バトル・リアル 2

1 名前:abook 投稿日:2004/04/15(木) 23:35
sage-ochi進行。

同板で連載していた物の続きです。
更新が不定期になりがちですが、今後ともよろしくお願いします。

前スレ
http://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/sky/1063377555/
2 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:36
 心など弱いものだ。
 たった今そこに転がっている腐りかけの閂のように、それは簡単な衝撃によって折れ、その役を失う。
 つい先程まで彼女を支配していた狡猾な感慨も、端的な思考も、今やない。
 直ちに状況を理解することだけが自分に遺された道だと分かっていながら、それもままならない。

 首筋にひやりとした感触を得て、小湊は咄嗟に左手を自らの首に当てた。
 ――錯覚。
 頚動脈の上に被さる手の平。
 そこに温度差を感じさせる物体は存在しない。

 イメージとして近いのは、学生時代の水泳の授業。
 夏の日差しにじりじりと熱せられた体を、冷水のシャワーに潜らせる。
 さぁっ、と血は頭から下り、意識は肌に受ける刺激にのみ向けられる。
 それに似ている、と感じる。

 ただ、現在彼女が置かれた状況に比べて、それは遥かに楽だったろう。

 何故ならそこには覚悟がある。
 何故ならそこには意図がある。
 覚悟は自らの行為を意識させ、意図はそれを繋ぎ止める。

 そこにあるのは凡たる日常であり、非凡たる非日常ではない。

 そこに、恐怖はない。


 浮かび上がる言葉は呻きにすらならず、意味を、意思を伴わない。

 思考は止まり、喉は渇く。
 叫びたい。悲鳴を上げたい。
 腿を抓ることでなんとか抑える。

 右手にぎゅうと握った大鎌はかたかたと震え、柄の下端に付けられた半円状の独鈷は、木床を滑り、削る。

 ふら、と倒れそうになる体。
 壁がその背を支える。
 ぎい、と軋む音が聞こえる。

 そんな些細な音にも、びくりと反応する体。

 すでに、彼女から余裕は消えていた。
3 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:37

「たす……け……、たすけて………、ぃゃ…、ぃゃ……」


 小さく、擦れた声は小湊のものではなく、その視線の先にいる彼女のもの。
 ぴたりと壁に張り付き、ぶるぶると震え、それでもしっかりと両腕で抱えるのは――人間の腕。

 開け放った戸から差し込む淡い光は彼女まで届くことはなく、
 それでも彼女の抱えるそれは暗がりにぼおっと青白く映し出される。


 細くくびれた手首、だらりと垂れ、五指は揺れる。

 引きつった顔、甲に押し付け、口元は見えない。

 弛緩した筋肉、紫斑が浮かび、それがそれとして機能することは最早ない。



 鮮烈であるのは――


 ――――赤と、白。



 引き千切られた肘の先――


 ――――肉と、骨。

 
4 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:38
「………、ぐ……っく」

 呻きを漏らし、小湊は腿をつねる左手に更なる力を込めた。
 五指を使い、肉を掴み、捻る。 ぎりり、と爪が肉に食い込む。

 痛い。

「……っ、ふぅ……っ、ふぁ………」

 血の匂いを嗅がないよう、口だけで息をする。
 ゆっくりと息を吸い、そして吐く。

 背中は壁につけたまま、大鎌を杖代わりに左足を引きずり、右へじりじりと移動する。
 床を照らす光が段々と小湊の背によって阻まれ、闇は濃くなっていく。

 左手に、更なる力が篭る。
 限度を越えた痛みはやがてぼやけ、意識は拡散していく。

 その意識が闇に飲まれる前に、背中から失われるのは壁の感触。

 左手を放し、振り返り、小湊は逃げ出した。
5 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:40

「ハァっ……ハァっ、ハァっ………!!」


 息を切らし、駆ける。

 けして後ろを見たりはしない。
 遮二無二足を動かし、今さっき来た道を、走る、走る、走る。

 脇腹が痛む。
 足が重い。


 思い返すのは赤と白。

 死を象徴する紫。

 そして、恐怖に彩られた彼女の顔。


 立ち止まることは、けしてしない。
 ひたすらに闇を抜けるため足を前へ、前へ、前へ。

 うっ血した左腿はぴりぴりと痛む。
 吐き出される息は熱く、乾いた喉が焼けるように痛む。
 肺は絶えず収縮を繰り返し、胸の奥もひりひりと痛む。

 けれど、小湊は足を止めない。


 背後には赤と、白と、紫。

 そして恐怖と狂気が混在した彼女の顔。
 それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、螺旋を描くように迫り来る。

 だから、振り返ることは、けしてしない。
 それが不安定な自己による妄想だと分かっていながら、振り返ることは、出来ない。


 恐怖が迫り来る、という感覚を、彼女は初めて知覚した。
6 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:40

―――――
 
7 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:41
 艦橋を離れ、おかっぱの男は船体後部にあるハッチへと出向いていた。
 はたけを迎えるためである。

 ごうごうと音が鳴り、鋼鉄の扉が割り開かれる。
 その手前には鉄板を打ち付けられた水槽、つまりは船内に作られた小さな港があり、それを囲む
 手すりには右と左に二箇所、大きく途切れた部分がある。無論、乗降口だ。
 水槽内に満たされたバラスト水が海面と等しい高さに設定されている――本来バラスト水とはそういう
 ものだが――ため、急激な波は起こらない。

 揚陸艇であるゴムボートがゆっくりと進入してくる。水路の幅はそれの三倍程度あり、こちらから見て
 左手の乗降口は同様のボートに占拠されているものの、かなりの余裕はある。
 当然だが、はたけの乗るそれは向かって右手に停泊した。

 彼らの要請を受け、そこにあったゴムボート、つまりこの艦に配備されていたゴムボートは一隻、
 すでに撤去されていた。空気を失いしぼんだ強化ゴムと、取り外された原動機付きスクリューが
 男の視界の端に僅かに映る。
 急ぎの用件だったから片付ける暇がなかったのだろう、とおかっぱの男はそれらと壁にかけられた
 予備のゴム、棚に一つ二つ陳列されたエンジンとを見比べて、思う。

 再び視線をボートへと戻すと、はたけがこちらへ歩いてくるところだった。

「早かったなぁ」

「ああ、お前に電話してたときはもう海の上だったからな。
 特別早いって程でもねえよ」

「そうか」

 二三、言葉を交わし、男は彼と横に並ぶ形で船内へと歩き出す。
 アルコールの匂いがした。
8 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:42
「それで?やっこさんの調子はどうやった?」

「特別問題はなし……っていうかモニタリングされてるんじゃなかったか?」

「いや、オマエんとこは見れるか知らんがこの船は見れん。
 船ごとに見れるエリアが決まっとるて、ゆうとったやろ」

 おかっぱの男の言葉の通り、島の周囲に配置されている艦船ごとにモニタリングされているエリアは
 決まっている。南西の灯台付近は男の乗るこの艦の範囲外。それ故、男は彼を島に向かわせた理由は
 知っていたが、具体的に彼が島で何をしていたのかは分からなかった。

「ああ、そうだっけな」

 はたけの返したそっけない言葉に、男は小さくため息を漏らす。


「で、どうなんよ。アレは」

「どうも何も、すげえの一言だな。拳銃なんかそもそも当たらねえし。
 当たっても多分かすり傷くらいだろ。なんせショットガン喰らってもびくともしねえんだからよ」

「ちょ、ちょうまて、ショットガン? 試したんか?オマエ」

「アホか。わざわざそんなことする必要ねえだろ」

 彼の声色はあくまで普通。若干酔っていることさえ除けばいつも通りのものであるように思える。
 それが自分のように努めて演じているものなのか、それとも何も感じていないだけなのか、
 男には分からない。


「ま、とりあえず艦長室行くぞ。話はそれからでいいだろ?疲れてんだよ、俺」


 それから艦長室につくまで、二人は一言も喋らなかった。
9 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:43

―――――
 
10 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:45



 草むらを抜け、電灯の下に辿り着き、小湊はようやく後ろを振り返る。
 見えるのは唯一の夜の闇のみ。

 誰も追って来やしない。
 何も追って来やしない。

 はは、とひとつ、乾いた笑いをこぼす。


(まったく……、なんだってんだよ……畜生)


 それは自嘲的な笑み。
 追い詰める立場から一転、追われる立場になってしまった自分への、嘲りを込めた笑い。
 あるいは、追われる立場だと勘違いしていた自分への嘲り、だろうか。

 急に、膝が笑い出した。


 体内で合成された乳酸の誘うままに地べたに倒れこもうかとも思ったが、
 電灯の頼りなげな細い鉄柱に寄りかかるだけでなんとかこらえる。

 そのまま、息を整える。
 自らの息の音に意識を集中させて、怯懦な部分を排除していく。

 膝と、そして体の震えはぴたりと止まり、
 過呼吸に近く繰り返されていた肺の収縮も、やがて元に戻っていく。

 心臓の鼓動と噴き出す汗、脇腹の痛みは理性だけでは止められず、
 それでもふう、と一息ついたとき、殆どの身体機能は正常に戻っていた。
11 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:46
 ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと息を吸う。
 単調な動作を繰り返しながら、次第に落ち着きを取り戻す心臓と、
 段々と痛みを失う脇腹に、小湊は満足げに笑む。

 いや、満足げ、と言うには至らない。
 顔の右半分をしかめ、鼻からひとつ息を吐くその姿はこれもまた自嘲の笑みであると思わせる。

 目を閉じて息を吸い、すぐさま開き、吐く。
 右手にしっかりと握った大鎌を眺める。
 数秒ほど見つめたがそれは震えるどころか微動さえしない。

 それを見て、今度こそ小湊は会心の笑みを見せた。


 つまるところ恐怖とは、余裕があるところに生まれるものであり、
 それがなくなった今、それを感じることはない。

 余裕というより"油断"だろうか。

 それはつまり前置きなのだ。
 肩幅ほどに足を開いた"休め"の姿勢のように、それは余りにもありきたり――むしろ当然・必然で、
 楽でいる姿勢に慣れたことにより、それが崩れる、あるいは足場ごと壊れることなど予想だにしない。

 自らの律する規範、常識。
 人はそれから外れること、転落することを恐怖する。

 いつの間にか自らを支配する馬鹿げた余裕、思い込み、気の緩み。
 それこそが恐怖を生み、あるいは、人はそれこそを恐れるべきなのかも知れない。
12 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:48
 ぱちり、と目を閉じ、スッ、と開き、小湊は鉄柱に触れていた背を丸めるようにして離す。
 一歩、足を前に出したところで大きく胸を張った。

 唇を尖らせ、ひゅうと息を吸い、そのまま吐き出すことはせずに自らの鼓動を確かめる。

 規則正しく、けして早くも遅くもなく、それは耳裏の細い血管をぴくぴくと動かす。
 多少一度に送られる血流量は多いかもしれないが、他は至って正常。
 むしろその差異は今ここにおいては好都合であるように思う。

 口を真一文字にきりりと引き締め、蓄えていた空気を鼻から抜いた。

 息を抜くと同時に圧迫感、そして倦怠感が体から抜けていく。
 血液に乗った酸素が全身を巡るのが見えるかのような感覚。
 神経と言う神経は意思により律され、鋭く、細く、全てが対象に向けられる。

 冷静でいられている自分を、今、はっきりと感じる。


「はぁ……、まったくさぁ、なんなんだろうね?」


 発した言葉は恐らく、届かなかっただろう。
 彼女の顔色は変わらない。

 右手に持った大鎌を、小湊は両手で構えなおす。


「どいつもこいつも……、なんだってんだよ、畜生」


 どいつもこいつも狂ってる。
 螺子も歯車もぶっ飛んでいる。
 まるで最初からなかったみたいに。
 それはある意味では純粋で、美しい。

 けれどそこにあるのは絶対的な孤独、拒絶、否定、排他、独尊、狂気、恐怖、孤独。

 彼女も彼女も、どちらも同じなのだ。
13 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/15(木) 23:50
 じんわりと熱い左腿、少々強く抓り過ぎたか知れない。
 けれど、問題になるほどの痛みではない。

 乾いた喉も唾液を飲み込み若干潤う。
 震えはとうに止まっている。

 問題はない。
 今のところ何一つ、問題はない。


 ただ一つ、懸念があるとすれば、狂わずにいられるか、と言うこと。

 人を殺した後に、自分が狂わずにいられるか、と言うこと。


 小湊は口を開き、言う。


「そんなもんこっちに向けて、アンタ一体なんのつもりよ」


 彼女は答えない。ただ、薄く笑う。

 ふらふらと頭を揺らし、右手の人差し指を折り曲げる。


 水平に伸ばした彼女の右手には、拳銃があった。

 酷く、大きな音が聞こえた。
14 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/17(土) 15:13
更新お疲れ様&新スレおめでとうございます。
ホント描写力凄すぎです。。。
それが証拠に登場人物一人一人がいちいちカッコ良過ぎw
スゴク勉強になります、ハイ。
続きも楽しみに待ってます。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/21(水) 23:16
LAM=Light Antitank Munition
16 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:15

―――――
 
17 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:18


 ――――ドンッ!


 大きな音と、衝撃。
 けれど強固なコンクリートの壁は震えもしない。
 彼の顔は微かに狼狽したようにも見えるが、けして崩れない。

 見えるものは、ぐしゃりと握り潰された襟。
 ぶるぶると震える、自らの腕。


「どういうことや……、オマエ、アホか……?」


 低く響く男の声は、震えている。
 恐怖に、ではない。

 もし、彼に感情を直接、物理的に観ることが出来るとすれば、
 男の背には蜃気楼のような揺らぎが見えることだろう。

 肚の底から湧き上がる感情。
 それは恐怖ではなく、怒り。


「放せ……」

 壁に押し付けられたはたけは面倒くさそうにぽつりと漏らす。
 こちらの反応は予想していたのか、動揺の色は殆どない。

「なんやねんオマエ……、なんでそんなことしたんや……! 説明せえや!」

「…したるからまずは手ぇ放せ。疲れてるゆうたやろ。落ち着いて喋れん。放せ」

 ドスの利いた声。はたけは左手で男の腕を払う。
 皺になった襟元を正しながらソファまで歩き、どっかりと腰を下ろした。
18 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:25


「別に大したことじゃねえよ。顔見られたからやっただけだ」


 背中越しに、冷たく放たれる声。


「顔見られた……?はは、アホか……、オマエ」

 口元から乾いた笑いがこぼれる。
 当然、彼に可笑しいなんて感情は一片もない。


「いくらなんでも……やりすぎやろ。大体……、参加者に手ぇ出したあかん言われとるやろが」

「知らねえよ。俺は命令しただけ。判断したのは向こうだ」

 まるでふてくされた子供のような言い分だが、彼は笑っていた。
 むくれた顔で、唇を突き出しながら言う子供より、それはよっぽど性質が悪い。

      ベット
「それに、賭けは今日の夜からだろ?下馬評も大したことねえ奴らが数人消えたところで
 実害もねえだろ。むしろゲームの加速に貢献できたと俺は思ってるんだがな?」


「オマエ…………」

 何かが消えていくのを感じる。

 信じていた、と陳腐な言葉を吐くつもりはない。
 それでも微かな希望を持っていた。


 怒鳴り散らしたくなる自分をぐっと堪え、コンクリートの壁に拳を叩きつける。
 小指の付け根から手首にかけて、びり、と痺れるような痛みを感じる。
19 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:26
 けれど、足りない。

 壁に、額をごつごつと打ち付ける。
 何度も何度も、打ち付ける。

 振り幅はあらわに大きくなり、じん、と重い痛みが芯に響き、


「……ちょっと待て。今、『奴ら』ゆうたか……?」


 けれど、ぴたりと止まる。

「ああ」

 壁に向かい、額を押し付け、くぐもった声はけれど確かに届いたようだ。
 一言だけの返答に、男は振り返り、観る。


「他にも、なんかしたんか!?」

「…おい、でかい声出すなよ。頭に響くだろうが。今話そうと思ってたんだよ」

 頬杖を付き、下を向いていた目がちらり、こちらを見た。
 明らかに眠そうな顔だ。

「つっても……、いちいち話すの面倒だな……あ、そうか」

 と、彼は思い出したように備え付けの電話機に手を伸ばす。

 大方受信目的に使われるそれに発信機能はない。
 その代わり受話器を取り外すと艦橋に繋がるようになっている。

 形ばかりは電話機であるが、用途はインターフォン。
 同様の説明を受けただろう彼も、それを知っているはずだった。
20 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:30
 おかっぱの男は、その行為の意図を判断しかねる。
 今ここで艦橋に連絡を取り、それが何になるというのか。
 その目的が、分からない。

 加えて言えば、それはその行為だけではなく、彼そのものから感じることでもあった。

 彼が、何処へ向かっているのか分からない。
 何を、見ているのか分からない。


「……はたけだ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

 彼は受話器に押し付け喋りだす。
 おかっぱの男は、もう何も話す気にはなれなかった。

 自然と体は倒れこむように後退し、その背は壁にへばり付く。
 引きつった表情しか作れない顔。
 目だけが彼の指先を追う。

「……いや、そうじゃなくて。えー、と。ここのモニタは使えるんだよな?」

 やり取りは聞こえている。
 その意図するところも、おぼろげに理解できる。

 ただ、それを理解したところで、すでにそれは用を成さない。


「そう、そう。ちょっとそっちの映像を回して欲しいんだよ。 えーっと……」

 彼は黙り、暫くの後思い出したように番号を一つ、発した。
 よろしく、と付け加え、受話器を置くと、ものの数秒でモニタに映像が映し出される。

 映っているのは、二人の女性。
21 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:30
「おお、仕事が速いな。さすが」

 にやり、笑った彼を見てか、それとも今の自分を嘲ってか、それは分からない。
 どうしてか、おかっぱの男は笑っていた。

 泣きながら、笑っていた。


「これが答えだよ」


 上体を反らし、天地逆さまにこちらを観る彼。
 モニタに映る、緑に染まった映像。


「くっくっ……、そんな顔すんなって。お前もこの状況を楽しもーぜ?」


 同意を促すような問い。
 おかっぱの男は答えない。


 口元から、乾いた笑いがこぼれる。
 当然、可笑しいなんて感情は一片もない。

 今の心境に最も近いのは、なんだろう。


 足元には、奈落へと続く深淵。

 余りに深く、底は見えない。
22 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:31

―――――
 
23 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:34
 目の前にいる彼女は、先の腕を抱えていた彼女ではない。
 彼女は南から歩いてきた上、勿論、顔のつくりもまるで違う。
 電灯の明かりが照らすのは、平均的な日本人のそれより若干高い鼻、そして角ばった顎。

 発砲の反動は彼女が想定していたそれより大きかったようで、体は右へ揺らいでいた。
 もっとも、彼女にそれを思い描く精神的余裕があったか否かは分からない。

 むしろ彼女はそれを考えようともしなかったのだろうと、
 つまり、余裕どころか思考すらしなかったのではないかと、
 咄嗟の表情を見て、思う。

 大鎌の柄を杖代わりに立ち上がりながら、小湊は口を開いた。


「いきなり……撃つのがアンタの国の風習? さっすがは自由の国、よっぽどだね」


 相手を注意深く観察しながら、左手で埃を払いながら怪我がないか確認する。
 ざらついたコンクリートを転がる際に肘や膝などに軽いかすり傷を得たものの、
 銃による裂傷はないようで、どうやら平気なようだ。

 全身の無事を確認すると、なるべく音を立てないように右手へと移動する。
 その間も視線は外さない。

 けれど彼女は小湊の皮肉にもまったく反応せず、右手をぷらぷら動かしながら小首をひねっていた。
 無視される形になり、小湊はしたたかに苛立つ。
24 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:36
「ちょっとアンタ、何とか言ったら?」

 苛立ちが声を大きくしたのが幸いしてか、彼女は首をぐるりと回し、こちらを見た。


 何も、語ろうとはしない。

 ただ、うっすらと笑う。


 小湊は大して溜まってもいない生唾を飲み込む。ぐる、と喉仏が蠢いた。

 その、ぼんやりと虚ろな瞳を直視する。
 ふらふらとさ迷うそれは、さながら夢遊病患者のようだ。

 もっとも小湊に本物のそれを見た経験はない。
 ただ、もしそういったものに出会うことがあるとすれば、
 きっと、今の彼女のような状態なのだろうと、そう思えた。


 小湊が最も気にかけるのは、こちらからは見えない右半身。
 その、だらりと垂れた右腕の先にある、五指に握られているはずの、
 鈍い光沢を持つだろう――拳銃。


「……悪いんだけどさ。あたしは超能力者とかじゃないのよ。
 なんか話してくれないとさ。あんたが何したいのか全然わかんない」


 無論、有無を言わさず発砲した彼女にそれを聞く意味はない。
 彼女が何をしたいのか、そんなことは分かりきっている。

 それは、至極当然のこと。
25 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:36

 彼女は――――殺すつもりなのだ。 あたしを。
 
26 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:37

「ああ、でも英語はダメだよ?あたし、自慢じゃないけど馬鹿だからさぁ。
 英語なんてもう中学の頃からダメだったしね。その代わり国語は出来たよ?あと社会も」


 けれど小湊は敢えてそれには触れない。
 それはつまり、自らの死に触れること。
 故に恐怖からそれを避けている、そう自己を分析することも出来る。

 けれど今、小湊の思考は如何にこの状況を切り抜けるか、
 それだけに向かっていた。

 言葉は、単なる時間稼ぎに過ぎない。


 左手を下段に軽く突き出し、右手は肩の少し上へ。

 たとえばバットのように両手を近づけ、遠心力を利用して振り回す、
 そういった使用法も考えないではなかったが、重量はなかなかにある。
 自分の体格では逆に武器に振り回されてしまう可能性が高く、
 ならば左手を支点にてこの要領で振るった方がいい、小湊はそう判断した。


 彼女の首はぴくりぴくりと痙攣するように動いている。

 周期などはなく、右に垂れ、小刻みにぴくぴくと震えたかと思えばびくん、と大きく振れて
 ゆらり、立ち上がり、次の瞬間には左にがくり、垂れ落ちる。

 子供のようににこにこと笑い、さんざ瞬きを繰り返す。
 古い西洋人形のように、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 打ち棄てられた人形のように、何も語ろうとはしない。
27 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:39

「英語もそうだけど、数学とかてんでダメ。理科は…まあ、嫌いじゃないけど好きでもない。
 だから国語と社会だけが取り柄だったね。特に国語。
 ホラ、あたしんち民謡の家元じゃない?……って言っても貴女は知らないか。
 まあ、だからね?普段から正しい言葉遣いとか、古臭い言い回しとか、聞きなれてたわけさ。
 そのせいかこの日本語ってのがどうも好きみたいなんだね、あたしってば」


 そして対照的に、自分。
 すらすらと舌は滑り、言葉は湯水の如くまろび出る。

 果たしてここまで饒舌だっただろうかと、自分でも疑ってしまう。

 思わず、笑みが浮かんだ。
28 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:41
 可笑しくて仕方がない。
 これを嘲笑わずにいられるだろうか?

 今、自分は確実に死に直面している。
 他の誰でもない、自分自身の死に。


 ――なのに、自分は生き生きとしている。

 ――かつてない程の、生を噛み締めている。


 我ながら呆れる大馬鹿ぶりだ。
 物も言えない。

 ただ、嘲笑うしかない。


 彼女の体は周囲の空気を舐めるように回転し、真っ直ぐにこちらへ向かう。
 電灯の下、右腕は僅かな残像と軌跡を残し、ゆったりと持ち上がる。

 彼女の顔に張り付くものも、また、笑み。


「……だからさぁ、日本語で話してくれない?貴女たしか、日本語しゃべれたよね?」


 ――銃口を向けられて直、浮かび上がるこの笑みはなんなのだろう。

 ――銃口を向けられて直、湧き上がるこの感情はなんなのだろう。


 小湊はひとたび口を閉じ、鼻から素早く息を吸い、上唇を舐め、そして開く。
29 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/04/23(金) 01:42



「ねえ、ミカちゃん?」



 呼気と共に吐き出された言葉は、破裂音と共に風に流れる。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/26(月) 13:30
[^д^]つ●<ハッピーデスカ?  バイアグラドゾー
31 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:41
 すでに、小湊の体は右手へと駆け出していた。

 高速で飛来する小さな物体は、小湊の背面を抜ける。
 巻き込まれた風がそれを僅かながらに教えてくれた。


 力強く地面を蹴り、ミカへと肉薄する。

 イメージするのは低気圧。
 中心向きの、左巻き螺旋。

 ミカ自身の左半身が作る、僅かな死角。
 それは小湊にとって狙いを定めるべき場所であり、また、唯一の盾だった。


 しかし彼女の体は滑らかに回転し、その視線は駆ける小湊を追う。


 ――――ドンッ!ドンッ!ドンッ!!


 続けざまに放たれる銃弾。
 けれど引き金を引くたびにミカの右手は跳ね上がり、銃弾はあらぬ方向へと流れる。

 反動はほぼ回転の接線方向。動きは制限される。
 弱まり、足はもつれ、やがて止まる。

 首と視線だけが、小湊を追った。
32 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:42
 しかしそれも数秒。小湊が一歩大きく足を出すと、ミカの首は限界に達する。

 即ち、小湊の位置するはミカの背後。

 その距離を目算で大股三歩と見て、小湊は右へとかかっていた体重を緩める。
 膝を柔らかく曲げて制動をかけると、スニーカーのゴム底がずり、と音を立てる。

 右足で大きく地面を蹴った。

 ひゅう、と尖らせた唇から息を吸い込み、止める。
 大きく前に出していた左足はアスファルトを踏み、
 小湊はすかさず右足を引き寄せ、前に突き出すと共に左足で地面を蹴る。

 先の半分ほどで地面に着く足。
 再び出される足もまた、然程の距離を移動しない。

 だが、それでいい。

 確実に仕留めるためには歩幅と斬撃のタイミングが合致しなくてはいけない。


 三歩目の足――左足が着いたところで彼女との距離は大股一歩より僅かに短いほどか。
 今一度踏み込み鎌を振るえば充分な距離であると判断する。


 右上段に鎌を大きく振りかぶり、左足を軸にして回転するように右足を前に出す。
 深く、踏み込む。

 彼女はまだ、振り返ってはいない。
33 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:43


 ――――ドンッ


 その銃声は唐突に響き、小湊は咄嗟に左肩を下げるようにして上体を大きくひねった。

 衝撃、痛みといったものはなく、――先に運良く避けられた銃弾――
 あのときに感じたような風の感触すらない。
 つまり、銃弾はこちらには向かっていない。

 苦し紛れの一発だろうか、と瞬間的に判断する。
 どのみち、ここまで近づいてしまえば小湊の間合いだ。
 あとはこの大鎌を、右へ大きく振りかぶった大鎌を、回転とともに振り下ろすだけ。

 上体を起こし、彼女の姿を再度確認する。



(――――えっ?)



 しかし、目に映る違和感。咄嗟に回転に制動をかける。

 それがいけなかった。
34 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:44


「が……、ぁ………!!」


 正面を向いている彼女の顔。
 跳ね上がる左足は右脇腹に突き刺さる。

 衝撃と共に、ぼきん、と骨の折れる音が聞こえる。
 突き上げられる脇腹と共に全身が浮き上がり、両足は地面を離れ、吹き飛ばされた。

 火花が見えるほどの痛みに、意識が薄れかける。
 なんとか留め、地を転がり追撃を免れたのは本能によるものか。


 ――――ドンドンドンドンッ!!

「く――――っ!!」

 右手首をかすめる銃弾。
 ちかちかと閃光が走り、視界は真っ白に染まる。
 歯を食いしばり、耐える。

 膝を曲げ、つま先に力を込め、両手を地面へ思い切り突き出す。
 反動で立ち上がる体、膝を伸ばし、後ろへ跳び退る。


 ――――ドン!ドンッ!!


