Blue Moon Stone
- 1 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 12:59
- 悪天と申します。
よっすぃー主役のファンタジー物を書きたいと思います。
更新は週一でと考えております。
駄文ですがどうか温かく見守って下さい。
- 2 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 12:59
- 「待ってよ、梨華ちゃーん!!」
「急がないと遅刻よ、ひとみちゃん!!」
毎朝8時。
細くて美しい色黒の娘の後ろを、
白い肌でぽっちゃりした娘が村のメインストリートを駆けていく。
「よう梨華ちゃん、ひとみちゃんおはよう!」
「おはようございます!」
「お、おは、よう、ございます。」
村人たちの挨拶に色黒の娘、石川梨華はきびきびした口調で。
白い肌の吉澤ひとみは息も絶え絶えに返す。
そしてすぐに走り出す。
いつもの光景だ。
「はははは、ひとみちゃん相変わらずだな。」
村人が微笑む。
ゼティマ王国の一村、ミホ村の平和な毎朝の光景だった。
- 3 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:00
- 「おはようございます牧原先生!!」
「おはよう、石川。」
梨華は校門の前に立っている眼鏡をかけた女性にペコリとアタマを下げる。
それから遅れる事1分、ひとみがようやく到着した。
「おは・・・・よう・・・・ござい・・・・ます・・・・」
肩でハーハー息をしながら何とかアタマを下げるひとみ。
その様子に苦笑いを浮かべる牧原由貴子。
「おはよう吉澤。今日もビシビシしごくからね。」
「ふあーい。」
ひとみはその言葉にガックリと肩を落としながら
梨華とともに校門をくぐっていった。
その後ろ姿を見ながら牧原は思う。
『吉澤、あんなにしごいているのにまた太った?』
- 4 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:00
- 吉澤ひとみと石川梨華は、ここニジンスキー士官学校に通う生徒である。
ちなみに石川梨華がクラスS、吉澤ひとみがクラスHである。
クラスはその能力に応じてSからHまでに分けられている。
つまり梨華は最高のクラスで、ひとみが最低なクラスなわけだ。
このニジンスキー士官学校はあのゼティマ王国の兵士を育成する学校である。
- 5 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:01
- 今から3年前、この世界に突如として現れた魔物たち。
今まで平和だった世界は瞬く間に地獄と化した。
数多くの国が魔物たちに滅ぼされる中、
人々の中心となって立ち向かったのがゼティマ王国だった。
人々は自分たちの国や、愛する人を守るために懸命に戦った。
そして激しい戦いの末、魔物たちをこの地から遠ざけることに成功したのだ。
この戦いを『クロスロードウォー』と呼ぶ。
- 6 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:01
- このクロスロードウォーに勝てた要因は、
みなが力を合わせたことももちろんあるが、何よりも10剣聖の力が大きかった。
10剣聖とは、ゼティマ王国が誇る10人の剣の達人たちのことである。
この10人はみな若い女性たちであり、
それぞれが特殊な能力を持っていた。
この特殊能力と剣の腕を併せ持つ彼女たちは
まさに最強と呼ぶに相応しい強さだった。
が、さすがに全員無事というわけにはいかず、
10剣聖のうちの3人が戦いの中で命を落とし、
そして2人が命は取り留めたものの、
もう2度と剣は振るえない身体になってしまった。
ゼティマ王国はこのクロスロードウォーで10剣聖の半分を失ったことになる。
- 7 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:02
- しかしその犠牲にも関わらず魔物たちは追い払っただけで全滅はさせていない。
今でも所々で魔物が出現し、世界各国を襲っている。
このままではまたいつ、魔物たちが集団でこの地に襲いかかってくるか分からない。
そこでゼティマ国王は各領地内に士官学校を作り、兵士の育成に力を入れ始めた。
来るべき決戦のため、そして悲劇を2度とおこさないために。
10剣聖で命を落とした3人のうちの1人はゼティマ王国の第一王女であった。
聡明で美しく、民のことを常に思いやる優しい心。
そして10剣聖の中で最強を誇る武力。
彼女がいればこのゼティマ王国は安泰だといわれていた。
その王女を失った悲しみは大きく、全国民は王女の死を悼んだ。
が、いつまでも悲しんでばかりいられない。
いつ魔物たちが攻めてくるか分からないし、
この豊かな国を守るためには戦力を整えなければならない。
力がなければ愛する者を守る事はできないのだから。
- 8 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:03
- 「はっ!!」
気合いとともに梨華の竹刀が一閃した。
と同時に梨華よりも大きな男たち3人が地響きとともに崩れ落ちた。
「勝者石川梨華!!」
剣術師範である田中勝春が梨華の勝利を宣言する。
「さすが梨華ちゃん。」
「ホント。さすが我が校きっての天才。」
同じクラスSの生徒たちが口々に梨華を褒める。
が、梨華はそんな声に惑わされる事なく軽く微笑みを浮かべるだけで
すぐにキッと表情を引き締め、さらに稽古に励む。
「さすが石川。努力も惜しまない。」
「努力に才能。まさに完璧だな。」
「それに比べてあれは。」
そう言う生徒の視線の先には、
歩くようなスピードで懸命にグラウンドを走っているひとみの姿があった。
しかも隙を見つけてはサボろうと走りを止める。
しかしいつも教官に見つかり、こってり絞られるのだが。
「何で我が校きっての天才はあんな百年に1人の鈍才のことを何かと構うんだろうね?」
梨華とは対照的に百年に1人の鈍才とうたわれているのが吉澤ひとみだった。
- 9 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:04
- このニジンスキー士官学校には現在300人ほどの生徒がいるが、
その中で剣の腕、武術、学問、呪術ともに最高の成績を誇るのが石川梨華だ。
そして吉澤ひとみはその全てにおいてダントツの最下位なのである。
見た目も石川は色黒ながらもスタイルもよく、顔もダントツに可愛い。
しかしひとみは色白ながらもかなり太っているし、顔もパンパンだ。
性格も梨華は明るく、誰とでも気軽に話しかけるし、変に偉ぶったりもしない。
ひとみはそれほど活発でなく、変におどおどしてあまり人とは関わりを持たないタイプだ。
ただ、笑顔は可愛く、その風体からか憎めない存在ではあるが。
明らかに正反対の2人だが、何故かこの2人は仲が良かった。
- 10 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:05
- 今日の訓練が終わり、梨華はクラスHの教室にひとみを迎えに行った。
クラスHの教室が見えてくると中から声が聞こえた。
「こらー吉澤!!これが出来ないと今日は帰らせないからな!!!」
「ひえー!!」
『はあ、またか。今日は何が出来なくて残されてるの?ひとみちゃん。』
梨華はフッと溜息をつき、そっとクラスHの教室を覗いてみた。
教室の中では呪術担当の北村宏司が腕を組み、険しい表情で立っていた。
その横には必死に腕を動かし、術を構築するひとみの姿があった。
- 11 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:05
- 「はっ!!」
ひとみのかけ声とともにポッとろうそく並みの小さい炎が手から出た。
ズルッ
思わずすっころぶ梨華。
『ひ、ひとみちゃん術を構築してですらあんなものなの?!』
「あのなー吉澤!!これぐらいの炎なんて正直5歳ぐらいの子どもにだって出せるぞ!!」
北村がハーッと溜息を漏らす。
「す、すみませーん。」
ひとみは泣きそうになりながらもう一度術を構築し、炎を出した。
が、先ほどと同じくろうそく並みの炎しか出なかった。
「・・・・・・もういい。続きはまた明日だ。今日は帰ってよし。」
北村はガックリと肩を落とし、教室から出て行った。
教室から出る際に梨華と眼が合い、
苦笑いを浮かべながら師範室に戻って行った。
『先生可哀想に。あれじゃあしんどいよね。』
梨華は北村の後ろ姿を見てそう感じた。
- 12 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:06
- 「あ、梨華ちゃん!!」
開いた教室のドアから梨華の姿を見つけたひとみが嬉しそうに駆け寄ってきた。
そのノンキな姿に思わずカチンと来る。
「あ、梨華ちゃん、じゃないわよ!!ひとみちゃん術を構築してですらあんなのなの?!!
あたしたちの歳だったら構築なしであの10倍の炎が出せるぐらいにならなきゃ駄目じゃない!!」
梨華のあまりの剣幕にひとみは表情を曇らせ、シュンとなった。
しまった、と梨華は心の中で舌打ちする。
ひとみは梨華に怒られると極限まで落ち込んでしまうのだ。
「ごめんねひとみちゃん、怒鳴ったりして。全然怒ってないから。」
その言葉に上目遣いで梨華の顔色をうかがうひとみ。
「・・・・・ホント?梨華ちゃん怒ってない?」
「うん。ひとみちゃんはちゃーんと頑張ってるもん。
すぐに出来るようになるよ。」
ひとみにはどうしても甘くなる梨華であった。
- 13 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:07
- 「あ、お帰りひとみ。梨華ちゃん、今日もありがとうね。」
そう言って爽やかな笑顔を見せるのはひとみの姉である吉澤陽子だった。
ひとみはこの姉と2人で暮らしている。
この2人がミホに来たのは今から2年前。
それまでは港町のダンジグというところに住んでいたらしい。
が、両親が病気で死んだため、住み慣れた土地を離れて新しい土地でまた1からやり直そうとこのミホに移り住んできたのだ。
「はい、梨華ちゃん。いつもいつもひとみをありがとうね。」
そう言って陽子は梨華に出来立てのパンを手渡した。
ひとみの家はパン屋を営んでいるのだ。
「あ、いつもありがとうございます!頂きます!!」
梨華はニコッと笑ってパンを受け取った。
「いやーホント梨華ちゃんは良く出来た子だね。
それに比べてひとみは・・・・てコラッ!!!」
そう叫ぶ陽子の視線の先には店の売り物のパンを口いっぱいに詰め込んでいる
ひとみの姿が。
「ウ!!ウグッ!!」
いきなり怒鳴られたため驚いてパンを喉に詰まらせ、
顔を真っ赤にするひとみ。
慌てて水を用意し、それを飲ませる陽子。
「ぷはーっ。・・・・あー、死ぬかと思ったよ。」
ひとみはほんわかした口調で言った。
「やかましい!!あんたが意地汚いからでしょ!!」
そう叫ぶ陽子。
周りには梨華を始め、お客さんたちが声を上げて笑っている。
いつもの平和なミホ村の光景だった。
- 14 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:08
- そんな平和な日々が続いたある日、世界はいきなり動いた。
「大変だ!!!」
道場で剣の稽古をしている梨華たちSクラスのもとに村人の1人が飛び込んできた。
「何事だ?!!」
田中が叫ぶ。
「ライジング王国がこの村に攻めてくる!!!」
「?!!!」
この言葉に絶句する田中に梨華たち。
ライジング王国はゼティマ王国の北西に位置する国で、
ゼティマ王国と引けをとらないほどの国力を持つ。
これまで両国は互いに友好関係を結び、ともに発展してきた。
先のクロスロードウォーではともに率先して魔物たちと戦い、
これを打ち破ったいわば同盟国である。
そのライジング王国が何故?
- 15 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:09
- 「間違いじゃないのか?!!」
田中が信じられないといった表情で尋ねる。
「間違いない!!見張りのものが確かにライジング王国の旗を見たって言ってる!!
それにみんなおっかない形相でこっちに向かってる!!!」
「まさか・・・・・・・はっ、こうしてはいられない!!
みんなすぐに避難しろ!!牧原はすぐに城に連絡を入れろ!!
他の者は村の入り口で食い止めるぞ!!!」
田中が指示を出す。
それに弾かれるように牧原が通信室に向かい、
生徒たちは我先にと逃げ出していく。
が、その瞬間、信じられない光景がみなの前に広がった。
- 16 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:10
- いきなり道場の床が割れ、
そこから見た事もないようなおぞましい生物が姿を現したのだ。
「ま、魔物・・・・・?!」
梨華の呟きに誰も答えない。
みなただただ、その恐ろしさに固まってしまっている。
「きゃああああ!!!」
その時、聞きなれた声が悲鳴となって聞こえた。
空中を舞うしなやかな身体。
そして道場の壁に激しく叩きつけられ動かなくなった。
「ま、牧原先生!!!!」
そこにも魔物がもう一体いた。
「きゃああああああ!!!!!」
生徒たちは悲鳴を上げ、我先にと外に飛び出して行った。
が、外にはもうすでにライジング王国の兵がまわりを囲んでいた。
「はーい君たち、そこでストップ。それ以上動いたら殺すからね。」
兵士たちは弓をつがえ、狙いを生徒たちに定めている。
その兵士の中に1人、あきらかに雰囲気の違う人物がいた。
「あ、あなたは及川将軍!!」
田中が叫ぶ。
- 17 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:11
- 及川光博。
ライジング王国においてその名を知らぬものはいないと言われる名将軍。
クロスロードウォーに於いても10剣聖に勝るとも劣らない活躍をみせた人物だ。
知的で腕もたち、なおかつ一軍を率いる将軍とは思えないほどの気さくさを持ち、
誰からも尊敬される人物だ。
「及川将軍!!これは一体どういうことなのですか?!!」
呪術師範の北村が尋ねる。
「ん?王様の命令だよ。ゼティマ王国を滅ぼし、
この世界はライジング王国が支配せよってね。」
「な、何を言ってるんですか?!!」
その時、道場が崩れ落ち、中から2体の魔物が姿を現した。
「おい、暴れるな!!こっちに来い!!!」
及川の指示に素直に従う魔物たち。
「しょ、将軍、まさか・・・・・・・」
田中がガクガクと震える。
これはあってはならない事だ。
「そう。我々ライジング王国は魔物と手を組んだのさ!!」
恍惚の表情を浮かべる及川。
これははっきり言って絶望の言葉であった。
- 18 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:12
- 「我々は魔物たちの王、ハーデスと契約したのさ。
世界の半分を彼らが治め、残り半分を我々が治めると。
魔物たちも我々人間の力に一目置いていたようだからね。
この申し入れにすんなり応じてくれたよ。」
そう言って高らかに笑う及川。
その姿に以前のような気高い威厳はない。
「どうだ田中勝春。ゼティマ王国を見限って我らにつかないか?
共に理想の国を創り上げようじゃないか・・・・・・・」
「ふざけるな!!魔物がそんな約束などするわけないだろう!!
あなたたちは騙されているんです!!目を覚ましてください!!」
この田中の言葉に及川は心底ガッカリした表情を見せた。
「そうですか、それは残念です。あなたの事は買っていたんですが。
じゃあ仕方がないですね。・・・・・・・・死んで下さい!!」
及川がそう叫ぶと同時に兵士たちが無数の矢を放った。
「宏司!!」
「はいっ!!」
これを予期していた田中と北村は素早く目の前に炎の壁を作り、
矢を全て溶かした。
「みんな!!速くこっちに!!」
声のした方を向くと牧原がわき腹を抑えながら立っていた。
「行け!!ここは俺らで食い止める!!」
田中の声に弾かれるように梨華たちはその場から逃げ出した。
- 19 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:13
- 何なの?一体何で?
いくらそう思っても答えは出ない。
物事にもっともらしい理由なんてない。
ようは現実を受け止めるのみだ。
梨華たちは牧原に先導されて住民たちが非難している村の外れの洞窟にたどり着いた。
「ここでみんな大人しくしているのよ!!」
牧原はそう言うとすぐさま田中たちのもとに戻ろうとする。
「・・・・・先生!!やっぱりあたしも行きます!!」
意を決した梨華が牧原に自分も戦うと志願する。
今まで訓練をしていたのはこういった時に村を、
世界を守るためだ。
いくらまだ仕官生とはいえ、
こんな時には少しでも戦力があったほうがいい。
「駄目よ、あなたたちはここにいてなさい!!」
「何言ってるんですか!!この村はあたしたちの村です。
あたしたちが守らないと!!ねえみんな?!!」
梨華が勢い勇んで他の生徒たちに尋ねる。
が、みな顔を青くしてガタガタ震えているだけであった。
- 20 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:14
- 「ちょ、ちょっとみんなどうしたの?」
梨華が予想していた反応と違う事に戸惑う。
「ねえ、あたしたちの村でしょ?
みんなこういった時のために士官学校に行ってたんじゃないの?!!」
梨華が叫ぶがみな顔を背ける。
「・・・・・お、俺は戦いたくてこんなトコに来たんじゃねえ!!
兵士になれば生活が安定するからだ!!嫌だ!!
俺は戦いたくない!!」
クラスSのある生徒がわめき散らした。
「な、なんてこと言うの?!!ねえみんなもそうなの?!!」
梨華は信じられなかった。
みな高い志を持って士官学校に通っているとばかり思っていた。
「・・・・み、みんなあんたみたいに天才じゃないんだ。」
「そうだ!!そんなに言うんならお前だけ行けばいいじゃないか!!」
あろう事か梨華に罵声を浴びせる生徒たち。
「・・・・・わかったわよ!!あんたたちなんかに頼らないわよ!!」
そう叫んで梨華は洞窟を飛び出そうとする。
「駄目だ梨華ちゃん!!行っちゃ駄目だ!!」
それを止めたのはひとみだった。
これには梨華も大きく目を見開く。
「ひ、ひとみちゃんまでそんな事言うの?!!」
「違うよ!!梨華ちゃんじゃ・・・あっ!!」
慌てて言葉を止めるが遅かった。
梨華はわなわなと震えていた。
ひとみの言葉の続きは聞かなくても分かる。
“梨華ちゃんじゃどうにもならない”
別に驕っていたわけではない。
が、この学校で一番強いのは自分で、一番弱いのがひとみだ。
それだけにいくらひとみの言葉とはいえ、
梨華は許せなかった。
「・・・・ひとみちゃんには言われたくない!!」
梨華はそう言ってひとみを睨み、一目散に外に出て行った。
- 21 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:14
- 何よ何よ何よ!!!
あたしは天才なんだ。あんな敵、あたしが倒してやる!!
梨華はグッと拳を握り締めて走った。
浮かんでくるのは自分をあざけ笑う顔。
わが身可愛さに恐怖に怯えている顔。
こいつらを黙らしてやる。
その思いで一杯だった。
- 22 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:15
- 「あそこだ!!!」
梨華は大きな炎が舞い上がり、
兵士たちの声が聞こえる場所にたどり着いた。
「なっ?!!」
そこで見たのは絶望だった。
全身血まみれで倒れている師範たち。
「そ、そんな?」
梨華は信じられなかった。
あれだけ強かった師範たちが、
梨華がどう頑張っても勝てなかった師範たちがみな倒れているのだ。
- 23 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:15
- 「おや、どうしましたかお嬢さん?」
全身に返り血を浴びた及川将軍が恍惚の表情を浮かべ、
梨華を見ていた。
「あ、ああ・・・・・・」
梨華は恐ろしさのあまりペタンと座り込んでしまった。
「石川!!逃げなさい!!」
その時梨華を追ってきた牧原が及川にありったけの魔法力を込めた炎をぶつけた。
凄まじい炎が一瞬にして及川の身体を覆いつくす。
『凄い。桁違いの炎だ。さすが牧原先生だ・・・・・』
梨華はその炎の凄まじさに圧倒されつつもどこかホッとしていた。
やはりこれは何かの間違いだ。
先生方は強いんだ。
- 24 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:16
- 「・・・・なんだこれは?これで炎というのか?」
しかし梨華の思いとは裏腹に業火の中から余裕綽々の声が聞こえてきた。
これには梨華はもちろんのこと、牧原も驚愕の表情を浮かべる。
「炎っていうのはこういうのを言うんだ。」
業火の中で及川がクイッと右手人差し指を上に挙げたのが見えた。
その瞬間、
「きゃあああああああああ!!!!!!」
耳をつんざくような悲鳴が辺りに響き渡った。
及川を包んでいた炎は一瞬にして消え、
それよりも数倍はあろうかという大きな炎が牧原を包み込んだ。
- 25 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:16
- 「先生!!!!!」
梨華は咄嗟に炎を抑えるべく冷気をぶつけた。
が、牧原を包む炎にあっさりとかき消された。
しかし次の瞬間炎は跡形もなく消え、牧原は意識を失って倒れた。
「ふふふふ、こんな可愛いレディ、ただで殺すのはもったいない。
充分楽しませてもらってから殺してあげるよ。」
及川はそう言うと高らかに笑った。
そしてスッと梨華を見た。
「ひっ!!」
その視線に思わず悲鳴を上げる梨華。
「そこの君もいいね。ちょっと待っててね。
こっちのレディが終わったら次は君だから。」
及川が心底楽しそうに言う。
梨華は身体が、心が、梨華の全てが震えているのが分かった。
これが本当の恐怖であり、絶対の絶望感。
いかに自分が身の程知らずだったか。
しかしそれが分かるのも遅すぎた。
後はもう凌辱され、殺されるのを待つだけだ。
- 26 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:17
- 「お楽しみはまだ早いんじゃないの?」
その時、頭上から声が聞こえた。
と同時に梨華の目の前に1人の女性がスッと上空から降り立った。
その女性を見た及川の表情が今まで見たことがないぐらいに歪んでいた。
「やっぱ見回りは真面目にするもんだね。
まさかこんな事が起こってたなんてね。」
「何だ貴様?!!」
及川の後ろに控えていた兵士たちが一斉にその女性に飛びかかろうとした。
が、みな途中で固まったように動かなくなった。
兵士たちはみなこの世の終わりのような表情だった。
そう、さっきまでの梨華のように。
- 27 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:17
- 「久しぶりだね及川さん。しばらく見ないうちに悪い顔になっちゃって。で、一体これはどういうこと?説明してくれないかな?」
その女性は優しく尋ねた。
が、ライジング王国の兵士たちはガタガタと震えていた。
口調もトーンも限りなく優しい。
しかし彼女の身体から発する“気”みたいなものはそうは言っていない。
梨華は彼女の後ろにいるから大丈夫なものの、
もし前に立ってその気をまともに受けていたら失神していたかもしれない。
それほど凄まじい“殺気”だった。
- 28 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:18
- 「ふ、我が王の命令だよ!!ゼティマ王国を滅ぼして我がライジング王国がこの世界を支配しろとな!!」
及川は先ほどのように人を食った態度で答える。
及川だけがこの女性の凄まじい気を受け流している。
「ふーん。どうしたんだろうねライジング王は。
自分たちの力であたしたちゼティマ王国を倒せるとでも思ったのかな?」
その言葉にニヤリと口元を歪める及川。
「もちろん思ってるさ。なぜなら・・・・・・」
及川がその言葉を言い終わらぬうちにその女性と梨華の周りの地面がえぐれ、
そこから魔物が3体飛び出てきた。
「なっ?!!」
これにはその女性も驚きを隠せなかった。
「行け!!そいつを殺せ!!!!」
及川の指示に従い、一斉に魔物たちは襲い掛かってきた。
- 29 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:18
- が、次の瞬間
「ガアアアアアアアアアアア!!!!!!」
魔物たちは一瞬のうちに紅蓮の炎に焼き尽くされてしまった。
その炎は牧原や及川のとは全く比べ物にならなかった。
まさに地獄の業火とも言うべき炎。
これが炎だとすると、先ほど及川が放った炎などマッチの火のようなものだ。
「ふーん、あんたたちそういう事か。」
その女性の声から優しさが消えた。
みな真っ青な表情になる。
- 30 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:19
- 「ふ、ふふふふふ、はははははは!!!!」
その時及川が狂ったように笑い声を上げた。
「何がおかしい?」
その女性はキッと及川を睨む。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ、さすがだ。さすが市井紗耶香だ!!!」
及川は頭がおかしくなったのか、
涙を流しながら満面の笑みを浮かべていた。
梨華もライジング王国の兵士たちもみな驚愕の表情を浮かべる。
しかしそれは及川の様子にではない。
彼が発した言葉、つまりこの女性の名前にだ。
市井紗耶香。
この名前を知らぬ者はこの世には存在しない。
ゼティマ王国が誇る10剣聖の1人。
“火”を極めた“ファイアストーム”。
それが市井紗耶香だ。
- 31 名前:悪天 投稿日:2004/05/18(火) 13:19
- 今日はここまでとします。
これからもよろしくお願いします。
- 32 名前:みっくす 投稿日:2004/05/18(火) 18:22
- 面白そうですね。
続き楽しみにしてます。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/18(火) 20:54
- ファンタジー物けっこう好きなんで、
更新楽しみに待ってます。
- 34 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 01:56
- >>32 みっくす様
ありがとうございます。
期待に応えられるように頑張ります。
>>33 名無飼育さん様
ありがとうございます。
自分もファンタジー物が好きなので頑張ります。
- 35 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 01:57
- 『こ、この人が市井紗耶香様・・・・・・・?!!』
梨華はにわかに信じられなかった。
あまり自分と変わらないであろうその年齢に華奢な身体。
それがあの10剣聖の1人、
“ファイアストーム”市井紗耶香なのだから。
しかし先ほど魔物を倒した炎。
あれは誰にでも出せるものではない。
それこそ彼女が10剣聖の1人でなければ説明のつかない炎だ。
- 36 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 01:58
- その時、市井がスッと左手を広げて前に出した。
「一度しか言わない。戦う気のない者は武器を捨てて投降しろ。
そうすればお前たちにも家族がいるだろうから、殺しはしない。
だが、もし戦うというのなら・・・・・・・」
市井はギュッと左手を握り締めた。
「容赦なく殺す。」
- 37 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 01:59
- 「ひっ!!!」
市井のその圧倒的なオーラにライジング王国の兵士たちは動けないでいた。
市井の言っていることは本当だ。
はむかえば容赦なく殺されるであろう。
「うわああああああ!!!!」
その時1人の兵士が断末魔の悲鳴を挙げた。
「君たち、まさか投降する気じゃないだろうね?」
及川が怪しげな微笑を浮かべる。
その右手に持っている剣には1人の人間だったものが突き刺さっていた。
- 38 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 01:59
- 「ひ、ひいいいい!!!」
兵士たちは絶望を感じていた。
投降しなければ市井に殺されるし、投降すれば及川に殺される。
投降しても扱いは捕虜であるし、それを聞いた本国はきっと家族を殺すであろう。
・・・・・・相手はいくら10剣聖とはいえ1人だ。
・・・・・・全員でかかれば・・・・・
そんな考えが兵士たちの頭によぎる。
「もう一度言う。はむかうなら容赦はしない。」
しかし兵士たちのその考えを見透かしたように市井は冷たく言い放つ。
その目は本気の目だった。
「う、うわあああああああ!!!!」
その恐怖に耐え切れなくなった一兵士が市井に向かって突き進んだ。
「う、うおおおおおおお!!!!!」
それが引き金になり、他の兵士たちも一斉に市井に切りかかった。
「・・・・・・残念だよ。」
市井はスッと腰につけていた刀を抜いた。
- 39 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:00
- 「あ、ああああああ。」
梨華はそう呻くしか出来なかった。
自分の周りにいくつ死体があるのであろうか?
ある死体は鋭く斬られたもの。
またある死体は黒焦げになっているもの。
本当に容赦なく兵士たちを殺した。
まるで感情を持たぬ機械のように同じ事を繰り返した。
中には涙を流しながら斬りかかってくる兵士もいたが、
市井は何の躊躇もなく斬り殺した。
その姿はまさに鬼神のようだった。
「こんなんじゃあたしは倒せないよ?いいかげんあんたが出てきたらどうだ?」
市井がスッと刀を及川に向かって突き出す。
「ふ、本当に役に立たないやつらだ。かすり傷も負わせることが出来ないなんてね。」
肩をすくめる及川。
「・・・・・・いいだろう。お望みどおりこの及川がお相手しましょう。」
着ていたマントをバサッと放り投げる及川。
その瞬間、先ほどの市井に劣らぬほどの気が辺りを支配した。
「そうこなくっちゃ。」
市井はニヤリと笑った。
- 40 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:01
- 「ねえ、動ける?」
「えっ?」
市井は側にいる梨華に及川を睨んだまま小声で話した。
「あたしがあいつと戦っている間にあんたはすぐここから逃げるんだ。
そしてここの住民たちと一緒にすぐこの村から離れろ。」
「え、でも・・・・」
「でもじゃない。いいな。」
そう言うと同時に市井は及川に斬りかかった。
その動きは梨華が今まで見てきた誰よりも鋭かった。
「むんっ!!!」
ガキッ!!!!!
及川が市井の鋭い斬撃を受け止める。
「やるな。さすが市井紗耶香。」
「そっちこそ。」
- 41 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:02
- 「い、行かなきゃ。」
梨華も市井に言われたとおり、激しい戦いに及川が気を取られている隙に立ち上がってここから逃げ出した。
これが可能なのも市井が圧倒的に及川を押しているからだ。
それだけに及川は梨華の動向を気にする余裕がない。
兵士たちもさんざん市井に斬られているため恐怖のあまり動くことができない。
「うっ・・・・・」
しかしその時、うめき声が聞こえ、梨華は立ち止まった。
「牧原先生!」
梨華は倒れている牧原のもとに駆け寄る。
この行動が市井の目に入った。
「バカ!!何やってんだ!!」
それで一瞬隙が出来た。
- 42 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:03
- 「ふふふふ、市井、もらったぞ。」
「な?!!」
及川は口から含み針を市井の顔に吐き出した。
それを間一髪避けた市井だが、
その瞬間及川の剣が市井の右肩を貫いた。
「うぐう!!!!!」
激痛に呻く市井。
さらに及川は剣を市井の右肩から抜き、
左手を市井の脇腹に当てた。
「アディオス、市井。」
ドンッ!!!
「がはあっ!!!!」
その瞬間、市井の体に爆発が起こり、市井は宙を舞った。
そして梨華のすぐ横の地面に叩きつけられた。
- 43 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:04
- 「ふ、ふははははは!!!やった、やったぞ!!!
ついにあの市井を倒した!!!」
高らかに笑う及川。
市井は倒れたままピクリとも動かない。
及川は満面の笑みで梨華を見た。
「君のおかげだよ。君のおかげで市井を殺す事が出来た。
礼を言うよ。」
「あ、ああああああ。」
梨華は青ざめた顔で呻く。
自分のせいだ。
自分のせいで市井様が。
- 44 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:05
- 「か、勝手に・・・・・殺すな・・・・・」
この声にギョッとなる及川に梨華。
倒れていた市井がゆらりと起き上がった。
「?!!!」
が、梨華はその市井の姿を見て絶句する。
右肩はもちろん、脇腹からも多量の血が流れ出ている。
常人ならば確実に死んでいるであろう出血量に傷の深さだ。
「ほ?・・・・・・これは驚いた。さすがだ、さすが市井紗耶香だ!!!」
及川は手を叩いて喜ぶ。
が、表情に驚愕の色を浮かべるのを消す事は出来なかった。
彼も信じられないのだ。
市井がまだ生きていることに。
- 45 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:05
- 「ふ、ふふ・・・・・これぐらい・・・・でちょう・・・どいい・・・・ハンデだな・・・・」
市井がニッと笑う。
「な、何?!!」
これには及川もカチンときた。
「この死に損ないが!!!!叩っ斬ってやる!!!!」
及川は市井に向かって突っ込んできた。
『・・・・かかった!!』
市井は内心ほくそ笑む。
今の状態では圧倒的に市井が不利だ。
間合いから離れた魔法攻撃で充分やられるだろう。
そのためわざと及川を挑発し、
直線的な動きでこちらに向かうようにしむけたのだ。
今の及川は怒りに身を任せているため無防備だ。
そこへ至近距離から市井の必殺技をお見舞いし、
一撃でかたをつける。
- 46 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:06
- 「世界にひしめく火の精霊たちよ。我が名は市井紗耶香。汝の力、我に与えたまえ。」
市井が右肩の痛みをこらえ、素早く術を構成し、
全魔法力を使って左の手のひらに小さいながらも極限のエネルギーを秘めた炎を創りだす。
そしてその炎を自分の愛刀にぶつけ、さらに愛刀を鞘に納めて抜刀術の構えをとる。
「?!!しまっ・・・・・・!!!」
及川もそれに気付いたが遅かった。もう止められない。
これこそ市井紗耶香最大にして最強の必殺技『炎殺龍飛翔』(えんさつりゅうひしょう)だ。
- 47 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:07
- 市井たち10剣聖がもつ特殊能力とは、魔法と剣を同時に繰り出せるという事だ。
魔法と剣、どちらかだけならば彼女たちに匹敵する者はいる。
が、それを同時に繰り出せる者、併せられる者など10剣聖以外にいないのだ。
この市井の必殺技『炎殺龍飛翔』とは“火”を極めた市井が術の構成、
詠唱までして極限にまで高めた炎を愛刀“和道菊一文字”に乗せ、
そしてもう1つ市井が極めた“抜刀術”によって敵を斬るという技である。
抜刀術とは、刀剣の刃を鞘内で疾らせ抜き放つことによって剣速を2倍、3倍に加速させ、
相手に攻撃の間を与えずに斬り伏せる大技である。
もちろん抜刀術自体はそんなに珍しい技では無いが市井はこれを極限にまで昇華している。
そのため市井は“剣”ではなく、抜刀術に適した“刀”を使っているのだ。
魔法に抜刀術。
どちらかだけでも一撃必殺の破壊力を持つが、
それを併せることにより破壊力は単体の何十倍にも相当するようになるのである。
まさに市井しか繰り出せない最強の必殺技だ。
- 48 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:08
- 「アディオス、及川将軍。」
市井の体が踊った。
その動きは尋常ではなかった。
あの瀕死の身体でありながらその動きは全く見えなかった。
梨華が市井の姿に気付いた時には、市井は及川の後ろに抜け出ていた。
及川は身体を硬直させている。
しかし次の瞬間、スーッと及川の身体に真一文字の線が入った。
その線が及川の身体を一回りした瞬間、そこから炎が生じ、
巨大な火柱となって及川を包み込んだ。
「ぎゃあああああああああ!!!!!!!」
胴体が真っ二つに斬れ、極限の炎が及川を焼き尽くした。
その炎はまるで龍が空高くに飛翔するかのようだった。
- 49 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:09
- 「す、すごい・・・・・・・」
梨華はその破壊力に度肝を抜かれていた。
これがあの伝説の10剣聖の力なのか。
「あんたたち。及川将軍はこの通り市井紗耶香が討った。
これでもまだはむかうか?」
市井はスッと刀を兵士たちに突き出した。
「ひ、ひいいいいい!!!」
兵士たちは恐怖に我を失い、一目散に逃げて行った。
- 50 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:10
- 「ぎゃああああああ!!!!!」
しかしその瞬間兵士たちの目の前に一体の魔物が現れた。
「な、何だあれは?!」
この魔物にはさすがの市井も驚いた。
明らかに今まで見た魔物とは違う。
口は大きく裂け、背中には黒い翼が生えている。
手足の爪は鋭く、その均整の取れた身体、
筋肉からかなりの力を持っているのが分かる。
何よりその魔物は一見人間のように見えるのだ。
今まで現れた魔物というのは背丈も大きく一目見て魔物と分かる姿形、
つまり異形だった。
だが、この魔物は違った。
この魔物は逃げ出す兵士たちを一瞬で殺し、
そしてそのうちの一人を捕らえ・・・・・・・食べた。
- 51 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:11
- 「!!!」
思わず目をそむける梨華。
が、市井はその姿を凝視していた。
この魔物、どこかで見た事がある・・・・・・・・・?
その時その魔物がニッと笑って市井を見た。
「及川将軍?!!!」
そう、その魔物の顔はたった今倒した及川光博だった。
口が大きく裂けていたため一見分からなかったが、
確かに及川光博だ。
次の瞬間、その魔物が動いた。
「?!!」
その及川らしき魔物は一足飛びに市井に飛び込み、
市井を突き刺すべくその鋭い右手の爪を突く。
恐るべきスピードだ。
- 52 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:12
- 「ぐっ!!」
市井は咄嗟にこれを和道菊一文字で受け止める。
が、その衝撃が凄まじかった。
受け止めた市井の体が飛び、15mほど離れた木に激突した。
「ぐはっ!!!」
一瞬衝撃で目の前が真っ白になる。
が、すぐに正気を取り戻し、前を見る。
「な?!!」
しかしその魔物はもう目の前に来ていた。
そしてまたも右手が市井を襲う。
「ちっ!!!!」
市井はこれを体をひねってかわし、
そして魔物と体を入れかえるようにして魔物の後ろを取った。
- 53 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:12
- 「はっ!!!!」
市井は渾身の力を込めてその魔物の背中を斬った。
ドンッ!!!
が、市井の鋭い斬撃はその魔物を弾き飛ばしただけで斬ることは出来なかった。
今の斬撃の手応えに市井は戸惑いを隠せない。
いくら硬い皮膚を持っていようがこの和道菊一文字に斬れぬものはないはずだ。
そう思い、自分の愛刀を見る。
- 54 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:13
- 「何?!!」
それはショックな事だった。
市井の愛刀、和道菊一文字にヒビが入っていた。
「まさか、この和道菊一文字が?!!」
3年前のクロスロードウォーにおいて数多の魔物たちを斬ってきたが、
いかなる状況でもこの和道菊一文字は刃こぼれすら出来なかった。
『さっきの爪撃か?!!』
思い当たるのはそれのみだ。
『・・・・・・・・・これはちっとヤバイな・・・・・』
体調が充分ならまだしも、今の市井は傷を負いすぎている。
まともにぶつかっては勝ち目はない。
ならば・・・・・・
- 55 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:14
- 「世界にひしめく火の精霊たちよ。我が名は市井紗耶香。汝の力、我に与えたまえ。」
もう一度最強の必殺技で一気に仕留めるしかない。
自分の体力もあるが、それ以上に和道菊一文字がこれ以上の戦いに耐えれそうにない。
市井は術を構成し、極限の炎を創る。
そしてそれを和道菊一文字にぶつけ、鞘に納めて抜刀術の構えを取る。
「グオオオオオ!!!!」
及川らしき魔物がすぐさま起き上がり、
市井に向かって突進してくる。
あと3歩、2歩、1歩、今だ!!
「炎殺龍飛翔!!!!」
間合いに入った瞬間、市井の体が踊った。
まさに神速というべき速さの抜刀術。
「ふ、それはさっき見た。」
「な?!!」
しかしその魔物は市井の抜刀術を体を引いてかわした。
その瞬間市井の体は無防備になる。
抜刀術は一撃必殺の大技だが、
かわされてしまうと無防備になってしまう言わば諸刃の奥義だ。
「死ね!!!」
魔物が右腕を振り下ろす。
- 56 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:14
- ベキィィィィィィッ!!!!!
骨を砕く音が辺りに木霊した。
- 57 名前:悪天 投稿日:2004/05/22(土) 02:17
- 本日はここまでといたします。
また次回更新でお目にかかりましょう。
- 58 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/05/26(水) 15:54
- 期待
- 59 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:13
- >>58 名無し飼育さん様
ありがとうございます。
ご期待に添えるよう頑張ります。
- 60 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:14
- 「ギャアアアアア!!!!!」
しかし悲鳴を上げて吹き飛んだのは魔物の方だった。
「甘いね。あたしは抜刀術を極めた女だよ。
そんなあたしがかわされたら終わりなんていう
ヘボイ抜刀術を撃つわけないでしょ?」
そう言う市井の左手には鉄製の鞘が握られていた。
あの瞬間、右手に持った和道菊一文字をかわされた後素早く左手で鞘を持ち、
抜刀術の遠心力を利用して鞘で相手の胴を打ったのである。
が、正直一撃目がかわされたのは痛い。
2撃目の鞘はあくまでフォローであり、
メインは一撃目の『炎殺龍飛翔』なのだから。
- 61 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:15
- 「ふ、ふふふふ。さすが市井紗耶香だな。」
吹き飛ばされた魔物はゆらりと立ち上がった。
が、さすがにダメージを受けているようだ。
「そっちこそ。さすが“ホンモノ”の及川将軍。」
「・・・・・ほう、さすがに気付いたか。」
「まあね。あんたがさっき喋ったので分かったよ。」
市井がキッと及川を睨む。
梨華は市井が何を言っているのか分からない。
その魔物が本物の及川将軍?
- 62 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:16
- 「あんたたちは決して犯してはならない罪をおかした。
・・・・・・・許さないよ。」
「ひっ!!」
思わず叫び声を上げる梨華。
圧倒的なオーラ。
市井が醸し出すそのオーラが辺り一面を支配する。
そのオーラに周りの木々たちも怯えているのかザワザワと揺れだした。
地面も心なしか震えている。
身体は瀕死の状態のはずだ。
その状態でこの圧倒的なオーラ。
さすが10剣聖に名を連ねる市井紗耶香だ。
- 63 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:17
- 「ふふふふ、いいねえ。こんなおもしろい戦いは久々だよ。」
及川はニヤリと笑った。
が、その後少し困った表情を見せた。
「けど残念だね。もう時間がない。
今日のところはこれで引かせてもらう。」
「何?逃げるのか?」
「ホントはここで君を殺してあげたいんだけど、
時間が決まってるからね。また今度にお預けだ。
ま、せいぜい国に帰って対策でも練りたまえ。」
そう言って及川はその背中の翼を使って飛び、
ライジング王国の方に戻っていった。
- 64 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:23
- 「い、市井様、大丈夫ですか?!!」
及川将軍が飛び立った後、
梨華が恐る恐る市井に尋ねた。
市井の表情は鬼のようだった。
「お前・・・・・戦いをなめるんじゃないよ!!!
何であの時そいつにかまった?!!!」
市井が倒れている牧原を指差しながら怒鳴る。
梨華はビクッと身体を震わせる。
「だって・・・・・」
梨華が反論する。
だって先生が生きていたのだから。
「だってじゃない!!!さっき起こったのはな、本当の戦いなんだ!!!!
お前がいつもやってるような稽古じゃないんだ!!!命を奪い合う戦いなんだ!!!
少しでも隙を見せたらやられる、そんな戦いなんだよ!!!!」
市井が声を張り上げる。
「・・・・すみません・・・・」
梨華は消え入りそうな声で、震えた声で謝った。
確かに自分が牧原にかまったせいで市井が深手を負ったのだ。
眼から大粒の涙が零れ落ちる。
- 65 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:24
- 『しまった、少し言い過ぎたか・・・・・・・』
その涙を見てハッと我に返る市井。
市井は人の涙に弱いのだ。
「ま、今回は何とか勝てたし、いいよ。その代わり次はしくじるなよ。
・・・・・・いい?他人の事を気にできるのは強い奴だけだ。
弱い奴は自分の事だけ考えろ。それが戦いで生き残る手段だ。」
市井の言葉にショックを受けつつも頷く梨華。
今回の戦いでいかに自分が無力なのかを思い知らされた。
こんな田舎の士官学校でトップをとったと、
どこか心の中で満足していた自分が恥ずかしかった。
「ほい、立てる?」
市井がニカッと笑って手を差し出す。
「あ、すみません。」
梨華がその手を掴もうとした瞬間、
市井の身体がグラリと揺れ、地面に倒れこんだ。
- 66 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:24
- 「い、市井様?!!あっ?!!」
市井の身体からドクドクと血が流れ出てくる。
あれだけの深手を負った中で戦ったのだ。
市井の身体はもう限界にきていた。
「市井様!市井様!!」
梨華が懸命に呼びかけるが市井は返事をしない。
「ど、どうしよう?このままじゃ市井様が・・・・・」
梨華は辺りを見回す。
牧原を始め、士官学校の師範たちもみな重傷で倒れているし、
みな魔法力を使い果たしているはずだ。
「・・・・あたしがやるしかない。」
梨華は意を決して術を構成し、詠唱を始めた。
- 67 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:25
- 「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は石川梨華。汝の生命力を我に与えたまえ。」
梨華は詠唱を終えると、両手を市井にかざした。
その瞬間、市井を柔らかな光が包み、そして梨華の身体に激痛が走った。
「きゃあっ!!!」
その痛みに思わず身体が反り返る。
今梨華が唱えた術は“土”の術であり、
大地の精霊たちから生命力を分けてもらい人の傷や体力を回復させる術である。
が、この“土”の術は高い魔法力を必要とするため、大抵の人間には唱える事は出来ない。
“土”の術に限らず高度な術は、術者自身がそのレベルに達していないと精霊たちの怒りを買い、
今の梨華のように全身に激痛が走るのだ。
最悪、それで命を落とす場合もある。
『やっぱりまだあたしには・・・・・・・でもっ!!』
梨華はギッと歯を噛み締め、激痛に耐える。
ここで頑張らねば市井は死んでしまう。
- 68 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:27
- 「や、やめ・・・・・ろ・・・・お前・・・・が・・・」
気が付いた市井が声を絞り出す。
しかし梨華はやめない。
全身を襲う痛みに耐えながら土の術を唱え続ける。
が次の瞬間、
ブシュッ!!!
梨華の全身から血が噴出した。
『あたし・・・・もう・・・駄目なのかな・・・・・・・誰か・・・・市井様を・・・・・
お父さん・・・・・お母さん・・・・・みんな・・・・ひとみちゃ・・・・ん・・・』
梨華の身体がグラリと揺れ、ゆっくりと倒れていく。
が、誰かが梨華の身体を優しく受け止めた。
『だ、誰だろう?・・・・ひとみちゃん?』
抱きしめられた時の雰囲気がひとみだったため、
梨華は咄嗟にそう思った。
『あれ・・・・?違う・・・よね・・・・ひとみちゃん・・・・こんなに・・・・痩せてないもん・・・』
抱きかかえられた感覚、そして微かに見えた顔からひとみではないことが分かった。
『でも・・・・この優しい感覚は・・・・・ひとみちゃ・・・ん・・・・』
そこで梨華の意識は途切れた。
- 69 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:28
- 「・・・・・梨華ちゃん・・・・・・・紗耶香・・・・・・」
その女性はポツリと呟いた。
そして梨華を市井の隣に寝かせると術を詠唱し始めた。
「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は・・・・・・・・・・・・。
汝の生命力を我に与えたまえ。」
その瞬間市井と梨華を柔らかな光が包んだ。
すると、あれだけ酷い傷を負っていた2人の身体からいくつかスウッと傷が消えていく。
出血も止まり、2人の表情に赤味が戻っていく。
「・・・・よし、これなら大丈夫だろう。」
その女性は術を終えるとその場から立ち去った。
- 70 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:32
- 「う・・・・・・・ん・・・ここ・・・・・・は・・・・?」
「あ、梨華ちゃん!気が付いた?!」
梨華が目を覚ますと、そこはどこかの部屋であった。
そのすぐ側にひとみがおり、梨華の手を握る。
「ここは学校だよ。梨華ちゃんとか、先生とか倒れてたんでみんなでここに運んだんだよ。」
ひとみがニコニコ笑って説明する。
そのひとみの顔を梨華はまじまじと見つめる。
「・・・・・ひとみちゃん・・・・だよね?」
「えっ?何言ってるの梨華ちゃん。
あたしに決まってるじゃんか。・・・・大丈夫?」
ひとみは心配そうな顔で梨華を見ている。
「ごめんごめん、大丈夫だよ。」
梨華はニコッと笑って見せた。
『・・・・だよね。さっきのあれはきっと先生の誰かだよね。・・・・でも・・・・』
あの雰囲気は間違いなくひとみだった。
まだ出会ってから2年ほどしか経っていないが、
ずっと毎日一緒にいたし、何よりその雰囲気が梨華は好きだったのだ。
それだけに間違うはずがない。
しかし目の前にいるひとみの体格は自分を抱きかかえてくれた人と似ても似つかぬものだ。
- 71 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:34
- 「お、気が付いた?」
その時市井が部屋に入り、梨華の側にやってきた。
「あ、市井様。大丈夫だったんですか?」
「ああ、石川のおかげだよ。ありがとうな。」
市井がニカッと笑う。
梨華はその笑顔に顔を赤らめる。
「いえ、そんな・・・・・あ、何であたしの名前を?」
「そこの恐い顔した子に教えてもらったからだよ。」
「えっ?」
梨華はひとみの表情を見た。
ひとみはプウッと頬を膨らませ、拗ねているようだった。
梨華が市井にポーッとしたのが気に障ったのであろう。
「ど、どうしたのひとみちゃん?」
「・・・何でもないよ。」
「ウソ!何かあるでしょ?」
「何でもないよったら!」
2人はじゃれあっていた。
中々微笑ましい風景だが、
市井は鋭い目でひとみを見つめていた。
『“ひとみ”・・・・・・か・・・・・』
- 72 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:35
- 「さて、あたしは本国に戻るよ。対策を立てないといけないしね。
あたしと入れ違いで王国の兵がくると思うし、
石川たちはそれに従って本国に向かうんだ。いいね。」
「あ、はい。あの、ありがとうございました。」
梨華が頭を下げる。
「いや、こっちこそ石川のおかげで助かったのもあるしね。
ありがとう。」
市井も軽く頭を下げた。
「じゃ、あたしはこれで。あ、そこのひとみちゃん?
村から出るまで送ってよ。あたし1人じゃ寂しいし。」
「えー?!」
市井の言葉に不満をぶつけるひとみ。
「もうひとみちゃん!!この方知ってるでしょ?
10剣聖の市井紗耶香様なのよ!ちゃんとお送りしてきなさい!」
「・・・・はーい。」
梨華に言われては仕方がない。
ひとみは渋々返事をすると立ち上がり、
市井とともに部屋から出ていった。
- 73 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:37
- 「あ、市井様ありがとうございました!!」
村の人々が市井の姿を見つけては頭を下げる。
この村が助かったのも、全て市井のおかげだからだ。
「みんな、すぐに出れるように準備しといてね。
また本国で会おう。」
市井はその全ての人に手を挙げ、声をかける。
ひとみはブスッとふてくされて黙ったまま市井の前をとことこ歩いている。
背中に市井の強い視線を感じながら。
そして2人は村の出口にまで来た。
「さ、ここまででいいですよね?
村を救ってもらってありがとうございました。」
ひとみはスッと頭を下げた。
が、市井から返ってきた言葉は意外なものだった。
- 74 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:40
- 「いえ、まだです。あなたには今すぐ本国に戻っていただきます。
・・・・・・・あたしの目はごまかせませんよ?
ゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルー様。」
市井はニッと笑った。
- 75 名前:悪天 投稿日:2004/06/01(火) 01:41
- 今日はここまでです。
短い更新ですみません。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/01(火) 22:38
- 続きが気になります。
面白い!
- 77 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:11
- >>76 名無飼育さん様
ありがとうございます。
更新は遅いですがどうかよろしくお願いします。
- 78 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:13
- 「?!!・・・・・・何のことですか?」
ひとみは驚いて市井を見つめる。
市井は確信した表情でひとみを見ている。
しばらく沈黙が流れる。
この沈黙を破ったのはひとみだった。
「ぷぷぷぷ、何言ってるんですか?あたしが王女様?冗談きついですよ。
10剣聖の市井様でもそんな冗談言うんですね。」
ひとみがお腹を抱えて笑う。
が、市井の表情は真剣だ。
冗談を言っている顔ではない。
「冗談なんて言っていませんよ。
あなたはゼティマ王国第一王女ヒトミ・ヨッスィ・ブルー様。
それに間違いはありません。」
- 79 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:14
- 「ちょ、ちょっと待ってください。全然訳が分からないですよ。
あたしが何で王女様なんですか?」
市井の断定にひとみは戸惑いながら尋ねる。
「根拠はあたしの身体です。あの傷がほとんど治っていました。
これほどの高レベルの“土”の術を唱えられるのは圭ちゃんか、
ヒトミ様しかいません。」
「いや、だからと言ってそれで何であたしがヒトミ様になるんですか?
あたしは術なんか使えませんよ?
それにあたしとヒトミ様、どこがどうつながるんですか?
名前だけじゃないですか、同じなのは。」
確かにそうである。
市井の身体を治したのが仮にヒトミであったとしても、
ここにいるひとみとは何のつながりもないはずである。
それに王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーの顔は全世界に知れ渡っている。
誰がひとみを王女と見間違えるだろうか?
- 80 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:15
- しかし市井は確信していた。
このひとみこそ3年前のクロスロードウォーで
戦死したとされたゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーであると。
生まれた時からほとんど一緒にいて多くの時間を共有してきた。
その長い年月の中で生まれた絆みたいなものをこのひとみに感じていたからだ。
ひとみには言わなかったが、これが一番の根拠だった。
「・・・・・・・何故生きているなら本国に戻ってこないんですか?
あなたが亡くなったと聞いてみながどれだけ心を痛めたと思っているんですか?」
市井がキッとひとみを睨む。
が、ひとみに動揺の色はない。
そこで市井はさらに言葉をつなげる。
「・・・・・恐らくこれはライジング王国に知れ渡っていると思います。
だから攻撃を仕掛けてきたのでしょう。
・・・・・・・・あなたのお父様、ゼティマ・レム・ブルー様が病に倒れられました。」
ピクッ
ひとみの肩が一瞬だけ揺れた。
- 81 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:16
- 「今、王国の指揮はあなたの妹君、マコト様がとっておられます。
・・・・・・・しかしあなたもおわかりでしょう?マコト様の性格を。
あの方は戦いが出来るお人ではない。
平和な時代であればあれほどの名君はいらっしゃらないが、今の世の中では無理です。
しかしそれでも必死に指揮をとっておられるのです。」
「・・・・・・・・そんな大事な事をあたしみたいな普通の人間に言っていいんですか?」
ひとみは冷静に尋ねた。
国王や第二王女のことを持ち出してもひとみは揺れなかった。
ならばと市井は最後の言葉を言う。
- 82 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:17
- 「・・・・・・・真希。」
ドクンッ!!
この言葉にひとみの心臓は跳ね上がった。
その反応を見て市井は確信した。
「・・・・・・・やはりまだあの事を引きずっておられるのですね。」
市井の問いにもひとみは答えない。
俯き、黙ったままだ。
「・・・・・あの娘は自分の役目を果たしました。
ヒトミ様を恨んでいないはずです。」
この言葉にひとみは冷たい眼を市井に向けた。
その眼に百戦錬磨の市井も思わずたじろいだ。
それほど恐ろしい眼力だった。
「・・・・あなたが何を言っているのかあたしには分かりません。
・・・・・・失礼します。」
そう言ってひとみはその場から立ち去った。
その後ろ姿を見て市井は思う。
『・・・・・・ヒトミ様。真希が今のあなたを見たらきっと悲しむでしょうね・・・・』
- 83 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:17
- 「あ、帰ってきた。ひとみちゃん、ちゃんと市井様をお送りした?」
戻ってきたひとみに梨華が声をかける。
が、ひとみは何も答えず側にあった椅子に座った。
「?どうしたのひとみちゃん。」
梨華が首を傾げる。
「ん、何でもないよ。」
そう言ってひとみはしばらく黙っていた。
その時、梨華は違和感を感じた。
そこにいるのはひとみだ。
それは間違いない。
だが、その表情、特に眼がいつもと違っていた。
普段はやや垂れ目がちであるが、今はキッと釣りあがっている。
今までのひとみからは考えられない厳しい表情だ。
- 84 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:19
- 「ちょ、ちょっとひとみちゃん・・・・・?」
梨華が尋ねるがひとみは反応しない。
「ねえ、ひとみちゃん?!」
梨華はひとみの肩を持ってゆする。
それでようやくひとみはハッとなった。
「え?あ、どうしたの梨華ちゃん?」
いつもと変わらぬ柔らかい、おっとりしたひとみだった。
「あ、いや。何でもないけど。
ひとみちゃん大丈夫?疲れてない?」
「え?あ、そういやちょっと疲れたかも。」
ひとみはこう言い、弱々しい微笑みを浮かべる。
「ずっとあたしを見ててくれてたもんね。
ありがとうひとみちゃん。もうあたしは大丈夫だし、
ひとみちゃんも一度家に戻って休みなよ。
今日中には出発するだろうから、荷物もまとめておきなさいよ。」
「はーい!!分かりました梨華ちゃん!!」
ひとみはニッと笑うと部屋を後にした。
梨華はその後姿を見て、妙な胸騒ぎがしていた。
いつも近くにいるひとみ。
それがどこか遠くへ行ってしまった。
そんな感じだった。
- 85 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:20
- ゼティマ王国では市井からの報告を受け、国全体が揺れていた。
あのライジング王国がゼティマ王国に宣戦布告をしただけでなく、
魔物と手を結んだ事により、事態は想像以上に深刻化したからである。
このままでは間違いなく人類は滅び、魔物がこの世を支配する事になる。
それは絶対に阻止しなければならない。
この事態に対処すべくゼティマ王国国王代理マコト・オガワ・ブルーは
ゼティマ王国領内に散らばる10剣聖を招集した。
- 86 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:21
- 「10剣聖“アースクエイカー”保田圭様、到着いたしました。」
「10剣聖“ウインドブロウ”矢口真里様、到着いたしました。」
「10剣聖“ホーリーナイト”安倍なつみ様、到着いたしました。」
「10剣聖“サンダークロウ”飯田圭織様、到着いたしました。」
兵士たちの報告が続々と入ってくる。
マコトが呼びかけて1時間もしないうちに
市井を除く全ての10剣聖がゼティマ王国に集まった。
10剣聖が全員集まるなど、あの3年前のクロスロードウォー以来のことだ。
彼女たちはゼティマ城の会議室で市井の帰りを待つ。
みなその表情は重い。
そして。
「10剣聖“ファイアストーム”市井紗耶香様、到着いたしました。」
兵士のこの報告に一気に室内の緊張感が高まった。
- 87 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:22
- 「市井です。ただ今戻りました。」
会議室に入って市井はスッと頭を下げた。
「無事で良かったよ紗耶香さん。ご苦労だけどすぐに報告してください。」
国王代理のマコトが市井を労い、今回の件の報告を求めた。
このあたりの言葉遣いにもマコトの性格がにじみ出ている。
「はっ、それでは早速。」
市井は自分の席に付くと、周りを見渡しながら言葉を発した。
「まず、私の先の報告より大体の状況は察しておられると思います。
ライジング王国が魔物と手を結び、この世界を手に入れようとしております。
・・・・・・・・・彼らは犯してはならない罪、禁呪を使いました。」
市井のこの言葉にハッとなり、
言葉を発したのは“聖”を極めた“ホーリーナイト”安倍なつみだった。
「そ、それってもしかして“同化”だべか?」
安倍の言葉にみな驚愕の表情を浮かべる。
「なっちの言うとおりです。ライジング王国は魔物と“同化”したのです。」
- 88 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:23
- “同化”とは2つの生命体を掛け合わせ、1つの生命体にすることである。
この術は生命体のバランスを著しく損なうことから、
犯してはならない禁呪として伝わっており、
これを使った者は未来永劫その罪を問われる事になる。
が、それ以前にこの術は恐ろしいくらいレベルが高く、
先のクロスロードウォーで戦死した10剣聖、“邪”を極めた
“デビルサマナー”福田明日香でも使えるかどうかというレベルだ。
その術をライジング王国は成功させ、人間と魔物を同化させたのだ。
それがあの及川光博将軍である。
- 89 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:26
- 「でどうだったの紗耶香?そいつらの力は。」
“ウインドブロウ”矢口真里が尋ねる。
市井はその問いに腰の刀をスッと抜いた。
「?!!!」
みな市井が抜いた刀、和道菊一文字に目が釘付けとなった。
遠目からでもはっきりと分かるほどのヒビが入っていた。
「まさか和道菊一文字がそこまで・・・・・・」
“アースクエイカー”保田圭が驚愕の表情を浮かべる。
「これは相当気を入れないとやばいね。」
“サンダークロウ”飯田圭織だ。
「カオリの言うとおりです。戦闘力はもちろんのこと、
人間と同化しただけあって知能の面でも格段の進歩を遂げています。
だからこそ前回のようにはいかないでしょう。
さらに言えば、まだライジング王国は完璧に“同化”を完成させたわけではありません。
“同化”は本来2つの生命体を1つにするものですが、今回及川将軍は2人いました。
それはつまり、中途半端な同化しか出来なかったということです。
1つの生命体になれず、身体、能力ともども2分化されたままだったのです。
つまり半分の出来だったということです。」
市井のこの言葉にみな黙り込む。
前回の戦い、クロスロードウォーでは魔物たちの唯一の弱点として知能が挙げられた。
一部の上級の魔物でしか知能という面を持っていなかったのだ。
他の下等な魔物は本能に任せて暴れるだけ。
それだけにこちらにも付け入る隙があったのだ。
その魔物がライジング王国と手を結び、知能を手に入れた。
これは非常にまずい。
今はまだ“同化”は完成していないが、
もし完成されればほぼ絶望的だ。
- 90 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:28
- 「これはうちらだけでは無理やな。他の国とも協力し合わないと。」
その時、会議室に懐かしい声が響いた。
みなその声のした方を一斉に振り向いた。
そこには車椅子に乗った女性がいた。
「裕子!!!」
その姿を見て矢口が叫ぶ。
そしてその後ろにはもう1人いた。
彼女は右腕が無かった。
「彩っぺ!!」
飯田が叫ぶ。
先の戦い、クロスロードウォーで2度と剣の振るえない身体となった10剣聖。
“闇”を極めた“ダークエンジェル”中澤裕子。
“水”を極めた“アイスウォール”石黒彩。
この2人だった。
- 91 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:30
- 先のクロスロードウォーで保田の土の術でも完治できないような深手を負い、
二度と剣の振るえない身体になった2人は軍から退役しそれぞれ自分の故郷に戻っていた。
が、今回の事件を聞きつけ城に戻ってきたのであった。
「・・・・元気だった?」
矢口が中澤にニコッと笑いかける。
「ああ。めっちゃ暇してたわ。」
中澤がおどけた。
心なしかあの頃よりも老けたようだ。
「彩っぺも。元気そうだね。」
「まあね。」
安倍の言葉ににこやかに笑う石黒。
こちらも少し雰囲気が柔らかくなったようだ。
3年とはいえ、月日は確実に流れていた。
「この2人は今日からまたわが国のために働いてもらうことになりました。」
マコトが説明する。
「もちろん戦闘は無理やけどな。その分うちらにはココがある。
これで役に立たせてもらうで。」
中澤は自分の頭を指して言った。
普通の人間では極めることが出来ないとされていた“闇”。
それを極めるには膨大な知識と経験が必要となる。
この“闇”を極めた中澤裕子。
その知識に何の不安もない。
そして側にいる石黒彩は“水”を極めた“アイスウォール”。
その名の通り氷のような冷静な判断力を持つ。
この2人が参謀に付けばありとあらゆる状況に対応できるであろう。
- 92 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:32
- 「で?その頭でこれからどうしたらいいか教えてよ。」
「おう、任しとき。」
保田の問いに中澤は地図を取り出し、みなの前に広げた。
「うちらがする事はクロスロードウォーの時と同じような
完璧な共闘戦線を作り上げることや。うちらとライジング王国がしたようにな。
・・・・・これはうちらゼティマ王国だけの問題とちゃう。人類全ての問題や。
だからこそ他の国と一丸となってことにあたらなあかん。」
中澤が一息置き、そして言葉をつなげた。
「ライジング王国は唯一うちらゼティマ王国に対抗できる国やったからな。
そのライジング王国に魔物がついた。・・・・これは確実にクロスロードウォーの時よりも悪い状況や。
だからこそ前回以上の共闘戦線を作らなあかん。
そしてこの共闘戦線のメインパートナーにしなあかんのがメロン公国。」
そう言って中澤は地図にゼティマ王国の東、
ライジング王国の南に記されているメロン公国を指差した。
メロン公国は先のクロスロードウォーでもゼティマ王国、
ライジング王国とともに魔物に立ち向かった国である。
その国力はゼティマ王国やライジング王国には正直及ばないかもしれないが
他の国々と比べると群を抜いている。
それだけにゼティマ王国とメロン公国ががっちりと手を結ばねばならない。
- 93 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:33
- 「裕ちゃんの言うとおりだね。あたしもメロン公国との同盟がこの戦いの鍵だと思う。
もちろんメロン公国だけじゃ駄目だけどね。西のカントリー王国、
南のココナッツ王国ともきっちりと協力しあわないと。」
石黒が言葉をつなげる。
この両国も先のクロスロードウォーで共に戦った国だ。
「それなら大丈夫ですよ。メロンもカントリーもココナッツも我が国とずっと友好関係があります。
それに1週間前に各国の王とお会いし、魔物対策の話をしたところです。
すぐに協力し合えます。」
マコトがそう言ったとき、
会議室のドアが勢い良く開けられ1人の兵士が飛び込んできた。
「大変です!!メロン公国がライジング王国に滅ぼされました!!!」
この報告にみな言葉を失った。
- 94 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:34
- その兵士の報告によると市井がミホ村でライジング王国軍を撃退した後、
一度自国に戻ったライジング王国軍は兵を整え今度はメロン公国に進路を変えた。
もちろんミホ村での出来事はメロン公国にも伝わっており、警戒を強めてはいたのだが、
ライジング王国と魔物による連合軍の力は強大でありメロン公国はわずか1日、
いや3時間にして滅亡したという。
この戦いでメロン公国国王以下、
王族たちはほとんど全て殺されたという。
- 95 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:35
- 「・・・・・・・信じられない・・・・・・」
この市井の言葉がみなの気持ちをそのまま表していた。
いくらライジング王国が魔物と手を結び、
力を増大させたとしてもあのメロン公国が1日と持たず滅んでしまうとは。
メロン王国には10剣聖に劣らないほどの優れた戦士がいる。
その貴公子然の姿はまさにナイトというべき。
“プリンス”大谷雅恵。
雄大な山脈のように王国を守る堅固な壁。
“アンデス”斉藤瞳。
いつも笑みを浮かべた表情。が、頭の中はあらゆる策が詰まっている。
“マスク”村田めぐみ。
そしてこの3人が命を懸けて守るのがこの国の王女であり、
メロン公国最強の戦士。
“クインシー”柴田あゆみ。
彼女たちを擁するメロン公国が1日で滅ぼされた?
