Morning Philharmonic Orchestra
- 1 名前: 対星 投稿日:2004/03/24(水) 01:43
- 雪板にあるスレッドの番外編の短編を書いていこうと思います。
レスは大歓迎です。感想・アドバイス・苦情・・・何なりとどうぞ。
本編はこちら ↓
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/snow/1075052082/l50
本編も読んでいただけると嬉しい限りです。
- 2 名前: 投稿日:2004/03/24(水) 01:44
-
「おい、お前ら。こんなところで何やってんだ」
背後から投げつけられた中年男性の声により、私たちの夢の時間は
終わりを告げた。
- 3 名前: 投稿日:2004/03/24(水) 01:46
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午前八時の脱走計画
- 4 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:46
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プ プーププッ プープ プーププップ プーププーププ プーププ
ありふれた水曜日。礼拝前の屋上。3人の少女。
少し普通でないのは今、手元の時計が7時45分を指していること。
れっきとした早朝だ。普通の人はまだ家にいる時間。
いくら管弦楽部が朝の練習が多くて校内で『朝オケ』なんて
呼ばれているとはいえ、こんな早くから練習するのは私たちだけ。
私たちは今日もいつものように練習をしている。
とはいっても実際に吹いているのは私だけ。あとの2人は鳩と
たわむれている。一人は餌をまき、一人は鳩を追い回す。
これがこの学校のいつもの風景。
- 5 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:48
-
ここは風炉学院。
中高一貫の女子校で、6年間みっちりとキリスト教に基づいた教育をする。
日本で5本の指にはいると院長自ら豪語する大きなパイプオルガンと
毎朝守られている礼拝がこの学校の自慢。
創立は明治のはじめ。アメリカの何とかっていう宣教会が日本に
キリスト教プロテスタントを根付かせるためにつくったらしい。
ダテに歴史が長いから、世の中ではそれなりの名門校として知られている。
このいまいちパッとしない制服も一部のマニアの間では高値で取り引き
されているらしい。
そんなことはちっとも知らずに、去年の4月、この学校に編入した。
静岡で通っていた中学は共学だったから、女子高独特の閉鎖的なかんじには
1年以上たった今もまだ上手くなじめない。
- 6 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:49
-
この2人と私は管弦楽部に在籍し、トランペットを担当している。
編入当初、転校生を受け入れることに慣れていない級友たちとは
まだあまり打ち解けられていなかったころ、突然の衝動に駆られて
入部した。
トランペットはおろか、楽器すらろくに触ったことのなかった私は
人間関係のほかにも不安があったけれど、この2人の先輩に出会って
そんなものはすぐに消えた。
私が早くなじめるようにいろいろな場面で気を遣ってくれたし
音を出すことも、それどころか譜面を読むこともできない私に
手取り足取りトランペットを基本から教えてくれた。
- 7 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:50
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プープ プーププップ プーププーププ プーププ
最近の課題曲は『鳩と少年』
みうなもけっこう上手くなったから、といって新学期開始とともに
渡された。この曲はトランペット奏者が必ず通る道、らしい。
私がこの曲を吹くようになってから、以前にもまして2人が
鳩と遊ぶ時間が長くなったのは気のせいではないだろう。
その分指導してもらえる時間が減ったような気がする。
それにこの曲をもらってからというものひたすらこればかり
吹いていて、部活で吹く曲の練習がなくなった。
礼拝での演奏が近づいているのに、こんなんでいいのだろうか。
いろいろと気にかかることもあるけれど、この2人のすることに
間違いはないだろう。
私はこの人たちについていけばいいのだ。
- 8 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:52
-
「あのさぁ」
左手に大量の鳩を乗せながら、あさみちゃんが口を開く。
「んー?」
ターゲットにしていた鳩が飛び立っていく姿を見届けるように空を
見上げたまま聞き返すまいちゃん。
「今日、駅前にハーゲンダッツできるんだってー」
鳩の鳴き声がうるさいから自然と声は大きくなるし、語尾も伸びる。
「えー?まじ?みうな知ってた?」
空から視線を戻し、キラキラした目でこちらを見る。
「はい。先着50人には何かもらえるらしいですよ」
今日登校途中で何枚もビラをもらった。
- 9 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:53
-
「ちょっと!行ってみなきゃ!」
「だね!」
私のトランペットより大きな声が朝の校舎に響き渡るときにはすでに
2人の姿は屋上にはなかった。
「みうなー!早く来ないと置いてくよー」
階段から聞こえるまいちゃんの声に返事をすると、私はあわてて
トランペットを片付け、階段を駆け下りた。
こんなありふれた水曜日、退屈な学校を抜け出してハーゲンダッツを
食べに行く。しかもこの2人と。
こんな夢のような話にのらないわけがない。
無断外出が校則違反であることは分かっている。
でも1つや2つの障害があったほうがスリリングでいい。
そのほうが夢の価値は上がるような気がする。
階段を全力疾走で降りる私に迷いなんてなかった。
- 10 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:54
-
さっき階段から落ちたときに打った右膝は赤くなっている。
青紫に変色するのも時間の問題だろう。この位置だとどんなに
頑張って靴下を引き上げても隠すことはできない。
やっちゃったなぁ。まぁいいけど。
大人しく靴箱におさまっているローファーに手を伸ばすと、
ほんの1時間前にあった出来事を思い出す。
電車でオーボエの柴田さんに会って、一緒に歩いてきて、
ここで分かれて・・・。
そういえば柴田さん、何か言ってたな・・・。何だっけ?
「みうなー!遅いよー!」
まぁいいや。多分たいしたことじゃない。
それよりも早く靴履き替えなきゃ。本当に置いていかれる。
- 11 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:55
-
・・・・・・・
- 12 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:56
-
この2人と出会ったのはちょうど去年の今頃。
出会ったというより見つけたといったほうが適切なのかもしれない。
それはありふれた1日に突然起こった出来事。それは一瞬で
ひたすら退屈だった私の毎日をたまらなくハッピーなものにしてくれた。
名門といわれるだけあって入学もそれなりに難しいこの学校。
姉妹校からの転入ということでほぼ無試験で入った私には
ここでの授業はすべてドイツ語で行われているように思えた。
そのときの授業はたしか数学だった。
中3の分際で三角関数なんてやってんじゃねえよ、なんて
思いながらも、その時はまだメモを回す友達もいなかったから
一人おとなしく少女マンガを読んでいたんだっけ。
なんか懐かしいな。
- 13 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:57
-
前向きで明るい少女が生徒会に入り、個性的な仲間たちとともに
新設校の高校のスタイルを自分たちの手で1から作り上げていく。
そのマンガはこんなかんじのストーリー。
恋愛や文化祭や体育祭といった学生生活でしか楽しめないイベントを
時には苦しみ、時には泣き、そして最後には笑って通り過ぎていく
主人公たちの姿には憧れずにはいられない。
いいなぁ。私もこんな高校生活送りたいよぉ。
このまま普通にいくと、高校もここの学校に進学することになる。
中高一貫で、高校からの生徒採用はないこの学校。
高校に行っても大きな変化は望めない。あんな高校生活は送れない。
わずか14にして充実した青春を送りたいというそんな些細な夢を
打ち砕かれた私の目の前には、暗闇が立ち込めていた。
そう、あの瞬間までは。
- 14 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 01:58
-
感動の7巻を読み終えてラストの8巻に手を伸ばそうとしたとき、
私は自分の机の上がやたら明るいことに気が付いた。
窓から差し込むうららかな日差しに真っ白なノートが呼応し
それはもう神々しいほどの明るさ。
夢中で読んでいて気が付かなかったけれど、この過剰な光は
視界に入るとけっこう邪魔なもので。
どうせ何も書く気がないノートを閉じ、視線を上げてみると
教室はいいかんじにだれていた。
今は一年で最もいい季節。晩春というか、初夏というか。
それにテストは先週終わったばかり。普段は真面目なだけのここの生徒でも
こんな日にはだらけたくもなるよね。
いいかんじ。いいかんじ。
- 15 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:00
- なんとも言えない気持ちよさがあるこの教室の雰囲気を味わおうと
背筋と首をのばし、椅子の背もたれに委ねる。
手に取った8巻はまた次の授業でよむことにしよう。
そんなことを考えながらふと落とした視線の先に、衝撃的な映像が
飛び込んできた。
あの瞬間から、私の毎日は変わった。今ならそう断言できる。
私の目に映ったのは2人の少女。
持久走の授業だったのだろうか、校庭のトラックをただひたすら
回る体育着の波の中で、その2人は目立ちまくっていた。
- 16 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:01
-
一人は長いストライドでポニーテールにした髪の毛をなびかせ
もう一人は速いピッチでショートカットの髪をゆらし
ハイスピードで並走しながら、他の生徒を次々と周回遅れにしていく。
ゴールまであと半周。ポニーテールが前に出る。
あと100m。ショートカットが並んだかと思うと前に出る。
あと50m。直線に入り2人はほぼ同じ位置。
あと30m。20m。10m。ゴール!
彼女たち並んだまま、ほぼ同時にゴールラインを駆け抜けた。
あれだけのデッドヒートの後なのに2人はゴール地点でタイムを取る
生徒のもとまで駆け寄っていく。
彼女と少し喋ると、飛び上がって両手を広げお互いを受け止めた。
- 17 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:02
-
5階の教室からじゃあの人たちの顔までは分からないけれど
彼女たちが身体全体から放出する感情は、その表情を容易に想像させた。
ここは退屈な学校。退屈な授業に退屈な生徒たち。楽しむ余地もない。
そう思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。
それにしてもあの2人はどうしてあんなに楽しそうなんだろう?
あの人たちの近くに行けばそれがわかるかもしれない。
こうして私はこの学校に編入して初めて目標をみつけた。
ポニーテールは里田まいさん。ショートカットは木村あさみさん。
2人とも管弦楽部に所属し、トランペットを吹いている。
初めて自分から後ろの席の子に話しかけて手に入れた有力情報。
そっか。管弦楽部か。行くしかないでしょ。
- 18 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:05
-
思い立ったときの私の行動はすこぶる早い。昼休みになると同時に
さっきついでに聞いておいた管弦楽部の部長の教室のドアを開ける。
「おっ!入部希望?嬉しいねぇ」
出てきたのはショートカットのお姉さん。切れ長の目が印象的な
ボーイッシュな感じがする人で、ここの学校だとこういう人が
モテるんだろうなぁ、となんとなく思った。
「で、楽器は何やりたいの?」
「はい!トランペットが!」
「え・・・。トランペット?」
さっき市井と名乗った部長さんが固まる。
- 19 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:06
- トランペットは人気のある楽器だけに希望者も多いのだけれど
入ってはすぐ辞めていくらしい。
どうやら現在いる2人の強烈なキャラクターが原因なようだ。
他の楽器が良いんじゃないかと市井さんに懇切丁寧に勧誘されたけど
他の楽器じゃ管弦楽部に入る意味がない。
それにトランペットは現在あの2人だけ。これはむしろ好都合。
「トランペットがいいんで!」
どうしても考えを変えない私に最後には市井さんのほうが折れ、
私はようやく管弦楽部に入部することができた。
- 20 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:07
-
その日の放課後、市井さんに連れられて高2の教室まで行くと
あの2人が待ち構えていた。
制服を着るとちょっと雰囲気が変わるけど、確かに3時間目に校庭で
見つけた2人がそこにはいた。
「この子がさっき話した子」
「斎藤みうなです。よろしくおねがいします」
「おー。元気いいねー」
「すばらしい。すばらしい。トランペットの基本は正しい挨拶だからね」
「お前らあんまいじめんなよ。これ以上部員減ったら困るんだから」
「いじめてなんかいませんよー」
「なら何でトランペットばっかりこんなに退部者が出るんだ?」
「知りませんよ。そんなこと」
じゃああとはよろしく。 そういい残して市井さんは帰っていった。
- 21 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:08
-
「みうなはさ、中3なんだよね?」
ポニーテールが聞く。初対面でいきなり呼び捨てかよ?と思ったけど
そっちの方がこの人にはあってるような気がする。
「はい。中3です」
「でもさ、その割にはあんまり見たことないんだけど」
「4月に編入してきたんです」
「へぇ。珍しいねぇ。前はどこにいたの」
「静岡です」
「え!?静岡なの?」
ショートカットの目の色が変わった。
サッカーのこと、ちびまる子ちゃんの事、お茶のこと。
熱弁をふるい、静岡に対しての並々ならない知識を披露する。
この人、何なの? 私よりも静岡について詳しいんですけど。
- 22 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:09
-
「で、トランペットは初めて?」
10分近く続いたショートカットの静岡スピーチは全て無視して
ポニーテールが尋ねる。
「はい」
「まじか!?やったね!!」
なぜかはしゃいでいる2人。初心者が来ると迷惑だろうに。
「何も心配しなくていいよ。うちらがみうなを完璧なトランペッターに
育て上げて見せるから」
「そうそう。ついてきてくれれば大丈夫だから」
やたら嬉しそうな2人に少し不安を覚えたことは否定できないけれど、
2人のテンションの高さが熱意の表れな様であるよう気がして
そのときとても嬉しかったことを覚えている。
- 23 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:09
-
・・・・・・・
- 24 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:10
-
登校中の生徒の波を抜けてようやくたどり着いた茶色のドアは
まだ閉まっていて、並んでいる人の姿もなかった。
「11:00開店だってー」
不満をうっすら声と顔から放出させながらまいちゃんがつぶやく。
「そりゃそうだよねー。こんな時間にあいてるわけないよ」
「だよねー。よく考えてみればそうだねー」
「よく考えて見なくてもそうだよ」
「そっか。うちらバカだねー」
まいちゃんの顔には満面の笑みが浮かぶ。この人は本当に立ち直りが早い。
「でもさー、11:00までどうする?」
「え? 並ぼうよ」
「は? いくらなんでもまだ早いでしょ」
「早く並んどかないと50人に入れないって」
「大丈夫だよ。まだ誰もいないんだし。まだいいって」
背が高くロングヘアのまいちゃん。
背が低くショートカットのあさみちゃん。
2人の見た目は対照的だけど、2人は本当に仲がよい。
- 25 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:11
-
「あ、みうな。みうなはどっちがいい?」
「そだね。みうなに決めさせよう」
いきなり振られてちょっと戸惑う。別に私はどっちだっていいのだけれど。
隣のケンタッキーに目をやると、レジ後ろの時計が指す時刻は8時15分。
開店まであと2時間近くある。
そんなに長いこと立っているのはちょっと体力的に無理がある。
この2人ならきっと何の苦もなくやってのけちゃうんだろうけど。
「並ぶのはまだ早いと思います」
「何だよー」 がっくりと肩を落とすまいちゃん。
「だよねー」 勝ち誇ったように笑うあさみちゃん。
- 26 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:12
-
「ディップにハマろう!」
まいちゃんの一言でとりあえずマクドナルドで時間をつぶすことになった。
そのわりにまいちゃんはポテトとナゲットしか頼んでいないのだけれど。
「昨日さ、キックボードでうちの近所滑ってたらさ、なんか小学生が
張り合ってきてさ」
「何それー!?っていうかあさみ、小学生だと思われたんじゃないの?」
「そうかも」
「でもさ、キックボードだったら余裕で勝てたでしょ?」
「それがさー、なんかひどいの!その子たちローラーシューズって言うの?
靴底にローラースケート内蔵されてるやつ履いててさー。めちゃ速いの。
全力でこいだんだけど追いつけなくて」
「ははは。負けたんだ!小学生に!まじありえないって、それ」
それ以前にいまどきキックボードを楽しむ高校生ってのがありえないと
思うのだけど。まいちゃんもなんでそこにはツッコまないんだろう。
よく分からない。まぁいいや。
- 27 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:13
-
靴といえば・・・。なんか引っかかることがあったんだよなぁ。
なんだったっけ?
何となく今ねばれば頭の片隅から出てきてくれるような気がする。
なんだったかなぁ・・・。
さっき学校出るときに・・・いや、今日朝来るときに・・・
そうだ!あれだ!思い出した!
- 28 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:14
-
「おーいっ!みうなー!」
まいちゃんの声に視線を上げると目の前でひらひらと手が振られていた。
「なに百面相してたの?」
「ちょっと思い出しごとをしてまして」
「でたー!みうな語―。思い出しごとって何だよ、それ」
「何思い出したの?言ってみ?」
今日の朝、柴田さんに会って一緒に登校してきたこと
靴箱の前で別れるとき、今日の朝錬の場所の確認をされたこと
柴田さんは私たちに朝錬に来て欲しいと思っているのだろうと感じたこと
まいちゃんは途中で笑ったりツッコんだりしながら、
あさみちゃんはそんなまいちゃんを笑って制しながら、
まとまらない私の話を最後まで聞いてくれた。
- 29 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:17
-
「そういえば今日も朝錬サボっちゃったねー」
「早く言えばよかったですね。すいません」
「みうなは気にすることないよ。大丈夫、大丈夫」
「でもなんか最近雰囲気悪いじゃん?昨日とかほんと空気重かったもん」
「ねー。何かあったの?」
「よっすぃーがさ、ちょっと荒れてんだよね」
「ああ。そういえばそうかも」
「何かイライラしてんだよね。梨華ちゃんとなんかあったかなー」
「問い詰めれば吐くよ。今日さっそくやってみよ」
まいちゃんの目があやしく光った。この人は本当にやる気らしい。
- 30 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:18
-
「あー。それはちょっとやめといたほうがいいかも」
「何で?」
「何かうちらにキレてるっぽいんだよね、あの子」
「え?まじで?」
「昨日の礼拝のあと、ちゃんと練習来いって怒られた」
「それは痛いなー」
確かに最近私たちトランペットパートの出席率は悪い。
それに不満を持つ人がいてもおかしくはない。
もしかして昨日の部活の雰囲気がよくなかったのは私たちのせい?
それだったら今日の朝錬はサボってはいけなかったんじゃないだろうか。
だから今日の朝、柴田さんはわざわざ練習場所を私にいってきたんだ。
あー。やばい。やばいよ、これ。
- 31 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:20
-
「みうなー。起きてるー?」
どうやら私はまたどこかに行っていたらしい。
「あ、もしかしてみうな、柴っちゃんに言われたこと伝えなかったこと
気にしてたりするんじゃなくて?」
なにやらおかしな口調でそう言ったまいちゃんはなぜかすごく得意げ。
「大丈夫、大丈夫。みうなは気にすんなー」
「そうそう。何だかんだいってみんな優しいから。今日1日サボっても
許してくれるよ」
「よっすぃーも梨華ちゃんと上手くいけば機嫌直るだろうしね」
本当に大丈夫なのだろうか。
ちょっぴり不安だけれど、この二人が大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。
- 32 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:21
-
「そういえばさ、今回の礼拝の課題曲って何だったっけ?」
「1編210番。昨日やったじゃん。覚えてないわけ?」
「いや、奏楽の方じゃなくて伴奏の方」
「あー。2編156番」
「プーププップープーってやつ?それなら余裕でしょ。」
「冬にもやったしねー」
私が先週から家で必死に練習しているこの曲も、この人たちにとっては
本当に簡単なものなのだろう。
いつもしゃべっていて練習しているところなんてほとんど見かけない
2人だけれど、トランペットの腕前はそうとうなもの。
たいていの曲なら初見で吹けるし、一度やったことのある曲なら
ひいき目なしに聴く人を魅了する力強い演奏ができる。
- 33 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:23
-
・・・・・・・・
- 34 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:25
-
2人は本当に熱心に指導してくれた。週2回の放課後の練習の時間の
ほとんどを私の指導に費やしてくれた。
音を出す訓練、音階を追う訓練、それに譜面の読み方。2人の指導は
けっこうスパルタだったけれどおかげで私はある程度吹けるようになり、
夏には問題なくコンサートや礼拝の課題曲が吹けるようになった。
2人の近くにいてこの人たちは本当にハッピーな人だとわかった。
この人たちが楽しそうなのは何か特別楽しいことがあるからではなく、
この人たちが楽しい人だから。
いつだったか抱いていた疑問は解決した。
でもそれと同時に新しい疑問が生まれた。
この人たちは一体いつ自分の練習をしているのか?
- 35 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:26
- 部活の時間はいつも私の練習につきっきり。それなのに課題曲はいつも
完璧に仕上げてくる。いくらブラスバンド出身でキャリアが長いといっても
そうとうな練習をつんでいるはず。
「悪いけど、お願いね」
悪いと思うなら頼むなよ
心の中でツッコみながらもその日の日直だった私は、宿題のプリントを1階の
教員室から5階の化学室まで運ぶという面倒極まりない肉体労働を引き受けた。
プリントは一体何枚あるのだろう。重いし持ちにくいしたまらない。
何でこんな日に限って日直なのだろう。自分の運のなさが恨めしい。
- 36 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:28
-
5階までいくと、階段を上りきったことへの達成感と満足感、そして
どうしようもない疲労に襲われてへたり込む。別に急ぐ必要はない。
ちょっとここで休んでいこう。
階段に腰を下ろして足を伸ばす。手を伸ばして背筋も伸ばす。
ここは日差しが差し込んで本当に気持ちがいい。
ん?何でだ?おかしいぞ。階段にしてはやたら明るい。
後ろを振り返ってみると、さらに少し上ったところには何やら怪しげなドア。
ここは行くしかないでしょ。
- 37 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:30
-
さっきまでの足の痛みも忘れ階段を駆け上がっていくと、
何だか聞きなれた音色が耳に入ってくる。ドアの向こうには誰かいる。
もしかして、トランペット?
もしかして、まいちゃんにあさみちゃん?
想像以上に厚くて重たいドアを開けると、視界に大パノラマが広がる。
そこは屋上。
- 38 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:31
-
プープーププーププー プププ プープーププーププー
東京のど真ん中にあるにもかかわらず近くに高い建物がないこの場所の
眺めは最高。そんな絶景の中に立ってたのはやっぱりあの2人。
聞こえた音色はやっぱりトランペット。
小さい頃見たアニメの主題歌で、日常的に聴いている曲だけど
なんだか違うようにかんじる。こんなに印象的な曲だとは知らなかった。
とにかく一つ一つの音が強くて、力強いメロディーが心をゆさぶる。
この曲がこんなに感動的に聞こえるのは屋上の開放感と景色のせいじゃない。
この人たち、スゴイ。
- 39 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:32
-
「みーうなっ」
「盗み見は良くないぞー」
「す、すいません」
「ははは。別に気にすることないってー」
演奏中の真剣な顔はどこへやら、演奏を終えた2人はいつものように明るく笑う
おちゃらけた2人だった。
「みうな、ここ初めて?」
「はい」
「だよねー。ここ、あんま生徒来ないんだよね」
「あの重いドア開けてみようなんて普通あんまり思わないもん」
「そもそも鍵かかってるし」
「え?それじゃあ2人はどうやって・・・」
「じゃーん」
「教員室からちょっと拝借して、合鍵を作らせていただきましたー」
それっていけないことなんじゃ・・・
得意げに笑う2人を前にしてそんなこと仮に思ったとしても言えるわけがない。
- 40 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:33
-
「あのさ」
それじゃあ失礼します。そういって帰ろうとした私をまいちゃんが引き止める。
「みうなもさ、ここにおいでよ。一緒に吹こう?」
「え・・・」
「うちら朝と昼は大体ここにいるからさ」
「・・・いいんですか?」
「はぁ?あんた何言ってるの?いいに決まってるじゃん」
次の日から私の登校時間は1時間早くなった。
早起きは正直きついけど、屋上で吹く喜びにはかえられない。
- 41 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:33
-
・・・・・・・
- 42 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:35
-
「あ!やばいよ!もう10時だ!」 時計を見て取り乱すまいちゃん。
「あー。そろそろ行かなきゃねー」 既にまったりモードのあさみちゃん。
「それじゃあそろそろ出ますか」 私も鞄を持って席を立つ。
背中越しにあまり心がこもっていない感謝の言葉を聞きながら、自動ドアを出る。
まいちゃんはすっかりあわてているけれど、まだ目的のお店の開店1時間前。
茶色いドアの前に並んでいる人の数はどう多く見積もっても30人程度。
「もー。ちょっとは落ち着きなよ」
自分の前にいる人の数を数えようと、列に入ってからも身を乗り出すまいちゃんに
あさみちゃんは呆れ顔。
本当にこの人たちはおもしろい。一緒にいて飽きることがない。
- 43 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:36
-
「おい、お前ら。こんなところで何やってんだ」
背後から投げつけられた中年男性の声により、私たちの夢の時間は
終わりを告げた。
声をかけてきたのは風炉学院が誇るオルガニストの和田さん。
今年卒業したソニンさんの紹介でやってきた。どういう知り合いかは未だ謎。
国内にパイプオルガンが弾ける人は少ないから、大変多忙な毎日を送っている
とのことで、週に2回、それも朝の礼拝の時間だけやってくる非常勤職員。
っていうか、多忙ならなんでこんなところに並んでいるんだ。
- 44 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:37
-
和田さんに連れられて、学校に戻る。ここから先は現実世界。
教員室、院長室、教員室と散々たらいまわしにされ、その度に長いお説教をされた。
校則というものは学校の秩序を守るための最低限のルールであって・・・
・・高校生にもなって買い食いのために外出なんて・・・・いつもいつも
おまえらは下らないことで・・・・今回は反省文じゃすませられない・・・
・・自分で自分を律せないでどうする・・・・・いい加減しっかりしないと
卒業してから困るのは自分なんだぞ・・・・
先生たちが言ったことは分かりきったことばかりだったけれど
どれもそれなりに説得力のあるものだった。
- 45 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:38
-
先生の剣幕だと、これは本当に反省文じゃすまないようだ。
部活のみんなに迷惑をかけることになるのは申し訳ない。
確かに校則を破るのはよくないこと。そんなこと分かってる。
悪いことを認識の上でするのはもっと悪い。それも分かってる。
でも私は後悔なんかしていない。
だって3人で外に出ていた時間は本当に楽しい時間だったから。
でも私はもうこんなことしない。
だって夢は一度見ればそれだけでもう十分だから。
- 46 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:38
-
- 47 名前: 午前八時の脱走計画 投稿日:2004/03/24(水) 02:39
-
- 48 名前: END 投稿日:2004/03/24(水) 02:39
-
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/24(水) 12:53
- このタイトルはもしかして…ですか?
- 50 名前: 対星 投稿日:2004/03/28(日) 01:25
- >>49
はい。そうです。よくお察しで。
2作目のタイトルからも分かるように、去年解散してしまった
某バンドの曲名からいただいてます。
レスありがとうございました。
- 51 名前: 投稿日:2004/03/28(日) 01:27
-
『あれぐらいの曲だったら練習しなくても余裕だよ』
あの子の一言は私の中の何かを一瞬にして壊した。
- 52 名前: 投稿日:2004/03/28(日) 01:28
-
For Escapers
- 53 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:29
-
あの子は知っているだろうか?私がずっと尊敬していたこと。
あの子は覚えているだろうか?私と初めて会ったときのこと。
知らないだろうし覚えてもいないだろうな。
私としても知っていて欲しくないし、覚えていて欲しくもない。
- 54 名前:For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:29
-
・・・・・・
- 55 名前:For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:30
-
小学生の頃、私はブラスバンドをやっていた。
楽器はもちろんトランペット。空に向かって吹く姿勢がかっこいいから。
私の通っていた小学校はクラブ活動が盛んなところで、ブラスバンド部も
いろいろなコンクールに出場していた。今から思い返してみるとけっこう
強かったようで、私が5年生のときは県の大会で上位入賞したりしていた。
私の小学校生活の思い出はいつもトランペットとともにある。
中学受験の準備のため夜は塾に通っていて、なかなか忙しかった。
常にトランペットかシャープペンシルを握っている生活は遊び盛りの身には
キツいものだった。けれどトランペットの練習を怠ったことはない。
どうしてもコンクールのメンバーに残っていたかったから。
みんなが勝利の喜びを分け合う瞬間を自分だけ遠いところから見ているなんて
屈辱以外のなにものでもなかった。
まさに身を削るような努力をしたおかげで、私の腕前はなかなかのもの
だった。そう思っていた。
- 56 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:32
- もうひとつ私の小学校生活を費やした中学受験の方も無事成功し、
第一志望だった風炉学院中等部に合格した。
受験とブラスバンド両方で結果を残せたことは大きな自信につながった。
自分はものすごく優秀な人間だ。その頃の私はそう信じて疑わなかった。
中学に入ってもトランペットはもちろん続けるつもりだった。
吹奏楽部がないのは残念だけれど、それならば管弦楽部に入ればよい。
偏差値の高い風炉学院には本格的に練習していた人はいないだろうから、
自分が入れば必ず一番になれるだろう。そう信じて疑わなかった。
あの頃の私の中で、私は常に一番だった。あの子たちに出会うまでは。
- 57 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:33
-
6月に入り中等部一年生の部活動入部受付が始まる日の朝、私は
管弦楽部部長の教室のドアを叩いた。
「あら、早いわね」
いきなり出てきた顔に少なからずびっくりしながらも、ここで引くのは
何となく不本意だったから、必要以上に勢いよく入部届けをつきつけた。
「あら、トランペット・・・」
保田さんというその人はなにやら言葉を失っている様子。まじまじと
見つめられ、あまり良い気はしない。
「はい。トランペットです。何か問題でも?」
トランペットだと何だっていうんだ。少しイラだちながらくってかかる。
「何か別の楽器にしない?トロンボーンとかどうかな?トランペットと
似てないこともないし」
は?似てねーよ。冗談は顔だけにしとけよ。このつり目は。
これから先輩になるという5つ年上のお姉さんを前に私は心の中で
毒づいていた。
- 58 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:34
-
「いや、トランペットがいいです。小学生の頃からやってたんで」
トロンボーンの良さを切々と語るつり目のしゃべりをさえぎって、
すっぱりはっきり言ってやった。ちょっと気持ち良い。
「うーん。どうしてもっていうんならそれでいいや。じゃあ早速だけど
今日の放課後中3Cの教室でトランペットパートが練習してるから。
放課後空いてたら顔出してみて」
つり目に粘り勝ち、トランペットパート入りと練習参加を勝ち取った。
でもなぁ。なんだかなぁ。
残念なことが一つ。今日はマイトランペットは家でお留守番している。
こんなことなら持ってくれば良かったなぁ。
貸してくれるのかもしれないけれど、他人の楽器なんて吹きたくない。
まぁいいや。今日はとりあえず見学ってことにしておこう。
腕前披露はまた今度。
今日はせいぜい今いる部員さんのお手並みを拝見しよう。でもどうせ
私ほど吹ける人はいないだろうけど。
- 59 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:36
-
今朝教えてもらった教室にいくと、あのときつり目の部長さんがしきりに
ほかの楽器を勧めていた理由が分かった。
上級生3人に新入生が4、5人。
4月に行われたコンサートをみる限り、この学校の管弦楽部の管楽器は
規模が小さい。20人もいなかっただろうか。
トランペット・トロンボーン・ホルンにフルート・クラリネット・オーボエ。
管楽器は全部で6つ。楽器1つあたりせいぜい4人いれば十分。
なのにこれだけ新入生が来ればそりゃ他の楽器に振り分けたくもなる。
定員が4人だとしていまいる部員が3人だから・・・。つまるところ
空いてる枠は一つ。まぁそこには当然この私がおさまることになるだろう。
- 60 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:37
-
これから先輩になるであろう現在の部員を今からチェック。
ショートカットのちっちゃいのが2人にポニーテールのおっきいのが1人。
ポニーテールだけが高校生だと見た目から勝手に想像していたのだけれど
3人の会話を聞いていると、下手すれば一番年下っぽい人が
どうやら一人だけ上の学年らしい。
なんか3人ともやたら笑っている。みんなすごく笑顔がかわいいから
それはそれでいいと思うのだけれど、こんなゆるい雰囲気で
ちゃんとトランペット吹けるの? ま、吹けるわけないか。
- 61 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:40
-
「練習はじめまーす」
一番上の学年っぽいショートカットが声をかける。
「今日はこんなに沢山の一年生が来てくれて、すごく嬉しいです。
みんなどうもありがとう。まぁみんなにはまず楽器にふれてみて
ほしいんだけど、今日はちょっとその前に、楽器の音を聴いてもらおうと
思います。じゃあ今から3人で吹きまーす」
楽器の音なんて毎日聴いてるよ。 そうツッコみたい気持ちはあったけれど
はじめに演奏してくれるのは好都合。さっそくお手並み拝見といきますか。
- 62 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:42
-
「せーの」
ちっちゃい高校生の合図で始まったのは『アイーダ凱旋行進曲』
有名な曲だし、コンクールで吹いたこともある。よく知っている。
・・・はずなんだけれど。なんでだろう?聴いたことがないように感じる。
パーパー パパパパッパッパッ パパパパーパパ パパパパパ
心を揺さぶるような強い音。特に大きい音をだしているとか独特の解釈を
しているとかいうわけではないのに。私が吹く『アイーダ』とはえらい違い。
私にはこんなに強い音出せない。
何でこんなにも違うのだろう?
