カラーストーン

1 名前:Hermit 投稿日:2004/04/04(日) 00:41
こちらで書かせていただきます。
更新は不定期になります。
愚作ですが、お付き合いください。
よろしくお願いします。
2 名前:プロローグ 投稿日:2004/04/04(日) 00:42

「わぁーー、遅刻だよーー」
グレーのスーツにパンツ姿で走っていく女性が一人。必死に急いでいるのだが、慣れないハイヒールに足が思うように進まない。仕事では底の薄い靴に履きかえるから関係ないが、せめて仕事前だけでもおしゃれを楽しみたい。しかし、その楽しい時間は家を出て電車を待つまでだった。地元では考えられないラッシュに巻き込まれて苦しいの一言、お昼までのエネルギーはすでに使い果たしてしまっている感がある。こんな生活が毎日続くと考えるといつまで我慢できるかわからない。以前来たときは遊びだったからよかったんだと変な言いがかりをつけて自分を納得させる。親の反対を押し切って東京に出てきたのに、すぐに戻ったのでは話にならない。

「モタモタすんな!」
ドスン、ドテッ
「痛ーい!」
急いでいる女性の右肩を思いっきりぶつかって通り過ぎていく金髪の女性の後ろ姿があった。謝りもしないでと、大きな声で話しかけるが女性は振り返りもせずに走り去っていく。
「わぁーーー、もう」
女性はその場に立ち止まり思わず天を仰いだ。パンツの膝の辺りが黒ずんでいた。今日初めて着た服がいきなり汚れて、気分も湿りがちになる。それでも、あこがれていた仕事に就けたとあって気を取り直して足を進めるのだった。

3 名前:プロローグ 投稿日:2004/04/04(日) 00:43

女性は目的の建物の入り口に掲げられた看板に思わず全身が引き締まる思いがした。
建物に入ると淡いベージュで統一された壁に暖かさに感じた。
今までの描いていたイメージとちょっと異なっていた。
女性は正面の受付をしていた女性に声をかけた
「おはようございます。
私、今日から刑事第3課に配属になった小川麻琴といいますけど、
 刑事課の場所はどこですか?」
「4階の奥になります」
「ありがとうございます」
小川麻琴と名乗る女性は軽く頭を下げると、エレベータのある場所へと走っていく。
「遅いなあ」
麻琴はエレベータの前で軽く足踏みしていた。出勤時間すべき時間にはまだ余裕があるのだが気がはやってそれどころではなかった。エレベータの表示階数を示す数字が大きくなっていく。
「もういいや」
麻琴は階段を駆け上がる。最近運動不足なのか体が少し重い。2階ほどまで駆け上がるとわずかに息も上がっている。情けないと思いながらも、息がこれ以上上がらないように速度を落として歩く。4階まで上がるとちょっと太ももが張っていた。
4 名前:プロローグ 投稿日:2004/04/04(日) 00:44

“刑事第3課”と書かれた文字に思わず顔がほころぶ。
ゆっくりと扉を開ける
「おはようございます」
「・・・」
麻琴の声に反応する声はなかった。いや、部屋に誰もいない。
一瞬来る日を間違ったかと不安になる麻琴。
「おはようございます」
「おはようございます」
背後からかけられた声に思わず反応する麻琴。
振り向くと自分と同じくらいの年齢の女性がいた。
刑事にしてはどこかトロいような感じさえする。
「私今日からこの刑事第3課に配属された小川麻琴いいます。
 よろしくお願いします」
「あっ、こちらこそ・・
 私も今日配属された紺野あさ美です」
二人はお互いの顔を見合わせたまま軽く頭を下げる。
ちょっと気まずい雰囲気が流れる。初めて会って知らないもの同士、これが普通の会社ならそのまま雑談とかで盛り上がれるだろうが、場所が場所にそういうわけにはいかない。

5 名前:プロローグ 投稿日:2004/04/04(日) 00:45

二人はここ新桃上署に配属された。この新桃上署は日本で初めての女性だけしかいない警察署だった。最近は極悪卑劣を極めない事件が増えているために、女性だけの警察署を作ることに反対が多かった。なにしろ女性の力で男性の力に立ち向かえるとは思えないし、男性がいた方がいざというときには安心である。しかし、女性には女性にしか言えないこともあり、ハード面よりもソフト面を充実させた方がいいのではないかという意見もあり実験的に作られたのだ。当初は客寄せパンダと称され、それほど期待されていなかった。当初は女性目当ての輩が集まり、ストーカーや痴漢といった話題ばかりが持ち上がり不要論さえ出た。しかし、ある事件をきっかけに新桃上署は認められるようになった。女性だけということで全国の優秀な警察官が集められているのだから、当然の結果であるといえた。予想以上の結果に警察自身の方が驚いていた。その事件以来、悪い話題は徐々になくなり、世間もそこらにある署よりも新桃上署に信頼を置くのであった。そして、その信頼は新桃上署の増員という形で現れた。二人も選ばれた人材だった。

6 名前:プロローグ 投稿日:2004/04/04(日) 00:46

どうしようかと戸惑っている時間が過ぎていく中で別の声がしてきた。
「あぁ〜、疲れた」
「悔しい」
「また、徹夜だったね」
3人の女性が入ってきた。
1人目は猫のような目で多少頬が張っていて、この中では1番偉いと思われる女性。
2人目は色黒で声に特徴的で、女の子っぽい女性。
3人目は色白で背が高く、男っぽい女性。
どの顔も疲れた表情をしていた。おまけに足取りも重そうだ。

「あぁ、あなた達は、今日から配属の子ね」
「はいっ」
「そうです」
1番偉そうな女性が声をかけてきた。
麻琴とあさ美は緊張のせいか多少口元が引きつっている。
「吉澤、石川!今日から配属になった2人だ」
「は〜い」
「しっかりしろよ」
気が抜けた返事にため息がつく。

麻琴とあさ美の前に先ほどの3人が並ぶ。
「小川麻琴です、よろしくお願いします」
「紺野あさ美です、よろしくお願いします」
「私は石川梨華、よろしくね」
「吉澤ひとみ、よろしくな」
2人の挨拶に続いて、色黒の女性と色白の女性が自己紹介をした。
「私が刑事第3課の課長の保田圭。
 これからいろいろと大変だと思うけど頑張って」
「はい」
2人は正直驚いていた。課長というからもっと年をとっているかと思ったら、まだ20代だ。期待と不安がごちゃごちゃに入り混じっていく。しかも、圭に連れられて、実際の署長を見てさらに驚く。署長の名は飯田圭織といい、一見すると長髪と大きな目、それにモデルを思わせる容姿が印象的だった。圭よりも年下だということで更に衝撃的だった。警察の仕事に憧れていたとはいえ、自分の知っていた警察との違いに選択を間違ったのかと少し後悔するのだった。それと同時に今までにない新しさに期待を抱くのだった。しかし、期待することよりも後悔することが多くなるとは麻琴もあさ美も思っていなかった。


2人の知らない間に本当の話はここから始まるというか、すでに始まっていたのだった。

7 名前:プロローグ 投稿日:2004/04/04(日) 00:46


“プロローグ”完
次回、“太陽の気まぐれ”へと続く。


8 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:48

新桃上署から歩いて10分ぐらいのところに”Violet Light”という喫茶店があった。外見はどこにでもある店と変わらない。看板が色褪せてがどこか寂しく見える。
「はぁ〜、最近お客来ないね」
「うん・・不況のせいかな」
「でも、これで終わりってわけにもいかないし」
「私がお客さん連れてこようか?」
「止めといたほうがいいよ、後が大変だから」
「うん・・性格変わるしね・・」
「明日も頼んだでとか言われそうだし・・」
3人の女性が暇をもてあそんでいた。3人の口から出るのは愚痴とため息だけである。ここ2,3年はこのような状態が続いていた。このような状態であれば、店員は1人ぐらいで十分なのだが何故かリストラもなく残っていた。満足な給料ももらえないのだが誰も止めることなく働いている。その理由は本人たちしか知らない。


「こらっ、またおしゃべりして!」
「お客さんいないですよ」
「そうですよ、やることないし・・」
「暇だからいいじゃん・・」
「そうか・・」
3人の女性の下に店長らしき女性が目をつりあげてやってきた。

9 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:49

「では、お仕事や」
ドスン!
「何ですか、これ!」
「チラシや・・松浦と藤本はこれを駅前で配ってきて」
「そんな・・」
3人の前には200枚ほどちらしが置かれた。

「中澤さん、私たちだけで配るんですか?」
「そうや」
「ごっちんは?」
「これから、いつものお客さんが来るから、料理できるものがおらんとな」
「それだったら、私でも」
「藤本や松浦だとまともな料理できんやんか・・
 それに、少しはごっちんにも気を使ってやらんとな」
「まぁ、そう言われると・・」
藤本と松浦と呼ばれた女性はチラシを手にした。
「いいよね、ごっちん。好きな人といつも会えて」
「もうからかわないでよ」
「中澤さんも好きな人を早く見つけないとね」
「いい加減にしぃや」
キャッキャッと騒ぎまくりながら店を出る二人。


“Violet Light”には4人の従業員がいる。
店長の中澤裕子。
料理担当の後藤真希。
接客担当の松浦亜弥。
会計担当の藤本美貴。
一見するとどこにでもある喫茶店と何らかわらない店であった。
違うといえば、店の規模に比べると従業員が多いことぐらいか。

10 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:49

二人が店を出て、10分ぐらい経過したときである。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
ドアが開いたと同時に3人のスーツ姿の女性客が奥のテーブルへと移動した。

「・・・」
顔をうつむき加減で、野菜を切る真希。
「今日は複数か・・・残念やなぁ、ごっちん」
「もう、裕ちゃん!」
裕子の言葉に少し頬が赤くなる。
「ほら、お気に入りの方がこっち見とるで」
「からかわないでよ」
裕子の言うとおり、一番背が高くて色白のショートカットの女性が真希の方に視線を向けていたが、その視線は一緒に座っている二人の様子をどこか気にしているようだった。

「吉澤さん、どうしたんですか?」
「いやぁ、別に・・」
この中では一番若く見える女性の言葉に吉澤と呼ばれた女性が答える。
「まぁ、保田さんも保田さんですよね。
“Violet Light”にまた宝石盗まれたからって、
私たちのせいにしなくてもいいじゃないですか」
色黒の女性がヒステリック気味に不満を漏らす。
「そうですよ。保田さんの指示ミスだったのに私のせいにされるなんて・・ウェーーン」
「それは麻琴がポカーンとしてたからでしょう」
「ひどいですよ、石川さん」
「二人ともいい加減にしなよ・・」
暗い雰囲気に覆われる3人。

「いらっしゃいませ」
そんな3人の下に裕子が注文をとりに来た。
「ご注文は?」
「ランチ3つ」
「はい、かしこまりました。ランチ3つ、お願いします」
「わかりました!」
裕子の声に真希が答える。
「でも、警察の方々も大変ですね」
「そうなんですよね・・」
裕子の言葉に吉澤と呼ばれた女性が言葉を返す。
「もぉ、”Violet Light”が出現してから最悪だし・・」
「なんで、こんなところに配属されたんだろう」
他の2人も頭を抱えていた。
この3人は新桃上署のひとみ、梨華、麻琴だった

11 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:50

”Violet Light”とは女性3人組の怪盗であった。出現したのは新桃上署が世間にみとめられるようになった直後であった。狙うのは不当な手段で手に入れられた宝石である。しかも、予告した上で盗みを行うのである。あろうことか数10回も予告して予告通りに盗みを実行して失敗したことがなかった。世間の人々は正義のヒロインなどと賞賛していたが警察にすればこれほど屈辱的なことはない。新桃上署にあった2つの刑事課を4つに増やして、そのうちの刑事第3課を”Violet Light”専任にしたのだった。

配属が決まって最初に出勤した日までは、明るい期待を抱いていた麻琴だが、思った以上の激務に後悔するのであった。すぐにでも辞めたいと思ったのだが、勝手に東京に出てきた以上それもできない。今では、”Violet Light”を捕まえることが麻琴の目的となっていた。もちろん、あさ美も同じだった。

12 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:51

淡々と食事を進める3人。ひとみは他の2人にわからないように真希に視線を送るのだが、そのたびに梨華、麻琴が何事か話しかけてくる。2人も真希のことが気になるようだった。まぁ、休憩時間とはいえ仕事の最中である。真希よりも2人の方を優先せざるを得なかった。食事が終わると3人はそのまま会計を済ませていく。ひとみは腰のところで手を合わせて、ごめんという合図を送り、真希も笑顔でそれに応えた。次に麻琴が会計を済ませ、梨華が真希に話かけた。
「あのぉ〜、”Violet Light”ってご存知ですか?」
「知ってますよ、有名ですから」
「あなたによく似た人がいたんですけど・・」
「そうですか、私は関係ないですよ」
真希は淡々と答える。
「梨華ちゃん、行くよ」
「わかってる、よっすぃ・・覚えてなさい、絶対に証拠を掴んでやるから」
梨華は真希を睨みつけながら、店を出て行った。
“Violet Light”の出現でこの店が疑われるのは当然だった。しかし、証拠がない上に店長が元警察官とあっては”Violet Light”と関連は低いと見られていた。いくらなんでも怪盗と同じ名をつける奴はいない。しかも、警察署の近くにある店だ。

13 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:52


ピンポーン、ピンポーン
先ほどの3人と入れ替わるように亜弥と美貴が帰ってきた。
「ごっちん、残念だったね」
「ちょっと寂しそうだよ」
「なんだよ・・人がまじめに仕事してるってのに」
2人の冗談に頬を膨らませる真希。
「なんや、もう帰ってきたんか」
予想よりも早い帰りに首を捻る裕子。
「この松浦亜弥がいるんですよ、軽い軽い」
「そうやった・・・また、男に頼んできたな」
「ははははーー、」
いつもの亜弥の手口に裕子は思わず頷く。
「ばれました?」
「ばればれや・・ほんまにそういうところは抜け目がないな」
「へへへへ・・皆のアイドルですから!」
「ハハハーー」
自信満々の笑みを浮かべる亜弥と苦笑いする美貴。
その笑顔は対象的なものであった。


「さて、集まってくれるか」
裕子の口調が一転して厳しいものになった。
喫茶店の店主とは思えないほど目つきが鋭くなっていた。
他の3人も意味がわかったらしくまじめな表情に変わる。
「裕ちゃん、次の仕事決まったの?」
「あぁ、ごっちんには悪いけどな」
裕子はゆっくりと地図を広げた。
「中澤さん、今度はどこですか?」
「ここ、安倍博物館や・・・狙うは“太陽の気まぐれ”と呼ばれるルビーや」
「今回も楽勝ですよ」
亜弥がVサインで胸を張る。
「やったね!思いっきり飛ばせるよ」
美貴が両手でガッツポーズを決める。
「ちょっと・・事故だけは起こすなよ!それとあまり飛ばさないようにな」
「わかってますよ〜」
裕子の言葉も美貴には届いてないようだ。
「さて、実行日やけど・・」
4人の話し合いはさらに続いた。

14 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:53

数日後
「えっ、これって、どういうことだべさ」
「まじで、嘘じゃない」
安倍博物館では1通の封筒をめぐって大騒ぎになっていた。
茶色の封筒の中には、一枚の便箋と豹の絵が描かれたカードが入っていた。しかも、カードには”Violet Light”の署名まであった。
安倍博物館、世界で有名な宝石を展示している場所として知る人と知る場所だった。その展示物は有名なものだけでなく、世界でも稀な宝石まであった。また、宝石のほかにも世界有数の遺物が展示してあり、その価値も高かった。
館長は安倍なつみといい、その顔からは宝石にはあまり興味がないように見えた。何しろ、カジュアルな服装ばかりでクラシックな服装なんて誰も見たことがない。顔と似つかない大ドジと方言は宝石とは無縁な感じだった。本人も宝石よりは遺物に興味があった。そして、この博物館には矢口真里という女性が一人働いていた。博物館ということから警備関連は警備会社に任せているし、さほど大きな建物でないので何でも一人でこなせてしまうのであった。館長のなつみとは5年以上の付き合いがあり、実質的な運営は真里が行っているといっても過言ではない。二人とも背が小さくて童顔なせいか、宝石の取引の際には人一倍苦労していた。安倍博物館を譲ってくれという輩もいるから、当事者にすれば困ったものである。さて、今回の”Violet Light”の予告状はまったく予期していないことだけに、2人ともパニックに陥っていた。

15 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:54


「なっちら、どうしたらいいだべさ」
「本当にあなたたち警察に任せて大丈夫?」
なつみと真里の前にはスーツ姿の女性が2人座っていた。”Violet Light”の担当の責任者である圭と、なんとなくついてきた圭織である。
「私たちに任してください」
猫のような目で訴える圭。
「本当ですか?」
なつみと真里の声が揃う。2人とも”Violet Light”のことは知っている。現状では警察に安心して任せられないと言葉にしないものの感じていた。
「盗ませません。そして、絶対に逮捕しますから」
圭の言葉に一段と力がこもる。2人の言葉は当初から予想していたことである。いつまでも好き勝手にやられては警察の威信に傷がつく。そろそろ本庁が乗り出してくるとも署内では噂されている。
「絶対に捕まえてくださいね」
「わかりました」
圭は力強く答えて横に座る圭織を見た。
「はぁ〜」
圭は思わず頭を抱えた。圭織の視線は明後日の方向に向いていた。これでは相談する方は不安が増すばかりである。圭織のことを知っている圭でさえやっと慣れた光景なのになつみや真里にすれば当然の成り行きともいえた。博物館を去るときに見せたなつみと真里のやるせなさそうな顔が圭の目に焼きついていた。


圭と圭織は2人から安倍博物館の状況を聞くと早速署に戻って対策を練った。今回は建物もさほど大きくなく侵入経路も限られていた。警備会社とも綿密に打ち合わせを行い万全の体制で”Violet Light”を迎え入れることにした。


16 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:55



予告の日、それぞれの思いを抱えて来るべき時刻を待っていた。


17 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:55

ウゥーーーン
キッ、キィーーー
ブルゥーーン
1台の車がタイヤの悲鳴を上げていた。スピードを緩めることなく多くの車の間を縫うように走っていく。まさに事故を起こすかどうか紙一重のところである。
ガチャ、ガチャ、ウィーーン
ギアを操作する左手が激しく動く。
いつも以上に緊迫した空気が車内に漂う。
「あのさぁ〜ミキティ、これじゃ、目的地に着く前に警察に捕まるよ」
「気にしないの・・」
「いつもより目が怖い」
スピード狂に変わった美貴の横で真希の口元が引きつっている。
いつものことではあるのだが。

「どうしたの、ごっちん・・こんな楽しいことないよ」
「まっつーまで・・怖くないの?」
「平気でーーす!本来の血が騒ぎ始めてます」
「はぁ〜?」
「ミキティ、もっと飛ばして」
「OK、いくよ」
頭を抱える真希とはしゃぎまわる亜弥そして前方に視線を集中する美貴だった。

18 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:56

安倍博物館の周りでは警察が厳戒態勢を引いていた。
「ちゃんと気合入れなさい」
圭が博物館入り口の前で指揮をとっている。


「絶対に捕まえてやる」
人一倍気合が入る梨華。しかし、ピンクできめた服装は警察の中では浮きすぎていた。
目立たないようにするのが普通だが梨華には関係ないようだ。
「梨華ちゃん、目立ちすぎだよ」
「いいのよ、あの人だけには負けないから」
「なんか違ってるよ・・」
梨華の意気込みは買うもののその思考に頭を抱えるひとみだった。

「あのぉ〜、怪しい人を見かけませんでしたか?」
泥棒ひげに漁師姿の男がひとみに近づく。ただ、やけに歩く速度が遅い。
「いいえ、見てないですよ・・って!
 麻琴、なんて格好してるんだよ・・お前のほうが怪しいよ」
「そうですかねぇ、これ決まっていると思ったんですけど・・
 都会の人は私の変装のセンスがわからないのかね?」
「馬鹿!仮装大会してるんじゃないぞ」
「はいはい、融通がきかない人だよね・・」
ゆっくりした口調と歩き方で去っていく麻琴。

「もぅ、嫌だ!!!」
ひとみは思いっきり叫びたい心境だった。


ポンポン
「あっ、保田さん」
「大丈夫?」
「はいっ」
「あまり気負わないでね」
「ありがとうございます」
圭の言葉に一瞬表情が緩むひとみ。
しかし、圭の顔は言葉とは対称的に厳しいものだった。
迫りくる対決に少なからずも焦りと不安が募ってくるのだった。



「本当に大丈夫だべ?」
「なんか落ち着かないよね」
いくら警察や警備会社が万全の体制をとっているとはいえ、 “Violet Light”のことを知っているなつみと真里は不安でしょうがない。二人はコーヒーを口にしながら、ただ宝石が盗まれないことを祈るだけだった。

19 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:57

その頃、例の3人は・・・
「ごっちん、起きてよ!」
「お仕事の時間ですよ」
爆睡中の真希の耳元で叫びながら体をゆする美貴と亜弥。それでも、真希は起きない。

ニヤッ
二人の怪しい考えが一致したかのようにお互いに笑みを浮かべる。
「ごっちん、よっすぃが来たよ」
「えっ・・」
大きく背伸びをしながらゆっくりと目を開ける真希。
「アハハハハー」
「こういうときだけは早いんだね」
美貴と亜弥は笑いが止まらない。

「やっと起きたんだね、もう仕事だよ」
「ごめん・・」
腫れたまぶたをこすりながら大きく深呼吸する。
「大丈夫?」
「よっすぃは?」
「ごっちん、これから仕事だって・・アハハハ」
寝ぼけた真希の回答に美貴と亜弥は呆れ返るしかなかった。

「やばい・・」
やっと状況を飲み込めた真希は大きくため息を漏らしていた。

20 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:58

ほのかな光が道路を照らす。
博物館の正面入り口には多数の警察と警備員がいた。
「セクシーとキュートどっちがいいかな?」
目の前の状況を楽しむ亜弥、上下ピンクのレオタードに派手なアクセサリーがいっそう亜弥の魅力を引き立たせる。
「でもさ、ちょっと少ないんだよね」
警備している人数の少なさに口を尖らせる。自分が一番だと認識している分、注目を浴びないと気が済まない。普通はこっそりと盗みを行うのが常識だが、亜弥のせいで盗みもイベントに変わってしまう。今では亜弥を見たいために新桃上署に配属希望する男性が殺到しているという。おまけに、亜弥の個人サイトもかなりの数登録されているという。

ピカッ!
色鮮やかなライトが一箇所を照らす。そこには亜弥の姿があった。
「では、今日も盗ませていただきます」
足取りも軽く博物館へと向かう。もちろん警察も黙ってはいない。
「また、お会いしましたね」
ウィンクをしながら、警察を挑発する亜弥。
「おぉ・・」
「現れたぞ」
複雑に上がる声。使命を果たそうと意気込む声と有名人に会えた喜びの声が混ざる。ウィンクだけで倒れる警備員も多数いた。あちらこちらで騒ぎが起きる。
「やっぱり、私が1番よね」
警備の様子にまんざらでもない表情を見せる。警備が追ってくるのがわかると馬鹿にするかのようにゆっくりと逃げる亜弥。
「後はお願いね」
イベントを楽しむかのように亜弥は博物館の前を駆け抜けていく。


「いつも派手だね」
赤の上下のレオタードで身を包んだ真希は、派手な亜弥の姿を見つめていた。
「さて、どうしようかな」
博物館自体が小さいせいもあり、侵入するには警備の数が多すぎる感じだった。盗むことはできても逃げられない可能性があった。逃げきれなくては意味がない。侵入する機会をうかがうがその機会がない。亜弥の体力にも限界がある。かすかだが少しづつ焦りが大きくなっていく。

21 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:59

ウゥーーーン
キッ、キィーーー
1台の見慣れた車が博物館の前に止まる。誰もがその車に集まる。
サンルーフから紫のレオタードをまとった美貴が現れた。
「こっちも注目!!」
わざとらしく大声で叫ぶ。
「こっちもいいじゃん」
「これが噂の美女か・・思ったより小さいな」
有名人を見た感想が漏れる。
しかし、すぐに我に返って美貴へと近づく。
サイレンを鳴らしながらパトカーが近づいてくる。
「追いつけるかしら」
ウィンクして余裕があることを示すと、運転席に座りなおし、すぐさま車を発進させる。
車の前後からパトカーが迫ってくるが、そんなの関係ない。
前から迫ってくるパトカーの隙間を狙ってアクセルを全快にする。
パトカーも美貴も引く気はないようだ。
真希は思わず目をつぶった。

キッ、キィーー、キィーー
ブレーキの音が鳴り止もうとしたとき、真希は目を開けた。
パトカーの間を車を斜めにして片側2輪だけで走りぬける車の姿が見えた。
「見てる方がヒヤヒヤするよ〜」
胸を撫で下ろすと多くのパトカーが美貴の車を追っているのが見えた。

「もう二人とも派手すぎるよ・・」
亜弥と美貴の派手な行動に愚痴をもらしながら、博物館へと向かう。
二人のおかげで楽々と博物館へと進める。途中、警備員や警察官の姿が見えたが、肝心のひとみの姿はない。ちょっと寂しい気もしたが、いないとわかってちょっとだけ安心した。

22 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 00:59

ガチャッ
真希は裏口から博物館の中に入る。赤外線対策用のゴーグルをするとさっそく目的の場所へと進みだした。裏口を抜けて、まずはトイレへ向かう。トイレの窓を開けておくといくつかの部屋の扉を半開きにして、本来の展示場へと向かう。小さい博物館では考えられないほどの有名な宝石が並んでいた。

「おっと、危ない・・」
複雑に張り巡らされた赤外線を慎重にくぐり抜けていく。外観と違って防犯設備だけはし
っかりしている。失敗すれば、即座に警察署行きだ。

「いい加減にしてよ」
真希は愚痴りながら進んでいく。通常ならある程度規則性があるのだが、この博物館にはそれがない。意味がないところに赤外線が通っていたり、やけに赤外線が集中していたりと他にはないパターンにさすがの真希も困惑していた。しかし、今までに何度となく盗みを行ってきたものにすれば楽な方だった。


「ねぇ、なっち、外が騒がしいよね」
「うん、もう来たんじゃない」
「おいらたち、このままでいいかなあ」
「最新の防犯設備だし、後は警察がなんとかするべさ」
なつみと真里は騒ぎと関係なく世間話に花を咲かせていた。
ここだけは、まったく緊張感のない世界だった。

23 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:00

「ふぅーー」
額にはうっすらと汗をかいていた。目的の場所にたどり着いたのである。
目の前には“太陽の気まぐれ”と呼ばれるルビーがあった。ゆっくりと顔を近づけ食い入るようにルビーを見つめる。予告の上での盗みであるので、ルビーが贋物だということもある。以前の仕事でも贋物をつかまされたことは何度かあった。右目につけたルーペが妖しく光る。
「本物だね・・」
真希はルビーの周りを注意深く観察する。通常、センサー等の監視が一番厳しいのがこのルビーの周りだと考えられる。より慎重且つ迅速な判断が要求されるだけに真希の顔にも緊張感がみなぎる。いろいろと観察するのだがセンサーらしきものはなかった。ゆっくりとルビーへと手を伸ばす。

周りを確認するが変わったことはない。指先がルビーに触れる。

一呼吸おくとゆっくりとルビーを持ち上げた。センサーが起動する様子はない。まずは大きな壁を乗り越えた。手にしたルビーがズシリと重く感じる。何度も盗みを行ってきたとはいえ、このときが一番緊張する場面である。こめかみからは一気に汗が流れ出していた。
「ふぅーー」
大きき肩で息をすると元のルートで戻り始めた。知らないところよりもより安全だと考えられるからだ。順調に赤外線網を潜り抜け、展示場を出た瞬間だった。

ビーー、ビーー、ビーー、ビーー
激しい警報音が鳴り響く。

「ほら、網に引っかかったべさ」
「すごいね」
「予想以上だべさ」
「これでなんとかなるんじゃない」
「何も取れずに捕まるしかないべさ」
なつみと真里は逮捕も時間の問題と思っていた。博物館の中から外へ出るルートは限られている。警察がしっかりしてれば、嫌でも捕まえることができると信じていた。

24 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:01

「まじっ・・」
真希の顔色が一気に変わった。ここに来て捕まっては意味がなくなってしまう。ここまでくれば、後は外に出て逃げるだけである。最初に入って来たときに開けておいたトイレの窓から外に出た。周りには誰もいない。待ち合わせの場所へとむかう真希。しかし、小さな博物館だけに人の移動も速い。

「“Violet Light”を見つけた、こっちだ」
目の前にはひとみが迫っていた。
「ちょっと、待ってよ〜」
真希は焦っていた。このまま、前に進めばひとみと鉢合わせになる。そうなれば正体がばれてしまう。ひとみの暗い顔は見たくはないが、捕まるわけにはいかない。向きを変えて逆方向に走り出した。

「ちょっと、待ちなさい」
走っている先から聞き覚えのある声がした。ちょっと甲高く抑揚のない声。逮捕劇とは無縁とも思えるものだった。声の主である梨華が迫ってくる。ある意味ひとみよりも性質が悪い。しかも、正体が真希であることを薄々気づいている。できれば、避けておきたい人物である。


「おとなしく自首しろ」
さらに追い討ち(?)をかけるように気の抜けた声が聞こえてくる。どこか自信なさげに叫ぶ声は警察官の士気を下げるものだった。口をポカーーンと開けて麻琴も迫っていた。


ドタ、ドタ、ドタ・・
「絶対、逮捕しなさい」
一人遅れてひとみたちの下に向かう圭。
その姿は走っているのか歩いているのかよくわからない。
警官たちの差はみるみる広がっていく。



「まじ、どうしよう・・」
気づけば逃げる先がなかった。
警察の包囲網が真希を追い詰めようとしていた。

25 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:02

キィーーーー!
警察の包囲網を突破して1台の車が突っ込んでくる。


「うわぁーー」
「あぶない・・」
「嘘っ!」
次々と車を避ける警官たち。
こんなことで怪我をしたら、体がいくつあっても足りない。


ウゥーーーン
キッ、キィーーー
ブルゥーーン
「早く!逃げるよ」
真希が飛び乗ると美貴は車を急発進させた。


「止まれ!」
多くの警察官が叫ぶ。だが、止まれといわれて止まるものはいない。
むなしい声が闇に消えていく。

「やられた・・」
ひとみは左拳を右の掌にぶつけながら悔しがる。

「間一髪だったね」
「ありがとう、ミキティ」
「これぐらい当然・・・飛ばすよ」
3人を乗せた車は勢いを増していく。


その頃、安倍博物館では大騒動になっていた。あわただしく緊急配備を敷くが何の反応も得られない。館内ではなつみと真里は警察や警備会社に激しく詰め寄っていた。ひとみたちも即座にパトカーに乗ってあたりを捜索するが“Violet Light”が乗った車はどこにも見当たらない。

26 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:03

「そうだ!」
梨華は携帯を取り出すと、一人で新桃上署に残っていたあさ美に連絡を入れた。
「石川さん・・どうしたんですか?また、逃げられたんですか」
「そんなことはどうでもいいから、頼みがあるの」
「はいっ」
のんびりとしたあさ美の声に梨華の焦りが募る。
「今から“Violet Light”のに行って」
「どうしてですか?」
「あの3人がいるか確認して欲しいの」
「あの3人って?」
「あの店にいる若い3人よ、私の感が正しければあの3人はいないはずなの」
「わかりました」
「急いで」
梨華の迫力に負けて、あさ美は“Violet Light”へと向かった。

「あのぉ〜、すみません」
あさ美は“Violet Light”の中へとやって来た。
「なんですか?」
あさ美の前に裕子が現れた。
「私、新桃上署の紺野っていいますけど、お若い3人の方いますか?」
「若いって、どういうことや?」
裕子の眉間にしわがよる。
「そのぉ・・、ちょっと確認したいことがありまして」
「確認したいこととは何や?はっきり言ってもらわんとなぁ」
裕子の迫力にあさ美はたじたじになる。
ひとみなどから噂は聞いていたがそれ以上の迫力があった。
「だから、確認だけさせて欲しいんです」
「ふーーん、その確認したいことを言ってもらわんと」
裕子には一歩も引く気配は見られない。

27 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:03

ここであさ美もあっさりと諦めるわけにはいかない。
「“Violet Light“って知ってますよね?
 その“Violet Light”のメンバーがこちらで働いているとの情報がありまして」
「そうなんや・・その情報は確かなんか?」
「それは・・・」
「嘘の情報でここに来たんやったら、協力できへんわ
 協力して欲しかったら、きちんとした情報を示してくれんと」
「えっ・・」
裕子の言葉に困り果てるあさ美。裕子の言ってることは的を得ているだけに反論できない。ましては、一個人の考えで強引に調べるようなことはできない。運良く犯人を逮捕できても、その手法に非難が殺到するのは明らかだった。それに新桃上署が認められた事件の裏で凄まじいバッシングの嵐があったことも知っていた。せっかく成果を上げている新桃上署の評判を落とすことはできない。どうにもならない状況にあさ美の顔色は青くなっていく。
「大丈夫ですか?」
「は、はい・・」
裕子の言葉に返事を返すのがやっとだった。

