マリア様が見てる
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 18:50
- 元ネタありまくりの、アンリアルです。
定番カップルがたくさん登場します。
主人公は(多分)亀井さん。
娘。たちの学年が、多々いじってあります。
- 2 名前:序章 投稿日:2004/02/10(火) 18:51
-
礼拝堂のステンドグラスに、朝の光が反射している。
まっすぐそこに続く道には、銀杏の並木が続いていた。
落ち葉が崩れる音を楽しみながら、後藤真希は足早に目の前の建物を目指していた。
黄色い葉は嫌いではないのだが、この匂いだけは好きになれない。
彼女の「妹」は、意外においしいんですよ、と幸せそうに頬に緩めていたけど。
始業1時間前。
家はもう出た。
教室にも、『薔薇の館』にも居ない。
あとは、ここぐらいしか思いつかなかった。
+ + + + + + + + + +
- 3 名前:序章 投稿日:2004/02/10(火) 18:51
- 鈍い音をたてて、礼拝堂のドアが開く。
白い光が、床に模様を作る。
紺野あさ美は、組んでいた手を解いて顔をあげた。
「紺野、居るの?」
「…お姉様」
あわてて立ち上がる。
振り向くと、扉の前に人が居た。
逆光からでも分かる美人。
栗色の長い髪をなびかせて、彼女の「姉」が笑っていた。
「またお祈り?」
「はい。もう習慣みたいなものですし。
…どうなさったのですか?」
あさ美は首をかしげる。
彼女の姉は朝にとことん弱い。
いつもなら、家が近いのをいいことに布団に入っている頃だ。
- 4 名前:序章 投稿日:2004/02/10(火) 18:51
- 「…紺野に、急に会いたくなっちゃって。
だめかな?」
まっすぐあさ美の方に歩いてきた真希は、急に彼女の肩に顔をのせる。
心臓が音を立てるのが分かった。
出逢ってからもうだいぶたつのだが、まだ慣れない。
顔に血が上るのが分かった。
「そんな、うれしいです」
あたふたと手をふりまくる。
真希が笑ったのが、この体制でも分かった。
「もう…。いつまでたっても紺野は」
「…それで、お姉様。
どうなさったのですか?」
「うん。ちょっと、色々あったんだけど…。
紺野の顔見たらどうでもよくなっちゃった」
家の事情が複雑だとあさ美はよく聞いていた。
「んあ…。
それより、ちょっと眠いかな」
- 5 名前:序章 投稿日:2004/02/10(火) 18:52
- (マリア様、ご無礼をお許し下さい…)
長椅子に寝そべる真希に膝枕しながら、あさ美は手を組む。
安心したように目をつぶる真希の顔には、濃い疲れが現れていた。
(そして、お姉様の心労を少しでも癒してください…)
「ん…」
すっかり緩んだ寝顔は、普段と違ってとても可愛らしい。
「私も、眠たくなってきました…」
あさ美も、いっしょになって椅子にもたれて目をつぶった。
遠くの方で始業のチャイムが聞こえたような気がしたけど、それすらあさ美にとっては子守唄のようなものだった。
- 6 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 18:52
-
- 7 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 18:53
- 「ごきげんよう」
あちらこちらから、しとやかな声が聞こえてくる。
憧れだった深緑色のセーラー服に身を包み、亀井絵里は憂鬱さを隠さずに歩いていた。
幼稚園からの一貫教育を行っている、伝統あるカトリック系お嬢様学校。
交わされる挨拶は、「ごきげんよう」。
小さい頃からずっと憧れてた学校に入学して、そろそろ半年になる。
が、絵里にとってそれは楽しい日々ではなかった。
- 8 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 18:53
- 高等学校のせまい募集枠に合格したまではいいのだが…。
慣れないお嬢様学校のしきたり。
世間離れした生徒たち。
その上、クラスではずっとこの学園に通っていた生徒たちがすでにグループを作っている。
もともと、絵里は内気で人見知りが激しい性格である。
やっと自分のペースを掴んだ頃には、すっかりクラスから浮いていた。
興味がある部活もなく、気が合う友達も居なく、自然に通学する足も重くなる。
校舎に続く桜並木が、ひらひらと葉を落としていた。
(れいなぁ…。早く入学してきてよぉ)
1年下の友達を思い浮かべながら、絵里はため息をついた。
『来年になったら、絶対同じ学校に行くから』
家を出るのをぐずった絵里に、今朝もれいなは指きりしてくれた。
今は、それだけが頼りだ。
- 9 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 18:59
- 「ごきげんよう絵里ちゃん。
ため息をつくと、幸せが逃げるよ?」
急に後ろから肩をたたかれて、絵里は振り向いた。
「あっ、おはよ…ごきげんよう小川さん」
そこに立っていたのは、クラスメイトの小川真琴だった。
明るい性格で、クラスでも目立つ存在だった。
こうして、あまり仲がよくない絵里にも声をかけてくれる。
「何か悩みでもあるの?」
「いえ、なんでもないです…」
そんな優しい真琴に、学校がつまらないなんて愚痴れない。
それに、「友達が居ない」なんて悩みは真琴には無縁だろうし。
「そっか。
何かあったら相談してよ。こう見えても口はかたいんだぁ」
真琴は、口を手でふさいで見せる。
「はい…」
とても口がかたそうには見えなかったが、優しさがうれしくて絵里は笑ってみせた。
- 10 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 18:59
- 「もうすぐ文化祭だね」
「はい…」
「ね、絵里ちゃんはもうお姉様ができた?」
「お姉様、ですか?」
この学園には、姉妹(スール)制度というものがある。
ロザリオを授与する儀式で姉妹になることを近い、上級生が妹となった下級生を指導するのだ。
優しいお姉様と、清く正しい学園生活。
絵里の憧れだったのだが、実際には…。
「いえ、全然…」
上級生との出会いの場すらない。
「そっかぁ。
私もまだなんだよね」
のんきに呟く真琴。
明るくて目立つ彼女には、何人もの上級生が申し込みをしている。
が、そのすべてを断っているらしい。
- 11 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 19:00
- 「誰か、心に決めた方がいらっしゃるんですか?」
つい、絵里はそう聞いてしまった。
「んー。
そういうわけじゃないかな。憧れの人は居るけど…」
真琴はそういって首を横に向ける。
絵里は、視線を追った。
「…ひとみ様、ですか?」
桜並木の横の原っぱでは、「黄薔薇のつぼみ」吉澤ひとみがクラスメイトとバレーボールで遊んでいた。
山百合会という生徒会が、学園にある。
紅白黄、それぞれの薔薇さま達がその妹達で運営している。
薔薇さまとその妹達はで生徒でありながら、一般生徒とは別格なのである。
吉澤ひとみは、「黄薔薇」様の妹であり…。
そして、次の黄薔薇さまだ。
「理想だよ、あくまで理想」
隠したりせず、真琴はへらへらと笑った。
「そうなんですか…」
- 12 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 19:00
- ひとみ様の薄い茶色の髪が、太陽にきらきらしている。
(綺麗な人だなぁ…)
ぼぉ〜っと見惚れていた絵里は…。
「危ない!」
声がかかるまで、正面から飛んでくる白い物体に気づかなかった。
それがバレーボールだと認知したときには、もう絵里は倒れていた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 19:01
- 何でもいいので、ご意見お願いします。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 19:06
- 参考している作品は、コバルト文庫の「マリア様がみてる」シリーズです。
多少、設定が変更してあります…。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 20:15
- 最後まで読みますので更新頑張ってくださいね。
黄薔薇のつぼみがよっすぃだとするとエロ親父はだれなんだろう?w
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/10(火) 22:17
- 真琴でなくて麻琴なんだが
- 17 名前:名無し作者 投稿日:2004/02/10(火) 22:21
- >>15
ありがとうございます。すごくうれしいです。
これからもよろしくお願いします。
都合上役職名が違うのですが…。
男前のあの人にしてみましたw
>>16
本当にすいません!
指摘ありがとうございます。
次からきちんと直します。
- 18 名前:第1章 吉澤ひとみ 投稿日:2004/02/10(火) 22:29
- 保健室はとても静かで、時計の音だけが大きく響いていた。
吉澤ひとみは、ベッドの脇の丸椅子に座り、眠りこける絵里を見ていた。
少し地味だがわりと整った顔が、赤くなっている。
「ふわぁ〜」
あくびしながら、校庭に視線を移す。
1時間目はもう始まっていて、生徒たちがちらほら走っているのが見えた。
その時…。
バタバタっ。
伝統あるカトリックお嬢様学校にふさわしくない足音が、廊下から聞こえてくる。
それはだんだん大きくなり…
「ひとみちゃんっ?!」
ドアが開く音と共に高く澄んだ声が部屋に響き渡った。
茶色いさらさらの髪。
少し褐色の、健康的な肌。切れ長の瞳が印象的な、文句なしの美少女だ。
- 19 名前:第1章 吉澤ひとみ 投稿日:2004/02/10(火) 22:30
- 「ごきげんよう、梨華ちゃん」
のんびり挨拶を返す。
「ごきげんよう…。
じゃなくて。1年生を怪我させたって本当?!」
反射的に挨拶を返した梨華だが、すぐに食いついてくる。
「うん、まぁ…バレーボール、当てちゃって」
梨華は、つかつかとベッドに近づく。
そして絵里の額に手を置いた。
「…大丈夫なの?」
「うん。中澤先生は、問題ないって言ってた。
もう少ししたら目が覚めるだろうって。
先生、今日は用事があるらしいから責任持って私が付き添ってるんだけど…。
…ねぇ、梨華ちゃん授業は?」
「それどころじゃないわよっ」
梨華が声を荒あげる。
- 20 名前:第1章 吉澤ひとみ 投稿日:2004/02/10(火) 22:31
- 「美貴ちゃんに、ひとみちゃんが1年生かついで保健室に行ったって聞いて…。
慌てて来たのよ。
妹がやったことは、姉の私の責任でもあるんだから」
「そんな、オーバーな…」
肩をすくめるひとみ。
「だいたい人が通る場所でボール遊びなんかするからいけないんじゃない。
そろそろ、『黄薔薇のつぼみ』としての自覚を持ちなさい」
「…はい」
素直にうなずくひとみに、梨華は声の調子を緩める。
「それから、学校では梨華ちゃんじゃなくて…」
「お姉様」
「…よろしい」
少し頬をあげて、梨華が笑った。
- 21 名前:第1章 吉澤ひとみ 投稿日:2004/02/10(火) 22:32
- 「り…お姉様、髪の毛がぐしゃぐしゃ。
結んでこなかったの?」
「うん、寝坊しちゃって」
ひとみは、椅子から立ち上がるとポケットから櫛を出す。
「座って。
やってあげる」
素直に、梨華は椅子に腰をおろした。
「文化祭の準備、忙しいの?」
その長い髪をすきながら、ひとみは心配そうに言う。
「うん…少しね。
ひとみちゃんが妹を作ってくれると、もう少し楽になるんだけど」
- 22 名前:第1章 吉澤ひとみ 投稿日:2004/02/10(火) 22:32
- 「んー…」
適当にはぐらかす。
ひとみとしては、妹を作り指導するよりはもう少し梨華に甘えていたいのだが。
そろそろ必要だろうか…。
- 23 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:34
- + + + + + + + +
(今がチャンスです。
今、声をかけなければ…)
絵里は心の中で必死に自分をふるいたてる。
ずいぶん前から目が覚めていたのだが、2人のいちゃつき具合に圧倒され、声を出せなかったのだ。
学園でも特別な方々。
黄薔薇さま、石川梨華。
その妹、「黄薔薇のつぼみ」吉澤ひとみ。
普段は絶対にお近づきになれないような人が2人、絵里のすぐ側に居た。
- 24 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:35
- 「あのっ…」
「「はい?」」
2人が同時に振り向いた。
思わず絵里は謝りたくなる。
しかし、よく考えて見れば(考えてみなくても)絵里の方が被害者だ。
「大丈夫ですか?」
先に、黄薔薇さまの方が声をかけて下さった。
(うわぁ…綺麗な人…)
「はい。もう、大丈夫です…」
緊張のあまり、絵里の声は消え入りそうだ。
「ごめんね、本当」
黄薔薇のつぼみも頭を下げる。
- 25 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:35
- 「いえ…大丈夫ですから。
付き添っていただいて、ありがとうございます…」
「それじゃ、ひとみちゃん。私は戻るから後はよろしくね」
絵里に頭をさげて、梨華は部屋を出ていく。
手をあたふたと振りながら絵里は起き上がり、靴をはいた。
そういえば、いつ靴を脱いだのだろう…。
「あの、私をここまで運んでくださったのは…」
「あ、私」
案の定。
ひとみがあっさり答える。
「すいませんでしたっ!」
- 26 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:36
- 「何で謝るのさ。本当にごめんね」
「いえ、私こそ定番な事をやってしまって…」
わけのわからない言い訳をしながら、絵里は服のすそを叩く。
「や〜。
女の子の顔に怪我させるなんてさ…。うん。
お詫びっちゃなんだけど、何か私にできることない?」
ひとみに聞かれて、すっかり身支度を整えた絵里は首をかしげる…。
「いえ、そんな…」
- 27 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:36
- 「遠慮するなって」
「……それじゃ」
さっき聞いた会話を思い出しながら、絵里は言う。
「私に文化祭の手伝いをさせてくれません?」
- 28 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:37
-
下心も何もなく、ただ綺麗な人たちの負担を少しでも減らしたいだけだった。
けど。
(あぁ、私ってばとんでもないことを…)
2時間目に教室に復活したとたん、絵里は頭を抱えていた。
麻琴が心配して声をかけてくれたが、それにも曖昧な返事しかできない。
『それじゃ、放課後に薔薇の館に来て』
ひとみは、笑ってそう答えてくれた。
薔薇の館…。
山百合会幹部達が、生徒会室として使っている部屋である。
薔薇さまたちは、皆の憧れ。
それを、あんな形で近づこうとするなんて…。
周りの反感を買うことは必須。
気の弱い絵里は、今から恐ろしかった。
- 29 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:38
- 「ごきげんよう、亀井さん」
「あっ、ごきげんよう紺野さん」
声をかけられて、反射的に挨拶をする。
右隣で、紺野あさ美が鞄を机に置いていた。
「…あれ?
紺野さん、今来たんですか?」
「うん。
ちょっと、寝過ごしちゃって…」
いつも早い彼女が、珍しい。
黒い長い髪が、真っ白い肌をふちどっている。
黒くて大きな瞳が印象的な、すごくかわいらしい人だ。
「あっ、まこっちゃんノート見せて」
スカートをひるがえして、あさ美は席をたつ。
その後姿を、ぼ〜っと絵里は眺めていた。
- 30 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:39
-
「…絵里ちゃん、本当に大丈夫?」
昼休み。
1人でお弁当を広げていると、左隣の高橋愛が心配そうに声をかけてきた。
普段は挨拶だけの仲だが…。
1日中ぼ〜っとしていたからだろうか。さすがに絵里が心配になったらしい。
「はい、大丈夫です」
絵里は、にっこり笑い返した。
「そっか。
でも、うらやましいなぁ…」
…ボールにぶつかって倒れる事が、だろうか。
「ひとみ様にお姫様抱っこされちゃって」
あぁ、そっちか。
- 31 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:39
- って、お姫さま抱っこ…。
ますます、絵里は周りが怖い。
「ね、お昼一緒に食べてもいい?」
愛は、絵里の様子は気にせず自分の鞄から物を出す。
「はいっ」
それは大歓迎だ。
- 32 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:39
- 「でさ。
保健室でひとみ様に付き添ってもらってたんでしょ?」
「はい…。
黄薔薇さまが入っていらっしゃったとき、目がさめたんですけど…。
ずっと付いて下さってたようで…」
「梨華様もいらっしゃったんだ?!」
目を輝かせる愛。
(あぁ…ミーハーさんだったんですね)
反射的に時計を見る。
まだ休みは始まったばかりだ。
「それで、2人はどんなご様子だったの?」
この先30分、質問責めになることは間違いない。
- 33 名前:名無し作者 投稿日:2004/02/10(火) 22:40
- 亀井さんは、話下手なイメージ。
自分から会話を発展しません。
- 34 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:48
- + + + + + + +
そして、数十分後。
疲れきった絵里を前に、愛は目を輝かせていた。
「やっぱり、黄薔薇さま姉妹が1番だよね。
中等部の頃から、ずっと仲がよろしいんだとか…」
「詳しいんですか?」
「そりゃねぇ」
何が「そりゃ」なのかは分からないが、愛がうなずく。
「私、入学式の時に挨拶してくださった、黄薔薇さまぐらいしか分からないんですけど…」
「……へえ?!」
愛が、目を大きく見開く。
本当にびっくりしたという顔だ。
「えぇと…」
愛は、自分のノートを机から出す。
そして、「紅薔薇」、「黄薔薇」、「白薔薇」と順番に、すごいスピードで書いていく。
- 35 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:49
- <紅薔薇ファミリー>
○紅薔薇さま
藤本美貴(3年)
○妹・紅薔薇のつぼみ
松浦亜弥(2年)
<黄薔薇ファミリー>
○黄薔薇さま
石川梨華(3年)
○妹・黄薔薇のつぼみ
吉澤ひとみ(2年)
<白薔薇ファミリー>
○白薔薇さま
後藤真希(2年)
○妹・白薔薇のつぼみ
紺野あさ美(1年)
- 36 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:49
- 「…紺野さんも、山百合会だったんですか?」
「あれ、知らなかった?」
愛がまたびっくり顔をする。
「全然…」
この学校では、何もなければ大学までエスカレーターで上がれる。
3年生が生徒会の実権を握るのも普通だ。
絵里はまじまじと手書きの図をみつめた。
「えぇと、この後藤さん…さまは2年生なんでしょうか?」
上級生には、「様」付け。
同級生には、「さん」付け。
お嬢様学校のルールを、つい忘れてしまいそうになる。
同級生の呼び方はある程度自由でいいみたいだが、上級生に対して「さん」付けはまずいだろう。
- 37 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:50
- 「そうなんよ。
真希さまは、お姉様、さやか様とは2歳違いだったんよ。
だから、2年生にして薔薇さま」
「…そうなんですか」
絵里はうなずく。
「真希さまって、人を寄せ付けないオーラなのに、お姉様のさやか様はすごい人なんだろうね」
「はい…」
後藤真希。
聞いたことはあるが、顔と名前が一致しない。
- 38 名前:第1章 亀井絵里 投稿日:2004/02/10(火) 22:51
- 「新学期そうそう、真希さまはあさ美ちゃんにロザリオ渡しちゃうし。
ひとみ様と亜弥様の妹候補に注目されてるんやけど、今だにきまらないんよ」
愛は、ため息をつく。
「あ〜。
私もひとみ様の妹になれたら…」
愛は、胸の前で手を組み合わせた。
愛があまり仲がいいわけでもない絵里に声をかけてきたのは、ひとみの話を聞くためだろう。
こういう熱狂的ファン達の視線を浴びながら、絵里は山百合会の手伝いに行くわけだ。
…本当に、どうしよう。
- 39 名前:名無し読者 投稿日:2004/02/11(水) 02:08
- よく名前は聞くんですがストーリー知らないので楽しみです。
ある意味好きなCPとかになってて気になりますw
- 40 名前:新潟ライス 投稿日:2004/02/12(木) 21:11
- おっー。なにやら楽しそげな展開&ストーリー。吉小になるのか吉亀なんか、他のカプも気になりッス。
続き待ってます。
- 41 名前:甲乙 投稿日:2004/02/13(金) 08:07
- 昨日図書館へ行って1作目と2作目(黄薔薇革命)を借りて読みました。
面白かったのでこっちも楽しみです。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/14(土) 21:06
- 最近アニメを見ていたので、これからとても楽しみです。
応援してます^^
- 43 名前:名無し作者 投稿日:2004/02/16(月) 10:56
- …レス、ありがとうございます!
自分の書いたものに反応があったのが嬉しくて、何度も読み直しちゃいました…。
>>39 名無し読者さま
楽しみにしていただけるなんて、嬉しいです。
好きなCPをいっぱい盛り込んで見ました。
設定上、いくつも作れるのですごく楽しいですw
>>新潟ライスさま
ありがとうございます♪うれしいですー
吉がらみは、まだちゃんと決めていないんで…。
今後の展開次第ですw
>>41 甲乙さま
原作、最高ですよね。特に2巻目が大好きなんです…(爆)
あちらの作品とは比べ物になりませんが、楽しみにしていただけて光栄です。
頑張ります!
>>42 名無し読者さま
アニメ、絵がすごく綺麗ですよね。
最初、ほれてしまいました…。
応援ありがとうございます。せいいっぱい頑張ります!
- 44 名前:小川麻琴 投稿日:2004/02/16(月) 10:57
- 「…そっか。
礼拝堂で居眠りしちゃったんだ」
麻琴は箒をロッカーにしまいながら、器用に肩をすくめて見せた。
「そうなの。
おかげでちょっと風邪ぎみで…」
あさ美は、掃除当番の日誌に筆をすべらせている。
麻琴は、今度は窓をしめながらあさ美と真希が並んで居眠りしているのを想像してみた。
「あそこの長椅子って木でできてるよね」
「……うん」
「礼拝の時とか、枕持ち込みたくなるもん。
よく寝れたね」
「…枕ですか……」
あさ美は、なぜかはぐらかすように笑った。
「それじゃ、私もう行くね。
日誌は届けてくるから」
「山百合会?」
「うん。
お姉様より遅くなると怒られちゃう…」
それじゃ、また明日。
早足で出て行くあさ美に、へらへら手を振り返す。
生徒会は、文化祭前いろいろと忙しい。
- 45 名前:小川麻琴 投稿日:2004/02/16(月) 10:57
- 「お姉様、か……」
最後の窓から身を乗り出して、麻琴は外を見つめた。
綺麗に整備された校庭。
いつもは運動部が場所を取り合っているのだが、今は文化祭前。
まじめなところ以外は、自分たちの出し物に時間を割いているみたいだ。
ちらほらとしか生徒が見えない。
そして、その向こうには中等部。
高等部より少し小さな校舎に、銀杏がちらほら立っている。
もう、3年以上前になるのかな―――。
- 46 名前:小川麻琴 投稿日:2004/02/16(月) 10:58
- 「愛ちゃん早く!」
麻琴は、友達を急かしながら、人が少ないのをいいことに中等部の校舎目指して足を速めた。
初等部のワンピースから、セーラー服になって。
今日から憧れの中学生。
まだまだ入学式には時間があるけど、麻琴は誰よりも早く教室に入りたかった。
もちろん、時々振り返って友達を催促するのも忘れない。
- 47 名前:小川麻琴 投稿日:2004/02/16(月) 10:59
- 「麻琴〜。待ってよぉ」
初等部からの親友は、そう返しはするが急いでいる様子はない。
「もう」
クラス編成とか、教室の配置に興味がないんだろうか。
そう思いながら、顔を前に戻したときだった。
「へっ?!」
すぐ目の前に、人が立っている。
「……まこ、ぶつかる!」
後ろから愛が叫ぶのが聞こえた。
けど、もう遅い。
「うわぁぁぁ」
お世辞にも可愛らしくない悲鳴をあげながら、麻琴は転倒した。
麻琴だけ。
何とか急ブレーキは間に合った…。
自分が転ぶのまでは防げなかったけど。
- 48 名前:小川麻琴 投稿日:2004/02/16(月) 11:00
- 「………?」
ぶつかりかけた相手がゆっくり振り向く。
そして、麻琴が起き上がるのを手伝ってくれた。
「ごめんね、大丈夫?」
「……はい」
ごめんねも何も、突進していったのは麻琴だ。
それより。
その相手のドアップに、麻琴は胸の胸は高鳴っていた。
くっきりした二重まぶた。
運動をやっているのか、白いのに力強い手。
「でも、銀杏の季節じゃなくてよかったよね」
「……ぎんなん?」
「そう。
服に匂いがついちゃいそうだし」
にっこり笑った顔はとてもきれいで。
慌てて服をたたいてくれる愛に礼を言うのも忘れて、麻琴は歩いていくその人をじっと見つめていた。
- 49 名前:小川麻琴 投稿日:2004/02/16(月) 11:00
- 名前が分かったのは、しばらく後。
あの瞬間、麻琴は何もかも乗り越えて恋をしていた。
- 50 名前:小川麻琴 投稿日:2004/02/16(月) 11:01
- 「あ、やっぱりここだったのね」
急に声をかけられて、麻琴はふっと我に返った。
同じ部の生徒たちが、教室のドアから麻琴をのぞいている。
「あ、ごめんごめん。……どしたの?」
思い出しすぎて擦り切れた回想をやめ、慌てて窓を閉める。
「あのね、薔薇さまたちに焼きそばの模擬店の許可をもらわなきゃいけないんだけど…。
麻琴さんが行ってくれるかなって」
3人の女の子が、なにやら書類を手渡す。
「今日は、ひとみさまも部活を休んで話し合いしてるし」
麻琴がひとみの妹になりたがっていること、それを目的にバレー部に入ったのは公認のことだ。
人気者の彼女に、こうして友達も協力してくれる。
「ありがと。
……じゃ、行ってくるね」
彼女たちも、薔薇さまに憧れているだろうに。
麻琴は罪悪感で苦笑した。
- 51 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/16(月) 23:01
- 「れいな様、マリア様。私をお守りください」
絵里は、手を組み合わせて祈った。
そして必死にひとみの笑顔を思い出す。
そうでもしないと足が進まない。
今、絵里は木造の建物の前に立っていた。
山百合会――生徒会の本部、『薔薇の館』だ。
館というには小さいが、2階建てで趣はじゅうぶんある。
…その、扉の前で。
絵里はノックもできずに突っ立っていた。
でも、いつまでもこうしているわけには行かない。
息を詰めて、ノックをしようとした時だった。
- 52 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/16(月) 23:01
- 「何か御用ですか?」
「うぇっ」
後ろから急に声をかけられて、絵里の体が少し飛び上がった。
「こ、紺野さん…」
「ごきげんよう」
黒い髪を少し揺らして挨拶をすると、あさ美は再び首をかしげた。
「それで、どうかしたの絵里ちゃん」
「あの…。今朝、ひとみさまと、山百合会のお手伝いを…」
しどろもどろに説明しようとする絵里。
文章になっていない。
けれどあさ美は、「ひとみさま」「お手伝い」など断片的な単語で館に用事があるのは分かったらしい
- 53 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/16(月) 23:02
- 「それじゃ、案内するね」
事情を説明しようと格闘している絵里をよそに、さっさと扉を開ける。
そこは小さな吹き抜けになっていた。
右手に、ひとつの扉。
左手に、少し急な階段。
階段をあがったところは廊下になっていて、小さな窓から明かりが差している。
人は誰も居ない。
もしノックしても、この分じゃ誰にも聞こえなかっただろう。
絵里は一気に脱力した。
ドアを開けた瞬間舞い上がった埃が、西日に反射してきらきらしている。
そして、古い木の床に落ちていく。
- 54 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/16(月) 23:02
- 「急だから気をつけてね」
はじめて入った建物に見惚れている絵里をよそに、あさ美は階段のほうへ進んでいく。
「はーい…」
転ばないように、制服のすそをすらないように、絵里は下を見ながらゆっくり階段を上り始める。
そして、2階の廊下に足をかけた――
…そのときだった。
- 55 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/16(月) 23:05
- 「もう知らない!みきたんなんか知らない!」
由緒ある建物にふさわしくない大声が急に聞こえてきた。
「…ミキタン?」
絵里は首をかしげる。
2階にあったドアが大きな音をたてて開き、1人の少女が駆け出してきた。
セミロングの髪がふわふわ揺れている。
右手で涙をぬぐいながら、ろくに前も見ないで走ってくる。
絵里の真正面から。
- 56 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/16(月) 23:06
- 「絵里ちゃん、ちょっと左に……」
「えっ、えっ」
あさ美のアドバイスは聞こえたが、体が追いつかない。
次の瞬間、絵里は思いっきりしりもちをついていた。
これで1日に2回転んだことになる。
踏んだり蹴ったりだ。
状況を察するより前に、絵里はぼんやりそんなことを考えていた。
- 57 名前:名無し作者 投稿日:2004/02/16(月) 23:06
- この辺は、ちょっぴり原作っぽいです。
すいません。
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/16(月) 23:55
- 初めて読みました!
原作は知らないですけど何かすごく面白そうなんで期待してます☆
あやみき、いしよし、こんごま…素晴らしい!(w
れいなの登場はあるのかな?田亀ファンなもので(w
どんなCPでも楽しそうなので更新がんばってください☆
- 59 名前:桃 投稿日:2004/02/19(木) 15:47
- なんか面白そうです!
ってか亀井ちゃん可愛いすぎますぅ〜w
あやみき、田亀(あるのかな?)大好きなんですっごく楽しみしてます♪
続き待ってますんで更新頑張ってくださいね。
- 60 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/25(水) 20:34
- おしりがジンジンする。
体が重い。
……いったい何が起こったっていうんだ。
鈍い頭でぼんやり考える。
視界に茶色い線が何本が入ってるだけで、周りは全然見えない。
「亜弥さま、絵里ちゃんをつぶしてますよ…?」
遠くの方からあさ美の声がする。
(……つぶされてる?)
そういえば、体に妙な圧迫感がある。
- 61 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/25(水) 20:35
- 「えっ、あたし?」
視界が急に開けた。
大きな目が印象的な、可愛らしい少女が絵里をのぞきこんでいる。
花の香りがただよった。
茶色かったのは、この人の髪の毛だったみたいだ。
「ご、ごめんなさい。
あ、怪我は?怪我はない?」
「はい、大丈夫です……」
胸がどきどきする。
何だろう、全身のオーラが輝いてる気がする。
絵里は彼女と会うのは初めてなのだが、妙にカリスマ性のある人だ。
- 62 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/25(水) 20:35
- 「亜弥ちゃん、何をやったの?」
ぞろぞろ。
部屋から、人がたくさん出てくる。
ココから出てくるって事は…。
薔薇さまたちに違いない。
その中の1人が、かつかつこっちに近づいてくる。
絵里は慌てて立ち上がった。
「知らない!みきたんはひっこんでて!」
「他人を怪我させたんだったら、そういうわけにもいかないでしょ」
「私だって、紅薔薇のつぼみなんだよ?!」
「だからこそ、私の責任も重いんじゃない」
知らないっていわれた絵里は、目を白黒させるしかない。
- 63 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/25(水) 20:36
- 「あの、本当に大丈夫ですから……」
「そう。よかった」
ほっと、「みきたん」は息を吐く。
肩までの茶色い髪に、印象的な切れ長の瞳。華奢な体に、小さな顔。
あさ美やひとみら、「薔薇のつぼみ」たちも皆、美少女で独特のオーラを持っている。
が、この人はその上をいく。
これが、「薔薇さま」なのだろうか。
- 64 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/25(水) 20:36
- 「ごめんね」
ぎゅっ。
急に亜弥に抱きしめられる。
そして、まじまじと顔を見つめられた。
「あ、あの」
顔を真っ赤にする絵里には構わず、亜弥は小さくつぶやいた。
「……外見、合格」
「はい?」
聞き返した絵里には答えず、亜弥は内緒話のトーンで問いかける。
「ねぇ、あなたお姉様はいる?」
「いいえ……」
答えるや否や、亜弥は絵里の肩をつかみ、ぱっと前に押し出した。
目の前には、山百合会の面々がたっている。
「これが。
私の妹候補ですわ。みきた……お姉さま」
- 65 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/02/25(水) 20:37
- ――――えぇぇぇぇぇ?!
声をあげたいが、言葉にならない。
そんなこと聞いてない。
そんなことは知らない。
「お姉さま…。
亜弥さまは、美貴さまと何をもめていたんです?」
隣であさ美が、小さくつぶやくのが聞こえた。
- 66 名前:名無し作者 投稿日:2004/02/25(水) 20:43
- >>58 名無し読者さま
読んでくださってありがとうございます!
おもしろそうだなんて言っていただけて…。本当にうれしいです。
CPは、好きなものばかり集めましたw
れいなはこれから出張ってくれるはずです♪
どうぞよろしくお願いします。
桃さま>
読んでくださってありがとうございますw
キャラをほめていただけて、嬉しいです♪
あやみきと田亀、好きなんですか。何だかうれしいです〜。
まだまだ分かりませんが、この先れいなにも頑張ってもらう予定です。
これからもよろしくお願いします。
- 67 名前:めかり 投稿日:2004/02/25(水) 22:35
-
読ませていただきました。とてもおもしろいです。
亜弥亀は見た事ないので、できれば見てみたいです。
これからもがんばってください♪
- 68 名前:桃 投稿日:2004/02/27(金) 16:02
- 更新お疲れ様です。
あやみきのセリフとか かなりリアルっぽくていい感じです。
亀井ちゃんどうなるのかなぁ〜
続き気になります。頑張ってください。
あっ、田中さんにも、出番、頑張ってください(笑)
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/01(月) 00:15
- 元ネタがこんな感じの話だとは知らなかったので、
ある意味勉強になりました(w
やばいなぁ、おもしろいなぁ。引き込まれてる。
続きがものすっごい気になってます。頑張って下さい。
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/03(水) 11:04
- いいね。期待。
- 71 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/05(金) 18:12
- カトリック系女学校
明治設立。緑が多く、広い敷地を持つ
もとは華族の令嬢のためだった、伝統あるお嬢様学校。
カトリック精神にのっとって、幼稚園から大学まで一貫教育が行われる。
18年通い続ければ、純粋なお嬢様ができあがる。
考えようによっては恐ろしい学校。
姉妹システム
義務教育中とは違い、高校生活は自主性が尊重される。
自分たちの力で秩序ある生活を送るよう、先輩が後輩を導くというシステムが採用。
姉が妹を指導するごとく、ということから命名。
いつの頃からか、個人的に強く結びついた2人を指すこととなる。
ロザリオ
これを授与する儀式でで、個人的に「姉妹」になる約束をかわす。
発祥は不明。
山百合会
生徒会。
幹部、つまり生徒会長は紅白黄の薔薇にちなんだ呼ばれ方をする。
薔薇の妹達は「つぼみ」と呼ばれ、彼女達の仕事を補佐する。
たいてい、ストレートで将来の薔薇さま。
それを見据えた上で、彼女達は妹を選ばなければならないわけです…。
- 72 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/05(金) 18:19
- めかりさま>
読んでもらえて、とてもうれしいです♪ありがとうございます。
亜弥亀、私も見たことないのですが…;お互いに綺麗なものが好きそうなので、意外に上手くいくんじゃないかと…。
桃さま>
ありがとうございます。あやみき大好きなので、うれしいです。
田中さんまでなかなかたどり着かないのですが…;頑張ります、よろしくお願いします。
>>69 名無し読者さま
いただいたレスにノックアウトされました。爆 そんな風に言っていただけるなんて、本当にうれしいです。
これからもよろしくお願いします。
>>70 名無し読者さま
ありがとうございます。
期待にこたえられるかは分かりませんが、せいいっぱい頑張ります。
- 73 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:18
- 部屋の中には丸テーブルがひとつ置いてある。
絵里は、周りにならっておそるおそる腰をおろした。
少し古い板張りの壁に、廊下側以外の3方にはひとつずつ出窓がある。
洋館のような雰囲気。
確かにこの学校は古いけれど、こんな場所は見たことがない。いったい、いつから立っているのだろう…。
「紅茶でいいですか?」
「は、はい」
同級生のあさ美が相手なのに、ついどもってしまう。
紅茶って何だ。
あ、思い出せた。確か飲み物だ。
- 74 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:18
- 「そんなに緊張しないで」
今朝お会いしたばかりの黄薔薇さまが、笑いを含んだ声でおっしゃる。
とりあえず、あさ美が置いてくれた紅茶に口をつける。
「おいしい……」
とても丁寧な、絵里には出せない味がした。
次に、あさ美は絵里の隣の人物に声をかける。
「まこっちゃんもそれでいいよね?」
「あさ美ちゃん、なんで私にだけ強気なの?」
「だって。
主役は絵里ちゃん。まこっちゃんはおまけ」
せっかくなごみかけていた「主役」は、突然名指しされて、また体をこわばらせた。
- 75 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:18
- あの後。
「困るよ。絵里ちゃんは、私の客で来たんだからさ」
パニックにおちいった絵里を、フォローするようにひとみが前に出てくれた。
「そうなの、絵里ちゃん?」
ひとみの発言で名前を知った美貴が、重ねて問いかける。
「はい……」
「でもっ。今はわたしの妹候補なの。
ひとみは、妹にしようと思ってつれてきたんじゃないでしょ?」
亜弥もゆずらない。
「……とりあえず、中にはいってもらおうよ?
説明してもらわなきゃいけないし」
栗色の髪の、ずっと黙っていた少女が提案する。
「そっちの子も一緒に」
そっち?
その場に居たほとんど全員が、彼女の指差した方を振り向く。
階段の下、1階の踊り場に麻琴が立っていた。
いきなり注目をあびて、手をぶるぶると横にふる。
「あの、立ち聞きするつもりはなかったんですけど、あの……」
『変な風に噂を広められたら困るから』。結局、麻琴も同席することになったのだ。
- 76 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:19
- そして、今に至る。
「まずは自己紹介するわね。
私は、石川梨華。黄薔薇と呼ばれています」
今朝はどたばたしていたから、って。改めて、梨華はにっこり笑う。
「紅薔薇、藤本美貴。よろしくねー、絵里ちゃん」
美貴が小さく手を振る。
思わず手をふりかえす。
「……真希ぃ?」
美貴に肩をたたかれて、栗色の髪の少女が顔をあげる。
するどい眼光が、絵里にまっすぐそそがれた。
「2年、後藤真希」
後藤真希……。
愛が、白薔薇さまだと言ってた人。
- 77 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:19
- 「そして私が…。学園のアイドル、松浦亜弥」
憮然と、でも「アイドル」を自称することは忘れない。
この人、さっきまで泣いていなかったっけ?
アイドルにして紅薔薇のつぼみ。そして、(不本意だが)絵里の姉候補だ。
「こっちが黄薔薇のつぼみ。バレー部のエース、吉澤ひとみね」
ちゃっかり他人の紹介もする亜弥。
「いや、私にやらせてよ……」
亜弥につっこんでから、絵里たちの方に向き直ったひとみだけど。
「まぁ、そういうこと」
結局、付け足すことは何もなかったみたいだ。
形のいい眉をひそめて笑う。
やっぱり。
ひとみさまはかっこいい。
- 78 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:19
-
「それで……」
梨華が、絵里に向き直る。そして、少し顔をしかめる。
「あ、あの、亀井絵里です」
「そう、絵里ちゃん。
あなたが亜弥ちゃんの妹なのね?」
にっこり笑ってそう言われ、絵里は硬直する。
そう、それが本題だ。
「わたしがそうだって言ってるんです、梨華さま。
勝手に絵里に話しかけないで下さい」
ぴしゃりと、あくまで強気な亜弥。
- 79 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:20
-
「ところで……」
おずおずと、あさ美が言う。
「私たち、全然状況が把握できないんですけど」
「亜弥ちゃんが、今になって仕事をやめたいって言い出したの」
真希が答える。
「仕事――山百合会での劇のことですか?」
「そう」
あら、と困ったようにつぶやくあさ美。
でも山百合会のメンバーではない絵里には、そもそも「劇」がなんなのか分からない。
「劇?」
先に質問してくれたのは、今まで黙っていた麻琴だった。
- 80 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:20
- 「そう。
毎年、山百合会では劇を上演しているの。
薔薇さまたちはお仕事で忙しいから、主要な役は「つぼみ」がこなすことになっているの。
今年は、主役は亜弥さま」
あさ美が、首をかしげながらつぶやく。
「でも亜弥さま、乗り気だったじゃないですか。
どうしてまた?」
「そんなこと、あさ美には関係ないでしょ」
亜弥は、とりつく島もなく答える。
- 81 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:21
- 「それにしてもみきた……お姉さま。
お約束どおり、妹を連れてきました」
「約束?」
「妹1人作れないような人間に、文句つける権利はないって。そう言ったくせ……言ったじゃないですか」
美貴は、落ち着いて首をかしげる。
「そうね」
「だから、つれてきました。
これで役をやめることができるんですよね?」
連れてきましたって……。
「今、会ったばかり子につかみかかったように見えたけど?」
絵里をここまで連れてくるきっかけとなったひとみが、美貴の言葉に大きくうなずく。
「いくらなんでも、外に出て1番最初にぶつかった子を妹にって……。
亜弥、それはないでしょ」
「ひとみは黙ってて!」
頬をふくらませて、亜弥は言う。
- 82 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:21
- 「でもね、亜弥ちゃん。
私達、約束なんて全然してないわ」
今度は、梨華。
「そ。妹も作れないのに文句をつける権利はないって、それだけの話。
これからは遠慮なくどうぞ」
笑いながら言う美貴。
「……劇の主役からおろして」
「無理。理由を言ってよ、亜弥ちゃん」
亜弥が、黙ったままうつむく。
部屋の中が沈黙につつまれる。
言い争いが苦手な絵里は、早いペースで繰り出される亜弥たちの会話に目を白黒させるしかない。
- 83 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:21
- そんな中。
「……ねぇ。
別にさ、亜弥じゃなくて…その……亀子ちゃん?亜弥の妹がやればいいんじゃない」
絵里です。
心の中で訂正してから、絵里は発言者である真希に首をかしげて見せる。
何をやればいいんでしょう。
「真希ちゃん、どういうこと?」
梨華も聞き返す。
「だから。
亜弥の変わりに、その子が主役をすればいいじゃない。
幸い、まだキャストの発表もしてないわけだし」
―――えぇぇっ。
本日2回目。
とんでもない。
そんな、とんでもないことはできない。
そもそも、絵里はまだ亜弥の妹じゃない。
- 84 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:22
- 「あの、ところで……」
おずおずと、あさ美が手をあげる。
「そもそも。
絵里ちゃんは、亜弥さまの妹になることについてどう思ってるんでしょう?」
美貴が、目をしばたく。
「そうだ。
ごめんね、絵里ちゃん」
「私が、妹にするって言ってるんです」
頬をふくらませて、立ち上がる亜弥。
「……わがままにも程があるでしょ」
それを、ひっぱって座らせる真希。
一方。
急に注目をあびた絵里は、無駄に両手を振り回して円をかくことしかできない。
「あの……あの、あの」
「遠慮しないで、正直に言っていいのよ」
目をほそめて、梨華が笑う。
「それじゃ、あの……」
- 85 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:22
-
「私、亜弥さまの妹になるのは無理です」
- 86 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 15:25
-
「何だ、断ったんだ。せっかくおもしろそうなのに」
シャーペンをぐるぐる回しながら、れいながつぶやく。
「無責任。
私はれいなのために生きてるわけじゃないもん」
そばにあったクッションを、ひっつかんで投げる。
シャーペンを右手にひっかけたまま、れいなは器用に受け止めた。
時計の短針が、8と9の間を指している。
中学生の女の子にしては殺風景な、白と木の素材でそろえられたれいなの部屋。
絵里は、こたつの掛け布団をあごまでひっぱりあげる。
- 87 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 17:03
- あの後。
まさか自分が断られるとは思っていなかった亜弥は、明らかな怒りを顔に浮かべている。
「どうして?」
絵里が山百合会に憧れているのは明らか。
「どうしてって、あの……。
私は、ただお手伝いがしたかっただけで。つぼみの妹になろうだなんてことは……」
「お手伝い?」
まさか絵里が断るとは思っていなかったのだろう。
ぽかんとした表情で硬直していた梨華が、聞き返す。
「そうそう」
ひとみが、絵里がここに来た理由をかいつまんで説明する。
- 88 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 17:04
- 「どっちしろ、亜弥ちゃんはふられちゃったわけだね」
さっきまでは不機嫌そうだったのに、絵里が意外な反応を見せたからだろうか。
おもしろそうに目を細めて、真希がつぶやく。
明らかに落ち込んで顔で、亜弥はつぶやく。
「別に……」
絵里は、その隣で落ち着かない気分で立っていることしかできない。
亜弥の誘いを断ってしまったからには、山百合会手伝いの話はなかったことになるだろう。
「……ねぇ。
それじゃ、かけをしない?」
提案したのは、紅薔薇さま。
隣の黄薔薇さまと白薔薇さまにも、耳打ちをする。
「うん、まぁ……」
「賛成」
交互に答える2人。
- 89 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 17:04
-
「かけ?」
亜弥は、3人に聞き返す。
「そう。
いいでしょう?」
自信満々で聞き返す紅薔薇さま。こういったことが好きなのだろう。
「……もし。
私が勝ったら?」
「亜弥ちゃんを役からおろしてあげる」
「負けたら、現状維持なんですね」
挑戦的に、聞き返す亜弥さま。
外見に似合わずギャンブラー。
「そう」
「お受けします」
- 90 名前:第2章 亀井絵里 投稿日:2004/03/07(日) 17:06
-
「それで、そのかけに内容って?」
れいなが聞き返す。
「……私を妹にできるかどうか」
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 17:07
- 今日はここまでです。
- 92 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/07(日) 23:40
- 今日はじめて読みましたが面白いです。
原作知らないのですがかなりはまってます。
がんばってください。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/08(月) 22:45
- めちゃくちゃ面白過ぎる!
こういう話しを待っていた
ありがとう
- 94 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/08(月) 22:59
- レスは、本当に励みになります。
ありがとうございます。
>>92 名無し読者さま
原作を知らない方におもしろいと言ってもらえると、うれしいです。
はまっているという言葉が、頭の中でぐるぐるしています。
はげみになるレス、ありがとうございます♪
>>93 名無し読者さま
この喜びを、どうやって伝えたらいいのでしょうw
もともと、「こんな話があったら」という妄想から始まったものでなので……。
待っていたという言葉が、本当にうれしいです。ありがとうございます。
ありきたりなレスですいません。
滞っていた分、更新です。
- 95 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:00
-
「じゃあね、れいな。
今日は山百合会の練習で遅くなるから」
いつものように、朝。
お向かいの家のれいなと落ち合った絵里は、別れの場所である十字路で力なく手を振った。
右に行けば、バス停。
左に行けば、去年まで通っていた学校。
「うん、頑張れ絵里」
手を伸ばして、絵里を撫でるれいな。
最近、年下のくせに生意気だ。
「ひとみ先輩の妹の座をゲットするか、諦めて亜弥先輩の妹になるか」
「なに、その言い方」
絵里は、頬をふくらませて見せる。
「そうしたいんでしょ?
昨日の話だと」
「違うもん」
ひとみさまの妹になりたいだなんて、そんな身の程知らずの願いが……。
正直、ないとはいえないけど。
- 96 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:00
- 「それにね、れいな。
先輩じゃなくて、さま。
もしくは、黄薔薇のつぼみと紅薔薇のつぼみ。いーい?」
「……はいはい」
「来年は、うちの学校に来るんだから。
そのぐらい覚えてよね」
くるっと体を返して、絵里は走り出す。
朝は本数が多いとはいえ、バスは電車と違っていつ遅れるか分からない。
「誰のために目指してると思ってるんだか……」
後ろかられいながぶつぶつ言ってるのが聞こえたけど、振り向いたりしない。
そりゃ、世話をかけてるのは分かってるけど。
1つ年上なのは本当なんだから。お姉さんぶりたいのだ。
- 97 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:00
-
「今回の劇は、白雪姫です。
オペラってご存知ですか?
今回は、歌と踊りで物語を進めていくオペレッタ形式のものを考えています」
絵里の前の席に斜めに座ったあさ美は、どこかぼんやりした口調で説明する。
「はい……」
「主役は、亜弥さま。
昨日お話したとおりです」
「はまり役ですよねぇ」
亜弥の、何だかきらきらしたオーラを思い出しながらうなずく絵里。
「はい、そうですよね……。
そして、王子さまは黄薔薇のつぼみです」
「ひとみさまが?!」
チケットを取りに行かなくちゃ。
なんて、間の抜けたことを考える絵里。
「いいな……。宝塚だぁ」
「亜弥さまのロザリオを受け取れば、もれなく絵里ちゃんが共演できますよ?」
それはそれ。
- 98 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:01
- 「……いえ。お断りいたします」
例え目立たなくてもいい。
他人の反発を買わず、控えめな学園生活を送りたいのだ。
そりゃ、ひとみさまは格好いいし、今回手伝うことになったのはうれしい。
でも、基本的には遠くから眺めていたいのだ。
そして……。
偶然ぶつかったから、とかじゃなく。
心から望まれて、上級生と姉妹になれたら。
それに。
来年になったら、れいなが入学してきてくれる。
まだ試験を受けたわけじゃないけど……。
きっと大丈夫だ。
そうしたら、寂しい思いだってしないですむんだから。
- 99 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:01
- 「そうですか」
肩をすくめるあさ美。
それ以上は追求せず、劇の説明を続ける。
「小人は、人数の問題もあるので……。
ダンス部から7人お借りします」
うなずく絵里。
「ところで、紺野さん。
魔女は誰がやるんですか?」
何となく、白薔薇さまや紅薔薇さまを浮かべながら聞く絵里。
「……僭越ながら、わたくしが」
「……紺野さんが?」
思わず、まじまじとあさ美を見てしまう絵里。
ぬけるような白い肌につやつやした黒い髪。
どっちかっていうと、白雪姫じゃないだろうか。
「ミスキャストですよねぇ?」
ため息まじりに問いかけるあさ美。
「いえ……」
- 100 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:01
- 「最初は、黄薔薇さまの名前もあがっていたんですけど……。
やっぱり、薔薇さまはお忙しいので」
「黄薔薇さま?」
それは、かの石川梨華さまのことでしょうか。
彼女こそミスキャストだろうに。
「えぇ。
去年の、眠り姫の魔女役がずいぶん好評だったみたいで……」
「そうなんですか。
正統派の、お姫さま役だと思うんですけど」
「そうですよねぇ」
去年、を知らない1年生2人は首をかしげる。
- 101 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:02
- 「薔薇さまには、適当にわき役についてもらいます」
ちょっと待っていてくださいね。
説明を終えると、あさ美は自分の鞄からファイルを出してきて、絵里に差し出す。
「これが、預かってきた劇の台本です」
「……ひえぇ」
セリフが、楽譜のしたに書いている。
ほとんど全部が歌で。
重要なシーンだけ、セリフになっている。
白雪姫のパートは、青い蛍光ペンでチェックしてある。
時々、「ここは音程を外しやすい」とか「ここはしっとりと」とか。注意が書き込んである。
「覚えておいて下さいね」
「……預かってきた?」
ささいなセリフが気になり、台本をひっくり返す絵里。
- 102 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/08(月) 23:02
- 『松浦亜弥』
可愛らしい字で、台本に記された文字。
もしかして、わざわざチェックして、注意まで書き込んでくれたのだろうか?
