雨の約束
- 1 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/11(日) 14:07
- 雪板で『愛するトメっち』というラブコメ風味のいしよしを書いている者です。
こちらでは、また違うテイストのお話を書いてみたいと思っています。
更新は不定期となってしまいますが、
なるべく間が空かないようにいたします。
どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
- 2 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:07
-
『雨の約束』
- 3 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:08
-
春の雨が沈丁花の香りを消してしまうので
あたしはとても不機嫌だった。
半分は晴れて、半分は嵐でもきそうな、おかしな空。
降水確率50%の夕暮れの町。
「降らないと思ったんだけどな」
あてずっぽうの賭けに負けたあたしは、
制服の肩を濡らして、駅へ行く途中の小さなスーパーの前で雨宿り。
どうも判断力がないんだよな、ジブン。
独り言を呟きながら、恨めしく空を眺める。
冴えない気分が、ますます暗く沈んでいく。
通学路だから、うちの学校の制服を着た女の子たちがうようよいた。
あたしをチラチラ見てる子たちも少なくない。
素知らぬ顔で、金色に染めた髪から落ちる雨の雫を指ではらった。
中高一貫教育の私立の女子高。
純粋培養の女の子達は、背の高いあたしのことを王子様みたいなんて言う。
- 4 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:09
-
「タオル、どうぞ」
背中から聞こえてきたのは、知らない女の子の声。
ほら、きたよ。
あたしは少々うんざりしながら、声の主を振り返った。
そこにいたのは、よく知っている、だけど意外な顔だった。
一学年上の、生徒会長の先輩。
全校集会の時なんかに、いつもステージで挨拶をしている。
お昼の校内放送でも、時々見かける。
すんなりと女らしいカラダに、
大人っぽいきれいな笑顔がくっついた、とても目立つ人。
その人が、なんでここにいるの?
あたしは目を見開いて、硬直した。
先輩はテレビで見る笑顔のまま、やわらかく首を傾げた。
「遠慮しないで。 風邪ひくよ?」
「あ、はい」
少々、緊張しながらタオルを受け取った。
ま〜たファンの下級生かよなんて思った自分が恥ずかしい。
- 5 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:09
-
ごしごしと髪と肩を拭き、洗濯をして返すと言うと
「いいよ、別に」と、さっさと取り返されてしまった。
「ありがとうございます。石川先輩」
「あ、私の名前知ってるんだ?」
「そりゃあ」
知ってますよ、生徒会長の名前くらい。
そう答えると、石川先輩はまたニコッと笑った。
うわっ。なんていうか、あまりの眩しさに目を細める。
やさしく目を細め、口の端をきゅっと持ち上げる華のある微笑み。
きれいな人だとは思っていたけど、こうして間近で見ると、
その笑顔の威力には相当なものがあった。
石川先輩は、ちょこんと首を傾げてあたしの顔を覗き込むと、
ちょっと驚くようなことを言った。
「私もあなたの名前、知ってるよ。2年B組、吉澤ひとみさん。通称、よっすぃ〜」
ええっ?! なんで石川先輩が、あたしのこと?
一瞬、動揺して、それからあたしは顔をしかめた。
そうか、生徒会長だから、あたしの事情知ってんのかも……
あたしには仲のいい友達にも話していない秘密があった。
- 6 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:10
-
「通称は、余計っすね」
「そう呼ばれるの嫌いなの?」
「まあ、フツーに冴えないっすよね」
あたしは、ぶっきらぼうに返事をした。
石川先輩が何で急に話しかけてきたのかが、いまいち掴めなかった。
よく考えたら、他にも雨に濡れた生徒はいるのだ。
もやもやと警戒心が募る。
「なになにっすね、ってしゃべるのね」
「駄目っすか? 体育会系なもんで」
それにしても、つっけんどんすぎるかもしれない。
石川先輩はまるで気にしてないふうにニコニコしてるけど、
先輩にこんなしゃべり方をするなんて、きっと失礼だろう。
もしかしてあたし、照れてんのかな。
そう思いついたとたん、頬がカッと熱くなった気がした。
なんだあたし、かっこわりぃ。
生徒会長に話しかけられたくらいで、なに舞い上がってんだ?
- 7 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:11
-
遠巻きだけど、さっきよりももっと視線が集まってるのがわかる。
もう、ますます目立つから、あっち行ってくんないかなあ?
無情にもひどくなってきた雨を見上げながら、
密かにそんなことを思い、そっとため息をつく。
だけど、石川先輩は、あたしの隣を離れる気配はなかった。
しかたなくあたしは黙って、細い雨が降る音を聞いていた。
アスファルトが濡れた匂いが立ちのぼる。
陽が落ちてあたりが薄暗くなっても、雨はなかなかやみそうもなかった。
雨宿りをしていた生徒たちは諦め気味に
スーパーの軒先に並べられたビニール傘を買い求めはじめる。
あたしも買おうかな、どうしようかな。
迷っていると、脇のほうでヒソヒソと囁き合う女の子たちの声が聞こえた。
『……一緒に入りませんかって言ってみたら?』
『……でも』
チラッと目をやると、知らない女の子たちだった。
たぶん下級生だろう。そのなかの何人かが、
今買ったらしいビニール傘を胸のあたりに持って
チラチラとあたしを見ている。
妙な雰囲気に気づいた石川さんが、クスッと笑った。
- 8 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:12
-
「吉澤さんって、人気あるね」
「別に……」
「私がいるから、あの子たち吉澤さんのこと誘いにくいんだね」
うふふふ、なんてうれしそうな声をあげる。
胸の前で抱えたカバンを、きゅっと抱きしめるその仕草。
ステージの上から全校生徒に話しかける凛とした姿からは思いつかない。
なんだ、わりと、かわいい人じゃん?
あたしは、すこし余裕を取り戻して話しかけた。
「雨、やむと思います?」
「うーん、やまなくってもいいなあ」
なにそれ、まるで答えになってない。
「やまなくていいって……帰れないじゃないすか」
「一晩くらい、いいよ」
「マジすか?」
「マジっすよ」
石川先輩は可笑しそうにあたしの口真似をした。
クソ真面目な優等生かと思ってたけど、けっこう妙な人かもしれない。
しげしげと彼女の横顔を見つめた。
- 9 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:13
-
雨に濡れる街路樹を眺める穏やかな瞳。
前髪からのぞく細い眉毛は、すこし神経質そうな感じ。
ちょっとアヒルっぽい唇が、薄く微笑んでる。
と、思ったら、いきなり彼女が口を開いた。
「あのね、私ずっと見てたの、吉澤さんのこと」
「はあっ?!」
「女の子が好きって、変かな?」
変っていうか。
突然の展開に、あたしは目をシロクロさせた。
いきなり告白? こんな人目のあるとこで?
「……みんな、見てますよ?」
「いいもん、別に」
「自信あるんですね」
「吉澤さんだってあるでしょ?」
声かけた時、超うんざりした顔で振り返ってたよ。
ま〜たファンの女かよって顔してた。
- 10 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:13
-
言い当てられてあたしは赤くなる。
石川先輩はそんなあたしの様子を見て、ふふんと得意げに笑うと、
おもむろにカバンの中から折り畳み傘を取り出した。
ええっ、傘持ってたんすかっ?!
あたしはブッたまげて、それから呆れた。
じゃあ、なんで雨宿りしてんの?
もしかして、あたしに話しかけるために?
薄いピンク色の傘が、石川先輩の手元でパッと開く。
くるりと振り返って、彼女はあたしをじっと見つめた。
「入れてほしい?」
「……入れてほしいっすね」
「噂になるよ?」
「………………」
もしも確信犯なら、すごいと思った。
丸く開いたピンク色の傘を背にしょった石川先輩は
絵本のなかに佇む架空の少女みたいに可憐だった。
そして誘うような、試すような、視線。
「どうする?」
微笑んでる彼女は、深い森の奥の小さな泉を思わせた。
鬱蒼と生い茂る樹々が濃い陰を落とす誰も知らない場所。
そこに続く道が、目の前に一筋ひらけたような錯覚。
- 11 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/11(日) 14:14
-
気がついたらあたしは、石川先輩の傘のなかに飛び込んでいた。
- 12 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/11(日) 14:15
-
本日はここまでといたします。
- 13 名前:名無し23。 投稿日:2004/04/11(日) 16:20
- 新作おめでとうございます。追いかけて参りました!
一番乗りかな?
コメディ系が続いていらっしゃったので、今回はまた新鮮な感じがしてイイですねぇ。
雪ぐまワールドがいきなりトップギアに入ってますねw
こちらも楽しみにしております。
- 14 名前:レオナ 投稿日:2004/04/11(日) 17:08
- 新作ですか、おめでとうございます。
雪板も、いつも楽しみにみさせてもらってます。
更新、大変だと思いますががんばってください。
モテ吉いいですね、実はすきなんですよ。
次回も、たのしみにしてます。
- 15 名前:時限爆弾 投稿日:2004/04/11(日) 18:12
- 新スレおめでとうございます。勿論読ませて頂きました。
無意識下の行動って危うくて甘いものなんだと感じました。いやはや、やはり繊細です。そしてなんだか哀愁漂うこの作品も、見守らせて下さい。執筆頑張って下さい。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/11(日) 18:47
- 新作おめでとうございます。
もう何度も読み返してしまった。こういう設定が私にはツボなんです!
>>10梨華ちゃんの2番目のセリフに、くらっと来ました、心臓が早鳴りしました(^_^;)
あ〜また雪ぐまさんの作品にハマり込んでいってる...
まだ始まったばかりなのに。
- 17 名前:ゆんせ 投稿日:2004/04/11(日) 20:48
- どうも〜!
追いかけて雪ぐ〜ま〜♪(某、○幾三「雪国」風で)
新作おめでとうございます!
結構好きです、こんな感じ。
引き続き応援させてもらいます☆
- 18 名前:プリン 投稿日:2004/04/11(日) 21:44
- 新スレおめっとぉ〜♪&更新お疲れ様でぇ〜す♪
雪ぐま様待ってましたっ!って感じですw
続きの更新も待ってますw
頑張ってくださぁ〜いっ!w
- 19 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/04/12(月) 02:57
- あっちもこっちも楽しませていただいてます。
冒頭とか出会いのシーンとかで感じたんですが、
作者さんは○○○○文庫の某小説読者でいらっしゃる?
ケチつけてるとかそんなわけじゃないんで
お気に触られたならスイマセン。これからも密かに応援しております。
- 20 名前:わく 投稿日:2004/04/12(月) 14:26
- やってまいりました♪
強気ないしもw ジゴロなよっちもノックアウト?!
- 21 名前:名無し君 投稿日:2004/04/12(月) 19:02
- >>19
それは似てるって事ですか?
ハッキリ言わないと疑惑だけが残りますよ。
丸写しじゃなければ良いんじゃないかな?
パロだってあるんだし。
- 22 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/04/12(月) 19:39
- >>21
ですね。失礼。
オイオイ似てるじゃねーかと思ったわけではなく
端々にチラリと影響が匂う程度で全然違うからああいう言い方に
なってしまった。
ただ非難をしているわけではないことだけは分かって欲しいと思う。
- 23 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/04/12(月) 19:57
- こっちも(・∀・)イイ!!です。
いつも楽しみにしてます、どちらも頑張って下さい。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/12(月) 21:42
- 新作記念カキコ。そして初レスです!
また、あっという間に物語に引き込まれてしまいました。
>>10とか、吉と一緒の気持ちになって目が眩みました。
すばらしい才能にいつも驚きながら堪能させてもらってます。感謝!
>>22さん
楽しみに読まれているなら、最初から「気を悪くしたらスイマセン」とか言わなきゃいけないようなことは
お書きにならないほうが賢明だと思いますよ。
私はてっきり荒らしだと感じて心配しちゃいました…。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/12(月) 23:44
- なんとなくミステリアスな雰囲気を醸し出す石川さん
策士ですねw
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/13(火) 10:18
- 新スレおめでとうございます。
愛トメから読みましたよ。
こっちの石川さんはちょっとお姉ちゃんっぽくて(・∀・)イイ!!です。
更新頑張ってください!
- 27 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/13(火) 13:01
- 一日遅れてしまいましたが、(^▽^)<よっすぃ〜、おたおめ!
13> 名無し23。様
おおっ。一番レス、ありがとうございました。
ずっと読み続け、励まし続けてくださってること、心から感謝しております。
14> レオナ様
最近はリアルでも、モテ吉に拍車がかかってきていますね〜。
(0^〜^)<まあ、こんなもんよ。
15> 時限爆弾様
いしよしには哀愁がよく似合う……と、思っております。ほんとはねbyソニン。
でも、最近、よっちゃんがキャラ爆発ですからなぁ〜。(0^〜^)<トメ子!
16> 名無飼育さん様
優等生&オトナ梨華ちゃんに、不良吉ってやつですね。
雪ぐまもダイレクトにツボなんでございますw
17> ゆんせ様
追いかけて雪ぐ〜ま〜♪ 今度、カラオケで歌ってみようかな。
しかし、そうすると私が妄想小説を書いていることが周囲にバレてしまう……
18> プリン様
いつもありがとうございまぁ〜す ♪ (^▽^)<これからもよろしく!
19> 名無し飼育さん様
むむ。伏せ字が多くて何の小説かわからない……いずれにしても書き手としては正直、複雑な心境ですなぁ。
- 28 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/13(火) 13:03
- 20> わく様
強気な石の魔力に、吉がふらふら〜っと。w
リアルでもこんな魔法をかけていてほしいものでございます。
21> 名無し君様
お気遣いありがとうございます。人並みに読書はしているものの、
特定の一小説のファンであるとか、参考にしているとかはありませんです。はい。
22> 名無し飼育さん様
19(22)さんは、その小説のファンで、雪ぐまもそうなのかな?と思った、
ということでしょうか? でしたら、ご期待にそえなさそう。申し訳ないです。
何の小説か気になりますが、聞かぬが花、言わぬが花ということにしておきましょう。
23> 名無し飼育さん様
ありがとうございます。それぞれのテイストをお楽しみいただければ幸いです。
24> 名無飼育さん様
お初です。お気遣い、感謝です。
さあ、吉と一緒に、いしかーさんの恋の罠にハマりましょうぞ!w
25> 名無飼育さん様
ハイ、今回は策士ですw しかし、リアル石川さんだと。策士、策にはまるでしたっけ?
一生懸命すぎて、そういうふうになってしまいそうですなw
26> 名無飼育さん様
トメっちはなんかキショキャラに磨きがかかってますからね〜w
こちらでは石川さんの大人の魅力(?)をご覧くださいませ。
それでは、更新にまいります。
- 29 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:04
-
彼女の手から傘をひょいと取り上げて持つ。
一瞬触れた指先に、鼓動がばくばくと音を立てた。
誘い込んだくせに彼女は、迷いこんだあたしに戸惑ったような顔をした。
「ありがと」
「いえ」
石川先輩の肩が濡れないように、気をつけて傘をさす。
相合い傘で歩き出したあたしたち。
背後のざわめきは聞こえないふり。
明日はたぶん噂の渦中。
そのことが、妙な昂ぶりをあたしのなかに芽生えさせる。
つまらないこと言ってれば? あたしは胸を張る。
あんたたちが知らない場所を見に行く。
- 30 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:04
-
角を曲がり、ざわめきが遠ざかったところで、
石川先輩はあたしの腕に、そっと腕をからませた。
再び、鼓動が暴れはじめる。
つまり、あたしはOKしたってことになってるのかな。
誰も見ていなければ、ひどく弱気な自分に戻ってしまう。
いつ岸に戻れるかわからない船に乗せられたみたいに、
不安が喉元までせりあがってくる。
うまく釣り上げられた魚みたいな気分で石川先輩の横顔をうかがうと
彼女はちょっと緊張したみたいに神妙な顔でうつむいていた。
この人、強気なのか弱気なのかわからない。
でも、静かに伏せられた睫毛も悪くない。
「石川先輩って、なんか大人っぽいっすね」
「からかわないで」
「からかってないっすよ」
たったひとつの歳の差を、強く意識した。
あたしのことをずっと見てたって、ほんとうだろうか。
ものすごく遠くにいる人だと思っていたのに。
- 31 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:05
-
「少し、遠回りしてもいい?」
「いいっすよ」
こんなふうに誰かと腕を組んで歩くのも、
言われるままにおとなしくついていくのも、初めてのことだった。
男の子と知り合うきっかけはなかったし、
騒がれていても、女の子を好きだと思ったことはない。
だけど、この人はなぜか、あたしを惹きつける。
雨に濡れたあたしを、糸をたぐるように誘い出した年上の人。
「あたし、こー見えて、人とつき合ったことないんすよ」
「犬とならあるの?」
「……つまんないっす」
「そう? イケてると思ったんだけどなあ」
クスクスと笑う石川先輩は、まるで春の雨の妖精みたい。
沈丁花の香りも、心に浮かぶさまざまな疑問もかき消してしまう。
そして、しとしととあたたかく降り注ぐ。
- 32 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:06
-
人気のない道を選びながら
石川先輩があたしを連れてきたのは、学校だった。
なんだ、ぐるっとして戻ってきちゃったの?
怪訝な顔をしたあたしの腕を引き、
彼女は壊れた柵の隙間から敷地内にもぐりこんだ。
誰もいない校庭が眼前に広がる。
ドキドキする。
もう全校生徒が下校しているはずの時間。
警備員に見つからないかってことと、これから何が起こるのかってこと。
ひとつ傘の下で、あたしは平気なふうを装いながら
びりびりと指先が震えるくらい、ひどく意識している。
雨に煙る校庭と、その奥に佇む古い校舎を黙って見つめている石川先輩を。
佇むその人の頬は外灯の明かりに反射して、
何もかもを弾きそうなほど滑らかに光っていた。
あたしは傘の柄を握っている自分の左手の甲に目をやる。
そして、その艶やかな白さに満足する。
肌のきめに、目に見えないほどの小さな水の粒が埋め込まれているみたいだ。
- 33 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:08
-
彼女の頬と自分の手をしげしげと見比べるあたしに気づいて、
彼女が不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの?」
「今が一番、きれいかなと思って」
あたしの答えに、彼女は一瞬きょとんとし、
それから心底おかしそうに吹き出した。
「傲慢なんだね」
「いけませんか?」
「若いだけじゃん」
「だけって……。まあ、先輩みたいに優秀な人は、未来に希望があるかもしれませんけどね」
あたしみたいに何もない人間は、
若いということくらいしか自分を肯定する要素がない。
自らの美しさを若いだけだとせせら笑う彼女は、
おそらく今よりももっと美しい自分を、輝かしい未来を、
その瞳の奥に明確にイメージしているのだろう。
- 34 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:09
-
「優秀だなんて、なんで思うの」
「生徒会長だから」
「固定概念だね」
「成績で選ばれるって聞いてますけど」
「噂を信じるのが好きなの?」
やり込められて悔しいはずなのに、
あたしの体は不思議と彼女へと傾いていく。
かすかにもたれかかったあたしを感じたのか、
腕を組む彼女の力がわずかに強くなる。
肩にコツンと頭を乗せられた重み。
雨がわずかに強くなり、小さな傘では心もとなくなった。
あたしはすぐ近くにあった体育倉庫を指さし、
あの屋根の下で雨宿りをしようと石川先輩の腕を引いた。
彼女はなぜかかすかに驚いたような顔をし、それからコクンとうなずいた。
うつむいたままついてくる姿は子鹿のよう。
泥をはねないように慎重に地面を蹴る爪先。
さっきまであたしの凡庸をからかってたくせに、
今度は、時々あたしを見上げる黒い瞳が妙にいたいけな気配で、
思わず照れくさくて笑うと、石川先輩も照れくさそうに微笑んだ。
- 35 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:09
-
「吉澤さん、好きよ」
「なんすか、急に」
「ひどい、告白してるのに」
「いや、だからぁ……石川先輩は唐突すぎます」
「うーん。時間がないのよ」
は?
思わず歩みを止める。
石川先輩は、あたしから視線をそらし、
もう一度、もう真っ暗な校舎を眺めて目を細めた。
「私、遠くに行くの」
「遠く?」
「父の転勤についていくの。大学も向こうで行くの」
そんな。
呆然とする。
だから、こんなに急に、こんなふうに?
- 36 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:10
-
石川先輩が、ふいにあたしの肩に手をかけ、
すこし背伸びをして唇を寄せた。
あたしは傘を持って突っ立ったまま反射的に目を閉じ、
驚くほどやわらかい熱を受けとめる。
その時、あたしの胸の中に涌きあがった想いを
なんて名付けていいのかわからない。
気がついたらあたしは傘を放り出して、
石川先輩をぎゅうっと抱きしめていた。
痛い。
鼓動が内側から肋骨を叩いてるみたい。
制服が濡れてしまうと思いながらも、
あたしは彼女を抱きしめたまま立ちすくんだ。
石川先輩の息づかいが、耳元で聞こえる。
どうしたらいいのかわからない。
- 37 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:11
-
キスを返せばいいの?
あたしはキスをしたいの?
しても、いいの?
そもそもどうして唇と唇を触れあわせるのだろう。
脳裏を跳ねまわる疑問。
肩にかけられていた手が滑り落ちて背に回され、
彼女のやわらかい唇が、ゆっくりとあたしの首筋に押しつけられたのを感じた。
う、わっ……あたしはかたく目を閉じる。
勝手に喉の奥から息が漏れてしまう。
彼女の唇が蠢くたびに、背骨から熱い塊が駆け上がってくるみたい。
まるで催眠術にかけられたように、意識が陶然と揺らめきはじめる。
- 38 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/13(火) 13:12
-
唇が離れた瞬間、あたしはかすかによろめいた。
石川先輩は前髪から雨の雫をしたたらせながら、
熱く潤んだ瞳であたしを見つめる。
そして、制服のポケットから、古びた小さな鍵を取り出した。
「あそこの鍵」
指さしたのは、雨宿りをしようとしていた体育倉庫。
「吉澤さんがあそこに行こうっていうから、びっくりしちゃった」
どうやって誘おうかと思ってたのに。
そう言って、生徒会長は猫のように目を細めて笑った。
- 39 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/13(火) 13:13
-
本日はここまでといたします。
- 40 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/04/13(火) 18:35
- こうゆうシュチュエーション大好きです。
細かい描写も大好きです。
- 41 名前:名無し23。 投稿日:2004/04/13(火) 18:46
- 更新、乙でございます。
う〜ん、石川さんがちょっと謎めいてていいなぁ・・
ふと「記憶より彼方で」を思い出しましたです、ハイ。
(アレで自分の心はまるごと雪ぐまさんに奪い去られてしまったのですw)
次回もすごく楽しみです。
- 42 名前:名無しp. 投稿日:2004/04/13(火) 23:23
- ずーっと読ませて頂いてます。
大人っぽい石川さんが魅力的です。
吉澤さんが一目惚れするの納得です。
- 43 名前:時限爆弾 投稿日:2004/04/14(水) 18:05
- 更新お疲れ様です。
いやん先生、やめて下さいW 艶のある様にウットリです。似合うなあ。あの子がもう少し大人しくしてくれれば(ry 執筆頑張って下さい
- 44 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/14(水) 20:41
- 40> 名無しどくしゃ様
ありがとうございます。春の雨の情景を感じていただけると幸いです。
41> 名無し23。様
おお。懐かしの(0T〜T)<竜神様〜! ですねw
初心忘れず、精進いたしたいと思います。今度ともどうぞよろしく。
42> 名無しp. 様
初めまして。石川さんのような美人生徒会長がいたらいいなあとw
(^▽^)<才色兼備! ……今後ともどうぞご愛顧のほどを。
43> 時限爆弾様
( ^▽^)<いやん! ←「いやん!」と言わせたら日本一?!
(0^〜^)<いやん! ←あの子の振り幅の大きさには驚きでございますw
それでは、更新にまいります。
- 45 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:42
-
厚いマットに横たわったまま、小さな窓を眺めた。
穏やかに差し込む外灯の仄かなあかりに、
使い古された跳び箱や平均台が幻想的に浮かび上がる。
いつか見たサーカスの舞台のように奇妙に。
まだ、雨はやまないらしい。
やまなくてもいい。
一晩くらい、帰れなくてもいい。
石川先輩は、制服のシャツをはだけたまま、
むきだしになったあたしの肩を枕にするみたいにして寄り添っていた。
その姿があまりに自然で、ずっと前からこんな関係だったような錯覚を起こす。
今日初めて言葉を交わしたと思えないほど吸いつきあう肌。
- 46 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:43
-
「たぶん、そうだと思ってた」
「いつから?」
「あなたが入学してきた時から。あなたが気づかなかっただけ」
高校の入学式を思い出す。
中学からの持ち上がりではなく、外部からの入学組だったあたしは
知った顔もいなくて、不安な気持ちでクラスの列に並んでいた。
あの時に、もう石川先輩はあたしを見つけてたってこと?
石川先輩はどこにいたのか、あたしは記憶を巡らせる。
あ、思い出した。
石川先輩はステージの脇にいた。
まだ、生徒会長じゃなくて、でも生徒会の役員だった。
姿勢のいい、きれいな人がいると、思った。
「覚えてる」
「よかった。すこしは救われたかも」
何いってるんだか。
自信満々で、甘い罠をしかけたくせに。
- 47 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:44
-
「自信なんてない。賭けをしただけだよ」
そう呟くと、彼女は再びあたしに口づけた。
賭けは石川先輩の勝ち。
だけど、あたしだって負けじゃない。
だって、こんなに気持ちいい……
迷いも戸惑いも彼女がたてる雨音に隠され、
尋常じゃない状況と激しい鼓動が心地よく気を狂わせる。
あたしは目を閉じ、彼女が見せてくれる夢の中を彷徨った。
だから、しばらく気づかなかった。
彼女が本当にあたしの肌に雨を降らせていることを。
頬が濡れたことに気づいて唇を離すと、
彼女はちょっと鼻をすすって照れくさそうに小さく笑い、起き上がった。
「ごめんね」
「どうしたの?」
「ううん」
闇に溶ける彼女の肌。
丸みを帯びた彼女の頬と瞳が薄明かりに反射して光り、
かろうじて彼女の表情をうかがわせていた。
- 48 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:45
-
あたしがじっと見つめたせいか、彼女は恥ずかしそうに首のあたりまでずれていた下着を直し、
乱れた制服のシャツの前を掻き寄せてボタンをかけはじめた。
影の動きに目をこらしているあたしに、
甘えたような拗ねたような声がふわりと落ちてくる。
「見ないでよ」
「んなこと言われても」
「そっか」
嫌でも見えちゃうか。
小さく舌を出すその頬には、もう涙は流れていなさそうだった。
「べつに嫌じゃないっすよ」
「エッチ」
「げ、誘っといてそれすか?」
くすくすと笑いあう。
あたしはすごく楽しい気分だった。
予想外の形で訪れた生まれて初めてのデキゴト。
クールに受け止められるほど大人じゃないし、
変にはしゃぐほど子供じゃないと思うけど、
やっぱりまだまだガキ寄りなのかな?
妙に気分が昂揚して、血液が体の中でぎゃあぎゃあ騒ぎまくっている。
- 49 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:45
-
石川先輩で良かった。
よく知らない人だとか、女の子だってこととか、
自分でもどうかしてると思うくらい気にならなかった。
ただ、ひたひたと潮が満ちるような幸せな気持ちと、
これから石川先輩とつくっていくであろう未来を思って、
あたしはにやにやと頬を緩めた。
こんなに浮かれた気分になったのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
それだけでも石川先輩にお礼を言いたい気持ち。
そう、ここ半年ほど、ずっとあたしは……
- 50 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:46
-
ふと石川先輩があたしの顔をのぞき込み、
砂糖がさらさらと零れるようなかわいらしい声で囁いた。
「あのね、吉澤さん、お願いがあるの」
「なんすか?」
上機嫌で返事をしたあたしは、次の瞬間に凍りついた。
「学校、やめないで」
え?
あたしはガバッと身を起こした。
いきなり冷たい水をかけられたみたいに、すっと血の気が下りてゆく。
やっぱり知っていたの? あたしが退学願を出していること。
もしかして、その理由も?
あたしは動揺のあまり、石川先輩を睨みつけた。
- 51 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:47
-
「そんなに警戒しないで」
「……全部、知ってるんすか?」
「そうね、たぶん」
あたしは唇を噛んでうつむいた。
彼女はちょっと困ったみたいに、あたしの髪を指先でそっと撫でた。
「後悔してる?」
「……………………」
あたしの秘密。
それは、金で買われた入学だった。
小学校の頃からバレーボールが得意だったあたしは、
中学時代に無名のチームを全国大会に導き、そこそこ騒がれた。
卒業が近くなると全国のバレーの名門校から誘いを受け、
あたしはちょっとばかりいい気になっていた。
よりどりみどり。もちろんあたしは一番強いチームを望んでいた。
だけど、選手強化を狙ういくつかの私立校から、金額の提示があったのだ。
薄汚いやつら。
それともこれが世間ってやつ?
軽蔑しながら、あたしは高笑いした。
そして自分を一番高く買ってくれるところに売った。
つまり、目がくらんだのだ。
- 52 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:47
-
だから、天罰が下ったのだと思う。
入学して半年で、あたしはあっさり膝を痛めた。
全国を目指す選手としては、致命的だった。
ひとつの試合に勝つこともなく、あたしはひっそり退部した。
無名校の一選手の故障など、世間ではもちろん、
もはや校内でさえもたいした話題にならなかった。
もらった金で家を新築していたから、両親はあちこちから借金して金を返した。
バレーを失ったあたしは、飛べない鳥。
まともに勉強をしてこなかったせいで、成績はいつもビリ。
不機嫌なあたしを腫れ物でもさわるように扱いはじめたクラスメイト。
遠巻きに見てる女の子たちだけが、あたしに好き勝手な妄想を抱いてミーハーに騒ぐ。
つまらなそうな横顔と、やけくそ気味に染めた金髪を見て。
「後悔……してるっすね」
肩を落としてため息をつく。
“もしも”のことばかり考えるのは、心が弱い証拠。
だけど、考えてしまう。
もしも、優秀なコーチやトレーナーが揃った名門校に行っていれば
練習中に膝を痛めるなんてことなかったんじゃないか。
自己管理の甘ささえ、他人のせいにしたがる卑怯なあたし。
自らの愚かさが招いた結果なのに。
- 53 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:48
-
「理事長も、後悔してるって」
石川先輩の言葉に、思わず顔をしかめた。
わかってるよ。そりゃあ後悔してるだろうね。
ちっとも役に立たなくて、いまや、ただの劣等生。
「だから、退学してやるって言ってんですよ」
唸るようなあたしの声に、石川先輩は首を振った。
「違う、そういう意味じゃなくて」
理事長は、あなたの才能を潰したかもしれないと思って悩んでるの。
うちなんかじゃなくて、もっと環境が整ってる学校に進学したら
故障しなかったかもしれないし、プロになれたかもしれないのにって。
あたしは驚いて顔をあげた。
学園長がそんなことを? 石川先輩に?
- 54 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:49
-
「立ち聞きだよ」
石川先輩は肩をすくめた。
生徒会室は、理事長室の隣なの。
わりと壁、薄いのよね。
「学園長、困ってたよ、あなたから退学願が出て。だから保留にしてるの」
「…………………………」
「私も、困るな。吉澤さんにはずっとこの学校にいてほしい」
この学校に来てよかったって思える学校生活を送ってほしい。
バレー以外の生き方を見つけてほしい。
生徒会長だから言うんじゃないよ。
あなたにもう一度、前向きになってほしいから。
胸元のリボンをきゅっと結びながら、石川先輩は続けた。
「この話を聞いてほしかったの」
「退学するなって?」
「うん。まあ、それだけじゃないけど」
- 55 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:50
-
石川先輩は膝立ちをして少し近寄ってくると、
考え込んでるあたしをやさしく抱きしめた。
額にあたたかな唇が触れる。
「なんで好きだかわからないけど、好きよ」
「石川先輩……」
「ちゃんと言ってみたかった。見てるだけじゃなくて」
思ったより、うまくいっちゃった。
なんだか困ったような声。
「離れるの、つらくなっちゃうな」
「あっ、そうだ。どこ引っ越すんすか?」
石川先輩は質問に答えなかった。
その代わりにゆっくりと身体を離し、
焦点もあわないような至近距離であたしの瞳をじっと覗き込んだ。
「“もしも”ってこと、私も考えるよ」
「は?」
「もしも、このまま朝が来なかったらとか」
石川先輩は、あたしの右手をとると、その甲にそっと唇をつけてから
指切りげんまんの形に小指をからめあわせた。
約束? 指切りげんまんって古くない?
言いかけて口をつぐむ。
彼女が、ひどく悲しげな顔でうつむいていたから。
- 56 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:51
-
「吉澤さん、もしも、今、後悔してなかったら」
雨音にかき消されそうな吐息が言葉を紡ぐ。
雨の日には思い出して。
短くても、あなたの恋人だった私のことを。
からめられた小指は、すぐに離れてあたしを不安にさせた。
遠くって、どこ?
会えなくなるわけじゃないでしょう?
- 57 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:51
-
「ちょっ、先輩、どこに引っ越すんすか? メアドを……」
「さよなら」
唇に唇を押しつけられ、一瞬、目を閉じる。
次に瞼を開いた時に見えたのは、身を翻して駆け去る彼女の後ろ姿だった。
「石川先輩!」
慌ててシャツを羽織って追いかける。
ドアを飛び出して、あたしは愕然とした。
そこに広がっていたのは、誰もいない校庭。
「石川先輩! どこ?!」
雨に濡れるのもかまわず、あたしはそこらじゅうを探し回った。
わずかな遅れだった。遠くにいけるはずない。
「石川先輩!」
なのに、彼女はどこにもいなかった。
まるで魔法でも使ったみたいに、忽然と消えてしまった。
- 58 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:52
-
「嘘だろ……?」
まだ何も伝えてないのに。
感謝の気持ちも、後悔なんてしてないってことも。
雨に背中を押されるようにトボトボと体育倉庫に戻る。
石川先輩がいなくなった倉庫は真っ暗で、薄汚れてて、冷たくて、
お化けでも出そうなほど気味が悪かった。
さっきまで、あんなに幻想的に見えたのに。
夢のような時を過ごしたのに。
あたしはドアを閉め、まだ降りやまぬ雨を見上げてため息をついた。
- 59 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/14(水) 20:53
-
春の夜が見せた夢?
いや、違う、現実にあったことだ。
ドアの鍵穴に刺されたままだった古びた鍵を苦心して抜き取り、
校庭に転がったままのピンク色の傘を拾う。
「石川先輩……」
春の雨の妖精みたいだった。
ふいに現れてあたしに降り注ぎ、
ねじれた心をやさしく洗い流して、消えてしまった。
- 60 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/14(水) 20:54
-
本日はここまでといたします。
- 61 名前:オレンヂ 投稿日:2004/04/14(水) 21:06
- 新スレおめでとうございます!&更新お疲れ様です!
いや、もちろんスレが立ったその日から読ませていただいてますが
やっぱりレスをためらってしまいました(苦笑)
すでに話しに引き込まれて更新がとても楽しみです。
マイペースで頑張ってください。
- 62 名前:名無し23。 投稿日:2004/04/14(水) 22:30
- 更新、乙でございます。
いやはや、これはグイグイと引き込まれる展開ですねぇ。
せつなくも甘くもブルージー。この「ドラマティック・レイン」な世界はまさにいしよし!です。
いしよしの行方を、自分も竜神様にしっかりお願いしておきますw
まったりと次回もお待ちしております。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/15(木) 10:03
- 以前にもちょこちょこ感想を書いていましたが久々に。
雪ぐまさん、更新お疲れ様です。
特に>>47の巧みな表現には唸りました!
もちろんこの後の展開も目が離せないです。
これからも雪ぐまマジックを楽しませていただきます。
- 64 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/15(木) 23:59
- 61> オレンヂ様
初めまして。ご愛読いただきありがとうございます。
レスは励みになりますので、いつでも歓迎でございます。また、機会があったらよろしくです。
62> 名無し23。様
ブルージーでドラマティック・レイン、光栄でございますw
カッコおもろい洒脱なレスぶり、いつも楽しみにしておりまする。
63> 名無飼育さん様
お久です♪ 雪ぐまマジックというか、ただのペテンというかw
お言葉を励みに頑張ります。さてさて、この後の展開、お気に召していただけるかどうか……。
それでは、更新にまいります。
- 65 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/15(木) 23:59
-
大学の講義室の窓に、雨粒がポツリと落ちた。
退屈な講義に半分寝ぼけていた頭が、フッと冴える。
あたしはポケットから携帯を取り出すと
教授に見つからないように机の下でそっとメールを打った。
『雨だから今日はやめとく』
送信して、電源を落とす。
バレーサークルのコンパで知りあったオトコに誘われて映画を観に行く約束をしていた。
ドタキャンに怒り狂うヤツの顔が目に浮かぶ。
これで切れても別にかまわない。どうせヒマつぶしなんだから。
机にうつ伏せて目を閉じる。
雨の日のあたしは、あの人のもの。
石川先輩。石川梨華先輩。
どこか儚い笑顔の人。
- 66 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:00
-
あれから、彼女に会うことはなかった。
父親の転勤で遠くに行くって話は嘘だった。
向こうで大学に行くって話も。
あの夜、石川先輩は家族とともに町から消えたのだ。
夜逃げ同然で、行方はわからなかった。
さまざまな噂が流れたけれど、ほんとうのところはわからない。
転校の手続きさえとられておらず、1年待たれた後、彼女はやむなく除籍となった。
あたしは退学願を取り下げ、バレーに傾けていた情熱を学生生活のほうに向けた。
急にまた社交的になったあたしをクラスメイトたちは訝しんだけど、
ほどなく何事もなかったようにクラスに溶け込み、文化祭や運動会を楽しんだ。
成績も驚くほど上がったあたしを、教師たちは不思議そうな顔で見た。
- 67 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:00
-
石川先輩がいないことが苦しくなかったといえば嘘になる。
だけど、あの人のことを知れば知るほど、
この学校に来てよかったって思える学校生活ってやつを
彼女自身が謳歌していたのだと知った。
あの人がいなくなったことを悲しむ人が、驚くほどたくさんいたから。
彼女の身を案じるその気配のなかにいると少しだけ心が慰められた。
だから、探してみようと思った。
あの人が愛した学校のなかで、新しい生き方を。
- 68 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:01
-
そして、あたしは今、隣県の大学に往復3時間かけてせっせと通っている。
見かねた家族は一人暮らしをすすめるけれど、あたしは家を離れない。
もうマイナーになってしまった携帯のキャリアも変えていない。
石川先輩は、あたしのことをよく知っていた。
もしかしたら、家の住所や携帯ナンバーも知っていたかもしれない。
だから、あたしは待っている、今も。
たぶん、無駄だと、わかっていても。
- 69 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:02
-
授業が終わり講義室を出ると、
ドアのところにサークルの後輩の亀井ちゃんが立っていた。
あたしを見つけると、パッと顔を輝かせ、はにかんだように笑う。
どうやら、待っていたらしい。
「吉澤先輩」
「どしたの?」
「私たち、これから飲み会なんです。一緒に行きませんか?」
「あー、今日はごめん、帰るよ」
「そうですか……」
うわー、みんなに怒られちゃうなー。
亀井ちゃんはそんな感じの、ちょっと困った顔をした。
その顔を見て、あたしは苦笑する。
あたしはなんとなく亀井ちゃんに甘い。
だから彼女は同級生たちに、誘い役を押しつけられたんだろう。
女子大のせいか、あいかわらず王子様してるあたし。
「ごめんね」
「いえ、あの、気にしないでください」
どことなくあの人に似てる。
肌の感じや、整った目鼻立ち、すこし重く見えるほどの漆黒の髪、
それから、いかにも女の子っぽい仕草。
あたしはかすかに目を細める。
亀井ちゃんが、どぎまぎしたように視線を落とした。
- 70 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:03
-
雨はまばらに降っていた。
傘をさすほどじゃないかもしれないけれど、
あたしはカバンから、いつも持ち歩いている折り畳み傘を取り出す。
石川先輩の、薄いピンク色の傘を。
「その傘」
「ん?」
「吉澤先輩のイメージじゃないですね」
そりゃあ、そうだよね。
あたしはふと気が向いて、軽く口を滑らせた。
「昔の恋人の傘なんだ」
「え……?」
「ん?」
「いえ、あの」
女のヒト、なんですか?
あっ、しまった。
そうか、ピンク色の傘なんてフツー男の人はささないか。
うっかりミスに思わず苦笑い。
雨の日のあたしは、ぼんやりしすぎている。
- 71 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:03
-
「軽蔑する?」
「そんなことないです。あの、全然」
「サンキュ。ほんと、短い間だったんだけどね」
そう、たった数時間の恋人。
だけど、今でもあたしを支配する。
亀井ちゃんは、首をかしげてあたしの喉元を指さした。
「もしかして、そのチョーカーも?」
あたしは「さあ、どうでしょう?」とおどけて微笑んだ。
いつもしてる、革ひものチョーカー。
その先にぶら下がってるのは、あの体育倉庫の小さな鍵。
もし、どこであの人があたしを見かけたらわかるだろう。
今でも、あの夜を胸に抱いていると。
- 72 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:04
-
傘を開く。
パッと花が咲いたようにグレーの視界が色づく。
あの人の笑顔のように、あたしの心を照らす。
ふと微笑みを漏らしたあたしに、亀井ちゃんが思いがけない言葉を投げてきた。
「私、その人に似てますか?」
「え?」
「先輩は時々、誤解しちゃいそうな目をします」
亀井ちゃんは、なぜかふてくされたようにそう言うと
やおらペコリとお辞儀をして、校舎の中に駆け戻っていってしまった。
やわらかそうな頬と耳たぶを、真っ赤に染めながら。
あたしは呆気にとられて、その背を見送った。
誤解しちゃいそうな目?
誘ってるように見えるってことか、あたし。
- 73 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:04
-
ピンク色の傘をさして、小雨のなかを歩き出す。
いったい、どんな瞳で亀井ちゃんを見ていたのか。
視線を向けられた彼女の動揺と心の揺れを思って、
恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになる。
(……いいよ)
雨音に混じって、ふいにあの人の囁き声が聞こえたような気がした。
(……あの子と、恋をしたら?)
「無理だよ」
あたしは呟いた。
地球に雨が降る限り、たぶんね。
傘を下ろし、あたしは天を見上げた。
石川先輩、今頃、どこで何をしていますか。
あなたが暮らす町でも、雨が降っていますか。
もし晴れていても、同じ空の下できっと、生きていますね?
- 74 名前:雨の約束 投稿日:2004/04/16(金) 00:05
-
唇に降り注ぐ雨はやさしくて、あの日のあなたのキスを思い出す。
雨の約束。あたしは今も、あなたの願いを守り。
春の雨は、沈丁花の香りを消してしまう。
そしてあたしをあの日の夢に誘い込む。
頬に流れる雫を上手に隠してくれながら。
あの人があたしに降らせた涙。
時が経つほど、その雨は胸の奥深くへと染み込んでゆき、
あの日芽生えた想いを密やかに育んでゆく。
あたしは微笑み、あの時言えなかった愛の言葉を、静かに空に囁いた。
☆終☆
- 75 名前:雪ぐま 投稿日:2004/04/16(金) 00:09
-
『雨の約束』完結いたしました。
短い雨の夜の長い恋のお話でした。
ご感想等、お待ちいたしております。
また近々、違うお話で現れます。
雪板・愛トメともども今後ともよろしくお願い申し上げます。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/16(金) 00:12
- 美しいお話ありがとうございました。
- 77 名前:クローバー 投稿日:2004/04/16(金) 00:39
- 感動しました!
雪板のお話とまたぜんぜん違って
とてもよかったです。
次回作期待しています。
- 78 名前:16 投稿日:2004/04/16(金) 01:20
- なんか最近えりりんに浮気しそうになってる私を
見透かされているようでびっくりした。
でもちゃんと梨華ちゃんに軌道修正してくれた作品でした。
ありがとうございました。
- 79 名前:時限爆弾 投稿日:2004/04/16(金) 05:01
- 完結、お疲れ様でした。
雨の音が今にも聞こえてきそうで、雨が恋しくなりました。作品中ずっと、静寂で、霧がかかった様な、幻想的な風景を思い浮かべて居ました。そんな中、痛々しい位に人物の熱が放たれていたのに、少し涙してしまいました。私の中で、あのこがいつもしているアレの意味が(わかるかなW)、とても綺麗な意味になりました。カナリ長文失礼しました、次回作もお待ちしてます!!
- 80 名前:名無し23。 投稿日:2004/04/16(金) 13:37
- 完結、乙でございます。
人魚ではありませんが、雪ぐまワールドに溺れさせていただきましたw
とても素敵なお話でした。石川さんは黒髪にしていると特に儚さを感じるような・・
自分も雨の日って何かが起こりそうな予感がします。
また今度も違うお話で酔わせて下さいませ。
- 81 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/04/16(金) 17:21
- 完結おつかれさまでした。
これほどまでに雨の降る情景を鮮明に映し出せたことはありません。
久々に素敵な作品に出会えた気がしました。
ありがとう作者様。これからも頑張ってください。そして期待していますw
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/16(金) 22:02
- 実際の吉澤のキーのアクセを見るたびに
私は雪ぐまさんを思い出すでしょう。
雨の日に吉澤が石川を想い返すように…。
- 83 名前:名無しp. 投稿日:2004/04/17(土) 12:39
- 叙情あふれる文章、素敵でした。
雨が降るたびに、石川さんに思いを馳せている吉澤さん。
私も同じ気持ちです。
激しく続編希望・・・よろしくお願い致します。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/17(土) 13:19
- 愛トメから追いかけてきました。
完結お疲れさまです。
いつも素敵な作品をありがとうございます。
私も続編を期待したいのですが・・・
- 85 名前:いしよしすきすき 投稿日:2004/04/24(土) 18:58
- 雪ぐまさんの作品、いつも楽しく読ませていただいてます。
いしよしって雨と月が似合いますよね?他の作品も大好きですが、
これもまた違う感じでとても良かったです。
どうもありがとう。
ぜひ“雨の約束”の続編を書いてください。お願いします。
- 86 名前:名無し読者 投稿日:2004/04/26(月) 14:52
- 面白かったし、気持ちのいいラストだった
『愛するトメっち』とやらも今から読んでみます
- 87 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/03(月) 23:09
- はい、ご無沙汰でございました。
76> 名無し飼育さん様
こちらこそ、お読みいただいてありがとうございました。今後もよろしくです。
77> クローバー様
ありがとうございます。雪板ではかなりバカップルしてるので、
こちらではちょっとしっとりめのお話を書いていこうかと思っております。
78> 16様
えりりんは、梨華ちゃんの系譜ですよね。ハロモニの幸うす子&うす江でも、
それが証明されていていましたねw 二人とも魅力的な女の子ですな。
79> 時限爆弾様
素敵なレス、ありがとうございました。雪ぐま、感涙でございます。
あの人のアレ、ちょっと気になりますよねw で、思わず書いてしまったわけですw
80> 名無し23。様
お褒めいただき、恐縮です。美しいいしよしには、雨の日の切ないお話が似合う……と、
思うわけですが、愛トメではバカップル街道まっしぐらw つまり、いしよし最高!w
81> 名無しどくしゃ様
とても光栄です。ありがとうございます。期待にお応えできるよう頑張りたいところ。
またぜひ、読みにいらしてくださいまし。
- 88 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/03(月) 23:10
- 82> 名無飼育さん様
たはっ、ちょっと照れますなぁw キーアクセ、最初見たときはなんじゃこりゃ?と
おもいましたが、だんだん似合ってるなあと思うようになりました。
83> 名無しp.様
いつもありがとうございます。続編は、申し訳ないのですが予定しておりません。
続編を書くことで愛に深みが増すお話と、そうではないお話があると思うのです。
『雨の約束』は後者であると考えています。どうぞご理解のほどを……
84> 名無飼育さん様
いつもありがとうございます。リクエストをいただいて光栄なのですが、
今回は上記の理由にて、続編はご容赦くださいませ……
85> いしよしすきすき様
ダイレクトなHN、情熱的ですね〜。いつもありがとうございます。
続編ではなく、また別の物語でお楽しみいただけたらと思います。今後ともよろしくです。
86> 名無し読者様
ありがとうございます。ラストをお褒めいただき、ホッといたしました。
愛トメもお楽しみいただけているといいなあと思います。
- 89 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/03(月) 23:10
- それでは、新作にまいります。
今度は、こんごまのお話をば……。
少々、長くなりそうな予感です。どうぞおつきあいくださいませ。
- 90 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:11
-
『癒しのメソッド』
- 91 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:12
-
野良猫に餌をやるのが正しいかどうか。
衛生的な問題ではなく、その猫が野良として生きていくために、
簡単に人の手を借りることを覚えてしまうことが、
はたしてよいのかどうかという問題。
動物は好きだけど、あたしはそういう理由で
野良猫にむやみに餌をあげたりするのを避けてきた。
その子に本当に生きてく力や、生きてもいいという許しがあるなら、
ゴミを漁ったり、ねずみや小鳥をとっつかまえたりして、
たった一人でも逞しく命をつなぐのだろうから。
だけど、そのチビ猫を見つけた時、
あたしはどうしてもほっとけなくて、持論を曲げてしまった。
オンボロの非常階段の下に隠れていたそいつは、
後ろ足に怪我をしているみたいで、ほとんど動けなかった。
そのくせ、あたしを見て警戒したように一声鳴いて睨む。
その姿があんまり強がってて、痛々しくて、
だから、ついサンドイッチに挟まってたハムをちぎって差し出してしまったんだ。
「特別だよ」
嬉しそうにハムにがっつくチビ猫を見ながら、
あたしは非常階段に座って、あたりを見回した。
梅雨明けの太陽に照らされているのは、夏休みに取り壊される予定の旧校舎。
今は何にも使われてなくて、ほとんど人の気配がない。
けれども、この非常階段に面した小さな中庭はもったいないほど陽あたりがよくて。
- 92 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:13
-
あたしは汗をかかないように、夏服のベストを脱いだ。
襟元のリボンを外し、シャツのボタンを2つあけて着崩す。
初夏の爽やかな風が、タータンチェックのスカートを揺らした。
「穴場だね、ここ」
なんとなくチビ猫に話しかけながら、あたしはうーんと伸びをした。
学校って、やっぱ疲れるな。
サンドイッチをぼそぼそと口にしながら、ぼんやりとそんなことを考える。
やめちゃおっかな。あたしはすぐにそんなふうに思う。
『真希、高校だけは出とき。ビリでもええから』
裕ちゃんの言葉が耳によみがえる。
あたしの未来を本気で案じてくれる、ただ一人の人。
ああ、もう一人いたな、もう過去のことだけど。
『ガッコやめたこと、時々後悔するんだ。だから後藤は、ちゃんとしろ』
いちーちゃんのことを思う時、
あたしはサンドイッチを噛むことも忘れてしまう。
もう別れてしまった人なのに。
忘れなきゃいけないと思うのに。
- 93 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:14
-
1年ぶりの学校は、なんだか居心地が悪い。
いちーちゃんと別れたあたしは、いろんなことが億劫になって
結局、もういちど2年生をやりなおさなきゃいけなくなってしまった。
つまり、出席日数が足りずに留年してしまったわけ。
1学年に5クラスしかないこぢんまりとした女子高では
留年だの退学だのは、ちょっとしたニュースらしい。
どんな噂が流れてるのかしらないけど、
一つ年下のクラスメイトたちは、なんとなくあたしにビビってるみたいだ。
「ま、いーけどね」
あたしはもう食べる気をなくしたサンドイッチを全部、地面に放る。
チビ猫は、うれしげに飛びつきかけて、ふと顔を上げた。
「ん?」
つられて振り返り、目にしたのは、
中庭の反対側からこちらに向かって歩いてくる一人の女子生徒。
ただし、ちょっとばかり時代錯誤な。
あたしは呆気にとられて、思わず眉をあげた。
- 94 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:14
-
なんだ、そのダセー三つ編み。
そんでから、その黒縁のアラレちゃんメガネ。
彼女のほうも、すぐにあたしに気づいて立ち止まった。
牛乳瓶の底みたいなレンズのせいで表情がいまいちつかめないけど、
先客がいたことにかなり驚いたらしく、
胸元に持っていたお弁当らしき包みをぎゅっと抱きしめる。
あたしたちは、しばし見つめあい、固まった。
えーっと、なんか挨拶をしたほうがいいのかな?
そう思って微笑みかけた瞬間、
彼女はパッと身を翻し、もと来た道を駆け戻っていってしまった。
「……なんだ、あれ?」
首をかしげる。
もしかして、いつもここでお弁当を食べてるのかな?だとしたら、悪かったかな。
あたしはたまたま足をのばしてみただけだし。
それにしてもあの子、リボンの結び方もスカート丈も変だった。
いまどきあんなガリ勉っぽいの、天然記念物だよね。
あたしは彼女の冴えない風貌を思い出して、喉の奥でククッと笑った。
◇ ◇ ◇
- 95 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:15
-
ひとりでいるのが好きそうに見えるのかもしれない。
それともひとりでいるのが運命なのかな。
無視されてるとか嫌われてるとかじゃない。
ボーッとしてると、むしろ好意的な視線を感じることも多い。
だけど、あたしに物怖じしない友達は、どっちかっていうと他人に深入りしないタイプで、
だから、あたしに家族がいないことを知る友達はいない。
高校に入学する直前、両親と弟が乗った車が交通事故に巻き込まれて、
あっという間にみんな、いなくなってしまった。
おじいちゃんとかおばあちゃんも、もう両方ともいなくて、
ママの妹の裕ちゃんが、ひとり残されたあたしを養子にしてくれた。
裕ちゃんはずっと都心のほうで小さなスナックをやってて、
彼女のマンションで一緒に住もうって誘ってくれたけど、あたしは頑なに首を振った。
もう、すごいパニックを起こしてたあたしが唯一望んだことは、
パパたちが遺したこの小さな家を離れたくないってことだったから。
- 96 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:16
-
東京郊外にやっと買った小さな一戸建て。
親の反対を押し切って結婚したパパとママの夢だった。
引っ越してきた日、パパとママは妙に浮かれてて
でもあたしと弟は、やっと馴染んだ小学校を転校させられて膨れていた。
あの日、あんなに拗ねて悪かったな。
リビングの真ん中にどかんと置かれたパパのご自慢の黒皮のソファにごろりと横になって
あたしは、ぼんやりと思い出に頭を巡らせる。
このソファもデカ過ぎとか、センス悪いとか言って悪かったな。
やたら乙女ちっくな白いレースのカーテンも。
こうなると知っていれば、あたしはもっと。
たぶんもっとたくさんのやさしい言葉を覚えていた。
クラスメイトは皆、ごく普通に幸福そうで、
それをうらやんでるわけでもないけど、
なんとなくあたしとは違うと自分から線を引いてるのかもしれない。
夜、こんなふうに一人きりでいること、知られたくないのかもしれない。
- 97 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:16
-
深夜のテレビはつまらない。
クッションを枕に、うとうとする。
今日もこのまま眠ってしまおうか。
眠ってしまえば、時間はたちまち過ぎていく。
眠りに落ちる瞬間、今日見たい夢を目の奥で念じる。
けっこう成功率が高いんだ。
一人でいるのは、どこまでも自由で。
でも、きっと誰よりもあたしは、誰かを求めているんだ。
ずっとずっとそばにいてくれる、あたしだけの誰かを。
いちーちゃんは、違った。
だけど、あたしは今日も目の奥に市井ちゃんの姿を浮かべた。
空想するのは自由だから。
いちーちゃんと一緒にご飯をつくり、並んでテレビを観た、
あの幸福な日々の記憶は、夢の中で、より鮮明に蘇る。
◇ ◇ ◇
- 98 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:17
-
「ねえ、ここで食べたら?」
去っていこうとする後ろ姿にそう声をかけると、
冴えないメガネっ子はビクッと肩を震わせて、おそるおそる振り返った。
白桃みたいなぷっくりピンク色のほっぺたに、
のび太くんも真っ青のド近眼メガネがのっかってる。
ちっとも手入れしてないぼさぼさの眉毛が、
心底困ったというように八の字に下がっていた。
大丈夫。とって喰ったり、しないって。
あたしは大笑いしちゃいそうなのをこらえて、
特別サービスで、にっこり上品に微笑んでみせる。
メガネっ子はしばし考えていたふうだったけれど、
やがて意を決したように、さくさくと土を踏みしめながら歩み寄ってきた。
その足元を見て、また可笑しくなる。
なんだろ、そのオデコ靴。
どこで買うんだろ、そんなの。
- 99 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:18
-
旧校舎の中庭でお昼を食べるようになってから、
あたしは毎日、その冴えないメガネっ子に遭遇していた。
どうやら彼女は、本当にここでお弁当を食べるのが日課だったらしい。
毎日、旧校舎の陰から、そうっと覗き込んできて、
あたしがいるとわかると、またそうっと立ち去って行ってしまう。
最初は、こーゆーのは早い者勝ちだよって思って知らんぷりしてたけど、
毎日チビ猫を観察してて、ふと気がついた。
まだほとんど動けないくせに、こいつは茶色のトラ縞をつやつやさせている。
それに全然痩せっぽちじゃない。
きっと、あたし以外からも餌をもらってるんだ。
たぶん、あのメガネっ子だろうとあたしは考えた。
もし毎日ここでお弁当を食べてたなら、こいつに気づいているだろう。
あたしがいない時を見計らって、餌をやりにきてるのかもしれない。
「あたしって邪魔者?」
チビ猫はニャーとも鳴かずに、
ちぎってあげたシュガートーストの砂糖をざりざり舐めていた。
好き嫌いがなくて、よろしい。
それにしても。
あの子、友達いないのかな。いつも一人で来る。
人のことは言えないけど、ちょっと気になる。
だから、今日は思い切って声をかけてみたんだ。
チビ猫だけが友達だったら、邪魔し続けるのも可哀想かなって思って。
- 100 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:19
-
案の定、メガネっ子はあたしにちょっとだけ会釈をすると、
すぐにチビ猫の前にしゃがみこんだ。
そして、胸元に持っていた包みの中から
金色の紙が巻かれた高級そうなネコ缶をとりだした。
「そんないいもの、あげてたのか」
どうりで色つやがいいわけだよ。
あたしは呆れる。野良にそんないいもの食わせてどうすんの?