何がこんなにも違うのだろう?
- 63 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:43
-
パーパパッ パーパパッ パーパパー
やっぱり音だ。音が違うんだ。
私のはみんなから外れないことだけを考えているトランペット。
譜面に書いてあるメロディーをただ追っていくだけの音色。
私のトランペットは彼女たちのそれの足下にも及ばない。
- 64 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:45
-
次の日の朝、私はまた保田さんの教室に向かった。
トロンボーンへの転向の意志を伝えると保田さんは目を輝かせて
喜んでくれた。でもそんな顔もやっぱり怖いかった。
- 65 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:46
-
「おはよー、ミキティ」
「あ。おはよう」
入部から2ヶ月後には初めあんなにいたトランペットの新入部員はいつのまにか
みんないなくなり、新歓ムードで浮き足立っていた管弦楽部も落ち着いた。
そして私たち新入生も全体練習に参加し、自分の楽器以外の
上級生ともしゃべるようになり、徐々にではあるが打ち解けていった。
なかでもトランペットのポニーテールまいちゃんはやたらフレンドリーで
人のことを『ミキティ』なんて名づけ勝手に呼び出す始末。
でもまぁかわいいし、いろんな人に覚えてもらえるからありがたかったり
するんだけれど。
この人は中2にして私が高校生だと勘違いしたほどの大人っぽい外見とは
ウラハラに、いつ見ても誰かとふざけあって笑っているようなそんな人。
持ち前の笑顔と明るい笑い声で吹奏楽部管楽器のムードメーカー的存在。
天然さんで思ったことをすぐ口に出す悪いくせも全てチャームポイント。
- 66 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:47
-
「はい。じゃあCのところから」
コンミスをつとめる部長のつり目こと保田さんの声で朝錬が始まる。
同時に隣の席のトランペットさんは普段は見せない真剣な顔になる。
Cのパラグラフにはトロンボーンの出番はない。トランペットもない。
だから私は気を抜いて昨日のバラエティを思い出してみたり
隣に座る同じトロンボーンのソニンさんの寝顔を眺めてみたり
好き勝手にすごしているのだけれど、まいちゃんは違う。
演奏を聞きながら譜面を目で追って、ときにはメモをつけたりしている。
- 67 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:50
-
私たちの所属している部活はブラスバンドでなく管弦楽部。
文字の上では『管』が先に来ているけれど与えられた譜面を読むと
『弦』の方に重点が置かれていることは明らか。
そして『管』のなかでも鋭い音色で曲の中に強い印象を残す金管楽器より
柔らかな音色で弦楽器と調和する木管楽器が優遇されている。
だから私たちの出番は曲の中でもほんのわずか。それもあまり良い
位置ではない。
ブラスバンド出身の私にとってそれは退屈でときに不満の種だった。
まいちゃんもブラスバンド出身。そしてかなりの実力者。
あれだけ力強い音が弦楽器の伴奏程度に使われるのはもったいない。
そのことに関してはまいちゃんも少なからず不満に思っているのだろうけれど
この人はそんな感情をおくびにも出さず、与えられたメロディーを
完璧にこなす。
- 68 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:50
-
こういうのがオーケストラの一員の正しいあり方なのだと思う。
それを自然にやってのけられる彼女だからこそ、あんな力強い
トランペットが吹けるのだ。
そんな姿勢は本当に素晴らしいものだとかんじる。
けれど私はそれをまねしようとは思わないし、まねできるとも思わない。
だって彼女は私なんかには届かないものすごく優秀な人間だから。
- 69 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:51
-
・・・・・・
- 70 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:53
-
まちがいなく、私はあの子を尊敬していた。
明るく愛すべきキャラクターやオーケストラに対する真面目な態度。
あの子は私にないものをいろいろ持っていて、尊敬せずにはいられなかった。
私があの子を買いかぶっていただけなのかもしれないけれど。
だからあんなこと、たとえ思っていたとしても絶対に口に出して欲しくなかった。
- 71 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:55
-
『あれぐらいの曲だったら練習しなくても余裕だよ』
まいちゃんのトランペットを聴いたことがある人で、今回の課題曲を知る人なら
誰でも、この言葉は当然のものだと思うことができるはずだ。
今回の曲の金管の出番はたった3小節。
それも木管のハーモニーの伴奏にちょこっと顔を出して終わる程度。
賛美歌を無理にホーンアンサンブルにアレンジして出番がなかった金管楽器に
とりあえず本来ならパーカッションがやるべき部分を与えた。
それがこのアレンジの正直なところだろう。
多少の差はあるが管弦楽部において金管楽器は所詮そんな存在。
いたらいたでありがたいけど、いなくなっても別に困らない。
だけどそんなこと認めたくなかった。
短くても目立たなくても自分の吹いているパートは大切な部分なんだって
そう信じたかった。
明らかに役不足な曲でも精一杯吹くまいちゃんの姿は私にそう信じさせてくれた。
なのに何だよ。
- 72 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:56
-
『ちょっと、今の何?練習しなくたって余裕ってどういうこと?
3小節だけだから?それとも簡単なフレーズだから?
オーケストラってそういうもんじゃないでしょ?バカにしないでよ』
久しぶりにキレてしまった。
あの子の言葉に悪意なんてなかったのは分かっている。
そんなに怒るほどのことじゃないことも分かっている。
でも自分で自分が抑えられなかった。
頭に血が上っているのが分かった。
目頭が熱くなっていくのが分かった。
このままここにいることはできない。そう思ってミーティングから逃げ出した。
- 73 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:57
-
目つきが悪いとはよく言われるけれど、自分ではわりと温厚だと思っている。
些細なことでムカつくことはあるけれど、別にそれを表には出さないし
争いごとは嫌いな方。キレることなんてめったにない。
だけど今回はどうしようもなかった。
あー。
いまさらながら自分のしたことが悔やまれる。
勝手にキレてまいちゃんに自分の感情を投げつけたあげく走って逃げる。
良識ある高校生の行動じゃないでしょ、これ。
- 74 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 01:58
-
みんな困ってるだろうなぁ。
柴ちゃんなんかあたふたして何も考えられなくなってるはず。
ミカちゃんはたぶん私の早口を聞き取れてない。
あさみちゃんは私がキレるところ初めて見てびっくりしているだろうな。
よっすぃーはきっとまだイラだってる。
梨華ちゃんはキャーキャービービー言ってるのかな。
ごっちんは・・・きっといつも通りだろうな。
なんだか地理教室に残してきた人たちの今の様子があまりにも
鮮やかに浮かんできて、ちょっと笑えた。
そろそろ私も冷静さを取り戻しつつあるようだ。
- 75 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:00
-
今私がいるのは校舎西側の非常階段。それも踊り場。阪神大震災後に
作られたこの階段は非常用にしてはやたら立派で踊り場も広い。
日当たりもよく授業をさぼって睡眠をむさぼるのには絶好の場所。
そしてここの一番のウリは邪魔が入らないこと。
生徒はおろか先生でさえここの入り方を知らない。
それにここは非常階段。下手に入ろうとすると警報機がなる。
この場所を教えてくれたソニンさんがそう言っていた。
ソニンさんがどうしてここの入り方を知っていたのかは謎なんだけど。
- 76 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:02
-
ソニンさんは今年卒業してしまったから、今この場所を知っているのは
私と亜弥ちゃんだけ。亜弥ちゃんには私が教えた。
亜弥ちゃんと出会ったのはかなり前。
亜弥ちゃんが中1で私が中2だったから、もう2年も前になる。
『ファゴットの新入生が入ってきたらしいよ』
そのときの中等部副部長だった柴っちゃんからそんな情報を貰ったときには
おかしな子が入ってきたもんだな、なんて思った。
だって楽器がファゴット。ブラスバンド部のコンクールで何度か
目にしたことはあるけれど、ひときわ目立つ長いボディが印象的な
その楽器は、私にはおかしなものにしか思えなかった。
だからそんな楽器を好き好んでやる人もきっとおかしな人に違いない、
そう思い込んでいた。
- 77 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:03
-
『ミキティ、今度入ったファゴットの子、一緒に見に行こうよ』
どうやらまいちゃんも私と同じ考えだったようで、私たちはその新入生の
教室を柴っちゃんから聞き出し、昼休みに会いに行った。
『松浦さん、います?』
1年生は上級生2人の訪問が珍しかったらしく、私たちと離れたところで
声を上げたりこちらをちらちら伺い見たりしていた。
制服を着崩し斜めに立つ、いかにも先輩といった風貌の私たちに
小学校を卒業して間もない彼女たちが驚くのも無理はない。
困ったことに、まいちゃんはそんな1年生の反応がおもしろかったらしく、
より怖く見えるように腰に手を当てたり意味なく視線を動かしたりしていた。
まったく、この人は。
- 78 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:05
-
『私ですけど』
出てきた少女は私と同じぐらいの背格好だっただろうか。
他の生徒の輪から外れ着席していた彼女は、立ち上がるとこちらに歩いてきた。
活舌のよい声と私たちを見るまっすぐな目がやけに大人びた印象を与える、
そんな1年生だった。
『どうしよう、ミキティ。私あんな怖い子とうまくやってけない』
これからよろしくね、とか何とか言って彼女の教室の前を離れると、
まいちゃんがそんな言葉を漏らした。
1年生らしくない物怖じしない彼女の態度はたしかに私たちに威圧感を
与えるものだった。まいちゃんがおびえるのも無理はない。
けれど私にはそんな部分は恐怖でなく興味の対象になった。
彼女はどんな子なのだろう。
どんなものが好きでどんなものが嫌いなのだろう。
休みの日はどういう風に過ごすのだろう。
興味は尽きなかった。私はとにかく彼女を知りたかった。
- 79 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:07
-
『新入部員の歓迎会やろうよ、歓迎会』
管弦楽部には1人しかいないファゴットは、練習もほとんどは1人。
そうなると同じ部に所属しているとは言ってもあまり接点はないわけで。
なんとかして彼女との接点を持ちたかった私は、そう呼びかけた。
お祭り好きなまいちゃんやよっすぃーはもちろんのってくれたし、
柴っちゃんもいいアイディアだね、なんて言ってくれた。
面倒くさいと言っていたごっちんもなんだかんだで協力してくれた。
日程を調整して、教室をおさえ、お菓子やジュースを用意する。
新入生が少しでもみんなと打ち解けられるように、ゲームもいろいろ考えた。
準備のかいあって、歓迎会は大成功・・・するはずだったんだけど。
- 80 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:08
-
『松浦亜弥です。よろしくお願いします』
この前と同じ、初々しさの感じられない彼女の挨拶に、私以外の上級生は
みんな一瞬にして引いてしまった。
彼女は終始この調子だった。何を聞かれても短く答えるだけで、全く笑わない。
その上もう一人の新入生、高橋愛ちゃんもどうもあまりしゃべらない。
主役の新入生がこれでは盛り上がるわけなんてないわけで。
なんだか気まずい感じだけを残して歓迎会は終了した。
今年の一年生は扱いづらいからあまり関わりたくない。
この歓迎会を通し、みんなはそう感じたようだったけれど私は違った。
普通でない彼女の態度に、彼女への興味はますます強くなった。
- 81 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:10
-
『亜弥ちゃんいるー?』
私は彼女の教室を日常的に訪ねるようになった。
そうでもしなければ彼女との接点はもてなかったから。
時間はだいたい昼休み。
『一緒にお弁当食べよう』
そう誘うと、もう食べ終わったと断られた。
『バレーボールしよう』
そう誘うと、昼食がまだだと断られた。
きっぱりと言い切るとりつく島のない彼女の態度にも私はめげなかった。
むしろ断られる度に次の機会へのモチベーションが上がった。
- 82 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:12
-
『また今日もファゴットちゃんとこ行くの?』
まいちゃんに呆れられるようになった頃には、私のアプローチが実りはじめた。
2日に1回は一緒にお弁当を食べるようになった。多少は会話も成立するように
なった。
でもやっぱり私が一人でしゃべっている時間が圧倒的に長かったし、
彼女が笑っているところは見たことがなかった。
6月25日うまれのかに座で血液型はB型。
好きな飲み物は紅茶で、最近は香りのよいシャンプーに凝っている。
休みの日はテニスをしたり買い物をしたりして過ごしているらしい。
彼女に関するデータは私の中にどんどん増えていったけれど
私が一番知りたいことは分からないままだった。
彼女はどんなことに笑い、どんなことに泣くのだろう。
- 83 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:15
-
彼女の喜怒哀楽がどうしても見たかった私はいろいろなことを試みた。
ある日は若手芸人のギャグをマネし、笑わせようとした。
ある日はサプライズガムを差し出し、驚かせようとした。
けれどそれらはすべて失敗した。
私がどんなことをしても彼女は表情一つ変えず受け流した。
『今日はちょっと違うとこ行かない?いい場所知ってるんだ』
いつもの多目的ホールが混んでいたから、そう提案した。
新たな行き先は非常階段。ソニンさんと私、オーボエパートの秘密の場所。
他の生徒にはあんまり教えないようにソニンさんから言われていたけれど
私はどうしても彼女をつれてそこに行きたかった。
だってその日はすごく天気がよかったから。
- 84 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:16
-
『気持ちいいですね』
日当たりのよいお気に入りの踊り場まで行くと、そう言って彼女は笑った。
緩んで少しだけ崩れたその顔はものすごくかわいくて、ものすごく幸せな
気分になったことをよく覚えている。
先輩、なんで笑ってるんですか? なんて彼女には言われたから、
きっとそのときの私はものすごくだらしのない顔をしていたのだと思う。
その日以来、徐々にではあるけれど、彼女は感情を出すようになっていった。
それにより、それまで知らなかった彼女の顔がどんどん出てきた。
完全主義で、気が強くて、大人っぽかったり、子供っぽかったり。
昼休みは新しい発見の連続で、毎日が楽しかった。
彼女の新しい一面を知るたびに、彼女に近づけたような気がして嬉しかった。
- 85 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:17
-
自分を出すようになった彼女と親友と呼べる関係を築くのに、
あまり時間はかからなかった。
彼女は私に対するのと同様、部活のみんなやクラスメイトにもだんだんと
心を開くようになり、友達も出来てきたようだった。
彼女が私以外の友達との出来事を話すことも多くなっていった。
それは少しばかり寂しかったけれど、楽しそうにしゃべる彼女を見るのは
嬉しいことだった。
夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が訪れると、避難階段で昼食をとることはなくなった。
秘密の場所での2人だけの時間はとても大切なものだったけれど、寒さには
勝てなかった。
- 86 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:18
-
もう長いこと私たちはここには来ていない。
2人だけの秘密の場所という舞台装置がなくても楽しい時間を共有できるように
なった私たちには、わざわざ教師や他の生徒に隠れてこの場所に侵入する必要は
ないから。
それでも、ここが私と彼女にとって大切な場所であることに変わりはない。
だからこそ、軽々しい気持ちでこの場所に来るのはためらわれた。
この場所を、ここに付随する思い出を、汚したくなかった。
それなのに。
- 87 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:20
-
今日はなぜだかどうしてもここにこずにはいられなかった。
わけもなく足が勝手にここまで走ってきた。
地理教室で行われたミーティングは、管弦楽部を活動停止にするためのものだった。
理由は私たち部員の素行不良。
きっかけとなったのはまいちゃんたちの無断外出らしいのだけれど、それ以外にも
原因があることはよく分かる。私たちはあまり真面目とはいえない生徒だから。
その件に関しては自分にも多少の非があることだし、仕方がないことだと思えた。
礼拝での演奏をひかえた私たちにとって活動停止はかなりいたいけれど、
再開後に休んでいた分だけ頑張れば良いだけのことだ。
- 88 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:21
-
けれど部としての練習を軽視するようなまいちゃんの言葉には我慢できなかった。
本心でないとは分かっていても、口にして欲しくない言葉だった。
気づいたときには高ぶった感情をそのまままいちゃんにぶつけていた。
気づいたときにはバツの悪さに耐えられなくて地理教室から逃げ出した。
最低だ。最悪だ。
まだみんなはあの場所にいるのだろうか。
いるのなら今から戻って謝りたい。このまま気まずいままいるのはイヤ。
けれどきっと私が謝れば謝るだけ気まずくなるだろう。目に見えている。
どうしたらいいのだろう。
- 89 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:22
-
「やっぱりここだった」
振り返った先には亜弥ちゃん。
「鞄持ってきてあげたよ。一緒に帰ろう」
音もなく近づいてくるのはやめようよ、とか
どうしてここにいることがわかったの、とか
言いたいことは沢山あったけれど、彼女のご機嫌な笑顔を前にして何も言えない。
「ね、行こ?」
差し出された手を繋いで階段を上がる。
真っ赤に染まった空が眩しい。夕日を反射した雲がすごくきれい。
「きれいだねー」
そう言って彼女は3年前と同じ顔をする。
- 90 名前: For Escapers 投稿日:2004/03/28(日) 02:25
-
どうして今まで気がつかなかったんだろう?
ここに来たことに理由がないわけがない。
私は彼女に見つけて欲しかったんだ。
彼女と2人きりで、この夕日を見たかったんだ。
- 91 名前: For Escaper 投稿日:2004/03/28(日) 02:25
-
- 92 名前: For Escaper 投稿日:2004/03/28(日) 02:26
-
- 93 名前: END 投稿日:2004/03/28(日) 02:26
-
- 94 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 23:12
-
梨華ちゃんなんて、大嫌いだ。
あの耳にまとわりつく高い声、ナヨっとした仕草、空気読めてない発言、
やたら女らしい趣味の悪い制服の着こなし、あげるとキリがない。
前はそこまで気にならなかったのに、最近はものすごく目につく。
もうとにかく梨華ちゃんのすべてが気に障る。
梨華ちゃんのすべてが気になってしょうがない。
- 95 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 23:12
-
It's not Easy
- 96 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:14
-
「おはよう」
「おはよう。ねぇよっちゃん、これ見て」
得意顔で見せられたのは靴下は淡いピンク色。ご丁寧にフリルまでついている。
この人のセンスには本当に頭が痛くなる。それに靴下は白って校則があるのに。
「これ、どうしたの?」
「昨日帰りに見つけたの。もう一目ボレ。3足も買っちゃった」
「いいんじゃない。小学生みたいで。あ、でもいまどき小学生でも履かないか、
そんなの悪趣味な靴下」
嬉しそうな顔が一瞬にして今にも泣き出しそうな顔に。眉毛はもちろん八の字。
私をひとにらみして背を向ける。
あー。もう。なんでいつもこういう言い方しかできないかな、私は。
いくら本当のことでもそのまま口に出しちゃマズいでしょ。
- 97 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:22
-
「柴ちゃーん」
「どうしたの?梨華ちゃん。そんな顔して」
「この靴下、よっちゃんが悪趣味だって」
「そう?かわいいと思うけど。よく似合ってるよ?」
「ほんと?」
柴っちゃんにはおてのもの。梨華ちゃんの気持ちなんてすぐに持ち直す。
私に言われた言葉なんてもう既に頭の中から消え去っているのだろう。
なんかムカつく。
「・・・それでね、中澤先生がね・・・」
「失礼しちゃうでしょ?でね・・・・」
「えー。本当に?」
部活の練習が始まる前のざわついた教室でも、梨華ちゃんの声はすぐわかる。
特別大きいとかそういうことはないのだけれど、なぜか耳に入ってくる。
柴っちゃんの声はあんまり聞き取れないから会話の内容とかは分からないけれど
声の調子や表情を見る限り、梨華ちゃんはものすごく楽しそう。
隣に柴っちゃんがいるんだから、当然か。
- 98 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:23
-
梨華ちゃんと柴っちゃんは管弦楽部が誇る仲良しコンビ。
柴っちゃんが副部長だとか、学年が違うとか、そんなことは2人には全く関係ない。
喜怒哀楽の表現がはげしい梨華ちゃんと、落ち着いてなだめる柴っちゃん。
2人は本当によくあってる。
それにしても梨華ちゃんうれしそうだな。
私としゃべってるときは絶対にあんな顔しないくせに。
なんかムカつく。
「サーブいくよー」
こんなときは運動でストレス解消するに限る。
窓越しに中3のバレーボールの授業が見えたときにはもうすでに足は
校庭に向かっていた。
退屈な古文の授業もムカつく梨華ちゃんも、どっか行け!
懇親の力を込めて打ち込んだアタックは直線的なラインを描いて
相手コート右隅に突き刺さった。
「ナーイス!よっすぃー」
「ありがとーう」
セッターの辻とハイタッチ。
うーん。やっぱりコイツの上げるトスは打ちやすい。
- 99 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:25
-
「ちょっとよっちゃん!」
教室に戻るなり梨華ちゃんが駆け寄ってくる。声を張り上げて眉間に
しわを寄せながら。何で私としゃべるときはいつもこんな顔するかな。
柴っちゃんといるときには絶対にしないのに。
何かムカつく。
「なんか用?」
「よっちゃんまた古文さぼったでしょ。先生怒ってたよ」
「あー、その話か」
「先週サボって怒られたばっかりじゃない。」
「あー。そういえば先週さぼったのも古文だったっけ。数学にしときゃ良かった」
「そういう問題じゃないでしょう。少しは反省しなさいよ。だいたい
よっちゃんはいつもいつも・・・」
いつも耳障りな梨華ちゃんの声だけど、今日はいつも以上にムカつく。
キャーキャーびーびーうるさくてたまらない。
- 100 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:28
-
「私がどこで何しようと梨華ちゃんには関係ないじゃん」
「関係なくなんてないわよ。よっちゃんが何かするたびに柴ちゃんまで
呼び出されて迷惑するんだから」
「で、柴っちゃんの金魚のフンをしてる梨華ちゃんに迷惑がかかる、
というわけだ。そりゃほんと申し訳ございませんでした」
梨華ちゃんの眉毛の端が音をたて下がってゆく。
目に涙がたまってゆく。下まぶたは洪水寸前。
あ
今まで耐えていた堤防もこの水量の多さには耐えきれなかった。
梨華ちゃんの目から大粒の涙が落ちる。
それと同時に梨華ちゃんは私に背を向けて走り去る。
あーあ。またやっちゃったよ。
まず梨華ちゃんが私に話しかけ、会話の中で私が発した一言で梨華ちゃんが
泣きそうになって私から逃げていく。これは私たちのいつものパターン。
でも本当に泣いてしまったのは初めて。
ああ見えてけっこう芯の強い梨華ちゃんはなかなか泣かない。
金魚のフンだなんて、ちょっと言い過ぎたかなぁ。
ここはひとつ、謝っておかないと。
- 101 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:29
-
5時間目の数学が終わるとともに私は席を立って梨華ちゃんのところへ。
謝るのなら早い方がよい。
「あのさ、さっきは・・・」
「ごっちーん。さっきの問3の解答、うつさせて」
私の言葉をさえぎって梨華ちゃんはごっちんのもとへ。
こりゃやばい。すっごく怒ってる。
その日の放課後から次の日にかけて、私は何度も梨華ちゃんに謝ろうとした。
けれどもそのたびに無視された。それどころかあの日以来、目すら
あわせてもらえない。
せっかくこっちから謝ろうと思っているのに。
なんかムカつく。
- 102 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:32
-
バレーボールをしていてもお弁当のベーグルを食べていてもどうも楽しくない。
こんなときは家でゲームでもするに限る。
はぁーあ。学校なんて早く終わっちゃえばいいのに。
あいにくと今はまだ礼拝が終わったばかり。授業を6時間受けて部活に出て。
まだ当分帰れない。
なんか楽しいことないかなぁ。
「吉澤さん、いますか?」
机につっぷしていた私を呼び出したのは見たことのない女の子。たぶん中学生。
けっこうかわいい。
こういう状況だと考えられるパターンはただひとつ。
「あの、今日の昼休み、中庭に来てくれませんか?」
ほらね。やっぱり。
待っていたかいあって、とびっきり楽しい出来事が空から降ってきた。
そんな気がしていた。
- 103 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:34
-
昼休みになると同時に中庭に行きたかったのだけれど、こちらの浮き足立った
気持ちを悟られるのはかっこ悪いから、15分経つのを待って中庭に向かう。
月に1度あるかないか程度の頻度で降ってくるこのイベントは、退屈な学生生活の
清涼剤。だからそれをより楽しむための努力は怠らない。
やっぱりあの子はもう来ていた。
こういうのは雰囲気が大切。待たせてあげるのもひとつの思いやり。
「待った?」 王子様はさっそうと登場。
「いえ、全然」 お決まりの会話が気分を盛り上げる。
「で、用って何?」
「あの、私、前からずっと吉澤さんに憧れてたんです」
コクられるのは嫌いじゃない。いや、むしろ大好き。
誰かに特別な好意をもたれているという感覚はなんだかくすぐったくて
とても気持ちがいい。
私には相手の気持ちに応える気なんてさらさらないし、相手もそんなこと
はじめから期待していない。
互いにそういう暗黙の了解があるからこそこのイベントが純粋に楽しめる。
- 104 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:35
-
「バレーボールしてるところとか、フルート吹いてるところとか、
すごくかっこよくて・・・」
いいよ。いいよ。すごくいい感じ。
もっと言って。もっと褒めて。
バサッ
静寂に包まれたうららかな春の日が差し込む中庭での美しい告白風景。
私とこの子が作り上げた完璧な世界を一瞬で崩す、生活感あふれる音。
なんだよ、まったく。せっかくいいところだったのに。
どこのどいつだよ。人の楽しみ邪魔しやがって。
「・・・・梨華ちゃん?」
「ごめんなさい!続けて!」
落としたプリントの束を大慌てでまとめると、梨華ちゃんは走り去る。
でもなぁ。続けてって言われてもなぁ。
一度崩れたムードを立て直すことは容易ではなく、私たちは微妙なかんじで
それぞれの教室に戻っていった。
- 105 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:37
-
梨華ちゃん、びっくりした顔してたなぁ。
あの状況見て、どう思ったんだろう。
久しぶりに見た梨華ちゃんの顔は5,6時間目や部活の時間まで私の頭に
こびりついていた。
それどころか週末の休みに入ってまでまぶたの裏側にうつしだされた。
おかげでこの土日はちっとも楽しめなかった。
なんかムカつく。
- 106 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:39
-
落ち着かない感情は鬱積することにより攻撃する対象を求める。
どこかで誰かに聞いたこの話はどうやら本当のようだ。
練習をサボるトランペットパートのあさみちゃんたち。
寝てばかりで人の話を聞いていないごっちん。
だらしなく口をあけている麻琴。
イラ立っているのは自分でもよくわかったけれど、どうしようもなかった。
自分の攻撃的な態度が周囲の雰囲気を悪くしているのが分かった。
そのことで自己嫌悪に陥り、よけいにいら立つという悪循環は断てなかった。
私の置かれている状況はどんどん悪くなった。
こうなったのも全部梨華ちゃんのせいだ。
本当にムカつく。
- 107 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:41
-
私の気持ちはなんでこんなにも梨華ちゃんに支配されなきゃいけないのだろう。
梨華ちゃんのすべてが気になる。気になって気になってしょうがない。
梨華ちゃんのことを考えずにはいられない。
梨華ちゃんのせいでもう何も手につかない。
梨華ちゃんなんて、大嫌いだ。
もう大好きすぎて、大嫌いだ。
- 108 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:42
-
- 109 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:43
-
- 110 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:44
-
「よろしくね」
せっかくの昼休みに呼び出されたと思えば単なる雑用。日直でもないのに。
ったく。やってらんないわよ。優等生も楽じゃないわ。
北館1階の教員室から南館4階の教室まではけっこう距離がある。
しかもこの大荷物。こういうときはエレベーターを使うに限る。
生徒使用禁止だけど今日は仕方ない。
南館のエレベーターまでは校舎内を歩くより、中庭を突っ切った方が
はるかに近い。
そんなこんなで珍しく足を踏み入れた中庭で、私はあの場面に遭遇した。
- 111 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:47
-
「いえ、全然」
なんか声がする。人がいるみたい。
日当たりが悪く湿っぽい中庭はあまり人気がなく、生徒はほとんど来ない。
ここに人がいるのを初めて見た。
「・・・ずっと憧れてました」
ん?これってもしかして・・・。やばいな。
まずいとこに来ちゃったみたい。ここは邪魔しないように隠れて通ろう。
「バレーボールしてるところとか、フルート吹いてるところとか、
すごくかっこよくて、ずっと遠くから見てました」
ん?バレーにフルート・・・。
今コクられてるのって、もしかして・・・よっちゃん?
バサッ
私の落としたプリントが散らばる音で振り返ったよっちゃんと目があう。
久々にちゃんと見たよっちゃんの顔はすごくきれいで、知らない人みたいだった。
- 112 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:51
-
あれからどうやって教室まで戻ったのか全く思い出せないけれど
担任に渡されたプリントがちゃんと配られていたところを見ると、
きっと私はちゃんとうまくあの場を切り抜けられたのだと思う。
実際にこの目で告白シーンをみたのは初めてだけど、よっちゃんが
もてるのは知っている。
顔は整ってるし背は高い。これだけで女子校で人気が出るには十分なのに
その上スポーツは万能だし静かにフルートを奏でるという意外な一面もあり、
もう完璧にうちの学校のプリンス。それによっちゃんはすごく優しい。
私にはいじわるだけど。
- 113 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:51
-
今日の子、かわいかったなぁ。
すごくいい雰囲気だったし。
よっちゃん、OKしちゃうのかなぁ。
なんだかもやもやした気持ちと目に焼きついたあのときのよっちゃんの顔は
その日帰宅してからも消えることはなく、それどころか時間の経過とともに
色濃くなっていく一方だった。
なんだろう。この気持ち。
週末の2日間考えても解けなかったこの疑問。
柴ちゃんならきれいに答えを出してくれるような気がして、月曜日の放課後
ずっと教室で待っていたのに柴ちゃんは来てくれなかった。
普段はこんなことないのに。
なによ、もう。柴ちゃんったら。こんなときに限って。
- 114 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 23:58
-
「柴ちゃん、遅―いっ。
昨日柴ちゃんがいなくなっちゃったから、私一人で練習してたんだから」
どうしても昨日黙って先に帰ったことについて柴ちゃんに文句を言いたくて
教室でまちぶせ。そのために今日はわざわざいつもより10分早く家を出た。
「へぇ。練習してたんだ。偉いね」
いつもと同じ笑顔で柴ちゃんはこたえる。こうして普通にかえされると
よけいに気にさわる。
「偉いね、じゃないでしょ!昨日は練習付き合ってくれるって約束してた
でしょ?もしかして柴ちゃん、忘れてたの?」
「ごめん」
柴ちゃんは申し訳なさそうに目を伏せる。これがいつものパターン。
きっと実際に反省もしているのだろうけれど、こうすれば私は機嫌を直すと
柴ちゃんが思っていることは分かっている。それがイヤ。
- 115 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:00
-
「私をほっといて昨日はどこ行ってたのよ?」
こうなったら約束をすっぽかした理由まで問い詰めることにしよう。
ここまでするつもりはなかったのだけれど。
「ちょっと昨日は勉強を教わりに行ってまして」
うちの学校は大学付属。よほどのことがない限り進学はできる。
柴ちゃんは成績もいいのだし、塾なんて行く必要はない。
「え?何それ?柴ちゃん塾なんて行ってたっけ?」
「いや、塾じゃなく。知り合いのお姉さんに数学を教えてもらうことになって」
つまり家庭教師ってことですか。それならよけいに必要ない。
「ふーん。それで?」
「それで?って言われても・・・」
「その人、どういう人なのよ?」
柴ちゃんがうろたえているのが分かる。こうなったらとことん問い詰めてやろう。
昨日私にまちぼうけをくらわせた罰だ。
- 116 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:01
-
「従姉が上京してきたって言ったじゃない?ほら、波浪大の。
その子の知り合いの人」
「ふーん」
「ほら、もう時間だよ。練習いこ?」
柴ちゃんは納得しない私との会話を無理やり切って、話題を逸らした。
そっか。そういうことか。
柴ちゃんに彼氏ができた。
ちょっと前にあさみちゃんが言っていたあの話はどうやら本当だったみたい。
なんだ。そうだったのか。
そりゃ、私との約束なんて忘れちゃうよね。
ん? なんかおかしくない?