それは信じられない事だった。
- 96 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:42
- 「・・・・・これは認識を改めないと・・・・・」
石黒が呟く。
いつも冷静な石黒もさすがに青い顔だ。
だがすぐにいつもの冷静さを取り戻し、マコトに進言する。
「マコト様。すぐに軍に厳戒態勢をとらせるように指示して下さい。
それからカントリー王国、ココナッツ王国にすぐ使者を送りましょう。」
「う、うん、分かった。」
マコトが震えながら頷く。
メロン公国が滅び、王族たちがほとんど死んだと聞いてショックを受けたのだ。
「それじゃあたしがカントリー王国に行きます!!」
「ではあたしがココナッツに!!」
こう申し出たのは矢口と飯田。
一刻を争う事態だ。
大事な使者の役目を務められるのは10剣聖しかいなかった。
「う、うん、お願いね。」
「はっ!」
矢口と飯田は軽く頭を下げると会議室から飛び出して行った。
「よし、こっちもすぐに軍を整えるよ!!」
「オッケー!!」
「各軍隊長に緊急指令だね。」
市井と安倍、保田も急いで会議室を後にする。
事態は急速に動き始めた。
- 97 名前:悪天 投稿日:2004/06/09(水) 01:42
- 本日はここまでです。
説明文ばかりですみません。
- 98 名前:みっくす 投稿日:2004/06/09(水) 08:23
- 更新おつかれさまです。
楽しく読ませてもらってます。
すごい続きが気になります。
次回も楽しみにしてます。
- 99 名前:甲乙 投稿日:2004/06/09(水) 17:11
- おもしろいです。
更新楽しみに待たせていただきます。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/09(水) 22:04
- ファンタジーもの好きなんですよ。
よっすぃー主役だし♪
続き待ってます
- 101 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:02
- >>98 みっくす様
ありがとうございます。
ご期待に添えるよう頑張ります。
>>99 甲乙様
ありがとうございます。
これからも楽しみにしていただけると幸いです。
>>100 名無飼育さん様
ありがとうございます。
自分もファンタジーによっすぃー好きなんで頑張ります。
- 102 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:04
- そのころ、ひとみや梨華たちミホ村の人々は
ゼティマ王国の兵士たちに守られながらゼティマ城へと向かっていた。
みな最小限の荷物だけを持って自分たちの故郷を後にしていた。
確かに故郷を去る寂しさはあるものの、ゼティマ城ならば絶対に安心だ。
そんな思いがあるため村人たちはそれほど落ち込んでいる様子はなかった。
が、その中でひとみはずっと無言だった。
梨華が話しかけても、姉の陽子が話しかけても必要最小限の言葉しか発しない。
ずっと1人考え込んでいた。
『どうしちゃったの?ひとみちゃん・・・・・・』
梨華がひとみの様子に不安を覚える。
そんな梨華の思いも知らず、ひとみはトコトコと歩く。
村を出てから4時間。
途中で何事もなくひとみたちはゼティマ城へと到着した。
- 103 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:05
- ゼティマ城は周りを城壁に囲まれ、
マコトたち王族が住む本城の周りに民衆たちが住む城下町が広がっている。
世界各地から多くの人が集まる巨大な城塞都市だ。
ひとみたちがゼティマ城城下町に着くと明らかにみなの雰囲気が違っていた。
民衆たちはそそくさと家に戻って行き、
兵士たちはみな街をバタバタと走り回っている。
みな一様に緊張しており、表情が引きつっている。
「一体何があったんだ?」
ひとみたちを護衛してきた王国の兵士の1人が走り回る兵士を捕まえ尋ねた。
「何だお前、聞いてないのか?メロン公国が滅ぼされたそうだ。」
「なっ?」
この言葉にミホ村の人間はみなざわめく。
メロン公国の力は兵士でなくても誰もが知る所。
そのメロン公国が滅ぼされたのだ。
それはにわかには信じ難い事だった。
メロン公国が滅んだ。
これを聞いた時、ひとみの肩がピクッと揺れたのを梨華は見逃さなかった。
『何かいつもと違うよひとみちゃん・・・・・・』
- 104 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:06
- 「みんな静まりなさい。」
その声にざわめきがピタッとやんだ。
声のした方を見るとそこには村を助けてくれた
10剣聖“ファイアストーム”市井紗耶香と、
“アースクエイカー”保田圭がいた。
「市井様!!」
梨華が思わず声を上げる。
その声に市井はチラッとだけ梨華に目をやり、
すぐにミホ村の村人たちに向かって話す。
「確かにメロン王国は滅んだ。が、それは不意を突かれてのことだ。
わがゼティマ王国は充分に備えをしているし、
何より我ら10剣聖がいる。安心しろ。」
「紗耶香の言うとおり何も心配することはない。
この“アースクエイカー”保田圭があなたたちを必ず守ってみせる。」
そう話す市井と保田の姿は自信に満ち溢れており、
その姿に村人たちは少し落ち着きを取り戻した。
そうだ、自分たちには10剣聖がついている。
- 105 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:07
- 「ではみなさんこちらへ。宿舎へ案内いたします。」
村人たちが落ち着きを取り戻したのを見届けた兵士は、
村人たちを城下町の宿舎に連れて行こうとした。
「あ、ちょっと待って!!そこの娘!!」
その時保田が声を上げた。
保田の視線の先には俯いたまま歩こうとするひとみの姿があった。
『・・・・さすが圭ちゃん、気付いたかな?』
市井が見守る中保田はずんずん歩いていき、
ひとみの側にやってきた。
「あ、あの、ひとみちゃんが何か・・・・・・?」
不安そうな声で尋ねるのは梨華。
保田はその名前を聞いて驚く。
「この娘、“ひとみ”って言うの?」
「あ、はい。吉澤ひとみ。2年ほど前お姉さんと一緒に私たちの村に来たんです。
その前まではダンジグにいたんです。そうよねひとみちゃん。」
「う、うん。」
ひとみは俯いたまま答えた。
「そう。この娘の姉はいる?」
「あ、はい、私です。」
陽子がおずおずと前に出た。
周りの村人はひとみが何かやらかしたのではないかと怯えていた。
「この娘はあなたの妹?間違いない?」
「えっ?あの、質問の意味がよく分からないんですが・・・・・・」
陽子は困惑していた。
その様子から保田は陽子や梨華がウソを付いていない事が分かった。
「いや、なんでもないよ。ごめん、変な事尋ねて。
ただこの娘がちょっと具合が悪そうな顔だったから、大丈夫かなって。
今日はしっかりと休みなよ。」
保田の言葉にひとみは黙って頷く。
それを見た陽子が声を上げる。
「ひとみ!保田様がせっかく優しい言葉をかけてくださっているのに何なのその態度は?
すみません保田様。」
陽子がぺこぺこと頭を下げる。
ひとみも慌ててありがとうございますと言って頭を下げた。
村人たちもホッと胸を撫で下ろす。
そしてひとみたちは兵士に連れられて宿舎へと歩いていった。
- 106 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:08
- その後姿を保田はジッと見つめていた。
『・・・・・・・・・気のせいかな・・・・・・・・・・?いや、でも・・・・・』
そんな保田の心を見透かすように市井が保田の肩にポンと手を置いた。
「圭ちゃんの考えてる通りで合ってると思うよ。」
「?!!・・・・・まさか?!」
「うん、あたしも確信してる。あの娘はヒトミ様だ。」
保田は驚愕の表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっと紗耶香!!何平然としてるの?すぐにヒトミ様を・・・」
「いや、それはやめとこう。」
「何で?」
「・・・・・・・・今のヒトミ様に何を言っても無駄だよ。
あのことを自分で解決しない限りね。」
「・・・・・・後藤のことね。」
市井の言葉に保田は納得した。
- 107 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:13
- 軍備を整え、厳戒態勢を取らせた市井は、
城へ戻り、中澤の部屋を訪ねた。
「裕ちゃん、ちょっと話したい事がある。」
「ん?・・・・・・・わかった。」
中澤は目を落としていた書物を机に置き、
市井に向かい合った。
「で、話って何や?」
「・・・・・・・裕ちゃん、ヒトミ様が生きてた。」
「?!!!」
これにはさすがの中澤も目を丸くする。
「紗耶香、それホンマか?」
中澤の言葉に無言で頷く市井。
「・・・・・・・・・そうか・・・・・・・・生きてたか・・・・・・良かった・・・・・・」
中澤の目に光るものが。
中澤はヒトミの教育係でもあり、ヒトミが幼少のころからずっと側で仕えていた。
先のクロスロードウォーでヒトミが死んだのを
聞いた時の落ち込みようは半端ではなかった。
守るべき王女が死に、自分が生き残ったことを心底恥じた。
それだけに中澤はヒトミの生存がたまらなく嬉しかった。
が、感傷にいつまでも浸っている中澤ではない。
「紗耶香、あんたがそれを知っていてなおかつヒトミ様をここに連れてこないっていうのは
何か訳があるんやな?いや、それ以前に生きていたならばヒトミ様自身が真っ先にここに戻ってくるはずや。
ここには家族もおるし、仲間たちもおる。考えられるのは記憶を失くしているか、それかここに戻りたくないか。
・・・・・・・お前の様子からやと後者やな?」
「うん。」
中澤の言葉に市井が頷く。
「・・・・・・ここに戻りたくない、それはもうあのこと以外考えられへんな。
ごっちんのことやろ?」
「ああ。」
市井は頷いた。
脳裏にはあの日のことが浮かび上がる。
今でもはっきりと思い出す事が出来るあの日のことが。
- 108 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:14
- 後藤真希。
10剣聖の1人であり、“光”を極めた“シャイニングスター”。
その実力は10剣聖でも1、2を争うほどであり、
王女ヒトミとともに誰からも愛されていた人物である。
彼女も先のクロスロードウォーで戦死した。
それもヒトミをかばっての戦死だった。
あれは唯一と言っていいほど、ヒトミの判断ミスだった。
今から2年半ほど前のことだ。
この時期ではクロスロードウォーもほぼ終焉を迎えつつあった。
この時はもうほとんど人間たちが優勢だった。
魔物たちは知能がなく、ただ闇雲に暴れるだけ。
それだけにこちらがきっちりと連携をとって戦えばほぼ大丈夫であった。
ゼティマ王国、ライジング王国、メロン公国といった強国が力をあわせ、
魔物たちを追い払っていく。
この時も見事な連携で攻めてきた魔物たちを打ち倒した。
- 109 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:15
- 「ここで一気に決着をつける!!」
ヒトミはそう判断した。
戦いにおいて、士気というものは大事である。
今、勝利に沸いている兵士たちの勢いを大事にしなければ。
それにこの戦いももう半年がたとうとしている。
この戦いで大きな犠牲を払った。
ゼティマ王国が誇る10剣聖も“邪”を極めた福田明日香がその命を落とし、
“闇”を極めた中澤裕子、“水”を極めた石黒彩は今現在、生死の境をさまよっている。
もうこれ以上犠牲者は出したくない。
その気持ちがヒトミの判断を鈍らせた。
ヒトミが率いる軍は止めを刺すべく、敗走する魔物を追いかけていった。
きっと、この魔物たちを統率する者がいるはずだ。
そいつを叩けばきっとこの戦いは終わる。
他の10剣聖や、他国が率いる軍もそれぞれが魔物たちを追う。
- 110 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:15
- しかしヒトミたちは知らなかった。
戦いが始まって半年。
ここまで送り込まれてきた魔物は全て知能のない下等な魔物であり、
上級の魔物たちはまだ現れていなかったことを。
- 111 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:16
- 「ここは・・・・?」
ヒトミが率いる軍は魔物たちを追う。
その進軍の最中、ヒトミはふと魔物たちが統制されているのに気付いた。
知能がないならば各々が勝手に逃げ出すはずだ。
が、目の前の魔物たちはきちんと隊列を組み、共通の方向に走っていた。
「まさか?!!!」
気付いた時には遅かった。
ヒトミの軍が足を止めたのは深い峡谷。
周りには川が流れている。
そして周りには無数の魔物たち。
前後左右、さらには上空にも無数の魔物たちがいた。
「し、しまった!!!」
これは魔物たちの罠だったのだ。
魔物たちはわざと敗走し、ヒトミをここへおびき出したのであった。
- 112 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:17
- ヒヒヒヒーン!!!!!!
夜空に高らかな馬の嘶きが響く。
その声に上空を見ると、そこには明らかに雰囲気の違う魔物がいた。
顔は獅子の顔で、肌は赤い黄金のように光り、輝く鎧を身に纏っており、
巨大な戦馬に乗っている。
だが、目は深く閉じたままだ。
「お初にお目にかかる。我は魔王ハーデス様直属の部下、アッケロンと申す。
ゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルー殿とお見受けいたす。」
アッケロンと言った魔物は馬上からスッと頭を下げた。
その振る舞いは礼儀を重んじる騎士のようだ。
ヒトミを始め、兵士たちはみな驚いていた。
魔物がしゃべった?
- 113 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:18
- その様子に気付いたアッケロンが言葉をつなぐ。
「どうやら我が人間の言葉を話すことに驚いているようですな。
しかしこれぐらいは我にとっては何の造作もないこと。
そこらにいる魔物どもと一緒にしないでいただきたい。」
アッケロンが静かに微笑む。
「・・・・・どうやらそのようだな。
いかにも、余がゼティマ王国第一王女ヒトミ・ヨッスィ・ブルーである。」
ヒトミも堂々と自分の名を名乗った。
その姿はまさに気品に溢れていた。
- 114 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:19
- 「・・・・・・まさに威風堂々たる姿。噂に違わぬ一角の人物であるな。」
地獄の大公の1人であるアッケロンもその姿に畏怖を覚える。
そして同時に再確認する。
ヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
彼女は魔物たちにとって危険な存在だと。
そのため、アッケロンはハーデス直々の命令を受け、
ヒトミを討ち取るために人間界に来たのであった。
「本来ならばあなたとの一騎打ちを所望したいが、そうもいかぬ。
申し訳ないが、ここで死んでいただく。」
アッケロンが低い声で言った。
そして閉じていた目をカッと見開いた。
- 115 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:19
- 「あ・・・・・?」
兵士たちはその目を見て動けなくなった。
アッケロンの瞳は赤く燃え盛っていた。
そして何より。
その瞳に映ったのは自分の死に様だった。
ある者は首を切られ、ある者は地獄の業火に焼かれていた。
「ひ、ひいいいいいい!!!!」
「め、目が!!!!!」
そのショックであろうか。
兵士たちは目が見えなくなった。
「見えたか?それが貴君らの死に様だ。」
アッケロンがこう言うと同時に周りを囲んでいた魔物たちが
一斉に襲い掛かってきた。
兵士たちは何も出来ない。
- 116 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:20
- グオオオオオオオオオオ!!!!!!
が、聞こえたのは人間の声ではなかった。
魔物たちの断末魔の叫びが辺りに木霊する。
一度に10体の魔物が落雷に打たれて黒焦げになっていた。
「皆の者気を確かに持て!!!!
余がいる!!!余がいる限り負けはせん!!!」
ヒトミが凛とした声を上げる。
この声を聞いた兵士たちはハッとなる。
そうだ。我らにはヒトミ様がいらっしゃるのだ。
大丈夫。我らは絶対に負けない。
そう兵士たちが思った瞬間。
視界がスッと開けた。
「み、見えるぞ?!!」
「俺もだ!!!」
兵士たちは自分の視力が回復したことに驚いていた。
- 117 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:21
- 「さすがはヒトミ殿であるな。これを見破られたか。」
アッケロンは驚嘆した。
「そなたの瞳に映るのはまやかしだ。
そのまやかしに気を奪われた隙に術を我らに叩き込んだのであろう?
だが、余には通用せん。」
「どうやらそのようですな。・・・・・・・よろしいでしょう。
もう小細工はなしです。一気に行かせていただきます。」
そう言うやいなや、アッケロンが上空から舞い降りた。
と同時に魔物たちも襲い掛かってきた。
「行くぞ!!!必ず生きて帰るぞ!!!」
「はっ!!!!」
ヒトミの声に応える兵士たち。
死力を尽くして魔物たちと戦う。
- 118 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:24
- 「くっ・・・・・・」
ヒトミは唇を噛み締める。
兵士たちが倒れていくのは分かっていた。
が、助けに行く事はできなかった。
それは目の前にアッケロンがいるからだ。
一瞬でも隙を見せれば殺される。
それはアッケロンも同じだった。
ヒトミと対峙して、一歩も動けなかった。
周りでは断末魔の叫びが飛び交う中、
ヒトミとアッケロンの間合いだけは静かだった。
一度だけその間合いに魔物が入り込んだが、
次の瞬間塵となって消えた。
この2人の間合いには誰も入れない。
- 119 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:25
- ヒトミとアッケロン。
この2人を除いて兵士と魔物たちが戦う。
しかし、やはり魔物の力は強大であった。
ヒトミが率いる軍は精鋭を100集めたが、
同数ほどの魔物相手に1人、また1人と倒れていく。
そしてとうとうヒトミ1人だけになった。
「・・・・・チェックメイトですな。」
アッケロンが呟いた。
「くっ・・・・・」
悔しいがアッケロンの言うとおりだった。
自分は動くことが出来ない。
が、他の魔物たちはジリジリと自分に向かってくる。
このまま止まっていれば魔物たちに殺されるし、
魔物に対峙すればアッケロンに殺される。
まさにチェックメイト。
- 120 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:26
- 『みんな、ごめん。』
ヒトミは観念した。
が、もちろんただでは死なない。
一体でも多くの魔物を道連れにする。
ヒトミは動いた。
アッケロンに背を向け、迫り来る魔物たちに飛び掛った。
「・・・・お見事。」
ヒトミの強い意志に感銘しつつもアッケロンは間合いを詰める。
そしてがら空きとなったヒトミの背中に向かって腰につけていた剣を振り下ろした。
- 121 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:27
- ブシュッ!!!!!!
この手に伝わる確かな手応え。
が、アッケロンの目に映ったのはヒトミではなかった。
ヒトミと同年代ほどの若い女性。
いつこの間合いに入ったのか分からなかった。
彼女はヒトミとアッケロンの間に入り、アッケロンの剣をその身に受けた。
「ま、真希・・・・・?」
ヒトミが驚愕の表情で彼女を見る。
「よ、良かった・・・・間に合って・・・・・・」
ヒトミを庇ったのは10剣聖の1人、
“光”を極めた後藤真希だった。
- 122 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:28
- 後藤の身体が崩れ落ちる。
それをヒトミは受け止めた。
その手がベッタリと血でぬれる。
「真希!!しっかりして!!」
「ヒ、ヒトミ様・・・ご無事ですか・・・・・?」
後藤はこう言うとゴホゴホッと血を吐いた。
すぐにヒトミは土の術で回復を図るが、後藤が受けた傷は回復しなかった。
それはすなわち、致命傷だったということだ。
「そ、そんな・・・・真希!!ねえ真希!!!」
「ヒ、ヒトミ様・・・・・あたしは・・・・あなたといれて・・・・幸せでした・・・・」
「馬鹿!!何てこと言うんだ!!」
ヒトミの目に涙が溢れる。
子どものころからずっと一緒だった。
ずっと側にいた。
大事な人だった。
「ヒトミ様・・・・・生きて・・・・下さいね・・・・・」
後藤は力なく微笑むと、静かに目を閉じた。
- 123 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:28
- 「真希?!!真希!!!!!!」
ヒトミは絶叫した。
だが後藤は反応しない。
微笑んだままの、穏やかな表情だった。
ひとみはギュッと後藤を抱きしめる。
「見事だ。主を守る見事な行為だ。」
アッケロンはそう呟いた。
- 124 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:29
- ドスッ!!!!
とその時、一体の魔物がその爪をヒトミの背中に突きたてた。
鋭い爪がヒトミの身体に突き刺さる。
「ケケケケケケ!!!!」
その魔物は下等な笑いを漏らし、
もう一撃加えるべく爪を引き抜く。
が、それが引き抜けなかった。
力を入れてもビクともしない。
「ギャアアアアアアアア!!!!!」
次の瞬間その魔物が一瞬で炎に包まれ、灰となった。
- 125 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:30
- 「真希・・・・・・・」
ヒトミは後藤に優しく口付けをした。
その唇はまだ温かかった。
そして丁重に地面に横たえた。
- 126 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:32
- ゴクッ。
思わずアッケロンは息を飲む。
ヒトミのこの動作の一つ一つが恐ろしかった。
触れてはならない逆鱗に触れてしまった?
「・・・・・・・許さないよ?」
ヒトミはゆらりと立ち上がる。
その瞬間知能を持たぬ魔物たちが一斉に襲い掛かったが、
みな全て一瞬でこの世のものではなくなった。
「フ、フフフフフ。」
アッケロンはその力に笑みを漏らす。
が、その笑いには明らかに怯えがあった。
- 127 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:34
- 「あんたは絶対に許さない。」
ヒトミはそう言うと、右の手のひらを天に突き出した。
その手の先には綺麗な満月が浮かんでいた。
その瞬間、月がグニャリと歪んだ。
そして月はヒトミの右手に落ちてきた。
眩い光が辺りを支配する。
光が収まると、ヒトミの右手には静かな光を放つ剣が握られていた。
- 128 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:35
-
これがゼティマ王国300年の歴史の中でも、
初代ゼティマ王しか使えなかったと言われる“ムーンライト”だ。
- 129 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:36
- ヒトミの身体が踊った。
次の瞬間、アッケロンの眼前にヒトミは現れ、
ムーンライトを振るった。
「くっ!!!」
咄嗟にアッケロンは戦馬から飛び降りて避けたが、
戦馬はこのムーンライトをまともに食らってしまった。
ヒヒヒヒーン!!!!
巨大な戦馬は大きく嘶くと、真っ二つに割れた。
それだけではない。
戦馬の後ろには大きな切り立った崖があったが、
当たってもいないのに崖も真っ二つに割れた。
- 130 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:37
- 「な、何という破壊力だ・・・・・」
アッケロンは呆然となる。
が、すぐに我に返ると、空高く舞い上がった。
距離をとって体勢を整える。
人間では浮遊する事はできないはずだ。
「・・・・・・・逃がさないよ?」
ヒトミは素早く術の構成をし、詠唱する。
「空に踊る風の精霊たち。我が名はヒトミ・ヨッスィ・ブルー。汝の力、我に与えたまえ。」
ピュウッ!!!
一陣の風が流れてきた。
それはヒトミの頬を流れ、右肩から左わき腹に、
そして右足へとヒトミの身体を包んでいく。
ドンッ!!!
大きな音がしたかと思うと、ヒトミの身体が宙に浮いた。
そして一直線にアッケロンに向かっていく。
ヒトミは風の術を唱え、自分の足元に巨大な風のうねりを作ったのだ。
その爆発力で上空に舞い上がった。
- 131 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:38
- 「何っ?!!」
これにはアッケロンも信じられなかった。
まさか風の術をこのように使うとは?
ヒトミはムーンライトを振るう。
これをアッケロンはかわそうとするが、
かわしきれなかった。
「ぐわああああああああ!!!!!!」
絶叫するアッケロン。
その逞しい左腕が一瞬で消え去っていた。
恐怖でアッケロンの表情が歪む。
- 132 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:38
- 「ぐあああああ!!!!」
さらにヒトミは攻撃の手を緩めない。
空中ですかさず雷の術を放つ。
この落雷に打たれ、アッケロンは崖の上の地面に叩きつけられた。
ひとみも重力に従って落ちるが、風の術でクッションをつくり、
フワリと着地した。
「つ、強い・・・・・」
もうアッケロンには最初のような余裕はない。
恐怖で表情が引きつっている。
「とどめだ。」
ヒトミがスッとムーンライトを構える。
そして倒れているアッケロンに突き出した。
- 133 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:39
- ドシュッ!!!
「ぐふっ!!!!」
だが、声を上げたのはヒトミだった。
ヒトミの身体を一本のランスが貫いていた。
「エ、エリゴル!!」
アッケロンがその姿を見て叫んだ。
「貴君の帰りが遅いから様子を見に来てみれば、まさかこんな状態とはな。」
エリゴルと呼ばれたその魔物は黒い鎧に身をまとい、
騎士然とした印象を受けるが、やはりその姿は異形だった。
「すまぬな。」
「いや、かまわぬ。」
そう言ってエリゴルはヒトミからランスを抜いた。
「ぐっ!!!」
ゴホッと血を吐いて倒れこむヒトミ。
何故気付かなかった?
- 134 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:40
- 「アッケロン、こやつが例の?」
「うむ。」
魔物たちが会話をかわす。
魔物の言葉のため、ヒトミには何を言っているのかわからない。
「ハーデス様の仰る通りだ。こやつは危険な存在だ。
今、殺しておかねば我らにとって後々大きな災いとなる。」
「アッケロン。貴君にそこまで言わせるとはな。
だが、その心配も杞憂に終わる。今、ここで殺して終わりだ。」
そう言ってエリゴルはランスを構えた。
『くっ・・・・ここで死ぬのか?』
必死に身体を動かそうとするヒトミだが、
力が入らない。
エリゴルのランスが勢い良く振り下ろされた。
- 135 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:41
- 『ヒトミ様!!』
聞こえないはずの声が聞こえた。
ガキッ!!!!!
「なっ?!!」
エリゴルは驚いた。
自分が振り下ろしたランスの先には誰もいなかったからだ。
あの身体で動いた?!
「エリゴル、上だ!!」
アッケロンが叫ぶ。
ヒトミは上空にいた。
そして最後の力を振り絞ってムーンライトを振り下ろした。
「ぎゃああああああ!!!!」
断末魔の叫びを上げて、エリゴルは消え去った。
- 136 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:41
- 「・・・・後は貴様だ。」
ヒトミはスッとアッケロンを見る。
そして一歩一歩近付いていく。
「くっ!!」
アッケロンは残った右腕で氷を作り出し、
それをヒトミに向かって突いた。
ドスッ!!!
この氷はヒトミを貫いた。
が、ヒトミは歩みを止めない。
一歩一歩近付いていく。
「・・・・・・真希の仇だ。」
ヒトミはムーンライトを振るった。
アッケロンはこの世から消えた。
- 137 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:43
- 「真希。ありがとう。また守ってくれたんだね。」
あの時、聞こえないはずの声は確かに後藤真希の声だった。
その声を聞いた瞬間、力が戻ったのだ。
ヒトミは辺りを見回す。
谷底には兵士の無数の死体。
それから魔物たちの死体も転がっている。
そして自分の一番大事な人が横たわっていた。
信じられない、信じたくない光景。
- 138 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:44
- 「ヒトミ様!!!!」
その時、遠くからヒトミを呼ぶ声が聞こえた。
誰かは確認しなくても分かる。
「ヒトミ様!!!ご無事でしたか?!!!」
正直、今一番聞きたくない声だった。
駆けつけたのは10剣聖の1人、“炎”を極めた市井紗耶香だった。
「ヒトミ様!!なんて酷い傷を?!!」
市井は崖の上に立ち尽くすヒトミを見て心底驚いた。
「・・・・・・・・紗耶香、ごめん。あたしのせいだ。
ごめんね・・・・・・」
「・・・・・ヒトミ?」
ヒトミの話し方が公の言葉ではなく、私的な言葉になっていたため、
思わず市井も臣下ではなく、ただの友達だった頃の口調になった。
- 139 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:44
- ヒトミはスッと谷底を指差した。
そこには市井が目にしたくない光景があった。
「ご、後藤?!!!」
妹のように可愛がっていた子が静かに横たわっていた。
「・・・・・紗耶香、あたしはいいから早くごっちんのとこに行ってあげて。」
「いや、でも。」
「あたしは大丈夫だから・・・・お願い。」
「・・・・・わかった。」
市井は崖から降り、後藤の側に行った。
この行動を後に市井は心底後悔することになる。
- 140 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:45
- 市井は後藤の横に膝をつき、すっと抱きかかえた。
そして後藤の顔をジッと見る。
後藤は穏やかな顔だった。
「何だよ後藤。何満足気な顔してんだよ。」
市井はニコッと微笑む。
が、その目からは大粒の涙が零れ落ちる。
「・・・・・頑張った。良く頑張ったな後藤。偉いぞ。
ちゃんとヒトミ様を守ったんだな。偉いぞ・・・・・・」
後は言葉にならなかった。
市井はギュッと後藤を抱きしめる。
- 141 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:46
- その光景にヒトミの胸が痛む。
自分のせいだ。
自分の判断ミスさえなければこんな事にはならなかった。
兵士たちを、そして後藤を殺したのは自分だ。
「ぐっ?!!」
その時、ヒトミの身体に痺れが襲った。
全く力が入らない。
これは・・・・・毒?
「さっきのランスか・・・・・・?」
エルゴルが持っていたランス。
その先には猛毒が塗られていたのだ。
しかも遅効性のものが。
- 142 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:47
- ヒトミは自分の身体を支えきれず、ドサッと地面に倒れこんだ。
倒れこんだ場所は崖の先端。
アッケロンやエルゴルたちとの戦いで地盤が脆くなっていた。
ヒトミが倒れこんだ瞬間、崖が崩れた。
「なっ?!!」
その音に気付いた市井が顔を上げる。
市井の目に映ったのは崖から落下するヒトミであった。
「ヒトミ様?!!」
ヒトミはそのまま川に落ち、下流へと流されていく。
「ヒトミ様!!!!」
市井はすぐさま追うが川の流れが速い。
ヒトミは見る見る流されていく。
さらに毒のために身体を動かす事が出来ない。
ブクブクと沈んでいく。
そして・・・・・・・
大きな滝壺にのまれていった。
- 143 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:47
- 「ヒトミ様!!!!」
市井が叫ぶ。
が、この滝にのまれてはもう絶望だった。
「そ、そんな・・・・・・・」
市井は絶望に打ちひしがれた。
この日、ゼティマ王国は10剣聖の2人、第一王女と“光”を失った。
- 144 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:48
- ・・・・・・あの日のことを一瞬たりとも忘れた事はない。
だが、市井は中澤にこう言った。
「ま、裕ちゃん、ヒトミ様のことは一先ず置いとこう。
それよりも魔物の方がヤバイよ。奴らはマジ強い。」
「ああ。和道菊一文字があっこまでやられたんやからな。
気合い入れて事に当たらなあかん。」
「期待してるよ裕ちゃん。じゃ、あたしは鍛冶屋に行くよ。
あたしの相棒を復活させなきゃね。」
市井はポンと自分の腰に下げた愛刀を叩いて部屋を後にした。
- 145 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:50
- 「ふふ。ホンマは何よりも一番最初にヒトミ様のことを考えたいくせに。」
中澤が市井の後姿を見てニッと笑う。
あの日、みな傷ついたが、一番傷を負ったのは市井かもしれなかった。
自分の大切な人を同時に2人も失くした。
さらには何故怪我をした王女を放っておいたのか?
と多くの国民から非難を受けた。
しかし市井は立ち直った。
ヒトミ、後藤がいなくなり、中澤、石黒が戦線を離脱したあと、
10剣聖をまとめて、魔物たちを追い払ったのは間違いなく市井だ。
「・・・・・ヒトミ様。あたしたちはずっと待ってますからね。」
中澤は優しく呟いた。
それは市井も保田も同じ気持ちだった。
- 146 名前:悪天 投稿日:2004/06/12(土) 20:55
- 本日の更新はここまでです。
次回更新は少々遅くなるかもしれませんが、
どうかご容赦下さい。
- 147 名前:名無し読者 投稿日:2004/06/12(土) 21:11
- 更新おつかれさまです。
すごく面白くて次の更新が今から待ち遠しいですが
作者さんのペースで頑張ってください。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/12(土) 21:53
- こんな過去があったんですね(涙)
それぞれの想いが・・・辛いですね。
次の更新楽しみに待ってます!
- 149 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:35
- >>147 名無し読者様
面白いと言っていただくのは何よりの喜びです。
これからもご期待に応えられるよう頑張ります。
>>148 名無飼育さん様
物語に感情を移入してくださるのはとても嬉しいです。
ありがとうございます。
- 150 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:36
- その頃、使者としてカントリー王国に向かっていた“ウインドブロウ”矢口真里は、
無事にカントリー王国に到着し、カントリー王と謁見していた。
「むう。事態はそこまで悪くなっておったのか・・・・・・」
カントリー王も矢口の報告に驚きを隠せない。
10剣聖“ファイアストーム”市井紗耶香が瀕死の重傷を負い、
メロン公国がわずか1日で滅んだ。
魔物と“同化”したライジング王国の強さがここまでとは?
「国王様。このままでは先のクロスロードウォーよりも厳しい戦いになる事は必至です。
だからこそ我がゼティマ王国と手を結び、共に事に当たりましょう。」
矢口の言葉にカントリー王は深く頷く。
「うむ。矢口殿の申される通りだ。
ここで我らがきっちりと手を結ばねば世界は、人類は滅亡する。
ゼティマ王にお伝えしてくれ。カントリー王国は全面協力を約束すると。」
「はっ!ありがとうございます!」
矢口は深々と頭を下げた。
- 151 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:38
- 「麻美!!鈴音!!里田!!美海!!すぐさま軍備を整えよ!!
そして明日、ゼティマ王国に向かうぞ!!」
「はっ!!!」
カントリー王は側に控える4人の戦士に指示を出す。
木村麻美。
戸田鈴音。
里田まい。
斉藤美海。
今呼ばれた4人はカントリー王国が誇る4戦士だ。
彼女たちは矢口にスッと頭を下げるとすぐに軍を整えに城を後にする。
「では私は一足先に自国へ戻り、報告いたします。
明日、国境付近までお迎えに上がります。」
「うむ。矢口殿、ご苦労であった。」
「はっ!」
矢口も頭を下げ、城を後にした。
まずはカントリー王国と強固な連携を得る事に成功した。
- 152 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:39
- 一方、ココナッツ王国へと向かった“サンダークロウ”飯田圭織。
この国はゼティマ王国の南にあり、メロン王国とは国境を有しているだけあって、
すでに厳戒態勢がとられていた。
飯田は前線基地でココナッツ王と謁見した。
「よくぞ来て下された飯田殿。」
ココナッツ王が使者として訪れた飯田を出迎える。
王は鎧を着ており、威厳を持った姿だった。
「国王様自らのお出迎え、誠に感謝いたします。」
飯田は深く頭を下げる。
「いや、そちらこそ10剣聖が使者とはお心遣い痛み入る。
・・・・・・しかし、まさかこのような状況に陥るとは。
正直言っていまだ信じられん。夢であって欲しいものだ。」
ココナッツ王が表情を歪める。
魔物の恐ろしさは先のクロスロードウォーで嫌というほど知った。
その魔物とライジング王国が手を結ぶとはまさに青天の霹靂だ。
- 153 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:40
- 「しかし国王様。」
「うむ。分かっている。」
ココナッツ王は飯田の言葉を遮る。
「現実を直視し、冷静に事に当たらねばいらぬ犠牲が増える事になる。
それだけは絶対に避けねばならぬ。」
こう言いきる姿はさすが一国の頂点に立つ王だ。
私的な感情や思いに囚われていては大きな間違いを犯す事を知っている。
とその時、見張りの兵士が大声で叫んだ。
「魔物です!!!魔物がこちらに押し寄せてきます!!!」
- 154 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:41
- この報告に一気に場の緊張感が増す。
「その数は?!!!」
ココナッツ王が叫ぶ。
「はっ!!・・・・・・およそ50!!!」
「50か・・・・・・・数は問題ではないが、どのレベルかが問題であるな。」
「確かにそうですね。」
ココナッツ王の呟きに飯田も頷く。
50程度ならばここにいる兵士たちで事足りる。
が、市井を追い詰めた及川クラスが50だと正直太刀打ちできない。
「国王様、ここは我らにお任せ下さい。」
ココナッツ王の横に控えていた1人の女性が
ココナッツ王の前に出てスッと頭を下げた。
「無論だ。頼むぞアヤカ。」
「はっ!!」
アヤカと呼ばれた女性はココナッツ王に一礼した。
彼女こそココナッツ王が全幅の信頼を置く戦士、
木村アヤカその人だ。
- 155 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:42
- 「アヤカ殿、私もお手伝いさせていただきます。」
飯田がアヤカに歩み寄る。
いくら使者の仕事でここに来たとはいえ、
目の前の魔物を黙って見過ごすわけにはいかない。
「飯田殿、ありがとう。」
アヤカは柔らかく微笑んだ。
しかしすぐに表情を引き締めると、兵士たちの方を向く。
「よいか皆の者!!!」
アヤカの声が響く。
「我らは今より魔物を食い止める!!!
我らが食い止めねば祖国の大事な人たちの命が失われるのだ!!!
よいな、必ず勝つぞ!!!祖国は我らが守るのだ!!!」
「おおっ!!!!!」
アヤカの言葉に兵士たちの士気が上がる。
誰も魔物に怖気づくものはいない。
- 156 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:43
- 「魔物はあそこですね。」
小高い丘の上に築かれた前線基地。
そこから魔物たちがこちらに押し寄せてくるのが飯田にも見えた。
まだ少し距離がある。
その間にアヤカたちは隊列を整える。
「ではまずは私からお先に。」
飯田がスッとアヤカたちの前に出て
背中に背負っていた自慢の槍、“トライデント”を抜く。
そして天高く掲げた。
- 157 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:44
- 「世界の怒りを背負う雷の精霊よ。我が名は飯田圭織。汝の力、我に与えたまえ。」
飯田は術を構成し、雷雲を呼び出した。
雷鳴が嘶き、飯田が掲げたトライデントに落ちた。
「でやっ!!!!」
飯田がかけ声と共にトライデントを振るう。
その瞬間トライデントの先端から先ほどの落雷の何倍もの電撃が飛び出し、
遠く離れた魔物たちに直撃した。
グオオオオオオオオオオ!!!!!!
魔物たちの叫びが聞こえる。
飯田の一撃により10体ほどの魔物が吹き飛んだ。
地面にはその威力を物語る大きな穴が開いていた。
- 158 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:45
- 「・・・・・さすが飯田殿だ。」
アヤカがゴクッと息を飲む。
凄まじい破壊力だ。
この先制攻撃は効果覿面だった。
魔物の数を減らせた事はもちろんだが、
それ以上にココナッツ軍に大きな勇気を、希望を与えたのだ。
我々にはアヤカ将軍だけでなく、
10剣聖、“サンダークロウ”飯田圭織もついている。
「よし皆の者!!!行くぞ!!!」
「おおおおおおおお!!!!!!!!!」
この機を逃さず、アヤカのかけ声とともにココナッツ兵士たちは
一斉に魔物に突進していった。
- 159 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:45
- 先頭に立つアヤカが魔物の懐に飛び込み、
剣を真横に一閃した。
次の瞬間胴体が2つに分かれ、絶命する魔物。
その鋭い斬撃は10剣聖にも劣らない。
「さすがアヤカ殿。」
飯田もアヤカの剣閃の鋭さに驚きつつ、
トライデントを突く。
魔物は悲鳴をあげて倒れていった。
「俺たちも続くぞ!!!」
ココナッツ兵士が勇敢に立ち向かう。
飯田やアヤカ以外は一人一人の力では魔物に及ばない。
しかし数人がかりで魔物を倒していく。
この辺りはアヤカに鍛えられているせいか、動きがよい。
みな愛する者のため、愛する祖国のために命をかける。
- 160 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:47
- 「うわっ!!!」
1人の兵士に魔物の鋭い爪が襲い掛かる。
その兵士は死を覚悟した。
が、その直前で魔物は動きを止めた。
次の瞬間にはその魔物は真っ二つに斬り裂かれていた。
「大丈夫か?!!」
「アヤカ様!!」
その兵士を救ったのはアヤカだった。
「油断するな、魔物は強いぞ!!」
「はっ!!」
「皆の者!!負けるな!!」
「おおっ!!!!」
アヤカが声を張り上げる。
その声に反応する兵士たち。
見事な連帯感だ。
「凄い。ココナッツ王国は強い。」
飯田も兵士とアヤカの連帯感に感嘆の声を漏らす。
特にアヤカの指揮官ぶりだ。
アヤカは単独行動をとっており、戦局が悪い所へ飛び込んでフォローしていく。
そして味方を勇気付け、鼓舞している。
その姿は一軍の将たる鑑である。
- 161 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:48
- 兵士たちの奮闘で次第に魔物たちの数も減ってきた。
50いた魔物たちが40、30、と数を減らしていく。
当然だが兵士たちもその戦いの中で命を落とす者も現れている。
だが兵士たちは一歩も下がらない。
みなが勇敢に戦う。
無論飯田も奮闘する。
10剣聖の名に恥じぬ強さを見せ付ける。
彼女の槍から逃れられる魔物はいなかった。
そしてついに魔物たちは全滅した。
- 162 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:51
- 「よしっ!!!」
「やったぞ!!!」
兵士たちが勝利の雄たけびをあげる。
自分たちは祖国を守れたのだ。
「皆の者、よくやってくれた。」
「国王様!!」
ココナッツ王が前線基地から降りてきた。
アヤカたちは膝を付いて控える。
「皆の働き、見事であった。」
「ははっ!!」
ココナッツ王がアヤカたちに労いの言葉をかける。
そしてココナッツ王は飯田の前に歩み寄る。
「飯田殿、そちも見事であった。
ご助力、かたじけない。」
「いえ。これはココナッツ王国の力です。」
飯田は謙遜する。
しかしココナッツ王国の誰もがわかっている。
飯田がいなければ勝てなかったことを。
- 163 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:52
- 戦いが終わり、どこか安堵した雰囲気だ。
ドドドドドド・・・・・・・・
その時、遠くから地響きが聞こえた。
「何?」
飯田がその方向を見る。
「えっ?!!」
それを見て一瞬動きが止まってしまった。
飯田の視線の先には、先ほどのおよそ倍はあろうかという数の魔物たちだった。
- 164 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:54
- 「そ、そんな?!」
アヤカも思わず絶句する。
やっとの思いで50体ほどの魔物を何とか打ち倒せたのに、
さらにその倍の魔物が押し寄せてくる?
さすがのアヤカも一瞬気落ちする。
これは他の兵士たちも同様だった。
勝ったと安堵した。
その瞬間に突きつけられた現実。
兵士たちの士気を奪うのに充分だった。
「皆の者!!気を確かに持て!!!」
アヤカが気を取り直し、声を張り上げるが、
眼前に魔物たちが押し寄せてくるのが見えるため余り効果はない。
兵士たちはみな落ち着きを失っていた。
- 165 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:55
- 「皆の者、うろたえるな。」
ココナッツ王が静かに言った。
その言葉には王以外持てない威厳が備わっていた。
これに兵士たちも少し落ち着きを取り戻す。
「・・・・・我々の使命は祖国を守ることだ。
どんな相手であろうと、数であろうと立ち向かわねばならん。
我らが敗れれば全ては終わりだ。」
「はっ!!!」
兵士たちがひれ伏す。
そうだ。我らがやらねばならない。
祖国を守るのは我々の使命だ。
「皆の者、隊列を組め!!」
ココナッツ王が指示を出す。
兵士たちは素早く隊列を組んだ。
みな意を決した表情だった。
- 166 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:56
- 「飯田殿。」
ココナッツ王が飯田を見る。
その表情は贖罪に溢れていた。
正直言って、自分たちだけではあれだけの数の魔物を倒せない。
勝つには10剣聖である飯田の力を借りねばならない。
が、それは他国の者に自国のために命を懸けろと言うことだ。
一国の王としてこれほど情けない、屈辱な事はなかった。
- 167 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:57
- 「もちろんです。お手伝いさせていただきます。」
が、飯田はさも当然のように頷く。
ここで背を向けるようでは10剣聖は名乗れない。
「・・・・・・かたじけない。」
ココナッツ王はスッと頭を下げた。
そして兵士たちの方を向き、叫んだ。
「行くぞ皆の者!!!ココナッツ王国の力を見せ付けるのだ!!!」
「おおおおおおおおお!!!!!!」
ココナッツ王の叫びのもと、全軍が突撃した。
- 168 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:57
- 「くっ!!!」
魔物の鋭い爪撃が飯田を襲う。
これを飯田はトライデントで払う。
が、その衝撃は重かった。
「こいつらさっきのとは違う?!!」
衝撃の重さ、爪撃の鋭さから飯田はそう判断した。
そう感じたのは飯田だけではない。
アヤカや兵士たちも魔物の強さに押し込まれている。
明らかに先ほどの魔物たちより1ランク上だ。
それに加えて数も先ほどの倍だ。
「ちょっと・・・・やばいかも。」
戦況はこれ以上なく悪い。
- 169 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:58
- 「うわっ!!!!」
「ぎゃっ!!!!」
兵士たちの断末魔の叫びが周りから聞こえてくる。
1人、また1人と命を落としていく。
「ぐおっ?!!」
「国王様?!!!!」
聞こえてきた声にアヤカが反応する。
ココナッツ王が魔物の爪撃を受け、倒れていた。
さらにとどめを刺そうと魔物が爪を振り上げる。
「国王様!!!」
アヤカが王を守ろうと向かうが、
その前に魔物が立ちはだかる。
「くっ!!!」
飯田も同様だ。
魔物に邪魔されてココナッツ王のもとに行けない。
魔物が倒れているココナッツ王に鋭い爪を振り下ろす。
- 170 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 02:59
- 「ギャッ!!!!」
しかし振り下ろす瞬間、
どこからか飛んできた一本の矢がその魔物の首を貫いた。
地響きを立てて崩れ落ちる魔物。
その首に刺さった矢は柔らかな光を放っていた。
「この矢は・・・・・なっち?!!」
飯田が声を上げ、矢が飛んできた方向を見る。
小高い丘の上に軍勢が。
「何とか間に合ったべか?!!」
そこにいたのは“ホーリーナイト”安倍なつみと、
彼女が率いる“聖”の軍だった。
- 171 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:00
- 「こっちにもいるよ!!」
「飯田様!!!ご無事ですか?!!」
反対側からも声がした。
そこには“アースクエイカー”保田圭率いる“土”の軍と、
飯田の軍である“雷”の軍の姿があった。
「なっち!!圭ちゃん!!みんな!!」
飯田が声を上げる。
何故みんながここに?
「あっ、なるほど。裕ちゃんだね。」
恐らく中澤の指示だろうと飯田は推測した。
中澤ならばこの展開を読み、援軍を送れるだろう。
- 172 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:01
- 「みんな行くべ!!!魔物を蹴散らしてココナッツ王たちを救うべ!!!」
「これ以上魔物の好き勝手にはさせないよ!!!!」
「おおおおおおおおおおおお!!!!!!」
安倍、保田の両10剣聖の声に応える兵士たち。
その雄たけびは強力な衝撃として魔物たちを威嚇する。
そしてココナッツの兵士たちには大きな力となる。
「「進めー!!!!!!」」
安倍と保田が同時に叫んだ。
次の瞬間、一気に軍勢が丘から駆け下りる。
「皆の者!!我らも負けぬぞ!!!」
起き上がったココナッツ王が声をあげ、
兵士たちを鼓舞する。
「おおおおおお!!!!」
ココナッツ兵士たちも雄たけびをあげ、
魔物に立ち向かう。
- 173 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:01
- 「行くべ!!“聖”の軍!!」
安倍が素早く術を構成する。
その間に“聖”の軍の兵士たちは背中に背負った矢を弓に番える。
「天に舞う“聖”の精霊たちよ。我が名は安倍なつみ。汝の力、我に与えたまえ。」
安倍は術を詠唱し、両手から聖なる光を生み出す。
そしてその光を上空に上げた。
淡い光の壁が上空に出来る。
「今だ!!撃て!!!」
安倍のかけ声とともに“聖”の軍が一斉にこの光の壁に向かって矢を放った。
- 174 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:02
- 放たれた矢は、光の壁をすり抜ける。
その瞬間、矢は“聖”の力でコーティングされ、
淡い光を放ちながら魔物とココナッツ軍が密集するところへ飛んでいく。
「うわっ?!!」
アヤカが思わず叫ぶ。
これでは魔物たちだけでなく自分たちにも当たってしまう。
だがこの矢はアヤカたちを貫く事はなかった。
全ての矢は途中で軌道を変え、正確に魔物たちだけを貫いていく。
- 175 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:03
- 「こ、これは・・・・・?」
ココナッツ王を初め、アヤカやココナッツ軍の兵士たちが驚く。
矢が途中で軌道を変えた?
「これはなっちの“聖”の術です!!
“聖”の術でコーティングされた矢は邪悪なものにしか反応しなくなるんです!!」
魔物を串刺しにした飯田がニッと笑う。
「むう、さすがは“聖”を極めた安倍殿だ。」
ココナッツ王が唸る。
少しでも邪悪な心があれば極める事は不可能な“聖”の術。
それを極めた“ホーリーナイト”安倍なつみ。
まさに世界で唯一の存在。
- 176 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:03
- さらに反対側からは保田率いる“土”の軍、
それから“雷”の軍が突っ込んでくる。
その際に“アースクエイカー”保田圭も土の術を唱える。
「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は保田圭。汝の力、我に与えたまえ。」
保田の両手に生命力溢れる光が生まれた。
その光を保田は突き進む兵士たちにぶつける。
次の瞬間、兵士たちの運動能力が増した。
兵士たちは加速し、魔物たちに向かっていく。
- 177 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:04
- 保田の土の術は傷を治すだけではない。
人の持っている力を引き出したり、
魔法の力を増大させたりも出来る。
いわゆる補助系の術と言える。
が一方、その力を利用して相手を攻撃する事も出来る。
生命力を上げすぎることで逆に相手をパンクさせるのだ。
植物を育てるには適度な水と養分、光が必要だ。
しかしだからといって余りにこれらを与えすぎると逆に植物は枯れてしまう。
その原理と同じだ。
ある意味で“土”は一番恐ろしい術かもしれない。
それを極めた“アースクエイカー”保田圭。
ゼティマ王国の攻守の要だ。
- 178 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:06
- ゼティマ王国“聖”“土”“雷”の軍が一斉に魔物に襲い掛かる。
その勢いはさすがの魔物も止める事は出来ない。
さらにはココナッツ軍も盛り返す。
そして何より10剣聖が3人もいた。
魔物は急激にその数を減らしていく。
そしてあとわずかで魔物たちを全て討ち果たせるその時。
聞きたくない声が戦場に響いた。
- 179 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:07
- 「なーにを手こずっているんだいベイベー?」
端整な顔立ちに、甘い声。
ライジング王国が誇る名将。
「お、及川将軍・・・・・」
そこに現れたのは“人間の姿”の及川光博将軍だった。
- 180 名前:悪天 投稿日:2004/06/22(火) 03:07
- 本日はここまでとします。
また次回の更新でお目にかかりましょう。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/23(水) 00:13
- みんなかっけ〜!!!
そのうち辻加護+5,6期もでるんかな?続き楽しみにしてます。
- 182 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 10:59
- >>181 名無飼育さん様
もちろんみんな出す予定です。
彼女たちの登場にご期待下さい。
- 183 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:00
- 場の雰囲気は一気に緊張感に包まれる。
魔物と“同化”し、恐るべき強さを手に入れた及川将軍。
彼が目の前に現れたのだ。
「お、これはこれはココナッツ王。ご無沙汰しております。
アヤカ殿も相変わらずお美しい。」
及川はわざとらしく慇懃に頭を下げた。
ライジング王国が誇る及川だ。
当然ココナッツ王ともアヤカとも面識がある。
「久しぶりだな。だが、もうこれ以上そちとは話す気にならぬ。
魔物に魂を売った者とはな。」
ココナッツ王が毅然と言い放つ。
この目で見るまで信じられなかったが、
今眼前にいる及川将軍からは、禍々しい気しか感じられない。
- 184 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:00
- この言葉に及川は両手を広げて天を仰ぐ。
「何て冷たいお言葉ですかココナッツ王。
あなたには色々とお世話になった御礼に、
私自ら殺してさしあげようと思ったのに。」
「貴様!!」
その言葉に激高したアヤカが及川に飛び掛る。
ドスッ!!
ボギッ!!!
「がっ!!!」
アヤカの口からくぐもった声が漏れる。
及川の右拳が、アヤカの脇腹に入っていた。
音からして恐らく肋骨の数本は折れたであろう。
アヤカは激痛に呻きながら倒れこんだ。
- 185 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:01
- 「アヤカ殿、いきなり斬りつけるなんて
レディにしてははしたない行為だよ。」
及川が恍惚の表情で、悶絶するアヤカを見下ろす。
そして腰に帯びていた剣を抜き、アヤカめがけて突き下ろした。
が、その剣は途中で止まった。
「レディに対して手を上げるのも充分はしたないと思うけど。」
そう言ったのは保田。
背中に背負っていた巨大な剣で及川が突き下ろした剣を止めた。
- 186 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:01
- 「ふふふ、さすが保田圭だ。
その巨大な剣を難なく扱えるとはね。」
及川がニヤリと笑う。
その長さは180cmは越えるだろうか?
保田以外に扱えぬ長刀、『クレイモア』だ。
もちろん保田だけ止めに入ったのではない。
飯田もトライデントを構えているし、
安倍も『破魔の弓』を番えている。
それに気付いていた及川は後方に飛び、距離をとった。
- 187 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:02
- その間に保田はアヤカを抱きかかえ、こちらも距離をとる。
「カオリ、なっち、ちょっとの間頼むよ。」
「オッケー、まかせて。」
「まかせるべ。」
保田とアヤカの前に飯田と安倍が立つ。
その間に保田は土の術でアヤカの傷の回復を図る。
「ふふふふ、さすがは10剣聖。お見事お見事。」
及川はパンパンと手を叩く。
その余裕の表情に飯田たちは不快感を示す。
残りの魔物はあとわずか。
こちらはココナッツ軍にゼティマ王国“聖”“土”“雷”の軍。
そして10剣聖が3人いる。
状況は明らかにこちらに分がある。
それなのに及川のこの余裕の表情。
- 188 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:03
- 『この状況で何でそんな余裕が?・・・・・・何かあるな。』
保田はアヤカの傷を治しつつも及川の狙いを推測しようとしていた。
及川は何か策を持っている。
保田はそう確信していた。
「策など何もないよ。正真正銘僕1人だよ。
君たち如き僕1人で充分だからね。」
そんな保田の思考を読んだのか、及川がニヤッと笑う。
「ほーう、それは大した自信で。
やれるものなら・・・・・やってみたら?!!」
言い終わらぬうちに飯田が鋭い出足で及川にトライデントを突き出した。
- 189 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:03
- 「なっ?!!」
が、飯田の突き出したトライデントはあっさりかわされた。
それだけではない。
及川はこれを右手で、しかも素手で受け止めたのだ。
それは信じられない事だった。
「腕がなまったんじゃないか?」
「何?!!」
及川の言葉に激高した飯田がトライデントを引き抜こうとするが、
ビクとも動かない。
何という力だろうか?
- 190 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:03
- 「カオリ!!」
思わず安倍も『破魔の弓』から“聖”の矢を放った。
だがこれも同じだった。
あっさりと左手でこれを掴んだ。
「ん?」
及川は違和感を感じ、自分の左手を見る。
掴んだ矢が聖なる光を放ち、自分の手を焼け爛れさせていた。
「なるほど、“聖”の力は“邪”を潰すんだね。
だけど、この程度の“聖”の力では僕を抑えるのは無理だね。」
そう言うと及川はグッと左手に力を込めた。
「あっ?!!」
自分の目を疑う安倍。
“聖”の矢が跡形もなく消え去った。
- 191 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:04
- 「ど、どういうこと・・・・・・?」
保田がこの光景に驚愕の表情を浮かべる。
魔物と同化したのは知っているが、ここまで強くなるものなのか?
とここで保田はあることに気付いた。
『・・・・そういえば紗耶香が言ってた。及川将軍は2人いたと。
一方が魔物で、一方が人間。でも人間の方は紗耶香が倒したはず・・・・・』
「まさか?!!」
保田は声を上げる。
「そうだよ。ついにライジング王国は“同化”を完成させたのさ!!」
及川がその答えを言った。
それは絶望の答えだった。
- 192 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:05
- 一方、ひとみたちは用意された宿舎で身体を休めていた。
4時間歩いたのはもちろんのこと、
いつ魔物たちが襲ってくるか分からないという緊張感で、
みな身体に大きな負担がかかっていた。
ほとんどの村人がベッドの中で寝息を立てている。
「・・・・・・・ん?」
梨華は誰かが起き上がった気配を感じ、眼が覚めた。
暗闇の中、1つの影がドアに向かっていく。
キィッ
木製のドアが開き、微かな光が漏れる。
『・・・・・・・ひとみちゃん?』
その光に映し出された影はひとみだと梨華は確信した。
ひとみは音を立てずにそっと部屋から出て行った。
- 193 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:05
- 梨華は胸騒ぎを覚える。
あの日、魔物たちがミホ村を襲ってからひとみの様子が変だ。
「・・・・・・・・」
梨華はいたたまれなくなり、スッとベッドから身体を起こした。
ひとみと同じように音を立てずに部屋を後にする。
廊下に出ると梨華は辺りを見回した。
右手の方に動く影が見えた。
その影はどうやら階段を上っているようだ。
『・・・・・屋上に行くの?』
梨華たちが寝ていた部屋は5階。
最上階だ。
その上は屋上しかない。
梨華はひとみの後を追った。
- 194 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:06
- 梨華が階段を上ると、木製のドアが開けっ放しで風に揺られていた。
そのドアの先に広がる光景は満天の星空。
大きな満月。
広大な城下町。
そして街を見下ろしているひとみの背中だった。
「・・・・・・・」
梨華はしばらく言葉を発することが出来なかった。
それは眼前にある光景が、1つの絵画のようだったからだ。
何か音を立てれば崩れ落ちてしまうような、
そんな脆さを含みつつも見る者全ての心を震わせる絵画。
梨華はしばらくその場でこの光景に見とれていた。
- 195 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:07
- ひとみは梨華が後ろから見ているのに気付いていた。
だが、梨華の方を向くわけにはいかなかった。
目からあふれ出る涙を見せたくないし、何より、
“自分の中にいるあの人”にこの景色を出来るだけ見せてやりたかったからだ。
あの人が愛していたこの町を。
『・・・・ありがとうひとみ。』
心の奥底から声が聞こえる。
その声は嬉しそうだった。
「・・・・どういたしまして。」
ひとみはニッと笑った。
- 196 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:08
- 「ん?」
とその時、ひとみの視線があるものをとらえた。
町の南側の大きな門、“朱雀”を叩く兵士だ。
「あれは・・・・・?」
ひとみは目を凝らして見る。
その兵士はかなり焦っているようだ。
何事かと、その兵士の周りに見張りの兵士たちが集まってくる。
ここからでは何を言っているのか分からないが、
その場に居合わせる者の雰囲気から只ならぬ事態と“2人”は推測した。
- 197 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:09
- 「何やて?!!負けた?!!!
なっちやカオリ、圭坊らがか?!!」
兵士の報告に思わず叫ぶ中澤。
王の間には中澤や石黒、市井をはじめ、国王代理のマコトや重臣たちが集まっていた。
みな、その兵士の報告に表情が青くなる。
「はっ!!現在ココナッツ王の娘、王女ミカ様、それにココナッツ王国の民衆をお連れして
こちらに退却している途中でございます!!」
その兵士は頭を下げて報告した。
兵士の報告によると、及川将軍を押さえ込むのに飯田と安倍、保田は
全魔法力を使い果たした。
その結果、及川将軍を押さえ込む事はできたが、
全魔法力を使い切ったため、その後三度現れた魔物と戦う力は残っていなかった。
このままでは全滅すると判断したココナッツ王は、
ココナッツ軍が魔物を食い止める間にゼティマ軍はココナッツ城へ向かい、
王女ミカと民衆を連れてゼティマ王国に退却するように命じたのであった。
- 198 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:10
- 「そ、それでココナッツ王は?!!」
中澤が尋ねる。
「・・・・・・残念ながら・・・・・」
兵士はやり切れない表情で首を横に振った。
「そうか・・・・・・うちの認識が甘かったんか?」
中澤は信じられない表情で呟いた。
10剣聖3人でも抑えきれないのか?
「皆の者、うろたえるな。」
その時、奥の間から声がした。
「ち、父上!」
「国王様!」
マコトや中澤たちが叫ぶ。
奥の間から現れたのは第13代ゼティマ王国国王、
ゼティマ・レム・ブルーであった。
- 199 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:10
- 「父上、お身体の方は大丈夫なのですか?」
マコトが父のもとに行き、身体を気遣う。
「無論だ。」
ゼティマ王はそう言うと、マコトが座っていた王座に腰をおろした。
そして辺りを見回す。
その眼光は病を患っている者とは思えない力があった。
「よいか皆の者。ライジング王国は当然我がゼティマ王国に攻めてくるだろう。
全兵力を集中し、ライジング王国を撃退する。・・・・中澤。」
「はっ!!」
中澤は一歩前に出る。
「そちに兵士の配置は任せる。必ずやライジング王国を打ち破ってみせよ。」
「はっ!!」
「市井、最前線での指揮はお前に任せる。
10剣聖の力、ここで見せてみよ!!」
「はっ!!必ずや!!」
市井が頭を下げる。
- 200 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:12
- ゼティマ王はそれぞれに指示を出す。
その姿はさすがこの大国、ゼティマ王国の国王だけのことはある。
気品と威厳に満ち溢れていた。
「よいか皆の者。」
ゼティマ王は王座から立ち上がり、足を進める。
重臣たちの間を抜け、目の前の大きな鉄の扉を開いた。
そこから見えるのは大きく広がる城下町。
満点の星空、そして大きな満月だった。
『・・・・あやつはここから見る光景が好きだったな。』
ゼティマ王は一瞬感慨にふけってしまった。
大事な娘であり、自分の跡継ぎだったあの娘を思い出す。
が、次の瞬間には全て頭から消し去った。
- 201 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:12
- 「この光景、これを守るのが我らの務めだ。
我らが負ければ人類は負ける。よいな、必ず勝つぞ!!」
「はっ!!!」
中澤たちが頭を下げる。
これに負ければ人類の敗北。
人類にとって命運を賭けた一戦が始まる。
- 202 名前:悪天 投稿日:2004/07/03(土) 11:13
- 本日はここまでです。
更新が遅く、内容も稚拙で申し訳ないです。
ではまた次回まで失礼いたします。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/05(月) 01:08
- 続き期待してます。
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/15(木) 16:19
- 待ってます
- 205 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:18
- >>203 名無飼育さん様
期待してくださってありがとうございます。
何とか期待に応えられるように頑張ります。
これからもよろしくお願いします。
>>204 名無飼育さん様
お待たせしてすみません。
更新は週一と言っておきながらこの体たらく、ほんとすみません。
これに懲りず、読んでいただけると嬉しいです。
みなさん、レスありがとうございます。
ほんと励みになります。
- 206 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:19
- 「ココナッツ王国王女ミカ様たちが到着なされました。」
王の間でゼティマ王と市井たちが対策を練っていると、兵士が報告に訪れた。
「うむ。こちらへお通ししろ。」
「はっ!」
兵士はスッと立ち上がり、王の間から出て行った。
その兵士はすぐに戻り、ココナッツ王国王女ミカを連れてきた。
その側には木村アヤカ、そして沈痛な表情をした3人の10剣聖がいた。
「ミカ殿、よくご無事で。」
ゼティマ王が柔らかく微笑む。
「ゼティマ王、この度は申し訳ありませぬ。
我らの力が足りず、貴国の大切な兵士たちを多数失わせてしまいました。」
ミカは深々と頭を下げる。
さすがは一国の王女。
自分の父であるココナッツ王を亡くしたにも関わらず、
まずはゼティマ王国の兵士たちの弔いを述べた。
- 207 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:21
- 「何を申されるか。我らは同盟国であり、同じ人類ではないか。
彼らもミカ殿をお守りできて本望であろう。
それより我らこそ力が足りず、ココナッツ王をお守りできず申し訳なく思う。」
ゼティマ王も頭を下げる。
こちらも一国の王であるにも関わらず頭を下げる。
中々出来ない事である。
「いえ、貴国の兵士は懸命に戦ってくれました。感謝いたします。
・・・・認めたくはないですが、魔物の強さがそれを上回っていたということです。」
「・・・・・うむ。だが、我らは敗れるわけにはいかぬ。
必ずこの戦いに勝たねばならぬ。
ミカ殿、そしてアヤカ殿。我らに力をお貸しいただきたい。」
「はっ!もちろんでございます!」
ミカの側に控えていたアヤカが答える。
人類のため、今ここで戦わずしてどこで戦うというのか。
「うむ。戦いまでまだ時間があろう。今のうちに身体を休められよ。
ミカ殿、アヤカ殿を部屋に案内せよ。」
「はっ!」
控えている兵士の1人が立ち、ミカとアヤカを促す。
「お心遣い感謝いたします。」
ミカとアヤカは礼を述べて王の間を後にした。
- 208 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:22
- そして王の間には3人の10剣聖が残った。
「・・・・・飯田、安倍、保田。」
「はっ!!」
ゼティマ王の呼びかけにひれ伏す3人。
3人とも屈辱で一杯だった。
ココナッツ王をお守りする事も出来ず、
自分たちは生きながらえておめおめと引き下がってきた。
何が10剣聖だ。
そんな気持ちで一杯であった。
「・・・・・申し訳ありません。私の力が足りないばかりに・・・・」
飯田が苦痛に満ちた表情で声を搾り出す。
「私もです。」
「申し訳ありません。」
安倍も保田も同様だ。
「いや。よくやってくれた。よく無事で帰って来た。」
だが、ゼティマ王は優しく声をかけた。
この言葉にさらに表情を歪める3人。
今優しい言葉をかけられるのは辛い。
- 209 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:23
- 「カオリ、なっち、圭ちゃん・・・・・」
矢口も表情を歪める。
こんなに痛々しい3人を見るとこちらも心が痛む。
「何故あたしが生きてココナッツ王が・・・・・」
「私が死ねば・・・・・」
「馬鹿者!!!!」
飯田と保田が漏らした言葉にゼティマ王は怒りの声を上げた。
その迫力に飯田や保田、安倍はもちろんのこと、
側にいた市井たちもビクッと身体を震わせる。
辺りは一瞬にして静まり返った。
- 210 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:25
- 「・・・・生きていれば借りは返せる。死んでは何も出来ぬ。」
そう言うゼティマ王の目は、どこか遠くを見ていた。
彼も娘を失い、友を失い、部下を失いつつもここまで必死に生きてきたのだ。
志半ばで倒れた者たちの思いを成し遂げるために。
「・・・・・申し訳ありません。」
その思いを察した3人が深く頭を下げる。
自分たちの軽率な発言を心底悔いていた。
「・・・・悔しいと思うならこの度の戦い、見事に生き抜いて勝ってみせよ。
よいな?これは命令だ。絶対に背いてはならぬぞ。」
「・・・・・・はっ!!」
ゼティマ王の言葉に3人はもう一度深く頭を下げた。
- 211 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:27
- その頃、ひとみたちはゼティマ王国の兵士たちに連れられて避難していた。
魔物たちが攻めてくると城下町は火の海と化すためだ。
避難場所はゼティマ本城のすぐ裏手にある、
切り立った崖に作られた複数の洞窟。
この中にはひとみたちミホ村の住人だけでなく、
ココナッツ王国から逃げてきた人々も含まれていた。
洞窟内は充分な広さであったが、ゼティマ王国、
ココナッツ王国の住民を収容するには狭い。
みな、身体をくっつけあって縮こまっていた。
「・・・・あたしたち死ぬのかな・・・・」
1人の少女がポツリと呟いた。
洞窟内は話し声でザワザワしていたが、その声は意外に響き渡った。
その言葉に反応こそないが、みな同じ事を思っていた。
メロン公国に続きココナッツ王国も滅んだ。
そして最強であるはずの10剣聖も敗走した。
この状況で大丈夫と楽観視できるのはよっぽどおめでたい奴であろう。
- 212 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:28
- ひとみと梨華もくっついて座っていた。
その周りにはお互いの家族もいる。
みな一様に不安な表情を浮かべている。
ふと梨華は自分の両親が思いつめた表情で見つめ合っているのに気付いた。
梨華の両親はしばらく見つめ合った後、深く頷いた。
「梨華。これを持ってなさい。」
梨華の母親は首につけていたものを外し、梨華の右手に置いた。
「何これ?お母さん。」
梨華が尋ねる。
梨華の手のひらには先に小さな石がついたネックレスがあった。
- 213 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:29
- 「これは我が家に代々伝わるお守りよ。
これを持っていれば必ずあなたを守ってくれるわ。
いい?絶対に誰にも渡しちゃだめよ。」
「え?ちょ、ちょっとやめてよお母さん。
こんな渡し方、嫌だよ。」
この渡し方はまるで死期が近付いた母親が最後に娘へ託すような感じだ。
これを受け取ってしまえば母は、両親は死んでしまう。
梨華はそう思ったためすぐに石を突っ返す。
- 214 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:30
- だが母親は頑として受け取らない。
梨華も意地になって母親に返そうとする。
それを見かねた父親が間に入る。
「梨華。母さんの気持ちも分かってやれ。
母さんも、そして父さんも何よりお前が大事なんだ。
なーに大丈夫。父さんも母さんも死にやしないさ。
お守りを持ったお前の近くにいるんだから。」
父親はわざと明るい口調で言った。
そこには親の愛情が込められていた。
「お父さん・・・・・・・わかった。
お母さん、ありがとう。」
父の言葉に梨華は頷いた。
そして首にそのお守りをつける。
- 215 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:32
- 「・・・これでみんなあたしの近くにいれば大丈夫だよね。」
梨華が笑顔を見せる。
当然明るい口調でだ。
そしてひとみと陽子の方を向く。
「ひとみちゃんも陽子さんもあたしの近くにいてね。
このお守りで守ってあげるから。」
「ありがとうな梨華ちゃん。」
陽子が柔らかく微笑む。
『この娘は優しく、強い娘だ。』
陽子はそう思った。
「ほら、ひとみもお礼を言わないと。
・・・・・ひとみ?」
「ひとみちゃん?」
陽子と梨華はひとみが目を大きく見開いているのに気付いた。
その視線はただ真直ぐ梨華の首元、このお守りに注がれていた。
他のことなど一切目に入らないといった様子だ。
そしてそのひとみの口からある言葉が漏れた。
- 216 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:33
-
「・・・・・ブルームーンストーン?」
- 217 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:35
- 「?!!」
この言葉に梨華の両親は驚愕の表情を浮かべる。
そしてすぐさま梨華をひとみから引き離し、
自分たちの後ろにやった。
「・・・・ひとみちゃん、あなた何者?
