく。
それはもう誰にも止められない。
止めれば、彼女のサッカー人生は終わる。
平家にはそれが分かっていた。
だから、この可愛い後輩を気持ちよく送り出してやろう。
- 685 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:49
- 2003年12月14日。
ひとみたち浦和レッズは駒場スタジアムにJ2の湘南ベルマーレを迎え、
天皇杯3回戦を戦う。
満員のサポーター。
信頼できる仲間たち。
ひとみはその心地よさを感じながらピッチに立つ。
出来る限りこの仲間たちとサッカーをしたい。
しかし、今が旅立つ時だと自分で感じている。
だからこそ許される限りこの仲間たちとサッカーをしよう。
- 686 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:50
-
その日のさいたまの空は青かった。
- 687 名前:第12話 ブルースカイ 投稿日:2004/03/14(日) 03:52
- 第12話 ブルースカイ (終)
『CALCIO CALCIO CALCIO!!』 第一部 完
- 688 名前:ACM 投稿日:2004/03/14(日) 04:03
- 第12話 ブルースカイ 終了いたしました。
並びに『CALCIO CALCIO CALCIO!!』
第一部終了いたしました。
ようやく、1つの作品として完成させることが出来ました。
レスをくださった方々はもちろん、ずっと読んでてくださった方々も含め、
皆様が暖かく見守ってくださったおかげです。
本当にありがとうございました。
さて、この後ですけれども第二部の方を考えております。
第二部は世界編ということで、主人公の吉澤ひとみが世界に飛び出します。
果たしてどこの国に、そしてどこのクラブに所属するのか。
さらにまだ登場していない人物もこの第二部で出てきます。
彼女たちの活躍にもご期待下さい。
更新は近日中の予定です。
では第二部の第1話の題名だけの予告です。
第1話 サルバトーレ
第二部も引き続きよろしくお願いします。
- 689 名前:みっくす 投稿日:2004/03/14(日) 04:32
- 更新お疲れ様です。
第1部お疲れ様でした。
いやー、後半はリアルタイムで読んでしまったです。
たまらいっす。
第2部も楽しみにしてます。
- 690 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/14(日) 16:52
- 第一部お疲れ様でした。
我がレッズもマリノス相手の熱戦に興奮し、この話を読んで
さらに興奮しさらに今日のU-23とサッカー三昧でございますw
それにしてもJリーグにも素晴らしい外国人がくるようになりましたね。
日本も世界に認められてきたんでしょうね。
では第2部も期待してます。では
- 691 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/14(日) 17:11
- 初めてレスします。
更新お疲れ様です。第2部も期待します。
ところで、ある本(サッカー関係)で読んだ話ですけど、
「相手DFが重心を移動した瞬間、逆側5センチ横をころころとボールが
転がっても、相手DFは絶対反応できない」
らしいです。参考までに。では
- 692 名前:名無しぃく 投稿日:2004/03/15(月) 14:29
- 更新&一部お疲れです。U-23は残念ですたね。
次頑張って欲しいデス。那須が・・・。
ホントサッカー三昧ですよね。U-23,Jリーグ,CLとか。
第二部も頑張ってください。
- 693 名前:ACM 投稿日:2004/03/17(水) 11:15
- CALCIO CALCIO CALCIO!! 第二部
第1話 サルバトーレ
- 694 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:16
- 『吉澤ひとみ、イタリアセリエA、エンポリに移籍!!!』
12月23日、仙台で行われた天皇杯準々決勝。
ジェフユナイテッド市原VS浦和レッズ戦は
市原のエース村田めぐみの2発により、2−1でジェフが見事に勝利した。
それから5日後の12月28日。
浦和レッズからこの移籍が発表された。
- 695 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:17
- イタリアのトスカーナ州。
ここはロンバルディア州に次いでイタリアで2番目にサッカークラブが多い州である。
この州に人口約42000人の小さな都市、エンポリがある。
エンポリは昨シーズンセリエAに昇格し、12位でシーズンを終え見事にセリエA残留を果たした。
これはこのクラブにとってスクデット(“盾”の意味。セリエA優勝をこう言う。)を
獲得するのと同じぐらいの価値があることだ。
こういったスクデットよりもセリエA残留を目指すクラブの経営方針は、
選手を育てて高く売る、それに尽きる。
エンポリも御多分に漏れずこういった経営方針を採っている。
ただ、エンポリが他のクラブと違う点は選手の売却を焦らない事である。
その時に一番の高値が付いた選手だけを売り、残りは翌シーズンを戦う戦力として残すのである。
- 696 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:17
- 今シーズンもこの経営方針通り高値の付いた選手を2人売り、
それで得た移籍金で補強もして2シーズン連続のセリエA残留に臨んだエンポリ。
しかし、第15節を終え、2003年を終了した時点でダントツの最下位だった。
- 697 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:19
- これは何故か?
まずは補強選手が大誤算だった。
大金をはたいてブラジル人選手を獲得したが、この選手が全くの期待外れ。
プレー自体はそんなに悪くはないものの、このブラジル人にイタリアの組織を期待する事はできなかった。
試合中は個人プレーに走るばかりでチームのリズムを大きく崩す。
なおかつチーム、フロントに対して批判をぶちまけるなど、確かに時折目の覚めるようなプレーはするが、
それ以上にチームに混乱をもたらしていた。
そして次に主力選手の怪我が相次いだことがあげられる。
レギュラーと称される選手がどんどん故障していくのだ。
ここまで15節を終えたが、ベストメンバーが組めたのは開幕戦のみ。
それではこのセリエAは戦えない。
- 698 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:20
- このままではセリエBに降格となる。
そうなると収入は激減し、その補填のために主力選手も売らなくてはならなくなる。
そうなるとチーム力は格段に落ち、下手すれば2度とセリエAに上がれなくなってしまう。
それだけは絶対に避けねばならない。
前半戦を怪我で棒に振った選手たちも戻ってきて後半戦にかけるエンポリだったが、
そこへさらに追い討ちをかけたのが先に出たブラジル人選手の移籍だ。
もうこのクラブではやっていけないと、このブラジル人選手は強引に自国に戻っていった。
エンポリのシステムは4−2−3−1。
このシステムだとトレクァルティスタ(トップ下)に入る選手が重要になってくる。
この10番を背負ったブラジル人選手がここを務めていたのだが、
彼女が移籍したことでここを務められる選手がいなくなった。
控え選手はいるが、まだまだユースレベル。
これではセリエAの激しい戦いを勝ち抜く事はできない。
- 699 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:23
- この状況に頭を抱えるエンポリスポーツディレクター、ミーヤ・イチロータ。
が、そんな彼を救ったのはスペインリーガエスパニョーラ、
レアル・マドリードの後藤真希であった。
今シーズンよりレアル・マドリードに移籍した日本代表後藤真希。
開幕戦で1ゴール2アシストの活躍を見せた後もさらに彼女は世界をうならせる。
試合をこなすごとに周りとの連携もとれ、さらに周りに世界の天才が集まったことで
彼女自身の才能も大きく開花した。
17節を終えた時点でチームメートの“フェノーメノ(怪物)”ヒカルドの13得点に
次ぐ9得点。さらには7アシストいう素晴らしい成績を残している。
この活躍に各国のサッカー雑誌、番組はこぞって後藤真希の特集を組んだ。
Jリーグ時代の後藤、日本代表の後藤、それから現在の後藤。
様々な映像が流れる。
イチロータもこの特集を何気なく見ていた。
と、そこである試合の1人の選手に眼がいった。
その試合とは日本代表欧州遠征対イタリア代表戦だった。
- 700 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:25
- その特集は後藤のプレーがメインだったが、日本が上げた得点シーンも映し出されていた。
市井紗耶香が右サイドを駆け上がり、中にグラウンダーのクロス。
これに飛び込んだ吉澤ひとみがマキコサンドロ・エスミを身体で抑え、
スルーすると見せかけてヒールキックでラストパス。
これを安倍なつみが押し込んだというシーンだ。
このプレーを見た瞬間、イチロータは思わず立ち上がった。
「な、なんだこの選手は?!!」
セリエAどころか世界でも最高と言われるDF、マキコサンドロ・エスミのチャージを
もろともしないフィジカル。
そして何よりそのファンタジー。
イチロータはすかさず吉澤ひとみに関する資料を集めた。
Jリーグ、さらにアテネオリンピック最終予選。
全ての試合をチェックしたイチロータは確信した。
「ヒトミ・ヨシザワこそ我がエンポリを救うサルバトーレ(救世主)だ!!」
- 701 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:27
- イチロータはすかさずチームのオーナーに吉澤ひとみの獲得を進言。
了承を取ると自ら日本に赴いて交渉に当たった。
ちょうどタイミングも良かった。
吉澤ひとみも海外移籍を熱望しており、『新人が翌シーズンに海外移籍など認めない』と言っていた
浦和レッズフロントも平家みちよやミサト・レボリュション、キャンディ・ヨシコーらの説得に
折れた所だったのだ。
そんなタイミングだったためとんとん拍子に移籍話がまとまり、
12月28日、正式発表となった。
こうしてユヴェントスの福田明日香に続く日本人2人目のセリエAプレイヤー、
エンポリ吉澤ひとみが誕生した。
- 702 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:28
- そして2004年1月11日。
ウインターブレイクも終わりセリエAが再開された。
「うわー、やっぱ本場は違うなあ。」
ひとみは周りを見渡しながら感嘆の声を上げた。
セリエA第16節、対トリノ戦。
エンポリのホームスタジアム、カルロ・カステッリーニでこの試合が行われる。
このホームスタジアムは12000人収容の小さなスタジアムだが、
ピッチとの距離が近く、周りがイタリア人ばかりのせいか、
やはりどこか日本とは雰囲気が違う。
- 703 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:29
- 「どうヒトミ?セリエAの舞台は?」
ベンチに座る選手がひとみに尋ねる。
「いやー、やっぱスゴイです。すごくワクワクしてますよ。」
ひとみが流暢なイタリア語で答える。
実はひとみは後藤と“約束”をした日から家庭教師を雇い、
ほぼ毎日イタリア語の勉強をしていたのだ。
海外で活躍するには言葉が必要不可欠である。
後藤との“約束”を早くかなえたいため、ひとみは毎日熱心に勉強していたのだ。
- 704 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:29
- 「ヒトミ!!用意できてるな?!!」
「はいっ!!」
監督に言われてひとみはアップスーツを脱ぎ、ソックスにレガースを入れる。
イタリアに来てまだ日が浅いひとみ。
さすがに初戦からスタメンというわけにはいかなかった。
後半も10分が過ぎ、ここまで0−2でホームのエンポリがリードされていた。
この状況を打破すべく日本の“ファンタジスタ”がついに投入される。
- 705 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:30
- ウオオオオオオオオオオ!!!!!