柴ちゃんに彼氏ができたというのに私は何も感じていない。
あれだけ長いこと一緒にいて、一番の存在だと思っていたのに。
よっちゃんが知らない中学生に告白されてるのを見たのには、それだけで
こんなに動揺しているのに。
なんでだろう。
金曜日の昼に芽生えたもやもやした気持ちはまだ消えてくれない。
- 117 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:03
-
朝錬の会場である地理教室に行くと、もうすでにほとんどの部員が集っていた。
少なくはない人数の中でもあたま一つ分高いところにある、ひときわ明るい髪は
すぐに見つかる。
まこっちゃんと話しているよっちゃんはまったくいつも通り。
こっちはこんなにも動揺しているっていうのに。
「じゃあ今日は1編の210番やります。みんな開いてー」
「んじゃあアタマからいくよ―」
管楽器責任者の柴ちゃんとコンサートミストレスのごっちんの仕切りで練習開始。
・・・のはずだったのだけれど。
- 118 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:05
-
「ちょっと待ってください」
「んあ? 紺野、どしたのー?」
「あの、里田さんたちがいないんですけど」
今日は全体練習の初日。まさかとは思ったけれどやっぱり忘れてる人がいた。
「まいちゃん、また遅刻かー」
「よっちゃんだっていつも遅刻してるじゃない」
よっちゃんの声に思わずいつものように横から口をはさむ。
「練習には遅れませんよーだ」
よっちゃんもいつものように憎まれ口でかえす。
なんか懐かしいな。こういうの。
ただこれだけの会話だったのに、久しぶりによっちゃんとしゃべれたのが
すごく嬉しくて、今日の練習はすごく楽しかった。
他のみんなは欠席者がいたことが不満だったみたいだけど。
- 119 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:05
-
きっかけができるとあとはもう簡単で、あれだけ長く絶交状態だった私たちも
その日のうちに今まで通りに普通にしゃべれるようになった。
そもそも発端は私が些細なことで泣き出してしまったこと。
よっちゃんはなんだかんだいって優しいから、きっとすごく気にしていたのだろう。
悪いことしちゃったな。
- 120 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:05
-
- 121 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:07
-
「・・・で、中澤先生は罰則は活停3日にしてほしいってことなんだけど」
昼休み、いつになく沈んだ顔をしてやってきた柴ちゃんが告げた緊急ミーティング。
どうしたことかと思ってやってきたら、これですか。
どうやら今日の朝、あさみちゃんたちトランペットの3人の無断外出がばれたらしい。
無断外出は校則違反。連帯責任で管弦楽部としても罰則を受けなければいけない。
普段もあまり先生うけが良くない私たちは、厳しい罰則を選択しなければいけないらしい。
来週礼拝での演奏を控えているから今の時期の活動停止はつらい。
でもまぁおきてしまったことはしょうがない。
そういうかんじでミーティングは活動停止3日の罰則措置を選択する方向で終了。
よっちゃんはなんだかまだ怒っているみたいだけど。
- 122 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:08
-
「よっちゃーん。一緒に帰ろう」
「柴っちゃんは?」
「あー、なんかミーティングの報告に行くとかで教員室にいったよ」
「待っててあげなくていいの?」
「いいって別に。それに私がいつも柴っちゃんといると思ったら大間違いなんだから」
いつもならなにかツッコんでくるよっちゃんが黙ったまま。
「よっちゃん?どうしたの?」
「・・・あのさぁ、こないだはごめんね。なんかひどいこと言っちゃって」
いつになく小さい声でぼそぼそしゃべるよっちゃん。なんかかわいい。
「そんなのいいよ。全然気にしてないから」
「・・・ありがと」
- 123 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:09
-
今日の夕日はすごくいい色で、このまま地下鉄に乗って帰ってしまうのは
なんだかすごくもったいないような気がした。
「ねぇ、よっちゃん。アイス食べに行かない?」
「今日の朝あさみちゃんたちが行こうとしたとこ?」
「そう、それ!」
「いいね!行こう!」
学校から少し歩いたところにあるその店の中は案の定うちの学校の生徒で
混みあっていたけれど、人気者のよっちゃんのおかげで私たちはすぐに
お目当てのアイスクリームを手にすることができた。
でもやっぱり店内のスペースを譲ってもらうことまではできなくて、
私たちは歩きながらアイスを食べる。これはこれですごく楽しい。
- 124 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:11
-
「あのさぁ、こないだの子、どうなった?」
思い切って本人に聞いてみる。
こういうことはあんまり口に出すべきじゃないとは思うのだけど、このままだと
いつまでたってもこのもやもやした気持ちは消えてくれない。
「こないだの子って?」
「あの子だよ、あの子!中庭でよっちゃんに告白してた」
「あー。あれか。別にどうもしないけど」
ひょうひょうとした顔でさらっと言ってのけるよっちゃんに無性に腹が立つ。
「何よそれ!?ひどいじゃない」
「は?」
「誠意がないって言ってんの!ちゃんと返事してあげなさいよ!」
「返事しないってことはダメだって意思表示だってことぐらいわかるでしょ」
何なのよ、その態度。あー。もう完璧に頭にきた。
- 125 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:12
-
「だからそれが不誠実だって言ってるんじゃない!」
「何で梨華ちゃんにそんなこと言われなきゃいけないの!?関係ないじゃん」
「関係なくないわよ!金曜日からずっと気になってしょうがなかったんだから!
関係ないなんて言わないでよ!」
「気にしてくれなんて頼んだ覚えないんですけど!」
「しょうがないじゃない!頼まれなくても気になるんだから!」
「気になるなんてそんな簡単に言わないでよ!私のことなんて、好きじゃない
くせに!私の気持ちなんて、何も知らないくせに!」
通りかかる人がびっくりするほどの声で言い放つと、よっちゃんは駅とは反対の
方向に早足で歩いていった。よっちゃんの目には明らかに涙が浮かんでいた。
何なのよ、その態度。どういう意味よ。
- 126 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:13
-
よっちゃんのことが好きじゃないわけない。
そりゃたまにいじわるされて嫌なときもあるけど、よっちゃんとしゃべれなかった
1週間は1週間とは思えないほど長かった。
それによっちゃんが本当は優しいのだって知ってる。
よっちゃんのいいところはバレーとかフルートとかそんなのばかりじゃない。
みんながサボってるポインセチアの世話をきちんとやってる真面目なとことか
1時間まちがえて学校に来ちゃったりする間抜けなところ
ひそかにベルマークを集めているみみっちいところ。
みんなが知ってる『かっこいいよっすぃー』なんかじゃないよっちゃんのいいところ、
私が一番知ってるんだから。
あんな中学生なんかに負けるもんですか。
- 127 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:14
-
ん?
何なのよ? 勝つとか負けるとか。
そっか。そういうことか。
ここ最近のもやもやした気持ちの正体がようやく分かった。
こうなったら行くしかない。
この辺はけっこう都心だからいろんな交通手段がある。いつも使っている駅とは
反対方向に歩いていったよっちゃんがどうやって帰るのかはわからない。
でもきっとよっちゃんは引き返して来ていつもの経路で帰る。
ここで待っていたら必ず来てくれる。
見慣れた制服がいくつも通り過ぎていく間に、夕日は隠れてしまった。
ビジネススーツの群が視界に映る頃にはやせた半月が顔を出していた。
よっちゃんはきっと来てくれる。
どれだけ待っていても、私の確信は揺らぐことがなかった。
- 128 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:15
-
「何してんの?」
かるく肩に何かがふれたような感じがして振り返ると、よっちゃんがいた。
「待ってたの」
私より少し高い位置にある顔は斜め下を向いていて、表情は読みとれない。
「誰を?」
「よっちゃんに決まってるじゃない」
言わせないでよ。どうせ分かってるんでしょ。
「待っててなんて頼んだ覚えないんですけど」
「しょうがないじゃない。頼まれてなくても待ちたかったんだから」
ため息をひとつ吐いて、よっちゃんはまたしても私に背を向ける。
私はあわててその手首をつかむ。今度はどこにも行ってほしくなかったから。
- 129 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:17
-
「ねぇ、こっち向いてよ」
よっちゃんは珍しく素直に私の言葉にしたがう。
振り向いても伏せたままの顔から感情をうかがい知ることはできない。
「よっちゃん、間違ってるよ。私がよっちゃんのこと、好きじゃないわけないじゃない。
たしかによっちゃんの気持ちは分かってないかもしれないけど、
よっちゃんだって私の気持ち、全然分かってないじゃない」
「・・・」
今までずっと黙って私の言うことをただ聞いていたよっちゃんが口を開いた。
けれど自信なさげなか弱い声は音にならない。
「なに?」
「・・・だよ」
「は? 聞こえない」
「だから、私は梨華ちゃんのことが好きだよ、って言ったの!この鈍感女!」
- 130 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:18
-
顔を上げて今までとは別人のような声で言い放ったよっちゃんはまた身体の向きを
変えようとした。私はさっきから握ったままの右手に力を込める。
「行かないで。私の話もちゃんと聞いて」
すらりと伸びた背中にしゃべりかける。
「鈍感はおあいこじゃない。私だってよっちゃんのことが好きだったんだから」
背中は何もしゃべってくれない。私だけにしゃべらせるなんてずるいよ。
それがどうしても許せなくて抱きついてみる。
もうどれだけこの体勢でいるだろう。
熱くなった頭でふとそんなことを考えていると回した両手に手が添えられたのを感じた。
ゆっくりとよっちゃんが向きを変え、私たちは抱き合うような形になる。
よっちゃんが私の背中に腕を回す。
より近づいた身体はすごくあったかい。
こうしていると体温と一緒に気持ちも伝わってくるような気がする。
そっか。はじめからこうしとけばよかったんだ。
- 131 名前: It's not Easy ・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:19
-
そろそろ行こう、というよっちゃんの言葉で、私たちは駅に向かう。
私はもうちょっとあのままでいたかったのだけど。
よっちゃんと別れ、家に帰ってからも腕に残った暖かい感触は消えなかった。
次の日の朝、教室であったよっちゃんはいつものように優しくて、そして
ちょっぴりいじわるだった。
でもそんなところが私はやっぱり大好きだと思ったけれど、口に出すとまた
キショいとか言われそうだから、心の中にしまっておいた。
- 132 名前:・・・・・・ 投稿日:2004/04/01(木) 00:19
-
- 133 名前:・・・It's so Easy. 投稿日:2004/04/01(木) 00:20
-
- 134 名前: END 投稿日:2004/04/01(木) 00:20
-
- 135 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/01(木) 19:52
- 長文の…少し突っ込んだ感想とか大丈夫でしょうか?
- 136 名前: 対星 投稿日:2004/04/02(金) 00:13
- >>135 名無し読者さま
レスありがとうございます。
長文の感想、大歓迎です。大喜びいたします。
- 137 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/02(金) 01:00
- では、いかせて頂きます。
現在
社会人 稲葉
先生 中澤、石井
卒業生 保田、ソニン
大3 村田
大1 斎藤、大谷(両者一浪)
高3 里田、あさみ、市井?(部長)、柴田(副)
高2 藤本、吉澤、石川、後藤
高1 松浦、みうな、高橋
? 辻、小川、紺野、亀井
中1 新垣
で、合ってますでしょうか?整理して頂けると、より楽しめます。
特に市井と柴田の関係は、少なくとも一個違いと思うんですが、引継ぎの件で自信が持てません。
細かい事で申し訳無いです。
- 138 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/02(金) 01:01
- 校舎、及びそこから広がって行く学生達の街、その情景がとても綺麗で好きです。
この短編集から読み始めた自分としては、>>10の柴田は映像表現的…突然挿し込まれたイメージの様で
解り難く戸惑いましたが、『午前八時の脱走計画』を読み進めて行くだけで自然とハマる、良い場面だったと思います。
本スレに置いた方が解り易かった、と思うのは更新日時から察すると結果論ですね。
キャラクターでは特に、高校生というリアル感を全面に出した、美少女日記時代の様な松浦と
空気読めないけどお姉さん気質な石川がお気に入りです。
こだわりに溢れる部活動の描写も楽しませて頂いております。
一人称で個性を書き分ける事は、難易度の高い技で苦労も多いと思いますが、頑張って下さい。
以上、場所取り過ぎの感想、失礼致しました。これからも期待させて頂きます。
- 139 名前: 対星 投稿日:2004/04/03(土) 00:08
- >>137 名無し読者さま
学年設定はそのままでは支障があるのでけっこういじっています。
説明が不足していて申し訳ないです。
OG1:83年生まれ 市井・ソニン
Sr.3:84年生まれ 柴田・木村・里田・ミカ
Sr.2:85年生まれ 後藤・吉澤・石川・藤本
Sr.1:86年度生まれ 松浦・高橋・斎藤
Jr.3:87年度生まれ 小川・紺野・辻
Jr.2:88年度生まれ 新垣
こっちのスレッドに出てきた人の年齢設定はこんなかんじです。
ちなみに雪板本スレ2〜53は前の年度の話ですので、みなさんその頃から
1つ学年が上がっていたりもします。
これから出てくる人は以上から推測していただければ、と思います。
わかりにくくてごめんなさい。
- 140 名前: 対星 投稿日:2004/04/03(土) 00:18
- レスのお礼のつづきです。
>>138 名無し読者さま
本当にいただけた長文のレスに大喜びいたしました。
身に余るお褒めの言葉の数々、どうもありがとうございます。恐縮です。
まだまだ力不足で見苦しい点も多いと思いますが、努力していくつもりですので
これからもお付き合いいただければ幸いです。
>本スレに置いた方が解り易かった
ご指摘の通りです。当初、こちらのスレッドに掲載するものはすべて
雪板の本編の終了後、残った容量を使って掲載するつもりでした。
しかし少し思うところがありまして、あちらと同時進行で掲載する
というかたちをとらせていただきました。
- 141 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/03(土) 14:33
- 納得です。市井ちゃんはこちらの読みが甘かったようでした(←アフォ
これからも楽しみに待たせて頂きますです。
- 142 名前: 対星 投稿日:2004/04/13(火) 01:00
- >>141 名無し読者さま
本当にわかりにくい設定ですみません。
こんなスレッドですがこれからものぞいてくださると嬉しいです。
レスありがとうございました。
- 143 名前: 投稿日:2004/04/13(火) 01:03
-
RALLY
- 144 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:05
-
プーーーーーー
パォーーーーン
「・・・せーのっ」
タータタータタタタータタッタッタッタ
後藤さんの合図で始まった曲の最初はフルート・クラリネット・オーボエの
木管3楽器によるアンサンブル。
タータタータタタタータターター
3小節目にホルンが入ってうちの部にいる木管楽器が勢ぞろい。
曲調は大して変わらないのにファゴットが1本加わるだけで随分印象が変わる。
やっぱり亜弥ちゃんはうまい。
- 145 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:09
-
タータタータータータタターター
転調したところでホルンが加わる。
今日の演奏はいつになくいい感じ。こんな中に一人で入っていくのはけっこう
勇気がいる。しかも金管のホルンは木管よりそうとう音が大きい。私一人で
演奏を崩してしまうことは十分考えられる。
パーパパーパーパパパパパ
うん。いいかんじ。うまい具合に入れた。
礼拝での演奏は管楽器だけだから指揮者はたたないのがうちの学校の慣例。
だから礼拝はコンサート以上に集中して吹かなければいけない。
パパパパパーパー
ボボボボボボボボ
曲がラストに近づいて盛り上がってきたところでトランペットとトロンボーンが
入る。これで管弦楽部の管楽器が全員集合。
- 146 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:10
-
タータタタータタター
はぁ。終わった。
「愛ちゃん!」
さっきまで均一な制服でかっちり埋められていた座席側はもう空っぽになり、
静寂に包まれた講堂に小さくなっていく余韻の中、張りつめた空気を最初に破って
麻琴が振り返った。
「今日のうちら、すごくなかった?」
イスに座りつつも上半身を捻ってこちらを向く麻琴の目はきらきら輝いている。
私たちの座っているイスは講堂の舞台上に放射線状に並んでいる。
木管で演奏の中心となるフルートを担当する麻琴は一番内側の列の右端。
金管のホルンを担当する私は外側の列の同じく右端。
私たちの距離は近そうでいるけどけっこう遠い。
- 147 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:13
-
「ねー!なんかすごかったよね?すごかったよね?」
麻琴のあまりの勢いに私たちのあいだに座っている里沙ちゃんが引いているのが
後ろから見ていてもわかる。もういい加減、先輩らしくしようよ。
ガターーーン
そんなにのりだすとあぶないよ、なんて注意しようと思った頃にはもうすでに
麻琴の身体はこの前習ったコサインカーブのようなきれいな曲線を描いていた。
大丈夫かな。頭から落ちたように見えたけど。
講堂中に響き渡った大きな音に、心配になる。
「あはははは」
ダメだったか。どうやら打ち所が良くなかったみたい。
麻琴はだらしなく口をあけてニヤニヤと笑っている。
あ、これ、いつものことか。
「麻琴、だいじょぶ?」
「大丈夫です。全然全く。心配してくれてありがとうございます」
「いや、アンタじゃなく、楽器が」
「えー!?そっちですかー?」
吉澤さんとの会話にヘラヘラ笑ういつもの顔に安心する。
まったくもう。無邪気なんだか、なんなんだか。
- 148 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:16
-
確かに今日の私たちの演奏は本当に素晴らしかった。
生徒入場の奏楽と賛美歌斉唱の伴奏で吹いた1編210番と
生徒退場の奏楽で吹いた2編156番、そのどちらも完璧といえる出来だった。
木管のつくる美しいメロディーに金管が厚みを加えて、最高のハーモニーが
出来たと思う。麻琴が興奮するのも無理はない。
アットホームな雰囲気が自慢の私たちにはめずらしく、管弦楽部管楽器パート
には最近ちょっといろいろあった。
コンサートが終わってからどうも全体的にだらけたかんじになっていたし、
管楽器のムードメーカー的存在の吉澤さんはなんだか妙にいら立っていた。
トランペットの3人の無断外出がきっかけで活動停止の処分を受けたり、
普段は見かけによらず温厚な藤本さんがミーティングの最中に急に怒り出したり。
いつになく険悪な雰囲気のまま活動停止の期間に入ることになってしまった。
そのうえ礼拝での演奏は間近に迫っていた。
- 149 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:18
-
管楽器のトップである副部長の柴田さんは私が見てもわかるほどうろたえていたし
コンサートミストレスの後藤さんは周りのことなんて意に介していないように見えた。
こんなんでちゃんと演奏できるのだろうか。とにかく不安だった。
けれどいざ練習が再開されてみると全てが信じられないほどうまくいった。
それまでの険悪さがうそのように雰囲気は和やかになったし、
それでいて吹いている時にはみんなしっかりと集中していた。
礼拝での演奏まで私たちに与えられた練習時間はたったの1日だったけれど
まったく問題なかった。
- 150 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:19
-
「もうそろそろイスとか片付けよう」
演奏が終わり舞台上で興奮冷めやらないといった様子で騒いでいる私たちに
後藤さんがため息交じりに声をかける。
このあともう10分後には普通に1時間目の授業が始まる。
私たちが座っているイスは講堂地下の倉庫から借りているもので、授業時間前に
返さなければいけない。舞台袖に移動させたピアノは元の位置に戻して
演奏用に調節したライトや音響もいつもの状態にしておかなければならない。
これが礼拝での演奏のつらいところ。
いつまでも余韻にひたっているわけにはいかない。早く切り替えないと。
- 151 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:20
-
・・・・・・・
- 152 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:21
-
「はい。おはようございます。全員・・・そろってますね」
良かった。間に合ったみたい。
今日の礼拝で私が演奏したとか、片づけが大変だったとか、そんなことは関係なく
授業は普通に始まるし、遅刻だってばっちりつけられる。
私たちは最近生活態度について注意されて罰則まで受けたばかりなのだから、
少しは気をつけなければいけない。特に1時間目の遅刻は。
「じゃあ今日は前回の続きから。32ページの3行目ですね。開いてください」
息があがっている。顔が熱いのが自分でもわかる。
地下の倉庫からここまで走ってきたのだからしょうがない。
席について落ち着いたら汗がふきだしてきた。朝から汗まみれなんていやだなぁ。
授業終わったら顔あらいに行こう。
- 153 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:22
-
「Though the force of example is for the most part spon------ and is
ようやく呼吸も遅くなってきて、みんなの朗読に合わせられるようになった。
なんとなく適当に発音して、わからないところは飛ばして読み進める。
練習で手一杯で今日は単語のチェックも出来ていないから、なにくわぬ顔して
読んでいるけれど意味は分かっていない。
acquired ------------, the young need nece------- be the passive followers
目が痛くなるような教科書で不規則に踊るアルファベットを目で追いながら
音を発する。まったくもっていつもの日常。
まだ少しからだが熱いのをのぞけば、いつも通りの水曜日の1時間目。
さっきまで講堂の舞台で全校生徒を前に演奏していたことが信じられない。
こうしてまた普通の生活に戻っていくんだなぁ。
今日の礼拝が終わってしまったから、次に演奏するのは来月の今ごろ。
あと当分はこんな風に管楽器がみんなそろって吹くことはない。
私が管弦楽部のみんなと練習することもない。
- 154 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:24
-
or --------- of those of them. Not only can they ------ their companions
ホルンをやっているのは管弦楽部で私だけ。
けっこうメジャーだし、金管の中ではいつも一番いいパートをもらえるし
オケには欠かせない楽器だと思うのだけど、なぜか私しかいない。
管弦楽部では楽器ごとに分かれて練習することが多いから、練習もいつも1人。
6年前には他にもホルンの人がいたみたいなんだけど、私と入れ違いに卒業してしまった。
だから私はずっと1人で練習している。
どうせ1人で吹くのにわざわざ練習場所となる教室をとったり、重い楽器を
持ってきたりするのはめんどうだから、学校で練習することはあまりない。
and ------ which are ---- ------ of imitation, but their --- -------
ちょうどいいことにうちのお母さんは自宅でピアノを教えているから
我が家の防音設備はばっちりだし、お父さんは昔ホルンをやっていたから
ある程度の曲は教えてくれる。
我が家の練習環境はすばらしいし、それに関して不満はない。
- 155 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:25
- だけど一人で自宅錬っていうのはやっぱりちょっと寂しい。
コンサートとか礼拝とか、演奏の日程が実際に近づいてリハーサルに入らなければ
部のみんなと顔を合わすことすらめずらしくなる。
自分が部活をやっていることすら忘れそうになる。
一緒に練習してくれる人がいたらいいんだけど。
そう思っているのは亜弥ちゃんも同じだと思って、亜弥ちゃんと2人での練習を
試みたことがある。
tends -- --- --- ------- and ---- --- ---------- of their own.
そのときはみうなちゃんが転校してくる前で、うちの学年は私たち2人だけだった。
2人とも外交的な性格ではないしそのうえ部で1人しかいない楽器をやっていたから
部になじむことができなくて、それならばまず私たちだけでも仲良くなろう、
そう思って誘ったのだけれど、練習は散々なものになった。
- 156 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:27
-
ファゴットとホルン。木管と金管。
担当するパートはまったくかぶらない。音の大きさも違う。
2人だからテンポをとってくれる人もいないし、とても練習にはならなかった。
やっぱり木管と金管が2本で練習するのは無理があったね、その日はお互い
そういって別れた。
その割にはそれから亜弥ちゃんは毎回のようにトロンボーンの練習に顔を出すように
なったみたいなんだけど。
「ここまでの第2パラグラフはどんなことを述べていますか?それじゃあ
・・・高橋さん」
「え?わたしですか?」
ありえないって。
普段はあたらないのになんでまた今日に限って。
- 157 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:28
-
「だいたいで良いわよ。要約してみて」
「あー・・・えーと」
だいたいでもなんでも訳なんてできるわけがない。単語チェックすらしてきて
いないのだから。
「・・・人間はぁ、模倣することでぇ・・・」
ん?なんだ?
机の右端に乗せてあるのは一枚のルーズリーフ。よく見ると英語のノート。
そしてご丁寧にも今ちょうど私があてられている範囲。三段にわけて書かれていて
すごく読みやすい。上段に英文、中段に単語、下段に対訳。もう完璧。
ありがたく使わせてもらおう。
「『人間は能動的に模倣することで生きる目的や姿勢を自ら形成する』です」
「うん。そんなかんじで良いですね。はい。座って」
はぁ。助かった。
それにしてもこのノート、どこの誰が回してくれたんだろう。
- 158 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:29
-
あ。
教室を見渡すと目が合って自慢のスマイルを満面に浮かべる少女が一人。
そういえばこの字、よくみると真面目に書いているときの亜弥ちゃんの字だ。
あのときの練習はたしかに練習としては意味を成さないものだったけれど
意味のないものだったとは思わない。
あれから亜弥ちゃんは藤本さんにべったりだったし、多分あれがなかったら
亜弥ちゃんとは今でもあんまり仲良くなれなかっただろう。
練習ってそういうものだと思う。
単に演奏技術の向上だけじゃなくて、いや、それよりむしろ部員たちの結束を
高めるためのもの。1人での練習はやっぱり片手落ちだ。
『ありがとう☆ 亜弥ちゃん超かわいい!』
ノートの右端にそう書いて回したら、すぐに携帯が震えた。
『いまさらいわなくてもわかってるって。ご褒美はフンパツしてね』
4列目の右から2番目の弱サル顔さんはものすごく得意げで思わず苦笑いしまう。
どうしたもんかね、この人は。まったく。
- 159 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:29
-
・・・・・・・
- 160 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:31
-
「高橋さん、お客さん来てるよー」
「ありがとう」
礼拝での演奏が終わってもう1週間。すっかり学校での練習がない寂しさにも
慣れた私のもとにやってきたのは意外な人だった。
「あ、高橋ちゃん」
近づいてくる私に気づいてドアのところで手を振っているのは柴田さん。
相変わらずくっきりはっきりした顔立ちで、遠くからでもすぐ分かる。
「わざわざどうしたんですか?」
「どうしたと思う?」
いたずらっぽく笑う柴田さんはすごく嬉しそう。この人、こんな顔して
けっこうおちゃめ。石川さんとあれだけ仲いいだけの事はある。
- 161 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:36
-
「あー。ちょっと待って」
もうしわけないけれど私はただいま読書中。柴田さんにつきあってあげたいのは
やまやまだけど、どれよりも早く続きが読みたかったりする。
振り返って教室に戻ろうとすると柴田さんに腕をつかまれた。
「ごめんね。簡潔にいうから落ち着いて聞いてね」
「はい」
「あのね、今日私のところにホルンやりたいって新入生が来たの」
「へ?」
「それでね、明日の練習に来るっていってたから迎えてあげてね」「はー」
ホルン?しかも明日くるの?
明日はたしかに金曜日だから管弦楽部の練習はあることになっている。
でもいきなり言われたって普段学校で練習なんてしてないわけだし、
複数での練習なんて今まで一度もしたこともないわけだし、
ましてや後輩を迎えるなんてできるわけがない。
「じゃあそういうことだから。高橋ちゃん、よろしくねー」
柴田さんは満面の笑みをうかべ手を振ると自分の教室へ帰っていった。
はぁ。明日か。
どうなるんだろう。
- 162 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:37
-
・・・・・・
- 163 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:38
-
プーーーー
うん。楽器の調子は良いみたい。今日もきれいに鳴ってくれてる。
ププププーププ
この前の礼拝で吹いた讃美歌1編156番のフレーズをやってみる。
うん。いいかんじ。いいかんじ。
今日はどんな子がくるんだろう。
昨日家に帰ってからとりあえず練習計画みたいなものを作ってみた。
まず私の演奏を少し聞いてもらって、それから楽器にさわってもらう。
それから音を出してもらって、もし上手くいくようであれば音程まで教える。
うん。いいかんじ。
昨日亜弥ちゃんに電話して一緒に考えてもらった。
とはいっても、このほとんどは去年亀井ちゃんがトロンボーンパートに
入った頃にやってた練習みたいなんだけど。
- 164 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:40
-
「失礼します」
はっきりした声とともに女の子が入ってきた。なんだか妙に貫禄がある。
背は低いけれどスカートは短いし、それ以上に新入生ながら妙に落ち着いた
かんじがちょっと威圧的でもある。
「あの、新入生の子かな?」
「はい。田中れいなっていいます。よろしくお願いします」
「私はホルンの高1で、高橋愛です。よろしくね」
よく出来てる。
一般に好感が持てるとされるはきはきとした受け答えは中1とは思えないほど。
- 165 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:41
-
「じゃあ、はじめにちょっと私が吹いてみるから、聞いててね」
「はい」
パーパパーパーパパパパパ
なんだか田中さんの視線が気になる。
さっきまでの程よい笑顔とは違って、厳しい顔つき。
パーパパーパーパパパパパ
それにしても真剣に見ていてくれるな。そんなにホルンが好きなのかな。
なんでまたホルンなんて。まぁ私が言うのもなんだけど。
パパーパパパパパ
あ。ヤバイ。音まちがえた。
こんなにじっと見られながら吹くのは初めて。
相手は3つも年下の子だとはいってもさすがに緊張するなぁ。
パーパパパー
はぁ。ようやく終わった。
繰り返しは無くしているからこの前礼拝でやったときの半分ぐらいの
長さなのに、なんでこんなに長くかんじたんだろう。
- 166 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:45
-
「すごいですね。高橋さん」
「ほんと?ありがとう」
さっきまでこわばらせていた顔をゆるめて拍手までしてもらえると
こちらとしてもさすがに嬉しくなる。
「これってこの前の礼拝で退場のときにやってた曲ですよね?」
「そうだよ。よく分かったね」
「でもなんかちょっとアレンジも変えてありましたね」
「うん。あのままじゃ長いからね」
すごいな。よくそんなこと分かるな。
全体の演奏の中でホルンのパートは金管では一番目立つとはいっても
しょせん脇役。よっぽどよく聞いていないとメロディーなんてつかめない。
「それもそうなんですけどテンポとか曲調とかも変えてあって。
パパパパーってとことか」
「ああ。あそこね」
あー。さっきミスったとこだ。
うまくごまかしたと思ったのに。なんで分かっちゃうかなぁ。
- 167 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:47
-
「じゃあちょっと田中さんも吹いてみる?」
「ありがとうございます。でもこっちにあるんで」
楽器をさし出したら断られた。どうやら自分で持ってきたものが
あるらしい。
なんだ経験者か。どうりで耳がいいわけだ。
「じゃあちょっと吹いてみて」
「はい」
パーパパーパパパパパー
音を合わせてから演奏しだしたのはリヒャルト・シュトラウス。
『サロメ』でしか普通の人には知られていないかんじの作曲家だけど、
この『ホルン協奏曲』はホルン奏者にはわりとメジャーな曲。
- 168 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 01:53
-
パーパパーパパーパー
あー。ここ、こうくるんだ。
CDで聴くものやうちのお父さんの演奏とはかなりイメージが違う。
彼女なりの解釈で吹いている。
パパパパパーパパーパ
やばい。この子、うまい。私なんかよりもずっと。
こんな子が後輩なんてどうしよう。
「・・・・はぁ」
演奏が終わって小さくなっていく余韻の中、彼女のため息が聞こえた。
私はただ拍手することしか出来なかった。
上級生への態度も演奏もすべて完璧。非の打ち所がない。
ついこの間まで小学生だったとは思えない。
なんだろう。この子。
これから先、うまくやっていけるかな。
- 169 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:01
-
「愛ちゃんだー。何してんの?」
「あ、藤本さん。お久しぶりです」
靴を履き替えていたら藤本さんに声をかけられた。
っていうかここは高1の靴箱ですから、何してんの?っていうのは
こっちのセリフなんですが。なんてことはこの人に言えるわけもなく。
「今日ホルンに新入生が来たんだってねー。どうだった?」
「え? どうだったって言われても・・・」
どうだったんだろう?