何故これを知ってるの?」
梨華の母親が尋ねる。
その口調は今までと違い、警戒した口調だ。
ひとみはハッとなり、口を噤む。
梨華と陽子は何のことだがさっぱり分からなかった。
とその時、
ドンッ!!!!!!!
洞窟の外で大きな音が聞こえた。
その衝撃で洞窟内が大きく揺れ、天井から砂が落ちてくる。
「きゃあああああ!!!」
悲鳴を上げる住民たち。
そう。
外ではついに戦闘が始まったのだ。
- 218 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:36
- 「ちっ、始まったか・・・・・・・」
ひとみがポツリと呟く。
この口調、そして表情も普段のひとみとは違っていた。
そのひとみの姿に梨華をはじめ、陽子も梨華の両親もみな戸惑っていた。
『ねえひとみちゃん。あなたは一体・・・・・・・?』
- 219 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:36
- 「ふはははははは!!!圧倒的ではないか我が軍は!!!」
ライジング王が高らかに笑う。
ゼティマ王国が誇る10剣聖にその軍が完全に劣勢だ。
魔物と自国が誇る将軍との同化。
これがここまでの強さを誇るとは正直想像できなかった。
「そちの言うとおりだったな。」
ライジング王が自分のすぐ側に控える男に言った。
その言葉に周りにいるライジング王国の将軍たちはみな不満の表情を浮かべる。
その男は鮮やかに染め上げた金髪、色のついた眼鏡と、
この戦場に似つかわしくない格好をしていた。
王はこの得体の知れない男を側に置いてから変わってしまった。
みなそう思っていた。
- 220 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:38
- 「いえ、これも全て将軍たちの、兵士たちの実力ですよ。
私はただそのお手伝いをしたに過ぎません。」
その男は心のこもっていない美辞麗句を並べる。
これがまた将軍たちの癇に障る。
「ふふふふ、相変わらず謙虚よのう“つんく”よ。
わしはそちのそういうところが好きなのだ。」
ライジング王がニヤリといやらしく笑う。
その姿からはゼティマ王と並ぶ偉大な人物といわれた影は
全く見受けられなかった。
- 221 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:39
- “つんく”と呼ばれたこの男はある日突然ライジング王国に現れた。
そして城を訪ね、王に意見したい事があると申し出た。
ライジング王はゼティマ王に並ぶ大人物。
戦闘では余りに猛々しいが、普段は温厚な人物。
民を思いやり、部下を思いやる王であった。
そして身分にとらわれず、いい意見はどんどん取り入れるといった寛容さも持ち合わせていた。
つんくが言ったその意見とは。
魔物と同化し、ライジング王国がこの世界を支配する事。
- 222 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:40
- この意見に将軍たちはざわめきたった。
もちろんみな反対した。
将軍たちの中にはこの瞬間つんくを斬り捨てようとした者もいたほどだ。
が、ライジング王は何かに魅入られたようにこの意見に同意した。
それどころかこの男を今まで仕えてきてくれた将軍たちを差し置いて、
一番の側近にしてしまったのだ。
それからライジング王は変わってしまった。
あの偉大な王は消え、そこには欲望に満ちた“魔物”がいた。
- 223 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:40
- 「それより王。将軍たちにきつく言っていただけたでしょうね?
今回こそ失敗しないように、と。」
つんくがジロリと将軍たちを見渡す。
その視線は明らかに見下した視線だ。
将軍たちはこの視線に憤る。
が、ライジング王はそんな将軍たちの思いなど知らん顔で慌ててつんくに説明する。
「無論だ。絶対にこの国の王女、マコト・オガワ・ブルーを生きたまま捕らえよときつく言ってある。
もうメロン公国の時のような失敗は犯さぬであろう。
もちろん捕り逃がしたメロン公国王女、柴田あゆみも捜索させている。」
「ならば結構です。・・・・・王、いよいよですぞ。
この戦いに勝てば、世界は王のものです。」
そう言ってつんくはニヤリと笑った。
その眼の奥には黒い炎が渦巻いていた。
- 224 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:42
- 「皆の者、怯むな!!!」
10剣聖、“ファイアストーム”市井紗耶香が声を張り上げる。
ゼティマ軍は市井をはじめとする10剣聖。
そしてその10剣聖が率いる軍と援軍に駆けつけたカントリー王国軍、
そして生き残ったココナッツ軍で構成されている。
それぞれがこの戦いに勝たねば明日はないと、
死力を尽くして戦っている。
だが、魔物の力は強かった。
1人、また1人と兵士たちが倒れていき、
ゼティマ軍も後退していく。
- 225 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:45
- そしてついに。
「朱雀門、突破されました!!」
「青竜門、突破されました!!」
「白虎門、突破されました!!」
ゼティマ王国を守る南、東、西の門が突破された。
- 226 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:47
- 「くっ!!退け!!城内へと退くのだ!!」
市井がたまらずゼティマ本城へ退却命令を出す。
ここにももう1つ城壁があり、敵を食い止める事が出来る。
「紗耶香!!ここはあたしたちが食い止めるから!!!」
「頼む!!!」
矢口と保田が兵士を城内へ退却させる時間を稼ぐため、
魔物たちの前に立った。
「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は保田圭。汝の力、我に与えたまえ。」
保田は術を詠唱し、両手を地面につけた。
ドンッ!!!!!
その瞬間地面が爆発し、大量の土が舞い上がった。
「空に踊る風の精霊たち。我が名は矢口真里。汝の力、我に与えたまえ。」
そこへ間髪いれず矢口が術を詠唱し、風をその手に集める。
「はっ!!!!!」
そしてその風を保田が舞い上がらせた土へぶつけた。
- 227 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:49
- 「うおおおおおおお?!!!!!」
ライジング王国の兵士と魔物は自分たちを襲う強烈な突風に前に進む事が出来ない。
なおかつこの突風には保田が舞い上がらせた土が含まれている。
その土が矢口の風によって凶器となり、兵士と魔物たちを襲う。
兵士や魔物の中にはこの土をまともに受け、絶命したのもいた。
「よしっ、退こう圭ちゃん!!」
「オッケー!!」
その隙に矢口と保田は城へと下がっていった。
「矢口様、保田様が戻ってまいりました!!」
兵士が大声で報告する。
「よし!!門を閉めろ!!閂をかけろ!!!」
市井が叫ぶ。
矢口と保田が門を通った瞬間、門は固く閉ざされた。
ゼティマ軍は篭城戦に追い込まれた。
- 228 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:52
- 「・・・・・あたしたちの街が・・・・」
飯田が思わず呟く。
街は炎に包まれ、建物もほとんど壊れている。
あの美しかった街が、今は見るも無残な光景だ。
代わりに見えるのは一面に広がるライジング王国の兵士と魔物たち。
その数はおよそ1万はいようか?
だがこれに怯むわけにはいかない。
蹴散らさねば、人類は終わる。
- 229 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:52
- 「さあチェックメイトだ。」
兵士と魔物の大軍の中に一際目立つ黄金の鎧に身を纏った騎士。
もちろんライジング王国が誇る名将、及川光博である。
及川は右手をスッと上げた。
「行けっ!!!!」
そしてかけ声とともに右手を振り下ろす。
その瞬間、ライジング王国軍は一斉にゼティマ城へ突撃した。
- 230 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:53
- 「“聖”の部隊!!行くべ!!」
安倍の指示に従い、聖の部隊が城壁の上から矢を構える。
篭城戦こそ自分たちの飛び道具が必要だ。
「まだだべ・・・・・・てっ!!!!」
安倍の声とともに一斉に矢が放たれた。
「はっ!!」
と同時に矢口と風の軍が風の術でフォローする。
この風の術により、矢の速度はさらに増した。
- 231 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:54
- 「ぎゃあああああああ!!!!」
「グオオオオオオオオ!!!!」
加速した矢に射抜かれた兵士や魔物が断末魔の叫びを上げる。
「こっちだって!!」
飯田と雷の軍が術を詠唱し、雷雲を呼び寄せる。
そして巨大な落雷を敵陣のど真ん中に落とした。
数百体の魔物、兵士が一瞬で黒焦げになる。
10剣聖とその軍が力を惜しげもなく出し、ライジング王国軍を攻撃する。
だが、ライジング王国軍の数が余りにも多い。
その数に物を言わせ、屍を踏み越えてどんどん前に進んでくる。
- 232 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:55
- 「?!!」
中澤はライジング王国の軍が途中で二手に分かれたのに気付いた。
「ちっ!!そう来たか!!!」
中澤は一瞬で全ての状況を把握した。
力のある魔物は門を強引に破壊させ、
兵士は梯子を使って城内へと侵入させるつもりだ。
「紗耶香、矢口!!あんたたちは門を守り!!
麻美殿たちも門を頼みます!!!
カオリ、なっちは絶対に城壁に上らせるな!!
アヤカ殿も城壁の死守を頼みます!!」
中澤が素早く指示を飛ばす。
弓隊の聖の軍が矢で攻撃し、槍隊の雷の軍が梯子を上ってくる兵士たちを倒す。
もし仮に上ってきても、接近戦が出来るアヤカのココナッツ軍がいる。
接近戦が得意な火の軍、風の軍、それからカントリー軍には門を死守してもらう。
魔物が相手のため、こちらに数を多く割いている。
もちろん梯子を上る兵士には矢口の風の術で抑えるのが一番なのだが、
それだと門を破る魔物を相手に出来なくなる。
そのため矢口を門に向かわせた。
さすがは“ダークエンジェル”中澤裕子。
その知力、判断力は群を抜く。
- 233 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:56
- 「裕ちゃん、あたしも出るよ。」
と、その時石黒が後ろから声をかけた。
石黒もゼティマ王国の鎧を纏い、戦闘モードに入っていた。
右腕は失ったが、自分にはまだ左腕と水の術がある。
少しは役に立てるだろう。
「あやっぺ、行けるんか?」
「もちろん。後は頼んだよ。」
そう言って石黒は後方の指令所から戦場へと飛び出していった。
まさに全てを賭けた総力戦だ。
- 234 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:57
- 「?!!」
石黒が城壁の上に向かうと、
アヤカたちココナッツ軍が梯子を上ってきたライジング王国の兵士と
激しい戦いを繰り広げていた。
「はっ!!」
石黒は背中に背負っていた巨大な斧を左腕一本で真一文字に振るった。
「ぎゃああああああ!!!」
その兵士の身体は一瞬で2つに別れた。
- 235 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:58
- 「あれが石黒殿の“破山”(はざん)か。」
アヤカがゴクリと息を飲む。
山をも破壊できるほどの威力、斬れ味を持つことから“破山”と名付けられた巨大な斧。
これが10剣聖、“水”を極めた石黒彩の相棒だ。
「アヤカ殿、ここはお任せしたいがよろしいか?!」
石黒がアヤカに尋ねる。
「もちろんです!!お任せ下さい!!」
「頼みます!!」
石黒はそう言って城壁のへりへと走る。
石黒にはある狙いがあったのだ。
- 236 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:58
- 「カオリ!!なっち!!退がれ!!
へりから離れろ!!!」
「あやっぺ?!!」
飯田たちは石黒が出てきたのに驚きつつも、
指示通り城壁のへりから下がった。
「この世界の生命の源、水の精霊よ。我が名は石黒彩。汝の力、我に与えたまえ。」
石黒は術を詠唱し、大量の水を梯子を上ってくる兵士たちにぶつけた。
「うわっ!!」
何人かの兵士たちが激流に打たれて落ちていく。
その水は下にいる兵士や魔物たちにも次々と降り注がれる。
- 237 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:59
- だが、石黒が放ったのはただの水だった。
何の殺傷力もない。
「うろたえるな!!!ただの水だ!!!」
及川が声を張り上げ、兵士たちを落ち着かせる。
が、一方で疑問が生じる。
あの10剣聖“アイスウォール”石黒彩が無駄な事をするはずがない。
一体何を考えている?
その疑問は次の石黒の言葉で解き明かされた。
- 238 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 02:59
-
「カオリ!!雷を落とせ!!」
- 239 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 03:00
- 「あ、そうか!!!」
飯田は素早く術を詠唱し、
雷をトライデントに落とした。
「でやっ!!!」
そしてライジング王国の兵士たちに向かって特大の雷をお見舞いする。
「ぎゃああああああああ!!!!!!」
「グオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
ライジング王国の兵士と魔物たちが一斉に叫び声を上げる。
石黒の狙い、それは水を浴びせることで雷の伝達力を高めること。
- 240 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 03:01
- 「す、凄いべ・・・・・」
思わず安倍の口から感嘆の声が漏れる。
今の一撃で兵士、魔物合わせて3000は倒れたであろう。
さらにゼティマ城に近い者ほど強力な雷を受けていたため、
梯子を上ろうとした兵士、門を壊そうとした魔物たちはほぼ全滅していた。
つまり相手を攻撃すると同時に城をも守ったのだ。
「さすがねカオリ。相変わらず凄い威力ね。」
石黒の言葉に首を横に振る飯田。
『本当に凄いのは、こんな切羽詰った状況で
これだけ冷静に策を考えられるあやっぺだよ。』
飯田をはじめ、後方にいる中澤もゼティマ王もみなそう思った。
さすがは“アイスウォール”石黒彩。
その名は伊達ではない。
- 241 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 03:02
- 「よし、今がチャンスだ!!みんな、行くぞ!!!」
ライジング王国は今の攻撃で大打撃を受けた。
今こそ千載一遇の時だ。
市井の指揮のもと、固く閉ざされていた門が開けられ
ゼティマ軍は打って出た。
ゼティマ軍の逆襲が始まる。
- 242 名前:悪天 投稿日:2004/07/17(土) 03:03
- 途中ですが、本日はここまでとします。
また更新が遅くなるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
では、また次回まで失礼いたします。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/17(土) 08:01
- 更新お疲れ様です。
作者様のペースでがんばってください。
- 244 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:23
- >>243 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
マイペースで行かせてもらって申し訳ないです。
ですがその分、絶対に放置いたしませんので
どうか最後までお付き合い下さい。
- 245 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:24
- 「我は10剣聖、“ファイアストーム”市井紗耶香!!
死にたくなければそこをどけっ!!!」
市井を先頭にゼティマ軍がライジング王国に一気に襲い掛かる。
「世界にひしめく火の精霊たちよ。我が名は市井紗耶香。汝の力、我に与えたまえ。」
市井は素早く術を詠唱すると、極大の炎をライジング王国軍にぶつけた。
「グオオオオオオオオオオ!!!!!」
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
多くの兵や魔物たちが市井の炎に包まれた。
- 246 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:24
- 「紗耶香!!あんまり調子乗って術を使いすぎるなよ!!」
「分かってるよ、やぐっつぁん!!!」
矢口の言葉に答える市井。
術はそう何度も使えるものではない。
術を生み出す源は、術者の体力と精神力だ。
つまり術を使うたびに術者の体力、精神力が削り取られてしまうのだ。
だから調子に乗って術を使いすぎると、
今度は身体が動かなくなり、剣が振るえなくなる。
いかに自分の体力と相談していくか。
その辺りも術者のセンスが問われるのである。
しかし、だからと言って出し惜しみしていては戦いに勝てない。
市井などはそれを充分理解しており、及川と戦った時などは、
瀕死の状態でも一気に勝負を決めるために術を使った。
この勇気ある決断が下せるかどうかも術者の力量の1つである。
- 247 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:25
- 「うおおおおおおお!!!!」
市井、矢口の軍、麻美たちが率いるカントリー王国軍に続き、
城壁を守っていた飯田たちも城外へ出てライジング王国軍に突撃する。
相手の数も大分減り、勢いはこちらにある。
今ここで一気にケリをつける。
「鎧を持て!!!私も出る!!!」
城内ではゼティマ王が家臣に命じ、
自分も出る準備をさせていた。
「父上!!お身体にさわります!!
どうかご無理をなさらないで下さい!!」
慌ててマコトが止める。
この優しさこそマコトの魅力なのであるが、今は戦いの最中だ。
今の発言は士気に大きく関わる。
「・・・・・・マコトよ。今は戦いの世の中なのだ。
優しさだけでは国を守る事は出来ぬ。それをしかと心得よ。」
ゼティマ王は優しく言いながらもマコトを叱責する。
「も、申し訳ありません・・・・・・」
マコトはしゅんとなる。
- 248 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:26
- ゼティマ王はこの跡取りが思いのほか心配であった。
第一王女ヒトミがいたころは、
武勇に優れたヒトミ、誰からも好かれる優しいマコトと、
姉妹2人でこの国を上手く治めてくれると思っていた。
この2人は仲が良く、権力争いなど無縁だから、2人並んでも大丈夫だった。
周りの家臣たちもヒトミ、マコトをともに愛しており、きっと盛り立ててくれたであろう。
が、再び戦乱の世になり、ヒトミもいない今、
このマコトがしっかりとしてくれなければゼティマ王国も衰退してしまうだろう。
いや、ゼティマ王国だけでなく、人類全ても衰退してしまう。
それほどの影響力が、この大国ゼティマ王国にはある。
だからこそマコトのことが心配なのだ。
・・・・・もう自分の生命も長くはないのだから。
- 249 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:27
- 「よいか皆の者!!ここで一気にカタをつけるぞ!!
我らの地を必ず守るのだ!!!」
「ははっ!!!!」
ゼティマ王が猛々しく叫ぶ。
その姿はまさに“王”であった。
「マコト。私が出陣している時はそなたがゼティマ王国の王だ。
しっかりと頼むぞ。」
「は、はいっ!」
マコトが強張った表情で頷く。
「・・・・・中澤、頼む。」
「はっ!」
動けない中澤にはマコトの補佐を頼む。
彼女がいればどんな事態にも対応できるはずだ。
「よしっ!!全軍出陣!!!」
ゼティマ王の声が響き渡った。
- 250 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:27
- 「国王様!!わが軍はゼティマ軍に押されております!!」
「ぬぬぬぬ、こしゃくな奴らめ・・・・・」
兵士の報告にわなわなと拳を握り締めるライジング王。
『いつもだ。いつも貴様はわしの前を行く。』
大国の跡取り同士、幼い頃からかけがえの無い友としてお互い切磋琢磨してきた。
が、学問でも、武術でも一度も敵わなかった。
世間一般では並び立つといわれていたが、所詮自分は二番手。
奴には永久に敵わない。
この世で最も大切な友であり、最も憎き相手。
- 251 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:28
- 「・・・・・・許せん。」
ライジング王が鬼の表情で立ち上がる。
「よいか!!!必ずゼティマ王を討ち取れ!!!
そして必ずわしのところに奴の首を持ってまいるのだ!!!」
「はっ!!!!」
将軍たちは顔を青くする。
それは、そこにいたのは魔物だったからだ。
嫉妬という鎖につながれた魔物。
もうあのライジング王は戻ってこない。
将軍たちはそう悟った。
- 252 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:29
- だがゼティマ軍の勢いは止まらない。
「進め!!!!一人も逃がすな!!!!」
ゼティマ王もが加わったゼティマ軍の士気は最高潮だ。
並みいる敵をなぎ倒していく。
「す、凄い。さすがはゼティマ王だ。」
マコトとともに城内に残っていたココナッツ王国王女ミカが
ゼティマ王の武勇に驚嘆の声を漏らす。
もちろん10剣聖もその力を存分に発揮している。
ゼティマ王が前線にいることによって、10剣聖も普段以上の力を見せている。
これこそ最強、ゼティマ軍だ。
- 253 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:29
- 「ダメですライジング王!!敵の勢いは止まりません!!!」
兵士の報告が入ってくる。
いや、そんな報告を聞かなくても状況は分かる。
それは声が、ゼティマ軍の雄たけびがもうすぐそこまで迫っているからだ。
「王、ここは退きましょう!!!これ以上は無理です!!!
一度退いて体勢を整えましょう!!!」
将軍の1人が進言する。
その言葉にライジング王はギリリと歯を噛み締める。
「おのれ・・・・・役立たずどもめ・・・・・・」
- 254 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:30
- 「ホントにそうですね。こんなに役に立たないとは。」
“つんく”がふうっと息を吐き、両手を広げる。
その表情はまさに馬鹿にしきった表情だった。
「何?!貴様、もう一度言ってみよ!!!」
将軍の1人がつんくに詰め寄る。
その表情は憎しみに満ちている。
今にもつんくを斬りそうな勢いだ。
「役に立たないものに役に立たないと言って何が悪いのですか?」
が、つんくはそんな表情など何の気にもせずまたも“役立たず”と言い放つ。
「おのれ!!!」
その将軍は我慢ならず剣を抜き、つんくを斬りつけた。
- 255 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:30
- ガキッ!!!!
「なっ?!!」
将軍は信じられなかった。
確かに鋭い斬撃でつんくを斬ったはずだ。
だが、剣はつんくの左肩で止まっていた。
何の傷もついていない。
「おやおや。人の身体を斬る事すら出来ませぬか。
王、こんな役立たず、どういたしますか?」
つんくはライジング国王に尋ねる。
- 256 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:30
- ライジング王はただ一言。
「そちの好きにせい。」
- 257 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:31
- 「分かりました。では将軍、あなたもお役に立てるようにして差し上げましょう。」
そう言ってつんくはパチンと指を鳴らした。
その瞬間、地面がえぐれて魔物が数体現れた。
「ヒトの心に棲む邪の精霊たちよ。我が名はつんく。汝の力我に与えたまえ。」
つんくは術を詠唱し、両手をかざす。
するとその将軍と一体の魔物の身体が浮かび上がる。
「な、何をする?!!」
「グオオオオオ?!!」
将軍と魔物は戸惑いの声を上げる。
「もちろん“同化”ですよ。」
つんくはニヤッと笑った。
- 258 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:32
- 将軍と魔物の身体が重なる。
そして真っ黒な光が辺りを支配した。
光が収まると、そこには一体の生命体がいた。
- 259 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:33
- 「さあこれで貴方もお役に立てるはずです。
ゼティマ軍を蹴散らしてくるのです。」
「・・・・・はっ。」
その新たな生命体はつんくに一礼すると戦場へと駆け出して行った。
「さて王。どうせならばここにいる将軍全てを“同化”させますか?」
この言葉に驚愕の表情を浮かべる将軍たち。
“同化”は以前の記憶は残るが、それはただ残っているだけで
以前とは全く違う生命体になる。
もちろんもう2度と人間に戻る事はできない。
「ふふふふふ。おもしろい。やれ。」
「な?!!王!!!!」
ライジング王の言葉にわが耳を疑う将軍たち。
長年仕えてきた我々を?!
「は、では早速。」
つんくは術を詠唱する。
「う、うわあああああああああああ!!!!!!」
将軍たちの絶叫が戦場にこだました。
- 260 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:34
- 「もうすぐだ!!もうすぐ敵の本陣だ!!!」
敵をなぎ倒し、ゼティマ軍は進軍していく。
「凄い!!さすが父上!!やっぱ我が軍は強いんだ!!」
城から戦況を見ていたマコトが声をあげる。
あれだけ強大であったライジング王国軍が
完全に押されている。
これなら勝てる。
とマコトが思った瞬間、
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
断末魔の声をあげ、ゼティマ軍の兵士が一気に何十人と倒れていった。
意気盛んなゼティマ軍の兵士たちを?
しかもたった一人の男に?
- 261 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:34
- 「こいつは・・・・・?」
軍の最前列にいる市井はこの1人の兵士を見て首を傾げる。
どこかで見た事がある?
「・・・・こやつはライジング王に長年仕えている将軍だ。」
「国王様。」
市井に追いついたゼティマ王がその兵士の顔を見て言った。
「だが、こやつは知力に優れた将軍だ。
武力はそれほど優れていたわけではない。
だが、今の身のこなし、明らかに違う。」
このゼティマ王の言葉にみな確信する。
こいつは魔物と同化した。
- 262 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:35
- 「あ、国王様!!」
安倍が叫ぶ。
この同化した将軍の後ろからさらに5人、
将軍と思しき者が現れた。
「国王様、もしかしてこいつらも・・・・・」
「うむ。恐らくそうであろう。」
飯田の問いにゼティマ王が答える。
間違いない。
こいつらも同化している。
- 263 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:36
- 「これで数は6人か・・・・・・」
魔物と同化した将軍が6人。
そしてこっちは・・・・・・
ゼティマ王は決断した。
「10剣聖!!」
「はっ!!!」
ゼティマ王の言葉に応える10剣聖。
「こやつらはそちたちに任せた。余はライジング王を倒す。」
「・・・・御意。」
将軍たちは同じ数の10剣聖に任せる。
自分は戦いの元凶、ライジング王を討ち取る。
それが一番効率のいい戦いだ。
ゼティマ王は1人敵陣深くへ突き進んで行った。
- 264 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:38
- 1人、2人斬り、ゼティマ王は突き進む。
その武力はまさに世界最強である。
病も気力で押さえ込んでいるため、何の影響もない。
そしてようやく敵の本陣らしき所へたどり着いた。
本陣では1人の男が椅子に座り、その側に2人控えていた。
「・・・・・久しぶりだなライジング王。」
ゼティマ王が椅子に腰掛けているライジング王に言う。
「・・・・・・ふん、貴様の顔など見たくは無かったがな。」
ライジング王は忌々しい表情でゼティマ王を睨む。
長年の親友だったとはまるで思えない2人の会話、
雰囲気であった。
- 265 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:38
- 「王、ここは私めが片付けましょうか?」
いつの間にか戦場から本陣に控えていた及川がライジング王に進み出る。
「・・・・いや、こやつはわしが倒す。及川、つんく、手を出すでないぞ。」
「はっ!」
ライジング王の言葉に及川とつんくが後ろへ下がる。
『・・・・・あの金髪の男、誰だ・・・・?何という禍々しい気であろうか?
・・・・・・・ライジング王国が変わったのはもしや・・・・?』
ゼティマ王はつんくの身体から漏れる邪悪な気に身震いを感じていた。
- 266 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:38
- 「・・・・・行くぞ。」
「速い?!!」
とその時、いきなりライジング王が一足飛びにゼティマ王の懐に飛び込んできた。
その動きは尋常でないぐらい速かった。
「うおおおおおおお?!!!」
ゼティマ王の絶叫が辺りにこだました。
- 267 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:39
- 「炎殺龍飛翔!!!」
「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!」
市井の最大の奥義が炸裂した。
魔物と同化した将軍は地獄の業火に焼かれ、塵へと化した。
「他のみんなは?!」
市井が辺りを見回す。
自分の相手の将軍は魔物と同化したとはいえ、それほど大した事は無かった。
だが他の連中は?
- 268 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:40
- 「・・・・・良かった。」
市井がホッと胸を撫で下ろす。
矢口や安倍、飯田、保田も見事に将軍たちを倒していた。
「うらっ!!」
「ぎゃああああああ!!!!」
片腕しかない石黒も今、相手を見事に倒した。
これで同化した将軍たちは全て打ち倒した。
確かに将軍たちは同化して強くはなった。
だが及川ほどの強さではなかった。
この程度で10剣聖に勝とうとは甘い考えだ。
- 269 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:41
- 「どうやら及川だけは特別なようね。」
「ああ。と、その及川はどこ?」
保田の言葉に飯田が声を上げる。
戦場にいたはずの及川の姿が見えない。
「すぐなっちたちも敵の本陣へ乗り込むべ!!」
「おう!!」
安倍の声に頷き、走り出す市井たち。
及川がここにはいない。
それはつまりライジング王の側にいるという事だ。
いくらゼティマ王であってもライジング王と及川では分が悪いはずだ。
一刻も早く駆けつけねば。
- 270 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:41
- 「あっ?!!」
が、市井たちは足を止めた。
いや、止められたといっていい。
それは500mほど先のライジング王国軍の本陣から
巨大な白い十字架が立てられたからだ。
その十字架には1人の男が手足を釘で止められ、貼り付けられていた。
- 271 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:42
- 「こ、国王様・・・・・?」
矢口が呆然と呟く。
十字架に貼り付けられていたのは、
全身血だらけとなった世界最強の男、
ゼティマ王国国王、ゼティマ・レム・ブルーであった。
- 272 名前:悪天 投稿日:2004/07/28(水) 01:44
- 本日はここまでといたします。
・・・・主人公が全然出てきません。あれ?
でも次回こそ出てくるはずです。
では次回の更新まで失礼致します。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/31(土) 14:02
- 更新お疲れ様です。
次回の、主人公がすごい気になってます。
Myペースな更新でがんばってください。
- 274 名前:sage名無し読者 投稿日:2004/08/15(日) 13:41
- 更新待ってます…。
- 275 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/15(日) 13:45
- すいません。ageちゃいました。
- 276 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:03
- >>273 名無飼育さん様
レスありがとうございます。影が薄い主人公ですみません。
マイペース過ぎる更新で申し訳ないですが、これからもお付き合い下さい。
>>274 >>275 名無し読者様
レスありがとうございます。こんな小説をお待ちいただいてほんと嬉しいです。
またお待たせするかもしれませんが、どうかご容赦下さい。
- 277 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:04
- 「こ、国王様!!!」
市井が思わず足を進める。
が、それを石黒が止めた。
「落ち着け紗耶香。見ろ。」
石黒がそう言って指した先、
十字架の下には3人の男たちがいた。
「・・・・恐らくあの3人。ライジング王、及川光博、そしてあの金髪の男が
国王様を倒したんだろう。つまり、あいつらはそれだけ強いってことだ。
迂闊に飛び込むとやばいよ。」
石黒が冷静に状況を判断する。
さすがは“水”を極めた“アイスウォール”だ。
誰もが冷静さを見失う中、1人状況を正しく理解していた。
- 278 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:05
- だが、この冷静な判断が逆に市井の癇に障る。
「・・・・あやっぺ、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?
強い弱いなんか関係ない。すぐに国王様を助けないと。」
市井が怒りを込めた目で石黒を睨む。
こちらは“火”を極めた“ファイアストーム”。
石黒とは正反対の、熱い気持ちこそ市井の最大の魅力でもある。
この熱い気持ちに人はついてくるのだ。
と、その時、十字架の下にいた及川が叫んだ。
「我々ライジング王国はゼティマ王を捕らえた!!!
ゼティマ王の命を助けたければ武器を捨て、城を開放しろ!!!」
この叫びはライジング王国の兵士たちの叫びと共にゼティマ城に届いた。
- 279 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:05
- 「ち、父上!!!!」
「マコト様!!危のうございます!!」
偉大な父の無残な姿にマコトは我を失い、城壁のふちから身を乗り出す。
それを家臣たちが必死に後ろへと下がらせる。
その家臣たちも表情は真っ青だった。
それも無理もない。
あの最強のゼティマ王があんな無残な姿をさらしているのだから。
- 280 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:06
- 「中澤様!!わたしたちは一体どうすれば?!!」
家臣の1人が中澤に助言を仰ぐ。
が、さすがの中澤も即答は出来ない。
普通ならば、城を開放するなどもってのほかだ。
城を開放してしまえば全ては終わりだ。
ライジング王国軍は城に入り込み、全ての者たちを殺すであろう。
こういう言い方は悪いが、人一人の命と何万人の命を天秤にかければ自ずと答えが出る。
だが、今回人質となっているのが他ならぬゼティマ王だ。
彼の存在は何万人にも匹敵するものだ。
それだけに中澤は即答できなかった。
- 281 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:07
- が、中澤は軍師として決断しなければならない。
それも今すぐにだ。
一瞬でも判断が遅れると、全てが終わってしまうからだ。
そして中澤の答えは出た。
「・・・・・・国王様は紗耶香たち10剣聖に任せる。
紗耶香たちで無理な場合は・・・・・・諦める。」
「そ、そんな!!!」
マコトをはじめ、家臣たちは中澤の言葉に絶句する。
国王を見捨てる?
それは家臣にあるまじき行為である。
- 282 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:08
- しかし、この中澤の決断と同じ決断をした人物はもう2人いた。
1人は石黒彩。
そしてもう1人は。
「皆の者!!絶対に城を開けてはならん!!!!」
十字架に貼り付けにされたゼティマ国王本人だった。
- 283 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:08
- 「こ、国王様?!!」
市井や矢口、安倍たちを含め、戦場にいるゼティマ軍はこの言葉に驚かされた。
さらにゼティマ王は続ける。
「10剣聖!!!今すぐ城へ全軍を退かせるのだ!!!
城へ戻り、守りを固めよ!!!!こやつらは強・・・・ぐふっ!!!!」
「・・・・・うるさい。」
ゼティマ王の言葉は途中で切れた。
それはライジング王が右手に持っていた槍をゼティマ王の腹部に突き刺したからだ。
- 284 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:09
- 「国王様!!!!」
これを見た市井はカッと頭に血が上り、
ゼティマ王を救うべく駆け出す。
「バカが!!!」
それを見た石黒、素早く術を詠唱し、市井にぶつけた。
「がっ?!!」
市井の顔を水が覆う。
その水が市井に呼吸を許さない。
「あ、あやっぺ・・・・!!!」
もがけばもがくほど水は大量に気管支に入ってしまい、苦しくなる。
ドスッ!!!!
「ぐっ?!!!」
市井の鳩尾に石黒の左拳がめり込む。
その強烈な一撃と、水による呼吸困難のため市井は気を失った。
- 285 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:09
- 「矢口、カオリ、なっち、圭ちゃん!!!すぐに退くよ!!!」
石黒は気を失った市井を肩に背負い、クルッと引き返す。
しかし他の誰も引き返そうとはしない。
みな、憤りを感じている表情だ。
そう、石黒の熱い血が通っている人間とは思えない言葉、行動に。
「あやっぺ、あんた・・・・・」
「圭ちゃん!!!分かってる!!!
でも今はこうするしかない!!!速く退こう!!!」
石黒は保田の非難の言葉を途中で切った。
そして必死にみなに退くように促す。
その表情は悲痛だった。
彼女も苦しいのだ。
しかし、今の状況ではこうするしかない。
その表情を見て保田たちもとうとう決断した。
「分かった。みんな退くよ!!!」
保田の指示に従い、ゼティマ軍は一斉に城へと退却した。
- 286 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:10
- 「くっ、ゼティマ王よ。そなたの家臣は優秀だな。」
退却するゼティマ軍を見てライジング王が忌々しげに呟く。
彼としてはここで退かれるのは厄介だった。
ゼティマ城は難攻不落の名城。
高い城壁、分厚い鉄の門により高い守備力を誇っている。
さらには城全体に特殊加工がされ、全く魔法を受け付けないのだ。
そのため、いくら今のライジング王国軍であってもそう易々とは落とせない。
それは先ほど、強引に攻めて手痛いしっぺ返しを食らっていることでも証明されている。
だからこそライジング王はゼティマ王を十字架に貼り付けることで、
ゼティマ軍を外におびき出させようとしたのだ。
だがこの最大の挑発にもゼティマ軍は、石黒彩は乗らなかった。
素早く軍をまとめ、城へと退却した。
その速さは秀逸で、ライジング王国軍が一度国王のもとに終結し、
そして追撃体制をとろうとしたときにはもうすでに城へと戻っていたほどであった。
- 287 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:10
- 「まあいい。こちらにはこやつがいる。
こやつの苦しむ声を聞けば必ずゼティマ軍は混乱するであろう。」
十字架に貼り付けられたゼティマ王を見て、ライジング王はニヤリと笑う。
「王の仰るとおりです。このゼティマ王の姿を見れば誰だって動揺するでしょう。
しかも今、城を守っている当主は第二王女のマコト・オガワ・ブルーです。
彼女はこの戦乱の世の中では生きていけぬ腰抜けです。
このゼティマ王の姿を見れば泣きわめくでしょう。
そんな当主に誰が従うでしょうかね。もう我が軍の勝利は間違いありませぬ。」
及川もニヤリと笑った。
- 288 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:11
- 「開門!!開門せよ!!」
城から出ていたぜティマ軍が一斉に戻ってきた。
その姿に城下の者たちは絶望的な表情になる。
それは10剣聖が国王救出に失敗したということだった。
「・・・・・・マコト様、ご覚悟を。」
戻ってきたゼティマ軍を王の間から見て、中澤はマコトに言った。
「い、嫌だ!!誰か!!ねえ誰か父上を助けて!!!」
マコトは狂乱したかのように泣き喚く。
このマコトの君主にあるまじき姿を見て、ゼティマ王国の重臣たちはみな悟った。
ゼティマ王国300年の歴史も、今日、終わると。
- 289 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:12
- その時、ある重臣がポツリと呟いた。
「・・・・・ヒトミ様がここにおられたならば・・・・・」
- 290 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:12
- 「?!!!!」
この言葉を聞き、中澤に電流が走る。
何故今まで忘れていたのだ?
「誰か!!」
中澤は声を張り上げる。
その表情は鬼気迫っている。
「はっ!!」
1人の若い兵士が中澤のもとに駆け寄る。
「今すぐ洞窟に逃げ込んだ民衆たちをこの城へと入れるんや!!
ええな、今すぐにやで!!」
「はっ!!」
兵士はそう答えると、駆け出した。
その後姿を見ながら中澤はこう思った。
- 291 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:12
-
――――まだ希望はある――――
- 292 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:13
- 「皆の者!!今すぐ城へと入るのだ!!!」
中澤の命を受けた兵士は、数人が手分けしてそれぞれ洞窟内へと飛び込み、
城へ入るように指示を出していた。
そして“ひとみ”と梨華たちがいる洞窟にも兵士が来て指示を出す。
「早く行くぞ!!」
「ちょ、ちょっとひとみちゃん!!」
兵士の指示を聞いた瞬間、“ひとみ”はガバッと立ち上がり、梨華たちを急かした。
“ひとみ”には、いや“彼女たち”には分かっていたのだ。
この指示が出たという事、それはもうゼティマ軍が完全に籠城戦に入るという事。
ということはこの洞窟も取り囲まれるという事だ。
そうなってしまうと梨華を、ブルームーンストーンを守れない。
- 293 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:16
- だが、焦る“ひとみ”を尻目に他の民衆たちが我先にと城へと向かいだした。
みなこんな洞窟にこもりきりで不安だったのだ。
ここよりかは城の方が安全だ。
みなそう思っていた。
何故洞窟から城へと移動するのか、その理由も知らずに。
“ひとみ”たちは多くの民衆と共に北の門、玄武よりゼティマ城へと入った。
と、その時、民衆たちの視界にあるものが映った。
「あ、あれはゼティマ王?!!!」
北から入った“ひとみ”たち。
必然的にその視界の先は南だ。
そこに映ったのは十字架に貼り付けられた偉大な王の姿だった。
- 294 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:16
- 「国王様!!!!」
民衆たちが一斉に悲鳴ともとれる声を上げる。
皆信じられないのだ。
あの強く、優しく、そして威厳に満ち溢れていたゼティマ王が、
あのような姿になっていることを。
しかしこれは現実。
ゼティマ王国がもう終わるという現実だった。
- 295 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:17
- 「ち、父上・・・・・」
「えっ?!!」
ゼティマ王の姿に“ひとみ”の口から思わず言葉が漏れる。
それを梨華は聞き逃さなかった。
今の言葉もそうだが、洞窟内での“ひとみ”の言葉遣い、態度、雰囲気。
梨華は確信する。
梨華は“ひとみ”の右腕をギュッと握り、こう言った。
「・・・・・あなた、ひとみちゃんじゃないわ。あなたは一体誰なの?」
- 296 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:18
- 「マコト!!!余を殺せ!!!余はもう助からぬ!!!
これ以上余に生き恥を晒させるでないぞ!!!
お前の手で余を殺すのだ!!!!」
とその時、十字架に貼り付けられたゼティマ王が、城内に向かって叫んだ。
この言葉に衝撃を受けるマコトに中澤、そして民衆たち。
「で、出来ません!!私に父上を殺す事など!!!」
マコトが涙ながらに叫ぶ。
- 297 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:20
- 「みんな、今のうちにこの国を脱出するぞ。」
ゼティマ軍もライジング軍も、そして民衆たちもこの光景に目が釘付けとなっている。
今こそ千載一遇の好機。
“ひとみ”はそっと梨華たちに耳打ちする。
「えっ?!な、なんで?!」
「もうこの城は、ゼティマ王国は無理だ。ここにいれば我らも死ぬ。
だから一刻も早くここを脱出せねばならぬ。
この城には秘密の抜け穴がある。そこを通れば誰にも見つからずに北の山脈、
シーク山脈のふもとにまで行ける。シーク山脈を越えればライジング王国の手も届かぬ。」
「な、何でそんな事知ってるの?」
「そんな事はどうでもよい。すぐに行くぞ。」
「そ、そんな・・・・じゃ、じゃあみんなで脱出しないと。」
梨華の言葉に“ひとみ”は首を振る。
「駄目だ。大人数では通れぬ。この5人で精一杯だ。
他の者は見捨てて、我らだけで行く。」
「ちょ、ちょっとあんたは何てこと言うの!」
姉の陽子が“ひとみ”を叱責する。
が、“ひとみ”は表情を変えず、スッと梨華の首に下げている“お守り”を指差す。
「これには我々の、いや、世界の人類全ての命運が懸かっているのだ。
何があろうともこれだけは守らねばならん。そうだな?」
そう言って“ひとみ”は梨華の父と母を見る。
2人とも悲痛な表情だが、首を縦に振り、その言葉を肯定した。
- 298 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:22
- 「マコト!!!そなたはゼティマ王国の嫡子であろう?!!!
その証を見せてみ・・・・ぐふっ!!!!!」
「ち、父上!!!!」
その間にもゼティマ王の叫び、
マコトの叫びがあたりに響き渡る。
「うるさい!!!少し黙らぬか!!!!」
ライジング王国の兵士が剣をゼティマ王の腿に突き刺す。
それを見てマコトはさらに泣き喚く。
民衆たちも悲鳴を上げる。
「・・・・行くぞ。」
悲鳴や怒号が飛び交う中、“ひとみ”は冷酷にスッと背を向ける。
今通った玄武門から200m離れた所にある井戸。
その井戸には降りるための梯子がついているのだが、
そのはしごの途中に秘密の抜け穴があるのだ。
一刻も早くここを脱出し、梨華とブルームーンストーンを守らねば。
- 299 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:22
- 「ぐっ?!!!」
しかしその井戸へと向かう一歩を踏み出した瞬間、
“ひとみ”は表情をしかめ、膝をついた。
「ひ、ひとみちゃん?!!」
「・・・・な、何故邪魔をするのだひとみ?!!」
「えっ?!」
梨華をはじめ、陽子も、梨華の父と母も訳が分からない。
“ひとみ”は何を言っているのだ?
- 300 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:23
- “ひとみ”はさらに言葉をつなげる。
「そなたも分かっておろう?
国王よりも今はブルームーンストーンだ。」
『何言ってるんですか!あなたは父を、
それから妹や大事な仲間たちを見捨ててもよいのですか?』
「こうせねば人類は滅ぶのだ。1人の人間に拘っていては世の中を平和には出来ぬ。」
『1つの命を救う事が出来ない者がどうやってこの世界を救えるのですか?!』
「それは詭弁だ。よいか、平和を望むからこそ1人の命を諦める場合もあるのだ。」
『それこそ詭弁ではないのですか?自分の近くにいる者を救えない者がどうやってこの世界を救うというのですか?!!』
“2人”は激しく言い争う。
もちろん見た目には1人しか話していないように見えるが。
- 301 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:24
- 「・・・・・・ひとみ、分かってくれ。余も辛いのだ・・・・・」
『・・・・・・・・・・・ヒトミ様・・・・・・それで本当によいのでしょうか?』
「・・・・・・・いいわけないだろう。」
苦痛の表情を浮かべる“ヒトミ”。
この表情は本当に苦しそうだった。
悲しみ、苦しみ、そして悔しさ。
全てが最大限に込められた表情だった。
この表情はひとみの、梨華たちの心に深く刻み込まれる。
- 302 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:24
- 「父上!!!!」
マコトの絶叫が聞こえる。
「早く、早く余を殺せ・・・・」
ゼティマ王の声も聞こえる。
しかし、その声ももう張りがない。
それはゼティマ王の命の火が、もう消えかけているということ。
「・・・・行こう。」
“ヒトミ”はその言葉に目をそむけ、前へ進む。
これ以上は聞くに耐えられないからだ。
「ダメ!!」
が、梨華が“ヒトミ”の腕を掴んで止めた。
「王女様、ホントにこれでいいんですか?!!
あなたしかこの状況を打ち破れるのはいないんですよ?!!」
「王女様・・・・?」
梨華の両親に陽子は梨華の言葉に驚く。
ひとみが王女?
- 303 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:25
- “ヒトミ”は何も否定せず梨華の目をジッと見る。
そして苦しげに言葉を言う。
「・・・・・・今の余では無理なのだ。今の余は力のほとんどを失っている。
全てを守れる力は今の余にはないのだ。だからこそ手の届く範囲しか守れぬ。
つまり、そなたしかな。」
「何を仰いますか?!あたしみたいな普通の民よりも国の方が大事ではないですか!!」
この梨華の言葉に“ヒトミ”は静かに首を横に振る。
「それは違う。人類にとってそのお守り、“ブルームーンストーン”は希望の石なのだ。
絶対にライジング王国に、魔物に渡してはならぬのだ。だから余はこの国を見捨てて、
そなたを守る。そうしなければ人類は滅ぶのだ。」
そう言って“ヒトミ”は梨華の首にかかっているブルームーンストーンに触れた。
その時、ただの石であったブルームーンストーンが淡い青色の光を放ちだした。
- 304 名前:悪天 投稿日:2004/08/18(水) 22:27
- すみません、今日はここまでとさせていただきます。
更新が遅い上に、中途半端ですみません。
次回更新はなるべく早く出来るように頑張ります。
では、失礼致します。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/18(水) 22:34
- わぁ、いいとこで終わってる。。
続き待ってますよ。
- 306 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/18(水) 23:40
- 更新お疲れ様です。“二人“の心の葛藤の結末はいかに?って感じですね。次回更新も楽しみにしています。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/20(金) 22:11
- ホント…いい所で終ってる…
- 308 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 01:56
- >>305 名無飼育さん様
レスありがとうございます。中途半端なとこで終わってすみません。
なるべくキリのいい所で終わらせたいと思ってはいるのですが・・・・・
また変な所で終わるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
>>306 名無し読者様
レスありがとうございます。
次回更新を楽しみにしていると言っていただいて凄く嬉しいです。
2人の葛藤の結末の答えは今回出ると思います。今回の話にご期待下さい。
>>307 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
はい、こんな所で終わってしまいました。これも作者の筆力の無さ、構成力の無さです。
こんな作者ですが、これからも見ていただけると嬉しいです。
皆様、レスありがとうございます。
とても励みになります。また色々と感想を述べていただけると嬉しいです。
では本日の更新です。
- 309 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 01:57
- その時、ただの石であったブルームーンストーンが淡い青色の光を放ちだした。
淡い光は次第に濃さを増していく。
そしてその光はヒトミの指先から伝わり、
ヒトミの身体全体を優しく包み込む。
さらには梨華の身体も包み込んだ。
「こ、これは?!!」
その時、つんくは波動を感じ取っていた。
ライジング王も及川光博も同様だった。
この波動、間違いない。
「ふふふふ、とうとう見つけたで。
まさかここにあるとはな。」
つんくはニヤリと笑った。
- 310 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 01:58
-
そう、探し求めていたブルームーンストーンがここにある。
- 311 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 01:59
- が、つんくはハッとなり表情を歪める。
そして忌々しげにライジング王に言った。
「王、今さらながらあの無能な将軍たちを恨みますよ。
今ここにメロン公国王女、柴田あゆみがいたならば全ては揃ったというのに。」
「・・・・・・確かにな。もしここで柴田あゆみがいたならば・・・・・」
ライジング王もギリリと歯軋りする。
もしここに柴田あゆみがいたならば世界は全て自分たちのものになったのだ。
悔しさに表情を歪めるつんくにライジング王。
が、それを及川光博がなだめる。
「王につんく殿、それは過ぎた事です。今言っても仕方ありません。
それにまた後で柴田あゆみを捜せば問題はありません。
それよりも今回は必ずマコト・オガワ・ブルーを捕らえましょう。
この機を逃す愚だけは犯さぬようにせねば。」
- 312 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:00
- 「及川殿の仰るとおりですな。では王。
ここは降伏を呼びかけてはいかがでしょうか?
ゼティマ城城主、マコトが投降すれば住民はもちろん、
10剣聖を含む全ての者の命を助けると。」
このつんくの言葉にライジング王も及川も驚いた。
「つんく殿、それはいささか無理な話ではないですか?
今回の戦い方の見事さ、それに“アイスウォール”石黒彩もいるとなると、
恐らく敵の本陣にはあの“ダークエンジェル”中澤裕子がいるはずです。
中澤がいれば何かあると睨み、このような提案を受け容れるはずがありません。」
「うむ、及川の言うとおりだ。奴らが受け容れるとは思わぬ。」
及川の言葉にライジング王も同意し、頷く。
が、つんくは平然としている。
「もちろんその中澤や家臣たちは止めるでしょう。
ですがマコトの性格からすると自分1人が犠牲になればみなが救われるとなると
この要求に心を動かされるのは間違いありません。
所詮奴はこの乱世では生きていけぬ甘ちゃんですから。
それにこちらにはゼティマ王がいます。
彼をも助けてやるといえば、優しい優しいマコト王女は自らすすんで
捕虜になろうとするでしょうな。」
- 313 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:01
- と、つんくがククッと笑いながら述べた時、
ゼティマ城へ物見に行っていた者が報告に戻ってきた。
「申し上げます。どうやら民衆たちは北の洞窟からゼティマ城内へと避難するようです。」
この報告につんくは口元を妖しく歪める。
「王、これは天が我らに味方しましたな。」
「何?どういう事だ?」
「降伏を呼びかけ、受け容れられなければこう付け加えればいいのです。
“民衆たちよ、ゼティマ王国王女、マコト・オガワ・ブルーを生きたまま捕らえたならば、
お前たちの安全は未来永劫保障する。もちろん家も財産もだ”と。
果たして住民たちはもう陥落寸前のゼティマ城で死ぬのを選ぶか、
それとも降伏を受け容れ、生き残ろうとするか。・・・・・・どちらでしょうね。」
つんくはニヤリと笑った。
その笑みは見る者全てを不快にさせた。
- 314 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:02
- 及川は、人間心理の浅ましさを鋭く突くこの金髪の男に正直恐ろしさを感じた。
しかし、確かにつんくの言うとおりだ。
中澤たち10剣聖をはじめ、兵士たちはライジング王国に降るぐらいならば
戦って死を選ぶだろう。
が、戦わぬ民衆たちはどうか?
命さえ保障してくれれば国が変わろうが王が変わろうが関係ない。
民衆とはそんなものであろう。
「・・・・王、これは取り入れるべきでしょう。
上手く行けば素直に要求を受け容れ、マコトを捕らえられるでしょうし、
上手く行かなくてもつんく殿の言うとおり民衆に暴動を起こさせばよいでしょう。
ゼティマ軍はこの暴動を抑えるのに手一杯になるはずです。
その隙に我が軍が攻めてもいいでしょうし、どちらにしろ悪い結果にはなりません。」
「・・・・・うむ、分かった。それでいこう。」
ライジング王はニヤリと笑い、頷いた。
- 315 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:03
- 別にゼティマ王国の誰が生き残ろうがかまわない。
この際だ。憎きゼティマ王も見逃してやってもよい。
が、マコト・オガワ・ブルー。
彼女だけは絶対に生きて捕らえなければならない。
それがライジング王の野望達成の大きな鍵となる。
- 316 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:03
-
・・・・・とライジング王は思っているが、つんくと及川の狙いは別にあった。
もちろん、それはライジング王の知る所ではないが。
- 317 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:04
- 「こ、これって・・・・?」
梨華は戸惑いを隠せない。
ただの石であったはずのこのお守り“ブルームーンストーン”が光を発したからだ。
淡い、青い光。
優しさと、力強さを感じる光。
「な、なんだ?!!」
この光には周りの人々も気付いていた。
人々が何事かとざわめく。
「これは?!」
城内でも10剣聖をはじめ、主だった者もこの波動を感じていた。
圧倒的な力の波動。
しかしどこかホッとする優しい波動。
- 318 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:05
- その時、光が変化した。
ヒトミたちを包んでいた光が次第に1つに集まり、
そして2人の目の前に1つの青い光のカタマリを形成していった。
そのカタマリを見てヒトミは満足気に頷いた。
その様子からブルームーンストーンが発動したのは
ヒトミの予想の範囲だったことが分かる。
「・・・・・・明日香。」
「えっ?」
ヒトミの言葉に驚く梨華。
と、その時、梨華はそのカタマリの中から
人がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
- 319 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:06
- 「ご無沙汰しておりますヒトミ様。
私の声が聞こえましたか?」
黒髪にショートカット、そして小柄な身体の女性がニコッと微笑む。
「無論だ。だからこそ今このような時に、敵に存在を知られると分かっていながら
ブルームーンストーンを発動させたのだ。で、明日香、何があった?」
ヒトミが尋ねる。
この問いに明日香と呼ばれた女性は表情を曇らせた。
「事態は急変いたしました。ヒトミ様、絶対にマコト様をお守りください。
そうしなければ我ら人類は滅亡いたします。」
「何?どういうことだ明日香?」
ヒトミが困惑した顔で尋ねる。
- 320 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:07
- 明日香・・・・・?
梨華はこの名前に聞き覚えがあった。
一瞬誰か考えたが答えはすぐに見つかった。
それはゼティマ王国に住むものならばみな例外なくその名を知っているからだ。
弱冠13歳で10剣聖に就任し、ゼティマ王国にこの人ありとうたわれた天才。
“邪”を極めた“デビルサマナー”福田明日香だ。
しかし福田明日香は先のクロスロードウォーで戦死したはずでは?
そう思いながらも梨華はヒトミと福田の会話に耳を傾ける。
どうやら他の者は福田の姿も見えていないし、声も聞こえていないようだ。
淡い青の光を見て驚いているだけだった。
- 321 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:07
- 「ヒトミ様、今“冥界”ではハーデスが本格的に侵攻の準備を開始しております。
その矛先は“人間界”のみならず“天界”にも向けられております。」
「何?それはまことか?」
福田の言葉にヒトミは驚く。
それは信じられない事だからだ。
この世は3つの世界からなっている。
すなわちひとみたちがいる“人間界”
ハーデスをはじめ、魔物がいる“冥界”
そして神と呼ばれる者がいる“天界”
この3つだ。
そしてそれぞれが微妙なバランスを保ちながらこの世が形作られている。
- 322 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:08
- 「・・・・・ハーデス自身の力は確かに強大だ。が、奴自身は他の世界が苦手であろう?
それともアッケロンやエリゴルのような部下たちだけで“天界”や“人間界”を落とそうというのか?
しかし“人間界”はまだしも“天界”はそうはいかぬだろう。
“天界”にはゼウス様をはじめ、強い力を持った神々がいらっしゃる。
ハーデス自身の力が無ければとうてい勝てぬぞ。」
「ええ、確かにそうです。が、事態は急変したのです。
まずはハーデスの力がこれ以上なく増大しております。
その力はもしかすると1人で人間界を潰せるのでは?
というほどです。」
「?!!」
ヒトミは絶句する。
冥王ハーデスがそこまで力を?
- 323 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:09
- 「さらに“人間界”に、いや、ライジング王国に“つんく”という男がいます。
彼はハーデスより命を受け、ブルームーンストーンを手に入れるために“人間界”に来たのです。」
「“つんく”・・・・・?明日香、そいつは一体何者なのだ?」
はじめて聞く名前だった。
「私もよくは分かりません。しかし、これだけは言えます。
彼はヒトミ様、そしてひとみ様。あなたたちと同じくブルームーンストーンの資格者です。」
- 324 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:10
- 「何・・・・?!」
『えっ・・・・?!!』
ヒトミとひとみは驚く。
自分たち以外に資格者がいるのか?
驚く“2人”を尻目に、福田は言葉をつなげる。
「そうとしか考えられません。そうでないと彼が“人間界”に来た意味がありませんから。
彼はブルームーンストーンを手に入れ、そしてそれを使ってハーデスの力をさらに増大させるつもりなのです。
そして“人間界”、“天界”を完全に滅亡させる。
それこそ彼の目的なのです。」
「むう。」
ヒトミは唸るしかなかった。
もしこれが実現すればもう本当に全ては終わる。
- 325 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:13
- 「ですからヒトミ様。あなたは絶対にマコト様をお守りしなければなりません。
そしてもう1人、柴田あゆみ様もです。」
「あゆみも生きておるのか?!」
ヒトミが大きく目を見開く。
柴田あゆみ。
メロン公国王女にして、ブルームーンストーンを発動させる鍵。
「無論です。そうでなければブルームーンストーンは発動できません。
それを一番知っているのは“つんく”なのですから、殺すわけがありません。」
「確かにそうだな。」
ヒトミは福田の言葉に納得する。
そしてこう言った。
「ということは、余はマコトやあゆみ、そしてここにいる石川梨華を守り、
つんくを倒さねばならぬのだな。
そしてブルームーンストーンを発動させ、冥界の王ハーデスを倒す。」
「その通りですヒトミ様。」
ヒトミの言葉に福田は満足気に頷いた。
- 326 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:18
- 「ではヒトミ様にひとみ様。私はこれで失礼致します。
近頃ハーデスも私の存在に気付いたようで、兵を送ってきます。
ですから同じ場所には長くはいれません。またどこかに隠れておきます。」
「・・・・そうか。すまぬな明日香。そちにはいつも辛い仕事ばかりだ。」
「いえ。御気遣いは無用ですよ。“冥界”は私にお任せ下さい。
その代わり“人間界”は頼みましたよ。」
「うむ。」
ヒトミは頷いた。
「では。」
福田はスッと頭を下げる。
そして頭を上げるとチラッと梨華を見て言った。
「あなたも辛いだろうけど頑張ってね。
ヒトミ様を、いえ王女とひとみ様を信じれば大丈夫だから。」
「え?あ、はい!」
梨華の言葉を聞くと福田は優しく微笑んだ。
そしてクルッと背を向け、光の奥へと歩いていく。
- 327 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:19
- 「あ、ちょ、ちょっと待て!」
と、それをヒトミが止めた。
「・・・・何か?ヒトミ様?」
福田は足を止め、ヒトミの方を振り返った。
「あ、そ、その・・・・」
引きとめたはいいが、ヒトミの歯切れが悪い。
が、それが逆にヒトミが何を言いたかったのかを福田に理解させた。
「大丈夫ですよ。真希ちゃんも“天界”で頑張ってますから。では。」
ニヤリと笑って福田は光の奥に歩いて行った。
そして福田の姿が消えると、ブルームーンストーンの光も消えた。
- 328 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:20
- 『ヒトミ様、やられましたね。さすが明日香さん。』
「相変らず生意気な奴だ。」
しかしそういうヒトミの言葉には嬉しさがにじんでいた。
が、すぐに気を引き締める。
「しかしひとみ。まさに事態は急変したな。」
『はい。しかし逆に私たちのするべき事ははっきりしました。
それに全力を尽くしましょう。』
「うむ。」
ヒトミは頷き、そして梨華の方を見た。
「今の余と明日香の話、聞いたな?」
「あ、は、はい。で、でも正直意味があんまり分からなくて・・・・」
「そうであろうな。が、ゆっくり説明をする暇はない。
とにかく今はマコトを、この国を救う。よいな?」
「は、はいっ!!」
それならば理解している。
梨華は深く頷いた。
- 329 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:21
- 「こらっ!!!そこは何をしているか!!!
早く城内に入らぬか!!!!」
その時、ゼティマ軍の兵士の怒号が響いた。
彼は民衆たちを城内に入れるのに手が一杯で、
ブルームーンストーンが発動したのを見ていなかったのだ。
それがヒトミたちには幸いし、周りの人々の怪訝な目から逃れられた。
「よく聞けゼティマ王国よ!!!!」
とその時、ライジング王国将軍、及川光博が声を張り上げた。
「もはや勝敗は決した!!!このまま戦っても我が軍が勝つであろう!!!
それは火を見るより明らかだ!!!
それでもまだ戦うとなれば我が軍は例え戦いに関係ない民衆であろうと容赦はせぬ!!!
全て殺す!!!!」
及川は一度言葉を切り、間を置く。
この間がマコトたちをはじめ、
民衆たちに言葉の意味をはっきりと悟らせる。
そして再び続けた。
「だが、それは我が軍の望むところではない!!!
我らは国は欲しいが人の命は別にいらぬ!!!
及川光博、我が名に誓って約束は守る!!!
ゼティマ城城主マコト・オガワ・ブルー!!!
そなた1人我が軍に投降すればこれ以上は誰も殺したりはせぬ!!!!
もちろんゼティマ王も解放する事を約束しよう!!!
このままいたずらに民を巻き込むか、
それとも自分1人、捕虜となって民衆たちを救うか!!!
良く考えて返答なされよ!!!!!」
- 330 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:22
- 「・・・・なるほど。明日香の言ってたのは本当であったな。」
この及川の発言に確信するヒトミ。
やはりライジング王国の目的はマコトを捕らえること。
つまり、ライジング王国に“つんく”という者がおり、
そいつはブルームーンストーンの秘密を知っているという事だ。
今の降伏の呼びかけではっきりとそれが分かった。
と同時に相手の恐ろしさも知った。
何という嫌な言い回しだろうか?
人間の全てを見透かしたような、善意や良心をもてあそぶような言い方。
相手は・・・・・・強い。
ヒトミとひとみはそう思わざるを得なかった。
それはつまり、この先の困難の大きさを物語るものだ。
- 331 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:22
- 「な、中澤!!わ、私はどうすれば・・・・?!」
城内ではマコトをはじめ、皆明らかに動揺していた。
予期せぬ降伏勧告。
これには絶対に何か裏がある。
素人でも分かるような降伏勧告。
しかし、だからこそ余計に分からなくなる。
一体ライジング王国は何を考えている?
- 332 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:23
- 「マコト様、落ち着いてください。この降伏は受け容れてはいけませぬ。
奴らが約束を守るとは思えませんし、必ず何か裏があります。」
中澤が揺れ動く若き城主を落ち着かせる。
こういう場合は逆に単純に考えればよい。
そのまま額面どおりに受け取れば良い。
相手はマコト王女を捕虜に出せと言った。
それはつまり、理由は分からないが、相手の狙いはマコト王女のみということだ。
だからこそ絶対にマコト王女を渡してはならない。
中澤はそう判断した。
さすがは“ダークエンジェル”とうたわれる中澤裕子。
ブルームーンストーンの秘密は知らないが、現状で最適の判断をしてみせた。
- 333 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:24
- 「そうです。彼らは絶対に命を救うなどありえません。
我が国がそうでしたから。」
そう言ったのはココナッツ王国王女、ミカ。
彼女の国は完全にライジング王国に滅ぼされた。
ライジング王国は命乞いをする民衆たちも無慈悲に殺して回ったのだ。
その光景を目の当たりにしていただけに、今の言葉を到底信じられなかった。
今、ゼティマ王国に逃げ込んだココナッツ王国の民衆は総人口の5分の1。
それ以外は・・・・・・・・全て天へと召されていった。
- 334 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:25
- 「マコト!!!!これを絶対に受け容れてはならぬぞ!!!!
ライジング王国の狙いはお前・・・・・ガハッ!!!!」
貼り付けにされているゼティマ王もこの降伏を受け容れるなと叫ぶ。
彼も当然ブルームーンストーンの秘密を知っている。
そして及川の口上からライジング王国も秘密を知っており、
その条件であるマコトを求めているのだと理解したのだ。
が、言葉の途中でゼティマ王の口から大量の血が吐き出された。
ライジング王国の兵士は何もしていない。
勝手にゼティマ王が血を吐いたのだ。
それは、ゼティマ王の身体を蝕む病のせいであった。
- 335 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:26
- 「父上!!!」
マコトが目に涙を一杯に蓄え、王の間から飛び出し、
へりから身を乗り出して叫ぶ。
「マコト王女よ!!!このままではゼティマ王は死ぬぞ!!!!
一刻も早く返答をなされよ!!!!
そちが捕虜になると約束してくれれば直ちに治療を行う!!!」
それを見て及川はすかさず言葉の攻撃を叩き込む。
『・・・・・わ、私1人が捕虜になって父が、みなが助かるのならば・・・・
わ、私がいても何の役にも立たないし・・・・・』
この及川の攻撃は思いのほか効果覿面であった。
誰の眼から見てもマコトの心の動揺が見て取れた。
- 336 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:27
- 「いけませんマコト様。絶対に要求を受け容れてはなりません。」
“アイスウォール”石黒彩がマコトを下がらせながら言った。
「そうです、絶対に受け容れてはなりません!!」
飯田もマコトに言う。
「し、しかしわたし1人でみなが救われる!!」
しかしマコトの訴えを石黒は首を振って否定した。
「いえ、恐らくマコト様が捕虜になられると、
全ては終わるような気がいたします。
そうでなければライジング王国があのような事を言ったりはいたしません。」
「で、ではどうすれば?!!どうすればみなを救えるのですか?!!」
マコトが必死に尋ねる。
その姿は父をはじめ、民衆たちを思いやる気持ちで満ち溢れていた。
王族でありながらまず第一に他人の事を思いやる優しさ。
そして自分が犠牲になることをいとわない精神。
時代が平和だったならば、このお方は間違いなく名君になっていたはずだ。
この場にいた誰もがそう思った。
が、それはむなしい思いであった。
- 337 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:28
- 「・・・・マコト様。あたしが斬り込みます。
あたしが斬り込んでゼティマ王を助けてまいります。」
その時、決意を秘めた声でマコトに進言した者がいた。
「さ、紗耶香さん・・・・・・」
“ファイアストーム”市井紗耶香であった。
- 338 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:28
- 「紗耶香!」
石黒が市井を止めるため、市井の右肩を掴む。
「やばい!!」
矢口は咄嗟に2人の間に割ってはいろうとした。
また先ほどのようになると思ったからだ。
が、市井はスッと左手で矢口を制する。
その表情は落ち着いていた。
そして優しい手つきで石黒の手を自分の肩から外し、石黒の目をジッと見る。
「あやっぺ、分かってるよ。でも、こうするしかないだろ?
あやっぺの言うとおりライジング王国には何か狙いがある。
けどこっちはマコト様を差し出すわけにはいかない。
ならば何とかゼティマ王を助け出して状況を五分にしないと。
このままだと万に一つも勝ち目はないだろ?