「あの、これ」
「朝。
うちの教室の前で、亜弥さまが待っていらっしゃったんです」
首をかしげながら言うあさ美。
「私が声をかけたら、それを渡して行ってしまわれたんですけど……。
亜弥さまにしては珍しいことです」
今朝、結局バスに間に合わなかった絵里は、遅刻寸前だった。
「亜弥さま……?」
授業中。
こそこそと楽譜を眺めながら、少し曲がった線を絵里は指でそっとなぞってみた。
- 103 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/09(火) 06:09
- イヤーもう本と毎日楽しみでしょうがないです、
このまま頑張ってくださいね。
- 104 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/09(火) 18:10
- >>103 名無し読者さま
ありがとうございます!本当に、レスが楽しみで仕方ないんです…。爆
自分の書いたものに反応があるのって、心強いです。
今日の分の更新です。
- 105 名前:第3章 小川麻琴 投稿日:2004/03/09(火) 18:12
- 「あさ美ちゃんはさ、絵里ちゃんが亜弥さまの妹になるの、賛成?」
お弁当の時間。
裏庭のベンチで、あさ美と並んで足をぶらぶらさせながら。
麻琴は聞いてみる。
「う〜ん……。
賛成も反対もないかな。亜弥さまと、絵里ちゃんが決めることだし」
あさ美は、箸をとめて答える。
「優等生の答えだね」
「気に入らない?」
「別にぃ」
ぱくぱくと、お弁当を書き込む麻琴。
この学園の生徒にしてははしたないけれど、乙女にだってそういう気分の時はある。
- 106 名前:第3章 小川麻琴 投稿日:2004/03/09(火) 18:12
- 「それじゃ、まこっちゃんは?
ひとみさまの妹になりたいから、手伝いを申し出たの?」
『私も、お手伝いがしたいです』
帰り際。
(主に賭けが理由で)絵里を手伝いに通わせることを薔薇さまたちが許可した後。
麻琴も、手を挙げて言ってみたのだ。
「でも、部活があるんじゃないの?」
同じバレー部の先輩である、ひとみが眉をひそめる。
「人数は、じゅうぶん足りてますから」
そう。
ひとみさま効果で、いっぱいいっぱいだ。
まっすぐ、薔薇さまたちを見つめる。
特に、白薔薇さまを。
「それって、何か理由があるの?」
答えるように、真希が聞き返してくる。
「いえ……」
「そっか」
首をかしげて、一言。
「いいよ、別に。
手が足りないのは本当だし」
「ちょっと、真希ちゃん……」
焦ったように黄薔薇さまが声をあげていたのが聞こえる。
山百合会は、れっきとした生徒会。
そう何度も外部からの手伝いを認めるわけにいかないのだろう。
けれど心配性で堅実な黄薔薇さまと、おもしろいもの好きな紅薔薇さま。
2対1で、麻琴の手伝いが決定したのだ。
- 107 名前:第3章 小川麻琴 投稿日:2004/03/09(火) 18:12
-
「いきなり、あんなこと言うから……」
心臓がどきどきした、と胸を押さえるあさ美。
「1回やってみたかったんだよねぇ」
麻琴は顔をあげる。
銀杏の葉が、遠くの方で空の色を変えていた。
「ま、絵里ちゃんのおまけみたいなものだけど。
これでやっと、さ」
1歩、初恋の人に近づけたわけだから。
あさ美が、不可解そうに首をかしげているのが見えたけど。
それ以上の説明は控えておいた。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/10(水) 00:10
- 気になるー!これからのからみ、期待しています。おもしろいですよ!本当にきになるなあ・・・
- 109 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/10(水) 06:04
- はいおつかれさまです。もうねぶっちゃけ毎日ここ見ないと
だめな体になってしまいましたwがんばってくださいね
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/11(木) 18:20
- もうめちゃめちゃ好きですよ。これ!
更新待ってます。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/13(土) 15:53
- 気になるう!更新お待ちしております
- 112 名前:みるく 投稿日:2004/03/13(土) 19:00
- 楽しみにしてます!
- 113 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/13(土) 23:49
- 放課後の掃除タイム。
音楽室の当番だった絵里は、集めた綿ぼこりをゴミ箱に放り込む。
「んー」
チリトリを使うときは、どうしてもかがまなくちゃいけない。
絵里は腰を握りこぶしで叩いた。……多少、婆くさいけど。
「絵里さん、終わりまして?」
モップをしまい終わったクラスメイト達が、その様子を見て声をかけてくれる。
「あ、はい。あとは掃除日誌だけです……」
皆さん部活もあるでしょうから。
無所属の絵里が先に帰る様に促すと、彼女たちは謝りながらも早足で部屋を出て行く。
- 114 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/13(土) 23:49
- 「皆、忙しいんだぁ」
ピアノの椅子に腰掛け、閉じたふたを机代わりに鉛筆を走らせる。
帰宅部はいつもは楽だけど、こういうとき少し寂しい。
新しいスナックでも物色して、れいなと一緒に食べるのもいいかもしれない。
基本的には寄り道は禁止されてるけど、中学の頃かられいなに引きずられてコンビニ通いをしていたから。
正直、あんまり抵抗がないのだ。
まぁ、あんまり学校に近いところだと卒業生に言いつけられちゃうんだけど。
どこにでもおせっかいなOBはいるもの。特に伝統ある女学校の場合、卒業生も熱心だ。
- 115 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/13(土) 23:50
-
日誌を閉じて、立ち上がる。
整頓された机に綺麗に拭かれた黒板。
部活動が始まるのはもう少し先。
今、音楽室は絵里に独占されてる。
このまま帰ってしまうのはもったいないような気がして、日誌をのけてピアノのふたを開けた。
そして鞄からファイルを取り出す。
「あーあーあー」
昔習っていたピアノを思い出しながら、右手でもらった台本の楽譜をなぞってく。
しかし。
片手だけとはいえ、引きながら歌うのは難しい。
すぐに挫折して絵里は手をとめた。
絶対に亜弥さまのロザリオを受け取らない自信がある。
文化祭までまでそれを貫き通せば、白雪姫の役をやることもない。
練習しても無駄だとは思うけど……。
性格的に、手付かずにしておくのはひっかかる。
- 116 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/13(土) 23:50
- 今度は、口だけで音程を合わせてみる。
「おかあさま、これは庭にさいていたおはなですわ」
どうも上手くいかない。
「もっとお腹に息をいれるの」
聞き覚えのある声。
「おかあさま…」
「もっと」
板についた命令口調。
「おかあさま、これは庭に……。
って、亜弥さま?!」
慌てて振り向く絵里。
すぐ後ろに、亜弥が立っていた。
「歌、最後のヤツはなかなかよかったわね」
腕を組んで、頭を上下に動かしたりしながら。
- 117 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/13(土) 23:58
- レス、ありがとうございます。
自分が書いたものに反応があるのは本当にうれしいです。
>>108 名無し飼育さま
楽しみにしていただけるのは、本当に作者冥利に尽きます。ありがとうございます。
(話は作ってありますが)絡みの期待など、よかったら聞かせてください♪
>>109 名無し読者さま
いつもありがとうございます。本当にうれしい言葉です。
なのに、更新が遅くてごめんなさい。なるべく頑張ります!
>>110 名無し飼育さま
更新、お待たせしました。
自分が書いたものを好きになってもらえるなんて、本当に幸せ者ですw
>>111 名無し飼育さま
ありがとうございます!
レスは、本当に励みになります。更新、なるべくペースをあげますね。
>>みるくさま
ありがとうございます!
少しでも答えられるといいのですが…。頑張ります。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/14(日) 00:35
- うぉーー!更新乙です!あややの強烈な押し?がでてくるんですかね?個人的にはやはり、よっすぃーと亀井のからみ、関係がどうなっていくのかすごく気になります。更新されたばかりで、こんなこと書くのは気が引けますが、更新まってますよー!今、飼育で一番期待してますよ!おもろい!
- 119 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/14(日) 22:25
- >>118 名無し飼育さま
押してダメなら、さらに押すのがあやや。……だと思ってます。
あややとよっすぃ〜、どっちが亀ちゃんに絡んでいくのかまだ曖昧なんです。
麻琴ちゃんがどのポジションに落ち着くのかも。
なんて。長くなっちゃってごめんなさい。作品内容に対するレスはやっぱりうれしいんですw爆
- 120 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/14(日) 22:26
-
「ど、どどど、………」
「どうしてって?
あさ美が、ここだって言ってたから」
そうじゃなくて。
どうして絵里を探しているんですか?
「そんなにびっくりすることないじゃない」
亜弥さまは頬をふくらませる。
「驚きはします」
そんな風に音もなくいつのまに後ろに立っていたら。
まぁ、集中していたとはいえ、あっさり声を受け入れた絵里も絵里だけど。
「それにしても律儀。まさか本当に練習してるとは思わなかった」
窓に歩み寄った亜弥は、閉めたばっかりの鍵を開けながらつぶやく。
落ち葉やら、銀杏やら……。
秋独特のにおいがただよってくる。
それにしても。
「律儀」って褒められたのだろうか。馬鹿にされたのだろうか。
- 121 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/14(日) 22:26
- 「そりゃ、渡されたものですから」
亜弥の方に体を向けてから、絵里は答える。
「そういえばこれ……届けてくれたんですよね。
もう、亜弥さまはいいんですか?」
「うん。
覚えたからさ」
ぶっきらぼうに答える亜弥。
照れ隠しかなって思っちゃう絵里は、おめでたいだろうか。
風が髪を揺らす。
なんとなくいい匂いがするのは、風上の亜弥のシャンプーだろうか。
窓から身を乗り出している彼女の後姿は、華奢でスタイルが良くて……。
後ろから見ても、人目で美少女だと分かる。
スカートのすそから出た足まで目をやって、絵里は慌てて視線をそらす。
こんなにじろじろ見たら変態だ。
- 122 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/14(日) 22:27
-
会話もなく、同じ空間に亜弥さまと2人きり。
何となく落ち着かない。
早く外に出たいような、このままもっとゆっくりしていたいような。
「秋っていいよね」
「はい……」
そこは否定するところじゃないので、素直にうなずく絵里。
「お姉さまも、好きな季節なんだって」
どうしてここに美貴が出てくるのか。
絵里には分からないし、亜弥の顔だって見えないから推理のしようがない。
「はい」
だから、とりあえずうなずく。
亜弥は窓をそっと閉めると、左足を軸にくるっと体を回転させた。
深緑色のスカートが、ふわっと広がってまた亜弥の足に絡んだ。
- 123 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/14(日) 22:27
- 「じゃ、行こうか」
「は……」
またうなずきかけて、途中で止める。
行こうって……。
「ど、どこにですか?」
そう、目的もなく亜弥がここまでくるはずがない。
やっと用件が出てきたわけだけど、いきなりじゃついていけない。
「あ、山百合会のお手伝いの話ですか?」
思い出して絵里は立ち上がる。
昨日は何も言われなかったけど、今日も薔薇の館まで行かなきゃいけなかったとか。
「違うわよ。劇の練習」
「ふぁぃっ?」
きっぱり言い切った亜弥に、思わず間の抜けた声を出してしまう。
「ちょっと、何その返事……」
ちょっと笑ってから、亜弥はきっぱりと言う。
「これから文化祭までの放課後、絵里には練習に付き合ってもらうからね」
- 124 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/14(日) 22:28
- 「えっ、だって、どうして……。
それは手伝いに入らないですよね」
まだ絵里は亜弥の妹ではない。
いくら亜弥さまでも、絵里がロザリオを渡さない限り、劇の代役をやらせることはできない。
「だって、かけに負けたら絵里が白雪姫をやることになるんだから。
今から練習しないと本番で恥をかくことになるじゃない」
なんて。
亜弥は、まくしたてながらこっちによってくる。
けっこう強い足取りなんだけど、音楽室のフェルト素材の床は音をたてない。
これじゃ後ろまで来られても気づけないわけだ。
「えっ、でも私は……」
ロザリオを受け取るつもりなんてちっともない。
亜弥さまの妹にならなければ、主役を演じることもない。
練習では当然、白雪姫をやらされるだろう。
楽譜を広げておいで矛盾してるけど、絵里はあまり悪目立ちしたくないのだ。
- 125 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/14(日) 22:28
- 「かけっていうのは、先が分からないものなの」
でも、絵里が言い切らないうちに亜弥は早口でまくし立てる。
「その理論が通れば、私だって自信があるから練習しなくてもいいってことになっちゃうでしょ」
「それは……」
「私は勝つ自信があるけど。
でも、絶対ってないじゃない。
負ける可能性があるからには劇の練習もしておかなきゃいけないって分かってる。
本番で、みっともないことにならないためにね」
彼女が言ってることは正しい。
絵里は答えられずうつむいた。
亜弥も、何も言わない。
「はい」
何とか、声をしぼりだす。
胸が重い。
何となく、教師に叱咤されたときの気分に似てる。小学校以来だけど。
「ま。
強制はできないけどね。とりあえず、練習の見学ぐらいしとかない?」
何となく、寂しそうな声の亜弥。
「はい……」
失望させてしまったのだろうか。
- 126 名前:第3章 亀井絵里 投稿日:2004/03/14(日) 22:29
- 「それじゃ、れっつごー」
でも、うってかわって明るい声で言い放つと、亜弥はピアノの上にあった掃除日誌を手に取る。
「あ、それ私が当番なので……」
慌てて後を追う絵里。
でも、亜弥はどんどん先に立って歩いていく。
「とまらない、愛はもうとめちゃいけない〜」
劇には関係ないだろう歌を楽しそうに口ずさみながら。
(もしかして……)
上手い具合に、亜弥のペースに乗せられてしまったんじゃないだろうか。
他人を、しかも「つぼみ」である上級生を疑うなんてとんでもないことだけど。
上機嫌なその後姿を見ながら、絵里はそっとため息をついた。
- 127 名前:第4章 亀井絵里 投稿日:2004/03/15(月) 00:39
- オペレッタの中の、シーンは4つ。
白雪姫と、継母たちが生活する城。
姫が捨てられた森。
小人たちの家。
再び、森。
ガラスの棺に入れられた有名な埋葬シーンだ。
必要は背景は3つで、美術部がボランティアで引き受けてくれる。
7人の小人たちも、ダンス部のボランティアだ。
- 128 名前:第4章 亀井絵里 投稿日:2004/03/15(月) 00:40
- 連れて来られた小体育館で、絵里はそこまで説明を聞かされる。
第一体育館の、4分の1の大きさ。
主に体操や、ダンスの授業で使われる。
壁一面に大きな鏡が張られていて、壁にはつかまり棒。
倉庫にはマットや跳び箱がつまっている。
歌が響き渡る。
ここにはピアノがないので、カセットテープの伴奏が流れている。
中でも、亜弥さまの声だけがずばぬけて綺麗。
通りがいい、よく伸びる声。
- 129 名前:第4章 亀井絵里 投稿日:2004/03/15(月) 00:40
- 「台本には目を通した?」
思わず聞きほれていたら、右隣の紅薔薇さまからの質問。
「はい、一応……」
「ダンス、やらせちゃって大丈夫?」
今度は、左隣の黄薔薇さま。
「はい、昔習っていたことがありまして……」
できないことはないんです。やりたくはないですけれど。
続きは胸の中にしまって、絵里はうなずいて見せた。
- 130 名前:第4章 亀井絵里 投稿日:2004/03/15(月) 00:41
-
薔薇様たちと並んで立っている目の前では、ダンス部の小人たちと亜弥が歌っている。
時々、ダンス部のほうから送られてくる視線が痛い。
そりゃそうだ。
普段は目立たない1年生が、薔薇さまたちに何かと気遣ってもらってるのだから。
実際の役は7人だけれど、部員たちはその倍ぐらい居る。
中でも……。
クラスメイト、高橋愛からは悪意すら感じるような。
- 131 名前:第4章 亀井絵里 投稿日:2004/03/15(月) 00:42
- 「はいOK」
1歩前に出て、手を叩きながら紅薔薇さまが叫ぶ。
貫禄はじゅうぶん。
「初あわせだけど、ダンス部、いい感じだよ。
歌も期待してた以上」
薔薇さまの言葉に、練習してきたかのようにそろって頭を下げる部員たち。
「今日は、ここまでていいや。
忙しいのにありがとう。お疲れさま」
「お疲れさまです」
ばらばらとお辞儀をする部員たち。
何だろう。
そんなに学年が違うわけでもないのに、薔薇さまたちの権力を感じる。
- 132 名前:第4章 亀井絵里 投稿日:2004/03/15(月) 00:43
- ぼぉっと、絵里は出口を見つめる。
何やらこそこそ囁きながら(多分絵里のことだろう)出て行くダンス部員。
借りていたカセットデッキを抱えた黄薔薇さま。
「どう?
練習を見た感想」
ぽんっと、背中を叩きながら紅薔薇さま。
「きゃっ」
どう、といわれても実はそんなに真剣に見学してたわけじゃない。
さっきの罪悪感もあって、亜弥のことばっかり見ていたから。
「あ、何だか……いい感じです」
とりあえず、適当に答える絵里。
「そっか。
来週にはもう、絵里ちゃんバージョンも練習したいんだよね。
1週間前だし」
感想を聞いたのに意味はなかったのか、どんどん話を進める紅薔薇さま。
「えっと……」
嫌な予感が。
「テープ。A面は歌入りになってるから、週末で練習してきてくれない?」
……やっぱり、練習することになるんだろうか。
- 133 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/15(月) 00:43
- 日曜日の分、更新です。
次からはれいなが出張る予定です。
- 134 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/15(月) 02:31
- 更新お疲れ様です。何回も言いますがいいです大好きですこれ。
がんばってくださいな
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/15(月) 10:56
- おおう!更新されてる!
次回かられいな出場ですか!
れいな、亀井、吉澤、松浦の4角関係になっていくのでしょうか?
うぅー。妄想が掻き立てられます。
あややの押しに負けることなく、がんばってもらいたいものです・・個人的には・・
ってことで、次回更新お待ちしております。ほんとにイイですよ!この小説!待ち遠しい!!!!
- 136 名前:読者 投稿日:2004/03/16(火) 10:39
- すごくおもしろいです!次かられいなが出てくるってことでかなり期待してます!れいなに対してはお姉さんなえりりんがめちゃいい!
- 137 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/16(火) 20:04
- >>134 名無し読者さま
何回言われてもうれしですw なんて;(爆)
いつも本当にありがとうございます。
でも、設定に元ネタがあるのであまり大きな顔もできないんですよね……。
もしよかったら、作品内容へのご意見もお願いします。
>>135 名無し飼育さま
四角関係ってすごいですよね。(笑)
今は、れいなが1歩リード。でも、学園という見えない世界にやきもきしてそうです。
あややはどこまで押すんでしょう?
これからも、飽きられないように頑張ります。
>>136 読者さま
ありがとうございます!
亀井ちゃん、何となく内弁慶っぽいイメージがするんです。
でも、ちょっと違いすぎるような。
なるべく期待に沿えるように、頑張ります。
- 138 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:05
- 「ただいま〜」
月曜日、夜の7時。
叫ぶなり、絵里は玄関に荷物を放り出す。
学園の中ではあるまじき行為だけど、ここまで来れば関係ないだろう。多分。
「れいなのとこに行ってくるね!」
叫ぶなり、母親の返事より早く、絵里はもう1度ドアを閉めていた。
正面にある、絵里の家より一回りは大きいアメリカンカントリー風の建物。
表札には、飾り文字で「TANAKA」と書いてある。
そっと、玄関の扉を開ける。
「おじゃましま〜す」
靴をそろえて脱ぎ(本当は脱いでからそろえるべきなんだけど)、キッチンのおばさんにご挨拶。
「こんばんは。
れいな、上ですか?」
「そうよー。今日は遅いのね」
驚いた様子もなく、れいなのおばさんは料理の手を止めて微笑んだ。
- 139 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:06
- 物心ついたときからずっと、れいなは絵里のそばに居た。
母親たちも年が近くて気が合うらしく、いつの間にか家族ぐるみのお付き合い。
こうやって自分の家のようにあがりこんでも咎められないし、泊まりあいっこも日常茶飯事。
学生時代もそれは変わらず、いつの間にかお互いの部屋で時間をつぶすのが習慣になっていた。
たいていはれいなの家で。
何しろ、絵里の6畳間にれいなの8畳間。
絵里は入学祝いにMDプレイヤーを手にいれたばっかりなのに、れいなの部屋にはテレビがDVDプレイヤー付きで設置されてる。
……世の中、不公平だ。
- 140 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:06
- れいなの部屋は、誰かを待ってるみたいにドアが半開きだった。
いつも通りの、飾り気のない清潔な部屋。
「れ〜いな」
「あ、ぱっつん」
「……誰のこと?」
悪びれた様子もなく、れいなが笑う。
ベッドの上に寝転がって、表紙で男の子と女の子が腕を組んでる漫画を広げている。
「そんな漫画も読むんだぁ」
ベッドの端に腰掛けて、絵里は首をかしげた。
れいなの愛読書は、毎週月曜日――今日発売されたばっかりの少年漫画雑誌だ。
「うん、まぁ。借りたんだ」
ぱたんと、本を閉じてれいな。今度は、ベッドに仰向けになる。
そのしぐさを、絵里はぼぉ〜っと見つめる。
- 141 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:07
- 「それにしても絵里。久しぶりじゃん」
「うん、ちょっと暗記したいものがあって……」
土日は、部屋にこもってたから。
もちろん、暗記したいものっていうのは劇の台本。
しかも、「白雪姫」はオペレッタ。
歌の練習まで聞かせるのは受験生のれいなに酷だろうし。
2日近く、絵里はれいなと顔をあわせてない。
「ふ〜ん。
連絡がないから、風邪でもひいたかと思った」
ぶっきらぼうにれいなが言う。
……心配してくれたのかな?
「別に、れいなから来たっていいじゃん」
「だってさ。
高校生になったら、絵里もいろいろ忙しいのかな〜なんて」
含んだところのあるれいなのセリフ。恋愛話をするときの、あのトーンだ。
- 142 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:08
- 「別に、ずっと家に居ましたぁ。
カーテン開ければ分かるじゃん」
ちょうど向かいが、絵里の部屋なんだから。
まぁ、夜限定だけど。
「……もし電気がついてなかったら疑心暗鬼になりそうだから」
「疑心暗鬼?」
何か、言葉が違うような気がする。
「………私が受験生なのに、絵里だけ遊んでてずるいって思うじゃん」
そういう意味ですか。
「なんだ、てっきりれいなが嫉妬してくれてたかと思ったのに……」
「ばーか」
ばかとは何だ、年上に向かって。
だいたい、絵里が受験生だったとき、かまうことなく遊びまわってたくせに。
- 143 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:09
- 「でも本当、うっぷん溜まるんだよね。
別に、偏差値が低い公立でもよかったのに……」
絵里が、下手に女学校になんか入学して。
しかも寂しいの学校に行きたいの愚痴るから……。
ぶつぶつ言うれいな。
「……ごめんってば」
「別にー。
だから、もうちょっと気を使うべきだと思うんだよね。受験生れいなさまに」
「だから、どこにも遊びに行ってないってば」
今日のれいなは、ちょっとしつこい。
- 144 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:09
- 「そういえば」
そこまでは勢い込んでしゃべってたくせに、れいなは急に言葉を止める。
唇をとがらせたまま。
たっぷり10秒近く待って、絵里は催促する。
「何?」
「……だから、絵里も彼氏とか作っちゃダメだからね」
びっくり。
クラスメイトの愛ほどじゃないだろうけど、目が丸くなったのが分かる。
「何それ、いきなり」
「……別に」
「全然、そんなこと考えてないよ。出会いだってないし」
自分から探そうとも思わないし。
でも、そういえばもう高校生なんだよね……。
照れくさくなって、絵里はさほど乱れてるわけでもない髪を正す。
- 145 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:09
- 「そっか。絵里の場合は彼女かも……」
「なに?」
耳元に手があったためによく聞こえなかったんだけど、れいな言い直してはくれなかった。
そのまま、しばらく沈黙が続く。
去年の誕生日に絵里があげた置時計が時を刻むのが、やたら大きく聞こえる。
「絵里、ご飯どうするの?」
しばらくして、れいながつぶやく。
お互いどっちかの家でご飯を食べていくのもしょっちゅう。
「んー……。
今日は家で食べてくる。もう、お母さん作っちゃっただろうし」
もう7時半。
今日も、劇中での動きとか、絵里のセリフチェックとか忙しかったから。
腹時計が訴えてくる。
- 146 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:10
- 「そっか。
……ってか、何しに来たのさ」
れいなが、ベッドから半身おこしながら聞いてくる。
夕食も食べないで繰るほどの用事があったんじゃないの?ってニュアンスをこめながら。
いろんなことをしゃべった後だから何のことだか分からなくて、一瞬きょとんとする絵里。
でも、れいなの責めるような視線に我にかえる。
「あ、あのねっ。
山百合会のビデオを、少しでも早く一緒に見ようと思って……」
「ビデオ?」
「そう。去年の劇を録画したやつ。
ひとみさまに貸してもらったんだけど……。
あ、あれ。どこにやったっけ」
ぱたぱたと、自分の制服をはたく絵里。
- 147 名前:亀井絵里 投稿日:2004/03/16(火) 20:10
- 「最初からそんなもの持ってなかったけど」
「もしかして、家かな」
立ち上がって、出口に向かう絵里。
ブツを忘れてくるなんてどうかしてる。
「ご飯、食べてからにしたら?」
あきれたようなれいな。言い草もぶっきらぼう。
「……そうだね」
でも、今日ばっかりは反論できない。出直してきます。
- 148 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/17(水) 02:33
- お疲れ様です。確かに原作知りませんがすごくキャラの
個性がしっかり練られてると思うんですが。そのまんまな
感じでいいと思いますよ。自信もって頑張ってくださいね。
楽しみにしてますから。
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/18(木) 09:56
- なんかれいなが可愛い。
原作、知りませんが面白いですね。
- 150 名前:名無し飼育 投稿日:2004/03/18(木) 15:08
- 久し振りに来たら更新が進んでいて嬉しいです。
こちらの作品を読んで興味が湧いて、
すっかり原作の方も全部買って読んでしまいました(w
今ではアニメも見てます、こちらはこちらで凄く続きが楽しみです。
頑張ってください。
- 151 名前:名無し読者。 投稿日:2004/03/25(木) 23:05
- 初めまして。すごく面白くて原作、買って読んでみました!
続き楽しみにしてます。頑張って下さい!
- 152 名前:名無し作者 投稿日:2004/03/30(火) 13:54
- たくさんのレス、ありがとうございます!
最近は少し忙しくて、なかなかパソコンに触る時間がとれません;
でも、けして放棄はしないつもりです。
四月には二日に一度ペースに戻すつもりなので、もう少しお付き合いください。
- 153 名前:名無し読者 投稿日:2004/03/31(水) 08:09
- ほーいマッタリ待ってるよ。でも何気に毎日チェック
してしまう俺
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/01(木) 22:25
- まってますよ!!!
実は一日に2回チェックしてたりして・・・
気になるんですよ・・・とても
- 155 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/05(月) 17:52
- 俺様も見てるよ
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/05(月) 23:05
- アニメ終わっちゃったし原作も全部読んじゃったし、ここだけが楽しみです
- 157 名前:なな 投稿日:2004/04/07(水) 15:02
- とってもおもしろいです。でも、原作ってなんなんですかぁ?
教えてくださいませ。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/07(水) 18:46
- ↑あげんなよ!すげぇショック
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/07(水) 21:23
- あぁ…原作というのは作者さんに失礼でしたね、つい思わず…申し訳
- 160 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:02
-
『私からもプレゼントがあります』
魔女は、高く澄んだ声でまくしたてると、赤ん坊を覗き込む。
『この子は15まで、皆に愛され育つでしょう。
けれど、15の誕生日を迎えたその日……』
そこで、魔女の声のトーンがかわる。
『糸車に刺さって、死ぬ』
- 161 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:03
- 空はすみきっていてすごく綺麗だ。
体の重さなんて吹き飛ばすぐらい。
でも。
……眠いものは眠いのだ。
いつもよりのんびり学園の門を入って、銀杏並木を抜けたところにあるマリア様像。
いつものように立ち止まって手を合わせながら、絵里はあくびをかみ殺す。
少し冷たい風が、髪をくすぐっていった。
- 162 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:03
- 「ごきげんよう絵里ちゃん」
そこで急に声をかけられた。
「あ、ごきげんよう小川さん」
振り返って頭を下げる絵里。
無邪気に手を振りながら、麻琴が絵里に歩調をあわせる。
「今日もいい天気だねー」
「そうだね」
頭がぼんやりする。
絵里は曖昧に返事を感じた。
「なんか、絵里ちゃんいいにおいしない?
いつもと違う感じの」
「友達の家で、朝シャンしてきたから」
「ふぅん……」
麻琴は、うなずいて黙る。
- 163 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:03
- あの後。
受験生れいなの1日のノルマを終わらせてから、2人は山百合会ビデオの観賞を始めたのだけど…。
現在の薔薇さまたち主演のオペレッタはとても麗しくて。
しかも、皆歌も踊りも上手くて。
とてもレベルの高いものだった。
セリフを覚えただけの自分が主役をはれるだなんて、とても考えられない。
れいなが眠ってしまった後も、絵里は繰り返しビデオを見続けていた。
そして。
揺り起こされて目が覚めたときには、辺りはもうすっかり明るかった。
寝不足の頭をすっきりさせるためにシャワーを浴びてきたのだけど、逆に体が重い。
麻琴が言っていたのは、れいな愛用のシャンプー「いちころベリー」の匂いのことだと思う。
- 164 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:04
- 「なんか、いつもと違うよね。
体調でも悪い?」
麻琴に顔を覗き込まれて、慌てて首を振る。
「ううん、寝不足で……。
ほら。
昨日貸してもらった、劇のビデオを夜中に見ちゃって」
寝不足になるまで見る必要はないんじゃない?
なんてれいなだったらつっこむところだけど、麻琴は素直にうなずいてくれた。
「あぁ、そういえば何か借りてたねー。
どうだった?」
「やっぱりすごかったよー」
「例えば?」
「眠り姫だったんだけどね……。
黄薔薇さまの悪い魔女役とか、すごい迫力だったなぁ。
今からは想像できないぐらい」
鋭い目つきに、怒気のこもった声。
とにかく、「すごい迫力」だったのだ。
れいなはすっかりファンになったらしい。
しきりに彼女のことを褒めていた。
- 165 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:04
- 「眠り姫役の紅薔薇さま、王子さま役の白薔薇さまもそれぞれのキャラが出ててよかったし」
校舎内に入り、靴を履き替えながら2人は話を続ける。
クラスが一緒だから、下駄箱の場所も進行方向も同じだ。
「紅薔薇さまのキャラが出てる眠り姫って、何かイメージと違う気がするんだけど……」
「そうかな?
すごくお姫様っぽかったけど」
歌だって、誰よりも上手かった。
「そういう意味じゃなくて、儚さとか可憐さとか……」
首をかしげる麻琴。
何が不満なのか、絵里にはよく分からない。
2人で首をかしげながら、廊下を歩く。
- 166 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:05
- 「そういえば。
知らない顔もあったけど、前薔薇さまなのかなぁ」
「ん?」
「いい妖精役の、背が低くて目が大きい人と……」
思い出しながら、絵里は話す。
「王妃様役の、笑顔が優しい人。
それから、王様役の……。
短い黒い髪の、凛とした感じの人」
教室のドアを開けながら、絵里はつぶやく。
あんなに貫禄たっぷりの薔薇さまたちだけど、やっぱりお姉さまが居て。
去年はその人たちが「薔薇さま」だと呼ばれてたんだ。
当然のことだけど、なんだか不思議な気がする。
「ふぅん……。
誰が誰のお姉さまなんだろうねぇ。見てみたいや」
「だよね。
薔薇さまに直接聞いてみようかなぁ……。
つぼみなら知ってるのかなぁ」
- 167 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:07
- 返事を期待していたわけじゃなかったのだけど……。
「他の人は分かりませんけど……。
黒い髪の方は、さやかさま。お姉さまの、お姉さまのことだと思います」
「きゃっ」
後ろから、聞こえるはずのない声がする。
慌てて振り向くと、鞄を抱えた白薔薇のつぼみがにっこり笑っていた。
「ごきげんよう。聞こえてしまったので」
「い、いえ。ごきげんよう」
慌てて返事をする絵里。
あさ美は自分の机に鞄を置き、腰を下ろす。
「さやかさまは、今はイギリスに留学してるらしいの。
そのことで、お姉さまとはずいぶん喧嘩してみたい……。
だから、あんまりつっこんで聞かないほうがいいと思う」
黒髪を揺らしながら、教科書を鞄から机に彼女は移す。
「そう、なんだ」
知らなかった。
何となく妙な気分だ。
話を切り上げると、絵里も席につき、教科書の整理を始める。
- 168 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:08
- 「そういえばさ、絵里ちゃん」
時間割順に並べて引き出しに入れたところで、麻琴に声をかけられる。
「んー?」
「今日、いつもより元気だよね」
引き出しをしめて、考え込む。
「……そうかな?」
「そうだよ。
私は、今日の絵里ちゃんのこと好きだなぁ」
好きだなぁ・だって。
紅くなった頬を押さえながら、絵里はとりあえず頭を下げる。
(いつもと、今日の違うところ……?)
自分では分からないのだけど。
寝不足でぼんやりした頭は、人見知りを追い払ってくれたらしい。
いつもの家での絵里が、そこに居た。
- 169 名前:名無し作者 投稿日:2004/04/13(火) 20:15
- やっと更新する時間が作れました。
本筋(絵里の姉探し)からちょっとずれたシーンで長々引きずってしまってすいません;
書き込みをくださった方、本当にありがとうございます。
ここではどのぐらいの方に読んでもらっているのか分からないので、励みになります。
原作は、コバルト文庫「マリア様がみてる」シリーズです。
人気作品なので、書店に行けばすぐに分かると思います。
原作を知っている方にもストーリーで楽しんでもらえるように、頑張ります。
これからもよろしくお願いします。
- 170 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:48
-
すっかり眠気も覚めた放課後。
1番乗りを予想して小体育館のドアを開けたのだけど、そこには先客が居た。
「ひ、ひとみさま?」
「あ、ごきげんよう」
鏡の前で自分の姿をうつしていた麗人は、絵里の方を向いてにっこり笑う。
窓から光が差し込んで、床に模様を作っている。
ひとみの明るい色の髪が、動きにあわせてきらきらと輝いた。
- 171 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:48
- 「絵里ちゃん、今日は早いんだね」
2人きりだ。
「はい。
あの、音楽室の掃除当番だったんですけど、合唱部が練習を始めたいから譲ってくれ、掃除は後でするって……」
「どこも必死だからね」
笑いを含んだ声が、部屋に反響する。
「あの、ひとみさまは……?」
「体育館の当番だったけど。
そろそろ、装飾係がデザインを考えたいんだって。早々に追い払われちゃって」
「そうなんですか」
まだ他の人が来るには時間がある。
何だろう、胸がどきどきする。
「もっとこっちにおいでよ」
手招きされて、絵里はおそるおそる体育館に足を踏み入れた。
- 172 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:49
- 「私さ。
前々から気になってたことがあるんだよね」
「はい……?」
今日は運動部も休みで、いつもならする掛け声もしない。
とても静かだ。
ひとみにも、自分の心臓の音が聞こえてるんじゃないだろうか。
「エンディングの、白雪姫と王子さまのダンスシーン。
何かぎぐしゃぐした感じがしてさ」
「えぇと」
1人でステップの練習だけしているのだけど、確かにそれすら上手くいかない。
合わせるなんてとんでもない。
1歩、2歩。
大またに距離をつめると、ひとみは絵里の腰に手を回す。
「ひ、ひ、ひとみさま」
「試しにやってみあい?
こっちのステップにあわせて」
絵里の右手を取ると、ゆっくりひとみが体を動かす。
こっちはそれどころじゃない。
心臓どころじゃなく、血管全てがいつもの倍のペースで動いてる気がする。
- 173 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:50
- 「あ、あのあの」
ぐっとひとみの足に、体重をかけて踏み込んでしまう。
「こらっ」
からかうように叱咤してから、ひとみは体を離す。
何となく、安心したようながっかりしたような。ほっと息をつく。
「もっと、緊張しないでさ。
本番でもあわせるんだから……」
そうだ。
もし白雪姫になっちゃったら、みんなの前でひとみと手を繋いで踊らなきゃいけないんだ。
「もう1回、はじめるよ?」
パニックに陥ってる絵里をよそに。
ひとみはまた絵里の腰に手を当てる。
「1、2、3、4」
教わったステップを思い出しながら、たどたどしくひとみにあわせて絵里も体を動かす。
ひとみのリードはとてもうまい。
「ほら、もう1回繰り返し」
足を踏んでしまったけど、今度はひとみは踊りを止めなかった。
くるくる、視界が移り変わる。
少し顔を上げると憧れの人の顔がある。
彼女に腰を支えてもらっている。彼女と手を繋いでいる。
壁1面にはられた鏡に、2人の姿がうつっている。
スカートがひるがえり、動きに合わせてからまる。
絵里とひとみの明るさが違う髪が、それぞれ光を反射しながら揺れる。
- 174 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:50
-
私ってば、幸せ者だ。
- 175 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:51
- きゅっ。
3回目の繰り返しで、深くひとみの足を踏み込んでしまう。
自然に踊りが止まった。
そのままで姿勢で向き合う。
「ご、ごめんなさい」
「ちょっと痛かったかな」
つぶやいて、にやっと笑うひとみ。
「ごめんなさい。
あ、あのでも。私、こんなに踊れたの初めてです」
「楽しいでしょ?
ダンス」
「はい」
体を離す。
まだドキドキしているけど、さっきの沸騰するような感じはもうない。
ほどよく心地よかった。
- 176 名前:亀井絵里 投稿日:2004/04/13(火) 20:51
- 「あっ、こらっ。
私の妹候補に手を出さない!」
小道具の入ったダンボールを抱えた亜弥が、ばたばたと扉を開けて入ってくる。
「ダンスを教えてただけだって」
いたずらっ子っぽく笑うひとみ。
「嘘!
何か絵里がうっとり〜って感じの顔してたじゃない」
亜弥は、入り口に荷物を置いて主張する。
「し、してません」
「そうやって他人の妹くどいてる暇があったら、ひとみも見つけてきなさいよ!」
「い、妹じゃありませんてば……」
さっきはちゃんと、候補って言ったじゃないですか。
そろそろ掃除が終わる時間らしい。
亜弥の後ろの方から、いつもの山百合会メンバーの姿がちらほら見えた。
- 177 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/14(水) 11:33
- 更新おつかれさま。待ってたよー。いい感じですね。
また次回お待ちしております。
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/19(月) 22:03
- 今日初めて読みました〜^^
原作は知らないんですけど、めちゃめちゃおもしろいですね〜
続き楽しみに待ってます。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/22(土) 02:22
- 保全
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/23(日) 16:34
- まさか放置・・・・
- 181 名前:774RR 投稿日:2004/05/24(月) 19:17
- 信じて待ちましょう
- 182 名前:名無し作者 投稿日:2004/05/25(火) 00:54
- >>177 名無し読者さま
毎回、ありがとうございます。「次回」が遅くなっすいませんでした;
やっと更新のメドが立ってきたので、夏の完結をメドに頑張ります。
>>178 名無し飼育さま
原作を知らない方におもしろいと言ってもらえると、嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
>>179
保全、ありがとうございます。
>>180 名無し飼育さま
放置は絶対にしないと決めています。
本当に、時間が空いてしまってごめんなさい。
>774RRさま
ありがとうございます。待っていてくれる方が居るのは嬉しいです。
できるだけ頑張ります!
- 183 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 00:56
- 白い光が、柔らかに彼女を照らしている。
栗色の髪を揺らしながら、立ち上がった王妃は、張りのある声で歌いあげる。
「私も。
このような、雪のように白くて血のように紅い子供が……」
- 184 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 00:58
- ……しかし、美しい世界は第三者の声に遮断された。
「カット!」
頭の上で×印を作っているのは、紅薔薇さま。
「これから子供が生まれるっていうのに、なぁんか楽しくなさそうなんだよね」
すとんと、白薔薇さまはそなえつけの椅子に座りなおす。
「そんなこと言われてもさ、ミッキー。
子供が生まれる前の心境なんて、分かるわけないじゃん」
基本的に、この学園ではあだ名は禁止されてるはずなんだけど……。
上級生に対してさばさばとした言葉遣いの白薔薇さま。
もちろん、紅薔薇さまが怒らない限り、誰も彼女に文句なんて言えない。
「人間には、想像力ってもんがあるでしょうが」
あきれたような、紅薔薇さま。
「あんまり熱意をこめるの、イメージじゃないんだよね……」
ぶつぶつ文句を言う白薔薇さま。
- 185 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 00:58
- 「やり直し」
しばらく不機嫌そうな顔をしていた白薔薇さまだが、また立ち上がって歌い上げる。
「私もこのようなぁ〜♪」
「カット!!
そんな品がない王妃がどこに居るのよ」
「……わがまま」
「演技力不足!」
- 186 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 00:59
- 「何か、ぽかぽかしてていい陽気だねぇ」
麻琴が、眠そうな声で言う。
「はい……」
絵里もぼんやりと答えた。
邪魔にならないよう壁によりかかって、絵里と麻琴は紅薔薇さまたちの様子を見ているところだ。
ざらざらとした気の壁が、制服越しに冷たい感触を伝えている。
「皆、練習に熱が入ってるね」
「はい」
今は言い争いになっているけど……。
そこは、しっかりうなずく。
- 187 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 00:59
- 「そういえばさっき、亜弥さまが何かさわいでたよね。
絵里ちゃんとひとみさまが……」
急に声のトーンをかえると、麻琴は絵里の方に顔を向けて首をかしげる。
「そ、それは違うんです。私、ちょっと指導を受けてただけで」
壁から体を離して、絵里は手で円をかく。
「指導?」
「ダンスの出来が悪かったんだとか……」
「ふ〜ん。うらやましいねぇ」
そうは言ったけど、特に気にした様子もなく麻琴はうなずく。
壁越しに、鳥が鳴いているのが聞こえる。
- 188 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 01:11
- 「ね。
小川さんは……どうしてひとみさまの妹になりたいの?
憧れているから?」
気になっていたことを、絵里は聞いてみる。
「それもあるかな」
軽くうなずく、麻琴。
それもある。
「も」が接続詞になってるってことは……。
「ほかにも理由があるの?」
そのまま口に出す。
麻琴が苦笑するのが見えた。
「まっすぐ聞くねぇ」
「えっ?!あっ、別に嫌だったら……」
「絵里ちゃんは、どうして山百合会には入りたくないの?」
絵里の言葉にかぶせるように、麻琴に聞かれる。
- 189 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 01:12
- 「えっ……?
わ、私は、普通で平穏な学校生活が送れればいいかなって思ってて。
やっぱり、劇で主役なんかもできそうもないし」
何となく、しどろもどろに答える絵里。
山百合会に入りたい人、亜弥の妹になりたい1年生ががたくさん居るのは知ってる。
そんな人たちから見たら、今の絵里はすごく贅沢に見えるだろう。
でも、絵里は山百合会が自分に向いてないのも分かってる。
「そうかな、絵里ちゃん可愛いけど」
「んー……」
あ、うれしい。
れいなに言われたら素直にうなずくところだけど、相手は麻琴なのでごまかす絵里。
「素直だなぁ」
少し笑ってから、麻琴はさらに絵里に質問してくる。
「平凡な学校生活って?」
- 190 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 01:12
- 「えっと……。
学園のアイドルじゃない私だけのお姉さまとか妹が居て。
その人たちと絆を深めつつ、マリアさまの教えも身に着けて、人生に一度の学園生活をね」
ずっと考えていたことだから、よどみなく答える絵里。
「も、もういいよ絵里ちゃん」
苦笑する麻琴。
「へんかなぁ?」
「う〜ん……。
まぁ、ある意味贅沢だけど」
「そうかなぁ」
何となく、絵里は壁をぱたぱた叩く。
- 191 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 01:13
- 「それにね、来年には幼馴染の子がこの学校に入ってきてくれるはずなんだ」
「幼馴染?年下なの?」
「うん、一個下」
れいなのことを学校の誰かに話すのは、初めてだ。
「でも子供の頃から私なんかよりずっと大人びてて、優しくて、人望もあってね。
今回だって、女子校なんてごめんだって言ってたのに。
私が心細いって知ったら簡単に志望校変えてくれちゃって」
「……絵里ちゃんは、その子のこと好きなんだね」
「そう、なのかも」
そっか、うらやましいな。
って。
麻琴がうなずくのが聞こえた。不思議と、下を向いたまま。
- 192 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/25(火) 01:15
- 「ね、絵里ちゃん。
亜弥さまとのことどうなっても、応援してるから」
急に、麻琴がそんなことをつぶやく。
「えっ?
……あ、ありがとう」
そんな風に言ってもらえたのは、この学校に来て初めてかもしれない。
そのまま会話は途切れてしまったけど、しばらく2人で黙って壁に寄りかかっていた。
紅薔薇さまが終了を告げに来るまでずっと。
麻琴の話を聞き損ねたと絵里が気づいたのは、家に帰ってからだった。
- 193 名前:名無し作者 投稿日:2004/05/25(火) 01:16
- 今日はここまでにさせてもらいます。
後藤さんは演技が得意なはずだけど、やる気がないイメージです。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/25(火) 10:30
- 今回のまこえりにやられて初めから読ませて頂きました。
まこえり好きなのですが、今の所、他では殆ど見たことないですね。
こんなに絡みがある作品を見るのは初めてなので凄く嬉しいです。
いろんなCPが出てきて、この先どうなっていくのか続きが楽しみです。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/25(火) 15:16
- 更新乙です!
待ってましたよ!首を長くして!
今後の展開が気になります!えりりんは誰の妹になるのか!
気になってしかたないっす。楽しみに待ってます
- 196 名前:名無し作者 投稿日:2004/05/27(木) 18:06
- >>194 名無し飼育さま
はじめまして、読んでくださってありがとうございます。
おっとりした麻琴と、気の弱い絵里のペアは何となく好きなんです。
同意してもらえてうれしいです。
>>195 名無し飼育さま
長くお待たせしてすいませんでした。ありがとうございます。
そろそろ絵里にもおさまってもらいたいのですが、思ったより長引いてます。
もう少しお付き合いください。
- 197 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:07
- 「ぱっつん、文化祭まで後少しだね」
「だからぁ」
その呼び方だって、嫌だってずっと言ってるのに。
この髪型、気に入ってるんだけどな。そろそろ変えた方がいいのかも……。
朝。
少しずつ冷たくなっていく空気に撫でられながら、いつものようにれいなと並んで歩く。
「入場券、当然くれるよね?」
「う〜ん……」
文化祭には入場制限がある。
生徒に数枚ずつチケットが配られ、それを持っている人しか入れない。当然、客は内輪ばかりになる。
あれだけの規模の学校なのだからそれでもじゅうぶんな人数なのだけど。
「もしかして、黄薔薇さまがお目当て?」
この間ビデオを一緒に見たとき以来、れいなは彼女にお熱だから。
何となく、おもしろくない。
「そんな、邪な目的がある人にあげたくありません!