ゴミとか、もう漁れなくなっちゃうじゃん。
「毎日、あげてんの?」
メガネっ子は黙って頷く。
プルタブをくいっとあけると、缶の端をトントンと地面に打ちつけるようにして
中味をチビ猫の前にドバッとあける。
「一缶、全部あげるの?」
また、頷く。
チビ猫は、文字通り目を輝かせて餌にがっつき始めた。
メガネっ子はその様子をうれしそうに眺めていて、
ちっともあたしのほうを見ようとしない。
- 101 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:19
-
ナルホド、ほんとに邪魔者だったわけね。
あたしは苦笑して「栄養過多だよ」と呟いた。
メガネっ子が、「え?」というようにあたしを見上げる。
あ、聞こえちゃった? あたしは肩をすくめた。
「甘やかすと、野良に戻れなくなっちゃうんじゃん?」
「…………………」
「あんたがずーっと面倒見れるわけでもないでしょ?」
言ってしまってから、きつい言い方だったかなと思った。
黙って立ち上がったメガネっ子が、悲しげな気配を漂わせてたから。
律義に一礼して立ち去りかけた彼女に、あたしは慌てて声をかけた。
「あたし、後藤真希。2年5組。あんたは?」
メガネっ子の口が、ポカンと開いた。
まさか名前を聞かれるとは思わなかったというように。
あたしは腕を組んで、返事を待つ。
だって、あんた明日の昼もここに来る気でしょ?
あたしだって譲る気ないよ、こんないい場所。
だったら、フツーに仲良くしたほーがいいじゃん。
- 102 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:20
-
同じ学校の生徒に名前を教えるのにそんなに抵抗があるとも思えないけど、
なぜかメガネっ子はなかなか返事をせず、思いのほか長い沈黙が訪れた。
この子、もしかして口きけないの?
そう訝しんだ時、やっとメガネっ子の唇がかすかに震えた。
「………こ、こ、こ」
「こ?」
問い返すと、真っ赤になって口を閉ざし、うつむいてしまう。
そっか。どもりなんだ、この子。
しかも、赤面症で、あがり症?
そっか、なるほどね。だから口をきかないんだ。
あたしは彼女をこれ以上脅かさないように、やわらかく微笑んだ。
誰にでも、苦手なことってあるさ。
「近藤?」
彼女は、ふるふると首を振る。
「小泉?」
また、ふるふると首を振る。
なんだろう? 「こ」ではじまる名字。
うーん?と大げさに首をひねってみせると、
彼女はちょっと安心したように笑った。
- 103 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/03(月) 23:21
-
「………こんの、です」
「あー、“こんの”かー!」
“こんの”は、ぴょこんと頭を下げると、パタパタと走り去っていってしまった。
あれ? お弁当食べてかないの?
てか、こんのって、どんな漢字よ? 下の名前は? 何年生?
「ま、いっか」
明日も来たら訊いてみよう。
あたしはそう思って、うーんと伸びをした。
- 104 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/03(月) 23:21
-
本日はここまでといたします。
- 105 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/05(水) 06:48
- 素敵なこんごまハケーソ。癒されるワァ(*´д`*)
- 106 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/05(水) 12:51
- >>105 名無しどくしゃ様
発見していただいてうれしいです。ちょい長めになりますが、
バシバシ更新する予定ですので、どうぞよろしくおつきあいくださいませ。
それでは、本日の更新にまいります。
- 107 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:52
-
1年5組の紺野あさ美とお弁当を食べるようになって、
あたしは自分がおせっかいなのかもと思うようになった。
「紺野ぉ、ネコ缶はやっぱまずいって」
「………で、で、でも、ケガ、してますし」
微妙にどもりながらも、紺野はなかなか頑なだ。
ケガをなおすためには栄養と信じきっている。
それはそうなんだけどー。
あたしはため息をつく。
「もしも、紺野がトラちゃんだとしてー」
紺野は、チビ猫に“トラちゃん”という名前までつけていた。
トラ模様だからトラ。安易だな。
どうもこの子は、センスがない。
「一回、高級な寿司を食べたら、もう回転寿司とか食べられないでしょ?」
「か、回転寿司、好きですよ」
「んあー!」
そーいうことじゃなくてっ。
ガリガリと頭をかきむしる。
紺野は瓶底メガネの奥の小さな目を、おかしそうに細めた。
- 108 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:53
-
「だ、大丈夫ですよ。ずっと面倒、みます」
「飼い猫みたいに?」
紺野は、こっくり頷く。
「は、母が、猫アレルギーで、つ、連れて帰れないけど、でも」
「あんたが卒業したらどーすんの?」
「そ、それまでには、トラちゃんも少しは大人に」
「だーからっ!」
そーなった時に、好き嫌いがある子になってたら困るでしょって言ってんの!
ああ、もう、また話がふりだしに戻っちゃったよ。
あたしはため息をつく。
紺野とあたしは、根本的に考え方が違うのかもしれない。
「トラちゃんの今後が心配だなぁ」
「……ご、ごとーさんは、やさしーですね」
紺野が呟く。
あたしは思わず、頬を歪めた。
あのね、やさしいんじゃなくて、自分に重ねてるだけ。
やさしくされて捨てられたらどんなにつらいか、知ってるだけ。
もちろんそんなことは言わないけどね。
やさしいって誤解させとくのも、別に損なことじゃないし。
- 109 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:53
-
「せめて卒業するまでは、ちゃんと面倒みなよ」
「はい」
うれしそうに紺野が笑う。
その襟元に揺れるリボンは、相変わらず結び目が大きすぎて気になる。
きっちりと編まれた三つ編みが、ひどく重たそうに見える。
オデコ靴はきちんと磨かれてるけど、しょせんオデコ靴だし。
あれこれ言いたくなるのをグッとおさえる。
この子には、この子なりの好みがあるんだろうから。
「それにしてもな〜」
「は?」
「なんでもない」
あたしは紺野のお弁当のなかでひときわ黄色く光っていた卵焼きを、
勝手にひょいとつまんだ。
「あ〜〜〜〜」
思いがけず紺野が大きな声をあげた。
あたしはニヤッと笑って、卵焼きを口に放り込む。
甘い。いいね、卵焼きは甘くなくっちゃ。
「ごち」
「うあー、最後の一切れだったんですよぉ〜」
あれ、どもってないぞ?
口を尖らせる紺野、さてはそうとうな食いしん坊だな。
あたしは笑って、手にしていたクリームパンを紺野にさし出した。
- 110 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:54
-
「あげる」
「え?」
「あたし、もう食べないから」
「でも」
コロッケパン1個しか食べてませんよね?
べつに怒ってませんよ、なんて心配そうな顔をする。
ばーか、あんたが怒ってるとか、そんなの気にしてないっつーの。
「もう、おなか一杯なの」
「うそぉ?」
なんだ、フツーにしゃべれんじゃん。
そうやっていつもリラックスしてたらいいのに。
ポンポンと頭を叩くと、紺野はメガネの下でボッと赤くなって、
それからちゃっかりとクリームパンに齧りついた。
◇ ◇ ◇
- 111 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:55
-
教室で好きなのは、自分の席。
あたしのクジ運の強さは自分でもあきれるほどで、
一番窓際の一番後ろっていう特等席だ。
ある朝、その窓から紺野の姿が見えた。
体操服を着ている。一限目から体育か、ご苦労様。
あんがい足の長いその後ろ姿を見送っていて、ふと気づく。
彼女は、やっぱり一人だ。
何人かで固まって楽しげに笑いあっている集団に囲まれてる。
でも、誰と口をきくでもなく、ぽてぽてと歩いてる。
いじめられてるわけじゃないけど、とくに仲のいい子がいるわけでもない、
たぶん、そんな微妙なポジション。
揺れる三つ編みがなんだか寂しげに見えて、いたたまれなくなった。
トラちゃんを見つけた時みたいに、放っておけなくなった。
あたしは立ち上がって窓枠に手をかけると、
すうっと大きく息を吸い込んだ。
「こんのーーーー!」
ぎょっとした顔で紺野が振り返る。
それから彼女の周囲にいたクラスメイトたちも。
- 112 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:56
-
紺野は、2階の窓から身を乗り出してるあたしを見つけると、
指先でメガネをちょっと直して、はにかんだみたいにかすかに笑った。
あたしはニカッと笑って、胸元で小さく手を振る。
彼女も小さく手を振り返し、再び集団を追いかけ始める。
周囲にいた何人かが、紺野に話しかけていた。
「知ってる先輩?」とか、たぶんそんなとこだろう。
紺野の三つ編みは、もう寂しそうに見えない。
あたしは満足して席についた。
「へー。ごっちんって、紺野さんと仲いいの?」
ふいに話しかけられて振り返ると、
あたしに臆さず話しかけてくれる数少ないクラスメイト、
よっすぃ〜が、不思議そうな顔をして立っていた。
「会ったらしゃべるくらいだけどね」
「えーー? あの子、全然口きかなくない?」
委員会が一緒なんだけどさー、とよっすぃ〜。
よっすぃ〜って何委員だっけ? まあ、どうでもいい。
「どっちかっていうと無口かもね」
「無口ってーか、ロクにあいさつもしないじゃん」
よっすぃ〜は口を尖らせる。
怒ってるわけじゃないけど、呆れてるんだろう。
紺野のことだから、ちゃんと黙礼くらいはしてると思うんだけど、
よっすぃ〜は体育会系だから、先輩に声出してあいさつしないとか信じられないんだろうな。
- 113 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:57
-
「あれ? でも、紺野も空手やってたとかって言ってたけどな」
「はァ? 空手?」
「あ、聞き間違いかも。わかんない」
実のところ、あたしは人の話ってよく聞いてなくて。
そうだよね、紺野と空手ってちょっと妙な組み合わせだよね。
あれ? でも面白いと思ったから覚えてるんだっけ? んんーー?
首を傾げたあたしに、よっすぃ〜は苦笑した。
「ごっちんって噂どおり変なヤツー」
「あはっ」
どんな噂だか。
でも、彼女が聞いてる噂は、きっとそう悪い噂じゃない。
よっすぃ〜の噂のソースは、あたしが1年の時のクラスメイトの梨華ちゃんだろうから。
もともとボーッとしてるあたしは、
市井ちゃんと恋に落ちて、ますますボーッとした日々を送ってた。
学校にいても、市井ちゃんのことばっかりポワポワ考えてて
居眠りしてるよりタチが悪い授業態度だったけど、
その頃のクラスメイト達は、そんなあたしを好ましく思ってくれてるみたいだった。
何考えるかわかんないけど、ごっちんってなんかかわいいよね。
そんなふうに言われるの、嫌いじゃなかった……
- 114 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/05(水) 12:58
-
「あの子って特待生だってね」
ふいに聞こえてきたよっすぃ〜の言葉にハッと意識を戻す。
2秒遅れで言葉の意味を理解して、目を丸くした。
へぇ、特待生。紺野ってそんな賢いの?
マジでガリ勉ちゃんだったのか。
「なんかー、全然もっとレベル高い高校、行けたらしいよ」
へえ。
でも、それって、特待生になって奨学金もらわないと高校通えなかったってこと?
ふうん。あたしは腕を組む。なんか家庭のジジョーがあるのかもね。
まあ、あたしほどじゃないだろうけど。
口数の少ない紺野。
人のことを根掘り葉掘り聞かないのは、自分のことを聞かれたくないから。
たぶん、紺野とあたしは少し似ている。
だから、一緒にいて楽なのかな。
まあ、向こうはどー思ってるか知らないけどね。
念仏のような数学教師の説明に眠気をこらえきれなくなってきて、
あたしは欠伸をかみ殺しながら、窓の外に広がる光景を眺めた。
そして、ちょっと眠気が覚める。
そこには、ぶっちぎりトップで校庭を爆走している紺野の姿があった。
- 115 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/05(水) 12:58
-
本日はここまでといたします。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/05(水) 19:25
- 更新、乙です
どんな展開になるんだろう……
目が離せない感じでお待ちしています
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/05(水) 20:13
- お疲れさんっす。
結構シンプルな文だと思ってたけど
最後の文で爆笑しちまいました
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/05(水) 21:31
- ほんと、おもしろいよ。
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/06(木) 02:04
- 雪ぐま様のせいで何の番組を見ていても
よしこのほかに紺野と亀井ちゃんから最近目が離せません……
やられました……
更新乙彼様です。これからもどうぞがんばってください……・゚・(ノД`*)・゚・
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/06(木) 02:20
- 更新乙です。「愛トメ」も好きですが、こっちも
川o・∀・)<好きです
いつも思うんですけど、表現がすごく綺麗ですね。
とてもクセになります(・∀・)
- 121 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/06(木) 11:38
- 116> 名無飼育さん様
雪ぐまとしては、こんごまでしかあり得ないような展開にしたいと思っておりますが、
さてさてどうなることやら。どうぞお楽しみいただけますように……。
117> 名無飼育さん様
シンプルで読みやすく、を心がけております。ネタは趣味で入れまくっております。
モ娘。の子たちはみんなおもろいので、笑いには事欠きませんなw
118> 名無飼育さん様
さらりと、ありがとうございます。なにやら一陣の風といった感じで、あんがいグッとくるものですね。
歌舞伎とかで、「いよっ!ナントカ屋っ!」とか声かけられた感じ?w
119> 名無飼育さん様
ははは、策にはまりましたね?なんてw いしよしを筆頭に、モ娘。の子たちはそれぞれに好ましいです。
妄想小説ではありますが、応援する気持ちで魅力的に描いていきたいと思います。
120> 名無飼育さん様
(#´ Д `)<ありがとー(紺野に言われると照れるなあ……)。
つたない文章で恐縮ですが、お楽しみいただけているなら幸いでございます。
それでは、本日の更新にまいります。
- 122 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/06(木) 11:39
-
「……びっくり、しました」
その日のお昼。
開口一番、そう言って紺野は笑った。
分厚いレンズの奥の小さな瞳が、恥ずかしげに細まっている。
「み、みんなに、ごとーさんと友達なのって、すごく、聞かれました」
「へ? 1年があたしの名前知ってんの?」
「ごとーさん、目立つから」
ぐえ。
あたしは顔をしかめた。
ダブリ女だって、1年生にまで知れわたってるってこと?
「ち、違くて」
紺野が慌てる。
それから、なぜかちょっと言いよどんだ。
「……ごとーさんって、キレーだから」
「は?」
すごく人気あるの、気がついてないんですか?
紺野が可笑しそうに首をかしげた。
- 123 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/06(木) 11:40
-
急にそんなこと言われて、どんな顔していいかわからない。
そりゃあ、自分のことブスだとは思わないけどさ。
照れ隠しに、あたしはぶっきらぼうに言葉を返した。
「キレーってゆーのは、よっすぃ〜みたいな顔のこと言うんじゃないの?」
「も、もちろん吉澤さんも、人気あります、が」
後藤さんも、同じくらい騒がれてますよ。
たくさんの人のなかにいても、とっても目立つから、ごとーさんって。
へぇーっ?
そんなチェックが入ってたとはね。さすが女子高。
「ほかに誰が人気あんの?」
「3年の、石川さんとか、藤本さんとか。2年だと、松浦さん、とか」
「へーー」
まあ、なんかわかるっていう顔ぶれだね。
確かに、松浦とかよっすぃ〜とかは、
教室に1年生が押しかけてきて差し入れもらったりしてる。
でも、誰もあたしにそんなことしてくれないけど?
「……ご、ごとーさんは、ちょっと、話しにくそうっていうか」
「えー? どこが?」
- 124 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/06(木) 11:40
-
わりと気さくじゃん、あたし。
そう言うと紺野は、おかしそうに笑った。
「そう、ですね。でも、最初は怖かったっていうか」
うわ、後藤先輩だぁって思って。
いつもみたいにここに来たら、いきなりごとーさんがいてビックリしました。
「なんだ、最初っからあたしの名前、知ってたの?」
「……はい」
「言ってよーー」
自己紹介とかしちゃってあたし、超かっこわるいじゃん。
んああーーと情けない声をあげると、
紺野は首をすくめて「すみません……」と呟いた。
- 125 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/06(木) 11:41
-
非常階段に腰掛けたあたしたちの足元には、
ネコ缶を食べ終えたトラちゃんがまとわりついている。
ケガの回復は、どうやら順調。
「なんとか歩けるようになってきたね」
まだ後ろ足を引きずってるけど、コイツはあんがいワンパク坊主。
ひらひらと飛ぶ蝶々を追って、非常階段の下からよろよろと迷い出たりする。
「……カラス、とか、気をつけないと」
「猫食べないでしょ、カラスは」
「それが、そんなことないらしいんです、よ」
トラちゃん、まだ小さいから、危ない。
過保護な紺野は、両手でそっとトラちゃんを包み込むようにすくい上げ、
非常階段の下に隠すように押し込めた。
もぞもぞと丸くなるトラちゃん。
小さな口をいっぱいに開けて、甘えたようにニャーと鳴く。
紺野の口元が、へにゃんと緩む。
もうかわいくってしかたないというように。
んー、相変わらず、あたしって邪魔者?
ううん、もうきっとそんなことない。
紺野は、あたしと話す時も楽しげにしてる……と、思う。
- 126 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/06(木) 11:42
-
「そーだ。紺野って足速いんだねー」
「え?」
「中距離走? ぶっちぎってたじゃん」
み、見てたんですか?
メガネの下のほうの頬っぺたが“ポッ”て感じにピンクに染まった。
あはっ、アニメみたいだな、この子。
「ね、空手やってたって紺野のことだっけー?」
「あ、は、はい」
「特待生なんだって?」
「え? あ、はい」
「そっかマジかー。すごいね、文武両道ってゆーの?」
「そ、そんな」
「すごいって。ごとーはマジでそんけーする」
あたしは調子こいて、紺野の頭をポンポンと叩いた。
だってこの子、やたら赤くなるから面白いんだ。
よっぽど褒められ慣れてないんだね。
あたしは紺野を自分になつかせようとしてるのかもしれない。
紺野が傷ついたトラちゃんに心を動かされたように、
あたしはこの冴えない女の子に目に見えない傷を感じて同情しているような気がする。
本当は、それはきっとソイツのためじゃなくて、
自分の心の中の何かを慰めるために。
孤独とか、寂しさとか、そういうつまらない感傷を癒すために。
- 127 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/06(木) 11:43
-
中庭は騒がしい世界から隔離されていて、いつもやわらかな光に溢れている。
紺野はトラちゃんに会いに、あたしは紺野に会いにきている。
予鈴が鳴って、あたしたちは立ち上がった。
並んで歩き出しながら、あたしは彼女の傷に触れてみる。
「紺野、よっすぃ〜にちゃんと挨拶しな? みんなにも」
「え?」
「おはよーとか、こんちわとか、ちゃんと声出してさ」
紺野が気まずそうに目を伏せた。
たぶん、小さい頃にどもりをひどくからかわれたんだろう。
もしかしたら、いじめられてたかもしれない。
メガネの奥の小さな瞳が泣きそうになっている。
叱られたと思ってるのかも。
あたしはそっと彼女の指先にふれた。
怒ってるんじゃないよ、というように。
紺野の頬が、ホッとしたように緩む。
- 128 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/06(木) 11:44
-
「……き、急にだと、声がでな……」
「そう? 全然しゃべれてるけど」
「……ご、ごとーさんは、やさしーから」
「大人はみんなこーだべ?」
ううん、むしろみんなはあたしなんかよりやさしくて。
だから腫れ物に触るみたいに、あたしやアンタをそっとしとくんだ。
秘密や、コンプレックスや、忘れられない悲しい出来事、
誰だって心の中に何かを隠し持ってるってこと、もうわかりかけてる年頃。
「行こ」
指先を引くと、おとなしくついてくる。
さくさくと土を踏みしめて、あたしたちは初めて手をつないで歩いた。
- 129 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/06(木) 11:44
-
本日はここまでといたします。
- 130 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/06(木) 17:08
- 胸キュンだよぉ…こんこん可愛いよぉ(;´Д`)
- 131 名前:名無し23。 投稿日:2004/05/07(金) 10:11
- 更新、乙でございます。
新作始まってたんですね。イイヨイイヨ〜!
愛トメでこんごまワールドの奥の深さに気づきましたが、こちらもまた
川o・-・)ノ<完璧です!
そしてこんこん、誕生日おめでとう!
この二人は何と言うか、特別な絆を感じてしまいます。対極なようで距離が近いような・・
次回も楽しみにしております。
- 132 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/08(土) 03:24
- ああ、遅れてしまった!
紺野さん、お誕生日おめでとうでした。
17歳、憧れのごとーさんが娘。から飛び立った歳になりましたね。
紺野さんも素敵な誕生日だったことを祈って。
130> 名無しどくしゃ様
こんこんの可愛さは、なんていうか、独特のものがありますよねぇ。(;´Д`)
131> 名無し23。様
対極で距離が近い……まさにそんな感じに雪ぐまもとらえております。
リアルでのからみは少ないのに、妙にねぇ、
ものすごいことになりそうな可能性を感じさせるというか……。
なんかじゃばじゃばと妄想が湧き出てしまうんですねぇw
それでは、本日の更新にまいります。
- 133 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 03:26
-
唐突にトラちゃんが消えた。
非常階段の下のいつものところを覗き込んだら空っぽだった。
あたしは一瞬青くなり、あわてて周辺を見渡した。
もしも、カラスとか野良犬とかにやられてたら最悪だ。
そんな惨状のあとを、紺野に見せるわけにいかない。
しばらく付近を探したけど、幸いにもそんなあとは見つからなかった。
あたしはホッと胸を撫で下ろす。
それならいい。もうずいぶん歩けるようになっていたし、
きっと普通の野良猫に戻ったんじゃないかな。
少し遅れてきた紺野は、あたしからそのことを聞くと、
お弁当を放り出して、狂ったようにあたりを探し始めた。
植木の影、草むらのなか、校舎の排水の溝…………
「トラちゃん………トラ、ちゃん……」
非常階段に座ってあたしは、その後ろ姿を眺めていた。
そこは探したよ。もう、そこも。
夏を迎える陽射しは、草の葉の緑をなんだか白っぽく見せる。
日陰にいてもずいぶん暑さを感じるようになってきた。
こめかみに浮かんだ汗の粒が顎まで流れ落ちるのと、
彼女が必死の捜索を諦めるのと、一体どっちがはやいだろう。
- 134 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 03:26
-
さんざんさんざん探し回ったあげく、
彼女はやっと本当にトラちゃんがいなくなってしまったと悟ったらしい。
力なく肩を落とすと、うつむいたまま肩を震わせた。
その横顔を見て、あたしは顔をしかめる。
うわ。紺野、泣いちゃったよ。
「泣かないでよ」
あたしは、やれやれという気分で立ち上がり、紺野に歩み寄った。
「元気になったから、どっか行ったんだよ」
「……………………」
「野良は、たくましくないとさぁ」
「わ、わかって、ます」
そう言いながらも、紺野はしばらくしゃくり上げながらうつむいていた。
ぷっくりした頬っぺたに、透明な滴がつるつると流れる。
しょうがないなあ、気持ちはわかるけどさ。
あたしは困って、紺野の頭をポンポンと叩く。
あるものがなくなるのは悲しい。
そして寂しい。愛情があればあるほど。
それが未来への旅立ちであっても、残されたほうは泣きたい気持ち。
可哀想な紺野。無防備に愛情をかけすぎた。
あの頃の、あたしみたいに。
- 135 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 03:27
-
だけど、力なくうなだれる紺野の横顔は、
すこしあたしのココロを逆撫でしたりもする。
ねぇ、いなくなってくれて良かったんだよ?
だって、元気になったんだし。
あんただって、いつまでも面倒見れるわけじゃなかったでしょう?
「ほら」
少々ぶっきらぼうにハンカチを差し出すと、
紺野は慌てて小さく首を振り、自分の制服のポッケからハンカチを取り出した。
これまたなんか地味な柄だなあと思ってジッと目で追ってたから、
その後に目にした光景があまりにも鮮やかで、あたしはマジで絶句したんだ。
え?
深いため息とともに瓶底メガネの下から現れたのは、
長い睫毛に縁取られた、こぼれおちそうに大きな煌めく瞳。
えええっ?!
あたしは呆気にとられて彼女を凝視した。
「マジ……?」
ちょっと紺野、 あんたマンガみたいだよ?!
メガネしないほうが全然いいじゃん!
息を呑んだあたしに、紺野は思いっきり眉を下げて不安げな顔をした。
- 136 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 03:28
-
「ごとー、さん?」
再びメガネをかけようとしたその手を、あたしは思わずつかんで阻止した。
どことなく焦点のあわない視線が戸惑ったように揺らぐ。
なんでこの子、コンタクトにしないの?
あたしは紺野の顔を、じっと覗き込んだ。
紺野はよく見えないというようにぱちぱちとまばたきをして、目を細める。
「あたしの顔、見えないの?」
「あ、えっと、どこに目があるかとかは、わかります、けど」
「視力いくつ?」
「……0.02、です」
「0.02?!」
それって、もんのすごく悪いんじゃないの?
そう言うと彼女は、焦点のあわない目のまま、はにかんだように笑った。
うわっ。あたしは心の中でのけぞる。
かわいい。
潤んだ瞳は、まるで捨てられた子犬みたい。
あーあ、鼻の頭、真っ赤にしちゃって。
胸に押し寄せる、なんだかたまらない感じの切なさ。
- 137 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 03:28
-
「メガネないほーが、かわいーね」
「え?」
次の瞬間、彼女はかわいそうなくらいビクンと身を震わせた。
瞳をのぞき込んでたあたしが、いきなり首を傾けてチュッとかましたから。
それは、かわいい子犬の鼻先にキスするみたいな感覚。
当たり前だけど、紺野はあたしの腕をブンと振りほどき、
信じられないというように指先で唇をおさえた。
頬をカーーーッと赤く染めて。
「な、な、なにを……」
驚きのあまり、ますますこぼれそうに震えてる潤んだ瞳。
あはっ。かわいーじゃんか紺野。
あたしの頭の中からは、もはやトラちゃんのことは消えかけていた。
紺野が、まだ悲しみの中にいることも。
心を駆け巡っていたのは、その唇の驚くほどのやわらかさ。
あったかかった。そういえば、久しぶりのキス。
「なにって、キスでしょ?」
心が、過去と現在を行き来する。
キスが日常だった、いちーちゃんとの日々。
あの人と離れてから、ずっと寂しかった唇。
- 138 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 03:29
-
ずっと遠のいてた欲望が、一瞬にして指先にまで戻ってきたのを感じた。
あたしは目の前の獲物が逃げないように、がっちりと腕をまわして抱きしめる。
腕のなかで息を呑んで凍りつく傷ついた生き物。
あたしは、スッと目を細める。
ねぇ、あたしのこと嫌いじゃないよね?
強引に唇を重ねると、その不器用な唇はかすかに呻きをあげ、
脅えたように閉じられた瞼と一緒に、きゅうっとかたく結ばれてしまった。
それは、あたしをひどく物足りない気持ちにさせる。
ちょっと、ちゃんと応えてよ。
あたしは唇を離すと、不服を隠さずに囁いた。
「ね、ちゃんとしない?」
「……ど……ど……」
どうして?
唇よりもよっぽど饒舌な瞳。
やっぱりメガネないほーがいいな、この子。
あたしは鼻先が触れ合う距離でニコッと微笑み、正直に告白した。
「ちょっと、久々にキスしたくて」
紺野は憤然とあたしの肩を突き飛ばした。
よろけてる間に、あっという間に駆け去ってゆく。
その後ろ姿を見送りながら、あたしはやっと正気に戻ってきた。
- 139 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 03:30
-
やべ。
ちょっとあたし、まずかった?
もしかしてあの子、初めてだったり?
「あはっ」
ありえる。
熱帯魚みたいにびっくりした顔。
悪かったなと思う反面、どうしても可笑しくてあたしはひとりで体を折って大笑いした。
「くっくっく……あはっ、あはははは!」
ねぇ、トラちゃん、あんたのご主人様に悪いことしちゃった。
誰もいない中庭に、あたしの笑い声が響く。
こんなに笑ったのは、ほんとに久しぶりだった。
- 140 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/08(土) 03:31
-
本日はここまでといたします。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/08(土) 11:56
-
仕事に行く前に見るんじゃなかった……
もう今日はコンコンのこと以外考えられません・゚・(ノД`)・゚・
雪ぐまさま、良いお仕事本当にお疲れ様です。
コンコンの純粋さがまた可愛い…
- 142 名前:名無しp. 投稿日:2004/05/08(土) 12:55
- 雪ぐま様、作品の味わい方とか教えて頂きまして有難うございました。
今回のお話も、純情な紺野さんが可愛くって先が楽しみです。
雪ぐま様にこれからもついて行くぞ!
- 143 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/08(土) 16:00
- 面白い展開キタ━━━(゚∀゚)━━━ッ!!
- 144 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/08(土) 22:07
- 141> 名無飼育さん様
雪ぐまもお仕事中に、いしよしだの、こんごまだの、あやみきだの、
そんなことばっかり考えていますねえw さてさて、この先、どうなりますことやら……。
142> 名無しp.様
い、いやいや、そんなたいそうなことでは……(汗)。
続編の件、ご理解いただき、ありがとうございます。今度ともどうぞご愛読のほどを。
143> 名無しどくしゃ様
キマシタ━━━(゚∀゚)━━━ッ!!
でも、よい子はごっちんの真似をしないでくださいね?(犯罪ですw)
それでは、本日の更新にまいります。
- 145 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:07
-
初めてのキス。
あたしは、いちーちゃんとだった。
いちーちゃんの路上ライブがあるといつも聞きに行ってて、
誰も足を止めてくれなくてもあたしだけは地面に座ってずっと聞いてて、
そしたら、ある日、ふいに抱きしめられた。
もう何度も夢で巻き戻したあの夜の記憶。
切れ長の強い瞳が、美しい刃物のように細められた瞬間のこと。
『かわいーな、後藤は』
耳元で聞こえた少し掠れた声が蘇ってきて、思わず胸をおさえる。
あんまりにも唐突だったあの時、
いちーちゃんはあたしのこと捨て犬みたいだと思ったのかな。
あたしが紺野に、ふいに愛おしさを感じたみたいに。
- 146 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:08
-
「謝らなきゃなー」
案の定というべきか、やっぱりねというべきか、
次の日も、その次の日も、紺野は中庭に姿を見せなかった。
まあ別にいいけどなんて呟きつつも、なんとなく後味が悪い。
だけど、1年生の教室まで足を運ぶのは気が重い。
紺野だって困るだろうし。
「怒ってんのかなー、ったく」
あたしは、いちーちゃんのことが好きになったけど?
こんなことでムカムカするなんて頭がおかしいのかもしれない。
でも、あの子と過ごすお昼休みが気に入ってたから。
……あの子も、楽しそうに見えたんだけどな。
- 147 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:09
-
トラちゃんも紺野もいない中庭は、なんだか物足りない。
ねぇ、トラちゃんじゃなくてあたしに会いにきたらいいのに紺野。
目を閉じて非常階段の錆びくさい手すりにもたれかかる。
いつの間にか眠っていたあたしは、紺野の夢を見た。
紺野が非常階段から迷いでたトラちゃんを追いかけ、両手でやさしくすくい上げる。
のんびりとしたタレ目がやさしく細められる。
あたしはどこ? 夢の中であたしは、あたしの存在を探す。
『ここですよ』
差し出された紺野の手の中にいたのは、
トラちゃんじゃなくて小さなあたしだった。
◇ ◇ ◇
- 148 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:10
-
その週の土曜日は、いよいよ夏到来と思わせるような青空が広がった。
あたしは、しばらく乗ってなかった古いベスパを車庫から引っ張り出す。
いちーちゃんが置いてったポンコツ。でもまだぜんぜん走る。
そいつを駆って、あたしは二駅ほど離れた輸入食材を扱う専門店に向かった。
気に入ってるバジルペーストが切れたから。
あれがあるとパスタを茹でてかけるだけでいいから便利なんだ。
料理は好きなほう-だけど、もうずいぶんまともな料理はしていない。
自分のためだけにつくるっていうのは、面倒くさくて。
野菜とかだって、使い切る前にぜったい傷んじゃうし。
「あれ?」
信号待ちで止まった時、ちょっと離れた歩道の店先に
かなり見覚えのあるダセー三つ編みの後ろ頭を見つけた。
紺野だ! あたしは地面を蹴って方向転換をする。
後ろからきていた車のドライバーの嫌な顔は無視。
- 149 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:10
-
休みの日まで三つ編みって。
それになんか変な色のデニムスカート履いてるし。
近づいていきながらあたしの頬は、にやにやと緩み始める。
歩道のすぐ脇にベスパをつけても、紺野はあたしに気づくことなく
熱心に店のショーウインドーをのぞき込んでいた。
看板を見て、目を丸くする。大手のメガネチェーン。
さてはやっと、その鈍くさいアラレちゃんメガネを変える気になったか?
まだ怒ってるかもしれない。
逃げられたら困るぞ。
あたしは静かにベスパを止めると、
抜き足差し足で紺野の後ろに忍び寄った。
「紺野」
「ひゃあっ!!」
あたしにいきなり手首をつかまれた紺野は、
全身の毛が逆立ってんじゃないかと思うほどビクついて、ぴょーんと飛び上がった。
そしてズレたメガネのなかからあたしの顔を見て、目を丸くする。
目の玉が落っこちちゃうんじゃないかと思うほど丸く。
「こないだ、ごめん」
「……………………」
まだドキドキがおさまらないんだろう、
紺野はごくんと唾を飲み込んで胸に手を当てた。
おそらく全然、話についてこれてない。
気まずいことは、こういう時にうやむやにしちゃうに限る。
- 150 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:11
-
「ホントごめんね、怒ってる?」
「…………いえ」
「そ。よかった」
あたしはニカッと笑ってパッと手を離した。
紺野の唇がポカンと開いて、それからきゅっと閉じられた。緊張してるみたいに。
あ、やっと状況がつかめてきたね?
あたしは、すかさず話題を変える。
「メガネ、変える気になった?」
「えっ?……そ、そういうわけでは」
「てかさー、コンタクトにすれば?」
そのほうが、絶対かわいーって。
なんて、なんであたしはこの子にはこんなにぶしつけに。
自分で自分が可笑しくなる。ホント、余計なお世話だっつーの。
「家、このへんなの?」
「あ、いえ、一駅隣ですけど……」
「ふーん、どこ行くの?」
「え、あ、図書館……」
「そう。その前にパスタ食べない?」
「え?」
「おいしい店があんの、駅裏に」
おごるよ。
あたしは紺野の返事も訊かずに、
首にひっかけたままだったヘルメットを外し、ぽこりと彼女の頭に乗せた。
- 151 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:12
-
「後ろ、乗って」
呆気にとられている紺野の手を引く。
大事なベスパに乗せたげる。特別だよ?
二人分の重みにぶうんと低く唸って走り出すポンコツの愛車。
おっかなびっくりで背中にしがみついた紺野が、心配そうな声をあげた。
「こ、これって、二人乗りしていいんですか?」
「フランスではいいらしいよー」
「お、下りますー!!!」
あはっ、大丈夫だって。
ケーサツに見つからないように裏道を選んで街を走り抜ける。
カーブのたびに背中にしがみつくあたたかさが、
全身にじわりと広がってくような気がする。
ラッキーだった、紺野に会えるなんて。
面倒だったけど、出かけてよかったな。
さて、どうする?
パスタ食べて、それで解放する?
それとも、久々にデートらしいことでもしちゃう?
ははっ。あたしって、この子のこと口説こうとしてんのね?
- 152 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:13
-
パスタ屋であたしは、メニューを見て種類の多さにオロオロしている紺野に
いちいちどんなパスタか説明してやり、決まるまでジッと待ってやり、
奮発してこの店であたしが一番おいしいと思うドルチェもつけてオーダーした。
「おいしい?」
「……はい」
「チーズ系の味、好きなんだ?」
「……はい」
「他には何が好き?」
「……カボチャ、とか」
カボチャかあ。なんか紺野らしいな。
自分がオーダーしたパスタには飽きてきちゃったけど、なんとなく気分がいい。
だって、メガネの下の頬が、ずっと恥ずかしげにピンク色に染まってるんだ。
たぶん紺野はあんまり人にやさしくされたことなくて、
だから、あたしのこと悪く思ってない。
まっすぐに見つめるとうろたえる瞳が、あたしを大胆にする。
好きにならせたいと、思ったりする。
そう、抵抗せずに、スキになりなさい。なんて。
- 153 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:16
-
三口ほどパスタを残したあたしの皿を、紺野がじっと凝視した。
「食べる?」
「い、いえ。あの、ほんとに少食だなあと思って」
あの中庭でいつも食べていたのは、
サンドイッチを一袋か、小さめのパンを2個。
それさえも時々残すあたしのことが、紺野は不思議みたいだ。
紺野はというと、気持ちいいほどよく食べる。牛みたいにゆっくりとだけど。
あたしも、紺野の歳の頃はよく食べてたな。
『ヤバいぞー』
いちーちゃんが、そう言って笑ったくらい。
あの頃は、ほっぺが丸かったあたし。
いちーちゃんがいなくなってから、
ほかのことと同じように、食べることも億劫になった。
「今日は食べてるほうだよ」
「そ、うなんですか?」
「うん、ドルチェも食べる気だし」
ドルチェ!
紺野の目が、その言葉に反応して輝く。
あはっと笑ったあたしに、紺野ははにかんだように笑った。
うん、これですっかり元通り? たぶんね。
- 154 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:16
-
パスタ屋を出てあたしは結局、紺野を自分の買い物につきあわせた。
珍しい食材があふれてる店で、彼女は熱心にひとつひとつの棚を見て回る。
バジルペーストにしか用のないあたしは、紺野のあとをのんびりとついて歩く。
「料理するの、紺野は」
「……母が、働いてるので」
「ふうん?」
「い、妹がふたりいて」
まだ小学生なので、私がお夕飯をつくります。
へぇ、紺野ってお姉さんなのか。初めて聞いたかも。
それで家族のご飯つくってんのか、えらいじゃん。
「ご、ごとーさんは、お料理は?」
「あたし? んー、わりと好きだけどね」
ごとーさん、兄弟は?って質問じゃなくて良かった。
あたしは密かに胸を撫で下ろす。
まだ知られたくない、家族がいないこと。
おかしなふうに同情されたくない。
- 155 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:17
-
「あの、今日中に、返さなきゃいけない本が」
それは、ここでバイバイしたいという意味だったかもしれない。
でもあたしは知らん顔をして、再びベスパに紺野を乗せた。
県立の図書館なんて行ったこともないけど、あたしはまだひとりになりたくなかった。
図書館は、あんがいヒンヤリとして居心地がよかった。
紺野はカウンターで借りていた小説らしき(恥ずかしがってタイトルを見せてくれなかった)本を返し、
ソファで待っていたあたしのところに戻ってきた。
「なんか借りてくれば?」
「……ごとーさん、は?」
「昼寝でもするかな」
紺野が困った顔をする。
あたしが何を考えてるかわからない、そんな顔。
ヒョイと、あたしは立ち上がった。
紺野、なにかまた借りたいんでしょ? 一緒にフロアに行こう。
驚くほどたくさんの本棚が並んだフロアは、
古いけれども掃除が行き届いていて、あんがいたくさんの人たちが本を選んでいる。
図書館を利用する人って、いるんだな。
借りるのはともかく、期日までに返しにくるのが面倒じゃない?
- 156 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:18
-
「そう、ですか?」
紺野は、まっすぐに日本文学の棚に歩いた。
足元から天井までびっしりと詰まっている文学とやら。
これらのなかに、ひとつひとつ違うストーリーがあると思うと眩暈がしそうになる。
「……見られてたら、選べません」
当たり前みたいについてきたあたしに、小さな声で紺野が抗議した。
じゃあ、あたしが選んであげる。
ちょうど目の高さの棚の左端から、指先で数える。
ご、と、う、ま、き。
「はい、これ」
五番目の本を抜き取って、差し出す。
アイボリーの表紙には、全然知らない女の人の名前。
紺野は驚いたように、でもおとなしく受け取った。
- 157 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:18
-
「プリクラ、撮ろ」
図書館を出て、あたしはゲーセンに紺野を連れ込んだ。
なんか、今日を残しておきたくなったんだ。
思いがけず、ひとりじゃなかった一日を。
「……しゃ、写真、嫌いなんです」
「なんで? かわいーのに」
嫌がる紺野の腕を引っ張って、ボックスのなかに拉致する。
「……か、かわいく、ないです」
「変なメガネしてるからでしょ」
あたしは、紺野のメガネをひょいと取り上げた。
慌てて取り返そうとする手をつかんで、レンズのほうを向かせる。
彼女の肩を抱いてあたしは、レンズを指さしながら耳元で囁いた。
「レンズ、ここ。ほら、笑って」
パシャッ、パシャッ、パシャッ……。
立て続けに降りるシャッター音に、紺野が顔を背ける。
あたしはほとんど抱き寄せるみたいにして、強引にレンズの方を向かせた。
- 158 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:19
-
パシャッ。
その最後の一枚は、紺野がものすごく照れた顔をしていて、
でも仲良く寄り添っていて、まるで恋人同士みたいに見えた。
「ラブラブとか、書き込んでみよっか?」
さっそく、からかってみる。
紺野がいちいち赤くなるのが、あたしには可笑しい。
さすがにホントにラブラブとは書き込まなかったけど、
二人の間にひとつだけ小さな赤いハートのスタンプをポンとつけておいた。
ハサミでシートを半分に切り、渡す。
嫌がってたわりに紺野は、まじまじとプリクラを見てる。
「……メガネしてない顔、久しぶりに見ました」
あ、そっか。0.02だっけ?
メガネしてないと鏡も見られないのか。
- 159 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/08(土) 22:20
-
「かわいーでしょ?」
「そ、そんなことは、ないと、思いますけど……」
「かわいーよ。紺野、かわいい」
断言するあたしに、紺野は図書館にいる時よりも小さな声で訊いてきた。
「……つまり、ごとーさんは、コンタクトにしたほうがいいと?」
「だから、何回もそー言ってるじゃん」
とっとと信じなよ、もう。
呆れたように言葉を放るあたしに、
紺野ははにかんだみたいに、かすかに口元をほころばせた。
ダセー眼鏡をしてたけどその顔は、なぜかとってもかわいらしく見えた。
- 160 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/08(土) 22:21
-
本日はここまでといたします。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/08(土) 23:18
- (;゚∀゚)=3
- 162 名前:よっすぃファン 投稿日:2004/05/08(土) 23:27
- 愛トメも大好きですがこっちも面白いです!!
雪ぐまさんは天才ですね〜〜!!
愛トメも期待して待っております!!
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 01:20
- ハァ━━━━━━;´Д`━━━━━━ン!!!!
こんこんが可愛すぎです。後藤さんは大胆すぎです。
そんな2人に萌え萌えです。
次回更新楽しみにしています。
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 02:09
- …僕は萌え死んでしまうかもしれない。
作者さんには毎回のごとく脱帽です。
- 165 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/09(日) 11:32
- (;´Д`)ハァハァ
もう毎日が楽しみでなりません。
- 166 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/09(日) 14:01
- あれ? 今日でおじゃまるとピーマコ、ラストだったんですね。お疲れさまでした。
癒し系こんまこコンビ、これからも羽ばたいてほしいです。
161> 名無飼育さん様
川#・-・)
162> よっすぃファン様
いやはや、こんごまに夢中になっちゃっててすいませんw
最近の一連のよっすぃ発言をうけて、愛トメは軌道修正中。まったりお待ちくださいませ。
163> 名無飼育さん様
うちのごとーさんの口説きテク、ご堪能いただけましたでしょうか。
ごっちんにこんなふうに迫られたら、かなりドキドキする女子は多いかとw
164> 名無飼育さん様
なんだかきゅんとくるレス、ありがとうございますw
こんごまならではの萌え&ストーリーに挑戦してみたいと思っています。今後ともよろしくです。
165> 名無しどくしゃ様
毎日とはお約束できないのですが、今作はスピード感重視で、
ばんばん更新していきたいと思っております。
それでは、本日の更新にまいります。
- 167 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/09(日) 14:02
-
来るかな、来ないかな。
月曜日、あたしは朝から頭の片隅でそんなことを思って楽しんでいた。
もう紺野は怒ってないと思うけど、
トラちゃんのいなくなった中庭に用があると思うかどうか。
あたしに会いに、来るかどうか。
その足音を聞いた時、
あたしは賭けに勝ったみたいな気分になってソッコー振り返った。
そして、賭けに勝った以上の成果をそこに見て、目がテンになった。
おずおずと中庭に現れた紺野は、メガネをかけていなかった。
うわー、ほんとにコンタクトにしたの?
すこし鼓動がはやくなったのを感じる。
ねえ、それって、あたしにかわいーって言われたからだよね?
「かわいーよ」
紺野は、頬を染めて、もじもじと笑った。
手招きをして隣に座らせ、その顔をのぞきこむ。
白目にまだ青さの残る美しい瞳。
真っ黒な長いまつげが、超ピュアな女の子って感じ。
- 168 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/09(日) 14:03
-
「みんな、びっくりしたでしょ?」
「……別人、みたいって」
そうでしょ。
あたしは、満足してうなずく。
よし、もっと脅かしてやろうよ、紺野。
三つ編みを止めているゴムに手を伸ばしたあたしに、
紺野は驚いたように顎をひいた。
「だ、だめですよ。クセがついてるし」
「いいから」
強引にほどいた髪に勝手に指を差し込み、軽く揺すってほぐす。
ゆるいウエーブが、制服の肩に柔らかくおちる。
髪をおろした紺野の姿に、あたしは思わずため息をついた。
人形みたいじゃん、この子。
「今日の放課後、何してる?」
「え?」
「毛先が傷んでる。ヘアサロン、紹介するから」
ついでに眉毛もなんとかしてもらいな?
そう言うと、紺野はギョッとした顔をして両手で眉毛を隠した。
「そっ、それは……」
「いちいちガタガタ言わない」
- 169 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/09(日) 14:04
-
あたしの言うとおりにしてみなよ。
あんたの人生、変えてあげる。
紺野の襟元のリボンに手を伸ばす。
下手くそな結び目をほどいて、ていねいにきゅっと結び直した。
ほら、こうするともっとかわいい。
手をひいて立たせる。
スカートは、腰のところであと3つ折って。
靴下を膝の下までちゃんと上げて。
あたしのローファー、履いてみな。
おとなしくされるがままになってる紺野。
ほら、イケてる女子高生のできあがり。
「かわいーよ、紺野」
紺野は、すっかりむき出しになった膝と太ももを落ち着かなさそうに眺め、
ちょっと困ったように眉毛を八の字にした。
◇ ◇ ◇
- 170 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/09(日) 14:04
-
まさか原宿まで出てくるとは思わなかったんだろう。
紺野は電車にのってる途中からそわそわと落ち着きがなくなり、
駅につくとあっけにとられたように雑踏を眺めて、
それからあきらめたように携帯を取り出した。
今日は夕食をつくれないと家族に電話をしたらしい。
「じゃ、じゃーん!」
美容師の矢口さんは、あいかわらずいい仕事ぶり。
たった30分で、紺野の髪は軽くシャギーの入った肩までのサラサラストレートになった。
似合ってる。うなずいたあたしに、鏡の中の紺野がまた頬を染めた。
「校則ぎりぎりって感じー?」と、得意げな矢口さん。
「うん、やぐっつあん、サイコー」
「ごっつあんも切ってけー」
「じゃあ、毛先だけ揃えて」
校則とかあんまり気にしないあたしの髪は、肩なんてぜんぜん越えちゃってる。
いちーちゃんといた頃から、伸ばし続けてる。
いちーちゃんがキレイと褒めてくれた茶色いストレートのまま。
- 171 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/09(日) 14:05
-
「ちゃんとガッコ行ってんのぉ? 裕ちゃんが心配してたよぉ」
「行ってるって。だから後輩連れてきたんじゃん」
矢口さんは、裕ちゃんの恋人。
4年、5年? とにかくかなり長いんじゃないかな。
叔母も姪っ子も女の人を好きになっちゃうなんて、そういう血筋だったりして。
いちーちゃんを好きになった時、そんなふうに思って可笑しかったな。
「ごっつあん、縁日好きー?」
いきなり矢口さんがそんなことを言い出した。
「好きだけど?」
「ラッキー。なんか今日、縁日出てるらしいよ。お客さんが言ってた」
矢口さんが口にした商店街は聞いたことない名前だったけど、
ここから歩いて10分ほどってことだった。
「こんのー、たこ焼きでも食べてくー?」
鏡越しに紺野に話しかけると、彼女は読んでた雑誌からハッと目をあげた。
うーん、かわいい。アイドルのようだ。
- 172 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/09(日) 14:06
-
「な、なんですか?」
「だから、たこ焼き」
なにをそんな熱心に。
手元を見ると、紺野が見てたのはストリート系のファッション誌。
おー、いい傾向じゃん。そっちのほうも勉強しなさい。
ふいにニヤニヤッと笑ったあたしを見て、矢口さんが「キモ……」と呟いた。
- 173 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/09(日) 14:06
-
本日はここまでといたします。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 14:22
- コンコンの今後が楽しみです!
「記憶より彼方で」から読んでますけど
雪ぐまさんの文章もストーリーもいいですね。
- 175 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/09(日) 14:59
- たまらん。こんこんの仕草がいちいち可愛い。作者様最高。
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/09(日) 16:07
- ああもう最高…ドキドキするし、丁寧な伏線も巧いし。展開が気になるー。
読んでて会館、じゃない。快感です。
巧いなぁ作者さん。
ワールドに連れ去られっぱなしです。
- 177 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/10(月) 16:13
- 174> 名無飼育さん様
最初のものからずっと読んでいただけているなんて感激でございます。
あれは確か昨年11月にスタート。皆さまに支えられ、妄想小説を書き続ける日々も半年になりました。
175> 名無しどくしゃ様
SSAで紺ちゃんを観察してみたところ、ちょっと、あのー、テンポずれてますよね?w
もじもじしたり、レスを返す時にぺこぺことする感じ、参考にしています。
176> 名無飼育さん様
雪ぐまのPCは「かいかん」と打ったら、すぐに「快感」と変換しやがったのですが、
エロ甘妄想小説の書きすぎでしょうかw こんなワールドで、恐縮ですw
それでは、本日の更新にまいります。
- 178 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:14
-
教えてもらった縁日は教会のバザーを兼ねた、わりと小さなものらしかった。
それでも夜になって屋台やちょうちんに灯がともれば、
きっと、ひと足先に夏の楽しみを感じさせてくれるだろう。
来週から期末試験。
それが終われば、夏休み。
人混みのなか、あたしは紺野の手をひいて意気揚々と縁日へと向かった。
渋谷や歌舞伎町ほどじゃないけど、
夜の原宿は昼間とは違った意味で騒々しい。
この街を制服姿で歩くことは、標的になること。
しつこく追いすがってくるキャッチのお兄さんや、
クラブに誘ってくる黒人のお兄さんたちを肩で振り切って速足で歩く。
不安げにあたしの手をぎゅっと握って、小走りについてくる紺野。
大丈夫。竹下通りを抜ければ、人の数はグッと少なくなる。
- 179 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:15
-
「……あの本、ですけれど」
人混みの中で、唐突に紺野が話し始めた。
「さっき見てた雑誌?」
「……いえ、あの、図書館で借りた」
「図書館?……ああ」
あの本ね。ご、と、う、ま、き、で借りた本。
あたしがすっかり忘れてたせいで話しにくくなったのか、
紺野は言いかけたきり、黙ってしまった。
「なに?」
「……面白かったです」
「それだけ?」
「あの、恋の話でした。その……女の人、同士の」
マジで?!
あたしは自分の強運に呆れる。
そんな意味シンな本を、紺野に渡したのか。
読んだ時の紺野の動揺を思って、またにやにや笑いがこみあげてくる。
あたしたちの微妙な空気、頭のいい紺野が気づいてないわけない。
あの本を選んだのがわざとなのか偶然か、
紺野はあたしの気持ちを探ろうとしたんだ。
笑いをこらえてあたしは、いじわるにしらばっくれた。
- 180 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:16
-
「ふうん、それでー?」
「……いえ、それだけ、なんですけど」
沈黙が流れる。
紺野の肩に誰かがぶつかり、大きくよろめいた。
あたしは強く彼女の手をひいて、転ばないように支えた。
縁日に着いても、あたしは紺野の手を離さなかった。
紺野も、離してほしそうな素振りはしなかった。
入り口のところでぐるりと見渡す。
金魚すくい、わたがし、お好み焼き。
どうやらひととおりの屋台は揃ってるみたいだ。
だけど、聞いてた以上にしょぼい。平日のせいか、人出もいまいち。
「紺野、縁日好き?」
「はい」
「じゃあ今度、夏祭りのもっと大きいヤツ行こ?」
「は、はい」
紺野の丸い頬っぺたが、屋台の明かりに照らされて黄色く光っていた。
真っ黒な瞳に、色とりどりの屋台の屋根が映りこんでキレイ。
眉を整えたせいで、その横顔はグッと垢抜けて見える。
あたしはかわいらしい連れに満足して、つないだ手を揺すった。
「何食べるー?」
「ごとーさん、は?」
「たっこやきー!」
「じゃあじゃあ、私は焼きそばで!」
- 181 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:16
-
あはっ、食べ物のことになると、この子は妙に元気。
いちばん大きいタコが入っていそうな屋台はどこだとか、
山盛りに持ってくれる焼きそば屋さんはどれだとか、
あたしたちはくだらないことに執念を燃やしてぐるぐると縁日を歩き回り、
そこそこ満足できるものをゲットした。
「ねー、なんでそんなに細かくたこ焼き切るの?」
「え?」
「一口でいきなよ、一口で〜」
「や、ヤケドしません?」
紺野のスピードで食べてたら冷めきっちゃうよ。
縁日の奥の教会らしき建物の階段に座って、あたしたちは笑いながら肩を寄せ合う。
そこそこ食べて、もう食べ物に興味をなくしたあたしは、
冷たいウーロン茶を飲みながらぼんやりと縁日を眺めた。
なんとなくキャンプファイヤーを思い出す。
遠くから、明るい火を見てるような感覚。
- 182 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:17
-
残ったたこ焼きと焼きそばをぺろりとたいらげた紺野は、
しばらくおとなしく旨茶を飲んでいたけど、
そのうち、ある一点を凝視し始めた。
何、見てるの?目をやって、あたしはプッと吹き出す。
そこにあったのは、『ジャガバター』の屋台。
あんだけ食べて、まだ足りないのかな?
あたしは苦笑して、話しかける。
「食べたいの?」
「えっ、いえ……」
あたしはスタスタとその屋台に歩み寄り、ジャガバター300円也を買った。
発泡スチロールのカップに、ちょっとびっくりするくらい山盛りにじゃがいもが盛られ、
べったりとマーガリンをつけて手渡される。
屋台のジャガバターってこんななのか。へぇ。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
階段のところに戻って手渡すと、
紺野は恥ずかしそうに、でもかなりうれしそうに受け取った。
ようするに、イモクリカボチャの類いが好きなのね。
女の子の王道、まっしぐらって感じ。
- 183 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:18
-
「あの、中学まで北海道にいて」
「ふうん」
「ジャガイモ、おいしくて」
「それは?」
ジャガバターのカップを指さす。
紺野がカップを差し出した。
「おいしいですよ、食べてみてください」
「食べさせてよ」
あたしの言葉に、紺野がピタッと硬直する。
うそ、うそ、じょーだん。
あたしは笑って、固まってる紺野の手からヒョイとカップをかすめ取った。
スプーンで一口すくって口に入れる。あ、おいしいね。
マーガリン味のじゃがいもは、思いのほかやさしくてクセになりそうな味。
カップを返す時、紺野は、ちょっと恨めしそうな目であたしを見た。
それからそっぽを向くように正面を向き、ばくばくとジャガバターを口に放り込む。
すねたように尖った唇が、むぐむぐと動いた。
「なによ?」
「…………………」
「紺野?」
「……ご、ごとーさんは、どうして」
そこまで言って、紺野は言いあぐねるように顔を伏せてしまう。
あたしは口元を緩める。あんたが何を言いたいか、あたし、わかるよ。
- 184 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:19
-
どうして、そういうこと言うの?
