メモリーラック・ローテーション

1 名前:いこーる 投稿日:2004/03/30(火) 23:35
ミニモニ。のリアル小説。
金板の連載が終わってから小出しにする予定でしたが
ミニモニ。に変動がありそうなので
一気に書き上げました。

一週間ごとメンバーが順繰りに記憶喪失?
大変だ、一ヶ月で全員の記憶がなくなっちゃう。
楽しかった思い出も
必死に覚えた歌とダンスも……。

そんな話です。
2 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:36
ミニモニ。 あるいは 現代のピーターパン
3 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:36


愛ちゃんが倒れた。
何の前触れもなく。
ダンスレッスン中。
急にドンと音がして
愛ちゃんが倒れた。

「愛ちゃん?どうした?」
「転んだ?」
「貧血?」

しかし、
愛ちゃんは全然動かない。

ちょっとこれやばいんじゃないの?

私たちは愛ちゃんに駆け寄った。

「おーいしっかりしろー」
「へいきかー?」
「しっかりしろー」

会話が間抜けに聞こえたらすんません。
これがミニモニ。なんです。
いや、間抜けに聞こえるだけでみんな切迫してたんですけどね。
4 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:37


愛ちゃんが目を開けた。
前触れとかは一切なく。
みんなに囲まれながら。
急にパチッていうふうに
愛ちゃんが目を開けた。

「はい、高橋愛です」
「いやわかってるから」
「心配してるんですけど」
「どうしたの?急に倒れたりして」

………………………………………………………………。

「へ?」

愛ちゃん反応速度が鈍いです。
どうしたというのでしょう。

「いや、だから何で急に倒れたの?」
「あなた、大きい目ですね」
「は?」

私の目をまじまじと見つめる愛ちゃん。
照れるから冗談ならやめてくれ。
冗談でないなら……

やばいっすよね、これ。
5 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:38
私の後ろでミカちゃん

「打ち所がわるかったのかしら?」

と首を傾げる。
あいぼんは

「何かいつもより訛りがひどいんでない?」

変なところに気がつく。
言われてみれば、訛りがいつもよりひどいかも。

って訛りだけでなくいろいろひどいぞこの状況。

「ここはどこ?」

まさか……記憶喪失ですか?

「愛ちゃんしっかりして!自分の名前わかる?」
「はい、高橋愛です」
「じゃあ私の名前は?」

………………………………………………………………。

「あっ!」
6 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:38
お、思い出してくれたか?
よかったよかった

「テレビ出てる人でしょ」
「あんたもな……」
「ほぇ。あたしはテレビなんて出とらん」

間違いない……

「ねぇミカちゃんこれって……」
「ボケかしらねぇ」

違います。

「じゃなくて、記憶喪失じゃないの?」
「ええ?」

「なぁ……ここどこ?」
「どこって練習場だよ」
「何の?」
「ダンスの」
「あんた、ダンスやってんの?」
「……」
「ほうか。ダンスでテレビでとるんじゃ」
「そうですけど……」

てな感じで、会話がまるで進まない。

「あーーーもう、困ったなぁ」

こんな経験初めてだから(そりゃ……)
どうしていいかわからない。
7 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:39


「なぁ、目のおっきな人」
「辻です」
「つぃれす?」
「つ・じ・です!辻希美」
「ほやほや、辻ちゃんや。テレビで見たことあるわ」

手をつないだこととかもありますけど……

「辻ちゃん」
「いや、前みたく呼んでよ」

といっても以前のことなんて覚えてないのか。

「ほやったらのんちゃん」

この後の彼女の一言


「やっぱりかわいいなぁ……」


「へ?」

やばいっす。
愛ちゃんの目つきが
恋するおとめチックです。

記憶喪失にもう一つ病気が重なったのだろうか。
8 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:39
「惚れられたな、のの」

あいぼん……

「よかったね辻ちゃん」

ミカちゃんまで……

「いや別によかないでしょ。ってか、どうする?
 このままだと仕事にならないよ?」
「むー」
「困った……」

というわけで、
私たちは愛ちゃんに仕事を1から教えなきゃいけなくなったのだった。



「ふつつかものですがよろしくご指導くださいませ」

しかもちょっとお茶目になってるし……
9 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:41


ミカちゃんが
愛ちゃんをお医者さんに連れて行ったみたいだった。

「おかえりー。どうだった?」
「なんかね。とりあえず普通に生活しながら
 思い出していくのがいいでしょうって」
「そうかー」

普通に生活というが私たちの生活は
かなり結構なかなかどうして忙しい。

あんまり普通の生活というわけにはいかないだろう。

「あっ。のんちゃーん」

愛ちゃんが私に駆け寄ってきて

「どわっ!」

抱きつかれた。
10 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:41
「今日のレッスンもよろしくぅ」

どうなっているのか記憶喪失になったはずの愛ちゃんは
それ以降、私にべったりなのだ。
別にあいぼんやミカちゃんと距離ができたわけではなく
ただ、どうにも私へのアプローチがはなはだしい。

「みっちりおしえてねん♪」
「その話し方やめれ。気持ち悪い」
「……ごめんなさい」

しかも私の言うことだとばっちり素直に聞く。
だから、いつの間にやら私が
愛ちゃんのレッスン担当になってしまっていた。

「ああ、辻ちゃん」
「なにミカちゃん?」
「あんまり強いショックを与えないでね。
 また記憶喪失になっちゃうから」

わかりました。
11 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:42


でレッスン。

「いい?ご〜ぉろぉく、しち、はち、きゅ〜じゅ!
 はい、やってみ」
「これ昨日覚えたのと違う……」
「だからこっちはデートバージョンなんだってば」
「はい?」
「だからこの曲は2パターンあるから……」
「あー、そんなこと聞いたような」

言いました。

まったくダンスは体が覚えているのか
すぐにできるようになるのだけれど……

「それからね」
「はい」
「ミニモニ。の曲ってのは子どもの世界なんだ。
 だからこう、カッコよく決めるんじゃなくて……」
「子どもっぽく?」
「そうそう」
「……なんかさ、お風呂バージョンはそれができるんだけど」
「けど?」
「デートバージョンで子どもらしくってのがよくわからん」
「むー」

言われてみると確かに難しいかも。
特に愛ちゃんカッコいいからなぁ。
12 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:42
「デートかぁ」
「デートだぁ」
「デートしてみたいなぁ」
「したことないの?」

あっても覚えてないとか……

「いや、のんちゃんとデートしたい」

あの、だから照れるからそういうのはやめてくれ。
まあ好かれてるんだから悪い気はしないが
こうあっけらかんと言われると変な気になる。

「ついでにお風呂も一緒に入りたい」

こうあっけらかんと言われると逃げたくなる。

「愛ちゃん。そういうのは男の子としてね」
「ほえ?」
「ほえ?じゃなくて……」
「のんちゃんは?」
「ほえ?」
「ほえじゃなくて、好きな人おる?」

なんだその展開……
13 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:43
愛ちゃんの目がマジだ……。
うるうるしてるし。

ここで断ったりしたらやばそうだなぁ。
さっきミカちゃんからまた記憶喪失になるといけないから
変にショックを与えるなって言われてるし。

「んと……」
「どこに行く?」

えっと……デートするのは決定なんですか?

「のんちゃんどっか行きたいとこある?」
「ネパール」

適当に言ってみた。
断るのは難しそうだから
話を上手くそらしてしまおう。

と思ったのに

「オーケー。ネパールね」

ええ!?

「オーケーなんですか?」
「ただ胃薬持ってきて」

……。
14 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:43


「ののおつかれ。愛ちゃんの調子はどう?だいぶ東京弁入ってきたよねぇ」
「あいぼん、愛ちゃんもうダメかも」
「なんで?」

私はさっきの会話の一部始終をあいぼんに話す。
それを聞き終わったあいぼんは大爆笑。

「笑い事じゃないんだって。
 ネパールって言ったら胃薬だよ。
 意味不明だよ。電波だよ」
「ネパールとか言う方も電波じゃない」

まぁそうですが、

「で、集合場所はどこなの?」
「新大久保」
「山手線?」
「山手線」
「ふむ……」
「あいぼん、何考えてるの?」
「いや、ののさぁ、胃薬持ってった方がいいよ」

なんて友人でしょう……。
もちょっと真剣に相談にのって欲しかった。
15 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:43


「あのさぁ愛ちゃん」
「何?」

愛ちゃんは私以上に帽子を目深にかぶっている。
こういうところは芸能人意識が抜けてなかったか。

「ネパールって……ここ」
「ネパールカレー食いたいんだろうと思って」

私たちは大久保のカレー屋に来ていた。
本場のコックが作った本格カリーだそうです。

「それで、ここ?」
「大久保はエスニック料理のメッカ」
「そーなのか」
「おうよ」

カウンター越しに色黒のコックさんが見える。
私は身を乗り出して聞いてみた。

「あなたなに人ですかぁ?」
「インド人です」

ちげぇじゃねぇか高橋!

