離・視えざるもの
- 1 名前: 投稿日:2004/05/18(火) 16:54
- きっかけがあれでなければ。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/18(火) 16:55
- なぜ、どうしての問いに、彼女はこう答えた。
「うちのは夫婦喧嘩やったんけど。妹と一緒に押し入れに隠れてた」
なるほど。
私の暗黒面を一瞬にして理解できたのはそういうことだったんだ。
安心しました。
生まれて初めてあの時のことを理解してくれたあなたなら。
媚びたりしなくていいんですね。
甘えていいんですね。
…捕まえてしまっていいんですね?
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/18(火) 16:55
- この物語は青板「おかしなふたり」を踏まえた亀井×高橋の
パラレルワールド・ストーリーです。
- 4 名前: 投稿日:2004/05/18(火) 16:56
- 倉庫の冷たい床も気にならないほどに全身が熱を帯びた。
気付かれたこと
見抜かれたこと
それが哀しかったこと
でも安堵したこと
悔しかったこと
この高揚感の矛先がまさか二つも年上の先輩の唇に
向けられるとは、自分でも予想外。
そしてすんなりと受け入れられたことも予想外。
寧ろ大誤算。
だって嫌われるためにしたんだもん。
このままにしておいたら、私は依存してしまうと思ったから。
弱いところを見せてしまって、それを理解してくれる人が
現れたら、誰だって甘えたくなるでしょう?
甘えすぎてしまうと思ったから、わざと嫌われそうなことを
したのにな。
- 5 名前: 投稿日:2004/05/18(火) 16:57
- 嫌うどころか、真逆の反応。
…なんで抵抗してくれなかったんですか、高橋さん。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/18(火) 16:58
- 更新はかなりゆっくりめです。
どうぞよろしくお願いします。
- 7 名前: 投稿日:2004/05/18(火) 23:55
- 「…なんでって、言われてもなあ…」
「あそこで抵抗してさっさと逃げてくれれば、こんな」
病院のベッドの上に居るなんてことはなかったのに。
あの日
倉庫にあった会議用のテーブルが崩れ、高橋さんはそれに
右足首を挟まれて全治二週間の怪我を負った。
あの日
初めて自分のトラウマを理解してくれた人に出逢った日。
あの日
そう高橋さんに嫌われようとした日。
- 8 名前: 投稿日:2004/05/18(火) 23:55
- 「のぉ、ええ加減離してくれんかな…休憩時間終わるで」
「もうちょっと余韻に浸らせてくれたっていいじゃないですか」
余韻と言う言葉は咄嗟に出たにしてはなかなか上出来なものだったと思う。
実際は、ただただ大胆な自分の行動に驚き、そしてそれを素直に、
まあ、高橋さんもびっくりして動けなかっただけかもしれないけど、
でもそれも最初のうちだけなはずで、何だかんだ言って十秒以上は
キスしたままだったから、やろうと思えばいくらでも、背中叩くなり
自力で私を引き剥がすなりできたはずだから、全くそういう反応をせず
されるがままになっていたと言うことは、私のことを素直に受け入れて
くれちゃったということなんだと思いつつそれにも驚き。
そんな感じだから先に我に返ったのはけしかけた私の方で、
慌てて離れようと思った次の瞬間には何か取り乱す自分を見せたくないという
プライドみたいなものが邪魔をして『慌てて』を何とか『ゆっくり』に
することに成功した。
そして、頭の中ではどうしようどうしよう私は何てことをやらかしたんだ
どう言い訳すればいいんだそもそもナニユエ先輩の唇を奪うという
行為に出たんだろう何か理由があるはずだと。
- 9 名前: 投稿日:2004/05/18(火) 23:56
-
そうだ。
この人は危険だ。
何故かはわからないけど自分にとって良くない存在に
なってしまった気がする。
今日、ついさっき。
……だってさほら、思い出したくない過去思い出させられたし。
核心ズバズバ突いてくるし。
たまに毒舌だし。
しかもそれだって反論できないほど正しいし。
前だけ見て突っ走ろうとする私に
それでいいのか?ってブレーキをかけそうな人だ。
お願いだから、こっちの気を散らすようなことをしないで下さい。
何て言ってもきっと何で?って問い返されてしまう。
答えるのが嫌。
- 10 名前: 投稿日:2004/05/18(火) 23:56
- …そう、そうだから、今のキスは嫌がらせのつもりで。
変態とか見損なったとかそんな悪口なら全然平気だから
とにかく私のことを嫌いになってほしくて。
うん。
「余韻て、あのなあ…あたし結構凹んでるんやで」
「いいんです。仕返しなんだから凹んでもらわないと」
そしてそのまま私のことを嫌いになって下さい。
私は少し名残惜しそうなフリをしながら彼女から離れて、
もう時間ですね、と言いながら、壁に立てかけられた
会議用の長テーブルと長テーブルの隙間から出る。
高橋さんを置いて先に倉庫を出ようと入口のドアノブに
手をかけた時、
背後の長テーブルが崩壊する音を聞いた。
- 11 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:39
- 「…高橋さんっ?!」
何事かと振り向いた私の目前に現れた光景とは。
不恰好なドミノ倒しの残骸のようなテーブルの山。
その真下に、うつ伏せになった高橋さんの上半身だけが不自然に生えている。
「ちょっ……」
「い、ってぇ〜……」
思わず息を呑んだ私に対して、本人はどことなくひょうきんな声を
出しながらもぞもぞとテーブルから抜け出そうとする。
「ま、待って駄目!下手に動いたら!」
焦って駆け寄り、屈みこんで状況を把握。
彼女の下半身はテーブルの下敷きになってはいるものの、崩れたそれの
隙間、二等辺三角形を横にしたみたいなその隙間に少し余裕を持つくらい
の状態で嵌っていた。
…とは言っても、油断はできない。その上にはまだ何台かのテーブルが
乗っかってるし、奥の方はどうなっているのかもここからじゃよくわからない。
「いっやあ、ビビったぁ〜」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ…
ってだから動かないで下さいってば!」
「だぁいじょーぶやて、腰から下動くし」
「そうじゃなくて!上に一杯テーブル乗っかってるから
また崩れるかもしれないんです!」
「うっそぉ?!」
「…嘘じゃないです。だからじっとしてて」
目を見て真剣に諭したら漸く高橋さんは黙りこんだ。
- 12 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:39
- 改めて彼女の上にあるテーブルを観察する。
上に乗っかってるのは…多分最初に崩れた左側の二台。
それとその二台の間に折り重なってる状態で右側から一台。
問題は、右側でまだ崩れていない状態で残っているテーブルが、
左側の崩れたテーブルに引っかかってるせいでその状態を維持
しているだけだってことだ。
傾きは思いっきりこちら側に向いているから、抜け出す時に
支えになってる左側のテーブルが少しでもズレたら倒れてきそうに見える。
これは
私一人でどうにかできるものじゃない。
「高橋さん、私、人を呼んでき」
「今の音なに?!」
倉庫のドアを荒々しく開ける音とともに現れたのは
藤本さんだった。
「美貴ちゃんやー、お助けー」
「えっ、ちょ、愛ちゃん何これ、えりえり、崩れたの?!」
このリアクションのギャップはすごいなあ。
「見ての通りです。上に三台乗っかっちゃって下手に動かしたら危ない」
「…わかった、今何人か呼んで来るから待ってて!」
閉じたばかりのドアを再び乱暴に開けて藤本さんは素早く倉庫を出て行った。
「あぁ〜、あっしえっれえ間抜けやのぉ」
「……どうしていきなり崩れたりしたんだろう」
「わからんけど、直前に何かミシッとかギシッとか言うとった」
「あ、今、どこか痛くないですか?」
「……………」
「高橋さん……?」
「…白状すると、右の足首がめちゃくちゃ熱持っとる」
- 13 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:40
- 蓋を開けてみれば彼女の右足首は、テーブルの下にあるパイプで出来た棚の、
パイプとパイプとの間に不自然な状態で挟まっていた。
「うわ、内側にひん曲がってるよ……」
「うおー、えっぐいのぉ」
さっきもそうだけど高橋さんってどうして自分が痛い思いしてるのに
こんなに間抜けな反応するんだろう。
まるで他人事のように。
- 14 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:41
- 検査の結果骨に異常は無かったものの打撲と捻挫で全治二週間と
診断された。
右足は膝から下をギプスで固定され、歩行は松葉杖を必要とする。
松葉杖で歩く以外は日常生活に支障は無いらしいけど、仕事は
当然出来ないし、松葉杖のまま外を出歩くのも悪目立ちしてしまう。
結果、事務所と親御さんの意向で入院。当然部屋は一人部屋。
ベッドの上の高橋さんはつまらなさそうな顔をして吊り上げられた
右足を眺めた。
「…まー、こうだったら、とかこうしてれば、とか
考えたってしゃーないやん」
「そりゃ、そうですけど…」
いっそ、お前のせいでとか言われた方が楽なんです。
なのにあなたはあれ以来これっぽっちも私を責めようとしないし。
逆に、亀井ちゃんは助かってよかったなあ、とか心底嬉しそうに
言われてしまった。
ええそうですね。私は無事でよかったです。
私の代わりに下敷きになってくれて有難うございます、高橋さん。
「アッハハハ、亀井ちゃんそこで有難うって、何か、何か違うけど」
どういたしまして。
高橋さんは余裕タップリにそう言って微笑んだ。
悔しい。
- 15 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:41
- 愛ちゃんが入院してから二日経ちました。
私達モーニングのメンバーはそれぞれの仕事や学校の都合もあって、
代表者としてこの私、紺野あさ美がお見舞いに伺うことになり、
定番の花束にバスケットを持って。
ああ、こうして病院の中を歩いていると
自分のことを思い出すね。
あれは加入してすぐのことだったなあ。
「どうぞー」
病室のドアをノックしたら、なんだかもう既に懐かしいような気のする
愛ちゃんの元気な声が向こうから聞こえてきました。
「こんにちわー。お見舞いにきたよぉ」
「おおっ、あさ美ちゃん!」
さながら向日葵のように愛ちゃんの表情がパッと明るくなったのを
見て、来て良かったな、と思いました。
…それだけ直前の表情が暗かったと言うことです。
「メンバーみんなを代表して来ましたよぉ」
「…えっ?!」
花束の中身を花瓶に移し替えながらぽつりと言った一言に、
何故か愛ちゃんは過剰に反応しました。
- 16 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:42
- 「…どうしたの?」
「あさ美ちゃん、メンバー代表って、一人だけ?」
「え、うん。みんな仕事とか学校で都合が…………
あっでも!全員から手紙貰ってるよ!」
だから誰も愛ちゃんの心配してないとかじゃないよ!
重子とか休憩中の居眠りでたかはしさーんとか寝言……
「や、ほやのうて…」
「あ、違うの?」
「うん………あんな、一時間くらい前に亀井ちゃん来たで」
「亀子が?でも、今の時間って亀子まだ学校に居るんじゃ…」
何より学校の都合で行けないって本人の口から聞いた憶えがあります。
「あー、あのあほぉ…」
私の言葉を聞いた愛ちゃんは大袈裟に天井を仰ぎました。
- 17 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:42
- 「愛ちゃん………?」
「…なーあさ美ちゃん、あたしどうしたらええんやろ」
天井を見つめたままで、声のトーンが一気に落ちて。
何やら深刻な話が始まりそうだったので、ベッド脇の椅子に腰掛けて
聞く体勢を整えました。
「亀子と何かあったの?」
「んー……あんにゃろめ、あたしが怪我したん自分のせいやと思とるみたいや」
ああ、事故が起こった時の第一発見者が亀子だってことは聞いてたけど。
「そうなの?」
「ぶっちゃけタイミングがズレてただけで直接あの子は関係ないで」
「…タイミング?」
何のことだろう。
- 18 名前: 投稿日:2004/05/19(水) 19:43
- 愛ちゃんが天井から視線を落として、今度は俯きます。
中吊りになってるギプスも少し揺れたのが目に入りました。
「あさ美ちゃん……あたしら別れてどんくらい経ったっけ」
「……六期が入る前だから一年は経ってるね」
そっか、もう一年か。
別に喧嘩別れしたとかではありません。
何というか…お互いに熱が冷めた、というだけで。
きちんと話し合ってけじめをつけました。
だからこそ今の私達は安定した関係を築けるようになったと思います。
同期であり仲間であり気の置けない友人です。
「ほやったらあ、怒らんで聞いてくれる?」
「いいよ、どうぞ」
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/05/19(水) 19:48
- 更新ここまでです。案外早いペースで進むかもしれません。
- 20 名前: 投稿日:2004/05/21(金) 16:06
- いやあ、あれはひって驚いたで。
何でいきなりあんな事されたんかよぉわからんかったけど。
亀井ちゃん仕返しって言うてたけど。
けどなあ、
嫌いな人間にそんなん普通できんやろ。
どっかの国の挨拶でだって、親愛の証とかいう意味やないっけ?
しかもほれ、クチ、口にされたん。
それ気付いたら何やこう、嬉し恥ずかし〜ってなってもて。
こういう形でまた誰かに好意寄せて貰えたんやとか思て。
…一年振りか、通りで
懐かしい、て思たわけやざ。
- 21 名前: 投稿日:2004/05/21(金) 16:07
- 「…愛ちゃん顔赤いよ」
「あ、や、だ、だぁってよぉ、言葉にしたら思い出すてぇ」
説明をしている間終始落ち着かない様子でおさげにした髪の毛を
手でつまんだりそのままブラブラさせてみたりしていた愛ちゃんは、
一度も私の目を見ようとしませんでした。
私も真剣に聞いていたのでだんだん彼女の気持ちがわかってきてしまい、
加えて同じように懐かさで胸をきゅうっとされるような甘酸っぱい感覚を憶え、
ちょっと今、奇妙な声をあげてしまいそうな気分です。
まこっちゃんだったら遠慮なくひゃあ〜とかうひょぇ〜とか
言いそう。言っちゃおうかないっそのこと。
いやいや駄目です。相談役がそんな煽り入れちゃいけません。
愛ちゃん悩んでるんだから。
「ほんでまあ、そんな訳で…先に出ようとした亀井ちゃんが助かって、
休憩時間終わるのにモタモタしとったあたしが事故に遭った」
そんだけなんやよー。
どっちかっつーとモタモタしとったあたしに天罰下ったってことで
亀井ちゃんちぃっとも悪くないんや。
- 22 名前: 投稿日:2004/05/21(金) 16:07
- 「なるほどね〜。愛ちゃんそういえばああいうことされるとしばらく
ボーっとしちゃうからね」
「………昔からほうやったっけ」
「うん」
「ぅあ〜、進歩してねえ〜」
それはしょうがないでしょう。愛ちゃんさっき自分で驚いたとか
懐かしかったとか言ってたし、多少浸ってしまうのは仕方ないと思うよ。
「でもさ、仕返しって言わせちゃうようなひどい話だったの?
その、直前に話してたっていうの」
「…ごめんあさ美ちゃん、それはちょっと軽々しく口に出せん。
けど、あたし自分では責めたりとかしとらんと思うで」
「そっか」
わたしとしてはそこのところが不透明なのが気にかかるけれど、
ひとまずいっぺんに話してくれた愛ちゃんを少し休ませてあげたいな。
「愛ちゃん喉渇いたしょ。何か飲む?買ってくるけど」
「あ、冷蔵庫ん中、麦茶ある…って、あかんコップ無いんや」
サービスの行き届いてない病室ですいません、愛ちゃんは苦笑い
しながら両手を合わせてわたしに謝りました。
- 23 名前: 投稿日:2004/05/21(金) 16:08
- 「とんでもないですよぉ、お気になさらず。
じゃ、わたしちょっと自販機行って飲み物買ってくるね」
ベッド脇の椅子から立ち上がって、財布だけ持って病室を出ようと
した時、改めて室内の様子が目に入ったので思わず呟いた一言。
「捻挫と打撲だけで個室に入れられちゃうなんて、いくらなんでも寂しいよね」
「うん、隔離されとるから。
何や足以外も病気になっちまいそうな気持ちになるで」
…その気持ち、とてもよくわかります。
- 24 名前:名飼 投稿日:2004/05/21(金) 16:16
- 更新終わります。
名無しのままだと今後まずいかもしれないので紫では上記の名前で
更新させていただこうと思います。(こちらはシリアスメインなので
気分的に他スレのHNは使用しません)
引き続きよろしくおねがいいたします。
- 25 名前: 投稿日:2004/05/22(土) 19:59
-
……心臓、痛い。
この廊下を渡れば外来ロビーがある。なんとか、なんとかそこまでは
我慢しないと。
ああ、あれかなあ。…そうだねあれだ。自動販売機。
ミネラルウォーターくらい置いてるよね。
あれ…あの横んとこのロゴって、あの会社だよね。
あそこの自販機って赤いはずなのに今は茶色く見える。
…そっか、心臓痛くてしかめっ面してるからそう見えちゃうんだな。
いざその自販機の前に立ってみると、内部の照明が突き刺すように
美貴の顔を照らした。
- 26 名前: 投稿日:2004/05/22(土) 19:59
- ミネラルウォーターを手に入れて
片手にそれ持ったまま空いてる手をショルダーバッグに突っ込んで
ゴソゴソとまさぐる。
心臓の痛みに効くかわからないけど、鎮痛剤。
立ち止まってゆっくりと探すのももどかしくて、歩きながらそんな
ことをやっていたから、ロビーの壁にバッグをガリガリ擦りつけて
しまった。
トイレに行きたかった。
モーニング娘。という肩書きのために、公衆の面前で薬を飲むという
行為は避けたかった。
それが例え病院の中でも。
…あー、美貴自分がここまで神経質だとは思わなかった。
罪悪感ってこんなに辛いものだったんだ。
- 27 名前: 投稿日:2004/05/22(土) 20:00
- 紺野あさ美、結局、外来ロビーにまで来てしまいました。
紙パックの飲み物を売っている自販機を探してるんです。
…どうしても豆乳が飲みたくて。
ここに無かったらアウトです。でも、あるはずです!