どうして、私のことかまうの?
どうして、やさしくするの?
どうして、キスしたの?
かわいかったから、って答えじゃダメだろうね。
好きだから。彼女はおそらくそんな答えを望んでる。
頑ななまでの生真面目さで。
ほんとうの紺野は、雪のような肌におっきなタレ目をのせていた。
つややかな黒髪はまっすぐで、夜風にやさしく揺れている。
そして、あたしを見つめる拗ねた瞳。
その視線に好意が混じってること、あたしはもう気づいている。
ねぇ、あたしのこと好き?
あたし、あなたにキスしたいな。
この子はあたしに、そんないたずら心を抱かせる。
やわらかそうでかわいい、まだ何にも知らない子犬みたいな女の子。
あたしのことも、ホントはまだ何も知らない。
- 185 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/10(月) 16:20
-
「ねぇ」
紺野の肩を抱く。
馴れ馴れしいあたしの仕草に、紺野はぴくんと身をすくめてうつむいた。
たちまち赤く染まった頬をのぞき込みながら、あたしは試すような気持ちになる。
つまり、あなたにキスとかするには、こういう儀式が必要なんでしょ?
「うちら、つき合おう?」
うつむいた紺野の肩が震えて、
あたしは一瞬、断られるかなと思う。
だけど、彼女はうなずいた。
見落としてしまいそうなほど小さくだけど。
あたしは肩にまわした腕を強く引き寄せ、そっと彼女に唇を重ねた。
彼女の記憶にこの瞬間が深く残るように、慎重に、ていねいに。
マーガリン味のその唇をたっぷり10秒は味わったけど、
彼女はもう逃げ出さなかった。
そのかわり、食べかけのジャガバターが地面に転がり落ちた。
- 186 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/10(月) 16:20
-
本日はここまでといたします。
- 187 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/10(月) 17:19
- ハァ━(ry
やられた。やられたよ作者様ヽ(゚▽。)ノ
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/10(月) 18:07
- ⊂⌒~⊃*。Д。)⊃…
萌え萌えですが、後藤さんの紺野さんへの気持ちがわかんねっす。
後藤さんの気持ちはどんな感じなのか・・・
市井さんとはどうなのか・・・
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/10(月) 20:33
- はぁ〜〜〜〜ぅ・・・
雪ぐまワールドにどっぷりずっぽりはまっております。
- 190 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/11(火) 11:17
- 187> 名無しどくしゃ様
ヽ(゚▽。)ノ ←これ、かわいいですね〜。やられました。
188> 名無飼育さん様
わかんねっすねぇ。見えない傷を負ってるごとーさんの心の揺らぎ、紺野さんの不器用な初恋。
こんごまの恋は、♪単純単純単純です♪……とはいかねっすよ〜。
189> 名無飼育さん様
ありがとうございます。まだまだ続きますので、どうぞよろしくです。
それでは、本日の更新にまいります。
- 191 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:18
-
つき合うってことになったからといって、
何かがすごく変わったってわけじゃない。
あたしは相変わらずボーッとしてるし、
紺野は相変わらず敬語が抜けない。
「ねえ、なんかお弁当箱小さくならない?」
「え、あの、ちょっとダイエットを」
「ふーん? 十分細いじゃん?」
「いえ、あのー、ほっぺたとか」
プッとあたしは吹き出す。
ばかだなー。それがかわいいんじゃないの?
まあ、好きにすればいいけどね。
きれいになろうって思うのは、悪いことじゃないし。
約束してるわけじゃないけど、
お昼には中庭に来て、一緒にご飯を食べる。
食べ終わるとたあいもないおしゃべりをして、
予鈴が鳴ったら、なんとなくキスをする。
触れるだけのキスだけど。
それでも紺野は緊張するみたいで、毎回おでこまで真っ赤になるんだ。
あたしが16の頃もこうだったっけ?
いや、もっとさばけてたけどな。
でも、そんな不器用さとか垢抜けなさが、
あたしの目には妙にかわいらしく映る。
- 192 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:19
-
『紺野ちゃん、いきなりすっげーかわいくならない?』
よっすぃ〜がさっき、感心したようにそう言ってた。
そうだよ。あたしは内心、ほくそ笑む。
あたしがメガネを外させたんだ。
髪型を変えさせたんだ。制服の着こなしもスカート丈も全部教えた。
あたしと会ったことで、この子、変わった。
そう思うことは、思いのほかあたしを有頂天にする。
たとえて言えば、そうだな、
泥まみれで道に落ちてたきっちゃない子猫を洗ってみたら、
真っ白なふわふわの毛があらわれてニャンと鳴いたみたいな?
ガリ勉で垢抜けなくて、邪険にされてた女の子。
あたしが見つけて拾った。磨いたら、ほら、こんなにキレーだよ。
いちーちゃんもこんなふうに思ったかな。
いつでもつまんなそーにしてたあたしが笑った時。
フッと空しい気持ちが吹き抜けた。
あたし、いちーちゃんになろうとしている?
- 193 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:20
-
「ごとーさん?」
予鈴が鳴り終わっても動かないあたしに、紺野が首をかしげる。
「あたしー、次、サボる」
「サボる、んですか?」
心配そうな声。
あたしは気にすんなというように微笑んで、紺野の背を押した。
何度も振り返りながら教室に戻っていく紺野。
かわいい。だけど、いちーちゃんみたいに好きになれるかは、まだわからない。
錆びくさい非常階段の手すりにもたれて、あたしは目を閉じた。
いちーちゃんは、あたしを捨てた。
自分の夢を追いかけて、遠くに行ってしまった。
じゃあ、紺野は?
あの子は、ずっとあたしのそばにいてくれるだろうか?
あたしを追いかけてくれるだろうか?
あたしが、いちーちゃんの影をいつまでも追いかけてるみたいに。
- 194 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:20
-
うとうとしているうちに、5時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
6時間目なんだっけ、英語か……出とくか。
あたしは立ち上がり、スカートについた砂ぼこりをパッパと払った。
教室に向かう途中の通用口のところで、
ローファーについてた泥を落とし、内履きに履き替えていると、
ちょうど紺野のクラスからわらわらと生徒たちが出てくるのが見えた。
教室移動かな。あたしは目を凝らす。
紺野は髪の長い女の子2人に挟まれて、おしゃべりしながら出てきた。
「紺野」
声をかけると紺野はすぐにあたしに気がつき、うれしそうに駆け寄ってきた。
なんかやっぱり犬みたい。あたしは目を細める。
「理科室?」
「視聴覚室、です。なにか、英語のビデオを見るって」
「あたしも次、英語」
一緒だね。あたしたちは微笑みあう。
髪に触れかけて、やめた。
紺野のクラスメイトがいるんだった。
- 195 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:21
-
「あさ美ちゃん、遅れちゃうから先行くよー?」
「あ、あ、待って」
クラスメイトの声に、あわてて紺野は振り返って答える。
そして、あたしのほうに向き直り、ちょっと残念そうな顔を見せた。
「じゃあ、失礼します」
「うん、また明日ね」
「はい!」
駆け去ってく後ろ姿。友達に笑いかける楽しげな横顔。
寂しそうな三つ編みの女の子は、もういない。
勝手なあたしは喪失感を感じたりもする。
自分が変えたくせに。
6時間目のチャイムが鳴って、あたしも慌てて階段を駈け上がった。
あたしだけの誰かなんて幻想だ。
かわいい紺野。だけど、期待だけはしちゃいけない。
◇ ◇ ◇
- 196 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:22
-
テスト期間が始まった。
うちの学校では、試験は各日3〜4科目ずつ。
午前中で学校が終わって、昼前に帰宅となる。
だから、しばらく紺野と会うこともないだろう。
そう思っていながら、初日の試験を終えたあたしの足は
校門ではなく中庭へと向かっていた。
そして、紺野はそこにいた。
非常階段に腰かけ、学生鞄を膝に乗せて参考書を開いている。
あたしの足音に気づくと、彼女はゆっくりと顔をあげ、
唇をきゅっと閉じたまま、照れたように微笑んだ。
「おっす」
「どうも」
はっきりした約束もなく、こうして会えたりするのってすごく好き。
会いたいと思う気持ちが、会えそうな場所を探したことがわかるから。
もしかしたら待ちぼうけになるかもなんて、苦にすることもなく。
- 197 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:23
-
「試験、どうでしたか?」
「んあー? 赤点じゃなきゃいいよ」
たあいもない話さえも、どこか甘さを帯びているような気がする。
あたしは笑う。紺野も笑う。会ってどうしようと思ってたわけじゃない。
なんとなく沈黙が訪れた時、下校を促すメロディーがスピーカーから流れてきた。
あ、もうすぐ校門が閉まってしまう。
「……帰らなきゃ」
「……はい」
あたしたちは、見つめあった。
瞳に書いてある言葉は同じ。もうちょっと一緒にいたい。
でも、あたしはともかく、紺野は明日の試験の準備があるだろうし。
あたしは少し考えて、無難な提案をしてみる。
「マックでお昼とかくらいは、平気?」
「はい!」
「じゃあ、行こ」
立ち上がった時に、一瞬、キスしようかなと思った。
でも予鈴も鳴らないし、なんとなくタイミングを逸して、
あたしはそのまま校門の方へと歩き出す。
紺野はなぜだか少し遅れて、後ろをついてくる。
中庭を出て旧校舎の脇を抜け、さらに新校舎を通り抜けて、正面玄関。
何人かの生徒達が、チラとあたしたちに目をやった。
そう言えば、一緒に下校するのは初めてだ。
- 198 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:24
-
あたしたちはいつだって目の前のことをしゃべっている。
トラちゃんがいた時はトラちゃんのことを、
マックにいればマックのメニューについて。
紺野を口説き落としてしまったあたしは、
今はなんだか少し照れくさくて、さほど熱心には話さない。
うつむきがちに、ぽつぽつと話す紺野。
その言葉を頬杖をつきながら聞いてる。
まだ話す決心がつかないことを、時々心に浮かび上がらせたりしながら。
たとえば、家族のこと。
それから、一緒に暮らしてた人がいること。
いちーちゃんは、最初からあたしに家族がいないことを知ってた。
あたしたちが出会ったのは、裕ちゃんの店だったから。
いちーちゃんは矢口さんの紹介で、裕ちゃんの店のヘルプに入ってた。
どうしても音楽をやりたくて、高校をやめて家出同然に東京に出てきたいちーちゃん。
お互いにひとりだったから、あたしたちは当たり前みたいにあたしの家で暮らし始めた。
いちーちゃんと、生涯一緒にいるつもりだった……
あたしは、コーラのストローを齧りながら目を伏せる。
いつかは言わなきゃいけないのかも。
でも、まだいいんじゃないかと思う。
あたしのこと何も知らないこの子と、淡い恋を楽しんでみたい。
- 199 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:25
-
「ま、マヨネーズが苦手で」
「うん」
「て、照焼きの味は好きなんですが、マヨネーズが入ってるのが……」
この子、ほっとくとずっと食べ物の話してそう。
あたしはポテトをつまんで、ひょいと紺野の口元に差し出した。
紺野は絶句し、呆気にとられた顔であたしを見つめる。
その表情に、あたしはたちまちものすごく楽しい気分になる。
ほら食べなよ。ポテトの先をくるくる回すと彼女は意を決したらしく、
周りをそうっと見回してから、小さく齧った。
よろしい。その残りをあたしは自分の口に放り込む。
キスの代わりに。
よっぽど恥ずかしかったのか、
紺野は頬を赤く染めてむっつりと黙り込んでしまった。
この子って、ほんとかわいいな。あたしは、首をかしげて微笑む。
指についた塩を舐めながら、伏せられた睫毛を見つめながら。
「明日もマック来る?」
紺野は黙って頷いた。
「ケンタのほうがいい?」
「……ど、どっちでも」
じゃあ、ケンタにしようかな。
フライドチキンについて、きっと熱心に話してくれるだろう。
- 200 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:26
-
あたしたちは、乗る電車の方向が同じだ。
もうちょっと一緒にいられるね。
あたしの言葉に、紺野はうれしげにうなずく。
互いの家の最寄り駅は、原宿に髪を切りに行った帰りに知った。
あたしが先に降りて、紺野は次の駅。
あんがい近いことはわかったけれど、くわしい住所とかはしらない。
てゆうか、まだ携帯の番号も教えあっていない。
これって、つき合ってる二人にしては、かなり奇妙なような。
おそらく、あたしが言わないから紺野は聞かない。
内気なのか謙虚なのか、自分からは何も聞かないと決めてるんじゃないかとさえ思える。
それともこの子自身に、それほどまでに踏み込まれたくない何かがあるのか。
それならば、お互い様だけれど……。
「紺野に、携帯の番号教えときたいんだけど」
「えっ? あっ、はい」
紺野は慌てて鞄から携帯をとり出し、あたしが教えた番号を登録した。
それから、すぐにワン切りでかけてきた。
「私の、番号です……えっと、いつでも、何時でも大丈夫です」
最後の方は消え入りそうな声だったけど、そう伝えてくる。
へぇ、電話とかフツーに欲しかったりする子なんだ。意外。
やっぱり、あたしが言い出すまで待ってたのか。
そんな紺野を、あたしは好ましく思う。
- 201 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/11(火) 11:26
-
午後の陽射しが差し込む電車は、閑散としていた。
あたしたちは一番隅っこのシートを選んで並んで座り、
重なりあったスカートのひだに隠れて手をつないだ。
「メールとか、送っていい?」
「はい。私も、送って、いいですか?」
「あんまり返事とかマメじゃないけど」
「そんなの、全然、いいです」
電車が橋の上にさしかかり、車窓から大きな川が見えてきた。
きらきらと太陽を反射している銀色の水面。
紺野が、眩しげに目を細め、すうっとおしゃべりをやめる。
あたしはとても穏やかな気持ちで、その光溢れる景色に見入った。
- 202 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/11(火) 11:27
-
本日はここまでといたします。
- 203 名前:名無し23。 投稿日:2004/05/11(火) 13:58
- 更新、乙でございます。
う〜ん、深いなぁ・・
光あるトコロに影もある、雪ぐまさんのこんごまワールドにドップリはまっております。
タイトルもすごく良いですねぇ。
クトラちゃんを通しての不器用なふたりの描写が素晴らしいです。
このまましばし、ふたりを見守らせていただきます。
- 204 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/11(火) 17:53
- ごっちんったら大胆だワァ(*´∀`)
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/11(火) 21:06
- こんこんはこれ以上どーなってしまうのか?
ごとーさんの心はこれからどー変わるのか?
ふれあいながらもビミョーな違いをみせてる二人の心情が伝わってドキドキです。
これからどー展開していくのか…
ドキドキしながらじっくり見守らせていただきます。
好きです。
- 206 名前:桜満 投稿日:2004/05/11(火) 21:37
- こんなこんちゃんが大好きで〜す。
これからも期待してま〜す。
がんばってくださ〜い。
- 207 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/12(水) 15:28
- 203> 名無し23。様
ありがとうございます。本当に素晴らしい読み手に恵まれていると感じています。
毎回、きちんと伝えたいことを読み取っていただけてるというか……。
ラブコメも力いっぱい書いてますけど、
『雨の約束』や今作のようなテイストは、実はかなり緊張するんです。
甘々萌え萌えだけじゃない恋愛モノといいましょうか。
ですからていねいにお読みいただき、いつも感謝なのです。きゃ、マジレスしちゃったw
204> 名無しどくしゃ様
大胆が似合うごっちんって、魅力的だワァ(*´∀`)
とか思って書いてますけれど、いかがでしょうね?w
205> 名無飼育さん様
ふれあいながらのビミョーな心情の違い……ちゃんと感じていただけてうれしいです。
上にも書きましたが、雪ぐまは本当に読者さまに恵まれていると思います。
うちのごとーさんとこんこんの愛のカタチ、ぜひ見守ってやってください。
206> 桜満様
初めまして♪ こんちゃんはやっぱこういうのがいいですよね〜?
はにかみの魅力というか、本人は気づいてるんですかね? 天然を忘れないでいてほしい子です。
それでは、本日の更新にまいります。
- 208 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:30
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なんとなく気づいてたけど、紺野はとてもスタイルが良くて、
あたしが差し出す服は、どれもよく似合った。
「うーん……」
悩めるあたしに、試着室のなかで困惑気味の紺野。
紺野の予算は1万円。上下コーディネートして、
できたら何かアクセサリーくらいつけて選んであげたい。
「よ、予算少なくてすみません……」
「いや、それで悩んでるんじゃなくて」
服なんて安物だっていいんだよ。だって目まぐるしく変わる流行。
つきあって最初のデートで、紺野はあたしに服を選んでほしいと言った。
ありとあらゆる情報を遮断してたんじゃないかと思うようなセンスの紺野が、
一転していろんなことを受け入れようとしている。
あたしという存在を扉にして。
- 209 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:30
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あたしが知ってることなんてほんとにくだらないことだけど、
でも、知ってることは、何でも教えてあげようと思う。
何度着替えさせられても、黙々と服に袖を通す紺野。
あたしを信頼してる瞳を裏切りたくないから真剣になる。
鏡に映った自分を、紺野はジッと見る。
コーディネートを頭にたたき込むみたいに。
それから、服によってくるくると印象が変わる自分に驚いてるみたいに。
さあ、あたしはどの紺野を選ぶ?
「うーん……」
「す、すみません、全部買えると、いいんですけど……」
「や、ちょっとずつ揃えていけば……あ、そっか」
結局あたしは、かなりシェイプされたシルエットの袖のないデニムシャツと、
古着っぽいレースづかいの白いフレアのミニスカートを選んだ。
ボーイズアイテムを取り入れたフェミニン。
ベーシック過ぎって気もするけど、着回しがきく色と形だから。
紺野はうれしげに「このまま着ていきます」と言って、
お店のお姉さんに値札を切ってもらっている。
その姿を離れたところから眺めながら、あたしは「よし!」なんて思う。
最初に着てきていたイイ子ちゃんっぽいワンピースよりずっと痩せて見えるし、
なんてったってよく似合ってる、と思うよ?
- 210 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:31
-
会計をすませて戻ってきた紺野に、
あたしは自分がしていた革ひものチョーカーを外して差し出した。
「これ、あげる」
「え?」
デニムシャツを選ぶのに、いい感じのストーンウオッシュにこだわっちゃったから、
結局、アクセサリーを買うほどお金が残らなかった。
だから、あたしのあげる。
ちょっと傷んできてて悪いけど、デニムとよく合うんじゃないかな。
「い、いいです、そんな」
「いいから」
紺野の首の後ろに腕をまわして、無理矢理つける。
ほら、もっといい感じになった。
「……大事に、します」
「気にしないで。安物だし」
なかなか鏡の前から動こうとしない紺野を引っ張って、お店を出た。
たちまちムッと肌を包んでくる熱気に、頭がくらっとする。
眩しい陽射しがぎらぎらとアスファルトを照りつけていて。
- 211 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:33
-
「……どっかでお茶飲も」
「あ、はい」
てきとーに入ったカフェには小さなテラスがついていた。
紺野はそっちの席をチラッと見たけど、
あたしは無視して一番奥のいかにも涼しそうなソファー席に座る。
なんだかんだいって服屋に2時間くらいいたし、
このカフェを探すのにもちょっと歩いたせいで疲れた。
メニューも見ずにアイスティーと決めて、だらっと背もたれに寄りかかる。
紺野は、さんざん迷ったあげくケーキを注文し、
満面の笑みでうれしそうに頬張った後に、
「また食べてしまった……」とか言って落ち込んだ。
その流れるようなオチが面白くて、あたしはフッと笑う。
「紺野って、いつもそうなの?」
「え?」
「また食べちゃったーとか」
ポッと赤くなって、紺野は小さく首を振った。
「いえ、最近です」
「ふうん?」
「あのー、ごとーさんと撮ったプリクラとか見てると、私って、か……顔が大きいかなあ、とか」
消え入りそうな声。
あれ、かわいく撮れてたじゃん?
そう言いながら、紺野のチョーカーが曲がっちゃってるのに気づいて、
指を伸ばして直してあげる。
紺野がくすぐったそうに首をすくめた。
- 212 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:33
-
「……これ、ありがとうございます」
「いいって」
「服も、あの、お付き合いしてもらっちゃって……」
「いーの。あたしヤなことってしないから」
だから、気にしなくていいよ。
そういうつもりで言ったんだけど、言葉を途中でさえぎられたせいか、
紺野は動揺したように口をつむぎ、目を伏せてしまった。
たちまち訪れる沈黙。
お疲れのあたしはフォローする気が起きずに、
ふいっとテラスの方に目を向けた。
あたしの横顔を伺うように見てるのがわかる。
ひどく緊張してる気配が伝わってくる。
この子、こんな調子であたしとつきあったりできるのかな?
てゆうか、あたし、こんな調子で紺野とつきあったりできる?
紺野のこと、気に入ってる。かわいいと思う。
のんびりしてる彼女と過ごす時間は穏やかで、ささくれたあたしの心は滑らかになる。
だけど、こんな時、不安になる。
たしかにあたしは先輩で、紺野は後輩で。
憧れの目で見られるのって、そりゃあ悪い気しない。
だけどあたしって、もともとお姉さんしてるキャラじゃない。
いちーちゃんにかわいがられるのが好きだった。
甘えて、わがままを言って、お前はしょーがないなと言われるのが好きだった。
それ以外の付き合い方って、知らない。
- 213 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:34
-
「ねえ、これからどっか行きたいとこある?」
「え、いえ、特には……」
うつむいてばかりの紺野。
美点と欠点は、表裏一体。
いつもは好ましく思える謙虚さが、
今は、少しばかりあたしを苛立たせた。
「じゃあ、帰ろ」
「え?」
「行きたいとこ、ないんでしょ?」
伝票をつかんで立ち上がったあたしに、紺野は泣きそうになった。
あたしは知らんぷりして勝手に会計を済ませてしまう。
おたおたと財布を取り出す紺野に、「ここはいい」と冷たく言い放って。
「で、でも私、ケーキ食べちゃったし」
「おいしかった?」
「あ、はい」
「じゃあ、いい」
何がいいんだか。
急にいじわるになってるあたし。
紺野を困らせて、ますますおどおどさせて、それで自分がイライラしてる。
デニムシャツの胸元をつかんで紺野は、不安げに立ちすくむ。
白いスカートが頼りなげに揺れる。
あたしが選んだ服に、あたしがあげたチョーカー。
紺野をこんなふうにしといて、あたしは、まったく勝手だ。
- 214 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:35
-
「手」
気まずい空気を振り払おうと、あたしは紺野に手を差し出した。
「手、つなご」
「……………………」
紺野の瞳に見えるのは、やっぱり不安げな揺らぎ。
だけど、紺野は差し出されたあたしの手を取った。
「ごめん、なんか暑いとあたしダメだ」
「ああ、暑いと……」
かすかにホッとした声で呟き、紺野は一人で何度もうなずく。
“後藤さんは暑いのが苦手”、そうインプットしてるみたいに見える。
彼女の中で、あたしはどんなふうに蓄積され、分析されてるのか。
訊いてみたい気持ちになって口を開きかけた時、
紺野が「あ」と小さく声をあげて、パッと手を離した。
「何?」
「うちの学校の子たち……」
八の字眉毛になった紺野の視線の先。
大通りを挟んだ向かい側のファミレスの窓から、
5〜6人の女の子たちが鈴なりになってこっちを見ていた。
わざわざ振り返って見ている子までいる。
妙に興味しんしんなその様子に、あたしはギョッとして紺野を見た。
- 215 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:35
-
「あたしたちって、もしかして噂になってるの?」
「……ごとーさん、訊かれませんか?」
「全然」
そう答えると、紺野は困ったようにかすかに笑った。
なるほど。紺野は訊かれまくってるわけか。
「なんて言って訊かれるの?」
「え、そのまんま、ですよ」
「そのまんま?」
「……2年のごとーさんとつき合ってるの?って」
「ふーん。で、なんて答えるの?」
「え……?」
紺野はみるみるうちに真っ赤になった。
口のなかでボソボソと何やら呟く。
「え、なに? 聞こえない」
「……よくわからない、って」
あたしはプッと吹き出した。
かしましいクラスメイトたちに興味しんしんで詰め寄られて
すっかり困り果ててる紺野の姿が目に浮かぶ。
- 216 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:36
-
「つき合ってるんじゃないの? うちら」
「そ、そ、そ、そーですけど」
お、お、お、女の子同士だし。
派手にどもりはじめた紺野に、懐かしさを感じてほほ笑ましい気持ちになる。
だけど、あたしってやっぱ、すげーいじわるかもしんない。
動揺しすぎだよ、紺野。ますます、困らせたくなる。
「女同士って、気になる?」
「すこし」
「別れる?」
紺野はギョッと目を見開き、
次の瞬間、水をかぶった犬みたいにぶるぶるっと首を振った。
「ご、ご、めんなさい。そ、そ、そういう意味じゃ、なくって」
へ、変に冷やかされたりするのが。
ご、ご、ごとーさんに、迷惑かかるかも、とか、あのっ。
必死だよ、おい。
期待以上の狼狽ぶりに、あたしは内心ほくそ笑みながら言い放つ。
「つまんないこと言わないでよ」
「は、はい」
強く言ったつもりはないけど、さっきからいじめられっぱなしだからかな。
その瞳に、とうとう透明な滴が盛り上がってボロボロッと零れ落ちた。
- 217 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:37
-
「………ううっ…」
紺野が泣くのを見るのは2度目だ。
もし、あたしがいなくなったら悲しい? トラちゃんがいなくなった時みたいに。
両手で顔を覆ってしまった紺野の髪を撫で、腕を引いて抱き寄せた。
人目があるから嫌がって逃げると思ったけど、彼女は抱かれるままにジッとしている。
あれえ? 耳元であたしは、ますますいじわるに囁く。
「ね、あの子たち、見てるよ」
「…………………………」
「いいの?」
「……ごとーさんは、いいんです、か?」
「へ? あたし?」
切り返しに戸惑う。
「あたしは別に……、いいけど」
じゃあ、私もいいです。
そう言うと紺野は、いきなりあたしの腰に腕をまわし、肩に頬を押しつけた。
おいおい、これじゃあ完全に抱きあっちゃってるよ、あたしたち。
思いがけず大胆な紺野に、今度はあたしのほうが動揺する。
そういえば、こんなふうに正面から抱きあうのって初めてかも。
- 218 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:38
- 紺野の身体から、びりびりと電気が出そうなほどの緊張が伝わってくる。
その緊張が伝染したように、あたしの鼓動も次第にメトロノームのように音を立てはじめる。
腕の中の紺野からは、いちーちゃんとは全然違う香りがした。
香水じゃない……シャンプーの香りかな? 鼻先をかすめる黒髪。
その向こうに見える、どこまでも高く青い夏の空。
あ、すごいドキドキする。なんか、ドキドキ、してきてる。
あたしは紺野の肩をつかんで、ゆっくりと身体を離した。
「ね、なんで空って青いんだろーとか思ったりしない?」
照れ隠しのあたしの言葉。
紺野は濡れた瞳のまま、きょとんとあたしを見つめ、
それからなぜか小さくため息をついた。
「空が青いのは、空気分子に光があたった時、青っぽい光の方が、赤っぽい光よりも散乱されやすいからです」
「へ?」
「雲が白いのは、粒の大きな水滴や氷がすべての光を均一に反射するから」
よく知ってるね。
まんま教科書みたいな回答に、目を丸くしたあたし。
紺野は、再び、目を伏せる。
「……でも、ごとーさんの考えてることは、全然わからない」
- 219 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:39
-
震える声は、あたしの気持ちを探ってるように聞こえた。
そうか、紺野はずっと自信がなくて。
チクリと胸が痛む。まだ一度も、好きと口にしてないあたし。
そういえば、紺野もそーゆーこと、言わない。言えないのか。
あたしのせいで零れる涙。小さな吐息を漏らした唇。
その息まで、残らず食べてみたいと初めて思った。
そう、いつもみたいに触れるだけじゃなくて、
いちーちゃんとしてたみたいな、ちゃんとした恋人のキスを。
もう一度、青い青い空に目を細めた。
いちーちゃん、いいよね?
もういちーちゃんのこと、追いかけない。
待っていないよ。
あたしはぐいぐいと手を引いて紺野をベスパに乗っけると、
ぶるんとエンジン音を響かせてその場を駆け去った。
好奇の目をふりきって、あたしたちは風のなかでふたりきりになる。
よし、紺野、ちゃんと恋をはじめよう。
- 220 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:44
-
自慢の愛車を放り出して、誰もいない小道へ紺野を引っ張りこんだ。
戸惑う彼女を、ぎゅうっと抱きしめて、乱暴に唇をふさぐ。
いつもと違う激しさに、紺野がビクンと身を竦めた。
かまうことなく、あたしはその唇を強く吸う。息ができなくなるほど強く。
あんたが望んだことだよ、紺野。本当にあたしの恋人になる気なら。
初めて彼女の唇のなかに潜り込み、舌の先で強く押して、かたい歯列をこじあけた。
「……う、あ…」
苦しげな呻き。あたしは、粘膜を、深くさぐる。
初めて、彼女の体内に入り込む。
一瞬、逃れようと捩ったカラダが、
眉間に皴がよるほどかたく閉じられた瞼が、
まったくあたしについてこられない柔らかい舌先が、
この子はまだ子供だとあたしにわからせる。
だけど、あたしは強く抱きしめて逃がさない。
このくらい慣れてよ、紺野。
- 221 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/12(水) 15:45
-
長い長い恋人同士のキスのあと。
腕をゆるめると、紺野はずるずるとあたしの腕から落ちて地面にへたりこんだ。
大丈夫? あたしも慌ててしゃがみこみ、顔を覗き込む。
「……こ、腰が」
腰が抜けました。
マジで?
ボーゼンとなってる彼女の間抜け顔に、あたしは思わず笑った。
「あたしの気持ち、わかった?」
「……お、そらく」
はあっ、と肩で大きく息をついて、
頭を抱えるみたいに両手で顔を覆ってしまった紺野を愛おしいと思う。
いちーちゃんと初めて恋人らしいキスをした時の痛いくらいの鼓動。
あの時の気が狂いそうな切なさを、今、この子も感じているんだろう。
- 222 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/12(水) 15:46
-
本日はここまでといたします。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/12(水) 16:10
- ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!!
でもまだ私は後藤さんの気持ちがわからない・・・。
いつの日か後藤さんの口から後藤さんの声で、後藤さんの気持ちを聞きたい。
ってなんか紺野さんみたいなこと言ってますが、私の意見ですw
次回更新も楽しみです。
- 224 名前:よっすぃファン 投稿日:2004/05/12(水) 18:03
- うわあ〜〜〜〜。なんか、すっごい、引き込まれます。
こんごまもいいですね〜。
雪ぐまさんの小説は一番面白くて最高です♪
雪ぐまさんはなんで小説を書こうと思ったのか知りたいですね〜
あと、雪ぐまさんが読んで面白かった小説も知りたいです。
- 225 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/12(水) 18:03
- ま、またまた大胆な。殺す気ですか(;´Д`)ハァハァ
とてーも(・∀・)イイ!
- 226 名前:めかり 投稿日:2004/05/12(水) 18:29
-
雪ぐまさんの作品、いつも読ませていただいています。
個人個人の個性やその場の雰囲気など読んでて
吸い込まれる感じがします。
これからも頑張ってください。
- 227 名前:名無し23。 投稿日:2004/05/13(木) 01:24
- 更新、乙でございます。
くはぁっ〜、ヤラレマシタ。完敗de乾杯!ですw
後藤さんの感情がすごく饒舌な感じで、戸惑いとか怖れとか複雑な胸の内
みたいなモノが、自分にはひしひし伝わって来るんです。
自分で自分の感情を持て余すと言うか・・
この距離感がまたこんごまの醍醐味かなぁと思ってます。と、マジレスw
次回もまったりお待ちしてます。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/13(木) 11:10
- 雪ぐま様 更新、乙です
なんかほろ苦いよな、あまずっぱいよな、
不思議な気分になるおなはしですね…
次回もマターリ楽しみにしております
- 229 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/13(木) 11:55
- 223> 名無飼育さん様
とりわけ複雑な性格のキャラなので、理解しにくいかもしれませんね。
こんな恋模様もあるってことで、お楽しみいただけたらと思います。
224> よっすぃファン様
娘。がかわいくて面白すぎるから、でしょうかw ある日、妄想がとまらなくなりw
面白かった小説は、いつか自サイトで(奇特な友人が雪ぐまの小説倉庫をつくってくれるそうです。準備中)。
225> 名無しどくしゃ様
うちのこんこんも心臓が破裂して死にそうになってます、おそらくw
226> めかり様
あっ、雪板のめかり様ですね〜。初めまして♪ めかり様も、たくさんの登場人物を書き分けてらして、
ああ、この子こういうこと言いそうだよなあってうれしくなってしまいます。
227> 名無し23。様
そうですね、距離感はこんごまの醍醐味であり、妙に切なく純愛っぽくなるとこですねw
多層な感情を描けるのもごっちんの魅力あってこそ。なんか書いててハマってくるんですよw
それでは、本日の更新にまいります。
- 230 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 11:57
-
窓際の席から、校庭に向かう体操服の紺野に手を振ると、
紺野はたちまち、わっとクラスメイトに囲まれた。
テスト明けで、残った授業をこなしながら夏休みを待ってる時期。
退屈な皆さんに、格好の話題を提供したってとこかな?
「おー、すっげー騒ぎじゃん、1年生」
その様子を見ていたよっすぃ〜が、
腰に手をあてて感心したように呟いた。
「ほんとに紺野ちゃんとつきあっちゃったりしてる?」
「まあね」
「マジで? 意外〜」
「そう?」
あの子が優等生すぎるから?
でも、よくあるんじゃない? 優等生と落ちこぼれが恋をするって。
「別に、ごっちんって落ちこぼれじゃないじゃん」
や〜ねぇ〜、ダブリって悪ぶっちゃって。
よっすぃ〜が苦笑する。
- 231 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 11:58
-
「ごっちんって大人っぽいからさ、年上が好きかと思ってたんだよ」
「よっすぃ〜と一緒にしないでよ」
「うぐ」
ひとつ年上の梨華ちゃんに尻に敷かれちゃってることをからかうと、
「なんで知ってるのー?」と彼女は慌てた。
知ってるよ、梨華ちゃんとは元クラスメイトだもん。
「バレーばっかして、ちっとも勉強しないって嘆いてたよ」
「ううっ」
「ちゃんと勉強しなー?」
「ごっちんに言われたくないなー」
タコチューみたいに口を尖らせるよっすぃ〜。
なんかかわいらしいね、この子。
にへっと笑うと、よっすぃ〜もへへっと照れくさそうに笑った。
「なんか、ごっちん、話しやすくなったよ」
「え?」
「やわらかくなったっていうのかなー」
紺野ちゃんのおかげかなー?
冷やかし交じりの声も、あまり嫌みに聞こえない。
だって、確かにそうだと思うから。
紺野っていう新しい喜び、楽しみ。
掠れてたあたしのココロを、再び潤わせる女の子。
のどの渇きを癒す、濁りのない湧水。
- 232 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 11:59
-
いちーちゃんは、どっちかっていうと炎だった。
あたしを熱くして、燃え尽きてしまうと思うほど夢中にさせた。
ものすごく近くにいるのに、いまにもはぐれてしまいそうだと脅えてた日々。
それは、今思えば予知めいた不安。
だって、いちーちゃんは本当に遠くに行ってしまった。
紺野は水。あたしを潤す。
そして火傷の痕を、癒してくれる。
はにかんだような微笑みで。
幼い子供みたいに澄んだ、その瞳で。
中庭であたしたちは、お昼を食べることも忘れてキスを交わす。
紺野のお腹がぐうと鳴るまで。
恥ずかしそうに慌ててお腹をおさえる紺野の、
きっちりとリボンで閉じられたシャツの襟元には、
あたしがあげた皮のチョーカーが隠されている。
「暑くない?」
「うーん、暑い、ですけど」
嬉しかったから、ずっとつけていたい。
そう呟いて、紺野は小さなお弁当箱を広げる。
朝からいつにもまして食欲がなかったあたしは、
購買で買った野菜ジュースをちゅーとすすった。
- 233 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 11:59
-
「夏バテしません?」
「うーー」
するかも。でも、食べたくないんだもん。
日陰にいても、うだるような暑さになってきた。
はっきり言って、紺野がいなかったら学校サボるね。
だらしなく第2ボタンまで外した襟元をぱたぱたして、恨めしく太陽を見上げる。
「あっつ……」
「外でおべんと食べるの、やめましょうか?」
「んーん、ここでいい」
こんないい場所、なかなかないもん。
誰も来ないし、キスし放題じゃん?
「し放題……!」
その言葉が妙にツボに入ったらしく、紺野は弾けたように笑った。
その額に玉のような汗が光ってて、
あたしはちょっと舐めてみたいような気持ちになる。
そんなことも知らず、紺野は小っちゃなタオルでせっせと拭いちゃうんだけど。
- 234 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 12:00
-
「じゃ、また放課後にね」
「はい」
あたしたちは、放課後にも中庭で会うようになっていた。
笑ったり、キスしたり、手をつないだりするために。
「暑くて死ぬ」
「大げさですねぇ」
「席が窓際じゃん? マジ干からびて死にそーなの」
「席、変わってもらったら?」
「ヤだ」
紺野は、18時には必ず学校を出るのが日課だと知った。
学童保育所へ妹たちを迎えに行かなくちゃいけないらしい。
ちゃんとお姉さんしてる紺野。
そういうとこ、けっこう好きだ。
◇ ◇ ◇
- 235 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 12:01
-
ろくに食べずに太陽に炙られていたせいか、
あたしはとうとう体調を崩し、熱を出して寝込んでしまった。
風邪? はやくも夏バテ? よくわからない。
ひどい頭痛とあまりのダルさにくわえた体温計は38度を超えていて、
あたしは遠からずやって来る夜の闇に脅えながら、ベッドに倒れ込んだ。
夜の闇は魔物。
容赦なくあたしに襲いかかる。
ひとりなんだと強く思う。こんな時は、特に。
だって看病してくれる人も、ご飯をつくってくれる人もいない。
熱に浮かされた脳みそは、不快な夢をあたしに見せる。
たとえば、このまま誰にも気づかれずに死んじゃって腐ってくあたしとか。
かと思うと、パパとママがいて弟がいた頃の、
当たり前に幸福な記憶が繰り返し再生される。
それから、いちーちゃんと暮らした切なくて甘い日々のこと。
繰り返し、繰り返し、脳みその血管が焼き切れそうなくらい。
「パパ、ママ……」
熱に浮かされるままに、あたしは浅い夢の名残を呟いてみる
「いちーちゃん……」
ふいにあふれ出す涙は、枕に染み込んで消えてゆく。
頭痛薬に何度も眠りに引き込まれ、苦しい夢と幸福な夢に翻弄されて
あたしはエビみたいに身体を丸め、胸を掻きむしる。
- 236 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 12:02
-
紺野……!
あたしは、必死でやさしいあの子の笑顔を思い出そうとする。
ひきずりこまれたくない、苦しい記憶に。
朝になっても、熱は引かなかった。
強烈に学校に行きたいと思った。あたしだけじゃない世界。
そして、紺野がいるオアシス。
だけど、今日はとうてい行けそうもない。
エンドレスでまわり続けそうな夢の中でのたうち回りながら、
あたしはぐったりとベッドに沈み込んだ。
頭が、熱い……
死にそうにだるい……
胸が苦しい……
どのくらいそうしていただろう。
唐突に枕元に置いていた携帯からピピッとメール着信音が聞こえ、
あたしはハッと目を覚ました。
『お休みと聞いて心配しています。今日は会えなくて残念でした。紺』
紺野……
ディスプレーに並んだ緊張気味の文字列に、
あたしは心の底から救われたような気持ちになった。
時計を見ると16時少し前。
終礼が終わって、すぐにメールをくれたらしい。
- 237 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 12:04
-
電話をかけると、待ってたかのようにすぐに彼女は出た。
熱があるというと、心配そうなため息を漏らし、黙り込む。
あたしは迷う。会いたい、来てほしい。助けてほしい。
だけど、家に呼べば、あたしの秘密を知られてしまうかもしれない。
いつかは話さなきゃいけないことだけど、
でも、こんな状況じゃあ、あまりにも重すぎて引かれてしまいそう。
額に手をあて、回らない頭で考えた。
そうだ、紺野は18時には必ず帰る。
それまで家族が留守でも、別におかしな話じゃない。
「……ちょっと、来て、くれる?」
『え? で、でも……』
紺野は思ったとおり、ご家族の方に迷惑では?と、遠慮がちに呟いた。
「平気。あたし、今……、今、ひとりだから」
あたしは、住所を伝えて道すじをかんたんに説明し、
解熱剤と栄養剤、それからリンゴジュースを買ってきてくれるようにお願いした。
- 238 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 12:04
-
30分ほどで、インタフォンが鳴った。
優秀な子で助かる。ふらふらと玄関に出て鍵をあけると、
買い物袋を下げた紺野は、やけに緊張した面持ちでカチンと立っていた。
「入って」
「え、で、でも」
「あたししか、いないから」
紺野は玄関でちゃんと靴を揃えて脱ぎ、
誰もいないというのにリビングの前を通過する時にちょこんと頭を下げた。
それから、好き放題に散らかったあたしの部屋に目を丸くする。
カッコ悪すぎだけど、まあいいや、ダルくてかまってられない。
あたしは紺野が買ってきてくれたリンゴジュースをパックからそのままごくごくと飲み、
解熱剤と栄養剤も無理やり胃に流し込んで、再びベッドに転がった。
「うーー……」
「熱、何度あるんですか」
「38度5分」
「びょ、病院にいったほうが」
「ん、明日も下がんなかったらね」
甘えて差し出した手を、紺野は包み込むようにしてやさしくさすってくれる。
あたしはこぼれおちそうになる涙をこらえるのに苦労した。
- 239 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 12:05
-
「キスして」
あたしの言葉に、紺野はかなり照れたみたいだった。
でも、してほしいんだ。あたしは目を閉じる。
ややあって、紺野の唇はためらいがちにあたしの唇に舞い降り、
それからオデコに軽く触れて離れていった。
その、羽根で撫でられたような安らぎ。
あ、だめだ。
目、あけたら、ぜったい涙出ちゃう。
あたしはかたく瞼を閉じたまま、ぎゅっと紺野の手を握りしめた。
眉をしかめたからか、紺野が心配そうに声をかけてくる。
「頭、痛いですか?」
「……ちょっと、ね」
違う、痛いのは胸の奥。
治らない傷があるんだ、紺野。
あなたには、あたしは少し重すぎるかもしれない。
何も知らない紺野は、あたしの髪をやさしく撫でる。
傷ついたトラちゃんを両手で包み込んでいたみたいに。
- 240 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/13(木) 12:06
-
解熱剤が効いてきたのか、あたしは少しずつまどろみはじめた。
薄目をあけて、時計を確認する。17時半……
「すこし、眠くなってきた」
「あ、じゃあ、帰ります」
「あのさ、迷惑じゃなかったら」
「はい?」
「……眠るまで、手握っててくれない?」
ずいぶん甘えん坊だと思ったんだろう、紺野はクスッと笑うとうなずいた。
あたしは来てくれたお礼を言い、机の上に家の鍵があることを教える。
それから帰る時に外から鍵を締めて、
鍵はドアポストに放り込んでおいてくれるようにお願いした。
「わかりました」
紺野が再びうなずいたのを確認して目を閉じる。
オデコにもう一度、唇が触れたのがわかって、あたしは微笑んだ。
それから、ものすごく安らかな気持ちで眠りに引きずり込まれていった。
- 241 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/13(木) 12:11
-
本日はここまでといたします。
>228 名無飼育さん様
更新はじめてから、レスいただいたのに気づきました。
ほろ苦く、甘酸っぱく、うん、まさにそんなフレーバーのお話が書きたいですねぇ。
うれしかったです。
- 242 名前:どくしゃ 投稿日:2004/05/14(金) 00:11
- 更新お疲れ様です。
ずっとROMってました。
イィヨー、イイヨー!って感じです。
次回の更新楽しみにしております。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/14(金) 00:19
- あー、すごいなぁ雪ぐまさんは。やられっぱなしです。はぁ。
ここに登場するごっちんにもこんこんにも惹かれます。
心の動きの描写に毎回毎回引き込まれます。
ヤバイよ、ハマる・・・。
「愛するトメっち」ともども応援してま〜す。
- 244 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/14(金) 02:28
- 242> どくしゃ様
初めまして。レス、ありがとうございます。
石川さんとおなじくらいイイヨー、イイヨーと言われるように頑張りますw
243> 名無飼育さん様
うれしいレス、ありがとうございます。いしよしはいしよしなりの、
こんごまはこんごまなりの描写を楽しんでおります。どちらもよろしくです。
それでは、本日の更新にまいります。
- 245 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/14(金) 02:30
-
悪い夢を見なかった。
その理由を、あたしは目が覚めた瞬間に知った。
夜の闇のなかで、ベッドサイドの明かりだけがつけられた薄暗い室内。
あたしの手は、まだあたたかなぬくもりに包まれていたから。
紺野はあたしの手を握ったまま、
ベッドに寄り掛かるように座って眠っていた。
時計の針を確認する。深夜0時……
絶望的な気分で握られていた手を離すと、
紺野はすぐにハッと目を覚ました。
あたしたちは息を詰め、お互いの目の中を探るように見つめあう。
「……帰らなかったの?」
「……どなたか、お帰りになったらと、思ってたんですが」
おそらく紺野は、高熱のあたしを放っておけなくて。
そのうち家族の誰かが帰ってきたら、後を任せて帰ろうと考えたんだろう。
- 246 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/14(金) 02:30
-
どうして誰も帰ってこない?
いかにも幸福な家族が暮らしていそうな一軒家のドアが、いつまで待っても開かない。
時計の音とクーラーの音、そしてあたしの寝息だけが聞こえる薄暗い空間で、
紺野はいったい何を考えただろう。
あたしをやさしく見つめる微笑みのなかの、不安げな色。
あたしに裏側があることに気づいてしまった紺野。
あたしは観念して、小さな声で告白した。
「あたし、家族いなくて」
「え?」
「ごめん。なんか、言えなかった」
事故でね、全滅。
あたしは極力、悲壮感が漂わないように笑った。
紺野が息を呑んで、うつむく。
長い沈黙が流れた。
「気にしないで」
あたしは、紺野の頭をポンポンと叩いた。
- 247 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/14(金) 02:31
-
「もう3年も前のことだし、親代わりの叔母さんとかいるし」
「……その方は?」
「けっこう近くに住んでるよぉ?」
紺野は、かすかにホッと息をつき、
でも、言葉を選べないというように再び重く黙り込んだ。
可哀想とか、気の毒にとか、私にできることがあればとか、
そういう迂闊なことをすぐさま言わないところに、あたしは安堵した。
たぶんそうだとわかってて、紺野を好きになった。
「ごめんね、言わなきゃと思ってたんだけど」
「そんなの、いいんです」
紺野がフッと顔をあげて、あたしを見た。
その表情に深いいたわりだけじゃない、かすかな迷いを見て取って、あたしはハッとした。
この子にも、何か秘密がある?
「どうしたの、紺野」
頬に触れたあたしの指に、紺野は一瞬、目を閉じた。
そしてしばしの逡巡のあと、張っていた糸がプツンと切れたみたいに
空気にとけちゃいそうな吐息を漏らした。
- 248 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/14(金) 02:32
-
「……わ、私も、父がいなくて」
「………………」
「あの、うちは……自殺、なんですけど」
紺野は、さっきあたしが笑ったみたいに笑った。
お父さん、よその女の人と、死んじゃったんです。
ちっちゃい町だったからすごい噂されてお母さんつらくて、私たち連れて東京に。
ごめんなさい。なんだか、言えなくて。
「……そっか」
あたしたちは手を握りあい、しばらく黙ったままでいた。
重い扉でかたく閉ざしていた心の内側。
あたしは薄く扉を開けて紺野が入ってくることを許し、
紺野もまた、あたしが入ってくることを許した。
あたしたちはぎこちなく目を見合わせて微笑み、
それから、どちらからともなく手をとりあい、
そっと唇を寄せて、静かなキスをした。
なぜ、あたしたちが魅かれあい、ここに二人でいるのか、
その理由を、おそらくそれぞれに感じながら。
- 249 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/14(金) 02:33
-
唇を離すと、あたしはベッドの奥に寄って、掛け布団を開けた。
「こっち、来て」
「え?」
「別に変なこととか、しないよ」
あたしの軽口に紺野は笑って、でも戸惑ったように制服に手をやる。
ああ、そうか、制服がシワになっちゃうね。
パジャマが入ってる棚を教えると、紺野はおとなしく着替えて戻ってきた。
「ごとーさんの匂いがしますね」
「洗濯してあるのに?」
「しますね」
「どんな匂い?」
「ごとーさんの匂い」
なにそれ? また話がぐるぐる回ってる。
あたしは小さく笑い、もじもじしている紺野の手を引いてベッドに招き入れる。
それから、腕枕をするみたいにして、ぎゅうっと抱きしめた。
- 250 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/14(金) 02:33
-
シーツは、あたしの寝汗でちょっとだけ湿っぽい。
「寝汗、やだ?」
「ううん……」
どことなく甘えた声色の返事。
あたしはバニラの香りを感じたみたいにうれしくなって、彼女の額に唇をつける。
「……ごとーさん、熱は?」
「あ、どうだろ? でも、頭とか痛くないし」
「明日の朝には、完璧だと、いいですね」
そうだね、きっと治るよ。
こんなにあったかい紺野を抱きしめて眠るんだもん。
さらにきゅううっと抱きしめると、
紺野はかすかに眉を寄せて閉じた睫毛を震わせ、切なげな息をついた。
「あの」
おやすみと囁いたあたしに、
紺野がなにやら情けない声でもそもそ呟く。
- 251 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/14(金) 02:34
-
「ね、眠れ、ないかも」
「んあ?」
「し、心臓が……」
「ん?」
「も、ちょっと、力を、その、緩めて……」
「ヤだ」
紺野が、うう、と呻く。
大丈夫、すぐに慣れて眠くなってくるよ。
あたしは、くるむように胸に抱きしめた彼女の髪をやさしく撫で、
もう一度おやすみと呟いて、ゆっくりと目を閉じた。
嵐の後の凪いだ海のような、とても穏やかな気持ちで。
- 252 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/14(金) 02:35
-
本日はここまでといたします。
- 253 名前:名無しp. 投稿日:2004/05/14(金) 12:45
- 紺野さんは、こんなに辛い思いを背負っていたんですね。
冒頭の野良猫の場面と後藤さんの境遇と、傷ついた者だけが理解できるなにか
みんな一つに繋がってすごーく感動しました。
- 254 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/14(金) 17:44
- 繋がり合えるって素晴らしいですね・゚・(ノД`)・゚・ブォォォオ
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/14(金) 18:31
- 個人的大殿堂入りのヨカーン 作者さん書いてくれてありがとう。マジで。
もっともっとこの二人ともっと一緒にいたいので、これからもお願いします。
- 256 名前:よっすぃファン 投稿日:2004/05/14(金) 21:44
- 毎日更新されてるのを読むのが非常に楽しみです!!
雪ぐまさんのサイトできるのもすっごく嬉し〜〜ですぅ>▽<
完成するのを首を長くして待っていますね♪
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/14(金) 21:48
- 「こんこん生誕スレ」に、雪ぐまさん光臨してないすか?
勘違いだったらゴメンナサイ!無視してください!
どーしても気になっちゃって…(T0T)
- 258 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/15(土) 01:03
- 253> 名無しp.様
二人を出会わせてくれた子猫トラちゃん、いまいずこ?w(考えてない!)
臆病でちょっぴり殻に閉じこもりがちな二人の恋、やっときちんと始まりそうです。
254> 名無しどくしゃ様
ブォォォオ〜! ちょっと悲しい繋がり方ですけれどもね……。
255> 名無飼育さん様
この二人ともっと一緒にいたい、だなんて作者冥利に尽きるお言葉、感激です。
書いてみてよかったなぁ……。この先の展開もお気に入りいただけることを祈りつつ。
256> よっすぃファン様
雪ぐま内こんごまブーム到来により、いまのところ調子よく書き進めておりますw
サイトもほどよくまったりと準備がすすんでるみたいです。
257> 名無飼育さん様
うお! ハイ、光臨なぞはしてませぬが、正直、書きました……(照)。
へぇ〜、こんなスレあるんだと思って、つい思いつきでブッ飛ばしてしまい。
やっぱ書き癖出まくり……ハハ、うれし恥ずかしです。
☆慌てて告知w
紫板「こんこん生誕スレ」内で、『オトナの階段』という小品をUPしました。
こんごまです。でも、ここの二人と違ってバカっぽいですw よろしければドゾー。
あ、むこうのスレは感想とか書き込まないほうが無難かと思いますのでお気をつけて。
それでは、本日の更新にまいります。
- 259 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/15(土) 01:04
-
腕のなかからごそごそと何かが這い出す気配がして、
あたしは夢うつつのまま、そのあたたかい塊をつかまえようとした。
「んあ、まだ起きちゃだめ、い……」
いちーちゃん、と呟きかけて、ハッと目を覚ます。
違う、紺野だった! 危ない危ない……。
「あ、起こしちゃいましたか?」
振り返った紺野が、寝癖を気にするようにわしゃわしゃと髪をおさえた。
「……んあ、もう、起きるの?」
「だって、10時ですよ?」
「えっ? うわ、遅刻させた?」
飛び起きたあたしに、紺野があははと笑った。
「今日、土曜じゃないですか」
- 260 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/15(土) 01:05
-
抱き枕・紺野の効果があってか、あたしの熱はすっかり下がっていた。
あたしは先に紺野にシャワーを使わせて、しつこくうたた寝をする時間を稼ぎ、
それから汗まみれになってた身体を洗い流してさっぱりする。
バスローブのまま、タオルで髪を拭き拭きリビングに向かうと、
紺野はきちんと制服に着替えてソファに座り、テレビを見ていた。
なんだ、バスローブのままでいたらいいのに。
呆れた声をあげた私に、紺野が照れくさそうに笑った。
「ああいうの着慣れなくて、落ち着かない、です」
「なんか着替え、貸すよ」
「もう着ちゃったから、いいです」
かくしてあたしは、制服姿の紺野と休日のブランチを食べることになった。
トースト、スクランブルエッグ、ウインナー、キャンベルのコーンスープ。
簡単なメニューを、キッチンに二人で並んで用意する。
ボウルのなかで卵をかき混ぜる菜箸の先っぽや、
牛乳を入れたキャンベル缶を慎重に揺する仕草。
時折、デジャヴのようにチラつく映像に、あたしは眩しく目を細める。
いちーちゃんと過ごした幸福な朝の記憶。
- 261 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/15(土) 01:06
-
それから、いちーちゃんと違うところも発見したりする。
ウインナーに粒マスタードをつけないことや、
トーストの粉が床に落ちないように、すごく気をつけて食べているところ。
辛いものが苦手で、年上のあたしにいつまでも気をつかってる紺野。
「昨日、眠れた?」
「……明け方に。もう、ひどいですよ、ごとーさん」
「あはっ、なんで?」
「ね、眠れるわけないじゃないですか〜!」
まだ、出会ってひと月ほど。
たったひと月で、こんなに近づいてきたあたしたち。
きっとまだ知らないことはたくさんあって、でも知っていこうと思う。
孤独だと知られたあたしは、堰が切れたように紺野に流れ始める。
「来てくれて、サンキュ」
「そんな。いつでも、来ますよ」
昨日は呼んでもらえて、うれしかったんです。
紅茶の湯気のなかで、紺野がほんわかと笑う。
このやさしげな女の子も無傷じゃない。
そのことに安心して、あたしは、自分の脆さをさらけだしてみせる。
「あたしとつき合うのって、わりと大変だと思うんだ」
甘えるし、寂しがりだし、勝手だし。
紺野は「そんなこと」と笑った。
そして、ふと口を開きかけて、ためらうように目を伏せた。
- 262 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/15(土) 01:06
-
「なに?」
「……あの、実は、ひとつだけ、気になることが、あって」
「ん?」
「すごく、重要なこと、です」
「だから、何?」
「……私だけ、ですか?」
え?
