笑うスフィンクス
- 1 名前:仮名未定。 投稿日:2004/03/06(土) 11:51
-
掌編から中編、リアルからSF、
思いつくものを気の向くままに置いていくつもりです。
吊り広告を眺めるような気楽さで、
お付き合いくだされば幸い。
- 2 名前:1.1 投稿日:2004/03/06(土) 11:52
-
前腕の内側、白い肌のやわらかな部分に絆創膏を見つけた昼下がり。
治りかけの傷が痒いんだ、そう呟いて薄い唇をたわませる横顔から、目が離せなくて。
どうにも、まいった。
□ ■ make me a cat ■ □
汗に光る額に、鼻筋に、前髪が貼りついている。
それまで年下組に混じってふざけていた吉澤は、
「もう若くないんです、こっちはぁ」
背中を追う不満の声に言い訳を投げ返し、ごっこ遊びから一抜けをした。
頭に巻いていた白いタオルをほどいて、黒いジャージの肩にかける。
チープな作りのパイプ椅子を引き寄せ、長いテーブルを挟んだ斜め向かいに頬杖をついて。
しぶとく生き残っている蝉たちの絶唱に隠れて、小さく、短く吐息をこぼした。
その重たい溜息が、もう癖になっていること、知っている。
気付かないふりをするのにも、もう慣れてしまった。
- 3 名前:1.2 投稿日:2004/03/06(土) 11:53
-
(ずいぶん器用じゃん、美貴ってば)
天井の一点を見据えて、ぼんやり思った。
ババ抜き、ダウト、余裕で勝っちゃうかも。
運はともかくとして、ポーカフェイスがうまくなった、そんな気がする。
(ま、あんまり嬉しくもないけどさ)
吉澤がとても上手に、とてもやさしく微笑むたびに、彼女にこのまま騙されていようと思う。
溜息のひとつやふたつ……十をこえても、百に届いても、黙っていようと思う。
見ざる、言わざる、聞かざるの精神が、なによりも大事。
なにしろ来年は申年なわけだし。
馬鹿馬鹿しい?
いやいやこれは、世に数多くある美徳の小さなひとつだ。
視線が天井からつるりと落ちる。
迷わず、揺れず、吉澤の横顔に焦点が定まる。
(また、戻ってきちゃった…なぁ)
この角度。
この横顔ばかりを、見ている。
見させられている。
- 4 名前:1.3 投稿日:2004/03/06(土) 11:53
-
じわり。
水に滲んで紙に広がるインクに似て、苛立ちが胸の端から細い触手をのばす。
やたらに腹が立つのは、塩をふった青菜みたいに、ふにゃふにゃ萎れた横顔のせいだ。
チクショウ、奥歯を噛み締めて、椅子をガタガタいわせて立ち上がる。
「お茶、飲む?」
藤本はプラスティックのコップに烏龍茶を注いで、吉澤の肘の近くに置いた。
「おー、気がきくねえ」
頬杖が外れて、吉澤の視線がテーブルの上から浮く。
ようやく、目が合った。
眠たそうな色をしている。
ねむいの、と、一応きいてみた。
「ねむいっつーか……あっついよ」
「溶けないでよ」
「ヒーチャン、灰になっちゃう」
「吸血鬼かよっ」
べしり。
Tシャツの袖をまくりあげ、剥き出しになった白い肩を叩く。
今日もキレがいいっすね、笑う吉澤に褒められた。
- 5 名前:1.4 投稿日:2004/03/06(土) 11:54
-
吉澤は椅子の背に左の腕を引っ掛け、コップの上部を指でつまんで持ち上げる。