…以前通院していた時に別の病院で見たことがあるので。
ロビーの片隅に何台か並べられてる……そうそう、だいたい一番
はじっこの機械……はい、ありました!
思わず持っていた財布を握り締めちゃうくらい感動の一瞬です。
「豆乳、七番だね。愛ちゃんは飲むヨーグルトとかが良いかなあ」
五百円玉を販売機に投入してまずは自分の分の数字ボタンを押した後、
続いて愛ちゃんの分のボタンを押したのですが
「…あ、そっか…この棚みたいのが上に戻ってくるまで
次のが買えないんだ」
この時代になんともレトロな仕組みだなあなどと思いつつ
紙パックさんたちとっては優しい仕組みなのかもしれません。
- 28 名前: 投稿日:2004/05/22(土) 20:00
- 「よ〜し戻ったね。えっと次は、十六、じゅう・ろく…ポチッと」
でもこのボタン表面がビニール製なのでポチッという音はしません。
まあ、ボタンといえばポチッという気分なのでいいのです。
…すいません、飲食関係になると浮かれてしまって。
さっきの商品を運ぶ棚が十六番のところへ移動するのを見ていた時、
背後でガリガリという音が聞こえました。
「今の季節にかき氷……そんなわけないか」
大方どなたかが鞄か何かを壁に擦ったりしたか、
さもなければロビーと廊下の境目の上を
台車とかが通った音なのでしょう。
- 29 名前:名飼 投稿日:2004/05/22(土) 20:03
- 更新終わります。
- 30 名前: 投稿日:2004/05/26(水) 22:10
-
…その時美貴と梨華ちゃんは、飯田さんの呼びかけで入院することになった
愛ちゃんに手紙を書いていた。
二人だけの仕事で、休憩時間を利用して。
スタッフさんにお願いして便箋を買ってきてもらった便箋に、
とりあえず『愛ちゃんへ』とだけ書く。
美貴は迷った。
あの事故のもともとの原因を作ったのは美貴だ。
ガキんこから二人のことを聞いて接近させてみようと思ったのは美貴だ。
ガキんこ経由でえりえりに倉庫の存在を教えてあげたのは美貴だ。
そんで愛ちゃんに倉庫まで探しに行かせたのは美貴だ。
ぜーんぶ、美貴なんだよ!
- 31 名前: 投稿日:2004/05/26(水) 22:10
- 「美貴ちゃんどうしたの?」
「……愛ちゃんが」
「…うん、心配だよね」
「そうじゃないん…だ」
まだ何も話してないのに、梨華ちゃんの視線が責めてるように
思えてしまって、美貴はテーブルに突っ伏した。
「そうじゃないって……美貴ちゃん?」
梨華ちゃんの高い声が少し低くなる。
「梨華ちゃん、…美貴、モーニング辞める」
- 32 名前: 投稿日:2004/05/26(水) 22:11
- どうせ美貴は契約娘。だから。
最初からそういう約束で加入したから。
それが少し早くなっただけだよ。
でも
できれば早く卒業したい。
「美貴ちゃん落ち着いて。何があったのか話して」
「………もう無理」
「だから、何が無理なのか、ちゃんと言って?
いきなりそんなこと言われたって理由が無いと私許さないよ」
厳しいなあ、梨華ちゃん。
…まあいっか、いずれ愛ちゃん本人にも謝らなきゃいけないしね。
美貴はなるべく淡白にこれまでのことを告白した。
辛いなら突っ伏したままでいいよって梨華ちゃんが言ってくれたから、
テーブルに向かって喋った。
自分の吐く息で顔に生ぬるい空気が当たって気持ち悪い。
そのうち本当に吐きそうになってきた。
でもやっぱり顔は上げられない。
- 33 名前: 投稿日:2004/05/26(水) 22:11
- 「…美貴ちゃん」
全部吐き出して少し気持ちが楽になって、
しばらくして梨華ちゃんが声をかけてくれた時に
やっと顔を上げる気になった。
「話はわかったよ。でも、美貴ちゃんが罪滅ぼしのつもりで
卒業したいっていうんだったら、それはちょっと違うと思うの」
「なんで…?だって怪我させたんだよ」
「うぅん、じゃなくて、順番が違うってこと。まず高橋に謝らなきゃ」
それは勿論、わかってるよ。
「謝ってから考えても遅くないよ。高橋は多分……絶対、責めたりしない」
それもわかってるよ。
だから辛いんだよ。
何人か人を呼んできて、テーブルの瓦礫から愛ちゃんを救い出した時、
愛ちゃんはひたすら『スイマセン』を繰り返してた。
だから多分
美貴が全てを白状しても
「こんなことになってスイマセン」
とか言われちゃうのは予想できる。
そういう子だって知ってる。
- 34 名前: 投稿日:2004/05/26(水) 22:12
- 「そうなったら美貴はどうしていいかわかんないよ…」
怒鳴りつけてくれた方がマシだよ、かなり。
でもいつかは言わなくちゃいけない、それは絶対だ。
「いつか、のタイミングで迷ってるんだ」
「うん。…手紙に書こうかどうしようか」
とりあえずそれはやめておいた方がいいんじゃないかな?
梨華ちゃんは何故か苦笑いしていた。
「だって美貴ちゃん、そんなにボロボロ涙流してたら、
……便箋に染みがついちゃうでしょ」
- 35 名前:名飼 投稿日:2004/05/26(水) 22:12
- 更新終わります。
- 36 名前: 投稿日:2004/05/28(金) 16:30
- トイレの個室に篭って十分以上経った。
心臓は まだ痛い。
「やっばいじゃん、もう仕事の時間…」
今日はタイムリミット…かな。
できれば早いうちに全部言っておきたかったけど。
「………行かなきゃね」
個室の壁に手をついてゆっくりと鍵を開け、胸をおさえながら
洗面所の鏡の前に立つ。
眉間に皺が寄ってる。
戻れよ、この野郎。
ムシャクシャしてバッグを放り投げるように洗面台に置き、
額を力任せに擦った。
ただ痛いだけ。
- 37 名前: 投稿日:2004/05/28(金) 16:31
- 「アホくさ……」
今が夕方で良かった。病院自体に人が少なくて。
あんまり人の目を気にしないとはいえ、今の行動はかなり
アヤシイから。
美貴は自分のせいで赤くなってしまった額を冷やすために
バッグからハンカチを取り出してそれを濡らし、
前髪をあげて眉間にあてた。
「つめてー。気持ちいい」
気持ちよさにしばらく浸っていて気が付いた。
心臓、痛くない。
「なんだよ、心臓と全然関係無いじゃん」
なのになんで痛くないのさ。
…理由はすぐに気付いたけど、認めたくなかった。
「……バイバイ愛ちゃん、今日は帰るね」
- 38 名前: 投稿日:2004/05/28(金) 16:31
- 「愛ちゃん、それじゃ今日は帰るね」
外が薄暗くなってきたのでそう言うと
「えぇ、もぉ帰んのぉ〜」
心の底から残念がってるのがわかるリアクションが返ってきました。
ああ項垂れてる項垂れてる。
「ごめんね。また来るよ、絶対」
「…信じてええんけ?」
疑心暗鬼な上目遣いも、気持ちが痛いほどわかるので、
わたしは彼女の頭を撫でて囁きます。
「うん、約束するよ。大丈夫だよ」
……………
何となく添えた手を離すのが名残惜しい。
目を閉じてわたしの手の感触に集中している愛ちゃんを見ていたら。
- 39 名前: 投稿日:2004/05/28(金) 16:31
- 「…愛ちゃん」
「んぇ?」
「んぇ、じゃなくて。そんな今にも寝ちゃいそうな顔されたら
手を離しにくいよぉ」
「あっ?!ご、ごごごめん」
耳を真っ赤にして首をぶんぶん。
それはそれで払いのけられたような気になるんですけど。
何だかんだ言ってわたしの方が寂しいって思っているのかな。
「あ、そうそう、メンバーに何か伝言があったら伝えておくよ」
「……あー、うーん」
「無い?」
「あいや、……ほやったら、亀井ちゃんに」
「うん」
「自分責めんなよって、ほうでのうてもあたし全然嫌いになったり
しとらんから安心せぇって言うてあげて」
「…承りました」
- 40 名前: 投稿日:2004/05/28(金) 16:32
-
病院から出たら外はすっかり暗くなっていました。
「…何か、切ないですねぇ」
昔付き合っていた人が今は別の誰かに想われているって。
だいたいのことは知り尽くした気がしていたけど、だからこそ
ゆっくりと熱が引いていくのを感じたのだけど。
亀子はわたしとタイプが違うから、きっとわたしが気付かなかった
愛ちゃんの何かを発見するんでしょう。
もしかしたら亀子自身が引き出してあげるかもしれない。
「…ほんっと、切ないですねぇ」
一年経って
別れたことを悔やむ時が来るなんて思いませんでした。
未練という気持ちを知りました。
- 41 名前:名飼 投稿日:2004/05/28(金) 16:34
- 更新終わります。
- 42 名前: 投稿日:2004/05/30(日) 12:40
-
「………たかはしさーん………」
さゆまた寝言言ってる。
よっぽど今日お見舞いに行きたかったらしい。
その証拠に
休憩が入って戻ってきた楽屋の椅子に座ってすぐ
「道重さゆみ、不貞寝します」
って言っておったと。
「な、絵里」
「………」
「絵里?」
目の前で手をパタパタ振って漸く、あ、と呟いてこっちを向いた。
「絵里疲れてんの?まだ十五分くらいあるからさゆみたいに
寝とけばよかよ。れーな起こしちゃるし」
「え、さゆ寝てたんだ」
「……気付かんかった?あの宣言」
宣言?
絵里は単語を繰り返して首をかしげている。
- 43 名前: 投稿日:2004/05/30(日) 12:41
- 「不貞寝するって。
で、さっきまたたかはしさーん言っとった。寝言で」
「…お見舞い行きたがってたからね。高橋さん退屈してるだろうし、
さゆも行けたら良かったね」
なんか棒読み………
口だけで喋ってるような感じする。
思うんやけど、楽屋の絵里はたまにすごく暗くなる。
というか、ある意味高橋さんと逆で、カメラ向けられやなか時
一人で居るとなんば考えてるんやろうって、視えなか時があると。
今日は特にそれが気にかかる。
あ、そうか。絵里は事故ば目の前で見とったんだっけ。
それじゃ
暗くなるのもしゃあなかか。
- 44 名前: 投稿日:2004/05/30(日) 12:41
- 「……れーなさぁ」
「なん?」
「自己嫌悪から立ち直るのにどのくらいかかる?」
やっぱ高橋さんのことだった。
「あれ事故なんやけん、絵里は落ち込む必要なんかなか」
「そうだよ」
いつのまにか後ろに新垣さんが来ていて、相槌を打ってくれた。
「事故だよ。亀井ちゃんに原因があったわけじゃない」
「新垣さん、でも」
「でもとか言ったらダメだよ」
「………私だけ助かったのに、そういう考え方はなかなかできないですよ」
「だけ、とかも言ったらダメだって。とにかく亀井ちゃんは何も悪くない!」
「れいなもそう思う」
それでも絵里は納得いってなさそうな表情のまま。
「だって…何かに責任を擦り付けたい気持ちってあるじゃないですか」
あそこで絵里がすぐに高橋さんを救い出してあげられていたら
捻挫だってたいしたことなくて、入院とかしなくて済んだかも、とか。
- 45 名前: 投稿日:2004/05/30(日) 12:41
- …絵里の罪の意識は自分だけが助かったことだけじゃなかった。
そこまで思いつめていたんだ。
「…………亀井ちゃん………そんなこと言い出したらさ」
倉庫のことを教えたのは、私だったじゃん……
絵里もれいなも目を見開いて、
しゃがみこんでしまった新垣さんを見る。
彼女の長い髪が床を這っていた。
「ダメなんだよ…あれは事故だって思い込んでおかないとさ…」
この時の掠れた小さな声を聞き取れたのは
自分達だけだっただろうか。
- 46 名前:名飼 投稿日:2004/05/30(日) 12:44
- 更新終わります。
- 47 名前: 投稿日:2004/06/01(火) 18:27
-
「………♪だーれのせいでも ありゃしない〜………」
ここに来てから
もう何度も無意識のうちにこの歌を歌っとる気がする。
入院二日目にして持参した宝塚関係の本やらCDやらは半分近く鑑賞してもた。
テレビはわざと観ないようにしとった。
観るのもせいぜい夕食時のニュースと天気予報だけ。
気を抜くとどこかで活躍しているメンバーの姿を観てまうような
気がして、わざとそうしとる。
さけ、ここのテレビは夜七時には電源を切られる。
ほんまは宝塚のDVDやらビデオやらも持ち込みたかったんやけど、ここの
テレビって音声がモノクロで、家で観とるのと全然迫力が違うし、ヘッドホン
したら片耳でしか聴こえんしで、逆にイライラしそうやったから置いてきた。
- 48 名前: 投稿日:2004/06/01(火) 18:27
- 「あー、せめて寝返りしてえ」
まだ夜八時。
亀井ちゃんあさ美ちゃんが今日のうちに来てもたから、明日は誰も
来ないやろなあ、と確率の高い予想がついて寂しなる。
「…ほや、手紙」
あたしはあさ美ちゃんが届けてくれたメンバーからの手紙の束を
サイドテーブルから取り上げた。
安倍さんはちょっと前に卒業してもたから、全部で十三通の手紙。
飯田さんからは 真っ白な便箋に色鉛筆で彩色された手紙
矢口さんからは …これきっと自分が欲しくて買ったんやろな、例のアニメの便箋で
石川さんからは やっぱりピンクが基調の便箋。隅っこにうさ子。かわええ〜
吉澤さんからは 手紙というよりイラスト、に、一言メッセージが添えてある
「先輩方はみんな字ぃが読みやすくて羨ましいのお」
かぁちゃんからは 手書きのハートが一杯散りばめられている手紙
のんつぁんからは かぁちゃん同様ハートと、あと何故かバナナが描かれとる
「バナナ食べたかったんやろか…」
- 49 名前: 投稿日:2004/06/01(火) 18:28
- あさ美ちゃんからは 普段のおっとりした雰囲気とは違って勢いのある文面。★がたくさん。
マコトからは 愛ちゃんと宝塚の話がしたいよ、早く帰ってきてね。
里沙ちゃんからは
『事故だから気にしすぎちゃダメだよ!愛ちゃんのせいじゃないからね』
………
あかん、ちょっと泣きそうんなってもた。
里沙ちゃん鋭いのお。
「ちゃーんとわかっとるが!エロ垣め!」
田中ちゃんからは 白い便箋に自分で色をつけててかわいいデザイン。
『心配しないで下さい』という一言におませさんなところがよう出とる。
シゲさんからは あ、これあさ美ちゃんと同じ便箋や。
…数えてみたら『さびしい』って五回も書いとった。妹よ……
美貴ちゃんからは …あーこっちは石川さんの色違いや。
ゆっくり休んで元気になって戻っておいで、待ってるよ、やて。何気にお姉さんやね。
- 50 名前: 投稿日:2004/06/01(火) 18:28
- 亀井ちゃんからは
『この隙に追い抜かれないように気をつけてくださいね』
「亀井絵里…恐ろしい子!」
でも
今日来た彼女の様子を見ていたら、これはきっと強がりなんやろな…
手紙をじっくりと読んでいたらいつのまにか十時近かった。
ちょいと早いけど、消灯の時間でもあるし
今日はもう寝てまうかの。
- 51 名前: 投稿日:2004/06/01(火) 18:29
- 眠りに落ちる寸前に
夕方のニュースで観た
責任の所在
という言葉が浮かんで消えた。
- 52 名前:名飼 投稿日:2004/06/01(火) 18:31
- 更新終わります。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/01(火) 19:30
- やっぱハルヒさんの作品好きや〜
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/01(火) 20:19
- 》53に同意。
でも、本人が名前を隠しているのだから、
ばらしてしまってはいけないと思うのですが。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 19:51
-
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/02(水) 19:52
-
- 57 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:01
-
「ガキん子、あんたのせいじゃないよ」
私とれーなの後ろでしゃがみ込んで
肩を震わせている新垣さんに
藤本さんが気付いた。
あんなに小さな声だったのに気付いた。
「っ、う……っ」
「事故だって、自分で言ったしょ?」
床に膝を付いて新垣さんを覗き込んでいる。
かける言葉も思い浮かばず傍観している私とれーな。
れーなはただただ驚いているだけだと思うけど、私は違った。
私のせいじゃないんだ。
……なんだかホッとしていた。
私以外にも罪を感じている人が居たんだ。
- 58 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:01
- 私には重すぎると感じていた罪が少し軽くなる。
新垣さんが泣いているから、私は泣かなくていいんだ。
もうそんなに我慢しなくてもいいんだ。
ああ、そして、それから…
「ガキん子に泣かれたら、美貴も泣かなきゃって思っちゃうよ…」
……?