「ほらほらのんちゃん、騒いでないで。カレー来たよ」

しかも仕切りだしてるし。
16 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:44
せっかくなのでスープみたいなカリーにナン(インドのパン)をつけて

パク

……。

「辛いよ」
「だから胃薬持ってきてって」

あーそういうこと……
辛すぎる食べ物は胃を傷める。
そこで胃薬というわけだ。
胃薬の謎がようやく解けた。
どうやら愛ちゃんハチャメチャクチャな言動でもないようだ。
一応、本人の中では話の筋を通しているつもりらしい。

「ねぇ愛ちゃん」
「ん?」

話が通じるならここで聞いてしまおう。

「いつから私のこと好きになったの?」
「んーーー」

この辺はっきりさせといたほうがいいだろう。
冗談でやってるなら冗談だと割り切っておきたいし。

「忘れた……」
「はぁそうですか」
17 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:44
「ちゅうか、そこらへんの記憶が一切ない」

まぁそうでしょうね。なんせ記憶喪失。

「なんでだろね。
 こう深いところに自分の気持ちがあって
 それが本物だっちゅうところまではわかるのに
 そのルーツがたどれん」
「他のこともそうなの?」
「うん。いつこの食べ物が好きになったかとか
 いつこういう服選んだかとか、なんもわからん。
 正直気味悪い。自分が何者なのかわからないんは」

そういうもんかな。

「でもさ愛ちゃん」
「なに?」
「人の気持ちってそんなもんかもよ」
「そうなのかなぁ」
「どうして好きなのかなんて説明できないよ」
「そうかもなぁ」

そうだ。人はいちいち自分の気持ちの起源をたどったりはしない。
その意味では、私たちはみんな気持ちの始まりを忘れている。
別に愛ちゃんがおかしなわけじゃない。
18 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:46
「今は今の気持ちを大事にしていけばそれでいいじゃん」

記憶ってのは結局過去のもの。
今、私たちがデートしていることに記憶なんて関係ない。

だって今の気持ちだから。

「なんか嬉しいなぁ。そういう言葉をのんちゃんからもらえるのは」
「どういたしまして」
「これからも好きでいていい?」

実のところ、私も結構楽しんでいた。
あの日倒れてからの愛ちゃんはずいぶんユーモアに富んでいたし
飽きない。
というかここまで好き好き言われて意識しない方が無茶ってもんで
私は愛ちゃんに傾きかけていたり……。

「ん……いいよ」
19 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:46
「これからもさ……その、一緒にご飯とか食べようね」
「うん」

私たちは食後にチャイ(インドのミルクティ)を飲んでいた。
あったかいのと甘いのとでかなり落ち着く。

不思議なもので、これまで私は愛ちゃんに対して
憧憬のような感情を抱いていた。
なんでもカッコよくこなす愛ちゃんが羨ましかった。
そんな愛ちゃんが、ひょんなことをきっかけに
私のことを好きと言ってくれる。

なんだかくすぐったいような気分。

その日はそのまま2人でのんびりしていた。
20 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:47


不思議だなぁ。
記憶がなくなったみたいなのに
どうして私への気持ちは消えなかったんだろ?

あのとき愛ちゃんは

―――やっぱりかわいいなぁ

そう言っていた。
つまり、目が覚めてその場で私に惚れたというより
前からその気になっていたのだろう。

それなのに愛ちゃんは何も思い出せないという。

その気持ち……
本物なのだろうか。

記憶喪失に伴う気の迷いってことも考えられるし。
21 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:47


「それはさぁ……」

私はそんなことを相談していた。
あいぼんに自分の悩みを聞いてもらった。

「記憶喪失ってのは脳みそだか心だかがまいっちゃってるんでしょ?」
「ふむ……」
「頭を強く打ったり、お酒を飲みすぎたりして
 脳の機能に不具合が出たものが器質性の健忘症。
 んで、ストレスやらが溜まってなにかのきっかけで
 記憶を『呼びおこせなくなる』のが心因性の健忘症」
「ふむ……」

って詳しいなあいぼん。
 
「調べた」
「そうなの?」
「最近のマイブーム」
「何が?」
「脳みそ」

……。

「はい?」
「だから最近は脳みそにはまってるの」
「怖いです」
22 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:47
あいぼんは、
1つのことにのめり込むと
とんでもない集中力を発揮する。

「脳みそマニアだね」
「マニア言うな!」

そうとしか呼びようがありません。
あー、ひょっとして

「あいぼん、例のベストセラー本読んだだろ」
「それでだ」
「はい?」

私の突っ込みは完膚なきまでに無視された。
23 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:47
あいぼんの講義再開。


「この記憶を『呼び起こせない』ってのは要するにだ、
 記憶自体は脳の中にあるわけね。
 ただそれを言語化して思い出すことができないわけ」
「なるほど……」
「私は思うんだけどね、言語で恋するやつはいない」
「そりゃそうだ」
「理屈やら論理やら科学やらで恋するやつはいない」
「そりゃそうだ」
「のの、そりゃそうだ連発するなよ。
 あんたはバカの壁か?」
「うるさい!」

やっぱり読んでるんじゃねぇか!

「脳の中でも言語野と感覚を司る部位は区別がある。
 恋愛ってのは感覚・感情・なんとなく。なんだよ」

あんたは『唯脳論』か?
24 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:48
「あいぼんの言いたいことはわかる。
 愛ちゃんは自分の気持ちを説明できないのが嫌みたいだけど、
 恋愛感情を全部説明できる人なんていない。
 記憶があってもなくてもそんなのは問題じゃない」
「そうだよね。
 ののは初恋の人のことって覚えてる?」
「名前は覚えてる。
 顔とか声とかは……微妙かな」
「そんときののはどんな気持ちだった?」
「覚えてない……」
「ほれみろ」

何がほれみろだよ脳みそマニア。
意味わからん。

「名前、記録、歴史。みんな言葉で覚えるんだよ。
 昔の恋心ってのは所詮
 言葉に直して思い出しているすぎない。
 でも
 リアルな恋愛進行形ってのは絶対言葉にできないんだ」
「恋ing……」
25 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:48
「愛ちゃんが失った記憶ってのは、人の名前だったり自分の経歴だったり
 みんな言葉に関することでしょう。
 生活に必要な知識とかは完全に覚えている。
 これはさぁ、言葉で覚えてるもんじゃなくて体が覚えてることだから
 『全生活史健忘』ってやつだね。」

そう……。
だから愛ちゃんにダンスを思い出させるのはほとんど苦労がいらない。
体が覚えてしまっているらしい。

「恋ってのは頭じゃなくて体でするもんだ」
「Hなこと言うなよあいぼん」
「違……。
 愛ちゃんはさぁ、ののが好きってのを体に染み込ませていたんじゃない?
 感覚・なんとなく。こういうのは記憶喪失とは関係ないのかも。
 『全生活史健忘』では日常生活に全く支障はない。
 それと同じで恋心には支障がなかったんじゃないかな」
「そうか……」
「その意味ではさぁ。人間の大事なものってこういう気持ちなのかもね。
 名前とか背の高さとかテストの点数とか、
 そんなものは言葉や数字で理解しているだけだから。
 でも恋ってそうじゃないと思うんだ」
26 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:48
だとするなら……

「私は愛ちゃんの気持ちを信じてもいいの?」
「へ……?」
「だから、愛ちゃんを好きになってもへいきかなぁ?」

「のの?まさか……愛ちゃんが好きなの?」
「だから、好きになっていいか聞いてるんだよ」
「あー。えっと何て言ったらいいか……。
 いや気持ちの問題ってのは口じゃ説明できないのか。
 だからね、愛ちゃんは……」

私が好きだと言ってくれる。

「のの……そういう質問が出てくる時点で
 結構かなり愛ちゃんのこと意識してない?」
「むっちゃしてる」
「おー神よ」

突然いのるなよ。
27 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:49
「のの、これ以上あのコには近づくな」


それは無理だ。

「でも仕事……」
「仕事はしゃあない。
 でもプライベートでデートとかしない方がいい」
「なんで?」

それは無理だ。
仕事とかじゃなく、
私は愛ちゃんとデートしたくて仕方がない。
この気持ちを抑えるのは多分無理。

「無理だ」
「……」

どうしたことか

あいぼんが
沈黙した。

耳の奥には
ジーという音だけが聞こえてくる。
28 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:49
「頼むから、愛ちゃんに近づかないで」
「なんで?」
「それは……言えない」

なんだなんだ。
なぜそんな悲壮な声を出す?