コップを支えるその親指の付け根に、また、新しい絆創膏。
週の初め、小さな肉食獣の爪が血の線を引いた手の甲には、
細いかさぶたが仲良く3本並んで川の字を作っている。
ここ一ヶ月、吉澤の生傷は増えるばかりで、たえる気配を見せなかった。
「まだ、懐いてくれないんだ?」
「んー」
烏龍茶と一緒に、吉澤の喉へ曖昧な返事が吸い込まれた。
横目で藤本の様子を窺い、また喉を鳴らしてお茶を飲む。
飲み干して、それでもコップの底に残る雫を集め、
ワインのテイスティングをするソムリエみたく、気難しい顔でコップを回した。
「も一杯ど?」
「いやいやいやいや」
藤本がペットボトルのキャップをひねると、吉澤は手を出して制した。
喉が渇いていたわけではないらしい。
テーブルに手をつき、吉澤の視界を遮るように上半身を斜めにしたら、
今度は隠さないで溜息をついた。
- 6 名前:1.5 投稿日:2004/03/06(土) 11:54
-
「っていうか、別にあたしのじゃないワケで」
「でもさ、いつも通ってきてんでしょ」
「どうかなぁ。なに考えてんだか、わっかんねェっす」
吉澤はタオルを巻いていたせいで、しつこい癖がついた髪に指を入れて頭を掻く。
貧乏揺すりに、パイプ椅子が軋んだ。
「落ち着けよー」
左隣の椅子を引いて腰を下ろす。
吉澤は嫌がらなかった。
「落ち着いてるよーう」
床をサンダルを履いた足でばんばん叩いて、天井を見上げて口を開け、息を吸う。
また吠えるのかと警戒し、藤本は素早く左右の耳をガードする。
その手を掴んでひっぺがし、細っこい手首を締め付けた。
「逃げるなミキティ」
「いやいやいやいや」
「いーから聞いとけ」
「え、だって知らないもん」
もん、のあたりで顔をちょっと傾けてみた。
ついでに声も高くしておいた。
- 7 名前:1.6 投稿日:2004/03/06(土) 11:55
-
何度か瞬きを繰り返し、伏し目がちに見上げていたら、
吉澤はキショっ、と捨て科白を吐いてへたりこむ。
冷蔵庫に長いこと入ってる、カブの葉っぱみたいにヘナヘナしていた。
おんなじように顎の下に両手を敷き、
顔の下半分を腕に埋め、吉澤を見ずに呟いた。
「灰になりそ」
「吸血鬼かよ」
曇りガラスの向こう、蝉と太陽がうるさい。
吉澤は、猫のことを話した。
絆創膏を撫でながら、猫のことを話した。
ほどよく力の抜けたアルトに耳を傾け、藤本は顎をのせていた手を右へ伸ばした。
テーブルの上、ひとまわり大きな手を見つける。
三本並んだかさぶたに、指の先で触れてみた。
猫が作った傷跡を人差し指と中指で、ゆっくりと往復して、皮膚を爪で軽く引っ掻いた。
やっぱり吉澤は嫌がらなかった。
- 8 名前:1.7 投稿日:2004/03/06(土) 11:55
-
......
.........
猫は白かった。
時折、銀色にも輝いて見えた。
つやつやの短毛で、背中にグレイの縞模様があった。
いつも澄ました顔をして、気位の高い猫なのだ。
なのに、その爪でビニール袋を破いては、中身をぶちまけ貪るのだ。
ゴミ漁りをしたあとに、汚れた顔をキュッキュッと肉球で磨き、
勝ち誇るように長く低く鳴いていた。
.........
......