藤本さんが妙なことを言っている。
「どうしてそこで藤本さんが…?」
疑問は即座に口をついて出た。
「………えりえり、ゴメン」
- 59 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:02
-
…仕事が終わり今日はタクシーで帰ることにした。
行き先を告げて座席に深く座り直す。
もう、何ていうか。
呆れてしまった。
れーなも絶句してた。
私と高橋さんを、近づけたかったから?
きっと仲良くなるだろうから、って?
馬鹿馬鹿しい。
そもそも私達の何を見て
距離が遠いとか仲がそんなに良くないとか思ったって言うんだ。
私達の何を知ってそんなことを。
何も知らないくせに。
視えない深いもので繋がっていたことを知らないくせに。
- 60 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:02
- ああ、でも
きっかけがあれでなければ。
…私も知らないままだったんだな。
『……院の医療ミスが発覚したのは今回が初めてであり、……院長は
今後、責任の所在を明らかにしていく意向を示しました』
車内のラジオが伝える九時のニュース。
医療ミスは再発の恐れがあるけど、私達のはまず有り得ない。
…そうでもないかな、ダンスレッスンやライブや
とにかく体を動かすことには常にそういう危険が伴うものだね。
ハロモニだってたまに危ないなあって思うことをやらされるもん。
そういえば今回のことで五期では新垣さんだけが怪我を免れて
いる事になるんだな。
- 61 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:02
- でもさっきの様子を見たら、高橋さんのことで心に傷を負ったようだけど…
そして薄情なことにそんな彼女を見て少し救われた気になった
亀井絵里と言う黒い女がここに一人。
ごめんなさい、でも有難うございます。
こんなことを言ったら新垣さんはきっと怒るだろう。
高橋さんはそこをかるーく笑い飛ばしてくれちゃったけど。
…あれは悔しかったなあ。
窓の外を見たら口を尖らせた私がガラスに映っていた。
走行中だし、誰も見てないからそのままにしておく。
- 62 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:03
-
高橋さんは初めて私の心の傷を理解してくれた人で、
だから本当は
理解から慰めを求めたかった。
だけどトラウマというものが理解されるまでは良いとしても
そこから同じ傷を持ったもの同志が慰めあったって
共依存を生むだけ。
それで危険だと思って我ながら突飛な行動に出たのだけれど、
もしかしたら早合点だったかもしれない。
思い返してみれば高橋さんはあの時特に私を慰め甘やかすような
言葉をくれなかったし、それはそれでいいんじゃないか、みたいな
言い方をしてくれていた気がする。
彼女の中ではもうトラウマはうまく昇華されていたかもしれなくて、
今思えば、最良の対応をしてくれていたのに。
ちょっと酷な事をしてしまったかなあ………
- 63 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:03
- 「うわー、どうしよう…」
「何か?」
「あ、すいません。ただの独り言で」
「そうですか」
淡白な運転手さんで良かった。
うっかりあの時のことを思い出して
赤面してるところを突っ込まれたくないからね。
この時の私は、夜だからそんな心配をしなくてもいいんだってことに
ちっとも気付いていなかったらしい。
- 64 名前: 投稿日:2004/06/04(金) 19:03
- タクシーから降りて携帯をチェックしたら
さゆからメールが届いていた。
『あの事故は新垣さんと藤本さんのせいなの?』
……さゆ、起きてたんだ……
- 65 名前:名飼 投稿日:2004/06/04(金) 19:10
- 更新終わります。
>>53-54 名無飼育さま
レス、ならびにお心遣いありがとうございます。
いつもの自分とは異なるシリアスを書くつもりでああいうことを
してますが、やっぱ色はなかなか消せないみたいですね。ちょっと凹。
でも今後も同じスタイルで書いていきます。半ば意地。
- 66 名前: 投稿日:2004/06/09(水) 17:54
-
「問診票を拝見しました。
ストレスによる頭痛ではないか…ということですね」
お医者さんが言った。わたしに言った。
カルテをボールペンでとんとん叩く音が耳障り。
曲前のクリックのようで変に緊張感を煽って耳障り。
「何かお心当たりが?道重さん」
…心の拠り所にしていた人が入院してしまったんです。
仕事の合間の休憩中、事故に遭って。
あのーわたし、…実は歌手をやっていて、
「存じてますよ、あの、アイドルグループの」
グループじゃなくてユニットです。
- 67 名前: 投稿日:2004/06/09(水) 17:55
- 「…ユニットの、道重さゆみさん」
はい。
で、それで、加入する前から彼女のことが大好きで、
一緒に仕事ができるなんて夢みたいで、でも夢じゃなくて
ちゃんと現実で、毎日がすごく楽しかった。
何度も挫けてきたけれど、その度に彼女や先輩がフォローしてくれて。
彼女だけじゃなくて皆が好きになりました。
だけど、彼女が事故に遭って、で、この間聞いちゃったんです。
事故には他のメンバーが関わってるって。
「わざとその方を事故に遭わせる様にしたと?」
そういうことじゃなくて、あの。
事故が起きた現場に、高橋さんを行かせたメンバーが居たんです。
あ、高橋さん、私がさっき大好きって言った人なんですけど。
…事故が起こるなんて思いもしなかったのはわかります。
たまたまそうなってしまったんだってわかりますけど。
その、高橋さんをそこに行かせた理由って言うのが、
わたしの同期メンバーと仲良くさせたかったからって。
- 68 名前: 投稿日:2004/06/09(水) 17:55
- 最初から仲良かったのに。
わたしから見たら全然、仲が悪かったりとか無くて、喧嘩だって
してるの見たことなくて、どっちかからどっちかの悪口を聞いたことも
無かったから。
仲が良いって思ってたのに。
何でそんな余計なことをしたんだろう。
そのせいで高橋さんは入院しちゃったって、思ってしまって。
その人たちも、自分のせいでそうなったって思っているみたいです。
いつものわたしなら、庇う気になれたんですけど、
…わたし、わたしほんとに大好きなんです、高橋さんが。
その人たちもメンバーとして好きなんだけど、メンバーになる前から
ずっと高橋さんを好きで。今も。
好きの時間が段違いで、だから本当はその人たちを責めたくて
仕方が無いんですけど、他の子に止められたし、わたしだって
なるべく皆と仲良くしたいから、我慢してるんです。
頭痛が起こり始めたのはその頃からだと思います。
- 69 名前: 投稿日:2004/06/09(水) 17:55
- 「…なるほど、よくわかりました。
仰る通り心因性ストレスによる頭痛のようですね」
あなたがその高橋さんを好きで居続けた時間と同じように、
頭痛の方も治まるのに少々時間がかかると思ってのんびりと
構えてください。
お話を伺ったところ
好きから嫌いになった場合、あなたの場合はかなり極端な態度に
なりそうですが、だからと言ってそれがダメと言うわけでは
ありませんよ。
全員と仲良くしたいと思うから、ストレスで頭痛が起きて
しまったのではないでしょうか。
勿論お仕事ですから良好な仲を保つに越したことはないですが、
だからと言って
全員「好き」で居続けることができるのは、
神様くらいだと思います。
あなたはそれだけ難しいことを自分に強いてるんですよ。
頭痛が起きたのはそれが難しいとあなたの脳が警告している
証拠ですから、もう少しいい加減になってもいいんではないでしょうか。
怒りたければ怒った方が良いこともあります。
とりあえず
今回は痛み止めのお薬を出しておきます。二週間分ありますから。
どうぞお大事に。
- 70 名前: 投稿日:2004/06/09(水) 17:56
-
とうとう絵里のことを言えないままに診察を終えて
病院を出る。
院外処方箋には三種類の薬の名前が印字されていた。
なんだ
わたしあの時絵里に怒っても良かったんだ。
メールの後に電話がかかってきて
絵里が高橋さんのことを好きになったって聞いた時。
事故が起こる直前に絵里が高橋さんにしてしまったことを聞いた時。
あれが無ければっ…て、絵里の罪悪感を感じた時。
無理して励ましたりしなくても良かったのか。
さゆごめんねって言われて、うぅん謝ることじゃないよって
言わなくても良かったのか。
……何がごめんねだよ、って、怒鳴ってやればよかった。
- 71 名前: 投稿日:2004/06/09(水) 17:56
-
「遅い!」
手始めにわたしは道端に転がっていた空き缶を蹴飛ばしてみる。
カコーン
歩道の前方左側に滑るように転がっていった空き缶は
二メートル先くらいでぴたりと止まって、
そこでクルクルと回転した。
- 72 名前: 投稿日:2004/06/09(水) 17:56
-
少しだけ笑みがこぼれた。
- 73 名前:名飼 投稿日:2004/06/09(水) 17:57
- 更新終わります。
- 74 名前: 投稿日:2004/06/15(火) 23:02
-
「甘えたいんだけど、甘えっぱなしにはなりたくないんだ。
……離れてしまった時が辛いからね」
しかしながらもうとっくに私は辛さと寂しさを抱えていて、
だからこうして自ら距離を縮めたくて病室のドアをノックするのだ。
- 75 名前: 投稿日:2004/06/15(火) 23:02
- 「…亀井ちゃん、今何て」
二度目の面会に来た私の一言に、ビックリ顔で聞き返してくる高橋さん。
「これから、できるだけ毎日お見舞いに来ますから」
口には出さないけどやっぱり私はまだあの時のことを悔やんで
いるし、その、何ていうか、
……傍に居たいなあって。
さゆと電話で話した時そう言ったら、好きじゃなきゃ傍に
居たいなんて思ったりしないんじゃないって言われて。
藤本さんと新垣さんは責任を感じて落ち込んでるだけだけど、
絵里は好きだから傍に居たいって思うんだって。
私なりにも色々考えたんですけど。
考えれば考えるほど、会いに行かなくていいのかって
思うようになって。
- 76 名前: 投稿日:2004/06/15(火) 23:03
- 初めてここを訪れた時
四角い部屋に一人きりの高橋さんの姿はとても小さく見えた。
ダンスで人一倍大きな振りをして存在感を放っていた高橋さんが。
それなのに虚勢を張って私より優位に立とうとして。
バレバレでしたよ。
まるで自分を見ているかのようだったから。
それを指摘したら弱い自分も自覚してしまうと思って、
黙り込んでしまった自分が悔しい。
だから、次からは言葉より行動に起こそうと思ったんです。
自分がしてほしいことならすぐにわかりますからね。
高橋さん
倉庫であなたを引きとめた時の私の台詞、憶えてますか?
「…ずっと一人でいても寂しいじゃないですか」
「………うん」
頷いたと思ったら彼女は反対側の窓の方を向いてしまう。
突然勢いよく顔の向きを変えたので、何事かとついベッド脇の椅子から
立ち上がってその顔を覗き込む。
彼女は泣いていた。
- 77 名前: 投稿日:2004/06/15(火) 23:03
-
「ほんま…ありがとなあ……ひって嬉しい」
CDとかDVDとか雑誌とかで何とかやり過ごそうと思てたんやけど
やっぱ無理で、メンバーから貰た手紙ばっかり何回も読んどって。
こんな風に泣きながら読んだりしたから、何枚かはふやけてもた。
それに気付いて哀しなってまた涙出て。
「孤独で…でもここから出られん。退院がまだとかでのうて、
一旦離れてもたメンバーとか周りの人がどう思っとるのかが怖くて」
「高橋さん…」
高橋さんの気持ちが、狭い場所に篭っている時の私とシンクロする。
ここから出るのが怖い。
みんながこんな私をどう思っているのか。
いつになったら私のトラウマは私を束縛から、
『狭い場所』から解放するのか。
もしかして
「もしかして、足治っても精神的にヤラれてもて
こんまま退院できなくなってまうんやないかって」
解放される日は一生来ないんじゃないかって。
- 78 名前: 投稿日:2004/06/15(火) 23:04
- 「高橋さん」
「あ…ごめん、たかが捻挫でここまで考えんのあほみたいやろ」
私は首を横に振った。
「そんなことない。…私が高橋さんを退院させてあげますよ」
「…かめいちゃ」
「たかが捻挫でなんて、思ってませんからね」
毛布を握り締めていたその手に触れた。
ふっと力の抜けたその手、その指先が
私の手を確かめるように掌から指先へなぞっていき、
絡まる。
強く握り返した。
- 79 名前: 投稿日:2004/06/15(火) 23:04
-
どんなに悪い考えが頭をよぎっても
深く沈んで自力で這い上がれなくなっても
私が彼女を引き上げる。
『向こう側』には、行かせない。
- 80 名前:名 投稿日:2004/06/15(火) 23:04
- 更新終わります。
- 81 名前:名詞 投稿日:2004/06/15(火) 23:06
- 名前ヘマした…あ、某所で取り上げていただきありがとうございました。
ゆっくり頑張ります。
- 82 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:14
-
あれぇ…おかしいなあ。
- 83 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:14
- 毎日のような面会と学校と仕事、三つもこなしていると
流石に疲れが溜まってくる。
だけど
充実していた。
面会の後に必ずタクシーで帰るから財布の中身がちょっと
厳しいことになっているけど、いざとなったら家に
連絡を入れて迎えに来てもらうつもりだった。
訪問する時間が夕食時を過ぎたあたりになるので、
夕食が来るまで面会に来ているという高橋さんの親御さんと
鉢合わせしたことは無い。
なので気の済むまでおしゃべりをして、そしたらいつのまにか
面会終了時間になっている。
- 84 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:15
- おしゃべりとは言ってもどうも私達の場合ボケツッコミのノリだ。
例えば
「松葉杖の松葉って苗字?」
「どっからそんな発想が出てくるんですか」
「杖って名前の人いそうやん」
「……一瞬想像しちゃったじゃないですか。純和風の女の人」
「かぁちゃんがドラマで演ってた雛子ちゃんっぽいんやできっと」
「それである日外国人のステッキさんと出会うんですね」
『まあ、なんてステッキな出会いなんでしょう!』
とか。
左右の手を握り合わせて顔の横に持ってきて
首をかしげる仕種までもが全く同じタイミングだった。
次の瞬間にこみ上げた笑いを落ち着かせるのに
必要とした時間は約三分。
何故だかわからないけど高橋さんと私だと必ずこういう方向に
話が向かってしまう。
おかしなふたりだと思う。
- 85 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:15
- それで、帰りのタクシーに乗ってやっと気付くのだ。
あれぇ…おかしいなあ。
高橋さんのお見舞いに来たはずなのに
私が『癒された』気分になるのはどうしてだろう?
彼女が悪い妄想にとり憑かれないようにと
なるべく仕事とは無関係な他愛も無い話題を振って
独特の解釈に頷いたり感心したりお腹の底から笑ったり
負けじと亀井流トークを展開して
顔をくしゃくしゃにして笑うその瞬間に喜びを感じたり
……おかしいなあ。
「おかしいかのぉ?」
「おかしいと思いません?」
「亀井ちゃんが変やっていう意味のおかしいなら納得」
「……高橋さんの方が変ですよ」
「あ、そうですか…」
あっさり押し黙ってしまったけどそういう時は多少
自覚がある時のようだ。
- 86 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:15
- そうこうしているうちに喉が渇いたので自販機に飲み物を
買いに行こうと思って、これはチャンスではとふと気付いて
高橋さんも誘った。
そしたら彼女はまたビックリ顔をしたので
どうしたんですか、そう問い掛けたら、
だってみんなあっしをこっから出そうとせえへんで、驚いた。
おかーさんとかマネージャーさんとか…
あさ美ちゃんがこないだ来た時も頼んでないのに買って来てくれたくらいで、
と返ってきた。
夜だし買物に出るくらい何とも無いですよ。
杖だってあるんだから自力で動けるし
それとも甘やかされすぎて感覚麻痺しちゃいました?