無謀なのは分かってる。でも何か動かないと状況は変わらない。」
市井は穏やかに言った。
普段は“火”の如く熱い市井。
そんな彼女のこの落ち着いた穏やかな口調。
が、それが余計に熱さを感じさせた。
- 339 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:30
- 「・・・・確かに紗耶香の言うとおりだな。動かないと事態は好転しない。」
この市井の熱さが“アイスウォール”を溶かした。
「裕ちゃん、紗耶香の言うとおりここはもう一度ゼティマ王救出を試みよう。」
「・・・・・・ああ。確かに紗耶香の言うとおりかもな。
今の状況を打破するにはそれしかあらへん。」
そう言って中澤は周りを見回す。
みな決意を秘めた表情で頷いた。
それは10剣聖をはじめとするゼティマ王国の者だけでなく、
ミカ、アヤカのココナッツ軍。
麻美、鈴音、里田、みうなのカントリー軍の面々もそうだった。
みなはっきりと決意を固めたようだった。
「よし、必ず王を救うで!!!」
中澤がみなにそう言ったとき、
まさに最悪のタイミングで及川の声が響いた。
- 340 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:31
- 「どうやらマコト王女は我が身可愛さで父や民衆を見捨てたようだな!!!!」
この叫びにビクッと身体を震わせるマコト。
さらに及川は続けた。
「ゼティマ王国、それにココナッツ王国の民衆よ!!!!
そなたたちは1人の我が身可愛さで捨てられたのだ!!!!
しかもそなたたちを守るべき義務がある王女にだ!!!!
そなたたちはそんな国のために命を捨てるのか?!!!!
我らは絶対にそんな事はせぬぞ!!!!
そなたたちの自由と安全を我らは保障する!!!
その証拠としてもしそなたたちがこの卑怯者、
マコト・オガワ・ブルーを生きたまま捕らえたならば、
ゼティマ王国とココナッツ王国はそなたたちに自治を任せることを約束するぞ!!!」
- 341 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:32
- 「な?!!!!」
この言葉にマコトたちはもちろんのこと、
城内に入ろうとしていた民衆たちも驚きを隠せなかった。
「及川の言うとおりだ!!!!」
とそこでまた別の男の声が聞こえた。
「余はライジング王国国王、ライジング4世である!!!」
その声はライジング王であった。
「今及川の申した事は本当である!!!!
もしそなたたちが卑怯者を捕らえたならば、余はそなたたちの命、財産、
そして自治権をも保障しよう!!!!これはでまかせなどではない!!!
神に誓って約束しよう!!!!」
- 342 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:33
- これはまさに駄目押しであった。
もちろん普通ならば誰もこんな言葉に踊らされたりはしないであろう。
が、今の状況だ。
大国メロン公国が滅び、ココナッツ王国も滅んだ。
さらには最強10剣聖も敗れ、なおかつゼティマ王まで人質となった。
この状況では少しでも希望があればそっちにしがみつくのが人間だ。
無論ココナッツ王国の民衆たちは信じようとはしなかったが、
ゼティマ王国の民衆と比べて数が余りにも少なすぎた。
何の抑止力にもならなかった。
民衆の目が段々とどす黒く、妖しく光る。
それは、人が“魔物”に変わる瞬間。
自分が生きるために、他人を蹴落とす“魔物”に変わる瞬間だった。
- 343 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:34
- 「や、やられた!!!」
中澤が忌々しげに吐き捨てる。
完璧な相手の策略だ。
まさに人間心理の、民衆心理の隙を的確に突く策略だ。
「大変です!!!民衆たちが暴動を起こしました!!!!」
兵士が血相を変えて報告する。
その報告は全てが終わったことを知らせるもの。
「・・・・・・・もう打つ手なしか・・・・・」
中澤はそう呟いた。
- 344 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:34
-
―――――万事休す―――――
- 345 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:35
- フッ!!!!
「あっ?!!!」
と、その時、辺りは一瞬にして暗闇に包まれた。
- 346 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:36
- 「何だべ?何が起こったべ?!!」
安倍が叫ぶ。
「な、何だ?!!!」
暴動を起こした民衆も戸惑い、動きを止める。
「何事だ?!!!」
ライジング軍も、無論ライジング国王もつんくも及川も驚いている。
今は真昼であるというのに太陽が消えてしまった?
- 347 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:37
- 「あ、あれは?!!!」
保田が驚愕の表情で上空を指差した。
みなが一斉に空を見上げる。
- 348 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:37
-
そこには太陽を覆い隠すように、大きな、綺麗な満月が浮かんでいた。
- 349 名前:悪天 投稿日:2004/08/28(土) 02:40
- 本日の更新はここまでです。
またも変なとこ終わりですみません。
では、また次回更新まで失礼致します。
- 350 名前:名無し読者 投稿日:2004/08/28(土) 10:15
- なるほどぉ。こうきましたか。
ヒーローは遅れて現れるっていう法則を忘れてませんね(笑)
次回更新も楽しみにしています。
- 351 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/29(日) 03:27
- すごく話に引き込まれます。
いつも楽しみにさせてもらっています。
次が楽しみです。
- 352 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:23
- >>350 名無し読者様
レスありがとうございます。
そうです、ヒーローは遅れて現れます。これ鉄則です。
こんな話を楽しみにしていただいて恐縮です。
>>351 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
いつも楽しみにさせてもらってると仰っていただき、とても嬉しいです。
これからも楽しみにしてもらえるよう頑張ります。
- 353 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:24
- 「・・・・・来た!!」
中澤が声を上げる。
最後の希望がそこにいる。
その瞬間中澤の心にも希望の火が再び灯る。
それは保田も、そして市井も同様だった。
「あ、あれは・・・・・何で?」
安倍が呆然となって呟く。
その横で飯田や石黒、矢口たちも呆然としている。
真昼に満月が浮かび上がる。
こんな事が出来るのは1人しかいない。
だがその人は、いや、そのお方は亡くなったはずでは?
- 354 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:25
- 「ヒ、ヒトミ姉さま?」
マコトがその人物の名を呟く。
それは決してありえない人物。
しかし、それ以外に考えられない人物でもある。
「まさ・・・・か・・・・・・・?」
十字架に貼り付けられているゼティマ王も我が目を疑う。
もう幻覚を見るまで生命の火は消えようとしているのか?
しかし周りにいるライジング王国兵士の姿を見れば、
それが幻覚でないことが分かる。
ヒトミが生きていた・・・・・・・?
「あ、あれって・・・・もしかして・・・・?」
民衆の1人がガクガク震えながら呟く。
もちろん民衆たちも知っている。
月の光、“ムーンライト”伝説を。
- 355 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:26
- 「ま、まさかヒトミ様が?!!」
「いや、そんなはずはないだろ?!!あの方はお亡くなりになったんだ!!」
「でもあれは、あの月はヒトミ様以外出せないはずだろ?!」
民衆たちがざわめきたつ。
「ヒ、ヒトミ様が生きてらっしゃるのなら安心だ!!」
「そ、そうだ!!ライジング王国なんかに惑わされてはいけない!!」
「我らの祖国はゼティマ王国のみだ!!!」
民衆たちが口々に言う。
その目からは狂気の色が抜け落ちていた。
それほど“ムーンライト”は人々の心に希望として刻まれているのだ。
「お、王、あれはもしかして・・・・・・?」
さすがの及川も驚きを隠せないでいる。
「う、うむ・・・・・・」
ライジング王もうなるばかりだ。
無論ライジング王国の兵士たちも表情は青ざめ、
知性を持たぬはずの魔物も本能的に満月を見て震えている。
- 356 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:26
- “ムーンライト”
ゼティマ王国300年の歴史でこれを使えたのはわずかに2人。
大国ゼティマ王国の礎を築いた初代ゼティマ王。
そしてヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
この2人だけだ。
始祖以来の“ムーンライト”の使い手。
だからこそ民衆たちのヒトミ王女への信頼、憧憬は絶大なものがある。
それは現国王、ゼティマ・レム・ブルーをも凌駕し、
他国には畏怖を抱かせるほどだ。
その“ムーンライト”が今、復活した?
- 357 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:27
- 「よし、これでしばらくは大丈夫だ。
梨華ちゃん、おじさん、おばさん、姉ちゃん、城へと急ごう。」
民衆たちはみな我を取り戻したので、しばらくは暴動の心配はないだろう。
そうでなければわざわざド派手に満月を創り出した意味が無い。
「えっ・・・・?ひとみちゃん?」
梨華が驚いて尋ねる。
それは今の口調。
いつも聞いている吉澤ひとみの口調だったからだ。
今から城へ向かうのに何故ヒトミではなくひとみなのか?
梨華のその疑問を察したのか、
ひとみは人差し指を自分の唇に当てて言った。
「ちょっと考えがあってね。
でみんなにお願い。これから城の人たちにあたしとヒトミ様の事を説明するんだけど、
そこであたしが何を言っても驚かないで欲しいというか、
あたしの話に合わせて欲しいんだ。ちょっと嘘を言うつもりだから。」
「え?何で?」
「ちょっと時間ないし、詳しく説明できないんだけど、
梨華ちゃんとこの国を守るためにね。」
そう言ってひとみは沸き立つ民衆たちの間をスルスルと抜けていく。
梨華たちは戸惑いながらもひとみの後を付いていった。
- 358 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:28
- 「チャンス。」
城門の前に来るとひとみはニッと笑った。
民衆を城内へ入れようとしていたため、鉄の城門が開いたままだからだ。
さらにはその前にいる兵士や民衆も “ムーンライト”出現に声を上げ、
沸き立っていた。
誰もが“ムーンライト”に目を奪われており、ひとみたちには気付かない。
ひとみたちは兵士、そして民衆に気付かれぬように城内へ入って行った。
- 359 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:29
- ゼティマ城内へ入ったひとみたち。
時間はほとんどない。
素早く計画を実行させねばならない。
いつまでも満月を、“ムーンライト”を浮かべっ放しではみなに怪しまれる。
それまでに行動に移さねば。
そう思っていたのだが、一瞬ひとみの足が止まる。
それはひとみではなく、ヒトミがそうさせたのだ。
ここはヒトミが生まれ、育った場所なのだ。
たくさんの思い出もある。
一瞬感傷にふけるのも無理はなかった。
『・・・・・すまぬひとみ。行こう。』
が、すぐに自分の使命を思い、ヒトミはひとみに言った。
- 360 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:30
- 「あ、いた!!」
とその時、階段の上から声がした。
その人物は階段を降り、ヒトミの前に膝をついた。
「お帰りなさいませヒトミ様。」
ひとみたちを出迎えたのは10剣聖“アースクエイカー”保田圭であった。
「あ、いや、実は・・・・・・・・・あたしはヒトミ様ではありません。」
「えっ?」
しかしひとみはそれを否定した。
保田はひとみの言葉に驚いて顔を上げる。
自分の勘、さらには空に浮かぶ“ムーンライト”。
これでもまだ違うと言うのか?
これには梨華たちも驚いている。
が、先ほどひとみに言われたばかりなので表には出さないが。
「あの、詳しい事は後で説明いたします。
それより、すぐにマコト様に会わせてください。」
「そ、それはもちろんです。さあこちらへ。」
保田はひとみの言葉に疑問を抱きつつも、
ひとみたちを王の間まで連れて行った。
- 361 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:31
- 保田に連れられて王の間に入ると、
そこでは全ての者がひざまずいてひとみたちを待っていた。
王女が、待ち望んでいた王女が生きて戻ってきたのだ。
が、ひとみたちを見てほとんどの者が驚いていた。
「・・・・・ヒトミ・・・・・姉さま?」
マコトが不安げに呟く。
空に浮かぶ“ムーンライト”。
あれがあるということはヒトミが生きている証拠なのであるが、
今王の間に入ってきた者の中にヒトミはいない。
いるのはちょっとぽっちゃりした大きな瞳の女性と、
やや色黒ながらも美しい女性。
そして真っ赤な髪が印象的な大人の女性と、
後は夫婦であろう大人2人だった。
- 362 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:31
- 「マコト様。そちらの方がヒトミ様です。」
そんな中、“ファイアストーム”市井紗耶香がぽっちゃりした女性、
吉澤ひとみに手を向けて言った。
「えっ?」
マコトをはじめ、みな驚く。
この女性がヒトミ様・・・・・・?
多くの家臣たちは信じられなかった。
正直、この平凡な女性がヒトミ様であるはずがない。
ヒトミ様ならばもっと聡明さが表情に出るはずだ。
そう思っていた。
- 363 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:32
- 「・・・・いえ、市井様。それは違います。
あたしはヒトミ様ではございません。」
家臣たちの思いを肯定するようにひとみが言葉を発した。
「・・・・いえ、私の目はごまかせませんよ。
この期に及んでまだそう言いますか?」
市井が非難の言葉を投げかける。
この言葉にマコト、そして10剣聖の面々は納得していた。
彼女たちもひとみを見て一瞬戸惑ったが、
次の瞬間には心のどこかで納得していた。
彼女こそヒトミ・ヨッスィ・ブルーであることに。
長年一緒に過ごしてきた者たちの目はやはりごまかせない。
- 364 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:32
- だがひとみは首を振る。
「いえ、本当に違うんです。
恐らく市井様があたしをヒトミ様だとお思いになられたのは
あれのせいでしょう。」
ひとみは王の間からわずかに見える満月を指差してそう言った。
「・・・・・“ムーンライト”。あれこそ決定的な証拠じゃないですか。
あれが出せるのはヒトミ様以外にありえません。」
この市井の言葉をひとみは否定した。
「そこです。そこがそもそもの誤解の原因なのです。
何故“ムーンライト”がヒトミ様以外に出せないと決め付けなさるのですか?」
「えっ・・・・?」
この言葉にみなが驚く。
- 365 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:33
- 「論より証拠です。」
そう言ってひとみはスッと左手を真直ぐ伸ばし、手のひらを広げた。
その先には微かに見える満月。
次の瞬間、大きな満月がグニャリと歪んだ。
そしてひとみが広げた手のひらに向かって落ちてきた。
眩い光が辺りを包み込む。
「おおっ!!!あれはまさしく!!!」
満月が歪んだ瞬間、兵士や民衆たちは一斉に声を上げた。
あれこそ“ムーンライト”発動の証なのだから。
「むむむ!!!」
ライジング王も及川もうなる。
間違いない。
ヒトミ王女は生きている。
光が収まると、ひとみの左手には静かな光を放つ剣が握られていた。
- 366 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:34
- 「違う?!!」
その瞬間、市井たち10剣聖、ゼティマ王、
そしてライジング王に及川は叫んだ。
何が違うのか?
「あ、あの剣はヒトミ様の“ムーンライト”じゃない。」
「そ、それにこの“気”もだ。ヒトミ様の“気”じゃない。」
矢口と飯田の言葉がその答えだった。
- 367 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:35
- 市井たち10剣聖はもちろん、
ライジング王たちも直に“ムーンライト”を発動させたヒトミを見たことがある。
その時に見た剣と、今ひとみが出した剣は全く違うものであった。
さらにはその時感じた力の波動、“気”と、今感じる“気”も違っていた。
これは今実際にひとみが“ムーンライト”を手にしてやっと分かったほどの
些細な違いであった。
だからこそゼティマ王、10剣聖とライジング王、及川など
限られた者しか分からなかったのだ。
- 368 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:35
- 「・・・・これでお分かりになったでしょう?
あたしは“ムーンライト”は出せますが、ヒトミ様ではありません。
恐らく皆様はこの“ムーンライト”の波動、“気”で勘違いなされたのだと思います。」
「ぐっ・・・・・」
この言葉に市井は苦虫を噛み潰した顔になる。
自分が感じた勘は間違いだったのか?
しかし実際のところ、市井や他の10剣聖の勘は間違ってはいなかったのだ。
だが、勘よりも絶対的な条件、“ムーンライト”がヒトミとは違っていたため
みな騙されてしまったのだ。
「・・・・じゃああなたはいったい何者だべ?」
安倍が尋ねた。
「あたしは吉澤ひとみと言います。・・・・・・・ヒトミ様から全てを譲り受け、
そしてヒトミ様の最期を看取った者です。」
「?!!」
この言葉にみな息を飲んだ。
- 369 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:36
- 「あたしは昔、港町ダンジグに住んでいました。」
ひとみが事情を説明しだした。
みな真剣に耳を傾ける。
「あれは2年半前のことです。その日、あたしは近くの川で剣の稽古をしていました。
その時、川の上流から人が流れてきました。その方こそヒトミ様でした。」
「ダンジグ?・・・・・・・確かにあの川の先にはダンジグの街があった。」
そう言ったのは市井。
市井たちはあの後(ヒトミが滝壺にのまれた後)、何度か捜索隊を出した。
当然市井自身も捜索に当たった。
その際、地図で周りの地理を確認したが、
確かにあの川の下流には港町ダンジグがあった。
- 370 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:37
- 「ヒトミ様のお顔はあたしも知っていましたから、
すぐにこの方は王女様だということが分かりました。
大変な傷を負っていらっしゃったので、すぐに助けを呼ぼうとしました。
けど、それをヒトミ様ご自身が止めました。
“もう自分はダメだから”と仰って。
そして最期の力を振り絞って術を唱えられました。
・・・・・“闇”の術、“トランスファー”を。」
「“トランスファー”を?!」
声を上げたのは“闇”を極めた“ダークエンジェル”中澤裕子。
- 371 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:39
- 「その“トランスファー”って何だベ?」
安倍がみなを代表して尋ねた。
「“トランスファー”っちゅうのは“転移”の事なんや。
自分が持ってる知識、記憶を他人に全て譲る術や。
うちら“闇”を極めし者は古代からの知識を後世に伝えなあかん。
自分が得た新しい知識とともにな。その際に使うのがこの“トランスファー”なんや。
で、あんたはヒトミ様から全てを伝えられたんやね。」
「はい、その通りです中澤様。」
ひとみは中澤の顔を見て頷いた。
- 372 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:43
- 「・・・・それなら何でこの城に戻ってこなかったの?
ヒトミ様の全てを伝えられたのなら、
あなたはこの城に来て事情を説明する義務があるでしょ?」
“アイスウォール”石黒彩が正論を言う。
「石黒様の仰るとおりです。しかし行きたくても行けない状態だったんです。」
「どういうこと?」
「・・・・・ヒトミ様の、王女の全てを受け止めるにはあたしは余りにも未熟でした。
大国ゼティマ王国王女としての使命、責任の重さ、そして今まで受けた悲しみや苦しみ。
そういったものも全て伝えられました。それにあたしは耐えることが出来ませんでした。
恥ずかしながら精神を病んでしまったのです。」
- 373 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:43
- 「あの時はそれが原因だったの?!」
思わず姉の陽子が口を挟んだ。
「あ、すみません失礼致しました。」
が、すぐに我に帰り、話の腰を折ったことの非礼を詫びる。
「いえ、かまいません。あなたは?」
マコトが優しく尋ねる。
「私は吉澤ひとみの姉、陽子でございます王女様。」
「陽子さん、この事に何か心当たりでも?」
「はい。その日の事ははっきりと覚えています。2年半前のことです。
その日、いつまでたってもひとみが家に帰ってこないのでみなで探しにいったんです。
しばらくして近くの川原で倒れているのを見つけました。
すぐに病院に運びましたが、この子は3日、目を覚ましませんでした。
4日後に目を覚ましましたが、それもただまぶたを開けただけで、
一言も喋らず、また目の焦点も合っていない状態でした。
一目で何か精神を患ったというのが分かるような状態だったのです。
それでも時間が経つごとに少しずつ回復していきましたが、
ようやく普通の状態に戻れたのがそれから半年後のことでした。」
- 374 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:44
- 「姉の言うとおりです。ようやく自分を取り戻せたのがそれから半年後のことで、
その時にはもうクロスロードウォーは終わっており、世界は平和になっていました。
そしてヒトミ様もお亡くなりになられたということになっていました。
そうなると今さらあたしはヒトミ様の全てを受け継いだと報告しても、
それは余計に混乱を招くだけと思いましたので今までずっと黙っていたのです。」
陽子の後を継いだひとみが言った。
「・・・・なるほど、そうだったのですか。」
マコトが少し悲しげに呟く。
今聞いた話だと、ひとみはただヒトミの知識や記憶を受け継いだだけであって
ヒトミ自身ではないことになる。
つまり全くの他人ということだ。
姿かたちは変わろうとも、姉が生きていたと喜んでいただけにその落胆は大きかった。
- 375 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:45
- 『・・・・すまぬ、マコト。だが、こうするしかないのだ。
この国やマコトを守るためにはな。』
ひとみの心の中でヒトミが詫びる。
今ひとみがみなに説明した事はほとんど真実だ。
だからこそほとんどの人が納得し、姉の陽子も自然と話をつなぐ事が出来た。
ただ、2点だけ事実と違う点がある。
それはヒトミが使ったのは“トランスファー”ではなかったこと。
そして精神病になったのではなく、他の理由で心はこの人間界に無かったこと。
この2点だ。
果たして、この真実とは?
- 376 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:46
- 「大丈夫ですかヒトミ様?!!す、すぐに医者を呼びます!!」
川の上流から人が流れてきた。
それだけでも驚きであるが、
その人がゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーであり、
瀕死の重傷を負っている事はさらにひとみを驚かせた。
「い、いや、余はもう・・・・助から・・・・・ぬ・・・・・」
ヒトミが息も絶え絶えに言う。
エリゴルのランスの猛毒が全身に回っている。
それにも関わらず力を振り絞って滝壺から這い上がってきた。
一番大事な人に助けられたこの命は絶対になくせない。
が、それももう限界だった。
もう後わずかで自分の命の火も消える。
- 377 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:47
- 「そんな事仰らないで下さい!!
ヒトミ様が亡くなられてはこれから先ゼティマ王国はどうなるのですか?!!」
ひとみが何とか気力を保たせようと声を上げる。
この言葉にヒトミはハッとなる。
そうだ、自分は死んではならない。
自分が死ねば世界は終わる。
ブルームーンストーンの資格者がこの世からいなくなる。
こう思ったとき、ヒトミの心に悪魔が舞い降りた。
- 378 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:47
- その悪魔が耳元で囁く。
『この娘の身体を乗っ取ってしまえ』と。
追い詰められていたヒトミはこの悪魔の囁きに乗った。
- 379 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:48
- 「そ、そなた・・・・名は・・・・・?」
ヒトミは自分を見つけてくれた、
そしてこれから乗っ取ろうとする者の名前を聞いた。
それは記憶として残し、一生かかって詫びるためだ。
「えっ?!あっ、ひとみです。吉澤ひとみ。」
「ひと・・・み・・・・?」
偶然にも同じ名前を持つ者であった。
それが余計にヒトミの思いを加速させる。
『・・・・すまぬ。余は生きねばならぬ。
余が死ねばブルームーンストーンの資格者がこの世から消えるのだ。
それだけは避けねばならぬ。ひとみ。そなたの身体、世界のために余にくれ。』
- 380 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:48
- 「ヒトの心に棲む“邪”の精霊たちよ。我が名はヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
汝の力我に与えたまえ。」
ヒトミは最期の力を振り絞り、“禁呪”である邪の術“憑依”を唱えた。
「う、うわあああああ?!!!!」
ひとみが叫ぶ。
ひとみの視界が一瞬にして真っ暗になった。
何も見えない。何も映らない。
「や、闇が?!!!うわあああああ!!!!」
闇が自分の身体を包んでいく。
いや、包むというより消していく感じだった。
この闇がひとみの身体を全て覆いつくしたとき、吉澤ひとみという存在は消える。
それがひとみにははっきりと分かった。
- 381 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:49
- 「い、いやだ!!!誰か助けて!!!た、たすけ・・・・・」
ひとみが叫ぶ。
しかし闇は容赦なくひとみを包んでいく。
そしてついに闇は完全にひとみを覆いつくしてしまった。
この瞬間、吉澤ひとみの存在はこの世から消えた。
- 382 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:49
- 「・・・・・・すまぬ。こんな余を許してくれ。」
“憑依”を終え、乗っ取った身体でヒトミは呟いた。
自分が生きるため、世界のためにはやむを得なかった。
が、やはり後味は悪すぎる。
何の罪もない民をこの手で消し去ってしまったのだから。
だが、ここで予想外のことが起こった。
- 383 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:50
- ドクンッ!!!
「えっ?!」
大きな波動が身体の奥底から生じた。
ドクンッ!!!ドクンッ!!!
さらに波動が生じる。
それも一度や二度ではない。
連続して生じてくる。
そして段々とその力が強くなっていく。
- 384 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:51
- 「な、何だこれは?!」
ヒトミは驚きを隠せない。
その波動は次第にヒトミの中で大きな塊を形成していく。
『い、いやだ、死にたくない・・・』
「ひとみ?!!!」
その塊から聞こえてくる声、
それは消えたはずの吉澤ひとみの声であった。
- 385 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:51
- 「バ、バカな?!!余の“憑依”で消えたはずなのに?!!」
ヒトミは信じられなかった。
ひとみは消えていなかったのだ。
それどころか次第に力を、存在を取り戻しつつある。
「・・・・ヒトの心に棲む“邪”の精霊たちよ。我が名はヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
汝の力我に与えたまえ。」
もう一度ヒトミは“憑依”を唱え、
ひとみを再度消しにかかった。
- 386 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:52
- 「なっ?!!」
しかし今度は闇で包み込むことすら出来なかった。
逆に闇がひとみの力、波動に押し返されていく。
「何だこの力は?!余の術を跳ね返している?!!」
ヒトミには信じられなかった。
10剣聖最強を誇る自分の力が、この普通の民に通用しない?
「ぐっ!!!」
ヒトミはさらに力を術に込める。
『い、いやだ!!!』
ひとみも力の限り抵抗する。
- 387 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:53
- 「こ、これは?!!」
その時、ヒトミはひとみの力に、ある“気”が含まれているのを感じた。
「ム、ムーンライト・・・・?」
それは自分しか使えぬはずの“ムーンライト”の“気”であった。
まさか自分以外にブルームーンストーンの資格者が?!
そう思った瞬間。
- 388 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:54
- ドンッ!!!!!!
「うっ!!!!」
『うわっ!!!!!』
力と力、そして“ムーンライト”と“ムーンライト”がぶつかり合った結果、
2人の魂はこの世界から弾き出された。
ドサッ
主を失った吉澤ひとみの身体は、力を失い、川原に倒れこんだ。
- 389 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:54
- 「ひとみ?!!」
しばらくして姉の陽子が倒れているひとみを見つけた。
しかしいくら呼びかけても意識は戻らない。
「こ、これは早く医者のとこへ連れて行こう!!」
一緒に探しにきていたダンジグの人々が叫び、
そのうちの1人がひとみの身体をおぶって街へと戻っていったのだった。
すぐに医者に診てもらったが、身体に特に異常はないということだった。
意識もそのうち戻るだろうと、その医者は言った。
その診断にホッとする陽子だった。
が、それから3日間、ひとみの意識は戻らなかった。
- 390 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:55
-
その3日間、ひとみとヒトミはこの世の果てにいた。
- 391 名前:悪天 投稿日:2004/09/08(水) 02:59
- 本日の更新はここまでとします。
今回、説明文、会話分が長く、読み辛くて申し訳ありません。
言葉の表現も適切でなく、もっともっと勉強せねばと反省しております。
こんな作者ではありますが、どうかこれからも温かく見守っていただけると
嬉しいです。
では次回更新まで失礼致します。
- 392 名前:名無し読者 投稿日:2004/09/08(水) 08:06
- 更新おつかれさまです。
なんだか話の核心に迫っていってるみたいですね。
実は私も海板で某廃棄スレを使ってファンタジー小説を書き始めました。
よかったら読んでみてください。
次回更新楽しみにしています。
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/08(水) 22:31
- ファンタジーものが好きなんで、すごく楽しませてもらってます。
いろんな謎がだんだんと明らかになってきましたね。
読み応えがあって嬉しいです。
- 394 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/09(木) 04:13
- 毎回楽しみに読ませていただいてます。
更新が待ち遠しいです。
三日間、どこにいたんだろう?
続き楽しみにしてます。
- 395 名前:konkon 投稿日:2004/09/11(土) 04:02
- おもしろくなってきましたね〜♪
ひとみとヒトミですか。
期待大ですね!
自分もこんな風にうまく小説を書けたら・・・(泣)
- 396 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/21(火) 23:47
- 壮大でめっちゃくちゃ面白いですね。
ところで、出てない4,5,6期メンバーの登場予定ってありますか?
- 397 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/25(土) 12:50
- 更新待ってます。
- 398 名前:ベジ 投稿日:2004/10/01(金) 11:03
- 更新まだですかね
- 399 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:07
- >>392 名無し読者様
レスありがとうございます。
海版の作品ですが毎回楽しみに見させてもらってますよ。
お互い頑張っていきましょう。いつも本当にありがとうございます。
>>393 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
読み応えがあって嬉しいとはホント嬉しいお言葉です。
こんな話ですが、これからもぜひ読んでやってください。
>>394 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
更新が待ち遠しいと言っていただいて本当に嬉しいです。
でも待たせすぎてしまいました。本当にすみません。
>>395 konkon様
レスありがとうございます。
ひとみとヒトミです。2人にすれば色々と動かせると思いましたので。
でも、それを余り上手く生かせていないのが現状なんです。
- 400 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:18
- >>396 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
壮大というよりか自分の力も理解せずに話を大きくしすぎたといった感じです。
4、5、6期もフルに出す予定ですが、そこまで上手くまとめられるかが問題です。
>>397 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
すみません、大変お待たせいたしました。
更新が遅い作者ではありますが、どうかこれからも見てやってください。
>>398 ベジ様
レスありがとうございます。
お待たせして申し訳ありません。
またこれからも見てやってください。
前回更新から1ヵ月近くあいてしまいました。
大変申し訳ありません。これにこりず、また見てやってください。
- 401 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:19
- そこは何もなかった。
真っ暗な闇に包まれ、一筋の光すらない。
何の音も聞こえなければ、何の匂いすらしない。
空気も無いように思える。
そこにあるのは自分だけ。
自分という意識だけが暗闇の中に浮かんでいた。
『・・・・・ああ、余は消えたのだな。吉澤ひとみの力に負けて消されたのだな。
恐らくここが死の世界なのであろう。』
はっきりとしない意識でヒトミはそんな事を考える。
この暗闇により、自分は死んだとしか考えられなかった。
10剣聖最強の自分が名もなき民の力に敗れ、消される。
何ともお笑い種ではないか。
『・・・・・だが余にはお似合いかもしれぬ。
世界のためとはいえ何の罪もない民を消そうとした。
しかも“禁呪”で。これは神が余に与えた罰なのであろう。』
一度は覚醒しかけた意識がまたも混濁していく。
そしてヒトミは再び闇の中に意識を落としていった。
- 402 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:19
- ・・・・・・ヒトミ様・・・・・ヒトミ様・・・・・
優しい声だ。
自分が一番安らげる声だ。
その声が混濁した意識を次第に覚醒させる。
「・・・・・真希・・・・?!」
この声を聞いた瞬間、
ヒトミの口から自然にこの人物の名前が漏れる。
そして自分が発した言葉でヒトミは意識を取り戻した。
目を開けると、そこには彼女がいた。
この世で一番大事な娘。
そして自分のせいで永遠に失ってしまった娘だ。
その彼女の姿を見間違うはずはなかった。
彼女は柔らかく微笑んでいた。
- 403 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:20
- 「ま、真希、真希!!!」
ヒトミは後藤に抱きついた。
そして力いっぱい抱きしめる。
間違いない。
この感触は後藤真希だ。
「真希、あたしは、あたしは!!」
ヒトミが嗚咽を漏らす。
それは悔恨がそうさせた。
自分を守るために後藤は命を落とした。
が、守ってくれた命を自分はすぐに失ってしまった。
しかも“禁呪”を使っておきながら。
これほど情けない事はない。
泣きじゃくるヒトミを後藤は黙って抱きしめていた。
優しく、愛しむように。
しばらく2人はそのまま抱き合っていた。
- 404 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:21
- 「・・・・ごめん、真希。みっともないとこ見せちゃって。」
しばらくしてヒトミは後藤の胸から顔を離し、後藤の顔を見て微笑んだ。
後藤もフニャッとした笑顔を見せる。
2人にはそれで充分だった。
「・・・・もうお邪魔してもいいですか?」
いきなり聞こえてきたその言葉にビクッと身体を震わせ、
身体を離すヒトミと後藤。
「あ、明日香?!それにひと・・・・み?」
ヒトミが声のした方を見るとそこには2人の女性がいた。
1人はこのクロスロードウォーで戦死した、
“邪”を極めた“デビルサマナー”、福田明日香。
そしてもう1人はヒトミが乗っ取ろうとした吉澤ひとみだった。
ヒトミは予想もつかぬこの2人の登場にその後の声が続かなかった。
福田は平然とした表情だが、ひとみの表情は少々強張っていた。
それも無理はない。
自分を消そうとした相手が目の前にいるのだから。
ヒトミもそれに痛みを感じている。
辺りは何とも言えない雰囲気だ。
- 405 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:22
- 「どうもご無沙汰してますヒトミ様。相変らず仲がよろしいようで。」
その雰囲気を見越してか、フフッと小さく笑い、ヒトミをからかう福田。
少しこの場を落ち着かせるためであろう。
「・・・・そなたこそ相変らず生意気だな。」
この福田の心遣いに乗り、ヒトミがブスッとして答える。
これで少しだけホッとした雰囲気になった。
「で?どうした明日香?死んだ余を迎えに来てくれたのか?」
このヒトミの問いに福田はニッと笑って答えた。
「いいえヒトミ様。あなたはまだ死んでもらっては困ります。
今すぐ人間界に帰っていただきますよ。」
- 406 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:22
- 「何?それはどういうことだ?」
ヒトミが尋ねる。
自分は死んだのではないのか?
「ヒトミ様。いったいここがどこだかお分かりになりますか?」
「ここは死の世界ではないのか?真希がいて、そなたがいる。
死の世界以外考えられぬ。」
この言葉に福田は首を振る。
「いえ、違います。ここは人間界、冥界、天界という生の世界と、
死の世界との間にある別の世界、“ループホール”です。」
「“ループホール”?」
ヒトミは声を上げる。
ゼティマ王国王女として、また10剣聖の1人として様々な知識があるが、
生の世界、死の世界の間にある別の世界、“ループホール”というのは初めて知った。
- 407 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:23
- 福田が説明する。
「この“ループホール”というのは本来ならば誰も入る事はありません。
人や魔物、神々は生きていれば生の世界におり、死んでしまえば死の世界へと行きます。
これは絶対の法則です。」
この言葉にヒトミは当然のように頷く。
いくら神であろうが魔物であろうが(寿命はないが)、命は尽きる。
生きていれば生の世界におり、命が尽きれば死の世界へと行く。
それは当然の法則だ。
「ところがごくまれな事ですが、
何かの拍子で生の世界からこの“ループホール”へと落ちる者もいます。
それは自然の大きな力のはずみで飛ばされることがほとんどですが、
今回のヒトミ様とひとみ様のケースは全く別です。
ヒトミ様たちは“ムーンライト”のぶつかり合いでここへ飛ばされたのです。」
そう言って福田はヒトミとひとみを見た。
2人は何とも言えぬ複雑な表情をしていた。
ヒトミからすれば自分以外に使えぬはずの“ムーンライト”を、
いわゆる一民衆に使われたのは少なからずショックであるし、
ひとみからすれば自分の力がそんな大層なものとは思ってもみなかったため、
戸惑っていた。
- 408 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:23
- 「・・・・・確かにあの時、“ムーンライト”同士がぶつかり合い、
余はどこかに飛ばされたという感覚はあった。」
「・・・・あたしもそれは感じました。こうドンッと衝撃が来て、
その後、その衝撃でどこかに飛ばされたという感覚を。」
ヒトミの言葉にひとみも頷く。
「ええ、そうでしょう。“ムーンライト”と“ムーンライト”がぶつかったんですからね。
その衝撃は凄まじいものだったでしょう。でも、だからこそ私と真希ちゃんは
ヒトミ様たちに気付く事が出来たんですよ。」
「えっ?」
ヒトミは思わず声を上げる。
と同時に疑問点に気が付いた。
「明日香。そなた、ここは誰も入ることのない“ループホール”と言ったな?
それなのにそなたや真希は何故ここにいれるのだ?」
このヒトミの問いに福田は肩をすくめる。
「ヒトミ様。私は“邪”を極めた“デビルサマナー”福田明日香ですよ。
そして彼女は“光”を極めた“シャイニングスター”後藤真希です。
“邪”と“光”。
この2つの力にはそれぞれの世界を移動出来る力があるのをお忘れですか?」
「・・・・そうであったな。」
ヒトミは思わず苦笑いを浮かべる。
“光”と“邪”。
これは究極の力を持つ性質だ。
一方が極限の正の力。
もう一方が極限の負の力だ。
その力は神々や冥王クラスでなければ不可能な
各世界への移動を可能にするほどであった。
それだけに人間が極めるのは不可能とされていた。
が、これを弱冠13歳で極めたのがこの2人、後藤真希と福田明日香であった。
まさに2人は天才と呼ぶに相応しかった。
- 409 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:24
- 「明日香さん、そろそろ本題に入りませんか?」
とその時、後藤が口を開いた。
「あ、そうだね。あんまり悠長にしていられるほど時間もないしね。」
福田が後藤の言葉に頷く。
「本題?どういうことだ真希、明日香。」
「・・・・ヒトミ様。今から私が申す事、どうかお許し下さい。」
福田は真剣な表情になり、ヒトミに頭を下げた。
その雰囲気に思わずヒトミも、そしてひとみも姿勢を正す。
そして福田はこう言った。
「・・・・・・実は私は、クロスロードウォーで“わざと”死んだんです。」
「・・・・・・えっ・・・・・・?」
一瞬、福田が何を言ったのかヒトミは理解できなかった。
- 410 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:26
- 「・・・・・・・・ヒトミ様。魔物たちはどこからこの人間界に来ていたのかご存知ですか?」
「・・・それは冥界からであろう?何を今さら?」
そのヒトミの言葉に福田は頷いた。
「そうです。魔物は冥界から人間界へと来ます。
このまま人間界で魔物を倒していても埒が明きません。
ですから私は直接冥王ハーデスを倒そうと考えました。
しかし私は各世界を行き来出来る力はありますが、
冥界は生の世界とはいえ生きたままでは、“人間”ではその力は発揮できないのです。
ですから私は・・・・」
福田の言葉が途中で止まった。
いや、それは止められたと言うべきか。
何に?
それはヒトミ・ヨッスィ・ブルーから放たれる怒りを含んだ強烈なオーラにだった。
そのオーラに福田はたまらずひざまずいた。
側にいた後藤真希、そして吉澤ひとみも思わず膝をつく。
この圧倒的なオーラ。
まさに大国ゼティマ王国の王女にして、
ゼティマ王国300年の歴史で唯一始祖に肩を並べられる存在だ。
- 411 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:27
- ヒトミがそのオーラを視線に集束し、福田を射抜く。
その鋭さには、天才福田明日香でさえ蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来なかった。
『す、すごい・・・・・これが・・・本当のヒトミ様の力?』
ひとみはガタガタと震える身体を抑えることで精一杯だった。
少しでも気を抜けばこのオーラに全てを飲み込まれそうになる。
あの時、“邪”の術“憑依”の時とは比べ物にならない力だ。
これはヒトミの純粋な怒りだった。
福田はこの戦いを終わらせるためにわざと死に、
自分ひとりで冥界へ戦いに挑んでいたのであった。
・・・・仲間のことを大事にしているヒトミにとって、
いくらみなのためとはいえ、自分勝手に命を捨てた福田は許せなかった。
何故1人で黙って何もかもやろうとするのか?
福田のことを大事な、かけがえのない仲間と思っているため、余計に怒りが増す。
仲間を思う純粋な怒り。
だからこそこれほどまでの力が生じているのだ。
あの時は、“憑依”の術を使った時は“邪”の気持ちが混ざっていたのだ。
それがヒトミの力を抑えこんでいた。
- 412 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:28
- 「ヒ、ヒトミ様。どうか明日香さんを許してやってください。」
後藤がヒトミに許しを請う。
だがヒトミの瞳からは怒りの炎が消えない。
しばらく沈黙が流れ、ピンと張り詰めた緊張感に辺りは包まれていた。
「・・・・・ふう。相変わらず生意気でわがままで1人で突っ走るやつだ。」
この緊張感を解いたのはヒトミだった。
ふうっと大きな溜息をつき、福田をいつものようにからかう。
もちろんその言葉には温かさがあった。
確かに1人で勝手に進めるのには怒りを覚えるが、
それが福田明日香であるのだから仕方がない。
それ以上に彼女は自分の大事な仲間なのだから。
更に言えば、今現在で冥界へ行く事が可能なのは福田と後藤のみなのだ。
他の者が行くにはある力を借りなければならない。
そう、その力こそ“ブルームーンストーン”である。
- 413 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:29
- 人間界に来る魔物を倒すだけでも確かに戦いを終わらせる事はできる。
魔物の数も無限ではないし、ハーデスも魔物たちの数が減れば戦力を整えるため
一度全軍を冥界に退却させるだろう。
現に300年前、初代ゼティマ王は魔物たちを撃退し、
ゼティマ王国を建国したのだから。
しかし、それではつかの間の平和にしかならない。
今回は魔物が現れるのに300年、間が開いていた。
が、次はすぐに現れるかもしれないのだ。
そのため、ゼティマ王はクロスロードウォー中、
しばしば“ブルームーンストーン”捜索隊を出していた。
これがあれば直接冥界へ赴き、冥王ハーデスを討てるからだ。
しかしだからといって、悪戯に“ブルームーンストーン”の秘密を話すわけにはいかない。
秘密が明らかになれば、その力を求める者で世界は大混乱に巻き込まれるからだ。
そのためこれは極秘であり、
あの10剣聖“ダークエンジェル”中澤裕子でさえ知らされていないことであった。
当然捜索隊のメンバーも詳しい事は知らされていない。
彼らは食糧の配給隊として各地を回り、
その際に“女性の胸元に石のペンダントがないか調べろ”と言われただけだった。
この時、ブルームーンストーンの秘密を知っていたのは
ゼティマ王、ヒトミ、福田、そして後藤。
この4人だけであった。
- 414 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:30
- しかしブルームーンストーンは見つからない。
戦いはさらに激しさを増す。
兵士や民衆は命を落としていく。
これに福田は我慢できなかったのだ。
普段はクールで無愛想な福田だが、その心には優しさが満ち溢れている。
それが分かっているからこそヒトミもこれ以上何も言わなかった。
現にヒトミも一刻も早く決定的なダメージを魔物に与えて冥界に退却させたいと焦った結果、
アッケロンとエリゴルと戦うはめになり、こうなったのだから。
- 415 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:31
- 「で、明日香。本題とはこれだけではないであろう?
早く申してみよ。」
「あ、はい。・・・・私が死んだのは冥界を抑えるためです。
しかし、冥王ハーデスの力は強大で私ひとりでは倒せるはずもありません。
そこで私はこれから“冥界の門”を壊す事にします。」
「“冥界の門”?何だそれは?」
ヒトミが尋ねる。
知らない事ばかりだ。
「“冥界の門”とは人間界と冥界をつなぐ門です。
魔物たちはこの“冥界の門”を通って人間界にやってくるのです。
ですからここを壊せばしばらくは新たに人間界に魔物がやってくる事もありません。
今まではそこにアッケロン、さらにはエリゴルという上級の魔物が守っていたためあたしも手を出せませんでしたが、
彼らも人間界に赴き、そしてヒトミ様に討たれたため今がチャンスです。」
「・・・・アッケロンにエリゴルか・・・・・」
ヒトミが複雑な表情で呟く。
後藤も同様だ。
彼らとの戦いで後藤は命を落とし、
ヒトミ自身も今の状態に追い込まれてしまったのだから。
- 416 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:31
- 「いくらハーデスとはいえ“冥界の門”を再建するのには時間がかかるはずです。
その間に地上の魔物たちを一掃してクロスロードウォーを終わらせる事が出来るはずです。
これはゼティマ王や紗耶香たち10剣聖が成し遂げてくれるでしょう。
ですから今のうちにヒトミ様には人間界に戻り、
来るべき冥界との“本当の”一戦に備えてほしいのです。
ヒトミ様の力なくしてはこの戦いには絶対に勝てませんから。
これが私の本題です。」
「・・・・・なるほど。そちの言う事は分かった。」
ヒトミが福田の言葉に頷く。
本人は簡単に言っているが、“冥界の門”は冥界にとって大事な門。
それだけに守りを固めているであろう。
現に今までアッケロン、エリゴルといった上級の魔物を置いていたのだから。
そこを1人で壊す。
普通ならば不可能な事だ。
だが福田明日香ならばやり遂げられるだろう。
なぜならそれが天才福田明日香だからだ。
- 417 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:32
- 「だが、余は本当に人間界に戻れるのか?
余の身体はもう死んでいるのだぞ。」
だから吉澤ひとみを乗っ取ろうとしたのだぞ?
言葉にはしないが、表情がそう物語っていた。
「・・・・・その点は大丈夫です。あたしの身体を使ってください。」
「えっ?」
ひとみの言葉に驚くヒトミ。
「・・・・今の福田様の話をお聞きして、
ヒトミ様は絶対に死んではならないお方だと確信しました。
ならばあたしのような一民衆なんかが生きていても仕方ありません。
・・・・・・・・あたしの身体、存分にお使い下さい。」
ひとみは力強い視線で言い切った。
「・・・・・ひとみ・・・・・」
ヒトミは何とも言えない表情になる。
ひとみは自分に“憑依”を許すと言ってくれているのだ。
その結果、ひとみ自身がこの世から消え去ってしまっても。
- 418 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:33
- 「・・・・・いえ、ここは“憑依”はやめましょう。
ひとみ様のような人物を消すのは私も忍びないです。」
しかし福田がひとみを制した。
「え?そ、それじゃあヒトミ様が・・・・」
「うん。だからここは“共存”にしよう。」
福田は代わりにもう1つの“邪”の術の名を言った。
「なるほど、“共存”ですか。これならば2人とも生きていくことが出来ますね。
でも明日香さん、これは2人の力が同じぐらいじゃないと成功しませんよね?
それに相性の問題もありますよね。」
後藤が“共存”の術の性質を確認する。
“共存”は同じ邪の術の“同化”と“憑依”のちょうど間にあたる術である。
これは1つの身体に2つの魂が宿る術である。
つまり、1つの身体に2つの魂が“共存”する形だ。
- 419 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:33
- だが、この術には問題があり、誰でも共存できるわけではない。
まずはその力量が同じぐらいでなければならないし、
さらには身体と魂の相性もある。
力のバランスと身体の相性。
この2つの問題をクリアしなければ“共存”は成立しない。
この場合だと、ひとみは自分の身体であるから相性は問題ないが、
力量の面でヒトミと釣り合えるのか不安がある。
ヒトミは完全に身体の相性が問題だ。
- 420 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:34
- 「・・・・その点は大丈夫であろう。」
その問題を否定したのはヒトミであった。
「ひとみは余の力を跳ね返し、ここ“ループホール”へと飛ばしたのだぞ。
力量面では互角と言っていいであろう。
さらにひとみは“ムーンライト”の素質を秘めている。
余との相性が悪いわけがあるまい?」
この言葉にみな納得した。
「・・・・そうですね。では、“共存”でいきますか。
ひとみ様、これでよろしいでしょうか?」
福田がひとみに尋ねる。
「・・・・はい。分かりました。ヒトミ様、よろしくお願いします。」
ひとみは力強く頷き、ヒトミに笑顔を見せた。
- 421 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:34
- 「・・・・ひとみ。」
「えっ?」
とその時、ヒトミがひとみに向かってひざまずいた。
これには福田も後藤も驚く。
「ひとみ。そなたにはいくら頭を下げても足りぬ。
一度、余はそなたを消そうとした。その恨みはあってしかるべきだ。
が、そなたはそんな余を許し、あろうことかもう一度“憑依”をするように申し出た。
いくら言葉を述べようが、頭を下げようが申し訳が立たぬが言わせてくれ。
本当にすまなかった。」
ヒトミは深く頭を下げた。
「ヒ、ヒトミ様、頭を上げてください。
こんなあたしなんかに頭を下げるなんてダメですよ。」
ひとみは慌てふためいた。
- 422 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:35
- 『・・・・良かった。やっぱりヒトミだ・・・・・優しいヒトミだ・・・・・』
いわゆる一民衆に素直に頭を下げるヒトミを見て後藤はホッと胸を撫で下ろす。
アッケロンに斬られ、その命を落とした後藤。
しかし彼女は死の世界へ行かず、この“ループホール”に入った。
それは福田との約束があったからだ。
後藤は知っていたのだ。
福田が“わざと”死んだことを。
彼女も他の世界へ行き来できる力を持っている。
しばしば福田とともに冥界の様子を探りに行ったこともある。
そして“ブルームーンストーン”の秘密も知っているし、
その捜索がはかどっていない事に焦ってもいた。
そんな時に聞かされた福田明日香戦死。
「・・・・明日香さん、とうとう決断したんだ。」
後藤はそう確信した。
それを裏付けるようにその日、福田の部屋は綺麗に片付けられており、
後藤の部屋の机の引き出しには福田からの手紙が入っていた。
その手紙には自分は冥界で頑張るから、
後藤はヒトミを補佐して人間界を頼むと書いてあった。
そしてもし後藤が死んだ場合には冥界にいる自分を助けてくれという言葉も
添えられていた。
それからしばらくして後藤はヒトミを守って死んだ。
そして約束どおり福田とループホールで再会したのだった。
- 423 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:37
- だが、すぐに強烈な力の衝撃がここループホールに伝わってきた。
何事かとその力のしたところへ向かうと、そこには2人の女性がいた。
1人は初めて見る女性。
そしてもう1人は自分が命をかけて守った、一番大事な人だった。
先に目を覚ましたのは初めて見た女性、吉澤ひとみ。
彼女から事情を聞いた後藤は、ヒトミのとった行動にショックを受けた。
この狂気の行動には自分の死も少しは関わっているのではないかと思ったからだ。
そしてそれは当たっていた。
ヒトミが“憑依”を決断したのは世界のためでもあるが、
後藤が命をかけて守った自分の命をなくしたくなかったからだ。
ここで死ぬと、後藤の死は無駄死にとなる。
それだけは絶対に許せなかった。
だが、そんなヒトミもいつものヒトミに戻った。
自分が一番大事な、心から愛する人に。
それが後藤には嬉しかった。
- 424 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:37
- 「真希?どうした?」
「えっ?」
ハッと気付くとヒトミたちが自分を見ていた。
どうやら自分の思いに浸っていたらしい。
「ごめんなさい、何でもないです。」
後藤はフニャっと笑った。
「真希、余はひとみと人間界で力を尽くす。
真希も明日香と冥界を頼むな。」
ヒトミが後藤に別れの言葉をかける。
この言葉に後藤はハッとなる。
「あ、そうだ、明日香さん!あたし冥界には行けません!」
「えっ?な、何で?」
「あたしは“天界”に行きます。」
後藤は驚くみなにこう言った。
- 425 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:38
- 「天界?いったいそれは何故なのだ?」
ヒトミの問いに後藤は表情を曇らせる。
「・・・・・・実は、天界も不穏な動きがあるのです。
ゼウス様はあたしたち人間に好意を持ってくださってますが、
全ての神がそうとは限りません。中には人間を心底嫌っている神もいらっしゃいます。
その神が、冥界とつながっている可能性もあるのです。
・・・・・人間を滅ぼすために。」
「?!!!」
この後藤の言葉は衝撃だった。
「それはまことか?」
「はい。間違いありません。
実は、魔物たちの中に“光”の力で守られているものがいました。
魔物に“光”を操る力などありません。それが何よりの証拠です。
魔物の裏には神に関係ある何かがいます。」
後藤はそう言い切った。
「むう・・・・」
ヒトミはうなるしか出来なかった。
まさか神が冥界と?
そうなると人類の命はもはや風前の灯だ。
「ですからあたしは天界に行きます。天界で人類を守りたいと思います。」
この後藤の言葉にヒトミも福田も頷くしか出来なかった。
これで4人の成すべき事は決まった。
- 426 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:39
- 「・・・・よし、みなの者、右手を出せ。」
ヒトミがスッと右手を出しながら言った。
後藤も福田もピンと来て、右手をスッと出し、ヒトミの手に重ねる。
「えっ?あ、あの、」
ひとみは意味が分からず戸惑っている。
「これはね、ゼティマ王国に伝わる誓いの儀式なの。
さ、ひとみ様も出して。」
後藤に促され、ひとみも恐縮しながら右手を重ねた。
「よし、これでよいな。では始めるぞ。」
「偉大なるゼティマ王国の始祖よ。
後藤真希、福田明日香、吉澤ひとみ、そして我、ヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
我ら4人はこれから先、いかなる苦難がおとずれようとも、
互いを信じ、決して袂を分かつことなく正道を進む事を始祖の名に誓います。」
「誓います。」
「誓います。」
ヒトミに続き、後藤、福田が始祖に誓った。
残るはひとみだ。
- 427 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:39
- が、ひとみは戸惑っていた。
王女に10剣聖の2人。
彼女たちと同格で始祖に誓うなど一民衆にとっては恐れ多い事だった。
しかしヒトミ、後藤、福田が優しい目でひとみを見つめる。
その目はひとみを仲間だと、かけがえのない大切な仲間だと認めている目だった。
「・・・・誓います。」
その目に背中を押され、ひとみは誓いの言葉を言った。
ここにヒトミ、後藤、福田、そしてひとみは堅い契りを結んだのであった。
- 428 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:41
- 「さ、それじゃあそろそろ行きますか。
ヒトミ様、ひとみ様。用意の方はよろしいですか?」
福田がヒトミとひとみに尋ねる。
「はい、あたしは大丈夫です。」
ひとみが頷く。
が、ヒトミの方は曖昧な態度だ。
それは後藤も同様であった。
「・・・・・なるほど、ではひとみ様。先にあなたを自分の身体にお戻しいたしましょう。
魂を2つ同時に入れるよりも1つずついれる方が私としても楽なので。」
「・・・はい、分かりました。」
福田の言葉にひとみが頷く。
彼女たちはヒトミと後藤の思いを察したのだ。
「ありがとう明日香さん、ひとみ様。」
後藤は思いを察してくれた福田とひとみに礼を言った。
そしてひとみに右手を差し出した。
ひとみはその手をギュッと握る。
「・・・ヒトミ様のこと、よろしくお願いします。」
「はい、微力ですけど全力を尽くします。
後藤様もお気をつけて。」
後藤の言葉にひとみは気持ちを込めて答えた。
- 429 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:41
- 「では。」
福田は術を構成し、詠唱を始めた。
「ヒトの心に棲む“邪”の精霊たちよ。我が名は福田明日香。 汝の力我に与えたまえ。」
福田が術を唱えると福田とひとみの身体がスウッと薄れていく。
そしてしばらくして完全に消えた。
ここループホールから生の世界、人間界へと移動したのだ。
- 430 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:42
- 「・・・・・行ってしまいましたね。」
「ああ。」
ループホールにはヒトミと後藤が残された。
2人はジッと見詰め合うと、どちらからとなく抱き合った。
2人には何の言葉もいらなかった。
お互いのぬくもりを感じられるだけで充分なのだ。
しばらく抱き合い、それから2人は身体を離した。
そしてお互い最高の笑顔を見せあった。
- 431 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:42
- 次に会うのはいつか分からない。
もしかするともう2度と会えないのかもしれない。
だからこそ一番いい顔を今ここで見せ合おう。
いつ思い浮かべてもこの顔が見えるように。
「・・・・真希、気をつけてな。」
「うん。ヒトミもね。」
後藤はヒトミに別れの言葉を言うと、術を構成し、詠唱した。
「神々の世界に舞う光の精霊よ。我が名は後藤真希。汝の力、我に与えたまえ。」
後藤は1人天界へと旅立った。
- 432 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:43
- 「・・・・・・真希ちゃん、行ってしまいましたね。」
いつの間にか福田がひとみの魂を身体に戻し、
人間界からループホールに戻っていた。
「ああ。・・・・・・余も行かねばな。
明日香、頼む。」
「はい。」
福田は術を唱えた。
「・・・・明日香、そなたも気をつけてな。」
段々と身体が薄れていく中、ヒトミは福田に言葉をかける。
これから福田は1人で冥界の門を破壊するのだ。
それは常人では絶対に不可能なことなのだ。
「はい。ヒトミ様も。またお会いしましょう。」
福田は涼しげな顔で言った。
彼女にかかればどんな困難も困難に見えなくなる。
そしてヒトミの魂はループホールから人間界へと飛んだ。
- 433 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:43
- 「む?あれだな。」
ヒトミの魂はベッドに横たわる1人の女性に向かっていた。
そう、吉澤ひとみだ。
そしてヒトミはひとみの中に入っていった。
「ヒトミ様、お待ちしておりました。」
『ひとみ、これからよろしく頼むな。』
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
ひとみが倒れてから3日後。
この日ヒトミとひとみは“共存”した。
- 434 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:48
- しかしそれから半年の間、ひとみは動くことが出来なかった。
それはループホールに飛ばされた影響と、
“共存”の影響で魂と身体が上手くつながっていなかったからだ。
ただ瞼を開けているだけで身動きしない事から、
周りからは精神を病んでいたと思われていた。
が、この時でもヒトミとひとみの魂は何ら影響はなく、
2人はずっと心の中で話をしていたのだ。
今までヒトミが得た知識や、経験した事をひとみに伝えていた。
これからの冥界との戦いにはヒトミの力だけでは勝てない。
ひとみの力も必要になるのだ。
ひとみ自身が成長すれば、それに比例するようにヒトミの力も上がっていく。
そうなれば恐るべき力を発揮できるようになるであろう。
何しろ、2人とも“ムーンライト”の使い手なのだから。
- 435 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:49
- そして半年後ようやく身体が動き出した。
この時にはすでにクロスロードウォーも
ゼティマ王や市井たち10剣聖の活躍により終焉を迎えていた。
『・・・・明日香、よくやった。』
その裏には冥界での福田明日香の活躍があった事を知るのはヒトミとひとみと
後藤だけであった。
ここでヒトミは考えた。
今までは魂が戻ればすぐにゼティマ城に行き、
ゼティマ王に全てを伝えるつもりだった。
が、身体が動かないという予想外の出来事が起こり、
もう半年もの時間が流れてしまっていた。
ゼティマ王国ではヒトミに代わって第二王女のマコトが王位継承第一候補になり、
また民衆もそれを受け容れていた。
さらには今後、魔物が襲来してくる事を予測して
各地で士官学校が急ピッチで作られ始めた。
ヒトミがいなくてもゼティマ王国はしっかりと前に進んでいた。
- 436 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:49
- それに安心したヒトミは自分とひとみのことだけを考える事にした。
それはひとみを強くする事。
そしてブルームーンストーンを探し出す事。
この2つの事だ。
そしてさらにこのころ、元々病弱だったひとみと陽子の両親が亡くなった。
それを機に、ヒトミは陽子に新しい所でやり直そうと言った。
この理由はひとみを強くするため、ブルームーンストーンを探すためというのが主な理由だが、
ヒトミがひとみの気持ちを思いやったのも当然含まれていた。
両親の死はやはり辛いものだからだ。
ヒトミも母を幼い頃に亡くしている。
それだけに気持ちが良く分かるのだ。
陽子も精神を患った妹のためにも、どこか静かな所で暮らそうと思っていたため、
この意見に賛同した。
- 437 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:51
- 「ひとみ、どんなところがいい?」
陽子が尋ねる。
「うーん、自然が一杯あって静かなところかな。」
ひとみはしばらく考えた後、こう言った。
それは街中では自分の鍛錬が思い切りできないからだ。
ヒトミとひとみのさしあたっての課題は、
ひとみの“ムーンライト”を具現化すること。
秘めたる素質を開花させ、力を表に出さなければならない。
しかしこれは真夜中でしか出来ないことだ。
真昼に月など出そうものなら世界中にヒトミの健在をアピールする事になる。
が、人口の多いところでは真夜中であっても人々は活動をしている。
そんな人々に“ムーンライト”を見られては厄介なことになる。
だからこそ自然の多い、人口の少ない静かなところへがいいと言ったのであった。
もう1つの課題、ブルームーンストーン捜索はこの際後回しでもいい。
それはゼティマ王が捜索を続けているからだ。
王国の捜索力は個人を凌ぐ。
だからこれは父に任せておけばいい。
それよりもまずは自分が強くなければならない。
強くなれば自分1人で捜索の旅にも出れるのだから。
「よし、じゃあ北の方へと行こうか。あっちなら自然が一杯あるしね。」
こうして陽子とひとみ、そしてヒトミは港町ダンジグを旅立った。
- 438 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:51
- ダンジグから北へ北へと向かっていった“3人”。
その間に色々な町や村に立ち寄り、
ここにしようかと何度も陽子がすすめたがひとみは首を縦に振らなかった。
これにはヒトミも驚いていた。
その中にはひとみの鍛錬に最適なところもあったからだ。
「ヒトミ様、何かがあたしに呼びかけるんです。
“お前が居るべきところはここじゃない”と。」
ヒトミに理由を尋ねられたひとみはこう答えた。
そして“3人”がたどり着いたのはゼティマ王国の北西、
ライジング王国との国境に近いミホ村であった。
- 439 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:52
- “3人”は村に入り、村のメインストリートを歩いていた。
周りは自然に囲まれ、とてものどかな村だ。
「・・・・・・何かいい感じの村だな。」
『・・・・そうか?このような村は他にもあったぞ。』
ヒトミが不思議そうに尋ねる。
この旅の途中、似たような村はいくつか通ってきた。
「ええ。確かにそうなんですけど、何か、この村は違うような気がするんです。」
ひとみは何故かそう感じた。
- 440 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:53
- 「旅の方ですか?」
とその時、ひとみたちの後ろから声がかけられた。
「あ、はい、そうで・・・・」
ひとみはその声に応えようと振り向いた。
そこには少し色黒の少女がニコッと笑って立っていた。
「はじめまして。あたしは石川梨華っていいます。
ミホ村へようこそ、旅人さん。」
その少女を見た瞬間、ひとみの身体に電流が走った。
- 441 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:53
- 「・・・・・・姉ちゃん、ここ。」
「え?」
「決めた。ここにしよう。」
ひとみは陽子に満面の笑みで言った。
『おいおいひとみ、本当にそれでよいのか?』
ヒトミも呆気にとられる。
と思いつつも納得もしていた。
『この電流が身体を流れてはどうしようもないしな。』
自分も後藤真希に経験した事だ。
どうしようもない事は自分が一番わかっている。
こうしてひとみたちはミホ村に落ち着くことになった。
- 442 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:58
- これは今にして思えば天がひとみたちを導いたのかもしれなかった。
なぜなら石川梨華。
彼女こそブルームーンストーンの正統な使い手だったのだから。
- 443 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:58
- ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これが真実であった。
そしてこれらのことからヒトミは今ここで真実を話さなかった。
まだヒトミの魂は生きていると知れば、姿かたちは変わろうとも恐らく家臣たちは、
いや、マコトはヒトミに王族に戻らせ、王位継承者第一候補に戻そうとするであろう。
しかしそれはマコトに、ゼティマ王国にとってマイナスにしかならない。
もう自分は世間的には死んでいる。
家臣たちもそう判断し、新しい一歩を踏み出している。
そこへ自分がのこのこ戻ってくると、間違いなく混乱する。
家臣の中にはマコトの頼りなさを心底憂いている者もいる。
その者はヒトミが“禁呪”を犯した身であっても王位を継がせようとするであろう。
この国を守るにはこれしかないと、自己を正当化しながら。
そうなれば必ず無用な対立が生まれる。
それだけは絶対に避けねばならない。
- 444 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 22:59
- さらには王族に戻れば身動きが取れなくなるというのもある。
内政、外交など、王族として国を統治しなければならない。
さらにはその身分が行動範囲を狭めてしまう。
自分が動きたい時に動けなくなるのだ。
これでは世界の平和を、そしてブルームーンストーンを守る事はできない。
だが一方でゼティマ王国の力は必要になる。
個人の力ではどうしようもない時は国の力で対処せねばならない。
今回のライジング王国蜂起などはその最たる例だ。
だからこそひとみは今、マコトたちの前に現れたのだ。
王族とは関係ないが、ヒトミの知識、記憶を受け継ぐ者として。
これならば自由に行動できつつ、ゼティマ王国に対しても発言力を持つ事も出来る。
それがヒトミの狙いであった。
- 445 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 23:00
- 「マコト様に中澤様。こちらの方がヒトミ様でないにしろ、今が好機です。
ムーンライトによって兵士たちの士気は上がっていますし、
ライジング王国軍も恐怖を抱いております。
今がゼティマ王を助け、ライジング王国軍を打ち破る時ですぞ。」
家臣のうちの1人が進言した。
家臣たちもムーンライトに士気を上げていた。
「・・・・・確かにムーンライトは見せてもらった。
でもあんた自身の実力はどうなんや?ヒトミ様から全てを受け継いだっていっても、
動くのはあんた自身の身体やろ?そんな身体でほんまに動けるんか?」
“ダークエンジェル”中澤裕子がひとみを見つめる。
家臣たちも中澤の言葉にハッとなる。
確かにそうである。
いくらヒトミから戦いの知識、技術などを受け継いだといっても、
身体がついてこなければ何の意味もない。
お世辞にもひとみの身体は戦える身体ではなかった。
- 446 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 23:00
- 「心配は無用です、中澤様。」
ひとみはニッと笑うと、術を構成し、詠唱しだした。
「この世界を形作る大地の精霊よ。我が名は吉澤ひとみ。汝の力、我に与えたまえ。」
術を詠唱し終えると、ひとみの身体を淡い光が包み込んだ。
その光は次第に濃さを増し、そしてひとみの身体は見えなくなっていく。
そして一気に光がはじけた。
「あっ?!」
光が収まると、そこには均整のとれた身体をした1人の女性が立っていた。
- 447 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 23:06
- 「そうか・・・・土の術を使っていたのね。」
“アースクエイカー”保田圭がこれを見て呟く。
「どういうこと?圭ちゃん。
あれはひとみちゃんなの?」
“ウインドブロウ”矢口真里が尋ねる。
「そうよ。土の術を使ってずっと生命力を身体に溜め込んでいたのよ。
それを解放して元の身体に戻ったってわけ。」
「ふーん、土の術ってそんな事まで出来るんだ。」
“ホーリーナイト”安倍なつみが感心して言った。
『やっぱりあの時あたしと市井様を助けてくれたのはひとみちゃんだったんだね。』
梨華がひとみの姿を見て確信した。
あの時、ミホ村で自分と市井を土の術で助けてくれた人と同じ匂いを目の前の女性、
吉澤ひとみに感じたのだ。
「これでどうでしょうか中澤様。」
「・・・・ええやろ、文句ないで。」
中澤がニヤリと笑う。
彼女クラスになると見ただけで分かる。
この身体ならばかなりの動きが出来るだろう。
- 448 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 23:07
- 「よし、なら今からゼティマ王国の反撃だね。」
“サンダークロウ”飯田圭織が自慢のトライデントをギュッと握る。
「必ずゼティマ王を助け出し、ライジング王を討つ。」
“ファイアストーム”市井紗耶香が凛とした表情で和道菊一文字を腰に差す。
「そうだね、今が絶好のチャンスだ。」
“アイスウォール”石黒彩が冷静に言う。
みな士気が最高潮に達していた。
「さ、中澤様、今すぐ戦略を練ってください。
好機は待ってはくれませんよ?」
「任しとき。“ダークエンジェル”の名は伊達やないってとこ見せたるわ。」
ひとみの言葉に中澤が頷く。
その周りに市井たち10剣聖や他の家臣、
さらにはアヤカや麻美、鈴音、里田、みうなたちも集まり、ともに戦略を練る。
みなその目は希望に満ち溢れていた。
- 449 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 23:08
- 「・・・・・・勝てる。」
マコトがこの光景を見て確信して呟いた。
希望を持ち、自信満々で戦略を練る家臣たち。
そしてその中心には“ムーンライト”がいる。
これこそ幼い頃から目の当たりにしてきた、無敵のゼティマ王国軍だ。
「よし、これならば勝てる。みんな、絶対に勝ちましょう!!」
「おうっ!!!」
ひとみの声にみなが応える。
いつの間にかひとみがみなの中心となっていた。
もちろんヒトミから全てを受け継いでいたため、みな一目を置くのだが、
それ以上にひとみには万人を惹きつけてやまない何かがあった。
今ここに無敵のゼティマ王国軍は復活した。
- 450 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 23:09
- 復活した無敵のゼティマ王国軍。
その反撃作戦がまもなく開始されようとしていた。
- 451 名前:悪天 投稿日:2004/10/04(月) 23:11
- 本日の更新はここまでとします。
約1ヵ月も更新があいてしまい、申し訳ありません。
次回更新はなるべく早く出来るよう頑張ります。
では、次回更新まで失礼致します。
- 452 名前:スペード 投稿日:2004/10/05(火) 00:06
- 更新お疲れさまです。
果たして二人と十剣聖がどんな戦いをみせるのか楽しみです。
お互いがんばりましょう!