- 9 名前:仮名未定。 投稿日:2004/03/06(土) 11:59
-
この猫話はあと3、4回で終わる予定です。
そう長くはならないでしょう。
- 10 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/03/07(日) 08:04
- 面白いです。
期待してます
- 11 名前:make me a cat 2.1 投稿日:2004/03/11(木) 13:23
-
ぷっくりと血が丸くなる。
親指の付け根で震えている不安定な半球は赤く、きれいに赤く、
たぶんきっと動脈が運ぶ血液なのだ、と思う。
この中には赤血球やら白血球やら、血小板やらがうようよいて、
毎日せっせと働いては、自分を生かしてくれている。
考えると、つい舌が出そうになった。
じわじわ膨らむ血の玉を舐めとって、再び体内に戻すべきじゃあないのか。
吉澤は眉間に皺を寄せて、自分の手を見る。
勿体ないよなぁー。
んーでもなぁー。
これは、ちっちゃな牙が突き刺さってできた傷だ。
きっと、バイキンがうようよしてる。
それでもって、白血球かなんかと死闘を繰り広げているに違いない。
- 12 名前:make me a cat 2.2 投稿日:2004/03/11(木) 13:26
-
しょうがなく、諦めた。
床に置いた救急箱からスプレータイプの消毒薬を取り出して、
しゃかしゃかと振ったあと、傷口に吹き付ける。
「うおう、つめてっ」
白いパウダーに覆われたミクロな世界は、阿鼻叫喚の地獄絵図。
侵入者が、断末魔の悲鳴をあげて消えるところを想像する。
そういえば、小学生向けの理科のマンガに登場するバイキンはたいがい真っ黒で、
栗のイガみたいにトゲトゲしてて、細っこい槍を握っているものと決まっていた。
図体ばかりでっかくて、人体に侵入しても、すぐ白血球に返り討ち。
味方のウィルスたちからも馬鹿にされるしょうもないヤツ。
バーイバーイキィーン。
あの独特の節で唱えて、 吉澤はひとり、にんまりする。
- 13 名前:make me a cat 2.3 投稿日:2004/03/11(木) 13:27
-
「おかーさん、バンソーコ、もうないよ」
「ええ? あんたまたケガしたの」
「ねーちゃん、どんくせーから」
「うっせクソガキ」
「なんだよ、引っ張んなよ」
「この口かー、この口なのか、オラオラ」
「ちょっと、ふたりとも」
「……ほほほ、言葉がすぎましてよ、そこのお子様」
「いででっ」
「ひとみ!」
.........
- 14 名前:make me a cat 2.4 投稿日:2004/03/11(木) 13:27
- .........
「まあ、そんなわけで、今日のオイラはブロークンハートなのさ、ベイビィ」
どんなわけだ。
藤本はむぅっと首をかしげる。
吉澤、けして言葉が達者なほうではない。
余分を省く。 順序だてる。ふさわしい語句を選ぶ。
そういったスキルが彼女にまったく備わっていないことは周知の事実。
一から十までありがたく拝聴していた筈なのに、内容がさっぱりである。
「全っ然わかんないんだけど」
「うぇ?」
「うん、多分、伝わってない。つーかちっとも伝わってない」
腕を交差させた枕に、再び顔をうずめようとする吉澤の手を引っぱって。
藤本美貴、物事をうやむやのままにできない性分だった。
しつこく問う。
「え、なんで? どっから猫缶が出てきて、それで弟につながるの?」
「……んー、だからぁ」
腕枕を崩して上体を起こし、吉澤は不機嫌そうに、とがった口をむにむにさせる。
その表情は、昼寝を邪魔されたこどもそのものだ。
- 15 名前:make me a cat 2.5 投稿日:2004/03/11(木) 13:28
-
「だからさ」
「うん」
さっさと言えよ!
喉までせりあがるコトバを必死でこらえ、笑顔をキープしつつ相槌をうつ。
吉澤に罪はない。
ただちょっと、アホなだけ。
「ミキティーんとこの犬は、なに食べる?」
「……」
質問してるのはこっちじゃ、ゴラァ!
「フツーだよ。たいがいドライフードで、週に2回だけウェットタイプ。
脂肪分が多いから、あんましあげないんだけど、けっこう好きみたい」
「成程」
深々と頷いて、
「ミキティーとワンコは、ちゃんと繋がっているのだねぇ」
腕組みをした吉澤が、目を細めて息をつく。
「じゃあ、よっちゃんさんとネコは……」
「ヤツはセミが好きらしい」
一徹ばりの渋い顔で、重々しくのたまった。
- 16 名前:make me a cat 2.6 投稿日:2004/03/11(木) 13:28
-
......
.........
猫は白かった。
時折、銀色にも輝いて見えた。
アーモンド形の瞳はオリーヴグリーンに閃いて、なんとも不敵な色だった。
いつも澄ました顔をして、気位の高い猫なのだ。
人間が気紛れに差し出した夕餉には見向きもせず、
どこからかくわえてきた虫を、前の足で転がして、頭にかじりついて遊ぶのだ。
猫の爪にむしられ、半分しか残らない翅を震わせて、
それでも蝉はじゅわっ、じゅわっと、途切れ途切れに鳴いていた。
.........