 刹那、更に二発の銃弾がアスファルトを抉った。
35 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:45
 その距離は6m程までに伸びてしまっただろうか。
 互いの得物を考えれば、それは絶望的な距離。

「はぁ……、はぁ……、っ!……ぐ……く」

 鈍痛を訴える脇腹を押さえ、ミカを見やる。
 弾切れか、あるいは気まぐれか、彼女は右手をぶらりと下ろしている。
 銃口は、こちらを向いていない。

 どちらにせよ暫し――たとえほんの僅かであっても、一息つく猶予が与えられたことはありがたい。
 右腕の銃創はたいした傷ではないが、息をするたびに痛む脇腹が心配だった。


 ぼきん、という嫌な音を思い出す。

 踏みとどまったことは後悔するべきではあるが、
 それでも咄嗟に防御に回れたのは賞賛すべきことだろう。

 それゆえ、この程度の被害で済んだ。


「あんた……、見かけによらず馬鹿力ね。……ホラ、柄がこんなに曲がってる」


 金属製の柄はぐにゃり、とその形を変え、受けた衝撃の恐ろしさを物語る。
 受けた衝撃とは、即ちミカの蹴撃。

 もし、それが何の障害もなしに突き刺さっていたら、きっと今立っていることすら危うい。
 骨折どころか内臓――特に右脇腹には肝臓がある――が破裂していてもおかしくなかっただろう。
36 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:46


「凄い、ね。 びっくり人間の…域だわ、こりゃ……」


 途切れ途切れに語りながら、左手を抱え込むようにして患部に這わせる。
 指が肋骨に当たるたびにびり、と電流のような痛みが全身に走るが、
 けれどそれは完全に折れたときの、内臓に突き刺さるような痛みとは、恐らく違う。

 痛みとその感触からひびが入ってるだろうことは窺えるが、
 けれどあの"ぼきん"という音、それから察するような骨折は、恐らくない。


 ――つまり、あの音は小湊のものではない。


「……何がびっくり、ってね。あんたのその顔だよ」


 彼女の表情は、なお、笑顔。



「……アンタさ、痛く、ないの?」



 ぐしゃりと折れ、血と肉と骨を覗かせる左脛をぶら下げながら、なお、笑顔。
37 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:47
 ずっと押し黙っていたミカは、にぃと歯を見せ、口を開く。


「私、会わなキャ、みんなニ」


 まるで唇の動きを確かめるように、一言ずつ発話する。


「会っテ、 みんなニ、 教えるノ」


 その笑みが含むのは、悲しみなのだろうか?
 それとも、喜びなのだろうか?








「モウ、        ミンナ、        ニゲラレナイ。




        ダカラ、        ワタシガ、        コロスノ」



 
38 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:47
「……っく、 ……ふふ、くは……くくっ」

 低く、声を押し殺し、小湊は笑う。
 振動のたびに熱を帯びていく脇腹も、その痛みすらも、笑いの種でしかない。


「ようやく口開いて、何を言うかと思ったら……、そんなこと?」


 彼女がまともな状態にないことは、初見で分かっていたことだ。
 当然のことながら、そこにまともな回答を期待してはいなかった。
 勿論、まともではないにしろ、彼女の行動を裏付ける動機としてそれは充分なものだろう。


 ――――けれど


「くだらない」


 それは、苦悩の末に見つけた結論であるのか知らない。
 誰かの死を看取り、辿り着いた結論であるのか知らない。


「そういう…、シンプルな考え方は嫌いじゃないよ? でも、結論がいけない。短絡的で、悲観的で」


 ――――けれど、それはあまりにも


「……悪いけどあんた、もうダメだわ。 完全に、イカれてるよ」


 ――――けれど、あまりにも狂っている。
39 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:48
 ゆっくりと両手で鎌を持ち直す。
 先程と同様に持ち手の感覚を空け、左手は下へ、右手は上へ。


 そして、体は駆け出す。

 右腕を伝う紅い筋が、肘の先へ流れ、雫となって落ちた。


 ――――ドンッ!!


 破裂音が鼓膜を揺するより先に、小湊の体は横っ飛びに転がる。
 立ち上がる小湊を銃口は真っ直ぐに捉える。


「アナタは、知らないノ。ダッテ、見てないかラ」

「何を…、見てないって言うんだよ!」


 吐き捨てるように叫び、再度駆け出す。


 ――――ドンッ!!

 
40 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:49

「っ……! ……ぐ」

 銃弾は左のふくらはぎの肉を削り、足はもつれ、膝が地に着く。


「見てないカラ、知らないノ。 逃げられナイこと、知らないノ」

「また……、それか……」


 四つん這いにミカを睨め上げる。
 数歩先でこちらを見下ろす彼女と、視線が交錯する。

 折れた左足を引きずり、ミカはずるずると歩み寄る。


「この距離、ナラ、外さナイ」


 その笑顔は、狂っている。
 きっと、今この場所にいる誰よりも、彼女は狂っている。
 いや、この場所だけではなく、きっと、この世界で、この時。



 ――彼女は、いっとうに狂っている


 
41 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:49


 けれど、本当にそれだけ?
 彼女の心にあるのは、本当に狂気だけ?
 他に何もないって、どうして言い切れる?


 引き金に指をかけ、足を止める彼女を見て、



「逃げるってさ……、何から?」



 呟きが漏れでたのは、殆ど無意識だった。
42 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:50
 呟きはミカの動きを止め、中ほどまで引いた指先は軋みながら戻る。


「逃げられない逃げられないって……、逃げてるのはあんただろう?」

「…………?」


 彼女に何が起こり、何を見て、何から逃げているのかは分からない。

 けれど、彼女は逃げている。
 それだけは分かる。

 つい先程それを経験した小湊には、それは苦痛を覚えるほどに理解できる。


「あんたは……、何から逃げてる?」


 逃げるのは、怖いから。
 ならば彼女に恐怖を与えたのは、一体なんだ?

 一人の人間をこうまで恐怖させ、狂わせる。

 そんなことが、人間に可能だろうか?
43 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:51


「あんたが求めてるのは……、なんだ? 救いだろう?」


 だとしたら、きっとそれは――


「あんたがおっかながってるのは、なんだ? 教えてくれよ」


 それを与えたのは――



「――――あんたは一体、何を見た?」



 ――人ならぬ人外の、バケモノ。


 
44 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:52
 途端、表情が凍りつく。


「ぁ……、ぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 喉から漏れ出すのは呻き声。



「ァァァァぁぁぁあああああああああああああ!!!!!」



 悲痛な叫び。小湊は一旦思考を止めた。

 そして再び思考し、結論づける。


 彼女に何があったか、何を見たか、何から逃げているか。
 彼女が今、こちらの背に、果たして何を見ているのか。

 考えたところで仕方がない。分かったところで、もう遅い。

 何故なら、彼女は行動に移っている。


 シンパシーは、いらない。
45 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:53
 どくん。

 全身が揺れるような錯覚。
 銃弾のように飛び出す全身。

 どくん。

 息遣いが聞こえる。
 自分の動きも、彼女の動きも、全てがはっきりと手に取るように分かる。

 どくん。

 放たれた銃弾は右頬をかすめ、しかしそれで終わり。
 足を止めるには至らない。

 どくん。

 どくん。

 どくん。

 どくん。


 まただ。この感覚。全ての恐怖を忘れたような、この感覚。

 恍惚としていて、悦楽すらも感じさせ、周囲の全てを取り込むかのように、
 自らを、自らに陶酔させる。

 死に向かっている自分に、陶酔させる。
46 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:53
 どくん。

 かちん、と響くのは弾切れの音。
 だが油断は出来ない。

 どくん。

 先程の蹴りからしても彼女の全身は即ち凶器。
 一度受ければ、行動不能になる。

 どくん。

 懐に入られてはいけない。
 鎌がギリギリ届く間合いで片をつけるか、

 どくん。

 あるいは――
47 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:54


「あああああああっっっ!!!」


 裂帛の気合と共に大鎌を振りかぶる。
 しかし、それはむしろ遅い。

 すでに小湊の間合いに入っている。
 裏を返せば一歩先からはミカの間合い。


 どくん。


 ――近い。


 ミカは右足を無造作に前に投げ出し、一歩、前に出る。
 それは手を伸ばせば届く距離。

 小湊から見えるのは、右足のみに体重を乗せ、反動で浮き上がる体。
 右拳に力を込め、腰を最大にまで捻り、今にも破壊を解き放とうと躍動する、左肩越しの背中。
48 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:55


 どくん。


 しかし、小湊は狼狽えない。
 落ち着いて左手の握りを甘くする。

 瞬時に右手のところまでスライドさせ、再び強く握る。

 振りかぶった体勢から、上半身を鞭のようにしならせ、


 どくん。


 鎌の柄で地面を突くように、全体重を乗せた一撃を放つ。


 どくん。


 こちらに向かう拳、交錯するように。
 大鎌の柄は、ミカの喉元へ吸い込まれる。


 どくん。


 柄の下端には、勿論、独鈷がある。
 切り裂き、噴き出すのは血潮。


 どくん。


 それでもなおミカの拳は、小湊の鳩尾に届いた。
49 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:56

―――――
 
50 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:56


「あーあ、クソ。 結局こうなっちまったか」


 はたけは残された艦長室で、独り、ぼやいた。
 ため息を吐きたい気分だったが、それほど滅入っているわけではない、と考え直す。


「ちょっと量が多かったかなァ」


 モニタ内で蹲る二人を見つめ、そんなことを漏らす。
 彼にとっては誰かの死よりも、自分の読みが外れたことの方が問題であり、
 そしてそれが非常に不愉快だった。


「二、三人くらい、殺してくれると思ったんだけど」


 誰かに愚痴をこぼしたい、しかして相手はいない。それ故の、独り言。
 つい先程までそこにいた旧知の彼は、話の途中でどこかへ消えてしまった。
 勿論、この艦内のどこかにいることは当然だろうが。
51 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:57
 モニタに映る二人。
 その内の一人がおもむろに起き上がり、相手に近づき座りなおす。

 そんな様を見ながら、はたけはつい先程の会話を思い出していた。


 例えば、彼女の腕をもいだと伝えたとき。
 彼は怒り、掴みかかり、激しく喚いた。

 例えば、その理由を話したとき。
 彼は愕然とし、自らの拳を、額を、壁に打ち付けるという世にも面白い行動をとって見せた。


 けれどどうだ。

 彼女に――ミカに、薬物を投与したと伝えたとき。

 彼は、笑っていた。


 この違いはなんだろう、と考える。
 あるいは自分と同じように、このゲームを楽しめるようになったか知れない。
 そんなことを考える。

 それとも単に感覚が麻痺しているだけか、とも思う。

 ただ彼の、
 純粋な彼の、純粋が故の反応。
 それを見るのが可笑しくて仕方がないはたけは、なんとも腑に落ちないものを感じる。
52 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:58
 が、


「ま、たいしたこっちゃない、ね」


 所詮、関係のない話。

 そう、人間は、誰も誰にも関係しない。
 関係のない人間が一人二人息絶えたところで、何ら影響を及ぼさない。
 関係のない人間が一人二人狂ったところで、何ら影響を及ぼさない。


 等しく存在するのは愛ではなく孤独。
 等しく存在するのは希望ではなく絶望。
 再生ではなく腐敗、創造ではなく破壊、夢でなく病魔、勇壮でなく脆弱。


 光でなく闇でなく、等しくあるのは唯一の無。そして死。


 それは混沌を意味するのではない。
 それこそが世界。
 世界は、初めからそういうものとして創られた。

 愉快な世界、楽しい世界、壊れた世界。


「しっかしまあ、随分とヘタレだったね。 ミカちゃん?」


 この世界で自分に関与するモノなど、皆無だ。
53 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:58

―――――
 
54 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 11:59
 喉笛を切り裂かれた以上、彼女に声はない。
 震わすべき声帯は断裂し、だくだくと流れる鮮血だけが、彼女の言葉。

 それでも、小湊は彼女に声をかけた。


「ねえ、ミカちゃん」


 鳩尾をさする。痛みはない。


「どうして最後、殴るの止めたの?」


 ただ触れるだけだった最期の一撃。

 彼女なら、痛みを感じないはずの彼女なら、
 怯むことなく致命的な打撃を小湊に与えることが出来たはず。
 けれど、彼女はそれをしなかった。


「本当は……、……ううん、やっぱいいや」


 言いかけ、止めて、小湊は咳払いを一つする。

 上下していた彼女の胸は、もう動いていなかった。

 張り付いた微笑はそのまま。
 けれど受ける印象は幾分か柔らかい。

 嘆息が、鼻から抜ける。
55 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:01
 座ったまま遺体からリュックを奪い、中身を自分のに移し入れる。
 拳銃も同様に放り込んだ。

 じくじくと痛む右腕と左足。
 上着の両袖を破り、それぞれの患部に程近い場所に止血帯としてきつく縛る。
 右頬と脇腹は放っておくことにした。

 直接患部に触れさせないのは雑菌が入る危険性を考えたためだが、
 それでも長くこの状態ではいられない。

 道すがらにあったスーパーを思い出し、そこで清潔な包帯と消毒液、
 絆創膏や湿布が得られれば、と立ち上がる。

 すると、仰向けに倒れているミカの体を丁度見下ろす形になった。


(ようやく……、おっかないのから逃げれたね)


 そんな感傷じみた言葉が浮かび上がるが、口には出さない。
 それは、今放つべきではない。少なくとも、自分が放ってはいけない。
 手向けにすら、なり得ない。

 そんな気がする。
56 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:01
 と、向かおうとしていた方角から誰かが来るのが見える。

 その手には拳銃。

 またか、と思わないではなかったが、むしろ小湊としては疲れた、という心持ちだった。
 それ故、武器は構えない。


「あの、こっちの方から銃声が聞こえて――――」


 駆けてきた彼女にもミカの姿が見えたのだろう。
 表情がやにわに曇る。

「…………あなたが?」

 的を得ない質問。けれど意味は伝わる。
 小湊はこくり、頷いた。

「でも、誤解しないで。 いきなり撃たれて……、こっちも、必死だった」

「そう……、」

 まるで子供のいいわけみたいだ、と冷めた自分が嘲笑っている。
 勿論、顔には出さない。


「アタシが言うのも変だけど……、気を、落とさないで下さい」


 気遣い、優しく声をかけてくれる彼女。
 その隣に見えるのは、腕組み自分を見据えるのは、まさしく自分自身。

 彼女は、嘲り笑う。
57 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:03

「怪我は……、」

「あ、うん。別に大したことない。 でも念のために……、ホラ、
 ここから少し先にスーパーみたいなとこあったでしょ?そこで包帯とか……ね」

「ああ、なら一緒に行きましょう。その足……、辛い、ですよね?」

 左足の裂傷を指差し、彼女は言う。
 「肩、貸しますよ」と続け、近づいてくる。

「いや、いいよ。歩ける」

「でも……、」

 その好意は、素直にありがたいと思う。
 けれど、甘えてはいけない。

 それに――


「それに」


 言葉を区切り、北を指差す。


「貴女を、貴女の仲間が待ってる。この先で」


 彼女は少し、驚いた顔をした。
58 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:04

「それって……、どういう意味ですか?」

 いぶかしむような顔。苛立たしげな声。それはそうだ。
 誰でもあんな思わせぶりな言葉を吐かれていい気分になるわけはない。


「あ、いや。変な言い方した。ゴメン。 えっと…、この先の岬に小屋があって……、
 なんてことはどうでもいいか……」

 あれこれと上手い言葉を探すが、なかなか見つからない。

「えーと、えーと……、大丈夫。ちょっと怯えてたみたいだけど、ちゃんと足はついてるから」

 言ってしまった後で、更に後悔する。
 笑えない表現だ。


 しかし彼女は気にした様子でもなく、すぐさま冷静さを取り戻す。

「いえ、ごめんなさい。ちゃんと生きてるなら、いいんです」

「そう、よかった」

 何が良かったのか自分でも分からない。
 また、冷めた自分が嘲笑っている。
59 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:04

「それで……、誰、ですか?そこにいるの」

「……ごめん。名前とかさ、もうあんまり覚えてないんだ。 確か貴女と一緒にいたな、
 一緒のグループだったな、っていうのは覚えてるんだけど」

 そうですか、と呟き、彼女はちょっと考え込むポーズをする。

「ってことは、アタシの名前も?」

「あー……、うん。 悪いんだけど」

 その質問を予想していなかったわけではないが、
 改めて言われるとやはり、苦笑いしか浮かんでこない。

 対して彼女はあはは、と笑い、


「アタシは斉藤です。メロン記念日の斉藤瞳」


 そう答えた。
60 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:05

 * * *
 
61 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:06
 それからすぐに、斉藤は北へ歩いていった。
 銃をリュックに仕舞い、ミカの亡骸に手を合わせ、身を翻して去っていった。


 暫くの間その背を眺め、満足すると、小湊もまた歩き出す。

 腕組み、突っ立ったままのもう独りの自分と、すれ違った。


 ――――いい子だったねェ


 どっちが?と問う。


 ――――どっちも。 お前とは大違いだ


 はは、そうかもね、と返す。



 ――――アイツが殺そうとしてたのはお前じゃない。 お前の、恐怖さ



 足が、止まる。
62 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:07


 ――――はは、無理だわな。 お前にはそんなもんありゃしねえ


 構わず、足を出そうとする。

 出ない。


 ――――必死だった?おいおい、アレのどこが?違うだろ?


 うるさい。


 ――――お前は


 黙れ。



 ――――楽しんでたんだろう?



 ……違う。

 
63 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:08


 ――――違わないさ、お前は気付いた


 違う。


 ――――そう、気付いちまったから、違うんだ


 違う。そういう意味で言ったんじゃ


 ――――意味なんて不毛さ、あるのは事実だけ


 ……違う。


 ――――意味なんて求めるな、事実だけを感じろ


 やめて、そんなのはまともな人間の


 ――――受け入れろよ、気付いたんだろ?


 違う……!

 
64 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:09













   死に至る生こそが、最も充実した、生だ












 
65 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:10


「ぐ……ぁ……、」


 呻き声が漏れ、がくりと膝が折れる。
 同時に、彼女の姿は視界から掻き消えた。


 そう、だから、自分は言えなかった。

 手向けの言葉を、言えなかった。


 決定的に違うのだ。
 ミカと、自分とでは。

 国籍や人種などではなく、それはもっと大きな溝。
 言葉に置き換えれば、異種。


 だから、下端の独鈷を使った。

 敢えて彼女を飛び込ませた。

 致命傷を負いかねない、危険を冒した。


 そうしなければ、生きていることを実感できないから。

 生きていることが、出来ないから。
66 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:11
 だから、狂っていたのは、彼女じゃない。
 あの瞬間、この世界でいっとうに狂っていたのは、彼女じゃない。

 怖いから逃げていただけの、可哀相な彼女。
 鎧を剥ぎ取られ、死に逝くあるいは与える他に道のない、可哀相な彼女。


 彼女は狂ってなどいなかった。
 だから最期まで笑顔を絶やさないでいられた。

 彼女は、笑顔のまま眠ることが出来た。

 彼女には救いがあった。
 死という名の安らぎがあった。

 捻じ曲がりこそしても、愛があった。
 溢れんばかりの、愛があった。



 そして、そのどれもが、自分には当てはまらない。

 自分に恐怖はない、救いはない、安らぎはない。

 自分の――小湊美和の行為に、愛はない。



 だからあの時あの瞬間、この世界で、

 誰よりもいっとうに狂っていたのは、



「……狂っていたのは、あたしだ」



 小湊美和、ただ独り。

 そのことに、気付く。
67 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:13


「クソォ……、……クソォ!」


 きっかけは、いつだったのだろうか。

 教室で夏の死に様を見たとき?
 独りマンションの一室にいたとき?
 血の匂いを嗅いだとき?
 あの凄惨な光景を見たとき?


「あたしが……、悪いのか……!? こうなったのは! あたしのせいか!?」


 あるいは、元からそうだったのかもしれない。

 もう、自分で自分が分からない。


「認めない……、絶対に、認めない……!」


 幻想の残り香が冷笑を浮かべ、こちらを見下ろす。



「二度と、あたしの前に出てきてみろ……、ぶっ殺してやる……っ!!」



 剥き出しの歯から荒い息を漏らし、前を睨み、小湊は立ち上がった。

 鳩尾に当てた左手の下に、ほんの少しだけ温もりが感じられた気がしたが、
 それもすぐに消えた。


【15番 小湊美和 所持品 大鎌 ――拳銃"Beretta M92FS"取得】
【17番 斉藤瞳 所持品 Glock19】
【35番 ミカ・T・トッド 死亡】
68 名前:91 夜明けにはまだ早い〜重なり合う事象〜 投稿日:2004/05/05(水) 12:15
>>14
いつもありがとうございます。
励みになります。
>新スレ……
立ててから一月、週一更新はすでにバツイチ。
連休で書いた分も今日で消えて来週はますます危うし。
危険だ、、、。
>描写力……
ありがとうございます。
ですが無駄なこと書きすぎてテンポが崩れてしまってる&表現が重複したりとか、
まだまだ力不足を感じます。もっと学んでいかねば。

>>15
訂正ありがとうございます。って言うかお気を悪くさせてしまい本当に申し訳ない。
適当な知識で適当なことを言うものではないですね。

>>30
平身低頭申し訳。わざわざこんな時期にこんな物書いてスイマセン。
でも他意はありません。あったら打ち首ものですよ。
ハッピーではないです。5/2行けばよかったと今更後悔。
ミカさん、頑張って欲しいです。
69 名前:abook 投稿日:2004/05/05(水) 12:16
不肖、abookで御座います。

今回の更新内容なのですが、本当に申し訳ない気持ちでいっぱい。
ですが大まかな筋としては以前から決めていたことです。
報道が流れてからそうしよう、と思ってやったことではありません。
時節を見極めてプロットを挿げ替えれば良かったのでしょうけれど、
そこまでのスキルがありませんでした。
本当にごめんなさい。


……なんだか謝ってばかり。
こういう血生臭い小説は向いてないのかな、、、?
とも思わないではないのですが、最後までやり遂げようと思います。
70 名前:abook 投稿日:2004/05/05(水) 12:17
更新は気力と体力が続く限りは週一でやりたいとは思っています。
まあ、すでに先週ペケが一個ついちゃったんですが。
それでもズルズルグダグダにはならないよう、努力いたします。
71 名前:abook 投稿日:2004/05/05(水) 12:18
そろそろ何処のグループも話が重くなり始め、
作中での悪ふざけも出来ないような状況になってきています。
なのでここもテンション控えめに。
72 名前:abook 投稿日:2004/05/05(水) 12:19
暫くはこんな重苦しい状況が続きますが、
どうぞまたお付き合い下さいませ。
大気が微妙に不安定。風邪など引かぬよう、皆様お気を付けて。

では、また。
73 名前:名も無き読者 投稿日:2004/05/05(水) 14:25
更新お疲れ様です。
人間の狂気とでも言いますか・・・、
そういうものに惹かれてしまう。。。w
いよいよ楽しみな展開に入ってきてる感じで
続きも待ち遠しいデス。
74 名前:仕事中 投稿日:2004/05/11(火) 20:40
残っている参加者がどこまで自分を失わずにいられるのか。
ネタバレしそうなのであまり書きたいこともかけませんが、
今後もとっても楽しみです。がんばってください。
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/12(水) 01:06
( `.∀´)从O^〜^)( ‐ Δ‐)で行動。


[^д^]川σ_σ||(*`_´)で行動してて[^д^]があんな風に。


と、いうことはメル
76 名前:やっちまいました 投稿日:2004/05/14(金) 18:33
スミマセン。前回更新分でコピペミスが発覚。

>>35>>36の間に



 なるほど、確かに回転の接線方向への物理的な力は、回転の抗力になり得る。
 しかし、逆にそれは回転を生み出す力にもなり得る。

 発砲の反動をそのまま回転力に変え、先とは逆の方向に回り、その勢いを殺さず蹴りを繰り出す。

 言葉で言うには簡単だが、とても人間の繰り出す技の域ではない。
 が、彼女が行ったのはそれだった。



が入ります。
77 名前:やっちまいました 投稿日:2004/05/14(金) 18:34
…ありえない。ひどすぎる。しゃれになりません。おかしいですよカテ(ry
っていうかこんなでかいコピペミス、なんで更新時に気付かなかったんだろう、、、_| ̄|○

……あ〜、ホントありえない。マ○トガインのラスボスくらいにありえない。
まあ、私的にはあれもアリなんですが、、、って違う。マイトガ○ン関係ない。

ホントごめんなさい。マジ反省。
今後は慎重に更新致しますので、今回ばかりは脳内補完よろしくお願いします。

では、更新です。
78 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:35


 夢を見ていたのだ、と思いたかった。

 辛い、悪い夢だった。 そう、思いたかった。


 目を開ければカーテン越しの朝日が、

 あるいは見慣れた楽屋が、

 あるいはウィンドウ越しに流れる街並みが、

 同じように眠ってしまった仲間の寝顔が、

 こちらを覗き込む笑顔が、


 私を、待っている。


 そう、思いたかった。

 
79 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:35


 *  *  *


 固い木床はお世辞にも寝易いとは言えなかった。


「やっぱりさ、どうしても気になるんだよ」


 そう、切り出したのは彼女。
 私は寝転がった体勢から僅かに上体を起こし、「何が?」と聞き返す。

「さっきの、禁止区域の話。 なんであんなトコ、禁止にしたのか」

 各々のリュックを枕に川の字で寝転がる三人。
 けれど、それだけ。

 目の前の彼女も、後ろにいる彼女も恐らく、目を閉じてはいない。
 睡眠をとるのにけして良好ではない環境。
 当たり前と言えば、当たり前。
80 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:36

「それ、さっきまとまったんじゃなかったっけ?」

 彼女が何に気をとられているのか、私には分からなかった。

 ――安倍さんはつんくに目を付けられてる。
 ――だから安倍さんのいる場所が禁止区域になった。
 ――それか、安倍さんのいる場所には人がいっぱいいた。

 つい先程出た推論をすらすらと並べ、言葉を続ける。

「それでいいんじゃない?間違ってはいないと思うよ?何が気になるの?」

 けれど彼女の表情は、固い。

「うん、間違ってはいないと思う。 でも、正解じゃないよ」

 表情こそ眉を八の字、口をへの字にしていて、それから察するに
 歴とした何かを見極めているわけではない――つまり曖昧であるのだけれど、
 やけにはっきりとした断定口調で、彼女は言う。

 そう断言できるのはどうしてだろう、と思った。
81 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:37


「な〜んかひとつ、重要なコトを見落としてる気がするんだよねぇ」


 次いで、考える。

 重要なこと……、なんだろう。


「……重要なコトって? ナんですカ?」

 背後からの声。
 同じようなことを言いかけた口を閉じて、私は彼女の様子を窺う。

 彼女は僅かにかぶりを振って、肩眉を下げて答える。

「わかんない。 なんて……言うのかな、モヤモヤっとした……感じ?」

 あやふやな説明。
 あやふやな感情。

 けれど彼女が感じているものが何なのか、それは分かった。


 ――その対象こそは分からないけれど、それは、何かに対する違和感。

82 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:37

「そんなんじゃわかんないよ」

 口から出たその言葉が、全くの本心だったわけじゃない。
 全てが分からないのではなく、"分からない"ことが分かっている。
 もやりとした何かを、胸の内に感じる。

 たった三人の、狭い共同体。
 何らかの疑問を持った人がその場にいて、周囲がよほどの能天気ではない。
 その疑問が感染するのは、恐らく明らか。

「そうだよねぇ……」

 と、嘆息交じりの声を聞いたときには、彼女の感じた違和感はすでに私にも転移していた。


 *  *  *

 
83 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:38


 例えば、そのとき。

 違和感の正体が彼女の感じているそれとは別のものだと気付けたとしたら、
 未来は違うものになっていただろう。


 例えば、そのとき。

 自分たちの置かれている状況を客観的に見定めることが出来たなら、
 慢心を棄て去り、怯え、震えることが出来たなら、結果はきっと変わっていた。


 忘れていたのだ。
 私は。

 久しくその存在を忘れ、けれど思い出したことを、
 しかし過信し誤認し失念し、再び忘れていたのだ。


 近傍にある、死を。
 深海の如き、絶望を。


 忘れていたのだ。

 死は等しく訪れる。
 是非なく慈悲なく区別なく、誰にでも。

 
84 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:39


 *  *  *


「な、なんなんだよ……、コイツ……」

 白煙が立ち昇る長細い筒、震える彼女の声。

「銃が…………」

「はは、効かないみたいだね。 無駄無駄ァ、ってな」

 男の陽気な声。
 笑む、笑む。

 "彼"を見つめる、彼女の顔。

 見つめる、ではなく、視線を逸らせず瞬きも出来ない、と言い換えた方が良いか知れない。
 そう思ったのは自分がそうであったからであり、そして恐らく、私も、同じ顔をしていた。


「っつーか俺も素で吃驚。マジでぶっ放されたから焦ったけどさ、凄いねェ?」

 男の声は半鐘のように鳴り、べとりと粘り、そして乾いた響きを持つ。
 表層を掻き立て、そして張り付き、けれど深奥までは届かない。

 半ば開いた唇はふるふると揺れ、際限なく生まれる吐息と絶望を吐き出す。


 そう、絶望だった。

 彼女と私の表情に名前を付けるとしたら、絶望だった。
85 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:40
 がさ、と何かの音が後ろから聞こえて、私たちはそれでも振り返らない。
 振り返れない。瞬きもしない。

 真っ直ぐに、"彼"を見ていたはずだった。


 ――――なのに、


「う、わぁああああああっっっ!!!」


 その一瞬、目がガラス球にでもなってしまったのだろうか。
 ついさっきいたはずの場所にはもういない。

 殆ど音はなかった。
 彼女がいる場所に、"彼"は、いた。

 その右手が彼女の左手を掴み、宙吊りにする。

「あぐ……っ、くそぉっ!」

 片手で持ち上げようとしたショットガン。
 けれど左手の一撃で弾かれる。
 茂みの方へ飛んでいく。

 じたばたと蹴りが"彼"の腹に入るが、微動だにしない。
86 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:41