- 453 名前:スペード 投稿日:2004/10/05(火) 00:45
- 更新お疲れさまです。
果たして二人と十剣聖がどんな戦いをみせるのか楽しみです。
お互いがんばりましょう!
- 454 名前:スペード 投稿日:2004/10/05(火) 00:47
- すいません…、二重カキコしちゃいました。
- 455 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:46
- >>452 スペード様
レスありがとうございます。
ご期待なされるような戦いにはならないかもしれませんが、
見てやってください。これからもお互い頑張っていきましょう。
では本日の更新です。
- 456 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:47
- 「おおっ?!!!!!」
まだ城に入りきれていない民衆や兵士たちがざわめいた。
それはゼティマ城の王の間から1人の女性が姿を現したからだ。
その女性の左手には伝説の剣が握られていた。
「私はミホ村の吉澤ひとみだ!!!“ムーンライト”の使い手であり、
そしてゼティマ王国王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルー様より全てを受け継いだ者だ!!!」
ザワザワザワ・・・・・・・・・
このひとみの言葉に民衆たちはもちろんの事、
ゼティマ王国軍やライジング王国軍もざわめく。
伝説の“ムーンライト”。
これを使えるのはゼティマ王国始祖とヒトミ・ヨッスィ・ブルーのみ。
だからこそ人々は真昼に大きな満月が浮かんだ時、
ヒトミが生きていたと思ったのだ。
しかし今姿を現したのはヒトミではなかった。
人々は戸惑いを隠せなかった。
- 457 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:48
- 「あやつが“ムーンライト”を・・・・・?」
「あんな若い女性が・・・・・?」
ライジング王と及川もさすがに驚きを隠せず、声を上げる。
が、つんくはジッとひとみを見据えたままだった。
『ふふふふ、あんなねーちゃんが“ムーンライト”の使い手とはな。
・・・・・・・・・これはおもろなってきたやないけ。』
- 458 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:48
- 「お、おい、今あいつミホ村の吉澤ひとみって言ったよな・・・・」
「よ、吉澤ひとみっていったら・・・・あの百年に一人の鈍才のことだよな?」
「まさか?でもあいつって太ってたぜ。あんなに痩せてねーよ。」
「でも、痩せたらあんな感じじゃない・・・・?」
誰もが戸惑っていたが、一番戸惑っていたのは間違いなくミホ村の住人だった。
彼らにはとうてい信じられなかった。
あのドジでのろまで愚図な、それでいてどこか憎めないあの吉澤ひとみ。
あの娘が“ムーンライト”の使い手?
誰もこの事を信じられる者はいなかった。
だが、目の前の光景はそうは言っていなかった。
素人目でも分かる。
あの剣と雰囲気は普通のものではないということを。
- 459 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:49
- 「ライジング王国よ!!!!」
とその時ひとみが声を張り上げた。
眼前にはライジング王国の大軍が広がっている。
その威圧感は相当なものであったが、それをはね返すような力強い声であった。
「魔物と手を結んでこの世界を手に入れようとは何という卑劣な行為!!!
どうやらあなたたちは大国ライジング王国の誇りを、
いや、人としての誇りを捨ててしまったようですね!!!」
「黙れ小娘が!!!知った風な口を利くな!!!!」
ひとみの痛烈な言葉にライジング王国の兵士たちが憤る。
彼らのほとんどは正直、この戦いを望んでいない。
敵とみなしていた魔物と手を結び、
そして何の罪もない人々を殺す事に後ろめたさを感じていた。
だが、従わねば自分が殺される。
いや、自分だけならまだいい。従わねば家族が殺されるのだ。
だからこそひとみの言葉が癇に障ったのだ。
- 460 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:51
- 「静まれ。奴の戯言に付き合う事はない。」
「及川様。」
ひとみの言葉は思いのほかライジング王国軍に動揺を与えた。
それを抑えるため、及川がライジング王の元を離れ、最前線にやってきた。
この及川の姿にひとみは気付いた。
「これは武名高き及川光博将軍。いや、それももう過去のものですね。
私がヒトミ様より受け継いだ記憶では、あなたは10剣聖以上の知略と人望を兼ね備えた
勇将として刻まれていました。ですがこの現状。私は大変失望しました。」
「ほう、面白い事を言う。
“受け継いだ記憶”とは一体どういう事かな?」
及川はひとみの辛辣な言葉にも顔色1つ変えず切り返した。
- 461 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:52
- 「私は闇の術、“トランスファー”によりヒトミ様から全てを受け継ぎました。
ヒトミ様が知っていた事は全て私が受け継ぎました。
ですから及川将軍、今のあなたがどれだけ醜いかもよく分かります。」
「なるほど、“記憶を受け継いだ”とはそういうことでしたか。」
ここまで言われても及川は全く動じる所がない。
彼はこのひとみの言葉には何か裏があると睨んでいた。
ゼティマ王を人質にとられておきながら、あえて挑発をする。
これは何か策があるとしか考えられなかった。
だからこそ及川は涼しい顔で挑発をやり過ごし、相手の出方を見ようとしたのだ。
- 462 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:53
- しかし、こう思わせることこそが中澤の策であった。
「よっしゃ、ええでひとみ。その調子や。」
王の間では梨華や中澤、マコトたちがこの様子を見守っていた。
今言っているひとみの言葉はほとんど中澤が指示したものであった。
中澤は自分の策がここまで上手くいっている事を確信する。
ひとみが表に立ち、ライジング王国軍を挑発する。
相手は何かあると睨み、様子を見る。
そう、中澤の今の狙いは時間稼ぎだった。
「頼むよ、矢口、カオリ。」
中澤はこの間に策を実行している2人の10剣聖に思いを馳せる。
- 463 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:53
- さらにひとみは時間を稼ぐ。
「及川将軍、1つお聞きしたい。
あれだけ魔物を憎み、人間を愛していたあなたが
何故魔物と手を結んで罪の無い人々を殺していくのですか。」
「ふ、そんな事は貴公にはどうでもよいことだ。」
「なるほど、自らの行為を恥じているだけに言えないのですね。」
「何とでも言えばいい。貴公たちには考えの及ばぬ事だからな。」
及川は余裕の表情で答える。
『・・・・・及川将軍、変わったな。』
ヒトミは及川将軍のこの余裕に正直驚いてた。
ヒトミが知っている及川将軍は感情豊かで、喜怒哀楽がはっきりとしていた。
つまり挑発には乗りやすいタイプであった。
だがこの落ち着き様。
『奴も成長したのか。それが魔物との“同化”とは悲しい事だがな。』
- 464 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:54
- 「・・・・・うるさいよ。」
「えっ・・・・?」
ひとみの発したこの言葉にみな動きが止まる。
『ひとみ・・・・・?お、落ち着け。』
ヒトミがひとみの感情をなだめる。
いきなりひとみの感情が高まったのだ。
ひとみは妙に冷めた表情で及川を見る。
その眼光は鋭く、及川の身体を貫いた。
「くっ・・・・」
及川は思わず後ずさりそうになったが、懸命にこらえた。
ひとみが今いる場所から及川の所までは500mほど離れており、
なおかつひとみはゼティマ城の最上階にいる。
この距離であるにも関わらずひとみの眼光の威圧感に及川は圧倒された。
だがこんな小娘に、しかもこれだけの距離が離れているにも関わらず
恐れをなして後ずさりをしては及川光博の名折れだ。
その意地が何とか及川を踏みとどまらせた。
- 465 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:55
- しかし、そこへひとみがたたみかける。
「あんたたちがどう考えようが関係ない。
どんな理由があろうとあんたたちが罪の無い人たちを殺した事に変わりはない。
・・・・・・・・絶対に許さないよ。」
そう言ってひとみは“ムーンライト”を及川に向かって突き出した。
この言葉は家族を、友人を、恋人を殺された民衆たちの心に強く響いた。
「うっ・・・・・・」
及川はたまらず一歩後ずさった。
これだけの距離であるにも関わらず、
眼前に“ムーンライト”を突きつけられたような気がしたのだ。
その威圧感に自分の意思とは無関係に身体が動いた。
「・・・・・おのれ・・・・・」
及川の端整な顔が怒りと屈辱で歪む。
- 466 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:56
- 『ひとみ!!もう止めておけ!!』
慌ててヒトミが止める。
少々の挑発は及川には問題ないが、今のは少しやりすぎだ。
もしここで及川が怒りに身を任せてゼティマ王を殺してしまえば全ては無駄となる。
ひとみもハッと我に返り、及川の様子を窺う。
が、及川はふうっと一息吐くと、先ほどまでの余裕の表情に戻った。
「ふう、危なかった。ひやひやさせてくれるで。」
中澤も思わず汗を拭い、安堵の溜息を漏らす。
それも無理はない。
いきなりひとみが全く予定外のことを口にしたのだから。
だが、どうやら今回は及川の聡明さに助けられたようだ。
「・・・・・・矢口、カオリ、早く頼むで・・・・・・ん?」
とその時、中澤の視界にある物が映った。
それはライジング王国軍がいる場所の西に広がる草原地帯。
そこから数本の草が不自然な動きで空高く舞い上がったのだ。
「よしっ、後は東や。」
中澤は今度は東を見る。
そこは森林地帯であったが、その上空にごくわずかながら黒い雲が浮かんでいた。
これこそ準備が整った事の合図であった。
- 467 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:57
- 「よし!ひとみ、準備できたで!!」
「はいっ!」
中澤の言葉に頷くひとみ。
時間稼ぎは成功した。
そして中澤の策は次の段階へと向かう。
「私が失望したのは及川将軍だけではない!!!!」
ここでひとみは矛先を変えた。
「ライジング王よ!!!!あなたにも私は失望した!!!!
私の受け継いだ記憶ではライジング王はまさに名君だった!!!!
勇敢でその武力は惚れ惚れするものであった!!!
だがどうだ今のこの体たらくは!!!!
自分の力でなく、魔物の手を借りて他国を落とす!!!
なおかつ一国の王に対して十字架に貼り付けるという非礼!!!
ライジング王よ、所詮あなたはゼティマ王には一生敵わないのだ!!!
人質を使わねば勝てないようなあなたではな!!!!」
- 468 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:58
- 「ふっ、あんな見え透いた挑発、誰が・・・・・・」
つんくは途中で言葉を止めた。
それはライジング王の表情がこれ以上なく歪んでいたからだ。
「おのれ小娘め・・・・・・・・!!!!!」
余りの怒りに身体がプルプルと震える。
あの小娘は言ってはならない事を言ってしまった。
“ゼティマ王には一生敵わない”と。
「おのれ・・・・・・許さん・・・・・・許さんぞ!!!!!」
ライジング王は座っていた椅子を蹴り飛ばさん勢いで立ち上がった。
「全軍!!!ゼティマ城へ突撃せよ!!!!あの小娘の首をとってまいれ!!!!」
「な?お、王!!」
この命令につんくをはじめ、他の諸将たちも驚く。
「よいな!!!必ずじゃぞ!!!異を唱える者は余が自ら殺してくれる!!!!」
そう言うライジング王の目は血走っていた。
その目は本気だった。
- 469 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:59
- 「う、うおおおおお!!!!!」
その命令が前線に伝わると、兵士たちは必死の形相でゼティマ城へと突撃した。
ここで遅れをとれば異論ありとみなされ、殺される。
「下がれ!!!今はその時ではないぞ!!!」
及川が兵士たちを止めようとするが、
恐怖に支配された兵士たちを抑える事はできなかった。
戦況は一気に加速した。
「よしっ!!」
ひとみはこれを見届けると王の間に戻った。
「ようやったでひとみ。」
中澤が見事に大役を果たしたひとみを労う。
「ありがとうございます。でもこれからです。
ではあたしも戦場に行きます。」
ひとみは中澤に一礼すると戦場へと向かう。
ここからが本当の勝負なのだから。
- 470 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 00:59
- 「あ、ひ、ひとみさん!!」
が、ここでゼティマ王国王女マコト・オガワ・ブルーがひとみを呼び止めた。
「はっ、王女様。いかがなされましたか?」
ひとみは戻り、マコトの前にひざまずいた。
「あ、いや、その・・・・・・どうかお気をつけて。」
その声はマコトが心底ひとみの事を思っていると分かるような声だった。
マコトにしてみれば、この吉澤ひとみは姉のヒトミの記憶を受け継いだ人物である。
ヒトミと違うとはいえ、一番ヒトミに近い人物であるのだ。
だからこそマコトは一言声をかけたかった。
もう2度と近しい人が死ぬのを見るのは嫌なのだ。
『マコト・・・・・・』
このマコトの言葉を聞き、ヒトミは全てを話したい衝動にかられる。
だがここで真実を話せばこの先、自分たちの行動が著しく縛られる事になる。
それでは世界を、“ブルームーンストーン”を守る事はできない。
ヒトミはこの衝動をグッとこらえた。
- 471 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:00
- 「・・・・・マコト様、お気遣いありがとうございます。ご安心くださいませ。
必ずこの戦いに勝ち、お父上をお救い出して戻ってまいります。
戻りましたら、私とヒトミ様のお話でもいたしましょう。」
ひとみはニッと笑う。
その笑顔には何か安心させられるものがあった。
「ありがとうひとみさん・・・・・」
『・・・・ありがとうなひとみ。』
ひとみは姉妹からの礼を笑顔で応えると、一礼し、スッと立ち上がった。
「では行って参ります。マコト様、中澤様。
姉たちをよろしくお願いします。」
「分かった。あんたも気をつけや。」
「はいっ!」
ひとみはチラッと梨華を見て頷いた後、
王の間から駆け出して行った。
「・・・・ひとみちゃん、気を付けてね・・・・」
ひとみの後ろ姿を見送る梨華。
『何か・・・・・いやな予感がする。』
“ブルームーンストーン”の後継者の表情には憂いの影が色濃く出ていた。
- 472 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:02
- 「来たべ!!聖軍、構え!!!」
城壁の上では安倍が率いる聖の軍、“聖軍”が矢を構えていた。
ここまで中澤の策は順調にいっている。
時間を稼ぎ、そして上手く挑発してライジング王国全軍をこのゼティマ城へ突撃させた。
しかし、これでゼティマ城が落とされてしまっては何の意味もなさない。
まさに“本末転倒”“策士策におぼれる”だ。
ゼティマ城死守。
これは“ホーリーナイト”安倍なつみ率いる聖軍にかかっている。
- 473 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:02
- 「まだだべ・・・・・・てー!!!!」
安倍のかけ声とともに一斉に矢が放たれた。
「ぎゃああああ!!!!!」
その矢は迫り来るライジング王国軍を貫いていく。
多くの兵士や魔物たちが断末魔の叫びを上げて倒れていく。
しかしライジング王国軍は進軍を止めない。
その屍を乗り越えてゼティマ城へと向かってくる。
「何だべこいつらは?!!」
安倍をはじめ、聖軍はこれだけの矢を受けても
怯まず進んで来るライジング王国軍を驚愕の表情で見ていた。
全く進軍の速度が衰えない。
彼らにとっては少しでも進軍を遅れさせれば殺される。
ならば前に進むしかなかった。
この悪魔の如き進軍にさすがの聖軍も一瞬怯む。
- 474 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:03
- ワアアアアアアアアアアア!!!!!!
とここで民衆たちから歓声が上がった。
「何事だべ?!!」
安倍が歓声の上がった方に目をやる。
すると伝説の剣を左手に持った若い女性がこちらに向かって走っていた。
「おおおおお・・・・」
聖軍の兵士たちがどよめく。
彼らもあの演説は聞いていた。
その“ムーンライト”の、ヒトミ王女の後継者が今目の前に。
- 475 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:04
- 「ここが踏ん張りどころです!!!
ここで踏ん張れば必ず勝てます!!!頑張りましょう!!!」
ひとみが“ムーンライト”を掲げて叫ぶ。
“ムーンライト”が太陽の光を受け、神々しく輝く。
その光はまさに希望の光であった。
「そうだ!!俺たちには“ムーンライト”がついている!!!」
「絶対に死守するぞ!!!!」
聖軍の士気がこれ以上なく高揚する。
やはり彼らにとって“ムーンライト”は心の拠り所であるのだ。
その後継者がこのような若い娘でもそれは関係なかった。
それにこの後継者はライジング王国軍の卑劣な行為を心底怒っていた。
その気持ちが彼らにひとみの存在を受け容れさせたのだった。
- 476 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:04
- 「あいつは・・・・・?!!殺せ!!!あいつを殺さねば我らが殺されるぞ!!!」
ライジング王国軍の兵士の1人がひとみの存在に気付いた。
ひとみの存在はゼティマ王国軍だけでなく、ライジング王国軍の士気をも高揚させた。
が、今回に限って言えばこれで良かった。
ライジング王国軍にはもっと血気盛んに前がかりになってもらわねば困るのだから。
「ぐっ・・・・・退け!!退かぬか!!!」
及川将軍の抑制の声も届かない。
ライジング王国軍はさらに勢いを増して突き進む。
- 477 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:05
- 「よし、これでいける。安倍様、ここはお願いしますね。」
「わかったべ。ひとみちゃんも気を付けるべさ。」
「はいっ!!」
ひとみは安倍にこの場を任せ、階段を降りて下へ向かう。
下で待機している市井たちと合流し、その時を待つのだ。
「・・・・ほんと、不思議な娘だべ・・・」
階段を降りていくひとみを見ながら安倍は呟いた。
いるだけでどこか安心感がある。
そう、あのゼティマ王国王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーのように。
「さあみんな!!絶対にここを死守するべ!!!」
「おう!!!」
安倍の声に応える聖軍の兵士たち。
彼らの放つ矢は、先程よりも鋭くライジング王国軍に襲い掛かる。
- 478 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:05
- 「さすがヒトミ様です。」
階段を降りながらひとみが呟く。
本来ならば直接市井たちのところへ向かう予定であったが、
ヒトミの指示で聖軍のもとに立ち寄ったのであった。
そのおかげで兵士たちの士気が上がったのだ。
『戦いは個人の武勇、知略で勝てるものではない。
兵士一人一人の力が無ければ勝てないものなのだ。
これは絶対に忘れてはならないことだ。
まあ一番いいのは戦わずに勝つというものなのだがな。』
「なるほど。」
この言葉にひとみは感嘆する。
さすがはその聡明さは大国ゼティマ王国で始祖以来とうたわれた王女だ。
自分の知略、武勇に驕ることなく物事の本質を的確に捉えている。
- 479 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:07
- 『ちっ、ライジング王じゃこれで精一杯か・・・・・・・・・・・』
ライジング王国本陣ではつんくが呆れ返っていた。
まさかあの程度の戯言に我を失うとはつんくも思ってもみなかった。
王者たるもの些細な事で動くべきではない。
どっしりと構えてこそ人は安心してついてくる。
これは王たるものが守らねばならない最低限のことであるが、
自分の劣等感を刺激されたライジング王にとっては
こんなものなどどうでもよかった。
ただあの小娘の首を、ただそれだけであった。
『俺の目も少々曇ったかもしらへんな。こいつがこんな小物やったとは。』
つんくは怒りに身を震わせている“小さな”王に冷ややかな視線を送った。
- 480 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:09
- 明らかにゼティマ王国は何かたくらんでいる。
そして今のところ完璧に事は運ばれている。
つんくはその点を確実に把握していた。
ならば、つんくはライジング王国のことを思って王の短気をおさめるべきであった。
またそれは彼の実力ならば容易く出来る事だ。
しかし彼は行動を起こさなかった。
それは何故か?
『そっちの方がおもろいやんけ。もっともっと混乱せえや。
混乱こそ俺の、いや俺らの望むところや。』
つんくはニヤリと笑った。
- 481 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:10
- 「て、敵だ!!!」
とその時、つんくが望む混乱がおとずれた。
ゼティマ城へと殺到するライジング王国軍。
そのため本陣が手薄になっていた。
その本陣の左右からゼティマ王国軍が姿を現したのだ。
西側、草原地帯より姿を現したのは。
「さあここからだよ風軍!!!」
“ウインドブロウ”矢口真里率いる風軍。
東側、森林地帯より姿を現したのは。
「風軍に遅れるな雷軍!!!」
“サンダークロウ”飯田圭織率いる雷軍。
この2つの軍であった。
- 482 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:11
- 「さ、行くよ・・・・・」
矢口、飯田ともに手を上げた。
そして。
「全軍、突撃!!!!!」
一気に上げた手を振り下ろす。
“疾風迅雷”
ゼティマ軍で1、2の機動力を誇る両軍が、
凄まじい勢いでライジング王国軍本陣の西、東から襲い掛かった。
- 483 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:11
- 「な、何故だ?!!いつの間に奴らは?!!」
ライジング王はこの状況が信じられなかった。
何故城にいたはずの軍勢が今ここに現れるのだ?
それは兵士たちも同様の思いであった。
が、今はそれを考えている暇はない。
慌てて剣を構え、ゼティマ王国軍に立ち向かう。
戦場は一気に大混乱に陥った。
- 484 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:12
- 「よし!!よくやった矢口、カオリ!!!」
中澤が思わず声を上げる。
ゼティマ城は難攻不落の名城。
それは防御の高さもさることながら、
いくつか抜け穴があり、今回の策のように
その抜け穴を使って奇襲を行う事が出来るからである。
だが一方でこれは諸刃の剣。
これでライジング王国軍に抜け穴の存在を知られてしまった。
もしこれで奇襲が失敗すれば、今度はその抜け穴を使って攻め込まれる事になる。
この賭けは果たして吉と出るか、凶と出るか?
- 485 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:12
- 「このどチビが!!!」
「・・・・かっちーん。」
暴言を吐いたライジング王国軍の兵士は次の瞬間、永久に口が利けなくなった。
どチビと蔑んだ女性にあっさりと生命活動を停止させられたのだ。
2本のショートソード『グラディウス』とともに戦場では華麗な風の如き舞いを見せる。
しかしその風の舞が通り過ぎた後には無数の死体が転がっている。
味方には華麗な風を、敵には死の風を送る。
それが“風”を極めた“ウインドブロウ”矢口真里。
- 486 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:13
- 「ちっ、俺もまんまと策にやられたな。」
自らも剣を取り、ゼティマ王国軍と戦っているつんくは軽く表情を歪めた。
“ムーンライト”の後継者、吉澤ひとみの大演説。
あれに気を取られすぎていたため、風軍、雷軍の存在に気付かなかった。
なおかつ上手くライジング王を挑発する事で軍勢をゼティマ城へと集中させ、
本陣を手薄にさせた。
見事な手腕だ。
「しかもそれだけやない。あのねーちゃん、上手い事挑発しおった。」
ひとみは最後に“人質を使わねば勝てない”と言った。
ライジング王は劣等感の塊。
だからこそここでもし人質を使って勝利を収めても、
それはまた劣等感を増長させるのみ。
ひとみはあの言葉でゼティマ王の安全をも確保したのだ。
- 487 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:14
- 「けどこれはあのねーちゃんの考えた事やあらへんな。
おそらく、“ダークエンジェル”中澤裕子の指示やろな。
こいつと・・・・・後は“アイスウォール”石黒彩やな。
この2人はいずれ消さんとな・・・・・」
つんくの脳裏にゼティマ王が捕らえられた時、
素早く軍をまとめて退却させた石黒の姿が浮かぶ。
中澤裕子と石黒彩。
この2人は特に厄介だ。
自分の、自分たちの野望を邪魔する者は消すのみ。
つんくの目が妖しく光る。
- 488 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:15
- 「お、俺たちはどうすれば?!!」
最前線でゼティマ城へ突撃しているライジング王国軍の兵士たちは戸惑っていた。
このままゼティマ城へ攻め込むのか、それとも引き返して本陣を助けに行くのか。
その判断が彼らにはつかなかった。
このままゼティマ城に攻め込んだとしても、本陣が討たれればそれで終わり。
引き返すならばその無防備な背中を聖軍に晒す事になる。
そう考えると全く動けない。
まさに完璧な策略。
「くっ、おのれ・・・・・小賢しい奴らめ・・・・・」
これにはさすがの及川も戸惑わされる。
彼ですら一瞬の判断に迷うのだ。
他の兵士たちでは話にならない。
- 489 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:16
- そしてさらに中澤の策が発動する。
「大変だ!!!!ライジング王が負傷なされた!!!!」
この声が戦場を駆け巡る。
「な?!!」
この言葉にさらに戸惑うライジング王国軍。
まさかあのライジング王が?!
誰もがそう思ったが、あのゼティマ王国軍の疾風怒濤の奇襲を受けては
それもあり得る事だ。
本陣の辺りは砂煙が舞いあがり、怒声が飛び交っている。
それはすなわち戦いが激しいという事だ。
この激しい戦いではさすがのライジング王も・・・・・?
- 490 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:17
- この言葉、戦況に兵士たちが動揺する中、
さらにこの言葉が戦場を飛び交う。
「みんな!!今すぐライジング王をお助けしろ!!!
さもなければ我々は王を見捨てたとして後で殺されるぞ!!!」
「?!!!」
「そ、そうだ・・・・俺らが殺される・・・・」
この認識は瞬く間に最前線の兵士たちに広がっていた。
そして一度広がるともうそれに縛られてしまった。
「も、戻れ!!!!」
「ライジング王をお助けしろ!!!!」
最前線にいた兵士たちが踵を返して本陣へと我先に戻っていく。
その動きに釣られ、知能を持たぬ低級な魔物たちも一緒に本陣へと戻っていく。
- 491 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:18
- 「馬鹿者どもが!!!!これはゼティマ王国の策略だ!!!!」
さすがは及川光博だった。
『大変だ!!!!ライジング王が負傷なされた!!!!』
『みんな!!今すぐライジング王をお助けしろ!!!
さもなければ我々は王を見捨てたとして後で殺されるぞ!!!』
この2つの言葉はゼティマ王国の流言だと見抜いていたのだ。
しかしいくら及川光博とはいえ、
彼1人ではこの全軍の勢いを止めきれなかった。
- 492 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:19
- 「ふふふふふ、ライジング王よ。
将軍たちを全て魔物と同化させたんがあんたの失敗や。」
中澤がニヤリと笑う。
もしこの時、主だった将軍たちがまだ健在ならば
及川の言葉に呼応して軍をまとめる事が出来たであろう。
王、将軍、兵士。
このタテのラインがしっかりしてこそ軍は統制がとれ、迅速に動けるのだ。
だがライジング王とつんく、及川は自分よりも能力の低い者の存在を軽視していた。
その結果、軍は全く統制がとれず、中澤の策に簡単に右往左往させられたのだ。
もちろん中澤はそれを見越して策を練ったのである。
「すごい。ここまで完璧に相手を操るなんて・・・・・」
戦況を見ていた梨華が思わず呟く。
彼女もニジンスキー士官学校で兵法を学んでいた。
その際の教材として古今東西さまざまな兵法家が実際に行った兵法が使われていたが、
今見た中澤の策、兵法はそのどれをも遥かに凌駕していた。
- 493 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:21
- そして中澤の策は最後の仕上げを迎える。
「み、みんな退くよ!!!」
「退却、全軍退却!!!!!」
最前線のライジング王国軍が戻って来たのを見て矢口、飯田は
慌てて自軍をそれぞれ西、東に退却させる。
その慌てっぷりは見事なもので、
ライジング王国にはそれが芝居であるとは気付かなかった。
「追え!!!絶対に逃がすな!!!!」
そんな事とは露知らずライジング王国軍は戻ってくる兵士たちとともに二手に別れ、
この二つの軍を追いかける。
ここまでゼティマ王国軍に散々振り回され、混乱させられていたため、
みな冷静さを失っていた。
ちなみに、“追え!!”と叫んだのもゼティマ王国軍であった。
- 494 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:21
- だが風軍と雷軍はゼティマ王国で1、2を争う機動力。
そう易々と追いつけない。
中澤がこの奇襲に風軍、雷軍を選んだのはこのため。
素早い奇襲ではなく素早い退却のためにこの2つの軍を選んだのである。
見る見るうちにライジング王国軍本陣から兵士や魔物たちが遠ざかっていく。
「みんな今だべ!!!!」
城壁上からこの様子を見ていた聖軍の将、安倍なつみが合図を送る。
「よしっ!!!みんな、用意はいいね?!!」
「おうっ!!!!」
下で待機していた兵士たちが市井の声に応えた時、
ゼティマ城を守っていた大きな門が音を立てて開いた。
- 495 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:22
- 「えっ?!!」
その音に本陣にいるわずかなライジング王国軍は振り返る。
そして次の瞬間、恐怖に満ちた表情になる。
門から見えるのはゼティマ王国軍の大軍だ。
そしてライジング王国本陣とゼティマ城。
この間に立ちふさがるべき兵士、魔物たちはほとんどいない。
いわばライジング王国軍本陣は丸裸だった。
「全軍、突撃!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
“火”を極めた“ファイアストーム”市井紗耶香の号令のもと、
火軍を先頭に土軍、水軍、ココナッツ軍、カントリー軍と
ゼティマ王国のほぼ全兵力が突撃を開始した。
- 496 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:25
- 「やられた!!!!」
さすがのつんくも思わず叫ぶ。
これこそ中澤の本当の狙い。
真正面から全兵力で本陣を落とすのが狙いで、
抜け穴を使って奇襲をかけた風軍、雷軍は囮だったのだ。
「そういえば!!!」
ハッとつんくは気付く。
この奇襲作戦が失敗すればゼティマ王国は終わり。
だからこそこの奇襲作戦に全てを賭けるはずだとつんくや及川は思っていた。
だが今にして思えば命運を懸けた奇襲にしては矢口の風軍、飯田の雷軍だけと、
軍勢が少なすぎた。
全ては伏線。
ひとみの演説も風軍、雷軍の奇襲も全てこの状況を作り出すための伏線だったのだ。
「ふふふふ。」
その策の考案者はまさに闇の天使のごとく、相手に微笑みかける。
そう、破滅へと導く死の微笑を。
- 497 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:25
- 「みんな!!!雑魚はいい!!!狙うはライジング王の首ただ1つ!!!」
「おうっ!!!!!!」
先頭にたつ火軍がまさに火嵐の如き勢いで突き進む。
“ファイアストーム”市井紗耶香を筆頭に、熱い魂を持つ者で編成された火軍。
その攻撃力は間違いなくゼティマ王国随一だ。
「くっ!!!防げ!!!王の元に近付けるな!!!!」
残っていたライジング王国軍の兵士たちが市井の火軍の前に立ちはだかる。
「どけっ!!!」
しかし火軍はかまわず突っ込む。
その戦いはまさに正攻法。
真正面から突撃あるのみ。
- 498 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:28
- 「あーあ、相変わらず無骨な戦い方だねえ。性格が出てるよ。」
水軍の将、“アイスウォール”石黒彩が火軍の、市井の戦い方に苦笑する。
「ホントホント。もうちょっと上手い事すればいいのに。」
土軍、“アースクエイカー”保田圭も同様に笑う。
しかし彼女たちは口ではこう言いながらも市井率いる火軍に絶大な信頼を寄せている。
無骨で突撃のみの戦い方。
しかしその分迷いがない。
それがあの攻撃力を生み出しているのである。
そしてそれは充分信頼に値するものなのだから。
- 499 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:29
- 「市井殿、どうなされました?!!」
とその時、ココナッツ軍の木村アヤカが気付いて声を上げた。
火軍はそのまま戦いを繰り広げているが、
将たる市井は足を止め石黒たちを待っていたのだ。
「ちょ、ちょっとどうしたの紗耶香?」
石黒たちも驚く。
「・・・・・里田殿。」
「は、はい?」
いきなり名を言われてカントリー王国軍が誇る4将の1人、里田まいは驚いた。
「里田殿。あなたにあたしの火軍の指揮をお任せしたい。火軍をお願いします。」
「えっ?!」
「は?何言ってるのあんた?!」
里田はもちろん、保田も驚き声を上げるが、
みな市井の視線がある方へ向いているのに気付いた。
その視線の先にいたのは・・・・・・
「あいつだけは絶対にあたしが倒す。」
本陣のすぐ側、ゼティマ王が貼り付けられている十字架の前で
黄金の鎧をまとい、悠然と立っている及川光博将軍であった。
- 500 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:31
- 「ちょ、ちょっと紗耶香!!!裕ちゃんの指示と違うでしょ?!!
あんたとあんたの軍はライジング王を倒す一番の戦力でしょ?!!!
ゼティマ王を助けるのはあたしの軍の役目よ!!」
石黒が叫ぶ。
中澤の指示では石黒率いる水軍が
この混乱に乗じてゼティマ王を救い出すという算段だった。
「あんたもっと冷静になりなさい!!」
石黒が市井を落ち着かせる。
が、市井は熱することなく、落ち着いていた。
「分かってるよあやっぺ。
ただ、裕ちゃんが今ここにいたらきっとそう指示を出してるよ。」
「えっ?」
「まさかゼティマ王の守りに及川が来るとは裕ちゃんも考えてなかったでしょ。
あいつを倒せるのはうぬぼれでもなく、あたししかいない。」
市井はそう言い切った。
確かに市井の言うとおりであった。
ヒトミ亡き後、10剣聖最強の力を誇るのは間違いなく
“ファイアストーム”市井紗耶香なのだから。
それは誰の眼から見ても明らかな事であった。
- 501 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:32
- 「ここは市井様の言うとおりにしましょう。市井様なら必ず勝ちます。」
市井の言葉を肯定したのはひとみであった。
その表情は確信に満ちていた。
「・・・・・分かった。紗耶香、任せたよ。」
このひとみの表情に石黒も頷かされた。
「ありがと、あやっぺ、ひとみ。
・・・・里田殿、火軍をお願いします。」
「分かりました。里田まい、火軍の指揮を預からせて頂きます。」
里田が市井に一礼する。
市井も里田に返礼するとゆっくりと及川のもとへ歩みだした。
さあそろそろ決着をつけようよ。
- 502 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:33
- 「あたしたちはこのまま突っ込むよ!!!」
石黒の号令のもと、ゼティマ王国軍はライジング王国本陣へと突き進んでいく。
「気をつけてください、市井様。」
『気を付けろよ、紗耶香。』
ひとみとヒトミは市井のことを気遣いながらも前に進む。
市井の判断は正しいし、あそこは市井に任せるしかない。
だが相手はあの及川光博。
確信してはいるが、それでも不安の色は拭えない。
「でも・・・・・市井様を信じるしかない。」
ひとみはそう自分に言い聞かせた。
そして自分はライジング王と、“つんく”を討ち取る。
それが最良の判断のはずだ。
- 503 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:34
- 「戻れ!!!本陣へ戻れ!!!!」
風軍、雷軍を追いかけていたライジング王国軍も異変に気付き、
すぐに引き返す。
「そう簡単には行かせないってーの!!」
「みんな、今だよ!!!!」
が、その瞬間、逃げていた風軍、雷軍が走りを止め反転した。
「全軍突撃!!!!」
そして矢口、飯田両将の号令のもと、背中を向けたライジング王国軍に突撃する。
「うわあああああああああ!!!!!」
まさに攻守交代。
今度はゼティマ軍がライジング王国軍を追いかける。
そして何度も言うが、風軍、雷軍はゼティマ王国1、2の機動力。
見る見るうちに追いつき、その無防備な背後から斬りかかる。
「ぎゃああああああああああ!!!!!」
多くの兵士、魔物たちが声を上げて倒れていく。
- 504 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:35
- 「つ、つんくよ、こ、これは・・・・・」
迫り来るゼティマ王国の大軍。
断末魔の悲鳴を上げ、倒れていくライジング王国軍。
この状況にさすがのライジング王も表情が青ざめる。
大軍も完全に分断され、本陣は丸裸も同然。
さすがのライジング王でもこれだけの兵力差ではどうしようもない。
「・・・・王、これはあなたの責任ですな。
自分の力を過信しすぎたあなたの責任です。」
「そ、そんな・・・・・」
ライジング王は頭を抱え込む。
その姿からは一国の王の威厳など全く感じられなかった。
「と、まあそれは私にも同じ事が言えますけどね。
正直奴らを舐めすぎていたようです。
・・・・・・・いいでしょう。今回は私がお助けいたしましょう。」
「そ、そうか、やってくれるか!!」
ライジング王の顔がパッと輝く。
「ですが・・・・・今回だけですよ。次はどうなろうと知りませんからね。」
だがすぐにつんくの冷めた視線に表情がしぼむ。
『やれやれ、こんな小さな男が人間界の王になるんか。
ま、その方がこっちとしても都合はええがな。』
- 505 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:36
- 「皆の者!!!必ずライジング王を討つぞ!!!」
「うおおおおおおおおおお!!!!!!」
ゼティマ王国軍はこの機を逃さんと一気呵成に押し込む。
この勢いをライジング王国軍は止める事が出来ない。
そしてゼティマ王国軍が後もう少しで本陣へとたどり着くその時。
- 506 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:36
- フッ!!!!!
「あっ?!!!!」
その時、辺りは一瞬にして暗闇に包まれた。
- 507 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:37
- 「こ、これは・・・・・?!!」
ゼティマ王国軍の誰もが一瞬我が目を疑う。
そしてハッとなり彼女を見る。
しかし彼女の手にはもう光り輝く剣が握られている。
「ま、まさ・・・・・・・か・・・・・?!!」
「う、嘘でしょ・・・・・・?!!」
みなが目を見開き、そして信じられない表情で空を見上げる。
それはライジング王国軍も同様であった。
- 508 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:37
- 『ひとみ!!』
「はいっ!!」
ひとみは“ムーンライト”をしっかりと握り直す。
これは予想していた事。
さあどちらが真の“ムーンライト”の使い手か、
“ブルームーンストーン”の資格者か雌雄を決しようではないか。
- 509 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:37
-
空には太陽を覆い隠すように大きな、“赤い”満月が浮かんでいた。
- 510 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:43
- 本日の更新はここまでとさせていただきます。
えー、今回は色々と“策”のところで突っ込みどころがあると思いますが、
その点はどうかご容赦下さい。“策”を考えるのは凄く難しいです。
- 511 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:44
- そしておそらく次回の更新でこのゼティマ城攻防戦が終わると思います。
そこまでが第一部で、次から第二部と考えております。
第二部からはまだ出てきていない人物も登場予定です。
こんな話ですが、どうかお付き合い頂ければ嬉しいです。
- 512 名前:悪天 投稿日:2004/10/24(日) 01:45
- では、次回更新まで失礼致します。
スレ隠しも兼ねての長文、失礼致しました。
- 513 名前:スペード 投稿日:2004/10/24(日) 09:35
- 更新お疲れさまです。
次回で第一部が終わりですか。
市井ちゃん対及川、
そして吉澤ひとみ対つんく、
楽しみにしております。
- 514 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/24(日) 13:30
- いやー面白いわ。
前のめりになって読んでます。
- 515 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/27(水) 12:17
- こんな面白いのがあったなんて・・・・偶然開いてみたらめちゃくちゃおもしろい!!
一気に読んじゃいましたよ。ただなっちの弱さが意外というか、まあそのへんのキャラ
より中身で読ませる部分がとても強いのでキャラの色はあまり気になりませんが、
あれっ?て思っちゃったりもしましたが、それが気にならない筆力!すごいですよ!
首をながーくして更新待ってます!読み応え抜群です!
- 516 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/01(水) 21:14
- 保全
- 517 名前:スペード 投稿日:2004/12/03(金) 22:25
- 更新待ってます…。
- 518 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:10
- >>513 >>517 スペード様
レスありがとうございます。そしてお待たせしてすみません。
相変わらずの遅筆、本当に申し訳ないです。
スペード様の更新のペースに本当に憧れます。
>>514 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
面白いと言っていただいて本当に嬉しいです。
また前のめりになってもらえるよう、頑張ります。
>>515 名無し飼育さん様
レスありがとうございます。それに過分なほめ言葉も恐縮です。
でもやはりキャラが弱いところにお気づきになられましたね。
この点がこれからの課題です。また色々と感想を頂けると嬉しいです。
>>516 名無飼育さん様
保全のほう、ありがとうございます。
更新が遅い作者でありますが、
どうか最後まで見捨てずによろしくお願いします。
では本日の更新です。
- 519 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:12
- 「まさか・・・・・・・・?」
誰もが信じられなかった。
空に浮かぶ月。
これは人々にとって希望のはずだった。
しかし、今空に浮かんでいる月からは希望を感じることは出来ない。
そこにあるのは邪悪な月。
人々を地獄へと導くような妖しい“赤い”月であった。
- 520 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:12
- 「あっ?!!」
その時、空を見上げていた人々が一斉に声を上げた。
空に浮かぶ赤い満月がグニャリと歪んだ。
そしてライジング王国軍本陣に落ちてきた。
まばゆい光が辺りを包む。
「な、何て禍々しい気なの?」
聖を極めた“ホーリーナイト”安倍なつみが表情を歪める。
今まで感じたことのない、とてつもなく巨大な邪悪な気が辺りに充満する。
- 521 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:13
- 「・・・・・・負けられない。」
ひとみの身体が震える。
これは極限まで高まった緊張のせいだった。
それも無理はない。
この戦いで全てが決まる。
どちらが真の“ムーンライト”の使い手か。
そしてどちらが“ブルームーンストーン”の資格者なのか。
それがこの戦いで決まる。
全ての人類の命運が自分にかかっている。
そう考えると身体の震えを止めることが出来ない。
- 522 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:15
- 『・・・・・・・臆するなひとみ。』
そんなひとみの心の揺れを感じ取り、ヒトミが優しく語りかける。
『ひとみ。そなたは1人ではない。余がついている。
・・・・・いや、余だけではない。全ての人類がそなたの味方なのだ。
だから臆するなひとみ。』
「・・・・・・・・はい。」
ヒトミの言葉に力強く頷くひとみ。
そう、自分にはみんなが付いている。
ヒトミはもちろんのこと、10剣聖にゼティマ王国軍。
そして何より。
「ひとみちゃん・・・・・」
“ブルームーンストーン”の後継者が自分を信じている。
そう思えば何も怖いものはない。
スッ
ひとみは左手に握られた伝説の“ムーンライト”を
まっすぐライジング王国軍の本陣へと向けた。
- 523 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:15
- 「うっ・・・・・・・」
その瞬間、ライジング王国軍の兵士はもちろんのこと、知能を持たぬ魔物、
さらにはゼティマ王国軍も誰彼と無く道を開けた。
誰もその剣の前に立っていることが出来なかった。
圧倒的な威圧感が人々の身体に襲い掛かる。
それに恐れをなした人々は道を開けた。
それは知能を持たぬ魔物も同様である。
いや、知能を持たぬ魔物だからこそ余計に本能的に
その恐ろしさを感じたのかもしれなかった。
人が、魔物が次々に道を開けていく。
そしてひとみとライジング王国軍本陣の間に、人と魔物に囲まれた一本の道が出来た。
- 524 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:17
- 「あれがつんく・・・・・・」
その先には金髪の男がいた。
彼もその右手に光り輝く剣を握っており、こちらに向かって剣を突き出していた。
人と魔物との間に出来た道の両端から2人の剣士が“ムーンライト”を突き出している。
これはこの世界では読み物にすら出来ない馬鹿馬鹿しい光景。
だが、これは現実であった。
「何て嫌な気・・・・・」
自分との距離は数百メートルは離れている。
しかし、その威圧感、圧迫感は言葉では表すことは出来ない。
何という邪悪な気であろうか?
だがひとみは怯まない。
自分は1人ではないのだから。
『さあひとみ、行こう。』
「はいっ。」
ひとみとヒトミは未来へ向けて一歩を踏み出した。
- 525 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:18
- 一方、ゼティマ王が貼り付けにされた十字架の下では2人の剣士が睨み合っていた。
「ほう、これは意外でしたね。あれを見ても驚かないとは。」
及川光博が心底驚いた表情で“ファイアストーム”市井紗耶香に言う。
「別に驚かなかったわけでもないさ。
でも、こっちにも“ムーンライト”の使い手がいるんだ。
だからそっちにいたって何の不思議もない。」
市井がクールに言い放つ。
「ふふ、確かにそうですね。」
及川も余裕の表情で答える。
しかし、その内心は警戒心で鋭く研ぎ澄まされている。
“ムーンライト”の使い手がライジング王国軍にもいる。
それを知ったときの驚きは想像に難くない。
現にゼティマ王国軍のほとんどが動揺を表に出していた。
しかし、目の前の市井紗耶香は一瞬の動揺すら見せなかった。
“ファイアストーム”とうたわれるほど感情が激しいあの市井紗耶香が。
いや、もしかすると激しく燃え盛っているのかもしれない。
だが、火は高温になればなるほど赤から青に変わっていく。
これは危険だ。
及川の剣士としての本能が警告を発する。
- 526 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:19
- スラッ
及川は腰につけている愛剣を抜き放ち、中段の構えを取る。
その表情からは余裕、嘲笑といった緩さは消えている。
見事です。
ならば、全身全霊の力をこめてお相手いたしましょう。
『・・・・・・・強い。』
市井は市井で、対峙する及川光博の底知れぬ力を感じ取っていた。
一瞬でも気を抜けば必ずやられるし、力を出し惜しみすることも出来ない。
カチンッ
市井は愛刀、“和道菊一文字”を鞘に納め、抜刀術の構えを取った。
こっちは散々あんたに振り回されてきた。
でも、そろそろ終わりにしようよ。
2人は構えを取り、睨み合った。
- 527 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:20
- ライジング王国本陣。
ここでも2人の剣士がにらみ合っていた。
一方はまだ成人していない若い娘。
もう一方は金髪に色のついた眼鏡という中年の男。
戦場という舞台には似つかわしくない2人。
だが、この2人の手にはそれぞれ伝説の“ムーンライト”が握られている。
それだけで主役の座は揺ぎ無いものである。
「どうも、初めましてやな。吉澤ひとみさん。俺は・・・・」
「つんくさん、でしょう。」
「ほ?何や自分、俺のこと知ってるんか?
何や、俺もえらい有名になったもんやなあ。」
つんくはひとみの言葉に両手を広げて驚く。
が、あまりにもその動きは大げさでわざとらしい。
「・・・・まあでも、自分ほどやないけどな。
今や自分、時の人やで?羨ましいわー。」
つんくがカラカラと笑う。
「・・・・・・うるさい。」
ひとみは冷たく言い放つ。
- 528 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:21
- ひとみは苛立っていた。
それはつんくの姿をその目にとらえてからであった。
これは言葉では表すことが出来ない。
生理的にこの男を受け容れることが出来なかったのだ。
それは同じ“ムーンライト”の使い手であるにもかかわらず、
邪悪な気を持っているからであるし、
さらには本能的にこの男こそ最大の敵だと理解していたからかもしれなかった。
- 529 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:21
- 『ひとみ、落ち着け。相手にするな。』
ヒトミが昂るひとみを落ち着かせる。
冷静さを失っては勝てるものも勝てなくなる。
そんなひとみを見てつんくはニヤリと笑った。
「ほほう、さっきの演説といい、なかなか気性が激しいやんか。
それはどっちの気性や?あんたか、それとも“あんたの中におる奴”、どっちや?」
「?!!」
『こやつ?!』
この言葉にひとみはもちろんのこと、ヒトミも驚かされる。
なぜこの男がこの事を?
「何も驚くことはあらへんがな。
そっちだって俺の名前を知ってるんやからな。
こっちがそのぐらい知ってても不思議はないやろ?」
つんくは余裕の笑みを浮かべる。
その目は深く澄んでいた。
まるで全てを見透かすように曇りの無い目であった。
その曇りの無さが何とも言えず不気味だ。
- 530 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:22
- 「とまあ、おしゃべりはこれぐらいにしておこか。
こっちも何かと忙しい身なんでな。
あんたを倒し、あっこの王女さんを頂かなあかんのやわ。」
そう言ってつんくは構えをとる。
右手に持つ伝説の“赤い”剣が妖しく光る。
その光を見ているだけで、全てが吸い取られるような気がする。
「そうはいかない。あたしが必ずあなたを倒す。」
ひとみも構えをとる。
その左手には光り輝く伝説の剣が握られている。
その輝きには人に希望を抱かせる力があった。
ゴクッ
辺りではライジング王をはじめ、
ライジング王国軍、ゼティマ王国軍ともに息を飲んでこの状況を見つめている。
つい先ほどまで激しい戦いを繰り広げていた両軍。
だが、誰もが“赤い”月の出現、さらには“ムーンライト”の資格者が2人おり、
その両者が戦うという事態に心を奪われていた。
- 531 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:23
- ザワザワザワザワ・・・・・・・・・・
兵士や魔物たちの息遣い。
さらには自然の木々や風のざわめき。
その音が聞こえるほどあたりは静まり返っている。
フッ!!!
そしてある一瞬、全てのざわめきが消えた。
ドンッ!!!!
その瞬間を逃さず吉澤ひとみ、つんく、市井紗耶香、及川光博の4人は、
いや、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーを入れて5人は動いた。
- 532 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:24
- 「むんっ!!」
つんくが上段から勢いよく剣を振り下ろす。
これをひとみは剣で受け止める。
剣と剣とがぶつかり合った瞬間、まばゆい光が発した。
「うわっ?!!!」
生じたのは光だけではなかった。
“ムーンライト”と“ムーンライト”がぶつかって生じた波動が四散する。
その衝撃にひとみとつんくの側にいたライジング王国軍の兵士、魔物たちが吹き飛ばされる。
「ちっ!!」
「くっ!!」
この衝撃は当然ひとみとつんくにも襲い掛かる。
だがその衝撃に少しでも怯めば、次の瞬間自分の頭は叩き割られているであろう。
2人は衝撃をもろともせず、何度も斬撃を振るう。
その度に衝撃があたりに飛び交う。
- 533 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:25
- 「・・・・・はっ!!」
この激しい斬撃が飛び交う戦いの中、
10剣聖、“アイスウォール”石黒彩がハッと我に返る。
戦いに見とれている場合ではない。
「みんな、あの男はひとみに任せろ!!!我らはライジング王を倒すぞ!!」
あの金髪の男が“ムーンライト”の使い手。
本来ならばみなであの男を倒すべきだ。
しかし、ひとみの様子からここは手を出すべきではないと石黒は判断した。
この石黒の声に他の10剣聖やアヤカたち将軍、ゼティマ王国軍の兵士たちも我に返る。
「うおおおおおおおおお!!!!!」
そして雄たけびを上げてライジング王国軍に突き進んでいく。
「者ども!!!こやつらを殺せ!!!」
ゼティマ王国軍が突っ込んできたのを見て、
ライジング王が迎え撃つように命令する。
つんくと及川には相手がいる。
彼らが相手を片付け、自分を助けてもらうまで持ちこたえねばならない。
これは王たるもの屈辱的なことであったが、この困難を打破するにはそうするしかない。
「う、うわあああ!!!!」
ライジング王の命令に本陣に残っていたライジング王国軍の兵士に魔物は反射的に動く。
方々がゼティマ王国軍に向かって突き進んでいく。
両軍がまさに入り乱れて激しい戦いを繰り広げる。
- 534 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:26
- 「やるやないけひとみちゃん。」
剣を振るいながらニヤリと笑うつんく。
10合ほど剣を合わせた。
正直、“ムーンライト”の使い手とはいえ、
こんな若い娘がこれほどの腕を持っているとは思わなかった。
鋭い斬撃、さらには無駄が無く的確な剣技。
そして何よりも左利きというのが効いていた。
本来、剣術は右利きを想定している。
そのため、ほとんどの者が右利きで、左利きの剣士は珍しい。
普段とは逆方向から来る斬撃につんくも少々てこずる。
だが一方でつんくはひとみの限界を見切っていた。
- 535 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:26
- 「ええ腕や。そやけどな。」
つんくが力任せに剣を振るう。
それは斜め下から鋭く斬り上げるもの。
「くっ!!」
余りに鋭い斬撃だったため、ひとみはかわせず剣で受け止めるしかなかった。
その衝撃でひとみの身体が宙に浮く。
その瞬間、ひとみは無防備になる。
そこへつんくが左足で強烈な蹴りを叩き込む。
「がっ!!!」
ひとみの身体が飛ばされ、宙を舞う。
しかしひとみは空中で体勢を立て直すと、見事に着地してみせた。
- 536 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:27
- 「ほう、身のこなしもさすがやな。」
つんくはひとみの身のこなしに感嘆する。
だがその表情は先ほど以上に余裕だった。
「くっ・・・・・」
ひとみは苦痛に顔をゆがめる。
咄嗟に右腕でつんくの蹴りを防御したのはいいが、
その代償として右腕を痛めてしまった。
折れてはいないが、もしかするとヒビぐらいは入っているかもしれない。
これが現時点でのひとみとつんくの差であった。
そう、つまり力の差だ。
成人した者と、まだ完全に成人していない者。
更には男と女。
これは物理的にどうしようもない差であった。
- 537 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:27
- 「ほらほらどないした?早く土の術で回復したらどないや?」
つんくは間合いをつめてこない。
もう完全に勝利を確信し、余裕である。
「くっ・・・・・・」
ひとみは唇をかみ締めながらも土の術で右腕を回復させる。
ここまでは完全に劣勢だ。
『まさかここまでの腕とは・・・・・・』
ヒトミもつんくの力量に戦慄した。
ゼティマ王国第一王女として、今まで様々な敵と戦ってきた。
その中には思わず感嘆してしまうほどの力量の者もいた。
だが、その中でもこのつんくの力量は群を抜いていた。
- 538 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:28
- 「さあ、右腕も治ったようやし、行くで。」
そう言ってつんくは鋭く踏み込み、
立て続けに苛烈な斬撃を浴びせかける。
だがこれをひとみは全て完璧に防御してみせた。
なおかつつんくの斬撃を受け止める瞬間、上手くいなした。
「おっ?!!」
つんくが一瞬バランスを崩す。
それを逃さずひとみは鋭く“ムーンライト”を突き出す。
その突きは鋭く、常人ならば貫かれたことすら分からずに絶命したであろう。
しかしつんくはこれを身体を捻ってかわした。
そして一足飛びに後ろへ下がり、いったん距離をとった。
「ふふふふ、やるやんけ自分。」
まさかあの攻撃を全て防ぎ、なおかつ反撃までしてくるとは。
久しぶりに手応えのある、遊び甲斐のある相手だ。
つんくは心底嬉しそうな表情だ。
それはまるで子どもがおもちゃを与えられたような表情だった。
- 539 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:28
- 「今のをかわした・・・・・?」
一方、ひとみは傍から見てもはっきり分かるほど落胆していた。
今のは一瞬の隙を突いた起死回生の一撃。
完璧なタイミングで決まったはずだ。
だが、それをもつんくはかわした。
ひとみの額に嫌な汗が流れる。
果たして、自分はこの男に勝てるのだろうか・・・・・・?
- 540 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:29
- 一方、“ファイアストーム”市井紗耶香と及川光博との戦いも激しいものだった。
「さすがは市井紗耶香だな。」
及川が市井を称賛する。
だが、その声には余裕の欠片もない。
「そっちこそ。」
市井も負けじと言い返す。
もちろん、市井の声にも余裕という文字はない。
両者とも身体に無数の傷を刻み、消耗しきっていた。
「はっ!!」
市井は鋭く踏み込むと同時に和道菊一文字を鞘に入れ、素早く抜刀する。
その鋭さ、速さは常人では認識することすら出来ない。
しかしこれを及川は何とか受け止める。
「むんっ!!!」
そして次の瞬間、及川は市井の刀を力で弾き、斬りかかる。
これを市井は紙一重でかわす。
2人の戦いはこの攻防の応酬であった。
- 541 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:30
- 速さでは市井が勝っていた。
なおかつ抜刀術によりさらに速さを加速させている。
その鋭い斬撃は及川ですら完全にかわしきることは出来ない。
まさに先の先を取る市井の抜刀術だ。
だが及川も負けてはいない。
彼のほうが市井よりも力が勝っていた。
市井の抜刀術をギリギリで受け止め、それを力で弾く。
そして出来た隙を突く。
総合的な力量は全くの互角であった。
- 542 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:30
- 「及川様!!!」
と、そこへライジング王国の兵士が5人ほど馳せ参じた。
彼らは及川の直属の部下たちである。
風軍、雷軍の奇襲に彼らも踊らされたものの、
すぐに我に返り、及川のもとへ駆けつけたのだ。
「及川様、ここは我らも。」
兵士たちは剣を抜き放ち、市井を取り囲む。
「君たち、これは僕と市井の戦いだ。邪魔をするな。」
及川が怒りの表情で部下たちを睨む。
これは剣士としての誇りをかけた一対一の戦いだ。
それだけに何人たりとも邪魔をすることは許されない。
「し、しかし及川様!!今はそんなことを言っている場合ではございませぬ!!」
「そうですとも!!ここは我らに任せて一刻も早く王のもとへ!!」
だが兵士たちも一歩も引かない。
及川の気持ちは分かるが今はライジング王の一大事。
他の兵士や魔物たちは頑張ってはいるが、
風軍、雷軍の奇襲に分断されて如何せん兵力が少ない。
それだけに及川が戻らねばライジング王といえども危ない。
だが、そんな兵士たちに返ってきた答は意外なものであった。
- 543 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:31
- 「ライジング王などどうなろうとよい。
ただ、つんく殿だけが生き残ればいいんだ。」
「えっ?!」
「お、及川様・・・・?」
兵士たちは及川の発した言葉が信じられなかった。
『・・・・・・どうやらあちらさんは色々とあるみたいだな。』
市井は及川たちの会話からそう推察する。
何か自分の考えの付かないことが多々ありそうだ。
それならば、なおさらこの戦いに勝たねばならない。
- 544 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:32
- 「世界にひしめく火の精霊たちよ。我が名は市井紗耶香。汝の力、我に与えたまえ。」
市井はこの隙を逃さず術を詠唱し、左の手の平の中に極限の炎を創り出した。
そしてその炎を和道菊一文字にぶつけ、鞘に納め、抜刀術の構えを取る。
「及川将軍。そろそろ決着をつけよう。」
抜刀術の構えを取ったまま、市井が言う。
しなやかな身体。
鋭い眼光。
そして凄まじい気迫。
その姿はまるで獲物を前にした獅子の如し。
「いいでしょう。」
その市井の姿に及川も剣を構え、全神経を集中させる。
これが最後の一太刀となるはずだ。
全身全霊をここに込める。
市井と及川、2人が構えを取ったまま睨み合う。
- 545 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:33
- お互いが時機を見計らっている。
この一太刀で全てが決まる。
それだけに時機を逸することだけは出来ない。
2人は睨み合ったまま動かない。
「うおおおおお!!!」
とその時、一斉に及川の部下たちが動いた。
彼らは独断でこの戦いに割って入ったのだ。
「き、君たち!!!」
この部下たちの動きはほんの一瞬、及川の神経を市井から離した。
それを市井は逃さなかった。
- 546 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:33
- ドンッ!!!
市井が爆発的な加速で一気に間合いを詰める。
及川は完全に反応が遅れた。
「うおおおおおお!!!」
しかしこれに及川の部下たちが間に合った。
さすがは及川に鍛えられた兵士だ。
その動きは非凡なものがあった。
部下たちが振るった剣は、市井の脇腹と背中をとらえた。
「なっ?!!」
しかし部下たちは我が目を疑う。
確かに脇腹と背中を斬ったはずだ。
しかし市井はまるで何事もなかったかのように
速度を緩めることなく及川の懐に潜り込んだ。
- 547 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:34
-
「炎殺龍飛翔!!!!!」
- 548 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:35
- ガキンッ!!!!
何かが折れる音がした。
市井は及川の後ろに抜け出ている。
そして及川は硬直している。
ザクッ
そして何かが地面に突き刺さった。
それはどうやら刀の刀身であった。
「あ、あれは?」
及川の部下の1人が、市井の右手を見て声を上げる。
その右手に握られているはずの和道菊一文字は真っ二つに折れていた。
そして次の瞬間、脇腹と背中から大量の血が噴出し、
市井は仰向けに地面にゆっくりと倒れた。
- 549 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:35
- 「よしっ!!!!」
思わず歓喜の声を上げる兵士たち。
部下たちの決死の攻撃は市井の抜刀術を失敗に終わらせたのだ。
「及川将軍!!!!」
部下たちが立ち尽くす及川のもとに駆け寄る。
お叱りなどいくら受けてもいい。
それよりも及川将軍の命を救った事が重要なのだ。
「及川将軍・・・・・?」
及川のもとに駆け寄った部下たち。
しかし彼らは異変に気づいた。
- 550 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:36
- 「ふふふふふ。これが僕と君の差だな。」
及川は半笑いの表情で立ち尽くしていた。
しかしその目は焦点があっていない。
「・・・・・一瞬集中を切らした僕と、斬られても怯まなかった君との・・・・・・お見事・・・」
次の瞬間、及川が身に纏っていた黄金の鎧にヒビが入る。
そしてその鎧が割れた瞬間、巨大な火柱が及川の身体を包み込んだ。
地獄の業火が及川の身体を焼き尽くす。
「及川様!!!!!」
部下たちは目を大きく見開き、呆然と固まっている。
まさかあの及川将軍が・・・・・・・?
誰もがこの状況を、及川将軍が業火に焼かれていくのを信じることは出来なかった。
- 551 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:37
- 「う・・・・・」
その時、倒れている市井の口からうめき声が聞こえた。
この声に部下たちはハッと我に返る。
こいつだ。こいつが及川将軍を。
部下たちが憤怒の表情で倒れている市井に近づき、取り囲む。
その右手には血を欲する剣が握られている。
「ぐ・・・・・・・・」
市井は意識が戻り、この状況を分かっていた。
しかし身体が動かない。
いや、動いたとしてもこの傷、さらには和道菊一文字を失った今ではどうしようもない。
『・・・・・後藤。あたし、頑張ったよな?もうそっちに行ってもいいよな?』
市井は覚悟を決め、目を閉じた。
「死ねっ!!!!」
部下たちが一斉に剣を振り下ろした。
- 552 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:37
- 「ぎゃあああああ!!!!」
しかし聞こえたのは部下たちの断末魔の悲鳴であった。
これに驚いた市井は目を開けた。
「及川将軍・・・・?」
その視界に映ったのは炎にその身を包まれた及川光博であり、
そしてその右手には血でベットリと染まった剣が握られていた。
「・・・・これ以上・・・・・・僕の名を・・・・・汚すな・・・・・」
及川は息も絶え絶えに呟いた。
一対一の勝負であるにも関わらず、自分の部下たちはそれを邪魔した。
その上で自分は敗れたのだ。
これ以上の恥の上塗りだけは及川光博のプライドが許せない。
- 553 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:38
- 「及川将軍・・・・・?」
市井は自分を見つめている及川の目に驚いていた。
彼は炎に包まれながらも、柔らかな目をしていた。
その目、表情は、あのクロスロードウォーで世界各国から羨望のまなざしを受けた
あの名将、及川光博であった。
及川は最期の力を振り絞り、市井に伝える。
「・・・・・・・市井・・・・・・このま・・・・までは・・・・人類は滅ぶ。
悪いこと・・・・・は言わ・・・・ない。つんく殿・・・・に従う・・・んだ。
それ・・・・しか人類・・・・が生き・・・・残る術・・・はない。」
「えっ?・・・それは・・・・一体・・・・・?」
市井は訳が分からなかった。
及川たちこそが人類を滅ぼそうとしているのではないのか?
この問いに及川は答えなかった。
及川は手にしていた剣を落とし、空を見上げる。
「・・・・つんく殿・・・・・後は・・・・・人類を・・・・・頼みましたぞ・・・・・・」
これが最期の言葉であった。
ライジング王国が誇る将軍、及川光博は今、その生涯を終えた。
- 554 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:39
- 「ど、どういう・・・・・こと・・・・・?」
空を見上げながら市井は及川の言葉を反芻する。
だが大量に出血しているため、頭が朦朧とする。
一体、何が真実なんだ・・・・・・・?
市井はそう呟いて意識を失った。
- 555 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:39
- 「くっ!!!」
伝説の剣と伝説の剣が強烈な勢いでかみあい、宙に停止した。
ひとみとつんくの顔が至近の距離にせまり、互いの呼吸音が聞こえる。
「ふふふふ頑張るなあ自分・・・・・?!!」
余裕の表情で笑うつんく。
が、その時、つんくの中に意識の波動が入り込んできた。
「・・・・・・・・・・・・」
「えっ?」
ポツリと呟くとつんくは後方へ跳び、距離をとった。
「・・・・・市井様が勝ったの・・・・?」
一瞬の呟きだったが、ひとみにははっきりと聞こえた。
及川が死んだ、と。
それはつまり市井が勝ったということだ。
これはつんくにとって右腕をもがれたも同然であった。
- 556 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:40
- 「・・・・すまんなあ及川。俺って調子乗りやから。」
つんくが盟友に謝罪をする。
こんなところで遊ばんかったら、お前も死ぬこと無かったのになあ。
そう思うとやりきれなくなる。
「今だ!!!」
今のつんくは隙だらけであった。
それを逃さずひとみは一足飛びにつんくに飛び掛る。
「けどな、お前の願いは俺が叶えたるからな。」
「えっ?!!」
ひとみは棒立ちのつんくに鋭い斬撃を浴びせた。
確かにとらえたはずだ。
しかし、つんくの身体はそこにはなかった。
- 557 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:41
- 「うぐっ?!!」
次の瞬間、脇腹に強い衝撃が走った。
「がっ・・・・・・」
右脇腹につんくの拳がめり込んでいる。
と同時にひとみの身体が浮く。
何という重い一撃だろうか?
「ぎゃん!!!!」
次は顔面に衝撃が。
さらには鳩尾など、人体のあらゆる急所をつんくの拳が、足が打ちのめす。
その一撃一撃が速く、そして重い。
常人ならば一撃で生命を絶たれていてもおかしくないほどの威力であった。
「つ、強い・・・・・・」
本気を出したつんくの動きにひとみは全く付いていくことが出来ない。
ただただその身を打たれ続けるのみ。
- 558 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:41
- 「がはっ!!!」
つんくの蹴りがひとみの身体をとらえる。
その衝撃でひとみの身体は10mほど後ろにとび、
そして側にあった木に激しく叩きつけられた。
「もうお遊びは終わりや。今すぐ殺したる。」
つんくがゆっくりとひとみのもとへ近付く。
ひとみは意識を失っているのか、木にもたれかかったままピクリとも動かない。
もしかすると絶命しているのかもしれなかった。
しかしつんくにはどっちであろうが何の関係もない。
この右手に握り締めた剣で頭を叩き割ればそれで終わりなのだから。
「じゃあな。楽しかったで。」
つんくは渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
- 559 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:42
- ガキンッ!!!!