「裕ちゃん、いじめちゃだめだよ〜」
「中澤さん、カツアゲですか?」
「さすが、警察相手でもやるときはやるんですね」
その場に似つかない声が聞こえてきた。
「おい、あんたらそんなこと言って・・
 給料減らすからな」
冗談ともとれない言葉が声の主に向けられる。

「後藤さん、藤本さん、松浦さん・・」
あさ美にそれ以上言葉はなかった。目を大きく見開いたまま信じられないといった表情で3人を見ていた。
「まだ、何か用があるんか」
追い討ちをかけるように声が聞こえてきた。
「すみません・・ありがとうございました。」
あさ美はがっくりと肩を落として店を出た。
報告を受けた梨華は周囲の空気とともに凍てつくのだった。

28 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:04

「ふぅーー、間にやったようやな」
裕子は大きく息をしながら、キッチンへと向かう。

「今回も楽勝だったね」
「まぁね、今回は久々に動いたし・・」
「もっと目立ちたかったのに・・」
一つの仕事をやり終えてくつろぐ3人だが、亜弥だけは何か物足りないようだった。

「3人とも、お疲れさん」
裕子がいれたコーヒーを口にしながら、ルビーを眺める3人。

普通、ルビーには赤い石に星状の白い直線が交わる。交点が1箇所で白さが白いほど価値が高くなる。普通は紫がかったものがよく出回るのだが、“太陽の気まぐれ”は違っていた。白ではなく黒なのである。それも漆黒だった。滅多にお目にかかれない宝石に3人の視線は釘刺しになっていた。
「これが“太陽の気まぐれ”か・・・私にぴったり」
「こんな宝石をくれる愛しい人が現れないかしら」
「思ったより、小さいよね・・」
3人は思い思いにルビーを見た感想を漏らす。


真希はふと未来を憂う。
「ねぇ、裕ちゃん、いつまで続くの?」
「私にもわからんわ・・」
「まぁ、ごっちんにはよっすぃのことがあるからね」
「そう、ごっちんがうらやましいなあ」
「ちょっと、それとこれとは話が違うでしょう」
美貴と亜弥の言葉に頬を膨らませる真希だった。


3人の姿を見ながら、裕子はふと天井を見上げる。
裕子にはわかっていた。
いつまで続くかを。
ただ、まだ何も言える状況ではなかった。

29 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:05

次の日

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
疲れた顔したひとみがカウンター席に座った。
ひとみの周りの空気が急に重々しくなっていく。

ひとみの気持ちを察してか、真希はやさしく声をかけた。
「よっすぃ、またやられたんだって?」
「うん・・くそっーーー悔しい!今度こそ捕まえてやる」
いつものふがいなさにテーブルに拳を叩きつけるひとみ。


「はいっ」
ひとみの前にコーヒーと一つの皿が差し出された。
「よっすぃの好きなベーグルだよ、わたしのおごり」
「ありがとう」
険悪だった雰囲気も一転して和んでくる。
ちょっと気分が落ち着いてきたのか、ひとみはベーグルを口にする。
ひとみの様子に真希も安堵の表情を浮かべる。

「ごめんね、よっすぃ・・まだまだ迷惑かけることになるけど・・」
言葉にできたらどんなに楽になれるのかと複雑な思いを抱きながら、ひとみを見つめる真希だった。

30 名前:太陽の気まぐれ 投稿日:2004/04/04(日) 01:06

“太陽の気まぐれ”完
次回、“水星の嘆き”へ続く。

31 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/04(日) 01:06

32 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/04(日) 01:06

33 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/04(日) 01:07

34 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/04(日) 10:27
面白い!
このCP大好きなんですよ〜頑張ってくださいね。
35 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:39
喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられようとしていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
疲れた顔したひとみとちょっとよそよそしいあさ美が奥のテーブルに座った。
その周辺だけ重い空気が漂っている。

「いらっしゃいませ」
接客担当の亜弥が明るく振舞ってみせるも2人の顔はすぐれない。
「ランチ2つでいいですか?」
「はい」
気を遣うように注文をとるとひとみが力なく答えた。
「ランチ2つ、お願いします」
「は〜い」
亜弥の声に真希が答える。

亜弥が去るとひとみは苛立ちを押さえておくことができなかった。
「また、やられたよーー」
こめかみを押せながら頭を振る。
「赤い奴が来ると思ったのに何故ピンクなんだ」
ひとみは判断ミスを悔やんでいた。

36 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:40

3日前のことだった。“Violet Light”が“隠者の導”と言われるクリソベリアルキャッツアイを盗むと予告があった。もちろん警察も黙っていない。万全の警備体制を敷いていた。ここ最近の“Violet Light”が盗みに入るパターンはピンクのレオタードを着た女性が囮になって、赤いレオタードの女性が実際に盗みを行うというものだ。警察もピンクレオタードの女性を無視して、赤いレオタードを着た女性をマークしていたが、結局ピンクのレオタードの女性に盗まれて、そのまま逃げられてしまった。いつまで経っても捕まえられない苛立ちに追い討ちをかけるようなものだった。右手の人差し指でテーブルをコツコツと叩くしぐさがひとみの心境を表わしていた。


「イェーイ」
そんなひとみの姿を見て、嬉しさがこみ上げてくる亜弥。誇らしげにVサインしてみせる。サインの相手は真希である。その姿を怪訝そうに見つめる真希。2人のギャップに思わず吹き出す美貴と裕子。亜弥にすれば、久々の主役級の扱いに満足していた。もともと目立つことが好きな亜弥にとってこそこそした盗人業は性に合わなかった。それに、囮ばっかりの役目でストレスが溜まっていたこともあった。

37 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:41

「後藤さん、いいよね・・」
あさ美は真希のほうを見ていた。前から気になっていたもののひとみのこともあり、それほど積極的になれない。ひとみがいない日を狙ってここにくるものの麻琴と一緒になり、麻琴との話に夢中になりすぎて真希をじっくり見れることもない。ひとみとは一緒であるがひとみは“Violet Light”のことで頭がいっぱいで真希のことなどどうでもいいような感じだった。時折見える真希の姿に一喜一憂するあさ美。しかし、そんな甘い思いも凍えるような冷たい視線に打ち砕かれる。原因は裕子であった。以前“Violet Light”が盗みに入った直後に真希・美貴・亜弥がいるか尋ねたときのことを今でも根に持っているようだった。普段でも怖そうなのに、そのときの怖さは一段と迫力を感じた。何度も裕子に謝って許してもらったが、裕子の姿をみるとつい萎縮してしまう。しかも、裕子が見ていると思うと、そのときの鋭い視線が脳裏を掠めるのだった。

38 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:42

あさ美の耳にひとみの言葉が響く
「紺野、いつまで食べてるんだよ・・早くしろよ」
「は、はいっ」
最近、食事だけが楽しみなのに文句を言われると腹が立ってくる。
一言二言言い返したいところだが、争いごとは嫌いだ。
返事だけで食事のペースはあまり変わらないが。


「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
ひとみとあさ美は食事を終えるとさっさと署に戻っていった。リベンジに燃えるひとみと食事を急かされてたあさ美の顔は対称的だった。



お昼の忙しい時期が終わると暇な時間が続く。駅から離れている上に駐車場がない喫茶店なので当然来店する客は絞られてくる。おまけに制服姿の警官がちょくちょく出入りするので入店するものは少し躊躇ってしまう。これは開店当時から同じだ。

39 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:42

誰もいなくなったのを確認した裕子は写真をポケットから取り出すと、真希・美貴・亜弥を奥のテーブルに呼び寄せた。
「中澤さぁん、次の仕事決まったんですか?」
「あぁ〜、今度も頼むで」
裕子はゆっくりと地図を広げた。
「中澤さん、今度はどこですか?」
「ここ、安倍百貨店や・・・狙うは“水星の嘆き”と言われるエメラルドや」
写真にはきらりと光る宝石が写っていた。
「今回も楽勝ですよ」
亜弥がVサインで余裕の笑みを浮かべる。
「あのぉ〜、中澤さん、いつ決行ですか?」
「XX月YY日ぐらいを考えてるけどな、」
「そうですか・・」
いつもは軽いノリで話してくる美貴とは違ってどこか影のある表情をしていた。
「どうしたんや?」
「それが・・その日にレースがあるんですけど・・」
「そうか・・・まぁ、あんまり派手に運転するんやないで」
「はいっ」
美貴の表情が曇る。
「大丈夫だよ!ミキティが怪我しても私がいるから」
「亜弥ちゃんは楽天家だよね」
一人張り切る亜弥だった。

40 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:44

数日後
「えっ、これって、どういうことだべさ」
「まじで、嘘じゃない」
安倍百貨店では1通の封筒をめぐって大騒ぎになっていた。
茶色の封筒の中には、一枚の便箋と豹の絵が描かれたカードが入っていた。しかも、カードには”Violet Light”の署名まであった。
安倍百貨店とは最近開店したばかりだった。なんでも株で1発当てたとか噂されていた。
最初は名前は知られていなかったが、その豊富な品揃えが口コミで伝わり全国各地から人々が集まるようになっていた。

コンコン
「はい、どうぞ」
「失礼します」
騒ぎを聞きつけた警察が百貨店にやってきた。
もちろん、新桃上署の刑事たちである。
訪れたのは圭とひとみだった。

41 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:44

「あなたたちは・・」
「安倍っていう名前だったから、もしかしたらと思ったけど」
圭とひとみは百貨店の責任者を見て目を丸くした。
責任者としてでてきたのは、安倍博物館で会ったなつみと真里であった。
圭とひとみを前になつみと真里は疑いの目を向ける。
以前、”Violet Light”に“太陽の気まぐれ”と呼ばれるルビーを盗まれたものにとっては当然のことだった。その場で警備に当たっていた圭たちにすれば会わす顔がない。
「また、同じなの?」
「別の人はいないだべ?」
真里となつみから予想していた言葉が発せられる。
「はい、すいません・・今度こそ捕まえますので」
「私たちを信じてください」
圭とひとみは低頭に頭を下げる。
真里となつみは困惑した表情で2人を見つめる。
はっきりいって、担当を代わってもらった方がいい。
ただ、人がいないことも重々知っている。
たかが百貨店への泥棒に数多くの人を割り当てることも。
「ちゃんと、捕まえてくださいよ」
「こっちも十分策を考えるべ」
簡単な話をした後、圭とひとみは署に戻った。

42 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:46

犯行当日の朝、美貴は薄手のジャンパーにジーパンというラフな格好で喫茶“Violet Light”の前にいた。
「藤本、ちゃんと時間守れよ」
「はい」
「ミキティ、事故らないようにね」
「どうせ負けるんだから、無茶しちゃだめだよ」
「その言葉、頭にくる!帰ってきたら勝利の報告に驚くなよ」
普段でも怖い目がさらに鋭くなる。
「まぁ、期待はしとらんから」
「もう!行ってきます」
バタン
ウゥーーーン
キッ、キィーーー
ブルゥーーン
荒々しい音を残して美貴はサーキットへと向かった。


43 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:47


とあるサーキット場。
美貴はレーシングスーツを身にまとい、自分のチームへと向かっていた。
美貴の前から、一人の女性が近づいてくる。
「よっ、ミキティ、今日も気合入ってるね」
「どうも、今日こそ勝ってみせる!」
「その威勢がどこまで持つかしら」
「その言葉、そのまま返しますよ!福田さん」
「まぁ、頑張って」
余裕しゃくしゃくで美貴の横を通り過ぎていく。
美貴よりも小さい体がここでは大きく見える。
福田こと福田明日香、美貴が絶対に勝ちたいと思っている相手である。
一瞬のスピードなら圧倒的に美貴の速い。
しかし、巧みなレース運びの前に美貴は終盤で逆転を許してきた。
今度こそと美貴はいきりたつ。

44 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:48


いよいよ、レースが始まる。

様々なエンジン音が一つのメロディを奏でる。
心臓の鼓動がメロディに合わせて、激しい波を打つ。
シグナルが赤から青に変わる。
「負けない!」
美貴はアクセルを全開にする。

レースは美貴の優勢の展開だった。
明日香の激しい追撃を抑える。
タイヤもガソリンも限界で走り続けた。
今までにない集中力で必死にハンドルを握る。
トップを譲らないまま、最終周を迎えた。
「勝った!」
美貴が勝利を確信した瞬間だった。


45 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:49

リリリーーン、リリリリーーン
昼食が終わって一息ついたころ、喫茶“Violet Light”の電話が鳴った。
電話に出た真希の顔色が変わる。
「まずいよ、ミキティが事故だって」
「けが人の世話が先や、ごっちん、一緒について来て、松浦は店番頼む」
いくらレース仲間がいるといっても、やはり身内のものがついているのが一番だ。
美貴は一人で上京しているから、家族が来るには時間がかかる。
ここは裕子たちが行くのが一番安心だろう。
「うん」
「はい」
裕子と真希は慌てて店を出た。
「大丈夫だよね」
亜弥は胸の前で両手を組んでいた。

46 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:50

夕方の5時になろうかとしたときに電話が鳴った。
「よかった・・」
裕子からの知らせに亜弥は胸を撫で下ろした。
ただ、1日は安静が必要ということで今日の仕事は中止ということだった。
家族がすぐに来れれば戻れたのだが、休みと重なってチケットがとれない。
2人はそのまま病院に残ることになった
しかし、亜弥は納得できない。看病なら裕子一人で十分なはず。
いかにも、美貴抜きでは無理とでも言っているような気がした。
盗みなら真希と2人でも実行可能なはずだ。

「フフフ・・」
亜弥に1つの考えが浮かぶ。
最近の警察は歯ごたえがない。
今の警察なら自分一人でも大丈夫ではないかと思えた。
単独実行、最高の美学に自己陶酔する姿が浮かぶ。

47 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:50

予告時刻が近づいていた。
百貨店は闇に包まれていた。
ただ、街が眠りにつくことはない。
「やりますか」
上目遣いに目標のビルに狙いを定める。

「こっちは異常ない?」
「はい大丈夫です」
圭が警備にあたるものに声をかける。

「石川、何か連絡あった」
「いいえ」
圭の目が大きく見開く。


「こっちも大丈夫だよね」
ひとみは暗闇に注意深く目を配る。
しかし、そのひとみの目に異様な姿が映る。
「ヤーレン、ソーラン、ソーラン・・」
漁師姿でおまけに肩には網を担いでいる。
「麻琴、それじゃただの仮装行列だぞ」
「いいじゃないですか、抑止力ですよ、抑止力」
「馬鹿!その格好じゃすぐに動けないじゃないか」
「なんで〜ウェーーン」
「おいおいおい・・それだから警察が舐められるんだよ」
大きく肩を落とすひとみ。
「私が捕ますって、ヤーレン、ソーラン、ソーラン・・」
立ち直りが早いのかアホなのか麻琴は歩いていく。

48 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:51

予告の時間が迫っていた。
「吉澤、まだ現れない?」
「はい!保田さんのほうは?」
「こっちもだよ・・そろそろピンクが現れていいはずだけど」
一向に現れる気配がないことに警察も焦りだす。

ピチャ、ピチャ・・
亜弥は下水道の中を移動していた。
「本当はこんなところ通りたくないんだけど」
愚痴をこぼしながら、一歩一歩進んでいく。
一人であるゆえに、いつものように派手な登場とはいかない。

49 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:52


ガチャ、ガチャ・
「ふぅーー」
亜弥は安倍百貨店の地下に潜入した。
カツカツ・・
警備員の足音が闇に響く。
亜弥は警備の目をかいくぐるように非常階段へと進んだ。
普通、非常階段にまで特別なセンサーをつけるところはない。
あっても、火災探知機がいいところである。防犯カメラなんてないに等しい。
目標は最上階、思いのほか長い階段に息も上がる。

ゆっくりと息を整えると赤外線用ゴーグルを装着する。
“水星の嘆き”のもとに急ぐ。
赤外線センサーを抜けるのは楽な作業だった。
“水星の嘆き”が入ったショーケースのガラスを特殊工具を使って切り取る。
そして、“水星の嘆き”を手にした瞬間だった。

ジリジリリィーー、ジリジリリィーー、
盗難ブザーが激しく鳴り響くとともに多くの警備員が駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「やばい」
周りを見渡すが、逃げるところがない。
ガチャン!
亜弥は金属の置物を投げつけて窓ガラスを割る。
「そこから、逃げるなんて自殺行為だ!
 止めろ!」
警備員の言葉を無視して亜弥は窓に向かって走り出した。
「馬鹿!」
警備員の声とともに、亜弥は窓の外に飛び出した。
警備員が慌てふためきながら窓から地面を見下ろすと、ロープに釣り下がっている亜弥の姿があった。

50 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:53

「下だ!」
一斉に亜弥のもとに急ぐ警官。
「ご苦労様だね」
亜弥が逃走用のマンホール目指して走り出した瞬間だった。
「うそっ」
思わず足を止めた。
「ヤーレン、ソーラン、ソーラン・・」
前方から、漁師姿の人がやってくる。
警官一人なら振り切る自信があったが、異様な格好に亜弥も警戒心が強くなる。
「どうしよう」
口を尖らせて、逃げる方法を考えていた瞬間だった。
バサッ
漁師から目を離した隙に網が足元へと降ってきた。
「やばーいーー危なかった・・」
亜弥は冷や汗を流しながら、足元に落ちたままの網を手にすると逆に漁師に投げつけた。
「なんで、漁師が網にかかるんだあ」
「馬鹿だね!」
一人もがく漁師を横を走りぬける。
本来なら、このままマンホールの中に逃げたかったところだが、余計な邪魔のおかげでその余裕もない。


亜弥のまわりがだんだんと明るくなっていく。
警察も亜弥包囲網を敷いて追い詰めていく。
「どうしよう」
亜弥の動きが止まったときだった。
1台の見覚えのある車が突っ込んできた。

51 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:54

ウゥーーーン
キッ、キィーーー
ブルゥーーン
「ミキティ」
突然現れた救世主に亜弥の口元が緩む。
「早く!逃げるよ」
亜弥が飛び乗ると美貴は車を急発進させた。


キィーーー、キィーーー、
前方では大きなブレーキ音を立ててパトカーが道路を防ぐ。
すべてがわかっていたかのようだ。
「ミキティ・・」
「しっかり?まって、中央突破だよ」
そこには、スピード狂と化した美貴の姿があった。

「止まれ!」
多くの警察官が叫ぶ。だが、止まれといわれて止まるものはいない。
亜弥たちを乗せた車が突っ込んでくる。

ウゥーーーン
エンジンの回転数が上がっていく。
「逃げろ!」
被害を避けるために、警察官は両脇へと寄る。
そして、衝突した場合にそなえ、頭を低くして耳を塞ぐ。
しかし、激しい衝突音は聞こえずに、車が通り過ぎていく音が聞こえていた。
右側の車輪を全部浮かせて、斜めになったままパトカーの隙間を縫っていく姿があった。
そのドライビングテクニックに誰もが目を奪われていた。

「すぐに追え」
「絶対に捕まえろ」
怒号が響く。
「やられた・・」
ひとみは左拳を右の掌にぶつけながら悔しがる。
「はぁ、はぁ・・遅かった」
圭が大きく息をしながら、呆然とパトカーを眺めていた。

52 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:56


「間一髪だったね」
「ありがとう、ミキティ」
「これぐらい当然、今度何かおごってね・・・飛ばすよ」
亜弥と美貴を乗せた車は闇の中に消えた。


すぐさま、パトカーも追ったが行方は掴めなかった。
安倍百貨店では圭がただひたすら頭を下げていた。
ひとみは梨華やあさ美と連絡をとっていた。

「誰か、解いて」
一人だけ忘れ去られて網と格闘する麻琴だった。

53 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:57

「あんたら無茶しすぎや」
裕子が愚痴りながら、コーヒーを入れていた。
「そうだよ」
真希も相槌を打つ。

「いいじゃないですか」
「私たちは最高のコンビですよ」
美貴の右腕に抱きつく亜弥。

「やっぱ、ミキティは頼りになるよね」
「ちょっと痛いよ、亜弥ちゃん」
頬擦りしてくる亜弥の頭を押さえつけながら、目をしょぼしょぼさせていた。
「怪我しても、運転は変わらないんだね」
「ハハハーー、車は飛ばすことに意味があるの」
「でも、その鼻の頭の絆創膏はマヌケだよね」
「それは言いすぎ!名誉の負傷の証だよ
誰が助けたと思っているの」
「わかってるって」
亜弥の言葉に美貴の目がつり上がっていく。

「まぁ、軽い脳震盪と鼻をすりむいただけでよかったわ・・」
「そうだね。一般の道路で怪我されても困るし、サーキットでよかったよ」
「これで、少しはおとなしくなるとちゃうか」
「そうなってほしいけど」
「もう、何度も何度も・・わかってますって!
 でも、美貴のおかげで成功したことは忘れないで下さいね」
裕子と真希の嫌味ととれる会話に美貴は頬を膨らます。
「あぁ、そういえば、松浦もわかっとるやろうな!」
「はいっ、アハハハハーー」
亜弥は苦笑いを浮かべるしかなかった。

54 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:58

真希は宝石を手にして、天にかざしてみる。
「はぁ〜、これが“水星の嘆き”と呼ばれるエメラルドか・・
 何が違うんだろう?」
どこにでもあるエメラルドと同じようにしか見えない。
「何言ってんの、これぐらいもわからないの・・」
エメラルドを見た途端、亜弥も言葉を失う。
「あぁ〜、情けないね2人とも、どれ、私に見せてよ」
自信満々で2人からエメラルドを奪う美貴。
「う〜〜ん」
しかし、そこには首を捻ってばかりの姿があった。
「ミキティ、さっきの言葉はどこにいったのかなあ・・」
「ちょっと、待ってよ!今思い出してるんだから・・」
天を見上げる美貴。

「裕ちゃん〜、何が違うの?」
「それはな・・うっ、ゴホン」
真希の質問に答えようとする裕子。
裕子の視線の先には真希以外の姿が・・
「藤本は知っとるやろう」
「ちょっと、意地悪しないで下さいよ」
「説明してみて」
「それは・・・・もう、わかりません・・うぅ・・」
やられたと感じで舌をだす美貴。
その態度に亜弥と真希は腹を抱えていた。

55 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 01:59

「エメラルドは内部的なひび、キズを含めた内包物が多いんや!
“水星の嘆き”と呼ばれるこのエメラルドはそれがまったくない。
それゆえに本物か偽者か判断するのは難しいんや・・
おまけにエメラルド自体が衝撃や急激な温度差にも弱いからな」
「ふ〜ん」
裕子の言葉に3人の頭は意味なくフル回転していた

キズのないエメラルドを得ることは、欠点のない人間を探すよりむずかしいとよく言われる言葉である。エメラルドのことをよく知らないものにとってはわからないだろう。


56 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 02:00

次の日

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
いつものように浮かない顔をしたひとみがカウンター席に座った。
“Violet Light”の逮捕に失敗した次の日はいつも一人でここに座るのが習慣になっていた。ひとみの周りの空気だけが急に重々しくなっていく。

真希はいつものようにやさしく声をかけた。
「よっすぃ、また逃がしたの?」
「うん・・くそっーーー悔しい!今度こそは思ってるんだけど・・」
いつもと違って弱気な面を見せる。
「がんっばってね」
「あぁ・・」
―まいったな・・―
真希の言葉に返事もおぼつかなかった。弱気な部分をみせたことを少し後悔していた。
しかし、気になるのは“Violet Light”だ。昨夜のことばかりが頭を占める。
先が見えない展開にため息ばかりが口をつく。

57 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 02:00

「はい、ランチ」
「あぁ、ありがとう」
ふと見上げればそこには真希の笑顔があった。
いつも見ている顔なのになんだか気分も穏やかになる。
「いただきます・・・おいしい」
いつものように箸を進めるひとみ。真希のほうを向いてウィンクで答える。
ひとみの様子に真希も安堵の表情を浮かべる。
ひとみの笑顔を見て、真希は別の客の料理を作り始めた。

横目で亜弥と美貴に視線を移すと、客にわからないようにVサインで答える。
わかっているけど、ちょっとむかっとくる。


―よっすぃ・・ごめんね・・―
ひとみとの関係に微妙なジレンマを感じずにはいられない真希だった。

58 名前:水星の嘆き 投稿日:2004/05/05(水) 02:01

“水星の嘆き”完
次回、“金星の憂鬱”へ続く。

59 名前:Hermit 投稿日:2004/05/05(水) 02:04
>>34 名無飼育さん
ありがとうございます。

どういう結末にするかは未定ですので、楽しんで読んでいただいたらと思っています
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/05(水) 02:04

61 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/05(水) 02:04

62 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/05(水) 02:04

63 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/06(木) 21:00
更新おつです。
前に書き込まれた方と同じでこのCP好きです。
がんばってください。
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/29(土) 21:56
続き期待してます
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/18(金) 21:37
保全
66 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:04

喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられいた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
亜弥の言葉が店内に響く。
料理をしている真希の視線が入ってきた客へと移る。
次の瞬間、真希の口から出たのはため息だった。
「ごっちん、残念だね」
「ミキティ、うるさいなあ」
穏やかな表情が厳しいものへと変わる。

いつものように昼食の時間帯が過ぎていく。

ピンポーン、ピンポーン
チャイムが鳴るたびに真希の視線は入り口へ移る。
しかし、ひとみは現れない。それどころか、いつもの新桃上署の面子も。
ここ2,3日誰も来ないのである。
「どうしたんだろう」
真希でなくても、誰もが首を傾げる。
いつもより暇な時間が過ぎていく。

67 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:05

もうすぐ昼食の時間も終わろうとしていた。
ピンポーン、ピンポーン
見慣れない客が2人入ってきた。
その周辺だけ異様に重い空気が漂っている。

普段は気楽な亜弥の背中がピーンと張っていた。
強気な美貴の目がどこなく空をさまよっていた。
軽快な真希のフライパンを振る手がどことなくぎこちなくなっていた。


「いらっしゃいませ」
接客担当の亜弥が明るく振舞ってみせるも客2人の顔は暗いというよりもっと深刻の表情。
長身で長髪で大きな瞳の女性と中肉中背でちょっと頬がはって猫のような目の女性。
初めてここを訪れた客なのだがよく知っている顔だった。
「ご注文は?」
亜弥の声が少し上ずっている
何かあるのではないかと視線が落ち着かない。
「ランチを2つ」
「はい」
亜弥がカウンターに戻ろうとしたときだった。
「それから、すみません」
「はい?」
一瞬、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「店長、いますか?」
「はい、中澤さーーん」
動揺を隠すようにカウンターに戻る亜弥だった。

68 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:06


「おっ、珍しいやんか・・深刻な顔やな・・
 圭織、目の下のくま、やばいとちゃうんか・・
 圭ちゃんも肌のつや悪いで」
ランチを食べている客の席に裕子が近寄る。
「初めて来てやったのに、けちつけるの!」
「そうだよ、お客が少ないと思ってさ」
「ありがとうな!
 って・・心配してやったのに、そこまで言われとうないわ」
3人の周りの空気ががらりと変わる。


「なーーんだ、知り合いだったんだ」
「びびって、損した!」
「裕ちゃんも裕ちゃんだよ」
亜弥、美貴、真希と思い思いの言葉が口をつく。
はっきり言えば、この3人のほうがほっとしていた。
もうすでに客は2人しかいない。
その2人が警察の署長と課長、おまけに裕子と知り合い。
否応なしに興味がわく。
今までそんなそぶりを見せなかった裕子にちょっとむかついた。
休憩していいよと言われたが、いつものように外出する気はない。
3人は興奮を抑えながら、耳を傾ける。

69 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:07


裕子・圭織・圭の雰囲気はいたって穏やかだった。
警察と泥棒稼業の親分が一緒に話しているとは思えなかった。
ただ話している内容が馬鹿馬鹿しくて、聞いてる方が呆れてしまう。
煮え切らない話に美貴が飛び出そうとしたほどだった。
しかし、次の会話で雰囲気はがらりと変わった。


70 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:07

「裕ちゃん、戻ってきてよ・・これ以上私じゃ無理だよ・・」
「何言ってるの、圭織!
でも、裕ちゃんには私も戻ってきて欲しい・・」
うなだれる2人を前に裕子は首を横に振る。
「戻るつもりはない。
 それに、2人ともよくやってるやんか!
 私の力がなくてもやっていけるわ」
「だって・・」
「言いたいことはわかるで・・
 私も昔はひどく傷ついたからな・・
 今は我慢のしどきや・・」
裕子は圭織の肩に手を置く。
「やっぱり、あのことを根に持ってるの?」
「そんなんやないけど」
「あのことで裕ちゃんを悪く言う奴なんていないからさ」
「圭織、落ち着けや・・目が怖いで」
テンションの上がるにつれて、大きく目が開く。
「裕ちゃん、もう昔とは違うよ・・
 裕ちゃんを知ってる人なら誰でも喜んで迎え入れてくれるはずだよ」
圭がゆっくりと言葉を選ぶように語る。
「ありがとう、でも、もう戻ることはないわ」
抑揚もない言葉に無念の表情を浮かべる圭。
それ以上、言葉はいらなかった。
無言の状態がずっと続く。
真希・美貴・亜弥にすればその先が聞きたいのに歯がゆくてしょうがない。
苛立ちに身を震わせながら、じっと耳を澄ます。

71 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:08

静まり返る空気。
そんな静寂を破ったのは裕子。
「一つ聞いてええか?」
「何?」
突然のことに圭織はちょっと嫌な予感がした。
「そばかすに、色黒に、ぼーっとした奴に、ぽかーんとした奴・・
 あの面子はどうしたんや?」
「そばかす・・・?」
「あぁ、吉澤、石川、紺野に小川か・・」
上目遣いで考える圭織を尻目に圭が声を上げる。
「あの連中なら、どこかの国の大統領が来てるから、その警護に当たってるよ。
 女性なら一般人に混じってもわかりにくいだろうって」
「そうなんや・・その大統領って誰や?」
「えっと・・、圭ちゃん、誰だった?」
「・・・誰だっけ?」
「おいおい・・」
裕子は思わず頭を抱える。
まぁ、昔から時事問題にはあまり関心ない3人。
それ以前に時事問題を語るほど暇がないのが現実だった。


その話を聞いた瞬間、美貴と亜弥は真希の顔を見てにやりと笑う。
「もう」
声にしないものの真希は、すかさず2人の肩を軽く押した。

72 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:09

「裕ちゃん、また来るね」
「またね」
「ほな、仕事頑張ってな」
明るく店を去る様子に裕子はほっと胸を撫で下ろした。

後片付けする裕子の元にすかさず亜弥が近寄る。
「中澤さーーん、あの二人と知り合いだったんですか?」
「まぁな」
「でも、中澤さんが警察官だったとはね・・びっくりしましたよ」
「悪かったな!捕まったことあるんでしょうとか聞きにきたんやないか」
「そんな・・・」
本心がばれそうになるのを亜弥は笑ってごまかす。

「ってより、コスプレとかじゃない」
「ふーーん、そういう風にしか見とらんのか」
「ちょっとした冗談ですよ・・・」
こつかれた頭をさずりながら、肩を小さくする美貴。

「まぁ、私たちの正体がばれてないことでいいじゃん!
 でも、なんで警官だったことを隠したの?」
「隠しとったわけでもないけど・・ときが来たら教えるわ。
 でも、大事な人の状況が聞けてよかったやろう」
「ちょっと、裕ちゃんまで!」
せっかく話をまとめようとしたのに、また裕子につっこまれる真希。
美貴と亜弥は思わずふきだした。

73 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:10


裕子の言葉に納得できない3人。
なんとかいろいろと聞き出そうとするが、のらりくらりとかわされてしまう。
最後には圧倒的な迫力の前に言いくるめられてしまうのである。
話が落ち着くと裕子は写真をポケットから取り出した。
「中澤さぁん、次の仕事決まったんですか?」
「あぁ〜、今度も頼むで」
裕子はゆっくりと地図を広げた。
「中澤さん、今度はどこですか?」
「ここ、安倍風舎や・・・狙うは“金星の憂鬱”と言われるシトリンや」
写真にはきらりと光る宝石が2つ写っていた。
「今回も楽勝ですよ」
亜弥がVサインで余裕の笑みを浮かべる。
「今回もか・・まぁ、気を抜くなよ!
3日後には実行するで」
「裕ちゃん、ちょっと早いよ・・・3日後は用事があるんだけど」
「そうですでよ、美貴も・・そんなに勝手に決められても」
あまりの計画の早さに小言を並べ続ける。
「そうか・・大統領が帰るのが4日後やから
 このあたりが楽かと思ってな」
裕子はテーブルを指でコツコツ叩きながら実行日をいつにするか考える。
「3日後にしましょう」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫です!それにここだと道が細くて車じゃ無理ですし
 バイクの方がいいでしょうから」
「まぁ、それはわかるけどな・・」
「任せてください」
心配げ視線を振り切るように胸を張る亜弥。
その瞳には強い意志が感じられた。
「あぁ、無茶するなよ」
「はい」
亜弥にすれば、“水星の嘆き”のときに美貴に助けられたことが悔しくてたまらない。
今回はそのリベンジに燃えるのだった。