スタジアムが大きくどよめく。
タッチライン上に背番号10が立ったからだ。
みな、この日本から来たサルバトーレに期待と疑問の目を投げかける。
いくら王者ユヴェントスで福田明日香が活躍していようと、日本はまだまだサッカー後進国。
そんな後進国から来た選手が果たして低迷するチームを救えるのか?
- 706 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:32
- 「ヒトミ、思い切っていこう。」
「はい、マユさん。」
ピッチに入ろうとするひとみにエンポリのキャプテン、マユコ・ハカセが声をかける。
ピッチに右足を踏み入れた瞬間、身体に電流が走った。
『・・・・・とうとう来たんだ。』
ひとみはセリエAの、世界の舞台に立てたことに心を震わせていた。
この踏み出した一歩が新たなるスタートだ。
- 707 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:32
- エンポリボールのスローイン。
ハーフウェーライン辺りでエンポリ右サイドバック、クピがボールを持つ。
「はいっ、こっち!!」
すかさずひとみがボールをもらいに来る。
そこへクピがスローインでボールをいれる。
これをトラップした瞬間、後ろから激しい衝撃が。
トリノMFが激しくひとみに当たったのだ。
しかしひとみはビクともしない。
これを抜群のフィジカルで振り払うと前へと突き進む。
すぐさまチェックに来たトリノMFをダイナミックなドリブルで交わす。
- 708 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:34
- ウオオオオオオオオ?!!!
カルロ・カステッリーニがひとみのプレーに大きく揺れる。
「マユさん!!」
「ヒトミ!!」
さらにチェックに来たトリノ選手をフォローに来たマユコとのワンツーでかわす。
シュートコースが見えた。
ひとみは大きく左足を踏み込み、右足を振り抜いた。
「くわっ!!」
トリノGKが懸命にダイブするが届かない。
ひとみの25mのミドルシュートはゴールポストの内側を叩いてネットに突き刺さった。
投入わずか14秒。
吉澤ひとみ、セリエA初ゴールを達成。
- 709 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:36
- 「ヒトミ!!!」
「ヨシ!!!」
選手たちが一斉にひとみに抱き付く。
ひとみは全身で喜びを表現する。
ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
サポーターたちも歓喜の雄たけびを上げている。
投入されて最初のワンプレーでゴール。
このインパクトは絶大だった。
「さあ、このまま逆転しましょう!!」
「おうっ!!」
ひとみの声に応えるエンポリイレブン。
エンポリの士気がこれ以上なく上がった。
- 710 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:38
- 「ヒトミ、こっちだ!!」
「ヨシ!!」
この得点により、チームメート、サポーターたちからの信頼を勝ち取ったひとみ。
ひとみにチームメートからボールが集まるようになった。
トレクァルティスタのポジションでそのフィジカルを使ってボールをキープし、
前線に何度も危険なパスを送り始める。
他の選手たちもひとみがそのフィジカルで確実にボールをキープしてくれるため、
前線に思い切って飛び出すことが出来る。
それがエンポリの攻撃を鋭いものにしていた。
当然トリノもひとみを徹底マークするが、そうなるとボランチのマユコがひとみを囮に使い、
パスを振り分ける。
こうしてエンポリの攻撃はリズム良いものになっていった。
- 711 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:39
- そんなエンポリが追加点をあげるのは自然の摂理だった。
「マユさん!!!」
右サイドをディ・カリーナが素晴らしいスピードで駆け上がる。
このエンポリ生粋のサイドアタッカーは、今シーズンの終わりには
ビッグクラブへの移籍が確実とされる逸材だ。
しかし前半戦は怪我のためか思うようなプレーが出来なかった。
それがエンポリ最下位の原因のひとつである事は間違いない。
その分後半戦に賭ける思いは強い。
ボランチのマユコからそのディ・カリーナにボールが出た。
チェックに来たトリノDFをかわし、中にクロス。
- 712 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:40
- 「任せろ!!」
トリノGKがゴールを飛び出す。
が、彼女の視界が急に暗くなった。
「なっ?!!」
視界が明るくなった瞬間、スタジアムが爆発的に沸いた。
トリノGKは一瞬何が起こったか分からなかった。
「よしっ!!!」
目の前では後半途中から入ったエンポリの背番号10が右拳を天に突き出している。
ハッとなってゴールを見ると、白と黒のボールがゴールネットに包まれていた。
後半24分。
吉澤ひとみの見事なヘディングでエンポリが同点に追いついた。
- 713 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:41
- 「何だアイツは?!!」
「あの跳躍力、半端じゃねえ!!」
「あのフィジカルもすげえ!!」
エンポリのサポーターたちが驚愕の表情でまくし立てる。
このスタジアムにいる者だけではない。
この試合を観ている者全てがこの日本人のサルバトーレに釘付けとなっていた。
- 714 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:42
- さらにひとみは、エンポリは止まらない。
中盤でボールを奪ったエンポリボランチ、ジャンピエレッティがすかさずひとみへ。
ひとみはこれを右サイドのディ・カリーナに振る。
ディ・カリーナは右サイドを駆け上がり、DFがチェックに来る前に
ゴール前にアーリークロス。
これに1トップを張るロッキが飛び込むものの、
トリノDFが何とかこれをクリアした。
- 715 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:43
- が、そのこぼれ球はひとみのもとへ。
トリノDFはひとみの強烈なシュートを恐れ、シュートコースを防ぐために飛び込んでくる。
ひとみはシュートを撃つと見せかけてDFラインの裏にふわっとしたパスを送った。
そのパスにボランチの位置から前線に駆け上がっていたのはマユコ。
全くのフリーでDFラインから抜け出したマユコ、冷静にゴールに流し込んだ。
後半33分。
ついにエンポリが逆転。
- 716 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:45
- ウオオオオオオオオオオオ!!!!!!
この展開に歓喜を爆発させるエンポリサポーター。
対照的に信じられないといった表情を浮かべるトリノ陣営。
最下位のエンポリにまさかの連続3失点。
あいつだ、全てあいつにやられた。
あの日本人、ヒトミ・ヨシザワに。
- 717 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:52
- ピィ、ピィ、ピィー!!!