「お願いだから……」
「なんで?説明してよ!愛ちゃんが記憶喪失だから?」
「違うの。違うんだ」
「私は……」

立ち上がった。
受話器を持つ手が震える。



「愛ちゃんが好き」



私はそう言った。
なんでだろう?
自然とそう言っていた。
29 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:50
あいぼんは震えた声で……

「バカ!」

言った。

直後、

ツー。ツー。ツー。

通話が切れた。

私は電話を見つめる。
異常はない。
おそらくあいぼんの電話のバッテリーが切れたのだろう。


私はベッドに横になった。
混乱していた。
今のあいぼんの対応はなんだったのだろう。
取り乱していたみたいだったが、
原因がよくわからなかった。

「もういいや……考えるのもめんどくさい」

私は目を閉じた。

寝る直前に浮かんだのは彼女の笑顔だった。
30 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:50


人に言ってしまうと心に余裕が出てくる。
だから隠し事なんてしないことだ。
正直が一番。

こんなことを言い出した奴はどこのどいつだ!

私はあいぼんに自分の気持ちを

―――愛ちゃんが好き

言ってしまってからというもの、
気になって気になって仕方がない。

そっかー、私も愛ちゃんが好きだったのかー。
自分の言葉で改めて思い知らされたみたいだった。

しかも、最近モーニングの仕事がめっきりなく、
うちらはミニモニ。で活動してばっかり。
愛ちゃんが倒れて以来、メンバーの顔見てないなぁ。
ってことで私はいつも以上に
愛ちゃんと顔をあわせなきゃいけないもんだから
はぁどうしよ。どんな顔して話すりゃいいんだろ?
31 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:51
「辻ちゃん、愛ちゃんはどう?」
「なっ……」

突然ミカちゃんに声をかけられてマジびびった。

「愛ちゃん、記憶戻りそう?」
「あーそう、そっちの話ね」
「どっち?」
「そっち」
「そっち?」
「うん。そっち」

ああ、またバカな会話。
私は愛ちゃんとの会話だと突っ込み役。
あいぼんと話すときは向こうが突っ込み。
ミカちゃんと話すと、ダブルボケなのでした。

「だめみたい。
 ダンスは調子よく思い出していたのに
 『CRAZY……』に入ってからぱったり
 止まっちゃった」
「うーん、そうかー。
 辻ちゃん、これからもよろしくね」
「あいよ!任せてくらさい!」
32 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:51
ああ、嬉しいな。
ダンスの練習という理由で愛ちゃんと長時間一緒にいられる。
しかも2人っきりで……。

「よっしゃー、今日もがんばるぞー」
33 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:51


愛ちゃんのところに行ったら、
あいぼんと愛ちゃんが喧嘩していた。

「愛ちゃん、もう止めにしよ」
「えー、大丈夫だって」
「愛ちゃんはよくってもののがダメなの!」

「私がどうかした?」

あいぼんに聞く。

「ああのの。これから愛ちゃんのダンスレッスンはなしね」
「ええ?なんで?」
「いいからなしなの!」
「ダメだよあいぼん。愛ちゃんまだ全部思い出したわけじゃないんだよ」
「じゃーあとは私が教えるから」
「ダメだって。『CRAZY……』はパートが似てる私が教えた方がいい」
「あかん!ダメダメ。ののは疲れてるんだから休みなさい」
「うるせぇ!」

私はあいぼんをドンと突き飛ばして

「愛ちゃん、いこっ」

愛ちゃんの手を引いて歩き出した
34 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:52


「でもなぁ」
「何?」

愛ちゃんと手をつないであてもなく歩く。

「どこで練習しようか?
 あいぼんに邪魔されたら嫌だし……」
「ほんじゃあ、私の部屋に来る?」
「へ?」
「けってー!私の部屋でやりましょー」

愛ちゃん決断早いなぁ。

でも……

「いいの?愛ちゃん」
「いいのいいの。今、私1人しかいないから」
「ん……じゃあお邪魔しようかな」
「えっ……でも困ります」

どっちだよ……

「あの、お部屋とか散らかってるからね」
「いいよそんなの」
「えっと、じゃあ5分だけ待ってて。
 片づけするから」
「私も手伝おうか?」
「ダメダメダメダメ絶対ダメ。私がやります」
「わけわかんねぇ」
35 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:52


「でさ、愛ちゃん?」
「なに?」
「この部屋は確かに2人きりだが……」
「ふむ」
「下の階に人がいる。アンド、この狭さ」
「すまんねほんま……」

いや、
あやまれと言っているのではなく

「ここでどうやって練習しろとおっしゃる?」
「この部屋ねぇ、練習できないの」
「できねぇのかよ!」
「すまんねほんま……」
「んじゃなんで私をここまで連れてきた?」
「のんちゃんが遊びに来たいって言うから……」

言ってません。

「そういやぁさ。あさ美ちゃんが『今度遊びに行くね』って言ってて
 笑ってもうた。
 『こんのあさみ』が『こんどあそび』やって。
 あははははっ」
36 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:53
話をそらそうとする愛ちゃん。
私は愛ちゃんのほっぺたにゴンと頭突きをかました。

「ってぇ……。すんげぇ石頭」
「あのね、愛ちゃん」
「はい?」
「こういうの悪くないから、もっと普通に誘ってくれ」

いちいち嘘ついて呼ばないで欲しい。

「悪くない?」
「悪くない……」
「きゃーーーのんちゃん大好き!!」

といって私に抱きつく愛ちゃん。

ちょっと離れる……

「……」
「……」

愛ちゃんの両手が私の首の後ろで結ばれている。
鼻と鼻がくっつきそうな距離。
私たちは見つめあっていた。
37 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:54
もう記憶なんて本当に関係ない。

「愛ちゃんが愛ちゃん自信の過去を知らなくても、
 私は愛ちゃんのこと、ずっと見てるからね」
「……ありがと」
「いままでのことはいいからさ、
 これからは一緒にいよう」
「うん……」

キス……しちゃってもいいかな?
ミカちゃんはショックを与えるなって言ってたけど
こういうのは平気だよね。

「愛ちゃん……」
「なに?」

あれ?
何だろう……

なにか、
心に引っかかる。
何だろう。


「愛ちゃん。
 どうしてあさ美ちゃんのこと知ってるの?」



「へ?」
38 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:54
愛ちゃんが倒れてから、
モーニングでの活動は全くない。
愛ちゃんはあさ美ちゃんの顔も知らないはずだ。
それなら

「どうして?」

「んとね……」

愛ちゃんの顔が離れていく。
寂しい……

正常な距離に戻った。

「愛ちゃん?」
「のんちゃん。あのね……」

愛ちゃんの言葉を聞いたその瞬間



私の意識が遠のく。
体がふらふらする。
39 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:54
なんだ……
この感覚。

愛ちゃんの口が動いて
私の耳元になにか声が届く。

けれどそれは
私の頭の中で意味をなさない。
声は声のまま、
音は音のまま、
私の耳を通り抜けていく。

「……ちゃん?」

なに?
なんて言ってるの?