74 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:12

翌日
「えっ、これって、どういうことだべさ」
「まじで、なんでおいらたちばっかり」
安倍風舎では1通の封筒をめぐって大騒ぎになっていた。
茶色の封筒の中には、一枚の便箋と豹の絵が描かれたカードが入っていた。しかも、カードには”Violet Light”の署名まであった。
安倍風舎とは最近開店した自然の水晶を扱った店だった。その店の象徴が“金星の憂鬱”と呼ばれるシトリンだった。その豊富な品揃えと質の良さが口コミで伝わり全国各地から同業者や一般人まで集まるようになっていた。


コンコン
「はい、どうぞ」
「失礼します」
騒ぎを聞きつけた警察が安倍風舎にやってきた。
新桃上署の圭織と圭だった。
「あなたたちは・・」
「安倍っていう名前だったから、もしかしたらと思ったけど」
圭織と圭は店の責任者を見て、ちょっと拍子抜けした。
責任者としてでてきたのは、いつものようになつみと真里であった。
なつみと真里を前に本音が漏れる。
「”Violet Light”とはお知り合いですか?」
「知るわけないだべ」
「でも、狙われるには理由があるでしょう」
「そんなの知ってたら、おいらたち、手は出さないよ」
真里がいきり立つ。その横でなつみがうんうんと頷く。
トラブルは嫌というほど経験してきた。この業界では欲しいものは金の糸目もつけないものもいる。欲しいものがすべててに入れられるほど甘くはない。資金にだってそれなりの限度もある。それに流行にはずせば、一気に借金の山。甘い誘いも多い。そういう中で、ここまで成長してきたのだ。並大抵の努力ではない。

75 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:13

そんな話と関係なく新桃上署に突きつけられたのは時間と人だった。
大統領の警護のために、今までのように警護を固められることもできない。
「今度こそ捕まえますので、協力をお願いします」
「これは私たちの問題でもありますので」
圭織と圭は低頭に頭を下げる。
なつみと真里は困惑した表情で2人を見つめる。
はっきり言えば、こんなに人材不足なのかと呆れていた。
たかが3人の泥棒も捕まえられない担当者を遣わしてきたことが考えられない。
ただ時間と人を考えると贅沢も言ってられない。
有名国の大統領が来ているとなれば、テロなどへの警戒も必要だ。
たかが泥棒を捕まえるために警護の役の警官を割り当てることもできないだろう。
「ちゃんと、捕まえてくださいよ」
なつみと真里が頭を下げる。
「はい」
簡単な話をした後、圭織と圭は署に戻った。


76 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:14



実行日
それほど警官はいないはず。
単独実行、最高とはいえないがその美学に自己陶酔する姿が浮かぶ。
まぁ、前回の失敗を取り戻すにはちょっと物足りない。
亜弥は自慢のバイクを走らせる。
ピンクのボディに竹やりつけて、おまけに大きな鳥の形をした飾り。
周囲を走る車やバイクは自然と道を開ける。
亜弥はその様子を見て女王様のような感じを受けていた。



予告時刻が近づいていた。
周囲は闇に包まれていた。
ただ、街が眠りにつくことはない。
「行きますか」
上目遣いに目標の店に狙いを定める。

77 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:15


「こっちは異常ない?」
「はい大丈夫です」
圭が警備にあたるものに声をかける。
人がいないだけに慌しく動き回る姿があった。

「こっちも大丈夫だよね?」
圭は暗闇に注意深く目を配る。
しかし、その圭の目に異様な姿が映る。
「ヤーレン、ソーラン、ソーラン・・」
漁師姿でおまけに肩には網を担いでいる。
「小川、それじゃただの変質者だぞ」
「いいじゃないですか、せっかく応援に来たのに」
「馬鹿!それじゃ来るものも来ないぞ」
「そうですよ・・盗まれるよりはいいでしょう」
「いいよなぁ・・気楽で・・」
額に手を当て、がっくりうなだれる圭。
「どうしました?」
「なんでもない。もう行っていいよ」
大きく首を振る。
「ヤーレン、ソーラン、ソーラン・・」
圭の思いもどこ吹く風、麻琴はゆっくりと去っていく。


78 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:16


予告の時間が迫っていた。
「まだ現れない?」
「はい!保田さんのほうは?」
ピリピリした雰囲気が伝わる。

ガサガサ、ガサガサ・・
亜弥は見つからないようにわき道や木々の隙間を移動していた。
「本当はこんなところ通りたくないんだけど」
愚痴をこぼしながら、一歩一歩進んでいく。
一人であるゆえに、いつものように派手な登場とはいかない。
それに細い通りが多いため、逃げ道だけはしっかりと確保しないといけない。
警護の状況を一つ一つ確認しながら、目的の場所へと進む。

79 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:17

目の前には安倍風舎が見えた。
その隣には、同じ高さぐらいの建物がある。
亜弥はとりあえず隣の建物へと侵入する。

ガチャ、ガチャ・
「もう・・・」
亜弥には信じられなかった。
隣は繁盛しているのに、このビルは廃れている。
あちらこちら錆びついていてドア一つ開けるだけで一苦労する。
信じられないのは亜弥だけであろう。
都会ならどこにでもある光景である。
不景気の波に飲まれて沈んだ会社。
ここもその一つであろう。

亜弥はゆっくりと窓を開けて外を見る。
下のほうでは、警護の警官たち。
安部風舎のビルを眺めながら、侵入経路を探す。

ビルにある非常階段。警護の警官がしっかり見張っている。
地上には周りを囲むように警官がいる。
亜弥はビルをチェックする。
月に照らされて光るガラス。
「よしっ!」
作戦は決まった。

80 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:18

ブシュッ、・・・ピタッ
隣のビルからロープが伸びる。
しっかりとロープを固定する亜弥。
ロープを握る手に力が入る。
ゆっくりゆっくりと安倍風舎へとロープを伝っていく。
途中何度かバランスを失いかけて落ちそうになる。
その度に、こめかみから汗が流れる。
「ふぅーーー」
自分の居場所を確かめながら、安倍風舎のある窓ガラスのところにたどり着いた。
ゴム製の吸着盤を窓につけて、足場を固める。
足場を確かめると、亜弥は樹脂製のシールドを窓に貼った。
そして、その上から特殊な工具でガラスを切断する。
下を見るが誰もその姿に気づいてないようだ。
ゆっくりと切断したガラスをそっと穴の横のガラスに立てかける。
赤外線ゴーグルをつけると早速部屋へと入る。

81 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:19

まずは部屋全体を見渡す。
相変わらず赤外線があちらこちらへと張られている。そして目についたのは監視カメラ。ただ、監視カメラといっても暗視までは対応してないようだ。赤外線をかわしながら、カメラのレンズに黒いフィルムを貼っていく。
「ふぅーー」
準備が無事に終わってひといきいれる。
「これからだ」
目的の“金星の憂鬱”が置かれているガラスケースの前へと移動する。
日数も短かったせいかケースの周りにセンサー等は設置されていないようだった。後で明らかになったのだが、オープンの時期にセンサー等の監視システムの導入が間に合わなかった結果だった。すでにオープン日も決まっており、工事のためにオープン日を遅らせることもできなかった。予定では次の休みに工事するはずだった。それまでは侵入者さえきちんと感知できれば、盗まれる前に何らかの手が打てると考えていたのだ。それが結果的に盗まれる一因となるとは思わなかった。

82 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:20

楽々と宝石を奪った亜弥は窓へと移動する。
そして、再びロープを伝って隣のビルへと移る。
渡り終えた後、すかさずロープを片付けていたときだった。

ガチャン!
ガラスの割れる大きな音がした。
その音に反応する声。
「やばっ」
亜弥の動きが慌しくなる


「“Violet Light”が現れた。探せ」
警官の怒鳴り声があちらこちらで響く。
ピッ、ピッ、ピーーー
激しく鳴り響く笛。

「まだ、遠くまでは逃げてないはず!隣のビルも確認しろ」
その声に亜弥は焦る。


83 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:21

「おい、このドア鍵かかってないぞ!
 人を呼べ」
大声で叫ぶ警官。
その様子を木の陰から見守る亜弥。
「よかった・・」
あと2,3分遅れたら、警官と鉢合わせとなっていたはずである。
それにしても、男性の警官ばかりで女性が少ない。
男性に見つかったら、体力的に辛い。
「じゃあ、頑張ってね」
ビルに入っていく警官を見ながら、さっさとその場を去る。

84 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:21


全速で逃げる亜弥。
自分の足で逃げられる距離はたかが知れている。
一刻も早くこの場を離れる必要があった。
バイクが置いてある場所まであと少しというところだった。
「えっーーー!うそっーーーー」
亜弥の足が止まった。
そこには、ここにいるはずのない人物がいた。

その人物も思わぬ人物の出現に一瞬動きが止まる。
「えっ、ピンクがここに・・・
 “Violet Light”がいた!こっちだ」
その人物は大声で叫んだ。

85 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:22

「吉澤・・なんであいつが」
「吉澤さん」
圭と麻琴はその声のする方へと走った。


「やばっーー」
慌てて、方向転換する亜弥。
「待て」
必死に追うひとみ。
しかし、ひとみの思いとは逆に差が開いていく。
諦めずに走るが体がいうことをきかない。

「くそっ・・」
ひとみはその場で膝をついた。
その横を追いかけてきた多数の警官が走り抜けていく。

だんだん小さくなるピンクの姿。
悔しさが先に立つ。


「もう、どうして」
亜弥は追手を引き離しながらも後悔していた。
ひとみに出会わなければ、今頃はツーリングを楽しんでいたはずだった。
この先どう逃げるか、亜弥の頭はグルングルンと音を立てていた。

ガサガサ、ガサガサ・・ズザッーー
「痛い!もう、最悪」
気づけば体は細かい傷だらけになっていた。

ズザーー、ドテッ
「あぁーーー、もう嫌だ!」
予想しえなかった展開に、更なる試練が続く。


86 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:23


ポン
大きく息をするひとみの肩にふと手が置かれた。
「吉澤、休みのはずじゃ・・夕方まで徹夜続きだったんだろう」
「そうですけど・・・どうしても自分の手で捕まえたくって
 すみません・・」
ひとみはその人物の前で大きく頭を下げた。
「しょうがないね・・吉澤がいなかったら、すんなり逃げられていたかもね・・
 おまけに、こっちには人がいなかったしね」
「保田さん」
にっこり微笑む圭にひとみは救われたような気がした。
いつもなら気持ち悪いなど冗談を言うはずだが、そんな気も起きない。
「今回も始末書か・・あぁ、嫌になるよ」
「毎回ですからね・・ハハハハ」
圭の言葉にひとみも笑みを取り戻す。、
「捕まえるのも大事だけど、無茶するなよ
 体壊したらどうにもならないんだから」
「はい」
普通なら怒鳴りつけられていただろう。
圭の優しさが身にしみたときでもあった。
“Violet Light”を一刻も早く捕まえたいと思った。
「戻ろう」
「はい」
そこには、いつもの姿があった。

87 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:24



ガチャ
喫茶“Violet Light”店の扉が開く。
「おぉ、無事やったか・・・ハハハハーー」
「もう、笑わないでくださいよ」
出迎えた裕子の笑い声に不機嫌になる亜弥。
足早にシャワーを浴びに行く。

「はぁーー、疲れた」
亜弥は肩を軽く叩きながら椅子に座る。
濡れた髪が頬にまとわりついている。

「まっつー、どうだった?」
「亜弥ちゃん、失敗?」
ちょうど、真希と美貴が店に入ってきた。
「ちょっと!ちゃんと盗んできたよ」
亜弥は盗んだ宝石を2人の目の前にかざす。

「ほぉーーー」
「うんうん」
2人は亜弥の言葉に頷く。
「もう!2人とも馬鹿にして」
亜弥は2人の態度が気に入らなかった。
手を口で押さえながら、肩をヒクヒクさせている態度が。
「いい加減にしてよ」
亜弥が頬を膨らませた瞬間、真希と美貴は思いっきり笑いだした。
「もう、だめ・・その鼻と頬の絆創膏・・いいよ」
「美貴のよりも似合ってるよ」
「そんなに笑わないでよ!
 中澤さんにかわいいのくださいって言ったら、これしかなかったんだから」
亜弥の頬と鼻の頭には肌色の大きな絆創膏が貼られていた。


88 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:24

「松浦、お疲れさん」
裕子が3人の前にコーヒーを出す。
「ありがとうございます」
「それと、人にもの頼んどいて、その言い草はないやろう」
「すみません」
裕子の言葉に体を小さくする。
「それに本物かまだチェック終わってへんで」
「あっ、これでいいんですよね」
恐る恐る裕子に宝石を渡した。
裕子は宝石を天にかざす。
「うん、本物や」
その言葉に亜弥は胸を撫で下ろす。

89 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:25

『ハニークォーツ』と呼ばれる『飴色(橙黄色)』の石と、『マディラシトリン』と呼ばれる『赤茶色』の石がテーブルの上に置かれる。
「これが、シトリンか・・同じ宝石でも色が違うんだ」
何度も頷きながら、頭を捻る亜弥。
「どっちが価値あるんだろう」
指を折りながら、数字と格闘する美貴。
「あまり好きじゃないなあ」
どうでもいい感じの真希。
3者3様の観察が続く。

頬杖をつきながら、指をコンコンと叩く。
「憂鬱の意味がぜんぜんわからないよ」
亜弥の言葉に美貴もうんうんと頭を振る。
しかし、肝心の裕子は何も言う気配はない。
亜弥と美貴が質問しても無理な感じだ。
コツコツと美貴は真希の肘をつつく。
仕方ないっといった感じで口を開く。
「ねぇ、裕ちゃん! なんで金星の憂鬱って呼ばれるの?」
「それはな・・」
裕子は説明を開始した。

90 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:26

シトリンとは黄水晶のことである。黄色といっても、褐色に近いもの、橙色に近いもの、茶色に近いものがある。“金星の憂鬱”の名の由来はシトリンを取り巻く環境にあった。原因はアメシストとトパーズである。アメシストは加熱することで色調が黄色に変化する現象がブラジルで発見されて以来、シトリンとして売られている。また、シトリンの色がトパーズの色に似ていることから、宝石商が研磨された黄水晶をシトリン・トパーズという商品名で販売し混乱をきたした。シトリンにすれば、とんだとばっちりだ。


裕子の説明に思わず納得する3人。
シトリンやトパーズやアメシストの価値がわからなくても理解できる話だ。
まぁ、もっとも3人にすればそんなことはどうでもいい。

本物をくれる優しい王子様が現れれば、それでいいのだ。

91 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:27

裕子の説明の後、3人はそれぞれ思った。
裕子が宝石らしい宝石を身に着けていることを見たことがない。
それこそ、ちょっとしたアクセントにつけてるぐらいである。
まぁ、喫茶店で派手なアクセサリーをするのもおかしいことではあるが。

裕子の本当の目的が何なのか。
警察で署長まで務めたものが泥棒稼業を行うとは考えにくい。

裕子がただものではないことはわかっている。
素人だった自分たちをここまで成長させてくれたのだ。
本音はほとんどは自分たちの才能のおかげだと思っているが。

裕子の憂鬱のために自分たちが危険なことをやっているのか?
そう考えると、どこか腑に落ちない部分もあった。
だが、一度始めたものは止まらない。
病みつきになってしまった。
成功したときの快感は何にも変えられなくなっていた。

92 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:27

次の日

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
いつものように浮かない顔をしたひとみがカウンター席に座った。
“Violet Light”の逮捕に失敗した次の日はいつも一人でここに座るのが習慣になっていた。久しぶりの来店である。いつものような重々しさはなく疲れきった感じだ。

真希は笑顔で声をかけた。
「よっすぃ、また逃がしたの?」
「うん・・くそっーーー!悔しいーーー!」
右の拳を左の手のひらへと、悔しさをぶつける。
「しょうがないよ・・ずっと大統領の警護だったんでしょう?
 署の人から聞いたよ」
「それは別だよ!」
意地を張った言葉だが、弱々しく聞こえる。
「今度こそ頑張って捕まえないといけないよね!」
「うん・・」
いつもと感じが違う真希の様子に首を捻るひとみ。
「ごっちん、何かいいことあったの?」
「別になにもないよ。考えすぎじゃない?」
「だって、いつもと何か雰囲気違うよ」
「よっすぃの思い過ごしだよ」
「そうかな」
真希の言葉に納得できなかったが、今はどうでもいいことだった。


「これでいいのかな・・」
言葉にしないものの、ふと未来を考えると不安ばかりがよぎる。
裕子と圭織・圭たちの関係を見て、このままでいいか考えてしまう。
少しばかりの幸せを感じられるだけいいのかもしれない。


93 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:28



「はい、ランチ」
「あぁ、ありがとう」
ふと見上げればそこにはひとみの顔があった。
どんな顔をしていても安心できる。
それはひとみも同じだった。
「いただきます・・・おいしいよ」
いつものように箸を進めるひとみ。
ウィンクしてそのおいしさをたたえる。
真希も軽く笑って応える。


真希は横目で亜弥と美貴に視線を移す。
二人はお互いの手を握って体をくねくねとよじらせる。
真希とひとみの仲をちゃかすように。
もちろん、客からは二人の姿は見えない。
「もう!」
真希は一瞬頬を膨らませて抗議するが目は笑っていた。
そんな顔を見て、亜弥も美貴も笑顔を浮かべる。


「よっすぃ・・ごめんね・・」
乙女心が複雑に揺れ続ける真希だった。


94 名前:金星の憂鬱 投稿日:2004/06/20(日) 01:29



“金星の憂鬱”完
次回、“火星の沈黙”へ続く。

95 名前:Hermit 投稿日:2004/06/20(日) 01:36
更新が遅くなりました。
すみません。
遅くなったうえに、つたないものですが
読んでやってください。

>>63 名無し飼育さん
 それなりに楽しんでいただけたらと思っています。

>>64 名無し飼育さん
 期待できるものになるかわかりませんが
 頑張って書こうとは思います。

>>65 名無し飼育さん
 あまり更新が遅くならないように
 適度に更新したいと思ってます
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/20(日) 01:36

97 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/20(日) 01:37

98 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/20(日) 01:37

99 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/20(日) 15:26
更新されてるーー♪
ゆうちゃんの正体が気になりますね。
なにを考えてるんだろう?
100 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:16
喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられようとしていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
疲れた顔したひとみと梨華が奥のテーブルに座った。
その周辺だけはいつものように重い空気が漂っている。

「いらっしゃいませ」
接客担当の亜弥が明るく振舞ってみせるも2人の顔はすぐれない。
「ランチ2つでいいですか?」
「はい」
気を遣うように注文をとるとひとみが力なく答えた。
「ランチ2つ、お願いします」
「は〜い」
亜弥の声に真希が答える。

101 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:17

「またやられたーーー」
こめかみを押さえながらひとみが頭を振る。
梨華は大きくため息をつく。
ひとみの口が愚痴が漏れる。
「赤かピンクの奴が来ると思ったのに何故紫なんだ!」
「私に言われても困るよ!
 でも、紫が一番厄介だよね」
「あの荒っぽい運転は卑怯だよ」
「そう・・絶対人間のすることじゃない」
ひとみと梨華は顔を見合わせて頷きあう。

「くっ・・・聞こえてるんだけど・・
正体を知らないからって・・言いたいこといって 」
美貴の肩がかすかに震えてる。
「しょうがないよね・・ほんとのことだから」
亜弥が笑っていた。
気持ちを和らげるはず笑顔が何故か悪魔のように見えた。
「痛い〜」
次の瞬間、亜弥の表情がかすかにゆがむ。
足元に視線を移すと、美貴の右足が亜弥の左足を踏みつけていた。
美貴の視線は当然真希にも向けられる。
2人のコントのようなやりとりに、真希は苦笑いを浮かべていた。
「もう・・」
美貴の眉がちょっと釣り上がっていた。

102 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:18

一方、ひとみと梨華は別の話になっていた。
「ねぇ、最近駅前に赤い髪の女性シンガーが現れたの知ってる?」
「誰、それ?歌うまいの?有名な人?」
梨華の言葉にひとみは首を捻る。
「知らないの?」
「うん・・それにしても梨華ちゃん、元気あるね
 私、仕事だけでへとへとなのに・・」
「そんなんじゃないよ」
怪しい目つきで見つめるひとみに梨華は怒り口調になる。
「よっすぃ、“災いの歌姫”って聞いたことない?」
「あぁーー、ある、ある!」
ひとみは大きく目を見開いた。
「その歌姫がそのシンガーがじゃないかって噂なの?」
「ふーーん、そうなんだ・・梨華ちゃん、その人の歌聴いたの?」
「うん」
「どうだった?」
「まぁまぁかな・・でも、私よりは落ちるんじゃないかしら」
「そうなんだ・・よっぽど下手なんだね」
「どういうこと!」
梨華は頬を膨らませる。
「だって、梨華ちゃんの歌って全部オリジナルに変わってるよね」
「あっ、ひっどーーい」
「アハハハハーー」
いつの間にか重苦しい雰囲気は消え、明るさが戻っていた。

103 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:18

そんな2人と反比例するかのように真希の表情は暗くなっていた。
傍目にはわからないものの、亜弥と美貴にははっきりわかった。
「ありがとうございました」
ひとみと梨華が店を出た後、真希のもとに歩み寄る。

「どうしたの?」
「いいやべつに・・」
真希のそっけない態度に首を捻る亜弥。
さらに追求しようとしたが、真希の思いつめたような表情に言葉が出てこない。
真希は淡々と仕事をこなしていた。

そして、喫茶“Violet Light”はいつもとかわりない1日が過ぎようとしていた。

104 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:19

真希は仕事が終わるとしばらく駅前をぶらついていた。
いつもならにぎやかでおしゃれな街中へと繰り出すのだが、何故だかそんな気にならない。
時間が経つにつれて人の波が少なくなっていく。
警察署も近くにあるとあって、変な輩は見当たらない。その上、“新桃上署を守る会”とかいう団体までできて、その団体もボランティアで警備に当たっている。多少ウザイところもあるが、一人でいても割りと安全なところでもある。

終電の時刻を迎えるころになると、どこからともなく歌声が聞こえてくる。
その歌声に魅かれるように人の輪ができていく。
誰もがお気に入りのシンガーの前に座り込む。
しかし、真希が興味を引くような歌声は聞こえない。
ちょっと肩を落としながら、駅の改札口へと向かう。
もう家路に着くには限界の時間だった。

105 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:20

「えっ・・・」
真希の耳に懐かしい歌声が飛び込んできた。
けして上手くはないが、どこか心惹かれるものがあった。
真希の足が自然と速くなる。


その歌声の主の周りには誰もいなかった。
誰もが無視してその前を通り過ぎていく。
たいしてうまくもないギターの音色が余計に懐かしさを思い出させる。

「・・・」
真希は思わず目を疑った。
目の前にいる人物は知っている人物だった。
まさか、その人物と再び会えるとは思っていなかった。
黒かった髪は赤く染まっていた。
明るかった笑顔もどこか影が増えたように思えた。
少女の顔が女性への顔へと変わっていた。
ただ、歌声だけが変わっていなかった。

「市井ちゃん・・」
真希はゆっくりと声をかける。
市井と呼ばれた女性は歌を止めた。そして、ゆっくりと歩み寄ってきた。
ポンと真希の肩に手を置く。
「後藤、久しぶり。元気だった!」
「うん・・・でも、どうして突然消えたんだよ」
「ごめん・・悪い・・」
紗耶香の言葉はそこで止まった。
そこだけが時間が止まったようだった。

106 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:20



真希の脳裏にいろいろなことが蘇ってくる。
市井こと市井紗耶香。
過去に一緒になって遊んだ仲間である。
真希にとっては憧れでもあった。

「市井ちゃんのままだ・・」
真希は紗耶香の歌う姿を眺めていた。

ポツ、ポツと雨が落ちてきた。
人々は雨を避けるために移動する。
しかし、紗耶香はまだしも真希もその場所を動こうとしない。
それは、二人が出会ったときと同じだった。


107 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:21


真希は退屈な日々にうんざりしていた。
いつものように仲間と遊んでいても何か足りなかった。
万引きや盗み、いろいろなものを壊したりしたこともあった。
そのたびに警察や店員に捕まりかけそうになったこともあった。
そのスリルがなんともいえない快感だった。
仲間と盛り上がる自分とどこか冷めていく自分。
ふと独りになると、何も満たされてないことに気づく。
自分が何をしたいか考えれば考えるほど、自分がわからなくなってくる。
こんなことばかりしてていいのか、頭を抱えることが多くなった。
いつしか独りだけの世界に陥っていた。
一日中街をふらつく日々が続いた。
大人っぽく見られるせいか、次々とナンパされた。
しかし、年齢を言うと皆離れていく。
どこかむなしさを感じた。
ため息だけが真希の口を出る。

108 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:22

そんなときに、紗耶香と出会った。
2駅ほど離れた場所を歩いていたときだった。
いつものように洋服やアクセサリーに目を向けていた。
やはりファッションは気になる年頃である。

突然聞こえてきた歌声。
知らず知らずにその声に惹かれるように足が進む。
目の前には大きな人の輪があった。
ほとんどが男ばかりだった。
中心には小柄でボーイッシュな女性が見えた。
たいして美人というわけでもない。
スタイルがとびっきりいいわけでもない。
歌がすごくうまいわけでない。
ギターがうまいわけでない。
ただ、歌っている姿はひときわ輝いて見えた。
特に一瞬見せる笑顔には何かはっとさせられるものがあった。
真希は紗耶香の輝きをうらやましく思えた。

真希は紗耶香のライブを毎日のように見に行くようになっていた。
そんな真希の姿は紗耶香の目につくようになっていた。
圧倒的に男性が多い中で女性の存在は異質だった。
どこか気になるが声をかけるほど勇気はなかった。
ただ、自分の歌声を聞いてもらえるだけで満足していた。

109 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:22

いつものように紗耶香のライブが行われていた。
真希は人の輪の中にいた。
ポツポツと雨が降ってきた。
その雨はだんだんと激しくなる。
雨を避けるように人の輪は崩れ去っていく。
それでも紗耶香は歌うことを止めない。
一人一人と減っていく中で、最後までいたのは真希だけだった。
歌い終わったときには、雨はやんでいたがびっしょりと濡れた体は冷え切っていた。

「ありがとう」
「うん・・・」
紗耶香の言葉に恥ずかしそうに頷く真希。
「よかったら、私の家に来ない?」
「いいの?」
「だって、その格好じゃ風邪ひくよ」
真希は紗耶香を見た。
頭から足のつま先まで全身びしょ濡れ状態だった。
こんな状態で帰るには恥ずかしい。
真希は紗耶香の家へとよった。
シャワーを浴び終えた後、真希と紗耶香はいろいろと語った。
最初は紗耶香が真希に対して質問攻めにしていたのが、いつの間にか立場が逆転していた。
初対面のはずなのに、ずっと前から知っているような感じだった。
久しぶりに心の底から笑っていることに気づいた真希だった。
二人の話は尽きることはない。
気づけば窓から朝陽がこぼれていた。

それから、二人の本格的な付き合いが始まった。
どこに行くのも一緒になっていた。
真希は紗耶香のバックコーラスも時々こなすようになっていた。
本当の姉妹のような関係だった。
充実した日々に真希は明るさを取り戻していく。
紗耶香もさらに輝きを増した。

110 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:23

しかし、充実した日々は長くは続かない。
“災いの歌姫”という言葉が真希の耳に届いた。
そして、その正体が紗耶香ではないかという噂だった。
紗耶香に尋ねてみたが笑って否定された。
それは真希が一番よくわかっていたはずだった。
そして、突然飛び込んできた宝石盗難のニュース。
厳重な警戒のもとで盗まれた“法皇の涙”と呼ばれるダイヤモンド。
女性一人で盗めるとは考えられなかった。
冗談で紗耶香に聞いてみたが、馬鹿じゃないかと一蹴された

そして、数日後何も言わずに紗耶香の姿が消えた。
1ヶ月ほど捜し歩いてみたが、何の音沙汰もなかった。
いろんなストリートライブを見に行ったが、肝心の紗耶香は見つからなかった。


111 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:24


真希と紗耶香が再会して数日後。

112 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:24

喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
疲れた顔したひとみと梨華が奥のテーブルに座った。
その周辺だけはいつものように重い空気が漂っていた。

「いらっしゃいませ」
亜弥が明るく振舞ってみせるも2人の顔はすぐれない。
「ランチ2つでいいですか?」
「はい、お願いします」
気を遣うように注文をとるとひとみが力なく答えた。
「ランチ2つでーす、お願いします」
「は〜い」
亜弥の声に真希が答える。


113 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:25


「また、やられたーーー!畜生!」
いつものように頭を抱えるひとみ。
カウンターに目をやると真希の姿があった
しかし、そこにはいつも淡々と料理している姿ではなく、笑って料理をしている姿が。
いつもなら、ひとみの方に視線を向けてくるはずがその視線は別の方に向いていた。
真希の前のカウンターの席には見慣れない女性が座っていた。
初めてとは思えないほどのいい雰囲気が二人を包んでいた
ひとみが割って入っていけるような空気ではなかった。

梨華がひそひそと話しかけてきた。
「よっすぃ、あの赤い髪の女性?」
「えっ、何?」
ひとみは梨華に視線を向ける。
「“災いの歌姫”じゃない?」
「でも、証拠がないよ」
「それはそうだけど・・」
ひとみにはそんなことはどうでもいいことだった。
梨華にしても、それ以上は追求できない。
以前にも、それが元で痛い目に遭っている。
ひとみは真希の前にいる人物が真希とどういう関係か気になっていた。
楽しそうな真希の顔がどうも引っかかるのだ。
めったに客前で笑わない真希が笑っている。
ただ、あからさまに真希に聞くわけにもいかない。
「よっすぃ、どうしたの?」
「なんでもないよ」
梨華の言葉に手を振って、料理に箸をつける。
どこか浮ついたままだった。

114 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/07/11(日) 23:25


会計の際にはすでにその人物の姿はなかった。
いつもは一言二言真希と言葉を交わすのだが、そんな気になれなかった。

店を出た後、嫉妬している自分に嫌気がしていた。
真希の過去なんてどうでもいいことはずだった。
ただ、気になるものは気になる。
それと同時に嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
それは、刑事としてのひとみの感だった。

115 名前:Hermit 投稿日:2004/07/11(日) 23:30

話の途中ですが、今回の更新はここまでとします。

>>99 名無飼育さん
 正体はそのうちに・・
 最後にはわかるはずですので
 そこがこの物語の始まりなんですけどね

116 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/11(日) 23:30

117 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/11(日) 23:30

118 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/11(日) 23:31

119 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/12(月) 22:51
災いの歌姫・・あの方が出てきましたね。
楽しみにしてます。
120 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:40


“災いの歌姫”と思われる女性、紗耶香が店に来てから1週間が過ぎた。
紗耶香が来てから、真希の顔は笑みで溢れていた。

121 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:40

昼食の時間。
いつものように新桃上署の面子がやって来た。
梨華、麻琴、そしてひとみである
その顔にはいつものような疲労は見えない。
それはそのはず、ここ3週間ほど事件らしい事件はなかったからだ。
地道な捜査もあるが、突発的な大きな事件ほど疲れるものはない。
何より相手は時間を選んで犯行を実行するわけでない。
ほとんどの犯行は夜中に起こるものである。
いつでも都合よく体が順応するわけではない。
必ずどこかに無理が生じる。
若さだけでカバーできるものではない。
ある意味でいい休養の期間だった。

いつものように亜弥が注文をとりに来た。
「いらっしゃいませ。ご注文は」
「ランチ3つでお願いします」
麻琴が応える。

「ランチ3つです」
「はい」
亜弥の声に真希が応える。

122 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:41

3人の周りに漂っている雰囲気もどことなく明るい。
それは食事が始まれば明らかだった。
いつもは愚痴ばかりなのが、ファッションだ芸能だと明るい話題が続く。
これも一種の平和な光景の一つといえるだろう。

そんな話の中で、知らず知らずのひとみの視線はキッチンへと向く。
「ふぅーー」
カウンターへと見渡した瞬間、ため息が漏れる。
「ねぇ、よっすぃ・・そんなに安心した?」
「いやぁ・・別に」
梨華の言葉に首を振るひとみ。
「そうですよね・・
 なんたって私という頼もしいパートナーがいますからね」
「ふーーん」
麻琴の言葉に冷ややかな梨華の視線。
「ちょっと止めてください!石川さん・・・
 吉澤さん、何か言ってくださいよ!」
「あぁ、もう!お前最近キモイぞ」
「えっーーー、私と吉澤さんの仲じゃないですか」
「止めてくれ、お前と一緒にされたくない」
「うわぁーーん、ひどいですよーー」
「いい加減に止めてよ!私まで一緒にされたくないわ」
「そんな・・」
3人の雰囲気はいつにもなく明るい。
3人の笑い声と冷ややかな視線が店内に溢れていた。