......
- 17 名前:make me a cat 2.7 投稿日:2004/03/11(木) 13:29
-
「んで、ブロークンハートなよっちゃんさん、手付かずの猫缶は今どこに?」
「ラップして冷蔵庫に入れといたら、下の弟が間違って食べた」
「それはそれは」
お約束だね、藤本がやさしく慰めると、吉澤は一声呻いてテーブルに突っ伏した。
額を天板に押し付けて、照れ隠しなのか身体を揺らしながら早口でぶつぶつ言っている。
「あーちくしょう、コンビニだぜコンビニ、ネコのエサのくせして結構高かったのにさ、
なのにセミかよ、セミ、くっそーしくじった」
もう完全に拗ねている。
猫に相手にされなくて拗ねている。
蝉一匹に負けて拗ねている。
「アホじゃん」
汗ばんだTシャツの背中を叩いて、藤本は笑う。
振り払われないのをいいことに、遠慮なしにトカタカ叩く。
(まったく)
両手でリズムを刻んで、藤本は際限なく笑う。
まったくこのアホは、ほんとにこのアホなやつは、
なんて愛すべきアホなのだろうか。
- 18 名前:仮名未定。 投稿日:2004/03/11(木) 13:39
-
更新終了しました。
こんな具合に脱力したまんま続いて終わるでしょう。
>>10 名無し募集中。。。 様
面白いのか面白くないのかわからずに書いているので、
面白いと評価をいただけてホッとしました。どうも。
あと2回。
- 19 名前:プリン 投稿日:2004/03/11(木) 15:00
- 面白い!面白いですよ!
みきよし・・・ですか?w
頑張ってください!応援してますよ。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/11(木) 15:06
- 尾も白い
- 21 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/03/11(木) 19:08
- 更新お疲れ様です
面白いです。夏が伝わってきますね
頑張ってください
- 22 名前:名無し娘。 投稿日:2004/03/12(金) 01:05
- おもちろい
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/13(土) 10:34
- みんな言ってるけど、おもしろい。
それしか言えない。
続きが気になってしょうがない。
- 24 名前:make me a cat 3.1 投稿日:2004/03/25(木) 23:25
-
夏が過ぎても、くっ付いたり離れたり、向き合ったり余所見したり、
絆創膏を減らしたり増やしたり、まったく落ち着きがないけれど、
それでも吉澤と猫は、うまくやっているみたいだった。
実にメデタイ。
椅子の上、右膝を抱えて座る吉澤の耳からは、
MDプレイヤーのコードがてろんと垂れている。
丸まった肩、イヤフォンから漏れる音に合わせて震える唇。
世の中に危険など何一つない、と信じた背中。
その背中。
なにしろ好きな言葉はラヴ&ピース。
今こそ吉澤は、自身が草食動物に生まれ落ちなかったことを、
ホモサピエンスの両親に深く深く感謝すべきだ。
ひょっこりシマウマとして生を受けていたら、
危機を察知して一斉に逃げる群れから遅れ、まっ先にとって喰われるのがオチだろう。
まったく、シロクロつけてる場合じゃあない。
- 25 名前:make me a cat 3.2 投稿日:2004/03/25(木) 23:25
-
点Aと点Bを繋ぐ直線上を移動する。
時速6キロメートルで順調に接近、そして密着、……の半歩手前。
抱えた右足、ジャージの裾を膝までまくりあげる吉澤に、