新入生が来てくれてうれしかった? なんか違うな。
初めて自分が仕切る練習で大変だった? これも違う。
- 170 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:05
-
「なんか上手く言葉でいえないかんじでした」
「そっか。で、どんな子だった」
「すごくホルンがうまくて、しっかりしてて、はきはきしゃべって、
とにかくよく出来る子だな、ってかんじの子でした」
「そっか。良かったね」
これって良かったことなの?
「そうなんですか?」
「そうだよー。はじめからちゃんとしゃべってくれるこの方がやりやすいもん。
亜弥ちゃんとか愛ちゃんとかが入ってきたとき、美貴たち大変だったんだよー。
2人とも全然しゃべってくれなくってさー。こっちが何いっても
『はい』と『いいえ』ぐらいしか言ってくれなくてさ、会話広がんないの」
そういえば自分が中1だった頃、なんとなく先輩たちが怖くてあまりしゃべれなかった。
気を遣ってもらっていることはよく分かっていたけれど、話しかけられると
妙に緊張してしまってうまく答えることが出来なかった記憶がある。
- 171 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:08
-
「その節はほんとにすみません」
「あははは。べつに謝ることじゃないからー。
同じ楽器の子って愛ちゃんには今度の子が初めてでしょ? いろいろ
わかんないこととか多くて大変だと思うけど、頑張ってね。
たぶん早めに打ち解けられるとすごく楽になると思うよ。愛ちゃんなら大丈夫だよ。
何かあったらいつでも美貴とかが相談にのるし。ね?」
藤本さんはあとから来た亜弥ちゃんと帰っていった。
そうか。こんなところにいたのは亜弥ちゃん待ちだったのか。
早めに打ち解ける、かぁ。
あの子と仲良くなれるのかなぁ?
なんか難しそう。隙がないってかんじでなじめないんだもん。
- 172 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:16
-
・・・・・・
- 173 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:19
-
とりあえずは練習をしっかりしないといけない。
管弦楽部ではコンサートなど部としての演奏の直前以外はパートごとに練習する。
練習の内容はそのパートの最高学年の子が考えることになっている。
部でやる曲の中で私たち管楽器に与えられるパートはすごく簡単なもの。
それだけを練習していてもうまくはなれないし、それ以上におもしろくない。
今までは私1人だけだったから適当に家にある楽譜をあさって思いつくままに
吹いていたけれど、これからはそうはいかない。
あれだけちゃんと吹ける子にとって、退屈せず、それなりにおもしろいもの。
どんなことをやったらいいんだろう。
- 174 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:22
-
「で、麻琴はどう思う?」
こんなときに相談すべき相手をたくさん持っていることはすごく心強い。
数ある候補の中から私が選んだのは麻琴。すごくしっかりしてるし
入部したときからかなり吹けた麻琴は、今いる部員の中では一番今の田中さんの
気持ちがわかると思ったから。
「うーん。どうなんだろうねぇ」
ちゃんと考えてくれているのだろうけれど、口をあけて右斜め上をみつめる
いつもの表情を思うと少し不安になる。
「じゃあさ、麻琴が入った頃、どんな練習してた?」
「あー。なんかレッスンみたいなかんじだった。毎週1つ課題曲もらって吹いてた。
あの頃は市井さんがいたから今よりずっと厳しいかんじだったし」
うーん。それはどうだろう。
自分と同じ、いやむしろ自分よりうまいかもしれない相手にレッスンだなんて。
この方法は採用できないな。
- 175 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:25
-
「愛ちゃんはさ、普段どんな練習してるの?」
「私? CD聴いていいなと思った曲とかうちにあった楽譜とかあさって
適当に吹いてる。で、たまにお父さんにみてもらったり」
本当に適当な練習だな。他人に言うのはちょっと恥ずかしい。
「じゃあさ、それでいいんじゃない?」
「へ?」
「好きな曲吹くってのが一番だと思うよ。それが一番楽しいと思うし。
課題曲きめて、お互いに聴きあうってかんじでいいんじゃないかな? 」
麻琴が言うのだから、そうなのかもしれない。
次の礼拝は3週間後。曲はまだ決まっていない。そっちには当分取り掛からなくて良い。
今週は何か楽譜を持っていって、それをやることにしよう。
- 176 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:26
-
とりあえず方針は決まった。やっぱり麻琴に相談してよかった。
こんな顔してる後輩だけど、すごく頼りになる。
「麻琴、ありがとね」
「どういたしましてー」
時計の短針が頂点までいったのに気づき、電話を切る。そろそろ寝ないと。
明日は土曜日で学校は休み。1日かけうちの本棚をすべて調べていいかんじの曲を探そう。
- 177 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:26
-
・・・・・・
- 178 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:29
-
「まだ礼拝の曲決まってないから、今日は違うのをやろうと思うんだけど」
今日のために用意してきたのはワーグナーの『ジークフリート牧歌』
ホルンのメロディーがきれいだし、なによりワーグナーの書いたオーケストラ用の
曲にしては短いのがいい。
「あの、私、やりたい曲があるんですけど、いいですか?」
田中さんが楽譜をさし出す。
さすが出来る子は違う。はじめから楽譜持込なんてなかなかできない。
何の曲だろう。こんなに吹ける子が選ぶ曲なのだから、簡単な曲ではないはず。
もしかしてシューマンとか? あれ、高音が多いんだよなぁ。GとかAとかありえないって。
めずらしいホルンメインの曲だから彼女が選んでくる可能性は十分ある。
この間もリヒァルト・シュトラウス吹いてたぐらいだし。
いやだなぁ。私が吹けないやつだったらどうしよう。
- 179 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:31
-
「え?これ?」
左上に大きく記されたタイトルは『ELISABETH』
いわずと知れた歌劇エリザベート冒頭で大合唱するところの楽曲。
宝塚の作品の中ではそこまで好きな方ではないけれど、それでもやっぱり
見たりきいたりするだけで嬉しくなってしまう。
でもなんでこの曲?
オーケストラ用にかなりいじってあるようだけど、ホルンはあまり目立たないし
そもそも普通の人が吹きたいと思うかんじの曲ではない。
楽譜を見て少なからず感じた私の戸惑いは彼女にも伝わったようで、
田中さんは不安げな顔をしてこちらをうかがっている。
「これ、なんで?」
「あの、このあいだ、鞄の隙間から雑誌が見えたんで。高橋さん、好きかなぁって」
あー。やばい。まさか見られていたなんて。
確かに先週の金曜日は麻琴にかして返ってきた『歌劇』を持っていた。
宝塚好きってことはもう部のみんなにもバレているけれど、初対面の人に
いきなり知られるっていうのはやぱり少し恥ずかしい。
- 180 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:35
-
でも
私の趣味を知ろうとして、それに少しでも合わせようとしてくれるのが伝わってくる。
この子、なんていい子なんだろう。
『宝塚 → エリザベート』という発想の安直さとか、
バージョンが花組のものであることとか、ツッコみどころはないこともないけど
そんなことはどうだっていい。彼女の心遣いがとにかく嬉しい。
「うん。じゃあこれ吹こう」
「いいんですか?ありがとうございます」
私が笑いかけると、彼女の顔もパっと明るくなった。
こういう顔をすると本当に中1なんだなって気がしてすごくかわいく思える。
- 181 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:38
-
「じゃあいくよ?」
パパパパーパ
私の合図とともにホルンの音色が教室中に響く。
やっぱり2本だと音量も音色も全然違う。
どこまでも完璧で隙がなくていまいちよくわからない彼女だけど、これから先
うまくやっていけるような気がする。
- 182 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:38
-
- 183 名前: RALLY 投稿日:2004/04/13(火) 02:38
-
- 184 名前: END 投稿日:2004/04/13(火) 02:39
-
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/14(水) 21:47
- 人付き合いの何たるかを学んでゆく高橋、時には後輩にも助けられ
またそれを素直に受け入れられる、幸せな高校生活が眩しい限りです
温いのではなく、暖かい、そんな時間をありがとうございます
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/22(木) 22:51
- 高橋も田中もまっすぐでいいですね
見た目の印象だけでなく内面の良さをお互いどんどん知っていってほしいです
更新ありがとうございました。
- 187 名前: 対星 投稿日:2004/04/30(金) 02:50
-
本文更新の前にレスのお礼を
>>185
>温いのではなく、暖かい
身に余るステキな言葉に感激いたしました。本当に。
>>186
自分の中ではすごく素直で真面目なイメージが強い2人ですので
こういった話になりました。
それにしてもありがとうという言葉はステキですね。
素晴らしくいい気分にしてくれます。
ありがとうなんていってくれてありがとう。ありがとう月間ありがとう。
4月が終わらないうちに急いで更新いたします。w
- 188 名前: 投稿日:2004/04/30(金) 02:52
-
アメリカの女王
- 189 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:52
-
「ミキティいるー?」
講堂での礼拝を終え、階段を1階分だけ多く上ってやってきたのは
ひとつ下の学年の教室。
おはようございます、なんてあんまりよく知らない後輩たちからあいさつされつつ
教室の後ろ側のロッカーを物色している後ろ姿に向かって教室を進む。
うちの部の高2が4人ともそろったこのクラスにはかなりの頻度で来ているから
ここはもう自分の庭みたいなもの。
「あ、まいちゃん。おはよう。どうしたの?こんな朝っぱらから」
「これ返しにきた」
「あーっ! 探してたんだよ!このCD!」
「まじか。ごめんごめん」
「いいって。ミキも貸してたの忘れてたし」
鋭い目つきや短いスカートとは裏腹に、この人はすごく心が広い人格者。
面倒見がよくて、しっかりしていて、とてもひとつ年下だとは思えない。
- 190 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:53
-
「そういえばさ、昨日のあいのり見た?」
「見た見た! あのパーマの人さ、まじかわいいよね!」
「だよね! 見た目があれならあの性格でもべつにいいよね!」
「ねー!」
テレビの話題で盛り上がる私たちの後ろに、丸くなっている紺色の物体を発見。
「おーい。ごっちーん。生きてるかー」
とりあえず声をかけてみたけれど、机の上にのっかっている半円状の背中は
ピクリとも動かない。
「ちょっとまいちゃん。ムダだって。うちらが起こしたぐらいじゃ起きないから」
反応がなかったから、今度は机を揺らしてみようかと思っていたけど、
ミキティーにツッコまれたからやめることにする。
こんなすがすがしい初夏の朝に机につっぷして寝ているなんてもったいないこと
この上ないのに。
そんなに眠いのなら礼拝とか授業中に集中して寝ておいて、せめて
休み時間のあいだだけは起きていればいいのに。
- 191 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:55
-
教室に戻ると教壇にはすでに石井ちゃんが立っていた。
4階にはそんなに長居していたわけじゃないのに。
10分間っていうのは本当に短い。休み時間はせめて20分は欲しいよ。
「それじゃあ今日は教科書の120ページから。開いて下さい」
石井ちゃんの声とともにページをめくる音が教室中に響くけれど、
私の机にのった教科書は閉じられたまま。
だって今日の範囲もどうせ積分。あんなの単に計算するだけじゃん。
授業なんて聞くまでもない。
窓から入る適度な日差しと爽やかな風が気持ちいい。
そりゃ眠くもなるわ。ごっちんの気持ちも分からなくもない。
私もこの時間はもう眠ることにしよう。
- 192 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:55
-
- 193 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:56
-
「まいまーい。屋上行きません?」
「うん。行くー」
4時間目の終了とともにうちの教室にみうながやってきた。
最近のみうなは私のことをまいまいと呼ぶ。今まではまいちゃんだったのに。
なんでだろう?
「じゃああさみも呼んでこー」
「はい」
それに最近のみうなは私に寄ってきてくれるようになった。前よりももっと。
懐いてくれたってことかな。
みうなは私にとって初めてできた同じ楽器の後輩で、すごく素直で
ちょっと、いや、かなり変わっている子で、とにかくかわいい。
最近は今まで以上にかわいく思える。
- 194 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:57
-
「あさみちゃーん。屋上行きましょー」
「あー。はいはい。ちょっと待っててー」
背伸びをしてなにやらロッカーから取り出すと、あさみはこっちに駆け寄ってきた。
手には荷物が3つ。不審なほどの大荷物。
1つはトランペット。これはまぁ当然だよね。
1つはお弁当。これはどうだろう。どんなにちゃんと口をすすいだとしても
食べたあとすぐ吹くと、楽器は汚れる。あんまり関心はしないけど、まぁいいか。
そしてもう1つは・・・・なんだ?
木製の箱はところどころ鮮やかな原色で塗られ、側面には油性マジックで
名前が書いてある。これはもしや・・・
「あのさ、あさみ。それって・・・」
「あー、これ? 絵の具だよ。だって今日の5・6時間目、油絵じゃん?」
あー。やっぱそうか。
やばいよ。すっかり忘れてたよ。
あさみはクラスは違うけれど、選択授業の美術では同じクラス。
ってことは当然私も油絵のセットを持っていないといけないわけで。
- 195 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:57
-
「ごめん。ちょっと行ってくるわ」
やっぱり忘れてたんだね、なんて笑う2人の声を聞きながら、屋上とは
反対側の階段を駆け上がる。
相変わらずの自分の忘れっぽさには呆れるけれど、大丈夫。
私にはすがるべき人がいる。こういうときに頼りになる、心強い人が。
「ミキティいるー?」
「おー。まいちゃん。また来たね。 どうしたの?」
駆け込んだ教室のいつものところにその人はいた。
いつも通りの腕まくりしたカーディガンを見るとほっとする。
「あのさ、絵の具、持ってない?」
「うん。持ってるよ」
「貸して」
不覚にも息が上がっている。たった1階分の階段を駆け上がっただけなのに。
やっぱり歳には勝てないってことなのかな。
「はい」
「ありがとー。まじ感謝。今度なんかおごるわ」
「いいって。べつに。だって困ったときはお互い様でしょ」
- 196 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:58
-
「そうそう。そういえばさ、今度うちに新入生が1人入ったんだ」
「トロンボーンに?」
「うん」
「へぇ。良かったじゃん。で、どんな子?」
「うーん。なんか背高くて、ボーっとしてる子。それでちょっと亀ちゃんと
キャラかぶってる」
「・・・へぇ。それはちょっと困るね」
「・・・ねぇ」
この前卒業したソニンさんといい、亀井ちゃんといいトロンボーンの人は
なんかちょっとおかしい。ミキティは苦労するよ。
「ん?」
またしても後ろに紺色の物体を発見。朝からあったものと同じもののよう。
- 197 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:59
-
「ごっちーーん!」
ちょっと大きめの声で叫んでは見たけれど、またしても反応はない。
「あー。そんなことしても多分起きないと思うよ。先生もみんな挑戦して
打ち負かされていったから」
「ってことは朝からずっとこれ?」
「朝からずっとそれ」
呆れて言葉が見つからない。ミキティも同感なご様子。
いくら授業が退屈だって、出席さえしていれば単位がもらえるからって、
これはちょっとやりすぎでしょう。
「んあっ!」
奇声とともにごっちんが起きあがる。
あー。心臓止まるかと思ったぁ。
まったく。びっくりさせないでよ。
「もしもし?いちーちゃん?・・・なんだメールか」
携帯を閉じるとごっちんは元の姿勢に戻る。またお休みですか。
それにしても携帯のバイブでは起きるんだね。私がどんなに声かけても起きないのに。
- 198 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 02:59
-
「あのさ、まいちゃん。ちょっといい?」
「ん?」
「こっちきて」
ミキティに連れ出されたのはこの教室のベランダ。
ププーププップープ プーププー
トランペットの音が聞こえる。吹いているのはきっと屋上のみうな。
音はしっかり追えるようになってきてはいるんだけど、どうもメリハリが足りない。
リズムも崩れてる。どうなんだろう。音階に執着しすぎてるのかな。
「あのね、ごっちんのことなんだけど」
「ん?ごっちんがどうかしたの」
手すりの下の部分に腰をかけるとミキティが話しはじめる。
- 199 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:00
-
「なんか最近ちょっと変じゃない?」
「変って、何が?」
「ごっちんが」
「いや、それは分かるんだけど。 別にいつも通り何じゃないのかな。
ミキティはごっちんのどこが変だと思うのさ?」
「どこっていわれてもなぁ。全体的に?」
「ふぅん。 よく分かんないけど」
プーププーププッ プープップー
あー。もう。違うってそこは。もっと音を大事にして、メロディは崩さずに。
ダメだ。
こんなところで聴いててもイライラするだけだ。
「ごめん。ミキティ。その話は今度聞くわ」
絵の具セットをつかんでベランダをでる。
それでもミキティはまだ何か言いたげで、ちょっと申し訳ないと思ったけど
申し訳ないのはいつものこと。
とりあえず私は早く屋上へ行きたかった。
- 200 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:01
-
- 201 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:01
-
「まいちゃーん」
声がした入り口の方向を見るとうちの副部長のご来訪。
「おぅ。柴っちゃん。どうしたの?」
カンバスに走らせる筆の動きがようやくのってきたところだから、
本当はこのまま絵に集中したいんだけど、せっかく来てくれた柴っちゃんに
悪いから、とりあえず筆をおく。
「今日の放課後ミーティングあるんだけど、知ってるよね?」
「うん。さっきあさみに聞いた。それよりさ、このリンゴどうよ?」
「うーん・・・。まいちゃんらしい絵だね」
なんだよそれ。どういう意味さ?
まぁいいけどさ。別に。
- 202 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:02
- わざわざ柴っちゃんが知らせに来てくれたのはきっとこの前のことがあるから。
先月の私たちは自分でもひどいと思うぐらいダレていた。
与えられた礼拝の曲のトランペットのパートが簡単なのをいいことに、
朝練をサボり、学校を抜け出した。
それがうちの学校の非常勤講師に見つかって、けっこうな問題に発展した。
私たち3人は院長室に呼び出されて1時間のお説教。アンド担任との個人面談。
そのうえ管弦楽部までもが連帯責任の名の下に活動停止の処分を受けた。
無断外出の禁止はあまり多くない校則の中では一番厳しい罰則を与えられる
項目なんだけど、それにしたって一部の部員の違反で部が活動停止にされるのは
あまり例がない。
それに関してはなんで?っていう気持ちももちろんあるんだけど、
それだけ私たちが教員に悪い印象をもたれているってこと。
反発したいのはやまやまだけど、私たちも反省しなければいけない点が多い。
真面目に生きよう、って思わされた出来事だった。
- 203 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:03
- なんだかその件に関しては柴っちゃんもいろいろ考えたようで、
あれ以来、ミーティングや練習の確認を徹底するようになった。
きっとみんながちゃんと部活に出るように、っていう配慮なんだと思う。
柴っちゃんは何も悪くないんだから責任感じる必要なんてないのに。
ああいう性格していると苦労が多いだろうな。
それともそういうのが副部長ってやつなのかな。だとしたら大変だ。
やらないでよかった。
せっかく教えてくれた柴っちゃんに悪いから、今日はいつもより早く
地理教室へ向かう。
なんか一番乗りしちゃったみたい。終礼が終わって速攻できたんだから当然か。
- 204 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:04
-
イスに座って他のみんなが来るのを待つ。こういうの新鮮でいいな。
一つ一つ分かれたホームルームの机とは違い、地理教室の机は2つづ
つながった長机。2人分の席をゆったり占領して机に頭をのせ、教室を眺める。
10cmの段差しかない教壇はやけに高い。
正面の壁中央の一番上にかかっているアナログ時計はやけに大きくて威圧的。
教室右隅にかかる世界地図はごちゃごちゃしていて見にくい。
ここの教室ってこんなだったかなぁ。
いつもよりたった30cm視点が下がっただけなのに、視界はずいぶん違う。
それとも一人でいるから違って見えるのかな。
こんなに静かな教室は初めて。授業のときはだいたい先生がしゃべってるし
部活のときもたいてい他に誰かいる。
なんかここは落ち着かない。 地理教室は好きなのにな。
- 205 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:05
-
「あれ? まいまい。 どうしたんですか?こんなに早く」
後ろからいきなり声をかけられて、姿勢を戻して振り返る。
ドアのところにはかわいいかわいい後輩が立っていた。
「そっちこそどうしたのさ?」
「うちの担任、いつも終礼はやいんですよ」
隣いいですか? なんてニコニコと寄ってくるみうな。
なんか犬っぽい。口あいてるとことか。頭悪そうなとことか。
久しぶりとか、トランペットが一番乗りなんて珍しいねとか言いながら
次々に人が入ってくる。いつの間にか教室の席がうまっていって
いつもどおりの雰囲気になる。
うん。やっぱりここはこのほうがいいや。
- 206 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:07
-
それにしても、この場合のあいさつは『おはよう』と『こんにちは』
どちらが適切なのだろう。
時間的にはもちろん『こんにちは』なんだけども、その日に初めて
会った人には『おはよう』というべきな気もする。
それに『こんにちは』なんて改まっていうのはなんか違和感が残る。
かといってこの時間帯に『おはよう』なんて言っていたらきっと
ミキティにすごい勢いでツッコまれるんだろうな。
どっちがいいだろう。どっちにすべきだろう。
「まいちゃんはどう思う?」
「は?」
顔を上げると私のもとに教室中の視線が集中している。
なんなのよ?この状況。
「あのですね、今度の礼拝の曲をどれにするかって話なんですけど」
小声でみうなが教えてくれる。こいつが隣にいてよかった。
- 207 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:07
-
「じゃあまっつー。まっつーはどう思う?」
それでもまだ状況をのみこめないでいる私を置いてミーティングは進む。
「私は1編96番で問題ないと思います。讃美歌斉唱の72番ともあってるし」
相変わらずちゃんとした受けこたえ。
問いへの回答のほかにその理由もそえて、もう完璧。さすが松浦亜弥。
「じゃあ愛ちゃんは?」
「私も96番でいいんじゃないかと」
愛ちゃんの声はだんだんと小さくなって、最後の方は聞き取れないほど。
教室を沈黙がつつむ。
なにこれ? どうしたの?
- 208 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:08
-
「でも私は96番じゃダメだと思う」
ごっちんの声が響く。大きくはないけれどしっかりした声。
これで今までの議論が無意味になったことは、ミーティングに参加して
いなかった私にも分かった。ごっちんはそういう存在。
口数の少ないごっちんはボーッとしているよう見えなくもないけれど、
すごくいろんなところが見えている。
面倒見がよくて頼れる先輩タイプのミキティに
いつもおちゃめで管楽器のムードメーカーのよっすぃー。
キショいと言われながらも独特のキャラでみんなから愛されている梨華ちゃん。
濃いめのキャラがそろった高2のなかにあって、当然のように彼女が
リーダーとして認められているのは、それだけの影響力があるから。
フルートの技術や、口数の少なさ故のひとつひとつの発言の重さ。
彼女を構成するものすべてが圧倒的でそれが他の人とは比べ物にならないほどの
彼女の存在感につながる。
なんかオオモノって感じ。うん。いい言葉だ。ごっちんにぴったり。
- 209 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:10
-
思い起こせば中1のときからごっちんはごっちんだった。
入学してきた当初から目立ちまくっていた金色の頭はいきなり上級生の間で
話題になったけれど、本人はそんなこと意に介す様子もなく学校生活を送っていた。
初めは生意気だといってにらみをきかせていた上級生たちも、そんなことが
彼女に影響を与えないことをすぐに悟った。
あくまでマイペースを貫く彼女の姿勢は潔くすらあって、一つ上の学年の
私から見てもとてもかっこよかった。
かっこよすぎて近寄りがたい、そんな存在だった。
それにごっちんは管弦楽部に入ってからすぐに市井さんと仲良くなって、
近寄りがたさは倍増した。
私よりも1コ上の学年の市井さんは何をやってたわけでもないのにすごく
目立つ人で、やっぱり中3の頃から近寄りがたい人だった。
多分2人はお互いに似ている部分があったから2つの学年差を越えて
仲良くなれたんじゃないかな。
人気者の孤独ってやつ?私にはよく分かんないけど。
- 210 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:11
-
たとえ他のみんなが納得していたとしてもごっちんが気に入らない曲はできない。
今度の曲決めは長くなりそうだ。
- 211 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:12
-
「最近のごっちんさ、なんか変だよね」
パックジュースのコーナーの前で、あさみがぽつりとつぶやいた。
伸ばした手の先にあるのは青地に黄色のカットフルーツが輝くパッケージ。
グレープフルーツジュースは最近の彼女のお気に入り。
疲れた身体にはすっぱいものがいいらしい。
今日の部活はミーティングだけだったから疲れるはずがないと思うのだけど。
「それさ、ミキティも同じこと言ってた」
「やっぱり。みんな思ってたんだ」
あさみはなにやら視線を落とす。
彼女の様子が気になりつつも、私はいつもどおり同じサイズのものよりも
20円安い格安の緑茶を手に取る。
それにしてもなんでコンビニという場所はこんなにも照明がキツイのだろう。
どこを見ても眩しくて目が痛くなる。
- 212 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:12
-
「そういえばさ、さっきのミーティング、どうだったの?」
「あー。まいちん聞いてなかったもんね」
「バレた?」
「うん。バレバレ」
今日の主な議題は次回の礼拝の曲決め。
私たちが演奏するのは讃美歌斉唱用と退場の奏楽用の2曲。
いつもなら2曲とも私たちが勝手に決めちゃっていいんだけど、今回は
説教を担当する院長先生から斉唱用の讃美歌の指定があったらしくて
私たちが選べるのは奏楽用の讃美歌だけらしい。
1曲だけなんだからすんなり決まるはずなのに、今回はちょっとモメたみたい。
というのも柴っちゃんが考えた曲を、ごっちんがイヤがったかららしい。
そっか。あのやりとりはそういうことだったんだ。
ようやく私にも状況が分かってきた。
柴っちゃんが用意した曲は私たちにとっては定番のもの。
落ち着いた感じできれいにまとまっていて、生徒からも教師からも
わりと評判がいい曲で、私たちも気に入っている曲。
- 213 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:13
- そこまで反対されるような曲じゃない。それにごっちんに代替案はない。
ごっちんはなんであんなに96番を嫌がってたんだろう?
そこはやっぱり分からない。
ごっちんはみんなの無視して自分の意志をおし通すような子じゃない。
むしろ周りの決定に黙ってしたがうタイプ。
もっと派手な曲にしよう、なんてよっすぃーがわめくことはある。
もっと簡単な曲がいい、なんて梨華ちゃんが言い出すこともある。
でもごっちんが柴っちゃんの選曲に異をとなえたのは初めて。
梨華ちゃんやよっすぃーの反対なら押し切ってしまうことができるけれど、
ごっちんの意見ならば無視することはできない。
きっとそのことはごっちん本人が誰よりもよく分かっているから、
彼女は自分の意見を言わないでいるのだろう。
- 214 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:13
-
「あとね、今年は新入部員2人だって」
「まじか。少ないねー。相変わらず」
管楽器の人数は最近減る傾向にある。弦楽器は増えてるのに。
やっぱ管は存在感薄いのかな。
「楽器はたしかホルンと・・・」
「トロンボーンでしょ?」
「知ってたの?情報早いね」
「これもミキティが言ってた」
「そっかそっか」
「なんか金管つづきだよね。最近の新入部員は」
「そういえばそうだねー」
今の中1と中2、4人のうちオーボエの里沙ちゃん以外はみんな金管楽器。
もしかして金管ブームきてる?
「でもトランペットには入ってこないね」
「ねー。 もしかしてうちら人気ない?」
「やだね、それ」
「うん。やだ。最悪」
毎年練習を見にくる子はけっこういるのに、なぜか入部する子はいない。
ここ最近では去年みうなが入っただけ。
これってやっぱりうちらのせいだったり?