主審の笛が3度高らかに鳴り、試合が終了した。
エンポリ3−2トリノ
「ヒトミ!!」
「ヨシ!!!」
選手たちが一斉にひとみの元にやってくる。
まさにサルバトーレに相応しい活躍だった。
サポーターたちもこの日本から来たサルバトーレに大歓声を上げる。
2ゴール1アシスト。これ以上ないデビュー戦だった。
そしてこれは吉澤ひとみが世界に挑戦状を叩き付けた瞬間だった。
- 718 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:53
- 『エンポリにサルバトーレ現れる!!!』
翌日、このニュースが世界各国を駆け巡った。
- 719 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 11:57
- ―――イタリア。
「さすがヨシザワね。アスカやマツシマが認めるだけのことはある。」
ユヴェントス所属、イタリア代表アレッサンドロ・デル・ハセキョン。
「あの時よりだいぶ成長したようね。」
ユヴェントス所属、フランス代表ナナコーヌ・マツシマ。
「まあこれぐらいはやってもらわないと。
・・・・・・あたしたちがワールドカップで勝つためにはね。」
ユヴェントス所属、日本代表福田明日香。
「上等。マツシマの後継者はあたしだ。」
ASローマ所属、イタリア代表ナカマチェスコ・ユッキエ。
―――イングランド。
「何だよ吉澤のやつ。派手なことしやがって。」
アーセナル所属、日本代表市井紗耶香。
「きっとマツシマ喜んでるだろうな。自分の後継者が活躍して。」
アーセナル所属、フランス代表ウエト・アーヤ。
「おもしろいやないの。今度は潰すからね。」
チェルシー所属、フランス代表フジワラ・ノリカー。
―――スペイン。
「さすがよしこ。・・・・・・早く戦いたい。」
レアル・マドリード所属、日本代表後藤真希。
「あたしたちとの試合には出てなかったよな。・・・・・・やるじゃん。」
レアル・マドリード所属、スペイン代表ユウーコ・タケウッチャン。
「確かにいい選手よね。」
レアル・マドリード所属、ポルトガル代表ヒトミ・クローキ。
「日本の“ファンタジスタ”・・・・・・」
デポルティボ・ラ・コルーニャ所属、韓国代表ミ・サキー。
世界にその名を轟かせる猛者たちが、挑戦状を叩き付けたこのサルバトーレに興味を持つ。
- 720 名前:第1話 サルバトーレ 投稿日:2004/03/17(水) 12:00
- が、一方で彼女たちはこの挑戦状を真剣に受け止めるつもりはまだない。
パッと出のラッキーガールなどいくらでもいるからだ。
まずは早くここまで、“頂上”付近まで上がって来い。
話はそれからだ。
第1話 サルバトーレ (終)
- 721 名前:ACM 投稿日:2004/03/17(水) 12:03
- 第1話 サルバトーレ 終了いたしました。
今回はちょっと短い話ですが、今までが長すぎた分ここで調節です。
第一部でも段々と1話が長くなっていったので、恐らく第二部でも
段々と1話が長くなっていきそうです。
第二部を始めることが出来ました。
第一部と同様、暖かく見守っていただけると嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
- 722 名前:ACM 投稿日:2004/03/17(水) 12:08
- 689>みっくす様
レスありがとうございます。
リアルタイムで読んでいただいてたみたいで嬉しいです。
いつも遅い時間、不定期な時間の更新で申し訳ないです。
第二部でも遅い時間、不定期な時間の更新になるかもしれませんが、
どうぞよろしくお願いいたします。
690>名無し飼育さん様
レスありがとうございます。僕もここ最近はサッカー三昧です。
確かにイルハンとか、安貞垣とか、柏レイソルのドゥドゥとかいい外国人選手がJに
参入してますよね。彼らと対戦して日本のDF陣も実力をつけて欲しいですし、FW陣
もいい所を盗んでもらいたいところです。
691>名無飼育さん様
初レス、ありがとうございます。おお、なるほど。かなり参考になりました。
どこかでこれを使わせていただきたいと思います。
うーん、恐らく加護かな?それとも市井?アヤカも出来そうですね。
誰がこのプレーをするのかご期待下さい。
692>名無しぃく様
レスありがとうございます。14日はマジへこみました。
でも16日に何とか勝ってくれたのでちょっとだけホッとしてます。
後は18日に全てを賭けるだけです。1週間に何度もサッカーが観れるのは
嬉しい事です。でも選手の疲労が心配です。
- 723 名前:ACM 投稿日:2004/03/17(水) 12:10
- では第2話の予告です。
第2話 ネッラ・ズーロ
とうとう世界の舞台に立ったひとみ。
毎週身も心も削り取られるような激しい戦いにその身を投じる。
そしてついに世界有数のビッグクラブとの対戦だ。
果たして自分の力がどこまで通用するのか。
これからも引き続き、よろしくお願いいたします。
- 724 名前:みっくす 投稿日:2004/03/17(水) 20:08
- いよいよ第2部はじまりましたね。
よっしー頑張れ。
明日香との対決も楽しみにしてます。
- 725 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/18(木) 18:57
- 第二部初更新乙です。
中田選手がデビュー戦でユーベ相手に2ゴールで一気に世界に名が売れた
ようにビッククラブとの試合でその選手の本当の価値評価が決まるのかもしれませんね。
ね。
そして中田選手はも一年目は見事にチームを残留させましたしね。
これからのひとみの活躍に期待です。
では楽しみにしております。
- 726 名前:名無しぃく 投稿日:2004/03/18(木) 22:24
- 更新お疲れです!
ものすごく( ^▽^)<ハッピー!な気分でございます。
よっちゃんさんナウいよ、よっちゃんさん。
次回も楽しみにしてます。
- 727 名前:ACM 投稿日:2004/03/20(土) 00:39
- 724>みっくす様
レスありがとうございます。やっと第2部を始めることができました。
明日香との対決はもう少しお待ち下さい。決して避けられない対決ですし、
僕も気合い入れて書きたいと思います。
725>名無し飼育さん様
レスありがとうございます。
確かにビッグクラブとの試合の方が注目度も高いですし、余計に評価される
のかもしれませんね。
まだまだエンポリの残留争いは激しいですが、これからのひとみにご期待下さい。
726>名無しぃく様
レスありがとうございます。そうですかハッピーですか。
それは僕も嬉しいですね。五輪出場も決まりましたし。
よっちゃんさん、かなりいいですよ。最高にナウいよっちゃんさんを
お見せします。
では本日の更新です。
第2話 ネッラ・ズーロ
- 728 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:41
- 「ふ、吉澤の奴えらい派手なデビューをかましおったな。」
ひとみが衝撃のデビューを飾った3日後、日本代表監督ツンク寺田は
イタリアミラノ空港に降り立った。
今日イタリアに訪れた理由は、ひとみの日本代表招集についてチームと
話し合いをするためだ。
いよいよ今年の2月18日からドイツワールドカップアジア1次予選が始まるのである。
この予選は絶対に負けられない試合。
先の第1回東アジア選手権は海外組の招集を見送ったが、このワールドカップ予選はそうはいかない。
海外組を含めた全ての日本人選手の力が必要になってくるのだ。
そのためツンクは各クラブにきっちりと挨拶に訪れ、礼を尽くしたいと考えている。
そうする事で少しでも良好な関係を築き、いい体制でワールドカップ予選に臨みたいからだ。
- 729 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:42
- 「あ、ツンクさん!!ご無沙汰しています!!」
エンポリに到着するとひとみがツンクを出迎えていた。
「おう、吉澤。しばらくやったな。」
2人が会うのはアテネオリンピック最終予選以来。
久しぶりの再会にがっちりと握手をかわした。
「ようこそ、我がエンポリへ。」
「ようこそいらっしゃいました。」
ツンクがひとみに連れられて、エンポリのクラブハウスに入ると、
そこにはエンポリ会長オオツィボ・モトオと、スポーツディレクターの
ミーヤ・イチロータが待っていた。
「初めまして。日本代表監督、ツンク寺田です。
今日はお忙しい中、時間を割いていただいてありがとうございます。」
ツンクが流暢なイタリア語で挨拶をする。
「こちらこそわざわざ足を運んでいただいて申し訳ない。」
エンポリ会長オオツィボ・モトオが手を差し出す。
ツンクはその手をがっちりと握った。
- 730 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:46
- 「あ、ツンクさん、お疲れさまでした。で、どうなりました?」
すでに練習を終えてクラブハウスに戻っていたひとみ。
会談から2時間後、やっとツンクが戻ってきた。
「ん、ああ。・・・・・お前はしばらく代表には選ばんとくわ。」
「えっ?!」
ツンクの言葉にひとみは絶句した。
代表落ち・・・・・・・・?