「……生意気な亀め」
時々負けず嫌いが顔を出すのでうまいこと挑発に乗ってくれた。
よし、それでいいんです。
ここを積極的に出ることで、四角い箱が巨大な箱に変わった
だけだとしても、箱の中は自分一人だけじゃないと言うことに
気付いてくれればシメたものだ。
- 87 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:16
- 松葉杖のテンポは普段の私が歩く速度の丁度半分くらい。
病棟を出るまでに色々なものが目に入る。
擦れ違った患者さんは頭とか腕とか上半身が包帯まみれだったけど、
隣の誰かさん以上に元気に歩いていた。
いつも早足で通り過ぎていたので、こうして改めて見たのは初めてで、
……個室以外の病室って入口カーテンで仕切られてるだけなんだ。
高橋さんの病室もこういうタイプだったら、この人はあそこまで
落ち込んだりしなかったかもしれないなあ。
あ、でも。
そうしたら完全に二人きりの時間じゃなくなっちゃうんだ。
一長一短だな。
「……あたしらどっか似とるんかもしれんね」
「え?」
キョロキョロしてる私を制するかのようなタイミングだった。
「なんとなくほう思ただけや」
「なんとなくですか」
「うん。理由無いとあかん?」
- 88 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:16
- 「…無い方が嬉しい時もあります」
理屈抜きで似てるかもと言われて
それは醸し出す雰囲気がなのか
同じような過去から来る共通意識みたいなものが
見え隠れしているせいなのか
ただ単にお互いがお互いを変だと思っているだけなのか
そしてまた、変、の次元が近いと感じたのか
嫌いな相手なら徹底的に問いただしまくって
それは違う、勘違いだと攻撃するのだろうけど
高橋さんなら
なんとなく、で充分だと思った。
寧ろ
そう思われてると知っただけで
元々つりあがってる口角が上へ上へと勝手に
動いてしまうのだから。
「何ニヤニヤしとん」
「……廊下暗いのに良く見えますね?」
あー、あぁいやあ、
ほういえばもともとニヤけた顔やったっけなあ、うん。
「妙なカマかけないで下さいよ……、ふ」
「やっぱ笑とるがし」
誰のせいですか、先輩。
- 89 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:17
-
ある日また病室のドアをノックしたら、返事は無く。
…こっそり中を窺ってみたら高橋さんは眠っていた。
スライド式ドアをゆっくり開けて中に入る。
忍び足で近づいて
顔を覗き込んでみたけど
泣いた形跡は無いみたいで安心した。
とはいえ起こすのも悪い気がしてしばらくベッドの傍らに
ぼんやりと佇んでいると、左横にあったサイドボードの上に
本人が写った写真とポスカが置いてあるのが目に入った。
…ああ、この写真、事故の前に撮ったやつ…
これにメッセージを書き込んでたんだ。
手は無事だからこういう仕事はさせられちゃうよね。
写真の上に載せてあった黒のポスカを手に取って覗き込むと
メッセージは
『ハローショップ某店三周年おめでとうございます!』
とあった。
彼女はまだ眠っている。
- 90 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:17
- 無意識にペンを弄びながらゆっくりと吊られた右足を
眺めた。
「……………」
眺めながら
ベッドに沿って移動して
眺めながら
吊られた右足の裏側に到着。
「持ち物には名前をー…なんて」
蓋を開けたら独特のツンとした匂いが鼻をついた。
新品らしくて軸の部分は十二分にインクを含んでいる。
「試し書きー…なんて」
あ、ヤバイ。
笑い声が出そう。
- 91 名前: 投稿日:2004/06/18(金) 19:17
- 左手で口元を抑えながらギプスの裏側に震えるペン先を走らせた。
マル書いて、亀。
「っぷ、くくく」
マ、マジきつい。笑い堪えるのって。
今日は早々に退散しよう。
ありがたいことに病室を出るまで
高橋さんは眠ったままでした。
- 92 名前:名詞 投稿日:2004/06/18(金) 19:22
- 更新終わります。…シリアス保てなかった_| ̄|○
- 93 名前: 投稿日:2004/07/03(土) 22:31
-
「………ぅん〜?」
視界がうすぼんやりと周りの色を取り込んでいく。
……目ぇぱっちり開いてんのに何か暗いのぉ。
もしかして今、夜なんか?
えーっと、顔の右側が枕についとるから〜、上見たら
ボードの上の時計があるはず…
<2:17 AM>
「うしみつどきぃ〜?なぁんで」
肘ついて上半身起こして前髪をかきあげる。
あ、思い出した。
夕飯の後何か眠なってきてそのまま寝てもたんや。
- 94 名前: 投稿日:2004/07/03(土) 22:31
- 「よりによってこんな時間に目ぇ醒めんでもー」
がっかりしてすぐに肘折ってベッドに倒れこんだ。
独りもんには一番ツライ時間やん…
ほういやぁ今日は亀井ちゃん来たんかなぁ。
ここんとこ毎日来てくれてたし、もしかしたら今日も…
でもあーし寝てたから…
「あ〜、もったいねー」
関係無いけどここ来てからどうも独り言が増えた気ぃするわ。
「亀すまん〜」
後悔しまくってるらしく頭ん中で最近亀井ちゃんと話したことが
反芻し続けた。
あたしが何か言うた時にピタッと表情が固まったとこだけ妙に
はっきりと憶えとる。
でも何言うたのかは思いだせんなあ、何やったっけ。
- 95 名前: 投稿日:2004/07/03(土) 22:32
-
「………亀〜かーめ、亀井ぃ〜♪」
ついには即興で亀音頭。
…関係無いけどここ来てからどうも歌ってばっかりのような気ぃするわ。
「かめーかーめェ〜、メェ〜メェ〜羊が一匹、羊が二、あれ」
アカン!何かほんまに捻挫以外の病気になってそうや!
「お、大人しくがんばって寝るべ…!」
最後の最後まで独り言を呟きながらシーツを被り。
瞼の裏でさっきの名残で羊がぴょんぴょん跳ねとった。
- 96 名前: 投稿日:2004/07/03(土) 22:32
- 翌朝、足の裏の落書きを看護師さんに指摘されて、
この時のアホみたいな独り言やら何やらを全部この亀井ちゃんの
落書きのせいにしてやることにした。
今度来たら思いっきり文句言ったろ。
…ああ、はよ来ないかのお、亀の奴。
- 97 名前:名詞 投稿日:2004/07/03(土) 22:34
- 更新終わります。
- 98 名前: 投稿日:2004/07/15(木) 21:45
-
あまり思い出したくないのだけれど
わたしたちの間に亀裂が生じたのは
多分あの雨の日の出来事があったから
- 99 名前: 投稿日:2004/07/15(木) 21:48
- 常に受身の姿勢であるわたしは
ある雨の日、雨から雪に変わりついには関東圏の交通を麻痺させてしまった
めちゃくちゃな天気の、そんな日に。
愛ちゃんと映画を観に行く約束をしてて、待ち合わせになかなか
来ない愛ちゃんをずっと待ち続け、とうとう風邪を引いてしまいました。
彼女はきちんとメールで
『雪で電車が遅れて間に合いそうに無い』
『映画の上映時間近いから先に行ってて』
『あさ美ちゃん大丈夫?返事が無いから心配や。ちゃんと届いてる?』
という内容のものを
送ってくれていたのだけれど
これら数通のメールが届いたのはその日の深夜。
その数時間前にも着信が何件かあったにもかかわらず、
まったくそれに気づかなかった自分。
体温計の文字盤には39度3分、と表示されていたらしい。
その頃には既に気も遠くなりかけていて
数字もよく読み取れなかったから、母親が教えてくれて。
少しだけ横になってそんなメールで起こされたから
熱にうなされディスプレイを見ながらわたしは泣きました。
- 100 名前: 投稿日:2004/07/15(木) 21:49
- お互い持っていた携帯の会社が違うからという原因は納得できたのです。
でもさすがに四、五時間待ちぼうけを食らっていれば
何かおかしいと気づいて自分から連絡を入れたらよかったんだ。
なのにどうしてそれをしなかったのか
待っている自分に酔っていたのか
愛ちゃんを
信じきって
頼り切って
絶対会える
絶対連絡をくれる
だから待ってなきゃいけないんだ。
そう思っていたからか。
- 101 名前: 投稿日:2004/07/15(木) 21:49
- 『ごめん。メール今届いたよ』
高熱と後悔で浮き沈みの激しい思考回路を何とか働かせて
やっと作成したその一文を送信した後
返信や電話の呼び出し音を聞くのが怖くて音量をオフにして
再び風邪薬の力を頼って眠りに落ちました。
目が醒めてみれば案の定三通の返信メールと二件の着信。
読むことが出来ずに消去。
その日の夜に気を取り直して二回目の「ごめん」のメールを送信。
返事は無し。
電話にも出てくれなくて。
一週間後に仕事で会った日にはすでに
彼女はあまり
わたしと目を合わせてくれなくなっていました。
- 102 名前: 投稿日:2004/07/15(木) 21:49
- これはだいぶ後になって知ったのだけど
愛ちゃんもわたしからの返事を待ち続けていたらしいのです。
彼女もわたしと同じように
やっぱり受身なところがあって
返事を出せないということは何かしらの理由があってのこと
なんじゃないかといろいろ考えすぎちゃって
自分から電話する勇気が出せなかったと言っていました。
- 103 名前: 投稿日:2004/07/15(木) 21:50
-
『あさ美ちゃあ〜ん!こぉんばんわぁ〜元気ぃ〜?!』
ディスプレイの向こう側でまこっちゃんが意味不明の変顔をしてる。
特に用事も無くこういう動画を送ってくれるんです。
それでもわたしにとっては彼女の様子を窺い知れることができたし
意味不明でも面白くて元気をもらえるので
まこっちゃんからのメールは数日置きの楽しみの一つになりつつあります。
『あっさみちゃーん、大好きだよー!』
「…すごいなあ。何かよくわかんないけどすごい」
この直球っぷりが。
わたしは自分からそんなことなかなか言えないもん。
今までだって、えーっと……うわぁ。
「だ、だめだめだめだめ」
そういうセリフはそういう時にしか言ったことが無かったので
回想の映像が薄暗い愛ちゃんの部屋の中になってしまいました。
『……あさ美ちゃん』
あ〜音声まで再現されちゃった…
- 104 名前: 投稿日:2004/07/15(木) 21:50
- 「だーからだめだめだめダメだって!」
わたしが今好きなのはこの変顔大好きたれ目の寂しがり屋さん!
消したくない動画が多くて容量がピンチになってるのを露知らず
送り続けてくるヘタレまこっちゃんなんだから。
ということを。
思ったらすぐに言わなきゃ駄目なんだよね。
そうしないといつか何かのきっかけでまた
砂で出来たお城みたいに水分が蒸発してあっさりと崩れ落ちてしまう
瞬間がきてしまうんだよね。
ね、愛ちゃん。
だからこれからわたしはまこっちゃんに電話をするよ。
「…もしもし、寂しがり屋の小川麻琴さんですか?」
- 105 名前:名詞 投稿日:2004/07/15(木) 21:51
- 更新終わります。
これより数日あるいは数週間ネット落ちしますので、更新
できなくなります。あらかじめご了承ください。
- 106 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 21:54
- 仲が悪くなければそれでいい。
もちろん仲良いに越したことはないよ。
ベタベタすぎるのはどうかと思うけど……
だってなんでも、中くらいとか真ん中とかその辺が一番居心地よくて
楽な環境だと思うんだ。
右か左か上か下、あの人かこの人、あの子とならこの子、
どちらかに偏ってるのはどこかで絶対に無理がかかってる。
かけっぱなしのままじゃ辛くなる時が来るし、それになんか
自分の感覚で気持ち悪いと思ってしまうんだよね。
私がメンバー同士の空気を調整したいと思うのは、そういう
ものすごく自分勝手な思いからだということを、メンバーの何人かは
気づいているんじゃないだろうか。
- 107 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 21:56
- 最近は、先輩たちには申し訳ないけど芸暦も長いし年齢も年齢なので、
モーニングの今後のために、そういう意味で私は同期と後輩たちの
ことを気にかけるようになった。
そうは言っても私だって限界があるし、私のしていることは
言い換えればひどくエゴイスティックなことなので、これだけやれば
充分だと自分が納得できればまた再び距離を置く。
まあつまり早い話が、
自分の近くにいるメンバーに対してだけ私は最大級で細心の気配りを
心がけた。
そしてあの時私の傍にいた二人が
初めて、私のエゴの被害者第一号になってしまったのだった。
- 108 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 21:56
- …藤本さんのせいにするつもりはないんだよ。
あの人だって良かれと思ってしたことだ。
起こってしまったことは仕方ないし、これからは被害に遭ってしまった
愛ちゃんと、多分亀井ちゃんの分も、心をフォローすることが大事なんだからさ。
だから
あの時のことは謝らないで
胸の奥にしまっておいた方が良いんじゃないの?
新垣里沙。
謝ってしまったら、君の嫌いな『アンバランスな状況』を
自ら
作ってしまうことになるだろう。
- 109 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 21:57
-
ある意味ラストチャンスの今日という日、やっと
ここまで辿り着くことが出来た。
…心臓の痛みにはもう慣れた。
慣れたっていうか諦めたよ。
どうせさあ、この痛みって、
この病室のドアノックして
中入って
愛ちゃんに謝って
多分なんかものすごい「らしく」ない美貴になるから
愛ちゃんに恐縮されちゃうんだろうけど
多分なんかその辺に突っ込入れる気になれない程
滅入っちゃうんだろうな。
そこまで堕ちないとこの痛みきっと治まんないと思う。
- 110 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 21:59
- 「…堕ちてみるか」
右手を軽く握ってドアに向けた。
「藤本さん?」
あれ、誰かに呼ばれた。愛ちゃんの声じゃない。
「……シゲさん」
横向いてみたら同期だけど年下でそれでいて美貴より背が高い
色んな所がギャップだらけのメンバーがそこに居た。
「藤本さんも来たんですね、お見舞い。
今検査みたいです。わたしもさっき来たばっかりで、
看護師さんに聞いてきて」
「そうなんだ」
何かこうイメージ通りというか果物の入ったバスケットなんか
持っちゃってなかなかお似合い。
でも果物って一番最初の時にメンバーでお金出しあって
こんこんが代表でお見舞いに持っていってたんじゃなかったっけ。
- 111 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 21:59
- 「明るい色がいっぱいあるから、元気になるかなあって」
うん、ロマンティックだねえ。
「…藤本さん、頭痛いんですか?」
「あ、怖い顔なおさら怖くなってる?」
苦虫を噛み潰したような、ってこういう時に使うんだっけ?
「顔が真っ青です」
「そりゃ怖いな」
お願いだから鏡出さないでね…って遅かった。
「ほら」
シゲさんがショルダーバッグから出してきた例のでかい鏡の中には
なかなかどうして認めたくない表情の藤本美貴が居た。
簡単に言うと病人の顔をしてた。
シチュエーション的に間違ってないな。
- 112 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 22:00
- 「頭、藤本さん頭が痛いんですか?」
「なんで二回聞くのさ」
まだ目の前に鏡を翳したシゲさんが鏡の上から目だけ出して
聞いてくる。
どうでもいい突っ込みを入れてしまった。
「……あの、わたしもなんです」
「も、って、美貴別に頭が痛いわけじゃないよ」
「でも、でもどこかは痛いんですよね?きっと」
「…まあね」
顔が青いだけで痛いって決め付けるのはどうかな、
でもその通りだからシゲさんは間違ってない。
案外勘のいい子なのかもしれない。
「わたしも何日か前から頭が痛くて、痛み止め飲んでて」
そう言いながらやっと鏡をしまったと思ったら今度は
白い封筒みたいなものを取り出して見せた。
- 113 名前: 投稿日:2004/07/27(火) 22:01
- あれちょっと待って、コレってさ。
「シゲさんこれ病院で処方された薬だよね?」
「はい、そこ行ってもらって来たんです」
眉間に深い皺が寄ったのが自分でわかった。
「…なんで病院なんか行ったの?」
- 114 名前:名飼 投稿日:2004/07/27(火) 22:01
- 更新終わります。
- 115 名前:トキ 投稿日:2004/07/30(金) 08:21
- 更新乙です。
ネタバレしないで感想を言うのが不得意なので
感想は完結後言わせてもらいますが
一読者としていつも更新楽しみにしてます。
- 116 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:21
- 「無事退院が決まってよかったですね」
外来から病棟へ戻る松葉杖ペースのゆっくりとした帰路、
高橋さんは私の言葉を受けてへへへ、と笑った。
検査後の診察で予定通り退院が決まったから。
私は事故直後の彼女の足首の状態を見知っていたので
診察室で自分のことのように一緒に喜んでしまい、医者に笑われてしまった。
「やぁほんまにホッとしたわ。てか、付き添ってくれてありがとな」
「あのまま病室で待ってても仕方無かったし、私も結果知りたかったから」
万が一にも悪い結果が出たとしたら、すぐにでもフォローしなきゃと
思っていた。
そうしなきゃ彼女が以前自分で言っていたように、本当にメンタル面が
心配になるからね。
私みたいに隙間に逃げちゃったり、あまつさえ面会を断られたりしたら
と思ったら。
付き添わずにはいられなかった。
思わず妄想の中で面会を断られて呆然とドアの前に立ち尽くす自分の
姿が浮かんだところで、松葉杖の動きが止まる。
「…のぉ亀井ちゃん、何か飲んでから戻ろ。いろいろ緊張して喉渇いてもた」
「いいですよ。あ、じゃああそこ行きません?温室」
「病院なのに温室なんてあったっけ?」
「あるんですって。一回迷子になった時見つけたんですよ。中にちゃんとベンチあるし」
「…迷子になってたんか」
- 117 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:22
-
ガラス張りの温室のドアを開けると南の島の匂いが私たちを
出迎えた。
「うわ、ここだけ空気が夏や!」
「温室ですから。あ、こっちですよ」
院内の景色ばかり見ていた高橋さんはよっぽど嬉しかったらしく、
私がベンチに連れて行くまでに何回も何回もヒャーッとか高い声を
出すので、笑いのツボを突かれてしまって大笑いしたら彼女の顰蹙を買った。
「だってその声どこから出してるんだろって可笑しくて…」
「亀井ちゃんに言われたくないわ」
私のは地声ですよ、失礼しちゃうなあ。
- 118 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:23
-
「あたしなほんまに心の方がどうにかなってまうんやないかって思とった」
座席に先に座るよう促した後、
私は彼女の松葉杖をなんとなく片手に持ちながら隣に座った。
もちろん話を聞きながら。
……これ、こんなに重たかったっけ。
「ずっと毎日後悔しとった。迷惑かけまくっとるなあとか…
仕事やって、もちろん入院費用で親に対してもやし、学校やってほうや。
モーニング応援してくれてるファンの人たちもや。迷惑だらけ。
…それから退院した後のことも考えまくった。みんなに会った時何て言おうか、
みんなはどう言うか」
「でも復帰した後の自分だって大変じゃないですか」
「ほやね、遅れ取り戻さなあかんし…でもそれはあたしが頑張ればええんやし」
「それよりかけた迷惑の方が重大ですもんね」
「そそ、んもう怖くて怖くて、なぁ」
その時の恐怖を払いのけようとしてるのか、そんな自分を小馬鹿にして
笑い飛ばすような雰囲気の声。
- 119 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:23
- 「ほやけど亀井ちゃんが来てくれて、そんなんと全く関係無い話たくさん
してくれて、変な話ばっかやった気するけど」
「最後余計ですよぉ」
「いや面白くて良かったんやけどな?」
…良かった、そう、
『良かった』
私はちゃんと役に立っていたんだ。
実はちょっと押し付けがましいとか思う時もあった。
だけど一度決めたことだったから、高橋さんの口から拒絶の言葉が
出るまでは貫き通そうと決めていた。
でもちゃんと、良かった、って。
「ほやって気を紛らわせてくれて、ネガんなって落ち込むの
止めてくれて、…ほんまに感謝しとるし、口には出さんかったけど、
ああやっぱり事故のことまだ後悔しとるんやなあってわかった」
ほやけどきっと謝ったらあたしがキレると思たんやろ?
