INSANITY
- 1 名前:無壊 投稿日:2004/06/06(日) 17:00
- こんにちは、無壊というものです。
ある作品をみて、どうしても書きたいと思った駄作です。
勿論、パクリではないです。
sage進行で行きます。よろしくお願いします。
- 2 名前:狂気の詩 投稿日:2004/06/06(日) 17:06
- つまらない―――
そう感じるのは、君が満たされいるから―――
満たされる?―――
そんなはずない―――
こんな腐りきった世の中で―――ー
「・・・満たされているわけ、無いでしょう」
数多の光に取り囲まれる中で、
少女は不気味に微笑む。
- 3 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:07
-
INSANITY
- 4 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:09
- 黒く汚れた、石造りの階段を小柄な少女が慌てた様子で駆け下りる。
前を行く同じ青の制服を着た先輩の動きが、ゆっくりに感じられて少々苛立った。
「小川さん!早く!」
「ひょぉ!?田中ちゃん、押さないでよぉ!落ちちゃうってえばぁ」
なんとも情けない声を出しながら、本気で泣きそうになっている先輩―小川麻琴に、その背中を押す小柄な少女―田中れいなは更に苛立つ。
れいなは無言で麻琴の背中を押す右腕に力を込めた。
「わあ!落ちるってばぁ〜」
そんなことを言いながら、ちゃんとバランスをとって階段を下っていく麻琴。
暫くして階段は途切れた。
れいなと麻琴はそこで立ち止まり、息を整える。
そして暗闇の中を、ゆっくりと、慎重に歩を進めていく。
「・・・電気、つけるよ」
麻琴はれいなの返事を待たず、電灯のレバーを下げた。
薄暗い電灯でも先程よりも明瞭になる視界。
れいなは息を呑んだ。
- 5 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:09
- 全身を寒気が襲い、一度だけ身を震わせる。
寒いはずなのに何故か汗が大量に噴出す。
それもこれも、目の前で鉄製のいすに束縛される少女のせい。
「・・・ほんま、やったんやね・・・」
やっと絞り出せた声も、掠れていてとても情けない。
どうして・・・どうして、こんなにも怯える必要がある?
彼女は捕まった。
今、自分の前で動きを完全に封じられている。
それにもかかわらず、れいなの心を占めるのは恐怖の割合のほうが多い。
「大丈夫?」
麻琴がいつの間にかれいなの隣にきて、心配そうに見つめていた。
しかし、れいなは答えずに、視線を正面に固定している。
- 6 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:10
- 「・・・3日前にね、やっと捕まえたんだよ」
麻琴も視線を正面に移した。
やはり畏怖の色が灯る視線を投げかけて。
黒光りする鉄格子をはさんで、その少女は完全に自由を奪われていた。
目を覆うようにつけられた黒い革のベルト。
手首足首を鉄製の枷で止められ、口には轡、耳にはヘッドフォン。
そしてその首にまかれた首輪。
そこに付けられた鎖が伸びて、壁と少女とを繋いでいる。
椅子にもたれる様にすわり、視線――といってもベルトに覆われているが――を上に固定。
全く身動きがとれないように、細心の注意を払って取り付けた拘束具。
なのに、少女から漂ってくるのは危険の香り。
「―――!」
- 7 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:11
- ありえない・・・っ。
ヘッドフォンをし、目隠しをされ、完全に外界からの情報を遮断しているはずだ。
だが確かに少女はれいな達のほうを向き、口の端を僅かに吊り上げた。
顔を動かしたと同時に、肩まであるダークグレーのまっすぐな髪が揺れ、何故かそれがさらに不気味に思えた。
怖い・・・果てしなく、怖い。
なのに、
怖いはずなのに、
れいなはその少女から目が離せない。
いや、動けない、といったほうが正しい。
蛇に睨まれた蛙、とはこういう状態なのだろうか?
実際睨まれているわけではない。ただこちらに微笑みかけているだけ。
ただそれだけのはずなのに、れいなの四肢はピクリとも動かない。
「・・・ぁ・・・ぅ・・・」
「田中ちゃん、だめっ!」
- 8 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:11
- れいながゆっくりと手を上げ、鉄格子に触れようとしたところを、慌てた様子で麻琴が引き止める。
麻琴はれいなの右手首を掴むと、力を入れ、自分の側へ引き寄せた。
「・・・あ・・・ぅ・・・」
麻琴の肩に顔を埋めながらも、未だ呆然とするれいな。
麻琴はれいなを抱く腕に、更なる力を入れた。
「これ以上はだめ。取り込まれる・・・」
スッと顔を上げた麻琴の鋭い視線が、牢の中の束縛された少女を捕らえる。
麻琴は表情を険しく、少女は口元の笑みを更に深いものとした。
「・・・そんなとこに入っても、まだ続ける気なの・・・あさ美ちゃん・・・」
怒りのこもった低い声。
麻琴の口から出た言葉を、少女は笑顔で、首をかしげ受け止める。
その様子を憎々しげに睨んで、れいなを抱きかかえたまま麻琴は石造りの階段を上っていった。
- 9 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:12
-
紺野あさ美は静かに笑う。
- 10 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:12
- ―――――*
- 11 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:13
- 亀井絵里が意識不明になってから、はや半年がたった。
口を覆う薄緑色の酸素マスク。
腕には何本もの管が刺さり、栄養を送り込んでいる。
真っ白な布団に覆われた胸は、小さく、でも確かに上下する。
れいなは悲しそうに目を伏せると、絵里の頬に手を伸ばし、優しく触れる。
そして力なく微笑むと、静かに呟いた。
「・・・えり・・・少し、痩せたんじゃなかと?」
れいなの指が絵里の頬骨の感触を感じ取る。
明らかに半年前と比べ、細くなっている。
「・・・紺野あさ美を捕まえても、えりは起きないんやね・・・」
れいなの頬を流れる、綺麗な雫。
音を立てずにそれは床に落ち、小さなシミを作った。
- 12 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:14
- 麻琴は思わず顔を逸らす。
痛くて、悲しくて・・・やるせなくて・・・。
れいなの気持ちが、この時ばかりは手に取るように分かる麻琴。
そして、分かっているのに気の聞いた言葉の一つも掛けてやれず、苛立つ麻琴。
心電図の電子音が、静かな部屋には五月蝿すぎるくらい響く。
「悔しかとです・・・あたし、なにも出来んで・・・」
れいなは絵里の頬に当てていた手を下ろして、拳を握る。
皮膚が破けそうなほど強く握って、歯を食いしばった。
「しかも、あたしまで、取り込まれそうになるなんて・・・情けなか・・・っ!」
俯き、肩を小刻みに震わせるれいなを見て、麻琴は眉を八の字に曲げた。
部屋に響くは電子音と、嗚咽。
麻琴は何の言葉も掛けない。
そんな自分に、更に苛立った。
- 13 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:14
- 「麻琴、田中!悪いけど、今すぐ出てくれ!あいつをついに追い詰めたんだ!」
静寂が支配していた部屋に、血相を変えて駆け込んできた人物が一名。
走ってきたようで、肩が大きく上下する。
金に染まった髪がかぶさる額は、うっすらと汗が浮かぶ。
「頼む、応援に行ってくれ!あたしもすぐ行くから!場所は・・・」
矢継ぎ早に場所を言って、走り去ってしまった吉澤ひとみ。
麻琴はポカンと口を開けながら、吉澤が去っていったほうを見つめた。
―――いつも、なんとなくタイミングが悪いんだよなぁ・・・。
少し困りながらも、ゆっくりとれいなを振り返った。
未だベッドの上で静かに眠る絵里を見ている。
麻琴はこめかみをポリポリとかきながら、一度小さくため息。
「・・・田中ちゃん、あたし一人で行くからさ。亀ちゃんについていてあげなよ」
そう言って、麻琴は振り返らないれいなに微笑みかけた。
れいなは「・・・すいません」と震える声で呟くと、振り返って涙を拭う。
- 14 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:15
- しかし涙は止まらない。
それでもれいなは気丈にも表情を引き締め、敬礼をした。
「お願いします」
麻琴は微笑んで頷き、走りながら部屋を出て行った。
れいなは知っている。
こんな中途半端な気持ちでは仕事に支障をきたすことを。
その支障が、命の危険に繋がることを。
だから、麻琴に任せた。
自分の状況を判断し、同僚に迷惑を掛けないこともまた、自分の仕事。
そう、れいなは知っている。
追い詰められたという今回のターゲットが、
麻琴の――――
- 15 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:16
-
******
- 16 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:17
- 麻琴が向かったのはとある公園。
もう夜ということもあって、あたりは闇色一色。
しかし麻琴にはまるで昼間のように、視界が明瞭。
それは現在自分が装備している赤外線スコープのおかげである。
草陰・・・いない。木の上・・・いない。
細心の注意を払い、あたりを見回す麻琴。
公園内に散らばった彼女の仲間も、同じことをしている。
―――・・・やっと会えるね・・・。
表面上では冷静を装っているが、心の中ではこの上なく興奮している。
何年ぶりだろうか?
つい最近のようにも思え、もう大分前のような気もする。
―――・・・会って、君はどうしたい?・・・いや、その前にあたしは何をしたいの?
慎重に歩を進めながら、麻琴は複雑な気持ちに包まれる。
再会して、自分は何をしたいのか。
言い合って、殴り合って、別れて・・・。
今更会って、何がしたいの?
- 17 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:17
- 謝らせたいのか?謝りたいのか?
麻琴の心は揺れを増す・・・。
[・・・いた―ガ・・・―か?]
突然聞こえてきた、低い声。
通信機を通しているので、僅かな雑音が混ざる。
麻琴は緊張を切らさぬまま、冷静に、静かな声で答えた。
「・・・いません。そっちは、どうですか?」
聞いてみて、無駄だったかな?と思い、苦笑が漏れた。
向こうから聞いてくると言うことは、つまり、
[い――ピー・・・―ない]
ということ。
通信機の向こう側の吉澤は、小さくため息を漏らした。
[っかし――ガ…―確かに―ピー…ここって聞いたのになぁ…]
「…もう少しよく捜してみましょう。まだいるかもしれませんよ」
[…だな。じゃ、そっち―ザザ…―頼むな]
麻琴が返事を返す前に、ブツッっといって通信が途絶えた。
ガサッ・・・―――
- 18 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:18
- 通信を終えた瞬間、麻琴の耳に飛び込んできた一つの雑音。
草の擦れる音。
風という見かたもあるが、今は無風。
麻琴は音のほうに視線をやり、黒光りする鉄の塊―WWUガバメント、正式名称M1911A1を握る両手に力を込めた。
しかし、内心はかなりの不安が渦巻いている。
―――銃持ってても、相手が相手だからなぁ〜・・・。
冷や汗をかきつつ、苦笑。
しかし、緊張は解かずに一歩一歩、慎重に足を運ぶ。
歩きながら引き金に指をかけ、鉄の塊を顔の右横まで上げた。
叢との距離がなくなったとき、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
あぁ・・・。
- 19 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:19
- 懐かしい匂い。
忘れるわけなど無い。
麻琴は勢いよく叢に銃をポイントし、引き金を引いた。
ダーンッ・・・―――
炸裂音が上がり、その瞬間叢から人影が一つ飛び出した。
影は麻琴の頭上を跳び超え、着地すると一気に加速した。
麻琴もそれを慌てて追いかけ始める。
勿論。
通信を入れることも忘れずに。
「小川です!目標発見!ただいま追走中です!!」
[―っし!了解・・・ガッ・・・すぐ行く!]
すると間髪いれずに通信機の吉澤は返答。
ブツッという音を確認すると、麻琴は走る速度を速めた。
前を行くは、小柄な少女。
肩甲骨あたりまでの綺麗な髪が、走ることで生まれる風によって揺れている。
―――・・・変わらないなぁ。
その背を見ながら、麻琴は頬を緩めた。
- 20 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:20
- しかしすぐさま表情を引き締めると、銃をその背にポイントする。
そして、何の躊躇も無く
ダーンッ、ダーンッ・・・―――
発射された鉛玉を、振り返らずに身を捌き、かわす少女。
―――もう一発・・・っ!
麻琴の持つ銃から、三度炸裂音が上がろうとしたが、少女はそれを良しとしてくれなかった。
「く・・・っ!」
少し焦りながらも、必要最低限の動きでむかってきた銀の煌きをかわす麻琴。
「・・・久しぶりなのに、随分な挨拶だね」
スッと。
肩膝立ちになっていた身体を起こし、ナイフを投げたその少女を見やる。
スコープを通してしっかりと映る、その少女の姿。
大きくて、黒い瞳。
真一文字に結ばれた唇。
少し、ペチャっとした鼻。
揺れていた髪の毛は、心なしかウェーブがかかっていた。
- 21 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/06(日) 17:21
- 「・・・髪、いじった?」
麻琴の問いに、少女は答えず。
フウッと息を吐いて、懐からナイフを二本取り出した。
それを両手で逆手に持ち、腰を落とし姿勢を低くした。
真一文字に引き結ばれていた唇が、薄く開く。
「・・・アンタとは、敵以外のなんでもない」
久しぶりに聞いた、少女の声。
麻琴は嬉しく思い、悲しくも思った。
- 22 名前:無壊 投稿日:2004/06/06(日) 17:21
- 更新は不定期で、遅めになりそうです。
よろしくお願いします。
- 23 名前:無壊 投稿日:2004/06/06(日) 17:23
- 訂正
>20 肩膝→片膝です。
すみません。
- 24 名前:名無し 投稿日:2004/06/06(日) 23:05
- おっ、良さげな新作発見。
面白そう。
- 25 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:32
- □□□□□□□□□
薄暗い牢の中で、紺野あさ美は楽しそうに口の両端を吊り上げていた。
思う事は、今、地上で起こっていること。
―――【gU】・・・
―――・・・中、最小の・・・
―――孤独・・・
―――さてさて・・・・
天井を見上げ、静かに肩を震わせる。
紺野あさ美は、愉快げに笑う。
□□□□□□□□
- 26 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:33
-
- 27 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:34
- 麻琴が間一髪のタイミングで地面を転がる。
今までいた場所に、ナイフの雨。
それに目もくれず、麻琴は起き上がり際に二発発砲。
目標は木の上の少女。
寸分の狂いも無く、弾丸は少女目掛けて飛来する。
しかし、中ることは無く・・・。
少女は跳躍し、木の枝から飛び降り、着地と同時にナイフを投擲。
無論、
麻琴目掛けて。
スッと。
麻琴は横に流れるように回避し、銃を少女にポイントする。
ガイィィィィィン・・・・――――
金属と金属が衝突した。
黒の塊が麻琴の手を離れ、銀の煌きが足元に落ちた。
一呼吸の間を置いて。
背後からガツッという音が聞こえ、麻琴は振り返る。
しまった!
- 28 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:35
- 人の条件反射とは、
時に悲しく、時にとても危険。
今はその後者のほう。
慌てて前方に向き直った麻琴の視界に、飛び込んできた一つの影。
「・・・バカやね」
少女は、突き上げるようにナイフを振るった。
狙いは麻琴の首。
この至近距離と、少女の腕を振るう速度から考えて、回避するのは不可能。
それは疑りようの無い真実。
「く・・・っ!」
だから、麻琴は受け止めた。
咄嗟に右の掌を、ナイフの軌道上にもっていき、煌きを受け止めた。
瞬間、少女の動きが止まり、大きく目を見開く。
驚愕。
その感情がまざまざと窺えるような表情。
しかしその対象は、銀の煌きが貫通した麻琴の右の掌でなく、
そこに起きる、不可思議な現象に対してのもの。
「――!」
- 29 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:37
- 麻琴の左腕が、少女を捕獲しようと動いた。
その動きで我に帰った少女は、躊躇無くナイフから手を離し、後方に跳躍。
麻琴は悔しそうに、小さく舌打ち。
「あんた、その腕・・・」
少女は警戒した眼差しで、銀が貫通している麻琴の掌を見やる。
麻琴はその視線を追い、苦笑した。
「・・・愛ちゃんのおかげだよ」
「・・・」
血が一滴も出ない、麻琴の掌。
貫通しても、痛がる素振りすら見せない麻琴。
そして、今の言葉。
高橋愛は、確信した。
「・・・義手か」
「正解。結構いい感じだよ、これ」
ナイフを抜き取り、放り投げてから、掌を握ったり開いたり。
心なしか、ギシギシと音がする。
「思い出すね。別れるとき、愛ちゃんが――」
「・・・言うな」
怒りに満ちた、低く静かな声。
愛が短くも、強い命令口調で麻琴の言葉を遮る。
「聞きたくない」
- 30 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:38
- 愛の鋭い視線を、苦笑しながら受け止める麻琴。
何を考えているのか。
右腕がピクリと動く。
「――!」
刹那、愛は跳躍する。
そのコンマ一秒後、愛の足元であった場所に無数の火花が散った。
カンカンと。
火花が散るごとに、鋭い金属音が耳を衝く。
やがて、火花は止み、麻琴は木の上の愛に視線を投げかけた。
「・・・仕込み義手」
「まあね。一応、特殊犯罪課のメンバーですから」
愛の視線が注がれる、麻琴の右腕。
鈍色に光る肘から先。
筒状に変化した五指。
その先から、硝煙が立ち上る。
ふう、と。
愛は小さくため息を吐いた。
「さ、愛ちゃん。今日こそ、一緒に来てもらうよ」
口元を引き結び、麻琴は静かに告げる。
そして、変化した右腕――まるで回転式機関砲の如き右腕の狙いを、愛に定めた。
愛は、再びため息。
- 31 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:39
- 「・・・今日は手持ちが少ない」
麻琴は首を傾げる。
何を言ってるの?
その思いが思考の大半を占めた、その一呼吸後。
麻琴の顔つきが変わった。
「ま、待ってっ!」
明らかな、焦り。
表情からも、口調からもそれが感じ取れる。
愛は、血相を変えて走りよってくる麻琴を見下ろし、ニヤリと笑った。
「・・・またの、麻琴」
静かに呟いた後、愛の手から小さい球体が零れ落ちた。
それを、スコープを通して確認した麻琴は、慌てて目を覆った。
球体が、地面に落ち、破裂する。
威嚇だけが目的の、殺傷能力の無い爆発が起こり、黒い煙があたりを支配した。
いくら赤外線スコープをつけていたとしても、この煙では意味を成さない。
麻琴は、悔しげに唇を噛み締めながら、煙が晴れるのを待った。
- 32 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:39
-
――*
- 33 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:41
-
「麻琴!」
煙が晴れて1分も経たずに、吉澤が数人の仲間と一緒に駆け寄ってきた。
呆然と夜の空を見上げていた麻琴は、ゆっくりと振り返る。
「・・・アイツは?」
息を整えてから、吉澤は声を潜めて訊ねた。
麻琴は何故か曖昧に微笑んで、
「逃げられちゃいました」
どこか、力の篭っていない声で。
吉澤は麻琴のその様子を見て、悲しそうに眉をひそめた。
そして、何も言わず、麻琴を強く抱き寄せた。
「・・・わりぃ。あたしらがもたもたしてたばっかりに」
そこに込められた、憤りの念。
吉澤の腕の中にいる麻琴にも、それはひしひしと伝わってくる。
だから、麻琴は首を振った。
「吉澤さんたちのせいじゃないっすよ。あたしが、弱いから・・・」
視界がだんだんと、潤んでいく。
- 34 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:42
- やめろ・・・
泣くな・・・
弱さを、更に露呈するな・・・
麻琴が必死に抑えようとしても、視界の潤みは増す。
なんで・・・
あたしは、こんなに弱いんだ・・・
「・・・泣けよ」
吉澤の声は、限りなく優しく、柔らかかった。
「泣きたいときには泣く。我慢なんてしなくてもいいんだよ」
ついに、決壊。
麻琴はわんわんと、大きな声をあげ泣きじゃくった。
その時感じた吉澤の暖かさ。
愛ちゃんも、昔は暖かかったな・・・。
泣きながらも、そんなことを考え、心の中だけで苦笑した。
- 35 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:43
- * * * *
雲が晴れ、
隠れていた月が顔を出す。
その光から隠れるように路地裏に入って、
愛は声を押し殺して泣いていた。
「まことの・・・ばかやろう・・・」
静かな呟きは、静寂の空間に消える。
* * * *
- 36 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:43
- れいなは何も言わず、ただただ絵里の手を握り締めていた。
起きて、絵里・・・
お願いやけん、起きて・・・
痛々しい。
れいなの願いはとても痛々しく、儚く、純粋。
絵里が起きてくれさえすれば、それだけで・・・
しかし、やはり絵里は眠り続ける。
「ただいま〜」
間延びした声に振り返る。
思わず首を傾げた。
「小川さん?そうしたとですか?その、サングラス」
「ん?ああ、ちょっとね・・・」
答える麻琴は、どこか歯切れが悪い。
そして、変だ。
まあ、それは今に始まったことじゃなかけど・・・。
- 37 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:45
- そんな失礼なことを考えながらも、
れいなの疑念の視線は麻琴が掛けている、大きな縁取りのサングラスに注がれていた。
「それより、もう消灯の時間だよ?部屋行かないの?」
「・・・今日は絵里と一緒に寝ます」
人の話したくない話題をいつまでも続けるほど、れいなは非常識ではない。
勿論、例外はあるが。
「もう、許可も取ってあります」
「そう?ならいいけど」
この素直さが、れいなは好きだ。
純粋で、楽しくて、たまに変だけど、いざという時はすごく頼りになる。
言葉に出したことは無いが、
れいなはそんな麻琴を心から尊敬し、慕っている。
「それよか、どうやったとです?仕事のほうは?」
何となく口から出てしまった言葉に、れいなは思いっきり後悔した。
なんて無神経なこと、聞いてしもうたんやろ・・・
- 38 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:46
- 自分の口を両手で覆いながら、
力なく、悲しげに苦笑する麻琴を見て、れいなは自己嫌悪。
「・・・ん、ちょっとね。また逃げられちゃった」
やはり。
れいなは心の中で自らを叱咤する。
「・・・すいません」
「田中ちゃんが謝ることないよ。
なんか、こっちこそごめんね。暗くしちゃって」
勢いよく、首を左右に振るれいな。
その様子を見て、声を出し笑う麻琴。
でも、やはりどこか力無い。
「・・・じゃ、おやすみね。明日も頑張ろう!」
気丈にも、
元気に声を掛けてくれる目の前の先輩を見て、れいなはどこかやるせなさを感じた。
自分には何も出来ないのだろうか?
そんなの嫌だ・・・小川さんはいつもあたしを励ましてくれるのに・・・
あたしだけ、何にもして上げられないなんて・・・
その思いが心の中で渦を巻き、一つの形として形成されると、
れいなは部屋を出て行こうとする先輩を見て、無意識に叫んでいた。
- 39 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/10(木) 19:46
- 「小川さん!あたしに出来ることあったらいつでも、何でも言ってくれんね!精一杯、お手伝いしますから!!」
いきなりのれいなの大声に、麻琴は目を丸くして固まった。
しかしすぐに動き出し、
人懐っこそうな笑顔をれいなに向けると、親指を立て、嬉しそうに、
「じゃあ、毎日手伝ってもらうよー!!」
元来、声が大きい部類に入る麻琴。
れいなは思わず耳を塞ぎ、苦笑を返した。
「毎日はちょっと・・・」
「なんだよー。いつでもって言ったじゃーん」
そして二人は笑いあった。
その時の麻琴は、本来の明るい笑い方に戻っていた。
よかった・・・
れいなは、心底そのことを嬉しく思う。
「そこのアホ二人!やかましぃ!へぁ、ばんげなんだっけ、静かにしろや!!」
その後、
大声に切れて駆け込んできた保険医に怒りの鉄槌を食らったが・・・。
- 40 名前:無壊 投稿日:2004/06/10(木) 19:48
- 本日の更新終了です
>>24 名無し様
面白そうといっていただき、ありがとうございます。これからも精進して行こうと思うので、よろしくお願いします。
- 41 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 22:56
-
- 42 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 22:57
- 手足を封じられたまま、
紺野あさ美は石造りの床に膝をつき、ゆっくりと顔を下ろしていく。
首と壁とを繋ぐ鎖が、
ジャラジャラと音を立てて、その長さを増す。
ピチャ・・・
控えめな音を立てながら、あさ美は舌で汚い皿に入っている白い液体を掬う。
ほんのり、甘い。
ゆっくりと、否、じっくりと。
まるで犬のように、液体を啜っていくあさ美。
それを厳しい顔つきで、牢の外から睨みつける麻琴とれいな。
「・・・気に入らない、といった感じですね」
やがて、液体を飲み干したあさ美は顔を上げ、二人を見やる。
それはやはりベルトの下から。
しかし、どこか理解しているようにあさ美の口元には笑みが浮かぶ。
れいなは、それを不快に感じた。
- 43 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 22:57
- 「・・・何故、私が生きているのか?」
「・・・分かってるやなか」
「これはこれは、手厳しい」
言葉とは裏腹に、あさ美の肩は小刻みに揺れる。
そして、口元にかたどられるは美しくも、不気味な微笑み。
何か熱いものが湧き上がってくる感じ。
そう感じたときは既に、れいなは鉄格子を掴んで叫んでいた。
「なん笑っとるんよ!あんたには罪悪感ちうもんがないの?!」
激昂するれいなにも全く動じず、あさ美の笑みは深まる。
「―――!」
静かに笑うその姿に、先ほどまでは怒りを感じていた。
しかし・・・
少し、ほんの少し笑みが深まっただけ。
ただそれだけのはずなのに、
れいなの心を支配する感情が怒りから『恐怖』に変わっていた。
- 44 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 22:58
- なんで・・・なんでなんで!
鉄格子を掴む手も震える。
別に『取り込まれそう』というわけでもない。
震えながらも、れいなはしっかりとそう感じていた。
「おや?震えているようですね。どうかしましたか?」
…光を閉ざされているのに・・・。
こいつは・・・こいつは、一体・・・。
笑みを崩さぬまま、首を傾げるあさ美。
全てを理解している、そういって止まない自信が彼女の表情から湧き出る。
れいなは『離れる』という動作を、その一瞬だけ忘れた気がした。
「・・・時間だよ」
しかし、麻琴の声がれいなを救った。
すぐさま鉄格子から手を離し、麻琴の隣まで後退る。
あさ美は、笑みを崩さない。
「・・・今日はよく喋ったね」
呟くと同時に、麻琴が手に持っていたボタンを押すと、
牢屋の中の壁に小さな穴が開いた。
- 45 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 22:59
- 程なくして、出現したそれは、銀色に光る機械の腕。
腕は乱暴にあさ美を掴むと、これまた乱暴に椅子目掛けて放り投げた。
その勢いで仰け反りそうになるあさ美だが、
椅子の背もたれに阻まれ、逆にうな垂れてしまう。
そこに容赦なく、腕の追撃。
荒々しい手つきで顔を上げさせると、ヘッドフォンと轡を装着させる。
そしてあさ美の身体に少しばかり電流を流して、腕は壁に引っ込んでいった。
あさ美は再びうな垂れる。
「・・・これで、終わり、と」
腕の作業が終了したことを確認すると、
今度は壁に設置されているレバーを下げた。
すると、あさ美と壁とを繋ぐ鎖がジャラジャラと音を立て、その距離を縮めていく。
鎖が縮むにつれ、うな垂れていたあさ美がだんだんと頭を起こしてくる。
何の抵抗もせず、ただ、されるがままのその姿は、どこか不気味さをも感じさせた。
「・・・行くよ、田中ちゃん」
作業の完了を見届けてから、麻琴が静かに呟く。
そして、返事も待たずに踵を返し、階段へと歩を進めた。
その後姿を見て、れいなは眉をひそめた。
- 46 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 22:59
- どうしてか・・・。
麻琴はいつもここにくると、いつもの麻琴ではなくなる。
へらぁっと、口を半開きにして笑っているイメージが強い麻琴。
しかし、ここにくるとそんな麻琴はどこかに行ってしまうようで・・・。
怒気、殺気を撒き散らし、れいなでも少し怖いぐらいだ。
紺野あさ美のせい・・・?
ふと。
何気なく足を止め、振り返る。
次の瞬間、れいなの背に悪寒が走った。
いまや電気を消して、闇が支配するあさ美の牢。
しかし、れいなには見えた。
何故だか知らないが、見えてしまった。
口の端から一筋、紅の線を引きながらあさ美が微笑むのを。
れいなは急いで体の向きを前に戻すと、未だ身体を震わせながらも、足早に階段を上っていった。
- 47 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:00
-
れいなが見た紺野あさ美の微笑みは、
この世のものとは思えぬほど美しかったという。
- 48 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:01
- ********
- 49 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:02
- 国家公認、対特殊犯罪者殲滅部隊。通称『PEACE』。
その名の通り、普通の警察機構でも手に負えない犯罪者、つまり『特殊』な犯罪者を殲滅するべく配置された部隊。
その東地区にれいなは配属していた。
実際、中学に通っている年齢なのだが、自ら強さを求めここに来た。
『PEACE』にはいるには厳しい試験が設けられているのだが、れいなは奇跡的にそれに合格。
はれて『PEACE』の一員になった。
予想以上に訓練や任務は辛かったが、毎日が充実していた。
ちょっとキザな先輩もいる。
面白い先輩もいる。
仲のよい友達も出来た。
れいなは、毎日が楽しかった。
しかし・・・
『えりいぃぃぃぃぃぃ!!!』
- 50 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:02
- れいなの目の前で、彼女の親友は壊された。
手を伸ばしその子を掴もうとするれいな。
その子もれいなを求め、手を伸ばした。
だが、
『くだらない事はお止めなさい』
結局れいなとその子の手が繋がることは無かった。
血の混じる涙を流しながら、うつぶせに倒れるその子を見て、
れいなは唇を震わせながら近寄り、膝を折った。
空は黒く覆われ、雷が轟く。
ついには、激しい雨も降り出してきた。
- 51 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:03
- 『え、り・・・?ちょぉ、えり・・・?何しよっと?目ばあけてよ!ねえ、えり!!』
雨が、れいなと倒れる少女の身体を容赦なく打ち付ける。
れいなはいつまでも叫び続けた。
声が枯れるとか、そんなこと考えもしなかった。
『えり!いい加減にせんと怒るよ!ねえ、えり!!』
涙が、流れたようだ。
しかし、雨にまぎれてしまいよく分からない。
れいなは、やはり叫び続ける。
『脆い・・・人間という存在はこうも脆いものでしょうか?
たかだか、一人を壊したくらいで、そのように見苦しく泣き叫ぶとは。
くだらない上、愚かな生き物ですね』
叫び続けるれいなの耳には、その冷たい声は届かなかった。
雨は、激しさを増していく・・・
- 52 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:04
- ――
―――
――――――
- 53 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:04
-
涙で濡れた目を開ける。
視界に入ってくるのは見慣れた天井。
そこでれいなは、先ほどまでのが夢だったと気付く。
―――・・・最悪・・・。
寝覚めの悪いことこの上ない。
ダルそうに上体を起こし、寝癖のついた頭を乱雑にかきむしる。
―――くそ・・・っ
たびたび見る、『あの時』の夢。
見るたびにれいなは自己嫌悪。
あの時・・・自分が、もう少し早く動いていれば・・・っ。
悔やんでも悔やみきれない念が、
れいなの胸の中に渦巻き、髪を更に乱暴にかきむしった。
「えり・・・」
- 54 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/14(月) 23:05
- ふと。
顔を横に向けると、ベッドの上で静かに眠る自分の親友の姿。
れいなは、悲しげに眉尻を下げた。
「えり・・・」
いくらその名を口に出しても、その子は一向に目を覚ます気配は無い。
起き上がって、すこしこけた頬に手を当ててみても、それは同じ。
れいなの胸の中に、やり切れない怒りと、悲しみが浮かぶ。
「田中。起きてたの?」
透き通った声に、振り返ってみる。
「あ、はい。すいません、仕事の邪魔でしたか?」
「いんや〜、別に。もっと寝てても良かったよ」
ニコリと。綺麗な顔で、綺麗な笑顔を浮かべるこの女性は『PEACE』直属の保険医。
すらりと背が高く、髪も肩甲骨を過ぎるほど長くて、美しい。
白衣を着せ、患者を見せたら、世界で右に出る者はいないといわれるほどの腕の持ち主。
「亀井はどんな具合?」
「・・・それは、飯田さんが調べることですよ」
「あ、そっか」
コツンと額を叩き、苦笑いを浮かべる保険医―飯田圭織。
その様子を見て、れいなは笑みを零した。
- 55 名前:無壊 投稿日:2004/06/14(月) 23:06
- おかしな博多弁になってしまい、申し訳ございません。
- 56 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/14(月) 23:16
- え〜っと・・・、紺ファンです。
紺野さん、なんか・・・怖いですね・・・。
つづき、待ってます。
- 57 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:36
- れいなはふと思った。
「飯田さん。昨日いた人はどうしたとですか?」
昨日麻琴とれいなに鉄槌を与えた、暴力保険医。
無論、飯田とは別人だ。
目の周りを黒く塗りつぶし、不気味なほど赤いルージュを引いて、どこのだか分からない訛りをいれ喋っていた人物。
そんな容姿なものだから、
この医務室に駆け込んできたときは、心臓が飛び上がるほど驚いた。
「ああ、あの人。カオリ、昨日ちょっと用事があったから、代理の保険医さんに頼んでおいたんだよ。何かあった?」
「ええ、まあ。ちょっとばかし・・・」
あったといえば、大いにあった。
鉄槌を下した後も、れいなたちは正座を要求され、
それからたっぷり1時間半、わけの分からない言葉を並べられ、説教を受けたのだ。
昨日は紺野あさ美の食事当番で、そう言って抜けようとしたのだが、
マシンガントークに入る隙を見出せず、断念。
ようやく終わったかと思えば、医療器具の後片付けを手伝わされるは、
肩をもめと要求されるは、とにかく散々だった。
- 58 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:37
- こっちは足痺れてんだっつーの!!
煮えたぎる怒りを抑えながら、れいなと麻琴は無言で肩をもみ続けた。
30分後にやっと開放され、あさ美に食事をやり、
結局寝たときには、もう既に日付が変わって数時間が経過していた。
実はと言うと、れいなは今、睡眠不足である。
「なに?」
「あ、いえ。やっぱ、何もなかったとです。ハハハ・・・」
告げ口なんかしたら、後で何されるか・・・。
言いも知れぬ寒気が、れいなの身体を駆け抜ける。
ぶるっと。
一度軽く身震い。
「?まあ、いいけど・・・」
- 59 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:38
- 首を傾げ、訝しげに視線を投げかけていた飯田だが、
そう呟くと絵里の眠るベッドへと視線を移した。
見下ろす瞳は、どこか無機質。
れいなは飯田の、そのまるでモノを見るような視線が嫌いだった。
患者を診るときは、全ての感情を殺す。
そうすることによって、最も良い治療が出来る。
これが、飯田の持論。
そうは聞かされても、その目だけはどうしても好きになれない。
絵里のことを、そんな目で見ないで欲しい・・・。
そう思って、何回か口論になったこともあった。
「うん、いいね。今日も異常なし」
絵里の脈を、血圧を測りこちらに向き直った飯田は優しく微笑んでいた。
その変わり身の早さには、毎度のことながら驚かされる。
「あ、そういえば、さっき何か放送入ってたよ」
目を丸くしていたれいなは、飯田のその言葉に首を傾げた。
放送?何かしたっけ?
- 60 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:38
- 頭を捻ってみても、呼び出されるようのことはしていない。
しいてあげるなら、昨日愛の捕獲に参加しなかったことだろうか。
「何かねー、9時半にホールへ集合だって」
「・・・・・・へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
そして、ゆっくりと壁に掛かっている時計に視線をやった。
長針が6を指し、短針が・・・
「ああああああ!!!完全に遅刻やー!!!」
「ちょっと、田中。医務室では静かにしなさい」
飯田の怒りを完全に無視して、れいなは慌てふためき、医務室から飛び出した。
その後姿を見送りながら、飯田はため息をついた。
短針は、ほぼ10に近づいていた。
- 61 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:39
- ―――*
- 62 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:40
- ここまで見事な土下座は、見たことが無い。
両手を肩幅に開いて床につき、その中心に頭をおく。
縮こまったれいなを見下ろすのは、青筋を立てた『PEACE』副隊長、吉澤ひとみ。
「おい、田中。顔上げろ」
元来男勝りな性格を持つ、吉澤。
怒られれば説教だけでは済むわけはないと、れいなはよく知っていた。
「歯ぁ食いしばれぇ!」
「あぶぅ!」
れいなが顔を上げた瞬間、頬に走った鋭い痛み。
勢いを殺せず、そのまま床に倒れこんでしまう。
「これはお前が憎くてやってるんじゃない。愛のムチだ!!」
痛む頬を押さえながら顔を上げると、
目じりに光る雫を浮かべた吉澤が、右腕を天に向かって掲げていた。
愛のムチ・・・絶対嘘や。
心の中だけで、吉澤を非難。
思いっきり力を入れてぶん殴っておいて、愛のムチも何もあったもんじゃない。
グレようか・・・吉澤に殴られるたびに、れいなはそんなことを思う。
- 63 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:40
- 「で、何で遅れたんだ?一応、訳を聞こうじゃないか?」
近くにあった椅子を引き寄せて座り、れいなをやはり見下ろす形の吉澤。
その形を少しばかり不快と感じたれいなは、立ち上がって咳払いを一つ。
「実は――」
「言い訳すんなー!!」
「はぶぅ・・・」
もう嫌だ・・・絶対グレてやる・・・。
腹部に強烈な掌底を受けながらも、れいなは切実にそう思った。
「ごふっ・・・訳を話せって言ったの、吉澤さんやなかとね・・・」
そう言い返してみるも、結果はいつも同じ。
「ふぅ〜。今日はこれくらいで許してやるよ。次から気をつけろよな」
まるでいじめっ子のような台詞を残し、席を立つ吉澤。
とても清清しい表情で、会議室の扉を開け、立ち去った。
れいなは煉獄の炎の如く燃え盛る怒りを、どうにかしようとしたが、叶わず。
吉澤が去ったことを確認すると、近くにあった机を前にし、叫んだ。
「お前、絶対楽しんでるやなかかぁー!!!」
振り下ろされた拳が机に当たると、バキッと言う音を立てて真っ二つに―――
―――折れるわけが無い。
- 64 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/15(火) 22:41
- 「イタッ!あたた・・・」
代償は、拳の痛み。
スチール製の机を思いっきり殴打した代償は、れいなが考えていたよりも大きかった。
- 65 名前:無壊 投稿日:2004/06/15(火) 22:42
- >>56 紺ちゃんファン様
レスありがとうございます。怖い紺野さんが書きたくてはじめた物語ですから、そう言っていただけると嬉しいです。
- 66 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/17(木) 21:03
- ある作品とはもしや。。。
実に引き込まれる雰囲気です。
ついて行くので頑張って下さいw
- 67 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:43
- **********
- 68 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:44
- 木々から漏れる木漏れ日が、普通なら気持ちがいいと思うところだろう。
しかし、彼女は違った。
不快感に顔をしかめ、緑の葉を通して太陽を睨みつける。
―――・・・鬱陶しい
昨日とは別の公園の木の陰を利用して、
仰向けに寝そべりながら、高橋愛は鬱々とそんなことを思った。
全てがムカつく、全てが鬱陶しい。
全てが目障りで、全てが苛立ちの元となる。
心境は、お世辞にも晴れ晴れしいとはいえない。
放り投げるように広げた両腕を、天に向かって掲げた。
右の袖を見る。作為的に破られた跡。
右手を掴む、自分の左手。
イライラが、更に募っていく。
―――まこと、マコト、麻琴!
ブチッ・・・―――
人の身体とは呆気ない。
少し力を入れただけで、皮膚が破れ、鮮やかな赤があふれ出てくる。
- 69 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:44
- 傷口で球体を作っていくそれは、やがて表面張力の限界に達し、
重力に従い愛の頬に落ち、朱色の斑点を作った。
ニャア〜・・・
どこと無く、間の抜けた鳴き声。
愛はゆっくりと腕を下ろし、上体を起こした。
背を樹木に預け、自分の足元に視線をやる。
「・・・汚な」
思わず、小声で呟いてしまった。
しかし、それほどまでにもその仔猫は全身が汚れていた。
本来白いはずの毛は、薄茶色に染まっている。
右側の目は黄土色の目やにで覆われ、目としての機能を確実に果たしていない。
足取りもおぼつかない様子で、どうやら怪我をしているようだ。
その仔猫が、今、自分の足に顔をこすり付けている。
普通の女性ならここで可哀想とか考えるだろう。
しかし、愛の思考は違う。
根本的に、常人とはかけ離れてしまっている。
―――・・・マコトはどんな表情するやろ?
ニヤリと意味深で、不気味な笑みを浮かべた愛は、
仔猫の首を乱暴に掴んで、持ち上げた。
ニャア、ニャア・・・―――
それでもどこか嬉しそうに泣き続ける仔猫を見て、
愛は乾燥してしまった唇をゆっくりと舐め回し、潤いを取り戻させた。
- 70 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:45
- **********
- 71 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:46
-
緑色の皮が張った椅子に腰掛け、
れいなは俯いて頬を薄く朱に染めながら治療を受けていた。
包帯を巻く飯田は無表情。
でも、どこと無く呆れが混じっているように見えて・・・。
れいなの小柄な身体が、更に小さくなった。
ぐるぐると。
拳に巻かれていく包帯は、規則的で、全く斑がない
やはり飯田はすごい。
しかし、そんなことを考える余裕は、今のれいなには無かった。
「はい、おしまい。早く着替えてきな」
飯田が言葉を発すると同時に、れいなは礼も言わず、医務室を飛び出した。
早足で去っていくれいなの背に、飯田は苦笑を投げかけ、席を立った。
机の上に放り投げておいた、バインダーを手に取り、絵里の眠るベッドに向かう。
パラパラと、なにやら資料をめくりながら、ブツブツと何か呟いては、絵里に目をやる。
治療をするときとは段違いに、感情を込めたその大きな瞳。
悲しみの色が、そこには浮かんでいる。
「・・・あの」
- 72 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:46
- 小さく、控えめな声。
飯田は表情を優しいものに変え、振り返った。
「手・・・ありがとうございました・・・」
指定されている青い制服、青いスカートを着用して、
れいなは何故か、もじもじしながら医務室の入り口に立っていた。
可愛いなぁ・・・。
彼女の純な反応を見て、飯田は口元を綻ばせた。
「いいよ。田中の可愛いパジャマ姿も見れたしね」
「い、言わんけんでくれんね・・・」
「田中、訛りがひどくなってるよ」
ハハッと、軽く声を出し笑う飯田。
そんな飯田の反応に、更に頬を赤くするれいな。
恥ずかしさの極地にいながらも、頭の中では吉澤への罵倒の嵐。
あのアホのせいや・・・っ!
机を殴って部屋を出た後、至る所から感じる好奇の視線に、忍び笑い。
それに気付いたれいなが辺りを一睨みすると、僅かな時間だけ収まるもののまたすぐにそれらは再開。
吉澤に殴られて、機嫌がこの上なく悪かったれいなは、
その辺にいた手ごろな先輩を捕まえると、鋭く睨みつけながら問いただした。
怯えながらも丁寧に説明してくれた先輩の言葉を聞いて、れいなは固まった。
カクカクと。
機械的に、ゆっくりと視線を己が身に纏う服装に落として――――
――――れいなは一陣の風になった。
先輩が俯き固まったままのれいなを不思議に想い、声を掛けようとしたところ、
そこにもう、れいなの姿はなく。
れいなは一目散に、姿勢を低くして医務室に飛び込んだ。
イルカの柄が付いた寝巻きは、汗で襟が濡れていたという。
- 73 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:47
- 「まったく慌てんぼうさんだよね。
寝起きのまま着替えないで走っていっちゃうなんて」
「だ、だから、言わんでくださいって・・・」
未だ含み笑いを漏らす飯田に、れいなは困ったように懇願する。
裏では、吉澤に怨みの念を送るのを忘れずに。
いつの日か、必ず―――!
同じころの吉澤は、得体の知れない寒気に襲われていた。
「おはよーございま――あれっ?田中ちゃん」
「お。おはよー、麻琴」
飯田が笑いを止め、挨拶の意を込め、手を上げる。
振り向くと、れいなと同じ青の制服を着た麻琴が首を傾げて立っていた。
「今朝どうしたの?集まりがあったんだけど・・・いなかったよね?」
疑問というより、込められた意味は付加疑問の念が強い。
一応そうだったかと思うのだが、確認を求めているようだ。
ニヤニヤと、背中のほうで飯田が笑っているのを感じる。
まだ恥ずかしさを完全に取り去れていないれいなの返答はぎこちなく、歯切れが悪かった。
「ちょ、ちょっと、寝坊して・・・」
- 74 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:47
- 吉澤に嘘をつくことなんて、一瞬の躊躇も無い。寧ろ、日常茶飯事。
しかし、麻琴は別。
明るく、人を疑うことを知らない純粋さは、
れいなから嘘をつくという言動をどこかに追いやってしまう。
…
などというのは建前で。
実際は以前に何度か麻琴に嘘を述べたことがあるのだが、あまりにも麻琴が簡単に信じ込んでしまい、それから暫くはれいなの肩に罪悪感という重りが圧し掛かったものだ。
それから、なるべく麻琴の前では嘘は控えるようにしている、れいなである。
「なぁんだ、そっかぁ!何か病気かと思ったよ!良かった、良かった」
眩しいくらいに、明るい笑顔。
純粋さ溢れる、元気な笑顔。
まるで太陽のよう。
あの悪魔とは正反対だ・・・れいなは心の隅でそんなことを思う。
「ところで、その集まりってなんだったの?なんか、大切なこと?」
後方で、
資料をめくりながら、ふと思い出したように呟く飯田。
麻琴の笑顔が、一瞬にして掻き消えた。
―――昨日の、顔だ・・・。
- 75 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:48
- 陰りを帯びた麻琴の表情。
まさしくそれは、昨夜の医務室でれいなに見せたもの。
悲しく、辛く、もどかしい。
それらの感情が複雑に入り混じった、見てる分にも辛くなる表情。
「実は―――」
れいなにはそれだけで、大体何の話なのか想像ができた。
麻琴がこんな顔をするのは、思いつく限り一つしかない。
近くにいるのに・・・少し手を伸ばせば触れられる所にいるのに・・・。
でも、その距離が、果てしなく遠く感じる。
れいなと麻琴に共通する、現状。
お互いの気持ちが、痛いほど分かる。
「実は、あい――」
『いやあぁぁぁぁ!!』
麻琴が逡巡しながらも言葉を紡ごうとした、その時。
廊下のほうから上がった、甲高い悲鳴。
バッと、勢いよく振り向いた麻琴は、
一度向きを戻してれいなと視線を交える。
お互い目配せをして頷くと、表情に少し焦りの色を浮かべ医務室を後にした。
背中に飯田の視線を感じたが、二人は足を止めず。
どうしてか浮かぶ不安を胸に抱きながら、悲鳴の聞こえた場所まで掛けていった。
- 76 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:48
- *******
- 77 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/18(金) 22:49
- ―――ククッ・・・
大きな石造りの、まるで要塞のような建物を背景に背負い、
街中の街路を歩きながら、高橋愛は愉快げに笑みを漏らす。
すれ違う人たちは、
そんな彼女の様子を不審に思い、首を傾げながら、歩を進めていく。
―――マコト・・・キミはどんな表情を見せてくれる?
目深にかぶった帽子の下で、目を細める高橋愛。
風邪でもないのに口を覆う大きな立体型マスクは、顔を隠すためと、
その不気味な笑顔を見られないようにするため。
それと・・・
―――やっぱ、ヒトの血が・・・キミの血がいっちうっめわ・・・マコト・・・
口元に付着した真紅の液体。
他人から見えるわけの無いその鮮血を、高橋愛は静かになめ取った。
- 78 名前:無壊 投稿日:2004/06/18(金) 22:54
- >>66 名も無き読者様
おや、もう見つかってしまいましたか(w 白板ではお世話になりました。
多分その作品で言いと思います。ああいう雰囲気はどうやっても私には出せませんが・・・。
ついてきてくださるということで、こちらでも全力を注ぎたいと思っています。
よろしくお願いします。
- 79 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/19(土) 10:17
- !?
アナタだったんですか!?
イヤ、3人称だから全く気付かなんだ。。。
でも流石、ナイスな雰囲気デスw
続きも楽しみにしてます。
- 80 名前:80 投稿日:2004/06/20(日) 04:53
- 川o・∀・)ノシ
- 81 名前:刹 投稿日:2004/06/20(日) 11:15
- 初めましてっ。
ある作品…自分の思ってるヤツですかね?
ってか雰囲気がすごいイイですねぇ。。。
自分も見習いたいにゃあ…
描写とかもすごくて…エラそうですがw
次回も楽しみにしてます。
- 82 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:09
- 反応は、いる人の数だけ異なっていた。
涙目になり腰を抜かす者、
青い顔をして口元を押さえ、トイレに駆け込んでいく者、
耐え切れずその場で吐き戻してしまった者。
その中心には、赤く染め上げられた小さな立方体。
赤は箱を染め上げるにとどまらず、だんだんと床にまで侵食をしてきている。
生臭い臭いが充満する、正面玄関。
麻琴とれいなが駆けつけたときには、まるで阿鼻叫喚を絵に描いたような状況だった。
「あ、あ・・・ぁ・・・」
箱の一番近くで腰を抜かしていた女性が、すがるような視線を麻琴に向けた。
口元を引き結び、歩を進める麻琴。
箱に近づくにつれ、生臭い臭いが強くなる。
鼻腔を刺激するその臭いは、不快極まりない。
「どうしたんですか?」
「あ・・・こ、これ・・・ぁ」
うまく言葉が出てこないらしい。
麻琴はれいなに視線を送り、れいなはゆっくりと頷く。
「大丈夫とですか?」
足元がおぼつかない女性に肩を貸しながら戻っていくれいなを見届け、
麻琴は右手と同様、左手にも手袋をはめた。
そして、開きかけていた箱のふたをゆっくりと開き・・・
- 83 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:10
- 「ぅ・・・うえぇ」
開いた瞬間、膝から力が抜けた。
箱を放り投げ、その場に崩れ落ちた直後、麻琴は胃の内容物を吐き出した。
箱から出て、床を転がる球体に近いが、それとは全く異なるモノ。
それは目があり、耳があり、茶色に汚れた毛並みがある。
開かれっぱなしの口からは、何の鳴き声も聞こえてくることはなく、
ただ、淡々と血が流れ続けているだけ。
見開いた獣の瞳は、ひたと麻琴を見つめている。
辛そうに肩で息をする麻琴。
その仔猫だったモノと視線をまじわすと、再び嘔吐を催す。
しかし、気丈にもその衝動を押さえ込み、仔猫だったモノがはいっていた箱に、這いずるようにして近づいていった。
血の気が引き、青かった麻琴の顔が、
やり場の無い怒りのために烈火のごとく赤く染まった。
―――キミは・・・っ!
- 84 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:11
- 箱の裏。
赤く汚れていて、見えにくくなっていた文字。
麻琴にとって、懐かしさを感じ、怒りを感じさせたその文字。
【マコト。キミは今、どんな表情をしてる?】
軋む音が聞こえそうなほど、食いしばられた歯。
唇の片端が切れ、口元に細く赤い道を一筋、作り上げた。
- 85 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:11
- ――*
- 86 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:12
- 『PEACE』では届いた荷物は、一度鑑識のチェックを通してから本人に渡される仕組みになっている。
それもこれも、全て己の身を守るためにすること。
爆弾などが組織内に入らないようにするため、留意しているのである。
勿論、プライバシーを守るため実際に封を開けることは無いのだが、今回の場合は例外だった。
小川麻琴様と書かれた箱が届き、いつもの様に受付嬢は取り次いだ。
そして鑑識に持っていくとき、彼女は自分の手に触れるぬるっとした赤い液体に気付いたのだ。
サッと青ざめ、衝動に負けて箱を開けてしまったのが今回の件の発端。
見開いた無機質な目でこちらを見つめる仔猫に、腰を抜かし悲鳴をあげてしまったのだそうだ。
一通り話を聞き終わったれいなは、
口を押さえ、胃からこみ上げてくる酸っぱいものを飲み込みんだ。
無表情で仔猫の頭を手に持ち、首の切断面を見下ろす飯田を、
この時ばかりはすごいと思い、同時に怖いとも感じた。
「・・・すごい、いい手つきだね。
鋭利な刃物で何の躊躇も無く、一撃で首を落としてる」
仔猫を箱に戻すと、ふとその表情に感情が戻ってくる。
心なしか、肌が青白くなっている気がした。
- 87 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:13
- 「ごめん、言葉間違えた。非道いね、これ。
人のやることとは到底思えない」
「!飯田さん!」
薄いゴム製の手袋を外しながら、ポツリと呟く飯田。
すると、元気なく椅子に腰掛ける麻琴の傍らに立っていた吉澤が声を荒げた。
「・・・いいんですよ、吉澤さん。ホントの事ですから・・・」
それを、力なく静止する麻琴。
吉澤は何かを言いかけ、口を開いたが、
弱々しく首を振る麻琴を見て、堪えるようにグッと言葉を飲み込んだ。
れいなは口から手を離し、ここにいる皆の横顔を見やる。
悔しさを顔全体、身体全体に充満させ立ち尽くす吉澤。
目を伏せ、備え付けてある水道で手を洗う飯田。
青白い顔で力なく微笑んでいる麻琴。
部屋の空気が、異常に重苦しい。
息が詰まりそうだ。
「・・・お墓、作りましょうか?」
- 88 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:13
- 沈黙を破るように、麻琴は言った。
抑揚が無く、掠れ気味な声。
いつもの麻琴を見ていれば、信じがたい姿だ。
「・・・このままじゃ、いくらなんでも可哀想すぎるっすから」
立ち上がり、血にぬれた箱を掴み持ち上げた。
中を覗き込み、弱々しく弧を描く目に浮かんでくる透明な雫。
目尻に溜まったそれが、静かに箱の中に落ちた。
医務室を出て行く麻琴の足取りはふらふらと、おぼつかなく、
吉澤に支えてもらいながら中庭に向かった。
れいなと飯田も、無言でそれに続いていく。
- 89 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:14
-
- 90 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:14
- 4人が目を瞑り僅かに顔を俯かせ、合掌する。
前方にあるのは、小さい土の盛り上がりに木の板を立てただけの、
みすぼらしい、墓ともいえぬ墓。
板には『仔猫』と刻まれている。
れいなは誰よりも早く顔を上げ、悲しげに目を伏せながらも、
憤りの念に駆られる。
仔猫は何もしていないのに――
麻琴には悪いと思っても、この感情だけは止められない。
れいなは静かに拳を握った。
「・・・これは早く対処しないといけないね」
合掌を解いた飯田が、誰にとも無くポツリと呟く。
それに反応してか吉澤は顔を上げたが、麻琴はまだ合掌したまま。
「いつか、人の首が送られてくるよ」
「飯田さん!だから、そういうこと――」
「・・・飯田さんの言うとおりですよ」
今にも飯田に掴みかからんとしていた吉澤に静止を聞かせたのは、
他でもなく、今一番辛い状況にあるはずの小川麻琴。
立ち上がって、振り返った麻琴の表情は毅然としていて、
その立ち振る舞いも先ほどとは別人のように凛としていた。
「愛ちゃんは・・・高橋愛は、人を人とも思いません。
早急に対処しないと、確実に被害は拡大します」
淡々と話す言葉の中にも、芯が通っていて。
ただただれいなは驚嘆し、目を丸くするばかり。
―――強かね、小川さんは・・・。
- 91 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:15
- そう改めて理解すると同時に、れいなは自嘲気味に笑みを零した。
―――それに比べて、あたしは・・・。
目を覚ます素振りすら見せない親友を前にして、
夜な夜な怒ったり、泣きじゃくったり、沈んだり。
情緒不安定な自分は、絵里が眠りに付いたその時からのこと。
未だ不安定なれいなは、絵里の眠る医務室にたびたび通っている。
―――弱か・・・
「・・・分かった」
静かに流れる雲の下、吉澤は麻琴の目を見つめながら呟いた。
精悍とした二人が対峙し、暫しの沈黙が流れる。
それはほんの僅かな時間のはずなのに、れいなには異様に長いものとして感じられた。
「これから、上と話し合ってくる。
お前らは、飯田さんの手伝いを頼む」
誰の返事も聞かず、踵を返し、
吉澤は堂々とした足取りで背後に聳え立つ灰色の建物の中に戻っていった。
「さ、カオリたちも戻ろうか?」
肩を軽く叩き、飯田も歩を進め始める。
れいなと麻琴は唇を引き結んで、飯田の後に続いた。
首を少し捻って、なるべく気付かれないように振り返ってみると、
麻琴が声を押し殺しながら、涙を流していた。
- 92 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:15
- ―――*
- 93 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:16
-
被害は、れいなが思ったより大きかった。
外傷こそないけれど、精神面を傷つけられ、体調不良を訴えるものが続々と医務室に流れ込んでくる。
だから、まさしく猫の手も借りたいほどの忙しさだった。
「え!?ちょっと吐き気が?!トイレ行って、口に指突っ込んで!
は?!下痢?!麻琴、正○丸!
何!!??仔猫が私を見つめ続けるんですぅ?!忘れろ!!」
医務室にあるベッドは絵里のものを含めて6つ。
つまり、5人までしか受け入れることが出来ない。
しかし軽く見積もって、医務室に入ってくる人はその4倍以上はいる。
普段治療のとき感情を殺す飯田も、あまりの忙しさのためにそれを忘れ、
症状の軽い輩は怒鳴りつけ追い出し、やや重いものは適当に診断をしている。
てんてこ舞いとは、今の状況にぴったりの言葉。
「田中!亀井見てないで、手ぇ動かして!
麻琴!へばるな!ちゃんと動け!」
隠れるようにして休んでいた二人だったが、
至極あっさりと見つかり怒鳴りつけられてしまった。
渋々といった表情で、人でごった返す医務室を再び動き回る。
「「早く終わってくれー!!」」
「口動かしてないで、手ぇ動かしてってば!!」
二人の悲痛な叫びは、飯田の一喝によって、
医務室の喧騒の中に溶け込み、消えた。
- 94 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:17
- ――
―――
「や、やっと終わった・・・」
疲弊仕切ったような麻琴の呟きは、
ようやく静寂を取り戻した医務室の空気に溶け込んでいった。
「・・・医務室で、死ぬかと思ったばい・・・」
うつ伏せで床に横たわるれいな。
ベッドに凭れ掛かりながら、憔悴した表情で天井を仰ぐ麻琴。
机に突っ伏し、何も言葉を発しない飯田。
見て取れるように、疲労困憊の空気が漂う。
「・・・皆、身体弱いんだね。
カオリ失望しちゃった・・・」
篭った声で呟く飯田に、二人はぐうの音も出ない。
自分たちも嫌というほど、思い知ったからだ。
「人、来すぎ・・・」
あれから30分途絶えなかった人の足。
その忙しさときたら、
途中で飯田がその長い髪を狂ったように振るい、発狂寸前に至ったほど。
たかが猫の頭・・・とは言えないが、
日々訓練をつんでいるのだから、もう少し自分で対処するとか無いのか?!
ほとんど魂の抜けた三人は、心の中で責めるように呟いた。
- 95 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:17
- 何もする気が起きない。
寧ろ、何かする力も残っていない。
三人は思った。
寝よ・・・
重くなった瞼を持ち上げている力をほんの少し緩めれば、
そこには睡眠という名の安楽。
同時に夢の世界へと旅立とうとしていた三人を止めたのは、
天井に設置されたスピーカーから流れてきた、
『これより臨時集会を行う。全員、ホールに集まってくれ』
感情の読めない吉澤の声だった。
三人は思った。
吉澤・・・いつか必ず!
同時刻、放送室にいた吉澤に絶対零度の突風が吹きぬけた。
- 96 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:18
- ******
- 97 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:18
- 予測不可能な出来事は、唐突に起こる。
だから予測不可能という。
そして、それは起こって欲しくないときにも起こり得る。
だから予測不可能という。
しかし、少しばかり酷過ぎるではないだろうか・・・。
「あああああああああ!」
薄暗い光に照らされた地下牢の前で、一人の女性が悲鳴にも似た叫び声をあげる。
頭を抱え、唾液や涙、鼻水を垂れ流し、狂ったように叫び続ける。
その姿をベルトの下から見つめ、紺野あさ美は口を横に押し広げた。
轡を噛んだ白い歯が、僅かな光を受けきらりと光った。
- 98 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:19
- ******
- 99 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:19
-
奥行き100メートル、幅50メートル。
そして高さ、30メートルという、無意味に広いホール。
ちなみに、ここ『PEACE』東地区支部に所属する人数は、100にも満たない。
いつきてもだだっ広い。
ここに来るたびに、れいなは常々そう思う。
整列する青の集団。
5列に分かれて寸分の乱れも無く、整列する青の集団。
その最後尾に、れいなと麻琴は位置を取っていた。
ひそひそと、誰かが声を潜めて喋るのが聞こえる。
多分、皆予想・・・いや、確信しているのだろう。
その面持ちには、緊張が見え隠れしていた。
『あー・・・皆集まったな?』
暫くして、壇上にマイクを持った吉澤が現れた。
途端に、さわさわとした空気が静まり、ここにいる全員の表情に確かな緊張が浮かんだ。
それを確認してから、吉澤はポツリポツリと話し始めた。
どこか険しい、そんな表情を浮かべて。
『今日集まってもらったのは他でもない。
皆もう知ってると思うけど、ついさっきおこっ――』
ダーンッ・・・―――
- 100 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/20(日) 16:19
- 空気を振動させる、乾いた音。
咄嗟にれいなは振り返った。
そして信じられないものを見てしまったように、目を見開く。
「危なかっ!皆伏せんしゃい!!」
振り返らず叫び、身を屈めて走り出す。
ダーンッ、ダーンッ・・・―――
再びあがる、耳を劈くような銃声。
れいなはそれを、銃口の角度から飛んでくる方向を予測し、横に身を投げ出した。
何回か回転し起き上がって、入り口近くに佇む銃を持った女性を睨みつける。
しかし、女性の視線はれいなに向いておらず。
どこを見つめているのか・・・それ以前に、感情の色さえも窺うことが出来ない。
れいなは舌打ちをし、再び走り出す。
今日ほどこの無駄に広いホールを怨んだことはない。
「田中ぁ、しゃがめぇ!」
後方から聞こえた、低い怒鳴り声。
れいなはすぐさま体勢を沈めた。
ダーンッ・・・―――
宙を舞う、銀色に光る鉄の塊。
女性は体制を崩し、たたらを踏んだ。
「はい、お疲れ」
まるで操り人形の糸が切れるように、床に倒れ伏したその女性。
その後ろには、白衣を着た飯田が大きな欠伸をしながら立っていた。
- 101 名前:無壊 投稿日:2004/06/20(日) 16:24
- >>79 名も無き読者様
三人称はちょっとした試みです(w
あと、分からないようにしていた私が悪いんですから、そう気を落とさないでください。
>>80 80様
見つかってしまいました。これからもよろしくです。
>>81 刹様
初めまして。私もいつも楽しく拝見させていただいております。
多分その作品でよいかと・・・。
私なんぞの描写を誉めていただき、感謝感激にございます。
- 102 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/20(日) 18:16
- 作者さま、更新ごくろうさまです。
・・・紺野さんは一体何を!?
続き待ってます。
- 103 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/21(月) 17:38
- 更新お疲れ様デス。
予測不可能・・・。(汗
いや〜、コレだけ前作と雰囲気が違うと気付かなくても無理ないか、と自己弁護。
とことん引き付けて下さいますねw
続きも楽しみにしてます。
- 104 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:38
- ―――狂気は、伝染する・・・。
医務室に入り、気を失った女性をベッドに寝かせた瞬間、
飯田がどこか焦点の合わない視線を宙に漂わせ、ポツリと呟いた。
れいなは首を傾げたが、吉澤、麻琴の二人は悲憤の表情を浮かべていた。
「狂気・・・伝染?」
何を言われているのか、理解に苦しむ。
どういうこと?
何、狂気って?
この人どうなったの?
幾重にも重なった疑問がれいなの頭に渦を巻き、混乱をもたらそうとする。
ズキズキと頭痛がしてきたとき、飯田がおもむろに口を開いた。
「彼女は紺野あさ美の狂気にやられたんだよ」
飯田の悲しげな色に染まった大きな瞳が流れる。
追っていけば、視界に入ってくる親友の姿。
れいなの顔から、血の気が引いた。
- 105 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:38
- 「・・・え、えりの時みたく、なっとるってこと、ですか?」
震え、掠れる声で呟き視線を元に戻す。
飯田は、悲しげに目を伏せながらも、ゆったりとした動作で首を横に振る。
「それは分からない。
まだ汚染が浅いかもしれないし、亀井みたいに深いかもしれない。
紺野あさ美は、分からない・・・」
僅かな希望にすがるような、でも、半分は諦めているような。
紺野あさ美は理解不能。
紺野あさ美は予測不能。
何を考えているのか、何を望んでいるのか。
それには全て、暗幕が引かれている。誰にも、理解など出来るはずがない。
ギリッと。
れいなの噛み合わされた歯から軋む音が聞こえ、
そして、
れいなの中で、何かが切れた。
「うあぁあああぁぁぁあ!!」
女性が持っていた銀色の銃。
ビニール袋にいれ、飯田の机の上に置かれていた銀色の銃。
吼えるように叫んで、れいなは乱雑にその銃を掴み、ビニールを引き千切った。
「ちょっと、田中!」
- 106 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:39
- 飯田の制止も振り切り、
剣呑な空気を身体中から噴出し、医務室の扉を乱暴に開ける。
「紺野あさ美ぃぃぃ!!」
「やべぇ!麻琴、止めろ!」
何も目に入っていないかのように、れいなは走り出す。
ワンテンポ遅れて、麻琴も医務室を飛び出した。
だんだんと遠ざかっていくれいなの背を見つめ、麻琴は右腕を突き出した。
「ごめん!田中ちゃん!」
パスっと、何かが破れる音がし、
その直後に、れいなの身体は崩れ落ちる。
それを確認して駆け寄る吉澤を見ながら、
麻琴は申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
破れた手袋の人差し指から、火薬くさい煙が立ち上っている。
「ごくろーさん」
「・・・損な役回りっすよ、ホント・・・」
「腐るな、腐るな」
- 107 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:40
- れいなを脇に抱えながら豪快に笑い、麻琴の背中をバシバシと叩く吉澤。
麻琴はそれに顔をしかめながらも、ほんのり笑顔を浮かべていた。
しかし、その表情が表に出たのはものの数秒。
どこか陰りを帯び、麻琴は俯きながらゆっくりと歩を進めた。
「・・・あたし、田中ちゃんの気持ち痛いくらい分かるっす」
医務室の扉をくぐった時、ポツリと呟かれたその言葉。
あたしだって、そうだよ・・・。
声にせず、吉澤は目を伏せた。
二人の様子を見ていた飯田も、また同じ。
大事なヒトを、自分の目の前で壊されて。
そして、またそれは繰り返されようかとした。
不安定な心。
まだ幼いれいなには、それに耐え切れるほどの精神力は無い。
麻琴はれいなの頬をソッと撫でた。
麻酔弾を受け一時的に眠っているその寝顔は、とても可愛く、どこか切ない。
「・・・っ」
- 108 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:40
- 閉じた目から静かに零れ落ちた透明な雫に、
麻琴はどうしようもない悲憤に駆られた。
―――あさ美ちゃん、愛ちゃん・・・
キミたちは似ている・・・。
―*
「ま、この女性(ひと)は大丈夫だろうね。
脳波測定してみたけど、異常は見当たらない。
明日にでもなれば、目を覚ますよ」
バインダーに挟まった資料に視線を落とし、飯田はベッドで眠る女性に近づく。
スースーという規則的な息遣いを聞き、麻琴は納得したように頷いた。
吉澤はれいなをベッドに下ろした後、すぐさま出て行ってしまった。
なんでも、また上の者と話し合うのだとか。
ガシガシと頭をかきむしり、
憮然として出て行ったその様子を思い出し、麻琴は少しばかり笑みを漏らした。
しかし、去り際にちらりと確認した吉澤の表情が頭をよぎり、
すぐに笑みは取り払われた。
- 109 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:41
- 本人は麻琴に気づかれぬよう、
細心の注意を払っていたのだが、その時ばかりは麻琴のほうが一枚上手だったよう。
医務室を出て、麻琴の視界から完璧に姿を消すその瞬間。
吉澤の表情に影がおりた。
一変して険しくなったその表情が、事態の切迫さを物語る。
何の躊躇も無く仔猫の首を落とし、麻琴に送りつけてきた高橋愛。
食事を与えられている最中、ヒトを発狂させた紺野あさ美。
似ている。
麻琴は根拠も無く、そう思った。
それと同時に、二人の愉快げに笑う表情が脳裏に浮かぶ。
思わず、戦慄した。
「どうするの?」
穏やかな寝息をたて、眠るれいなを見下ろしながら、唐突に飯田が口を開いた。
麻琴は首を傾げながら、そちらに視線を送る。
「何がですか?」
- 110 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:42
- 飯田は答えない。
伸ばされた手が、れいなの頬を撫でる。
れいなが擽ったそうに、身を捩った。
「飯田さん?」
「・・・高橋愛の討伐に参加していくの?」
呼びかけ、ようやく口を開いてでたその言葉。
麻琴は至極当然のように言う。
「当たり前でしょう?」
ビクッと、麻琴の体が一度大きく震えた。
「・・・死ぬよ?」
麻琴を貫く大きな瞳も、その言葉も、全く感情を含んではいない。
しかしそれ以上に、その無機質な言葉に麻琴の胸は大きく痛んだ。
意味が分かった。
何か言い返そうかとも思い、口を開いたが、すぐに噤んでしまった。
それは、知っているから。
麻琴自信も、いやだというほど自覚しているから。
- 111 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:42
- 「持ち帰ってくるのは、義手の傷と心の傷。
麻琴、アンタ自分でも分かってるんでしょう?」
飯田の静かな言葉一つ一つが、麻琴の胸を容赦なく突いていく。
麻琴はゆっくりと首肯した。
同時に、飯田のため息が聞こえ、それっきりだった。
耳が痛いほどの静寂が流れる。
誰も、何も言葉を発しない。
れいなも、絵里も、飯田も、麻琴も。
静か過ぎて、まるで虚空にいるような感覚を、麻琴は感じた。
- 112 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:43
- ――
――――
翌日に、その二つの規定は施行された。
『いいか!