問い返したあたしに、紺野はバツが悪そうに目尻を赤く染めた。
「その〜、ほかにおつき合いしている人が、いるかどうかってことですが」
あはっ、と笑いかけてあたしは、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
二股かけてるように見えてた?
それとも、上の空に?
「どう思う?」
「……私だけだと、思いたい」
「紺野だけだよ」
嘘はついてない。あたしは心の中ですばやく思う。
つき合っているのは紺野だけ。
あたしのなかにはまだいちーちゃんの影が焼きついてるけど、
それも、たぶん、これから紺野が少しずつ消していってくれるだろう。
- 263 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/15(土) 01:07
-
手を伸ばしてくしゃっと髪を撫でると、紺野はホッと頬を緩めた。
紺野はあたしだけ? そんな問いかけは、おそらく愚問。
だから訊かない。そんな暇があったら、キスをしよう。
「あの、父の…ことが…あるので」
「うん」
「ほかに…誰か…いる人なら嫌だなあ…と」
「うん」
「もし、いたら…諦め…なきゃ…とか」
「いないし」
「…はい」
彼女はもうあたしの動きを察知できるようになり、
唇が落ちてくる前に、瞼を閉じることができる。
舌先が触れた瞬間に、唇を開くことができる。
吐息の合間に、囁きを交わすことさえ。
不意打ちのキスに、あたしの肩を突き飛ばして逃げた女の子はもういない。
「ごとーさんといると、世界が、全然違って見えます」
じゃあ、もっと変えてあげる。
ゆっくりと体重をかけてソファに押し倒しながら、
あたしは紺野の耳にそう囁きかけ、やわらかく耳たぶを噛む。
なにをされるのか気づいた紺野が、びくっと身を震わせて息を呑んだ。
- 264 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/15(土) 01:08
-
「ちょ、ちょっと、待って」
「待たない」
ほっそりした首筋に唇をつけると、
紺野はますます息をのんでガチンと固まった。
そう、じっとしてて。いいこと教えてあげる。
あたしたちに必要なことだよ。
制服のシャツに指をかけてあたしは、ある感慨をもって紺野を見つめる。
ねぇ、子供でいるのは、今日でおしまい。
紺野の瞳のなかに見える戸惑い、怯え、迷い。
反射的にあたしの指を止めようとした手を、笑って振り払った。
だって襟元から現れたのは、あたしがあげた皮ひものチョーカー。
ほら、あなたはこんなにもあたしのもの。
まるで首輪みたい、じゃん?
- 265 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/15(土) 01:09
-
肩をつかんでソファに押しつける。
まるで水のなかに沈めるみたいに。
さあ、あたしと一緒に溺れよう、紺野。
深い水の底から、仄かに光射す遠い水面を見つめよう……
- 266 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/15(土) 01:10
-
本日はここまでといたします。
- 267 名前:めかり 投稿日:2004/05/15(土) 02:58
-
とてもよい!とってもよいで〜す♪
こんちゃんがついに〜・・・!!!
これからも頑張ってくらさい!
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/15(土) 03:18
- うぅ・・・萌えというよりは何か複雑な気持ちになります。
市井がまだ心の中にいる状態で後藤さんは紺野さんを・・・。
続きが激しく気になります。
- 269 名前:257 投稿日:2004/05/15(土) 23:47
- お返事ありがとうございました!
ごっちんったら、とうとう……
彼女の心の動きが読んでて伝わってくるっていうか胸が痛くなります。
これからどんなふうに二人の恋が展開してくのか気になってます。
- 270 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/16(日) 12:55
- (*つдと)キャッ
- 271 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/16(日) 16:47
- 267> めかり様
とっても二連発、ありがとうございます。まだまだ続きます。
たった一ヶ月で世界が変わっちゃったうちの紺ちゃんともども頑張ります。
268> 名無飼育さん様
危なっかしい恋模様で、ご心配おかけしております。
これから夏を迎えるこんごまの恋、引き続き見守ってやってくださいませ。
269> 257様
ご指摘、驚きましたが、ちゃんと読んでいただけてるんだなあと感じましたよ。
こちらのお話も、引き続きお楽しみくださいませ。
270> 名無しどくしゃ様
目を開けて〜。そろそろ次の更新ですよ〜w
それでは、本日の更新にまいります。
- 272 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:48
-
14時に、インターフォンが鳴る。
玄関を開けると、ムッとするような熱気と蝉の声が流れ込んでくる。
それから妙に色鮮やかに眩しく見える紺野。
くっきりと輪郭を持った生身の人間。
駅から走ってくるんだろう、紺野はいつも少し息切れしている。
肩をかすかに上下させながら、会いたかったと眼差しで伝えてくる。
招き入れ、抱きしめる。
ドアの閉まる音が、騒がしい外界とあたしたちの世界を遮断する。
冷房でカラダが冷えきってるせいでひどく熱く感じる唇は
たいていミントガムの味がするんだ。
そして、ベッドに押し倒すと、シャワーを浴びさせてほしいと懇願する。
「いろいろ気になるんだね」
「……気に、なりませんか?」
どうだろう、別に。
汗の匂いだって、生きてる紺野の匂いなわけだし。
むしろ、そのほうがリアルに、
あたしの欲望に火をつけるかもしれない。
だけど、恥ずかしそうにバスローブを羽織って戻ってくる姿も悪くないから。
足音を立てないように部屋のなかを歩く紺野の、
それでも確かな存在感を、あたしの瞳は求めている。
そして指も、唇も、肌も。
だからあたしは服を脱ぐ。
紺野のバスローブの紐をほどく。
- 273 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:49
-
夏休みが始まり、あたしはずっと冷房のなかで暮らしている。
水槽のなかを泳ぎ回る小さな魚みたいに。
紺野は進学希望者が参加する補講に出ていて、
なんだか夏休みって感じでもない。
そして、補講が終わると、学校からまっすぐにあたしの水槽へ。
もう何の迷いもなく、紺野はあたしを受け入れている。
いや、むしろ積極的にあたしの肌に触れようとするほどに。
視界を閉じ、唇と指であたしを味わおうとしている。
食べても食べてもおなかが空いてしまう子供みたいな飢餓感で。
それは、覚えたての溺れ方。
あたしもよく知ってる。
気持ちいいとかそんなことより前に、
ただ、雷に打たれたみたいな鼓動に襲われて気が狂う。
大人たちがひた隠しにしてる、中毒性のある遊び。
優等生の紺野だって、もうあらがえない。
- 274 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:50
-
カラダを使うのは好き。
あたしはいろんなことを忘れて今だけになる。
シーツのなかの紺野は、深い海の底を泳ぎ回る真っ白な魚のよう。
とてもきれい。やわらかな曲線をたどることに夢中になって、あたしの頭の中も真っ白になる。
擦り合わせる肌だけが、存在の証。生まれてきた意味。
ねぇ、紺野、そう思わない?
苦しげな息の下で薄く目を開き、紺野はうなずく。
いつもからは信じられないくらいの情熱的な瞳で。
あたしは満足する。この子の隠された扉を、また開いたことに。
- 275 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:51
-
ひととおりお互いの気がすむと、
あたしたちは横たわったまま向きあって、瞳を覗きあう。
何が見える? あたしの瞳のなか。
紺野の潤んだ瞳のなかには、震えるほどの幸福が見える。
それから、ほんのすこしだけ不安が。
「ごとーさんのカラダ、なんだか、ひんやりしてる」
「紺野の体温が高いせいじゃない?」
「違いますよ、ずっと冷房のなかに、いるから」
紺野の指が、あたしの背を心配そうに撫でる。
そして、ふと指を止めた。
背中に浮いてきたアバラに気づいたみたいだ。
「ちゃんと、食べてます?」
「食べてるよ」
それは嘘。
ずっと家に篭っていると、なにもかも面倒になる。
夏休みに入ってから、たぶんけっこう痩せちゃってると思う。
紺野は、カバンの中から飴をとりだすと、
パリパリと包装紙を剥いて、あたしの唇にそっと押し込んだ。
甘い。全身に染み渡ってゆく紺野がくれたやさしさ。
目を閉じてこの腕に抱きしめる、やわらかくてあたたかい生き物。
とても、いい匂い。
- 276 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:52
-
「……帰らなくちゃ」
ため息交じりに彼女がそう呟くのは、やっぱり決まって18時。
今度、部屋の時計を隠しちゃおうか。
なんてね、困らせちゃいけないね。
あたしの悪い癖だ。
うつむいて制服を身につけるその後ろ姿が、帰りたくないと叫んでる。
閉じこめて帰さなかったらどうする?
そんなことを考えて、あたしは楽しむ。
ここに閉じこめたら、紺野、うれしい?
それともそうなったら、帰りたいって思うかな。
- 277 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:53
-
紺野がいなくなるとあたしは、湯船にお湯をためてゆっくりとお風呂に入り、
それからソファに寝ころんで、ぼんやりと過ごし始める。
ゆっくりと手を天井にあげて、確かに紺野に触れていた指を見つめる。
そして、ふと気づいた。
「あ……、爪が伸びてる」
これじゃあ痛かったんじゃないかな。
あの子、そういうこと言わないからわからない。
パチンパチンと爪を切りながら、爪っていつの間にか伸びるんだよなあって思う。
髪もいつの間にか伸びて、肩甲骨を超えてしまいそう。
また、すこし毛先を揃えなきゃいけない。
「二学期が始まる前でいいか」
それまできっと紺野にしか会わないし。
紺野は少しくらいあたしがだらしなくても、不愉快に思わないだろう。
◇ ◇ ◇
- 278 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:54
-
お昼をすこし過ぎた頃に、チャイムが鳴った。
はやいな紺野と思ってロクに確かめもせず玄関をあけたら、
そこに立っていたのは、不機嫌そうな顔をした裕ちゃんだった。
「死んどるかと思ったで」
「まさか」
どうやら心配して来てくれたらしい。
面倒くさくて2、3日、メールも留守電も放っといたから。
「ちゃんと返事よこさんかい、アホ」
「ごめんごめん、ちょっとだらだらしてたから」
「うわ、寒っむぅ〜、この部屋」
リビングに入ってくるなり、裕ちゃんはそういって両腕をさすった。
クーラーの設定温度を見て、目を剥く。
うわ、20度やてぇ?
「いつもこんなにしてんの? あんた、光熱費ひどいで、これ」
やけに所帯じみたことを言う裕ちゃん。
でも、これはいつものこと。
「だいたい1年余計に学校行って、学費かて無駄づかいやわー」
裕ちゃんは、ぶつぶつ言う。
将来のこと、ちゃんと考えてんの?なんて。
- 279 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:54
-
「保険金かて、あんたがずっと遊んで暮らせるほどはないよ」
不慮の事故だったし、しかも先方の過失だったから、
パパたちの保険金はちょっと驚くほどの額だった。
お金のことは、裕ちゃんが全部手続きをしてくれたんだけど、
彼女はまだ中学生だったあたしに、いちいちいろんなことを説明して判断させた。
この家のローンを完済するのに必要な額。
もし、家を手放したら戻ってくるお金。
これからの生活費、学費の概算……
裕ちゃんは、家は手放したほうがいいと考えているふうだった。
一人で住むには広すぎるし、固定資産税とかも馬鹿にならない。
だけど、結局はあたしのわがままを聞いてくれた。
あたしの無頓着なお金の使い方にブツブツ言いながらも
おせっかいに管理したりしようとはしない。
それは、裕ちゃんらしい、やさしい厳しさ。
- 280 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:55
-
「進学せんのやったら、なんか仕事みつけなあかんよ」
「裕ちゃんの店で雇ってよ」
「最初っから水商売かいな」
呆れた声。
どうして? 水商売がいけないなんて思わない。
裕ちゃんは、自分の仕事が好きじゃないの?
「好きとか嫌いとか別にどうでもええけどな、言えるのは簡単じゃないってことやな」
「あたしには、できない?」
「最初っからあたしの店で働こうって根性じゃな」
ちぇっ。
あたしは口を尖らせて、ソファにごろんと寝そべる。
裕ちゃんは苦笑し、やさしくあたしの髪を撫でた。
「別にいじわるでゆうとるんちゃうよ」
「わかってる」
心配されるのは、心地いい。
ダメなあたしになって、大丈夫かなこの子とか思われて。
チラと時計を見る。
もうすぐ14時。あたしを心配してくれる人が、もう一人やってくる。
きっと今日も、息を弾ませながら。
- 281 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:56
-
叔母だと紹介すると紺野はどぎまぎしたように頬を染め、深々と頭を下げた。
なにか挨拶の言葉を言いかけたようだったけど、
唇から出る前にむにゃむにゃと消えてしまった。
たぶん、派手にどもりそうだったからやめたんだろう。
裕ちゃんはニコニコしてるけど、
頭の先から足の先までさりげにチェックしてる。
ゆっくりと上下するその視線。
それだから店の若い子に怖いとか言われんだよ。
あたしはおかしくてケラケラ笑った。
「今日は矢口と外で飯食う約束してるんや。あんたらも行くで」
「えっ……と、私はあの、い、妹にご飯をつくらなきゃ、いけないので」
「ほーか、残念やな。じゃあ、真希行くで。はよ着替え」
「えー、外出るの、めんどくさー」
「何言うとるんや、あんたまともに食ってないやろ?」
なぜか、紺野が大きくうなずいた。
手を引いて起き上がらされ、そのまま自分の部屋へと連れて行かれる。
ノロノロと着替えながら、あたしはまだ、出かけたくないなとゴネてみる。
案の定、紺野があの泣きそうな顔で口を尖らせた。
- 282 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:57
-
「たまには、外に出なきゃ、だめですよ」
「んあー」
あたしはたわむれに紺野を抱きしめると、
全体重をかけてベッドにひっくり返した。
「ちょ、ちょっと」
「今日はできなくて残念」
「……もう、はやく着替えてくださいよ」
あれ? 紺野は残念じゃないの?
そう訊くと、照れくさそうに笑って「残念ですよ」なんて呟く。
ほんとに? だったら、すごくかわいいな。
軽くキスをして解放する。
紺野の唇って弾力があって、すごく気持ちいい。
いちーちゃんも、わりと唇が厚かった。
でも、こんなにぷよっとは、してなかったな。
唇が厚い人は、情も厚いって聞いたことがある。
それって、ほんとだろうか?
だったら、いちーちゃんは、どうしてあたしを捨てたんだろうか。
泣いて、すがったのに。
- 283 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:58
-
「あの子が、矢口が言ってた子やなー?」
なんか妙に真面目そうなの連れてきたってゆーとったで、そういえば。
紺野とバイバイしたとたん、裕ちゃんが冷やかすように目を細めて笑った。
こりゃ、つき合ってるってバレたな。
あたしは肩をすくめて笑った。
「なんか、えらいキョドってる子やなー」
「あはっ」
「でも、まあ悪くないやん?」
「そう?」
「市井と比べたらあかんかもしれんけど」
急に、いちーちゃんの名前が出てきたから驚いた。
「あの子のほうが頼りになりそうやな」
あたしたちは、しばらく黙って歩いた。
いちーちゃんとのこと、裕ちゃんはすこし責任を感じてるかもしれない。
いちーちゃんが都心のアパートを出てあたしの家に転がり込んだ時、
裕ちゃんは心配なような安心なような顔をした。
いちーちゃんと会って、あたしは笑顔を取り戻したけど、
路上ライブに熱中したり、自分の夢を熱く語るいちーちゃんに、
裕ちゃんはどことなく複雑な感情を抱いてるみたいだった。
だけど、あたしをひとりで置いておくよりはいい。
だから裕ちゃんは、まだ15だったあたしの早すぎる同棲に反対はしなかった。
- 284 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:58
-
『後藤、あたしNYに行く。連れてってくれる人がいるんだ』
いちーちゃんは、あたしより夢を選んだ。
夢を叶えてくれる人を、次の恋人に選んだ。
あたしはまた、ひとりになった。
「真希、まだあたしと一緒に暮らす気にならんか?」
裕ちゃんが、ぽつんと呟く。
「……あの家を出たくない」
「ほーか……」
裕ちゃんの横顔が、かすかに苦しげになる。
申し訳ないと思う。裕ちゃんだってまだ30で、
なのにいきなりこんな姪っ子の面倒を見させられて。
小さな店を必死で守ってる裕ちゃんは、通勤に不便なあたしの家に住むことはできない。
そのことを後ろめたく思うことはないのに、
たぶん裕ちゃんはいつも責任を感じて気掛かりなんだろう。
たまの休日を、あたしの生存確認に使ってしまうくらいに。
「真希、美容師になるってのはどうや?」
「美容師?」
「矢口が向いてると思うって言ってたで。あんたはセンスがいいからって」
専門学校に行って、どっかの店に修業に入るんやて。
はやければ22くらいには、一人前になれるらしいわ。
裕ちゃんは熱心にそんなことを言う。
- 285 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/16(日) 16:59
-
「考えとく」
でも、向いてないと思うな。
待ち合わせ場所には、満面の笑顔で手を振る矢口さん。
ちっちゃい体にたくさんのパワーを秘めて、ソツのないトークでお客さんを笑わせる。
あたしに、そんなことできそうもないもん。
「おっせーぞ!」
矢口さんは、甘えるように裕ちゃんに軽くパンチをする。
それから、あたしを見て「髪伸びんの、はやいねー」と笑った。
「今夜、切ってあげるよ。裕ちゃんち、泊まるでしょ?」
「お邪魔じゃないの?」
「何言ってんだ、ガキのくせに」
裕ちゃんと矢口さんに、ドンと背中をどやされて歩き出す。
「焼き肉、行っくぜー!」
「なんや、矢口はいつもそれやな」
やさしいオネーサンたちにぐいぐい押されて歩く、久しぶりの夜の街。
色とりどりのネオンと喧騒が、あたしをしばし現実社会に連れ戻す。
なんだかお腹がすいてきた。
- 286 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/16(日) 17:00
-
本日はここまでといたします。
- 287 名前:ファンA 投稿日:2004/05/16(日) 17:58
- 久しぶりに、雪ぐまさんの小説を読む機会がもてました。
こんこん、本当に可愛いですw
幸せそうなのに切なくて、綺麗な独特の世界観が大好きです。
これからも応援しています。
- 288 名前:名無し23。 投稿日:2004/05/16(日) 19:37
- 更新、乙でございます。
う〜ん、いいなぁ・・自然に、いつの間にかお互いを必要としている感じですね。
刹那的な心地良さを感じます。大切なモノ以外削ぎ落とされてるような・・
(意味不明)
とにかくこんこんが可愛すぎますねw ヤバイです。
ふたりの幸せの形をゆっくりと築き上げて欲しいです。
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/17(月) 11:13
- 目が離せないよーー。
生誕スレのも、有難く読みましたよ!
ちゃっかり石吉いしかーさんも出てきて、得した気分(^^)。
こんごまはマイナー…? いやいや少なくともわたしの意識は大変革しました。
- 290 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/17(月) 16:47
- 287> ファンA様
お久です。恋しちゃったうちのこんこん、キョドってますが皆様に愛されて果報者です。
こんごまの組み合わせには透明感を感じます。今後もお楽しみいただけると幸いです。
288> 名無し23。様
いえいえ、意味不明ではないですよ。繊細に感触をすくってくださってて感激です。
そしてやはりこんこん人気w うちのごっちんも惚れるわけですよ。
289> 名無飼育さん様
“アヒャ美&ごちーん”っぽいあちらのこんごまもお楽しみいただけたようでホッとしました。
美少女組(?)のこちらのほうはまだまだ続きます。ますますご変革いただけることを祈りつつ。
それでは、本日の更新にまいります。
- 291 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:48
-
電車を降りたところで、紺野を見かけた。
14時前には家にいようと思ってたんだけど、
夜、裕ちゃんたちと騒ぎすぎて寝坊したんだ。
紺野はあたしよりも改札寄りの車両に乗ってたらしく、
ほんの少し後ろを歩くあたしに気づかずに、やたら急ぎ足で改札口に向かう。
そしてもどかしげに改札に定期を通すと、
いきなりあたしの家の方向へと駆け出した。
あはっ、スカートめくれちゃいそう。
いつも、そんなすごいスピードで走ってきてたのか。
こりゃあ追いつけないな。
あたしは紺野にストップをかけるべく、携帯を取り出した。
「え、駅で、声かけてくれたらよかったのに……」
「かけようと思ったら、すごいダッシュで行っちゃったんだもん」
「うう……」
恥ずかしい。
うつむいてしまった紺野。
なんで? うれしかったよ。
あんなに、あたしに会いたいと思ってくれてる人がいる。
あたしは幸せな気分で紺野の手をとった。
手を握って歩こう? そのほうがもっと幸せだから。
- 292 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:49
-
「お散歩するの、久しぶりですね」
「そだね」
「今日は、川ぞいの公園に、行ってみましょう」
えー、暑いじゃん。
口を尖らせて不服を表明するあたしを笑っていなして、
紺野は、ぐいぐい手を引っ張りながら家の前を通過した。
「すこし、陽にあてないと」
あたしゃスルメか。
毒づきながらも悪い気はしない。
てゆうか、わりと好き。お姉さんぽくされるの。
いちーちゃんの時と、まるで逆だな。
あの頃は年下のあたしが、甘えながらもいつもいちーちゃんの面倒見てた。
ほっとくとマックとか吉牛ばっかり食べてるいちーちゃんが心配で、
一生懸命、ご飯をつくって食べさせた。
そのことになんとなく生きがいめいたものを感じながら。
- 293 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:50
-
「ごとーさん?」
あ、ごめん。ボーッとしちゃった。
目をあげるとあたしたちはいつの間にか川沿いに着いていて、
思いのほかすがすがしい風が、頬を撫でていた。
「そんなに暑くない、でしょう?」
「うん、気持ちいい」
公園には、子供を連れたお母さんや、
ゲートボールに興じるおじいちゃんおばあちゃんたちがいた。
その向こうに、きらきらと光を反射しながら緩やかに川が流れている。
木陰のベンチに腰かけてあたしは、その眩しい景色に目を細める。
みんな生きている。子供も、大人も、ざわめく木々も、せせらぎも。
- 294 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:50
-
紺野は、鞄から小さな水筒を取り出して、
蓋のカップに中身を注ぎ、あたしに持たせた。
「むぎ茶?」
「はい」
すすめられるままにコクンと飲むと、
簡易パックじゃなくて、ちゃんと麦から煮出した昔ながらの麦茶の味がした。
この香り。
あたしは思わず目を伏せて、胸をおさえる。
ふいにあふれ出す懐かしい感覚。
夏になるとママが専用のやかんでつくってた麦茶。
「ごとーさん?」
「……ちゃんと、煮出してるんだね」
「あ、わかりますか?」
面倒ですけど、やっぱりちゃんと煮出さないと
香りがでないし、おいしくないですよね。
ママと同じことを言う。
誇らしげな口ぶり。紺野が麦茶をつくる係なのかな。
- 295 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:51
-
「おいしかった」
「もっといかがですか?」
褒められた紺野は、無邪気に笑う。
ふくよかな頬に木漏れ日が落ちて、美しい模様をつくっている。
この子は、きっと神様があたしにくれた天使。
「紺野が飲ませて」
「え?」
口うつしで飲ませてよ。
言葉にしなくても視線で意味は通じて、たちまち紺野の頬が赤く染まる。
そして、いつものあたしのからかいだと思ったんだろう、
拗ねたようにきゅっと唇を結んだ。
「マジなんだけどな」
「……ど、どっちにしても、ここじゃダメです」
「じゃあ、帰ろ?」
ぎゅって、したいよ。キスもしたいし。
ストレートなあたしの言葉に紺野は恥ずかしげに笑って、
でも、ふるふると首を振った。
「お日さまに、あたらなきゃ」
「やっぱスルメになんなきゃダメか」
この子、頑固なんだよね。あんがい言うことを聞かない。
ぶすーっとしたあたしをなだめるように、
紺野はどこからか飴をとりだして、いつかのようにあたしの唇にちょいと押し込んだ。
今日はソーダ味。口のなかがスッと涼しくなる。
- 296 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:52
-
「たまには、お話、しましょう」
「話ねぇ」
「嫌ですか?」
「ううん。紺野って、ホント変わったよね」
最初会った時なんて、おどおどして、まるで口きこうとしなかったくせにさ。
だけど、あたしを知った紺野は、こんなにやさしく笑う。
睫毛の先にしっとりとした艶をたたえて、
無垢な少女と大人の女の中間をたゆたっているように見える。
きっともっと、きれいになる。
そういう才能がある。
あたしはなんの断りもなく、つーっと横に倒れて、
紺野の腿の上にポテッと頭をのっけた。
ひゃぁ!と、紺野が素っ頓狂な声をあげる。
いいでしょ、膝枕くらい。別に変に思われないよ。
「うーー……」
「足の力抜いてよー」
制服のスカートを短くしてるせいで、直接、腿の上に頬をのせてる格好になる。
鼻をつけて息を吸い込むと、紺野の肌の匂いがした。
行儀悪く足をほうり出してベンチに寝ころび、空を見上げてみる。
さわさわと揺れる木々のすき間から、空の青と光の白がちらちら見える。
その手前に、ものすごーく困惑している紺野の顔。
- 297 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:53
-
「ははっ」
小さくなった飴を口のなかでカラカラ鳴らしながらあたしは笑う。
紺野は諦めたようにかすかに笑うと、そっとあたしの前髪を撫でた。
「髪、切ったんですね」
「あ、気づいた?」
ほんのちょっと揃えてもらっただけなんだけど。
紺野も、そろそろ切りに行かなきゃね。
「顔色も、いいですね」
「そお?」
「昨日はあれから、何を食べたんですか?」
「焼き肉ー。やぐっつあんが好きなんだよね」
「私も好きですねえ、焼き肉」
「そーなの? 来ればよかったのに」
「うーん、ここのところ母が忙しくて」
どうして髪を撫でられると、こんなに気持ちいいのかな。
心地よさに瞼を閉じて、夏の風に吹かれる。
さわがしい蝉の声が波紋のように鼓膜に広がる。
意識が、ゆっくりと拡散してゆく。
- 298 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/17(月) 16:54
-
「いっぱい、食べましたか?」
「まあまあ」
ほんとは肉って好きじゃないし、飲んだ量のほうが多かったけどね。
けっこう強いんだ、あたし。でも酒を飲んだなんていうと、
この優等生がひっくり返っちゃうかもしれないから言わない。
「あの、ごとーさん、来週……」
「んあ……」
……眠い。
紺野が何か話しかけてきたけど、あたしはもう答えられなかった。
額の汗をやわらかいタオルでそっと拭かれたような気がした。
ゆるやかに眠りの中に吸い込まれながら、心の中でそっと呟く。
神様、紺野をありがとう。
- 299 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/17(月) 16:55
-
本日はここまでといたします。
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/17(月) 20:55
- ヤバイよ、ハマる・・・って、とっくにハマってます。
更新が早くてレスをつける間もないですね。
この「癒しのメソッド」は、これまでの雪ぐまさんの作品とまた違ってて、
なんて言うんだろう、心の傷をもった主人公って言うんでしょうか。
妙に揺さぶられますね、このごっちんに。
応援してます!
- 301 名前:めかり 投稿日:2004/05/17(月) 21:55
-
神様ホントにアリガトゥーーー!
- 302 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/17(月) 22:23
- 作者様のせいでどっぷりこんごまにはまっちめーましたよ(;´Д`)ハァハァ
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/18(火) 00:59
- 雪ぐま様 更新おつかれさまです。
ごとーさんと紺野さんのおかげで
( ^▽^)<チョッコスおかしなことになりますた
甘いような、切ないような・・・
ムンムンが止まりません。
- 304 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/18(火) 15:37
- 300> 名無飼育さん様
そうですね、雪ぐまのなかではこれまでにない、でも書いてみたかったお話です。
このごっちんにシンパシーを感じていただけるなら、きっとこの先もお楽しみいただけると思います。
301> めかり様
感激のレス(?)、めかり様ホントにアリガトゥーーー!
302> 名無しどくしゃ様
なかなかナイスな組み合わせですよねー。魅力を引き立てあう感じですな。
303> 名無飼育さん様
あっ、石川さんにそんなこと言わせちゃって。もう、雪ぐまムンムンしちゃいますよw
甘いような切ないような展開のなか、チョッコス石川さんも出てきますよ。お楽しみに。
それでは、本日の更新にまいります。
- 305 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:37
-
絶望とかしても、また“光”って差し込んでくるんだな。
明け方のベッドで、そんなふうに思う。
すうすうと平和な寝息を立てて眠ってる紺野。
その、子供みたいにふくふくとした頬っぺた。
指でつつくと、びっくりするくらい、ぷにっと沈む。
指を離すと、何事もなかったように戻る。
なんかこんな人形あるね。
くにゃくにゃで、どんなにくしゃくしゃにしても手を離すとスッて元にもどるやつ。
- 306 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:38
-
紺野は、うちに泊まれる日があることをなかなかあたしに言えなくて、
結局、昨日いきなりリュックに着替えをしょってやってきた。
夕方まで妙にうじうじしてて、なんだろ?って思ってたら、そういうことだったんだ。
うーん、なんで、そんな泣きそうな顔するのかわかんないな。
OKするに決まってるのに。
「だ、だって、ごとーさん返事くれなかったから」
川沿いの公園で膝枕をしてた時、紺野はあたしに泊まっていいかと訊ねたらしい。
一週間ほど、お母さんと妹たちが実家に帰省するからって。
でも、あたしあん時、ソッコーで寝ちゃってたから。
だから無視してたってわけじゃなくてー。
18時になっても帰らない紺野にあたしは狂喜し、
さっそく買い出しに出かけて、肉ジャガなんてつくって食べさせた。
いちーちゃんといた時以来の、久々マジモードの手料理。
一口食べて、紺野は目を丸くした。
「えっ、すごい、おいしい……」
「ははっ、気に入った?」
「もちろん! うわー、ごとーさんってお料理上手なんですねぇ〜」
「あれ、意外?」
「です、正直」
なんだとー!
ぷうっと膨れてみせたあたしに、紺野はゴメンナサイと首をすくめて小さく舌を出す。
かわいいな。あたしはご機嫌で彼女の頬を撫でる。
- 307 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:39
-
恋人に手料理をつくって食べさせるのって、好き。
だって、うれしそうに笑ってくれるから。
一緒におうちでご飯を食べるのって、ほんとに幸せ。
だって、ココロの中がほかほかしてくるよ?
「ご飯食べたら、一緒にお風呂に入ろ」
「ええっ?! そ、それは……」
箸を取り落とさんばかりに動揺して、カーーッと赤くなった紺野。
なに、もしかして恥ずかしいの? なによ、いまさら。
人に見られて困るとこは、もう全部見ちゃったよ。平気だよ。
「そそそそそーいう……」
どもりまくりで抵抗する紺野を、無理やりバスルームに引っ張りこむ。
こら、ジタバタしないでおとなしく……ん? 前にもこんなことあったな。
ああ、思い出した。図書館の帰りにプリクラ撮った時だ。
慣れないことにいちいちビビるの、これ紺野のクセだね。まったく。
- 308 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:39
-
うりゃっ!とTシャツをむしり取ると、
紺野はひゃあっ!としゃがみこんで洗面台にすがりつき、
お代官様にお慈悲を求める町娘みたいな哀れな声をあげた。
「ででで電気消して、くださいぃぃ!」
「はー? 危ないデショ?」
「こ、こんな明るいとこ、イヤですぅぅーー!!!」
半泣きだよ。しょうがないな。
あたしはやれやれと肩をすくめてパチンと電気を消すと、
洗面台の下の棚からアロマ用のキャンドルを取り出して、火を灯した。
ついでに、湯船にアロマオイルでも垂らそうかな。
「紺野、どんな匂いが好きー?」
「えっ……ご、ごとーさんの匂い」
「……あのね」
まったくかわいらしい。
あたしは苦笑すると、イランイランの瓶をチョイスして湯船に数滴垂らした。
ちょっぴりセクシーな香り。夜に備えて、なんてね?
- 309 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:40
-
お湯の中で膝にのっけるみたいに後ろから抱きしめると、
紺野は首をつかまれた猫みたいに、きゅうぅとおとなしくなった。
キャンドルの炎が揺れて、滑らかな彼女の肌が光と影のスクリーンになる。
ほら、こんなにきれいなのに紺野、なにが恥ずかしいの?
「……オイル、いい香り、ですね。甘い…」
「Hな気分になるらしいよ」
「えええっ?!」
「あはっ、それは大げさだけどー」
イランイランって、ロマンティックな気分になるんだって。
マレーシア語で“花のなかの花”っていう意味なんだって。
ラベルに書いてあったにわか知識を披露しただけなのに、
紺野は感心したように、ほぅと息をついた。
「花のなかの花……ごとーさん、ですね」
「はぁ?」
「……好きです、この香り」
そう言って彼女はカラダにまわされたあたしの手をとり、
その甲にそっと唇をあてた。
恥ずかしそうにうつむいたまま。
- 310 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:42
-
うわあ、この子、好き。ホント好き。
あたしは彼女の耳に賞賛のキスをする。
困っちゃうくらいシャイだけど、
ロマンティックな気分にしっとり浸れる女の子。
冴えないメガネを外して現れたのはつぶらな瞳だけじゃなくて、
やわらかで甘い露をたっぷりとたたえた南国の果実のようなココロ。
あたしはたまらなくなって、ベッドに辿り着く前に彼女のうなじに齧りつく。
キャンドルの炎とイランイランの香りの中で愛しあってのぼせかけ、
あたしたちは笑いあい、もつれあいながらバスルームを転がり出た。
うーん、時間を気にしなくっていいって最高!
あたしはゆっくりと葉っぱが開いてくの楽しみながら濃いロイヤルミルクティをつくり、
氷の入ったグラスに注いで紺野に手渡す。
濡れた髪を垂らしたまま、子供みたいに両手を伸ばしてグラスを受け取る紺野。
その、うれしそうな笑顔。バスローブ姿も、さまになってきたね。
「あー、すっごい楽しいかも、あたし」
「私も、すっごく楽しい、です」
特別な夜に浮かれたあたしたちは、
おしゃべりもそこそこに手を取り合ってベッドの中に潜り込む。
明け方にやっと気がすんで解放したら、コトンと眠ってしまった紺野。
でも、今日も学校で補講があるはず。
目覚ましかけてないけど、何時に起こせばいいんだろ?
あたしは、そっと紺野の肩を揺すった。
- 311 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:42
-
「紺野」
「……ん…?」
「何時に起きるの?」
「……起き、ないもん」
あ、敬語じゃない。
寝ぼけてるのか、お母さんとでも間違えてるのか。
あたしは妙にうれしくなって、ますます肩を揺すった。
「だって、今日も学校でしょ?」
「……行か、なぁい」
行かないの? あ、そう。
あたしは、ますますほくそ笑む。
じゃあ、今日はずっとあたしといるのね? よし。
あたしは目覚ましをかけずに眠りについた。
- 312 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:43
-
「あああああーーー!」
「紺野が行かないって言ったんだよ?」
「そ、そうですよね……」
敗北です。無遅刻無欠勤の記録が〜〜〜。
無情にも正午過ぎを差している目覚まし時計を握りしめて、紺野はじたばたした。
あたしは大あくびをして、後ろから紺野を抱きしめる。
「もういいじゃん。ね、なんか食べるー?」
「……ホットケーキ」
「OK」
「ほんとですか?!」
ほんとほんと。
紺野の好きそうなものはいっぱい買い込んできたから、
なんでもつくってあげられるよ。
「うわ〜〜〜」
キツネ色に焼けたホットケーキにたっぷりバター、カナダ産のメープルシロップ。
一口、頬張って、紺野は「おいし〜〜〜〜いぃぃ!」と打ち震える。
あたしは笑って、かわいらしい食いしん坊を横抱きに抱きしめた。
あー、楽しい。こんなに楽しいの、久しぶり。
- 313 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:44
-
「ね、今日はこれから、何する?」
「んと、何でも(もぐもぐ)、いいです(うぐうぐ)」
「DVD借りてきて、一緒に観ようか?」
「あ、ホラー以外でお願いします……」
そっか、ホラー嫌いかぁ。
あたしは紺野の髪に指を入れてくしゃくしゃと頭を撫で、
こめかみにキスをする。紺野が、くたーっとなった。
「幸せ、です」
「あたしも」
明日も、学校サボっちゃいたいな……。
ふいに紺野がボソッと呟く。
ほんと? あたしは、この機を逃すまじと、
悪魔のごとくおいしい餌を紺野の前にぶらさげた。
「じゃあ、明日は遊園地いくー?」
「ほんとですかっ?!」
紺野がぴょーんと跳ね上がった。
行く、行く、行きますっ!
- 314 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/18(火) 15:44
-
よしよし。
補講なんて、行くことないぞ紺野。
あたしと二人でいたら、それでいい。
勉強よりも大事なことがわかるはず、なんてね。
ああ、なんてあたしは悪い先輩なのでしょう。
かわいい後輩は勉学を放棄し、腕の中で甘い甘いホットケーキを食べております。
あたしはというと、その唇についたメープルシロップを舐めているばかりなのです。
- 315 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/18(火) 15:45
-
本日はここまでといたします。
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/18(火) 15:58
- リアルタイムキタ━━━━━━川*・-・)人(´ Д `*)━━━━━━ !!!!!
甘い…最後のシーンで、私の口の中にもメイプルシロップの甘い香りが
広がったような気がしました。ホントに。
紺野さんったら…このフリョー!w
- 317 名前:名無し23。 投稿日:2004/05/18(火) 16:57
- 更新、乙です。
おかしくってせつなくって、楽しくってジ〜ンと来て・・
読んでる自分も、いつの間にか幸せな気持ちになれます。まさに「癒しのメソッド」。
雪ぐまさんありがとうです。(ペコリ)
前から思ってたんですけど、雪ぐまさんは食べ物系の描写が何気に細かいですよね。
実は自分も煮出し派なのです!思わずそこで狂喜乱舞ですよw
そして生誕祭も拝見いたしました。
ここのふたりとはまた違って、暴走気味のこんこんが最高でした!
今後も雪ぐまさんから目が離せませんです、ハイ。
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/18(火) 17:59
- 初めて読ませて頂きました。
はぁぁ…甘い香りがこちらにまで漂ってきそうなほどのあまーい二人に
すっかりヤラれてしまいました。
雪ぐまさんの文章の向こう側にいろんな風景が広がって、
まるで映像を見ているような気分になります。
この先も楽しみにしています。
- 319 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/19(水) 22:54
- 316> 名無飼育さん様
紺野さん、初めての恋人にもう夢中ですよ〜。川*・-・)人(´ Д `*)
おつきあいを始めて2ヶ月目くらい? 甘々にヒートアップしております。
317> 名無し23。様
やっぱ煮出しですよ〜。紺野さんに負けないくらい食いしん坊なもので
食にかける手間はまるで手間じゃないという……。聖誕祭はほんと思いつきでしたが、
お楽しみいただけて安心しました。
318> 名無しどくしゃ様
なかなかナイスな組み合わせですよねー。魅力を引き立てあう感じですな。
303> 名無飼育さん様
初めまして♪ 雪ぐまの頭の中には映画のようにぶわ〜っとお話が見えていて、
それを一生懸命書いているという感じです。ほんとは映像でお見せしたいくらいです。
それでは、本日の更新にまいります。
- 320 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 22:55
-
「ごとーさーん、次はあれに乗りましょー!」
「んあ〜〜」
だめだ、忘れてた。
あたし、人混み、ダメなんだった……。
アスファルトにゆらゆらと陽炎が立ってみえるほどじりじり暑い。
そのうえ、なんだどこから湧いてくるんだこの元気なお子様たちは。
日本の少子化っていうのは本当なの?
「ちょっと休憩」
マジで目が回りかけてあたしは、木陰のベンチを探して腰掛けた。
たった2歳の年の差で「若いね」なんて言いたくないけれど。
今日の紺野は、夏の陽射しの中で光を弾き返しそうにはつらつと見える。
あたしが貸した服のせいもあるのかも。
超短い白のホットパンツに、ひまわり色のキャミソール。
あたしの真似してじゃらじゃらとつけたベルトとブレスレット。
「じゃあ、ソフトクリーム、食べます」
「ん」
「ごとーさんは?」
「一口、ちょーだい」
うなずいてフードコートへ駆け出していく。
その背中に目を細める。
紺野の肩甲骨のとこ、好きだな。
いまにも羽が生えてきそう。
- 321 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 22:56
-
とても幸せそうに、紺野は甘いものを食べるんだ。
食べた後に「また食べちゃった」 って、そのへんを走り回ったりするくせに。
ソフトクリームにヒョイと指を突っ込んですくいとったあたしに、紺野は驚いた顔。
「なに?」
「……ごとーさんって、なんか、かっこいいんですよねえ」
「はあ?」
「何やっても、決まるというか」
クールだし、かっこいい。
紺野は、そう言って頬を染める。
そうか、紺野はクールなあたしが好きなのか。
指先を舐めながら、木漏れ日を見上げて目を細めた。
クールってなんだろう、冷めてるってことかな。
だとしたら、あたしはあんまりクールじゃないけど。
クールなように見える、あるいはクールなふりをしているだけで。
- 322 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 22:57
-
ベンチの背にもたれかかって無造作に足を組み、
頭上を駈け抜けるジェットコースターの轟音に軽く眉をひそめてみた。
あたしの横顔に、紺野が思いっきり見とれてるのがわかる。
溶けたソフトクリームがコーンに垂れ落ちるのも気づかずに。
あたしはゆっくりと紺野のほうを向き、おもむろに指摘する。
「溶けてる」
「……あ、あっ!」
慌てて唇をコーンに持っていった子供っぽい仕草がかわいくて
あたしは、声をあげて笑う。顔をくしゃくしゃにして。
紺野は真っ赤になって、それから本当に本当にうれしそうに微笑む。
知ってるよ。
紺野は、あたしが笑うのも好き。
クールでかっこいいあたしが、笑ったり甘えたりする瞬間が好き。
わかってる。だからちょっぴり演出したりも、してて。
- 323 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 22:58
-
「こうしていると、本当に私、ラッキーだなあって、思います」
「ラッキー?」
「ごとーさんと、おつきあい、できて」
コーンまで残らず食べ終えてしまった紺野が、
残った紙をくるくると丸めながら、そんなことを呟く。
あたしはかすかに眉をあげて、でも何も答えない。
憧れのごとーさん。
こんなに親しくなってさえなお、紺野の言葉の端々からこぼれ落ちるその感情を、
あえて摘み取ることはしないでおこうと思う。
追いかけてるほうが、人は夢中になれるんだと知ってるから。
「……みんな、不思議に思ってます、きっと。どうしてごとーさんと私なんだろうって」
「そうかな?」
「思ってます」
「あたしたちだけ、わかってたらいいんじゃないの?」
あたしたちが恋に落ちた理由なんて。
「恋……」
もじもじと紺野は、あたしの言葉を拾い上げる。
あたしはサラサラの紺野の髪に指を伸ばし、軽く巻きつけた。
こんなにかわいいのに、まだ自信がないなんて。
- 324 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 22:58
-
「恋じゃない?」
「いえ……、恋、だと思います」
きれいになりたい。
そう言って紺野が、ふいにあたしの目を見つめた。
「ごとーさんといても、おかしくないように、なりたい」
そのまっすぐな瞳の美しさに、あたしは目を伏せる。
あたしのほうこそ、紺野といて、おかしくないようになりたいのに。
神様がくれた紺野と、ずっと並んで歩きたいと思うのに。
昨日は、はしゃぎすぎちゃったかな。
そんなふうに、心のどこかで思ってる今日のあたし。
だからきっとクールに見えるんだよ、紺野。
のめり込めば込むほど、あたしは過去の恐怖を思い出す。
好きになりすぎないようにコントロールしようとする自分を感じる。
それでいて、紺野には狂ったように夢中になってほしいと。
- 325 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 22:59
-
「ここ、あっつい。涼しいとこ、行こ」
「じゃあ、じゃあ、ご飯、食べます?」
「今、ソフトクリーム食べたのに?」
からかうように紺野の頬を撫でると、
彼女はその手のひらに頬をすり寄せるようにして、目を閉じた。
あたしを信頼しきったその姿。
胸の奥が疼くように切なくなる。
暑さとほんの少しの憂鬱のせいで、食欲は思いっ切りトーンダウン。
頼んだパスタを半分も食べないうちにフォークを放り出したあたしに、
紺野は心配そうに眉を潜めた。
「もう、お腹一杯ですか?」
「うん」
紺野は困ったようにかすかに微笑む。
そして、自分が食べていたハンバーグを小さく切ると、
フォークに刺して、あたしの唇の前に差し出した。
フッと笑って、あたしは唇を開く。
この子はもう知ってるんだ、自分が差し出すものならあたしが食べること。
- 326 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 23:00
-
『あの子のほうが頼りになりそうやな』
裕ちゃんの言葉が、耳に蘇った。
そうだね。裕ちゃんの人を見る目は正しいよ。
あたしたちはきっと、穏やかに信頼しあえる。
あたしが肉を咀嚼して飲み込むのを待って、紺野はまた一切れ差し出す。
ひな鳥になったみたい。
肉の味は好きじゃないけど、あたしは幸せな気持ちになってくる。
紺野は親鳥の気分かな。それとも、手のかかる恋人に困ってる?
あたしの口元をじっと見つめる潤んだ瞳も、
きゅっとつぐまれた唇も、いつものことだからわからない。
結局、紺野のハンバーグは半分以上あたしの胃袋のなかへ。
代わりに紺野は、もうすっかり冷めてしまったパスタを食べるはめに。
あたしは背もたれにもたれかかって目を閉じると
胃の上あたりを手のひらで軽くさすった。
こんなに食べたのは久しぶりかも。
「食べ過ぎた」
「いつもが、食べなさすぎなんです」
「苦しい」
「しばらく、休んでいきましょう」
そう言ってグラスの氷をカラカラ鳴らしながら、
天気のいい窓の外を眩しそうに眺める。
かわいいあたしの紺野。
物静かでのんびり屋でやさしくて、
あたしの扱いが、とても上手。
- 327 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 23:01
-
遊園地では、夜、大きな花火が上がった。
人混みを嫌ってあたしが見えやすいところに行こうとしないから、
丸く開く夏の華は、目の前に張り出した遊具に邪魔されて3分の1くらい欠けている。
それでも紺野は興奮して、打ち上がるたびに、きれいきれいと繰り返した。
あたしは花火よりも、紺野の瞳のほうがよっぽど美しいと思う。
色とりどりの光を吸い込む大きくて真っ黒な瞳。
そんなふうに紺野を見つめている自分が、すこし怖い。ほんとは。
だけど、心に浮かび上がるままに、あたしはふと声を漏らしてしまった。
「紺野が、好き」
え?
紺野がものすごい勢いで、あたしのほうを見た。
ドンドンドンと地を揺するような音がして、ひときわでっかい花火が連続であがった。
遠くにいる観客達から大歓声が湧き上がる。
なのに紺野は、あっけにとられたようにあたしを見つめたまま。
- 328 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 23:02
-
「何よ」
「……初めて、好きって、言われました」
うそっ。
思わぬ指摘に、内心、かなり動揺する。
「そうだっけ?」
「そう、ですよ」
拗ねたような紺野の声。
あれ、Hの時とか言ってないかなぁ?……言ってないかも。
そうだね、閉ざしていたかも。
口に出してしまったら、もう止まらなくなるような気がして。
あたしはバツが悪くなって、指先で鼻の頭を掻いた。
「そーかぁ。言ってなかったかぁ」
「言ってない、ですよぉ」
「でも、わかってたでしょ?」
紺野は、はにかんだように目を伏せてうなずき、微笑む。
それから、パッと顔をあげてお返事をした。
「あの、私も、ごとーさんが好きです」
律義な。
クッと笑いを漏らしたあたしに、紺野はうれしげに飛びついてきた。
わわわ。派手によろけそうになってあたしは、踵に力を入れて紺野を受け止める。
そんなにうれしかった? こんなふうに抱きついてくるなんて、初めてだね。
- 329 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 23:02
-
耳元で、少々ひっくり返り気味の紺野の声が聞こえる。
「好きです、すごく、好きなんです」
「うん」
「好きで、好きで、好きで、好きで、好きで……」
紺野は、一瞬、言い淀むように言葉を止め、
それから、ため息交じりに呟いた。
「……時々、どうしていいか、わからなくなるくらい」
あたしは、あたしの紺野を大切に抱きしめた。
そして、あたしの希望を彼女の耳に静かに流し込む。
「このままでいいよ」
ドンと音がして花火があがる。
夜空いっぱいに飛び散る色彩。
パッと開いて、消えるだけのもの。
- 330 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/19(水) 23:03
-
「このままでいてよ」
あたしは願いを口にする。
望みは、時が止まることなんだ。
消えてしまうから美しいなんて、あたしにはまだ思えない。
紺野はろっ骨が折れちゃいそうなほど強くあたしを抱きしめ、
そして初めて、望まれる前に、自分からあたしの唇にキスをした。
- 331 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/19(水) 23:04
-
本日はここまでといたします。
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/20(木) 00:21
- 更新お疲れさまです。
もう、もう、もう、もう・・・
あー、好きだなぁ、この二人。
上手く言葉にできませんが、ずっと見ていたい感じです。
- 333 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/20(木) 14:50
- 毎日、楽しみに読ませてもらってます。
こんな綺麗なお話が書ける雪ぐまさんってどんな人なんだろ?
そっちのほうも最近、妄想してたりして!(笑)
大ファンなんで、これからも読み続けたいと思います。
お体に気をつけて、執筆頑張ってください。
- 334 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/20(木) 17:44
- 332> 名無飼育さん様
恐縮です…> 川*・-・)人(´ Д `*)<ありがとー。
なんだか不器用な二人です。ぜひ、ずっと見守ってやってくださいませ。
333> 名無飼育さん様
いやあ、照れますなあ。仕事よりもモ娘。と妄想小説に没頭しているダメくまでございますよw
ご声援を励みに、今後ともお楽しみいただけるよう精進してまいります。
それでは、本日の更新にまいります。
- 335 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:46
-
残りの5日間は、冷房のなかで自堕落に過ごした。
あたしの水槽にやってきた真っ白い魚と、あたしは戯れる。
ソファで、ベッドで、バスルームで、床の上で。
このお魚さんは、3食きちんと食べたがるから、
あたしは冷蔵庫のなかのものや買い置きのものを工夫して、せっせと食べさせる。
「ごとーさんは、ほんとにご飯つくるの上手」
「紺野だって、毎日つくってるんでしょ?」
「これじゃあ私の料理なんて、恥ずかしくて」
紺野は、おかずをほお張りながら謙遜する。
相変わらず、よく食べる。
そして食べた後に、必死になって腹筋をする。
- 336 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:46
-
「紺野は十分、細いよ」
「だめ、です。顔が、大きい」
「腹筋じゃあ、顔は小さくならないと思うけどな」
うあーーー!
紺野がわざとらしく頭をかかえた。
あたしは笑って紺野を抱き寄せ、ぷくぷくの頬っぺたをがじっと齧る。
「食べちゃおうか?」
「ほんとに、食べちゃってほしい……」
じゃあ、遠慮なく。
あたしたちは再び戯れはじめる。
戯れの途中に、あたしは少しだけお酒を飲む。
もっとこの幸福な時間を楽しみたいから。
- 337 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:47
-
紺野は自分からは欲しがらないけれど、口うつしなら少しだけ飲む。
彼女が飲みやすいように、あたしは薄い薄い水割りをつくる。
「ドキドキする……」
「うん」
「顔が、熱い……」
「平気?」
「ん、ボンヤリす、る…」
あたしたちは水の中のようなうつろな視界のなかで重なり合う。
二人の境目がわからなくなる。
とても幸せな気持ちになる。
いつまでも幸せでいたくて、
あたしは紺野の喉に理性を壊す液体を注ぎ込み続ける。
「……この、お酒、とてもいい香り」
「好き?」
「ん……なんて、お酒?」
「グレンフィディック・エンシェントリザーブ」
「グレン……?」
「どうでもいいよ」
あたしは勉強したがりの紺野の唇をふさぐ。
そう、どうでもいい、あたしが好きな酒の銘柄なんて。
深く考えないほうがいい。あたしに覚えにくい名前の酒を教えた誰かがいること、
愛し合うさなかに気がついてしまわないように。
- 338 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:48
-
シェリーの香りのなかで、いつもより正直に紺野が漏らし続ける声は、
まるで小さな子供がすすり泣いているように聞こえた。
あたしも泣きたいような気持ちになる。
こんなにもまた溶けあえる人と出会えたことに。
「……父のこと、ずっと、許せな…くて」
「うん」
「だけど最近……ちょっと、わかる…かな…って」
お母さんじゃない人に恋しちゃって、きっと、苦しかっただろうなって……
許せないけど、うん、でも、どうしようも、なかったのかなって……
「どうしようも、ない?」
「……ん…なんと、なく」
「たとえば?」
「…こんな、ふうに……きっと、わけがわからなく…なって」
- 339 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:49
-
あたしは彼女の耳元で愛してると囁き、吐息を漏らす唇に口づける。
内側に指を伸ばすと、紺野は弓なりに背を反らせて震え、うわごとのように繰り返す。
愛しています、ごとーさん、愛してる、愛してます……
深い湖の底にゆらりゆらりと沈んでゆくように彼女は意識を手放しはじめ、
そのうち、静かな寝息を立てて眠ってしまう。
あたしは乱れてオデコに貼りついたその前髪を指先で直してあげて、
そして、幸せな気持ちで眠りにつく。
水底に横たわる少女の肩にもたれながら。
◇ ◇ ◇
- 340 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:49
-
また明日も会えるのに、
明日まで会えないなんてとあたしは悲しく思ってしまう。
だけど、紺野は気づいていないだろう。
あたしが笑って送り出すから。
「楽しかったね」
「すごく」
「また、泊まりに来てよ」
「はい」
そうは言ってもなかなかむずかしいのを、あたしはちゃんと知ってる。
まだ小学生の妹2人と、朝から晩まで働くお母さん。
慣れない都会で身を寄せあって暮らしてるのだから、
長女の紺野が家でやらなきゃいけないことは、けっこうあるのだろう。
- 341 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:51
-
明け方のベッドのなかで、もうちょっと、もうちょっとだけと、
紺野は時計とにらめっこしながらあたしに寄り添っていた。
夜行バスで帰ってくるお母さんたちが家にたどり着く時刻を越えそうになって、
やっと紺野は起き上がって着替え始めた。
「怒られない?」
「怒られはしませんが」
ちょっと、心配するかもしれない、です。
友達じゃなくて、もしかして恋人と一緒にいたのかしら、とか言って。
そのおどけた口調に、あたしは軽い嫉妬を覚える。
そしてすぐに打ち消す。母親がいないことに卑屈になりたくない。
玄関先で紺野を抱きしめる。
紺野もあたしを抱き返し、あたしたちは唇を交わす。
「また、明日」
「うん」
- 342 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:51
-
笑顔で紺野を送り出し、あたしはリビングのカーテンを大きく開けた。
眩しい陽射しがフローリングを照らし、薄くつもった埃をあたしに発見させる。
あ、けっこう汚いじゃん、うちって。
ちゃんと掃除しなきゃ。
クイックルワイパーを取り出して、スイスイと床を滑らせる。
朝でよかった。夜に急にひとりにされたら、
気が狂ってしまいそうな気分になるところだった。
せっせと家中を掃除しながら、
あたしは紺野の首に存在するチョーカーのことを思った。
お風呂に入る時に外して、お風呂からあがるとすぐにまたつけていた。
学校でもそうなんだろうか。体育の前とかには外して、終わるとまたつけてみたり?
面倒じゃないかな?
水に濡れても平気な、金とかプラチナの鎖に代えてあげようかな。
そう思って、でもあたしはすぐにその考えを打ち消した。
つけっぱなしにしておいても平気だと、存在を忘れられてしまうかもしれない。
つけたり、外したり、そのたびにあたしを思い出してほしい。
たとえ、あたしがいない場所でも。
- 343 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/20(木) 17:54
-
「楽しかったぁ」
あたしはひとりきりの朝の空気の中に呟く。
そして、新しくファイルされた記憶をさっそくめくりはじめる。
紺野が一週間、この家で暮らした記憶。
あんがい、朝寝坊なんだ。
やっぱり、よく食べるんだ。
電子レンジの中がくるくるまわってるのをジイッと眺めてる。
恥ずかしがって、とうとう明るいお風呂には一緒に入ってくれなくて。
そのくせタオルケットをすぐ蹴っちゃって、胸もおなかも丸だしで寝てるんだから……
「かわいいんだよねぇ」
紺野、すっごく好き。
だってもう、会いたいもん。会いたい。
紺野が着ていたバスローブを洗濯機に放り込みかけて、あたしはためらう。
ふわりと感じた彼女の残り香。
思わず胸にきゅうっと抱きしめる。
誰かに見られたらキショくて最悪だけど、こんな姿。
「紺野ぉ、大好き」
でも、ひとりだから。
あたしは遠慮なく心の底を彼女の抜け殻に打ち明ける。
大好き、愛してる、すっごく幸せだった、紺野。
いちーちゃんといた時と同じくらい幸せだった……
- 344 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/20(木) 17:55
-
本日はここまでといたします。
- 345 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/20(木) 20:07
- こっちも幸せな気分にさせられます。
その分、最後二行の過去形が気になります。
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/20(木) 22:39
- 更新キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
乙かれさまです。
大変です、なんか胸が痛くって。。ゴチーン (´Д⊂
雪ぐま様〜助けてくださいw
- 347 名前:めかり 投稿日:2004/05/21(金) 02:19
-
すっごい幸せだ〜!!