- 215 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:14
-
でも実際、金管に新入部員はあんまり要らなかったりする。
管弦楽部である以上、結局のところ主役は弦楽器であって、弦とのハーモニーを
うまく作れない金管はコンサートでのパートも少ないし、
礼拝でも讃美歌の静かな雰囲気にあわない金管はやっぱり休みばっかりだから
人数は要らない。人数が増えると、ただでさえ大きい音がもっと大きくなって
うるさいだけだから、数はむしろ少ない方がよかったりするのだ。
寂しいけれどしょうがない。
だって『管弦楽』部なんだから。ブラスバンドではないのだから。
管楽器がいきるようなレパートリーを持っていればいいのだけれど、
今のところそれは望めない。
コンサートの選曲をする中澤先生は自分が弦楽器の人だから弦が生きる曲を
選ぶし、礼拝での曲は今もっている讃美歌以外に新たに編曲しないと
いけない。そんなこと出来る人はきっとこの学校にはいないだろう。
- 216 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:14
-
- 217 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:14
-
会計を済ませ外に出ると、空はもう暗くなりだしていた。
コンビニにはちょっとしかいなかったはずなのに。
「あさみちゃーん。まいまーい。」
緑茶のパックにストローを差しつつ歩いていると
学校の方向からみうなが駆け寄ってきた。やっぱりこの子は犬っぽい。
「何買ったんですか?」
みうなは私の答えをまつ様子もなく、左手の袋をあさる。
「何買ってるんですかー」
「スルメだよ、スルメ。 分かんないの?」
「それは分かりますけど」
隣のワンちゃんがケタケタと笑う声が響く。
何でここで笑うかなぁ。悪い気はしないから別にいいんだけど。
- 218 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:15
-
- 219 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:15
-
トイレに行こうと思い立ってドアを開けると、廊下に柴っちゃん発見。
いつ見ても校則どおりの長さのスカートが愛らしい。
いいな。こういうのが似合って。
「あー。柴っちゃん。おはよー」
「おはよう。ってかまいちゃん、いま昼休みだよ?」
まさかこの人にもツッコまれるとは。
昼休みにおはようっていっても別に問題ないと思うんだけどなぁ。
それに私はさっきの授業中ずっと眠ってたから、おはようでも
全然おかしくなかったりするんだけど。
「今日は屋上行かないの?」
「さっき出たときちょっと雨振ってきてたからさ。今日はやめにしたの」
「そっかー。朝は晴れてたのにね」
「ねー。読めないよね。最近の天気は」
- 220 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:16
-
「そういえば柴っちゃん、さっき呼び出されてたね」
「うん」
「大変だねー。副部長は」
「うーん」
柴っちゃんはなにやら浮かない顔。
「今日はなんだって? 機材使用のこととか?」
「それは大丈夫。怒られなかった」
先日私たちは学校から借りたラジカセを壊してしまった。
といってもリモコンの電池を覆うフタをなくしただけで
普通に使う分には問題ないのだけれど。
面倒なことになるのはイヤだから黙って返してきてしまったけれど、
視聴覚担当の先生にバレたらきっとものすごく怒られるだろう。
良かった。まだバレてないみたい。
- 221 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:16
-
「なんかね、礼拝の曲早く決めろっていわれた」
「あー。そっちかぁ」
思わず苦笑いしてしまう。
早く決めろといわれても、ごっちんがあの様子では決まらない。
他にやりたい曲があるのならいいのだけれど、それもないのだから
決めようがない。
「ごっちんはさ、なんで96番に反対してるの?」
「それが分かんないんだよね」
「柴っちゃんでも?」
「あの子、何も言ってくれないからさ」
ごっちんは必要なこと以外はしゃべらない。
柴っちゃんもしゃべりはあんまり得意じゃない。
この2人が話し合っても、あー、とか、うーん、とか言い合うだけで
きっと大きな進展はできないだろう。
- 222 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:17
-
「そうそう、明後日の放課後またミーティングやるから」
「また曲決め?」
「うん。 ごっちんが気に入りそうな曲、選んでいくから」
「大変だねー。副部長は」
慣れてるから、といって笑った柴っちゃんの顔にかげりはない。
なんかこの子、変わったな。
強くなったっていうか、前向きになったっていうか。
前の彼女だったらきっとすごい凹んだ顔してるだろうに。
- 223 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:17
-
- 224 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:18
-
昼下がりの地理教室。集った見慣れた顔。
一見いつも通りのミーティング風景だけど、誰もが感じる違和感は
あの子がいないことでぽっかりと開いた穴によるもの。
今日のミーティングの影の主役であるごっちんは3時間目の前に
帰宅したらしい。あまりに熟睡していることで、
そんなに眠いなら家帰って眠れと日本史の寺田に怒られ、
それなら帰ります、と売り言葉に買い言葉で本当に帰宅してしまったらしい。
そのせいでまた呼び出された柴っちゃんはオタオタしていて、ミキティは呆れ顔。
梨華ちゃんはキャーキャー騒ぐだけだし、よっすぃーは授業をサボって
バレーボール中だったらしく状況がわかっていない様子。
梨華ちゃんの説明はいまいち的を得ていなくて分かりづらいけど
もともとごっちんは寺田を嫌っていたから、その光景は想像できる。
- 225 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:19
-
「せっかく集ってくれたみんなにはほんと申し訳ないんだけど
今日は中止ってことで」
柴っちゃんの言葉でみんなはすっかりお帰りモード。
イスを引きずる低い音とか、今日はどこ行く?なんて梨華ちゃんが出す
高い声とかが響いてけっこう騒がしい。この雰囲気は嫌いじゃない。
「ちょっと待ってください」
みんなが振り向いた先にいたのは、この場の最年少、まこっちゃん。
まこっちゃんは中学生だけど、中等部部長ということで高校生が
部の方向性を話し合うミーティングに参加している。
「あの、私、後藤さんからこれ預かりまして」
まこっちゃんがゴソゴソと鞄の中から取り出したのは、オレンジ色の
クリアファイル。携帯電話の販促用に配っているもの。
3時間目が始まる前の10分休み、ごっちんは中3の教室まで出向き
まこっちゃんにファイルを預けていったらしい。
今日のミーティングで柴っちゃんに渡しといて、っていう伝言とともに。
- 226 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:19
-
「なにそれー?」
あさみが立ちあがって教卓の前の柴っちゃんの元へ。つられて私も席を立つ。
「うわっ」
集ったうちの誰かの口から声がもれる。
柴っちゃんが取り出した数枚の紙には沢山の横線が並び、様々な種類の
おたまじゃくしが不規則に踊る。
その枚数と整然とした様子に圧倒される。
ごっちんらしくきれいにそろえて書かれた楽譜は手書きにしては見やすいけれど
それでもやっぱり読みづらい。
フル・クラ・ボエ・ファゴ・ペット・ボーン・ホルン
横線の左に書かれたカタカナを見ると、これはどうやらうちの部の管楽器用の
楽譜らしい。トランペットの略称がペットなのはちょっと気になるけれど。
- 227 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:20
-
タータタータータータター タータタ―タタタター
あ、この曲知ってる。 たしか2編の142番だ。これ。
ふぅん。
メインのメロディーがトランペットとトロンボーンで、その裏をホルンが
なぞっていく。クラリネットとオーボエがリズムを刻んで、フルートとファゴットが
伴奏をするかたち。
しょっぱなから管楽器総出演でメインが金管。初めて見るパターンだ。
ちょっとおもしろいかも。
さて、どこでメインが木管になるのかな。
タータタータータタターター タータタータータタタータ
あ。 まだ金管鳴ってる。
5小節目でクラリネットとオーボエが転調してフルートとファゴットと
メロディーを作りだす。
すっごいきれいだな。ここの木管。
なんか弦楽器の譜面を見ているようなかんじの楽譜。これ通りに吹ければ
ものすごいハーモニーができあがる。
- 228 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:20
-
タータタータタターターター タータタータタターターター
うわーっ。
9小節目でホルンが転調。木管のハーモニーに加わって、
トランペット・トロンボーンのメインメロディーに他5楽器が伴奏する
ような形になる。
最後の二分音符のとこがきれいに出せたら、きっとすごく感動的。
それにこんな形式の曲は初めてだから、きっとすごく印象的。
それにしてもトランペットは終始メインメロディー。
6枚ある楽譜のどこを見てもそれは変わらない。
ん? 6枚?
142番は12小節の曲。この形式だと1枚の楽譜に4小節づつ
書かれているから、3枚で終わるはず。
原曲の形式のアレンジは、嫌う先生が多いからうちの部ではあまりやらない。
6枚っていうのはちょっとありえない枚数。
なんだこれ? どういうこと?
- 229 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:21
-
「あの、これおかしくないですか?」
恐る恐るといった様子で声を出した高橋ちゃんにみんなの視線が集る。
「だってほら、ここ、GとAっておかしくないですか?」
「あー。そうかも」
確かにそこのトランペットはありえない。明らかに木管のメロディーと
あっていない。高橋ちゃんの指摘はもっとも。
ん? ちょっと待てよ? さっき見た中でそんなとこあったか?
自分の読んだページを手にとってもう一度眺める。
うん。やっぱりないよ。そんな変なところ。
- 230 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:22
-
「っていうかさー、GとAでなんでおかしいわけ? きれいじゃん」
「あのさ、よっすぃー、すっごい基本的なこといって悪いけどさ、
トランペットの音階とフルートの音階って違うじゃない?」
「えーっ!? そうなの!?」
あまりにもすっとぼけているよっすぃーの言葉にその場にいた全員の力が抜ける。
あなた何年管弦楽部にいるんですか。
ん? 待てよ。これってもしかして・・・・
「あのさ、高橋ちゃん、ちょっとそっち貸して」
「はい」
あー。やっぱりそうだ。そっかそっか。そういうことか。
- 231 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:23
-
「あれ? これさっきのと音違うよ」
私のと交換した高橋ちゃんの手元の楽譜をのぞき込んだよっすぃーは
まだ事情が呑み込めてないみたい。いいかげん悟れよ。このにぶちんが。
「ほらここ半音ずつずらして・・・」
「あっ。これ一緒になるじゃん」
「そうそう。そういうこと」
2つの楽譜を並べて説明すると、ようやくよっすぃーも理解してくれたみたい。
この楽譜、本当は3枚のもの。
高橋ちゃんが読んでたのは間違ったやつで、私が読んだのはそれを訂正したもの。
どうやらごっちんはすべての楽器の楽譜をフルートの音階で書いてしまって、
書きあがった段階で間違いに気づいたみたい。
そう思ってよく見るとトランペット以外にもおかしいところはけっこうある。
11小節目のホルンとか明らかにメロディー壊してるし。
- 232 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:24
- 管楽器の音階はそれぞれ微妙に違っていて、各楽器に合わせて譜面を
書こうとするとそれはそれはすごいことになる。
いくら12小節と短い曲であっても、7つの楽器にパートを振り分けて
それを譜面に落とすのは大変な労力が必要。
その上楽器ごとに音階の訂正なんてしようとしたらもう大変なことになるだろう。
いくらごっちんでも家帰ってからこんなことやってたら、
そりゃ学校では眠くなるわ。ムカつく教師に楯突きたくもなるわ。
「じゃあ次回の奏楽は142番ってことでいいかな」
柴っちゃんの声に全員がうなずく。
こんないい楽譜見せられて、まさか異議なんてあるはずがない。
- 233 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:25
-
『わかきわれらは』という邦題を見事に表現したこのアレンジは
音が厚くて、勢いがあって、とにかくインパクトがある。
生徒にも先生にも絶対にウケる自信がある。
それ以上に吹いている私たちが絶対に楽しめる確信がある。
あー。わくわくするなー。
実際吹いてみたらどうなるんだろう。
メインメロディーを吹くってどんな気分なんだろう。
管弦楽部なのだから、と思って自分を納得させていたけれど
メインパートをやりたいという気持ちはなかったわけじゃない。
気づいたら自分の身体が震えている。
なんでだろう。別に寒いとかじゃないのに。
そっか。これが武者震いってやつか。
今度の演奏は3週間後。
頑張るぞーっ!! と心の中で叫んでおいた。
みんなが帰ったら屋上に上がって本当に叫んでみようと思う。
- 234 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:25
-
- 235 名前: アメリカの女王 投稿日:2004/04/30(金) 03:25
-
- 236 名前: END 投稿日:2004/04/30(金) 03:25
-
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/16(日) 18:36
- おもしろいとしか言いようがないです…。
がんばってください。
- 238 名前:対星 投稿日:2004/07/29(木) 22:32
-
ボケっとしているうちに最後の更新から3ヶ月が経過してしまいました。
そろそろかと思い、保全に参りました。
本編も無事に終了したことですし、こちらもサクっと幕を引けたら嬉しいのですが
生憎このスレッドには未練があります。
これからもスローペースではございますが、更新を継続する意思があります。
>>237
レスどうもありがとうございました。
本文更新とともに返信までも遅れてしまい、申し訳ございません。
おもしろい、なんてありがたい言葉をいただき、舞い上がっております。
こんなスレッドですが、またご覧いただけると幸いです。
- 239 名前: 投稿日:2004/08/09(月) 01:15
-
虫歯とチョコレート
- 240 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:17
-
6月だというのにカラリと晴れ上がった空がまぶしい。
日差しを浴びた緑が窓の外で光る。
今日は梅雨の中休み。
太平洋上に張り出した高気圧が日本上空の低気圧を押しやり、夏型の気圧配置に
なっている・・・らしい。
ともかく、今日は湿度・気温、ともに理想的。
- 241 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:22
-
「かーめちゃーんっ」
後ろから聞こえてきた少しくぐもったかんじの声に振り返る。
「あ。小川さん。こんにちはー。 って、何持ってるんですか?」
中学部長はあいかわらず荷物が多い。
両手でかかえている木箱には山状に積まれた大量の石が入っている。
これじゃ視界も相当妨げられてるだろうに。よく私がいるのが分かったな。
「さっきの授業で使ったやつなんだけど、ちょっと頼まれちゃってね。
地学室まで届けなくちゃいけないんだ」
「大丈夫ですか?こんなに沢山。 私、手伝いましょうか」
「ありがとー。でも大丈夫。これしきの重さ、なんてことないさ」
両手がふさがっているのにも関わらず、小川さんは宝塚男優のポーズを決め、
ハハハハハハ、と低い笑い声を響かせて歩いて行った。
突然のことに呆然としている私を残して。
- 242 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:24
-
小川さんは優しくて良い人なんだけど、あれはどうしたもんだろう。
最近うちの部では宝塚歌劇が流行中。もともとヅカファンだった高橋さんの影響で
小川さんがハマり、紺野さんやガキさんまでが花組がどうの、月組がどうの、
と熱っぽく語り出す始末。この流れだと次に宝塚の虜になるのはこの私。
現にガキさんから東京公演のお誘いを受けていたりする。
お金がない、って言って一応断ったけれど、ならチケット代は私が出すよ、
なんて切りかえされてしまった。本当に見に行くことになったらどうしよう。
「あ、そういえばさ」
くるっと180度回転し進行方向を変えると、今度は普通の口調で
小川さんは話しかけてくる。こういうときのこの人は真面目モード。
「はいっ。なんでしょう」
「今日、練習あるよね? 帰る用意してるけど、行かないの?」
「・・・えーと・・」
- 243 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:26
-
普段はおちゃらけている小川さんだけど、実は中学部長。
中高一緒に活動する管弦楽部では中学にも幹部はいるけど、実際に仕切るのは
高校生だから、中学幹部は形式的なもの。それでもやっぱり30人近くいる
中学管弦楽部の部長というポストには重みがある。
うわーっ。 サボります、なんてまさか言えないよね。 どうしよう。
「あの、今日はちょっと・・・」
「どうしたの? お腹痛いとか?」
「はいっ。そうなんです。 昼休みからずっとお腹が痛くって」
「そっか。それなら早く帰って休んだ方が良いよ」
食べ過ぎには気をつけることだね、なんて言い残して妙に満足げに
小川さんは地学室のある東館の方向へ歩いていった。
別にお腹痛いってわけじゃないんだけど。
食べ過ぎには気をつけて、って言われてもなぁ。小川さんじゃあるまいし。
まぁいいや。部長直々の許可もおりたことだし、今日は堂々と帰れる。
さぁ、早いとこ上履きをはきかえよう。
- 244 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:28
-
放課後の部活をさぼるようになってから、そろそろ2週間になる。
トロンボーンは大好きだし、もっとうまくなりたい。
家で吹くとご近所に迷惑だから、練習は学校でしかできない。
こうしているうちにどんどん技術は落ちていってるのだろう。
ただでさえ、きちんと音が出せなくてみんなの足を引っ張っているのに。
こんなことを続けていて良いはずがない。そんなことは分かってる。
それでも部活に出たくないのはあの子がいるから。
道重さゆみ。
学年は私より一つ下の中学1年生。
トロンとした大きな瞳と重そうな黒い髪、それらによく映える白い肌が
あの子のトレードマーク。
趣味はアクセサリーを集めることと鏡を眺めること。
好きなものはお姉ちゃんとプリン、そして『えり』。 そう。この私。
- 245 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:28
-
- 246 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:29
-
「さゆはね、えりのこと大好きなの」
入部4日目、つまりあの子にとっては2回目の部活の日、うちのクラスの前で
待ちかまえていたあの子は、私の姿を見るなりそう言ってのけた。
私を見つめるあの子の黒い瞳は微動だにせず、自信に溢れているように見えた。
さゆって誰のこと?
えりってもしかして私?
この子、何言ってんの?
突然の出来事に呆気にとられていると、あの子は満足そうにニコっと笑うと
私の手を引いていった。
中1とは思えない作り込まれた笑顔とそれに不似合いなほど強い握力。
この子、何なの?
クエスチョンマークがあふれて動かなくなった頭は、あの子の
まっすぐな黒い瞳と濃いまつげに彩られた白い顔のイメージだけはしっかり記憶に残した。
- 247 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:31
-
その日以来、あの子はやたらと私にまとわりついてくるようになった。
部活中はもちろん、昼休み、はては10分休みにも私のクラスまで
やってくる始末。
「えりー」
授業中以外のすべての時間、あの子の高い声は私の教室に響いている。
その声の向かう先は当然ながらこの私。
「今日つけてるこれ、かわいくない? ほら、見て」
ヘアピンにヘアゴム。あの子の興味の対象の多くはヘアアクセサリー。
決められた制服と校則の制限の下では、それぐらいしか遊べるところはないから
当然なのだろうけど。
「昨日、お姉ちゃんに買ってもらったんだ。 いいでしょー」
とりあえず自分のしゃべりたいことをまくし立てる。それがあの子のスタイル。
その間、目は絶対に相手から逸らさない。これもあの子の特徴。
- 248 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:32
-
ちょっと用事があるから、後にしてくれる?
ごめん。今、ちょっと忙しいんだ。
やわらかく、それでいてしっかりと断る言葉を用意できないわけではない。
けれどどんな言葉もあの子の大きな瞳に見つめられると、喉から先に進んではくれない。
ペースが崩される。13年間の人生で、そんな相手に出会ったのはあの子が初めて。
今まではいつだってどんな相手にだって上手にあわせてこれたのに。
- 249 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:32
-
- 250 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:34
-
校舎を出て駅へと向かう。
朝は同じ色の制服であふれかえるこの道にも、人影はまばら。
授業終了からまだ15分。こんな時間に帰宅する生徒なんてほとんどいない。
曲がり角のビルから出てきたのはうちの学校の制服。
すらりと伸びた細い身体に黒く長いストレートの髪、そしてなによりその黒いマユゲには
見覚えがある。
「ガキさーんっ」
「おっ。カメちゃん」
がきさんこと新垣里沙ちゃんは管弦楽部でオーボエを吹いてる。
管楽器で唯一の同学年。
「あー。いけないんだー。 無断外出は校則違反だよ?」
「うわっ。やばい。逃げなきゃ」
「あはは」
後者とは反対方向に走り出すポーズを取るガキさん。
一つ一つのリアクションの大きさと何を言ってもこたえてくれるノリの良さ。
きっとこれがガキさんが誰からも好かれる秘訣。
私もこのボケにうまくのることができたら良いのだけれど。
- 251 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:39
-
「何してるの? こんなところで」
「柴田さんに頼まれてさ。パンフレット用の写真、取りに行ってた」
「へぇ。 もうそんな季節なんだねー」
「カメちゃんもちょっと見てみる?」
「いいの?」
「いいよ。 あんまり見せちゃダメって柴田さんは言ってたけど」
ガキさんはよく管弦楽部の仕事を頼まれる。
部活の中で2番目に下の学年であるとは思えないほどに。
副部長の柴田さんと同じ楽器だから、っていうのもあるんだろうけど、それ以上に
可愛がられているし、信頼されてるっていうのが傍目から見ていてよく分かる。
いまだに高校生の人とうまくコミュニケーションがとれない私としては、
こういうのはすごくうらやましい。
- 252 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:41
-
「うわー。よく撮れてるねー」
「でしょー?」
私の言葉に、ガキさんはなぜか胸を張って誇らしげ。
「これ撮った日さ、みんなすごい気合入ってなかった?」
「あー、そうだった。そうだった」
「みんな普通にしててもキレイだしかわいいんだから、そんな頑張ることなんて
ないのにねー」
「ねー」
頑張りのかいもあってか、写真の中におさまったみんなは本当にかわいい。
その中でも私はけっこういいかんじ。自分で言うのもなんだけど。
「でも、これはやばいでしょ。いくらなんでも」
「確かに。こりゃ使えないね」
手元の一枚に、写真をめくる手が止まる。
左端にうつっているのは右腕を思い切りつきあげる小川さんの姿。
彼女の明るさがでているナイスショットではあるけれど、いかんせん動きが大きすぎる。
顔はおかしな方向を向いてるし、鼻の穴も開きまくり。
笑っちゃいけないのだろうけれど、すごく笑える。
- 253 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:43
-
「っていうかさ」
「ん?」
ガキさんの声に目を上げると、さっきまでの緩んだ顔は元に戻っていた。
真剣な様子に、こっちまで固くなってしまう。
「カメちゃんこそ、今日はどうしたの?」
「あー・・・」
重苦しい空気に似合う言葉をさがすけれど、見つからない。
必要以上に申し訳なさそうなガキさんの表情に、いたたまれない気持ちになる。
ため息をつきたい気分だけれど、わざわざ私の心配をしてくれている人に対して
そんな態度はあまりに失礼だ。
- 254 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:46
-
「もしかして、体調悪いとか?」
「そうっ。それ!」
ガキさんの言葉に、すかさずのる。
どこも悪くないけれど、ここは彼女の優しい心遣いに甘えることにする。
これでいいんだ。こうやってやり過ごしていれば切り抜けられる。
「最近の天気は不安定だからねー」
「ねー」
「じゃあ、お大事にねー」
「うん。ありがと。 じゃあねー」
いつものやりとりを切り上げて、今日も笑って手を振ってガキさんとは分かれた。
昨日、今日と続いた日常はきっと明日も続いていく。
いつも通りの帰り道。いつも通りの風景。いつも通りの重たい気分。
こんなのがこれからもずっと続くのかな。
はぁ。
今度は本当にため息が出た。
- 255 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:50
-
急な坂道を降りた先にある階段を、これまた下る。
潜った先に待ちかまえている低いゲートにプラスチックのカードをさしこむ。
局地的な照明に照らされながら、お迎えを待つ。
しばらくして、私のもとにやってきた乗り物は銀色に光るいつもの地下鉄。
さえない路線によく似合う古びた車両は、そのルックスだけで私を憂鬱にさせる。
開いたドアに大人しくのまれると、そこには少なくない数の人がいたけれど
時間が早いだけに座席にはまだ余裕がある。
その一角に身体をしずめ、鞄をひざの上で抱え、目を閉じる。
目の前のおばさん話し声、隣の大学生のヘッドフォンから漏れる高音、
ドアの辺りにいる女子高生の笑い。
車両の緩やかな振動とともに、周囲の世界が遠くなっていく。
いいかんじ。いいかんじ。
電車に乗っている時間はこうして私の隣を何も言わずに通っていく。
- 256 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:51
-
目を開けるとおばさんも大学生も女子高生もいなくなっていた。
車内はかなり閑散としている。
ちょうど良く目を覚ましたところが降りる駅のほんの手前だなんて、
1年通っただけなのに随分なれたものだと我ながら感心する。
さて。私もそろそろ降りる準備をしなくっちゃ。
大分なれたとはいえども、やっぱり地下鉄は好きじゃない。
乗換えが分かりづらいのも初乗り運賃が高いのもイヤだけれど、
それ以上にホームや線路が暗くてジメジメしているのがイヤ。
季節は6月。梅雨真っ盛りだけど今日は運良く太陽が出ている。
地下に潜っていたおかげで必要以上に曇ってしまった私の気分も、
地上に出て太陽に当たればきっと晴れ渡ることだろう。
- 257 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:52
-
長い階段を上っているあいだに、抱いていた期待は見事に裏切られた。
空はどんよりくもり空。 光すら差してくれない。
ご丁寧にも私の気分をうつしてくれたかのようで、気分がめいる。
こんなんなら、雨でも降ってくれた方がまだ良いのに。傘は持っていないけど。
ロータリーを抜けて信号を渡る。
右手のドーナツにも左手の携帯電話にも、私の触手は動かない。
こんな日はまたあそこに行ってみようかな。
- 258 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:53
-
マンションへの道を左折し、キリンの形の滑り台がある公園を横ぎる。
街路樹を横にまっすぐ進むと、見えてきたのは懐かしい小学校の校門。
最近わりとよく来ているから、実はあんまり懐かしくもないのだけれど。
携帯のサブディスプレイが表示する時刻は4時半を過ぎている。
こんな時間にもランドセルを背負って帰っていく子供がちらほら。
片道40分かかる中学からもう帰ってきている私とはえらい違いだ。
私が着ているのはこの辺りではあまり見慣れない制服。
中学生が小学校に入っていくだけでおかしな光景だし、この格好のままで
正面から入るのは気が引ける。
正門を通り過ぎて、敷地の隣の駐車場を進む。
人通りの多くないこの道は、小学生が使わないよう指導されているもの。
そのかいあってか、裏門までの近道なのにランドセルは見あたらない。
- 259 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:53
-
陰気な空のせいか、今時の小学生は忙しいのか、校庭で遊んでいる子供は多くない。
そのほとんどが中央のサッカーゴールや奥のウサギ小屋に陣取っている。
幸いなことに私のお目当てのエリアには誰もいない。
良かった。これなら心置きなく楽しめる。
幅跳び用の砂場の隣に位置するのは様々な高さの鉄棒。
私が選ぶのは当然そのなかで一番高いもの。
150センチの高さは私の目線と同じぐらいで、いざ目の前にするとけっこう怖い。
でも大丈夫。鉄棒は幼稚園の頃から誰よりも得意だったんだから。
後ろのフェンスに立てかけておいた鞄から、体育着の紺色のショートパンツを
取り出してスカートの下にはく。これで準備は完璧。
- 260 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:54
-
ゆっくりと歩いて、鉄棒の前に立つ。
両手で鉄棒をにぎり、目を閉じて息を整える。
よし。いける。
いち に さん
駆け足とともに視界が大きく動く。
ぐるん
青々とした桜の木、黄色い塗装がはげたジャングルジム、空を厚くおおう雲に、
地面に敷き詰められた砂利。
世界が一瞬のうちに反転し、そしてまた一瞬のうちに元に戻る。
ぐるん
そう。これ。この感覚。
ブランコで一番下に来たときの速さと、上に来たときの身体が外に投げ出されるかんじ。
その2つが同時にせまってくる。
ぐるん
いったん勢いがつけばしばらく回っていられる。
普段自分が見ている世界と、いま目の前で回っている世界、どちらが正しいのか
だんだん分からなくなってくる。
ぐるん
楽しかった学校生活とどうも楽しくない最近の日々。
苦手な新入生に陰気な天気、遠慮がちな友達に暗い地下鉄。
全部消えちゃえばいいのに。
- 261 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:55
-
ぐるんっ ドサ
何ともかっこ悪い音とともに私の身体は地面についた。
5回か。
昔はもっと回れたはずなんだけど。最近鉄棒なんてしないからな。
それとも身体が重くなったのかな。確かにちょっと体重増えたし。
納得できるけど、それは少しショックだ。
「えりー」
あー、同じ名前だー。遠くから聞こえる声に嬉しくなる。
「えーりぃー」
声が大きくなる。そこには少しのイラ立ちも混ざっている。
あっちのえりは何をやってるんだろう。
さて、こっちのえりは2回目の試技に入りますか。
「えりったらー」
「ん? れいな?」
目の前にいたのは田中れいな。家が近所なこともあって、
幼なじみで幼稚園から中学までずっと一緒。ついでに部活も一緒。
れいなは学年は一つ下だけど、私よりもずっとしっかりしているし、学年なんて
考えないぐらい小さい頃からの付き合いだから年下だっていう気がしない。
- 262 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:56
-
「もー。無視しないでよー」
「ごめん。まさか自分のことだとは思わなくって」
「何それー」
「どうしたの? こんな所で」
「えりっぽい人がいたから来てみた。本当にえりでびっくりしたけど」
「あはは」
笑った私につられたのか、れいなの口元にもえくぼが浮かぶ。
こうして笑った顔は、ヤンキーっぽいと評判のいつもの顔とはだいぶ印象が違う。
いつもこうやって笑ってればいいのに。
「そっちこそどうしたの? またさかあがり?」
「うん。さかあがり」
「ほんと好きだねー」
「うん。大好き」
「でもそんな格好じゃパンツ見えるよ?」
「大丈夫。ちゃんと下にはいてるから」
「べつに見せなくってもいいから」
- 263 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:57
-
「こんな時間に帰ってくるなんて、珍しいね」
「ねー」
「っていうかさ、れいな、今日練習じゃないの?」
「だったんだけどね。今日はなくなったみたい」
「へ? 何で?」
「分かんない。高橋さん、何かわけ分かんないこと言って帰っちゃってさー」
「あはは。あの人らしいねー」
「それ、笑い事じゃないから。ほんと」
「ごめん。でもおかしー」
うちの学校のホルンはれいなと高橋さんの二人だけ。当然練習も二人きり。
先輩とマンツーマンでの練習なんて、それだけでも大分つらいのに、
しかも相手は管弦楽部一、からみにくい高橋さん。
あのガキさんでも会話するのに苦労するツワモノ。
「どうよ?高橋さんは。 うまくやってけてる?」
「うーん。まあまあかなぁ。 だんだんしゃべれるようになってきたし。
最初はどうなることかと思ったけど」
「すごいじゃん」
「でも未だにあの人が何考えてるのか分かんないんだけどね」
「上出来だよ。ほんと」
- 264 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 01:59
-
れいなは昔からすごくよくできた子で、どんな人にも、どんな状況にも
上手に対応できる器用な子だった。
ちょっと近づきにくい雰囲気が難点だけど。
「で、えりは?」
「へ? 私?」
「なんでこんな時間にこんな所で鉄棒なんてしてるのさ?」
「なーんでだろうねー・・・」
れいなの方を見れなくなって、握りしめていた鉄棒に視線を落とす。
「よいしょっ・・・と」
地面を蹴って身体を持ち上げる。
高さ150cmの鉄棒の上から見ると、景色はだいぶ違って見える。
桜の木はかなり近く、地面は遠い。
そしてれいなは、いつも以上に小さい。
「えり? 何してんの?」
私を見上げて、けげんな顔で聞いてくるれいな。何かいい気分。
でもその質問は愚問だよ。
だってこの体勢からすることなんて、これしかないでしょ?
- 265 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:03
-
「前まわりー」
思いっきり大きい声でこたえて、身体を前に傾ける。
ぐるん
はぁ? なんてつぶやくれいなの声が聞こえる。
きっと呆れた顔してるんだろうな。 まぁ、それもいつものことなんだけど。
ぐるん
やっぱり連続が気持ちいい。さかあがりでも前まわりでも言えること。
1回だけじゃ回った気なんてしやしない。
ぐるん
前まわりだから、視界は上から下に動く。さっきとは反対方向。
こっちはこっちで面白い。
ぐるん
それにしても、何でさかあがりは『逆上がり』なのに、前まわりは
『前回り』なんだろう? この2つの言葉、対応してなくない?
ぐるん
れいなはまだこっちを見ている。表情はよく分からないけど、
何か言いたげに見えるのは気のせいかな。
- 266 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:07
-
ぐるん
そろそろ回るのに飽きてきた。
そもそも私は前まわり派じゃなくてさかあがり派なんだ。
ぐるん
だんだん疲れてきた。目も回ってきたし。
こうなるともう楽しくない。いい加減おわりにしよう。
ザクッ
砂利がこすれる乾いた音が静かな校庭に響いた。
鉄棒から降りて見渡してみると、校庭で遊んでいる小学生の数は確実に
減っている。さっきまで向こうにいた子達は家に帰ったみたい。
もうそんな時間なんだ。
「さゆでしょ」
れいなの声が、鉄棒から降りてもまだぼんやりしている私をひきよせる。
「へ? なにが?」
「れいながこんな時間にこんな所で鉄棒してる原因」
とぼけてみたところで、れいなはそのまま流してはくれない。
これじゃ逃げられないや。
- 267 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:10
-
「さゆ、悪い子じゃないよ?」
「それは分かってるんだけど・・・」
「むしろすごく良い子だよ。かわいいし、おもしろいし、けっこう優しいし」
「そうかもしれないけど・・・」
そうだとしたって、苦手なものは苦手。合わないものは合わない。
これはしょうがないことでしょ?
そんな言葉が口から出そうになったけど、これはあまりにも子供っぽい気がして
言わないでおいた。
「さゆとえり、合うと思うんだけどなぁ」
「は? どこが?」
「だって趣味とか似てるし」
「そうかなぁ?」
「少なくとも私よりは似てるじゃん?」
「それはそうだけど」
「性格的にも合ってると思うよ?」
「はぁ? どこが?」
「うーん・・・あんまうまく言えないけど」
あごの下の辺りを親指でかきながら、れいなは視線をおよがせる。
これは真面目モードに入った顔だ。
- 268 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:12
-
「ほら、えりって自分からはあんまり打ち解けないとこあるじゃん?
人見知りっていうんじゃないけどさ。
だからさゆみたいに自分からきてくれる子の方がいいと思うよ」
ねっ、なんて言って笑ってみせたれいなの顔はやたら満足げだった。
れいながそう言うのなら、そうなのかもしれないな。
「よーしっ!!」
私にも聞こえるぐらい大きな息をひとつ吐くと、れいなは鞄を
フェンスに向かって放りなげた。
「れいな? ちょっと、パンツ見えるよ?」
私の隣に立ち両手で鉄棒をつかむと、私の声なんて気にもとめずに、
れいなは地面を蹴り上げた。
- 269 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:14
-
順手ににぎった手。
助走をほとんどつけなくても、すっと持ち上がった身体は軽々と回る。
何事も器用にこなすれいなは鉄棒も私より得意なのだ。
さかあがりだって前まわりだって私より多く回れる。
グライダーなんていう、曲芸じみた技だって楽々やってのけたりする。
やっぱりれいなの鉄棒はきれいだなぁ。
スカートの下にはしっかりスパッツはいてるじゃん。心配して損した。
あぁ。いいなぁ。 楽しそうだなぁ。
- 270 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:14
-
れいなが回っているのを隣でぼんやり眺めていたら、私だけ取り残されたようで
だんだん悔しくなってきた。
ちょっと狭いけど、まぁいいや。
れいなとこうして一緒に鉄棒するのなんて、何年ぶりだろう?