 私は、動けない。

 逃げ出すことも、出来ない。


 携えた日本刀は虚しい重みを左腕に伝える。
 あるいは"虚しい"と言うことも感じていなかった。

 そう、身を包むのは彼女を助けられない無力感では、きっとない。

 虚しさを色で表すとしたら、灰色だろう。
 けれど私の心が見ていたのは、灰色じゃない。


 紫と黒が入り混じったような気味の悪い光。

 絶望の、光。


「あーあ、どうしよ」


 男の言葉は風のない日の木立のように鳴り、小川のように流れ、ひやりと湿り気を帯びていた。
 表層をざわざわと撫で、そしてさらさらと舐め、深奥を冷やす。


「めんどくせえ。排除しろ」


 重なるように、金切り声が聞こえた。


 *  *  *

 
87 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:43


「そんなに気になるんなら、見に行ってみない?」

 そう言ったのは、私。

「大丈夫だって。もう遅いし、みんな寝てるよ」

 そう言ったのも、私。


 彼女から伝播した違和感を、私は恐らく彼女以上に消したかった。
 分からないことに腹を立てる子供のように、何をしてでも胸のもやもやを消したかった。

 けれど、気付いていなかった。

 それが違和感などではないということに、気付いていなかった。


 それは違和感ではない。 嫉妬だ。


 自分が気付かないことに気付きかけている彼女に、
 そのくせ臆病になっている彼女に苛立ち、嫉妬していたのだ。

 それは過信だった。
 自分の理解力も、経験も、判断力も、洞察力も、
 大してあるわけでもないというのに。


「それにさ、こっちには武器も、いっぱいあるんだから」


 私は過信し、嫉妬していたのだ。
88 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:44


 失ったことばかり多すぎて、得られたことなんて何一つない。

 唯一得たものがあったとすれば、
 それは投げつけられた彼女の腕。


 思い出すのは、転がり、地に伏せる彼女と、
 怯え、立ち上がれない彼女。

 こうなったのは、私のせいなのに。
 私の、我侭のせいなのに。

 私は、二人を見捨てて逃げ出した。

 
89 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:45

―――――
 
90 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:45


 ゆっくりと目を開ける。
 そこに、待ち望んでいたものはない。

 見えるのは泥と埃の散った床と、黒ずんだ壁と、開け放たれた木戸。
 そこに仲間の寝顔はなく、覗き込むのは笑顔でなく、奇異の、表情。

 全てが夢であるなら、彼女はそんな顔をしない。


 全ては事実、起こってしまった、事実。


 私の腕に抱きかかえられるのは、紛れもなく、彼女の腕。
 千切られ、紫斑の浮いている、彼女の腕だ。
91 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:47


「ひとみ…………」


 視線がぶつかり、呟きが漏れでる。

「もう……、やだよ……。 なんで、こんなことになっちゃったの……?」

 涙が滲み出てくる。
 ひくひくと、嗚咽が漏れる。


「何が……、あったの?」

 私はぶんぶんと首を振り、その質問には答えない。

 もう、あんなこと、思い出したくない。


 瞳はこちらに手を伸ばし、

「……そんなの、持ってちゃダメだ」

 私の腕の中のものをさして言う。


「やだ……、放したくない……」

 私は断る。ぎゅう、とそれを抱きしめる。

 これを放すだなんて、
 そんなこと、出来るわけない。
92 名前:92 夜明けにはまだ早い〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/14(金) 18:49


 これは、逃げた私に残された、唯一のもの。

 彼女がいたという、証。


「放せるわけ……、ないじゃない……」


 これは彼女なんだから。

 彼女はもういないから。

 これは、彼女なんだから。



「これ……、マサオの腕なんだよ……?」



 これは、マサオなんだから。

 
93 名前:おくとぱす雅恵 投稿日:2004/05/15(土) 11:59
お、大谷…!!
なんてことを…。…続き待ってます…。
それと小湊、すんげぇカッコよかったのはいいけど、
メロン記念日の名前覚えててくれ〜(泣)
94 名前:名無し読者 投稿日:2004/05/19(水) 23:37
すいません、作者さん、気を悪くしないでいただきたいんですけど。
スレ開いた瞬間に、衝撃の事実が分かってしまうのは・・・
スレ隠しお願いしていいですか?
生意気言ってすいません。
95 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:02

―――――
 
96 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:04

 私は安倍さんの体を支えながら居間へ戻りました。
 万一のことを考えて部屋の明かりも消すことにしました。
 外からの光も殆どがカーテンで遮られて、見えるのは微かな輪郭だけ。

 真っ暗な部屋。

 視覚に対する刺激が減ったからでしょうか、
 それともさっき見た光景に、数分遅れで気を失おうとでもしているのでしょうか、
 急に眠気が襲ってきます。意識が朦朧としてしまい、視界も定まりません。

 でも、まだ眠るわけにはいきません。
 なんとか意識を繋ぎとめ、一心に手を動かします。


「お豆……、あのさ、もういいよ? 疲れたっしょ?」

 頭上から降る言葉。私は頭を横に振りました。
 勿論疲れはあります。
 それが傍から分かるくらいに、それを隠すことが出来ないくらいに。

「私はだいじょぶだから、ここ、座んな?」

 ぽんぽん、と安倍さんはソファのクッションを叩きます。
 きょろきょろと落ち着かない様子で、この状況に戸惑っているんでしょう。

 けれど私は頭を振ります。


「もう少し……、こうしていたいんです」


 冷たいフローリングに座り、少しばかり前かがみになって、
 むくんでしまった安倍さんの素足を、私は一心に揉みほぐします。
97 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:06
 今、まこっちゃんは福田さんと一緒に大谷さんの手当てをしているはずです。
 私一人、何もしないで待っているのなんて、耐えられません。

 それに、何もしないでいたら多分眠ってしまう。
 そしたら、安倍さんの話を聞けなくなる。
 だから、嫌です。

 さっき、安倍さんは私に、「大事な話があるの」と、そう言いました。
 「麻琴が戻ってきたら話すから」、そう言いました。
 だからせめてまこっちゃんが来るまでは、私はこうしていたいのです。


「迷惑……、ですか?」

「いや、そんなことはないけど……、 その、あの……」


 …分かっています。それが卑怯なことだということは。
 私は、安倍さんを気遣っているんじゃない。
 私はただ、安倍さんをだしにして自分の力無さを忘れたいだけなんです。

 それがいけないことだとは分かっています。
 でも、私にはそうする他に無いんです。

 だって私だけ……、私だけが、誰の役にも立ててないんですから。
98 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:07
 そう思うのは、きっとまこっちゃんのあの顔を見たから。
 いつものまこっちゃんじゃない、けれどどこかで見たようなまこっちゃん。


 何を考えてるのか。何をしようとしているのか。

 分からないから遠くに感じる。

 だから、私だけが取り残される。


 そう思うのは、まこっちゃんが変わったからじゃない。
 私が何も考えていないから。

 でも、どうしたらいいのか分かりません。
 何をしたらいいのか分かりません。


 私は何を考えるべきなんでしょうか。

 私はどこへ向かえばいいんでしょうか。

 私は、何がしたいんでしょうか。


 ふと、頭の上に暖かい感触があったことに気付きます。
 視線を上に向けると、視界いっぱいに安倍さんの顔。

 安倍さんは顔を近づけ、私の頭を優しく撫でてくれていました。
99 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:08


「だいじょぶだよ……。 なんも心配することなんてないから……」


 頬には冷たい感触。
 私は、いつの間にか泣いていたようです。

 悲しい気持ちは、確かにあります。
 けれどそれは、悔し涙。


 頬に伝わる、暖かい感触。
 挟み込むように、包み込むように、安倍さんは両手で私の顔を撫でてくれます。

 目元に溜まった涙を、そっと親指で拭ってくれます。

「そろそろ麻琴も来るだろうから、ホント、もういいよ?」

 その、安倍さんの言葉に、私は今度こそ首を縦に振りました。



 程なく、まこっちゃんはやってきました。
100 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:08

―――――
 
101 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:10


 目に見えない壁が、そこにある。
 足を前に出そうとしても、抱きしめようと手を伸ばしても、
 遮られ、押し戻され、

「どういうこと……?」

 辛うじて出た呟きもまた、遮断され、届かない。

 そんな錯覚に陥る。

 そう、錯覚。
 それがただの思い込み、妄想の類でしかないことは彼女も分かっている。
 拒絶しているのは相対する彼女ではなく、斉藤自身。

「マサオの……腕? ……それ、マサオの腕なの?」

 そして、それを作り出すのは、あの腕。
102 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:11
 先刻、ほんの一寸前、刹那ながら、腕を切り落とすという、
 その行為を行ったのは小湊ではないのかと疑った。
 斉藤は小湊の得物である大鎌をすでに確認している。
 加えて、あのもったいぶった言い回し。疑うには充分すぎるほどだ。

 けれど、下に向けられた切断面を――込み上げる吐き気を堪えながら――見ても、
 刃物によるものではないと、素人目にもすぐに分かった。

 皮膚や筋繊維、血管などがぶら下がり、丸い骨のつなぎ目が見え隠れしている、その箇所。

 尋常でない力によって引き裂かれた、そう予想するのが適当だろうか――と、
 そのときの斉藤は理解した。


 それが誰の腕であるのか、考えなかったわけではない。
 けれどそれより、彼女にいつまでもそれを持たせておくことが気がかりだった。

 彼女は斉藤にとって掛け替えの無い仲間であり、それ故彼女のことを誰よりも知っている自信がある。
 だから、たとえ彼女に何があったとして、腕の中のそれを手放し自分を見てさえくれれば、
 すぐにでも立ち直らせる自信があった。

 だが、誤算だった。甘く見ていた。

 最早、斉藤に一寸前の冷静さは微塵もない。
103 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:12


「ね、ねえ……、あゆみ、 ……本当に、マサオなの?」


 その問いかけに、彼女――柴田あゆみはこくり、うなずく。

 瞬間、ぴしり、ひびが入るような音が、明瞭に聞こえた。

 ひびは走り、大きくなり、何かががらがらと崩れていく。
 びゅうびゅうと冷たい風が吹き込んでくる。


「マサオは、もう、いない……、だから、これがマサオ、なの……、
 もう、これだけ、しか、残ってないから、 だから、これが、マサオなの……」


 壊れてしまった、彼女。


 彼女が今も尚すがるその腕は、
 彼女の仲間であり斉藤の仲間でもある、大谷の腕。

 それが現実であり、現実は、それでしかない。

 それが斉藤に重く圧し掛かり、この数刻で築き上げたものを一瞬で壊した。

 それでも斉藤は奥歯を噛み合わせ、食いしばり、喉の奥で呻き、
 視線を逸らそうとする無意識に、抗う。
104 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:14


 ――ダメだ。目を逸らしてはいけない。
 ――逸らしてしまっては自分がダメになる。


「もう、ダメだよ、瞳。 みんな……、みんな、死んじゃう」


 ――彼女を、柴田を、助けられない。


「……そんなことない。 きっと、何処かに逃げる方法が……」

「無理……だよ、 逃げられるわけ、ない。 きっと追ってくる、アイツらが……、
 私たちもきっと、最後には殺される……、殺されちゃう……」


 ――ダメだ。ここからではダメだ。
 ――ここからじゃ、手も、言葉も届かない。


「……だから、私は、マサオと一緒にいるの。 最後まで……、ここにいるの」


 ――壁が、遮る。
105 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:15

 たとえば。
 アイツら、とはなんなのか。
 その"アイツら"が大谷の腕を引き千切ったのか。
 一体、何があったのか。


 浮かび上がる疑問、けれど斉藤はそれを投げかけようと開きかけた口を閉じ、
 右足を僅かに宙に浮かせる。

 よくあるパントマイムのような、見えない壁。
 磨かれたガラスのように透き通っていて、しかし触れると焼けるほどに熱い。

 それは斉藤自身が作り出したもの、自己を守るためのフィルタ。
 それは防波堤であり、防護壁であり、だが、それがなんの役に立つというのか。


 それはただ、自己を守るためだけのものでしかない。

 今は、邪魔だ。


 斉藤は蹴破るような心持ちで、浮かせた足を勢いよく突き出す。
 意外にも、右足はすんなりと壁を通り抜けた。
106 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/05/22(土) 13:21
 
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/30(日) 18:18
はじめてみました。
戦闘シーンたくさんありますねー。
続きを待ってます。
108 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:37

 靴底が床を叩く。大きな音が聞こえる。
 びくり、と柴田の肩が揺れ動いた。

「い、イヤだ……、来ないで……よ」

 弱々しく発せられた拒絶が斉藤の両足に絡みつく。
 逡巡、しかし足はごく自然に前へと進む。

 一度気付いてしまえばそれは簡単だった。

 拒絶していたのは彼女ではない。
 危惧していたのは助けられるかどうかではない。
 彼女を包み、渦を巻く、黒い、影。
 それに飲み込まれるのを、ただ、斉藤自身が恐れていただけだ。


「イヤ……! マサオは渡さない、わたしは。……いるって、
 決めたんだから、最後まで……。 決めたんだから…………!」

 斉藤は歩を進める。
 それはきっと、慈しみではない。
 怯える柴田を前に、何も言葉を発さない。
 それはきっと、労りではない。

 助けてあげる、慰めてあげる、そんなものは傲慢でしかない。
 まやかしの願望を振り払い、斉藤は自らの欲求を考える。

 何をすべきか、ではない。何をしたいか、だ。
109 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:38

「お願い、どっかいって……よ。
 わたしはいかない、どこへもいかない……!
 だから……お願い……! お願いだから……!」

 柴田は両手で挟み込むように頭を抱え、怯えきった目をこちらへ向ける。
 青い光に下りる影が、それを覆う。

 柴田に残っているものがその腕の中にいるマサオだけだとしたら、
 きっと自分に残っているものも一つだけなのだろう。

 影に覆われた彼女の瞳。そこに映りこむ、一人の女。
 助けを求めているのは柴田ではない。彼女なのだ。

 斉藤はそっとその手を伸ばす。

「やっ――――」

 指先に触れる肩。手の平で掴む。
 外そうと掴み返す柴田。爪が食い込んだ。

 痛みを顔に出さず、斉藤は呟く。


「……奪ったり、しないよ。 どこにも連れてかない」


 それは、諦めなのかもしれない。
110 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:39

 斉藤は敢えて肯定する。
 諦めを生む自分の弱さも、彼女の弱さも、
 拒む彼女も、後ろを向く自分も、全てを肯定する。

 否定するのはこの現実から逃げ出そうとする自分だけ。

 身を離そうと暴れる彼女の腕も、その片腕に抱いたままの彼女の腕も、
 全てを許容し、肯定し、



「いいよ、ずっとここにいていいよ。 アタシも、いるから」



 斉藤は膝を折り、掴んでいた両肩を引き寄せ、全てを、包み込むように抱きしめた。
111 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:39

 動きは、ぴたりと止む。
 布越しに触れ合った肌から届く、大きな鼓動。

「……ぅ、 ぅ……、ヒック…………ヒック……」

 息をするたび、ぴくぴくと震える肩。漏れでる嗚咽。
 ぽろぽろと零れる涙。

 やっぱり、と思う。

 彼女は拒絶などしていなかった。
 自分に迷惑をかけないようにと、強がっていただけなのだ。
 堕ちて行く自分について来ることなんてないんだよ、と。

 けれど、斉藤はそれを望んではいない。
 彼女をここに置いていく、それが最良の選択だとして、果たしてそれを選ばない。
 彼女を連れてここを出る、それが最善の選択だとして、果たしてそれを選ばない。


「もう、いいんだよ。独りで頑張らないで。 これからは、アタシが一緒だから」

「……ぅぁ…ぁ…ぁ……グスッ、……ボス………、ボスゥ……」


 柴田がたとえ生きることを諦めていたとして、傍にいてやりたい。
 それが、斉藤の願いであり、選択。
 これ以上彼女に辛い思いをさせるのは耐えられない。
112 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:40

 だからもうこれ以上、斉藤は前向きな何かを言うつもりはなかった。
 具体的に何があったのかを、聞くつもりもなかった。

 大谷のこと、その最後がどうだったか、知りたい気持ちがないわけではない。
 それをなんとか飲み込み、腹の奥にしまいこむ。

 慰めの言葉も、必要ない。
 薄っぺらな、傲慢な、ただ喧しいだけの言葉など、必要ない。

 奮い立たせたいのではない。慰めたいとも思わない。
 斉藤が、斉藤自身が、柴田の傍にあることを望んでいる。

 それは、諦めであるのか知れない。


「ごめんね、あゆみ……。ひとりにして、ごめんね……」



 かすれるような声を発したそのあと、斉藤は柴田をより強く抱きしめる。
 斉藤の両の眼からも、大粒の涙が零れ落ちた。
113 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:41

―――――
 
114 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:42

「そう……、ですか」

 安倍さんの話が終わり、言葉を発したのはまこっちゃん。
 福田さんと何を話していたのか、まこっちゃんは少し不機嫌そうな顔で現れました。
 話を聞き終えた今も、それが殆ど変わらないのが、少し意外。

 安倍さんが言うには、平家さんは彼女を守って亡くなったそうで、
 今、その亡骸は稲葉さんのところにあるらしく――はっきりとは言いませんでしたが、
 平家さんが生きている内に私たち二人のことを聞いたのでしょう――
 すぐにでも会いに行って欲しい、とのことでした。

 私個人としては、会いに行こうが行くまいが、どちらでも良いことでした。
 それを判断するのは、出来るのは、私じゃない。

 どちらの判断をするにせよ、私はただまこっちゃんに従おうと、
 そして、きっとまこっちゃんは会いに行きたいと言うのだろうと、
 そう思っていました。

 けれど。

 平家さんが死んだと聞いたとき、きっと誰より……、少なくともこの家にいた三人の中で、
 最も悲しんだのはまこっちゃんで、今もそれは癒えていないはずなのに。
 私がまこっちゃんだったら、きっとすぐにでも会いに行きたいと思うのに。

「……安倍さんの気持ちは嬉しいんですけど、今はまだいけません」

 まこっちゃんはやんわりと安倍さんの提案を断ります。
115 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:42

「もうそろそろ朝になる時間だし、私たちも……、満足に寝てないですし、
 安倍さんもそうですよね? だから、行くとしたら一休みしてからの方がいいと思うんです」

「そ…、そうだね。……うん、その方が、いい…かな」

 安倍さんは少し驚いたような表情で、それは断られるとは思ってなかったとかそういうことではなく、
 まこっちゃんがこうも整然とした話をするのが意外だったのでしょう。
 それは私も同様で、なんだか愕然としてしまいます。
 呆然ではありません。愕然です。


 勿論、まこっちゃんの言い分が正しいのは分かります。
 それは何より前向きな考えで、理にかなっている。

 でも、それが本当にまこっちゃんの本心なんでしょうか?
 大切な人に――たとえその人がもう息をしないのだとしても――会いたい、
 そう思うのは自然なことなのに。
 いつもの、はた迷惑なくらいに純粋で優しいまこっちゃんだったら、
 きっと会いに行きたいと言うはずなのに。

 今のまこっちゃんからは、それが見えない。
 今のまこっちゃんに、優しさが見えない。
116 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:43

 それとも、まこっちゃんにとって平家さんは大切な人ではなかったのでしょうか?

 いいえ、それはありません。
 私はまこっちゃんの涙を、この目で見ている。
 あの涙は、けして嘘じゃない。

 そう、嘘じゃない。
 でも、今私の目に映るまこっちゃんの横顔も、けして嘘じゃない。
 真摯というには真摯過ぎて、それは、きっと冷たすぎる。

 私にまこっちゃんをどうこう言う資格がないことくらい、分かっています。
 私は彼女の――平家さんの死を、悲しんだことは確かですが、まこっちゃんほどじゃない。
 どうでもいいこと、とは思わないけれど、仕方がないこと、と割り切ってしまった。

 だから私がまこっちゃんのその判断を否定することは、けして出来ない。
 元より否定するつもりなんて、ないのですけれど。
117 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:44

「……それより、大谷さんのことなんですけど…、何があったんですか?」

 と、まこっちゃんは話を切り替えます。
 それは私も興味があること。心持ち身を乗り出すように安倍さんの返答を待ちます。
 先の話では平家さんを稲葉さんに預けたところまでしか話していません。
 平家さんに会うまではずっと独りでいたと言っていましたし、多分、その後で何かあったのでしょう。

 安倍さんは苦笑を作りそこなったときのような悲しい微笑を見せ、
 視線を僅かに落として口を開きます。

「……なっちもね、大谷ちゃんは偶然見つけただけだから、よく、わかんないんだ。
 どうして……、その、……ないのか、とか」

 見ているこっちが切なくなる、痛ましい表情。そしてその濁した言葉。
 思わず大谷さんの左腕を思い出してしまい、吐き気を覚えます。
 まこっちゃんだけが、一応目を伏せてはいるのですが、それでも平気そうな表情で、
 それも、気分を悪くさせる一つの要因でした。

「…そうですか。 じゃあ、どこで見つけたんです?」

「ん…と、南の方……かな。 この家の玄関でて右の方……、
 道路の突き当たりに近い、森の中」

 まこっちゃんはその返答を聞くと暫く黙り込みます。
 口元に手をやり考え込むようなポーズ。

 ぼそり、「なるほど」と呟いたのが聞こえました。
118 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:45

 私が驚いてそちらを向くと、もうまこっちゃんは顔を上げていました。
 先程までになかった緩やかな笑みが浮かんでいます。

「安倍さんは、今日はここに泊まっていくんですよね?」

「あ…、うん、そうだね。泊めてくれると、助かる。 大谷ちゃんも気になるし…、迷惑じゃなければ」

「はは、なーに気ぃつかってんですか安倍さん。ここは別にわたしらの家じゃないですよ?」

 まこっちゃんの軽口に安倍さんがくす、と笑います。
 力ない微笑でしたが、それでも私は胸がいっぱいになります。
 と同時に、どうしようもない不安に駆られました。

 ――もしかしたら、もう、その笑顔を見られないかもしれない

 そんなことを思ってしまうのは、その不安を生んでいるのは、
 私の、まこっちゃんに対しての不信。


「わたし達は二階にいますんで、何かあったら。 あと、大谷さんはそこの廊下の奥に。
 他の部屋は空いてますから、好きに使ってください」

 そう言ってまこっちゃんは立ち上がります。
 そんな、先程から見せていたような、瞬時の切り替え。
 それもまたいつものまこっちゃんにはないもの。

 まこっちゃんの言動の全てが、私に不安を覚えさせます。
119 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:45


「じゃあ、わたし達はそろそろ…、行こう、里沙ちゃん」


 だから私は従うしかないのです。
 まこっちゃんに手を引かれるまま居間を後にします。

「……おやすみ。お豆、麻琴」

 安倍さんの声にも振り返らない。


 ――これ以上まこっちゃんを、ここに居させるわけにはいかない。

 ――きっと取り返しのつかないことが起きる。


 そんな使命感と不安感が、私にはありました。


【 1番 安倍なつみ 所持品 FN M1935 High Power・薙刀】
120 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:46

―――――
 
121 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:46

 階段を上りながら考えます。
 あの「なるほど」と呟いたまこっちゃんの声。

 安倍さんには聞こえなかったのか、それとも聞こえていてもなんとも思わなかったのか、
 スルーされたまこっちゃんの呟き。
 けれど私にはそれが喉に刺さった魚の骨、歯の隙間に詰まった肉の破片のように、
 気持ちが悪いものとして未だ残っています。


「だいじょぶだよ」


 前を行くまこっちゃんが振り返らずに言います。

 何が大丈夫なんでしょうか。
 私には分からない。
 たとえそれを説明してもらっても、きっと分からない。


「だいじょうぶだよ、里沙ちゃん」


 振り返らずに、私の手を握る力を少し強めます。

 と、思い出します。
 まこっちゃんが福田さんに対して怒ったとき、それを見て感じた何かを。
 いつか何処かでそれを見たような、そんな感覚。

 そう、思い出します。それは既視感。
122 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:48

 でも、分からない。

 どうして今のまこっちゃんに、それを感じるのかが分からない。
123 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:49



 どうして今のまこっちゃんに、あのときの、

 オーディション当時のまこっちゃんを感じるのかが、分からない。


124 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:50

 分からないよ、まこっちゃん。

 あなたは何を望んでいるの?

 あなたは何処へ向かっているの?

 悲しくはないの?辛くはないの?切なくはないの?


 私はどうすればいいの?

 私は何処へ向かえばいいの?

 悲しいとか辛いとか切ないとか、そういう感情は捨てていいの?

 なら、


 私は、何を思えばいいの?



「……わたしは、絶対に里沙ちゃんを裏切らない」



 分からないよ、まこっちゃん。

 あなたが、分からない。


 あれは、あの、「なるほど」と呟いたあの声は、

 けして、まこっちゃんの声じゃなかった。


【10番 小川麻琴 所持品 ダイナマイト 6本】
【28番 新垣里沙 所持品 焼夷手榴弾 5個】
125 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:50

―――――
 
126 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:51

 斉藤は泣き疲れ眠ってしまった柴田を壁にもたれかからせ、
 その隣に座り、その頭を自分の肩に乗せた。

 腕を、見る。

 ミミズ腫れが赤く、無数に浮いている。
 見てしまうとそれを意識してしまい、ぴりぴりとした痛みを感じる。
 が、それがなんだと言うのだろう。

 彼女の痛みは、けしてこんなものではない。
 こんな痛みなど、彼女のそれの万分の一、億分の一に満たない。

 視線を腕から外し、右へ向ける。
 彼女の寝顔がそこにある。その顔に、苦しんでいる様はない。
 穏やかな寝息さえ聞こえる。

 その安らかな寝顔を見られただけで、もう充分すぎるほどだ。


 現実に今、必要なこと。それは柴田を立ち直らせること。理解している。
 しかし、それは彼女にとっても斉藤にとっても、苦痛でしかない。
 彼女の苦痛が、斉藤を苦しめる。

 それが全て思いやりから来るわけではない。
 仮に今動き出せたとして、そう遅くないうちにぼろが出る。だから、今はこうするより他にない。
 そんな合理的な打算がけしてないとは言い切れない。

 そんなことを考えてしまう自分が、それを意識してしまう自分が、堪らなく嫌になる。
127 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:51

 斉藤は視線を再び移し、今度は虚空を眺める。
 未だ開けっ放しにしてある扉が見えた。
 閉めた方がいいだろうかと思うが、止めておく。
 柴田を起こしたくなかったし、斉藤自身も動きたくない。

 今はまだ、柴田に身を寄せ、こうしていたかった。

 その"今"は、何処まで続いているのだろう。
 もしかしたらもう、歩み出せない。そんなことを思う。
 けれど斉藤は、それでもいいと思ってしまっていた。

 闇雲にただ前向きなだけの意思は、もぐらにとっての太陽のように、
 今の自分には荷が勝ち過ぎる。
 あるいは、こうなることを望んでいたのだろうか。

 違う。そうじゃない。

 言い聞かせるように呟くが、全否定できるほど固い意志はない。
 けして終わりなど望んでいないが、始まりを望んでいるわけでもないのだ。

 始まりは苦痛であり、絶望でこそないにして、未来は暗い。
128 名前:92 〜連鎖、発散、交錯し〜 投稿日:2004/06/07(月) 22:52

 例えば、その開け放たれた扉。
 颯爽と正義のヒーローが現れて、自分たちを救ってくれる。
 そんなことを望んでいるのかもしれない。

 なんでもいい。
 それが人の形を取っているものであろうとなかろうと、
 柴田と自分を動かしてくれるものならば、なんでもいい。

 助けて欲しい。動けない自分を。

 助けて欲しい。怯える柴田を。

 助けて欲しい。その体を失った、左腕を。

 唱えるごとに己の無力を強く感じる。悔しい、悔しい。
 折角外へ出れたのに、結局自分の力では人一人守れない。
 悔しい、悔しい、目じりに涙がにじむ。

 斉藤は知っている。
 この世界の何処にも、ヒーローなどいない。
 たとえいたとして、こんなところに都合よく現われなどしない。

 いないことは知っている。来ないことは分かっている。
 それでも、望むべくものは全て手の平から滑り落ち、与えようと奮っていた意思は縮こまり、
 一筋の光明すらない今、斉藤は最早それにすがるしかなかった。


 お願いだから、助けて欲しい。

 誰か。誰か。誰でもいいから。

 私を、私たちを。

 お願いですから、助けてください。


 肩にかかる暖かい重み。
 斉藤は声を殺し、再び泣いた。


【17番 斉藤瞳 所持品 Glock19】
【21番 柴田あゆみ 所持品 日本刀】
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/07(月) 22:53

 
130 名前:abook 投稿日:2004/06/07(月) 22:54
>>73
毎度レスありがとうございます。
>人間の狂気…
惹かれますか、ヤヴァイですねw
>メル欄
さらにヤヴァイですねw
でも多分一番ヤヴァイのはそんなことを毎日のように葛藤してる僕自s

>>74
レスありがとうございます&遅くまでお仕事お疲れ様です。
>残っている…
おーし、みんな頑張れー(←他人事
>ネタバレ…
お気遣い感謝です。飼育はいい人がいっぱいだー。
>メル欄
暫くは出番すらなくなりそう、、、。