「のんちゃん!!」

バサッ

意識を失う前、
最後に聞こえてきたのは自分が倒れた音だった。
40 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:55


目がさめた。

クリーム色の壁が見える。
私の顔をむっちゃ近くで覗き込んでいる女の子たち。

「ほぇ?」

「辻ちゃん気がついた?」

鼻筋の通ったお姉さん。

「愛ちゃんが運んできたんだよ」

ぽっちゃりした女の子。

「突然倒れちゃうんだもん。びっくりしたよ」

髪長めの女の子。

誰だこの人たちは?
なんだってそんな近づいて人の顔を……
41 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:55
「辻ちゃん、大丈夫?」
「あのー」
「ん?」
「つじちゃんって誰ですか?」

3人は顔を見合わせる……。

「え?」
「……ちょっとのの、愛ちゃんの真似してふざけてるの?」
「えっと……愛ちゃん?愛ちゃんってのはー」
「私」

髪の長い女の子が挙手する。
そうかこの子が愛ちゃんか。

「んで、つじちゃんは誰ですか?」

3人が私を指した。
ビッと音がしそうなくらい勢いよく。

「ええ?私?」
「そうよ」

鼻筋の通ったお姉さんが優しく声をかけてくる。

「あなたの名前は辻希美」
「つぃののみ?」
「つ・じ・の・ぞ・み!」
42 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:56
「おーいのの、相変わらず滑舌わるいなぁ」

すみませんねぇ

「側面接近音使いすぎだよ」

いや専門的過ぎる……

「英語の『L』の発音っぽいね」

そういやこのお姉さん、外国人っぽいかも。

「……」
「どうした?」

ぽっちゃりした女の子の顔が曇った。

「私は辻ちゃんですよね?」
「……うん。ちょっとマジ大丈夫?」

3人がさらに顔を近づけてくる。

「それで、ののってのは誰ですか?」
「え?」
「マジでわからないの?」
43 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:56
そんなこと言われても……

「全然わかりません……。ってかあなたたちは誰?」
「まさかこれ……」
「記憶喪失?」

その言葉が衝撃となって3人を襲った。
まず一番に反応したのはぽっちゃりした女の子だった。

ぽっちゃりした女の子は

「のの!!忘れちゃったの?」

と悲痛な叫び声を上げて
私に抱きつくと
おいおいと泣き出してしまった。

愛ちゃんも泣きそうな顔をして
部屋を飛び出して行った。

「辻ちゃん!しっかりしてね。
 病院に行こう」

鼻筋の通ったお姉さんが励ましてくれる。
44 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:58
さっきから疑問が解消されないのだが
この人たちは一体誰だ?

抱きついたまま私の肩で泣き続ける少女。
あーあ、服がびしょびしょじゃん。

でも、
いいにおい……。

なんだかよくわからないが、
私の頭がこんがらがっていて、
それがこの人たちを悲しませているらしい。

ならば、とりあえず言っておかないとな。

「私なら大丈夫だから、泣かないで……」

私は肩に顔をうずめたままの女の子の頭を
ポンポンとなでてやる。

ようやく、
顔を上げた。

顔がくしゃくしゃ。

「のの……」

鼻声だ。
45 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:58
今度は私が

「泣かないで……」

女の子を抱きしめてやる。

なんだろう
この匂い。

何も覚えていない私だが
この女の子の匂い、
抱きしめた感覚を
懐かしく感じた。

「よし……」

私の中に1つの決心が生まれつつあった。

今の私には何もない。
過去もなにも……。
46 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:59
ただ、
私のことを心配して涙まで流してくれる人たちがいる。
たぶんこの人たちは
私にとって大切なものだったのだろう。
私はこの人たちに心配をかけないためにも
自分の記憶を取り戻さなくてはならない。

特に、肩に頭のっけてるこの子。
この子だけは悲しませたくない。

私はなぜかそんなふうに思った。

「私……頑張って思い出すよ」
「辻ちゃん!」
「のの!」

ちょっと、
空気が明るくなった気がした。

女の子は無理をして笑ってくれた。

「ところで……」



「ののって私のこと?」
「……」

あれ?

「え?今までわかってなかったの?」

え……遅い?

「はぁ、先は長そうね……」

お姉さんは溜め息をついた。
47 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:59


とりあえずゆっくり休めと言われたので
休息を取ることにしたのだが、
あの人たち、自己紹介も何もせずに行ってしまったので
残された私の居心地の悪さはかなりのものだった。

私は話もできるし体も動かせる。
名前やら経歴やらが思い出せないだけだ。

それなら、
ほとんど身体化してしまった外部記憶装置を紐解いてみれば
何かわかるかもしれない。

私は
ポケットから携帯を取り出した。

まず今日が何年何月何日なのかを確認。

「……」

操作方法はやはり余裕で覚えている。
現代、これほど体に密着している道具は他にない。
48 名前: 投稿日:2004/03/30(火) 23:59
メールの履歴をチェックチェック。

……。
…………。
………………。

OK。

助かったのは
あの3人が私のことを別々のあだ名で呼んでいたことだった。

メールで私のことを辻ちゃんと呼んでいるミカちゃんというのは
あの鼻筋の通ったお姉さんのことだろう。

愛ちゃんはさっき名前を聞いていた。


ののと呼ぶのは、
残念ながら何人かいるのでよくわからない。

さて、
あのぽっちゃりさんは一体誰だ?
49 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:00
さらにメールをチェックチェック。

ミニモニ。って何だ?

……。
…………。
………………。

どうやら、
私たち4人、ミニモニ。というグループをやっているらしい。

私が愛ちゃんにダンスを教えていたようだ。
参ったなー、私も忘れちゃったら誰が教えるんだ?

「ああ……このあいぼんってのがあのコかぁ」


<コンタクトで汚れた目を綺麗にしましょう>


ん?
なんだこのフレーズ。
あいぼんの名前を確認したら急に思い出したフレーズ。
どこかで聞いたような……って思い出せるわけもない。

微妙に私は混乱している。
50 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:00
それよりも記憶喪失になった愛ちゃんのダンスレッスンを
誰が引き継ぐのかが問題だ。
問題問題もんだ……

「!?」

え?
愛ちゃんが記憶喪失?

私は慌てて過去のメールを確認する。


確かにメールを読むと
私よりも先に
愛ちゃんが記憶喪失になっているらしいことがわかった。


日付は、
ちょうど一週間前。

ダンスレッスン中に倒れた愛ちゃんは
私たちの名前が思い出せなくなったという……。

もちろん私は覚えていない。

これってつまり……どういうことだ?
51 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:01

「のの、起きてた?」
「ああ、あいぼん!」

あいぼんは、入り口でピタっと止まると

「ううっ……」

泣き出した。

え?
ひょっとして名前違ってた?

「うぇぇ……」

じゃあお前誰なんだよ!!!
と逆ギレしそうになるのを必死に抑える。

「ののが……ののがうちの名前思い出したぁ!!
 嬉しい……」

嬉し泣きかよ!!
紛らわしいからやめてほしいのだが
私のことを本気で心配してくれているのは
すごく心強かった。

ああ、いいコだなぁ、あいぼんって。
52 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:02
「ねぇあいぼん」
「ん?」

あいぼんは泣き顔で笑顔。

「ミニモニ。のメンバーが一週間おきに記憶喪失になってるんでしょ?」
「……え?」
「先週愛ちゃんが記憶喪失になって、次は私。ちょうどぴったり一週間」
「ののそれは……えっと、確かに一週間前か
 のの?どうやって思い出したの?」

私は手に持っていた携帯をあいぼんに見せてやった。

「あ……これで見たのね?」
「うん」

それよりも……

「あいぼん、ひょっとしたら来週も誰かが記憶喪失になるかも」
「ええ?」

ミニモニ。メンバーが
順繰りに記憶喪失になっている。
私はそう考えたのだ。
53 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:02
あいぼんは
無茶苦茶慌てた……

「のの、のの、のの、のの!
 お願い落ち着いて」
「お前もな……」
「うちは落ち着いてますよ!!!!
 あらあらあらあらどうしましょう。ミカちゃんに相談してくるわ!」
「お……おう」


私はあいぼんの動揺っぷりに驚きながら返事をした。
あいぼんはぴゅーと部屋からとびだして行ってしまった。

ひょっとするとあと一週間で自分の記憶がなくなっちゃうとなれば
あのくらい慌てるものなのかもしれないが、
ちょっと取り乱しすぎじゃないだろうか。
54 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:02

私は再びメールを確認する。

!?

私はもう一度びっくりしてしまった。
なにこれ?
うそでしょう。



件名:ミカちゃんに相談です。
本文;
私は愛ちゃんのことが大好きに(ry


メールにはそう書いてあった。

「恋心ですな」

ひとりごとを言ってみる……って
マジッすか?
やばくないっすかこれ?