だいたい、黄薔薇さまは3年生なんだから。れいなが入学する頃には居ないんだからね」
でも、れいなは絵里の機嫌なんて気にしていない。
- 198 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:08
- 「志望校偵察だってー。
だいたい、『邪な目的』って……」
いつもの分かれ道で、絵里たちは立ち止まる。
「あと、あの人もかっこよかったなぁ。
妖精役の1人の、背の小さい人」
「うん。先代の薔薇さまの誰かだと思うんだけど……。
でもやっぱり、ひとみさまだよ」
「目立ってなかったと思うけど」
妖精B、みたいな役だったんだと思う。
けど、ふわふわの衣装がとても似合っていた。
何を着ても似合うなんてさすがだ。
「1年生だったんだから、仕方ないじゃん」
「じゃ、1年生で白雪姫の絵里は大抜擢だよね」
「……だから、私はやらないってば」
- 199 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:08
- 「でもさ、練習はしてるんでしょ。
反感かったりとかないの?女子高って怖そうじゃん」
れいなは何気なく言っただけ、だったんだろうけど。
ぱっと、ダンス部の少女たちのことがよみがえる。
特に、絵里を鋭い目で見ていた愛。
あまり交友関係がない絵里だから分からないけど、「山百合会の劇に参加する、目立たない1年生」はずいぶん噂になっているはず。
誰かに恨まれていたって不思議じゃない。
- 200 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:09
- 「ご、ごめん絵里。
そんな深い意味はないよ?大丈夫だよ、絵里なら」
「……絵里は存在感がないから?」
「そうじゃなくて……。
待って、絵里ってば!また学校が終わってからね!」
背中の方かられいなの声が聞こえてきたけど、絵里は振り向かないで歩き通づける。
れいなの無神経。
『絵里ちゃんは、どうして山百合会に入りたくないの?』
麻琴の言葉を思い出す。
皆、山百合会に憧れているのに。
そんなことを考えていたから、事件をひきよせちゃったのかもしれない。
- 201 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:10
- 「ねぇ、絵里ちゃん。聞きたいことがあるんだけど」
愛に声をかけられたのは、昼練を終えた絵里が机に鞄を置いたときだった。
鞄の皮が机にこすれて、鈍い音がする。
「どうかした?」
何となく嫌な予感がする。絵里は、意識してしっかりとした声を出した。
「山百合会の劇のこと」
……やっぱり。
愛の声に、教室に戻ってきたクラスメイトたちもちらほら絵里の周りに集まってくる。
「私達も、前から聞きたいと思ってたの」
思った以上の迫力に、絵里はたじろぐ。
「私はただの手伝いで……」
- 202 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:10
- 「ただの手伝いのわりには、亜弥さまやひとみさまに目をかけてもらってる感じだよね」
愛の声に責めるような調子はないけど。
周りの好奇の視線は、絵里を萎縮させるのにじゅうぶんだった。
「絵里ちゃんは、薔薇のつぼみの妹候補なの?
亜弥さま、ひとみさまどちらの?」
「わ、私は……」
思わず、言いよどむ。
ここで正直に言ってしまっていいのだろうか。
亜弥さまが劇に出たがっていないこと、代役を賭けて絵里と勝負していること。
何て答えたらいいんだろう。
どういう風に言ったら、納得してもらえるんだろう。
- 203 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:11
- 「亜弥さまの、だよ」
……答えたのは、絵里じゃなくて第三者の柔らかい声だった。
「亜弥さまは絵里ちゃんにロザリオを渡そうとしたんだけど、断られちゃって。
今、絵里ちゃんは妹の座をかけて亜弥さまとかけひきしてるってわけ」
「……麻琴、それ本当なの?」
首をかしげて、愛が言う。
教室の入り口に、お弁当箱を抱えた麻琴が立っていた。
絵里の代わりに事情を……かなり要約したものを説明したのは彼女だ。
「小川さん……」
予鈴が鳴る。
絵里には構わず、麻琴は自分の鞄に荷物をしまい始める。
「ただの手伝いなんかじゃなかったのね、絵里さん。謙遜なさって」
「どうして亜弥さまからのお話を断ったの?」
思いつくままに、クラスメイトたちから質問の声があがる。
いつのまにか、絵里の周りに10人ぐらいの輪が出来ていた。
- 204 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:13
- 「わたしは……」
最初の意識はどこにいったのか、普段の弱弱しい声しか出ない。
それをかき消すように、麻琴のしっかりした答え。
「絵里ちゃんはただ、平凡な生活をしたかっただけなんだよね」
……明らかな反感の視線に、絵里はうつむく。
(どうして……)
いつも、友達が居なかった絵里に挨拶してくれて。
昨日は励ましてくれたのに。
胸の奥が、鉄でも飲み込んだように重かった。
庇って欲しかったわけじゃない。でも、麻琴のことをいつの間にか信用していたのに。
- 205 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:13
- 「そうなの、絵里ちゃん?
紅薔薇のつぼみからの姉妹の申し込みを断ったの?」
絵里には構わず、愛はさらに質問を重ねる。
通りがよくてはっきりとした声。
「わ、わたしは」
対する自分の声は、何て弱弱しくて……
「わ、たしなんて、山百合会にふさわしいわけないじゃない」
どうして、今にも泣きそうなんだろう。
「亜弥さまは、1年生なら誰でもよかったの。
劇に出なくてすむなら、本当に誰でも……。
もし賭けにならなかったら、私はあの人たちに目も止めてもらえなかった」
話しているうちに、本当に涙が出てくる。
自分の声がどんな風になっているかなんて、もう絵里は気にしていられなかった。
- 206 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:15
- 「ひとみさまだって……。
最初に、私にボールをぶつけちゃったのを気にして優しくしてくれてるだけで。
同情されてるだけなのに、利用されてるだけなのに……。
私なんかが、亜弥さまの妹になれるわけないじゃない。対等になれるわけない」
姉妹っていう関係になれるわけじゃない。
薔薇さまだけじゃない、いつも成績優秀なあさ美、……明るくて、人気者の麻琴。
考えはどんどん惨めな方に傾いていった。
嗚咽のせいで、息が苦しい。
「絵里ちゃん、私達別に……」
愛の困ったような声を聞きながら、絵里は教室を飛び出した。
慌てたような声が後ろから聞こえてくるけど、かぶせるようにチャイムが鳴る。
これで、誰も追いかけては来ないだろう。
- 207 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/27(木) 18:15
- スカートを翻したまま階段を駆け下りて、靴を履き替える。
何も持っていないけど、かろうじてバスの定期だけはポケットに入っている。
銀杏並木を、時々銀杏をふんですべりながら駆け抜ける。
走り続けたせいで息が切れて苦しい。
絵里は、何から逃げているんだろう。
いつも門の前に居る警備員さんは、校内を回っているらしくて居なかった。
内側からは開くようになっている教職員用のドアから外に出ると、ちょうど来ていたバスに飛び乗った。
校門前の、マリアさまにみつめられながら。
- 208 名前:小川麻琴 投稿日:2004/05/27(木) 21:20
-
「ねぇ、まこっちゃん」
呼びかけの途中で本鈴がかぶって鳴り響いたけど、あさ美の声はきちんと麻琴に届いた。
「絵里ちゃんのこと、何考えて言ったの?」
「……さぁ。らしくないかなぁ?」
歩いてきて麻琴の机に手をつくと、黙ってうなずくあさ美。
ふわりと広がった、黒い髪から何か花のような匂いがした。
「絵里ちゃんのことずっと気にかけてたのは、まこっちゃんなのに」
「……そんなんじゃないよ、別に」
- 209 名前:小川麻琴 投稿日:2004/05/27(木) 21:20
- 教師はまだ来ない。
あさ美は麻琴を責める風でもなく、続ける。
「私、絵里ちゃんがあんなふうに思ってるなんて知らなかった」
『ふさわしくない』だろうか。
「そりゃ、あさ美ちゃんには分からないだろうね」
可愛くて、頭がよくて、運動神経も人並み以上で。
含みをこめて言った言葉だけど、あさ美は少し首をかしげただけだった。
- 210 名前:小川麻琴 投稿日:2004/05/27(木) 21:21
- 教室のドアが音をたてて開く。
5限の教師は、荷物を置き去りにしていった絵里の机の周りでざわついている生徒たちに驚いたようだった。
「どうしたの皆さん、席について」
「嫉妬、してたのかも。絵里ちゃんに」
自分の席の戻ろうと体をひねったあさ美に、一言告げる。
「嫉妬?」
振り向いて、あさ美。意外な言葉だったのか、いぶかしげな表情が広がっている。
「……好きな人に、同じぐらい思われていることに」
分かったような分からないような表情で、白薔薇のつぼみは首をかしげた。
あさ美のことだから、きっとこの時間中ずっと考え込んでるんだろう。
でも、彼女には分からないんだ。絶対。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/27(木) 22:22
- 原作知らないけどおもしろいなー!
えりりんとれいなの関係がすごく良いです。
れいなが入ったらどうなるんだろう、と先のことを考えてしまいましたw
これからも応援させていただきます!
- 212 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:42
- すすけた金網に、制服が汚れること覚悟でもたれる。
まっすぐ立っているのかつらかったから。
逃げ出したはいいけど、こんな時間に帰れば母親が心配するし。
そういえば、学校に荷物を置きっぱなしでどうすればいいかわからないし。
バスを降りたままふらふら歩き回り、結局行き着いたのはここだった。
去年までの後輩たちが、絵里に奇異の目を向けながら通り過ぎていく。
紺のブレザーに同色のスカート、地味な母校の中学校の制服がすごく懐かしかった。
でも、今はそれをながめられるような精神状態じゃない。
絵里は、地元の中学校の前で立ち尽くしていた。
- 213 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:43
- (れいな、早く出てきて……)
指導がそんなに厳しい学校じゃない。
茶髪も居るし、今の学校では見かけることのないルーズソックスもちらほら見える。
絵里は、目の前を通り過ぎる生徒の中から女子をピックアップして目をこらす。
規則どおりブレザーに膝までのスカートの子、スカート丈を短くしてベストやカーディガンで自分なりに制服をアレンジしている生徒。
前者が去年までの絵里で、後者がれいなだ。
- 214 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:43
- 「私、最悪だよね」
ぽつんと、言葉がもれた。
あてつけみたいに逃げ出しちゃって。
そのうえ、中学校の前で年下の幼馴染を待ち伏せして。
麻琴にだって、無意識に甘えていた。
目頭がまた熱くなって、絵里はうつむいた。灰色のコンクリートの上に乗った、薄汚れた靴が少しずつ輪郭を失っていく。
れいなは、絵里に気づいてくれるだろうか。
もう帰っちゃってたり、今日は用事があったりしたら……どうしよう。
- 215 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:44
- 『それでね、れいなぁ』
- 216 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:46
- 耳に飛び込んできた、甘い高い声。
聞き覚えのある名前に絵里は思わず顔を上げた。
- 217 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:46
- (れいな……?)
短いスカートを巻きつけた見慣れた少女が、見覚えのない少女に腕を抱かれたまま歩いていた。
はじめてみるその女の子は、そろえた黒い髪に、真っ白い肌、大きな目の日本人形みたいな美少女だった。
2人は絵里に気づかないまま、何かを話し込みながら彼女の前を通り過ぎていく。
一方的にまくしたてる女の子に、曖昧にうなずくれいな。どこか、自分たちみたいだ。
脳みそがかきまわされているような気持ち。
このまま、彼女たちが絵里に気づかなければいいのに。
- 218 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:47
- 「だからね……。
あっ、お嬢様学校の制服だ。かわいい〜」
けれど。
よりによって、「日本人形」の方が絵里を指差して声を上げた。
当然、れいなの視線もこっちに。
「えっ……?」
「でも、さゆが着たほうが可愛いけどね。
ん、れいなどうしたの?」
彼女は無邪気にしゃべり続ける。
けれど、視線が絡み合った絵里とれいなはそれどころではなかった。
- 219 名前:亀井絵里 投稿日:2004/05/28(金) 22:49
- ……この気持ちを、なんて表現したらいいんだろう。
絵里は、もう一度走り出した。
「ちょ、ちょっと絵里!
さゆ、離して……え?何?」
生徒達に何度もぶつかりそうになりながら、必死に足を速める。
本当に、どこまで惨めなんだろう。
- 220 名前:名無し作者 投稿日:2004/05/28(金) 22:51
- >>211 名無し飼育さま
ありがとうございます♪
絵里とれいなの関係は、雰囲気が伝わったらいいなぁと書いているので…。そういってもらえると嬉です。
れいなが入った後まで書けるといいのですが;
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/29(土) 00:15
- あぁ、ヒール?マコがイイ味だしてますね!どんな展開になるかわかんかいけど亀井の逆襲??あるのかな?なんかとても亀井に感情移入してる自分が・・
- 222 名前:名無し作者 投稿日:2004/06/03(木) 18:22
- >>221 名無し飼育さま
ヒール、までいくにはもう少しのような気もしますが…。いい味ですか、ありがとうございます。
絵里にももうちょっと頑張ってもらう予定です。
感情移入なんて、ありがとうございます。
- 223 名前:亀井絵里 投稿日:2004/06/03(木) 18:22
- 「探したよ、絵里」
心なし疲れたような声、れいな。
絵里はブランコにつかまったまま顔を上げた。
「……ごめんね」
子供達に遊び場を提供するために、町内会が自主的に作った小さな公園。
2つのブランコと、鉄棒と、小さな砂場。
公園の周りには、柵の代わりにたくさんの花が植えてあった。
れいなが、絵里の隣のブランコに腰掛ける。
「何時間もここに居たの?」
「うん」
砂が赤く染まって、伸びた影をうつしている。
- 224 名前:亀井絵里 投稿日:2004/06/03(木) 18:23
- ちっちゃいころは、よくれいなとここに来たよね」
「そうだね」
「私、いろいろ考えててね」
絵里は、軽くブランコをこいだ。
ぎぃぎぃと錆びた音と、視界が揺れる感覚。
「昔かられいなは優しかったなって」
おままごとのときは、絵里がお母さん役。
王様ごっこのときは、絵里はお姫様。
たいてい遊びの中心だったれいなは、ごっこ遊びでいつも絵里を人気の役につけてくれた。
近所の子供の間で取りあいだったブランコだって、誰より先に絵里を乗せようとしてくれた。
今思い出したって、嫌になるぐらいれいなは優しかった。ずっと。
「だから、私勘違いしちゃったのかな」
「かんちがい?」
今だって、絵里のせいで疲れてることを言わないで聞き返してくれるれいな。
それから、それに甘える絵里。
- 225 名前:亀井絵里 投稿日:2004/06/03(木) 18:24
- 「れいなは、私だけのれいなだって。
だから……。
れいなが私の知らないこと歩いてたのが悲しかったのかな」
ブランコを、足で止める。
体が、かくんっと前につんのめった。
「絵里、あのね……」
見えない部分があるのは当たり前のことなのに。
「この間の少女漫画も、あの子から借りたのかなっとか。
れいなの友達は、皆少年漫画派だったからさ。
あんなに仲よさそうな子が居るなんて知らなかったから。
だから……」
何も言わないで逃げてごめん。
また泣きそうになって、絵里は上を向く。
空は、どんどん青く染まってきている。
- 226 名前:亀井絵里 投稿日:2004/06/03(木) 18:24
- 「絵里。
あの子道重さゆみっていって、この間うちのクラスに転校してきたの」
れいなは、ブランコを軽くこぎながら言う。
垂らしてある髪が、れいなの輪郭にまとわりついた。
「……うん」
「あんまりにもクラスになじまないから、あれこれ言ってたら……。
いつの間にかなつかれちゃってさ。
絵里の話をしたら、会いたがってた。多分、気が合うと思う」
砂の上の影も、どんどん薄くなってく。
「そう、なんだ」
「何か、絵里には言えなくてさ。
……絵里が、山百合会っていう新しい世界にどんどんなじんでくのを見て複雑で」
「私、なじんでなんかない」
「あたしにはそういう風に見えるんだけどな」
れいなは、足で地面を蹴った。ブランコのペースが上がる。
「あの人たちが……。
本気で私なんかを必要としてるわけないじゃん。同情だよ。
今日ね。自分が惨めで仕方なくて、だから学校から逃げてきちゃったんだ」
- 227 名前:亀井絵里 投稿日:2004/06/03(木) 18:25
- 「……絵里」
「でもね。
いつまでもれいなに頼ってるわけにもいかないって。そうも考えたんだ」
風の音に負けないように、絵里は声を出す。
「明日、亜弥さまにお話してみようと思う」
勢いをつけて、ブランコが飛び降りる。
ブランコの柵を乗り越えて、絵里はふらふらと着地した。
さっきまで乗っていたブランコが衝撃でからまっているのが見える。
続いて、れいながきちんと足から着地するのが見えた。
「あのね、絵里。
あたしは必要としてるんだから……。それ、忘れないでね」
「れいな……」
嘘だ。
いつだって絵里がれいなに頼ってるだけだ。
……でも、そういってもらえるのは嬉しかった。
「絵里、帰ろう」
「うん。
……あのね、れいな」
「んー?」
れいな。
れいな、大好き。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/03(木) 23:00
- イイ!!!
良すぎるぞこの二人!!!
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/06(日) 19:55
- 更新乙です!
ハラハラしながら読んじゃいました。もうなんか自分の事のように・・次回亀井の・・期待してます!
- 230 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/08(火) 16:11
- 田亀いいですねー。
今後道重も絡んでくるのかな?
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/06(火) 18:37
- >>228 名無し飼育さま
ありがとうございます。
作者は2人をからめたく仕方ありませんw
>>229 名無し飼育さま
自分のことのように、だなんて本当にうれしいです。
次回亀井の…があるといいのですが。期待にこたえられるか分かりませんが、ぜひ読んでください♪
>>230 名無し読者さま
いつもありがとうございます。
道重…からめられるといいのですが。リアルでは、亀井と仲がいいのをよく見ますよね。
- 232 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:38
- 「鞄がないこと、お母さんになんて説明しよう」
絵里は、ため息をついた。
「それに、制服だって砂ぼこりがついてるし」
「……いいよ、うちに泊まりなよ」
住宅街を並んで歩く。数メートル置きにしかない街灯に、たくさんの無視がむらがっていた。
絵里は妙に落ち着いた気分でいた。
クラスメイトたちには何を言われるだろう。
どうやって亜弥たちに自分の立場を説明したらいいんだろう。
考えることはたくさんあるのに、頭がそれを拒否していた。
だから。
- 233 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:38
- 「……なぁ」
「ん?」
「絵里んちの前に、誰かいない?」
自分の家の前に、女学院の制服を着た少女が立ち尽くして居るを見たとき……。
正直すぐには頭がついてこなかった。
夜の明かりでも分かる勝気な印象の大きな目。
青白く幻想的だけど、けして病的ではない白い肌。
「あ、あ、亜弥さま……?」
その人ともうあと数メートル、ってところまで歩いてやっと絵里は声を出すことが出来た。
「絵里、遅いわよ。ごきげんよう」
「ど、どうして?」
けして早い時間ではないけど、練習はまだ終わっていないはず。
腕時計と亜弥を見比べながら絵里は疑問の声をあげた。
「……荷物置きっぱなしで帰ったって聞いて、持ってきたのよ。
それとなく電話しても帰ってきてないって言うし。しようがないから……」
何となくぼおっとした目で、亜弥が絵里を見つめる。
- 234 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:39
- 「そんなの、預けてくださればよかったのに…。
いえ、そうじゃなくてそんな持ってきてくださらなくても…」
「いいじゃない。
親には、さぼったなんてばれたくないでしょ?」
それは確かにそうだった。
けど、学校の先輩に鞄持ったまま家の前で待っててもらったなんて、そっちの方が怖い。
亜弥から受け取った鞄を、胸に抱えて絵里は頭を下げる。
「本当に、ありがとうございます」
亜弥は練習に出なかったのかと、絵里が聞こうとするより早く。
「はじめまして。
田中れいなと言います、絵里の幼馴染です」
……すっかり置き去りになっていたれいなが、亜弥の前に進み出た。
声は不愉快そうに低くて、頭はさげているものの態度がいいとはとうてい言えない。
- 235 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:39
- 「はじめまして。絵里の先輩です」
構わずににっこり微笑む亜弥。
れいなは答えない。反抗的な目で、じっと亜弥さまを見ているだけだ。
「……それじゃ、絵里。私はそろそろ帰るね」
「あ、待ってください亜弥さま。送ります」
「大丈夫。私は方向音痴じゃないから。
それじゃ。れいなちゃんもさよなら」
早足で歩いていく亜弥。何を言われたにしても、このまま帰したんじゃあまりにも失礼だ。
けれど……。
「れいな、どうかした?何か怒ってるみたい…」
何となく、ここで亜弥を追いかけるとれいなを傷つけてしまう気がする。
「絵里。鞄があるなら、自分の家に帰りな」
「うん……そういうなら。あの、れいな?」
「大丈夫だから。おやすみ」
一度も振り向かないで、家の中に入っていく後姿。
反射的に追いかけたくなった。
何でそんな態度を取られなきゃいけないの、亜弥さまは好意でやってくれたのに。
……でも嫉妬かな、とおめでたいことも思ったから素直に背中を向けた。
- 236 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:40
- れいなの家に泊まらなくて正解だったかもしれない。それからずっと、絵里は堂々巡りを繰り返した。
空気はひんやり冷たいのに、鞄の取ってからはぬるく温かかった。
どうして追いかけてきたんだろう。
どうして、家の前でずっと待っててくれたんだろう。絵里の顔を見てすぐに帰ったのは…。
- 237 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:48
- 文化祭が近づくにつれて、なんとなく学校全体がそわそわしてくるような気がする。
今日の午後からは本番までずっと祭りの準備が続く、午前中は授業にならないだろう。
中学の頃を思い出しながらぼんやりとそんなことを考えながら、絵里は下駄箱で靴を履き替えた。
つま先を床に叩きつけてズレを直す。
トントン……。
習慣になった無意識の作業。けれど、絵里はそれを中断すると中途半端に靴をひっかけたまま歩き始めた。
黙って隣を通り過ぎていった人が、誰だか分かったから。
- 238 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:48
- 「おはよう、小川さん」
「…おはよう。絵里ちゃん」
どうして声をかけてしまったのかは分からない。
けれど、麻琴と話したかったのも本当だった。
「…鞄、届いたんだ」
絵里を上から下まで見てから、麻琴が言う。
「知ってたんだ、亜弥さまが来てくれたの」
「昨日、わざわざうちの教室まで来たから。亜弥さま」
亜弥が教室に来た…。
一瞬、麻琴に対する複雑な気持ちも忘れて絵里はいつものように声をあげた。
「亜弥さまがどうして?」
驚いたように目をしばたいた後、麻琴は小さく答えた。
「…さぁ」
- 239 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:49
- しばらく沈黙が続く。
自分の昨日の醜態や、麻琴の態度を思い出しながら絵里は歩く。
制服のスカートが足にからまる。この感触は好きだ、昨日は煩わしかったけど。
「私、謝るようなことはないと思ってるから」
麻琴が振り向いてそういったのは、教室のドアまで手が届く距離まで来た時だった。
「でもあさ美ちゃんは謝れって言うの」
「だから…?」
怒ったような口調の麻琴に、さすがに不愉快になった絵里は聞き返す。
「ごめん。私、嫉妬してた」
そのまま教室に入っていく。
嫉妬が何なのか、どうして謝るのが説明もしないまま。
開いたままのドアの前で少し立ち止まった後、絵里も自分の席に向かう。
妙な気持ちでいっぱいだった。
麻琴の態度は変わらないし、それに何かおもしろくない。
「紺野さんが言ったら…。そうするんだ」
あさ美はまだ来ていなかった。
- 240 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:58
-
「賭け、だったんだって?」
隣の席の愛が気まずそうに声をかけてきたのは昼休み。
絵里がお弁当を鞄にしまっているときだった。
授業は終わって、今から文化祭の準備が始まる。クラス展示の準備はほとんど終わっているので、ほとんどの生徒が部活や委員会に出かけている。
けれど何人かの無所属が展示物の運び込みをしていて、少しほこりっぽい雰囲気だ。。
「え?」
「あの後、亜弥さまが来て説明してくれたから」
肩をすくめて愛が言うのが見えた。
「亜弥さまが?」
「……そう。
急に教室にきて、あさ美ちゃんと何か話して。
その後話してくれたんだよね。
皆、あんなことの後じゃん?結構、気まずかったかな……」
そして、亜弥はそのまま絵里の鞄を持って家まで訪ねてきてくれたと。
- 241 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 18:58
- 「そう…なんだ」
「それじゃ、私は練習があるから」
愛が自分の荷物をとってきびすを返す。
「あの…」
「ん?」
「ごめんね、昨日。
何かあてつけみたいに…出て行っちゃって」
「私もごめんね。
うらやましかっただけなのに…なんか責めるみたいに」
ふっと絵里は体の力を抜く。
うらやましい、嫉妬。
自分が知らないうちにずいぶん絵里はいろんな感情を抱え込んでいたらしい。
麻琴の嫉妬と、愛の嫉妬では意味が違うだろう。
「練習…か」
絵里にも山百合会の劇がある。
- 242 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 19:59
-
「亜弥さま……?大丈夫ですか?」
「あぁ、絵里。
大丈夫って…?」
お礼を言おうと、今日こそは気持ちを話そうと絵里は意気込んでいた。
小体育館に入る前に、深呼吸をしたり無意味に手を握ったり開いたり。
しかし肝心の亜弥は、今日心にここにあらずだった。
ひとみが舞台裏を走り回っていたり、あさ美がぞうきんがけをしていたり、…麻琴がゴミを集めていたり。
薔薇さまたち以外がそれぞれ走り回っている中、ぼんやりと入り口に立ち尽くしている亜弥は異様だった。
思わず、第一声が「大丈夫ですか」になってしまうぐらい。
- 243 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 19:59
- 「あ、あの練習の前にお仕事何かあります?」
聞いてから、亜弥が把握しているかどうか不思議だと思いなおし。
「ひとみさま…に聞いてきますね」
「花瓶だったかしら、絵里。
舞台の花瓶を出しておいて欲しいって。花道部が生けるそうよ」
「あの…舞台の左右にあるやつですか?」
「そう。私も片方やるから…」
本当に大丈夫なんだろうか。
おぼつかない足取りの亜弥に、何も話を切り出せないまま絵里も舞台に飛び乗る。
膝ぐらいまではある重い花瓶で、底に水が入っているようで不安定だった。
そのまま舞台裏を経由して階段を下り、体育館の入り口に目立つように置いた。
そこで振り向く。まだ亜弥は花瓶を抱え始めたところだった。
チリトリを持って入り口を掃除している麻琴が振り向く前に、小走りで体育館まで戻る。
- 244 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 20:00
- 「手伝いますか?」
「なぜ?」
歩き方がおぼつかないような気がするからだ…けど。
「亜弥さま、もしかして寝不足か何かですか?」
絵里は目で彼女を追う。
「いいから、絵里は自分の仕事しなさいよ」
舞台裏をゆっくり進みながら、亜弥。
「でも、ほとんどやることもなくて…」
もともとそう広い場所じゃない。掃除をするといっても人数が必要なわけじゃないし、大道具小道具もまだない。
しばらく絵里は考え込む。
「あ、そうだセリフあわせ…を…って亜弥さまっ?!」
階段にさしかかった亜弥が、大きく花瓶を傾けたところだった。
慌てて手を添えて抑える。亜弥が傾き、腐った水の匂いが広がった。
「どうして、ちゃんと水捨てないのかしらね」
「亜弥さま、大丈夫ですか…?ぬれちゃってますけど」
「冷たいと思った。…洗ってくるわね」
ふらふらと立ち去っていく亜弥。
絵里も2、3歩後を突いて追いかけかける。
「亜弥さま……?」
- 245 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/06(火) 20:00
- 「絵里ちゃん、どうかした?」
花瓶の始末をしようと絵里が動き始めたとき、ダンボールを抱えたひとみが歩いてくるのが見えた。
「いえ、あの……」
亜弥のことを相談してもいいだろうか。
とりあえず絵里は花瓶を持って階段を下り、ひとみの邪魔にならない場所に置く。
「そうだ、時間があったら手伝ってくれない?大道具だけで出して、入ってた箱片付けて欲しいんだ」
「あ、はぁい」
やっと指示がもらえて振り向いた絵里が見たのは、階段を下り始めたひとみの足が塗れた床に差し掛かったところだった。
…失敗だ。先にふいておくべきだったのに。
「ひとみさま、危ない!」
不安定な姿勢なまま、ひとみがカカトを階段に落とす。
バランスを崩した彼女の手からダンボールが飛び、段差にひっかかったひとみの体が前に傾く。
考えてそれを見ていたわけじゃなかった。
思わず前に飛び出したまでが絵里の意思で、ひとみを支えきれずに後ろに倒れ…。
頭をぶつけるてしまうまでは、本当に一瞬。
(結局…こんな役回りなのかな)
真っ白になっていく頭の中でそんな言葉が回った。
- 246 名前:名無し作者 投稿日:2004/07/06(火) 20:02
- 見かえしてしてみるととてもミスが多いです…。
どうか見逃してください。次からは気をつけます。
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/06(火) 23:04
- 更新オツカレさまです。
亀ちゃんの活躍?次回も期待してます。
頑張ってくださいませ。
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/06(火) 23:18
- ああ良かった、続いてる。(笑
プレッシャーかも知れませんが、
更新、頑張ってください。
- 249 名前:名無し作者 投稿日:2004/07/08(木) 18:46
- >>247 名無し飼育さま
絵里ちゃん、ここで主人公らしい見せ場を作ってくれるといいのですが…。
はい、少し時間を作って見ます。
ありがとうございますー。
>>248 名無し飼育さま
正直時間がとれないのですが、放置はしません。
プレッシャーじゃないといえば嘘なのですが(爆)、本当に応援はうれしいです。
読者を感じられるのは書き込みだけなんで、見て下さってるんだなあって本当にw
- 250 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/08(木) 18:47
-
静かな中大きく響く時計の秒針に、絵里は何となく聞き覚えがあった。
…絵里はこの音を聞くのが好きだった。
自分がこうしている時、いろんな場所でさまざまな人がそれぞれの今を過ごしているんだろう…。何て想像が広がっていく。
反対にれいなは大嫌いみたいだった。
『時間を無駄にしているのを実感させられる』らしい。彼女の部屋にはデジタル時計しかない。
体が温かくて気持ちいい、でもすごく重みがかかっているのもわかる。
ぼんやり絵里は目を開けた、白いしみまみれの天井が見える。家じゃない…ここは…。
保健室。
そうだひとみさまと亜弥さま。
ぱっと意識がはっきりした絵里は、今度はきちんと目を開いた。
色が濃くなった光に照らされた白い壁、暖かいが分厚い布団、やけに大きな時計の音…。
ついこの間も来たばかりの場所だ。
しかも、体が重いのは布団のせいばかりではないらしい。
ちょうどふとももの上ぐらいに、見覚えのある綺麗な顔がつっぷして眠っていた。
ベッドの脇の椅子に座っているみたいだ。
- 251 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/08(木) 18:48
- 「亜弥さま……?」
そう大きな声ではなかったけど、不安定な状態での眠りを覚ますにはじゅうぶんだったらしい。
亜弥がぼんやり目をあけるのが見えた。
くっきりとした二重まぶたが綺麗だと絵里は思う。自分の猫目もすごく気に入っているけど、こういうのもいい。
「あら絵里、目が覚めたの…?」
自分の方が眠そうな声で亜弥が聞いてくる。
「はい。…あの、ひとみさまは大丈夫でした?」
気になっていたことを聞く。さっきの絵里のように亜弥も覚醒したように、目をしばたいた。
「そう、絵里が後頭部を気絶するほど打ち付けちゃって…。
大丈夫?気分は?吐き気は?」
普段からは考えられないほど取り乱して横になったままの絵里の肩を揺する亜弥に、何とかうなずいてみせる。
言われて見れば少し気分が悪いけど、この状態で首を横にはふれない。
「よかった…」
肩からやっと手を離す亜弥。
- 252 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/08(木) 18:48
- 「それで、ひとみさまは…?」
何となく申し訳ない気分になりながら、絵里は聞きなおした。
「少し打ち身を作っただけ。…絵里のおかげでね、あのまま落ちていたら大怪我だっただろうって」
「そうですか…」
「絵里も、お尻から転んだのがよかっただけで…。本当だったら大変だって」
言われてみれば、何だか背中から下にかけてがじんじんする。
「私のせいよね」
ぼそっと、亜弥はつぶやいた。
日差しが完全にオレンジ色に染まる。
「ひとみが弁解してくれた…けど。私がぼーっとしてたせいでこうなったのよね」
「あ、あれは私が後片付けをしなかったからこうなったので、体調が悪いのは仕方ないで…」
「ごめんなさい」
急に頭を下げられて、絵里は言葉を止めた。
- 253 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/08(木) 18:49
- 「体調が悪かったわけじゃなくて…。ただ、私が自分の気分に振り回されてただけなの。
紅薔薇のつぼみっていう立場を忘れて」
飛行機が飛んでいく音がやけに気になった。
何を言ったらいいのか分からないが、とりあえず亜弥は話をしたいんだろう。
…誰が相手でもいいからか、怪我をさせたことへの罪悪感か。絵里は上半身を起こした。
「あの日、絵里がひとみの手伝いだって山百合会に来た日…。
確か私は部屋を飛び出したのよね」
「はい…、そうでしたよね」
「あれはね、みきたん…お姉さまと喧嘩したからなんだよね」
だいたい想像はついていたが首を縦に振ってみせる。
「私はお姉さまが大好きで、お姉さまもすごく優しくて。
…何てノロケでしかないけど。
ずっと一緒に居られると思ってたの、少なくとも私は」
- 254 名前:亀井絵里 投稿日:2004/07/08(木) 19:09
- + + + + + + + + +
ちょうど一ヶ月ぐらい前。
仕事が終わった夕方だったかな。帰り道、お姉さまが急にまじめな顔で言ったの。
「歌のためにイタリア留学ができるかもって言ったら…。亜弥はどう思う?」
って。
お姉さま、まじめなときには亜弥って読んでくれるの。実はちょっとうれしいんだよね。
…それはいいんだけど。
私、勝手にお姉さま学園の大学に持ち上がりで行くと思ってたんだ。
だからすごくショックだった。イタリアって、留学って。
私は何も答えなかったけど、お姉さまは何だか饒舌で。
お姉さまのおじさんが音楽関係の仕事なんだって。
この間お姉さまの家に遊びに来たとき、去年の文化祭のビデオを見て、
『この子には素質がある。ちゃんとしたところで勉強をさせたいし、資金援助も考えている』って言い出したんだって。
もう1度しっかり歌を見せてもらって、その上で話を決めたいって言ってるんだって。
自分で何が素質だよーって感じだよね。
でも実際にお姉さまはすごく歌が上手いから何もいえなくてさ。
すぐに分かる低音で、しっかりしてて、ダンスだって手足が長いから様になってて…。
イタリアなんてすごく本格的で素敵じゃん。
って私は答えた。…強がっちゃった、正直に寂しいって言えばよかったのに。
お姉さまは妙に不機嫌になって。
何が不満なんだよ、寂しいのは私だ、行きたくないならやめてよって。
私もすごく不安定になっちゃって。
- 255 名前:松浦亜弥 投稿日:2004/07/08(木) 19:10
- …しばらくはその状態が続いてた。
お姉さまも話しかけてこないし、私も行かないし。
本当にイタリアに行っちゃうならあと少ししか時間がないのに、どうしてこんなんなんだろうって。
考えれば考えるほど落ち込んじゃって、もうどん底。
それがね、あの日。絵里が来た日ね。
今までのことがなかったみたいにお姉さまが接してくれて。
正直に言うと嬉しかった。
このまま水に流してもいいや、留学だってもうお姉さまがきちんと話してくれれば受け入れられるって思った。
…他の人から見たら、私がどうして怒るのか分からなかったと思う。
お姉さまは『おじさんが文化祭を見に来たいらしいから、チケットを渡した』って言っただけ。
急に私が立ち上がったのが不思議だったと思う。
もう1度歌を見て…留学を決めたいんでしょう。
そのおじさんを勝手に呼んじゃったことは、私に勝手に留学を決めちゃったことで…。
くやしくて。
そんな劇でてたまるかって、思って。
そこからは分かるよね?
私は劇の主役をやめようと必死になって、絵里を巻き込んで。
お姉さまは劇の指導に力を入れて。
そして私たちは全然会話を交わしてない。
私が避けてたから。
- 256 名前:松浦亜弥 投稿日:2004/07/08(木) 19:10
- …昨日の昼休み、お姉さまが待ち伏せしてたの。
『どういうつもりなの、留学を素敵だって言ったのは亜弥ちゃんじゃん』って。
気づいたらお姉さまを叩いてた。
…何も言わないで、ただ叩いちゃって。
練習には出られないしどうしたらいいのか分からなくて…。
絵里にだけは休むって言わなくちゃ、私が巻き込んだんだ、そう思って教室まで言ったら早退したって。
…謝らないで。
私が悪いんだよね。ううん、私たちが。
お姉さまは話してくれなかったし、私は聞こうとしなかった。
その上…他人を巻き込んじゃった。
その結果がこれ。
- 257 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/07/08(木) 21:01
- 更新!!!乙です。
待ってた甲斐がありました。急展開!!
もうホントにツボを突いてきますね!ハラハラしながら毎回読んでます。
亀井と松浦は・・次回も期待してます。おもしろいよぉ
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/18(日) 02:59
- 毎回楽しみにしています。
おもしろいです!
これからも頑張ってください。
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/23(金) 20:36
- 初めて拝見しました。
ぃぃ!です。田亀マンセーですw
- 260 名前:名無し作者 投稿日:2004/07/27(火) 19:01
- 更新休止のお知らせ。
本当にごめんなさい。
理由が2つあります。
まず、急に自宅のパソコンからここにかきこめなくなってしまいました。
「ユーザー設定が異常」のエラーがでてしまうんです。
管理人さんにメールしてみようとも思うのですが、その前の段階、質問板をつぶしていく時間がとれません;
(甘えて申し訳ないのですが、もしどなたかこのようなエラーについての情報がある場所を知っていたら教えてください)
2つ目は、文章の甘さ・矛盾が増えてきてしまったことです。
大好きな元ネタ、レスを下さる読者さんに助けられてどんどん話はできあがっていくのですが…。
どうしても時間がとれません。一度あせらずに見直してみようとも思います。
最初にもいいましたが、放置だけは絶対にしません。
この後、絵里→麻琴→れいな→紺野で最終章を予定しています。
どうかいつか思い出したときにまたのぞいてください。
復活は半年を予定しています。
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/27(火) 23:19
- まってますよ〜。
焦らないでがんばってくださいな。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/28(水) 04:37
- お待ちしております。
- 263 名前:顎オールスターズ@悪の管理DD 投稿日:2004/08/16(月) 22:20
- 管理人です。
荒らしと同じホストだったため、制限に引っかかってしまっていたようです。
現在は解除されていますので、ご安心ください。
申し訳ありません。
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/28(火) 03:03
- ho
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/13(水) 05:17
- ze
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/24(水) 21:52
- n
- 267 名前:名無し作者 投稿日:2004/12/24(金) 11:39
- >>管理人さま
ありがとうございます。
更新休止から数ヶ月がたってしまいました…。
応援のメッセージを下さった方ありがとうございます。
止まってしまっているのにこの話があることを覚えていてくださる人が居るのは、本当にうれしいです。
7月後半の時点で『半年後』としましたが、もう少し休止期間がのびてしまいそうなので報告の書き込みです。
3月に入ってしまうと思います。
長引いた分、中途半端に終わってしまっている部分から次の章も駆け足で更新できるように書きだめもしておくつもりです。
時間がとれたことで、話の構成の練り直しもできています。
少しでもいい物にしようと努力していますので、もう少しだけ見捨てないでお付き合いくださるとうれしいです。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 06:16
- 待ってますよーん。気長に楽しみにしとります(・е・)ノ
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 02:10
- 作者さん、ホントーに待ってますから!
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 04:10
- 静かにお待ちしています
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 16:11
- ln
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/07(月) 21:16
- まだ3月入ってないじゃん
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 05:37
- ようやく読んだ
待ってますね
- 274 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:39
- 少し涙声になっている亜弥の背中に、絵里は軽く手をあてた。
どうすればいいのかわからなかったけど、少しでも絵里のパワーが伝わるように力をこめて。
でも、なぐさめられているのだと亜弥が嫌な気分にならないように、手には力をこめないで。
- 275 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:40
- 「ありがとう、絵里」
学校を出る頃には辺りはもうすっかり暗かった。まだ秋だというのに、冷たい空気で指先や頬が寂しかった。
保健室からずっと無言で緊張していた絵里は、亜弥の言葉に無意識に息をつく。
「いえ、そんな」
1歩前を歩く亜弥の背中が、いつもより頼りなくみえた。
「…亜弥さま」
「なに?」
振り向いて、瞳を細める亜弥。暗い中では肌の白さが際立って、いつもより気品を持って見える。
「私…亜弥さまの妹になりたいです」
ゆっくりと、少しでも声が通るように言う。
しばらくの間会話にがあいた。
- 276 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:41
- 「…それは同情なの?」
いつになく真剣な顔で、亜弥が絵里に向き直った。
「いえ…。
いえ、分かりません」
少し迷ってから、絵里は正直に答えることにした。
「分かりません。でも、私は…多分。
亜弥さまが好きです」
それは自分でもよくわからない気持ちだった。
家族みたいに無条件で好きなわけじゃない。れいなみたいに、好きなところをたくさんあげられるわけでもない。
ただ、いつの間にか亜弥のことが好きだった。
思わず視線を落とす。
亜弥のタイは、整然として綺麗だった。自分の胸元にも手をやった絵里は、眠っていたために崩れかけたタイに触れて目をふせた。
「鞄を届けに来てくれたこととか…。台本に線を引いてくれたこととか。
全部うれしかったです。
私、妹にして欲しいです」
途中で声が震えたけど、何とか最後まで言い切った。あらためて大きく息を吐く。
絵里の胸は自分でも分かるぐらいに高鳴っていた。
- 277 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:41
- 少し前の私では考えられないことをしているんだ。
自分から妹にして欲しいと…山百合会に入りたいって頼んでいるんだ。
それを決断させるきっかけがどこにあったのかも分からないまま言い切った絵里は、胸元の手を握りなおして返事を待った。
怖くて亜弥の顔が見られない。
絵里の頭の中にはれいなも自己卑下も浮かんでいなかった。
でも、
「だめ」
…亜弥の返事は、否定だった。
「ちゃんと白雪姫は私がやる。
…ごめんなさい、絵里を巻き込んで。こんなに頼ることになるなんて思ってもみなかった」
息が止まりそうになった。
絵里は無理に笑顔をしぼりだした。ほら、無理だった。
「そうですか。…私、応援します。亜弥さまの白雪姫はとてもきれい」
張り詰めていた空気が緩んで、かわりに気まずさがあふれてきた。
「でも本当に何事もなくてよかった絵里。
もし何かがあったら…昨日の子、れいなちゃん? に殴りこまれるところだっただろうし」
「そんなこと、れいなってそんな印象だったんですか」
笑ってみせる。
「仲がいいんだろうなって思った。
そういえば絵里、早く麻琴と仲直りできるといいね…」
話をそらしたいのだろうか。それとも自分の感情にひたっているのだろうか。
亜弥の言葉はずいぶんいろんなところにとんだ。
「はい」
もう1度笑顔を作って、絵里はうなずいた。
断られた。
やけっぱちのような、いっそすがすがしいような、不思議な開き直りとむなしさが胸いっぱいに広がった。
やっぱり絵里は、亜弥のことが好きだった。
- 278 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:42
- 例え賭けが終わったとしても文化祭の手伝いに参加するべきだろう。
絵里は、文化祭最後のリハーサルのために小体育館のドアを開いた。
「おはようございまーす」
しかし、体育館の真ん中には茶髪のすらりとした姿ひとつだけ。そこにはひとみだけが居た。
「あぁ、絵里ちゃんおはよう」
予想していなかった状況に驚いて、絵里は廊下に体を残したまま開けたばかりのドアをまた閉めそうになった。
「わっ…、おはようございます」
意味もなく挨拶を繰り返して、もう1度ドアを開ける動作を繰り返す。
そういえば前にも、この場所でひとみと2人だけだったときがあった。
そしてダンスを個人的に教えてもらったんだった…。
思い出してはもだえたくなるほどうれしくなっていた出来事だったけど、今は静かな気持ちで思い出しただけだった。
絵里の一連の動作を眺めていたひとみの顔が、笑みに変わった。どこか苦味を含んだ、無理に作ったような顔だった。
「おもしろいね、絵里ちゃん」
- 279 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:42
- 「いえ…あの。ひとみさま他の方は?」
リハーサルまであと20分。そろそろスタンバイする時間だった。
「聞いてないの…?
薔薇さまたちの都合で、練習1時間遅くなったからそれまでクラスの手伝いしてって」
「えっ?!」
「あ〜。紺野がやっちゃったね…伝達ミス」
そういえばあさ美も麻琴もまだクラスに居た。
麻琴と気まずかった絵里は、2人に声をかけないまま教室をでてきてしまい…。
「ど、どうしましょう。
あの…そういえばひとみさまは?」
自分の立場はとりあえず棚にあげて、絵里はひとみに問いをなげかけた。
どうして1時間も前から小体育館に居て、しかもその真ん中につったっているのだろう。
後輩として当然の疑問だと思う。
「私?」
少し首をかしげて、ひとみは言った。
「さぼっちゃった」
「さ、さぼっちゃいましたか…」
コメントのしようがなく、絵里はそのままひとみのセリフを繰り返した。
- 280 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:43
- 「たいした理由はないんだけど、めんどくさくなっちゃってさ。
…ちょっと座らない?
今から教室に戻っても、どうせ絵里ちゃん1時間も居られないんだし」
さっさと歩みを進め、隅っこにつんであったマットに腰を下ろしたひとみは絵里を手招きした。
ほうっておくことも出来ず、小走りでかけよった絵里は、胸ぐらいの高さまでつまれた不安定なマットによじのぼった。
思ったよりもすわり心地はいい。
今日、片付けられる予定であろう小体育館の備品だ。
「昨日はごめんね、絵里ちゃん。
私を助けたばっかりに…」
「いえ。幸い、怪我もたいしたことありませんし」
おしりに少し青アザが残ってしまったけど、座っていられないほど痛いというわけでもなかった。
- 281 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:43
- 「お姉さまにも怒られちゃった。
これで何度目だって…ね。しかも同じ子を」
「…そんな。私の運が悪すぎただけじゃないかと思います」
「運?」
「だいたい、転びそうになったのはひとみさまのせいじゃありません。
…もちろん、亜弥さまのせいでもありませんし。やっぱり、運ですよ」
ひとみは少し笑ったようだった。
「やっぱりおもしろいよ、絵里ちゃん」
「あ。ありがとうございます?」
そのまま、会話が途切れる。
沈黙をうめる話題がないかと、誰も居ない小体育館を絵里はぼんやりと眺めた。
「明日だね、文化祭」
「…そうですね」
「絵里ちゃんたちの賭けの、タイムリミットもあと十数時間」
「そうですね。
…でも、ダメになっちゃいました。私の負けです」
つい昨日ふられたばかりの絵里は、視線をひとみに合わせないまま笑った。
- 282 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:44
- 「お姉さまにも怒られちゃった。
これで何度目だって…ね。しかも同じ子を」
「…そんな。私の運が悪すぎただけじゃないかと思います」
「運?」
「だいたい、転びそうになったのはひとみさまのせいじゃありません。
…もちろん、亜弥さまのせいでもありませんし。やっぱり、運ですよ」
ひとみは少し笑ったようだった。
「やっぱりおもしろいよ、絵里ちゃん」
「あ。ありがとうございます?」
そのまま、会話が途切れる。
沈黙をうめる話題がないかと、誰も居ない小体育館を絵里はぼんやりと眺めた。
「明日だね、文化祭」
「…そうですね」
「絵里ちゃんたちの賭けの、タイムリミットもあと十数時間」
「そうですね。
…でも、ダメになっちゃいました。私の負けです」
つい昨日ふられたばかりの絵里は、視線をひとみに合わせないまま笑った。
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 20:44
- 「は…い」
そして、その顔が思いのほか近くにあるのに少し驚く。
「…そんな風に思うこと、全然ないよ。
確かに手伝いをお願いすることになったきっかけは、私が怪我させたからだったけど…。
絵里ちゃんは、自分の力でどんどん山百合会になじんできたじゃん」
「そんな」
「あのさ。
亜弥との賭けが終わったんであって…もしよかったら」
ひとみはマットから飛び降りると、数歩歩いてから振り返って座ったままの絵里をじっと見て言った。
「私の妹になってよ」
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 20:44
-
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 20:44
-
- 286 名前:名無し作者 投稿日:2005/03/01(火) 20:45
- たいしたオチはないですが、一応レス流しさせてください。
- 287 名前:名無し作者 投稿日:2005/03/01(火) 20:52
- 長い間お休みをいただいて申し訳ありませんでした。
応援してくださった方々、待っていて下さった方々、本当にありがとうございました。
掲示板をのぞく機会が何度かあったのですがメッセージはとても励みになりました。
半年のお時間を頂き無事に更新復帰…なのですが。
私生活で色々あり、できるはずだった時間ができなくなってしまいました。
けれどこれ以上お休みを頂くわけにもいかず…。
考えた結果、まだ余裕がある3月のうちに出来る限りのスピードで完結まで持って行くことにしました。
本当にそうできるかどうかはわかりません。
けれどなるべく努力はするつもりです。しばらくは個別でのレスは控えさせてください。
そのくせわがままなのですが…どうか感想や意見などお聞かせください。
とても励みになりますし、読んでいてくださる方が居るというのが書く動機になります。
自分で作ったキャラクター、この物語の中の亀井さんにとても愛着がわいてきてしまいました。
放棄はしたくありません。どうか、もう少しお付き合いください。
- 288 名前:ミス 投稿日:2005/03/01(火) 20:56
- 大きなミスをしてしまいました。申し訳ありません。
282と283がかぶってしまい、ひと場面抜かしてしまいました。
最後の2こま、やり直しをさせてください。
- 289 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/01(火) 20:58
- 「違いました。勝ち、でしたっけ。
私は白雪姫をやらないですむみたいです。…亜弥さまの妹にも、なれないみたいです」
なれないみたいです、なんてまるでそれに執着しているみたいだ。
そうひとみに思われるのが何となくいやで、絵里はもう1言つけたした。
「私、これでもとのふさわしい立場に戻れます」
これじゃ極端に自己卑下してるみたいだ。
ひとみが何も言わないことが気になり、絵里はむやみに言葉を繰り返した。
「もともと…何の特技もなかったわけですし。
あの…でも、うれしかったです。山百合会の方々とお近づきになれて。
薔薇さまたちは綺麗だったですし、亜弥さまにもひとみさまにも優しくしていただいて…」
「ね、絵里ちゃんさ」
「紺野さんともお友達になれましたし。皆、何だか素敵で…」
みかねたようにひとみが隣から言葉をはさむのが聞こえたが、絵里の言葉は止まらない。
「絵里ちゃん」
「また、機会があったらお手伝いにでも誘ってください。私、喜んで…」
「絵里ちゃん、ってば」
強い声で言われ、絵里はひとみのほうを振り返った。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/01(火) 20:58
- 「は…い」
そして、その顔が思いのほか近くにあるのに少し驚く。
「…そんな風に思うこと、全然ないよ。
確かに手伝いをお願いすることになったきっかけは、私が怪我させたからだったけど…。
絵里ちゃんは、自分の力でどんどん山百合会になじんできたじゃん」
「そんな」
「あのさ。
亜弥との賭けが終わったんであって…もしよかったら」
ひとみはマットから飛び降りると、数歩歩いてから振り返って座ったままの絵里をじっと見て言った。
「私の妹になってよ」
- 291 名前:名無し作者 投稿日:2005/03/01(火) 20:59
- 復帰早々、情けないです…。
再びレスを流す気力もありません。
どうか、よろしくお願いします。
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/02(水) 09:13
- 待ってました!