そんな3人を見つめる亜弥と美貴。
どうせまた困った顔になるんだからと目で合図しあう。

123 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:43


「ご馳走さまでした」
「ありがとうございました」
3人は食事が終わると会計を済ませる。
ひとみは店内を見回して、客がいないことを確認した。
「ごっちん、時間ある?」
「うん・・ちょっと先に行って」
「わかった」
ひとみは近くの公園で真希を待つことにした。

124 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:43

5分ほどすると真希が現れた。
ひとみは深呼吸して気持ちを静める。
「ねぇ、ごっちん・・・一つ質問があるんだけど・・」
「いいよ・・・市井ちゃんのことでしょう?」
「うん」
二人は近くのベンチに腰掛けた。
「あのさ・・」
「市井ちゃんとは3年ほど前に知り合ったんだ。
 ライブのときの市井ちゃんはいいよーー!
すごくカッコよくてさ!
 けど、1年ぐらいたったら突然消えちゃってさ・・」
ひとみの声を遮るように真希が嬉しそうに話す。
「そうなんだーー」
「でも、ここで市井ちゃんと会うとは思わなかったよ」
少し寂しげな表情を見て、戸惑うひとみ。

「あたしも市井さんの歌聞いたことあるよ」
「すごくいいでしょう」
「どうだろう?いいとは思えないけど・・」
「人それぞれ感性が違うからね。
 でも、市井ちゃんが元気でよかった」
真希がにっこり微笑む。
その顔にひとみの気分も穏やかになる。

125 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:44

「ねぇ、よっすぃ・・聞きたいのはそれだけ?」
「うん・・今度の休み一緒に遊びに行こうね」
「そうだね・・・よかったら、市井ちゃん誘わない?」
「うーーん、それは考えておくよ」
「別にいいじゃん」
「ごっちんはいいかもしれないけど」
戸惑うひとみに真希は不安な視線を送る。
「わぁ、わかったよ!一緒でいいよ」
「ありがとう」
真希はひとみの頬にかるくキスする。

真希と違ってひとみにすれば心中穏やかではない。
紗耶香と一緒にいたくないのが本音だった。
紗耶香との関係ももっと尋ねるはずだった。
ただ、真希の寂しそうな表情は見たくなかった。
刑事のしての使命と真希を思う気持ちがぶつかり合う。

葛藤を隠すようにひとみは別の話題を振る。
笑顔を作ってみせるものの上の空って感じだった。

15分ほど話すと、ひとみは署に戻った。
ひとみにすれば、もやもやだけが増した時間だった。


126 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:45


「ただいま、戻りました」
「おかえり、愛しのダーリンのご機嫌はどうだった?」
「ちょっと・・・」
「モテていいね!ごっちん」
「もう、止めてよ」
美貴と亜弥の冷やかしに真希は笑顔で応じていた。

「こら、あんたらこっち来い!
 次の仕事や」
ふざけあう3人の耳に裕子の声が届く。

「は〜い」
3人の前には地図と写真が示される。
「今回の狙いは“火星の沈黙”と呼ばれるガーネットや。
 場所は田中組。決行は今度の日曜日や」
「うん」
3人は黙って地図を眺めていた。

127 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:45

美貴は右手の人差し指を顎に当てながら裕子に尋ねた。
「田中組って、あの田中組ですか」
「あぁ、そうや」
「ミキティ、どうしたの?」

裕子の答えに蒼ざめる美貴。
そんな美貴の姿を不思議そうに見つめる亜弥。
「ねぇ、そんなにやばいの?」
真希が美貴に尋ねる。
「知らないの!暴力団と関係しているってことだよ」
「そうなんだ」
淡々とした声だが、表情が幾分引き締まっていた。
裕子の口からは慎重な言葉がこぼれた。
「今回は予告はなしや。相手が相手だけに下手すると命失うからな」
裕子の言葉に3人は息を飲む。
「まあ、あんたら信じてるから大丈夫だと思うけど」
裕子の言葉に頷く3人。
今回の仕事の難しさに気を引き締めるのだった。

128 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:46

話も一通り終わると次の仕事の準備へ移ろうとしていた。
「中澤さん、一ついいですか?」
「松浦、何や?」
「ガーネットの色って赤じゃないんですか」
「あぁ、何にも知らんのやな・・
 ガーネットは赤だけでなく緑や黄色、橙まであるんや」
「ほぉーー」
裕子の説明に思わず相槌を3人。

「さすが!年の功」
「マ・ツ・ウ・ラ」
裕子の怒りが亜弥を襲う。

「許してください!」
「ダメ!今度は許さん」
今までの重苦しい雰囲気がガラリと変わる。
美貴と真希は知らん顔で自分たちの仕事に移る。

2人の鬼ごっこは1時間ほど続いた。
亜弥がボコボコにされたのは言うまでもない。

129 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:47



そして日曜日。
田中組に侵入したのは真希だった。
田中組が“火星の沈黙”を手に入れたのはこの日の昼だった。
手に入れたものはしばらく自分の近くに置いて眺めていたくなる。
手に入れたものをいきなり金庫に隠すのはもったいない。
裕子はそこに狙いを定めていたのだ。

真希は慎重に足を進めて、“火星の沈黙”を手にした。
美貴や裕子に聞いていたほど、厳重な警備はされていなかった。
どこか気の抜けた気分だった。


130 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:48


“火星の沈黙”を胸元に隠し、戻ろうとした瞬間だった。
突然、防犯ベルが響いた。
真希は予想外のことに戸惑った。
センサー等には充分注意しながら侵入したはず。
それに、肝心のセンサーはここにはない。
何が起こったかわからなかった。
ただ、真希のやることはここから逃げ出すことだった。
真希は待機している亜弥と美貴のもとへと急いだ。

戻る途中で真希の前から走ってくる人影が見えた。
パーン、パーン
乾いた音とともにだんだん近寄ってくる。
いきなり、真希の足が止まった。

目の前には赤い髪で仮面をつけた人が向かってくる。
その後ろからは拳銃をもった少女がいた。

「止まれ、止まらんか!」
声を上げながら拳銃を撃つ少女。

131 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:48

真希は仮面をつけた人物に視線を奪われた。
赤い髪にその体型、仮面の奥の瞳は真希が知っているものだった。
「い・・」
「何してるんだ、逃げろ!」
その声にはっと我に返る真希。

「そっちにも仲間がおったとや」
さらに乾いた音が響く。
真希も逃げようとしたときだった。

ズキッ
右太ももに激痛が走った。
足を動かそうにも思い通りに動かない。

132 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:49

必死にもがく真希の耳元に冷たい言葉がかけられる。
「逃がさんから」
少女の持つ拳銃の銃口が真希に向けられた。

「さよなら」
真希は思わず目を閉じた。
しかし、聞こえてきたのは少女の苦悶の声だった。
仮面の人物が少女の腹部に蹴りをかましていた。
さらに、仮面の人物は少女に数発の蹴りを入れていた。

仮面の人物は少女から拳銃を奪うと真希のもとに寄ってきた。
「しょうがない奴だな・・まだ動けるだろう、行くよ」
仮面の人物は真希に肩を貸すと再び走り出した。
真希は仮面の人物の正体に絶対の確信を得た。

真希は激痛に耐えながら足を進めた。
しかし憧れの人が横にいるだけで幾分痛みも軽減した。
ただ逃げ切れるかは時間の問題だった。

133 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:50

仮面の人物は何かを悟ったのか駐車してある車の横へ移動した。
「ここでじっとしてな」
「でも・・」
仮面の人物は人差し指を口に当てる。
「機会があったら、逃げるんだよ」
「い・・・」
仮面の人物は真希の口を塞ぐ。


仮面の人物は真希を車の陰に隠すと再び走り出した。
「こっちだ!」
仮面の人物の足音を追いかけて複数の足音がすり抜けていく。
足音が消えなくなると、真希は傷ついた足を引きずりながら亜弥たちのもとへと急ぐ。
「市井ちゃん・・・」
真希は仮面の人物の姿がないか周囲を見渡したが、その姿はどこにもなかった。

134 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:51


「ごっちん、早く」
「うん」
亜弥が焦ったように手を振って、真希を誘導する。
真希が車に乗ると、美貴は車を急発進させた。

10分ほど走っただろうか、追手が来る気配はなかった。
亜弥は注意深く周りを見ていた。
「ごっちん、遅いよ」
「うん、ごめん」
真希は笑ってみせる。
「銃声みたいなの聞こえたけど怪我はない?」
「大丈夫!怪我するようなことはしてないよ」
真希は2人の前に手を差し出した。

「これが“火星の沈黙”だよ」
「わぁ、きれい」
「こんなのもあるんだ」
“火星の沈黙”を手にして、はしゃぎまわる亜弥と美貴
真希との会話はそこまでだった。

後部座席は静かな空間へと変わった。
亜弥と美貴にすればいつものように眠りこんだとしか思えなかった。

3人を乗せた車は喫茶“Violet Light”へと向かった。

135 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:52



ギィーー
喫茶“Violet Light”に現れた人影。
裕子はいつものようにコーヒーをカップに注いで労をねぎらう準備をする。

「おかえり、お疲れ」
裕子に声に反応することはなかった。
首をひねりながら、入り口の方を見た。

ガタン
真希がスローモーションのように倒れていく。

「ごっちん!」
慌てて駆け寄る裕子。
「大丈夫・・・」
精一杯の笑顔を作って見せるが、顔色は青い。
「これは・・」
裕子が真希の太ももを見ると血がにじんでいた。

ビリッ!
「うっ・・・」
レオタードの太ももの部分を裂くとそこには銃痕が。
「無茶して」
裕子が太ももの上部を紐で縛る。

136 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:52

真希の姿に目を丸くする亜弥と美貴。
「救急車呼ばなきゃ」
すぐさま電話へ向かう亜弥。
「ダメ!」
「ミキティ、何するの!」
電話を切られて、思わず怒鳴る亜弥。
「だって救急車呼んだら、ごっちんの傷のことあの連中にばれたら」
「それは・・」
簡単に考えたら当然のことである。
「だったらどうしたらいいの?
 ごっちん、助けなきゃ」
「うーーん」
亜弥も美貴も互いの顔を見合わせるが、何もいい案が浮かばない。
「松浦、藤本!ごっちんを車に運ぶんや」
「でも、普通の病院じゃ」
「そうですよ」
「うるさい!早く!」
裕子の迫力に亜弥と美貴は真希を車に乗せた。
「あとは頼んだで」
裕子は一言残すと、アクセルをふかせる。

「どこに行くんですか」
亜弥の言葉に裕子の返事はない。
何かに追い立てられるように裕子は車を発進させた。

残された亜弥と美貴は不安そうに見送った。

137 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:53

裕子は携帯を右手に左手だけでハンドルを操る。
真希は痛みのせいで裕子の声も満足に聞ける状態でない。
裕子は真希を励ましながら、15分ほど車を走らせた。

キィーーー!
車が裏道で止まる。
真希には見たこともない場所だった。
「ここや、大丈夫か?」
「うん」
真希の目に古びた小さな病院の建物が移る。
裕子は真希を肩に担ぐと病院へとなだれ込む。
病院の中ではすでに治療の準備が終わっていた。

「うっ」
痛みで顔が歪む。
薄暗い明かりの中で治療は進んでいた。
真希の視線の先には女医の姿があった。
茶髪に鼻にはピアス、耳にはピアス、ヤンキーっぽい顔立ちからはとても医者に思えない。
だが、その風貌からは考えられないほど手際よく治療が進んでいく。
「はい、腕伸ばして」
女医の言うとおりに右腕を伸ばす。
チクッ
注射の針が刺さる痛みが走る。
注射はいくつになっても苦手だ。
ホントは太ももの傷の方がはるかに痛いはずなのに注射の方が痛く感じる。
これも条件反射の一つだろうか。
注射の針が抜かれるとも急に眠気に襲われてくる。
痛みとともに意識が消えていく。

138 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:54

病院のロビーで缶コーヒーを飲む裕子。
コツコツと足音が近づいてくる。
「お疲れさま、これでもどうや」
「ありがとう、命に別状はないから・・
 2週間ぐらいで退院できるよ」
女医は手渡された缶コーヒーに口をつける。
「ありがとう、ほんま助かった」
裕子は女医の顔を見上げた。
女医の顔は疲れたというより怒っていた。
「裕ちゃん、何やってるの?」
低い声がロビーに響く。
「何が?」
「何がじゃないよ!」
とぼけてみるが、女医の追及は止まない。
「この子の傷、普通じゃ考えられないよ・・
 まさか、やばいことしてるんじゃない・・
 あのときの・・」
「悪い・・本当に今は何も言えないんや
 今は彩っぺが頼りなんや」
裕子はため息をつく。
「まぁ、昔からあることだし・・」
彩は悟ったのかコーヒーを出てきそうな言葉とともに飲み込む。
「傷がよくなるまで、あの子のこと頼むな」
「わかったよ!でも、無茶しちゃだめだよ」
「わかってる・・ほんまありがとう」
裕子は軽く頭を下げると病院を後にした。

139 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:54

かすれた文字で石黒医院と書かれた看板が月の光の下に照らし出される。
彩こと石黒彩。この石黒医院の医師である。
裕子とは警察のころからの付き合いがある。
裕子と彩の出会いは裕子が警察時代のある事件がきっかけだった。
それから、裕子は何度となくこの病院に通っている。
病院としての設備は整っているとは言えないが、彩の腕は一流だった。
また女性ならではの心遣いも抜群である。そして、彩の口は堅い。
何かと事件には知られたくないこともある。
たいしたことでなくても病院に寄れば、それは看護婦ならず患者にも知られる。
いくらプライバシーを守ろうとしてもどこからか漏れるものである。
だが、ここは彩一人。
何かしらやましいときにはここを利用しているのだ。
彩も自分の立場を知っている。
彩自身が裏世界とつながりを持っていた。
そうでいなければ、こんな小さな病院でやっていけない。

140 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:55


彩は裕子が去った後、真希が眠る病室へと足を運ぶ。
「大変だね・・」
真希の寝顔を見ながら、ゆっくりと怪我した太ももに視線を移す。

「裕ちゃん、これでいいの・・」
彩は自分に言い聞かせるように窓から月を見上げた。

141 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:55


裕子が喫茶“Violet Light”の扉が開くとすかさず亜弥と美貴が歩み寄ってきた。
「ごっちんは大丈夫や・・2週間ぐらいの入院が必要やけど」
「ふぅーー」
亜弥と美貴は大きくため息をつく。
思ったより軽傷だったことで、思わず笑みが浮かぶ。


「あっ、中澤さん」
「何や?」
「“火星の沈黙”」
「あぁ・・・」
美貴が指差したテーブルの上には“火星の沈黙”と呼ばれるガーネットが置かれていた。
「さすがやな・・今回は苦労かけたな」
いつもは明るい感じの声も沈んで聞こえる。

「中澤さん、なんで“太陽の沈黙”って呼ばれるんですか」
亜弥はすかさず裕子に問いかける。
面白くないのは美貴。
「ちょっと、何で美貴には聞かないの?」
「だって、知らないでしょう・・もう嘘はいいよ」
「えっーー、知ってるよ」
「じゃあ、説明してよ」
「・・・・」
いつもの2人のコントに裕子は苦笑いを浮かべる。

142 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:56

ガーネットといえば、日本では柘榴石という名前で親しまれている。
通常ガーネットといえば、赤のイメージが強いが黄色、橙、緑といった色もある。
ガーネットといえば、その歴史は古い。有名なところでは旧約聖書に出てくる。
ノアの箱舟の話の中でノアが箱舟で乗り出したときガーネットをランタンとして用いたことが記されている。
“火星の沈黙”と呼ばれるガーネットは緑である。そして、それはデマントイドといわれる緑のガーネットとしては最高のものである。また、ダイヤモンドより高い屈折がある。この“火星の沈黙”の由来は、かつて火星に生物がいて昔はこのガーネットのような緑に覆われていたと考えていた人々が名づけたのである。現在火星で生物等の存在は確認されていないが、きっと再び緑に覆われると、今は沈黙しているものと彼らは信じている。

143 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:57


次の日。
喫茶“Violet Light”では、いつもの光景が繰り広げられてた。
ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
ひとみたちが奥のテーブルに座った。
そして、ひとみたちは真希がいないのに気づく。

ひとみの頭の中に紗耶香と真希が一緒にいる場面が浮かぶ。
しかし、カウンターには紗耶香が座っていた。
そのことにほっと胸を撫で下ろすひとみ。
対称的に紗耶香の顔色は優れない。


ひとみと紗耶香の顔を見ていると、複雑な気分にとらわれる裕子、亜弥、美貴だった。

144 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 02:58

真希はしばらく休みで旅行に行っていることになっていた。
これでしばらく真希の身は安全のはずである。

ひとみも紗耶香も深い理由までは聞いてこなかった。


真希の傷が癒えるまでは、“Violet Light”の活動はおあずけとなった。

145 名前:火星の沈黙 投稿日:2004/08/05(木) 03:00

“火星の沈黙”完
次回、“木星の眠り”へ続く。

146 名前:Hermit 投稿日:2004/08/05(木) 03:03

>>119 名無飼育さん
 歌姫は、今回だけの登場予定としてましたが
 次回も登場します。
 そこで・・・

 お楽しみに

147 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 03:03

148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 03:03

149 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/05(木) 03:04

150 名前:マチ 投稿日:2004/09/09(木) 12:03
作者さん、一気に読ましていただきました。気に入りました。更新待っています
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 15:58
おいち
152 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:48

「はぁ・・・」
あまりの退屈さにため息を漏らしていた。
予想してたとはいえ、実際に銃で撃たれるとは思っていなかった。
治療がよかったせいか、撃たれた傷も徐々に消えていっている。

「真希ちゃん、気分はどう?」
「いいですよ」
ありきたりな言葉で応える。
目の前には茶髪で鼻ピアスにちょっとヤンキーな顔立ちの女性。
白衣を着ていなければ、とても医者とは思えない。

「石黒先生、私いつ退院できるんですか?」
「あと1週間ぐらいかな・・真希ちゃんの若さと体力のおかげだよ」
「そうですか」
退院と聞けば少しは表情が明るくなるものだが暗いまま。

「裕ちゃんも罪だよね・・」
「それは」
彩の言葉に真希も言葉につまる。
それが2人の裕子に対する思いだった。

153 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:48

1週間後。

喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
ひとみと麻琴が奥のテーブルに座った。
その周辺だけはいつものように重い空気が漂っていた。

「いらっしゃいませ」
亜弥が明るく振舞ってみせるも2人の顔はすぐれない。
「ランチ2つでいいですか?」
「はい、それでお願いします」
気を遣うように注文をとると麻琴が答える。
「ランチ2つでーす、お願いします」
「は〜い」
亜弥の声に真希が答える。
「えっ!ごっちん来てるの?」
「そうですけど」
亜弥の冷静な返事に大声を上げたことに気づいたひとみ。
亜弥の冷ややかすような視線にひとみはばつが悪そうに下を向いた。
そっと視線を上げると頬を膨らませた麻琴の姿があった。
嫌な予感がひとみの頭の中をよぎる。

154 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:49

「吉澤さん、私がいるのにどうしてですか?」
「ちょっと、そんなこといつ決めたんだ?」
「この前決めたじゃないですか!」
「この前っていつだよ!」
「この前って言ったら、この前ですよ」
禅問答のようなやりとりにため息を漏らす真希。
しかし、その表情には笑みが浮かんでいた。

「あぁ〜、もてる人がうらましいなあ」
「いいよねぇ〜あぁ、熱い熱い」
真希にしか聞こえないように愚痴を漏らす亜弥と美貴。
いつもの突っ込みに頬を膨らませて抗議する真希。

見慣れた光景がそこには広がっていた。

155 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:50


ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
ひとみと麻琴が食事を半分ぐらい済ませたときだった。

1人の赤い髪の女性が店内に入ってきた。
“災いの歌姫”と思われる女性、紗耶香だった。
紗耶香がカウンターに座った瞬間、ひとみの表情が変わった。
麻琴の話もそこそこにひとみの神経は紗耶香に注がれていた。
麻琴はぜんぜん面白くない。わざと自分に目を向けてもらおうとしたがあまりにも真剣な眼差しにその思いは吹っ飛んだ。ひとみの目は刑事としての目に変わっていた。

紗耶香がカウンターに座っても特に動きはない。
ただ、紗耶香と真希の間には冷たいすきま風が吹いているように感じた。
いつもならうるさいぐらいに話し始める2人が黙ったまま。
そこには見えない壁が立っていた。
156 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:51

ひとみには理由がわからない。理由を聞くにも他人の関係を聞くような野暮じゃない。
いつもとちがう雰囲気に麻琴は首を捻るばかり。

しかし、その理由に気づいているものもいた。亜弥と美貴だ。
その原因は“火星の沈黙”を盗んだときにあると思っていた。盗みで真希が傷を負うとはよほどのことがない限り考えられない。小さな傷ならしょっちゅうだが、あれほどの傷は大きなアクシデントでもないかぎり考えられない。今までに危険な橋は何度も渡ってきた。どんなアクシデントも乗り越えてきた。3人の中では、抜群の運動神経をもつ真希が簡単に銃で撃たれるとは思えない。紗耶香の別名が“災いの歌姫”と呼ばれるのも一因だった。ひとみたちから聞いた話を加味すると2人の間に何かあったのは明白だった。

157 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:51


「ありがとうございました」
ひとみたちが帰った後、紗耶香と真希は一言も話さなかった。
いや、話せなかったといった方が正しいだろう。
亜弥と美貴が何かと聞き出そうとするが、真希は口をつぶったままだった。


158 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:52

数日後
「退院明けのごっちんには悪いけど、次の仕事や」
仕事を終えたばかり3人の耳に裕子の声が届く。

「は〜い、今度はわたしの出番かな」
大きく背伸びをしながら、亜弥が椅子に座る

3人の前には地図と写真が示される。
「今回の狙いは“木星の眠り”と呼ばれるトルマリンや。
 場所は田中組。決行は今度の土曜日や」
「えっ・・」
3人は驚きを隠せない。

「ちょっと、こないだごっちんが怪我したところでしょう」
「そうですよ!今度もやばいですよ」
亜弥と美貴は次から次へと言葉を発する。
裕子は2人の言葉を黙って聞いていた。

2人の言葉は止むことはなかった。
頬杖つきながら退屈そうにあくびを繰り返す裕子。
あまりの無関心を装う裕子に2人の怒りは頂点を迎えようとしていた。

159 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:53

「中澤さん!・・」
「ごっちんはどうなんや」
裕子は亜弥の言葉を遮る。
亜弥と美貴は今まで真希が何も発して言ってないのに気づく。

裕子と亜弥と美貴の視線は自然と真希へと移る。
「盗むだけなら問題ないよ」
「ちょっと一体何があったの?」
真希の淡々とした言葉が美貴の神経を逆なでる。
「ごめん、何も言えない」
「ごめんって!ごっちんが怪我したから、反対してるんでしょう」
美貴にすればぜんぜん面白くない。
「もしかして、市井ちゃんって人のことと関係あるんじゃ?」
「市井ちゃんは関係ないよ」
真希は亜弥の言葉を否定するが、一瞬表情が厳しくなったのを見逃さない。
「本当だよね」
「うん」
亜弥は自分を納得させるかのように何度か頷いて裕子に視線を向ける。

160 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:54

しばしの間、各自で考えることになった。
10分ほど経って、意を決したように亜弥が口を開いた。
「中澤さん、ごっちんが盗み役なら引き受けていいですよ!
 死にたくないですし」
「亜弥ちゃんがそういうなら美貴もその条件で引き受けます」
「そうか・・ごっちんはどうや?
 無理なら、今回はなしや」
裕子の厳しい視線が真希に向けられる。
真希にすれば、すべてを見通されているような感じだった。
「やります」
「細かいことは聞かんけど、ほんまいいんやな?」
真希は黙って頷く。
「では、今度の土曜に決行や」
3人はそれぞれの思いを秘め、その日を待つことになった。

161 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:54

そして土曜日。
予定通り真希が田中組に侵入した。
田中組が“木星の眠り”を手に入れたのは2週間前だった。
手に入れたものはしばらく自分の近くに置いて眺めていたくなる。
一度盗まれとはいえ、たかが一人の盗人のせいでやり方を変える輩ではない。
その分、警備システムは厳重なものとなる。

さすがの真希も一転した警備システムには手を焼いた。
しかし、幾度も潜り抜けてきた道。
厳重な警備を突破していく心地よさは何にも変えられない。
真希は慎重に足を進めて、“木星の眠り”を手にした。
最後に目的の宝石を手にしたときの達成感はなんとも言えないほど興奮する。
しかし、その興奮に浸ることもなく真希はすばやく次の行動に移る。
戻るときはより一層注意を払った。
前回は心の中にどこか油断があったから傷を負ったんだ。
真希は全神経を集中させた。

待機している亜弥と美貴のところまでもう少しというところだった。

162 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:55

パーン、パーン
乾いた音が真希の耳に入った。
いきなり、真希の足が止まった。
前回の再現かと思い、周りを見るが何も変わった様子はない。
普通ならこのまま戻るはずだが、嫌な胸騒ぎがして気が気でない。
「ごめん」
真希は音がした方へ向かった。

「えっ・・」
一瞬、真希の頭に撃たれたときの記憶が蘇る。
恐怖のせいか脚がすくんで動かない。

しかし、目の前には前回とはまったく違う光景が広がっていた。
163 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:56

赤い髪で仮面をつけた人物が胸を押さえながら、重い足取りで近寄ってくる。
その後ろには前回真希を拳銃で撃った少女が倒れていた。
「まさか・・」
呪縛がとけたように真希は赤い髪の人物に近づいていく。

「市井ちゃん・・・だよね?」
真希は半信半疑で声をかける。
「あぁ・・あんたにばれるようではあたしも終わりかな」
「そんなひどいよ・・・でもどうして」
「あんたには借りがあるからね、借りは返さないと・・
 でも、しっかり借りは返したかな」
「何言ってるの?」
真希は口を開けたまま紗耶香を見つけた。

164 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:56

「あたしも馬鹿だね・・」
スローモーションで倒れていく紗耶香。
真希の表情が一転した
「市井ちゃん、どうしたの?」
真希は紗耶香の右胸あたりが赤くなっているのに気づいた。
真希の脳裏に倒れていた少女の様子が浮かぶ。
「まさか、私の代わりに・・」
「そんなことない・・私がドジっただけさ」
「市井ちゃん!市井ちゃん!」
息が荒くなる紗耶香を前にパニックになる真希。
ゲホゲホと紗耶香が咳き込むたびに、真希の心は締め付けられていく。

165 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:57


いてもたまらず真希は紗耶香を抱き起こした。
「市井ちゃん・・死なないで」
「ハハハ・・もう無理だよ・・
あたしはいつまで経っても中途半端なままだよ・・
 好きな歌だって・・盗みだって・・・
 大きくなってやると誓ったのに」
「もうしゃべらないで・・
 すごく腕のいい先生知ってるから、口は悪いけど絶対に治してもらえるよ!
 治ったら、またやり直せばいいじゃない」
「ありがとう・・ゲホゲホ・・」
紗耶香の口の周りは真っ赤に血で染まっていた。
紗耶香は震える手で真希の頬に伝う涙を拭った。
「後藤に出会えてよかったよ
 怪我させたことごめんな」
「だめだよ・・・謝るくらいなら、また市井ちゃんの歌聴かせてよ」
「わがままなやつだな」
苦々しい笑顔を浮かべる。


166 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:58


「ごっちん、早く!何してるの?」
2人の耳に亜弥の声が届いた。
「もうミキティが痺れをきらしてるよ!
 何・・・」
亜弥の前には信じられない光景が広がっていた。

真希の前には見覚えのある顔があった。
しかし、今はどうこう言ってる暇はない。
「ごっちん、急いで」
亜弥の切迫した声。
「まっつー、市井ちゃんを運ぶの手伝って」
「でも、それじゃ間に合わないよ」
真希の気持ちもわかるが、それでは時間がなさすぎる。
「お願い!」
真希の言葉に亜弥も困った表情を見せる。
亜弥を助けるかのごとく紗耶香が声を上げた。
「私にかまうな!
 あの音が聞こえないのか」
けたたましいパトカーのサイレンが響いていた。
警察が集まってきているのは事実。

警察も田中組に注目していた。
何かと珍しい宝石を手に入れているという情報を掴んでいた。
宝石といえば、“Violet Light”だ。
うまくいけば、“Violet Light”が現れるはず。

田中組で囲まれてしまっては美貴の腕といえど逃げ出せない。

167 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:59


「市井ちゃんも一緒に・・」
「馬鹿!まだわからないのか!」
真希を制止するように手をかざす紗耶香。

「ありがとう・・ゲホゲホ・・
 仲間を大切にしなよ。
 後藤会えたのが人生で一番だった」
苦しいながらも精一杯の笑顔を見せる。
真希には忘れらない笑顔となった。

168 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 22:59

次の瞬間、紗耶香の右手には銃が握られていた。
真希も亜弥も何も言えなかった。

パーーン
乾いた音が真希の耳を貫いた。
紗耶香の上半身が崩れ落ちる。
「市井ちゃーーーん」
真希は必死に紗耶香を揺するが反応はない。

「もうだめだよ・・」
亜弥は首を横に振る。
諦めがつかない真希はさらに紗耶香の体をゆする。

亜弥は真希の肩に手をおいた。
「こんなところで捕まったら、厚意が無駄になっちゃうよ・・
 私だって悔しいよ・・」
ふと見上げると、亜弥の頬にも涙が伝っていた。
「グスン・・市井ちゃんの馬鹿・・」
真希は涙を拭うと一気に走り出した。
「わぁ、待ってよ」
慌てて真希の後を追った。

2人は全速力で駆け抜けていく。
紗耶香の思いを背負って。

169 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:00


ピンポーン、ピンポーン
重い足取りで亜弥と美貴が“Violet Light”に入ってきた。
警察にも追われたようだが何とか逃げ切ってきたようだ。
美貴の満足げな顔を見れば、一目同然だ。
肝心の真希は美貴におんぶされていた。
真希は疲れきったせいか、眠っていた。
疲れだけでないことは美貴も亜弥もわかっていた。

裕子は今夜の出来事を亜弥からすべて聞いた。
真希に対することを考えれば、裕子は何も言える立場でない。
真希を店の控え室のベッドに寝かせると裕子は美貴と亜弥が座っている奥のテーブルに向かった。

170 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:00

テーブルの上には“木星の眠り”と呼ばれるトルマリンが輝いていた。
「さすが本物や・・みんなには迷惑かけたな」
裕子の言葉も重い。
さすがに一番明るい亜弥も騒げる感じではない。

静かなときが流れていく。
重々しい雰囲気を嫌ってか美貴が口を開く。
「ねぇ、中澤さん!なんで“木星の眠り”って言うんですか」
「なんや、藤本!今日は素直やな」
「私いつもひねくれてるわけじゃありませんよ!」
頬を膨らませ肩を震わせる美貴に、亜弥は笑いをこらえる。
さっきまでの空気が少しだけ軽くなっていた。

「まぁ謙虚な藤本のために説明するか・・」
裕子は“木星の眠り”を手にしながら話し始めた。

171 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:01

トルマリンとは多色性(赤、黄、緑、青、茶、紫、黒、透明)の宝石である。元々はダイヤやルビー、エメラルドのイミテーションとして扱われていた。しかし、トルマリンの多色性と加工の容易さと安価によって宝石として認知されるようになった。プリメーラインジアーノと呼ばれるものは最高の品質を持つ。また、トルマリンは“電気石”と呼ばれ、温度や圧力により電気を発生し、その電気を放電するとマイナスイオンが発生する。他にも消臭効果や保湿効果などもあり、日常生活でも役に立つことが多い。

“木星の眠り”と呼ばれるトルマリンは外周部が緑色で囲まれたピンク色で、通称ウオーター・メロンと呼ばれるものである。その美しさはルビーやエメラルドに勝るとも劣らない。また、トルマリン効果も抜群である。この宝石を持つものはその美しさよりもトルマリンの持つ効果に安心して眠ってしまうということで“木星の眠り”と名づけられたのである。


裕子の説明にうんうんと頷く亜弥と美貴。
真希だけはまだ夢の世界だった。
いつもなら笑い話の一つや二つ続くはずがそんな雰囲気ではない。
誰もが真希のことを考え、そこで解散となった。

172 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:02


亜弥と美貴が帰った後、裕子は一人店の戸締りをしていた。
さっきまで華やかなさはまるでなくひっそりとしていた。
裕子は店の扉にたたずむ人影に視線を送る。
「どうした?」
「うーーん」
「こっちに来たらどうや・・大丈夫か」
「うん」
その曇った表情に悩みの大きさがうかがいしれる。
普段は心配させるような感情をめったにあらわにしないだけに深刻そうに見える。
両頬の涙の痕が痛々しい。

ほのかに光るランプの前にコーヒーが置かれる。

真希はポツリと漏らす。
「ねぇ、どうしてそんなに明るくできるの?」
「なんでやろう・・それしかないってことかな」
「そうか・・」
真希はカップに口をつけながら、ほっとため息を漏らす。