3年ぶり? いや、もっとかな。
タッ タッ タッ タッ
思い切り蹴り上げた左足と同じ速さで身体が回る。
一度ついた勢いはどんどん増していく。
オレンジと赤の世界が目の前を駆け抜ける。
髪をゆらしていくこの風は私たちだけのもの。
- 271 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:15
-
どれぐらい回ったか分からなくなったとき、私は鉄棒から落ちた。
右を向くと、珍しく息を切らしてへたりこんでいるれいなの姿があった。
上を向くと、あかね色にそまった空にちぎれた雲が光っていた。
明日は今日とは違う一日が待っている。
何となくだけど、そんな気がした。
- 272 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:15
-
- 273 名前: 虫歯とチョコレート 投稿日:2004/08/09(月) 02:15
-
- 274 名前: END 投稿日:2004/08/09(月) 02:15
-
- 275 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/10(火) 21:12
- なんだか青春のもどかしさって感じがします
れいな優しい子ですね〜
更新お疲れ様でした
- 276 名前:名無し 投稿日:2004/08/10(火) 21:19
- 待ってました。
今回の話は等身大の中学生の悩みって感じですね。
ホンワカとさせていただきました。
- 277 名前: 投稿日:2004/09/21(火) 01:47
-
今 日 は 晴 れ の 日 。
- 278 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 01:49
-
まっすぐ行ってつき当たりの公園を右に曲がって、50m。
家から歩いて10分。駅まで行くのに、けっこうな遠回りにはなるけれど、
赤い屋根が目印のこの家は、私の通学経路には欠かせない。
ピーン ポーン
玄関先のチャイムを鳴らすけれど、何の反応もない。
だからといってもう一度鳴らしてみる、なんてことはしない。
こんなのはいつものこと。
「あいぼーんっ。 行くよー」
声をかけるのはインターフォンではなく、2階の左側の窓。
あの子のことだから、今の時間はきっと自分の部屋にいるはず。
どうせ鏡に向かって、必死で前髪でも整えてるんでしょ。まったく。
「あーいぼーんっ」
いい加減イラついてきて私の声も大きくなる。 いつものこととは言え、
待っている私にも我慢の限界ってもんがあるんだから。
- 279 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 01:53
-
「ごめんごめん」
「おせーよ」
ドアが開いて、あの子がようやく出てきた。いつも通りのくったくのない笑顔は
私の言葉なんて全くこたえていないようだ。
「今日さ、数学の宿題提出する日だよね」
「あー、そうだったね」
「のの、終わった?」
「まだ」
「どうするの? 出さないつもり?」
「うーん。 この前も出さないで怒られたからなぁ。今回はちゃんとしないと」
「おぉ。えらいね。真面目にやるんだ」
「いや。今からやっても、のんの実力じゃ終わんないよ」
「へ? じゃあどうするの?」
「紺ちゃんにでも見せてもらうかなぁ」
「もー。 あんまりこんこんに頼っちゃ良くないよ」
あいぼんは白いほっぺたを少しふくらまして、まだ何か言いたげな様子。
確かにことあるたびに紺ちゃんにお世話になってるのは事実だけど、
それってそんなに悪いことかなぁ?
苦手なことは得意な人に任せちゃった方が効率良いじゃん。
それに数学なんて、これから先の人生で使うことはまずないわけだし。
- 280 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 01:54
-
「うわっ。電車もう来るよ」
「あいぼん、急ごう」
「ちょっとのの、置いてかないでよ」
ドアが開くと、そこには黒、グレー、濃紺、ありとあらゆる暗い色。
スーツの波にのみこまれ、漂うこと30分。
ヘビー級の満員電車は私たちを学校のそばまで届けてくれる。
通勤地獄、なんて表現をされて、嫌われることが多い通勤ラッシュだけど
私はこの時間は嫌いじゃない。むしろ好きなぐらい。
近くのおじさんから漂う何とも表現できない臭いには閉口するけど、
ガタンゴトンいいながら揺れる電車に合わせて、沢山の大人が右往左往する
様子はかなり面白い。隣にいるあいぼんまで一緒になってアワアワする姿は
何だかかわいくって、けっこう笑える。
けれどこんなところで本当に笑ってしまったら、かなり怪しい中学生だから
ここはガマン、ガマン。遠距離通学で一番辛いことは、もしかしたらこうして
笑いを堪えなくっちゃいけないところかもしれない。
- 281 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 01:57
-
「ねぇ、のの、あれ、どう思う?」
「あれ? ああ。そんなかんじ」
「どうする? 声かけてみる?」
「うん。 やってみよ」
駅から学校へと続く道には制服の列。その集団の中、私たちよりかなり前。
ゆるく巻かれた髪、校則通りの丈のスカートとそこからのぞく白い肌、
そして学生鞄の他にそれよりも少し厚みがある黒いバッグ。間違いない。
「「こんこーん」」
2人で声を合わせて叫ぶと、かなり多くの数のセーラー服が振り返る。
その中に、目的の顔がある。
「おはよう。2人とも朝から元気だね」
「おうよっ」
「紺ちゃんは今日、何分に着いた?」
「58分。あいぼんたちは?」
「うちらも」
「じゃあ同じ電車だったんだね。きっと」
「一緒になるなんて珍しいね」
「うちらいつももっと遅いもんね。これもあいぼんの仕度が遅いから」
「もー。うるさいなぁ」
靴をはきかえ、階段を上がって、5階の教室まで。
いつも歩いている距離だけど、休み明けだとこれがけっこうキツい。
- 282 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 01:58
-
「大通りの向こうにさ、新しいパン屋さんできたの知ってる」
「え?まじで?」
「知ってる。知ってる。 コンビニが入ってるビルの反対側でしょ?」
「そうそう。そこそこ。 マコっちゃんと、今度一緒に行こうって
言ってるんだけど、2人もどう?」
「へぇ。いいね」
「行きたい。行きたい」
礼拝前のひと時。
いつもはギリギリでこんな風に話してる時間なんてないんだけど今日は違う。
予鈴がなってから少しづつ人が減ってるような気もするけど、
まだ行かなくて大丈夫だよね。
「じゃあいつにする? 何曜日が良い?」
「今日とかどう?練習の後にさ」
「あーっ。それいい。そうしようよ。紺ちゃんもそれでいい?」
「うん。じゃあ後でマコっちゃんにも聞いてみるね」
「マコトも大丈夫だといいね」
「ねー」
- 283 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:00
-
「ちょっとそこ!」
乱暴にドアを開ける音とともに、張りのある声が教室中に響く。
それは私たちの声とは違って低く、混ざりあわない。
「ちょっとあんたたち、何してんの?」
おそるおそる振り返ると、そこには腰に手を当てた細身の女性。
逆光でよく見えないけれど、短めのタイトスカートとイントネーションの
違う話し方は、間違いなくあの人。
うわぁ。やばい。マズい人に見つかっちゃったな。
「今、何時だか分かる?」
「8時・・・16分です」
「何の時間だか、分かってるわよね?」
「・・・」
「辻! 分かってるか聞いてんだから、答えなさい!」
「れ、礼拝の・・・時間です」
「分かってんなら早く行く!」
「はーい」
「返事は短く!」
「はいっ」
中学3年生の礼拝の席は前方右より。ここからはけっこうな距離。
予鈴がなってからかなり経ってるから、急がないと遅刻だ。
- 284 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:06
-
ダダダダ ダダダダ
階段に足音が響く。小刻みなリズムが気持ちいいなんて思ったけど、
そんなことを考えてる場合じゃない。
いつもなら遅刻ぐらいしたってかまわないけど、今日は違う。
裕ちゃんに見つかってしまったからには、遅れるわけにはいかない。
1階まで降りて直線に入ると、先頭を走る紺ちゃんが加速する。
のんびりしたキャラに似合わず、足が速い。長距離だと特に。
一瞬、後ろのあいぼんが気になったけれど、紺ちゃんにあわせて
私もスピードをあげる。
「うわっ。ご、ごめんなさい」
前を行く紺ちゃんが転んだ。合流する通路から歩いて来た人を避けきれず、
ぶつかってしまったみたい。 足は速くても、やっぱりドジだ。
「ごめんね、紺野ちゃん。痛くなかった?」
「ミカちゃん?」
尻もちをついた体勢のままの紺ちゃんを気遣っているのは間違いなく
ミカちゃん。管弦楽部の先輩で、我がクラリネットパート唯一の高校生。
そもそもクラリネットは、ミカちゃんとあいぼんと私の3人だけだけど。
- 285 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:07
-
「あ、辻ちゃん。おはよう。 あんまり急ぐと転ぶよ」
「あの、私、もう大丈夫なんで」
「そう?」
「はい。本当にすみませんでした」
「ううん。私こそごめんね」
いつものようにアメリカ仕込みの爽やかな笑顔を残して、ミカちゃんは
歩いていった。少し先でその様子を見守っているのは、きっと柴ちゃん。
その前を歩いているのはごっちんによっちゃん。あ、梨華ちゃんもいる。
どうしたんだろ?みんなおそろいで。
「ののーっ! 急がないと置いてくよー!」
顔を上げると、あいぼんがかなり前を走っていた。
紺ちゃんにならともかく、あいぼんに急かされるこの状況は気に入らない。
絶対に抜かしてやる。
脱げかけていた上履きに踵をおさめて、私は思い切り廊下を蹴った。
- 286 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:13
-
@ABより、一辺両端角が等しいので、△AGD≡△BFCが証明された』
っと。
宿題の問題集5ページ、B5ノートにして10ページがようやく終了。
一時間目の生物から三時間目の英語まで。所要時間約120分。
たぶん私が普通にやったらきっとこの倍以上かかる。紺ちゃんは
一体どれぐらいの速さで解けたんだろう。
「12行目の not は13行目の but と呼応していることに注意して下さいね」
一息ついたところで周りを見回すと、みんな何やらカリカリやっていた。
みんなの表情は真剣。この教室の中で私だけ明らかに浮いている。
それでも今からみんなと一緒に授業に参加する気はおきない。
はぁ。 つまんないなぁ。
あぁ。うらやましいなぁ。
窓の下には沢山の体育着。飛び交う白いボールが青い空によく似合う。
28℃晴れ。風はほとんどない。今日は絶好のバレーボール日和。
私もバレーボールしたいなぁ。
よし。今日の昼休みはバレーボールだ。
- 287 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:13
-
「ごめん、のの。今日は無理なんだ」
「えーっ!?」
「悪いけど他あたって」
「そんなぁ」
ごめんね、と言い残してよっちゃんは教室を出て行った。
どうしてもバレーはできないみたい。 どうしたんだろう。
いつもならよっちゃんのほうから誘いに来るぐらいなのに。
窓の外では白いボールが高らかに舞っている。
その下で声をあげている集団には昼休みにいつも一緒にバレーをしている
顔がちらほら。けれど今日はその中に混じることはできない。
今校庭で行われているのは休み時間のレクリエーションではなく
バレー部の部活動。中学と高校で分かれているバレー部では再来週の試合が
中学3年生の引退試合になる。当然いつもの試合より気合が入る。
しかたないや。今日はあきらめよう。
- 288 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:15
-
「のんつぁーん」
「うわっ!」
戻ってきた中学三年の教室の横の廊下。呼び止められて振り向くと、
目の前には巨大なチンギス・ハン。 びっくりして声を出すとその後ろから
見慣れた顔がでてきた。その顔はさっきの絵と似ていないこともない。
「なんだ。マコトか」
「何してんの?」
「そっちこそ」
「ちょっと頼まれちゃってさ」
「そうだ。マコト、お昼もう食べた?」
「いや、まだだけど」
「ちょうど良かった。一緒に食べよ」
「いいよ。ちょっと待ってて。このパネル、資料室まで戻してくるから」
「この辺にする?」
「うん。そうだね」
私たちが腰をおろしたのは教室についているベランダの隅。
暖かい日差しと冷たい風が当たる、晴れの日の定番ポイント。
「マコト、今日の放課後は何か予定ある?」
「予定って。部活があるでしょ、部活が」
「いや、もちろんその後」
「別に何もないけど」
「じゃあさ、パン食べに行かない? 紺ちゃんとあいぼんも一緒だよ」
「おー。いいねぇ。行きますよぉ」
- 289 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:17
-
「お昼ご飯、それだけ?」
「うん。ちょっと痩せようと思って」
「ふぅん」
「のんつぁんのお弁当は相変わらず大きいね」
「のんはいいの。普段運動してるから」
「そういえば、今日はバレーボールしないの?」
「それがさぁ。みんなひどいんだよ。誰もつきあってくれないの」
「ああ、バレー部は試合近いみたいだからねぇ」
かぼちゃを一切れ口に運びながら、マコトはつぶやくように言った。
「よっちゃんもダメみたいだったし」
「吉澤さんも?」
目の前の子のテンションが分かりやすくあがった。よっちゃんの話となると
食いつきが違う。
「今日は無理なんだってさ。何か用事あったみたい」
「吉澤さんも?」
「うん。急いでるかんじだったし」
「へぇ。あぁ。そうなんだ。そっかそっか」
「何? マコト、どうしたの?」
「うん? いや、どうもしてないけどね」
あぁ、とか、そっか、とか一人でつぶやいている。視線は上履きのつま先ら辺。
どう見てもどうもしてないようには見えないんだけど。
- 290 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:17
-
『中3D組の辻希美さん、教員室までお越し下さい』
「うわっ。やばい」
「誰?」
「たぶん石井ちゃん」
「へぇ。珍しいね。 のんつぁん、何かやったの?」
「失礼な。のんは何もしてないよ」
「どうしたんだろうね」
「あ!」
「何?」
「夏休みの宿題、紺ちゃんのノートから丸写しした」
「あー。きっとそれだ」
「おかしいなぁ。なんでバレたんだろ?」
「いや、それ、バレるでしょ。普通に」
「じゃあちょっと行ってくるわ」
「うん。行ってらっしゃい」
頑張ってねー、なんてのんきに手を振るマコトの声を背に、
半分食べ残したお弁当をまとめて教室を出る。モタモタしてはいられない。
怒られに行くのは早いに越したことはない。
- 291 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:23
-
「おはようございますっ」
終礼を終えて視聴覚室へ行くと、黒くて長い髪が揺れていた。
黒髪さんはこっちが声をかける前に、私に気づいて振り返った。
「ガキさん、相変わらず早いね」
「辻さんも今日は早いですね」
「教室居てもやることないし。 手伝おっか?」
「ありがとうございます。でももう終わるんで。座ってて下さい」
「ほんとにいつも悪いねぇ」
ガキさんは手早く机とイスを並びかえる。その手際のよさに、手伝おうにも
手が出せない。やっぱりいつもやってる人は違う。
「今日は何やるの?」
「ロッシーニじゃないですか。今日は弦パートも全員来るみたいなんで」
「あ、そうなんだ。ちっとも知らなかったよ」
「急に日程が変わりましたからね」
「ね。最近いそがしいよね」
「でも大変なのは私たちより高校生の皆さんですよね。柴田さんとか後藤さんとか」
「そうだねー」
イスを並べ終わったガキさんは私の後ろのイスに座る。高さ20センチの台を
中心にして放射線上にイスが並ぶ。こうして改めて見るとなかなか壮観。
- 292 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:24
-
「うわっ。のんちゃん今日はずいぶん早いんだね」
「明日は雪降るんじゃない」
「あはは。そうだね。絶対降るよー」
ドアがあいて、紺ちゃん、マコト、あいぼんの順に入ってくる。
全くみんなしてのっけから失礼なんだから。
「おはようございます」
「おはよー。二人とも相変わらず仲良いね」
「やっぱそう見えます?」
シゲさんと亀ちゃんはクラスどころか学年も違うのに、今日もそろって登場。
シゲさんのスマイルは今日も健在。
「おはよー」
「ああ、おはよ」
私の横を通り過ぎた愛ちゃんに声をかけると、何やらびっくりした顔で
ふりかえる。彼女が座った席の隣には田中ちゃん。いつの間に来たんだろう。
- 293 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:26
-
「梨華ちゃん、おはよう」
手を降ると、紺ちゃんの右に座る梨華ちゃんは口角を少しだけ上げる。
おかしいな。いつもならウザいぐらい大きな反応を返してくるのに。
首を傾げていると、目があったのはそのまた隣の柴っちゃん。大きな目は
笑っていない。あの顔立ちで真顔で見つめられると、気まずくて焦ってしまう。
「えへへ」
所在ない気持を笑ってごまかし、前に向きかえり座り直す。
改めて教室を見渡すと、みんなきちんと席についている。
少しざわついてるけど、かなり大人しい。
練習前いつも騒がしい里田さんも、今日は静かに楽譜を
めくっている。こうしていると大人っぽくて、自分でセクシーなんて
言ってるのも分かる気がする。
せっかくの空き時間なんだから楽しく騒ぎたいのはやまやまだけど、
上級生が静かに待機してる以上、私たちも勝手なことはできない。
ここは里田さんを見習って、私も大人しく楽譜でも読むか。
- 294 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:27
-
- 295 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:30
-
ピピピピ ピピピピ
はぁ? 何だってまた・・・
ピピピピ ピピピピ
あぁ、そっか。そうだった。
ピピ
まぶたも身体もまだ重たいけれど、ここは踏ん張りどころ。
思い切って立ち上がり、机の上の目覚まし時計に手をのばす。頭のボタンを
押すと、ようやく自己主張を終えてくれた。
うーーっ。
のびをひとつ打ったところで、だんだん視界がはっきりしてきた。
時計の針が指しているのはありえない数字。自分でも本当にこんな時間に
起きられるとは、正直思ってなかった。
カシャーーッ
うわっ・・・。
景気良くカーテンを開くと、寝覚めの目に容赦なく日差しがとびこんでくる。
あまりのまぶしさにたじろいでしまったけど、晴天は大歓迎。雨とか雪とか
降ってなくて良かった。まぁ、いくら何でも雪は降らないだろうけど。
- 296 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:30
-
外はあんなに明るいのに、うちの廊下は薄暗い。
無理もないか。今この家で活動しているのは私だけ。
顔を洗ってリビングに降りる。ブドウパンとヨーグルトで朝ご飯をすませ、
歯をみがいて部屋に戻る。制服に着替えて鞄に教科書をつめる。
あ、お弁当どうしよう。
今日はなくていいや。コンビニで何か買っていけば良いんだし。
「行ってきまーす」
小さく言って静かにドアを閉める。携帯のディスプレイに浮かぶ数字は
いつも家を出ている時刻よりだいぶ早い。それでも目標の時間からは
少し遅い。ちょっと急ごうかな。
あいぼんの家にも寄らず、最短距離で駅まで向かう。
ジョギングをしてる人がいるぐらいで、道にはほとんど人がいない。
普段押しつぶされながら乗り込む電車も、ゆうゆう座れるぐらい空いてる。
時間が違うだけなのに、どこもかしこも初めての場所みたい。
風がちょっと冷たくていいかんじ。そういやもう秋なんだっけ。
- 297 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:32
-
「うぉっ・・・と」
普段は開放されてるから気づかなかったけど、校舎入り口の扉はイカつい
見た目通り、かなり重い。こんなの、か弱い女の子に開けさせんなよ。
まぁ、こんな時間に鍵が開いてただけ、感謝しないといけないんだろうけど。
ガラス越しの日差しが、レンガの壁や植え込みのツツジを明るく照らす。
清々しい、なんてこの前の小テストで間違えた漢字が頭に浮かぶ。
うちの学校、意外とキレイだったんだ。
今、ここにいる生徒はきっと私だけ。今この瞬間の学校を一人占め。
早朝登校って思ってたより良いものかも。
- 298 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:33
-
ゴミひとつない階段を5階までのぼる。履きつぶした踵が鳴る音が
ペタンペタン響くのが気になって、踊り場できちんと履き直した。
教室に入り、まずは自分の席へ。机の横に付いているフックに鞄をかけた。
でもこの距離をわざわざ来たのは、鞄を置くためなんかじゃない。
用があったのは教室の後ろのロッカー。
っていうか、その中に入れっぱなしになってるクラリネット。
ケースをつかんだら、もうこんな所に用はない。
屋上にでも行こうかな。
あ、でもあそこはいつも木村さんたちが使ってるしな。やめとこ。
どこか他に練習できる場所ないかな。音だしても迷惑にならなくて
できればあんまり人が来ないような場所。
あ。あるじゃん。 とびっきり良い場所が。
- 299 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:34
-
昨日の練習は最悪だった。
昨日の曲はガキさんの予想通り、ロッシーニの『セヴィーリャの理髪師』序曲。
今度の文化祭で最初にやる曲で、管弦楽部全員が参加するおおがかりな曲。
それだけにあわせるのは難しくて、夏休み中の練習では全然合ってなかった。
だから今日もきっとちゃんと進むことはないだろう、なんて思ってた。
とりあえず譜面どおり吹くことはできるから大丈夫、なんて思ってた。
指揮者の裕ちゃんが入ってきて、居心地の悪さを残したまま練習は始まった。
なにげに難しい出だしをクリアすると、スムーズに曲は進んでいく。
ヴィオラが走りがちだったBパラグラフも、どこかで木管の誰かが高音を
外していたDパラグラフも、問題なく進む。誰も目立ったミスをしない。
それどころか、裕ちゃんの指揮にあわせて、一つの曲を演奏していた。
- 300 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:35
-
そんな中で、私は音符をなぞるのに手一杯だった。顔を上げる余裕がなくて
指揮なんてみてる場合じゃなかった。メロディーを乱したくない、ってことで
とりあえずみんなに合わせて吹いてただけ。
「今日はみんなよくやってくれたな。この調子で頑張ってこ」
指揮台から降りるとき、裕ちゃんは珍しくほめてくれた。
隣の席をミカちゃんを見やると、本当に嬉しそうに笑っていたのを覚えている。
そのときに感じたモヤモヤしたものは、まだ胸の中に残っている。
- 301 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:35
-
「のんちゃん、おはよー」
「おはようございます」
「紺ちゃん。それにガキさんも。 2人とも何してんの?」
「何って、授業前にちょっと吹こうかなって思って。ね」
「はい」
中庭には二羽ニワトリが・・・、じゃなくて、オーボエの2人がいた。
私が登校一番乗りかと思ったら、違ったみたい。2人とも、なかなかやるな。
「あれー?のんつぁんも来たんだ」
2人の後ろから出てきたのはマコト。いつも通りののんきな顔と声に、
こっちまで気が抜ける。
「のの! どうしたの?こんなに早く」
「あいぼんこそ!」
反対側のドアから入ってきたのは見慣れたお団子あたま。
いつも朝の仕度にあれだけかかってるあいぼんが、こんな時間に来てるなんて。
- 302 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:37
-
なんだ。みんなもう来てたんだ。あーあ。
のんが一番のりだと思ってたのに。せっかくあんなに早起きしたのに。
さっそく吹こうとしてる4人から離れて、中庭の奥の方へ。
日陰になっているイスの上にケースを置いて、パーツを取り出し組み立てる。
後ろからやたら高い声がきこえる。
何しゃべってるのか知らないけど、いいな。楽しそうで。
いつもならみんなの輪に加わるんだろうけど、今日はそういう気分にじゃない。
ポーーーッ
あ。ちょっと高い。
ポーーーッ
ダメだ。今度は低すぎる。
ポーーーッ
うん。こんなもんだな。
- 303 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:38
-
「のんちゃん」
「ん?」
どの曲にしようかな、なんて楽譜をあさっていたら、後ろから声をかけられる。
振り返ると、後ろに立っていたのは紺ちゃん。
「音あわせ終わった?」
「うん。今できたとこ」
「じゃあさ、あっちで一緒に吹かない?」
「うん。いいよ」
紺ちゃんの言い方がいつもより遠慮っぽいかんじがしたから、ちょっと
笑ってみたら、紺ちゃんも笑ってくれた。ぷっくらしたほっぺたが上がって、
すごくかわいい。
「のの、遅いよー」
「うっさいなぁ」
「みんな待ってたんだからね」
「へ? のんを?」
「当たり前じゃん。それ以外、誰がいるのさ」
あ。そっか。それでみんな吹かないでしゃべってたんだ。
そうだったんだ。なんかうれしいな。
- 304 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:40
-
「じゃあ、何やる?」
「練習じゃないの?」
「いや、それはそうなんだけど、どの曲にするかってことで」
「ロッシーニは?昨日のおさらい」
「あれだと長すぎるでしょ。吹いてる間に遅刻しちゃうよ」
「じゃあアンダーソンは?そんな長くないし」
「でもあれ、オーボエ出番すくなくない?」
「私はかまわないけど」
「いや、それじゃ悪いよ。やっぱり」
全員が集まってマコトを議長に始まった選曲会議。中学部長の仕切りも
むなしく、なかなかまとまらない。
「あの」
「どうした? 里沙ちゃん」
一向にすすまない4人の話し合いに、一人学年が下のガキさんが
入ってくる。全員の目が、ガキさんに集中。
「『天国と地獄』なんてどうですか? せっかくみんなそろってるわけだし」
「それ良い!」
「そうだよ、それだよ!」
「ガキさん、まじ最高!」
- 305 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:41
-
オフェンバックの『天国と地獄』はプログラムの中で唯一、木管楽器だけの曲。
そういえば、今の4人は全員が木管パート。あややがいないから
ファゴットが欠けるけど、それ以外の木管楽器は全部そろってる。
何でみんな今まで気づかなかったんだろ。
「んじゃ、いくよ」
五人で輪になって演奏の体勢。フルートのマコっちゃんが今日のコンミス。
音を合わせたらマコっちゃんの合図で曲がはじまる。
出だしのメロディーを無難にこなすと、いいかんじに曲は進んでいく。
マコトのテンポは気持ちいいし、オーボエとのかけあいもいい感じ。
不安だった転調するところも問題なく吹けた。
向かいにいるマコトのフルートに反射した日差しが目に入って驚いたり、
屋上からきこえてくる鉄腕アトムのメロディーに乱されたりもするけど、
こうやって中庭にあつまって吹くのは楽しいもんだね。くせになるかも。
明日もまた、この時間にここに来よう。
すぐ近くに見渡せるみんなの顔を見ていて、そう思った。
- 306 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:41
-
- 307 名前: 今日は晴れの日。 投稿日:2004/09/21(火) 02:41
-
- 308 名前: END 投稿日:2004/09/21(火) 02:42
-
- 309 名前: 対星 投稿日:2004/09/21(火) 02:43
-
レスのお礼です。
>>275 名無し読者さま
お久しぶりです。 ・・・と申し上げて良いのでしょうか?
TVなどの媒体への露出を見ていると、れいなが優しい子に思えてなりません。
なので、そういうかんじに書いてみました。
>>276 名無しさま
待たせてしまいました。申し訳ないです。
ホンワカなんて素敵な言葉で表現していただき、すごくありがたいです。
これからもマイペースで進行すると思いますが、気が向いたときにまた
のぞいていただけると嬉しいです。
- 310 名前:名無し 投稿日:2004/09/21(火) 22:13
- おお!何気なく覗いてみたら更新されてる
なんだかこの作品での辻たち中学生組みはえらく新鮮に感じます。
それが早朝のちょっと冷たい空気とまじわって清々しい。
- 311 名前: 対星 投稿日:2004/11/01(月) 01:52
-
>>310 名無しさま
すごくありがたいレスをいただいたために調子づき、またしても
中学生メンバーメインで書いてみました。
- 312 名前: 投稿日:2004/11/01(月) 01:57
-
Do You Believe In Magic ?
- 313 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 01:57
-
チェロが響き、コントラバスがうねる。ヴィオラが駆け、バイオリンが跳ねる。
今回のプログラム中、2曲目のシューベルト。 曲は軽妙に進んでいく。
あぶなげない、そんな形容詞がぴったり。
今、舞台にいるのは弦パートの18人。
管パート全員とほぼ同じ人数だけど、これが弦のフルメンバーじゃない。
弦楽器はバイオリンだけで20人近くいる大所帯。今、弾いている人たちは
その中から選ばれた精鋭といえる。だから演奏のレベルが高いのも当然。
それにしたって、この大舞台でこれだけの演奏をするは並大抵じゃない。
そんな弦パートを、舞台袖にひっこんだ管パートのみんなは客席から見えない
ギリギリの位置で熱心に見守っている。
けれど今の私は、そんなみんなの輪の中に入ることはできないで、
舞台の光もほとんど入らない奥の方に放置されたままになっている
舞台装置に腰をおろした。
- 314 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 01:58
-
気にしなくていいよ、と下がるときに石川さんがささやいてくれた。
柴田さんも里沙ちゃんも、誰も私を責めたりはしない。それどころか、
心配してくれていることが手にとるように分かる。
今だって、一人輪から外れている私を気にして、あいぼんが振り返ったのが
見えた。失敗した上に、余計な気を遣わせてしまっていることが申し訳なくて、
いっそのこと消えてしまいたくなる。
みんなの為にも、ここは気にしてないふりをして普通に振る舞うべきだ
というのは私にも分かっている。けれど行動に移せるほど強くない。
自分のふがいなさに腹が立つ。
- 315 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 01:59
-
- 316 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:02
-
一曲目はロッシーニの『セヴィーリャの理髪師』。
今回の公演のはじめの曲ということもあって、最近の部活では4つの曲の中で
一番長く練習時間がとられていた。指揮をする中澤さんにも、私たちも、
明らかにこの曲に力を入れていた。
はじめの曲の出来が公演の良し悪しを決める。それが痛いほど分かっていたから。
それなのに。
Bパラグラフ2小節目、ストリングスにオーボエがかぶさって、曲が広がっていくところ。
オーボエの数少ない見せ場だから、部活での練習以外に何回も吹いた。
リズムもメロディーも身体が覚えている。タイミングだって問題ない。
第一、ここはたいして難しい箇所ではない。今まで間違えたことは殆どない。
それなのに。
3音目のEの音は派手に外れ、無遠慮な高音が講堂中に響いた。
弦楽器の奏でる格調高いハーモニーは台無し。
やってしまった。
呆然とした私の視界には、舞台の中心で小気味よく踊る白い指揮棒の残像が
ぼんやりと浮かび、ゆっくりと薄くなっていった。
- 317 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:03
-
- 318 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:04
-
ん?
チェロが転調するところで、突然目の前が暗くなった。
「ご、後藤さん?」
細い身体に型までの髪、それに華奢な楽器のシルエット。暗くて顔は
見えないけど、間違えようがない。
「ここ、いい?」
疑問形で聞いてるにも関わらず、私の答えを待つそぶりもなく後藤さんは
私の隣に腰をおろす。
「紺野はさ、魔法って信じる?」
「魔法?」
「そ。魔法」
何を言ってるんだろう。この人は。
後藤さんは管パートが誇る偉大なコンサート・ミストレス。
いつでもマイペース。絶対的なフルートの実力と揺るぎないカリスマ性。
とにかくかっこよくて近づき難い後藤さんは、それでいて、たまに
すごくおかしなことを言い出す。それもすごく真剣に。
「魔法、ですかぁ・・・」
後藤さんは私を見つめる。どうやら私の回答を期待してるらしい。
- 319 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:05
-
「信じるっていうか・・・。小説とかマンガとか、そういう世界の話ですよね」
「そうかな?」
「へ?」
いや、でも、魔法なんて言われてもねぇ。小学生じゃあるまいし。
「つまりさ、紺野は信じてないんだ?」
「それは・・・まぁ・・、そうですね」
こんなメルヘンな話をしているとは思えないほど冷静な声で、後藤さんは言った。
もしかして今、私、ちょっと軽蔑された?