それにしても、おもしろい展開になってきましたね。
これからも楽しみにしています。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/03(木) 00:24
- やっぱり面白いです。待ってて良かった。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/03(木) 00:34
- 待ってました。
えりりんキャワ!
ここのえりりん大好きです。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/03(木) 00:50
- お待ちしてました!復活嬉しいです。
続きがとても気になる展開。
どうかこれからもがんばってください。応援してます。
- 296 名前:h@飼育 投稿日:2005/03/06(日) 03:22
- 一気に読ませていただきました。
マリ見て!いいですね〜。原作もいいですが
私的にはこちらのほうが好きです♪
続き、めちゃ気になります☆がんばってください!
- 297 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/03/06(日) 10:56
- >>296
ageるなよ!
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/24(木) 14:02
- 1年前ここで初めてマリみてを知ったんだけど、久しぶりに見たら更新されてた!!
原作知ってから見ても作者さん(・∀・)イイ!!です!
- 299 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/30(水) 01:56
- 予想もしていなかった言葉に、絵里は心底おどろいてひとみの顔をみつめた。
「いきなり言われても困るよね…」
眉をひそめたひとみに、とりあえず頭を左右に振って否定を表す。
いきなりではあったけど、困ったわけじゃない。
「でも本気で、絵里ちゃんを妹にしたいと思ってるからさ…。
返事はいつでもいいから、考えてみて欲しいんだ」
「は…い」
「よろしくね」
いい残して部屋をでていったひとみは戻ってくるような気配もなく。
そして絵里はどうしたらいいか分からず、あさ美が慌てたように小体育館に飛び込んでくるまでそのまま座っていた。
「ごめん、絵里ちゃん!
私ったらすっかり忘れてて…」
本当の練習時間になってからやっと気づいてもらえたんだ、って。
絵里は自分の存在感のなさを苦く思いながら、ふらふらとマットから飛び降りた。
ぼんやりとこの先を考えながら。
いったいどうすればいいんだろう。
ひとみには憧れていた。山百合会は大好きだった。
亜弥の妹になれなくなった今、願ってもいない話なのかもしれなかった。
- 300 名前:銀杏の 投稿日:2005/03/30(水) 01:56
- 『とても綺麗な林檎…。
でも、ダメだわ。知らない人からは物をもらわないと約束したんです』
『それじゃあ、お嬢さん。りんごを半分ずつ食べましょう。
私がこちら側を食べるから、あなたはこの赤くて綺麗な側をどうぞ。
ね? これなら、毒がはいっているということもないでしょう』
そして半分だけ毒がしこまれた林檎を魔女がかじって笑ってみせる。
つられたように白雪姫は…。
『ほほほほ、食べたわね白雪姫。今度こそおしまいよ』
「はい、オッケイ。
絵里ちゃんバージョンもこのシーンは完璧じゃん」
紅薔薇さま、美貴さまは手を叩いてにっこりと笑われた。
「本番が楽しみだわ…。
どっちが白雪姫をやるかわからないけどね」
…倒れた演技をしたまま、恐ろしい形相からいつもの微笑みに戻ったあさ美もうなずく。
普段からはぜんぜん想像できない。
誰があさ美を魔女役におしたかは分からないが、その人はいったいどうやって彼女の素質を見抜いたのだろう。
- 301 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 01:57
- むくっと起き上がって絵里は曖昧にうなずいた。
賭けが終わった話を、亜弥はまだしていないみたいだった。
そして絵里は、なぜかそれを否定する気にもなれずいつも通り白雪姫を演じた。
「絵里、早く衣装ぬいでよ」
「はぁい」
壁によりかかったまま練習を眺めていたはずの亜弥は、『亜弥さまバージョン』の演技のため舞台の前まで来ていた。
女だけなのをいいことに舞台裏で衣装を脱いでそのままお渡しする。
本来、1番練習するべきクライマックスシーンはひとみが戻ってきていないため後回しにされていた。
制服のずれを直しながら、堂々とした演技をする亜弥と天性の迫力があるあさ美(?)を今度は絵里が眺める。
亜弥さまは、いったいどうやって気持ちの整理をつけたのだろう。
紅薔薇さまとまだ仲直りをしていないのに。彼女のおじさまが劇をみにくることはかわらないのに。
その日、結局ひとみは戻ってこなかった。
連絡してみたかったが、電話番号も住所もわからない。
それに誰かに聞いてしまえばひとみの今の状態をばらすことにもなりかねない。
吉澤ひとみさまが、亀井絵里に姉妹の儀式を申し込んだ。そしてそのまま行方不明。
誰に言えるというのだろう。
- 302 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 01:57
- 「明日だね、絵里」
椅子をこちら側に回転させて、れいながつぶやく。机の上には参考書が広がっている。
学園祭は誰でも自由に入れるわけではない。それぞれの生徒の名前が入ったチケットが必要で、それを届けにきたのだった。
受験勉強の邪魔になってしまうが…一応、れいなにとっては志望校の下見だ。
いつでも渡せる位置にいるために、ついつい機会を逃してしまったのだった。
「そうだね、明日だ」
すぐ帰るつもりで制服のままきた絵里は、れいなの何か話したそうなそぶりに体の向きをかえてベッドに腰掛ける。
時間がせっぱつまっているというわけではない。
「結局、絵里が白雪姫をやる可能性っていうのはどうなの?」
「…うーん…」
曖昧にごまかしてみせる。れいなは少し眉をひそめたけどそれ以上の追求はしてこなかった。
「そっか。
劇にはどちらにしろでるんでしょ?」
「うん。
楽しみにしててよね」
「小学校・中学校と劇では毎回わき役だったからなぁ。絵里の初晴れ舞台」
明るく、わざとふざけたような口調でれいなが言う。
- 303 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 01:58
- 「…何かその通りなんだけど、改めて言われるのもむかつくんだよね」
少し唇をつきだしてすねてみせると、れいなはすぐに両手を拝むように合わせて謝ってくれた。
亜弥に断られた話も、ひとみに申しこまれた話も絵里はまだれいなにしていない。
まだ自分の中でも考えがまとめられず、なんとなく口が重いというだけなのだが…。
『絵里が山百合会になじんでいくのが複雑』だと言っていたれいなに隠し事をしているようで、少し胸が痛んだ。
相談できるものでもなかったし、世間話にできるようなことでもなかったからであって、それ以上の意味はないのだけど。
…れいなは何か気づいているのかもしれない。
それでも結局何も言えずに、れいなとおばさんの2人分のチケットだけ渡して絵里は別れを告げた。
- 304 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 01:58
-
文化祭の当日がきてしまう。
絵里の夢の終わり。…そのはずだった日。どうなろうと、ひとつのくぎりにはなるだろう。
そうしたられいなにも話そう。
返事はいつでもいいとひとみは言ってくれたが、あまり待たせるのもよくないだろう。
しかしつかれきった体は、布団に入らなくても自然と目が閉じてしまう。
まだ夜の9時にもなっていなかったけど絵里は諦めてそのままに任せた。登校時間はいつもの1時間前。
これ以上考え込んで、本番で失敗したほうがろくなことにならないだろうから。
- 305 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 01:59
-
鈍い音をたてて大きなドアが開いた。中は薄暗いため、扉を固定してのぞきこむ。
…しかし、その必要はなく相手がこちらをみつけてくれた。
「わっ、絵里ちゃん」
チャペルにも今日はシスターたちも控えておらず、静かでひんやりとしていた。
イベント以外でこの場所にくるのは初めてだった絵里は、その場所を改めて見渡した。
ステンドグラスがはりめぐらされ、木で出来た机が2列に並んでいる。そして綺麗に掃除された石の床。
1番前の席に座っていたひとみの側まで行き、しばらく迷ってから絵里はそことついになった向こう側の席に座った。
「いえ…ちょっと集合場所に早くつきすぎちゃったなって。
そしたら、ひとみさまの荷物だけあったから」
早く寝すぎたために目が覚めてしまい、せっかくだから学校に行ってしまおうと思ったのだった。
そうしたら、荷物があるのにひとみがいない。
昨日、小体育館の真ん中に居たから、どこか広いところだろうと絵里は予測していた。
グラウンドは…広すぎるし、丸見え。綺麗に飾りつけされた体育館には鍵がしまっていて、各教室や視聴覚室にも何もない。
学園祭当日である今日、誰も居ない場所といえば…。
「探してくれたの?」
「明らかに居ないと思われる場所には行きませんでしたけど…適当に。
どこかにはいるだろうと思いまして」
- 306 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 01:59
- 「私のプロポーズの答えをもうだしてくれたとか?」
姉妹の儀式をひとみはちゃかした。
「そういうわけでもないんですけど…。
あの、いえ、けしていやなわけでもなくて。
考え始めるときりがないから…とりあえず文化祭が終わってから返事しようと思ってます。それでいいですか?」
言葉を失って、絵里はチャペルの中のマリアさまを意識しながらひとみの顔を見た。
ひとみはまっすぐ、前を向いていた。
「もちろん。
…自分が申し込んだのに変だけど…なんかうらやましいよ。 …私は迷ったりしなかった。
お姉さまは従姉で、幼馴染だったから」
「うらやましいのですか?」
「そう。もっと、ドキドキしたりとかしたかった。紅薔薇とか白薔薇の姉妹みたいに」
絵里は無言で首をかしげてみせた。
ないものねだりだなんて、ひとみが一番よくわかっているだろうから指摘できない。
「亜弥が、劇に出たくない理由…絵里ちゃんは聞いた?」
「はい、一応…」
それをひとみに言っていいものなのか迷ったが、ひとみはそのまま言葉を続けた。
- 307 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 02:00
- 「私、やっとわかってきた。
亜弥は…きっと紅薔薇さまの進路のことで悩んでるんだよね」
「……」
「亜弥はね、学園に入ってきた当初は今と全然違ったんだ。高校からの外部受験者だった。
確かに綺麗だったし人当たりもよかったけど…自分の意見をめったに言おうとはしなかったし。
なんとなく、誰にも心を開いてなかった。やんわりと笑顔で孤立してくんだよね」
ひとみは、絵里の知らない「亜弥さま」の話をした。
「何人もの姉妹の申し込みを断ったらしいけど、いつのまにか紅薔薇さまの申し込みを受けてて。
山百合会につれてこられたとき、はじめて会話した」
ひとみは、亜弥よりも先に山百合会に居たらしい。
…幼馴染の梨華がすでに山百合会の住人で、彼女の妹になるのを迷わなかったとひとみが話していたのだから当然か。
「何をどう紅薔薇さまが亜弥に接したのか私からは見えないけど…。
いつの間にか亜弥は明るくなって、自信がついてきて、今の亜弥になってた。
亜弥は紅薔薇さまが必要なんだろうね。
…たぶん、自分でそう思っているんだろうね」
最後のほうのつぶやきは、抽象的すぎて絵里にはよくわからない話だった。
- 308 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 02:00
- 「…亜弥さまは、以前は辛そうだったけど紅薔薇さまの妹になってから明るくなれた。
今の亜弥さまはもうすっかり明るいけど…。
紅薔薇さまが居なくなったらそれを維持できないと亜弥さま自身が思いこんでしまっている。
だから、紅薔薇さまを素直に送り出して上げられない…。
ということですか?」
「わお、いいねぇ…絵里ちゃん。そんなとこ。
読書感想文とか得意な感じ?」
それならよくれいなのぶんも書いている。
「お姉さまがいなくなるのはやっぱり大きいよね。
だから、そろそろ妹を作っておこうと思ったんだよ」
「はい?」
話がとんだ。と、絵里は感じた。
「絵里ちゃんなら…姉妹になれば、楽しくやれるんじゃないかと思って」
少し寂しそうにひとみは笑った。
亜弥とはうまくやれるかもしれないと思った。ひとみとも、そうなのだろうか。
憧れのひとみさま。
何となくあるように感じてしまう溝は、姉妹になれば埋められるのだろうか。
「そろそろ戻ろうか」
人が集まってくる頃だと言って、ひとみは伸びをした。
- 309 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 02:01
- 「はい…」
一緒に立ち上がり、軽くスカートを叩いた絵里は…思わず動きをとめた。
あきっぱなしだったドアの向こうに、亜弥が立っていたからだ。
「確かに。そろそろ、戻るべきじゃないかしらね」
「…どこからいたの、亜弥?」
「お姉さまがいなくなるのは――あたりからかしら」
絵里とひとみは少し顔をみあわせた。
亜弥の噂話を聞かれていないのは大きかったからだ。 …聞かれていないと証明することはできないけれど。
そのしぐさも亜弥の癇に障ったらしい。少し眉をひそめた亜弥は、大きく息を吸った。
そして何かを言いかける気配が伝わってきたが…。
「…とにかく、始まるわよ」
そのままきびすを返して歩いていってしまった。
「ごめんね、絵里ちゃん」
「…いえ」
理由のわからないひとみの謝罪に、とりあえずうなずく。
「絵里ちゃん、文化祭が終わるまでは考えたくないって言ってたよね」
「はい」
- 310 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 02:02
- ぼんやりと亜弥を見つめる。
スカートをひるがえらせない程度のペースで、相変わらず堂々としていて後姿もとても綺麗だった。
銀杏の葉がその上を舞い落ちていった。
「じゃあ、終わったあとなら返事きかせてもらえるよね。
今日の夕方。 …文化祭終了のHRが終わった後、後夜祭の前に会わない?」
「…え? 今日ですか」
「その時点でわからないならそれでもいいよ。
よかったら、キャンプファイアー一緒に踊ろうよ。だめかな?」
曖昧にうなずく。
先ほど、文化祭が終わるまで待ってくれるといったひとみは話を急いでまとめたいらしい。
その真意はよくわからないにしても、きちんと気持ちを決めるためにひとみと一緒に過ごすのは絵里にとっても悪いことではなかった。
朝の練習は順調だった。亜弥とひとみの主役同士2人は、きちんと白雪姫の劇をこなしていた。
小人の役をこなしながら、どうして亜弥がチャペルまできたのかを絵里はぼんやりと考えてみる。
しかし、答えはなかったしヒントもなかった。
練習中、亜弥が絵里のほうをみることは一度もなかったから。
- 311 名前:名無し作者A 投稿日:2005/03/30(水) 02:07
- 早速、更新が遅くなって申し訳ありません。
たくさんのコメントありがとうございます。
本当にうれしいものばかりでした。大きなやる気になります。
HNに意味なくアルファベットをつけてみました…。
今日のうちにまた更新できると思います。
レスをしていないのにずうずうしいのですが、よろしければまたご意見を下さい。
- 312 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:17
- 『白雪姫は、私がやることになったから』
リハーサルが終わった後。
いつものように絵里バージョンには入らず、かけがどうなったとは言わず宣言した亜弥。
黄薔薇さまは困ったように絵里をちらりとみて、紅薔薇さまは無言で眉をひそめる。
…答えたのは白薔薇さまだった。
「なるほどね、わかった」
何がなるほどなのか、白薔薇さまの中には答えがあるようだった。
- 313 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:17
- 黄色い浴衣は、あさ美によく似合っていた。
「すごい、紺野さんかわいい」
少しはしゃいでいった絵里に少し笑うと、あさ美は少し立ち位置をずらして全身鏡の前を譲ってくれた。
「絵里ちゃんだって、可愛い」
無言のお勧めに答えて絵里は鏡に自分を映してみる。
ピンク色の浴衣に黄色い帯をしめた絵里は、完璧に可愛かった。…と思う。
一緒に着替えに入ってきたクラスメイトたちは、手洗い場の鏡の前で髪型をセットしている。
女子トイレの中は絵里たちのクラスに占領されていた。
初めての文化祭は和風喫茶だった。
和紙や折り紙で飾り付けをした教室に、各クラスメイトがもちよった簾を窓にかける。(それぞれが多少デザインが違うが)
かんじんのお茶や和菓子は市販のものだが、食器を家庭科室から借りたり華道部から道具を借りて飾り付けをしたり…。
と、ずいぶん雰囲気は作りこんである。
学校内で和風喫茶を選んだのが1クラスだけだったため、ずいぶん融通が利いた。
- 314 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:18
- せっかくここまで頑張ったんだから、当然従業員も和装なはず。
売り子やウェイトレスは浴衣・裏方ははっぴ姿でそろえることになった。
浴衣姿のほうに人気が集まったため、絵里やあさ美など『山百合会』メンバーはいくらでも代わりがきくそちら側にいれられることになったのだ。
シフトは劇が始まるまでの午前中の開店準備と接客、閉店前後の簡単な片付けの2回。
正式なメンバーではない絵里がそこまで融通をきかせてもらったことに対して、何となく絵里には罪悪感がある。
そのぶん与えられた仕事はきちんとこなすつもりだった。
「もう大丈夫ー?」
がばっと、前触れもなく扉が開く。学級委員の子だった。
「はぁい」
ちょうど扉から近い位置にいた絵里は、アップにした髪のピンの位置をいじりながら最初に返事をする。
荷物を持ったクラスメイトがどんどん横をすりぬけていく。
慌てて自分の荷物をまとめる絵里に、再び扉から体をのぞかせながら学級委員の子が言った。
「あ、そうだ絵里ちゃん。君には待ち人が居るんだけど」
「…待ち人?」
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/30(水) 03:18
-
亜弥と面と向かって話すのはずいぶん久しぶりなような気がする。
実際には数日とたっていないはずだが…。
「ごめんね絵里、仕事中に。終わるまで待ってるつもりだったんだけど…」
絵里の教室の前の廊下で、壁に体を預けていた亜弥はそう言いながら姿勢を正した。
「いえ…。
クラスの亜弥さまファンの子に、紅薔薇のつぼみを待たすわけにはいかないだろうって仕事奪われちゃいました」
軽く亜弥が笑う。
少しやつれた感じがするが、疲れている様子はなかった。
『亜弥は紅薔薇さまが必要なんだろうね。 …多分、自分でそう思っているんだろうね』
ひとみが今朝話してくれたことを思い出す。
紅薔薇さまとのことについて、亜弥は必死に悩んだのだろうか。
「それで、何ですか亜弥さま。用事って」
いつもの癖で少し首をかしげた絵里は、あげた髪の重みが一方にかかってしまって慌ててまっすぐに戻す。
苦労してセットした髪はどうしても不安定で、どんなきっかけで崩れてしまうかわからない。
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/30(水) 03:18
- 「ちょっと、ついてきて欲しいの」
絵里の葛藤には当然気づかず、歩き出した亜弥さまに慌ててあわせる。
「…どこまでですか?」
この日のためにわざわざ持参した下駄が、かたかたと音をたてた。
「裏庭。
…場所に意味はないんだけどね。みきたんと決着をつけなくちゃいけないと思って。
ついてきて欲しいんだ、絵里に」
決着。
いつのまに勝負になったのかはよくわからないが…。
亜弥が美貴との話し合いにその言葉を使うのは、何となくふさわしかった。
- 317 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:19
- 相変わらず、紅薔薇さまとそのつぼみとのツーショットには圧倒されてしまうものがあった。
裏庭のベンチに腰掛けたまま絵里は2人の先輩をぼんやりと見上げる。
絵里の数メートル先に、校舎の壁によりかかった美貴とその前にまっすぐむ気あっている亜弥が居る。
なんとなく少し上を見上げてみる。
何本も植えられた桜の木は今の季節はすっかり色が変わった葉をはらはらと風に揺らしているだけだった。
「久しぶりだね、亜弥ちゃん」
先に口を開いたのは、けだるそうな様子の美貴のほうだった。
「うん。
…ごめんね、何か。話をすること、ずっと避けてて」
亜弥は両の手をお腹の前で組んでいた。
不安でたまらない亜弥の心境が、絵里にまで移ってきたようで少し胸の辺りが苦しくなった。
「…それで、どうしたの亜弥ちゃん。美貴に何か用?」
しかし相手の方は、突き放すような言い方だった。少し強い風が吹いて、泥くさい匂いが広がる。
- 318 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:20
- 「話っていうか…その。
どうしたのって」
風にスカートをさらわれながら、亜弥は少し震えているようだった。
「用がないなら美貴、もう行くけど」
風がやんで、その場は急に静かになる。ぼそぼそと話していた亜弥だが、急に黙り込む。
体の震えが少し大きくなったようだった。少し心配になった絵里が、何をするつもりでもなく腰を浮かしたときだった。
…急に金切り声が響いた。
「そっちこそ、私に何も言う事ないわけ?!」
聞いていた絵里も少しびっくりしたが、至近距離にいた紅薔薇さまはその比ではなかったようだ。
「ちょっと…」
「急に留学の話とか決めちゃって。
私の気持ちとかちっとも考えてくれないで、うじうじしちゃって話かけてもこないし。
それじゃ嫌だと思ったから話し合おうと思ったのに、何なのその態度は?」
あたり構わず、亜弥は怒鳴り散らす。
…今までのうっぷんを吐き出すかのように。
「私は寂しいんだよ? みきたんが留学しちゃったらどうしようって、それを考えたら本当に寂しくて悲しかったのに。
なんわけ、いったい」
大きく息をついて、亜弥は震える声で一言続けた。
「見損なったよ…どうして」
また少し大きい風が吹く。 浴衣姿の絵里は、思わず袖を抑えた。
「ね、亜弥ちゃん。ところで」
壁から体を起こして、美貴が口を開く。
「留学を私がするって…どうして?」
しばらく間ができる。美貴のセリフを理解するまでの時間は、たっぷり数秒かかった。
「え?」
「はい?」
亜弥と、完全に傍観者でいるつもりだったがついもらしてしまった絵里の声は偶然にも重なった。
- 319 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:20
- 「な、何のつもりなのみきたん…?
だって。みきたんが留学のことを言い出したんだよね。留学はなしなわけ?」
亜弥の激情は、ひとまず収まったようだった。
「はぁ? だから、おじさんが留学の話をもってきたんだよ」
面倒くさそうに、美貴が答える。こちらもあまり状況を理解しているわけではないようだった。
「だから、そうなんだよねみきたん…」
紅薔薇さまのおじさんが、去年の学園祭のビデオをみて『この子には才能がある』と言い出した。
ぜひ今年の学園祭も見に来たい、生の演技を見てから本格的に留学をバックアップしたいと思っている。
…姪である紅薔薇さまの素質を見極めるのに、何も学園祭まで待つ必要があるのだろうか。
絵里は、とりあえずこの場を納めるため自分の中で出た結論を口に出してみる。
「もしかして、留学の話をいただいたのは亜弥さまだった…ということですか」
- 320 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:21
- 「え?」
今度は、疑問の声をあげたのは1人だけだった。
「その話…留学するのが『誰か』って主語がないですよね。私が聞いた限りだと…」
紅薔薇さまではないなら…。
「私が、留学?」
1人パニックに陥った亜弥は、助けを求めるように姉の顔を見た。
「だからそう言ってるじゃん」
亜弥が留学の話についてプラスのコメントをしたから、美貴は学園祭に自分のおじを招いた。
なぜか急に怒り出し、主役を降りると言い出した亜弥を美貴が理解できないのは当然だった。
一方亜弥は、留学をするのは美貴だと思いこんでいるのだからすれ違ってしまうのは当然。
「…言われてないよ」
いまや、すっかり亜弥さまは脱力したようだった。
「私、才能があるんだ…。へぇ。
…何それ、そんな勘違いって。それで私がどれだけ悩んじゃったわけ?」
ぽてっと、その場に亜弥は座り込む。制服が汚れるのもかまわず、その場に膝をついてしまう
- 321 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:21
- 「どれだけ悩んじゃったわけって…」
「じゃあ、寂しいのは私じゃなくてみきたんなんだ」
「…あのね」
眉をひそめる美貴に、座ったまま亜弥は笑いかける。
「そっか、そうなんだ。
…留学か。音楽関係の道なんて考えてもみなかった」
「ちょっと…」
非難じみた口調の美貴だが、こちらもずいぶん力が抜けてしまったようだった。
「で、どうするの?」
「どうするもこうするも。
…どうしよう。
とりあえず、今日の舞台はきちんとやって。それから考えればいいよね。
私の卒業までにはまだまだ猶予があるんだから」
「あのねぇ、亜弥ちゃん」
やっと立ち上がって膝をハンカチではたきながら、亜弥は美貴の言葉をさえぎった。
「みきたんは進路どうするんだろうって、本当はずっと気にしてた。
…いきなり留学するっていうから、私すごく慌てちゃって」
膝の汚れがある程度とれると、亜弥はその場でハンカチをはたいた。
「美貴は、そのまま大学までエスカレーターで行くつもりだよ。
一応…美貴だって、何回かおじさんに音楽の仕事につくこと誘われたことがあるんだから」
「へぇ?」
「今日の劇で亜弥ちゃんが認められたら、美貴と亜弥ちゃんは対等」
「…対等?
歌の才能は、私の方が上にきまってるじゃない」
「へーえ」
いつの間にか、2人の間のわかだまりはなくなったようだった。
「解決…かな」
ほっと肩の力を抜きながら、絵里はつぶやいた。
- 322 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:21
- 結局さぼってしまったクラスでの仕事を午後に振り替えて、絵里は山百合会の劇にのぞむ。
朗々とセリフを歌い上げながら舞う『白雪姫』は、今まで絵里が見た中で一番輝いていた。
- 323 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:22
- 「ありがとうございました」
最後のお客さんである老婦人を昇降口まで送った絵里は、その場で深く頭をさげる。
校内放送が繰り返し流れ、文化祭の来客者はすっかりでていったようだった。
今度は生徒向きの放送に変わる。
『各クラス、当日の後片付けに入ってください。
特に飲食店を出展したクラスは、生ゴミ等を本日中に回収するようじゅうぶんに注意してください。
6時から行われるクラスごとのSHRが終了した後は、後夜祭になります。
後夜祭は参加自由です。
皆さん、本日はお疲れ様でした』
「絵里ちゃん、紙コップのゴミを廊下の美化委員回収箱にいれてきてくれない?」
喫茶店の売上金を数えていた子に頼まれて、絵里はクラスのゴミ箱をひっくり返してまとめる。
そのまま、重くはないがかさばる荷物を抱えながら教室を出た絵里はその場で呼び止められた。
「絵里さん、ちょっとよろしいですか?」
慌てて振り向く。
すっかり帰り支度を整えた亜弥だった。制服の上にピンク色のマフラーを巻き、指定の鞄をしっかりと握り締めている
- 324 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:22
- 「…亜弥さま?」
「よかった、1人で絵里がでてきてくれて。
それを片付けたら、荷物持ってついてきて。
…脱いだままの制服も忘れないでね」
有無を言わせない調子で、亜弥は言う。
「早く。急いで」
- 325 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:23
-
強引に手をひっぱられた絵里は、途中で諦めて素直に亜弥を追いかけていた。
昇降口を通り抜けて、どんどん進んでいく。
浴衣のまま、制服は鞄の中につめてあるが靴は下駄箱におきっぱなしだった。
「HR、さぼっちゃいましたね」
「だね」
マリア像の前にさしかかって、やっと亜弥は歩みをとめた。
「私、約束があるんです」
ここまでついてきてから言う言葉ではないと思ったが、一応絵里は伝える。
「だからあんまり長いことお付き合いできないんですけど…」
「ひとみとでしょ? その約束って」
途中でさえぎられる。
もうすっかり辺りは暗かった。秋とはいえさすがにこの時間になると冷え込みが激しくなる。
その場に荷物を下ろして、絵里は浴衣につつまれただけの二の腕を軽くさすった。
- 326 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:24
- 「どうするつもりだったの? ひとみに申し込まれた話」
「えっ…」
どうして亜弥さまがご存知なんですか。
口にだしかけた疑問は、今朝のチャペルのことを思い出してすぐにひっこんだ。
「お断りするつもりでした」
正直に絵里は話す。
「上手く説明することはできないんですけど…ひとみさまと話していて、何かが違うって思ったんです。
ひとみさまのことは好きなんですけど…私じゃひとみさまの妹にはなれないって。
何となく、そんな気がしたんです」
つっかえつっかえ話す絵里に、亜弥はその場に鞄を置いて2・3歩近づいてきた。
そして、首にかかっていたマフラーを外してふわりと絵里の肩にかけてくれる。
「亜弥さま、あの…?」
「じゃあ意味なかったんだ」
そのまま手を離す亜弥。体の後ろで手を組んで、ふらふらとまた数歩歩く。
肩に残ったマフラーは暖かくて、ずいぶん寒さがやわらぐのを絵里は感じた。
前触れもなく、亜弥はまた突拍子もないことを言い出した。
「ひとみに宣戦布告してきたの」
「は?」
- 327 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:24
- 「それで、HRが終わる前に絵里を連れ出そうと思ったの。
HRをさぼってまで、ひとみは追いかけてこないと思ったから」
亜弥はとても楽しそうだった。
話が読めないまま、とりあえず貸してもらったマフラーがずりおちないように手でおさえる。
「だって、絵里を妹にしたのは私なんだもの。
…私の妹になってほしいの」
足を止めて回れ右をした亜弥は、正面からしっかり絵里の目をみつめてきた。
「…だって亜弥さま。私が申し込んだとき」
「まるで同情されてるみたいだったじゃない。
そんなのは嫌。かけとかそういうの全部なしに、私は絵里にきちんと申し込みたかったの」
真剣な顔をすると、亜弥の顔はずいぶんクールな印象になる。
「私、プライドが高いんだから」
亜弥が笑う。
「…知ってます」
だから、絵里も笑った。
- 328 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:24
- 少し遠くが紅く燃え上がり、明るい音楽が聞こえだした。
後夜祭が始まったようだった。
「どうするの絵里…?」
じれたような表情で、答えをうながされる。
この人のことが好きだ。
まだほとんどお互いが分からないけれど、確かだった。
そして…ひとみと居るときのような違和感もなっかった。
それだけあればじゅうぶんなような気がする。
「お受け、します」
これからまた、新しい人間関係が手探りで始まっていく。
ゆっくりと首からロザリオを外した亜弥は、鎖で輪を作りそのまま絵里にかけてくれる。
「浴衣にロザリオって、何かアンバランスですよね」
「そうね、せっかくの儀式なのに」
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/30(水) 03:25
- 音楽に混じって、生徒たちの声も響いてくる。
そういえば、れいなは見にきてくれたのだろうか。 ぼんやりと校庭のほうをみて考える絵里に、亜弥が聞いてくれる。
「後夜祭、行きたい?」
「…いえ。
あの、できれば亜弥さまと2人で居たいです」
少しびっくりした後、亜弥さまは笑ってくれた。
「そうだね。
たまにはみきたんと離れて…妹と一緒に居るのもいいかもしれない」
たまにはれいなと離れて、お姉さまと一緒にいるのもいいかもしれない。
- 330 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:25
- 月が綺麗で、白いマリア像は青白い光とキャンプファイアーの紅とで不思議なコントラストを作っていた。
『マリア様はいつもあなたたちを見守ってくださっています』
入学式で聞いた言葉を、ふと絵里は思い出した。
- 331 名前:銀杏の章 亀井絵里 投稿日:2005/03/30(水) 03:26
-
- 332 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:26
-
- 333 名前:銀杏の章 投稿日:2005/03/30(水) 03:26
-
第一章終わり
- 334 名前:名無し作者A 投稿日:2005/03/30(水) 03:27
- 感想、批評お待ちしています。
今後の展開の参考にさせてください…。
- 335 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/03/31(木) 01:05
- わーい!いいですよ〜。早く第2章が読みたいです!
私は白薔薇姉妹に期待してます。(でも3章でしたっけ。。)
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/06(水) 04:02
- このスレを読んでから元ネタ読んだ人です。
1章終了お疲れさまでした。
>>335さんにと同じく白薔薇様に期待してます。
後藤さんがが2年生で登場、紺野さんが聖堂で御祈り・・・てことは。
でも妹だし、うーん・・・期待してますwww
- 337 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:55
- 第一章、脱稿乙です。
つーか、いつの間に。(w
間が空くのは、それぞれ事情もありますし、
あくまでココは趣味の範囲ですから、
倉庫行きにならない限りは続けて下さい。
ましてや読み手が何人もいるんですから。
以降も、期待してますよ♪
- 338 名前:展開を予想 投稿日:2005/04/29(金) 12:00
- 一気に読ませて頂きました。
とても素敵な作品で、大感動ーーです。
あやえりが幸せな姉妹に......(ポッ)
こんな素敵な作品を今まで知らなかったなんて
なんか悔しいぞ(オイ!!)
作者A様、ありがとう!!!!!
まだお話は続くようですね(ね!)
できれば麻琴ちゃんにも展開を!!!(期待)
そして出来れば今回出てこなかった5期の
あの娘も出してあげてください
最後に
『マリア様はいつもあなたたちを見守ってくださっています』
よね
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/29(金) 23:56
- ochi
- 340 名前:名無し作者A 投稿日:2005/05/03(火) 01:04
- しまった…ついにオチてしまっている。
1ヶ月以上時間があいてしまってすいませんでした。
>>335 名無し飼育さん
1章完結、最初のレスありがとうございます。(完結っていうほどの量でもないですが)
白薔薇姉妹に需要があるんですね…。
2章をぜんぜん書き進められないのですが、そっちの方は順調に進んでいます。
きちんと出せるように頑張ります。どうか、それまでお付き合いして下さると嬉しいです。
>>336 名無し飼育さん
元ネタはとてもステキですよね。特に3巻の番外編は大好きです。(爆
このスレも読んでいただけるなんてとても嬉しいです。
白薔薇姉妹に関してのご意見ありがとうございます。この2人のラストでの関係はまだ決まっていません。
なるべく更新を急ぎます、そこに到達するまでお付き合いして下ると嬉しいです。
>>337 名無し飼育さん
嬉しい言葉をありがとうございます。
読み手だった頃は時間が空く作品がもどかしかったのですが、いざ書き始めると…やってしまいました。
読んでくださる方が本当にそれなりにいらっしゃるといいのですが…。
今後、少しでも早く進めるよう頑張ります。
>>338さま
深い感想をありがとうございます。
書いている立場として、自分の作品に関してのコメントをいただけるのはとてもうれしいです。
2章は麻琴ちゃんが主役で、5期の例のあの人にも一応役はふってあります。
今後ご期待に答えられればいいのですが…。
>>339
お気遣いありがとうございます。
- 341 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/03(火) 01:05
- 「でも、銀杏の季節じゃなくてよかったね」
「ぎんなん?」
「そう。
服に匂いがついちゃいそうだし」
中学1年の春からずっと好きな人が居る。
第一印象は「きれい」だった。
上級生だろうと麻琴に思わせるほど、落ち着いた雰囲気。
でも中学からの外部進学生だったらしい彼女は、麻琴のクラスメイトだった。
最初は緊張して上手く話せなかった。
親友になった今でもそれは続いていた。
この想いはおかしいのだろうか。
何の疑いも持たず自分に接してくれる彼女と笑い合いながら、たまに自問をする。
けれどやはり側に居たかったし、好きでいたかった。
そう、少しでも側に。
- 342 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/03(火) 01:06
-
第2章
- 343 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/03(火) 01:06
- キャンプファイアーの明かりが校庭に面した窓から差し込んでくる。
橙色をしたその明かりは、電気が消えたままの教室をゆらゆらと暗く照らしていた。
片付けが終わった直後に脱ぎ捨て、自分の机に置いたままだった浴衣を麻琴はずさんにたたんだ。
本当は後夜祭に誘おうと思っていたクラスメイトが、まっしぐらに彼女の「姉」に向かって走っていく姿
それを見届けるはめになってしまった麻琴は結局、誰もいない教室に1人で戻ってきたのだった。
ほとんどの人たちが、帰路につくかキャンプファイアーに参加しているのだろう。
中途半端な時間の今は校舎にはほとんど人気がなく、憂鬱な気分を助長させるのにじゅうぶんな雰囲気だった。
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/03(火) 01:07
- 荷物を鞄にしまいながら、思わず麻琴の口からため息がもれた。
こんな風に1人きりで落ち込んでいるなんて似合わない、と思う。
少しでも早く学校からでたかった。
しかし、落ち込んでいる麻琴に急に声がかけられた。
「どうしたの、こんなところで」
聞き覚えがある低い声。
「ため息をつくと幸せが逃げるんじゃなかったの?」
いきなり人が現れたことには驚いたが、相手は簡単に予想ができた。
ゆっくりと振り向く。案の定、教室の前のドアに軽く笑みを浮かべた部活の先輩が寄りかかっていた。
「…ひとみ先輩こそ。
お1人で何をしらっしゃるんですか。黄薔薇のつぼみと踊りたい人なんて、たくさん居ると思いますけど」
気弱な姿を見られたのが気まずかった麻琴は、「お1人で」のところをわざと強調する。
我ながら可愛くない反応だが、ひとみの妹になれる可能性がなくなった今となってはもう関係がない。
- 345 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/03(火) 01:07
- 『ひとみさまは亀井絵里を妹にしたいらしい』
文化祭が終わりに近づいた頃クラスメイトたちの間では、さかんにその話がささやかれていた。
何もこのクラスに限らず1年生中に広まっているのだろうけど。
締めくくりのHRが始まるか始まらないのかの頃。
廊下で、紅薔薇のつぼみと黄薔薇のつぼみが言い争っていたのを目撃した人が何人も居たらしい。
「えり」という単語がいくつもでてきていたのよ、薔薇さまたちに一番近い「えり」さんは亀井さんだもの。
最初に情報を持ってきた生徒は、興奮ぎみに自分の分析を語っていた。
彼女を山百合会の手伝いにひきいれたのはひとみさまだった。
今日の朝、紅薔薇のつぼみ亜弥さまが彼女を迎えにきていた。
話にはじゅうぶん信憑性があったし、実際に亀井絵里はなかなか可愛らしい1年生だった。
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/03(火) 01:08
- どこか気弱で、いつもおどおどとしていて、他人を信じきった笑顔をみせる絵里。
その信頼に答えるように、彼女は何もしなくても誰かに助けられていたし気を使われていた。
そしてそれに、ひどく麻琴はいらつくのだった。
別に絵里が悪いわけではない。嫉妬だというのも分かっている。
けれど、自分のような努力なしに他人の力を借りている絵里は、どうしても不愉快だった。
「…絵里ちゃんに約束すっぽかされちゃったんだよね」
一瞬、ひとみとの会話を忘れていた麻琴だが…。
次の一言は麻琴を引き戻すのにじゅうぶんなインパクトがあった。
「はい?」
ずばり考えていた名前が登場した上に、約束をすっぽかすという行動をあの気弱な絵里がとったらしい。
思わず間の抜けた声が口からでてしまう。
しかしひとみは麻琴の調子には構わず、話続ける。
- 347 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/03(火) 01:08
- 「本当は後夜祭に行く約束をしてたんだけどね。
亜弥が連れて行ったみたい。 …つまり私はふられちゃったってことだよね」
「…そうなんですか」
誘うことすらできなかった麻琴は、同じような立場のひとみにかすかな同情を覚えた。
しかし、それを示すような言葉を捜しているうちに、ひとみはあまり共感ができない一言をもらした。
「何か、残念。
絵里ちゃんは可愛かったからちょうどいいと思ったんだけど…」
「ちょうどいい、ですか?」
かすかな炎に照らされて影ができているせいか、ひとみの表情は妙になげやりに見えた。
そのまま節をつけて、ひとみは続ける。
「そう。
誰でもよかったんだけど、どうせなら可愛い子がいいと思って」
普段のひとみがするような発言ではない。
もしかして酔っているのだろうかと、女子校の文化祭にあるまじき想像をしながらひとみをまじまじと観察する。
- 348 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/03(火) 01:09
- 「よかったら、麻琴、どう?
私の妹になりたかったんじゃないの?」
「…誰でもいいなら、掲示板でも学校新聞でも何でも使って宣伝すればいいじゃないですか。
条件の欄に『外見重視』とでもつけて」
最後に投げかけられた言葉をかわして、麻琴は荷物を抱えた。
可愛いという条件に自分があてはまるとは思えなかったし、気落ちしている今自暴自棄な先輩と長く過ごしたいわけではなかった。
- 349 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/03(火) 01:09
- 「もう帰りますね。
寂しいんだったら、どうぞ黄薔薇さまになぐさめてもらってください」
ひとみが寄りかかっている反対側のドアに手をついて、麻琴は言う。
じゅうぶんな距離があるが、しかし教室の中で2人が一番近づいたときだった。
黄薔薇さま。
石川梨華さまの名前がでたとたん、ひとみは軽く眉をひそめた。
気のせいかもしれないと思うぐらいだったけれど、確かに表情をかえていた。
しかしそれに関して構っていられないほど、ひとみの言葉が気になっていた。
『私の妹になりたかったんじゃないの?』
単なるうぬぼれた発言か、自分の気持ちが読み取られていたのか。麻琴にとっては大きな問題だった。
- 350 名前:名無し作者A 投稿日:2005/05/03(火) 01:16
- 少し近況を…。
なかなか更新できる時間がなくて申し訳ありません。正直、少し忙しいです。
もちろん放棄などは考えていませんし、中途半端な状態で終わらせるつもりはありません。
今回いただいたレスで、今後に関して期待してもらっていることも分かり、再びやる気が起きました。
少しでも時間を作って書くつもりですし、この連休でも話を進めたいです。
ずいぶん長い話になってしまい、少々不安です。どうかお付き合い下さい。
- 351 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/03(火) 12:17
- 更新お疲れ様です。少しずつでも楽しみにしてますのでお願いします。今回も面白かったです。
- 352 名前:名無し作者A 投稿日:2005/05/08(日) 13:26
- レスだけ。
>>351
こんな少ない更新だったのに、面白いという感想ありがとうございます。
少し話を考えている最中です。一章の終わりぐらいのペースで更新するつもりです。
もう少しお待ちくださるとうれしいです。
- 353 名前:337 投稿日:2005/05/10(火) 00:50
- こちらは読んでいるだけなので
あぁ、良い所で! と、気を揉んでおります。(w
ですが前回も言った通り、
作者さんのペースで、倉庫行きにならない程度に。
慌てると、ストーリーそのものが潰れちゃちますからね。
マターリ、待ってますよ。ノシ
- 354 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/19(木) 16:18
- >>337さま
いつもレスありがとうございます。
ストーリーが上手くくみたてられなくて焦っているのですが、読者の方にそういっていただけると安心します。(笑
倉庫行きだけは避けたいです…。頑張りますので、よろしくお願いします。
- 355 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 16:18
- + + + + + + + +
何かが叫んでいる。
絵里はうっすらと目をあけた。
少しだけ開いたカーテンの隙間から、光の筋がいくつか差し込んでベッドを照らしている。
「朝…?」
目覚ましを軽く叩いて止め、布団の中でごろごろと寝返りを打ってみる。
朝が来てしまった。
気の重いことがどんどん絵里に舞い戻ってくる。
ひとみとの約束を破ってしまった。
謝って、それから自分が選んだことを説明しなければならない。
ひとみと気まずいままで居るわけにはいかないが、どうやって話せばいいのだろう。
寝転がったまま軽く嘆息した絵里の目に、首にかかったまま目の前で光を受けているロザリオがとまる。
「妹、か」
少し鼓動が早くなる。
わくわくする。昨日までとは全然違う生活が始まるはずなのだ。
うっすらと意識が遠のいてくる。
じゅうぶんに温まった布団を抱き寄せながら、絵里は自分の1日を計画した。
まずはひとみに会って…それから、先輩たちを出迎えなければならない。
- 356 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 16:19
-
- 357 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 16:19
- すっかり見慣れた道を絵里はひたすら走る。
スカートがばさばさとひるがえり、髪の毛も風にもまれて崩れてしまっている。
すれ違う生徒たちが不思議そうな顔で絵里を眺めている。
山百合会の住人、1日目にして失格。
しかし、今はそんなことを構っている場合ではない。
少しでも早く進めるようにつまさきで山百合会の階段を駆け上った絵里は、扉の前で立ち止まる。
勢いをけし、息を整えてからゆっくりとノブをひねった。
「遅れてすみません…」
反省会はすっかり始まっていた模様で、楕円形のテーブルには薔薇さまたちが勢ぞろいしていた。
もちろん、そのつぼみ、そして絵里と同じく手伝いの立場だった麻琴も。
完璧に遅刻。
わかってはいたが、改めて絵里はうなだれた。
- 358 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 16:20
- 「いいから入りなって」
最初に声をかけてくれたのはひとみだった。
昨日のことなどなかったかのように、自分の隣の空いている椅子をひく。
「大丈夫、走ってきたの?」
うっすらと綺麗な笑みを浮かべて、その姉の黄薔薇さまが絵里を気遣ってくれる。
「大丈夫です、ありがとうございます」
どちらにというわけではなく、絵里は2人に頭をさげる。
「まだそんなに進んだわけじゃありませんから」
首をかしげながら、あさ美はフォローしてくれる。その隣で不機嫌そうに肘をついている白薔薇さま。
絵里にはまったくの無関心だが、彼女が朝あまりしゃべらないのは手伝いの間に分かっていた。
麻琴は当然のように無表情。
そして。
「…本当に、すみませんでした」
美しい顔に鬼のような形相を浮かべている亜弥に、絵里はもう1度頭をさげた。
嫌な汗が流れ出てくる。
冷たい目をしたまま、額にかすかなしわを浮かべた亜弥は絵里に何も言わない。
- 359 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 16:20
- 「気にしないで座って。全員がこないと具体的な話に入れないもの、まだ大丈夫」
黄薔薇さまの『全員がこないと…』のくだりで自分が責められているのだと思った絵里は、『まだ大丈夫』という言葉に首をかしげる。
そういえばあと1人足りない。
誰だっただろうか。
かすかに首をかしげ、不機嫌そうな亜弥がこれ以上怒らないうちに席に座ろうと足をふみだす。
ひとみが開けてくれた椅子にむかって。
そういえばひとみにも謝らなければならない。そもそも朝1番にやるはずだった予定が、すっかり崩れてしまっていた。
混乱したままの絵里が、突然衝撃をうけるのは椅子までたどり着く前だった。
- 360 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 16:21
- 「そうへこむなって絵里ちゃん」
「きゃあぁっ」
思わず悲鳴がもれてしまう。何も意識していない状態で後ろから首に手をまわされ、絵里の体は完璧にその人の体の中にあった。
「遅れてごめん。
始業30分前集合なんて、いつも無縁だからさ」
「え、あの、紅薔薇さま…」
慌ててその人を見上げる。
紅薔薇さまが、視線に気づいたかのようにふざけて体をゆすってみせた。
「…ふざけてないで、早くしなさいよ」
さっきまでとはうってかわって、苦笑しながらも厳しい言葉をかける黄薔薇さま。
腕の隙間からそっとテーブルを見回す。
亜弥の眉間のしわはもう『かすか』などというレベルではなかった。
「あ、あの…」
「まぁまぁ、絵里ちゃんに免じて許してよ。ね」
何が絵里に免じて、なのだ。
- 361 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 16:21
- 「2人、姉妹になったんでしょ?」
勝手に襟首に手をさしこまれ、ロザリオをひきだされる。
「きゃっ…ちょ、ちょっと待ってください」
不自然な姿勢からやっと抜け出し、再びロザリオをしまう。
そしてそっと亜弥をうかがう。
彼女がどうやって絵里との件を仲間に報告するつもりだったのかはわからないが…こういうシュチュエーションではなかったはずだ。
「へーえ、ついに」
「あら、おめでとう」
今まで黙っていた白薔薇さまと、黄薔薇さまが言葉を発する。
そしてついに…。
「お姉さま、どういうおつもりなんですか!!