一週間以内に高橋愛を捕獲する。これは絶対命令だ!
どんな手を使っても、捕まえろ!』
マイクを通しての吉澤の声は険しく、社員全員に緊張をもたらした。
麻琴とれいなも、すっと背筋を伸ばす。
吉澤は続けた。
『それが一つ。
二つ目は、紺野あさ美への食事の給与を廃止し、地下牢への接近も禁止とする!
一歩でも足を踏み入れれば、その場で射殺許可が下りる!』
ググッと。
吉澤の眉間に皺が寄る。
『だから、絶対に近づくな!
あたしらだって・・・誰だって、同僚や部下を殺したくないんだからな!』
吉澤が言い終わっても、静寂は続く。
短い階段を下りる吉澤の靴音だけが響き、鼓膜を震わせる。
れいなはジッと、背筋を伸ばし堂々と歩み去っていく吉澤を見つめていた。
- 113 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:43
- 当然の処置で、苦渋の決断だと思う。
無理だと思うけれど、やらなければいけない高橋愛の件。
そうする事でしか身の安全は保障できない、紺野あさ美の件。
れいなは分かっているつもりだ。
しかし、言い知れぬ不満がれいなの中に渦を巻く。
どんな手を使っても・・・?
具体的にどうしろというのか。
近づくだけで射殺許可・・・?
そんな事をせずに、すぐさま紺野あさ美を殺してしまえばいいのに。
そこまで考え、れいなは激しくかぶりを振った。
―――・・・。
そんなことを考えても、何の意味も持たない。
バラバラと散っていく青の集団の中に混じって、れいなは歩を進めた。
隣にいた麻琴の姿を探し、視線を巡らせたが、既にその姿は無く。
どうやら先に進んでしまったようだ。
- 114 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:44
- 「・・・ここって」
絵里の元へと出向く途中で、れいなはふと足を止めた。
厳しい顔つきで、前(さき)までは無かったはずの、扉を見やる。
いかにも頑丈だと主張して止まない、鋼鉄製の扉。
多分、昨夜のうちに取り付けたのだろう。
「・・・」
無言で暫くその扉を睨みつけ、れいなは歩みを再開した。
その鉄の扉の向こう。
仄暗い牢獄の中で、今、紺野あさ美は何を思っているのだろうか・・・。
- 115 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:44
- *****
- 116 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:45
- しとしとと降り注ぐ雨の中、傘も差さずに歩く少女が一人。
目深に帽子をかぶって、立体マスクをし、体全体を被えるような長いコートを身に纏っている。
すれ違う人々の、不可解な視線。
しかし、少女は気にしない。
ただ静かに、ふらふらと歩を進める。
公園に入り、ベンチに腰を下ろす。
当然の如く、ヒトは少ない。
高橋愛はベンチに仰け反るようにして背を預け、
止む気配の無い雨の音に耳を傾け始めた。
シトシトシト・・・
柔らかに降り注ぐ雨の音を聞きながら、高橋愛は思いを馳せる。
マコト・・・。
愛の顔が、歪んだ。
自分が抱く小川麻琴への怨恨は計り知れない。
しかし、同時に。
彼女へと抱く執着心も、計り知れない。
- 117 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/22(火) 21:46
- 人の喉を掻っ捌いた時も、
夜空に浮かぶ、輝く無限の星を見上げた時も、
瞼を閉じ、眠りに降りる直前までも、キミのことだけを考える。
高橋愛の思考は、当の昔に狂ってしまっていた。
「・・・マコト」
帽子とマスクを取り、見上げた灰色の空。
静かに降り注ぐ雨が、愛の頬を、額を、唇を濡らしていく。
それでも、あたしはキミを想う・・・。
キミの・・・キミの、悶え、苦しむ表情を見てみたい。
やおらに立ち上がる。
虚無が浮かぶ双眸は、傘をくるくると回し、楽しそうに歩いていく少女を捕らえた。
高橋愛の唇が緩やかなカーブを描いた。
目を三日月形に細め、ゆっくりゆっくり。
確実に少女に近づいていく。
程なくして、高橋愛と少女の距離はなくなる。
「?おねぇちゃん、どうしたのぉ?」
キョトンとした表情で愛を見上げる少女。
愛は笑みを崩さず、何も言わずにその小さな手を取った。
「なぁに?おねぇちゃん?」
高橋愛は答えない。
いや。
答える、答えない以前に、少女の声は愛の耳に入っていなかった。
それは、やはりあの理由。
―――マコト。キミの苦しむ顔、どんなんやったっけ?
次の瞬間、少女の白い傘が、鮮やかな紅色に染まった。
- 118 名前:無壊 投稿日:2004/06/22(火) 21:49
- >>102 紺ちゃんファン様
さて、紺野さんは何をしたいのでしょう?
予測、不能です。。。
>>103 名も無き読者様
ちょっと雰囲気を変えすぎましたかね?(汗
引き付けられるとは嬉しいお言葉。期待に添えられるよう、頑張りたいと思います。
- 119 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/22(火) 22:28
- 更新お疲れ様です。
狽ミぃっ、、、(滝汗
とか言いつつ何処かでワクワクしてる自分が怖いw
コンコンがあのまま終わるとは思えませんが、
どうするのでしょう・・・?
ドキドキしながら続きも楽しみにしてます。
- 120 名前:刹 投稿日:2004/06/22(火) 22:37
- 更新乙です。
高橋さん…怖いよ高橋さん。。。
すっごい雰囲気で、かなり引きつけられますw
PCの画面にくっついてる自分が嫌…(悲
ってか紺野さんは何者??
気になることがいっぱいですよww
次回も期待してます。
- 121 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/06/23(水) 22:38
- 作者さま、更新おつですm(__)m
高橋さん・・・紺野さん・・・謎ですね・・・。
いつもどうり更新がんばってください。
- 122 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:00
- 雲の合間から顔を出した太陽が、オレンジ色に染まる。
そして、今山間に沈もうかというとき、一つの叫び声が上がった。
悲傷の響きがまざまざと載せられたその叫びは、夕日と同じくオレンジに染まった空に、
空しく響き渡った
小川麻琴は、赤い水溜りの中で膝を折り、両手をついた。
「あい、ちゃん・・・キミは、キミはぁ・・・っ!」
麻琴を見つめる少女の目は、色を失っている。
半開きになった口には、一枚の手紙が銜えられていた。
吐き気は込み上げてこなかった。
それ以上に悲しくて、やるせなくて・・・。
気がつけば、見ず知らずの少女の首を抱きしめていた。
冷たい・・・それは体温を失っているから。
生臭い・・・止め処なく流れる血が、鼻腔を刺激する。
それでも、その髪は、艶々としていて・・・。
麻琴は、自身が汚れることも気にせず、
ただひたすら少女を胸に抱きしめて、静かに涙を流していた。
- 123 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:01
- ――
蛇口から勢い良く流れ出てきた水が、
流しに吸い込まれ音を立て、どこと無く不快になる。
れいなは座ってただ呆然と目の前の白い包みを見つめ、
飯田は窓から入る陽光に目を細めていた。
こんなのって・・・っ
どうしようもない。
憤り、悲しく、痛い。
自分の中の色んな感情が混ざり合って、胸を締め付ける。
れいなは強く目を瞑り、胸を鷲掴みにした。
「飯田さん・・・」
れいなの呼びかけに、飯田は振り返らず。
しかしれいなは構わずに、言葉を続ける。
「・・・この子は、どうやって殺されたとですか?」
何故今更そんな事を聞くのか。
れいなは分かっている。
猫の首が送られてきたときから、理解はしている。
それなのに、何故聞いてしまったのか?
- 124 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:01
- 「・・・首の付け根を、鋭利な刃物でスパッと。
切り口からして、躊躇いは無い。寧ろ、楽しんでる」
やはり、飯田は振り向かず。
淡々と紡がれた言葉は、医務室の静寂に溶け込んでいく。
「・・・どうして、こんなこと・・・」
「・・・そんなの、本人に聞いてみないと分かんないよ」
開け放った窓から、柔らかな微風が入り込む。
飯田の長い髪がゆれ、陽の光に反射し、キラッと光った。
それからは、長い長い沈黙。
れいなと飯田、そして寝たきりの絵里しかいない医務室は、
不気味なほどの静寂に包まれる。
壁にかかるアナログ式時計がカチコチと音を立て、
どうしてかそれがとても耳障りに聞こえた。
「・・・飯田さん」
静寂は、破られた。
れいなでも、飯田にでもなく、医務室の扉に立っている麻琴によって。
「整備、お願いできますか?」
凛としていて、そしていつに無く低い声色。
踏み出す一歩一歩が力強く、れいなは息を呑んだ。
麻琴は、決意を固めた。
- 125 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:02
- 麻琴の引き締まった表情を見て、
れいなの頭の中に無意識にそんな言葉が浮かんだ。
それは、飯田も察したようで。
麻琴を見下ろす目は既に感情の色を失っていたけど。
どこからか、飯田本来の優しさが感じられた。
「・・・決めたんだね」
ゆっくりと姿勢を沈め、椅子に腰掛けながら飯田はポツリと呟いた。
それは答えを求めてのものではなかった。
しかし、自分を見ていない飯田に向かって麻琴はゆっくりと、でも力強く首肯してみせた。
「今夜、終わらせます」
「・・・そう」
伸ばされた右手を覆う、白色の手袋。
麻琴はそれを取り外し、更に肘の辺りまで制服をめくった。
現れる、鈍く輝く人工の腕。
飯田は無言でその手首を掴むと、掌に視線を落とした。
暫くして、今度は手の甲、
五指、手首、腕とのつなぎ目と、無機質な腕に無機質な視線を送っていく。
「よしっ。どこにも異常は無いね」
「ありがとうございました」
- 126 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:03
- 椅子ごと身体を回してなにやら書き込みだした飯田の背に、
麻琴はポツリと御礼の言葉を投げかけた。
しかし、飯田は振り返らず、書き込みを続けている。
その様子を見て、麻琴は立ち上がり、踵を返した。
「麻琴」
凛とした、透明感溢れる声が麻琴の足を止める。
半身だけで振り向き、窓の外を見つめている飯田の背中を見やる。
一瞬の間があき、飯田は言葉を紡ぐ。
「絶対、帰ってきてね」
プレッシャーになるとも思われる言葉。
しかし、麻琴は僅かに頬を緩めて顔の向きを戻し、
強く握った右拳を高々と掲げた。
「当然ですよ」
静かに去っていく麻琴。
それを見つめるれいな。
振り返らない飯田。
- 127 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:04
- 夢、希望、その類が壊れても、
麻琴は空へと羽ばたく両翼を広げることができる。
純粋で、壊れやすいけど、心は誰よりも強い。
しかし、その姿はどんなものよりも痛々しい。
れいなは無意識に涙を流していた。
- 128 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:05
- ――
―――
額に感じる鉄の冷たさが、麻琴の心を静めていく。
誰もいないロッカールームは、不安になってしまうほど静かで、薄暗い。
でも、それがかえって麻琴を落ち着かせてくれる。
高橋、愛・・・
目を瞑れば、甦る。
彼女との日々、彼女との思い出。
たくさん笑った。
たくさん泣いた。
たくさん喧嘩もした。
キミとの生活が、幸せだった。
小川麻琴は自問自答。
どうして壊れてしまったの?
あたしが悪いの?愛ちゃんが悪いの?
前から、それの繰り返し。
表面上は落ち着いていても、心中は大荒れ。
小川麻琴は、純朴すぎる。
深く考え、思いつめ、だんだんと自分を追い込んでいく。
- 129 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:05
- 「・・・小川さん?おるとですか?」
ギイッと、扉のあく音がして、麻琴は顔を上げた。
横を向くと、れいなが扉から心配そうな顔を覗かせていた。
「どうしたの、田中ちゃん」
笑顔を作り訊ねる麻琴に、れいなは俯く。
そして、後ろ手で扉を閉めながら、消え入りそうな声で、
「・・・大丈夫、とですか?」
苦笑する麻琴。
やはり心配された。それは誰のせいでもなく、自分のせい。
自分の笑顔が強張っている。
元気を出そうとしても力が抜ける。
麻琴が一番感じている自分の異変。
それは周りからしてみても、嫌というほど分かっていたらしい。
こんな時、上辺だけの言葉とは無意味なもの。
「正直、ちょっと辛いかも」
- 130 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:06
- だからこそ正直に。
麻琴は、現在の自分の心理状況を簡潔だけど、一番相手に伝わる言葉でそう述べた。
れいなの眉が、情けなく下がる。
「あたし・・・」
僅かに開いた唇から漏れた声は、
れいなのモノとは思えないほど力が無く弱々しい。
何を言おうか。
何を言えばいいのか。
安易な言葉はかえって相手を追い込んでしまう。
れいなは必死に、言葉を検索した。
「ぁ・・・」
身体全体で感じる、温もり。
暖かくて、強さを感じるけど、どこか儚い。
麻琴に包まれたれいなは、硬直しながら眉を悲しそうにひそめた。
「ね、暫くこうしてていい?」
- 131 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:06
- 背中に回された腕の力が強くなるのを感じながら、
れいなはゆっくりと頷いた。
どう処置を施さなければいけないか、麻琴が一番良く理解している。
だからこそ、平常を保つなんてこと、できる訳がない。
相応しい言葉こそかけてやることはできないけれど、
こんなことで、少しでも麻琴の不安が拭いきれるなら・・・。
れいなは、おずおずと麻琴の背中に腕を回した。
「・・・ありがと」
現時刻は酉の刻。
沈みかけていたオレンジ色の太陽は、今や完全にその姿を隠していた。
- 132 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:07
- ――――*
一歩、二歩・・・
木の枝に登り、葉の隙間から下を見下ろす。
指折り数えていくほどに、自分の感情が高まっていく。
今にも暴発しそうな自分を抑えるように抱きしめて、高橋愛は口の中だけで呟く。
五歩、六歩・・・もう少し・・・
呼吸が荒くなる。
無意識に唇が吊り上がる。
麻琴と邂逅を果たしたとき、高橋愛は感じた。
自分の中で何かが壊れた。
その表現が一番近いかもしれない。
自分は麻琴を憎んでいたはず。
もう顔も見たくないと思っていたはず。
でも・・・一度対峙してみると、嬉しくてしょうがない。
もう一度、もう一度、ともう一人の自分が麻琴を求める。
もうすぐ、もうすぐで麻琴・・・
乾いた唇を舐め、潤す。
未だ視界には人影は見えない。しかし、高橋愛には分かる。
- 133 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:08
- 麻琴の匂い。
麻琴の足音。
麻琴の怒気。
麻琴が・・・自分を求めている。
疼く。
早く早く。もっと早く、姿を見せて。
高橋愛の狂気は、小川麻琴に向いている。
「・・・いるんでしょ」
短く、感情の読めない声。
それと同時に、愛の乗っている木がだんだんと傾き始めた。
しかし、愛は格別に気にするでもなく。
倒れていく木を蹴って跳躍すると、
空中で優雅に一度回転し、綺麗に着地して見せた。
ゆっくりと顔を上げ、身体中を流れる血液が速度を速めた。
「麻琴・・・」
うっとりと。
恍惚とした表情で、自分の目の前の人物の名を呟く愛。
受け止める麻琴は、どこまでも無表情。
その態度が、愛を苛立たせた。
- 134 名前:INSANITY 投稿日:2004/06/30(水) 14:08
- どうしてそんな顔してるの?
嬉しくないの?悲しくないの?
あたしが目の前にいるのに、キミはどうして何の表情も見せてくれないの?
あたしはこんなにも、喜んでいるのに・・・。
おもむろに懐へと延ばした手で、ナイフを掴む。
静かにそれを解き放ち、麻琴の首へと突きつけた。
それでも、麻琴の表情は動かない。
愛は、憎々しげに、整った形の唇を歪めた。
「どうしたの・・・」
高橋愛が後少しでも力を入れれば、麻琴の喉に風穴が開く。
まさに死が目前に見えているにもかかわらず、麻琴の声は超然としていた。
「殺さないの?」
愛は小さく舌打ちをすると、一歩後退し、ナイフを逆手に持ち替えた。
大きな二つの瞳からは、麻琴を責めるような視線が送られている。
その視線に、どこか嘲りの色を含めて見つめ返す麻琴。
公園内の空気が、変わった。
二人を中心に、雰囲気が重く、どす黒いものに変化していく。
暫く、小川麻琴と高橋愛の対峙は続いた。
- 135 名前:無壊 投稿日:2004/06/30(水) 14:14
- 文の稚拙さを更新速度でカバーしようと思っていましたが・・・
更新遅れて申し訳ありませんでした。
>>119 名も無き読者様
ワクワクしていただき、ありがとうございます。
期待を裏切らぬよう、頑張りたいと思います。
>>120 刹様
私もよくなりますから、問題は無いと思いますよ(w
>>121 紺ちゃんファン様
ありがとうございます。皆、謎だらけです(爆
皆様レス本当にありがとうございました。
ちなみに言っておくと、紺野さんはこれで終わり・・・なわけありません(ニヤッ
- 136 名前:名も無き読者 投稿日:2004/06/30(水) 16:40
- 更新お疲れサマです。
いやドコが稚拙なのか示して頂きたい・・・。
しかも全然遅れてなんぞいませんよw
期待を全く裏切らない展開で、続きもますます楽しみです。
- 137 名前:刹 投稿日:2004/06/30(水) 20:02
- 更新お疲れ様です。
高橋さん、怖っ!
ってか更新遅くなんかないですよ。
それにこんな素敵なものを書いてらっしゃるんだから、
少しぐらいの遅れは大丈夫ですってw
それでは、次回も楽しみにしてます。
- 138 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/07/02(金) 22:34
- 作者さま、更新どうもです。
まこっちゃん・・・かっこいい〜!!・・・違うか・・・
愛ちゃん・・・怖いです・・・
いつまで〜も更新待っとります。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/03(土) 19:33
- 初レスさせていただきます
このお話し好きです
ゾクゾクします
これからも、がんばってください
- 140 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:54
- ―――*
絵里の眠るベッドに腰掛けながら、
れいなは窓の外に浮かぶ、三日月を見つめていた。
先輩は、大丈夫だろうか?
不安が渦巻いて、おちおち眠ることも叶わない。
れいなは絵里の髪を撫でながら、三日月を見つめ続ける。
「田中?まだ起きてたの?」
視線を横に流す。
映る人影は、白衣を着た長身の女性。
飯田は首を傾げながら、れいなに歩み寄ってきた。
「・・・眠れませんよ」
「まぁ、しょうがないっちゃーしょうがないけどね」
苦笑を浮かべ、飯田は自分専用の皮椅子に腰を下ろした。
そこから始まる、静寂の世界。
しかし、特別居心地が悪いというわけではない。
れいなはチラッと飯田の横顔を確認し、思わず驚嘆の吐息を漏らした。
きれい・・・
医務室は今、消灯時間を過ぎているということもあり、電気が消えている。
よって、ここを照らすのは黄金色の月の灯りだけ。
その光を受けた飯田は、誰もが見惚れてしまうほど美しかった。
「・・・飯田さん」
- 141 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:55
- その横顔に暫く見とれていたが、れいなはハッと我に帰る。
そして、頭に張り付いて取れない疑問を、
本当は聞きたくない疑問を、飯田に投げかけた。
「・・・小川さんと、高橋愛は、一体何なんですか?」
人の過去を掘り出す行為。れいなはそれを極端に嫌う。
しかし、今回ばかりは自分の胸にしまいこんでおくことは出来なかった。
高橋愛のことになると、小川麻琴は自分の知る小川麻琴ではなくなる。
殺気と悲しみが満ち、僅かながらも恐怖を感じてしまう。
高橋愛は、小川麻琴に異常なほどの執着を見せる。
首を切って送ったりという、狂気行動の対象がいつでも小川麻琴なのだ。
何かがある。
必ずある。
麻琴をあそこまで豹変させる原因、は何なのだろうか・・・。
「・・・」
飯田の大きな目がスッと細くなり、れいなを見据える。
特に怒気や、殺気が混じっているわけではないのに、
どうしてか心臓の鼓動が速度を増す。
れいなは息を呑んで、飯田の唇が開くのを待った。
「・・・二人は」
暫くの逡巡の後、飯田は視線を窓の外に投げかけ、口を開いた。
透き通る声は淡々としていて、感情が読めない。
「二人は、恋人同士だったってことは知ってる?」
大きくて、漆黒をたたえた瞳がれいなに注がれた。
れいなはそれを真剣に見つめ返して、首を振る。
- 142 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:55
- そんなことは聞いたこともない。
などという以前に、麻琴と高橋愛について話した事もない。
「同棲してたんだって、あの二人」
ふいっと眼を逸らし、静かに紡がれたその言葉。
れいなは緊張を身体中に走らせながら、黙してそれを聞く。
しかし、内部では疑問と驚愕が蠢いている。
麻琴と高橋愛が、恋人同士?同棲していた?
どういうことだ?
ワケが分からない・・・。
仮にそうだったとしたならば、あの行動は異常すぎる。
「でもね・・・」
れいなの困惑など知る由も無い。
飯田は、静かな空間で静かに淡々と呟き続ける。
そして、ついにれいなは驚愕を露にした。
「別れるとき、お互いに殺しあったんだって」
全ての音が消えた医務室では、
心電図の規則的な電子音が、やけに大きく聞こえた。
- 143 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:56
- ―――*
迫り来る煌きを、手刀で叩き落す。
避けた手袋からは、鈍い輝きを放つ鋼鉄の腕が垣間見えた。
高橋愛は、十分に距離をとり、指先で頬をなぞった。
ぬるっとした、生暖かい感触が高橋愛を余計に昂らせる。
小さな唇が開き、自らの指先を招き入れる。
ゆっくりと、じっくりと。
吟味するように丹念にそれを嘗め回し、入れたときと同じようにゆっくりと引き抜く。
唾液が糸を引き、月の光に照らされキラキラと光る。
高橋愛の呼吸するテンポが増した。
「ええ・・・ええよ!マコト!!ぞくぞくする!嬉しいで!!」
潤んだ瞳を向けながら、高らかに笑う。
小川麻琴は、表情を動かさない。
まるで無視するかのように、眼を瞑り手袋が取って、上着を脱いだ。
タンクトップゆえに、両腕が露出している。
照らされた右腕が、やけに寂しそうな空気をかもし出していた。
「マコト!!」
さっきまで笑っていたのが嘘のよう。
愛は明らかな怒気をそこに含めて、絶叫する。
- 144 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:57
- 「なんで・・・なんでそんな顔するん?
嬉しくないんか?あたしと会えて、嬉しないんか??!!」
あがる叫びと共に放たれる数本のナイフ。
麻琴はその内の数本を、身体を捌いて回避し、
最後の一本だけ鈍色の右手で受け止めた。
「・・・嬉しいよ」
引き結ばれていた唇が僅かに割れ、
響いたのは唇の開きに見合った、囁きに近い声量だった。
掴んだナイフを軽く投げる。
何回か回転しながら落下し、再び麻琴の手に収まった。
「嬉しくないわけ、ないじゃん」
だんだんと。
麻琴の表情に変化が起こり始めた。
しかし、麻琴はそれを隠すかのように俯いてしまう。
ナイフを握る手に力が入っていき、みしみしと音を立てる。
「愛ちゃんに、会いたかったんだよぉ」
バキッと、乾いた音を立てナイフが折れた。
それが地面に落ちると同時に、俯きがちだった麻琴が顔を上げる。
高橋愛の唇が、恍惚のために弧を描く。
「すごく、会いたかったんだよぉ」
- 145 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:57
- 呟く麻琴も、また同じ。
唇の両端を吊り上げ、無邪気に笑い声を漏らす。
高橋愛の狂気は、小川麻琴の狂気。
小川麻琴の狂気は、高橋愛の狂気。
「あたしも、うれしいやよ」
お互いを純粋に愛する気持ちは、
決別のときに音を立てて崩れ落ち、
「ねえ・・・」
再び会い見えた二人には、
「「大好きだよぉ」」
狂愛という、字の如く狂った愛情が形成された。
「へへへ・・・」
「ふふっ・・・」
不気味なほど月の輝くもとで、
眼を細め、向き合いながら静かに笑みを漏らす。
夜風が、長い茶髪と、短い茶髪を揺らす。
先に動きを見せたのは、愛だった。
「行くで、マコト!!」
- 146 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:58
- 嬉々として叫ぶと同時に、彼女の両手から幾本ものナイフが放たれる。
それらは麻琴を食らいつこうと、寸分のくるいも無く進みゆく。
麻琴は笑みを消し、右手を突き出した。
目標とする先には勿論、数多の銀の煌き。
手首が回転を始め、筒状に変化した五指から火花が上がる。
麻琴の右腕は戦闘のために強化してある。
最大で5000発毎分、つまりは一秒間で約80もの弾丸を射出できる。
口径こそ小さいものの、弾丸一つ一つの威力は44マグナム以上だという。
飯田が、胸をそらし自慢げにそう言っていた。
つまりは、十分すぎるほどの殺傷能力があるということだ。
鉛と銀が激突し、火花を上げ地に落ちる。
高橋愛は、笑顔を消さぬまま後方に跳躍した。
弾丸が眼に見えない速度で、縦横無尽に宙を駆け巡る。
着地した後、身体を沈め、それらをかわしていく愛。
見えているのか。
その動きには全くの無駄が無い。
突然に、弾丸の嵐が止んだ。
そして、瞬きする間もなく、二人の距離は無くなった。
逆手に持たれたナイフが麻琴の頬を掠める。
僅かに顔を傾けて避けたものの、完全にとはいえなかった。
皮膚がパクッと裂け、血が涙の如く滴り落ちる。
高橋愛の口から、ウットリとしたと息が漏れた。
- 147 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 21:59
- 「残念だけど」
麻琴は邪魔臭げに頬の血を拭いとると、極上の笑顔を愛に向け、右拳を握った。
腰を落とし、半身を引く。
「あたしの血は、簡単には上げないよ」
僅かな嘲りの色を乗せ、鋼鉄製の拳は繰り出される。
咄嗟に腕を交差させ、身を守る愛。
しかし衝撃は全てを殺せず、その小さな身体は宙を舞う。
麻琴は追撃をかける。
着地ポイントに先回りをし、腰を落とした。
愛との距離が良い塩梅になるのを見計らって、跳躍。
それと共に拳を突き上げた。
足のバネを思いっきり使用し、更には突き上げる拳は鋼鉄製。
当たれば骨の一本や二本は軽くいってしまうだろう。
だが、それは所詮当たればの話。
着地して、小さく舌打ち。
未だ月に向かって伸びている右腕。
その上には、こちらを可笑しそうに自分を見つめる愛しい人。
「サーカスかよ」
- 148 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 22:00
- からかいの感情を十分に含んで呟く。
麻琴の拳を掴んで、足の先まで綺麗に倒立した高橋愛は、更に笑みを深めた。
ピクリとも動かない。
綺麗過ぎた、完璧すぎた。
麻琴は、その姿に暫く見惚れてしまっていた。
銀色が一筋、麻琴の頬を掠めた。
ハッと我に帰って、拳ごと愛を地面に叩きつけようとした。
しかし、愛はその前に跳びあがって、それを回避。
麻琴は新たに出来た傷口を乱暴に拭い、勢い良く振り返った。
丁度愛が着地するところに、筒状の五指が向けられる。
何の躊躇も無く、発砲。
鋼鉄の義手が唸りを上げる。
バク転で後退して行く愛を追って、無数の弾丸が地面に無数の火花を散らしていく。
後に残るものは小さな穴と、火薬臭い煙。
愛の身体が横に流れた。
ずっと後ろに進んでいたが、木々によって遮られたからだ。
すぐさま射撃を止め、横手から迫り来る狂気を迎え撃つ。
「ハハはぁ!!」
心底楽しそうな、笑い声。
それと共に、逆手にもたれていたナイフが空を切る。
麻琴はその腕を掴み、
振るわれた腕の勢いを利用して愛を地面に放り投げた。
- 149 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 22:00
- 愛はされるがまま、したたかにその小柄な身体を打ち付ける。
しかし、表情は変わらない。
麻琴を見上げては、ニィッと唇の端を吊り上げるばかり。
麻琴も笑顔を返し、丹田に迷い無く拳を打ちつけた。
「ガボ・・・ッ」
くぐもった呻き声と共に、闇夜に舞う鮮血の華。
それは麻琴の顔をも汚し、地に落ちた。
しかし、麻琴は気にも留めず。
もう一度。
考えるよりも早く、拳は振り上げられた。
「・・・っ」
しかし、それは途中で中断。
勢い良く離れると、自分の右肩に埋もれる異物を掴んだ。
「麻琴の、血・・・」
荒い息をしながら、ふらりと立ち上がる愛。
浮かびあがるは、これまでに無いほどの恍惚とした表情。
麻琴は鼻で笑いながら、刺さるナイフを引き抜いた。
短く血が噴出し、白のタンクトップを赤く染め上げる。
先ほどと同じく、それを折り曲げると、手を開いた。
カラカラと音を立て、ナイフだったものは地に落ちた。
「あんめぇ・・・」
- 150 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 22:01
- 血にぬれた口元を嘗め回し、高橋愛は更に息を荒げた。
唇は弧を描き、双眸は獲物を狙うように細められる。
フワッと。
薄気味悪い空気が流れ、麻琴の身体が悪寒に震えた。
笑顔が消え去る。
自分の目の前にいるモノは何だ?
もはや人ではない・・・。
あのように獰猛な笑顔は、未だかつて見たことが・・・。
「なるほどね・・・」
あの笑顔は狂気。
狂気にのまれてしまった者の笑顔。
仄暗い牢獄の中、同じ表情を浮かべた人物が麻琴の頭をよぎった。
「あたしの、せいか・・・」
狂気は狂気を増幅し得るが、減少することはありえない。
愛によって麻琴の狂気が膨れ上がり、
また、その麻琴の狂気によって愛の狂気が膨れ上がった。
「今、楽にしてあげるよ」
その口調は、どこまでも優しかった。
- 151 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 22:01
- 麻琴の狂気は、愛を想うが故の狂気。
しかし、麻琴はそれに飲み込まれることは無い。
それも、愛を想うが故のこと。
「麻こと・・・まこと・・・マコト!!」
姿勢を低くし、咆哮にも似た叫び声を上げ迫ってくる愛に麻琴は眼を伏せた。
あたしのせいで・・・
高橋愛は・・・愛ちゃんは、苦しんでる・・・
愛ちゃんはあたしを求め、あたしは愛ちゃんを求める・・・
だから、全てはあたしの責任・・・
あたしが、ケリをつける。
悲愴感。
悲しいながらも、たくましい。
麻琴は、繰り出された銀の煌きを『左手』で受け止めながら、
愛の大きな瞳を覗き込み、囁いた。
「もう、苦しまなくてもいいから・・・」
- 152 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/06(火) 22:02
- ―――*
「高橋愛と小川麻琴。
犯罪者と特殊警務隊。
双方は自分の素性を隠して付き合っていた」
耳が痛いほどの静寂は破られ、
再び淡々とした飯田の声が鼓膜を揺るがす。
れいなは何も言わず、
息を呑んで飯田の言葉一つ一つに集中する。
「あの時、麻琴はまだ訓練生だったからね。
ちゃんとした職員になったら打ち明けるつもりだったらしいけど・・・」
知らないということは、恐ろしい。
今改めて、その意味を思い知る。
もしその時、麻琴が言わなければ。
もしその時、高橋愛が聞かなければ。
二人の関係は、壊れていなかったかもしれない。
そして、このような惨事にもならなかったかもしれない。
―――アホか・・・。
そこまで考えて、れいなは自嘲気味に笑みを溢した。
例えその時言わなくとも、
例えその時聞かなくとも、
隠し事は必ず、表へ出てしまう。
だから、その時が変わっても、
結局は近々に同じことが起こっただろう。
「麻琴が自分の事を打ち明けたとき、
高橋は怒りくるって麻琴の右腕をズタズタに切りつけた。
麻琴は何も抵抗しないで、ただされるがままにしてたんだってさ。
よっすぃーが駆けつけて助けたときには、なんかもう、抜け殻みたいだったって」
窓を開け放ち、月を見上げながら唇を噛む。
その態度は悠然としているが、どこか哀歓を漂わせる。
れいなもその時の麻琴の姿が何故だか鮮明に浮かんできて、沈痛な面持ちで眼を伏せた。
「麻琴は強くなったよ。
高橋愛をあんなにしたのは自分のせいだって。
一生懸命に特訓してたよ。
でも、その姿がすっごく痛々しくてね・・・見てらんなかったよ」
フッと。
月に向かい笑う飯田は、何を思うのか?
窓から入り込んだ微風が、飯田とれいなの髪を揺らす。
「麻琴は・・・高橋と会って、どうするんだろうね」
何も答えず。
再び訪れる、重苦しい静寂。
髪を揺らす微風に、
僅かながら血の臭いが混じった気がし、れいなは顔をしかめた。
- 153 名前:無壊 投稿日:2004/07/06(火) 22:10
- 一週間あけておいてこの更新量・・・申し訳ないです。
>>136 名も無き読者様
スレを二個・・・それがそもそもの間違いの元かもしれません・・・。
温かいお言葉、ありがとうございます。裏切らないように、頑張りたいです。
>>137 刹様
高橋さん・・・怖かったですかね?
素敵だなんて・・・ありがとうございます。本とにもう・・・嬉しい限りです。
>>138 紺ちゃんファン様
ええ、おがーさんは格好いいですよ。
なるべく早く更新できるよう、頑張りたいです。はい・・・。
>>139 名無飼育さん様
初レス、ありがとうございます。ゾクゾクしていただき、ありがとうございます。
これからもがんばらさせていただきたく思います。
皆様、暖かいレス本当にありがとうございます。
- 154 名前:名も無き読者 投稿日:2004/07/07(水) 16:53
- 更新お疲れ様デス。
・・・イイ。(危険度S級
何かもう自分のどツボな展開でございますw
>一週間開けておいて・・・。
一週間でダメなら一ヶ月空けてアレだけだった自分は一体・・・。_| ̄|○
・・・と、拙者が凹みますのでそんなコト気にしちゃダメです。
続きもマターリ待ってます♪
- 155 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/07/07(水) 20:31
- 作者さま、更新ありがとうございます。
小川さんと高橋さんにはそんな関係が・・・辛いですね・・・。
この作品(小説)はとっても素晴らしいデス。
見ててゾクゾクしますね。
改めて・・・更新待ってます。
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/07(水) 22:24
- 作者様、更新おつかれさまです。
いえいえ、一週間の間隔でこれだけ更新量があれば十分に満足です。
ストーリーも高橋さんを狂気に変えた理由が自分にはリアルに感じます。
特に小高が好きなのですが他のキャラクターも持ち味出していて最高です。
次回の更新をゆっくり待ってます。
- 157 名前:刹 投稿日:2004/07/11(日) 13:27
- 今更ですが、更新お疲れ様です。
高橋さんとマコの関係が何だかリアルで
すごいイイ…ww
高橋さんの怖さがまた…w
一週間あいてようがこんないいモノ書けるんなら
素晴らしいでぃす。
それでは次回も待ってます。
- 158 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:50
- ―――*
ピンと揃えられたしなやかな五指が、右肩の傷を抉る。
麻琴はお返しとばかりに、わき腹を思いっきり蹴り上げた。
その衝撃で指が引き抜かれ、パッと血が舞う。
愛は少々よろけたが、刻んだ笑みを崩さず、麻琴を求めてくる。
両手に握られたナイフは麻琴を切り刻まんとし、猛威を振るう。
麻琴は身をさばき、いくつかはかわしていく。
しかし、如何せんその攻撃は正確で、俊敏。
だんだんと、タンクトップに、肌にと裂傷が刻まれていく。
「ハハはあァ!!」
嬉々として、高らかに笑い声を上げる愛。
麻琴は口の中だけで舌を打つと、引き際の愛の左腕を掴んだ。
そして、一瞬の間も与えず、小柄な身体を背中に背負い、投げ飛ばす。
背中から思いっきり叩きつけられた愛は、しかしそれでも表情を変えない。
くぐもった呻きと共に吐き出された血で、
自信を汚しながらも、やはり彼女は笑い続ける。
麻琴は、まるでその顔を見たくないかのように、たたみ掛けた。
未だ起き上がろうとしない愛の腹部目掛けて、蹴りを放つ。
なすがまま、されるがまま。
地を跳ね上がったり、打ち付けられたりを繰り返しながら、高橋愛はだんだんと麻琴から離れていく。
結局、愛は木にぶつかる事によって停止。
地面を舐めるように突っ伏す彼女の姿は、まるで道化のよう。
麻琴は、緊張を解かずに一歩一歩、ゆっくりと近づいていく。
- 159 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:51
- しかし、僅かな距離を残して、麻琴は立ち止まった。
双眸を細め、ゆらりと起き上がってくる小柄な少女を睨みつける。
鈍く輝く右手を開き、
布が巻かれた左手を強く握り締めた。
高橋愛の顔が、だんだんと上がってきている。
麻琴は姿勢を沈め、両脚に力を込めた。
大きな眼が見えた。
吊り上った唇が見えた。
そして、口の端から引かれた赤い線が見えた。
麻琴は、両脚に込めた力を一気に爆発させた。
あっという間に縮まっていく、二人の距離。
険しい麻琴で駆ける麻琴とは対照的に、愛は腕をだらりと垂らせて佇んでいる。
慌てるといった気配は無い。
二人の距離は、今や無くなった。
麻琴が一際強く踏み込んで、鋼鉄製の拳を振るう。
それは何の隔たりも無く、高橋愛の顎へと向かって勢いを増す。
「あたしは・・・マコトの温かさを感じたいんやよ・・・」
呟く愛を横目で見ながら、麻琴は突き出した手を横に薙いだ。
しかし、高橋愛には当たらず。
突きを避けたときのように、
ふらりと流されるようにして繰り出される攻撃を回避していく。
- 160 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:52
- 「・・・こんげ、ブリキみてのでなくての」
自身の身体すれすれを通った麻琴の右腕を、口調と同様、優しく掴む。
そして、ウットリとした表情でその腕に頬ずり。
麻琴は眉尻を下げ、
どこか哀れみを帯びた瞳で自分の愛しい犯罪者の姿を眺めていた。
その視線に気付いた愛が顔を上げる。
途端に、その表情は一変した。
不機嫌そうに、不服そうに。
険が入った双眸で、麻琴の揺れる瞳を睨みつけた。
「なんやが・・・その眼」
はき出す言葉にも、険は乗る。
怒りの気を隠さずに呟く愛を見て、麻琴は顔を背けた。
ただ、それだけ。
高橋愛の心は、嫌がおうにも激昂した。
「マコトォォォ!!」
伏せていた目を全開にし、
麻琴は自分の首すれすれを通り過ぎた愛の腕を掴んだ。
右足を軸にし、身体に捻りを加え、その軽すぎる身体を乱雑に投げ飛ばした。
宙を舞う最中、乱れる髪の間から見えたその顔はまるで、夜叉。
ちっとも慌てた様子の無い夜叉は、右手左手合計十本ものナイフを麻琴目掛けて投擲してきた。
正確に、人体の急所を確実に狙った投擲。
抵抗しなければ、致命傷は避けられない。
しかし、それは“抵抗しなければ”の話。
- 161 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:53
- 麻琴は腰に収めていた拳銃を引き抜くと、それを構えながら走り出した。
ダーン――・・・
銃声一つ上がるごとに、迫り来る銀が一つ地に落ちる。
麻琴は前方を睨みつけ、一心不乱に、しかし確実に銀を落としながら駆けて行く。
しかし、全てを全てとらえきれた訳ではない。
落とし損ねた二筋の銀が、
麻琴の左肩に、
麻琴の右太ももにと、その短い刀身を埋めた。
それでも、麻琴の足に緩みは生じない。
見つめる先には、
待ち構えるように両腕を横に広げ、悦の感情を身体全体で表している人物。
不気味に笑い続け、
かと思ったら突然キレて、
そして、またすぐに笑顔になる。
感情の揺れが激しい。
安定性を、失っている。
それを確認し、麻琴は行動速度を速めた。
―――せめて、あたしだと分かっているうちに・・・
麻琴の口に出さぬ、切実な願いは彼女を強く突き動かす。
「大好きやぁ、マコトォ・・・」
荒い呼吸が、もう耳元で聞こえる。
慣性の法則ゆえに、一度走り出してしまったらそう簡単には止まれない。
- 162 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:54
- 左右から迫り来る、鋭利な銀色。
麻琴の血を欲しがるそれらは、躊躇無く麻琴の米神に向かい牙をむく。
慣性の法則ゆえに、そう簡単には止まれない。
だから麻琴は、勢いを殺さずに、寧ろより強めて、愛の腹部に体当たりをかました。
「ゲァ・・・ッ」
ナイフを落とし、よろよろと後退する愛。
麻琴は間髪いれずに地面に両手をつき、
闇夜に向かって延ばした脚で愛の頭を掴んだ。
「りゃあっ!」
力任せに麻琴は愛を地に叩き付けた。
伝わる振動で愛が倒れ伏したことを確認すると、再び倒立し、両腕の力だけで跳躍。
そして空中で一回回転させ、何事も無かったように着地した。
振り向けば、うつ伏せに倒れる高橋愛。
頭の下には、赤黒い水溜りが広がりつつある。
麻琴は感情の篭っていない眼で見つめながら、肩と太ももに刺さるナイフを引き抜いた。
こちらにも、僅かだが赤黒い液体が宙を舞う。
痛みは走るはず。
それでも、麻琴は表情を変えず自らの地で濡れたナイフを投げ捨てた。
- 163 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:54
- そこでようやく、麻琴の表情が動いた。
無表情から一変し、目の前の光景に思わず嫌悪に顔が歪んだ。
「ハァハァ・・・マコトの血ぃ・・・」
音だろうか、臭いだろうか。
落ちたナイフに愛は敏感に反応し、
妖艶な息を漏らしながら短い刀身に付着した麻琴の血を、小さな舌で舐めまわす。
その舌の動きも、妖艶で、それでいて不気味。
耐えられない・・・っ。
グッと歯を食いしばって、麻琴は筒状の五指を愛に向けた。
それでも愛は舌の動きを止めようとしない。
それどころか、激しさが増しているようにも見受けられる。
「もう、止めてよっ!」
悲痛な叫び声と共に上がるは、耳を劈く炸裂音。
義手から飛び出した幾つもの鉛玉が、愛目掛けて空中を疾走する。
「やぁだよ」
しかし、それらは平らな地面を撃ちぬいただけだった。
コンマ一秒の間に起こった寸劇。
月の光を反射して、鈍く光り宙を舞う右手を麻琴は呆然と見つめていた。
「その腕、邪魔やでの」
「ごふっ・・・」
瞬きする間に、自身の下方から聞こえた声は後方に移っていた。
背中に鋭い痛み。
何かが侵入したような異物感。
- 164 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:55
- 膝から、力が抜ける。
自分を優しい眼差しで見つめる愛を尻目に、麻琴はその場に崩れ落ちた。
「えほっ・・・げはっ・・・」
咳と血塊を同時に吐き出す。
視界に手首から先を失い、火花を吹く右腕を視界に納めながら麻琴は飛びそうになる意識をどうにか繋ぎとめた。
背中に残る痛みに耐えながらも、立ち上がり、振り向く。
「あはは。楽しいのぅ」
無邪気な笑みを飾りながら、刀身を丹念に嘗め回す高橋愛。
彼女の一舐めごとに、付着した赤がだんだんと色を落としていき、本来の銀の煌きを取り戻していく。
背中の一部が、熱い。
呼吸が苦しい。
満身創痍とは、こういうことを言うのだろうか・・・。
そんな事を考え苦笑しながら、麻琴はじりじりと後退して行く。
しかし、距離を開けぬように、愛もじりじりと、麻琴の歩幅にあわせ前進してくる。
二人の距離は、縮まろうとはしない。
「マコトは、楽しい?」
首を傾げ、右腕を振るう。
麻琴の左太ももに、深々と突き刺さった。
- 165 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:56
- 「――っつ」
その痛みのせいで、僅かにバランスを崩し、転倒しそうになる。
しかし、持ちこたえた。
思いっきり歯を食いしばると、体勢を立て直し、再び後退。
愛を睨みつける視線に、焦りと疲労感が混じり始めた。
「えぇ・・・ええよ、その顔。はあぁぁ・・・ヤッバいわぁ」
自らの頬に手を当て、双方の瞳を潤ませる。
無論、その先には麻琴。
もう一度、愛の腕が振るわれた。
「――っあ!」
両太腿に、異物感。
耐えられない。
自然な流れのように、麻琴は仰向けで倒れこんだ。
右腿に一本、左に二本。更には背中に裂傷。
血を、流しすぎたのだろうか・・・?
身体がだるい。動けと命令しても、言うことを聞かない。
「おォ、勿体無い、勿体無い」
「うああぁぁぁ!」
力を入れ、上体を起こそうとしたが、それは遮られ。
麻琴に刺さるナイフを軽い手つきで抜き取り、愛はその細い指を肩の傷口に埋め込んだ。
ニチャッと気持ち悪い音が立ち、同時に激痛が襲う。
思わず、涙が零れ落ちた。
- 166 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:57
- 「あはは、ええよぉ。麻琴の泣き顔、久しぶりやわぁ」
グチュ、グチャ・・・
自分の肩から立てられる音が耳に残る。
気持ち悪い・・・っ。
不愉快極まりない。
しかし、指をかき回し、その音を立てる人物は屈託の無い笑みを浮かべる。
「うん、うめぇ」
引き抜かれるときにも、痛みは走る。
麻琴は滲む視界で、愛おしそうに己の指を舐める愛を睨みつけた。
「のぉ、マコト?」
思わず、見惚れた。
自惚れでも、何でもない。
誰が見ても、秀麗で、全く好きの無い完璧な微笑み。
麻琴の笑顔を太陽と例えるなら、
さしずめ、愛は月といったところだろうか。
「永遠って、いい言葉やと思わん?」
太陽はさんさんと昼の世界を照らし、
月は静かに、夜の世界を照らしている。
「永遠に一緒。
永遠に二人っきり。
永遠に、お互いを見詰め合える。
なぁ、ひって素敵やろ?」
自分に向けられた月の笑顔。
背中を、悪寒が駆け上り、身が大きく震えた。
月は常に、その裏側を晒そうとはしない。
しかし、今麻琴の目の前にあるのは、裏側を曝け出した月。
優しくても、どこか冷酷で、どこか残酷で。
深淵の闇をも思わせる、そんな笑顔。
「あたしな、思うんや」
- 167 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:58
- 右肩にそっと置かれた、所々が真紅で汚れた左手。
開いている手には、刃渡り15センチほどのナイフ。
愛はそれを器用にくるくると回転させている。
「永遠って―――」
パシッ。
小気味いい音を立て、ナイフは愛の手に収まった。
麻琴に向けられた刃の先端が、だんだんと近づいてきて
「がっ!」
吐き出された、血塊。
ガクンと無意識に身体が揺れ、双眸が下方を向く。
しっかりと柄を掴んだ、小さな手。
短い刀身は、自分の腹部に。
白地のタンクトップが、また一つ赤く汚れた。
「死ぬことやないかって」
「あっ!あが、うあぁ!」
笑みを崩さぬまま、愛は手を捻る。
同調して、麻琴の腹部に刺し込まれた刃も捻られる。
容赦なく傷口をえぐり、惨い苦しみ、果て無き苦痛を麻琴に与える。
「やっけ、麻琴を殺した後、あたしも死ぬ。
そうすれば、ずっと一緒にいられるやざ?」
「いぐっ!ああっ!」
- 168 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:58
- 愛が一言喋るたびに、傷口は抉られ、血潮が吹き出す。
気が狂いそう。
そんな痛みを与えられる中でも、
麻琴の耳はしっかりと愛の言葉を聞き取り、麻琴の脳は着実にその情報を処理していく。
やがて、刃は引き抜かれた。
「な?ほやっけ、一緒にな――」
「・・・丁重に、おこと、わりしとく・・・」
肩で息をしながら、不敵な笑みを浮かべる麻琴。
優しかった愛の表情が、豹変する。
狂愛、怒り、絶望。
目まぐるしく変わり、
最後に顔を出したのは、全てを凍りつかせそうな冷酷な無表情。
「マコトは・・・アンタは、またあたしを裏切る気なんか?」
唇を開いて出た言葉も、絶対なる冷たさを帯びる。
先程よりも強く握られたナイフの柄から、ギシッという音が聞こえた気がした。
「アンタは、またあたしを裏切る気なんか?」
後方に引かれ、
繰り返されたその言葉と共に、刀身を赤く染めたナイフが牙をむく。
的確に。
数ミクロのずれも無く、銀色の小さな怪物は麻琴の心臓目掛けて迫り来る。
「ごめん・・・」
深々と、刃は麻琴を貫いた。
しかし、麻琴は笑みを崩さぬまま、愛の手を強く握り締める。
ナイフが刺さるは、鈍く輝く、人工の腕。
「あたし、まだ死ねない」
- 169 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 22:59
- 愛が身を離した瞬間、軽く、空気を裂く様な音がその場に響いた。
距離をとり、見詰め合う麻琴と愛。
麻琴の揺るぎの無い強い瞳は愛の双眸を、愛の無機質な瞳は麻琴の双眸を。
やがて、
「ごふっ・・・」
咳と共に、大量の血潮を吐き出し、愛は前方に倒れこんだ。
己の手首から立ち上る硝煙を鬱陶しそうに振り払って、麻琴は小さく息をついた。
「げほ・・・ごほ・・・」
広がる、赤黒い水溜り。
とどまる気配無く、だんだんと規模を広げていく。
ゆっくりと這いずりながら近づき、麻琴は自分の腿に愛の頭を乗せた。
自然に、唇を噛んでいた。
綺麗な顔は赤で汚れ、大きな瞳は光を失いつつある。
自分がやったことなのに・・・
自分が招いた結果なのに・・・
視線を移し、腹部のほうに目をやると、
そこには腕が通りそうなほど大きな風穴が開いていた。
肉が、骨が、臓器がごっそりと殺ぎ取られ、まるで蛇口を捻ったように血が流れ出る。
義手が搭載していたトンプソン・コンテンターの機能。
それが招いた結末は、単なる悲しみ。
「あいぢゃん・・・ごべんね・・・ごべんねぇ・・・っ」
- 170 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 23:00
- パタパタと。
土と血で汚れた愛の頬に、麻琴の雫が落ちる。
悲憤、悔恨。
流れ、落ちる涙に宿る感情。
それは全て、自分へのもの。
「あだ、あだし、のせいで・・・あだしがバカだっだぜいで・・・っ」
一秒ごとに、虚空を宿していく愛の瞳。
ヒューヒューと苦しそうにしていた呼吸も、今では耳を近づけないと聞き取れない。
「ごめんよぉ、ごめんよぉ・・・愛ちゃん、ほんとに、ごめんよぉ・・・」
泣きながら、愛の頭を持ち上げ、ゆっくりとお互いの顔を近づけた。
重なる唇。
温かく、無い。
感じ取るのは、もはや冷たさと、血の生臭い味だけ。
唇を離し、愛しき人の瞳を再び覗き込む。
涙の勢いが増した。
「あいぢゃん・・・どうして・・・?」
弱々しくも、弧を描く端整な唇。
優しく細まる、両の目。
目尻から零れ落ちる涙からは、しかし、悲しみなぞは感じられなかった。
「――――――」
「――!!」
小さく、本当に小さく囁かれた言葉に、麻琴は息を呑んだ。
高橋愛だ。
自分が、ただ一途に愛して止まなかったあの高橋愛だ。
「愛ちゃん!愛ちゃん!」
- 171 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/13(火) 23:01
- まるで悲鳴をあげるように、麻琴は叫んだ。
「なんで?どうして?愛ちゃん!?」
戸惑う麻琴に、愛はただ笑顔を返すだけ。
それだけだった。
「・・・愛ちゃん・・・」
力なくだらりと垂れる彼女の首。
閉じられた瞳と唇は、もう開くことは無い。
高橋愛は、永遠へと飛び立った。
「なんでさ・・・どうして、あんな言葉・・・っ」
もう力を失った血だらけの身体を、麻琴は強く抱きしめる。
そして、静かに、声を押し殺して泣き始めた。
「なんで、あんな言葉、のこして・・・っ」
音の無い公園に、麻琴の嗚咽のみが響き渡る。
月が照らし出す、
凄惨ながらも、どこか哀感を漂わせて抱き合う二人。
麻琴の耳には、愛が残していった言葉がいつまでも木霊していた。
『麻琴、ありがとう・・・』
- 172 名前:無壊 投稿日:2004/07/13(火) 23:09
- ・・・週一更新を目指します(ボソッ
>>154 名も無き読者様
ありがたいお言葉をニ連発でいただき、ありがとうございます。
書いている私は危険度トリプルS級です。
>>155 紺ちゃんファン様
素晴らしいとは・・・ありがとうございます。
二人の関係は・・・ドロ沼です・・・。
>>156 名無飼育さん様
ありがとうございます。
それと、小高はもう終わりです・・・申し訳ないです・・・
>>157 刹様
皆様・・・素晴らしいなんて・・・誉めすぎですよ(照
更新速度は上がらないと思われますが、よろしくです。
皆様、このような稚拙な文にレスを付けていただきありがとうございます。
平静を保っていますが、現実世界ではものすごく浮かれています。無壊です。
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/14(水) 07:00
- 更新お疲れ様でした
この作品の雰囲気が好きなんで最後まで着いていきます
次回の更新も楽しみに待ってます
- 174 名前:名も無き読者 投稿日:2004/07/14(水) 17:06
- 更新お疲れ様です。
ネタバレ防止キャンペーン実施、ってコトで内容の感想は控えますが
いやホント、描写がカッコエエやよ・・・。
この先どんな展開を見せてくれるのか楽しみです。
続きも期待してます。
- 175 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/07/14(水) 22:17
- 更新おつです。
やっぱいいっすねぇ!
つづき、楽しみです。がんばってください!
- 176 名前:刹 投稿日:2004/07/15(木) 17:13
- 更新乙です。
何かすっごい雰囲気だ…(汗。
本当に書き方が上手いって言うか引き込ませる
力みたいのを感じますw
それでは次回も楽しみにしてます。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/19(月) 23:17
- 夏コンのパンフDVDで愛ちゃんが刑事マコに
取り調べされてましたw
- 178 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:48
- ――*
右手に傘、左手に色とりどりの花束。
空から注がれる雨粒が傘に当たり、ポツポツと音を立てる。
クルリと。
軽く傘をまわすと、水滴が飛び散った。
目の前には、大きく、白い清潔な雰囲気漂う建物。
見上げると、屋上近くに赤い十字架が刻まれているこの場所は、正直あまり好きではない。
だから入るのを躊躇っている・・・しかし、それだけではない。
思い浮かばないのだ。
どんな顔をし、どんな言葉を投げかければいいのか。
わざわざ休日に出向いてきたのも、
彼女のことを慕い、信頼しているが故のこと。
しかし、門のところまで来て、ようやくその事に気付いた。
「・・・どうしよう」
僅かに顔を上げ、取り付けられた窓のうち、一つを見つめ呟く。
気持ち的に、雨の勢いが増したように感じた。
- 179 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:49
- ――*
「・・・ありがと」
無理やり作った笑顔。
誰が見てもそれだと分かる。
れいなは自然と、眉をひそめた。
「・・・綺麗な花だね」
花に触れる腕には、ぐるぐると包帯が巻かれている。
肌の露出が全く無い。
見える限りでは、左腕、両脚に包帯。そして右頬にガーゼが張られている。
しかし、多分これだけではない。
寝巻きに隠された部分には、もっと沢山の治療が施されているはずだ。
でも
彼女に
小川麻琴にとって
最も自身を苦しめているのは
彼女が進んで処理をした、一つの事柄について。
「・・・ホント、綺麗だね・・・」
ポタッ。
目尻からこぼれた、微かな光が花びらに当たり、弾ける。
悲しい笑顔で、涙をこぼす。
切なく、痛々しい。
れいなはグッと唇を噛み、思わず視線を逸らしてしまった。
高橋愛の死去は、れいなたちのいる地域だけではなく、全世界に報道された。
その瞬間、多くの人々が嬉々とし、躍り上がったという。
喜び。安堵。緊張からの解放。
数年において、全国で人殺しを繰り返してきていた高橋愛の死を、
安堵のあまり涙する者は数え切れないほど多く、
悼みを抱き泣いたものは、小川麻琴ただ一人。
- 180 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:50
- 複数の裂傷。
幾つかの臓器の破損。
多量の出血。
幾つもの痛みを貰い、入院生活を強いられるようなことになっても、
麻琴が目を覚ましたとき、呟いた言葉はとても切なかった。
あたしが、高橋愛を、殺しました・・・――――
周りにいた人間の涙が、ぴたりと止まった。
焦点の合っていない目は、天井を見つめ、
灰色に濁って見えた瞳からは、無機質な涙がこぼれ出す。
飯田圭織は言葉を失い、
吉澤ひとみは己を悔やみ、
田中れいなはその姿に涙した。
それから長い沈黙が流れ、麻琴は目を閉じた。
しかし、流れ出る涙がとどまることは無かった。
「ねぇ、愛ちゃん、どうした?」
ぐしぐしと涙を拭い、やはり無理やりに笑顔を作る。
それを見るたびに、何か、ものすごくやるせない気持ちを感じてしまう。
れいなの表情も、知らず知らずの内に硬くなってしまう。
「・・・田中ちゃん」
何も答えず俯くれいなに、麻琴は声をかける。
力なく、抑揚の無い声を。
「愛ちゃんに、会わせて・・・?」
首を傾げ、自分を見つめる目がとても儚げで。
れいなは暫くの内悩んだ後、ゆっくりと頷いていた。
- 181 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:50
- ―――*
かび臭く、薄暗い『PEACE』の地下室。
部屋を照らす灯りは、数本の蝋燭のみ。
全面を石に囲まれた7畳ほど部屋の中央に、一人の少女がベッドに横たわる。
蝋燭の僅かな明かりに照らされたその肌は、生など感じられぬ程青白い。
しかし、それ以上に美しかった。
包帯に巻かれた麻琴の左腕が、愛の身体を撫でていく。
さらさらの、綺麗な髪の毛。
閉じられた瞳。少しペチャっとした鼻。真一文字に結ばれた唇。
僅かなふくらみを帯びる胸は、もう二度と上下することは無い。
麻琴は自嘲気味に笑って車椅子に身体を沈めた。
着ていた上着を、目の前の一子纏わぬ少女を覆うように被せた。
「・・・愛ちゃんがさぁ・・・」
やはり連れてきたのは間違っていただろうか?
そんな不安がれいなの頭に過ぎるほど、麻琴の声は細く掠れていた。
車椅子に座る彼女の姿が、とても小さく見えた。
「・・・愛ちゃんがね、死ぬとき、ありがとうって、言ったんだ」
話しながら、高橋愛の頬を撫でる。
その優しい手つきが、かえって悲しみを象徴しているようで。
「なんでかなぁ・・・っ」
手を止め、変わって入るように嗚咽が響き始める。
そして、しゃくりあげながら麻琴は何度も何度も同じ言葉を口にする。
- 182 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:51
- 「ねぇ、愛ちゃん・・・なんで、なの?な、んで、ありがと、なの?
ねぇ、なんで・・・なんで、あたしのこと、怨んでく、れないの?
ねぇ、なん、で・・・」
消え入りそうな言葉は、無機質な意思の壁に反射し、れいなの耳に届く。
麻琴は肩を震わせ、静かに呻きながら愛の身体に顔を埋めた。
聞きたくても、答えは返ってこない。
話し合いたくても、その唇は開くことは無い。
誰でもない。
自分が殺めてしまったのだから。
「あ、い゛ぢゃ・・・ぅ、うえぇ・・・ひぐっ」
せめて、自分を怨んで、死んでいってほしかった。
そうすれば、どうにか割り切れたのかもしれない。
しかし、自分の愛しい人は、最期の最期に、
言葉では言い表せないほど美しく、優しい笑顔を向け、ありがとうと言った。
胸が締め付けられ、涙のダムが決壊し、力を無くした小さな身体を力一杯抱きしめた。
理由(わけ)が知りたい。
「ありがとう」をくれた理由が。
君をまた裏切ってしまうのに、感謝の言葉をくれたその理由を。
「たぶん・・・」
こんな時、上辺だけの言葉はかえって相手を傷つけるだけ。
そうだと十二分に分かっていながらも、れいなは呟くように口を開いた。
「ほんまに、感謝しとったんやと、思うけん・・・」
自分でも何を言いたいのかが分からない。
しかし、それでも言いたいことがある。
れいなの脳が勝手に処理を進め、声帯が振るえ、
唇が開き、言葉としてその考えを麻琴に伝えていた。
- 183 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:51
- 「狂気から解放してくれて、
自分と会ってくれて、
自分のために涙してくれて、それと・・・」
一つ、唾を飲み込む。
ごくりと言う小さな音は、静か過ぎるこの部屋では大きく響いた。
「自分をまだ、愛してくれていて・・・。
他にも色んな意味を含んだ、“ありがとう”やったと思うとです」
麻琴の肩の震えが止まる。
ゆっくりと埋めていた顔を上げるも、彼女はこちらを振り向かない。
静寂が訪れ、一秒また一秒と、過ぎていく。
やけに、ゆっくりと感じられた。
「・・・すいません」
静寂を破るように発せられた声は、とても静かなものだった。
「・・・無神経なことば、言うてしもて・・・」
俯き、握って拳を胸に当てる。
言ってみてからは、後悔の念しか残らなかった。
れいなはただ資料に目を通しただけ。
それだけだ。
高橋愛のことは、何一つ分かっていない。
それなのに、元恋人であった・・・
高橋愛のことを理解しているはずの小川麻琴にとっては、
今の言葉は、軽率であることこの上ない。
唇を歪め、眉根を寄せ。
れいなは無神経な自分を叱咤した。
「・・・ありがと、田中ちゃん」
優しすぎた。
それが更に、れいなの胸を締め付け、痛みを走らせる。
「田中ちゃんは、優しいね・・・」
- 184 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:52
- 優しいのは・・・優しすぎるのは、あなたですよ・・・。
頭の中だけで響くその言葉に反応し、視界がじわっと滲む。
小川麻琴の背中は、やはり小さく見えた。
「愛ちゃん・・・あたしこそ、ありがとうね」
車椅子から僅かに腰を浮かせ、冷たい唇に口付ける。
「・・・――かも」
短い接吻行為の後、麻琴が愛の耳元で何かを呟いた。
小さすぎて後のほうは聞き取れなかったが、何故だろうか?
言い知れぬ不安が、れいなの胸を貫いていったような気がした。
「田中ちゃん」
「っは、はい!」
ボーっとしていたようだ。
いつの間にか麻琴が振り返って、こちらを見つめていた。
思わず、返事がどもってしまう。
「愛ちゃ――高橋愛の解剖調査が終わって、身体を処理したら・・・
少し、骨をもってきてもらっていい?」
目を丸くして、首を傾げた。
視線だけで、れいなは「どうして?」と訴える。
しかし、麻琴はその言動の真意を話すことなく。
「お願い」
静かだが、有無を言わせぬ強さが篭った口調。
少しだけ身を震わせたれいなは、釈然としないながらもれいなは小さく頷いた。
「ありがと」
短くそう言って、柔らかに微笑む。
れいなはもう一度、身を震わせた。
- 185 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:53
- 自分に向けられている笑顔は、とても静かで美しい。
しかし、れいなは無意識に気付いていた。
その笑顔には、僅かながらも狂気が混じっていたことに。
「戻ろっか?無断外出しちゃったし」
「・・・そうですね」
訝しげな視線を送っていることに気付かれぬよう、れいなはスッと麻琴の背中側に回った。
あの笑顔・・・。
見た瞬間、れいなの頭に過ぎったのは夜闇を静かに照らす『月』。
綺麗で隙が無く見えたその笑顔は、どこか冷酷さをかもし出す。
―――やめよ・・・
軽くかぶりを振って、懸念を追い払う。
そして、無言で歩を進める。
予想していた以上の車椅子の重みが、れいなの両腕に負担をかける。
ボタンを押し、扉が開きエレベーターに乗り込んだとき、
麻琴が僅かに首を捻り、薄暗い部屋の中を覗き込んだ。
かび臭い部屋。
中央のベッド。
蝋燭の薄い明かりに照らされ横たわる、半裸の少女。
ほんの数分ばかりでは変わるわけが無い。
この光景を見て麻琴は何を感じたのか、何も言わずに顔の向きを戻した。
それを見計らったように、エレベーターの扉がタイミングよく閉じられる。
床に押し付けられるような力を感じながら、二人は地上へと上っていく。
動く狭い個室の中で、会話が展開されることは無かった。
- 186 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:54
- ――*
賑やかな町並みを、沈んだ二人組みが足を進める。
すれ違う人たちの訝しげな視線が向けられても、二人は気に留めることなく進んでいく。
麻琴の入院している病院は、『PEACE』からさほど離れてはいない。
むしろ、近い。
ほとんど一本道で、徒歩でも5分とかからない。
停止することなく歩いていればすぐにでも、白く、清潔な建物が姿を現す。
刻まれた赤い十字架を見て、それぞれ嘆息。
しかし、鳴り響いた怒号のおかげで、二人から一気に血の気が引いた。
「ゴルァ!!!おめえたづ、どこさ行ってただ!?
何も言わんで出て行きおってからに、オレの鉄槌喰らいたいだか??!!」
正門に仁王立ちし、激しい訛りを入れてまくし立てる、鬼。
目の錯覚だろうか。
こちらに向かってくる鬼は、白衣を着ている。
「「ヒッ!」」
青筋を顔全体に浮き出させ、
吊り上った目を更に鋭くして近づいてくる鬼をみて麻琴とれいなは同時に感じた。
殺される・・・っ。
190センチオーバーの超長身、
目に悪いぐらいの真紅に染まった肩で切りそろえられた髪の毛、
顔を走る十字傷。
その容姿で迫られて、どうしてそれ以外の考えが浮かんでこよう?
逃げ出そうとしても、鬼が放つ威圧感がそれを邪魔する。
程なくして、二人は地獄行きの切符を手に入れた。
- 187 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:54
- 「こっちゃ来い!性的指導さ、してやるだ!!」
「「えぇ!?」」
れいなを脇に、麻琴を車椅子ごと担ぎ上げた鬼は
その形相を変えることなく、病院にむかって駆け出した。
抗議をする暇も、余裕も与えてはくれない。
麻琴とれいなは覚悟を決めた。
「鬼土さん」
正門を潜り抜けようとしたとき、ピタッとその巨体が急停止する。
鬼はれいなたちごと振り返ると、ころりと表情を変え、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「おぉ、飯田。ひっさしぶりだだなや!」
「ちょっと前にあったばかりだよ」
「そっただだか?がっはははは!」
がはは。
自分が馬鹿笑いしたときでも、こんな巨大な声は出ない。
れいなたちの鼓膜を激しく揺さぶる高笑いは、突然起こり、そして突然消えた。
「まぁ、聞け。
こん童(わらし)共が病院ぬけだしおっての。
今、性的指導をぶちこんでやるところだっただよ」
聞いてもいないのに、妙に誇らしげに鬼は語る。
青ざめ、首を横に振るれいなと麻琴を見て、飯田は苦笑い。
笑っている場合じゃないと、訴えるような視線を二人は向ける。
「鬼土さん。二人も大分反省してるみたいだし、許してあげてよ。
若さ故の過ちってのもあるしさ。
カオリにだってあったし、鬼土さんだってあったでしょ?」
諭されるように言われ、鬼は難しい顔をして唸り始めた。
鋭い目が、交互にれいなと麻琴を見やる。
暫くして、鬼の動きが止まった。
少し釈然としないのだろう、渋々と麻琴とれいなを下ろす。
地に足と車輪を着いた二人は、慌てた様子で飯田の後ろに隠れてしまった。
「ちっとばかす、腹立つけども、飯田にそういわっちゃあしょうがあんべぇ。
おめえだづ!こっただこと、もう二度とすんでねぇぞ!」
フッと息を吐きながら苦笑し、鬼は踵を返した。
去り際に大声で釘を刺すと、正面玄関に向かって走っていく。
どうやら鬼は気が短いらしい。
- 188 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/22(木) 21:55
- 「な、なんですか?あん人は?」
大きな背中が病院の中へと消えたとき、ようやくれいなは声を発した。
震えていて、自分でも情けないと思ってしまう。
「分かんない?小川も田中も、何回か会ってると思うんだけど」
未だ恐怖から来る震えが取り払われないれいなたちを見ても、
飯田は呑気に含み笑いを漏らす。
その態度に些か憮然としながらも、二人は記憶を手繰り寄せていく。
会ったことがある。
確かに飯田はそう言ったが、見覚えは無い。
もっと必死に手繰り寄せてみる。
顔の十字傷、つり目、190センチの長身、怪力・・・。
「知らんとです。会ったことなんか、なかですよ」
やはり、思い当たる節はない。
あのような人外の魔物に、一度会っているなんてあるわけが無い。
れいなは自身を持ってそう断言できる。
だが、飯田は絶対的なれいなの自信の前にも、怯むことなく一つため息をついた。
「もう忘れちゃったの?