そのとき

愛ちゃんが
思いつめた表情で部屋に入ってきたのだった。

「あ……あああああ、愛ちゃん!」
「……のんちゃん」

思いつめた表情で私を見つめたのだった。

おお、
私はどうすればいい?
55 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:02
「のんちゃん……全部、忘れちゃったの?」

泣きそうな表情でそんなことを聞いてくる愛ちゃん。

でもここは
正直に答えるしかない。

「ごめん……何も思い出せない」

愛ちゃんと私はどんな関係であったのかは知らないが
残念ながら今の私に
愛ちゃんを想うだけの余裕なんてものはまるでなかった。

愛ちゃんは

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

泣き崩れた。
56 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:03
泣き声を聞いたのか
あいぼんとミカちゃんが部屋へ駆け込んできた。

「あーっ、もう。余計なショック与えちゃダメなんだってば!!」

あいぼんは愛ちゃんを部屋からずりずりずりと引きずりだす。

ショックを与えるなと言われても
あの場合仕方がないような気がするのだけど
愛ちゃんの反応は尋常でなかった。

「ミカちゃん……」
「大丈夫だから、心配しないで」

ミカちゃんは私の頭を
そっと撫でてくれた。

好きになった人のことすら忘れているなんて……。
一体私は
何をしていたのだろう。
何を思っていたのだろう。

わからない。
何もわからない。

「辻ちゃん?」

私は
自分の目から涙が出ていることに
気がつかなかった。
57 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:03
ミカちゃんは
ぐっと抱きしめてくれる。

「ねぇミカちゃん……
 なんで私は、大切な記憶をなくしてしまったの?」

私のことを心配してくれる大切な仲間のこと。
私のために涙を流してくれる人たちのこと。

ようやく見つけた恋。

「どうして、全部忘れてしまったの?」

どうして愛ちゃんは……




「それはね」

入り口のあたりで声がしたので見てみると
あいぼんが立っていた。
58 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:04
「加護ちゃん、愛ちゃんは?」
「落ち着いた……」
「そう」
「のの。記憶はなくなったんじゃない。
 一時的に切り離されているだけだ」
「切り離されて?」
「そう。
 心的葛藤に関する記憶を取り出せないように隠してしまったんだ」

……難しいです、はい。

「心因性の健忘症は通常、神経症の1つに分類される。
 ヒステリーなんだ」
「ヒステリー?」

私はヒステリーというと
イライラが溜まって体が急に硬くなったりとか
そういうのしか知らない。

「心的葛藤、過度のストレスが原因で体が緊張したり、痙攣を起こしたり
 心の疲れを身体的に表現したものは転換性障害。
 溜まったストレスを体が表してSOSを出している状態だね。
 本当は心が疲れているだけなんだけど、それを抑え込まずに身体症状に転換するんだ」

だから難しい……。
なんだってこのあいぼんは、精神医学に詳しいんだ?
59 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:05
「転換性障害とは別にヒステリーにはもう1つある。
 それが解離性障害。
 心的葛藤を引き起こしてた原因を、思い出せなくしてしまうという症状。
 嫌なことがあった。それが原因で神経症になる。
 それなら、嫌な記憶はなかったことにしてしまえ、って」

それが、
今の私か……。

「転換性障害も解離性障害も、大きく見れば神経症。
 心労が溜まりまくって、心がまいっちゃってる状態だね。
 体が疲れたり凍えたりすると風邪をひくのと同じだよ」

私の心が
風邪をひいているということか。

「だからさぁのの」
「?」
「風邪はそのうち治る!」

あいぼん……。

「頑張って思い出していこうよ!」

私にはようやくわかった。
あいぼんの精神医学講義は、
私を励ますために展開されていたのだ。
60 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:05
ありがとうあいぼん。
私は
みんなの優しさに包まれている。
その事実。
その現実は
どんな記憶よりも心強かった。
61 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:05

その後あいぼんは記憶に関する本を大量に読み漁ったらしい。

「ののが記憶を取り戻せるように!」

あいぼんはそう言ってくれた。


それからはもう1つ。

あいぼんは私の教育係となって
いろいろ仕事を教えてくれた。

まず歌とダンス。
体が覚えているようですいすい思い出すのだが

「のの、やっぱり『CRAZY……』の動きが鈍い。
 活力が全然ないよ」

この曲普通に難しいです。はい。

「確かに難しいけど……なんていうかのの、
 この曲をいやいや踊ってるような……。
 リズムにのってないんだよね」

そういえばメールによると
愛ちゃんもこの曲で苦戦したらしい。

何か関係があるのだろうか。
62 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:06

「この番組ではねぇ、ゲームの最後に必ずご褒美が出るんだ」
「ご褒美?」

ゲームの景品ってことか……

「ののは、それを見たら食べたそうにしなさい」
「はぁ?」

なんでそんなことしなきゃいけないのだろう。

「それがあんたの役割なんだから」
「……?」
「食べ物がでるでしょう?そしたらカメラは絶対に
 ののかあさ美ちゃんの画を抜こうとする。
 ののは食いしん坊キャラだからそういう場面では
 いかにも食べたそうな顔をしなきゃいけないの」
「い……いやだそんなキャラ」
「しょうがないでしょう。
 これまでののはそうだったんだから。
 焼きそば食べられなくて泣いたんだよ!」
「らって……覚えてないんらもん」
「そう!そういう悔しそうな顔をすればいいから」
63 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:06
……アイドルって大変なのね。

「あいぼん……」
「何?」
「のんたちが作ってきたものってすごいんだね」
「どうした?急に」
「あいぼんに1から教わっていると、うちらすんげぇグループなんだなって
 そう思うよ。ミニモニ。もね。
 こうやって、みんなで頑張って今の形になってるんだね」
「……改めて考えたことないけど、そうだね」

そのミニモニ。は
ひょっとするとあと2週間で
みんな記憶喪失になってしまうかもしれない。

「絶対、ぜーったいこれは残していかなきゃいけないよね!」
「そうだね。絶対残していかなきゃ」

私は、
みんなの記憶がなくなっちゃう前に
ミニモニ。をしっかりあいぼんから引き継いでおかなくてはいけない。
今度はまた誰かにそれを教えていけるように。
64 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:06

不思議だなぁ。

ミニモニ。のメンバー内で連続して記憶喪失になるなんてことが
あるのだろうか。

今日はXデーだ。

私が記憶喪失になってから1週間。

もしかしたら今日、
ミカちゃんかあいぼんの記憶がなくなってしまうかもしれない。

あいぼんが
ミニモニ。のメンバー全員に集合をかけた。

「みんなに話がある。
 ののが前に話していた、順繰り記憶喪失。
 うちらミニモニ。で順番に記憶喪失になっているんじゃないかって話だけど……」

皆がうなづく。

「この謎が解けた」
「ちょっと加護ちゃん!何言い出すの?」

ミカちゃんが慌てて止めようとするが
あいぼんはやめない。
65 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:07
「2週間前、愛ちゃんが記憶喪失になった。
 その原因ははっきりとしないけど、とにかくそうなった。
 そして1週間前に今度はのの。
 これが無関係とは思えないよね」

あいぼんは一瞬だけ間をおいて言った。

「愛ちゃんの記憶障害がののに感染したんだ」
「は?」

私もさすがにポカンとしてしまった。

「記憶喪失ってうつるの?」
「感染というのは言いすぎだけど、記憶障害だってうつる可能性はある」
「まさか……」

そんなことがあるのだろうか?
感染というのは、ばい菌が他の人の体でも増殖をはじめるということだ。
神経症の原因は主に心労だから菌なんてあるはずがない。

「どんな症状であっても伝染することはあり得るんだよ。
 関節痛であっても、記憶喪失であっても」
「ウソ……」

わけわからん。
関節痛が感染するわけがないだろう。
私はそう思ったのだがあいぼんは自信たっぷりに説明をする。
66 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:07
「この前、転換性障害の話をしたよね?」
「ストレスを体が表現するっていうあれだよね?」
「そう。転換っていうのはストレスの表現方法だから
 症状はいろいろなんだ。緊張、痙攣の他にも
 頭痛、腹痛、吐き気、眩暈、転換性障害で
 目が見えなくなったと訴える例もある」

