アサの騎士
- 1 名前:名無犬 投稿日:2004/03/01(月) 00:00
- 初めましてです。
長い(であろう)ものをここで書かせてもらうにあたり、
挨拶代わりとして短編をまずひとつ。
- 2 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/01(月) 00:08
- 携帯が鳴った。
深夜の12時を過ぎている。こんな時間に誰だろう?
見てみると愛ちゃんからのメールだった。
『 起きとる?
ひまなので送ってみた @ 』
「……」
携帯の画面を見たまま、思わずため息をついてしまった。
また眠れなくて送ってきたのだろうけど、この内容の無さはなんなのだ。
お気に入りらしい、お馴染みの「走りマーク」が入っている。
あなたは一体どこに行きたいの?
どう返事をしたものか困ってしまう。無視をしてもいいのだが…。
ふと妙案が浮かんで、返事を打ち始めた。
- 3 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/01(月) 00:12
- 『 愛しの愛ちゃんへ
ひまつぶしに ↓
ひとつだけ違う文字を探してね。
答えがわかったらメールして。
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛猿愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛
愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛 』
指が疲れた。
打っていて、自分はなにをやっているのだろうと思ったりもした。
まあいい。
送信。
- 4 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/01(月) 00:20
- 数分後、メールが返ってきた。
『 猿てどういう意味(怒)』
どうもこうもないのだが。
愛ちゃんには冗談が通じにくいところがある。そこもかわいいのだけど。
さてと、
指がつりそうになりながら、返事を打った。
『 伊東四朗似の愛ちゃんへ
次はちょっと難しくなってるよ。
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘姐娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘
娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘 』
指だけでなく目も疲れてくる。
まあいい。
はい送信。
- 5 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/01(月) 00:27
- 数分後、またメールが返ってきた。
『 伊藤四朗似てどういうこと(怒)
左から4番目、下から2番目。
簡単やったよ。 @ 』
ちょっとしたシャレなんだから、つっこまれるとこっちが恥ずかしい。
それにしても、メールの文章でも訛るとは…。
一度、愛ちゃんが小学生のときの作文を読んでみたい。
きっと笑っちゃうくらい訛っているのだろう。
ダメだ、想像しただけでおかしくなってきた。
にやけ顔で返事を打った。
- 6 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/01(月) 00:37
- 『 伊東市の市長は鈴木さん。
愛ちゃんへ、最後の問題やよ。
ちゃらすいかった?だけんようけむずかしゅう
やっとうもん、がんばりやー。
高橋高愛高愛高橋高橋高橋高愛高愛高橋高橋
橋愛橋高橋高橋愛橋高橋愛橋高橋高橋愛橋高
愛橋高橋高橋高橋高愛高橋高橋高橋高橋愛橋
愛高橋高橋高橋高橋高橋高橋高橋高橋高愛高
愛橋高橋高橋高橋高橋高橋高橋高橋高橋愛橋
橋愛橋高橋高橋高橋高橋高橋高橋高橋愛橋高
高橋高愛高橋高橋高橋高橋高橋高愛高橋高橋
橋高橋高橋愛橋高橋高橋高橋愛橋高橋高橋高
高橋高橋高橋高愛高橋高愛高橋高橋高橋高橋
橋高橋高橋高橋高橋愛橋高橋高橋高橋高橋高
もう寝るから返信はいらんて。
愛ちゃんも早く寝なま。
ほんじゃあまた明日、おやすみなさい。
ZZZ…… 』
些細な、しかも面白くもないギャグのために、
あたしは本当に何をやってるのだろう…。
えせ福井弁が通じるかどうか心配だ。あからさまに間違えているし。
まあいい。
あい送信。
- 7 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/01(月) 00:43
- ちゃんとメールが送信されたのを確認すると、携帯の電源を切り、
部屋の電気も消してベッドに入った。
今頃、携帯の小さな画面とにらめっこをしているだろう愛ちゃんの顔が思い浮かぶ。
明日仕事で会うのが楽しみだ。
そんなことを考えているうちに、いつのまにかあたしは眠りについた。
- 8 名前:駄文 投稿日:2004/03/01(月) 01:06
- というわけで、今日はここまで。
初回だというのに少なく、更新にも時間がかかってしまい申し訳ありません。
この短編の続きは、明日の更新で全て終わらせます。
本編の方もすぐに入らせてもらいます。
以上。
- 9 名前:◆ULENaccI 投稿日:2004/03/01(月) 02:42
- おもしろかった。
ただ、>>5の高橋の返信がどこが訛ってるのかわかんない(w
- 10 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/02(火) 00:27
- 昨夜はなぜだかぐっすり眠れた。目覚めもいい。
誰かの夢を見ていたような気もするが、忘れてしまった。まあいいか。
あたしははりきって仕事に向かった。
楽屋に入ると、中の様子はいつもと違っていた。
みんなが真剣な顔で、自分の携帯に見入っている。その光景は異常で、ちょっと滑稽だった。
入ってきたあたしにいち早く気づいたミキティーが、
「ちょっと、これどこが違ってるの?教えてよ」
挨拶も無く、開口一番に訊いてきた。手に持っていた携帯をあたしの目の前に突き出してくる。
携帯の画面には、びっしりと漢字が表示されていた。
……愛ちゃん。
どうやらあたしは、愛ちゃんの性格を掴みきれていなかったらしい。
携帯の電源を切ったことも裏目に出てしまった。
答えがどうしてもわからなかった愛ちゃんは、あたしが電源を切っていたので、しかたなくみんなにメールを回したのだろう。
……答えなんかわかるはずもないのに。
- 11 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/02(火) 00:29
- 「あんたのギャグってつまらないねー。伊東市の市長だって。ハハハ」
横から顔を出してくるリーダー。
「飯田さんには言われたくないです」とは言えず、笑って誤魔化すあたし。
愛ちゃん…、そのまま送るのはやめようよ。心の中で呪った。
「おはようございますー」
呪いの矛先、諸悪の根源の声。振り返ると高橋愛。いつものちょっとまぬけ顔で、楽屋の入り口に立っている。
あたしは愛ちゃんの手を取って、楽屋の外に連れだした。
「ちょっと愛ちゃん―――」
「あっそうだ、昨日のメール。あれ、わからんて」
あたしが話してんだろ、聞けよ。
「あれ、いくら見てもわからんかった」
「それでみんなにメールを回したの?」
「うん」
あたしは深くため息を吐いた。
- 12 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/02(火) 00:33
- 「あれね、わざと答えを入れなかったの」
「えっ、なんで?」驚いた顔。
「そしたら、愛ちゃん困るだろうと思って」
「なにそれー」
唇を尖らせて怒った顔をする。そんな顔したって、全然恐くないぞ。
「でもさあ、愛ちゃんのことだからみんなにメールしたら気がすんで、すぐに寝ちゃったんじゃない?」
「…………うん」
やっぱり。
「もしかしたら、メールのこともついさっきまで忘れていたんじゃないの?」
「…………うん」
あたしはことさら深くため息を吐いた。
高橋愛という子はこういう子なんだ。あのメールで困ったのは、ほかのメンバーの方だろう。
と、思っていたら……
「あれ、みんなを困らせようと思ってわざと間違いを入れなかったんだって」
あたしがトイレにいっている間、先に楽屋に戻った愛ちゃんはみんなにそう告げた。
おかげで帰ってきたらみんなから非難囂々(ひなんごうごう)。
みんなには、「ごめんなさい、あたしのミスで答えを入れ忘れちゃったみたいなんです。てへっ」
とでも言おうと思っていたのに…。
とき既に遅し。
- 13 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/02(火) 00:36
- 飯田さんに怒られました。
矢口さんに怒られました。
「はぁ?なにそれ、真剣に探しちゃったじゃん。おかげで寝不足だよ」
ミキティーに文句を言われました。
ミキティーさん、すみません、ごめんなさい。睨まないで下さい、目が恐いです。
ちなみに、あたしが心の中でミキティーと呼んでいるのは内緒です。そう呼んだら、絶対つっこまれる。
吉澤さんからは何もなし。笑ってるだけ。さすが吉澤さん。
石川さんは……、えっ?メールがきてない?
そうですか…。石川さんらしいというかなんというか…。愛ちゃん、ちゃんと全員に送ろうよ。
その後もほかのメンバーにいろいろ言われた。
そんなにあたしが悪いんですか?
ぶりんこうん○の二人組の方が、シャレにならないイタズラをいっぱいしてるじゃないですか。それに比べたらあたしのなんて些細なもの。
そもそもメールを送ったのはあたしじゃなくて愛ちゃんなんだし。
あのメールで一番迷惑な目にあったのは、どうやらあたしらしい。
- 14 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/02(火) 00:41
- 憂鬱な気分でいると、コンコンがニヤニヤこっちを見ているのに気がついた。
嫌な予感がした。普段ボケボケだけど、それでいて意外とあなどれないところがある。
紺ちゃんはあたしの傍にやってきて、耳元で囁いた。
「あたし、違う文字、というか隠れた一文字見つけたよ」
ぎくりとする。まさか、気づくとは。
「なんだかんだいって、愛ちゃんのことラブなんだね」
恥ずかしい言い方をするな。
「なになに?何のこと?」
隣に座っていた矢口さんに聞こえていたようで、食いつかれてしまった。
マズイ。
「なんでもないんですよ、矢口さん」
慌てて誤魔化そうとしたけど無駄みたい。矢口さんが大声を出したものだから、ほかの人も何ごとかと見てくる。
「まもなくリハーサル始まります。お願いします」
天の助けか、番組のADさんがやってきた。
「ハイハイ、みなさん出番ですよー。がんばっていきまっしょーい」
あたしは、テンション高く叫ぶと、逃げるように楽屋を出た。ひとり、スタジオに向かって廊下を歩く。
今頃紺ちゃんが、みんなに教えているだろう。あのメールの秘密。
みんなはいいとしても、愛ちゃんに知られるのだけは勘弁して欲しい。とても堪えられません。
リハーサルの時も本番中も、あたしは愛ちゃんの顔を見ることが出来ず、仕事が終わるとさっさと帰りました。
- 15 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/02(火) 00:45
- 携帯が鳴った。
夜中の12時を過ぎている。こんな時間に誰だろう?って、あいつに決まっている。
見てみると、やっぱり愛ちゃんからのメールだった。
それは、あのメールの「高」と「橋」の文字を、「走りマーク」に変換したものだった。
残った「愛」の文字が形を作っている。
それだけで、ほかにメッセージはなかった。
いつものメールと違って内容はあるのだけど、どう返事をしたものか困ってしまう。
しばらく考えたけど、結局無視することにした。
愛ちゃんとは不必要にメールをしない。それが今日学んだ教訓だ。
あたしは携帯の電源を切り、部屋の電気も消してベッドに入った。
愛ちゃんは今なにをやっているのだろう。早く寝なさいよ。
おやすみなさい愛ちゃん。
- 16 名前:メール フロム アイ 投稿日:2004/03/02(火) 00:58
-
着信 0:58 愛ちゃん
『 @@@愛@愛@@@@@@@愛@愛@@@@
@愛@@@@@愛@@@愛@@@@@愛@@
愛@@@@@@@@愛@@@@@@@@愛@
愛@@@@@@@@@@@@@@@@@愛@
愛@@@@@@@@@@@@@@@@@愛@
@愛@@@@@@@@@@@@@@@愛@@
@@@愛@@@@@@@@@@@愛@@@@
@@@@@愛@@@@@@@愛@@@@@@
@@@@@@@愛@@@愛@@@@@@@@
@@@@@@@@@愛@@@@@@@@@@ 』
−END−
- 17 名前:駄文 投稿日:2004/03/02(火) 00:59
- とりあえずの、挨拶代わりの短編でした。
実験的なネタだったので上手く伝わるか心配です。
ネタを優先したので、物語性が薄いところが反省点です。
特に最後の方、あっさりとなってしまいました。
- 18 名前:駄文 投稿日:2004/03/02(火) 01:03
-
>>9
ご指摘のあった訛りのことですが、
「簡単やったよ」のところです。(これは訛りですよね?)分かり辛くてごめんなさい。
ラジオで高橋さんが、「一度頭の中で考えてから話すと訛らない。とっさに話すとやっぱり訛りが出てしまう」
というようなことを言ってました。文章を書く時は一度頭で考えるので、普通標準語になるものだと思うのですが…。
当分訛りは直らないみたいですね。私としては直って欲しくないのですが、作者さん達にとっては、
高橋さんの訛りには頭を悩まされていると思います。
- 19 名前:駄文 投稿日:2004/03/02(火) 01:12
-
あと、私の名前の「名無犬」ですが、
名無し・・と区別がつきにくいですし、似た名前の方もおられるので、
ひらがなで「ななし犬」とさせてもらいます。
まだ始めたばかりなので影響は少ないと思いますが、迷われる方がいらしたら、ごめんなさい。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/02(火) 17:37
- 仕事が細かいですね。続き楽しみ
- 21 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/04(木) 03:53
- 今日から本編の方に入ります。遅くなってすみません。
内容は、タイトルで想像がつくと思いますが、ファンタジーものです。
メインどころは一応石川さんと吉澤さん。ほかにも活躍する人はいます。
メンバー全員もとりあえず出ます。ひいきのメンバーがすぐに分かると思います。
設定的に、読んでて「?」と思うところがいきなり出てくると思います。
質問があればできるだけフォローしたいと思います。
先の展開が簡単に読めるものから複雑なものまで、いろいろと伏線を敷いています。
(うまく活かせるか分かりませんが)
展開が読めても、胸の内に秘めておいて下さい。
大体のあらすじはできあがっています。ラストも。あとは間を埋めていく作業と、更新前の推敲です。
更新の頻度はできるだけ多くしたいと思いますが、まだ先が見えないのでなんとも言えません。
稚拙な文章で実力の無さを露呈することになるかもしれませんが、とりあえずは何かを書く、
書き続けるということに意味を見い出したいと思います。
ラストは「めでたしめでたし、とってんひゃらりんちゃん」で終わりたいと思います。
それでは「はじまりはじまり」
- 22 名前:アサの騎士 投稿日:2004/03/04(木) 03:55
-
騎士という名が、誰かを守るという意味を持つのなら
私はあなたを守る為に、騎士を名乗ろう
騎士の名に懸け、あなたを守りとおす
私はあなたの騎士
あなただけの
- 23 名前:序 投稿日:2004/03/04(木) 04:01
-
夢を見ていた。
一面の草原。色とりどりの花が咲いている。
その中を少年と少女が歩いていた。ふたり、手と手を取り合って。
私は離れたところからそれを見ている。顔ははっきりとわからないのだが、ふたりのうち
の一方が自分だとわかる。自分自身の姿を遠くから眺めているというのは、おかしなこと
かもしれないが、私は違和感なくそれを見ていた。
私と一緒にいるのは誰だろう?とても懐かしい感じがする。きっと私の知っている人なん
だけど、それが誰なのかはっきりとしない。
もどかしい気持ちで、でも、その誰かと一緒の姿を見ていると幸せを感じることが出来た。
突然、鐘の音が鳴り響いた。夢の終わりを告げる、現実に引き戻す鐘の音。
- 24 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 04:12
-
イシカワは目を覚ました。
尖塔の鐘の音が鳴り響いている。
視界に入ってくるのは見慣れた天井。花の咲き乱れる草原は消え失せている。そこで、自
分が夢を見ていて、いま目を覚ましたんだということを認識した。
体を起こすと「うーん」と伸びをし、まだ開ききらない眠気まなこで部屋の中を見渡した。
窓から朝の光が差し込み、狭いひとり部屋の中を照らしている。狭いながらも、物が溢れ
て乱雑としていた。
窓の外、北の塔の大時計が目に入った。大人の体を悠に越える大きさの二つの針は、既
に任命式が始まる時間を指していた。
「やばい、大変だ」
慌ててベッドから降り、着替えを始めた。
古びた衣装箪笥の奥から、豪華な刺繍が入っている仕立てのいい服とマントを引っ張り出
す。国の正式行事用の正装だ。
これを着るのは1年ぶりだろうか。
ほかの人よりも仕度に時間がかかるので、普段から早起きを心がけていたのだが今日に
限って寝坊してしまった。
相部屋だった頃は、たとえ自分が寝坊しても起こしてくれる人がいたので、めったに遅刻す
ることはなかった。
たまに二人とも寝坊してしまって、隊長に怒られたこともあるけど。
- 25 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 04:18
-
正装を着て、マントを着ける。鮮やかな真紅のマント。
ずっとたたまれたままだったので、折り目が皺になっている。それを消すように振ってみた。
窓からの風も受けて大きく翻る。しかし皺ははっきりと残ったまま、たいして効果が無いので
あきらめた。
着替えも終わり、扉の脇の壁にかけてある小さな鏡を前にした。
鏡には、美少女と見間違うほどの美しい顔がうつっている。
漆黒の髪は肩に届くか届かないかの長さで切られている。前髪の乱れを素早く直した。
鏡が小さいのでからだ全体を見ることが出来ない。いつもはゆったりとした服を身に着けてい
るが、この正装はちょっときつい。細身の体の線が出てしまっている。それを隠すように、マン
トを胸元で強く締めた。
(新しく作り直してもらおうか。でも、着る機会は限られているし。どうしよう)
鏡をもう一度見返す。
うつる自分の顔。
「よしっ」
気合を入れるように言うと、勢いよく扉を開けた。
- 26 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 04:22