ほら、カオリが出払ってたとき、代理で来てくれてた保険医さんだよ」
「「・・・え?」」
正面玄関へと続く道。
その両脇に植えられた、数本の木々。
心地よい微風が吹きぬけ、それらの青葉を揺らす。
幾多もの葉が擦れる音は、打ち寄せては引いていく波のよう。
「彼女、鬼土零拿(きどれいな)って言うんだよ」
季節はもう春。
南中高度に近い太陽の下で小川麻琴はあんぐりと口を開け、田中れいなは気を失った。
- 189 名前:無壊 投稿日:2004/07/22(木) 22:02
- 遅れたのにこんな更新量でスイマセン。
そして、雰囲気壊れてたらすいません。
>>173 名無飼育さん様
ありがとうございます。作品の雰囲気が壊れてたら申し訳ありません。
>>174 名も無き読者様
描写を誉められるとは・・・ありがとうございます。
週一・・・言った傍からもうダウンしてますが、頑張りましょう。
>>175 紺ちゃんファン様
いいですか?ありがとうございます。
もっともっと精進いたします。
>>176 刹様
おお、私には勿体無きお言葉(照
ありがとうございます。もう、昇天してしまいそうなぐらい嬉しいです。
>>177 名無飼育さん様
ほぅ・・・それは見てみたいですなぁ。
でも、お金が・・・。
皆様、多くのレスまことにありがとうございます。
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/23(金) 06:59
- 更新お疲れ様です
愛ちゃん(ノд`)・゚・。 まこっちゃん大丈夫かな・・・
何か、もの凄い人も出てきてw
続きが楽しみです
- 191 名前:名も無き読者 投稿日:2004/07/23(金) 10:41
- 更新お疲れ様デス。
切ねぇだよ、、、(涙
しかしまた凄いキャラですね、れいなさんw
やはり気になるのは今後の展開。
続きも楽しみにしてます。
- 192 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/07/24(土) 01:30
- 更新お疲れ様デス!
まこっちゃん・・・あぁ・・・(?)。
続きがとっても楽しみですね!
- 193 名前:刹 投稿日:2004/07/25(日) 14:19
- 更新お疲れ様です。
うわぁ…まこっちゃん…(涙
しかも何かすっげー人…存在感がすげぇ。。。
あれ、どこの訛りですか?
今後どうなっていくのか気になります。
続きも楽しみにしてます。
- 194 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:28
- 出窓に置かれた三つの花瓶。
それぞれに収められている花束は、色とりどりで、
窓の外の青空に映え、より美しく見えている。
飯田は出窓に腰を下ろし、麻琴は車椅子に座り、ベッドを挟んでお互い向き合っている。
個室であるこの部屋のベッドは、れいなによって占領されていた。
「ビックリしましたよ。あんな人が、看護婦さんなんて」
「ああ見えて、結構ウデはいいんだよ」
他愛ない会話が展開していく中で、飯田はとうに気付いている。
麻琴の声に、はりが少ない。
たまに見せる笑顔も、いつものような元気はない。
やはりあの事。
確かに一週間そこらで割り切れるわけがない。
恋人を、誰でもない、自分の手で殺してしまったのだから。
割り切ることなど、出来るはずがない。
「・・・あんまり、自分を追い込んじゃ駄目だよ」
陳腐な言葉。
言ってから、あまりにも安っぽい同情の言葉に、
飯田は己の無力さに悔恨の念を抱いた。
「・・・ありがとうございます」
まただ。
彼女はいつも、何のときでも周りを責めない。
無理をして笑って、何でもかんでも自分の中に背負い込んでしまう。
今の笑顔だって、無理しているのがはっきり分かる。
純粋無垢な小川麻琴の心は、強いけれども、儚く傷つきやすいのも、飯田の知る真実。
「・・・時間が、どうにかしてくれますよ」
- 195 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:29
- 飯田はその都度、胸が締め付けられたように痛む。
今言った言葉も、精一杯の強がり。
実際には、自分でもそんな事思っていないくせに・・・。
スッと、視線を窓の外に移した。
青く、澄み切った空。
雲ひとつない空。
いつもなら心地がいいはずのこの快晴の空も、今は何の効力ももたらさない。
時間は、淡々と過ぎていく。
「・・・小川麻琴」
先ほどよりも、いくらかに強い口調。
飯田は振り返らずにその名を呼んだ。
麻琴は反応を示さない。
それでも何の問題も無いかのように、飯田は言葉を紡いでいく。
「・・・アンタは、一人じゃない」
背中の方で、息を呑む音が聞こえた。
構わず、続ける。
「一人で背負い込むな。
他人(ひと)を・・・仲間を頼りなさい。
アンタの周りには、こんなにいい仲間がいるじゃない」
そこで飯田はゆっくりと振り返った。
麻琴は思わず目を見開いてしまった。
笑顔。
まるで女神のように美しく、凛々しい、そんな笑顔。
誰もが無条件に見とれてしまうような、透きとおった笑顔。
言葉が、出ない。
代わりに、涙が出た。
止まらない。
意識しなくても、大粒の涙が頬を伝い、床に落ちる。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
その音が聞こえそうなほどに、涙は流れ落ちていく。
「たっ・・・か、ちゃんに、も・・・言われ、まじ、だ・・・」
嗚咽をまじえ、紡ぎだす言葉はとても不明瞭で。
でも、それも麻琴の純真さを窺わせてくれて。
- 196 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:30
- 飯田は苦笑を浮かべ立ち上がり、ゆっくりと麻琴に近づいていく。
そして優しく、柔らかく麻琴を包み込んだ。
背中に回された飯田の腕から、彼女の優しさが伝わってくる気がして、麻琴の涙の勢いは更に加速した。
自分も飯田の背中に腕を回し、その胸に顔を埋めた。
明らかな違いが、そこにはあった。
温かい・・・。
服の上からでもひしひしと感じる、人肌の温もり。
この温もりが、麻琴は好きだ。
昔、よくじゃれて抱きついて、君の体温を感じていた。
はにかみながらも、呆れながらもその行為を許してくれる君と、君の温かさがすごく嬉しくて、大好きで・・・。
でも、それを感じる事は、生涯二度とありはしない。
君はもう、冷たくなってしまった。
君はもう、亡くなってしまった。
君はもう、あたしが殺してしまった。
許してなんか、絶対に言わない。
小川麻琴は高橋愛を殺したことを忘れはしない。
その真実(ほんとう)を背負って、生きてみせる。
小さいけれど、自己満足に過ぎないけれど、
これが小川麻琴流の罪滅ぼし。
「ぇっ・・・うぇ・・・あぅぅぁ・・・っ」
自分が殺して、自分が見取った高橋愛の最期。
最期にしては穏やか過ぎたあの笑顔を思い出しながら、麻琴は泣いた。
飯田の胸で泣きじゃくる姿は、まるで子供のよう。
あるいは、これが『小川麻琴』なのかもしれない。
- 197 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:31
- ――*
目を開けて、その場で硬直した。
こちらを見つめる、鋭い目。
そのチカチカするぐらい鮮やかな紅色の髪が、れいなの頬をくすぐっている。
案外に、肌は綺麗なようだ。
「やっとこさ、目覚ましただなや。がははは!」
何が可笑しいのか、身体をえびぞりにし、豪快に笑う鬼土零拿。
彼女の行動も、ある意味予測不可能である。
「まぁ、いっが。寝る子は育つ、言うっけのぉ」
上がった顔が、再び沈み、現在れいなの目の前。
色んなことが頭を駆け巡り、もう既にパニック寸前。
―――なんで、こん人が・・・っ
いや、そもそもここは・・・?
あたしは、どげんしたと・・・?
目を見開いたまま、目の前の十字傷を見つめる。
目を見ないようにしているのは、呑まれてしまいそうで怖いから。
「んだけど、ほれ!目ぇ覚ましたんならさっさと起きんかい!
のめしなんかこくど、このオレの唇が火さふくど!」
鋭い双眸が、ゆっくりと閉じられた。
キュッと、何のルージュもひかれていない唇が窄まる。
れいなは本能的に危険と悪寒を感じ、身をよじってベッドから脱出した。
- 198 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:32
- べきべきと音を立てて、二つに折れるベッド。
すぼめられた唇は標的を失い、空を吸い続ける。
自分の腕の中と唇の先の違和感に気付き、鬼土は目を開けた。
れいなはあまりの恐怖に身が竦み、扉の前にへたり込んでいた。
「ジュル…」
舌なめずりにあわせ、目が爛々と輝く。
獰猛な肉食獣を思わせる視線の先には、自分を抱くように腕を回し小さく震えている田中れいな。
鬼土零拿はじりじりとじらすように、しかし一歩一歩確実に獲物との距離を詰めていく。
れいなは動けない。
耳をすませずとも聞こえてくる、鬼土零拿の息遣い。
「ハァハァ…」
何故こんな事になっているのだろうかとか、
そんな事を考える余裕、今のれいなにはなかった。
ただただ目の前で起きている事柄と、
目の前に存在する人外の生物から来る恐怖で、頭は満ち満ちていた。
「ハァハァ・・・
よっぐ見っと、おめぇ、ちっとばかす・・・んや!
えれぇめんこいだなや・・・」
その大きな手で、両肩を掴まれた。
軽々と彼女の顔の高さまで持ちあげられる、田中れいなの小柄な肢体。
気のせいだろうか。
目の前の怪物の顔が、紅潮している気がする。
唇が、激しく痙攣する。
計り知れぬ恐怖に、その身が震える。
滲んだ視界で確認した、窄められた唇の接近。
もはや
- 199 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:33
- 「こら!鬼土さん、何してるの!」
「うほっ?!」
浮遊感を感じ、次に感じたのは尻に感じた鈍い痛み。
一瞬目を瞑り、開いてみると大の字に倒れている鬼土零拿の巨体。
「だいじょうぶぅ?」
耳に届いた、情けない声。
肩に置かれた手に少しだけ怯えたものの、
その声を聞き取るや否や、れいなは振り返って声の主に飛びついていった。
「お、小川しゃーん!」
「あわわ・・・田中ちゃん・・・」
脚にしがみ付きながら、珍しく泣きじゃくるれいなを見て、麻琴は困惑顔。
助けを求めて横に立つ飯田を見上げるが、
彼女は目を合わせずにスタスタと前進していった。
未だ倒れたままの大女。
着ている白衣の襟を掴んで持ち上げると、低い声で囁いた。
「あれ程間違いは起こさないようにって言ったでしょうが」
「ぬはは。わっり、わっり。
めんこいおなご見てっと、ついほおばりたくなるんて。
だども、まだ未遂だ。許してけろ」
腫れた右頬、両穴から垂れ落ちる赤い筋。
それを気にも留めずに、鬼土は笑う。
少しも悪びれた様子のないその態度に、注意した――もとい殴った本人である飯田も呆れて脱力してしまう始末。
諦めたのか、飯田はため息を大きくつき、
鬼土を掴む手を離して、麻琴たちの方へと向き直った。
呆れと疲れ、そして悔恨の念がその表情から窺い知れた。
「ゴメン。
この人、三度のご飯より可愛い女の子が好きなの、忘れてた」
「がはははは!
えっれめんこかっただなや!
オレが迫ったら、怯えおったんだがね。やっぱ、処女はさいこー・・・ガホッ!」
- 200 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:34
- 豪快に、恍惚と笑う鬼土に飯田は無言で後ろ回し蹴り。
ぶつかった勢いで、折れたベッドの片割れが宙を舞う。
しかし、それは狙いすましたかの如く、倒れ伏す鬼土零拿の身体の上へ。
ベッドの下敷きになり、
全く動かなくなった、化け物兼変質者を無視して、飯田は頭を下げた。
「ゴメン。
こんな人に留守番頼んで、出かけたカオリが悪かった。
田中、ほんとにゴメン」
目の前で繰り広げられるやり取りを、目を丸くして見ていた麻琴とれいな。
深々と頭を下げる飯田を見て、ようやく我に戻る事が出来た。
大先輩である飯田に謝られているのに気付いた後は、ただひたすらに首を振った。
これでもかと言うくらい、激しく左右に。
「や、い、飯田さんのせいじゃなかとですよ!
ぜん、全部その化けもんが悪かです!はよ、頭あげてくんしゃい!」
首を振り、涙を拭いながら、慌てたように言葉を羅列していく。
飯田は申し訳なさそうに眉尻を下げていたものの、ゆっくりと顔をあげてくれた。
膝を曲げ、れいなの目線にあわせ身体をしゃがみ込む。
前(さき)の表情のまま、上目遣いでれいなを見上げ、呟いた。
「・・・怒ってない?」
「お、怒ってなかですよ!
だいち、怒るとしても、あん人に対して怒ります!」
言った傍から、れいなは口を塞いだ。
精神的に弱くなっている飯田に対して、今の口調は強すぎただろうか?
しかし、れいなのそんな危惧は必要なかったらしい。
飯田は静かに、でも嬉しそうに微笑むと「ありがとう」と言い残し、立ち上がった。
「田中ちゃんゴメンねぇ。
元はと言えばあたしが悪いんだよ。
田中ちゃん起きてないのに、屋上行きたいなんて我が儘言っちゃったから・・・」
- 201 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:35
- お気に入りのハイヒールで鬼土を踏みつける飯田を尻目に、
れいなはキョトンとして、振り返った。
情けなく眉を窄めた、麻琴が自分を見つめている。
いつもの表情。
れいながよく知る、麻琴の顔。
純粋無垢で、ちょっとへたれな小川麻琴の顔。
悲痛な感じは、伝わっては来なかった。
「ど、どうしたの?田中ちゃん・・・」
不安に瞳を潤ませながら、小声で「・・・そんなに怒ってる?」とつぶやく麻琴。
やはり常日頃、れいなが慕っている小川麻琴だ。
気がつけば、れいなは麻琴の胸に飛び込んでいた。
「な、なに!?どうしたの、田中ちゃん?」
「何もなかとです!」
麻琴を抱きしめ、れいなは喜々とし声を上げる。
ワタワタと両手をせわしなく動かし、麻琴は慌てふためく。
しかし、れいなの目尻に光る透明な雫を見、麻琴は動きを止めた。
両腕を小さな背中に回し、優しく包み込んだ。
理解した。
自分が彼女に、心配をかけていたことを。
悲しみを与えていた事を。
れいなは麻琴のことで一喜一憂してくれていた事を。
だから言った。
自分の顔の横にある可愛い耳に、囁くようにしてこの二つの言葉を。
「ごめんね・・・ありがとう・・・」
れいなは何も言わずに、首を振った。
何度も何度も、縦に首を振った。
沈みかけの太陽が白い部屋をオレンジ色に染める中、
飯田は微笑んで抱き合う二人を見守っていた。
- 202 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:36
- ――――*
ニチャニチャ、ゴクリ・・・―――
肉を噛み千切り、嚥下する。
ゴトリと、地に倒れ伏す左半身を失った大柄な男。
垂れ落ちる鮮血を気にも留めずに、少女は次のエモノに標的を定めた。
「・・・ぁ・・・ぅ・・・」
獰猛な獣を思わせる鋭く尖った瞳が、男を捕らえる。
ニット帽をかぶった男は腰を抜かし、必死に彼女との距離をとる。
恐怖に打ちひしがれ、声が出ない。
口元に付着した血を舐めとると、音もなく男の傍まで近寄り、首を掴んだ。
「が・・・っ・・・ぁ・・・ぐ・・・っ」
片手で持ち上げられ、背中を壁に叩きつけられた。
肺から空気が逃げていく。
首にかかる力を外そうと思って抵抗してみるが、まったくの無駄。
力は弱まるどころか、確実に強くなっていく。
ゆっくりゆっくり、焦らすように。
意識が飛びそうになるその僅かに前、男は絶命した。
グチャグチャ・・・―――
ガリボリ・・・―――
少女の口がモゾモゾと蠢く。
肉の甘美な味に酔いしれ、骨の無粋さに顔をしかめた。
頭を・・・生を失った男の身体をその場に置き、自らもしゃがみ込む。
しっかりと噛んで、再び飲み干すと、少女はおもむろに男の鳩尾に手を触れた。
そして何の躊躇もなく、しなやかな指を体内に埋め込んだ。
- 203 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:36
- 「・・・」
肋骨が邪魔をする。
邪魔くさげに、乱雑に指を押し込んでいく。
「―――・・・♪」
暫くして、思うものが見つかったのか、少女は満面の笑みを浮かべた。
ゆっくりと男の身体に埋め込んだ手を引き抜くと、ぬめりとした感触と共に引きずり出された一つの臓物。
黒に近い赤、二等辺三角形に似ているその形態。
少女の掌にのる血を纏った、内臓中最大の器官〈肝臓〉。
栄養の調整、解毒作用などの働きをするそれは、少女の大の好物でもあった。
「♪♪」
首をなくし、鳩尾に穴の開いた男の屍。
辺りに血がこびりつく残酷な景色の中、爽快に肝臓を食すショートカットの少女。
笑みの形のまま歪んだ唇の隙間から、鋭く発達した牙がちらりと覗く。
「な〜にしてるのぉ?」
夜闇に満ちる、人気の無い路地裏。
少女以外の気配は確かに無かったはずなのに。
しかし、少女は大して驚きもせず、
既に三分の一ほどしかなくなった肝臓を口の中に放り込み、首だけで振り返った。
「ご飯食べてる」
「もぅ、だめだよぉ。
また、安倍さんに怒られちゃうよぉ」
さして困った風でもなく。
どこと無くサル顔の女の子は微笑みながら、しゃがんでいる少女の頭を撫でた。
少女は気持ちよさそうに顔を緩め、その女の子に抱きつく。
「そしたら、ミキがそいつを殺してあげる」
- 204 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:38
- 抱きつきながら、笑いながら。そして、邪な感情は一切放たずに。
サル顔の女の子の耳に囁いた、少女の声はとても無邪気なものだった。
「だめだよぉ。
安倍さん、一応あたし達の先輩なんだからぁ。
それより、早く行こ?明日になっちゃうよ?」
「ん、そだね」
二人一緒に立ち上がり、歩き出す。
静かな、不気味なほど静かな路地裏に響く、足音二つ。
「あのおじさんたち、どうするの?」
「んー・・・ほっといても大ジョブでしょ。
犯罪者だし。お互いに潰しあったってことになるんじゃない?」
「そだね」
付着した血を拭い、肝臓を食した少女はサングラスをかける。
夜であるのにもかかわらず、その色は真なる闇色。
しかし、少女の足取りに変化は生じない。
コンクリートで固められた道を、しっかりと踏みしめ進んでいく。
月が雲に隠れ、完全なる闇が世界を支配する中、
二つの狂気が颯爽と歩を進めていく。
- 205 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:38
- ―――*
本日、吉澤ひとみの機嫌は、上々だった。
その要因は、小川麻琴が肉体的にも精神的にも回復の兆しを見せたと連絡が入ったから。
それともう一つ。
ためていた仕事、書類の整理が終了した事にある。
「おわりっと!」
最後の書類に判を押し、倒れこむように備え付けのソファに身を投げた。
ここは彼女専用の個室。
仕事部屋でもあるはずのこの部屋は、なぜかデスクとソファだけ。
前はもっと色んな道具があったのだが、吉澤の「邪魔」の一言で取り払われてしまったのだ。
故に、唯でさえ広い部屋が、余計にだだっ広く感じてしまう。
「今日はイイことずくめだったなあ〜」
ご機嫌に鼻歌を交える。
ちょうどその時、備え付けの電話が鳴り響いた。
時刻は、もう十二時に手の届く所。
礼儀をわきまえない電話の向こうの人間に少々苛立ちながらも、受話器をとった。
「ハイこちら『PEACE』東ち・・・安倍さん?
どうしたんすか?こんな時間に・・・え?」
受話器から漏れる、ひどく憔悴した声。
訝しげに呟かれる単語を聞き取っていくうちに、ひとみの顔から色が消えていく。
受話器を持つ手が振るえ、唇も俄かに痙攣を起こす。
それに従い声も振るえ、ついでに脚も震えた。
「・・・わ、わか、りました・・・」
- 206 名前:INSANITY 投稿日:2004/07/28(水) 22:39
- 電話を終了した後も、震えは止まらない。
置いた後の受話器を握り締め、同じことを繰り返し考える。
どうしよう…
どうしよう……
どうしよう………
浮かび上がる、禍々しく歪んだ、無邪気な笑顔。
二人には以前、会った事がある。
あの二人は、実力なら五分と言ったところだが、話はそんな次元では収まらない。
初見で邪気の無い笑みを送られた。
生気のない瞳というのを、初めて見た。
握手をしても、何故か人の温もりというのを感じなかった。
二人に会って、感じたのは、恐怖だけだった。
ちらりと壁にかかる時計に目をやる。
長針が、十二を過ぎていた。
吉澤ひとみは未だ震える身体を抱くように腕を回し、苦笑いを浮かべた。
「・・・っくしょー、今日は最悪の日だな・・・」
その声に力が無いのは、当然のこと。
突然にもたらされた凶報に、吉澤はただ怯える事しかできなかった。
- 207 名前:無壊 投稿日:2004/07/28(水) 22:50
- >>190 名無飼育さん様
おがーさんは・・・大丈夫、かな?(爆
キャラの濃さに、私自身もビックリしています(再爆
>>191 名も無き読者様
ありがとうございます。)つ□<さ、これで涙を。
メル欄・・・どうぞどうぞ。
楽しい作品を読ませていただいている、せめてものお礼です。
>>192 紺ちゃんファン様
ありがとうございます。
おがーさん・・・ほんとに、あぁって感じですね。
>>193 刹様
また泣かせてしまった・・・極悪人だ、私・・・。
存在感、異常すぎますね(三度爆
ちなみに彼女の訛りに何処というのはありません。架空の世界ですので。。。
強いてあげるならドラゴンボ○ルの牛○王をベースに、
うちのばあちゃんの言葉を混ぜて喋らせています。
- 208 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/07/29(木) 22:36
- 作者さま、更新どうもです。
うわぁ・・・。彼女はそんなにこったしゃべり方だったんですね。
すごい訛りだとは思いましたが・・・。
次回更新、楽しみにしてます。
- 209 名前:名も無き読者 投稿日:2004/07/31(土) 11:57
- 更新乙彼サマです。
わーい、また色々危険な方々がぁっ・・・。(汗
気持ちは非常によくわかるけど、うん。(ヲイ
そりゃあんな子が目の前にいたら(自粛
続きも楽しみにしてまつ。
- 210 名前:刹 投稿日:2004/07/31(土) 13:14
- 更新お疲れ様です。
彼女の訛りにはそんな秘密?が…
ってか未遂だからってだめですよっ。
しかもれいな、化けもん呼ばわり…
次回も楽しみに待ってます。
- 211 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:49
- ―――*
黒板に走る、白い線。
それは図形やら数式やらを描き、れいなには既に解読不可能の域に達していた。
「くあ・・・っ」
欠伸をかみ殺しながら、ボーっと前を見つめる。
自分の良く知る人物が、チョーク片手に何か喋っている。
また、解読不可能の文字が追加された。
「いい?だから、このグラフはF(x)の式を微分してから解くわけ。
つまりは、微分が出来ないと話にならないの。UNDERSTAND?」
『PEACE』館内に設置された、学び舎。
知識の乏しい者、更なる知識を望む者などが教えを乞うている。
れいなは中学校に上がらずに、ここへ来た。
よって、小学校卒業レベルの知識しかない。
彼女にとって、勉学は必然的なものとなる。
「だから・・・そこぉ!」
「ぷぎゃ!?」
設けられた教室は、他の学校の教室となんら変わりが無い。
黒板があり、教壇があり、机があり。
今なら一世代古い考え方を持つ教師がついてくる。
「あたた・・・」
意識が飛び、カクンと首が折れたとき、頭頂に感じた鋭い痛み。
そして机の上に落ちてくる、白色のチョーク。
れいなは、のそりと顔を上げ、字を書くはずの道具を凶器にした人物を睨みつけた。
「・・・保田さん、叱り方が古いで――アウッ!」
もう一撃。今度は額に。
額を押さえ、涙目で見つめるれいなに、保田圭は冷たい視線を向ける。
「田中、アンタ前のテストの点数理解してる?
アンタのせいでこのクラスの平均ガタ落ちしたのよ?O.K?」
「平均って・・・二人しかおらんのに、平均出す意味あるとですか?」
涙で潤んだ瞳を、右隣に向けた。
そこにはいつもの光景。
四方を鏡で囲み、うっとりと何かに酔いしれている少女。
それは他でもない、自分自身に酔いしれているのである。
- 212 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:50
- 「・・・ってか、さゆは注意せんのですか?」
「道重はいいのよ。そんなことしてても、アンタより出来るんだし」
道重さゆみ。
田中れいなとは同期であり、親友である。
とにかく自分が大好きで、常に鏡を持ち歩き、自身の姿に酔いしれている。
授業中もいつもこんな感じであるにもかかわらず、れいなより遥かに成績がよい。
事実なのだが、言われると結構凹んでしまう現状である。
「・・・差別やけん」
「・・・田中、アタシが作ったスペシャル問題、解きたい?」
「ゴメンナサイモウイイマセンユルシテクダサイ」
満足したように保田は頷き、授業を再開した。
憮然としながらも席につくれいな。
さゆみは未だ鏡をうっとりとして見つめていた。
れいなはため息を一つ吐き、黒板に向き直った。
黒の上に走る白い字を、頬杖をつきながら書き写そうかとした、まさにその時。
カラカラと音を立て、控えめに前の引き戸が開いた。
誰かが保田を手招きしている。顔は、見えない。
誰だろうか?
れいなが思っている間にも、ことは進んでいて。
保田と、扉の向こうの人物がなにやら言葉を交わしている。
あまりにも小さすぎて、こちらにまで届かない。
程なくして、密談は終了したようだ。
保田が扉を閉め、教壇のところに戻ってくる。
その表情はどこか影を帯びていて、狼狽しているようにも見受けられた。
「・・・ちょっと用事が出来ちゃったわ。
今日の授業はここまでにするから、アンタ達は自分の部屋に戻んなさい」
- 213 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:51
- れいなは首を傾げた。
授業は午前で終了し、午後から各々の仕事に付くこととなっている。
しかし、現時刻は午前の十時。
例え打ち切りになっても、仕事へ行けと言われるはずだ。
それなのに・・・。
「・・・どげんしたとですか?保田先生」
「いいから、戻りなさい。絶対部屋から出るんじゃないわよ。いいわね?」
常日頃の強い口調で言い残すと、保田は早足で教室を後にした。
さゆみとれいなの二人だけになってしまった教室。
三人でも広いのに、一人減ると更に広く感じてしまう。
ガタッ・・・―――
反射的に、隣に顔を向ける。
椅子を引きずって立ち上がったさゆみが、鏡を鞄にしまっているところだった。
自分を見つめる視線に気付いたのか、キョトンをした表情を浮かべさゆみはれいなへと視線を移した。
「なに?どうしたの、れいな?」
「あ、いや・・・なんもなかと」
道重さゆみは聞いている。
例え、周りから聞いていないふうに見えても、彼女にはしっかりと聞こえている。
道重さゆみの聴力は、れいなを、他人を遥かに凌駕する。
「いこっか」
「そやね」
れいなも荷物をまとめ、立ち上がる。
そしてさゆみの横に並び、歩き出した。
引き戸を開けて廊下に出ると、思わず首を傾げた。
何時もなら、誰かが必ず行き来している教育棟の廊下。
しかし今は誰一人の姿どころか、気配も感じない。
違和感がよぎったその直後、どうしてか言い知れない不安感にも駆られた。
「・・・ねぇ、さゆ。さっき保田先生たちが話してたこと、聞こえた?」
- 214 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:52
- 何故だろう。
何故自分は、こんなにも焦っているのだろう。
自分の部屋に向かい歩を進めながらも、握る掌には冷や汗が噴き出している。
無意識な己の異変に、れいなは困惑した。
「ん〜。
何かね、“まつうらあやとふじもとみきが来る”って言ってたよ」
“まつうらあや”、“ふじもとみき”。
この二つの単語はなんだろう。
それは名前かもしれない、なにかの暗号かも知れない。
全く聞き覚えの無い単語。
唯一つ分かるのは、この二つがここと自分の異変の原因だということ。
分からない。
分からないが、とても不安で、且つ怖い。
どうしてか浮かんでくる負の感情を必死に押さえ込みながら、
れいなはさゆみと並んで、自分の部屋を目指し歩いていった。
- 215 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:53
- ――*
『PEACE』は三つの棟に別れている。
正面から見て中央の一番巨大な棟が、各々が仕事をこなす「勤務棟」。
右側の棟が学び舎である「教育棟」。
そして左側の棟が寮となっている「居住棟」。
『PEACE』は全寮制で、勤務している人間全員に部屋が一つずつ与えられる。
れいなは五階まである居住棟の三階、302号室を貸し与えられていた。
「―――でね、思ったの。わたしってやっぱり可愛いなぁって」
「・・・ふ〜ん」
気の無い返事を返し、ごろりと横になる。
部屋の広さは十畳ほどの広さ。
風呂・トイレ付きで暮らしていくのには、申し分ない広さと設備がそろっている。
「・・・れいな、聞いてる?」
「・・・ふ〜ん」
上の空。
必要最低限の物しかない、殺風景な部屋の中でさゆみは盛大に頬を膨らませた。
しかし、れいなは気付かない。
さゆみに背を向けて、どんよりと雲が広がる空を見つめている。
「れーなー」
「・・・ふ〜ん」
気の無い返事を繰り返す少女の後頭部に、拳骨一発。
一度畳の上に倒れ伏したれいなはすぐさま顔を上げ、さゆみを鋭く睨みつけた。
「・・・なんばしよっと?」
「・・・れいな、さっきから少し変」
さゆみがあけた僅かな間に何か言い返そうかと口を開いたれいな。
しかし、すぐに口を噤み、さゆみから目を逸らした。
膨らませた頬を元に戻すことなく、さゆみはれいなの後頭部を睨みつける。
気まずい沈黙。
れいなは黙して空を見、さゆみはれいなの後頭部を睨み続ける。
「・・・れーな、どうしたの?」
- 216 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:54
- 沈黙を破った、控えめな声。
れいなの前に回りこむさゆみ。もう怒りは感じない。
親友を心配し、気遣う表情。
「・・・ごめん」
「いいよ。で、ほんとにどうしたの?」
さゆみは自分が好きだからといって、決して己の事のみを考えているわけではない。
悩んでいる友達には親身になって一緒に考えてやり、
落ち込んでいるときだって見捨てずにずっと付き合ってくれる。
その優しさが、今はとても心に滲みてくる。
れいなは震える両手で、さゆみの右手を包み、
痛くないぐらいに力を込めた。
「れーな?」
戸惑いながらも、決して拒みはしない。
自分の胸に顔を寄せてくるれいなの頭を、目を丸くしながらも、
優しく、柔らかく撫でている。
さゆみの優しさを直に感じながらも、
俄かに湧き始めた、漠然とした、正体不明の恐怖感・不安感は拭いきれない。
手の震えが全身に転移し、更には寒気まで感じてきた。
「・・・れいな?」
「・・・分からんっちゃよ・・・」
力が込められ、頭が引き込まれた。
自分のとは違う豊満な胸の中に、頭が沈む。
それでも、震えは止まることなく。
ついには、声までもが震えだした。
- 217 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:55
- 「・・・自分、でもわからんっちゃ、よ・・・
何に、こんなに、怯えてるのか・・・分からんっちゃよ・・・」
“まつうらあや”、“ふじもとみき”。
れいなを正体不明の恐怖感へと誘った二つの単語。
どんなに良く考えてみても、
どんなに記憶を手繰り寄せてみても、そんな単語は見つからない。
それなのに、何故ここまで自分は怯えているのだろうか。
これは・・・この感じはまるで、紺野あさ美と対峙した時に酷似している。
それが生き物なのか、それが名前なのか。
それがなんなのかも分からないのに・・・自分が、おかしくなってしまったのだろうか。
漠然としすぎた不安感の中で、れいなは必死にもがき続け、出口を捜す。
怖くて、怖くて・・・自分がどうかしてしまいそうで。
れいなは両手を解き、さゆみの背に回して強く抱きしめた。
「れーな・・・っ!」
「?――さゆ?」
憂いに満ちた声を発し、その瞬き一つ後。
さゆみは部屋の入り口へと視線を投げかけ、息を呑んだ。
顔を上げ、首を傾げながらもれいなも彼女の視線を追う。
特に何の異変も無い、自分の部屋の扉。
更に首を傾げながらも視線を前に戻したとき、さゆみがポツリと呟いた。
注意して聞かなければ聞き取れない、それほどの小さな声量で。
「誰か来る・・・ここの人じゃない・・・足音、二つ・・・誰?誰?」
- 218 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:56
- れいなには何も聞こえずとも、さゆみには確りと聞き取れている。
誰かが近づいてきているようだ。
それも、『PEACE』の人間ではなく、部外者が。
さゆみの耳は、そこいらのレーダよりも正確で穴が無い。
「さゆ、誰?」
「わからない・・・わからないけど、すごく・・・嫌な足音・・・」
道重さゆみの聴力は生物の接近を感じ取ることだけに止まらず、
足音の種類で、近づいてくる人物の大まかな情報を聞き取ってしまう。
精密で穴が無く、更には必要以上の仕事もしてくれる。
情報収集にはとても役に立つ機能だが、
裏を返せば、とても恐ろしい機能にもなり得てしまう。
「・・・?あれ?足音が、消えた?」
目をしきりに瞬かせ、困惑するさゆみ。
れいなは扉を睨みつけながら立ち上がり、慎重に近づいていった。
「れーな!」
「しっ!一応確かめとく」
慌てるさゆみを振り向かずに制し、ゆっくりと近づいていく。
つま先から畳につき、静かに踵を落とす。
いつだったかテレビで見た、忍者の歩き方。
扉との距離なぞ、たかが知れている。
三十秒もかからずにれいなは扉に張り付き、ドアノブに手をかけた。
唾を飲みながら、ゆっくりと、静かにそれを回す。
扉が開いて、やはりそこには誰もいなかった。
「・・・誰か知らんけど、どっか行ったみたいと――」
「!!れーな!早くドア閉めて!!」
- 219 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:57
- 珍しいさゆみの叫び声。
驚いたれいなは反射的に振り返る。扉は、開け放たれたまま。
「ど、どげんしたと、さゆ?」
「いいから!早く!ドア――ッ!?」
驚愕に目を見開き、浮かせた腰を再び沈めてしまったさゆみ。
顔から血の気が引き、唇は細かく痙攣する。
不可思議な反応を示すさゆみを見て、れいなが首をかしげた時、
己の首筋に触れた生暖かい、言葉。
「ねぇ・・・君の肉は、美味しい?」
「ッ!?」
声の調子は普通なのだが、放たれる雰囲気は絶対零度の冷たさがあった。
頬に触れるしなやかな指、腰を抱く健全な腕。
振り返りたくても叶わない。
今まで感じた事の無い、でたらめに強い恐怖感。
正体が分からないからこそ、それは一層強められる。
「ねぇ・・・君の血は、どんな味?」
「ひぁ・・・っ!」
ぬめりとしたモノが、首筋を這う。
更に強まる恐怖感を必死に押さえ込み、れいなは僅かに首を捻った。
「ねぇ・・・食べても、いい?」
「・・・っぁ!?」
後悔した。
長い舌を首筋に這わせ、上目遣いでれいなを見つめる紅く鋭い瞳。
その目を見た瞬間から、まるで時が止まってしまったかのようにれいなは動けなかった。
誰だろうとか、そういう疑問も浮かんでこないほど、
現在のれいなは恐れの念に身を強張らせていた。
「いいでしょ?少しくらい」
痺れを切らしたのか、僅かな苛立ちが乗った言葉が耳をくすぐった後、
背後の少女の唇が割れた。
れいなの狭い視界に飛び込んでくる、
人間のモノとは思えない程鋭く発達した犬歯・・・否、牙だった。
- 220 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:57
- 「っあ!」
れいなの皮膚を突き破り、体内に埋もれる鋭き牙。
もたらすは、その見た目と同様、鋭い痛み。
ビクンと、身体が大きくはね、目と口が大きく開かれる。
双眸からは涙が流れ落ち、開いた口からは苦しげに途切れ途切れの呻きが漏れる。
首筋に顔を生めた少女が、ニヤリと微笑んだ。
「れいな!!」
震えの取れない足腰を奮い立たせ、さゆみがれいなに駆け寄った。
のほほんとしているいつもの彼女からは想像も出来ないほどの剣幕で拳を握り、叫んでそれを上段に突き出した。
「れいなを離してっ!」
言われるがままに。
れいなの首に噛み付いていた少女は鬱陶しそうに顔をしかめ、案外にあっさりとれいなを開放し、身を離した。
向かってくるさゆみに力を無くしたれいなを投げつけ、廊下に出る。
れいなの首筋から、鮮血が流れ落ちていく。
僅かに血糊の付着した口元を舌で拭うと、
れいなの身体を支えながらまだ自分を睨んでいるさゆみを見て、嘆息した。
「あのさぁ、ミキ、食事の邪魔されるのメチャムカつくんだけど」
鋭く、紅い瞳がさゆみを貫く。
足が畳に張り付いてしまったように、動かない。
足だけではない。
口も開かない、腕も上がらない、呼吸も苦しい。
その全ては、目の前の“ミキ”という少女が醸し出す雰囲気に間違いない。
さゆみの鼓膜を揺らしていた音は、早鐘のように脈打つ己の心臓の音だった。
「責任、とってよ――」
「ミキティ!」
怒号と共に上がった、乾いた炸裂音。
ミキは舌打ちをして真横に跳んだ。
直後、モルタルで作られた廊下が火花を上げる。
「重さん、田中、大丈夫か?!」
- 221 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/01(日) 22:59
- 息を切らし、焦燥した感じの吉澤ひとみ。
片手で拳銃を構え牽制しながら、此方に声を掛けてくれた。
「わたしは・・・っ。あ、あの、れいながっ!」
「カオリに任せて」
「お願いします!」
その拳銃が向く先にいるはずのミキに、じりじりと吉澤は距離を詰めていく。
廊下の空気が、緊迫したものに変化を遂げる。
吉澤に遅れて駆けつけた飯田も、
珍しく慌てた様子で、しかし見事な手つきでれいなの首筋に手当てを施した。
「一応止血はしたけど、また後で医務室来て」
「はい・・・」
首に巻かれた包帯に、赤が滲み出る。
優しい手つきでれいなを寝かせると、さゆみは飯田と共に廊下に出た。
緊迫した空気は変わらず。
その中で、吉澤とミキは対峙していた。
「だめだよぉ、ミキたん」
突然背後から聞こえた、やけに間延びした声。
この空気を完全に無視して上がった声は、無意味に明るかった。
身体の緊張を解かずに、三人は振り向く。
灰色の制服に身を包み、何故か嬉しそうな笑顔を浮かべたサル顔の女の子。
その笑顔を見た途端、
どうしてか僅かに身が震えた。
「あ、その子新人さん?
どぉもぉ。松浦亜弥でぇ〜す。ほら、ミキたん!自己紹介しなくちゃ」
吉澤が驚愕して振り返る。そして、すぐに戻す。
自分の背後にいたはずの、ミキという少女。
その少女が、今は松浦亜弥の右隣に直立している。
その動きを、ここにいる誰もが捉え切れてはいなかった。
「・・・藤本美貴」
紅き目を隠すように、サングラスをかけ名を名乗る。
その口元が、不気味に吊り上るのを見て、さゆみの背中に嫌な汗が流れた。
僅かな息つく暇をも与えずやってきた二つの狂気は、
れいな達に混沌を齎す。
- 222 名前:無壊 投稿日:2004/08/01(日) 23:06
- >>208 紺ちゃんファン様
資料が無いもんで、記憶辿ってかいてますから・・・。
正直、彼女の喋り方は書いていて苦しくなってきます。
>>209 名も無き読者様
危険度指数、高橋さんが60としますと、彼女らは100です。
…すいません、でたらめ言いました。
自粛・・・しなくてもいいですよ(危険
>>210 刹様
…彼女にはあとできつく言っておきます。
あなたの存在自体がセクシャルハラスメントだと(爆
レスに多謝ですm(_ _)m
- 223 名前:無壊 投稿日:2004/08/01(日) 23:09
- 言い忘れました。
名もなき読者様、PC復活おめでとうございます。
川・-・)<心からお祝い申し上げます(拝
- 224 名前:無壊 投稿日:2004/08/01(日) 23:16
- ↑紺野さんの顔、しくった・・・
正しくは川o・-・)です。
- 225 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/08/01(日) 23:54
- わぁ!更新だぁ!
ミキティはクールで・・・、亜弥ちゃんは・・・??
とにかくなんか怖そう・・・。
次回更新待ってまーす!(唐突)
- 226 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/03(火) 20:29
- 更新乙彼サマです。
PC、結局ぶっ壊れて買い替えたのでレスが遅くなりました。。。
ひぃっ、、、でも彼女になら自分もk(ry
危険なのでやっぱり自粛しときますw
でわでわ続きもますます楽しみにしてお待ちしてます。
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/03(火) 22:04
- 更新お疲れ様です。
ミキティ、メッチャ怖いですね・・松浦さんも何か危なそう
続き楽しみにしてます。
- 228 名前:刹 投稿日:2004/08/04(水) 11:57
- 更新お疲れ様です。
何かまた危ない雰囲気に…
藤本さんも怖いですけどもう一人の彼女も
何かありそうですね。。。
次回も楽しみにしてます。
- 229 名前:我道 投稿日:2004/08/06(金) 10:58
- ――*
薄く目を開き、閉じた。
ぼやける視界を元に戻そうと手で擦りながら上体を起こす。
今度ははっきりと目を開ける。
まだ少ししぱしぱするが、確りと捉えられる白地のカーテン。
包帯の巻かれた首を軽く掻きながら、れいなはベッドを降り、カーテンを開けた。
「おはよう。夜だけどね」
その音に気付き、何かを書き込んでいた飯田が椅子を回して、れいなに微笑を投げかけた。
曖昧に会釈しながら、グルッと部屋を見渡す。
度々足を運ぶ、親友の眠る医務室。
そこに何故自分が寝かされているのだろうか。
寝起きの為か、ボーっとする頭でその理由を検索し腕を組み、唸る。
「・・・あたし、どげんしたとですか?」
結局は、飯田に頼る。
まるで頭に霞がかかったように記憶が曖昧で。
何故に、自分の首に包帯が巻かれているのかも分からない始末。
首に触れ、眉根を寄せるれいなに、飯田は困ったように視線を窓の外に流した。
外は、暗い。
月も、星も出ていない。
暗雲が空ごと覆ってしまい、静かに雨を降らせている。
「なんて言えばいいのかな・・・
単刀直入に言うと、食べられそうになった、ってところかな?」
『食べられそう』。
聞いた途端に、血の気が失せた。
フラッシュバックするおぞましいあの時の映像。
怯える自分、食す赤眼の少女。
包帯の上から軽く擦るようにしていた手に、いつの間にか力が入っていた。
この包帯の下に、あの時の傷痕が残っている。
人間に食べられそうになった、証拠が残っている。
- 230 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:01
- もう片方の手を唇に持っていく。
信じられないくらい、小刻みに痙攣を起こしていた。
グッと首を掴みながら、れいなはその場に座り込んだ。
「大丈夫。もうあんな事はさせないから」
投げかけられた温かい言葉。
それと共に、飯田はれいなを包み込んだ。
激しさを増していた胸の動悸が、だんだんと安らいでいく。
トクン、トクン・・・―――
飯田の鼓動の音が、心地よい。
子供は親の心臓音を聞くと心が落ち着くというが、満更嘘でもなさそうだ。
「道重に感謝しな。
あの子がアンタを助けて、ここまで運んできてくれたんだからね」
そう言えば・・・。
薄れる意識の中で確認した、さゆみの険相。
常からぽわぽわしているさゆみが、叫んで自分を助けようとしてくれていた。
感謝の念、謝罪の念が浮かび、れいなは飯田の腕の中で苦笑した。
「さゆは・・・?」
「あ〜・・・何か、夜更かしはお肌の敵って言って、もう寝たよ」
―――前言撤回。あのナルシストめ・・・。
眼球を動かし見てみれば、時刻は漸く十時を回ったところ。
れいなが小学生の時点ですら、余裕で起きていた時間。
兎にも角にも、道重さゆみはその可愛さを保つ事を目的に、日々を暮らしている。
「ハグですか?いいですね。
ミキも混ぜてくださいよぉ〜」
飯田の顔から、表情が失せる。
音も無く現れた来訪者に、飯田は色の無い瞳を向けた。
入り口の扉にもたれるようにして立っていた来訪者は、嘆息して苦笑した。
「睨まないでくださいよ、飯田さん」
「黙って」
れいなを隠すような形で直立する飯田。
冷たくあしらわれても、サングラスをかけた少女は怯えた様子も無く肩を竦めた。
- 231 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:02
- 「まだ怒ってんですか?その事はちゃんと謝ったじゃないですか」
「謝ってすむ問題?人の心傷つけておいて、ごめんですむと思う?もしかしたら、一生分のトラウマ背負う事になってたかもしれないんだよ」
「大袈裟ですって。ほんのちょっと齧っただけでしょ?それだけで壊れちゃうヤツなんか、『PEACE』にいらないじゃないっすか?」
嘲るように。
わざとらしく眉を上げ、サングラスを隔てて見下すような視線を投げてくる少女に、飯田は無表情をとき、鋭く睨みつけた。
それでも、全く悪びれた様子も見せずに、少女は踵を返した。
「歓迎されていないみたいなんで、戻りますね。
じゃあ、明日からよろしくお願いします」
僅かに振り向き、唇を笑みの形に歪める少女。
振り向きざまに少し見えたサングラスの下の紅い瞳に、れいなの喉がコクリと鳴った。
「アンタの血と肉、美味しかったよ。じゃあね」
嬉しそうに紡がれたその言葉に、身体が震えた。
気のせいではなく、確かにズキズキと痛み始めた首筋に手を当て、少女が出て行くのを見送る。
少女は来たときと同様に、音も無く医務室を後にした。
それを確認した後、れいなは思いっきり息をはきだした。
激しい運動の後みたいに、呼吸が荒く、苦しい。
バクバクと、速度を速めていく心臓を鎮めようとして、胸に当てた手に力を込めた。
「藤本美貴、十九歳。『PEACE』北陸支部所属」
耳元で、淡々と流れる飯田の言葉。
黙ってそれを聞きながら、れいなは抱えあげられ、ベッドに戻された。
未だ落ち着かない鼓動。
不安と慄きに震える身体を己で抱きながら、飯田の大きな瞳を見上げる。
慈愛に満ちた、しかし、悲哀にも満ちたその瞳。
- 232 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:02
- 「今日はもう寝な。大分、疲れただろうからね」
その感情を隠すように、飯田は目を三日月形に細めた。
れいなの頬を撫でる手はとても温かく、とても柔らかかった。
指から伝わる心地よさが、再びれいなの心に浸透してくる。
瞼が、だんだんと重くなってきた。
抵抗は、しない。今日は疲れた。
飯田の言葉に甘え、れいなは再び眠る事に決めた。
「おやすみ」
俄かに硬くなった口調。
それに疑問を持ちながら、れいなは意識を手放した。
- 233 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:03
- ――
―――
再び覚醒し上体を起こしたとき、感じた違和感。自分以外にも、この空間に誰かいる。
その正体はすぐに見つかった。
フッと、自然と頬が緩み、ため息が出た。
パイプ椅子に座り、コクリコクリと何度も首を折りながら眠る少女。
彼女の寝顔は自他共に認める。
とても、可愛い。
「さゆ・・・」
道重さゆみは、医務室があまり好きではないと聞く。
それは親友である亀井絵里の眠る姿を見ているのが辛いから。
だから、彼女は必要最低限以外でここに近寄る事は滅多に無い。
だから、れいなは素直に嬉しかった。
昨夜は例え帰ってしまったとしても、今はこうして自分の許に来てくれている。
さゆみと親友で、ほんとに良かった。
些細なことでも、れいなはやはりそう思う。
恥ずかしいから、本人には絶対に言ってやらないけれど。
「ぅ・・・む、ん・・・れーな・・・?」
「起きた?」
何の前触れもなく、寝ぼけ眼を擦りながらさゆみは覚醒した。
焦点の合わない目をれいなにむけ、自称一番可愛い笑顔を浮かべた。
そして、寝起きでも忘れずに
「・・・わたし、今日も可愛い?」
「うん、可愛か」
何時もなら惰性で返してしまう返事も、今日だけはほんの少し心を込めた。
れいなの反応にさゆみは更に笑顔を深くし、本当なら一言目に言うはずの言葉を紡いだ。
「おはよー」
「おはよ、さゆ」
- 234 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:04
- 何気ない会話が嬉しい。
二人は同時に伸びをして、次にはお互いの顔を見り、はにかんで微笑んだ。
さゆみが立ち上がり、カーテンを開けると眩しいくらいの光が飛び込んできて、れいなは目を細めた。
本日は快晴の様子。
雲ひとつ無い青空に、太陽が爛々と輝いている。
「おはよー。田中、道重」
革張りの椅子を反転させ、飯田がれいなたちのほうへと振り向く。
昨夜とは若干変化を遂げた光景に、思わず頬が弛緩する。
朝の挨拶は礼儀作法の基本。
れいなとさゆみは同時に、「おはようございます」と返した。
満足そうに頷き、席を立つ飯田。
向かった先は一つの本棚。
一番下の引き出しを開け、手を入れ、ごそごそと何かを探しているようだ。
程なくして、飯田は目的の物を発見した。
両手を引き抜き、足で引き出しを閉める。
掴まれていた三つのパン。
何の変哲も無い、良く店で見かけるロールパンだった。
「朝ご飯は一日の活力の元。さ、食べなさい」
流石保険医。
皆の健康状態に、常から留意していてくれている。
れいなは軽くお礼を言ってから、パンを受け取った。さゆみもそれに続く。
ビニル袋を破り、二人がパンに齧りついたところを見て、
微笑ましく見守っていた飯田の表情が、俄かに強張った。
連鎖するように、さゆみとれいなにも緊張が走る。
かくして、言葉は紡がれた。
「・・・それ食べ終わったら、会議室に集合だってさ」
影を落とす顔に声色。
どうしてかは、大体の想像はつく。
昨日、あの女性はれいなに、飯田に明日からよろしくと言った。
多分その事についてだろう。
そうなれば勿論、あの女性も同席するはず。
行きたくない。
その気持ちが食事に出てしまったのか。
れいなはパンにもかかわらず咀嚼して嚥下するまでかなりの時間を要してしまった。
それでも、必ずパンには終わりが来てしまうが。
- 235 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:05
- ――*
円卓を囲むようにして、れいなたちは席に着く。
扉側に、見知らぬ二人の少女。
なるべく、そこから離れるようにして。
会議室に集められた人間は、僅かに5人。
吉澤、飯田。保田にさゆみ、それにれいな。話によると、二人が関わるだろうと思われる人間のみを集めたのだという。
「で、何の用だよ」
小さく身が跳ねた。
俯きがちの顔を少しだけ上げて見ると、言葉同様、どこか棘のある険しい表情をした吉澤が扉側を睨んでいた。
吉澤も、あの二人の来訪は快く思っていないらしい。
いや、吉澤だけではない。
会議室に集められた五人全てが、嫌悪している様子。
その態度にサル顔の女の子は、困ったような笑顔を零した。
「やだなぁ。そんなに邪険にしないでくださいよぉ。
用件が済んだら直に帰還しますから」
「じゃあ、さっさと用事済ませて帰ってくれ」
にべも無くピシャリと。
棘を抜かずに言い放った吉澤に、松浦亜弥は苦笑いを浮かべた。
腕を組んで唸っている松浦の横で、藤本美貴が静かに立ち上がった。
「言い方に気をつけろ。喰うぞ」
「うるせぇ。黙って座ってろ、下僕ヤロウ」
- 236 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:05
- 一触即発の空気が流れ、れいなは息を呑み、二人を交互に見比べた。
冷静だ。吉澤も藤本もとても冷静だが、半端ではない怒気と殺気を感じる。
少しでも相手が動けば、ここは血の海と化してしまうだろう。
荒唐無稽な、自分の唯の予感でしかないが、必然とそう感じてしまった。
「ミキたん、落ち着いて。今日は喧嘩しに来たんじゃないんだからぁ」
サングラスをしているので、その表情を窺う事は難しい。
しかし、多分藤本は渋面を作っているだろう。
納得できないが、松浦が言うなら仕方ない。
黒の帳越しに視線を交差させながら、藤本は再び腰を下ろした。
「で、用って何よ?」
未だ睨みあっている二人を無視し、保田が口を開いた。
元来眼力の強い彼女が表情を険しくすると、まさに泣く子も昇天してしまうという。
しかし、それでも松浦は笑顔を崩さず。
嬉しそうに、楽しそうに保田を見つめる松浦の笑顔はとても明るく、だが同時に空虚を見ているような、そんな不思議な感じにもなった。
「はい。実はですねぇ、あのぉ…」
「何よ?言いたい事があるんならはっきりと、しゃきしゃきと言いなさい」
「はい。じゃあ、スッパリと言いますね。
高橋愛の死体を、北陸支部の研究室に渡していただきたいんです」
「「「な・・・っ?!」」」
松浦・藤本以外の人間が絶句した。
何?どうして、この人たち・・・なんで、高橋愛を・・・?
幾つもの疑問が渦巻き、れいなの心中に沈んでいく。
出したい。声に出して叫びたいけど、声が出ない。
ひどく、もどかしい気持ちになりつつ、れいなは自分の弱さを呪った。
- 237 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:06
- 「っざけんじゃねぇ!!」
激昂しての叫び。
憤怒を隠さぬまま、吉澤は机を強く叩き立ち上がった。
「お前、また繰り返す気か?!
人の命だぞ?!ンな事していいはずねぇだろうが!!」
れいなは、興奮を抑えず叫ぶ吉澤をチラリと見やった。
言葉からして、彼女には松浦の思惑が読み取れているようだ。
その鋭い視線は、松浦と藤本を隙無く睨みつけ、放さない。
しかし、それでも松浦はニコニコと音がしそうな笑顔を向け、
先ほどまで渋面を作っていた藤本は、シニカルな笑みを浮かべていた。
眉尻が、ピクッと反応。
捉えきれぬほどの速さで、吉澤は腰に収められていた拳銃を抜き放ち、二人に照準を合わせていた。
藤本が笑みを消し、立ち上がる。
サングラスを外し、現れたのは獣を思わせる程鋭く、そして真紅に輝く双眸。
れいなは自らの血の気が引く音を聞いた気がした。
あの目。
首筋に噛みつかれた時視認した、あの目。
恐怖を逆撫でする、あの目。
腿の上でギュッと拳を握り、ここから逃げ出したくなる衝動をれいなは必死に堪えていた。
「それ下ろしてよ。ミキ達は穏便に話を進めたいだけだよ」
「うるせぇ。ウチの社員に噛み付いた時点で、穏便なんかじゃないんだよ」
いつあの引き金が引かれ、銃口が唸りをあげてもおかしくない状況。
会議室を支配するは、重く、緊迫した空気。
れいなも、その隣に座しているさゆみも、自然と身が強張る。
そこにいる人間が全て緊張を高めている中、
やはり松浦だけは笑顔を絶やさずにいた。
「どうしても、駄目ですか?
教えてくれなければ、皆さんを殺さなければいけないんですけど」
- 238 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:07
- 今、自分達の目の前で笑顔を振りまいているモノは何だろう?
人間か?それ以外の生物か?
冷酷で、残酷な言葉を平気で口にし、
そして彼女はほんの少しの躊躇いも無く、それを実行するだろう。
まさに狂気。狂気のカタマリ。
それも、異様なほど巨大な・・・。
「もう一度聞きますよぉ?
どうしても駄目ですかぁ?」
5人は同時に、唾を飲み込んだ。
コクリと音が立ち、消えると、成り上がった静寂。
自分の心臓の脈動が聞こえるのではないかと、そんな懸念が浮かぶほどの静寂。
誰も、何も言葉を発しない。
皆の沈黙を、どう受け取ったのだろうか。
暫くして、松浦がゆっくりと席から腰を上げた。
静寂の中、吉澤達を一瞥すると、ため息を一つはき踵を返した。
藤本も後に続く。
「例え解剖調査をしても、ここの技術力じゃ何も分からないと思いますよ」
向けられた笑顔は艶麗で、それでいて凄惨で、冷酷。
悠然とした振舞いで扉を開ける松浦に、はっきりと感じた底知れぬ恐怖。
震えが止まらない。
外したいのに、彼女から目が離せない。
「あ、さっきのはジョーダンですから。殺すってやつ。
気にしないでくださいね♪」
極上で空虚を感じさせる笑みを残し、松浦達は扉の外へと消えていった。
その瞬間、空間を埋め尽くす安堵のため息。
速度を緩めることなく、寧ろ激しさを増していく胸の動悸。
れいなとさゆみは、それを服の上から押さえこみ、鎮まれと命令する。
それでも尚、自分達の心臓は言う事を聞いてくれず。
- 239 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:08
- 「あんた達、大丈夫?」
苦しそうに、肩を大きく上下させ呼吸をしながら、声を頼りに顔を上げる。
いつもは拝見できない、保田の心配そうな表情が目に入る。
れいなは無理やりに笑顔を作って、小さく頷いた。
「馬鹿ね。無理するんじゃないわよ」
苦笑いを浮かべ、頭頂に軽く拳骨。
やはり無理は見抜かれる。
この事実は、小川麻琴の時に実証済みだ。
「良く頑張ったわね。偉いわ」
保田に褒められたのなんていつぶりだろうか?
怒られても、呆れられても軽く流してしまうれいなだが、
やはり称賛を与えてもらうのは子素直に嬉しい。
僅かに、脈動の感覚が長くなった気がした。
「道重、アンタもよ」
ポンと、手を優しく頭に乗せられると、照れたような笑みを浮かべる。
さゆみにでも、照れるときがあるんだ。
初めて見る親友のはにかむ様な笑顔に、自分の頬も思わず緩んだ。
しかし、吉澤と飯田の方へと視線を流すと、意識しなくても顔が強張った。
二人の険しく、強く焦燥したような表情を見れば、事態が簡素でない事など一目瞭然。
「くそっ・・・バケモノだよ、あいつら・・・」
額の冷や汗を拭いもせず、悔しげに机を殴打する吉澤。
焦りと、憤りが口調からもひしひしと伝わってくる。
事は、まだ始まったばかりなのだ。
一層強く身を震わせながら、れいなは切実にそう思った。
- 240 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:08
- ――*
小川麻琴は何も考えずに、シミ一つ無い白い天井をただ眺めていた。
装着したヘッドフォンから何かの音楽が漏れている。
目に、生気が無い。
程なくして、音楽を止め、ヘッドフォンを外した麻琴はごろりと一つ寝返りをうった。
勿論、眠ってなどいないけど。
「ふぁ・・・」
かみ殺すこともせず、盛大に口を開け、欠伸をする。
透明な花瓶の中に刺さっている花の束は、既に大半は枯れてしまっている。
花の寿命とは、こうも短いものか。
物思いに耽るなんて事は、無い。
耽ようにも、耽るものが無いのだ。
一言で。
一言、簡潔な言葉で言ってしまうと
「・・・ひま〜・・・」
入院して、約一週間。
傷はもうほとんど、完治してしまっている。
常日頃、度々身体を動かしていた麻琴にとって、
入院生活、つまり行動がほとんど抑制される生活は我慢ならなかった。
動きたい。
動いて、働いて、遊びたい。
うずうず、うずうず。
いい加減に、我慢の限界というもの。
「ちょっと位なら・・・」
動いてもいいよね。
動かなきゃ、動けなくなるもんね。
自分を正当化するように呟いて、
別に誰がいるわけでもないのに、ソッとした動作でスリッパを履く。
そしてこれもまた静かに。
足音をたてぬため、つま先から床に着き、ゆっくりと踵を下ろす。
息を止めながら、一歩一歩。
扉の取っ手を強く掴んで、横にスライドさせる。
急いで廊下に出ようかとしたとき、何やら柔らかな感触が行く手を遮った。
サァッと血の気が引き、冷や汗が大量に噴き出す。
見たくない。
だから麻琴は、踵を返して脱兎の如く逃げ出そうとした。
しかし逃亡は失敗。
敗因は昨日までの車椅子生活で足腰が弱っていた事と、
襟首を、有無を言わせぬ強い力で掴まれ、持ち上げられた事にある。
「おめぇ・・・そんげにオレの性的指導さ受けたいだか?」
- 241 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/06(金) 11:09
- 潤んだ目を瞑り、ブンブンと頭を横に振る。
今自分の背後に立つ鬼は、一体どんな表情をしているのだろう。
そんなもの、怖くて確認できるわけが無い。
「・・・まぁ、いいがね。
それよか、ほれ。おめぇに用があるってヤツが来てっぞ」
掴まれたまま、くるりと身体を反転させられる。
見知らぬ顔が二つ、まだ部屋に入らず、廊下から麻琴を見つめていた。
一つは笑顔、もう一つは・・・読み取る事は出来ない。
「こんにちはぁ。小川麻琴ちゃんだよねぇ?」
自分は知らないのに、彼女たちは知っている。
どうしてだろうと、内心不可解に感じながらも頷いた。
その反応に、笑みを深めたサル顔の少女は毅然とした足取りで、
麻琴の病室の中へと踏み込んできた。
その後ろから、黒の帳で双眸を隠した少女が続いて足を踏み入れる。
「ちょっと、高橋愛のことでお願いがあるんだけど」
三日月形に細まっていた目が、薄く開く。
少女の二つの瞳に宿る色を目の当たりにして、麻琴の肢体に緊張が走った。
卓越した何かが宿る、冷酷な瞳。
夜の闇より、深淵の闇より更に深い、真の闇色。
人間らしい色なんて、そこには一つも無かった。
「あたし、松浦亜弥。でぇ、こっちが藤本ミキたん」
「ちょっと、亜弥ちゃん。あだ名と本名くっつけないでよ」
スッと目が閉じられ、止めていた息を盛大に吐き出す。
いつの間に止めていたのか。それとも、止めずにはいられなかったのか。
目の前で楽しそうに言い合いをする松浦と藤本を見て、
麻琴は得体の知れない恐怖に身を震わせ、己を抱くように腕を回していた。
これが唯の凶夢であればいいのに・・・。
何故だか、そんなことを願ってしまった。
- 242 名前:無壊 投稿日:2004/08/06(金) 11:18
- どうも…ミスってしまい、凹んでいる無壊です。
>>225 紺ちゃんファン様
素早い反応、ありがとうございます。
彼女たちは、怖いですよ。いや、多分ですけどね。
>>226 名も無き読者様
レス、ありがとうございます。
メル欄…まじに、もらい泣きしましたです(涙)
危険です。かなり危険です。さすがにそれは自粛した方が良いかとw
>>227 名無飼育さん様
レスありがとうございます。
あの二人は、まあ色々ある・・・んでしょうね(オイ
>>228 刹様
レスありがとうございます。
危険、流血沙汰…大好きでございます。すいません、変人で_| ̄|○
…ここでは無壊でお願いしますm(_ _)m
- 243 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/06(金) 11:25
- 更新乙彼サマでっす。
いやーリアルタイムで見れましたw
彼女たちの目的は一体・・・?
それにしてもホントどうにか見習いたい程素敵な雰囲気の文章ですな。。。
・・・精進します。
続きも一層楽しみにしてます。
- 244 名前:亜弥☆美貴 投稿日:2004/08/08(日) 06:23
- なんか引き込まれるストーリー…亜弥ちゃんも美貴たんも狂気につつまれた感じですね!!はまりそぅ…めちゃ引き込まれる…素直に口に出す美貴たんと違って笑顔を絶やさない亜弥ちゃんのがこわいイメージをうけました!作者さんこれからもロムらせてもらいます☆頑張ってください!
- 245 名前:刹 投稿日:2004/08/08(日) 13:02
- 更新お疲れ様です。
まこっちゃん、どうなるんや。。。
藤本ミキたん……キャワ!(ヲイ
重さんのはにかんだ顔……ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!!
すいません。取り乱しました。
鬼土さんの性的指導も気になりますw
それでは次回も楽しみにしてます。
- 246 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/08/08(日) 21:51
- 作者さま、更新どうもです。
やっぱり、亜弥ちゃん(ボケ)と美貴ちゃん(ツッコミ)って、なんか和む・・・。
気がする。(変?)
怖いトコのはずなのに・・・。
ま、それはさておき、つぎの更新を待ちたいと思います。
- 247 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:21
- 彼女と出会い、愛しあえたのは「運命」で、
彼女が死んでしまったのも、悲しい「運命」――「悲運」なんだって。
「悲運」?
なんで、どうして?
全然、悲しくなんかないよ。だって、ほら。
彼女は私の隣にいてくれる。
ずっとずっと、傍にいてくれる。
「運命」はね、すっごく素敵で、美麗な言葉なんだよ。
あれ?
どうして、皆、そんな暗い顔してるの?
あ、そっか。
あいつらだね。あいつらが皆に間違った運命の観念を植え付けているんだね。
分かった。
じゃあ、私がそいつら全部殺してあげる。
犯罪者を、この世から消してあげる。
私が、綺麗に掃除してあげる。
- 248 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:23
- ――*
扉を閉め、ベッドへと歩み寄る。
松浦亜弥は簡素なパイプ椅子に、藤本美貴は腕を組み扉に凭れるように立っている。
二人の視線は、ベッドに腰掛ける小川麻琴に向けられていた。
笑顔を崩さずに自分を見つめてくる松浦。
麻琴は本能的にそれを直視するのを嫌った。
まるで虚無を見ているようで。
笑っているのだが、笑っていない。兎に角、不気味で空虚な、そんな笑顔。
「どうしたの?具合でも悪いのぉ?」
プルプルと、麻琴は小さく首を振り、否定する。
初見の人にこのような態度は、芳しくないにも程があると思う。
話す相手の顔も見ず俯いて、曖昧に頷いたり、首を振ったり。
良くはない、頭ではそう理解しているのだが、
どうやら、身体が言う事を聞いてくれていないみたいだ。
喋れと命令を送っても、口が開かないし、
相手の眼を見ろと命令しても、顔が上がらない。
麻琴は、自分でも人見知りなぞとは縁がないと思っていた。
とっつきがよく、すぐに親しくなりあえると、ある先輩にも褒められたほど。
そんな麻琴でも、
この松浦亜弥と藤本美貴を前にしては身が竦んでしまう。
いや。
人懐こい小川麻琴であるからこそ、二人の前では何も出来ないのかもしれない。
「そぉ?ならいいけどね」
眼球を僅かに動かし、見上げてみると松浦はやはり笑顔。
当然の如くこちらを見ている松浦。
必然に眼が合ってしまい、麻琴は慌てて視線を斜め下――モルタル作りの病院の床に落とした。
- 249 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:24
- 「じゃあ、本題入るけよぉ。
あのさぁ、麻琴ちゃん、で良い?」
空間が音を失い、意味もなく、麻琴の心臓が速度を増した。
沈黙の時間は、ものの数秒。
しかし、麻琴にはそれが何十分にも、何時間にも感じられた。
喉を、コクリと鳴らし、
荒くなる息を抑えながら、漸くゆっくりと首肯した。
「じゃあね、麻琴ちゃん。君、高橋愛の生きてる姿、また見たくない?」
思わず、顔を上げた。
笑顔が、変わっていた。明るく楽しげな笑顔から、美麗で物静かな笑顔に。
麻琴は何も聞き返さず、
今松浦が紡いだ言葉を口の中で反芻し、思考を巡らせる。
しかし、意味が分からない。
高橋愛は死んだ。
自分が――小川麻琴が殺した。
だから、松浦の質問は全く意味を成さないもの。
麻琴は眉を顰め、松浦の顔をジッと見つめた、彼女の意図を汲み取るために。
しかし、その麻琴の行動も、全く意味を成さなかった。
「君が高橋愛の死体保管場所を教えてくれたら、彼女とまた会えるんだよぉ」
見つめられても、怪訝そうな瞳を向けられても、
松浦亜弥はただ自分のペースで話を進めていく。
麻琴の眉間の皺が、深くなった。
「そうすれば、あたし達も助かるし、一石二鳥でしょ?