>>75
レスどうもです。
>メル欄
というわけでこんなことになってしまいました。ちょっと伏線張りすぎでタコ足状態です。
しかもまだ張ってない伏線もあったりで脳内こんがらがりまくり。
回収されるのはいつになることか、、、。
>( `.∀´)从O^〜^)( ‐ Δ‐)
伏線の一部はこの人たちが回収するような。
131 名前:abook 投稿日:2004/06/07(月) 22:55
>>93
お久し振り&レスありがとうございます。
>すんげぇ…
そう言っていただけると嬉しいです。
あ、あと覚えてないのは、、、仕様ですw
>お…
ご、ごめんなさい…。
、、、とりあえずここは赤木さとしの「マサオ」でも聴いて気持ちを安らげることをお勧めします(爆

>>94
貴重なご意見、ありがとうございます。
>すいません…
いえ、完全にこちらの不手際ですし、逆にお気を遣わせてしまったようで申し訳ないです、、、。
更新方法を替えた時点で考えておくべきでした。
今後はああいった状況で区切るときには流しをつけるように致します。

>>107
初レスありがとうございます。これからもどうぞ宜しく。
>戦闘シーン…
たくさんですか?ありがとうございます。
これから更に増えるかな、、、?どうだろう。
132 名前:abook 投稿日:2004/06/07(月) 22:56
不肖、(またペケが一つついた)作者に御座います。

とまあ、↑の通りまた先週やっちまったわけです。今週も遅れたし。
はぁ…、恨めしきは我が遅筆。羨ましきは週一更新を滞りなく行える諸作者方々お歴々。
いいなあ、、、。
まあ、これは天分と言うものでどう足掻いたところで補えず、致し方ないことなのですけれど。
133 名前:abook 投稿日:2004/06/07(月) 22:57
さて、川 ‘〜‘)( ^▽^)卒業。
私的にすんなり受け入れることが出来たのはやはりもう慣れてしまったからなのか。
なんだか色々語りたい気もするけど止めときます。
ただ、一つだけ。
それぞれに一言ずつ声をかけられるとしたら「おめでとう」、「頑張れよ」と言いたいです。
134 名前:abook 投稿日:2004/06/07(月) 22:58
更新を終える前にミュ開幕記念環境学一口メモ。

「クーラーにより部屋の気温が1度下がると同体積の外気の温度は3度上がる」

、、、なんて言うか、自転車操業ですね。

では、また。
135 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/08(火) 17:26
更新お疲れ様デス。
彼女は一体どうしたというのでしょう・・・?
あまりコワイ展開は・・・ソレはソレで期待してたりしますが。(ヲイ
まぁ自分も似たようなコトで日々葛藤するヤヴァイ人なのでw
続きもマターリと楽しみにしております。
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/09(水) 07:05
初レスです。
ドキドキします、ヤバイ、どうしよう……
メッチャ面白い……
137 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/11(金) 19:49
お疲れ様です!
これからもがんばってください!
応援してます。
138 名前:Assy 投稿日:2004/06/12(土) 12:54
交信乙です。
139 名前:シィさん 投稿日:2004/06/22(火) 19:55
はじめまして。
続きが気になる〜!
まってます。
140 名前:93 夜明けにはまだ早い〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:50

 意味も無くまばたきを繰り返す。
 グロスを塗った唇を結び開きするように、ゆっくり、ゆっくり。
 それを何度も繰り返す。

 思考はきっと、それに似ている。そんなことを思う。
 曖昧な、ただ心象を表すだけのそれに、恐らく意味など無く、だから似ていると感じるんだろう。
 もしかしたら、それらは同じものなのかも知れない。

 けれど、それで考えることを止めようとは思わない。
 止めようと思っても、出来ないから。
 意味ないことと知りながら、それでもそれを止める事は、けして出来ないのだから。

 私は、とても愚かだ。
 
141 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:51

―――――
 
142 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:52

「ま、いるわけないか」

 つい数時間前、飯田を撃ったキャンプ場。
 そこへ戻ってきた市井は辺りを見回し、半ば自嘲気味に呟きを零す。
 記憶を手繰り、飯田が倒れた辺りまで足を運ぶ。地面に血の跡は一滴となかった。
 ふん、と鼻から息を抜く。

 それは全くと言って不思議なことではない。
 放送で飯田の名が挙がらなかったときから予想していたこと。

 やはり、彼女は何かしらの防弾装備をしている。
 そして彼女のあの――撃たれる直前の――様子からしても、誰かから奪ったということはまず、ない。
 つまりはそれが彼女の支給品なのだろう。

 と、市井は彼女の服装を思い出す。

 大き目のカッターシャツを何故か几帳面に前を閉じ、そのくせ下はタイトなパンツを履いていた彼女。
 昔から普段着にも気を遣っていた彼女が、そんなバランスの悪い組み合わせを好んで選ぶだろうか。
 ――と言うことは、上着の前を開けられない、あるいは脱げない理由が、ある。

「…チョッキか」

 呟くと、市井はポリポリと頬を掻く。


 先は、市井自身としては認めたく無かったが、やはり焦っていたのだろう。
 的の大きな胴体のみに照準を絞り、撃った。
 加えて、三回ほど引き金を引いたが、その全てが外れることなく狙う先――胴体に当たったこと。
 それもまた今思えば不運だった。
143 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:53
 そして何よりその生死を確認しなかったのが痛い。やはり自身で気付かぬ焦りのためか。
 それどころか彼女の支給品を奪うことさえ思いつかなかった。
 失態、としか言いようがない。

 ただ、市井はそのことを悔いることはしない。けれど省みる。
 後悔と反省は全くの別物で、終わったことは終わったこと。一つの情報でしかない。
 もう二度とあのようなヘマをするつもりはないと、そう思えれば良い。


 市井は重いリュックを地面に降ろし、ジッパーを開け、それを眺める。
 ――Beretta M12 サブマシンガン
 これは学校で支給されたものではない。略奪した物品だ。
 奪って以来ずっとリュックに放り込んだままだったそれを掴み、取り出す。

 試しにベルトを首を通して肩にかける。
 やはり、重い。両手で支えていないとバランスが取れない。
 再びリュックを背負い直し、何歩か歩いてみる。どうもしっくりとこない。

 何処から攻められるとも分からない今、火力は落ちても小回りの利く拳銃――P99の方が恐らく
 頼りになる。尤も、攻める、つまりは殺すだけの覚悟が自分以外の誰かにあるとは思えないが。

 ただ、だからこそこれを出すのはまだ早い、と考える。
 今現在ゲームに乗った人間は僅か数名だろう。不用意に警戒させるような物体を今は晒すべきではない。

 ――切り札を出すタイミングを、間違えてはいけない。

 ――今はまだ、これを使うべき時ではない。
144 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:54
 そう思い、市井はM12からマガジンを外した。そして目に止まったプレハブに向かい、歩き出す。
 辿り着くと、P99で南京錠を打ち抜いて引き戸を開ける。
 中を見ると、レンタル用のものだろうか、キャンプ用品が積まれていて、小屋の印象からすると
 それらは比較的新しく、小屋の中の埃臭い匂いとも調和しない。

 少々不思議に思うが、どうでもいいことだ、と市井は肩からM12のベルトを外しながら中へ入る。
 そして、片手に持ったそれをキャンプ用品の影に隠れるよう、置いた。

 市井にとっての幸運はP99とM12、両者の使用弾薬が同じであったこと。故にいくらでも流用が利く。
 しかしそれは逆に取捨選択が出来ない理由の一つでもあった。

 弾薬や弾装だけでもかなりの重量になる。だからと言ってそれを放置するのはあまりに危険。
 けれどこれから自分は動かなくてはいけない。装備の軽量化は必須事項。
 そう考えた末の折衷策であり妥協案であるが――ぴょん、とその場で軽く跳ぶ。幾分か軽い――
 ほんの僅かな違いとは言え、間違いではないだろう。

 あるいは飯田と再びまみえるときのため、携帯しておくべきなのか知れない。
 防弾装備をしている彼女がもし、何か武器を、特に銃器を手に入れたとしたら厄介なことだ。
 こちらの得物が拳銃ではいささか面倒。だから早めに処理をするべき、そう思わないではない。

 しかし彼女を見つけるより他の誰かと偶然に出会う方が、確率的には高い。
 来ないか知れないその時のためにわざわざ重い荷物を持ち、疲弊するのは愚かしい。
 ゲーム終了までおおよそであと48時間。こんなところで疲れを溜めるわけには行かない。

 今行うべきことは飯田を追うことではなく、数減らしだ。


 結論付け、市井はプレハブから外へ出る。
 その心には迷いも名残惜しさも、共にない。
 武器に横着するのもまた愚というもの。

 周囲を見回し、音を立てないよう注意しながら、後ろ手で戸を閉めた。

「さて、どっちへ行こう」
 
145 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:54

―――――
 
146 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:55

「へぇ……、色々あったんだね…」

 苦い顔をしながら言った彼女の声は、石川の鼓膜を揺さぶるものの、言葉としては入ってこなかった。
 まるでリハビリを受けているかのように、意識して歩く。
 逆に、意識していなければ歩くことさえままならない。そんな気がしてならなかった。

「ええ、だから向こうは危ないんですよ。 多分、もう戻ってきてると思うから…」

 聞き慣れている飯田の声もまた同様で、それを意味のあるものとして認識できない。
 一瞬、自分がおかしくなってしまったんじゃないかとさえ思う。

 けれど、違う。
 多分…、違う。

「それで、そっちの方はどうだったんですか?」
「え、あたし? あー、あたしは特になんもないかな、うん」

 今、目の前で繰り広げられている会話、そっちの方が不自然で、きっとおかしい。


 * * *
147 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:55

 あの後、石川は歩きながら、あの武器の本当の使い方を聞いた。
 飯田が言うには石川の荷物の中に説明書が入っていたそうで、細かいことは
 聞かされなかったけれど、大まかな説明はしてくれた。

 あれは"ロケットランチャー"なのだと言う。

 石川も、その名前くらいは聞いたことはあった。どういった使い方をされる武器かも知っている。
 そう言えば戦争のニュースとかで見たことあったな、と思った。

『てゆーか自分の荷物くらい確かめなさいよ、石川』

 飯田は呆れたように笑いながら言ったが、石川は笑えない。
 石川にとってそれは明らかにおかしいし、絶対におかしいのだ。

 飯田は、それを人に向けていたではないか。
 飯田は、笑っていたではないか。

 腑に落ちない、という感情。それは恐らく恐怖ではない。
 勿論それを感じないわけではないが、それよりも何より腹立たしかった。

 飯田の変容が、腹立たしい。
 それを認めざるを得ない自分が、腹立たしい。
 規範を守らざる誰もが、石川にとっては腹立たしい。

 石川のそれは倫理観から来るものではない。むしろ生理的嫌悪の対象だ。
 それ故尚強く、あのときの飯田の行動が理解できず、そして腹立たしい。

 そう、もしあのとき彼女が武器を捨て、両手を挙げて話しかけて来なければ、
 飯田は……
 
148 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:56

 * * *

「――かわー、いしかわー、 おーい」
「はっ、はい!」

 目の前に飯田の顔がにゅっと現れ、ようやく石川は自分が呼ばれていることに気付いた。
 咄嗟に出た返事は何故かぐわんぐわんと反響し、自分でも驚く。

「ちょ…いきなり大きな声出さないでよ」
「あ、すいません…」

 と、石川は気付く。自分たちの頭上にコンクリート製の屋根が出来ている。
 ――いや、それは正しい表現ではない。とすぐに誤りを確認した。
 これは、恐らくこの小さな川に架かる橋。ようやくちゃんとした道のある場所へ辿り着いたのだ。

「着いたん…ですね?」
「いや、それは見ての通りなんだけどさ。
 今話してたのはそうじゃなくて、これから何処に向かうかってこと」

 飯田はそう言うと上部がこちらへ向かい湾曲している壁に手をつけ、
 背の高い彼女なら当然のことだが窮屈そうにしゃがみ込む。
 見ると、もう独りの彼女も同様に壁に背をつけしゃがみ込み、こちらを見ている。

「何処へ、って何かアテとかあるんですか?」
「ハァ…」

 石川の口から出た素朴な疑問に飯田は頭を抑える。
 隣の彼女は苦笑していた。

「あんたホントに話聞いてなかったね」
「はあ、すいません…」
149 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 08:58
 石川は謝りこそしたが、眉を顰め、口の端を下げ、苛立ったような表情だ。
 別にそう見せたかったわけではない。出来ることならそれは隠したいくらいで、
 目を閉じ、ゆっくり開いて、なんとか思考のボリュームを絞る。絞れない。

 それでもせめて体裁は繕おうと、石川はなんとか弱々しい笑顔を作った。

「取り敢えずね、信田さんが寝るのにいい場所知ってるって言うから、
 そこに行くことにしたんだけど。石川もそれでいいよね?」
「あ、はい、いいですよ」

 飯田の言葉に反応して、隣の彼女――信田美帆が小さく手を振る。
 石川はそれをちらりと見ながら答えた。やはり、腑に落ちないものを感じる。

 分かっているのだろうか。彼女は。信田は。もしもあの時武器を捨て、両手を挙げていなければ。
 分かっているのだろう。彼女も、石川の背負う金属棒の正体を、共に聞いていたのだから。
 なのに飯田も信田もなんでもないような表情で、それが、石川には理解できない。

 分かっているのだろうか。飯田は。それが裏切りだということに。石川への、ではなく。
 分かって…いないだろう。分かっていたらけしてあんなこと出来るわけがない。
 その顔を見ていると、気付いてさえいないのかもしれないとさえ思う。

 とは言え石川は二人を嫌っているわけではない。憎いわけでもない。
 ただ無性に腹が立つ。それを顔に出さないようにするのが苦労であるほどに。
150 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:00
 石川は信田がハロプロにいた当時のことを思い出す。
 あの頃は自分は勿論、みんな若かった。今思うと若すぎて痛々しいくらいだ。
 そして何より、あの時はまだ……。

「…じゃあ、早く行きません?ここ、じめじめしててなんかヤですよ」

 と、石川は自分から切り出し、この場を離れることを提案した。
 この、湿気の溜まったかび臭い空気が、まるで今の自分を表しているようで嫌だった。

「そうだね、いこっか」

 飯田が答え、信田が頷き、二人は壁から離れて橋の下を抜け出る。石川もそれに続く。
 あたかもそれが自然であるように。けれどそれは、自然なことではないはずだ。

 だから、この島の時間に流されることは、裏切りではないだろうか、
 飯田と同じように、裏切りではないのだろうか。そんなことを思う。
 今はまだ懐かしく思い出せる過去を、捨てることになるのではないか。
 そんなことを、思う。

 考えとは裏腹に笑顔を作る自分がいて、それはいつかの思い出の中にある自分の笑顔、
 心から笑っている笑顔とは、まるで違うのに。

 だから、それはやっぱり裏切りなのだ。
 思い出への、裏切りなのだ。

「石川ー、早く来ないとおいてくよー」
「あ、はーい」

 見ると、僅かだが二人に比べまた遅れだしている。
 石川は駆け足で向かいながら、いつだったか似たようなことがあったな、と思う。
 いや、それはいつだって似たようなものだったのか知れなかった。
151 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:03
 前を行く先輩がいて、走ってそれを追いかけて。
 今でこそ自分が先輩になっているけれど、いつだってそれを忘れない。

 てんでばらばらな方を向く、そんな四人で追いかけた思い出。
 失いたくない。裏切りたくない。心から、そう思う。
 今はもう、彼女はそこにしかいないのだから。

 二人を追いかけながら、石川は数限りなく思い出す。
 浮かび上がる思い出の中で、その全てに。
 辻希美の怒った顔が、泣き顔が、笑顔が、ある。


【 3番 飯田圭織 所持品 防弾チョッキ】
【 5番 石川梨華 所持品 Panzer Faust 30k 2本】
【20番 信田美帆 所持品 百万円・牛刀】
152 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:03

―――――
 
153 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:04
 再び森の中を進みながら、市井は考え事を続ける。
 それは何処へ向かうか、ということではない。

 それはすでに結論が出ていた。と言うより迷うまでもないことだ。
 何処へ向かおうと誰かはそこにいるだろうし、誰に出会おうと市井は必ずそれを殺す自信がある。
 つまりは誰を先に殺すかしか違いは出ず、その順序に必要性はない。

 故に、気分で決めた。

 殺されるかもしれない、と言うことを考えないわけではないが、それに恐怖を感じることはない。
 むしろハイになる。 己への絶対的な自信、かつてないほどの自信が、今の市井にはあった。

 それはけして慢心ではない。
 物質的な面から、精神的な面から、それを支え得る事象は列挙できる。

 例えば奪った弾薬は支給された弾薬量の1.5倍ほどあり、合わせればかなりの量になる。
 サブマシンガンを置いては来たが、それでも弾薬の豊富さは頭抜けているだろう。
 無駄撃ちをするつもりはないが、装備的な余裕があるのは一つのアドヴァンテージだ。

 そしてこれはある種偶然に似たようなものだったが、生まれて初めて殺した人間と思っていた
 飯田圭織が生きていて、故に二番目に殺したはずの彼女がまさしくそれだった、という事実に
 起因する、精神的余裕。

 さて、考え事とは果たしてそれのことだった。
154 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:05
 なんとあっけないことか、と今になって市井は思う。

 すでに飯田を殺したと勘違いしていた市井は、何の感慨も抱かずにその彼女の頭部に一発、
 横から銃撃を浴びせた。 即頭部に穿たれた穴から勢いよく脳漿が飛び出すと共に、ほんの
 数秒前には力強く動いていた手足、それが動かなくなる、一瞬。

 それが生まれて初めて人を殺した瞬間だったのだ。

 その瞬間に、飯田の時のような焦りも、感慨も、一切ない。
 あったのはただ人を殺すためだけに単純化された思考と、それをし得る意思、意識。

 生まれて初めて人を殺した瞬間が、それだった。
 最早市井が人を殺すのに必要なのは決意ではない。ただ引き金を引くだけの指の筋力があればいい。
 これは装備的な余裕など比べ物にならないほどの余裕。超越とさえ呼べる。

 思わず、笑みが浮かぶ。

 これは偶然の結果であり、市井はある意味で幸運だった。

 それが錯覚に近いものであることは彼女自身重々承知しているが、
 それでもその錯覚は暗示にさえ近く、それは意思や決意などを持たずとも、
 そう、息をするようなものだ。

 例えばそれは恋愛に似ている。
 自分が誰かを好いているという錯覚に陥った人間は、
 たとえ好くことを意識しても意識的に好こうとは思わなくなるものだ。

 今の市井の場合、その"好意"という錯覚の対象が、殺人への感慨に置き換わっただけの話。
155 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:06
 またそれが錯覚であると自らで判断できないことが大抵の場合の脆い部分であるが、
 今の市井にそれはない。
 それを錯覚と判断しつつ、それに乗り、その恩恵のみを余すことなく受ける。

 それは不自然であり自然。

 やはりこれは超越だ、と市井は独りごつ。
 今の自分に、敵はいない。


 そして、次いで市井が考えるのは大量の弾薬とサブマシンガン、
 そして錯覚のきっかけを与えた彼女のこと。

 今でこそもう脳漿を飛び散らせた姿しか思い浮かばない、彼女。
 取り敢えず有難うと言っておくべきなのだろうか、と思ったが、馬鹿らしい。
 それは単なる偶然、彼女が何かをしたわけではないのだ。

 そう、市井紗耶香にとって彼女はきっかけであったが、所詮踏み台に過ぎない。

 市井にとって、中澤裕子は踏み台に過ぎない。

 市井にとってもはや誰もが、踏み台に過ぎない。


【 7番 市井紗耶香 所持品 Walther P99】
156 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:07

―――――
 
157 名前:93 〜特異点たる彼女と〜 投稿日:2004/06/23(水) 09:08

 けれど、だから私は考える。
 無い知恵を絞って、時間をかけて。

 何を行うのが正しいのだろう。
 正解は一体どこにあるのだろう。

 力を手に入れた者は、何を望むのだろう。
 一瞬で奪うことが出来る力を、どう使おうと言うのか。

 愚かな私には、正解は見えない。
 それでも、考えるしかない。

 何を得ようと言うのか、何を捨てようとしているのか。
 力を振るうのは果たして正しいことなのだろうか。
 目的はともかく、それは正しいことなのだろうか?


 愚かな、とても愚かな私の、私の力は、正義に成りえるだろうか?


 正義と悪は紙一重、そんな言葉が思い浮かぶ。
 けれど、多分それは違う。
 それらこそ"もしか"ではなく、紛うことなく同一のモノだ。
 
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 09:09

159 名前:abook 投稿日:2004/06/23(水) 09:10
>>135
毎度レスありがとうございます。聞くところによると試験期間だそうで。いやぁ、大変だぁ。(←他人事
っても自分も後一月ほどで同じ苦労を味わうことになりそうです、、、on_。
>彼女は…
どうしちゃったんでしょうねぇ?あはは♪
、、、え?ごまかしてないですよ別に?うん。
>メル欄
って言うか今まで入ってたんですか? 学校で飼育に?娘。サイトに?
ゆ、勇者や……、勇者の生誕や、、、w

>>136
初レスありがとうございます。
>ドキド…
取り敢えず動機息切れには薬用養め(ry
>メッチャ…
ありがとうございます。これからもそう言っていただけるよう努力致します。

>>137
お初でしょうか。ありがとうございます。
>これから…
頑張ります。トロい&不定期な更新ですが、、、。

>>138
こちらもお初でしょうか。レスありがとうございます。
こういう淡白なレスもまた趣き深い。

>>139
レスありがとうございます。ってうお、またお初。嬉しい限りです。
待たせてしまってスミマセン。更新いたしました。
160 名前:abook 投稿日:2004/06/23(水) 09:11
不肖、"お前結局前の更新方法に戻ってんじゃねーかしかも量少なくなってるて
どういうことだオイ!"作者でございます。ヒッソリ
…ま、まあ、なんて言いますか、、、ごめんなさい○| ̄|_

と大ドゲイザをかました所でウンザリしてる、あるいは
「おまいそれネタだろ、むしろ更新遅いこと自体釣りだろ」と思ってる読者さんも
おられるだろうと思いますので、気分を変えていきます。ヒッソリ

、、、いえ、け、けしてネタでも釣りでもないですよ? ええ、そりゃあもう。
161 名前:abook 投稿日:2004/06/23(水) 09:12
何やら『初レス祭り開催中!みんな来てね!』としか思えないくらいの初レスの山。
むしろ祭りどころか陰謀の気配すら感じてしまうほどですが、、、
、、、凄く嬉しいです。

飼育の容量がピンチらしいので今回から無駄な改行を少し省くことにします。
今までが改行多すぎでしたし。まあ、それも考えなしでやってたわけではないのですが。
でも今回詰めて書いてみたら意外と書き易い。なので容量ピンチを越したとして恐らくは
このままで行くと思います。
本当なら地の文の行頭空白も消したいんですが、それだとバランスが崩れるので
それは行わないことにします。ヒッソリ

あ、あと。
何やら文化祭で紺野さんが流血で二歩打ち日本人14年ぶりの表彰台に上がりハッスル×2だそうで、
ご愁傷なのかおめでたいのかよく分かりませんってのは勿論全部嘘なんですが。
ともかく、某なになん”管理”人さん、ご愁傷様です&素敵な名言をありがとう。ヒッソリ
162 名前:abook 投稿日:2004/06/23(水) 09:13
更新を終える前にひっそりとミュ閉幕&文化祭開幕&閉幕記念環境学一口メモ。

「オゾン層破壊の原因となるとされる特定フロンだが実際にはそれに含まれる塩素(Cl)が
 紫外線により脱離してその塩素がオゾン(O3)より酸素(O)原子一つを奪い一酸化塩素
 (ClO)となりまたその一酸化塩素から塩素が脱離……」
   _,
从*・ 。.・)ノ<長い!

、、、えー、要は塩素のバカヤローってことです。違うか。まあいいや。ヒッソリ

では、また。
163 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/23(水) 22:47
159>abook さま。
私はここに何度かカキコしているはずなんですが・・・。
皆様、これからもどうぞ宜しくお願いしますm(__)m
164 名前:136 投稿日:2004/06/24(木) 06:40
怖い怖い……でも、面白い面白い。
よーめ(ry 片手に読ませていただきます。
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/26(土) 08:36
石川の武器がパンツァーファウスト3だったらおもしろいのに…
166 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/26(土) 15:10
更新乙彼サマです。
また気になる副題が・・・。w
仕方なく保存作品を読み漁ってる自分は学校で勇者どころか神ですよ。
尊敬と畏怖の篭った眼差しがイタタタタ・・・。_| ̄|○
まぁ男子校だからべt(ry
話逸れまくりましたが続きも楽しみにしてます。
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 23:46
更新まだかなぁ〜♪


orz
168 名前:ちよの 投稿日:2004/07/15(木) 15:33
はじめまして〜!ちよのです!
昨日の夜、偶然ここを見つけました!^^
面白すぎで、一気にここまで読んだので、今はもう頭ふらふら…… >_<
次の更新を期待して待ってます!