信じてます、とか嘘でもいいから言っておくべきなのかもしれないけれど、
こういう声を出すときのこの人を前にして、心にもないことは言えない。
「じゃあさ」
後藤さんはゆっくりと立ち上がった。 その動きにあわせて顔を上げると、
舞台から差し込む光がまぶしくて、一瞬まぶたが落ちた。
「ごとーが見せてあげるよ。紺野に、とびっきりの魔法」
振り向くと、後藤さんはニコッと笑った。逆光になってよく見えなかったけど、
その笑顔はいつものクールな後藤さんとは違った。
- 320 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:05
-
「紺ちゃん、行くよー」
柴田さんに呼ばれてみんなの方に目を向けると、舞台の中央で礼をする
福田さんの姿が目に入った。どうやら2曲目は終わったらしい。
次は私たちの出番。いつまでもヘコんでいるわけにはいかない。
早くきりかえなくっちゃ。
公演のときにしか着ない黒のロングスカートを踏まないように気をつけながら
私は待っていてくれているみんなのもとへ急いだ。
- 321 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:06
-
- 322 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:06
-
バーーーーーーーッ
全員がイスの前に立ったところで、そろってお辞儀。
すると会場が拍手の音につつまれる。
照明が落ちた客席は、ライトに照らされた舞台上からはほとんど見えない。
暗くて確認できないところから聞こえてくる乾いた音はさながら津波の足音のようで、
私はいつも恐怖を覚える。
公演のたびに経験していることなのに、一向に慣れることができない。
ここにいる人のほとんどが親や友達。拍手は私たちへのあたたかい声援。
そう思ってはいても、やっぱり前向きにはとらえられない。特に失敗した後だと。
とりあえず、落ち着こう。
暗くて見えない遠くの客席から目の前の譜面台に視線を下ろし、私は席に着いた。
これから演奏するのは木管楽器だけの曲。だから席は前から2列目。
いつもでさえ緊張するのに、こんなに前の方だと余計にあがってしまう。
- 323 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:08
-
拍手が鳴り止み、他の全員が席についたことを確認すると、後藤さんは
フルートを持ち上げる。
しん、と静まり返った講堂の中でスポットライトと客席の注目を一身に集めても
それに臆することなく、まっすぐ立つ姿勢はいかにも後藤さんらしい。
その背中は1メートルちょっとの実際の距離以上に遠く感じるけれど、目の前に見える
だけでずいぶんと心強い。
ポーーーーーーーーッ
後藤さんが吹くと、それにあわせて他の全員も音を出す。
今日も後藤さんの音は澄んでいて、すごくきれい。みんなの音もきれいに合ってる。
せー のっ
パー パパパパ パッパ パパパパ パッパ パパパパ パパパパパパパパ
後藤さんがフルートの先を少しだけあげる仕草を合図に曲がはじまる。
木管楽器だけで演奏するこの曲に、指揮者はつかない。
コンサート・ミストレスの後藤さんがその代わりに全員をまとめる。
- 324 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:09
-
いきなり一番有名なところから始まるこの編曲。
聴いてる方にすればとっつきやすくて良いんだろうけど、吹いてるほうは
たまったもんじゃない。出だしが一番つまづきやすいんだから。
何度も練習を重ねて失敗することもなくなっていたのに、それでも
いつも内心ビクビクしながら吹いていた第1パラグラフ。今日は不安を感じずに
吹くことができた。 どうしたんだろ?
リズムが変わりメロディーがおだやかになる第2パラグラフ、
転調があって間違いやすい第3パラグラフ、またしても早くなる第4パラグラフ、
全てのパートが自己主張するクライマックスの第5パラグラフ。
- 325 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:09
-
どこもそれぞれ難所はあって、いつもはハラハラしながら何とかこなして
いるのだけど、今日は違う。ハラハラというかむしろワクワク。
難所は言い換えればひとつの見せ場。うまく吹けばきれいにハマる。
吹いているのが楽しくてしょうがない。
柴田さんの音に石川さんの音、それに里沙ちゃんの音。それぞれ色の違う音が
重なって、オーボエパートのメロディーに深みがでる。
松浦さんのファゴットに、あいぼん・のんちゃんたちのクラリネット、
それに後藤さん率いるフルート。11人の音がひとつに重なる。
うわぁ・・・。 なんだろ、この気分。
講堂から離れて、舞台だけが浮き上がっていくかんじ。
- 326 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:10
-
パパパパ パパパパパパパパッ
はぁ。
最後の音を出し終えると、楽器から離した口から思わずため息が出た。
終わったんだ。
バーーーーーーッ
うわっ。
拍手の音で我にかえると、座っているのはまだ私だけ。
あわてて私も立ち上がったところで、後藤さんは客席に向かって頭を下げた。
それと同時に、拍手はよりいっそう大きくなる。
ああ、なんて気持ち良いんだろう。こんなの初めて。
いつまでもこうして拍手を浴びていたいけれど、そういうわけにもいかない。
さっきの曲は今回の公演の3曲目。プログラムは全4曲。まだあと
1曲残っている。
次の曲はドヴォルザークの交響曲第7番。
部員全員が参加する曲だから、当然私たちはこんな前に座っていられない。
楽譜と楽器を持って、いったん退場。そして舞台袖で次の曲の席順に
並び替えて再入場、という面倒なことをしなくちゃいけない。
- 327 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:11
-
ん?
退場する列の中、私より前を歩く後藤さんが振り返る。
目が合うと、後藤さんはちょっと笑った。
・・・ような気がしたんだけど。
あー、さっきと同じ顔だ、なんてぼんやりと考えているうちに、列は通常の状態に
戻っていて、私の目の前には白いブラウスを着た背中ばかりが並んでいた。
- 328 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:11
-
- 329 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:13
-
「今日はみんな本当にお疲れさまでした。 それじゃあ解散ということで」
ここ1ヶ月の間ずっと練習で使っていた視聴覚室に、部員全員が集合。
福田さんの声が響くと、静かだった教室がどっとわき、ところどころで声があがる。
クラシックなんていう上品な音楽を演奏する部とは思えない、落ち着きのない空気。
普段からけっこう騒々しいけれど、今日はその比じゃない。
コンサートの後はいつもこう。
舞台にあがる前の緊張感がすごいだけに、終わった後の解放感は大変なもの。
「紺ちゃーんっ」
ひときわ高い声を出して、あいぼんが走ってきた。後ろにはのんちゃんもいる。
「今日のうちらさー、まじすごかったよねーっ」
「ねーっ。 特にさ、・・・」
頬をそめた2人はお互いにまくしたてる。2人の声はいつも上に高く、
隣で聞いている私には会話の内容はほとんど聞き取れない。
- 330 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:14
-
「・・・ね? 紺ちゃん」
「え? ああ、うん。そうだね」
急に話をふられたから、とりあえず笑顔を作って相づちを打っておく。
そうすれば問題なく会話は流れていくのだから。
「紺ちゃーん」
体身をくねらせながらまこっちゃんが私たちのもとにやってくる。
大きな声にゆるんだ顔。 中学部長として神妙な顔でボソボソと
公演の感想を話していたさっきまでとは大違い。
おどけるマコっちゃんにのんちゃんがつっこみ、あいぼんがツボにはまる。
私の隣にいた里沙ちゃんも加わって、みんなの声のトーンはさらに上がる。
そんな輪の中で、ついていけてない私もみんなと同じように笑っている。
- 331 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:15
-
聞いてない話を聞いているフリをしていることは心苦しいけれど、
みんなの興奮を冷ましてしまうよりは遙かに良い。
それにこんなのはいつものこと。取り残されるのは少し寂しい気もするけれど、
もう慣れた。
私は人より行動のスピードが遅い。誰よりも自分がよく分かっていることだから、
この欠点を補うための努力は怠っていないつもり。
それでもこうしてみんなのペースについていけないことはある。
コンサートや礼拝での演奏の後は、みんないつもよりテンションが
上がっているからこうして置いて行かれるのも仕方がない。
ん? そうだったっけ?
思い返してみると、こんなこと、今までなかったな。
演奏が終わって、興奮するのは私も同じ。むしろ私が誰よりもハイテンション。
公演の後のこの時間に限っては、みんなと同じペースで話せていたはず。
どうしたんだろ? 何かおかしいな。
- 332 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:17
-
「あははっ。 みうな、あんたまじおかしいから」
ひときわ目立つ低音のハスキーボイス。声がした方向に目をやると
そこにはやっぱり里田さん。大きい目を細め、白い歯を全開にする
豪快な笑い方。いいな。気持ちよさそうで。
その周りには木村さんと斎藤さん。
トランペットの3人組はいつも本当に楽しそう。
「ミキティ、よっちゃんたらひどいのー」
キショいなんていうひどい言葉で形容されがちな甲高い声。
石川さんは吉澤さんの隣で何やらはしゃいでいる。その嬉しそうな様子は
かわいいと言えないこともないけれど、やっぱりキショい。
一緒にいる藤本さんもきっと私と同じことを思っているはず。だって
顔の左半分が引きつってるもん。 あの人、正直だからなぁ。
- 333 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:18
-
「えりーっ」
後ろの方で騒いでいるのはトロンボーンの中学生2人と田中さん。
年は少ししか違わないはずなのに、この若さの違いは何なんだろう。
「ねぇ、ちゃんと聞いてよぉ」
私とは背中合わせになる位置でしゃべっているのは高橋さんと松浦さん。
一つ上のこの二人とは、一つ下の里沙ちゃんみたいに仲良くなっても
よさそうなものだけど、今のところそういう兆しはない。
松浦さんは近寄り難い雰囲気をだしてるし、高橋さんには近づきたくない。
「三十路三十路いわないでよっ」
部長の福田さんに、副部長の柴田さん、会計のミカさん、それにコンミスを
つとめた後藤さん。中澤先生を中心にかたまる幹部のグループ。
最近ピリピリしていた中澤先生も、公演が終わって大分くだけたかんじ。
得意の年齢ネタで自らいじられ役に回って、場を盛り上げる。
顧問の捨て身のギャグにあちこちで笑いがおこる。
- 334 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:20
-
あ、福田さんってこんな風に笑うんだ。 部長という役柄からか、
いつも冷静というか冷ややかなイメージがつきまとうこの人にこんな一面が
あったなんて。なんか得した気分。
柴田さんも、なんかいつもよりいきいきしてる。
やっぱり最近ちょっと疲れてたのかも。本当にいろいろ大変そうだったからな。
膝をたたいて爆笑する福田さんの横で、大人しく笑う後藤さん。
頬をゆるめ口角をあげる、いつもの笑顔。
さすが後藤さん。どんなときでも、どんなことをしても、やっぱり完璧。
- 335 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:21
-
- 336 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:22
-
「じゃあねー」
「またねー」
「うん。バイバーイ」
今日はいつも一緒に帰っている2人とは手を振って別れ、違う駅に入る。
定期券の期限が切れたから、できるだけ安い経路で家まで帰りたい。
これがあいぼんたちに説明した、一緒に帰らない理由。 だけど本当は
それだけじゃない。自分でも何故だか分からないけれど、地元の駅までの
30分間を2人と過ごすのは気が引けた。
改札を抜けてホームに入ると、自販機横のベンチに見えるのはうちの学校の制服。
シートに寄りかかり足を投げ出した無防備な体勢。
学校の規定より大分短い丈のプリーツスカートからのびる足は細くて長い。
そういえば、この路線はいつもあの人が使っている経路。
- 337 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:22
-
「後藤さん?」
「おーっ。紺野じゃん」
私の声に顔を上げてこたえてくれる。
その声と表情は気取っていないのにかっこいい。いつもの後藤さん。
だけどなんだか少し普段とは違うような気もする。気が抜けてるっていうか。
まぁ、割といつも気が抜けたかんじの人なんだけど。
「紺野は今帰り?」
「はい。後藤さんは?」
「あたしも帰るとこ」
「打ち上げ、行かなかったんですね」
「うん」
「何か予定とかあるんですか?」
「いや、そんなことないけど・・・。さすがに今日はちょっとね」
そう言って、後藤さんは口の端だけで笑った。
今日の打ち上げは強制参加ではないけれど、高校生の部員は当然参加する。
ましてや役職についている人は行かないわけにはいかない。
今までそう思っていたんだけど、そういうわけでもないのかな。
気になったけれど、苦笑いともとれる笑みを浮かべている後藤さんにこれ以上
詮索するわけにはいかない。
- 338 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:24
-
学年が2つも離れている上に、パートも別々。お互い管楽器という以外に
特別な接点はない。そんな私たちに何かちょうど良い話題があるはずもなく
会話は途切れ、気づくと後藤さんの体勢はさっきまでの過剰にリラックスした
ものに戻っていた。
『・・・白線の内側に下がってお待ちください』
ホームにアナウンスが響く。電車を待っている人はかなり少ない。
いつも使っているJRの駅とは大違い。
今日が土曜日だからなのか、この路線はいつもこうなのか私には分からないけど。
轟音とともに、列車が入ってくる。
開いたドアから、ちらほらと人が降りてきて、目の前を通り過ぎる。
後藤さんはその様子を焦点の定まらない目でただ眺めているだけで、
動き出す気配も見せない。
いいのかな?これで。
- 339 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:26
-
あっ。 ああっ。
行っちゃった・・・。
プシューッ、と音をたててドアは閉まり、電車は動き出す。
あっという間の出来事で、私は立ち上がることすらできなかった。
ありえない。
いつもトロいトロいと言われている私だけど、さすがにこんな状況で
電車に乗り遅れたことはない。
こうなったのも、この人のせいだ。
恨めしい気分で右に目をやると、隣の横顔は涼しい顔。
電車が来たこと、そして行ってしまったこと、そのどちらにも興味がないみたい。
まぁ、いいか。
どうせあと10分もしないうちに次の電車がくる。
電車の1本や2本ぐらい逃したってどうってことないよね。
目の前にあるのもの全てに関心が無さそうな横顔を見ていると、
私までそんな気分になってきた。
- 340 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:27
-
「行っちゃったよ。電車」
「そうですね」
「いいの?」
「いいと思います」
「思います、って。何だよ、それ」
フッ、とふきだすと、後藤さんはホーム中に響くような声で笑いだした。
勢いづいて、膝まで叩き出す始末。
何故こんなに笑われているのか、わけが分からなかったけれど不思議と
嫌な気はしない。 全然、全く。
「いやー。紺野、あんたおもしろいね」
「そうでもないです」
「いや、いいよ。本当に」
あはははは、と45度斜め上を向いて楽しげに笑う後藤さんの横顔は
いつものカッコいい後藤さんとはちょっと違う。
無邪気というか、何というか、いつもよりちょっと幼いかんじ。
そういえば公演中、舞台裏で見たのもこの表情だったな。
- 341 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:28
-
後藤さんの笑いの波が去ると、私たちはまた無言になる。
けれど重苦しいかんじはしない。むしろすごく居心地がよい。
いつもキャーキャー言ってる石川さんが、後藤さんと2人でいるときだけ
大人しくしている理由が分かる。
「紺野はさ」
何本かの電車が到着し、何人もの人が私たちの前を通り過ぎたあと
後藤さんが話しかけてきた。
ホームには相変わらず人が少なくて、けして大きくはない後藤さんの声も
いつも以上によく通る。
「どうだった? 今日は」
「楽しかったです」
とりあえず口から出てくるのはいつものこの言葉。
でも、それだけだったかな?
視線を落として、よく思い出してみる。
すごく緊張して、大きなミスをして、落ち込んで。 でもその後は
すごくワクワクして、すごくドキドキして、すごくフワフワして、
すごくキラキラして、すごく、すごく、すごく・・・
- 342 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:29
-
「なんか・・・上手くいえないかんじでした」
「そっか」
「何ていうか、夢みたいで」
「夢?」
「はい。 今もまだ、夢みてるみたいなかんじで・・・」
ん?
頬に鈍い刺激をかんじて視線をあげると、目の前の後藤さんはさっきと
同じ顔で笑っていた。
「痛いでしょ?」
「ふぁい」
つままれたほっぺたは痛いという程でもないけれど、とりあえずうなづくと
後藤さんは満足そうに手を離した。
「だからさ、夢じゃないんだよ」
「へ?」
「夢じゃなくて、魔法なの」
「魔法?」
「そ。魔法」
自信たっぷりにうなづく後藤さん。
そういえば昼間、そんなようなことを言ってたような気もする。
魔法かぁ。
あの時には全く信じられなかったその言葉も、今なら少しは信じられる。。
- 343 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:30
-
「でも・・・後藤さん?」
話しかけようと右隣に向けた視線の先には、オレンジ色のシートしかない。
「紺野ー」
のんきな声は意外な方向から聞こえてきた。
さっきまで隣に座っていた後藤さんは、ベンチの裏側の2番線に
止まっている電車の中にいた。
楽器と楽譜と衣装。公演の日の荷物は多い。普段は軽そうな鞄ひとつで登校している
後藤さんも、今日はけっこうな大荷物。
いつの間に移動したんだろう? あんな大きいバックを2つも持って。
私も乗らないといけないことに気づいたときにはもう、ドアは閉まっていた。
ゆっくり動き出す電車の窓越しに見える後藤さんは笑顔で手を振っていた。
また がんばろうね
よく見えなかったけれど、後藤さんの口元はそう言うような動きをしたような気がした。
- 344 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:30
-
- 345 名前: Do You Believe In Magic? 投稿日:2004/11/01(月) 02:30
-
- 346 名前: END 投稿日:2004/11/01(月) 02:31
-
- 347 名前:名無し 投稿日:2004/11/03(水) 21:44
- 現実の娘。さんも今回の話にあるように表現する喜びを感じながら演じてるんでしょうね。
この話のおかげで新曲がより楽しめる気がします。
しかし後藤さんと紺野さんとの間に流れる空気感がいいですね。
この二人の会話って、ものすごく間が長いんだろうなあ。
次も期待してます。
- 348 名前: 対星 投稿日:2004/12/18(土) 01:44
- 目次みたいなのを作ってみました。
Morning Philharmonic Orchestra
>>2-48 午前8時の脱走計画.....................みうな
>>51-93 For Escapees..................................藤本
>>94-134 It's not Easy..................................吉澤・石川
>>143-184 RALLY...........................................高橋
>>188-236 アメリカの女王............................里田
>>239-274 虫歯とチョコレート....................亀井
>>277-308 今日は晴れの日。....................辻
>>312-346 Do You Believe In magic? ...... 紺野
- 349 名前: 対星 投稿日:2004/12/18(土) 01:47
- 目次に意味はあるのだろうか・・・。
誰か有効活用してくれる人がいることを祈ります。
いまさらですが、>>51-93 のタイトルがおかしくなってます。
中学校レベルの間違いをしてしまいました。_| ̄|○
>>347
あの曲のリリースにあわせて書いたことも見破られてしまったようですね。
おみそれしました。
次、といっていいのか分かりませんが、雪板のスレッドでまったく違う
ものを書き始めました。よろしければのぞいてやってください。
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/snow/1075052082/562-
- 350 名前: 対星 投稿日:2005/02/20(日) 00:10
-
放置と呼ばれるのにふさわしい状態ですが、まだこのスレッドで
書く気はなくしていません。身勝手ながら、保全させてください。
- 351 名前: 投稿日:2005/03/14(月) 23:29
-
ハッピーライフ ・ ハッピーソング
- 352 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:31
-
「あさみちゃん」
終礼が終わり、そろそろと人が減りはじめた教室。
バッグの中身を整理していた私の視界に、高3では珍しい白さの上履きが
入っていることに気がついて顔を上げると、目の前には柴ちゃんが立っていた。
「んー?」
「悪いんだけど、今日の掃除当番代わってもらえないかな?」
「うん。いいよー。 場所は?」
「校庭。 ほんとごめんね」
「いいって、そんな。掃除ぐらい」
「ありがと。今度何かおごるね」
「ほんと? じゃあ楽しみにしとくよ」
「うん。期待してて」
特徴的な前歯をのぞかせて、柴ちゃんはいたずらっぽく笑ってみせた。
彼女とは長い付き合いだけど、この表情は最近よく見かけるようになったもの。
- 353 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:31
-
よほど大切な用事があるのか、それとも早く帰って明日の世界史の対策でも
するのか、柴ちゃんは小走りで教室を出て行った。
上履きがパタパタ鳴る音が廊下に響いて、ここまで聞こえてくる。
普段はわりとおっとりしてる柴ちゃんが、こんなに急いでることは珍しい。
っていうか、初めて見たような気がする。
時計の針がパチンと上がった。ああ、もうこんな時間なんだ。
あんまりのんびりはしていられない。とりあえず、私は服を着替えないと。
『清掃活動は体操服で行うこと』
うちの学校にいくつか存在する、意味のわからない校則の筆頭。
たかだか15分のために着替えるなんて面倒だし、別に制服で掃除することに
大きな問題はないというのは誰もが思っていることだろうけれど、この校則は
教員と生徒の絶対多数によってしっかりと守られている。
ロッカーを開け、奥に入っている体育着をとりだす。
体育着に袖を通すのは、すごく久しぶり。最後に体育でバスケをしたのが
先週の水曜日だから、もう10日も経っている。
- 354 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:33
-
じゃあね、バイバイ、なんて言葉を口に出して、笑顔を作って手を振ったり
しているうちに、私の周りには片手で足りるほどの数のクラスメイトしか
いなくなっていた。いつもなら、まだクラスの半分は残ってる時間なのに。
テスト期間中はみんな早々と下校する。
難なく進学できる大学がついてるのに、試験勉強は普通の高校生と同じ様に
するのがうちの学校の生徒。そのあたりは、いまだにちょっと不思議。
いつもは狭く感じる教室が、広々としている。
大きな窓から見える高層ビルが、いつもより近くにあるように感じられる。
何か落ち着かないな。
- 355 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:33
-
- 356 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:34
-
「ごめん。遅れちゃったね」
「ううん。今、始めたとこだから」
校庭の後ろ側、ケヤキの木の下には私と同じ格好をした4、5人の生徒が
もう集まっていた。やばいなー、なんて思いながら彼女たちのもとに
駆け寄ると、みんなは笑顔で迎えてくれた。
「木村さんって、今日の当番だったっけ?」
「そうじゃなかったんだけどね。柴っちゃんと代わったんだ」
「あー、そうだったんだ」
「うん。何か用事あるみたいで」
校庭の右隅のプレハブには、体育の授業用の器具のほかに、いくつかの掃除用具が
納まっている。私もそこから他の皆の手にあるのと同じ箒を取り出した。
「テスト中に掃除当番なんて、やだよねー」
「そだねー。面倒くさいよね」
ゴムチップの地面に落ちたケヤキの葉を、箒で掃き集めるのが私たちの仕事。
人工的な緑色をした校庭にクラシカルな竹箒という組み合わせは、ちぐはぐで
妙におもしろい。
- 357 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:34
-
「でもさ、校庭掃除ってちょっと楽しくない?」
「うん、いいよね。他の場所よりずっとおもしろい」
「そうそう」
「うちのクラス、ラッキーだよね」
「ねー」
しゃべっているうちに、小さかった赤茶色の山はだんだんと大きくなって、
落ち葉に隠れていたエメラルドグリーンの地面が顔をだす。
校庭に植えられた木はたったの3本。掃除は毎日、6人体制。
今日、私たちの片付けるべき落ち葉の量はたいしたことない。
「そろそろ、よくない?」
「そだねー」
「じゃ、終わりにしよっか」
全員の同意で、今日の掃除当番はこれにて終了。
あっさりしているのは、ここではいつものこと。
「校庭のそうじってさ、こういうとこがいいよね」
「こういうとこって?」
「自由に始めて、自由に終われるとこ」
「それはそうだよね。ほんと」
「けっこううるさい先生、多いからねー」
「中澤先生とか?」
「そうそう、裕ちゃんとか」
「あー、あの人はねー」
- 358 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:35
-
「ゴミ捨て、どうする?」
「あ、私やるよ」
「いいの? あさみちゃん」
「うん。私、今日遅れて来たし」
「悪いね」
「ううん。全然」
何となくできていた輪が、掃除用具入れのある校庭の右側へ移動していく。
私はビニール袋を手に、彼女たちとは別れて収集所のある校舎の方へ。
「じゃーね、また明日」
「うん、バイバイ」
遠くから手を振ってくれる友達。彼女たちはみな、箒をひきずって歩いている。
幼い頃に見たマンガで画面の端に立っていたおじさんが持っていたようなスタイルの
竹箒は、私の身長と同じぐらいの大きさがある。持って歩くのも一苦労。
でも、身長に不釣合いな大きさのゴミ袋を背負って歩く私の姿は、
彼女たち以上に不恰好なのだろう。
この格好、さながらサンタクロースだ。服は体育着なんだけど。
- 359 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:37
-
落ち葉が詰まった半透明のビニール袋は、中から赤や黄色、茶色がのぞいて
なかなかカラフル。そして大きい。落ち葉の量は大したことないから、
重くはないのだけれど、とにかくかさばるのだ。
ビニール袋の口を縛った結び目は、指をかけているとだんだんと緩んで、
しばらくすると解けてしまう。少し歩いては結びなおし、また歩いては結びなおし。
面倒なことこの上ない。どうしたもんだろう。
「あさみー」
ん?
何回目かに立ち止まったとき、どこかから声がした。
けれど辺りを見渡しても、それらしき人影はない。
なんだ、気のせいか。
私は気を取り直して、降ろしていたゴミ袋をもう一度担ぎ、歩き出す。
- 360 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:37
-
「あさみっ」
まただ。
やっぱり前にも後ろにも、誰もいない。
空耳が続くなんて、ちょっと疲れているのかも。いけない、いけない。
今日はちょっと早く寝ようっと。
「あーさ」
あーさ?