絵里、薔薇さまがたよりも遅いなんていい加減にしなさい!」
亜弥さまが爆発する。
紅薔薇さまを「お姉さま」と呼ぶ亜弥さまはもうすっかりいつも通り。
自分も怒られながら、絵里はふとそんなことを考えるのだった。
- 362 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:34
- 「そんなに落ち込むことないって」
無責任に、あさ美は笑顔で微笑む。
「…落ち込むよ」
絵里は大きく息をはきだした。
「まぁまぁ。
結局、反省会は無事に終わったんだし。薔薇さまたちだって絵里ちゃんを歓迎してたし」
教室までの道のりを、あさ美、絵里、麻琴の3人で並んで歩く。
麻琴と絵里の2人が並ぶことはないが、3人の時にはあさ美を巻き込まないように会話する。
それは麻琴と気まずいながらも山百合会で仕事をするために絵里が決めたルールだが、上手くいっているところをみると麻琴も同じようなことを考えているのだろう。
- 363 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:35
- 登校してくる1年生たちが、遠巻きに絵里たちを指差している。
他人からの視線に数週間ですっかり慣れてしまった絵里だが、少し緊張する。
誰もが亜弥さまと絵里のことを歓迎してくれるわけではないだろう。
特にいきなり遅刻してしまうような絵里を。
「亜弥さまには怒られちゃったし…妹にふさわしくないって思われちゃったらどうしよう」
ため息は何度でも出てくる。
姉妹になったばかりで亜弥と喧嘩をしたくない。
特に、昨日れいなとくだらないことで言い争ったばかりの絵里は。
- 364 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:35
- + + + + +
「今日の絵里、白雪姫じゃなかったけど可愛かったの」
自分をほめてくれている…はずなのに、さゆみの一言は亜弥さまとの会話の興奮がおさまらない絵里に冷水をかけるには十分だった。
「…みにきてたの?」
いつも通りれいなの部屋にかけこんだ絵里を迎えてくれたのは、見慣れたれいなと見慣れてきたさゆみだった。
ドアを開けたまま絵里はその場に立ち止まっている。
亜弥と姉妹になったことを報告するつもりだった絵里だが、さゆみにまで聞かせるのは少しためらいがある。
殺風景な部屋の真ん中であぐらをかいているれいなと、ベッドに腰を下ろしているさゆみ。
2人とも中学の制服姿だった。
そして、喉元で言葉がつまってしまっている絵里にさゆみがかけた言葉が『それ』だ。
「そう。だって、さゆの志望校でもあるもの」
当然のようにうなずくさゆみ。
- 365 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:35
- 「…れいなと一緒にきたの?」
視線を少しずらして、れいなを見る。
少し気まずそうに額から汗を流している。すっかり辺りは冷え切っているのに器用だ、と絵里は場違いなことを考える。
「いや…その…」
しかし、れいなが答える前にふわふわとした声でさゆみが言う。
「もちろん」
つまり。
今日れいなとさゆみが学校に入るために使ったチケットの裏には…おそらく絵里の名前が書いてあった。
「…どういうこと?
おばさんと来るんじゃなかったの?」
何となくおもしろくない絵里は、れいなに聞く。
「そういう予定だったんだけど…さゆも受験校だからみにきたいっていうし…だから」
たじたじと言い訳をするれいな。
「私に言ってくれてもよかったじゃない」
自分の劇がさゆみにみられていたというのが何となく気に食わない。
…一般公開しているのだから、絵里が客を選べるわけではないのだけど。
「急だったから…その…」
「ふーん、そうなんだ。
絵里があけたチケットを、絵里に許可をとらないまんま誰かにあげちゃう人だったんだれいなは」
そのまま黙り込んですねてみせる。
ちらっと部屋を中をみると、れいなはまだ焦ったような顔をしていて、さゆみはいつの間に本棚からだしたのか漫画をめくっていた。
- 366 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:36
- 「…そういえば絵里さ、どうしたの?」
謝ることをあきらめたのか、れいなは話題をそらしてくる。
その必死な様子に絵里は脱力する。
「…教えてあげない」
「ちょ、ちょっと待っててば」
「…さゆはしつこいと嫌われると思う、れいな」
後ろから聞こえてくる会話を無視して、絵里は階段を駆け下りた。
- 367 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:36
- + + + + +
思い出してみれば、絵里が一方的に怒っていただけだったのだけど。
今朝はれいなには会わなかった。
家を出た時間は、寝坊してしまったためにいつもと同じ。
れいなのほうに用事があったのだろうか、それとも避けられたのだろうか。
考えていた絵里は、
「大丈夫だと思うけどな。そんなに慌てなくても」
あさ美の声でふと我に帰る。
亜弥とのことだろうか。
「そうかなぁ…」
憂鬱はきえてくれない。半分以上自業自得だからだ。
「だってさ、絵里ちゃん。ほら」
ほら、なんだ。
あさ美の視線をおって振り向いた絵里に、どかんと亜弥のアップが見えた。
- 368 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:37
- 「えっ…あ、亜弥さま」
周りに人が多すぎてここまでの接近に気づかなかったのだろう。
「さっきから何度も呼んでたじゃない」
亜弥が、身振りで廊下の端によるように示す。
「き、気づきませんでした」
あさ美と麻琴が、立ち止まらずに追い抜いていくのが横目で見えた。
むっとした顔をした亜弥は、絵里をみつめている。
まさかこれから叱られるのだろうか。そのために追いかけてきたのだろうか。
緊張しながら、絵里は聞く。
- 369 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/19(木) 19:37
- 「あの、なんでしょう?」
亜弥が少し顔をしかめて、そして言う。
「昨日はよく眠れた?」
「は?」
思わず聞き返して、亜弥の言葉の意味を考える。
昨日は…。
「は、はい」
「そう。朝ごはんもちゃんと食べられて?」
「…い、いえ。でも、一応ミルクだけは」
どきどきとして、亜弥の質問に答える。
あまり意味がわからない。
「…朝、あまり元気がなかったでしょう?」
「はい?」
不機嫌そうなままの亜弥をまじまじと見返す。
…もしかして心配してくれたのだろうか。
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/19(木) 19:38
- 「朝はちゃんと食べなさい」
落ち込んでいたのは、亜弥にしかられたから。
しかし、亜弥が絵里の手に握らせてくれた物がそれを振り切ってくれた。
「あの、これ」
「あげるわ。今日の放課後も集まりがあるから、忘れないようにね」
そのまま振り返りもせず歩いていってしまう亜弥。
「…照れてる?」
そう思ってしまう絵里は、おめでたいだろうか。
市販のものより少し軽いキャラメルの箱には、それでもまだ数個中身があった。
- 371 名前:名無し読者A 投稿日:2005/05/19(木) 19:38
- 話がなかなか進みません…
- 372 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/19(木) 23:37
- 読んでいてすごく楽しいですよ。
むしろあまり進めずに続けていってほしいぐらいです。
- 373 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/20(金) 00:55
- 読んでいる自分の顔が、
おそらく、そーとーニマニマしています。(w
- 374 名前:名無し作者A 投稿日:2005/05/20(金) 01:51
- 372>>
とても嬉しいレス、ありがとうございます。
一気に気が楽になりました。(笑
しばらくはあまり展開がない展開(?)になりそうです。
373>>
本当ですか…どこら辺へでしょう。(笑
うれしい書き込みありがとうございます。
しばらく、肝心の亜弥さまがあまり出張らないと思いますがお付き合いください。
- 375 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/20(金) 01:53
- お弁当を自分の席で広げて食べるのはいつものことだし、時々一人で食べることもあった…けれど。
今日の場合は落ち着かない。
クラスのいたるところから視線がくるだけではなく、他のクラスから来た子も集まり絵里をじっと見ている。
昼休みがはじまったばっかりなのに、だ。
絵里は、一度広げようと机の上に置いたお弁当箱をまたナプキンに包みなおした。
こんな環境で物を食べても落ち着かないに違いない。
幸い昼間はそう外が涼しいわけではない。
こそこそと教室の外にでた絵里を待ち受けていたのは…さらなる試練だった。
- 376 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/20(金) 01:54
- 「失礼しまぁす」
「失礼しまぁす」
ぴったりとそろった声。
新聞部、の腕章をつけた少女が2人、カメラを構えた少女が1人。
いずれもぎらぎらと期待に満ちた目をしていた。
「このクラスの方ですよね?」
3人の中で、髪を肩までたらした人懐こい印象の子が絵里に声をかける。
にっこりと微笑んだ口元からのぞいた八重歯が可愛らしかったが、何となく裏がありそうだ。
上級生だろうか。
「はぁ…そうですが」
「亀井絵里さんって、どなたですか?」
私ですが。
と、答えられる雰囲気ではない。
そうこうしている傍らで、カメラを抱えたツインテールの少女がドアの隙間から教室を撮影している。
危ない、これは危ない。
絵里の中で注意報がなっている。
- 377 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/20(金) 01:56
- 「あの…その…」
しかし『知りません』としらを切りとおせるほどの度胸が絵里にあるわけではなく。
3人の前で戸惑っている彼女に、意外な助け舟がでた。
「絵里ちゃんは教室には居ないみたいだねぇ」
ききおぼえがある声に、思わず振り向く。
麻琴がどことなくうさんくさい笑顔を浮かべていた。
「まこっちゃんじゃん」
今まで黙っていた3人目の少女が口を開く。
絵里といい勝負の長い髪をした、額の広い少女。
- 378 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/20(金) 01:57
- 「先輩たち、彼女も劇にでてたんですよ!」
『まこっちゃん』と親しげな呼び方をしたくせに、友人を売り渡す彼女。
それに反応するように、素早く八重歯の彼女が麻琴の腕をおさえる。
「よければ、お話聞かせてもらえますかねぇ」
何も言う事が出来ず、何も行動できないうちにどんどん状況が進んでいく。
『新聞部』に半ば引きずられるようになりながら、麻琴が言う。
「佐藤さんが、裏庭で待ってるってよ〜」
「…佐藤さん?」
誰だ。
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/20(金) 01:57
- + + + + +
裏庭に居たのは、紺野さんだった。
「絵里ちゃん、こっちこっち」
軽く手を振ってくれる。
湿った土をさくさくと踏みながら、あさ美が座っているベンチの隣に勧められるままに腰をかける。
「あの…小川さんが、佐藤さんが待ってるって」
状況がつかめず、とりあえず絵里は疑問を口にする。
「…たぶん、気にしなくていいと思う」
笑いながらあさ美が言う。
- 380 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/20(金) 01:57
- 「私が白薔薇のつぼみになったときもそうだったから…絵里ちゃんに新聞部や写真部の取材が行ってると思って。
でも山百合会の住人の私じゃ上手く助けられないだろうから、まこっちゃんにやってもらったの」
「あの、でも、小川さんどこかへ連れて行かれちゃったんですけど…?」
「大丈夫。まこっちゃんは誰かの妹ってわけじゃないし、今のところそういう話もないし。
すぐに帰れると思うよ」
麻琴に助けられてしまった。
複雑な気分で、絵里は弁当箱の包みをいじる。
「ほら食べて食べて。
…絵里ちゃんの面が割れるのも時間の問題だと思うけど、一応今はさ」
嘘をついて隠し通した方があとあと大変なのではないか。
とは思ったが、今回はあさ美たちの好意に甘えさせてもらうことにする。
絵里は劇のわき役だったから、今まで注目されていなかったのだろう。
劇の練習に部外者が入ってくることはめったになかったし、新聞部が絵里を知らなくても無理はない…が少し寂しい。
だからといって、あの勢いでせまってこられたいわけではないが。
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/20(金) 01:59
- お弁当をつまみながら、絵里はあさ美の横顔を眺める。
白薔薇のつぼみ、紅薔薇のつぼみの妹。
一応彼女とは背負っているものが違うが、これから立場はほぼ同じになってしまう。
「紺野さんもいろいろ大変…なんですか?」
「大変?」
わざわざ箸をとめて、聞き返してくれるあさ美。
「その、白薔薇さまの妹として…」
あさ美は、少しご飯を食べながら何か考える風な顔をする。
「少しプレッシャーが増えたのは確かだけど…。
お姉さまがたまたま山百合会の人だったってだけで、今では毎日楽しいけどな」
「そうですか」
お姉さまがたまたま山百合会の住人だってだけ。
亜弥さまと絵里の出会い方はそういうものではなかったが、いつかそう思えるのだろうか。
何を聞かれたのか少し不機嫌な麻琴が戻ってきて、3人で並んで弁当を広げる。
会話がなくなるが、不快な雰囲気ではなかった。
- 382 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/20(金) 02:00
- 「そういえばさ」
食事が終わる頃、麻琴が誰へとでもなく口を開く。
「ひとみさまが黄薔薇さまともめたって話、聞く?」
お弁当箱の蓋をしめていた絵里は、動きを止めて考え込む。
ひとみさまと黄薔薇さま。
幼馴染で従姉だというお二人に何かあったという噂は聞かない。なぜ麻琴がそんなことを言い出したのかわからなかった。
が、絵里の隣であさ美がかすかにつぶやく。
「たしかに…」
「確かに、何ですか?」
思わず聞き返してしまう。
「え?
あぁ、いつもよりもひとみさまと黄薔薇さまが会話してなかったなって。
ただそれだけなのだけれど…言われてみればって」
必死で思い返してみる。
「まぁ、絵里ちゃんは最近きたばっかりだからいつもよりなんてわからないよね」
あさ美がフォローしてくれた通り、ひとみと梨華の関係に限っては気が付かなかった。
けれど。
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/20(金) 02:01
- 「あ」
文化祭前のひとみの妙な様子を思い出す。
小体育館での様子や、チャペルで話したときのこと。
「…どうしたの?」
絵里があげた声に、久しぶりに麻琴が直で話しかけてくる。
「ううん、別に…何ってわけじゃないけど。
ちょっとひとみさまがおかしかったかなって」
詳しいことを語るつもりにはなれず、曖昧にごまかす絵里。
「ひとみさまがおかしかったなんて。
この間まで接点がなかった、おっかけの絵里ちゃんに分かるんだねぇ」
いつも通りの温かい声で言われた嫌味に思わずむっとする。
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/20(金) 02:02
- 「言われて見れば、本当に…少しおかしかったかもしれない」
しかし絵里が言い返す言葉を選んでいるうちに、すっかり自分の世界に入ってしまったらしいあさ美が場をまとめてしまう。
「姉妹の問題には介入できないし。
何があったかなんて、もし本当だったとしてもひとみさま聞かれても嫌なだけでしょうね」
荷物をまとめて立ち上がるあさ美。
「いやなものなの?」
姉がいない麻琴が座ったまま、あさ美を見上げて聞く。
姉妹になりたての絵里もまじまじと彼女を見た。
「…そうでしょう、だって」
言いかけたあさ美は、麻琴と絵里の様子をみて苦笑する。
「そういうものだよ。少なくとも私は。
姉妹の関係に口をだされるのはやっぱり嫌だし…もちろん自分から相談したときは別だけど。
やっぱり自分のお姉さまの問題って大きいもの、簡単に他人にわかってもらえるものじゃないし」
- 385 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/20(金) 02:02
- あさ美は曖昧なことしか言わなかったが、なんとなく分かる気がした。
れいなの行動に絵里はむかついたけど、相手がれいなじゃなかったらあそこまで怒ることはなかった。
…れいなは姉妹じゃないけれど。
なんとなく、分かる気がしたのだ。
- 386 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/20(金) 02:03
- 「でもまこっちゃん、どうして?」
あっさりと話をうちきり、あさ美は首をかしげる。
「そんな様子だったんだよね」
麻琴も立ち上がり、2人で絵里をみつめる。
催促されているのだと気づいて、慌てて荷物をまとめる絵里に麻琴がつぶやく。
「絵里ちゃんに姉妹の申し込みを断られたのが原因かもしれないと思ったけど」
言葉がずしりとつきささる。そうだ、謝ることをすっかり忘れていた。
でも、ひとみはその前からおかしかった。絵里に申し込みをする前から。
「でも、そうでもないみたいなんだよねぇ」
何も言う前から、麻琴は話を勝手に自己完結させてしまった。
- 387 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/20(金) 02:03
- ひとみさまの様子が少しおかしい。
自分のことに手一杯でしばらく忘れていた問題が、また浮上してきた。
- 388 名前:名無し作者A 投稿日:2005/05/22(日) 11:43
- なかなか進まない話にげんなりしてきました…。
- 389 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:44
- 絵里ちゃん。
誰かに呼ばれたような気がして、絵里は立ち止まる。
放課後、薔薇の館に向かうため校舎の階段をくだっているときだった。
きょろきょろと辺りを見回すが誰もいない。
諦めて歩き出す絵里に、また声がかかる。
「こっちこっち、上だってば」
上。
思わず振り向くと、階上の踊り場に、手すりに身を隠すようにしたひとみが居た。
胸にはしっかり鞄を抱えている。
- 390 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:44
- 「どうしたんですか…そんなところで」
そんなところで、というよりはそんな格好でだったが…絵里は聞く。
「いやね。新聞部員たちがかぎまわってるみたいだから見つかりたくないしさ。
噂がすっかり広まっちゃったらしくて、参ったよ」
手招きをされる。
やる気なく手をぶらぶらさせるしぐさにつられるように、絵里も辺りを見回してからひとみに歩み寄る。
「ちょっと、こっちこっち」
素直についていく。
ひとみは階段を上りきり、絵里たちの教室がある3階より1段上の4階の廊下に足を踏み入れる。
特別教室が多いその階は、放課後の掃除を行う生徒たちの声がちらほらとするが人はまばらだった。
ひとみはきょろきょろと辺りを見回すと、階段の正面にある『社会科準備室』とかかれた部屋のドアを押した。
後を追いかけて部屋のドアをくぐる。
教室の半分程度の大きさで、壁に沿うように並べられた机に世界地図や地球儀、歴史ビデオなど見覚えのあるものが埃をかぶっていた。
窓からは運動場が見える。
ひとみはつかつかと奥へ入っていくと、窓際にあるいくつかの机にあったもろもろの物をどかし軽くハンカチではたいた。
- 391 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:45
- 「どうぞ」
片手で机をさされる。
観察に忙しかった絵里だが、ひとみにしたがって素直に机に腰を下ろした。
少し離れた場所にひとみも腰をかける。
この距離感はチャペルの時と同じだ。と絵里は思い出す。
社会科教室は電気がきえたままだったが、窓からの明かりでじゅうぶんだった。
「…こんなところ、あったんですね」
「前に先生の手伝いで来たときに知ってさ。
は一日中鍵があいてるみたいだけど、生徒も教師もめったにこないからさ」
ひとみが言う。
「歴史ビデオとかは、案外先生が自分で用意してたりするし…。
あんまり地球儀とか使って授業しないじゃん」
秘密の場所を自慢するようにだろうか、説明しながらひとみは笑った。
- 392 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:45
- 「文化祭の時に、ここにいらっしゃってたら私みつけられませんでしたね」
つぶやいてから、絵里ははっとする。
何も心の準備がないのに、気まずい話をむしかえしてしまった。
「そうだね。
…でも、それはなかったよ。学校は生徒は全面的に信頼してるけど、やっぱり女子高だからさ。
学校を開放するときには厳重に注意をはらうよ。
誰かが隠れたり、誰かが連れ込まれたり…まぁ、極端だけどいろいろ考えてるんだろうね。
こういう部屋は全部閉鎖されてた」
しかし、笑いながらひとみは続ける。
「でも、もしあいててもこなかったかもしれない。
誰かに見つけて欲しかったかもしれない」
今日の昼休み、全員一致で『おかしい』という結論がでたひとみ。
この言葉はどういう意味だろうか。
絵里は少し考えるが、あさ美の自分が相談するまでは口をだされたくないという話を思い出してとどまる。
- 393 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:46
- 「あの。先日はどうもすみませんでした。
せっかく誘ってくださったのに、いろいろあって、私連絡もしないで」
何が用事かはわからなかったがいい機会だ。
絵里はずっと考えていたことを話す。
話しているうちに、自分の行動がずいぶんひどいものだったと今さらながら絵里は気づく。
「本当にごめんなさい。
ひとみさまが怒ってらしても無理ないんですけど、できれば私、ひとみさまとは仲良くしたいです」
狭い部屋に自分の声が響く。
こういうとき、高く聞こえる声があまり好きではない。
- 394 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:46
- 「…怒ってなんていないじゃん」
長く感じた沈黙のあと、ひとみは優しさを含んだ声で返してくれる。
「気にしてるだろうなって思って、今日は少し話したかったんだ。
いいよ。
ちゃんと亜弥が、絵里ちゃんを連れて行くのなんの宣言してくれたからさ。参ったよ」
申し込みをされたのにすっぽかした絵里を気にしてくれて、少し話そうときてくれたひとみさま。
少し悲しい気分になる。
今朝、いきなり自分の口からではなくばれてしまった、亜弥の妹になった件。
昨日の時点でひとみはわかっていたと思うが、それでもずいぶん失礼だった。
- 395 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:47
- 「あの。
ひとみさまの妹にはなれなかった…です。
でも、嫌いとかそういうわけじゃなくて。
ただ私よりももっとふさわしい人がひとみさまには居るんじゃないかって」
必死に言葉を探す。
「断りの文句とかじゃなくて、そうやって思うんです。
だから…」
真剣に絵里を眺めているひとみ。
「だから、ありがとうございました」
頭をさげる。
ひとみの視線を感じるが、ひたすら返事を待つ。
- 396 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:47
- 「そっか、ふられちゃったんだよね…。
でも亜弥は今朝からなんとなく幸せそう。仲良くしてあげてよ」
「はい…」
顔をあげる。
ひとみが笑顔だったので、絵里はほっとする。
「それに結局、噂の原因は私でもあるわけだからさ。
ほんと、気にしなくていいよ」
噂。
「あの、さっきも言ってらしたんですけど…噂ってなんでしょう」
首をかしげる。
「…知らない?」
眉をひそめて、嫌そうな顔のひとみ。何やら絵里まで嫌な予感がする。
「わからないです…けど。
でも、何やら妙に注目が集まっちゃってます」
今朝のことや昼休み。
亜弥の妹になったからだと思っていたが…。思えば、朝から注目されるのは情報が流れるのが早すぎる。
- 397 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:47
- 「…くだらない噂だよ」
「でも、私に関係することなんですよね」
教えてもらおうと食い下がる絵里。
絵里に関係して、たぶんあまりよくない噂なのだろう。
友達が多いわけではない。このぶんでは、周りの人は気を使って教えてくれないだろう。
「…絵里ちゃんがね。
私と亜弥の両方に気があるふりをして、どっちかの妹になろうと画策してたっていうんだ」
ひとみはため息をつく。
「申し込んだのは私たちで、どっちも一方的な理由だったのにね。
でも、絵里ちゃんが紅薔薇のつぼみの妹になったって知れ渡って…」
「ま、まさか噂に信憑性がでてきちゃったってことですか?」
「私と亜弥が、廊下で喧嘩なんてしてたからだよね」
「そんなぁ…」
確かに、その話からうける絵里のイメージは嫌な1年生だ。
頭を抱える絵里の横で、ひとみが机からすべり降りる。
- 398 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:48
- 「私、これから部活だから行くけど…。
絵里ちゃんはどうする」
「…あ!
私、今日薔薇の館に行かなくちゃいけないんですよ」
今さらひとみに言っても仕方がないが、あらためて絵里は慌ててみせる。
「また怒られちゃう」
慌ててひとみの横をすりぬける絵里に、ひとみがつぶやく。
「…悪いから、おわびに絵里ちゃんが喜びそうなこと教えてあげる。
亜弥が絶対いわないようなこと」
興味をひかれて、思わず立ち止まる。
「…なんでしょう?」
「亜弥はね、文化祭の日…廊下で私になんて言って来たと思う?」
- 399 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:48
- + + + + + +
「どこで何をしていたのかしら?」
いきなり目に入ってきたのは、亜弥のアップだった。
「朝だけならとにかく、同じクラスのあさ美たちがきているのに掃除が長引いたなんてないわよね。
…まさか寝坊したなんて言い出さないでしょうね」
薔薇の館の階段をかけのぼり、ドアを開けた瞬間そこに立っていたのだ。
そのおくには書類の耳をそろえているあさ美、肘を突きながら何かをまとめている白薔薇さま、黄薔薇さま、紅薔薇さま。
ひとみ以外のメンバーが勢ぞろいしていた。
「あ、あの…いえ。
ちょっと話を」
「集まりに遅刻するぐらい話し込んでいいわけないでしょう!」
事情を話そうとしたが、逆効果。
亜弥の逆鱗にふれてしまったらしい。
- 400 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:49
- 「いいじゃない、亜弥ちゃんだってよく遅刻してたんだし」
お説教も佳境に入ろうかというころ、口をはさんで…もとい絵里のフォローをしてくれたのは紅薔薇さまだった。
「…私はお姉さまより遅刻なんてしません。お姉さまにそんなことを言う権利、ないと思いますが」
一瞬むっとしたように、しかし強く言い返す亜弥。
しかし紅薔薇さまは軽くかわす。
「だから座って、絵里ちゃん」
「はぁ…」
仁王立ちしている亜弥の脇から紅薔薇さまをみつめながら、絵里は曖昧にうなずく。
亜弥さまをさしおいてそんなわけにはいかない。
- 401 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:49
- 「いいからさ。
…それより、話してたって誰と?」
「あの…」
一瞬迷いつつ、正直に言う。
「ちょっと、ひとみさまと」
優雅にお茶を飲んでいた黄薔薇さまが、絵里に視線をむける。
「…あら、どうして?」
- 402 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:50
- 「知らないんですか、黄薔薇さま。
ひとみは絵里に姉妹の儀式を申し込んでたんですよ」
さっきより不機嫌そうに、しかし意外なことに文句は言わずに亜弥が席に着く。
そして絵里に「早くしなさい」とつぶやく。
座っていいのだろうか。こそこそと亜弥の隣の席に腰を下ろす。
「…そうなの」
カップを手でつつみながら、うなずく黄薔薇さま。
うつむいて何か考え込んでいるようだった。
「案外、ひとみってそういうとこカッコつけたいんですかね。
黄薔薇さまに言わないなんて」
首をかしげながら亜弥が言う。まだ笑顔はないが、不機嫌というわけではないようだった。
もともと仲がいい姉妹の二人で、従姉同士。
そういう相談をひとみをしないのだろうか。
「梨華ちゃん離れのつもりかね」
おもしろそうに紅薔薇さまも言う。
- 403 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:50
- 考えていると、眉をひそめたあさ美と目があった。
文化祭が片付き忙しさにひと段落ついたとたん、浮かび上がってくる『黄薔薇不仲説』。
自分が亜弥と仲たがいしてしまったら、誰かに助けて欲しいと思うだろうか。
亜弥を思わず眺める。
もともと下級生である絵里にできることなんてほとんどないし、言わないのは当然なのかもしれないのだけど。
ふとひとみを思い出してみる。
『誰かにみつけてほしかったかもしれないんだ』
「絵里」
絵里が流してしまった一言、あれにはどういう意味があったのだろうか。
「絵里ったら」
一年生の絵里は、ひとみさまに何もしてあげることができない。
それでも、弱音を言わずにはいられなかったのだろうか。
どうすれば、よかったのだろうか。
「絵里」
「は、はい」
呼ばれていることに気づいて慌てて答える。
亜弥が怪訝そうな表情をしていた。
- 404 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:51
- 「どうしたの、じっとこっち見て。
ちゃんとあなたにも仕事があるのだけど…」
「い、いえ…。はい、もちろんやります。なんでしょう」
「妹にべったりね、亜弥ちゃん」
先ほどの復讐とでもいうように、黄薔薇さまがからかうような調子で笑う。
「仕事をいいつけることの、どこがべったりなんですか」
「だってあなただって、絵里ちゃんをずいぶんみてじゃない」
黄薔薇さまが言えば、
「そうそう」
紅薔薇さまも組んだ手の上にあごをのせながら続ける。
「さっきだって、絵里がこないーって。足音がした瞬間、席をたったからね」
「梨華さま! お姉さま!」
心なし顔を赤らめて亜弥が怒鳴る。
反応に困ってしばらくその様子を眺めていた絵里だが、紅薔薇さまに微笑まれて思わず微笑み返す。
ささいなことだけれど、亜弥が絵里を気遣っていてくれたのだ。
- 405 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:51
- 『亜弥はね、文化祭の日…廊下で私に何て言ってきたと思う?
私は妹欲しかったから申し込んだ…って正直に言ったんだ。
でも亜弥は、そんな中途半端な気持ちで絵里を妹にしようと言い出したなら許さない、って。
私は絵里だから妹にしたいんだって。
絵里だって私のほうがいいにきまってるって。
どこからくる自信なのかね、あれは』
- 406 名前:タンポポの章 投稿日:2005/05/22(日) 11:52
- お姉さまがたまたま山百合会の住人だっただけ。
こんな自分のどこがいいのかはわからないが、亜弥さまはきちんと絵里自身を認めてくれていた。
もちろん、妹が欲しかったひとみが絵里を選んでくれたのもうれしい。
でも、『絵里だから妹にしたい』と誰かが思ってくれているなんてやっぱりうれしい。
すごく幸せだと思うのだ。
やっぱりおめでたいだろうか。
- 407 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/24(火) 08:34
- 大量更新乙です
気晴らしマイ最高
- 408 名前:TY 投稿日:2005/05/24(火) 15:04
- また、どおっぷりと作者様の世界に浸らせていただいています。
優しくて、切ない物語の行方にもうどうしていいのか(オイ!)
絵里は幸せになっていくのかな?
れいなは?亜弥様は?
うーん、三人の行方も本当に楽しみだし
麻琴ちゃんの想い人にも気にかかるし
どうか、みんなにマリア様のお導きがありますように!
- 409 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/02(木) 01:59
- もう書けない。適当にうちきろう。
…などとスランプにおちいっていたのですが、読者さまからのレスを読んだとたん復活しました。
のらりくらりとですが、頑張っています。
もう少しおつきあいください。
>>407 名無し飼育さま
レスありがとうございます!とてもうれしいです。
気晴らしになりますか?
とてもうれしいです。
大量更新、頑張れたらいいのですが…。
>>408 TYさま
浸れるような世界、ありますか? そう言ってもらえると幸せです。
切ないという感想は初めていただいので、思わず自分で読み直してしまいました。(爆)
レスありがとうございます。
この先、少しだけ登場人物の関係が変わっていきます。ぜひまた意見を聞かせてください。
- 410 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:00
- + + + + + +
「今日のひとみさま、おかしかったわ」
部活の帰り道。同級生3人で並んであるいている最中、1人がつぶやいた。
「いわれてみればそうだったかもねぇ」
なるべくのん気に聞こえるように麻琴は答える。
- 411 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:01
- 文化祭の翌日。
自ら頼んで山百合会の仕事を手伝わせてもらっていた麻琴が、珍しくフルタイムで部活に出た日だった。
『反省会が明日あるから、ぜひおいで』
携帯電話にあさ美からメールがきていたが、気がつかなかったことにして今朝の活動には参加しなかった。
麻琴は日ごろから電話を持ち歩いているわけではないからその言い訳はじゅうぶん通る。
学校側は生徒の携帯電話所持にあまりいい顔をしない。
が、保護者から「女の子を一人で歩かせるのは不安」だという要望もあり、学校ではけして鞄からださず電源を切っておくことを条件に許可している。
基本的にはお嬢様ばかりが集まっている学校、そのルールはきちんと守られていた。
麻琴も親から携帯電話をもたされているが、家が近く、校則があるため学校の友達から昼間ほとんどメールがこないこともあり、普段は机に上に置きっぱなしだった。
- 412 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:01
- そうよ。
ひとみさま、いつもはあんなに怒鳴ったりなさらないわ」
同級生は相変わらず不満そうだ。
そう。
山百合会に集まりに参加しなかった麻琴は今日初めて部活でひとみに会ったのだが…。
『ほら、もっとちゃんと動いて! そこ何やってるの!』
冷静に、時に笑いをまじえながら優しく後輩を指導していたひとみ。
今日のように怒鳴り声をあげながら、一言のフォローもない態度は少しおかしかった。
「きっと虫の居所が悪かったんだよ」
しかし、同級生たちに愚痴を言われたところで麻琴にも原因はわからない。
当たり障りのないことを言って話題を終わらせるつもりだったのだが…。
「やっぱり絵里さんのせいなのかしら」
同級生はどうしても何か理由を探したいようだった。
1人がいう。
「ひとみさま、絵里さんに妹になる話を断られただけじゃなくて…。
これから同じ山百合会で活動していくんですものね」
もう1人も、うなずいた。
「麻琴さんはお手伝いをなさっていたじゃない。
何かご存知?」
好奇心に満ちた目でみつめられる。
- 413 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:01
-
『まこっちゃんはさ、亀井絵里さんがくるまではひとみさまの妹候補NO1だったじゃない。
今の気持ちとかどう?』
昼休み。
初等部からの知り合いである新垣里沙は、麻琴を無理やり新聞部の部室に連れ込むとぶしつけな質問をぶつけてきた。
『どうって…別にどうも。
結局、絵里ちゃんはひとみさまの妹じゃないし』
『じゃあさ。
まこっちゃんからみた絵里ちゃんはどんな子?
まこっちゃんがこの先ひとみさまの妹になることはありえそう?』
里沙に悪気はない。
無邪気に気になることを聞いているだけで、山百合会の今後・新人の性格は読者のニーズなのだろう。
小首をかしげている友人に、麻琴はため息をついてみせた。
『絵里ちゃんは普通の子だよ。
私を妹にしたいかどうかはひとみさま次第じゃないのかな』
- 414 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:02
- 『じゃあ、まこっちゃんはひとみさまの妹になりたい?』
それは先日、ひとみに聞かれたことでもあった。
少し笑顔がひきつる。
里沙は何も気づいていないだろうが、作業をしているふりをしながらずっとこっちを気にしている先輩にはばれたくなかった。
辻のぞみ。
中学では同じバレー部に所属していたのだが、友達に誘われて関わってみた新聞作りがおもしろかったとかで乗り換えてしまった…らしい。
ぱっとみ幼くみえる容姿を持っているが、なかなか油断ができない。
『…今はなりたくないよ』
何とか声をしぼりだす。
それをどう解釈したのか、里沙はそれ以上つっこんでこなかった。
- 415 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:03
-
「ね、麻琴さんってば」
ふとわれに返る。
同級生たちが不思議そうに麻琴をみつめていた。
その無邪気さが、妙に気に障った。
「私は手伝いだもん、よくわかんないよ。
絵里ちゃんが亜弥さまの妹になったっていう事実を知っているだけ」
邪険に答える。
しかし同級生はめげなかった。
「うわさは本当なのかしら…。
絵里さんがひとみさまも亜弥さまもたぶらかして、二人を争わせたって」
本気で憂えている様子だ。
「たぶらかしたぁ?」
上品な言葉遣いとはあわない言葉を、麻琴はすぐに否定する。
「そんなことあるわけないじゃない」
「でも麻琴さんは、絵里さんが亜弥さまの妹になったって事実しか知らないのでしょう。
もしかしたら…あったのかもしれないわよ」
2人はうなずきあっている。
麻琴は思わずげんなりとした。素直な彼女たちには、嫌味すら通じないのだった。
- 416 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:03
- 亀井絵里が先輩2人をたぶらかす。
そんなことをする意味はないし、絵里にできるとも思わないし、第一そういったそぶりをみせていた様子はない。
噂は完全に否定できる。
- 417 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:03
- しかし翌日から気をつけて様子をみてみれば、確かに亀井絵里は文化祭前に比べてどことなく孤立しているのだった。
絵里はもともと親友がいるようなタイプの子ではなかったが、当たり障りなくクラス全員と付き合っていた。
今は容赦ない視線や噂が絵里を襲っていて、事務的な用事すら果たすのは難しそうだった。
- 418 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:04
- 「どうしたの、何か寂しそうじゃん」
放課後の教室で、1人掃除日誌を書く絵里に声をかけたのは文化祭終了後3日目だった。
自分の掃除を終わらせ、鞄をとりにきたのだが…同じ教室の掃除当番のクラスメイトは、絵里を待っていなかったのだろうか。
麻琴に声をかけられたことに、絵里は明らかに驚いた様子だった。
すこし目を見開き、口を軽く開け、慌てて閉じ、それから短く答えた。
「別に。
私は、部活してないし」
麻琴に対して虚勢をはりたいのだろうが、軽いパニックにおちっているのが手に取るように分かる。
「山百合会の活動は?」
「今日はないんだもの」
また黙り込み、日誌に向かっている絵里。
もう教室に用事はなかったが、立ち去りかねて麻琴はそれをじっと見る。
「…何か?」
眉をひそめて、しかし不快というよりは不安そうに尋ねる絵里に提案をする。
「ね、一緒に帰らない?」
…それは、絵里を遠ざけた時と同じぐらい唐突にやってきた衝動だった。
- 419 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:04
- 校門からでると、ちょうどバスが立ち去る背中がみえた。
「行っちゃったね…」
ほとんど会話をしてない空間が気まずいのだろうか。
絵里がつぶやく。
「そうだね」
麻琴は軽く答える。
何か話したいことがあるわけでもない。絵里と違って、沈黙が重いとも感じていない。
しかしちょうど噂の2人が黙って並んでいるためだろうか。
1年生からは少しずつ注目が集まっている。
それはすこし気まずかった。
「バスで15分って、歩いたらどのぐらいかな」
最寄り駅まで、15分。
すいている時間だともっとスムーズに行くこともあるが、それが平均的な時間だった。
「さぁ…30分とかかな」
絵里が答える。
バスからの景色を思い出しているのだろうか、何もない宙をみつめている。
「30分なら歩けるよね。
いこ」
すたすたと麻琴は、バス停に立ち止まるのをやめ歩き始める。
絵里がついてくる気配がした。
- 420 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:04
- 「ちょ、ちょっと。本当に30分かどうかわかんないよ?」
「それでもいいよ」
振り返らず、まっすぐ。
このまま車道を歩いていたら目立つだろう。
どこかで一本裏の道に入りたい。
「それに、疲れちゃうと思うし」
「別に、今日なにもないし」
適当な路地を曲がる。
静かな住宅街に入る。古い家が多く、ほとんどが一戸建てで庭がついている。
「そ、それに。
私まだ歩くって言ってないし!」
絵里が叫んだときには、すでに2人して路地に入りきっていた。
「…じゃあやめとく?」
一応、足をとめて振り向く。
「う、ううん。いいけど」
慌てたように絵里も立ち止まる。
何も考えずについてきたのだろうか。そして、否定もできていない。
こんなすこしずれた子にたぶらかされたんだとしたら、相手もすごい。
- 421 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:05
- 駅だと思われるほうに向かって、適当に麻琴は進む。
絵里もおとなしくついてくる。
「絵里ちゃん、もっと友達を作ればいいのに。
そうしたら変な噂なんて流れないと思うのに」
30分で駅にたどりつけそうな気配はなかった。
バスが通っている大通りをずれたせいかもしれない。
かれこれ20分は歩いているのに、学校最寄駅の建物は見えてこない。上品な住宅が並んでいる。
たっぷり30センチは距離をあけて、麻琴の半歩ぐらい後ろに絵里が続ている。
最近は部活がどう、とか。
文化祭でのクラスの出し物の成功とか。
適当な会話をぽつぽつしただけでほとんど無言だった…のだが。
ふと麻琴は思いついたことを言ってみる。
- 422 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:05
- 絵里は隣で眉を大げさにひそめる。
「なに、それ」
言葉自体は絵里への好印象がでたものだった。
もっと絵里の性格を知っている人が増えれば、本人像からかけはなれた噂などでてこないだろうにと。
しかし、露骨な反応をみるとおもしろくなってくる。
「なにって、一応忠告…なのかな」
「余計なお世話」
小川さんなんかと一緒に帰らなければよかった。
とか、考えているんだろうか。
実際、道に迷った今は絵里がそう考えていても無理はないのだけど。
絵里が怒っているのではないかと思っても、不思議とあせりはわいてこない。
雰囲気をかえる何かいい話題はないかと探していると、隣でぽつりとつぶやく声がきこえた。
「…だって、作ろうと思ってもできないんだから仕方ないじゃない」
- 423 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:06
- 思わず絵里を振り返る。
うつむいたまま目をふせていて、麻琴の視線に気づいた様子はない。
ただ、静かな場所だから聞き取れる程度の声量で絵里は続ける。
「すっかりクラスでもグループができてたし。
私、仲間はずれにされてたわけじゃなかったけど、どうしても入っていけなくて。
そのうち、頑張るのに疲れちゃって。
だんだん今の環境に不満がわいてきて…そのぐらいだったら、少しぐらい距離があるままでいいかなって」
面とむかっての弱音。
何を考えて、絵里がまだきちんと仲直りしたわけではない麻琴にそれを言ったのかはわからないが…。
適当ではない答えを返そうと、麻琴は少し考える。
- 424 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:06
- 「…多分、絵里ちゃんは自分から壁を作ってるんだよね」
慰めるような響くをこめずに、指摘する。
言ってから、強く聞こえるかもしれないと気づく。
「…壁?」
「うん、壁。周りじゃなくて絵里ちゃんの気持ちじゃないかな。
亜弥さまとか、ひとみさまとか、壁を打ち破ってきてくれた人とはうまくいってるけど。
でもそういう人ばっかりじゃないでしょ」
話しているうちに、自分でもわりとよく気づいたのではないかと思う。
うまくまとまってはいないが、絵里が周りに自分から壁を作っているという答えは間違ってはいないはず。
歩きながら、しばらく絵里は考えている様子だった。
「私の気持ちのもちようってこと?」
「かな」
わかったのかわかっていないのか、曖昧にうなずく絵里。
あまりアドバイスにはなっていないが、それ以上絵里は会話をもとめてこなかった。
- 425 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:06
- 「…それにしても、本当。
いつまでたってもつかないねぇ」
学校をでてすぐ住宅街の路地に入り、駅のほうだと思われる大通りにそった道をまっすぐ歩く。
気がつくと、大通りの気配が感じられず…ずいぶん奥に入り込んでいた。
路地から駅を目指すことをあきらめて、まずはバスも走っている大通りへ出ようと方角をかえたのだが、それが間違えだった…ようだ。
どこかでつながってはいるのだろう。
しかし、気がついたらどこにむかっているのかすっかりわからなくなっていた。
いまさら引き返すよりは、どこかにたどりつくのを待った方がいいだろうと2人は歩き続けている。
まがりなりにも都内、どの駅にもたどり着けず帰れなくなるということはないだろう。
麻琴は楽観視していたが、30分以上もあてもなく歩けば疲れてくる。
- 426 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:07
- 「ちょっと、コンビニで休憩しない?」
住宅街の一角にあらわれた見慣れたチェーン店を指差して麻琴は提案する。
こういう店があるのだから、案外駅まで近いのかもしれない。
寄り道は原則的に禁止されているが、麻琴はそれほど守っていない。
学校の最寄り駅からさらに自転車で数十分のところに家がある。
本の発売日など、ちょっとした買い物にはどうしても最寄り駅を使うことになる。
さっさとドアの前まで歩み寄る麻琴の後ろから、やっと絵里の返事が返ってくる。
「…買い食い?」
さっきの話について考えていたのだろうか、少し反応が遅い。
たぶん絵里が思っているほど麻琴の指摘に意味があったわけではないだろうが、わざわざ考えることをとめるほどではない。
何もつっこまず、質問に答える。
「確かに、ほしいのは食べ物だけど…」
- 427 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:07
- 「私、制服で買い食いってしたことない」
困ったように首をかしげながら、自分の胸元を眺める絵里。
麻琴もつられたように、自分が着ている人形がきるような制服を見下ろす。
「じゃ、挑戦だよ」
ちょっと肩をすくめてみせると、店内に入る。
何もすごいものを買うわけではない。汚したりはしないだろう。
絵里は予想を裏切ったが。
「ソフトクリーム…ねぇ」
「季節限定だったから」
ぺろぺろと紫色のクリーム(巨峰らしい)をなめながら、絵里は答える。
本格的に食べ歩きだ。
寒くないのだろうか。
コーンポタージュスープをすすりながら、やはり半歩後ろの絵里をじっと見てみる。
- 428 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:08
- 無邪気に、溶けてたれてくるクリームを気にしている。
わりと可愛いと思う。嫌いではないと思う。
絵里が顔をあげたため、目が合う。
びっくりしたように瞬きする絵里に、なぜか気まずい気持ちが芽生える。
麻琴はとりあえず会話を作る。
「そういえば最近、幼馴染の子とはどうなの?」
「…れいな?」
「って、名前だったみたいだけど」
聞かれても困る。
言外ににおわせたのだが、絵里には通じなかったらしい。
ため息をつく気配がする。
「喧嘩しちゃったんだよね」
「喧嘩?」
そういうタイプには見えないが、わりと好戦的なのだろうか。
自分との喧嘩は麻琴からしかけたことは忘れて思う。
- 429 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:08
- 「っていうより、私が一方的に怒ってたんだけど。
何か…むかついちゃって」
話すからにはつっこんでほしいのだろうか。
律儀に麻琴は返す。
「なんでさ?」
「れいなが、私の許可をとらないで、私があげた文化祭のチケットをほかの人にあげちゃったの」
私が2回でてきたな、とふと麻琴は思う。
「ほかの人って、れいな…ちゃんの友達?」
「そう」
言っているうちに、自分の怒りの動機に不安になったのだろうか。
絵里がつけたすように言う。
「別に、それだけなんだけど。…疲れてたのかな」
- 430 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:09
- 「ふぅん」
自分の親友が、ほかの友達と仲良くするのはあまりおもしろくない。
女子特有の独占欲が麻琴にはとてもよくわかる。
あまり絵里は自分の怒りの動機に気づいていないようだが。
「謝ったほうがいいの、かな」
「なんて」
なんとはなしにふった話題が、ふくらんで面倒なことになった。
そう思いながらも、悩みに親近感がわいた麻琴は絵里の話を流す気にはならない。
「…なんて謝ったらいいんだろう」
絵里が立ち止まってつぶやく。
喧嘩は深刻なのだろうか。麻琴にはわからない。
つられて立ち止まったまま、提案してみる。
「謝るんじゃなくて、話に行けばいいのに」
- 431 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:09
- 「…話に?」
「不満だったんだよって。
そういうの重いっていわれるか、自分たちの友情に感激するかはわからないけど…。
このまま距離をおいてても仕方ないじゃん」
冷たいだろうか。
亜弥だったら、ひとみだったらなんてアドバイスするのだろう。
ふと考える。
どうして2人がでてくるのだろう、絵里がらみだからか。
- 432 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/02(木) 02:11
-
絵里も、もちろん麻琴が何を想っているかなど知らず考え込んでいるようだった。
が、何気なく顔をあげると麻琴の斜め後ろを指差してつぶやく。
「あれ、駅ビルじゃない?」
子供用三輪車がおいてある、古い家の屋根の隙間から…見慣れたビルがのぞいていた。
空はほんのりと夕焼けに染まっている。
もうすぐ本格的に紅くなるだろう。その時間に外にいるのは、久しぶりだった。
溶けた絵里のソフトクリームは、幸いなことに流れださなかったが…。
コーンをふやかしながら、隙間で液体になってゆらゆらとゆれていた。
- 433 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/02(木) 02:12
- 以上です。
一週間以内に、この程度の量の更新をもう1回するのが目標えす。
- 434 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/02(木) 02:19
- 一応、物語に必要な部分だったのですが…。
こんなシーンばかりで読者の方が飽きてしまわないか心配です。
もう少し次は展開を作るつもりです;
- 435 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/02(木) 17:09
- 麻琴はこれからどうするのかなーとか考えて読んでました。
作者さんの文章、さりげなく癒し系な感じがしてすごく好きです。
- 436 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:39
- 夢を見ていた。
たいした意味はないと思う。夕方の住宅街を誰かとふらふら歩いている。
昨日あったことを無意識に思い出していたのだろう。
隣にいたのが誰だったか、もやがかかっていて起きてからはどうしても思い出せない。
すっかりあたりは明るくなっていた。いつもより2時間も早い。
ごそごそと、麻琴は体を起こす。
普段はあまり寝起きがいいわけではないが、一度目がさめたのだから行動しないともったいない。
制服に着替えてからベッドに腰掛けて文化祭時の写真を物色する。
昨日、現像してきてくれた母親にもらったまま置いてあったものだ。
満足できるものがあったら机の上に飾ろうと思って、写真たてまで用意してあった。
分厚い写真の束を一枚ずつめくっていく。
クラス実行委員の子が数人、あさ美と絵里、麻琴の山百合会(手伝い)メンバーがうつっているものでふと手がとまる。
選び出して、のけておいた。
- 437 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:40
- 朝の校舎は、まだ電気がついておらずに静かだった。
窓から淡く照らされているだけの暗い更衣室で、制服を着替える。
明かりをつけてもいいのだが、なんとなく目立ってはいけないようで気がとがめる。
自主的に練習するのは初めてではなかったが、誰もいない校舎でこそこそと準備するのは忍び込んでいるようで落ち着かない。
周りには誰もいない。
はずなのに、体育館からは明かりがもれている。
- 438 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:40
- 「おはよう、麻琴」
まるで麻琴が来るのが当然だったかのように、彼女がそこにいるのも当然だというように、ひとみに声をかけられる。
部活のユニフォーム姿の麻琴は、体育館備え付けの時計を見上げる。午前7時半。
誰もいないためにどこか寒々とした空間に、バレーボールがいくつか転がっている。
ひとみが打っていたのだろうか。
「ひとみさまって、朝練とかなさる方でしたっけ?」