香港人ですので、日本語がおかしかったらゴメンナサイ……(読むことはほとんどできますが、書く時はいつも変なの出てきます…>_<;)
169 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/15(木) 18:49
>>168
普通に読める・・・あなたはすごいですよ
170 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/15(木) 18:50
ochi
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/06(金) 01:35
作者さん生きてますか?
172 名前:abook 投稿日:2004/08/06(金) 18:45
更新が遅れてしまい申し訳ありません。作者です。
言い訳は後で述べるとして先に返レスいきます。

>>163
レスありがとうございます。
>何度か……
申し訳ありません。こちらこそこれからもよろしくお願いします。

>>164
ありがとうございます。恐縮です。
>よーめ…
作者は実のところ飲んだことなかったりします。

>>165
レスどうもです。
>石川の…
うん。差、ありすぎ。

>>166
毎度ありがとうございますです。
>更新乙彼サマです。
テスト乙彼サマですた。僕のほうもようやく終わりました。
173 名前:abook 投稿日:2004/08/06(金) 18:45
>>167
申し訳ありませnオンディー……orz

>>168
はじめまして。レスどうもありがとうございます&一気読みお疲れ様でした。
>日本語が…
全然おかしくないですよ?助詞の使い方もきちんとしてらっしゃいますし、
充分にネイティブとして通用するかと思われます。

>>169
( ‘д‘)しく同意

>>170
gj

>>171
忙殺されかかってましたがなんとか生きております。
174 名前:abook 投稿日:2004/08/06(金) 18:46
というわけで返レスでした。

さて、元々は七月中、出来れば上旬にも更新するつもりだったのですが、
やはり焦ると駄目なのでしょう、どうにも煮詰まってしまい思うように書けませんでした。
そのままズルズルと伸ばし伸ばしにしてしまい、そのままテスト期間へ。
これ以上単位を落とせない手前パソコンにも頻繁には触れられず、結局一ヶ月以上空いてしまいました。
申し訳ありません。ホントに。

で、ようやく今日で試験が全て終了。長い休みに入りました。
まとまった時間が取れるので、必死こいて遅れを取り戻す所存です。

次の更新はなるたけ近いうちに行いますので、それまで
http://mseek.xrea.jp/event/messe05/1087998535.html
でも眺めててやってください。 何を今更、な気もしますが。

では、また。
175 名前:94 夜明けにはまだ早い〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:02
 とんとんと床をゴム底が叩き、明かりも人の気配もないここではその音がよく響く。
 信田は雑貨類が置かれている棚を横目で見ながら素通りし、『関係者以外立入禁止』と
 書かれた扉の方へと向かった。後ろには付いて来る足音が二つ。無論、飯田と石川だ。

「この奥。たしかベッドは四つくらいあったと思うけどね」

 扉の前に立つと信田は振り返り、二人に言う。

「でも、大丈夫なんですかね、勝手に使っちゃって」
「んー、まああたしらも充分関係者みたいなもんだし。大丈夫でしょ」

 と、石川の問いに軽口で答え、少し懐かしいような気分になった。
 と言うのもこの石川という彼女、加入当時からこういうところがあった。つまりは規律を何より大切にする。
 三年が過ぎようという今もその性質は変わらず、あるいは増しているのかもしれない。

 ともかく、この期に及んで規律を順守しようとするその姿は失笑を誘うものであったが、
 馬鹿正直なだけかと思うと微笑ましく、また羨ましくもあった。

「こっちだよ」

 両開きの戸を押し開けて中へ入り、右手へ。少し行った所に仮眠室があるはずだった。
 あるはず、も何もつい先程までそこで休んでいたのだから間違えようもなかったが。

「それにしてもおっきいスーパーですねぇ」

 思い出したように言った石川の言葉の通り、通ってきた表の販売スペースはかなりの面積があり、
 扉の先を横切る通路もまた、商品を出し入れするのに便利なように、ということか。かなりの幅がある。
 天井や壁面の非常灯が赤く、リノリウム張りの床にぼんやりと映り、長年ワックスをかけられていない
 だろうそれは所々黒く汚れていた。
176 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:03
 結局、信田は元いた場所に戻ってきたことになる。つい数時間前は慎重に通った通路を、
 そのときよりは些か無用心に歩きながら信田はちらりと振り返る。

 後ろにいる二人はえらく対照的に、石川は、やはり、と言うべきか、気まずそうに目を伏せ、
 飯田は天井のシミでも数えているかのように視線を上げていた。

 と、石川と目が合い、彼女は微かに笑顔を返してくる。
 ――苦笑いにしか見えない、明らかに失敗した笑顔。
 信田も口元だけ笑みの形にして返し、前に向き直った。そしてその笑顔の意味を考える。

 それは、恐らく追従とか媚を売るためのものではなく、彼女なりの気遣いであるのだろう。
 かつては共に過ごしたかもしれない。けれど時は過ぎ、今となっては僅かな繋がりしかない、
 ただの知人でしかないものに、まして自分を殺そうとしたかもしれない者に、信田は後ろを預けている。
 それに対しての、彼女なりの気遣いなのだろう。

 その気持ちは嬉しい。素直にそう思う。
 けれど、信田にとってその行為自体はけしてありがたい事であるとは言えなかった。

 勿論飯田がとった行動に対し、信田としても何も気にしていないわけではないし、
 今、天井ばかり眺めて、何を考えているのか分からない飯田は、けして愉快ではない。
 けれどそれにより信田が現実に何か被害を受けたわけでもなく、飯田はきちんと謝罪もしている。
 それに、飯田の存在は確かに不気味に思えるが、果たして脅威であると言うわけではなかった。

 故に信田は気にしないふりをして、けして顔には出さないよう努めている。
 だからこそ、これもまた顔には出さないが、信田にとって石川のそれ、つまり、
 過度に気を遣われることはかえって不快であり、極端な話ありがた迷惑だった。

 そして、その気遣いは恐らく、石川自身のためにもならない。
177 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:04

「ここ」

 信田は足を止め、短く発すると指先でガラス窓の付いたドアをとんとん、と叩いた。
 ガラス窓と言っても磨りガラスで、黒く染まったそれ越しでは向こうの様子は分からない。
 また、ドアにはプレートすらなく、一見すると何の部屋だかさえ分からない。

 不親切だと思わないではないが、元よりこの部屋が仮眠室であると誰に示すわけでもないのだから、
 それは当たり前と言えば当たり前なのかも知れない。

 ともあれ、何事なく仮眠室に辿り着き、信田は胸中で一息を吐く。
 振り返ると、後ろの二人は先程と変わらない様相だった。
 相変わらず飯田は天井を眺め、石川は節目がちにこちらを見る。

 ここを離れてからおおよそで一時間。
 表の商品棚にも荒らされたような形跡はなかったし、恐らく中には誰もいないだろう。
 信田はそう思い、目が合った石川に、鼻息を抜くような笑いと共に言った。

「んじゃ、入るね」

 そして、無造作にドアを開け中に入る。





 ――――ぞくり

 瞬間、背筋が凍った。
178 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:04
 びり、と静電気でも奔ったかのように手をノブから離し、一歩後退する。
 何かが信田の全身を、泡立つような感触となり駆け抜ける。

 何があった、と言うわけではない。
 命に関わるような何かが、あったわけではない。
 信田は依然満足な五体でそこに立っているし、部屋の中も、以前と何も変わらないはずだ。

 けれど、違う。 しいて言えば空気が、違うように感じる。

 暑いわけではない。寒いわけではない。
 部屋の中の温度は先程までいた通路と何ら違いはないはずだ。

 しかし、違う。何かが。明らかに違う。

 咄嗟に構え直した牛刀、その柄を握る右手にじわ、と汗が滲む。
 左手がぶるぶる震えだす、それが全身に伝わっていく、喉が急速に渇いていく――


 ――違う。
179 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:05
 全身を、見える範囲を余す所なくその視界に入れ、
 しかし見て取れるそれは感じているそれとまるで違う。

(なんだ……? これ……、)

 そのとき、信田はとんでもない表情をしていた。
 それを、その異常を確認し、目を見開く彼女の顔は、驚愕の表情。

 ――右手に、汗などかいていないのだ。
 ――左手も、全身も、震えてなどいないのだ。
 ――喉も、乾いてなどいないのだ。

 不気味な変化。まるで感覚だけが加速しているようだった。
 ありもしない体組織の変異を脳が勝手に受け取っている。勝手に思い描いている。

(なんだ……? なんなんだ……?)

 あるいは、それは数秒先の未来。
 自身の感覚が、それだけで機能し、それだけで独立のものとなり、
 それを受け取るのみに特化し、それ以外の全てを除き、覗いているのだとしたら――



「…信田さん?どうしたんですか?」

 石川の発したその声に信田の左腕が真横に跳ね上がる。
180 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:05
 咄嗟の判断、と言うよりそれは反射に近かった。

 自らの腕を追うように左を向く視線。
 既に暗闇に慣れていた両目は壁にあるブレーカーのそれに似たスイッチを見つけ、
 それよりも速く左手はそこを通過している。スイッチは上がっている。

 ちかちか、と瞬く蛍光灯。じいじい、と虫の鳴くような音がする。
 痛みを覚えるほどに眩い光が狭い仮眠室を満たす。
 その数秒が耐え難いほど永く感じる。
 吐き出した息を吸い込めないまま、信田は"それ"を真正面に捉えた。

「きゃっ」

 突然の光に驚いたのだろう。石川の短い悲鳴が聞こえる。
 信田は目を閉じない。眩しさは勿論だがけして目は閉じない。
 けして、目を逸らさない。

「も…う、いきなり電気……」

 石川もまた、信田の肩越しに部屋の中を眺めたのだろう。それ以降言葉が続かなくなる。

 そして恐らく、飯田も最後尾からそれを眺めているのだろう。
 信田の視線の先にある対象の、目が、三つの点をランダムに見ている。
 目を細め、突然のこの光はやはり彼女にも眩しいようだ。
181 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:06
 彼女はぱしぱしと何度も瞬きを繰り返し、ときどきぎゅっと両目をつぶり、その都度眉間に皺が寄る。

「ん…、っ……、なによ…いきなり……、……ん?」

 不満げな、気だるげな、彼女の声が耳に届く――と、

 じゅわ

 液体が蒸発するような音と共に、ようやく信田の体に普通が戻った。
 感覚は今彼女の体が感じているそれに戻り、存在しないはずの滲む汗も、震えも、乾きも感じなくなる。

 助かった、と素直に思い、そして単一の意思としての喜びがその体を巡る。

 一体なんだったのだろう。そう思わないではない。
 だが、それはひとまず置いておきたかった。
 彼女も、既にこちらを確認しているのだから。

「……信田?」

 眉を顰めた、その、いぶかしむような顔が、そしてその狼狽えたような声が
 どうにも間抜けに思え、苦笑交じりに信田は口を開く。

「あ、なに?その顔。…ひょっとして、びびったとか?」

 軽口交じりの台詞に対し、彼女はふん、と鼻で笑って返す。
 口元を片方だけ上げて、呆れたような顔でこちらを見る。
 呆れたような、笑い顔。
182 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:06
「ごめんね、勝手に電気付けちゃって…」
「…いや、いいよ。 寝てたわけじゃない。横になってただけだし」

 信田が近づき、隣のベッドに腰を下ろしながら謝ると、彼女は簡単に答え、身を起こし、
 ベッドの上で胡坐をかき、気だるげに髪に手櫛を入れた。
 この、白色光で満たされた一室が、さも日常であるかのように思わせる、その仕草。
 それを見て、信田は改めて自分が喜んでいることに気付く。

「そっちの……ふたりは」
「ああ、さっき会ったばっかなんだけど、取り敢えず寝るとこ…ってことで、一緒に」
「ふぅん……、なんで入ってこないの? あっ、これか」

 と、彼女は壁に立てかけていた巨大な刃物を手に取り、信田に預け、
 「これで大丈夫かな?」そう言ってニコリと笑った。

「い、いえ、そんな……」

 石川はこれもまた、やはり、と言うべきか、恐縮そうに肩を寄せる。
 その顔に浮かぶのは、あの苦笑いにしか見えない失敗した笑み。
 そんな石川を遮るように、飯田が一歩前に出た。

「あの、アタシらちょっと表で食べ物とか探してきますね。石川、いこ」
「え?…あっ、はい」

 飯田は石川を促すと、通路の暗がりへ消える。
 少しばかり慌てながら、石川もそれに続き、窓付きの戸が再び閉められる。

「…気を遣わせちゃったのかな?」

 頬を掻くような仕草をしながら、彼女が言う。
 信田は鼻から息を抜く音でそれに答えた。
183 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:06
「しっかしまあ、久し振りだね」
「そう?今朝…じゃないか、昨日も空港で会ったばっかでしょ。教室でも一緒だったしさ」
「あは、そうだね」

 感慨深げな呟きはあっさりと訂正され、信田は同意を示しながら小さく笑う。
 彼女の言うとおり再会は昨日の内に済んでいたが、こうした落ち着いた状況で
 ゆったり言葉を交わすのはやはり久し振りのことだ。

 やっぱり、感謝するべきなんだろうな。
 そんなことを思う。

「にしてもさ、なんか雰囲気違うよ。髪伸びた?」
「昨日も空港でそんなこと言ってなかったっけ」
「あは、そうだったそうだった。うん」

 当たり障りのない、下らない会話なのだけれど、それが楽しくてしょうがない。
 あるいは会話とは本来、そういうものなのかもしれない。

「でも、無事で良かった」

 何にせよその瞬間の信田は、彼女に――小湊美和に会えたことが単純に嬉しかった。


【15番 小湊美和 所持品 大鎌・Beretta M92FS】
【20番 信田美帆 所持品 百万円・牛刀】
184 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:07

―――――
 
185 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:08
 安倍は薙刀を磨き終えると、それをテーブルの上に置いた。
 そして台所で借りた布巾を端を揃えてたたみ、同様にテーブルの上に置く。

 目立って見えた汚れ――泥や、血や――は道中であらかた落としていたので、然程の汚れ移りはなかった。
 それでも大小の三日月が二つ重なったような刃や、細かな装飾が美しい長柄、
 鏡餅のような金具のついた石突など、全てにおいて輝きが増したように見える。

 豆電球の赤い微かな光の下で、安倍は伏し目がちに微笑んだ。


 再び薙刀に手を伸ばそうと、けれど半分も出さないうちに引っ込める。
 人影が、足音もなく居間の入り口にあった。

「あ…、福ちゃん。……どうだった?」

 どうだった、とは勿論大谷のこと。安倍は申し訳なさそうに彼女、福田の様子を窺う。
 福田はにこりともせず、すぅと流れるように歩き、安倍を右手に見る場所に座った。
 ぽふ、と可愛らしい音を立ててその身がソファに沈む。

「今は安静にしています。ただ、出血が酷いのでもって数時間でしょう。
 日が昇る頃には、恐らく」
「そ…うなんだ……」

 淡々と、極めて穏やかに発せられる福田の声。
 彼女を見ていた安倍の目が、僅かに下を向いた。

「そっか……」

 胸の奥のほうに、チクリとした痛みを感じる。
 それは聞かされた内容にも確かにあるが、福田のその口調に因るところが大きかった。
186 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:08
 安倍は聞かれない程度の小さなため息を吐く。
 今の自分の気持ちを端的に表すのはなんだろう。そんなことを考える。
 落胆、だろうか。失意、だろうか。怒り、だろうか。嫉妬、だろうか。

 真っ直ぐにこちらを見据える福田の目を、真っ直ぐに見返すことが出来ず、
 安倍は更に視線を落とし、自らのつま先を見つめた。

「もう少し…早くに手当て、できれば…、違ったかな…?」

 沈み込んでいく感情は更なる憂いを呼び、安倍はぽつりと呟いた。
 自分に医療の知識が少しでもあれば、彼女に何らか生き残る術を与えられたかもしれないのに。
 そんな自責と後悔の念が穏やかに彼女を侵食し始める。
 なまじ診療所で手に入れた救急用品があったことも、その侵攻に拍車をかけていた。

「分かりません。今も適切な状態にあるとは言えませんし、それにあの傷では」

 かつての友人の口から出た言葉は、言葉だけを捉えれば慰めに聞こえるものだったが、
 すらすらと語るその口調は、ただ事実を述べただけに過ぎないと暗に示しているように思え、
 それが彼女との距離を殊更に見せつける。

 そして、ついで出た言葉が、その距離が絶対であると、安倍に認識させた。


「"安倍さん"は、これからどうするつもりですか?」
187 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:09

「…もし、よかったら…だけど、二人をみっちゃんのとこに連れて行きたいなって…」

 暫くの沈黙の後に発せられたその声は弱々しく、深く頭を垂れている自身の姿を
 そのまま言葉に変えたようなものだった。
 福田は「そうですか」とだけ簡潔に答え、ソファから立ち上がる。
 背をこちらへ向け、そのまま居間を出ていこうとする。

 安倍は呼び止めようと、けれど言葉は喉元につまり、中途半端に開かれた口からは息が漏れる。
 今の彼女に、この絶望的に長い距離を渡り、届けられる声を出せる自信はなかった。

「少し、調べてみたいことが出来ました。 彼女たちのこと、頼みます」

 敷居を跨ぎ、僅かに立ち止まって福田は言う。
 そしてそのまま玄関の方へ歩いていった。


 ドアの開く音。ドアの閉じる音。
 それを聞いても尚、安倍は動かない。
 立ち上がろうとしても、声を上げようと思っても、その体はけして動こうとしない。

 遣る瀬無い思いだけがぐるぐると回り、安倍は動くのを諦め、目を瞑った。
188 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:09

 時の流れが時に辛いものだと、知らなかったわけではない。
 けれどそれをこんな場所で、こんな形で見せつけられるとは思いもしなかった。

(……安倍さん、…かぁ)

 かつて福田との間にあったのは、親友、という名の絆だったはずだ。

 それは近況報告の電話が、一年後にはメールに変わり、月に一回あったそれも
 翌年には季節ごとになり、次の年には消えていたように。
 段階を踏んで、引っ張られたたこ糸がほつれるように、徐々に、徐々に。
 四年、たった四年だ。

 そのたった四年の月日が、それをあたかもなかったことのようにしてしまった。

 思い出は、今も胸の中に残っているのに。
 かつて思い描いていた未来は、こんなものではなかったのに。

(…なんでかなぁ?)

 変わってしまった彼女と、取り残された自分。

 自分は、見捨てられたのだろうか。自分は、彼女に見限られたのだろうか。
 そんなことを考えてしまい、そんな自分が嫌になる。

 違う、そうじゃない。

 変わってしまったのは、きっと彼女だけじゃない。
 
189 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/10(火) 23:10
 目を閉じていた安倍は、いつしかそのまま眠りにつく。
 彼女の目尻に、涙は浮かんでいない。


【 1番 安倍なつみ 所持品 FN M1935 High Power・薙刀】
【29番 福田明日香 所持品 防刃グローブ】
190 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/08/11(水) 00:30
よっしゃ!更新だ!ありがとう!作者さま。
いや〜。話が結構進んできましたね。
これからも楽しみにしてます。
191 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/11(水) 12:25
更新お疲れサマです。
ホントに遣る瀬無いですな。。。
時間だけでは消せない絆があることを祈りたいもんですが・・・。
これだけ良質の文章を読ませて頂けるなら全然待ちますので
マターリと頑張ってください。
192 名前:ちよの 投稿日:2004/08/14(土) 11:29
更新お疲れ様でした!
ますます面白くなってますね!
次の更新も期待して待ってます。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 00:35
ochi
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/15(日) 01:18
>>192
メール欄にメアドじゃなくってsageって書き込んで下さいね
195 名前:ちよの 投稿日:2004/08/15(日) 13:49
はい、わかりました。^^
196 名前:abook 投稿日:2004/08/17(火) 16:01
>>193-194
ありがとうございます。容量削減簡略化AAですが、どうぞ。

 ダディクール
(゚ ∀ ゚)
197 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:02

―――――
 
198 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:03
 乾パンや缶詰など適当に携帯食料を見繕い、リュックに詰めた石川は生鮮品売り場へと足を運ぶ。
 保冷機の電源は入っているようで、近づいても、もしかしたら、と考えていたような匂いは全くなかった。
 更に近づくと非常灯の光の中にぼお、と髪の長い女性が浮かんでいるのが見え、
 まるで幽霊みたいだな、と思うと自然、その顔に笑みが浮かぶ。

「何やってるんですか?飯田さん」
「……ん、ちょっとね。 あ、さんきゅ」
「箱売りの奴だったから冷えてないですけど」

 石川の両手には野菜ジュースが一缶ずつあった。それを片方飯田に手渡す。
 双方とも蓋を開けるでもなくそれを両手で持つと、示し合わせたように地べたに座り込んだ。
 細長い足が四本、白い床に並ぶ。

「久し振りに…交信でもしてました?」

 地面を見つめたまま固まっている飯田に、その顔を覗きこむようにして訊ねる。
 すると飯田はちら、と目を向け笑みを見せた。

「違うよ、ちょっと考え事してただけ」

 その答えを聞いて石川はくすりと笑う。

「ん、なに?」
「いーえ、なんでも」

 それって一緒のことじゃない。そう思ったが口には出さず、ゆっくり顔から笑みを消した。
199 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:04
「それで、何を考えてたんです?」

 石川が問うと、飯田はこめかみに手を当てながら暫く考え、目を細めながらかぶりを振った。

「…まだ、アタシの中でもちゃんとした考えにまとまってないんだ。だから……」

 だから、今はまだ話せない。言いかけのまま残されたその答えの、後に続くのはそんな所だろうか。
 石川は飯田に向けていた視線を外し、飯田と同様に正面の暗がりをぼんやりと見つめる。

「…信田さんたち、今頃昔話でもしてるんですかね?」
「…そだね、そうだと、いいね」

 二人ともが両手で持ち、手をつけていない缶ジュース。
 どちらが促すでもなく、ぷし、と同時に封を開ける音が響き、同時に口をつける。

「…まずいね」
「…そうですね」

 常温の野菜ジュースはけしておいしいものではない。
 二人は同様に顔を顰めると、殆ど残っているそれを地べたに置いた。

 飲み下してなお残るどろりとした感触。
 それが自分の中にある不安に似ている気がして、石川は落ち着かなかった。
200 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:06
 たった今かわした何気ないやり取りからして、客観的に見れば、自分たちには何も問題ないと思えるだろう。
 けれどどれだけ表層は取り繕えても、石川の心には晴れない暗雲が立ち込めている。
 笑顔を見せても、無理やり自分を元気に見せても、消せない不安が確かにあった。

 例えば、それは先の会話にも現れている。
 既に飯田の変様は石川の中で殆ど確信に近いものであり、けれど、
 だからこそそれを絶対の確信に変えてしまうことが不安なのだ。

 思わせぶりに途切れた回答を問い質すことも出来ず、どころか話を逸らしてしまう始末。
 勇気のない自分が酷く情けなく思える。

 あるいは、それは不安ではないのかも知れない。
 一時の怒りは鳴りを潜め、自然に彼女を理解しようとする心が生まれ、けれどその全容はあまりに不可解で。
 それ故の――


「……どうしたの?」

 いつの間にか飯田を見つめていた石川は、その言葉で気付かされはっとする。
 なんでもないです、と答えるとすぐに目を逸らす。

「…そ、ならいいけどさ。 なんか泣きそうな顔してたから。大丈夫?」

 石川の体は固まっている。

「石川?」

 俯いたまま、動けなくなっていた。
201 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:08

「なんでも……、ありません」

 石川の、太ももに押し付けた両手が震えている。
 それをさせるのは、己への怒りだ。
 飯田は「んー」と唸ると、そこに黙って手を重ねた。

「…いつだったかさ、ラジオのとき。二人でさ。こんな風に話、したよね」

 石川はこくり、頷く。

「あのときの石川、お喋りできないって悩んでてさ。一緒に入ってきた加護はすぐ馴染めたのに、
 自分が四期の中で一番年上なのに、しっかりしなきゃいけないのに、ってさ。
 あのとき石川、泣いてたよね」

 そう。
 あのときも飯田はこうやって手を合わせ、包み込んでくれた。
 悩んでいた自分を優しく諭してくれた。前に進むことを教えてくれた。

「でも、乗り越えたじゃん、石川は。悩んで、一生懸命に悩んで、乗り越えたじゃん。
 だから大丈夫だよ。絶対。石川なら、大丈夫」


 何を考えていたのだろう。
 彼女の本質は、けして変わってなどいない。
 何気ない一言も、その仕草も、何も変わっていない。
 こちらの心を見透かしたようにかけてくる、暖かな言葉も、何も変わっていない。

 それなのに。
 いつもと違う所ばかりに目がいって、不安を覚え、あまつさえそれに、

 ――彼女に、恐怖するだなんて。

 彼女は、けして忘れてなどいない。
 手の甲に感じる、あの頃と変わらない暖かさが、それを証明している気がした
202 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:08

 * * *
 
203 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:09
 静かに、暫くの時が流れ、俯いたままだった石川の肩が上下に震えだす。

「……石川?」

 心配そうに顔を覗きこんだ飯田の表情が、険しく歪んだ。

「ぷっ…、くはは……」

 覗き込んだその顔は、見紛えようなく笑っていた。

「いしかわぁっ!」
「…っく、あははははっ、だってカオたん……、ぷっ、すごい真剣なんだもん……
 泣いてるとでも思ったぁ?」
「っ…!! もういい!」
「くすくす……、そんな怒んないで下さいよぉ」

 顔を真っ赤にしてぷい、とそっぽを向いてしまった飯田をなだめるものの、
 石川に対し完全に背を向け、明らかにふてくされた有様である。
 石川は嘆息と共に天井を見上げ、ぽつり、こぼした。

「…なんか、懐かしいな」

 手を組み、すらりと伸びた足の上にそれを置き、石川は続ける。

「あの頃、加護はまだまだ子供だったし。
 突拍子ない話するのは相変わらずだけど、考え方とかしっかりしてきたし……、
 成長って多分、こういうことを言うんですよね」
「……石川もしたじゃん。成長」
「…そうですね。その代わりキショイキショイ言われるようになっちゃいましたけど」

 背を見せながらの飯田の呟きに、苦笑しながら石川は答えた。
204 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:10
 飯田の言うとおり、自分もまたかつての自分ではない。
 またそれは皆についても同様で、変わらないものは一つとしてない。
 けれど、

「…そうですよね。ただ、変わっただけじゃないんですよね」

 自分たちの過ごしてきた濃密な時間は、確かに誰しもを変えてしまったけれど、
 同時にかけがえない思い出を自分たちに与えてくれた。
 飯田もまた、それを忘れていない。
 大切な思い出を、忘れていない。

 そして、それは石川が何より確認したかった大切なことだ。


「私、ちょっと顔洗ってきます」

 満足げにそう言うと、石川は立ち上がる。
 それに、幸いなことに飯田には気付かれなかった、赤く腫れた目の下を、
 早い内にどうにかしたかった。
205 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:11

 * * *
 
206 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:14
 ついさっき確認した洗面所の場所を思い出しながら石川は歩く。
 考えるのはやはり飯田のこと。

 彼女はたとえその方向が、もしかしたら間違っているとしても、何かを得るため前に進もうとしている。
 過去にばかり固執し、何もしていないに等しい自分がどうして彼女を責めることが出来るだろう。

 そう、大切な思い出。忘れない、忘れたくない。それでも、それは思い出だ。
 それがいかに大切であっても、それに逃避してはいけない。
 思い出のためだけに生きるなんて、抜け殻も同然なのだから。

 理解しなくてはいけない。
 思い出は思い出として生きていく。

 変えていこう。
 かつての自分がしたように。
 ほんの少しでもいいから。

 自分に出来ることがどれほどあるのか分からない。
 けれど飯田が道を踏み外しそうなとき、それを留めることならきっと出来るはず。
 間違った道に進みそうなとき、共に考えることは出来るはず。

 生き残るんじゃない。
 生きていくんだ。


【 5番 石川梨華 所持品 Panzer Faust 30k 2本】
207 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:15

―――――
 
208 名前:94 〜束の間の収束へ〜 投稿日:2004/08/17(火) 16:16
 飯田は独り、生鮮品売り場に残され、立ち上がるでもなく天井をぼんやり眺めていた。
 状況が似ていたために思い出したかつての自分たち。
 胸を締め付けられるような感触を覚える。

「…石川とアタシは、ちょっと似てる部分があるんだ……」

 あのとき、石川の相談に乗ってあげたとき、ふと思いつき語った台詞。
 それを誰に対するでもなく呟き、飯田は笑みを零す。
 その笑みは、非常灯の明かりの下、自嘲気味に映る。

「今は、どうなんだろうね……?」

 それは自らに問うたのか、あるいは、石川に向けて発したものだったか。
 どちらにせよ、その呟きが石川の耳に届くことはなかった。


【 3番 飯田圭織 所持品 防弾チョッキ】
209 名前:abook 投稿日:2004/08/19(木) 18:23
先に返レスを。短めですが。

>>190
こちらこそレスありがとうございます。待たせてしまってスイマセンでした。
>話が…
ようやく進んできました。でもまだあと丸二日分あったりする罠。 on_

>>191
レスありがとうございます。でも自分なんてまだまだ。逆に勉強させてもらってます。蟻。
>時間…
リアルでは銀杏&なっちは不滅であると祈りたい。

>>192
ありがとうございます。頑張ります。
あと、sageについては
http://mseek.s47.xrea.com/pukiwiki.php?%BE%AE%C0%E2%C8%C4%BC%AB%BC%A3FAQ
に書かれていますので、一読をお勧めします。
既に読んでいたらゴメンナサイ。
210 名前:95 夜明けにはまだ早い〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:24
 島の東を縦断する、舗装された道路。
 石黒は幾分か早足でそれを南下していた。
 その背後にはぴったりとついてくる二つの影、紺野と道重である。
 軽い息切れの音に気付き、石黒ははたと足を止めた。軽く数十分は歩き詰めだった。

「大丈夫?」
「あ……はい」

 振り返り、聞くと、道重が消え入りそうな声で答える。
 その顔から窺えるのは若干の疲れと、そして悔しさ。
 自分を責めているのだろうか。

「もう少しペース落とす?それとも…」
「だいじょうぶ…、です。…それより」

 休む?と言いかけた所を遮られ、石黒の口は"あ"の形のまま止まる。
 そして道重の視線の意図する所に気付き、「分かった」と答えると再び早足で歩き出した。

 やはり、道重は自分の責任と感じているようだ。
 しかし、石黒からすればそれは自らの責任である。

 彼女のとりそうな行動、今のような状況も含め、予想していなかったわけではない。
 けれどその実行のタイミングが、石黒の予想より遥かに早かった。
 彼女の性質はある程度わきまえたと思っていたが、誤算だった。
 田中れいなは想像以上に能動的な性格をしていたようだ。
211 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:25
 石黒たちは田中を追っていた。
 就寝前に語った彼女の道程が確かであれば、
 その性格からして一度通った道を通ることはない、そう踏んで南下していた。

 恐らく、間違ってはいないと思う。
 この道の先、どれほど行けばよいのかは分からないが、田中がいる筈だ。
 しかし公民館を出てかなり歩いてきたものの、その後姿も捉えられず、
 逆にどんどん差が開いていっている気がしてならない。
 顔には出さないようにしていたものの、石黒は内心苛立っていた。

 それは客観的に見て足手まといになっている後ろの二人に対してでは、勿論ない。
 それに彼女たちを連れて行くと判断したのは他ならぬ石黒である。
 彼女たち二人だけでいるより三人で行動した方が安全であるし、
 道重をあのまま置いていくことは出来なかった。

 道重は田中の隣に寝ていたためか、いや、それ以前に彼女はこの三人の中で最も田中に近しいのだ。
 それ故に、気付けなかった自分を責めている。
 その気持ちが分かるからこそ、石黒は彼女を置いていけなかった。

 ただ石黒は、責任の所在については先に述べたように、自分にある、と思っている。
 彼女は自分のように見張りをしていたわけでもないのだ。
 彼女が気付けなかったのは単に不可抗力であり、この状況を作ったのは自分自身。
 自分の失態のせいで田中を見失い、結果、紺野や道重をも危険な状況に追い込んでしまった。

 石黒の苛立ちは、自分自身に対してのものだった。
212 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:26
 石黒は考える。
 田中がいなくなって以来、ずっとしこりのように残っていることだ。
 彼女は何故、自分と紺野はともかく、道重を置いていったのだろうか。
 そもそもどうして夜明けを待たずに出て行ったのだろう。

 恐らく前者については、少なくとも自分たちに預ければ、その身柄は安全である、
 と踏んでのことだと思われる。
 しかし後者については分からない。
 どうして、こんなに早く。

 もとからそうするつもりで、石黒の見せた僅かな隙を見逃さなかっただけなのか。
 石黒を起こさないようにするために、道重は置いておかざるを得なかったのか。
 もしそうであるとすると、今度は別の疑問が湧き上がってくる。
 石黒は、初めに田中が現れたときのように、二階の窓際で外の様子を見張っていた。
 どうして田中は確認もせずに、自分が、石黒彩が眠っていると、気付けたのだろう。