どうにもならない思いが、コーヒーをしょっぱくさせていく。
次から次へと湧き上がる記憶と思い。
真希には受け入れがたい現実だった。

173 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:02

裕子にはかける言葉もない。
いや、今の真希に何を言っても無駄なことはわかっている。
下手な言葉は真希を傷つけるだけ。
解決できるものは時間しかない。


真希の両肩がかすかに震えていた。


裕子はその姿を黙って見ていた。
「これでいいの?このままでいいの?」
彩の言葉が裕子の耳にこだまする。


「ごっちん、これ持っておくだけで気分が少し楽になるで」
「ありがとう、裕ちゃん」
真希は“木星の眠りを”両手で握り締めた。
「なんで・・・」
真希は大声を上げた。
テーブルを何度も叩く。

174 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:03


テーブルを叩く音がいつしか嗚咽へと変わっていく。


カチカチと時計の針が動く音だけが店内に響いていた。


闇が真希を悲しみとともに包んでいった。


175 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:03

翌日
ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
いつものように浮かない顔をしたひとみがカウンター席に座った。
“Violet Light”の逮捕に失敗した次の日はいつも一人でここに座るのが習慣になっていた。いつもと違ってひとみの表情はきびしいものだった。


首を傾げながら真希はいつものようにやさしく声をかけた。
「よっすぃ、また逃がしたの?」
「うん・・」
いつもなら悔しがってみせるはずが、真希を見つめたままひとみはため息をつく。
真希に伝えるべき言葉はあるのだが、喉から先に進まない。

「どうしたの?」
「ううん」
真希の言葉にひとみは伏し目がちになる。

176 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:04


いつもと変わらない真希の姿にひとみは首を振る。
ここで言うべきか自問自答を繰り返す。
真希の寂しい顔は見たくないのが本音。
でも紗耶香と楽しそうに話していた姿も思い浮かぶ。


「はい、ランチ」
「あぁ、ありがとう」
ふと見上げればそこには真希の笑顔があった。
「いただきます・・・おいしい」
いつものように箸を進めるひとみ。真希のほうを向いてウィンクで答える。
ひとみの様子に真希も安堵の表情を浮かべる。

177 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:05

ひとみは客がいないことを確認すると真希を呼び止めた。
「何?」
振り返る真希。
「びっくりしないでね」
「うん」
「ここにさ、赤い髪の女性来てたでしょう?」
「市井ちゃんのこと?」
「うん」
真希だけでなく亜弥や美貴にさえ予想できた展開だった。
「あのね、その人死んだの」
「うそ!!」
「本当だよ」
ひとみの言葉に目を潤ませる真希。
ひとすじ、ふたすじと涙が頬を伝わっていく。

178 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:05

辛い現実をつきつけたひとみも心苦しい。
本来なら他の人に告げてもらってもよかったはずだ。
それでも、紗耶香のこともあって自分が告げることにした。
しかし実際に真希の姿を見ていると、少し後悔していた。

真希にすれば、すでに知っていたことだった。
自分の中でもすでに決着をつけていたはずだった。
しかし、こうやって現実を突きつけられると自然に涙が溢れてくる。
改めて紗耶香への思いの深さを知った。


真希とひとみの空気がだんだんと重苦しくなっていく。


亜弥と美貴は黙って下を向いていた。
すでに事実を知っている2人すれば改めてかける言葉はない。
それに言葉をかけたところで、真希がどうなるというわけでない。
もし自分の大切な人が目の前で死んだことを思うとかける言葉が見つからない。

179 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:06

真希とひとみの周りだけが別空間だった。
重々しい空気が立ち込めていく。

180 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:07


「市井ちゃん・・どうしてだよ・・」
必死に紗耶香への思いをひた隠す真希。


181 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:07


「大丈夫?」
「うん・・」
鼻声で応える真希。


ひとみはそれ以上言葉が続かない。
真希を大切にしたいと思う心と紗耶香への嫉妬心。
自分としては割り切っているはずが、胸中は複雑だった。
ふと我に返れば、そんな自分が嫌になってくる。
気の効いた言葉を探してもありきたりの言葉しか思い浮かばない。
自分の力のなさにがっくりと肩を落とす。

182 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:08


「もうこんな思いはしたくない・・」
目を閉じて、ひたすら悲しみに耐える真希だった。


183 名前:木星の眠り 投稿日:2004/10/20(水) 23:08


“木星の眠り”完
次回、“土星の叫び”へ続く。

184 名前:Hermit 投稿日:2004/10/20(水) 23:13
更新が遅くなってすみません。
もっと早く更新していけるようにしたいと思います。

>>150 マチさん
 まぁご期待にそえるものになるかわかりませんが
 少しでも楽しんでいただけたらと思います。
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 23:14

186 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 23:14

187 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 23:14

188 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/30(火) 00:05
まだかな?
189 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:02

紗耶香の死から一ヶ月が過ぎた。
真希は少しずつではあるが明るさを取り戻してきていた。
しかし、そんなこととは関係なく事件は起きる。

190 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:02

喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられようとしていた。


ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
店に来たのはひとみ。
いつものように奥の席にいくかと思われていたが何故かそこで立ち止まる。
振り返ると一言二言外に向かって話しかけていた。
話が終わるといつもの席に歩き出した。
「こんにちは・・」
遅れて入ってきたのはあさ美と麻琴。
ここに来るときは辛くても笑みを浮かべてくるのだが、2人とも目の下にクマを作って死人のような表情をしていた。
3人のテーブルは別空間のような暗い雰囲気で覆われていた
「ランチ、3つでいいですよね・・?」
「うん」
ひとみが返事する。
亜弥も何かねぎらいの言葉でもかけてあげたいのだがその雰囲気ではない。
食事が始まれば雰囲気も変わるとみられたが、会話もなく黙々と箸が進む。
いつもと違う雰囲気に亜弥、美貴、真希は顔を見合わせて首を傾ける。

191 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:03

「すみません」
入口近くに座っている2人から声が上がる。
「もう一人前づつ追加いいですか?」
「あ、はい・・」
接客している亜弥の顔色が変わる。
「うわぁ・・・また」
美貴も思わず声を上げた。
「嘘でしょう・・」
真希さえも思わず手を止める。

3人の呆れた表情にひとみは亜弥を呼んだ。
「ねぇ、そんなに驚いてどうしたの?
 二人前ぐらいなら頼む人いるでしょう?」
「あのね・・」
亜弥は苦笑いを浮かべながら、ひとみの耳元に顔を寄せる。
「5人前だよ・・」
「まじっ」
ひとみは思わず目を見開いたまま動きが止まった。
ゆっくり入り口の席に目を移すと、小柄な女性がガヤガヤと話していた。
2人とも童顔でとても大食いには見えなかった。
「そういえば・・」
ひとみはあさ美と麻琴に視線を移す。
好きなものならたくさん食べるのは一緒かと、今の2人の状況が皮肉に思えるのだった。


ひとみが精算するときに美貴が暗い理由を尋ねてみた。
「“ミニストームだよ”」
ひとみは一言言って、店を出た。


192 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:04

「ごちそうさまでした」
ひとみたちが出た後に、明るい声が響く。
満足したのか、お腹をポンポン叩きながらゆっくりと歩いてくる。
「いつもこんなに食べるの?」
「仕事がうまくいったときにはね」
「そうなんだ」
ポニーテールの女性が応える。のほほんとした感じだった。
「のの、あんまり余計なこと言わんと・・」
「ごめん、あいぼん」
髪を2つにくくっている女性は不機嫌な顔になっていた。
ポニーテールの女性は舌をだしながら頭をかく。
「ありがとうございました」
ひとみたちと違って、その足は軽やかだった。

193 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:04


すべての客がいなくなって、喫茶“Violet Light”は束の間の休憩に入った。
「何さ、あの二人」
肩を叩きながら、真希がカウンターに座る。
「ごっちん、今日は大変だったね」
「美貴なんか、途中で食い逃げしないか心配してたよ」
「私もあのまま倒れたら、どうしようかと」
「まっつー、そんなこと思ってないでしょう?」
「なによ!」
「だって、どのくらい食べるか、ご飯賭けようって言ってたじゃない」
「ごっちんもノリノリだったじゃない」
「あぁ、2人とも他人事だと思ってひどいね」
「ミキティが一番ひどいじゃん!」
「そうだよ、このまま倒れたら面白いねとか言って」
「ちょっと!美貴ばかり悪者にして!」
にぎやかな会話が続く。


「“ミニストーム”か・・」
真希がポツリと呟く。
「あぁ、余計なのがでてきたよね」
「おかげで仕事しづらくなった」
美貴も亜弥も困惑した表情を見せる。

194 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:05

“ミニストーム”とは最近出現した窃盗グループである。
“Violet Light”が宝石ばかりを狙うのと違って、食べ物やお金やゲームなどまでも盗む。
盗む手口は荒っぽいの一言だった。トラックで店に突っ込み、監視カメラを壊し、ドアや金庫を壊す。店側にすれば、これほど憎たらしい奴はいない。品物を盗まれただけでなく、店の設備まで壊されてはたまったものではない。そして、その不満は警察まで届いていた。
“Violet Light”だけでなく、“ミニストーム”も捕まえられないのかと日増しに非難の声が大きくなっていく。一部マニアにはこの状況を楽しむように、“Violet Light”と“ミニストーム”どちらが優れているか論争が起こっているという。

195 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:06

当然の成りゆきかのように“ミニストーム”も女性ということで新桃上署の担当となった。しかし、“ミニストーム”は“Violet Light”と違ってかなり厄介だった。計画性もなければ、美学さえもない。自分たちがよければそれでいいという感じだ。警察もめちゃめちゃなやり方に手を焼いていた。下手に手を出せば、どれだけの被害を被るかわからない。特に“ミニストーム”の担当を任されたあさ美と麻琴はその対策に毎日頭を悩ませていた。
“ミニストーム”の出現で“Violet Light”の活動も制限されることになった。

196 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:06


久しぶりの珍客に盛り上がる3人。
見ず知らずに相手にここまで言うかと話は盛り上がっていた。


197 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:06


ピンポーン、ピンポーン
喫茶“Violet Light”に裕子が帰ってきた。
「お帰りなさい」
「お帰りじゃないわ・・・あんまり裏に関わることは謹んでな」
「は〜い」
裕子の注意に急に口を閉じる3人。
「なんやそんな静かになって、」
裕子は変わり身の早さに苦笑いを浮かべていた。

198 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:07

「さてと・・」
裕子の口調が一転して厳しいものになった。
他の3人もまじめな表情に変わる。
「裕ちゃん、次の仕事決まったの?」
「あぁ、“ミニストーム”の件もあるけどな」
裕子は一枚の写真と地図をおく。
「中澤さん、今度はどこですか?」
「ここ、安倍総合ビルや・・・狙うは“土星の叫び”と呼ばれるサファイアや」
「今回も楽勝ですよ」
亜弥が親指を立てて自信をみせつける。
「そういけばええんやけどな・・」
「どうしたんですか?」
不安そうな裕子に美貴が声をかける。
「近々、人気の新作ゲームが販売されるということでな・・」
「それだったら、どこのゲーム店でも販売されるんでしょう」
美貴の言葉に当然といった感じで頷く亜弥と真希。
「そうやけど、問題はそのビルの中の店でけ特別な特典がつくってことや」
「そうなんだ・・」
3人の頭に“?”が浮かぶ。

199 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:08

首をひねる3人。裕子はさらに話を進めた。
「まぁ厄介なのは“ミニストーム”がその特典を狙ってることや」
「だったら、その日をはずせばいいじゃない」
「そうだよ」
「わざわざ危険冒す必要ないじゃん」
3人の言葉ももっともである。

「まあな」
裕子は髪をかき上げる。
「それができたら楽なんやけどな・・
 “土星の叫び”がそこにあるのはその日だけなんや!
 下手に“ミニストーム”に奪われても困るしな」
「そうなんだ」
不満ながらも納得する3人。

200 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:09

「どうする?止めとくか?」
裕子は半ば諦め気味に呟く。
その態度が気に入らないのか3人はそれぞれの思いを口にしだした。
「最近、“ミニストーム”の方が人気あるっていうし、実力も上だって・・」
「私たちの方が上だってこと、教えてあげますか」
「このまま、主役の座を渡すわけにはいかないからね」
妙にテンションが上がる3人。
裕子はこのままでいいのかとかえって不安になる。
ただ、裕子も最近の“Violet Light”の評判が芳しくないことは不満に思っていた。
ここで“ミニストーム”に対して何らかの打撃を与えておけば、今後は自分たちの仕事がやりやすくなるだろう。今回はまさにその機会だった。

201 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:09

数日後
「えっ、これって、どういうことだべさ」
「まじで、嘘じゃない」
「もう何で同じ日に!!」
安倍総合ビルでは1通の封筒をめぐって大騒ぎになっていた。
茶色の封筒の中には、一枚の便箋と豹の絵が描かれたカードが入っていた。しかも、カー
ドには”Violet Light”の署名まであった。
安倍総合ビルとは最近開店したばかりだった。今まで”Violet Light”に数多くの宝石を盗まれてきたが、逆にそれが店の信用を上げることになり売り上げも盗まれた金額を補って余るぐらいまであった。ただ、今回は”Violet Light”と“ミニストーム”と2つの難題。特に“ミニストーム”に対しては悪い話ばかりが耳に入る。

202 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:10

コンコン
「はい、どうぞ」
「失礼します」
騒ぎを聞きつけた警察が安倍総合ビルにやってきた。
もちろん、新桃上署の刑事たちである。訪れたのは圭とひとみだった。
応接室に通されたひとみたちは、思わず目を伏せた。
そこには見覚えのある顔、安倍なつみと矢口真里の顔があった。
苦渋の表情には不満の声がありありと書かれていた。
お互いに事情はわかっている。
特に警察から強気なことは言えない。低頭に意見を述べるだけである。
なつみたちも注文を多くは言えなかった。
これまでのことを知ってるだけに言葉も少ない。
なつみたちからの出た注文は一つだけ。
「“ミニストーム”の被害を最小に抑える」
物品が盗まれることはやむをえないこともあるが、ビル自体が被害が受けることは避けたい。ビル自体が被害を受ければ、テナント自体営業できない。一軒だけならいいが複数となると問題となる。テナントからの収入が減るからだ。
その日から、ひとみたちは”Violet Light”と“ミニストーム”の特別対策に追われた。
とにかく、どちらか片方だけでも捕まえないことには面子が立たない。特にあさ美と麻琴には更なる試練の始まりだった。

203 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:11


仕事決行当日
紫のレオタードに身をつつんだ美貴の目がとあるビルを睨む。
その瞳には“安倍総合ビル”の文字が映る。

パシッ、パシッ
自分の頬を叩いて気合を入れる。

「美貴の実力見てなさい」
頭の中は誰が盗みをやるかということでも言い合いになった場面が浮かぶ。
まず自分がやると言い出したのは亜弥。
あんな2人に目立たれてはプライドが許さない。
なによりも自分たちと一緒のレベルで扱われているのが嫌だった。


そして、美貴が名乗りを上げた。
久々の仕事に胸が躍る。最新の警備システムがどんなものか興味があった。
それにある程度の間隔で仕事をしないと勘が鈍っていくのも心配だった。

真希は2人の様子を見て、裏方に徹することにした。




美貴は大きく深呼吸すると、マンホールの中に潜っていった。

204 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:11


ビルの周りはすでに次の日のゲーム販売開始を待つ人の列ができていた。
ほとんどが大学生か若い社会人の男性、子供に頼まれたのか父親の姿もあった。
それほど面白いのかなと興味がないものはその列を横目に過ぎ去っていく
行列は時間が経つにつれ長くなっていく。

「ほんとに大丈夫か・・」
ひとみは気が気でない。
”Violet Light”なら一般人への被害は考えなくてもいいが、“ミニストーム”はそうはいかない。死人はでなくても、怪我人にでることは覚悟しなくてはならない。
また、多くの人々がいるために警察も動きづらい。

205 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:12

バーーーーン
大きな音がビルの近くの植え込みからした。
予期しないことに逃げ惑うものがいれば、その場にしゃがみこむ。

「ジャジャジャジャーーーン」
突然現れた金と銀のつなぎを着た女性。
ポカーンと口を開けたままの人々。

すると、時間をおくことなく集まる警官の姿。
何もしらない人々は一瞬映画の撮影かと間違ってしまう。

206 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:12

ピィーーー、ピィーーーー
「下がって、ここから離れてください」
一気に緊張が走る。
ごった返すやじ馬にパニックに陥る人々。
最初は何が起こったかわからなかった人々がだんだんと焦りを感じ始めていく。

ガヤガヤ、ガヤガヤ・・・
警察が集まれば集まるほどやじ馬が増える。
また、警察に助けを求める人も増えていく。
騒ぎは予想を超えて大きくなっていく。
更に、大きな音が響く。
気がつけば、女性の姿が消えていた。

207 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:14

「始まったか・・・」
美貴は非常階段を使って、目的の階へと急ぐ。
当初からこれくらいの騒ぎは予想できたことだ。



美貴は目的の店に急ぐ。
“土星の叫び”を盗むのは簡単だった。
夜半過ぎても、仕事している店があったために警備が甘くなっていた。
美貴はそこをついて潜入したのである。
一旦侵入できれば、階の移動はスムーズだ。
人がいない分、誰にも出くわさない。
最新のシステムの攻略もばっちり。

208 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:15


美貴が帰ろうとするとそこには金と銀の衣装を着た“ミニストーム”の姿があった。
その姿に見覚えがあった。そう、大食漢の二人だった。
「あなたたちが“ミニストーム”?」
「あなたは?」
美貴の声に振り返る“ミニストーム”。


美貴の姿を見て、警察関係ではないとわかったのか逃げるそぶりはない。
「あんたたちのおかげで、とても高価な宝石を盗むことができたわ」
「何?」
“ミニストーム”には美貴の言ってることがわからない。
「そうだった。あなたたちが盗んだものよりもとっても高価なものよ。
 世界に一つしかないから・・・まあ、ガキのお二人にはわからないでしょうけど」
「何言ってるの?」
ゲームの特典しか頭にない2人には興味ないことだった。
「まぁ、いいわ!じゃぁ・・頑張ってね」
足取り軽く去っていく。

209 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:15

呆気にとられる”ミニストーム”。
「もしかして・・・」
「あれが“Violet Light”」
二人はお互いの胸を指差して美貴が去っていった方向を見た。
「うわぁーーーー、悔しい!」
「バカヤローーー」
大きなジェスチャーで悔しがる。
なにしろ、自分たちの騒ぎを利用したのが許せない。
追いかけようとしたときにはその姿はなかった。

210 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:16

騒ぎはビル内へと広がる。
「ゲームの特典盗まれたらしいぞ」
「馬鹿!それよりも“土星の叫び“だ」
「なんだよ!それ?」
「知らないのか!時価数十億円って呼ばれる宝石らしいぞ」
「まじかよ」
「すげぇ高い宝石が盗まれたって」
「“Violet Light”が現れたってよ」
「“Violet Light”か・・」
耳に入ってくるのは“Violet Light”のことばかり。
“ミニストーム”のことも聞こえてくるが、反響の大きさはぜんぜん違う。
美貴が言った言葉の意味がやっとわかった。

211 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:17

見返してやろうにもどうしていいかわからない。
2人には宝石の鑑定なんてできない。
2人はがっくりとうなだれてビルを後にしようとしていた。
しかし、甘い匂いに2人の足は止まる。
“お疲れ様!これ食べて元気出してね”
手紙とともにショートケーキとクレープが置かれていた。
「罠かも?」
「でも、おいしそうだよね」
「うん・・・」
大好物を前に足が止まる。
そのまま通り過ぎることもできた。

212 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:17

グゥーーーーーー!
待っていたかのようにお腹がなる。
二人は顔を見合わせるといつしか笑顔になっていた。
「警察も来てないようだし・・」
「余裕だよね」
「もしものときは、これがあるし」
手にした小さな缶を振る。
顔を合わせると、即座に手が動く。
「おいしい」
「最高」
二人は本能のままに食べ続けた。
もうやけ食い状態だった。

213 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:18

警察の捜査が続いていた。
「吉澤さん!こんなところに2人組みが」
「えっ・・・」
麻琴の前には気持ちよさそうに眠っている小柄な女性たち。
口の周りと指先にはクリームがついていた。
「あぁーー、あのときの」
ひとみについてきたあさ美が思わず大声を上げる。
「紺野、知ってるの?」
「あの大食いの・・」
温和な表情がきりりとしまった表情に変わる。
「こいつのおかげで、どれだけ食べられなかったか!」
「私たちの気も知らないで」
呑気に寝ている顔を見てると怒りが増してくる。
「宝石は?」
「持ってません」
ひとみの問いに麻琴が答える。
「くそっ・・」
思わず唇を噛む。

214 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:19

「よっすぃ、犯人は?」
「ううん・・・」
「でも、あっ・・・」
梨華はひとみの言いたいことが察知できた。
2人組みが宝石を持っていれば、すぐに連絡がくるはずだ。
「“Violet Light”か・・」
いつものことに首を振る。

“ミニストーム”を捕まえただけでも良しととるべきだろう。

喜び半分、悔しさ半分。
かろうじて警察の面目は守ったところということか。

翌日、“ミニストーム逮捕”の見出しが新聞を沸かした。
その記事の最後には“Violet Light”も早く逮捕しろと頭の痛いことも書いてあった。

215 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:20



ピンポーン、ピンポーン
喫茶“Violet Light”には3人が帰ってきた。
「お疲れさん」
裕子がいつものようにコーヒーをいれる。

「はぁ〜、今日は久しぶりにいい汗かいた」
美貴が額を拭いながら椅子に座る。
「“ミニストーム”どうだった?」
「うん・・体力はあるけど、頭がぜんぜん」
美貴の言葉に亜弥はなるほどと頷く。
「さすが、惚れちゃうな」
「いやぁ〜、でも、ごっちんの方もやるよね」
「何のこと?」
「とぼけても無駄だよ」
美貴は右肘で真希のわき腹をつく。
「痛いよ・・・ミキティ」
「愛する人のために、ちゃんと対策もしてたようだし・・
 私たちには作ってくれないデザートまで作ってさあ」
「私はただこれから仕事に邪魔になると思って・・」
「あぁ〜、熱いね」
真希をはやし立てる亜弥と美貴。
「もう、止めてよ」
仲のよい女学生の会話が続く

216 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:21

「おい、人のことはえぇ・・肝心の宝石は」
にぎやかな会話を遮る一声。
「ここにありますよ」
裕子の言葉に美貴が宝石を手渡す。
「うん・・さすがに本物や」
裕子の顔が緩む。
「裕ちゃん、例の案ありがとうね」
「何、軽いもんや」
ウィンクで真希の言葉に応える。

「へぇ〜中澤さんの入れ知恵だったんだ、中澤さんにも乙女心あったんだ」
「鬼の目にも涙とはこのことだね」
次の瞬間、亜弥と美貴は涙目になっていた。
「ランチって利益少ないんや・・あんな客が毎日来たら悲鳴どころやない」
現実的話にシュンとなる。

ふと考えてみれば、とばっちりを受けるのは自分たち。
「やばいよ・・・給料減るじゃない」
「それまずいよ」
「二人とも変なこと言わないでよ」
亜弥、美貴、真希は目だけで会話する。
口に出せば、本当にしかねないのが裕子である。

「話し変えなきゃ・・・・」
亜弥の視線に美貴はウンウンと頷く。
「中澤さん、“土星の叫び”って何故呼ばれているんですか?」
「藤本、なんか企んでないか?」
「いえいえ・・・」
どこにでもありがちなコントの一場面が繰り広げられる。
「そうやな・・」
裕子の説明が始まった。

217 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:21


サファイアはルビーと同じ鉱物でできており、赤い色のものがルビーと呼ばれている。サファイアの語源はラテン語の青からきている。サファイアの青をヒアシンスと重ねて、誠実で慈愛に満ちた心を育むエネルギー持つ石と信じられ中世のローマ法王庁の聖職者は指輪をはめていた。また、古代インドでは悪霊を払うために神に捧げられた。サファイアの持つ高貴なイメージから王室などの装飾品に使用されたりする。最近はマダガスカル産のものが注目されている。

218 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:22

“土星の叫び”と呼ばれるサファイアは「幻の宝石」と呼ばれる矢車草色のコーンフラワーブルーの最高級のものである。これはカシミール産で、ビロードのような潤んだ色合いで他の産地にはないものである。しかし、1980年代カシミールのマハラジャにより大半が採取され、現在はほとんど市場に出回ることもなく、ほとんど目にすることもなくなった。この“土星の叫び”は採掘初期に採れた極上のものである。サファイアに関心あるなら誰もが一度は手にしたいものである。

219 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:22

亜弥が胸を張って、顔を斜めに上げて右手で“土星の叫び”をつまみ上げる。
「高貴な私にぴったり」
にやにやと笑いながら左手を頬に当てる。
その姿に真希と美貴は思いっきり手を横に振る。
「松浦に高貴という言葉は合わん」
裕子のきついつっこみに口を尖らせる亜弥。
「ひどい!けど、あの2人には絶対合わないよね」
「品もないしね・・」
亜弥の同意を求めるような目に仕方なく頷く美貴。
「それよりさ、亜弥ちゃんよりは私のほうが似合うよ」
「何よ!そのフォロー!」
「藤本の場合は、どこかの親父騙して買ってもらうんじゃないか?」
「ありうる・・もう買ってもらってるかも・・」
「あっ、それはないよ・・中澤さんじゃないし・・」
「それ、どういうことや!」
「いいえ・・・ごめんなさい」
肩をすぼめる美貴を見て、腹を抱える亜弥。

「それよりも、あの食欲だけは勘弁だよ・・」
ポツリと漏らした真希の嘆きに大きな笑い声が上がる。
確かに誰もが呆れていたのは事実だった。
久々の明るい雰囲気に裕子はふと胸を撫で下ろした。


220 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:22

翌日
ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
いつもとは違いひとみは奥の席に座った。
首を傾げる亜弥と美貴。真希も同じように首を傾げている。

5分ほどして、さらに客が入ってきた。
あさ美と麻琴である。
“ミニストーム”を捕まえたおかげか表情も明るい。
昨日までの顔は何だったのかとつっこみたくなるぐらいだ。
ひとみも“Violet Light”は取り逃がしたが、より厄介な“ミニストーム”の逮捕にほっとしていた。めちゃめちゃなやり方にはひとみもほとほと頭を悩ませていたからだ。しかし、“Violet Light”逮捕という絶対の目的は達成できていない。これを機に再び気合を入れなおす。そんなひとみの思いとは何の関係なく本能のままに生活するものもいる。

221 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:23


1つの事件が片付けば、悩みも減る。
悩みが減れば、お腹も減る(?)。
「えっ、まだ食べるの?」
「はい、何よりも体力が一番ですから」
「そうだよね、体を鍛えるにはまずは食事です」
亜弥の言葉にあさ美と麻琴の言葉が即座に返ってくる。
「あのさ、食べるのはいいけど・・・動けるんだろうね?」
ひとみの冷ややかな視線が投げかけられる。
「大丈夫ですよ・・今までぜんぜん食べられませんでしたから」
「そうか?・・・イモとカボチャだけはしっかり食べてたくせに」
「いやぁ〜、それは別腹ですから」
「ふぅ〜」
ひとみは箸をおくと、こめかみを押さえながらため息をつく。
そこに更なる追い討ちが。
「私もこれから普段どおり働けますよ〜」
「ちょっと!その麻琴が一番心配なんだよ・・わけわからないし・・」
ひとみのきつい一言が即座に返ってくる。
「そんな〜」
情けない麻琴の声に笑い声が起こる。
「もう笑わないで下さいよ!これでも真剣なんですから!」
「だから、わからないって」
ひとみの声にさらに笑い声は大きくなる。
麻琴はそんな笑い声に頬を膨らませて抗議する。
いつもの明るい雰囲気が戻っていた。

222 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:23


「あぁ、これからも大変そうだね」
呆れ顔のひとみを横目に苦い笑みを浮かべながら料理をする真希だった。


223 名前:土星の叫び 投稿日:2004/12/11(土) 23:24


“土星の叫び”完
次回、“天王星の幻惑”へ続く。


224 名前:Hermit 投稿日:2004/12/11(土) 23:26
更新が滞っていてすみません。
できれば、年内にもう1回更新する予定です。

225 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/11(土) 23:26


226 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/11(土) 23:26

227 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/11(土) 23:26

228 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/12(日) 09:20
更新キターーーーー!
229 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:03

喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられようとしていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
疲れた顔したひとみと梨華が奥のテーブルに座った。
その周辺だけはいつものように重い空気が漂っている。

「いらっしゃいませ」
亜弥が明るく振舞ってみせるも2人の顔はすぐれない。
「ランチ2つでいいですか?」
「はい」
気を遣うように注文をとるとひとみが力なく答えた。
「ランチ2つ、お願いします」
「は〜い」
亜弥の声に真希が答える。
“ミニストーム”を捕まえたのはいいが、その話題は1週間ともたなかった。
肝心の“Violet Light”が捕まらないことに人々は非難を再び始めた。
230 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:03

ひとみと梨華はいつものように箸を進める。
出てくる話題といえば、“Violet Light”のことばかり。
いつになったら、逮捕できるか不安ばかりが募る。
「あっ、そういえばよっすぃ、休みとってないよね」
「う・・・うん」
「最近さ、痩せすぎじゃない・・顔色悪いし・・
 この辺で少し休んだら?」
「ありがとう・・近々休むつもりだけどね」
ひとみは軽く笑みを浮かべる。
“ミニストーム”の件もあって、休むなら今が一番いい時期だった。
年末年始に近づくとかえって忙しくなる。
「今度のクリスマスイブにちょっと休もうかと」
「あぁ、いいなぁ・・私、休みとったし」
梨華は少し後悔していた。
二人だけとあって、淡々と食事は進んだ。

231 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:04

精算時、ひとみは梨華が店を出たのを確認すると真希を呼び寄せた。
「今度のクリスマスイブ、何か用ある?」
「別に・・空いてるよ」
「そっか、ちょっと付き合ってくれる?」
「いいよ」
真希の返事を聞いたひとみは安心したように店を出て行った。

「あぁ、いいよね」
「ほんと、かなわないよ」
「ちょ、止めてよ」
亜弥と美貴の冷やかしに真希は頬を膨らませるが笑みが絶えない。

232 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:04


お昼の忙しい時期が終わって休憩しているときに、所用で外出していた裕子が戻ってきた。
「お疲れさん」
「お帰りなさい!あぁ、ケーキですか?」
「あぁ、たまにはいいやろう」
「はい」
3人は裕子の買ってきたケーキを食べ始めた。

「さてと、悪いけど仕事や」
裕子はテーブルに写真と地図を置く。
「これ何ですか?」
「“天王星の幻惑”と呼ばれるラピスラズリや
 店は安倍ジュエリーや」
「ふーーん」
3人は思い思いに頷いてみせる。
「実行日は?」
「クリスマスイブや・・
 その日までは展示するしかないからな・・クリスマス商戦としてな」
クリスマスイブと聞いて考え込む3人。
233 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:05
「どうせ暇やろう?」
「そうですけど・・中澤さんと一緒にしないでくださいよ」
「美貴たちも巻き込まないでくださいよ」
「一言多いな」
次の瞬間、頭をさする亜弥と美貴。

「裕ちゃん、私予定があるんだけど・・」
「そうか・・・誰とや?」
「よっすぃ・・」
裕子はしばらく考え込む。
不安げな真希。
「いいよ、かまわん・・
 松浦と藤本だけで十分やろう・・」
「ひどい」
「えこひいきだ」
「うるさい」
涙目になる亜弥と美貴。

裕子はひとみと真希が一緒にいれば、この店に対する監視も緩むと考えてのことだった。
まぁ、イブに予定のない裕子にとって憂さ晴らしの意味もあったが・・


234 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:06

数日後
「えっ、これって、どういうことだべさ」
「まじで、嘘じゃない」
「もう何でクリスマスイブなのさ!!」
安倍ジュエリーでは1通の封筒をめぐって大騒ぎになっていた。
茶色の封筒の中には、一枚の便箋と豹の絵が描かれたカードが入っていた。しかも、カー
ドには”Violet Light”の署名まであった。
安倍ジュエリーとは最近開店したばかりだった。今まで”Violet Light”に数多くの宝石を盗まれてきたが、もう盗まれるのも限界の域にあった。品揃えの良さには定評があるもののあまりの盗まれように”Violet Light”と組んでるとまで噂になっていた。最近では警備システムの売り込みも多く、その対応だけで1日が過ぎるときもあった。

235 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:06

コンコン
「はい、どうぞ」
「失礼します」
騒ぎを聞きつけた警察が安倍ジュエリーにやってきた。
もちろん、新桃上署の刑事たちである。訪れたのは圭と梨華だった。
ひとみも行くと申し出たのだが当日は休みだったため、梨華を選んだのだ。ひとみにここで無理して倒れられるとかえって困る。そうでなくても、最近無理しているのは顔色や体つきでもわかる。いくら仕事とはいえ、そこまで付き合わせることもできなかった。ここは気分転換の意味もこめてリフレッシュが必要だと圭は考えていた。
236 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:07