ショックを受けて呆然としているひとみにツンクは説明する。
「勘違いすんなよ。俺の構想から外れたってわけじゃないから。
モトオ会長の頼みなんやわ。セリエA残留に向けてお前の力が絶対に必要やから、
日本には帰さないでくれって俺に頭を下げて頼んだんやわ。
まあモトオ会長の気持ちも分かるけどな。俺も現役時代そうやったから。」
ツンクは現役時代、ここセリエAで活躍していた選手だ。
現役最後はASローマというビッグクラブだったが、それまではウディネーゼなどの
プロヴィンチャ(地方)のクラブで毎年残留争いを経験していた。
残留争いをするチームにとって、選手が代表戦で招集されるのは痛手以外の何物でもない。
ビッグクラブならば控え選手も充実しているが、プロヴィンチャではそうはいかない。
- 731 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:47
- 「それにな、俺も実はモトオ会長に言われなくても今回はお前を選ぼうとは
思ってなかったんや。」
「えっ?どういう事ですか?」
「お前は去年、Jリーグにデビューしてここまで一回も身体を休めてない。
今は大丈夫かもしらんが、これから絶対に疲れが出てくると思う。
そんな時にイタリアと日本の往復は絶対にお前の身体にダメージを与えよる。
ワールドカップ予選がオリンピックの時のように短期間で一気に行われるんやったら
それでも選ぶけど、1次予選は6試合を1年かけて行う。
だからこそ2003−2004シーズンが終わるまでお前は代表に選ばんつもりや。」
- 732 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:48
- 「・・・・・・・・・」
ひとみは言葉を返せなかった。
ツンクの心遣いは嬉しいが、やはり選ばれないとなると不安がこみ上げてくる。
日本には最大のライバル、柴田あゆみがいる。
それにU−17世代の田中れいなもいる。
この2人は簡単に勝てる相手ではない。
そんなひとみの不安を見抜いたツンクが優しく言う。
「お前の不安もわかるが、今お前は成長期や。
だからこそ体調を整えてこの激しいセリエAを戦い抜いて欲しいねん。
それが絶対にお前の力になるはずや。」
「・・・・・分かりました。」
ツンクの言葉に頷くひとみ。
「選んでなくても俺はお前のプレーをチェックし続けるからな。
・・・・・気の抜けたプレーしとったらホンマに構想から外すで。」
「・・・・・・はいっ、分かりました!吉澤、今シーズンはセリエAに専念して
暴れまくります!」
ひとみは力強く言い切った。
- 733 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:50
- 「ツンクさんもう行くんですか?」
ひとみとの話もそこそこに、ツンクは慌しく次の目的地へと向かう。
「まあな、色々と回らないとあかんのでな。」
「次はどこに行くんですか?」
「次はトリノや。ユヴェントスの福田んとこな。それからスペイン、
イングランド、で最後にドイツに行くつもりや。」
「えっ?ドイツ?」
ひとみは思わず尋ねた。
スペインは後藤、イングランドは市井。しかしドイツは・・・・・・?
「そうか、お前もまだ知らんねんな。ええか、覚えとけよ。
お前と福田、市井、それから後藤以外にも日本人はあと2人、
この欧州でプレーしてるんや。」
「えっ?!」
驚くひとみ。
今までそんな話は聞いたことがなかった。
- 734 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:52
- 「だ、誰なんですかその2人って?!」
「まずはスペイン、FCバルセロナ松浦亜弥。」
「えっ?!バルセロナ?!」
ひとみは驚いた。
あの世界の名門、FCバルセロナに日本人選手が?
松浦亜弥。
聞いた事がない名前だ。
「それからドイツ、シャルケ04藤本美貴。」
「藤本美貴・・・・・・?」
ドイツの古豪、シャルケ04の藤本美貴。
こちらも初めて聞く名前だ。
「2人ともまだトップには昇格してないけど、近々デビューしそうなんや。
だから先に挨拶を済ませておかなあかんと思ってな。
日本代表に招集したいのでって。」
ツンクがニヤリと笑った。
- 735 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:53
- そう言ってツンクはトリノへと向かっていった。
「・・・・・・ツンクさん、最後に爆弾を落としていった・・・・・・」
ひとみが呟く。
ツンクは松浦と藤本、この2人を予選初戦に招集するつもりだと言った。
いきなり発表して世間をあっと言わせてやるとイタズラ心全開の表情だった。
新たなニューフェイスが日本代表に加わる。
それはすなわちサバイバルマッチが一層激しくなったという事だ。
「・・・・・見てろ、絶対にセリエAで活躍してやる。」
ひとみは新たに闘志を燃やした。
- 736 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:54
- セリエA第17節 対パルマ戦 エンニオ・タルディーニ(パルマ)
前節見事な逆転勝利を収めたエンポリ。
選手たちは勢いに乗っていた。
現在6位で、チャンピオンズリーグ圏内の4位を目指す強豪パルマ相手に、
アウェーながら一歩も引けをとらない戦いを見せる。
前半41分にディ・カリーナが右サイドを突破してあげたクロスにひとみが合わせ、エンポリが先制。
これでひとみは2試合連続ゴール。
さらには後半20分にFWのロッキがマユコからのスルーパスに反応し、ゴールネットを揺らした。
守備陣もルーマニア代表FWタナカアン・レナァ率いるパルマ攻撃陣の猛攻を抑えきり、
2−0というスコアで完勝。
これでひとみ加入後、エンポリは2連勝を達成した。
- 737 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:55
- パルマ戦を見事に勝利し、エンポリのムードは最高潮に達していた。
そんな中で火曜日、次節に向けた練習が始まった。
「よーし、みんな集まってくれ!」
エンポリ監督スギモティオ・キヨシィがみなを集める。
「次節は2位につけている強豪インテルだ。しかし我々も残留のため勝点を稼がねばならない。
だからこそ次は守るぞ。攻めはカウンターのみで、ずっと守るんだ。
そして引き分けで勝点1を取る。明日からはそのフォーメーション練習をするからそのつもりで。」
「はいっ!!」
選手たちがキヨシィの指示に従う。
しかしひとみだけが怪訝な表情を浮かべていた。
- 738 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:56
- 月曜日が休日だったため、火曜日の練習は軽く身体をほぐす程度で終わった。
ひとみは着替えを済ませ、クラブハウスを出ようとしていた。
「おーい、ヒトミ。」
「えっ?あ、マユさん、カリーナ。」
その時、キャプテンのマユコ・ハカセとカリーナに呼び止められた。
「今日はこれから予定ない?」
「あ、はい。特にないですけど。」
マユコとカリーナが顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「なら、これから一緒に食事でも行かない?」
「あ、いいですね。お供しますよ。」
「よし、ならすぐ行こう!!」
カリーナがひとみの手を取って歩き出した。
- 739 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:57
- ひとみがマユコとカリーナに連れられてやってきたのは、静かな落ち着いた感じの店だった。
「いやー、やっぱ本場のパスタは美味いっす。」
ひとみがパスタを頬張りながら満面の笑みを浮かべる。
海外で活躍するには言葉ももちろんだが、そこの国の食文化にも慣れなければならない。
が、イタリア料理は日本でもポピュラーなためひとみが食事で困る事はなかった。
一通り食事を終えた後、マユコが話を切り出した。
「実はね、今日ヒトミを食事に誘ったのはちょっと話があったからなんだ。」
「ふえっ?・・・・・なんでしょうか?」
ひとみが思わず姿勢を正す。
「ああ、いや、そんなかしこまらなくていいよ。ちょっとね、今日の練習の時のヒトミの態度というか、
表情が気になったから、何かあったのかなって思ってね。」
「そうそう。監督が次節のインテル戦の戦術を説明してる時、ヨシの表情が変わったからね。
もし、何かあるんだったら言った方がいいと思ったからさ。」
マユコとカリーナの言葉にひとみは一瞬考え込むが、思い切って自分の考えを話した。
- 740 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 00:59
- 「・・・・・何か、戦う前からそんなのでいいのかなって思ったんです。
もちろん次の相手はインテルで、強豪です。でも、あたしたちだって
今絶好調なんですから何も最初から勝ちを諦めて引き分けを狙わなくても
いいんじゃないかって思ったんです。」
「・・・・・うーん、そうかなあ?だって次はインテルなんだよ?しかも相手のホーム。
引き分け狙いでいって何が悪いの?勝点1が取れれば万々歳じゃん。」
ひとみの考えにカリーナが真っ向から反論する。
「そ、それはそうですけど、いくらインテルだからといって、アウェーだからといって
最初から諦めてどうするんですか?そんなの絶対間違ってますよ。」
カリーナに反論されたことでひとみもつい口調が熱くなる。
「まあまあ、ちょっと落ち着きなさい。」
マユコがひとみを落ち着かせる。
- 741 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:01
- 「・・・・・でもねヒトミ。その考えはこのイタリアの世界では通用しないと思うよ。」
「えっ・・・・・・・?」
マユコのその断定的な言い方に少なからずショックを受けるひとみ。
「・・・・・・ヒトミのいた日本ではその考え方もいいかもしれない。
だってヒトミの国のリーグ、Jリーグだとほとんどのクラブが優勝できる
チャンスがあるんでしょ?」
「え?あ、はい。」
マユコの言うとおり、Jリーグはほとんどのクラブが優勝を目指している。