藤本の靴底ががっちりと床を噛んだ。
隙あり。
恐る恐る、確かめるように動く吉澤の指をおしのけて、
白いふくらはぎの絆創膏、藤本はためらいもなくひっぺがした。
「い、いってぇ!」
叫んで、飛び跳ねて、ひとりでどったんばったん騒がしい。
喚いて、振り向いて、しまいに椅子もろともひっくり返る。
ああもう。
椅子にのっかられ、床に潰れたおひとよし。
加害者藤本、野次馬の視線をビシバシ感じつつ、手を腰に添えて仁王立ち。
(そんなだから、いつも叫んでてウルサイ、って告げ口されんだよ)
吉澤の背中から椅子を蹴ってどかしてやると、
「おぉーう」
後頭部をさすりさすり、床の上で片膝を崩した体育座り。
真正面に回り込んで、吉澤の瞳を上から覗き、藤本はニヤリとする。
デコを人差し指で突ついて、ほっぺをぐにぐに丸書いてチョン。
- 26 名前:make me a cat 3.3 投稿日:2004/03/25(木) 23:26
-
「なーに泣いてんの」
「泣いてないって」
目尻に一滴、きらめくものをのせて吉澤が強がる。
まばたきすればこぼれるそれを必死でこらえ、左右の目をぐっと見開いて。
「いたい?」
頷く、瞬間にぽろりと落ちた。
急いで袖でごしごし頬をこする吉澤に肩を竦める。
「よっちゃんさん、それ衣装」
「うぁ……いや、まあそれも、うん」
んへへへ。
泣いたカラスがもう笑う。
そういえば、おっきなリボンにフリルのエプロン。
相棒のスズメはもういない。
一夏を勤勉に鳴き続けた蝉もいない。
いま、吉澤はどこに隠れて溜息しているのだろう。
藤本は案じる。
溜息するとき、吉澤はひとりだ。
金髪頭を撫でることも、肩を叩くこともできやしない。
- 27 名前:make me a cat 3.4 投稿日:2004/03/25(木) 23:28
-
愉快なステップ踏んでやってきた辻が、するっと藤本の腕に手を絡めた。
藤本の視線を追って、剥き出しになった吉澤のふくらはぎに、細かな擦り傷を見つける。
「よっすぃ、どうにも愛が足りてませんねぇ」
「こんなにラヴいっぱいの人間捕まえてナニ」
「だってさあ、また喧嘩したんじゃん」
「喧嘩じゃないっす。むこうが勝手に怒ってるんだもん」
ボリュームの足りない胸を張り、凛として説教をする辻。
下唇を突き出して、ふて腐れる吉澤。
「よっすぃは犬だから、猫の気持ちがわかんないんだよ」
「それを言うなら、ののも犬じゃん」
焦点を外した切り返しに、辻があっさり落ちた。
「えー、そっか、そうなのかなぁ」
(納得すんなっ、つーか話が違うことに気付けってばもう)
藤本は疼く右手をおさえつけて、背中に隠す。
鼻がこすれそうな近さで、喉をグルグルいわせて威嚇しあう。
くゎっと大口を開け、八重歯を剥いて、辻が吉澤に飛びかかった。
「ワンっ」
「バウワウ」
「ワフーン!」
「ウァオーン!」
次第に興がのってきたらしく、首をそらして遠吠えを始めた犬モドキ。
さすがにアホが過ぎると叱られて、揃ってぺたんと耳を伏せた。
- 28 名前:make me a cat 3.5 投稿日:2004/03/25(木) 23:28
-
......
.........
猫は白かった。
時折、銀色にも輝いて見えた。
月明かりのせいかと思っていたが、悔しいことに、
蛍光灯の下でもケチのつけようのない別嬪さんだった。
いつも澄ました顔をして、気位の高い猫なのだ。
無心にキーホルダーのマスコットを追いかけていたかと思えば、
ひとのジャージの上に陣取って、つまらなそうに欠伸をするのだ。
たまに欠伸をしたあとに、舌をしまうのを忘れたりして、
ちらちら、ちらちら、赤いそれがヒゲと一緒に揺れていた。
.........
......