応接室に通された梨華たちは、思わず目を伏せた。
そこには見覚えのある顔、安倍なつみと矢口真里の顔があった。
苦渋の表情には不満の声がありありと書かれていた。
梨華はその空気を察したのか一言も発せなかった。
さんざん批判を浴びた後、絶対に”Violet Light”を捕まえることを約束して署に戻った。
署に戻った梨華は絶対に”Violet Light”を逮捕すると決意するのだった。

237 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:08



クリスマスイブも夕方になっていた。

街はクリスマス一色だった。
派手なイルミネーションが通りを飾る。
にぎやかな音楽に人々の足も軽い。
また、派手に飾り付けられたツリーの前ではカップルが足を止め、二人だけの世界に浸る。

普段は薄暗い裏通りもこのときばかりは派手に変わる。
表通りに負けないぐらいにディスプレイされたツリー。
その成果もあっていつもより人が多く行き交っている。
ひとみと真希は腕を組みながら人ごみをさけながら歩いていく。
真希はグレーのタートルネックのセーターに黒のフレアのロングスカートとシックな姿。
ひとみは黒のシャツに紺のブレザー、黒のパンツ姿だった。

238 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:08

真希はひとみが案内されるがままに歩いていく。
ひとみが立ち止まると真希はそのまま店の看板に目を移す。
“ローズクォーツ”と赤い文字で書いてあった。
聞いたことない店の名前に一瞬どんなものがあるのか不安だった。
店に入ると少し薄暗い灯りが店内の天井を照らす。
大人っぽい雰囲気に真希は思わず感激した。

239 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:09

店の中はイブとあって、カップルばかり。
女同士だと少し浮ついている感じがあった。
ひとみたちは奥のテーブルに座った。
「こんなところ知ってたんだ」
「まぁね、だけど初めてなんだ・・・先輩に頼んでさ」
「よっすぃらしいね」
真希は笑ってみせる。
しばらくすると、シャンパンが運ばれた。
「乾杯」
二人の声が重なる。
二人は食事と会話を楽しむ。
どの料理も二人の舌を満足させるものだった。
次々に運ばれてくるフランス料理が次々と皿から消えていく。

240 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:09

そんな楽しい時間の中にふと一つの宝石が目に入った。
大きさは10cmぐらいであろうか。
「よっすぃ、あれ」
真希は宝石を指差す。
「あっ、気づいた・・
 “白鳥の忘れ物”という水晶だって
  薄い紫色でさ、あの大きさのものは世界に一つもないということだよ!
 店の名前の由来にもなってるんだ」
「へぇ〜、詳しいんだね」
「だって、“Violet Light”を追いかけてるんだよ!
 自然と覚えちゃうよ」
「そうか・・なんか変なこと思い出させたみたいだね・・」
「別に!だって私の生き甲斐だよ!
 “Violet Light”を捕まえるのが・・・絶対に」
「頑張って!」
「うん」
思いを胸にしまったまま、笑顔でひとみを励ます。
ひとみもいっそう頑張ろうという気になった。

241 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:10


さらに夜は深くなっていく
「あぁ、こんなところで着替えなくちゃいけないとはね」
亜弥は地下鉄へと通じるビルの一角で着替える。
誰も来ない場所だけあって静かだった。
ただ、クリスマスの街中でレオタード姿で走り回るのはどこかむなしい気がした。
「あぁ、ごっちん、楽しんでるだろうなあ」
クリスマスイブに仕事というのも寂しいものだった。
本当なら美貴と楽しむはずがいつのまにか裕子の企てに引き込まれてしまった。
「早く終わらせて、遊びに行かなくちゃ」
亜弥は気合いを入れ直して、目的の店へと急いだ。

242 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:11


ひとみと真希は映画館の前に来ていた。
「よっすぃ、いいの?」
「うん、皆にうらやましがられたけど、私だけ休みなかったから」
「そうか・・・」
「こんなときだけど、楽しまなくちゃね」
二人は手をつないだまま目的の階へと向かう。

「ほぉーー」
真希は思わず声を上げた。
「なんだよ!」
ひとみは真希の肩に手をおく。
「だって、よっすぃのことだからアクションものかなと思ったら
 こんな純愛ものなんて」
「ひどいなあ、私だって乙女心あるよ」
「そうなの?」
「おいっ」
「ハハハハーー」
ひとみと真希は笑いながらホールの中へと入っていった。

243 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:11


そのころ、亜弥はすでに目的のビルへと侵入していた。
「はぁ、ちょっと狭いなこの排気口」
亜弥はぶつぶつと言いながら進む。
クリスマスイブとあって遅くまで店は開いていた。
堂々とビル内を歩くこともできたが、それでは多くの人に顔を見られて逃げるときが大変だ。目的の店の階までたどり着くと一度トイレへと身を隠す。
周りに人がいないことを確認すると何事もないように進んでいく。

244 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:12

亜弥はなるべく人に顔を見られないように進んだ。
人にあったときはイベントのコンパニオンと言って気軽に挨拶を交わす。
クリスマスイブだけに誰もが簡単に信じていた。
実際に多くのコンパニオンがクリスマス商戦と題して、いろんなものを売り込んでいた。
“Violet Light”が実際にここに来ることは警察や店の関係者以外知らない。
おまけに“Violet Light”のファンを名乗る男たちもいない。
見たこともない姿に誰もがどこの店か考えてみるが、それほど深く考えてはいられない。
この時期頑張って売り上げを伸ばさないと自分たちの給料にも反映されてくる。
誰もが自分のやるべきことに集中していた。

245 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:13


「どうも、お邪魔します」
亜弥は堂々と安倍ジュエリー店に入る。
最初は不思議がる店員もイベントと言われると納得してしまった。
“Violet Light”が店の営業中に盗みに入ったことなんて聞いたことがない。
ただの嫌味かサボりの店員にしか見えない。
あまりの奇抜な格好に声をかける店員もいなかった。
警察も最初は気にするもののあまりの大胆さに“Violet Light”の一員とは思えない。
“Violet Light”にピンクのレオタードを着ているものは周知されているが、こんな地味な登場はしない。コスプレマニアに違いないとみなしていた。それに質問しても違うと言われたらそれまでだ。ただでさえ、人がいないのに、これ以上警備の人数を減らすわけにもいかない。

246 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:13

店には多くのカップルが溢れていた。
女一人で来るには最低な日だ。
「あ、あれは・・」
亜弥の目に紺青色の宝石が目に入る。
今回の宝石である“天王星の幻惑”である。
すでに予告が入っていても、店の目玉とあって隠すわけにはいかないようだ。
まぁ、人が多いせいで盗めないと思っているのだろう。

普段よりも多いカップルに店員もてんやわんやの状態だ。
売り上げを上げるために店員の説明にも力が入る。
売れ筋はネックレスやピアス、指輪といったところか。
人気の商品には2重3重と人の列ができる。
閉店時間が遅くなると人が減っていくものだが逆に増えていく。
この時間になると、売れそうもない宝石が割引で販売されるからだ。
あまりの人の多さに店員も注意が散漫になる。

247 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:14

店員がカップルに気を取られた瞬間、亜弥の手が“天王星の幻惑”に伸びる。
ガチャン!
ガラスが割れる音ともに警報ブザーが鳴る。

店員が駆けつけたときには亜弥の姿が消えていた。
ショーケースのガラスにはぽっかりと穴が開いていた。
「まさかーー」
「あれが」
「急いで連絡だ!」
「どいて下さい」
警察と店員の叫び声が響く。
店内は多くの客で動きがとれなかった。
また、“Violet Light”という名が客の間に伝わり、また騒ぎが大きくなる。
その直後に店の営業が終わったことは言うまでもない。

248 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:15


店内の騒ぎに関わらずビルの周りには“Violet Light”が現れたことを聞きつけた警官たちが集まる。むろん歳末の警備に集ってる警官も同様に集まってくる。ただ、ここで公に“Violet Light”の名を使うことは極力避けられた。普段よりも人ごみでごった返す街中では火に油を注ぐようなものである。凶悪犯なら誰もが警察に協力的になるだろうが、“Violet Light”は一部アイドルと化している部分がある。熱狂的なファンが道を塞ぐことも考えられた。それにこの騒ぎに乗じて新たな犯罪が起こるかもしれない。警察にすれば、難しい舵取りだった。


249 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:15


それでも、警官は“Violet Light”の姿を見つけて追いかけてきた。
さすがに人が多い中では追いかけるスピードも限られてくる。
「止まれ」
「待て」
警官の声もどこかむなしく聞こえる。
一般の人々はクリスマスイブに繰り広げられる大捕り物を映画のロケが行われているように見えた。多くの警官が一人の女性を追いかけている姿はどこかおかしな感じだった。

慣れたような足取りで人ごみをすり抜けていく亜弥。
その動きは完全に予測したようなものだった。
人にぶつかってそのたびに立ち止まる警官たちの動きとは一目瞭然だった。
警官との差は広がっていく。
「じゃあね!」
亜弥は追ってくる警察に手を振って余裕をみせる。
亜弥は予定していた通り狭い路地を抜けていく。
警官たちも諦めずにあとをついてくる。
パトカーがサイレンを鳴らしながら大通りを走り回る。
いつもとかわらない光景だ。

250 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:16


美貴が待つ車まであと少しというところだった。
「あっ、いたーー!」
亜弥の前には麻琴がいた。
「ちょっと、その格好!」
奇抜な格好に足が止まる。
サンタクロースをイメージしたドレス。大きく広がったスカートの裾が道を塞いでいた。
「何でこんなところいるの!!」
亜弥は逃げ道を探す。
道が広ければ、フェイントをかけて抜き去り前に進むことも可能だ。
スカートの中に何か隠されているかもしれない。
何もないとわかっていても前に進むことにはためらいがあった。
「こっちだ!」
「急げ!」
「誰か見つけたか!」
後ろからは警察からの声が聞こえる。
焦りを感じ始めた亜弥は後ろを振り返る。
今さら戻るにも警察が近づきすぎている。
ここぞとばかりに麻琴は両手を口にそえて声を上げようとしていた。

251 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:16

ドテッ
「痛〜い」
情けない声に亜弥が振り返ると麻琴がうつ伏せで倒れていた。
麻琴の後ろには、豹柄のレオタードを着た裕子の姿があった。
亜弥は一瞬心臓が止まったような気がした。

亜弥の視線は裕子の足元へと向く。
「うわぁ〜」
亜弥は思わず腰を引いた。
先が鋭くとがったハイヒール。
蹴られた麻琴が気の毒に思えてしょうがない。
自分ならちょっと躊躇してしまうと思った。
“さすが中澤さん“とハイヒールで蹴ったことに思わず納得してしまう。
美貴もやるときはここまでやることはない。
その行動自体が裕子そのものだった。

252 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:17

地面にふれ伏す麻琴も視線に視界に入ってきた。
頭を押さえ込む姿がおかしくて笑いがこみ上げてくる。
見れば見るほどおかしくなってくる。
刑事というにはあまりにも滑稽すぎた。

周りから聞こえる警察の声にふと我に返る。
顔を上げれば裕子の厳しい視線。
黙って走りだす裕子に慌てて亜弥もついていく。

亜弥たちが車に近づくとサイレンの音も大きくなっていた。
亜弥と裕子が乗り込むと美貴は車を発進させる。

253 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:18

「また、逃げられた!!」
呆然と見つめる梨華たち。
サイレンを鳴らしながらパトカーが追っていくが結果は目に見えていた。

「はぁー、はぁー」
息を切らせながら麻琴が梨華の元に駆け寄る。
「もういつも鉢合わせになるのに、どうして捕まえられないの?
 それに・・・」
梨華は麻琴の姿に口をつぐんだ。
文句も言うのが馬鹿らしく思えた。

254 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:18

「せっかくのドレスが・・」
「なによ!警戒中にそんな格好するからでしょう」
「だって、クリスマスイブだし・・」
「イブなんて関係ないでしょう!
 さっさと手当てしてもらいなさい!」
梨華は舌打ちを繰り返しながら、黙って麻琴たちが来た道へと歩いていく。
おでこをすりむき、スカートがボロボロに破けた麻琴は黙ってその後ろ姿を見ていた。

255 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:19



ピンポーン、ピンポーン
喫茶“Violet Light”に3人が戻ってきた。
「お疲れさん」
「私がやりますよ」
普段なら裕子がコーヒーをいれるのだが、今回は裕子も一緒。そこで、亜弥がコーヒーをいれることになった。無論、助けてもらったお礼もある。

「あぁ、疲れたわ」
「美貴はまだいけますよ」
「あれぐらいで息切れするなんて年ですね」
「その年寄りに助けてもらったのは誰や!」
「すみません」
首をすくめる亜弥。
「でも、中澤さんも現役でいけますよ」
「レオタード姿ばっちりじゃないですか」
「そのお色気たっぷりの姿をみたら、男は撃沈ですよ」
「嫌味か」
穏やかな空気の中で、少しピリピリしたムードが漂う。

256 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:19

「ふぅーーー」
裕子は大きく息をしながら、“天王星の幻惑”ラピスラズリを胸元から取り出した。
「改めて見るときれいですね」
「暗かったからわからなかったけど、きれいな青色ですよね」
亜弥と美貴が頭をさすりながら、近寄ってくる。
「そうやろう」
裕子は目を細めながら、宝石の状態をチェックする。
「この宝石って、なんかテレビとかで見るよね」
「うん、この青さって目立つもんね」
「まぁ、歴史があるものやからな」
「さすが年の功」
「うるさい!」
亜弥と美貴は涙目で見つめ合う。
「中澤さん、説明を・・」
「あぁ」
裕子は眉間にしわを寄せながら説明を始めた。

257 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:20

ラピスラズリとは数種の鉱物が複雑に交じりあったものであり、この交わり具合が微妙な色合いを生み出している。その色合いにより藍方石、方ソーダ石、ゆう方石、天藍石と分かれる。黄鉄鉱が含有物として含まれ、これが小斑点として点在し、良質なものほど黄金に輝いている。ラピスラズリはメソポタミアのシュメール文明の頃から装飾品として珍重され、あのツタンカーメンの胸のスカラベにも使用されている。また、宗教においても服だけでなく建物の装飾にも使われている。有名な産地はアフガニスタン東部やチリ、パキスタンなどがある。

258 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:20


“天王星の幻惑”と呼ばれるラピスラズリは深みと強さをもった紺青色で全体が一様な色をしていた。ラピスラズリ自体、すべてが一様な色となっているものは珍しいのである。しかももっとも良質の紺青色である。宝石収集家にとってはこの上ないものであった。それに“天王星の幻惑”は、モーゼの十戒が刻まれていた板の一部だったという噂が絶えず、宝石に興味あるものでなく、宗教関係のものも喉から手が出るほど欲しいという一品である。この宝石を巡って、中世には殺人事件まで起きたいう事実もあった。


259 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:21


「時代を感じるよねぇ・・」
「これこそ、時を越えたロマンだね」
「わかってないやろう・・」
亜弥と美貴の言葉にすかさずつっこみを入れる裕子。
「何言ってるんですか・・
 中澤さんの話を聞いてせっかく乙女心が花開いてるのに」
「そう・・モーゼなんてすごいじゃないですか」
「何言ってるんや・・・モーゼなんて知らんくせに」
「・・・・・」
裕子の更なるつっこみに黙り込む二人。

「あぁ、今頃ごっちん何してんのかな?」
「いいムードってところじゃない?」
「そうだね・・・」
「そういえば、やけに苛立ってるような気がするね」
「うん、今夜は聖夜だし・・早く帰ろう」
「そうだね・・」
背筋には冷たい視線を感じていた。
「では、帰りますから・・」
「お疲れさん」
抑揚のない裕子の声に二人は背中を丸めながら店を出て行った。

店内には飾り気のない灯りがついているだけ。
「あぁ〜、無茶するもんやないな」
腰を叩きながら、後片付けする裕子の姿があった。

260 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:21

ひとみと真希は小高い所にある小さな公園のベンチに座ってた。
視線を遠くに移せば、ところどころに窓の灯りが見える。
「大丈夫かな・・」
ひとみがふとため息をつく。
「そんなに心配?」
「いやぁ・・大丈夫だと思ってるけど・・」
斜めに見上げる真希に笑顔を浮かべるひとみ。
「もしかしたら、捕まえたりしてね」
「う〜ん」
ひとみは首をひねる。
梨華たちが奮闘している様子を思い浮かべる中で、麻琴の顔がふとよぎる。
「頑張っていると思うけど、多分逮捕は無理だと思うな」
「ふーーーん」
真希はまんざらでもないといった感じで頷く。
「それにさ、あたしがいないときに逮捕されてしまうのも腹が立つんだよね」
「ハハハハーー、よっすぃーらしいね」
ふとももをバシバシ叩く姿に気合が入ってる姿がなんとも頼もしく見える。
「あぁ、これが今一番大事なことだから」
「私は?」
「ちょっと、それは話が違うよ」
「ハハハハーーー、冗談だよ」
困った表情でいろいろと言い訳を並べるひとみの様子がおかしくてしょうがない。

261 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:22

街の灯りがだんだんと少なくなっていく。
二人の会話も自然と少なくなっていた。
何かに思いをはせるように寄り添う二人。
風が吹くたびに握り合う手に力がこもる。
二人の周りだけが別空間だった
「いつもこんな感じだといいのにね」
「そうだね」
ひとみの右肩に頭を寄せる真希。
「もし私が“Violet Light”の一員だったらどうする?」
「何言ってるのさ!ごっちんがそんなはずないだろう・・
 でも、どうしてそんなことを?」
「なんとなくね」
「そうか」
ひとみは首を捻るだけでそれ以上追求はしなかった。

真希にすれば胸中複雑だった。
このまま正体を明かせばどんなに楽だろうか・・
でも、ばれたときのひとみのことを考えると胸が痛む。

ときより吹きつける風が二人の距離を縮めていく。
最近まで暖冬だったことを忘れるぐらい冷たい風だった。
だんだんと力強く握り合う手。
ひとみは真希の肩を抱き、ぐっと引き寄せる。
目を閉じて、そのままもたれかかる真希。
夜はさらに深くなっていた。

262 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:23

翌日
ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
店に入ってきたひとみは奥の席に座った。
亜弥と美貴は首を捻るが、真希の方を見て思い出した。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
さらに、梨華、あさ美が入ってくる。

263 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:23

「ランチ、3つでいいですか」
「はい」
亜弥の注文に応えるひとみ。
いつもの重苦しい雰囲気はなかった。
ただ梨華とあさ美の目がなんとなく怪しい。
そして、亜弥が店の奥に下がるといっせいにひとみへの質問が始まった。
「ねぇ、昨日はどこ行ったの?」
「人がどこに行こうが勝手じゃない」
「でも、今日の吉澤さん、朝から嬉しそうじゃないですか」
「そんなことないよ」
二人の質問をなんとかかわすひとみ。それでも追求はやまない。
警察らしくないやりとりに亜弥と美貴は苦笑いを浮かべる。
真希は何も聞いてないかのようにフライパンを振るが、ひとみの声が続くたびに肩がビクッと動く。
この状況に亜弥と美貴は顔を合わせてにっこりと笑みを浮かべる。
亜弥の仕草に美貴は真希を横目にうんうんと頷く。

264 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:24


「おまたせしました」
言い争いの続くテーブルに亜弥は出来上がったランチを運ぶ。
「ねぇ、吉澤さん、どうしたんですか?」
「あのさ、昨日の休み何してたかって!しつこいんだよ」
「教えてくれたっていいじゃん、ねぇ」
亜弥の言葉に梨華も続く。
あさ美も興味津々でひとみの方を見ていた。
「ごっちんとデートしてたって」
「それは内緒のはず・・・」
「よっすぃー!どういうことよ!」
「そんな怒らなくても・・・あんだけ休んでもいいよって言ってたくせに」
「それとこれと話は違うわよ」
さっきよりも語気を強める梨華。
食事もそこそこにさらに執拗な質問が飛び交う。
たじたじのひとみはゆっくり食事を味あうこともできない。

265 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:24

梨華の迫力にただ箸を進めるだけだったあさ美も小腹がたまるといきなり立ち上がった。
「どういうことですか、後藤さん」
突然、大声を上げたあさ美に一瞬だがすべての視線が集まる。
「ちょ、ちょっと・・・」
突然降りかかってきた災いに目を白黒させる真希。
「私が誘ったときは断ったのに、ひどいじゃないですか」
「そんな、私だって事情というものがあるんだよ」
普段は見せない怒りの表情に困惑気味の真希。
助けを求めにひとみに視線を送るが、肝心のひとみは梨華に攻められている。
火元となった亜弥は舌をペロッと出していたずらな笑みを浮かべる。
美貴は美貴で奥のテーブルの状況を楽しいそうに見ていた。

ただ、ひとみたち以外に客がいなかったことが唯一の救いだった。

266 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:25



「あぁ、もうーー言わなくていいのに」
余計なことを言った亜弥に腹を立てながら、来年も今年のようなクリスマスをおくれることを祈る真希だった。

267 名前:天王星の幻惑 投稿日:2004/12/26(日) 23:25

“天王星の幻惑”完
次回、“海王星の誘い”へ続く。

268 名前:Hermit 投稿日:2004/12/26(日) 23:29

年内の更新はこれで終わりです。
本作品はあと3回ほどで終了する予定です。

読者の方には感謝の一言です。
ありがとうございました。

よいお年をお迎えください。
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/26(日) 23:29

270 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/26(日) 23:29

271 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/26(日) 23:29

272 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/27(月) 22:10
更新お疲れ様です。
あと3回ですか・・・楽しみにしてますね。
273 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:06

喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられようとしていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
ランチの時間が一番混雑する。
そして、最後の客が店を出ようとしていた。
ひとみたちである。
何かと忙しい仕事である。食事ぐらいはゆっくりしたい。
だからこそ、ランチが終わる人がいない時間に来ているのであった。
年末年始の特別警戒のせいか、その後ろ姿はすごく疲れきっているように見えた。

274 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:07


「やっと、終わった」
「疲れるよね」
美貴と亜弥がテーブルを片付けていたときだった。


ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
見慣れない女性が店内に入ってきた。
亜弥と美貴は一瞬顔を見合わせて、残念といった表情を浮かべる。
女性は奥の壁側のテーブルに座った。

275 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:08


「いらっしゃいませ」
亜弥は女性に水の入ったグラスを差し出す。
女性はメニューに目を通していた。
「ご注文は?」
「そうね、ランチお願いします。
 それと、中澤さんいる?」
亜弥は一瞬ギクッとした。
裕子のことを聞いてる来る人はほとんどいない。
いても、喫茶店関連の仕事に関係する人々である。
亜弥が見る限り、女性はその関係の仕事とは無縁そうだった。
茶髪に鼻のピアスにちょっと厳しい目、裕子に似た雰囲気を持つ。
亜弥は自然と警戒していく。

276 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:08


「あ〜、石黒先生!久しぶりです」
亜弥の後ろから真希が歩いてくる。
「真希ちゃん、元気!」
「はい!」
真希の声に亜弥は肩の力が一気に抜ける。
「ごっちんの知り合い?」
「うん、私が盲腸のになったときにお世話になった先生」
「そうか・・」
亜弥はうんうんと頷く。
真希の登場で、少し張り詰めていた空気が和らいでいく。
「ねぇ、真希ちゃん!裕ちゃんは?」
「もうすぐ戻ってくると思うよ」
真希と彩の慣れた会話の様子に亜弥はほっと胸をなでおろす。
「ごっちん、ランチね」
真希たちの様子を見て、亜弥はレジの方に戻った。

「大丈夫みたいだよ」
「そう・・」
美貴は亜弥の言葉で彩から視線を外す。
裕子が何者なのか改めて疑問に思う瞬間だった。


277 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:09


ピンポーン、ピンポーン
「お疲れ様」
「お疲れさん」
裕子が戻ってきた。
「中澤さん、お客さんですよ」
「そうか」
裕子は亜弥が指差した方には、彩と真希が楽しそうに話をしていた。
裕子は表情を変えずにその様子を眺めていた。
業者が来たときの態度と同じだった。
「ありがとう」
裕子は彩の方に向かった。
亜弥は一瞬裕子の顔が厳しく変わったことを見逃さなかった。

278 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:10


裕子たちの様子を見ながら、亜弥は頬杖をつく。
「はぁ、何だろうね?」
「厄介なことにならなければいいけど」
亜弥と美貴はいろいろと想像するが何も思いつかない。
警察に医者に泥棒とそれぞれに因果関係はあるが結びつくものがない。
彩の様子を見る限り、警察とは縁がなさそうだ。
裕子たちの会話を盗み聞きしたいところだが、そうはいかない。

「何、深刻な顔してるの?」
「えっ、やめてよ」
「わっ、びっくりした」
突然の真希の出現に胸を押さえる亜弥と美貴。
あまりの変わりように笑い転げる真希。
「もう、真剣な話してるときにやめてよ」
「デートのこと?」
「ごっちんとよっすぃとは違うからさ」
「何よ」
思わぬ反撃に困惑の表情浮かべる真希。
しかし、和やかな雰囲気は長くは続かない。
3人の視線は裕子と彩の方へと向く。
何を話しているのか気が気でなかった。


279 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:10

一方、裕子と彩は周りを見渡しながら会話を続けていた。
彩が確信をつこうとするが、裕子はのらりくらりとかわす。
彩もさすがにじれてきたのか、苛立ちを隠せない。
「裕ちゃん、いつまで続けるつもり?」
「何のことや?」
「とぼけても無理だよ」
彩は裕子に迫る。
さすがに真希たちのこともあり語気を荒げるようなことはない。
これ以上無理だと悟った彩は別の話を切り出した。
「実はさ、裕ちゃんたちに関する噂を耳にしたんだ」
「何や」
突然の話に裕子の顔が変わる。
「カラーストーンに関して、いろんな国の政府が本格的に動き出したみたいだよ・・
 もちろん、裏もね」
「そうか・・やはり・・」
裕子はわかっていたかのように頷く。
「これ以上、続けたら命ないよ・・
 あの子たちも」
「・・・」
裕子の目が一瞬下を向く。

280 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:11

「裏も表も動き出したら、どうにもならないよ」
彩は改めて警告を口にした。
彩は一介の医師ではあるが、裏の世界にも通じている。
何かやましいものは素性や国籍を問わず彩のところに通ってくる。
裏の世界では、口の難いことで名の知れた医師だった。
もちろん、それなりに腕はいいことも伝わっていた。
今回、店に来たのはある患者が彩の病院に来たせいだった。
患者は外国人で右腕と右太ももに銃で撃たれて怪我をしていた。
左手には新聞が握られていた。新聞には“Violet Light”の記事があった。

ここまでは、今までの患者と変わらなかった。
しかし、その後いろいろな国の役人が頻繁に訪れるようになった。
聞かれるのはその患者のことばかり。彩も口が堅いことでは譲れない。何も答えなかった。
すると、業者に扮して病院に入り込もうとする輩も現れはじめた。
そして、見張りらしき男が病院の周りに現れるようになった。
彩自身も尾行されたこともある
その患者が退院するとともに訪問者もなくなり、見張りも消えた。
数日後、その患者が死んだことをテレビのニュースで知った。
彩はそのニュースを見て裕子たちのことが気になっていたのだ。

281 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:12


「裕ちゃん、警察辞めたのは決着つけるからでしょう・・
 誰も巻き込まないようにするためでしょう!
 あの子たちだって同じでしょう」
「・・・・」
彩の言葉に裕子は口に手を当てる。
裕子の変わらない態度に彩はテーブルをコツコツと指で叩く。
「ごめんな・・もうすぐ終わる
 そうすれば、あいつらともさよならや」
裕子は頬杖をつく。
「でも・・・」
「誰も知らんことが一つだけあるからな・・
 それが知られるまでは大丈夫やろう。」
「襲われたら終わりだよ」
彩の言葉に裕子は笑顔を浮かべる。

282 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:12

テーブルに置かれた水をグッと飲み干すと裕子は右手の人差し指を横に振る。
「私なら全部揃ったところでやるな」
その言葉に彩は思わず拳を握る。
「心配せんでもえぇ・・
 もう少しであいつらともこの店ともさよならや」
「・・・」
裕子の言葉に彩は何も言えなかった。
「ありがとう・・
 これですべてを終わらすことができる」
裕子のすべて悟ったような表情がすべてを表わしていた。
「もう、しけた顔しないで、 死にはせんから
 まぁ、誰か怪我したときは頼むな」
「うん」
裕子の態度に彩は次に出そうとした言葉を飲み込んだ。

283 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:13


「ありがとうございました」
結局、彩は裕子と二時間ほど話すと店を後にした。
真希には彩の後姿がどこが寂しげに見えた。
真希たちは彩との話について裕子に聞いても何も話してもらえなかった。

284 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:13


「あぁ〜、面白くない」
仕事が終わった亜弥は帰りの電車を待っていた。
会社帰りのサラリーマンやOL、学校が終わった生徒たちでホームは混雑していた。
昼間の裕子と彩との会話が気になってしょうがなかった。二人の様子を考えていると何か重大なことに違いない。あれこれ考えるが何も思いつかない。そのうちに電車が近づいてきた。

「わぁ!」
亜弥は突然大声を上げた。
誰かに押されて、線路に落ちそうになったのだ。
後ろを振り返るが、押した人物はいない。
近くにいるのはおしゃべりに夢中になっている女子高生。
誰も亜弥を押したような雰囲気はない。
周りに不審者がいるか見渡したがそんな人物は見当たらない。
とりあえず、そのまま電車に乗り込むと再び不審人物を探すが結局いなかった。
その後、亜弥の身に危険が及ぶことはなかった。

285 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:14


彩が“Violet Light”を訪れた翌日、“Violet Light”は定休日だった。
「何にしようかな」
真希はとあるデパートに来ていた。真希の好きな店があるからだ。
やっと冬らしく寒くなってきて、暖かい服を買いに来たのだった。暖冬のせいもあったせいか例年に比べると値段が安い。いろんな服を見てるだけでも楽しくなる。お気に入りの服をじっくり探していた。

「あぁーーー、せっかく買ったのに」
誰かがぶつかってきて、思わず紙袋を手放したのだ。
真希は階段を滑り落ちる紙袋を恨めしそうに見ていた。
真希自身は手すりに掴まって無事だった。
振り返ると走って逃げていく男の姿があった。そのまま追いかけていきたいところだが、肝心の買った服をそのままにしておくわけにもいかない。真希は紙袋を拾うとそのままデパートを出た。家に帰り着くまで、真希にぶつかってきた男を見ることはなかった。

286 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:14


美貴はレース場に来ていた。
「ばっちり!」
予選を含めレース前の走行がうまくいって満足そうな笑みを浮かべる。タイム的にも悪くなかった。年明け早々、今年は十分やっていける自信がついた。今、乗っている車は開発途中、これから先を考えれば楽しみは増えていくばかり。優勝も夢でない。


「どうして!」
美貴はヘルメットを手にコースの脇を歩いていた。
怒りがおさまらない美貴は力いっぱい芝生を蹴り上げる。スタートから好位置をキープしていた美貴はレース中盤次々と後続車を追い越していった。そして、3台目の車を周回遅れにした後だった。高速コーナーを曲がっているときに先ほどの車がスピードを上げて突っ込んできた。通常では考えられないことだった。美貴の車の後方にぶつかり美貴の車はそのままスピンしてコースアウト。ぶつかってきた車はそのままフェンスに激突して大破、レーサーは救急車で運ばれてしまった。一歩間違えば、美貴の命がなかったかもしれない。ぶつけようのない怒りに美貴の苛立ちは最高点まで達していた。


287 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:15

彩が“Violet Light”を訪れて、2週間後。
仕事が終わると、裕子は真希たちを呼び寄せた。
「さてと、悪いけど仕事や」
裕子はテーブルに写真と地図を置く。
「これ何ですか?」
「“海王星の誘い”と呼ばれるアメジストや
 店は安倍ドリームや」
「ふーーん」
3人は思い思いに頷いてみせる。
「実行日は?」
「3日後でえぇか」
3人は黙っていた。

「石黒先生と何話してたんですか?」
「ただの昔話や」
真希の質問に裕子は表情変えずに答える。
「それだけじゃ、ないでしょう」
ひときわ大声を上げる真希。
亜弥も美貴も厳しい視線を裕子に送る。

10分ほどにらみ合いが続いた。
先に言葉を発したのは裕子だった。
「もう少しだけ待ってくれんか・・
 次の仕事が最後やから」
「えっ、最後って・・」
最後という言葉に3人は驚きを隠せない。
まだまだ先が続くものと思っていた。
「石黒先生が・・」
「違う。最初から決めてたことや」
裕子はいっそう厳しい表情になった。

真希たちはお互いに視線を交わす。
そこに言葉はない。
お互いに頷きあう。

知りたいことは山ほどある。
それは誰もが同じ想いだった。

「いいですよ」
真希の言葉に亜弥と美貴は頷く。
「頼むな」
裕子の言葉はそれだけだった。

288 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:16


翌日
「えっ、これって、本当だべさ」
「まじで、明後日じゃん」
「もういつもうちらばっかり!!」
安倍ドリームでは1通の封筒をめぐって大騒ぎになっていた。
茶色の封筒の中には、一枚の便箋と豹の絵が描かれたカードが入っていた。しかも、カー
ドには”Violet Light”の署名まであった。
安倍ドリームとは最近開店したばかりだった。なつみや真里の眼力に目をつけた外資系の会社となつみたちが共同運営している店である。開店からその評判が伝わり順調に売り上げを記録していた。”Violet Light”に対する対策も警備会社と相談しながら練っていた。ただ、2日後に盗むとなれば時間的に余裕がない。不本意であるが警察にも協力してもらえるように依頼した。