J1にいるうちの2〜3チームは残留が目的ではあるが、それ以外は目指すは優勝だ。
「でもね、こっちじゃ優勝を、スクデットを狙おうと思ったらごく限られたビッグクラブしか無理なの。
それぐらいビッグクラブとプロヴィンチャのレベルの差は離れているの。スクデットを狙うなら、
上位を狙うならアウェーであろうと勝点3が必要になってくるんだけど、残留を狙うなら勝点1をしぶとく
取っていくしかないの。その勝点1で全てが変わることだってあるんだから。」
マユコの言葉にも熱がこもる。
昨シーズン、エンポリは12位でセリエA残留を果たしたが、実は12位のチームは4チームもあった。
みな勝点38で並んだのだ。
エンポリはプレーオフで何とか残留を決めたが、もし、この時勝点が1でも足りなければセリエBに転落していたのだ。
- 742 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:03
- 「それは頭では分かってるんですけど・・・・・」
「いや、ヒトミは分かってない。セリエBに落ちることがどれだけ最悪な事なのか。」
エンポリは今から5年前の1998−1999シーズン、セリエAからBに転落した。
そしてそれからまたセリエAに上がるのに3年もかかったのだ。
マユコはこれを経験しているエンポリ唯一の選手なのだ。
『・・・・・そういえば平家さんも同じこと言ってた。』
ふとひとみは平家のことを思い出した。
彼女もまたJ2に降格した経験を持っている。
あの時は1年でJ1に上がれたが、もし上がれていなかったならば、
恐らく今だにJ2にいただろうと平家は言っていた。
下のリーグに落ちて、翌シーズンに昇格できなかったクラブは一からチームを作り直さねばならない。
そうしないと収入と支出のバランスが保てないからだ。
今まで育ててきた選手を売り、また年俸の安い、若い選手を一から育てていかねばクラブ経営は成り立たないのである。
これは時間のかかることだ。
もし浦和がそうなっていたら、きっと平家も移籍させられていたであろうし、もちろんひとみも浦和に入団していたかわからない。
ましてや2003Jリーグチャンピオンに輝くことなど不可能であっただろう。
下のリーグに落ちるという事は、今まで培ってきたクラブが根本から倒れるということなのだ。
- 743 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:03
- 「・・・・・・・すみませんマユさん。カリーナ。あたしが間違ってました。」
ひとみは素直に頭を下げた。
「ま、まあもちろんあたしだって諦めてるわけじゃないからね。
チャンスがあればってことで。ね、マユさん。」
カリーナがあたふたしてマユコに振る。
ひとみが素直に頭を下げたので何かこう照れくさいのだ。
「もちろん。知ってる?欧州のリーグで一番番狂わせが多いのがセリエAだってこと。
だから次節、勝点1を取りにいけば、もしかしたらおまけで勝点が2点ついてくるかもね。」
マユコが悪戯っぽく笑った。
- 744 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:05
- 翌日からインテル戦に向けての練習が始まった。
ひとみも次節で勝点1を取るために積極的にフォーメーション練習をこなしていた。
しっかりと守り、そして攻撃の際には鋭い飛び出しでカウンターを狙う。
「よし!それでいいよヒトミ!!」
マユコからの声が飛ぶ。
みな、声もよく出ており、チーム状態もいい。
これならば勝点1はもちろん、おまけも付いてくるかもしれない。
そして週末を迎えた。
- 745 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:06
- 第18節 対インテルミラノ戦 ジュゼッペ・メアッツァ(ミラノ)
入場を終え、ピッチに立ったエンポリイレブン。
「よし、みんな気合い入れていくぞ!!」
「おうっ!!」
キャプテンマユコの声にみなが応える。
みな気合いも充分に入っているし、コンディションも良好だ。
この試合、あっさり負ける気はさらさらない。
対するインテルも首位ユヴェントスを追いかけるためにはこの試合、絶対に勝点3が必要だ。
それだけにインテルイレブンも気合いが入っている。
ボールはコイントスによりインテルボールに。
センターサークルにはインテルが誇る2トップ、イタリア代表ヨネクラン・リョウコと、
ウルグアイ代表アルバロ・ヤイコがいる。
ピィー!!!!
主審の笛が高らかに鳴った。
セリエA第18節、インテル対エンポリの試合が開始された。
- 746 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:08
- アウェーのエンポリは4−2−3−1のシステム。
GKはベーティ。DF、左からベッレーニ、ルッキーニ、クリバリ、クピ。
MF、ボランチにマユコ・ハカセとジャンピエレッティ。左にブッシェ、右にディ・カリーナ。
トレクァルティスタに吉澤ひとみ。
そして1トップにロッキという布陣だ。
対するホームのインテルはフラットな4−4−2のシステム。
GKにはユヴェントスのジャンルイジ・フカキョンと激しいイタリア代表正GK争いを
繰り広げるマキチェスコ・ミズノ。
DFセンターバックにはイタリア代表ミホ・カンノバーロ、ムロイ・シゲルッツィ。
中盤の右サイドには若いながらもインテルでキャプテンを務める
アルゼンチン代表ウエハラ・タカコッティ。
そしてFWにはイタリア代表ヨネクラン・リョウコとウルグアイ代表アルバロ・ヤイコ。
各国のスーパースターが揃う陣容だ。
- 747 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:10
- まず先手は当然地力に勝るインテル。
右サイドをタカコッティが駆け上がり、中にクロス。
これにヨネクランがエンポリDFを蹴散らして飛び込む。
ヨネクランの放った打点の高いヘディングシュートは
クロスバーを叩いてゴールラインを割った。
「・・・・さすがヨネクラン。」
ひとみもヨネクランの高さと強さに驚かされる。
続いて左サイド。
2トップの一角、アルバロ・ヤイコが左サイドに開いた。
そこにボールが出る。
ヤイコにすかさずクピとマユコが当たるが、ヤイコはこの2人を華麗にかわす。
そしてDFクリバリを充分にひきつけて中にラストパス。
これにヨネクランが飛び込むが自陣に戻っていたひとみがパスコースを読んでおり、
スライディングでクリアした。
「ナイスひとみ!!」
マユコから声が飛ぶ。
意外という表情を浮かべるのはヤイコ。
あのコースを読んでいたとは?
- 748 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:11
- さらにインテルの猛攻。
タカコッティ−ヨネクラン−ヤイコとダイレクトでつながり、
最後はオーバーラップしてきたミホ・カンノバーロのミドルシュート。
が、これはマユコが身体を投げ出してブロックする。
こぼれ球はひとみが大きくクリアした。
今度はヤイコが右サイドから突破を図る。
鋭いドリブルでエンポリDFベッレーニをかわし、右サイドを深くえぐる。
慌ててセンターバックのルッキーニがチェックに行くが、ヤイコは切り返してかわし、
左足で中にクロス。
これに中央から飛び込むのはヨネクラン。
しかしエンポリGKベーティが飛び出し、これをフィスティングで逃れた。
- 749 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 01:11
- 「みんなここしっかり!!集中するよ!!」
「おうっ!!」
ひとみが声を張り上げ、周りを鼓舞する。
インテルの猛攻にタジタジになっているエンポリだが、ここは我慢だ。
ここを我慢すればきっとインテルは焦る。
最下位のエンポリ相手にホームで引き分けなど許されないからだ。
そしてその時こそカウンターのチャンスなのだ。
- 750 名前:ACM 投稿日:2004/03/20(土) 01:20
- すみません、途中ですが一旦ここで終わります。
今日の午前中には残りを書き上げてしまいますのでどうかご容赦ください。
- 751 名前:ACM 投稿日:2004/03/20(土) 08:45
- エンポリはひとみまでも自陣深くに戻り、ディフェンスをする。
前線にロッキ1人だけを残し、他の10人が自陣で必死に守る。
これだとさすがのインテルでも得点を上げることは難しい。攻め倦んでいる。
この展開に満員に膨れ上がったジュゼッペ・メアッツァからブーイングが飛ぶ。
これはエンポリではなく、インテルに対してのものだ。
最下位のエンポリ相手に攻め倦んでいるインテルにインテリスタたちは不満の声を上げる。
この不満の声に次第にインテルが前がかりになってきた。
もちろんエンポリの前線が1人しかいないのもあるが、
最下位のエンポリ相手にインテルが苦戦してはならない。
最終ラインにシゲルッツィ1人を残し、他は攻撃に向かう。
- 752 名前:ACM 投稿日:2004/03/20(土) 08:46
- 右サイドを鋭く突破したタカコッティから中にクロス。
これにヨネクランが飛び込むが、ひとみがヨネクランに食らいついたため、
合わせ切れなかった。
ボールはクロスバーを越えていった。
「・・・・・こいつ。」
ヨネクランの端整な顔が歪む。
ひとみはトレクァルティスタのポジションから下がっていた。
中盤でマユコやジャンピエレッティとともにディフェンスに入り、
サイドを突破されて上げられたクロスボールに対しては中央で構えるヨネクランにピッタリと張り付く。
そのおかげでエンポリはヨネクランのフィジカルを活かした攻撃も何とか抑えている。
『す、すごいフィジカルだ。』
しかしひとみも一杯一杯だった。
自分もフィジカルには自信があるが、ヨネクランは明らかに自分よりも上だ。
少しでも気を抜けばやられる。
「よしっ!」
気合いを入れなおしヨネクランにピッタリとつく。
- 753 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:47
- ここまでエンポリの攻撃という攻撃はなかった。
ほとんどハーフウェーラインからボールが越えていない。
ボールキープ率はエンポリ20%、インテル80%ぐらいであろうか?