 まどろみに落ちていたとは言え、もし田中が二階に上がってきたのなら、
 あの板張りの床が奏でる大合奏に石黒が気付けないわけはない。
 田中は、二階には上がってきてはいない。

 何故、どうして分かったのか。

 勿論それがただの偶然であると、その可能性もないではない。
 けれどそれは、偶然の一言で片付けてしまうには、あまりに出来すぎている。

 石黒が眠りに落ちていたのは、多く見積もっても10分いくかどうかの時間だ。
 田中が音を立てずに慎重に動いたとすれば、公民館を出るのに5分は消費しただろう。
 それが、見事に合わさる、そんな偶然が果たしてあり得るのだろうか。

 いや、と石黒は首を振る。
 あり得たのだろう。今の状況がそれを示している。
 もし、それが偶然ではなく意図されたものだとして、そんな人外の力を信じる気には到底なれなかった。
213 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:28

「…どうして!そんなこと……っ!」

 道重が急に大きな声を上げたのは、そのときだった。
 石黒は一瞬、自分の思考が読まれでもしたのかとあり得ないことを思い、
 しかし違う、とすぐに理解する。
 道重は、何もない中空を、ぎり、と歯噛みをしながら睨んでいる。

「……シゲさん?」
 恐る恐る、というように訊ねかける紺野に気付いたのか、道重ははっと息を呑む。

「な…、なんでもありません」
 慌てたように答えると、ぼお、とその顔が即座に赤らむ。

 幻覚でも見ていたのだろうか。恐らく田中の。
 やはり、かなり参っているようだ。
 そう思い、石黒は彼女へと向き直る。

「さゆみちゃん、やっぱ休んだ方が…」
「だいじょぶです!わたし、ヘンなんかじゃありません!」

 前後の合わない返答も、錯乱している者を思わせる。
 石黒は居た堪れない気持ちになると同時に、彼女をここまで追い込んだ自分を恨む。
 紺野に、目配せをした。

「いいから、ちょっと休もう。ほら、あさ美も疲れてるみたいだしさ」

 言うと、道重の視線が紺野に向く。
 石黒の目配せに気付いた紺野は、道の脇のほうで座り込んでいた。

「…ごめんシゲさん。少し、休ませて」
「……はい」

 道重のその顔は、明らかにこちらの意図に気付いているものだったが、
 素直に従い、紺野のほうへ向かうと、顔を伏せるようにしてしゃがみ込んだ。
214 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:28

―――――
 
215 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:29

 声が聞こえていた。

 遠くから聞こえるその声は、自分を呼んでいる。

 その声が誘うその先に、

 自分の、

 求めている人がいる。
 
216 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:30

 * * *
 
217 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:30

「ん……」

 少女は、軽く呻き声を上げた。
 ゆっくりと目を開けると、いつもより低い視界がぼんやりと映る。
 体を包む倦怠感が、どうやら寝てしまっていたようだ、と少女に気付かせた。

 深呼吸を一度だけし、寄りかかっていたガードレールを頼りに立ち上がる。
 まだ、充分に頭に血液が行っていないらしく、眩暈がする。
 なんとか動けるまでに回復すると、少女はふらふらとした足取りで、歩き出した。

 どれくらい意識をなくしていたのだろう。
 分からない。
 時を示す道具は持っていないし、星の位置からそれを察することも、彼女には出来ない。
 それでも彼女の頭上にある空は、眠りに落ちる前より幾分か明るみ始めたくらいで、
 何日も眠っていたわけではないことだけは分かった。

 あるいは、それは逆説的な願望だった。
 もし、そのまま何日も、眠ったままでいられたならば、むしろその方が良かったのかもしれない。
 何も気付かず、何も知らないまま。
 たとえそのまま死んでしまうのだとしても。
 無意識のまま、何も悩むことなく死んでいけるのだとしたら、その方が幸せなのかもしれない。

 と、そこまで考えたところで少女はゆっくりかぶりを振る。

 違う。それは幸せなどではない。
 逃避だ。
 その先にあるのは、価値のない死でしかない。
 その先に、楽園はない。
218 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:31
 少女は自らの行動を思い出す。
 恐怖にも似た寒気を覚える。
 ぶるぶると手が、膝が、震えだす。

 二度と、あんなことは味わいたくない。
 心からそう思う。

 けれどそれを、そんな思いを、彼女たちにさせるわけにはいかない。
 肉を切る感触だとか、
 仕方ない、と己を正当化させることだとか、
 冷え切っていく心を必死で擦り、暖めようとすることだとか、
 けして、味わせたくない。

 声が、聞こえていた。
 少なくとも意識を失う前までは、確かにそれが聞こえていた。
 幻聴だとか、妄想だとか、けして、そうは思わなかった。

 助けを求めているのだ。
 私を、私の助けを、待っているのだ。

 今はもう聞こえないそれを、思い出すにつれて、
 少女の、
 ふらふらとした足取りは着実なものになり速くなっていく。

 急がなければいけない。
 たとえ、もう一度あの思いを味わうのだとしても。
 彼女にそれをさせるのだけは、絶対に、許してはならない。
219 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:31

「がんばれ……」

 少女は青く染まった世界で独り、呟く。
 自らを鼓舞するために。
 堕ちる辛さを、それと認識しないために。

「がんばれ…、田中れいな。 アンタはえりを、さゆを、守るとやろ?」

 声が示していた場所まで、もうすぐだった。


【23番 田中れいな 所持品 バタフライナイフ・仕込み杖】
220 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:32

―――――
 
221 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:32
 紺野と道重が、寄り添うようにして道の脇の方で休んでいる。
 石黒は、少し離れた所からそれを眺めていた。
 時折り、心配そうに「大丈夫?」と紺野が言うのだが、道重はぼんやりとした口調で答え、
 額に脂汗さえ浮かべながら今にも気を失いそうにしている。

 やはり、限界だったか。
 石黒は道重のことは紺野に任せ、視線を二人から外した。

 空を、見上げる。

 徐々に明るみ始めた空は、そろそろ星が姿を消す頃だ。
 月もその位置は低く、黎明の気配をいっそう強める。
 日が昇るのも時間の問題だった。

 紺野はどう思っているだろう。
 石黒はふと考える。
 道重がいた手前、おおっぴらに聞くことも出来なかったが、田中が消えたについて
 彼女もまた何か考えはあるだろう。
 石黒の考えに近い所まで、恐らく考えているはずである。

 彼女の意見が聞きたかった。
 どうしてもあの偶然が理解できない。
 どうして田中はあのタイミングで出て行ったのか。
 いや、出て行かざるを得なかったのか、が近いだろうか。

 彼女が自分たち――ではない、自分をあまり良くは思っていなかっただろうことは知っている。
 しかし寝込みを襲われると考えたのであれば道重を連れて行くはずであるし、
 道重を置いていった以上、何か、必要に迫られる理由があるはずだ。
222 名前:95 〜藍色の天球〜 投稿日:2004/08/19(木) 18:33
 気付いていたのだろうか。彼女は。
 自分たちが、彼女が既に人を殺していると気付いていたことに、気付いていた。
 それが、必要に迫られる理由だとしたら――

 石黒はふう、とため息を吐く。
 だとしても、解せない。
 少なくとも田中は、表面上は上手くやれていたはずである。
 限界を感じるには、あのタイミングは早すぎる。
 そしてそれは、自分が寝ている機に合わせたように上手くはまった。

 なんなのだろう。
 この落ち着かない状況は。
 まるで、彼女の周りに人外の力が作用しているように。
 やはり、紺野の意見が聞きたかった。

 二人の方へ視線を戻すと、道重の体調も幾分か持ち直してきたのか、
 その表情に生気が戻ってきている。
 けれどぐったりと紺野に寄りかかる彼女は、未だ全快には至っていない。

 今はまだ、あのままにしておくべきだろうか。
 そう思い、紺野を呼ぼうと開いた口を、ゆっくり閉じる。
 自分の不安を取り除くためだけに、彼女らに迷惑をかけることだけは、けしてあってはならない。
 それにその答えは、田中に追いつけばおのずと分かることなのだから。


 再び石黒は視線を戻し、空を眺める。
 藍色に染まる天球に、もう星の光はない。
 小鳥の囀りも、まだ聞こえてこない。

 遠くから、銃声のような音が聞こえた気がした。


【 6番 石黒彩 所持品 Hi-Standard derringer】
【16番 紺野あさ美 所持品 お守り】
【36番 道重さゆみ 所持品 鉈】
223 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 18:35
 
224 名前:abook 投稿日:2004/08/19(木) 18:35
不肖、作者でございます。
ようやく今回で長いサブタイとおさらば&一区切り、長かった夜が明けそうです。
っても何が変わるわけでもないのですが。
225 名前:abook 投稿日:2004/08/19(木) 18:36
さて、執筆に励むあまりぽんぼんゴトを三度も見逃したせいかオンドゥルな今日この頃。
けれど何故か逆に執筆が進む。何とか遅れは取り返せそうです。
…なのですが、来週実家の方に帰る予定なので、八月中の更新はちょっと微妙です。
出来ればそれまでにもう一度更新したいのですが、どうなることか。
月曜までに音沙汰なかったら多分そのまま九月になだれ込みます。
ご了承下さい。

では、また。
226 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/19(木) 21:51
更新お疲れ様です。
夜が明けて、、、何が待つのか。。。
ん〜、益々楽しみですわ。
なだれ込んだらなだれ込んだでマターリ待ってますので
どーぞ帰省を満喫なさって下さい。
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/05(日) 19:33
なだれ込んじゃいましたねw
楽しみに待っていますね
228 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:48
 埃一つないベッドの上で、彼女は閉じていた両目を開いた。
 夏がけの布団が彼女の下で窮屈そうにしている。
 静かに身を起こすと、丁度彼女と同じ大きさの窪みがその上に横たわっていた。

 彼女は眠っていなかった。
 眠りたく、なかった。

 怖いから、だろう。
 悲しいから、だろう。
 切ないから、だろう。
 嬉しいから、だろう。

 彼女には、やらなければいけないことがあった。
 それは彼女が決めたこと。
 彼女が、自分のするべきこととして、決めたこと。

 正であるか義であるか、それともまた別のものであるのか。
 彼女の頭にはなかった。

 足を、真っ直ぐに伸ばした足を曲げ、ひとつずつ、床へ降ろす。
 つま先に、固く、冷たいフローリングの感触。
 布団の、つぶされていなかった部分が、ふわり。
 彼女の腿を包んでいく。

 彼女の右手は、蒼く光る。
 彼女は、部屋を後にする。
229 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:49

―――――
 
230 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:49
 午前三時の放送が矢口の耳に届いたとき、彼女はまだ眠っていなかった。
 道路側に面した窓際に座り、ぼんやり、空を眺めていた。

 彼女の傍らのベッドには高橋が横たわり、小さな寝息を立てている。
 まるで、その頭上に"すやすや"という擬音が見えるかのような、穏やかな寝息。安らかな寝顔。
 矢口にとって、その彼女の寝顔が何より嬉しいことだった。

 高橋の容態は、石井の施してくれた手当てのおかげか、とても落ち着いていた。
 ただ、微熱が収まらず、額に当てたタオルを小まめに換えてやらなくてはいけない。

 矢口とて、疲れや眠気がないわけではなかった。
 この島に連れて来られる際に数時間寝たきり、ずっと起き通しなのである。
 しかし、誰に言われるでもなく、高橋の看病をしようと思い、
 誰に言うでもなく、それを行っていた。

 矢口は、高橋の傍にいてやりたかった。

 高橋が起きて、何か食べられるまでに回復していたら解熱剤を飲ませよう。
 取り敢えずそれまでは、何とか自分が頑張ろう。
 しょぼつく目をこすりながら、矢口はそう思った。
231 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:50

 ――コン、コン…

 ノックの音が響き、矢口はドアへ視線を向けた。
 内側に開いていくドアから、アヤカが顔を出す。

「起きたんだ…。放送、うるさかったもんね」

 アヤカは矢口の言葉に小さく頷くようにすると、
 ドアを閉め、矢口に向かい歩き出した。

「矢口さんは…、寝なくていいんですか?」
「うん、あんま疲れてないしさ。ほら、"元気だけが取り柄"ってヤツ?」

 その言葉は勿論、嘘である。
 声には覇気がなく、疲れが、細められた目にありありと映っていた。

 アヤカはそんな矢口を察するかのように、矢口を背にして座り込む。
 ぴたりと、背をくっつけるような形である。

「さんきゅ」

 アヤカの、自分よりかは大きな背中に身を預け、矢口は言った。
232 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:50

「放送……」
「うん、聞いてたよ」

 矢口はすっかりアヤカにもたれかかった状態で、しかしはっきりと声を出した。
 もっとも高橋が寝ている手前、そう大きな声ではない。
 それでも、それは寝ぼけたような声で口にすることではない、と、
 気を張り、答えた。

「実感…とかさ、全然湧かないんだけどね」

 それは、矢口の本心だった。

 現実を認めたくないということではなく、ただ、空虚な想い。
 ありきたりな表現で言えば、"ポッカリと穴が空く"。
 喪失感、というのはこういうものだったな、と、
 祖母がなくなって以来味わっていなかったそれを、歯噛みする思いで見据える。

 あのときは、随分と大泣きしたな。
 多分、今がこういう状況じゃなかったら、
 あれに負けないくらい、大泣きするんだろうな。
 そんなことを思うと、自然、涙腺が緩んでしまう。

 ぎゅう、と目を閉じ、眉間にしわを寄せて、じっと耐え、開いた。
233 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:51

―――――
 
234 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:51
 足音を立てないように、ゆっくり、足を進めていく。
 外からの僅かな明かりはあっても、進み行く廊下は暗い。
 けれど彼女は迷いはしない。
 階段を、一歩ずつ上る。
 向かうべき場所は、既に体が覚えている。

 彼女に、迷いはない。

 思い出は、走馬灯のように。
 過ぎ去っていく出来事、声、そして笑顔。
 それでも、けして迷いはない。

 人が死に逝くときに見る走馬灯は、幻のように映るという。
 ならば、過去は、思い出は全て、幻なのだろう。
 今生きている現在も、今、生きている誰かもまた、幻なのだろう。

 波間に浮かぶ泡のように、小さく生まれ、消える。
 消えていく泡を、けして止めることは出来ない。

 止めることは、出来ない。
235 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:51

―――――
 
236 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:51

「矢口さんは…これからどうするつもりですか?」

 ゆっくりと声を発せられたアヤカの声。
 話を逸らしてくれた彼女に、矢口は心のうちで感謝した。

「ん…、できたら、みんなでこの島を逃げ出せたらって思ってる。
 具体的な方法とか、まだ分かんないけど、このまま殺しあうなんて絶対嫌だからさ」
「そのためには……つんくさん達と戦っても?」

 こういう直球の質問をぶつけてくる辺り、やはり帰国子女らしいところがアヤカにはある。
 そして、先に話を逸らしたように、日本的な情の精神も彼女にはある。
 そんなアヤカは、この答えにどう反応するだろうか、
 そんなことを考えながら、矢口は返答すべく口を開く。

「……そうだね。
 でも、それは今じゃない。それに、出来ることならあの人たちとも戦いたくない」

 背を向けていても、彼女の様子が大きく変わったのが分かった。

「なんで…、ですか? 矢口さんは…、あの人たちが憎くないんですか!?」
「アヤカ、声大きい。高橋起きちゃうよ」
「あっ……、ごめんなさい」

 今にも立ち上がろうというアヤカを言葉で抑え、矢口は暫く押し黙る。
 どう答えるべきなのかを、考えているわけではない。

「…そりゃあね。恨んでないわけじゃないよ。
 こんな馬鹿げたコトにならなきゃ、みんな普通に暮らせてたんだから」
「だったら」
「でもさ。思うんだよ」

 それは、矢口が独り、この部屋にいた間中ずっと葛藤し、考えていたことであり、
 何を言うべきかはそのとき、既に決まっていた。
237 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:52

「なんで、あの人たちと戦わなきゃいけないのかな?
 これだけ大掛かりなことしてるんだから、それを決めたのはあの、兵隊の人たちじゃない。
 "アイツ"、でもない。
 倒すべき敵は、もっと上にいるんだと思う。

 あの人たちはさ。
 自衛隊か、傭兵か。
 多分違うと思うけど、もしかしたらさ、普通の人がやらされてるだけなのかも知れない。
 そのどれだとしても、うちらに恨みがあるわけじゃないんだよ。

 あの人たちだって、同じ人間なんだ。
 理由が、うちらにはどうにもできない理由が、あるとしてもさ。
 簡単に戦ったり、できない」


 矢口は一息で話すと、満足するようなため息をつく。
 アヤカもまた、ため息をついた。

「話せば…分かるとでも言うんですか?」
「そこまでは楽観視してないよ。…でも、出来るなら、逃げるだけにしたいんだ」
「甘いですよ…矢口さんは」
「そう…、かもね」

 そう、アヤカの言うとおり、自分は甘い。
 そんな、宗教家崩れの吐くような台詞は、ただの理想論でしかない。

 あるいは、虚勢なんだろうか。
 そんなことを矢口は思った。
238 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:52

―――――
 
239 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:52
 人は、闇を恐れるという。
 そこに何が潜むのか分からないから、恐れるのだという。
 危険を察知できないことに、本能が危険を感じ、恐れるのだという。

 至極まっとうな理屈だと、彼女は思う。

 ならば、闇はどうなのだろう。
 闇は、人を恐れるだろうか。

 空は、闇から蒼へと変わっていく。
 左手が掴むドアノブが、蒼く光る。
 右手が掴む銀色が、蒼く光る。

 彼女はゆっくりドアノブを回す。
 静かに、内側に押し込む。

 闇は何者をも恐れない。
 人を恐れるのは、闇ではなく、それは、人以外にない。
240 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:53

―――――
 
241 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:53
 がちゃり、と。
 ノックもなしに開いたドアに、矢口とアヤカ、二人の視線が同時に向かう。
 顔を覗かせた石井は、「あ」と小さく声を上げた。

「ごめんなさい、寝てるかと思ったんで…」
「いや、別にいいよ。ノックの音って結構響くし」

 そう言うと、矢口は眠り続けている高橋を横目で見やる。
 近づいてくる石井は、痛ましげな表情でそれを眺め、宥めるように囁いた。

「矢口さん…。寝たほうがいいですよ。…ほら、高橋さんの看病は私がしますから」
「でも……」

 そう、なのだろう。
 そのほうが、いいのだろう。
 意地を張って、後々みんなに迷惑をかけるより、
 信頼して、任せたほうがいいのだろう。

 でも。

 これはけして、意地なんかじゃない。
 今の自分に出来る、唯一の方法。
 唯一の、贖罪。

 ――でも、これは償いだから。

 そう呟こうとした矢口の頭に、声が、響く。
242 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:53




『大丈夫……』

「えっ…………?」

『大丈夫だから……』

「たか……はし……?」



 
243 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:54

「…どうしたんですか?矢口さん」

 何事かを呟いたきり固まってしまった矢口に、石井は声をかけた。
 その視線は高橋のほうを向き、その表情は驚愕に近い。
 もう一度、石井が同じ言葉をかけると、
 矢口は半開きだった口を閉じ、ゆっくりかぶりを振った。

「…なんでもない。 ……そうだね、どうも、ホントに疲れてるみたいだ。
 …あとは石井ちゃんに任せるよ」

 と、立ち上がろうとする。

「――あれっ?」
「矢口さん!」

 ふらふらとその体は大きく揺れ、頭から落ちた。

「あはは…、ホントにやばいみたいだね。立てないや…」

 寸でのところでそれを止めたのは、後方から差し出されたアヤカの腕である。
244 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:55
 アヤカに支えられ、もがくことすら出来なさそうな矢口の表情は、青白い。
 そう言えば彼女は貧血持ちだったな、と石井は思い出した。

「アヤカさん。そのまま矢口さんを一階の、アタシがいた部屋に連れてってあげて下さい。
 あそこならトイレにも近いし、便利ですから」
「あっ…はい」

 石井がそう告げると、アヤカは矢口の方を担ぎ、背を向ける。

「ごめんね…石井ちゃん…」
「ふふ、気にしないで下さい。困ったときはお互い様ですよ」

 それから部屋を出て行くまで、矢口は申し訳なさそうに、また、名残惜しそうに、
 石井と、高橋の姿を見つめていた。
245 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:55
 廊下から階下に降りていく足音が、床の僅かな振動と共に石井に伝わる。
 アヤカはそのまま彼女を看るつもりなのか、二階に上がってくる気配はない。

 石井は安堵のため息を吐くと、床にぺたりと座り込んだ。

「……おやすみなさい。矢口さん」

 呟き、自らの意を決める。
 いや、既に決めていた。

 それは、今までの彼女にはなかったことだ。

 世界は一つの流れであり、その流れに乗ることが、唯一の生きる方法。
 少なくとも、石井にとっては。

 汚泥がその身に纏わりつくような感触を振り切り、
 石井は隠し持っていた果物ナイフを右手に取り出した。

 左手を鞘に添え、そっと、引き出す。
 鋭く尖った刃は、月光を銀色に照り返す。

「…………」

 無言のまま、ナイフを逆手に持ち直す。

 ――彼女は、矢口は、悲しむだろうか。

 感慨は一瞬。
 放たれた矢のように過ぎ去っていった。
246 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:56

―――――
 
247 名前:96 消え逝く泡 投稿日:2004/09/08(水) 21:56
 人間は全て、波間に浮かぶ泡のようなもの。
 小さく生まれ、消える。
 消えていく泡を、けして止めることは出来ない。

 ならばその消えるときを決めるのも、また、人間なのだろう。

 もう、手の届くところにそれはある。
 その命は、青白く映えるその首筋と共にある。

 彼女は、蒼く光る銀色を振りかざす。

 その、奇麗なしゃぼん玉を。
 虹色に光るしゃぼん玉を、割るために。
 紅色に、染めるために。

 一つの泡は、ここで消える。
 それは、一つの終わり。
 そして、その終わりが、始まりを生む。

 彼女は、蒼く光る銀色を振り下ろした。


【 2番 アヤカ・キムラ 所持品 食器セット】
【 4番 石井リカ 所持品 救急セット・果物ナイフ】
【22番 高橋愛 所持品 電動ガン】
【38番 矢口真里 所持品 ひのきのぼう New nanbu M60】
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/08(水) 21:57
 
249 名前:abook 投稿日:2004/09/08(水) 21:57
まずは返レスをば。

>>226
レスありがとうございます&HP開設おめでとさんです。
取り敢えず勉強と宿題は早い内にやっといた方がいいよ、と
10日〆のレポにまだ手を付けてない身の上ながら言っておく(オイ

>>227
レスありがとうございます。
>なだ…
ええ、それはもうそこはかとなくなだれ込みましたw
250 名前:abook 投稿日:2004/09/08(水) 21:59
さて。
不肖、"正直シツレンジャーはどうかと思う"作者にございます。
前回言ったとおり、25日から一週間ばかり故郷をたっぷり満喫してきました。
じいさんの墓参りついでにちょっとした観光に。やっぱ田舎って良いなぁ。

ネトから隔離された状態だったので、日がな過去の娘。さんたちが収録されてる
溜めに溜めたVHS(高校時代の香ばしい遺物)を見ながら過ごしていました。
モーたいの中澤SP見ながら涙したり、フジの中澤SP見ながらにやけたり、
BSの中澤SPを見ながらまた涙したりと中澤づくし。
卒業で三本番組が立つんだから当時の娘。さんの勢いはやっぱすげかったなぁ、
とかね。思いました。うん。
こういうこと書くと懐古厨とか言われそうですが、たまにはね。いいじゃないですか。
251 名前:abook 投稿日:2004/09/08(水) 22:00
で、更新内容についてですが、、、スマセン。
前回のレスで「夜が明けそう」とか言ってましたがまだ明けそうにありません。
もうちょっと待ってやって下さい。

現在自分はイッポンのキャメイ&哀さん登場見逃しに加え
先日完結した某作品のFLASH見逃しによって身も心もボドボドですが、
今月中になるたけ進めるつもりなので生暖かい目で見てやって下さい。

では、また。
252 名前:ちよの 投稿日:2004/09/09(木) 08:19
更新お疲れさまでした!!
愛ちゃん、どうなるでしょう…(心配中…)
次回の更新期待してます^^

あ、sage, age, ochiについて、ちゃんと読みました。ご迷惑かけて、本当にすみませんでした。
253 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/10(金) 17:31
更新お疲れ様です。
闇、その単語に妙な恐怖感を覚えます。
イッポンとFLASH見逃しはキツイでしょうね・・・。
自分もAMとPMと間違えてカンカンのWでなく朝のウォッチが入ってたので。。。
続きも楽しみにしてます。
254 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/18(土) 03:14
255 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/19(火) 04:07
houti?
256 名前:ちよの 投稿日:2004/10/24(日) 17:15
作者さんはどうしたんでしょうね〜?
257 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:27


 声が、聴こえていた。

 耳に聞こえる声じゃない、頭に、直接響く声。

 あたしの、知っている声。

 それを、不思議と思わないのは、

 あたしが、夢を見ているからだろうか。

 
258 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:28

 * * *
 
259 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:28
「――――っ!!」

 裂くような悲鳴が、それははっきりと聞こえ、あたしは目を覚ます。
 いつもなら多分どきどきしているはずの心臓は、けれど静かなままで。

 それは現実を飲み込めていないせい、ではない。
 その悲鳴が意味する所を、あたしは知っている。

 あたしは拳銃を懐から取り出して、弾装部を横に倒し弾薬を確認する。
 たいした大きさはないんだろうその銃は、それでもあたしの掌には大きくて、
 あたしは落とさないようにしっかりと握り、静かに部屋を出た。

「――――ぁっ!!」

 悲鳴と共に、何かが転がるような音が、階段を降りてくる。
 それを聞いてもなお、あたしはけして取り乱さず、至って冷静だ。

「く…、ぁ……っ」

 その、苦痛に悶える顔を、喘ぐ声を見聞きしても、変わらない。
 転がり落ちてきたのは、アヤカ。

「…どうしたの?」

 あたしは自分でもびっくりするくらい、張りのない声で訊く。
 それは、単に今の自分を表すような、落ち着いた声というわけではない。
 どちらかと言えば沈んだ声で、けれど悲しいとかではない。

 あたしは無意識のうちに自分を、何か別のものに置き換えようとしていて、
 それが声となって外へ出た。
 ただ、それだけだった。

「二人の……様子を見に行ったら……、石井さんが…」

 苦痛に喘ぎながら、アヤカは答える。
 彼女の右手には銀色のフォークが握られ、
 そして左足には、小さな刃物が突き刺さっていた。
260 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:29
 どうしてだろう。
 まるで、そうなることが運命だったかのように。
 足に生えた小さな刃物が、赤く広がる液体が、彼女の様子が、
 とても自然なことに思えてならない。

 全てを知ったからだろうか。
 それとも覚悟を決めたから?