-
廊下に出たところで、大事なものを忘れていることに気がついた。慌てて部屋に戻り、ベッド
の脇に立てかけられた剣を取った。
急がなければならない時なのだが、何故かそのまま、剣に見入ってしまった。
緻密な細工が施されている鞘。手に馴染む革張りの柄(つか)。そこに手をやり、ゆっくりと引
き抜いた。
ほぼ直線に近い、わずかな曲線を描く刀身が現われる。片刃の剣で、波の様な美しい刃文が
入っている。
この刀身を見ていると、感覚が鋭く研ぎ澄まされる。自分の意識が吸い込まれていく感じがす
る。そうして暫らく眺めた後、ゆっくりと刃をしまった。
(この剣は、私の誇りの証)
- 27 名前:1、遭遇 投稿日:2004/03/04(木) 04:30
-
部屋を出て、大階段へと続く廊下をイシカワは走っていた。鐘が鳴り終わってから数分
経っている。
辺りに人影はなく、イシカワの足音も石の床に吸い込まれて、異様なほど静かだった。
角を曲がった所で、廊下の向かいから走って来る人影に気づいた。
イシカワと同じ正装で、赤いマントが揺れている。マントの陰で、黒塗りの鞘が見え隠れ
していた。
それが誰だか分かり、イシカワの顔が曇った。
褐色の髪の美少年、ヨシザワ。
イシカワと同じアサの騎士であり、元同部屋の住人であり、そして……。
(―――私のライバル)
そう思っているのは自分だけかもしれない。だけど、やっぱりヨシザワには負けたくない。
自分の力を認めさせたい。
ヨシザワもイシカワに気づいた。
目が合ったが、それは一瞬のことでお互いすぐに逸らした。
ヨシザワも今はひとり部屋だから、寝坊しても起こしてくれる人がいない。
イシカワは、二人して怒られた昔のことを思い出した。
二人の距離が縮まる。すぐ先の角を曲がると、大階段の踊り場に出る。向かいからやっ
てきたヨシザワが先に角を曲がり、イシカワもそれに続いた。
- 28 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 04:38
- 城の入り口からのびる大階段は、幅が15メートル、長さが40メートルある。
両側に、数メートルの間隔を置いて像が立っている。像のモデルは歴代の王であったり、
英雄であったり。
途中に2ヶ所踊り場があり、二人が今いるのは下の踊り場だった。任命式の行われるアサ
の間は、この大階段をのぼりきった所にある。
二人は階段を駆け上がった。
先をいくヨシザワに負けまいと、イシカワも足を速めた。
アサの間の大扉は閉じていた。
先にたどり着いたヨシザワが扉に手をかける。かなりの重さがあるために、扉はゆっくりとし
か開かない。
そのうちにイシカワが追いついた。次第に開かれる扉。早く入ろうと、まだ狭い隙間に二人が
詰め寄った。
焦っていたため、イシカワは入り口の段差に足を引っ掛けてバランスを崩した。倒れまいと、
とっさにヨシザワのマントを掴んだ。
「わっ」
ヨシザワもつられてバランスを崩す。大きな音と共に、二人は広間の内側に倒れこんだ。
- 29 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 04:46
- 静まり返った広間の中、数百人を超す騎士、騎士見習いが整列していた。皆が一斉に振り
返り、無様に重なりあうイシカワとヨシザワに注目していた。
お偉いさんが、「なにをやってるんだ」と睨んでいる。
先に立ち上がったヨシザワは、「大丈夫?」と声を掛けようとしたが、寸前「チッ」というイシカ
ワの舌打ちが聞こえてやめた。
(倒れたのはお前のせいだろう)
イシカワはそそくさと立ち上がり、列の中に入っていった。
ヨシザワも後を追う。
広間の奥に玉座がもうけられていて、大扉から玉座の前まで赤絨毯が敷かれている。
騎士達は、赤絨毯の道を挟んで左右に列を成して並んでいる。二人はその間を縫って、前
へ前へと進んだ。背中に痛いほどの視線を感じる。
二人が並ぶべき場所は最前列。
アサの国の頂点であるアサの騎士は、そのため常に列の先頭になる。
団員達は道の右側と左側に、桜隊と乙女隊で別れていた。
ヨシザワは右、イシカワは左の列にそれぞれ加わる。
ヨシザワは、桜隊のアベとタカハシの間に入った。隣のアベが、コラッっといった表情でヨシ
ザワを見た。
その顔はいまだ10代の少女のように可愛いらしい。この人が自分より年上だとはどうしても
信じられない。
「いつもはアベさんが遅刻するくせに」
小声で言い返すと「しー」と注意された。どうやら、王がやってきたらしい。
- 30 名前:1、任命式 投稿日:2004/03/04(木) 04:51
- 王は、広間の奥の扉から宰相のツンクを伴って入ってきた。一同は一斉に膝をつき、頭を
下げた。
アサの国の王、ヤマザキ。
齢七十を超える老人。しかし、その足取りはしっかりとして玉座についた。
その権力はこの世で最も高い。国民からは陰で狂王と呼ばれている。
そのうち、自分の入る巨大な墓をつくれというんじゃないかとひやひやしている。
「もうよい、頭を上げよ」
王の言葉で皆一斉に立ち上がる。
ツンクに目配せをした。ツンクは頷くと、
「これより、暦304年、騎士任命式を行う」
高らかに言った。
新しくアサの騎士に選ばれるのはどんな人だろう。イシカワは思った。
団員でも、誰が選ばれるか知らされていない。自分の時もそうだった。
「新たにアサの名を受け継ぐ者を呼ぶ。王の御前に拝し、名と命(めいとめい)を受けよ」
広間の中に、緊張した雰囲気が広がった。
- 31 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 04:58
- 「フジモト、タナカ、カメイ、ミチシゲ」
ツンクは4人の名を呼んだ。
赤絨毯の道を、4人の男女が進み出た。
イシカワはそのうちの一人に見覚えがあった。自分と同い年の少年、フジモト。
イシカワがまだ騎士見習いだった頃、フジモトとはアサの騎士の候補として、共に訓練を
受けていた。大勢の候補がいたため、直に面識はなかったが。
その年、アサの騎士に選ばれたのはイシカワやヨシザワ達だった。
フジモトはアサの騎士には選ばれなかったが、正式に騎士となり、その後実力をあげて
いった。今では四剣士の候補として、名前が噂されるまでになっていた。
堂々と赤絨毯の上を歩くフジモト。鋭い目つきのその顔には、騎士としての自信がみなぎ
っている。改めてアサの騎士に選ばれるのは、どんな気持ちなのだろう。
フジモトとは違い、他の三人は緊張しているようだった。顔が強ばっている。
無理もない。イシカワもそうだった。
4人は玉座の前に来ると、膝をついた。
王が宣する。
「アサの騎士は、アサの国において最も優れた騎士に与えられる名だ。勇気、礼儀、名誉
を重んじ、その名に恥じぬよう騎士の道を進め」
「「はい」」
4人の騎士は声を合わせてこたえた。
- 32 名前:1、姫君 投稿日:2004/03/04(木) 05:04
- 王は4人の顔をゆっくりと見回した。
「ふん、またかなり若い者が混じっているな」
ツンクに話しかける。
「しかし、素質は私が保証します。将来必ずや、この国を支える騎士になるでしょう」
「まあ、お前が選んだ者達だから間違いはないだろう。期待しているぞ」
最後の言葉は4人に向けられていた。
「フジモト、タナカ、ミチシゲは乙女隊。カメイは桜隊に入ってもらう。以上だ。それぞ
れの新たな場に着け」
ツンクが言い、4人は立ち上がった。
朝の騎士の一員として、最前列に加わった。
イシカワの横にフジモトが来た。フジモトが軽く会釈をする。イシカワもつられて会釈
を返した。
「続いて四剣士の―――」
ざわざわ。
ツンクが話している途中だったが、騎士たちがざわつき始めたので止められてしまった。
何事か。
騎士たちの視線を追って振り向くと、奥の扉から、姫君が顔をひょっこり覗かせていた。
王の唯一の嫡子、アヤ姫。
男の騎士達にとって、アヤ姫はアイドル的存在だ。騒いでいるのも男だけだった。
アヤ姫がこのような場に顔を出すことは滅多にないので、興奮は一層だった。
- 33 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 05:10
- アヤ姫は、扉から顔だけを出して中を窺っている。
騎士達を見回し、最前列に並んでいるフジモトを見つけると笑顔で手を振った。
みんなには、アヤ姫が誰に手を振っているのか分からない。自分かな?と誤解して、手を
振り返す者もいた。分かっているのはアヤ姫とフジモトだけ。
「アヤ、何をしているんだ?」
王が娘に声をかけた。
孫ほどの歳の差のあるこの親子は、親が子にとても甘い。子はそれを知っていて、かなり
のわがままに育っている。
「見学をしたいのならこっちに来なさい」
「はーい」
陽気に能天気に返事をして広間に入ってくる。桃色の豪華なドレスが揺れている。
「馬鹿みたい」
イシカワは呟いた。
男に人気のアヤ姫だが、イシカワはあまり好きじゃない。
「ごめんなさい」
イシカワの呟きを耳にしたフジモトが、思わず言ってしまった。
なにが「ごめんなさい」なのだろう。イシカワは不思議に思ってフジモトを見た。
フジモトは申し訳なさそうな顔をしている。まるで、我が子の過ちを詫びる親のような。
「もしかして、さっき姫様が手を振ってた相手ってフジモト?」
「そうじゃなければいいんだけど……」
情けない顔でこたえる。
アヤ姫とフジモトがどういった関係なのかよく分からないが、フジモトが苦労させられてい
るのはなんとなく分かった。
- 34 名前:1、四剣士 投稿日:2004/03/04(木) 05:21
- アヤ姫は王の横に座った。それを見て、ツンクが式を再開させる。
「四剣士は前に出よ」
最前列から、イシカワとヨシザワだけが歩み出た。
イシカワは玉座の前にくるまで、意識してヨシザワと顔を合わせないようにした。
玉座を前にすると、二人は腰から剣を抜いた。膝をつき、剣の柄の方を王に向け床に置
いた。
ツクヨミとクサナギ。
イシカワの細身の剣に比べ、ヨシザワの剣、クサナギは幅がある。
諸刃の剣で、黒塗りの鞘に収められている。
ヨシザワらしい剣。いつ見てもそう思う。
四剣士には、剣士としてトップの4人の者が選ばれる。選ばれるのは男だけで、一人ずつ
剣が与えられる。
アサの国に代々伝わる四つの宝剣。それぞれに、嘘か真かは別として、様々な伝説がある。
逆にいえば、宝剣が4本だから四剣士なのだ。
「新たに四剣士に名を連ねる者を呼ぶ」
二人の少年が、次に呼ばれる名を待った。桜隊のタカハシと、乙女隊のオガワだ。
二人とも、フジモトと同じく四剣士の候補にあがっている。同じ時にアサの騎士になった二人。
剣士としての実力はタカハシが勝っているが、そのタカハシでも四剣士に選ばれていない。
ここ数年、新たに四剣士が選ばれることはなく、四剣士の名前を持っているのはイシカワとヨ
シザワだけだった。
- 35 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 05:26
- 「フジモト」
ツンクが呼んだのは二人の名前ではなかった。この時期の選出、予想できたことではある
が、二人にはショックだった。自分の実力のなさを悔やむ。
フジモトは再び玉座の前に出た。膝をつく。
ツンクが一本の剣を王に渡し、王はそれを持ってフジモトの前に歩み寄った。
「新たな四剣士の一人として、この剣を授ける」
「謹んで、受刀します」
フジモトは剣を受け取った。
「その刀身を曇らせることのないよう、心、技、共に鍛え、剣士としての道を究めよ」
「はい」
パチパチパチパチ
アヤ姫が拍手をした。
(そんなことするなよぉ)
フジモトの願いに反し、アヤ姫につられて騎士達が拍手を始めた。次第に大きくなり、広間
全体が拍手に包まれた。
王もツンクも困った顔をする。アヤ姫だけが満足げだ。
大変なんだねぇ。イシカワは気の毒に思った。
拍手がおさまると、ツンクがまた高らかに言った。
「以上をもって、騎士任命式を終える」
- 36 名前:1、 投稿日:2004/03/04(木) 05:32
- 王が席を立ち、出口に向かう。
「また後でね」
フジモトに手を振りながら、アヤ姫も出ていった。
フジモトはため息をつく。疲れた。
手の中にある剣を、まじまじと見た。三本目の宝剣、ナナファトル。
鞘から抜いてみた。
諸刃の剣。クサナギより一回り小さい。
刀身は鏡のように澄んでいた。
自分の顔がはっきりとうつる。何でできているのだろう。見たことのない材質だった。
イシカワとヨシザワは、複雑な気持ちでその剣を見ていた。
その剣の前の持ち主を知っている。そして、もう一人の四剣士も。
既に四剣士から名前を外されているが、もう一つの宝剣の持ち主だ。
今は剣と共に行方不明になっている。
その記憶を共有しているのはイシカワとヨシザワだけだった。
二人は自然と、お互いの顔を見た。目が合ったが、今度は逸らすことはなかった。
- 37 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/04(木) 06:41
- 初回なので、話が一区切りするところまで載せてみました。
名前がカタカナだらけだったり性別が変わっていたり、
いろいろとややこしくてすみません。
今わかっているところでいうと
・男 石川、吉澤、藤本、高橋、小川
・女 安倍、松浦、
と、なっています。
残りの3人ですが、ばらしてしまうと、
・男 田中、道重、
・女 亀井
です。
次回は、残りのメンバーを一気に出したいと思います。
あと、前作へレスして下さった二人の方、ありがとうございます。
内容が全く違うので、どのような感想を持たれるか分かりませんが、よろしければ。
- 38 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/03/04(木) 07:01
- 設定おもしろそう。
どんな話になってどんなカップリングになるのかドキドキ。
そしてフジモトとアヤ姫の関係ハァハァ
- 39 名前:20 投稿日:2004/03/04(木) 19:04
- 面白い。これは絶対面白い
- 40 名前:娘。よっすいー好き 投稿日:2004/03/04(木) 22:02
- 短編も面白かった、本編も面白そうですね。続き期待してます。
- 41 名前:娘。よっすいー好き 投稿日:2004/03/04(木) 22:02
- 短編も面白かった、本編も面白そうですね。続き期待してます。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 07:11
- ちょっとしか出てないのに松浦にツボった俺って一体_| ̄|○
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/07(日) 23:18
- 最近また熱くなってきたあやみきに期待大。
…チガウCPダッタラドウシヨウ( ゜皿 ゜)
- 44 名前:1、アサとヨル 投稿日:2004/03/09(火) 17:44
- 世界は大きく二つに分かれている。
アサの国とヨルの国。
アサの国が秩序と繁栄の象徴なら、
ヨルの国は混沌と破壊。
国といっても国家として成り立っているわけではなく、
ヨルという名前も人間達が勝手にそう呼んでいるだけだ。
人間社会の創り上げた数々の国。アサの国はその中で、最も大きな力を持つ国である。故
に、王たるヤマザキはこの世で最も高い権力を有する。
しかしその権力も、ヨルの国には一向に意味を成さない。
ヨルの国には、人間の天敵たる闇の者達が棲まう。
人間を食料として襲う野蛮な獣から、人間と同様の知性を持ち、社会を形成している魔物。
そして、古より神や悪魔として名を残す、人智を超えた存在まで。
時に人間社会に深く干渉し、時に不気味なほどの沈黙を続ける。
倫理が根本的に違う存在。
永遠に訪れることはない人間との共存。
世界の半分を覆うその広大な土地は、人の侵入を拒み続ける。
ヨルの国という名前だけが付けられ、その深淵を知る者はいない。
そのため、世界全体を表す地図は未だに作られていない。
人は只、闇を恐れて生きていくだけ……
- 45 名前:1、 投稿日:2004/03/09(火) 17:48
- 任命式が終わり解散しようとしていると、宰相のツンクに呼び止められた。
アサの騎士全員に命令が下る。「本日の正午、赤の間に集合せよ」
新しい任務の通達だろうか。
「イシカワとヨシザワ、遅刻するなよ」
釘を刺された。
アサの間を出たところで、
「イシカワさんっ」
後ろから声を掛けられた。
新人のミチシゲだった。
「僕、ミチシゲといいます。これからよろしくお願いします」
長い睫毛をぱちくりさせて、ぺこりとお辞儀をした。
なんというか、「美少女」って感じの子だなあ。イシカワは思った。
言っておくと、ミチシゲは男だ。イシカワ並に、女性と見間違う程の容姿をしている。
「僕、イシカワさんに憧れているんです。イシカワさんみたいに強くて綺麗な剣士になり
たいんです」
「強くて」よりも「綺麗な」の方を強調していた。
「あ、ああ、そうなんだ。がんばって」
憧れているなんて言われたことがない。戸惑うイシカワ。
「はい、ありがとうございます。がんばります」
ミチシゲはもう一度お辞儀をすると、走り去った。
なんというか、変な子だ。イシカワは思った。
- 46 名前:1、桜 投稿日:2004/03/09(火) 17:54
- 正午までまだ時間があるので、一度部屋に戻って着替えることにした。
マントと正装を脱ぎ捨て、普段の服装をする。
やっぱりこっちの方が落ち着く。
愛用の群青色のマントを着けようと、衣装箪笥を開けた。
「あれ?ないなぁ」
部屋の中を見回した。
物が溢れていて乱雑としている。誰かさんが見たら呆れそうな光景。
「自分では、どこに何があるかちゃんとわかってるんだよ」
「誰かさん」に昔言った言葉を一人呟きながら、愛用マントを探しはじめた。
赤の間は城の中庭に面している。
ヨシザワは窓辺に立ち、中庭に咲く桜の大木を眺めていた。
その大木は、季節に関係なく自由気ままに花を咲かせる。いまはまだ、日によって雪が舞
う頃。季節を知る目安にはならない。
桜隊の名前はこの桜から来ているらしい。どういった意味で付けられたかは分からないが。
赤の間には、ヨシザワ以外まだ誰も集まっていない。遅刻をするなと言われたので、余裕
を持って来たのだが早すぎたようだ。
扉の開く音がして振り返った。
入り口に立っていたのはイシカワだった。
- 47 名前:1、 投稿日:2004/03/09(火) 17:57
- 今日はとことん縁があるらしい。神様は、俺達を二人きりにさせて何をやらせたいんだ?
喧嘩?決闘?
それとも……。
今更、俺達が話すことなんて何もない。
ヨシザワは、また窓の外を向いた。
桜の花びらが、風に吹かれ散っている。
中に入ってきたイシカワは、真紅のマントを纏っていた。
あのあと部屋中を探し回ったが、結局愛用のマントを見つけだすことができなかった。仕
方なく、またこのマントを着けている。
ヨシザワと同じく早めにやって来たのだが…。
部屋の中央に大きなテーブルが置かれていて、それを囲むように椅子が並べられている。
アサの騎士は新たな任務があると、この部屋で説明を受けるのが習慣になっていた。
イシカワは、ヨシザワのいる窓側とは反対の席に座った。
ヨシザワは何を見ているのだろう?