だから、教えてくれないかなぁ?」
少しだけ首を傾げ、微笑を絶やさぬまま、松浦は麻琴の返事を待つ。
僅かな、けど確かな怒りを瞳に湛え、麻琴は松浦を睨みつける。
しかし、松浦は笑って黙しているだけ。
- 250 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:25
- 不意に、その視線を扉に凭れかかる藤本に向けてみた。
組んだ腕が、小刻みに揺れている。
黒のサングラス越しに冷たい視線を感じ、麻琴はすぐに眼を逸らした。
麻琴は俯き、松浦は微笑み。
静かな麻琴の病室に、藤本がならす靴音が響き始める。
何も答えない麻琴に、少々苛立ちを感じているのだろう。
「ねぇ、どぉ?麻琴ちゃぁん?ゼッタイに悪くはない取引だと思うんだけどぉ」
松浦の声色は変わらない。
媚びるような口調で、麻琴の表情を窺い、答えを待つ。
もう一度。
麻琴は、松浦の顔を見遣った。
「帰ってください」
空間を満たす、低い声。
ハッキリと耳に入ってきたその言葉に、松浦の顔から笑みが消える。
そして、浮かび上がってくるは、無。
出来上がった無機質な瞳で、麻琴の視線を受け止める。
確かな、違い。
冷淡な眼差し。だが、感じる。その奥には、燃ゆるような意思が秘められている。
無機質な瞳と、意思の篭った瞳。
ぶつかり合い、緊迫した雰囲気を醸し出す。
藤本美貴は、小さく鼻を鳴らしながら腕を解き、扉から背を離した。
松浦が、口を開く。
「出来るよ。あたしだから、松浦だから出来るんだよ。
嘘はついてない。
君が在り処さえ喋っちゃってくれたら、すぐにでも彼女の笑顔を見せてあげる」
「聞こえませんでしたか?帰ってください」
特に感情を荒だてるワケでもなく、平坦に言葉を紡ぐ松浦。
表情が消えた可愛いと自負する顔を見つめ、麻琴は強く言い返した。
- 251 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:25
- 藤本が、超然とした足取りで松浦の横まで進んでくる。
時間をかけて握られた拳は、ポキポキと骨のなる音がした。
「どぉして、君はそれを望まないの?」
僅かな間があき、
「…別に望んでないわけじゃないですよ」
自嘲気味に笑い、呟いた。
「でも、愛ちゃ――高橋愛が、同じ事を望んでいるとは限らないでしょう?」
「高橋愛が、死を望んでいると?」
「さぁ、そんなの分かりません。死人は口が利けませんからね。
でも、道具として再利用されるって言うなら、あたしは永眠を選びますね」
挑発の意を込め、向けられた笑み。
松浦は微小なだけ片眉を吊り上げ、すぐに元に戻した。
僅かに、全身を駆け巡る血が騒がしくなってきた。
「道具として利用するなんて言ってないでしょ?
変な言い掛かりは止めてよぉ」
わざとらしい笑みを浮かべ、柔らかに非難をする松浦を
麻琴は鼻で嘲笑った。
「例え、それがあたしの勘違いだとしても、多分アンタはそれに近いことをする。
生きてるのに、死人みたく生気のない目。
そんな目をした人に、あたしの大事な恋人は預けられないですよ」
言い終わらぬうちに、麻琴はベッドに寝転がる。
布団で全身を覆い、松浦達に背を向け、枕に頭を静めた。
「だから、あたしは貴女の願いを――貴女を拒否します。
お引取りください。
願わくわ、二度とあたしの前に現れてくれないことを望みます」
丁重な言葉遣いが、麻琴の怒りを象徴している。
高橋愛は自分の恋人。
例え、その命尽きようともその事実は不変。
他人が軽々しく口に出さないで欲しい。
身体を覆う布団の端を強く掴み、麻琴は怒りと恐怖から来る震えを必死に押さえこんだ。
- 252 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:26
- 暫くして、背後から椅子の引きずられる音が聞こえた。
大きく吐き出された溜息に安堵を感じ、麻琴は違う意味での溜息を吐いた。
一瞬の後、
安堵の表情は、畏怖と驚愕に染まる。
「麻琴ちゃんが悪いんだよぉ。素直に教えてくれないから」
「だからミキは、こんな回りくどいやり方しなくても、
力ずくで吐かせちゃえばいいって言ったじゃん」
宙に浮かぶ足を暴れさせ、藤本の胸を、腹部を蹴る。
それでも、藤本は涼しげな表情。
首を締め上げられ、持ち上げられている麻琴は既に意識が飛びそうなほど辛苦な状態。
どれ程の力が込められているのか。
何をしても、麻琴の首を掴み上げるしなやかな腕は、ビクともしない。
「麻琴ちゃん、これが最後だよぉ。高橋愛の居場所を教えて」
「ここでも意地張って黙秘するんだったら、容赦なくアンタの首、へし折るから」
首にかかる手に、僅かな力が入った。
それと相成って、自分に向けられた瞳に、俄かに身体が強張る。
慈悲を含む、惨酷な色。
それを宿した、松浦の二つの瞳が麻琴の体を貫く。
自分が答えねば、確実に、忠実に松浦は述べた事を実行するだろう。
つまりは、黙っていれば死という道が与えられる事は、必然的なものとなった。
でも、それでも麻琴は拒み続ける。
弱々しい眼差しを下に向け、力なく首を左右に振る。
絶対に、嫌だ。
こんな奴らに、愛ちゃんを渡せるものか・・・っ。
精一杯の強がり。
ググッと眉間に皺を寄せ、自分を見つめる二人を睨みつけた。
ハァッと。
返ってきたのは呆れたような溜息に、更なる腕の力。
- 253 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:27
- 「馬鹿だよね。ちゃんと答えてれば、死期が延びたのに」
もはや、声も出せない状況。
首を締め続ける腕は、等間隔で力が加わっていき、頚動脈を確りと締めてくれる。
口を開けても、息が出来ない。
代りにもならない、唾液が垂れ流れるだけ。
「うわ。きったな〜」
わざとらしく笑みをつくり、悪態をつく藤本。
もはや色を失いつつある双眸を向けると、冷笑を湛えた松浦がいる。
彼女は自然な流れで視線を外すと、踵を返し扉へと歩み寄っていく。
何か、何でもいい。叫んでやりたい。
非難を、形にし、大声で叫びたい。
それは、今現在、叶うことはないけど。
扉に手をかけた時点、冷笑のまま振り返り、松浦は一言。
「さよなら。もう二度と会うことはないよぉ、麻琴ちゃん」
冷酷な言葉を、なんと快活な口調で言うのだろうか。
松浦亜弥という人物は、外見からは想像もつかないほどに、凄惨で、倣岸だ。
多分・・・いや、確実に。
彼女はこのままでは止まらない。
自分の欲望を満たすのであらば、何者の命をも厭わないだろう。
止めたい。
止めたいが、自分には止められない。
悔恨の念に駆られ、麻琴は一筋涙を零した。
「おがっち、まんまの時間だが…」
- 254 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:28
- 松浦が開く前、不意に扉は開かれた。
鮮明な真紅の髪の毛、190超の長身、顔を四層に分けるように刻まれた十字傷。
純白の白衣を身に纏った鬼土零拿は、
目の前の光景に驚愕し、その一瞬の後憤然を露にした。
「おめぇだづ!病人に何してるだかぁ!!」
お盆に載った病院食も放り投げ、巨体を揺らせて突進。
首にかかる力が消失し、重力が麻琴の身体を吸い付ける。
床に実を打つ前に確認した。
僅かに身を傾け、冷酷な瞳だけで合図を送る松浦。
そして、それに答えるように突進してきている鬼土に躍りかかった藤本の姿。
「邪魔」
にべも無く、鋭い声色が麻琴を貫きながら、藤本は腕を袈裟斬りに振るった。
すると、鬼土を部屋の外へと吹き飛ばされる。
来ていた白衣が斜めに裂け、その下の肌にも侵食をする。
刻まれた五つの爪痕。
意外なほどに白い鬼土の肌。肩口から腰の辺りまでに、痛々しい裂傷がはいった。
「グルァ!!」
血反吐を吐きながら、盛大に服を破り捨てる鬼土。
豊満な胸が、見事に割れた腹筋が、盛り上がった上腕二等筋が惜しげもなく外気に晒される。
ぎらりと、憤怒を彩る瞳は藤本へ。そして、その巨体も。
「表さでれ!」
鬼土が流れ、鮮血が線を引く。
藤本が、松浦が目を丸くしていた。
瞬き一つの間に、鬼土は藤本目の前にまで迫り、彼女の頭を鷲掴みにし、力任せに放り投げていた。
響いた、破損音。
振り向けば、窓硝子を砕き、藤本の肢体は宙へと投げ出されていた。
サングラスがとれ、驚愕に見開いた目が此方を凝視している。
それも一瞬。
藤本の姿は、完全に半裸の巨体によって隠蔽された。
「たんっ!?」
- 255 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:29
- 組み合い、落下を始めた二対の身体。
ここに来て初めて狼狽、焦りを露にした松浦。
駆けて、窓に近寄ると、すぐさま踵を返し、この部屋から飛び出していった。
首を押さえ、咳き込んでいた麻琴もカーディガンを羽織り、部屋を後にした。
- 256 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:30
- ――*
憤りを感じられずにはいられなかった。
それは容易に予想できたはずなのに。それなのに・・・。
人を掻き分け進む吉澤の表情には、悔恨と自責の念がハッキリと窺えた。
隣を走るれいなも、その事には気付いている。
でも、敢えて何も言わず、走り続ける。
この道の先にある『PEACE』直属の病院。
そこは麻琴が入院している病院でもある。
そこから緊急通報があったのが、今から10分ほど前。
目つきの鋭い女の子が、一人の看護師と揉めているのだそうだ。
吉澤は受話器を投げつけた。
そして、己の拳を一度机に叩き付けると、手の開いていたれいなを呼び出し、病院に向かったのだ。
歩いても五分と掛からないその場所は、走ればすぐにでも到着する。
もう既に、紅い十字架がかなり大きくれいなたちの視界に収まっていた。
「くそ・・・っ」
舌打ち。
歯痒い表情を浮かべ、二人は速度を速めた。
松浦亜弥が、高橋愛を狙っている。
諦めたとは思えないが、吉澤達の所から一旦退いた松浦達は次に小川麻琴に接触を試みた。
この事象は、当然である。
高橋愛を狙うなら、それに一番身近だった人物に近づいてみればいい。
それが一番の近道である事は、松浦はおろか、吉澤もちゃんと心得ていたはず。
それなのに、深追いしなかったのは、松浦達が退き安心してしまったからだろう。
もう一度、吉澤は自分を叱咤した。
- 257 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:31
- ォォォォォ・・・―――
突然耳を衝いた、不可解な音。
それに疑問を持つ前に、到着した病院の門で虚をつかれた。
塀で周りを囲まれている、この病院。
中へと入れる所は正面の門と、裏手にある小さな扉だけ。
吉澤とれいなは、正面の門のまで来て、足を止めた。
ゆるりと一歩を踏み入れ、辺りを見回してみて、目を見開いた。
正面玄関までの道のり。
その両脇に植えられていた木々が、全て転倒している。
更には、コンクリートで固められた道は、所々が砕かれていた。
惨状。
まさにその言葉が一番相応しいこの状況。
その中で、対峙する二つの人物。
れいなには無理である。
何故なら、れいなは彼女を深く知らない。
昨日今日会ったばかりのれいなにとって彼女は、唯の背の高い看護婦であるのだから。
しかし、吉澤は彼女のことをよく知っている。
だから、容易に想定できた事のはずである。それすらも忘れるほど、自分は焦っていたのだろうか。
吉澤は自分の浅はかさに些か苛立ちを覚えながらも、
紅い髪を靡かせ仁王立ちする女性を見て、小さく胸を撫で下ろした。
しかし、それも束の間。
次の瞬間、掻き消える藤本美貴の姿。
鬼土零拿が腰を沈め、前方を睨んだ。
オオオオオオオォォォォ!!!―――
- 258 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:31
- 先ほど聞こえたものと同じ、猛々しい咆哮。
そう、それは咆哮。
人間は勿論、獣と判断してよいのかも迷ってしまうほど彼の咆哮は獰猛だった。
どちらかではない。
鬼土零拿、藤本美貴。双方が同時に上げた、叫び。
その二人から流れ出る迫力で、吉澤達は軽い呼吸困難に陥った。
「ヴルァ!!」
鬼土が腰と共に沈めた右腕を、右足の踏み込みと共に振り上げる。
右足が置かれた所に亀裂が入り、その突きの威力を物語る。
その勢いで、豊かな胸が上下に激しく揺れ動き、れいなは僅かながらも苛立ちを感じた。
しかし、鬼土の右拳は空を殴打しただけ。
伸ばした場所には、何も存在しない。
停止する事は、無い。
鬼土は右腕をすぐに引き脇に着けると、その長い脚を後方に振り回した。
ビリッと、ミニスカートが破れ、
ストッキングに包まれているながらも、赤の下着が出現する。
しかし、鬼土は全く介せず。
紅い下着と、逞しい上半身を曝け出しながら、振りきった脚の先に乗る少女を睨みつけた。
「邪魔、スルナ」
藤本美貴の唇が割れ、低く掠れた声が漏れる。
相乗して、彼女の真紅の瞳が放つ威圧感は、須らく戦慄を与える。
一人を、除き。
- 259 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/11(水) 15:32
- 「人の仕事場荒らしといて、なぁにが邪魔すんなだぁ?」
脚を引き戻し、半身を開く。
未だ空中を浮いている藤本に、再度蹴りを叩き込む。
しかし、それはまたも不発に終わる。
迫り来る長い脚に、やんわりと手を触れる。
そして、蹴りの勢いに乗り宙を舞う。そして、鬼土との距離を確認し、着地。
そこを見逃すわけが無く、鬼土は既に藤本の目の前まで接近。
硬く握った拳を高々と振り上げ、打ちつけた。
刹那。
鮮血が舞う。
コンクリートに拳を突き刺したまま、鬼土はその腕を見、次に藤本を睨んだ。
いつの間にか、鬼土と距離を取り、悠然と佇んでいる藤本。
右の爪に付着した赤を舌で舐め取り、顔を顰める。
「…不味い」と。
青筋を浮き上がらせ、力任せに腕を引き抜く鬼土。
腕の付け根から、手首にまで走る裂傷。出血も半端な量ではない。
鬼土は傷を鬱陶しそうに見下すと、唇を窄め、適量な唾を吐き出した。
傷の上から乱雑に塗りこむ様を見ていると、彼女は本当に看護婦であるのか疑わしくなる。
ものの数秒も掛からずに、鬼土は応急処置を終えた。
鼻息を荒くし、拳と拳を胸の前でぶつけ合う。
その衝撃ですら、彼女の胸は激しく揺れ動く。
「…おめぇ、はげっしぇ性的指導さ必要なみてだな」
開閉を繰り返す手を脇に置き、肩幅ほどに脚を開いた。
物静かな雰囲気が、鬼土の怒りの度合いを指し示す。
真紅の瞳と、漆黒の瞳。
僅かな距離を隔て、空中でぶつかり合う。
藤本も、肩幅に脚を開いた。
緊迫した空気の中で佇む鬼土と、藤本。
吉澤とれいなが同時に息を呑んだとき、正面玄関から出てくる松浦亜弥と小川麻琴の姿を確認した。
- 260 名前:無壊 投稿日:2004/08/11(水) 15:41
- >>243 名も無き読者様
リアルタイム読破、ありがとうございます。
見習いたいなんて、そんな…私こそ、見習いたいくらいですよ。
>>244 亜弥☆美貴様
初レス、ありがとうございます。
引き込まれるとは、これまた嬉しいお言葉。恐れ入ります。
頑張りたいと思うので、これからもよろしければ呼んでやってくださいm(_ _)m
>>245 刹様
ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!! いただきました(w
鬼土さんの性的指導は、次回見れる・・・かもしれません(ハッキリシロ
>>246 紺ちゃんファン様
いえいえ、案外私も和んだりしていますから(w
いつも以上に駄文であるのは、暑さのせいだと言い訳しておきます(死
- 261 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/11(水) 15:48
- 更新お疲れサマです。
出た、作者サマ名物・バケモノw
この方が出てきただけで妙に安心してしまいましたよ。
ていうかアレを見た時の田中しゃんにちょっと笑いましたww
期待通りの彼女、続きも楽しみにしております。
- 262 名前:紺ちゃんファン 投稿日:2004/08/12(木) 23:44
- 作者さま、更新どうもです。
麻琴〜・・・(涙)助かって良かったね〜・・・。
PCの前で震えておりました。あああ・・・って(笑)
続き、たのしみにしてます。
- 263 名前:刹 投稿日:2004/08/14(土) 11:21
- 更新お疲れ様です。
お、あの方の性的指導がついに……
ってかある意味藤本さんより松浦さんの方が怖ひ。。。
でもまあ助かってよかったよまこっちゃんw
それでは次回も楽しみにしてます。
- 264 名前:石川県民 投稿日:2004/08/15(日) 13:58
- (こちらでは)初レスさせていただきます。
一気読みさせていただきました。
高橋さんと小川さんの二人にマジ泣きして、鬼土さんの存在に大笑いさせてもらいました。
無壊さまサイコーです!影響されまくりです。
次回と次回の性的指導を楽しみにしてます♪
- 265 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:47
- 二人が衝突する度に鮮血の華が咲き乱れ、コンクリートは砕かれる。
鬼土の身体には裂傷が、藤本の身体には打撲傷が無数に刻み込まれていく。
それでも、動きを緩めることなく、寧ろ時間を追う毎に二人の戦いは激しさを増していた。
れいなが思わず目を伏せる。
その瞬間、鬼土の肘鉄が藤本の肩口に突き刺さった。
窪んだ肩には目もくれず、かみ合わせた歯を剥き出しにし、藤本は鋭く尖らせた二本の指――右の人差し指と中指を、鬼土の脇腹へと差し込んだ。
二本の指は呆気なく皮膚を突き破り、鬼土の体内へと侵入する。
そして、差し込んだままの指を鉤状に曲げ、掻きまわす。
常人であるなら気が狂ってもおかしくないほどの激痛のはず。
しかし、鬼土は唯、不敵に笑う。
白い歯を覗かせ、凶暴に吊り上げた唇の端から血が垂れてきても、痛みに屈せず。
逆に自分から更なる痛みを求めるかのように、力強く一歩を踏み込んだ。
不可解な行動に、藤本も思わず驚愕した。
数瞬だけ、鬼土の体内(なか)を蹂躙していた指が動きを止める。
刹那、鬼土は藤本の手首を掴み、乱雑に引き抜いた。
引き抜きの衝撃で鬼土の脇腹は傷口を広げ、粘質の赤い液体がだらだらと垂れ流れてくる。
しかし、やはり鬼土は意に介さず。
空いた手に唾を吐き出すと、傷口を強く叩き、治療終了。
その時も藤本の腕を、確りと掴んだまま。
頬を掠める、爪の一閃。
怯まずに、暇になっている方の手を伸ばし、藤本が仕掛けたのだ。
パクッと、思いのほか白い鬼土の頬が短く裂け、少量の血が流れだす。
鬼土はそれを目だけで確認した後、突き出されたもう一方の手首を掴んだ。
藤本の手が交差され、もはや腕での攻防は不可能なものとなる。
だから、藤本は跳躍した。
腕を封じられたまま、僅かに跳ね上がり、身長のわりに長い脚を蹴り上げた。
- 266 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:48
- ゴツッと鈍い音がして、鬼土が空を見上げた。
手首を掴む手の力が緩み、藤本は逆さの状態になりながらも脱出を試みた。
しかし
「に、がさん」
急激に手首を掴む力が復活し、有無を言わさず引き込まれた。
状態が戻り、目の前で確認したものは十字傷。
そして、額に感じた強く、重い衝撃。
皮膚が裂け、血は舞い、華となる。
頭突きと共に手首が解放され、無事着地したは良いものの、藤本はヨロヨロと二、三歩後退。
赤い幕が下ろされる中、藤本の真紅の双眸は鬼土を睨みつける。
爛々と憤激のために輝く瞳を向け、鋭く尖った牙も惜しげなく披露する。
合わせた歯の間から、熱い息が漏れた。
唐突に、藤本が身を低くした。
両手を地につき、右足だけを伸ばす。
陸上のクラウチングスタートに似た形となった。
藤本の現在位置を凝視しながら、れいなは一つ瞬き。
瞼を上げた瞬間、忙しなく辺りを見回し始めた。
れいなが見つめていた先、
先程まで藤本が屈んでいた場所に、その姿は見つからなかった。
「たんっ!」
入り口に近い場所にいる松浦から、歓喜に満ちた叫び声が上がる。
咄嗟にそちらに視線を流し――言葉を無くした。
- 267 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:49
- よろける巨体。
藤本は振り上げた腕を引き戻し、右足を軸に後ろ回し蹴りを放った。
豪快に倒れこむ鬼土の姿を睥睨し、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
―――そ、んな・・・
僅かに、瞬き一つ。
その一秒にも満たない時間の中、藤本は鬼土の前に移動し、爪を揮ったというのだろうか。
信じられない、信じたくない。
人知を、れいなの理解できる範疇を遥かに凌駕している藤本の動き。
世界に、こんなバケモノが存在していいのだろうか・・・?
「たんっ!?」
悲鳴に近いその声で、れいなは我に返った。
視線を戻すと、藤本の姿が再び消えていた。
しかし、今回は移動してではない。消えさせられたのだ。
「トドメさすまで油断しんほうがいいって、習わんかったんか?」
肩口から腰辺りまで、交差された爪痕が刻まれている。
だが鬼土は、堪えていないように不敵に笑う。
藤本の足首をガッチリと掴んで転ばせ、そして自分の身体に引き寄せた。
起き上がり、反撃を試みようとした藤本だが、それは鬼土の身体によって妨害される。
圧し掛かる巨体。
藤本が下、鬼土が上。
お互いの膨らみが潰しあう感触に、本能的に嫌悪した。
鼻がつきそうなほどの至近距離で、傷だらけの頬が愉快げに吊り上る。
ルージュの引かれていない唇が小さく割れ、それに見合った小さな声で鬼土は囁いた。
「言うたろ?おめぇには、はげっしぇ性的指導さ、してやるての」
いい終わるや否や、鬼土の唇が藤本のそれを奪った。
驚く暇をも与えず、長い舌が藤本の咥内を舐めまわす。
蹂躙。
鬼土のその行為は愛撫などではなく、まさしく蹂躙そのもの。
- 268 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:50
- 滑らかに、艶かしく動く舌が、
藤本の舌を、歯を、歯茎を、頬の内側を隈なく舐めまわす。
嘗め回し、唾液を絡み合わせ、鼻息も荒く唇を激しく吸う。
侵入してきた舌を噛み切ってやろうとか、考えられなかった。
腕も、脚も、思考さえも正常に働こうとしてくれない。
不快であるはずなのに。
暫くして、鬼土は漸く藤本を解放した。
解離された二つの唇を、透明な粘質の糸が繋いでいる。
鬼土は唇を嘗め回してから弓なりに湾曲させ、全く動かず潤んだ瞳で自分を睨みつけている藤本を楽しげに見おろした。
狩猟者と獲物。狩る者と狩られる者。
藤本は常に狩猟者として、獲物を追い詰める立場に立っていた。
しかし、今は如何だろう。
されるがままにされ、抵抗もしない。
否、しないのではなく、出来ないのだ。
自分より強大な肉食獣と巡り会った事が無い。
自分より強大な恐れを抱かせる獣に、出会ったことが無い。
だから、そんなモノは存在し得ないと思っていた。
故に、恐怖が身を束縛する。
束縛された脳は、身体は命令など聞いてくれず、怯えるだけ。
鬼土の深く、闇色の瞳が藤本を覗き込んでくる。楽しそうに、嬉しそうに。
未だかつて感じた事の無い恐怖。
喰われる…無意識にそんな言葉が浮かんでくる。
藤本は、叫びたくなる衝動を唾と共に呑み、必死に耐えようとしていた。
唐突に、パンという乾いた破裂音が鳴り響いた。
馬乗りになった鬼土の巨体が、ぐらりと揺れる。
痛苦の走る右肩に目をやりながら、ゆるりと立ち上がった。
貫通銃創から垂れる鮮血。
振り返り、冷めた視線の先にはこちらに拳銃を向ける松浦亜弥の姿。
堂々とした面持ちで鬼土を睨みつけるその姿は、一種の威厳さえも感じてしまう。
パンと、再び破裂音。左肩に痛苦。
しかし、鬼土は超然とその場に屹立している。
松浦が三歩ばかり、脚を進めた。
- 269 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:50
- 「ミキたんから離れて」
毅然と言い放つ松浦に対し、鬼土は興ずるように眉を上げ、鼻を鳴らした。
だが、特に何も言い返すこともせず、軽い足取りで藤本から距離を取る。
銃で牽制しながら、慎重に近づいてくる松浦。
怒気の篭った瞳と、嘲りを含んだ瞳が衝突する。
緊張を解かずに、松浦は藤本を背中に担ぐと、鬼土を厳しく一瞥して、低く呟いた。
「絶対に、コロシテヤル…」
怨嗟の念が、視線に、言葉に乗り、鬼土へと向かう。
それを受けても鬼土はキョトンと目を丸くし、松浦を見おろしていた。
しかし、それも僅かに数瞬。
すぐにその表情は崩れ、鬼土の哄笑がこの場に響き渡った。
がはははは、と。
豪快に身体を反らせ、天を仰いで鬼土は爆笑する。
笑うたびに胸が上下し、激しく揺れる。
暫くして、鬼土は笑いを押し止めた。
まだ少し含み笑いを漏らしながら、再度松浦に視線を巡らせる。
憮然と、鬼土を見上げてくるは松浦の瞳。
轟々と音を立てそうなくらい、怒りの炎が燃え上がっている。
「…何が可笑しいの?」
「がははは…嬢ちゃんや、殺すってオレをけ?
こら、傑作だ。おめぇだづがオレを殺すだか?がははははー!」
かっと、サルを思わせる顔に赤みが帯びる。
強く歯を噛み合わせ、そして小さく口が動いた気がしたが、聞き取れず。
手に持つ拳銃を鬼土にたたきつけ、藤本を担いで走り去ってしまった。
- 270 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:51
- 正門に棒立ちしていた吉澤とれいなが、慌てて左右に避け道をあける。
松浦は二人を強く睨みつけるだけすると、街の喧騒の中へと姿を消した。
背中を見送ってから、視線を元に戻し、前進を始める。
惨劇の後は、酷い有様。
道は砕け、ベンチは割れ、木々は全て倒れ伏し、中央に屹立する半裸の紅髪は鮮血塗れ。
見ているだけでも、思わず眉を顰めてしまう。
そして、慄いてしまう。
まるで小さな嵐が過ぎ去ったような、病院前の惨状。
しかし、この状況を作ったのは嵐などではなく、二人の女性。
その事実を目の当たりにしたれいなは、もう一度身を震わせた。
「吉澤か?ひさっしぇえの」
「お久しぶりです、鬼土さん。相変わらず、元気なようで」
見上げた所には、快闊とした笑顔。
あれ程凄まじい戦いを繰り広げたというのに、鬼土は全く壮快としている。
更に言えば、胸やパンツ丸出しであるにもかかわらず、恥らう気配というものが無い。
組まれた腕の中でも大きさを主張する鬼土の胸に、れいなはささやかな憤慨を感じた。
「いや、そうでもねぇわ」
「えっ?」
傍から見ても分かるくらい、鬼土の顔色が蒼白に染まる。
ツゥッと、鼻孔から流れてきた鼻血。それと同時に鬼土の巨体がぐらりとよろける。
「取りあえず…きゅ、救急車…」
「き、鬼土さん?!」
その体勢のまま、後方に倒れこむ鬼土。
後頭部を打ち、背中を打ち付けても気絶することなく、青褪めたまま苦しそうに唸り続ける。
慌てふためく吉澤の側を幾人かの看護婦が横切って、総出で鬼土を院内へと運び込んでいった。
鬼土が望んだ救急車は、当然の事ながら発進することは無かった。
- 271 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:52
- ――*
畜生、畜生…っ!
街の外れに寂しく佇んでいた一つの宿屋。
無言で金を支払い、すぐさま開いている一室へと入り込んだ。
藤本をベッドに寝かせ、トイレへと駆け込む。
備え付けの鏡に映った自分の顔を見、急激に憤激の念が増幅し、硬く握った拳を思いっきり鏡に叩きつけた。
殴打した場所を中心として亀裂が走り、
憎悪と怨嗟で醜く歪んだ松浦の顔を、更に醜く歪めて見せた。
ギリっと歯軋りをして、もう一発。
破砕された鏡の破片が、洗面台に落ち、排水溝の入り口に詰まる。
裂けて血が流れ出る右手を見向きもせず、松浦は荒い息を落ち着かせようと必死だった。
しかし、平常心に戻そうとすればするほど、あの高笑いが頭の中に響いてくる。
再び眉間に皺が寄り、顔全体が醜く歪む。
紅く染まる拳で、今度は壁を殴りつけた。
何度も、何度も。それこそ、壁が陥没するまで。
「はぁはぁ、はぁ・・・」
ややあって、微量ではあるが先程よりも幾分か落ち着いた。
肩が大きく上下に動く。
額から噴き出す汗を鬱陶しそうに拭い去ると、右手の赤を水で流してから扉を開けた。
平常心、平常心。笑顔、笑顔。
自分にそう言い聞かせ、藤本の横たわるベッドへと歩み寄る。
もう一方のベッドに腰を下ろすと、ギシッと不快な音を残し、大きく軋んだ。
- 272 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:53
- 「…ミキたん?」
藤本は目を開けている。
しかし、その真紅の瞳は松浦を見ず、天井のただ一点に向けられていた。
視線を追い、松浦も天井を仰いで見るが、何も無く。
再び藤本へと向きを戻し、もう一度呼びかけてみる。
だが、反応は不変。
顔の前で掌を振っても、肩の窪みに触れてみても、
藤本はただただ天井を仰ぎ見る。
藤本の身体は特別製。
それは彼女自身も、松浦もよく知っている事。
見たところ、受けた傷は打撲が殆どのようだし、これなら半日もすればほぼ治ってしまうだろう。
しかし…。
「…亜弥ちゃん」
「ミキたん?大丈夫ぅ?」
漸く話し出した藤本を、松浦はベッドから腰を上げて覗き込む。
そして、目を見開いた。
紅く、鮮やかな双眸は明らかな畏怖を宿し、
端正な唇は小刻みに震えている。
藤本美貴は、確実に何かに怯えていた。
「…亜弥ちゃん、もう止めよう。
あいつに…あの紅髪に関わるのはもう止めよう…」
紡ぎだされた言葉も、弱々しく、掠れていて。
藤本の目が紅くなってから、松浦はこのような弱々しい態度見たことが無かった。
それほどまでに今の藤本美貴を縛る恐怖は強く、深い。
向き合ったからこそ、知ってしまった。
相手の狂暴性、飢餓感、獰猛さ。
どの要素も、紅髪は藤本を遥かに凌駕していたのだ。
肉食獣同士、ハンター同士、狩る者同士。
だからこそ、その危険性は、覗くだけで計れてしまうもの。
「あいつに関わっちゃいけない…。
関わったら最後、あいつは確実に、ミキ達を喰らい尽くす。
あいつには、関わっちゃいけない…」
人の精神(こころ)とは、滅多な事では強化できない。
例え治癒力が常人よりも勝っていようと、
例え耐久力が常人より高かろうと、精神力とは何も関係はない。
折れやすく、傷つきやすい心は人間だからこそ。
もしそれを失くしてしまったのならば、その者は唯の人形に成りえてしまう。
「小川麻琴に近づく事が、最短の手段だって事は分かってる。
だったらせめて、小川麻琴が病院にいる間は接触を控えよう?
そうすれば、あいつに会わずにすむし、ミキ達も目的は果たせるでしょ?」
- 273 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:56
- 怯えた瞳で見つめてくる藤本を、松浦は無言で睨み返した。
藤本が息を呑み、その音を聞いてから松浦は俯きながら立ち上がり、設置されている窓へと近づいていった。
「…悠長な事は言ってられないんだよ、ミキたん?
早く事を済ませて帰らないと、ミキたんの身体が…」
呟くように羅列された言葉は、しかし藤本の耳へと届く事はなく。
藤本が上体を起こして聞き返しても、松浦は窓の外へと視線を固定。
五階ということもあり、宿の前を通る人がまるで小人のよう。
悠々と、暢気に過ぎ去っていく人波に視線を落とし、松浦は言い得ない苛立ちに駆られた。
あたしはこんなにも焦っているのに、何故あいつ等はあんなにも陽気に過ごしているの?
あたしの――松浦の苦労も知らないで、どうしてそんな笑顔が作れるの?
松浦達が悪いの?
否。悪いのは、須らくあいつらに違いない。
吉澤、飯田、保田に田中、道重に小川。そして、得体の知れない化け物看護婦。
松浦達は良い事を、ためになる事をしようとしているだけなのに、なんで、あいつ等は邪魔をするのだ。
そうだ、みんなみんな、あいつらが悪いんだ。
松浦の言う事を聞かず、拒否し、
あろう事かミキたんの唇を奪った。
それに止まらず、ミキたんの心まで汚染して…。
許せない、許せない。
みんな、みんな。
松浦以外、ミキたん以外、全部嫌い。
みんな、みんな。
松浦の言う事聞かない人は、みんな大嫌い。
- 274 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:57
- 甲高い破砕音が、部屋の中へと響き渡った。
突いた手を戻し、松浦は振り返る。
その時の藤本の反応は、まさしく必然的なものだった。
息を止め、見開いた目は松浦を見つめたまま、固定され。
離す事が、出来なかった。
松浦が歩を進めれば、それに沿って藤本も首を動かし。
明らかな怨念と狂気を背負った背中が、扉の外へ消えてから数秒後、藤本は漸く呼吸を再開した。
肺が空気を求め、大きく吸い込むと、ズキリと全身の所々に鈍い痛みが走った。
その痛苦に顔を歪めながら、部屋を後にした少女の表情を思い返す。
大きく一度、我が身が震えた。
憤り、嘆き、それらの感情が高まり過ぎて爆発すると、人は皆、あのようになってしまうのだろうか。
松浦のような、
まるで能面をつけているかのような無の表情に。
- 275 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:57
- ――*
麻琴の病室に集まった人数は、麻琴を含め四人。
吉澤にれいな、そこに駆けつけてきた飯田も合流した。
割れた窓の外で、早くも日が落ちようとしている。
オレンジ色に輝く太陽に背を向け、麻琴は苦笑いを零しながらベッドにと座している。
それを真正面から見おろす吉澤は、真剣そのもの。
唐突に、吉澤の腰が折れ、麻琴に向かって深々と頭を下げた。
「や、やめてくださいよ、吉澤さん。
皆無事だったんだから、万事オーケーじゃないっすか〜?」
「…でも、あいつらの次の行動が予想範囲内だったにも関わらず、
すぐに駆けつけなかったあたしらは、浅はかだったんだ。
よって、あたしらは麻琴に謝罪する」
「「「…すいませんでした」」」
タイミングを見計らい、れいなと飯田が吉澤の両隣へとつける。
そして声を揃え、揃って深々と頭を下げた。
麻琴は慌てた様子で、顔を上げない三人へと言葉を投げかけた。
「や、ホントに良いですから…早く頭上げてくださいよ。
被害が最低限にすんだだけでも、良かったんですから」
表情から自責の色は未だ落ちきらないものの、三人は顔をあげ薄く微笑んだ。
向けられた苦笑いに、麻琴も苦笑いで返す。
笑いあったまま、流れる沈黙。
誰も何も言葉を発せず、何となく気まずく、居心地が悪い。
「あ、そ、それよりっ」
- 276 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 14:59
- その雰囲気を嫌い、打破しようと麻琴は慌ててまくし立てた。
「あ、あの、鬼土れい…鬼土さんって何者なんですか?」
名を言いかけ、自粛する。
同名であるれいなは、その事をあまり快くは思っていないらしい。
襲われかけるという事跡もあるので、ここは気を遣うべきだと麻琴は判断した。
「鬼土さんね…
『PEACE』は幾つかの部署に別れてるって、当然知ってるよね?」
詳しく言えば、『PEACE』は四つの部署に分離している。
主に犯罪者を相手にする、『執行部隊』。
彼らに武装具を開発・提供する、『技術開発部隊』。
標的達の情報収集を行う、『情報部隊』。
執行部隊の援護を担当する、『狙撃部隊』。
それぞれには隊長・副隊長が在り、
その上に全てを包めての総隊長・総副隊長が在る。
吉澤が東地区支部の次席である総副隊長の座に位置し、れいなと麻琴は共に執行部隊に、保田にさゆみは情報部隊に、それぞれ在籍している。
閑話休題。
小さく、麻琴は首を上下に振る。
すると飯田は満足そうに頷き、次に視線を明後日の方角へと向けた。
彼女独特の、思考する時の体勢である。
多分、考えを纏めているのだろう。その事をよく知っているので、麻琴たちは特別何か口を挟む事はせず、黙して待つ。
瞬きが止まり、暫くすると瞼が閉じた。
閉ざされたまま麻琴に向き直ると、鈍い動作で双眸が開かれる。
大きい、漆黒の瞳で麻琴を見つめながら、真剣みを帯びた表情で語り始めた。
「鬼土さんは…昔、執行部隊の人間だったの。
副隊長でね、強くて、凶暴で、誰の命令にも従わないから“暴走淫奔”って呼ばれてて。
その頃から彼女、歩く不純同姓交遊だったんだよね」
飯田が若干引きつった笑いを浮かべる。
れいなも僅かに顔を強張らせ、俄かに震えた自身を抱きしめた。
想像が容易だというのは便利だが、あまり快しとは思えない。
「ある日、顔に大きな傷を負って帰ってきてね、
治療を受けて次の日、唯一言『引退すっわ』と残して、『PEACE』を去った。
そして、一度経験してみたかったらしい看護婦に転職後、
ここの保険医代理を務めている…ってところかな。
兎に角、ゴーイングマイウェーの代表みたいな人だね」
- 277 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 15:01
- 大まかな説明を受け、感心したように頷いた。
そして僅かな、でも確かな嫌悪感を抱き、顔を顰めた。
自分の後輩を襲いかけた変人が、自分の大先輩に当たるとは。
確かに、鬼土は強い。それも異常なほどに。
対藤本戦を観戦して、それは十二分に理解した。
武人として尊敬はする。
しかし、人として敬うという事は、麻琴には無理だった。
「おがっちぃ、晩げのまんまだ。食え」
誰しもが、その事実に愕然とした。
振り返ると、
お盆を片手に扉を開け放ち入室してきた、包帯だらけの長身。
驚愕彩る瞳が自分に向けられていることに、鬼土零拿は訝しげに首を傾げた。
「…どうしただ、おめぇだづ?」
「…鬼土さん、もう大丈夫なの?」
飯田が代表し、問う。
震える指は鬼土の全身を指し示す。
首を傾げながらも、鬼土は自分の姿を顧みた。
両腕・両足に巻かれた包帯、
その大きな胸を締め付ける包帯、
腹部に巻かれた包帯、半ミイラ状態なその姿。
額に一枚、右頬に一枚ガーゼを当てたその姿は、お世辞にも無事とは言えないだろう。
しかし、鬼土は平然と二本の脚で歩いている。
満身創痍であるはずなのに、飄々と回転してみせる。
そこで漸く気付いたように
「たんだ血ぃいっぺ流しすぎただけだ、てぇしたことねっし。
それに、ベッドつーもんは、性に合わんでの」
「へ、へぇ〜…ってか、服着てくださいよ!教育に悪いっすよ!」
疲労感を全身から醸し出し、頷いた吉澤。
しかし、すぐさま立ち直ると鬼土を指差し、迷惑にならない程度に叫んだ。
- 278 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/15(日) 15:01
- 純白のスカートこそ穿き替えたものの、逞しい上半身を覆うものは巻かれている包帯のみ。
肩やら、胸の谷間やら際どい部分だけやけに強調して、露になっている。
そこに故意を感じるのは、吉澤だけではないはずだ。
飯田は掌で疲労感をひしひしと醸し出しながら顔面を覆い、
麻琴は包帯に緊縛され、頬を朱に染めながら強調された胸元に釘付けになり、
れいなは眉を顰め、口元を歪め、機嫌を損ねたようだった。
「包帯で隠してんだすけ、問題ねーがね?
別に減るもんでもねーしの」
「…気分が、悪くなるとね…」
十分に留意したはずだった。
鬼土に背を向け、自身の胸を見おろし、囁くように吐き出した言葉のはずだった。
だが、どうだろう。
突然、感じた人肌の温もりにれいなは青褪めた。
その小柄な身体を縛り付ける太い腕は、着実にれいなの胸に伸びて来ている。
身を捩り、抜け出そうと試みるも、双方の間にあるは、如何ともし難い体格差。
今や確りとれいなの胸を捉え逃亡を許さない腕の主は、
悦楽を表情全体に浮かべ、首筋に顔を埋めて、舐めるように呟いた。
「気にすっでねぇ。おめぇの乳さ小振りだけんど、弾力抜群だで。
もし、こってのがいがったら、揉めばいいんて。ほれ」
「ちょ・・・っ!ぅあ・・・や、は・・・ぁ・・・んん・・・っ」
やはり蹂躙。
しかし、身体を突き抜けるのは鋭い快感。
優しく、でも激しく大きな手で胸を揉みしだきながら、荒い吐息がれいなの首筋を撫でていく。
れいなの頬に一筋涙が流れるのと、
脳髄を破壊しそうなほど強烈な飯田の爪先蹴りを米神に受け、暴走淫奔が鼻血を拭いて倒れ伏したのは、殆ど同時だった。
- 279 名前:無壊 投稿日:2004/08/15(日) 15:10
- >>261 名も無き読者様
おぉ、いつの間に私の名物に?!w
田中さんもやはり悩んでいるのです…(激しく妄想
>>262 紺ちゃんファン様
ホント、おがーさん良かったですねぇ(ヒトゴト
ふ、震えて!?も、毛布を(w
>>263 刹様
書いたわりに、性的指導たいしたことなく申し訳ないです…
松浦さん…たしかに、ちょっとやり過ぎたでしょうか?
>>264 石川県民様
無壊としては初めましてです。こちらにも来て頂き嬉しい限りです。
い、一気読み?!ありがとうございます。
こんなおかしい文章を一気なんて、涙がホロリです…。
性的指導…駄目でした、すいません。。。
皆様レス本当にありがとうございます。
- 280 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/15(日) 21:36
- 更新乙彼さまです。
ちくしょー、名物サンめ、、、
なんてうらやm・・・もとい酷いコトを。。。
田中しゃん悩んでるんだね。
大丈夫、僕は気にしn(危険度SSS故却下
続きも楽しみにしてます。
- 281 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:02
- ――*
四方を仰々しいコンピュータで囲まれた、薄暗い部屋。
人は入って、五人が限界といった、狭い部屋。
蛍光は必要最低限に抑え込み、光を放つ画面の前に座している人間は機械のように素早くキーボードを打っている。
羅列されていく、様々な言語。
眼鏡の下から独特の猫目を更に細くし、保田は睨むようにその字体を追っていく。
最後まで読破すると、鷹揚に頷いてエンターを押し、電源を切った。
「お先に」
眼鏡を外し、しまってから立ち上がる。
未だ画面に釘付けになっている数人の人間に短く言葉を投げると、若干急ぎ足で情報部隊専用「情報収集室」を後にした。
扉が両側にスライドし開き、廊下に出てみると三角座りをし、抱えた膝に顔を埋めている少女が一名。
僅かに顔を傾け、寝顔を露にしているのは、彼女の故意である。
保田はフッと短く溜息を吐くと、少女に近寄り、身体を揺すった。
「道重。道重起きなさい」
肩を掴み揺すりながら、もう一度溜息。
慣れとは恐ろしい。
道重さゆみの日々の行動は突飛なものが多い。
しかし、誰もそれを咎めようとか、止めようなどとはしない。
それが、道重の常であり、彼女の中の美学なのだ。
入隊当時こそ白い目で見られたりしていたが、
時が経つに連れ、皆は普通に接するようになっていた。
もう一度思う。
慣れとは、恐ろしい。
「ん・・・あ、保田さん。わたし、可愛いですかぁ?」
「はいはい、可愛いわ。可愛すぎて、思わず仰け反ってしまいそうよ」
「えへへ…ありがとうございます」
惰性で返した返事にも、はにかみ両頬を押さえる。
ほぼ毎日尋ねられるおかげで、あまり心は込めていないが保田はちゃんと認めている。
道重は可愛い。
しかし、自ら自信を漲らせ言うものだから、少々腹が立つ。
- 282 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:04
- 「アンタ、アタシより早く終わったんだから、小川の所に行っといたら良かったのに」
「小川さんの病室、知らないんです」
「…受付で聞きなさいよ」
予期せず、肩が落ちた。
疲労感が湧き上がってくるが、保田は気力でどうにか持ち堪える。
こんな事で一々疲弊していたのでは、これから先多分、いや絶対にもたない。
一年そこそこの付き合いでも、保田はさゆみの特性を熟知していた。
疲れを溜息として吐き出してから、さゆみに手を貸し起き上がらせる。
さゆみは保田よりも若干背が高く、自然と見おろす形になってしまう。
この位置関係になる事が常に気懸かりで、
「ごめんなさい」
「は?…あぁ。あんた未だ言ってんの。別に良いわよ」
先輩と後輩。
見おろしても良いのかという懸念がその時ばかりは渦を巻く。
しかし、呆れたような保田の了承の返事を聞くごとに、渦は綺麗さっぱり消えてなくなる。
そして僅か数秒後には、満面の笑顔で会釈をすると、歩き出す。
だが、又何時か、そう遠くない未来にこの状況は訪れるだろう。
その時は再び、同等のやり取りが繰り返されるのだが。
情報収集室は、勤務棟四階の末端に位置する。
外へと出るには、その部屋とは全くの逆方向にある階段を下りなければならない。
そこまでの道程が、無駄に長い。
階段へと至るまでの廊下で、ざっと五百メートルは軽くあるだろう。
百人弱しかいない東地区支部で、この広さは常識に考えておかしい。
保田は緑色の廊下を歩くとき、常々そう批判したくなる。
漸く階段に差し掛かった所で、さゆみが歩を止めた。
訝しげに眉を顰め、階段を見おろしている。
「…?どうしたのよ、道重?」
一段低い所に降り立つと、保田はさゆみを見上げ問うた。
しかし、さゆみは首を傾げ、階段を見つめ続ける。
その視線を追い、保田も見おろしてみるが、あるのは緑色の床のみ。
そこから向きを変えて、再び階段が続いている。
訳も分からず見つめていると、さゆみが静穏な足取りで階段を下っていく。
婉然としている、前を行く背中。
しかし、漠然としている懸念にも駆られている。
さゆみの背中を見つめながら後に続き、保田はそう思った。
- 283 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:04
- 再び、さゆみの足が停止する。
そして、自分の両肩を強く抱きしめ、その場にしゃがみ込んだ。
「道重!どうしたのよ、道重!」
困惑する保田の声も、もはや届かない。
いや、聞こえてはいるのだが、言葉を返す余裕が無かった。
肌を刺し、貫くように強力な狂気。
さゆみの聴覚が捉える彼女の音からも、必要以上にそれは伝わってくる。
聞いたことがあり、感じた事がある。
昨日藤本美貴により田中れいなが襲われ、その首に咬傷を刻まれたとき、彼女も一緒に現れた。
藤本美貴の存在感に身を隠すように、自然に、悠然に。
しかし、さゆみには解っていた。
彼女の本質を。彼女が醸し出す全ての音から、読み取っていた。
思わず、失神しそうになったのは、もはや必然的なことだったのだろう。
彼女を深く知る事なかれ。
彼女の意図を探る事なかれ。
さすれば、その狂気に呑まれ、汝の心身ともに破壊されよう。
以前読んだことのある小説の科白が、頭を過ぎった。
故にさゆみは、彼女が現れた時耳を塞いだ。
実際に塞いだわけではない。自らの意思で、“音”を遮断したのだ。
必要以上のことを悟らないため、深く踏み込まないため。
あの時、医務室に足早に向かったのは勿論れいなが心配であった事もあるが、
彼女から遠ざかりたかった為でもある。
- 284 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:05
- 段々と、強くなってきている狂気の音。
コツコツ…――
着実に、もどかしさすら感じさせるほどにゆっくりと、近付いてきている。
この階段を下りれば、三階に降り立つ。
しかし、腕が、足が…四肢がまるで言う事を聞いてくれず。
その場に蹲り、唯恐怖に打ちひしがれるしか出来ない。
「道重!道重!」
ガクガクと、小さくなった身体が揺れる。
眼前に保田が屈み込んで、さゆみの肩を掴んで揺すってくれているのだ。
だが、それでも纏わりつく恐怖は解放してくれず。
知らずのうちに、両の目尻から涙が線を引く。
唇が痙攣し、全身が心臓にでもなったかのように脈動する。
聞こえる…
近づいてくる…
彼女からは逃げられない…
絶対的な狂気を心身に宿し、彼女は無の笑顔を貼り付け迫ってくる…
ほら、やはり…想定した通りだ…
「ここにいたんですねぇ。皆に聞いても教えてくれないから捜しちゃいましたよぉ」
この階段の下。三階の床。
数段低い所に彼女は佇み、虚無の笑顔で見上げている。
保田が振り向き、虚を突かれたように立ち上がる。
さゆみは僅かに顔を上げ、涙に濡れた双眸を彼女に向けた。
「松浦、アンタ…それ、血…?」
震える指先を下方に向け、保田は彼女――松浦亜弥を指差した。
それで初めて気付いたかのように、松浦は自分の姿を顧みた。
灰色の制服に、朱が混じる。
袖を、襟元を、スカートを鮮やかな赤が染め上げる。
- 285 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:06
- 赤は服に付着するだけには止まらず、松浦の白い肌にまでその手を伸ばしていた。
ペロッと。小さい舌頭が、手にこびり付いた鮮血を拭い取る。
松浦は、更に笑みを深めた。
「皆、素直じゃなかったんです。
だから、お仕置きしちゃいましたぁ」
心臓を鷲掴みにされ、弄られた。
そんな表現が、しっくりと来る。
下弦の月の如く歪められた唇からは、感情を含まない寒冷な言葉が漏れ、
絶やさぬ笑顔は美麗で、しかし底なしに酷薄で。
鮮血に濡れた、惨酷な月。
階段を、焦らすようにゆっくりと上ってくる少女の姿を見、保田とさゆみは同じ事を思考した。
「保田さんたちは皆みたいに馬鹿じゃないですもんねぇ?
だから、聞くんですよぉ。高橋愛の保管場所を、教えてください」
既に一段低い所へ立ち、保田を見上げてきている松浦亜弥。
保田は僅かに上体を引き、鋭く睨みつけて威嚇し、
さゆみは何もせず、何も出来ず。
ただしゃがみ込んで、濡れた瞳で松浦の笑顔を見上げていた。
成り上がった静寂が、二人の精神を締め上げる。
自然と息が荒くなり、じわりと額に汗が浮かんでくる。
暫くは三人の硬直状態が続き、やがて松浦が悲しそうに眉尻を下げ、首を傾げた。
前に屈んでいた体勢を戻し、一段低い所で唸りを上げる。
「う〜ん…あたしの見込み違いだったのかなぁ?
保田さんは、賢明で適応な判断を下す人だと思ってたんですけどぉ…」
- 286 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:06
- 右の人差し指を顎に当て、わざとらしく困却を表情で表現した。
その刹那、松浦の右手が霞む。
次に出現したときには、既に保田の首を捕らえていた。
「―――っ!?」
「皆、馬鹿だったんですね。ここにお利口さんなヒトは誰もいなかったわけですねぇ」
間断なく込められていく腕の力に、保田の意識は敗北を喫しそうになる。
気力でどうにかカバーしているが、長くは持たないだろう。
なんせ、脆く、壊れやすい人間の身体だ。
松浦も保田も、その事は重々承知している。
強まる力に、息が出来ない。
やはり長くは持たなかったようで、視界に霞が掛かり始めた。
必死に伸ばした腕は呆気なく払われ、糾弾しようと開いた口からも言葉は出る事はなく。
その様子を見て、松浦の笑みが変化する。
虚無を宿す中にも、冷淡さと、惨酷さが灯り、保田を貫く。
向けられた保田が抵抗の術を失った理由と同じく、さゆみもその笑顔を見上げ、縛られた。
そこに宿る狂気は、計り知れず。
仕掛ければ、こちらが呑み込まれ、侵蝕される。
さゆみが最も恐れた、松浦亜弥の本性であり、性質だった。
「エイッ」
投げ出された身体が、宙を舞う。
その間、何が起こったのか理解し難かったが、
僅かに数秒後、背中に感じた強い痛苦で保田は三階の床に投げ飛ばされたのだと悟った。
背面から重力が誘うままに強く叩き付けられ、肺に残っていた空気が全て吐き出された。
咳き込む保田を先程の笑顔で見おろし、松浦は階段を上がった。
小さくなっているさゆみの横を加害することなく通り過ぎる…筈が無かった。
「道重ちゃん、情けないね。震えてばっかりでさ」
「が・・・っ」
- 287 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:07
- 背後から加えられた鋭い衝撃と共に、肢体が飛翔する。
下りるはずの階段を跳び越し、一直線に向かうは保田の下。
苦悶の面を貼り、片膝を付いて起き上がろうとしていたところに飛び込んできたさゆみの身体。
慌てて受け止め、勢いを殺しきれず尻から転倒してしまった。
フッと一息つき、さゆみの顔を覗き込んで驚愕。
気勢よく顔をあげ、松浦を睨み叫んだ。
「アンタ、何をしたの!?」
「別になにもぉ。唯、ふつーに蹴っただけですよぉ」
さゆみが咳をする毎に、保田の制服が赤く染まっていく。
口元を真紅に染め上げ、苦しげに呼吸をする後輩を見、保田は憤激を露にした。
「アンタの私欲の為に、皆を傷付けないで――!?」
「それは保田さん達の勝手な望みでしょぉ?」
鼻の先が付いてしまうほどの至近距離で。
階段を跳躍して、段をとばし降り立った松浦は保田の瞳を貫くように覗き込んだ。
さゆみを抱え片膝立ちのまま、再度身体が硬直。
人差し指の先すら、ピクリとも動かせない。
松浦の端正な唇が薄く割れ、保田の肌を擽るように囁き声が漏れた。
「…アタシ、今スッゴイムカついてるんですよ?
誰もアタシの言う事聞いてくれないし、邪魔するし、更にはミキたんまで汚染するし。
もう、皆ムカつきます。すっごい殺したいです。
でも、一応ナカマなんでぇ、半殺しだけで許してあげます。
感謝してくださいね♪」
ボキッと、静寂の中に響いた破砕音。
松浦の右手が、何かを掴んだまま持ち上げられた。
- 288 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:07
- 依然笑顔を絶やさない松浦の手に握られているモノは、紛れもなくヒトの腕。
あらぬ方向に折れ曲がり、力なく項垂れている。
叫びたくなった、悲鳴を上げたくなった。
視認したときから、痛苦の波が押し寄せ、それが形を変え外へ出たいとしきりに促してくる。
叶うことなら、保田もそうしたい。
しかし、不可能なのだ。
口を覆われていては、絶叫も情けない呻き声に姿を変える。
「あはは。保田さんでも泣くんですねぇ」
自らが破壊した保田の腕を掴み、もう一方の手では保田の口を封じ、松浦はケラケラと乾いた笑いを漏らす。
薄く開かれた三日月形の双眸は狂気を宿し、保田を睥睨している。
松浦亜弥のその小さな身体に、
絶大な大きさの狂気の影を、保田は見た気がした。
- 289 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:08
- ――*
ベッドの上へと腰掛け、膝を抱え陥落の姿勢を見せる少女が一人。
小川麻琴はその横へと座し、懸命に慰めようと奮闘中。
しかし、田中れいなの沈んだ心を救い上げるには至らず、薄っすらと涙を浮かべている。
麻琴に困却した視線を向けられ、
吉澤も渋面を作りながられいな救出に加わった。
未だ膝に顔を埋め、何やらブツブツと呟き続けるれいなを、
吉澤と麻琴は両側から説得する。
出窓に腰を預けながら、飯田は疲労感を嘆息に乗せた。
ツッと、視線を右斜め下に流し、映る真紅の髪を睨みつけた。
それだけでは気が晴れず、拳骨を一発、頭頂に落とす。
「ぃで…」
「…まったく」
鬼土零拿は慌てて口を抑え、巨体をグッと縮めた。
元はと言えば、そう、この鬼土零拿なる変人のせいなのだ。
まだ中学生で、清純なれいなを弄び、嫌悪感と、快感と、恐怖感を同時に与えた張本人。
他人に大事な部分を触れられる嫌悪感に涙が流れ、
全身を駆け抜けた鋭い快感に戸惑い、
この快感の先にある、得体の知れないモノへの恐怖に身が震えた。
結果的に飯田と吉澤が怒濤の如く攻めまくり、暴走する鬼土を沈めたから良いものの。
あのまま続行していれば、ある意味藤本美貴に噛まれた時以上にトラウマになっていただろう。
部屋の隅に巨体を寄せ、白々としていた包帯を朱に染め上げて鬼土はうな垂れている。
鬼土の顔を見せても、状況が悪化するだけ。
満場一致でそう言い渡され、彼女もまた、珍しく沈んでいた。
- 290 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:09
- 鬼土のその姿に、飯田は僅かに口元を緩め、フッと小さく息を漏らす。
顔を上げ、依然れいなへの慰撫に精をだしている二人を見てから、更に首を巡らせた。
その視線が窓の外へと向けられたとき、訝しげに細められた。
麻琴の病室は五階であり、その真下が正面玄関となっている。
飯田は窓を開け放ち一度下方を見下ろしてから、静かに頭を持ち上げていった。
そして、さらに困惑。
正面玄関から続く、幾台もの救急車の列。
それは門などゆうに越し、街の中にまで陳列をしている。
今、一台の救急車が門を出て、走行していく。
あれは、正面玄関の近辺に停車していた一台。
どうやら、まだ怪我人、又は病人がいるようだ。
「れ、れーなちゃん!」
病室内の全ての視線が、扉へと注がれる。
開けた扉に寄り掛かるように身体を預けている、白衣の天使。
小柄な彼女の額は、駆け込んできたせいか、汗が光っている。
明らかに平生の状況ではない事を悟り、鬼土零拿は血相を変えて小柄な白衣の天使に詰め寄った。
「なした?いってぇ、何があったんらてば?」
開閉を忙しなく繰り返す口からは、言葉はでず。
鬼土が大きく上下する肩を優しく掴み、「落ち着け」と促すと、白衣の天使は数回深呼吸を繰り返した。
そして、漸く、事態の概要を言葉に変え、鬼土へと伝えた。
「あのね、負傷者が物凄い勢いで運び込まれてくるの!
私たちじゃ対応しきれないから、れーなちゃん、手伝って!」
表情を豹変させ、鬼土は頷いた。
誰が見ても、凛々しいと感じられずにはいられない表情へと。
小柄な白衣の天使は、事態を忘れ、鬼土に見惚れてしまった。
- 291 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:09
- 「おめぇだづ、動くでねぇぞ!
素人が動くと尚更めんどくなるすけ、ここで待ってれ!」
輝く瞳を鬼土にむけ、硬直する白衣の天使を脇に抱え、
僅かに首を巡らせ、鬼土は荒々しく叫び病室から飛び出していった。
残された四名は、目を丸くして嵐の去った扉を見つめていた。
逸早く我に返った飯田が、再度視線を窓の外へと流す。
ぼんやりと次々に救急車から運び出される人々を見おろし、はたと気付く。
青、青、青。出てくる人間は皆、同種の青い制服を着ている。
まさか…まさか、まさか。
飯田は、俄かにそうでない事を願いつつ、窓から身を乗り出した。
疑念が、確信に変わる。
見開かれた飯田の漆黒の双眸は、丁度担ぎ出された二人の人物に向けられた。
「圭ちゃん!?道重!?」
手際よく、院内へと運ばれていく道重さゆみと保田圭。
見慣れた同期と後輩の顔だ。たかが五階という距離を挟んだとしても、見間違うはずが無い。
ギリッと歯を噛み締めながら、顔を持ち上げた。
門を出、伸びていく救急車の列。
これは…この列は、『PEACE』へと続く道。
何かが起きた、何者かが侵入した。
疑問が頭を過ぎり、答えは一瞬のうちに弾き出せた。
厳かに振り向く。
ベッドの上の三人が、懸念を含んだ瞳で飯田を見つめていた。
飯田は吉澤、れいな、麻琴という順に目を配り、一旦息を吐いてから静かに告げた。
「…『PEACE』の建物が襲われてる。
運ばれてる怪我人、皆『PEACE』の社員だ」
- 292 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:10
- 琢磨されたように透きとおった飯田の声が耳に届き、三人は同時に息を呑んだ。
コクリという音が奏でられ、消えていくと三者三様の反応。
表情に険をいれ、直ちに立ち上がった吉澤。
未だ困惑から抜け出せず、幾度も目を瞬かせるれいな。
そして、その所業の主を予測し、青褪めた麻琴。
それぞれの反応を見ながらも、飯田は早口で指示を出した。
「麻琴と田中は、圭ちゃんと道重をお願い。
多分、院内のどこかで治療受けてるはずだから。
よっすぃーはカオリと来て。まだ残ってる人の救出に行くから」
言うが早いや、飯田は返事も聞かずに白衣を靡かせながら、病室を飛び出した。
病院らしからぬ喧騒が、廊下を駆け巡る。
負傷者と看護婦で廊下は入り乱れ、事態の波乱の度合いを指し示している。
飯田は悔恨に顔を歪めながら、颯爽と人の波を駆け抜けていく。
背中に、吉澤の追走を感じながら。
- 293 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/20(金) 14:11
- ――*
悪魔は座して、獲物を待つ。
他愛の無い、一方的な狩りだった。
大方の社員は片付けたが、しかし彼女の目的はそこに無し。
一つ、高橋愛の居場所を聞き出すこと。
一つ、藤本美貴を奪った輩の仲間を殲滅する事。
だから、松浦亜弥は優雅に足を組み、目標物の到着を心待つ。
吉澤専用の個室。
最上階に位置するこの部屋に、果たしていつごろ姿を現すだろう。
心が躍る。八つ裂きにしたいと、身体が疼く。
自然と、口元が笑みの形に歪んだ。
あぁと、嬉嬉とするあまり、思わず喘ぎ声が漏れた。
開け放たれた扉の外、映る人影二つ。
一つは髪が長く背が高い。一つは髪が短く、ボーイッシュな顔立ち。
松浦はキョトンと目を丸くし、首を傾げた。
「あれ、お二人だけですかぁ?」
緊張感のまるで無い間延びした声を、二人は聞き流し歩を進める。
飯田圭織と吉澤ひとみ。
双方の瞳に浮かぶは、逆鱗の炎。
轟々と燃え立つそれは、松浦の身体を射抜いていく。
しかし、松浦は特に気に留めた様子もなく、終始笑顔。
「あたしにしては、もう少し来て欲しかったんだけどなぁ」
革張りの椅子から、超然と立ち上がる。
デスクを飛び越えて、床に着地するとゆっくりと顔を上げた。
絡み合う視線。
飯田達は足を止めた。
静寂と、緊張が空を支配した。
- 294 名前:無壊 投稿日:2004/08/20(金) 14:13
- >>280 名も無き読者様
確かにうらやま(ry
田中さんに伝えておきます。悩む必要なぞ無いとw
レスありがとうございました。
- 295 名前:無壊 投稿日:2004/08/20(金) 14:51
- 今日をもって、夏休み中の更新を最後といたします。
来週から学校が始まるので更新が不定期となるやもしれません。
よろしくお願いしますですm(_ _)m
- 296 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/21(土) 17:44
- 更新お疲れ様デス。
心配だ。。。
何が心配って田中しゃんの(ry
作者サマ、来週から学校始まっちゃうんですかぃ!?
早いなぁ。。。
でわマターリと楽しみにしてます。
- 297 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:41
- 異様な、しかし明確な緊迫感を肢体が拒む。
喜々とし微笑む眼前の人物。
所々に付着した血潮は、殺戮(まがい)の証。
まだだ。まだ、狂っていない。
しかし、それは容易に悟ることが出来る。
彼女は――松浦亜弥は、“呑まれる”寸前にいる。
冷静に、松浦を見計る吉澤。
隣の飯田は、丈の長い白衣のポケットに手を入れながら、悠然と佇んでいる。
「あたし、今スッゴイムカついてるんですよ」
笑顔を絶やさぬまま、松浦は呟く。
吉澤と飯田は、緊張感を更に高めた。
「ミキたんを奪うし、邪魔するしで。だから、皆、殺したかったんです。
でも、ココまで来るのにヒトいっぱいお仕置きしたら疲れちゃいました」
何処までも明るく、何処までも虚無を湛え。
フッとわざとらしく息を吐き、背後に位置するデスクに腰を預けた。
「吉澤さん、飯田さん。高橋愛の居場所を教えてください。
そうすれば、あたしはこの場から素直に立ち去ります。
もうココには手を出しません」
唐突に消えた表情。
感情の載らない声と共に、絶対的なる存在感が飯田たちの身体を貫く。
思わず息を止め、拳を握った。
これは取引。
高橋愛を渡せば、飯田たちには何もしない。そして、この場所にも手を出さない。
選択肢は二つ。
渡すか、渡さないか。
簡単だ。
死体を一つ渡すだけで危害を加えないというのなら、渡せばいい。
しかし現実は、そんなに単純なものではない。
飯田は、吉澤は松浦亜弥の真意が見えるからこそ、口を噤む。
あのような――藤本美貴のような悲劇は起こしてはならない。
- 298 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:42
- 緊迫感が肌を突き刺す中、吉澤は腰を下ろし半身を開いた。
制服を嫌い、着用していたジーンズを見下ろし、喉を鳴らした。
そして苦笑。
規律は守るものだと、ここに来て初めて実感した。
「・・・やっぱり、ここのヒトは皆バカばかりですね」
落胆し、大袈裟に肩を落とす。
疲弊感のために吐き出された溜息の中に、微かな殺気が混じる。
表情の消えた瞳を吉澤に向け、緊張感なく松浦は両腕を軽く揺さぶった。
吉澤が一歩進みでて、飯田が数歩後退する。
扉のところまで下がると、飯田は腕を組み、眼を瞑った。
フンと、松浦が鼻を鳴らした。
「一人で十分ですか?こりゃ、オドロキマシタ」
小さく跳ねながら、嘲笑を吉澤に向ける。
吉澤は聞こえているのか、いないのか。全く反論せずに、慎重に間合いを計る。
飯田の右目が、薄く開いた。
松浦亜弥は、北陸支部で技術開発部隊隊長兼、執行部隊一隊員という肩書きを持つ。
主な活動は技術開発の為、外勤することは滅多にない。
しかし、だからこそ彼女の真の実力は未知数。
渡された資料によれば吉澤と殆ど互角なそうだが、対峙してみてそうは思えない。
肌を間断なく射抜いていく圧迫感。
氷のように研ぎ澄まされた殺気は、今にも吉澤の心臓を抉り出してしまいそう。
額に冷や汗が浮き上がり、頬を伝っては滴り落ちる。
未だ軽く跳ね上がっている松浦は、強張った吉澤の表情を見、満悦の様子。
ニタァッと、禍々しく吊り上った唇の隙間から、白く光る歯が覗く。
- 299 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:43
- 二人の間の、刻が止まった。
脚部に力を込め、爆発の瞬間を狙い済ましたのは、ほぼ同時。
松浦は笑顔で、吉澤は険しい顔で。
次の瞬間、絨毯の敷かれた床を蹴り、お互いは肉迫した。
僅かな距離なぞ、即消失。
鼻がつきそうなほどの至近距離でコンマ一秒の睨みあい。
かみ合わせた歯をむき出しにし、吉澤は右の手刀を薙ぐように振るった。
必要最低限なだけ上体を反らし、松浦はそれを回避する。
予断を許さぬ状況の中、再度視線が交差する。
伸ばした五指をたたみ込み、回転運動を駆使して松浦に拳を打ち込む。
松浦の身体が、突如沈んだ。
その動きを追う前に、体勢が崩された。
足を払われ、落ちて行く身体。
吉澤は大仰に舌を打ち、渾身の力で絨毯を掴んだ。
右腕一本に支えられた身体が、宙で一度静止し、そこから跳躍して、再び二本の足で降り立つ。
フッと、安堵から息を吐き、松浦を睨みつけた。
沈んだ体勢のまま、片足を伸ばしたまま、右の拳を引いていた。
転倒したところに一撃。
計算通りにいってたまるか。吉澤は不敵に唇の片端を吊り上げた。
平行線になっていた唇が、斜めになる。
三度視線を絡ませながら、松浦は厳かに立ち上がった。
二度目の肉迫が行われようかとしていた時、この部屋の中に違和感が流れた。
キョロキョロと眼球だけを動かし、その正体を探ろうとする吉澤と松浦。
二人のその行動は、飯田の平坦な言葉によって強制終了させられる。
「御帰り、ごっちん」
- 300 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:44
- 目を見開き、同時に扉へと視線を移動させた。
開け放たれた扉の向こう。
視界の隅に捌けていく飯田も、最早気にはならない。
絶対的な存在感。
彼女が姿を現したとき、世界の音が全て凪いだ気がした。
「んぁ、ただいま。何か、取り込み中?」
薄く茶色に染まったショートカットの髪を静かに揺らせつつ、
後藤真希は日本刀を右手で握りながら、キョトンと目を丸くし、室内へと一歩を踏み入れた。
- 301 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:45
- ――*
三階の302号室。最大六人収容の病室。
そこの窓際のベッドに、道重さゆみは寝かされていた。
「大丈夫と?」
「うん。へーき」
はにかむ様に笑うさゆみを見て、れいなはホッと胸を撫で下ろした。
ベッドの上で、胸から腰にかけてを固定されたさゆみの姿。
眺めてみると、不安にならずにはいられない。
医師が言うには、肋骨に何本か罅が入ったそうだ。
しかし、向かい側に眠る保田と比べれば、比較的軽傷だという。
「保田さ〜ん、大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫よ・・・って、何か言わせるのよっ・・・グアッ!」
ギプスと包帯に固定された四肢。
白く、太く変化を遂げた右腕が持ち上がり、すぐに落ちていく。
ベッドの脇のパイプ椅子に座る麻琴は、眉を八の字に変え、両腕を忙しなく動かした。
情けない声色が病室に響き、不穏な空気が満ちる。
ここに入っている人は全て怪我を負っているので、暴力的なことは無いにしても、向けられる白い視線が胸へと突き刺さる。
それに気付き、畏縮した麻琴に代わりれいなが頭を下げた。
「・・・小川さん、一応ここ病院なんで」
「う、うん・・・ごめん・・・」
俯いてしまった麻琴を見、嘆息すると、れいなは再びさゆみの傍へと戻る。
こちらも簡素なパイプ椅子に腰を下ろし、視線を宙へと投げ出した。
胸が、憤りと怨恨で満ちていく。
何を考えているのか。
あいつは・・・松浦亜弥は、高橋愛の捕獲が目的ではなかったのか。
ではなぜ、このような・・・惨殺まがいな事をするのだ。
理解不能。否、分かりたくもない。
「・・・藤本がのされたんで、頭にキたんでしょうね」
- 302 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:46
- 唐突に、まるでれいなの胸中が聞こえていたかのように保田は淡々と語り始めた。
声には抑揚が無く、そこに篭る感情は窺い知れない。
「もともとあの子の心は壊れかけてたのよ。
不安定で、それでも必死にもがいて…いつ崩壊してもおかしくなかったわね。
それもこれも、藤本が殺された日が始まりだったかしら…」
自然と耳に入ってくる言葉を、何気なしに聞いていた。
その後に反芻し、意味を解していく。
一拍の間があき、漸くれいなは訝しげな視線を保田に向けた。
「…は?」
寝ているために、ここからでは保田の表情は窺えない。
傍に座る麻琴も、首を傾げる。
次なる言葉を待とうとも、返ってくるのは静寂ばかり。
水を打ったように静まり返った病室で、れいなは困惑に心を捉えられていた。
- 303 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:47
- ――*
握った刀で肩を軽く叩きながら、後藤真希はくぁっと欠伸を噛み締めた。
不変である彼女の性質に飯田はクスリと含み笑いを漏らす。
しかし、吉澤と松浦は後藤を見つめたまま、硬直していた。
何故、どうしてここに後藤真希が?