289 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:16


コンコン
「はい、どうぞ」
「失礼します」
依頼を受けた警察が安倍ドリームにやってきた。
応接室に通されたひとみたちは気まずい思いをしていた。
そこには安倍なつみと矢口真里の顔がいた。

「期待していませんけど・・」
ひとみたちはその言葉に返す言葉がなかった。
結果として、一度も逮捕に至っていない。
我慢の限界に達したなつみや真里の言葉にはいはいと頷くしかできない。
さんざん批判を浴びた後、絶対に”Violet Light”を捕まえることを約束して署に戻った。
いや、新桃上署としても最大の目標である。
署に戻ったひとみは今年こそ絶対に”Violet Light”を逮捕すると決意するのだった。
”Violet Light 逮捕”の張り紙があちらこちらの掲示板に張られていた。


290 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:17

予告日
真希はとあるビル屋上から安倍ドリームのあるビルを眺めていた。
至るところに見える人影。明らかに警官だった。
いつもよりも警備の多さに真希も慎重にならざるをえない。


「”Violet Light”現れたか?」
「いいえ」
「注意を怠るな」
警官たちは頻繁に連絡を取り合っていた。

291 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:18


プシュッ・・・ドン
真希は安倍ドリームのあるビルへロープを渡す。
ロープを引っ張って外れないことを確認するとロープを渡っていく。
時より強い風に体勢を崩しそうになりながらも少しづつ進む。


安倍ドリームのあるビルの屋上にたどり着いた。
そこからは、排気口の中を進んでいく。
排気口の中は汚くて、進むのにも一苦労だった。
髪には埃やくもの巣がまとわりつく。
仕事でなければ、絶対に入らない場所だ。
一人ぶつくさと文句を言いながら進む。
誰が盗むか決めるときに立候補しなければ良かったと後悔していた。

292 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:18

真希は排気口を伝わり安倍ドリームの店内と侵入した。
外部を固めれば大丈夫と思っていたのか、店内で警備する人間はいなかった。
それでも、赤外線センサーなどの探知機は動作していた。
真希は赤外線用のゴーグルをはめると赤外線に触れないように進んでいく。
もう少しで目的の“海王星の誘い”がある場所にたどり着こうとしたときだった。
真希の足がふと違和感を感じた。
真希はしゃがみこむと床を触る。

「やばい」
真希のこめかみに汗が流れる。
その床は重力センサーだった。
“海王星の誘い”の周りの床はすべて重力センサーが働いていた。
真希は赤外線センサーを避けながら、近づく方法を考えていた。
重力センサーがある場所には赤外線センサーはない。
上部には排気用の換気扇があった。

293 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:19

真希は排気口を辿って、“海王星の誘い”ある場所の上部へ移動する。
換気扇をはずすと、ロープを伝って降りていく。
“海王星の誘い”はガラスケースの中にあった。
真希は、ガラスケースのガラスを切り取り、宝石を掴む。
宝石を掴み上げた瞬間だった。
店内の非常灯がついて、けたたましく警報が鳴る。

294 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:20

「現れたぞ!」
警備員や警察が一斉に動き出した。
真希はすばやく排気口へと戻る。
店内に入ってきた警官や警備員は排気口の蓋が開いてることに気づいた。

「排気口だ」
警備員や警官は各排気口をチェックする。
もちろん、閉まっている事務所もチェックする。
ただ、チェックするには人が少なすぎた。
いちいち鍵を開けるだけでも時間がかかる。
その間に次から次の部屋に移動されては無駄になるだけ。
それでも、チェックは続く。


真希は途中で排気口を出て、非常階段を下りていく。
ビル内では誰もが排気口へ注意が向いていた。
真希に気づくものはいない。
真希は容易にビルの外に出ることができた。

295 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:20

しかし、外には多数の警官の姿があった。
あらかじめ、ビル外の人数を多くしていたのだ。
真希は逃げ道を探すがどこを選んでも捕まりそうな感じだった。
そんな中でひとみが近づいてくるのを感じた。
「”Violet Light”、おとなしく自主しなさい」
ひとみの声が聞こえた。


何とか策を考えるが思いつかない。
ビルの中からも警官が集まってくる。
「ごめんなさい」
真希には道がなかった。

296 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:21


警察は初の快挙を確信していた。
ひとみも胸の奥から溢れてくるものを押さえるだけで精一杯だった。


297 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:22


ドーン
突然、大きな音が響いた。
音のする方を振り向くと赤い炎と黒い煙が見える。
さらに、炎と煙が増えていく。
それと同時にあちらこちらから悲鳴と助けを求める声が上がる。


空から降り注ぐガラスをよける警官。
予期せぬ出来事に警官の足も浮き立つ。

298 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:22

呆気にとられるひとみたち警察。
この人数であれば、捕まえることもできた。
しかし、火災現場から聞こえる助けの声を無視することはできない。
目の前のビルが燃えているのだ。

また、降り注ぐガラスのせいで動こうにも動けない。
宝石よりも命が一番だ。

苦渋の決断だった。
消防署に任せておけばいいかもしれないが、現場にいる以上任せてばかりはおけない。
犯人逮捕に追われて、火事による犠牲者が増えるのは避けなければならない。
その場にいた警官のほとんどが救助に回った。

299 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:23

真希はその隙をついて逃げた。
追いかけてくるものもいたが、その差は広がる。
あちらこちらから聞こえる助けの声に警官たちは足を止める。
真希は偶然も重なって美貴たちの待つ車まで辿り着くことができた。

美貴は真希を乗せると車を発進させる。
それでも何台かのパトカーが追ってきたが難なく引き離すことができた。
”Violet Light”よりも人命優先ということでパトカーの数も減る。
次々と起こる放火を止めるほうが優先になっていた。

300 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:23

警察を振り切って、悠々と運転に興じる美貴。
しかし、厳しい表情はいつまでも変わらない。
後部座席の真希が後ろを振り返ろうとしたときだった。
「振り返らないで」
美貴が大きな声を上げる。
真希がバックミラーに目を移すと、後ろには見知らぬ車がついてきていた。
ナンバープレートは何かで覆っていて見えない。
「シートベルトしっかりね」
美貴はアクセル踏み込んだ。
2台の車はカーチェイスを始めた。


301 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:24


ピンポーン、ピンポーン
重い足取りで真希たちが“Violet Light”に入ってきた。
特に美貴の顔には疲労の色が濃く表れていた。
「大丈夫か?」
「はい」
裕子の問いかけに返事する言葉にも力はなかった。
「まずはゆっくり休むんや」
裕子はコーヒーを入れる。

普通は帰ってくれば、おしゃべりモードになるはずが誰もが無言だった。
「これでも飲んで」
裕子はコーヒーを真希たちの前に置く。
少し落ち着くと、亜弥と真希が話し始めたが美貴は無言のまま。
美貴は大きく肩で息をしているだけだった。

「裕ちゃん、この宝石の由来は?」
真希は盗んだ宝石を裕子に渡した。
「ありがとう。本物や!
その由来はな・・・」
裕子は説明を始めた。

302 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:24


アメジストとは水晶の中でもっとも人気のある宝石である。別名紫水晶とも呼ばれ、ほとんど無色の藤色から紫まで多彩にわたる。アメジストの色の原因ははっきりとわかっておらず、マンガンを微量に含んでいるからとか水晶の分子構造によるものだとか多くの意見がある。アメジストの由来はギリシア神話の酒神バッカスと乙女アメシストの物語に記述されている。また、アメジストの色から悪酔いをさますという言い伝えがあり、持っていると酒に酔わずに、眠気を払い、解毒剤になると、また戦争で傷つくことないと信じられてきた。中世のキリスト教では禁酒・禁欲の象徴として扱われた。


303 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:25


“海王星の誘い”と呼ばれるアメジストは淡い藤色をしていた。色の原因は薄板状の双晶構造のためだといわれている。ただし、このアメジストは見る角度によっては無色になれば紫にもなり変幻自在の宝石とも呼ばれた。また、その歴史は古く、中世ローマの時代より大司教の証として代々受け継がれたものと言われている。また、この証を手に入れるために多くの金銀が使われ、あるときには誘拐や殺人まで起こったという石である。本来の悪酔いをさますと言い伝えは消え、権威とともに不幸をもたらす石というありがたくない言い伝えに変わっていた。


304 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:25

コーヒーを飲んで少し体力が回復したのか美貴がしゃべりはじめた。
「中澤さんが持つにはぴったりじゃないですか?」
亜弥も次いで発言する。
「そうだよね・・・いつも二日酔いみたいだし」
「でもさ、権威とともに不幸までもたらされたらどうなるんだろう?」
「一生独身かな・・」
「それは石がなくても同じだと思うけど」
「お前ら、いい加減にせい」
「は、はーーい」
「はい、でも毎回毎回・・」
いつものように裕子の鉄拳をもらって、頭をさする亜弥と美貴。

「でも、この悪酔いを醒ますって嘘だよね!」
「だって、この頭の痛さ・・」
「無用の長物かな」
「だから、一言多いって言うとるやろう」

「う・・・・・」
「もう頭が悪くなってしまいますよ」
涙目になる亜弥と美貴。
しかし、亜弥と美貴はいつにもなく裕子の表情が厳しいことに気づく。

いつもなら家路につくはずだったが、裕子の指示でそのまま“Violet Light”に泊まった。
何もないまま、時間は過ぎていった。

305 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:26


次の日

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
いつものように浮かない顔をしたひとみがカウンター席に座った。
“Violet Light”の逮捕に失敗した次の日はいつも一人でここに座るのが習慣になっていた。ひとみの周りの空気だけが急に重々しい。


306 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:27

真希はいつものようにやさしく声をかけた。
「よっすぃ、また逃がしたの?」
「うん・・新年早々気合い入ってたのに・・
 おまけにあと少しだったのに」
いつもより残念な表情を浮かべるひとみ。
「がんっばってね、絶対捕まえられるよ!」
「あぁ・・でも、どうしてあんなところで火事が複数起きたんだろう」
ひとみは“Violet Light”よりもそちらの方が気になっていた。
“Violet Light”自身が放火することは考えられない。誰かと手を組むようなグループでもない。それを考えると、何がどうなっているかごちゃごちゃしてくる。
その話を聞いて真希は昨日追ってきた車のことが思い浮かぶ。


307 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:28


「はい、ランチだよ」
「あぁ、ありがとう」
ふと見上げればそこには真希の笑顔があった。
いつも見ている顔だが、こういうときに見ると気分も穏やかになる。
「いただきます・・・おいしいよ」
いつものように箸を進めるひとみ。
ひとみの顔にも自然と笑顔が浮かぶ。


308 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:28



亜弥と美貴は真希たちの会話を聞きながら、同様に追ってきた車のことを思い浮かべていた。裕子と彩の会話は絶対自分たちに関係することだ。そうでなければ、警察以外の人間が追いかけてくることは考えられない。今回は美貴の腕のおかげで逃げ切ることができたが、今度はどうなるかわからない。今まで経験ないだけに動揺も大きい。今まで自信に満ちありふれていたものが崩れていくような気がしていた。


309 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:28



「この先、何が待っているんだろう」
これからの行く末に今までにない不安を感じる真希だった。


310 名前:海王星の誘い 投稿日:2005/01/09(日) 00:29

“海王星の誘い”完
次回、“冥王星の囁き”へ続く。

311 名前:Hermit 投稿日:2005/01/09(日) 00:32
新年、おめでとうございます。
少し遅いですけど・・

今年も愚作ですが付き合ってください。
とは言っても、あと2回ですけど

よろしくお願いします。
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/09(日) 00:33

313 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/09(日) 00:33

314 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/09(日) 00:33

315 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 22:58

喫茶“Violet Light”ではいつもの光景が繰り広げられようとしていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
「あの張り紙本当ですか?」
「はい・・」
亜弥はうんざりした口調で答える。
誰もが驚かずにはいられなかった。


“今月末で閉店します。
 今までご利用いただき、ありがとうございました”
入り口の扉に張られた紙。
誰もが予想しえないことだった。
店としてはそれなりに客も入っており目立って客が減ったことはない。
閉店するなら、それなりの噂が立つはずだがそんな噂もない。
客のみならず亜弥たちですら初めて聞いたことだった。


316 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 22:59

もちろん、桃上署の面子も例外ではなかった。
席に着くなり、声が上がる。
「嘘でしょう?」
「そんなに苦しいのですか?」
「あぁ〜、お昼ご飯どうしよう?」
「ここ以外、知らないし・・」
「そう、お弁当まずいしね」
事件もそっちのけで閉店のことが話題に上がる。
いつもは愚痴で重苦しい雰囲気も今日ばかりは違っていた。
あぁじゃない、こうじゃないといろいろと話が飛び交う。
警察と関係ないことだけに余計に盛り上がっていた。

いつもと違う雰囲気に戸惑う亜弥。
それは美貴も同じ。

ただ、にぎやかな会話の中で神妙な顔つきのひとみ。
真希もどこか浮かない顔をしていた。

317 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:00

その日の仕事が一通り終わると裕子は亜弥、美貴、真希を集めた。
「突然のことでごめん」
裕子は頭を下げた。
「どういうことなんですか?」
亜弥は不満げに口を尖らせる。
「店自体は順調やけどな・・・契約がな・・
 このビルのオーナーが替わること知ってるやろう」
「うん」
3人は頭を上下させる。
以前、裕子から聞いていた話だった。このビルの所有者であるオーナー会社が不渡りを出し、倒産したのだった。裕子としては、今後も営業できるように交渉を続けてきたのだが、新会社のオーナーはこのビル自体を建て直すことにしていたのだ。元々、ビル自体の老朽化も進み危険だと指摘されてきたことも要因の一つだった。裕子にすれば、契約ができなければそこで終わり。仕方のないことだった。

「もしかして、今回の件について関係してるの?」
真希は不安げに裕子を見つめる。
「ないと思うけど・・何かあったんか?」
「一度だけだけど、階段で突き落とされそうになったんだよね」
真希は首を傾げる。
「ごっちんも・・・私は駅のホームで一度だけ押されたことある・・」
「美貴のレースのときの事故もそうなのかな・・・」
亜弥、美貴とそれぞれが経験を語る。
話を聞いていた裕子の眉間にしわがよる。

「そうか・・」
裕子は思いつめたようにため息をつく。
何か思いつめたように天井を見上げると店の控え室へと歩いていった。
不思議そうに見つめる3人。

318 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:00

5分ほどすると、裕子が手に手帳みたいなものを持って現れた。
「それ、何ですか?」
亜弥が指差しながら尋ねた。
「本来なら、最後の日に渡すものやけどな」
裕子は亜弥、真希、美貴と渡していく。
「これって」
3人は目を丸くする。
渡されたのは銀行の通帳だった。
3人はすかさず通帳を開く
「一、十、百・・・・・・百万、一千万・・
 こんなに・・」
3人はお互いに目を合わせると、再び桁を確認する。
「いいんですか?」
3人は信じられない金額だった。
「退職金と今まで苦労をかけた分や・・
 まあ、今までの危険を考えたら少ないかもしれんけど」
裕子は神妙な顔つきをしていた。
「でも、これだけのお金・・」
同世代のOLでも絶対もらえない額に、美貴の口から不安が漏れる。
「心配せんでもえぇ・・
 それと最後の一回頼むわ」
裕子の力ない声に3人は頷くだけだった。

319 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:01


閉店を告知してから、“Violet Light”は今までにないほど繁盛していた。
「閉店間際になって、なんで余計に客が来るんだよ」
「これじゃ、休む暇がないじゃん」
「これが毎日だと思うと、手首が炎症起こしちゃうよ」
亜弥、美貴、真希からは愚痴が漏れていた。
しかし、愚痴を十分漏らす間のなく客が入ってくる。
普通なら、嬉しい悲鳴というところだが。
店内には一度も見たことがない客が多数いた。
まあ一度は行ってみるかと興味本位で来る客がほとんどだった。

320 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:02


閉店を控えた2週間前。
喫茶“Violet Light”は忙しい日々を送っていた。

ピンポーン、ピンポーン
「いらっしゃいませ」
現れたのは新桃上署の面々。
ひとみ、梨華、あさ美、麻琴である
もちろん、ランチの時間帯の最後の客だった。
ただ、いつもと違って雰囲気が暗い。
“Violet Light”を取り逃がしたときとは異なる暗さだった。
「ランチ4つでいいですね?」
「はい」
亜弥は注文を取り付けると、即座に食器洗いにせいをだした。
いつもならゆっくりするのだが、客が多いのでその分洗わないと料理が出せない。
亜弥は美貴と愚痴をもらしながら、忙しい日々を恨んでいた。

321 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:02

ランチを食べ始めたひとみたち。
箸の動きがいつもにまして遅い。
いつもの活発な論議は起きず、どこか気が抜けた感じだった。
「どうして、“Violet Light”の担当はずされたんでしょう」
あさ美は納得できないのか首を傾げる。
「いつまでも逮捕できないからかな・・」
梨華はちらっと麻琴のほうに視線を移す。
「私のせいですか・・・」
麻琴は下を向く。
「まぁ、麻琴はよく出会ってるからな・・
 それにしても、急に担当をはずされるなんて」
「おかしいよね・・
 ふつうなら、前もって情報が入ってくるでしょう」
ひとみの言葉に梨華が続く。
「それに、誰か責任とって人事異動とかあるのに
 それもないみたいだし」
ひとみはコツコツとテーブルを指で叩く。

「保田さんに聞きましたけど、保田さんも急なことでわからないって戸惑ってました」
あさ美は朝の出来事を思い返す。
肝心の圭は会議に出席して以来姿を見せない。

322 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:03

「あぁ・・命令ということはわかるけど」
梨華は何か割り切れない。
「せっかく汚名挽回の機会が・・」
今度こそと闘志を燃やす麻琴は気落ちしている。
「結果出せないままなんて」
あさ美も未練が残る
「私はあきらめない」
ひとみは静かな口調でつぶやく。
「ちょっと、気持ちはわかるけど・・」
梨華はただならない雰囲気にひとみを落ち着かせようとする。
「でもさ、中途半端のままじゃ嫌なんだよね」
ひとみは水を飲み干す。
「“Violet Light”を逮捕するためにここに配属されたんだろう・・
 急に止めろって、そんなの勝手すぎる」
ひとみは語気を強める。
「私・・絶対に捕まえることは諦めませんから」
麻琴も今までのミスを何とか取り戻そうと必死だった。
「私もこのままだと納得できませんから」
あさ美もひとみと麻琴に同調する。
ひとみは2人の言葉に気を良くする。
「どうせやるなら、最後までやらないとね」
「どうなっても知らないよ」
「覚悟してるさ。上司の命令がなんだ!」
梨華の言葉にひとみはきっぱりと言い切った。
「しょうがないわね・・」
梨華はウィンクしてみせる。
「じゃあ、私たちだけで絶対捕まえるよ」
ひとみは決意を新たにするのだった。

323 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:04


閉店を控えた1週間前。
仕事が終わると、裕子は真希たちを集めた。
「中澤さん、最後の仕事ですか?」
「あぁ」
亜弥の問いかけに対する裕子の言葉に一瞬にして緊張が走る。
裕子は1枚の写真をテーブルの上に置いた。
「最後の標的・・・“冥王星の囁き”と呼ばれるトパーズや
 場所は安倍ストーン、閉店前日に実行や」
「うん・・・でも、この安倍XXXばっかりだよね」
「そういえば・・」
「裕ちゃん、知り合い?」
「たまたまや・・」
いつもの名前に3人は呆れていた。
安倍という名前に名前に運命を感じずにいられなかった。

324 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:04


翌日
「えっ、これって、本当だべさ」
「まじで、なっち、何か隠してない?」
「知らないべさ・・矢口こそ」
安倍ストーンでは1通の封筒をめぐって大騒ぎになっていた。
茶色の封筒の中には、一枚の便箋と豹の絵が描かれたカードが入っていた。しかも、カー
ドには”Violet Light”の署名まであった。
安倍ストーンとは最近開店したばかりだった。外資系の会社と共同出資して店を出していたが方針を巡って意見の対立があって、新たになつみたちが起こした店だった。品揃えには定評があり、客の入りもまずまずだった。順調に売り上げを伸ばしていった。警備も万全に備えていたが、”Violet Light”の登場に不本意であるが警察にも協力してもらえるように依頼した。


325 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:05

コンコン
「はい、どうぞ」
「失礼します」
依頼を受けた警察が安倍ストーンにやってきた。
なつみと真里は期待せずに警察と会った。
そこにいたのは男性の警察官だった。
いつもと違う面子に戸惑うなつみたち。
しかし、新たな展開に期待を抱くのだった。
警察も万全の警察を敷くことを約束して安倍ストーンを去っていった。


326 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:05

予告日

ひとみたちは仕事が終わると早速安倍ストーンのあるビルへと向かおうとした。
夕方に終わって、深夜までは時間がある。食事も十分にとることもできる。
”Violet Light”を捕まえることは自分たちのやりがいでもある。
もしものときのために、辞表も書いていた。
警察署を出ようとしていたときに、圭が慌ててひとみたちに駆け寄ってきた。
圭の言葉にひとみたちは仕方なく戻っていく。
警察に複数の爆破予告の情報が入ったからだ。
もちろん、その捜査と避難指示に新桃上署の警官も当たることになった。
圭の前で”Violet Light”を捕まえに行くとは言えない。
すでに”Violet Light”からは手を引くことを通知されている。
そのことを言えば、圭にも迷惑がかかる。
ひとみたちは、今回は諦めることにした。
次回の機会に”Violet Light”を捕まえることにした。
そう簡単に捕まえられるとは思ってなかった。
ただ、今回が”Violet Light”の最後仕事だとは知るはずがなかった。

327 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:06


真希はとあるビル屋上から安倍ストーンのあるビルを眺めていた。
いつもより少ない人影。おまけに警官の姿がない。
一瞬罠かもしれないと思った。
それでも決行あるのみだった。
いざとなれば、亜弥や美貴が助けに来てくれる。
それが”Violet Light”のやり方だ。

328 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:07


真希は屋上から潜入する。
非常階段を使って、目的の階へと移動する。
びっくりするほど静かだった。

真希は排気口を伝わり安倍ストーンの店内と侵入した。
店内でも警備する人間はいないことに真希は違和感を覚える。
こんなに人がいないのは初めてだった。
誰かが意図的に減らしているとしか思えなかった。
それでも、赤外線用のゴーグルをはめると赤外線に触れないように進んでいく。
相変わらずのめちゃめちゃな赤外線の配置に苦笑いが浮かぶ。
もう少しで目的の“冥王星の囁き”がある場所にたどり着こうとしたときだった。
真希の足がふと止まる。
真希はしゃがみこむと床を触る。

「やばい」
真希のこめかみに汗が流れる。
その床は重力センサーだった。
“冥王星の囁き”の周りの床はすべて重力センサーが働いていた。
真希は赤外線センサーを避けながら、近づく方法を考えていた。
しかし、近づくには強行手段に出るしかなかった。

329 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:07


そのとき、ビルの外部から異様な声が上がったのが聞こえた。
「まっつー、来たね」
真希は亜弥が現れたことを確信した。

“冥王星の囁き”はガラスケースの中にあった。
真希は一気にガラスケースへと走る。
真希足が床に触れた瞬間だった。
店内の非常灯がついて、けたたましく警報が鳴る。
真希はガラスケースを叩き割ると“冥王星の囁き”と呼ばれるトパーズを手に店を出た。

亜弥の登場で警備が手薄になったせいか、真希は難なくビルを抜け出せた。

330 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:08

そして、美貴の運転する車も予定通りに来た。
さっさと車に乗り込むと大きく深呼吸する。
「ありがとう、まっつー」
「いえいえ、軽い軽い」
「あとはミキティに任した」
バックミラー越しに追ってくるパトカーを見ていた。
「しっかり掴まってよ」
美貴はアクセルを踏み込む。
強引とも思える運転にパトカーとの差は開いていくばかり。
いつもと比べて物足りないのか、美貴はぶつくさと文句を並べていた。

331 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:09



「今回は危険なことなかったね」
「そうだね・・・あのときが特別だったのかな?」
「どうだろう?最後にしてはちょっと呆気なかったね」
3人は前回のことを思い出しながら“Violet Light”向かった。



332 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:09


ピンポーン、ピンポーン
真希たちが“Violet Light”に入ってきた。
「皆大丈夫か?」
「はい」
3人の返事に裕子は胸を撫で下ろす。

「まずはゆっくり休んで」
裕子はコーヒーを入れる。

「でも、今回は楽だったよね」
「そうだね、警察もいなかったし」
「最後なのに張り合いなさすぎ」
3人は物足りない仕事に不満気味だった。

「まぁ、何もなかっただけ良しと・・
 警察はボヤや爆破予告とかでたいそう動き回ってたで・・
 結局は何もなかったけどな」
「そうなんだ・・・こんなことあるんだね」
3人はただ頷くしかなかった。

「裕ちゃん、この宝石の由来は?」
真希は盗んだ宝石を裕子に渡した。
「その由来はな・・・」
裕子は宝石のチェックを終えると説明を始めた。

333 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:10


トパーズとは黄色をはじめ青色、淡い緑色、橙色、淡褐色、ピンク、無色とさまざまな色がある。中でもシェリー酒に例えられる赤味の入った黄色が上等とされている。トパーズの語源はギリシア語の「捜す」という意味から派生したものといわれている。また、古書に度々出てきており、十字軍時代には大量のトパーズがエジプトからヨーロッパに勝利品として持ち込まれた。


334 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:10


”冥王星の囁き“と呼ばれるトパーズは日本産のものである。日本でも岐阜県や山梨県で採掘され、”冥王星の囁き“は明治時代に岐阜県苗木で採掘されたものである。”冥王星の囁き“を持っていれば、一生健康でいられるという言い伝えがあり、有名な軍人や政治家や企業家が競って手に入れようとしたものであった。


335 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:11

「今までありがとう」
裕子はこれほどにない優しい顔を見せた。

「本当にこれで終わりなんだね・・」
「あぁ、私のかわいい姿を見せつける場所が減っちゃうな」
「せっかくレース以外で思いっきり飛ばせたのにさ」
真希、亜弥、美貴と残念な顔を見せる。

「始まりがあれば終わりがある・・
 もう2度とこんなことをやることはないやろう」
裕子はコーヒーに口をつける

「そうですね・・美貴の頭のこぶも増えることもないだろうし」
「うん・・私、そのおかげで頭悪くなったんだよね」
「一言多いのだけは直らんな」
涙目で頭をさする亜弥と美貴。
真希はこんな光景が最後だと思うと胸がじーんとしてきた。
最後の仕事は無事に終わった。

336 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:12


次の日
“Violet Light”では最後の日とあって大いに盛り上がっていた。
各々が昔の思い出に話を咲かせる。
当然、新桃上署の面々も時間を作って最後のランチに舌鼓を打つ。
そこにはめったに姿を見せない圭織と圭の姿もあった。
「あぁ、“Violet Light”が閉店なんだよね」
誰もが明日からランチをどこで食べるか悩んでいた。
「明日から、どこで食べようかな」
悩むあさ美にひとみがつっこむ
「紺野、食べることになると顔が真剣だよね」
「うん・・言えてる」
「もうひどくありませんか」
ひとみと梨華の言葉に頬を膨らませるあさ美。
しかし、箸が耐えず動いている姿に笑いが起きる。
今日が閉店とは思えないほどのにぎわいだった。


337 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:12


「あぁ、ここも最後だね」
「うん・・毎日会えないのが少し寂しいね」
「少しなんだ・・」
「ちょっと、ごっちん」
「冗談だよ・・」
真希とひとみは賑わいの輪を離れて二人だけの世界を楽しんでいた。


338 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:13


閉店後、店の片づけをする裕子、真希、亜弥、美貴。
いつもと違うのは、並べられた食器や鍋などが次々と棚からなくなっていくこと。
いつもとは違ってしんみりとした雰囲気の中で作業が進む。
半分ぐらい片付けたところで裕子が声をかける。
「もうこのあたりで終わってえぇよ」
「もう少しやっていきます」
裕子の言葉に反して作業を進める3人。
名残惜しいのか誰もが帰ろうとしない。

裕子は苦笑いを浮かべながら、聞こえるように愚痴をもらす。
「いつもこんなに働いてくれると楽だったのになあ」
「あ!それって私たちが仕事してないってことですか」
「親切に手伝ってあげているのに」
「ずっと働きづくめだったんだよ」
「ただの時間潰しじゃないか?」
「あぁ、ひどい」
しかし、お互いに顔を見合わせると思わず笑いがこみ上げてくる。


339 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:14

裕子は穏やかな表情で3人を呼び寄せた。
「今までのことは言葉にできないほど感謝している」
裕子はまじめな顔で頭を下げた。
「ごっちん・・その腕ならお店できるよ
 松浦・・あまり目立とうとして無理するなよ
 藤本・・絶対レースで優勝するんやで」
裕子は涙を抑えるようにゆっくりと語る。
「もう、こんなときにそんなこと・・」
裕子の頬にはひとすじの涙が流れていた。
その顔に3人の顔が崩れていく。
「裕ちゃん・・ありがとう」
「今までありがとうございました」
「ありがとうございました」
真希、亜弥、美貴と次々と裕子に抱きつく

出会った日から今日までのことが走馬灯のように蘇ってくる。
裕子と出会わなければ、これほど充実した日々は送れなかっただろう。
今日でそれが最後というのが信じられない。
まだまだ続くと思っていた。
自然と涙が溢れてくる。
いつまでもここにいたい、それが本心だった。

340 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:15


「もうここに来るんじゃないで・・
 私に何かあってもな・・
 今まで本当にありがとう・・元気でな」
裕子は3人を抱いたまま、言葉をかける。

最初から決めていたことはいえ、寂しさを感じずにいられない。
もう二度と会うことはないはず。
裕子は3人の顔を焼きつける。
何も言わずについてきてくれた3人。
かける言葉がみつからないほど感謝していた。
これから3人が幸せな人生を送ってくれることを祈るだけ。
不幸な道を歩むのは自分ひとりでいい。

裕子は母親をような思いで3人を包んでいた。

341 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:15


思い出という名の光がいつまでも4人を照らしていた。


342 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:16


次の日。
喫茶“Violet Light”からは次々と荷物が運び出されていく。
あれほど狭く感じた店内も数時間で何もない空間へと変わった。
こうして、喫茶“Violet Light”は、最後の日を終えた。


343 名前:冥王星の囁き 投稿日:2005/01/30(日) 23:17


“冥王星の囁き”完
次回、“地球の涙”(最終話)へ続く。

344 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 23:17

345 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 23:17

346 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/30(日) 23:17

347 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:52

穏やかな春の陽気が二人を包む
「あぁ、毎日食べられないのが辛いよ」
「しょうがないじゃん」
ひとみは真希とともに束の間の休憩を楽しんでいた。“Violet Light”が閉店した後、他の店に行ったり、弁当を頼んだりとしていたのだが、ちょっと口に合わない。そこで、毎日とはいかないが、たまにお弁当を真希に作ってきてもらっていたのだった。
「あいかわらず忙しそうだね」
「そうだね・・」
ひとみはふっとため息をつく。“Violet Light”の担当がなくなったとはいえ、やることはたくさんある。かえって、やることが増えて、体力面よりも精神面での疲れが大きい。“Violet Light”を追いかけていたときはまったく逆でストレスが解消できる機会がめっきり減り、胃が痛い毎日。真希と一緒のときが唯一ほっとできる時間だった。

348 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:53


「頑張ってね」
「うん」
ひとみが仕事に戻るのを見送る真希。
ひとみの姿が見えなくなると再び
「ちょっと、失礼」
真希の前に見慣れない男が近寄ってきた。中肉中背のスーツ姿で一見すると営業マンみたいだった。ただ、得体の知れない雰囲気に真希は警戒したのか顔をしかめる。
「警戒しなくてもいいですよ」
男はやさしく言いかけると、黒い手帳を出した
そこには警察の文字。
真希の心拍数が激しく上がる。
ひとみたちが“Violet Light”の担当を外れているのは知っていた。
もしかしたら・・・真希の頭に最悪の場面が浮かぶ。
気づかれないように周りを見渡すと男以外警察らしき人物はいない。

349 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:54

「何でしょう?」
真希は動揺を隠すかのように平坦な口調で聞き返す。
「中澤裕子って知ってますよね?」
「は、はい」
「今どこにいるかご存知ですか」
「いいえ、仕事辞めてからはまったく・・」
「ほう・・・」
男は真希の顔を見ると振り返った。
「本当に知らないようですので、いいでしょう」
男はそのまま歩き出した。

「ちょっと待って、裕ちゃんが何したの?」
「関係ないことですよ、“Violet Light”の一員だったとしてもね」
後ろを歩いていた真希の足が止まる。
「そんなに緊張しなくても・・私たちが関心あるのは中澤裕子ですから・・
 あなた方には興味はありません」
男は真希のほうを見て笑うとそのまま去っていった。