というか、あからさまに私を無視している。私に背を向けて、窓の外を見たまま。
ヨシザワも正装を着替えている。ああいう堅苦しい衣装は嫌いだから。
着けたり着けなかったりの黒いマント。相変わらず、黒が好き。
……感傷的というか何というか、今日は朝から、昔のことが思い出される。
―――そういえば、初めてこの部屋に入ったのは
―――あの時も、よっすぃーは一緒で
- 48 名前:1、回想 イシカワ 投稿日:2004/03/09(火) 18:00
- 「イシカワ、カゴ、ヨシザワ、ツジ」
自分の名前が呼ばれたとき、私は正直信じられなかった。
ヨシザワと、「よかったね」と握手をした。騎士見習いの中で一番親しくしていたので、一緒
に選ばれて嬉しかった。
ツジカゴの二人も抱き合って喜んでいた。
あの頃の私達はまだ幼い子供で、騎士としての自覚なんてこれっぽっちもなかった。騎士
になれたことがただ嬉しくて、緊張感もなく浮かれていた。
ツジカゴの二人は、未だに自覚していないかもしれない。
私の家は、代々剣士を輩出している名家だ。
父も、そのまた父も剣士として仕えていた。
私には、上と下に女の姉妹(きょうだい)がいて、剣士として育てられたのは真ん中の私だ
けだった。
- 49 名前:1、回想 イシカワ 投稿日:2004/03/09(火) 18:05
- 父は、私がアサの騎士になったことを誇りに思ってくれるだろうか。
きっと、そうだろう。父は、剣士として、騎士としての誇りをなによりも重んじていた。
その為、犠牲になったものもある。私自身もそのうちの一つだろう。
小さい頃、剣を腰に差し、マントを纏う父の姿を見て格好よいと思った。だけどそれは、
憧れではなかった。剣士になりたかったわけではない。
剣士の血筋を絶やすことのないよう、物心ついた頃には剣を握らされていた。
剣士としてあるべき姿を説かれ、剣の腕を磨くうち、いつのまにか、自分でも剣士になる
ことが当たり前になっていた。
あの頃の私の、本当の夢はなんだったのだろう。
朧にも思い出せない、昔のことに思える。
騎士に選ばれたときの喜びは、父の期待に応えられたことへの喜びだった。剣士として、
イシカワの名を残す。それが私に望まれたこと。
赤絨毯の上を歩き玉座の前に膝をついたとき、初めて騎士であることの重みを感じた。
緊張と不安がよぎり、身の内から震えたのを覚えている。
- 50 名前:1、回想 カエル 投稿日:2004/03/09(火) 18:09
- 任命式の後、赤の間に集められた。団員達との顔合わせだった。
城の中で見かけたことはあるが、ちゃんと会ったことはなかった。
赤の間にはまだ全員揃ってなくて、イシカワとヨシザワは椅子に座って待っていた。
ツジカゴは窓の外のテラスに出て、走り回っていた。女の子だというのに落ち着きという
ものがない。
ヨシザワと取り留めの無い会話をしていると、突然目の前に、オレンジ色したカエルがど
こからともなく現われた。黒い斑(まだら)がところどころにある。人の親指ほどのちっちゃ
なカエルだった。
テーブルの上でイシカワの方を窺っている。どことなく愛嬌のある表情だった。
「かわいい」
触れようと手を伸ばすと、
「ダメダメダメ、触っちゃダメー」
これまたちっこい人が横から飛び出してきて、イシカワを静止させた。
元気な少年、というかワルガキといった風貌。アサの騎士で一番背の低いヤグチだった。
ヤグチが手を差し出すと、カエルはぴょんと飛び乗った。子犬を撫でるように、カエルの背
中を指で撫でた。カエルは気持ちよさそうに目を閉じた。
- 51 名前:1、回想 ひとりぼっちのカエル 投稿日:2004/03/09(火) 18:13
- 「アロネに触っちゃダメだよ。猛毒を持っているんだから。
少し触れただけであの世いきだよ」
イシカワにむかって言った。
じゃあ、平気で触っているあなたはなんなのですか?
「アロネって変わった名前ですね」
ヨシザワが言った。
「この子、蠱毒(こどく)の生き残りなんだ」
「蠱毒?」
「えっとね、簡単に言うと、毒をもった生き物を一つの壷に入れて殺し合いをさせるの。
それで、最後に生き残った生き物は、毒の耐性と一番強力な毒を持つことができるんだ」
古くから伝わる呪術の一種だ。想像しただけで気持ちが悪い。どうしてそのようなものを
飼っているのだろう。
「そのカエルが生き残ったんですか?」
「そうだよ。かわいいカエルでよかったよ。蛇なんかが生き残ったらどうしようかと思った」
蛇と聞いて、ヨシザワは身震いをした。唯一苦手なものが蛇なのだ。
「それで、どうしてアロネなんですか?」
「蠱毒だろ。ただ一匹の生き残りで孤独。Alone(アローン)。それでアロネ。わかった?」
「全然わかんないですけど」
「もしかして、ヨシザワってバカ?」
(注:aloneはひとりぼっち。孤独はlonely)
- 52 名前:1、回想 隊長 投稿日:2004/03/09(火) 18:15
- 扉が大きな音を立てて開いた。ずかずかと入ってくる女。テーブルの一番端の席にドカっ
と座った。
女ながらにアサの騎士を束ねる、隊長のナカザワだ。
「おい、みんな座れ」
部屋の中に響く声。立っていた者は席に着く。
テラスの方から笑い声が聞こえてきた。ツジとカゴの二人には聞こえていなかったようで、
バカ騒ぎを続けている。
「ツジ、カゴ、なにやってんだ!」
ナカザワはテラスに出ると、ツジとカゴの結んである髪の部分を掴み、中に引きずり込んだ。
「イタイ、イタイ」「ごめんなさい、ナカザワさん」
泣き喚く二人だが、容赦ない。
恐い。イシカワは思った。噂には聞いていたがこれ程とは。
ツジカゴの二人はすっかり怯え、椅子に行儀よく座っている。
さすが、伊達に女で隊長をしていない。
- 53 名前:1、回想 魔女の伝説 投稿日:2004/03/09(火) 18:20
- 「あれ?まだ全員ちゃうなあ」
ナカザワは見回して言った。
そのとき、何事もなかった様に笑顔で入ってきた人がいた。
「アベ、遅いぞ」
「ごめんなさい」
ナカザワに怒られても、笑顔のままで謝る。反省している様子などかけらもない。
アベの笑顔に、ヨシザワは見惚れてしまった。
(かわいい人だなぁ)
遠くから見かけたことはあるが、こんなに近くで見るのは初めてだ。
魔性の女として名高いアベ。いろんな意味で「魔女」と呼ばれていた。
アベの魔性の女伝説のひとつに、こういうものがある。
アサの国と同盟を結んでいる西の国の王が、お忍びでやって来たことがある。
公の訪問ではなかったため、お供につれてきたのは大して芸のない道化と、売れない
吟遊詩人だけだった。
何かとうるさい王で、城内をうろつき回り、騎士見習いからメイドまで誰彼かまわず話し
かけた。
そんな王がアベとばったり会った。王は、ひと目で虜になってしまった。
既に正妻と子を生していたが、アベを妃として迎え入れようとした。かなりの量の貢物
があったときく。
しかし、アベにあっさりと断られてしまう。それでも諦めきれないようで、今でも時々お
忍びでやって来るらしい。
規模の大小は違うが、似たような話がいくつもある。
- 54 名前:1、回想 投稿日:2004/03/09(火) 18:22
- アベは、ヨシザワの斜め前の席に座った。そして、ヨシザワの方を見た。一瞬胸が高鳴る。
しかし、すぐに気がついた。
アベが見ているのは自分ではなく、隣のイシカワだった。
イシカワはアベの視線に気づくことなく、ナカザワの方を見ている。ナカザワが恐いのだろ
う。怯えた様子だ。
「あとの二人は?」
ナカザワが誰ともなく訊いた。
「あの二人は別任務を受けていて、今はいないよ」
一人離れたところに座っているヤスダが答えた。
「ヤスダは一緒じゃないの?」
「今回はなぜだか外されちゃった。ツンク直々の命令みたいだよ」
肩をすくめる。
「珍しいね。いつもは三人一組なのに。どんな任務なんだろう」
「さあ、詳しくは知らない」
「まいっか。じゃあとりあえず、新人に自己紹介でもしてもらおうか」
- 55 名前:1、回想 投稿日:2004/03/09(火) 18:25
- まず、ツジとカゴが立ち上がった。背が低いので陰に隠れてよく見えない。それを察した
のかどうかわからないが、椅子の上に乗った。「せーの」と呼吸を合わせる。
「ツジでーす」
「カゴでーす」
「「二人合わせて、美少女騎士団どぇーす」」
声を揃えて言った。ウッフーンとかイヤーンとか囁きながら、わけのわからないポーズを
とっている。
「「あたし達は、この世にはびこる悪を―――」」
そこまで言ったところで、ナカザワに椅子を蹴られて床に落ちた。「ふぎゃっ」、「むぎゅう」と、
変な音を出す。
「おまえら、ふざけてるのか」
怒り狂っているナカザワ。
「せっかく練習したのに」
「決めのポーズがまだなのに」
二人は残念そうに呟く。
頭が痛い。これだから子どもは嫌いだ。
「もういい、次」
- 56 名前:1、回想 投稿日:2004/03/09(火) 18:28
- 続いてヨシザワの番。
「あ、ハイ。えーと、ヨシザワです。よろしくお願いします」
ヨシザワらしい呆気ないものだった。
「あんた、男前やな」
ナカザワがヨシザワに近づき言った。
「気をつけろよー」
「うるさいヤグチ」
ナカザワとヤグチが言い争っているのを、ヨシザワは困ったように見ていた。
続いてイシカワ。
「初めまして、イシカワといいます。
騎士としてはもちろんですが、剣士として、四剣士になれるようにがんばりたいと思います」
お辞儀をする。
ナカザワがまじまじと、イシカワの顔を見た。
ライオンに睨まれたウサギのように、身を硬くする。
「あんた、ほんま綺麗な顔をしてるな。女の私より綺麗なんちゃう?」
「気をつけろよー、ナカザワさんは綺麗な顔の男が好きだから」
「ヤグチ、うるさいゆうてるやろ」
またもや言い争いを始める。
これがアサの騎士なのか。想像していたものと全く違う。
不安になってきて、イシカワとヨシザワは顔を見合わせた。
「……がんばろうね」
「……うん」
- 57 名前:1、回想 投稿日:2004/03/09(火) 18:32
- 「今日はもう、特に言うことは無いなあ。明日から一応訓練が始まるから、気合入れて
がんばりなさいよ」
ナカザワの叱咤激励。
「「はい」」
ツジカゴの二人が元気よく返事をする。
「じゃあ解散」
「その前にちょっといい?」
部屋の隅にいたイイダが言った。口を開いたのは今が初めてだった。
イイダは、顔を黒いベールで覆っている。顔の表情を窺えるのは瞳だけ。それでも美人
だということがわかる。長身で、美しい黒髪が腰の辺りまで伸びている。
どこかしら、神秘的な、不思議な雰囲気をかもし出している女性だ。
「どうしたの?」
ナカザワが訊く。イイダは懐から羊皮紙を取り出して言った。
「4人に、自分の名前と生まれ月を書いて欲しいの」
「ああそうか。あんたたち悪いけど、書いてやって」
「それをどうするんですか?」
カゴが訊ねた。
- 58 名前:1、回想 投稿日:2004/03/09(火) 18:35
- 「占いに使うのよ。カオリはいわば、アサの騎士専属の占い師で、占いの結果を元に作戦
を立てたりするの。まあ、それだけじゃあないけど」
「へえー」
「恋愛運とかわかるの?」
「あたし、いつ結婚するのか知りたい」
ツジカゴは、占いと聞いて面白がっている。
「ナカザワさんの男運は?」
殴られた。ツジ沈黙。
「くだらないことを訊くな」
「もしかして、もう占ってもらってて、全然ダメだったとか?」
殴られた。カゴも沈黙。
イシカワとヨシザワはおとなしく書いた。今ではほとんど使われていない羊皮紙。慣れて
いなくて字が歪んでしまった。なんとか書き終えるとイイダに渡した。
占いで、私のことが全部分かるのだろうか。過去から未来まで。
イシカワに少しだけ不安がよぎった。
「大丈夫だよ」
イシカワの心を見透かしたようにイイダが言った。
「必要な時にしか占いはしないの。未来を知ることが、いい結果に繋がるとは限らないから。
それに、占いでなんでもかんでもわかるわけではないし」
ベールから覗く瞳は、優しく微笑んでいた。
- 59 名前:1、回想 鶫と鴉 投稿日:2004/03/09(火) 18:37
- 部屋を出ようとしたイシカワに、アベが声をかけてきた。
何の話だろう。ヨシザワは気になって、話をしている二人を、横で見ていた。
「あなたがイシカワさんね」
「そうですけど…」
アベは、イシカワの顔からつま先までをしげしげと眺めた。
「フフ、ツグミによく似ている」
独り言のように言った。その顔には、寂しげな微笑が浮かんでいた。
「頑張ってね。君も」
アベはそれだけ言って、部屋を出て行った。
ヨシザワはでれでれとニヤケ顔だった。最後に「君も」と話しかけられて、嬉しいらしい。
「つぐみに似てるって。そうかな?」
「つぐみがどんな鳥なのか、よく知らないよ」
「私も」
「カラスにだったら似てるよ」
「それは黒いって言いたいの?」
ヨシザワを睨んだ。
- 60 名前:1、回想 魔女と翁 投稿日:2004/03/09(火) 18:42
- 「やっぱ、アベさんってかわいいなぁ」
二人は大階段を下っている。
「ああいう人がタイプなんだ」
「イシカワはそう思わない?」
「かわいいとは思うけど。
アベさんって、魔女って呼ばれているんだよね。魔力で男を虜にしてしまうって」
「そういえば、ゲン爺もアベさんをナンパしてたなあ」
懐かしそうに言う。
「ゲンじいって?」
「俺の育ての親の爺ちゃん。ゲン爺って呼んでるんだけど。
俺の親って、ふたりとも早くに死んじゃってさあ。俺と弟、二人っきりになっちゃった
んだけど、ゲン爺が俺達を拾ってくれて、育ててくれたんだ」
ともすれば暗くなりがちなことを、何でもないように明るく話す。
「そのお爺さんがアベさんをナンパしたの?」
「うん、ゲン爺は女好きだから。
騎士になるためにここに初めてやって来た時、ゲン爺もついてきていて、俺が申請と
かなんとかいろいろやっている間にアベさんに話しかけてたんだ。嬉しそうな顔をして」
それは、先程までのヨシザワの様な顔だろうか。
「もしかして、白い髭を生やしたお爺さん?」
「知ってるの?」
「多分…。ここに初めて来た時に、白い髭のお爺さんにジロジロと顔を見られて、『お嬢
さん、かわいいね』とかなんとか言われて、恐くなって逃げたことがある」
「うわー恥ずかしい。なにやってんだよ、ゲン爺のやつ。男にまで声をかけるなんて」
- 61 名前:1、回想 投稿日:2004/03/09(火) 18:44
- 「そのお爺さんとは、血は繋がってないの?」
「うん。道端にいるところを通りがかりに拾ってくれたから」
「そうなんだ」
「感謝してるよ。騎士になれたのもゲン爺のお陰だし」
「お爺さんから剣を習ったの?」
「うん。強いのなんのって。八十とっくに超えているのに、それでも全然敵わない」
ヨシザワの強さはイシカワがよく知っている。そのヨシザワより強いとは…。
「今は、弟と一緒に田舎に住んでるんだ」
遠い目をして家族を懐かしんでいる。イシカワも、自分の家族を想った。
- 62 名前:1、回想 イシカワとヨシザワ 投稿日:2004/03/09(火) 18:50
- 新人の4人には、新しい自室として二つの部屋が与えられた。イシカワとヨシザワ。ツジ
とカゴでそれぞれ相部屋になる。
城の西側の一部が、騎士達の部屋として割り当てられている。
複雑に入り組んだ廊下を歩き、何度か迷いながら、新しい部屋に辿り着いた。
扉を開けて中に入る。部屋の端と端にベッドが置かれていて、間にテーブルがある。
ヨシザワは窓に駆け寄った。窓を開けると、春の風が吹き込んだ。街並みが下に広がっ
ている。
「眺めが最高だよ」
ヨシザワは振り返って言った。褐色の髪が風に揺れている。
「ヨシザワ、がんばろうね」
何となくそう思い、自然と口にしていた。
「うん」
「絶対、四剣士になろう」
「うん、一緒に」
ヨシザワは笑顔で返す。イシカワにとって頼もしい笑顔だった。
ヨシザワとだったら、なんでもできる。そんな気がした。
- 63 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/09(火) 19:01
- 直しを入れたので、予定より遅れてしまいました。
メンバー全員、次回こそは登場させます。
次回の更新は、少し早くできると思います。
今回の登場人物の性別
・男 石川、道重、吉澤、矢口
・女 辻、加護、中澤、安倍、保田、飯田
と、なっています。
あいかわらずややこしくてすみません。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/13(土) 07:22
- 続き期待。
- 65 名前:1、回想 投稿日:2004/03/14(日) 16:28
- 風に髪を揺らしながら、笑いかけるヨシザワ。
そのとき確かに、友情と絆を感じていた。
- 66 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:29
- 赤の間には二人きり。
窓の外を見やるヨシザワ。
その背中を見つめるイシカワ。
あれから3年ほどの月日が経っている。
変わったもの、変わらなかったもの、
体は成長し、幼かった顔も大人びたものになっている。
剣を振るう力と技を身につけ、二人の腰に希の剣を佩かせていた。
いつかの約束のとおり。
それでも、一番変わったものは目に見えないところ、
お互いの心かもしれない。
- 67 名前:1、閉じた繭 投稿日:2004/03/14(日) 16:32
- 「ずっと無視してるけど、まだ根に持ってるの?」
少し驚いた。イシカワから話し掛けてくるとは思っていなかったから。
「それはそっちの方だろ」
とっさに出たのはそっけない言葉。
「………」
イシカワは、会話の糸を断たれ沈黙してしまう。
(…そりゃあ黙るよね)
根に持っている。
イシカワが言ったのは今朝のことだろうか。それとも昔のことだろうか。
ヨシザワは振り返り、無表情な顔でイシカワを見た。イシカワにみせる笑顔はとっくに忘
れている。しかし、その表面とは裏腹に、内側では様々な思いが巡っていた。
イシカワは、何もないテーブルの上に視線を落としている。見詰めているのはテーブルの
木目ではなく、自分の心の内。
赤の間は沈黙に支配されていたが、心を読むことができる者なら、部屋中に溢れる思いを
見ただろう。口に出されることのない数々の。
イシカワの思い。ヨシザワの思い。
苛立ちや悲しみ、嫉妬などの複雑な思いが繭の様に絡み合っている。