二人の表情から読み取れる、疑念の声。
眠たげな眼で、自分に向けられている瞳を交互に見比べ、後藤は問う。
「何?何かあったの、カオリ?何で、まっつーがいるの?」
「本人から聞いたほうが一番手っ取り早いよ」
沈静を保ちながら、飯田は視線を松浦に移動させ、不敵に微笑んだ。
相槌を打ちながら、ゆらりと後藤は松浦に向き直った。
毅然と、歩を進める。
吉澤の横を通り抜け、松浦の下へ。
松浦は、僅かに慄いた。
接近してくる後藤は常と変わらず、沈着とした表情と態度を向けてくる。
しかし、彼女から流れ出る異様な雰囲気。
肌に感じる、痺れるような感覚。
明らかに、違う。彼女は、彼女は・・・
「まっつー、どうしたの?何か用?」
確信した。彼女は――後藤真希は、怒っている。
此処まで来たのだから気付いていないはずはない。
静か過ぎる、『PEACE』館内。
少なすぎる社員の人数。
あたりに貼付している、血痕。
そして、松浦の姿態。
- 304 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:48
- 詳しい事の因果など、流石の後藤でも理解はしていないはずだ。
だが、松浦が犯したことは直感的に悟ったのだろう。
松浦亜弥が、『PEACE』館内の人間を屠ったということを。
静かな口調と共に向けられた、鋭い怒気。
抜き放ってもいない刀の切っ先が、
喉元へと
心臓へと
突き付けられているような錯覚。
開いた唇からはか細い息が漏れ、額には冷や汗が光る。
絶大な力との対峙。
どうしようもない敗北感。
如何に自分が矮小な存在かと、感じずにはいられない。
紅髪の看護婦と視線を絡ませた時、藤本はそれを感じた。
震える指先を畳み、拳を握る。
硬くなった顔の筋肉を動かし、眉根を寄せ、無表情の後藤を睨みつけた。
否定する。
松浦亜弥は、まだ負けていない。
松浦亜弥は、負けてはならない。
松浦亜弥は、犯罪者を――あいつを…あの“チビ”を、殺さなくてはならない。
だから、こんなところで、松浦亜弥は敗北を認めるわけにはいかない。
どうして…どうして皆、あたしの邪魔をするの?
どうして、皆あたしを哀れむような眼で見るの?
あたしは正しいのに。
あたしは、危害を加える犯罪者を掃除したいだけなのに。
どうして、どうして、どうして・・・。
もう嫌だよ。
運命とか、それが何なんだよ。
嫌いだ・・・皆、嫌いだ。
あたしを否定する奴、
あたしを邪魔する奴、
あたしを哀れむ奴、
皆、みんなみんな・・・大っ嫌いだ・・・っ!
- 305 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:49
- ドクン・・・
血が騒ぐ。
グングンと流動速度を速め、熱を持ち松浦の中で暴れ狂う。
あぁ、気持ちいい。
どうしてか。
果てない快感の波に埋もれ、松浦は恍惚とし、それでいて今迄で一番の酷薄な笑みを見せた。
明らかな松浦の変化に、吉澤は一度首を傾げ、そしてすぐに息を呑んだ。
―――“呑まれた”…
後藤との対峙による極限までの緊張感の高まりが、松浦亜弥の不安定な心を崩してしまったのだろう。
最早手遅れ。
狂気という名のバケモノに、崩れた心を献上して手に入れた強大なるチカラ。
ググッと、吉澤の唇が愁いを帯びて、歪んだ。
松浦亜弥の目から、全ての色が消え失せていく。
怒りも
悲しみも
喜びも
何もかも。
全て消失した後、だんだんと一つの色が松浦の心身を蝕み始める。
それは、狂気。
霞みゆく思考回路の中で、松浦は悦楽に浸りながらこう悟った。
―――簡単じゃん…
チャキ…
小さな金音がし、その刹那。
真紅の線が空を薙いだ。
そして更にその刹那、ガラスの破砕音。
- 306 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:49
- 既に鞘へと戻している刀を肩に担ぎなおし、後藤は右方へ首を巡らせた。
備え付けの窓ガラスを割り、松浦は空へと身体を投げ出していた。
至高の艶麗さと、凄惨さを笑みと共に投げかけて、松浦は自由落下に身を委ねた。
「…ふぅ」
張り詰められていた空気が、仄かに弛緩した。
小さく息を吐き、後藤は視線を砕かれた窓から外し、飯田たちへと流した。
しかし、後藤は歩み寄るだけで、何も話そうとはしない。
何も映し出さない深い瞳で、飯田と吉澤を交互に見遣る。
暫くして、飯田が踵を返した。
振り向き際に、松浦が飛び出した窓へと一瞥をくれたが、唯それだけだった。
後藤がその背中に続き、さらに吉澤が続く。
混沌の度合いは、深さを増した。
- 307 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:50
- ―――*
規則正しい寝息を立て眠るさゆみに、顔が綻ぶ。
意味深な発言をした後、結局保田は何も語らず眠ってしまった。
腑に落ちないながらもれいなは何も追求せず。
不意に、向かい側を見遣る。
麻琴が首を折り、寝息を立てている。
そういえば、彼女も一応怪我人だったなぁと、今更ながらに思い出した。
ゾクッ…
突如、れいなの背を悪寒が駆け抜けた。
そして、氷柱のように鋭く冷たい視線を背中に感じる。
恐慌が侵入してくる中、弾けるように振り返った。
「やっほー」
開けた口から、掠れた小さな声が漏れる。
窓辺に座り自分を見つめて手を振る松浦亜弥に、れいなの両脚は凍りついた。
脚だけではない。
腕も、顔も、身体も、頭も。全ての筋肉が固まってしまったかのよう。
見開いた目のまま、松浦を見つめる。
屈託の無い笑顔とは裏腹に、惜しげもなくさらけ出されてくる凄惨さ。
纏う雰囲気が、以前とは断然に違う。
傲岸に、無邪気に、屈託無く純粋に、精錬された狂気を醸し出す。
松浦と別れてから、僅かに数時間。
この短い時間の流れの中、一体何が起き、何が彼女を変えた?
浮かんでくる疑問も、声に出ず。
自分を見つめたまま硬直したれいなの全身を見わたし、松浦は朗らかに微笑んだ。
「スッゴイ、楽しいね」
笑みを飾ったまま、松浦の身体が後方へと倒れこんだ。
落下し、姿を消してから数秒後、れいなは漸く自分を取り戻した。
慌てて窓から上体を乗り出し、下方を覗き込むも、既に松浦の姿は無く。
れいなはたった今目前で起きた出来事を思いかえし、
今まさに沈もうとしているオレンジ色の太陽を、呆然と見つめていた。
- 308 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:51
- 「んぁ。ありゃ、そーとーヤバイねぇ」
柔らかい風が、れいなの頬を撫でた。
首を捻り、右隣を向くと、そこには眠そうな眼で中空を見つめている女性。
栗色というのだろうか・・・肩に掛かる髪の毛が、さらさらと風に揺れている。
自然に吹いた風だったのだろうかと、れいなは首を傾げた。
「…誰?」
「んー?ごとーのこと、知らない?」
返事も待たずに、女性は窓から身を離し、保田のベッドに腰を下ろした。
握っていた刀を立てかけ、柔和な笑顔をれいなへと向けてくる。
れいなは探るように、目を細めた。
ごとー、ごとう、誤答?
誰だろう。知り合いにいただろうか?
「さて、ここで問題です。ワタシは誰でしょう?
1、この病院の看護婦さん
2、流浪人
3、刀鍛冶師
4、お笑い芸人」
おどけた口調と、綻んだ頬。
細めた双眸からは負の感情が伝うことは無く、
だらしなく緩んだ顔からは快闊とした雰囲気が漂う。
呆気に取られているれいなに変わり、突然の来訪者が飄々と答えた。
「選択肢外の『PEACE』東地区支部の総隊長、後藤真希」
扉へと顔の向きを変える。
複雑な表情を表に浮かべ、吉澤と飯田が歩み寄ってきた。
「よしこぉ、何で答えちゃうの?」
「わざわざ、問題形式にする必要ないじゃん。つーか、正解入っていないし」
和やかな空気に包まれ、談笑を始める吉澤と後藤真希。
訝しげに二人の様子――正確には後藤の様子を窺いながら、飯田に小声で尋ねた。
「・・・ほんまですか?」
さゆみの眠るベッドに腰を下ろした飯田は苦笑い。
そして、短く一言。
「事実」
- 309 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:52
- 白い歯を見せ、楽しげに笑う後藤。
れいなはもう一度、あどけない後藤の笑顔を見て、吟味するように頷いた。
れいなの胸の中で疑念が渦を巻く。
隊長とは、もっと威厳がある人物だと思っていた。
だから、後藤が隊長だといわれても、如何にも納得して頷けない。
自分の勝手な固定観念を他人に求めるのもどうかと思うが、しかし、それでもやはり首を傾げずにはいられない。
「・・・まぁ、じょーだんは此処までにしといて」
ドクン・・・
心臓が大きく一度、跳ね上がった。
「どうなってるのか、説明してもらおーかな」
精悍な表情を見せ、後藤は厳かにそう告げた。
凛とした双眸は飯田へと。
その場の空気が、一転して重くなり、険が入る。
これが・・・これが、総隊長である後藤真希の醸し出す世界。
悠然とし、美麗で、何処までも沈着で、閑静としている。
今ならこそ、納得し頷くことができる。彼女が総隊長であることに。
「実はね――」
固い空気の中で、飯田は一度逡巡したように間を作り、しかしすぐに言葉を紡ぎ始めた。
予めまとめておいた考えを、言葉に変え、後藤へと、吉澤へと、れいなへと伝える。
高橋愛を処刑したこと。
その死体を狙い、松浦と藤本が北からやってきたこと。
申し出を断り、その後試みた強引な策で失敗し、鬼土零拿に追い返されたこと。
鬼土に藤本を弄ばれたことに松浦がキレ、館内に残っていた社員を一人で病院送りにしたこと。
そこに丁度、後藤が帰ってきたと言うこと。
「なるほどねぇ」
- 310 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:53
- 何を含んでか、後藤は天井を見上げ、長く鼻を鳴らした。
その場の空気が、一瞬にして柔らかなものへと変わる。
れいなたちは、同時に溜息をついた。
「さっきさぁ・・・」
見上げた体勢のまま、後藤は静かに呟き始めた。
今や完全に太陽は沈み、蛍光灯に明かりが灯った。
涼しい空気の侵入を遮断するため、吉澤は窓へと近づき、ゆっくりと閉めた。
「さっき、ここにまっつーが来たのね。
ごとーが見たところ、あの様子じゃあ、あれ、“MADNESS”だね。
早くしないと、多分、いや確実に犠牲者が続出しちゃうね」
下ろされた両の目には、静謐が彩る。
慌てず、騒がず。後藤はいたって沈着冷静。
焦り、急いで事を成したとしても、それはほぼ確実に敗北を喫す。
焦燥感と憤激で目前を見失い、返り討ちにだけは会うな。
この燃えるように鮮やかな真紅の刀身を持つ刀を鍛えた人物が、そういって不敵に笑った。
しかし、後藤には一握の自責の念があった。
それは、自分が松浦の心を崩したのではないだろうかということ。
あの時、吉澤と拳を交えていたあの時。
後藤が帰らなければ、後藤が姿を見せなければ、松浦亜弥が呑まれることは無かったのではないだろうか。
軽く見られがちでも、後藤は人一倍責任感が強い。
立てかけておいた刀を、鞘の上から握り、力を込めた。
狂気に身を浸した人間は、もう日常には戻れない。
そして、“MADNESS”になってしまった者は、滾る欲望の限り破壊を繰り返す。
悦楽を得るために、それだけの為に破壊を繰り返す。
即座に対応しなければ、尋常ならざる被害数が出るだろう。
それが、松浦亜弥ならば尚更だ。
- 311 名前:INSANITY 投稿日:2004/08/26(木) 08:53
- 「ごとーがやるよ」
闘気が溢れた。
後藤が立ち上がると同時に、それは不可視の腕となりれいなたちの身体を握り締める。
潰されないように抵抗しながら、超然と立ち去る後藤の背中を見送った。
誰も、何も言葉を発することは出来なかった。
手伝うとか、援護するとか。
そんな軽口が叩けるほど、今回の戦いは簡単なものではない。
多分、次元が違う。
荒唐無稽なことではあるが、しかしれいなたちはそれを肌で感じ取った。
左手を扉の取っ手にかけ、その瞬間爪先までの全ての動きが停止する。
細められた双眸は、鋭く、何かを見透かしているよう。
やがて、開け放たれた扉。
直後に起きた事象に、れいなたちは驚愕と共に立ち上がった。
「ミキティ・・・」
床に吸いつけられるように倒れこんできた一人の女性。
汗を光らせ、倒れたまま辛苦に満ちた呼吸をする藤本美貴の肌は、死人のように青白く変色していた。
- 312 名前:無壊 投稿日:2004/08/26(木) 08:59
- >>296 名も無き読者様
田中さんは…ほっといても大丈夫でしょうw
学校が始まり鬱々としている無壊ですが、これからもよろしくお願いします。
一日遅れですが、紺ちゃん、貴女は最高です。
えぇ、そりゃあもう、最高です。
写真集、発売おめでとうございます。
- 313 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/26(木) 11:48
- 更新お疲れ様です。
出たぁ!!
ついに現れましたねこの人も・・・。w
何か心配事が一気に増えた気もしないでもないですが、
彼女がどうにかしてくれると信じてます。
次回も楽しみにしとります。
- 314 名前:無壊 投稿日:2004/09/01(水) 23:38
- 申し訳ありません。
書いても書いても納得がいかず、書いて消しての無限ループに嵌ってしまいました。
何分、書いたものを即乗せるといった手法をとっているもので・・・。
スランプは、大嫌いです。。。
故に、本日はレス返しのみでご勘弁を。。。
>>313 名も無き読者様
えぇ、現れましたよw
彼女ならば、全事象を丸く治めてくれることでしょう・・・ドウカナ?
もう一度言わせてください。
スランプなんか、大嫌いです。
- 315 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/02(木) 02:28
- 心中お察し致します。。。
同じ手法を取ってますから、、、・゜・(ノД`)・゜・
そういうことってありますよね。
自分のは設定的になんでもありなので後で無理矢理どうにでもなるのですが
作者サマはそういうわけにも行きませんからね・・・。
作者サマの納得行くまでしつこいくらいに待ち続けますのでどうぞ頑張って下さい。
その間に自分も座禅を組んで今一度このいい加減な態度を見直してみますw
- 316 名前:無壊 投稿日:2004/09/06(月) 21:17
- 今回は最初にレス返しをば。。。
>>315 名も無き読者様
温かいお言葉、感謝の極みにございます・゜・(ノД`)・゜・
実はこの話、設定ありそうでいてないのですよ(爆
暗中模索しながらやってますから。。。
決まったペースで書き続ける名も無き読者様(作者様)を私は唯、敬意を感じずにはおられません。
メル欄…分かります。
暑くて勉強が出来ないから夏休みがあるのに、大量に宿題を出すのはなにごとか・・・。
お互い、頑張りましょう。
- 317 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:18
- ――*
頬を、額を、全身を撫でては通り過ぎていく風が、心地よい。
走行しながら確認する、二つの海に浮かぶ三日月。
一つは無限の星が煌く夜空の海に、一つは静かに波立つ地上の海に。
たんたんと。
舗装道路を自前のスニーカーが叩き、規則的に小気味いい音を上げる。
右方には断崖絶壁。
見おろせば、漆黒の木々があたりを覆う。
左方には、岩壁。
岩盤が脆く、幾度と無く土砂崩れや落石が観測されているらしい。
『PEACE』東地区支部が屹立する、東地区最大の都市【トウキョウ】。
そこを離れ、彼是5時間。
何処までも続いていそうな峠の一本道を、松浦亜弥は笑みを浮かべながら疾駆する。
全く疲れも見せず、汗も光らせず。
ただ遮二無二駆けているのだが、そこで一つ疑問が浮かぶ。
何故だろう?
何故、今自分は走っているのだろう。
自分は、何処に向かっているのだろう。
引き裂きたいのに、ヒトの身体を。
味わいたいのに、ヒトの血の味を。
感じたいのに、更なる、快感を。
松浦が向かう先には、一体何があるのか。
自分自身でもそれは理解し得ない。しかし、駆ける歩は速度を緩めず。
松浦は唇を歪めた。
悦楽にではなく、苛立ちに。
明瞭としない己の目的に、松浦は不快感を露にした。
- 318 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:19
- ――*
鉛を付属させたように重い溜息が、清涼な空気に溶けて消える。
危険防止を目的に取り付けられたフェンスを掴んで、自己嫌悪に陥る。
自分は――田中れいなは、まだまだ子供だと。
六階層の612号室。
藤本美貴が到来したことにより、人数が溢れ、強制的に部屋の移動を命ぜられた。
そこからか。
れいなは移動のとき既に苛立ちを募らせていた。
原因は言うまでも無く、藤本美貴。
青白い肌、荒い息。
誰が見ても体調良好とはいえない彼女の状態。
それでも、彼女が――藤本美貴が、れいなを食そうとしたことには変わりは無い。
故に、後藤に抱えられ、運ばれている藤本を横目で見遣りながら、れいなの内心はガタガタと揺らいでいた。
どうして、そんなに優しい目でソイツを見るの?
どうして、そんなに柔らかな笑顔をソイツに向けるの?
部屋への移動が完了してからも、苛立ちは募るばかり。
さゆみや保田には軽く声を掛けるだけで、後藤は藤本へと付きっ切り。
胸の中で、得体の知れないナニカが蠕動を始める。
それから来る不快感を抑えようと胸を鷲掴み、歯を食いしばった。
歯列の隙間から漏る熱く、荒い吐息に、蠢いているものが負の衝動だと知る。
殺したい、壊したい。
理不尽な対応に、れいなの中で怒の感情が飛躍的に膨れ上がる。
殺意と破壊衝動の予兆が、怒号として現れかけたとき、れいなは咄嗟に部屋を飛び出した。
―――もしも、あの病室に後一秒でも長くいたら、あたしは・・・。
- 319 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:20
- 春先といえど、まだ吹く風は肌寒い。
肌を、髪の毛を撫でては過ぎる涼風に浸り、頭を冷やしながら、れいなは自身に恐れを抱いた。
幾ら、頭に来ていたとしても、殺したいとまで膨れ上がるだろうか?
無数のネオンが輝く街並みを見おろし、れいなは金網を強く握り締めた。
ギィ・・・――
錆付いた鋼鉄製の扉が、軋んだ音を立てる。
反射的に振り返り、突然の来訪者を見遣った。
静まり、沈着しかけていた胸の鼓動が、再び速度を速めていく。
「んぁ?ここにいたんだ」
夜闇を照らす、欠けた月。
その光を浴びて、来訪者は口元をやんわりと緩めた。
月と同じ形に、目が細まる。
柔和な口調に、笑顔。
向けられたそれらに無論、偽りなど欠片も無い。
しかし、今では其れすらも疑わしい。
今のれいなには冷静な目で、後藤を見ることは出来なくなっていた。
「なんか、用やろか?」
だから、自然と威嚇するように声が低くなる。
苦笑を浮かべ歩み寄ってくる後藤を鋭く睨みつけ、全身に緊張を漲らせる。
それは、解いたられいな自身が壊れてしまいそうだから。
三日月に照らされながら、突如として後藤の笑みが消える。
三メートルほど開いた二人の空間に、ふわりと涼風が吹き抜けた。
数秒の間があき、鋭い風がれいなを過ぎる。
前髪が揺れ、目を瞬く。
カチャリ。
控えめな金属音が耳に届き、れいなの腰から力が抜ける。
小刻みに震える首を上げてみると、後藤の笑みが降り注ぐ。
右手が鞘に納められた刀の柄に添えられていた。
抜刀直後なのか、はたまたこれからなのか。
れいなには知る由も無い。
最早怒気など、遥か彼方。
爆発的に膨張した、驚異的な闘気に薙がれたれいなは半ば放心状態で後藤を見つめていた。
「ごとーの部下さんたちは皆強いよ?
だから、ごとーは皆を信じてるんだよ」
快闊として笑い、膝を折ってれいなの前に跪く。
ポンとれいなの頭に手を添えた後藤は、それを緩やかに動かし、慰撫の念をのせた。
- 320 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:21
- 呆然としながらも、後藤の言葉は滞りなくれいなの耳へと届く。
張り詰めていたものが、一気に切れた。
あれ程までに煮え滾っていた怒気が、緊張とともに流れ、消失してしまった。
不可解なことであるが、それは完璧な消失。
後藤を見上げても、何も湧いてこない。
後藤はれいなの心に直接伝えたのだ。
信じている。
皆を信じているからこそ、要らぬ懸念は持たないのだと。
必要以上に自分が憤慨に駆られ慌てては、余計に皆を不安にさせるだけだという事を。
「だから、ごとーは何時もみたいに接する。
そのほうが、皆もきっと安心してくれるから」
立ち上がり両手を広げ、月に向かって後藤は演説する。
微風に揺れる髪がキラキラと光り、
笑んだ時に零れる白い歯が見惚れるほどに美麗だった。
向けられた純粋無垢な笑顔に、れいなは唖然とする。
彼女の――後藤真希の思考は、突飛の域すらも超えている。
読むことは勿論、彼女の言動を理解することも難しい。
唯一つ分かることは
「でも、其れがかえって気を悪くさせちゃったかな?
だとしたら、ごめんね。ごとーは謝ります」
後藤真希は、卓越していると言うこと。
理由も、根拠も無くれいなはそんなことを考えた。
「・・・一つだけ聞かせてください」
湧かないものは仕方が無い。
如何にも腑に落ちず、胸の中に靄が掛かる。
漠然とした焦燥感を見かけの上で抑え込み、れいなは清澄した声で後藤に問うた。
「どうして、あんヒト・・・藤本美貴を、構うとですか?」
それは当然の疑問。
『PEACE』の社員が須らく強いというなら、藤本美貴はどうなのだろう。
少なくとも、れいなが見、体感した上では驚異的な強さを誇っていると想定する。
そう、れいなだからこそ、そう断言できる。
霞む視界で確認した真紅の双眸。
れいなの首元へと埋まる、鋭く発達した歯牙。
肌を撫でるように囁かれた、あの言葉―――『食べていい?』
ゾワリと。
思い返すだけでも、悪寒が這い上がる。
- 321 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:21
- れいなに極限に近い恐怖を与えた当事者。
弱さの片鱗など、垣間見えもせず。
何故、彼女が弱かろうか。
怒気は治まり、心中は冷静を取り戻してきたとしても、それだけは如何様にも納得がいかない。
「んぁ・・・そうだね・・・言っとかないとね」
天を仰ぎ、すぐにれいなに視線を戻す。
お互いの視線が絡まりあった後、後藤は踵を返し、静かに呟いた。
「付いてきて。ちょっとした昔話するから」
離れ行く背中を、一度唾を飲み込み、見つめる。
後藤の背中は堂々とした風格が漂い、背筋もシャンと伸びていて、秀麗としていた。
丁度肩甲骨の辺りに目線を貼り付け、れいなは後へと続く。
突然、後藤が歩みを止めた。
院内へと続く扉には既に手がかかっている。
れいながその不可思議な行為に首を傾げたとき、後藤はゆるりと首を巡らせた。
思わず息が詰まったのは、最早必然であっただろう。
能面のように無機質な表情。
そこから覗く双眸は、色など灯っておらず、冷淡としている。
横一文字に結ばれていた唇が、機械的に動き、言葉を紡いだ。
「覚えておいて。狂気は伝染もするけど、生まれもする。
思いがけない場所から田中たちを狙い、現れる。
一度侵入を許したが最期、狂気に蝕まれるだけ。よく、覚えておいて」
淡々と紡ぎ、即座に向きを戻す。
一方的に言葉を投げ、一方的に扉を開け、階段を下る。
先の見えない後藤の言動に、れいなは再び呆然にとらわれる。
後藤の姿が一階層下に消えてから、れいなは漸く歩を再開した。
先程の後藤の言葉。
反芻して、吟味してみるがまるで意味がつかめない。
狂気には気をつけろ。
伝えたいことは分かったのだが、何故あのタイミングで言ったのか。
解せない。
だがしかし・・・何故だろう、鼓動が速くなる。
其れは懸念からか、何からか・・・。
漠然とした、正体の見えない真なる闇。
己を包む負の空気を払拭するように頭を振り、れいなは階段を下っていった。
- 322 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:22
- ――*
それほどまでに、急いではいなかったはずだ。
すぐに追いかけ、階段を下ったにも拘らず、れいなの視界に後藤の背が映ることは無かった。
また一つ、後藤への謎が増えた。
「・・・あ。ごとーさん、田中ちゃん来ましたよ」
扉を開け放ち、迎えてくれたのは欠伸をかみ殺していた小川麻琴。
やはり既に到着していた後藤は、藤本のベッドの脇へと腰掛けていた。
麻琴に声を掛けられ、れいなへと向けた笑みは、柔らかいもの。
屋上で見せた、酷薄な表情が薄れてしまうような、優麗な笑顔。
それに答えるように一度会釈し、れいなは病室内を見渡した。
特に変わったことは無い。
出窓に腰を預ける飯田、
空きのベッドへと腰掛ける吉澤、
さゆみと保田は、当然ベッドに横になっており、
麻琴は保田のベッドへと突っ伏し、組んだ手の上に顎を乗せていた。
藤本美貴は未だ起きていないようだが、
前(さき)と比べて肌の色が段違いに健康的になっていた。
不安定で、荒かった呼吸も落ち着き、今や規則正しい寝息を立てている。
何か薬でも打ったのか、
れいなはぼんやりとそんなことを考えながら、さゆみのベッドの傍らへと位置をつけた。
「れーな・・・」
「さゆ。起きとったとね」
掛け布団で口から下を隠し、
れいなを見つめてくるさゆみの瞳には、不安が映る。
この部屋に鎮座する重苦しい空気を感じ取ってのことだろう。
果たして、その予感は的中するのか、しないのか。
「ヤになったら、言ってね。止めるから」
藤本に背を向け、後藤は振り返った。
緊張しているような面持ちでそう前置きをし、一度みなの顔を見わたす。
そして、軽く目を伏せてから、持ち上げる。
真摯な光の灯った瞳を向けながら、後藤は静かに語り始めた。
「2年前、かな?なっちの所――『PEACE』北陸支部にミキティが入隊したのは。
そん時、もうまっつーは一年ぐらい前に入隊してて、未だ二人は接点なんか無かったんだよね。まあ、入隊初期だから当然だけど」
- 323 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:24
- *
ミキティは執行部隊に正式に入隊してから、
人一倍負けん気の強さとか、
素質とか、本人の努力とかで、すぐにエースに上り詰めて、
目を見張るほどの活躍を見せてたんだよ。
凄いよね。
入隊約一ヶ月でもうエースなんだからねぇ。
んぁ?それが何か関係あるのかって?
まぁ、聞いてよ。
えっと・・・んで、まっつーは技術開発部隊と執行部隊を兼ねてたんだけど、
どっちかってーと技術の方がメインでね。
たまに会ったりしてたんだけど、それはまっつーが資料とか持っていくときだけ。
あんまし、同じ職場につくなんてことは無かったらしいね。
しかもミキティ、あんま愛想良くないから挨拶もろくにしなかったらしいのね。
そんなこんなではや半年。
二人は特別お互いを意識しあったりすることは無かったみたい。
でも、でもでもね。
突然来たんだって。ビビッと。
ある日、ミキティとまっつーは偶然に行動を共にしたらしいよ。
犯罪者を二人で捕らえるって言う。
まあ、単に人手不足だったみたいだけど。
んで、まっつーが犯罪者と接触したとき、足の骨を折られちゃったらしいのね。
やっぱり、本職じゃないから訓練を怠けてたのが響いたらしいよ。
動けなくなってもう駄目だって思ったとき、別のルートを捜査してたミキティが来てくれてね。
犯罪者を例の如くぼこぼこの、袋叩きにしたんだって。
ミキティにとって見れば、それは何時もの行為であって、
特別な意味を持ってたわけじゃないんだけど、
ミキティの何時もを知らないまっつーは、それをみて惚れちゃったみたいでさ。
身体に電流が走ったみたいだって、まっつー言ってたよ。
それからね、なるべくはまっつー、執行の仕事にもでるようになって。
元来性格が明るいし、積極的だから、その日からガンガン当たってったらしいよ。
でもミキティは相手にしなくてね。
『はぁ?』とか言って冷たく追い払ったりしてたみたい。
当たって砕けろとはよく言うけどね、なんせまっつーだからねぇ。
当たっても砕けるどころか、更にパワー増しちゃって。
それでもミキティは強情で。
中々首を縦に振らなくて、冷たい態度であしらい続けたんだって。
- 324 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:25
- いい加減、まっつーも流石に凹んできて、
もう諦めかけてたとき、また同じ仕事のオファーがきたそうで。
告って振ってって言う関係だった二人は少し気まずかったみたいだけど、仕事は仕事。
公私混同は絶対禁止。
それが『PEACE』のキャッチフレーズだから、仕方が無かったみたいだね。
で、今度は何か嘘っぽいんだけどミキティがヘマして、負傷したらしいの。
ミキティ位になっても怪我すれば動きは鈍くなってね。
大分危なかったらしいんだけど、これまた偶然に。
まっつーが駆けつけてね。
二人でとっつかまえて、事は無事に終了。
まっつーは今回の仕事限りでミキティから手を引くつもりだったんだって。
でもね、まっつーの肩を借りながらミキティがボソッと呟いたそうだよ。
『・・・いいよ』
って。
唐突に良いよしか言われなかったから、
まっつー、当然のことながら何の事か分かんなくて。
やっぱり、聞き返すよね普通。『何が?』って。
したら、ミキティぶっきらぼうに声を荒げてさぁ、
『付き合ってあげても良いって、言ってんの』
だって。
ミキティ不器用だからねぇ、素直に言えなかったみたいで。
でも、まっつーはやっぱ凄い嬉しかったみたいでさ、ミキティが怪我してることも忘れて抱きついてワンワン泣いたんだって。
ミキティ、最初は言葉通り「はぁ?」とか思ってたらしいのね。
女性は男性に、男性は女性に恋をするのが絶対不変の事実だと思ってたとか。
でも、まっつーの攻め受けてく度に、実際は心が揺らいでたみたいで。
それでもありえないとか自分に言い聞かせて、自分の中の想いを否定してた。
でも怪我したとき、一番最初に思い浮かんだヒトがまっつーだったんだって。
まっつーが助けに来てくれるって、確信してたらしいよ。
それで思い知らされたんだって。
あぁ、自分はこんなにもまっつーに依存してるんだなぁって。
だから、
心を囲むように張り巡らせてた障壁を自らの意思で取り去って、
ミキティはまっつーに自分の正直な気持ちを打ち明けた。
当然両想いなわけだから、それからの生活は順風満帆。
幸せ絶頂とか、ごとーのとこに来たとき教えてくれたわけよ。
- 325 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:26
- ごとーも惚気られて呆れながら、良かったねとか返してさ。
ホントに・・・あの時までは良かったんだよね。
まっつーもミキティも、自然に笑えてたし。
…
……
一応言っとくけど、ここからは暗くなるよ。
聞きたくなくなったら言ってね、すぐやめるから。
…コホン。
ある日ね、ミキティが単独で進めてた任務があったのね。
その時追ってた犯罪者が、かなりやばかったヒトみたいなの。
だからミキティ、半端な数用意しても余計な犠牲者増やすだけだって言って、単独行動を要求して。
勿論、まっつーも一緒に行くって言ったんだけど、それも断って。
誰もがミキティの実力を知っていて、
誰もがミキティの成功を信じて疑わなかった。
それはまっつーも同じで。
自分の申請を受け入れてもらえなかったことに不貞腐れてたらしいんだけど、
すぐに帰ってくるだろうと、軽く捉えてた。
だからこそ、突きつけられた事実が納得いかなくて。
その日、『PEACE』北陸支部は閑寂と虚脱感に支配された。
ズタズタに引き裂かれた制服に、皮膚。
右肩口から三十センチぐらいまでの肉が抉られてて、
腹部にぽかりと開いた大きな穴から、幾つかの臓物が垂れ下がったらしいよ。
変わり果てて帰還したミキティに、皆は愕然として、唖然とした。
だって、あのミキティが負けたんだよ。
常勝無敗のエースが、見るも無残に殺されたんだよ。
それは当然というより、必然的な反応だったと思う。
特にまっつーはひどかったらしくてね。
ミキティの死が信じられなくて、涙ながらに呼びかけたんだって。
力を失った身体を、揺すりながら『ミキたん、ミキたん!』って。
数人の社員の人が止めなかったら、ずっと呼びかけてたんじゃないかな?
入隊して即エースに上り詰め、僅か半年もたたずに殉職。
北の人はね、ミキティの輝かしい活躍を讃えながら、哀悼を奉げた。
でも、まっつーはしなかった。
悼んでしまったら、ミキティの死を認めちゃうことになるからね。
- 326 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:27
- まっつーはいつまでも首を振って否定し続けた。
ミキたんは死んでない、未だ生きてるんだって。
皆の説得にも耳を貸さないで、まっつーはそれだけ言い残すと研究室にミキティを連れ込んで篭りっきりになった。
それから約三ヶ月。
外からの呼びかけにも全く反応しないで、まっつーは姿を見せなかった。
日を追う毎に膨らんでくる懸念を解き放つかのように、北の社員の人たちは扉を突き破ろうかと思い立ったとき、唐突に扉が開いたんだって。
思わず目を丸くして、皆一斉に息を呑んだらしいよ。
そりゃね。
やつれたまっつーの隣に立ってるのが、死んだはずの人じゃあねぇ。
驚くのが普通でしょ。
驚きに打ちひしがれてる皆を見て、まっつーはやんわりと笑って言ったそうだよ。
『ほら。ミキたんは生きてたよ』って。
研究室の中で何が行われていたのか、それは誰にもわからない。
ただ、生き返ったミキティは至って正常。普通に動いて、普通に犯罪者を屠って・・・。
…ううん。
実際は正常なんかじゃなかった。
生前は無愛想だったけど、笑うときには笑ったし、ドラマで泣くときもあった。
でも、目を真紅に染めたミキティは、そんなことは無くなった。
爛々と目を輝かせて、何時も何かをねらっているように人を見てたらしいよ。
犯罪者を追っかけるときも・・・。
ミキティが目をつけた犯罪者は皆行方不明になってるんだって。
壊れたまっつーと、獣に成り果てたミキティ。
二人に送られたのは、畏怖の眼差し。
以前までに受けていた、羨望は消え失せ、ただただ恐れられるだけの存在になった。
でも、まっつーはそんなの気にせず、行動した。
自分たちに向けられる悲しげな視線の元。
それを犯罪者のせいだと決め付けたまっつーは、全てを排除すると言って。
でもね、実際には違う。
まっつーには、一つの目的がある。
本人さえも気付いてない程、小さくだけど、それはちゃんと心の根底に張り付いてまっつーを動かしてるんだよ。
- 327 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:28
- その目的はね、ミキティを殺したヤツを殺すこと。
ここに来て、高橋愛を奪還しようとしたのも、多分・・・ミキティと同じ処置を施すためだろうね。
…あんなことになっちゃあ、もうそんなの関係ないけど。
―――…ミキティ、盗み聞きは良くないよ。
- 328 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:29
- *
驚愕すべき真実。
れいなは狼狽し、
さゆみはれいなを見つめ、
麻琴は唖然とし口を開け、
吉澤は目を伏せ、
保田は後藤から目を逸らし、
飯田は億尾には出さないが、内心は悼みに尽きているに違いない。
その内容を、藤本美貴は聞いていた。
ゆるりと起き上がり、薄く紅に輝く瞳を自らの掌に落とし、唇を引き結んでいる。
驚くのも無理は無い。
自分は一度死んでいると聞かされたのだから。
「知ってたね?ミキティ」
れいなは、藤本が自身を見失っているとばかり思っていた。
だから、彼女が鈍く首肯したときは、息を呑んだ。
「・・・知ってたよ」
藤本は、霞んでしまいそうな細い声で、しかし確かにそう呟いた。
彼女は――藤本美貴は知っていた。
自分が一度死んだということを。
自分が松浦の手により、蘇ったのだということを。
「・・・あのチビ会ったところからすっぽり三か月分だけの記憶が無くてさ。
気付いたら亜弥ちゃんの隣に立ってて。
流石におかしいと思ったよ。そんなに気失うようなこともしてないし」
寝癖の立つ髪を手で梳かしながら、藤本は淡々と丸で人事のように述べていく。
しかし、その語り口が、余計に哀感を漂わせた。
「黙って亜弥ちゃんの研究室に入って、資料漁ってみた。
ミキは何かね、死んだときミキを作る細胞が7割がた死滅してたみたいでさ。
それを様々な獣の遺伝子組み込んで補ってるみたいなんだよね。
でも、人体に完璧にマッチしてないらしくて、定例的に発作が起きるんだって」
目が紅いのも、異様に犬歯が長いのも多分そのせい。
言い終わると、フッと緩む頬。
歪む唇は笑みの形に。
自嘲ではなく、真に遊楽を楽しむかのように藤本はククッと喉を鳴らした。
- 329 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:30
- 「流石に、それ読んだとき驚いたな。
でもね、怒りなんか湧いてこなかったんだ。寧ろ、亜弥ちゃんに感謝したよ。
ミキを生き返らせてくれてありがとねって。
だから、ミキは決めたんだ
亜弥ちゃんにミキの全てを捧げるって」
一度瞼を下ろし、数拍置いてれいなたちへと首を捻る。
無邪気な笑顔を向ける藤本は、どうしてか、とても寂しげに見えた。
「だから、関係ない。
亜弥ちゃんがミキに何をしたとしても、それでミキはこうして生きていられる。
ごっちん、亜弥ちゃんに何をした?」
確かな意志を込めながらも、
しかしこれも確かに揺らぐ紅。
漸く理解した。
彼女は弱いと。
力こそ、脅威を感じてしまうものの、その心はれいなたちと同じ。
不安定で、常に安らぎを求めている。
松浦亜弥という存在概念は最早、藤本にとって心の欠片なのだろう。
後藤が、首を傾ける。
縋る藤本を感情の読めない瞳で見おろし、すぐに向き直った。
フッと静かな吐息が流れ、それに乗せるように後藤は平坦に言葉を紡いだ。
「まっつーは良い子で強い子だったよね。
崩壊しかけてた心を必死に繋ぎとめて。
でも、もうあのまっつーに会うことは無いんだろうね」
感情の無い声が、淡々と室内に響く。
彼の言葉は静かに皆の鼓膜を揺らし、胸の中へと纏わり付く。
そこでれいなは後藤を見、眉根を寄せた。
後藤は何故、動かないのだろうと。
「“MADNESS”は欲望に忠実に行動する。
だから、まっつーは戸惑ってるだろうね。
自分が脳内で考えてる欲望と、身体が求める欲望がすれ違ってるんだから」
超然とした慧眼が窓の外へと向けられる。
悔恨、自責、憂愁を載せた後藤の鋭い瞳は、その場にいるすべての者に戦慄を与えた。
自然な流れで後藤は立ち上がり、出窓へと赴く。
飯田が緊張の面持ちで離れ、後藤が静寂を纏いながら窓越しに外界を見おろした。
チャキリと親指で鯉口が切られ、右手で柄を握り、一息に刀を鞘から解放する。
- 330 名前:INSANITY 投稿日:2004/09/06(月) 21:31
- 目を、心を奪われた感じがした。
刃渡り一メートルほどの長い刀。
刀身は鮮麗に紅く光り、脈動しているように錯覚した。
無意識にれいなの右手が上がり、その刀へ触れようと伸ばされる。
後藤はそれを知覚したのか、再び刀身を鞘へと封じた。
ふと、そこでれいなは今、自分が何をしていたのかと自らに問うた。
完全に無意識。
本能が、れいなの体を動かしていた。
「まっつーはごとーが壊した」
冷酷とも取れるような表情を貼り付け、後藤は振り返り、言った。
刹那、藤本の姿が霞み、瞬き一つの後に後藤の眼前へと出現した。
夥しい程の殺気を垂れ流し、凛然と後藤の瞳を覗き込む。
見つめ返す後藤の瞳は、全く揺らぎは無い。
毅然とした光を湛え、そして、凛と張り詰めた声を漏らした。
「まっつーは、もうここにはいない」
鬼気が充満する612号室。
圧迫感にれいなは嘔吐を催す。
口を押さえながらも、対峙する二人からは目が離せない。
前触れも無く、轟音が轟いた。
蛍光灯が明滅を繰り返し、やがて光を失う。
僅かに数分前までは、夜空に張り付き、静謐な光を放っていた三日月は既に無く。
闇色の雲は、着実に空を侵略していたらしい。
激しい雨音が窓に当たり耳を劈く。
時折降り注ぐ雷光に身を照らされ、後藤真希は怯むことなく言葉を紡いだ。
「ごとーが犯した失態。ごとー自身が片をつけるよ」
夜叉の如く醜く歪んだ藤本美貴の表情。
一層の輝きを放つ怪しい紅色が後藤を捕らえ、
鋭く伸びた五指の爪が後藤へと疾駆した。
- 331 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/06(月) 23:02
- 更新お疲れ様です。
そのような過去が、、、
でも犯人ってもしや・・・。(汗
せっかくお褒め頂いたのにあれですが、今週は定期更新できないかも。。。(ぉ
お互いがんばりませうね?
次も楽しみにしとりやす。
- 332 名前:無壊 投稿日:2004/09/09(木) 22:51
- コソーリ。。。
http://www.geocities.jp/sakuma_mikohime/
ホームページなぞを作ってみました。
はじめてなので全てにおいて拙いですが、よろしければどうぞ。。。(平伏
- 333 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:35
- たーん
たーん、何処ぉ?
ありゃ?またここにいたのぉ?
もう、ダメだよぉ。此処は年中寒いんだから、風邪引いちゃうよぉ。
え?・・・もう、たんのバカ、スケベ!
ヤダよぉ、恥ずかしいもん。
え・・・?ば、バカ!全部なんて見せてないよぉ。・・・もぉ。
―――お月様・・・
綺麗だねぇ。
あたしね、お月様ってミキたんみたいだなぁって思うんだ。
ん?
あのねぇ、だってお月様って静かに世界を照らしていてくれるでしょ。
夜をさ、完全な闇に沈めない為に。
そういうのって、クールだと思わない?
ね。
だから、ミキたんみたいなだなぁって。
え?だったら、あたしは太陽?
や、買いかぶりすぎだよぉ。
あたし、そんな・・・。
え?
み、ミキたん・・・。
あ、あはは。
何か、照れちゃうな。そんな真顔で言われちゃうと・・・。
え、ちょ、ちょっとミキ・・・ん・・・。
―――っふはっ。
もぉ、いきなりすぎるよぉ。
…嬉しいに決まってんじゃん、バカ。バカたん。
にゃはは。
ずっと、ずぅーっと一緒にいようね、ミキたん!
- 334 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:36
- ――
み、ミキたん?!
は、離して下さい!たん!ミキたーん!
ずっと一緒にいようって言ったよね?
ずっとずっと、二人は一緒だって言ったよね?
ねぇ、どうして?
ミキたん、答えてよぉ?
ねぇ、どーして何にも言ってくれないの?
ヤダ!
たんは死んでない!
眠ってるだけなの、きっとすぐに起きてくれて、おどけてくれるの!
ヤダ!
ミキたんはあたしの、あたしの恋人なのぉ!
死んでないのぉ!!
――
えへへ、たぁん。
え?そんなこと無いよぉ、うん、似合う。
サングラスしてるミキたんも、すっごく凛々しくてカッコいい。
…え、何?聞こえなかったよ?
何が?
?
変なミキたん。
わぁ、すごいねぇ。これ、ミキたんがやったのぉ?
うん、えらいよぉ。
それに嬉しいよぉ。
ん?だって、そうすればミキたん元気になってくんだもん。
だからあたしも元気になるんだよ。
え、あ・・・・。
にゃは、おいし♪
ミキたんの味と、血の味が混ざって、うん。
松浦、この味好き!
- 335 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:37
- ―――*
鋭い軌跡が通過した。
頬との距離は紙一重。
薄皮を破って控えめに零れた朱を気に留めた様子も無く、
後藤真希は下から突き上げるように鋭利な視線を向けてくる藤本美貴を、ひたと見つめた。
憤怒に駆られた表情に揺るぎは無い。
ともすれば、睥睨のみで射殺してしまいそうなほど。
時が止まり、呼吸機能を忘却した。
刹那が数十分、瞬き一つが数時間。
体感時刻が、だんだんと遠ざかる。
「ふは・・・」
吐き出すというよりも、自然に漏れた自嘲の乗った溜息。
鈍くなっていた時の流れが、正常に戻る。
漸く、息を吸い込み、吐き出せた。
腕を引き、その手で顔を覆い、クックと喉を鳴らす。
藤本の突然の奇行にも、後藤は顔色一つ変えずに唯見つめる。
いや、変化はあった。
僅かながらにも、虚無を映す瞳に、愁いが帯びる。
何処までも優しく、何処までも痛々しい。
深い闇色の奥に、微かな悲哀色が浮かんでいた。
「情けないなぁ、ミキって・・・」
鮮明な紅い煌きを放つ双眸に、きらりと光る透明な滴。
弊害なく、重力に従うまま落ちていったそれはモルタルの床で控えめに弾けた。
己の不甲斐なさに打ちひしがれる。
淀みの無い涙と、瞳が映すのは明らかな悔恨の念。
己に対する、自責の念。
松浦亜弥を守れなかった事実、
松浦亜弥を止められなかった事実、
藤本美貴に、松浦亜弥を救うことは出来なかったのだろうか・・・?
「・・・ミキ――」
- 336 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:38
- 後藤の言葉とほぼ同時に、雷鳴が轟く。
藤本の唇が微かに動き、そして、後藤の表情に驚愕が生まれる。
丸まっていた背中が、霞む。
ふわりと、緩やかな風がれいなの横を通り過ぎ、聞こえた。
穏やかな、声。
ごめんね、迷惑かけて・・・
一μ秒ごとに遠ざかっていく声を追うように振り返ったが、目標は見出せず。
乱雑に開け放たれた扉が、独りでに閉まろうかとしていた。
駆け抜け際に見せた、儚く脆弱な笑み。
あの気丈なまでに冷酷な藤本と、同一人物とは思えないほど。
胸騒ぎがする。
その正体は、分からない。
漠然とし、明白としないが、しかし、それは確かにある。
胸の奥に燻るそれは、果たして、れいなの勘違いだろうか。
振り向いて、息を呑み心臓の辺りに拳を当てた。
無意識に浮かんできた。後藤なら、何かを知っているのではないか。
不明瞭なこの蟠りを、分かっているのではないか。
果たして、れいなの思惑は見事に的中した。
こちらを見つめてくる後藤の眼差しに、憂憤が確かなる揺らぎを湛え浮かびあがる。
彼女は知っている。
藤本の目的、藤本の意図する所。
全てに終止符をうとうと、己の存在まで終結させようと、
痛切な思いで自信を満たし、奮い立った。
藤本が向かう先には松浦亜弥が、
松浦が向かう先には藤本美貴が必然的に現れるだろう。
最早、運命共同体。
それを自負しているからこそ、二人はお互いのことで本気になれる。
荒唐無稽な思考を巡らせつつも、れいなはそう確信した。
誤ってはいないはず。
彼女達とは所見の身。
でも、それでも、れいなは自分の憶測を信じて疑わなかった。
- 337 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:38
- 「カオリ」
鎮座する沈黙を凛然とした声色が切り裂いた。
透徹された後藤の声は、すべての者に戦慄を与える。
決して意識的な行為ではない。
しかし、憂愁と憤慨に塗れた彼女は、無意識に鬼気を垂れ流し、皆の心身を捕縛してしまう。
本人に自覚は無いだけに、誰も何も言えず、
気を張り詰めなければ意識が途切れてしまいそうな空間の中、耐えなければいけない。
「・・・何?」
強張った表情で、俄かに荒くなった息と共に細い声調の言葉が漏れる。
飯田の額は、じっとりと冷や汗で濡れてしまっていた。
「『ホッカイ』まで、人の足だとどれ位かかる?」
「・・・え?あ、ちょっと、待って」
唐突な質問に多少狼狽しながらも、飯田は虚空を見つめ演算を始めた。
此処から目的地までの距離、
人の足で出せる最高速度、
人の心肺機能と、疲労感のたまり具合。
それらを、呑まれてしまった者の枠に当てはめ、正確に検算していく。
不意に降りてきた表情は、哀感を漂わせ。
しかし、迷うことは無く飯田は声帯を振動させ、言葉を連ねた。
「・・・常人なら、多分一週間以上は確実にかかると思うけど・・・。
でもあの二人なら、遅くても三日とちょっと。速くて、二日以内には到着してると思う」
「―――そぉか」
飯田の計算により、成形される絶対誤差は極微量。
見立てた近似値と真値との間には、ナノ単位ほどの誤差しか生まれない。
だからこそ、何よりも信用できる。
しかし、後藤の意識は既にあらぬ方向へと向かっている。
優しかった双眸は、炯眼の如く鋭くなり。
彼女を纏う鬼気も、さらに濃度を濃くした。
「よっすいー、ヘリの手配をお願い」
低い声調で、厳かに告げ、後藤は姿を消した。
閉ざされた扉が、開くことはない。
恐ろしくも、悲しい鬼気が去り、漸くれいなたちは緊張を解いた。
ぽたりと。
一粒の汗の玉が床に落ち、音もなく弾けた。
激しい運動後のように噴き出してくる汗に、れいなは顔を歪め苦笑いを浮かべた。
- 338 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:40
- ――*
半数以上の人間が、病院に担ぎ込まれ、
『PEACE』館内は閑古鳥の大合唱だった。
人様の平和を守る為にはまず、己のことから。
遠まわしに言われたことを数秒で理解し、残ってボランティアをするという飯田を残し、帰還したのがほんの30分程前。
共に吉澤もいたのだが、後藤の命令を実行する為、自分の部屋へと戻ってしまった。
さゆみがいない今、寮へと変えるのは心細い。
フッと溜息を吐きつつ、館内を茫洋と徘徊していたところ、無意識に足が向いたのが医務室への入り口だった。
己の明快さを僅かに嘲りつつ、その扉を開け、室内へと脚を踏み入れた。
「絵里」
厭離されるがの如く、他の四つのベッドから遠ざけられた一つのベッド。
多種多様な機器が周辺を囲む中、屍のように閑寂とし眠るのは亀井絵里。
一月、二月・・・。
どれだけ時間が過ぎようとも、絵里の表情は変わらない。
唯淡々と眠り、微かな呼吸音を漏らすだけ。
再び起き上がってくるのかも明白としない彼女からは、例え名を呼んだとしても返って来る返事は無い。
れいなは精細に琢磨された悲哀を弱々しい笑みに貼り付け、絵里の傍らにと腰を下ろした。
「ねぇ、絵里。今、こっちは大変なことになっちょるけん。
あたし、どうしたら良いんかわからんとよ。
ねぇ、絵里教えて。あたし何をしたよかと?あたし、何を選べばよかと?」
流れた雨雲の合間から覗く、三日月の光だけが室内を照らす。
静寂が覆い隠すこの空間で、れいなの言葉だけが空しく響く。
質す相手である少女が出口の見えない夢の迷路をさ迷っていれば、答えなど返って来るはずも無い。
それでも、れいなは胸の内を誰かに曝け出したかった。
それは後藤でも、飯田でも、吉澤でも、保田でも、小川でも、さゆみでもいけない。
だって、言えばその人に懸念が浮かぶ。
様々な事柄が起き、混乱状態にある現状ではその行為は決して賢いとはいえない。
でも、このまま留めていたら、破裂してしまいそうで。
そうなれば、自分が自分でなくなりそうで・・・怖かった。
- 339 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:42
- だから、敢えてここは絵里に話す。
夢の住人はれいなの問いを聞きも出来ず、答えも出来ず。
それだからこそ、今は、ただただ独り言を彼女に語ろうと思う。
利用してごめんという、断罪の気持ちも勿論込めながら。
「―――重かったか」
声は思わぬ方向から聞こえてきた。
髪を、頬を弄る深き夜の冷風。
バタバタと、これはカーテンが暴れ、奏でる音。
何時からそこにいたのか、どうやって入ってきたのか。
後悔に表情を歪ませ、振り向いたれいなの視界に入る、細い窓の淵にと身体を乗せる細身の女性。
右手には長刀。
照らし出された青の制服は、れいなたちのデザインとは異なり、動きやすいパンツ型。
端整な顔立ちの中から覗く慧眼は、悲哀に満ち、三日月の如く細められていた。
微にして美なる悲壮な笑みを浮かべた、
『PEACE』東地区支部総隊長後藤真希は、優雅に室内へと脚をつけた。
後ろ手で窓を閉め、
飯田専用の豪奢な革張りの椅子を引き寄せ、背もたれを前にして腰を下ろす。
憐憫が浮かぶ彼女の微笑が、れいなに更なる悔恨の念を募らせる。
聞かれてしまった。
自分の弱音を、聞かれてしまった。
どうしよう、どうしようどうしよう。
心配など、掛けたくはない。
それは『PEACE』の正社員という肩書きから来る義務感と、
れいなの透水のように穢れ無き本心から来る思い。
後藤に背を向け、思考を猛然たる速度で巡らせていたれいなは、
やがて一つの結論へと辿りつく。
- 340 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:42
- 明るく振舞えばいい、と。
単純にして、簡潔、そして安易な行動。
だがしかし、半ば混乱していたれいなの脳では、その回答で精一杯だった。
「あ、あはは。どうしたんです―――」
「別に無理なんかしなくたって良いよ。
辛いときは泣きなよ。案外、スッキリするからさ」
れいなの言葉を最後まで聞くよりも早く、後藤はふわりと声帯を振るわせた。
緩やかに紡がれた言葉は、想像よりも遥かに優麗。
びくりと、れいなの肢体が振るえ、両の視界が滲み出す。
躍起になって抑え込もうとしても、
まるでダムが決壊したかのように次から次へ、光は目尻に溜まっていく。
理性ではどうしても抑え込めない、心の深層部。
この涙は、多分、そこから湧き出てきているのだろう。
頬の道を伝い、落ちても落ちても、止まりはない。
知らず内に、れいなは後藤の腕の中で、
途切れ途切れに嗚咽を漏らし、号泣していた。
- 341 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:43
- ―
――
差し出されたマグカップを短く礼の言葉を述べ、受け取る。
鼻腔を擽る、甘い香り。
両手でカップを握り、その温かさを感じながら、ズズッと一口。
淡い褐色のココアは、甘すぎず、乱れた自身を沈着とさせてくれた。
「自分が一体何を出来るのか・・・。
全然分からないと、そういうことだね?」
眼を伏せ、力なく頷くれいなは憔悴してしまったかのよう。
赤く腫れた両の眼からは、未だ止まらない涙がチラチラと覗く。
自作のココアを飲み干し、後藤は麗しげな笑みを漏らした。
カップを置いて、泰然とした挙動。
ゆるりと上がった腕は、れいなの髪を慰撫する。
「田中はさ、どうして此処に来たの?」
後藤は悠然と尋ね、
れいなは開きかけた唇を閉じ、言葉を噤んだ。
追求は、無い。
床を見つめ、唇を引き結んでしまったれいなを確認すると、
後藤は雅やかに立ち上がった。
れいなが不安げな視線を向け、後藤は双眸を細め見つめ返す。
右手に握られていた刀の柄に、流れるように左手が添えられる。
「じゃさ、例えばごとーが亀ちゃんを殺そうとしたら、どうする?」
言うが早いがの抜刀。
血塗れの如く爛と紅に輝く刀身が翻り、眠ったままの絵里へと振り下ろされた。
パンッ―――
真紅の化け物が絵里を貪るより早く、れいなは動いていた。
その反応速度は最早奇跡的。
理性ではなく、本能がれいなの身体を動かしたのだろう。
- 342 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:44
- 「なんばすっとや、あんた!」
後藤に飛び掛って平手を張り、
微かに彼女の平衡感覚が揺らいだ時を狙い、床へと組み敷いた。
後藤の胸に馬乗りになって、襟首を掴むれいなの表情は著しく変化していた。
見るも鮮やかなほどに、赫怒によって歪んだ表情。
抵抗する素振りを見せることもなく、
後藤はれいなの憤怒を静謐な笑みで受け止めている。
悠久の年月すら感じさせる、
その高潔とした笑みを視界に納め、れいなは慌てて手を離した。
「あ、す、え、あ、その、す、すいません!」
狼狽が臨界点付近まで登りつめ、中々に呂律が回らない。
あたふたと慌てふためきながら、早急に後藤から身体を離し起き上がらせると、幾度も辞儀を繰り返し謝罪の念を表明する。
本気のわけがないのに。
唯の戯れ、そう悟れたはずなのに。
でも、親友を殺すと言われ、業火のような怒気が浮かび上がってきて。
自分でも知らぬ間に、身体が動いていた。
良く見ていれば分かったのに。
後藤に攻撃の意志なんてないことを。
所持している刀は、プラスチックだということを。
「んや。ごとーも享楽が過ぎたね。ごめん」
くしゃりと頭を撫でられると同時、苦笑交じりに優しい言葉。
羞恥と、己への悔恨に顔が上げられない。
後藤はその純粋な姿に双眸を細め、言葉を静寂な空間に響かせた。
「でも、ごとーは今ので良いと思うよ。
だって今の行動、田中が一番やりたかったことでしょ?」
思いがけぬ言葉の羅列に、自然と顔が上がる。
後藤はもう一度くしゃっとれいなの頭を撫でると、続けた。
「結局はさ、田中しだいって事。
ま、月並みな結論だけどね」
軽く肩を叩き、後藤はれいなの傍らを通り過ぎる。
清潔な香りがれいなの鼻腔を擽り、茫然としていた自分を呼び戻す。
音を立て引き戸が開かれ、そこでれいなは漸く振り返った。
「あ、あのっ!ありがとうございます」
毅然とした背を向けたまま、後藤はひらりと左手を一振り。
直後に扉は閉まり、後藤の姿を見失う。
- 343 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:45
- 絵里を見おろす。
心なしか、どこか穏やかに微笑んでいるようにも取れた。
再び眠り姫の傍らへと腰掛け、れいなは控えめに笑う。
蟠っていた、不明瞭な感情が、今では綺麗さっぱりなくなっている。
不可視ゆえに確認のしようも無いが、漠然と、でも確かに感じる。
さ迷い、揺らいでいた心が安定を取り戻した。
後藤の施しにより、闡明になった自分の気持ち。
今夜は、よく眠れそうだった。
- 344 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/04(月) 23:45
- ―――*
組んで既に何年目になるだろうか。
左手で愛刀の鍔付近を、右手で柄を掴み、顔の高さまで掲げる。
右足の爪先は前方に、左足の爪先は右方に。
奇妙な構えから発せられる殺気は、閉じきった武道場の空気を緊迫したものへと変貌させる。
背筋をピンと伸ばし、両の瞼を下ろす。
後藤を包囲するように配置する、四つの巻藁。
ヒュウッと息を吐くと同時に、自信の領域を展開する。
異物が四つ。
確かに視える。
コンマ一秒も要せず、それらの処分を下す。
全てを、排除する。
プンと、空が裂かれ、世界の音が全て凪いだ。
要するは刹那。
瞼を上げてみれば、半ばで切り落とされた巻藁四つ。
既に、刀は鞘の中。
帯刀し、だらりと脇にたらした腕に光る汗の玉。
無地のティーシャツの胸元を扇ぎながら、後藤はシャワールームへと赴いた。
深き夜。
もうまもなくすれば、夜の帳は払拭される。
そんな時刻。
- 345 名前:無壊 投稿日:2004/10/04(月) 23:48
- 一ヶ月も空けておいて、この程度の更新料で申し訳ないです。。。
>>331 名も無き読者様
犯人は・・・多分ご想像通りの方かと。
分かりやすかったですかね?
- 346 名前:名も無き読者 投稿日:2004/10/05(火) 23:39
- れなごまキ(蹴
し、失礼しました。
更新お疲れ様デス。
諸事情により携帯からレスします。
いやはや、ごっちんカッケー、、、
あの二人の動向も気になるトコですが、やはり今回のMVPは彼女かとw
でわでわ続きもマターリお待ちしてます。
- 347 名前:無壊 投稿日:2004/10/06(水) 15:28
- すいません、今更訂正です。。。
>>344
誤)右足の爪先は前方に、左足の爪先は右方に〜
正)右足の爪先は前方に、左足の爪先は左方に〜
・・・鬱だ。逝ってきます・・・
- 348 名前:刹 投稿日:2004/10/09(土) 22:53
- 更新お疲れ様です。お久しぶりです。
一ヶ月以上、飼育に顔を出さなかったものでして…
何とか乗り越えましたけどね、あの地獄を。
いやあ…やっぱりすごい文才ですね。
そしてみなさんカッコいいときた。
尊敬しまつ、改めて。
それでは、次回も楽しみにしております。
- 349 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:45
- ―――
―――――
―――――――
- 350 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:46
- 小さな手に持たれた、
禍々しく、鈍く澱んだ黒い光を放つ巨大な鋸が、線の細い身体を容易く貫いた。
腹部から侵入し、背骨を砕く形で貫通。
再び姿を現した黒光りする悪魔は、臓物や肉を引き摺り、出でる。
それは小腸であり、膵臓であり、はたまた肝臓であり。
背部からも、腹部からも、口内からも。
凄絶に血塊を吐き出して、少女の身体が前屈みに折れる。
痙攣をたたえつつ伸びる右手は、しかし、空を掴み、力尽きる。
鋸が、抜かれる。
背中から出ていた臓物が、引きずり込まれ腹部から出でた。
ぐらりと少女の身体が揺れ、再度どす黒い血塊を吐き出し、天を仰ぎ倒れこんだ。
キャハハハ・・・―――
鋸が空を切り、小柄な女の肩に乗る。
刹那、青空の下、響いた高らかな哄笑。
斑に朱の入り混じった金色の髪の毛を無造作に振り乱しながら、
その女は邪気を皆目も覗かせず、子供のように笑った。
ここまで、自分の今の身体を呪ったことは初めてだ。
全力で走ったにも拘らず、所々故障した身体はそれを弊害した。
走っても、走っても、松浦の姿は視界には捉えられず。
漸く背中を捕らえたと思えば、今のこの光景。
意味が、無い。
折角松浦に追いついても、彼女に手が届こうとも、止めようとしても。
全てが、遅すぎた。
- 351 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:46
- 横たわり、
定期的に痙攣する愛しい者の身体を見、藤本美貴は力なくくずおれた。
膝をついて、広がる朱色の水溜りを見ながら、両手の指の爪を頬に食い込ませた。
「ァア・・・ァ・・・」
唇が薄く割れ、掠れた呻き声が漏れる。
藤本の視界には、既に血溜まりに伏す少女の姿しか映さない。
しかし、それは藤本美貴だけ。
鋸を担いだ小柄な悪魔は、確かに、絶望する少女の姿を捉えていた。
ニィッと、湾曲する唇。
白く輝く歯列は、不気味なほど鮮麗。
乱雑に鋸を自分の右側へと打ち落とす。
敷かれたコンクリートが呆気なく削れ、鋸の切っ先が埋没する。
テープが巻かれた柄の部分を両手で掴みなおし、腰を落とし、身を屈めた。
舌で滑らかに唇を潤すと、脚に溜めた力を一気に爆発させる。
切っ先を埋没させたまま、鋸はアスファルトを貪り、進む。
悦楽に染まる瞳は、未だ亡羊とする藤本美貴へ。
鋸が、唸りを上げ、衝き上がった。
「?」
だが、手応えはまるでない。
そして、感じる不可解な浮遊感と両腕の痺れ。
キン、と。
鮮鋭な金属音に顔を上げてみると、冷酷な無の表情。
その女は、刃渡り一メートルはゆうにある刀を左手に下げ、自分を見おろしていた。
流れる、視界。
遥か向こうに地平線を納め、水の衝撃に女は飲まれた。
- 352 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:47
-
眼下およそ10メートル。
水飛沫が上がるのを確認し、後藤は鼻を鳴らして踵を返した。
二三歩歩いて、停止。
視線の先には死の淵に立たされている松浦と、彼女の身体を強く抱く藤本。
後藤は眉根を寄せ、唇を噛んだ。
松浦が去り、ここ――本土と北の大陸『ホッカイ』を繋ぐ橋に到着するまで、飯田の見積もりによれば、凡そ二日弱。
しかし、現実は予測よりも遥かに迅速に事を成した。
松浦がこの場に到着するまで、43時間と39分。
目的の相手に接触し、報告が届いてから後藤たちが到着したのがそれから1時間と12分後。
それよりも僅かに早く、藤本は到着していた。
経過時間は、計44時間と51分。
僅か3時間。しかし、大きすぎる3時間。
飯田の計算が始めて狂った瞬間は、惨劇を呼び込んだ。
そう、全てが・・・何もかもが、遅すぎた。
セメントで舗装された道路は、
砕かれ、亀裂が走り、あるところは盛り上がり。
大きな橋を支え、墜落を未然に防ぐ為に幾重にも張り巡らされた鉄柱は、
数本はあらぬ方向へと折れ曲がり、極少数に限れば千切れて海中へと投げ出されていた。
そして、最も阻止したかった事象。
「あ・・・や、ちゃん・・・?」
だらりと垂れ下がる赤黒い肉の塊。
焦点がずれた両の瞳。
口元は吐き出した血糊のせいか、朱が広がっている。
腹部の風穴からも絶えることなく多量の血が流れ出し、そこには希望の光は無い。
ズタズタに傷つけられた臓器、
尋常ならざる出血量、
塞がる事の無い、大きな傷口。
考えたくない・・・考えたくなど無いが、
「死」という名の魔手からは、逃げられないだろう。
「ミ・・・キ・・・た、ん?ど、こ・・・?」
「何言ってんの?ここ、ここにいるじゃんっ」
弱々しく上がる、絶望の紅に染まる右腕を藤本は両手で包み込んだ。
未だ焦点の合わない松浦の瞳を覗き込み、必死に呼びかける。
- 353 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:48
- ゴボリと、咳を一度。
吐き出された血飛沫が、点々と、藤本の面に付着した。
「・・・れ?あ、あは、は・・・ごめ、ん・・・みえ、ない、や・・・
たん、は・・・かんじ、る・・・の、に・・・
あ、ぁ・・・ぜん、ぜ・・・み・・・な、い・・・よ」
「―――っ・・・も、いいから!