原因は心。
それが表現される道は幾通りもあるわけだ。

「心が適当だと考えた症状でもって表現するわけ。
 中には、他者から症状を『借用』することだってあるんだ」
「借用?」
「例えば自分の近くにいる人が心筋梗塞にかかったことが強いストレスとなった場合
 本人も胸の痛みを訴えるなんてことがある。人の病気の苦しみを想像しすぎて、
 本当に痛いと感じるようになっちゃうってわけ。
 近くの人の病気を見て、自分も同じ症状になったらと想像した結果
 本当にその形で転換症状が起こったんだ」
67 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:07
つまり、
自分のストレスを表現するのに、
人の症状を『借りる』ということか。

「そんなことが……」
「あるんだよ、実際に。
 これが集団内で次々に伝播していくのが集団ヒステリーね」
「集団ヒステリー?」
「そう、ろくでもない噂が流れて集団で転換が発生する」

私の頭もなんとかあいぼんの話についていこうとする。

人の症状を想像するだけで転換が起こるなら
噂を信じた結果、本当にその症状が表われることもある。

あいぼんが言いたいのはそういうことのようだ。
68 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:08
「例えば、ある学校で給食を食べた直後に生徒が腹痛を訴え出した。
 食中毒かもしれない。
 それを見た他の生徒は、もしかしたら自分の給食にも……
 って考えるよね?
 それで自分の胃の中に毒物が溜まっている様子を想像して、
 その症状が本当に表われちゃう。『借用転換』だ。
 んでその生徒が腹痛を訴え出すとそれを見た他の生徒、
 またまたそれを見た生徒……というふうに次々と転換が起こって
 学校中が腹痛に襲われてしまうというわけ。
 実際に大部分の生徒は、食中毒とは関係ない心因性の腹痛なんだけどね」
69 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:08
記憶を失う前の私は
愛ちゃんの記憶喪失を目撃していたという。
それを見て、
心が緊急避難の手段として、記憶喪失になる準備をする。

私がふとしたきっかけで強いストレスを感じたとき
その非常手段が発動した。
結果、私の記憶がなくなった。
そういうことか……。

「ミニモニ。の中でこれが起こっているのかもしれない。
 うちらは愛ちゃん、ののと立て続けに記憶喪失を目撃している。
 ひょっとしたら自分も……と無意識に感じていたとしても不思議はない。
 それが『借用』されたら、私だって記憶喪失になる」
「加護ちゃん!そんな話は止めて!」

ミカちゃんが再びあいぼんを止めようとする。
しかしやはりあいぼんは話をつづける。
70 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:08
「私たちは強烈に過酷な仕事をこなしている。
 だから誰でも1度は逃げたいって考えるでしょう。
 でもここで逃げちゃいけない、と踏みとどまるわけだね」


私の意識は、あいぼんの話から徐々に離れて
自分の深い部分に潜り始めた。

「でも、ミニモニ。内で集団ヒステリーが発生する。
 記憶をなくすという形で現実から逃げることができると
 皆が考え出す。
 それで、こうして順繰り記憶喪失になっているんだよ」

私の心が、
愛ちゃんの記憶喪失を『借用』するという形で
ストレスを解消しようとしている……。

私はあいぼんの話をうわのそらで見ている。
私の思考は別のところにいっていた。

仮に、
愛ちゃんから症状を『借用』して私が記憶喪失になったのだとして、
それでもストレスを抱え込んでいたのは私自身ということになる。
そのきっかけがなかったら、
私は記憶を失ってはいないはずだ。
71 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:08
これが『集団記憶喪失』だとしても、
個々の原因は別々にあるのではないだろうか……。

私が記憶を無くしてまで忘れたいと思ったこととは
なんだ?

―――アイチャン……

なんだ?
脳がうずく。

―――アイチャン……

私の記憶喪失の原因は……


脳が……。
私は頭を抱える。

私の中で
声が一斉に響いた。
72 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:09
―――「お前はアホか!」

お団子頭……

―――「辻ちゃんかわいいねぇ」

変な衣装……

―――「もっと大人になりなさい」

こんな格好したくないのに……

―――「いいね子どもは。なにしてても可愛いから」

髪をおろした私……

―――「そんなんじゃ結婚できないよ」

上目遣い……

―――「そのままの、ののちゃんでいてください」

への字に曲げた口……

―――「女の子なんだから、気をつけなさい!」

私は……。
73 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:09
ステレオの音がぐわんぐわんと脳内を反響していく。

―――ワタシハダレ?



これが、失われた記憶?

!!

何かをつかんだ……

っと思ったその瞬間

「加護ちゃん!!!!」

ミカちゃんの声がした。

外界に意識を戻した私は、
思考を強制的に切り替えて

「あいぼん!!」

あいぼんの元へ走り出した。
74 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:09
あいぼんはひざから力が抜けたみたいに
ぐらりと体を傾けている。

そのまま、
倒れようとする……

咄嗟に
あいぼんを抱きかかえた。

「あいぼん?」

私の腕の中でぐったりしているあいぼん。

「あいぼん?」

私が揺さぶってもあいぼんは目をあけない。
75 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:09
私が記憶喪失になって一週間。

やっぱり……来てしまった。
次はあいぼんの記憶が?

私のことを心配し
いつも私のそばにいてくれたあいぼんが……

「あいぼん、しっかりして!」

今度は、私が支えてやらなくてはいけない。

「あいぼん!!」





気がつくと
取り出せたと思った私の記憶は
再び意識の遥か深くに沈んでしまっていた。
76 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:11
「あいぼん、気がついた?」
「ふぇ?」

あいぼんが目をあけた。

「あいぼん……あなたのお名前なんてぇの?」
「……」

反応がない。

「私の名前は?」
「……わからない」

やはり……

「ミカちゃん……あいぼんまで記憶喪失になっちゃったよ」
「……」

ミカちゃんは呆然と立っているだけでさっきから何も言わない。

「あいぼん、この指何本?」

聞いてみた。

「立っている指が2本で曲げている指が3本。合計5本」
「なんだよ、そういうのは変わってないなこの屁理屈姫!!」
「のんちゃん、遊んでる場合じゃ……」
「ご……ごめん」
77 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:12
私はあいぼんの両肩を抱えるようにして言った。

「あなたの名前は加護亜依」
「かご……あい?」
「そうだ」
「そうか」
「それから私は辻希美」
「つぃののみ?」
「つ・じ・の・ぞ・み!」

あーーー、どいつもこいつも!
って私の発音が悪いのか。

「私は高橋愛。愛ちゃんって呼んで?」
「ふぇ?でも私も亜依……」
「だいじょうぶだよあいぼん。キミはあいぼんっていうあだ名だから」
「なんじゃそりゃ?」

知らねぇよ、自分のニックネームだろ。

「それからこの人はミカちゃんね」
「ミカちゃん……」
「そう」
78 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:12
それから……

「あーーー次は何を説明すればいいんだ?」
「私……ちょっと休みたい」

あいぼんが小さな声でそう言った。

「そ……そう。じゃ、ゆっくり寝るといいよ」

私たち3人はあいぼんを残して出口に向かった。

「あ、のの」
「ん?」

あいぼんに呼び止められた。

「心配しないで……私、頑張るから!」
「何言ってんだよあいぼん。
 あいぼんのためなら何だってするから、頑張っていこうよ!」
「ありがと……」
「じゃおやすみ」
「おやすみ」
79 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:12


…………………………。
80 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:12

あいぼんが目を覚ました時のために
ちょっと飲み物を買ってこようということになって
私と愛ちゃんの2人でコンビニに向かって歩いていた。

ミカちゃんはあいぼんに付き添い。

「愛ちゃん?」
「ん?」
「私、思い出した」
「え?」

暖かい風が通り抜ける。

「でもすぐに忘れちゃった」
「……そう」

愛ちゃんが私を抱きしめる。
私は
拒むこともなく、それに甘えた。

「ミニモニ。は、記憶をなくしたほうがいいのかな?」
「のんちゃん?」
「私……、そう思う」
「どうして?」
「……よくわかなんない」
「……そう」
81 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:12
私は記憶を失って、
人間関係何もかも忘れた。