その内には、最も単純で、最も強い気持ちが隠されている。
昔はお互いに晒し合っていたが、今では硬い繭に覆われて、自分自身でも見ることができない。
イシカワが繭の一片に手をかけた。
その手をヨシザワは、繭から引き離した。
思いは孵化することなく、繭をより一層厚くさせた。
- 68 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:35
- 扉が大きな音を立てて開いた。
「おっ、二人とも早いな。関心関心」
ナカザワがずかずかと入ってきた。後ろには新人の3人を従えている。
ミチシゲがイシカワに気づき、小さく会釈をした。
「相変わらず綺麗な顔をしてるな。最近ますます綺麗になってないか」
ナカザワが、イシカワの顔をのぞき込みながら言う。
「そんなことないです」
「女だけじゃなく、男も骨抜きにしてるんちゃうか?」
イシカワはどうしたものか困って、愛想笑いを返すだけ。
「そりゃあ、男が綺麗って言われても嬉しくないわな」
それを後ろで聞いていたミチシゲは、
「男でも、綺麗って言われたら嬉しいよね」
「それはあんただけだよ」
カメイがすかさずツッこんだ。
「あんた、おかしいよ」「なんでよ」
喧嘩を始める二人。
「またか」タナカは呆れ顔でそれを傍観している。
- 69 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:37
- 時間も正午に迫り、続々と団員達が集まってきた。
席が埋まっていく。
定位置なのか、テーブルの一番端にナカザワが座る。
数年前に、体力の限界を感じてアサの騎士から抜けた。今は、すべての騎士を統べる騎士
団長になっている。
ナカザワの隣にはヤスダ。ナカザワと同じくアサの騎士から抜け、副団長になっている。
何故か、若い団員達から恐れられている。
もう一人の副団長、イナバも同席していた。この中でも古参の騎士だ。騎士になったのは
ナカザワよりも早い。瞳の色が赤いという、変わった特徴を持っている。
三人とも一線から退いているが、それでもその実力は侮りがたい。
独特のオーラを放っている。
「女としても、一線を退き気味だよね」
「ヤグチ、何か言ったかな?」
「なんでもないです」
三人に満面の笑顔を向けられ、さすがのヤグチも黙る。
- 70 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:39
- 「あと来てないのは誰?」
人数が多すぎるため、ひと目では誰がいないのか分からない。
「例の如くです」
「…またアベか」
それで通じてしまう程、アベの遅刻癖はひどい。
アベに言わせれば、
「長い人生に比べたら、数分の遅刻なんてまばたきみたいなもの。あまりにも一瞬で、
したかどうかも分からない」
「いやいやいや、それは違うだろ。現に、みんなに迷惑かけてんじゃん。したかどうか分
かるよ」
当然のことながら、ヤグチにツッこまれた。
鐘の音が赤の間にも聞こえてくる。正午になったことを告げていた。
それから暫らくして、アベはやって来た。みんなに叱責の視線を向けられているのに、気
にすることなく笑顔で入ってくる。
「さっきそこでね、麒麟の親子が空を飛んでて、なっちに向かって手を振ってたの」
「そんな、カオリみたいなわけの分からないこと言ってないで、早く座りなさい」
イイダがナカザワに抗議の目を向けたが、ベールをしているので気づかれなかった。
アベは空いている椅子に座った。
初めて会った時よりも更に幼くみえる。ヨシザワは思った。さすがは魔女といったところか。
- 71 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:46
- これで、アサの騎士15人が揃ったことになる。
桜隊のアベ、ヤグチ、ヨシザワ、カゴ、タカハシ、コンノ、ニイガキ、カメイ。
乙女隊のイイダ、イシカワ、ツジ、オガワ、フジモト、タナカ、ミチシゲ。
ナカザワの後を継ぎ、イイダがアサの騎士の隊長を務めている。
「ツンクから早速命令が下りているんだけど、とりあえず、新人に自己紹介でもしてもらおうか」
宰相のツンクは政治のみならず、騎士団のあらゆることを取り仕切っている。
騎士の叙任。任務の決定。称号の剥奪。
このような場に直接顔を出すことはなく、命令は団長のナカザワなどを通して下される。
フジモトがまず挨拶をした。といっても、既に周知だ。一緒に任務を受けた者もいる。
「宜しくお願いします。皆の足を引っ張ることの無いよう、がんばりたいと思います」
謙遜しているが、実力はアサの騎士を引っ張っていける程だ。
タカハシとオガワ。どうしても、フジモトの顔とその剣に目がいってしまう。密かにライバル心が
湧きあがる。
続いてタナカ。
どことなく、フジモトに似た印象を受ける少年。鋭い瞳のせいだろうか。
少年らしい幼さと、大人っぽい雰囲気を内包している。あとの二人と比べて落ち着きがあるよう
に見えるが、年相応の子供っぽいところも垣間見せる。皆がそれを知るのは、暫らくしてからの
ことだが。
大半の者の第一印象は、「なんとなく恐い」だった。
続いてミチシゲ。
「綺麗」「かわいい」を連発して、いかに自分が綺麗でかわいい騎士になりたいかを力説した。
当然、尊敬するイシカワの名前も出てくる。
大半の者は、「また変なのが入ってきたなぁ」と思った。
自分達も十分変なのだが。
- 72 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:49
- 最後にカメイ。
年齢に似合わぬ、おっとりとした口調で話す。
目を惹くのは、黒髪からとび出している尖った耳。普通の人の倍の長さがある。
「あたし、エルフなんです」
カメイはそう自称した。半信半疑の面々。だが、ナカザワが触れてみると確かに本物の耳
だった。
「まあ、空飛ぶ麒麟がいるくらいだから、エルフもいるよね」
アベの発言は無視された。
最後にカメイは、
「かわいさだったら、ミチシゲには負けません」
そう締めくくった。
その発言は、ミチシゲのプライドに火を点けた。
「僕のほうがかわいいよ。眼だって大きいし、睫毛だってこんなに長い」
「欠点は、余計なものがぶら下がっていることかな。そのうちヒゲが生え、すね毛が生え、
胸毛がぼうぼうになるよ」
「そんなことないもん、そんなことないもん、イシカワさんだって綺麗だもん」
ミチシゲはムキになって言う。
「わからないよ。イシカワさん、意外とすね毛が濃いかも知んない」
いちいち私の名前を出すのはやめて欲しい。それに、すね毛は濃くないです。イシカワが
心の中で言う。
「あんた、あたしがエルフなのが羨ましいんでしょ」
「そ、そんなことないよ。僕だって、僕だって……」
「僕だって、なに?」
カメイがイジワルそうに訊く。
「うるさいっ。そんな耳、寝ている間にネズミにでもかじられちゃえ」
幼稚な捨て台詞を吐き、そっぽを向いた。
- 73 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:53
- 今度の新人も、一癖も二癖もある子ばかり。ナカザワは頭が痛い。
「あんたらいいかげんにしいや、ほんまに。それになぁカメイ、女でも無駄毛の処理は
するんやで」
ナカザワの言葉に、ヤスダとイナバが「うんうん」と頷く。
タナカはミチシゲとカメイを見た。拗ねているミチシゲ。得意げな顔のカメイ。
こうみえても、二人は意外と仲が良い。
訓練のあと、疲れきった二人が肩を寄せ合い、居眠りしているのを見かけたことがある。
どちらの寝顔もかわいくて、タナカは思わず見とれてしまった。
互いに膝枕をしていることもある。タナカの膝にも時々頭をのっけてくる。基本的に、この
二人は甘えたがりだ。
極めつけはカメイとミチシゲ、一緒に風呂に入る。カメイのわずかな胸の膨らみや、ミチ
シゲの小さなでっぱりなどお互いに興味が無いらしく、平気で入っていた。
タナカもミチシゲと似たようなものだが、タナカとは無理らしい。要は、お互いを異性として
意識していないのだ。
- 74 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:55
- 気を取り直して。
「それじゃあ、新しい任務の説明をするよ」
ナカザワは、ツンクからの命令書に目をやる。
「明日ベル城において、桜、乙女に別れての模擬戦闘訓練を行う」
ざわつく室内。
「城での攻防戦を想定して行う。どちらが攻守になるかは今から決める」
ナカザワは一枚のコインを取り出した。アヤ姫の生誕10年を記念して造られた金貨だ。
アサの国で流通しているものの中で、2番目に価値が高い。表にアヤ姫の横顔が刻印
されている。ちなみに、一番価値が高いのは、若かりし頃の王が刻印されたものだ。
「カオリ、表裏どっち?」
「うーん、裏」
「それじゃあ裏が出たら乙女が攻め、桜が守り。表が出たらその逆ね」
ナカザワはコインを指で弾いた。回転しながら天井近くまで上がり、そして落ちてくる。
- 75 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 16:58
- 「ミキたーん!」
突然大声がして、驚いたナカザワはコインを掴みそこねた。コインはテーブルの上を転がっ
ていく。
声のした方にみんなが一斉に振り返った。
そこにはアヤ姫が立っていた。毎回、予期できない登場をする。
「ミキたんミキたん、約束どおり会いに来たよ」
アヤ姫はフジモトの傍に駆け寄った。
「「ミキたん!?」」
一同、声を揃える。
「ミキたんって、フジモトの二つ名?」
「そうだよ」
ヤグチの問いにアヤ姫が答える。
「正確にいうと、ミキですけど…」
フジモトは慎ましく訂正した。
「そうなんだ。かわいい名前だね」
ニヤニヤ。
「ヤグチさん、目が笑ってますよ」
「そんなことないそんなことない」
そう言いながらも、ニヤニヤ。ヤグチだけでなく、他の者もやらしそうに笑っている。
その理由を理解しているフジモトは、誤解だと叫びたかったが、「なにが誤解なの?」とアヤ姫
に訊かれるに決まっている。背に腹は替えられず、我慢した。
「姫様、何をやっているんですか。邪魔だから出ていって下さい」
「なによミキたん。姫様じゃなくて、アヤって呼んでって言ってるでしょ」
「そんなの人前で呼べませんよ」
「じゃあ、二人きりの時なら呼んでくれるの?」
「呼びません!」
ペースを乱されっぱなしのフジモト。こんなの俺じゃない。
- 76 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 17:00
- もしかして、フジモトが四剣士になれたのはアヤ姫のお陰では。
タカハシは、そう邪推してしまった自分を恥じた。フジモトの実力は知っている。
他人がどうこうじゃない。自分が努力をするだけだ。
強くなろう。そう思った。
「邪魔なんです。帰って下さい」
「なんでよ。団長さん、アヤ、ここにいちゃダメ?」
「別に構いませんよ。面白いですから」
どこが面白いんだよ。フジモトは泣きたくなる。
「あっ、これがミキたんの新しい剣?」
アヤ姫は、フジモトの腰から剣を抜いて構えた。
「うわー、綺麗な剣だね」
「危ないですから、返して下さい」
アヤ姫は、刀身を見つめたまま固まってしまった。なんだろう?
「……もしかして、剣にうつった自分の顔に見とれているんじゃないですよね」
「えっ、なんか言った?」
やっぱりそうか。
- 77 名前:1、 投稿日:2004/03/14(日) 17:02
- 「これ、結構重いね」
そう言いながら、剣を大きく振った。
「あっ」
思いっきりすっぽ抜ける。剣は、フジモトの正面に座っていたイシカワの頭を掠め、壁に
飾られた王の肖像画に突き刺さった。
「「あっ」」
凍りつく室内。一瞬、シーンとなる。
イシカワの髪がはらりと落ちる。が、みんな肖像画の方に注目していて気づかない。
(やっぱり嫌いだ)自分の切られた髪を撫でながら、姫を静かに睨んだ。
「こりゃまた、見事に刺さってるね」
肖像画は、王が玉座に座している姿が描かれている。その王の胸に、剣は深々と刺さっ
ていた。
「ありゃりゃ。ミキたん、自分の剣はちゃんと管理してなきゃダメじゃない」
「はあ?なにいってんの?」
思わずタメ口になる。
「さーてと、お邪魔みたいだし、あたしもういくね。バイバイミキたん」
フジモトに手を振りながら、アヤ姫は部屋を出ていった。
「……逃げやがった」
呆然とする一同。
- 78 名前:1、表と裏 投稿日:2004/03/14(日) 17:04
- 「えっと、何の話をしてたんだっけ?」
「桜と乙女、どちらが攻守になるかです」
「そうだった、そうだった。あれ、コインはどこ行った?」
「ここにありますよ」
コンノがテーブルの上を指差した。テーブルの中央の辺り。そこまで転がっていたようだ。
ちょうど、フジモトとイシカワの目の前。
「表と裏、どっち?」
「「……表です」」
フジモトとイシカワが答える。その声は暗く沈んでいた。
二人にとっては見たくない顔。
コインの表に刻まれたアヤ姫の横顔は、二人には悪魔に見えた。
- 79 名前:駄文 投稿日:2004/03/14(日) 17:12
- ボツネタその1
亀井「あたしの方がかわいいよ。なんたってエルフなんだから」
道重「エルフって、茶色くて毛むくじゃらで、鼻がイモ虫みたいなやつ?」
亀井「それはアルフだろ」
道重「所ジョージが声をやってたよね」
加護「ねんま〜つジャンボ、たからっくじ。さんおくえんっ!!」
亀井「なんですか加護さん、突然」
加護「つい条件反射で」
道重「あの中に入っていたの、実は矢口さんだったりして」
矢口「おいら、あんなに小さくないよ」
ボツになった理由。
小学生の時に観ていた番組、今の若い子が知るわけない。
- 80 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/14(日) 17:32
- とりあえずの更新です。
話がひと区切りするとこまで載せたかったのですが、長くなったのできりました。
一応メンバー全員出ましたが、本当に一応です。名前だけ。紹介なり活躍は今後です。
今回の登場人物の性別。
・男 吉澤、石川、道重、田中、矢口、藤本、高橋、小川、新垣
・女 中澤、亀井、保田、稲葉、安倍、飯田、松浦、辻、加護、紺野
紺野、新垣についてははっきりと明言していないので、変わるかもしれません。
- 81 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/14(日) 18:28
- あと、今更ですが、レスを下さった皆様ありがとうございます。返事が遅れてすみません。
自分の作品が読んで貰えていると思うと嬉しいですし、励みになります。
>38 名無し飼育さん
>39 20の名無し飼育さん
>40 娘。よっすいー好きさん
>42 名無し飼育さん
>43 名無し飼育さん
>65 名無し飼育さん
本当に今更ですが、ありがとうございます。期待に応えられるようがんばります。
自分で思っていたよりも、あやみきに反応があり驚いています。
>21の最初の紹介文で、あえて明記するのはやめましたが、あやみきの二人はほかの活躍する人に含まれています。
まだ登場人物の紹介程度の内容なので、さっさと更新して、本題に入っていきたいと思います。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/14(日) 23:05
- さゆえりの仲の良さにびっくりしたw
おまいらちょっとは意識しる!w
- 83 名前:名無し娘。 投稿日:2004/03/15(月) 19:10
- 面白い、やっぱりこれ面白い
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/15(月) 23:17
- あややはミキたんにしか眼中ないみたいでワラタ
娘がそうだと知ったら王はどうするんだろうワクワク
- 85 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:32
- 薄給貧乏騎士のフジモトは、金貨を一枚だけ持っている。
それを後生大事に胸のポケットにしまっていて、いくら金欠になっても使わない。
誰にも言ったことのない、自分だけの些細な秘密だ。
「表、ということは、桜が攻めで乙女が守りだね」
桜と乙女、バラバラに座っているが、明日の敵を意識して顔を見合わせる。
「詳しく訓練の内容を説明する。
まず攻めの側だけど、敵集団が城に篭城したと想定して行う。
桜の目的は、この敵集団の大将の捕獲or殺害。もしくは、敵の殲滅。自分達の被害を最小
にとどめ、且つ、迅速に完遂することを目標とする。
守りの側は、重要人物の護衛中に敵集団に襲われ、城に篭城したと想定。重要人物を守り
きる、もしくは敵を殲滅させることを目的とする。
この重要人物の役はヤスダにやってもらう。つまり、お姫様ってことだね」
「ヤスダ姫でーす。ヨロシクね」
アヤ姫の口調を真似てヤスダか言った。
重苦しい空気が流れる。
- 86 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:34
- ナカザワは説明を続けた。
「予定を言っておくと、明朝6時に城門前に集合。夜明けと共に、まず乙女隊が出発。続い
て桜隊が出発。
ベル城に着いたら、乙女は城内の探索を行い、防衛のための作戦を練るように。
桜はベル城脇の森で待機。正午になったら訓練を開始する。
訓練の終了は6時間後。それまでに大将のヤスダが討ち取られるか、どちらかが全滅した
らその時点で終了とする。
「わかっていると思うけど、基本は寸止めね。やり過ぎないように。
完全に戦力を奪われる、もしくは投降したら捕虜。
致命傷を負うと思われる攻撃を受けたら、素直に死体になること。
情報の遮断の為、死体は訓練の終了まで会話を禁止。殺された場所でずっと待機しておく
ように。
新人にはちょっと難しいかもしれないけど、まあ、慣れろ。
以上だけど、なにか質問ある?」
ハイハイと手を挙げて、ヤグチが訊いた。
「ヤスダの大将は戦闘に参加するの?」
「お姫様だから、そんなことできなーい」
「いや、参加してもらうよ」
ヤスダのボケに、ナカザワはきっぱり言った。
「そうなの?」
ヤスダが「聞いてないよ」という顔をする。
「自分の命が狙われたときだけね。ヤスダから攻撃を仕掛けることは禁止。そのほかも、乙女