- 29 名前:make me a cat 3.6 投稿日:2004/03/25(木) 23:29
-
多分、泣いてもいいのだ、と吉澤はティッシュを一枚引き抜いた。
物言うバギーが今まさに、敵の親玉に特攻をかけるところだった。
これは確かに、泣く。
ふにゃふにゃ笑顔で、ティッシュ、箱で用意しといてねぇ、だなんて。
ウソだろ、泣かないっす、舐めてかかっていたけどマジだった。
吉澤、もうずっと目頭が熱い。
チクショウ、負けたぜベイベ。
とにかくバギーちゃんは、立派なやつだ。
びぃっと鼻を啜り、抱えていたクッションを頭上高く放り出すと、
吉澤は胡座を組んだ足を崩して、横倒しに板張りの床に転がった。
目の前に、猫のケツ。
そして頬を撫でていく尻尾。
瞼を落とし、口をへの字に引き結んでくすぐったさに耐える。
ちりり、ちりりり。
しなやかに一歩一歩を踏んでいくごと、耳障りな音をたてながら、
猫はお気に入りのクッションを目指した。
- 30 名前:make me a cat 3.7 投稿日:2004/03/25(木) 23:30
- 窓を20センチばかり、開けておくことにしている。
猫は出入りしようとするたび、ガラスを引っ掻いて吉澤を呼ぶ。
頭を傾けて吉澤に向ける黄金がかったグリーンは、人間の奉仕を疑わない。
腹が立つので、窓を開け放しておくことにしている。
クルモノハコバマズ。
まあ、そちらさんで勝手にやってよね。
クッションぐらい、くれてやる。
猫が定位置におさまるのを薄目で確認して、吉澤は再びかたく両目を閉じる。
携帯にぶら下がっていたアンパンマンをむしり取られた。
間髪入れず、ひっぱたいて奪い返したら猫のやつ、
毛を逆立てて吉澤の手に飛びかかり、歯を突き立てた。
振り払おうと立ち上がりかけた吉澤の手首に前足を巻き付け、
後ろ足で猫キック猫キック。
あまりの抵抗に、吉澤は敗北した。
いや、許してやったのだ。
なにしろ吉澤、ラヴでいっぱい。
「ねこー」
ちりり、ちり。
「オマエ、愛が足りてないぞぉ」
悔しいから、やっぱり目は開けなかった。
- 31 名前:仮名未定。 投稿日:2004/03/25(木) 23:39
- 更新終了しました。
>>19 プリン様
みきよしに見せかけたネコよしなのかもしれません。
最初は切ない系を目指していたなんてもう言えません。
アホは予定をすべてくつがえすのです。
>>20 名無飼育さん様
足も白い。……すいませんリーダー並なんです。
>>21 名無し募集中。。。様
褒めていただいたのに、もう夏が過ぎてしまって、どうにもこうにも。
これからもビュンビュン季節が飛びます。インドアに。
- 32 名前:仮名未定。 投稿日:2004/03/25(木) 23:45
- >>22 名無し娘。 様
おもちろいですか。ありがとうございます。
精進します。
>>23 名無飼育さん 様
こんな続きにあいなりました。
期待を裏切っていたらすいません。
まあでもずっとこんな具合です。
あと1回……で終われるかどうか。
- 33 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/03/26(金) 19:41
- 猫の描写細かい
雰囲気が不思議な感じです
- 34 名前:プリン 投稿日:2004/03/27(土) 20:04
- 更新お疲れさまです!
ネコよしですか(笑
切ない系!あれまぁ。言っちゃってますよ!(笑
でも、面白いっすw
次回の更新待ってます!
頑張ってくださいね!