 いや、そうじゃない。
 あたしは、ただ諦めているだけだ。
 その闇は、あたしには拭えないものなのだと。

「石井ちゃんが…?」

 彼女の闇は、拭えないのだと。

「……は…、はい……、あ、あの……あの…、わたし……っ、」

 とん、とん、とん。
 遮るように、二階からゆっくりと足音が降りてくる。
 アヤカは足音を牽制するように後ずさりあたしに近づいて、あたしは階段のほうを見る。

「石井さんも…、寝てるのかと思って、近づいたら……、石井さん、いきなり……」」

 小声で伝えてくるアヤカは痛みに顔を顰めている。
 左足の傷は、ドラマで見るようなものより明らかに生々しく、とても痛そうで。
 一瞬、高橋の傷を思い出してしまい、あたしは僅かに顔を顰めた。

 でも、そんなアヤカなのに、あたしは手当てをすることさえ思いつかない。
 勿論そんな暇がないということもあるのだろうけれど、それだけじゃない。
261 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:30
 あたしは迷っていた。
 どうすることが一番なのか。
 どうすれば、彼女を救うことが出来るのか。
 暗い、暗い闇の中から、彼女を救うことが出来るのか。

 果たしてそれは、あたしに出来ることなんだろうか―――

 ―――いや

 分かり切っている問いだ。
 出来ない。
 あたしに彼女を救うだけの力は、ない。

 それでも、それが現実なのだとしても。
 あたしはせめて彼女を止めなくてはいけない。

 あたしには、その責任があるはずだ。


 階段の上方に足が見えて、石井ちゃんは傾ぐようにその顔を見せる。

「…起きちゃったんですね、矢口さん」

 その声は残念そうに―――ううん、
 当然だと思いながらも残念な芝居をしているような、そんな感じに聞こえる。

「本当―――なんだね?」

 問いかけると、石井ちゃんは頷いた。
262 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:30
 その顔に見えるのは、なんだろう。
 石井ちゃんは小さく微笑んで。
 それでもあたしに見えるそれは、何よりも狂っている。

 なんで、そんな顔できるかな。あなたは。
 アヤカを刺したのに。
 アヤカは、こんなにも苦しそうなのに。
 心が、痛まないのかな。

 痛いって気持ちは、誰でも同じなずなのに、
 みんなが分かっているはずなのに、みんなが知らないふりをする。

 刺されたら、誰だって痛い。血が出たら、誰だって痛い。
 叩かれたら、殴られたら、蹴られたら、罵られたら、蔑まれたら、疎まれたら。
 人は誰だって、傷つけられたら痛いんだよ。
 そして、傷つけるほうも、痛い。
 その、はずなんだ。

 人はみんな、傷付くことが怖いんだよ。
 何よりもそれが一番、怖いんだ。

 あたしはアヤカと少し距離をとって、右手に提げた拳銃を、肘を伸ばして持ち上げる。
 肩幅くらいに足を開いて、彼女に向かう。きっちりと両手で構え、深呼吸をする。
 両手で持たないと体と弾道が安定しないことは派出所のときに経験済みだった。
263 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:31
「やぐち……さん……?」

 ああ、ほら、やっぱりだ。
 ただこうしているだけなのに。
 痛い。ものすごく、痛い。

 石井ちゃんだってきっと、嫌だったんだよ。
 こんなことするのは、辛かったはずなんだよ。
 今もなお彼女が、たとえ口の端をかすかに曲げる程度でもどうして笑えるのか、
 あたしには分からないけれど。

 けして拭えないのだとしても。
 彼女の闇が、消えないのだとしても。

 それでも、これはあたしの役目だから。
 あたしが、やらなくちゃいけない。

 そう――か。

 今、ようやく分かった。
 石井ちゃんも、同じだったんだ。

 あたしがあたしを、自分以外の何かに置き換えようとするのは、
 それがあたしにとってのせめてもの防壁であるからで、
 石井ちゃんが笑っている理由も、多分、同じなんだ。

 石井ちゃんも、あたしと同じ。




 ――――彼女を、止めたいんだ。




「どういう……ことですか……?」

 あたしの構えた拳銃は、アヤカに向かっていた。
264 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:31

 * * *
 
265 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:32


 声は、もう聴こえない。

 けれどそれは、確かに聴こえていた。

 夢ではない。 夢で、あるはずがない。


 それは、もしかしたらあたしが生まれるずっと前。

 生命というものが生まれ、その原始にあったとき。

 きっと、誰もが持っていた。


 だから、信じる。

 その、声を。 彼女の、声を。

 その、声が導くその先に、

 たとえどんな結末が、あるのだとしても。

 
266 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:33

 * * *
 
267 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:36
「もう、やめにしよう。…アヤカ」

 あたしの物であるはずのあたしの口は、まるであたしのものではないように、
 流暢に、穏やかに、言葉を吐き出す。
 けれどその口が話すのは紛れもなくあたしの言葉であり、そしてそれは、あたしが望んだこと。
 あたしはこの一時だけ、あたしを、あたしでないものであれと願う。

「なに……言ってるんですか……?わ、わたしを刺したのは…石井さんで、
 わたしは、刺されたんですよ……!?」

 アヤカの目は拳銃越しにあたしの目を捉える。
 多分、あたしの表情に変化はない。
 ごく自然に振舞うことが、ごく自然であるかのように。
 けれどその姿はそこにいる誰よりも異質で、誰よりも不自然。

 その矛盾こそが、なんだろう。
 もしかしたら、人間の本質―――
 そんなことを考えるのは、あたしが、現実を見たくないだけか。

 そう、見たくはない。
 こんなもの、見ていたいはずがない。

 けれど、あたしは目を背けない。
 背けられない、といったほうが、正しいかもしれない。

「アヤカはさ…、どうして、二人のとこに行ったの?」

 分かりきっていることを敢えて訊くのは、ただ答えを聞きたいからじゃあない。
 その声、そして表情の動きを、逃すことなく捉えるためだ。

「それは…、だから様子を見に」
「だったらなんでそんなもの、持ってるの?」

 アヤカの右手には、銀色のフォーク。
 顎を使ってそれを示すと、アヤカは取り落としそうになるくらいに慌てた。
268 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:36
「これは…」
「石井ちゃんに刺されてから取りに行ったとか?違うよね。
 そんな暇、なかったはずだもんね」
「…っ、ポケットに、しまってたんですよ。それで…、だから、刺されたから!
 刺されたから出したんですよ!それが、いけないんですか!?」
「ううん、つじつまは合ってる」
「だったら……」
「―――でも。」

 アヤカはあたしにまだ取り付く島があると思ったのか、か弱そうな顔を見せ、
 けれどもあたしじゃないあたしは、それをぴしゃりと切り捨てる。

「一度さ、逆に考えてみよう。石井ちゃんはアヤカを刺した……。
 …それは、なんでかな?」
「そんなの…、決まってるじゃないですか……!
 殺すつもりなんですよ!わたしたちを!」

 あたしじゃないものが話す言葉に、アヤカが大声で喚く。
 感情を剥き出しにするアヤカと、そうではない、あたしの姿をした何か。

 心がばらばらになっていくような心地で、でも―――
 いや、だからこそ、

「それは、ヘンだ。
 もし石井ちゃんが、本当にそのつもりだったら高橋の手当てなんて初めからしないでしょ?
 それに、今までだってそのチャンスはいくらでもあったはず。
 石井ちゃんがそのつもりだったら、今まで、いくらでもやれたんだ。
 今だってこんな呑気に話してるのに、だよ?
 なのになんで、うちらはまだ生きてるの?」

 一息に話した口は、ひとつも言いよどむことなく、けして感情を出さない。
269 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:37
「そんなの…、単に信頼させて、油断させようって言うだけでしょ?
 今だって、仲間割れするならその方がいいって、…そう、思ってるだけですよ!
 思うつぼじゃないですか!」

 アヤカは必死なんだろう。
 真実が、たとえどちらにあるのだとしても、
 アヤカが進もうという道に、それ以外の選択肢はないのだから。

 だから、だから、

「そうかもね。…でも、それが絶対だって、どうして言えるんだろう」

 その突き放したような科白に、アヤカは一体何を思っただろう。
 ―――ううん、言わなくても、あたしには分かる。

「なんで……ですか」

 悲しみだなんて、簡単に表せるものなんかじゃない。
 絶望だなんて、そんな陳腐に語れるものではない。

「…なんで、信じてくれないんですか…?……わたしは!刺されたんですよ!?」

 重く、ずしりと圧し掛かる。
 それは文字通り、言葉に出来ない感情。
270 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:37
「信じてないとか、そういうことは言ってないよ。ただ、事実を言っただけだよ。
 アヤカが刺されたことも、確かに事実だけど」
「だったら……」

 アヤカは言う。
 囁く。
 語りかける。

 その目で。
 その、表情で。

 あたしが、けして目を背けることが出来ないのだと、きっと分かっている。
 赤く染まった左足を、見せ付けるように―――

 ――うん。
 そうだね。
 もしかしたら―――

「そう、かもね。確かに、そうなのかもね」

 ―――そう、だね。
 そうなのかもしれない。
 アヤカは真実を語っているのかもしれない。
 今、あたしの後ろにいる石井ちゃんが、機会を窺っているのかもしれない。

 でも、

「でも……、さ」

 石井ちゃんは、高橋を手当てしてくれた。
 高橋が撃たれて興奮していたあたしを、落ち着かせてくれた。

 あたしが、今まで見てきた物が、あたしの信じるものなんだ。

「状況をさ、きちんと整理すると、見えてくるのはこれなんだよ」

 だから―――
271 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:38



「……ねえ、アヤカ。 高橋はまだ、生きているんでしょ?」


 
272 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:39

―――――
 
273 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:40
 ばたばたとした物音が、ついさっきまで聞こえていた気がする。
 彼女は閉じていた両目を少しずつ開けていく―――と、
 まず映ったものは天井、そしてすぐ左隣にある壁だった。

 焦点の定まらないぼんやりとした思考と視界のまま、彼女はゆっくりと首を回す。
 勉強机、本棚、タンスなどがその視界に入り、けれどそのどれもが彼女には見慣れない。

(ここ……、どこ?)

 ―――少なくとも、自分の部屋ではない。
 背中に感じる感触から自分がベッドに寝ていることは分かったが、
 けれどどうしてこんな所で寝ているのかが分からない。
 友達の家にでも来たんだったかな、と自己完結し、取り敢えず身を起こそうとした。

(あれ……?)

 しかし、力が入らない。
 それどころか、

「――――――っ!」

 右足に激痛が奔り、今の体勢を続けることさえ出来そうになかった。
 僅かばかりに持ち上げた上半身は、声にならない悲鳴とともに再びベッドに埋まる。

(あ………、あれ……?わたし……)

 痛みのおかげか、ようやく意識が覚醒し始める。
 合宿だと言われ飛行機に乗ったこと。
 搭乗早々出されたドリンクを飲み、そのうち猛烈に眠くなったこと。
 目覚めたら何処かの教室で、教壇に自分たちのプロデューサーがいたこと。
 次々に昨日の記憶が蘇る。

(そうだ……ここは……)

 そして、彼が言った、言葉。
274 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:42
 体は、びくん、と大きく震える。
 そのまま固まったまま、動かなくなるんじゃないかというほどに、
 どくん、心臓が大きな音を立てて潰れる。

 ―――思い出した。

 教室で、自分の番が来るまで待っていたときのこと。
 学校を出され、独り歩いていたときのこと。
 ずっと、たとえ誰かに会ったとしても自分が殺されるんじゃないかって思っていたこと。
 それと反するように独りでいることがたまらなく怖かったこと。
 何もかもが怖くて、そんな中再会した先輩に優しくしてもらったこと。

 一瞬のフラッシュバック。
 そして一拍置いて心臓が、再び動作を取り戻す。
 いつもより速いその動きにあわせるように、彼女は浅い息を何度も繰り返した。

(そう、そうだ、わたしは、わたしたちは――っぅ)

 心臓が脈打つ度に頭と右足が痛み、再び思考が散漫になる。
 それでもなんとか息を整え、心に平静を取り戻させると、
 彼女は自分の置かれた状況を整理し始めた。
275 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:44
 まず、ここがどこかということ。
 しかし昨夜からずっと意識を失っていた彼女には知る由もない。
 分かることとすれば、自分が傷付いていることからして、
 恐らく誰かに襲われて、他の誰かに運んでもらったんだろうということ。

 次にその傷についてだ。
 彼女は自分の体にかかっている夏がけの布団を剥がし、右足の様子を見る。
 誰かが手当てしてくれたのか、痛みのある箇所――腿には真新しい包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
 痛みの具合からして、傷は足の裏側にまで貫通するような深いもののようだった。

「痛い……なあ」

 声に出してみたのは、そうしなければならないほどに痛みがあったというわけではない。
 勿論熱を持った激しい痛みがそこにはあったが、しかしこのように感慨深げに呟くようなものではない。

 それを声に出してみたのは、その呟きを、誰かに聞いて欲しかったからだ。
 そこに誰もいないことは分かっていても、彼女は誰かに伝えたかった。
276 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:46
 この傷では、もう、駄目だろう。
 命が、ということではない。
 手当てがよかったせいか、それほど体調は悪くない。
 発熱も傷の割には微熱な方で、運が良ければ助かると思えた。

 けれど、このままもし助かったのだとしても、きっと駄目だ。
 乾いた笑いと共に、彼女は口を開く。

「わたし……もう、踊れんくなってしまった……」

 呟きは、今度は彼女自らの涙を誘った。

 ごしごしと目を擦り、溢れ出てくる涙を拭う。
 踊れなくなってしまったのは悲しいけれど、まだ歌うことなら出来る。
 このまま泣いていたらきっと、歌うことさえ出来なくなってしまう。
 目をぎゅっぎゅと二度瞬き、涙が出てこないのを確認してから彼女は手を下ろした。

 どうしてこんな傷が付いたのか。誰に襲われたのか。
 色々と思い出してきたものの、その部分の記憶だけがぼんやりとしていて思い出せない。
 思えば銃声を聞いたような気もするが、どうもはっきりとしない。

 思い出せることがあるとしたら、こちらに走って近づいてくる先輩の姿。

 このまま待っていれば朝には誰か来るだろうか?
 その人に聞けば、何か分かるかもしれない。
 彼女は、高橋愛はそう結論付けると、再び目を閉じた。
277 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:46

―――――
 
278 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:47
 アヤカからの返答は、ない。
 あたしにとって、それが答えだった。

 張り詰めた糸が切れるように、あるいは風船が縮んでいくように、
 急激な、そして緩やかな変化が、あたしの中に起こって、

「…だとしたら、答えは、さ、ひとつなんだよ」

 短く吐き出した言葉を最後に、
 あたしは、あたしじゃないものをあたしの中から追い出す。
 ゆっくりと息を吸い、それを吐き出す。

 あたしは、言わなきゃいけない。
 あたし自身の声で。

 目を閉じ、開いた先に見えるアヤカは、ふるふらと震えて―――
 いや、震えているのはあたしの体。
 がちがちと歯が鳴りそうなくらいに。
 吐き出した息が、もう戻らないかと思えるほどに。

 けれど、それが本当のあたし。

「石井ちゃん、は……、単に、…身を守るために、高橋を……守るため、に……あなたを」

 漏れ出すようなか細い声に、冷静さなんてまるでない。
 そのまま消え去ってしまうんじゃないかってくらいに、小さな声。
 けれどそれが、本当のあたしの声。

 そこに、さっきまでのあたしはいない。
 鎌をかけるような打算もない。

 今、そこにあるものは、偽りのものを脱ぎ捨てた、
 一人の人間としてのあたしと、そして、一人の人間としての、アヤカ。

 対等ではない。
 けれど。
 ようやく、向き合えた。

「あなたは、二人を殺そうとした。………違わないよね?」

 腹から出した声はよく通り、そして、アヤカは立ち上がる。
279 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:48
「矢口さん!」

 石井ちゃんの声は、アヤカが動くよりも早かった。
 左足から引き抜かれた銀の光を、あたしはすんでのところでかわす。

 すれ違いざまに見たアヤカの目は、燃えるように赤くて―――

 勢いのままアヤカは居間へ転がり込む。
 あたしもすぐさま体を滑り込ませ、右へ。
 さっきと同様に両腕で構えた拳銃をアヤカに向けた。

 遅れてきた石井ちゃんの左腕には投擲されたフォークが刺さっていて、
 でも防いでいなければ、多分それは喉に突き立っていたんだろう。
 石井ちゃんはそれを引き抜いて廊下に投げ捨てる。
 三つ、横並びに空いた穴から血が滲み出た。

 石井ちゃんは居間の中へは入ってこない。出口を塞いでこちらを見る。
 丁度、アヤカとあたしと石井ちゃんが三角の頂点にいる形。

 アヤカは片膝を床に着き、項垂れた頭から伸びるその髪が
 ばさりと顔を隠して、その表情は窺えない。

「…く、……はは、あはははは……」

 聞こえてくる笑い声。
 アヤカのものだ。
 ゆっくり、頭をもたげる。

「なにが…いけないんですか?わたしは、ただ目を覚まさせようと思っただけですよ…」

 アヤカは呟き、そしてあたしは、
 ああ、やっぱりか―――と、思ってしまった。
280 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:49
 あたしの推理―――ううん、推理ではない。
 今もそれが絶対だとはけして思えない、客観的に見ればあたしの妄想と言ったほうが近いもの。
 だから、"やっぱりか"と思ったのは、それが真実だったのかと、そう思ったわけではない。

 どうしようもない切なさを感じる。
 アヤカの充血したその両の目が、それをいっそう強くする。

 あたしは、馬鹿だ。

 勝手に広げた想像の中で、一番に考えたこと。
 けれど漠然としたまま、どうにも出来なかったこと。
 それでもあるひとつの予想だけは、立っていたこと。

 それが当たってしまったから、"やっぱりか"と、あたしはそう思ってしまった。

 出来ることなら外れてほしかった。
 だからこそあたしは、あたしじゃないものを望んだ。
 虫のいい話だってことは分かってる。
 それは、あたしが背負わなければいけないことなのだと、分かっている。

 けれど、それはすごく重いんだ。
 すごく、すごく、重すぎる。

「矢口さん……、やぐち、さんは………」

 ぶるぶると震えるアヤカの声。
 そうさせているのは、間違いない―――あたしへの、怒り。

 それが分かったから、やはり、"やっぱりか"なんだ。

 石井ちゃんは、アヤカを見てどう思っているだろう。
 可哀相だと、思っているだろうか―――
 ―――いや、
 そんなことを考えるあたしこそ、アヤカを可哀相と思っている。
 あたしは、そんな自分が嫌になった。

「矢口さんは……どうして、あんな奴らを許せるんですか………?
 みんな、あいつらのせいで死んだんじゃないんですか……!」

 アヤカをそんな風に見る資格なんて、あたしにはない。
 アヤカを、ここまで追い詰めたのは、あたしなんだ。
281 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:51
「ねえ、矢口さん………。あんな奴らが、どうして……同じ、人間だなんて…
 ……なんでそんな……、ヒドイことが言えるんです………?
 ………なんでですか!? みんな、死んじゃうかも知れないんですよ!?
 みんなが! わたしが! アナタが! 死んじゃうかも知れないんですよ!?」

 アヤカは上ずった声で叫び、髪を振り乱す。
 そこに、いつもの淑やかな様子はない。

 これほどに感情を露わにするアヤカを見た経験は、あたしにはなかった。
 そして、これほどに激しい感情を―――アヤカだけではない―――誰かに
 ぶつけられた経験も、あたしにはなかった。


 心が、揺れる。


 ぴしり。
 あたしの体は真っ直ぐに立っている。
 膝も笑わず、視界も揺れない。
 けれど心が受け付けない。

 アヤカが怖いとか、そういうことじゃあない。
 アヤカを追い込んだ原因が、間違いなくあたしにあって、
 そのアヤカが今、敵意を剥き出しにあたしを睨む。
 その状況自体が耐え難いのだ。

「だから………、石井ちゃんと、高橋を……?」

 込み上がる吐き気を必死に抑え、搾り出した声。
 それは僅かばかり震えていて、

「そうですよ……、アナタが、現実を見ようとしないから。
 現実を、見せようと思ったんですよ」

 アヤカは、小さく笑った。
282 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:52
 アヤカはあたしが許せないんだろう。
 あたしがまだ、目の前で誰かが死ぬ所を見ていないから。
 だから、あんな甘いことが言えるんだと、そう思ったんだろう。

「みんな…、みんな、死にたくないんですよ……。
 ………ねえ、矢口さん……、
 闘うことが、どうしていけないんですか……?
 死にたくないって思うことが、なんでダメなんですか…?
 生きるために殺すことが必要なときだって、あるんじゃないですか……?」
「アヤカ……」

 アヤカの言葉のひとつひとつが、その手に握られたナイフのように、
 ぐさり、ぐさり、あたしの胸に突き刺さる。

 分かってる。
 あたしのはただの理想で、大きな矛盾を抱えていて。
 生き残ろうと必死になるアヤカが、自然なんだろうって。

 分かってるよ。
 このままじゃいけないんだって。
 生きるためには何かを犠牲にすることも、ときには必要なんだって。

「アヤカ」


 それでも。
 それでも、さ。

 あたしは、そんなことしたくない。
 みんなにも、させたくない。
 もちろん、アヤカにも、だ。


「…アヤカは、そんな生き方を、本当に望んでるの?」

 揺らぎは、その問いと共に何処かへ失せる。
283 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:52
「……っ、望むとか、望まないとか……!
 そんなこと…、もう、関係ないんですよ!
 しょうがないじゃないですか!仕方ないんですよ!」
「仕方ないから?
 しょうがないから?
 そんな理由でアヤカは人を殺すの?
 みんなを?
 ハローのメンバーを?
 ねえ」
「く……っ」

 アヤカはぎり、と歯噛みする。
 その悔しそうな表情は、けして今の不利な形勢に対してのものじゃあない。

 あたしは、どうしたらいい。

 アヤカが。
 アヤカが求めているのは―――

「だって………、他に…、他にどうしろって言うんですか……!?
 大人しく…殺されるの待ってればいいんですか……!?
 わたしは……イヤです。
 こんな、ワケのわからないところで死にたくない……。
 わたしはまだ…、生きていたい……」

 アヤカの気持ちは、分かる。
 人はみんな、傷付くことが怖い。
 何よりもそれが、一番怖い。

 ―――でも、さ

 やっぱりあたしには、受け入れることはできない。
 アヤカは、自分が傷つかないために、誰かを傷つけようとしている。
 それをけして、受け入れられはしない。

 人を傷つける痛みを忘れてしまったものは、それはもう、人ではない。
284 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:53
「…それはダメだよ、アヤカ。ダメなんだよ」

 呟いたあたしを見つめるアヤカは、とても苦しそうで。
 目の周りが赤く腫れて、あたしはそれを見つめながら歩き出す。

「矢口さん」

 横から聞こえた声は、石井ちゃんのもの。
 あたしが何をするつもりなのか、石井ちゃんはきっと分かって、
 だからあたしを止めようと前に出たんだろう。

「…いいから」

 あたしがそう言うと、石井ちゃんは足を止めた。

 いや、本当に石井ちゃんが前に出たのか、そして止まったのか、
 本当の所は見ていないから分からない。
 あたしの視線は、アヤカだけに向けられているから。

 けど、石井ちゃんは多分、そうしたはず。
 なんとなくだけど、そう思う。

「多分……、答えは見つからないんだろうね…」

 その呟きは、石井ちゃんに向けてでも、アヤカに向けてでもない。
 あたしは拳銃を降ろしていた。
 もう、それをかざすことに、意味なんてない。

 あたしに、今のアヤカを受け入れることは、出来ない。
 だからって、みんなを救う力なんてものが、あるわけでもない。

 答えは、出ない。
 だから、もう、こうするより他に方法はない。
285 名前:97 はじまりの声、そして 投稿日:2004/10/28(木) 02:53
「アヤカ……さよならだ」

 ごとり、と嫌な音がする。
 アヤカの両手は、あたしの足元から数十センチ先の床にあって、
 アヤカの頭が、微かに揺れる。

 アヤカは、とてもびっくりした顔で、
 それが多分、あたしが見る、最後のアヤカの顔になるんだろう。
 ―――これがきっと、"今生の別れ"っていうやつに、なるんだろうな―――と、
 どうしてかやけに沈着な頭で考える。

 そう、あたしの思考は何故かとても落ち着いていて、明瞭だった。
 だから、気付く。

 あたしはきっと今までも。
 アヤカだけじゃない、色んな人を。
 気付かないうちに、傷つけてきたんだろう。
 気付かないうちに、裏切ってきたんだろう。

 ようやく、それに気付く。
 でも、遅すぎた。

「なんで…、ですか……?」

 あたしは答えない。
 その理由を上手く伝えられるほど、あたしの口は達者じゃない。

 簡単に言えば罪滅ぼしだろうか。
 けれど、そんな一言で表せるほど単純なものではない。
 それに、果たしてこんなことが罪滅ぼしになるのか。
 そんな疑問も沸き起こる。

 それでも、今のあたしに出来るのは、これくらいだから。



「……アヤカ」

 あたしの持っていた拳銃は、今はアヤカの目の前。
 床に、転がっている。

「それを持って、逃げて」

 石井ちゃんは、何も言わなかった。
286 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/28(木) 02:55

 
287 名前:abook 投稿日:2004/10/28(木) 02:56
更新でした。

さて。
不肖、"桃太郎何度もやるくらいならアンジャッシュドラマをやってくれ"作者にございます。

………えーと。なんと言いますか。……その、ね。
…ホラ、あれ、あれですよ。あれみたいな感じですよ。
なんとかって。あのホラ、今流行ってるヤツ。
……うん、うんうん。
そう、それ。ぶっちゃけ今の僕はそれです。ええ。
こうまで更新が遅れてしまいますとね。
もう、なんて言うか半ば悟りに近い所に辿り着きましてね。即ち、




              ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
             /": : : : : : : : \
           /-─-,,,_: : : : : : : : :\
          /     '''-,,,: : : : : : : :i
          /、      /: : : : : : : : i     ________
         r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i    /
         L_, ,   、 \: : : : : : : : :i   / 更新したら
         /●) (●>   |: :__,=-、: / <   負けかなと思っている  
        l イ  '-     |:/ tbノノ    \    
        l ,`-=-'\     `l ι';/      \  ニート(24・男性)
        ヽトェ-ェェ-:)     -r'          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ヾ=-'     / /  
     ____ヽ::::...   / ::::|
  / ̄ ::::::::::::::l `──''''   :::|

……いやぁ?違うなぁ。
そもそも僕学生ですし。なんか無理ありますもん。
坊主とか絶対嫌ですもん。
………あれ?そもそも僕学生でしたっけ?
ニートが僕?僕がニート?
どうもこんばんは、ニートです。
288 名前:abook 投稿日:2004/10/28(木) 02:57
とまあ色んなとこから豪快にパクった所で真面目に返レス。

>>252
レスありがとうございます。更新が遅れて大変申し訳ありません。
>age、s…
迷惑だなんてとんでもない。むしろ余計なお世話だったかも、と思っていたので
ほっと胸を撫で下ろしております。お役に立てたようで嬉しいです。
>>256
何とか生存はしておりますです。はい。

>>253
レスありがとうございます。ってかホントに申し訳ない。
>イッポン…
ええ、キツかったす。もうちょい帰省を先延ばしにしてれば…とか、
せめてもう少し早く戻ってきてれば…とか陰々滅々、鬱になりました。

>>254


>>255
No.                                            rz
289 名前:abook 投稿日:2004/10/28(木) 02:59
というわけで返レスでした。
で、更新内容について。いつもの【】がないのですが、97節はこれで終わりです。
登場人物が同じ場合、【】を何度も入れるのはなんだかウザったい気がしたので
省きました。次回更新予定は未定です。…まあ、いつものことですが。

今回更新が遅れまくったことについてはニートに免じて赦してやってください。
今後もダラダラ遅れることもあるかと思いますが、どうか長い目で。

なお、最後になりましたことが真に恐縮なのですが、先日の地震被害に遭われた方、
並び被災地にご家族のおられる方に、僕には何も出来ませんが、せめて
心からのお悔やみ、お見舞いを申し上げます。
余震が収まらず未だ油断出来ない状況、心中お察しします。
願わくは、一日も早く皆様が枕を高くして眠れることを。

では、また。
290 名前:名も無き読者 投稿日:2004/11/02(火) 10:18
更新お疲れ様です。
なんか、いつものことながら、読後に猛烈に何かを書きたくなる文章。。。
刺激的ですわぁ・・・。
マターリ待ちますから頑張って下さいね、ニートさん。(違
拭えない闇、それを拭えるのは。。。
続きも楽しみにしてます。
291 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:20


 ねえ、矢口さん。

 アナタはとても、優しくて。
 アナタはとても、強くて。

 ねえ、矢口さん。

 それは、なんだったんでしょうか。
 それはわたしじゃ手の届かないものだったのかな。

 わたしは、どうしたらよかったんでしょうね?
 わたしができることに、なにがあったんだろう。

 分からないから、きっと、わたしはダメだった。

 だからきっと、わたしは。わたしたちは。

 
292 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:20

 * * *
 
293 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:21
 リュックから弾薬の箱を取り出して床に置き、滑らせる。
 フローリングの床にするすると音を立てて止まったそれをアヤカは見ようともしない。

 あたしは石井ちゃんの方へ近づいていく。
 そして、アヤカに背を向けた。
 項垂れる彼女の床についた手の、ほんの少し先にある小さな拳銃が、
 あたしの目にはとても大きく、禍々しく映り、見ていたくなかった。

「ワケ…、わかんないですよ……なんで…?どうしてですか……?」

 再び、その問いは発せられる。
 あたしには、その問いに答えることが出来ない。
 あたしは、応えることが出来ない。

 一時前の動揺がやけに収まってしまったのは、きっと行動を決めたからなんだろう。
 あたしの取るべき、いいや、あたしの取り得る道は、もう他にないのだと、
 分かってしまったからなんだろう。

 この場にいる誰も、あたしでさえも、そんな結末を望んではいないのに。

 せめてもの罪滅ぼし、なんて聞こえのいい言葉でごまかしても、
 結局はそれは諦めと等価の悲観的な結論。

 とてもとても、悲しい、辛い、そして、酷いことなんだ。

 分かっている。分かっているけれど。
 それでもあたしには、彼女を助けるために他に何が出来るのか分からない。
 あたしには、もうこうする他に何もないんだ。

「分からない。…でも、こうする他にないと思ったからさ、
 もう、アヤカと一緒にいることは、できないからさ」

 あたしにはもう、これしか残されていないんだから。
294 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:21
「餞別…ってことですか……?」

 アヤカは聞く。

「…そう、受け取って貰っても構わない」

 あたしは答える。
 背中に感じる気配が、ふるふると震える。
 その意味を、アヤカの持つ感情を、あたしは知っている。

「ふざけ……ないでくださいよ……」

 絞り出すような声と、ぎりぎりと歯噛みする音。
 床を何かが擦る音。

「……ふざけるなぁっ!!」

 立ち上がる音、気配。
 かちり、と撃鉄を起こす音。

 彼女はようやく、それを手にしてくれた。

 ああ、と息をつく。
 それは、もしかしたら喜びにさえ似ている。

 一抹の望みが、もしかしたら叶うかも知れない。
 喜びに近いその感情を言葉に表すとしたら、安堵だ。
 見るからに怒りを表に出す彼女を前に、あたしは安堵していた。

 人としてそれは正しいのかとか、思わないでもないけれど、
 あたしは間違いなく、安堵していた。
295 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:22
「矢口さんは…、ふざけてなんか、いませんよ」