それはまずいことなのかも知れないけれど。

「余計な記憶なんてないほうが……」

愛ちゃんが腕に力を入れて
私は強く抱きしめられた。

「無邪気なままでいられるかも知れないじゃん」
「のんちゃ……」
「ミニモニ。にとっては、いいこと」

子どもそのものの世界を全身で表現していたはずの私たち。
ミニモニ。にとって
成長、世間擦れ、複雑な人間関係、
これらはみんな不要なもの。

「もしかしたら、私たちの気持ちが大人になってしまわないように
 記憶が消えていっているのかもしれない」
「そんな……」
82 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:12
私は恋をしようとした。
本格的な恋を経験したらもう、
恋を夢見る女の子の気持ちは歌えない。

「そんなことって……」
「私はあいぼんと違って、何を調べたわけでもないから
 詳しいことはわからないけれど……、
 私たちは、どんどん成長してしまう自分に
 疲れていたのかもしれないね。
 だから神経症みたくなっちゃった」

私は泣いていた。
愛ちゃんの温もりが嬉しかった。

愛ちゃんが私を抱きしめてくれていて、
だから自分の存在を確かめられる。

そんな安心感。

「愛ちゃん……ミニモニ。って何?」

成長する。
そんな当然のことも許されない私たちって一体なんだ?
83 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:13
「……私にとっては」

愛ちゃんが
耳元で
小さな声で
言う。

「居場所……かな?」
「居場所?」
「上手くいえないんだけど、
 ミニモニ。がそこにあって、
 それで私たちがいて、
 楽しくって。
 そんな場所」
「い……ばしょ……」
84 名前: 投稿日:2004/03/31(水) 00:13

懐かしい言葉。
懐かしい響き。

そうだよ!
もっと昔は楽しくやっていたじゃないか!

昔?
なんで思い出せる?
なんで覚えている?

「愛ちゃん、私……」
「のんちゃん?」

それは
楽しかった時のこと。
まだ悩む前のこと。
成長する前のこと。

「今度こそ、思い出した」
「え?」
「あいぼん……あいぼんと話したい」
85 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:13

あいぼんは
眠ってはいなかった。

部屋は薄暗い。
小さなオレンジの電灯がついているだけだった。

「のの?」
「あいぼん。私の話を聞いて」

あいぼんは小さくうなづいた。

「私は思い出した。
 一部を除いて……」
「本当?」

部屋には、ミカちゃんも愛ちゃんもいる。
86 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:13
「愛ちゃんとカレー食べに行ったよね。
 それもちゃんと思い出せる」
「よかっ、た」

あいぼんは、
泣いていた。

「ただ、記憶を失う直前のことだけがどうしても思い出せない。
 なぜ私が記憶喪失になったのか、それだけがわからない」
「そんなの……もういいよ!思い出さなくてもいい!」
「ダメ!」

これは私が
振り返らなくてはならない過去。
乗り越えなくてはならない未来。

「お願い、教えて!」
「なに?」
「これは……」

間をおく。

「集団ヒステリーなんかじゃないね?」
87 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:14
あいぼんは、私を見る。
みんなが、私を見る。

「私が記憶喪失になったとき
 一番困ったのがあいぼんの呼び方なんだ。
 愛ちゃんはみんな『愛ちゃん』だし
 ミカちゃんはみんな『ミカちゃん』と呼ぶ。
 でもあいぼんは
 ミカちゃんも愛ちゃんも『あいぼん』とは呼ばないでしょ?
 だから私は、あいぼんのことを何て呼んだらいいかずっとわからなかった。
 携帯メールのログを見てようやく私が『あいぼん』って呼んでいるのがわかったの。
 それからもう一人、困ったのが……」

ミニモニ。の中で
呼び名が固定しないメンバーといえば
あいぼんと、

「私。
 ミカちゃんは『辻ちゃん』だし
 あいぼんは『のの』って呼ぶし
 愛ちゃんは『のんちゃん』。
 最初は全部が私のこと指しているなんて気がつかなかったよ」
「のの……何が言いたいの?」
88 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:14
あいぼんが首をかしげる。

「あいぼんと……それから愛ちゃんに聞きたいんだけど」
「え?」
「なに?」
「あいぼんは記憶喪失なのに私のことを一発で『のの』って呼んだ。
 愛ちゃんも一発で『のんちゃん』って呼んだ。
 私が辻希美であることも忘れていた2人が、なんであだ名をすぐに思い出したの?」
「……」

2人は、下を向いた。

「2人は、記憶喪失じゃないね?」

みんな顔を上げない。
私は話を続ける。

「みんなは記憶喪失のふりをしていただけだ。
 本当は何も忘れちゃいなかったんだ」
「……」

長い長い沈黙。

「ごめん」

あいぼんが言った。
89 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:14
「……のんちゃん、ごめん」

愛ちゃんも。

愛ちゃんはそうして

「ごめんなさい」

泣き崩れてしまった。

愛ちゃんの声。

―――アイチャンノ……

その声で突然
私の意識は過去の風景を映し出した。
90 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:15
―――「どうしてあさ美ちゃんのこと知ってるの?」

私の声。

―――「んとね……」

愛ちゃんの声。

―――「愛ちゃん?」

私の声。

―――「のんちゃん。あのね……」

愛ちゃんがいたずらっぽく微笑む。

―――「ごめん、実は全部ウソなの。記憶喪失も、のんちゃんが好きってのも」

立ち尽くす私……

―――「ウソ?……私が好きじゃなの?」

立ち尽くす私……

―――「ごめん……冗談なの」

立ち尽くす私……
91 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:15
―――「せっかく……せっかく好きな人ができたと思ったのに……」

ようやく恋ができたと思ったのに。

―――どうせ恋なんて一生できない……

ようやく大人になれると期待したのに

―――どうせ子どものままだ

ようやく子どもじゃなくなるって……

―――みんな、みんな大ッ嫌いだ!

ようやく私になれるって……

―――みんな勝手だ!

子どもになれ。
大人になれ。

―――そんな簡単に……

キミのキャラ。
キミの素。

―――使い分けられるほど……



「そんなに私は器用じゃない!!!」



叫んだ。
思いっきり叫んだ。

部屋中に私の声が響き渡って
ミカちゃんも
あいぼんも
愛ちゃんも
びっくりしていた。



私は全てを思い出した。
92 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:15

この世界に入ったばかりの私は子どもだった。
どうしようもないくらい子どもだった。

「いいよいいよ。子どもは何したってかわいいんだから」

そんなふうに周りから言われ、
それを信じた。
信じ込んだ。

「ちょっとは成長したかな?」

そんなふうに言われても誉め言葉には思えなかった。
成長すれば、かわいいと言われなくなる。
ファンレターにだって

「今のままの、ののちゃんでいてください」

私は大人になりたくないと思った。

ミニモニ。がうけた。
ますます私は成長したくなくなった。

それでもいいと思っていた。
93 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:16
でも
いつからか様子は変わっていた。

「お前何歳だよ!」

なぜ叱られるのかわかない。

「もう後輩だっているんだぞ!」

わからない。
子どもっぽければみんな誉めてくれるんじゃないのか?

「もうちょっと女の子らしくなるといいんだけど」

なんでそんなことを言う。
なんでこれまでと違うことを言う。

子どもらしくしなくてはいけない。
大人にならなくてはいけない。

私は矛盾を抱え込み
ついには自分が見えなくなった。
94 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:16
「恋人でもできれば変わるのかもね」

誰かにそう言われた。

恋……。
無理だった。
一年中忙しい私に、そんな余裕があるはずなかった。

それでもなんとか女の子っぽく見せようと必死になった。

恋をすれば……自分は変われる。

必死に恋を探すようになっていた。

恋をしたい。見つからない。

その葛藤が知らず知らずに私を疲弊させていたのだろう。
95 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:16

「ほんのちょっとしたいたずらの気持ちだった」

あいぼんがポツポツと語り出す。

「愛ちゃんが記憶喪失になったふりをして
 ののを驚かしてやろうって私がみんなに言ったの。
 それで終わりのはずだった。
 でも、愛ちゃんは思いっきり役に入り込んでいって、
 いつの間にか、ののが好きという設定が出来上がっていた。
 ののが戸惑っている様子が面白くって
 私たちも一緒になってののをだましていたんだ」
「ごめんなさい」

ミカちゃんが謝った。

「でも、ののが本気で愛ちゃんのことを意識しだしたから
 私は慌てた。
 これじゃあののが傷ついちゃうって思った。
 でも、結局いたずらは続いてしまった」
96 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:16
愛ちゃんはさっきから泣き続けている。