のメンバーの指示に従って行動して」
「わかった」頷くヤスダ。
- 87 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:36
- 「それと、コンノ」
「はい?」
この時代に珍しい眼鏡姿のコンノは、どこかぼけっとした感じの子だ。ナカザワへの返事
も、どこか間の抜けたものだった。
「みんなの準備を手伝ってあげなよ。敵だからって手を抜かないようにね」
「わかってますよ。任せて下さい」
コンノは、眼鏡をきらりと光らせて答えた。
「最後に言っておく」
ナカザワは、改めてみんなの顔を見回した。いつになく真剣な顔になる。
「アサの騎士が、アサの国の頂点である所以(ゆえん)。
それは、個の力を全の力とし、全が個を高め、個が全を高めているから」
難しい言葉を使われ、大半のものは「?」となっている。
アサの騎士は確かに優れているが、個人の能力には一長一短がある。
アサの騎士に求められるのは突出した力。たとえ他が劣っていても、それを補い合うこと
により大きな力を発揮する。
また、それぞれが切磋琢磨することにより、個人の力が高められていく。
高められた個人の力は、全体を強くしていく。
それがアサの騎士が集団であることの理由であり、目的である。
- 88 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:39
- 「フジモトには、アサの騎士にとって良い刺激になってくれることを期待する。集団の中
で、自分の新たな可能性を見つけて欲しい。
カメイ、タナカ、ミチシゲ。三人には、騎士としての自覚と覚悟を身につけて欲しい。
私達の敵は闇の者ばかりではない。ときには人を殺さなければならない。
人を守ること。人を殺すこと。そして、国を守るということ。
その意味をしっかりと考えなさい。
あなた達には、この国を背負い、守っていくという大切な使命がある。そのことを忘れな
いように」
厳しくも優しく、母のように言った。
みんなにも、ナカザワが言わんとしていることが伝わり、気を引き締めた。
人間同士の争いは、ヨルの国を前に表面上は収まっている。
しかし、いつの時代も歴史は繰り返され、世界中の至る所で燻ぶりをみせる。
アサの国も例外ではない。強大な国ゆえ、敵対する国も数多くある。
騎士の敵はヨルの国に限らず、そういった国々の人間をも相手にしなければならない。
人間は愚かな存在だと、悪魔の笑い声が聞こえてきそうである。
- 89 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:41
- 「以上で解散とする。明日に備え、各自準備をしておくように。悪いけど、ヤスダとイイダ
とアベは残って。話があるから」
ナカザワに呼ばれた数名だけが残り、ほかの者は赤の間をあとにした。
みんなぞろぞろと廊下をいく。
「ミキたーん」
廊下に響く不吉な声。フジモトは、恐る恐る振り返った。
予想に反し、目の前にはチビが二人だけ。カゴとツジがにんまり笑っている。ふりふりピ
ンクドレスは見当たらなかった。
カゴが口を開いた。
「ミキたん、あたしのことはアヤって呼んでね」
その声は、聞き慣れたアヤ姫のものと一寸違わぬものだった。
これが噂に聞く、カゴの「物真似」か。
フジモトが驚いていると、ツジがカゴに抱きつき、
「アヤ、愛してるよ」
と、キスをする仕草をした。
「……なにそれ?」
そう言うフジモトの顔は、笑っていない笑顔。
その顔に危険なものを感じたツジカゴは、
「冗談だよ」
「そうそう、気にせんとって」
逃げ出した。
- 90 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:44
- ツジカゴは相変わらずだなぁ。
イシカワは騒いでいる二人を横目に歩いていた。
ふと、前をいくヨシザワが、自分の顔を見ているのに気がついた。
「なに?私の顔に何かついてる」
つい、険のある言い方になってしまう。
「……髪が変」
ヨシザワはぼそっと言った。
「よっ……、ヨシザワだってボサボサで変な髪」
とっさに言い返す。
ヨシザワにしたら、悪気があって言ったわけではないのだが、ヨシザワに指摘されたことが
気に障るらしい。
「お前等、本当に仲が悪いな」
ヤグチは半ば呆れ顔だ。
「昔はあんなに仲が良かったのに」
「そうなんですか?」
タカハシが興味深そうに訊いてきた。
「若い子達は知らないか。イシカワとヨシザワって同期だし、相部屋だったからいつも一緒
でさあ。それに、一見美男美女だから、女騎士の子たちがキャーキャー言って凄かったん
だよ」
犬猿の仲として知られている二人だけに、タカハシはにわかに信じ難い。
- 91 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:47
- 二人が一緒にいることは少なくなったが、それでも女性からの人気は衰えていない。
ミチシゲとは違った意味で、イシカワを慕っている男もいる。
お互い絶大な人気を誇っていて、陰でこう呼ばれていた。
可憐薄倖、麗しのツクヨミの剣士、イシカワ。
清爽寡黙、勇猛なクサナギの剣士、ヨシザワ。
ヨシザワはこの呼ばれ方を結構気に入っていたが、イシカワは不満だらけだ。
自分でもネガティブな方だと思っているが、幸が薄そうなんて人に言われたくない。第一
ヨシザワは寡黙でもないし爽やかでもない。
結局不満は、自分の呼ばれ方だけでなくヨシザワのものにまで及ぶ。
ヤグチは、二人が騎士になったばかりの頃の話を次々と繰り出していた。タカハシだけ
でなく、ほかの若い子たちも興味津々に聞き入っている。
「二人とも女の子にモテモテなのに、恋人もつくらずいつも一緒だから、イシカワとヨシ
ザワはできてるんじゃないかってみんなで噂してたんだ」
黙って聞いていれば、なにを好き勝手に…。
「「そんなことなにをいってないるんですですか!!」」
イシカワとヨシザワのツッコミが、思いっきりかぶった。気まずくて、また黙ってしまう。
(みんなにそう思われていたなんて……)
初めて知る事実に、イシカワは軽くショックを受けていた。ヨシザワをちらりと見る。ヨシザ
ワもイシカワの方を窺っていて、目が合いそうになって慌てて顔を背けた。
(なにやってんだ…。朝からずっと意識してるし……)
憂鬱になる。ネガティブ病が再発しそうだ。
- 92 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:49
- 廊下を抜け、大階段に出た。
自分の部屋に戻る者、明日の準備をする者、みんなそこで散り散りになる。
(ヨシザワも部屋に戻るのか)
大階段を先に降りていく黒マントの背中を、なんとなく追っていた。
「イシカワー」
大階段の下の方から、女騎士のシバタが勢いよく駆け上がってきた。
「イシカワ、久し振り。元気にしてた?」
「う、うん」
「あたしの方は大変だったよ。任務で北の方に行かされてさあ、寒くて寒くて。
今帰ってきたばかりなんだ。おかげで任命式には間に合わなかったよ」
イシカワに笑いかける。
その表情は傍から見ても判る、恋する乙女のそれ。
イシカワも気づいているが、ずっと知らないふりをしている。
騎士団には、アサの騎士のように集団で行動するグループがいくつかある。シバタもその
うちの一つに加わっている。
主に個人で行動する騎士もいて、昨日までのフジモトがそうだった。そういった騎士は、
一様に高い実力を持っていた。
- 93 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:51
- 「これから任務の報告があるから。またね」
シバタはなごり惜しそうに、振り返りつつ去っていった。
「さすが麗しの剣士、モテモテだね」
イシカワはヨシザワを睨みつけた。ヨシザワは軽口のつもりでも、イシカワにとっては厭味
でしかない。
「そっちだって、アベさんナカザワさんイナバさん、ヤスダさんイイダさんツジちゃんカゴちゃん
サトダオガワにアヤ姫まで。この女たらし」
一気に言う。
「ちょっと待てよ。全員俺と、何の関係もないじゃん。それにオガワは男だろ」
「でも、いつもヨシザワさーんヨシザワさーんて言ってるじゃん。男同士気持ち悪いんだよ」
「そんなの知るかよ。あいつが悪いんだろ」
「ふん」
無視することに決め、ヨシザワを追い越して階段を降りた。
- 94 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:55
- イシカワの先、大階段の脇にある像をフジモトが見上げていた。
通り過ぎようとして、気になったイシカワはフジモトの横に立つ。一緒になってその像を
見上げた。
精悍な顔つきの男の像で、手には剣を持っている。
「ナナファトルか」
「これ、誰なんだろう?」
フジモトは、同じ剣を持つ人物に興味をもった。
「わからない」
イシカワは土台の部分を覗き込んだ。名前が彫られていたが、ところどころ欠けていて
読み取れなかった。
「この人達って、昔の四剣士なんだよね?」
「うん」
二人が話していると、ヨシザワもやってきた。
三人が並ぶ。アサの国の剣士のトップである四剣士。その姿は壮観だった。
タカハシは階段の踊り場にいたが、三人に近寄り難くて離れた所から見ていた。
いつかはあの横に、堂々と立っていられるようになりたい。そう思った。
「前から思ってたんだけど、ツクヨミだけ持っている像が無いんだよね」
イシカワが言う。
フジモトは周りを見た。確かに、他の三本の剣を持つ像はあるがツクヨミは無い。
「置く場所が無かったんじゃないの」
ヨシザワは興味なさそうに答える。
「そうなのかなぁ」
残念そうに、名を知らぬ像を見上げた。
(だったら、名を残して私の像を建ててもらおう。ツクヨミを構えた、私の像)
珍しくポジティブな考えが浮かんできた。ヨシザワなんかに負けない。
自分に向けられたイシカワの敵対心に気づくことなく、ヨシザワは気の抜けた顔で部屋に
戻っていった。
(昼寝でもしよう)いつでもマイペースだ。
- 95 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 18:59
- 城の東側。その地下。
一面、暗闇が広がっている。
ランプの光が石畳の床を照らす。コンノは一人、その上を歩いていた。
コンノが歩を進める度、ギシッ、ギシッという金属の擦れあう音が闇の中に響く。
それは、コンノの右足の音。ズボンの裾をめくると、鈍色の機械が現われる。コンノが自ら
造り上げた義足だった。
騎士になって最初の任務。その最中に右足を負傷し、切断することになってしまった。
騎士としての道も閉ざされかけたが、国随一の頭脳の持ち主は、学者としての才を開花さ
せた。
多岐に亘る豊富な知識を有し、科学、魔術、錬金術を駆使してアサの騎士を陰から支えて
いる。最近はオカルトに傾倒気味だが。
コンノは目的の部屋に着き、扉を開けた。
所狭しに並べられた本棚。様々な薬品の入った壷。怪しげな道具の数々。
地下の片隅にあるため、アサの騎士以外の者は滅多に来ることが無い。
通称「コンノ研究室」。
別名もあるのだが、やば過ぎていえない。
コンノに特別に与えられた部屋で、日夜いろいろな研究がされている。
悪趣味な実験の産物なのか、マンダラゴラを模して作られたおイモが、床の上に転がっていた。
- 96 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 19:05
- 廊下を走る大きな音がした。扉が勢いよく開かれ、ツジが飛び込んでくる。
ハアハアハア。走ってきたので、息が荒い。地下の暗闇が恐いため、いつも全力疾走で
やってくる。
ツジが入ってきて暫らくして、またドタドタという足音がした。カゴが泣きそうな顔で飛び込
んでくる。
「のの、うちを置いていくなってゆうたやろ」
「だって、あいぼん足遅いんだもん。そんなに言うんだったら力を使えばいいのに」
「いちいち使えるか。疲れるだけや」
騒がしいのが来た。コンノは読みかけの本を閉じた。
「ねえコンちゃん、あれない?あれあれ、あれ出してよ」
あれあれうるさいツジ。言葉を知らないのかよ。
「銃のこと?ダメだよ、ナカザワさんに禁止されてる」
「なんだよ、ケチ」
「だいたい、銃を使っても当たらないじゃない。結局毎回素手で戦ってる」
「しょうがない、あきらめなよ」
カゴが口をはさむ。
「二人は桜だから言ってるんだよ。ずるいよ」
「違うよ。だって、銃だったら手加減できないじゃない」
「それだったら、当たっても痛くない弾をつくればいいんだよ」
「!」ツジの言葉に、コンノは顔を輝かす。
「それだ、それだよ!」
「なにが?」というツジの問いは無視された。
なにかを閃いたらしく、普段のコンノからは考えられないスピードで、慌ただしく動き始めた。
「あのー、ののの武器は?」
積まれた本をひっくり返しながら、本棚の間を行き来しているコンノ。聞こえていないようだ。
「のの、あきらめな」
「……うん」
二人は静かに部屋を出て行った。
- 97 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 19:09
- でも、やっぱり暗闇が恐くて、ツジは全速力で走り出した。後ろの方から、
「置いていくなってゆうてるやろー」
カゴの声が地下にむなしく響き渡る。
(さっき、協力してくれなかった罰だ)
ツジは無視して走り続けた。
「コンノ、いるー?」
「いますよー」
コンノは本棚の奥から顔を出した。アベが扉の前に立っている。
「どうしたんですか、アベさん」
「明日の訓練で、カオリの遠視と未来視対策に呪符を作っておこうと思って」
「わかりました。手伝います」
コンノは机の上を空けて、準備を始めた。
「何をやってたの?」
「新しい発明です。そういえば、ヤグチさんどこにいるか知りませんか。ちょっと手を借
りたいんですけど」
「ヤグチだったら蟲小屋に籠もってるよ。明日の為にとっておきを用意するって」
「なんか恐いですね」
「うん、今度は何を出してくるんだろう」
二人は手のひら大の紙に、魔力を込めながら幾何学的な模様を描いていく。
直線、曲線。
丸、三角、四角。
最後に、今は使われることの無い秘密の文字を、複雑な図形の隙間に、埋めるように書
き込む。
- 98 名前:1、 投稿日:2004/03/19(金) 19:11
- 「気づいたんですけど、イイダさんが今の時点で未来を「視た」ら意味ないですよね」
「大丈夫だよ。カオリはそんなズルはしない。それにあの子、任務以外で未来を「視る」こ
とを嫌っているから」
「そうなんですか…。そういえば知ってます?デジャヴ、既視感って実際に未来を視て
いる場合があるんですって。これも一種の未来視ですよね」
二人はとりとめの無い会話をしながら、人数分の呪符を作り上げた。
有象無象溢れる魔術を系統立てて整理し、分解再構築を繰り返す。
アベとコンノは、独自の魔法体系を築き上げている。
コンノはこの城に眠っていた数々の蔵書から魔術の知識を得たが、アベは書物に記さ
れていない、古の法にまで精通していた。
コンノは不思議に思って訊ねたことがあるが、アベは秘密だと言って教えてくれなかった。
あなたが一番の謎です。いつかはその謎を解いてやろうと、コンノは密かにアベを観察し
ている。
- 99 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/19(金) 19:18
- それぞれの夜。
フジモトはひとり、中庭に出て剣を振っていた。
新しく手にした剣に、少しでも慣れようとして。
雲間から漏れる月の僅かな光を受けて、ナナファトルは白く光った。
遠くからだと、暗闇の中、一本の光の線が浮かんでいるように見える。
光の線は、指揮者の振るうタクトの様に優雅に舞っている。蛍光の様な
幻想さが、そこにはあった。
無意識で剣を振るフジモト。仮想の敵も無く、思いつくままに剣先を空に走らせる。
いつのまにか、体が剣と一体になっていた。剣の重さや柄の握りがしっくりとくる。
この剣は自分に合っている。
フジモトは時間が経つのも忘れ、剣を振り続けた。
いつのまにか、小雪が風に乗って降ってきた。
積もるほどではない。明日の訓練には影響しないだろう。
- 100 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/19(金) 19:46
- いつのまにか100到達です。思ったよりも話が進んでいない…
柴田さんの登場にあたり。
メロンのデータが少なく、柴田さんの思考パターンがインプットされていないので、昔のオソロを聞いてみました。
……見事にいししばにはまってしまいました。
小説には反映できてないし……
レスありがとうございます。
前回の返事で、>64を>65と間違えていました。訂正。
>82 名無し飼育さん
自分で読み返して、なんかやらしいなあと思ってしまいました。やり過ぎたかも。
この二人は気に入っているので、タナカも含めてちょくちょく出したいと思います。
>83 名無し娘。さん
そういってもらえると素直に嬉しいです。
>84 名無し飼育さん
王との絡みはのちのちです。いつになるかはまだわかりません。まだ先。
ありがとうございました。
次回はあやみきの予定です。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/19(金) 20:35
- あやみきクル━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/20(土) 23:11
- ひゃっほう!!あやみきに期待大!!
- 103 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/03/23(火) 23:45
- どうも初めまして、初レスします「聖なる竜騎士」と言います。
読ませていただきましたが、とてつもなく面白いですね。
メンバー同士が良い感じに絡み合う情景に惹き込まれます。
読んでいる自分も、この世界に居るみたいです。
続きも大いに期待しています。
更新頑張ってください。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/24(水) 22:38
- 从*‘ 。‘)<ミキたんに期待しちゃってはしゃいじゃってよいのかな?