「なっ?!!!」
つんくは声を上げて驚いた。
完全に意識を失っているはずのひとみ。
だが、そのひとみがつんくの渾身の力を込めた斬撃を受け止めたのだ。
しかもそれだけではなかった。
「うおっ?!!」
つんくの身体がよろめく。
ひとみはつんくの斬撃を受け止めただけでなく、それを力強く押し返し始めたのだ。
「ぐっ・・・・・何やこの力は・・・・・?」
つんくは大きく目を見開く。
自分は本気を出している。
さらにはひとみはかなりのダメージを受けているはずだ。
それなのになぜ自分の斬撃を受け止め、押し返すことが出来る?
しかも右手一本で。
- 560 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:43
- 「ん?右手・・・・?!!!」
つんくはハッとなる。
吉澤ひとみ、彼女は左利きのはずだ。
その時、閉じていた吉澤ひとみの瞼が開いた。
「違う!!」
つんくはその目を見て本能的に感知した。
彼女は吉澤ひとみではない。
- 561 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:44
- 「自分、一体何者や?」
このつんくの問いに彼女はこう答えた。
- 562 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:44
-
「余はゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
“ムーライト”の使い手であり、“ブルームーンストーン”の資格者である。」
- 563 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:45
- 本日の更新はここまでです。
前回更新から一ヶ月以上が過ぎてしまいました。
本当に申し訳ありません。
実は、第一部最終回を書いていて、大体3分の2は書けたのですが、
保存したフロッピーが壊れてしまい、全てが消えてしまいました。
そのため、もう一度最初から書き直していたため、
ここまで更新が開いてしまいました。
とりあえずここまでは修復できたため更新することとなりました。
次回で第一部最終回などと予告しておきながらそれが出来ず、
本当に申し訳ありません。どうかご容赦ください。
- 564 名前:悪天 投稿日:2004/12/06(月) 00:47
- 次回こそ第一部最終回をお届けできると思います。
次回からは何とかもっと早く更新できるようにがんばりたいと思います。
では、次回更新まで失礼いたします。
- 565 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/06(月) 11:55
- 作者さんまってますよ
あとごっちんはもうでないんでしょうか
- 566 名前:スペード 投稿日:2004/12/06(月) 13:36
- 更新お疲れさまです。
こっちの市井さんはシリアスですな。
私のは完璧にお笑いキャラなのに(笑)
次回も楽しみにしています。
- 567 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:43
- >>565 名無飼育さん様
レスありがとうございます。いつも待たせる作者でほんとすみません。
ごっちんですけど、もちろんこれからも出ますよ。
どういった場面で出てくるか、これからにご期待ください。
>>566 スペード様
レスありがとうございます。
そうですね。うちの市井さんはややシリアス気味でございます。
これは作者の好みではなく、作者にお笑いのセンスがないからでございます。
では本日の更新です。
今回で第一部、終了です。
- 568 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:44
- 「余はゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
“ムーライト”の使い手であり、“ブルームーンストーン”の資格者である。」
この言葉につんくの身体が自然に反応する。
交えていた剣を離し、一足飛びに後ろへ距離をとった。
「・・・・・・まさか“共存”してたのがこんなえらい大物やとはなあ・・・・・」
つんくの額から不快な汗が浮かび上がってくる。
それこそ衝撃の大きさを表すもの。
この世界にその名を知らぬ者はいない。
名君と誉れ高い、大国ゼティマ王国第一王女。
そして歴史にその名を残す、ゼティマ王国始祖以来の“ムーンライト”の使い手。
あのヒトミ・ヨッスィ・ブルーがここに。
- 569 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:45
- 初めてひとみと対峙した際、彼女の中に誰かがいるというのはすぐに分かった。
それは気の流れがわずかながら2つあったからだ。
吉澤ひとみは誰かと“共存”している。
つんくはそう確信した。
しかしそれがあのヒトミ・ヨッスィ・ブルーのものであるとは
さすがのつんくも予想がつかなかった。
「うっ・・・・?」
つんくが思わずうめく。
ヒトミはゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。
その動作の一つ一つが気品に溢れて見えたのはつんくの気のせいであろうか?
「・・・・・そなたの技量、まことに感服いたした。
1人の武人として敬意を表す。」
立ち上がったヒトミが言葉を発する。
その声は絹のようになめらかで美しかった。
「それはお褒めに預かり、恐縮でございます。
天下のヒトミ王女からお褒めのお言葉をいただくとはこの上なき幸せでございます。」
つんくがニヤリと笑って軽口を叩く。
だが、その口調に微かな不安と怯えがあることは隠しようがなかった。
彼は本能的に怯えていた。
ヒトミが持っている格というものに。
- 570 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:46
- つんくの恐れを押し殺した口調にヒトミは余裕を持って返す。
「そなたの狙いは分かっている。
冥王ハーデスの命により“ブルームーンストーン”を手に入れることであろう。
だが、その様な事は余がさせぬ。必ず止める。」
ヒトミはそう言うと右手に握り締めた剣をつんくに向かって突き出した。
心なしか右手に持つ“ムーンライト”の光が変わったような気がした。
「ふふふふ・・・・・やはり格が違うな。」
先ほどまでとは比べ物にならない威圧感につんくは思わず苦笑をもらす。
やはりあの冥王ハーデスがその存在を恐れていただけのことはある。
その力、オーラはまさに尋常ではない。
「けどこっちだって人間界がかかっとるんや。
ここでむざむざと殺されるわけにはいかへん。」
つんくは右手に握り締めた赤く光る剣をギュッと握り締める。
盟友及川との約束。
そして人類のため、自分は負けるわけにはいかない。
ヒトミとつんく。
“ブルームーンストーン”の資格者が静かな火花を散らし、睨み合う。
- 571 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:47
- ヒトミとつんくが睨み合う中、戦場ではゼティマ王国軍とライジング王国軍が
激しい戦いを繰り広げていた。
だが今や完全に勢いはゼティマ王国軍だ。
“ダークエンジェル”中澤裕子の策略によってライジング王国軍は完全に統制を失っている。
それを逃さずゼティマ王国軍が突き進む。
「おのれ下郎共めが!!!」
ライジング王がその豪勇で奮戦するが、如何せん状況は不利である。
そこへ次から次へとゼティマ王国軍が襲い掛かる。
それもただ闇雲に襲い掛かるのではない。
10剣聖、さらにはカントリー王国軍、ココナッツ王国軍の将軍たちの的確な指揮による攻撃だ。
これにはライジング王国軍もたまったものではない。
- 572 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:48
- 「ライジング王をお守りしろ!!」
「何とか突破口を開け!!!」
戦場に怒号が鳴り響く。
状況はライジング王国軍に著しく悪い。
忠誠心に溢れた兵士たちがライジング王の盾となり、
また矛となって何とか血路を開こうとするが、それをゼティマ王国軍は許さない。
奇襲を仕掛けた風軍、雷軍もライジング王国軍本陣を取り囲んでいる。
まさに蟻の子一匹出る隙もない。
「いいか、絶対に逃がすな!!」
「ここで必ず討ち取るんだ!!」
“ウインドブロウ”矢口真里、“サンダークロウ”飯田圭織が叫ぶ。
ゼティマ王国軍にとって今こそが千載一遇の好機。
だからこそここで必ずライジング王を討ち取らねばならない。
もし仮にここでライジング王を逃せば、彼はすぐに軍を立て直して再度攻めてくるだろう。
それだけの国力がライジング王国にはまだある。
そうなると抜け穴の存在を知られてしまったゼティマ城はその守備力を著しく低下させてしまう。
これではライジング王国軍の攻撃を跳ね返すことは出来ないであろう。
つまり彼女たちもある意味、追い詰められているのだ。
- 573 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:48
- 「ええーいつんく!!!何をしておる!!!」
防戦に奮戦するライジング王がこれでは話が違うとばかりに叫ぶ。
人間界を自分にくれると約束したはずだ。
このままではその望みもかなわない。
「国王様!!ここは一度国へお戻りなり、再起をお果たしなされ!!」
忠実な部下の1人がライジング王に進言する。
「がっ!!」
しかしその部下もどこからか飛んできた一本の矢に首を貫かれて絶命した。
「今の矢はなっち?!」
“アースクエイカー”保田圭が今の矢に驚き、矢が飛んできた方向を見る。
保田の視界にゼティマ城から“ホーリーナイト”安倍なつみ率いる“聖”の軍が突っ込んできたのが映った。
「あの距離から?・・・・・さすがなっち。」
“アイスウォール”石黒彩もこれには驚かされる。
常人では矢を届かせることすら出来ないはずだ。
それをただの一発で、しかも確実に急所をとらえた。
“ホーリーナイト”安倍なつみ。
その弓の腕に並び立つものはいない。
- 574 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:49
- 「みんなを援護するべ、聖の軍!!」
安倍の指示に従い聖軍の兵士たちが矢を放つ。
彼らも安倍ほどではないにしろ、矢の腕に優れた兵士たちだ。
正確な弓術で、激戦を繰り広げているゼティマ王国軍を援護する。
「後は頼むべ!」
自分の部下たちの力を信じている安倍は、後のことを部下たちに任せると単騎で戦場を離れた。
「ゼティマ王、どうかご無事で・・・・・紗耶香も・・・・・」
彼女はこの隙にゼティマ王を救うつもりであった。
そしてもちろん“ファイアストーム”市井紗耶香もだ。
彼女も及川光博との死闘の末、倒れている。
その安否も気になる。
安倍は走る速度を速めた。
- 575 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:50
- 「ん?」
ゼティマ王と市井のもとへ駆けつける安倍の目に奇妙なものが飛び込んできた。
「あれは・・・・魔物・・・?」
ゼティマ王が貼り付けられている十字架の下に2体の魔物らしきものが見えた。
だが、魔物と言ってしまうには何かが違う。
背丈は低いが、どちらかといえば人に近い存在だ。
それでも明らかに味方ではないその2体に安倍は迷いなく“破魔の弓”を放つ。
「?!」
2体のうちの1体がこの矢に気づいた。
だが気づいた時にはその矢は眉間に深々と突き刺さっていた。
矢を受けた1体は声も漏らさず崩れ落ちた。
「#%&$#‘$“!」
もう1体は安倍の矢に恐れをなしたのか、何か分からない叫び声を上げてその場から逃げ出した。
「逃がさないべ!!」
だが安倍が再度放った矢はその1体の背中に勢いよく突き刺さった。
安倍の矢に貫かれ、その1体は永遠に走りを止めた。
- 576 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:50
- 「これは・・・・ゴブリン・・・・・?」
矢に貫かれ、もう二度と生命活動をしなくなった元生物を見て安倍が呟く。
その生物の形と名は昔の書物に出てくる魔物のそれだった。
「まさか・・・・・」
これには安倍も絶句する。
このゴブリン、実力自体は大した事はない。
現に安倍の矢の一撃であっさりと倒されている。
だが、その存在こそが安倍の絶句の理由だ。
ゴブリンが現れる。
それは世界が混沌に満ちているという証なのだ。
ゴブリンが現れたという記録が残っているのはゼティマ王国始祖の時代。
世界が人間界、天界、冥界の間で激しく揺れ動いている時代のことだ。
ゴブリンの力は弱く、普通は人間界に来ることなど出来ない。
が、それが今人間界に現れたということは、それだけ人間界と冥界の力のバランスが崩れているということ。
つまり、冥界の力に人間界が押されているということであった。
「まずいべ・・・・・絶対にこの戦いに勝たないと・・・・・」
安倍の背中に冷たい汗が流れる。
一刻も早くこの戦いを終わらせ、来るべき混乱に備えなければならない。
そのためには大国ゼティマ王国を統べるこのお方の存在が必要だ。
安倍はすぐさまゼティマ王の手足に打ち付けられた釘を外し始めた。
- 577 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:51
- ゼティマ城ではゼティマ王国第二王女マコト・オガワ・ブルーがみなの無事を祈っていた。
その横では“ダークエンジェル”中澤裕子が兵士たちに指示を送っている。
ココナッツ王国王女、ミカも固唾を飲んで戦況を見守っている。
その光景を尻目に、梨華は自分の首からかかっている石を見つめていた。
今は何の力も、光も発しないただの石だ。
しかし、梨華にはこれにどれほどの力が込められているかがはっきりと分かる。
「この石が・・・・・・世界の鍵を握る石・・・・・・」
無力な自分には過ぎる代物であるし、強い心を持たなければ、
この石の“重み”に潰されてしまいそうになる。
梨華はジッとその“重み”に耐えていた。
「梨華・・・・・」
その様子を見守るのは梨華の両親。
梨華の母親は“ブルームーンストーン”の真の意味での後継者ではない。
石は受け継いだが、その石を使うことは、発動させることは出来なかった。
しかしただ持っているだけでも“重み”に潰されそうになっていた。
それだけの“重み”がこの石にはある。
それが石を使えるのならばなおさらである。
だがこれは“ブルームーンストーン”の後継者が避けられぬこと。
この“重み”に耐えなければ、“ブルームーンストーン”の後継者であり続けることは出来ないのだ。
- 578 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:52
- そしてその“ブルームーンストーン”発動の資格者の2人、
“ムーンライト”の使い手の2人は激しい戦いを繰り広げていた。
「むんっ!!」
ヒトミの頭部めがけてつんくが斬撃を叩き込む。
ヒトミは額の寸前でそれをはね返すと、今度はつんくの頸部を狙って剣を振るう。
これをつんくは寸前で受け止める。
火花が雷花となって発散し、すさまじい音と力の波動が周りを切り裂いていく。
右。左。上。下。
あらゆる方向から鋭い斬撃が打ち込まれる。
咽喉を狙って突き込み、上半身を捻って受け流す。
普通の兵士ならば一撃でこの世から去っているであろう。
そのような凄まじい斬撃を2人は互いに持ちこたえていた。
しかし、この戦いもしばらくすると1つの方向を示し始めた。
それはほんのごくわずかの差。
10対9でもない。100対99でもない。
1000対999、いや、もっと小さな差であろうか?
ほんのごくわずかな差ながらつんくがヒトミを上回っていた。
- 579 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:53
- 「ちっ!!」
この差を一番感じたのは他ならぬヒトミであった。
先ほどから身体に違和感を覚える。
ひとみが受けた傷も影響があるが、この違和感こそがつんくに遅れをとる原因だ。
「くっ、やはり“共存”は完璧ではなかったか!!」
この違和感をヒトミは“共存”の影響だとにらんでいた。
“共存”を成功させる秘訣とは、力のバランスと身体の相性である。
ヒトミとひとみは同じ“ムーンライト”の使い手でもあるためか、信じられないほど相性はいい。
だが、そうだといって完璧な相性とまではいかない。
それは当然だ。
同じ人間はこの世に2人いないのだから。
もちろん今までヒトミは何度もヒトミとしてひとみの身体を動かしてきた。
一体どれぐらいの動きがひとみの身体で出来るのかを確かめてきた。
だが、今まで一度も今回の戦いのように全力を出したことはなかった。
今回のようなつんくという強敵との戦いによる極限状態で、わずかな“共存”のズレが表に出てきたのだ。
これはこの戦いにおいてはどうしようもない致命傷であった。
- 580 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:54
- 「ほらほらどうしたどうした?!!動きが鈍ってきてるで!!!」
つんくがニヤリと笑いながら剣を打ち込んでくる。
彼もはっきりと自分の方が上だということに気が付いている。
「くぅっ!!!」
つんくの鋭い斬撃がヒトミの左肩を掠めた。
次の瞬間、真っ赤な鮮血が飛び交う。
ほんの少し掠っただけであったが、かなりの出血だった。
その吹き上がった血は“ひとみ”の端整な顔を染めていく。
「ふふふふふふ。」
つんくがニヤリと笑い、剣先についた血を舐めとる。
さすがは“ムーンライト”。
掠っただけでもかなりの威力だ。
『・・・・・こ、これ・・・は・・・・?』
「?!・・・気が付いたか、ひとみ。」
とその時、ヒトミの中でひとみが意識を取り戻した。
ひとみは一瞬現在の状況に戸惑ったが、すぐに理解した。
自分はつんくにいいようにやられ、ヒトミの手を煩わせていること。
さらには自分が受けた傷が響き、ヒトミが苦戦していること。
それを瞬時に理解した。
『・・・・申し訳ありませんヒトミ様。あたしの力が足りず・・・・』
「気にするでない。余がすぐにあやつを斬り伏せてみせる。」
ひとみの沈んだ声を気遣ってか、ヒトミが余裕の返答をする。
だがひとみはそのヒトミの言葉の中に少々の焦りがあることを見抜いていた。
それは自分の身体を見れば分かる。
あれだけの傷を受けたが、いまだヒトミは回復させていない。
それはつまり土の術で回復する間などないということだ。
ひとみの時はあえて土の術を唱えさせるなど、余裕綽々だったが、
相手がヒトミとなるとつんくもそんな余裕は見せないというところだ。
『ヒトミ様・・・・・・・』
「・・・・・ひとみ。余は、いや、我らは決して負けるわけにはいかぬぞ。」
『・・・・はい。』
ヒトミの言葉に頷くひとみ。
だが、はっきり言って今のままでは勝算はない。
ヒトミとひとみは今、追い詰められていた。
- 581 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:55
- 「すまんけどここらで終わりにさせてもらうわ。
ライジング王も助けにいかなあかんのでな。」
つんくが“ムーンライト”の柄を握りなおし、構える。
彼もヒトミが本来の実力を出し切れていないことを理解していた。
だからこそ今、一気に勝負をつける。
ヒトミも“ムーンライト”の柄を握りなおし、構える。
状況は明らかに悪い。
だが、最後の一太刀に全てを賭ける。
2人と1人の間に一瞬の静寂が流れる。
そして次の瞬間。
3人は一斉に動いた。
「始祖よ、我らに力を・・・・・!!!」
「速い?!!!!」
ヒトミの踏み込みはつんくが予想したよりも速かった。
これこそヒトミ・ヨッスィ・ブルーの底力であった。
ヒトミが渾身の力を込めて“ムーンライト”を振り下ろす。
「ぬううううう!!!」
が、この一撃はむなしく空を切った。
つんくが懸命に身体を捻ってかわしたのであった。
「・・・・・・終わった。」
ヒトミが呟く。
これはすなわち、人間界は滅びるということ。
「あんた凄かったで。」
つんくはそう言って、鋭い突きをヒトミの心臓めがけてはなった。
- 582 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:55
- つんくの手に確かな感触が広がった。
だが、その感触をもたらしたのはヒトミではなかった。
「あ、彩・・・・・?」
ヒトミとひとみの目の前には“アイスウォール”石黒彩がいた。
そしてその身体には“ムーンライト”が突き刺さっていた。
「な、なぜだ彩・・・・・?」
なぜ、自分をかばったのだ・・・・・・?
「ご、ご無事ですか、ヒ、ヒトミ様・・・・・・」
口から血を吐きながら石黒がヒトミに笑顔を見せる。
「あ、彩?」
今の石黒の口調、それは今までずっとヒトミが聞いてきた口調だった。
つまり、王女に対して申し上げる口調だった。
彩のやつ、余に気付いている・・・・・・?
- 583 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:57
- 「くっ、何やお前!!」
つんくが石黒から“ムーンライト”を引き抜こうとするが、
石黒は素早くつんくの右腕を握った。
「お?!」
つんくが声を上げる。
それは自分の右腕からだんだんと氷が覆っていくからだ。
「うおおおおおお!!!!!」
つんくは何とか石黒の手を振りほどこうとするが全く振りほどけない。
氷はつんくの右腕を覆い、そして身体へと向かっていく。
「ヒ、ヒトミ様・・・・ここは私が引き受けます・・・・・早くお逃げください・・・・」
石黒が息も絶え絶えにヒトミに進言する。
何といっても“ムーンライト”に貫かれているのである。
常人であればそれだけで即死していたであろう。
「あ、彩・・・・・なぜ?」
「その剣で分かります。やはり・・・・あなただったのです・・・・ね・・・・」
石黒が力ない微笑を見せる。
「・・・・すまぬ、これには事情があるのだ・・・・・」
ヒトミは信頼できる仲間を騙していたことを素直に詫びる。
ここで詫びなければもう詫びる機会がないと、本能的に悟ったからでもある。
「・・・はい、分かって・・・・おります。それより・・・も早く・・・ここからお逃げ・・・・ください・・・」
この言葉にヒトミはハッとなる。
と同時に石黒の身体に無数の傷が刻まれていることにも気付いた。
「彩、そ、その傷は?そ、それになぜそなたがここに?」
この問いに石黒は表情を歪ませる。
「我らは・・・・敗れました・・・・・。我が軍は・・・壊滅でございます・・・・」
- 584 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:58
- 「何?!!!」
ヒトミは信じられなかった。
あれだけの戦況を創り出していてゼティマ王国軍が敗れるとは?
「・・・・・敵に援軍が・・・・来たのです・・・・・その援軍に・・・・・我らは壊滅いたしまし・・・・た・・・・・」
「援軍だと?!」
「・・・・・まことにはたけにたいせー、後は和田の野郎もやな。
こいつらが来たんやったらそらしゃーないわ。残念やったな。」
その身を氷に包まれながらつんくがニヤリと笑う。
「こいつの言うとおり・・・・です・・・・・。もう、我が軍は壊滅・・・・です・・・・。
ですからヒ、ヒトミ様・・・・一刻も早く・・・・ここからお逃げになり・・・・・再起を・・・・・」
それだけ言うと、石黒の頭がガクンと垂れ下がった。
「彩?!!彩!!!」
ヒトミが叫ぶが返事はなかった。
10剣聖、“アイスウォール”石黒彩。
その命の華は『ゼティマ城攻防戦』にて散った。
- 585 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 00:59
- 「・・・・・彩、すまぬ。余が不甲斐ないばかりに・・・・・・」
これで後藤真希に続いて石黒彩も自分をかばって死なせてしまった。
何が始祖以来の名君だ。
何が“ムーンライト”の使い手だ。
自分の不甲斐なさがこれ以上なく情けない。
「・・・・・さすがは“アイスウォール”石黒彩。見事や。」
氷漬けにされかけているつんくも思わず称賛の言葉を送る。
それほど見事な最期であった。
「貴様!!!」
つんくの言葉を聞いたヒトミが憤怒の表情でつんくに飛び掛る。
が、これをつんくは待っていた。
空いている左手をひとみに突き出す。
その手のひらには火、水、風、雷、土、聖、邪、光、闇と全ての力が込められた光の玉があった。
「し、しまっ・・・・!!!」
ヒトミがハッと目を見開くが遅かった。
「終わりや。」
つんくがニッと笑い、光の玉をヒトミに飛ばそうとする。
が、その時、つんくの身体を急速に氷が覆い尽くしていった。
「ぬおおおお?何やこれ・・・・・」
つんくの声も分厚い氷に覆われ、かき消されてしまった。
「こ、これは・・・・・・?」
呆然とするヒトミの前に大きな氷山が出来上がった。
- 586 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:00
- 「あ、彩・・・・・・」
ヒトミはこれは石黒の術だということは分かっていた。
確かに石黒は絶命したはずだった。
だが彼女の飽くなき忠誠心が生死を超えてヒトミを救ったのであった。
「彩・・・・・・・」
ヒトミは目を瞑り、仲間の冥福を祈る。
幼きころよりともに過ごし、心配性で口煩いお目付け役であった大事な、大事な仲間に。
『ヒトミ様。どうか、再びこのゼティマの地に平和な国をお築きくださいませ。』
ふと石黒の声が聞こえたような気がした。
「・・・・・最期まで余の心配をしおって・・・・・」
ヒトミは苦笑いを浮かべ、こう呟いた。
『・・・・・ヒトミ様・・・・・・・』
表情とは裏腹に、その身体と言葉が震え、
目から一筋の光が零れ落ちたのを知るのは吉澤ひとみだけであった。
- 587 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:01
- ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
と、その時、戦場にライジング王国軍の声がこだました。
ゼティマ王国軍を蹴散らし、軍を再編しなおしたライジング王国軍が
一気にゼティマ城へと突き進んでいく。
「・・・・・・おのれ、ライジング王国軍め・・・・・・・」
『ヒトミ様、す、すぐに戻らねば!!』
ひとみがこれを見て叫ぶ。
城内にはマコト王女をはじめ、ひとみの家族やミホ村の仲間たち、民衆たちもいる。
そして何より、あそこには“ブルームーンストーン”の後継者、石川梨華がいる。
だがヒトミは頭を横に振る。
「・・・・・あの大軍を突破してゼティマ城へ戻るのはいかに余といえども無理だ。」
『し、しかしそれでは・・・・!!』
「・・・・城には中澤がいる。あやつならば必ずマコトや石川梨華を無事に逃がしてくれるはずだ。」
『で、でも・・・・!!!!』
「ひとみ!!!」
ヒトミに一喝され、ひとみは口を噤んだ。
「・・・・・・余は彩の死を無駄にはしたくないのだ。」
『?!!・・・・・・・・・・・・分かりました。』
石黒の名前を出されてはひとみも頷くしか出来なかった。
出会ってごくわずかな時間しかなかったが、“氷”のように冷静な心と、
温かな優しさを持つ彼女の生き様はひとみの心にもしかと刻まれていた。
そんな彼女の死を無駄にする事など、ひとみには出来なかった。
- 588 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:02
- ひとみの同意を得たヒトミは目の前の氷山を見つめる。
その中には石黒彩とつんくの姿がある。
「・・・・・・彩。余は必ずこの地を、人間界を平和にしてみせる。
ヒトミ・ヨッスィ・ブルーの名に誓い、そなたと約束する。」
『石黒様。あたしもお約束いたします。』
2人は石黒彩にそう誓った。
そして2人は中にいるもう1人、つんくを睨む。
この氷山を崩すことはヒトミの力でも出来ない。
いや、全力を出せば出来るかもしれないが、とうていそんな気にはなれない。
なぜならこれは石黒が最期の力を振り絞って産み出した氷山なのだから。
「・・・・・次に会うときは必ずそなたを倒し、彩の仇を討つ。そして人間界を救ってみせる。」
『次はあたしの力であなたを倒してみせる。』
2人は再び合見えるであろうこの宿敵に再戦を誓う言葉を投げかけ、戦場を後にした。
その胸に熱き炎を秘めて。
- 589 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:03
- ヒトミとひとみが立ち去ってしばらく経った後、
氷山に一筋の亀裂が入った。
その亀裂は音を立てて氷山全体に広がり、やがて轟音となって氷山は崩れ去った。
「ふーう、あー冷たかった。」
唇を紫色に変色させたつんくがブルッと身体を震わせる。
思ったよりもこの氷山から抜け出すのに苦労した。
そのせいでヒトミとひとみにまんまと逃げられてしまった。
「ま、それも仕方あらへんな。」
つんくは傍らに倒れている女を見る。
彼女はまさに武人として尊敬に値する女だった。
その彼女が命を賭して創り出した氷山だ。
おいそれと壊せるはずがなかった。
「俺から言われても嬉しくないかもしらんけど、安らかに眠れや。」
つんくは石黒の亡骸に向かって祈りの言葉を言った。
それは武人としての石黒を称えてのことであった。
そしてある術を唱え、手をかざす。
柔らかな光に包まれ、石黒彩の亡骸は静かに消えていった。
「ま、後はまことたちに任せて俺はライジング王のところで休もか。
今日はいっぱい頑張りすぎたしな。」
石黒の亡骸が消えるのを見届けた後、
つんくはカカカと笑いライジング王国本陣へと歩き出した。
- 590 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:04
- 「な、中澤様!!!大変でございます!!!!」
王の間に兵士が1人、血相を抱えて飛び込んできた。
彼の両手には一本の矢が携えられていた。
「それはなっちの矢か?」
「はっ!!」
うやうやしくその矢を差し出すその兵士の顔は真っ青だった。
その矢には一通の手紙がくくりつけられていた。
“ダークエンジェル”中澤裕子はすばやくその手紙をほどき、目を通す。
その手紙に書かれていたことは衝撃の事実であった。
「・・・・・・・ゼティマ王がお亡くなりになられた。」
みな言葉を失った。
- 591 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:05
- 「国王様、しっかりなさってください!!!」
十字架からゼティマ王を降ろした“ホーリーナイト”安倍なつみ。
必死に土の術でゼティマ王の傷を回復させようとするが、全く効果がなかった。
それはつまり、もう命の火が消えようとしていることであった。
「あ、安倍よ・・・・・・余の命ももう尽きる。」
「な、何を仰いますか!!しっかりなさってください!!」
安倍の声に力なく微笑むゼティマ王。
もうその表情からは命の火が消えようとしているのが明らかであった。
「よ、よいか安倍・・・・・・・生きるのだ。決して死んではならぬ・・・・・。
生きて、再起を図るのだ・・・・・・・よ、よいな・・・・・・・」
「国王様!!!」
安倍が叫ぶが、ゼティマ王の意識は混濁し始めていた。
「始祖よ・・・・・・ゼティマ歴代の王よ・・・・・・我が代で・・・・国を滅ぼしたる・・・・こと、
どうか・・・・お許しを・・・・・・・・ヒトミ・・・・・マコト・・・・・王妃よ・・・・・余を許せ・・・・・」
そう呟いたところで、ゼティマ王は天へと旅立っていった。
ゼティマ王国第13代国王、ゼティマ・レム・ブルーはその生涯を今、閉じた。
- 592 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:06
- 「こ、国王様・・・・・・・」
安倍がその亡骸に顔をうずめる。
強く、雄雄しく、そして優しかった国王。
自分が今、10剣聖という立場にいられるのも全てゼティマ王のおかげであった。
「・・・・・・・・国王様のご遺志は必ず・・・・・・・」
安倍はそう呟き、勢いよく立ち上がった。
ゼティマ王の遺志を成し遂げるためには泣いている暇などない。
「天に舞う“聖”の精霊たちよ。我が名は安倍なつみ。汝の力、我に与えたまえ。」
安倍はゼティマ王の亡骸に向かって“聖”の術を唱えた。
その魂が迷わぬよう、安らかに眠れるように。
それは安倍のゼティマ王に対する感謝の気持ちと、
遺志を必ず成し遂げるという決意の表明でもあった。
柔らかな光に包まれて、ゼティマ王の亡骸は静かに消えていった。
- 593 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:07
- とその時、戦場から唸り声が聞こえた。
「まさか?!!」
その声の正体を知り、安倍は絶句した。
その声を上げたのはライジング王国軍であり、そのライジング王国軍は軍を編成して
一斉にゼティマ城へと向かっている。
それはつまり、ゼティマ王国軍は敗れ去ったということだ。
「そんな・・・・・・」
安倍は呆然となる。
これは夢だろうか?いや、夢であってほしかった。
しかしこれは現実であった。
が、いつまでも呆然となっているようでは10剣聖は務まらない。
安倍はすぐに我に返り、懐に忍ばせてあった紙にゼティマ王の死と、遺言をしたため、
矢にくくりつけてゼティマ城内へと弓を引き絞った。
「後は頼んだべ、裕ちゃん。」
“破魔の弓”から放たれた矢は放物線を描いてゼティマ城内へと落ちていった。
- 594 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:08
- それを見届けた安倍は側で倒れている“ファイアストーム”市井紗耶香のもとに駆け寄る。
「・・・・まだ生きてるべ。」
安倍はすばやく土の術を詠唱し、市井の身体に手をかざした。
すると、市井の身体の傷が少しずつであるが塞がっていく。
それはまだ助かるという証だった。
「・・・・く、なっちの術じゃここまでが限界だべ!!」
安倍は“聖”を極めているが、土の術も当然使える。
しかし“アースクエイカー”保田圭のそれには及ばない。
主だった傷は塞いだものの、市井の身体にはまだ無数の傷が残っている。
安倍は土の術での回復をあきらめ、市井の身体を自分の背中に背負った。
「・・・・紗耶香、頑張るべ。絶対に死んだら駄目だべ。」
安倍は市井を背負い、歩き出した。
メロン公国やココナッツ王国は滅びはしたものの、まだカントリー王国は健在だ。
それに今回の戦いでライジング王国はかなりの痛手を受けた。
すぐにカントリー王国を攻めることはないはずだ。
その間に市井を治療し、敗残兵をまとめることが出来れば・・・・・・・
安倍なつみは市井紗耶香とともに後ろ髪を引かれる思いで自分の故郷を後にした。
いずれ再びこの地に戻ることを誓って。
- 595 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:09
- 「いいか!!必ず王女、マコト・オガワ・ブルーを生きたまま捕らえろ!!!」
ライジング王国軍の指揮を執るのはライジング王ではなかった。
つんくと同じように金髪の、そしてつんくと違い童顔の男。
彼の名はまこと。
「それから城内には首から石のペンダントをつけた女がいるはずだ!!
それを見つけるために女は絶対に殺すな!!!」
こちらも金髪で、なおかつその金髪は肩ぐらいまであるだろうか。
大柄な身体をしたこの男は、はたけ。
「だが10剣聖の中澤裕子は別だ!!こいつは絶対に殺せ!!!」
もう1人の彼は金髪ではない。
黒髪に短髪、痩身で長身の男、たいせー。
「みんな、手柄を立てろよ!!」
一見優男な感じだが、その目には狂気の光がともっている。
和田薫である。
彼らこそつんくと及川の盟友たちだ。
彼ら4人と、兵士、魔物あわせて約300ほどの軍勢が援軍に駆けつけ、
ゼティマ王国軍を打ち破ったのであった。
兵士も魔物たちも精鋭が揃っていたが、特にこの4人の力がすさまじく、
10剣聖数人でようやく互角に持ち込めるといったほどであった。
その彼らが率いる軍勢が一直線にゼティマ城へと突き進んでいく。
- 596 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:10
- 「く、ここまでか・・・・・・」
最後の賭けに敗れた“ダークエンジェル”中澤裕子は思わず天を仰いだ。
が、それも一瞬のこと。
すぐに次の算段を考え、指示を出した。
「皆のもの!!すぐにマコト王女、ミカ王女をお連れいたし、この城から脱出しろ!!」
「?!!・・・・・・はっ!!!」
中澤の言葉に一瞬驚いた家臣たちであったが、すぐに頷いた。
“ダークエンジェル”中澤裕子がこう言うのだ。
もう、これしか残された方法はないのだ。
「マコト様、我らがお供いたします。どうかご安心を。」
家臣の1人がマコトの前に来てひざまずく。
「・・・・・いやだ。わたしはここに残る。」
だがマコトは頭を横に振った。
「な、何を仰られますか?!」
「ち、父も姉さまも死んだ。も、もうわたしが生きていても仕方がない。
わ、わたしもここで死ぬ。」
マコトは震えながらもこう言った。
「マコト様、あなた様はゼティマ王国の王位継承者でございます!!
あなた様が生き延びねばゼティマ王国は滅びます!!」
「そんなのもういい!!!父上も姉さまもいない国なんてどうでもいい!!!」
- 597 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:11
- パンッ!!!!
王の間に乾いた音が鳴り響き、マコトのヒステリックな叫びは止まった。
そこに在ったのは左の頬を押さえて呆然とする王女マコトと、
右手を振り切り、ぶるぶると震え、
はーはーと荒い息を吐く“ブルームーンストーン”の後継者だった。
「ぶ、無礼者!!!」
一瞬呆気にとられた家臣たちであったが、ハッと我に返ると王女に手を上げた無礼者に詰め寄った。
「あなた何ふざけたこと言ってるの!!!!!」
が、それもこの無礼者が発したキンキンと高い声に足を止められる。
「あなたこの国の王女でしょ?!!!
みんなあなたのために一生懸命戦って、そして死んだんだよ?!!!!
あなたの言ってることはそんな人たちを蔑むことなんだよ?!!!!
何でそんなこと言うの?!!!!!!」
「う・・・・うるさい!!!!どうせわたしの苦しみなんてあなたには分からない!!!!
王女の立場の重さなんて誰にも分かるわけないんだ!!!!!
王女になんて生まれたくなかった!!!!!!」
溜まっていた感情が爆発したのか、マコトも声を荒げる。
しかしこれにも梨華は負けない。
「あたしだって辛いよ!!!!!!!いきなりこんな石を持たされて!!!!!
でも、ひとみちゃんと約束したから!!!!!絶対に逃げないって!!!!!」
梨華は一気にまくし立てた。
その目は真っ赤で、潤んでいる。
「・・・・・・・・・・」
マコトは梨華の言っている意味が少し分からなかったが、
その勢いに押され、唇をかみ締め、うつむく。
そんなマコトに梨華はさらに言葉を浴びせようとする。
- 598 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:12
- 「もうそのくらいにしとったって。」
中澤が車椅子の車輪をまわし、梨華とマコトの間に入り、梨華を止めた。
「あ・・・・も、申し訳ありません。」
我に返った梨華は慌ててひざまずく。
もちろん梨華の両親も、そしてひとみの姉、陽子も梨華の横に飛んできて一緒に頭を下げる。
中澤は頭をさげる梨華の胸元にある石を凝視する。
「・・・・・あんた、もしかしてそれは“ブルームーンストーン”か・・・・・?」
「?!!!」
中澤の言葉にビクッと身体を震わせる梨華と、梨華の両親。
それが答えだった。
「そうか・・・・・・それはほんま、“重い”わ・・・・・・・」
中澤が優しい目で梨華を見る。
こんな娘が世界の鍵となる“ブルームーンストーン”の後継者とは。
- 599 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:14
- 「・・・・マコト様、この娘も色々と事情があるようです。」
ココナッツ王国王女ミカがマコトの肩にそっと手を置く。
「それはこの娘だけではありません。人はそれぞれ様々な立場、事情を持っております。
それを恨んでいても仕方ありません。それはただの言い訳にしかなりません。」
「ミカ様・・・・・・」
「我らは一国の王女としてこの世に生を受けました。それは天がお決めになられたこと。
ならば我らはその役目を、“王女”としての役目を全うせねばなりません。
国をまとめ、家臣や民たちの精神的な支柱になるという役目を。
それが家臣に命をかけさせ、豊かではないから民から税をとり、
多少なりとも贅沢をしていた我らの務めではございませんか?」
「・・・・・・・・」
マコトは恥ずかしさで一杯だった。
ミカは父を討たれ、家臣や民を失い、自国を滅ぼされた。
そしてわずかな家来と民衆を連れてゼティマ王国を頼ってきた。
そんな状況にあるにも関わらず死んだ父や家臣、民たちの遺志を継いでココナッツ王国再興を目指している。
それに比べて自分はどうであろうか?
駄々をこねていた自分がこれ以上なく恥ずかしかった。
「・・・・・ミカ様、申し訳ありません。
梨華さん、あなたもです。わたしが悪かったです。本当に申し訳ない。」
マコトは自分の非を認め、素直に頭を下げた。
こういった所こそマコトの良いところである。
「め、滅相もございません。大変ご無礼をいたしました。」
梨華はさらに頭を低くする。
カッとなった自分の行動に恥ずかしさを覚える梨華であった。
- 600 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:16
- 「ではマコト様、ミカ様、すぐに脱出のご準備を。」
「分かりました。よろしく頼みます。」
家臣の言葉にマコトは頷いてみせた。
その目に迷いはない。
「それからこの娘らも連れて行ってくれるか。」
「えっ?」
中澤の言葉にその家臣はもちろん、梨華たちも戸惑った。
なぜマコト王女やミカ王女の他に、こんな民衆たちを連れて行かねばならぬのだ?
その家臣の顔にはそう書かれていた。
「ミカ王女も仰られたやろ?この娘には事情があるって。だから頼む。」
「・・・・・分かりました。おい、すぐにお前らも支度しろ。」
そう言われはしたものの梨華はなお戸惑い、両親を見る。
梨華の父と母は、優しい目を向け、黙って頷いた。
「わかりました。よろしくお願いします。」
梨華は深々と頭を下げた。
その間に武器や食糧、金貨など一通りの旅の準備を別の家臣が用意し終えていた。
「ここから南、ココナッツ王国のさらに南をずっと下ったところにカリアリという村があります。
そこは人口わずか2000人にも満たない村ですが、そこは我らの息がかかっている村でもあります。
ひとまずそこへ落ちのび下さいませ。我らもすぐ後から駆けつけますので。」
「カリアリですね、分かりました。」
「・・・・・・・」
中澤の言葉にマコトが頷くが、ミカは少々複雑な表情だ。
カリアリに行くにはココナッツ王国を通らねばならない。
つまり滅び去った自国を通らねばならないのだ。
「ミカ様・・・・・・」
「申し訳ありません、大丈夫です。」
心配するマコトの声にミカは頷いてみせた。
「さあ行きましょう。」
マコトたちを守る護衛たちに促され、梨華たちは王の間を後にした。
- 601 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:17
- 「中澤様。なぜあの娘たちまで?」
マコトたちを見送りながら、家臣の1人が中澤に尋ねた。
「・・・・・“ブルームーンストーン”を奴らの手に渡すわけにはいかんからな。」
「は?“ブルームーンストーン”?」
ゼティマ王やヒトミはその存在すら知らないと思ってはいたが、
その存在は代々受け継がれた“闇”の知識の中に刻まれていた。
世界の鍵を握る石、“ブルームーンストーン”。
ただ、中澤といえども知っているのはその存在だけであり、どんな力があるのか、
また、発動させるには何がいるのかまでは知らなかった。
が、絶対に敵の手に渡してはならないことは当然分かっている。
だからこそマコトたちとともにこの城から脱出させたのだ。
「マコト王女とミカ王女、それにあの石川梨華。
彼女たちが生きていれば、うちらの希望の灯が消えることはあらへん。」
「・・・・・・分かりました。中澤様がそう仰るのですからそれが真実なのでしょう。
では我らはその希望の灯のために時間を稼ぐとしますか。」
その家臣がニッと笑う。
それは死を覚悟し、受け容れた武人の顔であった。
見渡せば他の家臣たちも同様の表情であった。
「あんたら・・・・・・」
彼らとともにゼティマ王国に仕えられたこと。
それを中澤は誇りに思った。
「よし、ゼティマ王国の武人としての誇りをライジング王国に見せるで!!!!」
「おうっ!!!!」
死人と化した武人の声がゼティマ城内に響き渡った。
- 602 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:18
- 城を守る兵力は攻める兵力の4分の1あればいいとされている。
が、今のゼティマ城にはそれだけの数の兵力もなかった。
城内に残った兵士の奮戦もむなしく、ゼティマ城を閉ざしていた城門が開かれた。
そこからライジング王国軍が一斉に突入してきた。
「いいか!!女は殺すな!!!」
たいせーが兵士と魔物たちに再度徹底させる。
絶対に女を殺すな、と。
一度興奮状態で女を斬った兵士がいたが、
次の瞬間その兵士の首と身体は永遠に離れることとなった。
それを見た兵士たちは恐怖に慄き、決して女には手を出さなかった。
しかし刃向かう男とゼティマ王国軍兵士は別だ。
容赦なく殺戮を繰り返す。
だが予想以上にゼティマ王国軍は持ちこたえた。
圧倒的な兵力の差であるにも関わらず、
彼らはライジング王国軍に勇敢に立ち向かっていった。
「こいつら・・・・・・」
この奮戦にはまことやはたけも驚きを隠せなかった。
もう全てが終わりだというのにこの粘りは何だ?
それでも立ちはだかる兵士たちを斬り伏せ、まことたちは王宮深くへと歩を進めていった。
- 603 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:19
- 突入してからもう数時間が経ったであろうか?
当初はもって1時間と思われていた。
が、ここまで持ちこたえられたのも残ったゼティマ王国兵士の奮戦の賜物であった。
しかし、とうとう王の間の前で抵抗を続けていた最後のゼティマ王国軍兵士も倒れた。
「後はあいつだけや。」
はたけの言葉に頷くまことたち。
そう、残るは彼女のみであろう。
まことたちは鉄製の大きな扉を開け、王の間へと入っていった。
その後を数名の兵士と魔物が付いていった。
扉を開けると、そこには予想通り彼女がいた。
稀代の名軍師、“ダークエンジェル”中澤裕子が。
- 604 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:19
- 「ずいぶん時間がかかったやないか。」
車椅子に座る名軍師は余裕の微笑を口元に湛える。
「ずいぶん余裕ですね。もう死を覚悟しましたか?」
「そんなもんとっくの昔に覚悟してるわ。
見たとこボンボンっぽいあんたとは違うんや。」
和田の言葉に中澤は辛らつな表現で答えた。
なるほど、一見和田薫は優男でええとこのぼっちゃんのように見える。
中澤としては何の根拠もない悪罵であったが、和田の自尊心を傷つけるには十分だった。
和田薫。
彼はこの自分の容姿を人一倍気にしていたのである。
「おのれ!!!!」
和田が激情に任せて中澤に飛び掛った。
車椅子の中澤は当然これを避ける術もない。
和田が突き出した剣は中澤の身体を貫いた。
「どうだ、思い知ったか女め!!」
和田が口元をニヤリと歪ませる。
- 605 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:20
- 「相変わらずの激情家やな。」
はたけが肩をすくめ、呆れる。
普段はボーっとしていて大人しい男だが、
ひとたび自分の容姿のことを馬鹿にされるとこの変わりようだ。
その和田は無言で中澤から剣を引き抜いた。
と同時に彼は反転し、まことたちに襲い掛かってきた。
「な?!!」
あまりに鋭い斬撃にまことたちは完全に虚を突かれた。
が、それでも何とか和田の剣をかわす。
しかし他の兵士や魔物はそうはいかなかった。
和田が暴れて振り回した剣に一瞬で斬り裂かれ、みな命を落としていった。
「おい和田!!!お前?!!」
そう叫んでまことは気付いた。
和田の目の色が変わっていることに。
「これは・・・・・操られている?!!」
誰に?
それは確認するまでもなかった。
「ふふふ・・・ふふ、それ・・・・は絶対に解け・・・・へん術や。
止め・・・・るには・・・・殺すしか・・・・ないで・・・・・?」
“ダークエンジェル”が妖艶に微笑む。
彼女は敢えてわが身に剣を受け、その瞬間に術を叩き込んだのであった。
- 606 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:22
- 「くそっ!!!」
はたけが舌打ちするが状況は変わらない。
和田は血を求めてまことたちに襲い掛かってくる。
「これ・・・で・・・・最低でも・・・1人は・・・・減らせる・・・・・」
その光景をみながら中澤は微笑む。
これで時間を稼ぐことも出来るし、あわよくば敵の主将たちを減らすことも出来る。
“ダークエンジェル”の最期の策だ。
そしてもう1つ、“闇”を極めし者としての最後の仕事が残っていた。
「死の世界に集う“闇”の精霊よ。我が名は中澤裕子。汝の力、我に与えたまえ。」
中澤は最期の力を振り絞り、“闇”の術“トランスファー”を唱えた。
中澤の手のひらから黒い光が産み出される。
そしてそれは空中を浮遊し、王の間の窓から外へと飛び出していった。
これはこの世界のどこかにいる“闇”の後継者のもとへと向かうのだ。
「次・・・の“闇”・・・を極め・・・し者よ。後は・・・・頼んだ・・・・で。」
自分に代わってゼティマ王国を、世界を頼むで。
それは中澤が託す最後の希望であった。
- 607 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:23
- 「うらあっ!!!!」
「がはっ!!!!!」
はたけの大剣が一閃した。
その瞬間、和田薫の呪縛は解けた。
それは和田の命が失われたことでもあった。
和田の身体は意志を永遠に失い、王の間の床に崩れ落ちた。
「くそっ・・・・・・」
そうするしかなかったとはいえ、仲間を斬ってしまったはたけの表情が歪む。
と同時に中澤に対して怒りの炎が渦巻く。
「殺してやる。」
はたけは憤怒の表情で中澤の前に立つ。
そして一気に頭上から大剣を振り下ろした。
「はたけ?!」
たいせーが驚きとともに叫ぶ。
それははたけの大剣が中澤の頭を叩き割る瞬間、ピタッと止まったからだ。
「はたけ、もしかして・・・・・」
「ああ。」
まことの言葉に頷くはたけ。
10剣聖、“ダークエンジェル”中澤裕子。
彼女はすでに事切れていた。
- 608 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:24
- 死人の頭を叩き割るほど趣味は悪くない。
はたけは怒りを収め、自分の大剣を鞘に納めた。
「さて、どうやらマコト王女はここにはいないようやな。」
「恐らく抜け穴を使って外へ逃げ出したんやろ。」
はたけの言葉に頷くたいせー。
しかしそれをまことが否定する。
「いや、そうと見せかけて城内のどこかに隠れているかもしれんで。
何せこのゼティマ王国の軍師は中澤裕子やからな。
裏の裏をかくなどいくらでもありうるで。」
「いや、そう思わせることこそ狙いかもしれん。」
考えれば考えるほどどんどんと深みに嵌っていくようだった。
「さすがは稀代の名軍師“ダークエンジェル”中澤裕子だ。
死してなお我らを手玉にとるか。」
まことが中澤の方を見やり、畏敬の念を込めて呟いた。
「まあ外はつんくとライジング王が手を打ってくれてるやろう。
だから俺らは城内をくまなく探そうやないけ。
“ブルームーンストーン”の持ち主も探さなあかんしな。」
「たいせーの言うとおりやな。ほんなら城内と捕らえた民衆たちを調べよか。」
はたけは頷き、倒れている和田の身体を担いで王の間を後にした。
その後にたいせーもまことも続く。
王の間には闇天使だけが残された。
まるで将来の憂いなど微塵もないかのようにその顔は穏やかで、
口元には柔らかな微笑が広がっていた。
- 609 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:27
- 「さ、早くこちらへ!!」
護衛の兵士の声に従い、地下道を駆け抜けるのはゼティマ王国第二王女と、
ココナッツ王国王女、そして“ブルームーンストーン”の後継者とその家族たちであった。
「?!!いたぞ!!!!」
が、ここでライジング王国軍に見つかってしまった。
やはりあの奇襲によって抜け穴があることがばれてしまっていた。
「くっ!!!ここは我らが食い止めます!!!
マコト様たちは先をお急ぎくだされ!!!」
幾人かの兵士たちが敵軍へと突っ込んでいく。
「・・・・・ごめんなさい。」
彼らのこれから訪れる運命を悲しみながらもマコトたちは走る。
- 610 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:27
- ゼティマ王国、さらにはココナッツ王国再興のため。
そして人間界の平和のため。
希望の灯である彼女たちは懸命に生き延びようとする。
それが自分のために死んでいく者たちへの手向けとなるはずだから。
- 611 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:29
- 「紗耶香、頑張るべ。絶対にもう一度ゼティマ王国を再興するべ。」
自分よりも身体の大きな仲間を背負いながらも彼女は歩を進める。
“サンダークロウ”飯田圭織。
“ウインドブロウ”矢口真里。
“アースクエイカー”保田圭。
“アイスウォール”石黒彩。
“ダークエンジェル”中澤裕子。
カントリー王国将軍、里田まい、戸田鈴音、木村麻美、斉藤美海。
ココナッツ王国将軍、木村アヤカ。
ゼティマ王国第二王女、マコト・オガワ・ブルー。
ココナッツ王国王女、黒澤ミカ。
そして“ムーンライト”吉澤ひとみ。
王女や10剣聖、その他の仲間の多くは行方不明だ。
幾人かはその生死ははっきりしているのだが、今の安倍にそれを知る由はない。
だが、みな生きていると信じ、彼女は前に進む。
- 612 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:29
-
それが亡き王との約束なのだから。
- 613 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:31
- ゼティマ城の北、切り立った崖の上からゼティマ城を見下ろす影が1つ。
見下ろす影は1つだが、彼女は2人だった。
「・・・必ずここに戻ってきましょう。」
『うむ、必ずな。・・・・・ひとみ、余に力を貸してくれ。』
「はっ。取るに足らぬ身ではありますが、全力を尽くさせていただきます。」
吉澤ひとみは自分の“共存”相手、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーに誓った。
しばらく2人は無言でゼティマ城を見つめていた。
今や敵の手に渡ってしまったゼティマ城。
それをくっきりと目に焼き付けておこう。
再びこの城を目にするその日まで。
「さあヒトミ様、行きましょうか。目的地はシーク山脈ですよね。」
ひとみは殊更明るく言った。
沈んでいても仕方がない。
新たな未来へ向けて一歩も踏み出さねば。
『そうだ。シーク山脈を越えるぞ。厳しい山道だがそこを越えねばならぬ。
その先に最大の目的地、リットウがある。必ずそこへ辿りつくぞ。』
「はいっ!!」
ひとみは返事をすると、力強く一歩を踏み出した。
- 614 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:31
-
それは人間界の未来への、力強いはじめの一歩だった。
- 615 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:32
-
始祖とうたわれる人物がゼティマ王国を建国してから308年。
それから国王の代は13を重ね、大国としてその名は全世界に馳せた。
- 616 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:32
-
が、ゼティマ暦308年、4月12日。
- 617 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:33
-
この日、大国ゼティマ王国はその歴史に幕を閉じた。
- 618 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:40
-
Blue Moon Stone 第一部 (完)
- 619 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:49
- ようやく第一部を終わらせることができました。
これでようやく1つの作品として言えるようになったと思います。
が、やはり物語は完結してこそなので
これから始まる第二部も頑張りたいと思います。
その第二部はまだ出てきていないメンバーがやっと登場します。
また、第一部でいまいち活躍できなかったメンバーも
第二部では活躍させたいと思っています。
うまくまとめられるか心配ですが、どうか活躍を見てやってください。
今回、更新していていつも読者様の温かいレスをいただきました。
本当にありがとうございます。
第二部でもまた感想をいただければ嬉しいです。
- 620 名前:悪天 投稿日:2005/01/03(月) 01:50
- 次回更新もまた遅くなると思いますが、
どうかよろしくお願いいたします。
では、次回更新まで失礼いたします。
- 621 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/03(月) 22:15
- 第一部完結お疲れ様でした。
いつも更新を楽しみにしてました。
二部も頑張ってください。
いろんなメンバーが出てくるのを楽しみにしてます。
- 622 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/01/03(月) 23:45
- はじめまして、こんばんわ。
前から読ませていただいていましたが
第一部が終わったということで感想でも載せたいと思います
ストーリーが重たくて良いです。特にこの世界観が大好きです。
またこれから何度も読み返して新たなるストーリーに備えたいと思います。
まずは、あの黒い光はどこへ行くのか・・・
そしてこれからの登場人物&それぞれの位置関係に注目ですね。
これからも更新がんばってください。
- 623 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/04(火) 02:08
- 相変わらず読み応えのある作品ですね。作者さん本当にお疲れ様です。
壮大なストーリーに次々に増えていく登場人物たち、複雑かつ皮肉な運命をそれぞれが背負っているようで、先の展開が読めず本当に面白いです。
次回までマターリお待ちしております。
- 624 名前:konkon 投稿日:2005/01/04(火) 02:25
- 初めまして〜ですかね?
同じように、といってもレベルは全然違うのですが
白版でファンタジー系を書かせていただいてるkonkonです。
とうとう第一部終幕ですね。
これから先に誰が出てきてどうなるのか、
すごく楽しみです♪
これからもがんばってください!
- 625 名前:スペード 投稿日:2005/01/04(火) 11:16
- 更新乙です。
意外な展開ですね。
ここからどんな展開をみせるのか楽しみです。
二部も期待してます。
- 626 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:02
-
Blue Moon Stone 第二部
- 627 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:03
- 『大丈夫か?』
「はい、大丈夫です。」
険しい山道を登る1つの影がある。
その姿形からはどうやら若い女のようだ。
女は、女性にしては長身の部類で、
引き締まった身体は一流の戦士であることを感じさせる。
が、一方でその白い肌が彼女の“女”を際立たせる。
彼女の名は吉澤ひとみ。
ゼティマ王国始祖のみが使えたという、あの伝説の“ムーンライト”の使い手である。
- 628 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:04
- 「それにしても噂通りの険しい山ですね。」
ひとみは少しなだらかになったところで、といっても十分に急な斜面であるが、
小さな石に腰を掛けて一息つき、自分の中にいる彼女に話しかけた。
「・・・・小さいころから“シーク山脈には絶対に近づくな”って聞かされてきた理由がわかりましたよ。」
『余もそれを実感しているところだ。これは並大抵の者では登りきれぬであろう。』
この内から聞こえてくる声は誰の声か?
それは大国ゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーその人であった。
彼女は今から3年前に起こった『クロスロードウォー』においてその生命を失いかけた。
が、その際に“邪”の術、“共存”によって吉澤ひとみの中で生きることとなったのである。
その“2人”は現在、大きな決意を秘めてこのシーク山脈に足を踏み入れていた。
シーク山脈はゼティマ王国の国土の最北端に位置する雄大な山脈である。
山脈の西にはカントリー王国があり、北にはベリーズ公国が存在する。
また東には今や世界をその手にしつつあるライジング王国がある。
つまりシーク山脈はゼティマ王国、カントリー王国、ベリーズ公国、ライジング王国の国境に連なっているわけだが、
これら4つの国ではシーク山脈に対して共通の約束事がある。
それは『シーク山脈には近づくな』、である。
- 629 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:06
- 各国でそう言われるのには2つの理由がある。
まず1つ目はこの山脈が険しいことである。
いくつもの山々が重なり合ってできたこの山脈は、自然の厳しさで守られた山脈であり、
そこへ足を踏みいれる者に容赦なく襲い掛かる。
訓練を積んだ者ならばともかく、普通の人間がこの山脈に足を踏み入れれば
ほぼ間違いなく無事に戻ることはできないであろう。
だからこそこの山には近づいてはならない。
それは各国で不可侵の条約となっていた。
そのため、シーク山脈の北側にあるベリーズ公国へ向かうには
ライジング王国かカントリー王国へ迂回して進まねばならない。
しかしそれだとシーク山脈を突っ切るよりも10日は余計にかかってしまう。
が、それでも命を落とすよりかはましなのだが。
これが1つめの理由である。
そしてもう1つの理由は。
- 630 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:07
- 「ところでヒトミ様。ここまでずっと聞きそびれていましたけど、
“シーク山脈”の先には何があるのですか?“リットウ”とは?」
ここでひとみはずっと抱いていた疑問をヒトミに尋ねた。
『ん?ああ、それはな・・・・・・』
ヒヒヒーン!!!!
とその時、天高く嘶く声が聞こえた。
さらには地底を揺るがすような地響きも聞こえる。
「何だ?!!」
ひとみは驚きつつも身体はこれに反応していた。
石から素早く立ち上がり、腰につけていた剣の柄を握る。
「あ、あれは・・・・・馬・・・・・?」
驚くひとみの眼前に広がったのは20頭ほどの馬であった。
そして馬上には馬と同じ数だけの人間がいる。
馬は騎手に巧みに操られ、急な坂を足並みが乱れることなく駆け下りてくる。
そして驚くひとみを取り囲んだ。
「しまった・・・・・・」
ひとみはチッと舌打ちする。
まさか“馬”が出てくるとは思わなかった。
そのため、構えをとっていたものの、反応が遅れて易々と取り囲ませてしまった。
が、仮にこの場を離れようとしても足場が悪く、馬の足に追い付かれていたであろうが。
とその時、1人の大男が馬上から声をかけてきた。
「我らはフォルリヴァー族だ。こんな所に若い娘が何の用だ?」
フォルリヴァー族。
これこそシーク山脈に近付くなという2つめの理由であった。
- 631 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:08
- フォルリヴァー族とはこのシーク山脈、またはその付近に出現する剽悍な遊牧の民である。
彼らは元々各国の傭兵として働いてこの世界を生き抜いてきた。
が、ある時を境に彼らは盗賊団を組織して隊商らを襲うようになったのである。
彼らの勇猛さは世に多く聞こえるところで、彼らに出会ったならば大人しく有り金を全て出すのが賢明だとされている。
もちろんこの程度の盗賊なら他にも存在するが、
彼らフォルリヴァー族には唯一無二の武器があった。
それが“馬”である。
もちろん馬は特別な動物ではない。
世界各地に生息しており、どこにいても見ることは出来る。
が、その馬を使う、となると話は別だ。
馬は大抵が臆病で、人間に馴れ合うことはほとんどない。
ごく稀に人間とも馴れ合える馬もいるが、
それでもその背に人を乗せることすらままならない。
そんな状態であるのだから、馬に乗って戦うなど夢のまた夢である。
まず人間を乗せる事が出来ない。
そしてその上、馬は臆病である。
人間の理性を失った声。
魔物の殺戮を求める声。
そして術による天変地異。
これらが飛び交う戦場では怯える馬などいても邪魔なだけである。
- 632 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:09
- しかし何故かは分からないが、このフォルリヴァー族は馬を巧みに操ることが出来た。
彼らが乗る馬は、みな騎手に従順で、なおかつ勇敢であったのだ。
戦場においても何も臆することなく駆け巡る。
そのため、戦場に出ればこのフォルリヴァー族の働きはすさまじかった。
何といってもその機動力だ。
馬の足を生かして、先制攻撃を仕掛けたり、奇襲を掛けるなどはもってこいであり、
なおかつ白兵戦においても馬上からの一撃は防ぎにくい。
一時などはフォルリヴァー族が味方したほうが勝つ、とまで言われたほどである。
その余りの力に、各国の王はこぞってフォルリヴァー族を配下に引き入れようとした。
しかしフォルリヴァー族はそれを受け容れることは決してなかった。
彼らは誇り高き遊牧の民であり、どの国にも属することはなかった。
だがある時、フォルリヴァー族は傭兵業をピタリと止めた。
どの国の要請も受け付けなくなったのである。
それどころかシーク山脈付近を通る者に対して略奪を繰り返すようになったのである。
その略奪は女、子どもに対しても容赦なく行われ、もし歯向かえば必ず皆殺しにした。
その豹変振りには時の王たちも驚きを隠せなかった。
- 633 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:10
- その略奪はしばらく続いた。
余りにその略奪がひどいため、各国はついに共同で軍を派遣した。
それはゼティマ暦277年のことであった。
ちなみにヒトミの父、ゼティマ・レム・ブルー、
さらには現ライジング王国国王、ライジング4世はこの戦いが初陣であった。
しかしこの戦いは各国連合軍の大敗に終わる。
ゼティマ王国、メロン公国、ココナッツ王国、カントリー王国、そしてライジング王国。
これらの国々が軍を組織しフォルリヴァー族征伐へと向かったが、
この大軍も“馬”の機動力の前にむなしく敗れ去った。
この大敗に各国はフォルリヴァー族の自国への侵入を恐れた。
が、フォルリヴァー族は決してシーク山脈付近から離れることはなかった。
シーク山脈付近を通る者に対しては略奪を行うが、
わざわざ名国へ侵略して略奪を行うとまではしなかった。
それはまるで俗世間からの離反を表しているようであった。
ともかく、フォルリヴァー族はシーク山脈にこもり、決して人前に姿を現さなかった。
現にあの魔物との戦い、『クロスロードウォー』においてもシーク山脈から出てこなかったのだから。
そのため、各国はシーク山脈さえ通らなければ大丈夫ということで
これ以上フォルリヴァー族に干渉せず、今日に至るのである。
- 634 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:10
- そのフォルリヴァー族の大男はひとみを射抜くような目つきで見る。
ひとみとヒトミはその視線の鋭さに驚いた。
『この男、出来る。』
ヒトミもひとみも同様の感想を抱いた。
この大柄で筋骨隆々の男は見かけだけでなく、
その内面から一流の戦士の風格を醸し出していた。
「どうした?俺は一応礼をとって尋ねたつもりだが。」
その大男の言葉にハッとなったひとみは慌てて礼儀をもって答える。
「失礼いたしました。わたしは旅の者です。
シーク山脈を越えてベリーズ公国へと向かう途中です。」
「ほーう。」
「旅の者だってよ」
他の男たちがニヤニヤと笑う。
その笑みの種類は大抵の女性なら不快感を覚えるものであった。
そして多分に漏れずひとみも不快感を覚えていた。
どうやら礼儀をわきまえているのはその大男だけのようだ。
『ひとみ、落ち着け。』
ひとみの感情の高まりを察知したヒトミがひとみを宥める。
ひとみが激昂しやすいことは先の『ゼティマ城攻防戦』で充分承知している。
ここで激昂されては少々事がややこしくなる。
目的地、リットウへすんなりと行けるかどうかは、彼らの機嫌しだいなのだから。
『ひとみ、ここは余に任せろ。話し合いでここを切り抜けるぞ。
余が交渉術というものを教えてやる。』
- 635 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:12
- 「ここに来ればどうなるかは、お前も知っているだろう?
それなのになぜここへ足を踏み入れた?」
先ほどの大男が“ヒトミ”に尋ねた。
「あ、はい。実はゼティマ王国がライジング王国に攻撃を受けまして、
そこから逃げ出すのにはこの山を越えるしかなかったからです。」
ヒトミは少々沈んだ声で事の理由を告げる。
「ほう、ライジング王国がゼティマ王国に?」
その大男は表情を歪める。
山にこもっている彼らは下界の情報に疎い。
そのため今ヒトミが言ったことに心底驚いたようであった。
「・・・・まあどちらにしろ俺らには関係ないけどな。
おい、お前もここの規則は分かっているな?ここを通りたければ金を置いていけ。」
大男とは別の1人が馬をヒトミの側にまで近づけた。
「分かりました。でも、何分急に逃げ出しましたので手持ちが少ないのです。
これでどうかお許しいただけますか?」
ヒトミは腰にぶら下げていた小さな袋を取り、それを手渡した。
ここは下手に出たほうが得策だと判断した。
「お、なかなか物分りのいい女だな・・・・・・・・」
その男は下品に笑いながら袋の中を漁りだした。
- 636 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:13
- が、その笑みもすぐに消えた。
「・・・・・おい、これっぽっちでここを通ろうってのか?」
その男は馬上からギロリとヒトミを睨み付ける。
「も、申し訳ありません!で、ですがこれで全財産なんです。
ど、どうかそれで・・・・・」
それにさも怯えたかのようにヒトミは頭を下げる。
「ああ?!お前、俺らを舐めてないか?!」
「ほ、本当にそれだけしかないんです!ど、どうかお願いします!」
「あー?!!」
男はいきり立って凄んだ。
が、ふとある事を思いつき、馬から下りた。
「・・・・・まあ足りないものはしょうがない。が、その分お前の身体で楽しませ・・・・・・・」
その男は口元に下品な笑みを浮かべながら“ひとみ”の胸に向かって手を伸ばした。
が、次の瞬間、男の視界は天と地が逆さまになった。
「ぐえっ!!」
その男は背中を地面に思い切り叩きつけられ、蛙が押し潰されたような声を挙げた。
「控えよ、この無礼者めが!!」
そしてこの無礼な男にきつい一言をお見舞いする。
「なっ?!」
まさか抵抗されるとは思っていなかった。
余りの事に呆気に取られるフォルリヴァー族。
『ちょ、ちょっと何してるんですかヒトミ様!!』
だがこれに一番慌てたのがひとみだった。
話し合いは?
交渉術は?
- 637 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:14
- 「おのれ!!!」
「てめえ!!!!」
ハッと我に返ったフォルリヴァー族は激怒し、それぞれが剣を抜き放った。
この様子だと、話し合いをする余地はなさそうだ。
「死ねや!!!」
男たちが一斉にヒトミに襲い掛かった。
「むん!!」
ヒトミの頭上へ一気に剣が振り下ろされた。
が、それが逆にヒトミにとって幸いした。
攻撃が一点に集中した分避けやすかったのだ。
ヒトミは剣を避けながらスッと馬の足元に潜り込み、
そして一気に跳躍した。
「うおっ?!!」
これにはフォルリヴァー族も驚かされた。
生身の人間が馬上の自分たちよりも高い位置に跳んだのだ。
驚いた男たちのうち、3人が次の瞬間にはヒトミの蹴りにより馬上から吹き飛ばされていた。
これにフォルリヴァー族は思わずたじろぐ。
ただの女だと思っていたが、この力は何だ?