これからも、さらなる幸せを与えてください・・・
- 348 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/21(金) 12:18
- 345> 名無飼育さん様
夢中になればなるほど過去の恐怖を思い出すうちのごっちん。
怖がりの彼女は、いつもどこか客観的に自分の感情を処理しようとする癖があるみたいです。
346> 名無飼育さん様
大変です、雪ぐまも胸がイタイ……でも、書いちゃうんですね〜w
うちのごっちんを助けられるのはおそらく紺ちゃんだけですが、さてさて……
347> めかり様
はい、精進いたします。どうにも不器用な恋模様ですが、
あたたかく見守ってやってくださいまし。
それでは、本日の更新にまいります。
- 349 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:19
-
『ごとーーーさーーん!!』
「んあ……今日はサボる…」
『だめです! そんなだから留年しちゃうんです!!』
「む……、はっきり言うね…」
『あ、ス、スミマセン…』
いつまでも夏休みしていたいのに、いつの間にか新学期。
始業式はともかく、今日からは授業が始まっている。
ベッドの中からチラと時計を見ると12時半過ぎ。
中庭に行って、紺野はあたしがサボってることに気づいたのかな。
それでさっそく、お怒りの電話をかけてきたっていうわけだ。
- 350 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:20
-
『中庭は、もうありませんよ』
「へ?」
『夏休みのうちに、旧校舎、取り壊されちゃいましたから』
ああ、そうなの。そういえばそういう話だったね。
あの燦々と陽の光が差し込む閉じられた空間。
冴えないメガネっ子だった紺野と出会った思い出の場所。
数えきれないほどキスをかわしたあの古い非常階段も、もうなくなっちゃっただなんて。
「……なんか、寂しいね」
『……そう、ですね』
「やっぱ、行ーかないっと」
『なんで、そういう話になるんですか?』
ダメですよ、もう。
電話の向こうで紺野の笑い声が響く。
「いいじゃん、もう1年くらいダブったって」
『だめですよぉ』
「そしたら紺野と同じクラスになれるかも」
『そういうのは、よくないです』
そういうのはよくないか。
当たり前すぎてほほ笑ましい紺野の感覚。
やれやれ。あたしは起き上がる。
- 351 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:20
-
「OK。午後から出るよ」
『絶対、ですよ?』
「はいはい」
『じゃあ、放課後、校門のところで待ってますからね?』
ちゃんと5時間目から出てくださいね。
6時間目だけ出てごまかそうとか、だめですよ。
そう念を押して、あたしを案じてくれる年下の恋人の電話は切れた。
ちぇっ、めんどくさ。
でも、あたしはご機嫌な気分で、シャワーを浴び、制服に袖を通す。
午後の陽射しのなか、鼻歌を歌いながら電車に乗り込む。
わざわざ電話をくれたこと、うれしかった。
- 352 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:21
-
「おっ、サボリーマン登場」
「なにそれ。あたしリーマンじゃないけど?」
5時間目が始まるぎりぎりに教室にすべり込んだあたしを、
よっすぃ〜が目ざとく見つけてからかってきた。
「カノジョが心配してたよぉ?」
「ん?」
「紺野ちゃん。休み時間ごとに、教室、覗きにきてた」
へえ、そうなの。
あたしは、ますますご機嫌な気分になった。
1年が2年の教室を覗きにくるだなんて勇気がいるだろうに。
「んー、愛されてるね〜〜」
よっすぃはすかさず冷やかしてくる。
あたしはあはっと笑い、すかさず言い返した。
「よっすぃ〜ほどじゃないよ」
「そりゃ、うちらの愛にはかなわないだろーけどさあ」
「バカップル」
「なんだとぉー!」
チャイムと同時に、先生が教室に入ってきた。
あたしたちはじゃれあいをやめて、あわてて席につく。
窓際の席であたしは久しぶりに教科書を開き、シャープペンシルを握る。
ちんぷんかんぷんな数学の授業さえ、心地よく耳に届いた。
◇ ◇ ◇
- 353 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:22
-
放課後、校門のところで紺野は、クラスメイトふたりと立ち話をしていた。
時々一緒にいるのを見かける。3人組で仲良しなのかな。
楽しげな紺野に、フッと安堵する。
紺野が生徒玄関からあたしが出てきたことに気づくと、
一緒にいた2人も、一斉にこちらを見て礼儀正しく頭を下げた。
あたしも、ちょっと笑って軽く会釈をする。
もしかして紺野、友達をあたしに紹介するつもりかな?
そんなふうに思ったのに、その2人組は紺野のほうに向き直ってバイバイと手を振ると、
あたしが校門にたどり着く前に、さっさと駅に向かって歩いていってしまった。
「あれ?」
「はい?」
「友達、一緒に帰るのかと思った」
拍子抜けしたあたしの声に、紺野がなぜかクスクスと笑って答えた。
うん、駅まで一緒に行こうって誘ったんですけど。
「ごとーさんのこと、ちょっと怖いんですって」
「はぁ?」
「緊張しちゃうって」
はぁ。
あたしはぽりぽりと頬っぺたを掻いた。
クールな後藤先輩は怖いですか。なるほど。
- 354 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:23
-
「あ、ごっちんだ」
ふいに声をかけられて、振り返ると、
そこには3年2組の藤本美貴と、2年1組の松浦亜弥が並んで立っていた。
松浦とはクラスも違うし、何回かしか話したことがないけど、
美貴は、梨華ちゃんと同じで前のクラスメイトだ。
さばさばしてて、わりと気が合った。
「へえ。ごっちんって、今年はちゃんと学校来てるんだ」
感心したような美貴の呟きに、あたしは「まあね」と苦笑する。
まあ、言われても仕方ない。去年のあたしは、ほんとに撃沈してたし。
松浦が興味しんしんというように、
あたしの陰に隠れて小さくなってる紺野の顔を覗き込んだ。
「この子が紺野ちゃんね? 噂のSEXY GUY!」
「GUYじゃないし」
能天気な松浦トークに、あたしはますます苦笑。
セクシーでもないですが、と紺野が超小さな声で呟いた。
松浦とあたしたちのやりとりに、美貴が首をかしげる。
「この子、紺野ちゃんっていうの? 噂って?」
「みきたん、知らないの? 1年生の間では、超〜☆スキャンダルなんだから」
- 355 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:23
-
松浦が得意げに、美貴にスキャンダルとやらの詳細を説明する。
その説明を、あたしもさりげに聞いてみる。
なになに、あのクールビューティーな後藤先輩がダセー紺野をあそこまで変えた謎?
それともダセー紺野が大変身して、後藤先輩を落としたのか?
てゆうか、後藤先輩は紺野のどこが気に入ったのだ……?
「紺野、さんざんだね」
あたしは呟く。
「だから、みんな不思議に思ってるって……」
紺野が頬を染め、拗ねたように唇を尖らせて俯いた。
ふうんと呟いて、美貴がじいっと紺野を見つめる。
紺野が、びくうっ!と身をすくめた。
ははっ、美貴、その目つき怖すぎ。
「かわいいじゃん?」美貴が、松浦を振り返る。
「だからー、最初はかわいくなかったらしいんだってば」本人を前に遠慮のない松浦。
「へえ」
で、結局、真相はどうなの?
あたしは、美貴の質問を笑っていなした。
- 356 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:24
-
「内緒」
「あいかわらず秘密主義だねー」
「ほっといて」
恋の理由なんて個人的なことだもん。
あたしがどれほど紺野の魅力を並べても、他人にはまるで理解できないこと。
いちーちゃんの時だってそうだった。
たちまち夢中になってのめり込んだあたしに、
裕ちゃんも矢口さんも、ただ不思議そうな顔をした。
だから、あたしは思う。
人前だと手をつなぐのにも気後れしがちな紺野にも、言ったことがある。
他人の目を気にしないで。
あたしと紺野が恋に落ちた理由も、
あたしたちの恋がどんなカタチかも、
あたしたちだけがわかっていればいい。
- 357 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:25
-
「とっころでー」
松浦が、強引に話題を変えた。
「あたしの歌、聞きたくな〜い?」
「は?」
「これからみきたんとカラオケ行くのー」
カラオケかぁ。
その懐かしくて、うすら明るい響きに惹かれた。
そう言えば、もうずっと行ってないな。
いちーちゃんといた頃は、週2は絶対に行ってたと思う。
なにしろ、いちーちゃんがシンガー目指してたし、
裕ちゃんたちや、そういえば美貴や梨華ちゃんたちともよく行ったかも。
パパ達の事故から立ち直って、また笑えるようになった高1の頃……。
「後藤さんって、うまいんでしょ?」
「まあね」
「おっ、自信まんまーん。じゃあ、行こーよ」
チラッと携帯の時計を確認した。午後4時すぎ……。
あたしはあたしの陰に隠れてる紺野を、親指でチョイと指しながら答える。
- 358 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/21(金) 12:25
-
「この子さー、6時には帰んなきゃいけないんだけど」
「いーよー。じゃあ、さくっと1時間GO!」
いい?
そう言いながら紺野を振り返って、あたしは目を丸くした。
紺野が世にも哀れな情けない顔をして、ガチンと固まっていたから。
「き、聞くだけですよ……」
あちゃー、カラオケ苦手かぁ……。
- 359 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/21(金) 12:26
-
本日はここまでといたします。
- 360 名前:名無し23。 投稿日:2004/05/21(金) 18:32
- 更新、乙でございます。
ん〜、文章があったかいなぁ・・すごく心地良いです。
今猛烈に、後藤さんの脇腹を「このこの〜♪」って突っつきたい気分ですw
今更ですが、愛って不思議なモノですねぇ・・(遠い目)
無くても「生活出来る」けど、無いと「生きて」いないモノかなと思ったり(意味不明)。
そして来ましたね、この天然失礼な二人がw こちらも気になりますが・・
次回も楽しみです。
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/22(土) 08:19
- SPEEDの「my graduation」 みたいなイメージですね…
- 362 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/22(土) 12:54
- 345> 名無し23。様
意味、わかりますよ。まさにうちのごとーさんにとってはそういう感じでしょうねぇ。
紺ちゃんはこれから覚えてくというか知ってしまったというか……。
346> 名無飼育さん
SPEEDは全然ヲタじゃないんで『White Love』しか知らなくて、さっそく歌詞検索で調べてみました。
……なるほど、驚きです。そしてとっても悲しくて切ない歌ですね……。
それでは、本日の更新にまいります。
- 363 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 12:56
-
死にたい、死にたい、もー死にたい。
昼休み、紺野は、あたしに会うなりブツブツ言った。
ひどい、ひどい、ごとーさんひどい。
「き、き、聞くだけって言ったじゃないですか!」
「別にあたし、歌えとか言わなかったじゃん」
「で、で、でも助けてくれなかったじゃないですか!」
昨日のカラオケのことが相当ショックだったらしい紺野。
あたしは歌うのが苦手な人に無理に歌わせるような趣味はないんだけど、
松浦と美貴がそんな面白そうなこと見逃すわけなかった。
『紺野ちゃ〜ん』
『は、はいぃ……』
『立場、わかってるよねぇ〜?(ニッコリ)』
まあ、助けなかったのは聞いてみたかったからだけど。
思い出してニヤリと笑ったあたしを、恨めしそうに紺野は見る。
紺野が歌わされたのは、よりによって『好きな先輩』。
かわいかったよ、両手でマイク握って一生懸命歌ってて。
空手で鍛えたその腹筋が腹式呼吸に生かされてないのは不思議だけど。
- 364 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 12:56
-
「きょ〜おの、わ〜たし、美人でっ、すっ、か♪」
「や、やめてくださいよぉーー!!」
ははっ。
いーじゃない、美貴と北海道話で盛り上がったんだしさあ。
あたしはご機嫌で、いつもより近く感じる青空を見上げた。
お昼を過ごしていた中庭がなくなって困ったあたしたちは、
結局、新校舎の屋上にやってきていた。
残念ながら、この場所は二人きりにはなれそうもない。
どの学年のものというわけでもない屋上は、
学年を超えて仲のいい二人やグループが集う場所になってるらしかった。
しかも、それぞれに決まったポジションがあるらしく。
新参のあたしたちは、しばらく様子を見て、
空いていた柵の前の段差に腰かけた。
ちょうど給水タンクの影が落ちるあたりで人気がないみたい。
- 365 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 12:57
-
「おっ、ごっちんじゃ〜ん」
声をかけられて見上げると、そこに立っていたのはよっすぃ〜。
そしてその隣には、久しぶりに会う梨華ちゃん。
ああ、そうか。この二人も屋上組か。
「もしかして梨華ちゃんたち、この場所でいつも食べてた?」
「ううん、私たちはあっち」
梨華ちゃんは少し離れた柵の前を、すいっと指さす。
学年が上がってますます華やかになった笑顔。
そして相変わらずの気遣いぶりで、紺野にもニコッと微笑みかけた。
不意打ちの笑顔に、紺野がビクッと身をすくめる。
どうやら、麗しいいしよしコンビにポケッとみとれていたらしい。
「紺野さんだよね? 初めまして、3年3組の石川梨華です」
「あ…あ…、えと、い、1年5組の、こ、紺野あさ美です…」
声がうわずったあげくに、どもってしまったことに自分で気づいて、
紺野はカアアッと頬を染めてうつむく。
あたしはぶきっちょな恋人の頭をポンポンと撫でながら、梨華ちゃんに笑いかけた。
- 366 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 12:58
-
「かわいーでしょ?」
「うん。ごっちんにはもったいないくらい」
「なんだとー!」
元・クラスメイトの軽口は、心地よくあたしの耳に届く。
こんなほうがいい。変に特別扱いとかされるより。
「ね、美貴ちゃんたちとカラオケ行ったんだって?」
「うん」
「も〜、誘ってよぉ」
「あはっ、ごめんごめん」
「今度は私も行くからねぇ〜?」
「あっ、あたしも行くから〜」
梨華ちゃんとよっすぃ〜はそう言うとひらひらと手を振り、仲良く去っていった。
あたしはガッチーンと固まってる紺野の顔を、からかうようにのぞき込む。
「だって」
「………ぜったい、ヤだ」
紺野は、けしょんと肩を落とした。
あはっ、そんなにヤだ? みんなとカラオケ行くの。
- 367 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 12:58
-
「…………ヤです」
「楽しくない?」
「……ごとーさんは、うまいから楽しいんですよ」
「あはっ、んなの関係ないよー。盛り上がればいいんだよー」
梨華ちゃんを見習いなよ……なんちって。
でも、嫌なものを無理強いしちゃいけないね。
どよんとブルーになってる恋人の頭を撫でて、あたしは謝る。
「ごめんね、昨日、勝手に行くって決めちゃって」
「……いえ、私こそ、すみません」
「ん?」
「あの、楽しかったんです。自分が歌う以外は」
ごとーさんの歌が、いっぱい聞けたし。
紺野は、またそんなかわいらしいことを言う。
「それに、ごとーさんが藤本さんたちと三人で歌ったあれ……」
「SHALL WE LOVE?」
「そう、それです。すっごく、カッコよかった!」
紺野は、あの歌を思い出すように目を細めると続けた。
松浦さんも藤本さんもカッコよかったですけど、
やっぱりごとーさんが一番、素敵でした。
歌い方も、声も、なんだろう、胸が痛くなるくらい切ない感じで。
- 368 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 12:59
-
「欲目だよ」
あたしは何でもなさそうに、素っ気なく言葉を放る。
胸が痛くなるくらい切ない感じ。
紺野にそう思われたことが、密かにあたしの胸を深々とえぐる。
誘われるままに何気なく歌いはじめたあの歌。
途中で、胸が押し潰されそうに苦しくなってきたんだ。
以前はケッとか思ってた歌詞に切り裂かれて。
確かにそうね、ほんの少し浮かれてた感じね
あんなオンナにも気づかないなんて……
嫌だよ別れない、涙が止まらない……
寂しくないよ、寂しくなんかないよ、寂しくなんかないよ、ないよ……
- 369 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 13:00
-
「カラオケって歌詞がわかるから、ちょっとドキッとすることありますよね」
まるであたしの心を読んだみたいな紺野の言葉に、ギョッとして顔をあげた。
紺野はのんびりとお弁当を口に運びながら、なぜか照れくさそうに微笑んだ。
「ああ、こんな歌だったんだぁとか」
「………たとえば?」
「あのー、ごとーさんと一緒に歌った歌とかですね……」
恥ずかしげな声は、すべてを伝えきる前に風に消えてしまう。
聞かせてよ、もっと。聞きたい、その言葉。
あたしたちが一緒に歌ったのは『Do it! Now』。
紺野は、あの歌の、どこにドキドキしたの?
「あの、ですね」
「うん」
「……ごとーさん、笑うかも」
「笑わないけど」
紺野は、ほんとですか?というようにおどけて首を傾げると、
ちょっと口を尖らせて、小さな小さな声で呟いた。
いつも、いつまでも…のとことか…。
あたしは、思わず紺野の頬を撫でた。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
いつもいつまでも何年経っても、決心したこの愛が続くように。
そうか、紺野はちゃんとそんなふうに思っていてくれてるんだ、あたしとのこと。
- 370 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 13:01
-
竜巻のように一瞬あたしの胸をかきまわしたいちーちゃんの影を追い払う。
そしてあたしは、あたしとの未来を夢みる恋人に微笑みかけた。
宇宙のどこにもみあたらないよな
約束の口づけを原宿でしよう、だっけ?
「そーいえば、初めてキスしたのも原宿だし?」
「……違いますよ、中庭です」
「あ、そっか」
「もう、ごとーさんは!」
紺野がひどいなあというように笑って、珍しくあたしの肩を小突くふりをした。
あたしは途端に甘えた気分になって、ゴメンと指を合わせて片目をつむる。
紺野が、あたしを見て、うれしそうに、うれしそうに笑う。
幸福が零れ落ちてくるような笑顔。
「まあ、約束という意味では、原宿なのかもしれませんが」
あたしたちが恋人になった、あの縁日の夜のキス。
一生忘れないと、紺野は言う。
まっすぐな言葉は矢のようにあたしの胸に入り込み、
揺れやすいあたしの心を射ぬいて繋ぎ止める。
- 371 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/22(土) 13:01
-
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、
あたしたちはいつものように唇を寄せかけて、ハッと顔を離した。
そうだ、ここは二人きりの場所じゃないんだっけ。
あたしたちは目を見合わせて苦笑する。
パブロフの犬みたいだね、なんて。
「紺野、帰り、うち来る?」
「はい」
「じゃあ、校門のとこで」
軽く指先を握りあって、それぞれの教室に戻る。
二学期にも強烈なクジ運を発揮してゲットした窓際の席についてあたしは、
抜けるような夏の終わりの空を見上げながら『Do it! Now』を口ずさんだ。
私の持ってる未来行きの切符
あなたと二人できっと叶えたい、I love you……
- 372 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/22(土) 13:02
-
本日はここまでといたします。
- 373 名前:オレンヂ 投稿日:2004/05/22(土) 14:36
- 更新お疲れ様です。
雪ぐまさんの小説を読むと甘酸っぱい気持ちになりますね。
あと、こういうつながりなのかってすごいなぁって思ったり。
この二人の行方を見守って生きたいと思います。
- 374 名前:達貴 投稿日:2004/05/22(土) 19:40
- ひさしぶりにレスさせていただきます^^
あっ!こっちにレスするのは初ですねw
最近、部活やらテストやらで忙しくてレスできなかったんですが、時間を見つけてはきてました^^
今日癒しのメソッドを最初っから通しで読んでみたんですが、感動しました!!!
萌えるわ、泣きそうになるわで大変でしたww
かわいいコンコンに胸キュンピーチww(アホなオイラ
雪ぐまさん!尊敬してます!(イキナリw
頑張ってください!!!!^^
- 375 名前:達吉 投稿日:2004/05/22(土) 19:42
- あ....
すいません^^;HN間違えました^^;(汗
達吉ですwww^^;
- 376 名前:ぷ 投稿日:2004/05/22(土) 21:16
- 日々の更新、お疲れ様です。
雪ぐまさんの話は、高校とかが舞台でも大人の話ですね。
自分、実はけっこう歳いってるんですけど、なんかすごく共感出来るっていうか…
ほんとに毎日ドキドキしながら楽しく読ませてもらってます。
これからもヒッソリ応援してます。雪ぐまさん、ファイ!
- 377 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/22(土) 21:33
- ごまっとうとカラオケ……。紺野さん、御愁傷様です(爆。
歌詞がとても効果的に使われてて感心しました。
- 378 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/22(土) 22:25
- この作品、本当に大好きです。
状況も性別も全然違ってても、自分の恋愛に重ね合わせたり…。
普遍的なキモチが描かれてて、すごいです。
お金を払ってでも読みたい作品です。
- 379 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/23(日) 13:07
- だめだ、雪ぐまは紺野さんが「後藤真希さん」と発音するだけで
「ぐおっ!」とか思うようになってしまっている……>今日のハロプロアワー
373> オレンヂ様
たったひとりを選んで恋に落ちる理由が何かあるわけですが、
うちの二人の場合は少し悲しい繋がりでございます。あたたかいお言葉、感謝です。
374> 達吉様
お久です♪ 高校生活、めいっぱい充実してるみたいですねぇ。ちょっとウラヤマw
うちのこんごまみたいに、恋のほうもいっちょブチかましてくださいね〜。
376> ぷ様
初めまして♪ 石川さんっぽいご声援、ありがとうございます。ファイ!
複雑なキャラだけに、こう、甘々ばっかじゃないところもあります。ですから、
大人の方にお楽しみいただけているんだというのはとてもうれしいし、安心しました。
377> 名無飼育さん様
なにしろ歌唱力に定評のある3人ですからねぇ。その場の紺野さんのキモチを思うと……w
でもテンパりつつも、ごとーさんと『Do it! Now』を歌えて感激だったみたいですよ、うちの紺ちゃんは。
378> 名無飼育さん様
最大級の賛辞、光栄です。恋愛って組み合わせによっていろんな色が生まれると思いますが、
そのなかにも共感できる“普遍”を感じ取っていただけていることに安心いたしました。
それでは、本日の更新にまいります。
- 380 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:08
-
修学旅行のおみやげを渡すと、
紺野はこっちが恥ずかしくなるほど大はしゃぎした。
大阪のユニバーサルスタジオジャパンで買ったスヌーピーのTシャツ。
もう子供っぽいかなと思ったけど、そうでもないらしい。
「まだまだガキだねー」
「あっ、言いましたね?」
紺野は、軽ぅくあたしを睨むと、
リビングのソファに座ってるあたしの膝を跨ぐように座り、
あたしの首に腕をまわして、チュッとキスをした。
ほら、もうこんなことだってできちゃいますよ、ってな感じに。
あたしは彼女の腰に手をまわして、ご機嫌に笑う。
うん、大人っぽくなったよね、紺野。
ああ、いい匂い。久しぶりの紺野の匂い。
- 381 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:09
-
「おかえりなさい」
「ただいま」
ゴロゴロと猫のように甘えてくる紺野の髪を撫でながら、
あたしは思いのほか楽しかった修学旅行の話を始める。
あのさ、USJのさ、スパイダーマンのやつがすごいの。
3Dのサングラスかけて乗るんだけどさぁ、
スパイダーマンが、ひらってライドに乗っかってきてー。
くるくるくる〜ってライドが回ってさ、もうすっごかった。
ジュラシックパークライドもさぁ、すっごいでっかいティラノザウルス?がね、
ガーーーって口を開けて脅かすんだよ。
んでビックリしてると、ざばーって落ちるの。
あ、かわいいのもあるんだよ。ETとか、自転車にのってね、
ETを星まで届けてあげるんだけどー、ETがね、
最後に「バイバイ、真希」って名前を呼んでくれんだよねー。
「USJの話ばっかり」
「だって、超楽しかったんだもん」
「京都のお寺は?」
「んあ? 石庭とか見た」
「それだけですか?」
紺野がくすくす笑う。
だって、USJがすっごい楽しかったからさあ、あとはもー忘れちゃった。
- 382 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:09
-
「いいなあUSJ、私も行きたかったなあ……」
「来年、行くじゃん」
「だって、ごとーさんと一緒じゃないし」
うわ、かわいいっ!
あたしは紺野をきゅうっと抱きしめて、耳元で囁いた。
「来年、学校サボって、ついてこーか?」
「あはは。だめですよ」
「いい考えだよね。よし、サボってついてっちゃおう!」
「もー、サボっちゃだめです」
「なんで、うれしくない?」
「うれしい、ですけどぉ……」
くったりとあたしに身を預けた紺野の口元が緩んでいる。
ごとーさんって、ほんとにサボって来そうですよね、なんて呟きながら。
「ほんとに行こっかなー?」
「ほんと?」
「ほんとほんと。待ってて、ジョーズと一緒にざばーって水の中から出てくるから」
あたしのベタな冗談に、紺野はうれしそうに声をあげて笑う。
それから膝から降りて、あたしが撮ってきた写真の束を熱心にめくり始めた。
- 383 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:10
-
「やっぱりUSJばっかり」
「あはっ」
「ごとーさん、あんまり映ってないですね」
「だって、あたしが写してるんだもん」
「あ、そうですね」
自分で見返してもなんだこりゃ?みたいなものばっかり撮っている。
目についたカニの絵のついた看板や、キャラメルポップコーンのどアップや、
さかさまになったピンボケのスパイダーマン、前を歩くクラスメイトたちの足。
紺野は、不思議そうな顔をしながらも、それらの写真をていねいに見ていく。
「ごとーさんには、こんなふうに、景色が見えてるんですね」
「そういうことなのかな?」
だとしたら、なんてきれぎれな。
なんて不安定な、あたしの視線。
- 384 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:11
-
「あ……」
紺野が、写真をめくる手を止めた。
のぞき込んで、あたしはくすぐったい気持ちになる。
そこには、チュロス片手に手のひらをカメラに向けて額にあて、
「ごっちんです!」とポーズをとっているあたし。
「よっすぃ〜か誰かが撮ってくれたんだったかな」
「楽しそう。すごく、いい笑顔」
うーん、ちょっと笑いすぎだけどね。
照れくさくて、そう呟く。
紺野はううんと首を振り、憧れのアイドルでも見るような瞳で、
あたしの写真をうっとりと見つめ続ける。
もういいでしょ? あたしはピッと写真を取り上げた。
本人が目の前にいるんだから、本人を見たらいい。
「あのさあ、USJもディズニーみたいなパレードがあるんだよ」
こんな音で、こんなダンスで。
あたしはリズムを口ずさみながら、
紺野の目の前でかんたんにステップを踏んでみせる。
紺野が感心したように目を見開き、じっと見つめてくる。その潤んだ瞳。
あたしは調子に乗って踊り続ける。もっと、あたしを見て。
- 385 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:11
-
「ごとーさんは、ダンスも上手……」
「いまちょっとね、ハマってんの。運動会の応援合戦で踊るんだよー」
「それは楽しみ、ですね」
ちゃんと、見ててね。
あたしは紺野の眉間に指でつくったピストルをあてて、パンと撃ち抜く真似をした。
紺野が笑って、大げさにソファに倒れ込む。
あたしは彼女に覆いかぶさって、その唇を追いかけた。
かわいい恋人は甘い息をつきながら、キスの合間に囁いてくれる。
「ごとーさんがいなくて、寂しかった、です」
「ほんと?」
「会いたかった」
あたしの背にまわされた腕。
ぎゅうっと抱きしめられて、あたしはうっとりする。
こんなに求められていることに。
だけど、制服のシャツに手をかけたあたしの指を、紺野はやさしく押しとどめた。
「どうして?」
「だって、10分しかない、ですよ?」
時計を見る。あ、ほんとだ、17時50分。
いつの間に。あたしはふてくされて起き上がる。
紺野といると、時間が経つのが早すぎないかな?
- 386 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:12
-
「じゃあ、チョーカーだけ見せて」
紺野は少し恥ずかしそうにしたけれど、あたしがもう一度お願いと言うと、
うつむいて胸のリボンの紐をほどき、そっと胸元を開いた。
すんなりした首と、美しい鎖骨を飾るチョーカー。
あたしのものだって印。
あたしはチョーカーに指をかけて引っ張り、彼女の唇を奪う。
紺野が、切なげに身を震わせる。
「……あの、ごとーさん、お願いが」
「ん?」
「私に、あの写真、ください」
「どれ?」
「全部」
ああ、もう、紺野って最高!
あたしはニカッと笑って、ネガごと紺野にホイと放った。
紺野がびっくりした顔をして、あたしを見つめる。
「あの、焼き増しを、していただければ」
「全部あげる、あたしいらない」
「そんな」
「紺野が持ってたらいいじゃん」
あたしが持ってるのと一緒じゃん?
だって、あたしたち、この先、ずっと一緒にいるんだから。
- 387 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/23(日) 13:14
-
あたしの言葉に、紺野は泣きそうな顔で微笑み、
胸に写真の袋をきゅっと抱いたまま、何度も大きくうなずいた。
「ありがとう、ございます」
「ね、あたしも一つだけお願い」
「なんですか?」
「あと5分だけ、キスさせて」
時計の針は、18時ちょうどをさしている。
紺野はちょっとだけ考え、それから照れくさそうにうなずいた。
- 388 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/23(日) 13:14
-
本日はここまでといたします。
- 389 名前:達吉 投稿日:2004/05/23(日) 13:22
- おぉw更新されてるww雪ぐまさんの小説は本当、更新が素早意ですねぇ^^感心します^^
高校生活は結構充実しています^^部活にも入りましたし^^
恋のほうですかぁ〜(汗
オイラの高校はちょっと前に共学になったんですけど、男女のクラスが別々に分かれていて、男女が会う機会も全校集会とかくらいしかないので微妙なところですね^^;
でもコンコンとごっちんみたいな恋愛ができたら楽しいでしょうね〜ww
- 390 名前:めかり 投稿日:2004/05/23(日) 22:26
-
更新おっつ〜でっす。
これからもこんちゃんの幸せを祈ってます。
- 391 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/24(月) 06:40
- 石川さん卒業ショックで、眠れぬまま朝を迎えた雪ぐまでございます。
389> 達吉様
出会うべき恋はどんな状況下でも必ず舞い降りることでしょう。
うちのこんごまのように、ね。
390> めかり様
リアルこんちゃん、堂々たる年上チームとなる日が遠からずやってきますね。
癒し系の魅力で、モー娘。に紺野ありと名を轟かせる日も近い?!
それでは、本日の更新にまいります。
- 392 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 06:41
-
運動会なんてかったるいってずっと思ってたけど、今年のあたしは一味違う。
張りきって、応援合戦までブチかましちゃうんだからね。
運動会は、1組から5組までの縦割りで色別に分けられたチーム編成で競う。
つまり1年5組の紺野と2年5組のあたしは、同じチームなわけで。
よーし、頑張って優勝しようね、紺野。
『もちろん、ですよ』
昨日、張り切ってそう言ってただけあって、
紺野はぶっちぎりで200m走を駈け抜けている。
あたしははしゃぎ、メガホンを振り回して大声援。
紺野、すげーかっこいいよ! さっすがマイスイートハニーーー!
騒ぎまくるあたしに、よっすぃ〜がやれやれと肩をすくめる。
なによ、さっき梨華ちゃんが障害物競走に出た時、自分だって大騒ぎしてたじゃん。
梨華ちゃんとはチーム違うくせにさあ。
「紺野ちゃん、見た目より運動神経いいね」
「そーなの。北海道で陸上の記録とか持ってんだって」
「その意外性に惚れましたか」
「さあね」
さあ、着替えに行こ、よっすぃ〜。
次はお楽しみの応援合戦だよ。
- 393 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 06:42
-
うちの学校では、伝統的に2年生が、
各チームの代表として応援合戦をやることになっている。
点数もいっぱい入るし、責任重大。
歌ったり、踊ったり、ノボリを立ててみたり、
各チームともかなり躍起になって取り組む。
あたしはなんか関係ないやって感じでホームルームでボーッとしてたら、
いつの間にかよっすぃ〜と一緒にメインをつとめることに決められちゃって。
ゲッ!って思ったけど、紺野が楽しみにしてくれてるみたいだし、
ここまできたら、けっこう張りきってきてたりして。
目下の強敵は2年1組。
なんてったって、松浦亜弥がいる。
案の定、松浦は目がチカチカしそうなとんでもない衣装で全校生徒を煽りまくった。
飛びまわる松浦を中心にみんなが踊る、一糸乱れぬその動き。
うーん、思った通り、かなりハイレベルなパフォーマンス。
汗だくで戻ってきた松浦に声をかける。
「すごいね」
「ふふん、まつーらが出る以上、勝ちは譲りませんよ〜☆」
「あっ、生意気ー」
だけど、あたしも負けるわけにいかないの。
だって、紺野が見てる。
- 394 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 06:44
-
「まつーらのことだって、みきたんがアツク見ててくれたも〜ん」
「美貴とあんたは違うチームでしょ? うちら、同じだもん」
「あっ、むかつくー」
行きなよ、はやく。5組の番だよ。
松浦が笑って、あたしの背を押した。
よっしゃ、行きまっしょい!
よっすぃ〜とパチンと手をあわせて気合いを入れる。
「ちょっと、あたしも混ぜなさいよっ!」
はいはい。
あたしたちは笑って、担任の保田先生ともパチンと手を合わせた。
フツー、先生は参加しないんだけど、保田大明神にそんな理屈は通用しないってわけ。
ギョッとするほど大きなサイレンの音とともに
チームカラーのピンク色の衣装をまとって、校庭に飛び出したあたしたち3人組。
あたしと、よっすぃ〜と、それから一番張りきってる保田先生。
その後から、クラスメイトたちが歓声をあげて続く。
歌うのは、『BABY!恋にKNOCK OUT!』の替え歌バージョン。
- 395 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 06:44
-
あたしは校庭の真ん中に立ってマイクを握りしめると、
ぴたっと天を指さして、腹の底から煽りを決めた。
「5組、行っくぜーーー!!!」
ワーッと歓声がわき起こる。
かなり速いリズムを、体が正確にとらえて動き始める。
前奏のダンスをばっちり決めて、あたしたちは歌い始めた。
「まったくまったくまったくやる気がないって♪」
「みんなはみんなはみんなは言うけ〜ど ♪」
「ほんとはほんとはほんとはやる気〜まんまん♪」
「誰も誰も誰も追いつけ〜ない!」
動きが激しすぎてこっちからは見えないけど、きっと紺野はあたしだけを見てる。
ちょっと間抜けな歌詞に吹き出したりしながら、白桃みたいな頬を赤く染めて。
鏡の前で何度も練習したダンスを、なんてことない顔でやってみせよう。
憧れの瞳で見つめてほしい。
夢中になって、追いかけてほしい。
あなただけでいい。あたしを愛してほしい。
- 396 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 06:45
-
「Baby Baby Baby 何にも怖くない! Ah〜!」
息を切らせながら、あたしたちは最後のポーズを決めた。
割れるような大きな拍手と大声援があたしたちを包みこむ。
そう、もう何にも怖くないとあたしは思う。
紺野さえずっと、あたしのそばにいてくれたら。
びっくりするほど熱狂的な大歓声と、割れんばかりの拍手に包まれながら、
あたしが思ってたのはそのことだけだった。
- 397 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 06:46
-
勝ち負けは、運動会が終わってみるまでわからない。
練習以上の手応えがあったクラスメイトたちは大満足してはしゃぎまわり、
たくさんの手があたしの肩を「お疲れ!」「最高!」と叩いた。
ひとつ年下のクラスになじんできたあたし。
あたしを推してくれたよっすぃ〜や、保田先生に感謝しなくちゃね。
応援合戦が終わると1時間の昼休み。
とりあえず衣装のままクラス席に戻ってきたあたしとよっすぃ〜を、
ちょっとびっくりするくらいの数の1年生たちが待ちかまえていて取り囲んだ。
「写真、撮らせてください」
「一緒に撮ってほしいんです」
「握手してもらって、いいですか?」
ええっ、あたしも?
フラッシュが光り、手を差し出され、
あたしは内心、冷や汗たらり状態でじりじりと後ずさった。
よっすぃ〜や松浦と違って、こんなふうに下級生にチヤホヤされるのは馴れてない。
あたしは戸惑い、とりあえずよっすぃ〜の真似をして、ははっ…と笑う。
- 398 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 06:46
-
その時、紺野の姿が目の端にうつった。
お弁当を誘いにきたんだろう。胸元に小さな包みを抱えている。
ぽてぽてと歩いてきた紺野は、1年生に取り囲まれたあたしに気づき、
驚いたような顔をすると、くるりと踵を返して自分のクラスの方へと戻っていこうとした。
「紺野!」
あたしは、伸び上がって声をかける。
紺野がますます驚いたような顔で振り返った。
あたしは人の輪を無理やり抜け出すと、紺野に駆け寄った。
「おべんとでしょ? すぐ取ってくるから」
「い、いいですよ、あの、終わってからで。待ってますから」
「いいよ、みんな、よっすぃ〜目当てだよ」
紺野が、首を傾げて曖昧に微笑んだ。
困ったなあというように。
「そんなことない、ですよ。ほら、みんな待ってますよ」
「いいよ」
「ほ、ホントに、私、待ってますから、気にしないで……」
「いいんだったら」
あたしは、自分の席にかけておいたバッグをひっつかむと、
困り顔の紺野の腕をとってズンズン歩き始めた。
よっすぃ〜たちが、呆気にとられて見送ってるのがわかる。
だけど、気にしない。あたしは、紺野といたいんだもん。
- 399 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/24(月) 07:05
-
迷いなく、そう思う気持ちがあたしの胸に満ちて、
それは清々しいほど、あたしの足取りを強くさせる。
なのに紺野はなんども後ろを振り返り、あたしをムッとさせる。
「こら」
「だって……」
「いいんだって」
「もう……」
なんでそんなに気にするのかなあ?
あたしがチヤホヤされてヘラヘラしてたりしたら、嫌じゃないの?
「それは、うん、嫌かもですけど……」
「じゃあ、いいじゃん。ほら、行くよ」
肩を押すように腕をまわすと、
紺野は困った人だなあというようにうつむいて小さくため息をつき、
でも、かすかに、ほんのかすかに微笑んだ。
- 400 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/24(月) 07:11
- 本日はここまでといたします。
☆おしらせ☆
石川さん卒業への思いのたけを込めて
雪板『愛するトメっち』の更新をしたのですが、
うっかりミスで1000レスいくまえに話途中で容量オーバーとなってしまい、
次スレへの誘導ができませんでした。もし、お読みになっている方がいたら、
こちらが次スレでございます。ドジ作者で申し訳ございません。
↓ おなじく雪板『続・愛するトメっち』
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/snow/1085346881/
- 401 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:21
-
屋上は、今日ばかりは閑散としていた。
みんな、親が観にきている。校庭で一緒にお昼を食べているんだろう。
家族が来ないあたしと紺野は、いつもよりももっと肩を寄せあう。
応援合戦の時の派手なピンクの衣装のままのあたしを、紺野は眩しそうに見た。
「信じられないです、私がごとーさんの恋人、だなんて」
「何よ、いまさらー?」
「だって、ごとーさん、すっごくカッコよかった……」
「惚れ直した?」
「もうこれ以上、好きになれないくらい」
あたしは満足する。もう勝ち負けなんかどうだっていい。
肩を抱いて唇を寄せると、紺野はチラリと周囲をうかがい、
誰もいないことを確かめてから、瞳を閉じた。
- 402 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:22
-
「紺野もかっこよかったよー、ぶっちぎってたじゃん」
「あ、あれくらいしか、取り柄がないから」
「えー、頭もいいじゃん」
あたしなんかより、ずっとずっとすごいんだよ、紺野は。
あたしなんてバカで、サボリ魔で、ダブってるし。
「ごとーさんは、そういうのとは関係なく、もう存在が」
説明しにくいんですけど、存在そのものがすごいというか。
あたしは笑って、この何も見えなくなってる女の子を抱きしめた。
恋人の欲目もいいところ。
だけど、そんなふうに甘やかされるの、好きなんだ。
- 403 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:23
-
「午後のクラス対抗リレー、あたしアンカーなんだぁ」
「えっ、ごとーさん大丈夫ですか?」
「あっ、馬鹿にしたな?」
「い、いえ、そういうことじゃなくて」
アンカーは200m、走るでしょう?
体力とか、大丈夫? 貧血とか、起こさない?
「最近、よく食べてるから大丈夫」
「そうですか」
「ちょっと太ってきてヤバめ」
「ヤバくない。ふっくらしてるほうが、かわいいですよ」
「その言葉、そっくりそのまま紺野に返していい?」
「だ、ダメ! 私はダイエットしないと!」
なんで? こんなにおいしそうなのに。
ペロッと紺野のほっぺたを舐める。しょっぱい。汗の味。
紺野は、ひゃあ!と悲鳴を上げて「き、汚いですよぉ!」と飛び退いた。
「汚くないもん」
「汗ですよ?」
「おいしいよ?」
「……ごとーさんって、真面目な顔で、そういうこと言うから」
そういうこと言うから、何?
瞳をのぞき込んだあたしに、紺野はなぜかあの困った顔。
- 404 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:24
-
「……なんかすごく、ドキドキ、する」
「したらいいじゃん」
「こんなとこで」
「どこでだって」
甘く囁きあいながら、あたしはふと気づく。
あれ、紺野、チョーカーつけてない。
体操服だからか…。あたしはちょっとつまらない気持ちになる。
そりゃあ、汗に濡れたら変色しちゃうだろうけどさ。
ていうか、校則違反だから見つかんないように外してて当たり前だけどさ。
集合をうながす校内放送が入り、あたしたちは立ち上がった。
校庭に向かって歩きながらあたしは、
チョーカーをつけてない紺野もあたしのものかどうか試す。
今にも誰かが通りそうな階段を選んで。
「キスしてよ」
「え?」
あたしの意図に気づいた紺野が、おどおどし始める。
どうしよう、困った……。迷える小羊を、あたしはさらに追いつめる。
「キスしてくんなきゃ、リレー走らない」
「もう、なんでそんな話になるんですか?」
「だって、キスしてほしーんだもん」
紺野はかすかに笑い、そして、ちょっぴり悔しそうに唇を噛んだ。
知ってる。紺野は、この手のわがままを言うあたしのこと、けっこう好きなんだ。
たぶん、愛されてると、感じて。
- 405 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:24
-
そうこうしてるうちにも何人かの生徒が、
あたしたちの脇を抜けて階段を駆け下りていった。
紺野は小さく息をつき、耳をすませて誰の足音も聞こえなくなったのを確かめてから、
あたしの肩に手をかけて、すばやく唇を重ねてきた。
あはっ、いっただきま〜す。
すぐさま離れようとした紺野の肩をがっちりと捕まえて、
あたしは紺野の唇をぱくっと覆う。
「……んんっ!」
紺野が焦ってじたばたする。
大丈夫、平気だよ。誰も見てないよ。
てか、見られたってたいしたことじゃないし。
焦る彼女をからかうように、もぐもぐと唇を動かす。
あたしはどっちかっていうと口が大きいほうで、
紺野の唇はぷくっと厚くて、でも小さいほうで、
だからほんとに、くにゃくにゃと唇を食べてるみたいなカンジ。
- 406 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:25
-
たっぷりと堪能してから、やっと解放してあげると、
紺野はパッと飛び退いて即座にあたりをぶんぶんと見回し、
真っ赤な顔であたしを睨んで、なにやら文句言いたげに口をぱくぱくさせた。
「あはっ、ごちそうさまでした」
「……も、心臓、止まっ……!」
「きっと勝つよ、あたし」
「え?」
「リレーさ」
そして、あたしはその言葉どおり、勝ってみせた。
ゴールのテープを切った瞬間、あたしは自分のクラスじゃなくて紺野のクラスを振り返った。
あたしを追いかけていた彼女の視線は簡単に見つかって、
あたしはバトンをぶんぶん振って、紺野にニカッと微笑みかける。
ほら、紺野、勝ったよー!
心配そうに身を乗り出していた紺野が動揺したように軽く身を引き、
そしてたちまちクラスメイトの冷やかしに囲まれて、頬を赤く染めた。
あはっ。
学校に恋人がいるって楽しーね。
ご機嫌な足取りでクラスの席に戻ると、よっすぃ〜が声をかけてきた。
- 407 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:26
-
「お幸せそうで」
「まあね」
「でも、気をつけてあげたほーがいいね」
足を止め、振り返る。
ただの冷やかしじゃない不穏な言葉。
よっすぃ〜は、あんまり言いたくないけどという顔でヒョイと肩をすくめた。
「紺野ちゃん、ちょっと反感、買ってるね」
さっきの子たちさ、ごっちんファンの1年生。
よっすぃ〜の言葉に、あたしは顔をしかめる。
何、それ?
「ファンなんていないし」
「いたじゃん、さっき」
「そんないきなりファンとか言われても」
「いきなりじゃないよ。ごっちんって、ほんとにまわりに興味ないんだね」
「悪い?」
「悪くないけど、自分のカノジョがとばっちりってどーよ?」
そんなにひどいこと、言われてるの?
やっと心配そうな顔をしたあたしに、よっすぃ〜は苦笑した。
「紺野ちゃん、苦労するね」
「むっ、梨華ちゃんほどじゃないと思うけど?」
「あのね、あたしの場合、むこーのほうが目立ってるくらいだから」
- 408 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:27
-
目立つとか、目立たないとかってなに?
そりゃあ、紺野は引っ込み思案なほうだし、目立たないかもしれないよ。
だけど、あたしが選んだ、あたしの恋人なんだ。
仮にもあたしのファンだってゆーなら、そのこと、尊重すべきじゃない?
「だめだ、こりゃ」
「なんでよ」
「あのね、ファンっていうのは片思い状態なわけ。そうカンタンに割りきれるわけないっしょ?」
どうしろって言うのよ。
むうっと口を尖らせたあたしに、
よっすぃ〜は「怒んなよ」と呆れたような顔をした。
「ごっちんはさ、そういうとこが魅力なんだろうけど」
「んあー?」
「うーん、あー、どうしよ。ねえ、あたしウザい?」
よっすぃ〜は、急に心配になったように首をかしげた。
その様子が妙に友情ってやつを感じさせて、あたしは笑って首を振る。
よくわかんないけど、心配して言ってくれてるんでしょ、よっすぃ〜。
- 409 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:27
-
「あのさ、これは本人、知られたくない情報だと思うんだけど」
「うん」
「紺野ちゃん、中間試験でかなり成績落としたらしいよ」
バレー部の後輩が言ってた。
すこし言いにくそうに、よっすぃ〜は小さな声で続ける。
言おうかどうしようか迷ってたけど、ごっちん気づかなそうだから言うね?
あの子、特待生だから、今ちょっと立場まずいみたいよ。
「まずいって?」
「奨学金カットとか、ほら」
知らなかった。
眉をひそめたあたしの肩を、よっすぃ〜が慰めるようにポンと叩いた。
「紺野ちゃんって、いろんなこと抱え込んじゃいそうだから」
「かな?」
「ごっちんが気をつけてあげないと」
5組は、優勝した。
応援合戦も、僅差で1組に勝っていた。
だけど、あたしは、冴えない気持ちで考え込む。
あたしが気をつけるって、何を? わからない。
悪口がどうとか、成績がとか、ひどくつまらなく思える。
だけど、あんがい世の中では大切で、きっと足元をすくわれたりとかするわけで。
- 410 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:28
-
着替えて学校を出ると、校門の陰にあたしを待ってる紺野の姿。
運動会の日まで、参考書に目を落としている。
成績が落ちたって、ほんとうだろうか。
あたしのファンとかいう子たちに、ひどい悪口言われたりしてるの?
あたしが来たのに気づいて、うれしそうに微笑む瞳からは
そんな暗い陰は、なにも伝わってこない。
「疲れましたけど、いつもよりはやく終わって、うれしいです」
「うん、長く一緒にいられるね」
「はい」
どちらからともなく、手をつなぐ。
言い出さないことを、聞いたりできない。
あたしは、あたしのやり方で愛するしかできない。
それが、いけないのかな?
そういえばあたしは、中間の成績を上げた。
紺野に会いたくて毎日まじめに学校に通い、機嫌よく授業も聞いているから。
もとのレベルが低すぎるから、生活を紺野の感覚にあわせると浮上する。
そのぶん、紺野は引っ張られて沈むの?
- 411 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/25(火) 12:29
-
「紺野、あたしといるの、どんな感じ?」
「え? うれしいです、けど?」
彼女の答えは、とてもシンプル。
ああ、紺野とあたしだけの世界だったらいいのに。
あの夏休みみたいに、ひんやりとした深い水槽のなかで泳ぎまわるんだ。
人目にふれる水面に浮く必要なんてない。
静かな場所に横たわり、二人でいることを、
二人きりでいることを、ずっと感じていたい。
二人なら、もう何も怖くないから。
- 412 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/25(火) 12:30
-
本日はここまでといたします。
- 413 名前:名無しどくしゃ 投稿日:2004/05/25(火) 13:48
- こ、これまた複雑なっ。巧いですね作者様…
- 414 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/25(火) 17:36
- う゛ぁー。今度はそうきたかー。
そーなんだよなぁ 愛って・・愛って・・ 深いッス。
がんばれゴチーン。頑張れコンコン。
- 415 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/25(火) 19:27
- お得意のジェットコースターロマンスが始まるヨカーン!
ああ、もう雪ぐまさんのストーリーにハマりきってます。中毒です。アドレナリン大放出です…
- 416 名前:ごまべーぐる 投稿日:2004/05/25(火) 20:56
- 雪ぐまさんのおかげで、自分の中にごまこんブームが来そうです。
こんこんが健気でもう、堪りません。
ごっちんの担任の先生のヲタでもあるので(w、3人のパフォーマンスは嬉しかったです。
生徒以上に大張り切りな先生萌え。
次回も楽しみにしています。
- 417 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/26(水) 00:19
- 413> 名無しどくしゃ様
はい、複雑になってきました。まだまだ終わりませんよ〜。むしろこれからが本番?みたいな。
414> 名無飼育さん様
そうなんですよね、愛って深いっス。うちのごとーさんと紺野さんの愛のカタチ、
ぜひこれからも見守ってやってください。
415> 名無飼育さん様
きた、ジェットコースターロマンスw この表現ってもうお家芸みたいに認識されているのでしょうか?w
うむむ、ご期待にそえるとよいのですが……頑張りますです。
416> ごまべーぐる様
お久です♪ そりゃもうヤッスーは汗が飛び散っておりますですよw
ごまべーぐるさんのとこみたいに、口半開きで悩殺ウインクかましてますよぉ〜。
あのシーン、実はめちゃくちゃお気に入りなのです。
それでは、本日の更新にまいります。
- 418 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:20
-
紺野は、あたしから見たら、とても規律正しく見える。
遅刻もしないし、サボりもしないし、髪だって真っ黒のまま。
制服のシャツやスカートのプリーツには、きちんとアイロンがあてられている。
クラスの仕事や委員会なんかも、ちゃんとこなしてるみたい。
そして、どんなに甘く囁きあっていても、18時になると帰っていく。
妹たちを迎えにいく時間が遅れると、学童保育所に迷惑がかかるからと言って。
そんな彼女が、自堕落なあたしに引きずられる瞬間が大好きだ。
あたしはベスパの後ろに紺野を乗せるのが好き。
無理やり早退させて、あたしの家に連れ込むのが好き。
キスをねだって、帰るのを5分遅らせるのが好き。
だから、心の奥底であたしは、
紺野が成績を落としたこと、ホントは喜んでる。
あたしに狂ってる、証として。
- 419 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:21
-
だけどあたしは狡くて、
紺野の担任の稲葉先生に話しかけられた時に、
年上の恋人らしく、心配そうな顔をしてみせた。
「どのくらい落ちたの?」
「トップから、真ん中らへんまで一気に」
そんなに?
あたしは眉をひそめてみせる。
「ちょっと職員会議で問題になってな。でもまあ、体調でも悪かったんかもしれんしな」
しかめっ面で文句をたれる教頭やら主任やらが目に浮かぶ。
後藤のせいだとか、色気づいてとかなんとかかんとか。
気のいい稲葉先生は、きっとかばってくれたんだろう。
「悪い道にひきずりこんじゃって」
「誰もそんなこと言ってないやんかー」
露悪的なあたしの言葉に、稲葉先生は苦笑する。
「あの子、明るなったからな、よかったと思てるけど」
勉強もな、ちゃんとせんと。
紺野は、やればできる子やし、特待生やからいろいろと、な。
模範にならなあかん。わかるやろ?
- 420 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:22
-
「ちゃんと、そのへんも指導してやってな」
「指導、ね」
指し導く。
あたしが指さす方向なんて、ロクなもんじゃないと思うけど。
稲葉先生は「頼むで」と、あたしの肩をポンと叩いた。
明るくなってよかった……か。
おおらかな稲葉先生が期待してるのは、
あたしたちの恋が、いわゆる良い方向に転がること。
優等生の紺野は、勉強だけじゃない明るく楽しい学園生活を謳歌し、
問題児のあたしは、ちゃんと学校に通うようになってつつがなく卒業と。
そうできる気もする、紺野となら。
このところあたしの心の針は安定していて、夜もまあ眠れるし、食欲もある。
だけど、不安もある。あたしは確実に紺野に狂いはじめている。
それに気づかせたのは、あの子の友達の存在。
- 421 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:22
-
紺野が反感をかってるという忠告が気になって、
あたしは1年生の様子をそれとなく観察しはじめた。
そしてどうやら紺野は、確かに友達が少なそうだった。
その紺野をかばうように一緒にいるのは、小川という子と高橋という子。
彼女たちが仲がいいのは前から知ってたけど、
遠くから見ているうちに、妙にべたべたとスキンシップが多いことに気がついた。
とくに、あの小川という子。
紺野にべったりで、気になる。
気にくわないのは、紺野のほうもうれしそうにじゃれついてること。
この間なんて、ふざけて頬っぺたにチューする真似をしていて、
あたしは思わず目の前のガラス窓を叩き割ってしまいそうなほどカッとした。
もちろん、あたしはそんなことは紺野には言わない。
嫉妬心や独占欲が人よりも強いのを、自分が一番よく知ってる。
いちーちゃんが、あたしを捨てた一因がそこにあることも。
あたしはクールに紺野の前に佇み、指をチョーカーに引っかけてわからせるだけ。
あなたはあたしのものだってことを。
- 422 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:23
-
「今日さー、稲葉先生に声かけられたよ」
それだけで、紺野はあたしが何を彼女から言われたのか察したらしかった。
口に運びかけていた紅茶のカップを、カチャリと皿に戻す。
「……ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないけど」
沈黙が流れる。
紺野が、あたしの表情から何かを探ろうとする。
あたしたちの恋がマイナスに働いたことを、あたしが負担に思ったんじゃないか、
彼女はそのことをとても気にしている。
だから、成績がヤバいことを言わなかった、おそらく。
うれしいよ、そう言ったら、どんな顔するかな?