「ののは、愛ちゃんからみんなウソだということを聞いて……」

恋を求めていた私。
恋が見つからなかった私。
ようやく手にしたと思った愛ちゃんとの関係がウソだったと知って

「全てを忘れてしまった」

子どもになりたい自分も
大人になりたい自分も
みんないなくなってしまえばいい。
そうすれば、
もう苦しまなくてすむ。

だから私の心は
一切の記憶を覆い隠してしまったのだ。
97 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:17
「ののが記憶を失って、愛ちゃんとのことも全て忘れていたなら問題はなかった。
 でもののは、携帯を見て愛ちゃんが記憶喪失になったままだと信じ込んでしまった。
 それどころか、順繰り記憶喪失なんてことを考え出した。
 私は……」

あいぼんの声が震えている。

「ののに愛ちゃんとのことを思い出させちゃいけないって思った。
 愛ちゃんにだまされていたことを知られちゃいけないって思った。
 それで……」
「あいぼんは集団ヒステリーというもっともらしい説明で
 立て続けに起きた記憶喪失のことを私に納得させようとしたんだね?
 愛ちゃんの記憶喪失がいたずらだったと私が考えないように。
 そしてその説明に真実味を持たせるために
 あいぼん自身も記憶喪失のふりをした。
 本当に集団ヒステリーだと思い込ませようとした」
98 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:17
「だって……」

嗚咽。

「もしかしたらののがショックを受けて、
 私のことをまた忘れちゃうかもしれないなんて……
 そんなの嫌だったから」

順繰り記憶喪失の正体。
1つのいたずらがあって
1つの記憶喪失があって
1つの

優しさがあった。

私のことを思う優しさがあった。
99 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:17
でもこれはきっと
私の葛藤を
乗り越えるために起きた事件だ。

―――「居場所……かな?」

愛ちゃんの言葉を思い出す。
みんながいてくれる。
私のためにみんながいてくれる。

「いたずらしたお返しに……」

私がまた話し出したので、
3人が顔を上げた。

「みんなに甘えてもいいですか?」

ミカちゃんが

「いいよ聞かせて、辻ちゃんの話」

私のところまできて
頭を撫でてくれる。

私は、
暖かい手に包まれながら
みんなに向かって
自分の抱えていたものを
全て吐き出した。
100 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:17
年下という位置に甘んじていたこと。
大人になりたくなかったこと。
成長しなくてはならなくなったこと。
どうしていいかわからなくて自分を見失ったこと。

みんな
私の話を真剣な顔で聞いてくれた。
どうしようもない私の悩みを黙って聞いてくれた。

「私は子どもなの?大人なの?」
「キミは……」

ミカちゃんが
私の目を覗き込む。


「辻希美だよ」


私の目から
涙が溢れた。
101 名前:19 投稿日:2004/03/31(水) 00:25
「大人じゃなくても
 子どもじゃなくても
 女の子じゃなくても
 男の子じゃなくても
 辻ちゃんは辻ちゃんだよ」

みんなが私のもとに寄ってきて
みんなで抱きしめてくれた。

「周りの人だってわかっているはずだよ。
 辻ちゃんは辻ちゃんなんだって。
 確かにそこにいるんだってみんな知ってる。
 だから、いろいろ期待しちゃう。
 いろいろな注文をつけてしまう。
 でもね、
 そんなのなくても辻ちゃんがいるってことは
 みんなよくわかってる。
 だから泣かないで。
 もう、そんなことで悩むのはやめよう!」
「……ありがと、みんな」
102 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:25

何時間こうしていただろう。
みんなでかたまって眠ってしまったみたい。

薄暗い部屋。
静かな部屋。

「なぁのの……」

小さな声。

「ん?」
「うちらミニモニ。ちょっとは成長したかな?」

成長。
そんな言葉にこだわっていたのがもう昔のことみたい。

「……」
「あっ、大人になるって意味じゃなくてね」
「どういうこと?」
「子どもから大人まで楽しめるのがミニモニ。じゃん。
 うちらは大人になんてならないし子どものままでもない。
 ミニモニ。にしかできないことをやって
 ミニモニ。でしか行けない世界に行くんだよ」
「新しい世界?」
「そう、まだ誰も見たことのない世界へ行く。
 そのためにうちらは成長し続ける」
103 名前:10 投稿日:2004/03/31(水) 00:25
私はここにいる。
大人でも子どもでもないミニモニ。にいる。

誰かが知ってる大人じゃなく。
誰もが知ってる子どもでもない。

うちら4人で、どこへだって行ける。

ののはののとして
ミニモニ。はミニモニ。として
これからも
ずっと
永遠に変わりません。

永遠の世界に……



「行こうよ!みんな!!」

―メモリーラック・ローテーション 完―
104 名前:・・・ 投稿日:2004/03/31(水) 00:26
この作品はフィクションであり
物語中のいかなる個人・団体・出来事も
現実のものとは一切関係ありません。
105 名前:いこーる 投稿日:2004/03/31(水) 00:28
ミニモニ。に対する精一杯の思いを込めました。
テンション下がる前に書ききれてよかったです。
疲れましたが……。
106 名前:いこーる 投稿日:2004/03/31(水) 00:29
一気にドカドカ更新してお騒がせします。
ただ事情が事情なのでご理解くださいませ。

皆様の感想お待ちしています。
よろしくおねがいします。
107 名前:ハルヒ 投稿日:2004/03/31(水) 00:57
こればっかりは下げてはいけませんね。
…何か色々、思いはあるのですが頭の中が整理できていない状態です。
解離性云々については身近に同じ症状を持った存在が居たので切なくなりました。
今日と言う日(今もう日がかわってますが)にこの作品を読むことが
出来たことに感謝しています。ありがとうございます。
108 名前:飛べない鳥 投稿日:2004/03/31(水) 02:24
え?ミカの件知ってから書かれたんですか?早すぎっす

ののがより好きになれました
109 名前:dada 投稿日:2004/03/31(水) 04:51
辻が主役ってのがイイですね。
彼女が一番子供で居たいけど大人にもなりたいと悩んでいそうです。
ミカと高橋は最初から子供というより大人っぽい子だったから、同じ大人っぽくなりたいでも意味合いが違ってる気がします。
世間的にははミニモニが大人っぽくなっても辻加護=子供っていうのは当分変わらないと思います。
でも加護は自分の役が割り切れてる大人な気がします。

ミニモニ=ピーターパン
すごく良い表現だと思います。
この小説のキャラ良いですね。
特にミキティーばりのつっこみをする辻が。
最後に、金板のほうも読んでます
110 名前:いこーる 投稿日:2004/03/31(水) 08:10
レス返しをさせていただきます。

>>107 ハルヒ様
解離性云々について不快に思われたらすみません。
自分も今回の一件でかなりへこんでいますが
ミニモニ。は永遠と信じつつミカちゃんを見送りたいです。

>>108
この作品は全体の骨組みを書き上げた上で
各シーンの肉付けをしていったので
大方は書けていたんですよ。
一晩で1から100まで書いたわけでは……。
>ののがより好きに……
嬉しい感想ありがとうございます。

>>109
ありがとうございます。
辻の成長を見ていると感慨深いものがあります。
つっこみ辻は、なんというかコメディタッチの話が苦手で
誰かに突っ込んでもらわないといかんかったので……。
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/01(木) 16:41
辻と高橋の関係がどうなったか、知りたいです!後日談でも書いていただけると、とてもうれしいのですが・・
112 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/01(木) 22:52
けど、辻的には結構辛い話ですね・・・
113 名前:ダン 投稿日:2004/04/02(金) 20:16
なんだか色々心にくる作品でした。
すごく素敵でした。

私も今以上にののが好きになりました。
114 名前:いこーる 投稿日:2004/04/05(月) 23:05
レスありがとうございます。

>>111
いやぁご期待頂けてありがたいのですが、
あの後のことは読者様のご想像にお任せいたします。
自分はもう、これで完結のつもりでいたのでたぶん書けない……
すみません。

>>112
ありがとうございます。
個人的には苦労を乗り越えて欲しいと思いながら
書いていました。

>>113
ありがとうございます。
私もこういう物語を読者の皆様に読んでもらえて
とても嬉しいです。

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