圧倒的にインテルがボールを支配していた。
だが、最後の最後で踏ん張り、得点は許さない。
そして前半も残るは3分となった。
- 754 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:48
- またも右サイドからタカコッティがクロス。
ここまでほとんど突破し、クロスを上げている。
さすがはこの若さで名門インテルのキャプテンを務める逸材だ。
このクロスにヨネクランが飛び込むが、ひとみ、クリバリ、
ルッキーニの3人が身体を張ってはさすがのヨネクランでも無理だ。
ボールが逆サイドに転がっていく。
「またか。」
インテル陣営はみな足が止まった。
何度チャンスを創ろうと、貝のように閉じこもるエンポリディフェンスを崩せない。
その苛立ちとエンポリの攻撃などないと高をくくっていたのか、インテルの足が止まった。
それをひとみは逃さない。
- 755 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:48
- 「カリーナ!!拾って!!!」
ひとみの声にカリーナは反応。
素晴らしいスピードでこのこぼれ球を追いかけ、タッチラインギリギリで拾った。
「カリーナ!こっちだ!!」
トップからロッキが下がってボールをもらいに来る。
カリーナはすかさずロッキに出す。
1人自陣に残っていたシゲルッツィが慌ててチェックに行く。
が、遅かった。
ロッキはシゲルッツィがくる前に、逆サイド、
誰もいないフリースペースへ大きくボールを出した。
- 756 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:49
- 「ナイスパス!!!!」
そこには自陣ゴール前から素晴らしいスピードで上がってきたひとみがいた。
「やばい!!戻れっ!!!」
慌てて戻るインテルだが全く追いつかない。
完全にフリーでひとみが爆走する。
「くっ!!」
GKミズノが飛び出してくるが、ひとみは落ち着いてゴール隅に流し込んだ。
前半43分、エンポリまさかの先制点を上げる。
- 757 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:50
- ウオオオオ!!
ごく少数のエンポレーゼたちが歓喜の雄たけびを上げる。
残る大多数のインテリスタたちがまさかという表情だ。
これで3試合連続ゴールを達成したひとみ。
ちょうどインテルゴール裏にいたエンポレーゼに右拳を突き出す。
ウオオオオオオオ!!!!
これにさらに沸きあがるエンポレーゼたち。
みなこの日本から来たサルバトーレに熱狂していた。
- 758 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:51
- 前半はこのままのスコアで終了した。
最下位のエンポリが1−0でリードというまさかの展開。
エンポリの選手たちは意気揚々と、インテルの選手たちは苛立ちを
隠せない様子でロッカールームに戻って行った。
同時刻、トリノ。
トリノのスタディオ・デッレ・アルピでも前半戦が終わろうとしていた。
ユヴェントスがホームに下位のピアチェンツァを迎えたこの一戦。
こちらは戦前の予想通り首位のユヴェントスが力の違いを見せつけ、2−0でリード。
ゴールはハセキョンとマツシマ。福田が1アシストを記録している。
- 759 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:51
- ピッピィー!!!
主審の笛が鳴り、前半戦が終了した。
ピッチにいた選手たちがロッカールームへと戻っていく。
「オッケー、ナイスだよ。」
福田がマツシマの背中をポンと叩く。
「アスカもナイスパス。」
マツシマも福田の背中をポンと叩く。
2点目は福田のスルーパスにマツシマが抜け出し、ゴールネットを揺らしたものだった。
「あ、あれ見てよ。」
その時ハセキョンがスタジアムの電光掲示板を指差した。
そこには今日行われている他会場の試合の途中経過が流れていた。
- 760 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:52
- ラツィオ1−0レッジーナ 【得点】 ヤダベド(前29)
ウディネーゼ0−2ACミラン 【得点】 マヨザーギ(前11)ナオチェンコ(前38)
コモ0−2ASローマ 【得点】 ミユキトゥータ(前34)ユーミン(前36)
ここまで予想通り上位のチームがリードしている。
が、次に表示された途中経過にみなどよめいた。
- 761 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:53
- インテル0−1エンポリ 【得点】 ヨシザワ(前43)
「へえー、やってくれるじゃん。」
福田がニッと笑う。
「ホント。絶好調みたいね。」
ハセキョンも同様だ。
「・・・・あたしたちとしてはこのままインテルが負けてくれると楽なんだけど、
さすがにそうはいかないでしょうね。」
「確かにね。ヨネクランやヤイコ、タカコッティが黙ってるはずないからね。」
「ま、どっちが勝とうがあたしたちが勝てばいい話だから。」
マツシマの言葉にハセキョン、福田が答えた。
そしてロッカールームへと向かう。
『・・・・・よっすぃー、これで勝ったと思ったらダメだからね。
相手は伊達に“インテル”の看板背負ってないから。』
口では気にしていないと言いながら、やはりひとみの事を気にする福田であった。
- 762 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:54
- 「よしよしよしよし!!前半は最高の展開だったぞ!!」
エンポリ監督キヨシィが興奮した口調で言う。
ここまで彼の言うとおりエンポリにとって最高の展開だ。
後半はさらにインテルは前がかりになってくるだろう。
となればこっちも前半どおり守っていればカウンターのチャンスが訪れる。
おまけが見えてきた。
「後半も気合い入れていきましょう!!!」
「おうっ!!」
ひとみの声にみなが応える。
彼女がエンポリに来てから確実にチームが変わった。
ここまで3試合連続のゴールはもちろん、その存在がみなに希望を与えている。
『・・・・・ヒトミがエンポリに来てくれて嬉しいよ。』
ひとみの存在にキャプテンのマユコも助けられていた。
確かにひとみの考え方は日本的なものだが、
強豪インテル相手に真っ向から戦おうとする闘志は頼もしいものだ。
- 763 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:54
- 後半も前半と同じくインテルが怒涛の攻撃を見せる。
ヨネクランが、タカコッティがその能力の高さを見せつけ、エンポリゴールに迫る。
しかしエンポリも負けてはいない。
全員で一丸となってインテルの攻撃を跳ね返す。
このエンポリのディフェンスの中心となっているのがマユコだ。
的確なコーチングにカバーリングでインテルの分厚い攻撃を防いでいく。
「ジャン!!そっちカバー!!」
「オッケー!!」
マユコの指示に従い、ジャンピエレッティが右サイドのカバーに入る。
そこで出来た穴は自分がカバーリングに入る。
この見事な守備にインテル攻撃陣も攻め倦む。
パスコースがなく、戸惑うインテルセンターハーフにマユコの強烈なタックルが決まった。
- 764 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:55
- 後半も15分を過ぎたが、ここまで1−0のスコアは動かない。
「何をやってるんだ!!!!」
インテル監督オシオル・マーナブが苛立たしげに叫ぶ。
最下位エンポリ相手に何と言う体たらく。
これが“インテル”の試合か?