- 105 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/26(金) 00:27
- フジモトは大きなくしゃみをした。鼻水がだらしなく垂れて、あわてて鼻をかむ。
(誰か噂でもしているのかな)
そうだとしたら、良い噂ではないだろう。十中八、九、姫様の名前も一緒に出ているはずだ。
剣を振る手を休めながら、そんなことを考えていると、
「ミキたーん」
後ろから例の声がした。
こんな時間。きっとあいつだろう。
「うるさいんだよ!」
カゴだと思って振り返ると、そこには本物が立っていた。
「ミ、ミキたん…」
ショックを受けた様子のアヤ姫。
「えっ、あっ、違うんです。姫様に言ったんじゃなくて…」
「ひどいよミキたん」
「だから違うんです。カゴちゃんと間違えて」
「あたし、あんなに太ってないよ」
さりげなくひどいことを言う。
「違うんですってば、誤解です。すみません。ごめんなさい」
フジモトはあわてて謝った。
「…アヤって呼んでくれるなら許す」
「えっ!?」
「じゃなきゃクビ」
「そんなあ…」
アヤ姫だったらやりかねない。
「呼び捨てにするなんて、ほかの人に聞かれたらどうするんですか」
「あたしがいいって言ってんだからいいの。ほかの人なんて関係ない」
ほんとにこのわがまま姫は…。ため息をつくフジモト。
- 106 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/26(金) 00:31
- 「じゃ、じゃあ…、二人きりのときなら…」
「ほんと?」
フジモトがやっとのことで出した妥協案に、簡単に飛びついた。
「でも、やっぱり呼び捨てにはできませんから、……アヤ様でいいですか?」
「そんなのいつもと変わらないじゃない」
「それじゃあ、アヤさん?」
「あたしの方が年下だよ」
それにしては、年上に対する遠慮というものがない。フジモトは散々悩んだ挙句、
「アヤ…………ちゃん?」
「それ!」
アヤ姫は、満面の笑顔を浮かべた。
「これから二人きりのときはアヤちゃんね。もし守らなかったらクビだよ。
田舎の家族は仕送りを絶たれて……一家心中かな?」
笑顔で言うアヤ姫。フジモトにとっては、まったく笑えない冗談だ。
今頃、故郷の北の海は雪が降り積もっているだろう。じいちゃんばあちゃんは元気にして
いるだろうか。俺、がんばるからね。がんばって、姫様を「アヤちゃん」って呼ぶからね。
なんとも志の低い決心だが、フジモトは真剣だった。
- 107 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/26(金) 00:33
- 「そんなことより、どうしたんですか?こんな夜遅くに。風邪引きますよ」
「窓からミキたんが見えたから、きちゃった」
フジモトは上を見上げた。城の最上部、南に面している一つの窓に、明かりが灯っている。
アヤ姫の部屋だ。何度か護衛兵の目を盗んで忍び込んだことがある。フジモトが望んだこ
とではなく、アヤ姫がしつこく誘ったからだ。
見つかったら王様に殺されるかも。そんな恐怖を味わいながら、毎回泣く泣く姫の部屋に
向かった。ふかふかの絨毯や、窓からの一望や、姫の部屋なのにフジモトが自分で淹れ
る紅茶は、それだけの危険に見合う格別なものだったが。
アヤ姫は厚手のコートを羽織り、首にはマフラーを巻いている。完全な防寒対策だ。そこ
までしてわざわざ来なくても…。
白い息を吐きながら「寒いね」と呟き、笑いかけるアヤ。
そんな姫を見ていると、いつも思う。自分は姫様から、笑顔を向けられるだけの価値があ
るのだろうか。
自分を慕ってくれている今の関係を、素直に喜んでいいのか。
姫様の性格はよく知っている。飽きたら捨てる。それがどんなに高価なドレスや宝石でも。
それらと同じように、いつかは自分も捨てられるのだろうか……。
- 108 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/26(金) 00:35
- フジモトの不安をよそに、アヤは能天気に話しかけてくる。
「ミキたんって、夜中に時々ここで剣を振っているよね。何度か窓から見かけたことがあ
るよ」
「ええ、眠れないときに。ここにくると、なぜだか落ち着くんです」
二人は歩道の脇に横たわっている大きな石に腰を下ろした。
「そんな格好で寒くない?」
アヤはフジモトの手をとった。
「ほら、ミキたんの手、すごく冷たいよ」
フジモトにとっては暖かいアヤの手。その手に触れられていると思うと、気恥ずかしくて
顔が赤くなる。それを悟られまいと、そっと手を引いた。
厚い雲がきれ、月が現われた。辺りが明るく照らされる。
二人は自然と夜空を眺めた。澄みきった冬の空に星々が浮かぶ。月の兎が見えた。
「そういえば、初めてミキたんと逢ったのもこんな夜だったね」
「覚えてる?」
アヤが問いかける。フジモトはアヤの顔を見た。
―――忘れるわけが無い。
フジモトにとって大切な思い出。今こうして、姫様と並んで座っていられるのも、あの夜
があったからだ。
- 109 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:41
- フジモトが騎士になりたての頃。
訓練ばかりの日々が続いていた。
そんな毎日に飽き飽きし嫌気が差し始めた頃、やっと任務が与えられた。
それは他の多くの騎士に混じって王の行楽を警護するもので、新人には相応の簡単なもの
だった。
初めての任務を明日に控え、早く休もうとベッドに入ったが、緊張しているのか中々寝つけな
かった。しかたなくベッドを抜け出し、剣を持って中庭に出た。
空には月が輝いていた。あたりに人影はなく、きれいに刈られた庭木が風に静かに揺れていた。
アサの騎士を目指し、北の海の小さな国(領国)から出てきたフジモト。何もない田舎が嫌い
で、早くそこから飛び出したかった。
剣の腕には自信があった。国でフジモトに敵う者はおらず、それは都に出ても同じだと思って
いた。数多くの騎士見習いの中に入って、初めて現実を知った。
そして、アサの騎士の選から外された。
剣を無心で振る。半分は我流、半分は幼い頃に覚えた型。
フジモトの師匠と呼ぶべき人は言った。
「剣を重んじること無く、また軽んじることも無く、目指すは中庸。心も技も、バランスを保てば
どちらにでも転ぶことができる。一人の人間が、三様の剣士になれる」
その言葉が正しいのか判らない。
フジモトがアサの騎士に選ばれなかったのは、バランスに優れていたが突出した何かが無か
った為だ。そして、その人は些細な争い事に巻き込まれ、呆気なく命を落とした。
その人の顔が今でも時々浮かぶ。尊敬や、信頼という情は持っていなかったはずなのに、剣
を振っているといつのまにかその人の言葉を思い出す。
「だったら、絶対的な中庸さを手にしてみせる。その中庸さを、突出した力として認めさせてやる」
剣を振る手に一層力を込めた。
- 110 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:42
- 額に汗が浮かんできた。あまりやり過ぎると疲れが残って明日に影響するだろう。切り上
げて部屋に戻ることにした。
曲がり角にさしかかったときだ。
横から来た誰かとぶつかった。
「きゃっ」
後ろに倒れ、尻餅をつく少女。目深にかぶっていた帽子が落ち、床に転がった。
その少女の顔を見てフジモトは驚いた。
「姫様!?」
「しー」
フジモトの口が塞がれる。
フジモトの目の前にいるのは、アサの国の姫君、アヤ姫だった。
(静かにしてよ。誰かにバレたらどうするの)
小声で言う。
(なにをやっているんですか)
アヤは辺りを見回し、
(こっちにきて)
フジモトの腕を引っ張って、人目につきにくい廊下の隅まで連れていった。
- 111 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:46
- 「なにをやっているんですか」
「なにって、散歩だよ。さんぽ」
「散歩って、もう夜中ですよ」
「夜に散歩をしちゃいけないの」
「とにかく部屋に戻って下さい。待女を呼んできますよ」
「ちょっと待ってよ」
アヤはプーとふくれっ面になり、フジモトを睨んだ。
「しょうがないなぁ……。今夜セイコが劇場で歌うの。セイコがここに来るのは三年ぶり
なんだよ」
セイコはアサの国でも人気の歌手だ。アサとは疎遠な国のお抱えの歌手で、アサの国
にやってくることは滅多にない。
「今夜を逃したら、当分聴くことができないんだよ」
「でも、護衛もなしに一人でいくつもりだったんですか」
「だって、絶対とめられるもん」
悲しげな表情をみせるアヤ。フジモトは困ってしまう。
アヤはそこで、初めてじっくりとフジモトを見た。栗色の髪、鋭い瞳。背は自分と大して
変わらない。腰に差してある剣に気付いた。
「あなた、騎士なの?」
「ええまあ、一応。なったばかりですけど」
「だったら、あなたが護衛をしてよ」
「俺が、……私がですか?」
「そうだよ。それに、あなたもセイコの歌を聴きたくない?」
「そりゃあ聴きたいですけど、新米騎士の薄給じゃあ…」
大本の雇い主の娘に、遠回りな不満をぶつける。
「お金だったらもちろんあたしが出すよ」
「でも……」
「どうなの?それとも、女の子一人守ることができないっていうの?」
二つも年下の少女に言われ、フジモトのプライドもプスプスと……
- 112 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:48
- 衛兵に見つからないように、暗闇にまぎれて城門を出た。城の外はすっかり暗くなってい
る。月の明かりが辛うじて道を照らしていた。
「そういえば、あなたの名前聞いていなかったね」
「フジモトといいます」
「出身はどこなの?」
「北の海の真ん中辺りです」
「真ん中辺りってどこ?」
「真ん中辺りです」
アヤは変装のつもりだろうか、地味な色のマントを纏い帽子をかぶっている。だけど下か
ら派手な色のドレスがはみ出ていて、あまり役に立っていないようにおもえる。
「とにかく、帽子は取らないで下さい。姫様だってことがバレないようにしないと」
フジモトは念を押した。素性がバレなければ危険は少ないだろう。
「わかった」
アヤは帽子を深くかぶり直した。深すぎて、前が見えなくなって石につまずく。フジモトが
あわてて体を受けとめた。
「き、気をつけて下さいね」
「うん、わかった」
冷や汗が流れる。怪我でもされたら大変だ。
自分はとんでもないことを引き受けてしまったのではないか。
そう思っても今更遅い。
フジモトな気を引き締めた。
- 113 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:50
- 二人は街の中心に近づいた。いまだ人が溢れ、賑わいをみせている。
「そうだ、その前に……」
アヤはごそごそと、懐から何かを取り出した。
「これを換金するところってない?」
手には、大きな宝石の輝く指輪があった。
「換金って、お金を持っていないんですか?」
「だって、お金なんて使わないもん」
言われてみればそうだ。王族の姫君が、実際にお金を使うことなどないのだろう。
「でもいいんですか、その指輪。王様から頂いた大切なものでは」
「いいのいいの、どこぞの国のバカ王子から貰ったものだから。それにいくらでも持って
いるし」
「姫様がお金ちょーだいって言えば、王様はいくらでもくれるんじゃないですか?」
「パパ、あたしには甘いんだけど、お金に関しては厳しいのよね」
納得するフジモト。だって薄給だもん。
- 114 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:52
- 目的地は国営の大きなものではなく、小さいけれど伝統のある、由緒正しい劇場だった。
その近くに宝石を扱う店をみつけ、二人は中に入った。
アヤが店主に指輪を見せる。
ひと目して、それがとんでもなく高価なものだとわかる。それをこんな年端もいかない小娘
が持っていることに納得がいかないようだった。おまけに帽子を深くかぶっていて、表情が
はっきりと読み取れない。
「あの、お嬢さん。これは本当にお嬢さんの持ち物ですかな?」
店主が疑わしそうな目でアヤを見る。アヤは目を細めて睨み返した。
「あたしを誰だと思ってるの!」
後ろにいたフジモトがあわててアヤの口を塞ぐ。「もごもご」それでも文句を言い続けるアヤ。
フジモトは入り口のところまで引きずっていき、小声で言い聞かせた。
「ここは私に任せて下さい。自分が姫様だってことは絶対に明かさないで下さいよ」
釘を刺して店主に近づく。アヤはまだ顔は恐いが、大人しく待っている。
「えっと、彼女の素性は俺が保証します」
フジモトは腰につけた騎士の証、アサの紋章を見せた。店主の態度があからさまに変わる。
「これはこれは騎士様、ようこそおいでになられました。いやあ、お若いのに立派ですなあ」
「またのお越しをお待ちしております」
慇懃丁寧にお辞儀をして、店主は二人を見送った。
「誰が来るか、こんな店。パパに言いつけて潰してやる」
アヤは店を出た所でベーと舌を出し、毒突いた。
「いいじゃないですか、無事にお金が手に入ったんですから」
フジモトは袋に入れられた金貨をアヤに渡した。
「これっぽっち?」
「何言ってるんですか。これでも騎士の給料からすればかなりの大金ですよ」
「そうなんだ。騎士って大変なんだね」
指輪の本当の価値からすれば、手に入れた金貨はその10分の1にも満たない額だった。
しかしそのことを、二人が知る由も無い。
- 115 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:55
- 早速劇場へと向かった。
古びた木の扉を開けると、地下に続く階段が現われた。下の方からピアノの伴奏が聴こえ
てくる。既に始まっているようだ。
お金を払い、はやる気持ちを抑え階段を降りた。
そこは地下から二階の高さまで吹き抜けになっていて、思ったよりも大きな空間だった。
地下に造ることにより、高さを稼いでいるのだろう。
奥にステージがあり、その中央、ピアノやバイオリンの奏者に囲まれてセイコは歌っていた。
席はほとんど埋まっていて、壁際にやっと空席を見つけてそこに座った。前の席の客に阻ま
れて、セイコの姿はよく見えない。
「邪魔邪魔邪魔邪魔……」
アヤが呪文のように呟いている。目が恐い。不吉なものを感じてフジモトは言った。
「姫様、我慢して下さいね。お忍びで来ているんですから仕方が無いですよ。歌は聴こえる
んですからいいじゃないですか」
アヤはこのような環境に慣れていないのだろう。劇場に行っても王族の特別室でゆったりと
観劇。そもそも劇場に行かなくても、ほとんどのものは城に呼んでしまう。
「フジモト、騎士の力でどうにかしてよ。さっきの店のように」
無茶を言ってくるアヤ。剣を抜いて、無理矢理席を空けさせるんですか?
そんなことできるわけがない。騒ぎになってしまう。
アヤは懇願する目でフジモトを見てくる。そんな目で見ないで下さい。
弱るフジモト。
- 116 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 00:57
- フジモトは手を伸ばして、アヤの帽子をずり下げた。目が完全に隠れてしまい、何も見え
なくなる。
「ちょっと、なにするの」
「見えないのだったら見なければいいんです。ほら、その方が音楽に集中できるでしょ」
最初はフジモトの方に顔を向けたまま、なにか文句を言いたそうなアヤだったが、すぐに
大人しくなった。閉ざされた視界の中、聴こえてくる歌声に集中しているのだろう。
それを見て安心したフジモトは、自分も目を閉じ、音だけの世界に入った。
「見えないのなら見なければいい」
とっさに出た言葉だが、昔師匠に言われたことの受け売りだった。
この言葉も、正しいのかどうかは判らない。師匠は死んでしまった。
ただ、今の自分と姫様にとっては、正しい言葉だったようだ。
目を開けてアヤの様子を窺う。静かに聴き入っている。
瞳は帽子に隠れて見えないが、口元には笑みが浮かんでいた。フジモトもつられて笑顔
になる。そしてまた目を閉じた。
- 117 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:00
- 「凄く良かったね」
「はい、感動しました」
二人は街中を並んで歩いている。
「楽屋に入れなかったのが残念だけど」
「まだ言ってるんですか」
公演が終わり、楽屋に向かおうとしたアヤをフジモトが懸命に止めた。劇場の外になんと
か引っ張り出したが、それ以来ずっと愚痴を言ってくる。
「ねえ、おなかすかない?なにか食べていこ。庶民がどんなものを食べているのか興味が
あるし」
「庶民」という言葉を悪気なく使う。まあ、姫様には合っているけど。
「フジモトはなにか食べたいものはある?」
「…………肉」
運ばれてきた料理を見て目を輝かすフジモト。
「いただきます」
アヤに初めて見せる幸せいっぱいの顔。
「肉、好きなんだね」
「はい」
フジモトは肉に喰らいつく。アヤは初めて見る料理ばかりで、恐る恐る口にしていた。
- 118 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:03
- 二人がいるのは場末の酒場。夜遅くても料理を出してくれる、騎士仲間と何度か訪れたこ
とのある店だ。
アヤには庶民の味はあまり合わないようで、デザートとして出された酒漬けの桃ばかり食
べていた。
考えなしに、金貨の山をテーブルの上に置いている。フジモトに注意されて懐にしまった。
「ほら見て。この金貨、あたしの顔だ」
金貨を一枚とってフジモトに見せる。今より幼い面影の、アヤの横顔。
「知らなかったんですか?」
「うん、見るのは初めて」
「俺もです」
身分が高すぎて、お金に縁のないお姫様。貧乏すぎて、お金に縁のない新米騎士。
結果は同じだが、理由が極端に違う。
「はい、これあげる」
アヤは、手にしていた金貨をフジモトに差し出した。
「そんな、貰えませんよ」
「どうして?」
「どうしてって、大金ですから…」
「いいじゃない。
それとも、かわいいあたしの顔の入った金貨は欲しくないって言うの?」
「……ありがたく頂きます」
フジモトの手の上に載せられたアヤの金貨。正直に言うと嬉しい。田舎にまた仕送りがで
きる。待ってろよ、じいちゃんばあちゃん。
- 119 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:05
- アヤ姫の護衛。これで無事に済んだと思ったらそうではなかった。
アヤと一緒にいると、なにかと波乱があるようだ。
酒場を出てすぐ、薄暗い路地に入った途端、数人の男に周りを囲まれた。
チンピラ風情の男達。手には棒やらナイフを持っている。
「お嬢さん、お持ちの金貨を大人しく差し出して貰えませんか」
リーダーらしき男が言う。どうやら酒場で見られていたらしい。
「できれば、お嬢さん自身も差し出して貰いたいのですが」
下品な笑いが周りの者から漏れる。
アヤが口を開いた。
「外見も身なりも思考も言動も、下々の者は全てが下劣なのね。
見るに堪えない、聞くに堪えない。
せっかくのセイコの美声の記憶が、雑音によって穢されていく。ああ、嫌だ嫌だ」
アヤの声はその場に凛と響いた。男達に少しも怯える様子は無い。
フジモトはさすがだと思った。思ったが、できることなら控えて欲しかった。あなたを
護るのは俺の役目なんですから、挑発はやめて下さい…。
- 120 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:06
- アヤの言葉を聞いて男達の目つきが変わった。じわりじわりと二人に近づいてくる。
フジモトはアヤを背にして剣を構えた。神経を集中させる。
前と後ろ、二人が同時に迫ってきた。
前の敵に大きく剣を振り牽制した。フジモトの剣に長さが劣るため、一瞬怯む。すぐ
さま振り返り、後ろの敵の得物を弾いた。バランスを崩したところに追い討ちをかけ、
利き腕を斬りつけた。血が飛び、悲鳴が上がる。
まず一人。
第一波は凌いだ。血を流す仲間に動揺し、攻撃が一時止む。このまま動揺が続き、
連携がとれなくなったら勝てるだろう。
しかし、フジモトの思惑通りにはいかなかった。
一番体の大きな男が、傍に転がっていた樽を持ち上げた。力はフジモトよりあるだ
ろう。男は目配せをして、仲間とタイミングを計った。
(やばい)
男は樽を投げつけた。避けることはたやすいが、そうするとアヤにぶつかってしまう。
剣を横にして受け止める。激しい衝撃を受けバランスを崩された。倒れるのはなん
とかまぬがれたが、その隙にアヤが無防備になってしまった。
「きゃあ」
アヤの悲鳴が上がる。振り向いた瞬間、後ろから殴られた。
- 121 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:08
- 気付くと地面に倒れていた。顔を上げると、アヤがリーダらしき男に捕らえられ、首にナ
イフを突きつけられている。
意識が一瞬飛んでいたらしい。すぐに起き上がり、構えた。
「大人しくしなよ坊や。見てのとおり、お嬢さんは俺の手の中だ。さっさと武器を捨てろ」
フジモトに男の声は聞こえていたが、聞いていなかった。武器を捨てることなく、じっと
アヤと男の方を見ている。
他の男達も様子を窺っていた。下手に手を出して怪我をしたくない。人質を取っている
のだから、フジモトがすぐに降参するだろうと考えていた。
(やばい)
鼻の奥でツーンと血の匂いがする。痺れる感覚。目の前が赤く染まる。