大会前など、大きな試合がある場合には学年ごとに集まって練習したりした。
部活動と自主的な集まりの違いは、顧問がつくかつかないかだけ…よほどでない限りはほとんどの生徒が参加する。
のだが、そういった強制ではない集まりにはほとんどひとみは出てこない。
『黄薔薇さまと、いつものように登校していらっしゃるのをみかけたわ』
同級生が不満そうにもらしていた。
しかし、依然として部内でも一・二を争う実力者であるひとみには誰も面と向かって文句を言わない。
当然のように疑問の声がもれてしまったのだが、後輩としてあまり礼儀正しくない態度だと麻琴はすぐに気づく。
「あ、おはようございます」
付け足すように挨拶をすると、ひとみがあきれたように笑うのが見えた。
「…今日はね、たまたま。
そういう気分だったから」
「偶然ですね、私もですよ」
ひとみと話したいと思っていたから、ちょうどいい。
何を話すのかまではまとまっていないのだが…。
- 439 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:41
- すでにネットは張ってある。
適当に落ちているボールを使って、麻琴は大きくサーブを打った。
誰も拾う人間がいないまま、コートをバウンドして落ちていく。
「ひとみさま。
絵里ちゃん、最近孤立してるんですよ」
ぽろりと言葉がもれた。
「…そう」
曖昧にうなずくひとみ。
それは、麻琴が期待していた反応ではなかった。
2個目のボールを拾い上げようとしていた手をとめて、ひとみに向き直る。
「どうしてだかわかります?」
「噂がたってるからでしょう」
あまり話したくないというように眉をひそめていたが、ひとみに立ち去ったり会話を切り上げたりする気配はなかった。
- 440 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:41
-
「撤回、してあげないんですか」
声が体育館に響く。
おせっかいは承知だが、絵里が何の対策も打とうとしないから。むかつくから。
適当な言い訳をつける。
「どうやって撤回しろって? だいたい、そういうことは姉である亜弥に言うべきじゃないの。
私は絵里ちゃんに何も言われてないし」
普通ならそうだ。しかし、絵里は誰にも何も言っていない。
「亜弥さまにも相談しにいくつもりです。
今はひとみさまに同情が集まってますから…。
文化祭時の『騒動』の顛末を説明する役割にはひとみさまが一番いいんです」
言っていて、少しひどいかもしれないと自分でも思う。
けれど、絵里と姉妹になれなかったことで落ち込んでいる気配がひとみにはないから。
どうやって、の部分を最後につけたす。
「新聞部でも何でも使って」
「新聞部は苦手なんだよね」
即答されて、なぜか胸がむかむかした。
絵里は追い掛け回されているのだというのに。
どうしてそのことでむかつくのか、そこまでの分析は麻琴にはする余裕がない
- 441 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:42
- 「…じゃあ、どうするんですか」
「別に。噂なんて続かないものだし、なるようになるよ」
そのまま、今度こそは背を向けて歩いていくひとみ。
いつものひとみが、こうやって誰かを見捨てたりするだろうか。
どこかおかしいと思う。
しかしそれ以上に麻琴は怒りをおさえられなかった。
「最低です!」
思わず自分で思った以上の声が響き渡る。その声の余韻に、少し罪悪感がわいてくる。
静かにひとみが振り向いた。
「…上等じゃねーかよ」
低い、しかし完全に怒っているわけではない声。
- 442 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:42
- 一瞬息をのんだ麻琴だが、ひとみの姿がみえなくなるとまた落ち着かなくなる。
確かに少し無理をいったかもしれない。
けれど、実際に孤立している人間のことを『なるようになる』で流してしまってもいいのだろうか。
仮にも上級生か。
絵里が亜弥との妹問題を抱えていると知りながら申し込んで、話を複雑したひとみが。
このことに関しての詳しい事情を麻琴は知っているわけではない。
ただ、絵里が自分からひとみに姉妹の問題をふっかけたりするわけがない。
それが麻琴の解釈だった。
「っていうか、ここ片付けるの私なんですか?!」
誰も答えてくれないのを承知で、言葉を吐き出す。
いらいらしたついでに、足元にあったボールを拾い上げ、そのまま壁に向かって力任せに投げつける。
大きな音が響いて、麻琴の気持ちを代弁してくれた。
- 443 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:42
-
「なんだか不機嫌みたい」
登校してきたあさ美の、第一声がそれだった。
「それに今日は早いんだ、まこっちゃん」
ぱらぱらとページをめくっていた図書館の本から顔をあげて、あさ美をにらみつける。
そうするつもりはなかったのだが、感情をきりかえられないのだ。
「ど、どうしたの…」
感情がひいているのを素直にあらわして、2・3歩後ずさりしながらあさ美が言う。
「ちょっとね、おはよう」
それには答えずに、大きく息を吐き出す。
こわばった顔を指でつねったりのばしたりしていると、あさ美がほっとしたように荷物をおろすのが見えた。
絵里の孤立に、あさ美は多分気づいていない。
あさ美自体、あまり友達がいるほうではないし、いじめられるタイプでもないだろうから。
- 444 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:43
- 「最近は、山百合会の活動に来ないのね」
しかしあさ美は、今の麻琴の不機嫌さには当然気づき、どうにかしてくれようと思ったらしい。
間をもたせるためだろうが、あまりよろしくない話題をふってくれる。
「…もともと、文化祭までの約束だったし」
「そっか。
お姉さまが残念がってたよ。もしよかったら、またきてみてよ」
お姉さまが。
白薔薇さまが。
どうして後藤真希が麻琴のことを残念がるのか、そもそもどのようなコメントをしたのか。
とても気にはなったが、それ以上あさ美に追求する気にはなれなかった。
麻琴にとって、もっとも自分のことを気にしてほしくない相手だから。
- 445 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:43
- 「おはよう、あさ美さん麻琴さん」
「おはよう」
ちょうどクラスメイトが教室に入ってきたのを幸いに、麻琴は会話を切り上げる。
図書館の本をしまい、授業の予習をはじめてしまう。
あさ美も、何か文庫本を読み始めたようだった。
集中できないまま英単語の上に目を落としていると、軽くドアをあける音が聞こえてくる。
なんとはなしに振り向いた麻琴は、(本人は知らずに)渦中の人物である亀井絵里と目が合う。
「お、おはよう」
小さな声でつぶやき、そのまま通り過ぎる絵里。
よく考えて行動したわけではなかったが、何かに喧嘩をうるような気持ちで麻琴は言う。
「おはよう、絵里ちゃん」
- 446 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:43
- なぜか声は教室によく通った。
朝のざわめきに満ちていたはずの部屋が、なぜか急に沈黙する。
こういう現象を『天使が通った』と表現した人が前に居たような気がする。
けれど、この場合は明らかに個々の意思だろう。
体をこわばらせる絵里に、一瞬、申し訳ないような気持ちがわいてくる。
けれど、その気持ちが育ちきる前に麻琴よりもっとよく通る声がする。
「あぁ、絵里ちゃんおはよう」
高橋愛だと、すぐにわかった。
「おはよう」
おっとりと、何事もなかったかのようにあさ美も言う。
「おはよう…」
絵里が返すと、教室のあちこちから続くように軽い挨拶が聞こえてくる。
彼女が席につくころには、すっかり元通りの雑音があふれていた。
- 447 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:44
- クラスの皆を変えようとか、薔薇のつぼみたちを助けを求めようとか、そうじゃなくて自分が接してやればよかったのに。
自然に肩の力を抜きながら麻琴は当たり前の答えにたどりつく。
当然のように絵里を助けてあげるのは気に食わないが、自分を助けようとしないまま孤立していくのを見ているのはもどかしい。
自分がむかつくから、やるのだ。
絵里のためじゃなくて。
- 448 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:44
- + + + + + +
「今日は、活動がない日だから。まっすぐ帰りなさいね」
わざわざ、昼休みに亜弥が言いにきてくれた。
「はい」
いつもだったら、あさ美に言伝されるのに。
お弁当箱の包みをかかえたまま絵里は首をかしげた。
今日も裏庭で、あさ美と麻琴と微妙な空間を抱えながら食事をした帰り…だった。
教室の前に亜弥がたっていたのは。
「私、今日はちょっとクラスで用事があって…。
だから一緒に帰れるわけじゃないけど、寄り道はあまりしないのよ」
次の亜弥の言葉は、絵里の予想を超えたものだった。
少し首をかしげて考える。
「はい、まっすぐ帰ります」
しかしすぐに笑顔をつくってうなずくと、亜弥はちょっと笑い返してくれてそのまま歩いていく。
最近は、山百合会の活動のおかげで帰りはいつも亜弥と一緒だったから。
今日は一緒に帰れないよってわざわざ言いに来てくれたのだろう。
心配してくれたのだろう。
亜弥に優しくしてもらって、少しほわんとした気持ちになる。
なぜだか少しだけ泣きたくもなった。
- 449 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:45
- 「今日、9時からみたいドラマがあるんだよね〜」
「あ、私もみてる! あれでしょう…」
特に。
クラスメイトから無視をされたときなんかに、思い出すと。
掃除日誌を記入しはじめた絵里を当然のように放ったまま、同じ班の子たちが話しながら教室を出て行く。
掃除が始まってから一度も口をきいていない。
まるで見えないかのように扱われた。たぶん、班の子の一人はバレー部…ひとみさまのファンなのだろうか。
窓の外は、よく晴れている。
「がんばら、ないと」
つぶやいて、日誌にむかう。
- 450 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:45
- れいなともしばらく話してなかった。
あれ以来、朝も会わないし放課後に遊びに行くこともなくなった。
れいなからやってはこないし、部屋に行くタイミングもつかめない。
ただ、たまに。
部屋にいるときにさゆみの声が聞こえてくるときがある。
絵里とは会わないけれど、さゆみとは会っているのだと知りたくはなかった。
ため息は飲み込んで、日誌の『チームワーク』の欄に○をつける。
「どうしたの、寂しそうじゃん」
…小川麻琴が、教室の入り口に立っていた。
- 451 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:45
- 『そういうの重いっていわれるか、自分たちの友情に感激するかはわからないけど…』
バスの窓からぼんやりと外を見ながら、絵里は麻琴の言葉を考える。
歩きつかれた足が、座れたことでじんじんとほぐれていくような感触だ。
自分の停留所につくころには、バスから離れたくなかった。
乗り過ごすのも面倒くさいので仕方なく腰をあげる。
れいなを訪ねていくべきだろうか。
しかし、そこで何を話せばいいのだろう。
このまま絵里が我慢しているのが、一番傷つかないですむ方法ではないだろうか。
夕焼けと紺色があわさったような不思議な空をしていた。
山百合会の活動が終わるころにはすっかり暗くなっているから、久しぶりだ。
もう少しで家につく。
自分を励ましながら路地を曲がる。
しかし、自分の家がみえてきたとたん疲れがふきとんだ。それ以上に驚いたから。
- 452 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:46
- 誰かが立っている。
以前は亜弥だった。
しかし紺色の制服と黒い髪で、すぐに違うとわかる。れいなだろうか。
しかし、シルエットがれいなよりやわらかい。
「道重…さゆみ、さん」
相手に聞こえないように小さくつぶやいたつもりだが、彼女は絵里に視線を合わせて微笑んだ。
黒目がちの大きな目。
彼女がたっているすぐ後ろにある、表札を確認する。
『亀井』
自分は間違えていない。
さゆみの側をすり抜けて玄関に向かう。
「それはないと思うの」
しかし、さゆみにそう言われ一応立ち止まる。
「待ってたのに、今日は遅いのね」
間違いなく、絵里に話しかけているような様子だ。
- 453 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:47
- 「…いろいろしてたから」
ドアノブをつかみかけていた手を離して振り返る。
さゆみの後ろに長い影が伸びていた。日本人形みたいな美少女が、自然に微笑む。
絵里も、自分の顔が嫌いじゃない。
でもたぶん、可愛さのオーラはさゆみのほうが強いんだろうと場違いに考える。
「ところで、なに。どうしたの?」
さゆみに今、心を読まれたら嫌だ…などと非現実的なことを考えながら聞く。
「ちょっと、絵里と話したくて」
首をかしげて言う。邪気はぜんぜん感じられない。
さゆみと2人きりで話すのは初めてだから少し考えたが、拒否するほどではない。
珍しくドアには鍵がかかっていたので、開けてから振り返る。
「じゃ、あがって」
「別に、さゆはここでいいのだけど…」
遠慮したような物言いに、眉をひそめる。
「私が寒いの」
どうしてもさゆみにたいしては邪険になってしまう。
初対面の時からそうだった。
ろくに話もせず、逃げ出した絵里。
それをどう思っているのかはさゆみの態度から読めない。
今の物言いにも怒った様子はなく、軽くうなずく。笑顔は消えていたが、全体的に雰囲気はやわらかかった。
「じゃあ、遠慮なく。…お邪魔します」
- 454 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:47
- 母親は留守のようだ。
夕食のカレーだけしっかり作りおかれている。
「私の部屋、階段あがってすぐだから。ちょっとくつろいでて」
案内するべきだとは思ったが、お茶をだすのも礼儀だろう。
階段を往復したくなかった絵里は適当に部屋の場所を教える。
暗い台所から、買い置きしておいた駅前にある好きなクッキーブランドのお菓子と、お湯をわかして簡単に紅茶を入れる。
そしてお気に入りのトレーにきれいにお皿を並べて運ぶ。
絵里の家に来るのは初めてのはずなのに、ちょこんとこたつに入ってさゆみが『くつろいで』いた。
しっかり電気もついている。こたつの電源も入っているのだろう。
こたつは冷え込んできたからと、昨夜だしたばかりだった。
お気に入りのピンクのコタツ布団に最初に入ったのは部屋主ではなくさゆみ。
なんとなくむっとするが、なれなれしいだけで別にさゆみに非があるわけではない。
なれなれしいだけで。
お菓子とお茶をさゆみの前に並べると、自分はベッドに腰掛けてクッキーをかじる。
ぽろぽろとかじりそこねた破片がベッドに落ちるが、絵里はみないふりをする。
「それで、どうしたの?」
- 455 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:48
- クッキーにかじりつこうとしながら、さゆみが目をぱちぱちとさせる。
目的を忘れていたのだろうか。しかし、すぐに持ち直したようだった。
「絵里、れいなとどうしたんだろうと思って」
直球。
自分の表情がちょっと変わるのが分かった。
「別に…どうもしないけど」
「文化祭でのれいなを怒ってるんだよね」
それをさゆみが言うのか。
よく考えると、チケットを譲与するのを決めたのはれいなであってさゆみではない。
なぜかさゆみにたいしてもいらいらしていたけど。
「別に、怒ってないけど」
誰の目にも明らかだと思われるうそをつく。しかし、さゆみは否定しなかった。
「そう…」
一枚目のクッキーを食べ終えたさゆみが、紅茶に手を伸ばす。
ティーバックでおざなりに入れたお茶なのに、さゆみが上品そうにすすると価値があるもののように見えた。
「れいなは気にしてるみたい。
落ち込んじゃってお菓子も食べない」
つられたように、自分もお茶に手をのばした絵里の動きがとまった。
「…どうして?」
聞き返す。
本当はわかっていたような、どことなくほっとしたような。
絵里はれいなに忘れられたわけでも、愛想をつかされたわけでもない。
- 456 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:48
- 「れいなが言うにはね。
絵里がむかつくのは当然だし、前にもちゃんとそのことに関して注意を受けてたのに、今度こそ嫌われたんじゃないかって」
前にも・の記憶を掘り返す。
学校から逃げ出して、れいなにすがったのに…れいながさゆみと歩いていたときのことだろうか。
あのとき、絵里は勝手に落ち込んだだけだったのに。
「でも、れいなは私に何も言ってこないし」
少しうつむき加減になるのは、さゆみに感情を読まれたくないからだ。
しかし気がつくとさゆみは絵里をしっかり見据えていた。
「れいなは、怖がってるんだと思う。ばかだから」
馬鹿だからのくだりに絵里はちょっとむかつく。
確かにれいなは馬鹿だけど、さゆみに言われるのはちょっと違うのだ。
それには気づかず、さゆみは続ける。
「だから許してあげてよ、絵里。
れいな…とっても落ち込んでるから」
胸が痛まなかった…といったら嘘だった。
れいなは知らない間に思いつめていたらしい。たぶん、さゆみが絵里のところに乗り込んでくるぐらいに。
「だから…」
「私が…悪いって言うの?」
何か言いかけたさゆみをさえぎって、絵里は言う。
自分が責められているような気分になった。れいなが落ち込んでいることにどうして気づいてやれなかったんだと。
- 457 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:49
- 「私が悪いっていうの? 全部、私が?」
「絵里…違うわ」
あわてたように、さゆみが絵里に近づいてくる。
さゆみが感情をあらわすなんて珍しかったが、今はそこにかまっていられない。
彼女の手が肩にかかるが、思わず振り払う。
「私が何をしたっていうのよ…」
涙がつたっているのに気がつく。
最近、少し絵里の涙腺はゆるくなっている。いきなり泣かれたんじゃさゆみが心配するのも当たり前だ。
しかし絵里はおさまらなかった。
「みんな、みんな…何が悪いの。
小川さんのことだって、亜弥さまとかひとみさまのことだって。
どんなに考えてもどこがダメだったのかなんてわからない…のに。
どうして私が無視されなきゃいけないの。
嫌われるぐらいなら、亜弥さまの妹になんてならなかった」
- 458 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:49
- 『まっすぐ帰りなさい』とわざわざ絵里のために訪ねてきてくれた亜弥の顔が浮かぶ。
彼女に相談するわけにはいかない。
きっと、気にするだろうから。今の絵里の周囲に対して怒るだろうから。
それ以上に、亜弥さまの妹にならなければよかったと思ったことがばれたくない。
何の前触れもなく、絵里に怒りをあらわした麻琴。
今日、唐突に誘われて勝手だと思った。それ以上にうれしかった。
けれど、麻琴はれいなが絵里を重いと思っている可能性を示した。
自分でもうすうす思っていたけど、言葉にされたくなかった。八つ当たりだとはわかっている。
れいなとしばらく会っていない。
絵里を無視したクラスメイト。
断片的にいろいろなことを思い出す。
不安におしつぶされそうだった。
何がいけないのか、ずっと悩んでいた。
誰に相談していいのかわからないまま、抱え込んでいた。
- 459 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:49
- 「絵里、つらかったのね」
さゆみはいつのまにか目の前にいる。
腕をのばして、ベッドに腰掛けたままの絵里を抱きしめてくれたようだった。
どことなく甘いにおいがする。
首を横に振る。
涙がさゆみの制服に移ってしまいそうだと心配するが、さゆみはもっと腕に力をこめてくれた。
「ごめんね。
さゆ、絵里の気持ちぜんぜんわからなくて。
一人で抱え込んじゃって、つらかったのよね」
さゆみは、絵里が学校でなにがあったのかなんてぜんぜん知らないはずだった。
だからこんな言葉をかけられているなんて情けない。
そう思うけど、のまま絵里は少し泣いた。
- 460 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:50
- 気がついたら眠っていて、ベッドの脇にさゆみが座っていた。
絵里の視線に気づいたように、体育すわりをといてさゆみが笑う。
「絵里のおばさん、一回帰ってきたの」
「そう…」
喉の奥からかすれた声がでた。
テーブルの上に、カレーが2個並べられている。
「起きたら、食べてって。
町内会の人のお通夜をやってるみたいなの。手伝ってるんだって」
ラップがかけられたカレー。
母親がいつ帰ってきたのかはわからないが、鍋にいれたままにしてくれればいいのに。
冷めたら2度手間じゃないか、と絵里は思う。
「まだあったかいから、食べよう」
まるで心を読んだかのように、絶妙なタイミングでさゆみが提案する。
さゆみは、家に帰らなくてもいいのだろうか。
ふと疑問が浮かぶが、言われるままに起き上がってカレーの皿に手を伸ばす。
なぜかまた涙腺がゆるんで、目頭が熱くなってくる。
「疲れてるのね、絵里」
さゆみに言われる。
そうなのかもしれない、曖昧にうなずいた。
- 461 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/04(土) 01:50
- 「おはよう、絵里ちゃん」
大きな声に教室が凍りつく。
居心地が悪くて、思わず体が硬くなる。
けど。
「あぁ、絵里ちゃんおはよう」
愛が答えてくれたことで、張り詰めた教室の空気が別の方向に流れる。
また泣きそうになった。
疲れてるのだろうか。本当に、ちょっとおかしい。
でも、笑顔も作れそうだった。
- 462 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/04(土) 01:52
- >>435 名無し飼育さま
ありがとうございます。
そんな風に言ってもらえて本当にうれしくて、更新の勢いものってました。(笑
今回はあまりやわらかい内容…ではないですが、麻琴に関しての答えはたちました。一応。
これからもよかったら応援してください。
- 463 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/04(土) 11:31
- 更新お疲れ様です!
ずーっと待っていたので嬉しくてたまりません。
これからも作者さんのペースで頑張ってください。期待しています。
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/04(土) 20:20
- 相変わらず面白いですね。
これからも続きを楽しみに待ってます。
ひとつ思ったのですが、挨拶は「おはよう」ではなく、「ごきげんよう」
ではないですかね・・。
第1章 亀井絵里 の9レス目で亀井さんが挨拶してるところでは、わざ
わざ言い直してるので・・。
- 465 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/05(日) 06:22
- >>463 名無し飼育さま
ずっとお待たせして申し訳ありませんでした。
私のペースでいいとのこと、ありがとうございます。
忙しくて放り出したくなりますが、>>463のコメントを下さる方たちのためにも放置はせず書いていきたいです。
(なんて、恩着せがましい言い方に聞こえたらすいません)
これからも、よかったらお付き合いください。
>>464 名無し飼育さま
……やってしまった!!!!!!!
すみません! それこそ馬鹿に教えてくださってありがとうございます。
自分が庶民的な生活をしているからって基本的な設定がすっかりこぼれおちていました。
生徒同士は「名前を呼び合う」設定もどこかに言ってしまい、そろそろ無視しはじめてるところでした。
素で気がつきませんでした;
…こんな作品ですが、楽しみに待っていてくださるということ。ありがとうございます。
いまさらですがここを読んでくださった方…。
好みによって、脳内で挨拶を「おはよう」から「ごきげんよう」切り替えて読んでください。
本当にすみません。
- 466 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:22
- + + + + + +
「妹オークション」
新聞にはそう書いてあった。 …ように梨華には読めた。
「妹オーディション。とんでもない間違いだよ」
美貴が即座につっこんでくる。
「そんなことないわよ、1文字や2文字やそこら読み違えちゃっただけじゃない」
手に持った、新聞部臨時増刊号…をひらひらと振って抗議する。
しかし親友は、またもや冷静に『早く読めば』とつっこんだだけだった。
3年の教室の、窓際の真ん中。
日差しが穏やかに差し込んできて、校庭の緑が見渡せる特等席は梨華のお気に入りだった。
次の席替えまでの期間を有効に使いたいから、昼休みも自分の席でお弁当を食べようと思う。
…くだらない決定事項を、伝えた当初はあきれていた藤本美貴も、ちゃんと毎昼休みつきあってくれていた。
今までは美貴の机と梨華の机を交互に移動していたのだが。
美貴は梨華の前の席のいすに横座りしたまま、新聞部がばらまいていた増刊号を斜め読みしている。
なんだか山百合会に関係あるみたい。
と、親切なクラスメイトがわざわざ2人のために持ってきてくれたものだった。
- 467 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:23
- 「黄薔薇のつぼみの妹を決定することも目的のひとつとして…ねぇ。
ずいぶん思い切った企画をするのね」
感想を述べる美貴を、梨華は止める。
「私、まだ読んでる最中…」
舞台は会議室のひとつ。
募集メンバーは、1・2年生からいずれも10人ずつ。
なお、姉妹を持っていない者を原則とする。
参加者の1人は、黄薔薇のつぼみ。彼女の妹を決定することも目的のうち。
号外の半分は、そのめちゃくちゃな企画の紹介だった。
もう半分に、吉澤ひとみ…梨華の妹のインタビューが顔写真入りで乗っている。
文化祭が始まってから、妹を作ることへの焦りと重圧。
絵里に亜弥のフラグがたっていたのを知りながら申し込んでしまったこと。
今回の『お茶会』を新聞部と共同企画した理由…など。
『妹オーディション』という題名は、ひとみが言い出したのではなく新聞部が作った言葉のようだ。
紙面を斜めにはしってあおっていた。
- 468 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:23
- 「な、な、な…」
読み終わったばかりの梨華の口からは、まるで紅薔薇のつぼみの妹…のようなどもりしかでてこない。
そのまま新聞を机の上に、お弁当の上に置き頭を抱える。
「…またよっすぃーから何も聞いてないの?」
美貴が代弁してくれたので、こくこくと頭だけ動かして意思を伝える。
疑問の渦と戦っている梨華に、現実的な意見を美貴が言う。
「思い切ったことをしてくれるねぇ…。
お茶会自体はまあ、いいだろうけど。オーディションなんて言葉が学校側にばれたらいい顔しないだろうに」
こくこくと、机の上の新聞を眺めながらまたうなずく。
「ってかさ。
よっすぃーはいつのまに妹を作ることに関してのあせりを感じてたわけ?
それにさ、絵里ちゃんに申し込みをした背景…とかがちょっと亜弥ちゃんと聞いてたのと違う」
絵里ちゃんに申し込みをした背景。
それすら、まったく梨華は知らない。
最近はたださえひとみから取り残されていた。
…という表現も妙だが、彼女が何を考えているのか何をやりたいのかがまったくわからない。
もともと仲がいい姉妹だという自信があっただけに、他の人間からひとみについての情報をもたらされるのはつらかった。
亀井絵里に申し込みをしたのもショックだった。
しかし、今回も大きなショックだ。
- 469 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:24
- 「梨華ちゃん、よっすぃーに妹を作るよう催促したりしてた?」
責めるように親友に言われる。
疑いをかけられているのだと気づいて、何とか声もでない状態から這い出す。
「…べ、別に。
美貴ちゃんが亜弥ちゃんに催促するのとおんなじ程度には言ってたけど…」
本心を言えば、妹を作ってほしくはなかった。
梨華としてもまだ妹離れはしたくなかったから。
「そっか」
なんとなくニュアンスは通じたのだろう。
美貴はまた新聞記事に視線を戻す。
「ど、どうしよう美貴ちゃん…」
「どうしようもこうしようも。
企画は始まってるわけだし、よっすぃーだって自分の意思で動いてるわけだし。
私たちは見守るしかないでしょ」
「み、見守るなんて似合わないセリフはかないで…どうにかしましょうよ」
パニック状態におちいったまま梨華は言う。
しかし美貴の言うとおり、自分たちにいまさらできることなどない。
机の上に顔をふせる。
「梨華ちゃん、さっきこぼしたご飯粒が髪の毛についてるよ」
あきれたような声。
- 470 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:24
- 「もう、いい…」
きっと今、自分の眉は八の字になっているだろう。
よく周りからからかわれるあの表情だ。
つっぷした目の前で陽の光がゆらゆらと揺れている。
さっきまで気持ちよかったのだが、今は自分が日焼けしてしまうことへの不安になる。
「何だっていうの」
梨華の自分勝手な日差しへの気持ちを読んだわけではないだろうが、美貴があきれたようにもらした。
ついでだろうか、ご飯粒をとってくれたらしい。髪の毛が軽くひっぱられる。
「いたっ…」
「でもさ」
ティッシュで手をぬぐいながら、美貴は少し真剣な声をだす。
梨華は体勢は変えずに、視線だけ動かして上目遣いになる。
「なによぉ?」
「本当に喧嘩してるんじゃないでしょうね?」
一瞬答えられずに、沈黙がはしってしまう。
むくっと体を起こす。ばさばさと落ちてきた髪の毛をかきあげて、答える。
「…大丈夫だよ」
視線はあわせない。その時点で伝わっているだろう。
嘘だった。
ひとみときちんと会話したのは、もう何日も前だった。
肩をすくめたのか、苦笑したのか、顔をしかめたのか、美貴がどういう反応をしたのかは分からない。
見ていなかったから。
ただ、頭をぽんぽんとたたかれた。
- 471 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:25
-
松浦亜弥と吉澤ひとみ、もし妹オークションをやったのではどっちが高い値段がつくだろう。
検討はずれなことを考えてみる。
案外、亀井絵里も高くいけるかもしれない。
おとなしい彼女の存在はあまり知られていなかったけど、わりと可愛い子だから。
- 472 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:25
-
お隣の吉澤家の人にみつからないように、そっと自宅の扉をあける。
こそこそとドアを閉める。外からの光がさしこまなくなった玄関で梨華は一息はいた。
「ただいまぁ」
律儀に挨拶をして、備え付けの棚に手を置いて立ったまま靴を一足ずつ脱ぐ。
返事はない。まだ梨華以外の家族は仕事なのだろう。
このあたりは代々吉澤家が地主として納めていた。石川家はその土地を借りて建っている。
すぐ隣同士なだけでなく裏の庭はつながっている。
梨華の母親は、ひとみの父親の妹。
もともと仲のいい兄弟だったらしい。
お互いの家の行き来も多く、高校に入って「姉妹」になるまでもなくひとみは梨華の妹のような存在だった。
まっすぐ台所にむかった梨華は、制服の上からエプロンをつける。
鞄を置くと冷蔵庫をあさり、夕食を肉じゃがに決定。
ジャガイモを切り分けながら知らず知らず気分が落ち込んでいくのを感じていた。
ひとみと喧嘩した原因。
美貴にはごまかしたがわかっている。
文化祭準備期間の帰り道、ひとみに話した梨華自身の進路のことだった。
- 473 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:25
- いつかは仲直りしなければならない。
けれど、そのきっかけがつかめなかった。
『もういいよ、勝手にすればいいだろうが』
はき捨てられた言葉。
あれ以来、ひとみは梨華を「石川さん」としか呼ばない。もしくは「黄薔薇さま」と。
露骨な皮肉は、梨華にちくちくとつきささっていた。
できあがった鍋にふたをする。
美貴に心配をかけないため、昼食だけはかきこんでいるが…どうしても食べる気になれなかった。
一人で、食べる気にはなれなかった。
台所のいすに座り込み、鞄から親にもたされている携帯を出す。
電源をつけて、期待をこめてメールチェックをするが…当然のように誰からもきていない。
- 474 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/05(日) 07:26
- <ひとみちゃん、妹を作るの? びっくりしちゃった>
親からもたされている携帯に考えに考えてメールを打つ。
気の利いた言葉はでてこない。仕方なく、ストレートに文章を打つ。
何時間待っても返事はこない。
うざい、と思われているのだろうか。知らず知らず悪いほうに考えていく。
胸が重くて仕方ない。自分が落ち込んでいくのを、客観的に梨華はうけとめた。
- 475 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/05(日) 07:30
-
話は進んでいませんが、更新ペースをあげようと必死です。
けど待っていてくださる方の中には、いきなりたくさん更新を目にする方がいらっしゃるかもしれないと気づいたのですが…。
どうか見捨てないで読んでください。
今回、「企画」自体にあまり意味はありません。
黄薔薇さまに一行目のセリフを言ってもらいたかっただけです。
ミスを減らす努力、頑張ります。
- 476 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 10:20
- 「企画」をこう持ってきましたか。非常に面白いです。
原作知っててよかったなと思いました。
絵里のみならず、他の人達の心模様も丁寧に書かれてあって楽しいです。
更新速度には驚きです。読者としてはもちろん大歓迎なのですが、
がんばって走りすぎて息切れしてもなんですから、ご無理なさらぬよう。
- 477 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 22:45
- ダメダメな黄薔薇様がいい感じです。
更新は大量じゃなくても期間が空いても良いのでどうか放置、断筆だけはご勘弁を。
- 478 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 19:23
- いつもレスをありがとうございます。
原動力です。
>>476 名無し飼育さま
息切れは今のところ…まだ大丈夫なようです。心配してくださってありがとうございます。
文章にミスが多くてすいません。
視点が飛びすぎているかもしれないと思っていたので、丁寧に書かれていると言ってもらえるとうれしいです。
原作を知っていてよかった…とこの先の展開も思ってもらえればいいのですが。(汗
>>477 名無し飼育さま
レスありがとうございます。
ダメダメすぎてどうかと思っていたのですが、よかったです。
期間が空いても追ってくださるみたいではげみになります。
頑張りますね。
- 479 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:24
- + + + +
『妹オーディション』が発表された放課後。
山百合会の臨時収集がかかっていた。
進路選択で忙しい三年以外のメンバーを呼び集めたのは、絵里のお姉さま。
お茶の支度をするあさ美を手伝いカップを並べながら、部屋の外からした足音に振り返る。
楕円形のテーブルクロスがかかったテーブルをかこみながら、思い思いに暇をつぶしていた様子の亜弥と真希も扉をみつめている。
数秒後、予想通りの人物が飛び出してきた。
「遅くなってごめん…いいったいどうしたの」
短い髪が汗ではりついている。
せいいっぱい急いできた様子だが、誰もそれをねぎらう人はいなかった。
いや、少なくとも絵里は心配していたのだが…それを許さない人がいたからだ。
- 480 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:24
- 「どうしたのはこっちよ。
…なんなの、この馬鹿な企画は」
机の上に広げてあった新聞を指ではじきながら、笑顔のない顔で亜弥は言い切る。
いすを深めにひいていて、足は組んである。珍しく上品さがない。
整った顔立ちが後押ししてとてもきつく響く。
収集の目的を本当に気づいていなかったのか演技か。
意外そうに「そのことか」とつぶやくと、ひとみは真希と亜弥から均等に距離をとった席に腰を下ろす。
絵里が気を取られている間に、人数分のお茶が並べられていたトレーにあさ美がひとみお気に入りのカップをつけたしていた。
礼を言うのも忘れて、われに返った絵里は慌ててテーブルにそれらを運ぶ。
「上級生が下級生を教えるって校風ははうちの学校の伝統。
まだ姉妹になっていない生徒を後押しする新聞部企画に、ついでに私が参加…そんなにだめかね」
喉が渇いていたのか、カップを受け取った瞬間に一気にお茶を飲みきるひとみ。熱くないのだろうか。
絵里は慌ててポットでおかわりをそそぐ。
ひと通り配り終えるとあさ美は真希の隣へ、絵里は亜弥の隣へとそれぞれ腰をかける。
- 481 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 19:25
- 「あなたが企画したんでしょうが。
何なのよ、この妹オーディションってのは」
「のぞみがあおったんだよ。おもしろがって」
「山百合会の品位にかかわることだわ!」
「いいじゃない。皆、あおり文だってわかってるよ」
薔薇のつぼみ二人以外は黙ってなりゆきを見守っている。真希は何を考えているのか知れないが。
亜弥がわざとため息をつく。
「一年生がどううけとめるかはわからないわよ…。
絵里、あさ美、クラスの子の反応はどうだった?」
いきなり話をふられて、絵里はとまどう。
「わ、話題にはなってましたよ…もちろん」
曖昧なことしかいえない絵里を、あさ美が補う。
「進んで話題にしていたのは、自分にお姉さまがいて安泰な人ばかりでした。
自らが立候補をっていう勢いは、少なくとも表にはでてきていません。
誰が参加するのか、誰がふさわしいかを噂している感じです…」
昼休みに号外がくばられた後からの、教室の反応。
それが冷静に分析されていた。
「ふぅん」
興味深そうにひとみがうなずいている。
わざと聞こえるように、もう一度亜弥がため息をつき、さらに深く踏み込む。
「じゃああさ美、オーディションって言葉のとらえかたはどうだった?」
さっきは2人指名だったのに、今回はあさ美だけ。
絵里は軽く落ち込むが、あさ美の言葉を待つ。
「…そうですね。
山百合会が憧れの組織だっていう風潮が…一年生にはあるので。
オーディションという言葉に関しての意義はあまり聞こえてきませんでした。
むしろ、当然というとらえかたのほうが。
お茶会というのはほとんど無視、ひとみさまの妹を選ぶことが大きな目的になっている感じはありました」
同じ一年生なはずなのに、一年生を客観的に意見する。
今回の答えはひとみを窮地に押し入れた。
- 482 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:25
- 「よーしーざーわーひーとーみーさん?」
低く、一文字一文字のばすように亜弥。
「山百合会というのは何なのか、覚えているかしらね?」
「…生徒全員が山百合会の会員。
私たちはそれを取り仕切り、イベントなどを企画する幹部…けれど基本的には皆が参加者」
入学した直後にもらったパンフレットに書いてあった文章から、丁寧語を取り除いた答えをひとみは返す。
「正解よ。
…幹部が特別視されて、生徒たちが山百合会から離れていく現状はむしろ問題なの。
そぉれがオーディションですって!」
後半に近づくにつれて声がどんどん大きくなっていく。ついでにいすから立ち上がる。
絵里は自分が怒られているわけでもないのに首をすくめた。
ちらりと部屋を見回すと、相変わらずぼけっとした顔をしている真希以外は同じ反応だった。
「そんなこと言われても…悪かったけど」
反論しかけたひとみは、亜弥ににらまれて意見を変える。
愁傷に頭をさげるその姿に落ち着いたのか、亜弥が再び足を組んで高圧的になる。
「わかればいいのよ」
それだけじゃよくないだろう、とは誰もつっこめなかった。
- 483 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:25
- 「どうするんですか…?」
思わずお姉さまに問いかける絵里。
「そうね。
いまさら企画を廃止するのも、山百合会の面子にかかわるし」
かといってオーディションもだめなのだろう。
「亜弥…今からそんなんで来年はげるんじゃないの」
自分から種をまいてしまったひとみがつぶやくのが聞こえた。
ごく小さな声だったが亜弥はとらえたらしい、思い切りにらみつけたが何も言いはしなかった。
「こうなったら、その企画…山百合会でひきうけましょう」
予想していなかった絵里は、思わず亜弥をまじまじとみつめてしまう。
- 484 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:26
- 「会場は薔薇の館。
ひとみ以外に参加資格がある生徒は…うちからは残念ながらいないけれど。
こうなったらお茶会を成功させ、お茶会から始まる姉妹を作らせる!
それしかないわ」
お茶会から始まる姉妹。
何かのキャッチコピーのようだ。
「会場が薔薇の館だと、敷居も高いですし…。
オーディション色が少し高まるのではないかと…」
あさ美が意見する。
彼女は偉い。思わず心の中で絵里は拍手する。
「このまま新聞部とひとみに任せておいていいの?!
どういう展開になっちゃうかわかったもんじゃないのよ。あさ美、あなた責任取れるの?!」
それこそ責任の転嫁だ。
机から乗り出して責められ、あさ美はひきつった笑みを返す。
「いえ…その、ちょっとした意見で何でもないです」
その隣から、真希が茶々をいれる。
「あんまりいじめないでやってよね」
- 485 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:27
- 「受付は明日から始まるんでしょう?」
都合の悪いことは無視して、亜弥はひとみに尋ねる。
「えぇ、まぁ…」
「なるべく均等に集まるようにして。10人って人数もちょうどいいわね。
立食になってしまうかもしれないけど…机を増やせばなんとかなるわ」
立食のお茶会。
やっぱり舞台がここなのは無理がないだろうか。
「じゃあさ。
あの子もでるといいよ、小川麻琴ちゃん」
のん気に真希が言う。
もともと一年生には発言権はない。さっきつぶされてしまった。
これで決まりのようなものだった。
- 486 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:27
-
制服のままのいつもの帰り道。あたりはすっかり暗い。
本当にお茶会は成功するのだろうか。
麻琴を参加させればいいという白薔薇さまの意見が通りそうな気配はない。
新聞をみてからの麻琴は、『発言を撤回するべきなのだろうか…』という謎の言葉を残したきりそのことに関して触れない。
あまり興味がないのかもしれない。
しかし、絵里にとって興味深いものでは企画ではあった。
ずっと考えてきたことをいったんとめて、目的地についた絵里は足をとめる。
自分の家の正面、洋風の玄関。
- 487 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:27
- 「お邪魔しまぁす」
そのドアをあけたのは久しぶりだった。
「あら、いらっしゃい」
台所からいつものようにれいなのおばさんが答えてくれる。
喧嘩のことを知らないのだろうか。
音をたてて階段をのぼって、れいなの部屋の前で一呼吸する。
れいなの靴はあった。
さゆみの靴はない。今、たぶんれいなは一人でこの部屋にいる。
絵里が尋ねてきた音は聞こえているだろうに、部屋の向こうは沈黙している。
勢いをこめてノブをひねる。
…が、思ったより軽い。
そのままひっぱられるように部屋の中にころがりこんでしまう。
反対側からドアを開けたのは、れいなだった。
- 488 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:28
- 「絵里…」
ちょっとやつれたかもしれない、と思う。
やせたというより雰囲気がどこかしら落ち込んでいた。
さゆみの言ったことを思い出す。
一方的に怒ってしまった絵里との関係に悩んでいたのだろうか。
さすがに本当に申し訳なくなり、謝りの言葉をさがす絵里に…れいなが抱きついてきた。
「絵里ぃぃ、ごめんね」
腰をつかまれて、完全にバランスを崩す。腕にひっかけていた鞄が軽く音をたてて落ちた。
倒れるのはなんとかふんばり、そのまま二人して座り込んでしまったのだが、れいなは離してくれない。
「考えなしでごめんね。
もう絵里がむかつくことしないから。
ちゃんと謝るから。
こんなことで嫌いにならないでよぉ」
「え、え、え」
話に聞いて想像していたのと、ずいぶんテンションが違う。
とりあえず絵里は、自分の胸元で広がっている黒い髪の毛をなぜる。
「わ、私こそごめんね…。
ぜんぜん怒ってるわけじゃないよ」
「本当?!」
ぐわっと顔をあげたれいなと顔をぶつけそうになる。
しかしれいながうまくよけて、今度は肩をつかまれる。まだれいなは絵里の上に乗ったままだ。
「うん…おこって、ないよ」
- 489 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:29
- 「絵里ぃぃ」
今日、名前を叫ばれるのは何回目だろう。
ほっとした。
ほっとしたついでにれいなにぎゅっと抱きついてみる。
びっくりしたように振り払われた。
「絵里…ど、どうしたの」
「…どうしたのって、何さ」
さっきまでさんざんくっついてきたくせに、何だ。
とりあえず少しでも近所迷惑にならないように開きっぱなしだった部屋のドアを閉める。
すでに騒いだ後だから、遅いかもしれないが。
「昨日、さゆ…が家に来たの」
れいながけしかけたのだろうかと、ためしに言ってみる。
しかしれいなは軽く眉をひそめた。
「ふぅん。どうして?」
「…ならいいんだ」
意味がわからない、とれいながつぶやくのが聞こえた。
そうだろうけど詳しいことを説明する気にはならない。
自分のぼろがでてしまうから。
- 490 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:29
- 怪訝そうにしているれいなに、提案する。
「新作のポテトチップス、食べない? 帰りに買ってきたんだ」
「食べる食べる」
即答。
転がったままの鞄をあけ、つぶれていないか心配しながらスナック菓子を取り出す。
「あ、ねえれいな」
お菓子を投げると、れいなは軽くキャッチした。
「なに?」
「こんなこと、やるんだって」
妹オーディション。
すぐ手前にいれていたがために、鞄からすべりおちてきた新聞の号外を床をすべらして渡す。
しばらく黙って読んでいたようだが、顔をあげたれいなは混乱を隠し切れないようだった。
眉をひそめ、口をへの字にして、なにやら考えている。
- 491 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/06(月) 19:29
- 「どうしたの…?」
おもしろいかな、と思って渡したチラシは思いもよらない大きな渦をれいなに巻き起こしたようだった。
「絵里さ。
ひとみさまに申し込まれたのって…いつ? そして何で断っちゃったの?」
今度は絵里が黙り込む番だった。
よく思い出してみる。
「あのさ。
私、亜弥さまの妹になったんだ」
ある程度予想はしていただろうに。
口をあけて目を丸くしているれいなはまるで絵画ムンクの叫びのようだった。
- 492 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/06(月) 19:30
- 時間軸がいったりきたり、視点がいったりきたり。
わかりにくくてすいません。
- 493 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/06(月) 22:58
- いつもオツカレさまです
ぜんぜん解かりにくい事ないっすよ
これからも楽しみにしてま〜す
- 494 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/08(水) 00:47
- 乙です。
れいなの反応が・・・。(〃^∇^)o_彡バンバン!
- 495 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/10(金) 20:47
- やはり、さゆえりがガチなのでしょうかか?
そうすると、れなえりはロマン!
えり、亜弥様はどうするの?
オーディションに麻琴ちゃんはどうするのでしょう
楽しみにお話を待ってます。
- 496 名前:名無し作者A 投稿日:2005/06/11(土) 22:44
- >>493 名無し飼育さま
わかりにくくないですか?
それぞれの視点を掘り下げていくのは楽しいので、よかったです。
これからも頑張ります!
>>494 名無し飼育さま
ありがとうございます。
れいなの反応…最後の一行でしょうか。
そんな表情をぜひしてもらいです。(爆)
これからもお付き合いください。
>>495 名無し飼育さま
さゆえりはリアルでどきどきさせてもらってます。
れなえりはロマンなんですか。(笑)
キャラごとのコメントありがとうございます。
それぞれがどうするのか、これからもお付き合いください。
- 497 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/11(土) 22:45
- 『会場が薔薇の館になれば敷居が高くなる』と言ったのはあさ美だったか。
開催2日前。
ひとみをのぞいたお茶会参加候補の生徒は、2年生が3人に1年生が6人。
あまり10の目標への幸先がいい数字ではなかった。
「10ずつ人じゃなくてもいいから、できれば両方とも同じ人数にしたいよね」
テーブルに肘をついて体を乗り出した姿勢で、ひとみがもらす。
困ったようなしぐさが妙に様になっていた。
「2年生を募集するために、何かいい案はないかしら」
亜弥も言う。
山百合会がオーディションを行ったという噂を阻止する使命感に、絵里のお姉さまは燃えている。
「でもこのまま…。
1年生が多いほうがちょっとした話題にはなるとは思うのですよ」
妙な口調で、新聞部の2年生。
- 498 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/11(土) 22:46
- 亜弥と真希とひとみ、絵里とあさ美のいつものメンバー。
そこに何も予定がなかったらしい紅薔薇さま藤本美貴と、新聞部からの出張メンバーが2人。
辻のぞみ、新垣里沙…と自己紹介された。
絵里を追い掛け回していた人たち。
面と向かって会うのは初めてだったが、取材に来た彼女たちを何度か煙にまいている。
それもひとみの記事が発表されるまでのことだったが、絵里はじゅうぶん気まずかった。
案の定里沙ははっとしたような悔しそうななんともいえない顔をしていたが、のぞみは苦笑いしながら『あなたが』とつぶやく。
嫌味なところがない表情を浮かべるのぞみ。絵里の彼女への印象はとてもいいものだった。
「この企画は、山百合会に譲与されたはずなのだけど」
のぞみのコメントに、亜弥が不愉快そうな高飛車な口調で言う。
しかし、どうやら絵里のお姉さまの彼女への評価はいいものではないらしい。
「もちろん、そのことに関しては承諾しました。
でもお茶会の経過報告、実況の取材も許可してもらいましたよね?」
むっとしたような里沙が何か言う前に、のぞみがすらすらと答える。
- 499 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/11(土) 22:48
- 「経過報告も、実況取材ももちろんいいわ。
ただし、企画自体に口をはさむのはやめてもらえないかしら」
『もちろん』は力をこめて、優しく。しかし『やめてもらえないかしら』はきっぱりと。
亜弥は妙な節をつけて返す。
「話し合いの場にいるものが、企画をよりよくしようと意見することは自然だと思いますが」
絵里なら、いや大抵の高校生なら亜弥の迫力に言い返せなくなっているだろうが、のぞみは構わないようだった。
いつものように黙っていた真希が今度はつぶやく。
「ひっかきまわして、おもしろくなればいいと思っているんじゃないの」
非難の調子はない。
どこかいたずらっぽい瞳でのぞみをのぞきこむ。
亜弥が何かいいたげに真希をにらんだが、無視。
これも絵里だったら、亜弥ににらまれただけでひるんでしまうだろう。
1年生と2年生では格が違うものなのか。単に彼女たちが通常とは違うのか。
「おもしろくなれば、とも思っていますよ。
生徒に楽しみを与えることは新聞部の目標のひとつですし」
のぞみはかわす。
しかし…。
『楽しみを与える』が新聞の目標というのはどうなのだろう。
その中に『真実を伝える』ことは入っているのだろうか。
ふと絵里は失礼なことを考える。ぜひその目標をすべて聞いてみたい。
- 500 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/11(土) 22:48
- 「まぁ、人が集まらないのは仕方ないじゃない。
これでもうまくいった方だと思うけど。
あと2日なんだし、かけこみの応募もあるだろうし、そこに関してはなるようになるって」
今まで黙っていた美貴が口をはさむ。
「でもお姉さま…」
困ったように、亜弥。しかし反論はしない。
いまさら対策を打ち出すよりも、彼女も『なるようになる』という単語に惹かれているようだ。
かけこみの応募があるのではないか、というのは十分説得力があるしいつもの亜弥なら納得しただろう…。
が、新聞部に散々嫌味を言った手前あとにはひけないらしい。
彼女は矛先を変えた。
「絵里はどう思って?」
- 501 名前:タンポポの章 投稿日:2005/06/11(土) 22:49
- その場の流れを読むのにせいいっぱいだった絵里は、自分が話題をふられる可能性なんて少しも考えなかった。
その場の興味が一気に絵里に集まる。
こういう雰囲気は得意ではない。
「え、えっと…あの…私としては…私の考えですけど…」
時間をかせぐために前置きをする。
しかし、いい案はなにもでてきてくれず、余計なことを言ったがために余計に視線と期待が集まる。
「もちろん、絵里の考えでよくてよ」
何も知らない亜弥は鷹揚にうなずく。
「その…えっと…立食にならないために部屋は広く使えるのにこしたことはないんじゃないかと」
絵里が今すぐお茶会に対して言えることといえば、今はこのぐらいだった。
結局、受付締切日までは反応を待つことになる。
絵里が意見を言った後の山百合会の住人、新聞部の反応は想像お任せしたい。
- 502 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/17(金) 17:44
- 本日はじめて読ませていただきました。
原作も読んだことがなかったのですが、ひっじょうに面白い〜!!