「お前らいい加減にしろ!!!さっさと点を取れ!!!」
テクニカルエリアに出てマーナブが叫ぶ。
この怒号にビクッと身体を振るわせるインテル選手たち。
「・・・・・バカが。叫んでも逆効果だって。」
ヤイコが忌々しげにマーナブを睨む。
正直インテルの選手と監督との相性は悪い。
彼はまず組織ありきだ。選手とはその組織に当てはめるコマとしか見ていない。
もちろん監督には色々なタイプがあり、組織重視の監督も多い。
しかしそんな監督であってもマーナブほど露骨に選手をコマとして扱わない。
各国を代表する選手が集まる名門インテル。
選手たちのプライドも高いだけに、そのプライドを上手く利用したチーム造りが必要なのだが、
マーナブはそれをしなかった。
これでは選手たちが反感を持つのもあたり前だ。
- 765 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:56
- マーナブのゲキに恐れたかのように前がかりになるインテル。
彼の指示に従わねば次の試合からはベンチにも入れない。
それが分かっているからこそインテルイレブンは追い詰められたように前へ前へと進む。
「くそっ!!」
焦ってインテルセンターハーフがミドルシュートを狙う。
「バカ!!今撃つな!!」
ヤイコが叫ぶ。
インテルは今前がかりだ。自陣にはシゲルッツィしかいない。
そんな状況で苦し紛れのミドルなど相手にカウンターをしてくださいと言っているようなものだ。
が、インテルセンターハーフはパニクッていて、その状況判断が出来なかった。
「はっ!!!」
マユコがこのミドルシュートをあっさりとブロックした。
ボールがこぼれる。
- 766 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:56
- 「オッケー!!」
右サイドバックのクピがこのこぼれ球を追いかける。
が、これをクピを追い越し、ヤイコが拾った。
「あっ?!!」
慌ててクピがヤイコに当たるがヤイコはあっさりとかわす。
そして1人でエンポリゴールに突き進む。
「クリバリ!ルッキーニ!」
「ああ!!」
「オッケー!!」
ひとみの指示に従い、エンポリセンターバックコンビ、クリバリとルッキーニが当たる。
が、ヤイコはまずクリバリをあっさりとかわす。
そして次に詰めてきたルッキーニをかわそうと右にドリブルする。
「よしっ!!狙い通り!!」
が、その瞬間回りこんでいたひとみがヤイコに詰める。
センターバック2人を突っ込ませ、もしかわされても自分が飛び込む。
2段構えのディフェンスだった。
- 767 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:57
- 『ふ、甘いで。それも予測済み。』
が、ヤイコは、この天才はこれを予測していた。
タイミングよく詰めてきたひとみの股間を抜き、
そしてひとみとルッキーニの間をすり抜ける。
「なっ?!!!」
これにはひとみも驚くしかなかった。
恐るべきテクニックだ。
「もらったで!!」
ヤイコの眼がゴールマウスをとらえた。
が、その瞬間、後ろからのタックルに足を払われた。
「うおっ!」
たまらず倒れこむヤイコ。
止めたのはカバーリングに回ったマユコだった。
- 768 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:57
- 「ナイスマユさん!!」
カリーナが声をかける。
もちろんファウルだが、あの場面では仕方がない。
確実に1点献上の場面だったからだ。
他のエンポリ選手もマユコの良い判断に声をかける。
が、それも審判の判断にかき消されてしまった。
- 769 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:58
- ウオオオオオオオオオオ!!!!!!
スタジアムのインテリスタたちが歓喜の雄たけびを上げる。
何と審判はこのファウルにカードを提示したのだ。
それもレッドカードを。
後半18分。
エンポリキャプテンマユコ・ハカセ、レッドカードにより一発退場。
- 770 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:59
- 「ちょ、ちょっと何でですか?!!今のでレッドはないでしょう?!!」
「せめて今のはイエローでしょ?!!」
ひとみやカリーナ、その他エンポリの選手たちが一斉に審判に抗議する。
が、その抗議にインテリスタたちがブーイングを降り注ぐ。
この雰囲気だ。
この雰囲気が審判にホームに有利な判断をさせるのである。
「みんな、もういい。」
マユコは諦めた表情で抗議する選手たちを止める。
そしてマユコは左腕に巻いていたキャプテンマークをひとみに手渡した。
「後、頼んだよ。」
「えっ、あ、あたしですか?」
マユコは頷くとピッチを去って行った。
その背中にインテリスタからの容赦ないブーイングが飛ぶ。
その後姿を見てひとみの闘志が燃え上がった。
「・・・・・みんな、マユさんのためにも絶対この試合勝つよ。」
ひとみはマユコから手渡されたキャプテンマークを左腕に巻きながら静かに、冷静に言った。
が、そこに滾るほどの熱い思いが込められている。
「もちろんだ!!絶対この試合勝つぞ!!」
「おうっ!!」
カリーナの声に応えるエンポリイレブン。
みなの気持ちが1つになった。
- 771 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 08:59
- 『・・・・・何や、せっかくおもろい試合やったのにぶち壊してくれおって。』
ヤイコがガックリと肩を落とす。
アルバロ・ヤイコ。
まさに“天才”だが、弱点はムラがありすぎる事。
気分が乗った時には信じられないようなスーパープレーを連発するが、
気分が乗らない時はピッチにいるのかいないのか分からないほどである。
こういうタイプはインテル監督オシオル・マーナブの最も嫌いなタイプであるが、
それでも使わざるを得ないほどこのヤイコの気分の乗った時のプレーはずば抜けていた。
今日の試合、先ほどまでエンポリの気迫のこもった守りに感化され、気分が乗ってきた所だったのだ。
あのドリブルなどまさにそれだ。
それが審判の判定で全て台無しになった。
ヤイコ自身もあれはせめてイエローどまりだと思っていたのに。
- 772 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:01
- これでエンポリも終わった。
誰もがそう思った。
マユコが抜けるのは他の選手が抜けるのとは訳が違う。
的確なコーチングにカバーリング、
そしてその冷静な姿こそエンポリディフェンスの要だったのだ。
- 773 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:01
- 『はあ。もうこれでうちらの勝ちやな・・・・・?』
そう思ったヤイコだったが、自分を射抜くような視線にビクッと身体を振るわせる。
視線を感じる方に目を向けるとそこにはエンポリの10番がいた。
全身から闘志をほとばしらせているその姿にヤイコの気持ちが揺さぶられる。
『・・・・おもろい。この状況でその闘志。ええで自分!』
ヤイコの気持ちが再び昂ってきた。
「タカコ!あたしが蹴る!」
ヤイコはボールをセットしているタカコッティに叫んだ。
- 774 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:02
- ヤイコがボールをセットし、助走の距離を取った。
ひとみは壁の中に入る。
ヤイコのFKは世界でも有数だ。
だからこそ身長のある自分が壁となり、防がなくてはならない。
ピィッ!!
主審の笛が鳴った。
ヤイコが助走を開始する。
そして左足が振りぬかれた。
『速い!!それに高い!!これじゃ入らない!!!』
ヤイコがボールを蹴った瞬間、ひとみは思いっきりジャンプした。
ヤイコのFKはちょうどひとみの頭の上を猛スピードで越えていった。
自分の身長とジャンプ力。その上を越えたのだ。
この高さだと親友の石川梨華の“魔法の左足”でも落としきれない。
距離があればまだ何とかなるが、このFKはほぼペナルティエリアギリギリ。
それをこの速さでは絶対に無理だ。
そう思い、着地した瞬間後ろを見る。
- 775 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:02
- 「なっ?!!!」
しかし、ひとみの目に飛び込んできたのはゴールネットに鋭く突き刺さったボールだった。
後半19分。
インテル、アルバロ・ヤイコの“魔法の左足”により同点に追いつく。
- 776 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:03
- ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!