自嘲気味の問いかけには思わず微かにだけど首を縦に振っていた。
- 120 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:24
- 「ハハ、多分それ当たりやわ。亀井ちゃん頭いいねえ」
…あ。
何か、初めて褒められたような。
だけど頭がいいのはきっと高橋さんの方です。
こんなにひねくれた私の心理をあっさり解いて
私が成したかったことをきちんと彼女は理解して。
感謝してくれた。
「……高橋さん、いつから気付いてました?」
「いつからか、いつのまにか、はっきりとはわからんけど」
それでなくてもほとんど毎日来てくれてたから、
その気持ち、通じたんよ。
- 121 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:24
-
……………
ああこの
心底ホッとした気持ちは何でしょう。
あの時のこと謝罪して許してくれたとかそんなんじゃないのに
逆にいつまでもいつまでも言い出すことが出来なくて
…うん、そう。私は少しズルイことを考えていて、
言わなくても気付いてくれないかって高橋さん任せにしていた。
謝ることはできないけどその気持ちは持ってるから、
行動で示してそれを汲んでくれないかって思ってました。
私は結構何でもズバズバ言ってしまう方だと思っていたけど、
あなたの予想通り、謝ったら逆に怒り出すんじゃないかって思って
怖くて言えなかったんです。
それを、その気持ちを
そのものズバリ理解してくれていたことがこんなにも
大きな安堵を生んでいるのはなぜなんでしょう。
なんだか体中から力が抜けて
だけど胸の辺りがじわじわと暖かいんです。
それでいてたまたま手にしていた松葉杖が無いと
ふにゃりと寄り添ってしまいそうな。
ああそうかこの気持ちはまさに
- 122 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:25
- 「あの時と一緒だ」
「あの時?」
「だけど悔しくはないです。ちょっとだけ泣きそうだけど」
「…ああ、あの時」
「なんだろうなあコレ。うーん、言うなれば…すごい満足感?」
それともちょっと違う気がするんだけど…
いい単語が思い浮かびません。
今や完全にふにゃりとしてしまった私は汗をかいたままの
缶ジュースにやっと気付いてプルタブを開けようとしても
力が入らない。
見かねて高橋さんがタブを開けてくれた。
プシュ、小気味いい音の後、手渡してくれたそれを
受け取ると
「…あたしが思うに、多分それは、
気付いてほしい気持ちやったから通じて気付いてくれて嬉しい、
幸せやなーってことでないの」
高橋さんはあっさりと答えをくれた。
亀井絵里、ただいま幸福真っ只中です。
- 123 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:26
- 誰かの役に立てることは幸福ですね。
しかもきちんと想いが相手に伝わっていて、
それが自分の好きな相手なら尚更で
でもまだ好きってちゃんと言ってないんだけど……
「なあ」
「はい?」
声をかけられて顔を見たら
引力のある視線とぶつかって。
「……なあ」
「はい、……」
吸い込まれそうになる。
………このままだとまた、
奪いたくなる。
- 124 名前: 投稿日:2004/08/01(日) 15:26
- 「…顔、近いで」
「…その目が悪いんです」
「目のせいなんか」
「もちろんそれだけじゃないです」
「わ、ちょっとほんまに近すぎやって」
「照れてるんですか?」
「て、照れるってか」
「嫌?」
「い、嫌ってか」
「はっきり言ってくれないと私良い様に解釈しますよ」
「恥ずかしいわ!てかこんなとこでやらかすな!」
「やっぱり照れてるんじゃないですか」
けれどこれで
わかったことがあります。
…捕まえてしまっていいんですね?
「…束縛は嫌やけど放し飼いはもっと嫌やで」
「……わがままな先輩だなあ」
- 125 名前:名飼 投稿日:2004/08/01(日) 15:33
- 更新終わります。
>>115 トキさま
レスありがとうございます。正直胸を撫で下ろしました。
もしかしてみなさんネタバレ考慮でレス無しなのかなあ…
完結させればわかることですね。もう少しなので、がんばります。
- 126 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:39
-
廊下を歩いていると
高橋さんの病室のドアの脇、壁に備え付けられた手摺に全身を預けて
こちらに手を振る人物が一人。
「あー美貴ちゃん!」
「藤本さん」
「愛ちゃん久しぶり、えりえりも来てたんだね」
その足元には果物がたくさん入ったバスケットが置いてあった。
- 127 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:39
- 「ほんとごめんなあ、みんな忙しいのに…」
「何言ってんの、そこは謝るとこじゃないじゃん」
「高橋さん、足上げて」
「あ、ほい」
「…えりえりが愛ちゃんのお世話してるんだ」
「へっ、いや、いつもは看護師さんが…ってそう言えば何で」
「このくらいなら看護師さんじゃなくたって私でも出来ますから」
「まあそうだね。よいしょっと」
藤本さんは、ここ数日は私の指定席だったはずのベッド脇の椅子に
ごく自然に腰掛けて、すぐさま足を組んだ。
…まあ、彼女は最近の私の行動を知っているはずないから、
そこは私の席ですよ、なんて言えっこないのだけど。
でもなんかほんのちょっと、横取りされたような気分。
「あ、亀井ちゃん椅子」
「椅子コレしかない?もしかして」
二人が同時に声を出す。
うーん。
一緒に声出したってだけで何でこんなにムッとしなきゃ
ならないんだろう。
- 128 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:40
- いいえちゃんとわかってますよ?
だってさっきキスできなかったから。
それで戻ってきたら今度こそ、と思ってたところへ持ってきて
予期せぬ見舞い客ですよ。
しかもそれが何かと私の上を行く藤本美貴さんですよ。
高橋さんと藤本さんと言えばいろいろと相性がいいのは周知の事実。
ラジオでの掛け合いとかすごく面白いらしい。ってさゆが言ってたな。
「美貴すぐに帰るからえりえりここ座んなよ」
「あたし別に気にせんからベッドにでも腰掛けてたら?」
「ええ、危ないじゃん」
「危ない?ああ、吊ってる足で踵落としされたらたまらんもんなあ」
「そういう意味じゃねーよ!だいたいそんなに高い位置に吊ってないだろ!」
ああちょっとなんですかこの二人。
会って五分も経たないうちに息の合ったコント始めちゃってさ…
「…詰所行ってもう一脚借りてきますね」
なんだかなあ。
惨めだ。
- 129 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:40
-
詰所に着いてみると看護師さんたちがやたらとせわしなく動き回っていて
声をかけるタイミングがなかなか掴めなくて、
かと言って大きな声を出すわけにもいかないから、少し待ってやっと
手が空いた人に声をかけてパイプ椅子を受け取りそれを引きずるようにして
廊下を歩いた。
松葉杖とこのパイプ椅子って同じくらいの重さなのかな…
何かそんな感じがする。
「重たい〜、も〜」
さっきまでの、溢れんばかりの幸福感はどこに行ってしまったんだろう?
…いいんだ、いいもん。
あの時の幸せはまだ私の心の中に残ってる。たくさん。
このままラスボス戦に挑むことだってできますよ?
必要とあらばこのパイプ椅子だって武器にしてやります。
- 130 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:40
-
「…だからね、責任取ってモーニング辞めるつもりなんだ」
病室のドアを開けたらそんな言葉が耳に飛び込んだ。
今のは間違いなく藤本さんの声だ。
けれど言ってる意味がすぐに理解できなくて、頭の中で同じセリフを
繰り返してからベッドの方を見ると、こっちを振り向いた藤本さんと、
目を見開いたまま藤本さんの方を向いていた高橋さんの姿があった。
一拍遅れて高橋さんも私を見たけど、表情は凍ったまま。
「…バッドタイミング、でしたかね」
「うぅん、いずれみんなにも知られることだから美貴は気にしてないし。
それに…えりえりにも謝んなきゃね」
謝られるようなことをされた憶えがない、そう言うと藤本さんは
まあまあこっち来て、と私を手招いた。
高橋さんは一言も喋らなかった。
- 131 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:41
-
私は人に命令されることが嫌いだ。
なるべく何でも自分で考えて行動したい。
こんな性格だから、
倉庫での一件を淡々と話し終えた藤本さんに対して
腹立ちを抑えることができなかった。
「それじゃあ何ですか、藤本さんがそうしなかったら私たちは
一生仲悪いみたいな」
「そういうんじゃないよ、だからあれは美貴のお節介だったって」
「だからってやり方が汚い。新垣さんを利用するなんて!」
「利用じゃなくて協力だって。ガキん子にはもう謝って」
「本当ですか?」
「…嘘嘘。辞める形で謝罪しようと思ってる。それまでは秘密に」
「……美貴ちゃん」
高橋さんの恐ろしいほど低い声が私たちを遮る。
「………」
「辞めるまで誰にも何も言わんの」
「…うん、そのつもり」
「何で」
「言ったら止められちゃうし、でも美貴もう決めたから」
「上の人には?」
「まだ言ってない。今のところ知ってるの梨華ちゃんと、
ここに居る二人だけ」
- 132 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:41
- ……………はぁ
高橋さんは両肩を使って溜息を吐いた。
あ、これはもしかしたら。
私が一番恐れていたことが起こるかもしれない。
直感でそう思った。
矛先は藤本さんだ。
「……アホか、お前」
「え?」
ほら当たった。
高橋さん、怒ってる。
「何ふざけたこと言うてんの。辞めるって何。
そういう形で謝るって。…甘ったれんのもええ加減にせえ!」
- 133 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:42
- 私はこの時初めて
あの藤本さんが絶句したところを見た。
私自身は意外と冷静だった。
予想できていた事態だったし、言われているのは私じゃなかったから。
だから客観的に見て
私はまだ口を挟むべきじゃないと思った。
「愛ちゃん…」
「悪い思とるんはわかったわ。ほやけど事故は美貴ちゃんが起こしたもん
違うやろ。そっからして間違っとるし」
「でも…きっかけは美貴だよ全部」
「倉庫の中のあたしらの行動まで責任負うってか。美貴ちゃん何?
神様かなんかのつもりか?今までそんなに自分の思い通りの人生やったん?