ハマっちゃいました。
更新をまったりお待ちしています。
- 503 名前:名無飼育さん sage 投稿日:2005/06/18(土) 21:00
- 今日初めて読みました、すごく楽しくて面白いです。
元ネタとか全く知らないですがなんかありそうですよね?
一気に193まで読んでしまったのでこれからすこしずつ大事に読ませて頂きます。
一気に読むのがもったいないからですw。
では。
- 504 名前:名無し作者A 投稿日:2005/07/10(日) 23:07
- 急な病気で、しばらく休養期間をもらっていました。
報告もできなくてすいません。
ネタ切れでも放置でも休止でもありません…今週中に更新をします。
>>502 名無し飼育さま
だらだらとここまで量がある作品を読むのは大変ではなかったですか?
面白いと言っていただけてとてもうれしいです!
更新、頑張ります。ぜひこの先もお付き合いください。
>>503 名無し飼育さま
本当にうれしいコメントをありがとうございます!
前回更新から間があいてしまいましたが…193以降も読んでいただけましたか? あきれられていないとうれしいです。
完全なぱくりではないのですが、参考にさせてもらっている設定はあります…。
よかったらそちらも探してみてください。
- 505 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:01
- 美貴の見立てとおり、かけこみでの応募はいくつもあった。
最終日の放課後、薔薇の館に居るのは絵里とあさ美の2人。
もともと忙しい3年生に、部活があるひとみ。亜弥は用事があるらしく、真希がこない理由は絵里にはわからない。
夕方の紅い光がさしこむ中、黙って絵里は参加者の名簿と名札を作る。
あさ美は予算の計算をしているようだった。
結局、最終的に1年生は7人。2年生はひとみをいれて8人。
…絵里の意見したとおり、立食のお茶会は免れそうだ。
- 506 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:02
- 「ない…」
知らない名前ばかりが記入されている応募用紙をめくっていく。
「何がないの?」
思っていたことが言葉にでていたらしい。
あさ美に聞き返されて初めて気づいた絵里は、首を横にふってみせる。
「ごめん、なんでもないの」
あさ美はうなずいて、また作業に戻っていく。
それを見届けてまた手元に意識を戻す。
絵里は小川麻琴という名前を探していた。
理由はうまく説明できないのだが、麻琴が参加すればいいと絵里は思っていたから。
2つ折にされた最後の1枚を開く。
「高橋…愛…」
丁寧に記入されている。
「愛ちゃん?」
あさ美に聞かれる。
「そうみたい…」
クラスメイトを秘密を知ってしまったようでなんとなく後ろめたくなる。
しかし、できる限り丁寧に名札に名前を写す。
さほど難しい作業ではない。すぐに絵里は仕事を終えた。
- 507 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:02
- さほど難しい作業ではない。すぐに絵里は仕事を終えた。
右肩を左手で軽く押す。
せっかく時間が空いたので、そのまま台所にむかう。
「終わった」
あさ美も、絵里からさほど時間をおかずにペンを置く。
「あ、紅茶のみません?」
ちょうどできあがったものをもっていく。
簡単なティーパックではなく本格的にポットの中でお茶の葉を蒸らしたものだ。
亜弥が持ち込んだもので、なにやら高級そうだった。
「絵里ちゃんってば気が利く」
お茶だけでは寂しいので、棚に入っていたクッキーも拝借。
夕日が差し込む部屋で1年生2人でのティータイム。
「ふぅ…」
一口飲んだあさ美が息を吐く。
「おいしぃい」
無邪気に目を細めた顔が可愛くて、思わず絵里は微笑んだ。
- 508 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:07
- 「…どうかしたの絵里ちゃん?」
「う、ううん。なんでもない」
怪訝そうなあさ美に、慌てて首をふってみせる。
不思議そうな顔をするあさ美。しかしそのことに関しては、それ以上の追求はなかった。
「そういえば絵里ちゃん…」
カップを手で包みながら、あさ美が言う。
「絵里ちゃんは、いつまで亜弥さまを亜弥さまとお呼びするの?」
「えっ?」
意味がつかめなくて、絵里は考え込む。
その様子にあさ美が苦笑する様子が見えた。
「えっと。絵里ちゃんは…亜弥さまをお姉さまとはお呼びしないの?」
「お姉さま…わ、えぇ?!」
慌てて手元がぶれる。
カップのふちから、紅茶が少し絵里の指先にかかる。
「だ、大丈夫?!」
あさ美にハンカチを渡される。
断って、自分のハンカチでぬぐう。
- 509 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:09
- あさ美がまた苦笑した。
「言いたくないなら、いいけどね」
空になったカップと、クッキーが並べてあったお皿をあさ美が台所に持っていく。
すでに辺りは暗い。
「あ、私もやる」
絵里は自分のカップの残りも飲み干すと、立ち上がった。
「絵里ちゃんったら、恥ずかしがっちゃって」
いいけどと言ったのにあさ美はまだ食い下がってきた。
無意識に絵里の唇がとがる。
「そんな、紺野さんだって…。
一番最初に、白薔薇さま…真希さまをお姉さまと呼んだのはどんな時でした?」
「私の場合は、ごく自然に」
「その、ごく自然がどんな感じだったのかが知りたいのに」
今度はあさ美が困ったように頬をふくらませた。それでも、何か思い出すように言う。
「うーん…そうだなぁ…」
何か参考に…というより、純粋にあさ美たち姉妹に関して興味がある。
表だってべたべたとすることがないのに、どこかつながっているような2人。
- 510 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:09
- ギィっと、突然ドアが開いたのはそのときだった。
実際には前触れはあったのだろうが、たぶん見逃していたのだろう。
3人分の悲鳴が響き渡る。
「あ、亜弥さま…」
最初に立ち直ったのは絵里だった。
はっとしたように、ドアを開けた人物…亜弥は驚きをかき消す。
「あ、あなたちまだ居たの? 電気ぐらいつけなさいよ」
壁のスイッチをおし、部屋の中央までくる亜弥。
台所での仕事が終わった絵里とあさ美は、亜弥につられるようにテーブルに戻る。
「亜弥さま、用事はおわったんですか?」
あさ美が首をかしげる。
「ええ。終わったわ!」
誇らしげに亜弥はテーブルの上に手を置く。
そんなにえらそうに言うことではない。我が姉ながら理解できず、絵里は亜弥の顔をみつめる。
- 511 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:10
- 「どこみてるのよ、絵里」
視線を落とす。テーブルには、亜弥の手に押さえられて白い紙があった。
「…それ?」
「応募用紙よ」
亜弥が紙を裏返してみせる。
岡田唯、と書かれている。
「…亜弥さまのお知り合い誰ですか?」
応募用紙を受け取って、絵里が清書した名札に重ねながらあさ美が言う。
「知らないけど…。
とりあえず、1年生と2年生の人数がそろったじゃない? 届けにきたのよ」
胸を張って亜弥。
どこでどう勧誘したのかわからないが、これでつつがないお茶会が行われる…はず。
「すごいです、亜弥さま」
わざとらしく絵里は野次をとばす。
「すごいです」
あさ美も手伝ってくれる。
- 512 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:10
- 岡田唯。
同じ1年生だけど会ったことはない。
クラスの代表委員で、代表委員とは2ヶ月に1回の総会に出る係。
山百合会や各委員会からの伝達事項をクラスに伝える係り。
それが終わったときに、向こうから応募用紙を渡してきたらしい。
どうやら亜弥は山百合会の仕事をしていたらしい。
それならそうと言ってくれればいいのに、個人的な用事だと思い込んで亜弥の勝手にお茶を飲んでしまった絵里は胸が痛い。
いざとなったらあさ美も同罪だが。
- 513 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:16
- + + + + +
携帯電話が、メールの受信を知らせるライトを照らしている。
学校から帰宅して薄暗い自分の部屋のベッドにその光をみつけた梨華は、思わずその小さな機械に駆け寄る。
「ひとみちゃん…」
震える手でボタンを押す。
心臓がそれと分かるほどに高鳴っている。
『三好絵梨香』
緊張していた自分が馬鹿馬鹿しくて、思わず梨華は笑みを作る。
そして一瞬でもがっかりしてしまったこを絵梨香に対して申し訳ないと重いながら、すぐに返信を返す。
床に座り込んでいたことに気づき、ベッドに腰をかける。
ひとみと会えない事がとても寂しかった。
今週、山百合会で『お茶会』がある。
ひとみの妹探しの場所。それを結局、ひとみ本人の口から聞くことはなかった。
仲直りがしたい、と思う。
冷静に話がしたい。できれば他の人を巻き込まないところで。
- 514 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/12(火) 17:17
- 『今週の日曜日、午後3時にいつもの喫茶店で会えないかな?
話がしたいの。ひとみちゃんが来るまで待ってるから』
もう1度、携帯にメールを打ち込む。
ひとみとは小さいころからずっと一緒だった。
学年は1つ違うとはいえ、生まれた年は同じ。学校でも姉妹であると同時に、親友だと思ってきた。
なのに。
今、梨華はひとみに直接話しに行くこともできずに機械を頼っている。
なんということはないのに、何度も書き直しながら送ったメールは、ひとみの携帯には無機質な活字としてしか映らないのだろうか。
- 515 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/13(水) 02:45
- 更新乙です。初書き込みです。更新されてるっ!
黄薔薇さまとそのつぼみの続きが気になる…
これからも頑張ってください
- 516 名前:名無し作者A 投稿日:2005/07/14(木) 00:40
- ミスが多くてすいません。
脳内変換をお願いします。変換できない決定的なミスがあったら、どうかご指摘ください。
>>515
初レスありがとうございます! うれしいです。
黄薔薇2人は、まだまだいろいろありそうです。
頑張ります、お付き合いください。
- 517 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/14(木) 00:40
- + + + + + + +
「あれ、梨華ちゃん…お客さん?」
母親の手作りお菓子を片手に、勝手知ったる他人の家…とインターフォンもなしに玄関を開けたひとみ。
しかし、そこには女の子が3人居た。
彼女の姉であり、たずねてきた目的でもある石川梨華。
そして知らない女の子が2人。
挨拶をすることも忘れて、ひとみの口からでたのは疑問だった。
「えっと…うん。お客さん」
たどたどしく、ひとみのセリフを繰り返す梨華。
「はじめまして。三好絵梨香です」
人であふれていた玄関から一歩外に出て、髪の短い女の子がにっこりひとみに笑いかけてくれる。
三好絵梨香。
最近、山百合会に手伝いで顔をだすようになった女の子、亀井絵里と似た名前の相手。
けれどずいぶん受ける印象は違った。
- 518 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/14(木) 00:41
- 「あ、吉澤ひとみ、です」
「ヨシザワさん、よろしくね。それからこの子が…」
絵梨香は微笑むと、もう1人の連れを促す。
「岡田唯です」
オカダユイ。
「あ、あの、唯ちゃんはうちの学校の1年生なの」
梨華がつけたす。
「そうなんだ」
どうして梨華がその人たちと知り合いなのだろう。彼女たちは何なんだろう。
一番気になるところを、梨華は説明してくれない。
「それじゃ私たちはここで。
…石川さん、またね」
頭をさげて立ち去っていく2人。
ここからバス停まで数分の距離。
見送りをしたそうにしている梨華だったが、ひとみを置いていくつもりはないらしい。
そのことにほっとしながらひとみは聞く。
「誰?」
自分でもびっくりするほど不機嫌そうな声がでた。
びくっと体をゆらす梨華。年上の彼女のそんなしぐさが、妙に癇に障った。
- 519 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/14(木) 00:41
- 「あ、あのね。三好さんは…」
ミヨシさんは、お母さんの友達の娘さんで…。
玄関先で、サンダルをつっかけた梨華から明かされた話に目の前が真っ暗になるような気がした。
彼女との間に、知らないことなんてないと思ってたから。
- 520 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/14(木) 00:42
- はっと顔をあげる。
やりかけの宿題の上に、顔をふせて寝ていたらしい。
こわばった体を伸ばしながら、ひとみは起き上がる。
お茶会、のぞみの言葉を借りれば『妹オーディション』への参加者名簿。
ほとんどが知らない名前で埋め尽くされた1年生の中で、『岡田唯』という文字が目をひいた。
彼女を妹にすれば梨華を驚かせることができるだろうか。
そんなことを考えて、すぐにひとりで苦笑する。
唯だから妹にしたいのではなくて、妹が欲しいから唯を選ぶのか?
亜弥から言われたセリフを思い出してみる。
そのとき彼女と争った相手、絵里は今亜弥の妹として生き生きとしている。
初々しい2人を見ながら、やっぱり彼女を妹にしておけばよかったと思ったりする。
自分は変わっていない。
山百合会の幹部という立場上、妹が欲しいという動機を持つことは間違っていないと思う。
その動機のでどころが、『梨華へのあてつけ』だということを除けば。
- 521 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/14(木) 00:42
- まったく頭に入ってこないリーダーの教科書をとじる。
宿題は明日クラスメイトにみせてもらおうと、ひとみは机の脇の鞄に英語一式をしまいこむ。
そのとき、しまいっぱなしだった携帯にメールが受信されているのに気づいた。
- 522 名前:篝・由羅 投稿日:2005/07/14(木) 19:42
- 初書き込みです。更新待ってました。原作も読んでますがこっちも同じくらい楽しみにしてます。私としては絵里ちゃんにあいさつしてあげた愛ちゃんに好感を持ってるんでどんな行動に出る気にになります。
- 523 名前:名無し作者A 投稿日:2005/07/17(日) 01:16
- >>522 篝・由羅さま
初書き込みありがとうございます。とてもうれしいです。
キャラクターに関するコメントをいただけたことも、うれしいです。そんな風に思っていただけるんですね…。
これから先の愛ちゃんが好感に答えられるか気になります。
ぜひまたご意見を聞かせてください。
- 524 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:17
- 土曜日。
授業が終わってすぐ、絵里は自分の鞄に教科書を片付ける。
放課後、帰宅準備や部活の用意のためお弁当をだす生徒たちで教室は込み合っていた。
あさ美はすでに扉の前で絵里を待っている。
お茶会の当日。
山百合会の新人、絵里とあさ美には、裏方という大切な仕事がある。
「急いでるなら、授業の休み時間から片付けはじめればよかったのに」
聞き覚えのある声で指摘される。
言っていることはごもっともなので麻琴に反論はできない。
ロッカーに不要な教科書を片付けると、絵里はあさ美を振り返った。
「お待たせしました!」
「それじゃ、行こうか。
まこっちゃんごきげんよう」
「…ごきげんよう」
あさ美がかろやかに、あさ美につられるようにしぶしぶ絵里が、麻琴に挨拶をする。
「また来週」
麻琴が返してくれる。
お茶会に来ればいいのに、と絵里は思う。
この間まで、ひとみの妹の最有力候補だったのに。麻琴自身も、ひとみに憧れているようだったのに。
けれどそれを絵里が提案するのはあまりよくないような気がして、直接彼女を誘ってはいない。
- 525 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:18
- 朝のうちに1年生で準備が終わっていた薔薇の館には、すでに亜弥がきていた。
当事者のひとみは見当たらない。
慌ててかけこんできたあさ美と絵里に、自分だってはりきっているくせに亜弥があきれたように言う。
「まるでお祭りの準備でもしているみたい…」
「だって、そんな感じじゃないですか」
ちょっとむっとして、絵里は言う。
ずいぶん亜弥と緊張しないで言葉をかわせるようになってきた。
一方、あさ美は会場のチェックをはじめていたようだ。
「お茶の準備もできてますし、お菓子も料理部からいただけましたし。
ひとみさまの中に会自体の段取りはあるでしょうし、あとは参加者がくるだけ…です。
完璧です」
にっこり、絵里と亜弥を振り返る。
「そう。
じゃ、もう私たちの用は終わったわね。会場の受付しましょうか」
亜弥が立ち上がる。
「お茶会に参加しないんですか?」
すっかりその気だった絵里は、拍子抜けしたような気分になる。
- 526 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:18
- 「…何言ってるのよ、絵里。私たちには参加資格ないじゃない。
まさかあなた、ひとみの妹の座も狙ってるなんて言わないわよね…」
冗談とも本気ともとれないような表情で、亜弥が困ってみせる。
「…でも、手伝いとか、しないんですか?」
亜弥の言葉は流して、絵里はもう一度繰り返した。
「…しないわよ。
確かに気になるけど、私たちが出る幕じゃないでしょ。
ひとみのプライドもあるだろうし」
出る幕じゃない、という言葉はすっかりその気になっていた絵里をいさめるのに十分だった。
好奇心でお茶会をのぞいてみたかったわけじゃないと、否定しきれない自分が恥ずかしくなる。
- 527 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:19
-
薔薇の館の一階に机を出し、絵里が作った名札を並べる。
最初にやってきたのは新聞部員だった。
少し時間を置いて、ちらほらやってくる参加者たちに順番に札を渡していく。
露骨に絵里に不信の目を向ける顔だけ知っている同級生。
けれど側にあさ美と亜弥が居るためか、すぐに視線をそらす。
頑張ってね、と笑顔でメッセージをくれた2年生も居た。
うれしくなった思わず笑顔を返す絵里だが、その2年生の方も亜弥の目を気にしてかすぐに行ってしまう
高橋愛がきたのは、早いほうだった。
あさ美にも絵里にも声をかけず、背筋を伸ばして階段を上がっていく。
まるで何かに挑戦でもするように。
そして当のひとみがやってきたのは、すっかり人もそろうころだった。
- 528 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:19
- 「ごめん、遅くなった。部活に顔だしてからきたから」
薔薇の館1階の扉を開くと、手のひらで額の汗をぬぐうひとみ。
「しっかりしなさいよ」
眉をひそめる亜弥。
それには何も返さず、きょろきょろと辺りを見回す。
「あれ? 今日ごっちんは?」
「…ひとみ、あなた手伝ってもらえるとでも思ってたの?
だいたいほとんどの下準備を後輩や新聞部に任せて…。あなたが出した企画なんじゃなかったの?」
考えが甘いのよ、とか、いろいろ言いたいことはあったのだろう。
しかし亜弥がいらいらした口調で続ける前に、ひとみはさえぎった。
「だからさ、ちゃんと準備したし企画したじゃん」
「準備はほとんど絵里たちがやってたわ。企画は新聞部が」
「もともと新聞部企画だから。
絵里ちゃんとあさ美のお手伝いは、部活が忙しい私への善意だし。受け取ってたっていいでしょ」
亜弥は不愉快そうに眉をしかめる。
が、時間がせまっているためかそれ以上文句は言わなかった。
- 529 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:20
- ひとみは2年生のやりとりを見守っていた絵里たちを振り返る。
「じゃ、2人。手伝ってくれない?」
思わず絵里はあさ美をうかがう。
しかし彼女は絵里を気にせずに、すぐにうなずく。
自分でも優柔不断だと思いつつ、絵里は亜弥も伺う。
しかし亜弥も絵里をみてはいなかった。
「ちょっと、ひとみあなた…」
「主催者は、私と新聞部でしょ。
ただでえ手が少ないのに、私たちは参加者でもある。お手伝いが欲しいところ」
あさ美がもう一度、「かまいませんよ」とうなずく。
手伝いが必要だと言われたからには、絵里もうなずく。
「そ。絵里がいいならでなさい、私は帰るわ」
亜弥は首をすくめると、受付台を片付けはじめる。
階段を上り始めたひとみを絵里は慌てて追いかける。
「頑張りなさいよ、ひとみ」
なんだかんだ言って、誰よりも最初に薔薇の館に来て、すべての準備が終わったら帰る。
そんな亜弥が、絵里は好きだ。
- 530 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:20
-
- 531 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:20
- + + + + + +
まずは主催者のひとみが挨拶、順番に自己紹介。
それからお茶を配り、歓談が始まり、2時間でお開き。
新聞部があおったような『オーディション』色も見当たらず、ひとみにむらがる1年生も少なく…。
お茶会は実にスムーズに終わった。
ひとみの妹の座目当てを隠さない1年生がまったくいないわけじゃないけれど。
- 532 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:21
- 学園からバスで最寄り駅へ。
薔薇の館の後片付けまで手伝ってきたため、もう午後6時になろうとしていた。
結局、ずいぶん便利に使われてしまった。
けどにっこり笑ってひとみに礼を言われると、単純な絵里は恨む気になれない。
あさ美と手を振って別れた絵里は、もう1度バスを乗り換えるためにロータリーをまわる。
寒くなってきた。
たどりついたバス停の列の最後尾に立ち止まる。
平日の朝や夕方は混雑する路線も、土曜日の中途半端な時間には人が少ない。
前に並んでいる中年女性が持っているビニールをぼんやり眺めながら、絵里はそろそろマフラーを出そうなどと考えていた。
- 533 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:21
- 「えーり」
ぽんっと肩をたたかれる。
まったく意識していなかった絵里は、反射神経で振り返った。
「わ…」
悲鳴が出る。絵里の反応に驚いたようだが、悪びれずに声をかけてきた相手は笑う。
「さゆです」
「さ、さゆ…久しぶり」
彼女を名前で呼んだのは初めてかもしれない。
頼まれていないのに自己紹介したさゆみの、無言のリクエストに答えて絵里は挨拶する。
実際にそこまで久しぶりというわけではないが。
白いふわふわしたスカートに、濃いピンクのパーカー。
足元はスニーカーで、髪をたらしている。私服のさゆみは新鮮だった。
「そっか…土曜日は、中学校は休みだもんね」
「うん。
だから、私立学校説明会に行ってきたの。絵里は今日、学校だったのね?」
うなずく。
学校説明会は、絵里も覚えていた。
私塾が主催する説明会で、近所の私立中高から数人ずつ教師が派遣され、学校ごとにコーナーをつくる。
そこに学生や保護者が訪れて、気になるコーナーを訪れて質問をする…というもので絵里は母親に付き添ってもらっていた。
さゆみに連れがいるようには見えない。
「今日はお茶会だったの」
そのことには触れてはいけないような気がして、絵里は言う。
- 534 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:21
- 「お茶会? 優雅ね」
さゆみが繰り返すと、本当に優雅に聞こえるから不思議だ。
「うん。
でも実質、妹オーディション…集団お見合いっていうのかな」
「お見合い? オーディション?」
「そう。
姉妹が居ない人が、姉妹を見つける場所で。
黄薔薇のつぼみも参加してたから、彼女の妹を探すオーディションでもある…みたいな感じかしら。
あ、薔薇さまってわかる?」
さゆみはうなずく。
「それは、もちろん。
山百合会に入っている絵里がうらやましい、とさゆみは先をうながす。
お茶会の様子、1年生からひとみへのアピールの話などを、人物の実名を出さずかいつまんでさゆみに話す。
姉妹制度や薔薇制度を直接知っているわけではないさゆみにどれだけ話が通じるかわからなかったが…。
しばらくしてやってきたバスに、始終おもしろそうに相槌をうっていたさゆみと乗り込み、一番後ろの座席に並んで座る。
- 535 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:22
- 「…そんなことがあったの、おもしろい。
黄薔薇のつぼみに妹がきまったら、ぜひ教えて」
「もちろん」
話が途切れて、沈黙がおとづれる。
まだ知り合ってまもないさゆみとの無言の空間は、絵里にとって少し気まずいものだった。
バスが最寄の停留所につくまで、もう少し時間がある。
学校説明会の様子など当たり障りのない会話を切り出そうとした絵里より少し早く、さゆみが口を開く。
「れいなとは、仲直りできたみたいね」
「うん、おかげさまで」
うなずきながら、反射的に絵里は自分がさゆみに見せてしまった醜態を思い出す。
年下のさゆみに八つ当たりして、泣きついて、しまいには泣きつかれて眠ってしまったのだ。
あまり考えたくない記憶だったが…。
「あの時はごめんなさい。
私、何か散々お世話になっちゃって」
言い損ねていたお礼を、話がでたのを機会とばかりに絵里は伝える。
ついでにその場で軽く頭もさげる。
- 536 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:23
- 「そんな。
…そんなつもりじゃないの、絵里」
珍しくさゆみは焦ったような声をだした。
「私は、絵里とれいなは仲がいいなって…。
そんなことが言いたかったの。無神経だったかしら」
「ううん、感謝してるの。さゆが居なかったらまだれいなとうまく話せてなかったかもしれないし」
べったりと、同じ世界をれいなとは生きてきた。
それが絵里にとって心地よくもあった。
けれど絵里が山百合会に入って、亜弥という大切な相手ができてから…。
れいなにも、さゆみというもう1人の親友ができてから、れいなとは喧嘩が増えてきた。
原因はわかっているのに、絵里はどう対処したらいいのかわからない。
「そんなことないと思う。
でも絵里、ちゃんとれいなにもかまってあげて」
うなずく。
さゆみは、絵里とれいなのすれ違いの原因に気づいているんだと思う。
「さゆに借りができちゃった。何かあったら私を頼って」
絵里は明るく話をそらした。
まだ、絵里の中でれいなとの関係についての整理はついていない。
さゆみは何か意見を持っているのかもしれないが、今はそれを聞きたくなかった。
- 537 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:23
- 「じゃ、早速頼ってもいいかしら」
降車を知らせるブザーを、さゆみが細い指で押す。
いつの間にか、バスは絵里たちの家の近所まできていた。
「いいけど…?」
首をかしげてみせる。
「私の家につくまでに、暗くて怖いところがあるの。
絵里の帰りはさゆの家の人に送ってもらうから、バス停から家まで付き合ってくれない?」
お安い御用だ、と絵里はうなずく。
それでこの間かけてしまった迷惑が少しでも返せるなら、願ってもない。
- 538 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:24
- + + + +
バス停からさゆみの家までは、5分弱らしい。
いつもさゆみと会うのはれいなの家で、彼女の家の場所を絵里は知らなかった。
けれど、高級住宅街の一角にさゆみが住んでいるというのはイメージ通りかもしれない。
「この坂をあがり切ったところなの」
「それじゃ、眺めいいでしょ?」
「なかなかいいわ」
さらりと肯定される。さゆみが言うと自慢に聞こえない。
絵里はきょろきょろと辺りを見回す。
それなりに幅がある道で、街灯はきちんと設置されていて、道路の両脇には住宅。
もう少し遅い時間ならとにかく、さゆみが言うほど暗い道も危ない道も見あたらない。
- 539 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:24
- 「うちにはね、週に6日お手伝いさんが来てるの」
さゆみが唐突に言う。
「お手伝いさんが?」
「お父さんと離婚してから、お母さんはますます会社が忙しくなったから。
さゆも受験生だし、誰も家事ができないから」
「…会社勤めしてるんだ」
「お母さん、社長さんなの」
「すごい」
絵里は素直に感嘆の声をもらした。
親が社長という友達は学校にたくさん居るが、地元では初めてだったから。
しかしすぐに、さゆみのセリフを思い出す。
お父さんと…。
絵里が思い出しきる前に、さゆみは先を続けた。
「お手伝いさんはね、朝ご飯とお弁当を作ってくれて、掃除して、昼には帰っちゃうの。
ご飯は作りおきだけど、なかなかおいしいの」
さゆみがぴたりと立ち止まった。
一歩遅れて歩いていた絵里は、さゆみの肩にぶつかりそうになる。
- 540 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:26
- 周りに見劣りしない大きさの、センスがいい白い家。
門には『道重』という札がついている。
どこにも明かりがついていないその建物が街灯に淡く照らされて、庭木が影を作っている。
家が大きいために、まるで何かが潜んでいそうだった。
「ここに2人で住んでるの」
さゆみが振り返ってにっこり笑う。
「すごいでしょ?」
彼女は駅であったときからずっと調子がかわらない。
お茶会の話をしていたときと同じ明るさで、無邪気に自慢する。
絵里は何を言ったらいいのかわからず、『暗くて怖い』場所にいどむさゆみの手をぎゅっと握り締める。
「お母さん、土曜日は8時には帰ってくるの。
ごめんね、そしたら絵里のこと車で送ってもらうから」
絵里に左手を握られたままさゆみがドアの鍵をあけ始める。
「…そうなんだ、お願いしようかな」
絵里の家まではあまり遠くない。
けれど、誰かを頼らずにいられないのであろうさゆみが可愛そうで、絵里はうなずいた。
そしてすぐに、可愛そうだと思ってしまったことを表にださないようにしようと思う。
- 541 名前:タンポポの章 投稿日:2005/07/17(日) 01:27
- 絵里はうつむいて、力をいれすぎていた手をそっとゆるめる。
さゆみの手は温かくも冷たくもなく、しっとりとしていた。
- 542 名前:名無し作者A 投稿日:2005/07/17(日) 01:30
- この連休は今日しか更新ができないと思うので、ためてあった物を一気にあげました。
もともと設定はあったのですが、いきなり風呂敷を広げすぎてしまった気がします…。
次の更新も、多分広げてしまいます。
感想、ぜひ聞かせてください。
- 543 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/20(水) 20:54
- 更新お疲れさまです。気になる人の名前が出てきて、ますます目が離せません。
おすすめされた原作も全部読んでみましたが
こちらの配役のイメージが浮かんできたおかげで、とても楽しかったです。
大きな風呂敷大歓迎!次回をまったりとお待ちしております。
- 544 名前:あみ 投稿日:2005/08/01(月) 03:42
- 初めて読んだのですが、すっごく面白くて、最初から全部読みきってしまいました!
マリ見て(原作)も全部ではないのですが、読んでいました。
結構、変えてあるのですね★
更新、すっごく楽しみにしています♪♪
個人的には真希ちゃんファンなので、活躍に期待してますw
祥子さまポジにあややがきてるのはちょっと意外だけど、おもしろいですvv
- 545 名前:名無し作者A 投稿日:2005/08/06(土) 17:52
- 宣言はどこにいったのか、すっかり遅くなりました。
>>543 名無し飼育さま
気になる人の名前…あちらとあちらどちらのことでしょう。
こちらのことを先に知って原作を読んでくださったのですね?!
すごくうれしいです。
風呂敷がどんどん別の方向に行ってます…。でてきてしまった謎、すべて収集するつもりですがどうなるやら…。
これからもお付き合いして下さるとうれしいです。
>>あみさま
はじめまして。長い話を読みきってくださり、ありがとうございます。
原作の雰囲気をベースにしたかったはずがだいぶ変わってしまいました。
こんな展開はどうなんでしょう…よければご意見聞かせてください。
あややのポジションはすぐに決まったのですが、意外だったでしょうか?
よろしければ今後もお付き合いください。…後藤さんの活躍、なるべく早く頑張りますので。
- 546 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 17:58
-
+ + + + + + +
「えっと、今日は皆きてくれてありがとう。
私は吉澤ひとみです。
バレー部所属、好きな教科は体育かな。
えーっと…以上。
短いかな?
今日は、できるだけ皆と話したいと思う」
しどろもどろの自己紹介を終えて、ひとみは席に座る。
すぐにのぞみが引き継ぐ。
「新聞部部長、辻のぞみです。
今回のお茶会の企画を手伝わせてもらいました。
素敵な1年生と、お近づきになれたらうれしいです」
のぞみに自己アピールは一切ない。
彼女の動きにあわせて、ポニーテールがゆらゆらと揺れた。
のぞみについで里沙が、そして参加者たちが席順に自己紹介をしていく。
ひとみは1人1人チェックしていく。
どうしても外見で選んでしまう。あの子は好みだ、とか、あの子は私の妹タイプじゃない、とか。
- 547 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 17:59
- 「高橋愛です」
すっと立ち上がった1年生はひとみのタイプだった。
参加者の中でもひときわ目をひく、ダンス部所属の評判の美人。
彼女は姉を持っていないが、誰も申し込まなかったわけじゃない。何人もが断られたと聞いた。
「お茶会を楽しみにしていました。
部活はダンスで、趣味は読書です。もし、ひとみさまの妹になれたらうれしいです」
少し部屋がざわめくが、すぐに静まる。
ひとみはまじまじと愛をみつめる。愛は、思いのほか強い視線でみつめかえしてきた。
しかしすぐに視線をそらし、もう一度腰をかける。
そこからの先の自己紹介が頭に残らないぐらい彼女の印象は強烈だった。
けれどもう1人、一番最後に立ち上がった相手も気になった。
「岡田唯です」
どこかおっとりとした雰囲気。
1度しか会ったことはないが、彼女のことはきちんと覚えている。
「黄薔薇のつぼみとお近づきになれたらと思っていました。
今日、こうしてお茶会に参加できたことがうれしいです」
相手をしぼったアピール。
愛と違って、唯はひとみと目が合うとふんわり笑った。
- 548 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 17:59
- ベッドに乱暴に体を投げ出すと、ひとみは目を閉じた。
スプリングの抵抗が心地いい。
濡れた髪がシーツをしめらせていく。悪いとは思うが、起き上がって乾かそうという気になれない。
「高橋…愛…。岡田…唯」
どちらも可愛らしい子だった。
「それが妹候補?」
友人に聞かれる。お茶会の様子から説明するのが面倒で、ひとみは答えずに寝返りをうつ。
「ちょっと、そんなところに寝られると私が入るスペースないじゃん」
真希は困ったように言う。
「私のベッドなのに」
- 549 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:00
-
- 550 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:00
-
体はいくつも不調を訴えていた。
朝から食欲がない。
緊張で胃が痛むし、よく眠れなかったせいで顔色が悪い。
梨華はお気に入りのセーターに巻きスカートを着ると、髪型もしっかりとセットする。
きちんと身だしなみを整えたかった。
最寄り駅の行きつけの喫茶店は図書館の前にあった。
雰囲気のいい店なのだが、入り口が狭い階段だからが、すぐ通りの向こうにメジャーな店があるためか、いつもすいていた。
- 551 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:01
- + + + +
いつもの駅は、休日のためか多少人手が多い。
「本当にきてくださったんですね、ひとみさま」
岡田唯は、うれしそうににっこりと微笑んだ。
どことなくふわふわとした唯の服のコーディネートは、ボーイッシュなひとみと並んで歩くのにぴったりだった。
ひとみはふと、思い出したくない人物を浮かべる。
「待ちぼうけするかもって思ってました」
が、唯のつぶやきで現実に引き戻される。
学校の最寄駅。
平日はスーツや学生服が多いが、今日は色とりどりの服がちらばっている。
- 552 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:01
- 「…私、遅れてないよね」
1日前のお茶会。
真剣な顔をした唯が、小声で約束をとりつけたのはフリータイムの後半だった。
『私、待っていますから』
ひとみの返事を、唯は聞かなかった。
「えぇ、私が勝手に早く来て、勝手に気をもんでたんです。
1日中突っ立ってるのも覚悟でした。
…って、こんなこという必要ないですよね。
どこに行きたいところありますか?」
うれしそうに唯が聞く。
「別に」
肩をすくめる。
このデートには乗り気じゃないと示すように。
「じゃあ、水族館いきません?
ちょっと電車使いますけど…」
しかし唯に気にしている様子はない。
切符売り場に行くと、料金板を確かめもせずにボタンを押していく。
- 553 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:01
- 「ちょっと、私が出すよ」
ぼんやりと眺めていたひとみは、唯が財布からお金を取り出したところで気づき、慌てて後ろから千円札を差し出す。
「でも、私が誘ったんですし」
「誘いを受けたのは私。
こっちが年上なんだから」
プライドのようなものだ。
…しかし唯も譲らず、2人で他人の迷惑に気づかずしばらく販売機の前で押し問答をした後、割り勘で落ち着く。
自分の分は自分で。
「あ、私は定期あるので」
唯は改札機を通り抜ける。
…わざわざ唯は、ひとみの最寄り駅まで迎えにきたということだ。
向こうから誘ってきたのだし、ひとみは唯の住んでいる場所を知らないし、当然といえば当然だが…。
何となく落ち着かなかった。
- 554 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:02
-
安く、とても美味しいというわけではないが不味くはない飲み物と、邪魔にならない程度に流れるクラシック。
休日など、図書館に寄った後ここで本を読んだり勉強をするのが梨華は好きだった。
ひとみがついてくると勉強より話し込んでしまう。
それも好きだった。
- 555 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:02
- + + + +
いるかのショーは見事だった。
ペンギンの泳ぎ方は不思議で、餌付けされたアザラシも可愛らしい。
久しぶりの水族館を、ほぼ初対面に近い相手と来たことも忘れてひとみは楽しんだ。
敷地内の喫茶店で向き合って座りながら、お互いに好きなケーキを注文する。
全体的に青く、チーズケーキが不思議な色に染まっている。
喫茶店の周りには壁のかわりに水槽が張り巡らされていて、見目がよい魚が泳ぎまわっていた。
「可愛いですね」
きっちりとケーキを切って、口元に運びながら唯が言った。
ひとみをすりぬけてその視線が後ろの水槽に向いている。つられるようにそれを追いかけてから、ひとみもうなずいた。
「そうだね」
それきり、会話は続かない。
フォークと皿が触れ合う、とがった音が妙に耳に響いた。
- 556 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:03
- 「そういえば。
今日、どうして私を呼び出したの?」
気になっていたけど、タイミングを逃していた質問。
いまさらだとは思うが、雰囲気におされて素直にでた。
「どうしてって…ひとみさまと一緒におでかけしたかったからです」
本当にひとみのファンでいてくれる子なら言えないようなことを、さらっと唯は答える。
「だから…どうして私とでかけたいって思ってくれたわけ?」
「ひとみさまに興味があったからです」
きりがない、とため息をつく。
けれど、予測できない答えがどこか楽しかった。
「それじゃ、ひとみさまはどうして今日きたんですか?」
少し浮かれた気持ちが、またすとんと元の位置に戻る。
唯が、ひとみにとってしまっておきたい部分を蒸し返そうとしているのが分かったからだ。
- 557 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:03
- 「どうしてって、唯ちゃんが誘ったからでしょ」
知らず知らず、ひとみ自身も質問をはぐらかすような物言いをしていた。
「そうじゃなくて。
どうして、私の誘いに乗ってくれたんですか?」
「…興味があったから」
本当は黙り込みたかった。唯が下級生で、ひとみにとって弱みをみせたくない相手じゃなければそうしただろう。
「ひとみさまが私に興味を持ってくださったのは…」
フォークを机の上におろして、唯はつぶやく。
「私が、黄薔薇さまと働くことになっているからですよね」
- 558 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:04
- + + + + + + +
時計に目をやる。
午後7時前。
いくら客が少ないとはいえ、そろそろ店員の目が痛くなってくる。
何杯目かのコーヒーを飲み干すと、梨華は立ち上がった。
図書館は閉館間際で、どんどん人が吐き出されていく。
喫茶店から出たものの行くあてもなく、梨華は建物の前のスペースのベンチに腰をかけた。
待っていると言ったからには、ひとみがくるまで帰るわけにはいかない。
デートにでも行くような格好で何もせず座っている梨華に、通り過ぎる人が奇異の目を向ける。
図書館の明かりが完全に消え、街灯に照らされる。
しばらくしてから、行きつけの喫茶店の明かりも消える。
お手ごろなモーニングセットも販売しているこの店は、個人営業のためか朝も夜も早い。
大きく息を吐き出すと、かすかに白く染まった。
体が震えているのは、寒いかららしい。
時計を見る気になれず、梨華は目を閉じる。
連絡を残さずに家をでてきてしまった。門限があるわけではないが、梨華はめったに帰りが遅くはならない。
家では心配しているだろうか。
- 559 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:04
- 頬に温かさを感じる。
「ココで寝るのは、まずいんじゃないの?」
寝ているつもりはないのに。
「梨華ちゃん大丈夫?」
…待ち人がこないだけなんです。
「梨華ちゃん?」
少し焦ったような声とともに、梨華の頬に固い感触がふれる。
「熱っ」
一気に目が覚める。
真っ暗な図書館。
人通りがほとんどとだえた道。かすかに光る街灯。
「寝てたんだ…」
「寝てたね」
すぐ側から聞こえてくる、慣れた声。
- 560 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:04
- 「美貴ちゃん」
ハンカチに包んだ缶ジュースを抱えて、親友がたっていた。
先ほど梨華に押し付けられたのは、ハンカチが包んでいない部分だろう。
「どうして…?」
この週末で久しぶりにだした声は、寒さのためか落ち込んだ気持ちのためか、かすれてきしんだような感触だった。
「迎えに来たの」
ジーパンに、少し大きめのパーカーを羽織った美貴。
毛糸の白く長いマフラーが、少し息をきらせた彼女の首を覆っていた。
「ごっちんから連絡があって」
美貴は自然に右手の紅茶を梨華に渡してくれる。コーヒーは美貴の分らしい。
缶はとても熱く、自分が凍えていたことに気づく。
「何でごっちんが…」
「昨日から、ごっちんの家によっすぃーがきてたらしくて」
一度、美貴は言葉を切る。
梨華のショックをうかがうように。
真希という名前は今はほとんど頭に入ってこなかった。やはりひとみは、梨華のメールを見ていたらしい。
「よっすぃーがメールボックスを整理しているのを盗みみちゃったって。
よっすぃーは昼過ぎにふらっといなくなったまま連絡がつかないらしくて…。
待ち合わせに行ったのかもって、ごっちんが念のため梨華ちゃんの家に電話かけたら、まだ帰ってないっていうから…」
美貴は一気に説明すると、言葉を切った。
- 561 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:05
- 「ごっちんはよっすぃーを探してる。
こっちには私が慌てて来たんだから」
バカじゃないの、と頭に手をのせられる。
乱暴な言葉とは裏腹に、とても優しい響きがあった。缶を持っていたせいか美貴の手は熱く、じんわりと温かさが広がる。
美貴に優しくされたことで、急に涙があふれた。
愛想をつかされてしまった。
ひとみはメールをみて、それでも来ないことを選んだ。
それだけではなく家をでたのは、完全に梨華に干渉されるのが嫌だったのか…。
もう、おしまいだ。
暴れだしたような、まるで体を切られるようなたまらない切なさが梨華を襲う。
「ちょっと」
美貴は梨華の前にしゃがみこむと缶を受け取り、プルトックをあけてもう1度渡してくれる。
「飲んで、ほら、落ち着くから」
嗚咽のせいで何度もひっかりながら、進められるがままに一口飲み干す。
甘いミルクティーだった。
「ひっく…」
呼吸が安定しない梨華の背中を美貴がさすってくれる。
本当にうれしくて、それがなぜか悲しさを助長させて、しばらく梨華泣き続けた。
- 562 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:05
- 「喧嘩の原因は進路?」
目がはれぼったくて、何か重たいものが入っている感じがする。
残りのミルクティーをゆっくり飲み干しながら、梨華はうなずいた。
今日は美貴の家に泊まる、と連絡をいれた。
いつもならだらしないと小言のひとつもあるのだが、今日は責められなかった。
ひとみと喧嘩していることに気づいていたのかもしれない。
- 563 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:06
-
「この間の、美貴ちゃんと亜弥ちゃんの喧嘩も…。
進路が原因だよね」
「そういう時期だしね」
否定せず、美貴はうなずいた。
彼女もコーヒーに口をつけている。もうすっかり冷めているだろう。
「美貴ちゃんは、亜弥ちゃんのために留学を諦めたこと後悔してない?」
声は相変わらずかすれていた。
「…あきらめる?」
「思いつめて、うまく話まで作り替えて」
「何の話よ」
「…いいの、私が感じただけだから」
梨華、美貴、絵里、亜弥。そしてあさ美と真希。
それぞれ同じ出来事が、それぞれの中で違う物語となっている。
「亜弥ちゃんは、絵里ちゃんが来てから変わった」
しばらくして美貴が言ったのは、ぜんぜん違うことだった。
梨華は少し笑う。
「そうね。
去年、美貴ちゃんが亜弥ちゃんで変わったみたいに」
- 564 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:06
- 「…梨華ちゃんは、よっすぃーがきたからって変わらなかったよね」
「生まれたときからの付き合いだもの」
冷たくなった缶を、梨華は両手で包み込む。
「私のお姉さまのこと、覚えてる?」
自分でも話が脈絡なく飛んでいると思う。
美貴が不思議そうに黙る気配がしたが、すぐに答えてくれる。
「そりゃ、忘れるわけないじゃん」
「…校則違反のアルバイトをしてて。
推薦が決まってたのに、社員登用を目指してフリーターになちゃって」
- 565 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:06
- 『今、日本料理亭で働いてるんだ。
天職かもしれない』
梨華よりずっと身長の低い彼女の姉だったが、存在感は誰よりもあった。
入学してからすぐ姉妹の申し込みをされて、彼女に惹かれるようにロザリオを受け取った。
よくからかわれたし、度が過ぎて喧嘩になることも何度もあった。
梨華の妹ばかり可愛がっていて、一時もしかするとひとみとお近づきになるために姉妹になったのかと本気で心配した。
「推薦を蹴ったことでまずもめて。
アルバイトがばれて、またもめて。あわや、卒業間近で退学の危機になっちゃって…」
それでも貫き通した。
彼女を自分勝手だと評価する人も居るだろうけど、梨華にとってはやっぱりかっこよかった。
『ね、梨華ちゃん。
私さ、梨華ちゃんの姉になれて幸せだったよ。この2年幸せだった』
卒業式の日に梨華の頭を叩いてくれた彼女。
ほとんど見ることがなかった彼女の真顔。
- 566 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:07
- 「私も夢を諦めなくていいんじゃないかって思って。
オーディション、受けたの。劇団の」
「は?」
唐突に切り替わった話に、美貴が目を丸くする。
予想通りの反応。
「ダメだったけど。
そこは多少、歌もあるところで…歌唱力がたりないって」
「……」
美貴がなんともいえないような顔をする。
梨華が歌うと顔をしかめるくせに、いつもカラオケに誘ってくる美貴。
梨華は少し余裕を取り戻して、口の端を上にあげた。
「でも、審査員のひとりがなぜか私を認めてくれて。
トレーニングを受ければ、舞台にたてるかもしれないって」
「舞台に?」
「ええ」
腫れた目ではこっけいだろうと思ったが、今度はきちんと微笑んでみせる。
美貴は完全に固まっていた。
「その審査員が、みつけてくれたコーチがお母さんの友達で…。
コーチの娘さんと、もう1人、オーディションからひきぬかれた子と一緒に。
劇団で修行させてもらうの。寮に入って」
- 567 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:08
-
「本気?」
「もちろん、本気よ」
小さい頃からの夢だった。
大学に行くことは、留学をすることは…。
これ以外の夢は、きっといつかは果たせる。
けど、このチャンスを逃したら一生後悔する。
「そんな…。
前もって話してくれてもよかったのに、そんな、決まってから」
「ひとみちゃんもそんな風に言ってた。
…私、自分の夢を公言するのが怖くて、叶わなかったときの逃げ道を作ってたんだ」
いきなり結果だけ告げたんじゃひとみが傷つくって、本当は分かっていたはずなのに。
「ひとみちゃんが怒るのは、当然だと思う。
お姉さまに勇気をもらったつもりだったのに、やっぱり私は私なのかしら。
もう、おしまいなのかな。
わかってもらえないのかな。私、ひとみちゃんとこのまま仲直りできないのかな…」
また涙がでそうになって、黙って梨華をみている美貴の視線から逃げるようにうつむく。
- 568 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:08
- 「泣いたって…仕方ないよね」
美貴の気配が、もう少し梨華に近くなった。
「泣けばいいじゃん。ここに、梨華ちゃんを責める人はいないんだから」
言いたいことがあるのは美貴も同じだろうに、もう1度優しく背中をたたいてくれた。
ぽんぽんと、リズムをつけて。
- 569 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:09
-
+ + + + + +
役者になりたいって、昔から本気で思ってたわけじゃないです。
けど、中学の時の演劇部の先輩がずっと志してて。
先輩のお母様が演劇の世界に居たらしくて。
子供の頃からの夢、だったんだそうです。
けど、高校を卒業するまではデビューさせてもらえないって約束だったらしくて。
…その人がすごく輝いて見えて、気づいたらつられるように練習してはったんです。
先輩は私のこと、可愛がってくれました。
熱心な後輩として。
絵梨香先輩にも、憧れてる人がいたそうなんです。
その人は、絵梨香先輩のお母様の…学生時代の親友の娘さんで。
何度か会ってたらしくて、同じ年なんだけどとても綺麗なんだよって言ってました。
いつかブラウン菅の中でみるかもしれないって。
おもしろく、なかったです。
私はみたこともない人に嫉妬してました。
ひとみさま、もう誰だかわかりますよね?