ジュゼッペ・メアッツァが歓喜で大きく揺れた。
インテルベンチでもみな沸いている。
「ふん、最初からそれをしろ!」
マナーブが吐き捨てるように言う。
が、内心はホッとしているのだが。
同点でガックリと肩を落とすエンポリイレブン。
ひとみも呆然とした表情だった。
『まさか・・・・・あれで入るなんて。・・・・・・梨華ちゃん。
梨華ちゃんより凄い“魔法の左足”があったよ。』
同点にされた事は悔しいが、それでもその凄さに見惚れるしかなかった。
それほど凄まじい左足だった。
- 777 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:04
- この同点弾は大きかった。
インテルはこの得点で落ち着きを取り戻し、エンポリは士気が下がった。
確かにマユコ退場に奮起し、心を1つにしたエンポリイレブンだったが、
そのわずか数十秒後に同点に追いつかれては士気が下がるのも仕方がない。
そしてそんなエンポリディフェンスを気分が乗ったヤイコが突破するのも当然だった。
「タカコ!!」
ヤイコが中央に入り、タカコッティにパスをもらう。
そして前を向き中央突破。
「くっ!!」
エンポリDF陣はうかつに飛び込めない。
下手に飛び込めばドリブルで抜かれるし、ファウルを与えればまたあのFKが来る。
そう考えるとエンポリDF陣は動けない。
ヤイコはそんなエンポリDF陣を嘲笑うかのような見事なスルーパスを裏に出した。
これに抜け出したのはヨネクラン。みなヤイコに気を取られすぎていた。
抜け出したヨネクランがあっさりと沈め、後半23分インテルが逆転した。
- 778 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:06
- 「くそっ・・・」
ガックリとうな垂れるエンポリイレブン。
あっさりと逆転を許してしまった。
もうこれでインテルの勝利は間違いない。
誰もがそう思った。
「みんな顔を上げろ!!!!」
が、1人の選手が叫んだ。
この叫びに顔を上げる選手たち。
ひとみだった。
ひとみだけは今だ闘志は衰えていない。
- 779 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:06
- と、その時、インテルベンチが動いた。
何とヨネクランとヤイコ、2人同時にベンチに下がらせたのだ。
「なっ?!」
これには当の本人たちも驚いていた。
『これでこの試合は勝った。』
インテル監督オシオル・マナーブはそう判断し、
ヤイコとヨネクランをこれからに備えて休ませた。
シーズンはまだ長い。リーグ戦も、チャンピオンズリーグもある。
- 780 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:07
- ひとみはブルブルと身体を震わせている。
明らかにこの交代はインテル陣営がエンポリを舐めている証拠である。
「・・・・・背中を見せたこと、後悔させてやる。」
そう呟いてひとみはセンターサークルに走った。
まだ試合は終わっていない。
それなのにインテルは勝手に勝利を確信して背中を向けた。
・・・・・・その背中、叩っ斬ってやる。
- 781 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:09
- その後のひとみの動きは明らかに違っていた。
気合いが入った動きでピッチを所狭しと駆け回る。
「あたしたちだって負けるな!!!」
「おうっ!!!」
このひとみの動きにエンポリイレブンも引っ張られる。
今まで押されっ放しだったエンポリが、次第にインテル陣営に進んでいく。
エンポリが蘇った。
「ここで跳ね返せ!!!」
DFリーダーのシゲルッツィが声を上げる。
インテルもGKミズノ、カンノバーロ、シゲルッツィ、そしてタカコッティが必死に守る。
インテルも負けてはいない。
熱い戦いがピッチで繰り広げられる。
両チームのサポーターも声を張り上げる。
そして時間がどんどん過ぎていく。
- 782 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:10
- 「ヨシッ!!」
カリーナがひとみに預け、自分は前に走る。
が、ひとみにボールが渡った瞬間、カンノバーロとタカコッティがひとみに激しく当たった。
この2人は分かっていた。エンポリの中心はこの10番、ヒトミ・ヨシザワだと。
「ぐっ!!」
が、ひとみはこれを何とか耐える。
そして強引に2人の間を突破しようとする。
「もらった!!」
その瞬間シゲルッツィまでが飛び込んできた。
こちらも2段構えのディフェンス。
しかも両サイドをタカコッティとカンノバーロに挟まれているため、逃げ場がない。
- 783 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:10
- 『ヤバイ!!・・・・・あっ?!!』
その時、目の前に白い道が見えた。
久しぶりの感覚だ。
- 784 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:11
- ひとみはその道に沿ってパスを出した。
ひとみの右足から放たれたパスはシゲルッツィの股間を抜いた。
「くうっ!!!」
このボールに飛びつくのはディ・カリーナ。
ひとみに預けて右サイドを駆け上がったが、
ひとみがタカコッティとカンノバーロからチェックを受けたのを見るや右サイドには
来ないことを察知し、中に切れ込んでいたのだった。
- 785 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:11
- そこへドンピシャでひとみからパスが来たが、このパスが速く、厳しい。
「触る!!!!」
カリーナが懸命に足を伸ばす。
GKミズノも飛び込み、これを防ごうとする。
先に触ったのは・・・・・・・カリーナだった。
「うわっ!!」
勢い余ってカリーナとミズノが接触した。
が、ボールはころころとゴールに転がっている。
「くっ!!!」
すぐにインテル右サイドバックがこれを追いかけ、滑り込む。
が、届かなかった。
後半41分。
エンポリ、奇跡の同点ゴール。
- 786 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:12
- ウオオオオオオオオオ!!!!!!
スタジアムがこの同点ゴールに大きく揺れた。
エンポレーゼもインテリスタもみな声を上げる。
あんなパスが見れるとは?
誰もが今の“悪魔のパス”に心を貫かれていた。
「カリーナ!!!」
「ヨシッ!!!」
ひとみとカリーナが抱き合う。
そこへエンポリの選手たちが飛び込む。
エンポリベンチでもマユコや監督のキヨシィが声を上げている。
- 787 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:13
- 「くそっ!!何をやっているんだ!!!」
マーナブが怒りに声を荒げる。
『・・・・あんたの采配ミスでしょ?』
ベンチに下がったヨネクランが心の中で呟く。
監督にガツンと言うたった。心の中で言うたった。
「なあ、ヨネクラン。彼女、スゴイなあ。」
ヤイコがヨネクランにそっと耳打ちする。
「ああ。マツシマが後継者って認めて、ハセキョンやユッキエも一目置く奴だからな。」
「・・・そうか・・・・いつか彼女と一緒にプレーしたい。」
この“ネッラ・ズーロ”のユニフォームを着て一緒に。
- 788 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:13
- 試合はこのままのスコアで終了した。
インテル2−2エンポリ
最下位エンポリは退場者を出しながらも2位のインテル相手に貴重な勝点1を手に入れた。
一方、インテルにとってはこの引き分けは痛い。
首位のユヴェントスが勝ったため、勝点の差がこれで6に開いた。
なおかつミランに抜かれたため3位に転落した。
まさに痛すぎる引き分けであった。
- 789 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:14
- 「・・・・・・・ヒトミ・ヨシザワか・・・・・・」
この試合をVIP席で見ていた人物が呟く。
その人物とはインテル会長イブ・マサッティ。
本来ならばインテルが最下位エンポリに引き分けて怒り狂うところだが、
彼はエンポリの10番に熱い視線を送っていた。
彼はこの試合を観て決めた。
「ふふふふふ。・・・・・ヒトミ・ヨシザワは来シーズン、必ず我がインテルが獲得してみせる。
ヨネクラン、ヤイコ、そしてヨシザワ。欧州最強、いや、世界最強のフロントラインを創ってみせる。」
- 790 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:14
- こう思ったのはマサッティだけではない。
この試合を観た各国のビッグクラブの関係者がこのエンポリのサルバトーレに熱い視線を送り始めた。
強豪インテル相手にこの活躍。
彼女は“本物”だ。
事実、今シーズン終了後、欧州中を巻き込んで吉澤ひとみ争奪戦が行われることになる。
- 791 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:15
- 「ネッラ・ズーロか・・・・・・・・」
試合終了後、ひとみはふと呟いた。
青と黒。
そしてこのスタジアム。
何かが自分を呼んでいる。
ひとみはそう感じていた。
- 792 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:16
- “ネッラ・ズーロ”
これはインテルの愛称であるが、この伝統のチームの10番は現在、空き番号だ。
これは昨シーズンからであるが、今シーズンになっても誰もこの番号をつけようとはしなかった。
もしかすると10番は待っているのかもしれない。
この番号を背負うべき人物を。
第2話 ネッラ・ズーロ (終)
- 793 名前:第2話 ネッラ・ズーロ 投稿日:2004/03/20(土) 09:20
- 第2話 ネッラ・ズーロ 終了いたしました。
最後、含みのある終わり方でしたが、あまり気になさらないでください。
U−23代表がとうとうやってくれました。凄く嬉しいです。
次はA代表も頑張れ!!
では次回の予告です。
第3話 パイオニアの背中
セリエA残留に向けて厳しい戦いを繰り広げていくひとみとエンポリ。
そしてついにこの日がきた。
セリエA史上初の日本人対決が。
今、ひとみがイタリアにいれるのも全て彼女のおかげだ。
いや、ひとみだけではない。市井も、後藤もそうだ。
福田明日香。
日本人選手の価値を変えたこの偉大なるパイオニアにひとみが挑む。
あ、もう容量がない。新しいスレを立てたいと思います。そちらでもよろしく
お願いします。同じ雪板に立てる予定です。
- 794 名前:ACM 投稿日:2004/03/20(土) 09:34
- 新スレです。
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/snow/1079742486/l50
これからもよろしくお願いします。
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