あたしは内心、そんなことを考えてる自分に苦笑する。
「特待生ってたいへんだね、いろいろ言われて」
「仕方ないです」
学費免除してもらうかわりに、
それなりのところに進学するのが約束みたいなものなんです。
紺野は、半分泣きそうな顔でうつむく。
- 423 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:24
-
「なるほどね。うちの学校から東大進学者が!とかそういうこと?」
「まさか。東大なんてレベルじゃ、ないです、けど」
「学部は?」
「うーん?」
実はあんまり大学って、興味ないんです。
勉強も、好きじゃないです。
そんな意外なことを言って、紺野は自嘲気味に笑った。
ダメなんですよ、私。
教科書を見てても、ノートを開いても、ごとーさんのこと考えてて。
授業中もずーっと、ごとーさんのこと考えてて。
何してるかなあとか、はやく会いたいなあとか、幸せだなあとか。
「毎日、そんなことばっかりです」
ああ、やっぱり。
あたしは、微笑んだ。
やっぱりあたしと紺野は、心の底に流れてるものがとても似ている。
あたしと同じくらい、なにもかも忘れて恋に溺れてしまうココロ。
だから、あたしはあなたを選んだ……
- 424 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:25
-
そっと髪を撫でたあたしの指のやさしさに気づいて、
紺野はホッと表情を緩めた。
「すごく、幸せなんですけど」
紺野はこめかみのあたりを指先で押さえる。
世の中、それだけじゃ、だめみたいですねぇ。なんて。
そんなことないよ。
口をついて出そうになる言葉を、あわててのみ込んだ。
うん、それだけじゃ、だめだよね。わかってる。
恋を邪魔するものを遮断しようとするのは、あたしの悪い癖。
二人だけの世界に、すぐに引きずり込もうとする。
それは、紺野のためにならない。あたしのためにも。
もう、わかってる。わかってる……
- 425 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:26
-
「ハァ。しっかし、なんで勉強しなきゃだめなんだろーねぇ」
「私は、単純に学費の問題がありますが」
紺野は、言葉を選びながら生真面目に話す。
母の実家からの援助もあるので、フツーに払えなくはないと思うんですけど、
私のあとに妹が2人も続いてるので、減らせる負担はなるべく減らしたいんです。
それで、特待生でいるために、勉強をしなければという理由はあります。
「ごとーさんは?」
「わかんない。裕ちゃんが、高校だけは出とけーってうるさいんだよ」
「年長の方の意見は、尊重したほうが」
「でも、こないだテレビで中卒の社長さんの話、やってたよぉ?」
紺野は、くすっと笑い、
甘えるようにあたしにもたれかかった。
とろりと溶けたキャラメルみたいに。
「私は、高校に通ってよかったと思ってますよ。……ごとーさんに会えたから」
「あ、その話はわかりやすい」
「私も、わかりやすい、です」
あたしたちは笑いあって鼻先をぶつけ、ちゅっと唇を交わす。
あたしはさりげなく紺野の胸元のリボンをほどき、チョーカーに指をかける。
こんなじゃれあいのキスさえ、他の誰かとしたら許さない。
そんなことをあたしが考えてるとも知らず、
紺野はあたしに、いつものはにかんだような笑顔をみせる。
- 426 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:26
-
「次の試験は、頑張ります」
「……会う時間、すこし減らす?」
あたしは紺野を試してみる。
紺野は考え込むようにうつむき、でも首を振った。
「嫌です」
「大丈夫? 無理することないけど」
踏み絵みたいだよね、まるで。
自分の狡さが嫌になる。
あたしの独占欲は、まるで底が見えない泥沼。
「じゃあ、テスト前だけ……、ごめんなさい」
謝ることないよ。
そう言いながら、あたしの胸にははっきりと、
つまらないという感情が立ち上がってしまう。
喉元までせりあがってきた苦さを振り切るようにあたしは、
紺野の双肩をソファに押しつけた。
- 427 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:27
-
「Hも、控えたほうがいい?」
「……どうでしょう? ますます勉強に身が入らなくなっちゃうかも」
気の利いた返事にあたしは満足し、
甘い言葉を、彼女の耳に一粒ずつ落とした。ご褒美のように。
大好き、紺野。愛してる。ずっと一緒にいよう……
唇をつけると甘く震えるカラダ。
どんどん反応が良くなってる。
ほんと、あたしってこんなことしか“指導”してないな。
「そんなことな……ごとーさんからは、いっぱ、い……」
いろんなことを。
いろんな、美しいことを。
恋は、溺れかけてさらに美しい。
きれいな水の中に立ちのぼる光に反射する小さな泡。
見とれていると、手遅れになる。
息もできなくなってしまう。
それとも空高く舞い上がる恋もあるのかな。
白い翼を広げて、広い世界を手に入れるような。
あたしには、わからない。
でも、考えてみなければと思う。
紺野とは、いちーちゃんとの時みたいに失敗したくない。
あたしの狂った独占欲で、彼女を息苦しくしてしまいたくない。
- 428 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/26(水) 00:28
-
「また、明日」
「うん」
玄関のドアがパタンと閉まる。
あたしは絞っていたリビングの灯を煌々とつけ、すばやくテレビをつける。
一人きりの家で、あたしはなるべく紺野を思い出さない。
メールも、電話もほとんどしない。
ちょっと冷たいと思われてるかもしれない。
でも、しはじめるときりがないの、知ってるから。
うるさいくらいテレビのボリュームをあげて、
あたしは鞄から教科書とノートを取り出し、宿題を始めた。
あたしたちの恋が、良い方向へと転がるように。
- 429 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/26(水) 00:29
-
本日はここまでといたします。
☆お知らせ☆
雪ぐまの小説倉庫サイトを開設いたしました。
これまでにM-seekでUPさせていただいた小説をまとめてあります。
新作とかはありませんが、よろしければ、ぜひのぞきにきてください。
『snow flakes』
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
- 430 名前:時限爆弾 投稿日:2004/05/26(水) 07:35
- な・あ・あ・あ!!!!なんなのなんなのこの二人!?
こんな凄い作品が生まれてたなんて…
ごめんなさい雪ぐまさん、自宅のPCが今使えなくて。
でも、ゆらゆら、蜃気楼の如く揺れてる二人を見守ってます。
執筆、頑張ってください。
- 431 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/27(木) 00:07
- 皆さま、サイトに遊びに来てくださってありがとうございました。
BBSなど、こまめに書き込むつもりです。
お時間のある時に、またのぞきにきてくださいませ。
430> 時限爆弾様
お久です♪ PC不具合のなか、わざわざ読みに来てくださり感激です。
そうですね、愛するゆえに蜃気楼のように陽炎のように揺らめく二人。
ちょっぴり不器用なうちのこんごまです。
それでは、本日の更新にまいります。
- 432 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/27(木) 00:09
-
調理師か。
ふーん、悪くないかもね。
あたしはそう答えてみる。
進路指導の調査票を前に唸ってたあたしに、紺野がさりげなく囁いたから。
ごとーさんは、お料理つくるの、とっても上手ですよ。
「調理師って、食いっぱぐれないかな?」
「ぱぐれませんよ。食欲は、永遠です」
ははっ、紺野らしい。
あたしは笑って、調査票に大きな字で「調理師志望」と書き込む。
ついでに、変なイモの絵も。
「あっ、ダメですよ、落書きしちゃあ」
紺野は慌てて消しゴムであたしの落書きを消しはじめる。
とてもうれしそうに彼女の口元は緩んでいる。
おそらく彼女なりに考えてくれていたベストの選択を、
あたしがすんなりと受け入れたから。
あたしは紺野の髪をいじり、鼻先にもってきてくんくんと匂いを嗅ぐ。
そんなあたしの仕草にも紺野はもう慣れたもので、
あたしのしたいようにやらせてくれている。
このまま離したくない。
そんな思いをあざわらうかのように、
艶やかな黒髪はあたしの指を滑り落ちてゆく。
- 433 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/27(木) 00:09
-
秋が終わり、冬が終わり、あたしたちは一学年進級した。
あたしの誕生日、クリスマス、お正月、バレンタイン、春休み。
あたしたちは上手に、楽しんできたと思う。
穏やかな恋のなかで、紺野は本来の優秀さを発揮し、
たちまち元通りに成績をトップにまで押し上げた。
それでいてイベントごとに家族と折り合いをつけて、あたしの家に泊まってくれた。
家族のいないあたしを案じて。
2年生になった紺野は、どうやら1年生に人気があるらしかった。
雪のような肌をした彼女は、ほんわかとやさしげなオーラを纏っている。
あたしたちが並んで歩いてると、1年生たちは納得したようにうなずく。
あの二人、とてもきれいだね。いい感じ。
「あの子たちには、とても1年前の写真は見せられませんねえ」
「今思えば、あのメガネもかわいかったかな」
「嘘ばっかり。変なのって、思ってたでしょう?」
ね、先輩?
あたしの背に腕をからめてそんなふうにいたずらっぽく笑ってみたりするけど、
じっと見つめると紺野はあいかわらず、はにかんだように俯く。
かわいい。かわいいけど、かわいいから……
- 434 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/27(木) 00:10
-
肌を合わせるたびに、あたしはこっそりため息をつく。
帰したくない。どうしよう、帰したくない。
だけど、あたしは歯をくいしばって、紺野から自分を引き剥がす。
紺野は18時に、名残惜しそうに、でも必ずあたしから離れてゆく。
「また、明日」
「うん」
穏やかな日々は、慎重に続いていく。
蛇のような独占欲と夜の闇をあたしは飼いならし、飼いならし、飼いならし……
「……疲れた」
ううん、そんなことを言ってちゃいけない。
あたしは食パンをちぎり、昨日つくったポタージュスープの残りにつけて、
口のなかにぐいぐい押し込む。
紺野は、あたしが痩せるのを嫌うから。
- 435 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/27(木) 00:11
-
とりあえず食パンを1枚食べたところでソファに横たわり、
今日もかわいかった紺野を思い出しはじめた。
長い夜を、穏便にやり過ごすために。
あの子、いつまで経っても敬語が抜けない。
自分からキスとかほどんどしてこないし、いまだに恥ずかしそうに服を脱ぐ。
もうずいぶん傷みが目立ってきたチョーカーを、大事そうに首に巻いてる。
いまどき、あんな子いないよね。かわいすぎる、あたしの紺野。
だからかな? あたしはどこかで耳にしたフレーズを口ずさむ。
「KISSしたって、抱っこしたって、なんか足んないなんか足んない、CRAZY MY BABY……」
言葉や仕草じゃ
なんか足んないなんか足んない
どこにも行かないって感じさせてよ……
もっとちょうだいもっとちょうだい
愛しくて愛しくて……
- 436 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/27(木) 00:11
-
ソファに並んでテレビを観た記憶や、抱きあって眠ったシーツの隙間に、
あたしはもう、いちーちゃんじゃなくて、紺野をあてはめて考えるようになっている。
紺野との記憶の層がどんどん厚くなって、あたしの妄想を簡単に手助けする。
紺野が、あたしの家で暮らしてくれたら……。
あたしの新しい家族になってくれたら……。
あたしの一番の願い。
だけど、口に出してはいない。
それは簡単そうでいて、ひどく実現がむずかしいこと。
紺野には彼女を必要としてるホンモノの家族がいる。
「でも、いつか」
あたしはソファに横たわり、テレビを観はじめる。
ザッピングを繰り返し、そこそこ頭を使いそうなクイズ番組で止める。
やかましい司会者の声を耳障りに思いながら、あたしはクイズに集中する。
当たった……あ、違った……また違った……当たった……
- 437 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/27(木) 00:12
-
いつかって、いつ?
3年後? 5年後? 10年後?
それまで、あたし待たなきゃいけない?
- 438 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/27(木) 00:13
-
ふいに画面が潤み、あたしは頭を抱えるように両目を覆った。
またたく間に頬に涙がこぼれ、あたしは息苦しさにあえぐ。喘息の発作のように。
パパとママが遺したこの家で、あたしはエビのように体を丸め、ひとりきりで生きている。
一緒に連れていかれなかったのは、あたしの強運。
だけど、それは両刃の剣のように、あたしに不運を連れてきた。
『ごとーさんが、好きです』
紺野は、そう言ってチョーカーに指を触れる。忠誠を誓うように。
あたしが振りかざした剣に貫かれた少女。
信じられないほど幸せな気持ちになる。
だけど、それも両刃の剣。
あたしの心臓に深々と突き刺ささって、もう抜けない。
紺野、愛しくて、寂しくて、欲しくて、気が狂いそうなんだ……
- 439 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/27(木) 00:13
-
本日はここまでといたします。
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/27(木) 00:50
- なんか追い詰められてきました…私が。
どうしようどうしよう、と呟きながら読んでいて。
平凡な幸せを得ることができたらいいのに。
- 441 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/27(木) 01:38
- ヒーンヒーン・・・
なんか、うん、もう、
切ないです。。。ヤラレター
なんか今度は胸じゃなくて心臓が痛いです。
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/27(木) 11:22
- ホンモノのゴトーさんがどうだかは知る由もないんですが、
ヒトを生年月日で60分類する有名な某占いによると、
詳私、ゴトーさんと同じ分類になってました。
「少なくとも私は」それこそ蛇のように独占欲つよくて、悩みなので
この作品読んでるとドキッとさせられてしまう。
今回の飼いならすって表現もズバリ言い当てててドヒャーと思った次第。
そんなわけで、ゴトーさんのガンガル姿を見ていると、
自分もガンガレる気持ちになってきました
(…とか書いてしまうとハッピーエンドを強制するみたいで少しイヤなんですが…)
前向きに生きて行かねばなぁ。
正直、この作品のごとうさんとこんこんの幸せを祈らずにはおれません。
ありがとう作者さん。この先も頑張って創作お願いします。
最後に。蛇足ですが、私そもそもはいしよしヲタ…。
えーと、長々と失礼しました。
- 443 名前:めかり 投稿日:2004/05/27(木) 17:43
-
更新おつかれです。
ごとーさん、紺ちゃんはあなたを裏切りません。
がんばれ〜!!
- 444 名前:名無し読者79 投稿日:2004/05/27(木) 20:47
- 初めてレスさせていただきます。
前々から小説読ませて頂いてました。今回の小説が更新されるたび
驚かされています。毎日ドキドキして読み終わっても心臓が…。
今後二人がどうなるか…読むのが楽しみです。
- 445 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/28(金) 00:17
- 440> 名無飼育さん様
そうですね。うちのごとーさんが望んでるのはつまりごく平凡な幸せでしょう。
だけれども、それを望むにはごとーさんはあまりにも非凡なのかもしれません。
441> 名無飼育さん様
両刃の剣で串刺しにされてしまったごとーさん。ヒーンヒーンですわ、ほんと。
愛するってむずかしいですねぇ。
442> 名無飼育さん様
占いにはあかるくなくて、生年月日で60分類する有名な某占いって何だろうって気になってますw
やってみたいので教えてください。共鳴していただいてること、なんだかドキドキしますね。
生きていれば苦しみもありましょうが、前向きに生きて行かねば、ですよ。
443> めかり様
紺ちゃんはごとーさんを裏切らない……そうですね、たぶん…… 。
444> 名無し読者79様
初めまして。ご愛読いただき、ありがとうございます。精進いたします。
さて、今日の更新でもドキドキしていただけますでしょうか?
それでは、本日の更新にまいります。
- 446 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/28(金) 00:19
-
久しぶりに悪い夢に明け方まで眠りを妨げられたあたしは、
思いっきり寝坊して、始業に間に合わずに校門をくぐった。
もうすぐ夏を迎える陽射しがアスファルトに反射して、うっとおしいほど目に痛い。
3限目がはじまる前に、教室にもぐりこもう。
それまで時間をつぶそうと、生徒玄関前の前庭へと入り、
大きな桜の樹の下まで歩いてきて、あたしは少し離れた校舎の3階の窓に目をとめた。
「あれ……」
紺野……?
逆光に目を細めながら、よく見る。やっぱり紺野だ。
窓枠にもたれかかるようにして、誰かと仲良さげに肩を寄せて話している。
あの場所は確か音楽室。自習なのかな?
うわ。また、あの小川って子じゃん?
あたしは唇を尖らせて、その窓を睨みつけた。
離れていて、何を言ってるのか全然わかんないけど、
大げさな身振り手振りで彼女が何か言うたびに、紺野はお腹をかかえて笑い、
肩を小突いたり、子供っぽくぴょんぴょん飛びはねて喜んだりしている。
そのうちに、高橋という子もまざって一緒にじゃれはじめた。
3人の中心にいるのは、小川。
小川の笑顔は人懐っこくって、太陽に愛されるひまわりみたいだ。
つられるように、紺野が顔をくしゃくしゃにして笑う。
その駈けまわる子猫みたいに楽しげな様子。
- 447 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/28(金) 00:19
-
胸の奥にイライラがたぎってくる。
つまらない嫉妬だってわかってる。
あたしは目をそらし、でも、また見てしまう。不愉快な気分で。
紺野が明るくなったのは、あたしがいるからだ。
紺野を変えたのはあたしだ。あんたじゃない……
ふいに高橋があたしの視線に気づき、驚いたように紺野の肩を叩く。
紺野がこちらに目をやり、真ん丸に目を見開いた。
とっさにあたしは背筋を伸ばし、小さく首を傾げてニコッと微笑みかける。
髪が風に吹かれ、さらりと肩からすべり落ちたのを感じた。
あ、わかる。みるみるうちに変わる。紺野の表情が。
友達とふざけてた幼い顔から、恋人を見つめる潤んだ視線に。
そう、それでいい。その視線、あたしだけのもの。
とたんにあたしは機嫌が良くなり、小さく囁いた。
こっち、おいで。
届くはずのない声を、紺野は確かにとらえて頬を赤く染める。
そして、友達をおいて駆け出してくる。あたしに向かって。
- 448 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/28(金) 00:21
-
桜の樹にもたれて、あたしは紺野を待った。
階段を駆け降りてきたらしい紺野は、すこし息をきらせてあたしの前に立つ。
そして、その子犬のような瞳をすこし眩しげに細めて、あたしを見る。
「……ごとーさん、どうして?」
「寝坊しちゃった」
「だ、ダメですよ…」
「紺野は自習?」
「はい、先生、お休みみたいで……」
あたしがじっと見返したから、紺野は、はにかんだように俯いた。
いつまでも初々しい、あたしのカノジョ。
あたしに恋をしていると、いつもあたしにわからせてくれる。
- 449 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/28(金) 00:22
-
「チョーカー、見せて」
「……え? 今、ですか?」
「そう。見せてよ」
ほら。
そう急かすと、紺野は耳まで赤くしながら、それでも静かに胸のリボンをほどいた。
ボタンをひとつ外し、桜色の爪の先でそっと襟元を開いて見せてくれる。
その仕草に、あたしは背骨が痺れるほどぞくぞくする。
小川と高橋。あの子たちは、あたしたちを見てるだろうか。
あたしのものだという印を、紺野があたしに差し出して見せた瞬間を。
あたしはチョーカーに指をかけ、すばやく紺野の唇を奪った。
紺野が小さく悲鳴をあげて身を引き、指先で唇をおさえる。
「ご、ごとーさんっ……!」
「いや?」
「……こ、困りますっ」
あの子たちに見られたら困る?
あたしは困らない。
- 450 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/28(金) 00:22
-
2限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、
あたしは紺野の頬を軽く撫でて、自分の教室へと歩き出した。
紺野が呆然と、あたしの背を見送っているのを感じる。
昨夜からあたしを痛めつけている悪い夢が、どうやら思考を麻痺させている。
追いかけて、もっと。
もっとあたしのところへ来て。
他の人の前で笑わないで。
世界にあたしだけいたらいいと、思ってよ。
教室に入ると、あたしはすぐに自分の席につき、机に突っ伏して目を閉じた。
ざわめく人の気配が、あたしを安心させる。
寝不足だったあたしは、あっという間に真っ暗な眠りへと落ちていった。
- 451 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/28(金) 00:23
-
本日はここまでといたします。
- 452 名前:名無し23。 投稿日:2004/05/28(金) 13:31
- 更新、乙でございます。
う〜む、こんこんが愛の海で溺れたと思ったら、今度は後藤さんが・・
愛って本当に底なし沼みたいでコワイです。それが魅力でもあるんでしょうけど。
この作品で、こんごまが脳内殿堂入りしそうな勢いですw
次回も楽しみです。
- 453 名前:名無し読者79 投稿日:2004/05/28(金) 17:02
- うわーって感じです…。
なんかお互いが…いい感じです。
やばいくらいハマッテます。二人ともますます好きになってしまいました。
- 454 名前:達吉 投稿日:2004/05/28(金) 19:02
- 最近これなくて、ひさしぶりにきて、一気に読ませていただきました。
独占欲が強い後藤さんもイイ!ですねぇ〜^^
運動会ネタの部分読んでて、オイラも今までかったるいで終わらせてきたけど、頑張ってみようかな〜と思いましたねww
明日体育大会なのでw(ナイスなタイミングで読めてよかったですw
体育大会終わったら雪ぐまさんのHP行かせていただきます!!!^^
今からかなり楽しみですw^^
- 455 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/29(土) 20:38
- 452> 名無し23。様
ご存知のとおり、文麿外伝以来どうにも純愛街道まっしぐらのうちのこんごま。
溺れているというか、引きずり込まれているというか……。愛とは魔物でございますよ。
453> 名無し読者79様
まったく、なんという組み合わせでしょうねぇ。甘々なんだか痛めなんだか。
物語はさらに動いていきます。今後もハマっていただけるよう祈っております。
454> 達吉様
おお、リアルで体育大会ですか。励みにしていただき、うれしいですw
雪ぐまも体育大会はカッタルーなほうでしたが、今にして思えばちゃんと走っとけばよかったかな……。
それでは、本日の更新にまいります。
- 456 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:40
-
あたしの望みを叶えられなくても、紺野にはなんの非もない。
あたしに家族がいないという状況があるように、
紺野には父親がいないという状況があるんだから。
紺野はあたしを気づかってか、家族の話をほとんどしない。
だけど確かに彼女の家族は存在して、“お姉ちゃん”の帰りを待っている。
おそらく紺野は、ひどく多忙だ。
幼い妹たちの面倒を見てやり、炊事や洗濯を手伝い、
成績を落とさないように必死で予習復習し、
それからなにやら手のかかる恋人もいて。
- 457 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:41
-
「ねぇ、疲れない?」
ベッドの中であたしは、紺野の髪をもてあそびながら訊いてみる。
紺野は少し考えて、答える。
「でも、毎日、幸せですから」
それから、話題を変えるようにふざけてあたしの耳をカプッと齧る。
ごとーさんの耳、かわいい。
あたしは笑って紺野を抱きしめ、その輪郭を撫でる。
初めて会った頃よりも、ずっと引き締まってメリハリのついたカラダ。
手入れの行き届いたつるつるの肌。桜色の爪、やわらかな踵。
いつだったか、きれいになりたいと呟いていた紺野。
あたしと並んでいてもおかしくないようになりたいと。
努力は、彼女を美しく成長させ続けている。
たぶん、もうきっと紺野はあたしよりきれいだ。
痩せっぽちのあたしなんかより。
「まさか、ごとーさんには一生かなわない」
「なんで?」
「ごとーさんは、特別な人」
だって、金色に、光ってる。
紺野の囁きは、心地よくあたしの心を潤す。
存在すべてを肯定されていると感じて、なめらかに癒されていく。
- 458 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:42
-
紺野の香りのなかでまどろみかけた頃、ふいに彼女が起き上がった。
あ、もう18時なんだ……
あたしはたちまちつまらない現実へと引き戻されて悲しくなる。
嫌だ、まだ行かないで。あたしはベッドを降りかけた紺野の肘をつかまえて、
とうとう彼女を困らせる言葉を口にしてしまった。
「……帰したくない」
彼女は驚いたように振り返り、あたしを見つめた。
それから、ゆっくりと八の字まゆ毛になってゆき、かすかに笑った。
「……私も、帰りたくない、です」
起き上がって、彼女の背を抱きしめる。強く。
うん、紺野も帰りたくないと思ってるんだよね?
それは、あたしの寂しさを慰める。ほんの少しだけだけど。
- 459 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:43
-
「帰りたくない?」
「……帰りたくない、ですよぉ」
「どうして?」
「どうしてって……」
「教えて?」
「それは、あの、やっぱり、一緒にいたいし……」
「うん」
「それに、そのぉ……」
彼女は何かを言いかけて言い淀み、そして小さなため息をついた。
「……なんでもない、です」
「なによ、言いなよ」
「ううん。つまらないこと、です」
それっきり、彼女は貝のように口を閉ざす。
聡明な彼女は自分のなかで言ってもいい言葉と、言うべきではない言葉を選り分け、
それを頑なに守り通そうとする。
あたしみたいに、ずるずると流されたりはしない。
あたしは奇妙に息苦しくなって、食い下がる。
「ねぇ、教えてよ」
「……言い出したら、きりがないことなんです」
私って、つまんないこと、考えちゃうんですよ。
たぶん、ココロが、弱いんだと思う……
紺野は自嘲気味に呟く。
あたしにはまるで弱いようには見えないよ。
だから、教えてほしい。あなたが考えてるつまんないことを。
- 460 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:44
-
彼女は笑って首を振り、帰っていってしまった。
残念。あたしはリビングのソファにごろりと横になり、
紺野が考えてる“つまんないこと”を想像してみる。
楽しい。クイズ番組の答えを考えてるよりも、ずっと。
あたしは微笑む。だって、どんな答えだって、それはきっとあたしには媚薬。
あたしを一人にしておくのが心配?
あたしがフラフラと街に出かけちゃわないか心配?
誰かに誘われて、ついてっちゃわないか心配?
それとも、夜、紺野の知らない誰かがあたしのことを訪ねてこないか心配とか?
「ははっ」
心配なら、あたしを見張ってればいい、紺野。
一緒に暮らそう。いつかじゃなくて、いますぐ。
あたしをあなたに縛りつけていて。
そう、もっと束縛されたいんだ……
- 461 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:46
-
◇ ◇ ◇
パパと、ママと、弟の、最後の姿を知らない。
あたしには見せられないと、それは誰の判断だったのか。
時間は、耳元をかすめて遠く流れゆく。
愛する人たちは、なにげなくあのドアから出ていき、帰ってこなかった。
どうして帰ってこないんだろうと、今でも時々、考える……
◇ ◇ ◇
- 462 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:47
-
ものわかりのいい恋に疲れ、ぐらぐらと揺れていた足元は、
とんでもない出来事であっけなく崩れ落ちた。
その光景は、よりによって紺野の誕生日に、あたしを撃ち抜いた。
- 463 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:48
-
その日、あたしはものすごくご機嫌だった。
誕生日だから、紺野は母親に小さな嘘をついていた。
友達の家でパーティー、ほんとは恋人と二人の夜。
特別な日は、あたしと朝まで抱きあって眠りたいと照れくさそうに笑った紺野。
とろけちゃいそうにかわいい恋人の手を引いて、学校帰りにスーパーに寄った。
紺野の好きなものをたくさん買って、ケーキも買って、
あたしたちは笑いながら、歌まで歌って家にたどり着いたんだ。
そして、あたしは息を呑んで凍りついた。
…………いちーちゃん!
あたしを捨てて出ていったはずの彼女が、
あたしの家のドアの前で、しゃがみこんでいた。
大きなボストンバッグを椅子がわりにして。
「よぉ」
彼女は顔をあげ、ちょっとバツが悪そうに笑った。
頬にかかる髪が初夏の風に揺れ、少しやつれた笑顔をさらさらと撫でていた。
- 464 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:49
-
信じられない光景にあたしは一瞬よろめき、
繋いでいた紺野の手をギュッと握りしめた。
紺野が、驚いたように身をすくめ、あたしを見る。
その様子に、いちーちゃんは、すぐにあたしたちの関係を察したらしかった。
「そっか」
彼女はすらりと立ち上がると、ジーンズのお尻をパンパンとはたいた。
そして、懐かしい切れ長の目を細めて、ニカッと笑った。
意地っ張りで強がりな、あの、微笑みのままで。
「元気そうだ」
「……………………」
あたしは、何も答えられなかった。
ただ、紺野の手をかたく握りしめ、立ちすくんでいた。
いちーちゃんはうつむいてかすかにフッと笑うと、
ボストンバッグとギターケースを重そうに肩にかけて、
あたしたちの脇をすり抜け、黙って立ち去っていった。
吹き抜ける風のような足取りで。
- 465 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:50
-
ほんとうに、いちーちゃん?
今、ここにいた?
あたしは、おそるおそるいちーちゃんが去っていったほうを見た。
ギターケースをしょった背中が、駅へと曲がる道に消えていくところだった。
待って!
一瞬追いかけようとした足を、左手が止める。
紺野と繋がれた左手が、あたしにかろうじて正しい判断をさせる。
追いかけちゃ、だめ。大切な人を失ってしまう。
あたしはグッと足を踏みしめ、唇を結んだ。
「……ごとー、さん、手、痛い……」
「あ、ごめ……、ちょっとびっくりして」
慌てて、紺野の手をパッと離す。
紺野はその手を、呆然と見つめた。
ぎりぎりと締めつけられたせいで真っ赤になった自分の手を。
その瞳が、はっきりと不安に揺れている。
- 466 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:51
-
あの人、誰?
どうして、ごとーさんの家の前で待ってたの?
どうして、行っちゃったの?
あの人、ごとーさんの何……?
声に出さなくてもわかる。
かんたんに誤魔化せやしないことも。
あたしは、ため息をついて、紺野にほんとうのことを伝えた。
「……前に付き合ってた人」
「え?」
紺野がすごい勢いで、いちーちゃんが去ってったほうを振り返った。
「ごめん、ショック?」
「……いえ、大丈夫です」
紺野は、目を伏せて呟く。
きっと何人も前のヒトがいたんだろうなーって、思ってましたから。
何人もじゃない。
あたしは心の中で呟いて、小さくため息をつく。
あなたが思うほど、あたしはクールな女じゃない。
だけどむしろ、何人もいたほうが紺野にとってはいいかもしれないね。
たった一人に半狂乱でのめりこんだ過去があるより。
- 467 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:53
-
「お、追いかけないんですか?」
「なんで?」
低く吐き捨てるようなあたしの言い方に、
紺野が怯えたようにピクンと身をすくめた。
「……あの、なにか、ご用事があったんじゃ」
「知らない、どうせ勝手な理由だよ」
「勝手な?」
「あの人ね、あたしのこと捨ててNYに行ったの」
「………………」
「も、いーよ。はやく、ご飯つくろ」
あたしはちょっと首をまわして、どうだっていいという素振りをした。
そう、どうだっていいんだ実際。
いまさら、帰ってきたって。
何事もなかったように紺野の手を引いて家に入る。
ドアを閉める時、紺野は一瞬、不安げに外を振り返った。
もう誰もいないよ。抱き寄せて顔をのぞきこみ、
あたしは自分の演技が下手くそだったことを知った。
- 468 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/29(土) 20:55
-
「……そんな顔、しないでよ」
ぎゅっと抱きしめた紺野のカラダは、かたく縮こまっていた。
あたしは、思わず胸の奥から深く息をついた。
紺野が、ますます縮こまる。
「ご、ごめんなさい………」
泣き虫の紺野は、あたしの腕の中で震えていた。
あたしの心を激しく乱した得体のしれない出来事に、
目に見えない不安に怯えて泣きだしていた。
ごめんね…。あたしは呟く。
自分も泣いてしまいそうになるのを、必死でこらえながら。
「今は、紺野が好きだから」
「……うん」
「もう二度と会わない人だから、心配しないで」
「……はい」
紺野の髪を撫で、背を撫で、ケーキを食べさせ、キスをし、愛し合い。
微笑みあってハッピーバースデーが言えたのは、真夜中を過ぎてからだった。
紺野は、17歳になった。
- 469 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/29(土) 20:55
-
本日はここまでといたします。
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/29(土) 21:02
- ああああいちーちゃんがまさか此処ででてくるとは……
紺野ちゃんが傷つくのじゃないかとはらはらの毎日です…
読むたび100面相です。
雪ぐまさま、無理せず更新頑張ってください……。
- 471 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/29(土) 21:12
- >>470さん、ネタバレ気をつけて……
>>雪ぐまさん。はぁぁぅ、もうどうにかなってしまいそうです。
小説とわかっているのに悶絶してしまう自分がいます。
ごっちんが痛々しくて、こんこんが切なくって……
次の更新、ドキドキしながらお待ちしています。
- 472 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/29(土) 21:57
- >>470
まじで気をつけて。
- 473 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/29(土) 21:58
- 念の為もうひとつ!
スレ汚しごめんなさい。
- 474 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/30(日) 01:06
- うっそ、マジでーーーーー???
どうなっちゃうんだろ……
続きを読みたいような読みたくないような複雑な気持ちです……
- 475 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/30(日) 01:06
- こうゆうの好き。
- 476 名前:名無し読者79 投稿日:2004/05/30(日) 09:54
- 二人とも辛そうですね…。特に紺ちゃんが…。
過去よりも今、未来ですよね。次回もわくわくしながら待ってます。
- 477 名前:達吉 投稿日:2004/05/30(日) 13:06
- 体育大会、この小説のお陰でマジメにできました^^
50m走、全学年混合で、決勝の3組まで残りましたよ!!!
総合では一位になれませんでしたが、一緒に走った5人の中では1位をぶんどってきました^^
いやはや・・・雪ぐまさんの小説効果はすごいや^^
あ〜・・・やっべー^^;
半泣きしちゃいましたww
コンコンとゴトーさんの辛そうな気持ちが痛いほど伝わってきます。
- 478 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/30(日) 20:46
- 470> 名無飼育さん様
100面相ですか。ご心配をおかけして申し訳ないです。
さて、ネタバレの基準は人それぞれ。案内板(小説板自治スレ)をよくご覧になり、
なるべくマナー違反となりませぬよう、どうぞお気をつけてくださいね。
471> 名無飼育さん様
悶絶するほどのめりこんでくださっているようで、光栄です。
うちのこんごまと一緒に、切ない恋をどうぞご堪能くださいませ。
472、473> 名無飼育さん様
ご注意、いたみいります。次はぜひ、ご感想も残してらしてくださいね。
474> 名無飼育さん様
いやあ、ぜひともお読みくださいなw どうにも息苦しい展開で恐縮です。
476> 名無し読者79様
そう、過去よりも今、そして未来です。うちのごっちんも重々わかってるはずです。
紺ちゃんは、うん、確かに気の毒ですな……
476> 達吉様
おお、ご活躍でしたね。お疲れさま。うーん、青春ですなぁ(遠い目)。
そんな清々しい気分のあとに重苦しい展開ですが、それもまた青春……
それでは、本日の更新にまいります。
- 479 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:48
-
地獄は、紺野が帰ってからやって来た。
次の日、あたしたちは学校をサボってずっと寄り添ってすごした。
サボるつもりじゃなかったけど、明け方までお互いに夢中になってて寝坊し、
紺野は「今日は、もういいです…」と呟いて、あたしの首筋に額を押しつけて目を閉じた。
強く強く、あたしをつかまえるように腕をまわして。
あたしは紺野の髪を撫でながら、時が流れたことを感じていた。
紺野を愛しながらいちーちゃんのことを思い出さなかったことに安堵していた。
いちーちゃんは過去の人で、紺野は現在の人。
そして未来の人でもあってほしい。
穏やかにあたしを癒してくれる、澄んだ水のような女の子。
- 480 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:48
-
なのに、18時に紺野が目の前から消えてしまうと、
あたしの心の中にはざわざわと、いちーちゃんの影が広がりはじめた。
どうして急に帰ってきたの?
NYで、うまくいかなかったの?
あの時のカノジョはどうしたの?
どこか、行くあてはあるの?
あたしはじりじりとして爪を噛み、リビングをうろうろと歩き回った。
携帯を何度もスクロールし、いちーちゃんの携帯番号をディスプレーに表示させる。
彼女が日本を離れた時に、とっくに使えなくなっている番号。
それでも、なんとなく消せなかった番号。
あらためてあたしは、いちーちゃんに自分からアクセスする方法がないことを痛感する。
いつも、もう一度だけ電話あれば、許そうと思ってた。
いちーちゃんのいない孤独が怖くて、朝起きたら夢であれと何度も唱えていた。
紺野に出会って癒され、忘れていた痛みが、胸の中にありありと蘇ってきてしまう。
だって、いきなり帰ってくるなんて。
- 481 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:49
-
迷いに迷ったあげく、あたしは矢口さんに電話をかけた。
いちーちゃんは、もともと矢口さんの友達だった。
裕ちゃんの店にいちーちゃんを紹介したのも矢口さん。
立ち寄っているなら、彼女のところ。
『紗耶香が?!』
矢口さんは、素っ頓狂に声を裏返らせた。
あ、知らないんだ……。あたしは、こめかみに指をあてる。
ほかに居場所を知っていそうな人……何人かいるけど連絡先がわからない。
「やぐっつあん、知ってそうな人いたら聞いてみてくれない?」
『いいけど……』
矢口さんは、戸惑ったように言い淀んだ。
そして、慎重に受話器から流れてくる忠告の言葉。
『……ごっつあん、会わないほうが、よくない?』
あたしは、ハッとしてうつむいた。
「……そうだね」
携帯を切り、テーブルにほうり投げる。
行き先を知ってどうする? 会って、どうする?
いまさら思い出話がしたいわけじゃない。
- 482 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:50
-
「……だけど」
一人きりの部屋で、あたしはソファにうずくまり、頭を抱えた。
どうして帰ってきたの?
どうしてあたしのところに帰ってきたの?
あたしたち、あんなに傷つけあったのに……
いちーちゃんは、すこしやつれていた。疲れてるみたいだった。
あたしを見て、ひどくバツが悪そうに笑った。
悪いことをした子供が、母親に甘えるみたいに。
そのくせ、なにも言わず黙って立ち去っていった。
すごく困ってたんじゃないの? 行くとこなかったんじゃないの?
……かっこつけて……あいかわらず……
あたしは、たまらなくなって立ち上がると、
財布と携帯をひっつかんで、夜の中へと駆け出した。
◇ ◇ ◇
- 483 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:50
-
……………………………………………………
……………………………………………………
……………………………………………………
……………………………………………………
……………………………………………………
- 484 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:51
-
「ごとーさん?」
「……ん、あ? もう時間?」
昼休み、あたしは紺野の肩にもたれてまどろんでいた。
眠がるあたしを、紺野がくすくすと笑いながら揺する。
「もうすぐ、チャイム、鳴りますよ」
「……んあー、サボる」
「だめだめ」
両手を引っ張られ、立ち上がらせられる。
紺野の肩のうしろにちょうど太陽が見えて、あたしは眩しく目を細めた。
そして引っ張られるままに、紺野にだらりと抱きつく。
「紺野ぉ」
「ちょ、ちょっと……」
人目を気にして、紺野があたしを押し戻す。
そして、そのままふらりと後ろに倒れかけたあたしを、慌ててつかまえる。
「目、覚ましてくださいよぅ」
「……んあー、サボる」
「だめですったら」
あたしは小さくため息をつき、軽く頭を振った。
うるさい、と思ってしまう。案じてくれる言葉をうるさいと。
- 485 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:52
-
むっつりと歩き始めたあたしの横をちょこちょこと歩きながら、
紺野は心配そうにあたしの顔をのぞきこんだ。
「……なんか、最近、ごとーさん調子悪そうですね」
「……………………」
「すごく眠そう……、顔色も悪いし」
夜、眠れないんだ。あんたが帰っちゃうから。
あたしは心の中で毒づく。そんな自分を最悪だとののしりながら。
まさに、あたしの状態は最悪だった。
あの夜、いちーちゃんを探して家を飛び出したあたしは、
都心に出て、彼女が路上ライブをしてた場所や、お気に入りだったライブハウスを次々に巡った。
だけど、出会えるはずなんてなく。
朝焼けが射し込む電車のなかで、わけのわからない涙がポロポロと零れた。
まだ、好きなの? あたしは自分に問いかける。
ううん、もう好きじゃない。あたしは答える。
それは嘘じゃない。いちーちゃんが目の前に現れて、とっさに紺野を選んだ。
その気持ちは嘘じゃない。あたしの心も未来も、もう紺野のもの。
だけど、孤独に弱っていた心のほんのヒトカケラが、いちーちゃんを求めた。
いちーちゃんと暮らしてた日々に帰りたがっていた。
紺野と一緒にいると、迷いは風がやんだように消える。
だけど、ひとりの夜がくるたびに、悪夢のような呪文に苛まれて眠れない。
- 486 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:53
-
いちーちゃん、あたしのところに帰ってきてくれたのに……
あなたを閉じこめようとしたあたしのところに……
そして、幻聴が聞こえはじめる。
あの、意地を張って強がるクセのある、あの人が囁きそうな言葉。
『やっぱ、後藤と暮らそうと思ってさ…』
そんなこと言わないで!
あたしはベッドの中で耳を押さえてのたうち回り、
まるで祈りの言葉のように呟き続ける。
紺野、紺野、紺野、紺野、紺野、紺野、紺野、紺野、助けて紺野……!
- 487 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:53
-
階段のところで足を踏み外しかけたあたしに、紺野は悲鳴を上げた。
泣きそうな顔で、あたしの腕をつかむ。
「ご、ごとーさん、ちゃんと歩いて!」
「……あ……うん」
どうしても目が覚めない。
眉間のところを指でおさえたあたしを見て、紺野は小さくため息をつくと、
くいっと腕を引いて、屋上に戻りましょう、と言った。
「1時間、だけですよ?」
彼女の膝枕にすがりつき、あたしは眠りをむさぼる。
やさしい紺野。裏切りたくない。巻き込みたくない。
なのに肌寒い風を感じて目が覚めた時、すでに陽は傾いていて、
あたしは紺野に、午後の授業をまるまるサボらせてしまったと気づいた。
「……あ、ごめん」
「いえ、目を覚ましてくれて、よかった」
もうすぐ帰らなきゃいけない時間なんです。
紺野は、申し訳なさそうに呟いて、あたしの前髪をそっと撫でる。
紺野が悪いんじゃないよ、仕方ないことだもん。
甘やかされ、睡眠をとってクリアになったあたしの頭は、ちゃんとそう思う。
- 488 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:54
-
あたしは軽く頭を振って起き上がり、携帯の時計を確かめた。
17時45分……4時間以上も膝枕をしてくれてたんだ。
「ごめん、脚、痛かったよね」
「ううん」
紺野ははにかんだように微笑み、そしてあたしの手をとった。
「ごとーさん、寝言、言ってましたよ」
「えっ?」
「こんの、こんのー、って。……うれしくて、起こせなくなっちゃいました」
寝言って、なんだか、心の声を聞いたみたい。
やけに女の子っぽいことを言って、照れくさそうに笑う紺野。
そうだよ、あたしは紺野が好きなの。すごく好きなの。
なんだか泣いちゃいそうな気持ちになって、彼女をぎゅうっと抱きしめる。
「紺野、ずっと一緒にいて」
「ずっと、一緒ですよ」
違うんだ。そんな概念の話じゃなく。
ねえ、赤い夕陽が沈むのを止めるにはどうしたらいいの?
18時なんて、こないでほしい。このままあなたを家に帰したくない。
- 489 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/30(日) 20:55
-
「……帰ろっか」
「はい」
仕方ない。あたしたちはまだ高校生で、
大切なことは、まだなにひとつ自由になんてなりゃしない。
守らなきゃいけないルールも、やらなきゃならないことも山のようにあって。
そう、とくに紺野には。
ため息をついて紺野の手をとり、階段を降りかけたあたしに、ふいに彼女が尋ねてきた。
とても静かに。どこか、お姉さんじみた口調で。
「ごとーさん、ちゃんと、食べてないでしょう?」
「……食べてるよ」
「すこし、痩せてきたみたいです、よ?」
嘘を見抜かれて、あたしはたちまち嫌な気持ちになった。
確かめるように背を撫でる指を、うるさい、と思った。
紺野が望むようになんてできない。
あなたがあたしの望むようにできないように。
- 490 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/30(日) 20:56
-
本日はここまでといたします。
- 491 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/30(日) 20:59
- 475> 名無飼育さん様
申し訳ない!お返事、書いたはずなのに消えてた!
あの、すごくうれしかったです、こういうのを好きと言っていただけて。
息苦しい展開ですが、どうぞこれからもよろしくです。
- 492 名前:ましろ 投稿日:2004/05/30(日) 21:33
- 数日ぶりの感想レスです。今回から名無飼育は返上します。
相変わらずの更新の素早さですが、
雪ぐまさんのペースでがんばってくださいね。
あーヤバイ。今回、かなり痛いです・・・。ふぅ。
- 493 名前:名無しp. 投稿日:2004/05/31(月) 15:40
- ごとーさんの揺れる心に泣けました。
人を愛しすぎるって、切ないですね。
- 494 名前:名無し読者79 投稿日:2004/05/31(月) 16:13
- なんだか…重いですね…。
自分が大事なんですよね結局人間って…。でも、前を向いてって感じです。
- 495 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/31(月) 21:41
- 492> ましろ様
了解しました。ふむ、痛いですか。それはきっと恋のやるせなさを知っているからですね?
493> 名無しp.様
切ないですね。孤独の重さものし掛かってきて、うちのごっちんはもう……
949> 名無し読者79様
重いですね。すみません。どうかあたたかく見守ってやってくださいませ。
それでは、本日の更新にまいります。
- 496 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:42
-
……気持ちいい、すごく、気持ちいいの…なに…これ……
…うん……もっと……なんか…ああ………どうしよう……
すごく……ああ、もう……だめ、かも……
……あ……あ…すごく気持ちいい……だめ、死ぬ……かも……
…………ああ…だめ……も、死んじゃう……死にそ…………
身を震わせて、あたしは天に手を伸ばす。
そして、そこに何もつかむものがないことに気づいてハッと目を醒ました。
- 497 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:43
-
「あ………」
そこはいつものひとりきりの部屋。
カーテン越しに朝の光がうっすらと青く滲みはじめている。
じっとりと汗ばんだカラダで寝返りをうち、あたしは枕に突っ伏した。
「また………」
夢魔というものがいるとすれば、あたしの場合、それはいちーちゃん。
いちーちゃんに抱かれる夢が続いている。
お酒の力を借りて眠るからかもしれない。
あたしは目を閉じて夢の名残を追いかけ、反芻した。
最初のうちはものすごく動揺して後ろ暗い気持ちになったけど、
嫌だと思っても何夜も続くから、もう開き直りかけている。
だって夢のコントロールなんてできない。
「はぁ………」
あたしは枕を抱きしめて、ため息をついた。
いちーちゃんは、あたしのカラダのことをよく知ってた。
どこをどうすればどうなるか、夢の中で彼女はあの頃のようにあたしを翻弄する。
だけどそれはしょせん夢で、肌を泡立たせるだけ泡立たせて、
頭をかきむしりたくなるような切迫感のなかに、あたしを置き去りにしてしまう。
- 498 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:43
-
あたしは首を振って起き上がり、熱いシャワーを浴びた。
それから、朝食代わりにあたたかくて甘いお酒をつくって飲む。
カルアを牛乳で割って、レンジであたためたもの。
一杯だけ。酔うほどじゃない。むしろ、すうっと気持ちが落ち着いてくる。
あたしは思う。カロリーも高いから痩せないし、一石二鳥。
学校に出かけるまでの2時間ほどの間、
リビングのソファに座って、ぼんやりといちーちゃんのことを考える。
今ごろ、どこで何をしているんだろう。
あんなに嫌がってた地元に帰るはめになったんだろうか。
それともあたしの知らない女のところにでも転がり込んでる?
それならいい。それならいいんだ………。
◇ ◇ ◇
- 499 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:44
-
「もうすぐ、1年経ちますね」
「ん?」
「ごとーさんと、コイビトになってから」
トラちゃん、元気にしてるかな?
キッチンで紅茶の用意をしながら、紺野はそういって懐かしげに目を細めた。
死んでるかもしれないよ。あたしはいじわるにそう考える。
紺野があんなおいしい餌をあげてたから、野良に戻りきれなくて。
紺野が運んできたトレイには、胸のすくような香りの紅茶と一緒に、
背の高いグラスに生けられたオレンジ色と黄色のガーベラ。
帰り道にある小さな花屋の軒先で、紺野がふと立ち止まって買った花。
ここのところ調子をくずしてるあたしを慰めようと、きっと彼女なりに考えて。
やさしいね、紺野は。
こんなにやさしくして、
あたしが紺野なしで生きてけなくなったらどうする気だろう。
「ごとーさん、今年の夏休みは補講、出ますよね?」
「んあ? なんで?」
「あれ? 調理師の専門学校………」
ああ、あれね。
あたしが気がのらない顔をしたから、紺野は言葉半ばで不安げに口を閉ざした。
フッとため息をつく。なんか、いま、先のこととかうまく考えられない。
考えなくちゃいけないんだろうけど………。
- 500 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:45
-
「……志望、変えました?」
「ん? ううん、そーゆーわけじゃないけど」
「あ、そう、ですか。……びっくりしたぁ」
「びっくり?」
首を傾げたあたしに、紺野はえへへと照れくさそうに笑った。
「あのですね、私も先日、稲葉先生に志望校を聞かれまして」
大学はまだ決めてないんですけど、経営の勉強ができる学科にしようかなあって思って。
その言葉の意図がわからず、ますます首を傾げたあたしに、
紺野もますます照れくさそうに頬を赤くした。
「ごとーさんって、あの、なんか人に雇われてるとこが、想像できないっていうか」
「そう?」
「うん。だから、将来は自分でお店出したりするのかなあと」
「……ああ、そういうこと」
「です。はい」
紅茶カップに唇をつけるその横顔が真っ赤になっている。
5年後、10年後? 遠いいつかの未来を語る紺野。
- 501 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:46
-
小さなカフェとかいいなあって、思うんです。
あの、ごとーさんがキッチンで、私が、そのフロアとか、仕入れ……とかで。
白い壁で、カウンターとちっちゃなテーブル席がちょこっとみたいな陽当たりのいいカフェ。
二人で色違いのバンダナとかして、ギャルソンエプロンとかつけて、
……ふふっ、ごとーさん、すっごく、似合いそうですよね、きっとかわいい……
いきなりポンと蓋の開いたシャンパンみたいに、
紺野の口からは金色の夢がしゅわしゅわと溢れはじめる。
いつから考えてたのかな、やけに細やかな想像。
そんなことを夢見ている彼女を心底愛おしいと思うあたしと、
遠すぎる未来予想図を苛立たしく感じるあたしがいて。
- 502 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:47
-
気恥ずかしげに再び紅茶を口に運びかけた紺野の、襟元のリボンに指をかけた。
紺野が、動揺したように身をひく。
「あの、紅茶………」
「あとで飲むよ」
「濃くなっちゃう」
「葉っぱ、あげとけば?」
はやく。
あたしは紺野の肌に触れたくてたまらず、手を伸ばす。
カラダの中にくすぶってた欲望が、かすかに凶暴さを帯びて愛しい人に向かって溢れ出す。
ねえ、紺野。遠い未来より、こっちのほうがいい。
「あの、たまには、お話を………」
「したくないの?」
「ううん、そうじゃなくて………」
毎日じゃ、なくても。
そう呟く紺野の唇をふさぐ。あたしは毎日したいの。
動きを奪うようにぎゅううっと抱きしめて深いキスを続けていると、
戸惑っていた紺野の理性が、あえなく溶けはじめるのがわかる。
この瞬間が好き。ほらね、って思う。
ほら、したくなってきたでしょ?
- 503 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:47
-
「ねえ…紺野……」
「ごとー、さん……」
首筋にそって唇を這わせながら、手のひらでやわらかな丸みを確かめる。
敏感な彼女の先端は、すでに固く尖って。
たぎる欲望のままにむしゃぶりつくと、
紺野は身を震わせてあたしの肩をぎゅっとつかみ、
恥ずかしい声を漏らしてしまわないように唇を噛んだ。
「……ん……んっ……あ……く…っ……」
どうしてこの子はいつも。
我慢しなくていい。もっと乱れたっていい。
こんなに感じてるくせに。ソファを汚しそうなほど溢れさせているくせに。
「声、出して」
「……だ……って……」
「何?」
紺野は答えない。
ただ、切なげに眉を寄せ、ダメというように首を振る。
何がダメ? 何が気になる? 何が恥ずかしい? 何を知られたくないの?
あたしはムキになる。徹底的に仕留めたくなる。
あたしの獲物。追いかけて追いつめて、串刺しにしてやる。
逃がさない。支配したい。あなたのすべてを。あたしだけのものに……
- 504 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:48
-
「……ああっ……ご、ごとーさんっ……あ、あっ……」
激しさを増したあたしの動きに、紺野はたまらずに声をあげはじめる。
だけど、彼女はなかなか完全には理性を手放そうとしない。
抱かれるままに荒い息を吐いてるくせに、
心配げにチラと時計をうかがった、その瞳。
見ないでよ。乱暴に頬をつかんでこっちを向かせ、あたしは紺野を睨みつける。
「時計、見ないで」
「……ごめ、なさい…でも…」
「そんなに、帰り…たい?」
「……帰りたくない…ですよ…」
「じゃあ…帰らないで」
「…そ、そういう、わけには……っ」
噛みつかれて、紺野は押し殺したような悲鳴をあげた。
残酷な欲望にあらがえなくなってるあたし。
噛みつかれ、爪を立てられて紺野は呻き声をあげる。でも、それは甘い悲鳴。
知ってる、わかってる。紺野、あたしにこうされるの嫌いじゃない。
ほら、求められて、掴まれて、紺野は切なげにその目を潤ませ、あたしを見つめる。
いつもと全然違う、ひどく大人びた顔で。
あたしにしか見せない顔で。
- 505 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:49
-
あたしは左手で紺野の両手をロックし、大きく脚を割らせて腰をもぐりこませた。
あられもない体勢に紺野は、うう…と呻いて、ぎゅっと目を閉じる。
可哀想なくらい真っ赤になってる頬。
恥ずかしい? でも嫌いじゃないでしょ?
あたしの印、あのチョーカーが巻かれた彼女の喉元に、軽く歯をあてる。
動きを封じられて、ごくんと唾をのみ込んだ真っ白な喉。
右手でゆっくりと、秘密の場所を探る。もう濡れきったやわらかなところ。
紺野が、あたしだけに教えてくれた深い泉。
指先が敏感すぎる粒を掠るたびに、ぴくんと紺野は腰をゆらす。
あえぐように、喉が動く。かすかに、じれったそうに。
「ね、ちゃんとしてほしい?」
「そ……んな……」
「言ってみて。して、って」
む、無理です。紺野は掠れた声で訴える。
どうして、ごとーさん、今日、いじわるです……
「そうかな?」
泉の中心にぐっと指先を押しあてると、紺野は緊張したように身を固くした。
どうして怯えるの? もう数えきれないほど、したことじゃん?
それとも、今日はひどいことされそうな気がするの?
- 506 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:51
-
「ひ、あ、ああ……あ、あっ……」
人さし指と中指が、まだ開ききってない壁を強引に押し割っていく。
そう、最初はちょっと苦しいね。でも、もう知ってるでしょ?
あたし、あなたを苦しませるだけじゃない。
ちゃんとあなたのカラダのこと、わかってるよ。
気持ちよくしてあげる。最後にはちゃんと、気が遠くなるくらい気持ちよくしてあげる。
いつもより乱暴に揺すぶられて紺野は悲鳴を上げ、狂ったように身を捩った。
ダメ、ごとーさん、ダメッ……!
許しを乞う懇願は、ただ甘く耳に届く。
ねぇ紺野、あなたを抱いているのは誰?
「ご…ごとーさん……」
正解。さあ、竜巻のように、あなたの意識を粉々に吹き飛ばそう。
乱暴に見せかけながらあたしは的確に、彼女の起爆スイッチを次々に連打する。
ここ……、それからここ……ここ……
苦しげな紺野の懇願が、いつしか甘い呻きにとって代わる。
そしてグッと息を詰めるように、背骨を弓なりに軋ませてぶるぶると震えはじめた。
気持ちいい? そう、もっと、もっと溺れて。
ここから動けなくなるくらい。あたしから離れられなくなるくらい。
- 507 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:52
-
だけど彼女は、まだなにかにあらがうように眉を寄せ、
意識を完全に手放さないように、ぎりぎりと唇を噛みしめる。
なんでよ? あたしは苛立ち、ほとんど達しかけてる彼女の耳に唇を寄せ、開放の呪文を突きつけた。
「……あさ美」
ああっ……!