もぅ、喋んなくて、良いからっ。今、すぐに、病院連れてってあげるから!」
込み上げてくる涙を遮るものなど、ありはしない。
感情が一気に膨れ上がり、形成された雫は、藤本の頬を伝い、血溜りに落ちた。
懇願するように叫ぶ藤本とは対照的に、
松浦は微弱ながらも優麗な笑みを浮かべ、小さく首を横に振った。
それは柔らかながらも、明確なる拒否。
己のことを知るのは、己のみ。
松浦が一番自分の状態を熟知している。
もう、助かることなど、万に一つも無いことを自然と悟っていたのだ。
藤本が叫ぶ、何故と。
その振動で、涙が飛沫となり数滴飛んだ。
微々たる苦笑を浮かべながら、
松浦は震える手で、まるで諭すかのように藤本の頬を撫でた。
優麗な笑みが、また浮かぶ。
ギリッと、悔しげに歯列をかみ合わせる藤本。
その光景を静観する後藤、吉澤、れいなの三名は各々異なる表情を浮かべていた。
悔恨の念により、結ばれた唇の端から血を滴らせる後藤。
やり場の無い憤慨に両拳をわなわなと振るわせる吉澤。
れいなは予想の域を易々と破る惨劇に、己が身を震わせていた。
後藤の言葉で全ての現実を見届けると決め、追従してきたれいな。
不意討ちの如く突きつけられた現実は、れいなの心に揺さぶりをかけた。
「た・・・ぁん・・・あの、ね・・・おね、が、い・・・
あ、るの・・・」
- 354 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:49
- 最早、虫の息ほどに小さくなった松浦の声調。
藤本は一度涙を拭い、真っ赤な口元に己の耳を近づけた。
松浦は、微笑んで告げる。
「ぁ・・・べ、て・・・」
潤んだ紅い双眸が、突如として見開いた。
大袈裟とも取れるほどに勢いを付け、藤本は顔を離し、松浦の眼を覗き込む。
そして、息を呑んだ。
悲哀を乗せる笑みのまま。しかし、冗句を吐いているようには、決して見えなかった。
「なに・・・何言ってんのさ、亜弥ちゃん・・・」
「―――・・・―――・・・」
傍観しているだけのれいなには、何が起きているのか分からない。
薄く唇の開閉を繰り返す松浦。
彼女の肢体を抱き、狼狽する藤本。
松浦が何かを呟いているのは分かる。
そして、その松浦の呟きが藤本を愕然とさせているのも。
一体何を?
どうしてそうも驚く?
答えの出ない自問を繰り返している、そんな中。
藤本の様態が急変した。
閑寂としていた表情が不意に消え去り、
能面の如く、薄い無機質な色が面に張り出される。
だが、その精悍さとは相対的に静まりかけていた涙が再び奔流する。
数拍の静寂の後、橋の下から上がる水柱。
と同時に、藤本の体が動いた。
「ぁ・・・が・・・」
- 355 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:50
- ゴボリと、赤黒い液体が小さな口から這い出る。
小刻みに震える四肢、唇。
見開く双眸。
鼓膜を鈍く刺激する呻き声は、反芻し、耳に残る。
れいなも、吉澤も瞬き一つせず、その光景に縛られていた。
グチュ・・・グチュ・・・
ミリ単位進む毎に、立てる音は呻きよりも凄惨で。
豊満な胸の片割れ。
左の乳房を裂き、しなやかな腕が体内へと侵入していく。
歓迎されるはずも無く、様々な抵抗にあう。
それでも藤本美貴は、自身の右手を愛しき者の、更に奥へと進ませる。
脂肪も、肋骨も。
意に介せず、右手は沈み込む。
溢れかえる愛しい人の血糊。
能面が崩れ、松浦が激痛に眉を顰めると同時、藤本の顔が沈んだ。
「ぁ・・・」
開放しっぱなしの、血で濡れた唇に、自分のそれをふわりと重ねた。
掠れがちに漏れていた呻きは消え、両者の口内が血で溢れかえる。
知らなかった。
愛しい人の血液とはこうも美味にして、悲しい味だとは。
止め処なく溢れかえる口内の血を嚥下しながら、右手の先に柔らかな感触。
一つ、ぎこちなく突くと、松浦の身体が苦しげにびくりと揺れる。
ソレだと確信した。
ソレを狙い、皮膚を裂いたのだから、見つかるのもの当然。
だがしかし、藤本は躊躇した。
良いのか・・・ホントに良いのか?
自らに質す。
- 356 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:51
- ―――キャハハハハハ!
迷い、躊躇う内に背後から上がる甲高い哄笑。
フォンと空気が動き、背後の気配が消える。
ギィン!・・・―――
金属が擦れあう、鋭い音。
それすらも耳に入る事は無く、藤本は強く眼を瞑った。
唐突に、痙攣を続ける弱々しくも柔和な感触が右頬に触れた。
開眼し、僅か数センチの先に、優しく細まる双眸。
既に宿る生気の色が掠れつつある瞳が、藤本に投げかけた。
―――大好き・・・
怒涛のように全てが奔流した。
涙も、悲しみも、怒りも、嘆きも、欲望も。
右手に絡まる肉の感触を押し広げ、先にあるソレを鷲掴んだ。
弱々しくも着実に脈動を続けるソレ。
掴まれると同時、松浦が喉の奥で声にならない絶叫を上げ、目を見開いた。
重なる唇から漏れ込む紅の怒涛を、貪るように吸い上げる。
藤本は右手を解き放つと同時に、顔を離した。
ブチブチブチ・・・―――
フッと。
松浦の体から力が抜け、脱殻となった肢体は眼を見開いた体勢で舗装道路に横たわった。
藤本はそれを尻目に繋がる動脈、静脈を引き千切り、
毛細血管が巡るグロテスクな肉の塊――心臓を口内へと放り込んだ。
粗雑に唾液と血液を垂れ流しながら、
大きな肉の塊を咀嚼する藤本の姿は、異常と言わずしてなんというだろうか。
れいなの傍らでは刀と鋸が刃をまじわす。
しかし、それ以上に目の前の場景は狂気的だった。
愛しい者を自らの手で葬り去り、加えてはその心臓を食する獣。
恐怖に、身が震える。
だが、どうして、こんなにも胸が苦しいのだろう。
グチャグチャグチャ・・・
- 357 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:52
- ゴクリ・・・―――
微動すら出来ないれいなと吉澤の見つめる中、
藤本は身体を揺らし、味わう様に口内の異物を飲み下した。
長く、そして深く息を吐いて、
松浦の屍へと膝立ちで近寄り、見開いたままの双眸を優しく閉じさせた。
恋人の変わり果てた様を見る藤本の目は、窮み無く優しく暖かい。
肉の爆ぜた左胸、十二指腸が飛び出す腹部。
一度悲しげな視線を投げかけ、藤本は自分の上着で松浦の傷口を蔽った。
黒のタンクトップから覗くしなやかな長い腕。
チラリと窺える肩口の傷は、藤本の死の原因を作ったものだろうか。
やや間を置き、藤本は立ち上がった。
そして、れいなたちに毅然とした背を向け、空を貫くが如く
オオオオォォォ!―――
咆哮を上げた。
透き通った、澱みの無い、だけど不磨なる悲哀を乗せた慟哭。
その場の刻が、確かに止まった。
鋸と紅の長刀は刃を絡ませあいつつ、そのまま停止。
それぞれの主は、冷や汗を滲ませつつ同じ方角へと視線を流す。
れいなと吉澤も、僅かにたじろぎながら息を呑み、精悍なる背中を凝視した。
ザザン。下方から波の音。
ヒュオ。停止した時の中を流れた、風の音。
キャ・・・キャハハ・・・―――
狂った金髪の女が、巨大な鋸を振り回し、躍り上がった。
ふわりと揺れ動く金色の髪。外界へと出でる笑声は、正気など含まない。
狂喜が貼り付けられた笑みの先には、毅然と佇む背中。
後藤が慌てて止めに入ろうと脚に溜めた力を爆発させようとし、思いとどまった。
袈裟懸けに下ろされる鋸。
それを避けずに受けた藤本は、右肩口からその身を切断された。
- 358 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:53
- 「キャハ・・・あ?」
女が、笑みを消し、首を傾げた。
途端に藤本の姿が揺らぎ、背景に溶けてなくなるように消失した。
コンクリートを抉る鋸を素早く引き戻し、粗雑に構える。
「こっちだ」
「?!―――っ!!??」
低調な声が背後から降り立ち、女は狼狽しつつも振り向いた。
そこに合わせ、右頬に鋭い衝撃。
次いで、痛苦に浮遊感。
小柄な身体は、舗装道路に無様にも叩きつけられた。
その場に在るすべての者が戦慄した。
開けた唇の隙間から覗く鋭く尖る牙、
煌々と輝く虹彩は鮮明な紅に、
その中心部に位置する瞳は、獣の如く、細く鋭いものに。
涙の跡を隠蔽するように走る即席の血による刺青が、
彼女の獰猛さをより顕著にしている。
意図せず脚が竦み、れいなはその場にへたり込んでしまった。
後藤と吉澤ですら冷や汗を流し、静かに退いているほど。
それほどまでに、今の藤本美貴の存在感は卓越していた。
女が、憎々しげに口端から滴る血を拭い、立ち上がった。
初めて見せた、喜悦以外の感情。
それに同調するかのように、持ち上げられた鋸が凶暴な雰囲気を放つ。
眉間に皺を寄せ、明確なる鬼気を放つ女を、
藤本は正面からひたと見据える。
全く、感情の灯火を灯さぬまま。
ただならぬ緊張と鬼気が流れ、その場を支配する。
- 359 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:54
- 誰かの汗の雫が、頬を伝い顎の先から道路へと滴った。
それが、合図となる。
右手に掴んだ巨大鋸を、横へと伸ばし、道路と垂直に。
そして自らも身を沈め、疾駆した。
駆ける先には藤本美貴。
紅目の化け物。
感情の無い獣。
横に伸びる鋸が、腕ごと背中側へ振りかぶられる。
速度と円運動を利用して、目前の敵の身体を薙ぐ。
女は素早く流れる景色の中、イメージを固めた。
だが、早々にそれは砕かれる。
女が鋸を薙ぐよりも更に早く、藤本の拳は女に噛み付いた。
左頬に鋭い衝撃。世界がぶれる。四肢の力が根こそぎ奪われたような感覚。そして最後には背中に鈍い衝撃。
崩れ落ちるように、倒れこむ身体。
自らの下に広がる赤。
顎の辺りが痛苦を訴えるも、どう処理してよいのか脳が付いてこない。
そこに至り、女は漸く理解した。
顎を突かれた。
それも、恐ろしく、視認できないような豪速で。
吐き気がする、物が二重に見える、四肢に力が入らない。
だがしかし、女は立ち上がった。
生誕直後の子馬のようにがくがくと両脚を震わせ。
膝に乗せた腕も、同調し激しく震え。
憎悪に歪む唇の端から、だらしなく唾液が垂れ落ちる。
すると女の顔色がサッと青褪めて、その刹那。
「ゲッ・・・ゲア、ウエァァァ・・・!!」
吐瀉物をぶちまけた。
脳震盪。
顎を強く打ち込まれると、反作用により頭が揺さぶられる。
その急激な回転加速によって脳細胞が幾つか壊死する。
これは主に嘔気、眩暈、複視を催し、
四肢へと力の伝達を鈍らせる。
発生直後に例え立ち上がれたとしても、まともに動くことなど不可能に近いだろう。
それは、どうやら女にも当て嵌まったようだ。
- 360 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:56
- 「ぐ・・・が・・・」
鋸を地に突き刺し、それを支えに、どうにか立っているという状態。
吐瀉物と血で口元を汚し、それでも藤本を睨みつける視線には不磨なる憎悪が煮え滾る。
女のその威圧さえ、今の藤本には通用しない。
泰然とした佇まいの中に、静かなる鬼気を漲らせている。
戦況は圧倒的だった。
主観としても、客観としてもそう確信する。
れいなたちの眼前で闘う藤本美貴は、先程までとはまるで別人。
不安定だった存在に、心。
それが全て吹っ切れた、彼女の無の表情は静観する三人に同じ確信を持たせた。
「て、めぇ・・・」
女の表情が、声調が醜く歪む。
明白としすぎるほどの怒気を垂れ流しながら、震える四肢を駆使し、
女は鋸を振り上げ、おぼつか無い足運びで藤本へと接近していく。
亀にすら及ばないかのような鈍足。
既に腕には、巨大な鋸を持ち上げる力も入らないらしい。
ゴガンと。
仰々しく唸りを上げ、鋸が地に伏した。
女は焦燥に駆られ、すぐに自身の得物を拾い上げようとし、
ソレを視界に納め、恐れ慄いた。
硬く握られた右拳。
視界の隅に映るソレは、くっきりと軌跡を残し、女へと突き進む。
神速のような、先程の不可視の突きとは違い、
今回はとてもゆっくりに見え、だからこそ回避は不可能なものだった。
寸分狂わず、藤本の拳は先程捉えた部位を打ち据えた。
女の顔が90度回転し、遅れて小さな身体が錐揉みしながら飛翔し、鉄柱に激突した。
盛大な音を立て、女は再び血に突っ伏す。
小刻みに痙攣を繰り返す小さな身体。既に肢体は、主の言うことなど聞きはしない。
黙し、冷淡な視線を女に向けつつ、藤本は置き去りにされた鋸を拾い上げた。
身体の脇で一度回転を加え、軽やかに肩へと下ろす。
と同時に、脚は女へと赴く。
一歩、大地を踏みしめるごとに、肌を痺れさす存在感。
一人じゃない。
独りではない。
藤本美貴は、松浦亜弥。
一人の人間の中に、二つの絶対的な強者が在る。
「・・・え?」
- 361 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:57
- 傍らから聞こえた、微風のような囁き声。
断片的にしか聞こえず、そちらを向いて設問の意味も含め、頓狂な声を上げる。
いつの間にやら、れいなの隣へと移動していた後藤。
チラリと尻目に見るだけで、彼女は答えてくれず。
仕方なく、顔の向きを戻した。
「が・・・っ」
右肩口を蹴られ、くぐもった呻きを漏らし、
女は強制的に天を仰がされた。
ぼんやりと、霧がかかったような視界の中、女は上方の脅威に怯えた。
そいつは自分の獲物を担いでいて。
そいつは冷酷無比な、暖かさなど微塵も感じさせない瞳を向けていて。
そいつは、薄く冷笑を浮かべて。
巨大な鋸が天へと伸びる。
歪に並んだ刃が、元・主の肉を食したいと渇望している。
女は悟った。
これが、敗北。
しかし、自分は今、嘗て無いほど人に必要とされているのではないか。
「・・・殺、せよ」
藤本から冷笑が消え失せ、それは女へと移りゆく。
塵と血糊塗れの面で、女は薄く笑みつつ言葉を紡ぐ。
「殺せ・・・おいらを、矢口真理という存在を、お前の、中に深く刻み込んで・・・っ!
おいらを憎み、憤慨しろ!
おいらを、お前の中に、深く、深く。沁みこませろ!!」
掠れ気味の声、途切れ途切れの言葉の羅列。
その後には、あの哄笑。
藤本は鋸を振りかぶったまま静止し、足元で笑う女――矢口真理を睥睨する。
二年前に見、そしてほんの数分前に見た、
嬉々とする、だからこそ薄気味悪い笑み。
それよりも更に、喜悦の色が濃く、何より狂喜の色も。
今の今まで怯えていた奴が、今は馬鹿みたいに笑っている。
深く刻み込め。
矢口真理という存在を、お前の中に沁みこませろ。
矢口の欲望は、自身の存在を保つこと。
そのために多くの人々を殺し、藤本を殺し、松浦に瀕死の重傷を負わせた。
全て、存在理由を見出す為。
誰かが狙ってくれていれば、自分の存在が明確に出来る。
それが矢口の欲望。行動理由。
それを理解したうえで、
藤本は、
鋸を、
振り下ろした。
- 362 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/18(月) 00:58
- れいなは思わず眼を瞑った。
鋸が矢口の頭を蹂躙した後の場景を、リアルに想像してしまったのだ。
しかし、れいなの予想は外れた。
ゆっくりと目を開け、緊迫した空気の中に在る二人に唖然とした。
鋸が蹂躙するは、矢口の頭部の僅かに数センチ左横。
コンクリートを抉り、藤本へと真直ぐ伸びる禍々しい凶器を尻目に、矢口は呆然とした。
「別に、アンタなんかミキには“必要ない”し」
明確な恐怖が浮かび上がる。
小さな唇を凍えるときのように痙攣させ、矢口は藤本へと縋る。
そして、絶望した。
向けられた視線。
それは矢口を見る目ではなく、
路傍に転がる変哲無い石ころを見るかのごとく、無機質な目。
矢口が一番恐れ、震えた眼差し。
「アンタはもう、誰からも、何からも必要とされていないよ。
ミキみたいにね」
背を向けつつ冷たく言い放った、酷薄な言葉。
背後の気配が消えるのを感じ取り、藤本は軽く握った拳で胸へと触れた。
トク、トク、トク・・・―――
規則的な脈を刻む、心臓は確かに藤本の中に有る。
今、自分は松浦亜弥と共に在る。
拳を天へと翳し、藤本は碧落を見つめた。
右目の目尻から光が一滴零れ、それだけだった。
―――ミキも、大好きだから・・・
悲壮を胸の奥へと押しやって、藤本美貴は生きる。
自分に命を与えてくれた、彼女の分まで。
- 363 名前:無壊 投稿日:2004/10/18(月) 01:06
- 遅くてスイマセン。
グダグダでもっとスイマセン。。。
>>346 名も無き読者様
れなごま・・・最近気になりつつあるカプですw
MVP−MostViolencePlayer(綴りテキトウ)の称号をありがとうございます(チガッ
>>348 刹様
お久しぶりでございます。テストなんか・・・カッ!です(ナニ?
お褒めいただきありがとうございます。
精進を怠らぬよう、がんばっていきたく思います。
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/18(月) 02:55
- うっ・・・エグイ・・・・
夢に出てきそうだよ・・・
うげっと思いながら読み進めてしまう自分は一体・・・
- 365 名前:無壊 投稿日:2004/10/18(月) 20:31
- 説明不足でした
>>352の九行目から・・・
松浦が去り、ここ――本土と北の大陸『ホッカイ』を繋ぐ橋に到着するまで、飯田の見積もりによれば、凡そ二日弱。
しかし、現実は予測よりも遥かに迅速に事を成した。
松浦がこの場に到着するまで、43時間と39分。
目的の相手に接触し、報告が届いてから後藤たちが到着したのがそれから1時間と12分後。
それよりも僅かに早く、藤本は到着していた。
経過時間は、計44時間と51分。
僅か3時間。しかし、大きすぎる3時間。
飯田の計算が始めて狂った瞬間は、惨劇を呼び込んだ。
とあります。
約二日たっているわけですので、
夜だよ、と思われた方も多々見受けられたかと存じ上げます。
これは私のほうでの説明不足でして、、、
松浦が去り、夜が明け少したった後での約二日後でして。。。
申し訳ないです。
乱筆で申し訳ないです。
脳内処理をよろしくお願いします(土下座
- 366 名前:名も無き読者 投稿日:2004/10/18(月) 22:29
- 更新お疲れ様です。
・・・すげぇ。
これだけ凄惨なシーンを切なく感じたのは初めてです・・・。(汗
刮目するしかない技量、展開、イヤ待った甲斐があったというものです。
ココまで来るとこの先何を魅せてくれるのかが大いに期待できますね。(プレッシャー?
続きも益々楽しみにしてます。
- 367 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/23(土) 00:13
- 鬼の究極の愛情表現は、愛する者の死肉を食むこと。
まさに藤本さんの行動そのもの。
1つの愛の形ですね。
- 368 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:36
- ―――あたしを、食べて・・・
―――いいから・・・たん、あたしを、食べなさい・・・
主人からの、命令だよ・・・
―――たん・・・あたしはね、ミキたんに、二度も死んで欲しくないの・・・
自分でも分かってるんでしょ?
…早く、心臓を取り入れないと、たんの身体は、壊れちゃうって・・・
―――・・・あたしを、誰だと思、ってるの?
たんのコイビトの、松浦、亜弥だよ・・・
ミキたんのことなんか、全部、お見通しなんだから・・・
―――たん・・・あたし、このまま放っておいても、すぐ、死んじゃうと思う。
そうすれば心臓も止まって・・・
何の役にも立たない、ボロ切れみたいになっちゃう・・・
そんなの、嫌。
たん・・・あたしを、食べて・・・あたしを、たんの・・・
藤本美貴の中で、一緒に生きさせて・・・お願い、たん・・・
―――・・・ありがとう・・・ミキたん・・・
- 369 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:38
- ―――*
戦果、犯罪者矢口真理の身柄捕縛。
損害は本土と『ホッカイ』とを繋ぐ橋――北番の破損。
そして、松浦亜弥の死亡。
一度東地区支部に帰還し、本部に報告をいれた後、
後藤から、あの時松浦と藤本が話していたことの一部始終を聞いた。
聞いた後、松浦の行動の真意に苦しみ、
盛大に首を捻ったれいなと吉澤は、本人から直々に説明を受けた。
勤務塔一階に位置する仮眠室。
その部屋にあるソファに腰掛け、藤本は静かに語った。
藤本が死んだとき、細胞の7割がたが死滅。
その不足分を補う為に、様々な動物の遺伝子を組み込み、今の藤本はある。
しかし、松浦が施した処置はそれだけではなかった。
もう二度と、恋人の無惨な屍は見たくないと思った松浦が、
藤本の身体に埋め込んだものは、ナノマシン。
分子レベルの大きさしか持たない、極小の機械のこと。
未だ試作段階だったそれを、松浦は祈る様な気持ちで使用した。
結果は、次の通り。
外傷はナノマシンが即座に治癒する為、藤本は半ば不死身の身体を手に入れたのだ。
だがしかし、松浦の完全なる望み通りにはいかなかった。
確かに、外傷は塞がる。
それも、尋常ならざる速度で。軽いものならば、一時間も要さずに。
でも、それは外傷に限り。
内側、臓腑への傷害は許容範囲を超えていた。
ナノマシンは情報を欲し、得たそれに従い損傷部分の再現を行う。
内臓は、一つ一つ――肺意外が独立し存在しており、
保持する細胞情報も微妙に異なっているらしい。
- 370 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:41
- 死を与えられたとき、欠損した幾つかの臓腑。
元通りになることの無いそれらを、薬を投与しながら松浦は打開策を探し、見つけた。
無いのなら与えれば良い。
欲しいのなら奪えば良い。
藤本の全身に散らばったナノマシンは、
取り入れた物の情報を取り込み、再構築することが可能。
その特性を生かし、足りない情報は外部からの摂取で補えばいい。
そして、狩りは始まる。
犯罪者を殺しては、臓腑を食しを繰り返していた。
しかし、事は思いのほか円滑には進まなかった。
それも見方によれば簡潔で、当然の結果だったのかもしれない。
狙うは犯罪者。
平気で人を殺し、普段となんら変わらぬ風貌でドラッグを求むる。
取り入れ、再構築を試みるとすれば、それは健康で穢れ無き臓器。
薬を吸収し、
弱り、汚れたそれらを取り入れたところで、意味は無い。
日毎に、発作の間隔が短くなる。
獣の遺伝子を取り入れたから?答えは、否。
傷ついた内部と、完全になろうとする身体のアンバランスから来る苦痛。
一刻も早く、身体を仕上げなければ、待ち受けるものは二度めの死。
一度目は引き裂かれ、屈辱的にも内臓を晒されながら眠った。
二度目は・・・何が待ち受けるのだろうか。
黒く澱んだ己の右胸を見、
藤本は長くない未来(さき)の予想を立てていたという。
- 371 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:43
- 「ご苦労様でした!!」
屋上のヘリポートに降り立つと同時、横一列に並んだ『PEACE』社員からの敬礼。
全員の顔に、悔しさの色が浮かぶ。
自分達が何も出来なかったことに対する、深い後悔の念だろうか。
それを見て取った後藤が、言い放ったのは只の一言。
「ただいま」
ふわりと。
優麗な微笑を浮かべ、館内へと通じる扉を潜った。
手錠の一つも施されていない矢口は、しかしまるで抵抗する気力はないようだった。
後藤の右脇に抱えられ、茫漠とした、色を失った瞳でだらりと項垂れていた。
コツコツ・・・
階段を一段下るたび、靴底が啼いている。
両側の壁に反射し、鼓膜を刺激するその音は、何故かとても愁いを感じた。
コツコツコツ・・・
後藤の背に続き、吉澤。
吉澤の背に続き、れいな。
れいなの背に続き、藤本。
そして、その背後からはぞろぞろと青の雑踏。
誰も何も、言葉を上げない。
多々あるはずなのに、階段を下りきるまで、後藤の靴だけしか泣声をしなかった。
- 372 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:45
- ――*
国際指名手配、危険指数B、矢口真理。
性別、女。
罪状、無差別大量殺人(推定、300余人)。
詳細、145センチメートルの小柄な身体とは不釣合いな巨大鋸を片手に、
ホッカイを拠点とし、殺戮の限りを尽くした人物。
彼女により、命を落とした『PEACE』職員総勢11名。
その中には、藤本美貴の名も含まれる。
北の隊長も勿論動いていたそうだが、まるで手がかりも攫めなかったらしい。
故に、それを捉えた後藤たちは謂わば英雄。
「ヤグチマリの身柄は、北が預かるって」
だが、その英雄達は、誰一人として輝かしい笑みを見せることは無い。
笑ったとしても、それは力なく、儚いもの。
後藤も例に漏れず、件の笑みを浮かべたまま、ベッドへと身を投じた。
太陽の光を浴びたのか、組み敷く布団は柔らかく後藤の身体を包み込んでくれた。
だが聞こえてくるのは歓喜の言葉でなく、
幽愁の混じる溜息。
窓際のさゆみの傍らに腰掛けるれいなも、
扉側の空きベッドへと身を沈めている吉澤も同等な心境だろう。
心から喜べない、解決済みの事件。
仲間を失った。
大切な、大切な仲間を失った。
あそこで止めていれば、まだどうにかなったかもしれない。
後藤がそのようなことを考えたところで、全てが過ぎ去り、流れてしまった現実。
今こうして、消沈している間にも、世界は進み、幾つかの事象は変わりゆく。
閑寂なる病室。
燦々と陽光は差し込んでいるのに、室内は温まる気配は無い。
「ごっちん、良かったの?行かせて・・・」
呟くように、触れてはいけないものに触れるように。
吉澤は、寝転び瞼を下ろす親友に向かい、問うた。
それにより、肌を刺すような静寂は一瞬だけ破られる。
しかし、返答側の後藤の黙秘により、再び静寂は訪れる。
- 373 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:50
- ゴク・・・
保田の息を呑む音が、やたら鮮明に聞こえる。
フー・・・
控えめについた、吉澤の溜息でさえ、大きく響く。
ドクドクドク・・・
だとしたら、自分の――れいなの心臓はどうだろう。
今や痛いほど脈動する、自身の心臓。
それはこの部屋の中には、響いているのだろうか。皆の耳に入っているのだろうか?
「ミキティが行きたいって言ったんだもん。
本人の意思、他人のごとーが止めるなんてできっこないよ」
一見して冷たい後藤の答弁は、僅かながら緊張を払拭した。
彼女は答えるときでさえ、四肢をピクリとも動かさない。
釈然としない心境が、ありありと垣間見える。
「そりゃ、そうだけど・・・」
「・・・何か反論してよ」
「・・・え?」
なんでもない。
平坦な口調でそう返し、寝返りを一度。
薄く瞼を持ち上げてみれば、困惑し、忙しなく視線を動かしている麻琴が目に入る。
あまりにも落ち着きが無かったので、保田のギプス突きの似非剛腕で頬を痛打された。
そんな光景にクスリと笑みを漏らしつつも、向きを戻す。
清潔な天井を見上げながら、とりとめも無く考える。
- 374 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:50
- ―――ミキが持ってくよ
憔悴した、儚い笑み。
彼女は普段と変わらぬ面持ちで笑みを浮かべているつもりなのだろうが、
後藤には目の前の彼女――藤本美貴を見る度、胸が締め付けられる思いに駆られた。
―――その後は・・・まぁ、なるようになるよ
右脇にヤグチを抱え、背部に松浦の亡骸を背負い。
紅く・・・別の意味でも紅く変貌した双眸を隠すように、
漆黒のサングラスは覆いかぶさっている。
背を向け、ヘリに向かった藤本に何か声を掛けるか迷った。
呼び止めようと上がった右腕は、宙をさ迷い。
そんな様態にもどかしさを感じていると、不意に藤本は振り向いた。
そして、静謐に微笑むと、短く告げた。
―――皆に、ごめんって・・・言っといてくんないかな?
我が儘。
眉根を寄せ、軽く睨むようにして後藤。
藤本は微苦笑し、短く謝罪の念を告げ、ヘリに乗り込んだ。
最後に見送った背中は、哀愁が満ち満ちていた。
「・・・ごめんって、ミキティが」
今ここに、後藤は約束を果たす。
決して広くは無い部屋に、凛と透徹した声が響き、それっきり。
逢魔が刻。
夕闇が覗く、
その時間まで、後数時間。
それまで、耳を突くほどの静寂が傲然と鎮座していた。
- 375 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:51
- ――
―――
――――――
- 376 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:53
-
矢口真理捕縛の報せが全世界に報道され、二週間の時が過ぎた。
小川は退院し、その他軽傷だった幾人かの隊員も仕事へと復帰した。
あれから、藤本からは音沙汰も無い。
今、何処で何をしているのか。
北陸支部で働いているのか。
れいなには、予想すら立てられない。
今日も今日とて、親友なる亀井絵里の元へ。
変わらず穏やかに眠る彼女に、れいなは答えを期待せず問いかけた。
「絵里・・・あんなにすぐ、割り切れるもんやろか?
藤本さん・・・松浦さんのことば、愛しとったんやのに・・・」
れいなは事件の終端から、この疑念に囚われ、思考を巡らせていた。
解せない。
事の真相は藤本自らの口から聞いた。
でも、だからこそ、納得がいかない。
しかし、そうしなければ・・・
藤本が松浦を殺め、心臓を食さねば、多分事態は最悪な方向へと流れていただろう。
それは松浦の傷の具合、出血量、そして藤本の容体。
見ていれば容易に悟ることが出来た。
あのまま、藤本が判断を下さねば、二人は共に死んでいただろう。
でも・・・と思ってしまう。
どうして・・・と思ってしまう。
愛する人を殺め、その一部を食す。
あの僅かな時間の中で決断を下したのだとすれば、それこそ信じられない。
自分には・・・無理なことゆえ、余計に理解が出来なかった。
「えり・・・あたしは、弱いんやろか?」
- 377 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 00:55
- 医務室に溶けては消える、れいなの声調。
心電図が規則的な電子音を上げる。
答えなど、期待していなかった。
眠っている者に話しかけているのだから、それも当然のこと。
だが、果たして答えは返ってきた。
「いや、弱くはない、と思うよ」
返ってくるはずの無い、
聞こえるはずの無い、聞き覚えのある声。
れいなは一週間前の後藤の出現を思い出し、勢い良く振り向いた。
しかし、予測はハズレ。
そして、息を止めつつ、声の出現場所を探っていると、
視界の隅に映ったもぞもぞと蠢く向かい側のベッド。
ジッとれいなが凝視する中、彼女は掛け布団を払い除け、
上体を起こしはにかむように苦笑した。
「ヤホ、田中ちゃん」
左側頭部の髪の毛をぴょこんと跳ねさせたまま、
藤本美貴は牙を含む歯列を見せた。
- 378 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 01:00
- ――*
勤務塔最上階。
そこに位置する、吉澤用業務室兼私室。
顧客用テーブルと、豪奢な革張りのソファ。
藤本と後藤。
テーブルを挟んで向かい合い、
何を話すわけでもなく見詰め合ってから彼是数十分が経つ。
片や藤本は背筋を伸ばしやや緊張気味に、
片や後藤は背凭れに背を預け、不満を唇の歪みで表している。
吉澤が使用で外出しているので、
この部屋には後藤と藤本、そして藤本を案内してきたれいなしかいない。
自然と漂ってしまう緊迫感に息を詰まらせながら、
れいなは微かな危惧を抱き、入り口に立ち二人の対峙を見守る。
何時からいたのか。
どうして来たのか。
そう質そうとしたれいなを藤本は柔らかく遮った。
ついてきて、そこでちゃんと話すから。
困ったように笑い、紡ぐ藤本の声調はとても優しく響き。
れいなは、ただ黙して従った。
「あ、あのさ・・・」
戸惑い気味の声が、静寂の帳を破る。
おずおずと開いた唇は、言葉を羅列し、確かにその意味を後藤たちに伝えていく。
「ミキ、さ・・・考えた。
これからどうしよう、って・・・。
亜弥ちゃんから貰った、命・・・だから、大切にしたくて・・・。
だから、このままどこか静かなところ行って、一人で暮らそうかって・・・でも」
後藤は泰然とした態度で、黙し、聞く。
やや俯きがちになった藤本の言うことは、最も道理にかなった考察。
大切な人から貰った命。
だからこそ、大切にして生きたい。
- 379 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 01:01
- 誰しもが、その選択をするだろう。
だが、藤本は異なる。
何故なら、それは「でも」が付いた。
「でも」は前述の事柄と、反対の事柄が次に来ることを表す助詞。
俯きがちな藤本の顔から、微苦笑が零れた。
「でも、やっぱり、ミキはこれからも戦おうと思う。
亜弥ちゃんの命、無駄にしたいわけじゃないけど・・・。
実はさ、悩んでるとき、
亜弥ちゃんが何時だったかミキに言ってくれた言葉、思い出したんだよね」
一拍置いて、藤本。
憂愁を思わせる、麗しくもどこか儚い笑みを浮かべ、静かに言葉を空間に落とした。
あたし、笑顔を造るヒト――ラフメイカーになる。
カッコ良くない?みんなの笑顔を、あたし達がつくるんだよ?
れいなは、双眸を見開いた。
「それ聞いたとき、ミキ、いやに現実的に捉えて、
そんなの無理に決まってるって思った。
でも、そういうのも、良いかなって・・・恥ずかしいけど、
皆の笑顔、ミキがつくるのも良いかなって・・・。
・・・亜弥ちゃんの、おかげかな?」
左手で心臓の位置を押さえ、左手でサングラスを外した。
肉食獣を彷彿とさせる光を放っていた瞳は、そこには無く。
耀く真紅の瞳は、強固なる意志を灯し、後藤を怯むことなく見つめている。
目尻に溜まった涙は、煌く道を一筋創造する。
しかし、一筋。
ただ、それだけ。
「だからさ・・・」
- 380 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 01:03
- 不意に、屈強な意志で固められた表情が緩む。
再び浮かぶは、困ったような微なる笑み。
「えと、ミキって、その・・・一回死んでてさ・・・北陸支部から、その・・・
除名、されてるんだよね・・・」
歯切れ悪く言葉を連ねる藤本を尻目に、後藤は立ち上がった。
くあっと欠伸をかみ殺して、吉澤の机の上からなにやら書類のようなものを取り上げた。
「だから、その・・・ミキを・・・」
「ミキティ、いつからここに居たの?」
冊子のように束ねられたそれを、ひらひらと振り、弄びながら、
呆れたような、疲れたようなそんな口調で後藤は問うた。
藤本がその言葉を反芻し、「昨日の、夜・・・」と頬を紅潮させ答える。
元来、身体の大きい部類には入らない藤本。
その身体がより縮こまる様を見て、
今度こそ真に呆れたように嘆息し、後藤は軽やかに腕を振り上げた。
「ったく。もっと早く来てよ」
藤本が反射的に顔を上げると同時。
乱れることなく秀麗な放物線を描き、宙を舞っていた冊子が、
デスク上に控えめな音を立て着地した。
「3ページ」
冊子から視線を外し、上方へと流してみると、
後藤が表情を消して、吉澤の机に腰を掛けていた。
- 381 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 01:04
- とりあえず、言葉通りの項を開け、
藤本は目を見開き、そして潤ませた。
「ご・・・ち、ん・・・」
「無断欠勤した分、給料は差っ引くからね」
向けられた笑みは、透水の如く清澄で。
思わず、胸の奥から熱が込み上げてきた。
熱は、雫へと姿を変え、外界へと出でる。
流れては出で、出でては流れ。
止まることのない光は、およそ二人分の涙。
彼女も喜んでくれている。だから、より一層自分も喜べる。
藤本は、涙に翻弄されながらも、笑みを面いっぱいに咲かせた。
そして立ち上がり、れいな、後藤、二人に向かい敬礼を捧げる。
「藤、本、美貴です・・・これから、よろしく、お願いしま、す」
簡易な挨拶にも、返る言葉がある。
藤本はその後暫く、涙を止めることなく笑みを浮かべていた。
- 382 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 01:05
-
- 383 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 01:06
- 『PEACE』東地区支部
階級 姓名 総隊長から一言
・
・
第2級執行部隊隊員 藤本美貴 これからもよろしくね、ミキティ
・
・
- 384 名前:INSANITY 投稿日:2004/10/27(水) 01:07
-
- 385 名前:無壊 投稿日:2004/10/27(水) 01:13
- >>364 名無飼育さん様
気分を害されたのであれば、申し訳ありません。。。
しかし、読み進めていただいたということで・・・ありがとうございます。
>>366 名も無き読者様
そ、そんな・・・期待なんて・・・ガンバリマス
グダグダなのを語ると小一時間では語りつくせませんよw
>>367 名無飼育さん様
一つの知識を与えてくださり、ありがとうございます。
そうです、愛なんです。狂気の中にも、愛は在るのです。
失礼しました・・・
- 386 名前:無壊 投稿日:2004/10/27(水) 01:17
- 皆様、このような全てにおいて拙い物語を読んでくださり、
実にありがとうございます。
感謝してもしきれないほど、私めは感激しております。
さて、この物語もここで一応の区切り地点です。
まだ続きますよ。
えぇ、いい加減彼女を出さねば、、、足が痺れてきたので。。。
しかし、読み返すと・・・凹みますね。
自分の文章の稚拙さに。
しょ、精進したいと思います。
それでは、また次回。
- 387 名前:名も無き読者 投稿日:2004/10/28(木) 20:51
- 更新お疲れサマです。
だからどこが(ry
流石はごっちんですねw
そして頑張れミキティ。
さらにいよいよ彼女が出てくるのでしょうか・・・?
それはまた目が離せませんねぇ♪
続きも楽しみにしてます。
- 388 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:13
- ――
―――
――――
*****
- 389 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:13
- 自由の全く利かない四肢を動かし、紺野あさ美は仄かに苛立った。
折角の客人を持て成すこともできないとは。
枷の嵌められた四肢をもぞもぞと動かし、呆れ、肩を竦めた。
暗闇しか映さない視界で、でも確かに紺野は彼女を見、会釈をする。
申し訳ない、特殊な作りの轡により声にならない謝罪を表明する。
そんな紺野の意を汲み取ったのか、少女は言った。
別にいい、と。
ただ様子を見に着ただけだ、と。
決して、助けに来た訳じゃないから、勘違いするな、と。
紺野は苦笑する。
やはり、手厳しい。
だが、好きだ。
彼女の自分本位の考え方、そこに惹かれ、紺野はこちら側に引き込んだのだから。
紺野から僅かに距離を置いて、少女は牢屋の角の一角にいた。
蝋燭の薄い明かりの中、浮かび上がる紺野の姿。
惨めな姿。
頑丈を訴えて止まない石造りの椅子に縛り付けられ、
四肢の首に枷、光を奪うは黒く光る革のベルト。
首に巻かれた首輪から、鎖が伸び、それは背後の石壁へと繋がっている。
食事制限が無くなった為か、右腕にから管を刺し、点滴を打っている。
なんと、惨めで情けない姿であろうか。
被った襤褸の裾から覗く、枯れ木の如く細くなった足を見て、
少女は鼻を鳴らし、嘲弄した。
自身に対する嘲りに、微笑で返す紺野。
そして聞いた、どうしてこんなところに来たのですか、と?
少女は答える。
愛ちゃんが死んだ、矢口さんが捕まった。
紺野は眉尻を下げ、肩を落とした。
口の中で、声にせず悲しいですねと呟く。
少女は再び、鼻を鳴らした。
言葉のない、暗中での会談は淡々と行われていき、
そして、
来客の一言で幕を閉じた。
私は、そんなヘマはしないから。
ククッと、紺野が喉を鳴らしたときには、
来客の気配は消え失せていた。
- 390 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:14
- ―――**
金属同士がぶつかる甲高い音が、四方を石で囲まれた室内に響く。
炉が放つ灼熱の赤に、
肩ほどまでの茶髪を染められながら、
その女性は右手に持つ大きな金槌を振り上げた
カァン・・・―――
数千度の高熱により柔軟性を得た鋼を、叩き鍛える。
一つ叩くごとに、大量の汗が光となり舞い落ちる。
それでも、女性は一心不乱に鋼を鍛え続ける。
折り返し、鍛え続ける。
やがて、女性は金槌を歩放った。
細く、鋭く変化した鋼を素手で掴み、掲げて見る。
角度を変え、本質を見抜くかのように鋭い視線をそれに送る。
フゥッと、溜息が漏れた。
落胆の色が濃く現れた、深い深い溜息。
女性は石畳の上に乱雑に腰を落とすと、形を成しつつあった鋼を叩き付けた。
呆気ないほど簡単に折れた鋼を部屋の隅に放り投げ、女性は仰向けに寝転んだ。
汗の光る面に、ポツリと浮かぶやる気の失せた両の眼。
嘆息と共に、女性は言葉を紡いだ。
「何か用か?ごとー」
女性の背中側。
やはり石で作られた扉に、彼女は背を預け、腕を組んでいた。
小さく肩を揺らせて、含んだ笑いを漏らして。
「何だよ」
「いや、相変わらずだなーと思って」
吊り傘照明一つだけの、
しかし炉から出でる炎の色により、幾らかは明るい部屋の中。
女性は脚を曲げ、伸ばすときの反動を利用し起き上がった。
着用している無地のランニングの裾で、汗を拭いつつ女性は振り返る。
- 391 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:15
- 「いつでもイイのができるとは限んないからな」
「腕がいいって言われるの、きっとそれが理由だよね」
困ったような笑みに、後藤は控えめに微笑み返す。
持っていた刀を壁に立てかけると、僅かに進み出で、左腕を差し出した。
「久しぶり」
「ん。おう」
柔らかく交わされた、再開の握手。
それは長くも無く、短くも無く。
程よい頃合で二人の掌は離れた。
「んでね、今日はちょっと用があって来たんだけど」
「まぁ、来たからには何か用があるだろうなぁ」
言い切ってから、後藤の表情が俄かに固くなる。
女性は首を傾げ、失言があったかと捜索してみるが、心当たりは無い。
キョトンと後藤を見つめていた女性。
その表情が、突如として引き締まった。
強張った表情が、憂愁を湛え歪む。
これは真剣な話し。女性は直感において、悟った。
「あのね、実は・・・“アレ”を解放して欲しいんだ・・・」
歯切れの悪い後藤の言葉。
そこに含まれた語意が、女性を驚愕させた。
「何だって・・・?」
炉の中の炎が、一際強く燃え上がった気がした。
- 392 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:15
- ―――*
憂鬱だった。
足取りが重い。
自覚はしていたが、ここまであの部屋へと赴くことに抵抗があるとは。
でも、仕方が無い。
あの部屋へ行かなければ、腕が直らないのだから。
簡単な点検、修理ならば飯田にでも可能。
しかし、定期点検や大掛かりな修理ともなると、
完璧に飯田の管轄から外れてしまう。
だから、仕方が無い。
専門家にしか、この右腕は直せないのだから。
とは、思っていても、苦手なものも仕方が無い。
向かおうとしている部屋も、そこの主も、どこか薄気味悪く、掴みどころが全く無い。
だからこそ、小川麻琴はそこへ行くたびに陰鬱としてしまう。
日々の明朗さは何処へやら。
肩を落とし、俯きがちに進むその姿はまさに、人生に疲れた者の醜態である。
「あぁ・・・」
『PEACE』東地区支部、勤務塔一階の最奥にその部屋は陣を取る。
重く、強固を主張する両開きの鉄の扉。
麻琴から見て右側に貼り付けられた、一枚の和紙。
如何なるわけか、その上には修正液で小さく一言。
[ノックしなさい]と書かれている。
白地に白なので、度々見逃していく者も少なくは無いらしい。
しかし、そのように無粋な態度をとろうものならば、
その日がその人の命日。
一度経験しているものとして、
文字通り身にしみて理解している者として、麻琴は頬を叩き、心身を引き締めた。
- 393 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:16
- カンカン・・・―――
やけに軽快な音がするのは、実はこの鉄の扉がアルミ製だから。
この部屋の主の趣味らしく、頑丈そうなのは見てくれだけ。
様々の意味を含め、部屋の主とは相容れそうに無い。
「しつれいしま〜・・・ヒィ!?」
緩やかに押し開き、完全に扉を開け放った時、ソイツは一直線に飛来した。
鋭い刃において、油の乗った大きな蛙を串刺しにし、麻琴へと向かい突き進んできた。
咄嗟に上体を仰け反らせ、回避する麻琴。
飛来してきたナイフは勢いを殺さず、向かいの壁にと突き刺さる。
貫かれた牛蛙は、まさに百舌のハヤニエ状態。
ピクリとも動かない。
「・・・何か用ですか?」
それから一拍後、主の出現。
普段つけない蛍光灯を点灯させ、その姿を明確にした。
黒のアンダーシャツの上、
点々と汚れた裾の長い白衣を羽織る女性。
手入れの施されていない事が確実な茶色の頭髪は無造作に跳ね飛んで。
僅かにずれた眼鏡の奥の双眸は、常に眠たげに細められている。
丁寧な口調で麻琴に訊ねるも、
その細い眼は麻琴に向いておらず。
主は鈍い足取りで部屋の外へと進み出でると、刺突の決まったナイフを引き抜く。
最早屍と成りえた牛蛙から刃を抜き取ると、頭を口へと導いた。
「ふぇ、ふぁんふぁようれふか?」
蛙を生で食す、狂った科学者。
もごもごと口を動かすたび、蛙の後ろ足が無造作に動き、麻琴は吐き気を覚えた。
同時に、いつもこの場所へ訪れると時、自分を苛める偏頭痛も兆しを見せていた。
- 394 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:17
- ――*
吊り傘天井一つの照明の割に合わないほど、彼女の部屋は広い。
しかし、所構わず、無造作に置かれたスクラップにより、
その広さはおよそ三分の一以下にまで狭められていた。
まるでゴミ捨て場のように荒んでしまったこの部屋の唯一の生活空間。
高く積まれたスクラップに端を合わせ設置されているベッドの上に、
麻琴は所在無さげに視線を泳がせながら正座をしていた。
「損傷箇所53・・・また派手にやりましたね」
妙に平淡な声色が漂ってきて、
麻琴はビクリと大袈裟なほど盛大に震えてみせた。
泳いでいた視線が、一人の女性を捕らえる。
「は、はひ・・・すいませ――」
「別に怒っている訳では、ありませんよ。職業柄仕方の無いことでしょう」
微かな灯火の直下。
物憂げに嘆息を吐き出し、機械仕掛けの右腕を弄びながら彼女――闇聖カルマは座っていた。
椅子にではない。そもそも、この部屋に椅子という概念は無いと聞いたことがある。
彼女が腰を預けるものは、腕。まさしく、腕。群青色の逞しい腕。
天に向かって伸ばされた腕の先、翳した掌の上に彼女はチョコンと乗っていた。
何かのオブジェだろうか?
何にせよ、結論は一つ。
趣味が悪い。
「そろそろ、変え時ですかね」
麻琴の面に、戸惑いが浮ぶ。
だが、カルマはそれに見向きもせずに右腕を放り投げた。
ガシャンと。
鈍い音を立てて、麻琴の右腕がスクラップの一員として受け入れられた瞬間。
「ちょ、あの!」
流石に、これは納得がいかない。
既に腕から下りてスクラップの山を漁り始めていたカルマに、麻琴は慌てて声を掛ける。
- 395 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:18
- 「何ですか?」
案の定、カルマは麻琴に見向きもしない。
屈んだり、立ち上がったりを繰り返し、スクラップ漁りの作業を淡々と進めていく。
「あの、それじゃ・・・その腕はもうダメなんですか?整備すればまだ――」
「ゴミを装着する。お世辞にも賢いとは言えませんね」
心中に、波が立つ。
それは決して穏やかとも呼べず、かといって巨大とも呼べない。
何とも半端な、一つの波。
でも、それでも麻琴の中に苛立ちが生まれたのは確か。
本意でないとはいえ、幾年を共にしてきた右腕。
幾度も自分の危機を救ってくれた万能な右腕。
それが外された二の腕に、何かしらの寂しさすら感じる。
麻琴にとってあの右腕は、既に仲間なのだ。一つの、自分の仲間なのだ。
だけど、それを彼女はゴミといった。
遺憾など億尾にも出さず、無表情で放り投げて、ゴミといった。
それは、麻琴にとって仲間を貶されたことと同義。
幾ら相手がカルマといえど、ここだけには尻込みして入られなかった。
「対衝撃指数が著しく減少しています。
このままアレを付け続ければ、遠くない未来、必ずお前は死地に追い込まれるでしょう。
それでも構わないと言うのであれば、私は止めませんが?」
静かな怒声を浴びせようと開きかけた唇が、
ぎこちない動作で閉じていく。
物静かな中に、凛とした響きを含んだ声調は疑いようの無い事実を伝える。
それでも、やはり釈然としない。
唇を尖らせ、麻琴は憮然とカルマを睨みつける。
カルマは動じることなく、薄い双眸で麻琴を見つめ、酷薄に微笑んだ。
ビクリ。
向けられる絶対零度の冷気に、麻琴は戦慄した。
「感謝するんですね。
私の機嫌がよくなければ、お前は今頃ホルマリン漬けのサンプル023になっていましたよ」
強制的に一時停止させられた脳では、
その言葉の持つ意味を理解するのに僅かながら時間を要した。
- 396 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:19
- 再びスクラップ漁りを始めた背中を見て、両目をパチパチ。
そして、腕の飛んでいった方向を視界に入れて、頬が綻んだ。
その辺一帯だけ、数の少ないスクラップ。
斜めになり立つ看板には、【まだ使えるもの】。
なんだ。
カルマさんもあの腕に愛着があるんだ。
「丁度、新作がこの辺・・・ありました」
「んぇ?わわっ!」
振り向きざま、角度45度を保ち放り投げる。
見事な放物線を描きつつ、それは麻琴へと向かい落下してくる。
意識が別の所に行っていたゆえに、反応速度が鈍くなってしまった。
わたわたと慌てながら、それでもしかと受け止める麻琴に、
カルマは小さく呆れたように口端を吊り上げた。
「二日前に出来た新作です。
お前がつけていたタイプよりも、性能がグンとアップしています」
鈍色に輝く鉄の肌。
頑強で重量感溢れる容貌とは裏腹に、その質量は髪のように軽い。
今現在掌に乗っていることすら、疑わしくなるほど。
麻琴はその新しい腕を様々な角度から観察し、自分の腕にあてがう。
奇妙なほど、しっくり来る。
この感覚を、麻琴は知っている。
「プロトタイプモデルというやつですよ」
首を傾げつつ、上げた視線の先に笑みのカルマ。
薄闇の中浮かび上がる。嫣然と微笑みを浮かべるその風貌は、どこか妖艶。
ドキリと心が微かに躍った麻琴は気に留めず、カルマは言葉を連ねていった。
「ユーザーとの談議により、
要望にあった試作品を作り、その性能を本作品に組み込む。
あれの良い所だけを選出し搭載しましたからね。懐かしく感じるのはそのせいでしょう」
「んむぐぅっ」
音も立てず近づいてきていたカルマ。
有無を言わせず、ポカンと開いた麻琴の口へと折りたたんだティッシュを詰め込んだ。
- 397 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/14(日) 21:20
- 困惑する麻琴を尻目に、鋼の右腕を取り上げる。
そして、手際よくどこかから取り出した鎖で麻琴を縛り上げていく。
鎖が身体を一度巻いていくごとに、募る懸念。
それはカルマが錠を閉めると同時に、頂点に達した。
「ふぁ・・・もごっ」
「黙ってなさい。すぐに終わりますから」
顎を突かれて、押し黙る。
眠たげな目でカルマは不安に歪む麻琴の顔を一瞥し、
人工の右腕を、麻琴の二の腕の切断面に近づける。
神経接続。
高性能な義手を装着するに当たり、避けては通れない苦しみ。
その痛みは大の大人ですら、転げまわって失禁したとか聞いたときがある。
以前腕をつけてもらった時は、本当に気が狂いそうで。
危うく痴態を晒してしまうところだった。
「―――そう言えば、今日執行部隊に新人が入ってくるらしいですね」
スクラップ内から取り出した鉄の台に麻琴の腕を固定しながら、
何気ない口調でカルマは言った。
今から襲いくる激痛に耐える為、眼を強く瞑り、伏せていた麻琴は顔を上げた。
最早その話題から遠ざかり、
神経を繋ぐべく準備を進めているカルマを見つめ、麻琴は眉根を寄せた。
紅葉映える、秋の只中。
転勤ならばまだ頷けるが、この時期に入社とは珍しい。
何か事情があるのかな、そうか事情か。それなら納得。
簡素な脳内構造を持つ麻琴は、そう自己完結し、
まだ見ぬ仲間の風貌などを想像して僅かに浮かれた気分に浸っていた。
だが、しかし。楽しい思考は、すぐさま奈落の底へと垂直直下していくこととなる。
「んむぐぅぅぅぅぅ!!!!」
「耳元で喚かないでください。煩いです」
全身を駆け巡る気が遠くなるような激痛の中、
やたらと冷め切った声が、麻琴を現実へと強制的に引き戻した。
- 398 名前:無壊 投稿日:2004/11/14(日) 21:24
- 少なくて申し訳ございません。。。
>>387 名も無き読者様
後藤さんは流石です。隊長であり、神ですからw
書いておきながら彼女の登場はまた先延ばしになりそうです。。。
気長に待っていてくだされば光栄です(土下座
それでは、また何時になるか不明の次回更新まで・・・
- 399 名前:名も無き読者 投稿日:2004/11/15(月) 00:25
- カルマさんキター!!!!(ぉ
更新お疲れ様です。
いやん、素敵♪(キモ
さらに冒頭のアレに、ごとーさんとあの人・・・!
色々とまた楽しみが増えてましゅねw
でわでわ続きもマターリとお待ちしてます。
- 400 名前:無壊 投稿日:2004/11/29(月) 22:09
- 本日は更新前にレスのお礼をば。
>>399 名も無き読者様
はい、登場させてしまいました(汗)正直、結構迷いました。
あの人・・・実は彼女の出演にも迷ったことなど、秘密です。
レスありがとうございました。
- 401 名前:無壊 投稿日:2004/11/29(月) 22:10
- 「何か・・・ヤな感じ・・・」
執行部隊業務室。
横長な室内に、規則的にデスクが並ぶ。
その上は閑散としていたり、紙くずで溢れかえっていたりと人それぞれ。
入り口に最も近い場所に座るれいな。
その隣に座る藤本が、低く呻くように呟いて、眉根を寄せた。
黒の帳に覆われた瞳が見つめる先には、新たな仲間。
ほんの5分ほど前に自己紹介を済ませ、
早速言い渡された仕事をいやな顔一つせず、こなしている少女。
黒く、滑らかな髪を控えめに揺らせながら、書類に何やらを書き込んでいく。
こちらの視線に気付いて、
ニコリと微笑み返す中でも、作業の手が滞ることは無かった。
「・・・何がですか?」
鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった藤本に代わり、
慌てて笑み、頭を下げるれいな。
視線をずらすと心持ち声調を落とし、苛立ち露の藤本に尋ねた。
紹介のとき浮かべた柔らかく、和やかな笑顔。
誰しもがな、彼女に優しい印象を抱いただろう。
「・・・何か・・・やっぱりいい。ミキの勘違い」
腑に落ちぬように、浅く溜息をつき、藤本は机に突っ伏した。
残されたれいなは、その態度に釈然としない。
怪訝そうに眉を歪め、首を傾げつつ、しかし言及はしなかった。
むぅと一度、小さく唸ってから開きっぱなしのテキストへと視線を落とす。
【一からの地理学】
間もなく秋期テスト。
これを落とせばもう一度、一から講義を受けることになる為れいなは必死になっていた。
故に、その時はあまり気に留めていなかった。
突っ伏したまま、藤本が新人である少女を睨みつけていることに。
小川麻琴と談笑しながら、少女がこちらへ向け密かに冷笑したことに。
新垣里沙は、淡々と笑みを飾った。
- 402 名前:無壊 投稿日:2004/11/29(月) 22:12
- ――*
漆黒の袖なしシャツに、漆黒のスパッツ。
機動性に富む装飾を着こなし、小川麻琴は眼を瞑り、仁王立ち。
深く、緩やかな呼吸の中、耳を澄ます。
全身の神経を研ぎ澄まし、四肢に込めた力を一度抜き放ち、
呼吸を止めた。
踏み込んだ右足に全体重を移動させ、金属床すれすれまで上体を沈める。
前方の空間を見据え、右足を媒介とし、力を爆発させた。
僅かな間だけ宙を舞い、その最中左腕を右腕に添えた。
速度が0となる点において、両腕を振り上げる。
次に落下の速度に乗せながら、振り下ろし、切り裂いた。
斑が全く見られない、鮮麗な切断面。
新たに装着された鋼の右腕は、鋼鉄の板すら易々と両断してしまった。
この事実に麻琴本人も驚愕したらしく、高い天井の明るい照明を受け鈍い輝きを放つ右腕を、まじまじと見つめる。
―――刃が単分子の厚みしか持たない、
恐らくこの世で最も鋭利な剣ですね。
接続された痛みの余韻により、両の目尻に涙を浮かべていた頃。
無表情の狂科学者、闇聖カルマは寒気がするほど抑揚のない冷めた声でそう告げた。
言われた直後は痛みのせいでピンとこなかったが、なるほど。こういうことか。
チラリと縦に両断され倒れ伏す鉄板を尻目に、麻琴は五指を開き、刃をしまう。
同時に装着したイヤホンから伸びるマイク部を口に持ってきて、一言静かに告げる。
「仮想敵を、えっと・・・100体お願いします。フィールドは・・・スラム街で」
『ひゃ・・・!?アンタ馬鹿?!幾ら仮想世界っていっても、肉体的にはダメージは受けないっても・・・精神的には受けるのよ!100体なんて、んな――』
- 403 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:14
- 「じゃあ、わたしも一緒にやりますよ」
狼狽して捲くし立てる、イヤホンの向こう側の人物を、妙に落ち着いた声調が遮った。
いつの時やら。その子は麻琴の隣にと佇み、悠然と笑みを湛えていた。
麻琴は目を見開いて、彼女の横顔を凝視した。
いつ、どのようにして。ここまで近接距離であるのに、全く気付けなかった。
まだ仮想世界に入る前の、殺伐としたトレーニングルーム。
扉を開ければ軋む音が、近づいてくれば靴がモルタル作りの床を叩く音が。
いくら訓練に没頭していたとしても、無意識下においてそれぐらい知覚できたはず。
「100なんてどうって事ないですよ。ね、まこっちゃん?」
悪戯好きの子供のように笑むと、白い歯が零れた。
呆けていた麻琴の意識が帰り来る。
向けられた無垢なる笑顔に見つめられ、雑念が吹き飛んだ。
結果、一つコクリと頷いていた。
「ほら、まこっちゃんもそう言ってますし」
『・・・分かったわよ。危なくなったら問答無用で停止するからね。もうすぐで審査なんだから無茶すんじゃないわよ』
ハーイという間延びした新垣の返事が切れた、その刹那。
空間が、世界がぐにゃりと歪んだ。
殺伐が荒廃の背景へと姿を変え、紫色の薄暗い空の下広がるスラム街。
腐敗した土は一つ踏み込むごとにツンと来る異臭を放ち、
脇に聳えるビル群は倒壊し、正常な形状を保ったものなど見渡せど、見えてこない。
倒れた家屋の壁を、触れるように撫でてみる。
ボロリ。
灰色の石屑となり、腐った地の上へと被さった。
情報部隊隊長保田圭と、技術開発部隊総責任者闇聖カルマが共同で創りあげた、死の街。
相変わらずの完成度の高さに、感服の溜息が漏れてしまう。
『じゃあ、始めるわよ』
前方よりふらりと出現した、全身黒に包まれた男または女。
それと同時に、背後からも静謐な殺気が汚れた空気に乗り、流れてきていた。
- 404 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:15
- 「「お願いします」」
鉤爪、両刃の剣、小型の銃、巨大な鎚。
様々な武器を持った黒子が臨戦態勢をとりながら、じりじりと距離を詰めてくる。
距離はおよそ30メートル、数はざっと見て20はかたい。
目線だけを動かし、二人は全く同等の判断を下す。そして、各々身体に緊張を漲らせた。
背中合わせに構え、麻琴は後方の10人、里沙は前方の10人。
「まずは・・・」
麻琴が左肩をやや引いて、右肩から指先にかけて全ての力を抜いた。蹴り足の右足に力を込めつつ、視線の先の黒子の一点を睨みつけた。
「うん」
手首、足首を回しつつ、里沙は言う。
胸の前へと伸ばした腕の先に、数対の黒子を確認しながら、軽やかに一度跳ねた。
「「小手調べだね」」
ふわりと軽快な笑みが同時に降り立ち、二人は相対する方向へと駆け出した。
- 405 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:16
- ―――*
呑まれた者は原則として、解剖調査が行われる。
しかし、藤本美貴は松浦亜弥の死亡解剖を頑なに拒んだ。
綺麗な姿のまま埋葬してあげたい、送ってあげたい。
精悍な表情で調査班に土下座までして頼み込んだ。
その藤本の熱心な懇願により、特例が出た。一度限りの特例が。
そして、今、藤本は合掌する。
後藤に頼んで、貸し与えてもらった僅かな空間。
中庭の一角に囲いを張り、板の切れ端をそのまま地につき立てて、決して立派とはいえない寂寥漂う簡素墓地。
色とりどりの花が、寂れた容貌を払拭する。
供えられた花束は2つ
右から松浦亜弥、高橋愛。
一人より二人のほうが、寂しくなくて良いでしょ?
やんわり微笑んだ後藤に、藤本は目頭を押さえながらありがとうと言った。
「―――最近涙脆くなったなぁ、ミキ」
合掌を解いて、鈍行する白い雲を見つめながら、ポツリと呟いた。
紡いだ言葉が秋風に乗り彼方へと流れていくと、藤本は綻んだ頬を叩き、引き締めた。
「ミキ、頑張るよ」
サングラスを外し、愛しい者の名が刻まれた板に柔らかい口付けを落とした。
心臓が、藤本の意思とは関係なく、二度ほど大きく脈動した。
唇を話し、暫し無言で墓を見つめた後、迷い無く踵を返した。
凛然とした足取り。
風に乗った紅葉が、藤本の鼻先を掠めて行った。
- 406 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:16
- ――*
自室の畳の上に寝転がりながら、片手で規則的に網羅された字面を追っていく。
細いスティック状の菓子を、ポリポリと小気味言い音を立てつつ食し。
全てが口内へ収まり、胃の腑への流れへと乗ったとき、両腕を広げ嘆息。
疲弊感の詰まった深い溜息は、殺風景なれいなの部屋へと染み渡る。
黄昏時。
にも拘らず、今日はやけに静かだ。
いつもなら隣室から駄弁り声やら、理解不能な英語調の歌が流れてくるのに。
勿論それにも、理由がある。
「あ〜・・・」
無意味に掠れた声を上げてみる。
それも規則的に、一旦響いて、すぐに消え去る。
何時もなら苛立ちを募らせるばかりの喧騒も、突如として消え去ってしまうと案外に寂しいものを感じる。
そこまで考え、れいなは不意に首を捻った。
「・・・違うか。“物足りない”のほうが近かね」
這うように起き上がり、テーブルの上に上体を乗せる。
伸ばした腕の先で、連なる文字列が睡魔を誘う。
降下を始めた瞼と、必死で諍うれいな。
眠ってたまるか眠ってたまるか眠って・・・
今日はこのくらいにしといてやるけん。
強がる弱者の捨て台詞を脳内に浮かべ、首から上が急速に力を失った。
両手の束縛から解かれた教科書が、畳と衝突し、鈍い音を立てる。
コチコチコチ・・・
目覚まし時計が刻(とき)を刻む、軽快な音を聞きながら、一歩ずつ夢の世界へと歩を進めていく。波が引いていくように音が凪がれていき、意識も純白の世界へ入りかけたところ、それは起こった。
- 407 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:17
- ザワ・・・―――
悪寒が駆け、身体を隙間無く止め処なく這いずり回る。
全身から冗談のように冷や汗が噴き出し、
主の命令を全く聞かない身体は、金縛りを彷彿とさせた。
殺気すら霞んでしまいそうなほど、室内を包む“何か”は凄絶にして圧倒的だった。
何かいる。何かがいる。背後に“何か”の根源がある。
理解はしている。
しかし理性と本能は対極の立場にある。
頭で理解し、原因をつきとめようと思っていても、
身魂を縛る恐怖心が頑なに拒んでいく。
カタカタ。
腕が、脚が、身体が震える。
共鳴するように机も小刻みに揺れ始めた。
「・・・どうしたの、田中?」
緊張の糸が切れた反動により、肢体が大きく揺れた。
ごちゃごちゃと考えていたものが全て消え去り、
真っ白になった意識下でれいなは反射的に振り向いた。
「・・・ご、後藤さん?」
「?いったい、どうしたの?」
- 408 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:18
- 小首を傾げ、入り口で屹立している後藤はれいなを見つめていた。
一人?後藤さん一人?
チラリとその背後を確認しても、他に誰かがいるというわけではなく。
この部屋の中には、今自分と後藤しか存在し得ない。
導き出された結論は、誰が見ても明白な事実だった。
「田中?」
「あ、いや・・・すいません、寝ぼけてたみたいで・・・」
では、後藤が?