あんまり使われることのない、この愛称。
私のことをこんな風に呼ぶのはあの子とあの子、2人だけ。
「まいー?」
- 361 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:38
-
「早く気付いてよー。サムいじゃん」
四方八方にとばした視線が彼女の姿を捕らえると、まいはケタケタと
笑い声を上げてそう言った。
「ちょっとアンタ、何してんの!?」
「ん?」
「どうしたの?そんなところで」
「あー。登ったの」
「いや、それは分かるんだけどさ」
まいがいるのは、私の頭上。つまり、ケヤキの木の上。
どうりで気付かないはずだ。こんなとこにいられちゃ。
枝に腰かけ、幹に手をかけ、葉の隙間から顔を覗かせるその格好は、
さながらどこかの童話に出てくる妖精か何か。
でも、それにしちゃでかすぎるでしょ。さすがに。
「そっちこそ、何してんの? ってか、それ、何?」
「掃除。今、ゴミ捨ての途中なの」
「あー。そっか。それでか」
手をたたいて、納得したとのリアクション。
あー、もう。そんなところで手離しちゃ危ないって。全く。
- 362 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:39
-
「まいは?」
「私?」
「何でそんなとこいるの?」
「登ったから」
「それは分かってるよ。何で登ったの?」
「何でだろーねー。 何となく?」
茶化すように言うと、まいは白い歯を見せて笑ってみせた。
呆れ顔の私を見下ろして、枝から降ろした足を満足げに揺らしている。
聞くんじゃなかった。
「あーさっ。ちょっと、どこ行くの?」
「ゴミ捨て」
「いいじゃんそんなの。後で行けば」
歩き出そうとした私を、呼び止める彼女。
振り向いてもう一度見上げると、日焼けした肌が木漏れ日に照らされて、
見たことのない色に光る。それは、すごく不思議な色。
- 363 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:40
-
「あーさもさ、こっちおいでよ」
「は?」
「登ってきなよ。ここまでさ」
「やだよ」
「何で? 気持ち良いよー」
「だって危ないじゃん」
「危なくないよ。全然。こんな高さだしさ」
「第一、 登れないよ。そんなとこ」
「登れるって。これぐらい」
「無理だよ」
「大丈夫、大丈夫。あーさ、体育得意じゃん」
「それとこれとは別でしょ」
「同じだよ。っていうか、平均台とかよりは全然簡単だし」
「それじゃあ・・・」
楽勝、楽勝、なんていう景気の良いまいの言葉に乗せられて、
私もケヤキの木に手をかけた。
実ははじめから木の上のまいが羨ましかったっていうのは内緒。
ゴツゴツした幹は思った以上に肌触りが悪いけれど、指をかけるには
もってこい。滑らないから木登りをするのには都合がいい。
よっしゃ、登るか。
大きく息を吐いて、私は腕に力をこめた。
右手、左手、右手・・・・うわっ。
手を離したところで身体が沈み、地面まで落下。
失敗失敗。気を取り直して、もう一度。
- 364 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:41
-
「それじゃダメだよ。あーさ」
「へ?」
「腕ばっか使ってんじゃん。そんなんじゃ登れないって」
「腕?」
「そう、腕。もっと足使わなくちゃ」
「足?」
「うん、足」
足。そうか、足か。
目線より少し高い位置に両手をかけ、幹に飛びつく。
足で木を捕らえ、登っていく。小さい頃にやった、登り棒の要領。
いっち、にー、さん・・・・うわっ。
手が滑ったかと思うと、身体はズズズと音を立てて地面まで落ちる。
また失敗。 でもさっきよりも少し高いとこまで行けた。進歩はある。
よしっ。もう一度。
いち、にー、さんっ、しー・・・・うわっ。
今度は四歩目でさっきのパターン。もうちょっとなんだけどなぁ。
さっきは惜しかったけど、多分次は大丈夫なはず。
よしっ。もう一度。
- 365 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:43
-
「あーさー」
「何?」
「上履きじゃまだよ。脱ぎなって」
「上履き?」
「うん。そんなの履いてたら踏ん張れないでしょ」
木登りの基本は裸足。まいの教えに従って、上履きと靴下を脱いで、
ほっぽらかしたままのゴミ袋の隣に置いた。
やけにすっきりした足元。
必要以上に涼しいけれど、そんなこと気にしちゃいられない。
乾いたゴムチップを踏みしめて、私はまたケヤキの木の下に立った。
よしっ。もう一度。
いち、に、さん、
よしよし。いいかんじ。順調、順調。
しー、ごー、ろく、
5歩目で少し滑りかけたけれど、踏みとどまって、何事もなかったかのように
登る。これが裸足のパワーか。一番低い枝はもうすぐそこ。
なな、はち・・・・うわっ。
枝の根元に手をかけようとした瞬間、右足が大きく滑った。
そのまま身体はまっすぐ落ちて、地面にぶつかる。
- 366 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:43
-
さすがにこれだけの高さから落ちると、いくら下がゴムチップでもけっこう痛い。
でも、くじけてる場合じゃない。後もう少しなんだから。
よしっ。もう一度。
いち、にー、
飛びついた幹は相変わらず少し湿って、ゴツゴツしている。
足の裏への刺激はくすぐったいけれど、嫌じゃない。
さん、しー、
四歩目で、だいたい2メートルぐらいの高さまで来る。
はじめは手をかけるのがやっとだったこの高さも、今は単なる通過点。
ごー、ろく、
頑張れ、あと少しだよ。さっきからずっと応援してくれている
まいの声が、だんだん近づいてくる。
しち、はち。
枝はもう手をのばせば届く。でもここはさっき滑ったところ。
ここで落ちると、かなり痛い。今度は慎重に。
よしっ。
右手が枝をつかんだ。身体を引き寄せると、次の枝はすぐそこ。
ここまでくれば後はもう何も問題はない。
- 367 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:45
-
「あーさ」
始めに座っていた枝から、まいはちょっと低いところまで下りてきていた。
左手で枝につかまって、下にいる私のほうにかがみこむ。
「やったじゃん!」
「うん。ありがと」
彼女がさしだしたグーの形の右手に、私も自分の右手を合わせる。
そしてハイタッチ。乾いた音がパチンと響いた。
「簡単だったでしょ? このぐらい」
「はぁ? 全然」
「楽に登ってたじゃん」
「どこが? すごいキツかったよ。もう」
外の明るさとはうって変わって、枝の中は薄暗い。
小麦色したまいの肌はいつも以上に濃い色になって、ここからだと
すっかり葉と同化しているように見える。けれどその分、彼女の白い歯は
いつも以上に白く映って、眩しいぐらい。
- 368 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:46
-
「高いねー」
「ね」
「ここって、何階ぐらいの高さなのかな?」
「うーん、4階ぐらい?」
「いや、そんなにはないって。きっと」
「じゃあ2階ぐらい?」
「えー、もうちょっとあるでしょ」
実際には大したことないんだろうけれど、それでもここの高さはけっこうなもの。
苦労して登ったから、っていう理由からだけではなく、そう思う。
「うちの校庭ってさ、けっこう広いんだね」
「そうだねー。ここから見ると」
「いつも狭い、狭いと思ってるんだけど」
「ね。トラックは小さいし、テニスコートは4面しか取れないし」
「そうそう」
「入ったときさ、これ見てびっくりしなかった?」
「した! 校庭が緑色なんだもん」
「ゴムチップなんて見たことなかったもんね」
「うん」
「でもさ、もう見慣れたよね」
「そだね。いまは土の校庭のほうが考えらんない」
「うん。すごい違和感ある」
- 369 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:47
-
「あーさ、あれ見て」
「どれ?」
「ほら、フェンスのとこ」
「あー」
花壇の横に作られたコンクリートの道は、南館から東館にむかうコース。
そこを歩く、生徒の髪の毛は肩までのストレート。そして黒い。
細い下半身といかつい肩は、間違いなくあの子。
「あれって、みうな?」
「だよね?」
「うん。多分」
「こっち、気付くかな?」
「声かけてみようよ」
「やってみよっか」
まいの声のトーンが何音か上がる。
この子の声はテンションのバロメーター。
「みうなーっ」
「みーうなーっ」
「おーいっ。こっち、こっち」
みうなが歩いているところから私たちのいるケヤキの木まで、
10mも離れていない。普通に声をかければ十分にとどくだろう。
「気付かないね」
「うん。やっぱ無理かな?」
「かもね」
ただし、この高さ。そして落ち始めたとはいえ、それなりの量の葉。
もしかすると、これはなかなか大変な挑戦なのかも。
- 370 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:47
-
「みーうーなーっ」
後ろから大きな声が聞こえたと思ったら、身体がガクっと落ちた。
驚いて幹につかまると、今度はフワっと持ち上げられる。
なんだ、この振動。
「まい! 危ないよ!」
「大丈夫、大丈夫」
「落ちたらどうすんのさ!」
「平気、平気。このぐらいじゃ落ちないって」
キャーとか、ウォーとか高らかに歓声を上げて、まいが枝を揺らす。
つかまっているのが精一杯な私は、振り返ってその姿を見ることもできない。
「みーうなーっ」
「みうなーっ」
「あ、今、気付いた?」
「よっしゃ」
左手にノートを抱え、みうなが私たちのほうへ駆け寄ってくる。
その速さは、片手がふさがっているとは思えないほど。
私が手を振ると、みうなは私以上に大きく腕を振り回す。
その姿が見えたのか、まいはますます大きく枝を揺らす。
- 371 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:48
-
「まいまーい! あーさ!」
ケヤキの木の下、地面から飛び出た根の上に立ってこっちを見上げる
みうなの目は、いつも以上に真ん丸。口はいつもと同じように半開き。
「何してるんですかー?」
「え? 木登り。 だよね?」
「うん。木登り、だね」
「みうなもこっち来ない? 楽しいよー」
「え? いいんですか?」
「良いに決まってるじゃん」
「じゃ、今行きますね」
元気良く宣言すると、みうなは左手の荷物を足元に投げる。
制服の袖をまくって、やる気満々。本人は準備完了という様子。
でも・・・・ちょっと待て。
「みうな、あんたもしかしてその格好で登るつもり?」
「はい」
「え!?」
「ダメですか?」
「ダメだって!それは!」
「うん。さすがに良くないでしょ」
みうなはきょとんとした顔でこっちを見上げている。
その口はやっぱり半分開いてる。
- 372 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:49
-
「せめて下だけでも体育着に着替えといで」
「はーい。 じゃあ、急いで行ってきます」
待っててくださいね、なんて言い残して、みうなは校舎の方へ消えていった。
木の根元に置いたノート類は置き去りにして。
あの子は何気に足が速かったりする。
細いわりにガッシリしている体型を考えれば、そう意外でもないのだけれど。
この前、50mで勝負して負けたときはちょっとショックだった。
運動部の子ならともかく、部活の後輩に負けるとは思ってもみなかったから。
そんなみうなでも、まいにはさすがに敵わないんだろうけど。
「まったくしょうがないねー。あいつは」
いつものハスキーボイスでつぶやくと、まいはフッと小さく笑った。
私のいるところと同じぐらいの高さの枝までおりてきていた彼女は、
またもっと上の方に登っていく。
- 373 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:50
-
おうっ。
久々に来た横揺れに、思わず前につんのめる。
見上げると、1mほど上の枝ではまいが大きく身体を揺らしている。
斜めにのけぞり、曲げていた脚で枝を押す。ちょうどブランコをこぐ要領。
うおっ。
やばいやばい。ぼんやりしてたら振り落とされちゃう。
この高さから落下したら、洒落にならない。
この歳で、木に登っていて怪我したなんて、本当に笑えない。
うわっ。
立ち上がると、視界は真っ白。
飛び込んできた日光のまぶしさに耐えられなくて、思わず目をつぶる。
ゆっくりと目を開くと、目の前に広がっていたのはいつもの校庭。
ふぅん。
さっきからずっと見ていた校庭だけど、開けた視界で見ると違って見える。
目を上げると、ライトグレイの高層ビル群が遠くに見える。
その後ろにどっしり構えるのは、頭に雪をかぶった富士山。
この近くは東京の真ん中にあって、静かな文京地区。高い建物も少ない。
うちの学校、もしかしたらけっこう良いとこなのかもしれない。
- 374 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:50
-
「あーさ」
「ん?」
木の揺れと同じリズムで小さく聞こえていた口笛が途切れてから少し。
まいの声が葉の中に響いた。
「うちらがここ入ってから、どれぐらい経ったっけ?」
「中学入ってからだから、6年?」
「いや、まだだって。まだ5年半」
「・・・そっか。うん。そうだね」
「もう。しっかりしてよ。 でもさ、長いよね。5年って」
「うん。 けど、早かったよね」
「ねぇ。 あっという間だった」
ヒラリと落ちてきた葉が、つま先をかすめていのが分かる。
靴をはかない足は、感覚が鋭い。静かに通り過ぎる風も見逃さない。
「うちら、もうすぐいなくなっちゃうんだよ?」
「うん。いなくなるね」
「実感わかないよ。全然」
「ねー。 でも、あと半年ないでしょ?卒業式まで」
「11、12・・・・。うん。そうだね。もう半年切ってる」
「きてるね」
「うん。確実に」
- 375 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:51
-
「だってさぁ、終わっちゃったんだよ? 部活が」
「だね。信じらんないけど」
「ほんと、ありえないよね」
「うん。ありえない。 でも、もう終わったんだよね」
「うん。終わったね」
自分に言い聞かせるかのように小さくつぶやいて、まいは黙り込んだ。
木の横揺れは、もうおさまっていた。
先々週の土曜日の公演をもって、私たち3年生の管弦楽部での活動は終了した。
演奏終了後には、セレモニーを用意してもらってカードや花束を受け取った
けれど、いまだに引退したという事実をうけいれられないでいる。
トランペットはいつだって吹けるけれど、みんなで一緒に演奏する機会は
もうないだろう。放課後や休み時間に集まることもなくなる。
部活を引退するということが一体どんなことなのか、今はまだ分かっていない。
けれどテスト期間が終わって学校が通常モードになれば、部活のない学校生活が
待っている。そのことが、何となく怖く感じる今日この頃。
多分それは、まいも同じ。
- 376 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:51
-
「あーさ」
「ん?」
「長いこと、ありがとね」
「こっちこそ。まいと一緒で、楽しかった。どうもありがと」
「ちょっとやめてよ。そんな」
「いいじゃん。たまには」
「やだよ。照れるじゃん」
「自分から言っといて、何いってんの」
「だって、変だよ。大学も同じとこいくんだし」
「まぁ、そりゃそうだけどさ」
木の中いっぱいに、声が響いている。まいの声が大きくなるのは、
あせってるとき。分かりやすいんだから。
ここからじゃ顔は見えないけれど、まいの慌ててる顔が目に浮かぶ。
「まぁ、ねぇ、うん。ここはひとつ、これからもよろしくってことで」
「こちらこそ、よろしくってことで」
「・・・フッ。ハハハ」
「何笑ってんの?せっかくいいかんじなのに」
「なんかおかしいじゃん。こんなのって」
「おかしくないっ。笑うなっ」
「だってさぁ」
まいは乾いた声でケタケタと笑う。
まったくもう。うまい具合にまとまりそうだった話が台無しだよ。
まぁ、いっか。
- 377 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:52
-
- 378 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:52
-
「まいまーい」
この声は、あの子だ。
遠くから聞こえる高い声は、茂った葉の中ではわずかに聞こえる程度。
それでも声の主はすぐに分かった。っていうか、他に考えられないし。
「おー、みうな。よく来たね」
「はいっ」
「よし。ちゃんと着替えてきたみたいだね」
「ばっちりです」
「うん。じゃあ早く登っといで」
「はいっ」
元気良く返事をすると、みうなはケヤキの幹に手を置いた。
彼女の長袖のジャージの袖は下りたまま。上履きも履いたまま。
どうなるかなぁ。その格好じゃ。
- 379 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:54
-
「あーっ。だめだよ、それじゃ」
「もっと足使いなよ」
「足ですか?」
「そう、足。あと、上履きは脱いだほうが良いよ。靴下も」
「はいっ」
グッグッグッと登っていって、ある程度の高さまでは来るんだけれど、
枝にとどく前に落ちてしまう。珍しく悔しそうなみうな。
背中についた土を払って、すぐにもう一度幹につかまる。
「おーっ。いいよ、いいよー」
「みうなー。頑張れー」
「はいっ」
一番低いところにある枝は、私の踵がのっている枝。
あとちょっと。もうちょっと。手をのばせばすぐ。
- 380 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:54
-
- 381 名前: ハッピーライフ ・ ハッピーソング 投稿日:2005/03/14(月) 23:54
-
- 382 名前: END 投稿日:2005/03/14(月) 23:55
-
- 383 名前:名無し 投稿日:2005/03/16(水) 21:35
- もう卒業の季節なんですね。
妙に懐かしくて、そしてなんだかセピア色な切ないお話でした。
この二人が学校をサボる話を読んでこの物語に興味を持ったので、すごく寂しいです。
なんか私の中ではこの二人は、風神雷神という感じなんですよ。
卒業してもなんやかんやと顔を出して欲しいなあ。
ところで再開ありがとうございます。
目次が作られていたからてっきり終了かと思ってました。
次回も期待してます。出来れば卒業式にまつわる話を読んでみたいな。
- 384 名前: 対星 投稿日:2005/07/05(火) 23:56
-
>>383
レスありがとうございます。
そうですね、卒業してもなんやかんやと・・・・って、スレ容量が残ってないですね。
卒業式にまつわる話、書いてみました。
卒業の季節はすっかり逃してしまいましたが。
- 385 名前: 投稿日:2005/07/06(水) 00:26
-
This is a meaning
- 386 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:27
-
はぁ?
何度目をこすっても、点滅する黄緑色のデジタル文字は変わられない。
9:15
ありえない時刻。この目覚まし時計、もうヤバいみたいだ。
そろそろ新しいの買わないと。
ん?
9時15分。
充電スタンドに立っている携帯のディスプレイも同じ時刻を告げている。
これってもしかして、本当に・・・・。
右手に持っている時計をもう一度見るけれど、時刻はやっぱり9時15分。
おいっ
どうして今まで起こしてくれなかったんだよ!
気持ちを込めて力任せに投げつけた目覚まし時計は、壁に当たってゴツンと
鈍い音を立てた。
- 387 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:28
-
「あれ? お姉ちゃん、まだいたの?」
ドアが開いて、顔を出したのは一つ下の妹。
制服姿で、右手にはマグカップ。相変わらずスカートが短い。
顔も声も私とそっくりな彼女だけど、体系はあんまり似てない。
この子は部活で器械体操をやってるだけあって、すらっとした身体をしてるのだ。
「あーっ!目覚まし壊れてるじゃん!」
高い声が部屋に響く。
バラバラになった目覚まし時計の部品を集める顔は、何故だか得意げ。
「いい加減にしなよ、お姉ちゃん。これで何個目?時計だってかわいそうだよ?
それにもうそろそろ物に当たる歳でもないでしょ」
分かってんだよ、そんなこと。のど元まででかかった言葉をのみこんだ。
ここは分が悪い。黙っておいたほうがいい。
- 388 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:28
-
「第一さ、自分の身体考えなよ。
その腕で思いっきり投げたらどうなるかぐらい分かるでしょ?
いくら運動してないっていっても、太ってる分パワーあるんだから」
ん? なんか今、ありえない言葉が。
「ちょっとお姉ちゃん? 聞いてる?」
あー。そろそろ限界。
「ちょっとアンタ、どっかいってて!」
「うわっ、紅茶こぼれちゃったじゃん。シミになったらどうするの」
「邪魔なんだって! 急いでるんだから!」
閉めたドアの向こうからは、まだ何か聞こえるけれど、気にしない。
あんな子のことなんて気にていられない。だって私は急がなきゃいけないんだから。
とりあえず、早いとこ着替えないと。
- 389 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:29
-
髪の毛は電車の中で整えればいい。スカーフもそれでいこう。
いろいろ端折ると、思っていたよりも簡単にカタがついた。
セーラー服っていうのは、これで意外と機能的にできているのかもしれない。
階段をかけ下りて、玄関を出てすぐのところにある自転車に足をかける。
多分これで電車2本分ぐらい早く行けるはず。
家から駅までは歩いて15分ちょっと。
普段の通学に自転車は使わない。小川家唯一の自転車は、妹の通学用。
勝手に使うと、後で何を言われるか分からないけれど、仕方がない。
今日の式は10時30分から。頑張れば、きっと間に合う。
- 390 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:30
-
「マコトちゃん? マコトちゃんよね?」
スーパーの前の交差点。信号待ちをしていたら、後ろから声をかけられた。
振り返ると、ご近所の石川さん。っていうか、部活の2年先輩の石川さんのお母さん。
私の顔を見て、にっこり笑う。さすが親子。よく似ている。
「ああ、どうも。お久しぶりです」
「本当、久しぶりよねぇ。元気だった?」
「はい」
「今日は学校かしら? 珍しいわね、自転車なんて」
「ええ、まぁ・・・」
「お休みなのに偉いわねぇ、マコトちゃんは。うちの子なんて今日もまだ寝てるのよ。
まったく、しょうがないんだから」
「はぁ・・・」
「あの子、学校ではちゃんとやってる? 迷惑かけてない?」
「いえ、そんなことは・・・」
「そう? ならいいんだけど。 本当にねぇ、あの子ったら、ちっとも落ち着きがなくって。
少しは真希ちゃんとか美貴ちゃんを見習ってくれればいいんだけど。この間もね、」
- 391 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:31
-
ああ、始まった。
この人は気さくで優しい人なのだけど、どうも話が長い。楽しそうにしゃべっているから、
こちらから上手いこと切り上げることができない。
私達の横で、周りの人たちが歩き出す。どうやら信号が変わったみたいだ。
けれど石川さんのお母さんに、動き出す気配はない。
石川さんのお母さんはしゃべり続ける。
視界の右隅で、青く光った信号機が点滅している。
あー、そろそろヤバいな、これ。
「あの、すいません。ちょっと急ぐんで」
「あら、ごめんなさい。私ったら、引き止めちゃったかしら」
「いえ。それじゃあ失礼します」
私がペダルを踏むより先に信号は赤に変わって、曲がってきた軽トラックに
ぶつかりそうになったけど、何とか横断歩道を通過できた。
この角を曲がると駅が見える。もうちょっと急がなくちゃ。
- 392 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:32
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駅ビルの横にある駐輪場に自転車を停めて、駅に向かう。
ポスターやフリーマガジンを横目に改札を抜けると、ホームまで続く大きな階段。
よーし。
よっ よっ よっ よっ よっ
よっ よっ よっ よっ ・・・ん?
よっ よっ よっ よっ よっ
いつもはのんびり歩いて上るこの階段も、今日は2段抜かしで駆け上がる。
中段の踊り場を過ぎたところで、足の裏に妙な感触。
気になったけれど、足は動かす。違和感はあるけれど、大した問題じゃない。
9時50分。
最後の一段に足を掛けると、掲示板に付いている大きな時計が目に入った。
次の快速は3分後。それに乗れば式にはきっと間に合う。
なんだ、全然余裕じゃん。
ホッとしたら、自分の顔がやけに熱くなっていることに気が付いた。
血が昇っているかんじ。じわっと汗がでてきた。膝だって、軽く笑っている。
やり慣れないことするからだ。
やっぱり普段から運動しとかないとダメだね。さっき妹に言われた言葉が身にしみる。
- 393 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:33
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駅の時計より少し早く、銀色の車体がホーム滑り込んできた。
アナウンスを待たず、大きな音をたててドアが開く。
その向こうにいる乗客はいつもよりずっと少ない。
私はまるまる空いていたベンチシートの端に腰をおろした。
土曜日の午前中。
仕事や学校に向かうには遅すぎるし、遊びに行くのには少し早い。
微妙な時間だけに、平均乗車率120%のこの路線でもスカスカ。
はーーーぁ
ため息と一緒に体の力が抜けていく。
ついでにぐっと伸びをして、何回か首をぐるっとさせると、しゃっきりしたかんじ。
姿勢を正すと、右足がなんだかおかしいことが気になった。
ぅげっ・・・
右足の踵を持ちあげると、ローファーの底がパカっとはがれた。
中学に入ってから3年間、ずっと使ってきたこげ茶色のローファー。
あんまり良い履き方はしてこなかったから、そろそろヤバいかなとは思っていたけど、
何もこんな日に壊れなくっても・・・。
あーあ。どうするかなぁ、コレ。
- 394 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:33
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色とりどりの屋根やマンション、その後ろにそびえる電波塔に
もっと後ろでどっしり構える山の影。
見慣れた景色を見送りながら、考えることはただひとつ。この靴はどうするべきなのか。
マコト案その1:家に帰って履き替える
高校に上がってから履こうと思って買った靴が、靴箱に入っている。
予定よりちょっと早くなっちゃうけれど、あれを下ろせばいい。
却下。そんな時間ない。
マコト案その2:外れた靴底を接着剤で固定
問題は靴底だけ。それにこの靴を履くのは今日が最後。
とりあえず今日の式だけ乗り切れるように、応急処置さえできればいい。
良案だと思ったけど、ここは却下。
財布を家に忘れてきた。お金がないのに、ボンドが買えるわけがない。
マコト案その3:気にしない
外れているのは、踵の部分だけ。ほんの2センチぐらい。
きっと気にしなければ気にならない。実際、歩くことはできるわけだし。
うん。これでいこう。我ながら、ナイスアイディア。
- 395 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:35
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- 396 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:35
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短いトンネルを抜けると、いつもの光景。
線路の横を走る幹線道路と、立ち並ぶ同じ高さのオフィスビル。
電車はスーッと減速して、ホームに入る。
スポーツ紙しか売ってない売店の横を通り抜け、いつもの場所で停車。
この駅で降りるのには、ここがベストポジション。
ドアが開いたら、階段の方向へダッシュ。
マイペースに動くエスカレーターを早足で上る。
いつもは電車が着くとすぐに左半分がびっしり埋まってしまうこの場所も、今日はスカスカ。
おかげで隣の人に鞄をぶつけないようにとか、前の人のペースに合わせようとか、
面倒なことを考えなくていい。
いち、に、さん、で頂上に到着。よし、いいかんじ。
グリコのポーズで決めたいところだったけど、それはまた今度。
- 397 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:36
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あれーっ?
エスカレーターを上った先に見える、駅の外の光景。
屋根からポタポタ落ちる水滴。街行く人はみんな傘をさしてる。
電車の中からは気づかなかったけれど、今日の空はご機嫌ナナメ。
妙な色をして、陰気な雨を降らせている。
昨日の天気予報では、東京地方にはくもりのマークしか出てなかった。
そもそも関東地方のどこにも傘マークは見当たらなかったはず。
そんな日に雨なんて降らないでしょ、普通。どんな予報だよ、おい。
きっついなぁ、これは。
雨足はそんなに強くはないけど、弱くもない。
ここから学校までは歩いて10分。長くはないけれど、短くもない。
今日の私には対抗手段なんてない。
できることといえば、被害を小さく収めるための努力だけ。
歩けば10分の道のりも、走れば3分。
もうちょっとだけ頑張るのも、きっといいもんさ。
- 398 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:37
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- 399 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:37
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ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ
一歩一歩踏み切るたびに、音を立てて足がすべる。
靴の中はもうかなりの浸水。
壊れた右側だけじゃなくて、左側も大変なことになっている。
さっき思いっきり水たまりを踏んでしまったのが良くなかった。
いつもよりも軽い学生鞄が手の中で跳ねる。
いつの間にか開いてしまったフタは、たまにめくれ上がって手に当たる。
雨でぬれてペタっとなった髪の毛が顔にまとわりつく。
前髪からたれてくる雨が邪魔して、目を開けているのがちょっとしんどい。
信号が青になった。
ここの道路を渡って、あそこの角を曲がれば、学校が見えてくる。
あともう少し。
- 400 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:37
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- 401 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:38
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レンガ造りで有名な、うちの学校の校門。
いつもと違うのは、その横に立てられた式典用の看板。
『第58回 中等部 卒業証書授与式』
毛筆のいかめしい字に、背筋が伸びる。頭が下がる。
今まであんまりなかった実感ってやつがわいてくる・・・ような気がする。
そうか。今日で私は卒業するのか。
進学先は隣の校舎の高等部。先生も友達も、みんな一緒。
だけど中学生が高校生になることは、多分それなりにすごいこと。
だから卒業式も多分それなりに特別なこと。
- 402 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:38
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「おはよー」
校舎に入った私をむかえてくれたのは、聞きなれた。
後藤さんのあまりの力の抜けように、こっちまで脱力。
っていうかさ、おはようじゃなくて何かもっと他にあるでしょ。
「マコト! 何やってんの、こんなとこで」
廊下の反対から響く大きな声。駆け寄ってきた吉澤さん。
良かった。この人はもうちょっとだけちゃんとしてるみたい。
「いや、ちょっと寝坊しちゃって」
「は? まじで?」
「はい」
「卒業式なのに?」
「なんか起きたらもう9時過ぎてたんですよね」
「・・・・かっけー!」
間違えた。この人もあんまりまともじゃない。
「マコっちゃん、アツいねー」
隣の人は隣の人で、相変わらずのテンションでヘラっと笑って見みせる。
こんな人たちが引っ張っていく今年の部活が、ちょっと心配。
- 403 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/06(水) 00:39
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「もしかして、もう始まってますか?」
「ううん。まだ」
「卒業生はこれから入ってくるところ。セーフだよ、全然」
「よかったぁ」
これから合流すれば、寝坊も遅刻もすべて帳消し。まさに完璧。
はぁ。息を吐いたら、思わず膝がくずれた。
「でもさ、マコト、そのかっこで出るの?」
「はい」
「ふぅん」
「いけませんか?」
「いけなくはないよ、別に。 ねぇ?」
「うん。悪くはないんだろうけど」
「ちょっと自分で見てみなよ」
うわぁ・・・・
セーラー服の袖もスカートの裾も、じっとり濡れて紺色が濃くなってる。
吉澤さんに渡された鏡を見ると、その中にいるのはなんとも間の抜けた顔。
服だけじゃなくて、髪も顔もぐちゃぐちゃ。
「マコト、ちょっと来て」
「はい」
「ごっちん、悪いけどここはまかせた」
「おぅ。 いってらっしゃーい。頑張ってねー」
笑顔で手をふる後藤さんを受付に残し、私は吉澤さんの後について
卒業式が行われる講堂とは逆方向に歩いた。
- 404 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/07(木) 23:56
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- 405 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/07(木) 23:57
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- 406 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/07(木) 23:57
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「ふーん。で、遅刻したんだ」
「いや、それだけじゃないんだって。用意してたら妹が絡んできてさ。
いろいろ言って くるわけよ」
「で、遅れてきたの」
「いや、まだあるんだって。石川さんのお母さんにばったり出くわしちゃって。
ほ ら、あの交差点のところで。のんちゃんも来たことあるでしょ?」
「で、1時間も遅れたわけだ」
「いや、もうちょっと聞いてよ。走ってたらさ、靴が壊れちゃったの。靴底がパカって外れて。
ここだよ、ここ。ほら、ちょっと見てよ。これ、すごくない?」
「へー。で卒業式に間に合わなかった、と」
「いや・・・・」
「もういいじゃん。早く食べよ」
こんこんの一言で、会話終了。
相変わらず、食べ物を前にしたときの彼女の言葉は重くて強い。
学校のすぐ近くにあるファミリーレストラン。
禁煙エリア一番奥のボックスシートは、私たちの指定席。
ここのチョコレートサンデーは最近のお気に入り。
楕円形の広口グラスの中央に構える3つのアイスクリーム。
ふんだんに添えられたホイップクリームとチョコレートソース。
周囲を飾るイチゴとパイナップル、そしてさくらんぼ。
- 407 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:00
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「これってある意味、名人芸ってやつだよね」
「何が?」
一番奥の席に座ったのんちゃんが、スプーンを加えながら言った。
私と目が合うと、ニヤっと笑う。
「マコト、イベントになると必ずなんかやらかすでしょ」
「たしかに」
「そうかなー?」
「だってほら、体育祭には体育着忘れてきたでしょ? 移動教室のときは
一人だけ制服で来てたし。私服だってのに」
「そうそう。あれ、おかしかったよねー」
「それと去年のマラソン大会も、一人だけ帰ってこなかったし」
「あれは・・・」
「道に迷ったんだよね?」
「うん」
「普通、学校の周り走ってて迷子になる?」
「ありえないって。それ、絶対ありえないから」
声をあげるのんちゃんとあいぼん。
そんな2人の隣で、こんこんはお皿をつつく。
- 408 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:01
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「今日だってさ、校歌斉唱のときに入って来るし」
「びっくりしたよねー。笑っちゃって、歌えなかったもん」
「あれでピアノ伴奏も一瞬止まったしね」
「そう!微妙にズレた!」
「あれでうちらの合唱、だいぶ崩れたよね」
「だね」
ここ一ヶ月、毎日放課後に30分残されたのも、今日の朝、卒業生は
式が始まる1時間前に集められたのも、それもこれも合唱の練習のため。
「・・・ごめんなさい」
「まぁいいさ。おかげでいい思い出ができたよ」
「あはは。 確かにこれは忘れろって言われても忘れられないよね」
私の肩を叩き、なぜか胸を張るのんちゃん。
私たちの姿に、あいぼんは笑いが止まらない様子。
こんこんはというと、いつの間にか広げたメニューに熱中しているよう。
こっちからじゃ顔も見えないんだけど。
- 409 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:04
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「ところでさ、その制服どうしたの? いつもと違くない?」
「あー、確かに。なんかちょっと変わってるよね。袖のとことか」
「え? まじで?」
袖口を見ると、あいぼんの指摘どおり、確かに普通とは違っている。
通常すぼまっているはずの袖口が、妙に広くなっている。
気安くするための工夫なのか、持ち主のあの人なりのこだわりなのか。
それにしても、制服のデザインまでいじってしまうとは。
「言われる前に気づけよ。自分の制服なんだから」
「いや、これ、私のじゃないんだ」
「え?」
「これ、吉澤さんの。だから微妙にキツかったりするんだよね」
「どうしたの? なんかあった?」
「今日、傘なくってさ。来る途中で濡れちゃって。で、貸してもらった」
「まじか! よっちゃん、やるなぁ」
「かっこいーねー。それでこそオトコマエ」
「でもさ、何で学校いるの? 今日って高校生は休みじゃん」
「保護者受付だって。後藤さんもいた」
「あの2人で受付? 先生たちももうちょっと考えたほうがいいって」
「ねー。 無理あるよ、あれは」
笑い声を上げる私たちを、ようやくメニューから顔を上げたこんこんが
不思議そうな顔で見ている。そんなこんこんに解説してあげるのは、あいぼん。
- 410 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:04
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「こんちゃん、どうする? もう1個いく?」
「うーん。今日はいいや。今度にする」
「じゃあ私もやめとこうかな」
「マコト、今、時間わかる?」
「うん。ちょっと待って。 あと10分で4時だよ」
「じゃあ私、そろそろ帰る」
「まじで? 早いね」
「うん。今日、うちにお祖母ちゃんが来てるからさ。早く帰んないと」
「そっか。 なら私ももう帰ろうかな」
「じゃあ私も」
テーブルの上にあった感熱紙の伝票をとって、席を立つ。
見渡してみると、店内の様子は私たちが入ってきたときからかなり変わっていた。
4時間近くいたんだから、当然か。
- 411 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:05
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- 412 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:05
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「あー、家帰ったら親に怒られるんだろうな」
あいぼんから借りたお金で会計を済ませて外に出ると、太陽がやけにまぶしい。
そのせいか、考えていたことが口から出た。
「今日のこと?」
「うん。遅刻したこと、気づいてないといいんだけど」
「無理じゃない? かなり目立ってから」
「っていうかさ、うちの親のほうがありえなくない?」
「それはそうかも」
「卒業式の日の朝に、卒業する娘を置いて自分たちだけで出かけないでしょ、普通」
「あはは」
「うちの親、どっか抜けてるんだよ」
「血は争えないってことじゃない?」
「なんか嫌だなぁ、それも」
アスファルトで踵を鳴らすと、ベコっひびいた鈍い音が思いがけず大きかったから、
あいぼんと2人して、しばらくびっくりしていた。
気持ち悪くて仕方がなかった靴はもうすっかり乾いて、いつもの状態に戻っていた。
ここまで来るときには大きく広がっていた歩道の水たまりも、もうだいぶ小さくなった。
- 413 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:07
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あとの2人がレジを終えて店を出てくるのを待って、駅へ向かう。
紺色のセーラー服の襟元からは白いスカーフがのぞいている。
中学を卒業したところで、付属の高校にそのまま進学するのだから
私の生活はほとんど何も変わらない。
ただ一つ変わるのはこのスカーフの色。
私たちが白いスカーフをするのはきっと今日が最後。
そんなことをのんちゃんに話したら、3月のうちは中学生のままなんだから
制服だって変わらないじゃん、なんてあっさりつっこまれた。
たしかにそれもそうだ。
私たちはまだ高校生にならなくてもいいらしい。
- 414 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:08
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- 415 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:10
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ファミレスから2つ目の横断歩道。
JRと私鉄、一人だけ違う駅を目指す私は、みんなとはここでお別れ。
振り返って手を振りながら、道路の反対側へ。
何となく頭に浮かんだメロディーを、口に出してみた。
すっかり雲がはれた空に、口笛が響く。
こっち側の歩道を歩いているのは私だけ。高音も思いっきりだせる。
明日の部活で練習する曲だってことに、何小節かいったところで気づいた。
駅まではここからだと少し歩かなきゃいけない。
それまでにこの曲は吹き終わるだろうか。ちょっと無理そうかも。
まぁ、いいや。
終わらなかったら電車の中まで持ちこせばいいんだから。
- 416 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:10
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- 417 名前: This is a meaning 投稿日:2005/07/08(金) 00:10
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- 418 名前: END 投稿日:2005/07/08(金) 00:11
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- 419 名前: 対星 投稿日:2005/07/08(金) 00:18
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更新中、容量を超えてしまったので、移転させていただきました。
顎さん、どうもありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
おかげさまで容量はかなり残っていますが、
『Morning Philharmonic Orchestra』は以上で終了ということで。
読んでくださった方、どうもありがとうございました。
- 420 名前:名無し読者 投稿日:2005/07/10(日) 23:47
- お疲れ様です。
一人一人の物語を読むことで世界観が立体的に見えてきてより引き込まれました。
難しいことは言えませんがすごくよかったです。
個人的にはカントリーの3人の雰囲気が好きでした。
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