ほんなわけないやろ」
「そりゃ…そうだけどさ、悪いと思って」
「思うなら思うでそんだけにしときゃええのに、辞めるってどんだけ
他の人に迷惑かけるのかちゃんと理解しとる?美貴ちゃんが今、どれだけ
モーニングの中で重要な位置に居るのか、わかってて言っとる?」
捲し立ててるうちに質問攻めになってる。
藤本さんは完全に圧倒されていた。
言ってること隙が無くて反論できないんだろう。
訛りと早口のせいかもしれないけど。
- 134 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:42
- 「………美貴ちゃん、勝手やざ」
沈黙を少し挟んで、また高橋さんが言った。
「………じゃあ美貴はどうしたらいい?」
「知るか」
「愛ちゃん謝ったら許してくれる?」
「謝られる憶え無い」
「え?」
「何やそんなんあった気がするけど、忘れたわ」
「…愛ちゃん最近物忘れ激しいもんね」
「憶えてて得せんことには、特にな」
「…そっか」
…私の出番は無いみたいだ。
ふと藤本さんの顔を見たら、微かに口元が笑っていて。
ああ何だか少し
羨ましい。
私はまだ高橋さんに怒られたことがないから。
- 135 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:42
- 「…とりあえず美貴は他にしなきゃなんないことがあるんだね」
「そんなん知らんって。自分でほう思うならほうやないの」
「…愛ちゃんさあ、前から思ってたけどほんと厳しいとこあるよね。
自分にも他人にも」
「だって美貴ちゃん自分で気付いとるやん」
「うん。まあ何となく」
「だったらいちいち聞かんでも即行動に移したらええ。
ほんな臆病なん美貴ちゃんらしないで?」
「らしくないか。そうだね。
…ありがと。なんかスッキリした」
- 136 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:43
- …時間にしたら十分も経ってなかったと思う。
結局私は最初の数分以外何も言うことができないまま、
藤本さんは病室を後にした。
だけどドアが閉まるトン、という音を聞いた時に
私は思わず
「見損なった」
と口に出していた。
「あたし?」
「藤本さん」
ああ、と相槌を打った高橋さんの声のトーンはすっかり
元の状態に戻っている。
「あたしも最初は腹立ったけどなあ…」
「正直言って、責任取って辞めてもらってもいいんじゃ
ないかと思った」
「えぇ、そんな」
「だって……」
- 137 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:43
- 思い出す。
倉庫の中での出来事。
私の心を救ってくれた高橋さんと
高橋さんの体を救えなかった私。
その次にあの松葉杖の感触が蘇って
杖をついた高橋さんの背中を。
涙が出そうになった。
目をぎゅと瞑って耐える。
「亀井ちゃん?」
「…泣いてません」
返事は返ってこなかった。
その代わり
「……なあ、こっち来て座らん?何かなあ、
隣に居らんと落ち着かんくなってもたみたいや。
美貴ちゃん座ってた時なんか変な感じして…」
当たり前ですよ。
だってそこは私だけの指定席なんですから。
- 138 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:43
- ほとんど毎日この席で
あなたと二人で。
楽しかったり変だったり弱ってたり
悲しんだり喜んだりしてたあなたを見てきました。
怒ってるところもすぐ傍で見たかったなって今は
ちょっとだけ残念だけど、
退院したってこれから先もずっと
隣は私じゃなきゃ嫌です。
一分一秒でもあなたの表情を見逃したくないんです。
「私もここに座ってないと落ち着かない」
「あらぁ、もうすぐ退院なのになあ」
「だから高橋さん、これからもずっと」
できるだけ隣に居させてください。
「もちろん、居てください」
- 139 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:44
-
病院の玄関を出たらすぐそこのベンチにシゲさんが
座ってた。
「待っててくれたんだ」
「はい」
はにかんで笑う、その隣にどっかりと腰を落とす。
「はぁ〜、美貴怒られちゃったよ」
「高橋さんにですか?」
「うん、甘ったれるなってさ。厳しいね」
「でも藤本さん、笑ってる」
「ん?うん。なんかさあ、あんまり怒られたこと無いからさあ、
結構嬉しかったかも」
なんつって、美貴は別にマゾとかじゃないと思うんだけどな。
- 140 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 19:45
- 「それよりシゲさんはほんとにいいの?愛ちゃんに会わなくて」
「…絵里が来てるから」
「知ってたんだ」
「病室行く前に高橋さんと歩いてるとこ見たんです」
シゲさんの口からえりえりの名前が出たので
数十分前、廊下で少しだけ話したことを思い出した。
「そうだシゲさん、この後なんか用事ある?」
「無いです」
「だったらさ、薬分けてくれたお礼に何か食べに行こう。
ほんと助かったから」
「焼肉?」
「肉があるならどこでもいいや。それでさ、あんまり
シゲさんと話したこと無かったから、いろいろ話そうよ。
えりえりとのこととか、美貴でよかったら相談に乗るからさ」
「良いんですか?」
良いんだよ、って言ったらシゲさんはすんごく嬉しそうな顔をして
はい!って返事した。
- 141 名前:名飼 投稿日:2004/08/12(木) 19:51
- 更新終わります。もうちょっとだけ続きます。
- 142 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:10
-
『愛ちゃん退院決まったんだってね』
こんこんからメールが届いたのは昨日の夜。
私は重い足取りで病院までの道のりを歩いていた。
もちろん退院が決まったことは藤本さんに聞いて知っていた。
愛ちゃんに今回のことについて謝りに行ったらしい。
「ガキん子にも迷惑かけたね。ほんとごめん」
藤本さんの中では今回のことは終わりを迎えたみたいだった。
だけど私の中ではまだ迷いがあって
やっぱり私も謝るべきだ、そう思ってこうして病院に向かっている。
今のままだと藤本さん一人が悪者になっちゃうから…
「ガキさん?ガキさんだよね?」
背後から声をかけられた。その声は聞き憶えがあってだけど
とても懐かしい声。
「……安倍さん?!」
「久しぶりだねえ、ガキさんも高橋のお見舞い?」
- 143 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:11
- 肩を並べて一緒に歩くなんて恐れ多くて
私は半歩下がって歩いた。
だけどこの位置から見る安倍さんは私がよく見知った
モーニング娘。の安倍なつみだ。変わってない。
顔を隠すために被っている大きめのキャスケットがあっても
紛れも無くそれは今までもこれからも大好きな大先輩の姿。
「退院が決まったって聞いてさ。絶対行こうと思ってたんだけど
忙しくてなかなか時間作れなくて」
「今日はオフですか?」
「ううんさっきまでドラマ撮ってた。ちょっと寝不足さぁ。
どう?最近。メンバーの中で。高橋のことで何か起こったりしてない?」
高橋、という苗字を聞いたらつい足が止まってしまう。
安倍さんは私が立ち止ったことにすぐ気がついて振り向いた。
「ガキさん?」
「………」
「…やっぱり何かあったのかい?」
愛ちゃんごめん。
私は安倍さんに隠し事はできない。
- 144 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:11
- 通りがかった喫茶店に入って、適当な飲み物を頼んで
腰を落ち着かせてから、十二、三分。
「里沙ちゃん」
安倍さんは私の話を黙って聞いてくれた。
「黙ってても、いいんじゃないかなってなっちは思うよ」
「いいんですかね…」
グラスの中身はすっかり空になっている。
「里沙ちゃんはほんとメンバーに気を遣う子だって知ってるよ。
だから自分としては本当は謝りたいってのと黙ってた方が高橋の
ためだっていうのとで迷ってたんだよね」
「……はい」
一応相槌は打ったけど
安倍さんは私のことを誤解してる。
私はそんなにいい人じゃないです。
謝れないのは愛ちゃんのためじゃなくて
傷つくのが怖い自分自身のためなんです。
「結局謝るつもりで今日は来てたの?」
「つもりだったんですけど、だんだん落ち込んできて…」
そうだろなあ、安倍さんはうんうん頷いた。
- 145 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:11
- 「だったらね里沙ちゃん、今はまだその時期じゃないんだよ、きっと」
「時期じゃない?」
そう。
「なっちもね今までいろんなことあったさ。それでさメンバーに謝ったり
謝られたりってしたけど、本当に申し訳ないって思ってても逆に
相手の神経逆撫でちゃうことってあったの。お互いに時間を置いてないから」
「時間を置いてない…」
まだ相手の、自分の怒りが治まってないうちに無理矢理問題解決
させようとするから泥沼になっちゃうんだよね。
片方が冷静な時ほど話噛み合わなくなってさ。
だからねこれはあくまでなっちの意見だけど
「お酒」
「おさけ?…ってビールとかですか?」
「うん、先の長い話かもしれないけど、愛ちゃんも里沙ちゃんも
お酒飲めるようになったら、その時謝ったら絶対うまくいくよ」
確かにすごく気の長い話だと思った。けど。
モーニングとしてだけじゃなく人生の先輩でもある人の意見だ。
「あれってねすごく不思議なんだけど、どんなことでも笑って済ませ
られちゃったりするの。強い人とかはそうじゃないかもしんないけど
少なくともうちらの、二十歳超えてるメンバーとかはそうだよ」
- 146 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:12
- 安倍さんや矢口さんや飯田さんや保田さん…
「もちろんどうするかは里沙ちゃん次第。
…でももし、謝らずにずっと黙っているんだったら、どうしても
吐き出したくなる時がきっと来ると思うから」
その時はなっちが代わりに話を聞いて
里沙ちゃんを許してあげるよ。
「だからもう我慢しないで泣いてもいいからね?」
安倍さんが手を伸ばして私の頭を撫でた。
それで私は鼻の奥がツンとなってしまい
「…ごめん、なさい」
「うん、…誰にごめんなさい?」
「………あいちゃん」
「うん……」
愛ちゃん、ほんとにほんとにごめん。
私に時間をください。
- 147 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:12
-
入院してから二週間目、…の前日。
それでも私は相変わらず指定席に座っていた。
例によって消灯時間が間近に迫っている時刻。
「明日やっと退院ですね」
「ほうや!あーやっと自由になれるで」
「ねえ高橋さん、私一個思い出したことがあるんですけど」
「なに」
「だいぶ前こんな風に話してた時に、事故に遭った時の話しましたよね」
「…ほやったっけ」
「しましたよ。それでその時」
あんな強引にちゅーとかされたもんやから夢ん中でも亀井ちゃん
しょっちゅう出てくるようになってもたわ〜
「…とか言ってクネクネしてましたよね」
「…クネクネは嘘やろ」
「嘘ですけど言ってましたよね」
「言うたかなあ。憶えとらん」
- 148 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:12
- 「…どんな夢見たんですか?」
「ほやから憶えとらんしー」
「一個くらい記憶にあるでしょう」
「無いです」
「話してくれるまで毎回ちゅーしてあげましょうかー?」
「勘弁してください。でも言えんわ、やっぱ…」
「…まあ、でも、これから先その夢以上のことするかも
しれないですけどね」
「あー……あるかも、しれんなあ」
「そんなこと言われると片っ端から試したくなるんですけど…」
「うわ、わ、ち、近い近い近い顔が」
「ええだから試したくなるんですって」
それでなくてもこの間は失敗したんだから
今度こそ達成したいんです。
「いや、や、消灯!消灯して!」
「ムーディな雰囲気がお好みですか?」
ほやなくて、も〜!
とっくに抱きついている背中をドコドコ叩かれても
痛くも痒くもない。
何かもう少し苛めたくなった。
- 149 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:13
- 「あー、高橋さんえろーい。くっついてたら夢の内容が
伝わって来ましたよぉ〜」
「んなわけあるかい!」
「視えます視えます。…うわっダイタン!」
大げさに驚くとベリッと音がしそうな勢いで体を離される。
「もーちょっと黙っとれ!」
離れたと思ったら。
くっついた。
その直後に部屋の照明が落とされた。
暗闇の中与えられた感触はとても久しぶりのもので
相手は間違いなく高橋さんだ。
- 150 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:13
- 「……は」
「…びっくりした〜…」
「………」
「嬉しいです、素直に」
「……ふん」
「目が慣れる前に言っとくわ。言えるうちに」
「…?」
病室で
一晩一緒に居る夢見た。
「詳しくは聞かんといて」
「…そうしときます。で?」
「え?」
「正夢にします?」
- 151 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:13
-
- 152 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:13
-
- 153 名前: 投稿日:2004/08/12(木) 23:14
-
- 154 名前:名飼 投稿日:2004/08/12(木) 23:18
- 以上です。読んでくださりありがとうございました。
スレタイトルの作品は完結とさせていただきますが、
エンドマークは、打ちません。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/13(金) 20:06
- 完結お疲れ様でした。すごく楽しかったです。
この作品のおかげで亀高大好きになっちゃいました。
あと、質問なんですけど
>>113の
>眉間に深い皺が寄ったのが自分でわかった。
>「…なんで病院なんか行ったの?」
で何故藤本は怒ってたんでしょうか。
その後の>>139からの藤本と道重のシーン
でも説明されてないし怒ったこと自体なかった事に
なってるみたいなので気になってしまって。
自分の読解力が無いだけかも知れませんが…。
とにかくすごく面白かったです。
これからもがんばってください。応援してます!!
- 156 名前:名飼 投稿日:2004/08/13(金) 20:23
- >>155 名無飼育さま
感想レスありがとうございます。とても嬉しいです。
書いて良かった…
ご質問の件ですが>>27あたりを読んでくださるとおわかり
いただけるかと…別に怒ってたわけじゃないと思います(笑)
ちょっとピリピリしてたんじゃないでしょうか。痛いから。
テンポ重視で書いてたので謎になってる部分たくさんあるんで
しょうね。
確信的ににはしょってる部分もありますが…
- 157 名前:名飼 投稿日:2004/08/13(金) 20:25
- 訂正
間違った>>26でした…すいません。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/14(土) 07:47
- 完結おめでとです
作者さんの書くたかぁしさんは、やはりちゃいこーです♪特に亀高での少しひねた亀子と少しへたれなたかぁしさんが…もう!
あちらも期待してます
- 159 名前:独白タックル 投稿日:2004/08/15(日) 10:49
- 高橋さんが仕事に復帰した。
メンバー全員揃っての復帰会見の後、すぐに仕事が
入っていて、移動中のバスの中でみんなそれぞれ
快気祝いを彼女に渡してる。
れなは一番後ろの席でそれを何となく見てた。
快気祝い、用意してなかった。
「何でみんな教えてくれんかったんやろ…」
確かに気付かんかったれなもアホだけど。
気持ち込めて一言退院おめでとう、ってだけで充分だと思ってた。
れな最近この中で孤立してる。気がする。
ある時ふと自分からすすんで誰かの隣に行くことに
疲れた
と感じて、自分からは動かないようになったら、いつの間にか
一人になっていた。
れなは最初おかしいなって思った。
今まであれだけ一緒に居たはずなのに、こっちから
接触するのを止めた途端に誰も寄り付かなくなって、
それじゃ今までのは何だったんだろう、単に寄って来たから
相手してくれてただけなのか、って思って。
アホくさ。
それならそれで一人で居る方が余計な気ば遣わなくてよかね。
- 160 名前:独白タックル 投稿日:2004/08/15(日) 10:50
- 離れてみると色んなことが視えてくるようになった。
例えば今、バスの中の状況一つ取っても、
同期の絵里とさゆの関係がちょっと変わっているのがわかる。
ここ数日さゆがよく藤本さんと話している姿を見かけるようになって、
いつもさゆとワンセットみたいに思われてた絵里が
五期の先輩たちの方に混じっているっていうのを何回か見た。
まあ五期の高橋さん、紺野さん、新垣さんは
さくら組で一緒だし、居てもちっともおかしく
無いんだけど、結構長い時間を過ごすバスの座席でまで
こういう分かれ方をしてるのを見ると、加入してからずっと
見てきた自分にとっては何か妙だな、と思わざるを得ない。
かと言ってそればどうこうする気にもならん。
それに結構、こうして遠巻きに周りを見ているのは
なかなか退屈しない。
れなは自分からは誰にも何も言わないけど
多分今一番冷静にモーニング娘。っていうユニットの
人間関係を見ることが出来るんじゃないかと思ったりする。
- 161 名前:独白タックル 投稿日:2004/08/15(日) 10:50
- 「高橋さん」
バスが仕事先に到着してみんなぞろぞろと降りて行く。
出入り口のドアは一つしかないから必然的に後部座席の
メンバーは順番を待つことになり。
れなは目の前に居た高橋さんの背中に声をかけた。
「ん?」
「あの、れなお祝いのプレゼントとか気付かなくて…
やけん言葉だけですけど、退院おめでとうございます」
「ありがとぉ。別に物あげるのがお祝いや無いと思うから
気にせんでええよ」
ほらやっぱりこれでいいんじゃないか。
「…ぶっちゃけ邪魔なもんもあるんやなか?」
「……こんなとこでそんなん聞かんの。ぶっちゃけ、ある」
クッ
小声だけど本音をさらっと言われてつい鼻で笑う。
高橋さんも声を出さずに笑っていた。
面白い先輩だ。
そう思った矢先。
- 162 名前:独白タックル 投稿日:2004/08/15(日) 10:51
- 「高橋さん、段差あるから気をつけて」
絵里だ。
睨まれた。
何だコイツ…人の会話に割って入って…
あ。
もしかしてまだ事故の責任感じてるんだろうか。
あれは藤本さんがちょっと悪戯心起こして偶然
悪い方向にいっちゃっただけだって、まだ思えないのか。
『美貴が愛ちゃんとえりえりを近づけてみたかった
だけなんだよね』
れなも最初それ聞いた時はわけわかんなくて何も言えなくて
そしたらそれ聞いた新垣さんがどうしてかわんわん
泣き出しちゃったから、絵里は新垣さん慰めるのに必死で
さゆはそれでも眠ったまんまだった。
休憩終わるまでに何とかしないとってハッと気付いて
オロオロしてたら、いきなり石川さんがやって来て藤本さんと
新垣さんを連れてどこかへ行ってしまったんだ。
取り残されたうちらは、黙ってそれを見てた。
絵里は思ったことなんでも口に出す方だから
後になって色々言うかと思ってたけど、ショックだったらしくて
ほんとずっと黙ったままだった。
- 163 名前:独白タックル 投稿日:2004/08/15(日) 10:51
- 「平気やって、もう治っとるし」
「だからってよそ見しながら歩いてたらだめー。
危ないから、はい」
…あれ?
絵里、何しようと?
なあ、今別にカメラまわっとらんし。
何でいきなりごくふつーに高橋さんの手握ってんだ?
さゆと間違えてる…わけないな。
やっぱまだあのこと引き摺ってんのかな。
高橋さんの方はと言えば思いっきりれなの正面に
居るので様子を窺うことは出来なかった。
ただ
バスの中に居た時は普通に手を引かれているだけだった
はずなのに、
出てみてふとあの二人を見たら
しっかり指を交差させて手を繋いでた。
- 164 名前:独白タックル 投稿日:2004/08/15(日) 10:51
- 「………」
これはれなの直感だから
まだ誰にも何も言わないでおこう。
まず間違いなくきっかけはあの時の事故のようだ。
そうかさっき睨まれたのはそういうことか。
とりあえず、随分先にバス降りてたさゆはこっちに
背中向けてる。
多分今のに気付いたのはれなだけ。
「一人も悪くないっちゃね。色んな発見があるたい」
そう独り言を呟いたら
「独り言はボケの始まりっ!」
どっかでそれ聞いてたらしいのんつぁんが
真横かられなにタックルを食らわせて石川さんの方に
逃げていった。
「…なん言うとや!」
- 165 名前:名飼 投稿日:2004/08/15(日) 11:00
- 今日から連作短編中心。
>>158 名無飼育さま
レスありがとうございます。
連載開始当初の「シリアスメイン」がいつのまにか変化してここの作品も
「おかしな」の空気を連れてきてしまいましたが、これはこれで
よかったようなので安心しています。
あちらの方もこちらの方もマイペースにやっていきます。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
- 166 名前:トキ 投稿日:2004/08/25(水) 00:12
- 完結お疲れ様です。
むしろ「おかしな〜」の雰囲気がラスというか後半随所に感じられて嬉しかったです。
やっぱり作者さんの書く亀高はこうじゃないと...