それは違う。証拠など無いが、確固たる自信がある。
後藤の存在感は確かに絶対的だ。それは身にしみて理解している。
だけど、後藤はその中にも柔らかな優しさが含まれている。
出会ってから半年、漸くそれが分かるような余裕がれいなの中に生まれつつもあった。
しかし流れた“何か”はあまりにも異常が過ぎた。
“何か”はただ純粋に欲し、傲然と狙い澄ましている。ゆえに、あそこまでの戦慄と恐怖を感じた。
だから後藤ではない。ありえるはずが無い。
れいなはそう自己完結させ、汗を拭いながら笑った。
まだ少し固さの残る笑顔を見て、後藤は首を傾げながらことわりを一つ入れ部屋へと上がった。
毅然とした動作でれいなの向かい側へと回り込んで、腰を下ろした。
相棒である刀は、その隣へと横になる。
「どうしたとですか?」
曖昧な笑顔が帰ってくる。今度はれいなが首を傾げる番だった。
静寂が室内を巡る。
何か用かと聞くのも、また無粋であろうかと思ったれいなは口を開かず。
黙し、腕を組んで自分を見つめる後藤の視線を受けながら、立ち上がった。
- 409 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:19
- お茶入れますね。言って、背中を向けた、まさにその瞬間に。
後藤はポツリと、まるで息を吐くように自然に言葉を届けた。
緩やかな速度を保ち、耳に触れた言葉にれいなは驚愕した。
当たり前の如く振り向いて、問う。
どうしてか、と。
だが後藤は、答えない。
嫣然と微笑み、
悠然と立ち上がり、
凛然と刀を掴んで鞘の切っ先をれいなへと向けた。
そして優麗に微笑むと、再び同じ言葉をれいなへと送った。
「ごとーと、闘おうか。田中」
言葉に乗った鋭い切っ先に、四肢に電撃が走ったような気がした。
- 410 名前:INSANITY 投稿日:2004/11/29(月) 22:19
- ――*
柔道場と剣道場が一体になった50メートル四方ほどの闘技場。
板張りの床に立ち、木刀を握るれいなは思った。
春先の松浦の事件から約半年。
まったく何もしなかったわけではない。
己の弱さを嫌というほどに痛感し、学業と仕事の合間を縫って鍛錬を積んできたつもりだった。
だから、それなりに力がついているはずだと・・・驕っていたのかもしれない。
横手から漂ってくる畳の趣ある香りを楽しむ暇も無く、れいなは右足で板張りの床を踏み込んだ。
正眼に構えた木刀を、軸をずらすことなく上げていき、端整な作りの顔を狙い打つ。
しかし、
全力を注いだはずの一撃を、後藤は易々と受け止めてみせた。
左手の人差し指と中指の間に、木刀が静止している。
引き戻そうと力を込めても、ピクリとも動かない。動いてくれない。
「はい、3回目」
木刀へと注がれていた意識のせいで、近づいてきていた右手にはまったく気付くことができたかった。
人差し指が弾かれ、額を優しく打ち据える。
刹那、肢体にこもった全ての力が削げ落ち、れいなはその場に崩れ落ちた。
冷や汗と脂汗が混じる面の中に、悔しさが滲む。
ここまで。ここまで差が大きいのか。
自分は全力で向かっているというのに、後藤は半分の力すら出していない。
でも、それでも。
後藤が左腕しか使わずとも、れいなには手も脚も出なかった。
背中が遠い。後藤がつかめない。
拳で床を殴って、唇を噛んだ。
デコピンを貰ったのは、この20分の中で三ヶ所。
鳩尾のかすかに上、首、そして額。
全てが急所。後藤がもし本気で闘っていたのなら、れいなは間違いなく3回は死んでいる。
届かない。後藤が見えない。
「悔しい?田中」
感情の載らない平淡な声が、れいなへと降り注ぐ。
肢体を支える両の手で拳を作り、れいなは顔を俯いたまま一度静かに頷いた。
同情の言葉も、慰めの言葉もかけることなく。
帰ってきた言葉はやけに冷め切った、「だったらついてきて」一言だった。
- 411 名前:無壊 投稿日:2004/11/29(月) 22:20
- 短くて申し訳ないです。。。
- 412 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/01(水) 00:25
- 更新お疲れサマです。
うぁーカッケーよ〜。。。
描写といい次々繰り出されるアイテムといい、、、
細かい部分の描写が臨場感を引き出してくれてますねw
さらに最後はもろ自分のツボ的お2人ww
続きもマターリと楽しみにしてまする。
- 413 名前:お詫びと休載報告 投稿日:2004/12/12(日) 22:15
- 申し訳ありません。
ここ最近、書いても書いても納得良く文章と内容が書けず、
少し書いては消しての繰り返し地獄に嵌っております。
プロットを作成せずして、
作品に取り掛かった反動と言いましょうか。
自業自得、作者の力不足といわれればそこまでなのですが。
しかし、書き始めてしまったからには最後までやり遂げたい。
だけど中途半端なものを読者様に披露するわけにはいかない。
散々悩んだ挙句、出した答えは暫くの放置でした。
その間、プロットを作り、
納得のいくものを書けるよう、最大限に努力します。
再開は年明け、一月以内を目標としております。
必ずや戻り、書き上げますのでついてきてくだされば幸いにございます。
身勝手な判断で、実に申し訳ありません。
それでは年明けに会えることを祈りつつ、
乱文なる挨拶をここに終えます。
申し訳ありませんでした。
- 414 名前:無壊 投稿日:2004/12/12(日) 22:17
- >>412 名も無き読者様
ありがとうございます。
次なる更新時からも、
よろしければ、お願いします。
- 415 名前:無壊 投稿日:2005/01/27(木) 00:26
- お久しぶりでございます。
『INSANITY』の作者、無壊にございます。
もし、お待ちくださった読者様がいたならば
こんなにお待たせして申し訳ありませんでした。
漸く少しですが書くことが出来ましたので、更新いたします。
そこで、
本当なら一スレ目に書いて置けばよかったのですが
ここで当作品を拝読していただくに当たり、諸注意がございます。
1、グロテスクな表現が苦手な方
2、オリキャラなど娘。小説界において邪道だというお方
以上の方々は、お戻りになることをお勧めします。
長々と、しかも偉そうにほざいて申し訳ありません。
多分…文章はたいして変わっていないです、ごめんなさい。
では、更新を開始いたします。
- 416 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:27
-
- 417 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:27
-
- 418 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:28
- ―――**
両開きの自動開閉扉が、音を立てて開く。
15,6メートル四方の室内。
左右に分かれて幾人かがキーボードをカタカタと操作している。
正面には巨大なスクリーン。
その中で、二人の少女が多種多様な武器を持った黒子を次々と屠っていく。
突然の来訪者は、誰からも注目される事なく、
スクリーンの前に座す女性を目掛けゆるりと歩を進めていく。
「あんたの発明は、相変わらずすごいわね。カルマ」
回転椅子の背もたれに、背を預け、
スクリーン画面を射抜くように見つめる猫目の女性。
来訪者の方を振り向かず呟いた言葉は平坦だったが、
そこには最大限の驚嘆と賛美が乗せられていた。
白衣に眼鏡という常と変わらぬ風貌。
茶色に染まる寝癖付きの髪をガサガサと掻きながら、
闇聖カルマは猫目の女性――保田圭の視線の向かう先に、目を馳せた。
そして、なんの躊躇いも謙遜もなく、一言はっきりと言い放つ。
「当然です」
「ふん。その態度も相変わらずね」
保田の揶揄する様な言葉にも耳を貸さず。
カルマは眼鏡の奥の双眸で巨大スクリーンに映る黒子の姿を追っていく。
少女ではなく、黒子を。
ひぃふぅみぃ…一旦顔を顰め、首を傾げたかと思えば
再び黒子を目で追い、確認も兼ね声に出してその数を数える。
静かに寄っていく眉の根。
呆れたような光が両の瞳に灯り、眼鏡が僅かにずれ落ちた。
ふっと溜息をつき、眼鏡を正常な位置へ。
音もなく背もたれを掴み、腕を振り切る。
保田の悲鳴と共に椅子は滑走をはじめ、
キーボードを操作していた一人の女性と衝突し、盛大に転倒した。
悲鳴と怒声が入り混じる、自分への非難の声にすら完全無視を決め込んで
カルマはキーボードの上、細い指を滑らかに躍らせる。
小気味のいい音が室内に響き、巨大スクリーンの片隅に表示される青い文字。
カルマの口角が、微かに吊り上がった。
「あ、あんたっ!?」
掴まれた右肩に力が加わり、直後カルマの身体はぐらりとよろめく。
2、3歩後退した華奢な身体を、
保田は捕まえ、吊り目がちの眼を更に吊り上げてカルマに詰め寄った。
- 419 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:29
- 「あんた、どういうつもりよ?!
黒子の数、1000って…あんた、あの子達を殺す気!?」
白衣の襟を乱暴に捕まれたまま。
カルマと保田の距離は、ほんの数センチ。
僅かでも気を抜けば、すぐに触れてしまいそうな、超至近距離。
その距離において、保田は刃の如く煌く双眸でカルマを射抜き続ける。
ふぅ。肩を竦め、溜息を吐く。
ぼさぼさの茶色い頭髪を乱雑に掻き毟り、
カルマは眠たげな眼で、煌く刃を受け止めた。
「保田。お前の方こそどういうつもりですか?」
声色に憐憫が混じったような。
無表情で呟かれた静かな言葉に、保田は微かに眉根を寄せて無言で問いただした。
何が、と。
カルマの瞳が保田からはずれる。
その視線は巨大スクリーンに映る、黒子と麻琴たちの戦闘へと注がれていた。
先程よりも大仰に。今度こそ完全に呆れたような溜息が、鼻腔より漏れた。
「たかだか100程度の仮想敵で、この闇聖カルマの発明品の性能を試そうなどと。
これはもう、嘗て無いほどの侮辱です。
憤り、そしてまた悲しく。涙ちょちょぎれますね」
白衣を掴んでいた保田の右腕の手首を掴んで、俄かに力を入れて捻りを加えた。
「ちょ、っつ!?」
決して油断していたわけではなかった。
僅かな力。それがほんの数瞬加わっただけで、保田の天地は逆転する。
対処法を思考する暇も与えてもらえず、次に感じるのは背中を打ち据える重い衝撃。
肺の中の空気が全て外部に漏れ、保田は苦渋の面持ちで盛大に咳き込んだ。
「1000…これでもまだ足りないほどですよ。
…まだまだ改良の余地がありそうですね」
固い床の上。
背中を強打し苦しげに呻く保田に一瞥をくれ、
カルマは嘆声を落としスクリーンを見遣った。
突然勢力を増した黒子に、黒のタンクトップを着込んだ少女が明らかに慌てふためく。
しかし、背中合わせに別の黒子と向かい合う
流れるように美麗な黒髪を持つ少女は、微々程も表情を動かそうとしない。
冷静に視野に捉えられる黒子の数を数えてから、背後で慌てる少女へ何やらを伝えているようだった。
- 420 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:30
- ――ほぉ
徐にカルマは眉を持ち上げた。
あの年、あの体躯。
目にして明瞭な幼さと相対し、その物腰は感心するほど沈着にして厳か。
常ならば相手の顔と名を覚えるまで約半年。それ以前に、興味を持つまで凡そ3ヶ月。
しかし、このときカルマは初めて初見の少女に、関心を惹かれた。
「道重」
視線を固定したまま、静かに声を流す。
一拍も置かず、狼狽えた声が背後から上がった。
「は、はいっ」
「あれは誰ですか?」
見つめる先、少女が二人、黒子と打ち合っている。
数秒前まで慌てていた少女は、もういない。
黒髪の少女が今しがた何かを呟いたが、その効果であろうか。
肘から先、鋼の皮膚を晒す右腕が四方八方から揮われて。
手首から伸びる鋼鉄の刃が、次々と黒子を屠っていく。
視線を右から左へ。
鋼の右腕を持つ少女から、黒髪の少女へと。
視覚対象人物を移して、カルマは眠そうに細まった目を更に細め、軽やかに口笛を鳴らした。
「かなり…興味深い。誰ですか、あれは」
「あ、はい…えぇと…」
スクリーンを見上げ口篭るさゆみ。
米神に指を当てて、必死に記憶の抽斗を順々に開け放っている様子。
問いかけてから凡そ10数秒。早くも苛立ちを露にしたカルマが振り向きかけた、まさにその、絶妙のタイミングで。
「今日新しく執行部隊に入隊した、名前は…。
ええっと…たしか、新垣里沙とかいったかしらね」
- 421 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:31
- パチッと、羅列されるキーボードの何かのボタンを叩いて、保田が答えた。
身体の向きを直し、数対の黒子が消滅していく様を見届けて
しかしカルマは思案げに
「新垣、里沙…?」
呟いた。常に安眠を求め、細められていた双眸が、静かに閉じられる。
顎に人差し指を這わせ、思考を巡らせるその表情は、いつになく神妙。
さゆみはおろか保田でさえ、彼女のこんな面持ちは初めて前にする。
「…どうしたのよ?」
「…いえ…何処かで、耳にした様な…そんな気がしただけです」
「気のせいでしょう」二言目にはそう告げたカルマの表情は
未だ腑に落ちないような色が広がっており。
保田が、さゆみが、カルマが。また、そこにいる情報部隊10数人全てが。
見上げた先。再度視認する巨大スクリーンの中。
新人新垣里沙の放った肘打が、一体の黒子の肢体を二つに断裁した。
- 422 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:32
- ―――*
古びた棚が、幾つも立ち並ぶ店内。
収納されているのは、懐古的な商品ばかり。
一見すればまるっきり昔の駄菓子屋である、この店。
しかしれいなは、数々の物珍しい商品には目もくれず
その女性を目の前にして戦慄を感じていた。
縁側のようになった部分に腰掛けた女性は、ただ座っているだけ。
ただそれだけなのに、その華奢な身体からは
後藤にすら勝るとも劣らない存在感が醸し出されている。
ジッと。
吟味するように向けられる瞳は、左一方のみ。
右目は硬く巻かれた包帯で覆われていて、窺うことは叶わない。
ふん。緩やかに吐かれた溜息の一拍の後、
女性は丸めていた背中をピンと伸ばした。
左手を伸ばして、れいな達と自分の間に置かれた台の上に上がる煎餅を一つ指で摘む。
盛大に音をたて、煎餅を咀嚼、嚥下した後
女性は険しい顔つきで、声色低く一言
「無理だ」
告げた。
直後、再び煎餅を齧り、噛み砕く。
乾いた破砕音が聞こえる中、れいなの傍らで直立する後藤はポツリと呟いた。
「人を見かけだけで判断しちゃいけないよ」
「腕、脚、精神、頭脳。全てが全て、小さくて幼い。
見ただけで分かるよ、んなもん」
二人の女性のやり取りを、れいなはただ黙って見つめている。
静謐な空気の中、しかし形容し難い気配が流れる。
それははっきりとした剣呑ではなく、
かといってはっきりとした穏便でも無い。
形容し難い。半端な重苦しい空気の中、れいなは控えめに息を呑んだ。
「そんなヤツに、あれは渡せない。
渡したとしても、結果は目に見えて明らかだ」
「だからこうして、ここに連れてきたんだよ」
- 423 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:34
- 後藤と軽く手合わせをして、敗北した事からおよそ3時間。
悔しさを噛み締めるれいなを、後藤は連れ出しゆるりと歩を進めていった。
気がつけば立ち並ぶビル群が姿を消し、
空間を支配する概念が枯れた草木となった時、
着流しを着こなす彼女が住まうこの小さな家屋は姿を現した。
「…なんでそこまでこいつに執着するんだ、ごとー」
失せた表情、刃物の如く、鋭く煌く双眸。
着流しを着た隻眼の女性が、圧倒的な威圧感をその身に宿し後藤を睥睨する。
先程までとなんら変わりないはずの声の調子にも、こちらに届く頃には矛に変貌していた。
降り立つ沈黙。漂う沈黙。
早鐘のように鼓動を早めていく胸の奥。
じっとりと。れいなの額に冷や汗が張り付いた。
「…田中が」
不意に打破される沈黙。
凛と響いた後藤の声調は、れいなの身を包む鋭気を一気に払拭した。
強い視線をジッと着流しの女性に向け、後藤は続ける。
「田中が…田中は、あたしに、似てると思わない?」
ぴくり。着流しの女性の眉尻が、仄かに痙攣した。
酸素濃度が薄くなったかのような錯覚。
見詰め合う二人を交互に見つつ、れいなは額に浮かんだ汗の玉を払い除けた。
「……鍛えた刀に自信は持てど、過信を抱くことは無かった」
隻眼の女性が立ち上がり、ほぅと嘆声を空気に乗せ踵を返した。
着流しの右の袖がふわりと翻る。無造作に巻かれた包帯の隙間から覗く、
薄く脱色したショートカットの髪の毛を揺らしながら、女性は奥へと脚を踏み入れる。
トンと、背中を優しく叩かれた。
左斜め上を見上げると、柔和に微笑む後藤の面。
れいなを見つめる、三日月の双眸。
それを浮かべたまま、ゆっくりと首肯すると女性の背中に目を馳せた。
無駄の無い動きで、交互に歩を進めていく後藤。
線が細くも寛大なその背中を見つめつつ、れいなは息を呑んで咽喉を鳴らす。
力を込めた右足で、一段高くなっている部分に踏み込んで、後藤の背中へと連なった。
- 424 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:34
- 入ってすぐの座敷を過ぎ、その奥。
台所の収納床の扉を開けると現れた、無機質の冷たさを醸し出す石造りの階段。
4,50段を慌てることなく、徒歩で下り、しかしそれがれいなの緊張を更に募らせた。
これから何がおき、何が始まるのか全く持って予想の範疇を超えていた。
が。
安易なことではない。それくらいのことは、
前を行く二人から流れ出る鬼気により、嫌でも思い知らされていた。
「…世の理に、絶対なんてものは無い。
いくら優れた鍛冶屋が刀を鍛え、優れたヤツがそれを使役しようと
形を与えられたんだ。いつか、必ず壊れる」
―――人と同じだ
重厚な鋼の扉を左手で押し開く。
れいなは思わず、半歩退いた。
10メートル四方の部屋に、所狭しと置かれた見慣れない道具。
右手側には轟々と炎の灯りと、熱波を放つ巨大な炉―ホド―が。
異様な光景にれいなが動けずにいる間にも、女性は進み、部屋の中心へと屹立する。
左手で大槌を掴み肩に担ぐと、堂々と言葉を連ねた。
「これから“アレ”の製作に取り掛かる。
最速で三日。最悪、一週間もあれば出来る。
その間、この部屋の奥を使え。相手も用意してある」
首を傾げて、己の真後ろに位置を構える、
やはり重厚な扉を指し示す。
宙を彷徨していた視線が刹那だけれいなを捕らえ、直ぐに下へと降ろされた。
捉えるは、女性の足元に落ちていた一塊の鋼。
大槌が真横から襲来し、鋼の側面を殴打する。
鋼は薄暗い中空に軌跡を残して、炉の中へと吸い込まれていった。
同時に、室内を覆う熱波が瞬間的に勢力を増した。
肉迫する炎の空気を遮るよう手を翳して、双眸を細めた。
狭まる視界の中で、紺色の着流しが宙を舞う。
露になる女性の姿。その瞬間、れいなの双眸が急激に見開いた。
「相変わらずのスタイルだねぇ、いちーちゃん」
「コレが一番しっくりくるんだ」
けらけらと。軽快に笑う後藤に、いちーと呼ばれた女性は不敵に笑んでそう返す。
その容貌は、初めて目にする者にとっては衝撃以外の何ものでも無いだろう。
- 425 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:35
- 華奢な身体の9割以上を埋め尽くす、純白の包帯。
僅かにその白布の合間から垣間見ることの出来る肌には、無数の傷跡。
右腕は二の腕より先が消失し、痛々しいこと極まりない。
が。
れいなが最も注目する部位は、そこではなかった。
「ビビッときたね。こいつと巡りあった時は」
大槌を下ろし、左腕を腰に当て堂々たるポーズを決めてみせる。
いちーがグッと胸を張った瞬間、
恥部を隠すように垂れ下がる、燃えるように紅い布がふわりと靡いた。
マンガやアニメなどで、時代錯誤の頑固オヤジがよく身に着けていた。
『漢(おとこ)』の象徴、であると聞いたこともある。
しかし、これは今となっては空想上の代物だと、そう信じて疑わなかった。
だが。
それを今、目の前で、しかも女性が。
包帯の上からとはいえ、確かに装飾している。
その、所謂漢の象徴である、赤い褌――「赤ふん」を。
「さぁて、やるか」
「お願いね」傍らの後藤の言葉さえ、耳にはいらない。
目を見開いたまま完全に固まってしまったれいなに気付き、
いちーは訝しげに眉を顰めた。
「どうした」と問ういちーに、理由を知る後藤は苦笑いを返し。
ビックインパクトだねとだけ言い置いて、
れいなの首根っこを掴んで、いちーの傍らを通り過ぎた。
- 426 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:36
- ―**
鍛冶場を抜け、重厚な扉を開け放ってみれば、どんよりと陰湿な空気が漂っていた。
壁に設置された照明により、明るさは申し分ないといえようが。
湿気が高いのだろう、この上なく気分が優れず。
高い天井を見上げ、顔を顰めていたところ、ふと感じた鋭い視線。
れいなは直ちに、その元を辿り、発見した。
数メートル離れた、意外なほど広い部屋の奥。
背後の壁に凭れて、こちらを見つめている一人の女性。
その出で立ちは、異様にして秀麗。
背を押され、ゆっくりと近づきながられいなは観察する。
丈の短いホットパンツを穿き、
布に腕と首を通す穴を開けただけの衣服とも呼べぬ襤褸切れを羽織って。
静謐で、平淡な瞳をこちらに向ける女性は
四肢の自由を鎖によって断ち切られていた。
女性の青白い四肢に、牢としてまき付く漆黒の鎖。
しかし、自由を奪われたその姿すら一種の妖艶さを感じた。
「………よう…」
微かに割れた、青紫色の唇。
女性の咽喉元が蠕動し、掠れた声が流出した。
「…何の用ネ、ゴトー」
「うん、ちょっとみーやんに頼みたい事がね」
独特の、聞きなれないイントネーション。
アクセントも、発音もまるで自分達のものとはかけ離れている。
どこのものとも知れない、不思議な言葉遣い。
目を忙しなく瞬かせるれいなの傍らで、
しかし、
後藤は顔色一つ変えず、寧ろ愉しげに微笑んでみーやんと呼んだ女性と会話を続ける。
「この子なんだけど、鍛えてくんないかな」
「…イチイの許可、取ってあるノカ?」
後藤の首肯は僅少にして、深々と。
- 427 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:37
- 「ナラ、ミリア、断るりゆーナイ。ミリア、そいつ鍛える」
「うん。お願いね、みーやん」
「任せる。ミリア、ソイツ、鍛える」
束ねられた両腕を挙げ、もぞもぞと蠢くミリア。
事態が上手く飲み込めず、戸惑うれいなを尻目に置いて、後藤は肢体を翻した。
「頑張ってね」一言、それだけ呟くと軽やかに歩を進めてく。
慌ててれいなは遠ざかる背中に向かって、声を張り上げた。
「ちょ、ま、待ってくださいよ、後藤さん!何がどういうことですか?!」
狼狽した声調が届くと同時、重厚な扉に手をかけて後藤がピタリと制止する。
行き交う沈黙を楽しむかのように、ゆるりゆるりと振り返って。爽快な笑みを浮かべ
「強くなりたいんでしょ?」
続いて
「一週間後の審査で、どれくらい強くなったか、ごとーに見せてね」
そして快闊な微笑みを残して、後藤は当室を後にした。
カチャリと。
やけに大きく響いた幽閉を知らせる音に、
呆気にとられていたれいなは直ちに血相を豹変させ駆け出そう――
「オマエ、待つ」
と試みて、しかし、
その場で身体が沈みこみ、気がつけば薄汚い床の上に這い蹲っていた。
両手両膝をつき、身体を支える。
起因を明解とする為、違和感残る己の足首へと視線を走らせた。
ジャラリ。擦れて啼く、漆黒に光る鉄の蛇。
微かに揺れて伸びている鎖を目線で辿っていってみると、
切れ長で、でも平淡で濃厚な青色の瞳がこちらを見つめていた。
その右手には鎖が巻きつき、れいなを逃さぬよう確りと捕縛している。
その非常識な様相に、れいなは愕然とし呟いた。
「な、何で…鎖、さっき、巻きついてたのに…」
「ミリア、コレ外す簡単ヨ。少し力イレレバ、直ぐ、壊れる」
- 428 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:38
- 言いながら、鎖を手繰り寄せ。つまりれいなを手繰り寄せ。
口元を、僅少ながら得意げに緩めて、ミリアは開脚した。
弾け、飛ぶ鎖。
バラバラになった金属が、床と奏でる不協和音が耳に衝いた。
いよいよ、
その何気なくも慄然とする所業に、れいなはグッと息を呑み
身体を震わせた。
「心配ナイ。ミリア、手加減する」
糸を断つかのごとく、鎖を断裁してみせたミリアという女性。
開放され、臆し退くれいなを見上げ、淡々と言葉を連ねた。
「ミリア、ゴトーにお前、鍛えろとイワレタ。
でも、ミリア、お前コロセとイワレテナイ。
だから、ミリア、本気ダサナイ。ミリアが本気ダスト、お前シヌ」
陽炎の様にふらりと立ち上がって、壁に背を預けた。
先端が不揃いな石灰色の髪の毛が、前後に揺れる。
気だるそうに上がった蒼白な右腕は、瞬き一つの瞬間に背後の壁へ埋没していた。
「コレ、使う」
腕を取り出すときに周囲の壁を巻き込んで。
ミリアの右腕の先、五指に確りと握られた闇色の鞘は、
満遍なく塗られた漆が光っていた。
突き出され、示された名も無い一振りの刀。
困惑を露に、れいなは刀とミリアを交互に見遣るが、突き出された青白い腕は動くことなく。
やがて、れいなは恐る恐ると刀に、下から手を添える。
同時に、ミリアの手から開放され、れいなへ身を預けてくる刀。
刃渡り1メートルも無いというのに、
存在を主張してやまない重量感がれいなへと圧し掛かる。
鯉口を切って、緩慢な動作で刀身を引き抜いた。
「オマエ刀、ミリア素手。コレで、力のツリアイとれる」
銀色に鈍く煌く短い刃。
見惚れたように眺めていれば、
いつの間にかミリアは腕を天上へと伸ばし柔軟体操を実行中。
- 429 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:38
- 「でも…」戸惑いがちに漏らした懐疑の声に、
すかさずミリアは右手の平を翳し、制止を利かせた。
「迷うのヤメル。ハンパナ気持ち、ヨクナイ。ケガするだけ」
坦々と語る中にも、彼女の眉に微小な変化が生じてくる。
ほんの数ミリ、そんな僅少な変化でしかないが、眉の尻が吊りあがった。
吹き抜ける威圧感。
彼女の、ミリアの言葉に嘘はない。迷っていれば、大怪我をする。
彼女は、それだけ強く、恐ろしい。
れいなは、憶測の域を超えないが、
しかし確信できるその事柄を身体全体で感じ取った。
鞘を捨て、グッと口元を引き締める。
目元にも鋭気を宿し、目前に屹立する女性を睨む様に見つめる。
構えは正眼。
微かに揺れ動く切っ先を、蒼白の肌に包まれるミリアの咽喉元の延長線上にあわせた。
- 430 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:39
- 強くなってやる。
呼び覚まされる記憶。
高橋の死、麻琴の悲しみ。松浦の死、藤本の悲しみ。
あの時、自分がもう少し、
今よりもほんの僅かだけ強かったならば、何かが変わったかもしれない。
横たわる精緻な肌、被さり落ちていくは悲哀の涙。
貫かれる小さな身体、天を射抜く心よりの慟哭。
あんな遣る瀬無い思いは、もう二度としたくない。もう嫌だ。
だから、強くなってやる。
見ているだけじゃなく、聞いているだけじゃなく、皆を護れるように。
拳に思いを込め、さらに硬く柄を握った。
何の構えもなく立ち尽くすミリアの背後。先程刀を取り出し、崩れた区画。
からり、と。控えめな音を立て、一欠けらの石が崩れ落ち
「っ!」
柄頭を左脇に引き込んで。
れいなは息を止めて、右足を力強く踏み込んだ。
- 431 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:40
- ――**
金属同士が衝突する高い音の中、
蛙が潰れたときに出す断末魔のような悲鳴が聞こえた気がした。
だが、後藤はそれが空耳ではないことを知っている。
しかし特に気にかける風でもなく、ちらりと僅かに視線を返し、それだけ。
ローファーの踵を響かせつつ、
一心不乱に鋼を打つ女性の包帯まみれの背中を見つめたまま、
見慣れぬ器材を除けて腰を下ろした。
カーンと、一際高く鋼が啼き、
女性は大槌を杖代わりに荒い息を整える。
秀麗な顎のラインからは汗の雫が滴り落ち、
薄い茶色の髪の毛は既に湿ってしまっている。
五体満足でも相当な体力を使う刀の鍛錬。隻眼にして隻腕の市井紗耶香では、常人の数倍もの体力を消費することだろう。
しかし、それでも市井は笑う。
楽しそうに、汗を払って無邪気に笑う。
疲弊することなど、僅かにも気に留めることはない。
彼女の場合、刀を創作すること自体が楽しくて仕方が無いのだ。
「…いちーちゃん…」
だが、今日の紗耶香は違った。常ならば上がる口角も、今は平淡なまま。
大槌を右方へと振り上げ、左方へ振りぬく。
熱による輝きを失った鋼が、燃え盛る炉へと吸い込まれ、姿を消した。
「…あのね――」
「ごとー」
珍しく神妙に沈んだ面持ちを見せた後藤が、
戸惑いがちに何やら言葉を紡ぐ事を遮って、市井は己の声帯を震わせた。
力強く響く彼女の声を耳にいれ、ビクリと後藤は肢体を震わせる。
恐る恐る見上げた先、
屈強な意志と拒絶を込めて、
顔半分で振り向いた市井の左眼が欄と輝いていた。
「謝らなくていい。
お前がいくら謝っても、いちー達はお前を許すことはないぞ」
「……」
赤い褌が翻ると共に、市井は後藤へと向き直った。
厳しく細められていた双眸は、
刹那、優しい光を灯す宝石へと変貌する。
「…でも、それと同時にいちー達はお前を…お前たちを、助けたい」
懇願するかのように投げかけられた言葉に、
後藤はただ俯き、力なく首肯することしか出来ず。
珍しく愁いを帯びた後輩の小さな姿に、市井は憤りをかみ殺して目を伏せた。
- 432 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:41
- 息苦しい、四方を石で固めた鍛冶場の中に、沈黙が漂い始めた
まさに、その時。
鋼を熱していた炉から聞こえた、耳をつく激しい衝突音。
ガンゴンと、
炉の中からあがる猛々しい唸りは、何かを訴えているようにも聞こえてきた。
舌打ち一つ。市井は硬く大槌を握りなおして、振り向きざま、投げつけた。
「っるさい!黙って赤められてろっ!」
轟音を響かせて、炉と大槌が激突し、市井は激昂する。
投げっぱなしの罵声、止まない猛り。
奇妙な争いが目の前で展開している中、
後藤はその光景を見つめ、やや驚いたかのように声を漏らした。
「コレが、純度100%の【魂鋼】…」
呟いた中、懸念が表情へと浮き上がる。
その感情を重厚な扉の向こう、薄暗い空間へと残してきた少女へ向ける。
叫びつかれ、息を荒くしながら市井もその視線を追って、扉へと目をやる。
心なしか、微かに扉が振動したような気がした。
「…止めとくか?」
視線を固定したまま、問う市井。
「今なら、まだ間に合うぞ?」
言い終わって、座す後藤へと視線を降ろす。
憂愁を帯びつつ閉じていく瞼。
薄茶色の長い髪の毛を振りながら、後藤はその誘いを断った。
「…田中じゃなけりゃ、ダメなんだ。
酷だけど、乗り越えてもらうしか、強くなってもらうしかないよ」
沈んだ声調、伏せる双眸。
今までに無いほど小さくなった後輩の背中を見下ろしながら。
市井は、鋭く言い捨てた。
「お前はホントに酷いヤツだよ、ごとー」
- 433 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:42
- ―――**
中庭の片隅に設置された白いベンチ。
そこに二人並んで青く澄んだ空を見上げ、落ちゆく紅葉を視界に納めて缶ジュースの淵に口をつけた。
「…明日だねぇ」
流れ落ちてくるお茶に、咽喉を動かしていると、
右手に座っていた新垣里沙が何気なく切り出した。
口腔に含んだ液体を全て胃の腑へ送り込み、小川麻琴は「そうだね」と沈着した声を返した。
里沙が配属されてから間もなく一週間。
この時の流れは、共に昇格審査の始まりを意味していた。
昇格審査は文字通り、『PEACE』隊員の位を上げる為実施される審査の事。
『PEACE』では一年に4回、各隊一回ずつ、それぞれ春夏秋冬。季節の訪れと共に開催されている。
秋期はまさに執行部隊の昇格審査の季節なのである。
「まこっちゃんは…3級志望だったっけ?」
「うん。今5級だけど、これまで色んなことあって、もっと強くならなくちゃって思ってさ」
「ふー…ん。そっか」
流動する幾らかの白雲を見上げながら、里沙が味気なくそう呟く。
そこで会話が途切れ、麻琴は再びお茶を流し込んだ。
被さるのんびりとした沈黙の中、ふと目線をずらしてみたところ
見慣れた背中が見て取れた。
お茶350ml入りの間を斜めに傾けながら、何気なくその背中を観察する。
ふと、先刻まで綺麗に伸ばされていた背中が、丸められた。
その行為に麻琴は、刹那だけ首を傾げああそうか、と。
見慣れた背中が丸まった区画。その場所が何であるかを思い出し、麻琴はベンチから腰を上げた。
ゆっくりと、麻琴はその背中に向かって歩み寄っていく。
「こんにちはぁ、藤本さん」
前触れ無く投げ掛けられた声にも、決して驚くことなく。
合掌をとき、背筋を伸ばして、藤本美貴は悠然と身体の向きを反転させた。
小さな縁取りのサングラスに覆われた双眸が、奥のほうで柔らかく弧を描いた。
「おーっす、まこっちゃん」
「お墓参りいつもご苦労様です」
「あはは。好きでやってるからね。別にご苦労ってワケでも――」
- 434 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:43
- のんびりと談笑を交わしていた、その只中。
柔和に微笑んでいた藤本の表情が突如として強張り、若干の嫌悪感が垣間見えた。
漆黒の帳の奥で光る紅い眼は、いつになく厳しい視線を送っている。
久しく目にする藤本の豹変に麻琴は僅かに怯えつつも、鋭気を灯す視線を追いかけた。
「こんにちは、もっさん」
「………こんちは」
そこには泰然とした笑みを湛え、里沙が立っていた。
意志の疎通、簡単な言葉の受け渡しにも微妙な間が空き。
笑顔の里沙に、顰め面の藤本。間に挟まれた麻琴にとっては、この上なく居心地が悪い。
しかし、元来へたれと謳われているだけあり、彼女にはどうすることも出来ず。
ただただ狼狽し、怯えたように二人の顔を交互に見比べるだけでいた。
「…ミキ、ちょっと用があるから」
険しい顔つきが、ふいっと明後日の方角へと向かう。
一方的に、里沙に何か言う暇も与えず
藤本は吐き捨てるようにぼそりと呟くと、地を蹴って走り去ってしまった。
「どうやら、あたしは嫌われてるみたいだね」
即座に視野から失せる背中を見送りつつ、里沙が嘆息と共にそう漏らす。
同じく藤本が去っていった方向に目をやっていた麻琴は、
安易な否定も、無責任な肯定も出来ず、
視線を一度地面に落とし、里沙の横顔へと向かわせた。
悲しげに下げられた、自慢の眉毛。
緩やかに持ち上がる口角には、感傷が浮かんでおり。
だからこそ、里沙の薄く開いた双眸に浮かぶ色を目の当たりにし、
得体の知れない寒気に擁された錯覚を覚えた。
いまだこちらに届かない視線。藤本の去ったほうをじっと見つめる、黒い瞳。
悲しみに染まる表情とは全く相反し、何処か愉しげな色合いを見せて――
- 435 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:44
- 「ん?どうしたの、まこっちゃん?」
「ぅえ!あ、あぁ…いや、あのぉー…」
―――そんな気がした。
が、不意討ちのように向けられたいつもの笑顔により、
その思考もぷっつり停止。
狼狽し、へたれの代名詞は視線を泳がせた。
「変なまこっちゃん」仄かに笑んでそう言い置き、里沙は麻琴の傍らを流れていく。
だははとだらしなく笑い、麻琴は後頭部を短く掻いた。
「これって…お墓?」
「…うん」
問われてから
浮かんでくる哀愁を、穏やかな秋風に乗せて。
麻琴は里沙が見つめる先。
地中浅くに埋もれる寂れた二枚の板の切れ端を視界に納めた。
「松浦亜弥さんって言って、ちょっと変わった人だった」
僅かに右方へとずれる里沙の頭。
背後よりそれを確認して、麻琴は「でも…」続けた。
「…すっごく、一生懸命な人だった」
漠然とした連ね方だが、里沙は決して言及しようとはしない。
「そっか」それだけ呟き合掌を向け、背中を丸めていた。
細い線で描かれた里沙の背中。
ふと、そこで。
どうしてだろう、麻琴は首を傾げる。
小さな背中からは、まるで何も感じられなかった。
空。里沙の背中は何の気持ちもこもっていない、まさに空虚。
そんな感じがして、ならかった。
「…ね、まこっちゃん。こっちは誰のお墓?」
暫し思案を展開していたところに、届いた里沙の声。
ハッと我に帰ってみると、里沙が松浦の墓の隣、
やはり板切れの簡素な墓の前に、しゃがみ込んでいた。
- 436 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:44
- 「あ…」
僅かに沈む、麻琴の声調。
里沙がそれを察して心配そうに覗き込んできたが、麻琴は弱々しく首を横に振った。
「…それは…あたしの、大切な人のお墓だよ…」
哀感を乗せ、麻琴は微笑んだ。
しかし、その声色に乗る感情は悲しみだけではない。
悲しくも、強く勇ましく
愛ちゃん、あたしはキミの分も生きているよ。
そう語りかけているように、優しかった。
「…大切な、人…」
「うん…」
様々な意味を含めた麻琴の一言を反芻し、里沙は高橋愛の墓に向き直る。
こちらも同様に、合掌し参拝を捧げる。
麻琴も連なるように、背中を丸めた。
暫く参ってから、里沙が立ち上がる。
軽快に振り返り、麻琴の頭を左手でポンと叩くと戻ろうかと促した。
麻琴は素直に里沙に従い、踵を返す。
館内へと戻る道すがら、
やたらと陽気に話しかけてくる里沙に
麻琴は怪訝な顔一つすることも無く、明朗に応対していた。
僅少でも振り返れば確認できた
点々と自分達の後をつけてくる、赤い斑点の存在も知らず。
- 437 名前:INSANITY 投稿日:2005/01/27(木) 00:47
- 一寸、語句説明
「赤める」…作刀工程において、鋼を炉で熱する作業の事だそうです。
- 438 名前:名も無き読者 投稿日:2005/01/31(月) 16:25
- って更新キテタ━━━(゜∀゜)━━━!!!
言って下さいよもぅ。。。orz
とにかく更新お疲れ様です。
気になる部分にワクワクしてくる部分に切ない部分に、
あとちょっぴり笑いがあって流石です♪
某猫目の女性とカルマさんの絡みもイイでつね。b
闇聖さんも相変わらずにですが、またちょっと素敵な・・・w
でわでわ続きもますます楽しみにしております。
- 439 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/15(火) 00:11
- 一気に読まさせて頂きました、かなりグロテスクがありますが、切ないところもあったりと、なんだかポロリと涙が・・・。 今後お付き合いさせて頂きます。 更新まったりと待ってます。
- 440 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/02/24(木) 19:31
- いつまでも待ってますよー。
- 441 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/03/18(金) 01:50
- まだまだ待ってます。
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/30(水) 00:56
- グロやら狂気やら、怖いな〜と思いつつ物語に引き込まれ
最初からここまで一気に読ませて頂きました。
続きを楽しみに待ってます。
- 443 名前:マカロニ 投稿日:2005/05/03(火) 22:29
- 初めまして(^O^)一気に読みました!
自分はエグいのは苦手なのに何故か読んでく内に徐徐に慣れましたwなんか怖いとかってのもあるけど、すごい狂気の中にも絆とかいろんなものを感じました!次の更進を楽しみにしてます♪(^O^)
INSANITYって狂気とかって意味だったんですねー。TVでたまたま意味を知りましたw
- 444 名前:無壊改め我道無壊 投稿日:2005/05/21(土) 12:28
- 長らくの放置、まことに申し訳ありません。
こんな駄作に付き合ってくださる皆様のレスに励まされながら、
どうにか書く気力を取り戻せました。
これからは定期的、とは断言できないのが情けないのですが
放棄をしない事を念頭に置き、更新していきたいと思います。
それこそ、少量更新、不定期更新になると思いますが
どうか皆様、これからもよろしくお願いします。
尚、今回個別へのレス返しは、
調子に乗ってしまいそうなので、自粛させていただきます。
本当に申し訳ありません。
レスをくださった皆様、ありがとうございました。
では、更新に参ります。
放置しておいて少量であることを、お許しください。
- 445 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:29
-
- 446 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:30
- 聞こえる………誰の声?
……誰?分からない……
呼んでいるの?
わたしを呼んでいるの?
でも、わたしの名前は、そうじゃないよ……
わたしの名前は………あれ?
わたしの名前………そんなの、あったのかな……?
それ、なの?わたしの名前は、それなの?
あなたは、知っているの?
ワタシハ、ナニモノナノ―――――?
――――……………
――………
それが知りたくば、私の下へと赴くのです。
私はあなたを知っている。
だから、私は貴女を―――貴女に、教えることができる。
さぁ、目覚めなさい。
そして、その美しい瞳を虚無で満たし、私の下へ来るがいいでしょう。
違いますか?エリザベス………―――――
- 447 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:31
- ――――*****
立ち止まって、体をぐるりと一回転。
うっすらと汗ばんだ額を拭いながら、小川麻琴はうんざりしたような声を漏らした。
鬱蒼と生い茂る雑木に四方を囲まれては、それも仕方が無い事と納得できる。
「すっごいなぁ……趣味の領域、明らかに超えてるよね」
呟いて出る言葉も、称讃より確実に呆れの意味合いが強い。
その対象である、技術開発部隊総責任者闇聖カルマが聞けば、無表情に拷問されること間違いなしだろう。
そう考えると思わず寒気が走る。
ぶるりと体を一つ震わせ冷気を払い、麻琴は再び走り出した。
【カルマの庭で鬼ごっこ】
本日朝方、ホールにて。
起き抜けで覚醒しきっていない頭が一気に醒めた。
それほどまでに、その文字の羅列は衝撃的且つ戦列的であった。
『えー、今日これから30分後に地下の、カルマの庭入り口に集合。
制限時間は今日の夕暮れまで。鬼はごとーがやります』
同じく起き抜けなのだろう、いつも以上にぼんやりと薄目を開けて後藤真希が辞令的にルールを読み上げていく。
しかし、集まった者たちはそれどころではなかった。
『あー、質問は……ないね。
鬼ごっこって名目うってるけど、これ一応審査だから。
手ぇ抜いたら降格もありえるよー。気をつけてねー』
告げ終わり、へらへらと笑いながら壇上から身を引く後藤に、容赦のない罵声が浴びせられた。が、後藤はそれを黙殺し、平然とブーイングの嵐の中を歩み去っていった。
相変わらず、うちの総隊長はとことんマイペースだ。
麻琴はつくづく実感させられた。
- 448 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:31
- 「恐いなー……」
呟いたその対象は後藤ではなく、このある種ジャングルを越えていそうな空間へ、だ。
審査内容が鬼ごっこ、この程度では驚くに値しない。
以前にも【かくれんぼ】やら【だるまさんが転んだ】を審査に実施したような経歴が、後藤にはあるからだ。
だが今回は、実地状況が異なる。それにこそ、皆が感じる恐怖と戦慄があった。
PEACE東館の地下にいつの間にか形を成していた、広大な森林。
誤って進入してしまい、命からがら逃げ出して来たある者はこう言った。
あの森は魔物だ、と。
その噂は瞬く間に広まり、その森は製作者であるカルマ以外誰も立ち寄らなくなったという。故に、皆は畏怖をありありと込めてこう呼んでいる。
【カルマの庭】と。
――――…ぅわあああああ!!
「―――!!な、ななななな何ぃ?!」
立ちはだかる背の高い雑草を、右手首から生えるナイフで刈りながら歩を進めていた麻琴が畏縮し、停止した。
そう遠くでもない場所から聞こえた、若い女性の絶叫。
その後で、木々の擦れる音、軽い爆発音。
心臓が主の命令を無視して、走り出す。
およそ5秒間、中腰の姿勢で停止していた麻琴が、ハッと我に帰った。
そして、すぐさま同じ言葉を心の中で繰り返す。
アレは後藤さんに見つかったんだ…!
アレは後藤さんに見つかったんだ……!!
アレは後藤さんに見つかったんだ………!!!
仕上げに頬を、挟むように両側から打ち付けた。
機械の右腕が頬骨に当たり、麻琴はその後数秒間悶絶した。
- 449 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:32
- ―――***
叢から飛び出してきた、体長3メートルはあろうかという巨大な蛇。
驚き眼で嘆息を一つ。
そして、藤本美貴は右腕の先、鋭く尖った五本の爪を、鋭角を描くように縦に振るった。
ボトボトと、肉が打ちつけられる音。
細切れになった蛇に一瞥をくれ、シャツで爪を拭った。
無地の半袖ティーシャツに朱色が染み込む。
不機嫌そうに眉を歪めて、次の瞬間、不意に流れ来た気配を尻目に跳躍。
決して近くはない2本の木々を交互に蹴って、片方の木、その太い枝を掴んだ。
腕一本で華奢な体を枝の上へと持ち上げ、息と気配を殺す。
被さる青葉に身を隠し、藤本は下方で歩み行く人影を見守った。
「……誰?」
無雑作に跳ねる茶髪、眼鏡の奥の双眸は眠そうに細められ、何かを探し動いている。
小柄な体を隠すもの、それは薄汚れた丈の長い白衣。
闇聖カルマ。この庭の持ち主である、変態。
藤本は名前だけしか知らない。
「――…!あ、ああ!」
カルマが掠れた悲鳴をあげる。
降ろされた視線の先には細かい肉塊に成り果てた大蛇の姿。
わなわなと珍しく動揺しつつ肉片を一つ拾い上げると、眼鏡の奥の細い眼が悲しみの光を映し出した。
背中しか見えない藤本は、怪訝そうな眼差しでカルマの様相を見おろしている。
- 450 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:33
- 「ああ……スルト、このような無惨な姿になってしまって…可哀想に。
……ここまで大きくなることにどれ程の時間を要したことか……」
嘆いて悲しみ一蹴。
直後に湧き上がってきた感情は、燃え上がる憤慨。
「この傷口…おのれっ、藤本美貴!
私の家畜兼非常食を細切れにしておいて……!!
この庭から生きて出られると、僅少にも思うなよ…」
白衣を翻し、茂る叢へとカルマは走り去った。
凄まじい怒気の余韻を感じながら藤本、枝から飛び降り、唾を飲み込んだ。
「…闇聖、カルマだ」
それはもはや確信。
呟いた瞬間、なんともいえぬ怖気が背筋を這い上がる。
その場所に長く居すわりたくなく、藤本はカルマの向かった方角とは真逆へと爪先を向けた。
さくさくさく――――
断続的に上がる、草を踏みしめる音。
一定の速度を保ち走りながら、藤本はふと浮かんだ疑問に首を傾げた。
「…?どうして、あの人がここに…?」
独り言。周りに誰も居ないのだから、答えなど返ってこない。
藤本も当然それを理解しており、
だからこそ、右隣から上がった声に心臓が跳ね上がった。
「それはね、私が鬼役だからですよ」
「―――っ!―――――!!??」
そして、人物像を確認し、声なき声を上げる。
そのコンマ一秒にも満たない後、藤本は脚力を爆発させた。
一点の迷いも無い、渾身をつぎ込んだ逃走。
叢を一足で飛び越え、行く手を遮る木々を滑らかに回避し、速度は落とさない。
スピードには自信がある。
明らかにインテリ風のあの狂科学者を撒くぐらい、造作も無いことだろう。
焦りながらも、そう藤本は余裕を持っていた。
だから―――
だからこそ、全く感覚の開かない背後から上がる声調を耳に入れ、藤本は慄然と震えた。
「待て藤本美貴!
貴様許さん!私の大切な家畜兼非常食を許可無く細切れにしてくれやがって!!
捕まえるだけなど、それだけでは甘っちょろい!
四肢を引き千切り、引きずり出した貴様の小腸で玉結びをしてくれる!!」
「ちょ、ちょっと待って…っ!これ、審査…」
「問答無用!」
「ぎゃあ!」
- 451 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:34
- 邪悪に響く声色に重なって、カルマは近場の大木を一蹴。
軋み、緩慢に藤本へと倒れこんできた大木が、ある点で限界を向かえ一気に降り注ぐ。
間一髪、瞬間的に加速して回避したが、災難はそこで終わらない。
「くたばれっ!」
倒れ伏した大木の向こうから、怒り狂う狂科学者が踊りでる。
その両手に、藤本の身の丈もありそうなほど巨大なハンマーを握り締め、振りかざしながら。
「ひぃ!?」
藤本は咄嗟に背後に飛び退いた。
凄まじい質量が降り注ぎ、ほんの一瞬前まで藤本が存在した地点に直径1mはありそうな円形が刻まれる。
何故その細腕で―――喉まででかかったツッコミも飲み込んで。
藤本は踵を返し、逃亡を再開した。
「待て、この畜生がぁ!」
発砲された怒号。
反論する暇すらない。やはり誰でも命は惜しい。
後ろで汚い罵声と、風切る音が聞こえても振り返らない。
とにかく逃げる。
肢体を包むいまだ嘗て感じたことない恐怖感。
それを振り払いたいがために、藤本はひた走る。
サングラスで隠された双眸は、じんわりと濡れていた。
- 452 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:35
- ―――◇◇
全天に広がる青の下で、藤本美貴は叢へと身を隠す。
荒れる息を気合で鎮めて、瞑目し神経を研ぎ澄ます。そこにかかる気配は、無い。
「良かった……」
呟いた瞬間張り詰めていた気が抜け落ち、肢体も同時に仰向けに倒れこむ。
命辛々逃げていただけあって、安堵感も一際大きい。
藤本は僅かな稜線を大きく上下させながら、木々の隙間、そこから見える青空を仰いだ。
闇聖カルマは執拗で、ある意味、あの紅髪の大女と同等の化け物だった。
藤本がだんだんと息を切らし始めているというのに、
カルマは絶え間なく怒声を浴びせ、且つ巨大なハンマーを振り回しながら
全く呼吸を乱さなかった。
それほどまでに家畜兼非常食を細切れにされた事を怨んでいたようだが、
例えそれを加算したとしても、30分間休みなしの全速力鬼ごっこを成し遂げた体力は怪物クラスといっても過言ではない。
途中、一人の女性隊員が掌ほどもありそうな蜘蛛を殺している場面に遭遇していなければ、今藤本の命は無かったかもしれない。
カルマの標的が自分から女性隊員に向かい、
直後に大気を震わせた絶叫を聞き藤本は十分実感していた。
ありがとう、名も知らない女性隊員。
そして……さようなら。もし生きていたら、今度焼肉でも奢るよ。
粘つく口内で声に出さず呟き、藤本は体を起こす。
そして再び空を見上げ、戦慄を乗せたため息を零した。
「……こんなモノ趣味で作っちゃうような人が、普通なわけないか…」
流れない雲、変わらない空の景色。
人工の碧落。
それだけの費用がかかっているかと問うても、
実感の薄い額が返ってくることは容易に予想できる代物だった。
- 453 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:36
- 「―――ん?」
ガサリと、何処かで木の葉が揺れた。
必要最小限なだけ叢を掻いて覗いてみると、見覚えのある眉毛を携えた少女。
キョロキョロと周りを見渡しながら、新垣里沙はサクサクと雑草を踏み鳴らしていた。
サングラスの奥で目を細め、息を殺しながら里沙の動向を観察する藤本は、漂う異質感を感じ取る。里沙から流れてくる不穏な空気。
こんな仕事に就いていれば、確実に覚えがある。
今までに幾度も感じたことがあるはずのそれは、しかし今までで一番鋭く研ぎ澄まされていた。
「……向こうかな?」
不穏な空気―――冷酷な殺気を垂れ流しながら、里沙は呟いた。
黒光りする長い髪の毛が翻り、次いで里沙の背中が見えた。
刹那、消失する小柄な身体。それを確認し、藤本は目を見開く。
慌てて叢から駆け出し、あたりをゆっくりと一瞥、そして嗅覚を働かせる。
顔の向きが一点で止まる。
北西の方角、木々が立ち並ぶ森の奥、藤本美貴の嫌いな臭いが高速で移動していた。
「―――っ!」
その先から感じた、同友の匂い。
焦心に駆られ奥歯を噛み締める藤本は、早速嫌いな臭いを追い駆け出した。
嫌いな臭いは、生臭く、鉄の香りに良く似ていた。
- 454 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:37
- ―――◇◇
常ならば、昇級審査は館外で施行される旨となっているはずである。
前回も、前々回も、そのまた前も。
内容は似たり寄ったりだったが、対象区域はトウキョウ全域、
時には全国規模にまで拡大し、数日をかけて行なわれた審査もあった。
しかし、今回。施行場所、当館地下。
幾ら広大に展開する【カルマの庭】といえど、区域は格段に狭小化されたといえる。
そこまで思考し、飯田は引き出しから一枚の写真を取り出した。
規定の青い制服をびしりと着こなし、飯田を真摯な眼差しで見つめてくる一人の少女。
特徴的な眉と小さな顔は、最近入隊したばかりのニューフェイス。
しかし、明らかにその物腰は新人とはかけ離れていた。
「………ごっちんは、何を考えているんだろう?」
誰にともなく呟いてから、両腕は力を失い脇へダラリと垂れ下がる。
指先に挟んでいた写真が、静かに舞い落ちていく。
しかし、椅子にもたれた飯田は、特に気に留めた様子はない。
大きな黒瞳を細めて、窓の外、こちらは一分一秒ごとに変わりいく雲海をぼんやりと見つめていた。
と、
―――背後からささやかな音が生まれた。
「ん?え―――?」
静かな医務室。聞き逃す動因が、ここにはなく。
飯田は椅子を回転させて、振り返った。
ベッドがある、医療器具がある。だけど、肝心の
―――患者がそこには、いない。
唖然と口がぽっかり開いて、瞬き一つ、その後に愕然とし飯田は立ち上がった。
そして額を冷や汗で濡らし、廊下へと繋がる扉を勢いよく開け放つと
白衣をなびかせて、医務室から走り去った。
信じ難いことが、唐突にやってきた。
だからこの時、飯田は激しく動転していた。
常の平常心を欠いた飯田は、当然の如くソレを見逃していた。
―――扉は、閉まっていた、この要素を。
- 455 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:38
- ◇
ジャキジャキジャキ…――――
はらりと流れ堕ちる、綺麗な黒髪。
鋏を使い、乱雑に切り落とす。
誰かに言われた。
その黒髪綺麗だねと。
その時、その子は笑った。
彼女の前で、はにかむように笑った。
その顔は―――
どうしてか、ぼんやり霞がかかっている。
ジャキ…―
誰だろう…彼女は考え
仄かに、胸の奥がモヤモヤとした。
だから切っているのかと問われれば、
―――分からない。
現に、胸中のモヤモヤは消えることなく、
未だ蟠っている。
なんだろう、この気持ちは―――?
考え彼女は、しきりに動かしていた指先を止める。
しかし、その直後
――――貴女には、関係のないことです
頭の中に響いた声に一度震え、鋏の動きを再開させた。
ジャキジャキジャキ…―――
床を汚していく黒髪は、しかし、何よりも美麗だった。
- 456 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:39
- ◇
情報部隊御用達のモニタリングルーム。
前方にそびえる巨大なモニターの下、キーボードを叩く数人の隊員、
その内の一人の背後に立ち、
後藤真希は画面に映し出される映像を見つめていた。
右手には、着衣するラフな格好にはまるで吊りあわない一本の刀。
黒漆が塗り込められた鞘からは、ある種の威厳さえも感じられた。
「カルマさん、張り切ってるねぇ」
「…というより、アレはキレてるのよ」
間延びした後藤の言葉に、返事が飛来した。
キーボードを叩いていた前方の隊員が、一際強く一つのキーを押した。
小気味のいい音が室内に響いて、隊員―――保田圭は椅子の背凭れにもたれた。
心底呆れたような物言いに、後藤は思わず苦笑する。
「ホントに。アイツはどうしてああいうゲテモノを好むのかしらね…」
「あれも一つの愛の形、とか」
「…なに言ってんのよ、ごっちん」
言葉をまじわす両者はしかし、互いに向き合っていない。
二対の視線は画面内、白衣の裾を盛大になびかせて、
巨大なハンマーを狂ったように振り回す、絵にすら描かないような狂科学者に注がれていた。
「ああ、可哀想に。あの子、死ぬわよ」
「や、それは困るよ」
いつもは無表情を崩さない狂科学者――闇聖カルマ。
しかし現在その面貌は、激しい憤激に彩られ、真っ赤に染まっていた。
原因はカルマの敵意と殺意が向かう先、時折涙目で背後を振り返りつつ、
必死の思いで逃げ惑う一人の女性隊員がもたらしたものだろう。
何をしたのだろう、考え後藤は、
あまりにも多くの推察に行き当たり疲れたように軽く笑った。
そこで画面は切り替わる。
一方的な鬼ごっこだ。
結果は既に推測できていたので、後藤は特に何も言及はしなかった。
- 457 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:40
- 「あいつに鬼を任せたのが最後、多分、3時間もったら良いほうね」
「そーだね。何たって、カルマさんの”庭”だもんね」
当初の予定通り、鬼は後藤が執り行うこととなっていた。
だが、いざ審査開始となるまさに直前、カルマが憤りの下訴えた。
私の庭を荒らすことは、例え後藤だろうと容赦はしない、と。
それから、どう言い包めようとカルマは聞き入れず、
困却した後藤は結局、カルマに鬼を任せると提案した。
これには特に異論もなく、カルマは、それは面白そうだと呟き、快諾する。
危険な妥協案だった、今まさに後藤は実感せざるを得ない。
「ん?藤本ったら、あんなに急いでどこ向かってんのかしら?」
「んあ?」
保田の不思議そうな声に、後藤は思考を切り離し、画面に目を這わす。
広大に広がる森が画面いっぱいに映っており、
その中央あたりを赤い点滅が一定の速度を保ち移動している。
「全力に近い走りしてるわね」
どうやらその赤い点が藤本らしい。
保田がパチッと一つのキーを叩くと、画面が切り替わり、
疾駆する藤本の姿が映し出された。
後藤はすぐに感付いた。
藤本の隠された真紅の瞳、その見つめる先に何かがある、と。
故に、言付ける。
画面を注視したまま、厳格な声調で。
「圭ちゃん。画面、もうちょっと右にずらせないかな?」
- 458 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:40
- その声色に冗談では決してない響きを敏感に察知した保田は、
僅かな間振り返って後藤を見、
しかし何も言わず、キーボードを操作した。
すると、ゆっくり画面が右方へと流れていく。
藤本の姿が完全に画面から除かれ、代わりに一人の少女が現れた。
こちらもまた、木々を掻い潜り疾走している。
あの藤本美貴と対等、もしくはそれ以上の速度を持って。
「―――動き出したね」
ポツリと落ちた、呟き一つ。
平淡になっていた眉の根を微かに寄せて、
後藤は鍔近くを握る拳に力を入れ、踵を返した。
優雅に歩みを進めていく途中、背後より保田は質した。
「知ってたのね、こうなる事」
「―――ごとーの勘って、結構当るんだよね」
振り返らず飄々と言い放つ後藤のもとに、呆れ混じりの鼻音が届いた。
それに僅かな失笑を零しつつ、扉に手を掛け―――しかし、すぐに離し身体を後退させる。
すると間髪入れずに扉が外側から押し開かれ、見知った顔が現れた。
「ど、どうしたの、カオリ?」
飯田圭織は珍しく慌てているようだった。
両膝に手を乗せ大きく肩を上下する彼女を不思議に思い、後藤は手を伸ばす。
と、その手が両側から飯田の手に挟まれる。
反射的にビクリと身体を震わす後藤、
その視界に、飯田のうっすらと汗が滲む面が映し出された。
かくして、飯田は掠れがちの声で、それでも必死に叫んだ。
「か、亀井が、消え、た…っ」
その言葉の意味が指し示す所に、後藤は戸惑いを隠しきれなかった。
- 459 名前:INSANITY 投稿日:2005/05/21(土) 12:41
-
- 460 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/05/25(水) 20:34
- 更新お疲れさまです。 4ヵ月間待ち侘びてました。 ついに行動展開が始まりますか。 しかも亀ちゃんは一体・・・? 次回更新待ってます。
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/30(月) 04:10
- 待ってたよ
相変わらず派手で楽しい
- 462 名前:名も無き読者 投稿日:2005/06/04(土) 13:17
- 更新お疲れ様&復活オメです。
よっ、待ってました!w
濃い描写、動き出す展開にぞくぞくしてます。
オリキャラも絶好調で、またパk(銃声
作者さんのペースで頑張って下さいね、続きも楽しみにしていますっ。
- 463 名前:石川県民 投稿日:2005/06/16(木) 05:42
- 更新お疲れ様でございます。藤本さんがいい味出してて好きDEATH♪
カルマさんへ。細切りにされた家畜兼非常食、せっかくですから燻製にでもしたらどうでさうか?(w
生とは違った味があるかと(w
次回も楽しみにさせていただきます。
- 464 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 18:59
- ―――◇◇
縮めようと思っているのに、ほぼ全力に近い走行をしているのに。
新垣里沙と藤本美貴。二人の距離間およそ10メートル強。
双方の距離が減っていく様子は全くない。
だから藤本は焦り、奥歯を噛み締めた。
「くっそ…っ」
憎らしげに、己の脚を一瞬だけ見おろす。
残像すら残す脚の動きは、決して緩慢とはいえない。
素早く流れていく木々がその証拠。
グッと身体を沈めて藤本、更なる加速を己に強いようとさせたとき
―――審査開始直前、後藤に渡されたバッジ。
胸元に飾られた小さなハート型から、慌てたような声が聞こえてきた。
『、、、キティ…ミキティ!』
「ご、ごっちん?」
出端を挫かれ、カクンと姿勢が崩れる。
しかしいつになく喚声に近しい声を上げる友人に、
藤本はすぐさま体勢を整え慎重に問い返した。
「どうしたの?」
そこで一つ、深呼吸の間が空いて。
神妙な声色で、後藤真希は答えた。
『亀井が、いなくなった』
- 465 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:00
- ―――***
出会い頭に、鼻面をぶつけた。
鈍い痛みが顔の中心からじわりと広がって、
麻琴はそこを手で押さえながらよろよろと、僅かに後退する。
「つぅ…」と痛切な声を漏らせば、戸惑いを浮かべた声が麻琴を慮る。
「だ、大丈夫?まこっちゃん」
「ふが…?…里沙ちゃん。どうにかこうにかっす」
涙が滲む眼を片方だけ薄く開いて、麻琴は声の主を確認する。
声を聞いて浮かんだ顔と勿論一致する。
新垣里沙は、心配げに麻琴の顔を覗き込んでいた。
「ごめんね。いきなり出てっちゃったから…」
「や、あたしがボーっと歩いてたのが悪いよ。あたしの方こそごめんねぇ」
里沙に手を引かれ麻琴は起き上がると、
うっすらと紅い鼻面を押さえながらニヘラと笑む。
だらしない様で寛容なその笑顔に、里沙は微笑みを返した。
「後藤さん見かけた?」
同じテンポで繁茂する雑草を踏み鳴らしながら、麻琴と里沙は共に歩む。
視線をゆらゆらと泳がせながら、それでも堂々と歩を進める里沙は聞く。
対する麻琴は微かに緊張した空気を醸し出しながら「いや」答えた。
「それがまだ、一度も。会うどころか見てもいないんだよね」
「まあ、もし見かけたとしたら、わたしたちもう失格になってるだろうしね」
「そうだねー」
あたりに何の気配も無いことを察し、麻琴はカラカラと笑って言う。
その後も二人は、談笑を交えつつ、森林の中を進んでいく。
無論、何処かなどという目的があるわけでなく。
ただぶらぶらと気ままに歩みを進めるそれは、散歩という行為に一番近いかもしれない。
里沙はその事に気付き、
「何か、緊張感ないね」
麻琴に投げ掛け、苦笑した。
対し麻琴は、そこで初めて身体から緊張が抜けていることに気付いた。
「…審査中だったね」
「忘れてたの?」
- 466 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:01
- 呟き、照れたように髪の毛を撫でながら麻琴は苦笑を浮かべた。
里沙はその言葉に驚き、一瞬の後、朗らかな笑みをその小顔に飾った。
サクサクサク。
青草を踏みしめると、小気味いい音がする。
静けさがお互いの間に漂い、しかしそれは居心地の悪いものではなく。
一応審査中だったことを思い出した麻琴は、里沙の一歩先を行き、周囲に注意を払う。
と、不意に、心地のいい静けさは破られた。
「ね、まこっちゃん」
背後から里沙が呼ぶ。
麻琴は脚を止めずに、「なに?」問い返した。
「まこっちゃんはさ、好きなヒトが突然いなくなったらどう思う?」
「んへぇ?」
場に似合わない、突然のプライベートな質問。
当然のことながら予測を全く立てていなかった問に、麻琴は奇声を発して振り返った。
そして、自分を見つめる里沙の瞳を確認し、脚を止める。
真摯な光を帯びた、一対の黒瞳が、麻琴をジッと見据えていた。
その迫力に、麻琴は言葉に詰まる。
最適な解を探し口ごもる。
視線は里沙を見つめ返さず、宙をさ迷っていた。
「え、と…その、あの…」
「一般論はいいよ。まこっちゃんがどう思うか教えて」
やはり真剣そのものの声色で、里沙は麻琴に先を促した。
尻込みしながらも麻琴、キュッと眉を引き締め、里沙を真っ向から見つめ返した。
- 467 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:02
- 「あの、月並みだけど、あたしはやっぱり悲しいよ。多分、泣くと思う」
それに頷いて里沙、じゃあと付け加える。
「それが―――恋人がいなくなったのが、他人による、行為のせいだったら?」
「……え?」
一段低くなった、里沙の声。
感じたことのない友人の迫力に、麻琴が僅かに臆しながらも、聞き返す。
しかし、里沙はそれに答えることなく。
両脇に下げた己の腕、その先に拳を固め、冷笑を浮かべながら
静かに語り始めた。
「わたしは、許せない。
自分が一番愛したヒトを、勝手にどこかに追いやるなんて、そんなこと。
わたしは、絶対にソイツを許せない。
多分―――ううん。絶対、ソイツのこと、殺しちゃう」
一歩を踏み出す里沙。
気おされるように、麻琴はジリッと後退した。
「ねぇ、まこっちゃん」
里沙が麻琴を呼ぶ。
どこまでも優しく、どこまでも怨めしげに。
ゴクリと麻琴は唾を飲み込み、意図的に鈍足で近づいてくる里沙から逃げるように後退していく。
刹那
「保存室で寝てる愛ちゃんは、今どんな気分だろうね」
「―――!!」
懐に忍ぶ右手。
酷薄な笑みを刻んだ里沙が、その体勢のまま大きく一歩を踏み込んだ。
目と鼻の先にまで縮んだ、両者の距離。
里沙は一気に右手を引き抜くと、逆袈裟の要領で振り上げた。
- 468 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:03
- 咄嗟に身を反らした麻琴の目線の先を、銀の軌跡が通過する。
遅れて身を引いた前髪が数本、ぱらりと舞い落ちた。
グッと息を飲み込んで、即座に麻琴は里沙から距離を取った。
焦心に駆られるその視線の先には
憎悪のみが浮かぶ剣幕を貼り付けて、銀色に輝くナイフを右手に
新垣里沙がゆらゆらと揺れながら、麻琴を睨みつけていた。
「り、さちゃ…愛ちゃん、って…」
「―――軽々しくわたしたちの名前を呼ばないで」
突き放す口調で、里沙は言い放つ。
突然の里沙の変貌に、麻琴が怯え、戸惑う。
見下すように冷めた目で麻琴を睨みつける里沙は、左手を懐に差し込み、
今度は緩慢な動作で引き抜いた。凶暴に煌く銀の刃が、対を成す。
その一方、右手に持つナイフの切っ先を麻琴に向けた。
「ずっと我慢してた。愛ちゃんを殺したキミを殺したくても、ずっと」
押し殺した声色。里沙は更に言葉を連ねる。
「でも、もうムリ。もう抑えられない。
―――良かったよ、こんなばかげた場所で、下らないイベントがあって。
思う存分、小川麻琴、キミを殺せる」
目の前で起こっている事態であるにも拘らず、麻琴はどうにもこれを飲み込めない。
轟と唸りを上げそうなほどの殺気を放ち、
近づいてくる里沙を目前に置いても、麻琴は引きつった笑いを漏らし
追いすがった。
「え、あの、里沙ちゃん?何、冗談だよね?あ、何、え…?どうなってる、の?」
言葉尻に進んでいくにつれ、自分でも何を言いたいのか言っているのか。
頭を抱えて、何度も「あれ?」と呟く麻琴を見、里沙は脚を止めた。
と、不意に口角がつりあがり、だが双眸は殺意を灯し。
禍々しい笑みを浮かべ、里沙はくつくつと喉をならした。
「バカだよね、ほんとバカ。そんなバカだから――――」
残像を残し、失せる里沙の姿。
ハッと気付いて、こうべを巡らそうとした、まさにその時。
耳のすぐ後ろから、囁く暗澹とした声が聞こえてきた。
- 469 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:04
- 「そんなんだから、キミは”わたし”の愛ちゃんのことを、
一番大切なヒトとか言えるんだね」
じわりと額に滲む冷や汗。同時に、認識した。
背中側の彼女から発せられる気配は、もはや敵意と殺意しか感じられない。
それでも、と。
麻琴はどこかでまだ信じきっていなかったのだろう。
振り返りざまに払った右腕、その一撃には若干の逡巡が感じ取れた。
だから、刹那。自分は心底甘かったんだと、
文字通り痛いほど実感させられることとなった。
「っつ」
肩口がパクリと一筋、縦に裂けた。
薄皮一枚切られたその傷は、物理的にも精神的にも、ひどく痛む。
右肩口を押さえ、麻琴は振り向き、離れたところでナイフを弄ぶ里沙を視界に入れた。
歯痒さと焦りが、麻琴の表情に見え隠れしている。
「大丈夫。すぐには殺さない。じわじわと弄って、苦しみの中死なせてあげる」
里沙がわざと鈍重に歩を進めてくる。
じわじわと近づいてくる里沙に、縋るような視線を送りながら麻琴は、じりじりと後退して行く。
「里沙ちゃん・・・」
動作の中、麻琴は口を開いた。
「最初から・・・最初から、あたしを、殺すつもりで・・・?」
「まさか」
小ばかにしたように鼻で笑った里沙は、続ける。
「ここに侵入したのは、また別の目的」
「別の・・・?」
「そ。キミに教えてあげる道理はないけどね」
麻琴の背中に、鈍い衝撃。
首だけで振り返ってみて、それが大木による道の遮断ということを知る。
サクサク……。
定期的に上がる草の擦れる音が、無情にも麻琴の耳に届く。
一定に保たれていた二人の距離が、ゆっくりと縮んでいく。
- 470 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:05
- 「最初は、別の目的だった。だったけど―――」
サク…
音が、そこで止まる。
丁度手を伸ばせばギリギリで届く距離。
里沙はそこで停止し、麻琴を睨みつける。その眼光からは、怨恨だけが滲み出ていた。
「正直、キミと始めて会った時から、もうキミを殺したかった。
でも、わたしは優秀だから、ずっと我慢してた。
―――キミが、愛ちゃんのことを大切な人だとか、ほざく前まではね」
思い当たる節は、すぐに見つかった。
先日、里沙と一緒に出向いた墓でのことだ、と。
確かに言っている。小川麻琴は、高橋愛のことを大切なヒトだと。
里沙にとってはそれが悔しくもあり、憎くもあり、同時にやるせなくもあったのだろう。
血が滲む右肩口、そこを掴む手にギュッと力を入れて。
ついと、口を継いで、麻琴は
「ごめん、里沙ちゃん…」
謝っていた。
対し、ピクリと里沙の両腕が振るえ、止まる。
「…何だよ、それ」
そしてナイフを逆手に持ち直し、里沙、怒涛の勢いで麻琴に掴みかかる。
自慢の眉毛が、憤激に歪んでいた。
「何だよそれ!何で、謝るんだよっ!?