- 35 名前:make me a cat 4.1 投稿日:2004/04/29(木) 23:17
- 壁を叩いた。
音は明確な輪郭を保ち、迫る。
それはもう完全な、ソリッド。
ひとの頭をガツンと殴りとばして駆けていく。
溜息とはまったく異質の湿って重い響きに、藤本は息をつまらせた。
足をとめて、振り返る。
乱れた列の最後尾、確かめた吉澤の顔は茫洋として淡々、平静そのもの。
凪のようだった。
でもやっぱり吉澤は、壁を叩いた。
握りしめた左のこぶしが、赤い。
目的を持たずに透度の高い視線がさまよい、たびたび藤本の上をかすめる。
けれどもけして、留まらなかった。
重なった、思った瞬間、するりと去った。
脇を擦り抜けていく吉澤を捕まえた。
壁を打ったこぶしは、ポケットの中に消える寸前。
呼吸をはかって、横顔をうかがって伸ばした右手をいとも容易く握り返した。
一回り大きな手の中、置き場をさぐって惑う藤本の指を、
ほんのすこし力を込めて導き、ゆるく絡めとる。
繋いだ手を振り子にして、時間を刻んだ。
- 36 名前:make me a cat 4.2 投稿日:2004/04/29(木) 23:18
- 色の薄い眼球の奥を見た。まだ、動かない。
無遠慮に腕を掴んで、前を見据えたままの顔をこちらに向けさせた。
ささくれだった視線に、吉澤は眩しそうに眉をひそめ、垂れ目を細める。
斜め下からぶつけられた温度に、弱っていた。
藤本の顔にぽかっと浮かんだ三日月型の笑みに、ひるんでいた。
吉澤、腰が半分ひけている。
藤本、なんとなく嬉しくなってくる。
笑顔のまんま、絡んだ五指をきつく締めつけて、吉澤の左手を捕獲する。
「逃げんな、アホっ」
「……うぇ」
かわいらしく作った声で脅されて、眉尻が下がる。
吉澤の顔色と反比例して、藤本の笑顔はますますぺかぺか輝いた。
もう楽しくてたまらない。
「なに怒ってんの」
「怒ってんのはそっちじゃん」
だって吉澤は、壁を叩いた。
先触れなんて、脈略なんてない。
そのひとつの動作が前後と連続せずに投げ出された。
ただ、こぶしが赤い。
「なんで、怒ってんの」
「……なんでだろうねえ」
「はァ?」
いつものように解を求めて声を険しくする藤本に、吉澤が笑う。
引っ張られるまま、傾いた身体を立て直しもしないで、ゆらゆらする。
- 37 名前:make me a cat 4.3 投稿日:2004/04/29(木) 23:19
- 「わっかんないや」
「本気?」
「マジで」
藤本の瞳は輝度を、視線は硬度をいや増した。
吉澤を射る。一点まっすぐ貫き通して、後頭部から抜けていく。
手応えが、まるでない。吉澤の芯を、かすめてもいない。
「つーかさぁ、わからないものは、わからないままにするんだよ」
白い歯がこぼれる。
「なにがあるのか、だれかいるのか、最初からわかっていたら、
アポロだって月まで行けなかったんじゃないの」
笑った。
「わかっちゃったから、今のロケットは上手に飛べないんだよ」
(ソレ、日本のロケットだけじゃん。他の国は色々とばしてんじゃん)
おかしいと言いたい。
矛盾を、綻びを突き付け、否定したい。
月へ行くため、絶対にわからなくちゃならないこともあったはずだ。
もっとわかりたいから、月へ行ったのだ。火星へも行くのだ。
それでも、
なにを想うのかわからないから、恋をするんだろうと思った。
おくゆかし、と昔のひとが言ったのは、きっとこんなものなんだろう。
香が導く御簾の奥、幾重もの衣に隠されたおくゆかしの姫君は。
ああ、きっとこんなものなんだろう、と首をふって諦めたら、
顔を見られて手が繋げて、頭にかじりついたりできるだけ、平安時代よりマシな気もした。
- 38 名前:make me a cat 4.4 投稿日:2004/04/29(木) 23:19
- ......
.........
猫は白かった。
時折、銀色にも輝いて見えた。
床、ジャージ、ベッド、部屋中至る所にきらりと光る毛を残し、
ガムテープ片手にそれを拾い集める人間の姿を、髭を揺らして静観している。
いつも澄ました顔をして、気位の高い猫なのだ。
なのに、タマだのミケだのと名付られた平民の猫の首にありそうな、
赤くって、チリチリうるさい鈴付きの首輪をはめている。
きっと、陳腐な名前なんだろう。
そして、それに答えて、とんでもなく甘い声で鳴くのだろう。
.........
......