ふいに囁かれた名に、紺野の意識がガクンと外れたのがわかった。
紺野の奥をガクガクと揺すりたてながら、あたしは囁き続ける。
あさ美、愛してる、愛してる、そばにいて……
「あ、ああんっ……ごとーさん、ごとーさんっ……!」
高く舞い上がる瞬間、紺野はいつもの謙虚さもはにかみもすべて脱ぎ捨てて、
ただ剥き出しの、一匹の美しい獣みたいに、激しくあたしを求めた。愛してると叫びながら。
あたしはうっとりする。こんなに求められていることに。
さあ、堕ちて。あたしの手の中へ堕ちてきて。
あたしも愛してる。こんなに愛してる、愛してる、胸が痛い……
- 508 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/05/31(月) 21:53
-
折り重なるようにソファに横たわり、紺野のカラダに強く強く腕をまわした。
あたしのせいで、ぐったりと水槽に沈み込んでる愛しい人。
額に玉のような汗を浮かべ、空ろな瞳を薄く開けて。
彼女の胸に耳をつける。聴こえる、全身に染み渡っていくような幸せの鼓動。
ふいに紺野の瞼が震え、一筋の涙がこぼれおちた。
「……ごとーさん、紺野はもう、あなたしか……」
あなたしかもう、目にも映らない……
信じられないほど幸せな気持ちになり、あたしは微笑んで鼻先を彼女にこすりつけた。
それなのに、その幸福は今日も長くは続かないようだった。
息が整ってくると、やっぱりそっと時計を確認した恋人。
どうして? あたししか目に入らないって言ったくせに。
聞きわけのない子供みたいに、たちまちあたしの胸は真っ赤に染まる。
目頭がカッと熱くなって、唇を噛みしめた。
ああ、帰したくない。食いちぎってしまいたいこのまま。
凶暴な欲望を寸前で押しとどめながら、あたしは彼女の心臓に額を押しあてて祈る。
帰らないで紺野、あたしをひとりにしないで……じゃないと……
- 509 名前:雪ぐま 投稿日:2004/05/31(月) 21:53
-
本日はここまでといたします。
- 510 名前:オレンヂ 投稿日:2004/05/31(月) 22:26
- んあ〜!これからどうなるか気になってしょうがないです。
あの人の真意はいったい・・・
- 511 名前:だめ人(ry 投稿日:2004/06/01(火) 14:03
- (つД`)
- 512 名前:占い好き442 投稿日:2004/06/01(火) 14:55
- 毎日の更新、ありがとうございます。楽しませてもらってます。
とっても気になる展開、ハラハラしながら見守るのみです…。
442にて 私が書いた占いとは「動物占い」のことです。
思わせぶりに書いてしまったようで(^^;)恐縮です。
よく当たるし、玖保キリコさんのイラストはかわいいしで、かつて一生を
風靡したものの版権をめぐるトラブルから現在は動物キャラナビ、アニマルマニア
等に名前をかえています。おすすめの本やサイトもお教えしたいのですが、ここだと
場所をとってしまうので、雪ぐまさんの個人サイトBBSに貼りにおじゃま(ル)しますね…。
- 513 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/01(火) 17:09
- 痛いですね。でも、乗り越えて欲しい二人には。
なんかうまく言葉に表せないんですけど、二人の笑顔が見たいです。
- 514 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/01(火) 21:33
- 510> オレンヂ様
あの人の真意も、この人の真意もわかりませぬ。わかるのはごっちんの心の叫びだけ……
511> だめ人(ry様
( TД T)
512> 占い好き442様
なるほど、そうでしたか。BBSにてお返事させてもらいますので見にきてくださいね。
513> 名無し読者79様
痛いですよね……。見守ってやってくださいとしか言えませんが……
それでは、本日の更新にまいります。
- 515 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:36
-
「……また、明日」
玄関で紺野はそう呟いて、少し心配そうにあたしを見上げた。
バスローブを羽織っただけのあたしは壁にもたれかかり、
結んでない紐の先をかわいらしく振ってみたりする。
「バイバイ」
「ご飯、ちゃんと食べてくださいね」
「ん……」
きっちりと結ばれた襟元のリボンが憎たらしい。
さっきまであんなに乱れてたとは思えないほど清楚な佇まいも。
くるりと背を向けた制服の背中を悲しく見つめる。
この子はどうしてこんなに上手に切り替えて……
まるであたしの影を残さず……
- 516 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:37
-
紺野はドアノブを回しかけてなぜか動きを止めた。
そして、何かを言い忘れたかのように、フッと振り返った。
「あの……」
言おうかどうしようか。そんな素振りで逡巡する。
なに? そう目で問いかけたあたしに、
紺野は意を決したように、いつも自信なさげなその唇を開いた。
「……お酒は、あんまり飲まないで、ほしいです」
え?
ピクッと眉を上げたあたしに、紺野はうつむく。
「あの、少しならいい、と、思うんですよ」
でも、なんだか。
彼女は、言い淀む。
あたしは舌打ちをしたいような気持ちで唇を噛んだ。
この子、見てないようで、すごく見てる。
キッチンの隅にさりげなく置いてある数種類の酒が、
日々、確実にスピードを上げながら内容を減らしているのに気づいている。
- 517 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:38
-
「……じゃあ、今日は飲まないでおく」
ほっとしたように、紺野は微笑んだ。
やっぱり身体に悪いですからね、もぞもぞと口の中でそう呟きながら。
そんなにあたしのことが心配なら、見張ってればいいのにさあ。
冷たく閉まってしまったドアを、あたしは軽く蹴る。
リビングのソファにどさりと寝そべり、くさくさした気分で目を閉じてため息をついた。
紺野が飲んだ紅茶のカップがテーブルの上に残っているのを見たくない。
確かにあったものが、今はいないということを感じたくない。
ガーベラだって、そこだけが明るすぎて苦しいよ。
気分が苛つく。
ああ、お酒飲みたい、と思う。
アル中かも、あたし。18で? ヤバいね。
じりじりとした渇望感。
煙草は吸わないからわかんないけど、禁煙するってこんな気分なのかな。
ため息が出てしまう。だけど堪える。
今日は飲まないと、紺野と約束したから。
- 518 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:39
-
なんだかんだいって、あたしは紺野の言うことをきいている。
ちゃんと食べて。学校、サボらないで。お酒、飲まないで。
ごとーさん、調理師とか、どうでしょう?
「あの子、あたしのどこが好きなのかな?」
クールなとこ、かっこいいって。
金色に光ってる、特別な存在だって。
うれしいけれど、なんだかいつも抽象的な、彼女の理由。
ほんとはもっと、まともな人が好きなんじゃないかな。
ああ、そういえばけっこうあたしが強引に。
そうだ、あたしがあの子のこと気に入ってちょっかいかけたんだっけ。
可哀想に、あの子。あたしになんて引っかかっちゃって。
- 519 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:40
-
キーンとかすかな耳鳴りが聞こえはじめる。
お酒を飲まないせいで、くっきりと感じてしまう静寂。
あたしは心を楽しませるために、紺野と愛し合った記憶を反芻しはじめた。
紺野はいちーちゃんみたいに器用じゃないけど、
でもその指と唇は、あたしへのいたわりと愛に溢れている。
それから、あのあたしの手の中に堕ちてくるような感じ。
必ず、首に巻かれてるチョーカー。あたしの紺野。
幸せな気分であたしは頬を緩ませ、そして目を開けて呟く。
「じゃあ、どうして、いないの……?」
明日、会えるまでに何時間あるだろう。
あたしは指折り数えはじる。
「8、9、10、11、12、1、2、3、4、5、6、7、8、9,10,11、12……17時間」
17時間もある。その間、どうしたらいいのよ?
ひとりきりのリビングで、あたしは唇を噛み、頭を抱えた。
- 520 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:41
-
ねえ、こんなに寂しいの、我慢しないといけない?
毎日、毎日、いつまでも、こんなままで。
愛されて、やさしくされ、置いていかれ、イイコにしててほしいと望まれて。
『私だって、帰りたく、ないです……』
あなたは苦しそうな顔をする。
でも、その呟きはあたしに我慢を強要する言葉。
家族、成績、友達、未来……、あなたが守るものは多すぎる。
あたしは何もない、何もないのに。
いつだって紺野といたいだけなのに。
- 521 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:42
-
「でも、それは叶わない……ってわけね」
あたしはむくりと起き上がって、着替えはじめた。
そこらにあったのを適当に着かけて、やめる。
バスルームに駆け込んで、カラダをすみずみまで洗い流す。紺野の残り香を。
それからクローゼットを開け、あたしは熱心に服を選びはじめた。
大人っぽく、みえるやつ。ちょっとセクシーで、ゴージャスな感じの。
久しぶりにホットカーラーを持ち出してきて髪を巻き、
ビューラーで睫毛を持ち上げ、ルージュをひき、グロスをまぶす。
やすりで爪先を整え、慎重にマニキュアを塗る。足にも。
鏡の中で、最高にきれいなあたしが微笑んで、あたしは満足した。
これならきっと、見つけてもらえる。
いちーちゃん、日本にいる。
まだきっと、東京にいる。
すれ違ったら、またあたしのこと、必ず見つけてくれる。
他にオンナがいたってかまわない。だって、あたしだっているし。
でも、寂しいの。いちーちゃんみたいに一緒にいられない人なの。
- 522 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:42
-
夜の街で、あたしはいちーちゃんが唄っていそうな場所を順繰りに巡りはじめた。
ヒマそうな男たちが、ひっきりなしに声をかけてくる。
馴れ馴れしくしないでよ、人を探してるんだから。
肩に触れてくる指を汚物のように払いのけながら、あたしは歩き続ける。
誰でもいいんじゃないの。あたしが気に入った人じゃなきゃだめなの。
そう、世の中に何人もいない、特別な人なんて。
「もう、どっかいってよ!」
あんまりしつこくついてくる男に、振り返って叫ぶ。
男が一瞬ビビったように引いて、でも媚びるような表情であたしの目を窺った。
「んな怒んなよ。寂しそーだと思ってさ」
誘う相手、間違えてるよアンタ。
あたしは男をもう一度ギッと睨めつけ、プイと踵を返した。
そんなセリフでひっかかる女は、この夜の中にうようよと泳いでるだろうけど、
あたしは一夜を慰める相手を探してるんじゃない。
記憶の中に、パパとママがいるの。
退屈だと思ってた幸福な日々。もう二度と還らない。
あの家のなかで、もう一度、あたしを穏やかに眠らせて。
あたしのココロに触れた肌だけがもってる魔法で。
- 523 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:43
-
こんな時に限って珍しく携帯が鳴る。
ディスプレーに点滅した“紺野”の文字を見て、思わずフッと笑った。
望みを叶えられない魔法使い。
電話なんてロクにかけてきたことないくせに、カンがいいんだね。
それともバイバイした時、よっぽどあたし、ひどい顔してたの?
紺野はすぐに受話器から流れてくる喧騒に気づいて、不審げな声をあげた。
『ご、ごとーさん、どこに、いるんですか?』
「渋谷」
『渋谷?!』
「裕ちゃんちに行くんだよ」
『……あ、そ、そうですか』
嘘をつく。
裕ちゃんちになんか行かないよ。
いちーちゃんを探すんだ。
いちーちゃんはきっと、行くとこがないよ。
あたしの家に、住んだらいいよ。
文句なんか言わせない。
だって、紺野は帰る家があるんだもん。
あたしとは違う。いちーちゃんとは違う。
- 524 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/01(火) 21:44
-
「お酒、飲んでないよ」
『そ、そんなことは、いいんです、けど』
「なんだ、疑ってかけてきたのかと思った」
『………………』
「何?」
『いえ……、あの、あ、あんまり遅くに、外歩かないで……』
「わかってる」
いじわるなあたしになってる。
紺野が怖がる言い方をしている。わかってて、している。
電話を切ったら、あの子、泣くかもしれないとわかってて、冷たく電話を切る。
電源まで落としてあたしは、騒がしい夜の街をさまよう。
ネオンが潤んで、あたしから逃げていく色とりどりの熱帯魚みたいに見えた。
- 525 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/01(火) 21:45
-
本日はここまでといたします。
- 526 名前:maruco 投稿日:2004/06/01(火) 21:52
- お久しぶりです。
ずっと読ませていただいていました。
久しぶりのリアルタイムやったので感激で書きこみです。
いしよしonlyだったのですが、雪ぐまさんのおかげで
こんごまに夢中の今日この頃・・・。
先が読めない展開に毎日どきどきです。
- 527 名前:オレンヂ 投稿日:2004/06/01(火) 23:05
- うわぁぁー・・・痛いっす。
でもごっちんの心もわかる・・・胸が痛いです。
2人にがんばってほしいです。
- 528 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 15:43
- 切ない……。でも、わかるような気がします。心揺さぶられます。
- 529 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/02(水) 16:58
- なんか息苦しくなってくる感じです…。
辛いですね…二人とも…。紺ちゃん…なんだか泣きそうになってきます…。
- 530 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/02(水) 19:22
- 526> maruco様
お久です♪ こんごまも良い組み合わせですよねw さて、しかしどうなるか……
527> オレンヂ様
こじれてきましたよ、ほんと。痛い痛いと思いつつ、痛いことを今日も書く……
528> 名無飼育さん様
ありがとうございます。そう言っていただけることを励みに更新いたします。
529> 名無し読者79様
紺ちゃんはきっと眠れぬ夜でしたね。ごっちんも眠れないわけですが……
それでは、本日の更新にまいります。
- 531 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:23
-
「ごっちん、大丈夫?」
「ん、あ?」
肩を揺すられて目を醒ますと、いつの間にか2限目が終わっていた。
心配そうにあたしの顔をのぞき込んでいたのはよっすぃ〜。
あれから朝まで街をふらふらし、家に帰って着替えて学校にきた。
当然いちーちゃんには会えるはずもなく、ただ疲れただけで。
「……ん、ただの、寝不足ぅ」
「はー? どっちにしろ保健室行ったほーが、よくね?」
なんか、チョー顔色わりーよ?
歩けないと甘えたあたしを、よっすぃ〜はヨイショと背負って運んでくれた。
「軽いなー、ごっちん」
やさしい、あったかい背中。
この子、好き。あたしはぎゅうとしがみつく。
ごめんねー、梨華ちゃん。ちょっと借りるよー。
- 532 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:24
-
保健室には、誰もいなかった。
あたしをベッドに腰かけさせて、よっすぃ〜はキョロキョロする。
ほどなく保健の先生が残したメモでも見つけたらしく、気の抜けた声をあげた。
なんだー、センセイ出張中だってさ。どうしよ?
「ま、いーや。とりあえず寝てたら? んじゃね」
「あー、よっすぃ〜、行かないでー」
「はー? 甘える相手、間違ってね?」
「ひとりで寝るの、ヤだ」
「……紺野ちゃん、呼んでくる」
「うあー、紺野は、ヤだー」
「なんだよ、ケンカでもしたのぉ?」
「ラブラブだよぉー」
だから、やなんだよー。
あの子に会うと寂しくなるもん。
離れたくなくなって悲しくなるもん。
きっと、またひどいこと言っちゃう。いじわるになっちゃう……
そんなこと言えるわけもなく、あたしはむっつりと黙り込む。
「……ワケわかんね。呼んでくるよ?」
ごっちん、ヤクでもやってんじゃないの?
よっすぃ〜は首をかしげ、ブツブツ呟きながら行ってしまった。
- 533 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:25
-
ああ、紺野、来ちゃう。
あたしはベッドに腰かけたまま俯いて、
まだウエーブが残ってる髪を伸ばすように指で梳いた。
お昼までに落としておこうと思ったマニキュアもそのまま……。
裕ちゃんちに行ったんじゃないって、バレるだろうか。
ほどなく、カラリと保健室のドアが開いた音がした。
流れてくる紺野の穏やかな気配。ひそやかな足音。
ああ……。あたしは俯いたまま目を閉じた。なぜか、懐かしさを感じて。
たった一夜の間に、遠くに旅していたような気がして。
ベッドを囲っているカーテンの隙間から、
紺野がそっとのぞき込んできたのがわかった。
だけど、彼女はなかなか声をかけてこない。
あたしは小さく息をついて、顔をあげた。
紺野は、今にも泣きそうな困り顔。
口元だけが、一生懸命、微笑もうと頑張ってる。
ああ、紺野だ。あたしもちょっと困った笑顔になる。
その時、3限目のはじまりを告げるチャイムが鳴った。
「……鳴ったよ」
「あ……いいんです、保健室行くって、メモ、残してきました」
そっか。また、あたし、紺野をサボらせた。
だけど、1時間、あたしたちに時間ができる。一緒に過ごす時間が。
- 534 名前:達吉 投稿日:2004/06/02(水) 19:25
- 痛いですねぇ・・・
でもこれを乗り越えれた時、二人の愛は今まで以上に深まるはず・・・
コンコン!!ゴトーさん!!!頑張れ!!!
- 535 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:25
-
「こっち、おいでよ」
紺野はうなずくと、きちんとカーテンを閉めてから、
あたしの隣にぽすんと腰かけた。
近くで顔をのぞき込むと、目の縁がすこし赤かった。
やっぱり昨日、泣いたんだ。
申し訳ない気持ちになってやわらかな頬に触れると、
紺野も指を伸ばしてきて、あたしの髪にふれた。
確か彼女は初めて見るはず、ウエーブのかかった髪。
「……似合い、ますね」
「それだけ?」
他に言いたいこと、あるんじゃないの?
聞きたいこと、あるんじゃないの?
電話したら、いきなり夜の街にいた恋人に。
そう思うけど、紺野は曖昧に微笑むだけで何も言わなかった。
聞けばいいじゃん、怒ればいいのに。
「……紺野って、わかんないな」
「……私には、ごとーさんが、わかりませんが」
沈黙が、流れた。
あたしたちの間を流れる空気が、軋んでいる。
気まずいっていうのか、こういうの。
いつだって言葉少ななあたしたち。
想いは内側に向かい、そして肌から滲み出て静かに探り合う。
甘い気配も、切ない時間も、そしてこんなふうな苦い疑惑も。
- 536 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:26
-
「……それで、体調の、ほうは?」
「ああ、別に……ただの寝不足」
「……そう、ですか」
くっと唇を結び、目を伏せてしまった彼女が、
ホントは何をどこまで疑っているのかは知りようがない。
わかるのはやっぱり、自分からは寝不足の理由は聞かない、とか思っていそうなこと。
頑なな気配は今にも溢れそうなグラスの水のようにふるふると震えて、呼吸さえはばかられるほど。
それでもやっぱり紺野といるということに、あたしは安心するらしく。
すごい眠い……。
あたしは指で眉間をおさえた。
寝かせてほしい。できればあなたの腕のなかで。
勝手なあたしは取り戻そうとする。
いつものやわらかな紺野を。いつものあたしたちを。
「チョーカー、見せて」
「……今、ですか?」
「うん」
紺野は、すこし不安げな瞳であたしを見た。
ためらってるのかな……さすがに嫌かな………
だけど彼女はほどなく、きっちり結んである襟元のリボンをしゅるしゅる外した。
それから、ボタンをひとつ外して、襟を開く。
チラリと見える、美しい鎖骨の上にのっかったあたしの印。
- 537 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:27
-
「もっと」
紺野はちょっとためらい、でももうひとつだけボタンを外して襟を大きく開いてくれた。
もっと。あたしは指を伸ばしてボタンをもうひとつ外し、強引に肩まで出させた。
そして、思わず賞賛のため息をつく。
紺野の鎖骨から肩のラインは芸術的なほど。
ああ、この紐が邪魔。
あたしは乱暴に彼女のブラとキャミソールの紐を肩から落とす。
下着がずれかけたらしく、紺野が慌てて胸のあたりをおさえた。
眩しいほど光をはじき返す、きめ細やかな柔肌。
あたしの水槽で泳ぎまわる真っ白な美しい魚。
完全にあらわになった鎖骨を、あたしはゆっくりと指でなぞった。
眠気さえ吹き飛ぶほどくっきりと立ち上がる欲望に、鼓動が高鳴ってくる。
こんなにきれいな子がいるのに、あたし。
あたし、どうかしてるよね……
- 538 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:28
-
「紺野は、ほんとにきれい……」
そう呟くと、彼女はうつむいてかすかに息を吐いた。
「……ごとーさんって、Hだと思う」
「紺野はHじゃないの?」
「私は、ごとーさんに、だけです」
それは何気ない言葉だったかもしれない。
友達といる時は全然Hじゃないですよ私、という意味だったのかもしれない。
だけど、あたしはピクッと指を止めた。
見えない刃物でザクッと刺された気がした。
あなたは、私だけですか、と。
後ろ暗い気持ちが黒い血のように溢れ出し、胸の中にどろりと広がる。
記憶のなかのいちーちゃんに抱かれる夢。
「……もーいいよ、ありがと」
紺野は肩紐を直し、シャツのボタンをかけはじめた。
のろのろとしたその仕草は、どことなく悲しげで、
伏せられた睫毛の先が震えているように見えて、あたしは目をそらす。
やっぱり抱きしめてなんて、言えない。
抱きしめられて聞こえてくるこの子の心音さえ、
いまのあたしには責め言葉に聞こえるに違いない。
- 539 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:28
-
「今日はあたし、もー帰る」
「え?」
あたしはひらりと立ち上がり、振り返った。
ぐっと胸を張り、紺野の好きなクールな眼差しを演出してみる。
そして、刃を返すようにいじわるな選択を彼女の喉元に突きつけた。
「一緒に帰る? どっちでもいいけど」
たちまち呼吸困難に陥り、頬を真っ赤に染めた紺野。
おどおどと目をそらしてうつむき、やっと聞こえるほどの声で小さく呟く。
「……つ、次の授業で、グループ発表が…」
「あっそ」
「あ、後で行きます」
「来なくていい」
紺野が息を呑んだ。
あたしは知らん顔で、くるりと踵を返す。
保健室のドアに手をかけた時、喉から搾り出すような悲痛な声が背中を追いかけてきた。
- 540 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:29
-
「……な、なんで、そーゆーこと言うんです、か?!」
あたしは一瞬立ち止まり、ドアに額をつけた。
あるものがなくなるのが寂しいから。
あたしはあんたが思ってるみたいにクールな大人じゃなくて、ただの子供だから。
ううん、もっとたちが悪いかもしれないね。
ちょっと頭がおかしいみたい。
彼女の叫びに何も答えぬまま、あたしは後ろ手にドアを閉めた。
- 541 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:33
-
1時間もしないうちに、紺野はあたしを追いかけてきた。
チャイムが鳴り、あたしは確かめもせずに家のドアを開ける。
そして、息を切らせて不安げに佇んでる紺野を、寝不足の瞳でぼんやりと見た。
涙のあとが幾筋も残る、その艶やかな頬を。
ムッとするような熱気と、気のはやい蝉の声が流れ込んでくる。
それから妙に色鮮やかに眩しく見える紺野。
くっきりと輪郭を持った生身の人間。
眩しい。あたしは目を細めて、呟いた。
「……去年の夏休み、みたいだね」
紺野が、泣き顔のまま、かすかに笑った。
「もうすぐ、今年の夏休み、ですよ」
あたしが紺野の腕を引くのと、紺野があたしに飛び込んでくるのと、どちらがはやかっただろうか。
ドアの閉まる音が、騒がしい外界とあたしたちの世界を遮断する。
あたしたちはすがりつくように抱きしめあい、夢中でキスをした。
もう彼女の唇はミントガムの味がしなくて、
そして、シャワーを浴びさせてほしいと懇願したりもしなかった。
- 542 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:34
-
あの頃よりもずっとあたしは紺野を必要としていて。
紺野も、あの頃よりもあたしとの未来をくっきりと夢見ていて。
いつしか互いに求めるものが噛みあわなくなってきた歯車。
ぶつかって疲弊し、削りとられ、キシキシと傷みながら、
それでもあたしたちは、まだこの恋を回そうとする。
『ごとーさんが、わかりません……』
『ごとーさんが、わかりません……』
『ごとーさんが、わかりません……』
『ごとーさんが、わかりません……』
『ごとーさんが、わかりません……』
『ごとーさんが、わかりません……』
めちゃくちゃに求めあいながら、
ひっきりなしに鼓膜に再生される紺野の声を聞いていた。
わからない、あたしだって自分のことわからない。
あなたのこと、失いたくないと思ってるのに。
- 543 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:37
-
ひりひりと肌をこすりあわせながら紺野は、あたしの唇ばかり求めた。
もっと……ごとーさん……ごとーさん、私………
「紺、野……」
いつもよりもっと熱く濡れた唇が、舌が、あたしの心まで激しく掻き回す。
ねぇ、このままあたしの唇、食いちぎっちゃってよ。
二度とあなたにひどい言葉を吐かないように。
心の底の泥を、ぶちまけてしまわないように。
喉元だっていいよ。あなたにならあげる。あたしの呼吸。
紺野の肌の香りが、強烈に眠気を誘う。
朦朧としはじめた意識のなかで、あたしは紺野に殺される妄想を見る。
あなたのものにして。あたしを繋ぎとめて。
あたしがほしいならあげる。全部、あげる……
だからどこにも……どこにも行かないで……
- 544 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:38
-
ぐらぐらと揺れはじめたあたしに気づき、彼女はハッと動きを止めた。
「眠い、ですか?」
「ん……」
「どうぞ、眠って」
掠れた、穏やかな声。やさしい人。
たちまち胸の奥の堰が決壊して、あたしの目から透明な水が溢れ出した。
彼女が導いた清らかな涙は、脳裏に映っていた狂気の映像を押し流してゆく。
そう、この子は、魔法使い。あたしのココロを操る呪文を囁く。
子犬のような、漆黒のつぶらな瞳で。
唐突に泣き出したあたしに紺野は驚いたように目を見開き、
指先で確かめるように、あたしの頬の水脈にふれた。
「ど、どうして、泣くんです、か……?」
「ううん……、眠りたくないな」
「でも、すごく眠そう……」
「ん……」
いつまでも彼女を瞳に映していたいけど、限界みたい。
あたしは手の甲で涙をぬぐい、鼻をすすってハハッと笑うと、鍵のありかを指さした。
そう、愛しい紺野が帰れなくなって困らないように。
ちゃんと、あたしの水槽から出ていけるように。
- 545 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/02(水) 19:39
-
彼女が、わかりましたというように、小さく頷く。
あたしはあたたかい体温をぎゅっと抱きしめ、大好きなほっぺたに唇を寄せた。
「ごめんね、さっき……ちょっと、その、苛々してて……」
「……大丈夫、です」
「昨日も電話、くれたのに……」
「……もう、いいですから」
その声は、深い森の中に静かにわき出る泉の水音のよう。
お酒なんて飲まなくても、紺野さえいればあたしは眠れる。
でも、目が覚めた時には、彼女は帰ってしまっている。
心をよぎる暗い穴にポツンと取り残されるような寂しさ。
だけど、彼女はこんなにやさしいのだから……困らせたくない……
でも、やさしいから寂しくて……違う、そうじゃない……
さまざまに交錯する思いが眠りに拡散していく。
意識が吸い込まれる瞬間、かすかに湿りを帯びた声が、
雨音のように鼓膜を震わせた気がした。
「ごとーさん、私、信じていてもいいですか……?」
- 546 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/02(水) 19:39
-
本日はここまでといたします。
- 547 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 20:39
- 何だか今回の更新で泣きそうになってしまいました。二人の想いがすごく綺麗です。
- 548 名前:ましろ 投稿日:2004/06/02(水) 20:56
- ううっ。泣けた・・・。この、こんこん最高。
- 549 名前:オレンヂ 投稿日:2004/06/02(水) 21:02
- やっぱ痛いっすねぇ。涙が・・・
2人に光がありますように。
- 550 名前:どくしゃZ 投稿日:2004/06/02(水) 22:35
- 初めまして。実はずっと読んでたサイレント読者でございます。
あまりにも痛々しくなってきたので思わずカキコした次第でございます。
一言、言わせてください。
「この黒ゴマめ!ごっちんの鬼!こんこんを泣かすんじゃない!」(ジョークですw)
次回の更新をお待ちしてます(^^;)
- 551 名前:めかり 投稿日:2004/06/02(水) 22:43
-
こんちゃ〜ん、あなたに幸福あれ!!
- 552 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 23:53
- >>543-544 すごく胸にきた。最後の2行、泣くよ。
- 553 名前:だめ人(ry 投稿日:2004/06/03(木) 01:22
- (つД⊂)切ない・・・
- 554 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/03(木) 10:18
- 涙が…なんか反対にこんなに思い合ってるのに悲しいです…。
連日の更新お疲れ様です。
- 555 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/03(木) 22:47
- 戯れに、自サイトBBSにエコモニ。結成記念の駄文を書いてみました。よろしければ、ぜひ。
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
534> 達吉様
おや、同時間に書き込みされてしまったようですねw たまたまだと思いますが、
読みにくく感じる読者様もいらっしゃると思うので、なるべくお気をつけてくださいね。
547> 名無飼育さん様
ありがとうございます。雪ぐまにとっては二人とも真摯で愛おしい少女たちです。
548> ましろ様
うちのこんこんは本当にごとーさんに夢中。初めて知る恋の痛み、過酷すぎる気もしますが。
549> オレンヂ様
そうですね。ふたりが求める光の色が同じだと、もっといいですね。
550> どくしゃZ様
登場人物が罵倒されたのは初めてw ご不満もありましょうが、彼女の闇も、どうかひとつ。
- 556 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/03(木) 22:48
- 551> めかり様
あれ、ごっちんは?w うーん、まあしょうがないかな、この展開では……
552> 名無飼育さん様
そう、おわかりのように、ごとーさんは紺ちゃんを切ないほど想っています。歪んでいるけれど。
553> だめ人(ry様
あ、とうとう両手で顔を覆ってしまったw
554> 名無し読者79様
そうですね。思いあっているから、ひどくむずかしいこともあるのかなと。
それでは、本日の更新にまいります。
- 557 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:49
-
鉛のように重いカラダを引きずってシャワーを浴びかけ、あたしは小さく声をあげた。
鏡の中に、澄んだ水のような彼女が隠し持つ、炎のような激しさを見た。
肩や腰や腕や胸や、とにかくカラダのいたるところに赤い小さな痣がついている。
これって……。あたしは洗面所の鏡の前で自分のカラダをまじまじと見まわした。
私の、ごとーさん。
おとなしい紺野の、秘められた激しさ。
こんなことができる子だったなんて。
「……どうしよう」
- 558 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:49
-
……………………………………
……………………………………
……………………………………
……………………………………
……………………………………
- 559 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:50
-
紺野の腕のなかで、まっしぐらに堕ちていった眠りの中。
あたしは仄かな薄闇のなかを、一人で歩いていた。
どのくらい、歩き続けただろう。
背後で、部屋のドアがパタンと閉まる音を聞いた。
ああ、あの音、キライ。
紺野が、帰ってく音だから。
それを合図にかすかな光も閉ざされ、
薄闇は、一寸先も見えない漆黒の闇になってしまう。
それでも、あたしは仕方なく歩き続ける。
静寂の、キーンという音。誰もいない。
足元は泥のようにぬかるんで重く、背骨まで冷えちゃいそうなほど冷たく。
どうしてこんな道を歩かなくっちゃならないんだろう。
こんな夢、はやく醒めてよ……
念じてみても眠りはあたしをからめとり、なかなか手放そうとしない。
闇に気に入られている、あたし。
- 560 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:51
-
ほんとに誰もいないの?
ひどく寂しくなってあたしは立ち止まり、果てのない暗闇に目をこらした。
寒い。カラダを両腕でぎゅっと抱きしめながら、ゆっくりと首を巡らせる。
そして、すこし離れたところに、うっすらと光る存在を見つけた。
あたしと同じくらい寂しそうな背中を。
『いちーちゃん』
ぼうっと光をまとったいちーちゃんが、ゆっくりと振り向く。
髪がさらりと頬にかかる。すこしやつれた笑顔。
重い足を必死でひきずって、あたしは彼女に歩み寄る。
ねぇ、どうしてそんなに疲れた顔してるの?
『いろいろあってね』
『どんな?』
『つまんない話』
その笑顔は、あたしが知ってるいちーちゃんと違う。
瞳の輝きも、もう違う。
だけど、だから、あたしは前よりも、いちーちゃんを近くに感じて。
- 561 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:52
-
伸ばしたあたしの指を、いちーちゃんは押しとどめるように、やさしくつかんだ。
『同情するなよ』
『でも、いちーちゃん、寂しそう』
『孤独なんてみんな一緒だって言っただろ?』
そうだったね。
笑うことを忘れたあたしに、孤独なんて皆同じと教えてくれた人。
そして、もっとひどい孤独を与えて消えた人。
あんなに嫌だと泣いたのに、あたしのこと置きざりにして。
『あたしだけのせいにするなよ』
どうして? あたし、何かいけなかった?
いちーちゃんは憐れむような瞳であたしを見つめ、
あたしの髪に手を伸ばした。あの頃のように。
そして、あの頃と同じ台詞を口にした。
『後藤、お前、なんか怖いんだよ』
なにが、怖いの?
背中に冷や汗が流れる。
いちーちゃん、あたし、どうかしてる?
- 562 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:52
-
『お前といると、狂っちゃいそうだ』
どうして?
あたしは、傍にいたいだけなのに……。
頬が濡れた感触で、あたしはいつの間にか自分が泣いていると気づく。
いつだって心より先に、あたしのカラダは痛みを感じて震えはじめる。
ねぇ、光がほしいだけなのに……
『そうやって、どこまでだって欲しがるだろう?』
『いけない?』
『かわいそうに、あの子』
あたしは、ぐしゃりと顔を歪めた。
かわいそうに、紺野。あたしなんかにつかまっちゃって。
いちーちゃんの声を借りてあたしに罪を突きつけるのは、あたし。
あたしのことを一番よく知ってる、もう一人のあたし。
耳を塞いでも、深い深い意識の底に言葉は潜り込んでくる。
いちーちゃんの唇の動きのままに。
後藤、あの子のこと、これからどのくらい追いつめるつもり?
あたしよりももっと、追いつめる気だろう?
逃げないように、逃げられないように……
『いちー、ちゃん!』
あたしは叫んだ。やめて!
やさしくしてよ、ねえ。いつもみたいに、あの夢。
- 563 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:53
-
そう、夢って便利で。
いつの間にかあたしは泥の中に横たわり、いちーちゃんの腕に抱かれている。
何度も口づけられ、カラダを撫でまわされる感覚。
それは深い眠りの底で、こっちが現実と錯覚しそうなほど奇妙に心地よくて。
首筋をくすぐる唇を感じて、あたしは身を捩り、微笑んだ。
すごい気持ちいい……ねぇ、もっと……忘れさせて……照らして……真っ白にして……
なのに、薄く目をあけて見上げたいちーちゃんは、ぼやけた写真のなかみたいな顔で。
頼りないその姿は、もはやいちーちゃんかどうかさえわからず。
だけど、この肌。あたしのココロに触れた肌だけが持ってる魔法の……
あたしは、天に手を伸ばして、確かめるようにあたしに覆いかぶさっている背を抱きしめる。
ねぇ、お願い。もっと喉が乾いたように欲しいと思ってよ。
あたしのこと、もうひとりにしないで。
『……好き、いちーちゃ……』
耳元で小さな悲鳴が聞こえ、夢はあたしの腕を振り払った。
バチンと夢がブラックアウトし、ハッと目を醒ます。
え? 何? 目をしばたかせて視界を開き、あたしは青くなった。
- 564 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:54
-
「……紺野…」
そこには、紺野がいた。
信じられないという目で、あたしを見ていた。
うそ、どうして紺野がいるの? 帰ったんじゃないの? どうして?
パニックを起こしかけたあたしよりももっと、紺野はこめかみはみるみる蒼白になっていった。
シーツを胸元にかき寄せたその瞳に、恐怖の色。
ごとーさん、誰と間違えたの……?
私のほかに、誰とこんなことしてるの……?
「違う、違くて……」
誰とも何もしてない! あたしはまだうまく回らない頭を抱えて呻いた。
違くて……いちーちゃんは……前の……
「……あ、あの人?」
“いちいちゃん”って、あの人?
誕生日の日に、家の前で、待ってた人?
「好き……?」
まだ、好き……? もしかして、ずっと……?
違う、好きじゃない! 首を振りながら、あたしはうつむく。
夢うつつにこぼれ落ちてしまった言葉は、あたし自身さえ打ちのめす。
- 565 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:55
-
紺野の唇が震えだし、子犬のような丸い瞳からポロポロと涙があふれ出した。
あたしを視界から消すように両手で顔を覆い、肩を震わせて呟く。
……あの人が来てから、ごとーさん、変だった。ずっと、変だった……
違う。あたしは耳をふさぐ。
いちーちゃんが好きなんじゃないの。
あたしはただ闇が怖くて……あなたの不在が怖くて………。
紺野はしゃくりあげながらベッドから這い出すと、
床に散らかってる制服を掻き集め、すごいスピードで身に着けはじめた。
待って! あたしはベッドのなかから慌ててその腕をつかむ。
「は、離して、ください!」
「ごめん、なんか…夢、見て……」
「……………………」
「………ごめん……帰らないで」
紺野は涙が飛び散るほど激しく首を振り、あたしを拒絶した。
あたしは身も蓋もなく懇願した。待って、ほんとに違う、違うの、聞いて!
だけど、彼女は頑として首を振った。もう、信じない! ごとーさんなんか大嫌い!
乱暴に手を振り払われて、あたしはカッとなった。
あたしは誰とも何もしてない!
ただの夢だよ、記憶の欠片なのに。
ずっと一緒にいた人で、だから遠い幸せの光が、ただ……
- 566 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:56
-
心の叫びを口にしなかったのは、吹けば飛ぶような最後のプライド。
空虚を狙い撃ち潜り込んでくる甘やかな悪夢は、そのままあたしの狂気。
ぐるっと布団を巻き付けて、あたしはプイと紺野に背を向け丸まった。
ドアが閉まる音を聞きたくなくて、あたしはぎゅっと目を閉じ、両手でかたく耳を塞ぐ。
紺野、置いて帰らないで。あたしのこと見捨てないで。
当たり前だけど、その願いはすぐに打ち砕かれた。
耳を塞いでる意味もないほど、激しく叩きつけられたドア。
一瞬、家全体がガアン!と揺れる。
彼女の怒りと悲しみが凝縮して叩きつけられた音。
階段を駆け降りる足音が遠ざかっていく。
そして、玄関のドアが乱暴に開けられ、閉まる。
あたしはゆっくり起き上がって深々とため息をついた。
やりきれない思いで、枕をドアに投げつける。
「話くらい、聞いてよ……」
身勝手な苛立ちのままに布団を蹴り上げる。
そして、ふと枕元の時計に目をやって、あたしは驚いた。
22時? 22時だって?!
- 567 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:57
-
「……帰らない気だったんだ」
あの子、今日は帰らない気だったんだ……
あたしはとたんに頭を抱え、痛恨のミスに唇を噛んだ。
あたしがおかしいのに気づいて、帰らないでそばにいてくれる気だったんだ。
そばにいてくれる気だったのに……
「……バカ」
あたしは一瞬、紺野を追いかけようとして立ち上がり、
でも、考え直して再びベッドに力なく座り込んだ。
すごい怒ってた、紺野……
あんなに怒ったの、見たことない……
たぶん、今話しても、ますますこじれてしまう……
あたしは彼女の首に巻かれたチョーカーを思い出し、すこし心を落ち着かせた。
大丈夫。そんな簡単にはダメにならない。
明日、冷静になって、もう一度ちゃんと謝ろう。
いちーちゃんと暮らしてたことや、闇が怖くてたまらないこと、
カッコ悪いけど全部話そう。きっとわかってくれる、許してくれる……
- 568 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:57
-
そして、鉛のように重いカラダを引きずってシャワーを浴びかけ、あたしは小さく声をあげた。
鏡の中に、澄んだ水のような彼女が隠し持つ、炎のような激しさを見た。
肩や腰や腕や胸や、とにかくカラダのいたるところに赤い小さな痣がついている。
これって……。あたしは洗面所の鏡の前で自分のカラダをまじまじと見まわした。
私の、ごとーさん。
おとなしい紺野の、秘められた激しさ。
こんなことができる子だったなんて。
- 569 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:58
-
「……どうしよう」
あたし、ほんとに馬鹿だ。
紺野、こんなに不安だったのに。
きっと、あの日から不安定になったあたしの本心を、ずっとうかがっていた。
のんびりとした微笑みと、遠回しなやさしさのその奥で。
『私、つまらないこと考えちゃうんですよ』
いつか聞いた、ため息交じりの彼女の言葉。
今日だってきっと帰らなかったんじゃない、帰れなかっただけだ。
あたしがまた夜の街に出掛けてしまうんじゃないかと。
紺野に言えない秘密があるんじゃないかと。
ほんとは、すごく、いろんなことを疑ってて。不安で。
あたしは裸のままバスルームを飛び出し、寝室に放り出してあった携帯をひっつかんだ。
取り返しがつかないかも知れない。
寝言って、なんだか、心の声を聞いたみたい……
そう言っていたのは、たしか紺野じゃなかっただろうか?
震える指で、携帯をスクロールし、紺野にアクセスする。
すぐに、答えはわかった。冷たい機械音が、彼女が携帯の電源を切っていることを繰り返した。
そのメッセージを呆然と聞きながらあたしは、
彼女があたしを受け入れる時に気にかけた、たった一つの望みを思い出していた。
忘れかけていた彼女の深い傷を。
『すごく、重要なことです……父のことがあるので、ほかに誰かいる人はイヤ……』
- 570 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/03(木) 22:59
-
幻と現実のあわいに立っている自分を感じた。
あたしは潔癖で、汚れていた。
もうずっと紺野の肌しか知らず、紺野の肌しか欲しくはなく、
ありとあらゆることを紺野にしか許さないのに、
彼女が塗り残すその余白が耐えられずに、幻で埋めようと。
彼女がつけた赤い痣でまだらになった肌。
唇をつけられた箇所の肌を、選ばれなかった白い肌は嫉妬する。
あたしはどうかしている。潔癖で、汚れている。
一番知られたくない人に、知られてしまった。
水面の奥に紅蓮の炎を隠し持つ彼女が、おそらく、もっとも耐え難いカタチで。
- 571 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/03(木) 23:01
-
本日はここまでといたします。
- 572 名前:名無しぽき 投稿日:2004/06/03(木) 23:03
- リアルでまたミタ━━━━(゚A゚)━━━━!!
…あぁ、切ないよ雪ぐまさん。
見てるこっちが何とかしてあげたくなる、このもどかしさ…
- 573 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/03(木) 23:04
- 切ない…泣けてきます。
リアルタイム、ありがとうございました。
連日更新お疲れです。
- 574 名前:オレンヂ 投稿日:2004/06/03(木) 23:18
- 連日の更新お疲れ様です。
今「雨の約束」を読むとあまりに切なくて軽く呼吸困難に陥ります。
2人の求める光の色が同じであるように祈ってます。
- 575 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/03(木) 23:35
- ううう…。こっこれは…。作者さん、巧い…。ヒーン
- 576 名前:だめ人(ry 投稿日:2004/06/04(金) 00:27
- ( ゚д゚)・・・・
泣くの我慢してみます。。。
いや、やっぱり泣こう、そうしよう・・・・
(つД`)
- 577 名前:めかり 投稿日:2004/06/04(金) 01:38
-
更新おつかれです。
前回は言葉が足りませんでした・・・
こんちゃんに幸福を与えれるのは、後藤さんあなただけなんです!!
- 578 名前:Stargazer 投稿日:2004/06/04(金) 07:00
- 今までレス控えてましたが…今回は流石に黙ってられませんでした。
切ない…というより、痛いですね。ちょっと自分に重なる部分もあるので、
読んでいて余計にあぁ〜ってなってしまいます。
ここ数回の更新で涙腺崩壊しっ放しです。
- 579 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/04(金) 17:35
- 何なんでしょう…この目にたまるものは…。
本当切ないですね。
- 580 名前:名無しp. 投稿日:2004/06/04(金) 18:39
- 心に傷をもった二人の苦しみが、読んでいてつらいです。
特に、親の愛情に裏切られたトラウマを持つ紺野さんは、
・・・いっぱい書きたいのですが、悲し過ぎて書けません。
- 581 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/05(土) 01:34
- 572> 名無しぽき様
そうですね、愛の迷路は天から見れば出口を迷わないものですね。
573> 名無飼育さん様
いいえ、こちらこそすぐに追っていただき感激です。
574> オレンヂ様
このスレッド、少々息苦しいですねw でも、雪ぐまは二つともとても愛着のある話です。
575> 名無飼育さん様
ありがとうございます。ヒーンって、なんか間抜けで好き。
576> だめ人(ry様
あ、また泣いちゃった……
577> めかり様
そういうことでしたか。そうですね、それはほんとに。
578> Stargazer様
こんばんは。そうですか、重なりますか。それはなかなか……
579> 名無し読者79様
目にたまるものは物語を心に寄せてくださっている印ですね。感謝です。
580> 名無しp.様
まさにその心の傷によって深くつながったはずの二人なんですけれど……うーん……
それでは、深夜の更新にまいります。
- 582 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:35
-
ゆっくりと紺野の首から手を離し、彼女を救う言葉を呟いた。
身勝手過ぎる悪魔のあたしを、どこかから違うあたしが見てる。
それは天使とかじゃなくて、ただのちっぽけで臆病なあたし。
あなたはあたしの光。やさしい希望。
はやくあたしから完全に離れて。
ほんとうに気が狂ってしまう前に。
- 583 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:36
-
いちーちゃんが言ったとおりだ。
あたしは狂っている。
どこまでだって欲しがるんだ、あなたの命さえ。
- 584 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:36
-
昨日見た夢の中で、あたしは渾身の力で紺野の首を絞めていた。
そしてぐったりと崩れ落ちた屍の紺野を、笑いながら愛でていた。
その首のチョーカー。あたしだけの紺野。
次に見た夢では、月のように白く光る薄刃のナイフで紺野の心臓を刺し貫いていた。
噴水のように溢れ出す血の海のなかで、その屍を抱きしめてあたしは笑う。
そして唇を寄せる。あたしの印、あのチョーカー。
その次は、もっとひどかった。
あたしは紺野を凍るように冷たい水の中に引きずり込む邪悪な何かだった。
紺野は口から苦しげに泡を吐き、もがきながら、あたしから逃れようとする。
なのに、あたしは薄笑いのまま彼女の足をつかんで離さない。
赤い目が光り、命を奪ってもいい印を見てる。
そう、あのチョーカー……
- 585 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:37
-
嫌だ!
あたしは悲鳴をあげて跳ね起きた。
身体中にびっしょりと汗をかいていた。
どうして、こんな夢ばっかり?
血がにじむほど唇を噛みしめる。
寝る前に飲んだはずのアルコールが切れている。
真夜中の闇と静寂がたちまちあたしに襲いかかり、逃れられない孤独を突きつける。
死神の黒いマントでくるまれたように感じてあたしは悲鳴を上げてめちゃくちゃに両手を振り回し、
玩ばれ追いつめられた哀れな小動物のようにシーツに潜り込み、ぶるぶると震えた。
どうしよう。あたし、やっぱり気が狂ってる。
目の前から逃げられたら、きっと殺してしまう。
そう、こんなこと、前にもあった。
『後藤、お前、なんか怖いよ』
なにが、怖いの?
いちーちゃん、あたし、いちーちゃんのこと好きになりすぎてた?
『お前といると、狂っちゃいそうだ』
どうして?
あたしは、ずっと一緒にいたいだけなのに。
ねえ、あたし怖い? 息苦しい? だからあのオンナのとこに行っちゃう気なの?
- 586 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:38
-
嫌だ、そんなの。
許せない。離れたくない。
あたしにはあなたしかいない。あなたしかいない。
逃げないで。置いてかないで。ひとりにしないで。怖いの。助けて!
あたしは震える指を、眠ってるいちーちゃんの首にかけた。
ごめんね、待ってて。すぐに、追いかけるからね、いちーちゃん……
「いやっ!」
その記憶はイヤ!
閃光のような鋭い痛みに、頭を抱える。
目を醒ましたいちーちゃんが、呆然とあたしを見たあの瞳。
大切に重ねてきたはずの愛が、すべて崩れ落ちたその瞬間。
- 587 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:39
-
熱い涙が次から次へと頬にあふれ、腕をつたい、シーツを濡らしていく。
あたしだけの誰かなんて幻想。
もう誰のことも、いちーちゃんみたいに愛さないって誓ったのに。
冴えないメガネの何も知らない年下の女の子。
子犬のように従順で、不器用で、澄んだ水面のように静かで、
憧れの瞳であたしのこと一生懸命、追いかけてくれる。
かわいい紺野。この子なら、この子となら、きっと穏やかに、
落ち着いて感情をコントロールして、そう、クールに、愛しすぎずに、
夜の闇も孤独も独占欲も、日だまりのような恋で飼いならしてみせると。
なのにあたしはまた、少しずつ水槽を深くして光の届かぬ深淵に誘いこんだ。
愛してる。あなたが欲しいの。欲しくなったの。
一緒に闇の底を泳ごう。ふたりなら怖くない。
あなたは誰のもの? あたしのもの。そう、いい子。
逃げないで。帰るの?じゃあ、もう来なくていい……
そう、巧妙にじりじりと追いつめて。
息が切れるほど追いかけさせて、苦しめて。
水面の奥にさえ身を焦がす炎を呼び覚まして。
……そして、大切に重ねてきたはずの愛を、すべて。
- 588 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:39
-
嗚咽は、喉の奥からぐちゃぐちゃに歪んだ魂を引きずり出す。
どうして、こんなふうにしか愛せないの?
ねぇ、どうして、こんなふうにしか愛せないの?
シーツを噛みしめ、あたしは震える。 眠れない。夜が怖い。夢が怖い。現実が怖い。
紺野、どうしたらいい? どうしたらあたしはあなたを……
- 589 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:40
-
もう3日も、紺野はただひたすら逃げまわっていた。
傷口が開いた彼女は頑なな青白い横顔で、あたしに言い訳させることも許さない。
電話は通じない、メールは拒否されて戻ってくる、屋上に来ない、
休み時間クラスにいない、いつの間にか帰ってしまっている……
それだけのことをした。気持ちの整理が必要なのかもしれない。
すこし時間が必要。待って、ちゃんと待たなきゃだめ。
じりじりとあたしの理性はこらえ、だけど悪夢がカラダを支配しはじめる。
どうして逃げるの? 逃げないで。その襟の中、きっとまだあたしのチョーカーが。
とうとうあたしは、6時間目をサボって校門で待ち伏せた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴りやんで一分もしないうちに、
案の定、紺野が生徒玄関から小走りに駆け出てきた。
教科書やノートがいっぱい詰まった重そうな鞄をかかえて。
- 590 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:41
-
あたしは悲しくなる。
今日も、話聞いてくれる気、ないんだね。
もしかして一生、ないの?
紺野はこのまま……このままあたしから……?
震える脚を踏みしめ、行く手をさえぎるように立ちはだかったあたし。
紺野は、恐ろしい悪魔でも見たようにビクッと身をすくませて一瞬立ちすくんだ。
そしてみるみるうちにその目を潤ませ唇を噛むと、サッと踵を返して脱兎のごとく逃げ出した。
「待って!」
どこ行く気なの?
あたしのこと、
愛してるって言ったくせに。
「紺野!」
あたしの足は、あたしのココロよりもはやく彼女を追いかける。
彼女は本気だった。全速力で、道行く人さえ突き飛ばしながらやみくもに逃げていた。
絶望感に追いかけられながら、あたしも全身の血が熱くなるほど駆ける。
胸を殴りつける鼓動が暴れまわり、脳髄までドクドクと響くみたいだ。
ああ、こんなに走ったの、あのリレーのアンカーの時以来。
半泣きになりながら、あたしは思う。
あの時もあたしは、ただ紺野を想って走った。愛しい恋人を。
どうして、いつの間に、あたしたち、こんなふうに……
- 591 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:42
-
何度つかまえても紺野は逃げ出そうともがき、あたしは逃がすまいと追った。
あたしの手を振り払い方向を変える、悲しいほど迷いのないスピード。
だけど、荷物を持っていないぶんだけ、あたしのほうが速かった。
何も持っていないぶんだけ、あたしのほうが愛の答えを急いでいた。
涙ぐみながら必死で追いかけて、やっとたったひとつの希望をつかまえた路地裏。
「い、や、です!」
希望は、抱きしめようとしたあたしの腕をものすごい力で振り払った。
暴れる彼女の手のひらに打たれながら、あたしはすがりつく。
渾身の力を振り絞って紺野を塀に押しつけ、とっさにその首にグッと右手をかけた。
襟の下に、チョーカーの感触。あたしはかすかに安堵の息をつく。
逃げないで。おとなしくして。
ゼエゼエと息を切らせながら、呟いた。いつものように、すこしエラそうに。
走りすぎたせいで、口の中に血の味がじわじわと広がっていた。
「……ね、話…、聞…いて、よ……」
「……き、聞きたく、ありませ…ん」
どうして?
震える指に、力をこめた。脅すように。
あたしから顔を背けていた紺野の喉が、ごくんと動いた。
磔になった彼女はだらりと両腕を落として抵抗をやめ、かたく目を閉じたまま動かない。
まるで、なにもかも観念したというように。
彼女の肩が小刻みに震え出し、目頭から涙が溢れ、鼻を伝って唇へと流れ落ちた。
あたしは、その軌跡をぼんやりと見つめた。
- 592 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:43
-
身じろぎもせずに、ただ、はらはらと涙を流す紺野は美しい生け贄のよう。
あたしは妙に甘い気持ちになっていく。
ねぇ、どうして逃げないの?
逃げてよ。さっきみたいに。
それとも。
「……話、聞いてくれる?」
「……い、や…です、なに…も…聞きたく…な…い」
じゃあ、どうして逃げないの?
殴ってでもあなたなら逃げられるはず、本当に許せないなら。
気持ちを試すように、締めあげてる右手にさらに力を込める。
彼女の踵が浮きかけ、天を仰いで開かれた唇から、笛のような小さな音が漏れた。
でも、彼女はまだ逃げない。苦しげに震えながら、ただ瞼をうっすらと開く。
潤んで光る漆黒の瞳が、奇妙に切なげにあたしを見つめ、そして音もなく唇が動いた。
……ごとー……さん……
その瞬間、信じられないほど甘美な電流が、震えながら背骨を駆け抜けた。
自分の頬が、緩やかに微笑んだのを感じた。
だって、それは恍惚の表情。
あたしに愛され、水槽のなかで見せる、あの。
- 593 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:44
-
彼女の瞳があたしを見つめ、水の中のようにゆっくりと揺らめくのを見ていた。
今にも意識を手放して堕ちていきそうな、その瞳を。
ねぇ紺野、 あたしに殺されてもいいの?
そんなに愛してくれてるの? 一緒に狂ってくれる? 一緒に死んでくれる?
あたしを闇から解放してくれる……?
- 594 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:45
-
だけど、それはやっぱり、あたしの狂った願望にすぎなかった。
ギリギリと首を締められながら彼女の唇が次に紡いだ言葉は、愛の言葉ではなく。
そう、愛の言葉ではなく………
- 595 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:45
-
………嘘つき……
- 596 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:46
-
ああ……
あたしは、ゆっくりと紺野の首から手を離した。
絶望とも安堵ともつかない感情が、あたしの胸に泥流のように渦巻いていた。
この子はまともだ。あたしとは違う。そうだ、この子は光り溢れる希望。美しい魂。
悪魔の右手から解放された紺野は、
あたしに背を向けるように身体をくの字に折り曲げて激しく咳込んだ。
ごめんね。ごめん。あたしも、目をそらして一瞬、かたく目を閉じた。錯覚を振りきるように。
そして、静かに、彼女をほんとうに解放する言葉を呟いた。
「うちら、別れよ」
- 597 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:47
-
身勝手過ぎる悪魔のあたしを、どこかから違うあたしが見てる。
それは天使とかじゃなくて、ただのちっぽけで臆病なあたし。
あなたはあたしの光。やさしい希望。
はやくあたしから完全に離れて。
ほんとうに気が狂ってしまう前に。
首をおさえて荒い息を吐いていた紺野は、
その瞬間、ハッと振り返ってあたしを見つめた。
まるで理解できない言語で話しかけられたというように。
「………わ、別れ…る…?」
深い森の奥の、涌き出ずる泉のような、澄んだ水をたたえた瞳。
あたしは、もうどうでもいいというように髪をかきあげ、紺野を見やった。
彼女がカッコいいと言った、クールな視線で。刃物の視線で。
- 598 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/05(土) 01:48
-
もう別れよう、紺野。
そのほうがいい。
逃げたいでしょう? 嘘つきのあたしから。
紺野がごくんと息をのみ、よろめくように一歩後ずさった。
いいよ逃げなよ。安心してよ、あたしもう追いかけないから。
あなたとあたしは違う。光と闇のように違う。だから。
「……もう、いらないよ」
紺野の瞳に、鋭い痛みと怒りが走ったのがわかった。
彼女は襟元に手をかけると、力を込めてチョーカーを引きちぎった。
投げつけられて、鞭のようにあたしの頬に当たったその痛みを、
あたしは目を閉じて受け入れた。
それで、終わりだった。
- 599 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/05(土) 01:48
-
本日はここまでといたします。
- 600 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/05(土) 01:49
- 更新お疲れ様です。
マジで泣きそうなんですが・・・
- 601 名前:名無しぽき 投稿日:2004/06/05(土) 01:51
- 1レスごとに胸を刺されるような…
リアルタイムで読むからこそそう思います…
- 602 名前:しりうす 投稿日:2004/06/05(土) 01:55
- 初めまして。
「記憶より彼方で」からずっと読んでましたが、初めてのリアルタイム更新プラス内容の衝撃さに初カキコせずにはいられませんでした。
いや〜リロードする度に現れる文章・・トリハダの連続でした・・
今回の内容で、これまでの雪ぐまさんの小説の中でこれがナンバーワンになっちゃったね、こりゃ。
これからも楽しみにしています。更新頑張ってください。でわでわ。
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/05(土) 10:59
- ごっちん゚・(ノД`)・゚・
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/05(土) 13:46
- ごまこん、痛いなぁ…(T-T)
うぅ〜こっちまで泣いちゃいましたよ(涙
雪ぐまさん、更新頑張ってください。
- 605 名前:だめ人(ry 投稿日:2004/06/05(土) 14:57
- 更新おつかれさまです
・゚・(つД`)・゚・
爆撃されました・・イタイよーイタイよー・・
誰か衛生兵をー。。
- 606 名前:Stargazer 投稿日:2004/06/05(土) 17:41
- 痛い…痛すぎます、本当。気持ちとしては後藤さんの気持ちが
分かりすぎるくらいに分かるんですけど、紺野さんも…。
ハンカチでは間に合わないので、スポーツタオルで涙を拭いてます。
- 607 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/05(土) 17:41
- もう本当悲しいです。
ごっちん……(泣 また涙が…。
- 608 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/06(日) 14:39
- 600> 名無飼育さん様
深夜にもかかわらずお読みいただいていたんですね。感謝します。
601> 名無しぽき様
日々リアルでお読みいただいてますね。癒しにはほど遠い胸の痛い回で恐縮でした。
602> しりうす様
はじめまして。ナンバーワンかどうかはともかく、最も苛烈であることは間違いなさそうです。
603> 名無飼育さん様
うちのごっちんのために泣いてくださってどうもありがとう。
604> 名無飼育さん様
ごまこん、ほのぼのがよく似合うんですけどねぇ……いやはや。
605> だめ人(ry様
うちの衛生兵、癒しの紺野さんも重症のもよう。ナース石川さんをお呼びしましょう。
606> Stargazer様
逃げるよりなかった紺野さんの痛み、手放すほかなかったごっちんの狂気。不器用な二人の恋です。
607> 名無し読者79様
ずっとご心配いただいていたのに……(泣 そして、二人の物語はまだ続きます。
それでは、本日の更新にまいります。
- 609 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:41
-
14時になると、チャイムが鳴りそうな気がする。
冷房を20度に設定して過ごす、一人きりの夏休み。
あたしは水槽の底で泳ぐ気力もなくうずくまり、
目の前を真っ白い魚が泳ぎまわる幻想を見ている。
手を伸ばしたあたしの指先は、どこにも触れない。
- 610 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:42
-
皮肉なことだけど、あたしは紺野と別れたことで、いちーちゃんの幻から解放された。
その代わりに、あたしにとり憑いたのは紺野の幻。
ようするに、ないものねだり?