湧き上がる、抑えきれないほどの怒り。
「おま…なに………んだ」
フジモトが呟く。小さすぎて、男には何を言っているのか分からない。
「ああ、なんだって?」
男が訊く。
「なにさわってんだよっ!!」
突然の怒鳴り声に、男達はビクッとした。
フジモトは男を睨んでいた。
長い間悪を自称してきた男だが、フジモトの迫力のある眼に思わず怯んだ。それは、
未だかつて出遭ったことのない眼だった。
- 122 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:10
- 男の腕に抱かれていたアヤが見たのは、月の光を受けて輝く剣先の軌跡だった。
上から下へ。目の前に白い光が走り、気付いたら男の腕から解放されていた。
下を見ると、男が持っていたナイフが落ちている。
後ろを見ると、先程までアヤの胸に触れていた男の腕が鮮血をほとばしらせていた。
「ぎゃあああああああ」
男が、未だかつて出したことのない悲鳴を上げる。
不様な声が路地に響く中、フジモトは慌てふためく敵を狩り続けた。男達が手にしてい
た武器が、持ち主の血と共に次々と地面に落下した。
- 123 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:12
- 「フジモト、フジモト?」
アヤに声をかけられ、フジモトは我に返った。
男達は既に姿を消していた。死人はでなかったようだ。
(……またやってしまった)
アヤがフジモトの腕に抱きついてきた。
「ご無事ですか?」
「おかげ様で。フジモトって強いんだね。お供に連れてきて正解だった」
ついさっきあんな目に遭ったというのに、もう笑顔になっている。
(そもそも、二人きりで来なければよかった…)
一人後悔する。
(自分はまだまだ未熟だ。姫を危険に晒してしまった)
「すっかり遅くなってしまいましたね。早く城に戻りましょう」
「うん」
「その前に、腕、放してくれませんか。歩きにくいです」
「なんだよ、照れるなよ」
「いや、そうじゃなくて…」
しかたなく、アヤを腕にしがみつかせたまま歩き出した。
「あれ?誰か手袋を忘れていってるよ」
アヤが地面の上を指差した。ところどころに武器が落ちている。近くでよく見たら、それ
は人間の手首から先だった。
「…………」
当分肉は食えそうにないです。
- 124 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/26(金) 01:15
- 出た時と同じように、闇にまぎれて城の中に入った。
初めて出会った、廊下の曲がり角まで来た。
「じゃあここで。明日は初めての任務なんです。大した任務じゃないんですけどね」
「あら、違うよ。フジモトにとっての初任務は無事に終わったよ」
「え?」
「なによ、あたしを護衛するっていう任務じゃあ不満なわけ?」
やっとアヤが言っていることを理解した。
(そうだな、初めての任務がお姫様と二人きりの護衛任務なんて、そうあることではない)
「いいえ、とても光栄です。今夜のことは決して忘れません」
「うん、あたしも楽しかった。今夜のことも、フジモトのことも、きっと忘れないよ」
二人は笑顔で別れた。
またこうして、二人きりで話すことはできるのだろうか。
部屋に戻ったフジモトはベッドに倒れこんだ。疲れた。くたくただ。
思い出して、胸のポケットからそれを取り出した。
―――アヤ姫の金貨。
手の中で輝いているそれを、暫らく眺めていた。
「じいちゃんばあちゃん、ごめん」
フジモトは金貨をまたポケットにしまった。
(これは俺の宝物だ。どんなことがあっても、ずっと大事に持っていよう)
誰にも言わない、自分だけの些細な秘密。
- 125 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/26(金) 01:18
- その秘密は、未だに守られている。こうしてアヤと話している今だって、胸のポケットに
はアヤ姫の金貨が入っている。
「忘れるわけが無いですよ」
フジモトは答えた。
- 126 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/26(金) 01:23
- 「そういえば、あの後大変だったんですよ。
絵を見つからないように倉庫の奥に隠したんですから。赤の間はアサの騎士以外滅多に使
わないから、運がよければこのまま見つからずに済むだろうって」
「なんのこと?」
「なんのって、絵のことですよ。王様の絵」
「?」
首をかしげるアヤ。
こいつ、完全に忘れていやがる。どんな頭の構造をしているんだ。一度見てみたい。
そうだ、コンノに頼んで解剖してもらおう。
「コンノ博士、頭の中からこんなものが」「うむ、珍しい形のきのこだね」「学会で発表しますか?」
「そうだな、ジブンスキスキ茸とでも命名しようか」「食べると、副作用として自分のことが大好きに……
「ミキたん、なに一人でブツブツ言ってるの?」
「えっ?いや、なんでもないよ。はい」
「ところで、明日は暇?」
「暇じゃないです、訓練があります」
「そうなんだ…、残念」
暇だったら、一体何をするつもりだったのか。聞きたいような聞きたくないような。
「訓練ってなにをするの?」
「ベル城に遠征です。桜と乙女に分かれての模擬戦闘訓練」
「へえー。
そうだ、お弁当作ってあげようか。ミキたんの好きなお肉たっぷりのお弁当」
「作るって言っても、料理人さんがですよね。それだったらみんなの分もお願いします」
「わかった、まかしておいて」
アヤは胸を張った。本当に大丈夫かなぁ。不安が残る。
- 127 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/26(金) 01:29
- 「そろそろ寝ますね。明日早いんで」
「わかった」
二人は立ち上がり、庭木の間を横ぎって建物の入り口へ向かった。
「そういえば、まだ一度もあたしのこと、アヤちゃんって呼んでないよね」
「…ばれました?」
フジモトは会話の中で、意識して名前を呼ばないようにしていた。
「最後だから呼んでよ」
「えー」
「クビになりたい?」最終兵器の発動。
「わかりました。言いますよ、言います」
二人は向き合った。緊張するフジモト。
アヤはお預けをくらった犬みたいな顔で、フジモトの言葉を待っている。
「おやすみなさい、アヤ……ちゃん」
ぎこちない「アヤちゃん」だったが、それでも満足らしい。餌を与えられた犬のように喜
んでいる。
平気で呼べるように早く慣れてしまおう。「アヤちゃんアヤちゃんアヤちゃん……」フジ
モトは心の中で呟く。
「おやすみ、ミキたん」
アヤは手を振りながら去っていった。その後ろ姿を見送るフジモト。
こうして一人っきりになると、いつも寂しさと不安が込み上げてくる。いつまでこうして
いられるのだろうか。いつか別れの時が来るのだろうか。
「……それでもいい。あの笑顔が見られるかぎり、ずっと隣で見守っていこう。
あなたの笑顔を護ることが、俺の使命です」
恥ずかしくてアヤには言えない言葉。
だから代わりに、空に輝く月に向かって言った。
- 128 名前:駄文 投稿日:2004/03/26(金) 01:33
- ボツネタその3
松浦「ミキたんって、ほんとに肉が好きだね」
藤本「ふん(うん)」
松浦「お肉スキスキって、あのCM、ミキたんがやればいいのに」
藤本「ほう、ほうはんひゃひょ(そう、そうなんだよ)」
松浦「ミキたん、冗談なんだけど。顔がマジだよ」
藤本「……」
松浦「……」
藤本「紅茶のCMくれ」
松浦「ダメ」
藤本(即答かよ…)
松浦「……」
- 129 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/26(金) 01:57
- レスありがとうございます。
>101 名無し飼育さん
>102 名無し飼育さん
>104 名無し飼育さん
今回の更新を返事の代わりとさせて頂きます。
このあとしばらく松浦さんの出番は無いです。藤本さんに内緒で訓練についていくという
展開は多分ありません。再登場はまだまだ先。
>103 聖なる竜騎士さん
ありがとうございます。タイトルと名前がかぶっていて申し訳ないです。
- 130 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/26(金) 02:09
- まだ余裕が無いのですが、週1、2回の更新のペースを保っていけるようにがんばりたいと思います。
したっけねー。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/27(土) 16:15
- 更新乙です!なっちがとっても魅惑的!今後どんな活躍してくれるのか、期待してます。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/28(日) 15:37
- なるほど、>>85の最初の三行にはこういうことがあったわけだ(;´Д`)ハァハァ
なんちゅーか、あやみきラブ
- 133 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/29(月) 06:02
- 「フジモト。フジモト?」
アヤに声をかけられ、フジモトは我に返った。
男達は姿を消していた。全員逃げたらしい。死人は出なかったようだ。
(……またやってしまった)
自分の手を見る。敵の返り血を浴び、赤く染まっている。
血の色。血の匂い。血の感触。
それらの感覚は久し振りに味わうものだった。
理性は拒絶を示していたが、一方で、興奮している自分がいる。本能が血に反応していた。
顔を上げアヤを見た。何も言わないままのフジモトを、心配そうに見つめている。
興奮が治まり、落ち着きを取り戻していくのを感じた。
(そんな顔をしなくても、俺は大丈夫ですよ)
笑いかけると、アヤも笑顔になってフジモトの腕に抱きついてきた。
「御無事ですか」
「うん、おかげ様で。フジモトって強いんだね。お供に連れてきて正解だった」
「そもそも、二人だけで来なければよかったんです」
「いいじゃない、二人とも無事だったんだから」
呑気に言うアヤ。ついさっき、あんな危ない目に遭ったというのに。
(俺はまだまだ未熟だ。姫を危険に晒してしまった)
フジモトは自分の不甲斐なさを悔いた。一歩間違えれば、二人とも死んでいただろう。
今までは敵を倒すことだけを考えていた。誰かを護りながら闘う。そのことの難しさを初め
て知った。
(騎士は誰かを護るためにある。その騎士に自分はなったんだ。もう絶対、誰も傷つけさせ
ない。護り抜いてみせる)
フジモトは、騎士の名と剣に静かに誓った。
「すっかり遅くなってしまいましたね。はやく城に戻りましょう」
「うん」
「その前に、腕を放してくれませんか。歩きにくいです」
「なんだよ、照れるなよ」
「いや、そうじゃなくて…」
しかたなく、アヤを腕にしがみつかせたまま歩き出した。
「あれ?誰か手袋を落としていってる」
アヤが地面の上を指差した。ナイフや棒に混じって、手袋が落ちている。近くでよく見ると、
それは人間の手首から先だった。
「うっ……」
自分でやっておきながら、その光景にひくフジモト。
肉は当分食えそうにない…
- 134 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/29(月) 06:04
- 出た時と同じように、闇にまぎれて城に入った。アヤが城を抜け出したのはバレていない
ようだ。騒ぎになっていなくてホッとする。
夜中といっても城の中は人が行き来している。見つからないように、フジモトはアヤの手を
引っ張って歩いた。
突然番兵に出くわした。見つかりそうになり、あわてて階段の陰に隠れる。身を寄せ合い、
息を潜めた。
―――コツコツコツ
番兵の足音が次第に近づいてくる。
高まる緊張の中、ふいにアヤの香りを嗅いだ。香水だろうか、花の甘い香りがする。
(……いい匂いだ)
目と鼻の先にあるアヤの横顔。触れ合う肩。
寄り添うアヤの身体を意識してしまい、フジモトは別の意味で緊張してくる。
足音は二人の頭上を通り過ぎ、遠ざかっていった。
「行ったみたいだよ」
「そ、そうみたいですね」
「どうかした?顔が赤いよ」
「いえ、別に…」
階段の下から抜け出すと、様子を窺いながらおそるおそる上った。
散々注意していたのに、階段を上り廊下に出た所で、知り合いの騎士にバッタリと出会っ
てしまった。
「なにやってんだ、フジモト」
フジモトはすぐさまアヤを背中に隠した。
「なんだよ、また女かよ。お前も好きだなぁ。明日は任務があるんだから程々にしておけよ」
ニヤニヤしながら言う。
「そ、そんなんじゃないよ」
フジモトは大した言い訳もできず言葉を詰まらせた。
その騎士は、すれ違いざまにどんな女だろうかとアヤの顔を覗き込んできた。帽子を深くか
ぶらせているのではっきりと確認できない。やらしそうな表情を浮かべ、去っていった。
気まずいフジモト。
「女の人をよく連れ込むの?」
背中の後ろでアヤが訊く。
「そんなことしませんよ!」
フジモトは振り返り、語調強く否定した。自分でもどうしてそんなにムキになっているのか分
からない。
「ふうん、そう」
そっけない返事のアヤ。
アヤが怒っているようにみえるのは気のせいだろうか。
二人は沈黙してしまう。
- 135 名前:1、騎士とお姫様 投稿日:2004/03/29(月) 06:05
- 二人が初めて出会い、ぶつかった、廊下の曲がり角までやって来た。
「じゃあここで」
フジモトは立ちどまる。アヤは残念そうな顔をした。
「よかったらあたしの部屋に来ない?お茶でも出すよ」
アヤには他意は無いだろう。まだまだ子供だ。それはフジモトも分かっている。
「すみません、明日は俺にとって初めての任務があるんです。大した任務では無いですけど。
早く休まないと…」
魅惑的な誘いだったが、フジモトは断ることにした。それに、アヤの部屋にいるところを見つか
りでもしたら、どうなるか分かったものではない。
「違うよ、フジモトにとっての初任務は無事に終わったよ」
「え?」
「なによ、あたしを護衛するっている任務じゃあ不満なわけ?」
やっとアヤが言っていることを理解した。
(そうだな、初めての任務が姫の護衛なんてそうそうあるものではない。それも二人きりの。
セイコの歌を聴いて、おいしい食事を共にして、チンピラに襲われて……)
「いいえ、とても光栄なことです」
フジモトは芝居がかりながら、うやうやしく言った。
「今夜のことは、決して忘れません」
「うん、あたしも。今夜のことも、フジモトのことも、きっと忘れないよ」
フジモトはアヤが角を曲がって姿を消すまで、その場に立って見送っていた。
アヤの後ろ姿が見えなくなると、まるでロウソクの炎が消えたみたい、心から何かが消え去り、
寂しさだけが残った。
(またこうして、二人きりで逢うことはできるだろうか)
その希望はとても叶いそうになく、足取り重く自分の部屋に帰った。
部屋に戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。疲れた。くたくただ。
汗と血の匂いが鼻を衝く。着替えようと思うのだが、起き上がる気力が残っていない。
うつ伏せのまま、時が流れた。
ふいに思い出し、胸のポケットからそれを取り出した。
―――アヤ姫の金貨。
仰向けになり、ランプの光にかざす。手の中で輝くそれを、暫らく眺めていた。
「じいちゃんばあちゃん、ごめん」
フジモトは金貨をまたポケットにしまった。
(これは俺の宝物だ。どんなことがあっても、ずっと大事に持っていよう)
―――誰にも言わない、自分だけの些細な秘密。
- 136 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/29(月) 06:07
- その秘密は未だに守られている。こうして、石の上に並んで座っている今だって、胸のポケット
にはアヤ姫の金貨が入っている。
「覚えてる?」
アヤが問いかける。フジモトはアヤの顔を見た。
「忘れるわけが無いです。あの夜、決して忘れないって言ったじゃないですか」
「そうだったね。あたしもミキたんのこと、忘れないって言った」
二人が初めて出逢った夜。それから数年の月日が経っている。
フジモトの悲しい予感は見事に外れ、特異な縁は再び二人をめぐり逢わせた。
それは切れることなく続き、こうして石の上に並んで座らせている。
「そういえば、あの後大変だったんですよ。絵を見つからないように倉庫の奥にしまったんです
から。赤の間は滅多に使われないから、運がよければこのままバレずに済むだろうって」
「……なんのこと?」
首をかしげるアヤ。
「なんのって、絵ですよ。王様の絵」
「?」
反対側に首をかしげるアヤ。
(……こいつ、完全に忘れていやがる)
一体どんな頭の構造をしているんだ。一度見てみたい。
そうだ、コンノに頼んで解剖をしてもらおう。
「コンノ博士、頭の中からこんなものが」「うむ、珍しい形のきのこだね」「学会で発表しますか」
「そうだなあ、ジブンスキスキ茸とでも命名しようか」「食すると、自分のことが大好きになると
いう副作用が……
自分に関係の無いことはすぐに忘れる自分大好きのアヤ。そのアヤが、自分との出逢いを忘
れずにいるという幸運を、フジモトは自覚していない。
- 137 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/29(月) 06:07
- 「ミキたん、なに一人でブツブツ言ってるの?」
「えっ?いや、なんでもないよ。はい」
「ところでミキたん。明日は暇?」
「暇じゃないですよ、訓練があります」
「そうなんだ、残念…」
暇だったら、一体何をするつもりだったのか。知りたいような、知りたくないような。
「訓練ってなにをするの?」
「ベル城に遠征です。桜と乙女に分かれて、模擬戦闘訓練をするんです」
「へえー。そうだ、お弁当を作ってあげようか。ミキたんの大好きな、お肉いっぱいのお弁当」
「作るって言っても、料理人さんがですよね。それだったら、みんなの分もお願いしますよ」
「わかった、任せておいて」
胸を張るアヤ。
(大丈夫かなぁ)
フジモトに不安が残る。いまいち信用できない。
風が雲を流し、雲がまた月を隠した。辺りは闇につつまれる。
となりのアヤの顔も、はっきりと見えなくなった。
「明日早いので、もう寝ます。城の中に戻りましょう」
「うん」
フジモトに促され、アヤは立ち上がった。庭木の間を横切って、建物の入り口へと歩いた。
「そういえばミキたん、あたしのこと、まだ一度もアヤちゃんって呼んでくれてないよね」
「……バレました?」
フジモトは会話の中で、意識して名前を呼ばないようにしていた。自分で提案した「アヤちゃん」
だが、そう呼ぶのになぜか抵抗がある。恥ずかしい。
「最後だから呼んでよ」
「えー」
あからさまに嫌な顔をする。それが気に障ったらしい。
「クビになりたい?」
最終兵器を発動させた。
「わかりました。言いますよ、言います」
観念して、アヤの方に体を向けた。見つめ合う二人。
アヤはお預けをくらった犬みたいな顔で、フジモトの言葉を待っている。
緊張するフジモト。ゆっくりと口を開いた。
「ア、アヤ……ちゃん、おやすみなさい」
つっかえつっかえ、ぎこちない「アヤちゃん」だったが、それでも満足らしい。その笑顔は、餌を
与えられた犬のようだ。
(アヤちゃんアヤちゃんアヤちゃんアヤちゃんアヤちゃんアヤちゃんアヤちゃん………)
フジモトは心の中で呟いた。平気で呼べるように、早く慣れてしまおう。
- 138 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/03/29(月) 06:08
- 「おやすみ、ミキたん。明日はがんばってね」
アヤは手を振りながら去っていった。その後ろ姿を、いつものように見送るフジモト。
こうして一人きりになると、寂しさや不安が込み上げてくる。それもいつものことだった。
アヤには決して見せない一面。
姫様と、いつまでこうしていられるのだろう。いつかは別れの時が来るのだろうか。
二人の縁を、フジモトは偶然と考えている。偶然の産物はあっけなく壊れる。
縁を強くする方法を知っているが、それを実行する勇気は無い。たとえうまくいっても、強すぎる
縁は男女にとって諸刃の剣になる。それ故、不安を感じながらも偶然に身を任せている。
明日、突然の別れが訪れたとしても……。
「それでもいい。あなたの隣にいられるかぎり、あなたの笑顔が見られるかぎり、俺はあなたを
護り続けます。それが俺の使命です」
フジモトは、いつかのように騎士の名と剣に誓った。正確にいうと、アサの騎士の名と宝剣ナナ
ファトルに。どちらもあの時とは比べ物にならない。誓いは、より一層強固なものになった。
フジモトの決意を讃するように、月が顔を出した。
フジモトは振り返り、それを見上げた。
「―――アヤちゃん、俺、がんばります」
恥ずかしくてアヤには言えない言葉。
だから代わりに、空に輝く月に向かって言った。
- 139 名前:ななし犬 投稿日:2004/03/29(月) 06:27
- わけあって、大幅に修正しました。
>>123から>>133にワープして下さい。
- 140 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/03/29(月) 15:11
- 更新お疲れ様です。
フジモトとアヤの過去が、なんともまた面白いですね。
フジモトとアヤの関係がこれからどう転がっていくのか、楽しみです。
「ジブンスキスキ茸」は笑えますね。
思ったんですけど、「ナナファトル」ってどういう意味なんでしょうね?