- 39 名前:make me a cat 4.5 投稿日:2004/04/29(木) 23:20
- こんもりと山になった布団の中では人間が、上では猫が四肢を折り畳んで丸くなる。
猫の睡眠は人間よりいくらか短くて、時折起き出しては独り遊びをし、
それに飽きると布団の上へと戻ってまた眠る。
しなやかに跳んできた衝撃に顔をしかめ、
たまにうんうん唸ったりしながら吉澤は眠る。
夜明けを待ちわびる薄暗がりに、アーモンド形の双眸が大きく開く。
緑の視線がスチールラックの3段め、震える携帯電話をちろっとなめた。
布団の上を歩いていって、うっすら口を開けている吉澤の頬に甘く噛み付く。
起きて、ねぇ起きて。
あいつうるさいんだ。
ね、どうにかしてよ。
「ふはぁ?」
布団の隙間に頭を突っ込む。
額で押し上げるようにして、トンネルを掘る。
胸に引き付けられている肘の下、吉澤の身体の脇で丸くなった。
「……オマエ、帰んなかったのかぁ」
鈴が揺れる喉のあたりに、吉澤は手探りで指を添わせる。
- 40 名前:make me a cat 4.6 投稿日:2004/04/29(木) 23:20
- 猫の足は黒ずんでいた。
やっぱり、ちょっとにおった。
でもこの猫を叱り、躯を洗ってやるのは、吉澤の役割の外側にあった。
シーツをひっぺがして、洗濯機に突っ込むのが精一杯。
「こっの不良娘。ちゃんと今日はおうちでキレイにしてもらえよー」
足を掴んでひっくり返して、雌雄を確かめたことがある。
もちろん痛い目にあった。
赤い首輪に名前がないのかと、外して探してみたことがある。
これも痛い目にあった。
「こら、ねこ」
ちょっと荒っぽく耳の付け根を掻いてやったら、手首に爪をたてられた。
「痛いんだよ、ばか」
ばかばか言いながら布団を蹴っとばし、捕まえた猫を胸に抱いて転がる。
それしか言えないのは、名前を知らないからだ。
吉澤の猫じゃあないからだ。
見つからなくて、よかったんだ。
知っていたって、呼べやしない。
他のひと──ひと達かもしれない──が悩んで悩んで、つけた名前だ。
それを吉澤が盗んでいいわけない。
「ん、どした?」
誰かの猫が、腕から抜け出て鳴いた。
見れば、携帯がじぃじぃ震えている。
......
- 41 名前:make me a cat 4.7 投稿日:2004/04/29(木) 23:21
- ......
「おおーい、出ないの?」
背中からはがれない、危険物にむかって呼び掛ける。
小さな顎を吉澤の頭のてっぺんにのっけて、トーテムポール。
藤本はよっぽどキレてる顔をしてるんだろう。
まわりに誰も近寄ってこない。
幸福に満ち満ちた表情でトーフをつっついていた紺野でさえ、
箸をくわえて醤油片手に逃亡してしまった。
「ミーキーティー。さっきからずっと鳴ってんよ、ケータイ」
身体をゆすって促すと、肩にまきつけられた両腕に更なる力がくわわった。
「動くな、アホ」
「ハイ」
吉澤に凭れ掛かる身体はうすっぺらくて、心持ち頼りない。
なのに動けない。
「あのさ、……背中、痒いんだけど」
多分、額でも鼻の頭でもどこでもよかった。
痒いのだか熱いのだかもわからない。
藤本は椅子の背もたれごしに吉澤の肩を抱いたまま、
つまらなそうに、そう、と呟いた。
藤本の顎の下で、色の落ち着いた髪がじゃりじゃり軋む。
耳慣れたメロディが何度も繰り返され、その度ごとに輪がきゅっと締まった。
- 42 名前:仮名未定。 投稿日:2004/04/29(木) 23:28
- まずは、レスを。
>>33 名無し墓衆中。。。 様
猫を書く手前、観察をしました。
しかし季節は春、やつらサカっておりまして、
最中を見せ付けられるのは異種ながら気まずいものでした。
>>34 プリン 様
ネコよしです。くわえて今回大幅にみきよしです。
切ないと無理矢理言い切れば、そうなるもんです。
多分。
- 43 名前:仮名未定。 投稿日:2004/04/29(木) 23:30
- 上記レスにて、お名前を間違えました。
あいすみません。
「墓衆中」ってちょっとすごい。
「募集中」ですね。
どうにもこうにも4回ではおさまり切れなかったので、増えます。
思ったよりも長くなりそう。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/29(木) 23:55
- みきよしみきよし!
むしろもっと増えてもいいです。
頑張って下さい。
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