- 638 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:15
- 「おい。」
「ああ。」
その目が冷徹な盗賊の目に変わった。
さすがはフォルリヴァー族。
ヒトミを只者ではないと瞬時に判断し、少しお互いの距離をとった。
これでは今のように同時に数人を倒すことは不可能だ。
仮に1人倒そうが、その間に別の者の斬撃を受けるであろう。
何人殺られようが、必ず殺す。
その決意がひしひしと伝わってくる。
「これは少し厄介だな・・・・・・」
この状況にヒトミは表情を歪める。
が、それ以上に表情を歪めるのはひとみだ。
『ちょっとヒトミ様!!何が交渉術を教えてやる、ですか!!
自分のほうが暴れてるじゃないですか!!』
「・・・・それは奴が余の身体に触れようとしたからだ。」
ヒトミはそう主張するが、正直旗色は悪い。
『それにしてももっとやり方があったでしょう?!
これだったらあたしの方がもっと上手く出来ていましたよ。
ヒトミ様の交渉術もたいした事ありませんね。』
「何?それは聞き捨てならぬな。・・・・そなたなら問答無用で斬り捨てていたのではあるまいか?」
『む。それはヒトミ様といえども失礼ですよ?』
こんな状況の中、2人は言い争っていた。
もちろん他人には全くその声は聞こえないので、
ヒトミは余裕の表情で悠然と立っているしか見えなかったが。
「舐めやがって・・・・・・」
この余裕の態度がフォルリヴァー族の癇に障る。
ヒトミとひとみは本人たちの知らぬ間に余計に困難な状況に追い込まれた。
- 639 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:16
- 「・・・・・こちらにも非があるが、お前がそう来るなら仕方がない。」
あの大男もフォルリヴァー族の面目を潰されて頭にきたようだ。
冷たい目でヒトミを睨み、大剣を抜き放つ。
『・・・・ヒトミ様。』
「うむ。」
この大男は他の男たちとは一味も二味も違う。
気を抜くことは出来ない。
ヒトミも剣を抜き放ち、“気”を入れて構えを取った。
「う・・・・・」
その大男をはじめ、他の男たちも一斉にうめく。
彼らもフォルリヴァー族の戦士だ。
だからこそ“気”を入れて構えるヒトミの強さを直に肌で感じていた。
ヒヒヒヒヒーン・・・・・・・・
フォルリヴァー族が誇る“馬”も思わず後ずさりする。
これにフォルリヴァー族の男たちの顔が驚愕で歪む。
何者だ、この女は・・・・・・・?
- 640 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:16
- 「やめときな。あんたらじゃこいつには勝てないよ。」
とその時、男たちの後ろから声が聞こえた。
「誰だ・・・・・・?」
ヒトミとひとみは声のしたほうを見る。
そこにはいつの間に現れたのか、真っ白な馬に乗った“女”がいた。
この女は年はひとみと同じくらいであろうか?
細身の身体で髪は肩にかかるかかからないか。
身長はひとみよりも10cmほどは低いであろう。
左右の肩に1本ずつ剣を背負っていた。
『彼女もフォルリヴァー族?』
ひとみはこの若い女の出現に驚いたが、
馬に乗っているということは彼女もフォルリヴァー族である証拠だ。
それに肩に背負っている剣が戦士であることも証明している。
「まさかフォルリヴァー族の戦士に女がいたとはな。」
これにはヒトミも驚かざるを得ない。
が、さらにひとみたちを驚かせたのは大男の言葉であった。
「ぞ、族長・・・・・・どうしてここへ・・・・・?」
- 641 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:17
- “族長”と呼ばれた彼女は驚くヒトミたちを見てニヤリと笑うと、馬を一歩進めた。
その瞬間フォルリヴァー族の男たちははじかれる様に馬から飛び降りた。
そしてこの女にうやうやしく頭を下げる。
男たちはその大きな身体をこれでもかと小さくし、畏まる。
「どうやら族長というのは本当であるらしいな。」
男たちの怯えた様子を見てヒトミが呟く。
それにしてもこんな若い女があのフォルリヴァー族の族長とは。
「さっきのあんたの動き、見せてもらった。
うちの男たちを圧倒するなんて、あんたやるね。気に入ったよ。」
女族長はニッと笑ってヒトミに話しかける。
が、笑っているのは口元だけで、目は冷めたままだ。
その目の温度からヒトミは彼女の内心は怒りの炎で渦巻いていることを確信する。
誇り高きフォルリヴァー族が、馬がこんな女に恐れをなし、後ずさった。
これは族長として許されないことである。
こんな女にフォルリヴァー族の誇りを虚仮にされてたまるか。
必ず殺す。
彼女の目がそう雄弁に語っていた。
- 642 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:18
- 「あんたのことマジで気に入った。だから、ここは通してやるよ。ただ・・・・・・」
「あたしを倒したら、であろう?」
ヒトミがニヤリと笑う。
お前の考えていることなど全てお見通しとばかりに余裕の表情を浮かべるヒトミ。
「・・・・・フォルリヴァー族を舐めると、あんたの人生終わるよ?」
その余裕の笑みが気に入らない。
フォルリヴァー族の若き女族長は怒りで身体を震わせ、鋭い眼光でヒトミを睨みつける。
そして次の瞬間、一気に馬を加速させ、ヒトミに襲い掛かってきた。
「何と?!!」
ヒトミは思わず目を見張る。
女族長は両手を左右の肩にまわし、背負っていた剣を抜き放った。
そしてそのまま両足で馬体をはさみつけ、突進してきたのである。
何という馬術の技量であろうか?
「むんっ!!」
「はあああ!!!!」
お互いの掛け声のもと、ヒトミと女族長は交差した。
- 643 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:19
- 「くうっ!!!」
ヒトミが思わず声を挙げる。
次の瞬間、右の肩から鮮血が飛び散った。
『大丈夫ですかヒトミ様!!』
「・・・・・・ああ。」
ヒトミは頷くが、その表情からは驚きの色が明らかに見て取れた。
何という剣閃だろうか。
彼女の両手から放たれる剣閃はまさに予測不能。
変幻自在と呼ぶに相応しかった。
「・・・・・・・ひとみ。今の剣閃、見えたか?」
『・・・・・何とか目で追うのが精一杯でした。』
「?!!・・・・そうか。」
ひとみの言葉に黙り込むヒトミ。
「・・・・今の剣閃、余にはほとんど見えなかった。
どうやら余の力はあれ以来落ちているようだ。」
ヒトミの言うあれ以来とは、『ゼティマ城攻防戦』における奴との戦い。
“ムーンライト”を使うあの男との戦いのことだ。
「・・・・・・ひとみ、ここはそなたに任せたい。よいか?」
ヒトミは自分の力の落ち具合からこれが最善だと判断した。
『?!!・・・・・分かりました。』
ひとみもそう判断し、2人は入れ替わった。
『・・・・・・もしかすると・・・・・・』
ひとみの中に入ったヒトミはふと一抹の不安を感じた。
もしかすると、いずれ自分は消えるのでは・・・・・?
- 644 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:20
- 「まさか・・・・あれを避けるとは・・・・」
一方、女族長も驚きを隠せないでいた。
今まで一撃必殺のこの双刀を免れた者はいなかった。
それどころか反撃までしてくるとは。
しかもこちらは馬上で向こうは地面という不利な状況で。
「・・・・・こいつは久しぶりに殺しがいのある奴だね・・・・・・」
右頬から滴り落ちる鮮血をペロッと舐めながら女族長はニヤリと笑う。
その顔は、相手を殺すことを心底喜んでいる顔だった。
「・・・・なああんた。名前は?」
ふと女族長は尋ねた。
自分と同じぐらいの年齢の女でこの腕前。
普通に興味を覚える。
「あたしはミホ村の吉澤ひとみだ。そっちは?」
ひとみも尋ねる。
彼女も彼女で相手のことが気になっていたのだ。
女族長はニヤリと笑って答えた。
「あたしはフォルリヴァー族族長、藤本美貴。あんたが人生の最期に会ったことになる女だ。」
- 645 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:22
- 今日はここまでとします。
>>621 名無飼育さん様
レスありがとうございます。二部はいろいろなメンバーが出てきます。
上手く書くことが出来るか心配ですが、何とか頑張っていきたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
>>622 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。世界観が好きといっていただけるのは、何よりも嬉しいです。
これから増える登場人物が元からの登場人物とどう絡むか。また位置関係。
仰る通りこの辺りにご期待下さい。これからも頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。
- 646 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:23
- >>623 名無飼育さん様
レスありがとうございます。読み応えがあると言っていただいて本当に嬉しいです。
ありがとうございます。相変わらず更新は遅いですが、どうかマターリお待ち頂けると嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
>>624 konkon様
レスありがとうございます。初めまして、ではどうやらないようですね。
作者も全然大したレベルではありません。もっと勉強せねばと常に思っています。
お互いファンタジーを書いてる者同士頑張りましょう。
>>625 スペード様
いつもレスありがとうございます。意外な展開だったでしょうか?
これからどんな展開を迎えるかは作者も楽しみであり、苦しみでもあります。
二部も頑張っていきますのでどうぞこれからもよろしくお願いいたします。
- 647 名前:悪天 投稿日:2005/01/20(木) 01:25
- ようやく第二部を始めることが出来ました。
これからも更新は遅いですが、頑張っていきますので、
どうかよろしくお願いいたします。
では次回更新まで失礼いたします。
- 648 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/20(木) 08:56
- おお〜!第二部が始まりましたね。これまた新たな人が出てきて非常に楽しみです。
- 649 名前:スペード 投稿日:2005/01/20(木) 11:45
- 更新おつかれさまです。
最初はミキティですか。
おもしろそうな展開です。
続き楽しみにしています。
- 650 名前:konkon 投稿日:2005/01/20(木) 13:57
- お疲れ様です。
ミキティ、キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!
新しいメンバーがどのような登場をするのか、
すごく楽しみです。
がんばってください。
- 651 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/01/31(月) 16:01
- 更新お疲れ様です。
2部になっていきなりな好展開ですね。ちょっと意外でうぉっ?な感じです。
さて、実力はほぼ同じな感じですが地形がどう左右するのか・・
そしてその後の関係もどーなるか楽しみです。
次回更新も頑張ってください。
- 652 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:26
- 「・・・・・藤本美貴、か・・・・・・・」
ひとみは呟きながら藤本との距離をとる。
相手は騎馬民族とも言えるフォルリヴァー族。
しかもこの年で族長を務めるほどの女だ。
それに恥じぬだけの腕を持っている事は数手合わせただけで分かった。
しかも相手は白兵に有利な騎馬だ。
ただ闇雲に向かっても勝ち目はない。
『・・・・ひとみ、まずは馬だ。まずは自分と対等の状況に持ち込むことが肝心だ。
とにかくあやつを馬から降ろせ。』
ヒトミの言葉に頷くひとみ。
状況が不利ならば、互角の状況に持ち込めばいい。
これは兵法の鉄則である。
もちろん馬を降りろといって素直に降りるような敵はいない。
つまり、まずは馬を斬るということだ。
ひとみは剣を握り直し、構えた。
「ふふふ。」
藤本はそんなひとみを見て小さく笑った。
その笑みがひとみの心にわずかに引っかかった。
- 653 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:27
- 「むんっ!!!」
藤本が馬を走らせ、ひとみに突っ込んできた。
両手に握られた剣が妖しく光る。
『来たぞひとみ!!機を逃すでないぞ!!』
ひとみはヒトミの言葉に頷くと同時に馬の突進をかわすために右に跳んだ。
ひとみが元いた位置を藤本が駆け抜けていく。
その辺りには1つの小さな岩があったが、
その岩は左右から亀裂を生じ、音を立てて崩れ去った。
恐るべき双刀の威力だ。
これは間一髪だった。
一瞬でもひとみが右に跳ぶのが遅れていたら、
今頃ひとみの身体はこの世のものではなかったはずだ。
このとき、藤本は山の下手にいたためわずかながら馬の突進力が鈍っていた。
それがひとみの味方をした。
しかし今は逆だ。
ひとみが坂下で、藤本が坂上だ。
藤本はゆっくりと馬首をめぐらし、余裕の表情でひとみに向かい合う。
「どうした?逃げてばかりじゃあたしには勝てないよ?」
「・・・・・・・・・・・」
藤本の言うとおりだった。
さっきの突進はかわせたが、次の突進はそうはいかないだろう。
ひとみの口内が緊張のため乾く。
何とか血路を開かねば。
- 654 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:28
- 「行くよ。」
藤本は両足にグッと力を込め、馬を走らせた。
しかしここで思いもよらぬ事が生じた。
「?!!」
藤本の駆る白馬、白影号が躓いたのだ。
これは坂上から一気に駆け下りる瞬間、小さな窪地に足を取られたためであった。
『今だひとみ!!』
今こそ天が与えた千載一遇の好機。
これを逃してはひとみたちに勝機はない。
が、ひとみのとった動きはヒトミの予想とは違った。
ひとみは馬に斬りかからなかった。
高く跳躍し、馬の頭越しから藤本美貴めがけて剣を振るった。
「なっ?!!」
これに一番驚いたのは藤本だった。
絶対に馬に斬りかかると踏んでいた。
が、その予想は完璧に裏切られた。
- 655 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:29
- だがそこはフォルリヴァー族の族長。
咄嗟に剣を振り下ろし、ひとみの鋭い剣閃を防いでみせた。
しかしひとみの鋭い剣閃に虚を突かれた藤本は馬上で大きくバランスを崩す。
もともと手を使わず両足だけで馬を御していたため、
少しでも衝撃を受ければバランスを崩しやすいのだ。
さらに言えばひとみの剣閃は、虚を突かれた状況で完璧に受け止められるものではない。
そこへさらにひとみが空中で体を捻り、蹴りをお見舞いする。
「がはっ!!」
ひとみの蹴りをまともに顔面に受けた藤本は、たまらず馬から落ちた。
「族長!!!」
フォルリヴァー族の面々が驚愕の表情を浮かべる。
あの族長が、落馬させられた?
「くっ!!!」
状況によっては頚骨を折る可能性もあったが、そこはフォルリヴァー族。
見事に受身をとり、すぐに跳ね起き構えをとる。
しかしその時にはもうすでにひとみの第二撃が繰り出されていた。
- 656 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:30
- ガキンッ!!!
鈍い音が響き渡った。
そして数秒後、宙を舞った一振りの剣が地面に突き刺さった。
「お、おのれ・・・・・・」
首許に剣を突きつけられた藤本の顔が屈辱で大きく歪む。
騎馬の民、フォルリヴァー族の族長たるものが落馬させられ、
自慢の双刀の一本を弾き飛ばされた。
そしてさらに首許に剣を突きつけられている。
これほどの屈辱を受けたことはいまだかつてなかった。
『・・・・ひとみ。何故だ?何故馬を狙わなかった?』
ヒトミがひとみのとった行動を思わず尋ねる。
あの瞬間、確かに馬を斬る機が生まれたはずだ。
「・・・・・・あたしには、あれは誘いのように思えたんです。」
ひとみはそう答える。
藤本は騎馬の民、フォルリヴァー族。
しかもこの若さで族長を務めるほどの女だ。
そんな彼女が果たしてあんな騎乗ミスをするだろうか?
また族長を跨がせるほどの名馬が、あんな窪地に躓くであろうか?
更に言えば、フォルリヴァー族と対峙する者はほぼ例外なく馬を狙うであろう。
当然フォルリヴァー族もそれに対する備えは常にしているはずだ。
以上のことからひとみはこれは藤本の誘いだと予測した。
そしてそれは見事に的中したのであった。
- 657 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:32
- 「・・・・・あたしはあなたを殺す気はない。ただ、ここを通らせて欲しいだけだ。」
ひとみは藤本の首に剣を突きつけながらこう言った。
ひとみとしては無用な戦いを避けたいだけなのだ。
が、これはフォルリヴァー族族長にとってさらに屈辱感を増すだけとなった。
「おのれ!!」
残っていた一本の剣を一閃させひとみの剣を弾くと、
藤本はひとみと距離をとり、剣を構えた。
「これだけの屈辱、生まれて初めてだ。お前だけは絶対に殺す。」
その目は憤怒に燃えており、もはや話が通じる気配はない。
「ぞ、族長!!もうやめてください!!」
周りにいるフォルリヴァー族の男たちが悲痛な叫びを上げる。
それは馬を失い、また剣も一本失った族長に勝てる見込みはないということを
彼らは痛いほど理解していたからだ。
もちろんそれはひとみもヒトミも、そして当の藤本自身も理解している。
だが若き女族長は一歩も引かない。
誇りを、意地を汚されるぐらいならば死を選ぶ。
その決意が表情に、目に見て取れた。
「仕方ない。」
ひとみも諦めた。
ここを通るには彼女を斃していくしかない。
「・・・・・・さあ、行くよ。」
ひとみは全身の力を右足に乗せ、地面を強く蹴りつけた。
- 658 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:32
- 刀身が銀色の閃光を放つ。
高く鋭く、研ぎ澄まされた金属が衝突する。
十合、二十合と激しい撃ち合いは続いた。
しかし、三十合を越えたあたりから次第に形勢が固まってきた。
「くそっ!!くそっ!!」
女族長が吐き捨てる。
そして次の刹那、藤本の右手から一本の剣が離れた。
「・・・・・・・・」
もう藤本は丸腰だ。
本来ならばここで終わりなのだが、
ひとみは表情を歪めながら最期の一太刀を浴びせようとした。
これは彼女が望んだことなのだから。
がその時、2人の間に割ってきたものがいた。
「白影?!!」
それは藤本の愛馬、白影号であった。
主人を守るため、その身を剣閃の先へ躍らせたのだ。
「い、いやーっ!!!!」
藤本が目を大きく開けて叫ぶ。
その叫びは族長としての、戦士としての叫びではなかった。
目の前の愛するものを失うかもしれないという、悲痛な心の叫びだった。
次の瞬間、あたりに真っ赤な血飛沫が飛び散った。
- 659 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:33
- 「お、お前・・・・・・?」
『ひ、ひとみ・・・・・・?』
藤本も、そしてヒトミも目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべる。
彼女たちの目に映ったのは、白馬が倒れる姿ではなかった。
映ったのは、振り下ろした剣を“自分の右腕で受け止めた”吉澤ひとみの姿だった。
「ぐっ・・・・・・・」
激痛に右腕を押さえ、苦悶の表情を浮かべるひとみ。
咄嗟に止めるにはああするしかなかった。
だが、その代償として右腕に大きな痛手を被ってしまった。
『ひとみ!!そなた、何を考えておる?!!』
「お、お前!!一体どういうつもりだ!!」
ヒトミと藤本の問いが被る。
「な、何だ・・・?何でだ?」
フォルリヴァー族の男たちも我が目を疑う。
なぜあんな真似を・・・・?
- 660 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:34
- 「・・・・・だって、こんな素晴らしい馬、斬れないよ。」
ひとみは柔らかくはにかんで答えた。
そして剣を地面に突き刺し、自分の前に立ちはだかる白馬の頭をそっと撫でる。
あの時、ひとみが白影を斬らずに、藤本を直接攻撃したのも
この気持ちが1つの要因だったのだ。
ブルルルルル・・・・・・・・
これに白影号は嘶きをもって応えた。
気持ちよさそうに尻尾を振っている。
「まさか・・・・・あの白影が・・・・・?」
これはフォルリヴァー族にとっては天地を揺るがすほどの大事件であった。
決してフォルリヴァー族以外にはなつかぬはずの馬が、
その馬の中でもリーダーたる白影号がこの若い女に恭順の意を示したのだ。
「・・・・・完敗ですな。」
大男がそう呟いた。
この言葉に藤本はブルブルと身体を震わせる。
何という屈辱だろうか。
しかし、大男の言うとおりであった。
今、フォルリヴァー族族長、藤本美貴は吉澤ひとみに完全に敗れ去ったのであった。
- 661 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:35
- 「・・・・・・・ここを通していただけますね?」
右腕を土の術で軽く回復させたひとみ。
地面に放心状態でへたり込む藤本をチラッと一瞥した後、
フォルリヴァー族の男たちにそう要求した。
「・・・・・ああ。族長が敗れた今、俺たちが手出しすることではない。
行くがいい。」
大男をはじめ、他のフォルリヴァー族の男たちも頷くと彼らは黙って道を開けた。
ここで手を出せば、それこそフォルリヴァー族の誇りを、族長の誇りを汚すこととなる。
ひとみは男たちに一礼すると、歩を進めた。
「待て!!!」
と、それを止める者がいた。
「ぞ、族長?」
驚いてひとみや男たちが振り向くと、そこには憤怒に表情を歪ませた藤本が立っていた。
「・・・・・・殺してやる。」
「えっ?」
「もう一度あたしと戦え。お前を殺す以外、あたしには道はない。」
そう言う藤本の目には狂気の光が宿っていた。
彼女にしてみれば戦いにも負け、そして馬に対しても同等に持ち込まれた。
騎馬の民、フォルリヴァー族の族長としてこれは死に値すべき恥である。
この恥を拭い去るにはひとみと再度戦い、完全に勝利する以外になかった。
- 662 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:36
- その心情を理解したひとみは頷いた。
「・・・・それはかまいません。でも、少しの間それは待っていてくれませんか?」
「何?」
ひとみの返答に意外な気持ちを隠せない藤本。
「あなたとは必ずもう一度戦います。
でも、それはあたしの目的が終わるまで待っていただけませんか?」
「お前の目的とは何だ?!」
「それは世界を救うこと。ライジング王国からゼティマ王国を取り戻し、
魔物たちを倒してこの世界を平和にすることです。」
この言葉に藤本をはじめ、フォルリヴァー族の面々は呆気に取られる。
「ふ、ふざけるな!!!!!お前、あたしをどこまで虚仮にするんだ!!!!」
藤本が怒りにまかせて叫ぶ。
彼女には今のひとみの言葉が冗談にしか聞こえなかったのだ。
こんな1人の若い女がライジング王国や魔物を滅ぼし、世界を平和にする。
まさに与太話以外なにものでもない。
藤本にすれば、自分の誇りを適当にあしらわれたという気持ちだった。
「・・・・どうとろうとそっちの勝手ですけど、あなたとはそれが終わるまで戦うつもりはありません。
それでも戦うとなれば、今度は容赦はしませんよ。」
「?!・・・・言ってくれるじゃないか。」
ピクッ、ピクッと藤本の瞼が痙攣する。
もう怒りは沸点に達している。
その怒りが、藤本に余計なことを口走らせた。
「ふん、世界がどうなろうとあたしの知ったことじゃない。
あたしはお前さえ殺せればいいんだよ。
ゼティマ王国が滅んだ?いい気味だ。
あたしは王国とか、王族とかが大嫌いなんだよ。」
- 663 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:37
- ザワッ・・・・・・・・
その時、“風”が変わった。
穏やかな“風”から怒りを含んだ“烈風”に。
フォルリヴァー族の男たちはそれを敏感に感じたが、
怒りに任せて口を開いている藤本はそれを感じ取ることは出来ず、
さらにゼティマ王国を誹謗する言葉を吐く。
「・・・・・・・それぐらいにしろ。」
藤本にはその動きは見えなかった。
気付いたときは胸倉をつかまれ、頬を張り飛ばされていた。
頬を張り飛ばされ、地面に転がされた藤本はギリリと歯軋りしながらひとみを睨む。
「お、お前・・・・・・・?!!」
が、そこで彼女は驚かざるをえなかった。
ひとみの目から大粒の涙が零れ落ちていたからだ。
- 664 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:38
- ひとみは、そしてヒトミは悔しかった。
もちろん、人それぞれの思いがある。
王族のことを嫌いな者も当然いるだろう。
そのことでひとみも、ヒトミも責めるつもりは毛頭ない。
だからと言って平和だった国が、
そこで平穏に暮らしていた人々がいた国が滅んでもいいはずがない。
その国に命をかけた者だっている。
人々の平和のため、国のため、自分の愛する者のために命をかけた者。
世界の平和のために、あえて自分の命を投げ出した者。
その身を挺して王女を守りきった者。
そんな者たちの事を考えると、ひとみとヒトミは心底悔しかった。
悲しかった。
「・・・・・・・・」
その涙を見て藤本も罪悪感にとらわれる。
おそらく目の前の女はゼティマ王国に何か関係があるのだろう。
そんな女に今の言葉はなかった。
心底ゼティマ王国が滅んでしまえばいいと思っていないだけに、それは殊更である。
「・・・・・・悪かった。」
藤本は自分の失言を素直に謝罪した。
彼女も十分礼節はわきまえているのだ。
「・・・・・・いえ。とにかく、先ほども言ったとおり、
それが終わってから、世界を平和にしてからあなたと戦いますから。」
ひとみは右腕の裾で涙を拭くと、剣を鞘に納めて歩き出した。
- 665 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:40
- 「あ、な、なあ!」
「・・・・・まだ何か?」
再度引き止めた藤本を睨みつけるひとみ。
これ以上足止めをする気ならば、次は容赦しない。
自分のために命をかけた者たちのために、ここで立ち止まるわけにはいかない。
だが藤本の目からは狂気の光が抜け落ちていた。
彼女は言いにくそうに尋ねた。
「お前の言う、世界の平和。それを成し遂げるのはそう簡単じゃないよな。
何年も、何十年もかかるかもしれないよな。それでもやるのか?」
「・・・・・・・歩き出さないことには目的地には着きません。
遠すぎるからといって歩き出さないのでは、永遠に到着できませんから。」
ひとみは柔らかく微笑む。
その微笑が藤本の心の何かを揺り動かした。
「・・・・・なるほど。では、その間あたしはずっと待っていなくちゃならないの?
何年も、もしかしたら何十年も?」
「・・・・・・・・」
そう言われるとひとみも答えられない。
返答に困るひとみを見て藤本はニヤッと笑った。
「でも、世界が平和になりさえすれば、お前はあたしと戦うんだな?」
「あ、はい。それは約束します。」
「・・・・・・わかった。おい、一益!!」
「はっ!!」
名を呼ばれたあの大男が藤本のもとに駆け寄る。
「あたしはこの山から出る。後のことはお前に任せたよ。」
「・・・・・はっ!!」
一益は藤本がこう言うのを予測していたようだった。
ニヤリと笑うとうやうやしく一礼した。
「族長?!」
他のフォルリヴァー族の男たちは意味が分からなかった。
フォルリヴァー族族長がこのシーク山脈から出る?
それはひとみも同様であった。
『ふふふふ。おもしろい奴だ。』
しかしヒトミは藤本の心境を察していた。
- 666 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:40
- 「あんたの目的、あたしが手伝ってやるよ。嫌だといっても絶対についていくからな。」
「えっ?!」
藤本の言葉に心底驚くひとみ。
当然他のフォルリヴァー族の男たちも驚いている。
族長がこの女を助ける?
「勘違いするなよ?これはあたしのためだ。
ライジング王国や魔物を蹴散らすのが早くなれば、
それだけお前と戦い、殺すことが早くなるからな。
そのためだという事を忘れるなよ。」
そう言い切る藤本。
しかし、理由はそれだけではないことをヒトミと一益は分かっていた。
- 667 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:41
- 「・・・・・・」
この申し出に戸惑いを隠せないひとみ。
どう返答すればいいのか分からない。
と、その時中からヒトミの声が聞こえてきた。
『ひとみ、よいではないか。あやつの好きにさせてやれ。』
「ヒ、ヒトミ様・・・・・?しかし・・・・・」
ひとみは不安だった。
彼女が心底世界の平和のために戦うとは思えないからだ。
それに彼女は自分を殺そうとしている。
いつ背中から斬りつけられるか分からない。
『それは心配いらぬ。あやつは誇り高きフォルリヴァー族の族長だ。
傷ついた誇りを取り戻すにはそなたを真正面から斬り伏せねばならぬ。
決してだまし討ちなどはせぬであろうし、裏切りもせぬであろう。
全身全霊を込めて余とそなたの目的を遂行しようとするであろう。
これはある意味、一番の忠臣を得たようなものだ。しかもかなり腕の立つな。』
「・・・・・・なるほど・・・・・」
ヒトミの言葉に頷くひとみ。
確かにヒトミの言うとおりである。
彼女の誇り高さは戦いの最中でも十二分に見せてもらった。
その誇りを彼女自身が傷つけるはずがない。
『それにあやつはひとみの借りがあるからな。
あやつが我らに付いてくると言ったのも、それがあるからであろう。』
「え?借りですか?」
ひとみは首を傾げる。
そんな借りを貸し付けた覚えはないが?
そんなひとみを見てヒトミはふふふと笑った。
『そなたはあやつの大事な仲間を救ったではないか。
あの見事な白馬を。』
- 668 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:43
- 「・・・・・わかりました。じゃあ、お願いします。」
ヒトミの言葉に従い、ひとみは藤本の同行を許可した。
何となく変な感じではあるが。
「ということだ。お前たち、後は頼んだよ。」
ひとみの返答を聞いた藤本は満足げに頷いた。
そして呆然とする仲間たちに自分の留守を守るよう申し付けた。
これにハッと我を取り戻した男たちは口々に言った。
「ぞ、族長、それはないですよ。俺たちも連れて行ってくださいよ。」
「そうですよ。俺らが動けばライジング王国や魔物なんてすぐに蹴散らせますよ。」
「族長のためなら俺らも命捨てれますから。」
全ての男たちが同じ気持ちであった。
ひとみとヒトミはフォルリヴァー族の結束の固さをうかがい知ることが出来た。
「お前たちの気持ちはありがたい。けど連れて行くわけにはいかない。」
藤本は男たちの申し出に首を横に振った。
「何でですか族長?!」
「お前たちまでこの山を出れば、誰が馬を守るんだ?」
そう言って藤本は自分の愛馬、白影号を優しく撫でる。
白影号もそれに応え、親愛を込めて藤本の顔を舐める。
「あ・・・・・・」
藤本の言葉にうつむく男たち。
確かに彼らには守らねばならぬものがあった。
そのために長年、シーク山脈に彼らはこもっているのだ。
「族長の言うとおりだ。我らは族長が安心して旅が出来るよう、留守を守らねばならない。」
一益が男たちをなだめる。
「一益、すまんな。」
「いえ。後はお任せ下さい。しかし、この先我らの力が必要となるときがあるでしょう。
その時は遠慮なく申し付け下さい。
我らフォルリヴァー族、族長のためであれば地の果てまでも駆けつけますから。」
「ああ。その時は頼むな。」
「はっ。」
- 669 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:43
- この光景を見ていたひとみとヒトミは身体を小さく震わせていた。
『・・・・・ひとみ、これはとんでもないことになったな。』
「は、はい。」
ヒトミもひとみもその言葉から興奮の色が隠せない。
フォルリヴァー族の面々は族長藤本のためであればどこでも駆け参じると言った。
それはつまり、ひとみたちのもとへ駆け参じ、ひとみたちを助けるということである。
なぜなら、世界が平和になるまで藤本はひとみたちのもとにいるからだ。
諸国の王たちが敵に回したくないとその存在を恐れていたフォルリヴァー族。
その彼らが今、間接的ではあるがひとみたちの味方となったのだ。
この軍事的効果は計り知れない。
王都奪還へ向けて、これ以上ない味方をひとみたちは得たのだ。
これで興奮するなと言う方が無理であった。
- 670 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:45
- 「さあ、そうと決まればぐずぐずしてる暇はないぞ。早く行くぞ。」
「えっ、あ、はい。」
藤本がさっさと歩き出したのでひとみが慌てて後を付いていく。
順序は全く逆であるのだが。
「あ、あの!馬は?!」
藤本が歩いているのに気付いたひとみは思わず尋ねた。
その問いに藤本はうんざりした顔で振り返り、答えた。
「あのねえ、馬に跨って行けるわけないでしょ?
それだけであたしがフォルリヴァー族っていうのが分かるじゃない。
普通の奴らはそれだけで警戒するでしょ?別にあたしはそれでもかまわないけど、
お前が困るんじゃないの?一応気を使ったつもりなんだけど。」
「あ・・・・すみません。」
ひとみは赤面した。
「お前、そんなことで世界を平和に出来るの?しっかりしてよ?」
藤本はパンとひとみの背中を叩いた。
「・・・・・・何か違うような・・・・・・」
ひとみは自分の命を狙う者と同行するというこの不思議な状況に首を傾げる。
しかも主導権は何故か彼女が持っている。
『・・・・・人の世とは、何が起こるかわからぬものだな。』
ヒトミはふふっと笑いながら呟いた。
- 671 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:46
- 「吉澤ひとみ、といったな。族長を、美貴様を頼むぞ。」
2人連れ立って山を下っていく姿を見送りながら一益は呟く。
これで、呪われたフォルリヴァー族の歴史も変えることが出来るかもしれない。
そんな希望が一益の、男たちの胸に宿る。
ヒヒヒヒヒーン!!!!!
その思いに呼応するかのように、馬たちが高く嘶いた。
- 672 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:47
- ゼティマ暦308年4月15日。
王都ゼティマが陥落してから3日後。
この日、ひとみたちは新たな2つの希望とめぐりあった。
- 673 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:47
-
1つ目は勇敢な騎馬民族、“フォルリヴァー族”。
- 674 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:48
-
そしてもう1つは、その族長で、後の世に『新10剣聖』の1人として
歴史にその名を残すことになる“藤本美貴”であった。
- 675 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:51
- 本日の更新はここまでです。
ちょうど区切りよく終われました。
>>648 名無飼育さん様
レスありがとうございます。ようやく第二部を始めることが出来ました。
新しい登場人物もこれからどんどん出てきますし、活躍してくれると思います。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。
>>649 スペード様
レスありがとうございます。そうですね、最初は彼女からです。
またこれからもどんどんと新しい人が出てきますし、新たな展開を迎えます。
これからもよろしくお願いいたします。
- 676 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:53
- >>650 konkon様
レスありがとうございます。はい、彼女が来ました。
他のメンバーもこれからどんどん登場させたいと思っています。
新しいメンバーにご期待下さい。
>>651 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。この2人はこんな関係となりました。
2人になったことでこの先の旅も広がりを見せると思います。
次回からもどうぞよろしくお願いいたします。
- 677 名前:悪天 投稿日:2005/02/13(日) 01:54
- では次回更新まで失礼いたします。
次回もよろしくお願いいたします。
- 678 名前:みっくす 投稿日:2005/02/13(日) 15:07
- 更新おつかれさまです。
第2部もいよいよ本格的に始動ですね。
新10剣聖ですか。あとの8人は誰がでてくるのですかね。
次回も楽しみにまってます。
- 679 名前:娘。よっすいー好き 投稿日:2005/02/13(日) 21:38
- 初めてレスさせていただきます。
このファンタジーかなり面白いです。続きも頑張って下さい。
- 680 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/14(月) 00:41
- 藤本さんかっこよすぎ…そしてひとみも素敵すぎです。鳥肌もの。
- 681 名前:名無宿無し 投稿日:2005/02/14(月) 08:29
- >>“フォルリヴァー族”
ああ、たきかw・・・・
- 682 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/02/15(火) 00:35
- 更新お疲れ様です。
こんな関係になっちゃいましたか。
これからの旅の広がり&新10剣聖がとても楽しみです。
それより、この先彼女に行き先決められそ〜な感じが・・・だ、大丈夫なのか??
次回も楽しみに待ってます。
- 683 名前:闇への光 投稿日:2005/03/05(土) 15:18
- はじめまして。
毎回楽しみに読んでいます。
新たな仲間は果たして・・・
(おそらく彼女らだな)。
新たな剣は今は目覚めぬ
されど時が覚醒させる
古き剣ともどもその名を永久に歴史に刻まん
↑
勝手にこの作品に感じたイメージです。
さてはて、他に逃れし者はどのようになったのだろうかな?
次回更新を楽しみにしています。
- 684 名前:スペード 投稿日:2005/03/14(月) 00:24
- 更新待ってまーす
- 685 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 00:56
- 柔らかな陽光は旅人たちの気持ちを穏やかにし、
さわやかな風は旅人たちを心地よく感じさせる。
ゼティマ王国の四季の中で、春先は一番心地よい季節だとゼティマ王国人はもちろん、
他国の者も口を揃えてそう言う。
ゼティマ暦308年4月17日。
この日もいつもと変わらぬ陽気な光がゼティマ王国内を優しく照らしていた。
- 686 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 00:57
- だがその季節にそぐわない表情を浮かべた旅の一行が、
南のココナッツ王国へとつながる道を歩いていた。
その総勢はわずかに3名。
しかも3名とも若い女という珍しい一行であった。
「・・・・・梨華さん、大丈夫ですか?」
その一行の中の1人が、もう1人の女に声をかける。
声をかけた方の女の左腕には銀の腕輪があり、そこにはゼティマの意匠が施されている。
「・・・・・はい、お心遣いありがとうございますマコト様。」
声をかけられた方の女はうやうやしく頭を下げる。
その胸元には石の首飾りが小さく揺れていた。
そしてもう1人の女も、どこか高貴な身分を想像させる立ち居振る舞いで歩いている。
彼女たち3人はただの若い女ではない。
1人は、大国ゼティマ王国王女、マコト・オガワ・ブルー。
そして1人は、ココナッツ王国王女、黒澤ミカという、一国の王女2人であった。
さらにもう1人いるが、彼女は王族ではない。
だが、マコトとミカの従者でもない。
彼女の名前は石川梨華。
ゼティマ王国の地方の一村、ミホ村に生まれたごく平凡な普通の民である。
・・・・・・・・・はずだった。
だが、彼女こそ知る人ぞ知る、世界の鍵を握る“ブルームーンストーン”の正式な後継者なのである。
その彼女たちは、深く沈んだ表情で南へと向かっていた。
「あと一日もすればココナッツ王国にたどり着けます。
きっとみなも向かっていますよ。」
ココナッツ王国王女、ミカが梨華に柔らかく微笑む。
しかしその微笑みには陰りがあることを梨華は知っていた。
- 687 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 00:58
- ゼティマ王国が陥落してから5日。
10剣聖“ダークエンジェル”中澤裕子の判断により
寸でのところでゼティマ城から落ち延びた彼女たちは、
ココナッツ王国のさらに南にある“カリアリ”という小さな村を目指していた。
だが、それを当然ライジング王国軍が許すはずがない。
梨華たちは何度もライジング王国軍の追手に襲われた。
その度に梨華たちを守る護衛たちが1人、また1人と減っていった。
そしてとうとう彼女たち3人だけとなってしまったのである。
が、彼女たちは護衛たちが追手を食い止めている間に距離を稼いでいため、
護衛たちの生死は確認していない。
そのため、ミカはココナッツ王国で彼らがきっと待っていると言ったのだ。
もちろんそれはありえないことを誰もが分かっている。
それでもミカは希望を口にした。
なぜならば、その護衛には梨華の両親、そしてひとみの姉も含まれていたからだ。
それを考えると、どうしても希望の言葉を言うしかミカには出来なかった。
マコトも同様だ。
だからこそ王族の身でありながら梨華に殊更気遣いを見せるのだ。
しかし当の梨華はその気遣いなど無用とばかりに落ち着いていた。
無論両親、そして親しい者を亡くして悲しくないはずがない。
それでも梨華はその悲しみを表に出すことはなかった。
何故なら、両親を亡くしたのは自分だけではない。
マコトも、そしてミカも同様に父を、そして大事な家臣たちを亡くしている。
そう思えば、自分だけ悲しんでいられない。
心に深く傷を負った一行は、南へ、南へと歩を進めていった。
- 688 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 00:59
- そして一日ほど歩き続け、日も傾き、辺りが暗闇に包まれた頃、
ミカが愁いを帯びた声で告げた。
「・・・・・・あそこがココナッツ王国最北端の町、“オアフ”です。」
「え・・・・・・・・?」
何度かココナッツ王国を訪れたことがあるマコトが驚きを隠せず呟いた。
彼女たちは夜の山道を歩いていたが、
その視線の先に荒れ果てた平野が広がっていたのが分かった。
そこにはかつて、人々が生活をしていた町、“オアフ”というものが存在していたことを
ミカとマコトは知っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
誰も口を開くことが出来なかった。
その光景を見れば、どれだけライジング王国軍の侵略が激しかったかが分かる。
それはつまりライジング王国軍に侵略された他の国々も同様だということであった。
3人は自分の祖国のことを思い、しばらくたたずんでいた。
- 689 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 00:59
- 「・・・・・・先を急ぐべきかもしれませんが、今夜はこのあたりで一夜を過ごしましょう。」
梨華が王女2人に進言する。
本来ならばこの夜の闇にまぎれて移動するのが最善であるのだが、
3人ともここまで必死の逃避行を続けており、体力も限界に近付いている。
さらに今後、必ず追手との戦いが待ち受けているであろう。
それだけに休息はとれるときにとっておかねばならない。
これはニジンスキー士官学校にて教わったことだ。
王女2人が同意の意を示すと、梨華は3人が眠れそうな場所を探しに行った。
いくら深い森林に囲まれた道とはいえこのあたりは大事な国境地帯であり、
3人を捕らえよという命令も伝わっているであろう。
ライジング王国軍がこのあたりを警戒している可能性は十二分にある。
それだけに用心をしてもしすぎることはなかった。
梨華は生い茂る草をかき分けながらどんどんと前へ進んでいく。
先ほどまでは3人でいたが、1人で歩いているとやはり脳裏に浮かぶ。
自分を守るためにその身を投げ出した両親。
さらには姉と呼べる親しい人。
そして、消息不明の大事な人のことが。
正直彼女たちの生存は不可能に近いことかもしれない。
あの状況ではそう考えるのが妥当であろう。
だが梨華は諦めることは出来なかった。
最後の最後まで希望を捨てず、歩を進める。
- 690 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:00
- 「あ?!」
考え事をしながら、また夜の闇の中を歩いていたため、梨華は不意に足元を滑らせた。
山の斜面を勢いよく転げ落ちていく。
「くっ!!」
梨華は咄嗟に斜面から生えている木に腰に付けていた剣を刺し込み、落下を止めた。
「あ、危なかった・・・・・・・・」
刺し込んだ剣を使って木に登りきった梨華は、木の上に座り込んでホッと一息ついた。
下を覗き込むと、夜の闇ではっきりとは見えないがかなりの深さだということが分かった。
あのまま落ちていたら怪我をするだけではすまなかったかもしれない。
梨華が安堵し、さてどうやって上へ戻ろうかと考えていると、
その視界にあるものが映った。
「え・・・・・・?」
梨華がここに気付いたのはまさに僥倖と言っても良いだろう。
思案にふけり、夜道で足を滑らせなければ絶対に見つからなかった。
斜めに生えた木の根元の土には大きな穴があいていたのだ。
- 691 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:01
- 「これ・・・・・・洞窟?」
梨華はその中に入り、持っていた松明に火を付けた。
「・・・・・・・・広い。」
思わず梨華の口から感嘆の言葉が漏れる。
中の大きさは10人の人間が悠々と起居できるほどの広さであり、
また何よりも出入口が曲折していて、外から内部を見透かすことは不可能である。
「・・・・・まさかこんなところが見つかるなんて。」
ここならばほぼ見つかることはなく、ゆっくりと休息をとることが出来る。
梨華は洞窟から出ると滑り落ちた坂道をゆっくりと登り、マコトたちのもとへと向かった。
「これはすごい。まさに自然が生んだ奇跡ですね。」
「本当ですね。」
マコトをはじめ、ミカも感嘆の声を挙げる。
あの後、慎重に坂道を降り、洞窟へとたどり着いた3人。
その表情が見る見るうちに柔らかくなっていく。
ここまで執拗な追手との戦いで神経をすり減らしていた。
まともに眠ることすら出来なかった。
だが、今夜はゆっくりと眠れそうだ。
これからのことを話し合うのもそこそこに3人は深い眠りに付いた。
- 692 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:02
- 「あれ?ここは?」
ふと、梨華は目が覚めた。
そして周りを見回すが、先ほどとは景色が違っていた。
ここは梨華が見つけた洞窟のはずだ。
しかし、梨華の視界に映ったのはとある町の外れにある、古びた家であった。
「ひ、ひとみちゃん?」
そしてその家の扉の前に立っているのは梨華の大事な人、吉澤ひとみだった。
「・・・・・ひとみちゃん?」
梨華はひとみの様子がおかしいことに気が付いた。
その周りには多くの人々がいたが、全て若い女性だったが、
その誰もが梨華の知らない顔だった。
「そんな勝手許さないよ!!あたしとの約束はどうなるの?!!」
両肩に剣を背負った女性が涙ながらに叫んだ。
気付けば他の者たちも涙を流している。
「・・・・・・ごめん。」
ひとみは心底困った声でそう呟いた。
だが、その表情からは決意が見て取れ、それは誰も覆せそうになかった。
「みんな、後を頼むね。」
ひとみは集まった者たちの顔を眺めてそう呟いた。
その表情は何か達観したものがあった。
そしてひとみはその古びた家の扉を開け、中に入っていった。
- 693 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:03
- 「ひ、ひとみさん!!」
「吉澤さん!!」
「あほ!!よっすぃーの思いを無駄にするな!!」
「そうだ!!無駄にしたら駄目だから!!」
ひとみの後を追おうとした者を、小さな身体をした2人の女性が必死に止める。
その彼女たちの表情も苦痛に満ちていた。
『これって・・・・・・・・?』
梨華は困惑していた。
どうやら自分の姿はここにいる誰も見えていないようである。
それに詳しい事情も分からない。
だが、緊迫しているということだけははっきりと分かった。
自分の大事な人、吉澤ひとみにこれから何かがあるということだけは。
『あ?!!』
「ひとみ!!!」
「ひ、ひとみさん!!」
「よっすぃー!!」
「吉澤さん!!!」
その場に居た者たちは一斉に叫んだ。
古びた家の真上に大きな満月が浮かび、そして一気にこの家に落ちてきたのである。
そして眩い光が古い家を包み込んだ。
その光が収まると、そこにはただ何も無い草原が広がっていた。
古びた家も、そして吉澤ひとみの姿も跡形も無く消えていた。
「ひ、ひとみ・・・・・ひとみー!!!!」
「吉澤さんっ!!!」
そこにいた人々が一斉に泣き崩れる。
『ひ、ひとみちゃん?』
梨華も困惑しながらも周りの者たちと同様にこの状況を本能的に察知していた。
すなわち、これは吉澤ひとみとの永遠の別れだということに。
『ひ、ひとみちゃん、ひとみちゃーん!!!!!!』
梨華はあらん限りの声を出して叫んだ。
- 694 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:04
- 「梨華さん!梨華さん!!」
自分を呼ぶ声がして梨華はハッと目を覚ました。
声をかけたマコトが心配そうに梨華の顔を覗き込んでいた。
その傍らでミカも同様に表情を曇らせていた。
「あ、すみません、大丈夫です。」
梨華は額に湧き出ていた不快な汗を拭うとふうっと一息ついた。
額だけでなく、全身に汗をかいていた。
全身もどことなくだるい感じがする。
そしてふと思う。
今のは夢だったんだ・・・・・・・・・
洞窟内にわずかながら光が差し込んでいる。
どうやら一夜は明けたようだ。
この明るさからするとだいぶ日も高くなっているのかもしれない。
「大丈夫ですか梨華さん?かなりうなされていましたが。」
「ええ、少し嫌な夢を見まして・・・・・・」
マコトの問いに答える梨華。
そう、今の夢は考えただけでも嫌なものであった。
何しろ・・・・・・・
- 695 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:04
- ・・・・・・・・何しろ?
梨華は表情を曇らせた。
それは今、自分がどんな夢を見ていたのか全く思い出せなかったからだ。
梨華は眉間に皺を寄せ、どんな夢だったかを必死に思い出そうとする。
だが、どうしても思い出すことが出来ない。
頭が霧がかったように、はっきりと動かない。
「まだ疲れがとれていないんですよ。もう少し休みましょう。」
考え込む様子の梨華を見てマコトが気遣いの言葉をかける。
彼女は梨華が黙り込むのを見て、まだ体調が回復していないと思ったのだ。
「あ、いえ、大丈夫で・・・・・」
梨華はマコトの言葉に頭を振り、立ち上がろうとしたが
途中で力が抜けてガクッと崩れ落ちた。
「ほらっ、無理をしないで。もう少し休んで、出発は日が落ちてからにしましょう。」
ミカも梨華の体を考え、もう少し休むように言う。
梨華としては何としても今の夢を思い出し、彼女らに伝えたいところだが、
頭が、体が言うことを聞かなかった。
全身が梨華の意思に反発するかのように重く、だるい。
まるで鉛のようだった。
しばらくすると梨華は抵抗を諦め、体が欲するがままに瞼を閉じ、深い眠りに落ちた。
- 696 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:06
- 今度は何の夢を見ることもなかった。
目覚めたときは頭にかかっていた霧がすっかりと晴れていた。
しかしすっきりした反面、大事な夢のことを梨華は完全に忘れていた。
「あ、目が覚めましたか。」
梨華が目覚めたのに気付いたミカが声をかけた。
マコトもすでに起きており、どうやら食事の用意をしているようであった。
「あ、すみません。」
梨華は慌てて起き上がった。
いつまでも惰眠を貪っていた自分が恥ずかしい。
しかも自国の王女に食事の用意までさせているとは。
「いえいえ気になさらなくて結構ですよ。こんな時に王族とか関係ないですし。」
恐縮する梨華に柔らかく微笑むと、マコトは食事の用意を再開させた。
その手際はなかなか鮮やかなものであった。
「・・・・・・・マコト様。失礼ですが、一体どこでそのようなことを?」
これにはミカも思わず問う。
王族たるもの、食事の用意などしたことなどない。
それが当たり前であるし、そんなことをする必要など無い。
だが、マコトの手際のよさは明らかに何度も経験した事を示している。
- 697 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:06
- マコトは笑ってその秘密を話した。
「私はつい最近まで王宮の外で暮らしていたんですよ。
正直王宮の外で暮らしていた方が長いんですよ。
ですから食事の用意をするのも当たり前のことなんです。」
「え?そうなんですか?」
ミカも梨華も心底驚き、声を上げた。
これはミカはもちろん、ゼティマ王国の住人である梨華も初耳だった。
「はい。私は12歳まで城下町のとある騎士階級の家で育てられていました。
そこで学校へも行ったり、町の人々と遊んだりしていたんですよ。
もちろん何か公式の行事の時には王宮には戻ったりもしましたが、
ほとんどは王宮の外でした。」
そういえば、とミカはハッと気付いた。
ミカはココナッツ王国の王女として何度もゼティマ王国を訪れ、
ゼティマ王や第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルーと会ったことがあった。
しかし、ごく最近まで第二王女のマコト・オガワ・ブルーと会ったことはなかった。
彼女に初めて会ったのは今から約2年半前。
つまり、『クロスロードウォー』が終結を迎え、
王位継承候補がヒトミからマコトに変わってからのことだった。
そのことについてミカは余り疑問を持つことは無かった。
マコトは第二王女であったから、ヒトミ第一王女の立場を慮って
今までこういった公式な会見には顔を見せなかったのだと思っていたのだ。
だが今にして思えばそれも不自然であった。
- 698 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:07
- 『それに、この梨華さんに対する振る舞い。
それも王宮の外で育っていたならば納得できる。』
ミカが常々抱いていた疑問もこれで解けた。
ミカはココナッツ王国の王女。
そしてマコトも大国ゼティマ王国の王女。
本来ならばただの村人である梨華とはまともに口を利くような身分ではない。
もちろん今は非常時であり、さらにミカもまれに見る優しさの持ち主のため、
梨華を気遣う言葉や行動をとっているが、
それでもやはり王族と平民との一線をきっちりと引いていた。
だが、マコトにはその一線というものが無かった。
王族も平民も何の関係もない。
そんな振る舞いを常に見せている。
これは王族として育ったミカには考えられないことであったが、
王宮の外で育ったというのならば話は別だ。
『それにしても何故ヒトミ様は王宮で育ち、マコト様は外で育ったのだ?
・・・・・・・・・・・どうやらゼティマ王国にも何かありそうだな。』
- 699 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:08
- 清廉潔白な王家など存在しない。
それは古今東西、全てにおいて共通の鉄則であった。
特に古い王家ほど血が澱んでいると言えるだろう。
ゼティマ王国は建国から300年を過ぎている。
この300年の歴史には公式、非公式問わず様々な争いが生じた。
親子同士で殺しあうこともあれば、兄弟でたった1つしかない玉座を争ったこともある。
また、父と思っていた人物が真の父の敵であったこともあった。
そんな血と嘘で塗り固められたのが王国といえるだろう。
無論、ミカのココナッツ王国も例外ではない。
そこには他人に言えぬものがある。
『まあ、今はそんなことはどうでもいい。それよりもこの先、どうするかだ。』
今はゼティマ王家がどうであろうと関係ない。
マコトはミカにとって大事な盟友なのだから。
ミカは頭を横に振り、浮かんだ雑念を消し去った。
- 700 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:08
- 「さて、これからの進路ですけれど、どうしましょうか?」
マコトが用意してくれた食事を口に運びながら梨華が尋ねた。
もちろん目的地はココナッツ王国のさらに南にある“カリアリ”だが、
そこへ至るには3つのルートから選ばねばならない。
まずはこのまま真直ぐ南下し、ココナッツ王国の王都“ハワイ”を通り抜けていくルート。
これは何といっても真直ぐ南下するため最短距離でいける。
だが、当然王都には占領軍が駐屯しているため、
捕らえられるという危険性が最も高いルートでもある。
次にここから東へ迂回し、南下していくルート。
これは周りは高い山脈に囲まれた険しい道であるが、
その分ライジング王国軍にとって兵を置きにくい場所でもある。
時間はかかるかもしれないが、一番安全なルートかもしれない。
そして最後に西を迂回し、南下していくルート。
この道中にはココナッツ王国第二の都市、“マウイ”がある。
それだけに道も整備されており、通りやすい道といえるが、
やはりここもライジング王国軍が待ち構えている可能性が高い。
しかし王都からはだいぶ離れているため守りが手薄な可能性もある。
この3つのルートのうちどれを選ぶか。
梨華たちの運命はそれで決まるといっても過言ではなかった。
- 701 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:10
- 「・・・・わたしはやはり一番安全な道を選ぶべきだと思います。
例え時間がかかったとしても。」
マコトが主張したのは東を迂回するルート。
やはり敵の追手から逃れることが先決だとマコトは考えていた。
「・・・・あたしは西を迂回して“マウイ”を通る道がいいと思います。
“ハワイ”を通る道よりかは安全でしょうし、また適度に人もいます。
上手く紛れ込むには最適なのでは?」
梨華が主張したのは西へ迂回し、“マウイ”の辺りを通るルートだ。
自分がもし敵側の人間ならば一番安全と思われる東へ迂回するルートを狙う。
だからこそその逆を突いて西側から一気に南下するべきだというのが梨華の考えだった。
それに“ハワイ”には民衆はいなくても(ライジング王国軍来襲の際、ゼティマ王国へ逃げて行ったため)
“マウイ”にはまだ数万の民衆が残っている。
その中に上手く紛れ込むことが出来ればライジング王国軍もそう易々と自分たちを見つけられないだろうという思惑もあった。
「ミカ様はどう思われますか?」
マコトと梨華の意見が分かれたため、マコトはミカに尋ねた。
ミカはしばらく考え込んだが、やがて意を決したかのように口を開いた。
「わたしは・・・・・・梨華さんの意見に賛成します。梨華さんの言うように、
東へ迂回するルートは逆に危ないと思います。もちろん真直ぐ南下するのも当然です。
ですから、ここは西へ迂回し、“マウイ”経由のルートで行きましょう。」
「・・・・・・そうですね、分かりました。」
ミカの言葉にマコトも納得し、頷いた。
3人は食事を終えると荷物をまとめ、辺りが暗くなるのを待って洞窟を出た。
- 702 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:10
-
果たしてこの決断は吉と出るのか。
それとも凶と出るのであろうか。
- 703 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:11
- 高くそびえる城壁にかこまれたココナッツ城の中庭と前庭は
出動する兵士たちでごった返していた。
しかし兵士たちの動きは忙しげであっても混乱は一切なかった。
それはこの軍の司令官の命令が実に明快で、きびきびとしたものだからだ。
「ほほう、これはお見事。あの若さでこの統率力。見事なものだ。」
ココナッツ城の最上階、かつてココナッツ王がいた王の間から
1人の男がこの光景を見て感嘆の声を上げていた。
「そうでございますね。さすがはライジング王国きっての名門、高橋家の跡取りにございますな。」
側に仕える男がもみ手をするような口調で追随する。
その明らかにご機嫌を伺うような口調は正直辟易する。
が、男はその思いを顔に出さず名門高橋家の跡取り“娘”の指揮ぶりを見つめていた。
- 704 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:12
- 「愛様、準備は整いました。いつでも出陣できます。」
その髪は真っ白でかなりの年を感じさせるが、
その引き締まった身体、鋭い眼光はただの老人でないことは一目瞭然であった。
その老人が孫のような年齢の女性にうやうやしく頭を下げ、報告する。
「うむ、ご苦労であった義景。」
報告に来た老人の労をねぎらうと、愛と呼ばれた少女はあたりを見回した。
彼女の周りには1000ほどの兵士がいたが、みな寸分の乱れも無く整列していた。
その光景からもこの兵士たちは十分に鍛えられ、また司令官にしっかりと統率されていることが分かる。
- 705 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:13
- 「いいかみんな!!」
ライジング王国きっての名門、高橋家の跡取り、“高橋愛”が
腰に付けていた剣を鞘から抜き、夜空に掲げる。
「我らはこれより“マウイ”へ赴き、我がライジング王国に刃向かう者たちを捕らえる。
それぞれが全力を尽くし、輝かしい武勲をたてよ!!」
「おおおおおおおおお!!!!!」
銀色に輝く甲冑を纏った高橋愛の言葉に、兵士たちが一斉に猛々しい声を上げた。
「よし、出陣!!!」
「おおおおおおおおおお!!!!!」
高橋の命令に再度兵士たちは雄たけびを上げた。
「ふふふふふ、まあせいぜい張り切って名門高橋家の名を高めることだな。」
ココナッツ城最上階で眺めていた男が、
梨華たちが“マウイ”経由で南下することを見破った男がニヤリと笑った。
それは毒々しく、辺りに瘴気をまき散らかすような笑みであった。
- 706 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:14
- 本日の更新はここまでです。
いつも遅くなってすみません。
それに今回は何か変な内容でした。もっともっと修行します。
>>678 みっくす様
レスありがとうございます。ようやく第二部も少しずつですが進みました。
これからまた新たな登場人物も出てきますし、彼女たちの活躍にご期待下さい。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
>>679 娘。よっすぃー好き様
はじめましてですね。読んでいただき、またレスもいただきありがとうございます。
その上面白いと言っていただいて本当に嬉しいです。
どうかこんな話ですが、これからもよろしくお願いいたします。
>>680 名無飼育さん様
レスありがとうございます。“かっこいい”と言っていただけるのは何よりです。
これからもこの2人に限らず、他のメンバーもかっけー活躍を見せられればと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
- 707 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:15
- >>681 名無宿無し様
レスありがとうございます。そうです、気付かれましたね。
フォールとリヴァー(滝と川)で“フォルリヴァー族”(滝川族)です。
族長の出身地ということで。・・・・・・・安易ですね。
>>682 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。彼女たちは何か変な関係になってしまいましたね。
この2人がこれからどんな旅をするのか、作者が一番楽しみにしています。
きっと族長さんがどんどん強引に話を作っていってくれると思います。
>>683 闇への光様
どうもはじめまして。レスありがとうございます。
まあ、新10剣聖はお約束ということで。素晴らしいイメージ、ありがとうございます。
そんな大層なものではありませんが、これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
>>684 スペード様
いつもお待たせしてすみません。ほんと、スペード様の安定した更新は凄いです。
いつも見習いたいと思っています。出来る限り頑張っていきますので、
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
- 708 名前:悪天 投稿日:2005/03/29(火) 01:16
- では次回更新まで失礼いたします。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
- 709 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/31(木) 20:41
- 一気に読まさせて頂きました。 実は前々から拝見させて頂いていましたが、途中から話が分からなくなってしまい、また最初から読むことにしたんです。 そしてやっと読めて、初レスさせて頂きました。 ファンタジーは好きなので最後までお付き合いさせて頂きます。 次回更新待ってます。
- 710 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/02(土) 12:05
- 久々のレスですが、ずっと最初から読んでます
ネタふりが気になってたまりません。
続き楽しみにしてます。
- 711 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/04/13(水) 11:03
- 更新お疲れ様です。
今回はなんか、意味深な話もありましたね。
そして、新たな登場人物によって展開される話は・・・
ん〜〜よくわからん。謎だなぁ〜〜
次回更新も楽しみに待ってます。
- 712 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/29(金) 21:18
- 読み直したんだけどさ、これって娘。小説じゃなくて
オリジナルキャラクターでのアニメとかでも十分見ごたえある作品になりそう。
続き楽しみにしてます
- 713 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:07
- 「これは・・・・・・・」
梨華は自分たちの判断が間違っていたことに気付き、表情を歪めた。
洞窟を出て歩き続けること2日。
梨華たちはようやく“マウイ”の街まで辿り着いた。
しかしいきなり3人揃って街に入るのは危険なため、
まずは梨華だけが“マウイ”に入り、様子を探っていた。
だが、その街のいたるところにライジング王国の兵士たちが徘徊していたのだ。
『これだけの数の兵士がいるということは、完全にあたしたちの行動が読まれていた?』
この現状ではそう思うしかなかった。
『何とかしてこの状況を切り抜けないと。』
梨華は焦る気持ちをなだめながら旅人を装い、街の通りを歩いていく。
マコト王女やミカ王女はともかく、自分の顔は知られていないはずだ。
不自然な行動さえ取らなければ怪しまれることも無い。
梨華は旅人ならば必ずそうすること、つまり水と食料を買い求めるため、
多くの客で賑わっている市場へと足を向けた。
- 714 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:09
- 季節は春の4月。
だが、それはゼティマ王国でのことであり、
ここココナッツ王国の4月はもうすでに夏模様に彩られている。
しかし陽ざしはかなり強いが、空気が乾燥して適度の風があるので、
樹木や建物の影にはいると涼しささえ感じる。
石畳にも水がまかれ、蒸発する水が熱気をとりさっている。
その石畳の周りには数々の露店が立ち並ぶ。
この占領下の中、露店の周りには多くの人で賑わっていた。
いつの世も、いかなる混乱の世でも民衆とはたくましいものである。
ライジング王国に支配された“マウイ”ではあるが、
民衆は踏まれても起き上がる雑草のようにたくましく生きていた。
もちろんそれはライジング王国の侵略が一段落し、
これ以上殺戮が行われなくなったというのもある。
夕暮れ時、市場はその日の夕食にありつこうとする者でいっぱいだった。
- 715 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:09
- 「えーっと・・・・・・」
梨華は立ち並ぶ店の商品を物色するふりをして辺りに目をやる。
『1人、2人・・・・・・・全部で4人ね。』
武装した兵士と、ところどころに見え隠れする民衆を装った兵士たちの影。
彼らは明らかに自分の動きを追っている。
だが、それは自分をブルームーンストーンの後継者と確信して見ているのではなく、
旅の者ということで警戒の目を向けているに過ぎないということを梨華は分かっていた。
『でも、何か焦っているみたいね。尾行が雑だわ。』
さらに梨華はこうも感じていた。
兵士たちの目に余裕がないのだ。
彼らはどこか功を焦っているふしがあった。
このあたりの洞察力はさすがニジンスキー士官学校で天才とうたわれただけのことはあった。
- 716 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:10
- 「何かいっぱい兵士たちが見えるけど、何かあったんですか?」
梨華はとある店に入り、そこで売られている水と、肉を乾した物を買い込んだ。
その際にさりげなく店の主人から情報を集める。
「ん?ああ、俺もよくは知らねぇが、昨日いきなり“ハワイ”から軍隊が来やがってよ。
で、来るなり街のいたるところをうろうろしだしやがったんだ。
何か若い女を数人捜してるみてえだぜ。」
店の主人はその恰幅のある身体を豪快に揺らしながら商品を皮袋に詰めて梨華に渡す。
その中身は明らかに梨華が支払った代金分よりも多かった。
「え?これ・・・・ちょっと多いですけど・・・・・」
「まあいいってことよ。お嬢ちゃんかわいいから特別だよ。
女の旅はしんどいからな。たくさん食べて頑張れよ。」
店主は人懐っこい笑顔を見せる。
「まーただよ。相変わらずだな。」
それを見ていた他の客が、常連客であろう男がにやりと笑う。
おそらくこの光景はこの店では何度も見られたことなのであろう。
「ありがとうございます。」
店主の心遣いに梨華は笑顔を見せる。
が、内心は焦りでいっぱいだった。
店主から聞いたこの状況では迂闊に外に出てマコトたちと合流することなど出来ない。
合流した途端、囲まれて捕らえられるのがおちだ。
しかしかといってこのまま“マウイ”に留まるわけにはいかない。
『・・・・・・どうする?』
梨華は頭を忙しく回転させる。
どうにかしてこの状況を上手く切り抜けなければならない。
- 717 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:12
- 「よう姉ちゃん、1人か?」
梨華の思考を止めたのは聞くからに不快な声と、
右肩に置かれたいやらしさが滲み出た手であった。
梨華が顔を上げると、そこは予想通り欲情に満ちた男の顔があった。
梨華は咄嗟にその手を掴んで捻り上げたい衝動に駆られたが、
男の格好に気付きそれをやめた。
その男が身に纏っていたのは今や世界をその手に収めつつあるライジング王国の、
当人たちのみが“名誉ある”と感じる甲冑だったからだ。
「なあ姉ちゃん、1人かって聞いてんだろ?」
その兵士が声に凄みを利かせて言う。
その声からは自分がこの世界の覇者というべき驕り昂った気持ちがにじみ出ていた。
と同時にその男自信の底の浅さも滲み出ていた。
「あ、はい、1人ですけれど・・・・・・・何か・・・?」
梨華はなるべく刺激させないように丁寧に答える。
「いや、こんなご時世に女の一人旅は心細いだろ?