独白タックルの方も良いですね。
鈍いのか鋭いのか分からない田中さんが良い感じです。
自己解釈・自己完結がなんとも田中さんらしいと言うか、
それを許さない辻さんのキャラも一瞬だけど凄く愛らしい。
(解釈が作者さんの意図と違ってたらごめんなさい。)
こういう短編とは大好きです。
- 167 名前:名飼 投稿日:2004/08/31(火) 20:28
- >>166 トキさま
ありがとうございます。後半はすっかりいつもどおりになって
しまって…私的には何だか諦めきれないものが残っていますが
そう言っていただけて素直に嬉しいです。
短編の方は、まあちょっとした横道で。本編で明かされてなかった
部分をちょっこす田中さんに語ってもらいました。
辻さんは、癒し系(笑)
では新しい話をはじめます。
- 168 名前: 投稿日:2004/08/31(火) 20:29
-
これから始まる物語は『終わったこと』です。
元モーニング娘。 亀井絵里
- 169 名前: 投稿日:2004/08/31(火) 20:29
-
『終わったこと。』
- 170 名前: 投稿日:2004/08/31(火) 20:30
- あなたとの春を迎え
あっという間に夏が来て夏が去って
秋になろうとしています。
この頃雨の日が多くなってきましたね。
台風もやってきます。
…台風。
私にとって盲点とも言える台風の目が
九月十四日、あなたの隣に上陸しました。
- 171 名前: 投稿日:2004/08/31(火) 20:30
- <高橋さん、誕生日おめでとうございます>
九月十四日午前零時ちょうど。
絵里からメールが届いた。
<ありがとさん、明日のためにもう寝とき>
嬉しかったけど普通にそう返すと終わりの無いやりとりが
始まって彼女を夜更かしさせてしまうので、シンプルな
返信をして携帯を枕元へ置く。
窓の外では強い風が網戸をガタガタ揺らしていて
しかしながらあたしは
自分の誕生日ですら忘れると言っていた彼女がしっかりと
あたしの誕生日を、それも午前零時きっかりに祝って
くれたということに幸せを噛み締めていた。
数秒後にまた携帯の振動音が響く。
てっきり絵里からの返信かと思いきや、ディスプレイには
『道重さゆみ』と表示されていた。
<お姉ちゃんお誕生日おめでとう!イェイ イェイ★>
- 172 名前: 投稿日:2004/08/31(火) 20:30
- 「イェイって…」
あたしがメッセージの最後によく使うやつやないの。
こういうとこ何かかわいいよなあ、しげみは。
あ、こっちも零時ちょうど。
幸せが二倍になった。
彼女からのメッセージはおめでとう以外にも続きが
あったので画面をスクロールさせてみる。
今日、放課後にお祝いがしたいから会えないか、って
内容だった。
<会うのは構わんけど今日も一日大雨の予報やで。大丈夫?>
<高橋さんさえ良かったらうちに来てください。もし良かったら
泊まって行ったらどうですか?学校へはうちの親が送ってくれます>
「うーん…」
<実はプレゼントとか色々準備してあります!>
負けた。
- 173 名前: 投稿日:2004/08/31(火) 20:31
- 先手を打たれると断るに断りきれん…
絵里からは零時ジャストに祝ってもらえたし、その気持ちだけで
充分やと思た。
九月十四日はたった今始まったばかりだし、今日という日が
これきりだとしても、二人だけの特別な時間はいくらでも
作り出すことができるだろう。
何を根拠にそんなことを言うのか?
根拠なんて無い。
ただあたしにしては珍しくそういう自信があるだけだ。
逆に言えば自信を持てるだけの関係だ。
「…ほんまに、怖いくらい自信あるわ。らしくねえなあ」
こんな自分によぎる不安も自分らしさの一つ。
あたしはしげみに了解の返信メールを送信してから
眠りに落ちた。
- 174 名前: 投稿日:2004/08/31(火) 20:31
- 「よっ」
待ち合わせた駅前で見覚えのある後姿。
制服を着ていても雰囲気ですぐにわかる。
回り込んで顔を覗き込むと、しげみは何となくぽやっとした
表情をしていた。
が、
「おねーちゃんおめでとう!」
「うおっ」
会って早々熱烈歓迎ハグ攻撃。
「ひゃはは、オラはずかっすぃーて。離れろー」
言葉だけの拒絶。すると体はゆっくりと離れた。
抱きつかれた拍子に浮いた踵が着地してローファーがトンと
乾いた音を立てる。
体は離れたが絡んだ腕はそのままで一緒に歩いた。
風が強くて靡く髪が彼女の顔あたりに当たってやしないかと
少し気になり、様子を窺ったら視線がぶつかって
「へへへ」
と同じ笑い声。
「あ、しげみ髪の毛食っとるで」
「え、やだ」
- 175 名前:名飼 投稿日:2004/08/31(火) 20:32
- 更新終わります。
- 176 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:44
- 今日ね体育があったんです。
ほんとは外で授業だったんだけど風が強くて体育館でドッジボール。
みんなが逃げてる方向に一緒に逃げてたらいつのまにか残ったの
三人くらいになっちゃってー、みんなバラバラに逃げるからわたし
誰について行こうかって迷ってたら当てられちゃって。
「いや自分で好きな方向に逃げたらええやん」
「何かわたし駄目なんですよ。前に友達とか居ると同じ方向に行っちゃう」
「ええちょっと、それ危険やないの」
「だから今度からはちょっとー、友達じゃなくて遠くの方見ようかなって」
いやいやいや。
「ボール持ってる人見ようぜ!」
「あ、そっか」
とここでボール持ってる人を見たらその人のところに向かって
しまうんじゃないかという突っ込みも思い浮かんだが
何かキリが無さそうなので止めておいた。
- 177 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:45
-
- 178 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:45
- 「お邪魔しまーす」
「してくださーい」
マンションにお邪魔すると玄関に芳香剤が置いてあるのか
ストロベリーのいい香りがあたしを迎える。
直後に照明が点けられ白熱灯の優しい色が玄関に満ちた。
足元を見たが自分たち以外の靴が無い。
「あ、それ持つね」
泊まりのつもりで持参していたバッグを持ってくれて、
ありがとうを言う間もなく
「おかーさんただいまー!」
と家の中に入っていってしまうしげみ。
靴が無いから多分居らんと思うけど…気付いてないか。
それにしても何か急に元気になった気がする。
ああほうか、多分家の中が一番自分らしくいられる場所なんやな。
微笑ましい、と思う。
- 179 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:46
- リビングに通されソファに座るとすでに目の前のテーブルの
上にはお菓子がてんこ盛りになった籐籠が置いてあった。
でもってその手前にはコースター。
「ほんまに準備万端って感じやね…」
うわぁ、何や照れくさいわ。
「レモンティー、ミルクティー、麦茶ウーロン茶コーヒーに
オレンジ、アップル、どれがいいですか?」
背後のキッチンから選り取りみどりの選択肢を浴びせられて
「そ、そんなにあるんかあ。うーんと」
優柔不断なあたしはうんうん唸りながら目に付いたお菓子の
山の中の赤い包装紙に助けを求めた。
「ほんじゃアップルでー」
「店長アップル入りまーす! はーい!」
- 180 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:46
- て、店長………
「しげみ、えらい楽しそうや」
「楽しいよっ!お誕生日だから」
「って自分のやないのに?」
「誰かのお誕生日はみんな楽しいです」
するとその意見に賛同するかのように
コップに入れられたらしい氷がカランカランと音を立てる。
何となく首の後ろを掻いた。
- 181 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:46
-
- 182 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:47
- 「さゆみ?帰ってるの〜?」
「あ、お母さんだ」
母親が帰ってきたようなのでソファから立ち上がった。
制服の皺を気にしてみたが特に問題はないようだ。
しげみは玄関へ小走りに向かって行った。
母子の会話が聞こえる。
「もう、傘も持たないで出て行ったから車であんたたち
迎えに行ったんだよ」
「すれ違いになっちゃったんだ。でも降ってなかったよ」
「今降ってきたよ」
ほや、今日って大雨の予報出てたのに空曇ってはいたけど
今の今まで降ってなかった。
確かに耳を澄ますとパラパラと建物の壁を叩く雨音が聞こえた。
ややあって道重母子がリビングに現れる。
「あ、高橋さん、うちのお母さんです」
「こんにちわ、いらっしゃい」
「お邪魔してます。今日はどうもすいません、わざわざ」
「いえいえ、この子が勝手に言い出したんですから…
それにしてもやっぱり可愛いわねえ」
「当たり前じゃんモーニング娘。なんだから」
ああ、こういう会話は何か苦手やなあ。
自分の顔ってあんまり好きやないから褒められても素直に
受け取れん。
あたしは口ごもって曖昧な笑顔を浮かべることしかできなかった。
- 183 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:47
- おめでとうにありがとう。
お決まりのセリフを言って、驚いたことにホールで買ってきてくれ
ていた苺づくしバースデーケーキに立てられた蝋燭を吹き消した。
一本だけ消えなかった。
「ああ何やあたしまだ十八になったらあかんって
言われとるみたいやなぁ」
「そしたらまた一年子供チームで一緒に居られるね」
「いや飯田さんと石川さんが卒業してまうから結局お姉さん
チームやよ」
「そっかー、なんだー。あ!でも七期が入るよ」
いいじゃないのほらどっちみち愛ちゃんはさゆみの東京の
お姉ちゃんなんだから〜
キッチンからしげみの母親が指摘してきた。
独り言なのかあたしらに言ったのかそれともあたしか
しげみに言ったのかは定かではないが
確かにあたしはしげみを妹ですと公言している。
しげみはものすごいお姉ちゃんっ子で
ことあるごとに故郷山口の実姉のことを口にしていた。
あたしにも妹が居て同じように故郷福井で暮らしているわけだが
しげみのように頻繁に妹のことを気にかけるわけでもなく
たまに電話で話をする程度だ。
家族である以上好きとか嫌いとかを超越した存在である実の妹が
しげみのように自分に好意を寄せている様を思い浮かべると
寒気がしてくる。
- 184 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:48
- その点しげみは甘えることに慣れているのかまたその甘え方も
媚を売るとかのいやらしいものを感じなくて
ぶっちゃけそうすることが似合っているしそうされて嬉しい
自分が居る。
絵里もたまにあたしに甘えてくることがあるが
彼女のそれは露骨に愛情表現なので時々どうしていいかわからなく
なってよく声が出なくなったり反対にのけぞりたくなったり
悪態を吐いてみたくなったりほっぺたつねってみたくなったり
その時によってリアクションは様々だけど基本的には照れくさい。
相手にはそれがとっくにバレバレで面白がって
わざとあたしを怒らせるような閉口させるようなことを
言ってきたりする。
ぶっちゃけそれが面白おかしく楽しく感じる自分が居る。
ほういや誕生日おめでとうメールを貰う前にした会話って
どんなんやったかなあ…
ホールからショートに変身したケーキの苺を
そろそろいただこうかとしたその時
「あ、光った」
しげみが呟いたのは
窓の外が一瞬光ったからだ。
- 185 名前: 投稿日:2004/09/07(火) 21:48
- 「………」
落雷の音が聞こえるまで数を数える。
五秒以上経って、猫が喉を鳴らしている時のような音が鳴った。
遠い。
「確か一秒で三百メートルくらい…?」
「何がですか?」
「外が光ってから何秒後に雷の音が鳴ったかで、どのくらいの
距離のとこで雷が落ちたかが予想できんの。一秒で三百メートル
くらいやったと思う」
「へぇ〜」
お姉ちゃんすごい、よく知ってるね〜
「さゆみ、東京弁じゃなかったらほんとにお姉ちゃんと
話してる時みたいな言い方してるわ」
クスクス笑うしげみの母親はとても嬉しそうだった。
- 186 名前:名飼 投稿日:2004/09/07(火) 21:51
- 更新終わります。
- 187 名前: 投稿日:2004/10/06(水) 23:30
- 「いやあの、ほんとにお腹一杯ですから」
ケーキにチキンにポテトサラダを頑張って平らげたら今度は
大皿に盛られた焼きそばが出てきてしまい、耐え切れず
顔の前で手を横に振ってしまう。
品数は少ないけど量が半端ないんやって!
「もっと食べてくださいよ〜」
「や、ほんとに満腹で。しげみこそ食べたら」
「今日の主役はお姉ちゃんなんだから」
「う〜…、じゃ、二人で半分こしよう、な?」
そう言って皿ごとズズズと中央に寄せる。
そうしてからこれはあんまり行儀のいいものではないと気付いた。
また外が光った。
「お、…二…三…」
ゴロゴロゴロ…
「何か雷近づいてきてるみたいねぇ。もぅ、夜だっていうのに…」
なんだか不思議なのだが自分の母親世代の女性はたいてい困った時
ものすごく芝居がかった口調になる。
屈折した捉え方をすれば困っている自分に酔っているような…
ああなんかほやって考えると女の人みんなそれなりの歳になったら
宝塚の門くぐれんのと違うか?
…んなわけないか。
数秒後に
キッチンの照明は落とされることとなった。
- 188 名前: 投稿日:2004/10/06(水) 23:30
-
一、二時間もすると雨音はどんどん強くなって
家の中のどこに居てもテレビの砂嵐そっくりの音が
聞こえるくらいになった。
「何かこう…雷鳴ってなかったら外に出てみたいよな」
「あー、やってみたいかも」
東京の妹が満腹になったあたしの手を引いてどこに連行されるのかと
思ったらそこはピンクと白しか無いと言ってもあんまり
間違ってないしげみの部屋だった。
床に座布団を敷いて小さな硝子テープルを囲んで座っている。
お互い満腹気味らしく会話はあまり無かった。
目線を少し上げてみるとしげみの頭の後ろに入道雲みたいな
カタマリがあった。
目を凝らしてその正体を掴む。
あたしの部屋にもほんの少しぬいぐるみやマスコットが置いて
あるけどこの子ほどじゃないな…
勉強机がぬいぐるみのディスプレイ棚になるくらい、たくさん。
大半がピンク色だ。
「石川さんとしげみならどっちがピンク好きなんやろな〜」
「負けないよ」
「うん、負けるな?」
何の勝負だ、笑いがこみ上げてくる。
歯を見せて笑ったらしげみもそれを真似してきた。
- 189 名前: 投稿日:2004/10/06(水) 23:31
- 最初は
何故この子がこんなにも自分のことを慕ってくれるのかが
イマイチ掴みきれていなかった。
普通、テレビの向こう側の人間に実際近づいてみたら
幻滅したりするもんやろ。
ところがこの子にはそれが無かったと言う。
「高橋さんは高橋さんでした」
いつだったか言われたこの台詞は
少なくともあたしの彼女に対するそれまで決めかねていた
態度を決定付けるものの一つであったように思う。
この恐ろしいほどに『盲目的な』母性本能には
誠意を持って接するべきだと。
『盲目的な』のはそれを向ける対象が少しズレているからだ。
あたしに向けられるべきではない。
もっと相応しい相手が
これからきっと現れるのだから。
それまではあたしもあたしが欲しかったこの種の
愛情を素直に受け止めよう。
あたしはしげみに出会って初めて自分が母性に飢えている
ことに気付いたのだった。
- 190 名前: 投稿日:2004/10/06(水) 23:31
- …いいや別に母からの愛情が足りなかったと言うわけではなく。
あたし自身も本当にごく最近それに気付いたのだが、過去に
母から受けた愛情の何割かには、あたしの将来に対する
大きすぎる期待の裏返しとしての『習い事』の強制があった。
そう、バレエだ。
母は、どこかの芸能人の、その本人以上に目立っている『母親』の
ようになりたいという願望があったんだろう。
予想外に運良く、娘が芸能人になると言う一つの目標は
成し遂げられたわけだが、
あたしはその母の思惑に気付いた時、
胸にポッカリと穴が開いたような感覚をおぼえた。
何も知らなかった子供だった自分にとって
かけがえの無かった母親からの愛情。
バレエの練習がうまくいかなくて腐っていた時に励ましてくれたり
今日も頑張ってこいと送り出してくれたその行為が
ひいては全て母自身のためだったなんて。
愛と言う名を授かったあたしが大事に大事にしていた愛情と言う
目に視えないそれは、そのほとんどが抜け落ち、愛と言う名の
入れ物だけが残ってしまった。
- 191 名前: 投稿日:2004/10/06(水) 23:31
- しかしながらあたしは運がいい。
絵里に出逢った。しげみに出逢った。
十代のうちに。
あたしの中では何が根拠になっているのか自分でもよくわからない
のだが、二十歳と言う年齢までならどんなことでもまだ
間に合うのではないかと言う考えがあって。
今日と言う日に十八になったのだが、まだ後二年残っている。
形は違っても本物の愛情を注いでくれる存在がいて
これはちょっと自分でも情けないと思うのだが、小さい頃と
同じように与えられるなら出来る限りそれに答えようと思う。
そう決心した時、閃いた。
そうだ、あたしの『愛』という名の意味は
『与える愛』ではなく『答える愛』と言う意味なのだ。
- 192 名前:名飼 投稿日:2004/10/06(水) 23:32
- 更新終わります。い、一ヶ月ギリギリ…
- 193 名前:名飼 投稿日:2004/10/24(日) 13:12
- 気まぐれに道田で短編。微妙にアンリアル。
- 194 名前:Hug burger 投稿日:2004/10/24(日) 13:14
- 絵里遅いねえ、とわたしが呟くのと、正面に居たれいなが
大きな口でハンバーガーに齧りつくタイミングが一緒になった。
「ふぁ?」
齧りついて顔の半分がパンズに埋まったままれいなは
わたしを上目遣いで見て変な声を出す。
「絵里、遅いね」
「ふぁお?」
二回目の変な声はもぐもぐしてる口から出てきた。
「…絵里ー、このままだとれいなが二個目のハンバーガー
食べちゃうよ」
- 195 名前:Hug burger 投稿日:2004/10/24(日) 13:14
- 「やっぱれいなは肉が好きっちゃねー!」
あっという間にハンバーガーを平らげたれいなが
ここみたいに騒がしい店内じゃないと店員さんから注意されそうな
大きな声で食後の感想を漏らしてた。
わたしは特にお腹が空いていなかったのでそんなれいなと
待ち合わせに遅れている絵里のことを交互に考えながら
店内のBGMが日本人なのにわざと英語で歌ってる女性ボーカルなことに
気付いてそれに感心したり結構忙しい。
♪So hey let's "you&i"…
「さゆ話聞いとる?」
「え?うん、何だっけ」
「聞いとらんやん」
「ごめんこの曲聴いてた。あいがっちゅーいんまいらい♪」
「………」
「で、何だっけ?」
- 196 名前:Hug burger 投稿日:2004/10/24(日) 13:15
- 二回目に聞き返すと大げさに溜息ついてれいなは答えた。
「ヒサブリ食べる肉はどんなもんでもめっちゃ旨かって話」
「れいなダイエットしてるからそう感じるんだよ」
当たり前のことのようにそう言ったら、わかっちょらんなあとでも
言いたげに彼女は足を組んでドリンクのストローを咥えた。
ストローをさかのぼる液体の色はオレンジ色。
下っていく色もやっぱり同じオレンジ色。
「それだけやなか。れなはダイエットする前から肉大好きっちゃもん」
「わたしの次にね」
「………言ってろバカ」
んー、れいなはわかりやすい子だなあ。
- 197 名前:Hug burger 投稿日:2004/10/24(日) 13:15
- 「だいたいどうしてダイエットなんかしようと思ったの」
わたしのドリンクはすでに氷だけになっていてそれをじゃりじゃりと
ストローで苛めながら、ずっと前から謎だったことを尋ねてみる。
放課後の帰り道でチャリンコ押してたれいなが突然腕を振り上げて
決めた!れな今日から肉断ちダイエットする!