どうしてあたしは、なくしたものに執着するんだろう。
その人がくれた愛を、脳内のスクリーンに繰り返し繰り返しリピートして。
「紺野……」
あの潤んだ瞳の奥で、あたしを恨んでると思う。
のんびりとした仕草の裏の頑なさで、けっして許さないと思う。
いちーちゃんのこと、たぶん勘違いしたまま。
それでいいと思って、あたしは彼女を捨てた。
これ以上、狂った欲望を向けたくなかった。
自分で選んだことなのにあたしは、雨の中に捨てられた猫みたいにみっともなく震えている。
違う、選んだとかじゃない。自分から逃げ出したくせに、
紺野のいない世界でどうやって生きたらいいのか困り果ててる。
- 611 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:43
-
トラちゃん、生きてるかな。
あの傷ついてた、強がりのチビ猫。
ほとんど動けなかったくせに、あたしを見て威嚇した。
ごそごそと蠢きながら、紺野が来るのをいつも待ってた。
紺野が来たら小さな口をいっぱいに開けて甘えて鳴き、
あたしのほうをもう全然見なかった。
トラちゃんはトラちゃんなりに、何かを思って、
あたたかで過保護な紺野の手のひらから逃げ出したんだろう。
トラちゃんがいなくなってあたしは、
うらやましかったあの子の手のひらの中に潜り込んだんだ。
まるで、自分のほうが彼女を奪い取るような顔をして。
- 612 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:44
-
「紺野……」
あの子があたしに投げつけたチョーカーは、今はあたしの手首にある。
切れてしまったチョーカー。あの子があたしのものだった印。
ほんとうは、あたしがあの子のものだった。
手のひらの中で甘えてた小さなあたしは、まるでききわけがなくて、
もっと欲しくて、かまってほしくて、めちゃくちゃに噛みついて引っ掻いて、
蜂蜜みたいにやさしい彼女をとうとう怒らせてしまったことが怖かった。
彼女があたしを見捨てる前に、自分から逃げ出してしまいたかった。
もう、逃げた影を追いかけるのは嫌だった。
彼女を殺めたいとまで思い詰めてしまう自分が嫌だった。
なのに、どうだろう。
やっぱり、あたしは死にかけている。
餌のとり方、忘れちゃったね、トラちゃん。
あの子が一切れずつ食べさせてくれたハンバーグの味ばっかり思い出すんだ。
あの子があたしの唇に押し込んでくれた、いろんな味の飴とか。
それからあの不思議なほど熱くてやわらかい、おいしい唇。
ジャガバターの味がしたり、ミントの味がしたり、した……
- 613 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:45
-
さあ、すこしアルコールを飲んで、眠ろう。
眠ってしまえば、時間はたちまち過ぎていく。
でも、お酒の魔法も前ほどは効かないんだ。
何も食べないのに、あたしはなかなか酔わなくていらいらする。
寒すぎるのかな。クーラーの設定温度を上げてみるけど、だめで。
「寒い……」
あたしはグラスを持ったままリビングのサッシ戸をあけ、小さな庭に出た。
あっというまに肌を包む、乱暴な夏の夜の熱気。
裸足の足の裏に、枯れてカサカサになった芝生と、乾ききった土の感触。
ママたちがいた頃、この庭は青々としていて、
チューリップとかパンジーとか、冴えない花が次々と咲いていた。
もっとなんか他の花ないの?と文句を言ったあたしに、
ママは、こういうの平和な家庭って感じでしょ?なんて言って笑った。
- 614 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:46
-
紺野は荒れ放題のこの庭のことを気にしていて、
晴れた日が続くとちょっとだけ残った芝生とか薔薇の木とかに、時々水をやってくれていた。
そうだ、去年の夏も、しょっちゅうこのサッシ戸を開けたがって辟易したっけ。
『ずっとクーラーのなかに、いるからですよ』
『たまには、外にでなきゃ』
『お日さまに、あたらなくっちゃ』
あたしは手にしていたグラスを傾け、まだ生きていそうな芝生にちょろちょろと注いだ。
足りない? そう。
カラカラとホースを引っ張り出して、ざあざあと雨を降らせる。
月の光と外灯だけが、植物にやさしくするあたしを見てる。
仄かな光に反射する水の粒がスローモーションみたいに見えて、あたしはあはっと笑う。
こんなあたし、紺野が喜びそうだね。
見て、紺野。水、やってるんだ、あたし。
「……紺野ぉ、あたしエラい?」
呟きはもう届かない。
あたしは、あんたが憧れたみたいなクールな女じゃない。ただの子供なんだよ。
ホースを取り落とし、ぎゅっと自分自身を抱きしめた。
涙がこぼれるスピードで、たちまち足元がぬかるんでゆく。
寂しくて、あたしはただ甘やかしてほしくて、
愛されたいばっかりで、あの子が乾きかけてたこと、
ちっとも気にしてあげてなくって。
- 615 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:47
-
別人になってしまいたい。別の人間に。
こんなあたしじゃなくて、やさしくて、もっとまともな。
そう、もっとまともに、愛する人を守れる人に。
いたわりあって、遠い未来を紡げる人に。
小さなカフェを二人でつくる、紺野が見た、金色の夢のような。
- 616 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:48
-
あたしは部屋に駆け込むと、台所にあったハサミをひっつかみ、
発作的に自分の髪をジャキジャキ切り落とした。
紙吹雪みたいに、床にパラパラと髪が舞い落ちる。
ははっ、さよなら、さっきまでのあたし。
「なのに、なんで……」
まだ、こんなふうに思ったりするんだろう。
紺野、あたしのこと好きって言ったじゃん。
どうして許してくれないの?
もっと甘やかしてよ。愛して。
はやく来て。追いかけてきて。あたしと一緒に死んで。
- 617 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:50
-
「ははっ……」
ひとりで勝手に死ねよ。
あたしは、はさみを開いて、力まかせに肘の内側を切りつけた。
肌が引き裂かれる熱い痛みが、一瞬、胸の痛みを振り切って、
悪い夢からフッと覚醒したような気分になる。
ああ、楽になる。
悪い血が流れ出す。
だけど、こんなんじゃ死ねない、もっと。
もっと。
もう一度、鈍く光るハサミを振りかざす。
さよなら、あたし。今度こそ、ほんとうにバイバイ。
- 618 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:52
-
その時。
いきなりテーブルの上の携帯がパッと光って、けたたましい音を立てた。
ハッと我に返る。驚いて首を巡らすと、薄闇の中で明滅するディスプレー。
誰……? ハサミを握りしめたまま、震える指で携帯を持ち上げて確認した。
「裕ちゃん……」
どうして? 裕ちゃん、仕事中じゃないの?
携帯は、警報のように空気を震わせて鳴り続ける。
あたしは呆然と、騒ぎ立てる小さな機械を見つめていた。
そして、流れる血が床に滴り落ちた瞬間に、信じられないひとつの答えが閃く。
「ママ……」
ママが、裕ちゃんに知らせたの?
着信音は一度留守電に切り替わった時にピッと切れ、
そして間髪入れずに、もう一度、あたしを呼んで鳴り出した。
出るまでしつこくかけるで、とでもいうように。
- 619 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:52
-
あたしは小さく深呼吸をすると、ピッと通話ボタンを押した。
「ああ、真希……生きとったか」
鼓膜に流れこんできたのは、こんなあたしのことを心底案じてくれる声。
仕事中なのに、あたしの状態なんて知るはずないのに、
この血のつながったやさしいお姉さんは、きっと天国にいるママのメッセージを感じて。
「裕ちゃん……」
切りつけた傷から溢れ出す血は、
じんじんと熱い痛みのなかで、すこしずつ止まりかけていた。
あたしの目からは、再び透明な涙が溢れ出した。
悲しみとも安堵ともつかない滴が。
- 620 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/06(日) 14:53
-
また、連れてってくれなかったね、ママ。
でも、もう、今度こそ、あたし、この家にいられない。
ママも、そう思ったんでしょう?
「……裕ちゃん、迎えに来て」
まだ狂いきっていないあたしの理性が、
かろうじて、そう唇を動かした。
- 621 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/06(日) 14:54
-
本日はここまでといたします。
- 622 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/06(日) 15:51
- あぁ、もう胸が痛すぎてぐるぐるします。。。(ノД`)ウゥッ
- 623 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/06(日) 16:26
- もう言葉が…。。どうか助けてって感じです。
- 624 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/06(日) 17:13
- ご、ごっーーーーーちーーーーーんーーーーー
初レスですが、こうとしか書きようがないです。
- 625 名前:ジル 投稿日:2004/06/06(日) 18:38
- あイタタタ…悲しすぎるよごっちん。
続きが気になります。
- 626 名前:Stargazer 投稿日:2004/06/06(日) 20:29
- 不器用で、ある意味真っ直ぐで…雪ぐまさんの書かれる
後藤さんは見ていて、辛くもあり…愛しいと思います。
これからどうなるのか分かりませんが…頑張ってください。
- 627 名前:めかり 投稿日:2004/06/06(日) 22:05
-
ぬわっ〜〜〜!!!ごとーさ〜んが大変だ!
続きが気になって気になって・・・、
これからも頑張ってくださ〜い♪
- 628 名前:オレンヂ 投稿日:2004/06/06(日) 23:33
- ごっちん・・・
読んでてごっちんの心情がすごく伝わってきて苦しいですよぅ。
あまりのつらさに昨日はレスできなかったです・・・
ここがこの物語の一番深いところであることを祈ってます。
- 629 名前:名無しp. 投稿日:2004/06/06(日) 23:38
- 後藤さんが、あじわってきた絶望感や苦悩が、自分自身を追い詰めた
限界状況ギリギリのところで、同じ苦悩を抱えた紺野さんとの交わりで
癒されていた事に気づいても、自分の狂気の巻き添えにしてはならないと
敢て『捨てた』後藤さんの優しさ・・・
雪ぐま様の世界は、本当に深い愛に包まれて、どんどん引き込まれていきます。
長くなって、ごめんなさい。
- 630 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/07(月) 21:21
- 雪ぐまさんには、いつも、ほんとヤラれる。
悲しみは、過ぎて、ごっちんにもぽんちゃんにも腹立てている自分がいます。
こうなるのは、必然だ。まったくもう。>>198あたり読んで、ため息っす。
- 631 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/07(月) 21:27
- 622> 名無飼育さん様
うちのごっちん、ぐるぐるの螺旋階段からやっと抜け出す決心をしたようです。
623> 名無し読者79様
大丈夫。天国のママが、大切なごっちんを見守っていますから。
624> 名無し読者様
はじめまして。初レスで叫ばせてしまって申し訳ないw
625> ジル様
悲しすぎますね。でも、狂気のなかに、まだ理性が残っていたようです。
626> Stargazer様
うちのごっちんを愛していただき、ありがとうございます。愛される人だから、大丈夫ですきっと。
627> めかり様
ぬわっ〜〜〜!!!と盛大に驚かせてしまいましたねw いやはや、紺野さんのほうも心配です。
628> オレンヂ様
最初の頃、ずっと曖昧だったうちのごっちん。臆病な彼女が剥き出しになった回でした。
629> 名無しp.様
やさしさは弱さかもしれませんが、ごっちんなりの精一杯の決断だったよう。正解はありませんが……
それでは、本日の更新にまいります。
- 632 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:30
-
あたしは裕ちゃんのマンションで暮らしはじめた。
裕ちゃんが夜に仕事に出かけてしばらくすると、
近所で暮らしてる矢口さんが遊びに来て、たいてい泊まっていく。
「ごっつあんが、ずっといるといいなー」
裕子って、夜のお仕事じゃん? オイラ、寂しかったんだよぉー。
プレステに燃えながら、矢口さんはそう言って泣きまねとかする。
きっとあたしをひとりにしないように裕ちゃんに頼まれてるんだと思うけど、
その銀の鈴みたいな笑顔と声は、あたしの気持ちをさりげなく上向きにしてくれる。
- 633 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:31
-
あの日。
散らばった髪のなかに座り込み、乾きかけている傷を呆然と眺めていたあたしを、
裕ちゃんは強く強く抱きしめて、ごめんなと泣いた。
謝ることないのに、裕ちゃん、なんで? あたしが勝手に。
「髪、短いほうがオイラは好きだなー」
発作的にジャキジャキに切り落とした髪。
やぐっつあんは何も聞かずに、上手にかわいくなおしてくれた。
短めの髪のあたしは、なんだか少年みたい。
別人になれるかな。鏡のなかで髪を揺らし、ちょっと笑ってみる。
血のつながった家族の愛情、そして友情ってやつが、
ぽっかりと穴の開いた心を少しずつ満たしていく。
だけど、それはピースの足りないジグソーパズルみたいに、絶対に全部は埋まらないんだ。
たったひとつの、でも大事な一片を求めて、おそらく人はさまよう。
それは、ほんとうに特別なカケラ。
それひとつと、その他のピースを全部とっかえっこしちゃってもいいと思うくらい。
ほんとは、全部埋まるといいと思うんだ。
いたわりあえる家族がいて、笑いあえる友達がいて、寄り添える恋人がいて。
そのみっつをバランス良く、波に乗るように気持ちよく乗りこなす人もいる。
だけど、あたしは、すっごく下手くそで。
とんでもなく下手くそで。
- 634 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:31
-
「まだ18やん、あんた」
お酒のグラスをカラカラ言わせながら、裕ちゃんは微笑む。
「そのうち、なるようになるわ」
「なるかなあ?」
「なるで」
「つらくなくなる?」
「うーん、つらいことはなー、微妙やけど」
ま、しゃーないなーって諦めるっていうか。
歳とると、前向きにバカになってくんねん。
その言い方がおかしくて、あたしはケラケラ笑う。
はやくこうすれば良かったのかな。
意地を張らずに、パパたちと暮らしてた日々に執着せずに、
裕ちゃんたちと、新しい生活を始めれば良かったのかな。
でも、いちーちゃんと暮らした日々や、
紺野と過ごした時間は、あたしに天に舞い上がりそうな幸福と、
地に叩きつけられるような絶望を教えた。
生きていると、強く感じていた。
- 635 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:32
-
「……別れること、なかったんじゃん?」
紺野との恋をぽつぽつと語りはじめたあたしに、矢口さんはそんなふうに言う。
そりゃひどいことしちゃったけど、なんとかなったんじゃん?
時間かけて謝れば、仲直りできたんじゃん?
だけど、裕ちゃんは頑として首を振る。
「いや、それでよかったで、真希。えらかった」
矢口さんがなにそれ?と、口を尖らせる。
あたしは、俯いて曖昧に笑う。
裕ちゃんはわかってる。あのまま続けてたら、
ほんとにあたしが紺野を道連れにしかねなかったこと。
あの家の空気が、あたしの孤独で歪みきっていたのをその目で見たから。
- 636 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:33
-
いちーちゃんは実家に戻ったって聞いた。
もう新しい恋人もいて、幸せになれそうだって。
あの時、あたしのところに帰ろうって一瞬でも思ってくれたこと、うれしかった。
だけど、紺野がいて、いちーちゃんは助かった。
もし、あたしがまだ一人でいたら、きっと今度こそいちーちゃんを殺してたと思う。
二度と、逃げないように。
紺野は……紺野にとっても、良かったんだと思う。
裕ちゃんが、言うように。
- 637 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:34
-
新学期が始まって、ほぼ1ヶ月ぶりに見た紺野は、
すこし痩せてはいたけれど、驚くほど健康的に見えた。
プールにでも行ったのか、彼女はうっすらと日焼けしていて、
小川や高橋と一緒に、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
その姿を見た時、身勝手なあたしは一瞬寂しくなって、
でも、あたしは紺野を、本来のあの子の場所に帰したんだなって思った。
閉ざされた、あたしの水槽なんかじゃなく。
学校のなかで、あたしたちは不思議なほど出会わない。
紺野が、あたしが行きそうな場所を避けているんだと思う。
だから、あたしが紺野を見かけるのはほんとうに遠くからで、
たとえば校庭で体育の授業を受けている紺野とか、
全校集会で、遠くのほうに並んでる紺野とか、
楽しげにおしゃべりしながら小川たちと帰っていく後ろ姿とか。
紺野は、あたしがいるとわかってる場所でも、決してあたしのほうを見ない。
穏やかでのんびり屋の紺野。
その芯に秘められた激しい情熱をあたしは知ってる。
裏切ったあたしを許せない彼女の深い傷も。
- 638 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:34
-
『すごく、重要なことです……父のことがあるので、ほかに誰かいる人はイヤ……』
あたしは目を伏せる。
紺野、謝らなきゃいけないことだらけだ。
あたたかそうな手のなかがうらやましくて、気まぐれに口説いたこと。
あなたを変えて、自分の存在を確かめてたこと。
あなたのやさしさを、孤独を慰めるために利用したこと。
『……嘘つき……』
そうだね、あたしはあなたにいつも心を隠し。
だけど、無邪気に差し出されたあなたの心。
あたしは、少しずつあなたを本当に好きになって。
あなたと過ごす安らかな時間が、あたしに纏わりついて離れなくなって。そして。
- 639 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/07(月) 21:35
-
都合よく聞こえるかもしれない。
だけど、あたしは確かにあなたを、紺野を愛したと思う。
キスしたって、抱っこしたって、なんか足んないなんか足んない
もっとちょうだいもっとちょうだい、愛しくて愛しくて
CRAZY MY BABY……
そう、身勝手な愛し方だったけれど。
- 640 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/07(月) 21:43
-
本日はここまでといたします。
>>630 名無し飼育さん様
更新始めてからレスいただいてるのに気づきました。ごめんなさい。
そうですね。ごとーさんの弱さや紺野さんの幼さ、かなり初期のほうから表れています。
必然を回避するチャンスも何度かあったのですが……
- 641 名前:ファンA 投稿日:2004/06/07(月) 21:47
- 久しぶりに来たら、ちょうどリアルタイムでした。
胸に深く深くしみてきます。
ごっちんの切なさ、紺野は何を思っているのか……。
HP、拝見しました。シンプルで読みやすくて、とても好きです。
これからも、応援しています。
- 642 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/07(月) 22:02
- 連日更新お疲れです。
なんか毎日切なくなっちゃうけど、
毎日明日を楽しみにしちゃってるんですよw
苦しいけど、雪ぐまさんについていきますっ!
無理せずがんばってくださいね。
- 643 名前:Stargazer 投稿日:2004/06/07(月) 22:11
- 仕事から帰ってきたら、更新キテター!
痛くて、読んだ後に結構あぁ…って思っちゃうんですが、
やはり、ここの後藤さんと紺野さんが好きなので。
連日の更新、お疲れ様です。
- 644 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/08(火) 18:08
- 641> ファンA様
紺ちゃん、気丈なようですが内心はどうでしょうね……。
HP、ミュのレポとかあげていますので、ぜひまたいらしてくださいね。
642> 名無飼育さん様
ありがとうございます。雪ぐまも更新するのが生活の張りとなっておりますw
それもこれも皆様のあたたかい励ましのおかげ。感謝しております。
643> Stargazer様
うちの二人を愛していただき、ありがとうございます。
ほんと、あぁ…って内容ですが、どうぞよろしくおつきあいください。
それでは、本日の更新にまいります。
- 645 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/08(火) 18:10
-
2年生の修学旅行の写真が貼り出されていると聞いて、
放課後、ほとんど人影がなくなる時刻を待ち、紺野のクラスへと忍び込んだ。
1枚50円と書かれた注文票とともに、大量に壁にかかっている写真。
誰か来たらどうしようとビクビクしつつ、端からすばやく見ていく。
そこには、あたしの知らない紺野がたくさん写っていた。
高橋ともたくさん写ってるけど、小川とのほうがより仲がいいみたいだ。
ぴったりと顔を寄せて笑い、抱きあい、変な顔をしておどけ、
変装だって朝飯前って感じでふざけあっている。
胸に襲いかかってくる息苦しい嫉妬と戦いながら、
あたしは「ふうん…」と、なんでもなさそうに呟いてみたりする。
あの子の隣だとこんなふうに明るく笑うんだ、とか。
- 646 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/08(火) 18:11
-
はにかんで笑うと思ってた。
困ったような、泣きそうな顔ばっかりしてると思ってた。
目を伏せる。気をつかわせてばっかりだったね……
- 647 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/08(火) 18:11
-
「あ……」
唐突にあたしは、一枚の写真に吸い寄せられた。
「紺野……」
そこにいたのは、あたしがよく知ってる紺野だった。
USJ……かな。スヌーピーのバケツに入ったキャラメルポップコーンを抱えている。
何かに気をとられたように、どこか遠くを見つめている。
そのちょっとボンヤリした、いまにも泣き出しそうにみえる透明な瞳。
そう、いつもこんな顔をしていた。
欲しい。
だけど、まさか注文するわけにいかないし。
盗む?……わけにもいかないよね。あたしだってバレちゃう気もするし。
諦めて帰りかけ、あたしはもう一度、振り返る。
そこには、やっぱりこの胸に焼きついてる紺野がいた。
バレてもかまわない、これはあたしの紺野だ。
あたしはすばやくその写真を剥がすと、ポケットを探り、50円玉をピンで止めた。
- 648 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/08(火) 18:12
-
「紺野……」
あたしの心の奥底は誰も知らない。
あなたさえ知らない。
足早に紺野の教室から逃げ出すあたしは、
たぶんこの世でいちばんみっともなく、意味のない存在だろう。
だけどあたしは、もう一度、意味のある存在になるために、
今度は自分の力で、やってみようと思ってる。
薄っぺらい鞄の中には、調理師の専門学校の願書。
料理は好きなんだ。愛する人のためだけじゃなくて、
たくさんの人のために、つくってみようかなと思ってる。
『ごとーさんは、ほんとにご飯つくるの上手』
紺野はそう言って、いつも気持ちいいくらいたくさん食べてくれた。
食いしん坊なその笑顔を見てると、食べるって幸せなことなんだなあって感じた。
だから、あたしの料理で、たくさんの人が笑顔になったらいいなって。
この道に気づいたのは、紺野、あなたのお陰。
- 649 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/08(火) 18:13
-
「あれ、ごっちん、まだいたの?」
教室に帰ると、帰り支度をしていたよっすぃ〜が顔をあげて笑った。
あたしはさりげなく紺野の写真を背中に隠す。
「よっすぃ〜こそ」
「ちょっとねー、進路相談なんてブチかましてたっす」
どこだかの私大から、バレー推薦の話がきているらしい。
それを受ければ楽なはずなんだけど、彼女はずっと迷っている。
「ごっちん、飯食ってかねえ?」
「あれ、お家で食べなくていいの?」
「うん、今日はアイツと食べる約束してっから」
アイツだなんて。
あたしは微笑ましい気持ちになる。
梨華ちゃんが通う大学に一緒に通いたくて、
おいしい推薦の話にハイって言えないくせにさ。
バレーばっかやってて、偏差値が足りないくせにね。
- 650 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/08(火) 18:13
-
「行こうぜ」
「うん、じゃあお邪魔しよっかな」
よっすぃ〜は、何も聞かない。
あたしと紺野がダメになったことはもうすっかり知れ渡ってるのに、
この気さくな友達は、興味本位で心の襞をほじくってきたりはしない。
でも、こうしてさりげなくあたしを慰めようとしてくれるんだ。
たぶん、教室に戻ってきた時の、あたしの泣きそうな顔に気づいて。
「ありがと」
「はー? なにが?」
「ううん。梨華ちゃんに会うの、久しぶりだなー」
あたしはよっすぃ〜に見つからないように背を向け、
紺野の写真を、そっと手帳に挟んだ。
- 651 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/08(火) 18:14
-
本日はここまでといたします。
- 652 名前:オレンヂ 投稿日:2004/06/08(火) 19:17
- 連日の更新お疲れ様です。
不器用で臆病なごっちんをなんだかとても愛しく思います。
最近、これを読まないとすっきり寝られませんw
ごっちんの全部のピースがそろえばいいな。
- 653 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/08(火) 19:33
- うううーー がんばれごっちん
- 654 名前:名無しぽき 投稿日:2004/06/08(火) 20:15
- 切ない…切ないよ雪ぐまさん…
早く2人の笑顔、見たいですなぁ…
- 655 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/08(火) 20:34
- 更新お疲れ様です。
こういうごっちん好きです。少しずつですが変わってきて…。
心が暖かくなりました649と650に。
- 656 名前:Stargazer 投稿日:2004/06/08(火) 20:45
- 切ないけど、切ないだけじゃない。少しずつ、また
動き出してますが…あぁ、もう。(身もだえしつつ)
雪ぐまさん、絶妙です。
- 657 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/09(水) 03:10
- が‥我慢だ。きっと二人は幸せになれるはず!!
それまで涙は見せん!!頑張れ自分!!
‥‥早く私に涙を流させてください。お願いします。
- 658 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/09(水) 16:50
- 652> オレンヂ様
日々の楽しみにしていただけているようで光栄です。ごっちんはごっちんなりに頑張ってるみたいです。
653> 名無飼育さん様
たぶんごっちんも、うううーーーと言いながら頑張ってますね。
654> 名無しぽき様
切ないですねぇ……。手を離してしまった二人の日々はどんな色でしょうね。
655> 名無し読者79様
とことん暗いとこに落ちて、すこし前向きになってきたうちのごっちんです。よっちぃ、粋だねw
656> Stargazer様
お褒めいただきありがとうございます。どんなに切ない時も、時間は必ず流れていきますね。
657> 名無飼育さん様
涙はやっぱり、うれし涙が幸せですね。ごっちんも紺ちゃんもそう思っているとは思いますが。
それでは、本日の更新にまいります。
- 659 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:51
-
小川が、紺野のことを友達以上に好きだろうということは、
もうずっと前からなんとなく気づいていた。
そして紺野も、小川のことを好きになったのかもしれないと思ったのは、
前庭の桜の樹の下に座って、彼女が小川に膝枕をしてあげているのを見たからだった。
襟を開いてチョーカーをあたしに見せた、あの桜の樹の下で。
- 660 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:52
-
小川の頭を膝にのせて紺野は、
秋風に乱れた前髪をやさしく直してあげていた。
うつむいていても、ぷっくりとした頬っぺたの形で、
彼女が微笑んでいると、あたしにはわかる。
小川はうれしさを隠しきれないというようにぱたぱたと手足を動かし、
なにやら一生懸命に紺野に話しかけている。
そして、紺野が弾けたように天を向いて笑う。
ああ、そう。
あたしは一瞬、かたく目を閉じ、
小さく息を吸って気を落ち着けると、窓から離れて歩き出した。
あたしの嫉妬は恐ろしく凶暴で、いまにも目の前のガラス窓を叩き割り、
その欠片を握りしめて、二人に切りつけてしまいそうなほど。
だから、あたしは紺野と別れたんだ。
あの子は、あんなふうに穏やかに、大きな樹の下で風に吹かれながら、
無邪気な恋人とじゃれあってるのがよく似合う。
週末にはおいしいケーキ屋さんやアイスクリーム屋さんを巡り、
手をつないでウインドーショッピングをし、
それからちょっと切ない恋愛小説のことなんかを話したりする。
映画館で暗くなった瞬間にキスをしていたずらっぽく微笑みあうような、
そんな当たり前の恋が、あの子とならできるだろうと思う。
- 661 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:54
-
教室に戻り、鞄をとって階段を降りる。
あたしとも、そんなふうにデートした時もあったね。
たとえば、月に一度、原宿に髪を切りに行った帰りとか。
紺野は、すごく元気で、めちゃくちゃ楽しそうで、
あたしが教えたお気に入りの服屋を全部まわりたがった。
あたしは、彼女の手をひいてぶらぶら歩きながら、
ちょこちょこついてくる紺野のこと、すごくかわいいなって思ってた。
彼女はあたしが人混み苦手、暑いの苦手ってインプットしてて、
だから八の字まゆ毛の心配そうな顔で、もう口癖みたいにあたしに訊くんだ。
『ごとーさん、疲れませんか?』
『ちょっと、休みましょうか』
『喉、乾きませんか?』
『涼しいとこ、行きましょう』
………………………………
………………………………
- 662 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:55
-
そんなふうに過去に思いをめぐらせていたからだろうか、
校舎の外に出た瞬間、手をつないで歩いてきた紺野たちと真正面から鉢合わせてしまった。
一瞬、息をのむ。あたしの強運は時々、おかしなふうに発揮される。
正面玄関を出たら、彼女たちに会っちゃいそうだったから、
靴をとってわざわざ通用口のほうへ回ったのに。
突然現れたあたしを見て、紺野は文字通り立ちすくんだ。
あたしは悲しい気持ちで、彼女を見た。
そんなおどおどした顔、しないでよ。
そんなふうに、小川にすがりついたりしないで。
- 663 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:56
-
よせばいいのに、くすぶった嫉妬があたしの唇を動かす。
身勝手に、あたしたちの恋がまだ生きているのかどうか、確かめようとして。
「……その子とつきあってるの?」
紺野は、あたしから目をそらしてうつむいた。
一陣の風が吹き抜けるくらいの短い沈黙が流れ、
すこし上ずった、あの震える声が鼓膜に届いた。
「……はい」
覚悟してたくせに、ガンと鼻先を殴られたような衝撃だった。
心臓をグッと握りつぶされたような感じで、鼓動がおかしなふうにドクンと揺れた。
自分のポーカーフェィスに、これほど感謝した時はなかった。
もう、新しい恋なの?
それとも、小川があなたを救ってくれたの?
紺野が、いちーちゃんからあたしを救ってくれたように。
- 664 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:56
-
あたしがじっと紺野を見すえているのに気づいて、
小川は紺野の手をぎゅっと握ったまま、
彼女を隠すようにあたしの前に立ちはだかった。
そして、ひるむことなく言った。思ってたよりずっと凛とした口調で。
「あさ美ちゃんに、何かご用ですか?」
「……別に」
あたしは彼女たちの脇をすり抜けて、足早に立ち去った。
やるじゃん、小川。紺野をちゃんと守ったね。
クールを気取ってあたしはひとりそう思い、片頬をあげて微笑んだ。
そのはしから、風を切るスピードで涙がじゃんじゃん流れてるのに知らんふりをしながら。
- 665 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:57
-
そう、きっとこうなると、あたしはわかっていた。
失恋を癒す、いちばん簡単な方法。
あたしがもうその方法を選ばなくても、
初めて恋を失った紺野が、そばにいるやさしい人にすがりついた気持ち。
うん。よく、わかるんだ、紺野。
あなたはそうして、あたしを忘れていくのでしょう。
- 666 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:58
-
あたしは駅から全速力で走ってマンションに帰り、
玄関を開けて「裕ちゃん!」と、わめいた。
なぜか裕ちゃんのベッドルームから、やぐっつあんの叫び声が聞こえてきた。
「うわああああ、ごっつあん! !」
「な、なんや、今日はえらいはやいな!!」
もー、人がいないと思って、何やってんのよ!
玄関先で、あたしは泣きながら、大笑いした。
あたしはもう誰にも魂ごと寄りかかったりしないけど、
甘えてもいい人に、上手に甘えようと思う。
この世にたったひとりだなんて、感傷的に思い込んだりしないように。
照れくさそうな二人が、乱れた髪の毛のまま寝室から顔をのぞかせる。
あたしは、腰に手をあてて鼻をすすり、エラそうに言った。
「失恋したぞ! 慰めてよ!」
「はぁ〜? あんたいまさら何言ってんの?」
「もー、飲んじゃうんだから!」
「あ、あかん! あんた飲んだらあかんって!」
酒瓶を取りあってぎゃあぎゃあやり合うあたしと裕ちゃんに、
やぐっつあんがのんびりと「一杯くらいならい〜んじゃ〜ん?」と呟く。
事の顛末を聞いた二人は、冷たく「自業自得〜」なんて肩をすくめて、
あたしをますますガックシさせる。
- 667 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/09(水) 16:58
-
「ごっつあん、祝福してあげれそう?」
「そのうち、ね」
久しぶりのお酒は、すぐにあたしを酔わせて、
やさしいお姉さんたちの軽口みたいに、胸の痛みを和らげてくれる。
夜寝る前に、あたしは引き出しにしまっていたあのチョーカーを取り出し、鞄のなかに入れた。
明日、あの中庭があったあたりに埋めてこようと思う。
紺野と出会い、キスをして、少しずつ恋に落ちていった思い出の場所に。
あの場所には、もうすぐ新しい体育館が完成する。
あたしたちのココロに記憶を残して時は流れ、
目に見える形は移り変わり、新しい物語が滑り出していく。
それでいい。
あなたは、記憶にとらわれないで。
あたしとでは叶えられなかった夢を、あの子と叶えてほしい。
- 668 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/09(水) 16:59
-
本日はここまでといたします。
次回、最終回です。
- 669 名前:オレンヂ 投稿日:2004/06/09(水) 17:14
- 更新お疲れ様です。
ごっちん・・・紺ちゃん・・・
次回、楽しみにしてます。
- 670 名前:名無しぽき 投稿日:2004/06/09(水) 19:56
- 。・゜・(ノД`)・゜・。
ラストの展開に、期待です。
- 671 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/09(水) 20:01
- ますます先が読めない…。
次回最終回ということですが…今のごっちんならって感じです。
何か毎日見ていたので、寂しいです終わるのが。。
- 672 名前:Stargazer 投稿日:2004/06/09(水) 20:21
- そんな予感はしてましたが…。(話の展開も、最終回も)
さてはて、どんな決着がつくのか…あるいは、明確な終わり方になるのか。
涙を拭きながら、最終回待ってます。
- 673 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/09(水) 20:34
- 次回ラストですかー。
ずーっと二人の恋をリアルで見てきたような感覚があって、
何だかちょっと寂しいです。
少しずつ大人びていく二人が眩しいです。
- 674 名前:ましろ 投稿日:2004/06/09(水) 21:33
- 毎日の更新お疲れさまです。そして、ありがとうございます。
ここ最近、どうレスしてよいやら考え込んでしまうほど、
展開に一喜一憂していました。はぁ・・・。
次回ラストなんですね。そうかぁ・・・そうですかぁ・・・。
- 675 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 10:14
- てかさ、こんちゃんの誤解なわけじゃん?きっかけは…
なんとかなんないのかな…って思うくらい引き込まれてます。
ここのごっちんの真直ぐさ、危ういかもしれないけど
ダイスキです
自分はどうかな?って見つめ直したり…
- 676 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 22:23
- がんがれ、がんがれ ごっつぁん。
そして出てくる人みんなに感情移入…。 すごい物語だと思う。
- 677 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 23:13
- ごっちんがここまで深く想ってる事を
コンコンは気付いてないんだろうなあ…。
- 678 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/10(木) 23:22
-
皆さま、レスをどうもありがとうございました。
なんだか余計なことをしゃべってしまいそうですので、
本日は、あえてレスにお返事をせずに、更新にまいりたいとおもいます。
どうぞご理解くださいませ。
それでは、本日の更新にまいります。
- 679 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:23
-
卒業証書を片手に、あたしはたくさんの生徒達がたむろしている前庭にいた。
何人かの後輩に写真をせがまれて、一緒に写った。
『ごとーさん、人気あるんですよ』
いつか聞いた紺野の言葉を思い出す。
ブレザーのボタンはむしられるままに放っておいたけど、
手紙やプレゼントは丁重に断った。
今のあたしには、人のキモチとか受け取ることはできないから。
- 680 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:24
-
校門のところで立ち止まって、目を閉じる。
紺野、いつもここで待ち合わせをした……
卒業生は在校生よりも席が前だから、式の時は見つけることができなかった。
そして、式を終えてすぐにクラスメイトとの集合写真を撮影し、ひとしきり別れをすませ。
同じ制服の集団をすり抜けてゆっくりと校門に向かいながらあたしは、
やっぱりさりげなく紺野を探している自分に気づいていた。
声をかけたいわけじゃない。
ただ、最後に一目、姿を見たいと思った。
紺のブレザーが妙に似合う、あのぷっくりと落っこちそうなほっぺたを。
でも、結局見つけることができずに校門まで辿り着いてしまった。
彼女のことだから、頼まれて式の後片づけでも手伝わされているのかもしれない。
- 681 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:24
-
「じゃね、ごっちん。来週、カラオケ誘うから」
「あ、うん」
ポンと肩を叩き、脇を通りすぎてくよっすぃ〜の足取りはご機嫌。
結局、推薦を蹴って、梨華ちゃんと同じ大学に進学すると決めた彼女。
梨華ちゃんを家庭教師にして死に物狂いで勉強し、ちゃんと実現してみせた。
いつまでも支えあい、困難を乗り越えて一緒に歩いてゆこうとする彼女たち。
うらやましいと、ふと思う。
「ごっち〜ん、メールするね〜☆」
松浦がチュッとキスを飛ばし、バイバイと手を振りながら去って行く。
彼女はアメリカに留学することが決まって、美貴とは遠恋になっちゃうみたい。
けっこう揉めたっぽいけど、どうしても別れられないってとこに落ちついたらしい。
なんだかんだで、相性がよさそうな二人。
- 682 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:25
-
さて、あたしはまるっきり一人での旅立ち。
自業自得だけれど、やっぱり少し寂しいかな。
最後にと、校舎を振り返った。
卒業するのに、4年かかっちゃったあたしの高校生活。
それは、いちーちゃん、そして紺野と溺れるような恋をした日々。
比べてみれば一緒にいた時間は少なかったのに、
紺野との思い出のほうが、より激しく胸を揺さぶるのはなぜだろう。
うん、学校に恋人がいるって、楽しかったな。
一緒にお弁当を食べたり、ふいに廊下で出会ってうれしかったり、
運動会で頑張っちゃったり、階段でこっそりキスしたり。
- 683 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:26
-
あの、ダセー三つ編み。
それから黒縁のアラレちゃんメガネ。
中庭で初めて出会った時のことを思い出して、フッと微笑む、
まさか恋に落ちるとは思わなかった。まるで冴えなかった女の子。
だけど、すぐにどもってしまうその不器用な唇から紡ぎ出される言葉は、
深い森の奥で人知れずこんこんと溢れる湧き水のように、
疲れはててたあたしをやさしく潤し、癒してくれた。
あの子と過ごす時間が大好きだった。
静かな森の奥で素朴な草の香りと水音を感じながら、
手をつないでお昼寝をしてるみたいだった。
「……なのに、荒らしちゃって」
あの子の心はきっと傷んで、たぶん現在修復中。
深い森は、元の姿を取り戻すのに、のんびりとした時間を必要としてる。
だから、やさしい人を森の守り人に選んで。
- 684 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:26
-
切ない気持ちでふと目線を落とした時、
あたしはさっきから探していた姿を、やっと発見した。
あの大きな桜の樹の下で、守り人としっかり手をつないであたしを見つめている。
丸い頬に、零れ落ちそうなタレ目をのっけたあの子。
紺野……。
会えたうれしさと嫉妬がないまぜになり、あたしは目を細める。
見つめあう視線がからんで、紺野もかすかに苦しげに目を細めたのがわかった。
紺野は、あたしの姿に何を見ただろう。
ホットケーキにかかったメープルシロップみたいな甘い思い出。
泳ぎ方を忘れ、それでも求めてもつれあい溺れかけた苦しい日々。
あたしたちだけに共通する記憶、あたしたちだけが見ていた恋の情景。
今、あなたは何をピックアップするの?
- 685 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:27
-
小川が紺野に何か話しかけ、つないでいた手をほどいた。
紺野はうつむいてやや逡巡し、それから意を決したようにフッと顔をあげた。
思いがけないことがおこる予感に、あたしはまばたきをする。
ほどなく、予感どおりに紺野は、あたしに向かってまっすぐに駆け寄ってきた。
うそ、あんなに、あたしのこと無視してたのに……。
懐かしいその光景に、あたしの心臓は嫌になるほど激しく波打ち始める。
あるわけもないことを、期待してしまう自分を諌める。
あたしがピックアップしてた記憶は、もう二度と見ることができない過去。
駆け寄ってきて彼女は、ちょっと息を切らせながらあたしの前に立った。
あたしの記憶のなかでは、この後、彼女は襟元のリボンをほどき、
襟を開いて首に巻かれた皮のチョーカーを見せてくれる。
だけど、あなたの首には、もうあたしの印はない。
- 686 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:28
-
「……ご、ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう」
あたしは静かにそう応えた。
望んだ言葉とは違っても、彼女があたしに話しかけてくれたことに感謝した。
最後だと、これでもう最後だと思ったんだろう、彼女も。
「……こ、これから、どうされるんですか?」
「調理の専門学校にいくよ」
「そう、ですか」
紺野は、すこしホッとしたような顔をみせた。
案じていてくれてたのかな。うれしい。あたしは微笑む。
砂まじりの強い風が吹き、思わず目を細めながらあたしは、
もうじきまた春がくるんだと感じる。
目の片隅にさえ、紺野を感じることがなくなる春が。
- 687 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:29
-
新しい出発は、不安だらけだよ紺野。
伝えたいことはたくさんあって、聞いてみたいことはたくさんあって、
だけどみっともないことになりそうだったから、あたしは奥歯を噛んで、ぎゅっと唇を結ぶ。
紺野。……紺野。
忘れない。あなたと駈け抜けた、たった一度の四季。
水槽のなかであなたと泳いだ時間が美しすぎたから、
だから握りしめて結晶にして、水底に沈めてしまおう。
- 688 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:30
-
ふと見ると、紺野を待ってるあの子は桜の樹に寄りかかり、
まだ固い蕾が並ぶ枝を見上げていた。
あたしたちを、見ないでいてくれてるんだ。
見る者をあたたかい気持ちにさせる、その佇まい。
あの子はきっと紺野を大切にしてくれるだろう。
いつも笑顔にしてくれるだろう。
そして、大きな翼で、高い高い空へ。
目線で小川を気にかけたあたしに、紺野は一瞬、何かを言いかけてやめた。
きゅっと唇を結んで目を伏せる表情に後ろ暗さの影を見て、紺野らしいなあと思う。
あんなにあなたを荒らしたあたしを、まだ気づかおうとするなんて。
「いいやつぽいじゃん」
「そう、ですね、とても」
短い沈黙は、かすかな苦さを連れてきて。
フッと目をそらし、空を見上げたあたしに、
紺野は、ちょっとだけ泣きそうな顔をした。
「……きれいな空、ですね」
そうだね。泣きそうな心も、青い空が見てる。
空が青いのは、青っぽい光の方が、赤っぽい光よりも散乱されやすいから。
ねぇ、紺野。きれいな青を見上げるたびに、あなたの声が蘇るんだ。
遠い空に目を細めるのは、紺野があたしに刻みこんだ小さな記憶の仕業。
- 689 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:31
-
さあ、泣き出してしまう前に。
あたしは小さく息を吸って、
遠い空を背負った愛しい姿に、最後の言葉を呟いた。
「じゃあね、元気で」
最後くらい、笑って別れよう。
紺野、どうか幸せになってください。
あなたには、やわらかな幸福の光がよく似合う。
この空のような、朝の目玉焼きみたいな、午後のカフェでほおばるケーキみたいな。
紺野の唇がかすかに震え、別れの言葉が静かに耳に届いた。
「お元気で」
あたしは頷き、踵を返して歩き出した。未来へ。
三歩も進まないうちに視界が完全に潤み、滴り落ちた。
だけどあたしは、ぐっと胸を張って、歩き続ける。
- 690 名前:癒しのメソッド 投稿日:2004/06/10(木) 23:31
-
ねぇ、もしもあなたがあたしのことを思い出すことがあるなら、
あなたの前を歩く、クールな背中を覚えていてよ。
あなたが好きだった、嘘のあたしでいい。
さよなら。
☆終☆
- 691 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/10(木) 23:32
-
『癒しのメソッド』完結いたしました。
美しい季節を全速力で駈け抜けた二人の恋を見守っていただき、ありがとうございました。
この物語には、続編と、外伝がございます。
一週間ほどお休みをいただいた後、また戻ってまいります。
よろしければまたおつきあいくださいませ。
(容量の関係で、もしかしたら別スレを立てるかも。その際は、なんらかの形で誘導いたします)
ご感想等、お待ち申し上げております。
- 692 名前:名無しぽき 投稿日:2004/06/10(木) 23:34
- 完結おめでとうございます。
そう来たか、そう来ましたか…
なんと申し上げたらよいのやら、言葉が見つかりません。
その言葉は続編・外伝までに探しておきましょうか…
毎日の更新お疲れ様でした。楽しませていただきました。
まずはゆっくり休んでくださいね。続きを楽しみにしております。
- 693 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 23:53
- この作品のもつ、ただならぬ「深さ」が好きでした。
モーソー小説なんて括りに収まらない感じ、とでも言うのか…
言葉を選ぶのは難しいですが。
ほんとうに毎日楽しませて頂きました。外伝&続編にも期待しています。
- 694 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/10(木) 23:54
- 完結お疲れ様です。
グッと引き込まれ私の心を掴んで離さない物語でした。
後藤さんの気持ちと紺野さんの気持ちと、読み終えた今の自分の気持ちと・・・胸が詰った感覚。。。
至極切ない気持ちでいっぱいです。
続編楽しみにしていますので、じっくりゆっくり休んでくださいね。
完結おめでとうございます。
- 695 名前:オレンヂ 投稿日:2004/06/11(金) 00:19
- 完結お疲れ様です。
そしてすばらしい小説をありがとうございます。
なんとなくこういう最後を予測してはいましたがやっぱり胸がきゅっとしめつけられます。
この作品の続編&外伝が読めるのをとても楽しみにしています。
- 696 名前:名無しp. 投稿日:2004/06/11(金) 00:35
- 完結おめでとうございます。
最後まで、心を揺さぶられました。
感動をありがとうございました。
- 697 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/11(金) 01:07
-
本当の愛はそんなもんじゃないだろうに・・・・
- 698 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/11(金) 03:16
- う〜んこの終わり方は・・・・。
続編に救いがあらんことを願って。
- 699 名前:Stargazer 投稿日:2004/06/11(金) 07:25
- 完結、おめでとうございます。そうきましたか…。
続編&外伝が始まる前に、もう一度読み直しておきます。
- 700 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/11(金) 08:41
- 続編でごっちんが本当に癒されますように…。
- 701 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/11(金) 08:47
- 完結お疲れ様です。
あと、毎日の更新ご苦労様です。
感動を本当に、本当に、ありがとうございます。
続編&外伝楽しみにしてます。
- 702 名前:657 投稿日:2004/06/11(金) 08:50
- 涙は続編まで溜めて待っております。
二人のもとに幸せが降り注ぎますように‥‥。
- 703 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/11(金) 15:19
- 完結おつかれさまでした。
少し切ない最後でしたが、こうなるしかなかったのかな、という気もします。
とにかく最初から最後まで「どうなるんだ、どうなるんだ」と
引きつけられっぱなしでした。
続編も楽しみにしています。
- 704 名前:名無し読者79 投稿日:2004/06/11(金) 16:42
- ラストお疲れ様です。
二人の何とも言えない時間、空間が好きでした。
今回も涙が…。続編もあるそうで…楽しみにして待ってます。
ゆっくり休んでください。素敵な小説でした。
- 705 名前:ましろ 投稿日:2004/06/11(金) 20:34
- お疲れ様でした。毎日楽しませて頂いてありがとうございました。
いしよし好きだけど、個人的にはこの「癒しのメソッド」のこんごまが
いちばん好きかもしれない・・・。
最後は、そうなるしかないのかなっては思うんだけど、
気持ちとしては、最後にもう少しごっちんが、
素直に気持ち伝えられたらなぁって思ったり。
続編、外伝、心から楽しみにしていますね。
- 706 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/11(金) 22:35
- 完結お疲れ様です。
世の中、どうにもならないことってありますよね。
最初はほんのちょっとのズレだったのが、気付いたら
もう軌道修正ができないところまできていたり。
でも人間落ちるとこまで落ちたらあとは上がるだけです。
続編がどのようなお話になるかはわかりませんが、
私が言いたいのは後藤さんに幸あれ、この一言です。
頑張って下さい。心待ちにしております。
- 707 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/12(土) 00:30
- 完結お疲れ様でした。
だんだんと痛く、切ないよぅって思いながらも
読むことが毎日の楽しみとなっていました。
素直になってほしいけど、でも一生懸命ポーカーフェイスで
紺野を思いやるごっちんも好きでした。
願わくば、ごっちん幸せになってほしいよ…
続編、楽しみにしてます。今はじっくり休んでください。
では、本当にありがとうございました。
- 708 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/12(土) 05:18
- とても好きな作品で毎回楽しみに読ませていただいてたんですが…。
……とりあえず感想は続編を読んでからにさせてもらいます。
- 709 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/12(土) 07:58
- 雪ぐまさん、完結おつかれさまでした。
感想を詳しく書いちゃうと激しくネタばれなので控えますが、
このふたりの、ある部分での正直さや、ある部分の不器用さ、ある部分の極端さ、
意外と似たもの同士だったのではないかと思った。
雪ぐまさんのおかげで、ふたりが愛しかったり、せつなかったり、腹が立ったり、
私の感情は、忙しかったです。
ラストのごっちんははじめのころの子と同じ人間とは思えないほどで、
しかもまだ道はつづいていくんだもんなあ。LOVE。
(ああ、まだ書きたいけど、がまんするぜ)
- 710 名前:激旧371 投稿日:2004/06/13(日) 16:22
- 完結お疲れ様でした。
今回、完結してから一気に読もうと思っていたので
我慢に我慢の日々でした(爆
もう切なくて切なくて涙の海は常に満潮です。
と、いうわけで、久々に泳がせて頂きます。
\川oT−T)/ \( T Д T) / <んあ〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※バタフライではなくシンクロです。
- 711 名前:シュン 投稿日:2004/06/14(月) 14:37
- 完結お疲れ様でした。
この小説には僕に時間とゆう存在を忘れさせてしまうほどに
はまらせていただきました。
僕としては、ふたりには幸せになって欲しかったけど・・・
まぁこれも一つの愛の形ですね。
続編も楽しみしています。本当に素晴らしい小説を
ありがとうございました。
僕の尊敬する小説家は夏目漱石でもなく村上春樹でもない。
あなたです。
- 712 名前:名無し23。 投稿日:2004/06/14(月) 18:33
- 完結、お疲れ様でした。
しばらくお邪魔しない間に一気に進んでいて、今一気に読ませていただいた次第です。
短くも熱く、そして濃密な日々を過ごした二人の姿が本当に眩しいです。
人にはその内面にいろいろな癒しの術を持っていると思いますが、
「自浄」というものもまた、そのひとつではないかと思います。
個人的にはこの終わり方がベストオブベストではなかろうかと、生意気ながらも
思います。
と、長文マジレスw
そして続編と外伝も楽しみにしております。
(外伝は、あのふたりなんか出てきたりして・・)
- 713 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/17(木) 22:27
- 今日はののちゃんのお誕生日なんですね。
ハッピーバースデー&奇跡のヨンキーズよ永遠に。
692> 名無しぽき様
一番レス、ありがとうございます。外伝、続編もお楽しみいただけることを祈りつつ。
そしてまた、こんごまの魅力についてアツク語り合いましょう!
693> 名無飼育さん様
うれしいお言葉をありがとうございます。モーソー小説ではありますが、
雪ぐまなりに、こんごまに愛をこめて。気に入っていただけたこと、とても幸せです。
694> 名無飼育さん様
雪ぐまも、書きながら切ないなあと思っていました。自分で書いといてナンですが、
二人の想いがどんどん切ないほうに転がってくこと、止められませんでした。不思議です。
695> オレンヂ様
ずっとつきまとっていた不安の影、わかっていても姿をあらわすとやっぱりイタイですよね。
続編では、すこし大人になった紺ちゃんが恋の記憶を語ります。お楽しみいただけるといいなあ……。
696> 名無しp.様
いいえ、こちらこそ、あたたかいレスをありがとうございました。
雪ぐまもたびたび、名無しp.様をはじめ、読者様のレスに感動しています。
697> 名無し読者様
そうですね。本当の愛について思いを巡らすには、彼女達はまだ幼いみたいです。
いずれにしろ正解のないことだとは思いますが。
- 714 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/17(木) 22:28
- 698> 名無飼育さん様
がっかりさせてしまいましたね。続編はお楽しみいただけるとよいのですが……
699> Stargazer様
水が流れるように、このラストに辿り着いた次第。
続編では、もう少々穏やかにいきたいと思いつつ、どうなることやら。
700> 名無飼育さん様
うちのごっちんのために祈っていただき、ありがとうございます。
701> 名無し読者様
結果的にほぼ毎日更新となりましたが、約束したわけでもないのに
日々読みに来てくださった読者様に感謝しています。ありがとうございました。
702> 657様
涙はうれし涙のほうが幸せですよね。お約束はできませんが、どうぞ続編もお楽しみいただけますように。
703> 名無飼育さん様
今の二人ではこうなるしかなかったというのが雪ぐまの考えるところです。
でも、ごっちんはちゃんと未来へ歩き出しましたから、紺ちゃんも続いてほしいなと思います。
704> 名無し読者79様
こんごまが醸し出す空間を描きたかったので、そう言っていただけてとてもうれしいです。
いしよし、あやみきが醸し出すそれぞれの空間も、外伝でふれてみたいと思います。
705> ましろ様
うちのごっちんはホント意地っ張りですね。でも、言っちゃいけないと奥歯を噛んだ彼女なりの理由。
いつか、ましろ様と、そして紺ちゃんに伝わるといいなあと思います。
- 715 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/17(木) 22:29
- 706> 名無飼育さん様
そうですね、闇の中から立ち上がるのは自分の力で。うちのごっちんはもう気づいているはずです。
紺ちゃんはこれから気づいていくでしょう、おそらく……
707> 名無飼育さん様
ごっちんはさんざん紺ちゃんを傷つけてしまいましたから、ポーカーフェィスの痛みは
きっと引き受ける所存でしょう。紺ちゃんのポーカーフェィスについては続編にて。
708> 名無し読者様
期待外れだったようですね。残念ですが、こちらも続編に期待を託して……
709> 名無飼育さん様
そう、ごっちんはちゃんと成長したのですよ! もう彼女は何も億劫がってなくて、
自分に厳しくすることさえできる。ああ、まだ書きたいけど、がまんするぜ!w
710> 激旧371様
ロシアに負けるな! じゃなくてw こんごまペアの恋のパフォーマンスは、
芸術点10、技術点3ってとこでしょうか。やたら盛り上がるわりにバランス悪いです、このペアは。
711> シュン様
なんとまあ、勿体ないお言葉を。でも、ありがたく頂戴しておきますね(二度とないかもしれんw)。
また、シュン様をはじめ読者の皆さまと、物語を介して時間を共有できますことを祈っています。
712> 名無し23。様
あいかわらず的確な視座に驚いています。そう、ごっちんは紺ちゃんという癒しを経て、
「自浄」という癒しに辿り着きました。しかし、代償もありました。次は、傷ついた紺ちゃんの物語です。
- 716 名前:雪ぐま 投稿日:2004/06/17(木) 22:30
-
それでは、本日の更新にまいりますが、
やはり容量の都合上、新スレを立てさせていただくことにしました。
銀板『癒しのメソッド』
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/silver/1087478705/
外伝、続編となりますが、全部をひっくるめて『癒しのメソッド』としたいので、
あえて、このスレタイトルとしました。
どうぞ、今後ともよろしくお付き合いくださいませ。
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