 目の前にいる石井ちゃんは、怒っているようにも見える。
 何に対しての、だろう。
 きっと、あたしに対しての、なんだろうな。

「矢口さんは、誰より貴女のことを思って」
「あんたには聞いてない!」

 果物ナイフがあたしの横を通り過ぎ、身をよじった石井ちゃんの傍、入り口脇の壁に突き立つ。
 びぃん、とばねを叩いたときのように、壁に突き立ったそれは震え、あたしの頬が熱を帯びる。

「ねえ、矢口さん。
 ふざけてなかったら何だと言うんですか?
 こんなものが、今更何になるって言うんですか!?
 今更!なんの役に立つって言うんですか!?」

 アヤカの声が波打つ鼓動を早くする。
 流れ出る血はそのままにして、あたしは答える。

「…役に立たないってことはないよ。
 それはアヤカを守ってくれるものだ。
 それにアヤカが闘おうって言うんなら、きっとその助けになるは―――」
「―――違う!!」

 言葉を遮られ、けれどあたしは驚かない。
 あたし自身、それが違うということは分かっていたから。

「違う……そんなことじゃない。…違うんです、違うんですよ矢口さん……
 どうしてですか?あなたは……、どうして………」

 さあ、ね。本当に、どうしてなんだろうね。
296 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:23
 どうして、こんなことになっちゃったのかな。
 あなたのその寂しさを、もっと分かってあげていれば、こんなことにはならなかったかな。
 そうだったら、本当に。

 悔しいけど、でも、良かっただろうにな。
 悔しいけど、でも、もっともっと、笑っていられたのにな。

 でも、分かるよね。
 それはもう遅いんだ。

 だから、あたしはこうするしかないんだよ。


「どうしてなんですか……?そんなに強いのに…、優しいのに……、
 なんで、わたしを助けてくれないんですか…?
 なんで、みんなを助けてくれないんですか!!」

 アヤカ。

「あなたが強くあろうとすれば、みんな、強くなれるのに!
 あなたが、一言でいいから、闘おう、って言えば……
 みんな……みんな……
 アナタが………やる気にさえなってくれれば……、
 人数が…揃ってる今なら……、
 ………まだ…、チャンスがあるかもしれないのに……。
 このままじゃわたしたち……、ただ、死んでいくだけじゃないですか……」

 違うよ、アヤカ。

 あたしはそんなんじゃないんだ。
 あたしはアヤカが思ってるほど強くなんてない。優しくもない。
 あたしは弱いんだよ。優しくなんてないんだよ。

 弱いから、闘うこともできない。
 優しくないから、許すこともできない。

 だから違うんだよ、アヤカ。違うんだよ。
297 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:23
「…あたしは、何も答えられないよ、アヤカ。
 出来ることなら答えてあげたいけど…、
 でも、それはできない」

 あたしはただ、気付いて欲しかったんだ。

 それがどれだけ無意味なのかって。
 誰かを傷つけることが、どれだけ愚かなことなのかって。

 けれどどんな言葉も、どんな想いも、届くことはないと分かってしまったから。
 だからあたしには、もう、これしか残されていない。
 彼女に与えられるものは、これ以外にもうないんだ。

「アヤカ」

 あたしは彼女の名前を呼ぶ。
 背中に感じる気配が、ぴくりと動く。

 怖くなんてないさ。怖くなんてないよ。
 きっと無駄になんてならないって、信じてるから。

 考えて考えて、これ以外にないって、思っちゃったからさ。
 言葉も想いも伝えられない今、あたしに残ってるのは、これしかないからさ。


 あたしの、命しかないからさ。

 
298 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:24
 目の前にいる石井ちゃんに、逃げて、と合図を送る。
 それが届いたのかどうかは、その顔を見れば、分かった。

 大丈夫。
 高橋は、きっと石井ちゃんが守ってくれる。
 犠牲になるのは一人、あたしだけでいい。

「アヤカ」

 もう一度、彼女の名前を呼びながらあたしは、
 結局あの麺つゆが最後の晩餐になっちゃったな、と下らないことを考える。
 彼女と一緒にお酒を飲むことも、もう出来ないのかと思うとちょっと残念だけれど、でも、それでいい。

 短い時間だったけど、お酒なんかに頼るよりもっと、腹を割って本音でぶつかり合えた気がするから。
 アルコールで得られる楽しさなんてよりもっと大切なことを、この短い時間で得ることが出来た気がするから。

「答えが、知りたいのならあたしを、」

 だからアヤカ。
 あなたも、それに気付いて。
 あたしはあたしの命をもって、その行為の意味を、愚かさを、あなたに教える。
 あたしは、あなたの為の犠牲になる。

「私を、撃ちなさい」

 もう、それしかないんだよ。
299 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:24

 * * *
 
300 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:24


 ねえ、矢口さん。

 わたしは、あなたに知って欲しかったんです。
 思い出して、欲しかったんです。
 闘わないものの明日が…、ううん、闘わないものに明日なんてないってことを。


「なんなんですかあなたは……、一体、なんだって言うんですか………」


 ねえ、矢口さん。

 わたしにはもう何もかもが分からないけれど、
 それでも、もう、こうするしかないんですね。

 それが、あなたの望む結末なんですね。


「勝手ですよ……矢口さんは…、勝手すぎますよ………」


 ねえ、矢口さん。

 どうして、わたしを見てくれないんですか?
 こっちを向いてくださいよ。
 お願い、ですから。


 矢口さん。

 矢口さん。

 矢口さん。

 
301 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:25


 …そう、か。
 そう、なんですね、矢口さん。

 わたしはきっと、あなたを悲しませる。苦しませる。
 せめて、その顔を見ることがないのが、

 わたしに残された、たったひとつの救いなんですね。


「あなたは……、」


 信じて、矢口さん。
 あなたの命は、けして無駄なものなんかじゃない。

 あなただけじゃない。
 この世界にある全ての命に、けして無駄なものなんてない。

 だから、だから。



「あなたは迷わず」


 ごめんなさい、矢口さん。
 こんなにも想ってもらえて、幸せでした。
 こんなにも愛してもらえて、幸せでした。



「わたしを、殺してくれればよかったんだ」



 さようなら、矢口さん。

 さようなら。

 
302 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:25

―――――
 
303 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:26
 高橋の耳に、その大きな音が届いたのは、彼女が再び目を閉じたそのすぐ後だった。

 唐突に静寂を破ったその音にひやりと恐怖を感じた体はびくんと大きく跳ね、
 ようやく落ち着いた心臓も再びどくどくと動き始める。
 先程と同様傷口に痛みを感じた高橋はぐぅと呻く。

 しかしその鼓動の加速は先程のように意識の深奥に端を発するものではない。
 せいぜい表面にさざ波を立てられたようなもので、意識して数回、呼吸を繰り返すとすぐに治まった。

(――――っ?………銃?の、おと?)

 恐らくは数枚の壁を隔てているだろうその音は、それでも尚大きく、
 いつか聞いた銃声とまったく同一のもののように思える。

(…いつかって、いつ聞いた?わたしは。どこで?)

 ぼんやりと霞む記憶を手繰りその音を思い出す。
 思い当たるのはやはり、自分が意識を失くしたとき、つまり、この傷を得たとき。

(やっぱり…、あれは銃の音だったんか)

 そして、この傷は銃創。

 分かってしまった途端、自分が昨日とは別世界にいるのだということを改めて思い知り、
 高橋はどっと疲れを感じて目を閉じた。
 しかし、次の瞬間にはその思考は別のベクトルを向く。

 今この場で問題であるのは自分がかつて聞いたそれのことではなく、
 たった今聞こえた銃声が、何を知らせるか。

 ―――ヤバい。高橋が一瞬に描いた筋書きを一言でまとめればそれだった。
304 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:26
 急ぎ動かなくてはいけない、高橋は思う。
 右足の痛みを我慢して、なんとかベッドから両足を降ろす。
 両腕で体を持ち上げ立ちあがろうとするが、どうしてもふんばることができない。
 足の痛みは勿論のこと、即頭部に受けた傷も立ちくらみに似た偏頭痛を起こし、
 高橋はふらりと体を揺らすと今尻を離したばかりのベッドに再び座り込んでしまった。

「はぁ……、はぁ………っ、ぅ、……ふぅ」

 ほんの少し動いただけなのに荒い息が漏れる。
 脳髄にずしんと響くような痛み。体は敏感に反応し、全身から汗がじわりと滲む。
 這うようにしてベッドの頭のほうの壁に辿り着き、
 持たれかかりながらも何とか立ち上がったときには滝のような汗がその額を濡らしていた。

 ゆっくり、深呼吸をする。
 回転錠の窓の張り出した部分に乗っている小物をどけ、そこにしがみ付く。
 そろそろ夜が明けるのだろう。青みがかった空の向こうにぼんやり、朱色の光が見えている。

 腕に力を込め、窓へと体を寄せる。
 見える景色は下に広がり、少なくとも地面に接するような位置にこの部屋はない。
 それはつまり窓から外へ出ることは出来ないということだ。
 高橋はますます強迫観念に囚われる。

 急がなければいけない。
 自分は今階上にいるのだから、階段を使って逃げなくてはいけない。
 そしてあの音を発した誰かもまた、階段を上ってくる。
 早く、逃げなければ、鉢合わせする。

 高橋はその、早く逃げなくてはいけない、という思いのまま一心に足を出す。
 壁に寄りかかりながら、近くに自分の荷物があったがそれも取らず、
 部屋をぐるり、周回するようにドアへ向かう。

 食料はあとでどうにでもなる、役に立たない武器など持っていても意味がない、
 この足では重い荷物は持てそうにない。
 そういった打算や冷静さがあったわけではない。
 ただ、早く逃げる。高橋の頭にあったのはそれだけだった。
305 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:27
 廊下に出ると"やはり"なのか、血の匂いがした。
 それは自らの傷口から発せられるそれよりも、濃い。

 途端、恐怖する心が大きくなり、足を前に進ませることが出来なくなりそうになる。
 もし、階下から誰かが上ってくる足音が聞こえてきたらどうしようかと考える。

 しかし、それが聞こえてからではどうしようもない。
 早く階下に下りなくてはいけないのだ。
 早く、速く、疾く。


 高橋はあのまま隠れて入ればよかったとは思わなかった。
 あの音を発した誰かはきっと自分を狙っているのだと、そう思えてならなかった。

 それは、あの時聞いた音、そして、見た姿。

 ついさっき聞いたあの音と、そして、あの時聞いたあの音。
 今思い返すとやはり、全くの同一のものに思えてならない。

 もし、そうであるならば。
 もし、自分の想像が正しいのであれば。

 高橋は食いしばった歯の隙間から息を吐き出す。

 逃げなくてはいけない。
 可能な限り静かに、敏捷に。

 そして、もし、可能であるならば。
 確かめなくてはいけない。

 自分の想像が真実であるのか、確かめなくてはいけない。


 高橋は再び歩き出す。
 Lの形をした階段の手すりまで何とか辿り着くと、それに掴まり一つ大きく息を吐いた。
306 名前:98 錯綜 投稿日:2004/12/29(水) 09:29
 ―――そのときだ。
 再び、あの音が聞こえる。

 乾いた、くぐもったような破裂音。
 先程よりも大きく、高く突き抜けたそれは高橋の体をびくん、と縮ませる。
 しかしそれは本能的な動作であり、突然の轟音にどきどきとなる胸もまた同じ。
 高橋の意識は最早、それを抑えるというところにはない。

 やっぱりだ。高橋は思う。
 こうして音源に近づき聞いてみて、やっぱりだ、と思う。
 その音は紛れもなく自分があの時聞いた音と同じもの。

 急がなくてはいけない。
 もう余裕などありはしない。

 早鐘を打つ心臓も、痛む足も、頭も、全て感覚の外に弾き出し、
 音を立てないようにすることさえ忘れ、高橋は階段を下りる足を早める。

 確かめなければいけない。
 本当に、自分の想像が正しいのか。
 本当に、それが真実なのか。

 本当に自分は、彼女に撃たれたのか。


 階段を降り切り、見えたところにいたのは一人。
 何かを話している。けれど、何も聞こえない。
 全身を廻る血の立てる音が、その耳に何も聞かせてはくれない。

 一歩、前に出て視界に映ったのは、大声で怒鳴るような体の動き、
 ぽつぽつと呟くような口の動き、そして―――

 そして、血の気が一気に引く。

 高橋の聴覚は、まるで雨が上がるようにさぁ、と晴れ、その、ぽつりと漏れた音を拾った。


「あたしが、アヤカを殺したんだ……」


 彼女の―――矢口真里の、声。

 項垂れる彼女の手には小さな拳銃。
 そしてその傍らに、頭を撃ちぬかれて死んでいる、キムラアヤカの姿があった。
307 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/29(水) 09:30
 
308 名前:abook 投稿日:2004/12/29(水) 09:37
>>290
レスありがとうございます。
>マター…
待たせすぎてごめんなさい。
309 名前:abook 投稿日:2004/12/29(水) 09:41
というわけで二ヶ月ぶりの更新でした。待たせてしまった方には本当に申し訳ない。
年明け九日あたりに続きを更新する予定ですので期待しないで待ってやって下さい。

本文もコメントも短いですが今回はこの辺で。
よいお年を。
310 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/29(水) 14:33
更新お疲れ様です。
いやもういくらでも(ry
感想は・・・えぇもう何も言うまい。
続きも楽しみにしていますとだけ。
311 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:13

―――――
 
312 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:14
 石井は黙してその姿を眺める。
 へたり込む矢口と、その傍にある物言わぬ亡骸。
 何も言葉を発せられないまま、それらを眺める。

 言葉を発せられないのは、かけるべきそれが見つからないからではない。
 ただ、見えていた筈のその光景に、予想し得た光景に、
 悲しいと、居た堪れないと、そう思う自分が不思議でならなかったからだ。

 終わりへと向かう想いと、命。
 石井は、その両方ともを止めなかった。
 止められなかったのではない。止めなかった。

 だからこそ石井は、悲しいと、居た堪れないと、そう思う自分が不思議でならなかった。


「……石井ちゃん」

 その、小さく放たれた呼び声に反応し、石井は焦点を矢口に合わせる。
 この部屋の暗がりの中、ぼんやりと浮かぶ幽鬼のように、
 そのくたびれた横顔は、青く、白く、暗く。
 その双眸は、何も見てはいない。
 彼女の、これほどに憔悴しきった姿を見るのは、石井にとって初めてのことだ。

「なんで……、あたしは生きてるのかな…?」

 彼女はこちらに目を向けず、言葉はうわ言のように発せられる。
 石井は、答えないまま前へ出る。

 答えることは可能だった。
 けれどそれが適切であるとは思わなかった。
 むしろ、彼女のその言葉は問いかけではないのだと、そう思う。

 問いかけなどではない。
 それは、問いかけなどではない。

 石井は、矢口へと近づいていく。
313 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:15
「あたしはさ…、それでアヤカが助かるなら、
 あたしの命なんて捨てたっていいって、…さ、ほんとに、そう思ったんだよ」

 距離が近まるにつれ、矢口がぽつりぽつり零す言葉がより鮮明に聞こえ、
 その痛みが、苦しみが、悲しみが、その、声にならない叫びが、石井の胸に重く響く。

「…あたしは…、あたしなんか、生きてたって…、
 闘いたくないあたしが、生きてたって…、みんなを守ることなんて出来ないから……、
 だから、…さ。……ほんとに、ほんとに……、そう、思っちゃったんだよ……」

 矢口の言葉に、偽りはない。
 それは彼女が心からそう思ってしまっていることであり、それが、石井には遣る瀬無い。

「あたしは…、単に逃げたかっただけなんだよ。
 結局アヤカに………、全てを、押し付けてただけなんだ。
 誰も傷つけたくないなんてキレイごと言って、…なのに、
 あたしは……、誰よりもアヤカを傷つけてた……」


 "違う"と、石井は言いたかった。
 "それは違います"と、声を大にして言いたかった。

 矢口は、気付いていない。
 自ら死を選んだ彼女が、どんな思いでそれを選んだのかを。

 矢口は、知らない。
 彼女が、けして矢口を利用しようとしていただけではないことを。
 彼女もまた、矢口と同じだったことを。
 それを、石井は伝えたかった。

 けれど、何も言えない。
 伝える術が、そこにない。

 
314 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:17
「あのとき…、おいらがさ、"高橋は生きてるんだよね"って、聞いたとき……
 どうして、アヤカはさ。嘘でも…、高橋が死んだ、ってさ、言わなかったんだろうね。
 まだ、さ。シラ、切り通せたじゃない。…もしかしたらさ、それで……、
 あたし…の、気持ちも、さ、揺らいだかもしんない…。
 あたしを石井ちゃんにけしかけてさ、逃げれば、さ。まだ」

 矢口の悲痛な呻きはなお、吐き出され、

「……それ、本気ですか?本心から、そう言ってますか?」

 ようやく口に出来た言葉は、そんな、彼女を苛むような言葉だった。


 ―――どうして

 石井は思う。

 それが自制であるのか、それとも無情であるのか、
 それとももっと冷たく酷な何かなのか、石井には分からない。

 自分自身のことながら、石井には理解できなかった。
 自分自身のことだからこそ、理解できなかった。

 分からない。
 どうして、そんなことを考えてしまうのか。
 それは、とうに捨てたものだったはずなのに。


「なんで……、なんでこうなっちゃうかな……?
 もう、わけわかんないよ…。あたしは…ただ…」

 その先に続く言葉は、嗚咽に紛れ、消える。
 辺りに漂う血の匂いがますます濃くなったように感じられて、石井は唇を噛んだ。
315 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:17
 彼女が得たものは、一体なんだったのだろう。
 彼女が、彼女の命と引き換えに、得たものは。

 自らの、これから先の生だろうか。
 今、はっきりと目に映る、悲しみだろうか。

 少なくとも、彼女の望んだものは、そこにはない。

 彼女の、アヤカの望んだものは、そこにはない。


「矢口さん……?」


 矢口の手が、そっと伸びる。


「矢口さん!!」


 石井の体が、彼女に重なる。
316 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:20
 大きな、音。

 灯火を吹き消す鉛色の玉は、あさっての方向へと放たれる。
 矢口の右腕は石井の左手に押さえられ、その掌には、アヤカのそれを吹き散らした、小さな拳銃。
 自らのこめかみに合わせたその銃口は、しかし石井の手により上方へ逸らされていた。

「嫌だ…、もうヤだよ……」

 石井は矢口の身を起こし、その体を揺する。

「しっかりしてください!今、貴女がしっかりしないでどうするんですか!
 貴女が、そんな風に思ってしまったら……」

 言葉が、堰を切ったように出る。けれど続かない。

 その行為の意味を。
 それが、どれだけの冒涜であるかを。
 分かっていても、石井の言葉は続かない。

 ―――駄目、それは言ってはいけない言葉だ

 と、そう言いたいのに、言葉となって現れない。
 今の石井に、彼女を制止するだけの余力はなかった。


「だって…、あたしのせいなんだよ……?あたしの……、あたしが…」
「矢口さん!」


 乾いた瞳をぼんやりと床に向ける彼女の口から、その言葉は漏れる。

 漏れて、しまう。



「あたしが、アヤカを殺したんだ……」



 居間の入り口に、高橋がいた。
317 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:20

―――――
 
318 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:21
 胸の鼓動は、あれだけ早まっていたのが嘘のように、その響きを感じさせない。
 それどころか、心臓が動きを止めてしまったかのようにさえ思う。

 驚愕は、ない。

 自らの想像が真実であったのだと、それが分かって、
 けれどそうあって欲しくないと望んでいたことなのに、驚愕はない。
 むしろ、ああ、そうなのか、と。そうだったのか、と。
 呆れに似た感情が、そこにあった。

 血を失ったことによるぼんやりとした思考が、この現実を、現実として見ていないのかもしれない。
 そんなことを思い、しかし、そうであれば、その思考さえも、現実では、ない。

 ゆっくり、居間を見渡す。

 矢口真里と、そして石井リカ。
 二人は床に座り、石井は矢口の肩を抱き、そして石井だけが、こちらを見ている。

 呆然とした表情、ではなかった。
 何か悲しみを、ぐっと堪える、そんな表情。


「……高橋さん」


 石井は呟きとともに立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
 一歩下がり、右手を伸ばして、"ソレ"を掴む。

「高橋さ―――」
「よらんでください」

 石井の言葉を遮り、低い声で唸る。
 引き抜いた"ソレ"を逆手のまま左手を沿わせ、胸の前に構える。

 石井の足が、止まる。

 カーテンを透過してくる青白い光が、ソレ―――果物ナイフの刃を、青銀に輝かせる。
319 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:22
「矢口さん、今の、本当なんですか?」

 ゆっくり、発音する。
 矢口は答えない。
 呆けたように床をじっと見つめている。

「矢口さん、答えてください」

 矢口は答えない。

 もう、それは、聞く必要もないことだったかもしれない。
 今、観ている状況は、ありありと、それが事実であると伝え、

 けれど、どうしても、もう一度確認したい。

 ぼんやりとした記憶の中で、はっきりと思い出した彼女の姿。
 拳銃を片手に、こちらへ近づいてくる姿。

 それに、確証を持ちたい。
320 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:23


「本当、なんですね?」


 再度、問いかける。
 矢口の首が、小さく縦に振られる。

 驚愕は、しなかった。

 
321 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:23
「高橋さん!」

 聞こえてくる、石井の声。
 意識して、それを遮断する。

 これ以上、何かを聞くつもりはなかった。
 想像が事実であると、それが真実なのだと、理解してしまったから。


 ああ、そうなのか、と。
 そうだったのか、と。


 拳銃を片手に、近寄ってくる彼女の姿。
 頭と、そして足にある傷痕。


 それが事実であり、


「違うの!待って、そうじゃない!」


 そして、真実は、


「……あんたか」


 もう、これ以外にないと。



「この傷つくったんも、あんたか!!」



 もう、他に考えようがないじゃないか、と。

 
322 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:24

―――――
 
323 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:25
 高橋の目に、"それ"は映らない。
 そこにあるのは希望でも、安らぎでもないのだと、理解してしまった高橋に"それ"は見えない。


「あんたが!あたしを踊れんくしたんか!なあ!」


 彼女はただ罵声と共に憎しみを吐き出す。
 心臓が再びどくどくと脈打ち、傷口がずきずきと痛み出す。
 全身を巡る痛みが、次々に呪詛を生み出す。

「よくも……、よくも!」

 湯水のようにぶくぶくと、汚泥のようにどろどろとした感情が溢れ、
 けれどあまりの昂ぶりに、その感情は言葉と、そして声とならない。


 ―――よくも、私を踊れなくしたな
 ―――よくも、私を裏切ったな
 ―――人のよさそうな顔をして、安心させて
 ―――私を、殺すつもりだったんじゃないか


 声にならない叫びは、鼓動を速め。
 その鼓動は再び、耳から音を奪い。

 両の眼が、石井の声を捉える。

 けれど、聞こえない。
 聞く気にさえ、ならない。


 ―――もう、誰も信じられない

 
324 名前:98 錯綜 投稿日:2005/01/10(月) 04:26
 矢口が、顔を向ける。
 じっと、それを睨みつける。


 ―――裏切り者
 ―――信じて、いたのに
 ―――お前が、お前が
 ―――それもこれもみんな


 ―――お前が


 食いしばった歯の隙間から漏れ出る息と、声にならない言葉。
 これ以上高橋は、その顔を見ていたくなかった。

「…ぃ…ぉ…し……」

 搾り出すように吐き出した言葉は、矢口の肩をぴくりと揺らし、
 振り回したナイフは石井の足を止め、

 高橋はもう一度、ありったけの憎悪を込めて言葉を吐く。



「人殺し………っ!!」



 高橋に、"それ"は見えなかった。

 矢口の頬を伝う涙は、見えなかった。


 身を翻し、足の痛みなど省みず駆け出した高橋に。
 耳を塞ぎ、朝もやの中に飛び出した高橋に。

 彼女の声は、届かなかった。


【 2番 アヤカ・キムラ 死亡】
【 4番 石井リカ 所持品 救急セット】
【22番 高橋愛 所持品 】
【38番 矢口真里 所持品 ひのきのぼう New nanbu M60】
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/10(月) 04:27

 
326 名前:abook 投稿日:2005/01/10(月) 04:28
まず先に色んな意味で僭越ながら返レスを。

>>310
レスありがとうございます。ご期待に添えたかどうか……
327 名前:abook 投稿日:2005/01/10(月) 04:28
不肖、"7期オーデの件について思いのたけを思いつくまま書き殴ったら
    デムパゆんゆんでとても他所様に見せられたもんじゃねえなコリャ"作者にございます。
なんやかんやで↑に三時間近く費やしたのですがあまりにこっぱずかしくしかも面白くないと来てる為泣く泣く
消去しました。そんなことに無駄な時間費やしてる暇ありゃはよ本文を書けって話ですが。

まあ、なんだかんだで7期の話なんですが、取りあえず落ち着いて考えてみればやはりハードルが高すぎま
した。だってエースですもん。嶋さんと虎姐さんの協力がなけりゃ制御できませんもん。
たとえ奴が笑顔がステキにヤラシイおっさんで、かつケルベロスと融合した翌週にあっさりやられても、誰も
彼を責めることは出来ません。だってやられ役バリバリですもん。やっこさんで何週も引っ張ったらジョーカ
ー設定が宙ぶらりんになってそれこそ龍騎の夢オチラスト再来です。

勿論、俺の期待を返せ、あわよくば虎姐さんと睦月が恋仲になれとした俺の期待を返せ、と昭和を生きた者
として当然の意見を述べたいところではありますがそこはぐっと堪えます。
そもライダーとはヒトでありながらヒトでなくなってしまった悲しみと共に独り、己の正義を貫くものであり、その
背に漂う哀愁がお子達を魅了するのですから。
だから泣きません。何故か現実に左目がヒリヒリしてますけど泣きません。いやマジホント痛い。     あ。

と言うわけでどうか白井ちゃんのユニットを組んであげてください。お願いします。
いえいえこちらこそとんでもない。山手線です。




………どうもまだテンションが変だ、、、

またデムパゆんゆんなモノを書き殴ってしまう前に酒呑んでどっぷり寝ます。20を越えて二徹は正直キツイです。
お休みなさい。そして明けましておめでとうございます。尚且つごめんなさい。

では、また。
328 名前:名も無き読者 投稿日:2005/01/27(木) 12:39
更新お疲れ様です。
・・・読んだのにレスし忘れてた罠。orz
まさに錯綜。。。
心理描写には相変わらず感嘆の声しか出せません。
続きもどうなるのか、ハラハラマターリ待ってます。
329 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/04(月) 14:41
すっごく好きなんで、続き待ってますよ〜
330 名前:abook 投稿日:2005/04/18(月) 01:06
作者です。長らく放置してすみません。
それでいきなりなのですが、このスレは放棄とさせて頂きます。
遅々として進まないこのスレを今までご愛顧有難う御座いました。
色々と言い訳も出来たらとも思うのですが、やめておきます。

今までお世話になりました。
さんざ引っ張った挙句のこの結果で、本当に申し訳ありません。
331 名前:桃ノ木 投稿日:2005/04/18(月) 23:49
えええっ!!!
まぢで!?
うわ、ちょっとショック・・・
332 名前:桃ノ木 投稿日:2005/04/18(月) 23:50
いかん・・・あせってあげてもた・・・
333 名前:おくとぱす雅恵 投稿日:2005/04/19(火) 17:46
そんな…!現実世界と合わせてダブル・ヤグ・ショックです…。
続行嘆願署名を行いたい…それくらい大好きだったのに…
しかし仕方ないのですね…。きちんと放棄宣言をしてくれただけ
でも嬉しいです。作者さん、最高に楽しい小説を今までありがとう!
コミやマサオに明日香に市井ちゃんにはたけに…みんな最高でした!
334 名前:ヤグヤグ 投稿日:2005/04/19(火) 23:01
う〜ん、楽しみにしてたので、正直ショックです。
バトロワものは完話率低いですね。
元ネタもあるし、同じような小説多いし、オリジナリティ出すの難しいのかな。
前スレから1年半、楽しませていただきました。
お疲れ様でした。(密かに復活期待してますよ)
335 名前:名無し募集中 投稿日:2005/04/21(木) 00:21
・・・みんな放置宣言にやさしいな。
作者さん、次書くときは完結してから発表してくれ。頼むから。
楽しみにしてた分、放置マジ辛いから。
336 名前:無飼育さん 投稿日:2005/06/05(日) 22:41
復帰待ち
337 名前:名無飼育 投稿日:2005/06/06(月) 12:48
待ち続けたいと思います
338 名前:ななし飼育さん 投稿日:2005/08/09(火) 09:25

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