- 570 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:09
- 先輩は2つ上だったから、一緒に居られる時間は長くなかったんです。
でもいろんなこと、一緒にさせてもらいました。
部活に最後まで居残って、いつも遅くまでやってた先輩と二人乗りして帰ったり。
家にもつれてってもらったことあります。たまたまいらした先輩のお母さんは…厳しそうで優しそうで綺麗な人でした。
私は、中学の半ばで東京にひっこすことになって。
そのとき先輩のお母さんの紹介もあって、今の学校を受けたんです。
おっとりとした校風だから…途中から東京の公立に転校するよりいいだろうって。
転入試験、難しかったです。でも、何とかなりました。
本当、そのぐらい仲良くさせてもらってました。
先輩との交流だって、もちろん続いてました。
先輩が劇団のオーディションを受けるってこと聞いて、私も受けようと思うぐらいに…憧れもあせてませんでした。
- 571 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:11
- 私が合格確実だって思ってた先輩は、落とされました。
親の七光りだって言わせないために先輩のお母さんが辛く評価されたのかもしれません。
私も不合格でした。
けど、条件付きでデビューできるチャンスが残されてました。
先輩と一緒に。
他にも何人か候補者は居ました。
石川梨華さま…とか。
その人が、先輩がよく話していてくれた人だなんて初めて知りました。
まさか、同じ学校だったなんてことも。
黄薔薇さまはとても人気があって、先輩が憧れてたって事情もよくわかりました。
…先輩に頼んで、梨華さまを紹介してもらったときにひとみさまに会ったんですよね。
憧れの梨華さまと数年ぶりにあったはずの輩は、いつもの元気がありませんでした。
梨華さまがひとみさまの話ばかりするから。
帰り際に…ひとみさまがいらっしゃったとたんに私たちなんて目に入らない様子だったから。
…昔からのことだったんでしょうけど。
私は、先輩の気持ち初めて知りました。
梨華さまを紹介して欲しいなんて、頼まなければよかったと思いました。
私は先輩を好きだから…先輩に幸せになって欲しいと思ってました。
- 572 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:12
- そのために、先輩が好きな人が、好きな人のこと知りたいと思ったんです。
気づいたら自分でもおかしいと思うぐらい大胆な行動をしてました。
私は、ひとみさまが梨華さまにふさわしいとは思えません。
けどひとみさまのことは嫌いじゃないです。
私…いったい何がしたいのか自分でもわかりません。
ひとみさまにも先輩にも幸せに欲しい。
- 573 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:13
- + + + + +
帰り道、ひとみはほとんどしゃべることができなかった。
唯の機嫌は、ひとみには読めない。しかし、不機嫌そうではなかった。
ひとみが切符を、唯が定期券を通して改札に入る。
自然とひとみについてくるそぶりをみせる唯を、ひとみは立ち止まって制した。
駅構内。
ちょうど真ん中に立ち止まった2人を気に留めることなく、人々が流れていく。
「唯ちゃんの家、あっちでしょ」
定期を見たときに、この駅からひとみの家までとは反対方向だとわかった。
こくりと、唯はうなずく。
「ごめん。
私…送っていける気分じゃないけど。ついてこなくていいから」
「だって私が誘ったんですから。
このぐらい、やらせてください…邪魔じゃなければ」
「…そういうわけじゃないけど。
割り勘のお出かけだったわけだし、帰りだって平等にしようよ」
邪魔だといいきればよかったのかもしれないが、ひとみはそんな気にもなれなかった。
実際、不思議なことに唯に反感があるわけではなかったし、それをやったら完全にひとみの負けだと思ったから。
- 574 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:13
- 唯は迷うように首をかしげている。そのそぶりはどことなく子供っぽかった。
「…唯ちゃんは。
劇団の修行をするために、学校を中退するの?」
不思議そうに瞬きをした唯は、すぐにうなずいた。
「はい。
もう、学校長にも話は通してあります」
「いいの?
演劇のために…学歴諦めても」
せっかく私立の学校に入学したのに。
「…学校長には。
ひとつのもののためだけに、いろんなものをなくしていいのかって言われました。
でも、先輩と一緒に仕事がしたいんです。私。
今の私はどうしてもそうしたい。
後で自分の気がどんな風に変わろうと…ここまで決心できてる今を後悔しない自信あります」
言い切って、唯は急に笑い出した。
- 575 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:14
-
「おかしいですね。
私、ひとみさまには、普通話さないようなことばかり言ってます」
黙ってひとみは首を振った。
「それじゃ、ひとみさまのお言葉に甘えさせてもらって…。行きますね」
「待って」
つい、ひとみは声をかける。
「待って。
さっき…私は梨華ちゃんにふさわしくないって言ってたよね。
どうするの?」
足をとめて、唯が振り返る。
少し表情を厳しくし、真顔になった彼女は先ほどまでの子供っぽい雰囲気が薄れていた。
「…どうもしません。
何もしないことに、決めましたから」
- 576 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/06(土) 18:14
- 「私が、どうすれば唯ちゃんは認めてくれる?」
唯が目を細める。不思議と、可愛らしいとしか評価していなかった唯がすごく綺麗にみえた。
「…そんなこと、分かってますよね。ひとみさまだったら」
唯は自分より大人なのかもしれない。
少なくとも…自分の中にある感情を、間違った方向にぶつけたりはしない。
- 577 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/06(土) 18:14
- 多少、知識が曖昧なまま書いてしまった部分がありますが…。
見逃して下されば。
- 578 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/07(日) 02:02
- うわー…なるほど、この二人をこういう風に絡ませるんですか。
それぞれがすごくその人らしいと思いますし、何よりすごく面白いです。
- 579 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/08(月) 23:16
- 凄く面白いです…!始めから一気に読んでしまいました。
これからも期待してます。
作者さまのペースで、ゆっくり物語をつむいでいって下さいませ。
- 580 名前:すがり 投稿日:2005/08/11(木) 01:17
- 物語がすごくいい感じになってきましたね〜!!梨華さんが切ないっ!
これからも頑張ってください!!!期待して待ってます。
- 581 名前:あみ 投稿日:2005/08/12(金) 21:43
- 待ちに待った更新ですね!!
なんだかシリアスモードですね★
展開が気になります〜><
梨華ちゃんもだいすきなので、嬉しいです♪
続きも楽しみにしてます!
- 582 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/17(水) 10:57
- ochi
- 583 名前:名無し作者A 投稿日:2005/08/19(金) 14:04
- 何となくsage更新で。
>>578 名無し飼育さま
こんな風に絡ませてみました。
らしい…ですか? うれしいコメントありがとうございます。
>>579 名無し飼育さま
最初から読んでくださったなんてありがとうございます!はじめまして。
こんな遅いペースでいいなんてありがたいです。これからもお付き合いください。
>>580 すがりさま
いい感じですか? ありがとうございます!
自分が書いたキャラを切ないと思っていただけてうれしいです。
>>581 あみさま
感想ありがとうございます♪ 最初のノリがどこにいってしまったのか…;
続き頑張ります。梨華ちゃんも応援してくださるとうれしいです。
- 584 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:04
- + + + + + + +
日曜日、絵里をみかけてしまったことがずっと胸に残っている。
話に聞いている幼馴染だろうか、彼女と並んで歩いているすらりとした女の子。
自分と彼女の電車の最寄り駅は同じだったことをいまさらのように思い出しながら、麻琴は彼女たちをみつめていた。
時々、肩をぶつけあいながらたくさんの買い物袋を抱えて笑いあっている。
自分では何もしなくても、周りから助けられている女の子。
自分の好きな人から、同じ重さで思われている女の子。
もし誰か一人だけを選ばなければいけないのなら、麻琴が選ぶ相手は決まっている。
けれど、彼女は麻琴のことを選んだりしない。
そもそも、誰か…麻琴のことを選んでくれる人は居るのだろうか。
- 585 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:05
-
月曜日、久しぶりに行った体育館にはすでに明かりが点いていた。
半開きの扉から、薄暗い廊下に差し込んでいる光と、ボールが何かに当たる音。
そっと覗き込むと、やはりそこに居たのはひとみだった。
もうずいぶん運動をしていたらしい。
寒い季節だというのに、濡れたどちらかといえば色素が薄めの髪が頬に張り付いている。
彼女も何か、運動をして振り切りたいものがあったのだろうか。
「ごきげんよう、麻琴」
気づかれていないと思っていたわけではないが、急にひとみから声をかけられて麻琴は飛び上がった。
「ご、ごきげんよう、偶然ですね」
磨き上げられた床が妙に寒々しい。
「あの…私この間、失礼なこと言っちゃって…」
ひとみと2人で会う機会を待ってずっと謝りの文句を考えていたはずなのに、いざとなるとうまくいかない。
「すいません、でした。
ひとみさまにはひとみさまの考えがあったはずなのに」
珍しく、演技ではなく素直に頭をさげてみせたのに、ひとみからの反応はない。
恐る恐る顔をあげると、体育館に入ってきたときと変わらない姿勢のまま麻琴の方すら見ていない。
怒りを感じるよりも先に、不安と不思議な気味悪さが勝った。
- 586 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:05
- 「あの…?」
言葉を切って反応を待つ。
しばらくして、ひとみはやっと麻琴に向き直った。
「もしお茶会のことを言っているなら、買いかぶりだよ。
あれは絵里ちゃんのためなんかじゃない」
「え?」
完全に予想外の答えだった。
「私が、私のためにやったことなんだから。
この間麻琴が言った事だって間違ってない。謝る必要なんてどこにもないよ」
「そう…ですか」
いつものように、きちんと答えられなかった。
ひとみがこんな発言をするのを聞いたことがなかったからだ。
- 587 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:06
- 「麻琴、いつの間に絵里ちゃんと仲良くなったみたいだね」
つまらなそうな顔で、手に持っていたボールをバスケットの要領で投げる。
サイズも硬さも違う白いボールが、綺麗にバスケットゴールをすり抜けた。
それが床にバウンドする音を待ってから、麻琴は言う。
「別に、仲良くなんてしてないですよ」
「文化祭のときは喧嘩してたみたいなのに、この間からはやたらと気にしてるように見えるけど」
思ったよりひとみは自分のことをよくみていたらしい。
絵里をかばったのは気まぐれのようなものだし、仮に絵里と仲良くしているからといってひとみにからかわれる理由はない。
麻琴はわざと肩をすくめてみせた。
「クラスメイトのことを気にして何が悪いんですか。
少なくとも喧嘩しているよりはいいでしょう」
「麻琴は、絵里ちゃんが山百合会に入りそうになったから嫌いだったんじゃないの?」
ひとみの声は鋭かったが、これも予想外の指摘だった
「なんでそんな風に思ったんですか?」
本当にびっくりしたような声がでる。
ひとみは虚をつかれたようで、少し目を見開いた後苦笑した。
「だって。
麻琴は、山百合会に参加したかったみたいだから」
後夜祭のときも、『私の妹になりたかったんじゃないの』とひとみに言われた。
そしてその後、ひとみは梨華の名前を聞いて…。
「…絵里ちゃんをねたんだりはしてませんでしたよ」
ひとみの妹になりたかったというより山百合会に入りたかった。
そのことは認めず、麻琴は否定だけした。
- 588 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:06
-
「それよりひとみさまこそ。
梨華さまと何かあったんじゃないですか?」
「…どうして?」
「皆…言ってます。だって、そんな感じなんですもん」
皆といっても山百合会の中だけだが。
けれどたぶん、何かあったはずなのだ。
ひとみは大きく息を吸うと、ユニフォームの袖で汗をぬぐった。
余計なことをつっこみすぎてしまったと、拒絶を予想した麻琴は身構える。
けれどひとみはそうしなかった。
つまらそうに麻琴から視線をそらして、まっすぐ歩いていく。
「もし、私が梨華ちゃんと喧嘩してたら子供っぽいと思う?」
「…いいえ」
たぶん大切な人とうまくいかなくなるのは、側でみているよりずっと精神的に負荷がかかるものなのだ。
「仲直りするように勧めます」
「じゃ、それができないとしたら?」
「…どうもしません。
ひとみさま自身が、どうすればいいかわかってるはずですし」
仲直りの手伝いなどされたくないだろう。
けれど、この答えはなぜかひとみの感情に火をつけたようだった。
- 589 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:07
-
「わからないわよ。
なのにどうしてそんな風に簡単に言うの?!」
何が彼女の逆鱗に触れてしまったのか分からない麻琴をよそに、ひとみは体育館からでていく。
「あの…」
まだ始業まで時間はある。
この後彼女はどうするのだろう。
いつから体育館に居たのだろう。
そんな関係ないことをぐるぐる考えながら、完全に彼女が視界から消えるのを待って麻琴はつぶやく。
「また私が片付けることになるのかな」
今度は投げつけるものがなかったので、足元のボールを蹴り上げる。
朝練を、平常な気持ちでできそうになかった。
- 590 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:07
-
「あ、まこっちゃんごきげんよう」
扉の前に立ったままの麻琴に、ふわりとあさ美が手を振る。
髪をいじっていたらしい。左手にはやわらかそうな髪が巻きついていた。
「また練習してたの? 熱心だね」
「うん。
あさ美ちゃんこそ今日はずいぶん眠そう」
自分の机に鞄を置きながら答える。
いつもと同じ朝。
教室のざわめきを背景に、ずるずると椅子に腰掛ける。
あさ美は軽く笑いながらうなずく。
「たいしたことはないんだけど。
昨日はお姉さまの家に泊まりにいったから…お話してて」
胸が締め上げられるような、血の気が引くような気持ちがした。
「そう、なんだ」
よかったね、とかどうだった、とか何かもう一言ぐらいコメントを付け加えるべきだと思ったが思いつかない。
いつものように、あさ美との会話を打ち切るために宿題だったテキストを広げる。
すでに数字が並んだノートを、見直しているふりをして流し読みする。
話せるだけでもうれしいと、なぜ思えないのだろう。
友達になったばかりの頃から、親友になれた頃から、どんどん麻琴の気持ちは止められなくなっていく。
…けれど気まずい空気が流れる前に2人の間に割り込んできてくれたのは絵里だった。
- 591 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 14:08
- 「ごきげんよう」
少し早足で教室に入ってくると、麻琴とあさ美に笑いかける。
この間ものこの時間だったから絵里の決まったパターンなのだろう。
「ごきげんよう、絵里ちゃん」
相変わらず同じ調子であさ美が答える。
麻琴も、軽く挨拶を返す。
「あっ」
麻琴の顔を見るなり、絵里が唐突に声をあげる。
日曜日に絵里も麻琴に気づいていたのだろうか、と反射的に思い出す。
声をかけなかったことに関しての言い訳がとっさにいくつか浮かんだが、絵里は邪気なく全然違うことを口にした。
「宿題のこと忘れてた…。
私の出席番号、今日の日付にちなんでるのに」
目ざとく黒板を確認する絵里。
「みせてあげようか?」
もちろん、麻琴はこんな提案をしたりはしない。
「本当、紺野さん?」
うれしそうに絵里はあさ美からノートを受け取る。
少し前からは考えられないぐらいに元気で、明るい絵里。
調子に乗るなよ、と思いながらも元々よかった顔立ちが際立って可愛らしいのは確かだった。
と、同時に自信のなさそうな彼女じゃなくなるのが寂しくもある。
肩にかけっぱなしだった鞄と、借りたばかりのノートを手に絵里が立ち去っていく。
その動きを見送るあさ美の横顔をみながら、自然とため息をつく。
またひとみを怒らせてしまった。
これ以上、部活の後輩でしかない麻琴が彼女の領域に踏み込んでいいのか迷う。
- 592 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:08
- 麻琴が何かを言ったからといってこの件が解決するとは思えない。
逆にこじらせてしまうかもしれない。
あさ美がみつめられているのに気づいて小首をかしげる。
「ね、あさ美ちゃん…今度ケーキ食べにいかない?」
内心焦りながら、当たり障りのない話題で麻琴はごまかす。
あさ美の方がひとみに近い。
けれど、この件を相談する気にはなれなかったから。
- 593 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 14:09
- その日の部活では、ひとみに何か変わったところはみられなかった。
「ひとみさま、お茶会はどうなったのかしら?」
「オーディションのこと?
参加した方の噂だと、すごく積極的な方たちがいたんだって」
いつものように、部室を出て先輩の目がなくなると噂話が始まる。
薄暗い冬の昇降口で、靴を履き替えながら麻琴はチームメイト4人の話に相槌を打つ。
「やっぱり私は、麻琴さんを押すけれど…」
「そんなことないって」
いきなり話をふられて、大げさに驚いてみせる。
「あら、すごくお似合いなのに。
なんだか、どこか雰囲気が近い感じがして」
「そうよ。
いきなりでてきた方にとられてしまっては悔しいわ」
お茶会に参加した積極な人が、どこまでアプローチをしたのかは知らない。
麻琴も以前からひとみの妹になりたいことを隠したりしなかった。
それが逆によかったのだろう、いつの間にか麻琴を応援してくれる仲間たちは増えてきた。
けれど、誰かを迫害しても入りたい地位ではない。
チームメイトの反感を買ってまで道徳的なことを言いたくなかった麻琴は適当に話をそらしあたりを見渡す。
自然が豊か、が売りの校舎は夕方になると鬱蒼とした雰囲気になる。
さわさわと揺れる木に、何となく気分が落ち着かなかった。
- 594 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 14:09
- 「その、お茶会で積極的な方ってどなたなの?」
彼女たちの好奇心はそれなかったらしい。
校門を出た辺りでひとりが蒸し返す。
「校内でも有名な人よ。ほら、確か…たかは…」
麻琴にとって幸か不幸か、興味のない話をそれ以上聞き続けなければいけないことにならなかった。
「あ、ごめん」
鞄に手をつっこんだまま急に場違いに間の抜けた声を出す麻琴に、その場の視線が集まる。
「財布、忘れちゃったみたい」
「あら、どこに?」
近くにいた一人が同情的に眉をひそめる。
「たぶん部室…出した覚えがあるから」
「交通費、貸してあげましょうか?」
また違う子が言う。
窃盗などとは無縁な女子校。
その申し出はありがたかったが、たいして遠くないところに定期があるのだから往復500円程度の交通費がもったいなかった。
「ありがとう。でも、とってくるね」
踵を返して手を振る。
「待っていましょうか?」
ちょうどきたバスを背景に、天使のような声で言われる。
「大丈夫。
私はそんなに家遠くないし、もう遅いから」
申し出はありがたかったが、どうしても一緒に帰りたいというわけでもない。
一度だけ振り返って、暗いのをいいことにばさばさと走る。
- 595 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 14:09
- 完全下校時刻から十五分程度過ぎた今、着替えが終わった運動部の帰宅ピークなのだろう。
クラスメイトや先輩たちの間をすり抜ける。
部室で会うんじゃないかと、予感がしなかったわけではない。
けれど、電気が消えた部屋にひとりたたずむひとみは異様だった。
「…何してるんですか?」
まだ辺りが見えないほど遅くはない。
つられたように電気はつけず、麻琴は手探りで自分のロッカーを探す。記憶と同じ場所に財布はあった。
「…帰りたくなくて」
目的の物をみつけ満足した麻琴は、しばらくしてあった唐突なひとみの返答が自分の質問へのものだと気づくのに少しかかった。
「けど、いつまでも居るわけにもいかないじゃないですか」
駄々っ子に言うように冷めた声がでるのがわかった。
「そうなんだけど」
怒らず、ひとみはうなずく。
何となく放ってはおけなくて、迷惑がられるかもしれないことを承知に麻琴は適当な椅子に腰掛ける。
「…そんなにひどかったんですか? 喧嘩」
挑むような気持ちで持ち出した話に、ひとみはうなずく。
「ひどかったっていうか、私が一方的に怒っただけ」
絵里とひとみがだぶる。
あの明るい様子をみれば、彼女は仲直りをしたのだろう。
もともとたいした理由ではない。
仲のいいもの同士の喧嘩など、本人たち以外からみればそんなものだ。
- 596 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 14:10
-
「それじゃ、そんなに悩むことないじゃないですか。
許してあげれば」
わざと軽く麻琴は言う。
「だって、そうもいかなくて」
どちらかといえば身長が高く、宝塚の男役のような彼女が肩を落としているのはどこか滑稽だった。
「じゃあ、もう絶交ですか?」
「そんなこと、無理」
理由を知らない麻琴には、それ以上アドバイスのしようがない。
適当なコメントはますますひとみの感情をこじらせてしまうだろう。
かといって席を立つこともできず、不用意に話を持ち出したことを麻琴が勝手に後悔をしはじめたころ、ひとみがつぶやいた。
「どうしたらいいかわからないの」
「わからない?」
「梨華ちゃんが遠くにいっちゃうのが怖くて。私より大切な人ができるのが怖くて。
彼女の夢を壊したいと思う自分がいやで」
梨華が3年なことを思い出せば、何となく麻琴にも喧嘩の理由はわかった。
「それは…」
何を言ったらいいか分からず、麻琴は口ごもる。
- 597 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 14:10
- 「好きなの。
すごく好きなの。遠くに行って欲しくないし、ずっと一緒に居たい!」
最後には怒鳴っているのに近かった。
だけど、拒絶されるのが怖くて打ち明けられないの」
校舎にその声が反射する。
辺りに人の気配はまったくない。教員室や警備員室がある棟にはまだ人が居るだろうが、この場所では物音ひとつしなかった。
ひとみの言葉をひとり麻琴は繰り返す。
…ひとみは袋小路に入っているのだろう。
それを誰にも打ち明けずに居たのだろう。
けれど、なぜか今それを麻琴相手にぶちまけている。
ずいぶん暗くなった部屋に真ん中にぼんやりと浮かび上がる、真剣なひとみをみながら、何となく麻琴は笑いたくなった。
「梨華さまに、正直に話してみればいいじゃないですか。
それが何か解決にならなくても、ひとみさまの気持ちが変わるんじゃないですか」
「…人のことだと思って」
しばらくしてひとみは不愉快な低い声で返してくる。
確かに、自分が同じ立場でそんなアドバイスをもらったら不愉快になるだろう。
- 598 名前:タンポポの章 投稿日:2005/08/19(金) 14:11
- 「何がわかるのよ」
「…ひとみさまだって分かってるから話してくれたんじゃないんですか。
私にも好きな人が居ます。
好きで好きでたまらないんです…同性なのに、たぶん恋と同じ重さで好きな人が」
『でも、銀杏の季節じゃなくてよかったよね』
にっこり笑った顔。
くっきりとした二重まぶた。
ずっと好きだったクラスメイト。
「ひとみさまも、梨華さまのことをすごく好きなんでしょう?
でも、それを知られて遠くなるのが怖いんじゃないですか。
私ならその気持ちが分かると思って、今話してくれたんじゃないんですか」
彼女をじっとみつめるひとみから、反応はうかがえない。
やけくそになりながら、麻琴は続ける。
「ひとみさまの妹になりたかったんです。ひとみさまのこと、好きでしたから。
でも、それ以上に好きな人に…少しでも近づきたくて
少しでも同じ場所にいたくて」
部室の外から、低いジーという音が聞こえる。少し開いたドアから、非常口の緑の光がもれていた。
「私、あさ美ちゃんのことが好きです。
あさ美ちゃんが誰を好きでも、これが迷惑かもしれなくても」
言ってしまえばそれはすっきりすることだった。麻琴は今度こそ軽く笑う。
そのうちになぜかはずみがつき、麻琴は笑う。
反応ができないのか、ひとみは黙りこくっていた。
財布を鞄に入れたのを確認すると、麻琴は立ち上がった。
「麻琴は…それを、いえるの?」
やはり分かっていたのだろうか。
帰りかけた麻琴に、ひとみが聞いたのはそれだけだった。
「私が告白したら、ひとみさまもいえますか?」
すでに大切な姉が居る親友と、小さい頃からずっと一緒だった姉。
対象が違いすぎて、麻琴にとって分が悪い話ではあった。
- 599 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/19(金) 14:26
- 今回更新をしたのですが少し意見をうかがいたいことがあります。
この場で相談をするのは失礼かもしれないのですが、もうお分かりのようにこの作品はパロディです。
私のミスで、FAQをきちんと理解しきれていない形ではじめてしまいました。
この作品に関しては大丈夫だと思うのが、少し似た場面があり、今さらですが最近『削除依頼を出したほうがいい』という意見をいただきました。
考えた結果、ご迷惑をかける前に削除依頼を出すことととりあえず話を落ち着けようということで迷っています。
本当にいまさらすいません。
- 600 名前:TY 投稿日:2005/08/20(土) 00:15
- 作者様、こんにちは
「マリア様が見てる」は私が飼育の中で出会った素晴らしい作品です。
本当に楽しんで読ませていただいています。
絵里と亜弥様から始まった物語の広まりにワクワクしている自分がい
るのです。
全ては作者様のお考えのうちでしょうが、一読者としてはこの作品を
赦されるなら育ててあげてもらいたいと思っています。絵里やさゆみ
や麻琴やひとみ様のいる世界の「マリア様」の世界をもっと続けて欲
しいと思っています。
- 601 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/20(土) 01:01
-
更新おつかれ様です
毎度楽しく読まさせて頂いてます
599の事ですが自分としては
これからもこの作品を続けていってほしいです
毎回毎回続きを楽しみにしていますので
できましたら、これからも頑張って更新をしていってください。
楽しみにしています
- 602 名前:あみ 投稿日:2005/08/20(土) 21:16
- 私もできれば続けていってほしいです。
すごくこの作品の更新を楽しみにしています。
終わってしまったり、削除してしまうのは淋しいです。
話もまたおもしろくなってきたところですし、このまま続けてもらえたら嬉しいです!
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/20(土) 23:01
- 更新お疲れ様です。
自分は原作読んだことないので、
毎回楽しみに読ませてもらってます。
できればこれからも頑張ってほしいです。
どんどん面白くなってくるのにもったいないです。
楽しみにしてます。
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/22(月) 22:08
- 毎回更新を楽しみにしている原作も好きな者です。
この作品は原作の雰囲気を持ちながら、まったく別な話になっていると思っています。
削除なんて勿体無いことをせずに、是非とも、続きを書いて欲しいです。
- 605 名前:名無し作者A 投稿日:2005/08/23(火) 00:09
- 皆さんご意見、本当にありがとうございます。
知り合いに意見をいただいたので、この作品についてどう思うのかを聞いてみたのですが…。
自分でも今さらだと思います。
なのに温かい意見をもらえてありがたかったです。
これだけの人たちから作品を見守っていただいていたことを、改めて分かりました。
話を終わらせてから削除を依頼することはあるかもしれませんが、続けさせてもらいます。
いきなりご迷惑をおかけしてすいませんでした。
- 606 名前:名無し作者A 投稿日:2005/08/23(火) 00:10
- もしよろしければ、しばらくsage更新にお付き合いください。
気分的なものなので、またageる時もあるかもしれないのですが…。
- 607 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/23(火) 01:16
- 白薔薇姉妹好きな者です。今でさえ楽しみにしている作品なのに
白薔薇編に突入したら、萌え苦しむカモン♪♪。。。という位楽しみに待っております!
是非お続け下さい。。。
- 608 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/26(金) 21:22
- 初めまして、この作品を見て原作の方も読み出しハマってしまった者です。
原作の方も読んでみて、この作品は原作の流れを取り入れているけれど、作者様流な感じの作品なのでとても気に入っています。
これからも楽しみにしておりますね。
- 609 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:28
-
「まこっちゃん、ごきげんよう」
いつもの朝。
教室から入ってきたあさ美が、いつものように一番最初に麻琴に駆け寄ってくる。
ぱたぱたという革靴の軽い足音が振り返らなくても聞こえた。
「ごきげんよう」
あさ美が横に来たところで顔をあげる。
今日、机の上に広がっているのは朝のうちに図書館から借りた分厚い『太宰治』全集だった。
らしくないものを読んでいる麻琴に驚いたようだが、友人が文学作品を読むのは悪くないと思ったのだろう。
そこには何もつっこまず、代わりに「今日は早いね」と言われる。
「朝練はないの?」
「…うん。
自主練だったから、今日はお休み」
いつもとかわらない軽い会話。
麻琴はじっとあさ美の顔を見上げる。
「そう。
宿題やった?今日は大変だったわね…なぁに?」
親友に凝視されていることに気づいたあさ美が、目を瞬かせる。
「ううん」
慌てて本に目を戻す。
どことなく、本の中の重い雰囲気が麻琴にも広がっていた。
- 610 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:28
-
+ + + + + + + +
真希は翌朝いつも通りの態度に戻っていた。
ひとみから何かを言われるまで、この件に関してコメントをしないという態度が一貫してある。
梨華とはやはり顔をあわせられないまま。
相変わらず放課後の山百合会にも顔を出せないまま。
いつものように部活を終えた夕方。
私服の三好絵梨佳と並んで歩いている梨華をみたのは、麻琴と会った夕方だった。
静かに微笑む梨華と、彼女に寄り添うように歩いている絵梨佳。
ひとみが待ち合わせに行かなかった日曜日。
あれは最後の機会だったのだろうが。
「それじゃいってきます」
扉を閉めて、細いシルエットが現れる。
ひとみが塀に寄りかかったまま待っていることに気づいて、彼女は足をとめた。
「ひとみちゃん…」
「どうも、おはよ」
何かいい案があったわけじゃない。
ただ久しぶりに話したいと思っただけだった。
- 611 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:29
- + + + + +
気持ちいい風が吹いて、木々がさわさわと鳴っている。
すぐ上で、すっかり丸裸になった銀杏が暗い空を背景に不気味に揺れていた。
マフラーに鼻をうずめて空を見上げていた梨華は、斜め後ろの絵梨佳を振り返った。
「ごめん、ね」
「…やめるって本当に本気なの?」
ジーパンにファーのついたコートを羽織った絵梨佳が、視線をそらさずに梨華を見ていた。
「本気よ」
絵梨佳が必死なのをわかっていて梨華は薄く笑ってかえした。
「それは…誰かに何かを言われたから?」
絵梨佳が立ち止まったから、自然と梨華も立ち止まる。
そろそろ部活動が終了する時間だろう。
制服を着た生徒たちが、私服の少女と並んでいる梨華に奇異の目を向けながらも頭をさげてすれ違っていく。
「ごきげんよう」
軽く挨拶をしてから、絵梨佳に向き直る。
「私が…決めたの」
- 612 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:30
- 帰り支度中の山百合会まで押しかけてきて、梨華と話がしたいと言った絵梨佳。
行ってくれば、と背中を押したのは美貴だった。
「どうして?
勉強したいって言ってたのに」
歩み寄ってくる絵梨佳。
また校門に向かって足を進めながら、梨華は目をふせた。
軽く砂埃が舞っている。
「…それより、大切なものがあるんじゃないかって。
せめてもう少し待ってからでもいいんじゃないかって」
留学をしなかった美貴の気持ちが、今ならすごく分かった。
「人生に、チャンスが何度もあるとでも思ってるの?!」
ひどくとがった声。
梨華が答えずに居ると、絵梨佳がすっと追い抜いていった。
「私はまだしばらく、したくで東京のホテルに居るから。
…お願い。
気が変わったら、またきて。母さんも待ってる」
手渡されたメモ。
都内のビジネスホテルの名前と、宿泊している部屋が書いてあった。
タクシーがすぐ側に待たせて合ったらしい。
それきり振り返らずに歩いていく絵梨佳を見送って、もう一度つぶやく。
「ごめんね…」
運動部の部活棟はまだ多くに電気が点いていた。
- 613 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:30
- 翌朝。
いつものように家を出ると、見慣れた幼馴染が待ち構えるように立っていた。
「ひとみちゃん…」
「どうも、おはよ」
ぶっきらぼうだけど、久しぶりに聞いた声。
涙が出そうになった。
「…やせたね、梨華ちゃん」
「そうかな」
自覚はあった。腰周りに余裕がでてきた制服、とか。
会話が途切れて、そのまま無言の時間が続く。
体中の覇気が抜けてしまった梨華は久しぶりにひとみに会ったというのに感情が動かないのに、隣からは何かぴりぴりとした空気が伝わってくる。
ひとみはたぶん、何かを言いたいのだろう。
長い付き合いでそう分かっていたが、梨華は先に言った。
「私、やめたから」
「やめた?」
ひとみからの反応は早かった。
立ち止まって、きつい声で繰り返す。
梨華は笑ってみせる。気が抜けた体で唇をつりあげただけのその顔は、自分でも弱弱しいものだと分かっていたけれど。
- 614 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:30
- 「私、舞台に行くのやめた」
「…そんなことして、何になるっていうのよ」
怒りを含んだ声。
びりびりと空気を震わせるように伝わってくるような気がした。
「…許してもらおうなんて思ったわけじゃないよ。
ただ、やめたの」
梨華が歩みを再開しても、ひとみは動かない。
振り返ると、握り締めた手を隠そうともせずにひとみがじっと梨華をみていた。
- 615 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:31
-
+ + + + + +
梨華がどれだけ真剣かなんて、一番わかってるはずだった。
「ずいぶん陰気な顔してるじゃない」
教室の手前で、急にぶつけられた言葉に立ち止まる。
「あ、亜弥」
「どうも、ごきげんよう」
笑顔ひとつなく、亜弥が挨拶をする。
混雑する始業前の廊下で、亜弥とひとみのツーショットに生徒たちが視線をぶつけながら歩いていく。
しかし亜弥は場所を変えるつもりはないらしかった。
「昨日、梨華さまにお客さんがあったの。知ってる?」
「…だから、何なのよ」
絵梨佳と梨華の後姿。
まっすぐ視線をそらさない亜弥に対して、どうしてもひとみは周囲を気にしてしまう。
「梨華さま。
あなたのために、夢諦めたのね」
「…梨華ちゃんの進路、知ってたの?」
梨華は誰にも告げていないと思っていたが、自分だけが知らずに亜弥にまで伝わっていたのか。
勘違いが実感に発展する前に、亜弥は否定する。
「お姉さまに聞いたの」
なんということではないと亜弥は肩をすくめる。
それは反則だ、とひとみは思う。
- 616 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:33
- 「それで、亜弥。用は何なの?」
「最近はずいぶん部活が忙しいみたいね」
活動へ出ていないことの嫌味を、平然と亜弥は言う。
「お茶会の成果はどうなったの?
妹候補が何人かできたんじゃなかったかしら」
「…それは、どこで知ったの?」
「絵里からよ。
…ね、ひとみ。不思議と妹ができると自立できるものなのよ」
亜弥は言うなり、背を向ける。
「ちょっと…本当に、何の用なのよ」
「後押しよ」
亜弥は意味のわからない一言を残し、体半分振り向いて微笑んだ。
- 617 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:33
-
+ + + + +
「まだ残っていたの?」
放課後の教室、突然そう告げられ麻琴は振り向いた。
「どうしたの、あさ美ちゃん」
「忘れ物よ。…まこっちゃんは?」
自分の席に座ったままの麻琴に話しかけながら、あさ美は自分の机の中をさぐる。
「宿題やるの忘れちゃったから…。
遅れてでもせめて今日中にと思って」
「うっかりしてるのね」
あさ美が笑う。
「今日は授業中もぼんやりしてたよね。まこっちゃんは」
「…そうかな?」
「そう見えたわ」
すっかり陽は傾いて赤く染まっている。
かりかりと、しばらくノートに字を書き込む音だけが響いた。
- 618 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:34
- 自分の机によりかかったまま、あさ美は麻琴の手元をみているようだった。
「活動、いいの? あさ美ちゃん」
「今日はお姉さまの都合がつかなくて、切り上げ」
一緒に帰ろうと待っていてくれているのだろうか。
じゃあ教えてよ、と麻琴が口を尖らせるとあさ美は笑って首を横にふった。
「意地悪め」
「頑張ってるまこっちゃんが可愛くて」
目を細めるあさ美。
急いで最後の問題を書き終え、麻琴はノートを閉じる。
あさ美と2人で過ごしていることが、純粋にうれしかった。
「あさ美ちゃん…私、好きだよ」
気がついたら言葉は自然にもれていた。
「私。
あさ美ちゃんのことが一番好き」
親友が目を大きく見開くのを見て我に返った麻琴は、思わず視線をそらす。
薄い机の木目の上に自分の影が揺れていた。
あさ美が大きく息を呑んだようだった。
遠くから聞こえる女の子たちの声が、2人の間を抜けていく。
- 619 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:34
- ほんの少しの時間のはずなのに、ずいぶん長く感じた。
まるで試験の合格発表がみえるまでの数秒のように。
「まこっちゃんごめんね。
私…」
しばらくして、押し殺したような声であさ美が答える。
「私にはお姉さまがいるから」
きっぱりとした声。
顔をあげると、予想通りまっすぐにあさ美がみつめていた。
体の奥に重くて黒い空気が張り詰めていく。
不思議と悲しいとは思わなかった。麻琴は体から声をしぼりだす。
「やだな。冗談だよ、冗談。
本気にしちゃってさ」
にっこり笑ってみせることは思ったよりもうまくできた。
勢いにのって壊してしまいそうになった、麻琴とあさ美の距離を戻すための言葉。
- 620 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:35
- 「……」
あさ美は黙って唇を結んでいる。
麻琴は、そのままオレンジ色の机の上に手をついてあさ美をうかがう。
空気が氷りついたようだった。
体の奥に重くて黒い空気が溜まって張り詰めたような気がする。
しばらくしてあさ美は不機嫌そうに麻琴をにらむ。
「嘘、だったの?」
淡く夕焼けにそまった顔で、黒い目には麻琴がうつっている。
「私は真剣に考えてたのに」
何かを答えたかったのに、今度は口が回らなかった。
ごまかそうとした事が浮かび上がって隠せなくなる。
ぼやけた視界の中で、あさ美が目を瞬かせているのに気づいた。
最初は目が自由にならないのは濡れているせいだと分からなかった。
鞄を持ったまま足を少しずつ後ろにすべらせて距離ができたら目をそらす。
あさ美が何か言っていたような気がするが、自分の足音が響く音しかしない。
- 621 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:36
- わかってたのに。
そんな答えが返ってくるって分かっていたのに。
それでも。
…私、やりましたよね。
- 622 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:37
-
夕焼けがかげる校舎の中、知り合いに会いたくないために道をそれて歩く。
気づいたら、いつもの裏庭に居た。
小さなベンチに、今は葉がない木々。
「お姉さま、待ってください!」
裏庭の脇の道を、麻琴のほうだと見もせずに両手に本を抱えた女の子が駆けていく。
同じ部活なのだろうか。スカートをひるがえしながら、上級生だと思われる少女に呼びかけている。
『私にはお姉さまが居るから』
足を止める。
すぐそこにベンチがあるというのに、たどり着かずにその場に座り込む。
「あさ美ちゃ…ごめ…」
顔を覆う。
嗚咽をこらえる喉の奥がやけつくように痛かった。
- 623 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:37
-
- 624 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:37
-
がさっと、草を踏む音と同時に聞きなれた低い声が聞こえる。
「麻琴」
ベンチに座ったままぼんやりと裏庭をみつめていた麻琴はゆっくり声のするほうに顔を向けた。
日が完全に落ちているからできたことだ。
目がひどく重い。完全に赤くなっているはずだった。
「どうしたんですか?」
「…頼まれて、探しに来たの」
誰に頼まれたのかと聞くまでもなかった。
下駄箱に靴を残したままの友人をあさ美が気にしないわけがないし、かといって彼女は自分で探しに来るほど無神経でもない。
「事情も聞きました?」
「はぐらかされたけど、予想はつくね」
ひとみは大股に距離をつめると麻琴の隣に腰をかける。
一瞬ためらうが、席を立つほどでもない。麻琴はそのまま強がって見せる。
「約束、守りましたよ。
ひとみさまのためじゃなくて…私、ずっと考えてて。やっと」
- 625 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:38
- 「そっか、約束だっけ」
「梨華さまと、お話してくださいね」
「話、しなきゃいけないのよ。
劇団に行って…って」
「いいんですか?」
「取り返しがつかないうちに、そう言わなくちゃいけないの。
本当は梨華ちゃんだって、夢をかなえたいのに。私が負担になってるんだから」
事情はわからないが、話してくれるまでは聞かないほうがいいだろう。
麻琴は黙ってうなずく。
「…私、後押しになりました?」
「麻琴は勇気があったね。
大丈夫だよ、あさ美との関係が変わったりしないよ」
その言葉にすがりつくようにうなずく。
黙って、何度も。
「ね、麻琴。
私たち姉妹にならない?」
ひとみからの唐突な申し出があったのは、その直後だった。
- 626 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 18:40
- 「あさ美に頼まれるまでもなく、探してたんだ…ずっと。
たぶん。
私、妹にするなら麻琴なんだろうなって思って」
辺りは真っ暗で、自分は泣きはらしてぼろぼろで、ひとみはどこか落ち込んでいて。
こんな最悪な申し込みが今までにあっただろうか。
「はい、喜んで」
たぶん、私たちはどこか似てる。すごくではないけど、大切なところが。
どこか支え合えるはずだった。
- 627 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 19:02
-
+ + + + +
思いのほかうまく、あさ美との間を取り持ってくれたのは絵里だった。
…別に絵里自身が意識してやってくれたわけではない。
ただ、いつも通りを2人に運んできてくれたのだった。
いつもどおり教室へとたどり着き、鞄を机に置き…。
麻琴は昨日告白したばかりの友人をうかがう。
寝不足だろうか、かすかに赤い目をしたあさ美が麻琴の視線に気づき何かを言おうとする。
挨拶だろうか。何か、別の言葉だったのだろうか。
あさ美の声より先に能天気だが恐怖に満ちた声が響く。
「宿題…忘れちゃった」
荷物を持ったまま、教室の入り口で真っ青になる絵里。
その視線がまっすぐあさ美の机の上に広げられたノートをみていた。
ここのところずいぶん多い。
「見せてあげようか?」
「本当?!紺野さん」
「…いい加減に、自分でやりなさいって」
実際に経験がある麻琴の説教も気に留めず、絵里はあさ美に拝む。
「お願いします」
麻琴はどっと席に座り込む。
- 628 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/07(金) 19:02
-
「…疲れ気味?」
受け取ったノートを大事そうに抱え込んだ絵里が麻琴を心配そうに眺める。
その検討外れな分析がとてもむかつくが別に絵里が何か悪いことをしたというわけではない。
あさ美が同情的な目を麻琴に向けている。
目が合った瞬間、麻琴は思わず微笑んだ。あさ美も笑い返す。
2人の雰囲気に、絵里は首をかしげているようだった。
今日の放課後、急に山百合会に顔を出してびっくりさせてやろう。
それよりも先に…今日の昼はひとみをたずねて、昨夜の梨華との話し合いの成果を聞こうと麻琴は思う。
たぶん、ひとみは梨華をうまく説得できただろうから。
- 629 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/07(金) 19:03
- 第二章 完
- 630 名前:名無し作者A 投稿日:2005/10/07(金) 19:04
- 皆さん、貴重なレスをたくさんありがとうございました。
最後をまとめすぎた気がしますが、2章はこれで終わらせていただきたいと思います。
- 631 名前:名無し作者A 投稿日:2005/10/07(金) 19:10
- 本当はもう少し書くべきところがあり、読み手の方にとってはすっきしりない部分が多いかもしれませんが今の限界です。
私生活の事情により更新の時間が取れませんでした。
4章完結を約束した物でしたが今の時点で継続的に更新するのが難しくなってしまいました。
放置はしないと断言をしたので、せめて2章だけでもキリをつけようと、まるで打ち切りになった物並に無理やりな終わらせ方ですが…ここでいったんこの作品を終わりとさせてください。
続きは、待っていて下さる方が居る限りいつかは出したいと思いますがはっきりいつになると明言できません。
勝手で申し訳ありません。
できれば感想をお待ちしています。
- 632 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/07(金) 22:31
- 初めまして。ロムってました。この作品を見て原作の方も読みました。
独自のキャラクターになっていて展開もたのしく面白かったです。
楽しみにしていたので更新の時間が取れないとのこと残念です。
章の終わりまでの更新感謝です。そわそわの気持ちがちょっと落ち着くので(笑)
いつか続き・・・や新しい作品を読めるのを楽しみにしています。
ありがとうございました。
- 633 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/12(水) 23:46
- 2章完結お疲れさまでした。
原作好きで読み始めましたが、元にあるほんわかさとアヤシさwが
娘。たちで倍増されているようで、いつも更新楽しみにしていました。
吉澤の妹がどう落ち着くのか気になりましたが、そうくるかーと。
予想通りのような、でも意外なような。
ベタつきがデフォの他の姉妹とは違う関係がいいですね。リアルじゃべたべただけど
再開楽しみにしています。好きになったらしつこいので
いくらでも待ちますよw
ありがとうございました。
- 634 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/17(月) 02:26
-
+ + + + + +
「ね、梨華ちゃん」
久しぶりに並んで登校しながら、ひとみは言う。
いつもの住宅街。もう2度と梨華と通うことはないかもしれないと覚悟していた道。
「花なら何が好き?」
「花?」
ひとみから質問に梨華は首をかしげるが、その唐突さに関しては文句はなかったらしく考え込む。
いつものように様になる上品なしぐさ。けれど、以前よりくっきりとした首筋に胸が痛くなる。
「何だろう…改めて言われるとわかんないな。
薔薇、ガーネット、ユリ、桜…」
「私はタンポポとか、好きだったんだ」
予想通りの花の名前を並べ立てる梨華をさえぎって、ひとみは言う。
「タンポポ?」
「そう。
どこにでもある花で、いつもは気にしないんだけど…。
明るい色あいで、アスファルトの隙間にも咲いてて、ふっと気づくとすごくいやされたりとか」
- 635 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/17(月) 02:26
- 「珍しく語るわね」
ひとみが恥ずかしいと思っているところは梨華はきちんとちゃかす。
「くさいこと言ってるのはわかってるんだって。
幼馴染でも、花で言うなら梨華ちゃんは薔薇とかユリなんだよね。
でも、」
「麻琴ちゃんがタンポポっていうのは分かる気がする」
梨華は先回りする。
「なんだか寂しいけど、ひとみちゃんにとっていい選択だったと思う。
…って、わざわざ姉に確認して欲しかったわけじゃないでしょう?」
「先に結論ださないでよ。
だからさ…なんていうの、もう。
…梨華ちゃん安心してね」
梨華は軽く数回瞬きをした後、微笑んだ。
「それを今言うの?」
「どうせ後になったら言えないんだから。
と思ったんだけど、別に私がどうだとか全然気にしてないみたいなんだから」
ぶつぶつと文句を言うひとみ。
ありがとう、と小さく梨華はつぶやいた。
- 636 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/17(月) 02:27
- + + + + + +
とんとん、と軽く階段を駆け上がる。
「れいなの勉強は順調ですか〜?」
声をかけながらドアのぶを開く。
れいなは、ベッドに寝転んでぱらぱらと参考書をめくっていた。
「あ、わ、絵里」
慌てたようにれいなは起き上がる。
勉強してたんだ、と言っていいのかしっかりやりなよ、と言っていいのか。
どんな姿勢でやってもいいだろうが、さっきの感じだと絶対に本の中身が頭に入っていないはず。
「学校が終わってから…すぐきたの?」
「そ、すぐきたの」
とりあえず部屋の中に入れてもらって、定位置のベッドに座らせてもらう。荷物は床の上。
今日の場合は、浅く腰かけている絵里の向こうに曖昧に起き上がったままのれいながいる。
文化祭の後に気まずくなって以来、絵里がれいなをたずねる回数は減っていた。
一度行かなくなると、何となく調子が戻らないのだった。
- 637 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/17(月) 02:27
- でも、今日の場合は…。
何となく、自分と亜弥よりも初々しい姉妹をみせつけられた絵里は、無償にれいなに会いたくなったのだ。
こういうときに真っ先に浮かぶのは間違いなく彼女だった。
「…ね、絵里」
絵里は隣に座っているだけで満足だったけれど、れいなは恐る恐るといった感じで声をかけてくる。
れいながこういう態度をとる時は、たいてい何かずっと溜め込んでいることがあるときだった。
「なあに?」
「学校、楽しい」
「最近は、少しね」
素直に絵里は答える。
れいなが言いたいことは分かっていた。
絵里のために、勉強を始めてくれたれいな。彼女をそっちのけにして、新しい生活が始まった絵里。
そこでれいなを開放してあげたほうがいいのか、それともそれは逆にれいなを傷つけてしまうのか…。
「でも、れいながいたらきっともっと楽しいんだろうな」
きょとん、としたような顔をれいながする。
「何か物足りないんだよね…私」
すぐ側にある顔を覗き込む。
ほうけたようにしていた彼女は、しばらくして赤面したまま顔をそむけた。
- 638 名前:タンポポの章 投稿日:2005/10/17(月) 02:27
- 「何、それ」
「わがまま?」
「わがまま」
きつく言い返される。
しばらくして、れいなはつぶやいた。
「…まったく。絵里は、れなに頼りっぱなしなんだから」
口調は不機嫌そうでも、現金なれいなは起き上がって参考書を持ち直す。
「…勉強、するんだ」
「仕方ないから」
来年、たぶんれいなが…もしかしたらさゆみも入学してくる。
きっと本当に、それは楽しくなるはずだった。
- 639 名前:名無し作者A 投稿日:2005/10/17(月) 02:36
- 余裕ができたので、本当に少しですが付け足しをさせていただきました。
お付き合いしていただいて本当にありがとうございました。
途中の休止期間など、たくさんの方にレスをいただけて支えてもらっていました。
後藤さんの事情、紺野さんの気持ち、高橋さんはどうなったのか…等もったいぶって小出しにしていた設定が結果的に残ってしまうことになり、
とても宙ぶらりんな感じになってしまいました。
自分で中途半端だと思うので、まだまだ先の話ですが来年の前半のうちにここまでの話を決定の設定として新たに話を始めるかもしれません。
最後に、本当にこのような未熟な話にお付き合いいただけた方ありがとうございました。
- 640 名前:名無し作者A 投稿日:2005/10/17(月) 02:42
- >>632
レスありがとうございます。
自分で知らないうちに読んでもらっていたということがすごくうれしいです。
強引にオチを出した答えの意見もいただけてほっとしました。
続きや新しい話、もしよろしければお付き合いください。
本当にありがとうございました。
>>633
最初は、本当に誰と誰をどう絡ませていくのか迷っていましたが…。
結果的に吉澤さんはこんな形に。
そういっていただけるとうれしいですw
開を待っていてくださるなんてうれしいです…もし来年、時間があったらお付き合いください。
こちらこそ、本当にありがとうございました。
- 641 名前:ty 投稿日:2005/10/23(日) 22:31
- 作者様。素敵なお話をありがとうございました。
またいつかお会いできる事を願っています
- 642 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/11(金) 07:49
- れいな入学後のお話がもしあるなら、さゆみはあさ美の妹になってほしいな
- 643 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:25
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
Converted by dat2html.pl v0.2