続きを楽しみに待っています。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/30(火) 08:12
- 修正版の方があやみき度高くてドキドキ
- 142 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:34
- 城の最上部の一角に、その部屋はあった。
豪華な造りの調度品は部屋の住人に相応しいものばかり。暖炉には火が入っていて、部屋
の中を快適に暖めている。
その傍に、小さな盤を挟んで二人の男が座っていた。
盤の上では白と黒の駒が、互いの王を狙って争っている。
御機嫌斜めの僧。邪に建てられた城。どこに向かうのか予測不能の騎士。前に進むだけの
しがない兵士達。そして、自由気侭なお姫様。
揺らめく暖炉の火に、盤上の駒の影も忙しく形を変えた。
皺だらけの手が盤上をゆっくりと動く。
ヤマザキの白い騎士が、ツンクの黒い騎士を倒した。
「ヨルはどうだ?」
「これといった動きは見せていません。辺境で獣が騒いでいるくらいです」
「それも、問題といえば問題だな」
「それぐらいは、それぞれの国で対処できるでしょう」
相棒を失ったもう一人の黒い騎士は、敵の頭上を跳び越え敵陣深く攻め込む。
「北の件はどうなっている」
「今日、調査に向かわせていた者から報告がありましたが、これといった成果は無いです。
今後も続けさせる予定です」
「そうか…」
王を護る為、その前に城壁を築いた。すかさず、ツンクの兵がそれを崩す。
「それと……奴はまだ見つからないのか?」
「それも調査中です。なにせ、生死すら不明な状態ですから」
「死んでいるのなら、それに越した事は無いがな」
「確かに。―――チェック」
「うむ」
ツンクの騎士が王手を掛ける。王は姫を犠牲にして辛うじて逃れた。しかし、不利な状況は
変わらない。
数手の激しい攻防があり、
「チェックメイト」
決着はあっけなくついた。
- 143 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:36
- 窓辺に佇むアベの瞳に映るのは、瞬く星たち。
昔から星空を眺めるのが好きだった。
アベが若かった頃、二人の親友と一緒に野原に寝そべり、よく眺めたものだ。
その親友は互いに気があって、だけどどちらも心に秘めたままで、それに気付いていたア
ベは、二人が星を観るのに付き合っているのは一緒に居たいが為の口実だと知っていた。
だからいつもこっそり抜けて、二人きりにさせてあげた。
「あれ、ナツミは?」
「さあ」
「どこに行ったのかしら」
「そのうち戻ってくるだろう」
「……うん」
アベが好きなのは、満天の星空とそれを背景に語る二人の姿。語るといっても緊張してい
て会話はなかなか弾まず、いつももどかしい気持ちで見守っていた。
今では見ることのできない光景。一人はその星になってしまった。
星を観ると思い出す。懐かしい顔、懐かしい声、そして悲しい思い出。
今はあの子が空の上から見守ってくれているだろう。
アベは窓からそっと離れた。
過去に思いを馳せながら、静かに眠りについた。
- 144 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:37
- イシカワは呆然と立ち尽くしていた。手には群青のマントが握られている。
あれだけ探した愛用のマントが、タンスの中からあっさりと見つかった。自分は一体何を
やっていたのだろう。
「妖精の悪戯かな?」
「そんなわけないじゃん」
自分で言って、自分でツっこむ。
部屋の中を見回した。……汚い。
「よしっ!」
一念発起し、片付けることにした。
「まずは……タンスから」
顔を突っ込み、中のものを次々と引っ張り出した。
外見に似合わず大雑把なイシカワ。それが部屋が散らかっている原因だと気付いていない。
タンスから出された衣服が見る間に山になった。
- 145 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:41
- 新人の三人がニイガキに呼び出された。眠い眼をこすりながらニイガキの部屋に向かう。
ニイガキは半ば押しつけられる形で新人の教育係になった。なったからにはと張り切って、
早速の呼び出しである。
「「失礼しまーす」」
カメイ、タナカ、ミチシゲの三人が揃ってやって来た。同部屋のオガワは出かけていて不在。
ニイガキが迎え入れる。
「よく来たな。まあ座れ」
先輩ぶるニイガキ。だが、年齢は三人と大してかわらない。ついでに実力も。
用意していた椅子に三人を座らせる。
「なんですか、こんな時間に」
一応の先輩だから気を使っているが、内心は迷惑がっている。
それをありありと顔に出しているタナカ。ニイガキはタナカの眼にビビりながらも、話を始めた。
「君達は騎士になったばかり、みんなの事をよく知らないと思う。そこでだ」
バッと、壁に大きな紙を掲げた。それにはアサの騎士をはじめ、主だった騎士の名前がお
世辞にもきれいとは言えない字で書かれている。ところどころ、名前と名前が線で結ばれて
いた。
「これを見れば一目瞭然。みんなの友好恋愛、力関係が丸わかりだ!」
それはニイガキ手書きの人物相関図だった。あくまでニイガキ主観なので、全て正しいとは
限らない。カメイとタナカは興味を持ったようで、その図に見入っている。
誰と誰が仲が良く、誰と誰がデキていて、誰が力を持ち、誰が恐いのか。ニイガキは、少な
い経験から得た知識を惜しげもなく披露した。
一番最近得た知識はフジモトとアヤ姫の関係。二人の名前の間に線が引かれていて、「ハ
ートマーク」、その横に「クエスチョンマーク」が描かれている。
もう一つはイシカワとヨシザワの関係。二人の名前の間にも線が引かれていて、「犬猿の仲」、
「昔は仲が良かったらしい」と書かれていた。
教育係として、もっと教えるべき事があるのではないだろうか…。
- 146 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:43
- 「ナカザワさんやヤスダさんは怒らせると恐い。それは誰でも分かることだけど、意外と
恐いのがアベさんなんだよね」
「そうなんですか?」
「……分かる気がする」
タナカが急に真面目な顔になった。
「アベさんを見ていると、何故だかとてつもなく恐怖に駆られることがあるんだ」
「そうかなぁ、あたしは全然そんなことないよ。アベさんって見た目もかわいいじゃない」
「そうなんだけど……」
カメイから見て、タナカの恐がりようはちょっと異常だった。
「この中で、誰が一番強いんですか?」
カメイの質問に、ニイガキは頭を悩ませる。
「うーん、難しいなあ。純粋な戦闘力でいったらアベさんやヨシザワさんだと思うけど…。
ただ、アベさんは運動がまるっきり駄目だからなあ…」
- 147 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:46
- 騎士には大まかに二つのタイプがいる。
戦士と術士。
ヨシザワやイシカワなどの剣士、ツジなどの拳士が戦士にあたる。主に武器や己の肉体を
用いて戦う。
騎士の大部分が剣士だ。
一方、術士は異能力者のことを指す。一様に高い魔力を持ち、その魔力を特別な力に変え
て戦う。アサの騎士ではアベやイイダがこれにあたる。
魔力は人間誰しもが持っているが、それを力として発現できる者は少ない。騎士の中でも
一握りの者しかおらず、そのほとんどがアサの騎士に属している。
アベやイイダのように、北の海で生まれた者には高い魔力を持つ者が多い。高い魔力が実
力に直結しているとは一概にいえないが、騎士の中には北の海出身の者が多くいる。
術士の特別な力はヨルの国に起源を持つといわれている。
世界がまだ混沌としていた頃、闇の者と人間が混じわり、その血が現代まで脈々と受け継
がれる。そうして生まれたのが異能力者だと考えられている。その為、辺境の国で生まれ
た異能力者は忌み嫌われ、ときに悪魔の子として殺された。
異能力者が辿る道はその力を隠し続けるか、隠しきれずに迫害を受けるか、それともその
力を活かして騎士になるか。最後の選択肢を選んだのがアベやイイダであり、術士として
仕える騎士達だった。
アサの国では昔から、異能力者を貴重な存在(戦力)として受け入れてきた。
騎士に選ばれた異能力者は、王から「神に選ばれし者」と認定される。それは異能力者を
偏見から守る為の子供騙しの様な制度だった。
「術士の力は神に与えられたものであり、決して悪魔の業ではない」
事実はどうなのか?それは誰にもわからない。しかし、民はそれを信じ、術士は一転尊ば
れる存在になる。
神と悪魔は紙一重。
騎士になれた事に安堵しながらも、迫害を受けた過去を忘れる者はいない。
- 148 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:48
- 戦士と術士。騎士は大まかにその二つに分けられるが、実際は様々なタイプがいる。
例えば術士として活躍するイイダだが、剣の扱いにも長けている。コンノも怪我をする前
は剣士だった。
イシカワやタカハシは剣士だが、術士としての素質も持っている。
ツジは身体能力がずば抜けているが魔力はほとんど無く、逆にアベは運動能力が驚くほ
ど無い。魔女と呼ばれているアベ。ある意味最強で、ある意味最弱だ。(それ故、仲間で
互いの弱点を補っている)
術士の能力も千差万別。
「誰が一番強いのか?」その質問はナンセンスだ。
ただ、ニイガキよりも以前に騎士になった者なら、きっと一人の人物の名前を挙げていた
だろう。タブーとなっていて、若い騎士達は知らない。
金色に輝く髪の少年の名。
「まあ、同期の中だったら俺が一番強いだろうけど」
ニイガキの言葉が強がりだとみんな知っている。あえて何も言わずに流す。
先程から黙ったままのミチシゲ。何をしているのだろうと見てみたら、おねむが入ってい
てうとうと、うつらうつら。
カメイはこっそり鳥羽根のペンを持ち、ミチシゲの鼻の下に髭を描いた。その顔があまり
にもおかしくて、カメイ達は笑いをこらえるのに必死だった。
「?」
ミチシゲは目を覚まし、みんなが自分の顔を見ている事に気が付いた。
「なに?」
「いやぁ、ミチシゲの寝顔がかわいくて、つい見惚れちゃった」
カメイの言葉を真に受けるミチシゲ。
「そうかなぁ、えへへ」
嬉しそうに笑っている。カメイ達も、おかしくて笑っている。
- 149 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:51
- イイダがベールを外し素顔を晒す時。それはこうして、一人きりになったときだけ。
「イイダさんは美人なのに、どうして顔を隠しているの?勿体ないよ」
ツジがそう言った事がある。イイダは答えた。
「カオリが占いをやっているとね、顔がヘンだってみんなが笑うの。カオリは真剣にやっ
ているんだよ。それなのにクスクス笑って。それがイヤだから顔を隠しているの」
「へえー、のの見てみたい、イイダさんの変な顔」
「だーめ」
「なんでよー。ケチ」
教育係のイイダを、ツジはつぶらな瞳で見上げた。いとおしくなり、イイダはその頭を優
しく撫でた。
イイダは少しだけ嘘をついた。顔を隠すもう一つの理由。
イイダは時折、泣きそうな、悲しげな表情を見せる。自分ではそれに気付いてなくて、人
に指摘されて初めて知る。
小さい頃よく大人に、「どうしたの?なにが悲しいの?」と訊ねられた。イイダ自身はちっ
とも悲しくなくて、大人達は何を言ってるのだろうと不思議に思った。
イイダは無意識のうちに、未来の不幸な出来事を視ていた。
頭はその事を理解していない。それなのに、心が反応しているのだろうか、自然と悲しげ
な表情になってしまう。
自分では未来を視る事も表情が変わる事も、どちらもコントロールできないでいた。
- 150 名前:1、それぞれの夜 投稿日:2004/04/08(木) 17:57
- 未来を視る異能力者は不幸になる。
昔からそう謂われていた。そしてそれは、イイダも例外ではなく。
イイダは机の上に真っ白の紙を広げた。横にペンとインクを置く。そうしておいて静かに目を
閉じた。
瞑想と夢想の狭間を彷徨う。
現われては消える幾つもの映像。
暮れなずむ丘。砂漠にそびえる二本の柱。渦を巻く双頭の蛇。割れた紫の鏡。大勢の人に
囲まれる髭を生やした男。白と黒だけの世界を、飛ぶように走る無骨な鎧。耳の無い猫。鮮
やかな衣装を身に纏った少女達。空に浮かぶ大きな茸。血で染まった十字架。0と1の集合。
海面下に姿を消す巨大な船。崩れ落ちる二つの塔。闇に光る瞳。ピンクの液に染まった二重
螺旋。夜空を駆ける二つのほうき星。空一面を覆う白銀の天井。積み重なった屍と生まれた
ばかりの赤ん坊……
おもむろに目を開き、ペンを取る。そして、紙の上にペン先を走らせた。
次第に形作られる黒の線。
あっという間に一つの絵を完成させた。
小川に架かる小さな橋と、川沿いの道を往く少女。ありふれた田舎の風景。
景色をそのままを切り取ったかのような、緻密で精巧な絵だった。
頭の中に浮かんだ映像をありのまま絵に表現する。イイダの隠れた特技で、自分の視たもの
を人に説明するときにこの方法を用いた。
こうして、常日頃精神の集中を高めると共に、絵の上達を心掛けていた。
イイダは自分の描き上げた絵を見た。幾つもの映像の中から、気に止まったものを無作為に
描いているため、それが何なのか、それが実在するのかどうかも分からない。
どこの景色だろう。ふるさとの風景にどことなく似ている。
不意に思い出が蘇る。
(―――お兄ちゃん)
ベールを外しているので、イイダの本当に泣きそうな顔が露わになっていた。
- 151 名前:1、イイダが見つめるもの 投稿日:2004/04/11(日) 18:08
- イイダは小さい頃から友達がいなかった。
「おばあちゃんが手を振ってるよ」
「・・ちゃん、足を怪我してかわいそうだね」
「風がビュービュー吹いてね、おうちがいっぱい飛ばされちゃうの」
人に見えないものが見えてしまう。口に出した何気ない事が現実になる。
気味悪がって誰も近寄ろうとはしなかった。だから、いつも一人で絵を描いていた。
孤独な少女は寂しさをひた隠し、いつか人に受け入れられることを夢みていた。
長い間、イイダと別け隔てなく接してくれるのは家族だけだったが、そこに一人の少年が
現われた。同じ村に移り住んできた、二歳年上の少年。
「お兄ちゃん」
イイダはそう呼んでいた。
「カオリは死んだおばあちゃんが見えるんだろ。いいなぁ、俺も母さんに会いたい」
誰かに聞かされたのだろう、イイダの陰ある噂。
少年はイイダを気味悪がることなく、むしろその不思議な力に惹かれた。
少年の母親は亡くなっていて、父親と二人暮しだった。
イイダは、少年をいつも見守っている綺麗な女の人に気付いていたが、今までの経験が
邪魔してそのことを言い出せずにいた。
(お兄ちゃんには嫌われたくない……)
イイダにとって少年は、神様がくれた大切な存在。
(変なことを言ったら、また無くしてしまうかも…)
イイダは願った。いつまでも少年が、傍にいてくれるように。
イイダも思春期を迎えた。
相変わらず友達はいない。
大きな木の下、いつものように一人で絵を描いていると、後ろから少年が覗き込んできた。
「凄いな、カオリは絵を描くのが上手いんだね。驚いたよ」
絵を見られるのは恥ずかしかったが、褒められてとても嬉しかった。もっと上手くなりたい。
そう思った。
「今度俺の絵を描いてくれよ。とびっきりカッコよく」
落ちている棒きれを剣にみたて、格好つけて構える少年。風景ばかりで人を描いたことは
なかったが、もちろん快諾した。
しかしその約束は守られなかった。
すぐして、少年の父親が病気で急死した。
- 152 名前:1、イイダが見つめるもの 投稿日:2004/04/11(日) 18:12
- 村人の手により、葬式がしめやかに行われた。
イイダは少年を想うと悲しくて、涙を流して泣いた。だけど喪主の少年は泣くことなく、
強い眼差しで父親の亡骸を見つめていた。
炎に葬られ、亡骸が煙に変わっていく。
村人が立ち去り、白い煙が尽きるまで、少年はその場に立っていた。
イイダは何度も声を掛けようと思ったがどうしてもできず、そこに留まり、物寂しい少年
の背中をずっと見守っていた。
身寄りの無くなった少年をイイダの両親は引き取るつもりでいた。しかし、少年はそれを
断って言った。
「俺、騎士になります」
あの時と同じ、何事にもひるまない強い眼差し。
両親の後ろでそれを聞いていたイイダは、それ以上聞くのが怖くて家を飛び出した。
(お兄ちゃんがいなくなってしまう…)
少女をまた、絶望が襲った。
別れの日。
イイダは、少年の決意を知ってからずっと顔を合わせられずにいた。だけどこれで最後
になるかもしれない。そう思って、勇気を振り絞って会った。
「俺、がんばるよ。騎士になれるかどうかどうか分からないけど、一生懸命がんばる」
少年の顔がまともに見られない。イイダは空を見上げた。そこに、綺麗な女の人と男の
人が並んでいるのを見た。
「……大丈夫だよ。お兄ちゃんのお父さんもお母さんも大丈夫だって言ってる。立派な
騎士になるって」
少年も空を見上げた。そこには何も見えなかったけど、確かに暖かいものを感じた。
「なんだ、やっぱりカオリには見えていたんじゃないか」
「…うん、黙っててゴメン」
顔を下ろした少年は、ずっとこらえていた涙をそのとき初めて流した。
「泣かないつもりだったのに…。カッコよくさよならするつもりだったんだけどな」
少年もイイダも涙でいっぱいだった。
いつか再会することを誓い、二人は別れた。
- 153 名前:1、イイダが見つめるもの 投稿日:2004/04/11(日) 18:17
- それから二年の月日が流れた。
イイダは十五歳になっていた。
相変わらず友達はいなかったけど、昔のように寂しくはなかった。イイダには夢があった
から。
少年が上京して半年後、手紙が届いた。手紙には無事に騎士になれたことが書かれて
いた。
イイダは喜んだ。だけどそれは、少年と会えなくなることを示している。喜びと同時に悲し
みも感じていた。
(騎士になれなかったらお兄ちゃんはここに戻ってくる。また会える…)
我侭な子供の心はそんなことを考えさせていた。知らせを聞いて、そんな自分がイヤに
なった。
暫らくして、イイダは一人で森の中に入るようになった。こっそりと父親の護身用の剣を
持ち出して。
人目につかない森の奥で、木々を相手に剣を振った。
胸には、少年と同じ騎士になるという決意を秘めていた。
新しく騎士を募るという報が北の海まで届いた。騎士の募集は不定期で、約一、二年の
間隔がある。イイダはその報を首を長くして待っていた。
密かに剣の修行を始めて一年以上、手は肉刺(まめ)だらけで硬くなっている。
我流の、しかも素人の少女の剣が果たして通用するのか、それは分からない。でも、やれ
るだけのことはやる。そう心に決めていた。
ここ数年で、イイダは心も体も逞しくなっていた。
騎士になるという夢を打ち明けられて、イイダの両親は悩んだ。しかし、結局は娘の希望
を汲んでやることにした。
親なりにイイダの将来を憂いてきた。娘の不思議な力。穏やかな田舎の村で幸いしたが、
戒律の厳しい所で生まれていたら異能力者として殺されていたかもしれない。イイダにとっ
て騎士になるということは、その身を保障されることでもあった。
なりよりイイダの決意の強さを知っていた。剣が度々無くなり、森の中から汚れて出てくる。
当然何をやっているのか気付いていた。
親としてできることは、娘の幸せを願って送り出してやることだけだった。
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/13(火) 22:31
- カオ・・・(涙
すっげ面白いです。期待してます。
- 155 名前:ななし犬 投稿日:2004/04/21(水) 03:41
- 更新にもうしばらく時間が掛かりそうなので、遅くなっているレスの返事だけでもさせてもらいます。
>131 名無し飼育さん
彼女はある意味最強らしいので、存分に活躍してくれることでしょう。
>132 名無し飼育さん
自分で敷いた伏線ですが、時間が経ちすぎると忘れそうになります。あやみき関連もまだいろいろと…。
>140 聖なる竜騎士さん
剣などの名前は結構てきとーに付けています。一応の意味は持たせてありますが。
ナナファトルの正式名称は「Nanahuatl」です。これだったらいくつか検索に引っかかると思います。
>141 名無し飼育さん
そう言ってもらえると助かります。直すのもみっともないのですが、修正箇所を削除してもらうのも
みっともないのでそのままにしています。いつになるか分かりませんが、完結したら改めて全体を
書き直すつもりです。
>154 名無し飼育さん
飯田さんの昔話、お話はできているのですが文章にするのに手間どっています。もうしばらくお待ちを。
小学生の言い訳のようですが、歯が痛みだして地獄の日々です。
なっちみたいに頬っぺたに湿布を貼って書いています。
個人的なことですが、ミニモニの活動休止が非常に残念。高橋さんのレギュラー正式決定が唯一の救いです。
「前略、ブレスレットだけでは飽き足らず、レギュラーの座も奪うんかいっ!と,中澤姐さんの愚痴が聞こえてきそうな
今日この頃、ヤン土の皆さんこんばんは」「「こんばんはー」」
……ひって最高。
- 156 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/04/23(金) 12:26
- 更新お疲れ様です。
いやー、イイダにはこんな悲しくも美しい過去があったんですね。
涙涙の物語ですね。
もしかしたらこの調子で、メンバー全員の過去が描写されるのでしょうか?
でもこんな事言うと作者さんにプレッシャーがかかるかもしれないのでやめます。
自分もミニモ二の活動休止には本当に残念でしょうがありません
いつか活動再開してくれることを心待ちにしている今日この頃です。
ななし犬さんも引き続き更新がんばってください。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/04(火) 15:28
- そろそろ続きが見たくなってきました…
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/17(月) 20:54
- まだですか?続きがよみたいっす
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/21(金) 21:14
- つ、続きを……プリー…ズ
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/05(土) 21:09
- よ・よみたい
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/29(火) 17:25
- 2ヶ月・・・・・
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/18(日) 02:08
- お待ちしております
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