謝ってすむこと、やったと思ってんの?!
謝るぐらいなら初めっからやらなければいいじゃんかっ!」
胸倉を強く掴んだまま、里沙は麻琴を前後に揺する。
後頭部や背骨が、背後の大木に当り鈍痛を走らせるが、麻琴はされるがまま。
ギュッと唇を引き結んで、俯いた姿勢のまま里沙の怒号、罵声を聞いていた。
その口調から、十分すぎるほど悟ることが出来た。
どれ程愛のことを大切に思っていたのか、どれ程愛を愛していたのかを。
だから麻琴は謝罪する。
決してそれだけでは許されない罪だとは、無論自覚していた。
「こんなにムカつくのって初めてだよっ!?
ねぇ、どうしてくれんの?!ねぇ!ねぇ!!ねぇ!!!」
叫びと共に。
麻琴の右手側、逆手に持たれたナイフの先端が飛来する。
「!なんで…っ」
「ごめんだけど…」
- 471 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:06
- 脱力していた麻琴はしかし、それを甘んじて受け入れることはしなかった。
鈍く輝く右腕、その甲で麻琴はナイフを受け止める。
憤慨に歯列を噛み締めた里沙の瞳を、
麻琴は強い光を湛えて見つめ返した。
「あたし、死ねない」
「……っ」
開いた右手で、里沙は麻琴の頬を殴打した。
ぐらりとよろける麻琴の腹部に、里沙は前蹴りで追撃を加える。
一度むせて、大木を背に座り込む麻琴を睥睨し、里沙は吼えた。
「お前が死なないで、どうするんだよ!死んでこそ罪は償えるんじゃないのっ!?」
「……そんな軽い罪なら、あたしはとっくに死んでるよ」
腹の中心を押さえて俯く麻琴の呟きは、悲しくも勇ましい。
気に入らなかった。
小川麻琴の瞳が、言葉が、その覚悟が。
きっと自分には不可能だと認識しているがこそ、余計に気に入らなかった。
グッと唇を噛み締め里沙は、右足を持ち上げ、怒りの勢力を持って下降させた。
「んぐっ」
後頭部に鋭い衝撃を受け、麻琴は地を舐める。
起立できないことは、後頭部に固定された里沙の脚の感触で理解していた。
「お前がどう思ってても、わたしの気が納まんない」
「ぃぐっ」
凄みを利かせた里沙の声。と同時に、左手首に鋭利痛。
感じる高熱から、そこが刃物で縫い付けられたのだと予測し
そして
「殺してやる」
怨嗟の囁きが鼓膜を静かに震わせ、
麻琴はその言葉どおりの結果、そのヴィジョンを閉じた眼の暗闇で見た。
しかし、映像は掻き消える。
予測された結果を伴い失せたその動因は、
どこか押し殺した感があるドスの利いた声によるものだった。
- 472 名前:INSANITY 投稿日:2005/07/10(日) 19:06
- 「―――待ってよ」
そこで不意に後頭部を抑える質量が消え去った。
麻琴はすぐさま飛び起きて、後方へと僅かに後ずさる。
湿った土壌を吐き出しながら、再び大木に背中を貼り付けた。
「もっさん…邪魔する気?」
「そりゃあね。っていうか、それどころじゃないっての」
麻琴の傍らには、いつの間にやら藤本美貴。
サングラスを外して、一対の紅灯で里沙を厳しく見据えている。
両者から流れる緊迫感に、麻琴は息が詰まる錯覚を覚えた。
「それどころって…わたしもそれどころじゃないの。邪魔しないで」
「…これ聞いても、そう言い張れる?」
一拍、二拍。藤本の言葉が終わって、短くも長い沈黙が流れ、
そしてそれは、不意に破られる。
藤本の、短くも戦慄を与えるに十分な、その言葉によって。
「亀ちゃんが、いなくなった」
「「えっ…」」
麻琴と里沙の短い驚きの声が重なる。
ざぁっと。ジャングルの木々が唸りをあげたような気がした。
「そんな、まさか…早いよ、どうして、あさ美ちゃん…!」
見るも明らかに、突然新垣里沙はうろたえ始めた。
文章の体をなさない言葉の羅列を呟く里沙の表情には、恐懼が張り付いている。
その小柄な身体も、小刻みに震えていた。
「ぅう、どうして…何が、ああ、どう、くそっ」
それからも暫くは自らを抱くような体勢をとり、
里沙はブツブツと言葉を口内で転がしていた。
しかし、突然。
焦燥したように罵声を一言吐き出すと、その身を翻した。
草の根を蹴り、木々が群生する空間へと足を踏み入れ、
すぐさまその小柄な体躯は姿を消した。
「ミキたちも行くよ」
一部始終を呆然と見守っていた麻琴は、藤本の呼びかけで漸く我に帰る。
自分を捕らえる紅い瞳が、事態の深刻さを物語る。
麻琴はその視線に一つ頷くだけを返し、藤本の背中を追い駆け出した。
鮮血を垂れ流す手首と肩の傷が疼痛を訴えるが、
気になどしている状況ではないようだった。
- 473 名前:我道無壊 投稿日:2005/07/10(日) 19:15
- 皆様、このような作品にレス本当にありがとうございます(拝
>>460 通りすがりの者様
お待たせしすぎて申し訳ありません。。。
漸く動き始めました。
これからも彼女達の動向を見守っていてくださると幸いです。
>>461 名無飼育さん様
お待たせしすぎまして、本当に申し訳ありません。
しかし楽しいと言っていただけて、感極まる思いでございます。
>>462 名も無き読者様
お待たせしすぎたにも関わらず、温かいお言葉。。。
わたくし、もう(涙
オリキャラも物語展開も頑張っていこうと思いますので、
どうかお一つよろしくお願いいたします。
>>463 石川県民様
ありがとうございます。
藤本さんには後々伝えておきますゆえ。
燻製…それも一つの楽しみですね。カルマさんにも後で伝えておきます。
〜一言次回予告〜
彼女が暴れます。そして、誰かが…
まだ構想の段階です。。。
- 474 名前:茶龍 投稿日:2005/07/12(火) 11:21
- 待ってましたっ!更新お疲れ様ですっ
初レスで青板で活動中の茶龍と申しますm(_ _)m
私何気にずっと前から読んでました。レスする勇気がなく今に至ります。すいません…orz
これからも頑張ってください!
- 475 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/14(木) 08:48
- ものすごく好きな作品になっていってます。
次回の更新、お待ちしています。
- 476 名前:名も無き読者 投稿日:2005/08/03(水) 15:11
- 更新お疲れサマです。
いよいよ動き始めましたね、ワクワクします。
次回暴れる彼女とは……?w
続きも変わらず楽しみにしています。
- 477 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:23
- ◇◇
闇が開ける。
長方形の形に光が差し込み、奈落へと続く階段が照らされた。
少女はガクガクと揺れる足取りで段を降りていく。
一歩、二歩。
三歩を踏み入れたとき、不意に足から力が失せた。
崩れた身体は、無情にも階段を転げ落ちていく。
身体が止まった。
ついたようだ、と。
少女は何食わぬ顔で起き上がり、電灯のレバーを下げた。
歯軋りのような音がする。
長らくの刻がもたらした、その音源は錆だった。
仄暗い電灯が明滅する。
その下で浮かぶ愉悦の笑みを、少女は見た。
- 478 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:25
- ―――***
執行部隊の昇級審査は中止となり、PEACE東地区支部館内は騒然となっていた。
行き交う隊員は、皆武装した執行部隊や狙撃部隊。
その二組よりも戦闘能力が劣る情報部隊は、
しかし館内状況を把握し報せることでしっかりと自らの役目を果たしていた。
館内全てにある出入り口は封じ、幾つかの区域に別けて隊員を配置しても、
100数人の人手では全く配慮が回らない。
それ以前に、数百人体勢を布いたところで、この事態を鎮められるかは疑問があった。
闇が沈殿する奈落の底、堅牢な束縛から解き放たれた罪人の名は
紺野あさ美。
それより一足速く姿を消した、亀井絵里。
PEACEの隊員はこの二人の失踪を、決して無関係とは測らない。
紺野という人物を知るがゆえに、
紺野と関わった亀井の存在をも危惧しなければいけなかった。
「……」
無言の緊迫感を視線に乗せ、後藤は静かにざわめく廊下を歩く。
脇に垂れた右手には、黒光りする刀、それが収まる鞘が握られている。
肌が白くなるまで固められた左の拳が、後藤の焦燥感を物語っていた。
「圭ちゃん、どう?分かった?」
『…おかしいわね…監視カメラは死角が出来ないよう設置してるはずなのに』
「んあ…困ったな」
困却顔でその場に静止した後藤は、顎に指を這わせ思案する。
早くも行き止まりと対面してしまった。
気配を探ろうと気を巡らせても、あの巨大な邪心は捕まえられず。
おそらく気配を限界まで小さくしているのだろう、
そうなると緊張を滲ませるPEACE隊員たちに紛れてしまう。
頼りにしていた体温感知器付き監視カメラも、紺野の頭脳の前に敗北を喫したようだ。
- 479 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:26
- 行き詰まり、出てくるものは唸り声。
俯きがちになった視線の先、濁った緑色の廊下を見つめながら後藤は歩みを再開した。
と、僅か5メートルほど歩行した時。
額に感じた角ばった弾力。背後に2,3歩よろけて何事かと顔を上げた。
「あ…」
純白のナース服に身を包んだ、筋骨隆々の逞しい巨躯。
眼にも鮮やかな紅い頭髪の上にちょこんと乗るナースキャップが、
まるで白いお椀を載せているように感じられる。
後藤のささやかにも喜々とした視線を受け、
顔を四つの面に割る十字の傷痕にも負けない鋭い双眸を持つ大女は、
口角を盛大に吊り上げ、豪快に微笑んだ。
「いよう、ごっとー。なんら、久っしぇえんでねっか?」
「鬼土さぁん。来てくれたんだ、ありがとー」
「がはは。困っとる娘さ助けんのも、看護師の仕事だで。礼なんざいらんがね」
胸を逸らし、天井に向かって笑声を発するだけで、
サイズがぴったりの白衣が悲鳴をあげる。
相変わらず、どこもかしこも豪快だ。
再開と大きな助力に喜びつつも、後藤は内心苦笑を浮かべた。
「んで、いきなしこの、ばとるなーすの鬼土さんさ呼びつけて何の用ら?
助けてほっしぇとしか、聞いてねえけどんも」
唐突に起こった哄笑は、唐突に止んだ。
天を仰いでいた自称バトルナース鬼土零拿は、
反り返っていた姿勢を急激に戻し後藤と視線を合わせるように、腰を屈めた。
そのはずみで揺れる巨大な胸の脂肪を見て、後藤の苦笑いは更に深まった。
「?なーした?」
「あ、いや、どういう邪法を使ったのかな、と…」
「あん??」
「ごめん、なんでもない―――」
- 480 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:27
- コホンと咳払い一つ。それに鬼土は怪訝な眼で首を捻る。
しかし「気にしないで」、後藤の平淡な呟き一つで、
鬼土の表情も否応なしに引き締まった。
両手の平を膝に置き屈んだ姿勢のまま、
後藤より送られる真摯ながらも切迫感を僅かに含んだ眼差しを
鬼土は全く揺らぐことなく、受け止める。
「捕まえてた罪人が逃げ出した。
頭が切れるらしくて、監視カメラにでも捕らえられないし、
ごとーがやってみても全く網にかからない」
言葉の終わりに、後藤の両拳が硬度を増す。
ついと、鬼土はそれを尻目に収めながら、喉を唸らせた。
「どんげバカだ、そりゃ。おめーでもむずかしぇえって、おい」
「あっは。トンデモナイ馬鹿もいるってことで…」
呆れたように腰を伸ばす鬼土を見上げ、
後藤はどこか傷みに耐えるように、顔を顰めた。
そこに混ざる、僅かならぬ迷い。
言うべきか、言うまいか。己の中に渦巻く葛藤は、後藤を苦しめる。
ググッと胸を締め付けるような痛苦に唇を噛み締めたとき、
鬼土は青天のような笑顔を咲かせ、得意げに告げた。
「っしゃ、この鬼土さんに任せとけ。えっか、後藤?
こーいうんはな探るんでねぇ、感じるんだ。言ってみりゃあ、ふぃーりんぐってやつよ」
「それなら、でも、ごとーやったけど…」
天に向かって立てた右人差し指が、左右に振れる。
それに伴い、鬼土は小刻みに舌を打ち鳴らした。
「あめぇよ。えっか?感じるっつうんはな、こう、
べろんべろんになった歯磨きチューブのせぇごの一発を
ひねり出すような気持ちになってだな…コハァー……」
言い終わると同時、
鬼土は両脚を肩幅よりやや大きく広げ、中腰の姿勢にシフトする。
肘を曲げた両腕をそれぞれの脇につけ、
一杯にあけ広げた鬼土の口腔からは、静かなる覇気が漏れ出した。
- 481 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:28
- 近距離に居た後藤は、すかさず鬼土と距離を取る。
何事かと後藤たちを見、そして怯えた表情を貼り付けて視線を逸らす隊員たち。
振動する空気、肌を刺す威圧感。
鬼土零拿の言うフィーリングというやつは、
需給のバランスなど全く無視し、その場に居合わす全ての者に戦慄と畏怖を与える。
PEACEの頂点に立つ後藤も、その例には漏れなかった。
「…………ぬあっ!?」
伏せていた鬼土の面貌が突然持ち上がり、鋭利な双眸がカッと見開いた。
ビクリと、思わず震撼するも、後藤、即座に軌道を修正した。
「み、見つかった?」
「居住棟の3けえだ!!
そっから得体のしれんニオイがどっかんどっか臭ってくるだ!」
「行こうっ」
後藤は思う。
昔ならば鬼土のその嗅覚は、精神集中などしなくとも簡単に使えたはず。
後藤は思う。
それ以外も多数奪ってしまった…それなのに、都合よくまた、彼女に頼っている。
後藤は、感じた。
胸が、今までないぐらいに締め付けられ、苦しく、痛かった。
「何か、肉っぺーニオイが二つさ、そこに向かってるだよ」
「……ミキティ、達かな?」
並行して走りながら傍らから話しかけてきた鬼土に、
悲哀と辛苦を浮かべず答えられただろうか…そう、後藤は僅かな不安感に駆られた。
- 482 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:29
- ◇◆◇◆
差し上げましょう。
なかなか踏ん切りがつかずにいたダイエットを強いて
更には成功させてくれた、せめてものお礼です。
だから、差し上げましょう。
しかし、お返しといってはなんですが、
彼女達を頂いていきます。
何せ既に3人も欠いていますので…フフ、申し訳ありませんね。
私の成就させたい願望には人手、
欲を言えば強く、美しく、そして
わたしの言うことに忠実な人が欲しいのです。
その点において、この二人は文句なしです。
その三つ、全てに当てはまる。
この機を逃すなど、それこそ愚かと言えるでしょう。
だから頂いていきます。
その代替と言ってはなんですが、もっと多く差し上げましょう。
喜んでいただけますか?
フフ…とても楽しみですね。
- 483 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:30
- ◆◇◆◇
新垣に追随して走行していき、たどり着いた場所は居住棟3階。
302号室手前。つまりここは
「田中ちゃんの、部屋?」
直立し、荒い息を吐く小川は呟く。
横手の藤本は、疲労感など微塵も見せず、ただ黙して田中れいなの部屋、
その扉の前で身体を硬直させる新垣里沙を見つめていた。
つつと。静かな空間の中、音も立てずに汗が里沙の頬を伝う。
それは走ってきた疲労感からではなく、
言いしれない圧迫感からくる恐懼が導く、冷や汗。
それを振り払うかのように里沙はかぶりを振って、下唇を噛み締めた。
震える右手を必死に上げ、扉の取手を掴む。
その一呼吸前、不意にそのか細い声は上がった。
「ああ、いいですよ。此方から開けますので」
ググッと、麻琴が飲み込む息の音すら耳に衝く
そんな閑寂な空気が静かに切削される。
爪先から旋毛まで、一時に全てを震わせた里沙が背中側の壁に張り付いた。
そのタイミングを見計らったかのように、
主人が不在のはずの部屋、装飾が皆無な無愛想なそこの扉が開けた。
3人の心臓が一度、殴られたかのように大きく跳ねた。
「おや?まだお揃いでないようで。悲しいですね」
こけた頬、枯れ木の如く細くなった四肢。
双方同じ、極度の運動不足による筋肉の衰退。
それを顕著に表しながらも紺野あさ美は、
同じ状態の亀井絵里におぶさりながら嫣然と微笑みを浮かべた。
変わり果てた姿で、流れる黒髪の奥から浮かび上がる大きな黒瞳はまるで変わっておらず。
「あさ美ちゃん、どういうこと?何で、もう出て来てるのさ」
若干冷静と取れる里沙の声が、紺野を責めた。
紺野はニコリと口元だけで微笑んで、絵里の肩を弱々しく一度叩いた。
すると穂先がザンバラなショートを揺らして、
虚ろな眼を下に向けたまま、絵里は一歩前進する。
息を呑み、里沙の咽喉が蠕動するのを見据え、紺野は表情を消し去った。
「おや?如何してでしょう?どうして、お豆、貴女はそのような愚見を
この私に突きつけられるのでしょう?解せませんね、ええ、解せませんとも」
- 484 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:31
- 静謐でいて平淡に繰り出される紺野の言葉が、里沙の身体を硬直させる。
腰が砕け、冷や汗が際限なく溢れてくる。
ぺたりと座り込んだ里沙を見おろし、しかし紺野はふいと視線を逸らした。
「使命より己が欲望に走ったようですが、まあ良しとしましょう。
そこも含め、お豆の人間性を、私は高く評価していますので―――」
「そ、そう、ありが――」
「などと、幾ら温厚な私でも言うことは無いでしょうね」
「へっ?」
安堵感に包まれたのもつかの間、里沙の表情が安心より絶望に転換する。
里沙に背中を見せた絵里の身体が急激に円運動を行い、
伸ばされた右足の踵が里沙の米神を捉え、吹き飛ばす。
ミシリと。
里沙の頭蓋、絵里の脚。
双方から軋むような音が響いた。
「ぐ、あぁ…ぃ、ぅぁあ…」
「おや?これはこれは、申し訳ありません。
御二方の存在を忘れ、つい粛清に意識を注ぎすぎてしまっていました」
藤本と麻琴の足元、呻き声を上げながら里沙は悶絶し身を捩る。
その風体を呆れた視線で見おろしながら藤本、紺野に双眸を向ける。
不可視の槍の尖端が紺野に突きつけられた。
「仲間内でいざこざするのは勝手だけど、そんなの外でやってよ。
ここじゃ迷惑だし」
「フフ、いや、見上げるほど手厳しい。
的をえた指摘も、感情の乗らない声も、一級品と呼んでも過言ではない」
「…バカにしてんの?」
愉快げに頬を緩め、紺野は含んだ笑いを漏らす。
そんな軽率な態度に、藤本の苛立ちがボルテージを上げていく。
傍らでジッと紺野を睨みつけている麻琴も、あからさまに不快な面貌をつくっていた。
と不意に、四面の壁に反響していた紺野の含み笑いが止まる。
すると亀井の肩に顎を乗せ、愉悦の表情で藤本たちに熱視線を送ってきた。
だが、その対象は藤本と麻琴にあらず。
その更に後方、えてして現れた二人組みに向けられてのものだった。
- 485 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:32
- 「よくお越しくださいました。紺野は嬉しく思います」
藤本と麻琴、振り返る。と、藤本の眉間に皺が寄った。
「……こりゃあ、どぉいうことら?ごとー」
赤髪の長身。丸太のような腕を見ると、あのおぞましい光景が蘇る。
鬼土零拿。藤本は以前彼女に弄られている。
それがまだトラウマとなり、藤本に僅かな恐怖を与えていた。
「…ごめん」
紺野を、見開いた眼で凝視する鬼土に、
彼女の横に位置をつける後藤は、顔を伏せて謝罪する。
鬼土が、吼えた。
「ごめんでねえ!おめ、オレを騙したんらな?!
へえ、こういうバカどもとは係わりたくねって、あん時言ったはずらぞ!」
巨大な両手で後藤の両肩を掴み、鬼土は肉迫する。
対し後藤は、憤怒する鬼土の両目をひたと見つめ返し、言った。
「ごめん。でも…頼れる人が、鬼土さんしかいなかったんだよ…」
「オレでねぇでも、カルマや吉澤がおるろーが!」
後藤、首を振り
「よしこ、西に行ってるし、それにカルマさんだけじゃ、多分ムリだと思った……」
「そうらとしてもな―――」
「礼儀がなっていませんねー。折角お会いできましたのに、挨拶を疎かにするとは」
鬼土の抗議が、遮られる。
ピクリと身体を反応させて、鬼土は身体を反転させ、屹立した。
鋭い双眸が、僅かに揺らぎながら紺野を睨みつける。
だが紺野は全く動じることなく、超然とその視線に微笑みを返していた。
「あなたは――ああ、鬼土零拿さんですね。
自慢のスキルを奪われて、恐懼しここを去ったという。
フフ、それは恐ろしいでしょうね、何せ同―――」
「…おめぇ、それ以上言うたらその狸面、もぐぞ」
「―――貴女には教養が激しく足りていないようだ」
紺野の頬が微かに引きつる。
それを見て
鬼土は一歩前に出ながら、静かに告げた。
「……ごとー、これっきりらぞ」
「ありがとう、鬼土さん」
「これおわったら、へえオレに顔を見せんでねえぞ」
「……うん」
未だ痛みに身悶える里沙の首根っこを掴み上げ、
「ぷらいべーと以外な」
- 486 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:34
- 呟き、鬼土は紺野へと放り投げた。
「え」驚愕の一声を背中に受けながら、鬼土は紺野へ向かって指を指す。
くぐもった悲鳴を漏らしながら飛来した里沙を平然と避け、紺野は鬼土を見つめた。
「聞け、狸。世の中はおめえを歓迎してねえ。
だすけ、そのおめが乗ってる小娘さ返して、さっさと牢屋もどれ」
「申し訳ありませんが、それは出来ない相談です」
呻き声をあげる里沙の首を絵里に踏ませ、紺野は不快感を露に顔を歪めた。
「ダイエットをしながら野望の達成を見守っていようかと思っておりましたが、
こうも失敗が連ねると黙っておられず。
そうなると、至らない部下に代わって遂行できる者は、必然私となってくるのです」
「わけのわかんない事を…」
後藤が声を曇らせ呟く。
刀の鞘を左に持ち替え、柄に指先が触れた時、ピクリと心身が躊躇する。
もどかしさを含み、唇を噛む後藤。藤本はそれを訝しげに眺め、後藤の名を連ねた。
「ごっちん?」
「如何なされました?私を屠ることに、何を躊躇う必要がありますか?
どうぞ、思いのまま抜刀してください」
嘲弄を飛ばす紺野の前に現る大きな影。
紺野はその瞬間、絵里の短くなった髪を優しく梳かす。
絵里が後方に跳躍したタイミングと、
鬼土の固く握られた右拳が床を砕いたタイミングは、ほぼ同時だった。
「ゴホッ」砕いた床の数センチ横手、首を開放された里沙が咳き込む。
めり込んだ右手を難なく引き抜き、鬼土は再び紺野と対面した。
「おめえさっきから喋りすぎだ。ちっとばかし黙っとけ」
「フフ、言葉で駄目なら実力行使ですか。無粋ですね」
鋭い瞳と大きな黒瞳が交差する。
静かに火花を散らす視線での拮抗を行ないながら、
鬼土は足元に転がる里沙の頭を鷲掴み背後の後藤たちへと放り投げた。
- 487 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:35
- 「それ、邪魔らっけ、おめぇたつでどうにかせえ」
間髪いれず、鬼土の物言いは
紺野ののんびりとした口調で、却下される。
「ああ、それは困ります」
後藤と藤本、そして麻琴の足元で縮こまる里沙の身体が更に小さくなる。
小刻みに震動を続ける里沙に、容赦なく紺野は告げた。
「お豆は、私の期待を裏切ってくれたお豆は、処刑しないといけませんので」
事実上の戦力外通告に重ね、死刑宣告。
鼓膜を震わせる戦慄の言葉。
全身を冷や汗で大量に濡らしつつ、里沙は勢いよく立ち上がる。
じりじりと後退していく彼女の表情は、恐怖に凍り付いていた。
そして
「ぃ、いやだ…いやだあああああ!!!!」
断末魔の悲鳴の如き絶叫を引きつった喉で迸らせ、新垣里沙は逃亡する。
里沙の突然の乱心に、後藤たちは対処できず。
されるがまま、里沙の両手によって払い除けられ、その場でたたらを踏んだ。
「拒んでも無駄です。既に、既決事項ですので」
あああああああああ、ぁ………………
酷薄な紺野の笑みの後、不意に掻き消える里沙の叫喚。
藤本と麻琴が振り返る。
その動作の途中で、紺野は更に言葉を紡いだ。
「随分と好色な狂気保持者を保有してらっしゃる。
この子と同様、彼女も頂いていきますよ。後藤さん?」
流麗な曲線を描いて、ソレは舞う。
曲線運動の終点は、小川麻琴の腕の中。
バラバラと幾本もの黒い琴線を振り乱しながら落ちてくるソレを、
麻琴は慌て、焦り、しかし確実に受け止めた。
だが、直後。
「わ、わわっ…うわぁあ!!」
放り投げたそれが、床をバウンドしつつ二転三転。
やがて停まり、じわりじわりと。ソレの下に朱色が広がる。
- 488 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:36
- だらしなく開けた口腔からは紅い舌尖と血糊が漏れ出し、
対としてある眼は、もはや焦点が合うことはない。
鮮麗な切断面からあふれ出す朱色は止め処なく、
新垣里沙、短い生涯の終点は、首の裁断という惨たらしい形で訪れた。
「うぅ…」
赤黒い肉を視界に納め、咄嗟に麻琴は視線を外す。
吐き気を抑えるため口元を手で覆おうとしたが、
両手にべたりと付着した生臭い紅に挫折した。
気丈にも耐える麻琴の背中を優しく撫で、赫怒に滾る想いが
転がる里沙の生首を見つめる藤本の紅い双眸を、更に紅く染め上げる。
同胞すら簡単に消してしまうような紺野の手口に、吐き気がする。
罵詈雑言を並べ立ててやる、と決意し振り向く動作の途中。
顔を上げた藤本は、己の視界に収まる人物像を確認し、愕然と口を開けた。
藤本の視線の先で、どさりと倒れこむ小さな体躯。
横転した首なしの死体を跨いで、彼女は歩みを進めてくる。
頭頂で結んだ一つ髷、つぶらな瞳にピンクの頬。
藤本が妬んで羨んだ大きな胸が、歩くたびに控えめに揺れている。
その姿態には見覚えがあった。
「彼女もとても良い」
紺野の嬉々とした声が上がる。
それと同時に振り向いた鬼土と後藤。
そして藤本が一斉に息を飲み、彼女に声を掛けようとした。
- 489 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:37
- 「「「み――!」」」
しかし、彼女は足を止めることなく。
虚ろな眼で虚空を見つめながら、後藤たちの傍らを通りすぎた。
後藤たちが向き直るのと、
彼女が絵里と並び向き直るのは、ほぼ同時だった。
「才幹のある者は何かしらの機能が突出してくる。
しかし、ここまで秀でた子は初めてです」
紺野は絵里におぶさりながら手を伸ばし、
傍らに直立する彼女―――道重さゆみの髪を撫でた。
驚愕を隠せない3人の表情の中、後藤だけが悔しそうに唇を噛み締める。
視線の先にいる虚ろな目をした、新人二人。
もっと鍛えておくべきだったと、後藤は後悔し、己を恨んだ。
ブツリと噛み切られ鮮血を滴らせる口の端が、その感情を明確に表現していた。
その様子を知ってか、紺野は更に付け足す。
嘲笑を浮かべた、その面で。
「良い人選をありがとう、後藤さん。多分に利用させていただきます」
「――――っ!」
瞬間後藤の眉尻は吊りあがり、右手が強く刀の柄を掴んだ。
躊躇いの消えた後藤は、大きく身体を沈めると、紺野を睨みつける。
曲げた膝のバネを解放しようとした時、その前方。
視界が、巨躯によって遮られる。
「っ鬼土さんっ!どいて、ごとーがアイツを――っ」
「オレは、おめぇが、こえーんだっ!!」
怒号が咆哮に遮られる。
身体を揺らした後藤に、背を向けたまま鬼土は続けた。
- 490 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:38
- 「闘っとるおめが、いっとう、おっかねえんだっ!
また、なんかが、亡くなりそうで、おっかねえんだっ!!」
柄を握る右手から、力が抜ける。
そして、後藤はうな垂れる。
二人の会話の内容が理解できない藤本たちは、その背中を見て眉をひそめた。
「だすけ―――」
不意に。
穏やかな声。
その場にいる全ての鼓膜が、緩やかに震動する。
「だすけ、ここはオレがやる。
あんが小娘一匹、捕まえた後でオレの絶技でひーひー言わせてやるての」
朗らかに笑いながら鬼土は紺野へと歩を進める。
背後に位置を取る後藤たちは、その表情を窺うことは叶わない。
「茶番は終了しましたか」
「む!?やかましゃあ、こん狸が!
その細っこい腕さもいで、すり鉢で粉にしてやるわ!」
紺野の嘲弄を合図に、鬼土は駆け出した。
その気迫からか、建物全体が揺れたような感触を後藤たちは覚える。
鬼土は半身を伴って右腕を背後へと引き、硬く握った拳を打ちおろした。
しかし、その一撃は。
予想外に呆気なく、さゆみの翳された両手に勢いを殺された。
「おめ、マジかっ!?」
「鬼土さん気をつけて!
呑まれた人間は、全ての機能が爆発的に上昇するんだ!」
「んなn…ブホァ!!」
はっと気付いた後藤の忠告は、既に遅し。
驚愕に眼を見開いた鬼土が振り返るその瞬間、
さゆみは鬼土の太い右腕を掴み、そのまま身体を反転させた。
そしてさゆみの白い腕に血管が浮き出たかと思うと、鬼土の巨体がふわりと宙に浮き
―――直後、情け無用な一本背負いが見事に決まった。
「ふふ、そういうことです」
- 491 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:39
- いつの間にか遠ざかっていた紺野が呟く。
その平然とした物言いに怒りを覚えた鬼土。
仰向けの状態で顔だけ起こそうと試みて、視界の上をさゆみが通過。
鬼土が何か汚い言葉を迸らせる前に、無防備な腹筋に膝を打ち込んだ。
くの字型に曲がる鬼土の肢体の下で、ぴしりと一つ破滅の予兆。
ぴしり、ぴしり……
一つ鳴るごとにその音は感覚が狭くなっていき、
やがて鬼土が仰向けに寝そべる部分は崩壊した。
さゆみに乗られたまま落下した鬼土は、惰性で背中を強打する。
しかし特別に痛みを訴えるわけでなく、
眉の間にほんのり皺を寄せて、さゆみの身体を掴んだ。
自分と彼女の身体を水平にし、鬼土は腹筋の力だけで起き上がる。
上下した頭を制止させ自分の手の中を見てみると、そこは空で。
更に視線を下げてみると、さゆみが鬼土の顔の真下で身体を沈めている場面に遭遇した。
「んがっ」
さゆみの膝のバネが伸ばされ、鬼土の顎を突き上げるアッパー一撃。
思わず仰け反る鬼土だが、倒れはしない。
ニ、三歩よろける身体を正し、切れた口内、そこから滲む血を唾と共に吐き出した。
「おい、ゴルァ狸ぃ!嬢ちゃんばっか働かせてねで、おめが勝負せ―――」
天井に開く風穴を見上げ、鬼土は吼えた。
しかし、言葉尻を遮るようにさゆみの上下のコンビネーションが巨躯を襲う。
上段、中段、下段。無駄の無い動き。
鬼土はそれを乱暴に払いながらも、攻撃には移らず。
ただ防戦一方で、ジリジリと後退して行く。
- 492 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:40
- このままさゆみが疲れるまで受け続ければ、という選択肢は早々に消えた。
その原因は全く無表情で攻め続ける彼女を見てのことと、
そして、その細腕から繰り出される一撃が予想以上に重いことから。
ググッと痛みのために歪められていた面貌に、焦りが灯る。
そんな鬼土の様相を楽しげに見つめて、紺野は穴から降り立った。
しかし、後藤たちが降りてこない。
先ほど、つい先ほど。
自分がやると言い切ってしまった矢先、助けを求めるのはどうにも格好がつかない。
だが、今はそんな悠長なことを考えている暇はないようだった。
「ごっとー、おがー、ふじもーとっ!!
わりっけど、ちいとばかし、てつだ―――」
「無駄ですよ」
またもや、しかし今度は紺野によって鬼土の言葉尻はかき消される。
「あん?―――っぶ」
扇ぐように振り切られた裏拳に、左頬を殴打されつつも、鬼土は紺野をにらみつけた。
ニィッと、紺野は口角を吊り上げた。
「ほか幾らかの方々にも協力を要請しておきました。
皆さん仲間だけありますので、暫くは誰も降りてこられないかと」
「―――!んの、外道狸が、あば!」
叫ぶと同じに、鳩尾に痛苦。
鬼土が傾く視界で確認すれば、半身を開き、
踏み込みの勢いに乗せ肘を撃ちはなったさゆみが在った。
巨躯が倒れ、埃が舞う。
口内を圧迫する感じに耐え切れず口を開けば、
吐いたことも久しぶりな血塊が出現した。
汚れた口元を拭い、鬼土は片膝をつく。
悠然と自分の前に佇むさゆみを見て、心中焦心に駆られた。
「如何したのですか?
赤鬼と恐れられた貴女が、たかだか小娘一人に遅れを取るなど。
やはり、現役のように身体が動きませんか?」
紺野の侮辱に、鬼土の食いしばった歯列の隙間から熱い吐息が漏れる。
廊下につく右手の五指が、モルタルの床を抉り取る。
鬼土はそれを粉塵に変え、さゆみの目を狙い放った。
咄嗟にさゆみは目を―――
- 493 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:41
- 「ああん?」
「無駄です」
瞑らなかった。
粉塵が網膜を刺激しても平然と、虚ろな双眸を見開いて佇んでいる。
鬼土は舌打ち、紺野は紡いだ。
「彼女の意識は沈んでいます。
月並みな言葉で言い表せば、彼女は私に操られているということです」
紺野の言葉が終わると共に、さゆみ、鬼土へ向かって強く踏み込んだ。
伸ばされた右腕は強固な握力で鬼土のナース服の襟を掴む。
さゆみの引力によって強引に引き寄せられる鬼土を迎えるものは、
白皙をもつ小さな左手のひら。
見た目からは想像しがたい威力が、鬼土の顔面を強打する。
鬼土の鼻孔から鮮血が舞ってもさゆみは右手を離さない。
離し・引き寄せの動作を繰り返し、平手や拳で鬼土の顔面を叩き続ける。
それでも、顔面が変形しないのは、鬼土の打たれ強さがあってこそだ。
「んがあだっ!」
いい加減焦れたようで、鬼土はさゆみの腰を鷲掴み引き剥がした。
その際に、血に汚れてきていたナース服の襟が少し、もっていかれる。
朱色に染まる視界の中、荒い息をついて鬼土は顔全体を前腕で拭う。
ついでに殴られ続け、僅かに疲弊した身体を仁王立ちで休めていたところ
伸ばした右腕に、鈍痛が走る。
小さな口で鬼土の手に噛み付くさゆみを見て、
ぷつりと、我慢の糸が限界を迎えた。
鬼土はさゆみの身体を両手で掴み、完全に自由を奪い取った。
「こんのぉぉぉ…」
今までは後藤の部下、そして紺野に操られているだけという面目が
鬼土から攻撃を加えるという選択肢を選ぶことに躊躇いを生じさせていた。
しかし、元来あまり気の長い方でない鬼土。
一発だけ、その一発で目を覚まさせてやると、
己を正当化することで躊躇いを払拭させた。
- 494 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:42
- 「目ぇ醒ませてんに、小娘があ!!」
鬼土の手の中、無表情でもがくさゆみの額に豪速なる鬼土の頭突きがぶち当たる。
小型隕石が落下したかと思うほど、その一撃は重く。
穢れの一つも無いさゆみの白皙の額に、軽々と裂傷を生じさせた。
すると。
ただの苛立ちにかまけて決行した暴挙が、意外な変化を引き寄せた。
「っぐ…」
さゆみの割れた額から潮の様に噴出す血を見、
少しでない後悔の念を感じていた鬼土の視界の直線上。
紺野が頭を押さえて呻き、身を預けている絵里ごとその場に崩れ落ちた。
状況の推移がつかめない鬼土は、さゆみと紺野を交互に見つめる。
と、そこで。
虚ろだったさゆみの瞳に、僅かな理性の光が浮かび上がった。
「い、たい、の……」
「ぬ?!」
紡いだ言葉は痛みの苦しさから。潤んだ瞳もまた同じ。
道重さゆみに、光が戻り、しかしそれは一瞬。
鬼土が目を見開く中、鬼土の大きな手の中で、さゆみは静かに気を失った。
「……信じられません。
物理的に私の精神操作を解くとは…規格外も良いところです」
苛立ちと驚愕が混じるか細い声が、聞こえてきた。
鬼土は優しくさゆみを廊下の端へと寝かせると、紺野を睨みつけ―――
不敵に笑む。
- 495 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:43
- 「ここってある意味、規格外の屯場だよね」
「衰弱したお前には、より巨大に映るかもしれませんね」
不意に上がった異種なる二つの声。
それに重なり、倒れ伏していた紺野が感じる浮遊感。
うな垂れた首を弱々しく動かして、紺野は背後を確認した。
両脇をホールドした張本人は飯田圭織。
紺野を抱えながら見おろし、薄く微笑みを浮かべている。無論、目は笑っていない。
その右方に位置を取るは闇聖カルマ。
飯田と同じ白衣姿だが、所々朱色が点在している。
彼女の右肩に担がれた巨大なハンマーが成した所業だろう、と誰もが推察できた。
「鬼土、お前がそれほどまでに苦戦するとは。
何ですか?まさかこのコケタ狸に恋でもしましたか?」
「うっせ。くんならもっとはよ来いっつうんだ」
「まあまあ。結果捕まえられたんだからいいでしょ」
カルマの皮肉に唇を歪め、鬼土は飯田達へと一歩を踏み出す。
丁度その時、鬼土のあけた天井の穴から、後藤たちが降り立った。
三人の額には、うっすらと汗が光っていた。
「んあ、疲れた…」
紺野によれば仲間―――PEACEの隊員たちが襲ってきていたらしい。
そうなれば勿論本気を出すことも出来ず、半端な力加減になったに違いない。
それが余計に、後藤たち三人の疲労感を蓄積させたのだろう。
「―――どうやら、終わったみたいだね」
飯田の前へと回り込み、眉間に皺を寄せながら藤本が呟く。
視線の先には、脇を固められ虚脱する紺野。
嫌悪感を露に、藤本の顔が歪んだ。
その傍らで、後藤と飯田が嘆息を吐き出す。
建物の損害は出たけど、人的被害は出ず。
その事に安堵したのだろう。
疲弊感が浮かぶ表情の中、僅かに脱力したような色が浮かんだ。
「亀ちゃーん?大丈夫―?」
- 496 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:44
-
麻琴がうつ伏せに倒れる絵里に近づき、その痩身を抱え起こした、
一寸のずれもなかったそのタイミングで。
伏せられていた紺野の黒く深い一対の瞳、それが姿を現す。
そして
「長居と遊楽を、些かし過ぎたようです」
呟くと同時、
麻琴が視線を紺野へと移そうかという、動作の最中。
亀井の瞼が、漫然と持ち上がる。
空虚な色が灯るその二つの瞳を確認した後藤、咄嗟に叫んでいた。
「麻琴!離れてっ!!」
「えっ?」と呟く間隙すら与えず、麻琴の首が横に360°回転する。
呆気に取られた表情そのまま、麻琴の身体は崩れ落ち。
愕然と立ち尽くすギャラリー、その一人。
飯田の腕から力が抜け、紺野が抜け落ちる。
麻琴の首を捻り、曲げたその体勢のままでいた亀井が、瞬時ダラリと腕を垂らす。
そして倒れ伏す麻琴の身体を足蹴に、紺野を回収。
そのまま速度を落とすことなく疾走し、
天井の瓦礫で汚れた部分を通り越して紺野を背負いなおし、直立した。
亡羊が漂流し、紺野はその様子を見て婉然と口角を上げた。
刹那。
ズンッ―――
という地響きと共に建物全体が震動する。
不意討ちの如き地震に、後藤たちはよろけた。
しかし、断続的に続くその揺れは、地震というには違和感があった。
- 497 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:45
- 「―――紺野、お前」
漂う寂寞をいち早く振り払い、
焦燥に口元を歪め、憤りに眉根を寄せたカルマが、紺野を振り返った。
憤慨の険相を受けても、尚、紺野は微笑みを崩さない。
渇いた彼女の唇は、ただ真実を告げた。
「此方には大変お世話になりました。
コレは、私からのせめてもの御礼です。どうぞ、受け取ってください」
笑みを置き土産に、紺野は絵里を従えてあけた窓から身を投じた。
慌てて追いかけた飯田の細身が再び、よろける。
片膝をつき戸惑いの感情を浮かべる飯田を尻目に収め、
後藤は濁った緑色の床にしなやかな指を這わせた。
一瞬で事態を理解した彼女の表情は、焦燥に彩られた。
「爆弾だ」
4対の視線が、後藤に集まる。
後藤はそのうちの、どの視線とも交わそうとしない。
ただ顔を伏せて、這わせた指、そこの神経から事実を読み取っている。
這わせた指の先に、小さく亀裂が走った。
それと重なり、東側に爆発が起こる。
後藤たちの視線がそちらに集まったとき、次いで西側に爆発。
飯田がその経緯を目で追い、ポツリと。
憤激そそり立つ低い声音で、呟いた。
「出口が、塞がれた」
「―――憎らしいほど、巧妙だね」
飄々と呟き後藤、立ち上がり際に軌跡が見えぬほどの速度で抜刀。
納刀し、鯉口と鍔が極めて高い音を上げたとき、
防弾性の分厚い硝子窓が斜めに裁断された。
- 498 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:45
- 「このような下卑た寄贈物は利子付きでつき返してやりたいところですが」
「悠長なことも言ってられませんね」白衣を翻し、カルマが藤本の傍らまで近づく。
未だ放心した状態から抜け出せず、
倒れ伏した麻琴を亡羊と見おろしていた藤本の紅い瞳がチラリとカルマを見た。
それに眠たげな視線を返し、カルマは絶命した麻琴を肩に担ぎ、踵を返した。
虚脱感に包まれる藤本を尻目で睨み、フンと鼻を鳴らした。
が、苛立ちを含有するそれも左右から同時に上がった爆音でかき消される。
「こんな仕事に就いているんです。殉職ぐらい覚悟しておくことですね!」
飯田に麻琴を手渡し、間隔が短くなった爆音にむかって
鬱陶しげに舌打ちしてから、カルマは怒鳴った。
ビクリとする。
自分と大して変わらない背丈の線の細い背中を見つめ、藤本は震撼する。
厳しい言葉。
悲しみに打ちひしがれる仲間を思いやる気持ちなんか、一片も覗かせないように見えた。
しかし、そんな事などあるわけがなく。
その拳。
強く、硬く握られたカルマの拳。
掌の皮膚を突き破り、滴る血を見れば、
今言った言葉は自分にも言い聞かせたのだと容易に推察できた。
恐らく、ここにいる全員、同じ思いだろう。
推測し藤本、己の頬を挟むように強く叩いた。
バチンという小気味良い音と共に響いた爆発音。
迫ってきた火勢を見やり、藤本は軽やかに跳躍し窓枠に飛び移った。
「先行きます」
- 499 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:46
- 背中を向けたままそれだけ言い残し、藤本は宙へと身を投げ、重力に身を委ねた。
それを見届け、飯田はふと口元を緩め、すぐ引き締めた。
後藤を振り返り「お先」短くそう言うと、飯田は藤本の後を追った。
「じゃあ、次はカルマさ―――」
「紺野さんのプレゼント、無下にしちゃ、ヤ、なの」
不意に上がった、陶然とした棒読みの台詞。
そして―――
「ぁぐわ・・・っ」
聞きなれた声の、絶叫。
振り向いた後藤とカルマは、言葉を失い、息を呑む。
個室の扉を押しのけて上がる爆発は、すぐそこまで来ていた。
「ちゃんと受け取ってほしいの」
噴き出す黒煙と紅い炎。
それをバックに倒れ伏す巨体、さらにその巨体を足蹴にする少女。
腰のあたりまで上げた右手に握られている、赤黒いホース。
厭に肉感的なソレは巨体の腹部から引き出されており、朱を垂れ流していた。
「鬼土!」「鬼土さん!」
叫び駆け寄ろうとした初速、そこを強制的に止められた。
後藤は鞘で、カルマは白衣の裾でそれぞれ防いだ為、損傷は受けずに済んだ。
が、残像すら残さない速度での接近は、まさしく脅威だった。
少女は突き出した両手を脇に下げ、
ニコリと音がしそうなほど無垢に微笑んだ。
その少女の後ろで、仰向けに倒れる鬼土、
その巨体に持ち上げられていた赤黒いホースが落ち、身体に張り付いた。
「道重・・・っ。そこどいて、ごとーの命令だよ」
「ヤなの。どぉしてあなたの命令を聞かなきゃいけないの?」
「・・・!どけっ、ナルシストが!!」
- 500 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:47
- 不思議そうに首をかしげ、その少女――道重さゆみ。
のんびりとしたその態度に、カルマは激昂し、咆哮。
次いで、右の手刀を逆袈裟の要領で振りぬいた。
その質量は人間の骨など軽く砕いてしまうほどの―――その、はずだった。
「おこっちゃヤなの」
愕然と見開かれたカルマの双眸は、人差し指で優しく止められた己の手刀を見つめる。
身体を捻った勢いで舞い広がった白衣が、静かに元へと戻る。
さゆみの白く細い指が、カルマの手を掴んだ。
僅かに。
その白皙の指に力を入れ捻れば、カルマの身体も追従し。
爆発の影響で亀裂が走っていた床の上に、背中から叩きつけられた。
ミシリと。背骨か床か、どちらともつかない軋む音。
ぐっとくぐもった呻き声を漏らして、カルマは苦悶の表情を見せた。
それを見届け、さゆみはカルマを掴んでいた腕を離した。
そして顔を上げた彼女の喉元に、鞘に納まったままの刀が突きつけられた。
鍔元を握った左腕を水平に伸ばす後藤は、
キョトンと目を丸くするさゆみを睨みつけ、囁いた。
「プレゼント受け取ってほしいなら、何で、鬼土さん殺したの?」
受けてさゆみ、まん丸の双眸を下弦の月の如く細め、言う。
「あの人は危ないらしいの。
“力ずくで私の侵蝕を崩すなど、馬鹿げている”って、紺野さんが。
だからさゆ、殺しなさいって頼まれたの」
「………」
「あと―――」
左右二つ隣の部屋から爆炎が噴出す。
熱波が伝わってきても、さゆみの白い肌は汗の一つもかいていない。
既に完治し、傷の痕跡すら見当たらない額を見ても、悟りたくなくとも悟ってしまう事実。
――――呑まれてしまった……。
それも、現世で一番かもしれない狂気の持ち主の、狂気によって。
- 501 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:49
-
「さゆの顔に傷つけたから。それはとても許せないことなの」
「…っおのれっ」
泰然と肩をすくめるさゆみを見上げ、カルマは口唇をゆがめながら起き上がった。
後藤がさゆみの喉元に照準を合わせていた刀を鬱陶しげに撥ね退けると、
右腕を引いて―――
ポカンと口と目を開け広げた。
その不可思議な反応に、さゆみが対応するとき既に遅く。
振り向いた瞬間一直線に伸びてきた巨大な腕により首を掴まれ、
凄まじい膂力で投げ飛ばされた。
加わった水平方向への力に唯唯として従い、さゆみは個室の扉を突き破り、室内へと転倒した。
埃と迫りくる煙波で霞む、がその巨体は隠しきれていない。
「鬼土さん。良かった、無事―――」
「……無事、だら、オレも一緒に、逃げてんだがね…」
クルリと巨体を反転。
鬼土は痛々しいその風体を見せ、脂汗を浮かべながらも、しかし薄く微笑んでいた。
「鬼土…」
カルマが呟く。哀感に満ちた彼女の呟きは、僅かながらも諦念が見え隠れしていた。
腹部に開けられた風穴からは、赤黒いホース状の臓器がデロリと垂れ落ち。
さゆみを投げたときに負ったのか、鬼土の右手、五指のうち親指以外が消失しており
更には、彼女の太い首には一筋の裂傷が走っていた。
指のない手で傷を押さえ、だからこそ流れ出す血は倍の量に見える。
血色の良かった鬼土の唇から、だんだんと紅が失せていく。
「ほっときゃあ、オレは死ぬ。
だすけよ、オレは正義のミカタんなってよ、死ぬことにしたでの」
言い切り、後藤とカルマ、二人の襟首を左手で一気に掴む鬼土。
持ち上げられ、故に後藤たちは反論する。
「ちょ、まって!まだ、どうにかなるかもしんないじゃん!」
「そうですよ!手早くあのナルシストを片付けて、手当てを施せば…っ」
必死に抗議する二人に、鬼土は極めて穏やかに首を振る。
「よーりねーよ。カルマ、おめでもむずかっしぇくれつえなってっし。
どっちみち、オレさ逃してくれるつもりはねーみてーだすけな。だっけ―――」
- 502 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:50
- 背後より躍り上がるさゆみ。
怨嗟に彩られた表情には虚無が張り付き、鬼土を狙う。
しかし鬼土は気付きながらも笑顔を崩さず。
鬼土の肩の辺りまで飛び上がってきていたさゆみの頬に裏拳を放ち、
黒煙の中へ強制的に送り込む。
指の失せた右手、手首から先が支えを失いずるりと滑り落ちた。
「だっけ、せめて、おめえたづを助けん、っだ!!」
「「鬼土………っ」」
開けた窓から、後藤とカルマは飛び出した。
急激に遠ざかっていく東館居住棟。
全ての階から上がる黒煙すら目に留めず、
二人はこちらを見つめ仁王立ちする巨躯を見つめていた。
―――カッケーらろ?
ニカッと笑った鬼土の口はそう呟き、直後にその笑顔のまま表情が固まった首が落ち、刹那の後にそこに一際強い爆発が起こり、後藤は瞑目して涙を一粒零し、カルマは天を貫くほどに大きくバカと叫んだ。
- 503 名前:INSANITY 投稿日:2005/08/11(木) 09:51
-
――――――木々に紅葉煌く初秋の頃
――――――ただ一人の少女、その脱獄により
――――――PEACE東館は損壊し
――――――PEACE直属看護師含む約100余名が死傷した
――――――報告者
――――――PEACE東地区支部総隊長、後藤真希
- 504 名前:我道無壊 投稿日:2005/08/11(木) 10:06
- えと、まずまた間があいてごめんなさい。
そして知識が浅薄というか皆無でごめんなさい。
更に文章が稚拙でごめんn―――ゴフッ!!(このノリ久しぶりだ
カルマ)<すいませんね。なんか、20レス以上更新したのは久しぶりなようで、テンションがおかしいことになっているんです。なので、そこの弛みきった死体に変わりまして、わたくし闇聖カルマがレス返しをしますので。一つ、よろしく。
>>474 茶龍さま
このような作品にレスをいただけること既に嬉しい事体。
よってorzになる必要はありません。
これからも私たちは頑張りたいと思いますので。一つ、よろしくです。
>>475 名無飼育さんさま
ものすごく好きな作品になっていってます。
次回の更新、お待ちしています。
ものすごく好きになっていっているとは、どうやらあなたは奇特な方らしいですね。
よろしければ次回からもよろしくお願いしますよ。
>>476 名も無き読者さま
こうなりましたが、如何でしょう?
なんというか、作者を脅して入手したネタによると
どうやら色んな所からネタをパクッているらしいです。
そのパクリストに貴方の名前も上がっていたので、お気をつけを。
でわ、カルマのレス返しはこれにて終了です。
皆様、このお礼はアナコンダの燻製でお願いします(←気に入った
ノシ
〜〜〜
作者です。あの、最後カルマさんの言ったことはお気になさらず(汗
次回は、ちょっと今回いなかった彼女の所に視点を当ててみようかと。。。
でわでわ。
- 505 名前:我道無壊 投稿日:2005/08/11(木) 11:41
- 申し訳ありません。。。カルマさんの持っていたハンマーですが、どこかに放り投げたとおもってくださいm(__)m
推敲した時気付くべきミス…本当に申し訳ありません…
- 506 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/08/12(金) 23:20
- 更新お疲れさまです。 字が読めません(泣 まだ習った事の無いような漢字ばかりで(ソッチカイ 次回更新待ってます。
- 507 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/13(土) 01:15
- 更新お疲れ様です
この3人が固まると無垢な残虐さって感じがしてぞっとしませんね
- 508 名前:奇特な人 投稿日:2005/08/14(日) 10:27
- 更新ありがとうございます。
あぁ……大打撃な回でしたね。
ですが、惹きこまれる。
また次回、お待ちしています。
- 509 名前:konkon 投稿日:2005/08/17(水) 01:15
- 初レスです。
めちゃくちゃすごい描写ですね・・・・。
一気に全部読ませていただきました。
今後の展開を楽しみにして待ってます。
- 510 名前:INSANITY 投稿日:2005/09/12(月) 23:59
- ―――***
全体石造りの、閉塞感夥しい鍛冶場に渇いた音が響く。
市井は鎚を肩に担いで壁に寄りかかり、
カルマは無表情に腕を組み、
藤本は自分が殴られたように、痛みに歯を食いしばり、
頬を張られてよろよろと足元が泳いだ後藤に視線を送っていた。
「なんで……」
右手を振りぬいた姿勢のまま、その少女は呟いた。
悔しく憤り、さらには悲しみに哀しみ。
それらを乗せた瞳を伏せて、弱々しく後藤の胸倉を掴む。
見上げた双眸、その目尻。きらりと光が瞬いた。
「何で、教えて…っ……報せて、くれなかったと、ですか?」
力なく後藤を揺さぶり、田中れいなは言及する。
赤くはれた頬に触れながら、後藤はれいなを見ない。
眉を平淡にし、虚ろに揺らめく瞳を小汚い石床に向けている。
ぎりりとれいなが下唇を噛み締めた。
「答えて―――!!」
- 511 名前:INSANITY 投稿日:2005/09/13(火) 00:00
- ◇
爆発し崩壊していくPEACE東館を脱出し、
息絶えた麻琴を鬼土の通っていた病院の庭に埋葬して、
病院で看護を手伝う飯田を除き、後藤たちが向かった先は市井のもとだった。
憔悴する精神が休息を訴えたが、後藤は伝えなくてはならなかった。
彼女に―――田中れいなに。
言えば責められ、信頼を失うことなど容易に想像できた。
が、それでも。後藤は伝えなければならない。
黙していてもいずれは理解してしまうだろうが、
その黙す行為こそ最大の罪だと、後藤は分かっていたから。
「ねえ後藤さん!どうして、れなを見てくれんと!?
ちゃんとれなを見て、答えてほしかよっ!!」
包帯で埋められた細い腕を精一杯使い、れいなは後藤を前後に揺さぶる。
それでも、後藤はれいなを見ることはなく。
だから、れいながほしい答えは、返してほしい人からでなく、
傍らで腕を組み傍観者として位置を置いていた闇聖カルマから返ってきた。
「報せなかったのでなく、報せられなかったのですよ」
ピタリと、れいなの動きが止まる。
それに共鳴するように揺らいでいた後藤も、動きを止めた。
れいなの視線が自分へ移って来たのを確認し、カルマは続けた。
「予想を超えた事態が加速度的に起こりましたからね。
“さすがの後藤殿”でも予測しきれなかったのでしょう。どうですか、後藤殿?」
揶揄するように、皮肉るように。
カルマの声色はどこまでも冷酷で、尖っていて。
受けた後藤もビクリと身体を震わせて、予想通りの反応を見せた。
見かねた藤本が、ギッと鋭い視線をカルマに浴びせた。
「カルマさん、言い過ぎです」
「黙っていなさい畜生が」
それを正面から見返してカルマ、冷たく言い放つ。
藤本の米神に青筋が浮き立つのを尻目で確認し、更に付け加えた。
「トモダチを奪われて悲憤しているのは、田中だけではないのですよ」
ずり落ちてきた眼鏡を中指で押し上げ、
そのレンズの奥、鋭く煌めく眼光が今度は後藤を捕らえた。
それに連れだって、れいなも後藤を見上げる。
唇を噛み締め、胸元を強く握り締めるその姿は、不可視の痛みに耐えているようだった。
- 512 名前:INSANITY 投稿日:2005/09/13(火) 00:01
- 「後藤、お前が呼ばなければ鬼土は死ぬ事は無かった。
そうお前も理解しているのでしょう?」
れいなの手から後藤を奪い取り、カルマは片手で胸倉を掴み引き寄せる。
空いている手で後藤の顎を掴み、
視線を交わそうとしない後藤の顔を自分に向かせ、眼鏡の奥からにらみつけた。
「全ての元凶であるお前を、私は一刻も早く殺したい」
赫怒が燃える低い声音。
振り払うように胸倉を掴んでいた手を離すと、
勢い余って後藤は尻餅をついた。
「ちょ!?カルマさん、いい加減に―――!!」
「……いいよ、ミキティ」
カルマの不躾な態度に怒り心頭の藤本、
カルマに掴みかかろうと大きく踏み出した一歩は、
予想外にも乱暴を受けた後藤によって遮られた。
「ごっちん…?」短く呟いて、戸惑いの表情で藤本は後藤を見た。
しかし、後藤は何も答えず。座ったまま顔を伏せ、そのままだ。
彼女の周りに漂う諦念の空気。
それが見えてしまい、れいなは拍子抜けした。
「でも、私は優しい。ですので、猶予を、あげます」
後藤の風体を見て、カルマはフンと小さく鼻を鳴らし、白衣を翻した。
出口へと向かう華奢な背中が小刻みに揺れていたのは、
決して歩行の震動によるものだけではないだろう。
「近々伺います。夜道の、散歩には、ご注意を。後藤殿」
扉を開き、後藤を眺める冷淡な瞳。
揺らめくソレらに乗るモノは、深い悲しみ。
「ごきげんよう。今まで、ありがとうございました」
- 513 名前:INSANITY 投稿日:2005/09/13(火) 00:02
- 静かに扉が閉まり、静寂が降り立つ。
座ったままの後藤、
唖然と立ち尽くす藤本、
未だ壁に寄りかかる市井。
誰もこの閑寂とした空気を破らない、かと思われた。
が、一人。
裸の足裏と石造りの床、二つを微かに打ち鳴らし静寂を破った。
後藤が顔を上げ振り返り、
藤本と市井は彼女の動向を目で追った。
「れいな…っ」
後藤が縋るようにその背中に呼びかけたが、田中れいなは振り返らない。
ペタペタと足音を残し、出口と対の位置にある扉、
それを押し開け、向こうの部屋の中へと消えていく。
「あたし、後藤さん、すっごく、尊敬してました……」
ポツリとれいなは言い残し、扉が閉まる。
包帯に塗れた小さな背中が見えなくなった時、後藤は再びうな垂れた。
そんな後藤の背中を、藤本はそっと撫でる。
かける言葉が見つからずそれだけの行為に止まったが、
後藤は僅かに振り返り力ない笑みを返した。
「――――どんなに屈強な刀でも、形あるものはいつか必ず壊れる」
存在する左手だけで壁を押し、市井は後藤のもとへと歩み寄る。
もっていた鎚を杖代わりに、
市井は憔悴する後藤を見おろした。
藤本が微かに警戒の色を織り交ぜつつ、市井を見やっていた。
「ざまぁないな、後藤」
「………」
感情無く言う市井に、後藤は無言。
しかし藤本は黙っていなかった。
「そんな言い方って、無いんじゃない?」
市井の視線が、藤本へと移る。
一つだけの冷徹な光が、藤本を射抜き、
藤本が更に紡ごうとしていた言葉を、喉の奥へと押しやった。
- 514 名前:INSANITY 投稿日:2005/09/13(火) 00:02
- 「事実だろうが。どんなに強い信頼関係を築いてきたか知んねーけどな、
たった一つのミスだけで崩れちまったんだ。ざまぁねえとしかいいようがねーだろ」
「…っく。この…っ!」
「やめて、ミキティ」
核心を突く容赦のない物言いを浴び、
唇を噛み締め藤本は市井に掴みかかろうとした。
しかし、それは他でもない。罵られていた張本人である、後藤によって制止される。
ワケが分からないといった表情で、藤本は未だ腰を上げない後藤を見おろした。
が、後藤は何も答えず。
「ハッ」
鎚を大仰に地へと落として杖にし、市井は嘲るように鼻を鳴らした。
藤本はそれを悔恨と怒りの入り混じる眼光で睨みつける。
市井はそれに、亡と、色の失せた視線を返し、顎で出入り口を指し示した。
「帰れ。いちーは忙しいんだ。
お前らのいざこざにこれ以上付き合う時間なんてない」
「な…っ!この、言わせて―――」
「分かった」
藤本は絶句した。流石にここは怒りを表しても良い場面だと、そう感じていた。
しかし、後藤はとくに言い返しもせず、
顔を伏せたまま立ち上がり、出口へと向かっていく。
これがあの頼もしかった総隊長の姿か―――ぎりりと奥歯を噛み鳴らし、藤本は
「ごっちん!!」
その背中に、叫んでいた。
でも、彼女の背中は決して大きくなることは無く。
「……行こ、ミキティ」
力なくそう返しては、重厚な鉄扉を開けて、出て行った。
一度振り返り、僅かな逡巡の後藤本は後藤を追う。
せめてもの反撃にと、鉄扉を力一杯閉ざしてやった。
「……怖ぇな」
扉の閉まる音にかき消された市井の呟きは、当然ながら後藤たちには届かなかった。
- 515 名前:INSANITY 投稿日:2005/09/13(火) 00:03
- *
「ごっちん!どうしてっ、ごっちんは何も考えてないわけじゃないのにっ!」
枯れた大地から、コンクリートジャングルへと帰路が移る。
並んで歩きながら、藤本は後藤に向かって糾弾していた。
僅かに下がる眉尻が、憂憤を象っていた。
「あんな風に、現場にいなかったヤツにあれこれ言われて…っ!
どうして、黙って―――」
「もう、いいんだよ、ミキティ」
吼える藤本の唇に、後藤のしなやかな人差し指が当てられる。
視線の先の後藤は、悲しげに微笑んでいた。
「紺野を生かしておけって言われたときから、
そう遠くない未来こんな風になるだろうなぁって、思ってたから」
「―――ごっちん?」
歩を止め、後藤は藤本の唇から指を離す。
藤本も歩みを止めて、後藤の、悲しげな横顔を見つめる。
どんなに強くても、やはり人間。
挫けそうになるときは、誰にでもあるんだな――――と。
後藤の横顔から悟ったその気持ちは、即座に彼方へと消え去った。
同時に。
ゾク………ッ
背中を、何か得体の知れない蟲が這い上がってくるような悪寒。
自然と、藤本の脚は戦慄と畏怖の下、背後へと後退りをしていた。
「これからが、大変だよぉ」
見開かれた双眸、平淡な眉。
裂けそうな勢いで上がる口角、僅かにうな垂れたこうべ。
後藤から醸し出される空気が一変して、
折れそうに弱っていた一人の女性から、ナニカへと移る。
今まで感じたことのないほどにおぞましく、危険で、破滅的。
普段の後藤からかけ離れたその雰囲気に、藤本は
「ご、ごっち、ん?」
掠れがちに彼女の名を呼んだ。
しかし、後藤はそれを無視し、歩みを再開する。
ゆっくりと遠くなっていく後藤の背中を見送りつつ、
藤本は困惑に囚われ、微かに震える身体から怯えを自覚していた。
- 516 名前:我道無壊 投稿日:2005/09/13(火) 00:09
- >>506 通りすがりの者様
申し訳ありません。
次回より自分も知らないような漢字を使うのは控えます(当然だ
>>507 名無飼育さん様
無垢な残虐さ…その言葉頂きましたw
>>508 奇特な人様
狽わわ…カルマさんの失礼発言がそのままHNに・・・。
申し訳ないです。
ホントこの話、よく人が死にます。。。
>>509 konkon様
初レスありがとうございます。
今後も頑張りたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
間が空いたのに更新料少なく、もうしわけありませんが
一応の区切りがついたのでochiます。
- 517 名前:我道無壊 投稿日:2005/09/13(火) 00:18
- 宣伝申し訳。。。
何にもないけど、ホムペやってます↓
ttp://wagamichi.ojiji.net/index.html
よろしければ、どうぞ。
- 518 名前:奇特な人 投稿日:2005/09/14(水) 09:05
- 更新ありがとうございます。
うぁ……後藤さんこわい。
前回、いい名前をいただきました(笑)
- 519 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/09/14(水) 21:01
- 更新お疲れ様です。
ごっちんになにがあったんでしょう??
かなりやばい予感がするのは気のせいでしょうか?
次回更新待ってます。
- 520 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/24(土) 02:46
- (゜∀゜)オモシロい作品発見!
- 521 名前:我道無壊 投稿日:2005/10/31(月) 23:49
- ひと月ほど前から愛着が
娘。と娘。小説を書くことに対する愛着が消えていきました。
まことに身勝手で申し訳ありませんが、
ここに放棄を宣言させていただきます。
娘。小説を書く事は、恐らくこれからはないと思います。
色んなことを勉強させていただき、ありがとうございました。
そして、様々な方に迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
我道
- 522 名前:通りすがりの者 投稿日:2005/11/24(木) 21:39
- そうですか、ちょっと残念ともったいない気がしますが、仕方が無いですね。
作者様の作品は凄く興味深く、大変素晴らしいものでした。
ありがとうございました。
本当にお疲れ様でした。
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