「どういうこと・・」
裕子のことはもちろん、亜弥や美貴のことが心配だった。

350 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:54


一方、亜弥や美貴はレース場にいた。
爆音を上げながら目の前をあっという間に車が消え去っていく。
車が通り過ぎるたびに首を横に振っていた亜弥は首をさすりながもその動作をやめようとしない。
「おっ、来たーー、頑張れーー」
亜弥は目的の車に声援を送る。
「やれやれ・・・」
美貴はいつもと変わらない姿を見つけて苦笑いを浮かべる。
さらにアクセルを踏み込む。

「お疲れ様」
「ありがとう」
車を降りてきた美貴にタオルを差し出す亜弥。
「すごいよ、最速タイムだよ」
「うん・・」
「嬉しくないの?どうしたの?」
「嬉しいよ・・ただ・・」
予選とはいえ、初めてトップのタイムを叩き出したのだ。普通なら嬉しさがこみ上げてくるはずだが、美貴は浮かない顔をしていた。
「やっぱり・・」
亜弥はそれ以上言葉が続かない。亜弥自身も感じていたことだった。
命がけとはいえ、“Violet Light”のときと比べると張り合いみたいなものがなくなっていた。いつ逮捕されるかわからない危うさが消え、どこかだらけた感があった。

351 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:55


美貴と亜弥は近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
「なつかしかったね」
「いろいろと面白いことがあったし」
出てくるのは“Violet Light”で働いていたこと。
さすがに、盗みに関しては口には出せない。
いろいろと思い出があって語りつくせないのが現状だった。

そんな話が進んでいく中で、若いイケメン風の男が近づいてきた
「ナンパかな?」
「自信家だね」
いつもの亜弥に美貴はふっとため息をつく。
「お楽しみ中のところをすみません」
「ナンパならけっこうです」
亜弥は男を睨みつける。
「自分は結婚してますから、そんなことしませんよ」
男は笑いながら、胸元のポケットから手帳をだした。

352 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:56

亜弥と美貴は一瞬お互いの顔を見合わせた。
すかさず横目で周りを見る。
男以外警察はいないようだ。
「警察が私たちに何か用ですか?」
美貴は自分自身を落ち着かせようとゆっくりした口調で尋ねた。
「中澤裕子さんご存知ですよね?」
「は、はい」
思わぬ名前に亜弥の声が上ずる。
「今、どこにいるか知ってますか?」
「いいえ、閉店後は一度も会ってないですし」
美貴は首を横に振る。
「そうですか・・」
男は亜弥と美貴の顔を見ると納得したかのようにふっと息を吐いた
「お楽しみのところ申し訳ありませんでした」
男は頭を下げるとその場を去ろうとした。
「待って、中澤さんがどうしたんですか?」
「あなたたちには関係ないことです
 あなたたちが“Violet Light”としても」
男の言葉に亜弥と美貴の体が固まる。
「心配しなくても大丈夫ですよ・・
 あなたちには興味ないですから」
男は笑いながらその場を去っていた。

亜弥と美貴は男の姿が消えた瞬間、大きく息を吐いた。
背中には大量の汗が流れていた。
「中澤さん、大丈夫かな?」
「ごっちんもね」
亜弥と美貴は新たなる展開に不安を抱くのだった。

353 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:57

「これで終わりや」
線香の煙が天へと上っていく。
手を合わせて、目を閉じれば当時のことが蘇ってくる。
「やっぱり、ここにいたね」
「彩っぺ、私にはもう関わるなと言ったはずやで」
「わかってるよ、でも、あたしも仲間だったんだから」
「そうやったな」
裕子は静かに振り返る。
そこには花束を持った彩がいた。
裕子は立ち上がると彩に場所を譲る。
「5年か・・・みっちゃんが死んで」
「あぁ・・」
なんともいえない重い空気が二人にのしかかる。

354 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:57


2人の前の墓標には忘れられぬ名前が彫られてあった。
“平家みちよ”
かけがえのない友だった。


355 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:58


新桃上署ができた当時、署長に抜擢されたのは裕子。
みちよは新桃上署の課長に抜擢された。
また、圭織も課長に抜擢された。
初めての女性だけの警察署ということで、話題ばかりが先行する形となった。
警察としても、新桃上署の話題はありがたいものだった。
いろいろと不祥事が世間に明るみになっていく中では唯一の明るい話題だった。


356 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:58


裕子をはじめ新桃上署のものは、自分たちはお飾りでしかないことを自覚していた。
だからこそ、誰もが歯を食いしばりどこの警察署よりもいい結果を出した。
結果をだせば、より重要な事件の担当も回ってくる。
ただし警察とはいえ、女性である。男女平等といえど女性には任せられないこともある。
そういう状況で、現場からはいろいろと不満の声が上がった。
責任感や自覚が増していく中で、仕事への充実感と現実とのギャップに悩みは増していく。

357 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 21:59

順調に結果を出していく中で、みちよはある情報を得た。
当時の首相であるA氏が麻薬の売買に関係しているということだった。
もちろん、自分たちだけで解決できるような事件ではない。
各方面の協力は必須だ。だが、情報が相手に漏れる可能性も高い。
裕子は自分の責任でみちよに極秘の捜査許可を出した。
当時の部下だった圭も一緒に捜査に当たった。
ごく一部のものだけしかこの件は知らされなかった。

358 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:00

捜査は極秘のうちに進んでいると思われたが、あるとき裕子に捜査中止の命令が届いた。
みちよたちの行動が相手に知られたようだった。万全に万全を重ねたつもりだったが相手が一枚も二枚も上だった。裕子は知らぬ存ぜぬで命令を無視し続けた。受け入れれば、今までの苦労が泡になる。おまけに新桃上署の活動も軌道に乗り始めているときだった。余計な介入は避けたかった。

359 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:00

どうにもならない状況に困り果ては上層部は困惑していた。犯罪を取り締まるのは使命であるが、相手が悪すぎた。それに決定的な証拠もない。疑わしきは罰せず。対策として人事異動でもできればよかったかもしれないが、逆に順調にことが進んでいる中で急に人事異動をすればマスコミに聞きたくないことをつつかれることは必定。しばらく様子を見るしかなかった。

360 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:01

悲劇は捜査中止の命令の1ヵ月後に起こった。
仕事帰りのみちよがひき逃げされたのだ。
管轄の署が捜査したが犯人はみつからなかった。
裕子たちには誰がやったかは見当がついていた。
だが、極秘で進めてきたことだけに他言するわけにはいかなない。
おまけに証拠がどこにもなかった。
次の日、圭が車に轢かれそうになった。
これ以上は危険だと、裕子は捜査を一時中止することにした。

361 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:01


みちよはそのときに大怪我を負った。
そのときの治療に当たった医師が彩であった。
裕子とは以前から面識があり、裕子も捜査のときに怪我をしてはちょくちょく彩の元を訪れていた。彩の元にはいろいろな人々が集まり、裏の情報も集まる。これ以上の都合のいい医師はいなかった。裕子はみちよの状態が落ち着くと強引に彩の病院へと転院させた。これ以上、危険な目に遭わせないようにとの心遣いからだった。

362 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:02

みちよは彩の治療の甲斐もあって日に日に回復していった。
また、回復とともに麻薬に関する件も解決してみせると刑事魂に火がついた。
彩の隙をついては、病院を抜け出し情報を集め回った。
彩に見つかる度に、こっぴどく怒られたが、それでも止めなかった。
最後は彩の方が折れる形となった。
ただ、この件はみちよと彩だけの秘密だった。

363 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:02

退院後もみちよは単独で捜査を続けた。
むろん、裕子たちには内緒だった。
飲み会に出席回数も減り、いよいよ結婚かと噂された。
噂のたびに槍玉に上がるのは裕子。
結婚の話が上がるたびに裕子の怒りの矛先はみちよへと向けられる。
更にみちよの言葉が裕子の怒りを買い、みちよはいつも頭をさすっていた。

364 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:03

みちよは捜査を続けていく中で、一つの情報を得た。
彩の病院で新しく築いたネットワークからだった。
“地球の涙”と呼ばれる宝石が麻薬のシンジケートとのつなぐものであるということだった。そして、その“地球の涙”と呼ばれるダイヤモンドが大阪のとある百貨店で展示されることを聞いた。休日の日、みちよは大阪へ向かった。


365 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:04


裕子の机の上には辞表が置かれていた。
それから、みちよは署に姿をみせなくなった。


366 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:04


数日後、“地球の涙”が盗まれたニュースが流れる。
同時にみちよが死んだことも伝えられた。
一緒に複数の死人もいたということだった。
裕子にとてもショックなことだった。


367 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:05


裕子は警察を辞めた。
知らなかったといえ、その監督責任を取ったのだ。
それはあくまでも表面上のことだった。
みちよが独りで捜査を続けていたことに
一緒に行動していれば・・裕子には悔やんでも悔やみきれない。
今でも、それだけが心残りだった。


368 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:05


「裕ちゃん、死ぬことないよね」
彩の気の強そうな目がどことなく潤んでいた。
「もちろんや・・みっちゃんに顔向けできんしな」
裕子は彩の肩に手をおく。
「よかった・・」
「悪いな、雑談もここまでや」
裕子は足早に去っていく。
彩が振り返ると裕子の後をスーツ姿の男たちが追っていた。
「裕ちゃん・・」
彩はその様子を不安そうに眺めていた。

369 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:06


「こっち、こっち」
真希は物陰に隠れるように手招きしていた。
「ごっちん、どうしたの?」
「びっくりしたよ、急に来いなんて」
亜弥と美貴は憮然とした表情で真希を見つめる。
「ごめん、裕ちゃんのことでさ・・」
「中澤さん・・」
「どうしたの?」
裕子の名前に目を丸くする。
「実はさ、よっすぃから聞いたんだけど・・
 3日前に北海道に“Violet Light”が現れたんだって・・
 ただ、今回は豹柄のレオタードで独りだったけど、
 今までの人物とは違うって」
「ふーーん」
亜弥と美貴は裕子に助けられた場面を思い出していた。

370 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:07

亜弥は今まで盗んだものを思い返しながら真希に質問した。
「ところで、中澤さんは何を盗んだの?」
「“地球の涙”と呼ばれるジルコンだって」
「ジルコンって?」
「わからない」
3人とも首を横にかしげる。
「フフフ・・・」
突然、真希が笑い声を上げた。
「どうしたの、ごっちん」
「頭おかしくなった?」
キョトンとする亜弥と美貴。
「ごめん。
 2人が頭さすっている場面が思い浮かんでさ・・」
「そうか・・」
「中澤さん、どこにいるんだろう」
ここで裕子の声が聞けないのは寂しいものだった。

371 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:07


ひとみは帰り支度をしていた
「保田さん、明日、明後日休むんですか?」
「うん、ちょっと急用あってさ」
「そうなんですか・・飯田さんも休むんですよね」
「へぇ・・そうなんだ」
ここ1年まともに休んでいない二人が揃って休むとは不思議な感じだった。
「あぁ、それと私に何かあったらよろしくね」
「何言ってるんですか!」
ひとみは笑いながら、圭を見送った。

372 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:08

「保田さん!」
「帰ったよ」
「そうなんですか・・」
あさ美が息を切らせて駆け込んできた。
「紺野、保田さんがどうかしたの?」
「いいえ、そのぉ・・・」
ひとみの言葉にあさ美は答えにくそうに下を向いた。
「何だよ!同じ仲間だろ」
「実は中澤さんのことで・・」
「とにかく聞かせてよ」
ひとみはあさ美の手を引くと会議室に連れ込む。
二人の慌しい様子に麻琴と梨華も会議室に飛び込んできた。

373 名前:地球の涙 投稿日:2005/02/20(日) 22:08

「本当!」
「まじっ」
「信じられない」
ひとみ、梨華、麻琴はあさ美の説明に口をポカーンと開けたまま。
「本当なんです」
あさ美は一点をじっと見つめたまま。
「中澤さんが署長だったなんて・・」
「あっ、だから昔からいる人は“Violet Light”に行かないんだ」
梨華は新人のころに先輩に“Violet Light”へ行こうと誘ったときに誰もが断ったことを思い出した。
「でも、飯田さんや保田さんは行ってるよね」
「そうだよね」
「それは・・・」
さらに誰もがその過去に驚愕した。
「ちょっと待って・・明日保田さん休みだよね」
「飯田さんもだ!」
4人の頭に最悪のシナリオが浮かんだ。

374 名前:Hermit 投稿日:2005/02/20(日) 22:11
長くなりそうなので、ここで話を切ります。
次回でラストです。
375 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 22:11

376 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 22:12

377 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/20(日) 22:12

378 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/10(木) 19:24
マターリ待ってます。
379 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:03


「ここやな」
裕子は静岡のとある場所に来ていた。
みちよが死んでから、1度だけ来た場所。
警察を辞めて、新たな決意を固めた場所。


潮風に髪がたなびく。
「変わったな・・」
裕子は憮然とした表情で目的の場所へと進む。
新しい建物や店ができて、当時の光景とはまったく違っていた。
そのおかげか余計な邪魔者も現れない。

380 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:04


いろいろな思い出が走馬灯のように頭の中をよぎっていく。
警察時代の苦い思い出。
喫茶“Violet Light”での楽しい思い出。



「もうえぇことや」
裕子は過去への思いを断ち切るかのように首を振る。

381 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:04


目的の場所まで500Mほどまで迫ったときだった。
「1人だけずるいよ」
目の前に立ちはだかる1人の女性。
見たこともない女性に裕子は手を胸元に入れる。
「ちょっと待ってよ」
「裕ちゃん、圭織を撃たないで」
目の前の女性は突然大声をあげ、別の女性が駆け込んできた。
裕子は大きくため息をつくと、胸を押さえる。
「なんや、圭織か・・・髪切ったから、わからんかった」
裕子はロングヘアからショートになった圭織を見ながら、苦笑いを浮かべる。
「ねぇ、私もちょこっと切ってみたけど」
「いや、圭ちゃんのショートは見慣れてるしな」
「ひどーーい」
一瞬、その場の雰囲気が和む。

382 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:05

しかし、その和んだ雰囲気も長くは続かない。
「二人とも帰り」
裕子の声が厳しくなる。
「覚悟はしてるよ」
「元々、この3人しか知らないことでしょう」
圭織、圭は表情を引き締める。
裕子は2人の顔を見ながら、一瞬天を見上げた。
「命の保障はないで」
「当たり前のこと聞かないでよ」
「辞表まで書いて来たのにさ」
2人は笑顔を浮かべる。
「しょうがないか・・」
裕子は圭織と圭を連れて歩いていく。
裕子は嬉しさと戸惑いが半々。
このまま道連れにするわけにもいかない。
無理やり引き返せようとすれば2人は反発するだけだろう。
何より引き返させようにも、目的の場所は目の前に迫っていた。

383 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:06

住宅街を抜けると工場らしきものが見えた。
20Mほどの煙突が2,3本建っていた・
古びた白い壁に錆付いた鉄の門。
時代の移り変わりを感じさせる。

「ここか・・」
裕子は足を止める。
圭織と圭も黙ってその場所を見つめていた。

「もう後戻りは無理やで」
裕子は淡々と呟く。
「初めから、そのつもりだよ」
「ハハハ、この状況じゃ無理だよ」
圭織と圭は笑ってみせる。
誰もが異変を感じていた。
多くの監視の目が注がれていることを肌にビンビン感じていた。


「行くで」
裕子はゆっくりと足を進めた。


384 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:06


工場の中は閑散としたものだった。
使い古された機械が外に放り出されて錆ついていた。
あちらこちらに穴の開いたドラム缶が散らばっていた。
若者がたむろしていたのか、菓子の袋やジュースの空き缶が散らばっていた。

「こんなところに」
誰もが一瞬疑ってしまうほどさびれた場所だった。


385 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:07


パーン
乾いた銃声が響く。
近くのドラム缶の裏に身を潜めると拳銃を手にする。
誰もが予想していたことだった

「あぁーー、頭にくる」
「ちょっと、いきなり飛び出しちゃだめだよ」
頬を膨らませる圭織を圭がなだめる
「変わらんな・・」
裕子は緊迫した雰囲気の中で穏やかな表情をしていた。
「だって、人はそう簡単に変われるものじゃないよ」
さらに不機嫌な顔をする圭織。
「でも、裕ちゃんは変わったよ」
しんみりと呟く圭
圭織もうんうんと頷く。
「そうか」
不思議な顔をする裕子に圭が笑いながら答える。
「だって、こういうときに一番に反撃に出るの裕ちゃんじゃない。
 私たちさ、止めるの必死だったんだよ」
「こういうときしかぶっ放すときはないってね」
「ちょっと、こういうときに」
危険を楽しむかのような会話。
裕子は昔のことを思い出していた。

386 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:08

鳴り止まない銃声。
「あぁ、今の警察はどうなってるんや?」
裕子は苦笑いを浮かべる。
「いや、そんなこと言われてもさ」
「私がいた頃はもっとまじめだったとちゃうんか」
「裕ちゃんがいた頃のほうがひどかったよ」
圭織がまじめに答える。
「その言い草だと私が悪いって感じやんか」
「二人ともそんな会話してるときじゃ」
圭は場違いな会話にしかめっ面をしていた
「はぁ〜、さてどうするか」
冗談は言いながらも目だけは真剣だった。
3人はそれぞれに周りを確認する。
「すっかり囲まれたね・・」
「まぁ、逃げ道は後ろだけだけど」
「あの門までたどり着く前に蜂の巣やな」
冷静な状況判断は続く。

「いい加減にでてきたらどうだ」
銃声のする方向から太い声がする。
テレビやラジオで聞いたことある声がしてきた。
「裕ちゃん・・」
「あの声」
圭織と圭は裕子の方をじっと見る。
「そういうことや」
裕子は悟ったかのようにため息をつく。
裕子はしきりと周りを見渡す。
さっきより、少し銃声が小さくなったような気がした。


387 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:08


「いい加減に出てきなさいよ」
「騒ぎを大きくしたくないんだよね」
突如聞こえてきた女性の声。
圭織と圭は慎重に声のするほうを覗く。
「まさか・・」
「なんで・・」
2人の動きが止まった。


「どうした?」
裕子は不思議そうに二人の顔を覗き込む
「いや、あそこにいる二人・・・」
「社長と副社長がどうして」
動きが固まったままの二人。
裕子は二人の視線の先に目をやる。
そこには、小柄な女性が二人たっていた。
美人というよりはかわいいといったほうが似合っていた。


388 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:09


「あいつらか・・」
「裕ちゃん、知り合い?」
即座に圭が聞き返す
「知らんわ!
ただ、元首相の隠し子やからな・・異母姉妹やけど」
「えっ、そうなの・・」
「まじっ」
圭と圭織は目を丸くしていた。

「ねぇ、いつまでそこにいるの?」
「取引によっては命ぐらいは保障してあげるよ」
3人に誘惑の声がかかる。

「どうするか・・」
3人はお互いに顔を見合わせながら自問自答を続ける。
生きて戻れることはないのは確かなこと。
おまけに素直に言うことを聞く性格じゃない。


389 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:09


しばらくすると、銃撃が止んだ。
裕子は建物の方に目を移すが変わった様子はない。
「嘘だろう・・あいつら・・」
圭は思わずこめかみに手を当てる。
その言葉に圭織も振り返るとため息をつく。


「「飯田さん!」」
「「保田さん!」」
そこにはひとみ・梨華・あさ美・麻琴の姿があった

390 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:10


裕子の目が一瞬穏やかになる。
圭織と圭はまったく気がつかない。

裕子は2人の肩を軽く叩いた。
「圭織、圭ちゃん!あいつらを頼む」
「裕ちゃんは?」
「・・・頼んだで」
裕子は隙をついて、奥の建物へと走り出す。
次々と鳴り続く銃声。
裕子の後を追おうにも行く手は完全に阻まれた状態だった。


「裕ちゃん・・」
あまりの突発的なことに呆然とする圭織。
「圭織、逃げるよ」
「でも・・・」
「あいつらまで巻き込むわけにはいかないでしょう」
圭は自分にも言い聞かせるように言い放つ。
「「ごめん」」
圭織と圭は急いでひとみたちのところに移動する。


「このまま、逃げ切れることはないからね」
「どうせ、皆死ぬしかないんだから」
不適に笑う顔があった。


391 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:11


「吉澤、何でここに?」
「紺野が“Violet Light”のこといろいろ調べていたら、保田さんたちのことが・・」
「そうか・・」
圭も圭織も悟ったかのような顔をしていた。
いつかはわかることだった。
それを隠し通せていたのは奇跡に近かった。
まぁ、昔の汚点を掘り返すこと自体、誰もやるはずがなかったことだが。

392 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:11



時は止まらない。
鳴り止まない銃声。
「裕ちゃん・・」
圭も圭織も裕子のことが気になってしょうがない。
「中澤さんは?」
「私たちのために一人で突っ込んだよ」
圭は唇を噛む。
「ねぇ、圭ちゃん・・後をお願いね」
「圭織、待って!」
「待てない!」
仕事場でも見せない一触即発の雰囲気に戸惑うひとみたち。
「ちょっと待ってください」
二人の様子にひとみは責任を感じていた。
それは梨華たちも同じだった。
「飯田さん保田さん、私が行きます」
ひとみが腰を上げた瞬間だった。


393 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:12


「痛――い」
麻琴の声に続いて聞き覚えのある声がひとみの横を通り過ぎた。

「サヨナラ」
目の前には赤い姿があった。
「ごっちん!」
ひとみは思わず声を上げた。


「えっ・・」
誰もが信じられなかった。
自分たち以外にこの場所を知っている人物がいたことを。
それが今まで追ってきた“Violet Light”の後ろ姿であることを。


394 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:12


その赤い姿は裕子へと近づいていく。
風のように銃撃を避けていく。
その滑らかな動きに誰もが目を奪われた


395 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:12


驚いたのは裕子も同じ。
近づいてきた人影に裕子は声をかける。
「こんなとこまでついてきて・・・
 死んだらどうするんや」
「こんなことで死ぬようなことはないと思うよ・・
 裕ちゃんのしごきはこんなものじゃなかったし」
真希の言葉に裕子は眉を潜ませる。
「アホやな・・」
「だって、本当のこと知らないままなんて・・
 ここまでつき合わせて、後は知らないは無責任すぎるよ」
真希は頬を膨らませる。
「危ないからに決まってるやろう・・
今なら間に合う!早く戻り! 」
「そうしたいんだけど」
真希は裕子の心配をよそに笑ってみせる。


396 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:13



ウゥーーーーー、ウゥーーーー
激しいパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
しかも、1台や2台といったものではない。
振り返れば、1台のダンプが先頭を走っている。
むちゃくちゃな運転、こんな運転をする人物は一人しかいない。
おまけに見てるほうが恥ずかしくなるカラフルな車体、こんなカラーリングが好きな人物も一人しかいない。



397 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:14


「はぁ、かなわんな」
「フフフ・・」
裕子の呆れたような顔に真希はしてやったりというような顔を見せる。


同時に驚いたのはひとみや圭たちも同じ。
地元の県警に“Violet Light”の登場と予期もしないことが次々と起こる。
あまりの急展開にひとみたちも慌てるだけ。


それは、元首相たちも同じだった。
すべてはこっそりとことを進める予定だった。
だが、思いもよらぬ展開にすべての策を改めて練る必要があった。
このままここにいることがばれては、政治生命に関わる。
なつみや真里にしても商売をやっていくのに、こんなところで捕まるわけにはいかない。


398 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:14


ダンプが裕子たちの横で止まる。
「乗って」
そこにいたのは美貴と亜弥。
紫とピンクのレオタード姿だった。
裕子は一瞬乗るのをためらった。
もう2度と巻き込むまいと決めたはずだった。
「早くしてよね」
後ろから強引に押されて乗り込む。
「もう自分だけ目立って、ずるいですよ」
「最後のお楽しみを私たちにも味あわせてくださいよ」
亜弥、美貴と裕子を挑発するような言葉が続く。


399 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:15


いつもなら小言の一言二言があるのだが、それがない。
心配した真希が裕子の顔を覗く。
「裕ちゃん!」
真希は裕子が大量の汗をかいているのに気づいた。
「中澤さん・・病院へ」
亜弥が振り返ると、裕子は右の横腹を押さえていた。
「かまわん・・・
 最後まで迷惑かけるけど、このまま進んでくれんか・・」
裕子は振り絞るように声を出す。
「このままじゃ、死んでしまいますよ」
「心配せんでも・・あんたらを育てたのは私や!
 簡単にくたばることはない」
裕子の目はいつになく鋭く鬼気迫るものがあった。
次の言葉も消し去ってしまう眼光。

「しっかり掴まっていてくださいよ!
 ごっちん、中澤さんを頼むね」
美貴はアクセルを力いっぱい踏み込んだ。

400 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:15


4人を乗せたダンプは工場の奥へと進んでいった。



401 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:16


5分後。
いいことばかりが続くとは限らない。


402 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:16


ドドーーーーン
大きく轟音を立てて煙を上げる。
同時に建物が一気に崩壊していく。


403 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:17


「嘘だろう・・・」
ひとみはその場に立ち尽くす。
崩壊した塵が顔に当たる。
破壊のすさまじさを示すように地面も揺れていた。


404 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:18


「えっ・・・・」
梨華、あさ美、麻琴も言葉が続かない。
初めて経験する惨状に何も考えられなかった。
映画やテレビで見たシーンが現実に起こっている。


405 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:18


「裕ちゃーーーん」
圭織が大声を上げて飛び出そうとする。
「危ない」
圭は圭織に抱きつく。


406 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:19


工場に侵入していた地元の県警も同じだった。
誰もが初めての経験。
初めて経験する死への恐怖。


407 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:19


大きな煙が立ち込める。
そして、真っ赤な炎が空高く上がる。
誰もが何もできずに、その状況を見ていることしかできなかった。


408 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:19




この出来事は、すぐさまニュースで全国を駆け巡った。




409 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:20


「ごっちーーん」
「ミキティーー」
「あややーーー」
「裕ちゃーーん」
4人を呼ぶ声が響く。
しかし、返ってくるのは風と現場で実況見分を行う捜査員の声。
周りではマスコミがあれやこれやと騒いでいる。


410 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:21


工場の裏手では焼け焦げたダンプが見つかった。
同時に工場から岸壁に続く血痕が見つかったが、それだけだった。


岸壁を見下ろすと、何事もなかったかのように波が打ちつけていた。
すべてを飲み込んでしまったかのように静かだった。


411 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:21


2週間に渡って、ひとみたちも捜索に加わった。
見つかったのは元首相や元側近の遺体だけ。
その中になつみや真里の遺体も含まれていた。
だが、真希、亜弥、美貴、裕子の姿はまったく見つからなかった。
もちろん、海も捜索したが何も見つからなかった。


412 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:22




元A首相、“Violet Light”ともに消える。
カラーストーンは何処へ?



413 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:22


新聞やテレビはこの事件一色に染まった。
麻薬の件、捜査の件、いろいろと不祥事が浮かび上がってくる。
同時に“Violet Light”のことも取り上げれた。
喫茶“Violet Light”に新桃上署の面子が通っていたことも報道された。
近くにいながら逮捕できなかった、新桃上署のふがいなさも取り上げられた。


一番話題になったのは元首相の不祥事を“Violet Light”が暴いたことだった。
みちよや裕子の執念が“Violet Light”を生み出したことも伝えられた。
誰もが映画のような話に感動し、映画化・ドラマ化の話まで持ち上がっていた。
同時に、新桃上署に対する上層部の考えに非難が集まった。
上層部は責任を取って辞任した。
だが、これだけで世間の怒りがおさまることはなかった。

この事件を機会として、政権が変わった。


414 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:23



1ヵ月後。
一連の騒動は少しだけおさまった。
なおも世間ではいろいろな議論が渦巻いていた。


415 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:24


「はぁ〜・・・」
ひとみ大きくあくびをしながら、“Violet Light”の前を歩いていた。
ちょっと前まで通っていた“Violet Light”の看板は埃をかぶって薄汚れていた。
店の壁には“Violet Light”を賛美したり非難中傷する落書きがあった。
「けっこう流行っていたのにさ・・」
ひとみは世の中の無常さを思い知る。
この世界に入ってから、よく目にしてきた光景である。
ただ自分がよく知っているだけに余計に腹立だして淋しい。
「あぁ・・・」
気づけば口からはため息ばかりが出る。


416 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:24


そして、“Violet Light”の前に大型のトラックが止まる。
荷台には多くの足場用の鉄の棒が積まれていた。
「もういいよね」
ひとみは自分に言い聞かせるように署へと向かう。


417 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:25


いつもと同じように署での一日が始まる。
最後の日になるはずだった。


418 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:25


ひとみは圭の机の前まで進んだ。
「あのぉ、これ受け取ってくれませんか?」
「そろそろと思ったよ」
圭は一番上の引き出しを開ける。
「ちょっと、よっすぃ・・」
梨華をはじめ、あさ美、麻琴は驚いて一斉に立ち上がる。
「ごめんね・・」
ひとみはばつが悪そうに下を向いたまま。


圭は黙って辞表を手にすると、引き出しをあさり始めた。
「辞表は受け取るけど、その前にそこに行ってくれない」
圭の机には成田―ロンドン間の飛行機のチケットが置かれていた。
「私、行く気ないですけど・・」
ひとみは首を横に振った。
「これでも」
新聞が机の上に置かれた。


419 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:26


「私、英語なんて興味ありません」
「あんたの馬鹿さはわかってるけど」
「ひどいですね」
ひとみはカチンときて、思い切り机をたたく。



420 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:26


「こんな新聞・・・」
ひとみは新聞を投げ捨てようとした。
しかし、次の瞬間、新聞は大きく広げた。
そこには、盗まれた宝石の写真が載っていた。
その下には今まで嫌というほど見てきた文字が並んでいた。
“Violet Light”
ひとみの視界はそこだけに集中した。
知らず知らずに手が震える。


421 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:27


「私も行きたいけど、いろいろねぇ・・」
にこりと微笑む圭。
圭の机の上には始末書などの書類が散乱していた。
すでに圭織は辞職していたため、古株の圭にいろいろと書類が回ってきていた。
警察とすれば当然の処置だが、残されたものにすれば迷惑以外の何ものでもない。

「確認してからでも遅くはないでしょう」
軽くウィンクする圭。
「・・・」
ひとみは頷くだけ。
振り返れば、誰もが笑っていた。


「お土産忘れないでくださいね」
「麻琴、その前に言うことないのかよ」
ひとみの突っ込みに大きな笑い声が上がる。


422 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:27



ひとみは飛行機の中にいた。
窓から覗き込めば、霧に浮かぶ街の灯り。
見たことのない光景にイギリスに来たことを実感する。


423 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:28


左手の中指には木苺の赤色に輝く宝石。
昼間は緑色に輝く、2色の色を持つ宝石。

そう、“Violet Light”と同じ。


424 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:29


ひとみの指には“ラバーズの奇跡”と呼ばれるアレキサンドライトがはめられていた。
新桃上署のメンバーがお金を出し合って買った宝石。


“Violet Light”と再会を信じて買ったもの。
自分たちが必ず逮捕する意志を示したもの。


425 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:29



着陸を知らせるアナウンスが流れる。
ひとみは“ラバーズの奇跡”を窓にかざす。



426 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:30



「絶対に捕まえる」
新たな一歩を踏み出した。



427 名前:地球の涙 投稿日:2005/03/13(日) 22:30

“地球の涙”完

428 名前:CAST 投稿日:2005/03/13(日) 22:31

後藤真希


松浦亜弥


藤本美貴


吉澤ひとみ


石川梨華
紺野あさ美
小川麻琴

保田圭
飯田圭織

安倍なつみ
矢口真里

福田明日香
市井紗耶香
田中れいな
石黒彩
辻希美
加護亜依

平家みちよ


中澤裕子

429 名前:本作品に登場するカラーストーン一覧 投稿日:2005/03/13(日) 22:32

太陽の気まぐれ  ルビー
水星の嘆き    エメラルド
金星の憂鬱    シトリン
火星の沈黙    ガーネット
木星の眠り    トルマリン
土星の叫び    サファイア
天王星の幻惑   ラピスラズリ
海王星の誘い   アメジスト
冥王星の囁き   トパーズ
地球の涙     ジルコン

430 名前:カラーストーン 投稿日:2005/03/13(日) 22:33


431 名前:Hermit 投稿日:2005/03/13(日) 22:39

愚作でしたが、今まで読んでいただいてありがとうございました。
いろいろ読み苦しい部分もあったと思います。

予定では、昨年度中に終わるつもりでしたけど、
筆が途中で止まり、グタグタと続いてしまいました。


あとはこっそり消えるだけです。
ありがとうございました。
432 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 22:56

433 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 22:57

434 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/13(日) 22:57

435 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/18(金) 12:27
連載おつかれさまでした。おもしろかったです。
436 名前:ななしひとみ 投稿日:2005/08/10(水) 22:08
元ネタってあれですか、何年も前にアニメ化された某漫画?

Converted by dat2html.pl v0.2