だから俺様が一緒にメシを食べてやろうって言ってやってるんだ。
ありがたいだろ?」
「あ、いえ、けっこうです。」
「は?俺の耳がおかしくなったのか?もう一度聞くぞ。
俺様とメシを食う。いいな?」
男は怒りを押し殺しながらももう一度尋ねた。
彼はまさか断られるとは思ってもみなかったのだ。
「あ、その・・・・ご遠慮しておきます。」
だが梨華は首を振る。
こんな男と食事を共にするなど、考えただけでも気分が悪くなる。
「・・・・・・・・・・お前、俺が誰だか分かって言っているのか?」
男は自分がライジング王国の兵士であることに増長していた。
「おい、いくらライジング王国の兵士とはいえ、
女を口説くのにそれはないんじゃないか?みっともない。」
この男の思い上がった言葉に、その店主がたまらず口を挟んだ。
彼としてはこんな若い、かわいい娘が困っているのを見過ごすことは出来ないし、
また、ライジング王国に対して自国を滅ぼされた恨みもたまっている。
それがここで言葉となって現れたのだ。
「あ?今何て言った?」
だがそれはライジング王国兵士の、征服者の怒りを買ってしまう結果となった。
- 718 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:13
- 「きゃああああああ!!!!」
店の中にいた別の女が悲鳴を上げる。
逆上したライジング王国兵士が抜剣し、店主に斬り付けたからだ。
まさにこれは野蛮というべき行為であるが、
自分が征服者だと思い上がっている彼には関係なかった。
「ひっ!!」
店主はその大きな身体を目一杯縮めてこの斬撃をかわしたが、
バランスを崩し、乾し肉や乾燥させた果実を並べた棚に倒れこんだ。
大きな音を立てて商品が転がる。
店内には悲鳴と怒号がこだまする。
『・・・・・・・これは、チャンス?』
梨華はこの状況にハッとなる。
ここで騒ぎが起きた。
マウイに駐屯する兵士たちは一斉に駆けつけてくるであろう。
ゼティマ王国王女マコトやココナッツ王国王女ミカを捕らえることは勲章ものである。
だからこそ何か騒ぎがあれば功を焦ってみな現場へと駆けつけるはずだ。
それはあの尾行をしていた者たちの焦りの目を思い出せば分かる。
となると、街の入り口の警備が手薄となる今のうちにマウイを脱出すべきだ。
梨華はそう決断し、混乱する店の中を気付かれずに出ようとした。
- 719 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:13
- 「うわっ!!!!」
とその時、店主の叫び声が聞こえた。
梨華がその声に振り返ると、店主の左肩から血飛沫がとんだのが見えた。
『・・・・どうしよう?』
梨華は一瞬躊躇した。
頭では分かっている。
この混乱に乗じてこの場から逃げ出し、
マコトたちと合流してマウイから一刻も早く離れるべきだということを。
自分には大業がある。
ライジング王国の支配からゼティマ王国やココナッツ王国を解放し、
この世界を平和にするという大業が。
そして何より、自分は世界の鍵を握る“ブルームーンストーン”の後継者なのだから。
だが気持ちが梨華の身体を縛り付ける。
このまま放っていけば間違いなくあの店主は斬り殺される。
それを見捨てていけるのだろうか?
- 720 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:14
- 「うぐっ!!!」
男は口からくぐもった声を出し、倒れこんだ。
「お、お嬢ちゃん・・・・・・・・」
左肩を押さえ、痛みに表情を歪ませていた店主が喘ぐように呟く。
『・・・・・やっちゃった・・・・』
やはり梨華には見過ごすことは出来なかった。
気付いた時には身体が勝手に動き、
腰に佩いた剣を抜き、その腹で男の顔をしたたかに打ち据えていたのだ。
「この騒ぎは何事だ?!!」
とその時、ライジング王国の兵士たちが大挙してこの店に入り込んできた。
彼らの視界に映ったのは散乱した店内、左肩から血を流している店主、
鼻と口から血を流して倒れているライジング王国の兵士。
そして、剣を右手に持った若い女の姿だった。
「お前だな?お前がこれをやったのだな!!」
駆けつけたライジング王国の兵士は有無をも言わさぬ口調で梨華に近付き、
その腕をとって店の床に抑え込んだ。
「ちょ、ちょっと!!その娘は違うよ!!
この娘がやったんじゃないよ!!」
この光景に店にいる人々は口々に異論を唱えた。
「違う!!いきなりこいつが俺を剣で打ち据えやがったんだ!!
この店主を斬ったのもこいつだ!!」
こう叫んだのは梨華に顔を打ち据えられた男だった。
この言葉に店主をはじめ、客たちが一斉に異議を唱えるが、
ライジング王国の兵士たちは聞く耳を持たない。
「この状況を見ればこやつが狼藉を働いたのは明白!」
ライジング王国の兵士たちはさっさと梨華の身体を革紐で縛り、引っ立てる。
「・・・・・ふん、俺の誘いを断らねばこうはならなかったのに。馬鹿な奴め。」
梨華が引っ立てられるのをその男はニヤリと笑って見送っていた。
- 721 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:15
- 「待ちなさい!!」
とその時、店の入り口から声が聞こえた。
人々の目が一斉に店の入り口に向けられる。
「あ、愛様?!」
その姿を見て兵士たちはうやうやしくひざまずく。
彼らの前に現れたのはライジング王国が誇る武門の名家である高橋家の跡取り、
高橋愛であった。
『こんな若い娘が、ライジング王国の将軍?』
梨華は驚きを隠せなかった。
ライジング王国軍にもこのような女性の将軍がいたのか、と。
しかもかなり若い女性だ。
自分と同じくらいか、やや年下ぐらいだろう。
- 722 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:17
- 「今すぐその方の縄をほどきなさい。」
その若い女性は凛とした表情で部下たちに命令を下す。
「え?しかし愛様、こやつは我が軍の兵士を打ち据え、
この店の主人を斬りつけた大罪人でございますぞ。」
「その証拠は?」
「えっ?」
「この方が店の主人を斬りつけたという証拠はどこにあると言っているのです。」
「そ、それは我が軍の兵士が申しておりました。」
そう言ってその兵士は梨華に顔を打ち据えられた男を見た。
「そうだ。俺の証言だ。」
男はふんぞり返って言う。
「それは間違いありませんね?」
「何だ、俺を疑うっていうのか?」
高橋はこれには応えず、倒れている店主の側に行き、尋ねた。
「我が軍の者はこう申していますが、本当でしょうか?」
「ち、違います!わ、わたしはこの男に斬られたんです!
この女の子はわたしを助けてくれたんです!」
店主は必死に真実を訴える。
「何を言うか!!てめえ、嘘を言うとどうなるか分かってんだろうな?!」
男は両目を吊り上げ、口角から泡を飛ばす。
「嘘をついているのはお前だろ!!」
「そうだ!!このお嬢ちゃんは助けただけだろ!!」
しかし、周りにいた者たちが口々に言い立て反発する。
「それはどういうことですか?」
「最初にこの男がこのお嬢さんを強引に誘い出そうとしたんです。
で、それがあまりに強引だったのでこの店の店主がやめろと言ったら、
いきなり斬りかかったんです。それを助けようとしてお嬢さんは剣を振るったんです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
この発言を聞き、高橋は右手を顔の下半分に当て、考え込む。
が、すぐに意を決したように顔を上げた。
「この状況、そして被害者の言い分、さらには周りにいた目撃者の証言から判断すると、
これは正当防衛といってもいい。よってこの方に何の罪もありません。」
高橋がこう宣言すると、周りから期せずして歓声が上がった。
『この娘・・・・・・・・?』
梨華は不思議な気持ちでいっぱいだった。
ライジング王国軍はこの男のように傍若無人、驕り昂った者ばかりと思っていた。
だが、こんな公正な騎士がいるとは思いもよらなかった。
- 723 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:17
- 「て、てめえ!!一体どういうことだ!!」
が、これでこの男が納まるはずがない。
血相を変えて高橋に詰め寄る。
「そもそもてめえは誰なんだ?!!
俺様がお前のような小娘に命令を受ける筋合いはねえ!!」
「これはしたり。このお方をご存知ないか?」
男と高橋の間に割って入ったのは白髪が見事な老将だった。
「何だ老いぼれ、邪魔すんじゃ・・・・・・・」
男はこの老人を睨みつけ、怒鳴り散らして萎縮させようとした。
だがその老人は全く動じず、男はその鋭い眼光、威圧感に口を開くことが出来なくなった。
「このお方こそライジング王国が誇る名門高橋家の跡取り、高橋愛様である。」
この言葉にあたりからざわめきが起こる。
ライジング王国が誇る名門、高橋家。
この名家のことはゼティマ王国の国民である梨華でさえも知っていた。
- 724 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:18
- ライジング王国が建国されたのはまだ最近のことである。
時の国王ライジング1世が騒乱に満ちたこの地域を平定し、
ライジング王国を建国したのが今から102年前のこと。
その際にライジング王に従い、戦った者の中に高橋家の名があった。
その武勇は諸国の王をも感嘆せしめたという。
それ以来、高橋家はライジング王国が誇る名門として国内外問わず名を轟かせていたのだ。
だが人の世は無常である。
ライジング王国が誇る名門としてその名を轟かせていた高橋家。
が、先の『クロスロードウォー』において当主をはじめ、一族がことごとく戦死。
これは高橋家の勇敢さを表すものであるが、この痛手は余りにも大きかった。
生き残った者で、後を継げる者がまだ15になったばかりの子どもであり、
しかも女であったのだ。
これではライジング王もいくら名門高橋家であるとはいえ、
要職から外さざるを得なかった。
これを機に頂点に立っていた名門は数あるうちの1つに成り下がり、
高橋家は没落したかにみえた。
- 725 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:19
- が、この15の後継ぎ娘が思いもよらぬ才媛であった。
当主の死後、わずか15で高橋家を継いだ高橋愛。
彼女に与えられた役職は地方の町、“フクイ”の総督だった。
総督といえば国王の代理人で、その地方を治める大事な役職である。
しかし彼女が赴いた“フクイ”は、はっきりいって不毛の地。
戦略、政治的に全く意味のない地といっても良かった。
それだけにここの総督に任命される人物は、
身分こそ高いが能力的に大した事が無い者であったり、扱いに困る者であった。
つまり厄介払いに最適の役職であった。
高橋愛がフクイの総督に就任してから2ヶ月後、事件は起きた。
大規模な盗賊団がフクイのすぐ隣の街、カナザワを襲ったのである。
カナザワはフクイと違い、産業が発達した大きな街である。
ここを落とされるとライジング王国にとって大きな痛手だ。
すぐさまライジング4世は信頼できる及川光博将軍を総大将として大軍を派遣した。
しかし、大軍を率いてカナザワに付いた及川を待っていたのは、
盗賊たちの幹部の首級と、1人の少女を讃える賞賛の声であった。
少女、高橋愛は、500を超える盗賊団をわずか100の兵で制圧したのだ。
高橋率いるフクイの軍はカナザワが盗賊団に攻撃を受けたと知ると、
すぐさま軍を動かした。
本来ならばフクイからカナザワまで5日はかかる道のりだが、
フクイの軍はそれをわずか3日で駆けたのだ。
盗賊団もまさかこんなに早く追討の兵が来るとは思ってもみなかった。
カナザワを落として祝勝気分で浮かれているところへフクイの軍が夜襲を掛けてきてはたまったものではなかった。
あっさりと盗賊たちの首領は討ち取られ、主だった者もみな生命活動を停止させた。
こうしてカナザワはライジング王国の手に戻り、高橋愛は見事な武勲を立てたのである。
- 726 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:20
- 「高橋家の執念です。」
ライジング王に事の次第を報告する際、及川はこう述べた。
この戦いに勝てた第一の理由はわずか3日でカナザワに辿り着いたことである。
この迅速な行動が勝敗を決する事となった。
それを可能にしたのは、名門高橋家再興の強い気持ちだった。
彼らはこの戦いに賭けていた。
これに勝ち、勲功を上げねばもう二度と高橋家が再興することは無い。
誰もがそう思い、必死に足を動かした結果、3日で辿り着くことが出来たのだ。
「それに現当主、高橋愛も畏るべし、と言うべきでしょう。」
及川はライジング王にこうも報告した。
高橋家の部下たちが高橋家再興の強い気持ちを持ったのは様々な思惑がある。
ある者は先代、先々代からの恩義を返すため。
ある者はうだつの上がらない現状を何とか変えようと、
没落しつつある名門に与して高い地位を得ようとするため、
つまり己の出世欲のため。
だが、彼らがその目的で高橋家に力を貸そうと思うのも、当主の器量が優れていたため。
高橋愛の器量に惚れ込んだからこそ、彼らはその力を高橋家に貸したのである。
「私が見たフクイの軍はまさに一分の隙もなく統制がとれておりました。」
「うむ・・・・・・・・・・」
この及川の報告にライジング王も唸るしかなかった。
フクイの地といえば彼らにとって何の価値もない地。
当然そこの軍兵も弱き軍兵であり、また統制などとれるはずも無い者が軍を形成していた。
それがわずか2ヶ月で完全に統制された強き軍へと変貌を遂げていたのだ。
これは高橋愛の器量によるものであることは間違いなかった。
- 727 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:23
- この功績以後、しばらくして高橋愛は王都へと召しだされ、王宮で仕えることとなった。
王宮でも高橋はその才を如何なく発揮し、順調に出世し、
今回のライジング王国の蜂起においてもココナッツ王国攻撃軍の副将を務めるまでになったのだ。
だがこれで名門高橋家が完全に再興したとはいえない。
かつての高橋家ならば、間違いなく『ゼティマ城攻防戦』において副将を務めていたはずだからだ。
それは当人たちも意識しており、だからこそ梨華が感じたようにみな功を焦っているのである。
高橋家が完全に元の地位に復職する。
これが達成されるまで高橋愛は真の当主とは呼べず、跡取りのままなのだ。
- 728 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:24
- その名に聞こえし名家の当主が今、自分の目の前に。
『・・・・・・どうしよう・・・・・・・・』
これほどの人物を目の前にして上手くごまかし、
このマウイから離れることが出来るのだろうか?
梨華の緊張は一気に高まる。
「な、何が名門高橋家だ!!そんなものただの過去の遺物じゃねえか!!
高橋家であろうと誰だろうとこんな小娘の命令など聞いてたまるか!!
俺の言うことよりこんな愚民どもの言うことを聞く馬鹿娘の戯言などな!!!」
男は目を血走らせて叫んだ。
彼はもとからマウイに駐屯していた部隊に属する者であり、
高橋が率いる軍とは何の関係も無かった。
それに彼からすればココナッツ王国の住民はいわば自分たちの奴隷。
どう扱おうが、斬り捨てようが店を壊そうが勝手なはずだ。
何故なら自分たちは支配者で、彼らは被支配者なのだから。
それを同胞である高橋が自分よりも“奴隷ども”の肩を持つ。
彼にとってそれは我慢のならないことであった。
- 729 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:24
- 「・・・・・それ以上仰られると、傷害罪、器物破損罪に加えて侮辱罪まで付きますよ。」
高橋愛はこの男の暴言を冷淡に返した。
が、その冷淡さの中に怒りの炎が渦巻いていることは誰の目にも明らかであった。
男の言うことは明らかに高橋家への侮辱。
高橋はまだ抑えていたが、他の家来たちは今にもこの男を斬りかからんとするほど怒りに震えていた。
「ふん、やれるものならやってみろよ。」
その怒りの視線に気付いた男が、床に転がっていた自分の剣を拾って構える。
彼はどうやら暴力で全てを解決させる道を採ったようだ。
「貴様!」
これに老武将をはじめ、高橋の軍の者が一斉に反応し、剣を抜いた。
狭い店内の中はライジング王国軍同士の戦いの場となるかに見えた。
民衆たちも息を飲む。
が、それは一瞬だった。
- 730 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:25
- 「?!」
梨華は驚き、目を大きく見開いた。
気が付いたときにはその男は店の床に這いつくばっていた。
そしてその男を見下ろしながら剣を鞘に納めるのは名門高橋家の当主、高橋愛。
これからも高橋がその男に一撃を食らわせ、昏倒させたのは明らかだった。
が、それが見えたものはこの場には誰もいなかった。
「義景、後は任せる。」
「はっ!」
高橋が命じると、義景と呼ばれた老将軍はうやうやしく一礼し、
他の部下と共に倒れている男を縛る。
「お騒がせいたしました。申し訳ない。」
それを傍目に高橋は梨華や店主、また客たちに頭を下げる。
そして他の部下の者に店主の肩の治療と、店の修理代を支払うように命じた。
部下たちはそれを命じられるのを予測していたのか、
すでに医療具と修理代を用意して待機しており、命令と同時に治療を開始した。
- 731 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:27
- 「あなたにも大変ご迷惑をお掛けいたしました。」
高橋は梨華のもとにも来て頭を下げた。
「あ、いえ・・・・・・」
そう答えながら梨華は困惑していた。
同盟国を裏切り、魔物を使って多くの人々を殺戮したライジング王国。
その騎士がこんなにも公正で、慈悲深いとは。
民衆たちもこの騎士の態度に戸惑いを隠せないでいる。
「ところで、あなたは旅の方ですか?こんな時期にどちらまで?」
しかし梨華の困惑も、高橋のこの問いに消し去られた。
「え、あの・・・・・」
梨華はしどろもどろになる。
部下に対する行き届いた教育、そしてその武勇。
まぎれもなく彼女は才媛だ。
それ以上に梨華は彼女から何か大きなものを感じ取っていた。
人が“大物”と称するであろう才気が彼女から満ち溢れている。
そんな彼女からの問いにどう答えればこの場を凌げるのか。
正直梨華には思いつかず、一瞬、全てを諦めかけた。
しかし、運命は梨華に味方した。
- 732 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:27
- 「愛様。」
その時、高橋の部下と思われる者が店内に入ってきた。
そしてそっと高橋に耳打ちする。
「それは本当か?」
話の内容に高橋の表情が変わる。
「はっ、間違いありません。」
部下は自信を持って頷く。
「よし、分かった。皆の者、すぐに出陣の準備だ!」
「はっ!」
鋭敏な部下たちは、それだけで今の報告が何だったのか理解した。
高橋に一礼をすると、我先にとばかりに店外へ飛び出していく。
高橋もすぐに外へと向かうが、店の入り口付近でハッと気付いて梨華を見る。
「質問をしておきながら申し訳ない。きっと何かの事情がおありなのでしょう。
気を付けてよい旅を。」
軽く頭を下げて高橋は店の外に駆けていった。
「・・・・・・・た、助かった・・・・・・」
高橋たちが店の外に出たのを見送った後、
思わず梨華は店の床にへたり込みそうになった。
本当に危なかった。
もしあのまま高橋に問い詰められていたら、完全に全てを見透かされていただろう。
それだけの眼力があの高橋愛にはあった。
彼女の部下が何かの報告をしてくれたおかげで命拾いをすることが出来た。
本当に運が良かった。
梨華はふうっと大きく息を吐く。
さあ、これで・・・・・・・・・・・?!!!!!
その瞬間、梨華の全身に電流が走った。
- 733 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:28
- 「なんてあたしは鈍いの?!!」
知らず知らず梨華の口から言葉がこぼれる。
店内にいた者はその叫び声に驚いているが、梨華の目にはそれは映っていない。
「あ、お嬢ちゃん!!」
店主が叫ぶが最早梨華の耳には届かない。
梨華はせっかく買った食料を放り出したまま店から飛び出していった。
『バカバカバカ!!あたしのバカ!!』
梨華は自分を罵りながら全速力で人で賑わう市場の道を駆ける。
高橋愛にとって最優先のこととは何か?
それは間違いなくゼティマ王国王女マコト・オガワ・ブルーと、
ココナッツ王国王女黒澤ミカを捕らえることだ。
つまり、さっきの報告は彼女の軍の者がマコトたちを見つけたということなのだ。
「マコト様・・・・・ミカ様・・・・・・・・・・・」
あの高橋愛が相手では逃げ切ることなど不可能。
何とか自分が盾になってマコトたちを守らねば。
梨華の焦燥感は一歩ずつ踏みしめるたびに確実に増していく。
- 734 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:29
- 「見えた!!・・・え?」
梨華の視界によく統率された軍が見えた。
が、その軍が動いた方角を見て梨華は思わず立ち止まる。
高橋愛が率いる軍は、東の方角へと進んでいた。
「何で・・・・・?マコト様たちが待っているのは西の方角のはず・・・・・?」
梨華がなかなか戻ってこないため、移動したのであろうか?
「いや、そんなことをしても無意味なだけ。でも一体・・・・・?」
梨華はこの状況を理解しようと考え込む。
が、それもわずか数秒のことであった。
「・・・・・・・今しかない!!」
梨華はそう判断すると、人目を気遣いながらもマウイの街を後にした。
考えても何が起こったのかは分かりようが無い。
人は全知全能の神ではないのだから。
それよりも今、この近辺に高橋愛はいない。
それを最大限に生かすべきだと梨華は判断したのだ。
この判断を後に梨華は最高の判断だったと振り返る事になる。
- 735 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:29
- 「あ、梨華さん、遅かったですね。」
日が大きく傾いた頃、ようやく梨華がマコトたちのもとに戻ってきた。
彼女たちはいつまで経っても戻ってこない梨華の身を案じ、
様子を見に行こうと荷物をまとめていた最中であった。
「は、早くここから離れましょう!」
これを幸いと見た梨華は2人にすぐに出発するように促す。
その表情は完全に色を失っていた。
「な、何があったんですか梨華さん?」
梨華の焦りにミカが訝しげな表情を浮かべる。
「今のうちにここから離れないと、絶対に私たちは捕まります。」
梨華はマコトたちが持とうとしていた荷物を自分が背負うと、
すぐさま南へと歩き出した。
「ちょ、ちょっと梨華さん。」
慌ててマコトたちが梨華の後を追う。
「・・・・・高橋愛。」
「え?」
「ライジング王国将軍、高橋愛。
マコト様、ミカ様、この名を覚えておいてください。
この先絶対にあたしたちの前に立ちはだかる敵です。」
「高橋・・・・・・」
「・・・・・・・愛。」
マコトとミカはこの名前を聞き、何とも言えないものを感じ、身体を震わせた。
- 736 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:30
- 「・・・・・・・壊滅?300の兵が・・・・・・?」
その強大な敵、高橋愛は目の前の光景に絶句した。
「はっ・・・・・・・・」
報告した部下は唇を噛み締めてうなだれる。
高橋の眼前には、自分が信頼する精鋭たち300の兵士が地に倒れこんでいた。
そのほとんどが息が無かった。
高橋愛があの店で部下から受けた報告。
それはゼティマ人風の若い女が3人、“マウイ”から東へ向かっているという報告だった。
さらにその後の報告では、その3人の女は夜営をするためか、移動を止めたという。
この報告を聞いた高橋は、フクイの精鋭軍1000を二手に分ける策を採った。
高橋が全幅の信頼を寄せる重臣朝倉義景の従兄弟、朝倉景鏡に300の兵を率いさせ、
大きく迂回してゼティマ人3人の進行方向、つまり東から襲いかからせる。
そして自分が率いる700の軍がゼティマ人3人の後ろから攻撃する。
すなわち東、西からの挟撃である。
わずか3人の相手に対し、1000人全てを投入する。
他人から見れば臆病者と非難を浴びるかもしれないが、
用兵学に通ずるものにとってはまさに完璧な用兵であった。
このあたりが高橋愛が才媛たる所以であった。
が、その策は失敗に終わった。
- 737 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:31
- 「景鏡・・・・・・・・」
義景が変わり果てた姿の従兄弟を見つけ、絶句する。
以前は朝倉景鏡だったその身体は、
左肩口から右脇腹付近まで一刀のもとに斬り裂かれていた。
着込んだ甲冑などまるで意味が無かったかのように。
「・・・・・・・・景鏡ほどの手練れが一刀で?」
高橋は失った優秀な部下を悼んだ。
と同時に驚いてもいた。
朝倉景鏡といえばフクイの軍の中でも類まれな猛将。
その猛将が明らかに一刀のもとに斬り捨てられている。
これは高橋愛ですら不可能なこと。
それを一体誰が・・・・・・・?
「この剣筋。かなりの大剣ですな。
他の者にも同様の斬り口があります。
その他は・・・・・・槍の刺し傷に、これは短剣の類でしょう。
さらにこれは感電・・・・死。それに打撲の箇所に土が貼りついています。
そして鋭利な刃物で裂かれたような傷もありますな。」
従兄弟の死に衝撃を受けながらも朝倉義景が
死者の傷口から冷静に状況を把握する。
「・・・・・?!!義景、これはまさか?!」
高橋は義景の言葉にハッと気付いた。
「はっ。私もそう思います。間違いなく奴らです。」
義景が忌々しげに呟く。
彼女たちはその3人のゼティマ人の正体が分かったのだ。
「・・・・・・・そうと分かっていればむざむざと景鏡を死なせなかった!」
高橋は天を仰ぐ。
相手があの3人だと分かっていれば、軍を二手に分けるなどという策など採らなかった。
全ての兵力を真正面からぶつけていたはずだった。
部下たちの報告通り、そこには3人の女性のゼティマ人がいた。
だが、その3人のゼティマ人はただのゼティマ人ではなかったのだ。
彼女たちは全ゼティマ人の中でもわずかに10人しか与えられない称号を持つ特別な3人だったのだ。
- 738 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:33
- 「・・・・・・・・・物見の者を呼べ!!!」
義景は怒りを込めた声で叫んだ。
呼ばれて高橋の前に現れたのは、真っ青な表情で震えている若い兵士だった。
彼自身も自分の失態を悟っていた。
彼は3人のゼティマ人の若い女を見つけた、それだけで舞い上がってしまったのだ。
この功績があればきっと高橋家はもとの地位にまで戻ることが出来る。
あの、美しい後継ぎが誰からも羨望の目で見られる。
その強すぎる思いがこの若い男の目を曇らせたのだ。
平常の気持ちでいたならば、その3人の姿、
携帯している武器から自ずと正体が分かったはずなのに。
その代償はとてつもなく大きかった。
自分の不確定な物見のせいで高橋軍の宿将を失わせてしまったのだから。
これは間違いなく万死に値する罪であった。
「・・・・・・・この罪は万死に値する。が、そなたは我が高橋家の大事な兵。
むざむざと処刑するには忍びない。この上は武勲を立て、亡き景鏡殿に面目が立つようにせよ。
心して忠勤に励め。」
「え?」
高橋が発した言葉に誰もが驚いた。
「は、ははー!」
二拍ほどあいた後、若い物見の兵士は地面に額を擦り付けるほど平伏した。
高橋愛の厚情に心から感謝しながら。
他の兵士たちも高橋家の後継ぎの度量の広さに感嘆していた。
- 739 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:34
- 高橋はその兵士の平伏を一瞥すると踵を返した。
それはこれ以上その兵士の姿を見たくなかったからだ。
内心ではこの兵士を罵っている。
正直斬り捨ててやりたいほどである。
彼さえしっかりと物見の役を果たしていればこんな事にはならなかったのだから。
高橋にしてみれば片腕をもがれたも同様であった。
だがここで怒りに任せて斬り捨てていては兵士たちの人心は離れてしまうだろう。
高橋家再興には彼らの力が必要であり、ただでさえ300もの兵士を失ったのだ。
無駄な処罰は慎まねばならなかった。
『・・・・・・義景、許してくれ。』
高橋は従兄弟を殺された重臣に目で謝罪する。
義景にしてみれば従兄弟を殺されたのだ。
その原因となった物見役の兵士を処罰せねば、正直怒りは収まらない。
『・・・・・・分かっております愛様。』
義景は内心に沸きあがる怒りを抑えながら、自分が支える君主の思いを汲み取った。
全ては高橋家再興のためだ。
老臣はそう自分に言い聞かせた。
- 740 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:34
- 「我が高橋軍の英雄たちだ。丁重に葬ろう。」
高橋は兵士たちにそう命令した。
その命令に頷き、兵士たちは死者たちに黙祷を捧げた。
高橋愛も、そしてあの物見の兵士もみなと同様に黙祷する。
『・・・・・・この借りは必ず返す。覚えていろ、10剣聖。』
ライジング王国きっての名門、高橋家の後継ぎの心には烈しい炎が渦巻いていた。
- 741 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:35
- 「さあ先を急ごうか。」
彼女はそう言って人間の背丈ぐらいある大剣を軽々と持ち上げ、
背中にある鞘へと差し込む。
「うん。」
そう頷く彼女は右手一本で軽やかに槍を振り、槍の先に付着した血を払う。
「愚図愚図してられないからね。」
そう言った小柄な彼女は両手で鮮やかに短剣を回し、二本同時に鞘へと差し込む。
その光景は異様だった。
辺りは一面、血で塗り固められており、300近い数の兵士が倒れている。
立っていたのはわずかに3人。
しかも、若い女性3人のみであったのだ。
その中の1人、一番身長の低い女が呟く。
「・・・・・あんたたちが威張っていられるのも今のうちだからね。
絶対に全てのライジング王国軍をこうしてやるから。」
その女はライジング王国に対して復讐の言葉を吐いた。
その表情は憎悪に満ちている。
他の2人も同様の表情だ。
そして彼女たちは東へと歩みを進めていった。
その先にあるのは、かつて『メロン公国』と呼ばれた国であった。
- 742 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:35
-
この戦いが行われた地は『カウアイの野』と呼ばれていた野である。
- 743 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:36
-
ここ『カウアイの野』は後の歴史に旧10剣聖と新10剣聖が、
間接的ではあるにしろ、初めて戦った地として記されることになる地であった。
- 744 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:42
- 「見えたひとみ。あそこが目的地ね。」
ゼティマ暦308年4月22日。
両肩に剣を背負った若い女がはるか遠くに見える町を指差した。
「はい、そうです。あそこが目的地、リットウです。」
彼女の後についていた、こちらも若い女が頷く。
彼女たちはただの若い女ではない。
両肩に剣を背負っているのは、あの勇猛果敢な騎馬民族、フォルリヴァー族の若き女族長藤本美貴。
そしてもう1人の女は、あのゼティマ王国第一王女ヒトミ・ヨッスィ・ブルーと“共存”している
“ブルームーンストーン”の資格者、吉澤ひとみであった。
「ところでひとみ、何の理由でリットウへ?」
藤本はひとみに尋ねた。
実はここまでリットウに向かう目的を聞いていなかったのだ。
「それは・・・・・ある人に会うためです。」
「人?」
藤本は意外さを禁じえなかった。
わざわざ人と会うために危険なシーク山脈を越えようとしたのか?
そう思うと同時に藤本はもう一方の考えにたどり着く。
つまり、これから会おうとしている人はそれだけの危険を冒す価値がある人物なのだ。
「誰なのひとみ?その会いたい人って。」
この藤本の問いにひとみは微笑んで答えた。
- 745 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:43
-
「その人は平家みちよ。あのヒトミ・ヨッスィ・ブルーの剣の、いや、全ての師匠だった人です。」
- 746 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:45
- 本日の更新はここまでです。
今回も色々と変な内容でした。
もっともっと修行しなければ。
- 747 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:46
- >>709 通りすがりの者様
レスありがとうございます。途中で話が分からなくなったということですが、
作者の筆力のなさで申し訳ありません。これからも筆力の無さを露呈してしまうと思いますが、
どうかよろしくお願いいたします。
>>710 名無飼育さん様
レスありがとうございます。ずっと読んでいただいてありがとうございます。
ネタふりはこれでもかというぐらいしていますね。
今後、全て回収できるかどうか作者が一番心配していますが、何とか頑張ります。
>>711 春嶋浪漫様
レスありがとうございます。
新たな登場人物、そして意味深な話。これからどう展開していくかは今後をご期待下さい。
と言いながらも作者自身が一番謎を感じています。上手く展開できるよう頑張ります。
>>712 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
オリジナルキャラクターのアニメですか。いえいえ、そんな大層な物ではありませんよ。
娘。小説だからこそ多少は受け容れられていると思います。今後もよろしくお願いいたします。
- 748 名前:悪天 投稿日:2005/05/22(日) 01:46
- 今回、最長の間隔があいてしまいました。
もうこんな話など忘れ去られているかもしれませんが、
これからもどうかよろしくお願いいたします。
では、次回更新まで失礼いたします。
- 749 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/23(月) 02:50
- 愛様かっけ〜!
やあ、読んでてむっちゃワクワクする。
>>743 みたいな表現や
日時が入ってるのも
銀英や十二国記みたいで好きだ。
- 750 名前:春嶋浪漫 投稿日:2005/05/23(月) 20:16
- 更新お疲れ様です。
話なんて忘れませんよ。更新待っていました!!
話の展開があちらこちらで動いているのもあれば
新たな展開も迎えつつ、もちろん謎なのもあり・・・(笑)
次回更新も楽しみに待っています。
- 751 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/24(火) 22:15
- 更新お疲れさまです。 待ち侘びてました!! 対立する日が少し待ち遠しくも思えます。 おぉっ( ̄□ ̄;) ついに知る人ぞしるあの人が! 次回更新楽しみに待ってます。
- 752 名前:スペード 投稿日:2005/07/21(木) 22:57
- 更新待ってま〜す
- 753 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:41
- ゼティマ暦308年の春、ゼティマ王国の王都ゼティマは
侵略者ライジング王国軍の支配下にあった。
つい最近まで、ゼティマは美しい都市であった。
大理石づくりの王宮や神殿は豊かな陽光に輝き、
石畳の道の両側には柔らかな広葉樹や水路があり、
多くの草花が辺りを香り高く包んでいた。
が、それも今や遠い昔のこと。
美しく、全てを圧倒する荘厳さを持ちつつも、どこか優しさを感じさせる王都ゼティマは、
血と汚物と死体で埋め尽くされた死の都市へと変貌を遂げていた。
- 754 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:42
- 「ほほう・・・・・・・やはり大国ゼティマだな・・・・・・・・口惜しいが・・・・・・」
至る所が血塗られたゼティマにあって、この場所だけは生臭さから逃れることが出来た。
その場所で彼は呻きながら立ち尽くしていた。
彼こそ、このゼティマ王国を滅ぼした張本人、ライジング王国国王、ライジング4世。
世界の支配者と自称する男だ。
その征服者である彼の眼前に広がるのは黄金、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、
アメジスト、トパーズ、真珠、翡翠、象牙の山々。
まさに誰も見たことが無いほどの財宝の山が、ゼティマ王宮内の宝物庫に眠っていた。
ライジング王国一国を限界まで絞り上げてもこれほどの財宝をえることは出来ない。
これほどの富強を誇る国相手によく勝てたものだ、というのがライジング王の偽らざる心境であった。
しかしそう思うことは、ライジング王にとって屈辱的なことである。
何故なら彼はこの財宝を、国力を持ったゼティマ王に劣等感を抱いていたからだ。
ライジング王は恨みを込めた眼で財宝を見つめていた。
- 755 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:43
- 「まあこんだけあろうが負けてしまえば何の意味もありませんけどね。」
財宝の前で立ちすくむライジング王の後ろから軽口を叩きながら現れたのは
金髪で、色の付いた眼鏡をかけた30半ばの男。
彼は“つんく”と呼ばれていた。
彼こそ今回の戦いの鍵を握った男であり、
そしてあの伝説の“ムーンライト”の使い手でもある。
「そうですとも。」
つんくの言葉をライジング王の側近が引き継ぐ。
「確かにゼティマ王国はこれだけの財力を持っていました。
が、無残にも我々の軍に敗れ去りました。
それはつまりゼティマ王にこれだけの財を使う力量が無かったからでございましょう。
そしてその財宝は今、国王様のもとに。これが全てを表しているのではございませんか。」
「む、むむ、そうか。」
見え透いた世辞であったが、ライジング王には効果があったようだ。
表情が微かに緩んできている。
『ふん、小さい男やなあ。』
それを見てつんくは心の中で深いため息をつく。
果たしてこんな男に人間界の支配を任せていてもいいのであろうか?
そんな疑問が浮かび上がってくる。
『・・・・・・ま、これぐらいでちょうどええのかもしれへんな。
鋭敏すぎていても困るっちゅうもんや。』
自分たちの思いは何としても遂げなくてはならない。
その思いがかなうときこそ、人間界が真の意味で救われるときなのだ。
つんくはそう信じているし、それにむけて出来ることは全てしている。
国を潰し、人間を大量に虐殺しているのも全ては大きな救いのためなのだ。
- 756 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:44
- 「・・・・・・・けど、あいつらがきっと邪魔をしよる。」
つんくの脳裏に浮かぶのはあの2人。
自分と同じく伝説の“ムーンライト”の使い手、
ゼティマ王国第一王女ヒトミ・ヨッスィ・ブルーと、
彼女をその身体に宿す吉澤ひとみ、この2人のことだ。
近い将来、必ず彼女たちは自分の前に立ちはだかるであろう。
だが、それを退けなければ人間界に明日はない。
「つんく。俺らがついてる。」
そんなつんくの心境をよく知る仲間、まことがつんくの肩をポンと叩く。
「まこと。」
「そうや、俺らがおるで。」
まことの後ろには同じく信頼できる仲間、はたけ、たいせーがいた。
「・・・・・ああ。」
つんくはこの頼もしげな仲間に期待の目を向けた。
“ブルームーンストーン”の資格者よ、来るなら来い。
俺は、俺らは負けへんで。
- 757 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:45
- 「え?いない・・・・・・?」
「ああ。みちよちゃんなら1年ほど前にこの街を出払ったよ。
しばらく旅に出るとか言って。」
その彼らの最大の障壁、吉澤ひとみとヒトミ・ヨッスィ・ブルーは絶句した。
ヒトミ・ヨッスィ・ブルーの師匠であった平家みちよを訪ねるために
シーク山脈を越えてリットウに辿り着いたひとみとヒトミ、
それにフォルリヴァー族族長、藤本美貴だったが、
その彼女たちの目的である平家みちよはこの地にはいなかったのだ。
「おい、ひとみ、知らなかったのか?」
「う、うん。」
藤本の言葉に戸惑いながら頷くひとみ。
そもそもひとみ自身平家みちよの存在を知らないのだ。
『すまぬひとみ。余の失態だ。』
この状況にヒトミがひとみに謝罪する。
これはヒトミにとって痛恨の出来事であった。
王都奪還に向けてまずは戦力を整えねばならない。
しかもあのつんくを倒すには強力な仲間が必要だ。
そう思ったとき、真っ先に平家みちよの名前が浮かんだ。
あの強かった師匠をこちらに引き込められればそれは大きな戦力となる。
だからこそ危険なシーク山脈を越え、ここリットウまでやってきたのだ。
『・・・・・・・そういえば昔からあの人は放浪癖があったな。』
ヒトミが昔を思い出して苦笑する。
- 758 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:46
- 平家みちよは今から8年前、ヒトミの武術師範として王宮に招かれた。
まだ弱冠18歳という若さであったが、誰もその就任に疑問を持つものはいなかった。
それはその年、ゼティマ暦300年にゼティマ王国で行われた武術大会で優勝したからだ。
この大会はゼティマ王国建国300年を記念して行われたものだが、
その記念大会にふさわしい面々が出揃ったのだ。
何しろ後に10剣聖となる面々がこぞって名を連ねていたのだから。
“ウインドブロウ”矢口真里、“サンダークロウ”飯田圭織、“アースクエイカー”保田圭、
そして“デビルサマナー”福田明日香が一般の参加から。
“ファイアーストーム”市井紗耶香、“アイスウォール”石黒彩が王宮の代表として参加していた。
これだけの面々が揃ったのも始祖の導きであったのかもしれないと、
後に第13代ゼティマ王国国王ゼティマ・レム・ブルーは陳述した。
そしてこの大会で前述の10剣聖を蹴散らし、
圧倒的な強さで優勝を果たしたのが平家みちよであった。
その強さに感嘆したゼティマ・レム・ブルーは“ダークエンジェル”中澤裕子の進言もあり、
平家に自分の娘の師範となってくれるように頼んだのであった。
- 759 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:48
- 「あんた、性根から叩きなおさなあかんな。」
平家との初対面をヒトミは忘れたことはなかった。
なにしろ、いきなり平手打ちを食らわされたのだから。
「な、何をする無礼者!!」
自分の部屋のカーペットに倒れこみ、叩かれた左頬を押さえながら平家を叱責するヒトミ。
ヒトミは信じられなかった。
自分はこの国の王女。誰もが自分に頭を下げ、言う事を従ってくれる。
その王女がこんな訳の分からない女に頬を打たれるとは。
周りにいた者も心底驚いている。
一国の王女を叩くなど考えもよらないこと。
おそらく死罪か、数十年の幽閉は免れないであろう。
だが、当の本人、平家は悠然と言い放つ。
「無礼はそっちやんか。こっちが礼を尽くして挨拶しているのにそっちは労いの言葉もあらへん。
それどころかわざとうちを無視しておもしろがってたやろ?
あんたな、こんなレベルの低いことして恥ずかしくないんか?
あんたはゼティマ王国の王女やろ?こんなんじゃあんた、ゼティマ王国を潰すで?」
この言葉にヒトミは顔を真っ赤にして身体を震わせる。
今までこれほどの屈辱を受けたことはなかった。
- 760 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:48
- 「おのれ!!」
激情に任せてヒトミは一足飛びに平家に襲い掛かった。
「お?」
平家はその攻撃をかわしたが、内心驚きを隠せなかった。
12歳という年齢とは思えないほどの鋭い身のこなし。
虚を突かれたとはいえ、平家もかわすのが精一杯だった。
が、すぐに体勢を立て直し、次の攻撃に備える。
『この娘、相当な素質を秘めてるな。』
平家はこれからの教え子の実力に内心ほくそ笑む。
が、一方で激情に任せてすぐに力を振るうことが気にかかる。
『この娘は権力という魔物に狂わされている。
・・・・・・・周りにいた大人たちは何をやってんねんな!』
ヒトミの鋭い攻撃をかわしながら平家は側に控える侍従たちの表情を見る。
みな、脅えたようでヒトミの行為を止めようとするものはいない。
誰もが変に止めて、王女のご機嫌を損なうことを恐れている。
権力とは麻薬のようなものだ。
一度その味を覚えてしまえば、もうそれから抜け出すことは不可能に近い。
だからこそ権力を持つものは強い心が必要なのだ。
だが残念ながらこの当時のヒトミには麻薬に負けない強い心は持ち合わせていなかったし、
それを気付かせてやる、育ててやる大人も周りにいなかったのだ。
- 761 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:49
- 「・・・・平家、余は本当に無能な男だ。
娘をまともに育てることも出来ぬ。」
平家を娘の師範に任命した際、ゼティマ王はこう呟いた。
彼自身もヒトミのわがままな振る舞いに胸を痛めていたのだ。
「・・・・・・王妃が死んで5年になる。ヒトミにとって一番大事な時期に母親を亡くしたのだ。
余はそんなヒトミを憐れに思い、出来るだけ可愛がってきたつもりだが、
どうやらそれは間違っていたようだ。だから平家、ヒトミを救ってやってくれまいか?」
平家にそう頼むゼティマ王の目は悲しみと優しさに満ちていた。
それは大国ゼティマ王国の王の表情ではなく、1人の父親の顔であった。
彼は平家に剣の師範というよりも、ヒトミの側にいて欲しいと思っていたのだ。
「・・・・・・私でよろしければ。しかし国王様、1つお願いがあります。」
「む?何だ?」
「それは私のする事を全てお許しにしていただきたく存じます。
場合によっては少々手荒い事をするかもしれませんので。」
「・・・・・・・よかろう。」
『国王様、早速ですが約束は守っていただきますよ。』
平家は心の中でゼティマ王にそう呟くと、右腕を勢いよく振り下ろした。
「がっ!」
ヒトミの身体が勢いよく飛び、部屋の壁に叩きつけられた。
「くっ・・・・・」
余りの激痛に悶絶するヒトミ。
そのヒトミを冷ややかな目で見ながら平家は言った。
「あんた、性根から叩きなおさなあかんな。」
そう言って平家はさらにヒトミの頬を叩いた。
- 762 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:50
- 「何事だ?!」
その時、この騒ぎを聞きつけたゼティマ王や
“ダークエンジェル”中澤裕子たちがヒトミの部屋に入ってきた。
「こ、国王様!こ、こやつがヒトミ様を・・・・・・」
侍従たちは揃ってゼティマ王に告げる。
「む、むむむ・・・・・・・・」
そんな告げ口を聞かなくても目の前の光景を見ていれば分かる。
ゼティマ王の眼前には、苦痛に呻くわが子の姿があった。
その姿を見て、親としての感情が優先し、平家を止めようと口を開く。
「国王様、ここはどうか平家にお任せ下さい。」
が、それを“ダークエンジェル”中澤裕子が止める。
彼女もヒトミの権力に溺れる様子は気にかかっていた。
しかし自分は国王の第一の側近。
国事に追われてヒトミに何もしてやることが出来なかった。
だがそんな時に彼女、平家みちよが現れた。
実は平家と中澤は昔からの知り合いであったのだ。
昔から平家は万人に好かれていた。
誰もが平家を慕い、集まってきた。
中澤自身も平家の魅力に魅入られた1人だ。
そんな彼女がいればきっとヒトミ王女も変わることが出来る。
そう思い、中澤はゼティマ王に平家をヒトミの側に付けることを進言したのである。
- 763 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:51
- 「くそっ!!くそっ!!」
部屋に自分の父親が入ってきたとき、これで勝ったと思った。
この無礼者を取り押さえて終わり、そう思った。
だが誰も自分を助けてくれる者はいなかった。
この状況にヒトミは心底怒りを覚えた。
自分は大国ゼティマ王国の王女なんだ。
何でこんな女に頬を打たれなければならない?
「う、うわああああ!!!!!!」
ヒトミは平家の平手打ちを地面を転がるようにしてかわすと、
壁にかけていた剣を取り、鞘から抜き放った。
「こ、殺してやる・・・・・・」
「?!!!」
この光景は誰も予想はしていなかった。
誰もが息を飲み、固まる。
しかし平家だけは余裕の表情を見せていた。
だが、その目はこれ以上なく悲しげだった。
『かわいそうにな。ここまで追い詰められてたんか。』
平家は目の前にいる少女がことさら小さく見えた。
きっと、今まで一人ぼっちだったのだろう。
彼女の側には本当に気の許せる者がいなかったのだ。
母を亡くし、また、幼少のころより共に過ごした市井紗耶香、
後藤真希がヒトミの側から離れ、別の任務に就くようになったその日から、
ヒトミは一人ぼっちだったのだ。
「うわああああああ!!!」
ヒトミは平家に飛び掛り、剣を真直ぐ、鋭く突いた。
- 764 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:52
- 「み、みっちゃん?!!」
中澤が大きく目を見開く。
それはこの場にいた誰もがそうであった。
平家はヒトミの剣をかわさなかったのだ。
自分の腹部で真直ぐこれを受け止めたのだ。
「あ、あああああ・・・・・・・・」
剣を突き出したヒトミも呆然としている。
生まれて初めて人を刺した。
その感触が、嫌な感触が手にこびりついている。
「何や自分、何びびっとんねん。」
「ひっ?!」
呆然とするヒトミの手を、剣を握る右腕を平家は掴んだ。
「あんた今剣を抜いて刺したやろ?これはあんたが願ったことやろ?
それやのに何をびびってんねんな。」
そう言う平家の顔をヒトミは見た瞬間、震えが止まらなくなった。
平家の顔はこれ以上なく恐かった。
- 765 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:53
- 「ひっ!!!」
平家は掴んだヒトミの腕を少しずつ引き、腹部に刺さった剣を引き抜いていく。
その瞬間、平家の腹部から血が飛び散り、ヒトミの顔にかかった。
「どうや、熱いやろ?」
腹部から出血させながらも平家は笑う。
その笑みは妖艶かつ恐ろしいものであった。
ヒトミは答えることが出来ず、ガタガタと震えているだけだ。
「よう覚えとき。これが生命の、人間の“熱さ”っちゅうもんや。」
『あ、熱い。熱いよう・・・・・・・・・・』
平家の言葉はヒトミの頭に直接的に響く。
そして平家は完全に剣を腹部から抜いた。
その瞬間、大量の血が飛び散り、ヒトミの顔を襲った。
「ひっ!!!!!・・・・・・・・・ぐえええええ!!!!」
これ以上ない熱さと、生臭い臭いがヒトミを襲う。
それに耐え切れなくなり、ヒトミは胃の中の物を全て吐き出した。
「ひ、姫様・・・・・・・」
この状況に周りの者たちは顔面蒼白になる。
平家のことを信じている中澤も同様だ。
- 766 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:55
- だがこれだけで終わらなかった。
平家は床に両膝を付き、吐瀉するヒトミの手を取って強引に立ち上がらせる。
そして掴んだヒトミの手を自分の腹部の傷口へと当てる。
ヒトミの手に、“熱い”ものがまとわりつく。
「ええか、この“熱さ”はな、あんたの言葉次第や。
あんたの言葉一つで人はこの“熱さ”を、命を失ってしまうんや。
あんたはそういう立場におる。」
「あ・・・・・あ・・・・・・・」
ヒトミは衝撃と恐怖により頷く。
その姿はまるで赤子のようであった。
「そしてな・・・・・・・」
そのヒトミの姿を見た平家は震えるヒトミの身体を
柔らかな布で包むかのように優しく抱きしめた。
- 767 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:57
- 「・・・・・どうや?“温かい”やろ?」
「え・・・・・・?」
ヒトミは一瞬、平家が何と言ったのか分からなかった。
だがしばらくすると平家の言う意味が分かった。
平家に抱きしめられたヒトミは、今まで感じたことがないような“温かさ”を感じていた。
それはとても心地よいもので、心の中に溜まっていたどす黒いものが全て浄化されていくような気がした。
「ええか、この“温かさ”、これもあんた次第なんや。
この“温かさ”もあんたの言葉、命令次第でどうにでもなる。
あんたが守れと言えば守れるし、壊せと言えば壊せるんや。
ええか、権力っていうもんはな、それほど重いものなんや。
人一人の“熱さ”や“温かさ”を一瞬で消してしまうことも出来るんや。
だからこそ権力を持つ者は強い心を持たなあかんねん。
・・・・・わかるな?」
「・・・・・・・・・・・はい。」
平家の言葉に頷くヒトミ。
と同時にヒトミの目から大粒の涙が零れ落ちた。
平家の言葉は、今確かにヒトミの心の中に巣食っていた黒いものを溶かしたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・・・」
ヒトミはそう繰り返し、平家の胸の中で泣きじゃくる。
その涙の一粒一粒が光り輝いていた。
まるでこれからのヒトミを表すかのように。
- 768 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:57
-
始祖以来の名君と謳われたゼティマ王国第一王女、ヒトミ・ヨッスィ・ブルー。
彼女はこの瞬間、真の意味で誕生し、そしてこの瞬間からその道を歩みだしたのであった。
- 769 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 00:58
- 「ひとみ、残念だったな。」
リットウの住民たちに平家の行き先を聞いて回ったヒトミたち。
だが誰もその行き先を知っている者はいなかった。
「・・・・・・はい。」
ひとみは普通に答えるが、ひとみの中ではヒトミが表情を歪ませていた。
ヒトミにとっては完全にこれは誤算だった。
平家を味方に引き入れることは1万の兵を得るに等しい。
王都奪還に向けてこれ以上ない力となるはずだった。
「でもヒトミ様、代わりといっては何ですが美貴さんと出会えましたし。」
『・・・・・・・そうだな。』
ひとみの言葉に苦笑とともに頷くヒトミ。
確かに平家に会いに行く途中、フォルリヴァー族を味方に引き入れることに成功した。
これで平家までというのはこの混乱の世の中において贅沢すぎることなのかもしれない。
といってもやはり無念さは隠しきれない。
平家こそいれば必ず王都奪還は可能なのだから。
「ひとみ、そんなに平家って人はすごいのか?」
藤本がひとみの内面から滲み出てくるヒトミの無念の気持ちを感じ取り、尋ねる。
藤本にとって吉澤ひとみは自分を倒した実力者だ。
その実力者にシーク山脈を越えさせ、
そしてこれだけの無念の気持ちを抱かせる人物とは一体どれほどのものなのか?
自然に出てくる疑問であった。
その疑問にはヒトミが自信を持って答えた。
「もちろん。・・・・・気付いてる?この村のことを。」
「え?」
「周りを見るがよい。」
ヒトミに言われて藤本はあたりを見回した。
リットウは山々に囲まれた自然豊かな村だ。
土地もなかなか肥沃で、至る所に田畑が見える。
「・・・・・ん?」
藤本は村を見回して違和感を感じた。
「・・・・・・家が傾いている?」
藤本の言葉に無言で頷くヒトミ。
確かにリットウの村は全ての家が妙な方向に傾いて建てられていた。
「でも、一体何のために・・・・・・?」
- 770 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:00
- カンカンカンカンッ!!!!
その時、村中に鐘の音が鳴り響いた。
「盗賊だ!!盗賊が来たぞ!!!」
物見の者の声が村中に響き渡る。
ここベリーズ公国は南北で格差があり、南地域は治安が不安定なのである。
そのため、けっこうな数の盗賊たちが南部にはびこっているのだ。
そのため国民たちはそれぞれ自警団を形成し、
盗賊たちの脅威から逃れようとしていた。
それは当然リットウでも同様である。
毎日交代で見張りを立て、盗賊たちの侵入に備えているのだ。
「・・・・あーあ、この盗賊団も運が悪いねえ。
あたしとひとみがいる時にこの村を襲ってくるなんて。」
猛々しきフォルリヴァー族族長は両肩に背負っていた自慢の双刀を抜き放った。
「ほんとですね。」
同様にムーンライトの使い手も腰に下げていた剣を抜く。
彼女らは襲ってくる盗賊団を見過ごすほどお人好しではないのだ。
盗賊団の数は100を超えているが、彼女らにとっては烏合の衆にすぎない。
フォルリヴァー族族長とムーンライトの使い手。
この2人を敵に回すことは全ての者にとって悪夢以外の何物でもないであろう。
- 771 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:01
- 『ふ、ひとみ。残念ながらお前たちの出番はなさそうだな。』
「え?」
臨戦態勢に入ろうとしたひとみだったが、ヒトミの言葉に驚いた。
「旅の方、安心してくれ。
あんな盗賊などすぐに追っ払ってやるから。
みんな!配置に付け!!」
ヒトミの言葉に同調するかのように村人たちも自信に満ちた表情でいる。
まるでこの程度の盗賊団など物の数もないと言わんばかりだ。
「安心してくれって・・・・・・あれだけの数、あんたたちだけじゃ無理でしょ?」
藤本も不安の色を隠せないでいる。
村人たちはどう見ても戦えるような連中ではない。
だがそんな心配などよそに村人たちはそれぞれの配置につく。
「まだだぞ、引き付けろ・・・・・・・・今だ!!」
ひとみたちに安心しろと言った男が時期を計り、そして合図を送る。
次の瞬間、村を守っていた門が開き、そこから無数の大きな石が転がっていった。
彼らの自信の源はこの石攻めにあったのだ。
リットウは山々に囲まれた村。
そのためリットウに入るには狭い一本の道を通るしかないのだ。
そこへ大きな石を転がして石攻めにすれば、盗賊たちはよけることも出来ない。
- 772 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:01
- ・・・・・・ただし、それは村のほうが“高い”場合だ。
「馬鹿!!村のほうが低いじゃない!!何考えているの?!!」
「危険だ!!!」
藤本もひとみも驚き叫ぶ。
物体は高いところから低いところへ落ちる。
これは自然界の絶対の法則だ。
風の術を使えばそれはまた変わるが、
どう考えても村人たちにそんな力を持っている者がいるとは考えられない。
このままでは石を転がした瞬間、自分たちの村へ転がり落ちるはずだ。
「え?!!」
が、次の瞬間ひとみと藤本は我が目を疑った。
石が坂道を上がっていくのだ。
しかもそれだけではない。
石は勢いを加速しながら坂道を上っていく。
- 773 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:03
- 「う、うわああああ?!!!!」
この衝撃は盗賊団にとって計り知れないものであった。
「ま、魔物のしわざだ!!」
「とり殺されるぞ!!」
「逃げろ!!!!」
盗賊たちはこの考えられない状況から一瞬でも早く逃れようと、
方々の体で逃げ出していく。
「よしっ!!!」
「やったぞ!!追い払ったぞ!!!」
それを見てリットウの人々は歓声を上げる。
100を超える盗賊団相手に、こちらは何の被害もなく追い払うことが出来たのだ。
まさに完璧な勝利だった。
「こ、これは一体・・・・・・?」
ひとみも藤本も先ほどの光景が信じられなかった。
なぜ石が坂道を上っていくのか。
- 774 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:04
- 『ふふふふ、だから言ったであろう?周りを見てみよと。』
「え?」
ヒトミの言葉に驚くひとみ。
ヒトミにはどうやらこの理由が全てわかっていたようだ。
『物体は高いところから低いところへ落ちる。
それは絶対の法則だ。ということはつまり村のほうが高地だったということだ。』
「しかしヒトミ様。」
そう言われてもひとみには信じることが出来ない。
どう見ても村のほうが低地にあるのだから。
『人の目は周りの景色などで錯覚しやすいのだ。実際は上り坂なのに下り坂に見えたりすることもある。
この場所は自然がそのような錯覚を引き起こしやすい地形のうえに、
この村の家や田畑はそれを一層ひきたてるよう計算してつくられておるのだ。
だから余やそなたたち、そして盗賊団の目には石が上っていったように見えたのだ。』
「?!だから藤本さんに周りを見ろと?」
『うむ。全ての家が傾いているのはそのためなのだ。』
「・・・・・・・・・」
ひとみは言葉を発することが出来なかった。
これほどの現象を起こすには自然界の現象を全て知り、
そして人間の構造をも知り、そして緻密な計算力も必要だ。
これら全てを揃わせる事など、常人には絶対に不可能な事だ。
「これが、平家みちよさんの力・・・・・・・・」
ひとみには分かっていた。
これは平家みちよが村人たちに指示して作らせたものであることを。
『石が坂道を上ってくる。その衝撃は計り知れないものだ。
大抵の盗賊たちはそれで恐れおののいて逃げるだろう。
これなら村人たちは直接戦わないですむ。つまり死傷者が出なくてすむということだ。
みちよさんはそこまで計算しているのだ。』
「・・・・・・・・・・・」
ひとみはただただ、平家みちよという人物に感嘆していた。
- 775 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:06
- 「どうだ?すごいだろうちの村は。」
指揮を執った男が得意気な顔でひとみたちのもとへやってきた。
「すごい、すごすぎるよ。」
藤本は率直に自分の心情を口にした。
その言葉に満足した男は、先ほどヒトミがひとみに説明したことを藤本に説明した。
「へぇー、そうだったのか・・・・・・あの家の傾きにそんな意味があったなんて。
ひとみ、あんたも気付いてたんだろ?・・・・・・・・すごい人だね平家みちよって。
あんたがシーク山脈を越えてまで会おうとする気持ちがわかったよ。」
藤本もこれが平家みちよの手によるものだということが分かっていた。
と同時にこの策の恐ろしさに身体を震わせる。
もし自分がフォルリヴァー族族長として仲間たちを引き連れ、
この村を襲っていたとしても先ほどの盗賊団と同じような行動をとったであろう。
それほど今の衝撃は強かったのだ。
- 776 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:09
- 「で、どうするひとみ?平家みちよがすごいってことは分かった。
けどここにはいないんだろ?」
「そうですね・・・・・・・・」
状況が落ち着いたので藤本がこれからの事を尋ねた。
その問いに詰まるひとみ。
ひとみ自身、ヒトミの指示に従っていたのだからそれは仕方がないことである。
が、ヒトミ自身もこれからどうするかを決めかねていた。
まずは平家を味方に引き入れてから、そういう思いでここまで来たからだ。
ならば平家を探すために各地を彷徨うか?
しかしそれも闇雲に探すのでは時間を無駄にすることになる。
何しろ、今、平家がどこにいるのか全く分からないのだから。
『・・・・・・・・・相変わらず困らせてくれるお人だ。』
ヒトミは苦笑する。
思えば、ここであっさり会えてしまうような人ではなかった。
そう簡単にあの人は手を貸してはくれない。
きっとこれはまだ頑張りが足りないという師匠のメッセージなのだ。
- 777 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:12
- 『・・・・よし、ひとみ。ここはさらに北へと向かうぞ。』
しばらく熟考した後、ヒトミは意を決してひとみに告げた。
「え?さらに北ですか?」
『うむ。ベリーズ公国は北部に産業が発達しておる。
公国の都、ベリーズも北部にある。そこは噂に名高い商業都市だ。
ならば富商たちも多くいるであろう。
この富商たちを味方に引き入れ、軍備を整えねばならぬ。
我らの目的は王都奪還に向けて戦力を整え、
マコトが兵を挙げた時に呼応する事だからな。』
「・・・・・・・・はい。」
ひとみはヒトミの言葉に頷いた。
ひとみはヒトミの思いを分かっている。
人は同じ志を持った人間が集まると歴史をも塗り替える力を持つ。
だが、ただの集まりでは烏合の衆にしかならない。
そういった人々を導き、象徴になる人物が必要になるのだ。
ヒトミは今、世間的には死んだことになっている。
だからこそライジング王国打倒の象徴的存在になれない事を誰よりも理解しているのだ。
無論ヒトミが正体を公表すれば話は別だが、それではマコトの存在が曖昧になってしまう。
元の王位継承第一候補と、現在の王位継承第一候補が並んでしまうからだ。
それは争いの火種となるに十分である。
ライジング王国打倒のためには全ての者が一枚岩にならなければならない。
ヒトミがその足枷となってはならないのだ。
- 778 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:12
- 「いいよ、お前が決めたのなら。」
ヒトミの言葉を藤本に伝えると、藤本は快諾した。
彼女はひとみについて行くと決めたのだ。
何の迷いもなかった。
「さ、行きましょう。」
ひとみたちはリットウの人々に別れを告げると、さらに北へと向かった。
王都奪還へ向け、さらなる戦力を整えるために。
『どこかで会えますよね、平家さん。その時は覚悟しておいてくださいよ。』
ヒトミはそう心の中で呟いた。
この世のどこかにいるであろう師匠に向けて。
- 779 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:16
- 緑溢れる木々が生い茂る林道を3人の女性が駆け抜けていく。
そのうちの2人はゼティマ人の風体で、1人は左腕に王族しか付けられない銀の腕輪があり、
もう1人の首には石の首飾りがゆれていた。
もう1人は明らかにゼティマ人とは違う風体であり、
そのくっきりとした目鼻立ちはココナッツ人であろう。
その彼女たちの後ろ、100mほど離れてライジング王国の軍装をした数十の兵士たちが
殺意もあらわにそれを追っていた。
「マコト様、ミカ様!!頑張ってください!!」
石の首飾りを揺らす女性が他の2人に声をかけながら自分の足元を確認し、
すばやく弓をとり、矢をつがえた。
そして反転すると、狙いを定めて射る。
女性が放った矢は、先頭にたつライジング兵の大きく開いた口の中に飛び込んだ。
「がっ!」
と、異様な叫びを発してその兵士は勢いよく倒れた。
「うわっ!!」
後から駆けてくる他の兵士たちは矢で射抜かれて倒れた兵士に躓き、倒れる。
その間に首飾りを付けた女性は駆け出す。
「おみごとです、梨華さん。」
銀の腕輪を付けた女性は、矢を放った女性を賞賛した。
「まだです!まだしつこく追ってきます!!」
ココナッツ人の女性が悲鳴に近い声を上げる。
「あいつらを必ず捕らえろ!!」
ライジング兵からは怒号が飛び交っている。
その誰もが必死の形相だ。
- 780 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:17
- ライジング王国軍が必死に追いかけるこの3人の女性。
彼女たちはそれぞれが曰くつきの女性だ。
ゼティマの意匠がついた銀の腕輪を左腕にはめている女性。
彼女こそゼティマ王国王位継承者、マコト・オガワ・ブルーである。
そしてココナッツ人の女性は、ココナッツ王国王女、黒澤ミカ。
さらに首飾りを付ける女性は“ブルームーンストーン”の後継者、石川梨華である。
ゼティマ城陥落から逃げ出した彼女たちは、“ダークエンジェル”中澤裕子の指示に従い、
ココナッツ王国のさらに南にある“カリアリ”という村へ向かっている最中であった。
その際に偵察のために近辺をうろついていたライジング王国軍に発見されてしまったのだ。
多勢に無勢ということで梨華たちは逃げ出したが、
ライジング王国軍がそれを許すはずがない。
ここ30分ほど決死の追跡劇が繰り広げられていた。
「くっ・・・・・・」
息は切れ、疲労感もある。
だがここで足を止めるわけにはいかない。
止まった瞬間が終わりの時なのだから。
梨華たちは懸命に足を動かし、追跡を振り切ろうとする。
が、ライジング王国軍も必死だ。
ここで彼女たちに逃げられたとなると、彼らに待っているのは懲罰。
しかも死へとつながる懲罰なのだ。
彼らも懸命に足を動かし、追跡する。
- 781 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:18
- 「あぐっ!!」
「マコト様?!!」
懸命に足を動かしていたマコトだったが、ふいに足に激痛が走り、倒れこんだ。
梨華とミカが慌てて駆け寄ると、マコトの右足ふくらはぎに深々と矢が刺さっていた。
「よしっ!!」
ライジング兵が歓喜の声を上げる。
闇雲に矢を放ったのだが、それが上手く風に乗ってくれた。
ライジング兵たちは手負いの獲物を仕留めるべく、殺到する。
「くっ!!」
梨華は腰に佩いた剣を鞘から抜き、構える。
ライジング兵はざっと数えただけで50近くはいる。
これだけの人数を相手では梨華たちに勝機はない。
だがマコト王女、ミカ王女は必ず守らなければならない。
もちろん自分にも使命があるのだが、
マコト王女はゼティマ王国復興の希望であり、ミカ王女はココナッツ王国復興の希望。
それだけに犠牲になるのは自分だけでいい。
梨華は覚悟を決め、ミカにマコトの治療を頼むとライジング兵に突っ込んでいった。
- 782 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:19
- 1人、2人とライジング兵を斬り払う梨華。
その動きの鋭さはニジンスキー士官学校で天才と呼ばれたことを証明するものであった。
ライジング兵たちも梨華の予想以上の強さに戸惑いを隠せないでいる。
だがやはり1人ではどうしようもなかった。
「あっ!」
梨華が甲高い声をあげる。
後ろに回りこまれたライジング兵の斬撃をかわしきることが出来なかった。
背中に斬撃を浴び、動きが止まる。
それを逃さず第二撃が梨華を襲う。
「ぐっ!」
だが梨華は何とかこれをかわした。
そしてかわしざまに相手の頸部に剣を突き刺す。
短い悲鳴と共にその兵士は絶命した。
「やってくれるな小娘め。」
隊長と思われる男が感嘆の声を上げる。
だがその声には余裕の色が含まれていた。
それは当然であろう。
梨華は今のでかなりの深手を負った。
もうまともには動けないであろう。
「マコト様!ミカ様!!早く、早く逃げて!!」
梨華も十二分にそれを悟っている。
悔しいがもう自分には何も出来ない。
「見上げたものだが、もうそれも終わりだ。」
隊長が手を挙げると、兵たちは素早く動き、マコトとミカを取り囲む。
そして梨華も数人の男たちに取り囲まれた。
「くっ・・・・・・・」
梨華は無念の表情を浮かべる。
これで全てが完全に終わった。
- 783 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:20
- 「・・・・・隊長、本国に連行する前に・・・・いいですよね?」
梨華を取り囲んだ男のうちの1人が下品な笑いとともに隊長に尋ねる。
彼の目的は言わずもがなだった。
「好きだなお前も。・・・・・・いいだろう。ただしやりすぎるなよ?」
「おおっ!さすが隊長!話が分かるぜ!」
そう言うやいなやその男は梨華へと飛び掛る。
「いやあああ!!・・・・・・」
梨華の叫びも殺到する男たちに埋もれて聞こえなくなる。
「梨華さん!!!」
マコトの叫びもむなしく響く。
が、その瞬間。
「がっ?!!!」
短いうめき声が聞こえ、梨華を取り囲んでいた男が倒れこんだ。
その首には一本の矢が刺さっていた。
「だ、誰・・・・・ぐぅ?!!」
驚き、矢が飛んできた方向を見た男も眉間に矢を受け絶命した。
「ぎゃっ!!」
今度はマコトとミカを取り囲んだ男が矢を受け、悲鳴を上げる。
「誰だ?!」
いきなり起こった変事に隊長があたりを見回して叫ぶ。
だが返事は来ず、返ってきたのは矢に射抜かれた自分の部下たちの悲鳴であった。
- 784 名前:悪天 投稿日:2005/07/24(日) 01:23
- えー、話の途中ですが、容量が足りなくなってきましたので
新スレに移りたいと思います。同じ風板にたてます。
色々と感想など頂き、また温かく見守ってくださってありがとうございました。
また2枚目でもよろしくお願いします。
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