なんてことを宣言したのは今から二ヶ月くらい前。
わたしは突然のことに驚いて、がんばって〜という一言だけは
辛うじて出たんだけど、あの時かられいなの気迫がすごくて
理由を聞けずに居た。
「…れなあん時いきなり気付いたっちゃ。世の中には、太ってかわいらしく
なる人間と性格悪くなる人間が居る」
「そうなの?」
「いっかさゆ、よっく思い出してみ。
好きなものたくさん食べて幸せそ〜な奴と、それでももっと食べたくて
目ん玉ギラギラさせとる奴が居る気がせん?」
- 198 名前:Hug burger 投稿日:2004/10/24(日) 13:16
- そう人差し指立てて迫ってくるれいなは口がひょっとこみたいに
なってて何だかかわいらしい。
「れいなギラギラしてたんだ」
「それはわからん。でもれな自分ではそっちの方になりそうな気ぃ
したからヤバイと思って」
そういうの、わたしは別に気にならないけど…
わたしは好きな人が元気でいてくれればそれだけで他の事は
全然気にならないし、ましてや見た目がどうこうなんて
性格さえ変わらなければ一緒。
だけどこうやって自分に対して厳しくしかも目標をきちんと
達成できる、努力するれいなのことを知って一層好きになったのは事実。
わたしは一生懸命なれいなが大好きです。
「でもさあ」
「なん」
「性格悪くなる、が自分のことかもって思ったんなら、かわいらしくなる
っていうのは誰のこと?」
何となくで聞いたつもりだったそれはれいなの言葉を詰まらせた。
わたしはどうして急に黙り込んだのかちっともわからなかったので、
何も言わずにれいなの目を見ていた。
- 199 名前:Hug burger 投稿日:2004/10/24(日) 13:17
- 「…それは知らなくてもよか」
「なぁにそれー」
「ああっもうだから知らんでもよか!ほられなのポテトまだ残ってる
からさゆも食え」
「そんなにお腹空いてない」
「いいから食え!れな肉だけで大満足やけん」
…なんで怒ってるんだろう。
まあ、いっか。残すのもったいないし。
わたしはすっかり冷めきってしまった細切りポテトを一本だけ
つまんで口に運んだ。塩がかかってなかった部分らしくて
ほんのりと甘いだけのポテト。
だけど、朝から飲み物以外口にしていなかったせいか
その甘みは脳みそまで沁みてくる感じがした。
自然と頬が緩む。
「食欲無いとか言って、さゆまでれなの真似して
ダイエットする必要なか」
「……真似したつもりは無かったんだよ?」
…ただ、がんばってる人の前で自分だけいい思いするのは
心苦しいなあと思っただけ。
そしたらいつの間にかあんまり食べ物を口にしなくなっただけ。
- 200 名前:Hug burger 投稿日:2004/10/24(日) 13:17
- 「とにかく、れなある程度までダイエットできたから
これからはまた少しずつ肉も食べる」
「うん」
「ってことでもう一個買ってくるわ」
「うん。…あれ?」
…絵里ー
ほらやっぱり絵里が遅いかられいな二個目食べるって。
まあ、いっか。
わたしは大好きなものを食べているれいなも大好きです。
怒っても泣いても今以上にガリガリになっても
れいながれいなである限りわたしに彼女を嫌いになる理由はありません。
「痩せる前のれいなもそれなりに感触やわらかくて好きだったし」
いずれまたあの時と同じ感触のれいなに触れられる時が来るかな。
そんなことを思いながら、席を立ってレジカウンターに向かう
れいなの小さな背中を今のうちに抱きしめておきたい衝動に駆られたりした。
- 201 名前:名飼 投稿日:2004/10/24(日) 13:21
- おわり。
- 202 名前: 投稿日:2004/11/03(水) 03:48
-
- 203 名前: 投稿日:2004/11/03(水) 03:49
- …何でこんなことになったんだろう。
どうして急にこうなってしまったんだろう。
今、わたしの腕の中で高橋さんが震えてる。うさぎみたいに。
時々窓の外が光るとただでさえ震えてた体なのに飛び上がるくらい
ビクッと反応して、その度に高橋さんの体が冷たくなっていっている
気がしてわたしは無意識にだんだん抱きしめる腕に力を篭めていた。
異変を感じたのはほんの数分前。
わたしの家のわたしの部屋で他愛も無いお喋りを続けていたんだけど、
その間もずっと雨は降りっぱなしで、しかも落雷の音はどんどん
大きく、光と音との間隔も狭くなっていた。
そうなると流石に光った瞬間は息を飲んで音が鳴るまで
耳を澄ませてしまう。
何度かそうしていると、高橋さんの様子がちょっと変わっている
ことに気が付いた。
顔が真っ青になっていた。
- 204 名前: 投稿日:2004/11/03(水) 03:49
- 「…お姉ちゃん、具合悪いの?」
わたしは硝子テーブルに手をついて身を乗り出して
気持ちも前に出ると知らずのうちに出てしまう『お姉ちゃん』という
呼び名で高橋さんの顔を覗き込む。
「あ…ぃや」
少し首を横に振ったところでまた窓の外が白く光って、
その時とうとう高橋さんは、ヒッと小さく叫んでその大きな目を
ギュッと閉じた。
五秒くらいしてピシャン!とどこかに雷が落ちた音が耳に届く。
彼女の両肩がビクンッと跳ね上がった。
…そうか、雷。
「大丈夫だよ、うちには落ちないよ」
手を伸ばして強張った肩を撫でたらその手をギュッと握り締めて
離さない。
「………」
肩と、その次に握り締めた手が少しずつ震えてくるのが、
触れていた部分から伝わってきた。
- 205 名前: 投稿日:2004/11/03(水) 03:50
- 「大丈夫だよ、大丈夫…」
こんなに過剰に怖がる高橋さんは初めて見た。
心配で心配で、とにかくわたしは大丈夫という言葉を繰り返す。
でもそれが高橋さんにとっては安心感に繋がらないということを
この後知ることになる。
「…ちが……」
「え…?」
「ちがう……怖いの……雷やない」
雷じゃない、でも、怖い。
怖がっているのは確かなことがわかり、とにかく落ち着かせなきゃ
ならないと思ったわたしは、ややあって握られた手に少し力が抜けた
その時に立ち膝になって高橋さんの隣に移動した。
横に並んだ時見下ろす位置に居た彼女は今にも泣きそうな顔で
わたしを見上げてくる。
たまらず今度は抱きしめた。
そうしてみると震えていたのは肩と手だけではなく全身だった。
…何でこんなことになったんだろう。
どうして急にこうなってしまったんだろう。
今のわたしでは何もわからない。
ただ、怯える『お姉ちゃん』が一刻も早く落ち着いてくれることを、
神様にお祈りするしかなかった。
- 206 名前: 投稿日:2004/11/03(水) 03:50
-
- 207 名前: 投稿日:2004/11/03(水) 03:50
-
ああ、頭が痛い。体が重い。
全身が鉛みたいだ。
私は昔から気候に左右されやすい体質で、雨の日の前日は頭痛が
するし降ったら降ったでだるくてだるくて仕方ないしで
雨の日は大嫌いだった。
こういう自分を見せたくなくて、過去に高橋さんと会う日の
日程はほとんど私が決めていた。勿論天気予報を入念にチェックして
どうしても雨降りを避けられそうに無い時はそれなりの気合を入れて。
なので、今時季になると極端に仕事以外で会う回数が減っていた。
今日なんか本当は高橋さんの誕生日なんだから這ってでも会いたかった
のだけれど、ただの雨じゃなくて雷まで鳴り出したものだから両親から
外出禁止を言い渡されちゃって出るに出られない。
- 208 名前: 投稿日:2004/11/03(水) 03:51
- 落胆と気だるさでまだ九時にもなっていないというのに私は
不貞寝してしまった。
せめて夢の中では楽しい誕生日を一緒に過ごせたらいいな。
寝る直前に何か一言もらえたら夢に出てきてくれるかな。
枕元に投げ出していた携帯を手に取って少し大袈裟なくらいに
体調不良を訴えたメールを送信した。
だけど返信が来るのを待っている間に、そのうち本当に
眠気が襲ってきてとうとう私は眠りに落ちてしまう。
…その時高橋さんとさゆが一緒に居て、
二人の間に何が起きているのかなんて、当然知る由も無かった。
- 209 名前:名飼 投稿日:2004/11/03(水) 03:51
- 更新終わります。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/05(金) 01:20
- なんか重くなってきましたね
亀井ちゃんがどう動いてくるのか楽しみです。
- 211 名前:名飼 投稿日:2004/11/14(日) 14:26
- また寄り道。
ベリーズ工房、嗣永×石村。
- 212 名前:2004年の逆上がり 投稿日:2004/11/14(日) 14:27
- 「こんにちわ、はい、これ」
玄関のドアを開けたら制服姿の桃子が立っていて、
ピンク色したどこかの店のロゴが入っているビニール袋に入って
いた何かを舞波に差し出した。
挨拶と共にいきなり目の前に差し出されたから、
返事も忘れてついその袋を受け取る。縦が長くて箱型で、
何かの本みたいだった。
「昨日レッスンの後忘れてったでしょ」
桃子はドアを開けた時から全く変化の無い笑顔のままで、
手渡したそれを指差しながら話す。
舞波は無言のまま袋を開けた。中に入っていたのは本じゃなくて
ビデオテープだった。
「あー!」
それをテープだと理解した時、舞波はハッとして大きな声を
あげてしまった。桃子はやっぱり同じ笑顔のままで
「駄目だよ?大事な振りビデオ忘れちゃあ」
と少しだけ強めの声で舞波を嗜めた。
- 213 名前:2004年の逆上がり 投稿日:2004/11/14(日) 14:27
- 「電話しようかと思ったんだけど、昨日帰ったらもう夜遅かったし、
直接届けに来ちゃった」
桃子は歩道の真中で通学鞄を大きく前後に振りながらそう言った。
玄関でテープを受け取り、ごめんね、と謝った舞波に対して、
いいんだよそれより折角来たんだから舞波の学校行ってみたいな、
などと意外なことを言って、戸惑う舞波をちょっと強引に外へ連れ出した。
出てみると放課後の匂いがした。空がオレンジ色に染まっている。
私服だった舞波は桃子より少し後ろの方を歩いていた。
この道を真っ直ぐ歩けば三分くらいで学校が見えてくるよ、
そう言ったらもう道案内をする必要が無くなったから、
歩くペースを桃子に合わせることを止めたら自然と少し距離が出来た。
「あ、あれがそう?」
「うん」
ほどなくして鉄筋コンクリートの大きな建物と緑色のフェンスが
住宅街の隙間から顔を覗かせた。周りを様々な建物に囲まれて
学校さんは少し肩身が狭そうだな、なんて哀しそうに桃子が言う。
学校さん、という言い方がちょっとおかしくて舞波は口元だけで笑った。
駐車場入口に到着すると桃子は『学校関係者以外立入禁止』の立て看板の
横を見て見ぬ振りで通り過ぎる。舞波は少し不安になったがそれを
口には出さなかった。グラウンドには誰も居なかったからだ。
- 214 名前:2004年の逆上がり 投稿日:2004/11/14(日) 14:28
- 「てつぼーだ!」
グラウンドに足を踏み入れた桃子がフェンス沿いにあった鉄棒を発見して
嬉々として走り出したので、舞波は慌ててそれを追った。
鉄棒なんて何が珍しいんだろう、そんなことを疑問に思いながら。
「舞波、ちょっとこれ持ってて!」
背の高さで並んでいる三つの鉄棒のうち真中のそれに辿り着いた
桃子が、追いついた舞波に通学鞄を投げて寄越す。
いきなり飛んできた鞄を慌ててキャッチしてその重さにびっくりした。
中には何が入ってるんだろうと思った。
「よーし、桃子行きます!」
パンパン、両手を軽く叩いてしっかりと鉄棒を握り、制服姿のまま
桃子は逆上がりを試みた。あ、パンツ見えちゃう、舞波がそう言う
前に上がった足の膝から上、黒いスパッツが見えた。思わずホッとする。
しかし、逆上がりは失敗した。
パン、と土煙を上げて思いきり上げた足が地面に落ちる。
「あー、やっぱり駄目かあ〜」
落胆した桃子は鉄棒を掴んだまま腕を伸ばし腰を落としてだらりと項垂れて、
同時に投げ出された両足が新たな土煙を生んでいる。
舞波は意味不明だと言いたそうな顔をして桃子を見ていた。
- 215 名前:2004年の逆上がり 投稿日:2004/11/14(日) 14:28
- 「中学の鉄棒が高いからできなくなっちゃったんじゃないんだ」
桃子のその台詞を聞いて舞波はやっと理解することができた。
そうかそういうことだったんだ。
「前に逆上がり出来たの、どのくらい前?」
「えーと、小学校卒業する前…」
「去年?」
「よりもっと前だったと思う。舞波逆上がりできる?」
尋ねられた舞波は、
何となく桃子の隣にあった一番高い鉄棒の前に立ち、
何となく鞄を持ち主に返し、
何となく逆上がりをしてみた。
蹴り上げた足はふわりと体を持ち上げ、いつのまにかストン、と両足で
着地していた。あっさり成功してしまった。
「あー、できるんじゃん!いいなーもう私できないよー」
「…そんなに凄いことじゃないよ」
「でも出来ないよりはいい!凄いよ!」
桃子は惜しげもなく舞波を褒め称える。
言われた方はまた戸惑う。
- 216 名前:2004年の逆上がり 投稿日:2004/11/14(日) 14:28
- 次第に何だか申し訳なくなってきて、
とうとう舞波は、
「ごめん」
と漏らしてしまった。
「どうして謝るのさ」
ほんとだ、どうしてだろう。何がごめんなんだろう。
不思議に思うが謝りたい気持ちはなぜだかどんどん強くなって、
「どうしてだろう、ごめん」
などとおかしな返事をして桃子を苦笑いさせてしまう。
それを見て舞波は、ああまた困らせてしまった、と、
ごめん、ごめんね何かわかんないけどごめん、とただひたすら
同じ言葉を吐き出した。何度も何度も吐き出した。
両目がじんわり濡れてきた。
「舞波、どうしたの?私何かした?」
さすがに終始笑顔だった桃子も異変に気付いて、
鉄棒を握り締めたまましくしくと泣き出した舞波の顔を覗き込む。
舞波はまだ、声に嗚咽が混じってもごめん、と言っている。
- 217 名前:2004年の逆上がり 投稿日:2004/11/14(日) 14:29
- 「もしかして逆上がり?私別に悔しくないよ。だから謝ることじゃないよ」
そうじゃないんだ。
自分は多分、多分だけど、自信無いけど、
今までのことをごめんって言ってるんだと思う。
レッスンで足を引っ張ってごめん、テープ忘れちゃって届けさせてごめん、
ダンス下手でごめん、それなのに逆上がりできちゃってごめん、
ごめんって言い続けて困らせてごめん、………
ごめん、ってどういう意味だろう。
「舞波、ほら」
あんまりにも泣き続けたものだから、地面に黒い染みが出来てるのを
見つけて、その時やっと少し我に返った。
鼻の頭を赤くした舞波が桃子の声に浅く顔を上げると、桃子は鞄の中から
ピンク色のハンカチを取り出して舞波に差し出していた。
ズズッ、一回鼻をすすった舞波は素直にそれを受け取って、
「ありがと、う」
とぎこちなく呟いてそれを受け取った。
- 218 名前:名飼 投稿日:2004/11/14(日) 14:39
- だんだん何でもありになってきた気がするのは秘密。
>>210 名無飼育さま
レスありがとうございます。といいつつ今回寄り道ですみません。
亀井さん、湿度のせいか動きが鈍いですね。でもこれから、
嫌でも動かなくちゃならないかもしれませんね。作者からも
がんばれと言っておきます…
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